東方酒客録 (繊月彩夏)
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序章 1、2

東方を知らない方こそ、楽しんで頂きたいと思っています。

 

 

あなたは、一生懸命生きているでしょうか。

そんなことも考える暇もなく、日々をお過ごしでしょうか。

 

きっと、これを読んでくれているあなたは、私よりも圧倒的に日々を生き抜き、研鑽し、自身の人生を力強く歩いています。

 

私は、顔を上げ、前を向くのがあまり得意ではないです。

まあ、得意か不得意かは関係なく明日はやってきますし、理不尽にも、今日もいつかは終わってしまいます。

 

さて、そんなあなたのために、この「東方酒客録」はあります。

 

多忙、苦痛、刺激ーー。

そんなものから一時でも離れられるような、そんなお品書き。

 

夜一人で飲むビールの、つまみ感覚。

休日の午後の、一口の珈琲感覚ーー。

 

そうなるように、話を細かく分けております。

 

そして。

 

鬼も目を回す朝の通勤時間に、ふと道端に咲いている花を見るような。

夜の満員電車から、ふと空の月を眺めるような。

 

そんな、雑多な日常に紛れている、「ちょっぴりの幸せ」を感じてくれたなら。

もしくは、その幸せを、あなたの生活に取り戻すきっかけになることができたなら。

 

私は、この二次創作をつくる意味があったのだと思います。

 

どうぞ、ちょっとだけでも覗いていってください。

 

 

あなたの、あったかもしれない、もうひとつの物語をーー

 

 

 

 

『常識』と『非常識』の狭間で

 

 

あなたは、目を覚ましました。

じめっとした空気に、薄暗く何処までも続く闇が周囲を満たしています。

 

「ここは……?」

 

確か、あなたは先ほどまで、実家の古い蔵で探し物をしていたはず。

それが、急に目眩がして、目が覚めたら謎の場所に……。

 

「あら、起きたのね。」

 

背後から声がしたので、あなたは驚いて振り向きます。

 

「私は、八雲紫。あなたは、村雨祐也ね?」

 

その女性は、リボンがあしらわれた、紫と白を基調とした身なりをしていました。

右手に日傘を持つ彼女は、こう続けます。

 

「まあ、混乱するのも無理はないわ。突然こんな場所に連れてこられたのだものね。」

 

紫と名乗った女性は微笑み、息をつくと、あなたにこう問いかけます。

 

「それで、探し物は見つかったの?」

 

「……っえっと、もしかして、あなたは僕の探しているものを、知っているんですか?」

 

「ふむ、知っているといれば知っているし、知らないといえば……知らないと言えるでしょうね。私が知っていることは、少なくともあの蔵にはない、ということくらいかしら。」

 

そう言って、彼女は身を翻します。

 

「それじゃあ……」

 

「あぁ、そんな悲しそうにしないで頂戴。場所の算段くらいついているわ。」

 

「じゃあ…!」

 

あなたは、とても嬉しくなりました。

なんせ、『それ』は、一年以上探し回っても見つからなかったからです。

 

「私が、その場所へ連れて行ってあげるわ。でも、条件があるの。」

 

「条件……?」

 

「ええ。と言っても、まああなたは、それを勝手にやってくれるでしょうけど。」

 

「……?」

 

どういうことでしょう。あなたは、まるで漫画のワンシーンのように首を傾げます。

 

「……まあ要するに、『条件の内容は気にしなくてもいいけれど、条件があることは常に覚えていて頂戴』ということよ。そういうわけだから、早速向こうに送っちゃうわね。」

 

彼女がそういうと、あなたはまた、目眩を感じ始めます。

 

「その眩暈の感覚を、よく覚えていて頂戴。きっと役に立つ時がくるわ。」

 

あなたは、それを聞いたら最後、ついに意識を失いました。

 

 

 

一人残った彼女は、独り言を溢す。

 

「彼がきっと、ひとときの安らぎとなり得るはず。幻想郷に貢ぐ酒の代わり、ってところかしら。」

 

「まあ、きっと悪いことにはならないわ。なんせーー」

 

