汚い幼女が多過ぎるので片っ端から虐待()して減らすことにした (ブラブレ8巻難民)
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万引き少女を捕まえたので虐待することにした
初日:出会い


 ──2021年、人類はウイルス性寄生生物『ガストレア』に敗北した。

 それから10年経ち、文明はある程度回復したが……狭い国土に追いやられ、絶望と共に生きてきた『大人たち』──『奪われた世代』の心は、未だに全くと言っていいほど癒えていない。

 その弊害の一つが──

 

「そいつを捕まえろぉぉ!」

 

 ……これだ。

 蛮声が響き渡り、街道の人波を押し除け少女が走っている。

 しかし少女は途中で『ある人物』を見た途端に足を止めてしまい、それが隙になったことで追手に捕まってしまった。

 その追手は『大人たち』──そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「放せぇ!」

 

 無数の手に押し潰され、少女の骨が軋む音が聞こえても……周囲に少女を助けようとする動きはない。それどころか、誰もが『大人たち』を称賛し、少女に罵声を浴びせる始末だ。

 

 ──『呪われた子供たち』

 人類を滅亡寸前にまで追い込んだ存在、『ガストレア』と同じ力と身体特徴を持つ者の総称。

 件の少女がここまで忌み嫌われている理由。それは、人類が持つガストレアへの不満や恐怖を八つ当たりでぶつけられているからだ。

 

 この狂気的な光景は、今や世界中で見ることができる。つまり、十数年前とは多数派が入れ替わったことで、これは『狂気』ではなく『普通』になっているのだ。

 

 しかし────

 

「──ハイハイ、皆さんちょ〜と離れてくださいなぁ」

 

 少女が『ある人物』に助けを向かって助けを求めて手を伸ばし、近くに居た少年がその手を払おうとした直前──のらりくらりと人混みを避け、いつの間にか少女たちに近付いていた女性が、少女の手を強く握った。

 

「──痛ッ」

 

 少女は何を見たのか、周囲から見てもハッキリとした怯えと、手を強く握られたことによる悲鳴を上げた。

 

「ウチのツレが失礼しやしたぁ……ちょっちエサを渋るとすぐこれでさぁ。連れ帰ってしっかり再教育してやるんで、今回はここまでにしてくれやせんかねぇ皆様方」

「ひっ、ひぃ……! イヤッ、助けて……!」

「コイツが壊したモン、盗んだモンについては勿論弁償させていただきやすが、先ずはコイツがこれ以上暴れないよう連れ帰りやす。てな訳であーしはこれにて失礼をば」

 

 女性は再びのらりくらりと人波を避け、嫌がる少女の腕を無理矢理引いて帰った。

 その様子を見て、野次馬達はひそひそと何かを言い合っている。

 

「なぁ、アイツって……」

「あぁ、間違いない。『掃除屋』だ」

「マジか。純血会の奴らをドン引きさせたっていう、あの『掃除屋』か」

 

「……おいアンタら、その話、詳しく聞かせろ」

 

 先程少女の手を払いかけた少年が、手近に居た男性の肩を叩いて声をかけた。

 

「……『掃除屋』は、大勢の『赤目』を集めて、奴らを虐待していることを公言してるキチガイだ。

 その虐待の手法は公表されてるんだが……見た奴は皆、『産まれて初めてガストレアに同情した』と言うほどらしい」

「写真とか音声とかがネットに上がってるから見てみるといい。気が狂いそうになるぞ」

 

「……そうか、よく分かった。ありがとう。

 ──延珠、一人で家まで帰れるか?」

 

 話を終えると少年は、路地を飛び出し駆けていた。

 

 ────これは『狂気』に呑まれた社会の中でも一際目立つ、とある『狂人』の物語である。

 

 

 *

 

 

 ──さぁ、虐待を始めよう。

 『赤目』は総じて力が強いが、全力で逃走し、その後男達に押さえつけられ、弱っている今なら、私でも十分御し切れる。

 

 まず手始めに服を無理矢理脱がせ、限界まで熱した湯船に押し込む。

 

「〜〜〜ッッ!!」

 

 フハハ、あまりの熱さに声にならない悲鳴を上げている。

 これだけでも十分効果的だが、虐待上級者の私は更にここから追撃として、頭から同温の湯をかけてやる。こうすることでくまなく全身を湯責めできるのだ。

 

 ある程度湯責めをしたら、目の荒い布で身体中が赤くなるまで擦ってやる。

 そしてある程度熱さを忘れたところに再び湯責め。緩急を付けて、長く苦しめてやるのだ。

 続けて、劇物である苛性ソーダを用いて自作した石鹸で、赤くなっている肌に更に刺激を与えてやる。自作であることを明かすことで、原料に何が含まれているのか分からない恐怖を与えることも忘れない。

 

 湯責めが終わったら、服はこちらで用意していたものを着させる。動きを阻害し、逃走を困難にするのだ。

 この時点で少女はグッタリしていたが──こんなもので虐待は終わらない。

 

 伝手をフル活用して集めている『ゴミ』を加工し、少女の前に置く。

 

「こ、これは……?」

 

 ただ一言──『食え』と命令する。

 加工してあるとはいえ『ゴミ』は『ゴミ』 口に運ぶのには相当の勇気が必要だろう。実際少女は涙ぐんで震えている。

 無慈悲にもう一度『食え』と命令すると、少女は泣きながら『ゴミ』を咀嚼し始めた。

 

 『ゴミ』処理を終了させた少女は、最早意識を保つことも難しいのだろう。半目になってフラフラしだしたので、狭い個室の狭いベッドに放り込む。

 後は少女が眠るまで、ひたすら監視する。只々無意味な視線に晒され続ける苦痛を味合わせ、今日の虐待は終りょ────

 

「民警だ! 『子供たち』を解放しろ!!」

 

 ──ククク、どうやら今日の楽しみはまだ終わらないらしい。

 たまに来るのだ。こういう正義感溢れる輩が。

 声からして、まだ十代か。理想を掲げる若者が、何もできずに帰る姿を拝みに行きますか────

 

 

 *

 

 

 ──拉致されたと思ったら、手厚く介護されていた件。

 

 暖かいお風呂に入れられて、垢を落とされ、手作りだという石鹸で全身を洗ってくれた。

 着心地が良くて、可愛らしいお洋服も与えてくれた。

 『フードバンク』なる組織から貰った、食べられるが捨てるしかない食材を使って料理を振る舞ってくれた。

 柔らかいベッドに入れられて、眠るまで見守ってくれた。

 

