月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完) (sahala)
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プロローグ「終わりの始まり」


 どうしても書きたくなった。だから書いた。
 そんな趣味100%の小説ですが、よろしくお願いします。


 

 ――そして、全ての戦いが終息した。

世界の未来を憂い、戦争を引き起こそうとした何者かを打ち倒し、

自分は月の聖杯『ムーンセル・オートマトン』の正式な所有者となった。

 

 ムーンセル・オートマトン

 

 月に存在し、地球の誕生から現在までを観測している巨大量子コンピュータ。

全てを観測するが故にIfの可能性を含めたあらゆる事象を演算できる、まさに神の頭脳と呼ぶべき願望器だ。

 

 そのムーンセルの所有者を決める争いがあった。聖杯戦争と呼ばれる戦いに自分は巻き込まれ、そこで過去の英霊であるサーヴァントと出会った。

 彼女や戦いの中で知り合った友人達の力を借りて、共に7人の他の参加者達を降し、

さらにはムーンセルを使って戦争の時代を到来させようとした過去の亡霊を打ち破った。

 

 それで現在、ムーンセルの中枢へと接続して情報の海へと飛び込んだ。

 しかし、正常なマスターでない自分はイレギュラーとしてやがて消去される。

 

 自分こと岸波白野は、元々はムーンセルによって作られたNPCだ。それも過去に生きていた人間の再現体。

 それが岸波白野の正体だった。

 幾度となく繰り返された聖杯戦争の中で、エラーが起きて偶然に参加資格を得ただけの存在に過ぎない。

 ムーンセルの所有者は生身の人間で無ければならない。バグである自分は、異常として即座に分解されるだろう。

 

 後悔は、無い。

 

 ここまで協力してくれた友人達を地上に送り返す。後の事は地上で眠り続けている自分のオリジナルに任せよう。

我ながら無責任だが、彼女達がいるなら地上の自分もどうにかなるだろう。

 そうして、月から帰還した彼女達へオリジナルの居場所をメールで送ると、ついに消去処理が始まった。

 ここまで一緒に来てくれたサーヴァントは、既に消えていた。最期の時まで自分と一緒に居られて幸せだったと、

彼女は言い残していった。

 

 ありがとう、セイバー。

 

 最高の相棒であり、最愛の人だった情熱的な皇帝へ、静かに別れを告げた。

 

 間もなく自分は1ビットも残さずムーンセルに分解される。もう自分の役目は終わったのだ。

そう思って、目を閉じた。

 

 ――後になって思えば、だからこそ気付かなかったのだろう。この時に自分宛てにメールが届いていた事、

そしてメールにはこんな記載がされていた事に。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能を試すことを望むならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全ての捨て、

 我らの"箱庭"に来られたし』

 

 やがて世界は暗転し――次の瞬間、光に満ちた。

 

 




 皆様、はじめまして。sahalaでございます。

 原作の両作品が大好きなのですが、この2つ扱ったクロス小説が見つからなかったんですよ。無いなら作れば良いじゃない♪というノリで始めました(笑)

 作者は小説を初めて書く様な初心者ですが、これから頑張っていきます。
 


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第一章『YES! ウサギが呼びました!』
第1話「岸波白野は記憶が無いそうですよ?」


あれ書きたい、これ書きたい。
そんな気持ちで出来た第1話です。

追記

*一部キャラ崩壊注意


 気付いたら、そこは上空4000メートルだった。

 いきなり何を言ってるかと思われるだろうが、それが事実だから仕方ない。

そして最も重要なのが……いま地上に向かって落下してる最中だという事だ。

 

「~~~~っ!!」

 

 驚きの余り、声にならない絶叫が口から洩れる。耳元ではびゅうびゅうと風の音がする。

確か、重力加速度が9.8m/s^2だから、自分が地面に叩きつけられる時の衝撃は……。

そこまで考えて止めた。どの道、人間が無事に着地できる高さじゃない。

 訳が分からない状況なのに、自分でもイヤに落ち着いている。

 その理由は、考えるまでもなく目の前の少年のお陰だろう。

 

「ヤハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 学ランを着てヘッドホンをした自分と同世代くらいの少年は、今が人生で最高の瞬間だと言わんばかりに大笑していた。

 他にも育ちの良さそうなお嬢様、三毛猫を抱いた大人しそうな女の子が二人、自分の様に地面めがけて落下していた。とはいえ、その二人は突然の出来事に驚愕した表情を浮かべており、この状況を心底楽しんでいるのは少年だけだ。

 人間、目の前で奇妙な事をしている人がいると逆に冷静になるものだなあ、と悠長に考えていた時――ボチャン、と湖に着水していた。

 

 

 

 予想よりも遥かに軽い衝撃だった事に違和感を感じながらも岸部に向かって泳ぐ。

途中で溺れていた三毛猫を助けて水から上がると、目の前には三毛猫を抱いていた女の子がいた。

 

「三毛猫を助けてくれてありがとう」

 

 どういたしまして。君も怪我は無い?

 

「ううん、私は平気。三毛猫は?」

 

 すると三毛猫は大丈夫だと言わんばかりにニャアと鳴いた。

 

「良かった……」

 

 ほう、と安堵を漏らす女の子。

 2人(1人と1匹?)に怪我が無い様なので安心していると、離れた場所で後の2人が罵詈雑言を吐いていた。

 

「信じられないわ! 問答無用で引きずり込んだ挙句、空に放り出すなんて!」

「右に同じだ、クソッタレ。石の中にでも呼び出された方がまだマシだ」

 

 お嬢様風の女の子とさっきの少年はそう言いながら、濡れた服を絞っていた。

 あと石の中に出たら動けないですよ?

 

「俺は問題ない」

 

 さいですか。不敵に笑う学ランの少年から目を離し、自分もたっぷりと水を吸ったブレザーを脱ぐ。

 

「ここは何処なんだろう?」

 

 三毛猫を抱いていた女の子が、ノースリーブのジャケットを絞りながら呟いた。

 

「さあな。落ちてる最中に世界の果てっぽいのが見えたし、どこぞの大亀の背中じゃねえか?

 一つ確認したいんだが、お前達にも変な手紙が来たか?」

 

 手紙? 一体、何のことだろう?

 そう思ったのは自分だけの様で、他の2人は当然とばかりに頷いた。

 

「そうだけど、"お前"は止めて。私の名前は久遠飛鳥よ。そっちの猫を抱いてる貴女は?」

「……春日部耀。以下同文」

「よろしく、春日部さん。そっちの貴方は?」

 

 そう言って、お嬢様――久遠さんは俺の事を指差す。

 俺は岸波白野。よろしく、久遠さんと春日部さん。

 

「ええ、よろしく岸波くん。最後に、野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?

「見たまんま野蛮で凶暴そうな逆廻十六夜(さかまきいざよい)です。

粗野え凶悪で快楽主義と三拍子揃った駄目人間なので、

用法と用量を守った適切な態度で接してくれお嬢様」

「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜くん」

 

 久遠さんの対応に、ケラケラと笑いながら応じる十六夜。

そして我関せずと無関心そうな春日部さん。

 うん、何だかすごく濃い人達と一緒に厄介事に巻き込まれたみたいだ。

 

 

 

―――Interlude

 

(うわあ……1人を除いて問題児ばかりみたいですねえ……)

 

 湖に落ちてきた4人をずっと見ていた少女は、茂みに隠れながら溜息をついていた。

少女の名前は黒ウサギ。外見は扇情的なミニスカートとガーダーソックスを身に纏った可愛らしい少女だが、『箱庭の貴族』と呼ばれる強力な一族の末裔だ。何を隠そう、彼女こそが岸波達を箱庭に招いた張本人である。

 

(でも、我がコミュニティの為にもここで引くわけにいきません)

 

 現在、黒ウサギが所属しているコミュニティはある事情から後の無い状況に追い込まれていた。今回、彼女達が異世界からの召喚という思い切った手段に出たのも状況を打破できる人材を求めての行動だ。

 

主催者(ホスト)の話では、4人とも人類最高峰のギフト所持者との話でしたが……)

 

 黒ウサギは改めて召喚した4人を観察する。いきなりの状況に慌てない精神は4人とも及第点だ。

 ただ一つ気掛かりな事があった。

 逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀。彼等3人は主催者の触れ込み通り、強力なギフト所持者としての風格を漂わせていた。

 しかし岸波白野と名乗る少年からは、そういった気配が感じられない。

 ブラウンの学生服を着た、凡庸な少年。

 それが黒ウサギの第一印象だ。これが街中ならば気にも留められずにすれ違っていただろう。

 そのはずだというのに―――。

 

(何故でしょうか。あの御方は「月の兎」として最大の敬意を払わなければならない。

 そんな気がするのです)

 

―――Interlude out

 

 

 

「で、呼び出されたはいいけど何で誰もいねえんだよ。この場合、招待状に書かれた箱庭の事を

説明する人間が現れるもんじゃねえのか?」

 

 待ってくれ、十六夜。さっきも言ってたけど招待状って何のことだ?

 

「あら? 岸波くんはあの手紙を受け取ってないの? それならどうしてここにいるのかしら」

 

 それは、と久遠さんに答えようとした時に気付いた。

 自分は招待状の事どころか、落ちてくる前に何をしていたのか、全く覚えていない……?

 

「白野? 大丈夫?」

 

 様子が可笑しい事に気付いたのか、春日部さんが心配そうに顔を覗き込んだ。

 

「ふうん……何か事情があるみてえだな。

その辺を含めて、そこに隠れてる奴に事情を聞くか?」

 

 そう言って十六夜が視線を向けた先には、ビクッと震えたウサギ耳が茂みから覗いていた。

というかウサギ? 何で?

 

「なんだ、貴方も気付いていたの?」

「当然。これでもかくれんぼは負けなしだぜ?」

「……風上に立たれたら嫌でも分かる」

 

 三者三様に隠れて見ていた人間に気付いていたみたいだ。

 しばらくすると、愛想笑いを浮かべたウサ耳少女が茂みから出てきた。

 

「や、やだなあ御三人様。そんなに睨まれたら黒ウサギは怖くて死んじゃいますよ?

 ええ、ウサギは古来よりストレスに弱い生き物なのです。

 そんな脆弱な黒ウサギに免じて、ここは一つ穏便に御話を」

「断る」

「却下」

「お断りします」

「あっは、取りつくシマもございませんね♪」

 

 バンザーイと言わんばかりにお手上げするウサ耳少女。だが俺はある一点のみが気になっていた。

 

「あ、あの何か? あまりジロジロと見つめられると黒ウサギも恥ずかしいのですが……?」

 

 見ていたことに気付かれたみたいだ。ならば躊躇うまい。いま俺がやるべき事は―――!

 

「ええと。それでは、フギャ!?」

 

 全力でウサ耳をモフる!

 

「ちょ、ちょいとお待ちを! 承諾なしにいきなり黒ウサギの素敵耳を触るなんて、

どういう了見ですか!?」

 

 モフモフ。全てはこのウサ耳が悪いのですよ。モフモフモフ。あ、サラサラとして気持ちいいですね。モフモフモフモフ。

 

「毎日のお手入れはかかしませんから、って触るのを止めてくださいまし!」

「このウサ耳って本物?」

 

 そう言って春日部さんは右のウサ耳の根本を掴む。

 

「って何で力いっぱい引き抜こうとしてるのですか!?」

「好奇心の為せる業」

「自由にも程があります!」

 

 コラコラ、春日部さん。ウサ耳を乱暴にしてはいけない。古来よりウサギは愛でるものだ。

 

「ん、分かった」

「だから2人とも耳を触るのを止めて下さいってば!?」

「へえ? このウサ耳は本物なのか?」

 

 今まで見ていた十六夜が左のウサ耳を掴む。

 

「……。じゃあ私も」

 

 どうぞ久遠さん。一緒に黒ウサギの耳を愛でるとしましょう。

 

「ありがとう、岸波くん。それと飛鳥で結構よ、実家を飛び出してきた身ですもの」

「……私も、さん付けでなくていい」

 

 分かったよ。飛鳥、春日部。

 

「ちょ、親交を深めるのは結構ですけど、

黒ウサギの耳を触るのは止めて下さいってばーっ!!」

 

 

 

 アバター『岸波白野』作成完了。

 記録データの移行にエラーが生じました。

 至急、対応策を講じる必要があります。

 

 これより、『箱庭』の観察を開始します。

 

 

 




 プロローグを投稿して一日と経過していないのに、もうお気に入り登録をしてくれた人がいてびっくりしています。同時にすごく嬉しかったです!

 白野はワケあってレベル1の状態にしました。と言っても、これから白野のギフトで活躍できる様にしていくつもりです。

 それでは、ここらで失礼をば。

 


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第2話「ようこそ、箱庭の世界へ!」

おかしい、予定ならガルドに決闘を挑む所まできてた筈なのに。
そんな第2話です。

*白野のセリフも「」で区切った方が良いと指摘があったので、この話から「」で区切っていきます。


「あ、あり得ないのですよ。まさか話を聞いて貰うだけで小一時間も費やすとは。学級崩壊とはきっとこのような状態に違いないのデス」

 

 あの後―――自分達に散々揉みくちゃにされた黒ウサギは、疲れた様に呟いた。

 

「大変、堪能させていただきました。またモフらせて下さいね」

「いたしません!」

「いいからさっさと始めろ」

 

 ようやく黒ウサギを弄るのに飽きた十六夜にツッコまれ、黒ウサギは気を取り直した様に咳払いをした。

 

「それではいいですか、皆様方?

 ようこそ、"箱庭の世界"へ! 我々は皆様にギフトを与えれた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせて頂こうかと召喚いたしました!」

 

 その後の黒ウサギの説明を要約すると、次の様な内容だった。

 

・ここは"箱庭"と呼ばれる世界で、様々な修羅神仏や悪魔、精霊といった存在が跋扈している。

・箱庭ではギフトと呼ばれる特殊な能力を競い合うギフトゲームと呼ばれるゲームが存在する。

・ギフトゲームは金品、土地、利権、名誉、人材など様々な物をチップに行われ、勝者は賭けられたチップを全て手に入れられる。

・箱庭にも法はあるが、ギフトゲームを介して行われた取引は適用外となる。なお、ギフトゲームは参加する以上は全て自己責任となる。

・ギフトゲームに参加するには、特定の集団「コミュニティ」に加入しなくてはならない。

 

「さて。箱庭世界の説明をするにはもう少しお時間を頂きますが、いつまでも皆様を野外に出しておくのは忍びない。残りの説明は我々のコミュニティでさせていただきますが……よろしいですか?」

 

 説明に一段落ついたのか、黒ウサギは封書を取り出していた。

 

「その前に一つ、質問していいかな?」

「はい? 何でございましょう?」

「十六夜達は黒ウサギの招待状を受け取ったと聞いたけど、俺にも招待状が送られたのか?

 自分の記憶が無いから、そこのところをハッキリさせたいんだ」

「……へ? 記憶が、ない……?」

 

 黒ウサギが茫然とした様に呟く。でも残念ながら事実だ。

 何かを思い出そうするが、地球の一般常識や自分の名前といったものは思い出せても、箱庭に来るまで自分が何処で何をしていたか、といった事が思い出せない。

 例えるなら自転車の運転が出来るのに、いつ自転車に乗れるようになったか、どこで運転の仕方を習ったのか覚えていない状態だ。

 

「そ、それは一大事ですね。ですがご安心を! 

 ギフトの中には記憶喪失を治療するものもございます! 

 それを使えば白野様の記憶も元通りになるでしょう。

 ですから、是非とも我々のコミュニティに……」

「待てよ。俺からも質問があるぜ」

 

 黒ウサギを遮るように、十六夜が口を開いた。

 

「この世界は―――面白いか?」

 

 それはいかなる思いが込めらていたのだろう。飛鳥と春日部も静かに黒ウサギの返事を待っていた。彼等から聞いた話では、黒ウサギの招待状にはこんな事が書かれていたそうだ。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能を試すことを望むならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全ての捨て、

 我らの"箱庭"に来られたし』

 

 十六夜達が何を考えて元の世界を捨てたのかは知らない。

 だが彼等は、この箱庭世界に何かを求めて来たのだ。

 その問いは当然の疑問だろう。

 

「―――YES。『ギフトゲーム』は人智を超えた神魔の遊戯。

 箱庭の世界は外界よりも格段に面白いと黒ウサギが保証します♪」

 

 そう言って、黒ウサギは茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

 

 

 

 その後、黒ウサギが彼女達のコミュニティに案内してくれるとのことなので、自分達4人は黒ウサギについていく事にした。

巨大な天幕に覆われた建物を目指して歩きながら、今後の事を考える。現状、他に宛てが無いから黒ウサギ達と行動を共にするのが最善だろう。

 ただ―――一つ気になる事がある。先程の説明で十六夜がコミュニティに入る気が無いと言った時に、黒ウサギは少しムキになっていた。自分に対しても記憶喪失を治すならコミュニティに加入する事を薦めた事を考えると、黒ウサギにはどうしても自分達に来て貰いたい理由があるんじゃないか?

 何か、裏があるのかもな。それも自分達に話せない、不都合な事が。

 

「なあ、記憶が無いって本当か?」

 

 考え事を一時中断して、十六夜の質問に答える。。

 

「どうやらそうらしい。こうしてる今も思い出せないでいる」

「その割には不安とか無さそうに見えるぜ。むしろ今の状況を楽しんでるんじゃねえの?」

「楽しそう? そう見えるのか?」

「おう、見える見える。遠足の日の小学生みたいにハシャいだ顔をしてるぜ」

 

 そ、そんなに子供っぽく見られていたのか。おそらくは十六夜と同世代と思うのに。

 

「でも……楽しみというのは確かだな」

「ほう? そりゃ何でだ?」

「確かに自分の記憶が無いというのは不安だな」

 

 なにせ自分が善人なのか悪人だったか、自分が何を指針として生きていたのか、それすらも分からない。しかし―――。

 

「なに、世界が滅んでいるわけでもない。

 それなら前に進んでいればどうにかなるさ」

 

 それに―――どういうわけか、こうして日の光を浴びて大地を歩ける事を自分は嬉しく思っているらしい。

 

「……は、お前は本当に変な奴だな。変人大賞があったら漏れなく入賞できるぜ」

 

 そう言って十六夜は笑った。

言葉とは裏腹に、それはどこか励ましの言葉を含んでいる様で―――。

 

「つうわけで俺も世界の果てを見てくるわ!」

 

 ……はい?

 

「あ、止めてくれるなよ♪」

 

 いや、せめて黒ウサギに声をかけてから、と言うよりも前に十六夜は黒ウサギとは別方向に走り去って行った。それにしても速いな。いつから人間は突風を巻き上げる様な速度で走れる様になったのだろうか?

 

「まったく、協調性が無いわね」

「……団体行動は大事」

 

 二人とも……お前が言うな、と言われると思うよ。

 

 

 

―――Interlude

 

 (まさか記憶喪失とは予想外でした)

 

 外門への道を歩きながら、黒ウサギは岸波白野の事を考えていた。

強力なギフトを持つ人間を召喚したはずなのに、その内の一人が記憶喪失になるなど夢にも思っていなかった。

 

(聞いたところ御自身に関する記憶だけが無いようですね。これだと白野様が持っているギフトも覚えているかどうか……)

 

 いや、そもそも。岸波白野は本当にギフト所持者なのだろうか? 黒ウサギはチラリと後ろを盗み見すると、そこには遠くの景色を眺めている白野の姿があった。一見すると、ボーっと景色を見ているだけだ。口の悪い人なら昼行灯と彼を指して言うだろう。

 もっとも―――その評価を撤回できる様な雰囲気を彼は持ち合わせていなかった。

 

(やっぱり、気のせいだったのでしょうか?)

 

 視線を前に戻しながら、黒ウサギは考え込んだ。初めて岸波白野を目にした時に脳裏に飛来したのは郷愁だった。まるで黒ウサギの故郷である月の都と同じ雰囲気をこの少年から感じたのだ。

 黒ウサギは元々「月の兎」の末裔だ。空腹の老人を救うために我が身を差し出し、その献身を帝釈天に認められて月に住む事を許された「月の兎」。その「月の兎」としての本能が、岸波白野は月に等しい存在であると告げていたのだ。しかし、こうして改めて見ると特別な力を持たないただの少年にしか見えない。

 

(本当に、白野様は何者なんでしょうか?)

 

 やがて見えてきた外門に、幼いリーダーを見付けて黒ウサギは一度思考を打ち切った。

 無意識の内に、岸波白野を敬称で呼んでいる事にも気付かずに。

 

―――Interlude out

 

「ジン坊ちゃーん! 新しい方を連れて来ましたよー!」

 

 黒ウサギが声をかけた先を見ると虎の彫像が両脇に置かれた門の前に、だぼだぼのローブを着た少年が立っていた。歳の頃は十歳といった処だろう。黒ウサギのコミュニティの関係者なのか?

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの三名が?」

「はいな、こちらの四名様が―――」

 

 そう言って黒ウサギはくるりと振り返り……そのまま硬直した。

 

「あ、あれ? 十六夜さんはどちらに?」

「ああ、彼なら"世界の果てを見てくる"とか言って駆け出して行ったわよ」

 

 あっちの方に、と飛鳥が十六夜が走り去った方向を指差す。上空から落ちる最中にチラっと見たけど、そっちには断崖絶壁があったはずだ。

 

「な、なんで止めてくれてなかったんですか!」

「"止めてくれるなよ"と言われたもの」

 

 それに止める前にさっさと行っちゃったし。

 

「どうして黒ウサギに教えてくれなかったんですか!」

「"黒ウサギには言うなよ"と言われたから」

「嘘です! 実は面倒だっただけでしょう!」

「「うん」」

 

 息ピッタリに頷く春日部達。このままでは埒が明かないから、そろそろ助け舟を出すとしよう。

 

「何度か黒ウサギには声をかけたよ。でも考え事してたみたいで聞いてなかったみたいだったから……」

 

 はうあ! という感じに黒ウサギは頭を抱えていた。今さらだけど、黒ウサギって苦労性じゃないんだろうか? やがて、溜息をつきながら十六夜が走っていった方向を向いた。

 

「仕方ありません。十六夜さんは黒ウサギが捕まえに参りますので、ジン坊ちゃんは御三人様のご案内をお願いします」

「分かった、気を付けてね」

 

 すると黒ウサギの髪が艶やかな黒から淡い緋色に変わり、弾丸の様に跳び去って行った。

 舞い上がった風から髪の毛を庇いながら、飛鳥が呟いた。

 

「箱庭の兎はずいぶん速く跳べるのね」

「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトや特殊な権限を持ち合わせています。

 余程の相手に会わなければ大丈夫ですが……もう一人の方は大丈夫でしょうか? 世界の果てには強力な幻獣が跋扈していますけど」

「とすると、彼はもうゲームオーバー?」

「ゲーム参加前にゲームオーバー……斬新?」

 

 心配そうにしているジンくんとは対照的に、あまり気にしてない様な飛鳥達。

 それにしても参加前にゲームオーバー、ね。

 ふと脳裏にマネキンの様な人形にボコボコにされたり、追い詰められて屋上から飛び降りる自分の姿が浮かんだ。なんだこのヴィジョン?

 

「それで、貴方が代わりにエスコートして下さるのかしら?」

「あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルと申します。齢十一になったばかりの若輩ですが、よろしくお願いします」

「久遠飛鳥よ。そこの猫を抱えているのが」

「春日部耀」

「俺は岸波白野。よろしくジンくん」

 

 礼儀正しく自己紹介をしてくれたジンくんに、三人で一礼する。

 

 門に入って石造りの通路を渡ると、ぱっと頭上に日光が降り注いだ。

遠くに聳える巨大な建造物と空を覆う天幕。確か外から見た時には都市の天幕は透明ではなかったはずだ。なのに、都市の空には青空と太陽が広がっていた。

 

「箱庭を覆う天幕は中に入ると不可視になるんですよ。もともと日光を直接浴びれない種族の為に作られましたから」

「それはなんとも気になる話ね。この都市には吸血鬼でも住んでるのかしら」

「はい、いますよ」

「……。そう」

「さあ、立ち話も難ですからこちらへどうぞ」

 

 ジンくんと飛鳥のそんなやり取りを聞きながら、六本傷の看板が掲げられたオープンテラスカフェへと入る。

 それにしても吸血鬼か。自分の知識では、太陽や十字架を弱点とした血を吸う化け物だと記憶している。自分が元いた(はずの)地球でも有名だったドラキュラを思い浮かべた。

 

(いや……それは違うか)

 

 すぐに自分の想像を打ち消す。確かに吸血鬼ドラキュラの伝説は有名だけど、それは後世の人間による創作が大半だ。

 確かに彼は流血をものともしない苛烈な性格だったけど、化け物と呼べないくらい高潔な精神の持ち主だった。だからこそマスターである彼女に最期まで―――。

 

「―――くん。岸波くん」

「え?」

「え、じゃないわよ。注文、どうするの?」

 

 気付くと、飛鳥が怒った顔でメニューを差し出していた。いつの間にか、自分達はテラスの席に座っていた。

 

「ああ、ごめん。そうだな……コンソメしるこを一つ」

「ずいぶんと微妙な物を頼むわね……」

 

 飛鳥の呆れ顔に曖昧に笑いながら、さっきまで考えていた事を思い返していた。

さっきは気に留めなかったけど、自分はどうしてドラキュラを知り合いの様に感じたのだろう? それに、彼女っていったい誰の事だ?

 

(ひょっとして、これが忘れてる自分の記憶なのかな)

 

「じゃあ貴女は猫と会話ができるの?」

 

 飛鳥の動揺した声に意識を呼び戻された。また考え事をしてる間に話が進んでいたらしい。少し気を付けないと。

 

「うん。生きているなら誰とでも会話できる。水族館のペンギンもいけたから他の動物でも大丈夫」

「それは……すごいな」

 

 春日部の言葉に素直に感心する。そういえば最初に会った時も、一緒にいる三毛猫と会話していたな。最初は人間の言葉が分かる賢い猫だな、と思っていたけど春日部の方が猫の言葉を理解していたのか。

 

「ええ、全ての種と会話できるなら心強いギフトです。この箱庭において幻獣との言語の壁は大きいですから」

「そうなのか、ジンくん?」

「はい。一部の猫族や黒ウサギの様に神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば会話は可能ですが、他の幻獣達は独立した種族なので意思疎通も儘ならないんです。黒ウサギでも、全ての幻獣と会話することは不可能なんですよ」

「そう、春日部さんには素敵な力があるのね。羨ましいわ」

 

 自分のギフトが褒められたのが嬉しいのか、照れ笑いする春日部とは対照的に飛鳥は憂鬱そうな表情で呟いた。会って数時間程度の付き合いだけど、それは彼女らしくないものだった。

 

「なあ、飛鳥のギフトは」

「おんやあ、誰かと思えば東区画で最弱の名無しコミュのリーダー、ジン=ラッセルくんじゃありませんか」

 

 上品ぶった野次声に言葉を遮られ、声の方向を見る。そこにはニヤニヤと親愛を感じさせない笑みを浮かべた、タキシードを着た男が立っていた。

 

 

 




前回の投稿からはや二日。既に12件も感想をいただき、恐悦至極です!

自分の書いた小説を評価してくれる人がいるって、嬉しいですね。次回は出来るなら、三日以内に上げてみます。期待しててください!


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第3話「ノーネームは崖っぷちだそうですよ?」

シェン○ーン!! 1日を48時間にしてくれえっ!!

そんな第3話です。


―――Interlude

 

 世界の果てと呼ばれる断崖絶壁には箱庭の世界を八つに分かつ大河の終着点、トリトニスの大滝がある。横幅が、かのナイアガラの大瀑布の二倍以上あるこの滝は見る者に壮大な感動をもたらすだろう。―――先ほどから響く地震と爆音が無ければ、の話であるが。

 

『まだ……まだ試練は終わってないぞ、小僧ォ!!』

 

 現在、トリトニスの大滝には主である水神が逆廻十六夜と戦闘を行っていた。

 事の次第はこうだ。世界の果てを目指して大滝に来た十六夜に、水神が暇つぶしを兼ねて試練を選べと要求した。ところが『天は俺の上に人を作らず』と豪語する十六夜にとって、この上から目線な態度はしゃくに触り、逆に自分を試せるのかと挑発した結果―――いまの状況に至った。

 

 

『この一撃に耐えてみせるがいい!!』

 

 身の丈三十尺はある白い蛇の身体を震わせ、水神は渾身の力を振るう。水神の雄叫びに応える様に、自身の身体を超える高さの水流が立ち上がった。竜巻の様に渦巻くそれは、人間が巻き込まれれば跡形すら残らないだろう。

それが三本。それぞれが生き物の様にのたうちながら、十六夜を呑み込まんと牙を剥く。

 この力こそ”神格”。時に嵐を呼び、生態系さえ崩すギフトの力だ。

 

「―――ハッ」

 

 だがその光景を目の当たりにしながらも十六夜は鼻で笑い、

 

「しゃらくせえ!!」

 

 拳の一振りで打ち砕いた。

 

「馬鹿な!?」

「まあ、中々だったぜオマエ」

 

 全力の一撃を弾かれ、愕然とする水神に十六夜は跳び蹴りをくらわせる。空中高く打ち上げられ、川へ落下する水神。

 ここに、十六夜の箱庭世界でのデビュー戦が終了した。

 

 

 

「人間が、神格保持者を腕力で倒した……? なんてデタラメ……」

 

 一部始終を見ていた黒ウサギは呆けた様に立ち尽くしていた。ようやくの思いで十六夜に追いついた時には水神に挑んだ事に頭が真っ白になりかけたが、結果は予想を大きく外れて十六夜の圧勝だった。

 

(信じられない……だけど本当に最高のギフトを持っているなら……! 私達のコミュニティの再建も夢じゃない!)

 

 期待に胸を膨らませ、鼓動が早くなっていく黒ウサギ。だが、十六夜の一言でその興奮は動揺に変わった。

 

「さて、と。一段落ついたところで聞こうか、黒ウサギ。オマエ、なにか決定的な事を隠してるだろ?」

「……なんの事です? 箱庭に関する質問で、なにか不備でも?」

「いいや、俺が聞きたいのはオマエ達のこと―――はっきり言おうか? オマエ達のコミュニティは衰退してるか、弱小のチームだろ」

 

 その時、黒ウサギは初めて動揺を表情に出した。瞳が揺らぎ、虚を突かれた様に十六夜を見つめ返す。

 

「どうして、それを」

「フン―――最初は完全な善意か、誰かの遊び心で呼び出されたと思っていた。俺は絶賛”暇”だったわけだし、記憶喪失の岸波はともかく他の二人は異論が無かったからな。別にオマエ達の事情なんざ気にかけなかった。

ただな、俺がコミュニティに入らないと言った途端に怒り出した事といい、岸波のヤツに記憶を取り戻したいならコミュニティに入れと勧誘した事といい、随分と必死だったからな。事情を察する材料は十分だ」

「……ッ!」

 

 黒ウサギは内心で舌打ちしていた。せめてコミュニティに加入した後ならば簡単に脱退できないから誤魔化す事はできた。しかし、この時点でそれを知れられるのは余りに痛かった。

 

「俺等はともかく、記憶の無い岸波に詳しい説明無しに仲間になれとはずいぶんと不義理な真似をするじゃねえか? それならいっそ他のコミュティに入るか」

「い、嫌ッ! 駄目です、待ってください!」

「じゃあ、さっさと話せ。包み隠さずな」

 

 ケラケラと笑いながら、手頃な岩に腰を下ろす十六夜。やがて意を決したのか、黒ウサギはポツポツと話し始めた。

 

「……私達のコミュティには名がありません。それどころか誇りとなる旗印も無いので"ノーネーム"という蔑称で呼ばれています」

「ふぅん。それで?」

「メンバーのほとんどが十歳以下の子供で、ぶっちゃけて言うとゲームに参加できるギフト所持者は黒ウサギとリーダーのジン坊ちゃんしかいません」

「もう崖っぷちだな!」

「デスヨネー♪」

 

 おどけて言ってみせるが、黒ウサギはガックリと項垂れていた。

 

「で、なんでそこまで末期な状況に陥ったんだ?」

「はい……。名も旗も、かつてのメンバーも全て奪われたのです。箱庭を襲う最大の天災―――"魔王"によって」

「魔王だあ? そんな奴まで箱庭にいるのか?」

「YES。魔王は"主催者権限(ホストマスター)"という特権階級を持つ神仏修羅で、彼らにギフトゲームを挑まれたら最後、誰も断れないのです。私達は魔王のギフトゲームに強制参加させられ……全て奪われてしまいました」

 

 比喩ではない。黒ウサギ達のコミュニティは地位も名誉も仲間も、全て奪われたのだ。残されたのは空き地だらけになった敷地と、使えない人材として捨て置かれた子供達だけだ。

 

「けど名前も旗印も無いのは痛いな。新しく作ってコミュを立ち上げるんじゃ駄目なのか?」

「そ、それは可能です。ですが改名はコミュニティの完全解散を意味します。しかし……しかしそれでは駄目なのです! 私達は何よりも仲間の帰る場所を守りたい……!」

 

 それは黒ウサギにとって掛け値なしの本心だった。

魔王にとのゲームで居なくなった仲間達が帰る場所として、周囲に"名無し"と蔑まれてもコミュニティを残すという誓いを立てたのだ。

 

「茨の道であります。けど私達は仲間が帰る場所を守りつつ……コミュニティを再建し、いつの日か旗印と名を取り戻したいのです。その為には十六夜さん達の様な強力なプレイヤーに頼るしかありません! どうかその御力を我々の為に使って下さい。お願いします!」

「ふぅん……魔王から誇りと仲間をねえ」

 

 黒ウサギの必死な嘆願に対し、十六夜は気の無い声で返す。今までの話を聞いていたとは思えない態度だ。黒ウサギは肩を落として泣きそうになった。

 

(ここで断られたら……私達のコミュニティはもう……!)

 

 肝心の十六夜は組んだ足を組み直し、たっぷり三分間黙った後、

 

「いいな、それ」

「――――――……は?」

「HA? じゃねえよ。協力してやると言ってるんだ、もっと喜べ黒ウサギ。なんだ? 他のコミュニティに行って欲しいのか?」

「い、いいえ! 絶対に駄目です! 十六夜さんは私達に必要です!」

「素直でよろしい。ま、あとの三人はオマエが説得しろよ? 騙すも誑かすも後腐れの無い方法で頼むぜ」

「……はい」

「ほれ、さっさとあの蛇を起こしてこい。あいつの言う試練にはクリアしたんだから褒美くらいあるだろ」

「は、はい!」

 

 水神の元へ迎いながら、黒ウサギは心の中で深く反省した。いくらコミュニティの為とはいえ、義理を欠いた真似だった事は否定できない。

 

(コミュニティに戻ったら、白野さま達にもキチンと謝罪しないといけないですね)

 

―――Interlude out

 

 

 

「―――以上がジン=ラッセルのコミュニティ、"ノーネーム"の実態ですよ」

 

 そう言って、勝手に相席してきたタキシードの男―――ガルド=ガスパーは口を閉じた。ここら一帯の中流コミュニティを支配下に置く"フォレス・ガロ"のリーダーの話は、主観ややっかみが混じっていたが、ジンくんのコミュニティは活動どころか存続も危うい事を知るには十分だった。そして先程から一言も喋らず、膝の上で拳を握りしめているジンくんの姿がそれを裏付けていた。

 

「なるほどね。それで、ガルドさんはどうしてそんな話を丁寧にしてくださったのかしら?」

 

 話がようやく一段落つき、飛鳥がすっかり湯気が冷めてしまった紅茶に手を付けた。するとガルドはもったいぶった感じにネクタイを直し、こう切り出してきた。

 

「単刀直入に言いましょう。もしよろしければ黒ウサギ共々、我ら"フォレス・ガロ"に加入しませんか?」

「な、何を言い出すんですガルド=ガスパー!?」

 

 流石に聞き流せないのか、今まで黙っていたジンくんがテーブルを叩いて講義する。しかし、ガルドの鋭い眼光にあてられて押し黙ってしまった。

 

「黙れ、黒ウサギの審判稼業で食い繋ぐだけの寄生虫が。何も知らない相手なら騙しとおせると思ったか? そっちがその気なら……俺も箱庭の住人として仁義を通させてもらうぜ」

 

 その点だけはガルドの言い分に分があるだろう。ジンくんや黒ウサギは自分達の状況を故意に知らせなかったのだから。黒ウサギから感じていた違和感の正体はこれだったのか。

 

「結構よ。だってジン君のコミュニティで間に合っているもの」

 

 そう言って飛鳥は明日の天気を聞かれた様に、あっさりと答えた。予想外の答えにジンくんとガルドが硬直する。

 

「春日部さんはどうする?」

「どっちでもいい。私は友達を作りに来ただけだから」

「あら、それじゃあ私が友達一号に立候補していいかしら?」

「……うん。飛鳥は私の知る女の子と違うから大丈夫かも」

「岸波君はどうする?」

 

 話の矛先を向けられ、どう言おうか考え……答えはすぐに出た。

 

「ジンくん」

 

 静かに呼ぶと、ジンくんは零点の答案がばれた生徒の様にビクッと震えた。

 

「まず、仮にも仲間となる俺達に隠し事をしていたのは感心しないな。君達の事を信用しにくくなる」

「……申し訳ありません」

 

 目線を地面に降ろして項垂れる彼の頭に―――静かに手を乗せた。

 

「……え?」

「今までよく頑張ったな。これからは俺も君達に協力するよ」

「ど、どうしてですか? 僕たちのコミュニティは"ノーネーム"ですよ? それなのに、何故」

「そうだな。君達のコミュニティに入っても、得する事は余り無いかもしれない」

 

 黒ウサギの話ぶりからすると、記憶喪失はギフトの力で治す事は出来るだろう。それならギフトを持つ人材が少ないノーネームよりも、他のコミュニティに頼った方が確実だ。

 

「でも、ここで君達を見捨てたらきっと俺は後悔すると思う。弱いから、損だからという理由は見ないフリをする理由にはならない」

 

 うっすらとした記憶に思い浮かぶのは、誰よりも鮮烈に生きた一人の女の子。その子は王でありながら、自分の様に権力を持った人間よりも名も無き市民達を愛した。

 その子が誰なのかは思い出せない。だが、こうして記憶に残り、その在り方を美しいと思っているという事は岸波白野もそんな人間性(パーソナリティ)を持った人物だったのだろう。

 

「お人好しなのね、岸波君って」

 

 飛鳥が呆れた様な声で―――しかし、優しい目で自分を見ていた。

 

「よく言われるよ。いや……言われてた様な気がする、かな?」

「お人好しなのは記憶を失う前からだった、ということ? 呆れたわね」

「うん。本当にお人好し」

 

 春日部にまで言われたら立つ瀬が無いなっと、そうだ。

 

「春日部、良かったら俺も友達になっていいか?」

「……え?」

「その、春日部が良かったら、だけど」

 

 しばらく驚いた顔をした春日部は、やがて少しだけ微笑んだ。

 

「うん。私も、男の子の友達は初めてだから」

「ありがとう、春日部」

「……耀でいい」

 

 目線を自分からずらして、少しはにかみながらポツリと言った。

 

「耀でいい。春日部だと、他人行儀に感じるから」

「……分かった。これからよろしく、耀」

「うん。よろしく、白野」

 

 そう言って春日部―――耀と握手を交わす。しかし、いざ言葉にすると少し気恥ずかしいな。照れ隠しに頬をポリポリと掻く。

 

「あ、あの御三方、よろしいので? 先程から申し上げてる通り、ジンのコミュニティは最底辺のノーネームで、」

「問題ないわ」

 

 自分達に素っ気なく拒否されて引くに引けないのか、なおも言い募ろうとするガルドを飛鳥はピシャリと遮る。

 

「私―――久遠飛鳥は、裕福だった家も約束された将来も全て投げ打って箱庭に来たのよ。それを今更、小さな一地域を支配してるだけの組織の末端に加えてやる、と言われて喜ぶとでも思ったかしら? 相手を見てから交渉することね、似非紳士さん」

 

 その傲慢とも取れる物言いは、文字通り全てを捨てて来た飛鳥だからこそ言う事の出来る言葉だった。正に威風堂々と表現すべきだろう。

 だが完膚無く虚仮にされたガルドには飛鳥の態度が気に入らないらしい。二メートルは超える巨体が怒りの余り震えていた。不味いな、爆発一歩手前といったところか。

 

「し、しかしですな、」

()()()()()

 

 ガチン! と不自然にガルドの口が閉じられた。本人はパニックに陥った様にもがくが、口を開ける事が出来ない様だ。

 

「まだ聞きたい事がいくつかあるの、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ドカリ、とガルドは椅子に罅が入る勢いで座った。ガルド本人は逃げ出したくて堪らない様だが、彼の手はテーブルをきつく握りしめて立つ事を拒絶していた。まさか、飛鳥のギフトの正体は―――! そして、次の飛鳥の()()が自分の予想を裏付けていた。

 

「貴方はギフトゲームで他のコミュニティを従わせていった、と自慢してたわよね? でも自分のコミュニティそのものを賭けるなんて真似、そう何度もあるものかしら? 主催者権限を持ってない貴方がどうしてそんな大博打をする相手を何人も見つけられたのか、()()()()()()()()()?」

「ほ、方法は様々だ。一番簡単なのは相手のコミュニティから女子供を攫ってゲームに強要させる。それに応じないコミュニティは周りのコミュニティを使ってゲームに乗らざるを得ない状況に追い込む」

 

 それでは出来レースではないか。人質を取られたコミュニティはそれを盾に敗北を強要する事ができ、人質のいないコミュニティにしてもガルドがゲームメイクをしたゲームに参加させられるのだ。勝ち目は薄い。万が一勝っても、ガルドは配下のコミュニティを使って更に追い詰めていただろう。

 

「ええ、小物らしい堅実な手段です。それで、攫った人質はどうしたのかしら?」

 

「もう殺した」

 

 ―――いま、コイツはなんと言った?

 

「初めてガキを連れて来た日に、泣き声がうるさくてイライラしたから殺した。次は自重しようとしたが、コミュニティに返せとうるさかったからやっぱり殺した。それ以降は捕まえたガキ共はその日の内に殺すことにした。死体が残らない様に部下に食わせ」

 

()()

 

 ガキン!、とさっきよりも鋭くガルドの口は閉じられた。だがこの凍りついた空気からすれば、些細な事だ。飛鳥や耀、ジンくんや異変を感じて来た猫耳の店員は嫌悪感を込めてガルドを睨んでいた。きっと自分も似た様な顔になっているのだろう。

 

「素晴らしいわ。ここまで絵に描いた様な外道がいるなんて、流石は箱庭と言うべきかしら……ねえ、ジン君?」

「彼の様な悪党は早々いませんよ」

「あら、それは残念。それで、この外道を箱庭の法で裁く事は出来るのかしら?」

「難しいですね。コミュニティから人質を取ったり、身内となった人間を殺すのは違法ですが……彼が箱庭の外へ逃げ出してしまえば、それまでです」

 

 今まで築き上げた物を全て失って箱庭の外を彷徨う。それは確かに裁きとも言えなくもない。だが―――。

 

「そう。なら仕方がないわ」

 

 飛鳥が苛立だしげに指を鳴らすと、かかっていた言葉の圧力が消えたのか、ガルドの全身が弛緩し―――次の瞬間、テーブルを叩き割って立ち上がった。

 

「この、小娘がァァァァァァァァァッ!!」

 

 咆哮と共にガルドの身体が倍以上に膨れ、身体に虎柄が浮かび上がる。そしてその勢いのまま、飛鳥へと跳びかかる! 

 

「やらせるかッ!」

 

 椅子を蹴り倒して飛鳥の元へと走る。今の体勢から、ガルドの第一撃は右拳による振り下ろし。なら、回避するには―――!

 

「ちょ、ちょっと! 岸波君!?」

 

 すれ違いざま、飛鳥を抱きかかえて右後方へと下がる。拳のリーチを考えても当たる事は無いはずだ。目標を失い、空振りした右の剛腕。そこへ耀が手を伸ばした。

 

「喧嘩は駄目」

 

 腕を掴まれ、そのまま回転する様に捻りあげられて押さえつけられるガルド。どう見ても女の子の細腕では無理そうな芸当に目を丸くしていると、

 

「……それで。私はいつまで抱えられてればいいのかしら?」

 

 腕の中から不機嫌そうな声がした。視線を下ろすと、自分の片腕が飛鳥の肩から首にかけて支え、もう片方の手が膝にかけて支えていた。俗にいうお姫様抱っこというやつである。

 

「ご、ごめん!」

 

 慌てて下ろすと、飛鳥は少し顔を赤くしながら咳払いをしてガルドを見下ろした。

 

「さて、ガルドさん。ここで貴方を見逃しても、貴方には破滅以外の道は残されていないでしょう。でも私は貴方や貴方のコミュニティが瓦解する程度では手緩いと思うの」

 

 そこで、と言葉を切り―――挑発的な笑みを飛鳥は浮かべた。

 

「私達と『ギフトゲーム』をしましょう。貴方の”フォレス・ガロ”の存続と”ノーネーム”の誇りと魂を賭けて、ね」

 

 

 

 




やっとガルドに決闘を挑む所まで書けた……。
この小説を書くにあたって小説を読み直したり、アニメを見直したりしていますがプロの文章力や纏め方は上手いですよね。色々と勉強になります。
こんな風に小説やアニメを見るのは初めてかも。


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第4話「What's your gift?」

「先生ぇ………小説が、書きたいです」
「筆を止めたらそこで終了ですよ」

そんな第4話。今回は以前より、2000文字増しです。いや本当にどうしてこうなった?

3/18 一部誤字修正。


「な、なんであの短時間で”フォレス・ガロ”のリーダーと接触して喧嘩を売る状況になったのですか!?」「しかもゲームの日取りは明日!?」「それも敵のテリトリーで戦うなんて!」「準備の時間もお金もありません!」「聞いてるのですか三人とも!」

 

「「「ムシャクシャしてやった。今は反省してます」」」

 

「お黙る!!!」

 

 夕方、噴水広場で合流した黒ウサギ達に喫茶店での一件を伝えると、黒ウサギは耳を逆立てて怒った。それにしても打ち合わせでもしてたのか、君達。

 

「白野さまも! 見ていたなら、どうして止めてくれなかったんですか!?」

「そう言われてもね。流石にガルドを野放しにする気にはなれないよ」

「別にいいじゃねえか。見境なく喧嘩を売ったわけじゃないんだから許してやれよ」

「い、十六夜さんは面白ければいいでしょうけど、このゲームで得られるのは自己満足だけなんですよ?」

 

 黒ウサギの言う通りだ。あの後、ゲームの報酬を取り決めた”契約書類”を両コミュニティのリーダーが作った。そこには”ノーネーム”が勝った場合、『主催者(ホスト)は罪を全て白日の下に晒し、正しい法の裁きを受けた後にコミュニティを解散させる』と書かれている。逆に”フォレス・ガロ”が勝った場合、『参加者は今後一切、主催者(ホスト)の罪を黙認する』とも。

 

「時間さえかければ、必ず彼らの罪は暴かれます。だって肝心の人質は、その……」

「ええ。もうこの世にはいないわ。その点を責めたてれば必ず立証できる。だけど、あの外道を裁くのに時間をかけられないの」

 

 もしもここで時間をかけてしまえば、ガルドはこの都市から逃げ出すだろう。そうなればもう箱庭の法律では裁けばくなる。そしておそらく―――都市の外で、また同じ事を繰り返すだろう。

 

「ここでガルドを逃せば、また奴の犠牲になる人間が出る。それに報復として”ノーネーム”のメンバーに危害を加えるかもしれない。いまここで、確実に叩いておいた方がいい」

「僕も賛成です。彼の様な悪人を野放しにしちゃいけない」

 

 ジンくんも賛同する姿勢を見せたからか、黒ウサギは溜息をつきながら頷いた。

 

「仕方がない人達です。まあ十六夜さんがいれば、”フォレス・ガロ”程度なら楽勝でしょう」

「はあ? お嬢様達が売った喧嘩だろ。俺が参加するのは無粋じゃねえか」

「当り前よ。あんな外道、十六夜くんの手を借りる必要ないわ」

 

 当然といえば当然か。これは自分達が引き起こした騒動なのだ。十六夜には関係ない話だろう。黒ウサギの話を聞くと、戦闘能力がずば抜けている様だから参加してくれたら心強かったのだが。

 

「……もう好きにして下さい」

 

 そう言って遠い目をする黒ウサギの背中は、何故か煤けて見えた。こんど黒ウサギを労わってあげよう。彼女が円形脱毛症とかにならない内に。

 

 

 

 その後、ジンくんを先に”ノーネーム”の本拠地へ帰らせ、黒ウサギの薦めでギフトの鑑定をしてもらう為に自分達は”サウザンドアイズ”を目指していた。”サウザンドアイズ”は箱庭全域に精通する巨大商業コミュニティだ。黒ウサギの話では、コミュニティのメンバーは何か特別な”瞳”を持っているらしい。この近くの支店にいる幹部にギフトの鑑定をしてもらえば、明日のゲームで自分の力を正しく引き出せる様になるとのことだ。

 

「岸波君」

 

 声をかけられて振り向くと、飛鳥は気恥ずかしそうに自分の髪を弄っていた。

 

「その……さっきはありがとう。助かったわ」

「ああ。喫茶店の一件? いいよ、気にしなくて」

「ふうん。私、お父様以外で男の人に体を触られたのは初めてなのに岸波君は気にしないのね」

「ア、アハハ……」

 

 一転して意地の悪い笑顔になった飛鳥に苦笑する。父親以外に触れた事がないって、かなりのお嬢様だったんだな。

 

「それにしても、さっきはよくガルドの拳をかわせたわね。結構速かったのに」

「うん。あの時の白野、私よりも先に動いてた」

 

 横で聞いていた耀も感心した様に頷く。そう言われても、あの時は必死だったから自分でもよく覚えていない。ただ―――襲い掛かるガルドを見た時、どういうわけか攻撃をしかけるタイミングやガルドの攻撃性能が瞬時に頭に浮かんだ。あとは避けられるタイミングを計り、ガルドの攻撃が届かない距離へと動いたから回避が可能だっただけだ。

 

「へぇ。俺のいない間に面白い事してたみてえだな。どうだ、今度俺と手合せしてみるか?」

「遠慮しとくよ。十六夜と戦ったら命がいくつあっても、足らなそうだ」

「ちぇ、詰まんねーの」

 

 聞けば、十六夜は黒ウサギに追いつかれるまでに水神を素手で倒したそうだ。それにしても―――仮にも神の力を持つ相手を素手で捻じ伏せるなんて、十六夜ってホントに人間か?

 そんな風にみんなで他愛のない雑談をしながら、商店へと続くプリベッド通りを歩く。プリベッド通りは石造で舗装されており、脇を埋める街路樹は綺麗な桃色の花が咲いていた。

 

「桜……じゃないわよね。真夏に咲くわけがないし」

 

 道すがら、並木に植えられた桃色の花を見て飛鳥が不思議そうに呟いた。

 

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合の入った桜が残っていてもおかしくないだろ」

「……? 今は秋の筈だけど」

 

 ん? と三人と一緒に首をかしげる。全員、ウソをついてるわけではないみたいだ。ちなみに自分は覚えてないのでノーカウント。

 

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化など様々な相違点があるはずですよ」

「へぇ? パラレルワールドってやつか?」

「正しくは立体交差並行世界論というのですが……あ、着きましたよ」

 

 そう言って、黒ウサギは話を打ち切った。視線の先では青い布地に互いが向かい合う女神像が記された看板があった。あの看板の店が”サウザンドアイズ”だろう。

 もう店じまいをするのか、割烹着姿の女性が看板を下げようとしていた。

 

「まっ」

「待ったは無しですお客様。当店は時間外営業をしておりません」

 

 とりつくシマも無かった。流石は大手商業コミュニティ。押し入り客の扱いにも手馴れてるのだろう。

 

「なんて商売っ気のない店なのかしら」

「ま、全くです! 閉店時間の五分前に締め出すなんて!」

「文句があるなら余所へどうぞ。これ以上騒ぐなら出禁にしますのでご自由に」

「出禁!? これだけで出禁とか御客様を舐め過ぎでございますよ!?」

 

 キシャー! と気炎を上げる黒ウサギを宥めながら、店員に頼み込む。ゲームの日程は明日だ。ここで引き下がるわけにはいかない。

 

「俺達はギフトの鑑定をお願いしに来たんだ。どうにか融通してもらえないかな?」

「ふむ。”箱庭の貴族”であるウサギを連れているなら、さぞかし名のあるコミュニティなのでしょう。宜しければ、コミュニティの名を伺いたいのですか?」

「え、えっと……俺達は”ノーネーム”ってコミュニティだけど」

「ほほう? ではどこの”ノーネーム”様でしょうか? よろしければ旗印をご確認させて下さい」

 

 今度こそ店員の質問に答えられなくなり、黒ウサギに振り返る。そこには悔しそうな顔で俯く黒ウサギがいた。

 これが”ノーネーム”のリスクか。相手は超大手の企業みたいなものだ。商売をするにしても、名前も旗印もないという”ノーネーム”(どこかの誰か)など客にしたくは無いだろう。今更ながら、この箱庭世界では名前と旗がいかに重要なのかが理解できた。

 

「その……あの……私達に、旗印はありま」

「いぃぃぃやほぉぉぉぉぉぉ! 久しぶりだ黒ウサギィィィィィ!」

 

 どうにか声を絞り出そうとする黒ウサギを、店内から飛び出して来た和装の白髪少女が抱きつき……いやフライングボディアタックだな、あれ。とにかく衝撃でゴロゴロと転がりながら街道の向こうの浅い水路まで吹き飛ぶ二人。あ、落ちた。

 

「おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか? なら俺も別バージョンで是非」

「ありません」

「なんなら有料でも」

「やりません」

 

 真剣な表情の十六夜と、真剣にキッパリと断る女性店員。水路では顔を真っ赤にした黒ウサギの豊満な胸に顔を摺り寄せてる和装ロリータ。

 

 さて……どう収拾をつけたものかな?

 

 

 

「あらためて自己紹介をしようかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えておる

”サウザンドアイズ”幹部の白夜叉だ。以後見知りおいてくれ」

 

 店の前での騒動をどうにか収め、自分達は和装の少女―――白夜叉の私室に通されていた。なんでも、白夜叉は黒ウサギとは知り合いらしく、閉店後の”サウザンドアイズ”の支店に入れたのも彼女のおかげだった。白夜叉の自己紹介に聞き慣れない単語があったからか、耀が首をかしげる。

 

「外門って、何?」

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強力な力を持つ者達が住んでいるのです。因みに私達のコミュニティは一番外側の七桁の外門ですね」

 

 黒ウサギの説明に、自分達はなるほどと頷く。箱庭都市は言うなら、巨大バームクーヘンみたいなものだ。そして一番外側のバームクーヘンの皮が、いま自分達がいる場所だ。

 

「そして私がいる四桁以上が上層と呼ばれる階層だ。その水樹を持っていた白蛇の神格も私が与えた恩恵なのだぞ」

 

 そう言って、白夜叉は黒ウサギの横に置かれた樹の苗を指差した。この水樹は十六夜が箱庭世界の果てを見に行った際に水神に挑まれ、一蹴した際に貰ったギフトだ。

 

「へぇ? じゃあお前はあの蛇より強いのか?」

「ふふん、当然だ。私は東側の”階級支配者”だぞ。この東側で並ぶ者がいない、最強の主催者(ホスト)だからの」

 

 それを聞いた途端―――十六夜・耀・飛鳥の三人が立ち上がった。

 

「へえ。最強の主催者(ホスト)か。そりゃ景気の良い話だ」

「ここで貴女のゲームをクリアできれば、私達は東側で最強のコミュニティとなるのかしら?」

「うん。これを逃す手はない」

「ちょ、ちょっと御三人様!?」

 

 慌てる黒ウサギを無視して三人は剥き出しの闘志を白夜叉にぶつけていた。確かに十六夜達からすれば、白夜叉はコミュニティ再建にあたって恰好の獲物だろう。だけど―――

 

「止めた方がいい」

「あら? 岸波君は勝てないと思うのかしら?」

「……勝てる勝てないどころじゃない」

 

 飛鳥の挑発を流して、白夜叉を見る。見れば見るほど、ガルドとは比べものにならない、むしろ比べる事すらおごがましい程の威圧感と能力をひしひしと感じていた。背中に嫌な汗が流れてくる。

自分は白夜叉とは初めて会う。だがこの感覚は識っている。記憶に無くても身体が覚えている。そう、これはかつて太陽の化身と向き合った時の様な―――。

 

「ほう。おんしには私が何者か、視えておるようだの。結構。相手を見極めるのは重要な事だ」

 

 白夜叉はくつくつと笑い、懐から”サウザンドアイズ”の紋章が描かれたカードを取り出し―――刹那、視界が意味を無くした。黄金色の稲穂が垂れ下がる草原、白い地平線を覗く丘。森の湖畔。様々な風景が流星群の様に過ぎ去っていく。気付けば水平に太陽が廻る、白い雪原と凍った湖畔がある世界にいた。

 

「……なっ………!?」

 

 余りの異常さに、十六夜達は同時に息をのんだ。これは明らかに人智を超えた所業だ。それを証明するかの様に、白夜叉は外見から考えられない壮絶な笑みを浮かべた。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は”白き夜の魔王”――太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への”挑戦”か? それとも対等な”決闘”か?」

 

 重苦しい沈黙が十六夜達に漂っていた。どう足掻いても勝ち目が無い事は三人とも十分に理解させられた。しかし、ここで引き下がるのは彼等のプライドが許さないのだろう。しばらくして、ようやく十六夜が苦笑しながら手を挙げた。

 

「参った、降参だ。今回は大人しく試されてやるよ、魔王様」

 

 それは自信家の十六夜にとって、最大限の譲歩なのだろう。そんな十六夜の意地をからからと笑いながら、飛鳥達にも問う。

 

「く、くく………して、残りの童達も同じか」

「……ええ。私も、試されてあげてるわ」

「右に同じ」

「そもそも勝負しようとは思ってないよ」

 

 苦虫を噛み潰した様な二人とは対照的に、自分は肩をすくめながら答えた。ここまで実力がかけ離れているのだ。自分は元より、この場にいる人間は誰もこの幼い少女の魔王に敵わない事は明白だ。一連の流れをヒヤヒヤしながら見ていた黒ウサギは、ホッと胸をなでおろしていた。

 

「も、もうお互いにもう少し相手を選んでください!! 階層支配者に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う階層支配者なんて、冗談にしても寒すぎます!! それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年も前の話じゃないですか!!」

「何? じゃあ元魔王ってことか?」

「はてさて、どうだったかな?」

 

 はぐらかす様に笑う白夜叉。その時、彼方にある山脈から甲高い叫び声が聞こえた。その声にいち早く反応したのは耀だ。

 

「今の鳴き声……初めて聞いた」

「ふむ……あやつか。おんしらを試すには打って付けかもしれんの」

 

湖畔を挟んだ向こう岸にある山脈に、チョイチョイと手招きをする白夜叉。

すると体長5mはあろうかという巨大な獣が翼を広げて空を滑空し、風の如く自分達の元に現れた。鷲の上半身に、獅子の下半身。まさか、この獣は―――

 

「グリフォン……嘘、本物!?」

「フフン、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。"力""知恵""勇気"の全てを備えたギフトゲームを代表する獣だ」

 

 普段は大人しい耀が珍しく歓喜と驚愕を表情に浮かべていた。そんな耀に自慢する様に白夜叉が言うと、彼女が持っていたカードから一枚の半皮紙が現れた。

 

『ギフトゲーム名"鷲獅子の手綱"

 

 プレイヤー一覧:逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀、岸波白野

 

 ・クリア条件 グリフォンの背に乗り、湖畔を舞う。

 ・クリア方法 “力”“知恵”“勇気”いずれかでグリフォンに認められる。 

 ・敗北条件 降参、またはプレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合

 

 宣誓。上記を尊重し、誇りと御旗と主催者(ホスト)の名の下、ギフトゲームを開催します。

“サウザンドアイズ”印』

 

「私がやる」

 

 半皮紙の記述を読み終わると同時に、耀は真っ先に名乗り出た。その眼は探し続けていた宝物を見付けた子供の様に、キラキラと輝いていた。

 

「大丈夫か? 生半可な相手には見えないけど」

「大丈夫、問題ない」

「ニャウ、ニャア」

「大丈夫だよ、三毛猫。白野、三毛猫をお願い」

 

 心配そうに鳴く三毛猫を受け取りながら、耀を見送る。あとは信じて待つしかない。耀はグリフォンに近寄り、慎重に話しかけていた。

 

「初めまして、春日部耀です」

 

 ピクンッ!! とグリフォンの肢体が跳ねた。瞳から警戒心が薄れ、僅かに戸惑いの色が浮かぶ。動物の言葉が分かる耀のギフトは、幻獣が相手でも問題ないらしい。

 

「私を貴方の背に乗せて、誇りをかけて勝負しませんか? 私が負けた時は……貴方の晩御飯になります」

「か、春日部さん!?」

「正気なの!?」

「おんしらは下がっておれ。手出しは無用だぞ」

 

 突然の宣言に、驚く黒ウサギと飛鳥。だが白夜叉の是非を言わさぬ冷たい声に制される。そしておもむろに手を一振りすると、湖畔に鳥居の様な門が現れた。

 

「そこからグリフォンの背に乗り、山脈を一周する。最後まで振り落とされなければ、おんしの勝ちとしようかの」

「分かった」

 

 耀は短く頷くと、なおも心配そうに見てる自分達を安心させるように笑顔を見せてグリフォンに跨る。グリフォンは前傾姿勢を取るや否や、鷲翼を羽ばたかせて空へと飛び立った。

 

「あれは……空中を、走ってる?」

 

 鷲の鋭い鉤爪で、風を絡め取るように。獅子の強靭な後ろ足で大気を踏みしめるように。グリフォンは自身の翼だけで疾走するのではなく、旋風を操って空を疾走していた。

 

「春日部さん……大丈夫かしら」

「さあな。だがあのスピードと山脈から吹き降ろす風。体感温度はマイナス数十度にもなっているはずだ」

 

 心配そうに呟く飛鳥に対し、十六夜は淡々と事実を述べる。確かに普通の人間なら、あっという間に凍死してるだろう。そうでなくてもグリフォンの動きに耐えきれず、落馬して無残な事になる。

 

「大丈夫だよ。耀のギフトが俺の考えてる様な物なら、きっとクリアできるはずだ」

 

 山の影へと入り、見えなくなった耀達を見ながら自信を持って答える。十六夜はピクン、と眉を震わせるといつもの不敵な笑みを浮かべた。

 

「へぇ? 何を根拠にそう思うんだ?」

「最初、耀のギフトは様々な動物と言葉を交わせる様になるものだと思っていた。でもそれだけだと最初に会った時に、黒ウサギの居場所を見付けられた事は説明できない」

 

 あの時、耀はこう言っていたはずだ。”風上に立たれたら嫌でも分かる”、と。

 

「極めつけは喫茶店での一件。虎のギフトを持っていたガルドを捻じ伏せていた。仮に耀が武術の達人だったとしても、あの細腕からガルドを押さえつける程の膂力は考えられないよ。だから、耀のギフトは」

「あ、見えてきましたよ!!」

 

 黒ウサギの声に遮られて目を向けると、耀がグリフォンの背中にしがみつきながらゴール地点へと向かって来た。グリフォンは、これが最後の試練と言わんばかりに急降下や急上昇、更には錐もみ回転をしながら飛行していた。

 

「岸波の考察は当たりみたいだな。あれだけ激しく動いていると、身体にかかるGは相当なはずだ。普通ならとっくに失神してる」

 

 十六夜の説明を耳に入れながら、自分は耀に目で追っていた。ゴールまであと十五メートル、十メートル、五メートル……。

 

「やったっ!!」

 

 その声は誰のものだったのか、歓声を聞くと同時に耀はゴールの鳥居を通過した。緊張がほぐれ、息を吐き出す。見ると、飛鳥や黒ウサギも同じ様に胸を撫で下ろしていた。

 

「勝負あり! このゲーム、見事―――」

 

 白夜叉の宣言と同時に、耀の身体がグリフォンから離れ……そのまま落ちていく!

 

「耀ッ!!」

「待て! まだ終わってない!」

 

 駆け出そうとする身体を十六夜に止められる。そして―――地面に激突するより先に、耀は空中を踏みしめて歩いていた。

 

「………なっ」

 

 その場にいたほとんどの人間が絶句していた。無理もない。先程まで空を飛べる素振りを見せなかったのに、今は湖畔の上で風を纏って浮かんでいるのだ。それに、見間違いで無ければ、あれはグリフォンと同じ方法で飛んでいる。

 そうこうしている内に、耀は自分達の元へ降りてきた。待ち切れなかったのか、三毛猫は自分の腕から飛び降りて耀へ飛び出していった。

 

「やっぱりな。お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類のものだったんだな」

「違う。これは友達になった証」

 

 軽薄な笑みを浮かべた十六夜に、耀はキッパリと言い返す。

 

「何にせよ、無事で良かったわ」

「本当に、心臓に悪かったよ」

「よく言うぜ。春日部のギフトに早々に当たりをつけてたくせに」

「ギフトが分かってても、それで安心と思えるほど楽観は出来ないさ」

 

 十六夜の軽口に付き合っていると、白夜叉がパチパチと拍手しながらこちらへ近付いてきた。

 

「いやはや大したものだ。このゲームは文句なしにおんしの勝利だの。………ところで、そのギフトは先天的なものか?」

「違う。父さんに貰った木彫りのおかげ」

「木彫り?」

 

 首をかしげる白夜叉に、耀は首から下げていた丸い木彫り細工のペンダントを見せた。材質は楠だろう。中心の空白へと向かう幾何学の模様が彫られており―――

 

「………あれ?」

「岸波君、どうかしたの?」

「いや………何でもない」

 

 そう言うと、飛鳥は怪訝そうな顔で自分を見ていた。この模様……どこかで、見たことがある、様な………?

 

「ほう。円形の系統図か。なんとも珍しいのう」

「鑑定していただけますよね?」

 

 貴重な骨董品を見る様に、耀のペンダントを見ていた白夜叉が黒ウサギの一言で固まる。

 

「よ、よりによって鑑定か。もろに専門外なのだが………」

 

 むむむ、としばらく唸ると、突如妙案が浮かんだようにニヤリと笑った。

 

「良かろう! 試練をクリアしたおんしらに少しサービスしよう。受け取るがよい!」

 

 パンパンと白夜叉が柏手を打つと、自分達の頭上に光り輝くカードが現れた。

 

「これは、ギフトカード!」

「お中元?」

「お歳暮?」

「お年玉?」

「誕生日?」

「ち、違います! というかなんで皆さんそんなに息がピッタリなんですか!?  顕現してるギフトを収納できる上に、各々のギフトネームが分かるといった超効果な恩恵です!!」

 

 黒ウサギに叱られながら、自分達はギフトカードを見る。そこに書かれた文字を読み―――瞬間、驚きの余りに自分の思考は白く染まった。

 自分の名前の様なスノーホワイトのギフトカード。そこには、簡素にこう書かれていた。

 

岸波白野:ギフトネーム”月の支配者”(ムーン・ルーラー)

 

 

 




どうも、前回の更新より少し時間が空きましてスミマセン。ようやく書き上がった………。

やっとお披露目できた白野のギフトネーム。どんなギフトなのかは、これから書いていきたいと思うます。それではまた!


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第5話「対魔王専用コミュニティ“ノーネーム”」

杉の木など消えてなくなれ………。

そんな第5話。

3/17 誤字修正
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―――Interlude

 

 “ノーネーム”達が帰り、静まり返った“サウザンドアイズ”二一〇五三八〇外門支店。白夜叉は私室で杯を傾けながら、先程の不可解な出来事を思い返していた。

 

(まさか、戯れに渡したギフトカードであの様な結果になるとはのう………)

 

 “ノーネーム”の新たな一員として異世界から召喚された四人の少年少女。彼等のギフトは、それぞれが際立ったギフトネームだった。

 

久遠飛鳥・ギフトネーム“威光”

 

春日部耀・ギフトネーム“生命の目録(ゲノム・ツリー)”“ノーフォーマー”

 

逆廻十六夜・ギフトネーム“正体不明(コード・アンノウン)

 

岸波白野・ギフトネーム“月の支配者(ムーン・ルーラー)

 

 前者二人は強力なギフトだ。口にした命令を相手に強制させる久遠飛鳥の力は大したものだし、異種族と会話できる上に友となった相手のギフトを得られるという春日部耀の力も遜色ないものだ。この二人は磨けば光る原石といったところか。

 だが………後者二人のギフトは常識外とでも言うべきものだ。ギフトカードは正式名称を“ラプラスの紙片”と言い、魂と繋がった恩恵(ギフト)の名前を判明させる事ができるギフトだ。その“ラプラスの紙片”が正常に機能せずに“正体不明”と解析したのはどういうわけか?

 

(逆廻十六夜だけならば、“ラプラスの紙片”に問題があると結論づけられるのだが)

 

 そうなると今度はもう一人、岸波白野のギフトが問題となる。“月の支配者”。字面通りに受け取るならば、岸波白野は月の主権を握っているということだ。

 数多の修羅神仏が存在する箱庭において、それぞれの星に所有権、つまり主権が存在する。もし星の主権を得ることが出来れば、絶大な力を持つ星霊・神霊を召喚し従えることが可能となる。最も多くの神仏が宿る太陽に至っては“黄道の十二宮”と“赤道の十二辰”の天体分割法を用いて二十四個に分けられる程だ。古来より太陽と同じくらい重視された月もまた例外なく、複数の主権に分けられている。

 

(ただの人間が月の主権を治めることが出来るものだろうか?)

 

 月の主権を一つでも持っているというならば、岸波白野の正体は名立たる神仏の類かその眷属でなくてはならない。だが、岸波白野は人間だ。それは実際に会った白夜叉が自信を持って宣言できる。自分との格の差を初見で見極めた観察力は称賛に価するが、それ以外は特筆する所など無い。

 

(やはり“ラプラスの紙片”がエラーを起こしたと考える方が納得はいくが………立て続けに二回も起こるとは思えん)

 

 同じ事が二回も起こるなら、それは偶然で済ますべきではない。あの二人には、自分の予想を遥かに超えたギフトがその身に宿っているのだろう。岸波白野の方は記憶喪失だと言っていたから、記憶を取り戻せばギフトの使い方を思い出すかもしれない。

 

(ただ失われた記憶を呼び起こすギフトとなると、この店の物では値が張るのよな。流石に私の権限を使って無料使用させるワケにもいかんしな)

 

 三年前、旧“ノーネーム”が魔王に蹂躙されるのを防げなかった負い目から、黒ウサギ達には便宜をはかっているものの限度がある。一応、岸波白野にはギフトカードを無闇に見せるべきではないと忠告はしておいた。後は本人次第だろう。

 

(何はともあれ、これから“ノーネーム”を中心に一波乱ありそうだのう)

 

 果たしてそれが自分にとって吉と出るか、凶と出るか。白夜叉は杯の中身を飲み干しながら、くつくつと笑っていた―――。

 

―――Interlude out

 

 

 

 太陽は既に沈み、満天の星空が窓から覗く夜。自分は“ノーネーム”の屋敷にいた。与えられた私室は広さこそホテルのスイートルームくらい。だが机やクローゼットなどの必要最低限の家具しか無いこの部屋では、寒々とした雰囲気を与えていた。コミュニティが栄えていた頃は美術品や品の良い調度品が飾られていたらしいが、魔王に襲撃された際にほとんど持ち去られたらしい。残った物も、コミュニティを運営していく為に少しずつ売っていたそうだ。

 

「魔王、か………」

 

 ダブルサイズのベッドに寝転がりながら、先ほどの光景を思い出す。かつて大勢の人間が住んでいただろう居住区画は完全な廃墟となっていた。それも唯の廃墟ではない。少なく見積もっても二百年の時が経過したかの様に、ボロボロに朽ち果てている。試しに地面の砂を手に取ってみたが、乾いたザラザラとした感触しか無かった。あれではまともな作物が育つことも無いだろう。

 これが、箱庭における魔王の力。気に入った人間を見付ければ戯れにゲームへ強制参加させ、負ければコミュニティの未来そのものまで奪い去る、まさに災厄とでも言うべき力だ。

 現在、このコミュニティには黒ウサギとリーダーのジンくんを除けば、一二○人の子供しかいない。それもギフトゲームに参加できる人材となるとゼロだ。大人達はみな魔王に連れ去られるか、見切りをつけてコミュニティを去ったらしい。

 

「意外と、責任重大なんだな」

 

 現在、黒ウサギたち女性陣は浴場で汗を流しているはずだ。十六夜が水樹を持ち帰るまでは、子供達が総出で生活に必要な水を川から運んでいて、浴場を使うことも無かったと黒ウサギは言っていた。そんな明日の生活にも困る様な状況で、黒ウサギ達は異世界からの召喚という博打に出たのだ。

 なんとなしに、ギフトカードを見る。最初、ギフトネームを見せた時の周りの驚き様は今でも忘れられない。黒ウサギに至っては、土下座しかねない勢いだった。もっとも、記憶の無い自分はこのギフトが何を意味するのか、全く分からない。本当に自分が“月の支配者”なんて(だい)それた力があるのか疑わしく思える。でも―――自分はジンくんに協力すると言ったのだ。黒ウサギ達が期待してくれる以上は、それに応える必要がある。

 

(まずは明日のガルドのゲームだな。ジンくんと相談して、対策を練っておこう)

 

 そう心に決めた時だった。突如、正面玄関から隕石が落下した様な轟音が鳴り響く。いったい、何が起きたのか? まさかガルドが開始時刻を守らずに奇襲をかけたのか? 次々と湧いてくる疑問を考えるより先に、音の発生源へと走っていた。

 

 玄関の扉を開けて外に出ると、そこには十六夜と侵入者らしき人物が数人いた。侵入者達はみな人間の形をしていたが、犬の耳を持つ者、ハ虫類の様な鱗を生やした者など獣人とでも言うべき姿だった。

 

「十六夜………一体、何があったんだ? それに、この人達は?」

「こいつらは“フォレス・ガロ”の連中じゃねえか? で、さっきからコソコソと覗き見してやがったからちょっかい出したワケ」

 

 手の中の石を弄びながら、不敵に笑う十六夜。まさか、さっきの轟音は十六夜が石を投げただけ? 異変を感じ取ったのか、ジンくんも子供達がいる別館から慌てて出て来た。

 

「ど、どうしたんですか!?」

「それはこいつらに聞いた方が早いだろ。ほら、さっさと話せよ」

 

 十六夜がにこやかに―――しかし目が全く笑っていない―――話しかけると、侵入者達は意を決したかの様に、一斉に頭を下げた。

 

「恥を忍んで頼む! どうか我々の………いや、魔王の傘下である“フォレス・ガロ”を、完膚無きまでに叩き潰していただけないでしょうか!!」

「嫌だね」

 

 即答だった。にべもない返事に侵入者達はおろか、ジンくんも目を見開いて十六夜を見る。

 

「どうせお前等もガルドって奴に人質を取られている連中だろ? 命令されてガキ達を拉致しにきたってところか?」

「は、はい。まさかそこまで御見通しだったとは………我々も人質を取られている身分、ガルドに逆らうことが出来ず」

「ああ、その人質な。ガルドが皆殺しにしたから。はいこの話題終了」

 

 ひらひらと手を振りながら答える十六夜に、絶句する侵入者達。突然の出来事に理解が追い付かないのか、うわ言の様に嘘だと呟く者もいる始末だ。

 

「十六夜さん! もう少しオブラートに」

「気を使えってか? 冗談きついぞ御チビ様。殺された人質を連れて来たのもこいつらだろうが」

 

 そう言われてジンくんは押し黙った。確かに、彼等が人質を救う為に新たな人質を攫ったなら………彼等はガルドの片棒を担いだ事になる。

 

「な、なあアンタ。ホントに、もう人質は殺されたのか? 俺の、俺の息子は………?」

 

 震えながら、縋るように自分を見る犬耳の男。一瞬、本当の事を告げるべきか躊躇(ためら)ってしまう。でも、明日のゲームで自分達が勝てば全て明るみになるのだ。ここで誤魔化しても彼の救いにはならないだろう。

 

「本当です。俺達の仲間のギフトで、ガルドは自分の悪事を全て白状しました」

「――――――ッ!!」

 

 堪え切れなくなったのか、犬耳の男は地に伏して泣き出した。いつか息子が自分の元へ帰る日を信じて、彼は断腸の思いで悪事に手を染めたのだろう。それが全て水泡に帰した瞬間だった。他の侵入者達も同様の有様だ。涙を必死に堪え様とする者。茫然と膝をつく者。

 絶望。そう呼ぶしかない惨状がここにあった。

 そんな彼等を十六夜は詰まらなそうに見つめ―――突然、ニヤリと笑った。

 

(十六夜………?)

 

 何をするのかと問うより早く、十六夜は今も蹲って泣く犬耳の男に近付いた。

 

「お前達、“フォレス・ガロ”とガルドが憎いか? この世から消して欲しいか?」

「と、当然だ! アイツの、アイツのせいで息子が………!」

「でもお前達には力が無いと?」

「ぐっ、ガルドはあれでも魔王の配下。ギフトの格だって俺達より上だ。それに、もし奴を倒して魔王に目を付けられたら………チクショウ、魔王さえいなければ! チクショウ、チクショウ!!」

 

 よほどハラワタが煮えくり返っているのか、犬耳の男は泣きながら地面に何度も拳を叩きつける。それだけ、魔王の配下という威光に守られたガルドに辛酸を舐めさせられたのだろう。

 

「その“魔王”を倒すコミュニティがあるとしたら?」

 

 ピタリ、と犬耳の男の拳が止まった。彼だけではない。自分を含め、この場にいる人間全員が十六夜の言った事が理解できなかった。十六夜はジンくんの肩を抱き寄せると、

 

「このジン坊ちゃんが魔王を倒す為のコミュニティを作ると言っているんだ!」

「なっ………」

 

 何を言い出すんだ!? そう言うより早く十六夜はジンくんの口を塞ぎ、自分にも黙っていろと目で制した。

 

「これまで大変だったな、お前ら! だが安心していい、このジン=ラッセルが率いるのは魔王を倒すためのコミュニティ! 魔王とその配下の脅威からお前達を守る!」

 

 どこぞの演説家の様に、腕を大きく広げて十六夜は立ち上がる。その効果は抜群だ。さっきまで絶望に憑りつかれていた侵入者達の目に光が見えている。

 

「本当、なのか? 本当にアンタ達が魔王を倒してくれるのか? もう………もう魔王の脅威に怯えなくていいのか?」

「ああ、安心しろ。手始めにガルドを潰してやる。お前達はコミュニティに帰って伝えろ。ジン=ラッセルが魔王を倒してくれると!」

「わ、分かった。明日のゲーム、是非とも頑張ってくれ!」

 

 それだけ言い残し、侵入者達はあっという間に走り去った。自分と十六夜、そして突然の出来事に茫然とするジンくんに夜風が冷たく吹いていた。

 

 

 

「対魔王専用コミュニティか。また大きく出たな」

 

 侵入者達が去り、静かになった玄関前で自分は口を開いた。十六夜はケラケラと笑いながら両手を広げた。

 

「“魔王にお困りの方、ジン=ラッセルまでご連絡下さい”―――中々良いキャッチフレーズだろ?」

「ふざけないで下さいっ!」

 

 ようやく意識が回復したのか、ジンくんが大声で十六夜に詰め寄る。

 

「あの荒れ果てた居住区画を見たでしょう!? 魔王は絶大な力を持っているんですよ! それなのに、あの言い方じゃまるで………」

「“打倒魔王”が“打倒全ての魔王”になっただけだろ。それに、あんな面白そうな力を持った奴とゲームで戦えるなんて最高じゃねえか」

「お、面白そう? では十六夜さんは自分の楽しみの為にコミュニティを破滅させるつもりですか?」

 

 ジンくんの口調は厳しい。魔王の脅威を知る彼からすれば、十六夜は娯楽の為だけにコミュニティを壊滅させる害悪だろう。ただ、一つだけジンくんが見落としている所がある。

 

「いや、十六夜は自分の為だけにあんな宣言をしたわけじゃないよ」

「………え?」

 

 信じられないと言わんばかりにジンくんは自分を見る。十六夜は手近な柱に寄りかかりながら、腕を組んでいた。

 

「ふうん? それじゃ俺がどんな意図で全ての魔王を相手にする、なんて言ったのか答えてもらおうか。ほれ、話してみ」

「………先に確認したいんだけど。ジンくんは俺達を呼んで、どうやって“ノーネーム”を復興させるつもりだったんだ?」

「そ、それは……ギフトゲームを堅実にクリアして、コミュニティを大きくして………」

 

 それは、十一歳という若さでコミュニティのリーダーとなった彼なりに必死で考えた答えだろう。ただし、それははっきり言うと、

 

「机上の空論だな。具体性に欠けるぜ、御チビ様」

 

 十六夜がバッサリと切り捨てた。口は悪いが………いや口が悪くてもその通りだ。

 

「それは先代のコミュニティもやっていた事だよ。それでも魔王には勝てなかっただろ?」

「………はい」

 

 がっくりと項垂れるジンくんを横目に入れながら、十六夜へ向き直る。

 

「コミュニティを大きくしていく為には、まず人材が必要だ。ところが俺達“ノーネーム”には旗印も名も無い。呼び込む為の象徴が無いと、人は集まらない。それなら………リーダーであるジンくんの名前を売り込むしかない」

 

 ハッとした様にジンくんは顔を上げた。十六夜は侵入者に対して、しきりにジンくんの名前と彼がリーダーである事を強調していた。つまり、

 

「僕を担ぎ上げて………コミュニティをアピールするということですか?」

「ああ。そして“打倒魔王”なんて目的を掲げれば、確実に目立つ。それは魔王だけじゃない。同じ目的を胸に秘めた人達にも、だ」

 

 さっきの侵入者達の様に、魔王によって苦しめられている人達は数え切れないくらい存在するだろう。ここでノーネームが“打倒魔王”を掲げれば、魔王に苦汁を飲ませられた人々は確実に反応する。犬耳の男の様に、実力が足りないからと下を向いてる人も力になりたいと願い出るだろう。

 説明を終えると、十六夜はいつもの様に不敵に笑いながら腕を組みなおした。その顔は、まるで生徒に予想以上の解答を見せられた教師の様だ。

 

「おまえ、ホントに面白いな。どう見ても弱っちそうなのに、着眼点はずば抜けてやがる」

 

 弱そうって………いや否定できないけどさ。

 

「加えて今回の相手は魔王傘下のコミュニティで、ほぼ確実に勝てるゲームだ。ここで名前を売るにはもってこいの相手だしな」

 

 クックックッ、と笑う十六夜にジンくんは考え込む様な顔を見せる。そしてしばらくして、こう切り出した。

 

「一つだけ条件があります。今度開かれる“サウザンドアイズ”のギフトゲームに、十六夜さんが参加して下さい。そのゲームには僕らの昔の仲間が出品されるんです」

「………へぇ? そいつは戦力になるのか?」

「元・魔王でした」

 

 それを聞いた十六夜の目が輝く。軽薄な笑みが凄みを増し、危険な雰囲気すら感じれる程だ。

 

「元・魔王が仲間………これが意味する事は多いぜ?」

「はい。御察しの通り、先代のコミュニティは魔王と戦って勝利した事があります」

 

 そう聞くと、先代の“ノーネーム”はとても強大だったのだろう。そして、それすらも滅ぼした魔王がいたという証明になる。もっともジンくんによると、“主催者権限(ホストマスター)”という力を悪用したのが魔王と呼ばれる存在で、その力関係も十人十色だそうだ。

 

「ま、とにかく俺はその元・魔王を取り戻せばいいんだな?」

「はい。十六夜さんの作戦には多くの戦力が必要です。そのゲームで力を示し、強大な仲間を取り戻せば………僕も十六夜さんを支持します」

「いいぜ、交渉成立だ。明日のゲーム、負けるなよ」

 

 そう言って十六夜は背を向けて屋敷へ帰ろうとし………ふと思い出したかのように振り向いた。

 

「もし負けちまったら―――俺、コミュニティ抜けるから」

 

 

 

「まったく、十六夜も中々無茶を言うな」

 

 屋敷の廊下を歩きながら、ジンくんと先程の事を話していた。

 

「いくら勝てる見込みが高いからって、負けたらコミュニティを抜けるだなんて………」

「ま、まあガルドに勝てない様なら十六夜さんの作戦は夢物語ですから」

 

 明日のゲームは、実は消化試合の要素が高い。何故ならガルドは飛鳥のギフトに逆らう事が出来ず、力に関しても耀に勝てないだろう。そうフォローするジンくんだが、どこか元気が無い様だ。さっき十六夜に言われた事を気にしているのだろうか?

