王様候補の番剣達 (ケツアゴ)
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プロローグ

先ずは一週間連日投稿


 宗教によっちゃ世の中の出来事は全部神様の決めた事、苦難辛苦は与えられた試練だって教えらしい。まあ、俺は宗教には興味無いし、否定も肯定もしないけれど、それが本当だっつうなら、俺の人生は随分とラノベみたいなもんに定められたって事だな。……神様もネット小説を読むのか?

 

「……ふむ。何から説明したら良いのか。まあ、先にこれだけは言っておこう。愛しているよ、ダーリン」

 

 嵐でも起きたのかって位に破壊された公園、外灯がぶっ壊されて月明かりだけが周囲を照らす中、怪我をして尻餅着いちまっている俺に向かって女神みたいに綺麗な女が手を差し伸べる。臆面無く告げられたこっぱずかしいセリフを聞いた俺はその手を迷い無く取って、こう言ったよ。

 

「俺もだぜ、ハニー」

 

 平穏無事な俺の人生に何が起きたのか皆目見当が付かないが、分かっている事は一つだけ。こうやって手を握り、そのままの流れで俺の胸に飛び込んで来た女神様と俺は赤い糸で結ばれているって事だ。

 

 

 んじゃ、自己紹介でもしておくか。俺は成上 迅(なるかみ じん)。彼女持ちの高校生……いや、世界一美人で愛おしい彼女持ちの高校生だ。

 

 

 

 時間は少し巻き戻り、今朝の目覚めの瞬間。目を開けた時、俺は今日も最高の一日だと確信したよ。何せ俺の上には女神みたいな美少女が乗っかっていたんだからな。

 

「やあ! 今日も素晴らしい日だね。こうして君と顔を合わせる事が出来るのだからさ」

 

 悪戯気に笑みを浮かべ、少し頭を動かせば艶の有る黒髪が揺れている。軽く手を伸ばせば絹みたいな手触りが伝わるし、こうして近くに居れば甘い香りさえ漂って来そうだ。前屈みになっているから胸が目の前で揺れているのが目に毒だぜ。分かっていてやっているんだろうがな。

 

 この容姿端麗スタイル抜群な美少女こそ俺の幼なじみ兼彼女の剣谷 雫(つるぎや しずく)。ちょっと悪戯好きで隣に住む俺の部屋に無許可で侵入してはこんなドッキリを仕掛けるんだから心臓に悪いぜ。

 

 だって、天国で女神様が迎えてくれたのかと思ったからな!

 

「なあ、雫。お前って本当に人間か?」

 

「当然! だから君と寄り添って人生を歩めるのさ。ほら、朝ご飯の時間だから行こう。父さんと母さんが待っているよ」

 

 うん、確かに人間同士だからこそ人生を共有出来るし、人間の方が良いか。でも、本当に此奴が人間なのかって疑いたくなるんだよな。人間だろうが違おうが、俺の愛は微塵も変わらないんだがよ。

 

 

 雫を部屋の外で少し待たせ、着替えたら直ぐに雫の家に一緒に向かう。まあ、別に着替えを見られても平気なんだが節度って奴だよ。雫は新しい下着と服を買う度に着替えの映像をスマホに送って来るんだがな。うん、迷い無く保存させて貰っているぞ。何せ愛する彼女の着替え映像だ、消す理由が見付からないだろ。

 

 

 さて、こうやって家で朝食をご馳走になるって流れから分かるだろうが、俺の家と雫の家は交流が有る。何せ俺達二人の父母両方の祖父母、この八人の頃からの幼なじみ。交際も家族公認で、俺の両親が揃って海外出張に行っている間は飯の世話になっている。

 

 

「おや、来たかい、婿殿」

 

「早く座りなさい。それと昨日、雫に似合いそうなウェディングドレスを見つけたけれど……」

 

「おいおい、母さん。結婚はお互いが成人してからって話だろう? まあ、私は迅が十八になって直ぐでも構わないんだけれどね」

 

 まあ、こんな風に交際の公認を通り越して外堀を完全に埋められいるって感じだ。まあ、お互い嫌な気はしないし、寧ろ良いんだが恥ずかしいっちゃ恥ずかしいな。まあ、俺もこうして飯の世話になるだけじゃなくって剣谷家の味を仕込まれているよ。夫婦共同で家事をしたいし、どうせなら雫には慣れ親しんだ味を食べて欲しいからな。学生しながらの家事の修行は大変なんだが、愛さえ有ればどうにでもなるってもんさ。

 

「続いてのニュースです。朱住市(しゅじゅうし)で発生している連続通り魔事件ですが……」

 

 ニュースのナレーターが告げているのは最近近隣で発生している事件の話題だ。年齢性別関係無く夜道で襲われているんだが、情報通の友人の話じゃズタズタに引き裂かれて大量出血を起こしているってのに周囲に血溜まりが無いらしい。でも、現場の状況とかから現場が犠牲者の発見現場なのは間違い無いって話だが……。

 

「おい、雫。暫くは家まで俺が送り届けるからな」

 

「心配してくれているんだね、嬉しいよ。流石は私の騎士様だ。君に想われているってだけで幸せでの昇天をしてしまうかもね。でも、バイトの方は大丈夫なのかい?」

 

 隣に座る雫は俺の言葉に冗談めかして腕に抱き付き、胸を押し当てて来る。ったく、幸せで昇天しちまうのは俺の方だよ。未だ雫と結婚してないってのによ。

 

「愛してる彼女の安全が優先だ。それに少し走れば問題無い」

 

 そう、俺の事なんて雫の安全に比べたら些細な事だ。雫は俺の事を心配してか不満そうだが譲る気は無い。まあ、こうして心配させるってのは心に来るな。俺は雫には笑っていて欲しいってのによ。

 

「よし! 今度バイト代が入ったら遊園地に連れて行ってやる。偶には遠出しようぜ」

 

「なら、夜は私の奢りでディナーだね。株で儲けて自由な金がかなり有るんだ。スイートに泊まろう」

 

 おいおい、まーた儲けたのかよ。実は雫は容姿端麗なだけじゃなくて頭脳明晰才気煥発って奴で、こうやって何にでも才能を発揮する。この前も何かのコンテストで賞金を手にしていたっけな。俺も負けていられないな。俺を馬鹿にされて雫が悔しい思いをするなんて有っちゃならないからな。

 

「あら、それは駄目よ、雫」

 

 でも、流石に両親の前で高校生カップルが外泊宣言は拙いだろう。ほら、渋顔だよ。流石にな……。

 

「ホテルだって高校生だけを泊めるのはスタッフさんが気を持むでしょうし、迅君の家に泊まる程度にしなさい。それなら何をしても口出ししないから」

 

「分かったよ、母さん。じゃあ、お泊まりセットの用意をしなくちゃね。ベッドは一つで良いとして……どうせ脱ぐから寝間着は不要だね」

 

「こらこら、駄目だぞ」

 

 俺としては寝間着姿の雫を見たいが(まあ、毎晩窓から見せられてはいるんだが)、此処で親父さんのストップが入る。まあ、当然だわな。

 

 

「ちゃんと避妊の用意はしておきなさい。未だ高校生なんだからな」

 

 いや、高校生なんだから避妊の必要が有る行為を止めろよ!? ……まあ、俺も雫に手を出したくない訳じゃない。部屋で二人っきりの時に体を触ったり寝転がってキスをした事だって有るんだが、最後まではちょっとな。……勢いで雫に手を出したくないんだ。ちゃんと手順を踏んでだな……。

 

「さてと、私の愛しいダーリンをからかうのは此処までだ。ちゃんと君が私を想うが故に手を出さないって分かっているさ。……でも、何時でも出して良いからね」

 

 やられた。これまでの流れは全部冗談だったんだ。親子でグルになっているなんて卑怯だが、ウインクしてくる雫が可愛いから許す! 流石俺の彼女、美人なだけじゃなくって可愛いだなんて最高だな。

 

 そうこうしていると時間は過ぎ、俺と雫が学校に行く時間だ。当然だが同じ学校で一緒に行くんだが、いざ玄関から出るって時に膨れ面で袖を掴まれたよ。

 

「……何か忘れていないかい?」

 

「行ってきますのキスだろ? 偶にはお前からしてくれ」

 

「……私はされる方が良いんだけどね」

 

 毎日俺からしているんだ。偶にはされる側に回ってみたい。少し不満そうな雫だったが、納得したのか俺の首に手を回して唇を重ねたよ。

 

「まあ、偶には私からも新鮮な気分だから我慢しよう。じゃあ、今日のお帰りなさいのキスは君からだからね」

 

 当然俺だ。互いに条件を飲んでこそってな。何時もの様に指を絡ませて手を繋ぎ通学路を歩く。この時、少し思う事があるんだ。そして雫も同様みたいだ。

 

 

「会えない時間が無くなって、こうやって一緒に歩く時間が増えれば良いのにね」

 

「同感だ。俺はお前とずっと一緒に居たい」

 

「私もだよ、迅」

 

 腕に抱き着かれるのは毎回ビックリするんだ。だって毎日愛が大きくなって、昨日よりも今日の好きの気持ちの方が大きい。慣れる筈が無いんだよ。

 

 

 

 

 




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早めの登校の理由

 急な話だが、俺の登校時間は早い。通っている真桜学園(しんおうがくえん)迄の距離は雫との時間を大切にしながら歩いても十分有れば十分なんだ。だが、それなら朝から雫とイチャイチャしてたいって思うんだが、やらなくちゃいけない事も多くてな。

 

「じゃあな、雫。少しの時間とはいえ会えないのは寂しいぜ」

 

「私もさ。でも、会えない時間が絆を育むし、耐えてみせるよ」

 

「お前達、毎朝毎朝飽きずに同じ事繰り返して……」

 

 校門前で雫と分かれる時、身を引き裂かれる想いを耐えて、最後に手を握りあって別れるんだ。登校時間が結構な割合でかち合う鳥阿(とりあ)先生は昔から何度も向けて来た呆れ顔だが気にしない。同じクラスじゃなかったら悲しみはこの比じゃねぇんだろうな……。

 

 おっと、急がないとな。遅れちまったら、何の為に雫にまで早起きを付き合わせて登校したんだか分からない。身支度が大変だろうってのに俺の分の弁当まで作ってくれるんだからな。よし! 明日は俺の当番だから雫の好物を沢山入れてやろう。

 

「さてと、今朝の予定は……」

 

 手帳を取り出して予定を確認。先ずは写真愛好会か……。

 

 

 

「普通、心霊、心霊、心霊、普通、普通、明らかにヤバい心霊、心霊、普通」

 

 写真を整理しているんだが、大量の写真の殆どが心霊写真ってのは本当にビビるよな。でも、これがこの愛好会の普通なんだ。どうも顧問も所属する生徒もそんな体質の奴を引き寄せやすいのか知らねぇが、こりゃ何時まで経っても人数が足らずに愛好会のままな訳だよ。

 

「毎回有り難うね、迅君」

 

「いやいや、友達の頼みだから気にすんなって。……この写真は気にしろよ?」

 