 朝一番に『民警が来たが追い払ってやった』と高笑いしていた件だけは、何のことかよく分からなかったが……間違いなくこの日私は、彼女に救われたのだ。

 

 

 *

 

 

 ……悪名高い『掃除屋』が、ただの良い奴だった件。

 しっかり話を聞けば、『虐待』と言われていた数々の所業は全て、むしろ『子供たち』のためになることばかりだった。

 しかも誤解が解けた後に、『呪われた子供たち』を引き取った場合の公的支援や、『掃除屋』の伝手を使った個人的な援助について熱烈なスピーチをされたのは気圧された。

 ……だが、やたらと『虐待』という言葉を使いたがるせいで、無駄に時間を食わされたことは許さん。

 

 ちなみにその件は『同居人と話し合って決める』と言って、考える時間を貰った。

 

 ────これが俺と、特殊過ぎる趣味を持つ彼女の、最初の出会い。

 




 
 また一人、『汚い幼女』が減らされてしまった……代わりに生まれたのは『綺麗な幼女』だ……クッ、おのれ掃除屋()


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番外:蓮太郎「俺の知り合い変なのしかいねぇ……」

 少年──里見蓮太郎が『掃除屋』の拠点を出た時にはすっかり夜も更け、彼の自宅が見える頃には、時刻は深夜二時近くになっていた。

 名も知らぬ少女が誘拐(という名の保護)された後、無駄に多く存在する『掃除屋』の拠点から彼女達を探し出すため、多大な時間を必要とした結果である。

 これによって疲労困憊の彼は────

 

「ヒヒ、こんばんは里見くん」

 

 ──目頭を揉んで、天を仰いだ。

 そして流れるような動作で携帯を取り出し110番を押す。

 深夜に自宅近くでふざけた格好をした変態に出待ちされていたら、誰だってきっとそうするだろう。

 

「ちょっ、ちょっと待とうか里見くん。今回は話をしに来ただけなんだが」

「…………手短に頼むぜ影胤。睡眠と来週の小テストの勉強に使える時間が減っちまう」

 

 しかし丁度『話せばわかる変態』と交流を持った直後の彼は、少し迷った後、会話に応じることにした。

 

「単刀直入に言おう。里見くん、私の仲間にならないか?」

「……お前が『七星の遺産』をどうする気なのかによる」

「無論、大絶滅を引き起こすために使う」

「……なら、俺はお前の仲間にゃならねぇよ」

 

 ──彼はほんの少しだけ期待していた、『優しいオチ』なんてものが存在しないことを悟る。

 

「私につくなら金だろうが女だろうが、好きなものを好きなだけ与えられる。今すぐ用意できるだけでも──」

 

 影胤は蓮太郎が残念そうな顔をしたことを見て取ると、手品のように地面からアタッシュケースを出現させ、足で蓮太郎の方に滑らせた。

 ケースは蓮太郎の前で止まると同時に蓋が跳ね上がり、中に詰まった札束が姿を現した。

 

「──経済的に苦しい君からすれば大金だろうが、私には端金だ。私につけば、君の知らないソレの使い方を教えてやれる」

「興味ねぇよ。だからコレは返すぜ」

 

 蓮太郎はケースを同じ位置に戻るように蹴り返す。

 影胤はしばらく元の場所に戻って来たケースを見つめていた。その間、遠くから聞こえるエンジンの音だけが場違いに静寂を埋めていた。

 

「……君は大きな過ちを犯したよ、里見くん」

「過ちね……俺に過ちがあったとすれば、最初に会ったときにお前を倒せなかったことだよ、影胤」

「くだらん! あくまで任務を遂行し────」

 

「──危ない、アクセル全開ッ!」

 

 そんなバカげた台詞が聞こえた次の瞬間大型バイクが影胤に突撃をかまし、斥力フィールドによって軌道を上に逸らされた。

 しかしライダーは己が遭遇した怪奇現象を気にも留めず、何事もなかったかのようにバイクを停めてこちらにやって来た。

 

「あ、()()()

「ん。久しぶりだね、小比奈」

 

「──は、ハアァァ!?」

 

 どこからともなく現れた小比奈が『母』と呼んだライダーは、なんと『掃除屋』だった。

 

「しっかし、頭のおかしい格好をした奴が道路のド真ん中に突っ立ってると思ったら、旦那じゃねーですか。こんな所で何してるっすか?」

「頭がおかしい自覚はあるが、君にだけは言われたくなかったね。それに、『こんな所で何を』というのもこちらのセリフだ」

「あーしは少年の忘れ物を届けに来てやっただけっすよ」

 

 そう言った彼女は、蓮太郎に何かを投げ渡した。

 

「これは……!」

 

 ──スプリングフィールドXD。

 蓮太郎の拳銃だった。

 

「仕事道具を忘れるなんて、里見少年はおバカでやんすねぇ。その調子だと、いつか最重要アイテムのイニシエーターも忘れて現場に直行しそうで、あーしは心配でゲス」

「…………」

 

 彼女の口調には突っ込みどころしかないが、図星を突かれた蓮太郎は目を逸らして黙り込む。

 

「そういえば私と初めて会った時、イニシエーターを連れていなかったようだが、まさか里見くん──」

「黙れ影胤! 余計なこと言うんじゃねぇ!」

「アヒャヒャ、既にやらかしてたっすか!」

「うるせぇ笑うな! 用が済んだんならとっとと帰りやがれッ!」

「へいへい、そんじゃあーしはこれにて失礼をば」

「……待て」

「なんすか少年。とっとと帰れと言ったのは少年でしょうが」

 

「いや、ナチュラルに金を持ち去ろうとしてんじゃねぇよ」

 

「……好きにしたまえ。元々消える予定だった金だ。大して惜しくもない」

「へへ、感謝しやすぜ旦那ァ」

 

 ──そうして彼女はケースを持って帰っていった。

 ……その方向から聞こえてくるパトカーのサイレンについては、三人共務めて聞こえないフリをしたという。

 

「なんだか抜き差しならない状況になってしまったが、どうするかね?」

「お前らもさっさと帰れ。俺は寝る」

 

 