 

「僕………見通しが甘かったのでしょうか? 十六夜さんが水樹を持って来てくれた時、これでギフトゲームに参加しなくても水を売ったりしながら着実にコミュニティを大きくしていけると思っていました」

 

 この東側の下層コミュニティでは十分な水源も無く、多くのコミュニティは川まで水汲みに行ってるとのことだ。半永久的な水源が出来た“ノーネーム”は水を売れば、十分な収入を期待できるだろう。

 

「悪い考えでは無かったと思うよ? ただ復興させるのに時間がかかり過ぎる点を除けばね」

「………白野さんは良いんですか? 僕達はこれから、魔王と戦い続けなくてはならないんですよ? 白野さんや飛鳥さん達には多大な迷惑をかける事になるかもしれないんですよ?」

 

 さっきから元気が無いのはそれか。この少年は自分の事よりも、これから最前線で魔王と戦わなくてはならない岸波白野達を心配していたのだ。自分の目的の為に仲間に苦労を強いる。それを申し訳なく思っているのだろう。

 

「昼間にも言ったろ、君に協力するって。それに迷惑だなんて思ってないよ。十六夜の作戦は理に適ったものだし。何より、魔王がどれほど危険な存在か分かった以上、奴等の好きにさせてはいけないからね」

 

 侵入者の犬耳の男を思い出す。彼は十六夜の言う通り、加害者であったが同時に被害者でもあった。彼にとって、拉致された息子は希望であり未来だったのだろう。それこそどんな事をしても守りたいくらいに。だがガルドは魔王の配下という権威を笠に、それを奪い取ったのだ。もしもガルドが魔王の配下という肩書が無ければ、悲劇は起こらなかったかもしれない。そう考えると、魔王という存在を野放しには出来なくなった。

 

「どうして、ですか? 確かにこの箱庭で魔王の被害にあった人間は星の数ほどいます。でも―――」

 

 魔王を好き好んで相手にする事はない。ジンくんはそう言いたいのだろう。魔王に旗も名も、更には仲間すら奪われた彼からすれば魔王と戦う気でいる自分は異常だろう。

 

「断っておくけど、十六夜の様に魔王との戦いを楽しみにしてるわけでは無いよ。俺はただ―――」

 

 温かな希望を信じたい。温かな未来を守っていたい。記憶がなく、自分の事すら曖昧でも、それを大切にしていた事は覚えている。かつて、そういう未来を夢見て眠った■■を知っている。だから、この体はきっと――――――。

 

「………白野さん?」

「え………?」

 

 気が付くとジンくんが心配そうに顔を覗き込んでいた。どうやらまた呆けていたみたいだ。覚えのない映像を振り払う様に頭を振る。

 

「なんでもないよ。とにかく、明日は頑張ろう。勝てば十六夜だって納得するだろうし」

「そうですよね! 僕も白野さん達の足手まといにならない様に頑張ります!!」

「あー………期待してくれてる所に悪いけど。俺はまだギフトの使い方すら思い出せないから、明日のメインは飛鳥達に、ってそうだ」

 

 そこまで言って、ようやくジンくんに用事があった事を思い出した。明日、メインで戦うのが飛鳥達になるにせよ、自分の身を守れるくらいはしておきたい。なにか、護身用になる物は無いかと尋ねたら、ジンくんが納得した様に頷いた。

 

「それでしたら、保管庫にギフトの宿った武器があったはずです。ちょっと探してみますね」

 

 

 

 ジンくんに案内してもらった保管庫は、屋敷の地下にあった。扉を開けた途端、長年換気していない部屋の臭いがした。

 

「もう長いこと入らなかったから埃っぽくて申し訳ないのですが……確か、ここら辺に白野さんでも使えそうなギフトがあった様な………」

 

 ブツブツ言いながら何かを探すジンくんを尻目に、自分は周りに置かれた物を見る。剣や槍といった分かりやすいものから、見た目では用途の分からない道具が所狭しと陳列されていた。ここにある武器は強力なギフトを有しているものの、ほとんどが使い手を選ぶ物らしい。それを証明するかの様に、武器達から息吹を感じていた。

 

――――――。

 

 ふと、なにかに呼ばれた様な気がして振り向く。そこには埃避けの布がかけられた、自分の身長より少し低いくらいの高さの物があった。どうしても気になって布を取ってみると、埃に目が霞み―――それを見た途端、目を奪われた。

 それは台座に置かれた一本の剣だった。まるで炎を象徴するかの様に紅く、波打った長大な両手持ちの剣。禍々しい雰囲気を漂わせながらも芸術品として完成させられた、そんな剣だった。

 

「ありましたよ、白野さん。これはアゾット剣といって、持ってるだけで加護のギフトが………って、どうしたんですか?」

 

 柄頭に宝石が嵌めこまれた短剣を持って来たジンくんが、長剣の前で立ち尽くしている自分へ怪訝そうに声をかける。

 

「ジンくん、この剣は?」

「この剣ですか? 先代のコミュニティの時からあった物だから、自分は詳しく知らないんですが………。なんでも、“パクス・ロマーナ”というコミュニティのゲームに優勝した際に記念品として贈られたそうです。美術品としてもかなりの価値はある、と黒ウサギは言っていました」

 

 そう言われて、改めて剣を見る。芸術の事はさっぱりだけど、この剣には何か人の目を惹きつける物があった。台座に書かれた文字を読んでいると、ジンくんが遠慮がちに声をかけてきた。

 

「その剣にしますか? ちょっと大きいと思いますけど………」

「いや、止めとくよ。剣の腕に覚えがあるわけでもないしね。そっちの短剣の方が俺には扱いやすいだろ」

 

 ジンくんからアゾット剣を受け取り、自分達は保管庫を後にした。しかし私室に戻る道でも、頭の中はさっき目にした剣が印象に残っていた。なんとなしに台座に書かれた剣の名前を呟く。

 

「隕鉄の(ふいご)原初の火(アエストゥス・エストゥス)、か………」

 

 




ようやくここまで書けました。前回も言ってなかったか、これ? 最後に出て来た剣は皆さんご存知のあの剣です。どうして美術的価値が高いかというと、製作者の頭痛がたまたま収まった時に作った一品という事で。正直、頭痛さえ無ければ芸術家として活躍できたと思っているので。

以下に設定用語を載せます。半分ネタなので、読まなくても大丈夫です。

『アゾット剣』

 魔術師の師弟の間に贈られる記念品の剣。ある神父が師を殺害して、十年後に自分の胸を貫いた因果応報の剣………ではなく、ノーネームにあった物は加護のギフトが付与されたレプリカ。持ってるだけで物理防護と霊的防護が上昇する。

『パクス・ロマーナ』

 上層に本拠地を構えるローマ系コミュニティ。ローマ神話の神々や英雄の末裔がコミュニティのメンバー。最近では限定的ながら時間旅行のギフトを持つ浴場技師がコミュニティに入ったとか。


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第6話「その力の名は」

うーむ、どうしても長くなってしまった………。

そんな第6話。

3/19 一部文章の差し替えをしました。


 “ノーネーム”の新たな指針を決めた翌朝。飛鳥、耀、十六夜、ジンくん、黒ウサギ、そして自分こと岸波白野はギフトゲームを受ける為に“フォレス・ガロ”のコミュニティを目指していた。 “六本傷”の旗が掲げられたカフェテラスの前を通ると、ウェイトレスの猫娘に声をかけられた。

 

「あー! 昨日のお客さん! 今から決闘ですか!?」

「君は確か………あの時のウェイトレスさんか」

 

 昨日、ガルドにゲームを挑んだ時にその場で居合わせていた子だ。既に事情を察しているのだろう、自分達の前でペコリと一礼してくれた。

 

「うちのボスからもエールを頼まれました! 連中、ここいらではやりたい放題でした! 二度とあんな真似が出来ないくらいギッタンギッタンにしちゃって下さい!」

 

 ブンブンと両手を振り回してシャドーボクシングする鉤尻尾の猫娘に苦笑しながら頷くと、一転して不安げな表情になった。

 

「ただ………“フォレス・ガロ”は今回のゲームを舞台区画ではなく、居住区画で行うらしいんですよ。しかも傘下のコミュニティや同士を放りだして、ガルド=ガスパー単身で!」

「舞台区画? どういう意味かしら?」

 

 聞き慣れない単語に飛鳥が首をかしげると、黒ウサギが説明してくれた。舞台区画というのはコミュニティが保有するギフトゲームを行う為の土地だ。猫娘の話が本当なら、ガルドは誰の手も借りずに自分の寝床としている場所で決戦を臨んでいる事になる。

 奇行としか言い様がないガルドの判断に一同で首を捻りながらも、情報をくれた猫娘にお礼を言って別れる。しばらく歩くと、ようやく目的地が見えた。

 

「ここが、“フォレス・ガロ”の居住区画です。ですが………」

 

 黒ウサギが口をつぐんだ。他のメンバーも同様。それというのも、目の前にあるのは鬱蒼と樹木が生い茂る森林だったからだ。蔦が門にまで絡まり、木々は赤黒く変色している。これではまるで、

 

「………ジャングル?」

「虎の住むコミュニティだしな。可笑しくないだろ」

 

 皆の言いたい事を代表した耀に、十六夜は何でもない事の様に呟く。そんな二人の横で、ジンくんは木々の一つに手を伸ばしていた。離れた場所にいる自分にも分かるくらい、樹皮が不気味な光を発しながら脈動していた。

 

「やっぱり―――“鬼化”してる。いや、まさか」

 

 心当たりがあるのか、ブツブツと呟くジンくん。ふと、門柱を見ると一枚の羊皮紙が貼られていた。それには今回のゲーム内容が記されていた。

 

『ギフトゲーム名“ハンティング”

 

・プレイヤー一覧 久遠飛鳥

         春日部耀

         ジン=ラッセル

         岸波白野

 

・クリア条件 ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐。

・クリア方法 ホスト側は指定した特定の武具でのみ討伐可能。指定武具以外は“契約(ギアス)”によってガルド=ガスパーを傷つける事は不可能。

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

・指定武具 ゲームテリトリーにて配置。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                          “フォレス・ガロ”印』

 

「ガルドの身をクリア条件に………指定武具で打倒!? これはまずいです!」

 

 羊皮紙―――“契約書類(ギアスロール)”を読み終えると同時に、黒ウサギは悲鳴の様な声を上げた。その様子を見て、飛鳥が心配そうに問う。

 

「このゲームはそんなに危険なの?」

「いえ、ゲームそのものは単純です。ですが、このルールでは飛鳥さんのギフトで彼を操る事も、耀さんのギフトで彼を傷つける事も出来ません!」

 

 そう言われて、もう一度“契約書類”をよく読んでみる。

『ホスト側は指定した特定の武具でのみ討伐可能。指定武具以外は“契約(ギアス)”によってガルド=ガスパーを傷つける事は不可能』

“契約書類”にそう記さている以上、ガルドを傷つけるには指定武具でないと無効という事だろう。つまりガルドは自らの命をチップに、不利だった状況を一変させて五分の勝負に持ち込んだのだ。

 

「すいません、僕の落ち度です。初めに“契約書類”を作った時にルールを指定していれば………!」

「悔やむのはまだ早いよ、ジンくん」

 

 後悔する様に唇を噛むジンくんを励ましながら、再度“契約書類”を見る。

 

「指定武具で討伐可能………つまり、最低でも何らかのヒントを残しているはずだ。そうでないとルール違反になる」

「Yes! ルール違反をした場合、“フォレス・ガロ”の敗北は決定! この黒ウサギがいる内は不正を許しませんとも!」

「なら問題ないわ。あの外道を叩き潰すのに、これくらいハンデがあった方が丁度いいもの」

「大丈夫。黒ウサギ達もこう言ってるし、私も頑張る」

 

 愛嬌たっぷりに励ます黒ウサギと、やる気を見せる飛鳥と耀。予定は狂ったけど、ガルドを倒す事に変更はない。あとはここにいる自分達四人でゲームをクリアするだけだ。

 チラリと十六夜の方を見る。ここで負ければ、昨日の宣言通りに彼はコミュニティを抜けるだろう。性格はともかく、彼の戦力は失うには惜しい。自分の視線に気付いたのか、十六夜はニヤリと笑った。

 刮目させて見せるさ。自分もニヤリと笑い返す。そして自分達参加者は門を潜った。

 

 

 

 門の開閉がゲーム開始の合図なのか、太い蔦が門に絡まって退路を塞いだ。つぎにこの門を潜れるのは勝敗が明らかになった時だ。辺りを見回すと、区画内の建物は全て木々に呑まれて原型を失っていた。歩道も下から突き上げて成長した植物によってレンガがバラバラに砕けている。これでは歩く事すら困難だろう。

 

「………近くからは誰の臭いもしない。もしかしたら建物に隠れているのかも」

「あら? 犬にもお友達が?」

「うん。二十匹くらい」

 スンスンと鼻を鳴らしながら周囲を探る耀。ギフトで動物の力を得た耀はこの場にいる誰よりも五感が優れているだろう。

 

「ちょっと辺りを見てくるね」

 

 言い終わるや否や、耀はあっという間に近くにあった樹の天辺に上っていた。あの動きは猫だな。大方、いつも一緒にいる三毛猫の敏捷性を会得しているのだろう。

 

「春日部さんがいるなら、不意打ちされる心配は無さそうね」

「いや、油断は禁物だよ。耀の五感すら騙せる方法でガルドが隠れてるかもしれない」

 

 楽観的な意見を出す飛鳥を(たしな)めると、彼女は眉をひそめた。

 

「流石に警戒し過ぎじゃないかしら? あの虎男がそんな芸当を出来る様には見えないけど」

「ガルド本人が優れてなくても、姿を隠す道具とか持っている可能性があるよ。例えば―――」

 

 そこで、はたと気付く。例えば………。その後に自分は何を言おうとしていたのか? いやそれよりも。見たことも無いはずなのに、なぜ姿を隠せる道具なんて発想が出て来たのか? 

不意に頭痛がして、頭を抑える。そしてまた脳裏にフラッシュバックの様な映像が映された。暗く、空気が毒の様に肺を抉る森。そこに潜む、緑のマントに身を包む狩人。放たれる神速の毒矢。赤い少女が辛うじて防ぐも、本命の二の矢は■■■■の腕を掠り――――――。

 

「………君! 岸波君!」

 

 はっと顔を上げると、飛鳥の顔が近くにあった。どうやら返事をしない自分を不審に思い、肩を揺さぶっていたらしい。

 

「大丈夫なの? 顔が真っ青だったわよ」

「白野さん、体調が悪いんですか? それならどこかで休んでいた方が………」

「いや、大丈夫だ」

 

 心配そうにこちらを見る飛鳥とジンくんを手で制しながら、深呼吸をする。すると頭痛は嘘の様に治まった。

 

(今のは……一体………?)

 

 さっきの映像を思い出そうとするが、もうノイズだらけになってまともに見えなくなっていた。また白昼夢を見ていたみたいだ。もしかしたら、自分の記憶に関係あるのかもしれないが、今はゲームに集中しないと。

 

「見つけた。この先の一番大きい館の窓に人影が見えた」

 

 樹から跳び下りてきた耀が、荒れた道の先を指差す。普段とは違い、眼が猛禽類の様に金色になっていた。恐らく友達となった鳥の視力で遠くを見たのだろう。

 

「そう。居場所も分かった事だし、さっそく行ってみましょうか」

「はい。指定武具のヒントも見当たらない以上、ガルド本人が持ってるかもしれません」

 

 飛鳥の提案にジンくんが同意したところで、自分達は館を目指すことにした。

 

 

 

「それにしても………」

 

 無造作に伸びた樹の根でガタガタになった歩道を歩きながら、さっきから気になった事を口にする。

 

「飛鳥の服、どうしたんだ? 昨日とはずいぶん違うけど」

「ああ、これ?」

 

 飛鳥が自身の服の裾を詰まんで見せる。良家のお嬢様を思わせるブラウスとロングスカートといった昨日の服装から、大粒の苺の様な深紅のドレススカートに変わっていた。ここがパーティー会場なら、飛鳥を華やかな印象で包んでいただろう。

 

「昨日の夜に黒ウサギの審判用の衣装を貰ったの。身を守るギフトが付与されてるそうだから、今日のゲームにピッタリだと思って」

 

 そう言ってクルリとターンをすると、ドレススカートの裾が花弁の様にフワリと膨らんだ。

 

「そういう岸波君は昨日と変わらない様に見えるけど?」

「ああ、俺はジンくんからこれを貰ったから」

 

 ベルトに差した、鞘に入れられたままの六十センチくらいの長さを持った短剣を指差す。小振りながら、しっかりとした刃で、十センチ弱程の柄の頭には熟れたサクランボの様なルビーが付いていた。ジンくんの話では、これを持っているだけで物理的な加護と霊的な加護が自分に付与されるそうだ。

 

「へえ、随分と立派な短剣じゃない。こんなのがよくあったわね」

「はい。短い期間でしたけど、先代のコミュニティに所属していた魔術師が作った物なんですよ。その人、『宝石』なんて(あざな)がつく程の著名的な魔術師で、」

「みんな、静かに。館が見えてきた」

 

 耀の声に、弛緩しかけていた空気が引き締まる。館の扉は無残に取り払われ、窓ガラスは軒並み割れていた。かつては豪奢だった外観は見る影もなく、塗装もろとも蔦に蝕まれて剥ぎ取られていた。

 

「人影が見えたのは二階。入っても大丈夫」

 

 中に入ると、そこも例外なく植物によって内装が酷く荒らされていた。ガルドの自己顕示の権化だったであろう、贅をつくした豪奢な家具もまた無残に打ち壊されている。

 

「この奇妙な森は、ガルドが作ったのかしら?」

「………分かりません。舞台を作るだけならば、代理を立てられますから」

 

 飛鳥の疑問に、ジンくんは首を振って答えた。しかしそれにしたって、奇妙だ。

 

「代理を頼んだにしては、罠が全く無かったな」

「森は虎のテリトリー。有利な舞台を用意したのは奇襲のため………でも無かった。それが理由なら本拠に隠れる必要がない。ううん、そもそも本拠を破壊する必要がない」

 

 自分の疑問を耀が引き継いだ。そう、この豪奢な館はガルドの支配欲が形となった物。それほど大事な館を存亡のかかったゲームとはいえ、ここまで無残に破壊するだろうか? 嫌な予感に襲われながら、人影が見えた二階を目指す。

 

「ジン君と岸波君はここで待ってなさい」

「ど、どうしてですか!? 僕だってギフトを持っています。足手まといには」

「そうじゃないの。上で何が起きるか分からない以上、貴方達には退路を守って欲しいの」

 

 飛鳥にそう言われて、一階の踊り場で待つ事にした。悔しいが、戦った事が無いジンくんと実質的にギフトが使えない自分では非常事態が起きても対処し切れないだろう。飛鳥達なら、たとえガルドに遭遇してもギフトで上手く出し抜けるはずだ。そう思って待つこと数分後、

 

「GEEEEEEYAAAAAAAaaaaa!!!」

 

 突如、凄まじい咆哮が耳に響いた! 何があったか確認する為に階段に目を向けると、飛鳥が血相を変えて駆け下りて来た。

 

「逃げるわよ!」

「い、いったい何が? それに耀さんが、」

 

 開口一番、有無を言わせない口調の飛鳥にジンくんが引き留めようとする。

 

()()()()()()()()()!」

 

 途端、ジンくんの目から光が消える。飛鳥を片手で担ぎ上げ、さらに自分も通り抜けざまにもう片方の手で担ぎ上げると、一気に走り出した。

 

「ジ、ジンくん!?」

 

 驚いて声をかけるが、彼は返事をせずにあっと言う間に来た道を引き返し始めた。その疾走は普段のジンくんからは考えられない様な速度だ。

 

「もういい、もういいから! ()()()()()()!」

 

 門まであと半分くらいの距離で、ようやく飛鳥が停止の命令を出した。すると、

 

「わ、わ!」

「きゃ!」

「うわ!」

 

 ジンくんは突然、力が抜けた様に後ろに倒れこんだ。そして自分達もまた折り重なる様に倒れこむ。

 

「い、今のは飛鳥さんのギフトですか? 自分でも信じられないくらい力が溢れて………」

「わ、私はそんなつもりじゃ無かったわよ」

 

 いち早く起き上がった自分は、二人を助け起こしながら飛鳥に尋ねる。

 

「かなり焦っていたみたいだけど………一体、何があったんだ? それに耀はどうしたんだ?」

「えっと………二階の一番奥の部屋に大きな虎が待ち構えていたの。部屋の奥に置かれた白銀の十字剣を守っている様だった。ガルドはどこにも居なかったわ」

 

 飛鳥の話で大体の状況は分かった。大方、耀は殿を引き受けてくれたのだろう。しかし、虎ということは、まさか―――

 

「飛鳥さん。恐らく………その虎はガルドです」

 

 自分の予想を裏付ける様に、ジンくんは断言した。

 

「彼はもともと、人・虎・悪魔から得た霊格、三つのギフトによるワータイガーでした。ですが、その人の霊格を鬼種に変えられたのでしょう―――吸血鬼によって」

「吸血鬼?」

 

 首を傾げる自分達二人に、ジンくんは手近な植物を手に取る。

 

「この植物にも鬼種のギフトが宿っているんです。この舞台を作り上げた人物と、ガルドに鬼種のギフトを与えた人物は同一人物でしょう」

「つまり、黒幕に吸血鬼が控えているって事か?」

「はい。そう考えれば全てに説明がつきます」

「そう。どこの誰か知らないけど、余計な事をしてくれたものね」

 

 不機嫌そうに顔を背ける飛鳥。でも確かに黒幕が吸血鬼なら、この奇妙な舞台に納得がいく。もうガルドには人としての理性が残ってないのだ。吸血鬼の力で変えられた彼は、文字通り血に飢えた獣でしかない。だから本拠地を今の自分(人喰い虎)に相応しい()に変えたのだろう。

 その時、後ろの茂みからガサガサ、と音がした。

 

「誰だ!」

「………私」

 

 茂みから出て来たのは、傷だらけの耀だった。右の脇腹から酷く出血して、血の跡が歩いていた道を紅く染めていた。

 

「か、春日部さん! 大丈夫なの!?」

「大丈夫………じゃないかも。凄く、痛い。泣きそうかも」

 

 言い終えると同時に、倒れこむ耀を慌てて抱き受ける。服にベットリと血がついたけど、そんなのは些細な事だ。受け止めると、耀の身体は恐ろしく軽く………そして、冷たくなってきている。

 

「耀、しっかりするんだ! 耀!」

「ごめん、飛鳥………本当は、一人で倒すつもりだったけど、失敗しちゃった」

 

 うわ言の様に呟く耀の手には、十字架を象った白銀の剣が握られていた。

十字架と白銀。どちらも吸血鬼が苦手とする物だ。これがゲームの指定武具なのだろう。

 

「飛鳥のギフトが……効かないから………私が、やらなくちゃって。ごめ……ん………」

「春日部さん!? しっかりしなさい、春日部さん!!」

「ま、まずいです! 出血が酷い! このままでは………!」

 

 ジンくんが何を言いたいのか、先を言わなくても分かる。このままだと耀の命が危ない! なのに、自分はこうして冷たくなっていく彼女の身体を抱きかかえる事しか出来ないのか?

 

(違う………そうじゃない! そうじゃない!!)

 

 頭に浮かんだ最悪の未来を否定する。そうだ、岸波白野。お前が予測する未来は正しい。そう、完全に忘却している事を除けば。お前は()っているはずだ。お前が歩んだ■■戦争では、これよりも酷い傷を負った。なのに、お前は最後まで■■■れた。どうやって状況を乗り越えた? 忘れているなら―――いまここで思い出せ!!

 瞬間、自分の頭の中で脈絡の無い様々な映像が流れていく。

 

沈没船の上で、クラシカルな拳銃を乱れ撃ちする女性と斬り合う紅い少女を見守る自分。

氷の城で、双子の様にそっくりな白と黒の少女に立ち向かう狐耳の少女を見守る自分。

サンゴ礁が咲く海底で、青い槍兵の攻撃を二本の剣で捌く赤い背中を見守る自分。

誰かの心の中で、炎を纏った槍使いの槍を余裕の笑みで止める金色の背中を見守る自分。

 

 一つ一つの映像を見る度に、頭が割れそうに痛む。この映像が何なのか、自分は知らない(覚えてない)。でもこの映像に間違いがある事は()っている。自分はいつも、彼等を見守っているだけだったか? そうじゃない、自分はいつだって代わりに戦う彼等に精一杯のサポートをしていた。その力は――――――

 

「………白野さん?」

 

 ジンくんが自分を不思議そうに見るのを他人事の様に思いながら、耀の傷に手をかざす。

 

「コード―――」

 

 かざした手に魔力を込める。式は整った。あとは、実行するだけだ――――――!

 

「heal()、実行!」

 

 手から温かな光が零れる。光は耀の傷へ吸い込まれていき………彼女の傷を塞いでいく。

 

「これは………治療のギフト!? そんな、これ程の重傷を治せるギフトなんて………!」

 

 横でジンくんが何か騒いでいるが、意識を耀の傷へ集中させる。そして傷が完全に塞がり、出血が治まると顔色の良くなった耀が静かに寝息を立てていた。

 

「ふう………」

 

 峠を越えたのを見て、ようやく一息漏らした。あとは安静にしていれば、大丈夫だろう。

 

「岸波君………こんな凄いギフトを持っていたのね」

 

 飛鳥が感歎した様に呟くのを聞き、どうにか笑ってみせる。

 

「自分でも驚いているよ。こんな力が眠っていたなんて」

「春日部さんは、もう大丈夫なの?」

「ああ。しばらく横になっていれば、回復するはずだよ」

「良かった………」

 

 ほう、と安堵を漏らす飛鳥。ここで耀が死んでしまったら、たとえゲームに勝っても後味の悪い結果になっただろう。何はともあれ、最悪の結末だけは防げた。

 

「さて、と。春日部さんの無事を確認できた事だし………二人とも、春日部さんを看ててあげて」

 

 飛鳥は白銀の剣を手に取ると、まるで散歩に行くかの様な気軽さで立ち上がった。

 

「あ、飛鳥さん? まさか一人で向かう気ですか!? 無茶です!」

 

 ジンくんの言う通りだ。この中で最も身体能力が優れた耀がここまでやられたのだ。加えて、“契約(ギアス)”に守られたガルドは飛鳥のギフトは通用しない。ガルドにとって今の飛鳥は、ただの獲物でしかないだろう。だが、飛鳥はそれを笑って答えた。

 

「大丈夫よ。どんなに強くても知性の無い獣に負けないわ。―――それに、悔しいじゃない。春日部さんは私達じゃ勝てないと思って一人で戦ったのよ?」

「しかし、」

「そうだな。飛鳥一人じゃ難しいだろうな」

 

 なおも言い募ろうとするジンくんを遮って、耀を静かに地面へ横たえらせる。

 

「俺もいく。二人で協力すれば、ガルドを倒せるはずだ」

「岸波君………。でも、貴方のギフトは傷を回復させるものでしょう? それだとガルドには意味がないんじゃ、」

「大丈夫だ。他の手段もある」

 

 心配そうに呟く飛鳥を遮り、自分の手の平を見る。今なら思い出せる、自分は他にも様々な力を行使できる。この力が何なのか、まだ思い出せていない。でもやり方だけは鮮明に思い出せていた。まるで長年乗っていなかった自転車に乗り、運転を思い出せた様な感覚だ。

 

コード・キャスト。それが自分の行使する力の名前だ。

 

「そう。なら、期待してるわよ」

 

 強気に微笑む飛鳥と一緒に、自分は館を目指して歩き出した。

 

 

 




はい、そんなワケで第6話終了です。
予定ならガルドと決着をつける所まで書く気でしたが、どうしても書きたいシーンを書いていたら一話分の文章になりました。やれやれ………。

読者からの指摘を受け、白野のコード・キャストを原作に近い表記にさせて貰います。ご了承下さい。


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第7話「ジン=ラッセルの“ノーネーム”」

ネタを思いついたからって安易なギャグに走るのは如何なものか?

そんな第7話

3/21 一部文章差し替え


―――Interlude

 

 ガルド=ガスパーは屋敷の二階で蹲っていた。

 先程、春日部耀に左足を斬りつけられ、流血が一向に止まらないのだ。

 

(………銀の剣で斬られたからか)

 

 ガルドは悪魔に魂を売って以来、ガルドは銀製品に触った事は無い。それは種としての恐怖だ。銀に宿る破魔の力は悪魔のギフトを得た彼にとって恐ろしかったからだ。

 

(いつからだ? 森に住んでいた時は、恐れる物など無かったというのに)

 

 わずかに残された理性で、ガルドは記憶を掘り返す。上層のコミュニティ“六百六十六の獣”を率いる魔王に魂を売り渡して以来、ガルドは多くのものを恐れた。箱庭には、自分が路傍の石と等しく見える様な強力な存在が星の数程いたのだ。

 だからこそ、自分のコミュニティを大きくする事を考えた。魔王の名を振りかざし、周辺のコミュニティを傘下へと組み込んだ。“六百六十六の獣”の魔王が箱庭から去ったと聞いた時は好都合だった。傘下のコミュニティを使い、いずれは神格のギフトを得て彼自身が魔王へと成り上がるつもりだった。だというのに―――どうしてこうなった?

 

(だが、もうそんな事はどうでもいい。俺の縄張りである屋敷を守れれば十分だ)

 

 自分に鬼種のギフトを与えた金髪の吸血鬼がどういうつもりだったか知らないが、今ならそいつにも臆せずに立ち向かえる。ここは俺のテリトリーだ。何人(なんびと)たりとて俺の縄張りを犯すなら容赦なく喰い千切ってやる。その時だった。

 

 鼻を刺激する異臭。かつて、幼い虎だった時に嗅いだ臭い。これは………何かが燃える臭い!

 それを理解した瞬間、部屋を飛び出したガルドは一階の惨状に唖然とした。

燃えている。権力と金に物を言わせて集めた家具も、このゲームの舞台装置である樹木も。ガルドの屋敷そのものが炎に包まれていた。そして、一階の入り口付近に一人の男が立っていた。

 

(アイツが……アイツがやったのか………!!)

 

 その男はガルドを見定めると、手の平に灯っていた火の玉を消しながら口を開いた。

 

「………もうお前に逃げ場は無いぞ。まだ森の王者としての誇りが残っているなら―――かかって来い!」

「GEEEEEEYAAAAAAAaaaaa!!!」

 

 既に人で無くなったガルドは、男の言葉が理解できなくなっていた。だが、残された虎としての本能が縄張りを荒らした獲物を生かして帰すな、と告げていた。

 

「コード:move_speed()、実行!」

 

 男が何かを叫ぶと同時に、背を向けて走り出した。追いかけるガルド。獲物は屋敷から離れ、森の奥へと逃げていく。しばらく走っていると、ガルドの頭に疑問が浮かんだ。

 

(おかしい………なぜ追い付けない?)

 

 目の前の男は人間だ。どう見ても四足獣である自分の方が速いはず。通常なら、とっくに追い付いて男の臓腑に牙を突き立てているだろう。なのにどうだ、男は自分が追い付けない速度で悠々と駆けている。

 

(ふざけるな………ふざけるなっ!! 俺は、俺は森の王者だぞ! ここは俺の森だ! 俺の思い通りにならない事が、あっていいはずが無いっ!!)

 

 怒りにまかせて、ガルドはさらに足に力を込める。もしも彼に人としての理性が僅かでも残っていたなら、警戒しただろう。まるで誘い込む様に男が常につかず離れずの距離を保っていたこと、そして森の木々が不自然な一本道になっていたことに。

 

()()()()()!」

 

 突如、女の声がしたと同時に、周りの木々の枝が一斉にガルドの四肢と胴を縛り上げて宙吊りにする。普通の樹木だったならば、鬼種のギフトを持ったガルドは簡単に引きちぎっていただろう。しかし、この樹木は同じ鬼種のギフトを持った樹木だ。当然、強度も段違いに上がっている。

 どうにか抜け出そうと、もがくガルド。ふと前を見ると、そこには白銀の十字剣を正眼に構えた少女がいた。

 

「剣よ………力を!」

 

 少女の命令に呼応するかの様に、剣の刀身が輝きだす。切っ先を真っ直ぐに向け、こちらへ踏み込んでくる少女。

 まずい、あれはまずい。ガルドの心に焦燥が湧く。自分は敗れるのか? こんな所で? こんな………“名無し”風情に!

 

「オオオオオオオオオオォォォォォォッ!!」

 

 それは森の王者としての最期の意地だったのだろう。ガルドは右前足に絡まった枝を力任せに引き千切ると、その爪で少女を引き裂こうと振り下ろす。

 

「shock()!!」

 

 男の声が聞こえると同時に、ガルドの眉間に雷球が命中する。閃光で目が眩み、ガルドは動きを止め―――その隙に少女の剣がガルドの心臓に深々と突き刺さった。

 

「今さら言ってはアレだけど………貴方、虎の姿の方が素敵だったわ」

 

 少女の声を耳にすると同時に、ガルドの意識は闇へ沈んでいった―――。

 

―――Interlude out

 

 白銀の十字剣がガルドの胸に突き刺さり、彼の身体は灰となって風に運ばれていく。それはまるで吸血鬼の死に際の様だった。

 

「うまくいったか………」

 

 ガルドの死を見届け、ようやく緊張を解く。すると彼の死が合図となった様に、周囲の木々も一斉に霧散し始めた。

 

「どうやら、ゲーム終了の様ね」

 

 白銀の十字剣を手に、飛鳥は大きく息を吐いた。

 

「お疲れ様。飛鳥のお陰で助かったよ」

「どういたしまして。岸波君の作戦、うまくいったわね」

「飛鳥のギフトがあってこそだよ」

 

 飛鳥のギフト―――“威光”は支配するという属性に傾いた力だ。昨晩、黒ウサギは飛鳥の強い意志と高い素養が無意識の内に動植物に働きかけているのではないか、と論じていたそうだ。それを元に、飛鳥は自分の力を“ギフトを支配するギフト”として開花させていた。

 その事を聞いた時に、ガルドの動きを止める為に植物を操れないかと思い、考え付いた作戦を話したのだ。あとは誰かが囮になってガルドを引き寄せる必要があったが、それは自分のコード・キャストの中に打って付けの物があった。強化した脚力でガルドから逃げつつ、飛鳥のギフトで拘束してトドメを刺す。思いつきの作戦だったが、上手くいった様だ。

 

「それにしても速く走れる様になったり、雷を手から出したりと万能なギフトなのね。最初は冴えない印象しかなかったわ」

「は、はっきり言うね………。何でも出来る、ってわけでは無いみたいだよ。いま思い出せるのは、ほとんどが戦闘に関するものばかりだし」

「そうなの? 岸波君って、争いごとを好みそうには見えないけど………」

 

 そう言われると、自分でも不思議だ。年齢は十六夜達とそう変わらないと思うから自分は高校生だったのだろう。箱庭に呼ばれた時から着ていた学生服にはTSUKUMIHARAと書かれたエンブレムが付いている。恐らくそれが通っていた学校の名前だ。

 ただの学生でしか無い自分が、どうして戦いに便利な力ばっかり持っているのか? それこそ戦いとは無縁そうだというのに。思い出そうとしても、もう頭痛が起こることも変な映像を見ることも出来なかった。

 

「まあいいわ。さ、ジン君たちの所に戻りましょ」

 

 そう言って飛鳥は背を向けたが、三歩ほど歩いたところで思い出したように振り向いた。

 

「それと、最初は冴えない印象しか無かったけど………さっきの岸波君、カッコよかったわよ」

 

 それだけ言うと、早足でジンくん達が待っている場所へ歩いてしまった。後ろから見える耳が赤く見えたのは、気のせいかもしれない。

 でも何というか………面と向かって言われると気恥ずかしいな、ホントに。

 

 

 

 その後、ゲームの終了と同時に入ってきた黒ウサギ達と合流した。黒ウサギの耳をもってすれば外からでも大まかな状況は筒抜けだったらしい。自分が耀を治療した事を知ると、黒ウサギは大層喜んでいた。

 彼女からすれば、仲間の命を助けてくれた上に何のギフトも持たなそうだった自分に思わぬ力があったのが嬉しかったのだろう。自分も、みんなの足手纏いにならずに済みそうで良かったと思う。念のため、という事で耀と一緒に“ノーネーム”の本拠地へ一足早く帰って貰った。

 

「よ、ずいぶんと大変そうだったな」

 

 後ろから声をかけられて振り向くと、いつもの様に軽薄な笑みを浮かべた十六夜が立っていた。

 

「まあね。耀の傷が治せなかったら、たぶん後味の悪い結末になったと思う」

「そういえば聞いたぜ。今回、お嬢様共々に大活躍だったそうじゃねえか」

「ああ。まだ記憶は戻ってこないけど、俺の力はコード・キャストというらしい。これが俺のギフトなのかもな」

「………ふぅん。それが“月の支配者”の力、ねえ?」

 

 十六夜の顔は相変わらず軽薄な笑みを浮かべていたが、その目は胡散臭そうに自分を見ていた。

 

「………? どうかしたのか?」

「べっつにー? お前が言うならそうなんだろうさ。それよりよ、いっそ今夜は満月にしてくれね? 月明かりで本を読みたい気分だしな」

「いや、出来るわけないだろ。俺が月の満ち欠けを変えられると思うか?」

「マジかよ。月の支配者さん、超使えねー」

「君ね………」

 

 そもそも記憶喪失の自分になにを言うか。そう抗議しようとすると、

 

「白野さん、十六夜さん」

 

 声がした方に目を向けると、ジンくんがこちらへ近付いてきた。彼は自分達の目の前に来ると………申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ジンくん?」

「ん? どうして頭を下げる?」

「結局………僕は皆さんに頼り切りで何も出来なかったので」

「ああ、そういうこと。でもお前達は勝っただろう」

 

 何を言いたいのか察したのか、十六夜はなんでもない事の様にサラリと言った。

 ジンくんが不思議そうに顔を上げると、十六夜は続けて言葉を重ねた。

 

「お前達が勝った。なら、御チビにも何か要因があったんだろ。少なくとも岸波とお嬢様がガルドの討伐に専念できたのは、御チビがいたからじゃねえの?」

「………そうだな。もしジンくんがいなかったら、俺は耀から離れられなかっただろうな」

 

 そうなると、飛鳥ひとりでガルドに立ち向かう事になったはずだ。飛鳥なら単独でガルドを倒せたかもしれない。でも確実にやれた、という事はないだろう。

 

「ならそれでいいんじゃねえの? ま、約束は守ったんだし今度は俺が約束を果たす番だな」

 

 そうだった。自分達は今日のゲームで勝利したから、今度は十六夜がかつての“ノーネーム”の仲間が景品に出されるゲームに出る番だ。しかしジンくんは、苦い顔をしながら口を開いた。

 

「昨晩の作戦………僕を担ぎ上げて、やっていけるのでしょうか?」

「御チビ様が嫌だと言うなら止めますデスヨ?」

 

 からかう様な十六夜に、ジンくんは一拍だけ黙った後に首を振った。

 

「いえ、やっぱりやります。僕の名前を前面に出す方法なら、万が一の時はみんなの被害を軽減できるかもしれない。みんなの風除けぐらいにはなれるかもしれない」

 

 他に方法が無いからやるのではなく、自分の名前が魔王の脅威を引き付ける事を上等だとジンくんは言う。やっぱり、小さくてもコミュニティのリーダーなのだなと感心していると、

 

「御チビ、さっそく仕事みたいだぜ」

 

 十六夜が目を向けた方を見ると、昨夜の侵入者達を中心に多くの人が“フォレス・ガロ”の門の前に集まっていた。

 

「貴方達はガルドに脅されていた………」

「アンタ等がガルドを倒したと聞いて、来たんだ」

「そうですか。この件は既に階層支配者(フロアマスター)に連絡しています。“六百六十六の獣”が沽券を理由に元“フォレス・ガロ”のメンバーを襲うことは無いでしょう」

 

 ざわざわと集まった人達が声を上げだす。しかし歓声の様なものは無い。人質が既に死んでいる事が伝わったのか、皆一様に表情が暗い。

 昨日の犬耳の男が、ジンくんの前へ進み出た。

 

「アンタ達には感謝してる。人質のことは気にしないでくれ、一応は覚悟していた事だからな。それよりも………」

「何ですか? 多少の相談事ならお聞きしますが?」

「いや、その………これから俺達は、アンタ達“ノーネーム”の傘下になるのか?」

 

 そう聞く犬耳の男の顔には不安がよぎっていた。“ノーネーム”は箱庭において、最底辺の蔑称だ。それをこれから自分達も背負うと思うと不安で仕方ないのだろう。

 

(悲しいけれど………仕方ないのかもしれないな)

 

 ジンくんが返答に詰まっていると、十六夜は彼の肩を抱き寄せて高らかに宣告し出した。

 

「これより“フォレス・ガロ”に奪われた誇り―――旗印と名前をジン=ラッセルが返還する! 代表者は前へ!」

 

 突然の宣告にとまどう衆人。ジンくんも目を白黒させて驚いていた。まるで、昨夜の焼き直しの様だ。

 

(そういうことか。十六夜は次から次へと行動を起こすな)

 

 彼の意図が分かって感心していると、いつの間にか横に飛鳥が立っていた。

 

「何やら面白いことを始めそうね」

「ああいう事に関しては十六夜が一番だからな」

 

 そう言って二人で笑い合ってると、集まったコミュニティの代表者達は次々とジンくんから旗を受け取っていた。どの顔も喜びに満ちている。それだけ箱庭において旗印は絶対的な物なのだろう。

 

「“ルル・リエー”のコミュニティ。この旗と名前、もう手放さないで下さいね」

「ああ………! 俺達は二度と誇りをなくさない!」

「“ハウンド・ドック”。貴方達の誇りと名をお返しします」

「ありがとう……! 本当に、本当にありがとう! これで死んだ息子も浮かばれる!」

「次は………“グレート・キャッツ”ですね。はい、旗と名前です」

「やー、ありがとねボーイ。ガルドちゃん、ウチの店でただ食いして困ってたんだよねー」

「ウンウン、ウンウン!」

 

 ………なんか変なのがいた様な? そうこうしている内に、全てのコミュニティに旗印を返し終わった。彼等の前に立ち、十六夜は声を張り上げる。

 

「名前と旗印を返還するかわりに頼みたい事がある。このジン=ラッセルのことを今後も心に留めていて欲しい。それともう一つ。ジン=ラッセル率いる“ノーネーム”が魔王打倒を掲げたコミュニティである事も覚えていて欲しい」

 

 途端、衆人はざわめきだした。見た目は子供しかいないコミュニティが魔王打倒を掲げるなど正気ではない、でもコミュニティの実力は本物だ。

 そんな声がここまで聞こえてきそうだった。

 

「知っての通り、俺達のコミュニティは名と旗印を奪われた“ノーネーム”だ。だから覚えていて欲しい! 俺達は“ジン=ラッセルの率いるノーネーム”だと! いつか誇りと名を取り戻すまで、彼を応援して欲しい!!」

(ずいぶんと十六夜らしくない演説だな)

 

 普段の彼を知っている人間なら、むず痒くなりそうな演説だった。飛鳥も同じ気持ちなのか、必死で笑いをかみ殺そうとして口元がピクピクと動いていた。

 ジンくんは一歩前に出ると、集まった人達に対して高らかに宣言した。

 

「ジン=ラッセルです。今日を境にこの名を聞くことも多くなると思いますが、よろしくお願いします!」

 

 歓声と共に、“対魔王専用コミュニティノーネーム”が正式に始動した瞬間だった。

 

 

 

没ネタ

 

 “フォレス・ガロ”のギフトゲームを受けた自分達はようやくゲームの開催場所である居住区の前に来た。

 

「ここが、“フォレス・ガロ”の居住区画です。ですが………」

 

 黒ウサギが口をつぐんだ。他のメンバーも同様。それというのも、目の前にあるのは一面が黄色で、その上に規則正しく黒い斜線が何本も引かれたストライプ模様の門だった。これではまるで、

 

「………虎柄?」

「虎の住むコミュニティだしな。可笑しくないだろ」

 

 皆の言いたい事を代表した耀に、十六夜は何でもない事の様に呟く。門の前には、今回のギフトゲームの“契約書類(ギアスロール)”が貼られていた。

 

『ギフトゲーム名“真実の口”

 

・プレイヤー一覧 久遠飛鳥

         春日部耀

         ジン=ラッセル

         岸波白野

 

・クリア条件 ホストの本拠内に潜むホストプレイヤーの討伐。

・クリア方法 プレイヤーはホストプレイヤーの十の問いに、全て間違えることなく答える。“契約(ギアス)”により、ホストプレイヤーにギフトを使用する事は不可。

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                          “フォレス・ガロ”印』

 

「これは………知恵比べのギフトゲーム? あのガルドが?」

 

 “契約書類”を読み終わった黒ウサギが、意外というよりも不審そうに呟く。

 

「へえ。あの虎男に、競える程の知能があったとは思えないけど」

 

 飛鳥もまた意外そうな顔をしているが、油断は禁物だ。“契約書類”に書かれた内容の通りならギフトで命令して正解を喋らせることも、ギフトで痛めつけて吐かせることも不可能なのだから。

 一同で首をかしげながら、“フォレス・ガロ”の居住区へと入って行った。

 

 

 

 その後、道中にこれといった危険もなく本拠の館の中に入った。ここまで来る道どころか屋敷の中まで至る所が虎柄に覆われていて、いい加減に目がおかしくなりそうだ。ようやく全ての部屋を探し終え、あとは二階の一番奥の部屋を残すのみだ。

 

「開けるわよ」

 

 馬鹿らしくなってきたのか、飛鳥がぞんざいな態度で扉を開く。

 そこに、虎がいた。

 そいつは二十(ピー)歳の女性の姿をして、剣道着を着こんでいた。

 手にした竹刀を振り下ろし、彼女は目を見開く。

 

「汝らに問う」

 

 コオオッとよく分からないオーラを噴出させながら、そいつは口を開いた。

 

「女教師………魅惑の女教師とは何か、返答せい!」

 

続かない

 




………疲れてるんだな、自分。
以下に設定用語を載せます。ネタなので本気にしない様に。

『“グレート・キャッツ”』

 五匹のナマモノがメンバーのコミュニティ。喫茶店を営んでいる。寄らば大樹の陰と思って“フォレス・ガロ”の傘下になったが、ガルドにタダ飯されるだけに終わった。人質? 何のこと? 余談だが、喫茶店のオススメメニューは喋らないナマモノが作るラーメンだとか。見た目がアレだが味は絶品で、ガルドはよく食べに来ていた。

『“真実の口”のホストプレイヤー』

 多くは語るまい。彼女のゲームをクリアしたいなら、遠慮せずに真実を突きつけること。現実は非情である。


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第8話「箱庭の吸血鬼」

あー、またも書ききれない………。
ついでに秀逸なサブタイトルが思いつかないなあ。
そんな第8話。

3/25 誤字修正


 “フォレス・ガロ”のギフトゲームをクリアした夜。耀のお見舞いの帰りに“ノーネーム”の本拠の談話室に出向いてみた。そこには兎耳を萎れさせて気落ちする黒ウサギと、不機嫌そうな顔でソファに寝転がる十六夜がいた。

 

「どうしたんだ、二人とも? 元気なさそうに見えるけど」

「あ、白野さま………」

 

 談話室へ入ってきた自分に対し、やはり顔がしゅんとしていた。確か、耀を“ノーネーム”の本拠へ送り届けた後に“サウザンドアイズ”へギフトゲームの申請に行ったはずだ。先代の“ノーネーム”の一員で元・魔王という肩書を持った人が景品に出される大事なギフトゲームなのだが、何かあったのだろうか?

 

「実は………そのギフトゲームは無期限の延期になりました。このまま中止の線もあるそうです」

 

 黒ウサギの説明によると、景品となった元・仲間に巨額の買い手がついたらしい。それで今の持ち主はゲームを急きょ取り止めたそうだ。

 

「そんな………なんとかならないのか?」

「難しいでしょう。ゲームの主催を行っていたのは“ペルセウス”。“サウザンドアイズ”傘下の幹部コミュニティです。直轄では無いため白夜叉さまの伝手を頼っても、ゲームを再開させることは出来ないでしょう」

「要するに、そいつらは金を積まれたからゲームを取り下げるような五流エンターテイナーってわけだ」

 

 詰まらなさそうに吐き捨てる十六夜。さっきから不機嫌なのはそれが理由か。

自分もせっかくのチャンスをふいにされた怒りはある。でも違法な手段とはいえ勝って傘下のコミュニティを増やしたガルドを見れば分かる通り、この箱庭ではギフトゲームは絶対の法律なのだ。そのゲームが行われない以上、打つ手は無いだろう。

重くなった空気を変える為か、十六夜は大きく伸びながら黒ウサギに聞いた。

 

「まあ、次回に期待するとして。ところでその仲間はどんな奴なんだ?」

「そうですね………一言で言えば、スーパープラチナブロンドの超美人さんです。指を通すと絹糸みたいに肌触りが良くて、湯浴みの時に濡れた髪が星の様にキラキラするのです」

「へえ? よく分からないが見応えがありそうだな」

「それはもう! 加えて思慮深く、黒ウサギより先輩でとても可愛がってくれました。近くに居るのならせめて一度お話しかったのですけど………」

「おや、嬉しい事を言ってくれるじゃないか」

 

 突然した声に驚いて窓を見ると、そこにはにこやかに笑う金髪の少女が窓の外で浮かんでいた。跳び上がって驚いた黒ウサギが急いで窓に駆け寄る。

 

「レ、レティシア様!?」

「様はよせ。今の私は他人に所有される身分だ」

 

 黒ウサギが窓を開けると、レティシアと呼ばれた少女は苦笑しながら談話室へ入る。

 砂金の様な金髪を特注のリボンで結び、紅いレザージャケットに拘束具を彷彿させるロングスカートを着た彼女は、黒ウサギの先輩と呼ぶにはずいぶんと幼く見えた。

 

「こんな場所からの入室で済まない。ジンには見つからずに黒ウサギと会いたかったんだ」

「あんたが元・魔王様か。前評判通りの美人………いや、美少女だな。目の保養になる」

 

 体を起こし、レティシアをマジマジと見つめる十六夜。それに対してレティシアは笑いを噛み殺しながら、上品に空いてるソファに腰かけた。

 

「ふふ、なるほど。君が十六夜か。白夜叉の言う通り歯に衣着せぬ男だな。しかし観賞するなら黒ウサギも負けてないと思うのだが」

「あれは愛玩動物なんだから弄ってナンボだろ」

「ふむ。否定はしない」

「否定して下さい!」

 

 口を尖らせて怒る黒ウサギ。なんかこのコミュニティにおける黒ウサギの立ち位置が分かってきたかも………。

 

「黒ウサギ、ひょっとしてこの人が?」

「YES! “箱庭の騎士”と称される希少な吸血鬼の純血。それがレティシア様なのです」

「吸血鬼だって?」

 

 日の光を苦手とし、流水を渡れないというあの吸血鬼だろうか? いや、それよりもこのタイミングで来る吸血鬼ということは―――。

 

「レティシアさん、貴方に聞きたい事があります」

「君は………岸波白野だったか。君が何を言いたいかは分かってる。ガルドに鬼種のギフトを与えたのは私だ」

 

 やっぱり、そうだったか。ゲームの最中、ジンくんには黒幕の存在に心当たりがある様に見えた。東側だと吸血鬼は希少種だそうだ。その中でもジンくんに縁故があり、さらにゲームが終わった後の今に来たとなれば疑うには十分過ぎた。

 

「………どうしてそんな事を?」

 

 努めて。冷静に聞いてみた。あのゲームで、自分はギフトを思い出す切っ掛けにはなった。その点は感謝している。しかし一歩間違えれば耀が命を落としていたのだ。レティシアに全ての責任があるとは言わないが、それでもどんな心算でガルドを利用したのか問い質さなくてはならない。

 

「君の怒りはもっともだ。負傷した彼女には心よりお見舞い申し上げる」

 

 頭を下げて、済まなそうにレティシアは目を伏せた。

 

「レティシア様!?」

「君達の力量を試したかったのだ。“ノーネーム”としてのコミュニティの再建は茨の道。もしも新たな同士が力不足なら、ジンに更なる苦労を負わせる事になる」

「………」

「だからこそ試したかったのだ。異世界から呼び出してまで招いたギフト保持者。彼等がコミュニティを救える力を持っているか否かを」

「結果は………どうだった?」

 

 自分が聞くと、レティシアは苦笑しながら首を横に振った。

 

「ゲームに参加した君達はまだまだ青い。ガルドでは当て馬にすらならなかったから、判断に困る」

 

 席を立ち、窓から空を見上げるレティシア。その顔は憂いに満ちていた。

 

「何もかもが中途半端なまま、ここに足を踏み入れてしまった。さて、私は君達になんと言えばいいのか」

「違うね」

 

 突然、今まで聞き役に徹していた十六夜がレティシアに声をかける。いつもの様に軽薄な声で先を続けた。

 

「アンタは古巣へ言葉をかけたくて来たんじゃない。仲間が今後、自立した組織としてやっていける姿を見たかったんだろ」

「………そうかもしれないな。解散を勧めるにしても、ジンの名前が知れ渡った今では意味が無い。だが仲間の将来を託すには不安が多すぎる」

「その不安。払う方法が一つだけあるぜ」

 

 そう言って、十六夜は不敵に笑った。

 

 

 

 その後、談話室にいた自分達は中庭に来ていた。十六夜とレティシアは自分達から離れた場所で、お互い対峙し合っていた。

 十六夜が示した提案は明快なものだった。自分達の力が不安ならば、直接試せばいい。回りくどい方法を取らない、至極単純な力試しだ。

 

「ルールを確認するぞ。双方が共に一撃ずつ撃ち合い、それを受け合う」

「で、最後まで立っていられた奴が勝ち。いいね、シンプルイズベストってやつ?」

 

 笑みを交わし、二人は距離を取る。レティシアは背中の黒翼を広げて空中へ、十六夜は地に足をつけたまま半身に構える。

 

「十六夜。いま能力を強化する魔術(キャスト)を、」

「要らねえ。コイツは俺のゲームだ。下がってろ」

 

 制空権を取られたのを見て、援護しようと申し出るもキッパリと断られる。ああなった十六夜はこちらの意見など聞き入れないだろう。仕方ない、黒ウサギの隣で観戦するとしよう。

 

「先手は私からだ」

 

 空中でレティシアは懐から己のギフトカードを取り出した。金と紅と黒色のコントラストで彩れたギフトカードを見て、黒ウサギは蒼白な顔で叫んだ。

 

「下がれ黒ウサギ。力試しとはいえ、これは決闘である」

 

 ギフトカードが輝き、レティシアの手に長大なランスが顕現する。翼をはためかせ、同時に力の奔流が黒い光となってランスに集まっていく。

 

「ふっ―――!」

 

 一閃。一呼吸の内にレティシアから投擲されたランスは、視認できる程のソニックブームを撒き散らしながら十六夜へ向かっていく。空気との摩擦のあまり、槍は熱を帯びて赤く輝き出す。その様子はまさに地上へ落ちる流星を彷彿させた。人間がまともにくらえば、ミンチどころかジュースになってしまうだろう。

 だが、その一撃を前にして十六夜は牙を剥いて笑い、

 

「しゃらくせえ!」

 

 殴りつけた。

 

「………は?」

 

 瞬間、ランスは粉々に砕けていく。なんて、出鱈目。余りの出来事に黒ウサギと一緒に呆けてしまう。それはレティシアも同じだろう。凄まじい力で砕かれたランスは、無数の鉄塊となって散弾銃さながらに主の元へ殺到し―――って、マズイ!?

 

「レティシア様!?」

 

 自分が声を上げるより先に、黒ウサギが飛び出していた。レティシアを抱きとめると同時に、迫っていたランスの残骸を払い落として地面へと降りる。そして、レティシアのギフトカードを掠め取った。

 

「く、黒ウサギ! 何を!?」

 

 レティシアの抗議を黙殺して、黒ウサギはギフトカードを覗き見た。やがて、身体が小刻みに震えだした。

 

「ギフトネーム“純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)”………やっぱり、ギフトネームが変わっている。鬼種は残っているものの、神格が残ってない」

「なんだよ。もしかして元・魔王様のギフトって、吸血鬼のギフトしか残ってねえの? どおりで歯ごたえないわけだ」

「はい………。これではかつての十分の一にも満たないかと」

 

 黒ウサギに指摘されて気まずそうに目を逸らすレティシアに対し、十六夜は不機嫌そうに舌打ちしていた。そんな弱体化した状態で相手にした事が不満だったのだろう。

 

「他人に所有されたら、ギフトまで奪い取られるものなのか?」

 

 三人の元へ駆け寄った自分に対し、黒ウサギは首を横に振った。

 

「いいえ………“恩恵(ギフト)”とは魂の一部。隷属させた相手でも合意なしにギフトを奪うことは出来ません。レティシア様は鬼種の純血と神格を兼ね備えていたからこそ、“魔王”と呼ばれていたのに………どうして、こんなことに?」

「………それは、」

 

 レティシアが何か言いかけた時だった。突如、遠方から褐色の光が射し込む。ハッと顔を上げたレティシアが光から庇う様に自分達の前へ立ち塞がった。

 

「これは、ゴーゴンの威光!? 駄目です、レティシア様!」

 

 黒ウサギの声も虚しく、褐色の光を受けたレティシアは瞬く間に石像に変わっていく。完全に石になる前。すまない、と言い残して。

 

「―――ッ!」

 

 突然の出来事に唇を噛んでいると、光の方向から男の集団が押し寄せて来た。皆一様に古代ギリシャ風の鎧に身を包み、羽の生えた靴を履いて空に浮かんでいた。

 

「ゴーゴンの首を掲げた旗印………“ペルセウス”のコミュニティ!」

 

 男たちが掲げている旗を見て、黒ウサギは息を呑んでいた。あれが、レティシアを売ろうとしている連中か!

 

「吸血鬼は石化させた。すぐに捕獲しろ」

 

 集団のリーダーなのか、一段と立派な飾りがついた兜を被った男が周りに命令していた。

 

「“名無し”共がいる様ですが、どうしますか?」

「邪魔をするなら切り捨てろ」

 

 剣を抜き、こちらへ降りてくる男たちに身構える。男たちは地面へ着陸すると、石化したレティシアを指差した。

 

「ソレから離れろ、“名無し”風情が。ソレは我ら“ペルセウス”の大事な商品だ」

 

 明らかにレティシアを物扱いし、こちらを“ノーネーム”と知った上で見下していた。高圧的な態度に、頭が沸騰しかけるのを必死に抑える。ところが、

 

「………ありえない」

「黒ウサギ?」

 

 様子のおかしい黒ウサギに声をかけるも、こちらの声が聞こえていない様にブツブツと呟いていた。

 

「本拠への不当な侵入、武器を抜く暴挙。挙句の果てには侮辱の言葉の数々。ありえない、ありえないのですよ………“月の兎”を! ここまで怒らせるなんて!」

 

 黒ウサギがギフトカードを掲げた途端、右手から空気の裂ける音と目も眩む様な閃光が迸る。やがて雷鳴が治まると、その手には一本の黄金の槍が握られていた。

 

「これは、インドラの槍………!?」

 

 驚きの余り声を上げる。ふと、また見覚えのない映像が脳裏に映し出された。炎の翼を広げ、手にした光槍を構える白髪の青年。その一撃を前にセイ■ー/■ャスター/アー■ャー/ギル■メッシ■と自分は最大限の防御を展開し―――

 

「フギャ!」

 

 黒ウサギの気が抜けた声にハッと意識を取り戻すと、十六夜が黒ウサギの耳を後ろから引っぱっていた。インドラの槍は黒ウサギの手からすっぽ抜け、あらぬ方向へ向かって投げ出された。箱庭の天井に着弾し、解放された稲妻が夜を日中の様に照らし出す。

 

「お、ち、つ、け、よ! 相手は仮にも“サウザンドアイズ”の傘下。ここで問題を起こしたら、困るのは俺達だろうが!」

「い、痛い、痛いです十六夜さん!」

「つか俺が我慢してるのに、一人でお楽しみとはどういう了見だオイ」

「フギャア!? って怒る所はそこなんですか!」

 

 グイグイ、とリズミカルにウサ耳を引っ張る十六夜。

 

「そ、そこら辺にしておいてやれよ。まだ“ペルセウス”の連中もいるんだし」

「もう帰ったぜ」

 

 そう言われて、さっきまで男達がいた場所に目を向けると既に誰もいなかった。それどころか石像になったレティシアも消えている。

 

「黒ウサギに敵わないと知るや、尻尾を巻いていったぜ。それに奴等が俺の知る“ペルセウス”なら、空飛ぶ靴の他にも透明になれる兜を持ってるだろ」

 

 ペルセウス。石化の瞳を持つ怪物、メドゥーサ殺しで有名なギリシャ神話の英雄だ。メドゥーサを暗殺する際に用いたのが、空飛ぶ靴や不可視の兜といった神々から与えられた武具(ギフト)の数々だ。

名前から察するに、彼等はそのペルセウスと所縁のあるコミュニティだろう。流石に男達の持つ武器の全てが本物という事は無いだろうが、それでも集団で揃えているとなると脅威には違いない。

男達が消えた先を睨み、黒ウサギは一目散に駆けようとしていた。

 

「すぐに追いかけないと!」

「待てよ。詳しい話を聞きたいなら、事情に詳しそうな奴に聞いた方が早いだろ」

 

 十六夜が何を言いたいのか察し、二人に飛鳥達を呼んでくると言い残して自分は屋敷へ駆け出した。

 

 

 




いつもより短いですが、今回はここまで。
書きたいシーンを書いていたら、10000文字を超えたので分割します。
次回は近日中に出しますね。


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第9話「反撃の狼煙」

本来なら、前話と繋げて一話にするつもりでした。
でも今回と前回の合計文字数は14000文字くらいになります。
………バカジャネーノ?

そんな第9話


 耀の様子を見ていると言ったジンくんに留守を頼み、自分と十六夜、黒ウサギに飛鳥を加えた面々は“サウザンドアイズ”の二一〇五三八〇外門支店に来ていた。既に話は伝わっているのか、店員に応接室へ案内してもらった。そこにはピリピリとした雰囲気を漂わす白夜叉と、亜麻色の髪に蛇皮の上着。さらには蛇髪の女性の頭を模したアクセサリーが付いたチョーカーを首に巻いた線の細い男が待ち構えていた。

 

「へえ。こいつが“月の兎”か。東側に来てるって噂だったけど実物は初めて見るなあ。つーかミニスカにガーダーソックスってエロくね? 君、ウチのコミュニティに来いよ。あ、僕は“ペルセウス”のリーダーのルイオスって言うんだけど。君が良ければ三食首輪付きで飼ってやるぜ」

 

 開口一番、男―――ルイオスは黒ウサギを見るなり好色そうな視線で舐め回した。不躾な視線から守る様に、飛鳥が黒ウサギの前に立ちふさがる。

 

「これはまた随分と分かりやすい外道ね。断っておくけど、この美脚は私達のものよ」

「そうですそうです! 黒ウサギの脚は、って違いますよ飛鳥さん!!」

 

 突然の所有宣言にツッコミを入れる黒ウサギ。そんな二人を見ながら十六夜は呆れて溜息をつく。

 

「そうだぜお嬢様。この美脚は既に俺のものだ」

「いや、黒ウサギは俺達の所有物(ペット)だ」

「良かろう! ならば黒ウサギの所有権を言い値で」

「売・り・ま・せ・ん! なんで皆様でふざけ合っているんですか!」

 

 いや、ここはボケておくべきだと思って。そんな自分達のやり取りを見たルイオスは、ポカンとした顔の後に唐突に爆笑しだした。

 

「あっははははは! え、何? “ノーネーム”って芸人コミュニティなの? そうなら纏めて“ペルセウス”に来いってマジで。道楽には好きなだけ金をかけるからね。生涯面倒見るよ? 勿論、その美脚は僕のベッドで毎晩好きなだけ開かせてもらうけど」

「お断りでございます。黒ウサギは礼節を知らぬ殿方に肌を見せるつもりはありませんよ」

 

 嫌悪感を吐き捨てる様に黒ウサギは言う。でもさ、

 

「その服、見せる為に着てるんじゃないのか? 見えてるのではない、あえて見せてるのだ! ってカンジに」

「どこのストリートキングですか! これは白夜叉様が開催するゲームの審判をさせてもらう時、この恰好を常備すれば賃金を三割増しすると言われて………」

 

 最後の方はゴニョゴニョと声が小さくなっていく黒ウサギ。横を見ると、十六夜と目が合う。自分達は頷き合い、白夜叉へ向き直った。

 

「「超グッジョブ」」

「うむ!」

 

 ビシッ! とサムズアップする自分達三人。この瞬間、魂の絆を確かに感じた。

 

「いい加減、本題に入らせて下さい………」

 

 

 

 仕切り直し、長机を挟んで対峙する自分達“ノーネーム”と“ペルセウス”のリーダー・ルイオス。白夜叉は両者の真ん中に位置するように上座へ座った。

 

「―――“ペルセウス”の狼藉は以上です。そちらのコミュニティの所有するヴァンパイアとその追手が、我らのコミュニティの敷地内で狼藉を働いたのは明白です」

 

 黒ウサギの話には所々に嘘がある。レティシアが“ノーネーム”で暴れ回った様に言っているが、勿論そんなことはない。しかし“ペルセウス”が一方的に危害を加えて来たことにして、その遺憾を両コミュニティの決闘で解決させる。そして決闘で勝利した景品としてレティシアを“ノーネーム”に取り戻す。 

 それが事前に話した黒ウサギの作戦だった。

 

「この屈辱は両コミュニティによる決闘をもって、」

「嫌だね」

 

 唐突にルイオスは言った。彼は髪を掻き上げながら、黒ウサギを流し見る。

 

「大体さ、吸血鬼が暴れたって証拠はあるの? そっちのでっち上げかもしれないじゃん」

「そ、それは………」

「そもそも、あの吸血鬼が逃げ出す理由は君達だろ? 元・お仲間さん。実は盗んだんじゃない?」

「言いがかりです!」

「じゃあ調査してみる? ま、それをやって困るのは何処かの誰かさんでしょうけど?」

 

 わざとらしく白夜叉を盗み見するルイオス。対する白夜叉は、鼻を鳴らして受け流していた。

 そうか。レティシアが脱走できたのは、白夜叉が何かしら手引きをしたのだろう。“ノーネーム”は既に白夜叉に何度も融通して貰っている。ここでレティシアの事を調べられたら、自分達の関係も洗い出されて白夜叉のコミュニティでの立場も苦しくなるだろう。

 同じ考えに至ったのか、黒ウサギは唇を噛んでそれ以上は追及しなかった。

 

「さて、僕はさっさと帰ってあの吸血鬼を売り払うとするかな。知ってる? 吸血鬼の買い手は箱庭の外のコミュニティなんだ。吸血鬼は不可視の天蓋で覆われた箱庭でしか日の光を浴びられない。アイツは日光という檻の中で永遠に玩具にされるんだ」

「あ、貴方という人は………!」

 

 怒りのあまり、逆立ったウサ耳が震える黒ウサギ。しかし続くルイオスの言葉で凍りついた。

 

「アイツも馬鹿だよね。他人の所有物になるなんて恥辱を被ってまで、己のギフトを魔王に譲り渡すなんてさ」

「………え?」

「気の毒な話だよ。魔王に生命線であるギフトを譲って仮初の自由を手に入れたのに、昔の仲間は誰も助けてくれないんだもんなぁ。いやはや目を覚ましたら、アイツはどんな顔をするんだろうねえ?」

 

 待て―――つまりレティシアは、自分の魂の欠片を砕いてまで―――“ノーネーム”へ駆けつけようとしていた………?

 

「取引しないかい、月の兎さん」

 

 スッとルイオスは手を差し出し―――邪悪な笑みを浮かべた。

 

「吸血鬼は返してやる。その代わり………君は生涯、僕へ隷属するんだ」

 

 な―――!

 

「何を言ってるの! そんな提案、聞けるわけないでしょ!」

 

 怒りのあまり、飛鳥は席を立つ。自分も同感だ。レティシアを助ける為とはいえ、こんな男に黒ウサギを渡せない!

 

「妥当な取引だと思うよ? “箱庭の騎士”の吸血鬼の代わりに、“箱庭の貴族”である月の兎がウチに来る。交換レートは釣り合ってるだろ? それとも元・お仲間が惜しくないとか?」

「………っ!」

「ホラホラ、君は月の兎なんだろ? 帝釈天に自己犠牲の精神を買われて箱庭に招かれたんだろ? 今度は君のお仲間の為に、僕にその身体を差し出し」

()()()()()!!」

 

 黙り込んだ黒ウサギに尚も詰め寄るルイオスは、飛鳥の“威光”で強制的に口を閉じさせられる。

 

「っ………!? ……………!!?」

「不愉快だわ。そのまま()()()()()()()()()()!」

 

 混乱するルイオスに、飛鳥は更に“威光”を使う。ルイオスはそのまま体を前のめりにさせ………いや、違う。これは!

 

「こ、の、アマ。そんなものが、通じるのは―――格下だけだ、馬鹿が!」

 

 飛鳥の“威光”に逆らう様に、急激にルイオスは体を起こす。その手にはギフトカードから取り出した金色の半月形の鎌。それを飛鳥の首めがけて振り下ろし―――

 

「gain_con()!」

「オラッ!」

 

 防御を強化させる魔術(キャスト)を発動させると同時に、十六夜の蹴りがルイオスの鎌と交差する。予想通り、十六夜が止めに入ったな。強化された十六夜の脚は鎌とぶつかり、金属を打ち付けた様な甲高い音を響かせた。

 

「な、なんだお前?」

「十六夜様だ。喧嘩なら利子つけて買うぜ? もちろんトイチだけどな」

 

 鍔迫り合っていた鎌を蹴って押し出すと、十六夜は一端距離を取った。なおも追撃しようとするルイオスに、白夜叉の叱責が飛ぶ。

 

「ええい! 止めんか小童ども! 話し合いで解決出来ぬのなら外に放り出すぞ!」

「向こうが先に手を出したんですがね」

 

 舌打ちをしながら、ギフトカードへ武器を収めるルイオス。黒ウサギは間に入って仲裁をした。

 

「ええ、分かってます。これで今夜の一件は不問としましょう。………先程のお話ですが、少しだけお時間を下さい」

「「黒ウサギ!?」」

 

 返事に驚く自分と飛鳥。しかし黒ウサギはこちらを振り向かず、ウサ耳を萎れさせていた。

 

「オッケーオッケー。こっちも取引のギリギリの期限………一週間先まで待ってあげる。僕の物になる決心が着いたら、いつでも来なよ」

 

 鼻唄を歌い出しかねない上機嫌で、ルイオスは退室した。残された自分達は、ただ重苦しい沈黙に包まれていた―――。

 

 

 

 あれから一晩明けた早朝。自分は自室のベッドでの上で天井を見上げていた。結局、あの後に“ノーネーム”に帰ってきた自分達は黒ウサギと話し合ったが、レティシアを見捨てる事が出来ない黒ウサギとは話が平行線のまま会議は終わってしまった。

 騒ぎを起こした自分達はジンくんから謹慎処分を言い渡された。大方、頭を冷やす時間を設けてくれたのだろう。深夜になって自分はベッドに入ったが、寝付く事が出来ずに夜が明けてしまった様だ。

 

「ふう………」

 

 思わず溜息をついてしまう。当然だけど、自分はレティシアがこのまま箱庭の外へ連れて行かれるのを黙って見ている気は無い。でもレティシアの為に黒ウサギをルイオスの奴隷にするつもりも無い。あの男は黒ウサギを手に入れたら欲求の捌け口として徹底的に黒ウサギを辱めるだろう。そんな男の元へ、黒ウサギが行くのを黙認できるはずが無かった。

 

「いや、違うな」

 

 ゴロン、と寝返りを打ちながら一人ごちる。前提条件が間違っている。黒ウサギかレティシアかの二者択一ではない。自分はどうにか二人を助けたいのだ。

 再び寝返りを打ちながら状況を思考する。現在、レティシアはルイオスの手の内にある。これをどうにかするには向こうの要求を呑んで黒ウサギを差し出すか、ルイオスからレティシアを取り戻せる状況にする必要があるだろう。その状況を作るには?

 

①ルイオスのコミュニティ“ペルセウス”を壊滅させる。

 

 これは論外。十六夜達の力があれば出来そうに見えるが、そうなると“ペルセウス”が所属している“サウザンドアイズ”が黙ってないだろう。多くの敵を作るこの方法は除外だ。

 

②ルイオスからレティシアを買い取る。

 

 これも無理だ。“ノーネーム”の台所事情は自分が考えるよりも芳しくない。恐らくコミュニティの全てを質に入れても、レティシアの売値には満たない。

 

③ルイオスがレティシアを手放さざるを得ない状況にする。

 

 これはどうだろうか? 一見、不可能そうだが何とかならないだろうか? 例えばそう、ルイオス本人ではなく“ペルセウス”として動かなくてはいけない様な―――。

 

 そこまで思考が行き渡った時、不意に思いついた事があった。すぐに確認を取らないといけない。自分はベッドから起き出して身支度を済ませると、朝食も摂らずに“ノーネーム”を後にした。

 

 

 

「また貴方ですか………」

 

 “サウザンドアイズ”の店の前まで来ると、掃き掃除をしていた着物の店員がウンザリといった顔で出迎えた。

 

「流石は“名無し”のコミュニティですね。開店前に来るとは最低限の常識すら持ち合わせていない様で」

「白夜叉に会わせて欲しいんだ。すぐに取り次いで貰いたい」

 

 店員の嫌味を無視して用件を述べる。今は時間が惜しい。こんな所で遊んでいる暇は無いのだ。

 

「開口一番にそれですか。何度も言う様に、当店は“ノーネーム”はお断り、」

「白夜叉に会わせてくれ」

「っ、ですから、」

「お願いします。白夜叉に取り次いで下さい」

 

 頭を下げて―――それでも視線は店員の目から切らない―――店員に頼み込む。店員はじっくりと三十秒くらい黙り、

 

「………当店は“ノーネーム”は入店禁止なのですが、今は営業時間外。売買をするわけでも無いですから、“サウザンドアイズ”の規定には反しないでしょう」

 

 そう言って、こちらに背を向けて店員は掃き掃除を再開する。

 

「ありがとうございます」

「座り込みでもされたら面倒ですから。さっさと白夜叉様への用件を済まして出て行っていただきたい」

 

 あくまでも無愛想に言い放つ店員に頭を下げると、自分は白夜叉の私室を目指して“サウザンドアイズ”の店内に入って行った。

 

 

 

「おう、おんしか。そろそろ来る頃だと思ったぞ」

 

 白夜叉の私室へ行くと、中で御膳に乗せられた朝食を食べている白夜叉がいた。対面には同じ様に御膳に乗った朝食が、手の付けられていない状態で置かれていた。

 

「その様子では食うものも食わずに来た様だの。どうじゃ? おんしも馳走になるがよかろう」

「いや、俺は」

「よいよい、遠慮などするな。話をするにしても腹が減っては戦は出来ぬ、と言うからの」

 

 そこまで言われたら断るのも失礼だろう。御膳の前に座り、朝食に手を付ける。メインであろう焼き魚を口に運ぶと、ホクホクとした焼き加減の身が口の中で踊った。

 

「おいしい………」

「その朝食は店の前にいた者が作ったのだよ。あやつは性格がキツイが、仕事ぶりは有能だからのう」

 

 そう言ってカラカラと白夜叉は笑う。

 その後、すっかり朝食を御馳走になり、御膳の上の食器が空になる頃には自分の腹も大分膨れていた。

 

「御馳走様でした」

「うむ。お粗末さまじゃ。食事の挨拶は作った者と食材への感謝を示す大切なものだ」

 

 口にしたら怒るだろうけど、白夜叉はおばあちゃんみたいだな。もっとも、自分より長く生きているだろうから当然かもしれないけど。

 

「さて。そろそろおんしの訪問の理由を聞こうかの」

 

 居住まいを正した白夜叉に自分も真剣な表情になる。答え次第では、今後の行く末を左右する重要な事だからだ。

 

「“ペルセウス”をギフトゲームに引きずり出す方法を教えて欲しい」

「これはまた唐突だの。そもそもどうしてそんな考えに至ったのやら」

「………少し考えてみたんだ。コミュニティがどうやって名前と旗印を売るのかを」

 

 ガルドから取り上げられた旗印を返された人々を見れば分かるが、コミュニティにとって名と旗印は命の次に大事な物だ。ではその名と旗印を売るにはどうすればいいか? 

 もっとも簡単な方法はギフトゲームで連勝する、もしくは自分でゲームの主催者を行うことだ。

 

「あの後に黒ウサギから聞いたけど、“ペルセウス”は五桁のコミュニティ。それくらいの上位にいるなら“ペルセウス”主催のギフトゲームだってあるはずだ。それも“ペルセウス”の名前に相応しい様な」

 

 ギフトゲームの主催を行うコミュニティは、名前を効果的に売る為にコミュニティの名に関連したギフトゲームを開催するはずだ。白夜の魔王であった白夜叉が、自分の名と同じ白夜の世界をゲーム盤とした様に。

 

「もしもそんなギフトゲームをクリアしたら、それこそコミュニティの名前と沽券に関わる事だ。リーダーのルイオスが無視しても、“ペルセウス”として黙っていられなくなるはずだ」

 

 そこまで言い終わると、白夜叉はニンマリとした笑みを浮かべた。

 

「ふぅむ。少し甘いが及第点にしておこうかの。おんしの予測通り、“ペルセウス”主催のギフトゲームはある。それも下層のコミュニティに常時挑戦を受け付けている物がな」

「っ! それは、」

 

 期待していた以上の情報に、腰を浮かせかけた自分を手で制して白夜叉は先を続ける。

 

「おんし、ペルセウスの伝説は知っているかの」

「………概要くらいは」

 

 ペルセウスはギリシャ神話に登場する半神の英雄だ。彼はハデスの不可視の兜やヘルメスの空飛ぶサンダル、不死身殺しの鎌ハルペーやアテナの盾といった様々な武具(ギフト)を身に着けて怪物(ゴーゴン)殺しを行った。

 

「そのペルセウスはな、ゴーゴン殺しに行く前に二匹の怪物を相手した。それがグライアイとクラーケン。コミュニティの“ペルセウス”もまた、この二匹を見事打倒した者には自身への挑戦権を認めておる」

 

 つまり、“ペルセウス”に挑むには伝説をなぞって怪物達の試練を乗り越えて来い、ということか。それだけ聞ければ十分だ。

 

「これがギフトゲームの開催場所だ。持って行くがいい」

 

 白夜叉が柏手を打つと、自分の手元に地図が現れた。

 

「何から何までありがとう、白夜叉」

「よいよい。私もルイオスの小僧には腹を立てておるからな。心ばかりの意趣返しというやつだ」

 

 ひらひらと扇子を振ってはぐらかす白夜叉に頭を下げ、自分は“サウザンドアイズ”を後にした。

 

 

 

―――Interlude

 

「よろしかったのですか? あの少年より先に“ノーネーム”の仲間が来ていた事を伝えなくて」

 

 岸波白野が退室した後、朝食を下げに来た女性店員は白夜叉に問う。岸波白野が来る前、まだ日が昇って間もない内に逆廻十六夜が訪ねて来ていた。問われた白夜叉は、欠伸を噛み殺しながら答えた。

 

「構わんじゃろ。逆廻十六夜の性格からして力が強いクラーケンの方から挑むじゃろ。対して岸波白野はここから近いグライアイの試練に挑むじゃろうから、行き違いになる事はあるまい。それしてもあの童め、火急の事態とはいえ私を叩き起こしおって………せめて岸波白野を見習って欲しいものだ」

「………本当に、よろしかったのですか? あの金髪の少年はともかく、先ほどの少年にグライアイは荷が勝ちすぎると思いますが」

 

 女性店員が心配しているのはそこだ。下層に常時開放さているとはいえ、グライアイは神話級の怪物だ。本来なら複数のコミュニティが数日かけて挑む試練を岸波白野がどうにか出来るとは思えなかった。

 だが白夜叉はニヤリと笑い、唐突に関係ない質問をした。

 

「のう、おんし。岸波白野のギフトをどう思う?」

「え? 確か、傷の回復や身体能力を向上させるギフトでしたよね? それなりに強力だとは思いますが………」

「そう、それなりには強力よな」

 

 “フォレス・ガロ”の事の顛末を聞き及んでいた女性店員に、白夜叉は含みのある笑みで返す。

 確かに岸波白野の支援のギフトは強力なものだが、昨夜の“ペルセウス”との会談に同席していた白夜叉は違った見方をしていた。

 

(ルイオスの小僧が武器を出した時………岸波白野は十六夜が割って入るのを見越したかの様に支援の術をかけておったな。それどころか、ルイオスが攻撃することも予め分かっていた様だ)

 

 目の前の敵どころか味方の状況すら把握する観察眼はさながら歴戦の指揮官だ。見た目が二十にも満たない若者が持ち得るものではない。

 

(それに、たかが強力な支援の術を使えるくらいで“月の支配者”を名乗れるとは思えないな。いい機会だ、“ペルセウス”には岸波白野のギフトを見極める試金石となってもらおうかのう)

 

 クックックッと笑う白夜叉を、女性店員は不思議そうに見つめていた。

 

―――Interlude out

 

 

 

 一度“ノーネーム”に帰ってきた自分は、皆にばれない様にこっそりと準備をする。ジンくんや黒ウサギに話したら危ない事はさせられないと反対されるだろうし、飛鳥達は自分と同じく謹慎中の身だ。勝手な事をして怒られるのは自分だけでいい。

 地図によると、一番近いのはグライアイのいる場所だ。歩いて一日といったところか。アゾット剣、食糧や水、寝袋などをギフトカードへ入れていく。便利な事に、ギフトカードはギフトの宿った武器以外にも色々な道具を収納できるらしい。用意した物が全て光の粒子となってカードに吸い込まれたのを確認した後、玄関へと向かった。

 

 ――――――。

 

 ふと、誰かに呼ばれた気がして周囲を見回す。朝の早い時間の為か、廊下には人影が見当たらなかった。

 

 ―――――よ。

 

 「まただ………」

 

 また声が聞こえた。自分の気のせいでは無いらしい。立ち止まって、辺りに耳を澄ませてみる。

 

 ――――者よ。

 

「こっちか?」

 

 声の方向に足を運んでみる。そこは以前、ジンくんからアゾット剣を貰った地下室の保管庫だった。何かあるとすれば、この中だろう。覚悟して保管庫へ踏み入る。

 扉を開けると、相変わらず埃っぽい臭いがした。あれから誰も入ってないのだろう。

 

 ―――奏者よ。

 

 ふと、懐かしい声が聞こえた気がした。雑然と置かれた武器や道具を避けながら進むと、そこには以前入った時に見た揺らめく炎の様な長剣が置かれていた。どうやらあの時のままになっていたらしい。

 

「ひょっとして、この剣が呼んでいたのか?」

 

 試しに刀身へ手を触れてみる。剣からはヒンヤリとした手触りしか感じないはずなのに、何故か熱を帯びてる様に感じた。さながら、火種が無くて燻った炎の様に。

 しばらく剣に触れて考える。どう考えてもこの剣は自分に不釣り合いだ。十六夜の様に身体能力が高いわけでもないし、剣の腕に覚えがあるわけでもない。自分がこの剣を持った所で満足に扱えないだろう。

 なのに―――何故、この剣から懐かしさを感じるのだろうか?

 

「………持って行くか。御守り代わりにはなりそうだし」

 

 自分を納得させる様に呟くと、ギフトカードへ剣を仕舞った。

 

 

 




はい、ようやくここまで書けました。もはやこの言葉も挨拶になりそうです………。

次回に皆さんお待ちかねの、あのキャラが登場します。どうぞお楽しみに!


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幕間「とある暴君の最期」

読者の方が勘違いされたので、以前の前書きは省かせていただきます。

ご迷惑をおかけした事を、ここでお詫び申し上げます。

2014/3/26 sahala



 そこは夕日に照らされた広大な草原だった。

 西の空から日光が射し込み、地平線から太陽が半分に欠けた姿を晒していた。少しばかり時間が経てば、辺りは完全な暗闇に包まれるだろう。翡翠色の瞳で洛陽を忌々しげに見つめながら、少女は呟く。

 

「まるで、血の色よな………」

 

 少女はこの場にいるには場違いな服装をしていた。深紅の布をパレオの様に巻き、同じ様な深紅のビスチェの様な服で豊満な胸を隠している。さらには露出の多い彼女の身体を包む様に、深紅のマントを羽織っていた。いずれの布にも金糸で月桂樹が刺繍されており、それだけで彼女の身分の高さを示していた。少なくともこの様な誰もいない広野など、この少女には似つかわしくないだろう。

 だが彼女はその場で立ち止まり、砂金の様な自身の金髪を掻き上げながら静かに嗤い始めた。

 

「かつて見た朝焼けとは対照的だな。本当に遠い所まで来てしまったぞ、師よ」

 

 少女はかつての師に思いを馳せる。自分よりも背が高く、顔を見上げる度に首が痛くて仕方なかった。自分の作品に平気で酷評を下し、地雷となる発言も臆面なく言う様な男だった。しかし少女の才を伸ばし、見識を広める事に死力を尽くしてくれた。たとえそれが彼の仕事だったからとしても、少女は彼に肉親以上の親愛を抱いていた。

 だがその男は、もういない。彼が少女を陥れる陰謀に関与していると聞き、彼を問い質そうとして出頭を命じた。だが彼は少女を恐れて自ら毒を呷り――――――。

 

「これ以上は逃げ切れぬな。ならば、最期は夕焼けを臨みながら自死するのが絵になるだろうな」

 

 まるでどんなスケッチをするか、という風に少女は呟く。彼女は現在、国家の敵として国中から追われる身だった。もしも少女が生きたまま捕らえられれば、彼女を陥れた者達は嬉々として晒し者にして処刑を執り行うだろう。芸術家を自称する少女にとって、それは無様で許せるものではなかった。

 少女は、懐に隠し持っていた短剣を取り出して切っ先を喉に当てた。

 

「さらばだ、愛しき市民達よ。余の様な至高の芸術家が失われるとは何と惜しいことか」

 

 そう言い残して、少女は喉元に押し付けた短剣に力を込める。

 力を込める。

 力を込めて―――ようやく自分の手が震えている事に気付いた。

 

「は、はは………手が震えて、うまく狙いが定まらぬわ」

 

 自嘲する様に嗤い、周囲を見回す。広々として、寂しい雰囲気を漂わせる草原。人影どころか鳥も獣の姿すら見かけられない。唯一、血の様な色をした落陽が少女を照らしていた。

 

「誰か………誰かおらぬのか? 余は、これから死ぬのだぞ? この国の、皇帝(カエサル)の死だぞ? 誰か、誰かおらぬのか!? 母でもガルバでもいい!! 誰か、余の最期を看取る者はおらぬのか!!?」

 

 狂乱した様に少女は辺りを見回す。だが周囲には彼女が斬り捨てた母親や彼女を殺そうとする政敵どころか、彼女の声を聞く人間など誰もいなかった。

 

「嫌だ………死にたくない、死にたくないっ! 余はっ……()は、まだ………!」

 

 大粒の涙が次々と少女の頬を濡らす。彼女は泣きながら自問した。

 何が、何がいけなかったのだろうか? 自分は愛する国民の為に全力を尽くしたはずだ。

 首都が大火災に陥った時は人命救助を第一とし、復興にも尽力を注いだ。誰よりも正しくあろうとして、公平な裁判を執り行った。運河の開削工事だって行った。

 その為に権力を濫用していた実の母を公然で斬り捨てた。国家を腐敗させた元老院の役人や執政官を何人も粛清した。しかし、全ては国民を第一に思ってこそだ。

 なのに、何故こうして惨めな最期になったのか? 何故、何故、何故!?

 

 不意に馬の嘶きが聞こえ、少女はハッと顔を上げる。遠くには彼女が王()()()国の騎兵隊が見えた。もう追手はすぐそこまで来ている。選択の余地はない。

 少女は意を決し、自らの喉に短剣を突き刺して――――――。

 

 これが、後世に暴君として悪名を残した、とある皇帝の最期。少女の最期は作家によって、自死してから三日三晩は息があったと脚色される程に生き汚いものだった。

 少女が潔く消えなかったのは何故か? 死にたくなかったし、自分の間違いを認めることは出来なかった。だから醜く足掻いたが、本当は。

 

 ―――本当は、誰にも愛されずに消える事が彼女にとって耐えきれない程に悲しい結末だっただけ。

 




どうも。いつもより短い話の投稿で、申し訳ありません。

本当ならこの話は次回の冒頭に据えるつもりでしたが、予想外に長くなったのでこの様な形で投稿させて貰います。どうしても、この話を削る気にはなれませんでした。

次回こそ、彼女が白野と再会する話を書き上げます。期待してて下さい。


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第10話「幕開けの時」

過去最多の文字数。しかし彼女との再会にはこれでも足りないと思う。

そんな第10話。

4/1 誤字修正


 ――――――そんな、悲しい夢を見た気がした。

 

 朝日が目に射し込み、寝袋の中で目が覚ます。辺りは広々とした草原。昨夜は幸いにも雨は降らなかった様だ。

 グライアイの住処を目指して一日が過ぎた。地図によれば、あと三時間くらい歩けば目的地へ到着するだろう。自分の脚力を増強する『コード:move_speed()』を使えば時間を短縮できるが、その後にグライアイのギフトゲームに挑む事を考えると余計な消耗は避けたかった。

 寝袋から這い出て、朝食代わりの携行食糧をギフトカードから取り出しながら周囲を見回す。人影どころか、動物の影すら見られない誰もいない草原。そこは、夢で見た少女が自害した場所を彷彿させた。

 

「何だったんだろうな、あの夢は………」

 

 答える人間などいないと分かっても、つい一人ごちてしまう。夢で見た少女の結末は、あまりにも報われないものだった。彼女はただ国民に愛して欲しかっただけだ。そのやり方が、あまりにも情熱的過ぎた。いっそ苛烈と言えるくらいに。

 それはまるで炎だ。全てを与える代わりに歩み寄る者の全てを焼き尽くす、情熱の炎。

 頭を振って、雑念を払う。今は夢の事よりもグライアイのゲームの方が重要だ。黒ウサギとレティシアの為にも、今日のゲームは必ず勝たないといけない。

 手短に朝食を済ませると、寝袋をカードに仕舞ってグライアイの住処へ歩き出した。

 

 ―――奏者よ。余は、ここにいるぞ? なのに何故………。

 

 

 

 グライアイの住処は、海辺の近くにあった。箱庭は平らな大地だったはずだから、この海の先には十六夜が以前見たという世界の果てがあるのだろう。ゴツゴツとした岩が無造作に転がる荒れ果てた岸部に、それはいた。

 

「フェッフェッフェッ、よく来たねぇ。こんな最果てにお客さんなんて何十年ぶりだろうねぇ?」

 

 キイキイとガラスを引っ掻くような声が耳朶に響く。声の主は黒いローブを着た三人の老婆だった。フードを深く被って顔は見えないが、ローブの裾から伸びた手は皺だらけな上に深海の藻を思わせる緑色だ。見た目も気配も人間離れしている。

 

「貴方達がグライアイ?」

「ああ、そうさ。私が長女のパムプレード」

「次女のエニューオだよ」

「で、アタシゃ三女のデイノーさ。よろしくね坊や」

 

 きひひひ、と気味が悪い笑い声を上げるグライアイ三姉妹。高台にいるから自分を見下ろす形になっているが、同じ目線の高さになっても彼女達は岸波白野を下に見ているだろう。そんな事を感じさせる様な笑い声だった。そんな考えを顔に出さない様にしながら声をかける。

 

「早速だけど、“ペルセウス”に挑む為に貴女達の試練を受けに来た。挑戦させてくれないか?」

「おや、久しぶりだね。今の若大将の代になってからアタシ達の試練を受けに来る奴なんて居なかったのに」

「どうする? パムプレード姉さん。この坊や、あまり強そうには見えないよ」

「まあまあ、エニューオ。せっかくの参加者だ、丁重に持て成すとしようかねぇ」

 

 お互いに何やらヒソヒソと話し合うと、グライアイ達は腕を一振りして契約書類(ギアスロール)を取り出した。自分の手元へ飛んできた契約書類を受け取り、目を通してみる。

 

『ギフトゲーム名“グライアイの瞳”

 

・プレイヤー一覧 岸波白野

 

・クリア条件 ホストの持つ宝玉を奪う。

 

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。敗北条件を満たした場合、ホストからのペナルティが発生します。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                          “ペルセウス”印』

 

「単純なゲームさ。坊やは私が持つ、この宝玉を奪えばいい。力で奪うも良し、こっそりと盗むも良し。舌先三寸で騙し取るも良しと何でもありさね」

 

 そう言って長女のパムプレードは懐から“ペルセウス”の刻印が入った、リンゴ程の大きさの青い宝玉を取り出した。あれが挑戦権となるギフトだろう。

 

「伝説の様にグライアイの目を奪ってみせろ、ということか………このペナルティというのはどんな?」

「ああ。それだけどね………」

 

 自分に聞かれたパムプレードはフードから素顔を出す。それを見た瞬間、驚きの余りに息を呑んだ。

 パムレードの顔は人間の老婆に近かった。ただし本来なら目がある場所には何もなく、底なしの闇を思わせる真っ黒な眼孔だけが顔についていた。

 

「見ての通り、私達には目玉が無いんだよ。なにせペルセウスの奴がどこかに捨てたからねぇ」

「だから、もし坊やがゲームをクリア出来なかったら………坊やの目玉をくり抜かせて貰おうか」

「安心しなよ、くり抜いた後はちゃんと坊やのコミュニティの門前まで送ってあげるからさ!」

 

 残った二人もフードを脱ぐ。やはりと言うべきか、二人は姉と同じ様に目が無かった。ここで負ければ、自分も同じ様な顔になってしまうだろう。けれど、

 

「………その宝玉を奪えばいいんだな?」

 

 確認する様に聞くと、グライアイ達はおや? と眉を動かした。

 

「やる気満々だねぇ。冗談抜きで目玉を抉り取るよ? 坊やのコミュニティの門前に転がして晒し者にするよ? それでもいいのかい?」

 

 ニヤニヤと目の無い顔でこちらを嘲笑うグライアイ達。岸波白野が勝てる可能性など万に一つも無いかもしれない。それでも、黒ウサギやレティシアの事を思うならば。ここで引けるはずが無い。

 

「構わないよ。遠慮せずに始めてくれ」

「若い子は元気が良いねぇ。はてさて、その威勢が何時まで持つやら」

 

 笑いながら、パムプレードは宝玉を懐へ仕舞直した。それが、ゲーム開始の合図だった。

 

「コード:move_speed()、実行!」

 

 脚力を強化する魔術(キャスト)を自分にかける。相手から宝玉を奪いさえすれば良いんだ。まずは距離を詰めないといけない。そう考えて、パムプレード目掛けて一気に走り出す。

 

「甘いよ!」

 

 次女のエニューオが叫ぶと同時に、彼女の両手から台風の様な強風が吹き出した。立っていられなくなり、堪らずにその場に伏せる。この風をどうにかしないと!