「大丈夫。何時ものお坊さんに予約の電話入れてあるから」

 

 そう、俺が朝っぱらから写真愛好会の手伝いをしている理由、それは所属する生徒の殆どが友達だからだ。確かに恋人との時間を大切にしたいけどよ、友達を蔑ろにする奴が雫に相応しいのかって話なんだよ。だから俺は合間を縫って友達の為に時間を使い、一緒の時間は雫に最大の愛を注ぐ。

 

 さて、次に行くか……。

 

 

「毎朝悪いね。どうも僕に負けるのが嫌で先輩方は相手をしてくれなくてさ」

 

「数本程度なら構わないって。友達だろ?」

 

 次にエースとして期待されている剣道部員の相手をして……。

 

 

「だから毎回毎回言ってるだろ! 整理整頓は必ずしろって! 幾ら友達でも次は無いからな!」

 

「勘弁でござるよ、迅氏~!」

 

 時に整理整頓が苦手な奴らばかり集まったアニメ研究会で資料の整理を手伝いながら今までで十回以上言っている事を叫ぶ。

 

 

 

「こらこら、喧嘩してるって聞いたから止めに来たぜ。友達だし、俺の顔を立てて引いてくれよ」

 

「ちっ! 迅の頼みなら仕方無ぇか」

 

「迅の顔を立ててだ。テメェを許した訳じゃ無いからな!」

 

 そして時に対立する不良グループのトップのタイマンを止めた。やれやれ、今朝の予定は急に入った喧嘩の仲裁で最後か。未だ授業前に雫と話す時間程度は……。

 

「相変わらず他の奴の世話係か? 友人とはいえ甘やかし過ぎだが、どうせならついでに私の手伝いもして貰おう。美術室まで荷物運びだ」

 

「……了解」

 

 悪い、雫。鳥阿先生に頼まれたら断れねぇ。うん、お前はお前の友人との時間を大切にしてくれれば嬉しい。

 

 

 

 

「ねぇ、剣谷さんの彼氏だけれど、他の奴の世話焼きばっかで彼女を蔑ろにしているし、私が一言言ってあげようか? 一応彼奴とは友達だしさ」

 

「いや、構わないのさ。私はね、友達を大切にする彼が好きなんだ。それに私との時間をとても大切にしてくれるんだし、不満なんか無いさ」

 

 

 

 

 鳥阿紅麗(とりあ くれい)、中分けにした黒髪に不機嫌そうな目、全体的な印象は蛇なこの先生は、嫌いな先生ランキングが有れば上位間違い無しな位に嫌われている。昔から教え方は上手なのに言い方がネチネチと嫌味っぽいんだ。昔から……そう、俺は高校に入学する前、小学生の時に通っていた子供向けのお絵かき教室で当時美大生だったこの人と知り合ったんだ。

 

 いや、最初は俺も嫌な人って思ったけれど、教わった通りにすれば上達したし、話してみれば絵の事ばかり考えているコミュ障なだけで普通に面倒見の良い人って分かったよ。まあ、熱心に教えているけれど大抵の奴には粘っこい嫌味としか感じないけれどな。

 

 まあ、耐え抜いて残っている美術部の部員とか俺はその辺を理解しているし、嫌いな先生ランキングには投票しないけどな。

 

「そう言えば先生、この前のコンクールで賞を取ったんだってな」

 

「……ふん。金賞でも無いのに大袈裟な奴だ。お前は気楽で羨ましい事だ。あの程度の評価で喜べるのが不思議でならん」

 

 これを翻訳して簡単に纏めると、『私は更に上を目指す。今の評価で喜んではいられないだが、素直に喜べるお前は本当に良いな』、だ。

 

「相変わらず口下手だよな」

 

「私がか? お前の基準は理解不能だな。自分と同じく学園の七割以上が友でなければならないとでも?」

 

 いやいや、そこまで多くは無いって精々が半分程度だし、残りは友達の友達程度の顔見知りでしか無いからな。未だ入ったばかりの一年生には二十人位しか友達居ないしよ。そんな風に話をしながら美術室まで向かっていたんだが、美術室の前に立っている二人の姿があった。一年生の女子と守良(かみら)先生だな。

 

「……お早う御座います、守良先生。私に……ではなく成上にですね」

 

 面倒見が良いからって生徒に人気の守良先生だが、どうも鳥阿先生は苦手っぽいんだよな。見ていると避けているのが分かるし、今も抑えている積もりだろうけれど嫌そうな顔だ。だから余計に生徒に嫌われるんだよって言った方が良いんだろうな。

 

 それは兎も角、女子生徒に頼まれて来たんだろうって察知した鳥阿先生は俺の方を見る。まあ、何度も手伝い中に連れて来ているからな。用件だって分かるだろうさ。

 

「ええ、お早う御座います、鳥阿先生。ほら、一年生で貴方に馴れていないんだから怖がってますよ。実はこの子が成上君に話が有るって相談を受けまして」

 

「そうですか。しかし私の顔は生まれ付きなので善処の方法が有りませんね。では、何時も通り終わらせて来い」

 

 何時も通り、そう、俺も鳥阿先生も一年生が何の用なのかは大体理解している。まあ、この子には悪いがさっさと終わらせて来るか。俺は一年生の子に手招きされて廊下の曲がり角に向かう。そうしたら予想通りに真っ赤な顔を更に赤くして手を差し出して来たよ。

 

 

「あ、あの! この間不良に絡まれた時に助けて貰ってから好きになりました! 私とお付き合いして下さい!」

 

 きっとこの子なりに勇気を振り絞ったんだろうな。でも、駄目だ。俺の心は決まっているから。

 

 

「悪い。俺、彼女が居るんだ」

 

「そ、そうですか……」

 

「でもさ、友人だったら構わないぜ? 俺、男女問わずに友達が多いからな。期待させるみたいだけれど、本当に友達で止まるので良いならアドレス交換するか?」

 

「は、はい! でも、私は諦めませんから!」

 

 アドレス交換を終えるなり彼女は走り去って行く。この通り、俺の愛する雫は見る目があるから俺は偶に告白されるんだ。まあ、返事は変わらないけれど、折角好意を持ってくれたんだし、せめて友人として付き合いたい、それが俺の我が儘だ。雫も呆れながらも俺らしいって笑ってくれているよ。

 

 

「さてと、さっさと終わらせて雫と話を……」

 

 だが、非情な事に予鈴の音が鳴り響く。そ、そんな……。授業前に雫と話す事が出来ないなんて絶望だ……。廊下は走ったら駄目だから、もう一言告げるだけしか出来ない。俺は先生達に教室に向かうと伝え、走らない程度に教室に到着する。俺が最後に入ったからか注目が集まっていたぜ。

 

 

「雫、愛しているぜ」

 

「私もさ!」

 

 

 

 

「……今日は愛しているの方か」

 

「ちっ! 好きだぜって言う方に焼きそばパンを賭けてたのによ」

 

「ほら、授業開始する時間よ」

 

 あ~あ、さっさと授業終わらねぇかな。勿論授業は真面目に受ける俺だが、休み時間が待ち遠しい。雫と言葉を交わす時間を一日千秋の想いで待ちわびていたんだ。……あっ、この数式はテストに出そうだな。

 

 

 




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終わりの始まり

やる気を出して続きを書くために感想が欲しいです  


尚、タイトルは同じですが去年の仮募集とは大幅に違いますが、キャラだけでも使いたいと思います

詳しくは活動報告で


「漸く解放されたのに、また引き離されるのか。……ねぇ、チャイムが鳴るまでは手を離さないで欲しい」

 

「当たり前だ。決して離すもんか」

 

 雫と目も言葉も交わせない地獄の様な授業(一応真面目に受けている)の中、唯一の救いは俺の直ぐ後ろの席が雫だって事だ。背中で視線と存在を感じるから姿が見えない事に耐えられる。まあ、授業をサボっちまえばそんな事を気にせずに済むんだが、そんな馬鹿をやる野郎じゃ雫は相応しく無いだろ。やるべき事をやってこそ幸福を感じられるんだ。

 

 言葉を交わし、向かい合って手と手を重ねる。俺と雫は相手の温もりを確かめ合い、互いの愛を感じていたんだが、空気が震える声が教室に響く。誰も驚いた様子は無い。まあ、毎日の事だしな。馴れてるんだよ、皆。

 

「ふははははっ! あの二人は相も変わらずだな、紫苑(しおん)! 俺達も真似してみないか?」

 

「断固拒否します、ヴォルテクト様」

 

 教室の横の端から聞こえるのは相も変わらずの豪快な声と冷徹な声。顔は見えないがどんな表情をしているのかは見ないでも分かる、何せ毎日見ている顔だ。しっかしヴォルテクトの奴も毎日毎日よくやるよ。紫苑さんも相変わらずクールな対応だし、こりゃ進展は難しいな。俺と雫は日々愛の大きさの記録を更新してるってのによ。

 

 

「だよな」

 

「ああ、その通り。限界知らずさ」

 

 ほら、この通りに言葉を発せずとも伝わる事さえ有る以心伝心状態。おっと、チャイムが鳴る時刻だ。俺は惜しみながらも雫の手を離す。残った温もりは心地良く、再び顔を合わせる瞬間まで俺の心を守ってくれていたんだ。

 

 

 そうして再会と離別を続け、漸く訪れた昼休み。俺達は交代で作っている弁当が有るので教室で、他の皆は学食だったり中庭に行ったりとグループに分かれて好きな風にしている。偶に俺と雫は共通の友人グループ大勢で集まって中庭に行くんだが、今日は別の奴等と食べる事にしているんだ。さっき教室で漫才みたいなやりとりをしていた二人とな。

 

「ふむ。今日も美味そうだな、紫苑。流石は俺の妻だ」

 

「ヴォルテクト様、救急車がご入用ですね? 婚姻届を出した事実も出す予定も有りません。尚、業務外ですので特別手当を請求させていただきますので」

 

 威風堂々としていて、王者の気風すら感じさせる自信の塊の様な男。逞しい肉体に逆立った金髪の持ち主の名前はヴォルテクト・頼央(らいおう)だ。結構な資産持ちの名家の跡取りで、外国人の母親はどこぞの王族の出身だって噂が有る。まあ、此奴のデカい態度が理由だろうがな。

 

 対してヴォルテクトに結構な辛辣な言葉を浴びせるのは獅子川 紫苑(ししかわ しおん)。紫苑さんはヴォルテクトの専属メイドみたいな立場らしく、幼い頃から一緒に居るんだとよ。長身スレンダーでショートヘアーな見た目から知的な色気を感じるってファンが多い。ヴォルテクトも明らかに惚れているし、堂々と口説いているが全戦全敗記録を更新中。どうも今日の弁当は無理言って作って貰ったらしいな。色々と教育を受けているのか美味そうで栄養のバランスも取れている。

 

 この二人、俺達とは中学生の時からの友人だ。何を勘違いしたのか、俺が紫苑さんを口説いていると勘違いしたヴォルテクトに雫への愛を語ったら向こうも紫苑さんへの想いを語ってな。結果、意気投合したって訳だ。雫は嬉しそうにしていたが紫苑さんは呆れ顔だったし、その時から態度は変わらない。まあ、大願成就の道のりは遠いってな。

 

 そんな風な俺達は机を三つ合わせて飯を食っている。そう、四人だけれど三つで十分だ。だって、雫は俺の膝の上に横向きになって座るのが基本だからな、教室でも中庭でも。

 

「今日の卵焼きは特別美味しく出来たんだ。ほら、あーん」

 

「……確かに美味い。愛情が最高の調味料になっているのもあるだろうがな。ほら、次は俺が」

 

「あーん」

 

 雫の腰に手を当てて支え、右手で雫の口にエビチリを運ぶ。余談だが卵焼きの好みは俺は出汁巻きで雫は砂糖。だから互いに相手の好きな味付けを作っているんだ。だって、愛する奴が喜ぶ姿を見たいからな。そのまま交互に食べさせ合う中、紫苑さんが手を止めて俺達の方を見ていた。何か顔にでも付いていたか?