 ────ちなみにこの日の授業を蓮太郎は全て寝て過ごした。

 そんな蓮太郎の授業態度を知った延珠が、学校の楽しさを彼に語る日が来るのだが──それはまた、別のお話。

 



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二日目朝:その虐待は病に至るのか

 ──『掃除屋』の朝は早い。

 日の出と共に朝食の準備を始める。彼女の『虐待』に『インスタント』という手抜きは無い。『作り置き』も基本的にはしないのが彼女のポリシーだ。

 それが完成すると同居人を起こし、朝食を取る。実に健康的──いや、今日は少し趣向を変えてきたらしい。

 

(昨日は初日からハードな虐待の連続だったから、今日は緩め──なぁんて優しいことはしてやりやせん。まずは子供の大嫌いな『早起き』から始め、朝食でも虐待を行いやす。

 具体的に言うと──今日の朝食は『ラーメン』

 食事としてのグレード自体は、昨日の『ゴミ処理』と比べれば大幅に上がっていやすが……圧倒的、塩分過多! 朝っぱらからこんなモンを食わされたら、肥満や高血圧になること請け合いの代物!

 フフフ、これが遅延性の虐待とも知らず、美味そうに食べている……実に将来が楽しみッス)

 

 ……この女、相変わらずの阿呆である。

 『呪われた子供たち』はガストレアウイルスに守られているため、肉体が強制的に健康な状態を保つようになっている。彼女達は病気とは無縁の存在なのだ。つまり──生活習慣病にもかかる訳がない。

 そもそもこれを普通の子供に行ったとしても、一日二日で効果が出るようなものではない。

 『掃除屋』は『虐待』への慣れ防止のために、手法を毎度のように変えてしまうから本当に意味がないのだ。遅延性の虐待は、『掃除屋』には向いていなかった。

 

 ──そこ、『そもそも虐待ってなんだっけ』とか言わないっ

 

(さて、食事が終わったら──)

 

「──来い」

「はーい!」

 

 口調と声だけは『悪い大人』のような『掃除屋』だが、行動が完全に『良い人』なせいで、攫ってきた少女からは昨日と打って変わって全幅の信頼を向けられている。

 

(ククク、美味いものを食べて気分がいいのでしょうが……今からその笑顔を絶望に変えてやりやしょう……!)

 

 ……本人は全く気付いていないらしいが。

 

「──注射だ。じっとしていろ」

「ちゅーしゃ? でも私、どこも悪くないよ?」

「そんなことは知っている。お前たちは無駄に頑丈だからな。これは『侵食抑制剤』と言って、お前たち『赤目』の寿命を伸ばすものだ」

 

(子供が大嫌いなものその二。注射! 数少ない、直接的な痛みを伴う合法的虐待!)

 

 侵食抑制剤は貴重なので、基本的にはガストレアと戦う役目があるイニシエーターに優先して供給されている。しかし聖天子主導の『呪われた子供たち』との共生政策により、彼女のように『子供たち』を引き取った人間には、数こそ少ないものの、侵食抑制剤が支給されるのだ。

 

 ──ただし、注射器は当然針無しである。

 

(…………反応が薄いッスね)

 

 ──やはり、『掃除屋』はアホだった。

 



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二日目昼:同好の士

『キャアアアアア!!!』

 

「やめ、ろ……! ぅぐっ、やめるのだ……!」

「アヒャヒャヒャヒャ!! やめろと言われてやめる奴なんているッスかぁ?」

 

 少女の悲鳴が響き渡り、掃除屋は嗤う。

 延珠は掃除屋の暴挙を止めようと奮闘するが、その度に返り討ちされ、彼女自身も苦悶の表情を浮かべる。

 

「さて……そろそろ終わりにしやすかねぇ」

 

『痛ッ、くぅ……! うあああああ!!』

 

「まっ、待つのだ! そんなことをされたらっ、死んでしまうではないかッ!!」

「それが嫌なら、自分の力であーしを止めてみるッスよ」

「こ、の……!」

 

 掃除屋の手が動くたび、悲鳴が上がる。少女の命が削れていく。延珠はそれを、ただ見ていることしかできなかった。

 そして遂に、最後の一撃が────

 

『死ぃねぇぇぇぇ!!!』

 

「やめるのだあああ!!」

 

 しかしその懇願は届かず、少女は息絶えた。

 

 ──K.O.!!

 

「また負けた……」

「ヒヒヒ、またあーしの勝ちッスね」

「もう一回! もう一回勝負するのだ!!」

「いいッスよぉ? さて、今度はどいつの悲鳴を聞かせてくれるんスかぁ?」

 

 ……もうお分かり頂けたと思うが、掃除屋は先日の少女の件で里見家を訪れ、帰ってきていない蓮太郎を待っている間、ゲームをしていただけであった。ちなみに彼女は『悲鳴がとてもリアル』ということで、大層お気に召しているらしい。(※体感には個人差があります)

 

「ぬぅぅ! どうして今日始めたばかりの初心者がこんなに強いのだ!?」

「頭の構造が違うからッスよ」

「ムキーッ、今バカにされたのだ! 妾、学校では成績上位なのに!」

「いや、バカにしたわけじゃないんスが……」

「じゃあどういう意味なのだ!?」

「どういうもなにも、()()()()の…………いや、悪かったッスね」

「なんだお主今の間は!? さては面倒だなとか思って──ア゛ッ、そのコンボはダメなのだああああああ!!」

「──はい、またあーしの勝ち」

「うぬぬぬぬ、もう一回!」

「……さては勝つまでやる気ッスね?」

「勿論なのだ! あ、手加減したら怒るからな!」

 

 いくら気に入ったゲームとは言え、流石にそれは辛い──と、掃除屋は苦笑いした。

 

 ──するとその時ドアホンが鳴らされ、ゲームが中断された。掃除屋は密かに一息吐く。

 

「む? 誰か来たのだ。掃除屋殿、少し席を外すぞ」

「了解ッスよ〜」

 

 そして延珠が玄関に向かうと、現れたのは──

 

「やっほー延珠ちゃん、来ちゃった♪」

 

 ──延珠の親友、舞であった。

 

「む、舞ちゃん!? 何故ここに……?」

「今日はお父さんもお母さんも仕事でいないから、ご飯当番私なの。それで買い物することにしたんだけど、前に延珠ちゃんがここのスーパー安いって言ってたから、来てみたんだ。そしたら本当に安くってもうビックリ! もやしとお肉がいつもの半額以下で買えちゃった!