 

「くっ、コード:sho、」

「おおっと、アタシもいるよ!」

 

 エニューオに向けて相手を麻痺させる魔術(キャスト)を撃とうとすると、今度はデイノーの手から鉄砲水が飛び出す。消防車のホースの水で押し出される様に身体が転がり、近くにあった岩に叩きつけられる。

 

「ガハッ、………!」

 

 衝撃で肺の中の空気が押し出され、堪らずに咳き込んでしまう。そこにグライアイ達の嘲笑が頭上から降ってきた。

 

「なんだい、なんだい! 威勢が良い割にはてんで弱いじゃないの! ホラ、諦めて帰んなよ!」

「エニュー姉さんの言う通りだよ! 今なら命までは取らないからさ! 目玉は取るけどね!!」

 

 耳障りな笑い声を無視して立ち上がる。作戦変更だ、まずは二人の妨害を止めさせないといけない。その為には、

 

「コード:gain_con()、実行!」

「ふぅん? 見たところ、防御を強化したみたいだけど、守りを上げて持久戦かい? いいねぇ、ちょいと遊んであげるよ!」

 

 笑い声と共に、再び暴風と洪水を振るう二人のグライアイ姉妹。自分はそれにまっすぐと突っ込んで行った。

 

 

 

 もう何度、地面に叩きつけられただろうか? 

 もう何度、銃弾の様な放水を浴びただろうか? 

 いずれにせよ、数えるのも馬鹿らしい回数だろう。それなら気にしない事にする。

 

「こ、この………まだ立ち上がるのかい。いい加減に倒れなよっ!!」

 

 苛立ちを隠しきれない声で、エニューオが再び暴風を発生させる。為す術なく体が宙へと飛ばされ、そのまま落下した。

 ゴシャッ、と嫌な音が近くから聞こえた。立ち上がろうとすると、視界の半分が赤く染まった。どうやら頭から落ちて、頭皮が切れたらしい。

 

「ハァ、ハァ………フ、フン! 見上げた根性だったけど、ここまでだよ。さあ、もうアンタに勝ち目なんて無いんだ。さっさと降伏して、」

「エ、エニュー姉さん!」

 

 グライアイ達の声を聞き流しながら、コード:heal()を発動させる。傷が塞がったものの、何度も地面や岩に叩きつけられて疲弊した体は泥の様に重かった。

 それでも、両足を踏ん張って立ち上がる。

 

「くっ………いい加減におし! 弱いくせに何度も何度もゾンビみたいに立ち上がって鬱陶しいんだよ! 見苦しい、いい加減に諦めたらどうだい!?」

 

 諦めろ、お前は弱い。そんな声が耳と心に響いてくる。確かにその通りだ。自分には十六夜や耀の様に圧倒的な身体能力は無い。飛鳥みたいに問答無用で相手を屈服させる様な特殊な力だってない。肉体は凡庸で、使えるギフトも凡そ人外の相手との直接戦闘に向かないものばかり。それが岸波白野だ。けれど―――

 

「……め、ない。諦め、ない………っ!」

 

 口の中の血塊を唾と一緒に吐き捨てながら、精一杯に虚勢を張る。ここで負ければ、“ペルセウス”は自分達を警戒してギフトゲームを取り下げる可能性だってある。そうなれば黒ウサギとレティシアの両方を助ける道は閉ざされるだろう。こんな所で、諦めてなんてやれるものか。

 

「こ、この………!」

「おどきよ。エニュー、デイノー」

 

 ゲーム開始からずっと後ろで控えていたパムプレードが前に出てくる。

 

「パム姉さん………」

「こういう輩は何を言っても無駄さね。諦める、なんて選択肢が頭に無いんだ。そういう奴をどうにかしたいなら………意識ごと刈り取るしかないよ」

 

 パムプレードが両手を前にかざすと、そこから雷光が迸る。パリッ、パリッと音を立てながら雷の球体は徐々に大きくなっていく。

 

「坊やの目玉は綺麗だったから余計な傷はつけたくないんだが………恨むなら自分の往生際の悪さを恨みな」

 

 かざした手をこちらへ向けると同時に、雷撃が自分に迸った。頭の先からつま先まで突き抜けるような衝撃と共に、肉の焦げた様な臭いがする。間近で落雷の様な音がして、耳がおかしくなってくる。筋肉が痙攣したのか、手足が出鱈目に動いて無様なダンスをしながら自分は地面に倒れた。

 

「まあ、ざっとこんなもんさ。さ、これでこのゲームは私達の勝ちだ。さっそく坊やの目を………」

 

 もう一度、立ち上がる。雷撃で神経に異常が出たのか、立っているという感覚すら無かった。好都合だ。これで痛みに気絶しそうになる事は無くなった。

 

 自分は弱い――――――いつもの事だ。

  見苦しい――――――格好良く戦えた事なんて無い。

   諦めろ――――――それだけは出来ない。

 

 そうだ。なんとなく、思い出してきた。自分に戦う力なんてない。出来るのは、いつだって前に進むことだけ。それだけを頑なに守ってきた。それだけが自分の誇りだった。

 だから―――前に進める内は。体がまだ動く内は。自分から諦める(止まる)なんてことは、絶対にしたくない!

 

「………予定変更だよ。エニュー、デイノー」

「パム姉さん?」

「本当にしつこい子だね。まるでゾンビだ。それなら………肉体ごと消滅させようじゃないか」

 

 パムプレードの言いたい事を察したのか、グライアイ姉妹は全員で両手を天に掲げる。それぞれの両手から出された水、風、雷が空中で混ぜ合わさり、巨大な竜巻が出来ていく。エニューオによって押し固められた竜巻に、デイノーの洪水が合わさって激しい水流となる。そこへパムブレードの雷撃が加わり、まるで大嵐を無理やり押し込んだ様な竜巻となった。

 

「坊やの目は本当に惜しいんだが………流石の坊やもこれで終りだよ」

 

 目の前で作られていく竜巻に体が震える。あれをくらえば自分は跡形なく砕け散るだろう。かと言って、避ける事も出来ない。コード:move_speed()で強化した脚力程度では、あの暴風雨を避け切れない!

 ここまで、か? 自分にはもう為す術はないのだろうか? 

自分の無力さに膝をつきそうになった、その時だった。

 

 ―――奏者よ、早く余の名を………! これ以上は干渉できぬ………! そなたの力が必要だ!

 

「くっ、また………!」

 

 あの声だ。昨日から聞こえてくる幻聴が、今度は頭痛と共に耳に響いた。こんな幻聴を、今は聞いている場合じゃないのに!

 

 ―――奏者よ、思い出せ! というか、何故余のことを忘れているのだ!? 余はそなたの名前はおろか、そなたの事を考えぬ時などないというのに!!

 

「この、声………」

 

 どこかで聞いた事がある。そう思って思考の海へとダイブする。今朝の夢? 違う、それよりも前だ。いやそもそも、あの夢は■■■■の過去を聞いた時に見た―――

 

「うぐっ!」

 

 突然、頭痛がして頭を抑える。まるで五寸釘を打ち込まれている様だ。ズクン、ズクンと痛みが増していく。そして脳裏に、こことは別の場所の映像がフラッシュバックする。

 

(これは……“フォレス・ガロ”のゲームの時と同じ………!)

 

 目の前には、もう少しで完成する圧縮された巨大な暴風雨。こんな映像を見ている場合じゃないはずなのに、何故かそれに心を奪われた。

 

 聖■戦争の予選で倒れ伏し、ただ死を待つだけの自分に手を差し伸べてくれた■■バー。

 仮初めとはいえ、友人に手をかけて泣く自分に優しい涙だと言ってくれた■イバー。

 最期の時、電子の海へと融けていく自分に付き添ってくれた――――――。

 

 ―――ええい、いいから思い出せ! そして万感の思いを込めて呼ぶのだ! そなたの剣を! 至高のサーヴァントたる、余の名を!

 

 その声を知っている。その少女を知っている。誰よりも誇り高く、誰よりも美しく生きようとした少女。彼女の名は―――。

 

「これで、トドメだよっ!!」

 

 出来上がった暴風雨をグライアイ三姉妹達が自分へ解き放つ。触れた先の物を全て粉砕する竜巻を前に、自分の心は凪の様に落ち着いていた。

 そう、いま思い出した。自分とあの少女がいれば、この程度の攻撃は容易く切り抜けられる。

 ギフトカードから、“ノーネーム”の保管庫から持って来た長剣を取り出す。

隕鉄の(ふいご)原初の火(アエストゥス・エストゥス)

 これこそが、彼女を呼び出せる英霊の象徴(シンボル)―――!

 

「来い………」

 

 目の前に迫った、巨大な竜巻を前に万感の思いを込めて声に出す。

 

「来い………セイバーッ!」

 

「―――うむ! その叫び、待ち焦がれたぞ奏者よ!」

 

 その瞬間、剣から爆発的な光の奔流が起こる。目を凝らすと、光は0と1で形成された無数の数式(コード)だった。数式は互いを織りなす様に重なっていき、やがて真紅の絢爛な衣装を着た金髪の少女が実体化する。

 

花散る天幕(ロサ・イクストゥス)!」

 

 少女―――セイバーは実体化が終わるや否や、手にした長剣で目前に迫っていた竜巻を横凪に斬りつける。

 一閃。それだけで、グライアイ三姉妹が作り出した竜巻は消滅した。

 

「ば、馬鹿な―――!?」

 

 目の前の出来事が信じられず、愕然となるグライアイ達。その隙を、見逃せるはずが無かった。

 

「セイバー!」

「うむ!」

 

 名前を呼んだだけで何をしたいのか察したセイバーは、パムプレード目掛けて疾風の様に駆け寄る―――!

 

「くっ、この………!」

 

 迫りくるセイバーに目掛けて、パムプレードは片手を突き出して雷を放出する。その威力は慌てて放ったとは思えない程だ。人間がくらえばショック死しかねないだろう。

 だが、その雷撃はセイバーに当たる前に彼女自身の対魔力でガラスが砕ける様な音と共に霧散する。

 

「な、なんで!?」

「ハアアァァッ!!」

 

 パムプレードの疑問に答えることなく、セイバーは突き出された腕に剣を振り下ろした。

 

「ヒッ、ギ、ギャアアアアアアッ!!?」

 

 腕を切り落とされた痛みの余りに、悶絶するパムプレード。その懐から宝玉が零れ落ちる―――!

 

「shock()!」

「ギャッ!?」

「エニュー姉さん!?」

 

 パムプレードに気を取られていたエニューオへ雷球の弾丸を当てる。そして同時に、用意していた魔術(キャスト)を発動させた。

 

「コード、move_speed()ッ!!」

 

 瞬時に強化された脚力で、地面へと落ちていく宝玉へと疾走する。こちらの意図にようやく気付いたデイノーが、慌てて発生させた鉄砲水を放つが、走り幅跳びの要領で大きく跳んで回避する。あと十メートル、五メートル、そして―――!

 

「このゲーム………俺の、俺達の勝ちだッ!」

 

 手の中に握られた宝玉を高々で掲げて、自分は勝利宣言をした。

 

 

 

「奏者よ! 会いたかった………ずっと、ず~~~っと会いたかったぞ!!」

 

 自分を抱きしめ、涙ぐむセイバー。彼女の頭を撫でながら何を言おうか迷い………結局、一言だけに済ませる事にした。

 

「久しぶり、セイバー」

「うむ! 余こそがアポロンに匹敵する芸術家にして、ミネルヴァに勝る剣の使い手! そなたのサーヴァント、セイバーだ!」

 

 ドヤッ! と効果音がつきそうな顔で不敵に笑うセイバー。その笑顔に苦笑しながら、さっきから気になっていた事を口にする。

 

「セイバー、どうしてここに? ここはセラフじゃないから君が出てこれるはずはないし、それに記憶が確かなら俺は………」

「そんな物は知らぬ。奏者がここにいる。NPCでも、霊体でもない実の肉体をもって、だ。そして余は奏者の元へ参じる為にここに来た。都合よく、余の遺品が奏者の近くにあったからな」

 

 ようやく取り戻した自分の記憶に戸惑いを覚えながら事実関係をはっきりさようとすると、セイバーは何でもない事の様に言った。

 

「余はここにいる、奏者もここにいる。二度と会う事は無いと思った二人がこうして再会できたのだ。今はそれで良いではないか」

 

 自分がいる以上、それ以外の事は些細な事だとセイバーは言い切った。相変わらずだな、セイバーは。記憶と変わらぬ彼女の姿に、つい顔が綻んでしまう。

 

「そ・れ・よ・り・も、だ! 奏者よ、余の事をつい先ほどまで忘れていたとは何事だ! あれ程の時を共にいながら、余の傑作である原初の火(アエストゥス・エストゥス)を見ても何も思い出さぬとは………ええい、この不忠者めっ!!」

 

 怒ってますよ、と言わんばかりにセイバーはふくれっ面になる。どう言い訳したものかと考え始めた矢先、

 

「このっ………卑怯者が!」

 

 突然の罵声に振り向くと、デイノーが目の無い顔を怒りに歪ませていた。その後ろでセイバーに腕を斬り落とされて気絶したパムプレードが、エニューオの治療を受けていた。

 

契約書類(ギアスロール)にはプレイヤーはアンタの名前しか書かれていないじゃないか! それなのに、途中から助っ人を参戦させるなんてルール違反じゃないかいっ!! アンタの反則負けだよ! 分かったら、さっさと目玉を寄越しな! ついでに腕を斬り落して、パム姉さんの代わりの腕にしてやるからさっ!!」

 

 口角泡を飛ばす勢いで、こちらへ詰め寄ってくるデイノー。セイバーが自分の前に出て身構える。するとそこへ、

 

「………お止しよ、デイノー。その坊やはルール違反はしちゃいないよ」

 

 弱弱しい声でパムプレードが仲裁に入った。

 

「パム姉さん、でもっ!」

契約書類(ギアスロール)のクリア条件には、『ホストの持つ宝玉を奪う』としか書かれていないよ。それにどんな手段を取ってもいい、と言ったのは私さね。いきなり助っ人を出そうが、何ら問題は無いよ」

 

 長女に(たしな)められて、デイノーは黙りこくった。寝たままの体勢で、パムプレードはこちらへ顔を向けた。

 

「坊や達の勝ちさ。そのギフトは遠慮なく持って行きな」

「ゲームに勝っておいて言うのも難だけど、いいのか? 貴方達は“ペルセウス”からこれを死守する様に言われてるはずじゃ………」

「フン。前のリーダーならともかく、今の若大将(ルイオス)相手にそんな大層な忠誠心なんて持ち合わせていないさ。それに、坊やはアタシのゲームに勝ったんだ。勝者が敗者を気にするもんじゃないよ」

「ふむ。そなた達は容姿が醜いが、見上げた心意気を持っているな。魔術もキャスターより数段と落ちるが、その魂は良い。褒めて遣わすぞ」

「………ペルセウスを思い出させるくらい生意気な小娘だよ、ったく」

 

 尊大な態度のセイバーに毒づくパムプレード。やがて真剣な顔になると、自分へ話しかけてきた。

 

「“ペルセウス”に挑戦したいなら、もう一つ宝玉が必要だ。そいつはクラーケンって化け蛸が持ってるんだけど、今の坊やじゃ話にならないね。アイツは脳みそまで筋肉で出来てる様な奴だけど、そのぶん体のデカさと力は半端じゃないんだ。そこの小娘は中々やるようだけど悪い事は言わない、一度コミュニティに帰って総出で、」

「その必要はねえよ」

 

 突然の第三者の声に振り向くと、十六夜が岩場の高台に腰かけていた。

 

「十六夜………どうしてここに?」

「そりゃ俺のセリフだぜ。謹慎中の岸波が何でここにいるんだ?」

「………そっちだって謹慎中のクセに」

「違いねぇ」

 

 ヤハハハハ、と笑いながら自分達の目の前に着地する十六夜。傷だらけの自分をジロジロと見る。

 

「随分と苦戦したみたいじゃねぇか。弱っちいんだから無理すんなっての」

「む。聞捨てならぬぞ、そこな少年よ。余の奏者は確かに肉体面では余に劣るが、魂は何者よりも勝るぞ」

「………お前は? 色々と丸見えだけど?」

「ほう? 余の戦装束に目を付けるとは良い審美眼だ。これはな、見えてるのではない。見せているのだ!」

 

 訝しむ様な十六夜に対し、バン! と胸を張るセイバー。慣れたとはいえ、時々目のやり場に困るんだよなぁ。

 

「それで、十六夜は? 偶然ここに来たわけじゃないんだろ?」

「ああ。存外に早く片付いたから、強行軍でもう一つの試練に受けに来たんだけどよ」

 

 そう言って、ポケットから何かを取り出した。“ペルセウス”の刻印が入った赤い宝玉。これはもしかして――――――

 

「それは………クラーケンの宝玉! あの化け物蛸を倒したというのかい!?」

「ああ、あの蛸か。そこそこ面白かったけど、あれなら水神の蛇の方がマシだったな」

 

 無い目を剥いて驚愕するパムプレードに、十六夜は肩をすくませる。何でもない事の様に言っているが、言う程に楽な戦いでは無かっただろうに。とはいえ、

 

「これで“ペルセウス”への挑戦権が揃ったな」

「ああ。あとは伝説の英雄の末裔とやらがどれ程のモノか、お手並み拝見といくか」

「ほう。かのギリシャ(アカイア)の英霊に縁ある者が、奏者の相手か? よいぞ。美しさに定評ある、かの地域の英雄達ならば余の舞台も映えるというものだ」

 

 頷き合う自分達に、セイバーが口を挟んだ。そういえば以前、セイバーはギリシャ神話の英霊とは何かと競い合ってみたいと言っていたな。

 

「あんま期待しない方がいいと思うぜ、お姫様? 相手は親の七光り臭いしな」

「待て。その姫というのは余のことか? 訂正せよ。余は皇帝であるぞ!」

「へえへえ、皇帝陛下(笑)」

「何だ、その馬鹿っぽいネーミングは!? 貴様、余を愚弄しているのか!!」

「じゃあ恰好から、皇帝陛下(恥)」

「よし! そこへなおれ、叩き斬ってくれるわっ!!!」

 

 ヤハハハ! と笑いながら逃げる十六夜に原初の火(アエストゥス・エストゥス)を振りかぶって追いかけっこを始めるセイバー。彼等の様子に苦笑しながら、自分は一言だけ呟いた。

 

「ただいま、セイバー」

 

 

 




お待たせしまた、読者の皆様。
いよいよ赤セイバーの参戦です! 狙ってやったわけじゃないけど、今まで焦らした甲斐がありました(笑) 
岸波白野の記憶はどうなったか、セイバーが何故ここに来たのか。それらの理由はおいおい書いていきたいと思います。

以下、設定用語になります。

『グライアイ』

ペルセウスの試練に登場。パムプレード、エニューオ、デイノーの三姉妹の老女。それぞれが雷撃、暴風、洪水のギフトを持つ。試練に挑戦しに来て敗北した者は目玉をくり貫いて、見せしめの為にコミュニティの門前に放置するという凶行を繰り返していた。この様な行いが許されるのも、一重に箱庭世界のギフトゲームだからである。


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特別記念「テルマエ・アーノニーモス」

世間は四月一日、すなわちエイプリル・フール。
今年もTYPE-MOONを始めとした企業は面白可笑しい企画を出すんだろうなあ………。
筆者だって、思い切りふざけてみたい。
そんな誰得(筆者得?)な話の始まり、始まり~。


「浴場が使えない?」

「はい………」

 

 たまには朝風呂に入ってみようと思って“ノーネーム”の大浴場へ行くと、そこにはウサ耳を垂れて意気消沈する黒ウサギの姿があった。

 

「昨夜から、出てくる水量が一定で無かったりと調子がおかしいとは思っていたのですが………」

「水量がおかしいという事は、水樹か? でも朝食の時は普通に水道を使えたけど」

 

 現在、“ノーネーム”の水源は十六夜が取ってきた水樹に依存している。それに異常があるとなれば、今後の生活にも支障が出てくるだろう。

 しかし黒ウサギは、あっさりと首を横に振った。

 

「いえ、水樹には変わった様子はありませんでした。おそらく浴場の水道が詰まったものだとおもわれます。予想外の出費になりますが、水道工事を請け負うコミュニティに点検してもらいます」

「そっか………流石に水回りに詳しい人間なんていないからな」

 

 案外、博識な十六夜や器用に何でもこなすセイバーなら修理できるかもしれないな。でも二人とも専門では無いのだし、ここはプロに任せた方が良いだろう。

 

「ですので、申し訳ないのですが今は大浴場を使用できないのです」

「分かったよ。それなら図書室にでも行ってるさ」

 

 頭を下げる黒ウサギに頷いて、来た道を引き返す。仕方ない、これといった予定も無いから読書でもするか。

 

 

 

 ―――西暦136年 ローマ帝国・首都ローマ―――

 

 かつて、皇帝ネロの黄金劇場(ドムス・アウレア)があった場所に建てられたトラヤヌス浴場で、一人の男が深刻な顔で湯に浸かっていた。男はカールのかかった金髪を短く刈り込み、もうじき中年に達しそうな年齢に反して無駄な贅肉がないしっかりとした体つきであった。

 彼の名はルシウス・クイントゥス・モデストゥス。ローマ帝国に住む浴場技師である。

彼の設計する浴場は新しい建築物が次々と建てられていくローマ国内においても画期的な浴場建築が多く、ついには皇帝ハドリアヌスに認められて皇帝お抱えの浴場建築士となった程だ。そんな他人から見れば順風満帆なルシウスであったが、彼は現在、あることで頭を悩ませていた。

 

(ハドリアヌス様の御命令とはいえ………どうすれば健康に良い浴場を建築できるだろうか?)

 

 事の次第は数日前に遡る。久方ぶりにハドリアヌス帝に謁見したルシウスは、彼の命令で養子であるケイオニウスの為に特別な浴場を建築して欲しいと依頼されていた。

 ケイオニウスは次期皇帝候補だ。だが彼は病弱な体もあって、体調を崩す事がしばしばとある。そんな彼の為にハドリアヌス帝はせめて湯治を行って体を癒して欲しいと考え、ルシウスにケイオニウスの為の浴場建築を依頼したのであった。

 

(あの軟弱なケイオニウスの為に浴場を作らなければならない、というのは業腹だが………ハドリアヌス様の御命令とあっては背くわけにもいくまい)

 

 ルシウスはケイオニウスの事が好きではない。彼は帝国内では既に無類の女好きとして知られており、そしてケイオニウス自身もそれを肯定するかの様に様々な女性と逢引を重ねている。今現在も、どうせ新しい女性とお楽しみの最中だろう。質実剛健を体現するルシウスにとって、敬愛するハドリアヌス帝の命令でなければケイオニウスの為の浴場建築など拒否したかもしれない。

 とはいえ、命令は命令だ。これもローマ帝国の平穏の為だと割り切るしかないだろう。しかし、ルシウスには健康に良い浴場のアイデアなど全く思いつかなかった。医学事典を著したケルススやへロトドスの浸身療養法も調べてみたが、具体的にどう設計すればいいかという段階になると完全に行き詰まってしまったのだ。

 

(こんな時、平たい顔族ならばどう考えるのだろうか………)

 

 ルシウスは、何度か見た不思議な民族達について回想する。

 実の所、ルシウスが設計する画期的な浴場は彼自身のアイデアでは無い。彼はある時から湯に浸かった際に、平たい顔をした人間が住む国に行き来できる様になったのだ。そこではこの浴場大国であるローマでも足元に及ばない斬新な浴場が山ほどあり、ルシウスはその浴場をローマで再現しているに過ぎなかった。

 余談ではあるが、その平たい顔族の国とは現代の日本であり、その事をルシウス自身は知る由も無かった。

 

(彼等ならばケイオニウスにぴったりな浴場も作り出すかもしれないが………この場にいない民族の事を考えても仕方あるまい)

 

 そう思い直して、ルシウスは浴槽から立ち上がろうとした。

 さて、突然ではあるが。ルシウスはただ湯に浸かれば平たい顔族の住む国こと現代日本へ行けるわけではない。彼のタイムスリップにはある条件が必要となる。

 例えば、

 

「うおっ!?」

 

 この様に、足を滑らせて湯に飛び込んでしまった時などだ。

 

 

 

「ぶはっ!!」

 

 ルシウスが慌てて湯から顔を上げると、先程とは周囲の様子が一変していた。大人数用の浴槽を取り囲む様に壮重なギリシャ建築のドーリア式の柱が並び、天井には穴を開けたのか四角い青空を眺める事が出来た。

 

(な、なんだここは!? 私はトラヤヌス浴場にいたはず………まさか、ここは平たい顔族の国なのか!!?)

 

 とにかく現状を確認する為に浴槽へ出ると、まるで図った様なタイミングで扉を開ける音がした。

 

「む? そなたは………」

 

 ルシウスが顔を向けると、そこには金髪の少女―――セイバーが立っていた。彼女はルシウスを訝しげに見ながら眉を顰める。

 

「黒ウサギめが浴場が壊れたと言うから足を運んでみたが、先客がいるとはな………して、そなたは何者だ?」

「………ルシウス・クイントゥス・モデストゥス。ハドリアヌス帝の浴場技師だ」

 

 ルシウスは警戒する様に答えながら、頭の中で考えを巡らせる。

 

(言葉が通じる………ここは平たい顔族の国では無いのか? 目の前の少女の顔立ちは私達ローマ人の様に見えるし、一見するとこの浴場も我々の造りと大差ない様に見えるな。とすると、私はローマ帝国のどこかにある浴場に出てしまったのだろうか………?)

 

 難しい顔をして黙り込むルシウスに対し、セイバーは面白そうな顔で微笑む。

 

「ハドリアヌス………? ほう、ハドリアヌスか。そなたはあの賢帝が抱えた技師だと申すか」

「ハドリアヌス様をご存じなのか!?」

 

 思わぬ言葉にびっくりするルシウス。しかしセイバーはそれを何でもない事の様に流した。

 

「ローマ帝国を知る者ならば、あの賢帝の名を知らぬ者は少ないであろう。それより………そなた、浴場技師と言ったか? この浴場は水道が詰まったそうだ。丁度良いから見て貰うとしようか」

「いや、しかし」

「出来ぬ、と申すか。抱えの技師がこの有様では、建築家として名高いハドリアヌスも存外大したことは無い様だな」

 

 挑発的な笑みを浮かべるセイバーに、ルシウスはムッとする。自分が見くびられるのはまだ良いが、ハドリアヌス帝の名誉に傷をつけるとならば話は別だ。内心の苛立ちを押し殺しながら、ルシウスは浴場の点検に取り掛かった。

 

 

 

 浴槽の水を全て排水し、借りたタオルを腰に巻いたルシウスは給水口を覗き込んだ。目の前の少女の話では出てくる水量が不安定になり、ついには水が止まったそうだ。果たして彼の予想通り、給水口の奥には石灰がごっそりと付着していた。

 

「思った通りか………。なにか、金属のヘラの様な物を貸して頂けないだろうか?」

「ふむ、これだな」

 

 ルシウスに聞かれ、セイバーは傍らに持っていた袋の中から金属ヘラを取り出す。ヘラを受け取りながら、ルシウスは怪訝そうに眉を顰める。

 

「………ずいぶんと用意が良いのですね」

「修理ついでに余が浴場の改装を行おうと思っていた故な。道具一式を持って来たのだ」

 

 あっさりと答えるセイバーに、ルシウスは苛立ちを募らせる。目の前の少女は演劇の役者の様な奇抜な恰好だが、上質な布に見える所から恐らくは貴人の妻か愛妾だろう。言葉や仕草にもハドリアヌス帝の様な上流階級独特の気品がある。

 しかし、どう見ても浴場建築に詳しい様には見えない。浴場建築を舐めているとしか思えない言動に、ルシウスは怒りが顔に出ない様に努力しなければならなかった。

 

(それに加えて、自らを余と呼ぶとは。もしかすると属州になった部族の長の妻かもしれないが、ハドリアヌス様を軽んじる言動といい腹立たしい! この様な反抗的な属州があるというのに、次期皇帝となるケイオニウスは女遊びにうつつを抜かしているとはっ!!)

 

 胸のむかつきをぶつける様に、ルシウスはヘラを握る手に力を込めた。彼の苛立ちとは裏腹に、給水口から石灰がボロボロと取れていく。それをセイバーは興味深そうに見つめていた。

 

「………別室で待っておられては? 終わったら呼びに行きますので」

「構わぬ。それよりもそなたの話が聞きたい。ハドリアヌスの浴場建築士よ、そなたは歴代の皇帝が建てた建築物についてどう思うか?」

 

 突然の質問にルシウスは怪訝な顔になるが、目の前の少女は自分の推察通りなら身分の高い貴人である事を思い出し、手を動かしながら正直に答える事にした。

 

「素晴らしい建築ばかりだと思いますよ。従来のローマには無かったハドリアヌス様の洗練された建築物をはじめ、アポロドロス技師がトラヤヌス帝の命令で建てたトラヤヌス浴場も訪れる人々の事を考えた建築でしたね」

「ふむ」

「モンス・バティカヌムに建てられたネロ帝の競技場も中々の建築でしたな」

 

 ピクン、とセイバーの眉が動いた。

 

「ほう、ネロ帝の建築か。しかしあの皇帝は暴君として名高いではないか」

「確かにネロ帝は後世の皇帝達にことごとく記録を抹消されていますが、それと建築物は無関係です。あの競技場は固い地盤の上に建てられ、訪れる人々を不快にさせない配慮が為されております。なにより、ネロ帝の建築は今日のローマ建築に深い影響を与えています。暴君だからとその全てを否定する謂れはありませぬ」

「………そうか」

 

 こちらを見ようとはせず、あくまで目の前の仕事に没頭するルシウスにセイバーは短く言葉を返す。しかしその声色は、どこか嬉しさと寂しさが混ざった物だった。

 

 

 

「これでよし、と。これで問題なく給水が行われるはずです」

「そうか、ならば注水口を開けてくるとしよう。そなたはここでしばし待っておれ」

 

 そう言って浴場から立ち去るセイバーを見送りながら、ルシウスは再び思案を始めた。

 

(やはりここは平たい顔族の国では無い様だな。とすると、ここはどこの属州だろうか? トラヤヌス帝の時代に属州となったばかりのアッシリアか? いずれにせよ、ハドリアヌス様の名が知れ渡っているのだからローマ帝国の外というわけではあるまい………)

 

 どうやって首都ローマまで帰還しようかと思索を始めた直後であった。浴槽の給水口から湯が溢れ出て、みるみると浴槽を満たしていった。

 

「開けてきたぞ。浴槽の様子はどうだ?」

「あ、はい。問題は無いようです」

 

 予想外に早く戻ってきたセイバーに驚きながらも、ルシウスは返事をした。大方、召使に注水を命じただけだろう。そう結論づけるルシウスは、セイバーが何やら見たことの無い樹の苗を持っている事に気付いた。

 

「それは何です?」

「これか? これは風樹といってな、余が先日のギフトゲームで得たものよ。なんでも、空気を発する樹という話だ」

 

 言葉の意味がよく分からず、はぁと気の抜けた返事をするルシウス。するとセイバーは何かを思いついたのか、ニヤリと笑った。

 

「よし、浴槽の修理の礼だ。そなたには奏者が話していた、じぇっとばすとやらを一番に入らせてやろう」

「え? いや、しかし、」

「遠慮するでない。ささ、早々に入って感想を聞かせよ」

 

 突然の申し出に戸惑うルシウスに、セイバーは有無を言わせない口調で風樹を浴槽の中に入れた。すると、浴槽の湯が激しく泡立ち始めた。

 

(な、なんだこれは!? 風呂に空気の泡が無数に湧き出ている! まさか、話の通りに空気を発する樹だと言うのか!!?)

「どうした? 早く入って感想を聞かせよ」

 

 目の前の出来事に驚愕するルシウスに、セイバーは入浴を促した。恐々としながら湯に浸かるルシウス。

 その時―――彼に衝撃が走った。

 

(この風呂は………っ! 空気によって無数の泡が全身を包み、その感覚が心地よいマッサージとなっている! まさかこんな風呂を作り出す属州があったとは………!!)

「ふむ。その顔では、感想は聞くまでもないな」

 

 ニヤニヤと笑うセイバーに見下される形となったルシウスは内心で屈辱を覚えるが、そんな事はこの風呂の前では些細な事だった。

 

(ああ………気持ちいい。まさか平たい顔族の様な突飛な発想を持つ属州がローマ帝国内にあったとは、まだまだこの国も捨てた物では無いらしい。湯に浸かりながらマッサージを受けられるとはな。この心地よさ、夢心地になりそう………)

 

「おい、アンタ! 大丈夫か!?」

 

 突然降ってきた声にハッとなるルシウス。見ると、先ほどの少女とは似ても似つかないローマ人の男性が自分の顔を覗き込んでいた。どうやら自分は仰向けになって寝ている様だ。

 

「ここは………?」

 

 ルシウスが体を起こすと、そこは彼にとって馴染み深いトラヤヌス浴場の温浴室だった。さっきまでいた少女と浴場は影も見当たらない。

 

「アンタが、浴槽でひっくり返ったのを見てたんだけどよ。いつまでも上がって来ねえもんだから、心配して引き上げたんだ」

 

 こちらを気遣う男性の声を聞きながら、ルシウスは先程までの出来事を思い返していた。

 

(あれは………夢だったのだろうか? しかし平たい顔族の国に行った時も同じ様な体験をしたな。まさか、あそこも平たい顔族の国だったというのか?)

 

 なおも心配そうにこちらを見る男性に大丈夫だ、と言い残してルシウスは浴場を後にした。

 

 それから数日後。

 

「ルシウスよ。此度も面白い浴場の建築、実に大義であった」

「はっ。恐れ多き御言葉です」

 

 首都ローマ内にあるハドリアヌス帝の別邸で、ルシウスは浴槽に入った男に跪いて頭を垂れていた。この男こそ、現ローマ皇帝のハドリアヌスであった。老いてなお頑強な体をした皇帝は、今は伸び伸びと泡が次々と沸き立つ浴槽で体を休めていた。

 

「よもや浴槽に空気を入れる事で、湯に浸かりながらマッサージを受けた様になるとはな………。ケイオニウスの為に作ったはずの風呂に、私も夢中になってしまったわ」

 

 あの後、ルシウスは少女の泡風呂をどうにか再現できないかと知恵を絞った。そして浴槽に排水口と給水口とは別の穴を複数開けて、その穴から奴隷達に牛の腸で出来たホースから息を吹かせる事で少女の風呂を見事に再現してみせたのだ。

 

「そなたにはこれからも期待しているぞ、ルシウスよ」

「はっ!」

 

 敬愛する皇帝からの賛辞に深々と頭を垂れながら、ルシウスは少女の事を思い返していた。

 

(結局、あの貴人の名前は聞けずじまいだったな。この様な風呂を思いつくとは、本当に浴場技師だったかもしれないな。あの属州が何処だか分からぬが、今度会ったら浴場(テルマエ)について存分に語り合いたいものだ)

 

 

 

「ええ? セイバーが浴場を直しちゃったのか?」

 

 その日の夜。“ノーネーム”の談話室で皆と食後のティータイムを楽しんでいると、黒ウサギがニコニコした顔で報告に来た。

 

「YES! お陰で余計な出費をしなくて済みました」

「セイバーが水道工事も出来たなんて意外。それなら、今夜はお風呂に入れるの?」

 

 膝の上に抱いた三毛猫を撫でながら、耀は黒ウサギに尋ねる。

 

「はいな。しかもセイバーさん、修理ついでに浴場に新しい装飾を施したんですよ」

 

 その時、皆の間に微妙な沈黙が漂った。沈黙を破る様に飛鳥が口を開く。

 

「ええと。確認するけど………セイバーが、装飾をしたのよね?」

「YES!」

 

 あくまでも笑顔を崩さない黒ウサギに自分達は閉口した。というのも、セイバーは“ノーネーム”に来てから暇を見付けては彫刻や絵画といった創作活動に打ち込んでいるのだが………はっきり言って作品の出来は微妙としか評価しようが無かった。芸術は爆発だと言うが、彼女の場合は核分裂の類だろう。

 

「とりあえず見に行ってみたら良いんじゃねえの? “箱庭の貴族”様がここまで自信満々に言うんならマシな出来なんだろ」

 

 十六夜が欠伸しながら立ち上がる。それもそうだ、まずは実物を見てから判断するとしよう。そう考え、皆で大浴場へと向かう。

 

「これで微妙な彫刻が置かれていたら、箱庭の貴族(笑)ね」

「なんですか、そのボンボンみたいなネーミング!?」

「いや、この場合は箱庭の貴族(グロ)だろ」

「今度はお(なか)からモツガニが飛び出しそうな名前ですね!?」

「お腹からカニ? なにそれ、新しい」

「目を輝かせないで下さいっ!!」

 

 ふむ、と一度頷く。

 

「………箱庭の貴族(グロ)」

「定着させないで下さい、お馬鹿様っ!!」

 

 

 

 大浴場へ行くと、そこにはセイバーが満面の笑みを浮かべて立っていた。と言っても、油断は出来ない。以前に会心の出来だ! と言われて見せられた彫刻はキメラか鵺の様な生き物にしか見えなかった。

 因みにその彫刻は、今は年少の子供達に役立っている。主に「悪い事したらあの石像の怪物(ガーゴイル)に食べられちゃうぞ」という躾で。

 

「で? 今度はどんなグロテスク様式を作ったんだ?」

「フフン。その減らず口を叩けるのも今の内だけだ」

 

 十六夜の軽口に応じる事なく、セイバーは浴場の壁の一角を指差した。そこへ目を向けた途端、

 

「わあ………」

 

 耀の口から感歎の声が漏れる。それは、小石のモザイクで作られた壁画だった。雄大な火山が大きく描かれ、山の麓には豊かな水辺と松の木が見事に表現されていた。

 

「これだけではないぞ」

 

 パチン、とセイバーが指を鳴らす。すると天井が透明になり、月明かりが浴槽へ降り注いだ。浴槽の水面の影が、壁画の水辺で踊る。水の波紋が動く様子は、さながら壁画が現実の風景になった様だ。

 

「へえ………これはポンペイのヴェスビオス火山とナポリ湾か? 皇帝様もたまには良い物を作るじゃねえか」

「本当ね。これが一般の人々が入る銭湯というものでしょう? 私、今まで行ったことがなかったから、とても新鮮だわ」

 

 珍しく賛辞の言葉を述べる十六夜や目を輝かせる飛鳥に、セイバーはますます得意顔になる。チラリ、とこちらを流し見る視線を察して自分も思った事を口にした。

 

「本当に凄い物を作ったね、セイバー。ところでいつもより大人しめに感じるけど、何かあったの?」

 

 セイバーは豪華絢爛なものが好みだ。それは彼女の創作物にも表れている。当初は全面が黄金で出来た浴場などを思い浮かべていただけに、今回の洗練された壁画は少し意外だ。

 すると、セイバーは胸を反らして微笑んだ。

 

「なに。腕の良い浴場技師に出会って、インスピレーションが湧いただけの事よ」

 

 

 

 




サルヴェ(こんにちは)、読者の皆様!
エイプリル・フール特別記念SS、「テルマエ・アーノニーモス」は如何でしたか?
次の話を書かないで、何をしてるんだ? というツッコミはご勘弁を。筆者がよーーく、分かっているので(笑)
以前、オリジナルのコミュニティ「パクス・ロマーナ」の設定を書いていた時に何と無く思い描いていた構想をSSにしてみました。因みにこのSSを書くにあたって古代ローマの建築をネットで調べてみましたが、赤セイバーがローマ建築の先駆けの様な扱いになっていました。皇帝様マジパネェ………。

このSSはエイプリル・フール特別記念という事で、四月二日になったら削除するか否かは検討中です。さて、ひとしきりふざけた所で第11話の執筆に入りますか。それでは皆様、また次回!

追記:読者からの要望を受け、このSSは残しておく事にしました。
   皆様からのご声援、ありがとうございます。



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第11話「FAIRYTALE in PERSEUS」

いつもより大分遅れました………。
一か月後に引っ越しが決まって忙しかったり、もうじき学校が始まるから忙しかったり、ようやく艦これに就任できて忙しかったりと色々ありました。

電、可愛いよ。

そんな第11話

追記:
感想でよく「白野はどんなルートを通ったのか」、「あのキャラは出るのか?(もしくは出して欲しい)」という質問がされていますが、筆者としては作中以外で説明する気は基本的に無いです。
今後の展開のネタバレになりかねませんし、自分の考えた設定は~と作中に出す前に説明するのはやりたくないと思っています。

疑問に答えてもらいたいという読者の皆様には申し訳ありませんが、ご了承下さい。

4/8 一部追記



 “ノーネーム”に帰り、十六夜と持ち帰った“ペルセウス”の挑戦権を黒ウサギに見せた。彼女は泣きながら喜び、すぐさま“ペルセウス”へ宣戦布告をする為に出て行った。相手は仮にも神話級の英雄の末裔だ。余計な準備をさせる事なく、電撃的に攻撃をしかけておいて損は無い。

 セイバーを皆に紹介したらかなり驚かれたが、同時にこの非常時に増えた心強い味方を歓迎してくれた。着ていた制服が試練でボロボロになった自分は早々に私室へ引き上げた。今頃セイバーは飛鳥達に自己紹介をしている頃だろう。

 

「さて、と………」

 

 裾口が破け、至る所に穴が開いた上着を脱ぐ。机の上に広げたソレに手をかざしてみた。何故だか分からないが………今からやろうとする事が出来るという実感があった。

 かざした手から光が漏れる。光はセイバーを召喚した時の様に、数字のゼロと一で形成された数式となって制服の破けた箇所へと吸い込まれていく。もう十分だと思って光を止めると、そこには新品同様となった上着があった。

 

「やっぱり、これはセラフでやれたことだよな」

 

 完全に直った制服を手に取りながら思案する。セイバーを召喚したのと同時に、自分が何者なのかを思い出していた。

 自分こと岸波白野は西暦二〇三〇年に行われた月の聖杯戦争の勝者だ。月の聖杯戦争は、ムーンセル・オートマトンという巨大な演算装置の使用権を決める戦い。 地球の誕生から現在までを記録したムーンセルは、あらゆる可能性を常に演算している。もしもこれを自由に使用できるならば、そいつは自分の好きな未来を演算させて実行の方法を知る事が可能だ。確かに万能の願望器である『聖杯』の名を冠するに相応しいだろう。

 参加者達はムーンセルが作ったSerial Phantasm、通称『セラフ』という電脳空間に入り、サーヴァントという過去の英雄を再現した超常的な存在を使役する。そして互いに最後の一人になるまで決闘を繰り返し、ただの一人の勝者だけにムーンセルの使用権が与えられるという戦いだ。そして、自分に与えられたサーヴァントがセイバー………?

 

「え………?」

 

 何か、違和感を覚えて首を捻る。自分と共に戦いを駆け抜けたのはセイバー、だ。それに間違いはない。現にセイバーはここにいるのだから。なのに、

 

(何だろう………自分はセイバー()()のサーヴァントを使役していた、様な?)

 

 有り得ない。サーヴァントを使役できるのは参加者であるマスターにつき、一人だけのはずだ。巻き込まれる形で参加した月の裏の聖杯戦争では一時的に他のサーヴァントと共闘したけど、それでも本戦で一緒に勝ち抜いたのはセイバーだけのはず。だというのに、自分はどうしてもセイバー以外のサーヴァントと最期まで戦ったという実感を拭えなかった。

 不意に頭痛がした。もう慣れっこになりかけたそれと、一緒に現れた脳裏の映像に意識を集中させる。

 

 獣の耳と尻尾を持ち、手にした札から呪術を操る着物の少女。

 赤い外套に身を包んだ、二刀流の剣と弓を扱う色黒の男性。

 金色の鎧を装着し、背後の空間から次々と武器を発射する金髪の青年。

 そう、彼等もまた自分と共に聖杯戦争を駆け抜けた―――

 

「待たせたな、奏者よ」

 

 ドアを開ける音と共に、セイバーが私室へ入ってきた。セイバーは自分の顔を見ると、少し怪訝そうになる。

 

「む? 顔色が良くない様だが、どうかしたか?」

「いや、なんでもないよ」

 

 手を振って内心の疑問を隠す。自分の記憶の詮索なら後でも出来る。それよりも、今はセイバーに聞きたい事がある。

 

「セイバー。いくつか確認したい事があるんだけど、良いかな?」

「うむ。なんなりと聞くが良いぞ」

「じゃあ………セイバーは、どうやって箱庭に来れたんだ?」

 

 ここは電脳世界のセラフではなく、箱庭の世界だ。ムーンセルによって再現されるサーヴァントは実体を持てるはずがない。セイバーを象徴する遺品、原初の火(アエストゥス・エストゥス)があったとはいえ、彼女を召喚できるとは思えなかった。

 

「全く分からん」

 

 あっさりと答えるセイバーにズッコケそうになると、彼女は寂しそうな笑みを浮かべながらポツポツと語り出した。

 

「あの後………奏者がムーンセルに分解された後、余は奏者を探していたのだ。それこそセラフ中を駆け回ったと言っても良い。だが………どこにも奏者の影すら見つける事が出来なかったのだ。もう奏者とは二度と会う事など無い。そう、諦めかけていた時だった」

 

 真顔になり、こちらを見つめるセイバー。自分も真剣に耳を傾ける。

 

「桜の木が見えたのだ」

「桜………?」

「うむ。それは水面に漂う月の様な微かな光を放っていた。だが不思議と、その先に奏者がいるという確信が持てたのだ。余は桜に近寄り、触れてみると………気付いたらどこぞの倉庫にいた」

 

 それは、この屋敷の保管庫の事だろう。続くセイバーの言葉がそれを裏付けていた。

 

「傍らには余の愛剣・原初の火(アエストゥス・エストゥス)があった。しかし………余はそこから動けなかったのだ。それどころか、余の姿や声を誰にも感じる事が出来なかった。奏者よりも前に、何人かの童の姿を見たが余に気付く者はいなかったのだ。そして、日にちを数えるのも億劫になってきた頃………奏者が目の前に現れた」

「セイバー………」

「最初はな、嬉しかったのだぞ。あれだけ探し回った相手をやっと見つけられたのだからな。だが肝心の奏者は余の事を忘れているときた! あれ程の時を共に過ごしたというのに………あの時ほど神というものに恨みを抱いたことはないぞ」

「その………ごめん」

 

 素直に頭を下げる。まさかセイバーがそこまでして、自分との再会を望んでいたとは思わなかった。いくら記憶がなかったとはいえ、自分はセイバーを無視する形になったのだ。キチンと謝罪をしないといけないだろう。だがセイバーは頭を下げる自分に対して、笑いながら手を振った。

 

「よい。そなたはこうして余の事を思い出したのだ。それに比べれば、空白だったあの時間も刹那のこと。また存分に余に頼るが良い」

「ありがとう、セイバー。次の質問だけど………セイバーは今、どんな状態なんだ?」

「ステータス面では問題は無い様だな。奏者との契約ラインも異常なく繋がっているが………霊体化が出来なくなった」

「霊体化が出来ない………?」

「うむ。何度か試してみたが、どうしても実体化を解除する事が出来ぬ」

 

 そう言われて、セイバーを見ながら意識を集中させる。すると聖杯戦争時の様にステータスが浮かび上がったものの、最終決戦に臨んだ時と同じステータスである以外に変わった所は見られなかった。

 

「ステータスが見えるという事は間違いなくラインは繋がってる………。なのに、どうして霊体化が出来なくなったんだ?」

「恐らくこの世界………“箱庭”といったか? この世界のルールに合わせて、サーヴァントの在り方も変質したのであろう」

 

 セイバーは事も無げに言うけど、判断材料が少ない今現在はそう断じる事は出来ないだろう。とはいえ、セイバーの情報で納得いった事があった。

 

「セイバー、これを見てくれないか」

 

 ポケットからギフトカードを取り出す。以前は名前とギフトネームしか書かれていなかった裏面には、今は三画の紋様が名前に薄っすらと重なる様に浮かび上がっていた。

 

「これは………令呪か?」

 

 目を細めるセイバーに頷く。令呪とは、聖杯戦争中に使えた三回限りの絶対命令権だ。サーヴァントを従えたマスターは体のどこかに三画の紋様として表れる。

 

「うん。でも、この紋様からは何も魔力を感じ取れない。純粋に、セイバーのマスターという証なんだと思う」

「ふむ………。それにしても、“月の支配者”か。月の聖杯戦争を征したそなたに打って付けの名前よな」

「そこなんだけどさ………俺がどうして、()()()()()()()()()()()()()()

 

 記憶が戻ってからの、一番の疑問を口にする。自分こと岸波白野の正体はムーンセルに作られたNPCだ。それが何かの間違い(エラー)でマスターとしての権限を得ただけ。だからこそ、最期にムーンセルに接続した瞬間に不正なデータとして処理されたはずだ。

 それなのに………どうして生きて、この“箱庭”にいるのだろうか?

 

「それこそ全く分からん。余に分かるのは、奏者は生身の体を持ってここにいること。それとここはセラフでは無いだろう、ということだけだ」

 

 セイバーに断言されて、自分の手を見る。セラフもリアルな五感を再現していたけど、黒ウサギに召喚された時に空気や太陽の光が新鮮に感じられたのは生身の体だからなのだろう。

 

(それにしても………桜、か)

 

 思い出すのは、月の裏側で行われたもう一つの聖杯戦争。本来の聖杯戦争の最中に巻き込まれ、暴走したAIを止める為に自分とセイバーは戦い抜いた。あの時の記憶は文字通り()()()()()()になってしまった為、一時的にムーンセルと同化して記憶を取り戻した自分以外に覚えている人間はいないだろう。結局、事件の張本人である彼女の真意は最期まで分からずじまいだったけど………なんとなく、セイバーが来たのはそれと無関係ではない気がした。

 

「まあ良い。こうして再び奏者に出会えたのだ。その他の事は些事であろうよ。それより、明朝にギリシャ(アカイア)の神話の末裔と矛を交えるのであろう? 奏者よ、そなたの調子はどうだ?」

「うん、聖杯戦争の時と同じ様にコード・キャストは問題なく使える。流石に凛やラニがくれた赤原礼装みたいな強力なやつは使えないけど………その他の礼装の魔術(キャスト)なら大方は使えるみたいだ。他にも、難しそうなコードなら多少は」

 

 セイバーに聞かれて、自分の状態を確認してみる。コード:recover()やコード:add_invalid()といった特別な礼装を必要とした魔術(キャスト)以外、つまり購買で買ったり、鍛練の為に入ったアリーナ(迷宮)で拾った礼装の魔術(キャスト)ならば普通に使えるだろう。礼装を装備しないと使えなかった魔術(キャスト)がどうして手ぶらでも使える様になったかも気になるが………これも“箱庭”に来た事で変質したと今は納得するしか無いだろう。

 

「上々だ。奏者の援護があれば、余は百人力だ。さて、と。明日に備えて、そろそろ休むとするか」

 

 そう言ってセイバーはこちらに背を向けてベッドへ………って、ちょっと待て。

 

「ストップ。もしかしてここで寝る気?」

「む? 何か問題でもあるか? 聖杯戦争の時は同じ部屋で寝食を共にしていたであろう」

 

 いや、あの時は一つしか部屋が無かったからだし。それにこう見えても自分は健全な思春期男子。真横でセイバーが寝息を立てるのを見て、必死で色々と我慢していたのです。なにより、十六夜あたりに同衾してる事を知られたらどうなるか………考えたくないな、うん。

 

「セイバー………他に個室があるから、そっちで寝泊まりしてくれない?」

「なんと!? 余と床を共にするのが嫌だと申すか!」

「いや、そんな事はないけど」

「まさかとは思うが、奏者よ。余が身動きの取れない間に愛妾を作ったのではないだろうな?」

「そんな事ないって!!」

 

 いきなり何を言い出すのか、この皇帝様は!

 

「本当か? ヨウとアスカ、それに黒ウサギと言ったな。中々に美しい娘達だが、その者達と過ごして何も思う処は無いと断言できるか?」

「そ、それは………」

 

 いや確かに耀は基本的に無口で大人しいけど小動物みたいに思考と行動が一致しているところは可愛いし、飛鳥は高嶺の花みたいで近寄りがたい所があるけど時々見せる無防備な女の子らしい一面にドキッとさせられる。黒ウサギもベビーフェイスに加えて扇情的なミニスカガーダーから伸びる美脚は否応なしに視線が釘付けに………って、セイバーの顔が険悪に!?

 

「相変わらずそなたは腹芸が下手よな。そうかそうか、余が必死の思いで奏者を探している最中に新しい側室を作っていたか。流石は我がマスター、手が早い」

「セ、セイバー?」

「ライバルは今の内に刈っておいた方が………。いや待て、あれほどの華ならば奏者共々に我がハーレムに加えるのも手ではあるな。クフ、クフフフフフフフ」

 

 うわあ、なんかマズイ方向に思考し始めた! いざとなったら令呪で………って、そういえば使えなかった!!?

結局、話し合いの末に自分の隣の部屋で寝泊まりするということで納得してもらいました。余談だけど、この時に女性陣は得体のしれない悪寒に襲われたそうな。

 

 

 

『ギフトゲーム名“FAIRYTALE in PERSEUS”』

 

・プレイヤー一覧 逆廻十六夜

         久遠飛鳥

         春日部耀

         岸波白野

 

・“ノーネーム”ゲームマスター ジン=ラッセル

 

・“ペルセウス”ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

・クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒

 

・敗北条件  プレイヤー側ゲームマスターによる降伏

       プレイヤー側のゲームマスターの失格

       プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合

 

・舞台詳細 ルール

  *ホスト側ゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない

  *ホスト側の参加者は最奥に入ってはならない

  *プレイヤー達はホスト側の(ゲームマスターを除く)人間に姿を見られてはいけない

  *失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うだけでゲームを続行できる

  

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                              “ペルセウス”印』

 

 次の日の明朝。黒ウサギが持ち帰って来た契約書類(ギアスロール)に全員が同意した直後、視界が光に包まれた。光が止んで目を開けると、巨人でも通れそうな大きさの門前にいた。この奥が白亜の宮殿なのだろう。

 

「姿を見られれば、即失格か。ペルセウスを暗殺しろ、ってか?」

「それなら伝説に倣ってルイオスも睡眠中ということになりますよ? 流石にそこまで甘くないと思いますが」

 

 門を見上げる十六夜に、ジンくんが応える。以前、自分が予測した様に“ペルセウス”のコミュニティも自身の名に相応しいギフトゲームを用意した様だ。

 

「見つかった者はゲームマスターへの挑戦資格を失ってしまう。同じく私達のゲームマスター―――ジン君が見つかれば、その時点でこちらの負け。中々厳しいゲームね」

 

 飛鳥の呟きに耀も頷く。本来なら、このゲームは最低でも十人単位の多人数で仕掛けるべきだろう。こちらはジンくんが発見されればゲームオーバーなのに対し、向こうは不可視のギフトまで持っている。状況は圧倒的に不利だ。

 

「あのいけ好かぬ弓兵や毒拳使い向きのゲームよな。あの者共を召喚できれば、楽に攻略できたのだがな」

「無い袖を振っても仕方ないさ」

 

 隣で嘆息するセイバーに、苦笑して応える。黒ウサギが帰るまでの間に、“ノーネーム”の保管庫にあった武器で英霊の召喚が出来ないか試してみたが、成果は全く無し。セイバーを召喚できたのは、彼女自身の強い意志があって成立したものだったのだろう。

 因みに契約書類にはセイバーの名前は無いが、ゲームに呼ばれたという事は自分のギフト扱いとして参加できる様だ。

 

「姿を隠す方法がない以上、俺達は三つの役割に分かれなきゃならない」

「うん。まず、ジンくんと一緒にゲームマスターを倒す役。次に索敵、姿の見えない敵を感知して迎撃する役。最後に、囮と露払いを失格覚悟でやる役」

「春日部は鼻が利く。耳と目もいい。索敵は任せるぜ」

 

 自分の言葉を引き継いだ耀に、十六夜が提案する。確かに動物的な五感を持った耀なら、相手が自分達を見付ける前に察知する事は可能だろう。

 

「補助系のギフトを持った岸波は俺とゲームマスターの打倒役にまわってくれ。皇帝様は、」

「余は迎撃とゲームマスター打倒に出るぞ」

 

 次々と指示を出す十六夜に、セイバーが口を挟んだ。でも迎撃はともかく、目立ちそうな深紅の戦装束を着たセイバーだと誰にも見つからずに最奥へ向かうのは難しいんじゃ………。

 自分の考えを読んだのか、セイバーは自信に満ちた笑みを浮かべた。

 

「案ずるな。余に秘策あり、だ。そなた達は余を信じてゲームマスターを打倒することだけを考えよ」

「………分かった、信じる」

「いいんですか!? そんな簡単に!」

 

 セイバーに頷く自分に、ジンくんは驚いた声を上げる。でも、大丈夫だ。

 

「セイバーはやると言った以上、必ず実行してくれる。俺はそのサポートを精一杯やるだけさ」

「………その様子じゃ記憶は戻ったみたいだな。任せるぜ岸波、それと皇帝様」

 

 十六夜の不敵な笑みに短く首肯する。いつか、十六夜達にも自分の事を話せると良いんだけど。

 

「となると………最後に残った私が囮と露払いというわけね」

 

 少し不満そうな顔で声を漏らす飛鳥。残念だけど、ルイオス本人に“威光”が通じないのは経験済みだ。かと言って飛鳥には耀の様に敵を察知するギフトやスキルは無い。だから宮殿内で待ち構えている騎士達の目を逸らす役になって貰う方が良い。飛鳥の“威光”は、例えるなら回数制限のない令呪みたいなものだ。大抵の相手なら命令を従わせられるけど、ルイオスの様な格上の存在ならば抵抗できるのだろう。

 

「ふん、いいわ。今回は譲ってあげる。ただし負けたら承知しないから」

 

 少し拗ねた口ぶりの飛鳥に、自分達打倒組は頷く。だが黒ウサギはやや神妙な顔で不安を口にした。

 

「黒ウサギは審判役ですのでゲームに参加できませんが………注意して下さい。ルイオスさん自身は大した事はありませんが、彼の持つギフトは」

「隷属させた元・魔王」

 

 え? と全員で十六夜の顔を見る。いつもの様に、不敵な笑みを浮かべながら十六夜は先を続けた。

 

「もしペルセウスの神話通りなら、戦神に奉げられたゴーゴンの首はこの世界に存在しない。それにも関わらず、奴らが石化のギフトを使ってるところを見ると………ルイオスが使役するのはアルゴルの悪魔ってところだろ」

 

 アルゴル、というのはペルセウス座の恒星の名前だ。ちょうどペルセウスが持つゴーゴンの首にあたる位置にあるから、石化のギフトを持つ怪物になるのだろう。

 

「十六夜さん………まさか、箱庭の星々の秘密に………?」

 

 信じられないものを見る様な目をした黒ウサギに、十六夜は自慢げに笑った。

 

「まあな。このまえ星を見上げた時に推測して、ルイオスを見た時にほぼ確信した。あとは大急ぎでアルゴルの星を観測して、答えを固めたってところだ」

 

 昨夜に望遠鏡を持っているのを見かけたと思ったら、そんな事をしていたのか。まったく、毎度ながら十六夜の行動力には舌を巻かせられるな。

 

「ふん。初めは野蛮そうな男と思っていたが、中々やるではないか。少しは見直してやっても良い」

「おいおい、俺は誰もが認める文明人だぜ? それこそ、オマエの正体にも心あたりはありそうなんだけどな。()()()()()()()()()?」

 

 何気なく言った十六夜に、セイバーの顔が強張った。自分も内心の動揺が顔に出ない様にするのに精一杯だ。いったい、どうして………?

 だが十六夜はそれ以上追及することなく、門に向かうと………力任せに殴りつけた!

 爆発した様な衝撃音と共に、粉砕する扉。門の残骸が崩れ去る音と共に―――ギフトゲーム“FAIRYTALE in PERSEUS”は開始された。

 

 

 

 




はい、そんなわけで第11話はここまでです。原作第一巻分まで、残り二話か三話ですね。

白野はどんなルートを通ったか? という質問ですが、今回は補足させて頂きます。

今現在の記憶ではセイバーと表の聖杯戦争を勝ち残り、さらに途中で巻き込まれた月の裏の戦いも経験して表へと帰還したという事になっています。CCCルートは経験していません。

また、コード・キャストもrecover()やadd_invalid()の様な絶大過ぎる効果の物は使えなくなっています。代わりに、いくつか別のプログラムが出来る様になっていますが………それはまた次回に。

筆者の身の回りの環境は忙しくなりますが、この作品は完結させるつもりですので長くお付き合いを頂ければ幸いです。

それでは失礼。


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第12話「白亜の宮殿を攻略せよ!」

駆逐艦・響「司令官。執筆が疎かになるくらい私達が好きなら、私達のSSを書いたらどうだ?」

   筆者「………………どっちつかずになりそうだから、却下」

駆逐艦・響「何だその間は」

そんな第12話


―――Interlude

 

 白亜の宮殿は五階建ての造りになっている。最奥が宮殿の最上階にあたり、進むには絶対に階段を通らねばならない。主催者(ホスト)側である“ペルセウス”は全ての階段を封鎖すれば最奥への道を閉ざす事が出来た。

 門が崩れる音でゲームの開幕を悟った“ペルセウス”の騎士達は一斉に行動する。

 

「第二分隊は東、第三分隊は西階段へ向かえ!」

「第一分隊は正面階段を監視せよ!」

「相手は少人数だ! 冷静に対処すれば抜かれることなどない!」

 

 号令と共に一糸乱れぬ動きを見せる“ペルセウス”の騎士達。本拠を舞台にしたゲームだけに、地の利は彼等にある。

 ましてや勝利条件は至って簡単。ただ相手を目視すればいい。最奥に行く前に見つけさえすれば、プレイヤーは失格になるのだ。

 このゲームは勝ったも同然、と騎士達にも気の緩みが生じかけていた。

 そう―――入口から大量の水が押し入るまでは。

 

「なっ………!?」

 

 突然の事態に口をポカンと開けている間に、騎士達は次々と水に飲まれていく。なんとか水流を防いだ騎士達が正面玄関を見ると、そこにギフトカードを掲げた久遠飛鳥の姿があった。

 

「流石は“ペルセウス”の騎士達ね」

 

 飛鳥は上品な笑みを浮かべると、優雅に一礼した。

 

「さあ、お相手を願えるかしら?」

「馬鹿め! 我等に姿を見られればルイオス様への挑戦権は失われるぞ!」

「そんな事は先刻承知よ。私の役目は、貴方達の露払いなのだから」

 

 あくまで余裕な態度をつらぬく飛鳥に、騎士達はいきり立つ。あっという間に飛鳥を半円状に取り囲むと、投擲用のランスを一斉につがえた。

 

「小娘が………我等“ペルセウス”の力を骨の髄まで思い知るがいい!」

 

 号令と共に、波状攻撃でランスが投げ出される。飛鳥を蜂の巣に変える攻撃は、

 

()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 彼女の宣言と共に現れた水樹の水流に阻まれた。

 突如として出てきた見上げる程の大樹に騎士達が圧倒されていると、更に畳み掛ける様に飛鳥の次の命令が下された。

 

「さあ、()()()()()()()()()()!」

 

 轟音を響かせながら洪水の様な水量を水樹は生み出し始めた。騎士達と共に玄関に置かれた調度品や絵画が水に呑み込まれ、もはや一階は浸水し始めていた。

 

「い、いかん! このままでは宮殿が水没するぞ! 取り押さえろ!!」

 

 慌てた騎士達は空飛ぶ靴を使って、一斉に飛鳥へ群がろうとする。だが水樹の枝から放出される鉄砲水と水柱に阻まれ、なかなか近寄れないでいた。水樹を操りながら、飛鳥は思う。

 

(ギフトを支配するギフト、か)

 

 箱庭に来る前、飛鳥は周囲の人間から恐れられていた。

 曰く―――“他人を言う通りに操る魔女”、と。

 飛鳥自身に、他人を操ろうという悪意は無い。しかし彼女の口にした事は絶対の命令となってしまうのだ。

 その力があって、飛鳥は以前の世界に色が無い様に感じていた。“是”しか答えぬ周囲の人間に何の感慨を感じようか。だが、この箱庭の世界では彼女の命令にも“否”と答える人間がいる。

 人を支配する力を失くす事が出来なくても、その力を別の方向へ傾ける事が出来ると黒ウサギは保障してくれた。支配する対象を人からギフトへ変えたのは、飛鳥にとっては初めて出来た友人達の心を捻じ曲げない為でもあるのだ。

 

(だけど………それはそれ。今はこの水樹を操るのが精一杯というのは頂けないわ)

 

 己の道筋を悟ったというのに、飛鳥の顔には不満があった。とりわけ大きいのは、自分のギフトでは今のところ水樹しか支配できなかったという点だ。

 今まで人を支配していた力を、今度はギフトを支配するという方向転換をしたのだ。“ギフトを支配するギフト”も、まだまだ殻つきのヒヨコでしかない。コミュニティの保管庫にあった武器も試してみたが、どれも飛鳥のギフトには反応しなかった。

 

(岸波君が保管庫にあった武器からセイバーを召喚したと言っていたから、私にも武器を支配できないかと思ったけど………上手くいかないものね)

 

 プライドの高い飛鳥にとって、彼女の支配が及ばないというのは不満の種でもあるのだ。

 しかし―――

 

「今はいいでしょう。張り合いの無い世界は嫌いだったもの!」

 

 飛鳥は楽しそうな笑みを浮かべると、騎士達の掃討にかかった。

 

―――Interlude out

 

 

 

「第一分隊、沈黙!」

「何!? 陽動役相手に何をしているっ!!」

「ギフトを持つ者はここに残れ! それ以外は私と共に正面玄関へ向かえ!!」

 

 怒号が飛び交い、複数の甲冑が動く音が聞こえた。しばらくすると、辺りは先程の喧騒が嘘の様に静まり返っていた。

 

「………耀」

「うん、任せて」

 

 物陰に隠れた自分達は、騎士達が去ったのを確認すると耀を前に出させる。彼女は鼻をスンスンと鳴らせると、ピクリと反応した。

 

「階段前にいる。人数は………二人」

「よし。頼んだ、セイバー」

「うむ。任せよ」

 

 短く頷き、セイバーが前へ出る。階段へと歩み寄る彼女は、一見すると無防備に見える。普通ならすぐに姿を見られて失格だ。しかし―――

 

「ガッ!!?」

 

 音も無く振られたセイバーの剣は、虚空から苦悶の声を生じさせた。次の瞬間、兜が脱げた騎士が虚空より現れて床へ倒れる。

 

「て、敵襲か!? 何の気配もしなかったぞ!!?」

 

 迂闊にも声を漏らした残りの一人を、セイバーは見逃さない。声のした方向に剣を一閃させると、同じ様な騎士が気絶した状態で姿を現した。

 

「もう隠れている者はいない様だな。出てきて良いぞ」

 

 セイバーの合図に、自分達は物陰からゾロゾロと出る。セイバーの足元で昏倒している騎士達の近くに転がっているのが、不可視のギフトを持った兜だろう。

 

「あっけ無いものだな。これでは端役にすらならぬ」

「そう言うなよ。皇帝様の隠形が完璧過ぎるだけだろ」

 

 兜を拾いながら、十六夜は軽薄に笑う。

 

「というか、どういうギフトだよ? 俺ですら集中して見ていないと見失いそうになるギフトなんて。コイツ等みたいに物理的に透明になったわけじゃない、という事は分かるんだが」

「フフン、余は皇帝だからな。余の辞書に不可能は無い」

 

 胸を反らして得意気になるセイバー。ゲーム前に真名を看破されそうになった事を根に持っているのだろう。十六夜から一本取れた、と上機嫌だ。とはいえ、自分にはセイバーの隠形の正体が分かっていた。

 サーヴァントには各々のクラスに召喚されることで獲得するスキルとは別に、生前の体質や伝承の発現などで会得した固有スキルがある。中でも、セイバーの固有スキルは一際に異才なものだろう。

 皇帝特権。本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できるスキル。

 見方によっては究極の不正行為というか、見栄っ張りというか………とにかく、自己主張の強いセイバーらしいスキルではある。

 

(多分、聖杯戦争で戦ったアサシンの気配遮断を獲得したみたいだけど………。まさか武術の極致をカンで再現しちゃうなんてなぁ)

 

 世の武術家がこれを聞いたら、泣くか激怒するだろうか? 技を盗まれた本人は呵呵大笑しながら勝負を挑みそうだけど。

 

「ホレ、御チビ。お前が被っとけ」

「わっ」

 

 十六夜が兜を被せると、ジンくんの姿は瞬く間に透明となって見えなくなる。

 このゲームはゲームマスターであるジンくんの姿が見られただけで、全員がゲームオーバーになるのだ。まずは彼の安全を確保するのが先だ。

 

「残り一個はルイオスに挑む俺が被るとして………岸波、周囲の様子はどうだ?」

「ちょっと待ってくれ」

 

 十六夜に聞かれ、手元に浮かんだホログラムのコンソールを操作する。しばらくすると、ホログラムのウィンドウに地図が映し出された。

 

「………うん、近くには誰もいない様だ。このまま進もう」

「よし。念の為、春日部も索敵を続けてくれ」

「うん、了解」

 

 耀が頷いたのを確認して、自分達は次の階へと足を踏み入れた。

 

「それにしても、すごいギフトですね。“ペルセウス”の本拠の地図はおろか、騎士達の位置まで割り出すなんて………」

「まあね。でも耀がいないと完璧な索敵は出来なかったよ」

 

 後ろから聞こえてきたジンくんの声に笑って答える。姿は見えないが、すぐ近くにいるのだろう。

 コード:view_map()。自分のいる建物の構造や現在位置、さらには周囲の人間まで地図に映し出す魔術(キャスト)だ。聖杯戦争時にも何度か御世話になったこの魔術は箱庭でも問題なく使えるらしい。

 ただし、欠点もある。それは透明化した相手は地図に映らないという点だ。思い返せば、宝具やスキルで姿を隠したサーヴァントも見付けられなかった。緑衣のアーチャーと同じ性質を持った宝具(ギフト)を持つ兜を被った騎士も、この魔術では見つけられないだろう。

 だが、その欠点は耀の動物的な五感で解決できた。いかに透明化を誇る兜も、音や臭いまでは消せない。自分のview_map()から漏れた敵を耀が感知する事で、索敵を完璧な物へと昇華させられたのだ。さらにはスキルで気配を消したセイバーが騎士達を斬り伏せていく。本拠で有利な戦いを想定している相手からすれば、大誤算と言うしかないだろう。

 その後は奪った兜で姿を消した十六夜も騎士達への攻撃に加わり、自分達はあっという間に次の階層も突破した。二階、三階、さらには四階へと足を踏み入れて次々と障害となる騎士達を気絶させていく。しかし五階の階段へと続く曲がり角の前で、セイバーが足を止めた。

 

「待て、奏者達よ。この先に潜んでいる者がいるぞ」

「マップには何も映ってないけど………耀はどう?」

「ううん、私も。音も臭いもしない」

 

 マップを確認した後に耀を見るが、彼女は首を横に振った。セイバーが嘘をつくとは思えないし、マップに映らないことからハデスの兜で姿を消した敵がいるのだろう。しかし、耀の五感でも感知できないというのはどういことだ………?

 

「多分、本物のハデスの兜を持った奴が潜んでいるんだろ。それもレプリカと違って、音も臭いも消せる奴が」

 

 姿を消した十六夜の声が隣から聞こえた。それなら耀の五感に引っかからないのは納得だ。ここから先はルイオスの待つ五階へと続く道だから、精鋭の騎士に守りを固めさせたのだろう。

 

「姿も音も消えているが………。アーチャーやアサシンに比べれば、気配の消し方が雑よな」

「そうか。セイバー、相手がどこにいるか分かる?」

 

 嘆息したセイバーに聞くと、彼女は曲がり角から注意深く顔を出した。そしてしばらくすると、こちらへ向いて首を振る。

 

「駄目だな。階段の近くにいる気配はするのだが………正確な居場所までは分からん」

「そうか………」

 

 こちらもセイバー達の姿が見えていないとはいえ、闇雲に突撃するのは得策では無いだろう。うっかり反撃をくらえば、こちらの姿が見えてしまう可能性もある。

 どうしたものかと頭を捻らせていると、唐突に耀が手を挙げた。

 

「私が囮になって隠れている敵を引き付ける。十六夜とセイバーは出てきた敵を倒して」

「いいのか? 囮になるって事は姿が見られるって事だぞ?」

 

 十六夜の言う通りだ。自分達はハデスの兜を二つしか持っておらず、見つかれば敗北となるジンくんとルイオスと戦う十六夜から兜を渡す事は出来ない。セイバーみたいに相手に見つからない手段が無い以上、耀はここで失格となってルイオスには挑めない。

 しかし耀は薄く微笑んでフルフルと首を振った。

 

「気にしなくていい。あの外道には負けたくないから」

「悪いな、いいとこ取りみたいで。これでもお嬢様や春日部、岸波と皇帝様には感謝してるぜ。今回はソロプレイで攻略できそうにないし」

「だから気にしなくていい。埋め合わせは必ずしてもらうから」

 

 ちゃっかりとお礼を要求する耀に、吹き出しそうになるのを寸のところで堪える。今はそんな場合じゃない。自分も出来ることをしよう。

 

「セイバー、相手の人数は分かる?」

「ちょっと待っておれ」

 

 もう一度、セイバーは曲がり角の端から階段付近を窺う。目を凝らす様に見ていた彼女は、やがてこちらへ振り返った。

 

「一人だな。余程、自分の腕に自信があるのだろう」

「分かった。それなら―――」

 

 曲がり角の前で跪き、床に手を置く。

 手から光が漏れて、頭に浮かんだ魔術と共に床へ染み込んでいく。

 対象は一人。発動条件はここに足を踏み入れる事―――。

 

「白野………?」

「ただのトラップさ。これで相手をしやすくなるはずだよ」

 

 不思議そうに見る耀に、笑って手を振る。

 仕込みは終わった。後は条件を満たすだけだ。

 

「耀。どうにか相手をここまで誘き寄せてくれ。そうすれば相手は姿を見せる筈だから、そこを十六夜が攻撃して欲しい」

「何か面白そうな事を企んでるな。いいぜ、乗った」

「分かった、やってみる」

 

 十六夜と耀が頷くのを確認すると、セイバーと一緒に物陰へと隠れる。恐らくジンくんも一緒にいるのだろう。

 

 耀は曲り角の先へと歩いていき、しばらくすると―――耳に微かな音が聞こえた。

 

「これは―――?」

「ほう、驚いたな。ヨウの奴め、超音波を出しおったな」

「超音波?」

「確か、ヨウは友となった動物の特性を獲得するのだろう? 大方、コウモリかイルカの特性を使っているのだろう」

 

 成程ね。いかに姿や音、臭いを消せるギフトでも透過するわけではない。ソナー探知機の要領で捜せば居場所が分かるというわけだ。それにしても、会って間もない耀のギフトを把握するとは流石はセイバーだな。

 しばらくすると、靴の鳴る音と共に耀が曲がり角から戻ってきた。それから間もない内に―――

 

「ぐおおぉっ!?」

 

 放電と共に、曲がり角の前に人影が現れる。こっそりと覗き見ると、人影の正体は巨大な鎚を携えた騎士だった。

 

「ば、馬鹿な!? ギフトが解除されただと!!?」

 

 狼狽える騎士は、突然前のめりに体を曲げた。十六夜が腹に拳を叩きこんだのだろう。騎士は苦悶の声を上げたが、倒れずにその場に立ち尽くした。

 

「へえ………よく耐えれたもんだ。加減したとはいえ、空の果てまで飛ばすつもりで殴ったんだけどな」

「………フン。ならばこの鎧が優れているだけだろう」

 

 姿の見えない十六夜に、騎士は苦しそうな顔で笑ってみせた。よくよく見れば、あの騎士はレティシアを連れ戻しに来た時の指揮官だった。

 

「無鉄砲な一撃ならともかく、策に嵌められた上に正面からギフトを打ち破っての敗北だ―――見事。貴様等には、ルイオス様へ挑む資格がある」

 

 それだけ言い残すと、騎士はその場に崩れ落ちた。“ペルセウス”の騎士を纏め上げた軍団の長。彼は短い賞賛を残すと、意識を手放していた。

 

「―――これで、ルイオスまでの障害は無くなったな」

「うん、もう誰の臭いもしない」

「殺気も感じぬな。たった一人で主を守り通そうとするとは、敵とはいえ見事な男よ」

 

 耀とセイバーの確認も取り、マップを覗き込む。これで後はセイバーと自分、そして十六夜でルイオスを倒すだけだ。

 その時、耀が不思議そうに自分へ話しかけてきた。

 

「それにしても………さっきの放電、あれは何だったの?」

「コード:dress_blast()。相手の装具に反応してギフトを封印する魔術さ」

 

 聖杯戦争の五回戦時、アサシンの気配遮断を封じる為に用意された罠の一つだ。協力してくれたラニや遠坂の力を借りないと組めないプログラム(術式)だったはずだが、頭の中に浮かんだ魔術は問題なく発動できた。これも、自分のギフトの影響なのだろうか?

 

「じゃあ、俺達は先へ進むね。耀、ここまでありがとうな」

「うん。気を付けてね、白野」

「そなたはここで休んでおれ。なに、神々の後ろ盾が無ければ怪物退治を出来ぬペルセウス(臆病者)の末裔程度、一蹴に伏してくれよう」

「セイバーも頑張って。帰ったら、色々とお話ししたい」

「余も同意だ。互いにがーるずとーくに華を咲かせるとしよう」

 

 笑いあうセイバーと耀。自分も、今までの事を何気ない雑談として話せたらいいなと思いながら最上階へと向かった。




筆者の現実の環境が忙しいでの、申し訳ありませんが感想の返信はまた後日に。
引っ越しや学校やらで忙しいのあって、けっして艦これにうつつを抜かしているわけではありません。念の為。

これから更新のペースも落ちるかもしれません。どうかご容赦下さい。


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第13話「黄金の劇場」

金剛姉妹狙い、連日建造、連日出撃………資材枯渇。

そんな第13話。


 階段を上がって扉を開けると、そこは天井の無い広場だった。周りの造りから察するに、コロセウムみたいな場所だろう。

 

「十六夜さん、ジン坊ちゃん………! 白野さまに、セイバーさんも………!」

 

 最上階で待っていた黒ウサギは、自分達の姿を見ると安堵の溜息を漏らす。

 眼前のコロセウムの客席を見ると、最上部に玉座が置かれていた。そこに腰かけていたルイオスは、自分達を見ると不満そうに鼻を鳴らす。

 

「―――ふん。ホントに使えない部下達だ。今回の件が済んだら、纏めて粛清するか」

 

 ルイオスは溜息をつきながら、玉座から立ち上がった。

 

「ともあれ、ようこそ白亜の宮殿・最上階へ。ゲームマスターとしてお相手しましょう………と言いたいところだけど、一つ提案があるんだ。君達さ、わざと負けない?」

「………はぁ?」

 

 突然の提案に、隣にいた十六夜が胡乱げな声を出す。ルイオスはそれを気にする事無く、先を続けた。

 

「だって無駄だろ? 僕の圧勝は目に見えているけど、それでも余計な手間をかける事になるんだ。ただでさえ君達“ノーネーム”に本拠を滅茶苦茶にされた上に、あの吸血鬼の商談だって決まってないんだ」

 

 そう言いながら、空飛ぶ靴を使ってこちらへ降りてくるルイオス。その顔には隠そうともしない驕慢が張り付いていた。

 

「今なら全員、無傷で帰してやるよ。なんだったら、あの吸血鬼も付けてやっていい。もちろん“月の兎”と交換だけどね。どうだい? 悪い話じゃないだろ」

「あ、貴方はギフトゲームを何だと思っているんですか!!」

 

 この期に及んで、“契約書類”の取り決めすら無視する様なルイオスに、ジンくんが怒りの声を上げる。ギフトゲームによる取り決めが大きな意味を持つ箱庭において、ルイオスの提案は非常識以外の何物でもないだろう。だが、ジンくんの抗議をルイオスは鼻で笑ってみせた。

 

「そんなもん、ただのゲームだろ? 面倒なだけで、景品を得るのに割が合わないね。それに今回ウチは旨味のないゲームをやっているんだ。“月の兎”を渡して貰わないと損なだけだね」

 

 この世界のルールそのものを軽んじる様なルイオスに、ジンくんは言葉を詰まらせた。さっきから一言も喋っていない黒ウサギも同様だろう。いや、あれはむしろ“箱庭の貴族”としての誇りまで傷つけたルイオスに対する怒りで言葉が出ないと言う方が正しいか。

 

「どうだい、ここはどっちが得か考えた方がいいんじゃない?」

 

 まるで握手を求める様に、こちらに手を差し出すルイオス。

 さて………そろそろ限界かな。

 

「断る」

「………何だと?」

「断る、と言ったんだ。お前の提案には俺達に得な事なんて無い。なにより、これから戦おうとする人間に対して一方的な降伏勧告なんて馬鹿げている」

 

 そう、馬鹿げている。ルイオスにとってギフトゲームは面倒なだけかもしれない。しかし、飛鳥や耀。それに敵として立ち塞がったグライアイ達や“ペルセウス”の騎士達にとって負けられない戦いだからこそ、持てる力の限りをぶつけてゲームに挑んだ。それら全てを嘲笑う資格など、ルイオスには無い。

 なによりも、相手が弱いからと決めつけて戦う事すら放棄するのは最大の侮辱だ。聖杯戦争でも、自分は最弱のマスターだったが諦めずに戦った。相手が強大でも、決して膝を屈しないこと。それだけが自分の誇りだった。隣にいたセイバー/キャ■ター/■ーチャー/ギルガメッ■ュ/が諦めずに戦ってくれたから、自分も諦めなかった。それを嘲笑うというなら―――ルイオスを許さない。

 

「レティシアは欲しい。でもお前に降伏なんてしない。お前を倒して、俺達はレティシアを取り返す」

「白野さま………」

 

 近くにいた黒ウサギが、どこか尊いものを見る様な目で自分を見ていた。自分はただ、思った事を口にしただけなんだけどな。

 

「よく言った。それでこそ我が奏者よ」

 

 短く、しかし称える様にセイバーが頷く。

 

「あの優男に目に物を見せてくれよう。さあ、剣を執れ、ペルセウスの末裔よ! 貴様に一握りでも誇りが残っているなら、恐れずしてかかってくるが良いっ!!」

「前に、別の奴にも言ったけどな」

 

 原初の火(アエストゥス・エストゥス)の切っ先をルイオスに向けて指し示すセイバーの横に、十六夜が半身に構えて並ぶ。

 

「勝負事というのは勝者を決めて終わるんじゃない。敗者が決まって終わるもんなんだよ」

 

 拳を上げ、十六夜はファイティングポーズを取る。

 

「来いよ。特別に()()()()()()()

「僕も………僕だって、コミュニティのリーダーです! ゲームを前に、逃げ出す事なんて出来ません!!」

 

 ジンくんも、拳を握りしめてルイオスを睨む。よく見ると足が震えており、顔から冷や汗が出ている。誰が見ても虚勢にしか見えないが、その姿にかつての自分自身を見た気がした。

 

「貴方が僕たちの前に立ち塞がるとのであれば、“ノーネーム”の誇りにかけて“ペルセウス”を打倒しますっ!!」

「ジン坊ちゃん……皆さんも………」

 

 感嘆極まった様に呟く黒ウサギ。それに対してルイオスは、心底つまらない物を見たという顔をしていた。

 

「フン、本当に馬鹿な奴ら。いいさ、そっちがその気ならお望み通り戦ってやるよ」

 

 ルイオスはチョーカーについた飾りを外し、天に掲げた。それは不気味な褐色の光を放ちながら、脈動する様に徐々に大きくなっていく。セイバーと十六夜は身構え、自分はジンくんを庇いながら後ろへ下がる。そして―――!

 

「この僕のギフト―――“アルゴールの魔王”がなっ!!」

 

 ルイオスの宣言と共に、一際大きな光が自分達の視界を埋め尽くした。それと同時に、宮殿の隅々まで響き渡る様な甲高い声が耳を揺さぶる。

 

「ra………Ra、GEEEEEYAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 謳う様な、そして叫ぶ様な女の声に堪らずに耳を塞ぐ。現れた女は全身の至る所を拘束具と捕縛用のベルトに巻かれ、膝下まである紫色の髪が女性とは思えない程に乱れていた。両目は血の様に真っ赤に染まり、狂乱の顔を彩っていた。

 もしも元の姿に戻れば、絶世の美女の姿を拝めるだろう。だがバーサーカー(狂戦士)の様に叫び続ける彼女の姿は、そんな考えを否定していた。

 

「奏者よ、上だ!!」

 

 セイバーの声にハッと頭上を見上げると、巨大な岩石が自分達へと降ってくる―――!