 

「どうした、羨ましいのならば俺の膝の上に来ると良い!」

 

「断固拒否します。二度と仰らないで下さいね」

 

「恥ずかしがり屋だな、相も変わらず。だが、そこも良い!」

 

 おおぅ!? 膝を叩いて自分を招くヴォルテクトにとりつく島も無い対応。ヴォルテクトの奴も相変わらずめげないな。メンタル鋼鉄だな。

 

「私達がどうかしたのかい? ……言っておくが迅は私の恋人だ。渡す気は無いから」

 

「分かっていますし、私にとって彼は親友……いえ、友達でしかありません。ただ、少し気になる物を感じましたので」

 

「……ふーん」

 

「……」

 

 あれ!? 俺以外の奴が何か神妙な顔をしているが何故だ!? 何か置き去りにされた気分だぜ。それはそうと神妙な顔の雫も綺麗だ。思わず見惚れていると、雫も俺を見て目と目が合った。

 

「おっと、君に見惚れていたよ。じゃあ、次はミートボールでもどうだい?」

 

 まあ、別に良いだろう。友人だろうが恋人だろうが、何かを隠すならそれなりの理由が有るってもんだ。それを知ろうとするんじゃなくて、尊重して話すのを待つのも絆の形だからな。俺は先程の事を問おうとはせず、三人も俺の考えを読んでか何も無かったみたいに触れ合う。……所で紫苑さん、さっき親友と言おうとして言い直したな。うん、普通に嬉しい。loveじゃなくてlikeで終わるけれど、俺は彼女が好きだからな。

 

「じゃあ、果物も食べ終わったし、追加のデザートを貰おうか」

 

「俺からすればメインだがな」

 

 雫の腕が俺の首に回され、俺も背中に手を回して引き寄せる。そのまま甘い甘いキスをしたんだが、矢っ張りデザートだな。デザートってメイン以上に主役だと思う。

 

 

「おい、紫苑……」

 

「セクハラですよ」

 

「……ぬぅ」

 

 この二人も有る意味以心伝心だな。俺が見た所、紫苑さんもヴォルテクトを嫌ってはいないんだよな。ネットで知り合った同好の士が実はヴォルテクトの伯父さんだったから聞いた話なんだが元々父親の友人の娘で、配置換えを申請すれば許可されるってのに今の所その様子も無いしな。

 

 

 

「……しかし、お二人は流石に生活指導の先生からお叱りを受けませんか?」

 

「ああ、受けた。入学前から碁会所で知り合ってたんだが、昨日も打ちながら怒られたよ。程々にしろってな」

 

「まあ、私達も迷惑を掛けるのも嫌だし控えているんだよ?」

 

「……それでですか?」

 

 何故か分からねぇけど呆れられてるなぁまあ、紫苑さんは普段からヴォルテクトに呆れているから見慣れた顔だけどよ……はぁ、早く家に戻って雫と思う存分イチャイチャしてぇ。でも、今日はバイトだからな……。

 

 

 

 

「いや、今日は悪かったね。明日からは何時ものバイト君達が入ってくれるからさ。……ちょっとだけバイト料オマケしておくね」

 

 別に俺は特定のバイト先を持っている訳じゃない。年の離れた釣り仲間で小さなカフェのマスターが居るんだが、バイトが急用で暫く休む上に常連の予約が入っているからって短期間のバイトを頼まれたんだ。まあ、その常連は常連で別の趣味で知り合った人達のグループだからってのも有るけどな。

 

 そんなこんなで最終日を迎え、俺は帰り道に届いたメールを開く。

 

「『今日は両親が急にデートに行くから私達だけだよ。夕ご飯は君の好物のハヤシライスを作るから楽しみにしておいてくれ。尚、裸エプロン姿だからね』、か。楽しみだな……」

 

 添付された画像を保存し、心躍らせながら歩く。途中、公園の近くを通り抜けるかと考えたんだが、通り魔は男女問わず襲っているからな。凶器持った相手じゃ余程の達人でもないと危ねぇし……って、おいおい。公園の横を通り過ぎようとした時、木の隙間から見えたのは近所に住む中学生。雫と行ったドックランで知り合った奴だが、こんな時間に犬の散歩なのか公園の中を進んでいた。この公園って結構デカいし、外から中が見えないから何かあったら危険だ。流石に注意しておくか。

 

「雫にはちゃんとメールしといてっと……探すのに時間が要るかも知れないからな。家まで送った方が良いし」

 

 まあ、警察だってパトロールで立ち入っているし、通り魔と出会すだなんてそう簡単に無いだろ。っとまあ、俺はそんな楽観的な思考で公園の中に足を踏み入れた。普段ニュースで見ている事件だの事故に遭う奴の中にはそんな偶然で巻き込まれるのが居るのにな。

 

 

「さてと、確かこっちに……んっ?」

 

 今、何かが壊れる音がしたんだが、また暴走族でも入り込んでいるのか? この公園、ヤンキーの溜まり場だって友人の中に居るヤンキーが教えてくれたからな。俺は少し様子を見るかと足音を忍ばせて歩くんだが、向こうから一直線に犬が向かって来る。さっき見掛けた中学生の飼い犬でブルドックのボスだ。

 

「ワン!」

 

「どうしたんだ、ボス? リード無しでも飼い主にピッタリくっついて歩くのに……」

 

 俺はしゃがんでボスを撫で、リードを持って飼い主の元まで連れて行こうとしたんだが、ボスは俺がリードを持つなり来た道を走り出す。これは何かあるな。俺は猛烈に嫌な予感がしたが、知り合いが巻き込まれているんなら迷って居られねぇ。

 

 

 

「……は?」

 

 だが、俺が目にしたのは予想だにしていなかった光景だった。ベンチだの看板だの外灯だのが壊されていて、本当にお巡りさんがパトロールの最中だったのか確かに居た。だが、既に死んでいる。何で分かるかって言うと、ミイラみたいになって生きていられる筈がないからだ。

 

「グゥウウウウウウウウ!!」

 

 ボスが唸り声を上げて威嚇する相手、それが多分犯人で、ニュースで言っていた通り魔だ。フードを被ってマスクやサングラスで顔は判別出来ないが、奇妙なのは不審者丸出しの格好以上に手に持った物。真っ赤なイバラみたいな長い鞭。それをボスの飼い主に向かって振り下ろそうとしたのを見た時、俺は走り出していた。

 

 

 そして、この決断が俺の日常を大きく変える事になったんだ……。

 

 

 




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問い掛け

感想感謝です  やる気でます  現在連日の後のも執筆中


「おい!」

 

 この時、通り魔が漸く俺に気が付く。手から落としたのかお巡りさんの警棒が転がっていたので拾い上げ、そのまま通り魔にぶん投げた。使い慣れていない武器なんざ邪魔なだけだ。流石に通信教育で警棒術は習ってないんでな。一瞬気を取られた通り魔は俺に標的を変え、警棒を弾き落とす気なのか鞭を振り上げる。よし! あの距離じゃ俺には当たらないし、ボスの飼い主は固まっているから抱えて逃げる算段だ。俺は体の向きを変え、一直線に目標に向かおうとした。

 

 

「がっ!?」

 

 次の瞬間、感じたのは凄い衝撃と激痛。通り魔の鞭が急に数倍に伸びて俺に当たったんだ。咄嗟に盾にした鞄を俺ごと引き裂き、俺は思わず倒れてしまう。起き上がろうとしたんだが体に力が入らない。糞っ! まるで献血に行った後みたいな感じで……。

 

 せめてボスの飼い主だけでも逃がしたいが俺の怪我を見た瞬間に気を失っちまった。ボスが俺と通り魔の間に割り込んで吠えるが向こうに怯んだ様子は無い。ボスと俺を纏めて殺す気なのか鞭で数度地面を叩いて脅してから振り上げる。畜生。顔は見えないが絶対に笑ってやがるだろう。

 

 

「……サヨナラ」

 

 聞こえたのは機械で変えたのか奇妙な声。鞭が迫る中、見えたのは走馬灯だ。雫と幼稚園に通って、雫と海に行って、雫とキスをして、全部全部彼奴との事ばかり。とても幸せな思い出だ。だから……。

 

 体の中が燃えるみたいに熱くなった。そうだ、ふざけんなっ! 

 

「こんな所で死んでたまるかよっ!! 俺は雫と幸せな人生を歩むんだっ!!」

 

 鞭が迫る中、気が付けば俺は前進し、何時の間にか手にしていた物を振り抜く。それは長い深紅の棒。手に感じるのは硬質な感触で、これが何かなんて分からないが今この時をどうにか出来る気がする。俺は力任せに棒を振り抜き、鞭を弾き飛ばした。通り魔は大きくバランスを崩すも流石に柄を手放さないが随分と動揺してるな。いや、俺も正直言って混乱している。この棒は一体……ん? 何か金色のオーラみたいなの出てねぇか?