叢雨蔓菜の末裔、だものねーー。

 



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博麗霊夢 1

開幕、意図的な神隠し

 

 

あなたは、目を覚まします。

どうやら仰向けで寝っ転がっているようです。

 

ひんやりとした石畳。

初夏の日差しと、まだ涼しさが残るそよ風が心地よいです。

 

空は高く、自然の香りがあなたの肺をいっぱいに満たします。

 

「よっこいしょ……」

 

いつまでも地面に寝っ転がっていられないので、あなたは体を起こします。

 

「ここは……神社?」

 

そこは、神社でした。

少し寂れた、というより、趣がある明神鳥居。

もちろん狛犬もおかれ、阿吽の呼吸をしています。

拝殿なのか本殿なのかよくわからない建物が一つ、手水舎もあります。

 

「神社、だなぁ……誰か、人はいないかな。」

 

あなたは、とりあえず参道の端を歩き、きっと拝殿なんだろうその建物に近づきます。

賽銭箱があるので、まあ、拝殿でしょう。

 

「すみませーーん、誰かいますかーーー」

 

無人神社なのでしょうか、呼んでみても聞こえるのは、森がさわめく音だけ。

 

「神社なのはわかるけど……ここ、何処なんだろ」

 

あなたは、紫さんの言っていたことを思い出しますが、この場所の説明は全くもって受けていませんでした。

紫さんは、だいぶガサツなようです

 

「というか、よく考えたらあの人、僕の知らない人だったのに、なんで名前を知ってたんだろう……」

 

あなたは、不可思議なことには普通の人よりも耐性がありますが、それにしてもおかしいことだらけです。

 

あなたはとりあえず、辺りを散策することにしました。

やはり神社は、きちんとまでとはいかなくとも、人の手が加えられていました。

 

「何処かに人はいるはずなんだけど…」

 

あなたが頭を抱えていると、不意に背後から、ねぇ、と声がかかります。

 

「デジャヴッッ!」

 

「いや、初対面のやつにその反応は印象最悪でしょうよ。」

 

振り向くと、ムッと顔を歪ませた、巫女服(?)姿の少女がいました。

 

「で、あんた誰?人間の里から来たの?何の用?」

 

「あっ…えっと、僕は村雨祐也です……。えっと、ここって何処ですか?」

 

「はぁ?……はぁ……。あんた、もしかしなくても外の人間なの?まーた紫の仕業なのね!」

 

そう言って、彼女は天を仰ぎ嘆きます。

その様子を見て、あなたは戸惑ってしまいます。

 

「は、はぁ……あ、でも、紫さんなら知ってm」

 

「ほーーら行った通り!気まぐれにも程があるでしょうよ……。博麗神社にわざわざ出口を繋いだってことは、保護しろってことでしょうよね!」

 

「あ、あの……?」

 

「ああ、いや、まあこっちの話よ。ごめんなさいね、状況がよく分かってないでしょう。私は博麗霊夢。ここの神社の巫女をやっているわ。よろしく」

 

茶髪の髪と、赤白のリボンを左右に揺らして、博麗霊夢と名乗った少女は、あなたに微笑みかけました。

 

「で、村雨祐也って言ったっけ?とりあえず今日は、うちの神社に泊まりなさい。」

 

ついてきなさい、と霊夢さんは言い、困惑の渦中にいるあなたは言われるがまま、後についていくのでした。



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博麗霊夢 2、3

紅白の大和撫子

 

 

日は西に傾き、薫風が肌に柔く夜の始まり。

あなたは霊夢さんと一緒に晩ご飯の支度をしていました。

 

あなたはとりあえず、ここの神社の巫女、霊夢さんに保護されました。

何も知らないあなたは、とりあえず悪い人ではなさそうな霊夢さんのことを信用せざる得ない状況。言われるがまま、衣食住を保証されたのでした。

 

「あなた、外の世界から来たから、竈門とか使い方わからないでしょ。」

 

旧文明だな、とあなたは思います。

 

「魚は、一応捌けますが……」

 

「上出来ね。じゃあ、この川魚を捌いてぶつ切り、そんでこっちの野菜も適当に切って、この鍋に全部入れて頂戴。私は竈門の火を見ているわ。」

 