 

「コード:move_speed()、実行!!」

 

 脚力を強化する魔術(キャスト)を即座に発動させ、ジンくんを脇に抱えてその場から走る。直後、轟音を響かせながら岩石が次々と闘技場へと落下した。チラ、と脇見するとセイバー達も落ちてくる岩を躱していた。

 二度三度と落ちる岩石を右往左往する様に避ける自分達へ、ルイオスの哄笑が降ってきた。

 

「ハハハッ! 飛べない生き物は不便だよねえ。落下する雲も避けられないなんてさ!!」

「く、雲ですって………!?」

 

 ハッと黒ウサギが頭上を見上げると、そこにはいつの間にか空飛ぶ靴で上空へ退避したルイオスがいた。その上には雲一つない晴天となった空がある。ルイオスの言う通り、この岩は浮かんでいた雲を石化させた物だ。力を解放しただけで天高くまで石化の光で満たした女の名を、黒ウサギは戦慄と共に口にした。

 

「星霊・アルゴール………! 白夜叉様と同じ、星霊の悪魔………!」

 

 星霊とは呼んで字の如く、星に存在する主精霊のことだ。星の主権を持った彼等は、神霊・龍と並んで箱庭の最強種の一つに数えられる。アルゴールもまた、ペルセウス座のゴーゴンの首に据えられた恒星だけに石化のギフトを持つのだろう。

 一つの星を背負う大悪魔。箱庭最強種の一角・“星霊”こそが、ルイオスの切り札だった。

 

「今頃は君らのお仲間も部下も全員石になってるだろうさ。ま、無能には丁度いい罰だな」

 

 ルイオスの言葉に、ハッと後ろを振り向く。客席が壁になって見えないが、外からも石化した雲の落下音が響いているということはコロセウムの外にも石化の光が降り注いだのだろう。つまり、飛鳥と耀はもう―――。

 

(いや………大丈夫だ)

 

 胸に湧きあがった暗い考えを否定する様に首を振る。石化したからといって、命を奪われるわけではない。そうでなければ、商品として売るレティシアを石化したりなどしないはずだ。万が一、石化を解除できないとしても自分にはコード・キャストがある。石化の魔眼を持つ様なサーヴァントを相手にしたことは無いが、状態異常を治療する魔術を使えば治せないことは無いはずだ。そう、自分に言い聞かせる。

 

「白野さん………」

 

 険しい顔をした自分を心配そうに、ジンくんが顔を見上げる。大丈夫だ、とだけ言って彼を隣に降ろした。今は目の前の敵に集中しよう。後のことはアルゴールとルイオスを倒してからだ。

 

「下がってろよ岸波、御チビ。守ってやる余裕は無さそうだ」

 

 敵が尋常ならざる相手だと分かったからか、十六夜はいつもの軽薄な笑みを消して前に出ようとし―――横から伸ばされたセイバーの剣に行く手を遮られた。

 

「何のマネだよ、皇帝様」

「余が相手をする。そなたは控えておれ」

 

 横やりを入れられる形になった十六夜がセイバーを睨むが、彼女はなんでも無いことの様に返した。

 

「あのな、皇帝様。相手は一応、元・魔王だ。アンタは岸波と御チビの護衛を」

「控えよと言っている」

 

 少し苛ついた様に反論しようとする十六夜を、有無を言わせない断固とした口調でセイバーは遮る。なおも言い募ろうとする十六夜より先に、セイバーは口を開いた。

 

「そなたは今まで出会った人間の中で一、二を争う程に優秀な能力ではある。会って間もない内に余の真名を看破しかけた洞察力は見事なものよ。だがな………そなた一人で全てを解決させなくてはならない程、余や奏者は弱くないぞ?」

「………」

 

 なにか感じるところがあるのか、黙って聞く十六夜。

 

「もう少し、周りに頼ることを覚えよ。なに、心配いらぬ。敵は星の精霊と強大ではあるが、余と奏者が乗り越えてきた壁に比べれば朝飯前にもならぬ」

 

 万物に向かう敵など無し、と不敵に笑うセイバー。いつもは自分がする顔を見た十六夜は片手で後頭部をかくと、溜息をついた。

 

「ったく、要するに皇帝様が戦いたいってことだろ? いいぜ。譲ってやるよ」

 

 果たしてセイバーの観察眼の通りだったのか、そうでないのか。十六夜はセイバーに戦いを()()()()()という形で折れた。そんな十六夜の様子が可笑しかったのか、セイバーはくつくつと笑った。

 

「余が言えた義理では無いが………そなた、相当に意地を張るのだな」

「かっ、あれだけ大口を叩いたからには朝飯前で倒してくれよ? ()()()()()()?」

「任せよ。諸人に美しく戦う姿を見せてこその王であるからな」

 

 具足を鳴らしながら、セイバーはアルゴールの前へと歩いていく。やがて互いの距離が五メートル程の間合いになると、ピタリと立ち止まった。手にした剣を、持ち手の部分でバトンの様に振り回した後に剣を構える。

 そして、当たり前の様に自分へ声をかけた。

 

「奏者よ、指示を」

 

 ―――どうやら自分は突然の事態の連続で、大分鈍っていた様だ。思わず溜息をついてしまう。自分が出来ることは、いつだって前を向いて歩くこと。そして―――全力で戦闘代行者であるサーヴァントを支援すること。いつだって、自分達は戦うか死ぬか(Sword or death)を選んできた。だから―――!

 

「ああ! いくよ、セイバー!!」

「任せよ! 共に勝利を飾ろうぞ!!」

 

 自分の宣言に呼応する様に、セイバーから闘気が湧きあがる。自分とセイバーが力を合わせれば、たとえ魔王にだって負けはしない!

 

「名無し風情が………迎え撃て、アルゴール!!」

「RAAAAAALaaaaaa!!」

 

 ルイオスの号令と共に、アルゴールがセイバーへと襲い掛かる。セイバー達の一挙手一投足に意識を集中させる。最初の一撃は―――上空からの振り下ろし!

 

 

「上からだ、後ろへ跳び退いて回避!!」

「うむ!」

 

 背中の翼をはためかせて上空へと飛んだアルゴールは、予想通りに急降下して襲い掛かる。それをバックステップで躱したセイバーは、お返しと言わんばかりに落下したアルゴールに剣を横凪で斬りこむ。

 

「次、アタック! その後にガードしてカウンター!! 相手のガードを斬り崩せ!!」

「はっ、やあっ! せいっ!!」

 

 畳み掛ける様な連撃を加えるセイバーに、アルゴールは為す術無く斬り刻まれていく。ときおり持前の怪力で反撃を加えるが、全てセイバーに受け流されてはカウンター攻撃。さらにはガードをしようと身を固めたところへ身体ごと回転させたセイバーの一撃にガードブレイクされるなど、徐々にセイバーに追い詰められていた。

 

「くっ、名無し相手に何をしているんだ!? 押さえつけろアルゴール!!」

「RaAAA!! LaAAAA!!」

 

 アルゴールの不利に業を煮やして叫ぶルイオス。すると、アルゴールの体が膨れ上がり、セイバーを優に三倍は超える体格へと巨大化した。

 でも甘い。体が大きいということは、リーチも大きくなったということ。つまり―――!

 

「セイバー、アルゴールの懐に入り込め! そこから攻撃するんだ!!」

「心得た!」

 

 駆け出し、アルゴールの腕の内側へ入ろうとするセイバー。そうはさせないと、アルゴールは巨体でセイバーを押しつぶそうとする。

 

「bomb()!!」

「GYA!!?」

 

 用意した魔術がアルゴールの顔で炸裂し、動きが一瞬だけ止まった。セイバーはその隙を見逃さない。あっという間に足元まで走りよると、勢いのまま剣を一閃させる。

 

「天幕よ、落ちよ! 花散る天幕(ロサ・イクストゥス)!!」

 

 得意の斬撃で繰り出された一撃は、アルゴールの片足の腱を切り裂いていた。バランスが崩れ、倒れかかるアルゴールに更にセイバーは連撃を加える。

 

「そら、そこを動くな!!」

 

 纏わりつくように攻撃するセイバーに、アルゴールは巨大化した腕で振り払おうとする。しかし、セイバーに掻い潜るように避けられて有効な一撃を出せないでいた。

 

「何故だ何故だ何故だ!? アルゴールは魔王だぞ!! なのに名無し風情に、どうしていい様にやられてるんだ!!?」

「………それはお前のミスじゃないのか?」

 

 空中で地団駄を踏むルイオスに静かに言い返す。

 

「単純な力押ししか命令しない、アルゴールの特性も生かし切れていない。だから動きが読み易くて俺達に反撃を許している」

 

 アルゴールは決して弱くは無い。力もスピードも、聖杯戦争で戦った上位のサーヴァント達以上にある。まさに魔王の名に相応しい実力と言えるだろう。だがルイオスの指示が的確では無いのだ。巨大化にしたって、あれで力は上がっているのかもしれないがリーチの長さが仇となっている。だから懐に入られたセイバーにいい様にやられているのだ。

 

「はっきり言って、指揮が杜撰なんだ。ルイオス………ひょっとして、お前は一度も自分で戦った事が無いんじゃないか? だからアルゴールの力に頼った攻撃しか出来ないんだ。なにせ、お前自身がアルゴールの事を理解してないから」

「こ、の………言わせておけば、名無し風情があぁぁぁぁっ!!」

 

 激昂と共に、空中にいたルイオスが急降下して自分へと向かってくる。その手には神霊殺しの鎌・ハルペー。速い、避け切れない―――!

 

「奏者!!」

 

 慌てて駆け寄ろうとするセイバーに、髪の毛を無数の大蛇に変えたアルゴールが邪魔をする。蛇に手足を絡み取られて動けなくなるセイバー。そうしている内に、目の前にルイオスの凶刃が迫り―――

 

「喝っ!!」

 

 十六夜の拳に阻まれた。

 

「なにっ!?」

「オラァっ!!」

 

 驚愕するルイオスの顔に、十六夜の拳がめり込んだ。衝撃のあまり、ルイオスは地面にバウンドしながら転がっていく。

 

「油断大敵だぜ、岸波。指揮官もゲーム中は攻撃されるって事を忘れんな」

「ああ。ありがとう、十六夜」

 

 聖杯戦争中、敵サーヴァントはマスターへの直接攻撃は禁止されていた。だから自分は攻撃を心配しないで指示を出せていた。でも、これは聖杯戦争じゃない。もっと周囲の状況にも気を配って戦わないといけないな。

 

「岸波のガードは任せておけ、皇帝様! なんなら、そっちも加勢してやろうか?」

「………ハッ、冗談を。この程度の相手に、助太刀など要らぬわ!!」

 

 爆発する様な魔力の放射と共に、セイバーを縛り付けていた大蛇の群れが吹き飛ぶ。剣を構えなおすと、セイバーはアルゴールへ斬りかかった。

 

「返上するぞ! 喝采は万雷の如く(パリテーヌ・ブラウセルン)!!」

 

 目にも止まらぬ連続の斬撃は、アルゴールの髪の大蛇をバラバラに切り裂いた。のみならず、アルゴールの体に無数の切り傷を生じさせる。

 

「GYAAAAAAaaaaaa!!」

「それは悲鳴か? 見苦しいものだな」

 

 詰まらなそうに呟くセイバーに、ジンくんが慌てて叫んだ。

 

「い、今の内にトドメを! 石化のギフトを使わせては駄目です!!」

 

 星霊アルゴールの真価は、身体能力とは別のところにある。世界を石化させる強大な呪いの力こそ、彼女の本領だ。

 だが自分よりも、鼻血を流しながら起き上ったルイオスの指示の方が早かった。

 

「アルゴール! 宮殿の悪魔化を許可する! 奴らを殺せ!」

「RaAAAAA!! LaAAAAA!!」

 

 謳う様な不協和音が周囲に響き渡る。途端に宮殿がドス黒く染まり、壁が生き物の様に脈打ち出した。宮殿一帯に広まった黒い染みから、次々と蛇の形をした怪物が出てくる。

 

「これは―――!」

「ゴーゴンは様々な悪魔を生み出した、って伝承があっただろ。それの具現化じゃね?」

 

 襲い来る大蛇たちを蹴り飛ばしながら十六夜が言った。そもそも星霊はギフトを与える側の存在だ。アルゴールも、宮殿そのものに“怪物化”のギフトを与えたのだろう。壁や床から蛇蝎が次々と生み出され、いまや白亜の宮殿は魔宮と化していた。

 

「もうお前達は生きて帰さないっ! この宮殿はアルゴールの力で生まれた新たな怪物だ! 貴様等の相手は魔王と宮殿そのもの! このギフトゲームの舞台に、貴様等の逃げ場は無いものと知れっ!!」

 

 ルイオスの絶叫と、アルゴールの不協和音。それらが合わさり、柱は大蛇に姿を変え、床からは多頭の蛇が鎌首を上げる。まさに怪物の巣に落ちた様な状況にセイバーは、

 

「―――ハン」

 

 鼻で笑ってみせた。

 

「闘技場そのものを怪物と為す………なるほど、流石はアルゴールの魔王。かのメデューサの首に据えられた星の悪魔に恥じぬ力よな」

 

 目の前でセイバーを丸呑みに出来そうな大蛇が鎌首を持ち上げていても、彼女は余裕の態度を崩さなかった。

 

「だが………せっかくの奏者との第二幕に、この様な禍々しい舞台は相応しくない。余が一つ、世界を覆すとはどういう事か手本を見せてやろう」

 

 こちらへ視線を飛ばすセイバーが何を言いたいのか察し―――力強く頷く。

 

「ああ―――! いまこそ見せてくれ! セイバーの、真の力を!!」

 

 セイバーはフッと笑い、剣の切っ先を天へ向けて叫ぶ。

 

「レグナム・カエロラム・エト・ジェヘナ―――築かれよ、我が摩天! ここに至高の光を示せ!!」

 

 詠唱と共に、原初の火(アエストゥス・エストゥス)から眩い黄金の光が迸る。その光は、黒く染まった宮殿を光で染め上げる様に辺りを照らし出した。

 

「我が才を見よ! 万雷の喝采を聞け! 帝国(インぺリウム)の誉れをここに! 咲き誇る華の如く―――開け、黄金の劇場よっ!!」

 

 黄金の光が目を開けていられない程に強まり、全員が腕で目を庇う。光が収まると―――そこは怪物が跋扈する魔宮ではなくなっていた。

 

「これは、一体………!?」

 

 黒ウサギの茫然とした声が聞こえた。さっきまでいたドス黒く染め上げられた宮殿はおろか怪物達も消え、代わりに壁から天井に至る一面を煌びやかな黄金で彩られた劇場の舞台に自分達はいた。天井からは深紅の薔薇の花弁が舞い、魔物の住処は豪華絢爛な劇場へと姿を変えていた。その舞台の中心に、さながら主役の如くセイバーが毅然と立っていた。

 

「これぞ芸術に身を奉げた余の至高の舞台! 箱庭に住まう神々よ、ご照覧あれ! 万象を可能とする我が絶対皇帝圏―――招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)を!!」

 

 宣言と共に、セイバーの魔力が増大する。ここはセイバーの領域だ。たとえ星を司る悪魔といえど、彼女の支配下から逃れることは出来ない。

 

「ローマの皇帝、それに黄金の劇場………そうか、皇帝様の正体は―――!」

「何なんだ………何なんだ、お前はぁぁぁぁッ!!?」

 

 十六夜の確信と錯乱したルイオスの絶叫。それらを受けて、黄金劇場の主にして悪名高き暴君は高らかに名乗り上げる。

 

「我が真名()はネロ。ローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスであるっ!!」

 




セイバーの真名はネロだったんだよ!

な、なんだってーーー!(AA略)

そんなわけで第13話です。多分、次くらいで原作小説1巻が終わります。その後に番外編を書いて、二巻目に突入です。

筆者の引っ越しも間近に迫っており、更新が滞るかもしれませんが最後までお付き合い頂ければ幸いです。それではまた。


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第14話「そして、決着」

随分とお待たせしました。

筆者が新しい環境に馴染めず、精神的に少し参っていました。実質休止中にも関わらずに送られた次回の投稿を望んでくれた感想。胸が温かくなりました。

諸事情により、パソコンが使えないのでスマホからの投稿ですが、14話目をお楽しみ下さい。


―――Interlude

 

 ローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。あらゆる快楽、あらゆる芸術を湯水の様に楽しんだ皇帝の名。宗教を弾圧し、帝政ローマの根幹にあたる元老院制度を解体しようとし、皇帝である前に芸術家として放蕩し―――その報いとして、反乱によって皇帝の座を追われ、逃亡の途中で命を絶った史実の人物。

 だが、その名は死して二千年近い時を超えて尚も語り継がれている。人々曰く―――暴君ネロ、と。

 

「よもや、かの暴君を従えるとはな………」

 

 “サウザンドアイズ”二一〇五三八〇外門支店内の私室で、白夜叉はテレビを見ながら感嘆の溜息を漏らした。

 一見すると古めかしいブラウン管のテレビだが、その画面には黄金の劇場へと様変わりした闘技場が映っていた。白夜叉はギフトゲームが始まった時から、このテレビで“ノーネーム”の戦いぶりを観察していたのだった。

 

「彼、本当に人間ですか? ただの人間が英霊を従えるなんて、出来る筈が………」

 

 隣で一緒に観戦していた女性店員は、画面の中の岸波白野を指差しながら驚愕していた。

 英霊。神話や伝説、史実を問わず偉大な功績を残すなどして信仰を集めた最高位の人間霊。

 箱庭の最強種である星霊・神霊・龍種には一歩及ばないものの、文字通り人類史を一変させた彼等が持つギフトは時に最強種すら屠る。中には、神霊や龍の恩恵を受けた者もいる。コミュニティ“ペルセウス”の発祥である英雄ペルセウスが良い例だ。彼は人間と神霊のハーフでありながら、自身より格上であるメデューサこと星霊アルゴールを見事に殺してみせた。人間の歴史を、そして生物の強弱すら覆してしまうバランスブレイカー。それが英霊だ。

 

「箱庭へギフトを回収する際に、ギフトの持ち主である英雄が一緒に召喚されるケースはあります。でも、あのネロ帝は………」

「うむ。岸波白野が召喚したものだ。それも存命していた時代からではなく、死後に信仰を受けて霊格が最大となった姿でな。しかも、あやつは岸波白野に隷属しておる」

 

 恩恵(ギフト)は本来、歴史の転換期において人類史が正しい方向に進む為に神々が与えるバランサーシステムだ。後世に悪影響を与えない為にギフトを箱庭へ回収するのだが、ギフトと共に持ち主が召喚されるケースがある。“ノーネーム”が、強力なギフトを求めて問題児達を呼びだした様に。しかし、この召喚は並みの神仏には出来ない。なにせ歴史の転換期の中心にいた人物を呼び出すのだ。幾層も重なる並行世界から、歴史の転換期にいた目当ての人物を呼び出すというのは容易な事ではない。

加えて、岸波白野の場合は人々の信仰を受けて超常的な存在となった英霊での召喚だ。見方によっては死者の蘇生と、格上の存在に対する隷属化の両方をやったのだ。これで神格を持たないという方が可笑しい。

 

「自身との縁が強い英霊を使役する………これが月の支配者(ムーン・ルーラー)の力だというのか?」

 

 同じ様な真似を出来るギフトを、白夜叉は知っていた。

 精霊使役者(ジーニアー)。霊体の種族と隷属関係を結び、その力を十全に扱うギフト。精霊使役者(ジーニアー)は箱庭でもレアリティの高いギフトだ。この力なら英霊を使役できるのは可笑しくないが、自身で召喚を行うなど聞いたことが無かった。

 

(加えて、岸波白野が行っている補助系のギフト。あれは戦闘のサポートに打って付けのギフトだ。そう、最初から英霊を使役することが前提だったかの様に)

 

 神格を持った相手を難なく倒す逆廻十六夜には驚かされるが、岸波白野も異質さという意味では劣っていない。果たして、月の支配者(ムーン・ルーラー)とは一体何なのか? 白夜叉は頭の中で思考を回転させながら、再び画面の中の戦いに視線を向けた。

 

―――Interlude out

 

 

 

「やあぁぁっ!!」

 

 セイバーの大剣が唸りを上げながら、アルゴールへと振り下ろされる。迫りくる一撃に、アルゴールはガードしようと腕を交差させ―――受け止めきれずに、片腕を斬り落された。

 

「GEYAAAAAAaaahhhh!!」

「これで終りではないぞ、そらそらぁっ!!」

 

 勢いをそのままに薙ぎ払い、突き、神速の三連撃が加わる。先程までの様に耐える事すら出来ず、アルゴールの身体に次々と深い裂傷が刻まれた。

 

「ア、アルゴール! もう一度だ! もう一度、宮殿を悪魔化させろっ!!」

 

 上空からルイオスの焦った声が聞こえる。しかしルイオスの命令に対して、アルゴールは弱弱しく痙攣するだけだった。

 

「何故だ!? アルゴールは星霊だぞ! なのに、どうしてこんな一方的にやられるんだよっ!!?」

「愚か者め。ここは我が絶対皇帝圏。余の許し無くして、力を振る舞う事は儘ならぬと知れ!!」

 

 ルイオスの疑問に答える様に、セイバーの声が力強く響き渡った。

 セイバーの宝具、招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)

 生前、彼女がローマに建設した劇場を魔力で再現させた固有結界とは似て非なる大魔術。

 この劇場が展開されている限り、全てがセイバーにとって有利に働く。まさに、彼女の願望を実現化させる絶対皇帝圏だ。

 それは、たとえ星の精霊といえども例外ではない。事実、アルゴールの動きは先程よりも目に見えて鈍い。悪魔化のギフトを使えないのも、セイバーの支配下にいる為に十全に力を振るう事が出来ないからだ。

 

「嘘だ………嘘だ嘘だ嘘だっ!! “ノーネーム”だぞ!? 最底辺の名無し風情に、英霊がついてる筈なんてない!! こんなの、全然(シナリオ)が違うだろ!!?」

「だが事実として余はここにいる。認めよ、蛇退治(ペルセウス)の末裔。そなたの見通しと、なにより戦いの気構えが為っていなかったのだ」

「黙れよ、名無し風情がぁぁぁぁっ!! そ、そうだ。お前らには“月の兎”がいるじゃないか! そいつと結託して、ゲームに不正をしたんだろ!? そうでないと“ノーネーム”ごときに、あの暴君がいるはずが」

「黙れ」

 

 見苦しく喚くルイオスに、絶対零度の声が響いた。飛鳥の“威光”とは違う、しかし聞く者に平伏せる圧力を伴ったセイバーにルイオスは口をつぐんだ。

 

「暴君………。結構、それが余に対する評価なら甘んじて受けよう」

 

 だがな、とセイバーは一端言葉を切る。

 

「貴様の様なボンクラに、気軽に暴君呼ばわりされるほど余は落ちぶれておらぬ。どうやら、アカイア(ギリシャ)の英雄が美しかったのは見た目だけの様だな」

 

 底冷えする様なセイバーの声に、ルイオスは傍目から見ても分かるくらいに震えていた。それは自分も同様だ。こちらに怒気を向けられていないのに、口の中がカラカラに乾いていた。

 

「そなたの敗因は三つある。一つ、恩恵(ギフト)に頼って自身を磨く事を怠ったこと。二つ、ろくに剣を交えたわけでもない相手に隙を見せたこと。そして三つ目」

 

 セイバーは一度、言葉を切ってルイオスから真正面に向き直った。

 

「余の奏者達を………ここにいる無名の闘士達を侮った。奏者を始め、この者達ほどの猛者は余のローマ帝国にもおらぬわ」

「セイバーさん………」

 

 感嘆極まったように呟くジンくん。セイバーは岸波白野(自分)のサーヴァントとしてではなく、“ノーネーム”の一員としてジンくんや黒ウサギ達を認めていた。

 

「………ふざけるな」

 

 温かい空気になりかけた自分達に水を差す様に、ルイオスの怒気を押し殺した声が響く。

 

「フザケルナフザケルナフザケルナアァァァッ!! この僕が、“ペルセウス”が名無し共に劣るだと!? そんなこと、あっていいはずが無いぃぃぃッ!!」

 

 ルイオスは血走った眼で、アルゴールを見据えた。

 

「アルゴール! 石化のギフトだ!! 奴等に永遠の苦痛を味わわせろ!!」

 

 ルイオスの命令を受けて、アルゴールが謳う様な不協和音を奏でながら褐色の光を放つ。これこそアルゴールを魔王に至らしめた根幹。森羅万象を石化させる星霊の力。

 セイバーの宝具でも封印出来なかったソレは、光線となってまっすぐとこちらへ伸び―――

 

「―――カッ。ゲームマスターが、今さら狡い事してんじゃねえ!!」

 

 十六夜によって踏みつぶされていた。

 

「・・・・・・・・・は?」

 

 目の前で行われた事に、思わず間抜けた声が出る。見れば、ルイオスはポカンとした顔をしていた。恐らく自分も

同じ様な顔をしているだろう。

 

「あ、あり得ません! あれほどの身体能力を持ちながら、ギフトを無効化するなんて!!」

 

 黒ウサギの叫びが自分達の心情を代弁していた。十六夜には超人的な身体能力がある。湖の蛇神をねじ伏せたり、吸血鬼と真っ向勝負をして勝つ様な常人離れしたものだ。だからこそ、肉体そのものが宝具の様なものと解釈していた。

 しかし相手のギフトを無効化したという事は、十六夜の肉体はギフトを受け付けない筈だ。当然、超人的な肉体のギフトも弾くはず。

 

(でも十六夜は現に、超人的な肉体のギフトと相手のギフトの無効化をやってみせた。そんなの、矛盾しているじゃないか・・・・・・・・・)

 

 十六夜のギフト、正体不明(コード・アンノウン)。ラプラスの紙片ですら解析不可能と銘打ったギフトの真価は、今の時点では誰にも計れない。

 

「つゆ払いはしたぜ。盛大に決めてくれよ、第五皇帝様」

「---ハハハッ! 本当に面白い輩だな、そなた達は!!」

 

 十六夜に声をかけられ、セイバーは豪快に笑いながら剣を下段に構えてアルゴールへと駆け寄る。音速の壁すら突破したセイバーに呼応する様に、剣が煌めく炎と化していく。其の名は---

 

童女謳う(ラウス・セント)---華の帝政(クラウディウス)!!」

 

 一筋の流星と化したセイバーの斬撃が、アルゴールにはしる。アルゴールは為す術なく胸を一文字に斬り裂かれた。

 

「a、aa・・・・・・La・・・・・・・・・」

 

 最後に。断末魔と呼ぶには余りにか細い謳声だけ残して---アルゴールは地に伏した。

 

 

 

 セイバーの魔力が解かれ、黄金劇場(ドムス・アウレア)が音もなく霧散していく。あっという間に、アルゴールと戦った舞台は元の闘技場へと戻っていた。

 

「此度も余の独壇場であったな。そして、奏者に十六夜よ。助力を感謝する。そなた達に拍手を」

「おう。大喝采で讃えてくれ」

 

 パチパチと手を叩くセイバーに、十六夜は鷹揚に、自分は照れくささを隠しながら頷いた。

 

「何でだよ・・・・・・・・・」

 

 ポツリと、ルイオスが声を漏らす。

 

「何で・・・・・・・・・何で僕が負けてるんだよぉぉぉっ!? ノーネームへの制裁だった筈だろ!? 星霊のアルゴールまで出したんだぞ!? そ、そうだアルゴール! お前が手を抜いたんだろ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 ルイオスの叱責に、アルゴールは沈黙で返した。口を利きたくない---という訳では無いだろう。痙攣しているから死んでないだろうが、あの傷ではしばらくは動けない筈だ。

 

「おい、なんとか言えよ! クソ、とんだハズレ魔王だ!!  つまらない! こんなゲームつまらないぃぃっ!!」

 

 年甲斐もなく喚き散らすルイオスに、呆れて溜め息が出る。他の皆も同感の様だ。ジンくんと黒ウサギは冷めた目で見ているし、十六夜はニヤニヤと莫迦にした笑みを浮かべていた。

 

「あの男、誰かに似ていると思ったが・・・・・・・・・」

 

 尚もアルゴールを罵倒しているルイオスを見ながら、セイバーは得心がいったと云わんばかりに頷いた。

 

「月での戦いで、一戦目の相手マスターに似ておる。ほれ、キーキーと煩いネズミがいたであろう」

「ああ、慎二の事ね」

 

 仮初めの友人であり、聖杯戦争の初戦の相手だった間桐慎二。今のルイオスの言動は、確かに自分達に敗北した時の慎二にそっくりだ。

 でも、そんな慎二でも月の裏側では自分の為に捨て身で助けてくれた。自身が表側の聖杯戦争で敗れて死ぬ定めだと知って、尚も仮初めでしかない友人の自分に命を賭けてくれた。

 

 聖杯戦争は、敗北=死だから勝つしかなかった。しかし慎二の様に、敗北を通して人は変わる事が出来る。今はみっともなく喚くルイオスも、今回の敗北から何かを学んでくれれば良いな。

 

「ともあれ、此度の決闘は余達の勝ちだ。黒ウサギよ、審判として勝者の宣言をせよ!」

「Yes! このギフトゲームはノーネーム側、」

「待った」

 

 黒ウサギの宣言に水を差すように、十六夜が黒ウサギの耳を引っ張った

 

「アイタタタタ!? いきなり何をするんですか十六夜様!!」

「その前に確認したい事があるからな」

 

 そう言うと、十六夜は未だにアルゴールを罵倒するルイオスへと歩み寄った。

 

「おい、ボンボン」

「な、何だ! まだ何か用か!?」

「そいつ、まさかこれで終わりじゃねえだろうな?」

 

 顎をしゃくって、十六夜はアルゴールを示す。だがルイオスより先に、黒ウサギがその問いに答えた。

 

「残念ながら、それ以上は無いと思います。拘束具をつけられていた時点で気付くべきでした・・・・・・・・・ルイオス様は星霊を制御するには未熟なのでしょう」

 

 途端、ルイオスの瞳に憤怒の炎が燃え上がる。黒ウサギを射殺さんばかりに睨んでいるが・・・・・・・・・否定の声は上がらなかった。

 

「何だ、そやつは万全ではなかったのか?」

 

 ここに来て判明した事実に、セイバーは頬を膨らませた。

 

「詰まらぬ。余と奏者の勝利にケチがついたではないか」

「同感だ。所詮は七光りのボンボン。長所が破られたら、呆気ないな」

 

 心底から失望したと十六夜は溜め息をつき---すぐに凶悪な笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうだ。ここで負けたら、お前達の旗印がどうなるだろうな?」

「な、何?」

 

 ルイオスが驚愕の声を上げる。自分も同感だ。目的はレティシアを取り戻す事ではなかったのか?

 

「そんなのは後でも出来るだろ。そんな事より旗印を盾に、即・もう一度ゲームを申し込む。そうだな・・・・・・・・・次は名前を貰おうか」

 

 サァッと音を立てて、ルイオスの顔から血の気が引いた。しかし十六夜は容赦なく先を続ける。

 

「その二つを手に入れた後、“ペルセウス”を徹底的に貶めてやる。お前達が泣こうが喚こうが、どうしようも無いくらいに徹底的に、だ。どうなるか分かるよな?」

 

 そうなれば、“ペルセウス”は壊滅だ。それどころか、自分達と同じく“ノーネーム”まで堕ちていくだろう。その事に思い当たったのか、ルイオスは震えた声を上げた。

 

「や、やめろ・・・・・・・・・!」

「そうか、嫌か。なら---方法は一つしかないよな?」

 

 十六夜は拳を構えて、挑発する様に手招きした。

 

「命を賭けろよ。ひょっとしたら、俺に届くかもしれないぜ?」

「クックック・・・・・・・・・ハーハッハッハッ!!」

「セ、セイバー?」

 

 突然笑い声を上げたセイバーを見ると、彼女は心底おかしいと云わんばかりにお腹を抱えていた。

 

「敗北を味わわせるだけに飽きたらず・・・・・・・・・誇りも名も奪いにかかると言うか! ハハハ、良いぞ! 余も欲望に際限ないが、そなた程の強欲さは見たことが無いぞ、サカマキイザヨイ!」

 

 まるで気の合う友人を見つけたと笑うセイバーに、十六夜もまた犬歯を剥き出しにした笑みを返す。

 

「言っとくが、ここから先は俺のステージだ皇帝様。元・魔王を気前よく譲ったんだから、俺にやらせろよな」

「良い。既に余は満足している」

 

 鷹揚に頷くと、セイバーはそのままコロシアムの観客席に座った。

 

「さて---始めようか。ペルセウス!」

 

 従う部下は全て石と化し、頼りの星霊は虫の息。そんな絶望的な状況に立たされ、ルイオスは覚悟を決めて叫ぶ。

 

「負けられない---お前達なんかに、負けてたまるかあぁぁぁっ!!」

 

 かくしてペルセウスの末裔は敗北を覚悟しながら、星霊殺しの鎌・ハルペーを振りかぶって、十六夜へと駆け出した---。

 




本当は1巻目の終わりまで書くつもりでした・・・・・・。

まあ、また次回に。次回こそは!


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エピローグ「星が瞬くこんな夜に」

なんか調子が良かったのか、1日でエピローグが書けました。

追記:感想で勘違いされた方がおりましたが、これで完結ではないですよ。




 さて。それからどうしたかというと---。

 

「「「じゃあ、これからよろしくメイドさん」」」

「「「・・・・・・・・・はい?」」」

 

 “ノーネーム”へと所有権が移ったレティシアをコード:cureで石化を解くと、十六夜達は口を揃えて宣言した。突然の事態に黒ウサギとジンくん共々で間抜けた声が出る。

 

「はい? じゃないわよ。今回のゲームで活躍したのは私達五人じゃない。黒ウサギ達はついて来ただけだし」

「うん。私も精一杯の露払いをした」

「つーか挑戦権を持ってきたのは俺と岸波だろ。所有権は俺と岸波が3、お嬢様と春日部が2で話がついた!」

「いや、話し合ってないよ!?」

「そうだぞ! それでは余の取り分が0ではないか!」

「オーケー、皇帝様も入れて五人で等分だな」

「ならば良し!」

「よくありません!」

 

 もうツッコミが追いつかないなんて物じゃない。黒ウサギ達と一緒に混乱していると、当事者のレティシアはゆっくりと頷いた。

 

「ふむ・・・・・・・・・メイドか。確かに今回の事で、君達には大恩が出来たな。親しき仲にも礼儀ありと言うし、君達が望むなら家政婦をやろう」

「レ、レティシア様!?」

 

 黒ウサギが驚いた声を上げていた。それはそうだろう。自分にとっては大先輩にあたる相手が、立場としては自分の下につくと言っているのだから。

 

「本当に良いんですか? 俺は別に、助けた恩とか気にしませんけど」

「構わないさ。私もメイドというものを一度やってみたいからな。それよりも、君は主にあたるわけだから私に敬語を使わなくていい」

「・・・・・・・・・分かった。これからよろしく、レティシア」

「こちらこそよろしく。・・・・・・・・・いや、よろしくお願いしますでございます?」

「黒ウサギの真似は止めとけ」

 

 ヤハハと笑う十六夜に釣られて、自分達も笑顔になる。 この日、自分達“ノーネーム”に新たな同士兼メイドが出来た。これから賑やかな日々になりそうだ。

 

「金髪の童女が余の侍従か。ならば、あんな事もこんな事も・・・・・・・・・クフ、クフフフフフ」

 

 ---うん。セイバーとレティシアを二人きりにしない様にしよう。

 

 

 

 “ペルセウス”とのギフトゲームから三日後。夜中に自分達は“ノーネーム”敷地内の噴水前広場にいた。労働を担当する子供達を含め、その数は128人+1匹。数だけならば、ちょっとした中堅コミュニティだ。

 

「えー、それでは! 新たな同士を迎えた“ノーネーム”の歓迎会を始めたいと思います!」

 

 黒ウサギの開始宣言に、子供達がワッと歓声を上げる。屋外に運び出された長テーブルには、ささやかな宴会料理が並んでいた。10歳からそれ以下の子供達が料理を囲んでいるのは、端から見れば小学校のお楽しみ会に見えるだろうけど、自分は悪い気はしなかった。

 

「だけど、どうして屋外での歓迎会なのかしら?」

「うん。私もそれは思った」

「黒ウサギなりの精一杯のサプライズだろ」

「まあ、良いではないか。今宵は宴の準備をした黒ウサギ達に感謝して、吐くまで飲み食いするとしよう」

「セイバー、流石にそれは止めてね」

 

 セイバーが存命していた古代ローマでは、宴会は飲食しては吐き戻し、また飲食しては吐き戻すのが一般的だったらしい。

 “ノーネーム”の財政は決して豊かではない。こうして皆でお腹一杯に食べるというのも、ちょっとした贅沢になるくらいだ。そこまでして用意してくれた料理を吐かれるのは、あまり良い気はしないだろう。

 

「分かっている。余も現代の一般マナーくらいは心得ている」

「それにしても意外よね。こんな女の子が、あのネロ帝なんて」

「うん。私もびっくりした」

 

 飛鳥と耀がなんとなしに呟き、十六夜がそれに続いた。

 

「皇帝様の剣、原初の火(アエストゥス・エストゥス)というのは古代ローマの公用語だったラテン語だ。加えて剣を贈ったコミュニティ“パクス・ロマーナ”は、ローマ帝国の支配領域が平和な時代を指す言葉。トドメに臆面なく“余”を自称で使っている所からローマ帝国の皇帝だった人物とは思ったが、まさかネロ帝だったとはな」

「そなた等・・・・・・・・・何とも思わぬのか?」

 

 不安そうに聞くセイバーに、三人はキョトンとした顔を返した。

 

「なんで?」

「余は、あのネロだぞ。暴君として名高い皇帝だぞ?」

「馬鹿馬鹿しい。そんなの、後生の人間が勝手に言った事じゃない」

 

 髪を掻き上げながら、飛鳥は短く鼻を鳴らす。

 

「私は、私が見て感じた事しか評価しないわ。他人の評価なんて、鵜呑みにする必要がないもの」

「私は、セイバーと友達になりたいだけ」

 

 三毛猫を抱えながら、耀はまっすぐとセイバーの顔を見る。

 

「セイバーともっとお話したい。セイバーの話も聞いてみたい。他の人が暴君と言っても、セイバーの事をもっと知りたい」

「ま、皇帝様の過去なんて歴史の本でしか知り様が無かったけどな」

 

 十六夜が、いつもの人を食った---それでも少しだけ優しい笑みでセイバーを見た。

 

「重要なのは、ここにいる皇帝様がどうするかだろ? 俺が気になるのは、皇帝様が面白いかどうかだ」

「そなた等・・・・・・・・・」

 

 三人の飾らない言葉に、セイバーの翡翠色の瞳が潤む。でもそれは一瞬のこと。すぐにいつもの自信タップリな笑顔になった。

 

「よかろう! これから心ゆくまで、余の・・・・・・・・・ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスの華やかな姿を魅せてやろう! しかと心に刻みつけるが良い!!」

「期待しているぜ、皇帝様」

 

 笑い合うセイバー達に気付かれない様に、自分は安堵の溜め息をついた。いつもは堂々としているけど、セイバーは暴君と呼ばれる事に思う所はあったのだろう。統治した市民を愛し、市民を第一とした政策に取り組んだ彼女にとって、暴君という字は少なからず心に響いていたはずだ。

 まだ短い付き合いとはいえ、十六夜達がそんな色眼鏡でセイバーを見る人間じゃないと分かっていた。それでも万が一と心配していたけど、杞憂だった様だ。

 

(良かったな、セイバー)

 

 そんな自分達を余所に、宴もいよいよたけなわとなったのか、黒ウサギの声が辺りに響いた。

 

「それでは、本日のメインイベントが始まります! みなさん、箱庭の天幕にご注目下さい!」

 

 言われた通りに皆が一斉に空を見上げた。星々が瞬く、綺麗な夜空だった。やがて---

 

「あ・・・・・・・・・!」

 

 その声は誰のものだったのか。それが合図だったかの様に、一つ、また一つと流星が箱庭の天幕を(はし)る。

 

「これが、流星群・・・・・・・・・」

「ああ、なんと美しい」

 

 初めて見る流星群に心を奪われていると、隣にいたセイバーも同意する様に目を輝かせていた。

 そこへ、黒ウサギが解説する様に声を張り上げた。

 

「箱庭の世界は天動説の様に、全てのルールが箱庭を中心に回っています。先日、同士が倒した“ペルセウス”のコミュニティはその責から“サウザンドアイズ”から追放され、あの星空からも旗を降ろす事になりました!」

「え?」

 

 なにか、黒ウサギがトンでもない事を言ったのが聞こえて驚いていると、一際大きな光が夜空を照らした。慌てて光の方を見ると、夜空にあった筈のペルセウス座が消え、代わりに夥しい数の流星がそこにあった。

 

「今夜の流星群は、“サウザンドアイズ”から“ノーネーム”の再出発祝いも兼ねています。鑑賞するも良し、流れ星に願いを託すも良し。皆で心ゆくまで楽しみましょう♪」

 

 黒ウサギの音頭と共に、子供達が高々と杯を掲げ合う。だが、自分達は驚いてそれどころではなかった。

 

「空から星座を無くすなんて・・・・・・あの星の果てまで、箱庭の為の舞台装置だというの?」

「そういうこと・・・・・・・・・かな?」

 

 ハハハ、と飛鳥と耀が力なく笑い合う。自分も、まさか天体すら自由自在にする存在がいるなんて夢にも思わなかった。

 

「アルゴルの星が食変光星じゃない事は分かっていたが・・・・・・・・・まさか星座まで造られたものだったとはな」

 

 先ほどまでペルセウス座が輝いていた空を見上げ、十六夜は感慨深げに溜め息をついた。面白いから、という理由で世界の最果てまで行き、神にすら喧嘩を売った彼にとっては最高のサプライズだっただろう。

 

「ふっふーん。驚きました?」

 

 気がつくと、黒ウサギが十六夜に声はかけていた。十六夜は降参と言わんばかりに両手を上げる。

 

「やられた、とは思っている。最果ての大瀑布に、水平に廻る太陽、黄金の劇場・・・・・・・・・色々と馬鹿げた物を見てきたつもりだったが、まさかこんなショーが残っていたとはな。お陰でいい個人的な目標が出来た」

「おや? それは何でございましょう?」

 

 破天荒な十六夜の目標というのが気になり、自分もなんとなしに聞き耳を立ててみる。すると、十六夜はペルセウス座の消えた夜空を指差し、

 

「あそこに俺達の旗を飾る、というのはどうだ?」

 

 まるで、旅行の行き先を決めるかの様に言ってみせた。

黒ウサギは驚いた顔になったが、すぐに笑顔になって頷く。

 

「それは・・・・・・・・・とてもロマンがございます♪」

 

笑い合う二人を見ながら、自分もその光景を想像してみる。それは、なんて---

 

「あれ?」

 

 気がつくと、セイバーが居なくなっていた。周りを見渡しても、彼女の特徴的なドレスを見つける事が出来ない。疲れて、どこかで休んでいるのかな? そう考えながら、宴席から離れた場所に足を向けてみた。

 

 

 

 宴会の会場から離れ、ぽっかりと広場になっている木立の中にセイバーはいた。彼女は何をするという訳でもなく、ただ静かに流星群を眺めていた。

 

「セイバー? こんな所でどうしたの?」

「・・・・・・あの者達は変わっているな」

 

 声をかけると、セイバーはポツリと洩らした。

 

「余を王として・・・・・・悪名高い暴君としてではなく、一人の人として見てくれる人間など、セネカと奏者以外にいなかった」

「セイバー・・・・・・・・・」

 

 セイバーの独自になんとも言えず、ただセイバーの名前を呼ぶ。彼女---ネロ帝は、実の母の為に皇帝という将来しか約束されなかった。その母ですら、自分の子を権力を振るう為の道具としか見ていなかったのだ。それでもセイバーは、セイバーらしく振る舞おうとした。その結果に残ったのが・・・・・・・・・暴君という烙印だった。

 

「奏者よ」

 

 セイバーの翡翠色の瞳が、まっすぐと自分を見る。いかなる宝石にも勝る翡翠の眼は、真剣と色合いを帯びていた。

 

「余は・・・・・・・・・私は、あの者達の力になってやりたい。彼等が己の旗が戻るまで、剣を振るってやりたい」

 

 ローマ帝国の皇帝でもなく、英霊としてでもなく。ネロとして“ノーネーム”の力になりたいとセイバーは言う。

 

「だが、私は奏者のサーヴァントだ。ムーンセルの制約は無くなったが、剣を捧げた誓いは変わらない」

 

 そして一呼吸置き---セイバーは切り出した。

 

「奏者は・・・・・・どうしたいのだ?」

「俺がどうしたいか、か・・・・・・」

「ここはムーンセルではなく、聖杯戦争もない。奏者は月では戦う事でしか生を許されなかったが、ここならば奏者が望めば平穏な生を歩む事が出来る」

 

 それは、かつて聖杯戦争の予選で見せられた偽りの生活。朝起きて、学校に行って、友人と他愛ない話をして。退屈だったけど、命の危機など無かった生活。それが真実の物として手に入る。

 

「奏者は月で十分に戦った。だから、奏者が望むなら---」

「それは違うよ」

 

 セイバーの言葉を遮って、否定する。

 

「奏者・・・・・・?」

「セイバー。俺は、平穏な生活を送りたいから聖杯戦争を終わらせたわけじゃない」

 

 いつだって、必死だった。負ければ死に、勝っても対戦相手の死を見届けなくてはならない。何度、気が狂いそうになっただろうか。あまつさえ、自分が作られたデータ上の存在でしかないと知った時は胸に穴が空いた様な気持ちだった。それでも---。

 

「それでも、さ。俺はここに---セイバーと一緒に、ここにいるという事を無かった事にはしなくなかった。セイバーが救ってくれた事を、無かった事にしたくなかった」

 

 思い出すのは、セイバーと初めて会った時。選定の間で倒れ、死を待つだけだった自分。それでも諦めきれない、と伸ばした手をセイバーは取ってくれた。あの時の姿は、例え地獄に堕ちても忘れる事は出来ないだろう。

 黒ウサギ達は、自分と十六夜達に助けを求めて手を伸ばしてきた。それなら---今度は、自分がその手を取りたい。

 

「奏者よ。そなたは---」

「さっきさ、十六夜と黒ウサギが話していたんだ」

 

 照れくささを隠す様に、セイバーの言葉を遮る。

 

「いつか、あの夜空に“ノーネーム”の旗を掲げようって。だから---」

 

 決意を顕わに、空を見上げる。もう大分、流星が収まってきた星空。その空に自分の決意を示す。

 

「俺はここに---“ノーネーム”にいたい。黒ウサギに、ジンくん。十六夜に飛鳥、耀達と一緒にまた夜空を見上げたい」

 

 ---あそこに俺達の旗を飾る、というのはどうだ?---

 

 先ほどの十六夜の言葉が脳裏に甦る。それはけっして楽な道では無いだろう。存続すら危ういこのコミュニティを立て直し、さらには旗を奪った魔王を探さなくてはならないのだ。

 でも。それはなんて---

 

「明るい光に満ちた、未来だよな」

 

 言いたい事を喋り終えると、セイバーは黙っていた。やがて、深い溜め息をつきながら口を開く。

 

「奏者にとって、それが“ノーネーム”と共に戦う理由か。なんとも、そなたらしい・・・・・・他者に対する慈愛に満ちた答えよな」

「むっ、そこまで博愛主義じゃないぞ? 襲いかかって来るなら、きっちりと撃退するし」

「会って間もない相手を無償で助ける、と言ってる時点で十分にお人好しだ、たわけ」

 

 くつくつとひとしきり笑い、セイバーは顔を引き締めた。

 

「奏者よ。あの者・・・・・・否、我等“ノーネーム”の目標は果てしなく遠い。今回のギフトゲームは、ペルセウスの末裔が使役しきれてないからこそ星の精霊を圧倒できた」

 

 もしも、アルゴールの魔王が万全ならばどうなっていただろうか? 少なくとも、今回の様に圧倒は出来ないだろう。

 

「この箱庭世界は、余が想像する以上の伏魔殿の様だ。下手をすれば、聖杯戦争が可愛く見える相手すら敵になるだろう。それでも、その意志は変わらぬか?」

「変わらない」

 

 セイバーの問いに即答する。聖杯戦争が可愛く見える? その聖杯戦争すら、自分はなんとか勝てたくらいだ。自分よりも遥かに強大な相手だなんて、いつもの事だ。

 

「そうか・・・・・・ならば、私も奏者に付き従おう」

 

 そう言うと、セイバーは片膝をついて剣を実体化させる。

 

「先ほども言ったが、ムーンセルの制約は既にない。だから、私と奏者の間にはサーヴァントとマスターという関係は形骸でしかないが・・・・・・改めて、ここで主従の契約を結ぶぞ」

「---分かった。やってくれ」

 

 突然の申し出に面食らったけど、セイバーの真剣な気持ちを汲んで応じる。セイバーは片膝をつきながら剣を正眼に構え、誓いの言葉を紡ぎ出した。

 

「誓いをここに。我の身は汝の下に、汝の命運を我が剣に。私、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスの名の下に誓う。そなたを再びマスターとして認めよう。岸波白野よ」

「俺からも、よろしく。セイバー---ネロ」

 

 厳粛をもって、セイバーの真名を呼ぶ。

 

 星が瞬くこんな夜に。

 自分と情熱的な皇帝は、再び戦う事を決めた。




セイバーの普段の一人称は余。個人として振る舞う時は私。
セイバーが岸波白野のオマケとしてではなく、ネロ個人として“ノーネーム”で戦う理由を作りたかった。同時に、岸波白野が巻き込まれたのではなく、確固とした意志で戦う理由を作りたかった。
そんな思いで書いたら、少し長くなりました。エピローグなのに(笑)

次回は、恐らくそのまま二巻の内容に突入すると思います。日常編を望む声があるので、どこかで日常編はやろうとは思っています。

作者のパソコンが使えず、スマホからの投稿なので今までの様にルビ振りが出来ませんが、マイペースに更新はしていきます。ではまた次回。


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第二章『あら、魔王襲来のお知らせ?』
第1話「“火龍誕生祭”へのお誘いですよ?」


元の展開にたった二人の登場人物を追加するだけで、出番の調整は難しくなるのだなぁと思いました。

それでは第二章、お楽しみ下さい。


「ふぁあ・・・・・・」

 

 日が昇り、仕事始めの準備に出向く人々の波に逆らう様に、自分とセイバーは“ノーネーム”への帰路を歩いていた。ペリベッド通りでは既に開店準備を終え、仕事に精を出す店もあった。

 

「随分と眠そうだな、奏者よ」

「流石に徹夜はね・・・・・・そう言うセイバーは平気なのか?」

「夜通しの宴など珍しくなかったからな。この程度は疲れの内には入らぬわ」

「ああ、そう・・・・・・」

 

 流石は元・皇帝。徹夜明けだというのに、そんな素振りを微塵に見せず堂々として佇まいを見せている。セイバーの整った容姿も相俟って、こうして歩いているだけでも一葉の絵画になりそうだ。事実、先ほどからすれ違う人々は皆、セイバーに目を奪われていた。隣を歩く自分もみっともない姿は見せられないと、精一杯あくびをかみ殺しながら背筋を伸ばす。

 

「それにしても、あのカジノの店長は傑作だったな! 最後は顔がグニャ~と歪んでいたぞ!」

「ははは・・・・・・少し気の毒な気もしたけどね」

 

 先ほどまでのギフトゲームを思い返す。

 違法な手段だったとはいえ、近隣で最大だったコミュニティ・“フォレス・ガロ”の亡き後、一時的に治安が乱れた。“フォレス・ガロ”という抑止力が無くなったならば、と今まで陰で悪事を働いていた連中のタガが外れたのだ。主だった勢力は階級支配者(フロアマスター)の白夜叉に粛正されたものの、細かい所まで手が回りきっていないのが現状だ。

 今回、白夜叉からの依頼でイカサマをして荒稼ぎをしていた賭博コミュニティを潰してきた。なにせセイバーがいれば相手がどんなイカサマをしようが、ことごとく勝ってしまうのだ。相手も最初は契約書類(ギアスロール)に違反しない程度だったが、カジノの金庫を丸ごと持ち去りそうな勝利をするセイバーに焦って露骨なイカサマまで行い、それがその場にいた客全員にバレて自滅した。

 白夜叉の憲兵に連行される際に、コミュニティのリーダーは「夢だろ・・・・・・これ・・・・・・夢に決まってる・・・・・・・・・!」と譫言を呟いていたな。

 ところがどっこい・・・・・・夢じゃありません・・・・・・・・・!

 

「しかし惜しい事をしたな。あの賭け金をそのまま持ち帰れば、“ノーネーム”の懐も潤うというのに」

「まあ、もともとあれは他のコミュニティから巻き上げていたお金だし・・・・・・。白夜叉が、“ノーネーム”の名義で被害者達に返金すると言っていたから、“ノーネーム”の名前を売れただけ良しという事にしようよ」

「それだ。余はそれが不満なのだ」

 

 立ち止まり、セイバーは自分へと振り向く。

 

「この1ヶ月、“ノーネーム”の財政を回復させる為とはいえ小さなギフトゲームに挑んでばかりではないか。此度のゲームは少しは楽しめるかと思えば、相手が粗末な上に手元にはシロヤシャからの依頼料しか残らぬ。余はつまらぬ」

「とは言ってもね・・・・・・白夜叉から報奨を貰わないと、あと三日で金庫が空になるくらいウチは貧乏だし」

「ハァ・・・・・・どこぞに“ペルセウス”くらい大規模なギフトゲームは無いものか」

「まあ、今は“ノーネーム”の懐具合を回復させる事に専念しよう」

 

 溜め息をつくセイバーを元気づける様に肩を叩く。

 セイバーの不満も分からないわけでもない。“ノーネーム”がある七桁の外門は、箱庭の最下層にあるためか小規模のコミュニティが多い。当然、用意されるギフトゲームも報奨のチップも大したものが無い。聖杯戦争を勝ち抜いたセイバーにとって、それらのゲームは児戯に等しいのだ。

 

(・・・・・・・・・?)

 

 ふと、有り得ない光景を幻視する。それは聖杯戦争の七回戦目。予選から後ろ姿を追っていた少年王と太陽の騎士の主従と戦った時の記憶だ。ただし自分の傍らにいるのはセイバーではなく、獣の耳と尻尾を持ち、特徴的な装束に身を包んだ■■■■■。呪術をメインに戦う■■■■■にとって、白兵戦では最強と謳われた太陽の騎士は相性が最悪にもかかわらず、果敢に立ち向かっていく---。

 

「聞いておるのか、奏者よ!」

「え・・・・・・?」

 

 ハッと現実に引き戻される。見ると、セイバーが頬を膨らませていた。急いで頭の中から先程の映像を振り払う。

 

「あ、あー・・・・・・ごめん。ちょっと、寝ぼけていたみたい」

「まったく・・・・・・と・に・か・くだ! 余は歯応えのある相手を所望するぞ! せっかく奏者と異世界まで来たというのに、相手が三流では舞台も映えないではないか」

「分かった、白夜叉に頼んで大きなギフトゲームを紹介して---」

「岸波くん!」

 

 聞き覚えのある声に呼ばれ、そちらを振り向くと、そこには飛鳥が立っていた。その後ろには耀と十六夜、それとどういうわけか十六夜に首根っこを掴まれる形でジンくんまでいた。飛鳥は、悪戯を思いついた子供の様に目を爛々とさせながら宣言する。

 

「北側に行くわよ!!」

「・・・・・・・・・はい?」

 

 

 

「火龍誕生祭?」

「そう。『北側の鬼種や精霊達が作り出した美術工芸品の展覧会および批評会に加え、様々な“主催者”がギフトゲームを開催。メインは“階級支配者”が主催する大祭を予定しています』ですって!」

 

 朝食がまだだった自分とセイバーは、飛鳥達と噴水広場の“六本傷”のカフェに来ていた。運ばれてきたベーコンレタスサンドを頬張りながら、飛鳥から話を聞いた。

 飛鳥が持つ招待状には双女神の印が刻印されており、それが“サウザンドアイズ”からの招待状である事を示していた。

 

「面白そうではないか。最近、細々としたゲームばかりで退屈していたところだ」

「でしょう? こんな面白そうな事を逃す手はないわ」

 

 食後の紅茶を優雅に飲みながら、セイバーが同意する。自分もまた、箱庭世界の大祭と聞いて興味が湧いた。北側とはどんな場所なのか? 鬼種や精霊が作った美術工芸品はどんな物なのか? 想像するだけで、胸の鼓動が高まっていく。

 

「さて・・・・・・北側にはどうやって行けばいいんだ? 御チビ様?」

 

 ニヤニヤと、悪巧みをしてますよといった笑顔で十六夜はジンくんに問い質す。先程まで振り回されていたのに疲れたのか、テーブルに突っ伏していたジンくんは恨めしげな表情でムクリと身体を起こした。

 

「一応聞きますけど・・・・・・・・・北側の境界線までの距離って、知ってますか?」

「知らない。遠いの?」

 

 小首を傾げる耀に対し、ジンくんは深々と溜め息をつく。

 

「やっぱり・・・・・・・・・何も知らずに出てきたんですね。初めに、箱庭世界の表面積が恒星級だという事は知ってますか?」

「・・・・・・・・・こ、恒星?」

 

 面積の表現をするのに可笑しな単語が出たので、思わず聞き返す。恒星と言われて、真っ先に思いつくのが太陽だ。もしも箱庭世界がそれと同等と言うなら、地球の13000倍の表面積を持つ。全員が嫌な予感を感じながらジンくんの話の続きを聞くと、とんでもない爆弾発言をされた。

 

「この箱庭都市は世界でも最大級の都市ですから、ここから北側までだと・・・・・・・・・大体、980000kmですね」

 

 きゅうじゅうはちまんきろめーとる。余りの数字の大きさにクラリときた。アラビア数字は凄いね、平仮名だと17文字も使う数をたった8文字に収めたのだから。

 

「い、いくらなんでも遠すぎるでしょう!!」

「落ちてきた時に見た箱庭都市って、そんなに大きかったっけ?」

「都市の見た目は遠近感が狂う様に出来ているんです。都市の天蓋も、中心の“世界軸”も見た目よりずっと遠くにあるんですよ」

 

 飛鳥と耀の抗議を、ジンくんは溜め息をつきながら受け流す。つまり、箱庭都市は自分達が考えているよりもずっと巨大だったわけだ。いまテラスから見える“世界軸”も、見た目通りの距離には無いのだろう。

 

「それならば“ペルセウス”の時の様に、転移を行えばよいのではないか? それならば時間はかかるまい」

「ひょっとして、“境界門(アストラルゲート)”の事を言っています?」

 

 あっけらかんと言うセイバーに、ジンくんはピクリと肩を震わせた。

 

「“境界門”を起動しろと言うなら、断固却下です! 外門同士を繋ぐ“境界門”の起動にはもの凄くお金が掛かるんですよ! 一人につき、“サウザンドアイズ”製の金貨が一枚! 六人で六枚! コミュニティの総資産を上回っています!!」

「う、うむ。そうか・・・・・・」

 

 涙を流しながら気炎を上げるジンくんに、セイバーも押し黙る。しかし、そうなると打つ手が無いな。流石にコミュニティの金庫を空にさせてまで、北側へ行こうとは思わないし。

 

「今ならまだ笑い話で済みますから・・・・・・皆さんでコミュニティに戻りませんか?」

「断固拒否」

「右に同じ」

「以下同文」

「なんだか知らぬが、余も諦める気は無いぞ?」

 

 なんとか宥めて帰ろうとするジンくんに対し、十六夜達は見事な連携プレーで拒否する。セイバーも、面白そうな大祭と聞いたからには引く気は無いようだ。

 

「あんな手紙を残した以上、後には引けるものですか!」

「あんな手紙?」

「なあに、こっちの話だ」

 

 飛鳥が言った“あんな手紙”とやらを詳しく聞こうとすると、十六夜にすんなりとかわされてしまった。何だろう、そことなく嫌な予感がする様な・・・・・・。

 

「こうなったら、駄目で元々! “サウザンドアイズ”に路銀を貰いに行くぞゴルァ!」

「行くぞコラ」

「行くぞ、者共! 出陣だ!」

 

 自棄気味にヤハハと笑う十六夜に、明らかにその場のノリでテンションを上げる耀とセイバー。ジンくんを引きずって“サウザンドアイズ”へと歩く四人に溜め息をつきながら、自分も後を追った。

 

 

 

「良いぞ。私が路銀を払おう」

 

 即答だった。入り口で店員に睨まれながら入った“サウザンドアイズ”の白夜叉の私室で、白夜叉に北側への路銀を請求するとあっさり快諾された。

 

「・・・・・・ずいぶん気前が良いな。何が狙いだ?」

「そう身構えるな。東側の階級支配者(フロアマスター)として“ノーネーム”に依頼したいだけだ」

 

 訝しむ十六夜に対し、白夜叉は含み笑いをしながら胸の内を明かした。

 

「さて・・・・・・本題に入る前に一つ問いたい。ジン=ラッセル」

 

 白夜叉は、スッと目を細めるとジンくんを直視した。

 

「本題の前に一つ問いたい。“フォレス・ガロ”の一件以降、御主が魔王とのギフトゲームを引き受けるとの噂が広まっているが・・・・・・真か?」

「ああ、その話? それなら本当よ」

 

 白夜叉の問いに、飛鳥はあっさりと首肯した。白夜叉は小さく頷き、視線をジンくんへと戻す。

 

「ジンよ。それはコミュニティのリーダーとしての方針か?」

「はい。名と奪われた旗を取り戻す為には、この手段が最善だと思います」

「・・・・・・その過程で関係ない魔王と戦う危険があってもか?」

「覚悟の上です」

 

 元は十六夜の案だが、ジンくんは自分で決めて承認した方針だと頷く。まだ危なっかしい所はあるものの、ジンくんもコミュニティのリーダーとしての貫禄が出始めた様だ。

 

「そうか。これ以上の心配は老婆心というものかの。では、東側の“階級支配者”として改めて依頼しよう、()()()()()()()殿」

「は、はい!」

 

 いつになく真剣な白夜叉の表情に、ジンくんだけでなく一同で姿勢を正す。白夜叉はどこから話を切り出すかと少し迷う素振りを見せ、やがて思い出した様に話し始めた。

 

「ああ、そうだ。北側の“階級支配者”の一角が世代交代をしたのは知っておるか?」

「え?」

「急病で引退だとか。まあ、亜龍にしては高齢だったからのう。寄る年波には勝てなかった様じゃな。此度の大祭は新たな“階級支配者”となる、火竜の誕生祭というわけだ」

「「「「龍?」」」」

 

 好奇心からか、十六夜達とセイバーの目が光る。自分の世界でもお目にかかる事はない龍種という存在に、期待が高まるのだろう。しかしセイバーは覚えてないだろうけど、自分達は月の裏側で龍の因子を宿した英霊に会っているんだよなあ。まあ、今は関係ないか。

 

「五桁の五四五四五外門に本拠を構えたコミュニティ---“サラマンドラ”が此度に代替わりしたコミュニティだ」

「そうですか・・・・・・“サラマンドラ”とは以前から親交はありましたが、頭首が亡くなられたのは初耳です。それで、次代の頭首は誰が? 長女のサラ様か、次男のマンドラ様でしょうか?」

 

 先代のリーダーの娘や息子の名前を挙げるジンくんに対し、白夜叉は否と首を振る。

 

「新たに“階級支配者”となったのは、末娘のサンドラだ」

「サンドラが!? 彼女はまだ11歳ですよ!?」

「あら、ジンくんだって11歳で私達のリーダーじゃない」

「そ、それはそうですが・・・・・・」

 

 飛鳥は何でもない様な風に言うが、ジンくんの場合は黒ウサギを除いて彼以外に年長者がいないからリーダーとなったのだ。普通のコミュニティで、それも年上の兄弟を差し置いて11歳の少女が頭首となるのは箱庭でも異例な事だろう。

 

「そのサンドラだが、此度の大祭で東側の“階級支配者”である私に、共同の主催者(ホスト)を持ちかけてきた」

「え? それは・・・・・・可笑しな話ですね」

 

 不審そうな表情で、ジンくんは首を傾げる。

 “階級支配者”というのは、下層のコミュニティを支配・管理する存在だ。大きな権限を持つ彼等は、引き換えとして魔王などの脅威が出現すれば真っ先に矢面に立つ義務がある。言うなれば、箱庭都市の警察みたいなものだ。

 

「北側は多種族が混生している為に、治安が悪いんです。ですから、“階級支配者”も北側には複数います。それなのに同じ北側のマスターではなく、東側のマスターを共同主催者にするなんて・・・・・・」

「ふん、何の事はあるまい」

 

 今まで静観していたセイバーが、ジンくんの疑問に鼻を鳴らした。

 

「北側のマスター達とやらは、新しく生まれた“サラマンドラ”の少女を認めてないというだけであろう。だからわざわざ東側の白夜叉に話を持ち掛けたのだろうよ」

「要は11歳の小娘と対等な扱いをされるのが、面白くないだけだ。箱庭の長達も思考回路は人間並みって事だ」

 

 セイバーに続き、十六夜も皮肉った笑みを浮かべる。図星なのか、白夜叉は頬を掻きながら苦笑いになっていた。

 他の北側の“階級支配者”がどんな相手かは知らないが、箱庭の修羅神仏と言えども人間と大差ない様だ。その事に奇妙な安堵感を覚えていると、白夜叉が咳払いをした。

 

「とにかくだ。その様な事情があって、此度の大祭が開かれ---」

「ちょっと待って。その話、長くなる?」

 

 話を続けようとした白夜叉を遮り、耀がとつぜん時間を気にしだした。

 

「うむ? 手短に一時間程で済ませるが?」

「拙いかも・・・・・・あまり悠長にしていたら、黒ウサギに追いつかれる」

 

 ん? 何か不穏な言葉が聞こえたぞ? 十六夜と飛鳥も、しまったと言わんばかりの顔をしているし。ジンくんは咄嗟に立ち上がり、

 

「し、白夜叉様! どうかこのまま、」

「ジン君、()()()()()!」

 

 飛鳥のギフトで無理やり下顎を閉じさせられた。

 

「お、おい飛鳥!?」

「白夜叉! すぐに北側へ向かってくれ!」

 

 抗議の声を上げる自分を無視して、十六夜が白夜叉を急かした。

 

「構わぬが、内容を聞かずに受諾して良いのか?」

「構わねえ! その方が面白い! 俺が保証するから早く!」

「余も乗った! 台本の無い舞台は心躍る!」

「セイバーまで・・・・・・」

 

 ああなった以上、誰にも二人を止められないな。もう好きにしてくれと溜め息をついていると、白夜叉がカラカラと笑っていた。

 

「そうか、面白いか。いやいや、それは大事だ! 娯楽こそ我等神仏の生きる糧だからな。ジンには悪いが、面白いなら仕方あるまい!」

「---!? ---、---!!」

 

 口を閉じたまま、無言の抗議をするジンくんを悪戯っぽい目で流し見ながら、白夜叉は柏手を叩いた。

 

 そして---自分達は、箱庭の北側へと着いた。

 




日常編を期待されてた方、ごめんなさいね。
間髪を入れずに2巻の内容に突入です。
やりたいネタはあるので、どこかで折を見て日常編を入れます。


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第2話「黒ウサギと追いかけっこですよ?」

 今回は説明回とでも言うべきですかね。

 それではどうぞ。


 “サウザンドアイズ”の店内を抜けると、そこは見慣れたぺリベッド通りではなくなっていた。いつの間にやら支店は高台の上に移動し、その眼下からは見たことの無い街を一望できた。飛鳥は熱い風を大きく吸い込み、感嘆の声を上げる。

 

「赤壁と炎と・・・・・・ガラスの街・・・・・・!?」

 

 ―――そう。東と北を区切る、天を衝く様な巨大な赤壁。あれが境界壁だろう。

 その境界壁から削り出したであろう、朱色の石材で出来たゴシック調の尖塔群と巨大な凱旋門。街の中では色彩豊かなカットガラスの歩廊を、二足歩行のペンダントランプやキャンドルスタンドが闊歩して街を暖かな色で染め上げていた。

 ガラスと炎で彩られた煉瓦造りの街。それが箱庭都市の北側だった。

 

「へえ・・・・・・! 980000kmも離れているだけあって、東側と文化様式が異なるんだな!」

「ああ、なんと美しい街か! 余の創作意欲をくすぐられるものばかりではないか!」

 

 高台から見える絶景に、十六夜とセイバーが感嘆の声を上げていた。自分もまた、初めて見る街に胸の鼓動が高まっていく。煉瓦造りの建築物はアリーナやサクラ迷宮で見たことがあるけど、ゆっくりと散策する暇は無かったしな。

 

「ねえ! あの歩廊に行ってみましょう! 良いでしょう、白夜叉?」

 

 まるで遊園地に来た子供の様に目を輝かせる飛鳥に、白夜叉は苦笑しながら頷く。

 

「ああ、構わんよ。話の続きは夜にでも―――」

 

「見ぃつけたのですよおおおぉぉぉっ!!」

 

 ズドォン!! とドップラー効果のついた絶叫と爆撃の様な着地。

 慌てて振り返ると、そこには緋色の髪の毛を戦慄かせ、怒りのオーラを纏った黒ウサギがいた。

 

「フ、フフフフフフ・・・・・・!」

 

 怒りのあまりに脳内で変な麻薬が出ているのか、頬を引きつらせながら笑い出した。様子がおかしく黒ウサギから後ずさりしながら、隣にいる十六夜に問い詰める。

 

「おい、十六夜。黒ウサギに何をしたんだ? いつになく激怒してるみたいだけど」

「いや、な。“火龍誕生祭”の事を俺達に黙っていた罰として、置き手紙にコミュニティの脱退を仄めかしたんだけどな」

「・・・・・・それは悪質だな」

「あ、ついでにお前達の名前も書いといたから」

「はぁ!?」

 

 思わず目を剥く。何をして下さりますか、この問題児様は!?

 

「覚悟は良いですね、問題児様方・・・・・・!」

 

 ユラリと、こちらを見る黒ウサギ。確か帝釈天の眷属だったはずだけど、あれでは仁王そのものだ。

 

「ま、待った! 俺達は別に―――」

「逃げるぞっ!!」

 

 自分の弁明より先に、十六夜が動いていた。隣にいた自分と飛鳥を肩に担ぐと、あっという間に展望台から飛び降りた。

 

「お、俺は無実だあぁぁぁぁっ!!」

 

 ドップラー効果のついた絶叫を残しながら、十六夜に担がれて街へと飛び込んで行った。

 

 

 

「・・・・・・いないか?」

「ええ。多分」

「とりあえず大通りに出ようよ」

 

 黒ウサギから逃げた十六夜が身を隠したのは、高台から見えていたガラスの歩廊だった。店と店の間の隙間に身を隠し、周囲を伺う。黒ウサギの姿が無い事を確認して、自分達は大通りへと出る。

 

「それにしても、脱退を仄めかすのは良くないな。冗談にしてもやり過ぎだよ」

「う・・・・・・悪かったとは思っているわよ。でも黒ウサギだって私達に大祭の事を黙っていたから、ちょっとした意趣返しのつもりよ」

「まあ、悪戯にしては度が過ぎたとは思っている。こういう悪戯は、後で笑って謝れるくらいの冗談でないとな」

「まったく・・・・・・後で黒ウサギに謝っておけよ?」

 

 溜め息をつきながら服の埃を払う。十六夜に引きずり回されて随分と汚れたな。

 勝手に騒動に巻き込んだ事に思う所が無いわけではない。でもセイバーも退屈そうにしていたから、ある意味ちょうど良かったのかもな。

 

「それじゃ、黒ウサギに見つかるまで散策しましょう」

「コラコラ。人の話を聞いてた?」

「もちろん聞いていたわよ。今から店に戻っても、黒ウサギとは行き違いになる可能性が高いでしょう? それなら見つかりやすい様に大通りを散策した方が得策じゃない?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべる飛鳥に、肩をすくめる。まあ、せっかく街へ繰り出したのだ。黒ウサギには悪いけど、散策してから帰っても良いだろう。自分とセイバーは、もともと無実だし。

 

「エスコートをお願い出来るかしら? 紳士のお二人さん」

「俺は以前、野蛮人と呼ばれた気がするけどな」

「あら? 細かい事を気にしていると素敵な紳士になれなくてよ?」

 

 違いない、と哄笑する十六夜。お互いに笑い合いながら、自分達は商店街を目指していった。

 

 

 

―――Interlude

 

 “サウザンドアイズ”支店内で耀と白夜叉、そしてセイバーは並んで縁側に腰掛けていた。主である白夜叉の趣味に合わせてか、縁側からは純和風の庭園を眺める事が出来た。

 十六夜達より逃げ遅れた耀は黒ウサギに捕まり、白野を追いかけようとしたセイバーは黒ウサギに「マサカ、逃ゲルツモリハアリマセンヨネエ?」と怒りのオーラをあてられて逃げ出すタイミングを失ってしまった。

 後にセイバーは、「あの時の黒ウサギなら覚者すら退けられたであろう」と語ったとか。

 「後デタップリトオ説教デスヨ」と言い残し、黒ウサギは街へと跳んで行った。今頃は血眼になって十六夜達を探しているのだろう。

 

「ふむう。事の経緯は分かったが、脱退とは穏やかではないのう」

「まったくだ。関係ない余達まで巻き込まれてしまったではないか」

「それは……悪かったと思っている。だ、だけど、黒ウサギ達だって悪い。お金が無い事を相談してくれれば、こんな強硬手段は取らなかった」

 

 そう言って耀は拗ねた様に顔を背けた。耀からすれば、友人である黒ウサギに隠し事をされたのが面白くなかったのだろう。

 そんな耀を、白夜叉は年の離れた孫娘を見るような優しい目で見ていた。

 

「ところで大きなギフトゲームがあると聞いたけど、本当?」

「おお、本当だとも。御主には是非とも参加して欲しいゲームもある」

 

 そう言って、白夜叉は懐から一枚のチラシを取り出した。そこには―――

 

 

『ギフトゲーム名“造物主達の決闘”』

 

・参加資格、及び概要

 

 ・参加者は創作系のギフトを所持。

 ・サポートとして、一名までの同伴を許可。

 ・決闘内容はその都度変化。

 ・ギフト保持者は創作系のギフト以外の使用を禁ずる。

 

・授与される恩恵に関して

 

 ・“階級支配者”の火龍にプレイヤーが希望する恩恵を進言できる。

  

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、両コミュニティはギフトゲームを開催します。

                           “サウザンドアイズ”印

                             “サラマンドラ”印』

 

「創作系のギフト?」

「うむ。北では、過酷な環境に耐え忍ぶ為に恒久的に使える創作系のギフトが重宝されておってな。その技術や美術を競い合うためのゲームがしばしば行われるのだ。そこでおんしが持つギフト、”生命の目録(ゲノム・ツリー)”は技術・美術共に優れておる。展示会に出しても良かったのだが、そちらは出場期限がきれておるしの。おんしの持つギフトであれば、力試しのゲームも勝ち抜けると思っての提案だ」

「白夜叉よ、何故それを早く言わなかった! もう少し早く余の耳に入っていれば、余の力作を展示会に出せたものを………!」

 

 悔しそうに歯噛みするセイバーに、耀は目を逸らした。セイバーが来てからというものの、暇を見付けては彼女が彫刻や絵画に精を出しているのは知っている。しかし、セイバーの芸術は、その………色々と前衛的過ぎるのだ。果たして展示会に出展しても優勝できたか。いやいや、それ以前に出展させて貰えたのだろうか? 

 その事を知ってか知らずか、白夜叉は苦笑しながら続ける。

 

「まあ、セイバー殿にはまたの機会にして頂くとして………どうじゃ? 参加してみんか?」

 

 う~ん、とあまり気乗りしないように小首を左右に振る耀。龍に興味があっても、ゲームそのものには興味が無いらしい―――が、ふっと思い立ったように質問する。

 

「ね、白夜叉」

「なにかな?」

「その恩恵で、黒ウサギと仲直りできるかな?」

 

 幼くも端正な顔を、小動物の様に小首を傾げる耀。

 それを見て驚いた様に目を見開く白夜叉。しかし次の瞬間に、温かい笑みで頷いた。

 

「ああ、出来るとも。おんしにそのつもりがあるならの」

「そっか。それなら、やってみる」

「そういう事なら余も参加するぞ」

 

 契約書類(ギアスロール)を一読していたセイバーが横から口を挟んだ。

 

「このゲーム、サポートとして一名の参加が許される様だな………。喜ぶが良い、余が参加すれば我等の優勝は確実だ」

「えっと、今回は私一人で………」

「いやいや、遠慮することはないぞ! もちろん余をサポートに付けるよな。 んん?」

「………いいえ」

「いやいや、遠慮することはないぞ! もちろん余をサポートに付けるよな。 んん?」

「………いいえ」

「いやいや、遠慮することはないぞ! もちろん余をサポートに付けるよな。 んん?」

(む、無限ループ………!)

 

 セイバーと耀が国民的RPGの様なやり取りをする中、外は日が登りきって昼を回り始めていた。

 

―――Interlude out

 

 

 

 商店街で一頻りウィンドウショッピングを楽しんだ自分達は、龍のモニュメントがある広場の前で休憩していた。体力的にはまだ疲れていないが、ゆっくりと街を見たくなったのだ。

 立ち止まって休憩している自分と飛鳥とは対照的に、十六夜は大きな翠色のガラスで作られた龍のモニュメントを珍しそうに眺めていた。やがて感心した様に十六夜は静かに呟く。

 

「驚いたな………こんな大きなテクタイト結晶、初めて見た」

「テクタイト結晶? ガラスではなくて?」

「いや、テクタイト結晶は隕石の衝突で生まれたエネルギーと熱で生成された希少鉱石だ。天然のガラスだな」

「隕石で生まれた鉱石………? それって、セイバーが持っている剣のこと?」

「あれは隕鉄。鉄とニッケル合金から出来た隕石そのものだ。こっちは地表の石や砂が急冷して固まったものだな」

 

 十六夜達の会話を耳に挟みながら、セイバーの剣を思い出す。

 余談だがセイバー曰く、「黄金劇場(ドムス・アウレア)を建造した時に空から大岩が降ってきて、余のインスピレーションにピンと来た。天から献上された鉄ならば余の剣にも相応しかろうと思ったのだ」とのことだ。

 

「それにしても、箱庭にも隕石は降るんだな」

「そいつだけどな………」

 

 しげしげとモニュメントを眺める自分に、十六夜が台座を指差す。そこを見ると、この像がサラという人が制作した霊造のテクタイト結晶の彫刻である事を示していた。

 

「霊造って………人為的に作ったのか? 隕石のエネルギーと熱が必要な鉱石を?」

「そういう事らしいな。皇帝様もどうせなら、これくらいの彫刻が出来ればいいんだけどな」

 

 何とも言えずに明後日の方向に視線をずらしてみる。セイバーの前衛芸術は今に始まった事ではない。月の聖杯戦争で出会った時から派手で豪華な装飾を好んでいた。問題は、それが極端すぎてけばけばしい物になりがちな事だった。

 

 

「ま、まあセイバーの芸術も時々すごいものを作るよ。その………二十回に一回くらいは」

「………それ、時々って確率か?」

「そういえば岸波くん、セイバーと協力して工芸品を作ろうとしてなかったかしら?」

「ああ、礼装のこと?」

 

 飛鳥に聞かれ、ずらしていた視線を戻す。

 “ペルセウス”のゲームの後、自分のギフトを把握する為に色々な物にコード・キャストをかける等と試行錯誤してみた。その過程でコード・キャストをその場で発動させずに、道具や場所に留めておける特性を発見したのだ。

 試しに呪文(コード)を少し変えて術式(プログラム)を展開したところ、コード:heal()はセットした地面へ踏み込んだ者に回復効果を与える魔術(キャスト)へと変化した。

 この特性を活かして道具に呪文をセットして、自分がかつて使っていた礼装を作ろうとしたのだが………。

 

「あれは結局、上手くいかなかったよ。道具にしようとすると、どうしても術式に耐え切れない」

「あら、どうして? “ペルセウス”のゲームの時に、ただの地面に展開できたと聞いたけど?」

「あれは任意の発動条件を満たした時に作動するトラップだからだよ。もう一つ言うと、一回きりの使い捨てだからさ。道具として作る以上、何回も使える物じゃないと意味ないだろ?」

 

 そう。それが礼装作りに直面した問題なのだ。礼装にする以上、半永久的に使える道具で無ければならない。しかし、その場で発動させる術式(プログラム)と何度も発動できる様に構築する術式とでは呪文(コード)の量が段違いだ。その為に、礼装として作った道具が入力された呪文に耐え切れずに自壊してしまう。ただの石や布では、呪文を恒久的に維持する素材にはならないのだ。

 

「素材を強化すればいいと思って、セイバーに魔力の籠った鉱石とかを加工して貰ったけど………“ノーネーム”の倉庫にそういった素材がとても少ない上に、質の良い物はほとんど残っていなかったよ」

ソフトウェア(コード・キャスト)の性能に、ハードウェア(礼装)が追い付かないってわけか。物になりそうなヤツは数が少なくて量産は出来ない、と」

「そ、そふ………? はーど………?」

 

 十六夜の喩えが分からないのか、頭に疑問符を浮かべる飛鳥。

 しかし十六夜の言う通りだ。礼装を量産できれば、“サウザンドアイズ”程に無いにしても“ノーネーム”の商業になると考えていた。現状では、それも夢物語だ。

 そういえばジンくんにこの事を相談をした時、彼はアテが無いわけじゃないと言っていたな。しかし現在の“ノーネーム”では、そのアテも期待できないらしい。

 

「十六夜君の言ってる、はーどとかは理解できないけど………先日にもらったギフトは数少ない成功例って事かしら」

 

 飛鳥が自身のギフトカードを手で弄びながら質問してきた。セイバーが飛鳥への友好の証と言って、とある礼装を協力して作成したのは事実だ。

 

「そういう事。セイバーによると素材は八百年物の霊木らしいし、我ながら上出来と言える一作だよ」

「ふふふ、期待してるわ。でもどうせなら、もう少し装飾の凝った物が良かったのだけれど………」

「いや、凝らせるとトンデモ物体になるよ? あれでもセイバーには抑えて貰ったデザインだし」

 

 術式(プログラム)は自分で構築できるものの、肝心の礼装の方はセイバーに作って貰うしかない。先程の十六夜の例で言うならソフトウェア作成は自分が担当し、ハードウェア作成はセイバーが担当している様なものだ。なので、あんまりな出来でない限りはセイバーの作成方針に口を出さないつもりだが………その、あんまりな出来を好むのがセイバーだったのだ。

 

「そ、そう。それはありがとう………」

「何にせよ、素材の流通ルートを確保しないと話にならないわけだろ」

 

 十六夜は足元を歩いていたキャンドルスタンドをつまみ上げながら話し出した。

 

「この北側は工業が発展してるみたいだし、ギフトゲームに勝って流通ルートを構築できるんじゃねえか?」

「それはいい考えだな。それだけでも北側に来る意味はあったな」

「だろ? 感謝していいぜ」

「冗談。もともとは黒ウサギにちょっかいを出したのが原因だろ」

 

 十六夜と軽口を叩きながら、自分達は観光を再開した。

 礼装のデザインは聖杯戦争時の物があるけど、どうせ作るなら違う形にしても良いかもしれない。今度、セイバーに彫刻を習ってみるのも良いな。

 そう考えながら、煉瓦とカットガラスで彩られた歩廊へと歩き出した。

 

 

 

 




白野、礼装を作るの巻。

コード・キャストの設定や例え方は、筆者の独自解釈が多分に含まれています。
飛鳥に送ったギフトは、次あたりに紹介できると良いなあ・・・。

それでは次回もお楽しみに!


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第3話「岸波白野はヘッドハンティングを受けたそうですよ?」

 この小説は、作者の思いつきと気紛れで内容を決めています。
 そんな第3話。

追記:指摘を受けたため、一部の文章を差し替えました。


「レティシア様はお二人をお願いします! 黒ウサギは十六夜様を捕まえて来ますので!!」

 

 屋根へと跳び上がった十六夜を追い、黒ウサギが爆発的な跳躍力で目の前から消える。忍者の様に屋根を駆けて逃げる十六夜を追う黒ウサギ。やがて二人の姿は屋根の向こうへと消えて見えなくなった。

 

「ふふふ。というわけで、二人とも観念して貰うぞ」

「捕まったなんて………無念だわ」

「俺は最初から関係ないんだけどな」

 

 メイド服を着たレティシアに肩を掴まれながら嘆息する。

 商店街をうろついていた自分達は、先ほど黒ウサギに見つかった。後ろに仁王の姿が見えそうな黒ウサギの迫力に押され、足がすくんだ所を背後から迫っていたレティシアに飛鳥と一緒に捕まえられたのだ。

 というか飛鳥、いつの間にか鬼ごっこする事が目的になってないか?

 

「さて、十六夜は黒ウサギに任せて私達は帰るとしようか」

「仕方ないわね………あら?」

 

 不意に、飛鳥が何かに気付いた様に一点を見つめた。

 

「どうかしたのか?」

「ねえ、二人とも。あれは何かしら?」

 

 飛鳥が指差す先を見ると、ガラス細工の工芸品を売る出店の先にそれはいた。

 手の平サイズしかない身長に、黄色いトンガリ帽子。まるで絵本から飛び出したような小人の女の子がそこにいた。

 

「あれは、精霊かな? あのサイズが一人で居るのは珍しいな。“はぐれ”かな?」

「“はぐれ”?」

「ああ。あの類の小精霊は群体精霊だからな。単体で行動している事は滅多にないんだ」

 

 へえ、箱庭には精霊なんてのもいるのか。サーヴァントの様な超常的な存在は目の当たりにしたことはあっても、ああいう幻想的な相手は聖杯戦争にいなかったな。

 

 そんなはぐれ精霊に飛鳥は興味を持ったのか、後ろからゆっくりと近づいていく。売り物のガラス細工に見入って、はぐれ精霊はこちらに気付いてない様だ。真後ろに立たれて、ようやくこちらへと振り返る。

 

「「………………」」

 

 無言で見つめ合う二人。次の瞬間、「ひゃあ!」と可愛らしい声を上げながらはぐれ精霊は逃げ出した。

 

「あ、待ちなさい!」

「おい、飛鳥!?」

「ちょっと追いかけてくるわ! 先に戻ってて!」

 

 そう言うや否や、はぐれ精霊を追って人ごみへと消えて行く。参ったな、止める暇も無かったよ。

 

「やれやれ………仕方ないな、飛鳥は」

「悠長に言ってて大丈夫か? 見失ったみたいだけど」

「む、それはマズイ。白野、すまないが探すのを手伝ってくれないか?」

 

 そう言いながら、レティシアは黒い翼を背中から出して空へと舞う。

 

「一刻後に会おう。飛鳥を見つけてもそうでなくても、商店街の広場に来てくれ」

「分かった。また後でな」

 

 レティシアは一つ頷くと、そのまま飛んで通りの向こうへと見えなくなる。

 さて、こちらも迷子のお姫様を探すとしますか。

 

 

 

「おかしいな………こっちだと思ったんだけど」

 

 飛鳥が走り去った方向へと来てみたが、彼女の姿は見当たらない。予想以上に遠くへと走って行ったみたいだ。

 おまけに先程から道が混雑して、人垣をかき分けながら進まなくてはならなかった。なんとなしに通行人の会話に聞き耳を立てると、

 

「おい、聞いたか! 向こうに“月の兎”が来てるってよ!」

「下層で滅多にお目にかかれない兎が!? すげえ、見に行こうぜ!」

「人間を追いかけているらしいぞ。追ってる人間も尋常じゃないらしい!」

 

 ………思い切り知り合いでした。どうやら黒ウサギはまだ十六夜を捕まえられてないみたいだ。とにかく今は飛鳥の方を探さないと―――

 

「っと」

 

 不意に後ろから腰に軽い衝撃を受けた。振り向くと、女の子が尻餅をついていた。恐らくぶつかってしまったのだろう。

 

「ごめん、大丈夫?」

「平気よ。子供じゃないのだから一人で立てるわ」

 

 手を差し伸べると、少しムッとした顔をしながら女の子は自分で立ち上がった。

 

 歳はジンくんと同じか、少し上くらいだろうか。手が隠れるくらいに袖が長く、スカートや袖に白黒の斑模様が入った特徴的なワンピースを着た少女だった。まだ顔立ちに幼さは残るものの、凛とした赤紫の瞳は歳不相応の落ち着きがあった。

 

「………なに? 人のことをジロジロと見て」

「あ………ごめん。ちょっと、珍しい服だなと思って」

 

 ジト目になった女の子に指摘され、慌てて謝る。初対面の相手をマジマジと見るなんて失礼な事だった。

 

「ふーん。てっきり、私の様な子供に欲情する性癖だと思ったわ。いきなり見つめ出すんですもの」

「う………本当にごめん。気に障ったなら謝るよ」

「そういえば北側は人身売買も盛んだったわね。貴方、そういったコミュニティの人間? それなら私は今すぐ大声を上げて助けを求めるべきかしら?」

「悪かった、降参だ。頭を下げるから勘弁してくれ」

 

 ロリコン認定されては堪らないので、精一杯に頭を下げる。対して女の子はニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべていた。どこぞの赤い悪魔も、自分をからかう時にこんな顔をしていたなあ。

 

「じゃあ、コミュニティの旗印を教えて下さる? それまで人攫いの可能性は捨てきれないわ」

「それは無理。俺のコミュニティは“ノーネーム”だし」

「“ノーネーム”?」

 

 正直に言うと、目の前の女の子は不審そうな顔になった。

 これは失敗したかな? 自分のコミュニティの名前が言えないなんて、私は不審者ですと公言してる様なものだ。北側がそれほど治安が悪いとは初耳だけど、今の自分はとてつもなく怪しいだろう。

 

 女の子はしばらく袖に隠れた手を口に当てて思案し、やがて自分にこう言った。

 

「面白そうね。詳しく聞かせて下さるかしら?」

 

 

 

「お待たせ」

 

 場所を移し、大通りから外れた公園に自分と女の子は来ていた。女の子をベンチに待たせていた自分は、買ってきた物を彼女に手渡す。

 

「……? これは何?」

「何って、アイスクリームだけど。もしかして、食べた事ない?」

「ないけど……そうじゃなくって、どうして買って来たのかしら?」

「いや、ただ座って話をするだけというのも退屈かな、と思って。それとぶつかったお詫びかな」

 

 はい、と女の子に片手のアイスを手渡して隣に腰かける。因みに味は二人ともバニラだ。バニラ以外は断固として認められないな。

 

「……貴方、やっぱりペドフィリアかしら? 初対面の相手にここまでするなんて、特殊な性癖でもないと説明つかないもの」

「自分は至って、ノーマルなつもりだよ。気に入らなかったかい?」

「まあ、いいわ。せっかくだから頂くわ」

 

 そう言って、女の子はペロリと一口。その顔が歳相応に綻んでいく。良かった、気に入って貰えた様だ。

 自分の視線に気付いたのか、女の子は顔を赤らめながら咳払いした。

 

「そ、それで、貴方の話を聞かせて貰おうかしら?」

「はいはい。さて、何から話したものか………」

 

 自分が箱庭へ来た経緯、“ノーネーム”の同士に呼ばれた所から話し出した。魔王に奪われた旗と名前を取り戻す為に戦っていること、その為に今は日銭を稼ぐ様な生活をしていること。

そして、ここには東側の階級支配者の招待を受けて来たこと。黒ウサギや“ノーネーム”の詳しい内情は伏せておいた。会ったばかりの相手に話す内容でも無いだろう。

 

「じゃあ、貴方は最近になって箱庭に来たってこと?」

「そうなるね。ちょうど一ヶ月くらいかな」

 

 時折アイスクリームを口に運びながら自分の話を聞いていた女の子は、唐突に自分に聞いてきた。

 

「それにしても、貴方と呼ばれた三人は変わってるわね。箱庭において“ノーネーム”に所属するなんて一銭の特にもならないでしょうに」

「損得勘定で動いているわけじゃないさ。強いて言うなら、俺がそうしたかったからだよ」

「そのお陰でここの所、歯ごたえのあるゲームを受けられないのでしょう。それなら、もっと上のコミュニティに所属するのが賢明と思うけど?」

 

 女の子の言う事はもっともだ。自分はまだいい。ジンくん達の力になると決めたから、日銭を稼ぐ様な今の生活に不満はない。でもセイバーはどうだろうか? 