 ──という訳で、延珠ちゃんにはお礼にコレをあげます!」

 

 そう言うと彼女は、買い物袋からキーホルダーを取り出した。

 

「おぉ、天誅レッドの新ステッキではないか! 先週出てきたばかりなのに、もう商品化されているとは……しかし、良いのか?」

「いいのいいの。お兄ちゃんと私の分で、二本買ったジュースに付いてきたやつだから。お兄ちゃんはたぶんいらないって言うだろうし、貰ってくれないと逆に困っちゃうかな?」

「そうか……では遠慮なく頂くのだ!」

「うん、じゃあまた明日ね!」

 

 そうして舞が振り返ると、蓮太郎が帰宅してくる姿が確認できた。舞は蓮太郎の元に駆け寄り、一礼する。

 

「……ん、君は」

「里見さん……ですよね? こんにちは。

 私、延珠ちゃんの友人の、神崎舞と言います」

「あぁ合ってるよ、俺が里見蓮太郎だ。延珠がいつも世話になってるらしいな」

「いえいえ、こちらこそお世話になっています」

「……礼儀正しいな。世の中の子供が皆、君みたいな子だったらどれだけ良かったか……」

「あ、あはは……苦労なさってるんですね……」

 

 ──大人から子供まで、知り合いにイロモノしかいない蓮太郎は天を仰ぎ、その様子を見た舞は苦笑する。

 

「……ところで、もう帰るのか? もうすぐ暗くなるし、途中まで送っていこうか?」

「いやいや、何を言っておる蓮太郎。お主はお客さんを待たせておるではないか。舞ちゃんは妾が代わりに送るから、蓮太郎は早く中に入るのだ」

「客……? あぁ、そういえばアイツ今日来るって言ってたな」

 

「『そういえば』ってなんすか里見少年。まさか忘れてたんスか?」

 

「──ッ!」

 

 玄関で長話をしている三人に痺れを切らして表に出てきた掃除屋を見て、蓮太郎は焦ってアイコンタクトを送る。

 掃除屋は悪い意味で有名だ。面識があると知られて良いことは少ない。彼と掃除屋が知り合いであると舞に認識されれば、延珠にまで害が及ぶ。それだけは阻止せんと、蓮太郎は必死に『頼むから黙って部屋に戻ってくれと』目で訴えた。

 

「あぁ、悪い悪い。例の件だよな? 遅れた分、さっさと話をつけようぜ。

 延珠、スマンが舞ちゃんを頼んだ」

「うむ。それはいいのだが……何をそんなにソワソワしておるのだ?」

「ほッとけ。んなこたどーでもいいからさっさと行ってこい」

 

 蓮太郎は努めて冷静に対応するが、内心の焦りを延珠に見透かされ、少し声が裏返る。

 延珠はそれを更に追及しようとするが──意外なところから助け船が入った。

 

「そうだね延珠ちゃん早く行かないと今度は延珠ちゃんが帰る時大変だろうしだからもう行こうよほら早く早く」

「ノンブレス!? ま、舞ちゃんまでどうしてしまったのだ!?」

「アハハ、何を言ってるのかな? 変なのは延珠ちゃんの口調であって私じゃないんだよ? 大丈夫。だから私はダイジョウビ……」

「明らかに大丈夫じゃないのだ! くっ、蓮太郎が焦っていたのはこれか……! 確かに早く、家まで送り届けてやらねばな!

 舞ちゃん、歩けるか!?」

「ウン、ダイジョウブ……」

「よし、行くぞ!」

 

 こうして延珠は、いい感じに勘違いして立ち去った。

 

「……何かよく分からんが、助かったな」

「里見少年はやっぱりおバカでやんすねぇ。どうしてあんなにあからさまだったのに気付かないんスかぁ?」

「……どういうことだよ?」

「あーしが言うのは野暮だと思うんスが、里見少年。君にとってあの娘は──」

 

 ── 『()()()()』ってことでやんすよ

 

 

 *

 

 

「ねぇ延珠ちゃん……あのお客さんとは、延珠ちゃんも知り合いなの?」

「いや、今日が初対面だな。蓮太郎の客人だと言うから家に上げたが、そういえば名前も聞いておらぬ」

「危な……知らない人をお家に入れたら駄目だよ? まぁ今回は本当にただのお客さんだったみたいだけど……」

 

(──あ、あっぶなかったあああああ!!! しかもちょっと心の声漏れてるしいいいいい!!! 会話の流れ的に不自然じゃなかったから良かったけど! けど!)

 

 帰り道。少し冷静になった舞は、盛大に冷や汗を流していた。

 

 延珠の親友、舞の両親は民警である。そして二人のイニシエーターは、掃除屋の紹介で引き合わされた子供なのだ。

 そのため舞は、度々自分が紹介した子供の様子を確認しに来る掃除屋と面識がある。そして、イニシエーターと良好な関係を築いている両親に育てられた彼女は『呪われた子供たち』に忌避感を持っていない。

 

 しかし、世界に染み付いた『子供たち』への差別意識は酷く根強い。善良な子供であっても──いや、善良な子供ほど、ガストレアウイルスを内包する彼女等を敵視する親を見て、それを真似る。だから舞は、親友と親友であり続けられるように、己の心をひた隠すのだ。

 

 ──まぁ延珠はその『呪われた子供たち』の一人なので、彼女の心配は全くの杞憂なのだが。

 

「いや、妾なら相手が不埒な輩でも撃退できるが……それはそれとして、以後気を付けるのだ」

「うむ、それでよろしいのです。

 ──じゃあ今度こそ、またね。送ってくれてありがとう」

「……体調はもう大丈夫そうだが、無理をするでないぞ?