「了解です。」

 

あなたは、早速包丁を手にして作業に取り掛かります。

一人暮らしをしていたあなたは、包丁の扱いなどお手の物。黙々と作業をこなします。

 

あなたは、静寂がもどかしくなり、霊夢さんに話しかけます。

 

「今日は鍋、です?」

 

「ええ、そうね。この季節になると、冷たいものが恋しくなるけれど、そんな冷たいものばっかり食べていたら夏バテしちゃうもの。この時期は意識して、あえてこういうものを食べているのよ。」

 

「なるほど……味付けは味噌ですか、美味しそうです。」

 

「日本食の基本にして秘伝の調味料よね。」

 

そう言って、霊夢さんは笑顔になります。

巫女服の上からきたエプロン、揺れるポニーテール、可憐な横顔ーー。

 

あなたはなぜか恥ずかしくなり、ですです、と頷き、すぐさま作業に戻ります。

心なしか、少し頬が熱いようです。

 

「…?、どうしたの?急に黙り込んじゃって。」

 

「あぁ、いえ、えぇと、その巫女服、珍しいなって思いまして……。」

 

「あぁ、これ?私の職業柄、普通の巫女服じゃあ動きづらいのよね。」

 

「えっ、なにか体を動かすような仕事をしているんですか?」

 

逃げるための質問でしたが、その返答の内容に、あなたは普通に驚いてしまいます。

 

「端的に言えば、ここらへん一帯の秩序と平穏を守るため、って言ったところかしら。まあ、説明は追々するわね。」

 

「はぁ、なるほど……?」

 

自警団出来ななにかだろう、きっと。そうあなたは結論づけました。

 

そうして、あなたは手を動かすのに集中力を戻しますーー。

 

 

 

晩も回り、夜の闇に包まれた幻想郷。

人里離れた、幻想郷を一望できる東端の高台に一つ。初々しい団欒の灯火が灯っていましたーー。

 

 

 

 

 

鍋と少女と幻想郷

 

 

「さてっと……。準備万端ね。」

 

「はい。完璧です。白米も我が軍が掌握しました。」

 

「うむ。苦しゅうない。」

 

あなたと霊夢さんは、座卓の上に鍋と白米とその他漬物が盛り付けられたお皿を並べ、完璧でパーフェクトでエクセレントな食卓を完成させました。

 

あなたと霊夢さんは、向き合うように座ります。

 

「「頂きます」」

 

きちんと手を合わせて、神様と作った人々に感謝を込めます。

 

あなたは箸を手に取り、器に鍋の具材を取ります。

ねぎ、にんじん、ゴボウ、ミョウガ、まいたけ、山菜類ーー。

野菜、きのこ、そして魚の旨味が、味噌と相乗効果を起こして、濃厚な香りを芳しています。

それらを白米と共に、口の中に入れます。

 

「っ……!、………っ美味しい!」

 

あなたは、とても驚きました。

野菜、魚、味噌に至るまで、全てが段違いに美味しいのです。

鮮度が違う、というやつでしょうか。

 

「あったりまえじゃない!水と土と空気が、あんたの世界と比べて段違いに綺麗なんだもの。」

 

「よくわかりませんけど……、ここの食べ物は史上最強だってことですね!味噌も何だか、普通の味噌じゃない感じがするし……もぐもぐ」

 

あっという間に鍋を平らげ、お腹一杯になったあなたと霊夢さん。

二人とも無意識に、ぐったりと畳の上で寝っ転がります。

畳の爽やかな香りが、食事で気立った心を鎮めてくれます。

 

「何だかいろいろ、ありがとうございます。ご飯まで食べさせてもらって……」

 

「いいのいいの。私も久々に、楽しくご飯を食べれたわ。それに、私にはあなたを保護する責務があるもの。気にしないで頂戴。……まあ、家事は手伝ってもらうけれどね。」

 

そういうと、霊夢さんは身を起こして僕にこう続けました。

 

「それじゃ、後片付けしたら、『ここ』のことについて話すわよ。」

 