 

「オ、王具ダト……!?」

 

 オーグ? 何か良く分からねぇが武器には十分か? ……いや、ちょっと不味いな。正直言って立っているので限界で視界もグラグラだ。そして……見抜かれてるな。

 

「ハハ……ハハハハハ! 幸運ダ。王具ヲ倒セバ夢ニ近付ク。死ネェエエエエエエエ!!」

 

 通り魔の鞭が震え、無数に枝分かれして蠢く。正直言ってキモイな、おい。ミミズが動いてるみたいだぜ。絶体絶命のピンチに俺はそんな馬鹿な事を考え、鞭が振り下ろされると枝分かれしたのが前後左右から迫る。……駄目だ。

 

「……雫、悪い」

 

 俺の最後の言葉は愛する女への謝罪……になる筈だった。背後から聞こえた足音、真横をすり抜ける疾風。イバラの鞭が閃きと共に切り飛ばされた。地面に落ちた鞭の先は真っ赤な液体になって広がり、俺の前に女神が……いや、刀を持った雫が降り立った。

 

 

「おいおい、おいおい、おいおいおいおい! 私の男に何をしてくれているのかなっ!!」

 

 久々に聞く雫の怒声。もう立っているのも辛い俺はその場で尻餅を付き、通り魔は一目散に逃亡を図る。おいおい、なんて速度だよ。逃げ出す通り魔は一流の陸上選手すら遥かに上回る速度で去り、一瞬追おうとした雫だが、納刀するなり俺に手を差し出した。

 

「……ふむ。何から説明したら良いのか。まあ、先にこれだけは言っておこう。愛しているよ、ダーリン」

 

「俺もだぜ、ハニー」

 

 その手を取りながら思ったぜ。矢張り雫は女神だろうってな。本当にそれ位に美しく見えたんだ。……怒ってる姿を久々に見たが綺麗だったな。でも、こうやって笑っていてくれる方が何倍も美しいぜ。

 

 

 

 

 あの後、雫と抱き合っていたんだが流石に限界だってんで芝生に座り込んで待つ事にしたんだが、不思議な事に傷がもう塞がり始めていたんだ。結構痛むが出血は止まってるし、一旦は大丈夫そうだな。

 

 

「さて、事後処理が必要だね。あの堕剣(だけん)、随分と派手にやってくれたよ……。ほら、大丈夫だよ、ボス。お前の飼い主は無事だからさ」

 

 散々壊された周囲の状況を目にして困り顔の雫だが、尻尾を垂れて心配そうに飼い主に寄り添うボスの頭を撫でた後で向かったのはお巡りさんの死体だ。背中側がズタズタに引き裂かれ、全身の血を抜かれた死体の前でしゃがんだ雫はそっと手を合わせて目を閉じる。俺も同じく黙祷を捧げた。

 

「じゃあ君への説明や治療が必要だし、私達の本部に向かおうか。……ほら、無理は禁物だ。取り敢えず手にした王具はしまってくれるかな?」

 

「どうやって仕舞ったら良いんだ?」

 

「消えろって念じてご覧」

 

 こ、こうか? 俺は言われるがままに棒に向かって念じたら、本当に消えた。でも、一度出したからか俺の中にさっきの棒が存在するのは分かったぜ。……あー、糞。落ち着いたらズキズキ痛んで来たし、意識を手放しそうだ。にしても、おうぐ? って言っていた時の雫は随分と嬉しそうだったよな。理由は分からねぇが、俺が彼奴に喜んで貰えたなら何よりだ。

 

「……何も訊いて来ないんだね」

 

「そりゃ色々と疑問は有るが、話したいなら聞くし、黙っていたいならそれで良いさ。俺はお前の全てを受け入れるって決めたんだ。秘密を含めてな。……ああ、でも言うべき事が有ったな」

 

 そう、絶対に言わなくちゃ駄目な事だ。寧ろ何で言わないんだって話だよ。

 

「助かったぜ、雫。更に好きになった。心の底から愛しているぜ」

 

「私もさ。……やれやれ、少しは心配したけれど無駄だったね。君を一瞬でも疑ったんだ。……お詫びに今度背中を流してあげよう。あっ! 襲っても良いから」

 

「そりゃ魅力的なお誘いだな。理性が持てば良いんだが……」

 

 不安だ何だと口にした雫だが絶対嘘だ。長年の付き合いだから分かるんだが、お詫びをするって口実作りだよ。俺は分かっているし、向こうにだって伝わっている。……そうか、背中を流してくれるのか。

 

 前は俺がちょっと道に迷ってデートに遅刻しちまった時に流させられたんだが、強引に手を取って胸を触らさせられたよな。あれは至福の時だったぜ。ついつい夢中になって揉んじまったからな。

 

 その時の事を思い出し、どうやって理性を持たせるか考えていると誰かが向かって来る。まさか警察無線で呼ばれた応援かと思ったが、あの人は……。

 

「鳥阿先生……?」

 

「私が他の誰かに見えるか? しかし、全く派手にやらかした物だ」

 

 どうして鳥阿先生が来たのか分からず、死者への黙祷が終わるのを待っていると雫に不意に持ち上げられた。あれだ、お姫様抱っこでだよ。俺は何度もしたがされるのは初めてだな。まあ、恥ずかしいが雫の顔が間近に有るのは嬉しい。ちょっと胸がドキドキするし、それは雫もだ。俺達は密着した場所から互いの鼓動を感じていた。

 

 目と目が合い、唇が自然と近付く。軽いキスをした後、俺の耳元で雫が囁いた。

 

 

「ねぇ、迅。……私の夫になってくれないかな?」

 

「当然だ。絶対に結婚しよう」

 

 何度目かになるプロポーズ。俺からも雫からも何度となく繰り返し、その度に幸福に包まれるんだ。

 

「あっ、間違った。いや、間違いでは無いんだけどさ。ねぇ、私のお願いを聞いてくれるかい?」

 

「当然だ。嫌え、そんな願い以外なら」

 

「ふふふ、安心したよ。じゃあ、軽めのお礼を……」

 

 俺の頬に柔らかい唇が触れる。互いの唇を合わせるのも好きだが、ほっぺにキスされるのも悪くない。しかし、どんな願いだ? 全く不安は無いが疑問は有る。拒絶する気は全然無い。俺が困る内容をする筈が無いからな。

 

 

「……迅。君には私の王になって欲しい」

 

「別に構わないが……王?」

 

 だから詳細を聞く前に請け負ったが、王ってどんな意味だ? まあ、俺が王なら雫は王妃、対等な仲だし文句は無い。

 

 

「……剣谷。未だ成上が此方側に来るとは……来るか」

 

「私が居るんだし、来ると思うよ?」

 

「何だか分からんが行くぞ。雫が居るのならな」

 

 迷う筈も無く答えた俺だが、鳥阿先生は分かっていたって感じな上で呆れている。しかし、この状況をどうするんだ? 何か異常な事に巻き込まれているみたいだが、死体とかボスの飼い主の子とか問題が多いと思っている中、先生はスケッチブックを取り出すと何故か筆で風景を描き出したんだが速い。腕の動きが速すぎて目で追えないぞ!?

 

 描かれていたのは公園の風景画。まるで写真みたいにリアルな絵をあんな高速で描いたのかよ……。俺は驚くが、更に驚く光景が起きた。目の前の景色が歪み、絵の中に吸い込まれて行く。残ったのは破壊される前の景色とボスの飼い主。いい加減頭が変になりそうだぜ……。

 

 

「……さて、どうせ俺には詳しい説明は無理だから省くが問わせて貰おう。成上、願いを代価に無辜の人々を守る為に悪と戦う番剣(ばんけん)になる覚悟は有るか?」

 

 だけどそんな状況でも分かる事が。鳥阿先生、もう少し説明を頑張るべきだろ……。

 

 

 

 




もう片方のオリジナルも宜しくお願いします


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説明

「……詳しい説明は私には無理だ。お前は何も期待せず黙って一緒に来れば良い」

 

 いや、途中で投げ出すなよっ!? 俺は突然の問い掛けに面食らうが、自他共に認める口下手な鳥阿先生は説明を放棄する。そういえばボスは何をしているんだと思ったら、心配そうに鳴きながら飼い主に寄り添っていた。っと、俺は何をやってんだ。どうせ後から教えてくれる事なら教えて貰えるんだし、先ずはあの子の無事の確認だよな。

 

「大丈夫、桃ちゃんは多分無事だよ。それと非日常的な事件に巻き込まれたんだ。メンタル異常な主人公じゃあるまいし、気にしなくて良いさ」

 

 少しだけ自分が恥ずかしくなっていた俺だが、雫の言葉で救われると同時に花ちゃんの無事にホッと胸を撫で下ろした。申酉 桃(さるとり もも)、それがボスの飼い主の女子中学生の名前だ。少しボーイッシュっつーか活発な印象な子で、俺と雫にとっては年下の友人だ。

 

 そんな子が訳の分からない事件に巻き込まれたかと思うだけで腹が立つ。そして幾つか理解した。番犬だのなんだのかは分からねぇ事ばかりだが、あの通り魔みてぇな奴が他にも居て、雫はそんなのと戦っているって事だ。鳥阿先生の問い掛けもそれで大体の意味は分かったぜ。俺の手に現れた赤い棒。あれはそんな連中と戦う為の力だってよ。

 

 なら、俺の答えは決まりきっている。考えるまでも……。

 

「これだけは言っておこう。今のお前は事件に巻き込まれた事による気の高ぶりで平静な状態ではない。その場のノリで戦っても役には立たん。少しは考えてから口を開けよ?」

 

 ……どうも付き合いがそれなりなだけあって心の中を見抜かれちまってるな。それと同時に心配されている。落ち着いて本当に戦いの世界に足を踏み入れるべきかを考えろってか。

 

 少しだけ冷静になった俺は自分の手の平に視線を向けた。気が付かない内に汗ばんでいて、あの戦いで緊張したのだろう。だから、時間が経てばきっと思い出す。死に掛けた事への恐怖を。俺は俺の愛する恋人が生半可な気持ちで戦いの世界に足を踏み入れたとは絶対に思わない。

 

(取り敢えず話を聞いて、それからじっくり考えるべきか)

 

 雫が戦っているんなら俺だって側で支えてやりたい。でも、中途半端な気持ちでは駄目なんだ。それじゃあ雫の邪魔にしかならないだろうからな。

 

「迎えの車が到着したらしい。行くぞ。その少女も連れて来い。一応精密検査を行おう」」

 

 携帯の着信を確認した鳥阿先生はそう告げるなり踵を返して歩き出し、俺は短時間で歩けるまでに回復したから歩き、雫は桃ちゃんを背負っていた。所で俺が歩ける迄に回復した事に驚いて無いし、まさか予想していたのか? でも、だったらお姫様抱っこの理由は何だ? 取り敢えず訊けば良いだけか。

 

 

「君をお姫様抱っこしたかったのさ! ……駄目だったかい?」

 

「いや、全く。まあ、今度は俺にさせてくれよ」

 

「今度と言わず、明日にでも。ほら、迎えの車だ」

 

 公園の入口に停車しているのはまさかの黒塗りの高級車リムジン。運転しているのは黒いスーツで如何にもSPって格好の……あっ。

 

「杉林さんっ!?」

 

「……久し振りだな」

 

 そう、まさか運転手はネトゲのオフ会で出会った顔見知りで……ヴォルテクトの家の警備員だった。

 

 

 

 

「さて、説明を始めようか。迅、君が理解している所だけを話してくれるかい?」

 

 高級車の内部は豪華で、俺は久々に座る座席の座り心地の良さに戸惑いながらも運転席に目を向ける。いや、雫や鳥阿先生、杉林さんまで関わっているとか、下手したらヴォルテクトや紫苑さんまで関係者じゃないだろうな。下手したら雫の両親も俺の両親も……いや、流石に有り得ないか。

 

 それよりも俺が理解している範囲? そう言われても殆どが流れからの推察だけど……。

 

「番犬? ってのが通り魔みてぇな奴と戦うエージェント的なポジションで……あっ! 通り魔が俺が出した棒をオーグだとか言ってたな。特殊な力で出した武器の総称か?」

 