 ──では、また今度なのだ」

 

 そうして小さくなっていく親友の背中を見送りながら、舞はポツリと呟いた。

 

「掃除屋さんと繋がりを持つ人……里見蓮太郎さん、か。今度個人的に会ってみたいな」

 

「いくら舞ちゃんでも、蓮太郎はあげないからなあああ!!!」

 

「……取らないし、取れないって」

 

 親友の反応にクスリと笑い、彼女は玄関の鍵を開けた。

 

「おかえり舞──何かいいことでもあったのか?」

「うん。晩ご飯の材料が安く買えたのと──」

 

 ── 貴重な同好の士を、見つけたんだ

 




 
 余談。
 今作舞ちゃんは拙作『赤目の守護者』の『神崎舞』と同一人物です。こちらを読んでから来た方の場合、『舞ちゃんの両親のイニシエーター』については疑問に思われるだろうということで……少し裏話を。
 拙作の舞ちゃんは仙台エリア出身であり、そちらに居た時から両親は民警だったのですが……今作では『引っ越す時に民警を辞めて慎ましく暮らす』方を選択しています。
 神崎夫妻は紆余曲折あり、もう一度民警をやることにしますが……ペアの組み直しで序列が下がり、その影響で『影胤テロ』の件には関わっていません。
 また、延珠ちゃんの赤目バレもしていないので……舞ちゃんのお兄ちゃんが未踏査領域に突撃するフラグが全部折れてます。

 Q:じゃあ逆に『赤目の守護者』時空の掃除屋はこの頃何やってたの?
 A:別の家の見回りに行ってた。神崎家との関わりがないので、10区方面には足を運んでいないのです。その影響で万引き少女及び蓮太郎と遭遇せず、忘れ物返却イベントが発生しないので、影胤と再会することもなく……普段通りに虐待活動をやってました。


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二日目夜:絶叫

 ──『奪われた世代』が、憎かった。

 

 私達から普通に生きる権利を奪っておきながら、被害者面をしている大人が……大嫌いだった。

 

「今帰ったッスよ〜」

「……おかえり、なさい」

「なーにをそんなに震えてるんスか? 今日の虐待は朝ので終わりッスよ〜?」

 

 ……だけどこの人は、今まで見てきた大人とは何もかもが真逆だった。

 『奪われた世代』でありながら、己を『加害者』であると言って憚らない。誰よりも残虐な言動をしておきながら、実際には私達を助けてくれる。

 ……でも、

 

「ねぇ、私の引き取り手は……見つかった?」

「あぁ、それで震えてたんスか。ヒャヒャ! 残念ながらお察しの通り、一日で引き取り手が見つかることなんてまずまずないッスよ!」

 

 ……あぁ、良かった。

 

 緊張が解かれ、力の入っていた肩が落ちる。そして落ち着くために、深呼吸を一つ。

 

 引き取り手が見つかってしまったら、もうここにはいられない。やっと出会えた優しい人と、離れ離れになってしまう。

 いつかこの生活が終わるのは、解っているけれど。それが、少しでも長く続けばいいと────

 

「──ですが、運が良かったッスねぇ! ()()()()()()()()、良き虐待の理解者が!」

「──ッ」

 

 そん、な……

 もう、終わりなのか。まだたったの二日だ。たった二日で、またあの地獄が始まるというのか。

 

「いや、だ」

 

 世界が『呪われた子供(わたし)たち』に優しくないというのは身に染みて理解している。だけど、これはあんまりじゃないのか。一度天国を知ってから地獄に突き戻されるくらいなら、初めから優しさなんて知りたくなかった。

 

「なんでもするから、どんな虐待だって受け入れるから──私を、捨てないで……!」

 

 それに対し、彼女は────

 

 

 *

 

 

「──今、『どんな虐待もだって受け入れる』と言ったッスね?」

「う、うん!」

「クックック……それが何を意味するか、本当に分かってるんスかぁ? 今までは合法的な範囲に抑えていやしたが、これからの虐待は倫理も常識も無視した厳しいものになりやすよ? それでもいいんスね?」

「いいよ! あなたの虐待なんて怖くないんだから!」

「その威勢がいつまで持つか、見ものっスね……」

 

 そうして掃除屋は部屋を出て、虐待の準備を始めた。

 

(ククク、たしかアレが──あった)

 

 指揮棒のように長い針を持ち、彼女は邪悪に笑う。

 更にはデコボコとした鉄板を取り出し、加熱を始めた。

 

(どれだけ『赤目』が頑丈でも、所詮は人間。粘膜の部分はあーし達と同じく無防備。しっかり温度も感じるし、心は歳相応に脆いことが多い。だから『赤目』を虐待する時は、この辺りを責めるのが定石)

 

 ……なんだか雲行きが怪しいが、大丈夫なのだろうか。

 

(という訳で今回はセオリーに従って──タコ焼きを作りやしょう)

 

 ──いや、いつもの掃除屋だった。

 

(クックック、辛い虐待を覚悟したところにこのタコ焼き……警戒心は確実に緩む。そんな状態でコレを口にすれば大火傷待ったなし! しかも今回は残虐性マシマシ──中身に大量のカラシが入ったものが含まれているロシアンタコ焼き!! 我ながら、自分の発想が恐ろしいッス……)

 

 おそろしく平和な発想である。

 

「さぁ、できたッスよ〜☆」

「…………たこ焼きだ」

 

 少女も『怖くない』と言いつつ一抹の不安はあったのか、胸を撫で下ろしている。

 

「いただきます!」

 

(計画通り……)

 

 少女は無警戒にたこ焼きを頬張り、美味しそうに食べている。

 どうやら熱さには耐性があるらしく、掃除屋は内心下を巻いた。

 

(やるじゃないッスか……流石に『怖くない』と言うだけのことはありやすね……

 ですが、本命はカラシの方! さぁあと三つッス。流石にこれを耐えられる訳が──)

 

 ──と、その時。少女は何かに気付いて箸を止めた。

 

「……どうしたッスか?」

「……掃除屋さんは、食べないの? そういえば、あなたが何か食べてるところ、見たことない」

「あ゛ぁ ん ? ガキに心配される程落ちぶれちゃあいねぇんですよぉ」

「……やっぱり、食べてないんだ」

「食ってるッスよ! お前達『赤目』にやってるのとは全く別のモンを、たっぷりと!」

「別のモノって?」

「あ゛? ……教える義理が無いッスね」

「…………残り、食べていいよ」

「──んなっ」

 

(まさかコイツ、中身に気付いて……!?)

 

「元々あなたが作ってくれたものなんだし、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

(コイツ──間違いない、勘付いている! ここで食べないということは、中身に細工をしたと認めるも同然。仕方ない──)

 

「一つでいいッス。本当に、ちゃんと他で栄養は摂ってるッスからね」

 

 そして掃除屋は、たこ焼きを一つ摘んで口元に放った。

 

(確率は1/3! えぇいままよ!)