 

 

あなたたちは、開いた皿や鍋を片付け終えて、先ほどまで食卓だった座卓に向き合って座りました。

 

「それじゃあ、一から話すわね。」

 

冷ました玄米茶を一口飲んで、霊夢さんは口を開きます。

 

「ここは、『幻想郷』っていう場所。幻想の郷、要するに、あなたたち外来人からしてみれば『異世界』みたいなものよ。」

 

「異世界……?」

 

「そう。異なる世界と書いて異世界。そして、この異世界は、日本のどこかにあるわ。」

 

あなたは首を傾げてしまいます。

どこか、ということは、どういうことなのでしょうか。

 

「まあ、そこはあんまり重要ではないわ。この幻想郷は、二つの結界によって外と内に分断されているの。」

 

「……なるほど?」

 

「その二つの結界は、『幻と実体の境界』と、『常識と非常識の境界』。外界、つまりあなたがいた世界が『実体と常識の世界』だとしたら、この幻想郷は『幻と非常識の世界』ということになるわ。」

 

「うーん……。具体的には、どんな感じで違いがあるんですか?」

 

「まずは、幻想郷には妖怪がいるわ。そして、神、妖精、幽霊も。」

 

「全く実感が湧きませんけど……。なるほど、幻、ってそういうことですか。人が過去に捨てた存在、もしくは忘れてしまった存在……」

 

「そうそう!そんな感じよ、あんた以外と飲み込みが早いわね!」

 

なるほど、だからあなたは連れてこられたのでしょう。

むしろ、あなたはこちら側に適した人間のようです。

 

「この幻想郷は、妖怪、神、幽霊、妖精、鬼なんかもいるわ。そんでもって、もちろん人間もね。私の主な仕事は、ここの住人または外からやってきた奴がもたらす騒動を、バシッと解決することよ。」

 

「戦うんですか?」

 

あなたは霊夢さんに問いかけると、霊夢さんは首を竦めました。

 

「戦うと言っても、ルールがあるのよ。……まあ、スポーツで勝敗を決める感じ。あなたは霊力、魔力は少ないと思うから、関係ないと思うけれどね。一応説明しておくと、『弾幕ゲーム』って名前のゲームよ。互いに技を出し合って、芸術点を競い合うの。」

 

「それには、魔力とか霊力とかが必要なんですね。」

 

「そういうことになるわね。あなたもやろうと思えばやれると思うけれど、正直オススメはしないわ。すぐバテると思うから。」

 

「なるほど……、?」

 

あなたは、どんなゲームなんだろう、そもそも霊力とか魔力って……などと疑問を抱えてしまいますが、まあ、世で言う『異世界転移』のようなことが実際に起こっているわけなので、混乱してしまうのも仕方がないでしょう。

 

霊夢さんは、どっこいしょ、と少女らしからぬ掛け声を上げて立ち上がります

 

そして、目の前の繊細な少女は、腰に手をおき、ニコッと笑ってあなたに提案します。

 

「お風呂、どっちが先にいく?」



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博麗霊夢 4

ほろ酔い巫女は珍しい

 

 

さて、あなたと霊夢さんは、お風呂に入ることにしました。

 

あなたは、霊夢さんの後に入ることになりました。

理由は特にありません。まあ、『あなた』にはあるかもしれませんが。

 

「うっは、広い……」

 

神社にあるお風呂、というより温泉はなかなか豪華でした。

五人いっぺんに入っても余裕がありそうな檜風呂、味がある床石、どんな仕組みで灯っているのかわからない暖色の照明が、辺りを薄明るく照らしています。

 

源泉は、塩化物泉だと霊夢さんが言っていました。

食塩の働きで、体がよく温まり、疲労回復、冷え性、その他多くの効能があります。

 

「万人の泉、赤ん坊からご老人まで入れる温泉ですね…」

 

あなたは、備え付けてある金木犀芳る石鹸で体を洗い、温泉のお湯で身を清め、温泉に入ります。

 

じんわりと、体に温度が伝わっていく感覚が、とても心地よいです。

 

「っ〜〜、はぁぁぁぁぁぁ…………」

 