 

 あの夜、“ノーネーム”に協力すると言ってくれた。しかし、今のセイバーは力を持て余している。もっと強い相手と戦いたいというのがセイバーの本音だろう。

 

 女の子に見えない様に、チラリと自分のギフトカードを見る。そこには自分のギフトネーム・“月の支配者”と共に、“薔薇の皇帝”と書かれていた。どうやらセイバーは自分のギフトという形で、箱庭世界に召喚された様だ。

 

 セイバーは自分と共にいる事を選んでくれた。その事を疑うつもりはない。でも力を持て余しているセイバーを見ると、マスターとして十全な戦場へ連れて行けない事を歯痒く感じる。もっとセイバーに相応しい場所はあるんじゃないか? でも、“ノーネーム”から立ち去る事は出来ない。そんな堂々巡りだ。

 

「ねえ、貴方」

「え、な、何?」

 

 ずっと黙っている自分を不審に思ったのか、女の子はアイスクリームの残りを口に頬張りながら話しかけてきた。慌ててギフトカードを上着の内ポケットへと仕舞う。

 女の子は自分の前に立つと、袖に隠れた腕を真っ直ぐと自分へ差し伸べた。

 

「私のコミュニティに所属する気は無いかしら?」 

「それは………ひょっとして勧誘かい?」

「それ以外にどう聞こえるのかしら」

 

 とぼける自分に、女の子はあくまでも余裕の笑みを崩さない。それにしても私のコミュニティって、彼女がリーダーなのだろうか?

 

「貴方と貴方の従者は現状が不満なのでしょう? 現状に満足できないなら、その場所を離れて新天地を目指す。当然の事じゃない」

 

 沈黙を是と受け取ったのか、女の子は畳み掛ける様に言葉を重ねる。

 

「無論、タダとは言わないわ。私のコミュニティに加盟してくれるなら、望み通りの地位を与えてあげる。貴方の従者も一緒にね。力ある者には相応しき待遇を与えるなんて、当然でしょう?」

「それはありがたいな。しかし、どんな心境の変化だい? さっきまで人攫い扱いしていた男を勧誘するなんて」

「気が変わったわ。階級支配者に目をかけられるくらいなら実力は十分でしょうし、貴方は面白そうだもの。それと………アイスクリームのお礼かしら?」

 

 クスクス、とこちらをからかう様に妖艶に笑う女の子。その様は少女のそれではない。まるで人を誑かす妖魔の笑みが、そこにあった。

 

「どうかしら。断る理由は無いと思うけど?」

 

 悪魔の囁きの様に、少女の声が耳をくすぐる。情を捨てろ。“ノーネーム”を捨てて、自分に全てを奉げよと。答えはもちろん―――

 

「悪い、その話は受けられない」

「………理由を聞かせて貰えるかしら?」

 

 一切の表情を消した無表情で―――しかし、声は凍てつく様に冷たい―――少女は自分に問う。

 

「簡単さ。“ノーネーム”に入る時に、約束したからだよ。彼等の力になるって」

「その“ノーネーム”に属したからこそ、貴方はいま不遇な目に遭っているのではなくて? プレイヤーに対して正当な報酬を用意できないコミュニティに、所属する価値なんてあるのかしら?」

「まあ、普通は無いだろうね。でも俺は弱くても小さくても、戦おうとする人間の味方をするって決めているんだ。かつて、自分がそうだったから」

 

 参加した中で、最弱のマスターと周りから蔑まれていた。自分でも、最後まで生き残れたのは奇跡だったと思う。もし、その奇跡に理由をつけるとするなら―――それはセイバーや遠坂達が自分を見捨てないでいてくれたからだろう。だから自分も、諦める事はしなかった。

 

「少なくとも、“ノーネーム”の皆が諦めない内は俺も諦めないよ。それまでは極貧生活でも我慢するさ」

「………貴方は良くても、貴方の従者はどうなのかしら? 力を十全に振るえなくて、不満なのではないかしら?」

「セイバーには誠心誠意で謝るしかないだろうね。それでも見捨てられた時が来たら………自分はそこまでのマスターだった、というだけさ」

 

 そう、と詰まらなそうに少女は差し伸べていた腕を下ろした。そして、そのまま自分に背を向けて歩き出す。

 

「帰るわ。ありがとう、暇つぶしにはなったわね」

「そっか。気をつけてね」

「子供じゃないと言ってるでしょう、私に歯向かう様な相手がいたら病死させてやるわよ」

 

 さらりと怖い事を言ってるな。聖杯戦争のキャスターもそうだったけど、箱庭世界は見た目が少女だからと思ってかかると痛い目に遭いそうだな。

 

「それと、さっきの話は諦めたわけではないから。いずれ貴方を私の下に跪かせてあげる」

「おいおい。そこまで買ってくれるのは嬉しいけど、何度来ても“ノーネーム”を抜けるつもりはないよ」

「それなら、その“ノーネーム”ごと従わせるわ。私達………ハーメルンの笛吹の旗の下にね」

 

 不意に、強い風が吹いて目をつむる。目を開くと、そこには先程までいた少女の姿は影も形も無かった。

 

「消えた? あの子は一体………?」

 

 普通の人間には到底不可能な方法で立ち去った少女の事を考えていると、不意に鐘の音がした。見ると、公園の時計はレティシアを別れてから二時間経ったことを示していた。

 

「いけない、広場に戻らないと」

 

 すっかり溶けていたアイスクリームを慌てて口の中に入れながら、小走りに商店街の広場を目指す。

 その最中。先程の少女の言った事が気になっていた。

 

(ハーメルンの笛吹の旗、か。どこのコミュニティだろう? まさか、ジンくんや“サラマンドラ”以外にも年端もいかない子がリーダーをやるコミュニティがあるなんてな)

 

 とりあえず、さっきまでのことは頭の片隅に追いやっておこう。結局、あの女の子と話をするだけで時間を潰してしまった。レティシアが飛鳥を見つけてくれてると良いのだけれど。

 

 

 

―――Interlude

 

 それはどことも知れない空間。周囲は闇に包まれ、周りの景色を窺う事が出来ない。唯一、空間の中央に浮かぶ球体が水面に浮かぶ月の様に周辺を照らし出していた。

 

 そこへ、一人の少女がどこからか現れた。先程まで岸波白野と一緒にいた少女だ。

 

「あ、マスター。おっそーい。どこ行ってたんですか?」

 

 闇の中から、艶やかな声と共に布地が少ない白装束の女が少女の元へ進み出た。

 

「唯の散歩よ。ギフトゲームを始める前に、街中を見たかっただけ」

「もう! 明日は大一番の舞台だって言うのに、マスターってば、呑気なんだから!」

「―――全くだぜ。下手したら“サラマンドラ”の連中に気取られる可能性もあった」

 

 白装束の女に続く様に、闇の中から野太い声と共に軍服姿の男が姿を現した。

 

「ゲームを始める前に、大将が討ち取られたら世話ねえぜ。マスター、軽率な行動は慎んでくれや」

「心配ないわ。馬脚を出すなんて、愚かな真似はしないもの」

 

 苦言を呈する軍服の男に、少女はさらりと答える。自分の主を信頼しているのか、軍服の男は肩をすくめてそれ以上は何も言わなかった。

 

「それよりも明日のギフトゲーム、絶対に成功させるわよ」

「あらら。出かける前よりやる気に満ちてますけど、どうしたんですか?」

「街で面白い男に会ったのよ。あれを手駒にするのは楽しみね」

 

 少女は先程まで会話していた岸波白野の事を回想する。魅力的な提案をしたというのに、自分のコミュニティを見捨てないと言い切った義理堅い男。もしも、あの男を隷属させられたらどんな気持ちがするだろうか? 

 

あの男が大事に思っていたコミュニティを踏みにじり、味方になるといった弱い人間達を蹂躙した時、彼はどんな顔をしながら自分に跪くだろうか? それを考えるだけで、背筋がゾクゾクと心地よく震える。

 

「へえ~、マスターにそこまで言わせるなんて余程の人材なんでしょうね」

「あの“白夜叉”のお墨付きだそうよ。仮に実力が無くても、愛玩動物(ペット)として飼ってもいいわね」

「趣味悪いな、おい」

 

 どこか陶酔した様な表情を浮かべる主に対して、軍服の男は目をつけられた何某に心の中でご愁傷さま、と手を合わせた。

 

「さあ、明日は大一番の勝負よ。あの“愚かな太陽”に復讐する為に、貴方達の力を存分に振るって貰うわよ」

「「イエス、マイマスター」」

 

 みなぎる程の覇気を振りまく主に、白装束の女と軍服の男は膝を折って敬礼する。

 

「貴方にも期待しているわ………プレイグ」

 

 視線を従者二人の背後に向けて、少女は声をかける。

 ―――闇の中。小さな羽虫が集まった様な黒い人影は、少女に応える様にギチギチと耳障りな音を鳴らした。

 

―――Interlude out

 

 




白野はやっかいな相手に目をつけられたそうです。むしろやっかいな女の子に好かれなければ、岸波白野では無い(断言)。

最後に出てきたキャラは名前を変えていますが、Fateシリーズの作品に出てきたあるキャラです。まさか、あの作品を正式に始めるとは思わなかった………。
これからTYPE-MOONで出る設定と違うキャラになると思いますが、この小説のオリジナルだと思って見過ごして下さい。

それでは、また。

追記:感想で初対面の相手に“ノーネーム”の事をペラペラ話すのはおかしいと指摘があったため、一部の文章を差し替えました。


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第4話「飛鳥はちゅーちゅーされるそうですよ? 前編」

*目次から見れなかった為、再投稿しました。


―――Interlude

 

 ―――境界壁・舞台区画。“火龍誕生祭”運営本陣営。

 真っ赤な境界壁を削り出すように造られた宮殿と直結したゲーム会場。そのゲーム会場は輪郭を円状に造られており、それを取り囲む形で客席が設けられている。現在は白夜叉の持っていたチラシのギフトゲームが開催されており、その舞台上では最後の決勝枠が争われていた。

 

「ふっ!」

 

 セイバーは自身の剣を盾にして、前へと突き出す。舞台で戦っているのは“ノーネーム”の春日部耀とサポートのセイバー、そして“ロックイーター”のコミュニティに属する自動人形(オートマター)、石垣の巨人だ。巨大な岩の拳を難なく受け止めたセイバーは、返礼とばかりに巨人の腕を斬り落した。

 

「ヨウ、今だ!」

「うん。これで、終わり………!」

 

 鷲獅子から受け取ったギフトで旋風を操る耀は、石垣の巨人の背後に飛翔し、その後頭部を蹴り崩す。加えて耀は瞬時に自分の体重を“象”へと変幻させ、落下の力と共に巨人を押し倒した。石垣の巨人が倒れると同時に、割れる様な観衆の声が起こった。

 

『お嬢おおおおおお! うおおおおおお! お嬢おおおおおお!』

 

 レティシア達に連れて来られた三毛猫が、セコンド席から雄叫びを上げていた。傍目にはニャーニャーと言っているだけだが、耀には聞き分けられたのだろう。目くばせと片手を向け、微笑を見せる。

 そんな中、宮殿のバルコニーから白夜叉が高らかに声を上げた。

 

「最後の勝者は“ノーネーム”出身の春日部耀に決定した。これにて最後の決勝枠が用意されたかの。決勝のゲームは明日以降の日取りとなっている。明日以降のゲームルールは………ふむ。ルールはもう一人の“主催者”にして、今回の祭典の主賓から説明願おう」

 

 白夜叉が振り返り、宮殿のバルコニーの中心を譲る。舞台会場が一望できるそのテラスに現れたのは、深紅の髪を頭上で結い、色彩鮮やかな衣装を幾重にも纏った幼い少女。

 龍の純血種―――星海龍王の龍角を継承した、新たな“階層支配者”。

 彼女の名はサンドラ。炎の龍紋を掲げる“サラマンドラ”の幼き頭首だ。華美装飾を身に纏った彼女は玉座から立ち上がる。観衆に気付かれない様に深呼吸をすると、笑顔を浮かべて凛とした声音で挨拶した。

 

「ご紹介に預かりました、北のマスター・サンドラ=ドルトレイクです。東と北の共同祭典・火龍誕生祭の日程も、今日で中日を迎える事が出来ました。然したる事故もなく、進行に協力くださった東のコミュニティと北のコミュニティの皆様にはこの場を借りて御礼の言葉を申し上げます。以降のゲームについては御手持ちの招待状をご覧ください」

 

 観衆が招待状を手に取る。

 書き記されたインクは直線と曲線に分解しながら、別の文章を紡ぎ出す。

 

『ギフトゲーム名“造物主達の決闘”

 

・決勝参加コミュニティ

 ・ゲームマスター・“サラマンドラ”

 ・プレイヤー・“ウィル・オ・ウィスプ”

 ・プレイヤー・“ラッテンフェンガー”

 ・プレイヤー・“ノーネーム”

 

・決勝ゲームルール

 ・お互いのコミュニティが創造したギフトを比べ合う。

 ・ギフトを十全に扱うため、一人まで補佐が許される。

 ・ゲームのクリアは登録されたギフトの保持者の手で行う事。

 ・総当り戦を行い勝ち星が多いコミュニティが優勝。

 ・優勝者はゲームマスターと対峙。

   

・授与される恩恵に関して

 ・“階層支配者”の火龍にプレイヤーが希望する恩恵を進言できる。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、両コミュニティはギフトゲームに参加します。

                             “サウザンドアイズ”印

                               “サラマンドラ”印』

 

 此れにて本日の大祭はお開きとなった。日も傾き始め、巨大な境界壁の影が街を包み始める。黄昏時を彷彿させる街の装いは宵闇に覆われ、昼の煌きとは別の姿を見せ始める。月明かりを遮る赤壁の街は、巨大なペンダントライトだけが唯一の標としてゆらゆらと灯りを燈している。悪鬼羅刹が魍魎跋扈する北との境界線は、夜の街に姿を変えて目覚め始めていく。

 

―――Interlude out

 

 

 

 夕暮れが過ぎ、空は鮮血の様に紅い西側を残して夜の帳が降り始める。自分はレティシアに抱えられて上空から街を見下ろしていた。

 

「飛鳥は居たか?」

「いや、こっちにはいない」

 

 魔力で水増しした視力で街の通りを眺めていく。望遠鏡で覗いている様に強化された視界は、しかし、飛鳥の姿を捉える事は出来なかった。

 街はペンダントランプに照らされ、昼間とはまた違った装いを見せていた。だが、どれほど美しく見せても夜は夜。闇に乗じて善からぬ輩が動き出す時間帯だ。

 

「すまない、私の落ち度だ。あの時に飛鳥を止めていれば………!」

「いや、それなら俺も同罪だよ。北側の治安の悪さを自覚すべきだった」

 

 悔恨の表情を浮かべるレティシアを慰める。どうしてあの女の子が人攫いを警戒したか分かった。街からは否応なしに不穏な気配が高まっていくのを感じる。悪鬼羅刹が跋扈する街だけに、夜の闇が魔性を引き出しているのだろう。

 

「これで粗方の場所は調べ終わったか。なのに見つからないなんて………白野、君の力で探せないか? 確か、地図を出すギフトがあっただろう?」

「街一つは無理だな。せめて、目星のついた区画なら出来るけど………」

 

 元々、コード:view_map()はアリーナの階層データを表示させるもの。アリーナも広大ではあったけど、街そのものとは比べものにならない。範囲を拡大させる様に術式(プログラム)を改竄しても、自分の魔力が追い付かないだろう。

 

「外は粗方、探し終わった………そうだ、屋内はどうだ!? 境界壁の麓で展示物が公開されていたはずだ!」

「分かった、そこを中心に探してみよう!」

 

 翼を羽ばたかせ、レティシアは境界壁を目指して飛行する。お姫様抱っこみたいな形で抱えられたが、気にしている場合じゃない。レティシアの腕の中で急いで術式を構築する。

 飛行速度は速く、周りの景色を映像の早送りの様に飛ばしていき、巨大な赤壁に近づいていく。

 

「着いたぞ、境界壁だ!」

「よし……コード:view_map()、発動!」

 

 組み終わった術式を展開する。展開された術式は0と1の無数の数字を織りなし、自分の目の前にホログラムの地図を浮かび上がらせた。

 

「見つけた! でも、これは………!」

 

 境界壁付近の地図に飛鳥の居場所を見つけて、驚きの余りに声を詰まらせてしまった。

 境界壁の内部に飛鳥はいた。地図から察するに、赤壁を掘り進んで作った建物内だろう。しかし飛鳥を示すマーカーは、敵を示すマーカーが無数に取り囲んでいた―――。

 

 

 

―――Interlude out

 

 

 

 ―――境界壁・舞台区画・暁の麓。美術展、出展会場。

 時は黄昏時にまで遡る。

 とんがり帽子の精霊に追いついた飛鳥は、彼女(?)を肩に乗せて街道を散策していた。

 

「別に取って食おう、というわけじゃないの。ただ旅の道連れが欲しかっただけよ」

「………………」

 

 精霊は肩の上で大の字に寝そべり、「ひゃ~」と疲れ切った声を上げている。

 飛鳥麓の売店で買ったクッキーを割って、とんがり帽子の精霊に分け与えた。

 

「はい、これ。友達の証よ」

「――――――!」

 

 ガバ!! と甘い匂いに釣られて起き上がるとんがり帽子の精霊。焼きたてのクッキーはアーモンドの香ばしい薫りとキャラメルの焼けた薫りが混じり合い、追いかけっこで疲労した精霊の食欲を刺激した。自分の背丈程のクッキーをシャリシャリと齧ったとんがり帽子の精霊は「キャッキャッ♪」と愛らしい声を上げて飛鳥の頭の上まで登る。

 ―――飛鳥はこっそりと思った。「餌付けは成功したようね」、と。

 

「それじゃ、仲良くなったところで自己紹介しましょうか。私は久遠飛鳥よ。言える?」

「………あすかー?」

「ちょっと伸ばしすぎね。締まりが無くてだらしがないわ。もう少し最後をメリハリつけて」

「………あすかっ?」

「もう少しよ。頑張って。最後を綺麗に区切って発音するの」

 

 幼い口調のとんがり帽子の精霊は二度三度と頭を横に振り、小首を傾げて名前を呼んだ。

 

「………あすか?」

「そう。その発音で元気よく、疑問形抜きで」

「………あすか!」

「ふふ、ありがとう。それじゃあ貴方の名前を教えてもらえるかしら?」

 

 とんがり帽子の精霊は飛鳥の頭上で立ち上がり、元気よく答えた。

 

「らってんふぇんがー!」

「……? ラッテン………?」

 

 やや驚いた顔をする飛鳥。絵本の小人の様に愛らしい精霊の名前にしては、厳ついイメージがある。とんがり帽子の精霊を摘み上げ、両手に乗せた飛鳥は、

 

「それ、貴女の名前?」

「んー、こみゅ!」

「こみゅ………コミュニティの名前ってこと? じゃあ貴女の名前は?」

「?」

 

 意味が分からない、という風に首を傾げる精霊。

 ふと、レティシアがとんがり帽子の精霊を“群体精霊”と呼んでいた事を思い出す。言葉通りに受け取るなら、この精霊は群体で一つの存在となる精霊。ひょっとすると、個別の名前が無いのかもしれない。

 

(だとしても、もっと愛らしい名前で呼んであげたいわよね………)

 

 これ程に可愛らしい姿をもって生まれたのだ。ならば、相応の名前をつけてあげたいと飛鳥は思案する。

 

「せっかくだから、私が名前をつけてあげましょうか?」

「んーん、らってんふぇんがー」

「ええ。だからそのラッテンフェンガーという名前以外に、」

「んーん、まきえ」

 

 とんがり帽子の精霊は、手の平の上で首を振って否定する。

 

「らってんふぇんがー、まきえ」

「………マキエ? それが貴女の名前?」

「んーん。らってんふぇんがー!」

 

 要領が掴めないまま、飛鳥は溜息をつく。コミュニケーションが取れないのでは仕方ない。名前の事は一度諦め、とんがり帽子の精霊と共に洞穴にある展覧会を見て回ることにした。

 巨大なペンダントランプがシンボルの街だけあって、出展物には趣向を凝らしたキャンドルグラスやランタン、大小様々なステンドグラスが飾られていた。

 

「凄い数………こんなに多くのコミュニティが出展しているのね」

 

 飛鳥は展示会場の岩棚や天井を見回し、感心した様に呟いた。

 

(この銀のキャンドルスタンドは………“ウィルオ・ウィスプ”製作ですって? あの歩くキャンドルを作ったコミュニティじゃない。こっちの猫の彫刻は“ロック・イーター”製作、か。これは………虎柄の水筒?)

 

 途中に微妙な物もあったが、どの展示品も製作者の並ならぬ熱意が伝わる出来だった。展示品の前に飾られた出展コミュニティの旗印と名前を見ながら、飛鳥は奥へと進む。

 最奥は大空洞となっており、広さから考えてここが会場の中心になるのだろう。急に開けた場所に出た飛鳥だが、周囲の雑踏を見回すことなく、大空洞の中心にある展示物に目を奪われた。

 

「あれは………!」

 

 人混みも、周囲の喧騒も、他の展示品も、何もかもが眼の前に飾られた巨大な展示品の衝撃に掻き消された。大空洞の中心に展示されたモノは飛鳥をそこまで驚愕させる程の、今までの展示品とは比べ物にならないインパクトがあったのだ。

 

「紅い………紅い鋼の巨人?」

「おっき!」

 

 そう。全身が夕焼け空の様に紅く、身の丈は三十尺はありそうな鋼の巨人。それが大空洞の中心に飾られていた。

 朱と金の華美な装飾に加え、胸元には太陽の光をモチーフにした刻印。どんな材質で出来ているか分からないが、装飾や造形は一級の職人が腕を振るったと分かる展示物だった。

 

「すごいわね………。いったい、どこのコミュニティが作ったのかしら?」

「あすか! らってんふぇんがー!」

 

 鋼の巨人に感嘆の溜息をついていると、突然とんがり帽子の精霊が跳び上がって巨人の足元を指差した。そこには確かに、『制作・ラッテンフェンガー 作名・ディーン』と記されていた。飛鳥は今度こそ驚いたように声を上げる。

 

「あなたのコミュニティが作ったの?」

「えっへん!」

 

 誇らしげに胸をはる精霊。“群体精霊”と称された小さな精霊がこの巨躯の鉄人形を作り上げたのなら、それは凄まじき労力だろう。人間でも百人集まってもかなりの労力となるだろうに、彼女のような小さな精霊が作ったのだ。例え千の数がいようと簡単にできることではないだろう。

 

「凄いのね、あなたのコミュニティは………。見た感じ、ここの大空洞に集められた展示品がメインの扱いみたいね。貴方達のコミュニティがギフトゲームの勝者になるかもしれないわ」

 

 飛鳥はとんがり帽子の精霊へと笑みを向けながら、他の展示品を見て回ろうと足を運ぶ。

 

 ―――異変はその直後に起きた。

 

「………きゃ……!?」

 

 ヒュウッ、と一陣の風が吹き、大空洞内の篝火が一斉に消えた。突然、暗闇に包まれて混乱する他の観客達。だが次の瞬間、聞こえてきた不気味な声に全員が身を凍らせた。

 

『ミツケタ………ヨウヤクミツケタゾ!』

 

 怨嗟と妄執が入り混じった、おどろおどろしい声。それが洞窟内に響き渡り、人々のパニックを増長させる。飛鳥は声の出所を探そうと辺りを見回したが、暗闇で見通しが悪い上に、声が反響してどこから響いているのか掴めないでいた。

 

『嗚呼、見ツケタ………! “ラッテンフェンガー”ノ名ヲ語ル不埒者ッ!!』

「この臆病者! 姿を現しなさい(・・・・・・・)!」

 

 不気味な声の主に、飛鳥は“威光”で命令した。すると、それに応える様に五感を刺激する様な笛の音が、どこからか鳴り響く。その音の先………闇の向こうから何千、何万という赤い目が飛鳥を睨んだ。

 それを確認すると同時に、誰かの叫び声が大空洞に響いた。

 

「ネ、ネズミだ! ネズミの群れだ!!」

 

 そう。闇の向こうにいたのは、壁にまで至る一面をビッシリと埋め尽くす程のネズミの大群だった。それらがキーキーと耳障りな鳴き声を上げながら、一斉に襲い掛かってきた。これには流石の飛鳥も背筋に悪寒が走った。

 

「で、出て来なさいとは言ったけど………いくらなんでも出過ぎでしょう!?」

 

 ひゃー、と悲鳴を上げるとんがり帽子の精霊。

 飛鳥ととんがり帽子の精霊は、何万匹ものネズミたちに背を向けて一目散に逃げ出した。他の衆人も同様だ。狭い洞穴を所狭しと駆け回り、出口付近ではパニックになりつつある。

 

「も、もういいわ! 大人しく巣に戻りなさい(・・・・・・・・・・・)!!」

 

 飛鳥の大一喝。しかし、ネズミ達は飛鳥の命令に従わなかった。

 支配する事が出来ずに焦る飛鳥。ネズミの群れは飛鳥に跳びかかる。とっさに、“フォレス・ガロ”のゲームで手に入れた白銀の十字剣を召喚する。

 

「こ、このっ………!」

 

 剣を正眼に構え、薙ぎ払う。

 しかし破邪の力を秘めた剣も、ただのネズミ相手では分が悪い。飛鳥の振るった剣は、数匹を切り裂いただけにとどまった。相手は何万匹もいるのだ。数匹を潰された所で、痛くも痒くも無いだろう。

 

「だったら………!」

 

 飛鳥は再び、ギフトカードを構える。

 何万匹もの相手を素直に相手してはいられない。ここは逃げる為にも時間稼ぎが必要だった。

 

(使わせてもらうわよ………セイバー、岸波君!)

 

 万感の思いを込め、友人達から贈られたギフトを思い浮かべる。ギフトカードには、“威光”の下に“サーヴァント・ドール”の文字が。

 

「来なさい、ドール!!」

 

 ギフトカードから光が溢れ、一つの人影が飛び出した。

 光が収まると、飛鳥の目の前には目鼻の無い、ツルッとした顔のマネキンが立っていた。

 

 

 




相変わらずの遅筆………でも良いんだ、書きたい展開を書いているから。

と開き直る作者であった。

飛鳥のギフト“サーヴァント・ドール”は聖杯戦争の予選で出てきた、あの人形です。マスターの戦闘を代行するだけの簡素なギフト。


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第5話「飛鳥はちゅーちゅーされるそうですよ? 後編」

 本来は前話と繋げたかったので、前話の後編とさせて頂きました。そんな第5話。


ーーーInterlude

 

 大空洞内の展示場では、二つの人影が夥しい数のネズミを相手に奮闘していた。一つは飛鳥。手にした白銀の剣でネズミ達を迎え撃つ。そして、その背中を守る様にもう一つの人影があった。

 

 人影の正体は白野達から贈られたギフト、“サーヴァント・ドール”だ。目鼻の無い顔、デッサンの人形を思わせる簡易な人型。これこそが飛鳥の新しい武器だった。

 ドールは腕を鞭の様にしならせて、襲いかかるネズミを叩き落としていく。真正面からでは適わぬと見たのか、ネズミ達は飛鳥の頭上からも飛びかかってきた。

 

「ドール、上!」

 

 飛鳥の命令に、ドールは声なく応える。両腕を伸ばし、上半身だけ回転しながらネズミ達を薙払っていく。まるでヘリコプターのプロペラだ。無防備に飛び込んだ者を、容赦なくミンチにしていく。関節が曖昧な人形だからこそ出来る所行だった。

 

 しかし相手を一匹も寄せ付けない快進撃だというのに、飛鳥の顔は優れなかった。

 

「数が、多すぎる・・・・・・!」

 

 そう。いかに飛鳥達が一方的な戦いを演じても、相手は何万匹もの大群。飛鳥達に襲いかかって潰された数も、この大群には毛ほどの損害だろう。

 

(ネズミ達にギフトは効かなかった。でもギフトカードを見る限り、私の力が無くなったわけじゃない。最初に聞こえた不気味な声・・・・・・恐らくネズミ達を操っている術者がいるのね)

 

 目の前に飛び出した一匹を斬り伏せながら、飛鳥は考えた。

 

(他の来場者もいたのに、さっきから私しか襲わない。術者が言っていた、ラッテンフェンガーを名を騙る不埒者・・・・・・だとしたら、狙いはこの子?)

 

 チラリと、肩の上にいるトンガリ帽子の精霊を見る。トンガリ帽子の精霊は、泣きそうな顔になりながら飛鳥にしがみついていた。手の平サイズしかない彼女にとって、ネズミといえども大型の肉食獣と変わらないのだ。

 

「・・・・・・っ」

 

 狙いがこの精霊ならば、肩から振り落とすだけで飛鳥は難を逃れられるだろう。しかし、怯え震える幼い精霊を見捨てて逃げるなど、飛鳥のプライドが許さなかった。

 脆弱な意思を振り払い、服の胸元へ大胆に精霊を押し込む。

 

「むぎゅっ!」

「服の中に入っていなさい。落ちては駄目よ! ドール、退路を切り開きなさい(・・・・・・・・・・)!」

 

 飛鳥の命令を受け、ドールは前に出て出口までの道にいるネズミ達を駆逐していく。その背中を追いかける様に、飛鳥はまっすぐと走った。

 しかし、飛鳥の肉体は年相応の少女のものでしかない。すぐにネズミ達に追い付かれてしまう。真紅のドレスから露出した手足は、小さな歯にかじられて所々から出血していく。

 

「痛っ! この、近寄らないで(・・・・・・)!」

 

 飛鳥の一喝。しかし、ネズミは飛鳥の命令に従う様子は無かった。

 

(やっぱり、私のギフトが効かない・・・・・・!)

 

 予想通りの結果だったが、再度つきつけられた事実に飛鳥は歯噛みする。間違いない。ネズミ達を操る術者は、飛鳥のギフトを上回っているのだ。

 ネズミの群れ風情に追い立てられている現状に、飛鳥の胸中は恥辱に染まる。だが、幼い精霊を魔性の群れから守ると決めた以上、そんな事に構っていられなかった。

 

「あと・・・・・・もう少し!」

 

 背中に追いすがるネズミ達を振り払い、出口を目指す。

 その時だった。突如として影が這い寄り、無尽の刃が迸る。

 

「ーーーネズミ風情が、我が同朋に牙を剥くとは何事だっ!!」

 

 迸る影は、さながら一迅の風だった。細い洞穴をミキサーの様に駆け巡り、鋭利な杭となって魔性の群れを串刺しにしていく。

 瞬きの間もない一撃は、展示品を一切傷つける事なく敵を粉微塵にしたのだ。

 飛鳥は風で舞い上がる髪を抑えて驚嘆の声を漏らす。

 

「か、影が・・・・・・あの数を一瞬で・・・・・・!」

 

 振り向く飛鳥。そこで二度驚く。

 声からレティシアが駆けつけたと思ったのだが、その姿の変わりように絶句した。

 彼女の姿は普段の幼い容姿のメイド姿ではなかった。

 愛らしい少女の顔は、妖艶な香りのする女性へと変貌し、砂金の様な金髪がリボンから解かれて風に揺れていた。

 服装も、メイド服から紅いレザージャケットと拘束具を思わせる奇形のスカートへと変化していた。

 レティシアは普段の温厚なメイド姿から想像がつかない憤怒の形相で叫んだ。

 

「術者は何処にいるッ!? 姿を見せろ臆病者めッ!! このような往来で強襲した以上、相応の覚悟あってのものだろう!? ならば我らが御旗の威光、私の爪と牙で刻んでやる! コミュニティの名を晒し、姿を見せて口上を述べよ!!!」

 

 激昂したレティシアの一喝が洞穴内に響く。あれほどいたネズミ達は、影が迸ると同時に逃げ去っていた。

 洞穴内を沈黙が満たす。

 

「・・・・・・白野、どうだ?」

「駄目だな。周りには俺達しかいない」

 

 レティシアに声をかけられ、展示品の物陰から白野が姿を表した。白野の手元のマップからは、敵を示すマーカーがすっかり消えていた。どうやら術者は逃げたらしい。

 一方の飛鳥は息を呑み、言葉を失いながらも、激変した彼女の背に話しかける。

 

「貴女………レティシアなの?」

「ああ。それより飛鳥、何があったんだ?多少数がいたとはいえ、鼠如きに遅れを取るとはらしくないぞ」

 

 先程の激昂が嘘の様に、穏やかな表情で振り返るレティシア。飛鳥を気遣う様な口調だったが、今の飛鳥には叱責に等しかった。この程度の敵に手こずったのか、と。

 

「飛鳥? どうかしたのか?」

「・・・・・・いえ、何でも無いわ」

 

 黙ったままの飛鳥を不審に思ったのか、レティシアは心配そうな顔をする。だが飛鳥は自身の胸中を悟られたくはなかった。

 

 箱庭に来る前、飛鳥にとって不可能な事など数える程も無かった。あらゆる人間を支配できるギフトのお陰もあったが、持ち前の負けん気と良家の淑女としてのプライドが出来ない事を出来ないままにする事を拒んだ。

 十の結果を求められれば、二十の修練で挑み。

 二十の結果を求められれば、四十の修練で挑み、結果を出す。

 そうした努力を基に自分を奮い立たせたからこそ、支配の力は最後の手段として使い、それ以外なら自分の力で道を切り開けるという自信があった。

 

 だが、その自信も今回の事で揺らぎつつある。飛鳥にとって切り札とも言える“威光”のギフトを用いても、ネズミ一匹も操れない体たらくだ。レティシアが来なければ、飛鳥は一人では逃げ切れなかっただろう。プライドの高い彼女にとっては、その事がこれ以上にない屈辱だった。

 

「あすかっ!」

 

 キュポン! と飛鳥の胸元からトンガリ帽子の精霊が飛び出す。

 

「あすかっ、あすかっ!」

 

 半泣きになりながらも抱きついて感謝の意思を示す精霊。その頭を撫でながらも、飛鳥の心は慚愧が占めていた。

 

(ごめんなさい。私は、一人では貴女を守れなかった・・・・・・!)

 

ーーーInterlude out

 

 

 

 断章ーーー『ドール制作秘話』

 

『アスカには新たなギフトを作ろうと思っている』

 

 岸波白野達が北側へ行く一週間前、“ノーネーム”の工房に呼び出された飛鳥は、セイバーにそう切り出された。

 

『新たなギフトって・・・・・・今の私に必要かしら? 今のところ、ギフトゲームでは連戦連勝しているわ』

『うむ、見事なものよな。しかし格下が相手だからという事もある』

『それは・・・・・・まあ、否定しないわ』

『これから先、格上との戦う事もあろう。そなたの身を守る術が剣だけ、というのは貧弱すぎる』

 

 ストレートな物言いに飛鳥はムッとするが、事実だった。

 相手を意のままに操る“威光”は強力なギフトだが、“ペルセウス”のルイオスの様な格上には通用しない。逆廻十六夜や春日部耀と違って、同年代の少女と変わらない身体能力の飛鳥では“威光”が通じない相手とは勝負にならないだろう。その点では岸波白野も同じだが、補助能力が主体とはいえ、コード・キャストという自衛手段が彼にはあった。

 

『となればアスカの楯となる者が必要だ。そなたに代わり、肉弾戦を行う者がな』

『理屈は分かったけど・・・・・・十六夜君や春日部さんに護衛を頼むわけにいかないわよ』

『その点は同意だ。余がついてやれば完璧な布陣となるが、余は奏者のサーヴァントだからな。そこでこの様な物を用意した』

『・・・・・・? これは、作りかけの人形かしら?』

『うむ。名は“サーヴァント・ドール”と言う』

 

 未完成の人形を前に、セイバーは自信あり気に胸を反らした。

 

『奏者のコード・キャストは、元々は礼装と呼ばれる道具に込められた力だ。器を用意すれば、誰にでもコード・キャストが使える様になるそうだ』

『それって、ギフトを持った道具を作れるということなの?』

 

 飛鳥は驚いて目の前にある作りかけの人形を見た。岸波白野が、優れた補助のギフトを持っているのは知っていた。しかし、それを万人に使える道具に出来るとは夢にも思わなかったのだ。

 

『岸波君って、見かけによらず器用なのねえ・・・・・・』

『・・・・・・そんな事は無かったはずだがな』

『? 何か言ったかしら?』

『いや、何でもない。とにかくこれが完成すれば、強敵との戦いに重宝しよう。アスカに是非とも受け取って欲しい』

『そんな・・・・・・いいの? セイバー達だって忙しいんじゃない?』

『構わぬ。そなたの武器を作る事は、“ノーネーム”の為にもなろう』

 

 それに・・・・・・と言葉を区切ると、セイバーは照れくさそうに咳払いをした。

 

『アスカは余の大事な友人だらな。友の為ならば、多少の手間も惜しくはない』

『セイバー・・・・・・』

 

 ストレートな物言いに、飛鳥は胸が暖かくなるのを感じた。

 箱庭に来る前、財閥の令嬢として飛鳥は高価な品をたくさん受け取ってきた。しかし、ほとんどが飛鳥のギフトを利用しようという下心が見え透いていた贈り物だ。いかに高価な品だろうと、そんな物を贈られては飛鳥の心は冷え切っていくばかりだった。

 だがセイバーはどうだ。純粋に飛鳥の事を案じて、ギフトを作りたいと言ってくれた。打算も下心もない言葉は飛鳥にとって、最高の贈り物(ギフト)だった。

 

『ありがとう。大事に使わせて貰うわ』

『よいよい。そうと決まれば、最高のギフトにしようではないか』

 

 そして、セイバーは作りかけの人形に向き直ると、ブツブツと呟き出した。

 

『さて造形だが、ここは予選にいた人形を参考にするべきか? それだとシンプル過ぎるが、実用性が第一だからな。だがローマ帝国一の芸術家である余の作品がそれで良いだろうか? ここは一つ、人型を無視してみるか・・・・・・おお、それが良い!』

『ええと、セイバー?』

『やはり獣の形にするか・・・・・・いや、それではありきたりだな。今までの人形に無さそうなもの・・・・・・蜘蛛だ! それならば余も作った事がないしな!!』

『セイバー、ちょっと待って』

『しかし普通の蜘蛛では詰まらぬな。いっそ人と蜘蛛を合体させた形にしてみるか。うむ、六本腕とか良いな。これで相手の脚と腕、首を掴んで必殺のばすたーが』

『セイバー!』

 

 何やら不穏な方向に思考を進めているセイバーを、飛鳥は肩を掴んで自分の方へ振り向かせた。いかに心の籠もった贈り物だろうと、自分の護衛役となるギフトを某魔界の王子にしたくはなかった。

 

『セイバーも忙しいだろうから、簡単な造形で良いから。ね?』

『遠慮しなくても良い。創作は時と疲れを忘れさせてくれる。それにやるからには余の全力を尽くしたいのだ』

『そ、それなら造形は普通の人形でいいから! むしろセイバーが普通の人形を作る所を見てみたいわ!』

『むぅ、そうか。アスカがそう言うならば、今回はそうしよう・・・・・・しかし六本腕も良いと思うがなぁ』

 

 その後、事情を知った白野の必死な説得も加わり、“サーヴァント・ドール”は聖杯戦争の予選で見た形に落ち着いた。




力~力力力ッ。というわけで、第5話終了です。やりたいシーンは頭に浮かんでいるけど、いざ書くとなると上手く文章にできませんね。

でも、このSSは自分が書きたかった物なので、何があっても更新は続けます。

感想の返信が滞りがちになっていますが、近日中には纏めて返信いたします。それでは失礼。


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第6話「報酬は、ギフトカードへ」

どうにも、最近満足のいく文章を書けてない気がする・・・・・・。そんな第6話。





 美術展の襲撃から数時間後、レティシアとジンくんを除いた“ノーネーム”一同は白夜叉の私室に集まっていた。

 

「それでは皆の者よ。第一回、黒ウサギの衣装をエロ可愛くする会議を」

「始めません」

「始めます!」

「始めませんっ!」

「うむ! ここは余の秘蔵の一品を」

「って、何ですかそのピチピチなウェディングドレスは!?」

 白夜叉に悪ノリする十六夜とセイバー。速攻で断じる黒ウサギ。というか、持っていたのかその花嫁衣装・・・・・・。

 

「ま、冗談はさておき・・・・・・黒ウサギには明日の決勝で審判を務めてもらいたい」

「あやや。それはまた突然ですね?」

「うむ。おんしらが起こした騒ぎで“月の兎”が来ていると公になっての。明日のギフトゲームで見られる、と期待が高まっているらしい。“箱庭の貴族”が来臨したという噂が出た以上、出さぬわけにもいくまい。黒ウサギには正式に審判・進行役を依頼したい。別途で金銭も用意しよう」

 

 なるほど、と一同で頷く。聞くと十六夜と黒ウサギは、昼間の追いかけっこを大勢の人間に見られたらしい。そういえば飛鳥を探している時も、黒ウサギ達を見に行こうとした人達で道が混雑していたな。

 

「分かりました。そういう事情ならば、是非ともやらせて下さい」

「よろしく頼む。・・・・・・・・・それで、明日の衣装は例のシースルーのビスチェスカートを」

「着ません」

「では余の花嫁衣装を」

「そっちも着ません! どんだけピッチリスーツを着せたいんですか!?」

 

 ここぞとばかりに主張するセイバーに、ウサ耳を逆立てる黒ウサギ。一方、それまで無関心だった耀は、思い出した様に白夜叉に向き直る。

 

「白夜叉、私達が明日戦う相手はどんなコミュニティ?」

「すまんが、それは教えられん。主催者がそれを語るのはフェアでなかろう? 教えてやれるのはコミュニティの名前までだ」

 

 パチンと指を鳴らす白夜叉。

 全員の目の前に、明日のギフトゲームの内容を記した羊皮紙が現れた。その羊皮紙を見て、十六夜が物騒に笑う。

 

「へえ? “ウィル・オ・ウィスプ”に、“ラッテンフェンガー”か。明日の敵は、幽霊とハーメルンの笛吹きか?」

 

 え? と思わず、声が出た。

 しかしそれは、黒ウサギと白夜叉の驚嘆の声にかき消された。

 

「ハ、ハーメルンの笛吹きですか!?」

「おい、小僧。どういう事だ。詳しく話せ」

 

 剣呑さすらを感じる白夜叉の厳しい声に、十六夜は目を瞬かせる。それだけ二人の驚き様は尋常ではなかった。

 

「どういうこと? 明日の相手がハーメルンの笛吹きだと、何か問題があるのか?」

「・・・・・・そういえば白野にはまだ知らせていなかったな」

 

 白夜叉が柏手を打つと、自分の目の前に先程とは別の羊皮紙が現れる。そこには簡素に、しかし重大な一文が書かれていた。

 

『北の火龍誕生祭に、魔王襲来の兆しあり』

 

「これは?」

「“サウザンドアイズ”の幹部が未来予知したものだ。的中率は、上に投げれば下に落ちるといったところか」

「ほぼ確実、か。防ぐ手立ては無いのか?」

 

 上から下に落ちる事が事前に分かるという事は、いつ、どこで、誰が投げたかも分かるという事だ。それならば、事を起こす張本人を捕まえればいい。だが、白夜叉の表情は硬かった。

 

「うむ。それなんだが・・・・・・首謀者は北の階層支配者の可能性があるのだ」

「なん・・・・・・だと・・・・・・?」

 

 白夜叉の詳しい話はこうだった。

 予知の内容は白夜叉も知らされてないそうだ。“サウザンドアイズ”のリーダーの命令で、詳細は予言者の胸の中だ。

 だが渡された情報から推察は出来る。新たな“サラマンドラ”の頭首を快く思わない他の階級支配者、魔王襲来の預言、そして自分の上司が口止めをした首謀者。これらを組み合わせるとーーー必然的に、他の階層支配者が魔王を招いた可能性が浮上する。

 

「・・・・・・・・・それと、ハーメルンの笛吹きにどんな関係が?」

 

 本来なら下位のコミュニティを守護する階層支配者が、魔王と手を組んだという話に、思う所はある。でも今は目前の相手の方が気掛かりだ。

 

「おんし等は知らぬだろうが・・・・・・“ハーメルンの笛吹き”とは、とある魔王の下部コミュニティだったものの名だ」

 

 場の緊張感が一気に高まる。全員が白夜叉を注視する中、白夜叉と黒ウサギは説明を続けた。

 

「魔王のコミュニティの名は“幻想魔導書群(グリムグリモワール)。全ニ○○編に及ぶ魔書から悪魔を呼び出した驚異の召喚士が総ていたコミュニティだ」

「その魔王は既にこの世を去っています。ですが、例の予言もあります。滅びた魔王の残党が“ラッテンフェンガー”を名乗っている可能性が高いのです」

 

 “ラッテンフェンガー”というのは、ドイツ語で『ネズミ取りの男』を示す隠語だ。『ハーメルンの笛吹き』の舞台となったハーメルンの街には、こんな碑文が残されている。

 

『一ニ八四年 ヨハネとパウロの年 六月ニ六日

 

あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三○人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した』

 

 この碑文を基に作られたのが、自分もよく知るネズミ取りの笛吹きの話だ。

 

「いずれにせよ、“ラッテンフェンガー”には警戒した方が良さそうだな。無論、打てる手は既に打ってあるが」

「ほう? どんな手を打ったのだ?」

 

 興味深そうにセイバーが尋ねると、白夜叉は無言で宙に手をかざした。すると、そこに一枚のギアスロールが現れる。

 

『§ 火龍誕生祭 §

 

・参加に際する諸事項欄

 

一、一般参加は舞台区画内・自由区画内でコミュニティ間のギフトゲーム開催を禁ず。

        

二、"主催者権限"を所持する参加者は、祭典のホストの許可無く入る事を禁ず。

 

三、祭典区画内で参加者の"主催者権限"の使用を禁ず。

 

四、祭典区域にある舞台区画・自由区画に参加者以外の侵入を禁ず。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

                                   “サウザンドアイズ”印

                “サラマンドラ”印』

 

「この様に、私の主催者権限を用いて祭典の参加ルールに条件を加えさせて貰った」

「”参加者以外はゲーム内に入れない”、”特例を除き参加者は主催者権限を使用できない”。確かにこのルールなら魔王が襲ってきても”主催者権限”を使うのは不可能ですね」

「うむ。押さえる所は押さえたはずだ」

 そうだろうか? 黒ウサギが安心そうに頷いているが、本当にこれで魔王襲来を防げるのか不安が拭えなかった。

 この世に絶対なんてない。正規のルートでないと攻略不可能だったムーンセルが一人のAIの手に堕ちた様に、白夜叉の主催者権限を飛び越えて魔王が襲って来ないか心配だった。なによりーーー

 

(昼間に会った女の子・・・・・・確か“ハーメルンの笛吹きの旗”と言ってたはずだ。まさか、彼女は魔王一派だったのか?)

 

 まだ“ラッテンフェンガー”が魔王と決まったわけではないけど、去り際に“ノーネーム”を従わせる、と宣言した少女の事が気掛かりだった。

 

「アスカ? どうかしたのか?」

 

 ふと顔を上げると、セイバーが怪訝そうに飛鳥を見ていた。飛鳥は何でもない、と答えると胸元を握り締めていた。

 

(そういえば・・・・・・飛鳥は“ネズミの大群”に襲われていたんだよな)

 

 かつての魔王配下、“ハーメルンの笛吹き”。それを示す様な名前のコミュニティ、そして襲って来た“ネズミの大群”。

 白夜叉の主催者権限は確かに見事だ。これなら魔王が現れても力を振るえないだろう。

 でも、ひょっとすると。自分達は既に、先手を取られているのではないかーーー?

 

「そう心配するな。私は東側最強のフロアマスターだぞ」

 

 自分の不安を感じ取ったのか、白夜叉が緊張を解す様に話しかけてきた。

 

「仮に魔王が現れたとしても、返り討ちにするだけの力はある。おんしらはサンドラと共に露払いを頼む」

「分かった。魔王が来たら、力を合わせよう」

 

 何にせよ、魔王の襲来は約束されているのだ。それなら今更ジタバタした所で意味はない。

 来ると分かっているなら、こちらも準備をして迎え撃つ。そう心に決めて、力強く頷いた。

 

「うむ、頼りにしておるぞ・・・・・・っと、そうだ。白野よ、以前に依頼した件をご苦労だった」

 

 一瞬、何の事か分からなかったが、すぐに思い出した。そういえば今朝、賭博コミュニティを壊滅させた事を白夜叉に伝えてなかった。

 

「詳細はセイバー殿から聞いておる。おんしらのお陰で東側の秩序は守られた。改めて礼を言わせて貰う」

「いいよ、そんな照れ臭い」

「まさかコミュニティを壊滅に追い込むとはな。依頼金以外に何か報酬を渡したいが・・・・・・おお、そうだ」

 

 不意に何かを思い出した白夜叉は、柏手を一つ打つ。すると、目の前に一つの物品が現れた。それが何か確認した途端、急な頭痛と既視感が頭によぎった。

 この感覚には覚えがある。これは箱庭でセイバーの剣を初めて見た時と同じーーー。

 考え込んでいると、後ろからヒョイと十六夜が覗き込んだ。

 

「何だこりゃ。銅鏡か?」

「おう。しかもただの鏡では無いぞ。これは八咫鏡だ」

「八咫鏡って・・・・・・天照大神の御神体じゃないですか!?」

 

 黒ウサギが目を剥いて驚くが、無理もない。あまりに有名な名前が出て、自分も目を白黒させていた。

 その昔、天照大神が岩戸へ引きこもり、世界が太陽のない暗闇に包まれた。この事態に日本の神々は、岩戸の前で宴を開いて「新たな神が降臨した」と騒ぎ立てた。新たな神がどんな者か一目見ようとした天照大神が岩戸を少し開けると、そこにあった鏡に写った自分の姿を降臨した神だと勘違いして、我慢出来ずに岩戸を開け放ってしまう。

 これが、かの有名な『岩戸隠れ』の神話だ。その後、天照大神が八咫鏡を自分自身と思って奉る様に命じた事で、この鏡は天照大神の御神体となったのだ。目の前の八咫鏡は、かなり年季が入った品でありながら、手を触れずとも分かる魔力を感じた。これが、あの八咫鏡なのだろうか?

 

「これ・・・・・・本物なの?」

「逆に偽物であったら、本物は手に負えぬぞ」

 

 恐る恐ると聞く飛鳥に、セイバーは断言する。

 

「長く存在した品物は、それだけで魔力を帯びると聞くが・・・・・・これ程とはな」

「ああ。これはもう、現存する宝具と言うべきだな」

 

 しかし、そんな物をどうして白夜叉は持っているのだろうか? その疑問は、白夜叉が答えてくれた。

 

「これはな、箱庭の上層に住む神の一人から貰った品の一つよ。そやつとギフトゲームをした時に勝ち取った、秘蔵の逸品というわけだ」

「上層の神・・・・・・」

「まあ、あやつの事はどうでも良い。そもそも、この鏡はあやつしか使えぬからな」

「え? 白夜叉にも使えないのか?」

「太陽を象徴するギフトだから、私にも使用権があると思ったが・・・・・・どうも天照大神の眷属でないと意味を為さぬらしい。こんな物を渡すとは、あやつの性根の悪さが伺えるわ」

 

 余程鬱憤が溜まっているのか、白夜叉は苦々しい顔で鼻を鳴らしていた。勝ち取った賞品に、珍しいが使い道の無い骨董品を渡されたのが腹立たしいのだろう。

 

「でも、そんなギフトをどうして俺に? 今の話だと、俺どころか“ノーネーム”が持っても意味は無さそうだけど」

「これを使って、英霊の召喚を見せて欲しい」

 

 まるで明日の天気を聞く様に、あっけらかんと言う白夜叉。驚く自分より先に、先を続ける。

 

「おんしが“ノーネーム”が保管していたギフトからセイバー殿を召喚したのは聞いている。ならばこの使い道の無いギフトも、おんしならば新たな英霊を呼び出せるやもしれん」

「それは・・・・・・でも、“ノーネーム”にあったギフトでは軒並み失敗だったよ?」

「モノは試しだ。おんしが本当に英霊の召喚を行えるか、見せて欲しいのだ」

 

 いつになく真剣な真剣な白夜叉。周りを見ると、“ノーネーム”の面々も自分に注目していた。

 

「試してみれば良いではないか」

「セイバー・・・・・・」

「奏者よ。そなたのギフトは、余も把握し切れぬ。ならば試行錯誤をするしかなかろう。これでサーヴァントを喚べれば、新たな戦力になるしな」

「・・・・・・分かった」

 

 八咫鏡に手を置き、意識を集中させる。頭の中で必要なプログラムを思い浮かべ、構築。そしてーーー

 

「――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 詠唱と共に、魔術回路を加速させる。頭に浮かんだ呪文を、そのまま言葉にしていく。

 

「誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者」

 

 手から漏れた光は、0と1の形を成って配列される。

やがて、六芒星を中心とした魔法陣の形に固定された。

 

「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ・・・・・・天秤の守り手よ―――!」

 

 出来上がった魔法陣へ、全ての魔力を込める様に渾身の力を込める! そしてーーー!

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

「何も、起きないな」

 

 うんともすんとも言わない魔法陣の前に、十六夜が目を細める。

 

「っ、これ以上は無理だ」

 

 魔力を供給しきれず、魔法陣が霧散する。途端に全身の力が抜ける様な虚脱感がのしかかった。

 

「失敗か。まあ、そう都合よく召喚は出来ないか」

「すまない。期待を裏切る様な結果になったな」

 

 頭を下げる自分に、白夜叉は気にするなと手を振る。

 

「でも、セイバーの召喚は上手くいったんだよね? セイバーの時と何か違うのかな?」

「それなのだかな。余は奏者に召喚されたわけでは無いぞ」

 

 首を傾げる耀に、セイバーは難しい顔で答えた。

 

「余は奏者が来る前から“原初の火(アエストゥス・ エストゥス)”と共にいた。奏者は余を実体化させてくれたに過ぎぬ」

「つまり、岸波が英霊を召喚できるという前提が間違いという可能性もあるわけだな」

 

 十六夜が考え込む様に、顎に手を添える。言われてみれば、もっともな話だ。聖杯戦争では、英霊の召喚自体はムーンセルが行っていたのだ。そのムーンセルは自分が封印したから、もう使えない。つまり新たに英霊を召喚できる可能性は無いのだ。セイバーは特例中の特例だったのだろう。しかしーーー

 

(この八咫鏡・・・・・・どこかで見たことがある。でもセイバーはもちろん、対戦相手もこんな物を持ってなかった。じゃあ、この既視感は一体・・・・・・・・・?)

 

「そのギフト、気になるなら持っていて良いぞ」

 

 自分の心中を見透かした様に、白夜叉があっさりと言った。

 

「良いのか? 貴重なギフトなんだろ?」

「良い。私が持っても無用の長物だからな。そもそも、あやつが他人に渡す品にロクな物があった試しがない」

「さっきから気になるけど・・・・・・これを渡した相手って、苦手な相手だったのか?」

「苦手、といよりも関わりたくないだな。もしあの女狐が引きこもっていなければ、箱庭の四大問題児に数えているところだ」

 

 苦々しく呟く白夜叉を見ると、相当性格の悪い相手だったのだろうか? そう思いつつ、八咫鏡をギフトカードへ仕舞った。

 

 

 

 



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第7話「不死の悪魔VS剣の英霊」

ハロウィンに遅れに遅れて、やっとジャックの登場です。

それとギャグシーンってとても難しいと思う。


―――境界壁・舞台区画。“火龍誕生祭”会場。

 

『長らくお待たせしました! 火龍誕生祭のメインギフトゲーム、“造物主の決闘”を開催いたします! 進行及び審判は、この黒ウサギめが務めさせて頂きます♪』

 

 雲一つなく晴れ渡った空の下、円形の競技場(コロシアム)の舞台で黒ウサギが開催の宣言をすると、観客席からは割れんばかりの歓声が広がった。

 

「うおおおおおおおおおおっ!! 黒ウサギィィィィィィッ!!」

「月の兎キターーーーーーーーーーッ!!」

「ネ申 降 臨!!」

「黒ウサギなら俺の隣で寝てますが何か?」

「残念、それは私のおいなりさんだ」

 

 訂正。割れんばかりの奇声が観客席に広がった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。随分と人気なのね」

 

 白夜叉の計らいで用意された貴賓席で、隣の飛鳥は観客席に絶対零度の視線を送っていた。視線の先では、オタクファッションなネコミミナマモノを先頭とした一団が独特な振り付けで踊っている。あのナマモノ、どこかで見たような………?

 

「まあ黒ウサギの見た目は可愛いからな。しかしそれを置いても、この熱狂は凄いな」

「ジャッジマスターである“箱庭の貴族”が審判ということは、両コミュニティが誇りの下に戦ったとして箱庭の中枢へ記録される名誉なんです」

 

 上座から、北側の新たなフロアマスターのサンドラが説明をしてくれた。彼女の隣には兄であり、“サラマンドラ”のナンバー2のマンドラが控えている。

 こちらの視線に気付いたのか、マンドラはギロリと自分を睨み付ける。慌てて顔を逸らし、舞台へと向き直った。その時、十六夜が何かを思い出した様に白夜叉に話し掛ける。

 

「そういえば白夜叉。黒ウサギのスカートが見えそうで見えないギフトとは、どういうことだコラ。今どきチラリズムは古いだろ」

「フン、おんしもその程度の漢であったか。あそこの有象無象となんら変わらない、真の芸術を解せぬ愚か者だ」

 

 白夜叉はオペラグラスから目を離し、憐れみをも含めた目つきで十六夜を見る。

 

「おんしら人類は何を原動力に栄えてきた? エロか? 成る程、それもあろう。しかし時としてそれを大きく上回る力---それが想像力。すなわち未知への期待! モナリザの美女の謎、ヴィーナス像の失われた腕。それらに宿る神秘は永遠に到れぬ幻想でありながら、やがて一つの境地へ昇華される。何物に勝る芸術とは、すなわち―――己が宇宙の中にある!!」

「宇宙、だと・・・・・・・・・!?」

 

 ズドオオオオォォォォンッ!! と効果音をつけて力説する白夜叉に、十六夜が膠着する。

 

「乙女のスカートは中も、また然り! そう、下着とは見えぬからこそ意味がある!!」

「あのさ。もっともらしく言ってるけど、スカートの中を覗きたいだけだよな?」

「それは違うぞ!!」

 

 トンデモ理論に頭を抱えながら反論すると、白夜叉はカットインが入る勢いで反論した。論破! という文字が見たのは気のせいにしておきたい。

 

「おんしはセイバー殿の普段着をどう見る?」

「どうって・・・・・・・・紅いな、とは思うよ」

「馬鹿者! それでも男か!?」

 

 クワッと目を見開き、こちらを見る白夜叉。

 

「スカートの前面を敢えて開ける事で乙女の神秘を晒すという前衛的発想! 私の観点からすれば邪道ではある。だが! 神秘とは常に明かされていく物。それを普段から近くで見ておきながら、何も感じぬと言うのか!!」

「そ、そうだったのか?」

 

 そう言われると、白夜叉の言ってる事が正しい様な・・・・・・・・・。言い淀んでいると、白夜叉は自分の肩に手を置いて正面から対峙した。

 

「セイバー殿は正しい評価を得られなかったとはいえ、芸術の徒だ。その主であるおんしが芸術にうとくてどうする? 成る程、異性の下着を見るのは恥ずべき行為だ。だが絵画には裸婦画という物がある。ピカソやモネはいやらしい感情でそれを描き上げただらうか? 否! 断じて否である! ここに宣言しよう、女体とはすなわち芸術であると!!」

 

 ぐるぐると欲望が渦巻いた目で白夜叉は語る。そ、そうダ、こレは芸術ダ。決シテイヤラシイモノジャナイ・・・・・・・・・。

 

「故に、黒ウサギの下着を覗くのは芸術鑑賞の一環である。おんしは絵画や彫刻を眺める人間を非難するか?」

「ウン、白夜叉ノ言ウ通リダ。何モ可笑シナ事ハナイ」

「って、洗脳されてどうするの!?」

 

 スパーン! と飛鳥のハリセン(ツッコミ)が頭の後ろで炸裂した。

 

 

 

―――Interlude

 

「むぅ・・・・・・・・・。何やら面白そうな話をしておるな」

 

 舞台上で、セイバーは白夜叉達がいる方向を睨みながら呟いた。

 

「そんな事が分かるの?」

「分かるとも。為政者たる者、耳聡くあるべきだからな。それに余のくせっ毛も反応しておる」

 

 不思議そうに尋ねる耀に、セイバーは自分の頭を指差した。

 

「余のくせっ毛は三割当たる!」

「超皇帝級の占い? って、それはどうでも良くて・・・・・・・・・」

 

 コホンと咳払いをすると、耀は極めて冷静にセイバーを指差した。

 

「その服は、何?」

「ああ、これか」

 

 セイバーが見せ付ける様にその場でターンをすると、観客席から一際大きなどよめきが上がった。気持ちは耀にも分かる。セイバーはいつも着ている深紅の舞踏服から、純白の花嫁衣裳に身を包んでいた。

 ただし普通の人から見れば、一般的な花嫁衣裳の想像からかなり外れているだろう。

 前面を大きく開けたスカート、両手首と首に巻かれた鎖。極めつけはセイバーの豊満なボディを強調するかの様な肌に密着した純白の衣装。あえて言おう。ぴっちりスーツだ。

 

「見ての通り花嫁衣裳だが?」

「うーん………中学生が大暴れした結果だと思った」

「おお、知っているぞ。チューニ病とかいう不治の病であろう? だが余が患ったのは頭痛だけだな」

 

「アーシャ=イグニファトゥス様、華麗に参上!!」

 

「確か、昨日から黒ウサギに着させようとした服だよね?」

「うむ。黒ウサギが、『そんなに言うならセイバーさんが着てみて下さい!』と、言うものだからな。余が率先して試着したというわけだ」

 

「あん? おかしな格好をした“名無し”がいるぞ! 皆で笑ってやろうぜ!」

 

「これで黒ウサギも大人しく着るであろう。余は約束を果たしたのだからな」

「黒ウサギ、ご愁傷様………セイバーはその服を着るのに抵抗は無かったの? その、身体のラインがはっきり見えてるけど」

 

「………おい、何か言えよ。ここまで言われて何とも思わないのか? “名無し”さんよぉ?」

 

「愚問だな。ヴィーナスも恥じ入る余の肢体を見せるのに、何の躊躇いがあろうか? いや、ない。反語!」

「アハハハ・・・・・・セイバーらしいね」

 

「おい、聞いてんのか!? いい加減、こっちを向きやがれ!!」

 

「そうだ、ヨウも着てみぬか? なんなら、余が直々にコーディネートしよう」

「え!? い、いやいいよ。今の服が気に入ってるし!」

「遠慮するでない。そなたは十分に美しい。しかし飾り気が足りぬのだ。野兎の様な純朴さも良いが、人として生まれたからには美しさを磨く事も覚えて損ではない」

「そう、なのかな? オシャレとかした事ないから分からないけど」

「では手始めに化粧から始めよう。それならば気軽に試せるであろう?」

「化粧か・・・・・・・・・まあ、それくらいなら」

 

「無・視・す・る・な~~~~~~~っ!!」

 

 競技場の歓声を上回る大音量でゴスロリ服の少女ーーーアーシャが叫んだ。

 

「てめえ等・・・・・・・・・“ウィル・オ・ウィスプ”のアーシャ様をシカトするとは、いい度胸だなコラ」

「いやいや、全く注意を払わなかったワケでは無いぞ」

 

 ようやくセイバー達はアーシャへと向き直った。

 

「初見でそなたから感じとっていたぞ・・・・・・芸人のオーラを」

「うん、弄り甲斐がありそうな気がした」

「完全にナメてんじゃねえか!!」

「舐める? ふうむ、そなたも見た目は愛らしいから全身くまなく愛でても良いな」

「ハアハア……アーシャたんペロペロ、ハアハア」

「舐めるじゃなくてナ・メ・る! それとしれっと混ざってんじゃねえっ!!」

 

 ローアングルで撮影していたオタクナマモノを蹴っ飛ばすアーシャ。観客席へとぶっ飛ぶナマモノ。

 

『は、早くも両者から火花が散っている様デス。さっそく、ゲームの開始をします! 白夜叉様、お願いします!』

「承知した。おんし達の舞台はーーーこれだ!」

 

 黒ウサギからの要請を受けて、白夜叉は柏手を一つ鳴らす。するとセイバー達の周囲の景色が、劇的に変わる。

ま華鏡の様に目まぐるしく流れていき、やがて一つの場所に統一された。

 

「これは樹………なのか?」

 

 目の前に広がる森林を前に、セイバーは困惑した声を出した。森林の樹は、それぞれが頂点を見上げられないくらい高く、大人が十人くらい輪になっても囲い切れないくらい太かった。まさに巨大樹の迷宮と呼ぶに相応しい光景に圧倒されていると、空から一枚の契約書類(ギアスロール)が降って来た。

 

『ギフトゲーム名“アンダーウッドの大迷宮”

 

・勝利条件

 

一、プレイヤーが大樹の根の迷路より野外にでる。

二、対戦プレイヤーのギフトを破壊。

三、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合(降参含む)

 

・敗北条件

一、対戦プレイヤーが勝利条件を一つ満たした場合。

二、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”と“ウィルオ・ウィスプ”はギフトゲームに参加します。

               “サウザンドアイズ”印

                 サラマンドラ”印』

 

 読み終わると同時に、契約書類は光を放ちながら消えた。それが開始の合図なのだろう。両陣営は距離を取って対峙し合った。

 

「………一つ問おう。そなたが“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダーか?」

 

 沈黙を破り、セイバーはアーシャに問い掛ける。

 

「え? あ、そう見える? それなら嬉しいんだけど、残念なことにアーシャ様は、っ!?」

 

 アーシャが言い終わらない内に、セイバーは斬り掛かっていた。驚愕の余りに硬直したアーシャに真っ直ぐと剣が迫り、

 

 ガキィィィンッ!!

 

 甲高い音を響かせて弾かれていた。

 

「では………先程からコソコソと隠れたそなたがリーダーか?」

「―――ヤホホホ、バレていましたか」

 

 陽気そうな男の声が響くと同時に、虚空から火の玉を纏った人型が浮かび上がる。実体のない浅黒い服、ランタンを持った白い手袋。極めつけは普通の十倍はありそうな巨大なカボチャの頭部だ。笑顔の形でくり抜かれた目と口の奥には、鬼火が爛々と燃えていた。

 

「先程の質問ですが、私は“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダーではありません。生と死の境に顕現せし大悪魔! ウィラ=ザ=イグニファトゥスの大傑作ギフト! それが私、世界最古のカボチャお化け・・・・・・・・・ジャック・オー・ランタンでございます♪」

 

 まるで道化師の様な風体で陽気に笑い、自己紹介するジャック。しかしその瞳の奥に灯る炎の激しさに、セイバーの中の警鐘を最大限に鳴らしていた。けして侮れる相手ではない。

 

「ヨウ。そなたは先に行け」

「セイバー、でも………」

「今回のゲームはそなたがゴールすれば勝利となる。そなたでは、この亡霊の娘はともかく悪魔の方には勝てまい」

 

 耀に先を急がせる為に、セイバーはあえて戦力不足だと告げる。盤石を期すならここで二人を叩き潰すのが良い。しかし、この大悪魔を相手に易々と実行は出来まい。耀の戦力ではかえって足手纏いになりかねない。それくらい強力で、油断ならない相手だとセイバーの直観が告げていた。

 一瞬、反論しようと耀は口を開きかけたが自制して止める。“生命の目録(ゲノム・ツリー)”で得た野生の勘が、ジャックに挑むのは危険だと告げていた。何より、ゲームの勝利条件は先に野外に出る事であって、対戦相手と戦う必要はない。ここはセイバーに従うのが最善策だ。

 

「………分かった。セイバーも気を付けて」

「あ、待ちやがれ!!」

 

 セイバー達に背を向けて、一直線に森の奥へと耀は走る。それを追いかけようと、アーシャも一拍遅れて走り出した。

 

「行かせると思うか?」

 

 背を見せたアーシャに剣を振るおうと、セイバーは振りかぶり、

 

「行かせぬと思いますか?」

 

 目の前に広がった炎の壁に足を止めざるを得なかった。

 

「ジャックさん、サンキュー!」

「礼よりも、あの少女に早く追い付きなさい」

 

 炎の向こうで、アーシャの足音が段々と遠ざかって行く。炎の壁はセイバーとジャックを囲む様に円形へ広がった。仕方なく、セイバーはジャックと対峙する。

 

「やってくれたな。しかしあの娘ではヨウには追い付けまい」

「あまりアーシャを見縊らない事です。彼女は成り立てではありますが、地精の化身。易々と逃げれる相手ではありませんよ?」

「地精? そうか、そなたらは鬼火を掲げたコミュニティであったな」

 

 “ウィル・オ・ウィスプ”とは、無人の墓地や湖畔に突如として現れる鬼火の事だ。この正体は、大地から溢れたメタンガスやリンなどの可燃性気体と言われている。鬼火をシンボルとするコミュニティにとって、大地の精霊は縁が深い存在なのだろうとセイバーは当たりをつけた。しかし―――

 

「貴女は、我々にとって侮辱に等しい勘違いをされてる様ですな」

「………どういうことだ?」

「我等の旗印、“ウィル・オ・ウィスプ(蒼き鬼火)”は決して唯の化学現象ではありません。元々は彷徨う御霊の為に悪魔が与えた篝火。化学現象は分かりやすい目印でしかありません」

「目印だと? それはまさか、」

「そう、そこに死体が埋まっている事を知らせる為ですよ!」

 

 ヤホホホ! とジャックを指を立てて笑う。死体を埋められた土壌からは、リンやメタンガスなどが排出される。それ以外にも、死体が遺棄された場所に鬼火はよく目撃されるのだ。

 

「聞いたことはありませんか? “ウィル・オ・ウィスプ”は、報われぬ死者を導く篝火だと。彷徨う御霊を導く功績で、私達は霊格とコミュニティを大きくしてきたのです」

 

 ギョロリ、カボチャ頭の奥で炎の瞳が動く。セイバーを見据え、悪魔から与えられた篝火は一層と燃え上っていた。

 

「知らぬなら今こそ知りなさい。我ら蒼き炎の導を描きし旗印は、無為に命を散らした炎を導く篝火なのだと。救済の志は、神々に限られた領分ではないと―――!」

 

 ゴウッ! とランタンから一際大きな炎が燃え上がる。その熱量は凄まじく、まるで地上の一切を焼き払わんとする地獄の炎そのものだ。

 

「いざ来たれ、人の臨界を超えし英雄の魂よ! 聖人ペテロから烙印を押された、不死の怪物―――ジャック・オー・ランタンが御相手しましょう!」

 

 業火の炎で炎上する、樹の根の大空洞。焦熱地獄の様に茹る熱気の中で、セイバーは静かにジャックを見据えた。

 

「先に非礼を詫びよう。そなた達の旗印を唯の炎と勘違いした事を」

 

 剣を下げ、セイバーはジャックに頭を下げる。そして顔を上げると、切っ先をジャックへと突きつけた。

 

「そして宣言しよう。そなたの煉獄の炎は余が断ち斬ると! 来るが良い、亡者の道標よ。神にも悪魔にも裁けぬなら、皇帝たる余が直々に裁定しよう!」

 

 お互いの前口上を済ませ、両者は対峙する。どちらもパートナーに追い付く為には、目の前の敵を無視できないと直感で理解していた。

先に動いたのはセイバーだ。疾風の様にジャックへ駆け寄ると、ジャックの頭へと剣を一閃させる。その鋭さはアーシャに放った物とは比べ物にならない。

 

「ヤホッ!?」

 

 斬撃を両手で受け止めたジャックだが、衝撃の重さにたたらを踏む。そのまま、セイバーは更に踏み込んだ。

 

「ハアアアァァァッ!!」

 

 足下が蜘蛛の巣状にひび割れるくらい力を込め、剣を振り切る。バットで打たれたボールの様にジャックは弾き飛ばされた。追撃をかける為にセイバーはジャックへとと駆け寄って行く。

 

花散る天(ロサ・イクス)―――っ!?」

 

 得意の斬撃を見舞おうとしたセイバーは目を見張る。そこには空中で体勢を立て直したジャックが、自分の周りに人魂の様な炎弾をいくつも展開して待ち構えていた。躊躇して足を止めたセイバーへ、炎弾がつるべ撃ちに放たれる。爆発と共に、紅蓮の華が大輪を咲かせた。炎はその場で渦巻き、火葬を為す釜場と化す。

 

「―――花散る天幕(ロサ・イクストゥス)!!」

 

 剣が横凪に振るわれ、炎の渦は内部から斬り裂かれる。そこには所々が煤汚れながらも、しっかりと立つセイバーの姿があった。それくらいは予想通りと言わんばかりに、どこからか出した肉包丁を振りかざしてジャックはセイバーへと突進する。舌打ちしながらセイバーは剣で受け止める。火花と共に、金属がぶつかり合う甲高い音が辺りに響いた。

 

「ヤホホホ、流石ですね♪」

「そなたも、なっ!!」

 

 鍔迫り合いの状態から、セイバーは強引に剣を押し出してジャックを突き放す。力勝負ではセイバーの方に分がある様だ。そうと気付いたセイバーは畳み掛ける様に剣を振りかぶりに行き―――真横へと跳ねたジャックに目を剥いた。

 

「なに―――!?」

 

 目をこらして見ると、ジャックの服の下―――人間なら足に当たる部分に炎がバネの様に渦巻いていた。

 

「ヤホホホ、行きますよ、っと!!」

 

 宣言と共にジャックは炎のバネを使って跳躍する。樹へ、地面へと縦横無尽に跳ねながら、すれ違いざまにセイバーに斬りかかる。不規則に、そして高速に動くジャックを捉えきれず、セイバーの身体にいくつもの切り傷が生じた。純白だった花嫁衣裳が血で染まり、セイバーはたまらず膝をついた。

 

「これで、終りですっ!!」

 

 セイバーの背後へと回り、樹を蹴って飛び出すジャック。その速度は音の壁すら突き破り、空気すらも切り裂いていく。一秒後には背後から心臓を貫かれたセイバーの姿を幻視し―――目の前に生じた炎の壁へと突っ込んだ。

 

「ば、馬鹿な!? これは―――!?」

「イヤアアアアァァァッ!!」

 

 炎に巻かれ、怯むジャック。その隙に大きく跳躍したセイバーは、ジャックのカボチャ頭を目掛けて剣を振り下ろす。咄嗟に両手でガードするが受け止めきれず、ジャックは叩きつけられる様に地面へと落下した。その衝撃で、砂塵が舞い起こる。地面へと着地したセイバーは、息を整えながら濛々と立ち込める砂塵の方へ向き直った。

 

「―――ひとつ、お尋ねしたい事があります」

 

 砂塵が収まった先に、ジャックは立っていた。だが、その頭部は左半分が欠け、割れたカボチャ頭からチロチロと鬼火が覗いていた。

 

「先程の炎は我が御旗の象徴でもある鬼火(ウィル・オ・ウィスプ)。なぜ貴女が使えたのでしょう?」

 

 フン、と鼻息を一つ鳴らすとセイバーは胸を張った。純白だった花嫁衣裳は見る影もなく、所々が煤焦げ、血で斑模様を作っている。しかしセイバーはそれが当然であると言わんばかりに、いつもの毅然とした態度で応えた。

 

「皇帝特権である。とくと許せ」

 

 まるでその瞬間を見計らかったかの様に、周りの景色が砕け散る。一瞬の後、二人は元の舞台上にいた。

 

『ゲーム終了! 勝者、春日部耀!』

 

 黒ウサギの宣言と共に割れんばかりの歓声が客席から響き渡り、二人は大きく息を吐いた。その直後、耀とアーシャが二人の元へ駆け寄る。

 

「セイバー、お疲れ様って、大丈夫!?」

「ジャックさん、なんですぐに追ってきて、って! どうしたんだよ、その頭!?」

 

 お互いのパートナーが自分達の惨を騒ぎ出した。当人達よりも酷く慌てた姿を見て、二人は苦笑し合った。

 

「どうやら、我々の決着は次回に持ち越しですね」

「そのようだな。再戦を楽しみにしているぞ、カボチャ頭の幽鬼(ジャック・オー・ランタン)

「ええ、こちらこそ。このカボチャ頭を一新させてお相手しましょう、剣の英霊(セイバー)

 

 静かに頷き合い、再戦を約束する二人。

 ふと、視界の端に黒い物が映った。

 

「………?」

 

 セイバーが目をこらすと、それは黒い封書である事が分かった。訝しむ様に封書を見るセイバーに対し、ジャックは半分だけになったカボチャ頭を青ざめさせていた。

 

「こ、これはまさか………!」

 

 慌てた様子で地面に落ちた封書を破り、中の文面を確認するジャック。ただならぬ様子に、セイバーの第六感が警鐘を鳴らした。

 

「いったい、何が起きたというのだ?」

 

 心配そうにこちらを窺う耀とアーシャと共に、ジャックに問いかける。すると彼は、黙って手に持っていた紙を文面が見える様に差し出した。心なしか、割れたカボチャの笑顔が引き攣った様に見える。

 

『ギフトゲーム名"The PIED PIPER of HAMELIN"

 

・プレイヤー一覧:現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。

 

・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター:太陽の運行者・星霊、白夜叉。

・ホストマスター側勝利条件:全プレイヤーの屈服・及び殺害。

・プレイヤー側勝利条件:一、ゲームマスターを打倒。二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

 "グリムグリモワール・ハーメルン"印』

 

「何だこれは………?」

 

 文面を確認したセイバーは困惑顔で呟く。だが、何が起きているかは理解できた。背中に嫌な汗をジットリと感じる。これは生前、そして聖杯戦争で何度も味わった感覚。敵に先手を打たれ、それが毒の刃が食い込む様に致命傷になりつつあるという予感。

 空から雨の様に降り注ぐ、闇の様に黒い封書。静まり返った競技場に、爆発する様に観客席から悲鳴が湧き起こる。

 

「魔王が………魔王が現れたぞオオオォォォォ――――――!!」

 

 

―――Interlude out

 

 

 

 




読者の皆様には、大変長らくお待たせしました。
それにしても、ようやく次回でペスト組を出せるとかどんだけ亀だorz

少しリアルが忙しいので更新が遅いですが、次回もお楽しみに! 

p.s.気付けばお気に入り登録が3000件突破ですと!? 応援、ありがとうございます!! これからも『月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?』をよろしくお願いします!