 まあ、現実と漫画やラノベをごっちゃにするのはどうかと思うが、そういった物に触れているからか何となく理解が出来た。まあ、あんな力が存在する時点で非現実的だがな。……思い返せば通り魔の鞭って切り落とされた部分が液体になっていたよな。じゃあ、武器を出すだけじゃないのか? あの異常な身体能力だとか、俺の傷があり得ない速度で癒えている事とか、その裏付けになる事は沢山有るからな。

 

「まあ、大体そんな感じだね。その察しの良さも素敵だよ、迅。うん、確かに君が出した武器は王の道具と書いて王具と読む。因みに私の刀はは臣下の道具と書いて臣具(しんぐ)。銘は雷切丸(らいきりまる)さ」

 

 雫がウインクの後に出したのは俺を助けてくれた時の刀。鞘から少し抜いて見せてくれた刀身は綺麗なんだが、何故か俺と雫の相合い傘が腹に刻まれていた。それは別に構わないんだが、雷切丸……うん? 何処かで聞いた事が有るな。確か杉林さんが熱く語っていたっけな。

 

「……豊後の大名の大友氏二仕えた立花道雪が所持していた刀だ。元の名は柄の鳥の飾りから千鳥。雷を切ったとされ、資料館に展示された雷切丸の峰には実際に変色した部分が存在する」

 

 運転席から杉林さんが解説をしてくれる。ゲーム内ではネカマで好きな話題だと饒舌になる人だが、仕事中は相変わらずの無愛想さだ。まあ、運転を忘れて語られても困るけど。

 

「そうそう、それを一気にまくし立てていたよな。……ん? 資料館に展示?」

 

 流石は伝承マニアの杉林さん。ゲームのシナリオと神話の相違点に憤慨していたっけ。それはそうとして、資料館に展示されてるってんなら雫が持っているのは別物だよな。

 

「それ、名前が同じなだけか?」

 

「まあ、そうだと言えるね。王具と臣具は伝承が形となった存在で、希に人の中に宿っているんだ。……そして此処からが重要でさ。他の王具や臣具を破壊する事で力が貯まり、限界まで貯めた者はこう呼ばれるんだ。剣の王……剣王(けんおう)ってね」

 

「剣王? それで、通り魔が人を襲っていたのと関係有るのか? 犠牲者全員が宿していたとか?」

 

「それについては重要な事だし、番剣についてと一緒に語ろうか。その前に桃ちゃんと君の手当をしてからね」

 

「……だな」

 

 それもそうだ。重要な話なら本腰入れて聞きたいからな。俺が納得した時、見知った家の前に車が停まる。……いや、この家は本当に詳しく知っている家だ。なんせ雫の家だからな。

 

「じゃあ、父さんと母さんが待っているから入ろうか」

 

 おいおい、まさかのまさかで雫の親父さんもお袋さんも知っているって事かよ。ま、まあ、親の目を欺き続けるのは無理があるな。俺は知らなかったけど。いや、落ち込むな。雫が俺に話さなかったのは納得出来る理由が有るからだ!

 

 でも、少しだけ疎外感を感じて寂しかったのは本音だ。どうやら戦いの興奮が冷めた事で色々心に影響が出たみたいだな。こりゃ鳥阿先生が心配する筈だよ……。

 

 

「あっ、そうだ。迅、朝の約束」

 

「おっと、そうだったな」

 

 雫が俺の方を振り向いて唇を指差す。朝を約束、つまりただいまのキスをしろって事だ。俺は雫の頭と腰に手を回して唇を重ね合わせた。出来ればこのまま暫く続けたかったが杉林さんが五月蝿くクラクションを鳴らして催促しているし、お休みのキスまで我慢するか……。

 

 疎外感? まあ、感じてるけれど、雫が愛しいって気持ちが疎外感程度でどうにかなる筈が無いって。

 

 

「桃ちゃんは後で記憶操作が出来る番剣に頼んで散歩中に家に寄ったらうたた寝でもしていたと思わせるよ。親に怒られそうだけれどね」

 

「まさか通り魔に襲われたと正直には言えんからな。言ったとして警察の出番は先だ」

 

 杉林さんは他の仕事が有るから雫の家のリビングには俺と雫と鳥阿先生、そして雫の両親だけが集まっていた。

 

「それにしても迅君が王具を宿しているだなんて良かったわね、雫」

 

「話せない事に対して負い目を感じていたし、他の王具持ちとは契約をせずに戦って来たからな」

 

 俺は精々が知っている程度と思っていたんだが、どうやら二人は思いっ切り関係者だったらしい。だって親父さんが皮袋から出した水を掛けたら怪我が治ったからな。お袋さんも何か持ってるんだろうが……。

 

「あの、一つ教えて欲しいんですが……俺の両親も関係者?」

 

「ええ、そうよ」

 

 あっさりと告げられる真実。俺の周りの人達はフィクションみたいな世界の住人だったらしい。……どうやら何も知らなかったのは俺だけみたいだ。

 



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番剣

「ずっと黙っていてゴメンね。でも、関係者以外を巻き込むのは御法度だったんだ。それに……」

 

 流石に両親まで関わっていたのに何も知らなかった事でショックを受けた俺だが、そんな俺の姿にショックを受けたのは雫だ。少し心配そうな様子で俺に抱き付いて目をのぞき込んで来たから抱き締めて安心させてやった。

 

「俺が愛するお前を心配して無茶をやりかねないから、だろ? 大丈夫だ。お前を責めたりするかよ」

 

 ったく、何を無駄な心配しているんだか。俺がお前の意図を察せず怒るとでも思ったのかよ? いや、思ってないな。俺が分かってくれるって理解して、それでも俺が好きだから心配だったんだ。これは俺の落ち度だ。もっと俺がしっかりと想いを伝えていれば雫を不安にさせずに済んだのに……。

 

「おい、話の続きだ。そういう事は私が居ない場所で目障りにならない様にしていろ」

 

 あっ、自分が邪魔になるのは気が咎めるから二人っきりで楽しみなさいってか。まあ、そうするか。じゃあ、本題だ。

 

「雫、教えてくれ。どうして俺や桃ちゃんが襲われる事になったのかを」

 

 俺は巻き込まれた。そして俺には戦う力が宿っている。なら、知らなければならない。俺の問い掛けに雫は真面目な顔になり、少し離れる。惜しい気もするが、今は他事に気を取られている場合じゃ無いからな。何せ雫だって戦っているんだ。

 

 

 

「じゃあ、剣王についてだけれど、武勇が誉れとされた古代と違って今じゃそれ程でも無いってのは分かるよね? いや、世界チャンピオンとかは憧れるだろうけどさ。……簡単に言うと剣王になると願いが叶うんだ」

 

「例えば俺ならお前と幸せになりたい、とかか? まあ、俺の力で幸せにしてこそだけれどな」

 

「是非幸せにしてね。っと、話が逸れたね。まあ、君が言ったみたいに王具や臣具の使い手は相手が使える状態なら宿しているか何となく分かるんだけれど、宿していない人を殺しても微量だけれども力は貯まってしまうんだ。そしてその方法で力を得る事を選んだ奴を堕落した剣と書いて堕剣と呼ぶ。それに対抗する者達こそが番の犬じゃなく番の剣と書いて番剣なのさ」

 

「……成る程な。大体理解した。身体能力や治癒力の向上は使い手に与えられる者なのか?」

 

「正解! 因みに宿した物にどれだけ力を蓄えたかで上限が決まるし、力を引き出す努力をしなくちゃ上限の力を得られない。えっと、何に例えたら分かりやすいかな?」

 

 説明の途中、例として何を挙げるか迷う雫だが、鳥阿先生が口を挟む。その内容は意外な物だった。

 

「……ソーシャルゲームでキャラのレベル上限を上げるシステムが有るだろう。あれが力を蓄える事で、力を引き出すのはレベル上げだ」

 

「鳥阿先生、ソシャゲするのか?」

 

「……気晴らし程度でな。流石に今月は爆死続きでガチャを回せん。生活費が不味いからな」

 

「いや、それって……」

 

 少し課金廃人の疑惑が出て来たな、おい。他人と話すのが苦手だからってゲームに逃げてるんじゃ……。

 

「でさ、面倒な事に偶然目覚めた力に調子に乗って力を振るう馬鹿も居るんだ。願いを叶える為に一般人を襲うゲスもね。……ぶっちゃけ願いが叶うとか胡散臭いと思わないかい?」

 

 確かにな。周りを見れば雫の両親も似た反応だ。

 

「……そうなのか? 欲しいSSRが絶対出せるのではないのか?」

 

 あっ、絶対廃課金者だな、鳥阿先生。

 

「……さて、残りは王具と臣具の違いだが」

 

「それは私が話すよ。戦う道を選ぶにしろ選ばないにしろ、中途半端な状態は危ないからね。契約を結ぶついでに説明するさ……じっくりとね」

 

 鳥阿先生の言葉を遮った告げた時、雫は何かを企んでいる時の顔だった。あの顔を見たのは去年、俺の誕生日の事だった。

 

 

 

「プレゼントの準備が有るから待っていろって言われたけど遅いな」

 

 この日、俺は家にやって来た雫の頼みで自分の部屋の前で待たされていた。家に来る時にバックを一つ持って来たが俺の部屋に飾り付けでもしているのか? 気持ちは嬉しいけど、俺は一緒に過ごす時間が長い方が良いんだがなぁ……。

 

「も、もう入っても構わにゃ、構わないよっ!?」

 

 何か何時もと違って上擦った声、不信に思いながらも扉を開けた俺は固まってしまう。何せ扉を開けた時、目の前には女神様が光臨していたからだ。

 

 きめ細かい肌触りの良い肌、艶の有る黒髪。普段の余裕綽々な態度を装っているけれど実は限界ギリギリだ。目が泳いでいるし顔が真っ赤だからな。どうしてそんな風になっているかと言うと……裸エプロンだったんだ。俺もちょっと直視出来ない。

 

「ど、どうかな……?」

 

「俺の語録じゃお前の魅力を言い表せ切れない……」

 

 二人して沈黙のまま相手から顔を背ける。その時、結んだ布が擦れる音がしてエプロンが床に落ちてしまう。一矢纏わぬ姿に……はなっていない。エプロンの下はビキニだった。少し面積の少ない黒ビキニだ。……惜しい。

 

「ふふふ、ビックリしたかい? 見事に引っ掛かってくれたね。ドキドキしたかい?」

 

「……した」

 

 こ、此奴、全部演技だったのかっ!? 自分がいざという時になれば照れてしまうって俺に認識されているって分かった上で……。

 

「さてと……今日は君にこの格好で世話をしてあげよう。……襲ってみたくなったかい?」

 

 悪戯を企む時の笑顔を浮かべ、前屈みになって谷間の紐を指先で引っ張る。肝心の部分が見えそうで見えなかったのが残念。理性持つかな……?