たっぷりと夜の空気を肺に入れて、天を仰ぎます。

星空が、綺麗です。

 

「極楽はここにあったのか……大人になったら絶対にここでお酒飲む…………」

 

そうして、あなたはゆっくりと独りの時間を楽しむのでした。

 

 

 

「あら、やっと上がってきた。」

 

あなたは部屋に戻ると、霊夢さんにそう言われました。

 

「いやぁ、いいお湯でした……。で、霊夢さん、それは」

 

「酒に決まってるじゃない。」

 

「ですよねー……」

 

えーー……、という顔をするあなたに、すでに回っている霊夢さんが、顔をムッとさせながら言います。

 

「何よ。幻想郷は未成年なんていう概念はないわよ?」

 

「いや、まあ、何も突っ込みませんけど……それより、この寝巻き、貸してもらっていいんです?」

 

あなたは、『酔っ払いは不機嫌にするべからず』という心得を知っています。

 

「いいわよ、それくらい。まああなたのサイズのは、私のやつしかなかったのだけれどね。」

 

「…ちょっと待ってください、これ霊夢さんのなんです?!」

 

「ここにあるものは全部私の物よ?」

 

「客人用のものも霊夢さんの物には変わりないですけど、違いますそうじゃないですそういう問題じゃ」

 

「洗ってあるからいいじゃないの。それよりも、ほら」

 

そう言って、霊夢さんは酒瓶をあなたに突き付けます。

 

「あんたも飲みなさい。」

 

「い、いやそれは」

 

「なぁに〜?泊めてもらっている家の主人からのお酒が、そんなに嫌なのかしらぁ?」

 

「そん、……ずるっ!」

 

霊夢さんは、可憐なその顔で不敵な笑みを作ります。可愛いです。

あなたは不覚にも、ドキッ、としてしまいます。

 

「ここは幻想郷よ?飲まなくてどうするのよ。それに、このお酒結構いいやつなんだからね?」

 

そう言って酒瓶をあなたに渡してきます。

 

「そんなに……って、光明?…精米変態さんの光明ですか?!こんな、ワイングラスで楽しむような高級酒……どうしてこんなの開けちゃったんですか?」

 

ぽえーっとした顔の霊夢さんは、はて、と首を傾げて、

 

「気分がいいから?」

 

そう言いました。

 

(oh,my god.......)

 

「まぁ、霊夢さんがそれでいいなら、僕は何も言えることはないですが……。一本十万の一品が……」

 

「うん、ほら、そんなに落ち込んでないで、あんたも飲みなさいよ!よくわからないけど、美味しいことには違いないもの!」

 

霊夢さんは、アルコールで赤らめた頬を緩めます。

 

「そうですね。もう色々諦めます……」

 

こうして、あなたはほろ酔いの巫女さんと、初めての飲酒を経験することになるのでした。



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博麗霊夢 5

 

隣にいつも、居るように。

 

 

「それでねぇ?あたしがそこでぇ、どかーーんと一発かましてやったわけ!」

 

転がる酒瓶、日本酒の甘ったるい香り、火照った体。

べったりと絡み酒をしてくる霊夢さんに、あなたは困り果てています。

 

「霊夢さん、飲み過ぎですって……ほら、もうお水にしましょう?」

 

「えぇ〜……?まだのめるわよ!ほら、そこにあるの、とってちょーだい!」

 

「これはもうダメです!麦焼酎じゃないですか……。度数43って、霊夢さんよく割らずに飲めますね……。」

 

霊夢さんは、手にお猪口を持ちながら、あなたの方に腕を回してきます。

ムワッとしたお酒の匂いと、金木犀の石鹸の香り、そして霊夢さんの匂いが一気に押し寄せます。

 

ぐったりと体重を預けてくる霊夢さんを支えるあなたは、速まる鼓動を抑える術を持ち合わせていません。

 

「ほら、霊夢さん。いい加減にしないと、明日大変なことになりますよ?」

 

「らいじょーぶらいじょーぶ、あたし、おさけには強いものっ!」

 