 

「はい、ご馳走さんッス。

 そうだ、あーしは急用を思い出したんで少し留守にするッスが、その間に逃げようとか考えないことッスね」

「え、ちょっと! あなたこそ逃げないで! コラ! ちゃんとご飯は食べなさーい!!」

 

 …………そうして一人になった部屋で、少女は残りのたこ焼きを口にした。

 

「……私も料理、覚えなきゃ」

 

 ── 一方その頃、外周区に絶叫が響き渡っていたらしいが……それは特に関係のないお話である。

 

 

 *

 

 

「お前、才能あるッスね。今度から虐待する側になる気はないッスか?」

「是非!」

 

 そして密かに、虐待()大好き人間が一人増えていたのだった。



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掃除屋の過去:前編

 シリアスブレイク前。早くほのぼの書きたい。


 

「……あの、先生」

「なんですか、弟子二号」

「今日って、虐待の手法を教えてくれる約束だったよね?」

「そうですね」

「えと……じゃあ、()()は?」

「究極の簡易虐待キット。俗に言う()()()()ですが」

「いや、それは見れば分かるんだけど……」

 

 正式に掃除屋さんの弟子となってから、最初の授業。彼女は口の悪さ以外善人そのものであるため、今更銃とか鞭とかペンチみたいな、『THE 拷問器具』が出てこないのはまぁ分かる。そもそも私とて、そういうのが使いたくて弟子入りしたワケではないので別にいい。

 ──だが。だがしかし、だ。

 

「カップ麺って、お湯を入れるだけでしょ」

「ふっふっふ、やはり分かっていませんでしたか。カップ麺の凄さを……!」

「凄さ?」

 

 掃除屋さんはポケットから取り出した伊達メガネを着け、ニヤリと笑った。口調もいつもの『サンシタむーぶ』と違って、本当に丁寧になっているし……先生として振る舞う時は常にこんな感じなのだろうか。

 

「いいですか? カップ麺は単体で『食材』『調味料』『保存容器』『調理器具』『食器』としての機能を果たしている、究極の簡易料理です。どんな虐待初心者でも、これなら失敗しません」

「おー、そう言われるとなんか凄い気が。

 ──って、ごまかされると思ったの?」

「うぐっ」

 

 やはり、何か隠している。

 ジト目で見つめ続けて無言の抗議を行うと、彼女は観念して頭を下げた。

 

「……ごめんなさい。急用が入ってしまいました」

「なら最初から、そう言ってくれればいいのに。何時くらいに帰ってくるの?」

「……分かりません。何せ、本当に急だったので」

 

 

 ────あ、コレはダメだ。

 

 

 掃除屋さんの声と瞳に()()()()()()()()を感じて、咄嗟に彼女の手を掴んだ。

 

「何時になるか、分からなくても……帰って、くるんだよね?」

 

「…………夜が明けても私が帰らなければ、この鍵で私の部屋に入り、金庫を開けてください」

 

「私、そんなこと聞いてない……ねぇ、ちゃんと帰ってきてくれるんだよね?」

「……さて、時間ですのでいってきます」

 

 ──行かせるものか

 

 力を解放して、掃除屋さんの胴にしがみついた。

 

「行かせないからッ! だって、そういう顔して商店街に行った子は……! 誰もっ、誰も帰ってこなかったッ!!」

「……大丈夫です」

「『帰ってくる』って言うまで離さない」

 

 この人は、嘘を言わない。どれだけ『誤解』されるようなことを言っても、『嘘』は言わないのだ。だから──

 

「……ごめんね」

 

 突然お腹に強い衝撃が走って、肺の空気が全部抜けた。心臓がビックリして、一瞬身体の時間が止まって。

 

 ──気付いたら、掃除屋さんはいなくなっていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

『──助けてくれ』

 

 老翁が、若い女性に頭を下げていた。

 彼の背後には、全身が黒焦げになっている人間がいた。彼はその、性別すら分からなくなった人間を助けるために頭を下げていたのだ。

 

『……全力を尽くします』

 

 女性は初めこそ唖然としていたが、すぐに行動を開始した。

 その甲斐あって、二人は患者の命を救うことに成功する。

 

 老翁はそれに破顔したが、何故か女性は複雑そうな表情をしている。

 

『よろしかったのですか? 私に、貴方の技術を見せてしまって』

『構わんとも。それで一人でも多くの人間が救われるのであれば』

 

 その言葉を聞いて、女性は首のロケットを握り──

 

 

 *

 

 

『ぁあ、アうあァ?』

『……これではとても、救えたとは言えんな』

『……そう、ですね』

 

 二人が助けた人間は、命以外の全てを失っていた。

 脳以外の殆どは機械化され、その残った脳すらも、かつての記憶を残していない。

 辛うじて分かったのは、女性であったということと、年齢が十代前半の若者だったということくらい。

 

『……彼女はね、()()()()()()()()()()()()()()んだそうだ』

『──なんですって?』

 

 『赤目の子供』と聞いた瞬間、女医の目が血走ったものに変わった。

 

『……我々は医者だ。人を救う存在だ。

 ならば我々は、彼女の行動を讃えるべきなんじゃないかい?』

『えぇそうです。そうですとも。我々は『()()』救う存在です』

『……君も、『子供たち』を人として扱う気はないのだね。

 ()()()()を本心から誓ったのは、おそらく私以外では君だけだった。だから君とだけは、分かり合える気がしていたんだがね……残念だよ。

 ──二人は私が預かることにしよう』

『……そうですか。さようなら──()()()()()()()()教授』

 

 それ以降、四賢人の道が交わることは一度もなかった。

 

 

 *

 

 

「……あぁ、随分と懐かしい夢を見た」

 

 まだ私が、復讐に囚われていた頃の夢。

 まだ四賢人が、手を取り合えたかもしれなかった頃の夢。

 

「彼らは今、どうしているのだろうな……なんて、私らしくもない」

 

 今でこそ『呪われた子供たち』への忌避感も薄れ、感傷に浸ることができているが……あの時の私はきっと、何度繰り返しても彼と決別するだろう。

 

 ……だがそれでも、こうしてたまに、願う時があるのだ。

 

 『あの優しい少女が成長した姿を、見てみたい』と──

 

 

 *

 

 

「君に一つ、私の技を見せよう」

 