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番外編「妖狐の嫁入り準備」

「う~んん………」

 

 日が昇り切っていない早朝。“ノーネーム”敷地内の屋敷でキャスターは軽く体を伸ばしていた。召喚されてから数日しか経ってないとはいえ、こうして朝の涼しい風を浴びるのは月では出来なかった体験だ。それが楽しみで、ほんの少し早起きしてしまったわけだ。

 

(やっぱり早起きは三文の得と言いますからねえ。自慢の尻尾もピンと毛筋が立つものです。これでご主人様が御側にいれば三文どころか三千世界を売り渡しても御釣りが来るんですがねえ。しかしご主人様は昨夜も遅くまで勉学された様子。出来る妻は自身の欲望を抑えて夫を支えるものです)

 

 うんうん、と一人で頷きながら自室を出る。まだ屋敷内は眠りに就いてる様に静まり返っていた。もう少し時間が経てば、住人が目を醒まして活気に満ちるだろう。

 

(はてさて、どうしますかね。朝食の時間までもう少しかかりますし、ご主人様もまだ起きていらっしゃらないでしょう。この時間帯に起きていそうな相手と言えば、十六夜さん………はパス。粗野な殿方はどうにも気が合いません。あとはセイバーさん………もパス。早朝から前衛芸術に付き合いたくないです)

 

 などと考えながら廊下を歩いていると、ふとキャスターの耳に物音が聞こえた。物音の出所は炊事場からの様だ。特に目的があったわけでもないので、そちらへ向かうことにした。

 炊事場に入ると、そこには自分と同じ狐耳の少女―――リリがいた。

 

「あ、キャスターさん。お早うございます」

「お早うございます、リリさん。こんな早朝に何を、って愚問でしたね」

 

 包丁とまな板を手にしていたリリを見て、キャスターは疑問を引っ込める。どうやら朝食の準備をしていた様だ。

 

「いつも、こんな朝早くから?」

「いえ、本当はもう少し遅いんですけど、いつもより早く目が醒めちゃって………。その、皆さんが来てから朝食も準備し甲斐がありますし」

 

 少し照れた様子で、リリは尻尾をパタパタと振る。遠足を待ち切れない子供みたいなリリをキャスターは微笑ましく感じた。

 

「何か御手伝いしましょうか? 朝食まで手持ち無沙汰ですし」

「い、いえ! キャスターさんは“ノーネーム”の大事なプレイヤー。そんな方に雑事をさせるわけにはさせるわけにはいきません!」

「そんな気を使わなくっていいですってば。今の私はご主人様のサーヴァント。正式なプレイヤーではないんですよ?」

「それでも、です! “箱庭”においてギフトゲームに参加できるというのは大きな意味を持ちます。私達みたいにゲームに参加できないコミュニティの人員はプレイヤーの皆様の衣食住を支える事が、大事なお仕事なのです。それなのにプレイヤーの方に雑事をさせたとあっては、年少の皆にも示しがつきません!」

「それはそうでしょうけどねえ………」

 

 リリの言う事はもっともだ。個人の能力に応じて、仕事の役割分担をする必要性はキャスターも理解している。上の者が何でもやってしまっては、下の者は自分から何かしようという気持ちもなくなり怠けていくだろう。それは結果として組織の衰弱を促してしまう。しかし、だからといってこのままリリを放って自分だけブラブラするのも気が引けた。

 

「う~ん、じゃあ今日だけでどうですか? プレイヤーである私の我儘に付き合うという事で」

「それなら、まあ………。今日だけですよ?」

 

 ムムム、と難しい顔で頷くリリを見て、キャスターは食器棚にかけられていたエプロンを着る。耳を畳んで三角巾を被れば、準備は万端だ。

 

「よし、それなら決まりです! さて、リリさん? 私は何をすればよろしいですか?」

「じゃあ、まずは野菜を洗って頂けますか? 大人数なので、量がありますけど」

「合点承知です!」

 

 キャスターは早速、洗い場に置かれた野菜を手に取って水に浸けていく。水は身が引き締まるぐらい冷たかったが、お陰で少し残っていた眠気が吹き飛んだ。野菜を傷つけない様に注意しながら、一つ一つ丁寧に手洗いしていく。

 

 

 

「これでよし、と。リリさん、次はどうしますか?」

「あ、後は煮込むだけなんで大丈夫です。お疲れ様でした」

 

 リリと炊事をすること、三十分。しかしキャスターの朝食の体感としてはあっという間に終わってしまった。煮込まれた料理を皿に移せば完成だ。

 

「あとは当番の子達にやらせますよ。そろそろ起きてくる時間ですし」

「そうですか? それにしても毎日、これだけの量を作るなんて大変ですねえ」

「でも、プレイヤーの皆さんのお役に立てますから」

 

 そう言って、リリは嬉しそうに笑う。キャスターに下手に出ているわけでもなく、出来る事を自分で考えた結論なのだろう。彼女にとってこの労働は苦にならないようだ。

 

「いやはや最近の若い娘には無い殊勝な心がけです。良妻狐たる者、三歩下がってご主人様に追従するもの。リリさんは良い奥さんになりますよ」

「あははは、そんな………ほめ過ぎですよ」

 

 はにかんだ笑みを浮かべていたリリだが、ふとその顔に影が差した。

 

「リリさん?」

「あ………すいません、ちょっと母様と一緒にいた時の事を思い出しちゃって」

「お母さん、ですか?」

「はい………」

 

 お玉をキュッと握りしめ、語り出す。リリは“ノーネーム”の農園を預かる一族の娘だったそうだ。宇迦之御魂神から神格を授かった狐神の命婦。それがリリの先祖であった。だが神格を得ていたリリの母親は、“ノーネーム”が魔王に襲撃された際に連れ去られた。

 

「あの頃の“ノーネーム”は今より沢山の人がいて、農園も今よりずっと広くて、目が回るくらい忙しかったです。だから母様の手伝いをしながら仕事を覚えて………。あの頃の私は、いつも母様の後ろをついて回ってる様な感じでした。本当に、いつも母様と一緒にいて………」

 

 キラリ、と光る物がリリの目から頬を伝った。

 

「あ、あれ? すいません、なんだか目にゴミが入ったみたいです。こんなの、何でもありませんからっ」

 

 グシグシと目をこするリリ。そんなリリを、キャスターは………そっと抱きしめた。

 

「え………キャ、スターさん?」

「リリさん、無理しなくていいです」

 

 優しく包み込む様に小さな身体を引き寄せながら、キャスターはそっと囁く。

 

「無理に自分を押し込めたら駄目です。そんな風に感情を殺していたら、心も体も悲鳴を上げちゃいますよ?」

「で、でも、私は稲荷の巫女だから………」

「ええ、その通り。神の眷属ならば、それに相応しい風格が求められます。でもね、辛い時は辛いと言っちゃっても良いんですよ? だって巫女は神に仕える人間であって、神様ではありませんから。完全である必要は無いです」

「で、でも! みんなに迷惑がかかりますから、」

「いえ、全く。少なくとも私は、迷惑だなんて思いませんよ。それどころか御主人様も、セイバーさんも、黒ウサギさんも、飛鳥さんも、耀さんも、ついでに凶暴なあの殿方も。リリさんが我慢してる事を迷惑に思う様な人は、ここにはいませんよ」

「え………?」

「だってリリさん、自分よりも他の方を優先させられる()ですもの。そんな人が自分の感情を表に出したくらいで、迷惑がる様な人達でしょうか? いえ、ない。反語」

 

 自分よりも頭一つ以上に低い場所にある狐耳を撫でながら、キャスターは優しく微笑んだ。

 

「まあ、要約すると………泣ける時には泣いておけ、ってことです」

「キャス、ターさん………うっ、ひぐっ」

 

 リリはふるふると体を振るわせ―――堰を切った様に泣き出した。

 

「う、ああっ………! 母様っ、母様に、会いたいよう………!」

 

 いつもの気丈な姿はなく、歳相応に母を恋しがって泣くリリ。そんなリリを、キャスターは慈愛に満ちた笑みを浮かべて抱き締めていた。

 

 

 

「すいません、みっともない姿を見せてしまいました」

「多少はすっきりしましたか?」

「はい、お陰様で」

 

 真っ赤になった目をハンカチで拭いながら、リリは儚げに笑う。しかし、先程の様に無理に感情を押し殺した様子はない。それを見て、キャスターは心の中でそっと安堵する。

 

「いつでも私に頼って下さいまし。な~に、私とご主人様の二人にかかれば神も悪魔も仏も平伏すというもの。ど~んと安心してリリさんのお母さんの帰りを待っていて下さいな」

「キャスターさん………。はいっ! 母様が帰って来るその日まで、私がコミュニティの皆様のお世話をいたしますっ!」

「うんうん、こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 ふと、何かを思いついた様にキャスターの耳がピンと立った。

 

「そうだ、これも狐の神仙の縁というもの。リリさんに一つ、この私直伝の奥義をお教えしましょう」

「キャスターさんの奥義、ですか?」

「ええ。これさえ覚えれば、いざという時の強敵と痴漢の撃退。しつこいセールスに勧誘詐欺への天誅、さらには嫁入り前の修行と家庭の円満にも役立つという、優れた奥義です♪」

「す、すごいです! 是非とも教えて下さい、キャスターさん! いえ、キャスター先生っ!」

「ふふっ、まずはですね………」

 

 

 

 

「もっと腰を落として! 足の力だけではなく、体全体で打ち込む様に!」

「は、はい!」

 

 昼下がり、ノーネームの敷地内で威勢の良い掛け声と共に、サンドバッグを叩く様な音が断続的に響いていた。

 

「あの二人、最近は仲が良いわね」

 

 庭園の東屋でティーカップを傾けながら、飛鳥はポツリと呟く。

 

「Yes! 聞けばキャスターさんは、神格を得ていた狐様であった御様子。稲荷の巫女であるリリにとっては先達にあたる方なので、親しみやすいのでしょう」

 

 紅茶の共をしていた黒ウサギは、耳をヒョコヒョコと動かしながら頷く。

 

「まあ、キャスターさんが来てからリリも以前より笑う様にはなったと思うけど………」

 

「爪先で抉りこむ様に! はい、ラッセーラッ!!」

「らっせーらっ!!」

 

「………あれは何をしているのかしら?」

「ええと、何かの武術の型だと思いますが………」

 

 飛鳥と黒ウサギの視線の先には、空手道着を着たキャスターとリリがいた。リリはキャスターの指導を受けながら、サンドバッグで出来た人形の一点に蹴りを入れていた。

 

「あれは、痛そうね」

「Yes、殿方ならばクリティカルヒットのダメージでしょう」

 

「まずは金的! 次に金的! トドメに金的、ですっ!!」




 お久しぶりです。筆がなかなか進まないとウダウダする事、およそ半年。ちょっと気分転換に以前から書きたかったネタを使った番外編を書いてみました。しばらくは、こんな風に時系列を無視した番外編を投稿するかもです。「sahala? いえ、知らない子ですね」と思って頂いても構わないので、また私の駄文にお付き合い下さい。


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第8話「影のサーヴァント」

 お久しぶりです。
 気が付けばFateのアニメは二期に入り、Grand/Orderも今年の夏に稼働が決まりました。
 また私の小説に、付き合っていただければ幸いです。

 今回で登場する、あるサーヴァントは原作とは大分違うものとなります。
 どうか、ご容赦の程をよろしくお願いします。


 異変は突然に起きた。空から降る黒い契約書類を確認すると同時に、白夜叉を中心に黒い旋風が巻き起こる。

 

「なにっ!?」

 

 旋風は激しさを増し、竜巻となって白夜叉を閉じ込めた。同時に、周りにいた自分達は空中へと弾き出される。

 

「うわっ!?」

 

 浮遊感はすぐに落下の感覚に変わり、まっすぐに地面へと落ちて―――誰かに受け止められた。

 

「セイバー!」

「怪我は無いか、奏者よ」

 

 横を見ると、飛鳥を抱えた十六夜が舞台上に降り立っていた。舞台袖から自分達に走り寄るジンくんの姿もある。

 

「すまぬが回復を頼む。傷をおして戦える相手では無さそうだ」

「わ、分かった」

 

 すぐさまコード:heal()を実行する。傷の治療と共に、出血でまだら模様になった花嫁衣装が純白に変わった。

 

「魔王が攻めて来たんだな?」

「はい」

 

 十六夜が確認する様に聞くと、黒ウサギは首肯した。

 観客席は大混乱に陥っていた。我先にと逃げ出そうとする様は、沈没する船から逃げ出すネズミの様だ。

 阿鼻叫喚が渦巻く会場の中心で、十六夜は軽薄な笑みを浮かべる。

 しかし瞳にはいつもの余裕が見られなかった。真剣な瞳のまま、黒ウサギへと視線を向ける。

 

「白夜叉の主催者権限(ホストマスター)が破られた様子は無いんだな?」

「はい。黒ウサギがジャッジマスターを務めてる以上、誤魔化しは効きません」

「ってことは、ルールに則って侵入したわけか。流石は魔王様、期待を裏切らねえ」

「どうする? ここで迎え撃つか?」

「そうしたいが、役割分担をした方が良いだろ。俺とレティシアは魔王の相手。黒ウサギはサンドラを探す。他は白夜叉の所に向かってくれ」

「分かった」

 

 各々が目的の為に走り出す。その時だった。

 

「見ろ! 魔王が降りてくるぞ!」

 

 観客席から聞こえた悲鳴で、頭上を見上げる。上空から人影が落下してきた。

 

「んじゃいくか! レティシア!」

「了解した、主殿」

 

 十六夜は嬉々として上空の人影へと跳躍して行った。後を追う様に、旋風と共にレティシアが飛び上がっていく。

 

「よし、それじゃ俺達も―――」

奏者(マスター)ッ!!」

 

 セイバーが突然叫び、突き飛ばされる様に前へと投げ出される。ほぼ同時に、背後から爆発する様な魔力の奔流が巻き起こった。

 地面に転がった痛みに顔をしかめながら、後ろを振り向く。

 そこに、一つの黒い影が立ち上がっていた。

 影は虫の羽音の様な耳障りな音を立てながら、人の形を象っていく。

 

そこを動くな(・・・・・・)!」

 

 飛鳥の一喝で、影の動きが止まる。だが自分を押さえつける力に抗うかの様に、影はブルブルと振るえていた。

 

「これは―――魔王の手下ですか!?」

 

 ジンくんが横で焦った声を出していたが、耳には入らなかった。自分の意識は目の前の敵に釘づけになっていたからだ。

 そんな馬鹿な―――心の中で、その言葉だけが繰り返される。

 相手の姿形も感じる魔力の感触も(いびつ)

 しかし、一目見て分かった。分からざるを得なかった。この敵は紛れもなく………。

 

『ギッ、ギッ、ギッ!』

「くっ、動くな(・・・)!」

『ガギッ!?………ガギッ、ガガギッ、ギィィィッ!!』

 

 飛鳥の再三の命令(ギフト)を受けたのにも関わらず、黒い影は油の切れたブリキ人形の様にギクシャクとした動きながらも、こちらへと迫っていた。

 

「このっ―――!」

「駄目です! 相手の霊格は飛鳥様より上の様です、これ以上はギフトの無駄撃ちです!!」

「ならば、これでどうだっ!」

 

 黒ウサギが飛鳥を制止する隣を、セイバーは弾丸の様に飛び出す。

 その手に握った『原初の火(アエストゥス・エウトゥス)』を振りかぶり、そのまま黒い影を真っ二つに斬り裂いた。

 

「なんだ、ずいぶんとあっけなく―――何ッ!?」

 

 すんなりと入った斬撃の感触を訝しんでいたセイバーは目を(みは)った。

 黒い影は唐竹割りにされたというのに、血を吹き出す事もなく平然と立っていた。

 それどころか、斬られた先からアメーバの様に分裂していくではないか! 

 そして、影がグニャリと形を崩したかと思う矢先、セイバーに覆いかぶさる様に飛び掛かる!

 

「―――Ya,hoooooooooooo!!」

 

 影の横から特大の火の玉が牙を剥く。

 あっと言う間もなく、影は蒼炎に呑みこまれた。

 蒼炎は蛇の様にまとわりつき、業火の中で暴れる影を閉じ込め、一層に燃え上がる。

 やがて炎が収まると、そこには焼け焦げた跡だけが残った。

 

「ヤホホホ、間一髪でした」

「ジャックか!」

 

 セイバーの横に、顔を欠けさせたカボチャ頭がスゥ、と近寄った。

 

「どうやら相手は実体のない死霊(レイス)の様です。貴女にとって、相性は悪いみたいですな」

「む、何を言うか! 余の剣に斬れぬ物などほとんど無いわ! あの影に後れを取っても逆転する策はあったぞ! 本当だぞ! ………ま、まあ、助太刀した事に礼を言ってやらんでもないが」

「ありがとう、ジャック・オー・ランタン。助かったよ」

 

 そっぽを向きながらゴニョゴニョと口ごもるセイバーに代わって、頭を下げる。

 

「ヤホホホ! 御礼は是非とも我が“ウィル・オ・ウィスプ”と大口契約を………と言いたい所ですが、そんな場合ではありませんね」

 

 ジャックはスッと佇まいを正すと、真剣な顔(カボチャ頭は笑顔のままだが)で黒ウサギへと向き直る。

 

「魔王を迎え撃つのであれば、我々“ウィル・オ・ウィスプ”も協力しましょう。いいですね、アーシャ」

「う、うん。頑張る」

 

 ジャックの後ろに控えていたアーシャは少し震えながら、首を縦に振った。

 

「それなら、お二人は黒ウサギと一緒に―――」

「いや、ジャックは俺とセイバーと一緒に残ってくれ。アーシャは黒ウサギと一緒にサンドラを探して欲しい」

 

 一同が驚いた様に自分の方へと振り向く。でも、ここは譲れない。もし予想が外れてなければ、恐らく―――!

 

「みんな! あれを見てっ!!」

 

 耀が指差した先に、さっきジャックが燃やし尽くしたはずの黒い影が地面から湧き出る様に立ち上がっていた。

 それどころか、体を分裂される様に分けながら次々と数が増えていく!

 

「行ってくれ、ここは俺達に任せて!」

「で、ですが―――」

「いいから! こいつが相手なら、どうにか出来る! 早く白夜叉達の所へ!!」

 

 黒ウサギは一度だけ、こちらを心配そうに見つめ―――すぐに落ち着きを取り戻した。

 

「分かりました。白野様、セイバー様、ジャック様。ここはお任せします。耀様と飛鳥様、ジン坊ちゃんは白夜叉様の所へ向かって下さい。アーシャ様は黒ウサギと一緒にサンドラ様を探しましょう」

 

 視線を交わしたのは一瞬。各々が頷き、自分の役目に従って走り出す。

 その時だった。

 

『ギョオオオォォォッ!!』

「っ………!」

「春日部さん!? 平伏しなさいっ!(・・・・・・・・)

 

 飛鳥のギフトで、耀に襲い掛かった影は潰れる様に地面に張り付いた。

 

「春日部さん、大丈夫!?」

「平気。少し腕をかすっただけ」

 

 心配そうな飛鳥を安心させる様に、耀は影に触れられた腕を擦った。

 

「耀、いまコード・キャストを」

「大丈夫。何ともないから」

「でも、」

「本当に平気。白野は目の前の敵に集中して」

 

 静かに、真剣な瞳で耀に言われて頭に冷水をかけられた様な衝撃を受けた。

 同時に、動揺していた心が落ち着きを取り戻した。

 そうだ、いま自分がする事は仲間を心配する事じゃない。仲間の為に、影達を足止めしないといけない。

 

「―――分かった。気を付けて行ってきてくれ」

「うん。また後で」

 

 耀は短く頷くと、飛鳥を抱えて一気に跳躍して舞台上から姿を消した。あれなら心配ないだろう。

 

「さて―――奏者よ、気付いているか?」

「―――ああ」

 

 舞台上に取り残された自分達を囲む様に増殖していく影を見ながら、セイバーに頷く。

 セイバーの顔も硬い。何故なら―――

 

「こいつら………全員、サーヴァントだ」

 

 影達をまっすぐと見据え、断言した。

 相手の姿形も感じる魔力の感触も(いびつ)

 しかし、一目見て分かった。分からざるを得なかった。

 何故なら箱庭世界の相手では見る事がなかったステータス表が、自分の霊視を通してはっきりと見えていた。

 

「基礎ステータスは宝具以外はオールE(最底辺)。でも、さっきの動きを見る限りEランクに届いてすらないと思う。性能だけならセイバーの敵じゃないよ。ただし―――」

「あやつには分裂能力がある。特殊な宝具か、あやつ自身のスキルか………やっかいな相手だな」

 

 フン、とセイバーは鼻を鳴らす。

 三回戦で戦ったキャスターを思い出しているのだろう。

 あれもサーヴァント本人の能力は低かったが、キャスターの宝具によって何度も苦しめられた。

 

「何か策はありますかな、ミスター?」

「策ってほどじゃないけど………あの影の弱点は、やっぱり火だと思う。だからジャックには残って貰いたかった」

「確かに先程は効いた様に見えましたが、ああやって復活している所を見ると無駄なのではないですかな?」

「いや、あれは復活したわけじゃない」

 

 じりじりと円陣を組んで向かってくるサーヴァント(黒い影)達を見据えながら、ジャックに断言する。

 まるで獣の群れが一斉に飛び掛かるタイミングをうかがっている様な影の群れをもう一度、霊視する。

 

「あの影達は元々一体だったものが、自分自身を分裂させる事で出来た軍勢だよ。さっきジャックに焼き払われた奴は、あの中にはいない」

「ふむ。ということは、あれらを全て倒せば良いと?」

「今のところはね」

 

 我ながら酷い作戦だと思う。

 一体ずつなら大したことは無いと言っても、敵は目視できるだけでも50体以上。

 これが総数とも限らない相手に対し、三人で全てを相手取ろうとしているのだ。

 どちらかの体力が尽きるまで戦うマラソンマッチだ。

 

「黒ウサギか白夜叉か………どっちかが、この事態に打開策を見出すはずだ。それまでこいつらを好きにさせなければいい」

「現状ではそれしかありませんね。それに………」

 

 チラリと、ジャックは周りを見渡す。

 影達はお互いの肩がピッタリとくっつきそうなくらいに寄り添いあい、自分達を囲んでいた。

 

「向こうは待ってくれそうにないですし」

「セイバー、君は皇帝特権で取得して欲しいスキルがある」

「ほう、それはどんなスキルだ?」

 

 自分がそのスキルと持ち主の名前を言うと、セイバーはふむ、と一度だけ頷いた。

 

「あやつか。確かに打って付けではあるな」

「出来るか?」

「愚問だな。余に出来ぬことなど、ほとんど無いわ」

 

 胸を反らすセイバーに少しだけ笑って、影の方に向き直る。

 

「相手は底が見えない。大技は最小限にして、持久戦をする心構えでいこう」

「奏者はどうする? 下がっていた方が良いのではないか?」

「いや、俺も戦うよ」

 

 ギフトカードから引き出したアゾット剣に魔力を込める。

 体の周りを不可視の膜が覆われていく実感を感じながら、目の前の敵を睨む。

 

「自分の身ぐらい自分で守れないと、この先も“ノーネーム”にいる事はキツそうだからね」

「ふふふ。随分と逞しくなったものだな」

 

 セイバーは、どこか懐かしむ様に目を細めた。

 

「出会った時は雛鳥でしかなかったそなたが、余と肩を並べるとはな」

「お二人とも、お話しはそこまでです。あちら様は、もう待ち切れない様ですよ」

「分かった。でもその前に………」

 

 

 ジャックにコード:heal()を実行する。

 欠けた顔が元に戻り、ニッコリと笑ったカボチャ頭が現れる。

 

「おお、これはこれは。感謝します、ミスター」

「………体力を回復できれば、と思ったけどさ。そのカボチャ頭、どうなってるの?」

「ホホホ。子供の夢と、ちょっとした不思議が詰まっているのですよ♪」

 

 おどけて言うジャックから目を離し、前を向く。

 

「よし………いくよ!」

「「応ッ!」」

 

 合図と共に、セイバーとジャックが飛び出す。

 自分はその場に留まりながらも、高速でコード・キャストを実行していく。

 

「コード:gain_mgi()、コード:move_speed()!」

「感謝するぞ、奏者よ!」

 

 魔力と速力が上がったセイバーが、あっという間に影達に肉薄する。

 

「破ァッ!!」

 

 横並びになった影達をまとめて斬る様に、剣を薙いで一閃する。

 セイバーの剣が影達へ抵抗なく通り抜ける。

 剣圧こそ影が揺らぐくらい速いが、影達はそれに痛がる様な素振りも見せない。

 これでは先程の焼き直しだ。

 ただし―――

 

 ゴウッ!

『ッ!?』

 

 それはセイバーの剣に炎が宿っていなければ、の話だ。

 セイバーの剣は、その銘を表すかの様に赤々とした炎を纏っていてた。

 

「見たか、名も知らぬサーヴァントよ! これが我が剣! 今の余は“施しの英雄”をも凌駕するぞ!」

 

 セイバーの宣言に応え、原初の火(アェストゥス・エウトゥス)から一層と炎が燃え上がる。

 その熱気が離れている自分にまで届き、舞台上は炎天下の様に陽炎が揺らめく。

 まるで地上の一切を焼き払わんとする日輪の様だ。

 そう、その炎は太陽の炎熱だった。

 セイバーの魔力が剣から噴き出し、太陽の表面の様に爆発的な炎が燃え上がっていた。

 スキル:魔力放出(炎)。

 かつて月の聖杯戦争で戦った施しの英雄のスキルを、セイバーは見事に再現していた。

 

『ギョオオオオオッ!!』

「コード:bomb()!』

 

 目の前に迫った影に爆発のコード・キャストをくらわせる。

 爆炎があっという間に燃え広がり、影はもがきながら焼失していった。

 視界の端ではジャックが炎のバネで縦横無尽に飛び跳ねながら、影達を灰に変えていく。

 あっという間に影の軍勢は、その数を半分以下に減らしていた。

 

(おかしい………いくら何でも脆すぎる)

 

 セイバー達の邪魔にならない様に周りこみながら、自問自答する様に考え込む。

 状況はこちらの優性だ。しかし、それが違和感となって頭の中で警鐘を鳴らす。

 相手は弱い。はっきり言って、アリーナにいた敵性プログラム(エネミー)の方がまだ強かった様に感じる。

 しかし、本当にそれだけだろうか? 

 いくら相手が人海戦術で来ても、これでは数分と経たずに全滅するのではないか。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 突然の悲鳴に、ハッと振り向く。

 そこには観客席で逃げ遅れていた子供に影が覆いかぶさる様に纏わりついていた。

 

「しまった! セイバー、早くあの子を、」

「待て、奏者! あれを見よ!」

 

 セイバーの指差した先にいたのは、先ほどの子供だ。

 影に纏わりつかれたその子供は、全身から膿や瘡蓋が噴き出していく!

 

「だ、(だず)げ、で………」

 

 苦しそうに声を吐き出し、その子供は倒れて動かなくなった。

 そして、その子の体から黒い影が繭を脱いだ蛾の様にユラリと立ち上がる!

 

『ギィ、ギィ、ギィ!』

「ば、馬鹿な! あれもサーヴァントだと!?」

 

 セイバーが驚愕の余りに叫ぶ。

 その影は産声を上げる赤ん坊の様にひとしきり鳴き、舞台上へと降りて影の軍勢に加わった。

 

「まさか―――これが、アイツの宝具か!」

 

 ギリッ、と奥歯を噛み締める。

 そうでないと、目の前の凶行を止めらなかった悔しさと自分への怒りで倒れそうだ。

 あのサーヴァントは一体ずつだと話にならないくらいに弱い。

 だが、その能力の低さと引き換えに、あのサーヴァントは人間を糧にして増えていく。

 恐らく、餌となる人間がいれば際限無しに。

 他者を糧にした連続召喚。恐らくそれが、未だ正体のつかめない影のサーヴァントの宝具―――!

 

「う、うわあああっ! なんだコイツ!?」

(いだ)い、(いだ)いよう………」

「だ、誰か………()に、だぐ、ないいいっ!」

 

 観客席の至る所で、悲鳴と断末魔の絶叫が聞こえてくる。

 今や影のサーヴァントは観客席からも出現し、逃げ遅れた観客達を糧に増殖を始めていた。

 老若男女、人間、亜人。

 影に纏わりつかれた全てが例外なく、全身から膿や瘡蓋を噴出させて動かなくなっていく。

 そして、その遺体から新たな影が産まれ出る!

 

「セイバー! 急いで観客席に向かってくれ!」

「馬鹿を申すな! そなたを置いて、ここを離れられるか!」

 

 セイバーの一喝に、拳を握りしめる。

 数える程しかいなかった影達は、いつの間にか軍勢を取り戻していた。

 それどころか、元の数よりも増えている。その数は、目視できるだけでも百を超えていた。

 自分だけでは、一体を倒している間に軍勢に呑みこまれるのが関の山だ。

 苛立ちをぶつける様に、目の前の影にコード・キャストをぶつける。

 あっという間に燃え上がったが、もはや無限の軍勢となった彼等にとっては毛先を掠った程度の損失だろう。

 こちらを嘲笑うかの様に、影達はざわざわと蠢いていた。

 

「――――――コロシタナ」

 

 ふと、背後から底冷えする様な声が聞こえた。

 振り向くと、カボチャ頭の道化が舞台の中央に佇んでいた。

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”の、私の目の前で―――子供をコロシタナ!!」

「ジャック?」

 

 こちらの問いかけを無視して、ジャックの頭の中の業火が一層と燃え盛る。

 彼の視線は、先ほど犠牲になった子供の遺体があった。

 膿と瘡蓋だらけになって、以前の姿が思い描けないくらい無残な遺体。

 それを視界に収め、ジャックは地獄の底から響いてくる様な重苦しい声を出す。

 

「我が“ウィル・オ・ウィスプ”の旗印は、迷える魂の道標。我等にとって子供は何よりの宝である。その意味、その大義を知らぬと言うなら―――その命をもって、刻み付けよっ!!」

 

 怒り狂うジャックの目の前に七つのランタンが現れる。

 ランタンの蓋が開き、中から荒ぶる炎が零れ落ちた。

 

「ま、待て待て! 地獄の炎の召喚だと!? 闘技場ごと消し飛ばすつもりか!!」

「ええと………俺達も危険だよな?」

「危険どころではない! 捕まっておれ!」

 

 こちらの返事を聞かずに、セイバーは自分を抱えて大きく跳躍する。

 それと同時に、灼熱の炎が舞台上に吹き荒れる。

 地獄の淵より汲み上げた業火が燃え散らすのは、影だけではない。

 大地を焦土と化し、大気は息をするだけで焼け爛れる様な熱気と化す。

 轟々と燃え盛る炎は舞台全てに燃え広がり、観客席の影達にも悪魔の腕のごとく絡めて焼失させていく。

 

「ヤホホホホホホホホホホ! 大・炎・上ッ!!」

 

 灼熱の中心で、陽気な道化の声が響く。

 カボチャ頭と襤褸切れの身体をユラユラと揺らしている様を見て、思い知った。

 ジャック・オー・ランタンは―――本当に、悪魔が生み出した眷属なのだ、と。

 

「凄まじいものだな………」

 

 観客席の頂上。自分と共に、安全な場所へと避難したセイバーは畏怖の念を込めて呟く。

 

「あれだけの業火、下手なサーヴァントならば灰すら残るまい。カボチャ頭の幽鬼(ジャック・オー・ランタン)の名を冠するだけの事はあるな」

「ああ、そうだな」

 

 セイバーに同意しながら、舞台上や観客席を見渡す。

 あれだけいた影達は一体も残っていなかった。そして、彼等が糧にした犠牲者の遺体も。

 焼け焦げた跡を見て、知らず知らずに拳を握り締めていた。

 

「そなたが気に病む必要は無いぞ」

 

 セイバーがきっぱりと言い放つ。

 

「この襲撃は突然だった。そして、あのサーヴァントも未知の相手だから対処に遅れた。それだけだ」

「―――だとしても、助けたかった」

 

 犠牲となった子供を思い出す。

 まだ十歳になるかどうか、という歳だった。

 これから大人達の背中を見て、様々な事を学んでいく歳だ。もしくは、同年代の子供と遊び盛りだろう。

 だが、その子供の未来は無残に食い潰された。影のサーヴァントの、餌食となって。

 

「………ッ」

 

 奥歯を割れんばかりに食い縛った。

 分かっている。自分ではどうしようもなかったし、起きた事を巻き戻せるわけでもない。

 だけど、それでも―――!

 

「死者を悼むのは良い」

 

 セイバーが静かに声をかけてきた。

 

「だが、それで今を見失ってはならぬ。奏者よ、あのサーヴァントはどうなった?」

「―――ちょっと待ってくれ」

 

 心を落ち着ける為に、深呼吸をする。

 まだ終わっていない。相手はサーヴァントだけではないのだ。まだ見ない魔王も相手なのだ。

 ここで止まるわけにはいかない。

 そう自分に言い聞かせて、霊視の眼で周囲を見渡す。

 

「―――どうやら、いないみたいだ。多分、」

 

 先程の業火で燃え尽きたのだろうか。そう言葉を繋げようとした、その時だった。

 

「“審判権限”の発動が受理されました! これよりギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELN”は一時中断し、審議決議を執り行います! プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください!繰り返します―――」

 

 激しい雷鳴と共に、黒ウサギの声が遠くから響いた―――。

 

 

 

 

 




マトリクスが一部、解放されました。

  クラス:???

   真名:???

ステータス:筋力 E、耐久 E、敏捷 E、魔力 E、幸運 E、宝具 ?

  スキル:対魔力 ×

      「このサーヴァントに対魔力は無い」

       騎乗 ―

      「騎乗の才能。生物であるなら、あらゆる物に騎乗できるが、
       このサーヴァントに該当するランクは無い」


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第9話「戦闘休止。そして、暗躍」

お久しぶりです。作者がグズグズしている間にアニメが終り、Grand Orderが開始しました。
作者はAndroidなので既にプレイ開始しました。なかなか2巻の終わりが見えませんが、また岸波白野の物語に付き合ってくれれば幸いです。


 ―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営 大広間

 

 宮殿内には“ノーネーム”をはじめ、参加者達のほとんどが集められていた。とはいえ先の魔王襲撃で多数の負傷者と少数の死傷者がいる為に廊下で治療を受ける者も多く、現場は野戦病院さながらだ。周りを見渡せば、そこかしこで治療の為に走り回る者、座り込んで手当を受けている者。―――そして、顔に布を被せられて二度と起き上がらない者。いずれにせよ、無事な人間を探す方が困難だった。

 

「酷い有様よな」

 

 隣に立ったセイバーが呟く。流石にこの場で花嫁衣裳は相応しくないと思ったのか、いつもの真紅の戦闘服に着替えていた。

 

「ほんの十数分。たったそれだけの時間で、ここまで被害が出るとはな」

「そうだな」

「死人が出たのは、あのサーヴァントに襲われた者だけの様だ。それ以外は軽傷で済んだ様だぞ」

「不幸中の幸い、かな。死人が少なくて良かったと言いたい所だけど……」

「ああ。まだ終わっておらぬ」

 

 状況は控え目に言っても最悪だ。合流したジンくん達の話によると、白夜叉は一歩も動けない様に封印されている。敵は自分達が戦ったサーヴァントの他に、ハーメルンの笛吹きの伝承に関連した悪魔達がいる。そして―――飛鳥が行方不明になった。

 ジンくん達を逃がす為に殿を請け負い、その後の姿は誰も見ていない。現場には、バラバラに打ち砕かれたサーヴァント・ドールだけが残されていた。

 

「アスカの事はまだ心配しなくて良い。死体が無かったのなら、少なくとも生きてはいよう」

「そうだといいけど………」

「今は当面の問題に直面すべきだ」

 

 そう言って、セイバーは大広間の先にある扉を睨む。

 

「相手方がどう動いてくるか。それを見極めぬ限りは動きようがあるまい」

 

 広間の先―――貴賓室では、今まさに魔王一味こと“グリムグリモワール・ハーメルン”と“サラマンドラ”、そして我等が“ノーネーム”がギフトゲームの交渉の最中だ。戦闘の消耗が激しかった自分達は、交渉を十六夜達に任せて大広間で待つ事にした。

 

「この交渉の行方次第で、こちらの出方が決まるな。白夜叉から異議の申し立てがあったそうだが、果たして異議が通るかどうか………」

「セイバーは通らないと見ているのか?」

「十中八九な」

 

 フン、と面白くなさそうにセイバーは鼻を鳴らす。

 

「あちら側の侵攻は燃え広がる火の様に迅速であった。となれば、こちらの陣容も把握していたのだろう。そこまで用意周到な敵ならば、こんな見え透いた不備は残すまい」

 

 その直後だった。貴賓室の扉が開き、中から黒ウサギとサンドラが姿を現す。大広間中の視線が一斉に二人に集まる。

 

「“グリムグリモワール・ハーメルン”との交渉の結果をお伝えします」

 

 黒ウサギの宣言に、ゴクリと誰かが唾を呑み込む音が大きく聞こえた。

 

「ゲームの再開は一週間後。それまでの間、相互不可侵となります」

 

 ゲームの再開。それはつまり、相手側に不正は無く、ゲームの中止は出来なかったという事。その事実に大広間はざわめきに満ちる。

 

「先のルールに加え、いくつかの禁止事項が追加されました」

 

 ①自決及び同士討ちによる討死にの禁止。

 ②休止期間中でのゲームテリトリー(舞台区画)からの脱出。

 ③休止期間中の自由行動範囲は、大祭本陣営より500m四方までとする。

 

 黒ウサギが手元の“契約書類(ギアススクロール)”を読み上げるごとにざわめきは大きくなる。これでは逃げる事も、最後の手段として自決する事も出来ないではないか。そんな不安が群衆の広がっていくのを肌で感じた。

 

「最後に………ゲーム再開から二十四時間後、ホストマスター側の無条件勝利となります」

「ふざけるなっ!!」

 

 突然、大広間の一角から大声が上がった。そこには蜥蜴の顔をした亜人が、肩を怒らせながら黒ウサギへと進み出ていた。

 

「先程から聞いていれば、魔王達に有利な条件ばかりではないか! 貴様、まさか魔王達と手を組んだのではあるまいな!?」

「い、いえ! そんなことはありません!」

「ほう! その割には随分と譲歩させたのだな!」

 

 蜥蜴の亜人は侮蔑を顔に浮かべた。

 

「“箱庭の貴族”が聞いて呆れるな! さすが、“名無し”のコミュニティに所属して―――」

 

 ドゴォッ!!

 

 突如、大広間に激震が奔った。建物全体が揺れる様な振動に、その場にいた人間達はたたらを踏んだ。

 

「ずいぶんと好き勝手に吠えてるみたいだが………」

 

 振り向くと、そこに十六夜が立っていた。足元の大理石はハンマーを思い切り振り下ろした様に蜘蛛の巣状にひび割れている。

 

「それならさっき、何で名乗り出なかったんだ?」

「な、何の話………」

「魔王との審議決議。“サラマンドラ”が交渉の協力を求めた時に、どうして立候補しなかった、と聞いてるんだよ」

 

 痛い所を突かれた、と言わんばかりに蜥蜴の亜人は黙り込む。誰も立候補しなかったからこそ、“ノーネーム”が交渉のテーブルについたのだ。

 

「し、しかしそれをどうにかするのが“箱庭の貴族”の役目で、」

「で、交渉がこじれたら安全圏から非難する、と。“名有り”のコミュニティが聞いて呆れるな」

 

 酷薄な笑みを浮かべた十六夜に、蜥蜴の亜人はモゴモゴと弁明していたが誰から見ても明白だった。

 交渉の場に行かなかったのは彼の選択であり、その結果が不利益な物になったのは彼自身の責任。その事で黒ウサギ達を責めるのは、御門違いでしかない。

 

「やめなさい。今は仲間割れをする時ではありません」

 

 サンドラが凛、とした声で二人を制した。

 

「誰が悪いと責任を問うならば、栄えある大祭に魔王の侵入を許した“サラマンドラ”の落ち度。必ず釈明と補償はしましょう。ですから、この場は怒りを収めていただけませんか?」

 

 まっすぐと眼を見つめるサンドラに気圧されたのか、蜥蜴の亜人はしぶしぶと十六夜達から離れていった。

 

「この度は皆様に魔王襲撃という危険な目に遭わせてしまった事を深くお詫びします。ですが、この場は魔王を撃退する為に皆様の力を貸して下さい」

 

 丁寧ながらも有無を言わせぬ口調でサンドラは話し始める。十歳の女の子が発するとは思えない威厳に、あれだけ騒がしかった大広間がしん、と静まり返る。

 

「まず、新たなルールを追加した事に説明します。最初、魔王達は一ヶ月の休止期間を要求してきました」

 

 一ヶ月? 休止期間にしては長過ぎる。敵に時間を与えれば、迎撃の準備を整えさせるだけではないのか?

 そんな疑問が頭に浮かんだが、その答えはサンドラが明かしてくれた。

 

「魔王の正体はペストです」

 

 ざわ、と大広間に動揺が走る。誰かが声を上げる前に、サンドラは畳み掛ける。

 

「既に我々、参加者の中にペストに感染した者がいます。ですから―――」

 

「ペストだと!」「もう魔王に先手を打たれているのか!」「だ、誰が感染している!?」「畜生、誰も俺に近寄るんじゃねえぞ!」

 

 途端、大広間は蜂の巣を突いた様な騒ぎになった。大声を上げる者、無駄を承知で大広間から走り去ろうとする者、血走った目で周囲を見渡す者。全員が一様に冷静さを失った。

 

「落ち着いて! 皆さん、落ち着いて下さい!」

 

「くそ、だから“ノーネーム”に任せたくなかったんだ!」「いや、そもそも侵入を許した“サラマンドラ”のせいだ!」「こんな事なら北側に来るんじゃなかった!!」「殺される………みんな魔王に殺されるんだ!」

 

 サンドラが大声を張り上げるが、もう誰も聞いていなかった。魔王への恐怖が混乱を呼び、混乱は群衆に伝染して暴動が起きる。

 その直前だった。

 

「殺され、グゲェ!!」

 

 騒いでいた蜥蜴の亜人が突然、宙を舞った。ふき飛ばした張本人はそれに目をくれず、真っ赤な残像だけ残して次の相手へと距離を詰める。

 

「ギャッ!」「ガハッ!?」

 

 振るう剣の腹で次々と当身を食らわしていき、最後に一際大きな身体の亜人の襟元を掴む。

 

「すりゃあああっ!!」

 

 背負い投げの要領で投げ飛ばし、亜人は尚も騒いでいた群衆の真上に落ちる。騒いでいた群衆を何人か押し潰し、ようやく大広間は静かになった。

 

「たわけ! このまま無駄に騒いで死ぬつもりか!!」

 

 大広間の中心で、セイバーは剣を大理石に振り下ろして一喝する。

 

「だ、だって、」

「だってではない! このまま混乱すれば敵の思うつぼだと分からぬかっ!!」

 

 尚も言い募ろうとする者を、ピシャリと一刀両断するセイバー。その姿はいつもの大輪の薔薇の様な可憐さはなく、岩であろうと打ち砕く落雷の様な激しさを伴っていた。

 

「まだ状況は最悪ではない! 黒死病の発症には二日以上はかかる! それに七日後であれば免疫力の強い者ならば発症はせぬ! つまり、ゲーム再開時点での参加者全滅は免れるのだ!」

 

 それに、とセイバーはサンドラ達に目を向ける。

 

階級支配者(フロアマスター)殿は条件を五分まで持ってこれたのだ。ならばゲームの攻略法を調べ上げるのも時間の問題であろう」

「―――ええ、そこの方の言う通りです」

 

 サンドラは一度、深呼吸をすると再び大広間の群衆を見回す。

 

「私達は魔王に先手を取られましたが、同時に"The PIED PIPER of HAMELIN"の攻略方法に心当たりはあります」

 

 すっと、サンドラは後ろに目を向ける。

 

「ここにいる“ノーネーム”の協力により、魔王一味の正体に迫る事が出来ました。魔王一味は“ラッテン(ネズミ)”、“ヴェーザー(ヴェーザー河)”、“シュトロム()”。そして“黒死病(ペスト)”の四人。この中からハーメルンの事件の真相を解明すればクリアできます」

 

 ハーメルンの伝承には数多の考察がある。人攫い、自然災害、疫病の蔓延などなど。今回のゲームは先ほどの四つのの内、130人の子供が失踪した原因を当てて見せろ、という事なのだろう。

 

「詳しい攻略法はこれから必ず調べ上げます。それまではどうか我々に協力して下さい」

 

 サンドラは一端、言葉を切ると群衆に向かって深々と頭を下げた。

 

「お願いします」

 

 シン、と大広間が静まり返る。ここで戦わなければ魔王に隷属するしかない。そう分かっていても、魔王と戦う事に全員が尻込みしていた。その時だ。

 

「“ノーネーム”は協力するぞ!!」

 

 突然の大声と共にジンくんの手が上がった。いや、上げさせられた。そんな事をやる人間は一人しかいない。

 

「めっちゃ協力するぞ! とにかく協力するぞ! ここにいるジン=ラッセルは対魔王専門のエキスパートだ! 魔王? 俺の隣で寝てると言うくらい楽勝だぞ!!」

「ちょ、十六夜さん! それは言い過ぎですって!!」

 

 うろたえるジンくんを余所に、十六夜はセイバーに意味ありげにウィンクする。

 

「―――うむ! 此度の魔王討伐、我がコミュニティだけでも十分であるな! 我が奏者の力があれば、かの釈迦すら頭を垂れる!」

「セ、セイバー?」

 

 何を言い出すのかと聞こうとした矢先、念話が聞こえた。

 

(胸を張れ)

(え?)

(いいから胸を張れ。とにかく偉そうに見える様に大きく胸を張るのだ)

 

 何が何やらさっぱりだったが、とにかく言われた通りにしてみせる。すると、群衆からどよどよとざわめきが起きた。

 

「我が“ノーネーム”さえいれば、名有りのコミュニティなど要らぬな! 我等の手にかかれば鎧袖一触にしてくれよう!!」

 

 ふふん、と鼻で笑うとセイバーは群衆を見やる。

 

「大人しくどこかに閉じこもって良いぞ? 弱き物を守るのは強者の義務であるからな」

 

 あからさまな挑発。しかし、それはこの状況では十分過ぎる燃料となった。

 

「この、言わせておけば!」「“ノーネーム”風情に舐められてたまるか!」「貴様等が鎧袖一触なら我等は爪先で十分だ!」「魔王に怖気づく軟弱者は我がコミュニティにはいない!」

 

 喧々囂々、注がれた燃料は闘志となって燃え上がる。先程までこの世の終わりみたいに静まり返っていたのが、嘘の様だ。

 

「我が“夜叉の夜会”は“サラマンドラ”に協力するぞ!」「我等のコミュニティもだ!」「後れを取ってなるものか! “ゴブリンギルド”も協力する!」

 

 次々と手を上げ、協力を表明するコミュニティ達。サンドラは一瞬、あっけに取られた様に見つめていたが、慌てて表情を引き締めた。

 

「では皆様の協力も得られた所で、今後の方針について話し合いたいと思います。コミュニティのリーダーは別室に集まって下さい。それと、少しでも体調を崩した者は医療スタッフにすぐに申し出て下さい。ペストに感染していると判断したら、すぐに隔離させて貰います」

 

 全員から同意を得た声が上がると同時に、大広間の人間達は動き出す。恐怖からの逃走でなく、生き残る為に各々が動き出していた。

 

「よ、さっきはご苦労さん」

 

 いつの間にやら近付いていた十六夜がセイバーに声をかけていた。

 

「まさに千両役者だったぜ。流石は皇帝様だな」

「当然であろう。余こそはオリンピアの華! 余の演劇は常に万雷の喝采で迎えられていたぞ」

「へえ? そりゃどんな風に?」

「うむ! 皆、終劇の頃には感動の余りに夢心地になっていたな! タキトゥスは、「ああ、終幕だ………幕が下りたぞ!」などと、涙を流して喜んでいた! 次の劇をやると言った時は、セネカなど感激の余りに雷に打たれた様な顔をしていたぞ!」

「―――そりゃ、結構な事で」

 

 セイバーの音痴さを考えると、それってどう考えても………。

 この件は深入りすると地雷を踏みそうだから、慌てて話題を変える。

 

「それで、さっきの話は本当なのか?」

「おう。連中はハーメルンの笛吹の伝承から生まれた悪魔だ」

 

 空気を読んでか、十六夜はそのまま話題に乗ってくれた。

 

契約書類(ギアススクロール)に書いてある『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』。こいつもなんとなくは当たりがついてる。後は真実の伝承とやらを探るだけだ」

「そうか………。何か出来る事があったら言ってくれ」

「それなら丁度いい。一つ、聞きたい事が―――」

 

 十六夜が何か言いかけたその時だった。足元で突然、猫の鳴き声が聞こえた。

 

「あれ、君は………耀の三毛猫?」

 

 三毛猫はしきりに鳴き、自分達の靴に噛みつく様に纏わりつく。

 

「いったいどうしたんだ? 何か伝えたい事があるのか?」

「―――おい、岸波。春日部がどこにいるか分かるか?」

 

 ふと、十六夜が真剣な顔で眉根を寄せていた。

 

「え? 確か少し疲れたから休むって………」

「その後は。皇帝様でもいい、春日部を見た奴はいないのか?」

 

 いったい何を………、そう言いかけて気付く。この大広間に耀の姿が無い。そしていつも一緒にいる三毛猫だけが、ここにいるという不自然さに。

 

「まさか………!?」

 

 

 

―――Interlude

 

「本当に良かったんですか? 一ヶ月、休止期間を設ければマスターの勝ちでしたのに」

 

 暗がりの中、白装束の女―――ラッテンは主人である少女―――ペストに問いかけた。

 

「“箱庭の貴族”は惜しいですけど、勝ちが決まったギフトゲームをフイにするのは勿体ないというか………」

「止めろよ、ラッテン。過ぎた事だ」

 

 理解しかねるといったラッテンを軍服の男―――ヴェーザーが制した。

 

「俺等のリーダーが決めた事だ。俺達は黙って従うだけだ」

「でも………」

「別に良いのよ、ラッテン」

 

 なおも言い募ろうとするラッテンを、ペストは面倒くさそうに答える。

 

「ギフトゲームが解けなければ、八日後は私達の総取りで勝ち。解かれても八日後に皆殺しにすればいいだけよ」

 

 ああ、でも―――とペストは可愛らしく唇を歪ませた。

 

「あの男だけは生かしてあげようかしら? あの男だけ(・・)はね」

 

 八日後。自分に歯向かう者を全て殺し、あの男―――岸波白野だけが生き残った時、彼はどんな顔をするだろうか? 絶望の余りに自害するだろうか? それとも自分を憎悪と共に殺しにくるだろうか? しかし彼の運命は決まっている。ギフトゲームの誓約により、敗北した時は彼は自分に隷属しなければならない。自分のコミュニティを、同士を全て奪い取った相手に対して額を地面に擦り付ける。殺してやる! と言う自由も与えず、殺してくれ! と嘆願しても笑顔で拒否する。そして身を焼く様な屈辱で心を焦がしながら、自分の靴を舐めさせる。その様を想像するだけで―――とても、とても楽シイ。

 

「もう! そんなにその男がお気に入りなんですか?」

 

 妖しく微笑むペストに、ラッテンは頬を膨らませた。

 

「あら、嫉妬?」

「そりゃ嫉妬もしますよ! だってマスターと一回しか会ってないくせにマスターの寵愛を得ているんですもの!」

「ああ、違う違う。別に好きとかそんなのじゃないから」

 

 むすーっと膨れるラッテンに、ペストは手をひらひらさせながら答えた。

 

「あれはね、凡人なのよ」

「はあ? 凡人、ですか?」

「そう、凡人。他に特筆する所は無いし、自分で戦えるわけでもない。十把一絡げ、何かの間違いで来た一般人ね」

「………そんな相手に関心を示す必要があるんですか?」

「ええ。凡人、だからこそ」

 

 クックックッ、とペストは嗤う。

 

「凡人で、何も持ってない弱者だからこそ強くあろうとした。負けん気と根性だけで、一流に張り合おうとする。あれはそういうタイプの凡人よ」

 

 だから―――と、ペストは一層に微笑む。それはまるで、

 

「見てみたいじゃない。そんな心意気だけで立ってる様な凡人が、唯一の武器すらも無惨に壊された時に浮かべる顔を。きっと最高に愉しませてくれるわ」

 

 悪魔の様な天使の微笑みだった。

 

「………いや、分かっていたけどな。マスター、本気で趣味悪いだろ?」

「あら? 勇気を振り絞って立ち向かう相手を鼻で嗤って、打ち倒すのが魔王でしょう?」

 

 違うの? とペストは呆れるヴェーザーに可愛らしく首を傾げた。

 

「まあ、そうではあるけどよ………。何か手に入れた後は飽きて放り出しそうだな」

 

 やれやれとヴェーザーは困った様に後ろ頭を掻く。その時だった。

 

 トン、と軽い足音が後ろで響いた。

 

 振り向くと、そこにはスリーブレスのジャケットとショートパンツを着た少女が立っていた。

 

「お前は………!」

 

 見知った顔に身構えるラッテン。しかしペストは彼女を手で制すと、少女に向き直った。

 

「遅かったじゃない。ジャック・オー・ランタンに跡形なく燃やされたと聞いてたけど」

 

 ふうん、と値踏みする様に少女―――春日部耀を見つめるペスト。

 

「それが新しい依り代かしら。プレイグ(・・・・)?」

 

 

 

 




GOプレイ中

作者「赤セイバー来い、赤セイバー来い!」

カエサル「面倒である!」

作者「お前じゃねええええええっ!!!」


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第10話「謎解きと、舞台裏の雑談」

サハラ「我と共に生きるは冷厳なる勇者………出でよ!!」

マシュ「先輩、それゲーム違います」

なんか設定が色々苦しいですが、見逃して下さい(土下座)


「謂れはなくとも即参上! 軒轅陵墓から、良妻狐のデリバリーにやって来ました♪」

 

 そのサーヴァントは、死に際だった自分の目の前に突然、現れた。

 

「はい、シークタイムはそこまでです! 今のご主人様は弱々な状態なんですから、悩んでいい結論(コト)なんて一つもありません! 弱り目にたたり目、泣きっ面にハチ、年上の女房は質に入れても即ゲット、と申します!」

 

 やる事なす事、とにかくハチャメチャで。

 

「そんなに首が欲しいなら、同じのが2つ並んでるんだから、片方切っちゃえばいいんですよ」

 

 サラッと残酷な一面も覗かせる。だけど―――

 

「私の願いはただ一つ。誰よりも幸せな良妻になりたいだけですよ。ご主人様(マスター)

 

 いつも見せている陽気な外面からは見抜けないくらいに純粋で。

 

「私は貴方のサーヴァントです。私が仕えたいと焦がれる魂を持ち、好きになってしまった御方です」

 

 自分へ無償の献身と愛を奉げてくれて。

 

「でも今は最後まで一緒にいます。私の、たった一人のご主人様(マスター)

 

 自分に寄り添って消えていった。

 その子の名前は―――

 

 

 

 ―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、書庫。

 

「………………………………………」

 

 ぼんやりとした視界の中、机の木目と自分の腕が最初に目に入った。

 どうやら机に突っ伏したまま寝てしまったらしい。窓の外を見ると、外は既に明るくなっていた。

 

「いけない、寝過ごしたかな?」

 

 変な姿勢で長時間いた為か、凝り固まった肩を揉みほすしながら欠伸を噛み締める。ここ数日、徹夜続きでまだ眠いが、こうして自分が寝ていた間にも刻限は迫っているのだ。惰眠を貪るわけにはいかない。

 ふと、さっきまで見ていた夢を思い出した。それは自分の知らない/知っている聖杯戦争。隣にいたのは見た事の無い/忘れられないサーヴァントだった。あのサーヴァントは、誰だったのだろうか?

 

(いや、今はそんな事を考えている場合じゃない)

 

 首を振って思考を一端、止める。自分が考えないといけないのはギフトゲームの攻略方法だ。手早く身支度を済ませ、書庫の外へと足を進めた。

 

 

 

 ―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、大回廊。

 

 部屋の外に出て、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。それだけで眠気が残っていた頭がクリアになるのを感じる。ふと窓を見ると、どんよりとした曇り空だった。まるで今の自分達を暗示している様だ。

 交渉から既に六日が経った。明日の夕方にはゲームが再開される。しかし、未だにギフトゲームの謎を解き明かせないでいた。既にペストの発症者は九割を超え、無事な人間も焦りと不安から疲労困憊だ。

 

「ふう………」

 

 大きく息を吐く。あの後、耀の姿を誰も見ていない。状況から魔王一味に拉致されたと考えるのが普通だろう。恐らく、ジンくん達が交渉を行っていた時間中に。あの時はまだ休戦の制約が締結されていないから、その間に耀を攫ったとしても何も問題はない。黒ウサギの審判権限をすり抜け、こちらの目が交渉に釘付けになった瞬間を狙っての犯行。敵ながら見事と言わざるを得ない。

 

「おっす。重役出勤か?」

 

 開口一番、通路を歩いていた相手に皮肉の混じった挨拶をされた。

 

「おはよう、十六夜。そんなに遅かったか?」

「おう、後2時間もすれば昼飯だな」

 

 つまり今は午前10時くらいか。確かに起床には遅い時間だ。

 

「それで、徹夜した甲斐はあったか?」

「ああ、一応はな」

 

 朝方まで読んでいた資料を頭に浮かべる。自分とセイバー達で戦った黒いサーヴァント。他の『ハーメルンの笛吹』達が十六夜達と会っていたなら、耀を攫ったのはこのサーヴァントの仕業と見て間違いないだろう。ジャックによって倒されたと思っていたが、生きていると見た方が良さそうだ。

 

「あのサーヴァントに殺された人達の遺体を調べたよ。最初、奴も魔王と同じでペストだと思っていた。でも―――」

「ああ。そいつにやられた奴等は瘢痕(・・)が目立っていた。ペストじゃねえ」

 

 乱暴に髪の毛をかき上げながら、十六夜は頷く。

 

「ペストにかかると確かに皮膚が黒ずむが、あの死体みたいな瘢痕は出来ない。それに俺が魔王ならわざわざ自分と同じ名前を手下につけねえよ。ミスリード狙いで別の『ハーメルンの笛吹』に仕立て上げる」

「そのペストを除外すると、あんな特徴的な病気は大分絞れてくる」

 

 そう。犠牲者の全身に瘢痕を残して命を奪い、1284年どこらか何世紀にも渡って人々を苦しめた病。その名は―――

 

「天然痘。それが、あのサーヴァントの正体だ」

 

 かつて、童話が真名だった英霊がいた。しかし今回のサーヴァントはそれよりも更に歪だ。病気が正体だなんて、英霊と呼べるのだろうか? 普通の聖杯戦争ならば、まず召喚されないと断言できる。

 

「天然痘、ね。『ハーメルンの笛吹』には、ペスト以外にも様々な伝染病が疑われていた。その中に天然痘があったとしても不思議じゃないが………」

「何か問題があるのか?」

「その考察は間違ってないだろうが、ギフトゲームの方の考察が複雑になったな」

 

 ガシガシと頭を掻きながら十六夜は説明する。

 

「ギフトゲームの勝利条件、『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』。これが意味するのは、かつてハーメルンに起きた事実を『ネズミ(ラッテン)』、『地災や河の氾濫(ヴェーザー)』、『黒死病(ペスト)』、そして新しく加わった『天然痘』の中から選択する。ここまでは良いな?」

「ああ、うん。大丈夫」

「で、問題はどれが偽物で、どれが本物かを見極めないといけないんだが………本物が見えてこない」

「本物は、って………偽物は分かるのか?」

「おう。ペストと天然痘、この二人だと1248年6月26日という限られた時間内で130人を殺せない」

 

『一ニ八四年 ヨハネとパウロの年 六月ニ六日

 

あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三○人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した』

 

 ペストは潜伏から発症まで2日から5日。天然痘に至っては7日から16日だ。130人が一斉に発症し、一斉に死なない限り、碑文の通りにはならない。

 

「じゃあ、その二人を倒せば解決するんじゃないか?」

「それだと第一の勝利条件、『ハーメルンの魔王の打倒』と被る。今回の勝利条件は二つ。わざわざ分けてある事には意味があると考えた。『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』。この伝承とは一対の同形状であり、“砕き”“掲げる事ができるもの。つまり―――」

「! そうか、ステンドグラス!」

 

 確か、ハーメルンの街には碑文と共にステンドグラスが飾られていたはずだ。“砕き”“掲げる”ものがステンドクラスとすると―――

 

「大祭の街中にあった、ステンドグラスを割れという事か?」

「ああ。調べてみると俺達と別枠の“ノーネーム”名義で100枚以上のステンドグラスが展示されてた」

「そうか、だから彼等は白夜叉の防衛策を突破したのか!」

 

 一、一般参加は舞台区画内・自由区画内でコミュニティ間のギフトゲーム開催を禁ず。

         

 二、"主催者権限"を所持する参加者は、祭典のホストの許可無く入る事を禁ず。

 

 三、祭典区画内で参加者の"主催者権限"の使用を禁ず。

 

 四、祭典区域にある舞台区画・自由区画に参加者以外の侵入を禁ず。

 

 白夜叉が立てたルールは以上の四つだ。火龍誕生祭に参加する者は、白夜叉の許可が無いとギフトゲームの開催は出来ない。

 しかし、ここに抜け穴があった。確かに参加者については厳しく制限されていた。だが、美術工芸品としての出展物(・・・・・・・・・・・・)には何も制限が無い。ジャック・オー・ランタンと同じく、彼等は意思を持ったギフトだったのだ。

 

「だが、ペスト以外のどのステンドグラスを砕いて掲げればいいか分からん。そもそも100枚以上あるステンドグラスを探すだけでも骨だしな」

 

 勝利条件は『ハーメルンの魔王の打倒』し、『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げる』こと。魔王であるペストを打倒するのはともかく、ステンドグラスの方は闇雲に砕いても駄目だ。もし『真実の伝承』のステンドグラスを砕いてしまうと、それだけでプレイヤー側の敗北が決まる。

 状況は手詰まりに近く、一刻も早くギフトゲームの謎を解かないといけない。しかし―――

 

「なあ、十六夜。一つ聞いて良いか?」

「あん?」

「飛鳥と耀は………無事、かな」

 

 魔王一味に拉致された彼女達が心配だった。休戦期間中は手を出せないと分かっていても、何も情報が入ってこない現在の状況は不安を煽るばかりだ。

 

「まず大丈夫だ」

「………その根拠は?」

「相手方は新興のコミュニティだった。黒ウサギやサンドラといったレアな人材は喉から手が出るくらい欲しがっている。拉致したってことは、殺すには惜しいと思ったんだろ」

「少なくともすぐに殺す心配はない、か……」

「ああ。あまり楽観視はできねえけどな」

 

 そう、楽観視は出来ない。未だに飛鳥と耀は敵の手の内にあり、その気になればいつでも手を下せる。そして明後日までに魔王を倒さなければ、自分達も魔王の手に落ちる。

 

「せめて白夜叉がいればな………」

「無い物ねだりは止めとけ。結局、参戦条件も分からずじまいだしな」

「でも、どうやって封印したんだろうな? “ハーメルンの笛吹”の伝承に白夜叉を封印できる要素なんて無いよな」

「まあな。夜叉は仏門側だから関係あるはずがない。強いて言うなら白夜叉は正しい意味で夜叉じゃないくらいか………」

「? どういう事だ? 夜叉じゃないなら、何で白夜叉なんて名前を名乗っているんだ?」

「ん? ああ、白夜叉は元々は白夜の星霊らしい。でも事情があって仏門に降ったから格下の夜叉を名乗っているんだとよ。本来なら太陽そのもの属性と太陽の運行を―――」

 

 そこで十六夜はピタリと口を止める。そして考え込む様に額に指を当てると、当然ブツブツと呟き始めた。

 

「黒死病が流行した原因は寒冷期………太陽が氷河期に入ったからだ。つまり、太陽の力が弱まったわけだから―――そうか!」

 

 十六夜は獰猛な笑みで叫ぶ。それは、謎を解いて確信を得た人間だけが出せる瞳の輝きだった。

 

「なら、連中は1284年のハーメルンじゃなく………ああ、クソッ!! 完全に騙されていたぜ“黒死病の魔王(ブラック・パーチャー)”!! つまりお前達はグリム童話の“ハーメルンの笛吹”であって、本物の“ハーメルンの笛吹”とは無関係だったのか!!」

 

 そう言って、クルリと踵を返そうとし―――再びこちらに振り返った。

 

「ありがとな、岸波! お陰で謎が解けた! あとは明日に備えて寝ておけよ! 嫁王にもそう伝えておいてくれ!」

 

 そして、こちらの返答も聞かずに今度こそ走り去ってしまった。今の会話の中で、ゲームの謎が解けたのだろうか。それはともかく―――

 

「嫁王、ってセイバーのことか? まあ、ピッタリなネーミングだけどさ………」

 

 

 

 ―――Interlude

 

 ―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営 バルコニー

 

「………………暇じゃ」

 

 つい数日前まで、“火龍誕生祭”の観戦を行っていたバルコニーで白夜叉はひとり呟いた。白夜叉の周囲には黒い旋風が纏わりつき、彼女は一歩も動けないでいた。常人ならば不気味さに精神を病みそうだが、白夜叉は文字通り何処吹く風と言わんばかりに退屈そうにしていた。

 

(今日で襲撃から六日目になるか………黒ウサギの“審判権限(ジャッジマスター)”は何とか受理された様だが)

 

 チラリと自分を取り囲む旋風を見る。

 

(これが解除されないということは、魔王側にあからさまな不備は無かったのだな。今はさしずめ休戦といったところか)

 

 今でこそ“サウザンドアイズ”に所属し、東側の階級支配者に収まっている白夜叉だが、彼女もかつては魔王として戦場を駆けた身。百戦錬磨の経験から、今の状況を推測していた。

 

(その休戦も今日か明日までが限度じゃろうな。相手は新興のコミュニティとはいえ、“ノーネーム”と“サラマンドラ”でどこまでやれるか………)

 

 だが、それだけだ。今の彼女は力を封印され、見ている事しか出来ない。その状況に何度と知れずに歯噛みしていた。

 

(くそ、本来の力ならば後れを取らずに済んかもしれんというのに)

 

 

『ホッホッホ。ざまあ無いのう、白夜叉』

 

 突如、白夜叉に語りかける声が響いた。だが周囲には人の姿は見えず、それどころか声の出所も判別しない。しかし、白夜叉は全く動じずに宙を睨むと嫌そうに顔をしかめた。

 

「おんしか。何の用だ?」

『いや、なに。微睡んでいたところに面白そうな未来が見えたのでな』

 

 声は陽炎の様な儚さでありながら、確かな存在感をもって笑っていた。

 

『そしたら我が同胞が無様にも手も足も出ぬ状況ときた。おかしくて、おかしくて―――腹が捩れそうじゃ』

 

 否―――嘲笑っていた。害意を隠そうともせず、声の主は白夜叉を見下していた。

 

「やっかみが言いたいだけならば帰れ。あと2000年は居眠りして良いぞ」

『おや、つれないではないか。同じ太陽を司る者だというのに』

「私がおんしと同じだと? 馬鹿を申せ」

 

 いっそうに表情を険しくして、白夜叉は宙を睨む。

 

「おんしは人間を、自分を崇める者を好いておらぬ。それどころか、そやつらの害となって人に仇なす存在であろう」

『はて。これは奇なることを。元より我等はその様な存在であろう。それを人間(羽虫)共が勝手にありがたがっているだけに過ぎぬ』

「戯け。人々に恩恵を与えずして、何が神か。あまつさえ害しか与えぬならば、それは邪神という」

『そもそも“神”という呼称も人間(羽虫)がつけたものだろうに。そなたは虫が好きなのか? ゲテモノ趣味じゃのう。我が物顔で増えて、大地を喰らう害虫の何が良いのやら。下手に喋る分、虫よりも気持ちが悪い』

「貴様………それでも神か? 自らの信者に何も思う物は無いと申すか」

『無い。妾は全知全能故にな、そんな虫を必要とした覚えはない。強いて望むならば、“鬱陶しいから関わるな”といったところかのう』

 

 白夜叉は静かに宙を睨む。その顔は、“ノーネーム”の面々に見せた事が無い、焼けつく様な静かな怒りに満ちていた。

 

「やはり貴様とは相容れぬな」

『当然であろう。そなたが人間(羽虫)に施しを与える神ならば、妾は生粋の“人類悪”。交わるはずもあるまい』

「ならば話しかけるな。貴様の宮殿で、人の滅びる日でも待つが良い」

『ああ、それだがな。流石に惰眠を貪るのにも飽いた。故に、少し余興を楽しませて貰おう』

 

 その時、空気が張り詰めた。物音を立てる事すらも躊躇われ、気の弱い者ならば緊張のあまりに呼吸を止めてしまうだろう。

 

「―――何を考えている?」

『だから余興じゃよ。取るに足らない、ほんのお遊びじゃ』

 

 声の主はそう言うものの、白夜叉は全く信用していなかった。この相手が動く。それが意味する事は、人々に甚大な被害がでるという事だ。しかも質が悪いのは、被害を出す為に積極的な行動に出るのではなく、行動の余波だけで虫の様に人間が潰れていく。まさに天災か、形をもった悪夢としか言いようがない。そして問題は―――名のある神仏でも、同じ様に潰れる事だった。

 

『妾の鏡をどこぞの小僧にくれた様じゃな』

「それがどうした。あれは私に所有権が移った物だ。私が好きに使う権利がある」

『いやいや。むしろ礼を言いたい。よくぞ手渡してくれた(・・・・・・・)。お陰で準備は整ったのでな』

「―――貴様、まさかそれを承知で私に八咫鏡を渡したのか!!」

『呵呵。ご苦労じゃったのう、白夜叉』

 

 いやらしく笑う声の主に、白夜叉は今度こそ憎悪を露わにした。灼熱の太陽の様に、憤怒を燃やしながら宙を通して声を睨む。

 

「“ノーネーム”に手を出してみろ。そうしたら貴様という霊格を八つ裂きにし、火の粉に劣るまで砕いてくれる」

『ほう。そなたの身で? 仏に身を売って霊格を縮小させたそなたが妾に挑むと?』

「ならば仏門に神格を返上するまでだ。三年前の様な過ちは繰り返さん!」

 

 三年前。かつて箱庭を救ったコミュニティが崩壊し、全てを奪われて“ノーネーム”となった。あの時、神格を返上して駆けつけていれば―――それが白夜叉にとって、痛恨の後悔だった。だからこそ“ノーネーム”となって泥をすする様な生活を余儀なくされた彼等をひそかに手助けしてきたのだ。それを、声の主の気紛れ程度で壊されるなど、到底許せる話ではない。

 

「暇を潰したいのであったな? ならば今すぐにでも―――!」

『ああ、月の兎とその取り巻きには何の用も無いぞ』

「………へ?」

 

 つまらなそうに言う声の主に、思わず白夜叉は間の抜けた声を出した。

 

『妾が楽しもうと思っている相手は、先ほどの小僧なのでな。その他は心底どうでも良い』

「何だと―――?」

 

 今度こそ白夜叉は声の主の意図が掴めなかった。人間を羽虫と呼び、鬱陶しいから関わるなとまで言ったこいつが、どうして岸波白野を気にする? 白野は確かにおかしなギフトを持っているが、それ以外は至って平凡だ。英霊を従えているのは確かに目を瞠るが、そんなものは少なくともこの相手には通用しない。なにせ、本気を出せば千の英霊でも視線一つで蒸発させられる様な存在なのだから。

 

「おい、どういうことだ。おんしは岸波白野とどういう関係だ?」

『喋り過ぎて眠いのう。また微睡むとするか。ではな、白夜叉。せいぜいあがくが良い』

「おいコラ待て! 思わせぶりな事だけ言って寝落ちするな! おい、聞いているのか! 天照大神(あまてらすおおみかみ)!!」

 

 白夜叉が宙に向かって叫ぶも、声の主―――天照大神は返事を返さなかった。

 

 

 

 ―――??? ??? ???

 

 巨大な神殿の中。狐の耳と九つの尻尾を持った天照大神は寝台に寝転がる。人間から見れば気の遠い時間の微睡に入る前、天照大神は一人の人間の事を考えていた。

 

(さて………御膳立てはしたぞ。妾に向かって啖呵を切ったのだから、せいぜい頑張って貰おうかのう。御主人様(・・・・)?)

 




サハラ「エリザ来い! エリザ来おおおおいっ!!」

カーミラ「お呼びかしら? 私を引くなんて中々運が良い―――」

サハラ「チェンジ。若くなってから出直して下さい、ババートリー」

カーミラ「(#^ω^)ビキビキ」


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幕間「プレイグ①」

 どうしても書いておかないといけないと思った話。良妻狐さんはもう少し待って。あとサーヴァントの設定が自分のオリキャラ化してるので、公式との差分には目を瞑ってくれると助かります。


 ソレが生まれたのは、遥か昔。

 

 砂漠の国でアメンホテプ4世という(ファラオ)が即位した時代。そこに一人の子供がいた。日々の生活は決して楽ではなく、その日に食べる物を父親と共に河へ漁をしに行く様な暮らしだったが、その子供は満足していた。村の大人達は優しく、河の獲物は尽きる事も無い。時折、集落の外の世界に夢を思い描く事もあったが、それも日々の生活で薄れていくものだろうと子供は理解していた。子供にとって、その村は退屈ながらも幸福な世界だった。

 

 ―――そう、幸福な世界だった(・・・)

 

 最初の異変は、父親からだった。高熱を出して倒れ、その三日後には全身に痘痕が広がって死んだ。次の異変は母親から。父と同じく、母親にもまた全身に痘痕が浮かんだ。苦しむ母親を見て、子供は村の大人達に助けを求めたが誰も手を差し伸べようとはしなかった。大人達にとっても未知の病だったソレは、恐ろしくて手が出せなかったのだ。やがて村の呪い師であり、長老である男が病床の母親に指差して言った。

 

「この者には悪霊が憑いておる。原因は、この者の父親が河の神(セベク)の魚を不当に捕ったからだ。この者の家族を焼き払い、河の神(セベク)の怒りを鎮めよ」

 

 村の大人達はすぐに従った。長老の言う事に異を唱える者はいなかったし、何より顔や体が醜い痘痕で覆われた子供の母親をこれ以上見たくなかった。かくして子供と母親は家に閉じ込められ、外から火をつけられた。

 何故。茹る熱気の中、子供は外の大人達に問うた。なぜ自分達がこんな目に遭わなくてはならないのか。自分達が何か悪い事をしたのか。大人達は答える。

 

「口を閉じろ、悪霊め。平穏な我々の生活を乱したのだ。これは神罰である」

 

 優しかったはずの大人達は、口々に子供と母親をなじり、呪いの言葉を投げ掛けた。助けて、と叫んでも大勢の罵倒にかき消され。慈悲を求める声は、悪霊よ去れという声にかき消された。

 やがて炎と熱気で意識が薄れいく中、子供は焼け死んだ母親を見ながら口にした。

 

『ノロッテヤル………』

 

 自分達を悪霊と決めつけた長老。自分達を見捨てた大人達。そして自分を取り巻く世界の全てに、子供は呪詛を吐く。

 

『何百年、何千年カケテモ………オ前達ヲノロッテヤル―――!』

 

 それが、始まり。その子供の呪詛が、後に●●●●●●●と呼ばれるサーヴァントの始まりだった。

 

 

 

 ソレは、恐ろしい勢いで駆け巡った。手始めに子供がいた村を全滅させ、人から人へと乗り移りながら大陸中に蔓延した。途中、子供の様に苦しみ抜いて死んだ人間の嘆きと絶望を取り込み、ソレは自身の存在を拡大させていった。そうしていく内に、元となった子供の呪詛は薄れていったが、ソレには関係なかった。とにかく生きている人間を標的にし、ソレはひたすら魂を取り込んでいった。ソレは手当り次第に人間に憑りつき、容赦なく魂を喰らった。そうして喰らった魂を元に自分の分霊を造りだし、増殖した自分自身(・・・・)と共にまた別の人間に憑りつく。もはや流行病と言うより、際限のない悪意の連鎖と化していた

 

 ソレの手にかかれば、大人も子供も、男も女も、王も貧者も久しく命を落とした。ソレはいつしか、神罰や悪魔に見立てられ、霊格を得ていった。やがて時代が進み、人々が船で遠い大陸を行き来する様になると、ソレは人に乗り移って世界中に拡散していった。かつて子供が吐いた呪詛の通り、ソレは二千年の時を経て世界全ての人間から畏れられる存在となった。

 だが、人々もソレに対して黙って見ているわけではなかった。さらに時代が進み、人々が雷の正体が電気だと解明させた頃。ソレの治療法が確立されていった。かつての様に命を落とす事もなくなり、人間にとってソレは天災から治療可能な病気に成り下がっていった。そして西暦1980年。ソレは獲物でしかなかった人間の手で、完全に息の根を止められたのだった。

 

 

 

 箱庭世界の片隅。ソレは何をするでもなく存在していた。かつては災厄として人々に畏れられていたソレも、いまは全盛期の姿も無く、それどころか人並みの知能も無かった。人間の手によって根絶がなされたソレには最低限の霊格しか残されておらず、羽虫の様な集合体の姿しか再現できなかったのだ。ソレには何かをするという能動的な意思もなければ、何かをしたいという欲求すらも無い。まるでの影法師の様にソレは佇んでいた。唯一の行動と言えば、時折ソレに不用意に近づいてきた動物に乗り移り、魂を啜る程度の事だった。

 

「へえ? 聞いていた以上のものね」

 

 ふと、ソレに声をかけられた。ソレが目を向けると、一人の少女がソレを珍獣を見る様な目で見つめていた。

 

「マスター。何ですか、コレ?」

「私のご同業みたいね。街で草木も動物も生きていられない場所があると聞いたけど、思った以上のものがいたわね」

 

 少女は連れであろう白装束の女に説明する様に話していた。もう一人の連れ―――軍服の男はソレを怪訝そうに見つめていた。

 

「コイツ………病魔の類か? それにしちゃあ、霊格が小さい気がするが」

「ああ、多分外の世界で駆逐された―――」

 

 少女が何かを言いかけたが、ソレには関係なかった。目の前に生きた人間がいる。ならば、ソレが取るべき行動は一つだった。

 

「マスターッ!」

 

 白装束の女が何かを言ったみたいだったが、関係ない。瞬きすら許さない速度で詰め寄ると、羽虫の群れの様な体で少女を包み込んだ。いかに霊格が縮小しようが、やる事は変わらない。今までの動物では駄目だったが、この少女ならば問題ない。その魂を取り込み、身体に乗り移る。乗り移った後はかつての様に―――。

 

『………………?』

 

 何かがおかしい。退化したソレの知能でも異変に気付いた。ソレに触れた者は例外なく全身から痘痕を噴出させて絶命する筈だ。そして魂を喰らうのには数秒もかからない。事実、ソレは少女の体の奥へと入り込んでいた。だというのに―――なぜ少女は平気な顔で立っているのか?

 

『………!?』

 

 少女の魂に触れた時、ソレはようやく理解した。違う。これは人間じゃない。人間の形をしているが、もっと別のモノ。そう、かつての自分かそれ以上の―――。

 そこまで理解した途端、ソレに圧倒的な力が襲い掛かった。力は奔流となって、ソレを押し流し―――いや、それどころかこのままでは押し潰される!?

 

『―――!!、!! ―――!?』

 

 ソレは慌てて少女の魂から自身を切り離す。この姿になって久しく忘れていた感情―――恐怖がソレの中で駆け巡っていた。まるで映像のノイズの様に、ソレの姿はブレて乱れていた。

 

 ふと、少女の魂に触れたからか、ソレの脳裏に次々と映像が見えた。

 

 一面に広がる黄金色の麦畑。それを農夫らしき男達と満足そうに眺める少女。

 真っ暗な地下牢。全身を黒い痣に侵されながらも、閉じ込めた父親に呪詛を吐く少女。

 似た様な死んだ人間達の手を引き、少女は多くの仲間を引き入れていく。

 そうして霊格を拡大させた少女は、やがて人間共から■■と呼ばれる様になった。

 ソレの知能では大半の映像は理解できなかった。だが―――何故か、ソレは奇妙な懐かしさを感じていた。

 

「理解した? アナタでは私を殺せないわよ」

 

 突然、話しかけられてソレはようやく我に返った。少女は相変わらず、ソレに纏わりつかれながらもどこ吹く風と言わんばかりに立っていた。

 

「理解したなら、そろそろ離れて欲しいのだけど。いい加減、鬱陶しいわ」

 

 煩わしそうに身体を掃う少女を見て、ソレは少女から慌てて離れた。この相手は格上だ。獣並みに知能しかないソレでも、襲い掛かって大丈夫か、そうでないかの見分けぐらいはついた。

 

「ハア………もう、脅かせないで下さいよマスター」

「全くだ。やられるわけがないと分かっていても、一瞬肝が冷えたぜ」

 

 連れの二人が何やら言っているが、ソレは何も反応しなかった。この二人も自分より格上だろう。それを理解すると、もはや目の前の相手達に襲い掛かる気になれなかった。

 

「で、結局何なんですかコイツ?」

「触れてみて分かったけど、ヴェーザーの言う通り病魔の一種ね。さしずめ、天然痘かしら?」

「天然痘~? それが本当なら、病魔で納まる様な器じゃないですよ。なのにソイツ、見るからに霊格の再現に失敗してるというか………」

「外の世界では天然痘は撲滅されたと聞いたわ。恐らく、その関係で信仰も恐怖も薄れたのでしょう」

 

 それに、と少女はソレを見透かす様に目を細めた。

 

「かなり雑多に混ざり合ってるみたいね。元となった霊格に対して取り込んだ魂の量が追い付いてない。自分で殺した相手だけを取り込んでいれば問題なかったでしょうに。あれもこれもと魂を悪食した弊害ね。これじゃあ全盛期の時でも自分が誰だったのか、どうして自分がその姿へと変貌したのか覚えてないでしょうね」

「ふ~ん。とすると、ここにいるのは寄せ集めみたいなものか。こんな姿になっても人に襲い掛かる事を覚えてるもんなんだな」

 

 生存本能ってヤツかねえ、とつまらなそうに頬をかく軍服の男。しかし、少女だけはソレに未だに好奇の目を向けていた。

 

「ねえ、あなた。どうしてそんな姿になってまで存在していたの?」

「マスター?」

 

 白装束の女を制し、少女はソレに話しかける。

 

「欲求すらなく、知能も退化していながらあなたはどうして生きたいと思っているのかしら?」

 

 ピクリ、とソレが身じろぎした。まるで名前を久しぶりに呼ばれた犬の様に、ソレは少女の言葉に反応したのだ。

 

「ただの本能だけで、私に襲い掛かろうとするかしら? 違うでしょう。あなたは私が生きてる人間に見えたから、取りつこうとした。あなたは苗床になる人間が欲しいんじゃないかしら?」

 

 そう言われて、ソレは肯定する様に体をざわつかせた。

 そうだ、自分はまだ終われない。このまま消える気なんてない。もっと、もっと存在を拡張しなくては。そして自分を否定した■■に復讐を―――。

 

『………?』

 

 そこまで考えて、ソレはおかしな事に気付いた。復讐? いったい、何に? そもそも、どうして復讐しようなんて思ったのか?

 

「やっぱり思い出せないか………。でも自我は、ちゃんとあるみたいね」」

 

 ふむ、と少女は一つ頷く。

 

「ねえ、あなた。私に従えば、もっと霊格を上げられるわよ」

「え、ええ~!? こんなのをコミュニティに入れるんですか~? もっと可愛いヤツにしません?」

 

 白装束の女が不満そうに少女に異を唱えたが、少女はかぶりを振った。

 

「“サラマンドラ”と事を構えるのだから、人手は多いにこした事は無いわ。"The PIED PIPER of HAMELIN"でミスリード狙いで参加させられるしね」

 

 それに、と少女は言葉を切る。

 

「病で無情にも打ち捨てられた者、病で無慈悲に周りから排斥された者を私達(・・)は決して見捨てない。それは魔王となる前の私達(・・)の総意。既に八千万人もの魂を背負った身だもの。一人くらい増えても問題ないわ」

 

 少女―――ペストは、スッと斑模様に彩られた袖をソレに差し出した。

 

「どう? ここで一人で佇んでいるくらいなら、私達と一緒に行かない?」

 

 手を差し伸べるペストを見て、ソレの中で何かが動き始めていた。まるで凍りついた河が、溶け出して流れていく様に。ソレの中で、遥か昔に失くした筈の感情が溢れだしていた。

 今まで恐れられ、憎しみをもって接していた自分に少女は手を差し伸べてくれた。自分と一緒にいてくれると言った。

 もはや思い出す事も難しくなった記憶。炎の中で苦しみながらも精一杯、助けを求めて手を伸ばした。誰もが見捨てた救いの手を、ペストが握ってくれる幻をソレは見た。

 

 ならば、何をすべきか。

 

『―――ト、オ、ウ』

「喋れたのか!?」

 

 軍服の男と白装束の女―――ヴェーザーとラッテンが驚きながらソレを見る。ソレは毅然と胸を張りながら、手を差し伸べるペストにたどたどしくも、しっかりと話しかけた。

 

『ア、ナ、タ、ガ―――ワ、タ、シ、ノ、マ、ス、ター、カ?』

 

 




ジャンヌ・オルタ「吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)!!」
自鯖群「「「ギャアアアアアアッ!!」」」
ジャンヌ・オルタ「ハァ、ハァ………ハ、ハハハ! 勝った、勝ったぞ! 見たか、ジャンヌ! 私こそ、私こそが真のジャンヌ・ダルクだ!」
サハラ「令呪三画をもって命じる! 全軍復活!」
ジャンヌ・オルタ「ふざけんなっ!?」


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第11話「"The PIED PIPER of HAMELIN"」

サハラ「課金ガチャ、どうせ当たらないんだろうなあ………」

ジャンヌ「サーヴァント・ルーラー、ここに参上しました!」
サハラ「はい!?」
アタランテ「ふむ。貴様が主か」
サハラ「ちょ、」
ランサー兄貴「おう、よろしくな!」
プロト兄貴「なんだ、俺が二人もいるじゃねえか」
何スロット「Arrrrrrrrr―――urrrrrrr!!」
デオン「おや? 君とはフランス以来だね」
キャス子「宗一郎さま以外の方にお仕えするなんて……まあいいわ、上手く使って見せなさい」

英雄王「フハハハハハハ! (オレ)を呼び出すとは、貴様の運は尽きたな! 雑種!」

サハラ「い、いったい何事ーーー!?」


 ―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、大広間。

 

 いよいよギフトゲームの開催日となった。時刻はまさに逢魔が時。これより一刻と経たず、ここは人と魔が入り乱れて争う戦場と化す。

 大広間に集まった数は五百人余り。ペストに罹って倒れた者、ジャックの様に『出展物』である為に参加条件を満たさない者などを除外して残った参加者を集めたが、全体の一割にも満たない。

 ざわつく観衆の前に、やや緊張した面持ちのサンドラが毅然を装い声を張り上げる。

 

「今回のゲームの行動方針が決まりました。マンドラ兄様、お願いします」

 

 傍に控えていたマンドラは軍服を正し、参加者側の行動方針を決める書状を読み上げた。

 

「其の一。魔王配下の相手は“サラマンドラ”とジン=ラッセル率いる“ノーネーム”が相手をする。

 其の二。他の者は、各所に設置された130枚のステンドグラスの捜索を行う。

 其の三。発見した者は指揮者に指示を仰ぎ、ステンドグラスの破壊、もしくは保護を行うこと」

「ありがとうございます―――以上が、参加者側の方針です。魔王とのラストゲーム、気を引き締めて戦いに臨んで下さい」

 

 おおおっ!! と雄叫びが上がる。ゲームクリアへの具体的な方針が決まり、こちらの指揮は最高潮に高まっていた。それぞれが勝利の為に、一斉に動き出す。

 

「奏者」

 

 振り向くと、セイバーが立っていた。傍らにはジャックと―――飛鳥に渡していたサーヴァント・ドールの姿があった。

 

「いよいよ決戦である。しかし聖杯戦争と違って、奏者の身を守りきれぬ場面もあるやもしれん。奏者には自衛の為にこやつを持っていて欲しい」

「ヤホホホ、セイバーさんと一緒に大急ぎで直しましたヨ!」

 

 いつもの様にカボチャ頭から陽気な声をジャックは響かせる。

 

「ありがとうセイバー、ジャック」

「………私は此度のゲームに参加はできません。この様な形でしか協力できない事をご容赦頂きたい」

「謝る必要は無いさ。お陰で戦力が増えたんだ」

 

 カシャ、カシャと球体関節を響かせてドールは自分の後ろに付く。

 

「あまり過信なさらぬ様に。その人形の性能では魔王や配下の悪魔の相手はできないでしょう。せいぜい壁役が精一杯です」

「分かった。気を付ける」

「病床にいる者達の看病はお任せ下さい。貴方がたの勝利を信じてお待ちしていましょう」

 

 それと―――とジャックは付け加えた。

 

「貴方のコミュニティにいた少女―――春日部耀さんでしたか? どうか彼女を助けてあげて下さい」

「それは、言われるまでもなくそうするけど………。どうして?」

 

 ジャックと耀との接点は、“アンダーウッドの迷路”で一戦を交えたくらいのはずだ。ほんの少し関わっただけの相手に拘る理由が知りたくて、純粋に聞き返してみた。

 

「いえね、彼女の瞳が少しもの寂しい色を帯びていたもので。コミュニティ柄、孤独な子供を放っておけないんですよ」

「耀が………孤独?」

「ええ。恐らく、彼女は単独行動をする事が多かったのでは?」

「それは―――」

 

 違う、とは言い切れない。というより分からない。考えてみれば耀の事を自分はあまり知らない。それは十六夜や飛鳥にも言える事だろう。自分にとって彼等は会ってまだ日の浅い友人でしないのだ。お互いがどんな道を歩んできて、どうして箱庭に来る事になったのか。それも話し合った事がない。

 

「仲が良い事と協調できる事は別物です。彼女はどこか、壁を作っている様に見える。それが少々心配で、御節介を焼いてしまうのですよ」

 

 以前、耀は人間の友達はいなかったと言っていた。それがどういう意味なのか。憶測や想像しかできない自分が勝手に語って良い物では無いだろう。

 

「すいませんね、ゲームの前にこんな事を言って。とにかく、皆さんが帰ってくるのをお待ちしておりますよ」

 

 そう言ってジャックはフワフワと飛びながら、その場を離れた。

 あまりボヤボヤしてはいられない。自分達も急いで持ち場へとつく。

 ただ―――ジャックの言った事が、少し心に引っかかっていた。

 

 

 

「北へまっすぐ。そこにステンドグラスがある」

「はい! 皆さん、行きますよ!」

 

 ジンくんの号令を受け、“サラマンドラ”の兵士達と街道を走る。そこには情報通り、ネズミ取りの道化が描かれた道化師のステンドグラスが置かれていた。

 

「それは“偽りの伝承”です! 砕いて大丈夫です!」

 

 パリン、とガラスの砕ける音がすぐに響いた。これで十か所目だ。

 ゲーム開始と共に、街があっという間に作り替えられた。閃光と轟音がしたと思えば、全く見覚えのない木造建築の街に変わっていたのだ。十六夜の推測によれば、ここは十五世紀(・・・・)のハーメルンの街。開始と同時に、自分達のフィールドへと参加者達を転移させたのは、流石は魔王というべきだろう。

 しかし、自分達は全く焦っていなかった。

 

「岸波さん、次のステンドグラスは?」

「待って………よし、この道の先だ。そこに二つある」

「分かりました。皆さん、こっちです!」

 

 手元に浮かんだホログラムディスプレイに表示された地図を元に、自分とジンくん達はハーメルンの街を駆ける。

 コード:view_map()。もはや御馴染みとなりつつあるこのコード・キャストは、ハーメルンの街の地図を完璧に再現し、さらにはステンドグラスの位置まで割り出していた。

 

 ドオオォォォン!!