にへら、と顔を綻ばせる霊夢さん。

若干ですが、呂律も回らなくなってきているようです。

 

もうここまで酔ってしまったら、どんな酒豪でも正常な判断はできません。

 

あなたは、アルコールでふらつく足に力を入れ、立ち上がります。

 

「あー、ちょっと、待ちなさいよぉぉぉ………」

 

「すみません霊夢さん……これ以上肝臓をいじめるわけにはいかないんです……。」

 

あなたは、隣の部屋の襖にしまってある布団を取り出します。

 

霊夢さんがぶっ倒れている座卓の側に布団を敷くと、あなたは、ベロンベロンになった霊夢さんを抱き抱え、えっちらおっちら布団まで運びました。

 

「うぇぇ……気持ち悪い……」

 

「やめてくださいね?本当にやめて?僕ももう寝たいんですから!」

 

このまま寝かせたら寝ながら吐くだろうと考えたあなたは、布団に転がっている酔っ払いの体を起こします。

 

霊夢さんを座らせ、その体を支えるようにあなたも布団の上に座ります。

 

「うぅ……ありがと………」

 

「どういたしまして。」

 

あなたは座卓に手を伸ばし、事前に用意しておいたお冷を手に取り、霊夢さんの口元まで運びます。

 

「ほら、霊夢さん、水ですよ」

 

「……ん、いや」

 

子供のように、むすっと頬を膨らませる霊夢さん。

そこには、お酒を飲む前にはあった、緊張感のようなものが抜けています。

 

潤んだ琥珀色の瞳、

赤く染まった頬、

艶やかな唇、

緩んだ寝巻きから覗く鎖骨、

金木犀とお酒が混ざった甘い香り、

接触した体から伝わってくる熱い体温ーー

 

心臓は疾く、口内は乾き、呼吸は浅く、手先は震えます。

 

絶体絶命のあなたは、一旦目を瞑り、深呼吸をして、理性を徐々に取り戻していきます。

 

「ほら、これ飲んだら、だいぶ良くなりますから」

 

「……しょうがないなぁ」

 

いやしょうがないのはどっちだよ!

あなたは、心で叫びました。

 

こくっこくっ、と、徐々に水を飲み始めた様子を見て、あなたはホッと息をつきます。

 

そうして、飲むのをやめた霊夢さんから湯飲みを受け取り、半分ほどなくなったそれを、座卓に戻します。

霊夢さんの消化器官が頑張るのを援護するため、そのまま霊夢さんの体を支えます。

 

静寂が辺りを包みます。

 

「……」

 

「……ねぇ」

 

「……はい」

 

「」

 

「どうしたんですか?」

 

うとうととする霊夢さんをゆっくり布団に寝ながら、あなたは聞き返します。

 

「……どこにも行かないで?」

 

「僕はどこにもいきませんよ。泊まれるところ、ここしか知りません。」

 

「……、ちがうの。」

 

あなたは、知っていました。

お酒というものは、人の心の壁、あるいは蓋を、一時的にないものにしてくれるのです。

 

きっとこの少女は、寂しかったんだろうとあなたは推測します。

 

「……わかりましたよ。どこにも、いきませんよ。…ほら、寝ますよ、霊夢さん。」

 

「……(寝息)」

 

「うん。もう寝てますね。」

 

しかし霊夢さんは、あなたの袖口をしっかり掴んで放しませんでしたーー。



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博麗霊夢 6

夏の幻想、少女、はじまり

 

 

暑い。

それ以外のことは、至って普通の目覚めだった。

 

視界の大部分は天井、隅に、まだ暗い空がある。

 

「…っぅ………」

 

昨日の記憶が、途中から無い。

確か、外来人と一緒に酒を飲んで……

 

私が、ベールに包まれた記憶を探っていると、モゾモゾと何かが蠢く。

何事かと首を回すと、私に抱きついた彼がいた。

 

「……すやぁ…」

 

「あぁ、そうねそういえば、こいつと一緒に……。……、?、っっ!!!」

 

待って待って待って、なんで私の布団の中にこいつがいるわけ?!