 

 

 

 

 

「……あの日は良かったな。ちゃんと理性が持ったのが不思議な位に雫は魅力的だから……」

 

 この日、俺は詳しい説明をするからって雫の部屋で待たされていた。ベッドに腰掛け、あの時と同じ笑顔を見た事であの日の事を回想していた時、自分の部屋なのにノックをして雫が入って来たんだが女神様だな、マジで。

 

 風呂上がりなのか火照った体にバスタオルを巻いただけの体。あの笑顔を浮かべながら俺ににじり寄って来る。さ、流石に凄い色気だ。……きっと下に下着を着ているんだろうが。そう思わないと理性が持ちそうにない。胸の高鳴りを感じ、必死に真顔を装うが絶対バレている。

 

「さてと、君に私の王になって欲しいと言ったよね。実の所、剣王になれるのは王具の持ち主だけでね。私は臣具だから……まあ、別に構わないんだけれど」

 

「お前は叶えたい願いが無いのか? 胡散臭いと思ってるとはいえよ」

 

「いや、私の願いは君と一緒に幸せになる事だし、それは君が叶えてくれるじゃないか。でさ、王具持ちの勧誘がウザいし、君が私の王になってくれたら助かるんだ。ちょっとした契約で良いんだけれど」

 

「よし、なろう!」

 

「速攻だなぁ。まあ、君が思ってくれている証拠だし、嬉しくて堪らないよ」

 

 何が目的かは分からないが、口説く目的で雫を勧誘してるなら殺……許せない。雫は俺の彼女だ。俺は雫の方を抱き寄せ、雫は嬉しそうに抱き付いて来た。バスタオル越しに胸が押し当てられるが、この感触はまさか……。

 

「な、なあ、雫。そのバスタオルの下って……」

 

「当然裸さ。さて、君はどうする? バスタオル一枚の湯上がりの恋人とベッドの上で並んで座っている。据え膳食わぬは何とやら。私は君に恥を掻かせたくないなぁ」

 

 俺に抱き付き、そのまま力で押し倒す。え? ちょっ!? 力が強過ぎないか!? 抵抗しようにも俺の力じゃ敵わない。俺の上にのし掛かり、器用にボタンを外しながら俺に顔を近付けていた。俺の鼓動が高鳴っているのと同じで雫の鼓動が高鳴っているのも伝わって来る。

 

「いや、あのだな、雫」

 

「大丈夫大丈夫。私も君と同じで経験皆無だから」

 

「そうじゃなくって!」

 

 何度も思うが、此奴に手を出したいが勢いで出すのは嫌だ。だから耐えるが、向こうがグイグイ来て勢いで押し切られそうだ……。

 

「まあ、君の気持ちも分かるんだ。でもさ、君にとって必要な事なんだ。実は王具ってのは目覚めただけじゃ力が中途半端でね。王無き民は居ても、民無き王は居ないって事さ」

 

「……把握した」

 

 王になってくれってのは契約の事だったのか。まあ、それは良い。だが、この状況は何だ? この状況が契約ってんなら、契約を持ちかけて来た奴は……。

 

 

「おい、お前に契約を持ち掛けて来たのはどんな奴だ?」

 

「私の従姉妹の遥ちゃんだけれど……」

 

「なんだ、あのレズか」

 

 男じゃないのは一安心だな。って言うか、何やってるんだ、あの馬鹿。っつーか彼奴まで関係者かよっ!?

 

 

 

 

「はいはい、じゃあ契約を進めようか」

 

 俺の上に跨がったまま上体起こした雫はバスタオルをはだけさせ、胸を手で隠しながら妖艶に笑っていた……。

 

 




ストックも残り二つ  やる気の投下を!


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儀式

 俺と雫の関係は赤ん坊の時から始まっていた。まあ、祖父母の代から幼馴染だそうだし不思議でも何でもないんだけれどな。只、俺達の出会いは必然であり運命だったと思っているよ。

 

 どっちが先に好きになったとか、どっちの想いが大きいかなんて議論には興味は無い。幼稚園児の時にはキスを済ませていたし、小学校の時には既に恋人だって認識していた。まあ、そんな年頃の男女が仲良くしていたら弄くって来る連中も出て来るよな。

 

「成上と剣谷って結婚してんだろー!」

 

「未だしてないよ? 大人になったら絶対するけど」

 

「……そ、そうか」

 

 あの時のガキ大将は今では友人だし、披露宴には絶対招待する予定だ。まあ、雫と俺は小さい頃から恋仲で、その関係は愛が深まる以外は特に変わらない。まあ、高校生になった頃辺りで後ろから抱き締めながら胸を揉んだり、抱き合ってキスをしながら添い寝はしたけれど、それ以上には踏み込んでないんだ。絶対に娶るって決めているけれど、勢いとかで手を出すのはちょっとな……。

 

 雫も雫で冗談なのか本気なのか誘っては来るけれど、俺が乗らなかったら簡単に引き下がる。俺が手を出さない理由に納得しているし、嬉しいとも言われているよ。

 

 ……そんな風に雫の誘いに乗らなかったら俺だが、今正に雫に乗られてしまっていた。俺は上着のボタンを外されて前を露出しているし、雫はほぼ裸だ。顔を赤らめながら微笑む雫は手で胸を隠していて谷間しか見えない。腰の辺りに辛うじてバスタオルが巻き付いているけれど、今の手が自由な俺なら簡単に外せるだろうな。雫だって抵抗しないだろう。

 

 本当だったら止めるべきなんだろうが、王具の覚醒に必要な儀式だって言われている事が抵抗を鈍らせる。要するに手を出す理由を与えられて喜んでいるんだよ、結局。

 

「……ねぇ、女の子だってエッチな事に興味が無い訳じゃないって知っているよね?」

 

「……」

 

 興奮からか息が荒い雫だが、俺も同様に緊張と興奮を感じていた。惚れた女が半裸で自分に跨がって、手を出す事を正当化する理由をくれているんだ。胸の鼓動は早鐘の如く鳴るし顔だって熱い。全身の体温が上がるのを感じる中、雫は遂に覆い被さって来た。

 

「ま、待てっ!」

 

 今の雫は俺よりも力が強い。臣具の力を引き出すってのが俺より上なんだ。だから抵抗になるのは言葉だけで、儀式ってのが何処まで進める物なのか不明だから最後の理性が保ってている。だが、多分限界近い。覆い被さった時、腕を広げて俺に抱き付いたんだが、そうしたらモロに見えた訳だよ。今は俺の胸板に押し当てられている柔らかい物が。

 

「じゃあ、キスをしてくれ。……抱き締めてね」

 

 俺から自発的にする様に頼んだ癖にキスをしたのは雫から。それも唇を合わせるだけじゃない濃厚な奴だ。頭が蕩けそうな快感に最後の理性も崩壊間近な時、急に体が熱を発した。

 

「熱っ!?」

 

 興奮で体温が上がるとかじゃない異常な温度。こりゃ火傷したんじゃないかって驚いて叫んだ俺だが、熱は直ぐに収まって、まるで錯覚だったみたいに何も感じない。いや、違うな。何故か知らないけど凄い眠気だ。……雫の存在を感じていたいのに、それ以上に睡魔が俺を誘惑する。

 

「さて、儀式が終わったし、ゆっくりお休み。私も君を抱き枕にして眠らせて貰うから……明日から頑張ろうか」

 

 どうせなら俺が抱き締めたいが力が入らない。……何か最後に嫌な予感がするんだが、雫と一緒だったら絶対どうにでもなる。何せ俺の恋人で未来の嫁さんで女神様だからな。

 

 

「じゃあ、お休み。愛しい未来の旦那様」

 

 今度は軽いキスをされた辺りで俺の意識は完全に途絶える。体はクタクタなのに最高の気分で眠る事が出来た。

 

 

 

「……朝か」

 

 目覚まし時計が何時もと違う音を騒がしく鳴らす。どうも頭が上手く働かないな。目を開けるのも億劫だった俺は目覚ましのスイッチを切ろうと目を閉じたまま手探りして、何か柔らかい物を掴んだ、布に包まれているっぽいその物体には触った覚えがあって、何だろうかと揉んでみる。何か揉み心地が良いな。

 

「……朝から大胆だね。誘っているって事で良いんだね?」

 

 聞こえた声にまさかと思い目を開ければ最愛の恋人である雫が俺の隣で寝転がっていて、俺の手が揉んでいるのは雫の胸だ。分かってからも三回位揉んでから俺の頭に昨日の記憶が鮮明に蘇って来た。

 

「取り敢えず言っておこう。そのパジャマ可愛いな。おはよう、愛しい雫」

 

「おいおい、それだけかい? いただきます位言って襲い掛かっても良いと思うよ? おはよう、大好きな迅」

 

 雫が着ているのはピンクで花柄のパジャマなんだが、身長に合わせたサイズ選びなせいで胸が窮屈そうだ。……昨日の事を思い出しちまったよ。結局ハッキリ見えたのは少しだけだったのは惜しいよな。確かに此処で押し倒せば昨日よりもしっかり見えるんだろうが止めておこう。だったら今まで手を出さなかったのはどうしてだってなるからな。

 

 俺が理性を何とか制御していたんだが、雫は何を思ったのか俺の両手を掴んで自分の胸に触れさせる。もしかしてと思ったが……ノーブラだ、

 

「ねぇ、パジャマを左右に引っ張ってみてよ。軽くで良いからさ」

 

「まあ、軽くだったら……」

 

 流石に少し力を入れただけでパジャマがどうにかなるとは思えないし、それでも本当に軽く力を入れて引っ張っただけなんだよ。なのにボタンが弾け飛んで雫の胸が丸見えになった。急に解放されたもんだから揺れていたんだが、ついつい視線を向けていたのに気が付いて慌てて雫の顔に視線を戻せばしてやったりって笑顔だ。畜生、可愛いな!