 遠くから落雷の様に激しい爆発音が響く。恐らく、十六夜が本物のハーメルンの笛吹―――ヴェーザー河の化身と戦い始めたのだろう。

 

「岸波さん………」

「大丈夫だ」

 

 ジンくんが不安そうに目を向けるが、安心させる様に答える。ヴェーザー河の化身が本物のハーメルンの笛吹である以上、何らかの強化を行って戦力を倍増させた可能性はある。しかし、十六夜が一度戦った相手だから任せろと言った以上は彼を信じるしかない。何より―――

 

「十六夜が、簡単に負けるはずがない」

「そう、ですよね」

 

 ジンくんは少しためらいながらも頷く。

 

「僕達は、僕達の出来る事をしましょう」

「ああ、そうだな」

「っ、奏者よ! 敵だ!」

 

 先行していたセイバーが警告を出す。すると数秒としない内に―――

 

「はぁい♪ 皆様、御機嫌よう♪」

 

 ハッと街道の脇にある建造物を見上げる。

 屋根の上に立つのは、扇情的な服装をした白装束の女。ジンくん達の証言から、彼女こそがネズミ取りの伝承から生まれた悪魔―――ラッテンだろう。

 

「現れたな、ネズミ使い!」

「お前は………! 飛鳥さんと耀さんはどうした!?」

 

 セイバーとジンくんが叫ぶが、ラッテンはクスクスと笑うばかりで答えようとしない。やがて、マップを出している自分の手元をじっと見つめ出した。

 

「ふうん? さっきからサクサクとステンドグラスを壊していると思ったら、アンタのギフトのお陰だったわけね。なるほど、マスターの御眼鏡に適っただけはあるわね」

「君の言うマスターというのは………」

「あら? 一度会ってるんじゃないの?」

「っ、やっぱりか―――!」

 

 大祭の前。飛鳥を探していた時に会った、あの少女。彼女が魔王だったのだ。まさかあんな小さな少女が魔王なわけがないと、無意識に考えない様にしていた可能性が目の前で現実となったわけだ。

 

「さて。マスターからもう聞いてると思うけど、降参する気はないかしら? 今なら高待遇で迎えてくれるそうよ?」

 

 こちらを見下しながらラッテンを降伏を迫る。もちろん答えは決まっていた。

 

「断る! お前達を倒して、飛鳥達を取り戻す!」

 

 スッとラッテンの目が細まる。

 

「気に入らないわ」

「なに………?」

「気に入らないわね。こちらに勝てる保証があるわけでもない、かと言って蛮勇で言っているわけでもない。あくまでも私達に屈しない、というだけで立ち向かおうとする。なるほど、マスターみたいに好意は抱かないけど………踏みつぶしたくなりました♪」

 

 ニィ、とラッテンは嗜虐的な笑みを浮かべる。

ゾクッと背筋に嫌な悪寒が走る。

 

「ともあれ、ようこそハーメルンの舞台へ。皆様には素敵な同士討ちを経験して頂きます♪」

 

 パチン、とラッテンが指を鳴らすと屋根から何十匹もの火蜥蜴が姿を現した。屈服させられた“サラマンドラ”の同士達だろう。すぐさま同行していた捜索者達が迎撃しようと武器を構える。ところが―――

 

「だ、駄目です! 参加者を相手取っては、」

「そんな事を言っている場合か!? 魔王の配下に操られている以上、倒すしかない!」

「違います! ここで同士討ちしては貴方達も失格になってしまいます!」

 

 そう、ジンくんの言う通りだ。改正されたルールには『自決・同士討ちによる討死』がはっきりと禁止事項に加わっている。唯でさえ少ない人員が同士討ちで減少すれば、捜索そのものが成り立たなくなっていく。

 

「さあ! 仲間同士で戯れてごらんなさい!」

 

 ラッテンの号令と共に、屋根から一斉に火球を吐き出す火蜥蜴。

 人一人を簡単に焼き尽くす豪火が迫り―――疾風の様に振るわれた剣戟に全て斬り払われた。

 

「何ッ………!?」

「そなた、先ほどから好き勝手にほざいていたが―――」

 

 ブンッ、と原初の火(アエストゥス・エストゥス)を振るいながらセイバーはラッテンを睨む。その顔には、絶対零度にまで冷え込んだ憤怒。

 

「ここで自分が踏みつぶされるとは予想していなかったか?」

「ヒュウ♪ やっるー♪」

 

 ケラケラと笑うラッテン。その顔には、まだ余裕の笑みが浮かんでいた。

 

「じゃあ………これならどうかしら♪」

 

 ラッテンは唇に魔笛を当て、奏で始める。

 高く低く、疾走する様にハイテンポなリズムを刻む曲調は、まるで何かを目覚めさせる様だ。やがて、地響きを伴いながら地面から陶器で出来た巨人がせり上がる。

 その数は十体を軽く超えている。

 

「「「BRUUUUUUUUUUUUUM!!」」」

 

 嵐の様に全身の風穴から放たれた雄叫びは、猛烈な突風となって辺りに吹き荒れる。

 ステンドグラスを探していたコミュニティから各所で悲鳴が上がった。自分も吹き飛ばされない様に踏ん張るだけで精一杯だ。

 

「さあ、素敵なオペラを始めましょう♪」

 

 芝居ががった仕草で一礼をするラッテン。主の命を受け、陶器の巨人達がセイバーにせまる。

 

「調子に乗るなよネズミ使い(ラッテン)!!」

 

 セイバーが迎撃しようとし―――空から無数の影の刃が陶器の巨人を貫く。

 

「もう、何なのよさっきから!」

 

 怒りと苛立ちで空を見上げるラッテン。そこには、

 

「レティシア!」

「すまない、遅くなった」

 

 煌々となびく金髪の姿。純血の吸血鬼、レティシア=ドラクルが翼を広げていた。

 

「セイバー、ハクノ。ここは私に任せてくれ」

「レティシア?」

「大丈夫だ。あの程度、私一人でも十分だ」

 

 普段の温厚さを消し、冷たい瞳でレティシアはラッテンを睨む。セイバーとジンくん達と顔を見合わせ、一度だけ頷くとレティシアに背を向けた。

 

「ああ、そうだ。一つ聞き忘れていたが―――」

 

 ふと、レティシアをこちらに振り返った。

 

「別に、倒してしまっても構わないだろう?」

 

 いっそ余裕すら感じる様なシニカルな笑みを浮かべるレティシア。それが何故かおかしくて、こんな最中だというのに少し噴き出した。

 

「ああ。コテンパンにしてやれ、レティシア!」

 

 

 

 ―――Interlude

 

「まさか見逃すとはな」

 

 白野達が立ち去った後、レティシアはラッテンを睥睨しながらギフトカードから槍を取り出す。

 対してラッテンはにやにやとした笑みを隠そうともしない。

 

「べっつにー? 私達はタイムアップを狙うだけで勝てますし? それに、この状況じゃあ“箱庭の騎士”でも負ける気がしないからねー♪」

 

 一人残ったレティシアに火蜥蜴達が群れをなして取り囲み、さらに陶器の巨人達―――シュトロムもいる。ラッテンからすれば、相手が“箱庭の騎士”とはいえ御釣りが来る様な戦力差だ。

 しかし―――

 

「ネズミ使い。飛鳥と耀を攫ったのはお前か?」

「だったらどうするの吸血鬼さん? “箱庭の騎士”の力を見せてくれるのかしら?」

 

 フッ、とレティシアは笑った。

 

「生憎と、今の私が持つギフトは全て三流のまがい物でな。唯一、戦力になりそうなのは………この“影”のギフトくらいだ」

「影………?」

 

 ラッテンの視線は自然とレティシアの影へと落ちる。

 すると、レティシアの影が無数の刃へと変わっていく。

 数多の刃がこすれ合う姿は、刃というより―――

 

「その“影”……“顎”? いえいえちょっと待った! そもそも吸血鬼に影なんて無いはずじゃ、」

「如何にも。これでも昔は系統樹の守護者、“龍の騎士(ドラクル)”まで昇りつめた事があってな。この“遺影”はその時に信仰していた龍だ」

 

 ラッテンの余裕が一転する。聞き間違いかと思った一瞬の隙に、レティシアの影は膨張して姿を変える。

 レティシアの温厚な表情は一変して険しいものになり、

 

「この前の御礼参りだネズミ使い。我が同士を傷つけた報いをここで受けるがいいっ!!」

 

 無尽の刃は巨大な龍の顎となり、平面上に広がって周囲を薙ぎ払う。

 周囲にいたシュトロム達は龍の顎に噛み砕かれ、一撃で消滅した。

 

「龍の騎士に、無尽の刃を持つギフトですって………!? 貴女、まさか魔王ドラキュラだとでも言うの!?」

 

 慌てて操っている火蜥蜴の群れの後ろに避難しながら、ラッテンは素早く思考する。

 

(マズイっ! 相手が純血の吸血鬼だと思って油断した! もうシュトロムじゃ相手にならない! こうなったら………!)

 

 “奥の手”を出すしかない、とラッテンの理性が警鐘を発する。しかし、頭の別の所でソレを出す事に待ったをかけていた。

 確かに“奥の手”を使えば、目の前の吸血鬼に勝てないまでも足止めはできるだろう。だが、それを使えばゲームに勝った時に手に入る人員に支障が出る。

 “グリモワール・ハーメルン”は新興のコミュニティだ。世界の理としていずれ敗北する(・・・・・・・)事が確定していても、まだ滅ぶ気は無い。その為にも大勢の人員が必要なのだ。“奥の手”を使ってしまうと、いくらかの有能なギフトが無駄に―――

 

「っ!!」

 

 眼前で最後のシュトロムが、龍の顎に頭から喰われた。もう一刻の猶予もない。ラッテンは覚悟を決め―――唇に笛を当てた。

 

「何―――?」

 

 その笛の旋律は、レティシアにも聞こえていた。速く、高くと吹かれる曲調は、先ほどシュトロムを呼び出した曲と異なっている。しかし徐々に周囲から恐ろしい気配が場を支配する。

 

(この期に及んで、まだ何かを召喚させる気か? なんにせよ、やらせはせんっ!)

 

 レティシアは双掌で影を巧みに操り、ラッテンへと奔らせる。

 だが、それより先に―――

 

『『『ギョオオオオオオオオッ!!』』』

 

 地面から噴き出る様に湧いた羽虫の群れが、その体で龍の影を受け止めた。勢いを殺し切れず、体の半分以上を削られたが、羽虫の群れはしっかりと立っていた。

 

「これは―――ハクノから聞いた影の使い魔か! だが今更そんなモノを呼び出した所で、」

「ええ、だから………こうするのよっ!」

 

 言い終わるや否や、ラッテンは素早く曲を奏でる。すると曲に合わせる様に、影の使い魔―――“プレイグ”の姿がグニャリと歪み、火蜥蜴達へと覆いかぶさる。

 

「グッ、ギッ……ガアアッ!!」

「ギイイィィィ、ギャ、タイイタイイタイイタイッッ!!」

「ゴポッ、グ、ブ、ゲボオォォォッ!?」

 

 羽虫の群れに纏わりつかれた火蜥蜴達から、一斉に苦しみにのたうつ声が上がる。すると火蜥蜴達の体から、一斉に疱瘡が噴き出した。

 

「いったい、何を―――!?」

「グ、ガアアアアアアアアアッ!!」

 

 ラッテンに問い質そうとしたレティシアに、先ほどまで苦しんでいた火蜥蜴が飛び掛かる。全身から膿を噴出させた痛々しい姿になりながらも、その速度は野生の獣よりも遥かに俊敏だ。

 

「くっ―――!」

 

 レティシアは影を引っ込めて、ギフトカードから槍を取り出す。龍の遺影のギフトでは、破壊力が大きすぎて無傷で押さえるのは難しい。

 だが、

 

「な、にっ!?」

 

 レティシアから苦悶の声が上がった。火蜥蜴の突進をガードして受け止めたものの、予想以上に力が強い。元の種族としての膂力もあるだろうが、それでも吸血鬼であるレティシアに踏鞴を踏ませる様な力など無いはずだ。

 

「あ~あ………まさか“プレイグ”を使う事になるなんて」

 

 ハア、とラッテンは火蜥蜴達の後ろで溜息をついた。

 

プレイグ(疫病)、だと!?」

「そ。プレイグ(疫病)。見て分かると思うけど、そいつは自我の発現に失敗した病魔でさ。命令された通りにしか動かないのよ」

 

 でも、とラッテンは口元を歪めた。

 

「ナントカと鋏は使い様ね。そいつにはちょっと面白いギフトがあって、自分に感染した相手から魂を吸収できるのよ。しかも―――応用で、感染者の乗っ取り(・・・・)もできるわけ」

 

 ハッ、とレティシアは眼前の火蜥蜴を見る。噴出した膿の痛みの為か、荒い呼吸を繰り返す火蜥蜴。しかし、その瞳は虚ろで自分の意思では無い事がはっきりと見て分かった。

 

「まあ、これをやると乗っ取った相手がただの操り人形になるから使いたくなかったのだけれど………そんな事も言ってられませんしね♪」

「ラッテン、貴様ァ!!」

 

 参加者をコマとしてしか見ていないラッテンの言葉に、レティシアが怒りの形相でラッテンへと襲い掛かる。

 だが、その行く手を阻む様に全身に膿を噴出させた火蜥蜴達が一斉にレティシアへと飛び掛かった。

 

「プレイグは乗っ取った相手の事なんて考えないから、限界を超えた動きをさせられるわ。さあて、“箱庭の騎士”様は痛みを知らない狂戦士と化した参加者達をどう捌くのかしら?」

「この、邪魔だ!」

「あはははは! ほらほら、ダンスの相手は次から次へと出てきますわ! なにせ、最初にプレイグが憑りついた女の子が苗床として優秀でしたから♪」

「何―――!?」

 

 聞き捨てならない言葉を聞き、レティシアの動きが一瞬だけ止まる。影の使い魔―――プレイグが最初に憑りついた相手。魂を喰らって増殖するこの使い魔にとって、優秀な苗床になる様な女の子と言えば―――!

 

「貴様ッ!! 私の同士に一体なにを―――!?」

 

 突如、レティシアの隙を見逃さなかった火蜥蜴達の群れが雪崩をうって飛び掛かり、レティシアの声は火蜥蜴達の雄叫びに呑みこまれた―――。

 

 ―――Interlude out

 

 

 

「よし、ジンくん達はこっちの通りに向かってくれ。俺とセイバーは向こうの広場方面のステンドグラスを確保してくる」

「分かりました! でも………お二人だけで大丈夫でしょうか?」

「任せよ! 余がいるだけで百人力である。余と奏者ならば、魔王が出て来ても遅れは取るまい」

「―――分かりました。お二人とも、どうかお気をつけて」

 

 ペコリと一礼すると、ジンくんと他の参加者は指示した方向へと走り去って行った。

 レティシアから別れた後、各地に出現した陶器の巨人達によって捜索班にも少なくない負傷者が出始めていた。その為に今や最初に編成した班を更に小分けしないと、捜索の手が足りない様な状況だ。そこで、自分とセイバーはジンくん達とは別行動を取る事にしたのだ。ジンくんには“サラマンドラ”の精鋭兵士達が同伴すると言っていたから、戦力としても大丈夫なはずだ。

 

「さて、我等も行くぞ。奏者よ、ステンドグラスはどこにある?」

「待って―――うん、近くの広場に一つある!」

「よし、そこから行くぞ!」

 

 マップに映った情報を元に、セイバーと大急ぎで示されたポイントへ向かう。そこは中心に井戸があり、その井戸を取り囲む様に長屋が楕円状に連なっていた。そして井戸の上に浮かぶ様に―――

 

「あれか、奏者!」

 

 セイバーが指を指した先に、ステンドグラスが浮かんでいた。

 ステンドグラスに描かれているのは、丘から氾濫する河。そしてその河に呑み込まれる様に溺れる人々。

 

「ビンゴだ! あれが、“真実の伝承”!」

 

 ゲームのクリア条件の中で、最も重要なステンドグラスを見つけて急いで駆け寄る。

 その時だった。

 

「待て! マスターッ!!」

 

 突然、セイバーが自分の首根っこを掴み、後ろへと飛び退く。

 次の瞬間、さっきまで自分がいた場所に大岩が落ちた様な衝撃が奔った。

 

「ッ、セイバー! いったい何が起きて―――」

 

 状況を確認しようとセイバーに声をかけるが、セイバーは答えなかった。

 セイバーは正面を向いたまま、信じられない物を見た様に目が見開かれていた。

 

「そんな、馬鹿な―――」

 

 セイバーから、茫然とした呟きが漏れる。

 いったい何を見たのか気になり、自分も襲撃してきた相手を見て―――瞬間、意識が真っ白に染まった。

 

「嘘だろ………」

 

 自分の声が、まるで他人の言葉の様に聞こえる。

 襲撃してきた相手は、人間だった。拳が地面へとめりこみ、地面にはクレーターの様な亀裂を作っていた。先程の衝撃は持ち前の怪力で自分に殴りかかったのだろう。セイバーがあと少しでも遅れていれば、自分の頭が西瓜の様にかち割れていたのは明白だ。

 だが、そんな事はどうでもいい。問題は相手がよく知る相手だった事だ。

 健康的なショートヘアはやつれ、皮膚には痘痕が浮かんでいるが、まちがいない。

 白いスリーブレスのジャケットとショートパンツを履いた、襲撃者の正体は―――

 

「―――耀?」

 

 襲撃者―――春日部耀は、虫の様に無機質な瞳でこちらを睨んでいた―――。

 

 

 



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第12話「絶体絶命。そして―――」

ギルガメッシュキャンペーン第二弾を見て。

サハラ「やっぱエリザ……でもタマモキャットも可愛いよな。戦力的にマリーさんもありだし、いやでも………」(以下エンドレスループ)

注意

 最近、前書きにFateGOのプレイ報告を書いていますが、それを見て感想にプレイ報告の感想だけを書かれる読者の方がいます。
 自分としては感想を頂けるのは嬉しいですが、このサイトのガイドラインに抵触します。読者の方はFateGOの感想だけでなく、このSSの感想も書いて頂ける様にここにお願いを申し上げます。
 


「―――耀?」

 

 “真実の伝承”の前に立ちはだかる耀に、もう一度声をかけてみる。だが、彼女からは何も反応が返ってこなかった。

 肌は不健康な色合いになり、腕や顔には痘痕が薄っすらと浮かんでいる。目はこちらを見ているか怪しいくらい虚ろで、いっそ目の前にいるのは耀を模して作った人形だと思いたかった。

 だが、そんな事が無いのは自分が一番分かっていた。

 

「マスター」

 

 セイバーが自分の前へと進み出る。

 

「あれは間違いなくヨウだ。しかし同時に―――あのサーヴァントだ」

「―――ああ」

 

 なんとか声を絞り出す。

 七日前、ジャックによって跡形もなく焼き払われた相手。“天然痘”という異形のサーヴァントの魔力を今の耀から感じ取っていた。

 

「あいつ………まさか耀を、」

「いや待て。そう断ずるにはまだ早い」

 

 殺して復活したのか、という最悪の可能性をセイバーは否定した。

 

「かすかではあるが―――ヨウの気配も感じる。恐らく、あのサーヴァントは感染した相手に憑りつく習性があるのだろう」

「―――そうか。やっと、分かった」

 

 セイバーの指摘、休止期間中に調べた文献、そして一度戦った時に得られた戦闘経験。それらを基に、自分の霊視でサーヴァントの情報(マトリクス)が全て開示される。

 

  真名:天然痘

 クラス:ライダー

  宝具:疫病蔓延(パンデミック・シンドローム)

 

 宝具の効果は、感染した相手の魂を取り込み、手駒にする事。もしくは感染者の魂を喰らい、新たな分身を作成する事。

 

「今は耀の体を乗っ取って動いているみたいだが……。しかし、一体どこでヨウに憑りついたのだ? そんな隙など無かった筈だ」

「……ッ! あの時か!」

 

 記憶を遡り、七日前の出来事を思い出す。

 

「セイバー、覚えているか? あの時、耀はあいつの攻撃に掠ったんだ」

「そういえば……しかしその程度で憑りつく事は出来ぬぞ?」

「ああ、普通のサーヴァントはな。でも―――天然痘は接触感染(・・・・)するんだ」

 

 “サラマンドラ”の書庫で文献に書かれていた事だ。

 天然痘の主な感染経路は、接触感染と飛沫感染。つまり病原菌に直接触れるか、直接吸い込む事で感染する。

 しかし飛沫感染の心配は無いだろう。ジャックが舞台上をまるごと焼却した事で、図らずも殺菌処理をした様なものだ。

 だが、耀は違う。病原体そのものと言っていいサーヴァントに触れる事で体内への侵入を許してしまった。そうして耀の体内に入った病原菌―――サーヴァントは瞬く間に成長していき、耀の体を乗っ取ったのだ。

 

「そんな―――事で……!」

 

 ギリッ! とセイバーが奥歯を噛み締める音が聞こえた。

 だが、相手はそんな後悔に浸る暇を与えなかった。

 

「! セイバー!!」

 

 ドンっと土煙を巻き上げ、耀が駆け出す。

 瞬きすら許さない速度でセイバーへと詰め寄る。

 

「くっ、許せ!」

 

 耀を止める為、セイバーが剣を振るう。

 剣の腹とはいえ、その速度と威力は人間一人を昏倒させるのに十分過ぎるくらいだ。

 そして、風切音と共に振るわれた剛剣は―――見事に空を切っていた。

 

「なっ―――!?」

 

 セイバーが驚愕に目を開く。おそらくセイバーの目には耀が突然消えた様に見えただろう。

 だが、離れた場所で見た自分にははっきりと見えていた。

 耀は剣が直撃する直前、体勢を低く落とし、そのまま四つん這いになってセイバーの剣を潜り抜けたのだ。

 そして猫科の四足獣を思わせる動きで、セイバーの足元を駆け抜け―――!

 

「ドール! ガード!」

 

 後ろに控えていたサーヴァント・ドールに命令を下す。

 ドールが自分の前へと躍り出るのと同時に、転がる様にして横へと飛び退いた。

 そして、その判断は正しかった。

 ドールに詰め寄った耀は、そのまま無造作に腕を振るう。

 それだけで、ドールはガードした両腕ごと潰され、長屋の壁に叩きつけられて動かなくなった。

 

「マスターッ!!」

 

 セイバーが駆け寄り、背を見せている耀に剣を振るった。

 だが耀はグリフォンのギフトを駆使し、空へと舞い上がるとセイバーの手が届かない場所まで飛んだ。

 

「すまぬ、油断した。まさかヨウがここまで動けるとは思わなかった」

「いや………俺も驚いているよ」

 

 耀のギフト、『生命の目録(ゲノム・ツリー)』は耀と仲良くなった動物や幻獣の身体能力やギフトを再現するギフトだったはずだ。耀が箱庭に来る前にどんな動物と友達になったかは定かではないが、種族によっては十分に脅威になる。白夜叉とのギフトゲームでグリフォンのギフトを取得した耀は、単純に考えてもグリフォンと同等と見るべきだろう。

 セイバーも人間の身体能力を大きく凌駕するが、耀の様な獣じみた動きはできない。単純な身体能力ならば、今の耀はセイバー以上だ。

 

(確か武術の達人が檻の中で猫と戦う時、日本刀を持って初めて互角になるなんて話があったな……)

 

 などと、悠長に考えていたのが不味かった。

 

『―――キ』

「?」

『キシャアアアアアアアァァァァァァッ!!』

 

 突然、耀が咆哮を上げる。こちらの鼓膜を破りかねない大音量に耳を塞いだ瞬間―――

 

「「「ギシャアアアアアアッ!!」」」

 

 長屋の屋根から亜人達が雄叫びを上げながら飛び掛かってくる。数十の亜人達には耀の様に、身体中に痘痕が浮かんでいた。

 

「奏者! 余から離れ―――!」

 

 セイバーが言い終わらない内に、耀も急降下して襲い掛かってくる。

 

「くっ!」

 

 セイバーが剣を前面に突き立て、防御しようとする。

 だが耀は怯む事なく、グリフォンのギフトで更に加速する。あまりの速度に音速の壁を突き破り、衝撃波が生じていた。そして、そのままセイバーへと飛び蹴りをくらわせた。

 

「ッああ!」

「セイバー!」

 

 衝撃を殺しきれず、セイバーが弾き飛ばされる。そこへ待ってました、と言わんばかりに亜人達が殺到する。

 

「くそ! コード―――」

 

 セイバーを助けようと、コード・キャストを発動させようとしたが、目の前に耀が立ちはだかる。

 そして耀は、無防備になっていた自分の腹に回し蹴りを放つ。

 

「ガハッ―――!」

 

 肺の中の空気が無理矢理叩き出され、あまりの衝撃に一瞬痛覚すら飛びかける。

 だがすぐに胃からこみあげた吐瀉物と一緒に、猛火の様な痛みがこみ上げた。

 あまりの痛さに体をくの字に折れ曲がった自分を、耀は容赦なくサッカーボールの様に蹴り飛ばす。

 

「奏者! くっ、邪魔だ! そこを、どけえ!!」

 

 痘痕に侵された亜人の群れを突破しようと、セイバーが剣を振るう。

 しかし"The PIED PIPER of HAMELIN"のルールである『自決・同士討ちによる討死の禁止』に抵触しない様にと加減している為、いつもの様な強力さと素早さが欠けていた。

 加えてセイバーが急所を狙わない様に振るった剣を、亜人達はあえて急所に当たる様に(・・・・・・・・・・・)と喰らいにくる。自分の命を盾にした特攻にセイバーは全力を出せず、亜人達の包囲網を突破出来ないでいた。

 

「グッ、ゲホッ、ゲホッ! グッ―――」

 

 咳き込みながら、吐瀉物が口からあふれ出す。吐瀉物には血が混じっていた。

 しかしそんな事を気にする暇など、耀は与えなかった。

 蹲った自分の腹へ蹴り上げた踵が突き刺さる。

 

「ガッ!!―――gain_con()!」

 

 ゴロンゴロン、と無様に転がりながら防御力を上げる魔術を実行する。これで少しは耐えられるはずだ。

 

(セイバーとは―――駄目だ、合流できない! 相手はセイバーを封じ込めれば俺を好きに料理できると分かっている。いまは俺自身でどうにかするしかない!)

 

 なんとか立ち上がり、アゾット剣を構える。とにかく耀を止めないと。

 すると耀は一端、立ち止まり―――四つん這いになった。

 

(―――来るか!)

 

 途端、耀が四つん這いのまま駆け出す。その姿は虎やライオンの様な大型の肉食獣を思わせた。そしてその予感は外れておらず―――

 

「グッ!」

 

 耀が素早く自分の横を駆け抜け、すれ違いざまに爪で引っ掻いていた。耀の手は人間のものであるはずなのに、引っ掻かれた傷は肉食獣にやられたかの様に深々と斬り裂かれていた。

 耀はすぐさまターンして、自分へと向かってくる!

 

「shock()!」

 

 耀に向けて雷球を発射する。威力は抑えてあるから当たっても気絶する程度で済むはずだ。

 

「ッ!!」

 

 バッと耀は跳び上がり、長屋の壁に張り付く。そして壁を足場に、再びこちらへと向かってきた。

 

「クッ、グッ―――この!」

 

 壁へ、地面へ、屋根へ。縦横無尽に跳び回り、すれ違いざまに自分を斬り裂く姿は密林の狩猟者の様。

 まるでセイバーとジャックの戦いの再現だ。違うのはジャックがバネの弾性で跳ね回ったのに対して、耀はネコの様なしなやかな動きというところか。

 

「く、そ……」

 

 血を流し過ぎたのか、体に力が入らない。たまらずに膝をついて、顔を伏せた。

 その隙を耀は見逃さない。長屋の屋根から一気に自分に目掛けて跳び下りてくる。

 まさに絶体絶命だ。このままでは自分は八つ裂きにされて終りだろう。

 でも―――

 

「―――かかったな!」

 

 自分は顔を上げて耀へと手を向ける。

 この状況がセイバーとジャックの戦いの再現ならば、これもまた再現。

 まっすぐと突っ込んでくる耀に対して、用意した魔術(キャスト)を撃つ。

 耀は空中にいるから咄嗟の方向転換はできず、この速度ではクロスカウンターの様な形になるが自分の魔術を当てる方が早いはずだ。

 あとは実行の命令を出すだけ―――

 

「―――え?」

 

 その時。飛び掛かってくる耀の顔が目に入った。

 顔に広がった痘痕。艶の無くなった髪の毛。そして生気の無い眼。

 その眼から―――一筋の涙が。

 

「―――耀?」

 

 思わず、そう呼びかけて。

 

 ザシュ!!

 

 次の瞬間、胸を大きく裂かれていた。

 

 

 

「うっ!?」

 

 その瞬間、亜人達を相手取っていたセイバーに突然の脱力感が襲った。

 その隙を見逃さぬと襲い掛かった亜人をどうにか押し戻したが、どんどんと力が抜けていくのを感じていく。

 

(これは―――いったい何だ? まるで魔力切れの様に力が出ぬ! 奏者がいる限り、こんなことが起きるはずは―――!)

 

 ハッとセイバーは白野の方を見た。そこには、手から赤いナニカを垂らしながら佇む春日部耀。

 その足元には―――赤いナニカの水溜りに蹲った………

 

「奏者!」

 

 セイバーが叫ぶのと同時に、ひときわ巨漢の亜人がセイバーへと圧し掛かる。どうにか振りほどこうとするが、力が抜けた今のセイバーでは押し潰されない様にするので精一杯だ。さらに、畳み掛けると言わんばかりに大勢の亜人がセイバーへと殺到する。

 

「この、放れろ! 貴様らに構ってる暇などない! 奏者! 返事をしろ、奏者! マスターッ!!」

 

 悲痛な叫びを上げるセイバー。だが、その声も亜人の群れに押しつぶされかけていた―――。

 

 

 

「グ、ウッ……」

 

 ドクドクと流れる血を止めようと傷口に手を当てる。途端、火が付いた様な痛みが自分を襲った。

 痛みをどうにか無視して、コード・キャストを発動させようとする。

 

「ハァ、ハァ―――コード・h、ガッ!?」

 

 だが突然伸ばされた腕に首を掴まれ、そのまま長屋の壁へと叩きつけられた。

 腕は万力の様に自分の首をギリギリと締め付けてくる。

 

「ガ、ァ……」

 

 酸素が全く入らず、頭に血が上るのを感じる。

 腕を振りほどこうと魔術を組み上げ様とするが、耀はもう片方の手で自分の手首を押さえ、そのまま握りつぶすと言わんばかりに締め付けた。

 呼吸困難と傷の痛み。両方で意識が真っ暗になりそうになる。

 でも―――

 

「よ、う………」

 

 酸素不足に喘ぎながら、どうにか耀の名前を呼ぶ。

 自分の首を絞めてくる耀に正面から向き合う形となった。

 耀は―――泣いていた。

 操られながらも意識はあるのか、それとも無意識の内のなのか―――分からないが、耀の目からは涙が溢れていた。

 

(操られた上に、こんな姿にされて……何も思わないわけ、無いだろ!)

 

 まだだ。まだ倒れるわけにいかない! こんな事を無理矢理やらされている耀の為にも、ここで気絶なんかしてる場合じゃない! 

 そう叱咤して、飛びかけた意識を繋ぎ合わせる。

 

(なにか、何か無いか!? 何でもいい、この状況を引っ繰り返せる何か……何か無いのか!?)

 

 必死で考えを巡らせるが、無情にも耀の腕の力は強まっていく。

 気絶してる場合じゃない、と頭では分かっているのに意識は段々とブッラクアウトしていく………。

 

 

 

 ―――『月の支配者(ムーン・ルーラー)』岸波白野の危機的状況を確認。

 ―――状況打破の為の最適解を検索………検索完了。

 ―――追加戦力の投入を決定。システム・フェイト、起動。

 ―――状況打破に最適な英霊を検さ、ささ、さささささささくくくくくく………。

 ―――エラー。要請により特定英霊の投入を決定。

 ―――英霊素体、英霊シンボルの確認………現地にて最適な触媒を発見。現地素材の使用を是認。

 ―――素体への霊格挿入(インストール)開始……霊格不適合。触媒を使い、補強開始……霊格適合。

 ―――該当英霊の適合クラスを検索………キャスターに適合。

 ―――クラス別スキル『陣地作成』の付与開始。

 ―――固有スキル『呪術』、『変化』の付与開始。

 ―――全スキルの付与完了。

 ―――現地知識の情報挿入開始………エラー。『箱庭』の情報はデータに無し。強制終了。

 ―――必要情報挿入完了。

 ―――適合作業終了。

 ―――全行程完了。

 

 ―――サーヴァント・キャスター、現界を開始しま「いいからさっさとなさい、このポンコツ!!」

 

 

 

「―――!?」

 

 突如、耀が後ろを振り向く。

 そこには先程、壁に叩きつけれたサーヴァント・ドールが転がっていた。

 だが、そのドールから今は眩いばかりの白い光が発せられていた。

 光は脈打ちながら、徐々に輝きを増していき、やがて直視ができないくらいに発光していく。

 すると、光の中でドールが動いた。

 ボロボロになった関節で立てるはずが無いのに、ドールはしっかりと立ちあがって、やがて宙に浮く。

 

「これは………一体―――!?」

 

 不思議な現象に、自分を含めてその場にいる誰もが手を止めてドールをみた。

 今度は光の中で、ドールの姿が変わり始める。

 球体関節と単純な造りの身体は、しなやかな女性のものへと変わり。

 マネキンの様なツルッとした顔には桃色の髪の毛が生え、整った顔立ちの目鼻がついていく。

 光が粒子となって、ドール―――いや、ドールだった女性へ青いノースリーブの和服を着せた。

 そして仕上げと言わんばかりに、女性の耳と腰にピンっと狐の耳と尾が加わり―――。

 

「―――!?」

 

 突然、耀が自分の胸を見る。何事かと視線を追うと、胸のポケットから女性の光に呼応する様に光が漏れだしていた。

 

「これは……ギフトカードが反応している?」

 

 何か不穏な物を感じたのか、耀は自分の胸―――ギフトカードに目掛けて爪を突き立てようとした。

 だが突然、ギフトカードから何かが飛び出し、耀はそれを避ける為に慌てて飛び退いた。

 あれは―――白夜叉からもらった八咫鏡!

 八咫鏡はフリスビーの様に回転しながら現れた女性の元へと飛んで行く。

 女性はそれを受け止めると、耀に向かって走り出し―――

 

「喰らいやがれ、阿婆擦れ! これぞタマモ式四十八の必殺技の一つ―――妾退散拳!」

 

 思いっきり、飛び蹴りを喰らわせた―――。

 




ついに登場! キャス狐さんの出番です!
もう少し書きたかったですが、学校の定期試験も近いのでここまでにしておきます。
次回はひょっとしたら、一ヶ月後かな。
それでは皆様、次回も楽しみ下さい!


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第13話「水天日光天照八野鎮石」

あれだ、色々な要素を詰め込み過ぎ。それと書き過ぎ。
そんな13話。
あと今回は三人称にチャレンジしてみました。



 ―――Interlude

 

 ―――境界壁・舞台区画・“暁の麓”。美術展・出展会場・隠し部屋

 

「ふう………」

 

 洞窟の中で、飛鳥は額の汗をぬぐった。

 着ている深紅のドレスは所々がほつれ、泥や埃で汚れていた。

 本来なら今の自分の格好を恥と思う飛鳥だが、今は事を成し遂げた後の満足げな表情であった。

 そんな飛鳥の前に、一枚の契約書類(ギアスロール)が浮かぶ。

 

『ギフトゲーム名“奇跡の担い手”

 

   勝者:久遠 飛鳥

 達成条件:“ディーン”の服従』

 

「これで文句は無いでしょう?」

「―――はい。お見事です、“ノーネーム”の御嬢さん」

 

 飛鳥の言葉に応える様に、洞窟の四方八方から涼やかな声が響く。

 

「どうか彼をお役立て下さい。そして、偽りの“ハーメルンの伝承”に終止符を。我等、“ハーメルンの御霊”が正しい時代に戻れる様に、どうかお願いします」

 

 静かに、そして切実に響く声に飛鳥は短く首肯する。

 そして、傍らに控えていた鋼の巨兵に声をかけた。

 

「さあ―――いくわよ、“ディーン”!!」

「―――――DEEEEEEEEeeeeEEEEEEN!!」

 

 ―――Interlude out

 

 

 

「ご主人様! ご無事ですか!?」

 

 突然、現れた狐耳の少女は飛び掛かる様な勢いで白野に抱きついた。

 何とか受け止めた白野は、困惑しながらもされるがままとなった。

 

「えっと、君は………」

「はい! ご主人様の召喚(ラブコール)に応え、花も嵐も超えて一直線! 自他共に認める良妻サーヴァント、キャスター! ここに罷りこしましたー!!」

 

 ブンブン! と音が聞えそうな程に狐の尾を振って嬉しさを伝える少女―――キャスター。

 自分の胸板に頬擦りしながら親愛の笑みを浮かべるキャスターに、白野はただ困惑していた。

 何故なら―――白野はこの少女の事を知らない。

 いきなり出てきた少女に、ここまでフレンドリーな対応をされて困惑するなと言う方が無理な話だが―――

 

(いや………でも、何だろう。この感じ、懐かしい様な―――)

 

 ドオオオオォォォォォンッ!!

 

 安っぽい爆発音と共に、亜人の群れが宙を舞った。

 倒れ伏した亜人達を踏み越えながら、セイバーが白野へと近寄る。

 

「奏者よ。今しがたの危機に駆けつけなかったは悪く思うが―――」

 

 セイバーの後ろから、先ほどまでセイバーを押さえつけていた巨躯の亜人が飛び掛かる。

 セイバーは振り向きざまに体を一回転させながら、亜人に剣で当身を喰らわせる。

 

 ドゴォ!

 

 亜人は人体から発してはいけない音を響かせながら、長屋の壁に頭からめり込んだ。

 死んではいない………と、思いたい。

 

「そのサーヴァントは何だ?」

 

 コホン、と咳払いをして剣の切っ先でキャスターを指差す。よく見ると口元が引き攣っている。

 

「はあ? 誰ですか貴女? ご主人様との感動の再会を邪魔するとか、マジ空気読めて・・・・・・・・・んんん?」

 

 嫌そうな顔でキャスターはセイバーへと振り向き、唐突に目を細めた。

 魔術師のクラスを冠する彼女には一目で看過できた。

 このサーヴァント―――セイバーと岸波白野が、契約を結んだ状態にある事を。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねえ、ご主人様?」

 

 ゾクゥ! と白野の背筋に冷たい物が走った。

 キャスターは白野に抱きついたまま、ニッコリと微笑む。

 

「あのサーヴァント、誰ですか? なーんか私がいない間に新しい側室を作ったのかなー?」

「え、えっと、その・・・・・・・・・」

 

 そもそもこの少女は誰なのか。なぜ自分を主人と呼ぶのか。そして覚えが無いのに、何故冷や汗が止まらないのか?

 色々な疑問が頭の中をぐるぐると回り、白野は上手く言葉に出来なかった。

 そんな白野の態度を勘違いして、キャスターは抱き締める力に徐々に力を込める。

 

「ささ、ご主人様。一応は聞いて上げますから、どうぞ弁明を。良妻サーヴァントを放って、ご主人様は何を使役してるのかなー?」

「ちょ、首、締まっ・・・・・・ギブ、ギブ!」

「ん~? 聞こえませーん♪ ホラホラ、早く吐かないとタマモ式必殺技の十三番・浮気壊体固めが極まっちゃいますよ~?」

「ええい、余の奏者から離れろ! この駄狐!」

 

 端から見ると抱き合っている二人を引き離そうと、セイバーが近寄ろうとし―――後ろから疾風の様に迫った相手を剣で受け止めた。

 

「・・・・・・・・・ッ!」

「ッ、ヨウ!」

 

 耀の爪をガードして鍔迫り合ったセイバーは奥歯を噛み締める。

 耀の顔は人形の様に無表情だったが、その目からはとめどなく涙が流れていた。

 よくよく見れば、天然痘に侵された体で無理に動いた為か、痘痕から出血して純白だったジャケットにどす黒い斑尾模様を作っていた。

 乗っ取ったサーヴァントは、明らかに耀に限界以上の行動を強いている。

 

「このッ、ヨウの体から出ていけ、痴れ者が!」

 

 セイバーは鍔迫り合いの状態から耀を押し返し、剣を一閃させる。耀はバックステップ、さらにはバック宙と猿の様な身のこなしでセイバーから距離をとった。

 見れば、倒れ伏していた亜人達も次々と起き上がっていく。

 骨折したのか、片手をダラリと垂れ下げながら武器を構える者。

 頭から尋常でない出血しながらも、傷口を塞ぐ事もなく拳を構える者。

 病気の苦しさからか、出来損ないの笛の様な呼吸をしながら牙を剥く者。

 いずれにせよ彼等の体の限界は近く、そして憑依したサーヴァントはそんな事を気にも留めてない事が見て分かった。

 

「あ、あれ? ひょっとして、今ってスゴくピンチだったりします?」

 

 周りの状況を察知したキャスターは、ようやく白野から離れた。そして、白野の体が傷だらけな事に気付く。

 

「ご主人様、そのお身体は!?」

「俺の事はいい! 君・・・・・・えっと、キャスター!」

「は、はい!」

「あの人達にはサーヴァントが取り憑いている! サーヴァントの正体は病原菌だ。何とか出来ないか!?」

 

 自分にコード・heal()をかけて傷口を塞ぎながら、白野はキャスターに頼った。

 重ねて言うが、今の白野はキャスターの事を知らない(覚えていない)

 だが・・・・・・・・・何故か、この少女ならば打開策を持っていると白野の直感が訴えていた。

 キャスターは白野の必死な顔を見て、表情を引き締めた。

 

「―――なるほど。詳細な説明をプリーズとか、今北産業とか色々言いたい事はありますが、どうやらのっぴきならぬ状況の御様子」

 

 スゥと目を細めて、キャスターは取り憑かれた参加者達を観察する。

 参加者達はキャスターを新たな脅威として警戒しているのか、白野達を遠巻きに取り囲みながらジリジリと包囲網を狭めていた。

 

「相手は出来の悪い疫病神と見ました。これなら―――一網打尽にした方が早いですね♪」

「・・・・・・・・・出来るのか? 耀達を、参加者達を誰も殺さずに」

「はい♪ 『ユーザーが選ぶ使えない宝具ナンバーワン』な私の宝具ですが、今回の相手にはバッチリ相性が良いです!」

 

 おどけて応えるキャスターに白野はそうか、と小さく頷く。

 そして、顔を上げて指示を出し始めた。

 

「セイバー、君は耀だけを相手してくれ。他の参加者達は素通りさせていい。キャスター、君は宝具の解放を頼む。解放にはどのくらい時間がかかる?」

「へ? は、はい! 詠唱に専念すれば、一分くらいです」

「分かった、その間は俺が全力で守る」

 

 数十の集団を自分が相手にすると臆面なく、白野は言い切った。図らずも白野達がいる場所は“真実の伝承”が置かれた井戸の前。防衛するにはうってつけの場所だが―――

 

「確かに先程の乱戦よりはマシだろうが・・・・・・・・・出来るのか? そなたが一分も参加者達の猛攻を耐えるという事だぞ?」

「そうです! ご主人様のお身体はもうボロボロじゃないですか! ここは私に任せてご主人様はお下がり下さ―――」

「出来る。いや、やってみせる」

 

 セイバーとキャスターの苦言を遮って、白野は断言した。

 その瞳には、二人がかつて―――聖杯戦争の最中で見た、意志を込めた強い輝き。

 

「セイバー一人だけじゃ、全員を相手取るのは無理だ。キャスターの宝具は、詠唱に専念しないと発動に時間がかかるものだろ?」 

「それは、そうですけど………」

 

 口ごもるキャスターを尻目に、白野は参加者達に目を向けた。

 先頭には、荒い呼吸をしながら血だらけの身体で拳を構える春日部耀の姿。

 

「もう耀達の体も限界だ。これ以上、友達が苦しんでいる姿を見たくない。だから・・・・・・・・・頼む」

 

 白野はセイバー達に頭を下げた。

 

「俺を、信じてくれ」

 

 真摯に、そして必死に二人に頼み込む白野。

 その姿に、セイバー達は覚悟を決めて頷いた。

 

「頭を上げよ。()は、そなたのサーヴァントだ。そなたが命を懸けると言うならば、これを全力で支援するのが私の務め」

「無茶を断行して、不可能を可能にする。そんな貴方だからこそ、私は心から慕っているんですよ、ご主人様(マスター)

 

 そして、セイバーとキャスターはお互いに初めて正面から向き合う。

 

「ヨウは余が止める。そなたは宝具の解放を急げ、キャスター」

「ええ、あの不出来なサーヴァントに鉄槌を下しましょう、セイバーさん」

 

 お互いに頷き、セイバーは白野とキャスターを守る様に前へ。キャスターは詠唱に専念する為に白野の後ろへと下がる。

 

「キャスター・・・・・・・・・ありがとう。宝具を解放するまで、俺が必ず守るよ」

「くぅ~、ご主人様から守る発言キター! タマモちゃんの脳内動画に即マイリスト入りです!」

 

 キャッホー! と一人テンションを上げるキャスターに、白野は苦笑し・・・・・・・・・同時に罪悪感が芽生える。

 目の前にいる少女―――キャスターは、自分の事が大好きなのだろう。それくらいは白野でも見て分かった。それなのに・・・・・・・・・。

 

「あのさ、キャスター。実は、」

「私の事を覚えていらっしゃらないんですね」

 

 白野は驚いてキャスターを見る。

 キャスターは静かに―――そして、寂しそうに微笑んだ。

 

「私の宝具の事を覚えていなかったから、ひょっとして・・・・・・・・・と思っていたら、図星でしたか」

「・・・・・・・・・ごめん。君が俺に会いたかったのは、分かる。でも、」

 

 尚も謝罪の言葉を続けようとした白野。その口に―――キャスターは軽く人差し指を当てた。

 

「皆まで言わなくて良いです、ご主人様」

 

 先程までのハイテンションが嘘の様に、キャスターは清楚に微笑む。

 

「たとえご主人様から忘れられても、私は貴方のサーヴァント。貴方の魂に恋い焦がれ、貴方に全てを捧げると誓った事には変わりません」

「キャス、ター・・・・・・・・・」

 

 その姿に、白野はしばし見とれ―――

 

「「「「シャアアアアアアアアアァァァァァッ!!」」」」

 

 痺れを切らした様に、参加者達―――プレイグが絶叫する。

 耀を先頭に、亜人の群れが地響きを響かせながら、白野達へと走り出した。

 

「キャスター、頼む!」

「お任せ下さい、私のご主人様(マイマスター)!!」

 

 キャスターが力強く頷くのを確認して、白野はアゾット剣を地面に突き立てた。

 白野自身の唯一の武器―――コード・キャストは、箱庭に来てから変質している。

 かつては礼装を通してでしか出来ない術を空手で行える様になり、道具や地面への呪術付与(エンチャント)も出来る様になっていた。

 そして今、アゾット剣を触媒にし、

 

「コード―――」

 

 新たなコード・キャストとして、発動させる!

 

「guard_shield、実行!!」

 

 アゾット剣を中心に、光り輝く半透明な壁が白野とキャスター、そして“真実の伝承”を包む。

 アゾット剣の物理・霊的加護の恩恵を基に作られた術は、生半可な攻撃を通しはしない。

 白野は前を見据えて、迫り来る参加者達を待ち受けた。

 

 

 

 耀に憑りついたプレイグは、“生命の目録(ゲノム・ツリー)”で四足獣の恩恵を宿しながら白野達へと駆ける。

 

 新しい敵が現れたが、所詮は一人。そして奴も自分と同じ(・・・・・)サーヴァント。マスターを狙えば、簡単に無力化できる。

 

 退化した思考でなく、戦闘本能でプレイグは直感した。

 

 相手は守りに入った様だが、無駄な足掻きだ。この身体は今まで取り憑いた中でもダントツで優れている上に、付属品として便利な恩恵(ギフト)まで付いている。あんな薄膜など、恩恵で重量級の獣の腕力や体重を再現して叩き割ってしまえば―――

 

 そこまで思考していたプレイグに、真紅の閃光が迫る。

 猫の柔軟さと猿の身のこなしを身体に宿し、プレイグは後ろへと飛び退いた。

 

「先程まで、ヨウの身体を慮って加減をしていたが―――」

 

 セイバーは剣を振るいながら、プレイグへと迫る。

 その速度は、先ほどと比べ物にならないくらい速い。

 

「我が奏者が覚悟を決めた以上、余はそなたを全力で止めよう! 来るが良い、ヨウ………否、病のサーヴァントよ!」

 

 その瞬間、セイバーの魔力が上昇する。あまりの覇気に、プレイグは警戒心を強める。

 一度距離を取るべきだ、と判断してグリフォンの恩恵で空へと飛び上がる。

 

「ッ!?」

 

 だがプレイグは目を瞠った。なんとセイバーが宙を駆けて、自分を追ってくるではないか!

 

「ハァッ!!」

 

 下段から振られる剣をプレイグは甲殻類の動物達の頑丈さを重ね合わせてガードする。

 だが受け止め切れず、弾かれた様に長屋の屋根へ吹き飛ばされた。

 

「空を駆けるのがそなたの専売特許と思ったか? 我が皇帝特権に、不可能は無いと知れっ!!」

 

 慌てて体勢を立て直すプレイグに駆け寄りながら、セイバーは更に剣を振るう。

 たった一分。白野が指定した短い時間を守り抜く為、セイバーは加減を捨てて耀に剛剣を振るった。

 

 

 

『―――ここは我が国、神の国』

 

 白野の後ろで、キャスターの詠唱が朗々と響く。

 コード:guard_shieldの障壁を前にした参加者達が、障壁を破ろうと手にした武器で、爪で攻撃し始める。

 

『水は潤い、実り豊かな中津国』

 

「ぐ、ッ………!」

 

 白野は苦悶の声を上げようとして、必死に呑み込んだ。参加者達の力が予想以上に強い。

 彼等は獣や亜龍の恩恵を宿す亜人だ。単純な腕力ならば人間を大きく上回る。加えて、今はプレイグによって限界以上の力が引き出されている為、その一撃は巨大な岩も容易く叩き割るだろう。それが数十人。もはや数の暴力という言葉で済ませていい戦力ではない。

 

『国がうつほに水注ぎ、高天(たかま)巡り、黄泉巡り、巡り巡りて水天日光』

 

 白野は奥歯を割れんほどに噛み締めながら魔力を更に回す。

 だが光の障壁は参加者達の度重なる攻撃で、ギシギシと嫌な音を立て始めていた。

 

『我が照らす、豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずほのくに)

 

「ッああああああッ!!」

 

 限界以上に回した魔力が、白野の身体に押し寄せた。さながら全身の血管に溶解した鉄を流した様な不快感と激痛が白野を襲う。

 激痛で視界がチカチカと点滅し、手は血管が破れたかの様に出血し始めて―――白野は更に魔力を回した。

 

(もう……少しだ! あと少しで、宝具が発動する! その程度の時間なら………このくらい、何てことも無いっ!!)

 

『………八尋の輪に輪をかけて、これぞ九重、天照らす!』

 

 その全てを意識の外に置き、キャスターはさらに詠唱する。

 無論、彼女には白野がボロボロになりながらも術を維持する姿が映っている。

 今すぐに白野の元へ駆け寄りたかった。今すぐに止めさせたかった。

 だが、それは出来ない。

 必ず守る、と自らのマスターは言った。そして、目の前の白野は傷つきながらもただ前を見据えている。自分の事を信じて、目の前の事だけに集中している。

 

(ご主人様に応えなくて、何がサーヴァント・・・・・・・・・なーにが良妻狐か!!)

 

 キャスターが手にした八咫鏡が一際強く輝き出す。その光は、夜明けを告げる朝日の様に燦燦と黄金色の輝きでハーメルンの街を照らした。

 この宝具こそ、神の座を捨てて英霊となったキャスターが持つ唯一の神宝。

 天照大神の神体であり、物部の十種神宝(とくさのかんだから)の原型となった玉藻静石(たまもしずいし)の力を一次的に解放した神宝宇迦之鏡(しんぽううかのかがみ)

 其の銘は――――――

 

水天日光(すいてんにっこう)………天照八野鎮石(あまてらすやのしずいし)!』

 

 キャスターが真名を告げると同時に、八咫鏡は一層に輝く。

 その輝きは、地上に降りた太陽を思わせた。

 やがて、八咫鏡から巨大な光球が飛び出し、空高く舞い上がっていった。

 偽りのハーメルンの街を覆う曇天すら跳ね除け、光球はハーメルンの街を一望できる高さまで昇り―――その瞬間、ハーメルンの街は温かな光に照らされた。

 

 

 

「これは………太陽の光?」

 

 白野は茫然と、空を見上げる。先程まで重苦しく街を包んでいた雲は退けられ、空からは燦燦と陽光が降り注いでいた。

 万象一切を焼き尽くす様な激しい太陽の熱ではなく、生命の芽吹きを祝う春の様な穏やかな恵み。

 その輝きに目がくらみ、目を覆う為に手をかざし―――そして気付いた。

 

「傷が………治っていく?」

 

 手から流れていた血が止まり、傷が消えていく。手だけではない、体中の傷が時間を巻き戻す様に完治していき、疲労も嘘の様に消えていった。

 だが変化はそれだけに留まらない。

 

「「「グ、ギ、ギシャアアアアアアアァァァァァァァアアアアアッ!!」」」

 

 突如、苦悶の声を上げだした参加者達を白野は驚いて視線を向ける。

 見れば参加者達の傷も癒され、さらには体中に浮かんだ痘痕も消えていく。

 だというのに、こうして苦しがっているのはどういうわけか?

 

「私の宝具は、本来なら死者すら蘇らせることのできる神宝中の神宝なんですけど」

 

 トンッと軽く八咫鏡を叩きながら、キャスターは白野に説明しだした。

 

「今の私じゃ、魂と生命力を活性化させるのが精一杯。結界の中に入った任意の相手の傷を癒したり、魔力を無限に供給するくらいしか出来ません」

 

 いっそ派手にビームとか出せれば良いのに、とキャスターは良く分からない独り言を呟く。

 参加者達は健康体になりながらも、何故か苦しみながら体をくの字に曲げる。

 

「今回、特・別・に! 貴方達の身体も活性化させてあげますけど―――」

 

 そう言って、白野の横に並び立つキャスターは―――ニヤリ、と嗤った。

 

「健康体になった相手に、憑りついていられるんですかねえ? 疫病神(・・・)さん?」

 

 ゴバッ! と参加者達の身体から黒い羽虫達が飛び出す。キャスターの宝具で活性化された肉体に、憑依状態を維持できなくなったプレイグは次々と逃げ出していく。

 それは、耀も例外ではない。

 

「おっと」

 

 セイバーは崩れ落ちた耀の身体を支えながら、地面へと降り立つ。

 プレイグから解放された耀は痘痕も傷もすっかりと癒えて、静かに寝息を立てて眠っていた。その様子に、セイバーはホッと胸を撫で下ろしながら耀を静かに地面へと下ろす。

 

「ハン! たかが疫病神の分際で、私のご主人様に楯突こうなんて身の程知らずなんですよ~だ! 所詮はモブキャラ、いえ素人のオリキャラ! 私の前に立つには百年早、」

「いや、待て………まだ終わっていない!」

 

 白野がキャスターに注意を促す様に空を指差す。

 そこには街中から大勢の羽虫が集まり、一つの塊と化していた。

 羽虫達はお互いに折り重なる様に群れて、形を成していく。

 そして―――!

 

怨怨怨怨怨(オオオオオ)ンンンンンンッ!!』

 

 地の底から響く様な呻き声を上げながら、巨大な人影と化す!

 今や見上げる程の巨体となった人影は、怨嗟の声と共に立ち上がった。

 これこそが、プレイグと名付けられたサーヴァントの本性。

 何世紀にも渡り、人々の命を吸い上げてきた天然痘。その概念を宿した、奇形のサーヴァントの真の形―――!

 

『シ、ネエエエエエエエエエエエエエエエッ!!』

 

 怨嗟と殺意と共に、プレイグは拳を振り上げる。

 標的はもちろん、さんざん自分の邪魔をしたあの男―――!

 

「くっ………!」

「ご主人様、御下がり下さい!!」

 

 キャスターが白野の前へと飛び出す。

 回避は―――出来ない、周りには倒れ伏した参加者達が転がっている。

 彼等を放って白野だけ連れて避けるなど、自分のマスターは望まない。

 ならば、とキャスターは八咫鏡を盾の様に構える。

 呪層・黒天洞。

 相手の魔力を吸収し、防御力を高めるこの呪術ならば、強大な攻撃でも一撃くらいは耐えられる。

 キャスターは迫りくる攻撃に備える為に奥歯を噛み締め―――

 

 

「――――――止まりなさい(・・・・・・)有象無象(・・・・)!」

 

 突如、凛とした声が戦場に響く。

 それだけで、プレイグが油の切れたブリキ人形の様に動きがぎこちなくなった。

 

「飛鳥!? 無事だったのか!!」

 

 白野が声の主へと振り向いた。

 そこには魔王達によって拉致された筈の久遠飛鳥が、紅い鋼の巨人を引き連れて毅然と立っていた。

 

「ええ。本物の“ラッテンフェンガー”が匿ってくれたお陰よ。それに………」

 

 飛鳥はチラリと地面に横たわった耀を見る。

 傷こそ完治したものの、着ている服は血で汚れ、身体は泥だらけだ。

 その姿を視界に収めた後、ぎこちなく動くプレイグへと視線を向けた。

 その瞳に宿るのは、絶対零度にまで冷え込んだ怒り。

 

「私の友達をここまで傷付けてくれたんですもの。貴方にはキッチリと落とし前をつけてもらうわ」

 

 その瞬間、プレイグは敗北を悟った。

 

 マズイ! 数の劣勢もさることながら、自分はこの少女の恩恵(ギフト)に打ち勝つ手段が無い! この場での挽回は不可能だ! 一刻も早く、逃げなくては!

 

 だがプレイグの思いとは裏腹に、飛鳥の“威光”を受けた身体はゆっくりとしか動かない。

 そして、白野達がその隙を見逃すはずなど無い。

 

「コード・gain_mgi()、実行!」

「キタキター! ご主人様の寵愛(ブースト)を受けて、タマモちゃんパワー全開!」

 

 ハッ、とプレイグは白野達を見る。

 そこにはキャスターが無数の呪符を浮かび上がらせ、自分へと狙いを定めていた。

 

 

「幕引きは譲ろう。決めるがいい、キャスター!」

「言われなくても!」

 

 セイバーの声援を受けて、キャスターは魔力を最大限に回す。

 無数の呪符に炎が灯り、やがてその全てが灼熱をうたう業火と化す。

 

「護摩の焚火と参りましょう―――炎天よ、奔れ!!」

 

 キャスターの号令と共に、全ての呪符がプレイグへと殺到する。

 “威光”の為に動けず、プレイグは為す術無く業火に包まれた。

 

『GEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 炎の中から聞く者が不快になるような耳障りな絶叫が響く。

 炎はプレイグを逃がさぬ様に回転し、業火の竜巻と化す。

 竜巻の中で自身を構成する羽虫を焼かれながらも、のた打ち回るプレイグ。

 その有様は、人間が文献でしか見聞きした事の無い焦熱地獄を思わせた。

 

『GEYAAAAAAAAアアアアアア、アツイ、アツイ!』

 

 突如、炎の中から子供の悲鳴が聞こえた。

 白野達が驚いて目を凝らすと、そこには羽虫の総身を焼かれてのた打ち回るプレイグと―――その中心で、同じ様にのた打ち回る子供の人影が見えた。

 

『アツイ、アツイ、アツイヨ! タスケテ! タスケテ! タスケテッ!』

「キャスター!!」

「耳を貸してはなりません」

 

 キャスターは炎を維持しながら、白野に釘を刺す。

 

「あれは恐らく、あのサーヴァントの核となったもの。霊格が消滅しかかっている今、元の姿が剥き出しとなったのでしょう」

「それなら!」

「でも―――あの子供が、多くの人間に危害を加えた事に変わりはありません」

 

 キャスターの指摘に、白野は押し黙る。

 そう。たとえ元が子供であり、そこに至る経緯があったしても―――このサーヴァントが大祭の観客を殺し、耀や参加者達に苦痛を強いていた事は事実だ。

 どの道、ギフトゲームのクリアの為には倒すしかない。白野は自分にそう言い聞かせて―――手の皮が破けるくらいにきつく拳を握った。

 そうしている内に、子供の人影は段々と炎に呑まれて見えなくなっていく。

 

『クルシイ、クルシイ! タスケテ、タスケテ! ドオシテ!? ドオシテボクガコンナメニアウノ!? ボクハナニモ悪イ事ナンテシテナイ! ナノニ御前達ハボクヲコロシタ! ボクヲ悪魔ダトキメツケタ! ダカラ復讐シテヤッタ! 御前達ガボクヲ悪魔ダトイッタカラ、本物ノ悪魔二ナッテヤッタ!! ソウダ、コレハボクノ正当ナ権利ダ! ダカラボクハ悪クナイ!!』

 

 プレイグ―――子供の人影が言っている事は支離滅裂で、身勝手な内容だった。

 命を奪われたから、生けるもの全てに血の報復を。

 加害者と断罪されたから、自ら加害者となって全てを奪う。

 やられたからやり返すという子供らしい、単純な復讐心。

 だが―――白野はそれを、悪だと断ずる気になれなかった。

 

『ソウダ、復讐ダ! 見捨テタ奴モソウデナイ奴モ! ミンナ、ミンナマトメテ殺ス! ソレコソガボクノ存在意義ダ! ソウシテ全部コロスンダ! マスターノ為二モ、全テノ人間ヲコロス! ダカラマダ―――ア、ア、アアアイヤダイヤダイヤダ! ボクガキエル! ボクガ焼ケ死ンデイク! ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ!! 人間二治療サレルノハイイ、殺サレルノモイイ! デモ焼ケ死ヌノダケハイヤダ! イヤナンデス! ヤダ、タスケテ、タスケテ、シニタクナイ、タスケテエエェェッ!!』

 

 そうして一際甲高い断末魔を残し、子供の人影は見えなくなった。

 炎の竜巻は勢いを弱めて、やがて消失した。

 そこには羽虫の群れも子供の人影も無く、地面に焼け焦げた跡だけがプレイグのいた痕跡だった。

 

「たとえ人々から迫害されて死んだとしても、貴方は人を恨まずに成仏する道があった筈です」

 

 キャスターは静かに言い放つ。

 

「その機会を捨てて、人を喰らう魔と成り果てたのは貴方自身の責任ですよ。どこかの誰かさん」

 




コード:guard_shield

岸波白野のオリジナルコード・キャスト。アゾット剣に付与された加護の恩恵を拡張・展開して障壁を作り上げる。障壁の強度は白野の込めた魔力量によるが、最大限に展開してもサーヴァントの攻撃を耐えるのは難しい。


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幕間「プレイグ②」

 人間じゃない相手の感情表現って難しいの………。もうしばらく、半オリキャラにお付き合い下さい。次の話の為に、書かないといけないと思ったので。


 少し、時を遡る。

 

「よう。こんな所にいたのか」

 

 どことも知れぬ闇の中。羽虫が集まって出来た人影に、ヴェーザーは声をかけた。

 普通の人間ならば、羽虫の群れであるソレに嫌悪感を示して近付こうとしないだろう。しかしヴェーザーはそんな事を気にせず、隣にドカリと腰を下ろした。

 

「しかしまあ、新しいマスターも変わってるな。前のマスターのコミュニティにも色々な奴がいたが、お前さんみたいな変わり種を仲間にしたのは初めてだぜ」

 

 気さくに声をかけるヴェーザーに、ソレは特に反応を返す事もなく佇む。

 元よりソレには獣並みの知能しかないので言われた事も半分以上は理解できてない。

 ヴェーザーもその事を承知しているので、独り言の様にソレに話しかけているだけだ。

 

「ホント………面白い奴等が多かったぜ、“グリムグリモワール”は。毎晩の様に白雪や灰かぶりがドンチャン騒ぎして、マスターもそれを煽りやがる。ああ、あの男ほどユーモアセンスのある魔王は二人といなかっただろうな」

 

 遠い目をして、以前のコミュニティを語るヴェーザー。その眼に映るのは過ぎ去った過去への憧憬だろうか。

 もっとも、ソレにとっては関係ない事なのでどうでも良いが。

 

「ま、今のマスターに不満があるわけじゃないがな。“グリムグリモワール”の名を担ぐなんざ、あいつぐらいだろうしな。故に最後まで忠は尽くす。そこに変わりはねえ」

 

 そこだけは同意する、と言わんばかりにソレは羽虫の群れをざわつかせた。

 その反応に満足したのか、ヴェーザーは腰を上げようとして―――思い出した様にソレに向き直った。

 

「そうだ。聞いておきたいんだが、お前さんは箱庭に来てそんなに経ってないだろ」

 

 突然の質問だったが、ソレは肯定すると様に羽虫の群れを上下に動かした。

 

「だったら言っておきたいんだが、俺達は魔王として箱庭の秩序に歯向かう。故に―――」

 

 いつか必ず滅ぶ。

 

 絶対の預言の様に語るヴェーザーに、ソレは騒いでいた羽虫の群れの動きを止める。

 傾聴する姿勢を感じ取ったのか、ヴェーザーはソレに真剣に語った。

 

「よく言うだろ? 魔物は人を喰らい、最期は英雄に討たれるってな。箱庭においてもそれは変わらねえ。秩序から外れた無法者として振る舞うが故に、いつかは秩序を正す存在に粛清される。そこら辺、お前さんも覚えがあるんじゃないか?」

 

 ヴェーザーに指摘され、ソレは怒りに羽虫の群れを震わせた。

 そうだ。忘れもしない。ソレが外の世界で、猛威を振るった時代。

 牛に罹った病―――牛痘を人間が摂取することで、人間はソレへの対抗手段を確立させた。

 理解不能な天罰から治療可能な病気へと転落した事で、ソレは神格を失い、ついには餌でしかなかった人間に滅ぼされたのだ。

 なんと屈辱的な事か。神とまで呼ばれた自分が人間に滅ぼされるなど。

 なんと無念な事か。自分は人間を殺し尽くさなければならないというのに、それが叶わなくなったなど。

 そして―――なんと羨ましい。

 人間はソレによって命を落とす事は殆ど無くなり、昔の様に怖れなくなった。

 もっと早く、自分が死ぬ前までに治療法が確立していればソレは無惨な最期を迎えずに済んだはずだ。

 だから妬ましい。ソレをろくに調べずに神罰だと言った人間も、ソレの対抗手段を得た人間も、ソレの脅威を知らずに生を謳歌する人間が妬ましい。

 自分は救われなかったのに、救われた他の奴らが羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて恨やましくて恨やましくて恨やましくて恨やましくて恨やましくて恨やましくて恨やましくて恨やましくて恨やましくて恨やましくて恨やましくて恨やましくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて恨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨めしくて怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨

 

「おい、落ち着け。形、崩れてるぞ」

 

 憤怒と怨嗟で人影すら放棄しかけたソレをヴェーザーが諫める。

 怒りで我を忘れかけたソレは、何とか激情を収めて元の人型に戻った。

 

「お前さんにとっちゃ、気に入らないかもしれないがな。こいつは世の摂理ってやつだ。言っておくが、魔王に限らねえぞ? どんな物にだって、終りは来る。違うのは、それが当事者にとってどんな終わり方か、って話だけだ」

 

 ソレを諭す様に、ヴェーザーは静かに語る。

 

「“どんな物語にでも完結(ジ・エンド)はある。ならば誰もが驚き、心に残る様に残る様な最期を飾ってやろう!”。ま、前のマスターの受け売りだがね。頭が痛くなる様な御仁だったが、言ってる事はほとんど正論だったな。俺達のコミュニティもいつかは終わる。だが―――」

 

 ヴェーザーは真剣な顔になると、ソレへと向き直った。

 

「その瞬間まで、お前は“グリムグリモワール・ハーメルン”の一員だ。“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”の配下であり、俺達の同士だ」

 

 一瞬、ソレは何を言われたのか理解できなかった。

 かつて、誰に看取られる事もなく疎まれて排斥された。ソレにとって人との繋がりなど、喰らうか否かのものでしかなかった。

 しかし今、ソレはこの身になって初めて人との絆を得られた。その事だけは、ソレの拙い知能でも理解できた。

 

「だから俺達は、最期の瞬間までマスターに付き従う。それが“グリムグリモワール・ハーメルン”の掟だ」

『………最、期、マデ、マス、ター、ニ、従、ウ?』

 

 羽虫のざわめきを無理やり言葉とした様な、耳障りな声がソレから発せられた。

 返事が返って来た事に少し驚きながら、ヴェーザーはソレに念を押す。

 ソレの姿形に目を瞑るなら、まるで兄が幼い弟に物を教える様な光景だった。

 

「ああ。最期の………命が燃え尽きる、その瞬間までマスターの事を第一にして動けよ」

「最、期、マデ、マス、ター、第、一」

「それだけ理解できれば、あとは十分だ。マスターの気が済んだら、お前の復讐にも手を貸してやるさ」

 

 噛み締める様に呟くソレに、ヴェーザーは満足げに頷くとその場を後にしようとした。

 そして、思い出した様に振り返る。

 

「そうだ。いつまでも名無しじゃ都合が悪いだろ。お前の名前、マスターが決めてたぞ」

『………?』

 

 ソレは首を傾げる様に羽虫の人影を動かした。そもそ名前など、この姿になってから付けられた覚えがない。

 生前にあったはずの名前も、ソレは既に忘却していた。

 

「“ハーメルンの神隠し”、140人が消えた可能性の一つ。マスターが司る黒死病とは別の方法………疫病(プレイグ)だ」

『プ、レ、イ、グ………?』

「流石に天然痘じゃ、お前の正体そのものだからな。今日からお前は、疫病の悪魔だ。よろしくな、プレイグ」

 

 それだけ言い残し、ヴェーザーは何処かへと去って行った。

 一人残されたソレは、反芻する様に今しがた言われた事を呟く。

 

『プレ、イグ………ボク、ハ、プレ、イグ………マス、ター、ハ、イツモ、第一、ニ、スル』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『最、期ノ………時、マデ………………』



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第14話「魔王決戦前」

書いては消し、書いては消しの繰り返し。
辛うじて納得のいく出来にはしたつもり。
そんな14話。


 ハーメルンの街から少し離れた丘で、二人の決着はついた。

 辺り一面は爆心地の様に焦土と化し、二人以外に原形を留めているものなど存在していない。

 それだけでも、この二人がいかに強大な力でぶつかり合ったかを物語るには十分だ。

 その内の一人―――ヴェーザーは、自身の武器である魔笛を見上げながら静かに呟く。

 

「………おい坊主」

「なんだ?」

「お前、本当に人間か?」

 

 この場にいるもう一人の人間―――十六夜は肩をすくめながら苦笑した。

 

「あいにくと立派なヒト科ヒト属ホモサピエンスだぜ。血統書を提出してやろうか?」

「ハ、冗談じゃねえ。お前みたいな人間がホイホイいてたまるか」

「いや案外いるもんだぜ? 例えば、ボコボコにされても気力だけで立ち上がってくる奴とか」

「どこのゾンビだよ、それ」

「うちのゾンビ(岸波)だよ、それ」

「ああ、そうかい。やっぱりお前ら人間じゃねえ」

 

 ヤハハと快活に笑う十六夜に対して、ヴェーザーは溜息をつきながら頭を振る。一見して和やかさを感じる空気は、この二人が先程まで全力で殺し合っていたという事実も嘘の様に思えた。

 不意に、乾いた音が響いた。

 音の発信源はヴェーザーの魔笛からだ。鈍器の様に巨大な魔笛は、至る所から罅が生じ始めていた。

 そして―――魔笛と運命を共にする様に、ヴェーザーの身体が解れる様に光の粒子となっていく。

 

「あー、クソ。俺の負けか。そりゃ、お前の一撃を真正面から受ければこうなるか」

「………消えるのか?」

「まあな。召喚の触媒を砕かれたら、存在を維持出来ないしな」

 

 軽口を叩きながら、ヴェーザーは先程の決着を思い返す。

 “黒死班の魔王(ブラック・パーチャー)”から与えられた神格で、ヴェーザーはその力を地災神の域まで高められた。だが、それでも十六夜を圧倒するとまではいかずに互角の戦いを強いられたのだ。

 タイムアップを狙う魔王側からすれば、千日手の様な状況は望む所だ。このまま戦い続ければ、それだけでヴェーザーの勝利と言える状況だった。

 

『ここぞという一撃を出すときのお前の目。“この一撃さえ当てれば勝てる!”と思ってるのが―――ああ、気に食わない!』

 

 しかし、それを良しとしない十六夜はヴェーザーを挑発した。

 お前の全力を打ち込んでみろ。お前の勝算が見込み違いだと思い知らせてやる、と。

 

『なあ、ヴェーザー。俺はな。そんなお前の驕りを砕きたい(・・・・・・・・・・・・・)

『―――ハ、OK。死ねクソガキ』

 

 かくして。互いに全力で二人は打ち合い―――ヴェーザーは、十六夜に敗北したのだ。

 

「下らねえ挑発に乗るんじゃなかったな」

「つれねえ事を言うなよ。全力で打ち合える相手なんて久々で、楽しかったぜ」

 

 ホレ、と十六夜が差し出した右腕は酷い重傷を負っていた。

 手の骨が砕け、内側から爆発した様に筋肉が皮膚を突き破っていた。

 この場に医者がいれば、二度と手は使い物にならないと告げるだろう。

 だが―――

 

「チッ、やっぱり治りやがる。」

 

 それはこの場―――水天日光天照八野鎮石の効果範囲内であれば話は別だ。

 キャスターの宝具は、合戦の様な集団戦で絶大な効果を示す対軍宝具。

 味方である十六夜の生命力も活性化され、今の十六夜は傷も疲労も即座に癒されていた。

 そんな絶対的なアドバンテージを―――十六夜は面白くないと顔を顰めた。

 

「何処の誰か知らねえが、とんだヌルゲーにしやがって………」

「お前らの仲間の仕業だろ。まさかこんな隠し玉がいるとは思わなかったがな」

「知らねえよ。こんな事が出来る奴がいたら、白夜叉が封印される前に手を打ってたぜ」

「ガハハ、違いねえ」

 

 ヴェーザーは消え逝く体でひとしきり笑い、空を見上げる。

 ペストの力を最大限に高めるために用意された曇天のハーメルンの街。そこには今や、太陽の光が燦々と輝いていた。

 敗北したのは悔しいし、雇い主である“黒死班の魔王(ブラック・パーチャー)”や他の同士達に申し訳ないが………こんなに暖かい日光の下で死ねるなら、それも悪くない。

 やがてヴェーザーの魔笛に生じた罅が全体に生じ始め、それに伴ってヴェーザーの体もガラス細工の様に罅割れ始めていた。

 

「まあ、この結界がなくても結果は変わらなかっただろうよ。手前は本当に強え。それはこの俺が―――“真実のハーメルンの笛吹”が保証してやるよ」

「ありがとうよ。じゃあな、ヴェーザー。次があったら、俺自身の手だけで打倒してやるよ」

「ハ、お前みたいなデタラメ人間は二度とゴメンだ」

 

 言い終えると同時に、ヴェーザーの魔笛が音を立てて崩壊した。そして、ヴェーザー自身も魔笛と同じように砕け散る。

 光の粒子となって消えたヴェーザーを見届けた後、十六夜は大きく跳躍してその場を後にした。

 

 ――――――終焉は、近い。

 

 ※ 

 

 勝負はついた。

 影のサーヴァント―――プレイグは跡形も無く燃え尽き、地面には焼け焦げた灰だけが残された。

 不意に、強い風が吹く。風はプレイグの残骸である灰を容赦なく吹き飛ばし、何処かへと散らせていった。

 春日部耀や他の参加者達を操り、白野達を苦しめた魔王の手下はもういない。これにて、一件落着と言えるだろう。

 

「………………」

 

 しかし白野は浮かない表情だった。彼の耳には、燃え尽きる瞬間のプレイグの断末魔がリフレインしていた。

 全人類への復讐。

 その願いに、白野は賛同も共感もできない。プレイグの願いが叶えられれば、かつて黒死病で全人口の三割が犠牲になった様に、外の世界でも大量の病死者を出した事だろう。

 それでも―――プレイグは自らの願いの為、そしてマスターである“黒死班の魔王(ブラック・パーチャー)”の為に命を懸けて戦った。方法が余人から見て邪悪であっても、そこに譲れない程の決意があった事には変わらない。

 その果てが無惨な死というのは、少し憐れではないだろうか。

 

「はい、賢者タイムはそこまでです!」

 

 白野の陰鬱な空気を払拭させる様に、キャスターはパンパンッと手を叩く。

 

「下手に考えるなら休め、狐耳の女房は労れと偉い人は言いました! この手の問題は深く考えても良い事はありません! というわけで、撫で撫でプリーズ♪ ご主人様♡」

 

 

 耳をピコピコと動かしながらすり寄るキャスターに苦笑しながら、白野はキャスターの狐耳を優しく撫でた。

 ふんわりとした体毛の感触が白野の手に伝わり、疲れた心が癒される。

 気持ちが良いのか、目を細めながら狐耳を寝かせるキャスター。狐の一尾もパタパタと振られ、傍目から見ても嬉しい事が良く分かった。

 

「んん~~~~~、ご主人様の手………大きくて暖かくて、素敵です~」

「ンン、ゴホンゴホン!!」

 

 わざとらしいくらいに大きな咳払いが聞こえ、白野は後ろを振り向いた。

 そこには昏睡状態の耀を抱えたセイバーが、半眼で睨んでいた。

 

「奏者よ。余というサーヴァントが………最・優・の! サーヴァントがいながら、ずいぶんとそのサーヴァントと親しくしているな」

「ええ、何て言っても私はご主人様の正妻ですから」

「ん? 余の耳が遠くなったのか? 何やら面白くもない戯言が聞こえた気がするが」

「いえいえ。気のせいでは無いので、是非とも! これを機に引退して下さいまし♪ 率直に言うと私一人で十分だから帰れ、脳筋」

「の、脳筋!? いま余の事を脳筋呼ばわりしたか!?」

「ええ、言いましたが何か?」

 

 顔を真っ赤にしてプルプルと震えるセイバーに、キャスターは挑発的な笑みを浮かべる。

 バチバチと火花を散らす二人を尻目に、飛鳥は白野に近づいて話しかける。

 

「岸波くん、この狐耳の人はどなた? 貴方の知り合い?」

「えっと、多分………」

「おっと、申し遅れました」

 

 セイバーとの睨み合いから一転して、愛想笑いを浮かべるキャスター。

 

「初めまして、皆々様。魔術師の英霊………あれ? 英霊? ま、いっか適当で。サーヴァント、キャスターでございます。以後お見知りおきを」

 

 そう言って一礼するキャスターに飛鳥は感嘆の溜息を漏らす。

 名家の娘として厳しい教育を受けてきた飛鳥から見ても、立ち振る舞いに欠点が見当たらない。付け焼刃では身に付かない気品をキャスターは完璧に身につけていた。

 セイバーが見るもの全てが目を見張る大輪の薔薇だとすると、キャスターは山野に静かに咲き誇る桔梗の花。

 出で立ちこそノースリーブの着物という奇妙な物だが、キチンと正装をすれば宮廷の貴婦人と言われても通用するのではないか。

 

「そして………ご主人様とは将来を誓い合った仲です♪」

 

 ビシッ!! と場の空気が音を立てて軋みを上げる。

 道の端に耀を下したセイバーが青筋を浮かべながらキャスターに剣を突き付けた。

 

「ほ、ほほ~う。魔術師というのは冗談が苦手らしいな。貴様、余の………余! の! 奏者の何だと申したか?」

「おや? こんな至近距離なのに聞こえなかったんですかあ? これだから脳筋英霊は………」

「脳筋? 余を脳筋と申したか?」

 

 あ、これはキレてる。その事を素早く理解した白野は、二人からこっそりと距離を取る。

 

「貴様………余がローマ帝国第五代皇帝と知っての非礼であろうな?」

「はあ? 知るわけないでしょう。ローマ帝国? 何それ美味しいの? Yの字ポーズなの?」

「いいだろう………ならば、物理的に余の偉大さを刻み込んでやろう! 覚悟するがいい、淫乱狐!!」

「誰が淫乱だ、ゴルァァァァッ!! そっちこそスキルでスタンさせまくって差し上げましょう!」

 

 先程までの清楚さを放り捨て、呪符を構えるキャスター。

 バチバチと火花をあげる二人に、白野が慌てて止めに入る。

 

「ふ、二人ともストップ! 今は喧嘩してる場合じゃないって!!」

「ひどいわ岸波くん! 私とは遊びだったのね、クスン」

「はい、そこ! 棒読みで事態をかき混ぜない!」

「な!? そなた、いつの間にアスカに手を出したのだ!? おのれ、先を越されたか!」

「ご主人様ー♪ 鍛え上げた一撃、一発かましていいですか?」

「そして君たちも鵜呑みにしない! ていうかいい加減、話を進めさせてくれっ!」

 

 ゼイゼイと息を荒げる岸波白野(ツッコミ担当)

 いったん深呼吸をして心を落ち着かせると、まずはセイバーに向き直る。

 

「セイバー、君はここで耀達と“真実の伝承”の防備にあたって欲しい。出来るよな?」

「任せておけ、ヨウもステンドグラスも余が守り抜こう」

 

 鷹揚に頷くセイバーを見て、白野は手元にコード:view_map()を起動させる。

 偽りのハーメルンの街を示したマップの中では、敵対勢力を示すマーカーは殆どなくなっていた。

 

「残る相手は二人。ここから遠くない位置に、一人いるな。一緒にいる相手は………レティシア? ということは、相手はラッテンか?」

「それなら私が行くわ。彼女(ラッテン)には借りがあるもの。」

 

 飛鳥が毅然と宣言した。その背後には紅い鋼の巨人―――ディーンの姿があった。

 

「一人で大丈夫なのか?」

「一人ではないわ。本当の(・・・)ハーメルンの笛吹達がくれたディーンも一緒よ」

 

 自信に満ち溢れた表情の飛鳥を見て、白野は短く頷いた。

 詳しい事情は分からないが、この巨人は飛鳥の新しい恩恵(ギフト)なのだろう。

 一見しただけでも相当の力強さと魔力を秘めている事が分かる。

 

(飛鳥は言葉で恩恵(ギフト)の強化が出来たはず。この巨人がいれば、飛鳥の戦術の幅は大きく広がるな。何より、本人がやる気になってる。それならラッテンは飛鳥に任せた方がいいな。となると俺は―――)

 

 素早く頭を回転させて、今後の方針を決める。やがて白野は真剣な表情でキャスターに向き直る。

 

「キャスターは―――」

「そやつは奏者と共に魔王の元へ向かうのが良かろう」

 

 白野が言わんとした事をセイバーが先に告げた。

 

「奏者を任せるのは、非常に………ひっじょ~~~~~に、面白くないが! そやつは此度の魔王の天敵であろう」

 

 セイバーの指摘に白野は頷く。

 “黒死班の魔王(ブラック・パーチャー)”ことペストは、14世紀半ばから19世紀半ばにかけて続いた太陽の氷河期と共に流行した病気だ。太陽の氷河期―――つまり、太陽の力が弱まった年代を再現する事で、太陽神である白夜叉を封印出来たのだ。太陽の恩恵を司る者にとっては、致命的な相手と言えるだろう。

 だが、そのペストにも弱点はある。ペストは奇しくも太陽の氷河期が終わる19世紀を境に、ほとんどの国で根絶されている。一説では太陽の氷河期がペストの流行の原因と言われている。つまり―――ペストもまた、太陽の力を弱点としているのだ。

 そして、ここに太陽の恩恵を持ちながらも封印されない例外―――キャスターがいる。彼女が封印されない理由は、太陽の恩恵を宿すのはあくまでも宝具であってキャスター自身では無いからだろう。

 いま、その宝具の力で疑似的な太陽がハーメルンの街の上空に浮かんでいる。ペストを打倒するならば、この好機を逃すわけにいかない。

 

「そやつとは会ったばかりだが、今までの様子からしてそなたに危害を加える事はあるまい。ゲームを一刻も早く終わらせる為にも、キャス狐を連れていくべきであろう」

「ちょい待ち。キャス狐とは、もしかして私の事ですか?」

「キャスター・クラスの狐だからキャス狐。そなたにぴったりであろう」

「しっくりくるのが嫌なんですけど………」

 

 苦々しい顔でセイバーに答えた後、キャスターは白野へと向き直った。

 

「いまだ状況は読み込めていませんが、ご主人様が私を必要となさるのであれば、このキャスター。地の果てまでお供しましょう」

「ありがとう、キャスター。この戦いが終わったら、必ず君のことを思い出して―――ムガッ!?」

「ストッ~プ!! なんかフラグっぽいので言ってはダメです! もう何も怖くない的な!」

「ええい、同行を許可するとは言ったが必要以上にくっつくな! 淫乱駄狐!」

「誰が淫乱駄狐だ、ゴルァァァァッ!!」

 

 白野の口を手で塞ぎながら、再びワーワーギャーギャーと騒ぎ出すセイバーとキャスター。

 もはやシリアスのシの字も無い光景に飛鳥は、

 

「さて、私達はラッテンに借りを返しに行くとしましょうか」

「DeN」

 

 放っておくことにした。

 

 *

 

 ハーメルンの街に、一陣の風が吹く。

 風は砂埃の様な粒子と共に、白野達から離れる様に流れていった。

 もはやそよ風程度の風速であったが、風は途切れることなく流れる。

 風と共に砂埃が―――かつて、プレイグと呼ばれたモノの残骸が飛んでいく。

 意思を持つかの様に、流れていく風は―――ギチギチ、と耳障りな音を響かせた。

 

 

 




「キャスターと白野で、ペストの元へ向かう」

プロット時はこの一行だったのに、どうしてここまで長くなったのさ………。


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第15話「そして幕は落ちる」

 二次小説を書くのに必要なもの。
 原作への愛情と情熱、小説を書く時間とやる気。
 そして深夜のテンション。

 そんな15話。

 指摘を受け、一部文章を差し替え。(11/21)


「ハァ、ハァッ………!」

 

 ハーメルンの街の上空。ペストは肩で息をしながら、荒い呼吸を整える。

 身体は鉛の様に重く、呼吸する度に肺が軋む。

 

「ハアアァァァッ!!」

「やああぁぁぁっ!!」

 

 ペストの左右から黒ウサギとサンドラが襲い掛かる。

 左から“疑似神格(ヴァジュラ)金剛杵(レプリカ)”の放つ轟雷が。

 右から“龍角”から放出された紅蓮の炎が。

 触れれば跡形もなく焼き焦がす熱量をもってペストへと迫る。

 

「くっ、しつこい!!」

 

 だがペストが腕を一閃させると黒い旋風が生まれ、二つの奔流を打消し―――そのまま消失した。

 

「………っ!」

 

 ギリッと、ペストは奥歯を噛み締める。

 先程の旋風は自分の渾身の力を込めた一撃だ。本来なら轟雷と火炎をそのまま押し返し、黒ウサギ達に傷を負わせるくらいの威力があった。事実、先程まではそうやって黒ウサギ達を牽制していたのだ。

 そう―――街の上空に太陽が上がるまでは(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「忌々しい………太陽めっ!!」

 

 苛立ちに任せ、ペストは太陽の元へと飛ぶ。

 神霊であり、魔王であるペストには唐突に出現した太陽のカラクリが解けていた。

 あれは何らかの恩恵(ギフト)で作られた偽りの太陽。

 そんな恩恵(ギフト)を持つ相手を見逃していた事自体が痛恨のミスだが、所詮は偽り。

 張り子の虎の様に不確かな存在故に、破壊すればそれで終わり。

 そして神霊である自分に砕けぬ物ではないと見抜いていた。

 

「させませんっ!!」

 

 ペストの行く手を遮る様にサンドラの炎が火柱を上げる。当たれば霊核ごと焼き尽くされる炎に、ペストは舌打ちしながら後退してやり過ごす。そこへ更に黒ウサギが轟雷を迸らせて追撃をかける。ペストは黒い旋風を直接身に纏い、腕に纏った風をドリルの様に回転させながら轟雷を弾いた。

 今、空に浮かぶ太陽がペストを弱体化させている事は黒ウサギ達も理解していた。それ故に、黒ウサギ達は出現した太陽を守る様に立ち回り、ペストは黒ウサギ達を牽制しつつも太陽を破壊しようと立ち回る事で両者の戦力は完全に拮抗していた。

 

(どこの誰のお陰か知りませんが、これは紛れもない好機。後一手・・・・・・・・・魔王の動きを封じる、後一手があれば―――!)

 

 ペストに悟らない様に、黒ウサギは懐のギフトカードをギュッと握り締める。

 “擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)”。

 “月の兎”として黒ウサギが持つ必殺の神槍(ギフト)。この神槍に貫かれた者は、槍が供給する無限のエネルギーの前に敗北する。正に勝利を約束する恩恵(ギフト)だ。

 だが、強すぎる加護には代償がある。

 それは、この神槍を使えるのがゲーム中に一回限りだという事。外してしまえば、後が無いのだ。

 

(だから、完全に不意をつくか身動きが出来ない様にする必要があるのですが・・・・・・・・・)

 

 三者は建物の屋根に降り立つ。その時、黒ウサギはペストの顔を見た。

 その顔には疲労と焦燥感が色濃く出ているが、沸き上がる殺意は全く衰えていない。まるで手負いの獣だ。隙を見せれば、屍を晒すのは自分達になるだろう。

 せっかくの好機だというのに、迂闊に動けない今の状況に黒ウサギ達は歯噛みするしかない。

 その時だった。

 

「……っ!」

 

 何かに気付いたかの様に、ペストはその場から唐突に飛び退いた。

 一拍遅れる様に、ペストがいた場所に地面から巨大な氷柱がせり上がった。

 

「チッ、外したか。あの斑ロリ、上手く避けやがる」

「キャスター。それ、悪役のセリフ」

 

 声がした方向へ黒ウサギは振り向く。そこには八咫鏡を滞空させ、呪符を構える狐耳の女性がいた。その側には―――。

 

「白野様! どうしてここに!?」

「遅くなった。ステンドグラスの方はもう大丈夫だ。後は魔王を倒せばゲームクリアだよ」

 

 黒ウサギに短く受け答え、白野は静かにペストと向き合う。

 

「久しぶりだね、ペスト」

「………ええ、こうして会うのは九日ぶりかしら? ハクノ」

 

 まるで十年来の友人の様に、彼等は挨拶を交わす。

 白野様、魔王と面識あったんですかーー!? と、後ろで黒ウサギが騒いでいたが、白野は無視した。

 

「ラッテンから聞いたよ。君が魔王だったんだな」

「その割には驚いていないのね。御人好しな貴方なら、もう少し取り乱すと思ったけど?」

「白夜叉からラッテンフェンガーの話を聞いた時から、もしかしたらと疑っていたからな」

 

 ペストの軽口を返し、白野は真剣な顔になる。

 

「ペスト。君のコミュニティ、“グリムグリモワール・ハーメルン”は壊滅状態だ。残っているのは君とラッテンだけど、ラッテンは飛鳥が倒す」

「・・・・・・・・・その様ね」

 

 ペストは目を閉じて静かに答えた。マスターである彼女には、彼女の配下達が次々と消滅していく様子が分かっていたのだろう。

 

「残る君もこの結界で、力が半減している。この場で全員を倒すのは君には不可能だ」

「それで?」

「降伏して欲しい」

「・・・・・・・・・へえ?」

 

 突きつけられた降伏勧告に、ペストは寒気がする様な笑みを見せる。逆鱗に触れている事を理解しながらも、白野は言葉を連ねる。

 

「もう手詰まりだ。“サラマンドラ”も、他のコミュニティも君を許さない。君が死ぬまで、徹底的に追い詰める」

 

 事実、それは正しい。

 頼れる配下は既に亡く、キャスターの宝具で弱体化した今のペストは白野達にとって打破可能な障害でしかない。

 対して白野達はダメージを負ってもすぐに回復する。お互いの戦力は完全に逆転していた。

 キャスターの宝具でゲームに参加している者は、今頃健康体となっているだろう。

 しかし、それでペストが“サラマンドラ”達を壊滅させようとした事実が消えるわけでもない。そもそも数は少ないが、プレイグによって死者を出している。

 もはやペストが自分の首を差し出さなければ、“サラマンドラ”も犠牲者の遺族も収まらないだろう。

 

「いま降伏をしてくれれば、君の命が助かる様に白夜叉に頼む。約束する」

「・・・・・・・・・それは、貴方に何の得があるのかしら? 何? 私の肢体(からだ)が目当てとか?」

「そうなんですか!? いえ、ご主人様がそういう趣味とあらば、今すぐ呪術でロリロリボデーに!!」

「うん、空気読もうか」

 

 イイデスヨー、ドーセコンナ役回リデスカラーと、のの字を書きながらいじけるキャスターを黒ウサギ達は何とも言えない表情で見つめる。

 

「俺に得は無いよ。強いて言うなら・・・・・・・・・女の子を殺すのは後味が悪いから、かな」

 

 白野の脳裏に浮かぶのは、砂糖菓子の様な白と黒の双子。

 戦いの意味すら知らない少女は、無慈悲に砕け散った。

 彼女達と違い、ペストは確固とした目的をもって魔王として戦っている。その意志を曲げさせるのは、容易ではないだろう。

 しかし、それを承知で白野はペストに矛を収めて欲しかった。

 

「ペストが君とはほんの少し、知り合った程度だけど俺は君に死んで欲しくはない。死んだらそれで終わりだけど、生きてさえいれば道はあるんだ。だから、」

「くだらない」

 

 最後まで聞く価値はないと、ペストはバッサリと切り捨てる。その瞳には、凍りつく様な侮蔑が宿っていた。

 

「死んで欲しくはない? 殺される覚悟が無くて魔王を名乗るワケないじゃない。生きてさえいれば? それは生者の・・・・・・・・・死んだ事のない人間の傲慢ね」

 

 ペストは傲岸に言い放つ。その姿は、追い詰められた弱者などでは無い。

 犬歯をむき出しにして笑うペストの姿は、獲物を前にした肉食獣を思わせた。

 

「私は―――私達は、黒死病で死んだ8000万の悪霊群。生前、周りの人間達は私達の生を否定したわ。私達には苦しみながら死ぬ道しか与えられなかった。だからこそ、私には死の時代を生きた全ての人の怨嗟を叶える権利がある。黒死病を蔓延させた根源………怠惰な太陽に復讐する権利が!!」

 

 憤怒、嘆き、憎悪。全ての負の感情がない交ぜになった様な表情で、ペストは激情を露わにした。

 彼女の心情に応える様に、怨嗟を含む黒い風は荒れ狂う。その姿は弱体化したという話が嘘に思える様な重圧感(プレッシャー)を放っていた。

 これこそが魔王。

 秩序を真っ向から破り、己が欲の為に他人の命も未来も食い尽くす。

 歯向かう者の剛勇も知謀も、全て嘲笑(わら)って踏み潰す天災の権化がそこにいた。

 

「どうしても、戦うのか?」

「くどい。見所があると思ったけど、所詮はただの人間。ならば、私の為に死になさい。それしか貴方達に価値は無いのだから!」

「………そうか」

 

 白野は残念そうに溜息をつく。そして―――

 

「キャスター」

「ペストを倒す。力を貸してくれ」

「う~~ん、五十点。貸してくれ、なんて他人行儀なのがマイナスです。私は既にご主人様のサーヴァント。わざわざ頼み込む必要なんて、あるわけないじゃないですか♪」

「………分かった」

 

 白野は一歩後ろへと下がり、代わりにキャスターがペスト対峙する形となった。

 

 

 その瞬間、ペストは自分の目を疑った。

 初めて見た時から、白野は圧倒的に弱いと見抜いていた。

 身体つきや身のこなし、感じ取れる魔力量………その全てが、この男は自衛も出来ぬくらいに脆弱と判断していた。

 特筆するものを挙げるならば、そのドが付く様な御人好しの精神と並大抵な事では諦めない様な根気くらいか。

 自分には何の力も無いくせに、耳障りの良い言葉をほざく偽善者。

 それが先ほど、岸波白野に下した評価だ。

 だというのに―――何故だろうか?