 

私は半分恥ずかしさ、半分怒りでそいつを体から引き離す。

 

「こんの……っ!ちょっと!あんた、なんで私の布団にいんのよ!!」

 

頭を引っ叩かれて目が覚めたらしく、彼は私から離れる。

 

「いやいや、さすがに理不尽ですよ!霊夢さんが一緒に寝たいって言ったんじゃ無いですかぁ!」

 

「言ってないわよ!言ったとしてもそれに従う馬鹿がどこにいんのよ!!」

 

「だってしょうがないもん!霊夢さん、寝た後でも僕のこと離そうとしなかったんですからね?!」

 

「なっ……!」

 

「それに!……霊夢さん、なんだかすごい寂しそうでしたもん。いやまあ僕も酔ってたから、あんま何も反論なんてできないんですけど……」

 

チクリと、心のどこかに針が刺さる。

 

「今回は、どっちも酔っ払ってたってことで許してくださいよ……ていうかこの布団、客人用の場所から出してきましたけど、よかったですか?」

 

「私の逃げ場を意識して潰すんじゃ無いわよ……このことは誰にも言わない約束よ、いいわね?」

 

「もちろんです。」

 

それじゃ、僕もう一眠りしたいのでと言って、彼は身を起こす。

客人用の布団を出してくるのだろう、彼が立ち上がろうとする。

 

私、ーー。

 

「…………んん??」

 

どうしてだろう。

どうしてかわからないけれど、彼を引き止めていた。

 

「え、いや、霊夢さん?」

 

私は、いったいどうしてしまったのだろう。

心臓は高鳴るし、頭は痛いし、息はうまくできないし。

 

私は、博麗の巫女として、勤めを果たさなければいけない身として、誰もえこひいきしないと決めたはずなのに。

 

ただ、一時の寂しさと、ちょっとばかしの名残惜しさで、こんなことをしてしまうなんて。

 

「……寂しさに負けちゃうなんて、ダメダメね、私は……」

 

一回の晩酌に付き合ってもらっただけ。一回の食事を共にしただけ。

会って間もない人間に、ここまで自分の弱さを出してしまっているのは、何故なんだろう。

 

「そんなことはないと思いますけど……」

 

「私が、そんなことあるって思ってるのよ」

 

「僕は別にいいと思います。僕も弱いですし、なんの根拠もないですけど。」

 

「……」

 

何故か、腹の底から感情の塊が込み上げてくる。

我慢していたわけでもない。押さえつけていたわけでもない。

ただ、何もないところから勝手に生まれて、私の心を揺さぶってくる。

 

「いいんですよ。それに、寂しいときは一緒にいてくれる人がいれば、万事解決です。」

 

「でも、そんな人私にはいn」

 

「泣いていいですか?」

 

「冗談よ。ここに保護してやった外来人が一人いたわね。」

 

「そうですそうです。扱いが雑なような気がしますけど、僕は保護してもらっている身なので何も文句は言えませんね。」

 

軽口を言って多少余裕が出たのか、私はクスリと笑ってしまう。

 

「あー、やめましょう、やめやめ!ほらあんた、私が添い寝してあげるから、さっさと寝なさい!」

 

私は強引に彼の手を引っ張る。

 

「ちょ、うわっ!」

 

ぼすん、と布団にダイブさせて、掛け布団を彼共々かぶる。

ついでに、彼にめちゃくちゃ接近してやる。

 

お日様の匂いと、まだ芳るお酒の匂い。

そして、私以外の人間の匂いが、私を包んでくれた。

 

「あったかい、というより少し暑くないですか?……あと距離がちk」

 

「この私が添い寝してあげてるのに、文句しか言えないわけ?」

 

「文句じゃないです。照れ隠しです。」

 

「よろしい。……でもその台詞は私のよ。返しなさい」

 

「無理じゃんそんなの……」

 

そう彼は嘆く。

けれど、その声音はどこか嬉しそうだ。

 

「……あのね、」

 

私は、彼を抱きしめてしまう。

 

でも彼は、黙って抱きしめ返してくれた。

 

「……その、…ありがと」

 

「ーー。……はい、どういたしまして」

 