 ── マキシマム・ペイン

 

 斥力フィールドが大きくふくらみ、蓮太郎は一枚岩に叩きつけられた。頭部から血が噴き出し、肉が潰れ、骨は圧壊寸前にまで追い込まれる。

 

(……ダメだ、勝てない)

 

 延珠と小比奈の戦闘力は、完全に伯仲している。だから勝敗を分けるのは、パートナーの実力であることは言うまでもない。

 蓮太郎が最初から『禁じ手』を使っていれば、勝負になった可能性はあるが……目標物を回収し、早く依頼を終了させたいという焦りを突かれ、不意打ちを受けてしまった今それをしたところで、時すでに遅しだった。

 だからこそ──

 

「逃げろ、延珠」

 

 冷徹かつ、合理的な戦術的撤退を、蓮太郎は選択した。

 

「嫌だッ!」

 

 しかし延珠はそれを拒み、小比奈は彼女の背後を取る。

 蓮太郎は相棒の危機を救うため、最後の力を振り絞って銃口を──

 

「その必要はないッスよ」

 

 突如斥力フィールドが軋み、影胤は自ら作り上げた障壁に激突した。

 その衝撃で『マキシマムペイン』は解除され、蓮太郎は膝を突く。

 延珠と小比奈も、突然の事態に困惑している様子だ。

 

(なんだ、何が起こった……? まさか、個人兵装の制御に失敗したのか?

 いや、でもアレは──)

 

 蓮太郎の目には、影胤の斥力フィールドが()()()()()()()()()()ように見えた。

 加えて、その直前に聞こえた声は────

 

「──クヒッ、クククッ、クハハハハッ!

 あぁっ、私は嬉しい。まさか、まさか君が再び戦場に舞い戻るとはッ」

「ぶん殴られてケタケタ笑うとか、相変わらずキモいですね旦那ァ。キモ過ぎて長時間同じ空気吸いたくないんで、さっさとケースを少年に渡してやってくれやせんかねぇ」

 

「まさか……そこに居るのか、掃除屋ッ」

「居るッスよ。少年」

 

 半信半疑で虚空に呼びかけると確かに返答が為され、蓮太郎は掃除屋の存在を確信した。

 そして、『呪われた子供』ではない透明人間ということは──

 

「お前も、機械化兵士だったのか……!」

「そういえば、まだ名乗ってなかったッスね」

 

 ──元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊 『新人類創造計画』 ヒナミ・()()()()()()()()

 

「弟子が家で待ってるんス。何としてでも──夜明けまでには帰るッス」




 次回:シリアスブレイク! 蘇るほのぼの


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掃除屋の過去:後編

 
 大変長らくお待たせ致しました。拙作『赤目の守護者』において掃除屋がゲスト出演した記念で更新再開でございます。

 ……ただしシリアスさんはまだ少し息がある様子(おい)

 そして、明けましておめでとうございます(×2)


 

 ──掃除屋、ヒナミ・グリューネワルトは記憶喪失である。

 それも物語にありがちな『エピソード記憶のみの欠落』ではなく、言語や計算能力も含めた『完全な喪失』だ。

 

 故に治療後、彼女の精神は赤子と変わらぬ『無垢』から再開した。

 そして、彼女の父は言った。

 

『〝子供たち〟は、人類の希望である』と。

 

 ヒナミは機械化兵士として、モノリスの結界拡大を目的とした戦い──第二次関東会戦に出るようになった。

 ちょうどその頃は、グリューネワルト翁より少し遅れて『子供たち』の戦闘力に目を付けた国が、彼女らを実戦投入し始めた時期だった。

 ヒナミは多くの戦場でガストレアを薙ぎ倒し、人を守り、『子供たち』を守った。そして、他人との関わりが増えた彼女は気付き始める。

 

 自分や父以外の人間は口を揃えて『赤目のバケモノは、人の姿であっても駆除しなければならない』と言うのだ。

 

 ヒナミは、考えた。

 『どちらが正しい?』『正しさとは何か』『合理的であることだ』『誰もが納得できる理論こそが〝正論〟つまり〝正当〟である』と。

 

 ヒナミは、混乱した。

 『〝子供たち〟を冷遇するに足る、納得できる理由が見つからない』『父の言う通り〝子供たち〟は希望である筈だ』『しかし誰も、理解を示さない』『つまり、合理的ではない。これは正しい考えではない』『だがどれだけ考えても〝子供たち〟を冷遇するに足る理由は見つからない』

 

 ──混乱の果てに、彼女は狂い始めた。

 『どれだけ信じられないことでも、現実は変わらない』『私は間違っている』『〝子供たち〟が虐げられるべき存在ならば、そうしよう』『論より証拠、行動あるのみ』『実際にやってみれば、見えてくる事実もあるかもしれない』

 

 ……ただヒナミは、狂い切れなかった。

 生来の善性に加え、義父グリューネワルトより学んだ『命への畏敬』が彼女を踏み留まらせた。

 この『命への畏敬』については自他共に認める『正しい考え』であったので、彼女には『心身問わず子供に不治の傷をつけない』という大前提があったのだ。

 

 しかしそうなると、彼女は『子供たち』にどう手出しすればいいのか分からない。

 そこで彼女は、()()()()を参考に虐待の手法を編み出すことにした。

 

 ヒナミが知る中で唯一の、『〝子供たち〟と人間の共生例』

 そう──

 

 

()()()()、結婚してください』

『…………正気かね?』

 

 

 戦場で何度か顔を合わせた、仮面の魔人。

 

『あなたと小比奈ちゃんを、近くで観察したいんです』

『いーよー!』

『……まぁ、小比奈がいいなら構わないがね』

 

 この頃の彼は承認欲求が満たされていたことで、特に狂気的な行動もなく……『良き夫』であり『良き父』であった。

 小比奈は感情表現が豊かであり、ヒナミにとって観察しがいのある娘のまま育った。

 夫婦は婚姻届を出しておらず、娘はウイルスによる遺伝子操作で血縁関係すら無い。そんな仮染めの関係ではあったが……ヒナミもまた『妻』として、『母』として、あらん限りの愛情を二人に注いだ。三人は、幸せだった。

 

 

 ──第二次関東会戦が、終わるまでは。

 

 