 

 

「迅、今日は学校お休みね。風邪って事に……したら大勢の友人がお見舞に来るだろうから親戚の法事って事にしてさ。……君がすべき事は分かっているだろう?」

 

「ああ、そうだな」

 

 胸が丸見えの状態で雫の腕が俺の首に回されて、顔はキスが簡単な距離まで近付けられる。そう、俺がすべき事は明白だ。だから静かに頷いた。

 

 

「王具の効果で上がっちまった力の制御訓練だろ?」

 

「違うよ?」

 

「へ?」

 

 いや、絶対そうだと思ったんだけどな。……いや、そうだったな。

 

 

「おはようのキスが未だだったか」

 

「正解! 私は学校に行くけれど、ちゃんと昨日の内に訓練相手を用意して有るからさ。じゃあ、彼女との朝食に行こうか。先ずは着替えてから」

 

 雫は俺のキスを上機嫌で受けた後で着替えを始める。ついつい着替えを見てしまっていたが待たせているってんなら急がないと悪いよな。俺も用意された下着と服に着替えたんだが、雫の方はガン見だったな。

 

 しかし、訓練って何処でするんだ? 俺には訓練場所が思い浮かばなかった。少なくても近所にはそれらしい建物が無いからな。

 

「じゃあ、こっちね。新規一名様ご案内!」

 

 雫は俺の手を取ると壁に飾ってある絵に向かって歩き出す。あれって確か鳥阿先生が描いた絵だったよな? この時、俺はまさかと思ったよ。そして現実はそのまさか、伸ばした雫の手は絵の中に沈み、表面に波紋が発生した絵に俺達は吸い込まれて行く。おいおい、まさか此処まで非現実的な光景を目にするとはな。

 

「すっげ……」

 

 ただただ、そんな感想しか出て来ない。俺達は何時の間にか草原の中に立っていて、目の前には巨大な円形闘技場。海外の歴史ドキュメントや映画でしか見た事の無い光景に目を奪われる中、多分そうだろうって思っていた人の声が聞こえたので顔を向ければ、人数分の朝食を用意して俺達が話し掛けるのを待っていたらしい紫苑さんの姿があった。

 

 

「お早う御座います、迅さん、雫さん」

 

「紫苑さん、お早う」

 

「お早う、紫苑」

 

 挨拶を返せば鉄仮面みたいに殆ど変わらなさそうな顔の口元が僅かに緩む。彼女はクールビューティなんだけれど、心を許した相手には途端にガードが下がるからな。……ヴォルテクト相手には例外だけど。

 

 

「しかし、私が此処に居る事を疑問に思わないのですね。流石は私の親友…友人です」

 

「ま、まあ、杉林さんに会ったしな」

 

 その時から何となく紫苑さん達も関係者かなって思っていたんだ。だからその事には疑問は無い。有るとしたら別の事だ。

 

 

「なあ、その格好はどうしたんだよ? どう見てもライオンの……着ぐるみパジャマだよな?」

 

 そう、紫苑さんが着ているのは子供が喜びそうな着ぐるみタイプのパジャマだ。全身を雄ライオンのデフォルメされたみたいなので覆い、顔の部分だけ出している。何というかギャップで可愛いとさえ思ったんだけどな。……まあ、雫には劣るが失礼なので口には出さない。

 

 

 

 

「どうしたって、これが私の臣具ですが?」

 

 ……マジでかっ!?

 

 



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修行 上

 突然だが俺は今、非常に困惑している。それは俺の友人であるヴォルテクトの専属メイド的な立場であり、俺の友人でもある紫苑さんだ。

 

「迅さんは紅茶に砂糖は入れない派でしたね?」

 

「あ、ああ」

 

 入り込んだ絵の中で俺達を待っていた彼女は朝食の紅茶を煎れてくれているんだが、その動きは洗練されている。確か彼女主催のお茶会に招待された時も紫苑さん自ら煎れてくれたっけな。受け取った紅茶の香りは詳しくない俺には分からないが、きっと高級品なんだろう。マフィンやらベーコンエッグも美味しそうだ。普段なら雫とイチャイチャしながら食べるんだろうが、今は彼女の事が気になって仕方が無い。

 

「な、なあ、雫。王具や臣具ってのは伝承が形になった物なんだよな?」

 

「うん、そうだよ。神話や実在の人物の道具に纏わる伝承が様々な形になってね。例えば鳥阿先生だけど……ドリアン・グレイって知っているかい?」

 

 確かその名前は知っている。杉林さんが教えてくれた昔の小説で、確か主人公のドリアン・グレイが全然歳を取らず、肖像画が老けて行くって奴だった気が……。

 

「正解だ。鳥阿先生の臣具は正しくそれ、ドリアン・グレイの画材なのさ。絵の中に世界を創り出し、時に現実と虚構を入れ替える。まあ、生物を入れるのは本人の許可が要るとか制約は多いんだけれどね」

 

「確か相手の王具や臣具を破壊すれば力が上がるんだよな? そんなんで破壊可能なのか?」

 

「さあ? 元々互いに壊し合う為に存在するかどうかってのは議論が分かれるし、本人も好きな色と質の絵の具を出せるから画材代が浮いて助かるって思ってる程度らしいし」

 

 ま、まあ、どんな願いでも叶うって聞いて、例に出したのがソシャゲのガチャについての人だからな。能力自体は凄いんだけどよ。しかし、改めて聞いたら益々訳が分からない。だって、ライオンの着ぐるみパジャマの元になった伝承ってどんなのだよ!?

 

「……紫苑さんの臣具って何なんだ?」

 

「私の臣具ですか? ああ、成る程。迅さんはギリシャ神話には詳しくはないのですね。今後堕剣と戦う為にも伝承についての知識は必要です」

 

 いや、だからさ。ライオンの着ぐるみパジャマってどんな伝承が元になってるんだって話なんだよ。普段のクールな立ち振る舞いのせいで違和感が凄いぞ、今のこの人。

 

「じゃあ私が勉強を手助けしようか。……シチュエーションとしては女教師と男子生徒の個人授業だね。迅、黒ストッキングは好きかい?」

 

「お前が履くならな。雫は美人だから何でも似合う。俺の自慢の恋人だよ」

 

「君だって私の自慢の恋人さ。君が望むのなら恥ずかしい格好だってしようじゃないか。君が喜ぶ、それが私の喜びなんだから」

 

 雫の手をそっと取れば暖かい体温が伝わって来る。小さくてスベスベで、何時までも握っていたくなる手だ。いや、それだけじゃ終わらない。どうせだったら抱き締めたい。だから俺は雫を引き寄せて抱き締めた。

 

「……強引だね。でも、君にされるなら嫌いじゃないよ。ねぇ、キスしてくれるかい?」

 

「今直ぐしない理由が見付からないな」

 

「あっ、いえ、紅茶が冷めるので先に飲んで頂けますか? それと登校時間も迫っています。では、どうぞ」

 

 紫苑さん、こりゃ少し怒ってるな。俺達はキスは雫が学校に行く時までにお預けにして朝食を食べ進める。このマフィン、市販のとは全然違うな。ヴォルテクトの弁当を作ってるらしいが流石紫苑さんだわ。

 

「……ふむ。ねぇ、紫苑。迅が気に入ったらしいし、私にマフィンのレシピを教えて貰えないかな? 矢っ張り彼女としては未来の夫に自分の料理を喜んで欲しいんだよ」

 

「なら今度の週末にでも。折角の休日ですし、ヴォルテクト様からのデートの誘いを断る絶好の口実ですので。その後はカフェで女子会ですね」

 

「良いね! 私達は互いの友人関係も大切にしているし、偶には一緒じゃなくて他の相手と過ごす日も決めて有るから都合が良いや。……まあ、私の友人の殆どは迅の友人でもあるんだけどさ」

 

 ちょっと狡いよね、そんな風に拗ねた演技をする雫が可愛いのでスマホに保存しておこうか。最近容量が一杯だし、パソコンに新しいフォルダーを作らないとな。

 

 

「じゃあ、私は学校に行くよ。……放課後まで会えないのは寂しいけれど、穴埋めはしてくれるかい?」

 

「当然だ。……絶対にまた会おう」

 

「たかが半日足らずで大袈裟な。相変わらずの関係ですね。……少し羨ましいです。私にはその様な相手は居ませんから」

 

「ヴォルテクトはどうなんだい?」

 

「……あっ?」

 

 俺達の姿を目にして寂しそうな表情の紫苑さん。雫が慰める為にジョークを言ったんだが逆鱗だったか。よし! 絶対にこのネタで紫苑さんをからかうのは止そう。俺は堅く心に誓う。……その位怖かったんだよ、今の彼女。

 

 

 

 

「さて、それでは始めましょうか。この力をコントロールするには実戦形式が一番です」

 

 朝食も終わり、雫を送り出した俺と紫苑さんが向かったのは円形闘技場の内部。雲一つ無い青空と無人の観客席が広がる物悲しい空間で紫苑さんは俺と距離を開けて向き直り、両手を地に着けて尻を上げた四つん這いのポーズ。まるで猫が獲物に飛びかかる時みたいだな。いや、ライオンは猫の仲間だけれど。

 

「今の迅さんは例えるならばアルマジロが急にパンダの人気を得た状態。振り回されるのは必須ですが、慣れればどうにかなります。さあ! ご準備を」

 

「お、おう……」

 

 微妙に分かり辛い例だが仕方無いな。俺は例の赤い棒を取り出して構える。少し昨夜よりも手に馴染んだ気がした。これが雫との儀式の影響か?

 

「おや、構えが中々様になっていますね。何処かで棒術の道場にでも?」

 

「カンフー映画やらマンガに憧れて通信教育を少々」

 

「おや、それは奇遇ですね。私もです。ですが……」

 

 うん、少しミーハーっぽいが本当の事だ。一時期熱中した映画の真似がしたくて申し込んだが、まさかこんな風に役に立つとはな。全く予測が……まあ、予測出来るはずが無いんだが。俺の返答に少し驚いた後で嬉しそうにする紫苑さんだが、表情が一変する。アレはまるで獰猛な獣だ。

 

「私が習ったのは黒虎拳(こっこけん)。更に私の臣具に合わせて改良した物。名付けて紫苑流ライオン拳! 安心して下さい。殺す気では行きません。剛爪収納……肉球プニプニ率五〇〇%向上!」

 

 ライオンの脚から生えていた爪が引っ込み、反対に肉球が震え始める。あの肉球、恐らくは猫の肉球以上のプニップニさだ。正直言って触りたいが、俺の特訓に付き合ってくれているんだ。他事を考えている場合じゃ無いよな!

 

 

「よし! んじゃ、行くぜ!」

 

 棒を上段に掲げ、踏み込みと同時に振り下ろす。振り下ろした先端が向かうのは紫苑さんだが、その姿は突如消えて代わりに地面を砕いた。一撃を叩き込んだ地面は蜘蛛の巣状に罅が入っている。確かにこの力をコントロール出来ないのは危険だな。それよりも紫苑さんは一体何処に……後ろっ!

 

 背後から聞こえた音に反応した俺は棒を間に滑り込ませてガードするが、肉球による掌打が俺の体を弾き飛ばす。こりゃ凄い。強いのは知っていたが、臣具の力を引き出したら此処までかよ。咄嗟に後ろに飛ぶ隙も与えられず数メートル後ろに飛ばされた俺は棒の先端を地面に突き刺して勢いを殺して止まる。紫苑さんは追撃もせずに俺を見ていた。

 

「遠慮は不要です。私に全力で打ち込んで来て下さい。先に言っておきますが私は別格。今の迅さんでは砂猫とパンダ位の差が有りますので」

 

「いや、それは分かったよ。一つ聞きたいのは……どうしてパンダなんだ?」

 

「パンダは大きな熊の猫と書くからです。……後は普通に好きだからですね」

 

「……うん、分かった。じゃあ、行くぜっ!」

 

 今度は捻りを入れた突き。今の俺が出せる最大速度の一撃だが、肉球で簡単に弾かれる。こりゃあの肉球のプニプニ度でも防ぎきれない一撃を叩き込むしかないって事か。俺、友達との殴り合いの喧嘩は嫌だけど……こういった競い合いは大好きなんだよ!