私と彼は、少ししか一緒の時間を過ごしていない。

でも、彼はどうやら、私のことをわかっているみたいだ。

私とは違う、他の何かが見えているように。私の内側を、時々探り当ててくる。

 

でもそれは、不快ではない。

 

彼が、私を理解しようとしている証拠だから。

私との『和』を、一生懸命作ってくれている証拠だから。

 

だからきっと、私は彼に心を許してしまったのだ。

 

「霊夢さん」

 

彼が、私を呼ぶ。

 

「何よ」

 

「……いや。おやすみなさいって言いたかっただけです。おやすみなさい」

 

「…おやすみ」

 

繋いだ手から伝わる、温かさ。彼の寝息と匂い。

縋るものがあるという事実に、私は安心してしまう。

 

不意に、キュッと胸が痛む。

 

でも、その痛みさえ心地よいものでーー。

 

 

そして私は、彼と共に。

微睡の彼方へ誘われるのであったーー



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博麗霊夢 7

終幕、一人じゃない

 

 

夏の青葉の風が吹く、昼下がり。

あなたは、霊夢さんに頼まれて神社の掃除をしていました。

畳の掃き掃除です。

 

「清々しい夏の初め、か……梅雨終わりなのに、こんなに涼しいとは…」

 

畳と箒の奏でる音を聴きながら、あなたはあくびをします。

山中なのだから、当然建物がたくさんある場所よりは涼しいことは予想ができますが、実際に肌でそれを確かめるとなると、その時にようやく実感が持てるというわけです。

 

暑くない、しかし春のような涼しさがあるわけではない、少しじめっとした空気。

 

「そりゃあんた、建物の中にいたら涼しいわよね。」

 

背後からあなたに話しかける声は、ここの神社の巫女さんである、博麗霊夢さん。

 

「外は日差しが強くてあっついわよ?」

 

「洗濯物は干し終わったんですね、霊夢さん。お疲れ様です」

 

「えぇ、あなたも小一時間くらい、直射日光浴びながら草むしりでもしてみたらどう?ぶっ倒れるわよ?」

 

「すみませんって、霊夢さん。ほら、こっちも掃除終わりましたので、少し休憩しませんか?」

 

「そうね……それじゃあ、私、縁側で待ってるから、お茶持ってきて頂戴。」

 

「了解です。」

 

あーくたびれたくたびれた、と言いながら、だらだらと歩いていく霊夢さん。

 

「……気にして、ないんでしょうか?」

 

あなたは、少しだけ速いリズムを刻む鼓動をごまかすように、呟きます。

 

確かに、あの裏表ない性格からして、気にしている、ということはないでしょう。

そうすると、あなただけが気になっている、ということになります。

 

「……まあ、時間が経てば、落ち着くかな?」

 

そう、時間が経てば、あの体験はきっと、経験になり、そして記憶となっていきます。

匂いも、感触も、時が経てば忘れていく。そういうものです。

 

「……」

 

ただ、あの時の霊夢さんの声色だけは、忘れられそうにないです。

 

 

『……その、…ありがと』

 

 

「忘れましょう。忘れないと、霊夢さんの顔すらまともに見れません…」

 

あなたは首を激しく横に振ると、お茶をいれに、台所へと向かっていきました。

 

 

目が合わせられない。

心臓が高鳴る。

 

きっと、顔も少し赤くなっているのだろう。

 

初めての感覚。

それでも、私はこの感覚がなんなのか、わかっているようだった。

 

「……、はぁ…」

 

私はため息をついて、目を閉じる。

確かにあいつの言う通り、涼しい。

 

それとは裏腹に、私はあの時の記憶を見ていた。

温かくて、不思議と安心できる、その記憶を。

 

それを思い返すたび、顔が熱くなってしまう。

 

それはきっと、少しずつ落ち着いていくはず。一時的なもののはず。

そうじゃなかったら、私は困ってしまう。

 

 

ーーでも、この気持ちは不快ではない。

 

 

だから、もう少し。

 

もう少しだけ、

 

 

「もう、少し……」

 

 

あの時の心地よさを、忘れたくはないーー



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