『約束の日が来てしまいましたね』

『……ねぇママ、どうしてもお別れしないといけないの?』

『うん。すっごく名残惜しいけど、今日から私と影胤さんはね、別々の場所で戦わないといけないの』

『……パパ』

『駄目だ。……これ以上一緒に居ると、別れが辛くなる』

『パパは、今お別れするなら辛くないの? 私は……今でも充分辛いよ?』

『私だって辛いとも。だが、()()()()()()()()()()()()()()。本来は交わらない存在なんだよ。ここでお別れするのが、一番だ』

『…………パパきらい』

 

 そうしてヒナミは、親子と別れた。

 小比奈は最後の最後まで抗議したが、手を出すことはなく、父から離れることもなかった。

 ……心の奥底で、父の言葉を理解していたのだろう。

 狂った自分達と、狂い切れない彼女は違うのだと。この先自分達が行う悪逆非道を、彼女は許せないだろうということを。

 

 だからそう、互いに解っていたのだ。次に会った時、親子と彼女の関係がどうなるのか──

 

 

 

 *

 

 

 

 そして今、死闘が始ま

 

「バタンきゅう」

「ヒヒ……やはりキミには勝てないね……」

 

 ……死闘には、ならなかった。ヒナミの圧倒。瞬殺であった。

 小比奈はコミカルな呟きを残して気絶し、影胤は手足を伸ばし切って、木に背を預けて座り込んでいる。その手に握られていた二丁拳銃は真っ先に弾かれ、今は延珠の手元にある。

 

「当たり前ッス。()()()()()()()()()()()。アップグレードされてないどころかメンテも受けてない旦那にゃ負けやせんよ」

 

 そう言うと彼女は、無造作に投げ捨てられていた七星の遺産(ケース)を拾い上げ、踵を返した。

 

「……何故だ、ヒナミくん」

「何のことスか?」

 

 立ち止まり、しかし振り返らず、彼女は問い返した。

 

「何故、私達を殺さない?」

「あーしの依頼は『ケースの奪取』だけッスからねぇ。余計な手間を増やしたくないんスよぉ」

「今やらないと、後悔するよ」

 

「──はぁぁぁ……」

 

 ヒナミはケースを置いて溜息を吐き、華麗なターンを披露してツカツカと影胤の方へ歩み寄って……思いっきり、股間へ足を振り下ろした

 これには影胤も色を失い、反射で斥力フィールドを局所展開。しかし対するヒナミも『想定内』とばかりに、踵へ斥力のピンヒールを形成。彼の防御を紙切れのように貫き──局部数cm前の地面を抉った。

 

()に、小比奈()の前であなた(父親)を殺せと?」

「…………甘いね。相変わらず」

「旦那にゃ言われたくないッスねぇ」

「……甘い? 私が?」

 

「だってあなた、至る所で『私は世界を滅ぼす者』とか吹聴してますけど──その実()()()()()()()()()()()()()()()でしょう?」

 

 彼は世界の混沌と闘争を望むが、決して滅亡を良しとはしない。

 『迷子』と言うには傍迷惑過ぎるが……『純悪』には、程遠い。

 

 そんな彼の内面を、よく知っているからこそ。

 

「帰る場所なら、用意してあるんスけど」

「…………やはり甘いよ、キミは」

 

  ──〝エンドレススクリーム〟

 

 斥力フィールドの槍が、ヒナミの身体を押し離した。

 それは、拒絶の意思だった。

 

(……まぁ、こうなることは分かっていましたが。フられるのって、思ってたより心にキますね……)

 

「キミが私と共に来るなら、歓迎しよう。だがキミは、拒むだろう? 私も同じだ」

「…………ハイハイ。分かりやしたよ頑固者の旦那ァ」

 

(力尽くで引き摺って帰ってもいいんスけど、『子供たち』と五翔会の相手で手一杯の現状じゃあ、面倒事が増えるだけッスからね……)

 

 ヒナミは意識を『掃除屋』としてのものに切り替え、今度こそ帰路についた。

 

 

 

 *

 

 

 

「……見逃してよかったのか? 蓮太郎」

「……弱ってても、奴はまだ斥力フィールドを使えた。俺じゃトドメは刺せなかった」

 

 それが嘘であることを、延珠は知っていた。

 しかしすぐに『無粋だったな』と頭を振り、いつものように笑いかける。

 

「まぁ、妾も蓮太郎も無事だったのだし。他は些事だな!」

「……あぁ、そうだな。報酬は貰えそうにねぇけど……」

「う゛っ」

 

 里見家のもやし生活は、まだ暫く続きそうだ。そして同時に……

 

「……木更さんの学費、どーすっかなぁぁ……」

 

 彼女の高校中退が、確定した。

 ──と思ったその時、蓮太郎の携帯が鳴る。表示名は、『掃除屋』

 

「……どうした?」

『おっ、繋がった。ダメ元だったんスけど、よく携帯生きてやしたね』

 

 心の中で『確かに』と思いつつも、蓮太郎はスルーした。

 

『まぁ、そんなことはいいんス。言い忘れてたんスけど、少年。()()()()()()()()()()()んで、よろしくッス』

「……?」

『ケースのことッスよ! あーしにとってはあくまで()()()ッスからね。報酬とかいらないんで、代わりに持ってってくだせぇ』

「えっ、いや。流石にそれは……」

『いいんスよぉ。というか本音は聖天子様以外の聖居の人間と会いたくないだけなんですけど割と切実なので本当にお願いします』

「お、おう」

 

 三下ムーブではない素の声で捲し立てられ、蓮太郎はつい承諾してしまった。

 

『感謝するッス! それじゃあ今後ともご贔屓に! さらばッス!!』

「あっ、おい──切れちまった」

 

 渋々血肉塗れのケースを手に取り、蓮太郎は嘆息した。

 

「ま、まぁ良いではないか! これで木更も学校続けられるし、妾達の食卓も潤うのだしな!」

「……おう」

 

 そして彼らも、帰還を開始した。

 その道中、蓮太郎は何度かの休憩を挟んだのだが……

 

「しっかし地味に重いなコレ。中身だけ持ってくワケにはいかねぇのか……?」

 

 好奇心に負けた彼が、ケースを開けると──

 

 

 そこには、何の変哲もない三輪車が入っていた。

 




 
 原作第一巻分終了。

 スコーピオン、生存でございます。
 夏世ちゃんと将監さんも生存でございます。

 さて、これらがどう転がるのやら……


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