 

 

「良いな! ドンドン行くぜ!」

 

「……おや、もうコツを」

 

 突き、薙払い、振り下ろし、一撃一撃に全力を込め、尽く肉球に弾かれる。なのに向こうの一撃で俺は直ぐに吹き飛ばされていた。こりゃアレだ。燃えて来たって奴だよな! 力が更に漲る。幾度と打ち込み続け徐々に紫苑さんの動きが読めだした。

 

「せいっ!」

 

 そして遂に腹部に渾身の突きを叩き込む。流石に息が上がって来たが、俺はどれだけ続けていたんだ? 時計は無いが、結構な時間を費やした気がするんだが。俺は流石に疲労のピークを迎えて膝を付くが紫苑さんは涼しい顔だ。さっきの突きも効いちゃいないな。

 

 

 

「私は三日で終わると予想し、ヴォルテクト様は迅さんならば二日で十分だと仰いました。……まさか半日足らずで終えるとは。……雫さんの予想が的中ですね」

 

 聞けば夕方だとよ。まさかそんな時間まで続けてたのか。どうりで疲れた訳だってか、紫苑さんには感謝だな。にしても雫が予想していたとはな。

 

「流石雫だ。俺の事を分かってる。……うん、今後もハードルを越えなくちゃな」

 

 彼奴が信頼してるなら俺は絶対にそれに応える、それだけの話だ。紫苑さんはそんな俺の言葉に呆れつつも感心した笑みを向けてくれていた。

 

 

「もう大丈夫でしょう。何か軽食を用意……の前にこれを脱ぎましょう。土埃で汚れています……し……」

 

 俺が棒を仕舞った時みたいに着ぐるみパジャマを消す紫苑さん。だが、その言葉は途中で途切れる。俺の目の前の彼女は上下黒の下着姿だった。

 

 

「あっ、忘れていました。服を着ていませんでしたね」

 

 ……咄嗟に目を逸らしたが恥ずかしくて言葉が出ない俺と違って紫苑さんは凄く冷静だ。いや、何でだよ!?

 

 

 

 所で紫苑さんの着ぐるみパジャマや俺の持つ棒って一体何なんだ?




ストック減ってきた  やる気スイッチ 感想です


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修業 下

 問題です。貴方は友人である女子高校生の下着姿を偶然目にしてしまいました。相手は自分のミスだとして怒っていません。では、次に取るべき態度は?

 

「すいませんでしたぁ!」

 

 謝ります。いや、だって年頃の女の下着姿を見てしまったんだぜ? しかも一瞬つっても王具による強化でハッキリと見えていたし、開き直らず謝るのが一番だと思うんだよ。友達だしな、紫苑さんって。友達でなくても謝るけれど。

 

「いえ、私のミスなのは明らかなので頭を下げられても困るのですが。早く頭を上げて下さい。と言うか、口調が変わっていますよ?」

 

「だったら何か着てくれ!」

 

 最初に言っておこう。俺は雫の下着姿なら是非見たいが、他の女の下着姿を見たいとは思わない。だから高校生でも買える程度のエロ描写の漫画だって買わないんだ。寧ろ買ったら雫の奴が、自分が同じ事……いや、それ以上をしてあげる、とか言って来る。頻繁に下着姿の画像を送って来るしな。

 

 だが、見たいとは思わないのと何も感じないのは別だ。紫苑さんは美人だし、スタイルも雫の奴が胸が大きく色気が分かりやすいセクシー系なら、長身スレンダーで腰だって括れている。俺、実はスタイルに対してどっちが好きかとかは無いんだ。雫のスタイルだから好きだって感じでな。だからスレンダーな長身に清楚な下着姿の紫苑さんに色気が無いとは思わない。

 

 だから着ぐるみパジャマを脱いで下着姿のままで居られると非常に困る! 雫に誤解……は俺を信じてくれるのは確定だが、紫苑さんが下着姿で居た時間の倍を下着姿の雫と過ごす事になるだろうからな。……いや、別にそれは良いのか?

 

 そんな風に困る俺と違い、紫苑さんは羞恥心など見せずに困った風な声を出す。困っているのは俺だけどな!

 

「そう言われましても他に着替えを……臣具を着れば良いだけでしたね」

 

「……最初からそうしてくれ」

 

 ああ、駄目だ。流石に友人の下着姿をモロに見ちまったし、何か話題を探さないと。話すなら雫についてだよな? 雫が良いよな? 他に選択肢無いから雫にしよう。

 

 

「そう言えば雫はどうやって臣具に目覚めたんだ? 昨日は色々……あって訊けずにいたんだ」

 

「ああ、儀式で肌を合わせてキスをしたのですよね。迅さんが眠った後、雫さんが電話をして来ましたよ。このままズボンもパンツも脱がして朝から一発やるべきかと相談されたので、脱がし合うのも楽しみの一つではないかと提案しました。……余計なお世話でしたか?」

 

「いいえ、助かりました」

 

 彼奴、話したのかっ!? いや、流石に恥ずかしいな。つい敬語になりながら感謝する俺だが、紫苑さんもとんでもない事を提案するな。

 

「雫さんが目覚めた切っ掛けですが、あれは中学三年の夏、雫さんの部屋で女子会をやったのですが、私と雫さんとマリーちゃんが猥談で大盛り上がりしていた時です」

 

「猥談!?」

 

「卑猥な談義と書いて猥談ですがご存知で有りませんでしたか? ああ、それとも私が猥談をするのが意外で?」

 

 少しだけ楽しそうに笑う紫苑さんは成る程、ヴォルテクトの他にも実はファンが多いからな。彼奴は嫉妬なんかしないタイプだが、流石に最強無敵の生徒会長様が公然と口説いている相手にアタックする猛者は居ないけれど。

 

「……まあ、堅物なイメージが有ったからな。友人でも分からない事は有るもんだ」

 

「では、今日は更に二人の絆が深まったという事で。……話を戻しましょう。猥談の途中、雫さんが貴方にどうやって襲われたいのか言い出しまして、最終的に目隠ししたメイドとご主人様というシチュエーションについて熱く語っている途中でくしゃみをしたらポロッと」

 

「そんなのでっ!?」

 

「切っ掛けは人それぞれですので」

 

 それぞれにしても程が有るだろっ!? まあ、俺との事に興奮した結果だというのは嬉しいけれどな。

 

「まあ、王具やら臣具といった訳の分からない物について此処まで知識が有る時点で予想されているでしょうが、ヴォルテクト様の家は代々番剣を支援していまして、十万円課金したのに欲しいSSRキャラがすり抜けばかりで来ない事に落胆した時に力に目覚めた鳥阿先生共々訓練を受けていただいていました。……迅さんに黙っていた理由ですが、この様な異常な力が広まれば混乱を生みますので」

 

「そりゃそうだ。横を歩いてる奴が急に剣を取り出して暴れるかもなんて思われたら禄な事になりゃしねぇ。関係者以外には黙っておくべきだ。……しかし、本当にあの人って大丈夫なのか?」

 

 鳥阿先生、何やってんだよ。……あれ? そのマリーちゃんって奴も刀を出したの見てたんだよな? 例の記憶の改竄が出来るって人に任せたのか? しかしマリーね。雫の人間関係全てを把握したい訳じゃ無いぜ? プライベートは夫婦にだって必要だ。だから何時か夫婦になる俺達にも有るんだが……全く話題に出た事が無いな。精々が小学生の時に誕生日プレゼントでやった人形がそんな名前だっただけだが、人形と猥談ってのも妙な話だしな。……ネット通信か?

 

 

「あっ、そう言えば紫苑さんも……じゃなくて紫苑さんの臣具は結局何なんだ?」

 

 危なっ! あんな儀式を行ったのかって質問するとかセクハラだっての。友人関係に終止符を打つ気かよ、俺ぇ!

 

「ギリシャ神話の英雄であるヘラクレスに与えられた難行の一つであるネメアの獅子の皮です。雫さんが刃の腹に相合い傘を刻んでいるのと同じで、本人の意志である程度変えられるので変えました」

 

「え? じゃあ、着ぐるみパジャマなのって紫苑さんの趣味?」

 

「ええ、趣味なので。……流石にパンダには変えられませんでした。大熊猫と書きますし、ライオンだって猫科なのに意味が分かりません」

 

 す、拗ねてる!? あのクールな紫苑さんが本気で拗ねていやがる。いや、別にパンダとかの可愛い物好きなのは薄々理解していたけど、まさか此処までだなんてな。

 

「じゃあ、俺のは何なんだろうな? ……確か臣具持ちと契約すればその内名前が分かるんだっけか?」

 

「ええ、ヴォルテクト様も私との契約後の三日後に判明して大はしゃぎでしたよ。……正直鬱陶しい程に」

 

「えっと、紫苑さんって確か彼奴とは長い付き合い……いや、何でもない」

 

 俺は自分の王具である赤い棒を取り出して眺める。正直言って少しだけ予想って言うか、希望は有るんだがな。まあ、流石にアレのファンの俺が偶然宿しているとか……でも、そうであって欲しい。そんな俺の表情から読みとったのか、どうも紫苑さんだって俺の王具に予想が付いているらしい。

 

「私は一度破門された状態で助けに行くエピソードが好きですが、迅さんは?」

 

「義兄弟の契りを交わした相手との戦いだな。あの敵は特に有名だしな」

 

 どうやら同好の士は身近に居たらしい。互いに笑みを浮かべ、拳を合わせる。俺の周囲じゃ原作を元にした奴のファンばかりなんだよな。読めば良いのに、面白いから。

 

「じっくり語りましょう。……っと言いたい所ですが、私も夕方から用事が有るので失礼します。直ぐに雫さんが迎えに来ると思いますので出入りの仕方を教えて貰って下さい。……ああ、それと」

 

 どうやら予定ギリギリまで付き合って貰ったらしいな。こりゃ本当に世話になったし、今度何かお礼をするべきかと考えていた俺の耳元に紫苑さんの口が近付けられ、囁かれる。

 

「私もヴォルテクト様とは迅さん達と同じ方法で契約しております」

 

「んなっ!?」

 

 いや、急に何て事を教えるんだ、この人はっ!? 不意打ちだった為に俺は昨日の光景と二人の姿を重ね合わせてしまった。下着姿を見ちまったのも関係有るんだろうがな。

 

 豪奢な天蓋付きキングサイズベッドの上、上半身裸で寝転がるヴォルテクトに跨がった下着姿の紫苑さん。何時もみたいに冷静な態度で下着を脱いで、ジロジロ見て来るヴォルテクトに文句を言うんだが、誉め言葉に赤面した隙に引き寄せられて……いや、俺は友人を使って何を考えているんだよ!?

 

 

「ふふふふ。冗談です。片手の手の平を合わせて契約の文言を語るだけでも可能なので。雫さんにも教えたのですが、迅さんが王具を持っていた時の為にエッチな方法を知りたいと頼まれまして。……ああ、それと。折角ですし、私を使って感じた興奮は雫さんにぶつけてあげて下さい。迅さんに会えずに色々と溜まっているでしょうから」

 

 では、そんな風に言いながらお辞儀をした紫苑さんは凄まじい速度で遙か彼方に去っていく。……完全にからかわれたな、こりゃ。

 

 どうやら俺の友人は一枚も二枚も上手らしい……。




ストック尽きた  さて、頑張ろう


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