 

「ペストをここで倒す。いくよ、キャスター!!」

「お任せ下さい! 華麗に片付けるといたしましょう!」

 

 従者(サーヴァント)を従えているだけで、彼が大きな敵に見えるのは。

 

 *

 

「コード・gain_mgi()、実行!」

「炎天よ、奔れ!」

 

 白野が魔力の強化を行うと同時に、キャスターの呪符から爆炎が迸る。

 ペストはそれを鼻で笑いながら悠々と躱し、空へと舞い上がり―――

 

「上だ、キャスター!!」

「了解! 気密よ、唸れ!」

 

 上空から突風を叩きつけられる!

 

「ぐっ……!」

 

 巨人の手で押し潰される様に、地面へと縫い付けられるペスト。

 瞬時に黒い風を頭上に集め、即席の盾と化す。

 突風をやり過ごし、後ろへ下がろうとするペスト。

 しかし―――

 

「っ、チッ……!」

 

 今度は側面から紅蓮の火炎が迫っていた。

 ペストは再び黒い風を集め、火炎をやり過ごした。

 

「私もいますっ! 覚悟しなさいっ、魔王!」

「はっ、幼竜の分際で大きく出たわね!」

 

 サンドラがつるべ撃ちに放つ火球の弾幕を盾で受けながら、ペストは不敵に笑う。

 だが、そのお陰でペストは足を止めてしまった。

 その隙を見逃せるはずがない。

 

「bomb()!」

「ガッ!?」

 

 突然、胸元で爆発が起きたかと思うと盾が粉々に砕け散った。

 そこへ畳みかける様に、キャスターが呪符を放つ!

 

「彫像の出来上がりです♪」

 

 足元から迫った冷気にペストは対応しきれずに、まともに受けてしまう。

 あっという間に足が凍り付き、氷柱が腰にまで及んだ。

 

「ハアアアァァッ!!」

「コード・gain_mgi()、実行!」

 

 そこへ容赦なく、サンドラの火炎がペストを包み込む!

 しかも白野によって魔力が強化され、その威力は先程の比ではない。

 

「ぐ、あああああっ!?」

 

 並みの者ならば、骨すら残さず焼き尽くす炎に燃やされながらもペストは素早く思考する。

 強い。たかが二人―――正確には前衛に一人と後衛に一人―――が加わっただけで、先程よりも強力になっている。

 つい先ほどまでは、月の兎と階級支配者(フロアマスター)を相手取って拮抗するくらいだったというのに、増援が二人来ただけでこうもパワーバランスが崩れるのか?

 

(いや、違う! あの狐の方はそこまで強いわけじゃない! 問題は………!)

 

 炎にまかれながら、ペストは白野の方を見る。

 問題は白野の指示だ。まるで自分が次にどう動くか、先読みしている様な指示が、ペストに反撃の機会を許さない。

 先程までの相手―――黒ウサギとサンドラには連携に隙があった。

 それもそのはず、二人はお互いがほぼ初対面である上に、サンドラはその幼さから実戦経験も少ない。

 そのため、いかに二人が強力な力を持っていても正しく組み合わず、そこがペストにとってつけ入る隙となっていた。

 だが、今は違う。

 岸波白野はキャスターの性能やペストの特性を瞬時に見抜き、ペストにとって不利なタイミングや体勢の時に攻撃の指示を出している。それどころか、初めて会うサンドラの攻撃も絶好のタイミングで援護するほどの的確さだ。

 例えるならば、熟練者の将棋。

 こちらの一手に対して、ほぼノータイムで打たれたくない場所に駒を進めてくる―――!

 

「なめる、なああああああぁぁぁっ!!」

 

 火事場の馬鹿力か、魔王としての意地か。

 ペストの身体から黒い風が爆発する様に吹き荒れ、炎を、氷を吹き飛ばす。

 あまりの風圧に全員がその場で耐えしのぎ、その隙にペストは白野へと距離を詰める。その手には、削岩機のごとく高速回転する黒い風。

 

「呪相―――黒点洞!」

 

 それを読んでいたキャスターは、八咫鏡を盾にして白野の前に立つ。

 ガガガッ! と金属音を響かせながら、黒い風が受け止められる。

 

「私はハーメルンの魔王にして、黒死病の体現者! 神すら見捨てた私達の怨嗟が、お前に・・・・・・・・・お前達なんかに砕かれてたまるかっ!!」

「やれやれ。あのサーヴァントにして、このマスターありですか」

 

 呆れた様に溜め息をつくキャスター。

 

「ま、一応は神様だったわけだし? 人に祟られる存在のよしみで教えてあげますけど・・・・・・・・・神様は最初から人間を見ていませんよ」

「・・・・・・・・・なんですって?」

 

 死者の怨念が具現化した風と、天照大神の御神体の鏡が鍔競り合う。

 その中で、キャスターはペストと向き合った。

 

「ですから、最初からアウトオブ眼中だと言っているのです。問題外で論外。むしろ気配遮断:EXなあっさし~ん、みたいな?」

 

 キャスターはいつもの様にふざけ―――唐突に真顔になった。

 

「人々から敬われる善神もいましょう。人々から畏れられる悪神もいましょう。ですが―――神は個人を幸せに出来ないのです」

 

 ま、それが分からなかったから痛い目を見たんですけどねー、と自嘲するキャスター。

 未だ砕けぬ八咫鏡を前に足掻くペストを―――憐れみをもって見つめた。

 

「たとえ太陽に復讐を遂げたとしても、貴方達の怨嗟は晴れないでしょう。何故なら、貴方達は最初から誰にも貶められていないし、誰にも見捨てられてもいない。最初から貴方達の怨嗟は空回っているのです。どこぞの破戒僧に言わせれば………貴方達は単に間が悪かっただけ(・・・・・・・・)

「ふざけるなあああああっ!!」

 

 憎悪の叫びと共に、ペストは渾身の力でキャスターを殴り飛ばす。

 ついに黒点洞の結界がガラスを砕く様な音と共に破れた。

 だがペストを追撃をかける前に、白野の魔術が、サンドラの炎が行く手を阻む。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるなッ!! ただ間が悪かったですって!? そんな言葉で、黒死病(私達)を片付けられてたまるかッ!!」

 

 雷球をはじき、炎を黒い風で相殺させながらペストは怒り狂う。

 その姿は、怨念と共に災いを振り撒く祟り神そのものだ。

 

「ま、今の貴方には何を言っても無駄でしょうね。てゆーか、私としては貴方の事情など関係ナッシング! 私の主人(モノ)に手を出そうとした時点で有罪判決となりました! タマモ式魔女裁判で!」

「ええと、どうあがいても有罪という意味ですよね? それ。あとルビがおかしくありませんでした?」

 

 律儀にツッコむサンドラを華麗にスルーして、キャスターは素早く印を切る。

 すると―――ドロリ、とキャスターの周りの空気が変わった。

 空気は吸い込むだけで肺が爛れる様な毒気を帯び、近寄るだけで精神が崩壊する様な邪気を帯びる。

 それらを全て手掌に集め、ペストへと向けた。

 

「オン・ダキニ・ギャチ・ギャカネイエイ・ソワカ! いざや散れ、常世咲き裂く怨天の花………常世咲き裂く大殺界(ヒガンバナセッショウセキ)!」

 

 集められた毒気邪気がペストを襲う。

 その速さに避けられぬと判断したペストは、自分を取り囲む様に黒い風を纏わせ―――

 

「コード―――vanish_add()」

 

 次の瞬間、黒い風が音を立てて霧散する。

 

「なっ―――!?」

 

 頼りにしていた守りが消えて、動揺するペスト。

 ふと上げた視線の先には、こちらに手掌を向けた岸波白野の姿。

 その顔は何の表情も浮かばない鉄面皮を思わせ―――その瞳は、雄弁に意思を語っていた。

 お前を倒す、と。

 

「キシナミ―――ハクノオオオオォォォッ!!」

 

 ペストが叫ぶのと同時に、キャスターの呪術が彼女を包み込んだ。

 目一杯、殺生石の毒気邪気を吸い込み―――途端に、ペストは吐血した。

 

「ガッ……!? ゴ、ボ………ッ!?」

 

 咳込みながら、これ以上空気を吸わない様にペストは精一杯口元を抑える。

 熱い。身体が燃える様に熱く、焼けた鉄を体内に流された様な不快感がペストを苛む。

 本来、黒死病の死神である彼女には毒や瘴気の類は効かない。

 サソリが自分の毒で中毒死する事が無い様なものだ。生半可な毒は黒死病という強い毒に打ち消される。

 なのに―――これは何だ? 

 痛みと苦しみで膝を折りながらも、ペストは思考する。

 いま自分を苦しめているこれは、毒であって毒ではない。

 自分と同質の力でありながら、格が違う。これはまるで、この世の怨念全てを押し込んだかの様な―――。

 

「今だ、黒ウサギ!」

 

 白野の声に、ハッとペストは顔を上げる。

 上空に、先程の戦闘に加わらなかった黒ウサギがいた。

 その手には、雷光を纏いながらも尚も強い黄金の輝きを持った槍。

 

「ありがとうございます、皆さん! これで終わりですっ、“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”!!」

 

 槍の威力を瞬時に悟ったペストは回避を試み様とする。だが殺生石の毒気が回った身体は、彼女の思った通りに動かない。

 長く隙を窺い続け、ついに膝を折った魔王へ黒ウサギじゃ万感の思いと共に自身の最高の恩恵(ギフト)を放つ。

 

「穿て――――――“擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)”!!」

 

 雷光が走る。雷鳴が轟く。

 黄金の槍は千の雷となって、一直線へとペストに迫る。

 

 この時、この場にいる誰もが―――ペスト自身も―――ペストの敗北を確信した。

 事実、それは正しいだろう。

 “擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)”は、穿てば必ず敵を倒す必勝の槍。

 レプリカである黒ウサギの槍は、貫いた相手を倒す為に必要なエネルギーを無限供給する程度だが、それでもペストを倒すには十分過ぎる。

 もしも、この槍から逃れるのであれば方法は三つ。

 一つは、槍に貫かれないこと。貫かれなければ、恩恵(ギフト)は発動しない。

 もう一つは、“擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)”を打ち消す様な手段を用意すること。

 そして最後は―――――――。

 

『ギョオオオオオオオオオオオオッ!!』

「っ! プレイグ!」

 

 突如、密度が薄くなった羽虫の群れが突風と共に現れる。

 羽虫の群れ―――プレイグは、驚く白野達には目もくれず、ペストを突き飛ばした。

 地面へと投げ出されるペスト。さっきまでペストがいた場所は―――一秒後、“擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)”が貫く場所は―――プレイグだけが残された。

 その事に気付き、ペストは思わずプレイグへと手を伸ばし―――羽虫の群れは手をはたく様に、ペストの手を振り払った。

 

「え………?」

 

 信じられない物を見る様な目で、ペストはプレイグを見た。

 次の瞬間、インドラの槍が羽虫の群れを貫いた。

 槍はその働きに従って、プレイグを焼き滅ぼす為のエネルギーを無限に供給し出した。

 これこそが、“擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)を防ぐ最後の手段。

 それは―――第三者が代わりに貫かれること。

 

『サ……イ、ゴ……マ、デ……マ、ス……ター……マ……モ……ル』

 

 耳が潰れる様な轟音と共に雷神の裁きが下される。雲を突き抜けて天にまで伸びる神雷で、プレイグを構成する羽虫が一匹残らずに焼け死んでいく。

 その中からマスターのペストですら数えるほどしか聞いた事の無い、虫の羽音を無理やり言葉にした様な声が聞こえた。

 ふと、ペストは目を細めた。

 目がくらやむ様な雷光の中、小さな子供の人影が見えた気がした。

 子供の人影は、ペストへと手を振る。

 まるで―――家へと帰る子供の様に。

 

『バ……イ……バ……イ………マ……ス……タ……………』

 

 瞬間。一際強く鳴り響く轟雷が、子供の人影も声も全て消し飛ばした。

 

 *

 

 轟雷が収まり、カランと乾いた音を立ててインドラの槍が地面に転がる。

 役目を終えた槍は、即座に光の粒子となって黒ウサギのギフトカードへ帰っていった。

 本来なら貫かれるはずだったペストは、ただ自分の手を見つめていた。

 どんな表情なのか、顔を俯かせているので白野達には分からない。

 プレイグはもういない。

 白野達を苦しめた奇形のサーヴァントは、今度こそ跡形もなく消滅した。

 しかし、その事実に歓声を上げる者などいなかった。

 

「そんな………こんな、ことで………!」

 

 ギリッと黒ウサギは痛恨の表情で奥歯を噛み締めた。

 “擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)”は、ギフトゲームで一回しか使えない。

 プレイグに対して発動した事で、もう“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”にインドラの槍を振るえないのだ。

 それは事実上、魔王を打倒する唯一のチャンスと手段を棒に振ったに等しい。

 

「まだです! まだ、太陽の結界があるうちは―――!?」

 

 勝機はあると続け様としたサンドラ。しかし、すぐに異変に驚いて空を見上げた。

 見れば先程まで燦々と輝いていた太陽が徐々に小さくなり、ついには消えてしまった。

 同時に、後押しを受けていた活力も感じられなくなる。

 

「キャスター! これはどういう………い、いや。まさか………?」

「えっと、そのー………」

 

 突然切れた宝具の効果に抗議しようとした白野だが、すぐに思い当たる事があってキャスターへ振り向く。

 キャスターは、あっちゃあ、と言いたげな顔で口を開いた。

 やがて観念したかの様に可愛く微笑み、舌を出してコンッと自分の頭を叩く。

 

「時間切れです♡ テヘペロ」

「キャスタアアアアアアアァァァァッ!?」

 

 あんまりな事態に、白野は絶叫する。

 黒ウサギ達も、開いた口が塞がらないと言わんばからに呆然としていた。

 

「そう………これで貴方達は打つ手が無くなったってワケね」

 

 弛緩した空気を凍り付かせる様な声が白野達に響く。

 ペストは顔を上げ、白野達を睨みつけた。

 その表情は、絶対零度まで冷め切った憤怒。

 

「もう貴方達なんていらない。白夜叉だけ手に入れて………後は皆殺しよ!」

 

 刹那、黒い風が天を衝く。

 雲海を突き抜けた奔流は瞬く間に雲を散らし、空中で霧散してハーメルンの街へと降り注ぐ。

 空気は腐敗し、鳥は地に落ち、街路のネズミ達は触れるだけで命を落としていく。

 

「先程までの余興とは違うわ。触れただけで、その命に死を運ぶ風よ………!」

「なっ、」

 

 ペストの指先が伸びる。天から襲う陣風は、如何なる力も寄せ付けない。

 各々が雷を、炎を、呪符を向けて抵抗する。だが触れた瞬間に霧散し、手も足も出ずに逃げ回った。

 

「デンジャーデンジャー! あれはバロールの魔眼の様な死の恩恵! 生きていれば神様でも殺されちゃいますって、あれ!!」

 

 いつもの軽口を叩きながら、白野を抱えて退避するキャスター。

 神霊として“与える側”になったペストの黒い風は、触れるだけで全ての者に死を与えるだろう。その一点において、ペストは神霊として高い素養を持っていたのだ。

 死の風を開放した上空からの無差別攻撃。

 上空から吹き荒れる死の風を避けながら、その力にサンドラも戦慄く。

 

「ま、まずい! このままじゃステンドグラスを探している参加者がっ!!」

 

 死の風は白野達に飽き足らず、街の全域へと広がり始めていた。

 街の至る所から、参加者たちの悲鳴が上がる。

 

「キャスター! もう一度、宝具の開放を!」

「無理です! 一度使うとアク禁くらって、次の日まで使えないんですってば!」

 

 キャスターの言葉に白野は歯噛みする。

 これでもう、ペストは止められる者はいない。

 セイバーも、十六夜も、飛鳥も、耀も、他の参加者達も。

 いま逃げ回っている白野達と同様に、死の風に為すすべなく蹂躙されるしかない。

 

「終わりよっ! ネズミみたいに無様に逃げ回りなさい! せいぜい良い声で啼くことね! 貴方達の断末魔で、散った同士達の手向けとしましょう!!」

「くっ、こうなったら………!」

 

 狂った様に哄笑をあげるペストに、黒ウサギはギフトカードへと手を伸ばす。

 もはや一刻の猶予も無い状況に、黒ウサギは残された恩恵(ギフト)を発動させようとしていた。

 すると―――黒ウサギより早く、街の彼方から閃光が瞬く。

 ほぼ同時に、辺りに肉の潰れる音が響いた。

 

「……………………え?」

 

 音の発信源―――ペストは、信じられない面持ちで自分の胸を見つめた。

 十分な発育をしていない、脂肪の薄い胸。

 その胸に―――一本の槍が突き刺さっていた。

 飾り気の無い、木の枝の様にも見える一本の槍。

 いや。柄が短く、まるでの矢の様にも見えるコレは槍というのか………?

 それを確認した途端、ペストの口から夥しい血が流れる。

 

 一体、誰が知ろう。

 形こそ変わっているが、この槍の真銘()はミストルテイン。

 北欧神話において、光の神バルドルを絶命させた神殺しの槍。

 神霊にとって、致命的な武器だ。

 

「ゴ、ブッ………!」

 

 一目で致死量と分かる程の血を口と胸から流しながらも、ペストは決して膝を折らなかった。

 それは魔王としての誇りか、それとも“グリムグリモワール・ハーメルン”のリーダーとしての意地なのか。

 神殺しの槍に貫かれ、もはや風前の灯火に等しい余命になりながらもペストは限界を超えた生命力を見せた。

 

「わた、し、は……ま、だっ………!」

 

 顔を上げて、前を見据えるペスト。

 その目前に―――捻じれた剣の切っ先が見えた。

 辺りに水風船が割れる様な音が響く。

 黒死病を司る死神にして、笛吹き伝説(ハーメルン)の魔王・“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”。

 彼女はひっくり返したジグソーパズルの様に、顎から上のパーツを撒き散らしながら仰向けに倒れた。




 一体、何茶なんだ………?
 すまん、ペスト。展開的にスプラッタな退場にしちまった。
 横やり入れた何某が何をしに来たかの説明は………次々回かな?


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第16話「戦いが終わり・・・①」

 事後処理回。
 それ以外に言いようがない。
 そんな16話。


 油絵が水洗い流される様に街の景色が変わっていく。

 召喚者であるペストが倒された為に、偽りのハーメルンの街から元の舞台区画へと白野達は帰っていた。

 気がつけば、レンガ造りの建物の屋根に白野達は立っていた。

 少し離れた場所では、ペストが―――首から上が無くなったペストが立っていた。

 グラリ、と首無しの死体が揺れる。

 胸に槍が刺さったまま、ペストは地面へと転げ落ちていった。

 

「いったい、何が起きて・・・・・・・・・?」

 

 サンドラが呆然と呟く。だが、その疑問に応えられる人間はいなかった。

 視線の先で、ペストの死体が槍と共にボロボロと崩れ落ちていく。

 ものの十秒もしない内に、一冊の本だけが残された。

 底の無い穴の様に黒い革張りの装丁がされた一冊の本。

 本の中心には刃物で穿たれた様な穴が開き、ページから血の様にインクを流す一冊の本。

 それだけが、ペスト―――黒死斑の魔王と名乗った少女の名残だった。

 

「っ! そこにいるのは誰ですか!!」

 

 突然、黒ウサギが明後日の方向―――ペストを射抜いた矢が飛んで来た方向を見て鋭い声を上げた。

 驚く面々を無視して、黒ウサギは駆け出した。向かう先は、街を一望できる高台。

 月の兎である黒ウサギの耳が、そこにいる何者かの気配を捉えていた。

 僅か数秒で駆け抜け、高台の頂上へと辿り着く。

 だが―――

 

「あ、あれ? 十六夜さん?」

 

 高台の頂上にいた人物―――逆廻十六夜は不機嫌そうな顔で黒ウサギに、ようと声をかけた。

 

「おい、黒ウサギ。ここに誰かいたんだな?」

「Y、YES! 先程、ここから放たれた矢で魔王が射抜かれましたが………もしかして、十六夜さんが撃ったのですか!?」

「なわけねーだろ。俺もさっき来たばかりだ」

 

 ふん、と十六夜は鼻を鳴らす。

 

「俺もいま来たところだよ。何か人影らしきものは見えたけどな」

「人影が! それはどんな!?」

「紅い外套の様な物は見えた。だがすぐに消えた」

「………はい?」

「だから消えた。目の前で煙の様にスゥと、な」

「そ、そうですか………」

 

 肩を落として落胆する黒ウサギ。

 何者かは分からないが、魔王のギフトゲームを終わらせたのだ。せめて一言くらい、礼を言いたかった。

 そんな殊勝な黒ウサギに対して、十六夜は終始不機嫌そうな顔のままだった。

 結局、彼が魔王と戦うことなくギフトゲームが終わってしまった。

 最初のゲームメイクで絶体絶命の危機に落ち、交渉で五分の状況まで持っていけた。

 後はゲームをどうやってクリアするか、と楽しみにしていただけに横から魔王を倒した何某が面白くない。

 例えるなら、テレビゲームを勝手にクリアされた様な不愉快さ。

 苦労してラスボス前まで進めていたのに、誰かが勝手にエンディングまでクリアしてしまった。

 子供っぽいと十六夜自身は理解しているが、未知の快楽を求めて箱庭に来た十六夜にとってはゆずれない一線だ。

 

「黒ウサギ、ここにいた奴がどこに行ったか分かるか?」

「ええと………申し訳ありません、黒ウサギの耳には引っかからないです」

 

 ウサギ耳を垂れさせてションボリとした黒ウサギに、十六夜は溜息をつく。

 

「やっぱり箱庭の貴族って使えねー」

「す、すみません」

「あれだ、箱庭の貴族(笑)に改名だな」

「なんですか、その馬鹿っぽいネーミング!? 断固抗議します!」

「じゃあ、箱庭の貴族(泣)」

「何ゆえ!?」

「名前が泣くっていう意味でどうよ?」

「上手くありませんし、ドヤ顔しないで下さいお馬鹿様!」

 

 スパーン、と盛大な音を立ててハリセンが振るわれる。

 ふと、強い風が吹いた。

 死も病も乗せていない風は、青空の下で流れていく。

 どこまでも、どこまでも。

 

 *

 

 その後、魔王が不在となったゲームは滞りなくクリアされた。

 “偽りの伝承”のステンドグラスが全て砕かれ、“真実の伝承”へと掲げられる。

 白夜叉が解放され、集まった参加者達の前に姿を現す。

 

「皆、よく戦ってくれたの。東のフロアマスターとして礼と………お詫びを告げねばならんの。偉そうにふんぞり返っておきながら、私は終始封印されたままだった。いや、全くもって申し訳ない」

 

 頭を下げる白夜叉に、参加者達から批難の声は上がらなかった。

 最強のフロアマスターである彼女の信頼は、この程度で揺るぐものではない。

 白夜叉の謝礼が終わると、サンドラが前に出て宣言をした。

 

「―――――魔王のゲームは終わりました。我々の勝利です!」

 

 瞬間、爆発する様な歓声が上がる。

 魔王の脅威が去った事に安堵する者。

 互いの無事を喜ぶ者。

 死んだ同士の仇を討てた事に涙する者。

 皆一様に喜びを噛み締めながら、勝利を祝った。

 同時に、若輩ながらも魔王を退けたサンドラを讃える声が上がる。

 当初はサンドラがコミュニティのリーダーに就任する事に否定的だった者も、今はサンドラに対して惜しみない称賛を浴びせていた。

 僅か11歳で兄を抑えて“サラマンドラ”の長となったサンドラ。

 彼女は今この時をもって、その実力を皆に認められたのであった。

 

 

 そんな中、“ノーネーム”の―――白野を含めた問題児達だけが姿を見せなかった。

 

 *

 

 ―――最後の話をしよう。怪異も絶望もなく、希望に満ちた笛吹の結末(はなし)を。

 

 その頃、飛鳥は独り大空洞まで足を運んでいた。

 プレイグの傀儡として酷使された耀の安否も気になるが、先に向かわなければならない場所があった。

 大空洞の最奥、隠された広間―――ディーンを手に入れた場所まで出る。

 

「………これで、良かったの?」

「はい。これで我々も、望む形で元の時代へ帰れます」

 

 数多の声が大空洞に響く。ハーメルンで犠牲になったとされる130人の精霊群。

 彼等こそがラッテンに捕らわれた飛鳥を逃がし、神珍鉄の巨人・ディーンを飛鳥に与えた張本人だ。

 “グリモワール・ハーメルン”の消滅を見届けた彼等は、箱庭から元の世界へと帰ろうとしていた。

 だが―――

 

「そんな………元の時代へ帰ったら、死んでしまうだけでしょう?」

 

 困惑した声を上げる飛鳥。しかし、その疑問はもっともだ。

 彼等はハーメルンの悪魔達が呼び出された原因。すなわち死を約束された御霊だ。

 箱庭で精霊として暮らすならともかく、死を約束された世界に戻るというのは理解しがたい。

 飛鳥は両手を広げ、笑顔で群体精霊に提示する。

 

「そんな恐ろしい場所に戻る必要ないわ。私達のコミュニティに来ない? 丁度、貴方達みたいな仲間が欲しかったところよ」

 

 不意に、群体達の気配が変わる。

 敵意はない。嬉しさと戸惑いが混ざった様な気配だ。

 

「―――ありがとう、飛鳥。でも、私達は行かねばなりません」

 

 少し経ってから、大空洞内に群体達の声が静かに響いた。

 

「優しい貴女に聞いてほしい。天災も神隠しも無い、もう一つの“ハーメルンの笛吹”の可能性を」

 

 群体精霊は強く輝きながら、物語を紡ぐ。

 

「私達は病や天災で倒れたわけでも、人攫いにあったわけでもない。旅立ったのです。親元を離れ、ヴェーザー河を下り、笛の音と共に新天地を目指す。それが―――私達、“ハーメルンの笛吹”」

 

『一ニ八四年 ヨハネとパウロの年 六月ニ六日

 

あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三○人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した』

 

 この碑文のもう一つの解釈。

 それは、一三〇人の子供が新たな街を作るために旅立ったという話。

 ハーメルンの笛吹とは、子供達のリーダーであったという伝承。

 

「飛鳥。我々にも帰らねばならない場所があります。一ニ八四年、新たな故郷(コミュニティ)を作る為に旗揚げした日へ」

 

 ハーメルンの御霊の話を聞き、飛鳥は静かに目を閉じる。

 彼等は、飛鳥の様に望んで箱庭に来たわけではない。

 無理やり呼び出された彼等は、ようやく望んだ場所へ帰れる。

 それを―――一人の少女の我儘を押し付けるのは無粋だろう。

 そっと目尻の涙を拭き、飛鳥は微笑む。

 

「そう………なら信じるわ。貴方達の街造りが上手くいくと」

「ありがとう、飛鳥」

 

 群体精霊の気配が消えていく。いよいよ箱庭から去る時が来たのだ。

 

「そんな貴女だからこそ託せます。紅い鋼の巨人ディーンと―――一三一人目の同士を!」

 

 え? と飛鳥が言うより早く、群体精霊は一際強く輝く。

 それは消えていく花火の様な輝きに見え―――同時に、新たな花を咲かせようとする蕾に見えた。

 光が収まると、飛鳥の手の平にはトンガリ帽子の精霊。

 飛鳥に懐いていた、幼い少女がそこにいた。

 

「私達が持つ開拓の恩恵(ギフト)をその子に授けました。私達が箱庭に残せる最後の証。貴方に託します―――」

 

 そして、大空洞から気配が消える。

 残されたのは、ハーメルンの御霊の霊格(こうせき)を受け継いだ、小さな精霊。

 眠たそうに眼をこすった小さな精霊はゆっくりと体を起こす。

 

「………あすかー?」

「ええ。おはよう、メルン」

「めるん?」

「そう。貴女は“ハーメルンの笛吹”の功績を受け継いだ地精。そして、今から私達の同士よ」

 

 飛鳥の言葉を噛み締める様に、めるん、めるんと口の中で繰り返すメルン。そして、

 

「―――はいっ♪」

 

 満面の笑みで元気よく返事をした。 

 

 *

 

 同時刻。マンドラは独り執務室にいた。

 側近達を下がらせ、今しがた送られてきた封書に目を通す。

 封書には“サウザンドアイズ”の旗印が刻印され、中の手紙には挨拶を省かれた簡素な内容が記されていた。

 

『万事において上手く進行し、魔王を撃退された事をお喜び申し上げます。

新生“サラマンドラ”が北のフロアマスター”としてご活躍される事を心より期待しております。

                                     “サウザンドアイズ”』

 

 手紙を読み終えたマンドラは、盛大に溜息をつく。

 

「何もかも御見通しか。やはり悪い事は出来んな」

「何が悪い事なんだ?」

 

 聞き覚えのある声をかけられ、マンドラは慌てて振り向く。

 そこには逆廻十六夜が、足を組みながら執務室のソファーに腰かけていた。

 

「貴様っ! いつからそこに!? いや待て! この部屋にはさっきまで誰もいなかったはず!?」

「俺様特権です。とくと許しやがれ」

 

 ヤハハと笑う十六夜。しかし、その笑みにはいつもの快活さは無い。

 やや侮蔑が混じった剣呑な光が瞳に宿っていた。

 

「で、何が悪い事なんだ? まさか“サラマンドラ”が魔王を招き入れた事か?」

「―――!?」

 

 いきなり核心をつかれ、マンドラの顔面が蒼白になる。

 

「おい、そんなに驚くなよ。魔王が持ち込んだステンドグラスは出展品として紛れ込んでいたんだぜ。主催者がワザと見落とさない限り、普通は不審に思うだろ」

 

 よっと立ち上がりながら、十六夜は両手を広げる。

 

「今回の襲撃は一種の通過儀礼なんだろ。ルーキー魔王VSルーキーマスター? いやいや偶然にしちゃあ出木過ぎだ! これでサンドラは名実ともに北のマスターとして認められたわけだ。いやホント、“サラマンドラ”の将来も安泰だな!」

 

 舞台役者の様な大仰な笑顔と手振りで褒める十六夜。

 対して、マンドラはギュッと口を一文字に絞めて押し黙った。

 

「………おい、何とか言えよ。俺が笑っている内に話した方が身の為だぜ?」

 

 スッと目を細めると、十六夜はマンドラへと近づく。

 そして襟元を掴み上げた。

 

「グッ………!」

「死んだのは最初の襲撃で天然痘の悪魔に襲われた十人だけだったか? 良かったなあ、死んだのが全員“サラマンドラ”の連中で。岸波が御狐サマを召喚()んでなければ、“ノーネーム”からも死人が出てたところだ」

 

 そうなっていれば、と十六夜は言葉を切る。

 眼光は刃物の様に鋭く、纏う怒気は爆発寸前の活火山を思わせた。

 

「お前ら………サンドラもろとも潰してたぞ?」

「っ、サンドラは関係ない!」

 

 バッと十六夜の手を振り払い、マンドラは絞り出すように喋る。

 

「………今回の一件を仕組んだのが“サラマンドラ”であることは、サンドラを除いた全員が知っている」

「何だと?」

「知っていたのだ。サンドラを除いた“サラマンドラ”の同士全員が。知りながらも戦い、傷つき、そして命を落としたのだ!」

 

 切迫した表情でマンドラはキッと睨む。

 

「箱庭の外から来た貴様には分かるまい。コミュニティの旗を! 名を! 名誉を守るという意味がどれほど重いか! その為に同士の命すら駒の様に扱う覚悟が、貴様に分かると言うのかっ!!」

 

 堰を切った様に吐露するマンドラを十六夜は静かに見つめる。

 それは“サラマンドラ”のナンバー2として、自分よりも圧倒的な才能を持つ妹の副官として務める事を誓ったマンドラの重責だった。

 コミュニティの為ならば修羅の道を征く。

 こればかりは箱庭に来て一ヵ月しか経たない十六夜が、おいそれと理解できるものではなかった。

 

「………とはいえ、貴様の怒りはもっともだ。そして私は妹に劣る不出来な亜龍。貴様と戦っても勝てるとは思わない」

 

 腰に帯びていた剣を床に置き、マンドラは十六夜に跪いて頭を下げる。

 それは相手への謝罪というよりも、ギロチンに首を差し出す罪人の様だった。

 

「気の済む様にしてくれていい。その代わり、この場は私の首一つで治めて貰えないだろうか?」

 

 十六夜はマンドラをたっぷり五秒くらい凝視し―――興味が失せた様に背を向けた。

 

「ま、死んだ奴が了解済みだというなら俺の関与するところじゃねえよ。それに、俺達も十分に得したわけだしな」

 

 事実、魔王を退けたサンドラの名と共に“ノーネーム”は人々の噂になっていた。

 名も無く、旗も無いコミュニティでありながら、サンドラと共に魔王と戦った戦士達。

 十六夜の目論見通り、今回の火龍誕生祭に参加した者は“ノーネーム”の存在を広く周りへと伝えていくだろう。

 さらには戦いの最中で飛鳥は神珍鉄の巨人ディーン、白野はキャスターという新たな従者を手に入れた。

 最終的な結果を見れば、“ノーネーム”は誰一人欠けず、名声を高めた上に新たな同士まで加わった。

 マンドラ達が仕組んだ事を全て水に流すわけではないが、まずまずの成果と言えるだろう。

 部屋の出口へと歩を進める十六夜。

 激しい追及が無かった事を意外に思いながらも安堵の溜息をマンドラがつこうとした時、

 

「あ、そうそう。一つ忘れていた」

 

 ビクッとマンドラの肩が跳ね上がる。十六夜はいつもの獰猛な―――そして快活な笑みを浮かべた。

 

「今回の事は一つ貸だ。お前じゃなくて、“サラマンドラ”へのな。俺達はこれからも魔王と戦っていく。その時―――万が一にも“ノーネーム”に何かあったら、お前等はいの一番に駆けつけろ」

 

 それで今回の茶番はチャラだ。そう言い残して、今度こそ十六夜は執務室を出て行った。

 独り残されたマンドラは、しばらく呆けた様に十六夜の言葉を噛み締めた。

 やがて、この場にいない少年に誓う様に呟いた。

 

「ああ、約束する。その時は、万難を排して駆けつけよう」

 

 この御旗に誓う。独り宣言するマンドラを執務室の外―――建物の屋上に掲げれた“サラマンドラ”の旗が誇らしげに翻っていた。

 

 

 

 

 




 年末までに二章が終わるかなあ? とりあえず次回は白野達のターン。


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第17話「戦いが終わり・・・②」

カエサル「デブではない! ふくよかである!」

そんな17話。


 東北の境界壁。・“サウザンドアイズ”旧支店・白夜叉の私室。

 

 粗方の用事を済ませた白夜叉は、白野達と向かい合っていた。

 慣れない正座だからか、膝をしきりに動かすセイバー。

 その隣で普通に正座をする白野。

 そして、

 

「やっぱ和室が一番ですよねえ。石や鉄で出来た洋風な建物より身近に自然を感じられると言いますか………。あ、ご主人様がお望みならば丘の上の教会もウェディングドレスもばっちこーい! なので♪」

 

 白野を挟んでセイバーの反対側。狐の尻尾をフリフリと動かしながら白野と腕を組む狐一匹(キャスター)

 

「さっさと離れんか、キャス狐。あと花嫁の装束は余の特権である。毛皮を剥いで叩き売られたくなければ即座に奏者から離れよ」

 

 ギリギリッと音が聞こえるくらいに歯軋りをするセイバー。手には愛剣・原初の火(アエストゥス・エストゥス)がギラリと光る。

 

「つーか貴女まだいたんですかぁ? ご主人様は私が! 責任を持って幸せにするのでお帰り下さい」

「だ・れ・が! そなたのご主人様だ! 奏者のサーヴァントは後にも先にも余に決まっているであろう!」

「いーえ! 私こそが! 良妻賢母にしてお嫁さんにしたいサーヴァントNo.1(セラフ調べ)のタマモちゃんこそが、ご主人様のサーヴァントに決まっています! セイバー顔などもうノーサンキュー!」

「余が知った話ではない! タケウチに言え!」

「誰ですかタケウチって!」

 

 ガルルル! とお互いに牙を剥きながら対峙する英霊二人。

 最高位の人間霊としての威厳もへったくれもない姿に、ゴホン! と強めの咳払いが響いた。

 

「そろそろ良いかの? 話を進めたいのだが」

 

 白夜叉の冷ややかな視線を受け、二人はしぶしぶと座る。

 そんな中、白野だけが難しい顔で考え込んでいた。

 

「どうした? さっきからずっと押し黙っているが」

「え? あ、ごめん。何か用?」

 

 白夜叉に声をかけられ、ようやく気付いた様に白野は顔を上げる。

 そんな様子を白夜叉は内心で訝しむ。

 思えば、ここに来るまで白野はセイバー達にされるがままだった。

 いかに温厚な彼と言えど、喧嘩する二人に対して一言くらいは言うはずだ。

 しかしこの様子では、今までの事を把握していたかも疑わしい。

 そんな考えを表面には出さず、白夜叉は先に要件を済ませる事にした。

 

「さて、此度は黒ウサギやおんし達に助けられる形になったな。改めて礼を言わせて貰おう」

 

 ペコリと頭を下げる白夜叉。いつもの威厳を感じない姿は、外見相応の歳に見えて可愛らしい印象を与えていた。

 そんな白夜叉に白野は首を横に振る。

 

「いいよ、そんな照れくさい。白夜叉にはいつも助けて貰っているし、キャスターだって白夜叉がくれた八咫鏡のお陰で出てきたみたいだから」

「ふむ。それで、そやつが例の―――」

 

 白夜叉はキャスターへと視線を向ける。

 我関せずと出された緑茶を飲んでいたキャスターは、怪訝な顔で白夜叉を見つめ返した。

 

「………? 私の顔に何かついてます?」

「いや………。おんし、私に見覚えは無いか?」

「はぁ。ええと、白夜叉さん………でしたっけ? なーんか御同業っぽい臭いはしますけど、生憎と鬼に知り合いはいないので」

「むう………」

 

 首をかしげるキャスターに白夜叉は難しそうに唸る。

 キャスターの容姿は、白夜叉がよく知る太陽神に酷似していた。

 性格は別人だと思うくらいに異なるが、その神の分霊とでも言われた方がまだ納得はいく。

 しかし、と白夜叉はその可能性を肯定できない。

 白夜叉がよく知る太陽神は人間が好きではない。本音がどうあれ、人間を見下してた彼女が使い魔に成り下がるなど考えられなかった。

 

「ってか、またロリですか! やっぱご主人様は『まったく駆逐幼女は最高だぜ!』とか言っちゃう人なんですか!? いえ、決して引いたりはしないので心配御無用! このタマモ、今こそ封印された妹モードで、アイタッ!?」

「落ち着かんか、キャス狐! 奏者の好みは、余の様なワガママボディーに決まっておろう!」

「ぶっ、ぶちましたね? (ナギ)にも(ナミ)にも打たれたこと無いのに!」

「それが甘ったれなのだ。殴られもせずに1人前になった奴がどこにいるものか!」

「おんしら………実は仲が良いだろう?」

「「こやつ(こんなの)と一緒にするな(しないで下さい)!」」

 

 息ぴったりに反論するセイバー達に、白夜叉は溜め息をつく。

 とはいえ、いつまでもこの調子では埒があかない。白夜叉は本題に切り込む事にした。

 

「さて、キシナミハクノ。おんしは八咫鏡からキャスターを召喚した。それに相違ないか?」

「正確には俺が呼んだわけじゃないけど・・・・・・・・・それが何か?」

「つまり、意図して召喚したのでは無いのだな?」

 

 いつになく真剣な顔をした白夜叉に、白野は緊張しながら先を促す。

 

「前にも話したが、あの鏡は本来は別の神の持ち物でな。名を天照大神と言う」

「・・・・・・・・やっぱりか」

 

 白夜叉から告げられた名を白野は驚く事無く受け止める。

 予想はしていた。修羅神仏が集う箱庭において、白夜叉と同じ太陽神。

 そして八咫鏡の正式な持ち主と言われれば、思いつく名は一つしかない。

 

「あ、それ私の大元です」

「あっさりとした反応だな。仮にも貴様の真名に関わる事だろうに」

「別に良いんですよ、私の場合。バレた所で致命的なワケじゃありませんし、このお子様は気付いていらっしゃるみたいですから」

 

 セイバーの指摘に、キャスターはぞんざいに答える。

 しかし、白夜叉は一層と顔が険しくなった。

 

「天照大神の事は私もよく知っている。あやつは恩恵を与える善神というより、思い上がった者に罰を与える荒御霊に近い。主催者権限を悪用する事はしなかったが、気質や性格は魔王のソレよ」

 

 それ故に、と白夜叉は言葉を切る。

 

「キャスター。いや、玉藻の前よ」

 

 キャスターの真名を言い当て、白夜叉は居住まいを正した。

 その姿はいつものおちゃらけた駄神などではなく、下層の秩序を守るフロアマスターとして白野達に対峙していた。

 

「本来ならば神霊として顕現してもおかしくないそなたが、何故格が落ちる英霊に身をやつす? 何が目的でハクノの下につく? 返答次第では―――相応の対処をせねばならん」

「なっ―――!」

「待て、シロヤシャ。キャス狐が悪事を働いたわけでもないのに、それは横暴であろう」

 

 言葉に詰まる白野に代わって、セイバーは片膝を立てながら抗議する。

 ジロリ、と白夜叉は白野達を睨んだ。

 

「セイバー殿。私は東側のフロアマスターである」

 

 静かに、そして威厳を込めた言葉だった。

 その威圧はジリジリと地表を焼く太陽そのものだ。

 

「下層に対して様々な権力を振るえる代わりに、私には皆の安全を保証する義務がある。此度の襲撃では不覚を取ったが、天照大神(あやつ)に縁がある者とあっては放置するわけにもいかん。危険であるなら、早めに処理しなくてはならないからな」

 

 そう言われると、セイバーは強く出れない。

 白夜叉の言うことは一理ある。

 セイバーもかつては皇帝として、国を治めた身。

 災厄の火種を見過ごせば、やがて大地を焼き払う大火となって人々に牙を剥く。

 その様な事態は統治者として絶対に避けねばならない。

 しかし、当事者であるキャスターはどこ吹く風と言わんばかりに悠然とした態度は崩さなかった。

 口元に袖を当てて挑発的に微笑むキャスター。

 その姿に、白夜叉は何度となく殺し合った宿敵の姿を重ねた。

 場の空気が熱を帯び始め、緊張感が限界にまで高められ――ー

 

「違う。キャスターは危険な奴じゃない」

 

 唐突に、白野が断言した。

 威圧感をそのままに、白夜叉は白野を見る。

 

「何故そう断言できる? 玉藻の前は、おんしが意図して呼び出した英霊ではあるまい。おんしはそやつの素性を知っているというのか?」

「それは・・・・・・・・・何とも言えない」

 

 でも、と白野は続ける。

 

「白夜叉が警戒しているのは、キャスターが天照大神かどうかだよな?」

「まあ、そうだな」

「それなら違う。だって、キャスター(玉藻の前)と天照大神は別人だろ」

「むっ」

 

 もっともな指摘に、白夜叉は一瞬言葉が詰まった。

 

「天照大神が・・・・・・・・・キャスターの大元や過去がどうあれ、今回の襲撃で大勢の人間を救った。その事は確かな事実だ」

 

 もしも仮にキャスターがいなければ。

 プレイグにとり憑かれた参加者達は、ボロ雑巾の様になるまで酷使されただろう。

 そして命を落とした参加者は新たな魔王の手下(プレイグ)となり、更なる犠牲者を出していく。

 そうなれば、ゲームの結末が変わった可能性はある。

 

「キャスターがいなければ、俺も耀も無事にゲームを終えられなかった。俺を信じて戦ってくれたキャスターを、俺は信じたい」

 

 そして、何よりもーーー

 

「大事なのは過去に何をしたかじゃなくて、これから何をするか。だろ?」

 

 簡素で、何の飾りも無い言葉を伝え、白野は白夜叉の反応を待つ。

 かつて暴君の烙印を受けて国を追われたセイバーは、誇らしげに笑い。

 かつて帝を誑かした大妖怪として討伐されたキャスターは、柔らかく微笑む。

 二人は自分のマスターへ絶大な信頼を寄せ、控えていた。

 白夜叉は、そんな三人をしばらく見つめ―――やがて、胸の空気を押し出す様な深い溜め息をついた。

 

「大事なのは、過去ではなく未来か・・・・・・・・・。おんしの様な若造に教えられるとは思わなんだ。私も歳を取りすぎたかのう」

「そりゃあ年齢七桁じゃききませんからねえ。年金があったら国を買えるんじゃありません?」

「おんしには言われたくない。というか、やっぱ私の事を知ってるだろ。よくて私とトントンだろーに」

「え~? タマモ、永遠のティーンエイジャーだから分かりませ~ん♪」

 

 体をクネクネと動かすキャスターを鬱陶しそうに見ながらも、白夜叉は襟元を正す。

 そして―――キャスターに向かって頭を下げる。

 

「キャスター殿。魔王撃退の折、ご助力を感謝する。本来ならば先に礼を述べねばならなかったのに、私怨で蔑ろにしていた事を許して欲しい」

「いえいえ。白夜叉さんは下々の方を大事にされてる事が分かりましたから♪」

 

 天照大神(わたし)と違って。

 口に出さず、胸の中でキャスターはそう付け加える。

 

「それに、私が御主人の下へ来た目的は初めから一つ」

 

 キャスターはスッと立ち上がり、握り拳を天へと向ける。

 

「素敵な良妻狐になる事です!!」

「待て待てぇい! そうは問屋が卸さん!!」

 

 クワッと目を見開き、セイバーも立ち上がる。

 

「奏者は余とラブラブなのだっ! キャス狐が入る隙など、神が許してもローマ皇帝の余が許さん!」

「だからローマとか知らねえと言ってるでしょうが。来たの? 見たの? そんでもってDEBUなの?」

「ええい、次から次へとワケの分からん事を! 奏者からも何か言って・・・・・・・・・奏者?」

 

 セイバーが意見を求めようとすると、白野は顎に手を当てて考え込んでいた。

 セイバーの声が耳に入らず、白野は独り思考する。

 

(聖杯戦争で、マスターが契約できるサーヴァントは一人だけ。これは間違いない。だから俺はセイバー以外と契約できる筈がない。・・・・・・・・・なのに、どうしてキャスターの事を知っていたんだろう?)

 

 例えばキャスターの戦闘スタイル。まるで熟知していかの様に完璧に指示を出せた。

 例えばキャスターの真名。玉藻の前―――日本の三大妖怪の一角と聞かされ、驚く事もなく受け入れられた。

 セイバーとの聖杯戦争では自分はおろか、対戦相手の中にも玉藻の前(キャスター)を見た覚えはない。

 それなのに、白野はキャスターを受け入れはじめ、むしろ懐かしいとすら思っていた。

 その記憶の混乱が、喉に引っかかった魚の骨の様にスッキリとせず、白野は先ほどから延々と考え込んでいた。

 

「あ、そうだ」

 

 ロダンの石像の様に悩む白野を見て、キャスターは手を叩く。

 

「ね、ね。御主人様」

「え? ああ、ごめん! 何?」

「御主人様って、Sですか? Mですか?」

「は、はあ? いきなり何さ?」

「Sだったら・・・・・・・・・ごめんなさいね?」

 

 ワケが分からず疑問符を浮かべる白野に、キャスターは正面に立った。お互いの距離は手を伸ばせば届くくらい近い。

 キャスターは右手を指から真っ直ぐに揃えて、振り上げ―――

 

「タマモ式四十八手・五番! 斜め45度!!」

「ゴバッ!?」

 

 白野の頭へ思い切り、振り下ろした。

 糸の切れた人形の様に、白野は崩れ落ちる。

 床に突っ伏してピクピクと痙攣する白野を見て、キャスターの額から冷や汗が流れた。

 

「あ、あれー? やり過ぎちゃいました?」

「何を・・・・・・・・・考えておるかこの駄狐はあああああああっ!!」

 

 空気を叩きつける様な怒声と共に、セイバーはキャスターの襟元を掴む。

 

「阿呆か貴様は!? 何で奏者の脳天にチョップを喰らわせているのだ!?」

「い、いやー。何か私の事でお悩みみたいだったので、緊張を和らげようかと・・・・・・・・・ついでに、私の事を思い出してくれるのを期待してみたり?」

「阿呆だ貴様は!! 奏者は壊れかけのテレビか!? 叩いて直るなら修理屋は要らぬわっ!!」

「ちょ、ガクガク揺らさないで下さいまし! バター、バターになっちゃうから!! 虎じゃないけど!!」

 

 事の成り行きを見守っていた白夜叉は、どこからか出した煎餅をかじりながら静かに茶を啜る。

 

(あー、そういえば天照大神もこんな奴だった。空気を読まない、いや読んだ上でぶち壊していくというか・・・・・・・・・)

 

 などと、現実逃避染みた回想にふけた直後だった。

 

「お、思い出した・・・・・・・・・」

 

 へ? と全員が白野を見る。

 白野は頭を押さえながら、フラフラと立ち上がる。

 その眼には確信を得た輝きが灯っていた。

 

「思い出した・・・・・・・・・。キャスター・・・・・・タマモ・・・・・・君は、キャスター。俺の・・・・・・俺と一緒に戦った、サーヴァント!」

「うっそ!? 今ので思い出したんですか!?」

「いや、むちゃくちゃであろう・・・・・・・・・」

 

 尻尾を跳ね上げてビックリするキャスターとは対照的に、セイバーは頭痛を抑える様にこめかみに手を当てる。

 そんな二人を放って、白野はブツブツと独り言を繰り返していた。

 

「キャスターは、俺のサーヴァント。うん、違いない。じゃあセイバーは? セイバーも俺のサーヴァントだ。でも聖杯戦争で従えるサーヴァントは一人。じゃあセイバーは? キャスターは? いや、でも―――」

 

 エラー。エラー。エラー。

 壊れたレコーダーの様に、白野は同じ内容を繰り返す。

 岸波白野のサーヴァント(解答X)セイバー(数式A)キャスター(数式B)・・・・・・・・・?

 演算(過程)が合いません。演算(過程)が合いません。演算(過程)が合いません。

 直ちに例外処理(CCC)を実行して下さ、

 

「しっかりせよ、マスターッ!!」

 

 ハッと白野は顔を上げる。

 そこにはセイバーが、白野の肩を掴んで顔を覗き込んでいた。

 そこでようやく、白野は自分が尋常でない量の汗をかいていた事に気付いた。呼吸も荒く、鏡があれば酷い顔色になった自分を確認出来ただろう。

 

「セイ、バー・・・・・・・・・?」

「案ずるな。そなたは岸波白野。そなたが何者であっても、余が―――私が認めたマスターだ」

 

 翡翠の様な瞳が真っ直ぐと白野の眼に入る。

 その瞳を見ている内に、白野の心に平常心が戻ってきた。

 

「白夜叉さん、御主人様はお疲れの御様子。ここで失礼させて貰いますね?」

 

 キャスターが白夜叉に退室の許可を求める。

 口調こそ丁寧だが、有無を言わさない迫力がそこにあった。

 

「―――構うまいよ。長々と引き留めてすまなかったのう」

 

 白野達の様子を知ってか知らずか、白夜叉はあっさりと引き下がった。

 柏手を一つ打つと、部屋の障子が開く。

 

「礼は改めてするとしよう。黒ウサギによろしくな」

 

 

 

 




ごめん、事後処理回はもう少し続くのじゃよ。
多分、次で二章が終わるはず。


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第18話「戦いが終わり・・・劇は暗転する」

 これで、二章は終わりです。
 散々悩んだけど、どうしてもこの展開を書きたかった。


 用意された別室で、白野は大きく息を吐く。

 先程まで混乱していた頭は潮が引く様に落ち着きを取り戻していた。

 

「もう平気か?」

「うん、大丈夫。ありがとう、セイバー」

 

 傍らのセイバーに白野は微笑む。

 少し離れた場所で、キャスターが狐耳をうなだれさせて正座していた。

 

「申し訳ありません、御主人様・・・・・・。私のせいで・・・・・・・・・御主人様を苦しめる羽目になりました」

 

 目に涙を溜めながら深々と頭を下げるキャスター。

 

「頭を上げて、キャスター。むしろ謝らないといけないのは俺の方だ」

 

 白野はキャスターの側に寄り、腰を下ろす。

 たったそれだけで、鞭で打たれた様にキャスターは震えた。

 そんなキャスターを安心させる様に、白野はキャスターの手を握った。

 

「キャスターを・・・・・・・・・命をかけて俺に寄り添ってくれた君を今まで忘れていたんだ。無意識とはいえ、君に酷い事をした」

 

 心を許す程の相手が、自分を覚えていない。

 そんな寂しさを月の裏側で味あわせながら、また同じ事をキャスターに対してやってしまった。

 

「今はキャスターの事をちゃんと覚えている。思い出させてくれて、ありがとう」

 

 やり方はアレだけど、と白野は茶化しながら笑う。

 その笑顔に、ようやくキャスターは顔色を上げた。

 普段よりもしおらしい姿は、傾国の美女の名に恥じない美しさを湛えていた。

 

「御主人、様・・・・・・やっぱ、イケ魂です」

「ハハハ。元気が無くてもブレてない様で何より」

「しかし、どうなっているのだ?」

 

 今まで黙っていたセイバーが、少し膨れっ面になりながら疑問点を指摘する。

 

「余は間違いなく奏者のサーヴァントだと断言できるが・・・・・・キャス狐もまた奏者のサーヴァントであったと言う」

「うん。今なら、二人とも俺のサーヴァントだって言えるよ」

 

 ただ・・・・・・と白野は言葉を切る。

 

「今の記憶の中にある二人との聖杯戦争は・・・・・・・・・それぞれ違った所があるんだ」

 

 何? と訝しむセイバー。

 

「例えば、セイバーが戦ったサーヴァントの中でセイバークラスだったのはレオのガウェインだけだよな?」

「言うまでもない。あの太陽の騎士は強敵であった」

「でもキャスターとの聖杯戦争では、鈴鹿御前という英霊がセイバーだった。レオはロムルスというランサーを従えていたよ」

「我がローマの始祖を!? いや、問題はそこではないな。余とキャス狐の聖杯戦争では、戦ったサーヴァントが違うと言うのか?」

「うん。何人か戦うマスターが同じだったり、似たような状況になったりもしてるけどセイバーとの聖杯戦争とは大分違う」

「・・・・・・・・・それは多分、ムーンセルのせいでございましょう」

 

 いつもより神妙な顔つきになったキャスターが、初めて口を開いた。

 

「ムーンセルは、万能の願望器として機能する月の観測装置。あらゆる事象を観測するが故に、無限の可能性を演算し続ける月の頭脳です」

「つまり・・・・・・・・・奏者のサーヴァントが余ではなく、キャスターという可能性もあったという事か?」

「ええ。私とセイバーさん。どちらが事実だったかはともかく、ムーンセルは御主人様が聖杯戦争を勝ち抜いた時に即座にシミュレートしたのでしょう。どんなサーヴァントで、どんな相手なら同じ結果になるか、とね」

 

 ふむ、とセイバーは黙り込んだ。

 その話が本当ならば、どちらかの聖杯戦争はムーンセルがシミュレートしただけの産物という事になる。

 苦労もあった。困難もあった。

 だが、白野と過ごした時間が演算装置がはじき出した偽物であったとは考えたくない。

 かと言って・・・・・・。セイバーはチラリとキャスターを見やる。

 キャスターも同じ考えなのか、先のハイテンションを潜めていた。

 セイバーにとって、キャスターは突然現れて白野への好意を隠そうともしないお邪魔虫だ。

 しかし、その好意と献身が偽りではない事は十分に理解できた。

 その献身がムーンセルが仮想しただけの結果に過ぎないのは、さすがに惨いだろう。

 

「あの、御主人様」

 

 意を決して、キャスターは白野に話しかける。

 

「御主人様は・・・・・・・・・私とセイバーさん、どちらが本当のサーヴァントだと思いますか?」

 

 白野は眼を閉じて考え込んだ。

 ドクン、ドクン、ドクン。

 セイバー達の中で、自分の鼓動が大きく聞こえる。

 どちらが真で、どちらが偽か。

 箱の中の猫は生きているのか、死んでいるのか。

 やがて、白野は静かに目を開いて答えを出す。

 

「―――両方だ」

「・・・・・・・・・はい?」

 

 予想外の答えに、セイバー達は目が点になる。

 

「だから、両方。セイバーもキャスターも、俺の大切な戦友だ」

 

 驚く二人に構わず、白野は自分なりの答えを示した。

 

「さっきは混乱したけど、俺にとってどちらが本当のサーヴァントか? なんて、関係ないよ。俺自身、どっちが本当の聖杯戦争の体験かだったかは分からない」

 

 でもーーーと白野は言葉を切る。

 

「たとえムーンセルの計算に過ぎなくても、二人は俺の―――NPCに過ぎない俺に、最期までついて来てくれた。それだけで十分だ」

 

 セイバーとキャスターの聖杯戦争は、それぞれ差異がある。

 しかし、岸波白野が―――彼女達を従えたマスターが、記憶の無いNPCだった事は共通項だ。

 最も弱き者(岸波白野)が、最も強き者に挑む。

 その道程の果てに、今の白野がいる。

 

「どっちが本物の記憶か、なんて関係ない。今ここにいる二人は紛れもなく本物だ。俺は―――今の二人を大切にしたい」

 

 セイバーとキャスター、そして白野の視線が静かにぶつかり合う。

 やがて、セイバーは静かに微笑んだ。

 

「まったく・・・・・・酷いマスターがいたものだ。言い様によっては堂々と二股を宣言した様なものだぞ?」

「本当ですね。本来なら一夫多妻去勢拳どころか、最終奥義のタマモスパークをお見舞いしてる所です」

 

 キャスターは溜め息つきながら頭を振り、和らいだ表情を見せた。

 

「でも特別に許しちゃいます。だって、貴方はそういう人だったから。そんな貴方だからこそ、私は生涯をかけて尽くしたいと思えたから」

「仕方あるまい。奏者の魂の在り方は、たとえムーンセルでも変えられないであろうよ」

 

 同意する様に、セイバーは呟く。

 

「こんな答えしか出せないけど、その・・・・・・これからよろしく、二人とも」

 

 頭を下げる白野に、彼のサーヴァント達は頷いた。

 先程まで反目し合っていた彼女達は、今は同じマスターを持つサーヴァントとして互いに認め合っていた。

 

「まあ、それはともかく」

 

 エヘン、咳払いをするキャスター。

 

「御主人様の本妻は私ですので、セイバーさんは自重して下さいね?」

「は? 何を寝言を言っておる」

 

 胸を反らしながら、セイバーはキャスターと向かい合った。

 

「余が正室、そなたが側室。そなたが余に遠慮せよ」

「へー、家事の類が出来なさそうな貴方が正室ぅ? せめて肉じゃがくらい作れる様になってから物を言ってくれます?」

「料理など料理人を雇えば良いではないか。そのくらいの財力など、余の手にかかれば簡単に稼げるわ!」

「はい、ダウトー。家事を人任せとか伴侶として終わってると思いまーす! 御主人様に必要なのは内助の功を支えられる良妻狐でーす!」

「貴様の中ではそうなのだろう。貴様の中では、な」

「あ?」

「やるか?」

「ちょ、二人とも落ち着いて!」

 

 一気に一発触発な雰囲気になる英霊二人。

 彼女達は同じマスターを持つ同士として認め合っていた。

 だが、岸波白野の伴侶として譲り合う気など、さらさら無いのだった!

 

「奏者が決めよ」

「は、はい?」

 

 唐突に、セイバーが白野に振り向く。

 拒否を許さぬ、と威厳を振りまく姿は正に伝え聞く暴君そのもの。

 

「奏者が決めよ。余とキャス狐、どちらが伴侶として相応しいか!」

「御主人様? 男の子なら、しっかりと答えますよね? ちゃんと選んでくれないと、コロコロしちゃうぞ♪」

 

 ニッコリ、とキャスターも迫る。

 笑顔なのに寒気がするのは気のせいではないだろう。

 白野は眼を閉じて考え込んだ。

 ドクン、ドクン、ドクン。

 白野の中で、自分の鼓動が大きく聞こえる。

 赤を選ぶか、青を選ぶか。

 箱の中の猫はペルシャか三毛か。

 やがて、白野は静かに目を開いて答えを出す。

 

「そ、その・・・・・・・・・二人とも大切じゃ・・・・・・ダメ、かな?」

 

 ―――瞬間、白野の部屋から大きな爆発音が響き渡った。

 

 *

 

 ―――ム#@セ※・オ○§マト■ 中△部 ◎†¶ェリ/ケ?ジ(閲覧制限ランク:EXにより一般観測不可)

 

 そこは、どこまでも広大な空間だった。

 壁も無ければ天井も無い。

 舗装されたアスファルトの様に平坦な床がどこまでも続き、空は白く明るいが太陽も雲も無い。

 ただ広いだけの空間は、見てる者に空虚さを感じさせる。

 しかし、その空間にも座標となる物はある。

 空間の宙空、空と地の狭間に巨大な立方体が浮かんでいた。

 立方体の割れ目から折り重なった光の塊が覗く。

 神秘的な光を脈打つ立方体は、重苦しい程の静謐さを空間に醸し出していた。

 

 カタカタカタカタカタカタカタ―――。

 

 空間に場違いなタイピング音が響く。

 立方体のすぐ下の床に、これまた場違いな木製の机が置かれていた。

 アンティークショップにでも置かれていそうな机には一人の男が席に着き、ホログラムの様なキーボードへ流れる様に指を踊らせていた。

 年齢は二十代後半か。肩まで伸びた髪を後頭部で一纏めにし、眼鏡の下からは糸の様に細い目が覗く。

 スラリと伸びた身体をダークスーツに包み、場所や道具の異質さを除けばオフィスのビジネスマンを思わせた。

 しかし、スーツの上に着てるのは妖しげな紋様が縁取れたハーフマント。

 そして傍らに立てかけられた銀色に輝く――これにも妖しげな紋様が刻まれている――金属のステッキ。

 それらの道具は、スーツ姿の男がビジネスマンなどでは無い事を示していた。

 

 カタカタカタカタカタカタカタ―――。

 

 スーツ姿の男は一心不乱にキーボードを叩く。

 男を取り囲む様に宙にディスプレイが浮かんでいた。

 ディスプレイには、様々な映像が映されていた。

 例えば、飛鳥と耀がガルドと戦った時の映像であり、

 例えば、セイバーがアルゴールと戦った時の映像であり、

 例えば、十六夜がヴェーザーと戦った時の映像であった。

 十六夜達とセイバー達が“ノーネーム”に来てからの1ヶ月間。

 彼等の戦闘記録が、余すことなくスーツ姿の男に提示されていた。

 

 カタカタカタカタカタカタカタ―――。

 

 それらに眉一つ動く事なく、スーツ姿の男は一流のピアニストの様な指捌きでタイピングしていく。

 タイピング音と共にディスプレイに表示されるのは、“ノーネーム”のメンバー達の情報。

 主要な恩恵(ギフト)とその内容、戦闘スタイルや戦闘パターン。推測される恩恵(ギフト)の効果や暫定的なステータス表、趣味・思考、信条とするものエトセトラエトセトラ。

 それらの内容を分析し、時には自身の考察を交えて記載していく。

 

 カタカタカタカタカタ―――ピタッ。

 

 不意に、スーツ姿の男の指が止まる。

 天井も壁もない広大な空間。

 入り口らしきものが無いというのに、スーツ姿の男の後ろに人の気配を感じた。

 スーツ姿の男は立ち上がりながら、後ろを振り向く。

 

「これはこれは。お帰りなさい、アーチャーさん」

 

 スーツ姿の男は朗らかに笑いながら、後ろに現れた人物―――アーチャーに声をかけた。

 人当たりの良い笑顔を浮かべ、男はアーチャーを労う。

 

「この度は本当にご苦労様でした。いや、貴方は本当に働き者だ。わざわざ現地まで赴くなんて―――」

君が召喚した(・・・・・・)サーヴァントは消滅した」

 

 男の社交辞令につき合わず、アーチャーは用件だけを簡潔に述べた。

 

「ペイルライダー・・・・・・現地ではプレイグと名乗っていたが。奴は帝釈天の眷属によって完全に消滅した」

「ああ、はい。知ってます」

 

 どうでもいい報告だというように、スーツ姿の男は軽い調子で応えた。

 

「監察対象と一緒にいる少女にとり憑いたところまでは良かったんですがね。面白い宝具を持っていたので、ひょっとすると―――と思いましたが、上手くいかないものです」

 

 いや、失敗失敗。と、スーツ姿の男は肩をすくめる。

 その顔は相変わらず人当たりの良い―――作り物じみた笑顔。

 

「まあ、騙し騙しで召喚した様なサーヴァントでしたから最初から期待などしていませんがね。それにしてもすいませんねえ。街に噂を流して貰って魔王達へワザワザ(・・・・)ペイルライダーを引き渡したのに、この体たらくで。まあ、箱庭の魔王のデータを取れましたし、貴方もペイルライダーも大変意義のある働きを―――」

「もういいかな。悪いが、君の無駄話に付き合う気はない」

「あ、少々お待ちを。お聞きしたい事があるので」

 

 こちらの事情をお構い無しに一方的に喋る男に嫌気がさしたのか、紅い外套を翻して踵を返しかけたアーチャー。

 その背中に、スーツ姿の男は声をかけて呼び止めた。

 男は手元のキーボードを操作して、画面の一つを拡大してアーチャーの前に提示してみせた。

 画面に映し出されたのは、"The PIED PIPER of HAMELIN"の最終局面。

 2つに分割された画面には、頭を貫かれて消滅するペスト。そして、高台から矢を放つアーチャーの姿が映し出されていた。

 

「凄いですねぇ。あの魔王は神霊。打倒する手段など限られているというのに、単身で仕留めるなんて」

「・・・・・・・・・それが何か?」

「いえね、“ミストルテイン(神殺しの宿り木)”なんて投影出来るとは、流石は錬鉄の英雄」

 

 しかし、とスーツ姿の男は言葉を切り―――眼鏡を外す。

 

「―――監察対象達にバッチリ見られてるじゃねえか。どういうつもりだ、てめえ」

 

 それはどんな手品か。

 眼鏡を外した途端、男の雰囲気が変わった。

 笑顔が貼りついた顔は、一瞬にして不機嫌そうに眉間に皺が寄り。

 細められた眼が見開き、墨汁の様な漆黒の瞳が苛立ちを隠さずにアーチャーを射抜く。

 先程までの温厚そうな雰囲気が拭い去られ、凍える威圧感を男は押し出していた。

 しかしアーチャーは男の豹変を見飽きたとでも言うように、肩をすくめた。

 

「ヤレヤレ。最初からその顔で対応すれば良いものを。今更君の性格を知らぬとでも思ったかね?」

「はぐらかしてんじゃねえぞ、コラ。質問しているのは俺の方だ」

 

 舌打ちしながら、スーツ姿の男は銀のステッキを手に取る。

 瞬間、空気が一変した。

 静謐さに満ちた空間が、重苦しく殺気立ったものに塗り替えられる。

 同時に、男を中心に暴力的なまでの魔力が渦巻く。

 元来、無形な筈の魔力が物理的な質量(おもさ)すら感じる程に凝縮され、空間が悲鳴を上げながら放電を生じた。

 

「答えて貰おうじゃねえか。てめえはどういうつもりで、しかも監察対象にも見られる様な形で横槍を入れやがったんだ? ああ?」

 

 噴火寸前の火山を思わせる魔力の奔流を纏いながら、男はアーチャーへステッキをつきつけた。

 納得がいかなければ殺す。

 言外にそう言っている事を理解しながらも、アーチャーはシニカルな笑みを崩さなかった。

 

「君の後始末だよ」 

「あん?」

「だから、君の後始末だ。君が召喚したサーヴァントによって、“黒死斑の魔王”が勝つ可能性が出た。彼女が勝利した場合、人類は再び黒死病の猛威に曝される」

 

 箱庭における神魔の遊戯、ギフトゲーム。

 表向きは箱庭の文化体系と言われているが、真の理由は歴史の考察や外界の事象を形骸化した代理戦争だ。その結果によっては、外界の歴史が変化する。

 もしも"The PIED PIPER of HAMELIN"で“黒死斑の魔王(ペスト)”が勝利したならば。

 彼女は配下にした白夜叉の力を使い、箱庭に深刻な被害をもたらしていくだろう。

 そうなれば14世紀のヨーロッパの様に、人口の六割が病死する可能性(未来)が外界に顕現する。

 もっとも、二人は伺い知らぬが―――ペスト自身の目的はそんな事とは無関係であったのだが。

 

「その為、“黒死斑の魔王(ペスト)”には一刻も早くご退場願ったわけだ。映像を見れば分かるだろうが、最後まで私の姿は誰にも見られていない。むしろ君が人類の絶滅の一端を担う事を阻止したのだ。礼の一言でも欲しいくらいだがね?」

「………ふん」

 

 あくまでも余裕の態度を崩さないアーチャー。

 そんな彼に対して、スーツ姿の男は鼻を鳴らした。

 

「ま、一理あるわな。大災害を未然に防ぐとは、さすがは正義の味方だ」

 

 スーツ姿の男は口元をグニャリと歪めて笑い―――次の瞬間、アーチャーのいた地面が爆ぜる。

 何の予備動作も詠唱もなく振るわれる魔術。透明な巨人が荒々しく手を振り下ろしたかの様に、地面に巨大な罅割れを生じさせる。

 

「舐めてんじゃねえぞ。俺が、その程度の対策もしていない無能に見えたか?」

「―――まったく。眼鏡を外した君は余計なおべっかを言わないが、短気に過ぎる」

 

 地面に生じたクレーターの横。

 魔術の発動を瞬時に見抜いたアーチャーは、攻撃が当たらないギリギリの範囲に回避して肩をすくめた。

 攻撃を避けられるくらい想定していたのか、男はそれ以上は追及せずに左手を見せた。

 そこには、かすれて元の形が分からなくなった三画の模様。

 

「令呪、か。君はペイルライダーと契約を切ったのではなかったのかね?」

「魔力供給のパスは、な。保険に令呪のパスは残しておいた。これでも降霊術のエキスパート。契約の分割くらい、寝てても間違えねえよ。後はこれを使って、魔王とやらの寝首をかかせれば良い」

「・・・・・・・・・最初からペイルライダーは捨て駒にする気だった、と?」

「当然だろうが。何の為に、あんな使えない亡霊を始末しなかったと思ってやがる?」

 

 吐き捨てる様に言い放つスーツ姿の男。

 結果的に自分のサーヴァントを利用した挙げ句に死なせたというのに、男には良心の呵責など無い様だ。

 その姿に、アーチャーは溜息をつきつつも何も言わなかった。

 

「忘れんじゃねえぞ、衛士(センチネル)・アーチャー」

 

 相手の不満を察知したのか、男はステッキを突き付けながら彼の本来のクラス名で呼ぶ。

 

「お前も、そして俺も(・・・・・)。クソッタレな命令(オーダー)を実行する為に呼ばれたサーヴァント。正義の味方が結構だが、本来の目的を覚えてねえと言わせねえよ」

「………分かっているさ。以後、気を付つけるとしよう。衛士(センチネル)・キャスター」

 

 視線をそらしながら答える衛士(センチネル)・アーチャー。

 その答えに不機嫌な表情のまま、スーツ姿の男――衛士(センチネル)・キャスターは眼鏡をかける。

 

「まあ、この話はこれで終わりにするとして。当面の問題はこちらですね」

 

 眼鏡をかけた途端、衛士(センチネル)・キャスターの性格が変わる。

 あっさりと怒りと苛立ちが消え、先程までの紳士然とした表情になった。

 

「………前々から疑問なのだが。初対面ならともかく、今更猫をかぶる必要があるのかね?」

「貴方の言う通り、社交的な性格ではありませんから。それに、生前からの習慣ですので」

 

 しれっと答えながら衛士(センチネル)・キャスターは手元のキーボードを再び操作して、一つの画像を出す。

 

 そこに映るのはプレイグに憑りつかれた耀が白野を追い詰め、あわやという所で召喚されるキャスター(玉藻の前)

 その映像を衛士(センチネル)・アーチャーは渋面を作りながら見つめた。

 

「詠唱も儀式も無く、サーヴァントを呼び出したか……」

「ええ。この時刻、バッチリと作動しましたよ」

 

 衛士(センチネル)・キャスターは頷きながら、自分の頭上を指さす。

 そこには、相変わらず静かに光を脈動させる巨大な立方体。

 

「当然、こちらから英霊召喚システム(システム・フェイト)の起動を許可していません。彼がシステムに介入して作動させたと見ていいでしょう」

 

 既に下知されている事ですが、と衛士(センチネル)・キャスターは言葉を切る。

 眼鏡をかけていれば、初対面の相手にも親しみを感じさせる紳士的な雰囲気。

 しかし再び細められた目からは、ぞっとする程冷たい光が灯る。

 目的の為なら躊躇なく他者の命を奪い、友であっても平気で足蹴にする魔術師の英霊がそこにいた。

 

「消えて貰いましょう、我等のマスターの為に。偽りの支配者には、ね」 

 

 

 

 




 懲りずにオリキャラを出すsahalaでありましたとさ。公式ではっきりと姿を出した事はないけど、今後FGOとかで出てきたらどうしよう……。
 
 このSSは、原作を読んで作者なりに解釈・妄想した展開や設定が多いです。
 パワーバランスがおかしい、設定が変だと思っても「sahalaの中ではそうなんだろ、sahalaの中ではな」という生暖かい目で見守って下さい。お願いします(土下座)

 最後に、玉藻の前の説明も「お前がそう思うなら(略)」ぐらいに思って下さい。
 ぶっちゃけると、間違いなので。

 次回から三章。
 その前に日常編を少しやるか否か、考え中です。
 それでは、失礼。


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第三章『そう……巨竜召喚』
第三章予告


 現実逃避に書いた第三章の予告。
 本腰入れて書けるのは来年かな。


 ―――箱庭七七五九一七五外門。“アンダーウッドの大瀑布”

 

 天へとそびえ立つ様な巨躯の水樹。

 その根元に建てられた地下都市では、老若男女と様々な住人達が忙しなく働き回っていた。

 アンダーウッドの収穫祭。

 数日後に差し迫ったその祭は、南側で屈指の大祭であると同時に十年前に魔王に襲われた“アンダーウッド”の復興記念も兼ねている。

 ある者は“アンダーウッド”の復活を願い、ある者は収穫祭でコミュニティの実力を示そうと張り切る。

 その為に大人は各々のコミュニティの出店の準備に追われ、子供は大人の使い走りとして働き回っていた。

 誰もが期待に胸を踊らせて祭の準備を進める中ーーー

 

「ちょっと。私のステージが用意されてないって、どういうこと?」

 

 “アンダーウッド”の中心。

 水樹の根元に設けれた運営本部で、一人の少女が不満そうな声を出していた。

 上質なルビーの様に紅い髪を伸ばし、頭から不釣り合いな程に大きい二本の角を生やした少女。

 彼女はスカートから伸びた爬虫類の様な尾を苛立たし気に振りながら、受付にいた木霊の少女に詰め掛けていた。

 

「そ、その・・・・・・申請はしたのですけど、どうしてもタイムテーブルが合わなくてーーー」

「言い訳は無用。私、口答えが大嫌いなの」

「ですけど、この通りステージのプログラムは一杯で、あっ!?」

 

 スケジュール表を取り出して説明しようとした木霊の少女から引ったくる様に紙を奪い取り、赤毛の少女はざっとステージの予定を眺めた。

 

「ふうん、最初はサラの開会の挨拶からなのね。それじゃ、この後に私のライブを入れなさい」

「そ、そんな!? その後は“ニ翼”のグリフィス=グライフ様や連盟のリーダーによるスピーチが、」

「キャンセルして良いから。というか、しなさい。私、あの馬肉嫌いなの」

 

 自分勝手な要求をする赤毛の少女に、木霊の少女はどう言ったものかと困った顔になる。

 

「サラは連盟の議長だからトップバッターを譲るのは仕方ないとして、後はムサい男か年寄りしかいないじゃない。そんな面子のスピーチなんて、眠くなるくらい退屈に決まってるわ」

「えっと、その・・・・・・」

「むしろここはオープニングから派手に飛ばして、観客(オーディエンス)のハートを鷲掴みにすべきよ。高まるリビドー・・・・・・サイリウムを片手に興奮する私の下僕(ファン)達・・・・・・私を知らない哀れな東や北の子豚達も収穫祭への期待が否応無しに高まるわ」

 

 ウットリと、酔いしれながら赤毛の少女は自分を抱き締める。

 提案は身勝手極まりないが、赤毛の少女も自分なりのやり方で収穫祭を成功させるという意気込みが渦巻いていた。

 少女はステージ上の役者の様に両手を広げ、高らかに宣言する。

 

「それを出来るのは・・・・・・そう! 雷鳴轟くヤーノシュ山より舞い降りた鮮血の歌姫! エリーーー」

「あらあら。冗談は貴女の歌声だけにして貰えます?」

 

 突如、赤毛の少女の後ろから冷ややかな声が響く。

 赤毛の少女が振り向くと、そこには新たに着物を着た少女が立っていた。

 歳は十三、十四といったところか。浅黄色の着物の上に白い袿を羽織り、手にした扇子で優雅に口元を隠していた。

 唯一、頭から生やした二本の角が人間と異なるが、それも少女の空色の髪を飾るアクセントとなっている。

 そんな見る目麗しい少女が、ニッコリと微笑みながら赤毛の少女に話し掛けた。

 

「貴女の歌を披露した日には、“アンダーウッド”は再び壊滅しますわ。いえ、むしろもう立ち直れないかも」

「はあ? 私の歌が分からないとか、アナタどういう耳をしてるわけ? 極東の蛇は耳が悪いのかしら?」

「ええ、全くもって救えないくらい悪いのでしょうね・・・・・・貴女の頭が」

 

 ピシッ!

 場の空気が音を立てて、ひび割れる。

 赤毛の少女は額に青筋を立て、着物の少女は目が笑ってない笑顔を浮かべ、木霊の少女はそんな二人をハラハラしながら目線を泳がせていた。

 

「へえ、言うじゃない。極東の島国は、分のわきまえ方も教わらないのかしら?」

「そちらこそ領地に引きこもってばかりだから、井の中の蛙なんじゃありません? いえ、それ以前の問題ですけど」

「私は全宇宙に輝くドラゴンアイドルよ。むしろ豚共がこぞって井戸に身投げするわね」

「ゴキブリホイホイとして?」

「私の歌を聞くために決まってるでしょ、このアオダイショウ!」

「ふん、メキシコドクトカゲ」

「ガラガラヘビ!」

「グールドモニター」

「コモチナメラ!」

「ノドジロオオトカゲ」

「ストーカーマムシ!」

「っ、ふん! ペッタンコ!」

「似たような体型じゃない!」

 

 ヒートアップした赤毛の少女の手に、マイクスタンドの様な形をした槍が現れる。

 

「どうやら教育が必要な様ね! 良いわ、下々の者を罰するのは貴族の務めよ!」

 

 対する着物の少女は、扇子を一閃させる。

 龍の彫刻が刻まれた扇子は、瞬時に鉄扇となって扇面を刃と化す。

 

「ええ、言って分からないなら力ずくで理解させてあげますわ!」

 

 二人の少女は対峙し、お互いの得物を構える。

 そしてーーー!

 

「やああああああああああああっ!!」

「シャアアアアアアアアアアアッ!!」

 

「ヒイイィッ!? だ、誰かサラ様を呼んで下さい!! 二人がまた喧嘩し出しました!! お願い、誰か! 誰か来てええええぇぇぇぇっ!!」

 

 ドッカンバッキン! ボウッ!

 二人の破壊音をBGMに、木霊の少女の悲鳴が“アンダーウッド”に響き渡った。




さーばんとがふえるよ! やったね、ざびえる!


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第1話「戦いの胎動」

 あけましておめでとうございます。
 いつもより大分短いですが、今年も『月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?』をよろしくお願いします。
 え? FGOの正月ガチャ? ………何も聞かないでお願い。


 ―――ム#@セル・オー§マト■ 中△部 アン¶ェリ/ケ?ジ(閲覧制限ランク:EXにより一般観測不可)

 

 

「―――以上が、彼等のデータだ」

 

 いくつも浮かぶ画面の光に照らされ、神父服(カソック)を着た長身の男の姿が浮かび上がる。

 男は胡散臭い笑みを浮かべ、低く滑らかな声が空間に響く。

 

「何か、質問はある者がいればお答えしよう」

 

神父服の男はグルリとこの場に居合わせた全員を見渡した。

男を取り囲む様に七つの彫像がそびえ立ち、彫像の足元には台座を削って造られた玉座が並ぶ。

それぞれの玉座には、年代も服装もバラバラな人影が腰掛けていた。

ある者は時代がかった甲冑を身につけ、ある者は全身を覆うボディアーマーを着込む。

何も知らない者が見れば、怪しげなコスプレ集団がいると笑う様な集団だ。

だが―――この場に魔術の心得がある者がいれば、笑うどころか卒倒するだろう。

彼等一人一人が、その場にいるだけで空間を軋ませる様な魔力を放出し、しかし互いの魔力をそよ風の様に受け流す。

場を支配する様な圧倒的な存在感を醸し出しながら、顔色一つ変えることなくそれが自然体の様に振舞っていた。

居並ぶ彼等は、明らかに人間ではない。言わば、人でありながら人を超えた―――

 

「………この逆廻十六夜という少年、詳細不明とはどういう意味か?」

 

七人の内の一人、騎兵の彫像の足元に設置された玉座から男の声が上がる。

古代の中華武将の様な鎧を纏う男は、目の前のモニターを胡乱げな目付きで見ていた。

 

「これでは調べたとは言うまい。蔵書に記録は無かったのか?」

「残念だが………似た様な宝具やスキルはあるが、特定には至れなかった」

 

言葉とは裏腹に、神父服の男は陰のある笑みを絶やさずに答えた。

 

「だが問題はあるまい? ご覧の通り、彼の格闘技術は未熟だ。彼の能力に不明な点はあれど、総合評価では君達の勝率が高いと思うがね?」

「なればこそ、勝機は万全を期すべきである」

 

顔を顰めたまま、中華武将の男は憮然と答えた。

 

「彼を知りて己を知れば、百戦して殆うからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。確実な勝利の為には一分の隙も許されまい」

「とやかく言うなよ、ライダーのとっつぁん」

 

槍兵の彫像の足元から若い男の声が上がる。

そこには群青のボディスーツの上に軽鎧を纏った青年が、肉食獣を思わせる笑みを浮かべて玉座に座っていた。

 

「相手が分からねえなら、手前(てめえ)の全力でぶつかるだけだ。なんなら、ガキ共は俺が纏めて相手しても良いぜ」

「あら、それは困るわね」

 

今度は暗殺者の彫像の玉座から妙齢の女性の声が上がる。

際どいボンテージの上に鉄格子を思わせるドレスを纏った女性がそこにいた。

彼女は手元の杖を弄りながら、画面の中の久遠飛鳥と春日部耀を興味深く見つめていた。

「この娘達、とっても私の好みですもの。ええ本当に―――虐めれば、さぞかし良い声で鳴いてくれそう」

 

目元を覆い隠す鉄仮面の下から、金色の瞳がヌラリと妖しい光沢を帯びる。

そんな彼女に、ランサーが呆れた溜息を吐く。

 

「は、御得意の吸血風呂(ブラッドバス)にでも沈めるのか? んな事しても若返るワケねえだろうが」

「美容の事が貴方に分かるのかしら? 野を駆けずり回る獣の貴方に」

「ま、分からねえな。生憎とそこまで拘った物が無えしな」

「目的を見失っては困るな。アサシン、ランサー」

 

 咳払いと共に神父服の男が割り込んだ。

 

「標的はあくまで、あの少年(・・・・)。それ以外は二の次に他ならない」

 

 舌打ちと共に不承不承頷く声が各々から返事が上がった。

 神父服の男が手元のコンソールを操作すると画面の映像が切り替わった。

 岸波白野とそのサーヴァントであるセイバーとキャスターの映像と、詳細なステータス情報がそこに映される。

 

「セイバーは暴君ネロ、キャスターは玉藻の前か………こりゃまたピーキーなメンツだな」

「どちらも本職としてのセイバーやキャスターとは言えまい。ステータスだけ見るならば拙者達が有利ではあるが………」

「ああ、『岸波白野』がいる」

 

 ランサーの呟きに、ライダーは押し黙る。

 ライダーだけではない。この場にいる全員が『岸波白野』を見つめていた。

 複雑な感情が入り混じった顔で見つめる者、忌々しい仇敵の様に見つめる者、鉄面皮で自らの心情を悟らせない者。

 様々な感情が交差し、画面の中の『岸波白野』へと視線が集まっていた。

 

「………それで、肝心の()はどうなんだ?」

 

 立ち並ぶ彫像の一角、弓兵の玉座から若い男―――衛士(センチネル)・アーチャーの声が響く。

 

「彼を取り囲む味方やサーヴァントの戦力は分かった。では、我々の標的である()は単独でどれだけの戦力を持っている?」

「それについては心配ない。『岸波白野』そのものの戦力は一介の魔術師と同程度といったところだ。君達を相手にするなんて、とてもとても」

 

 含む笑いをする神父服の男。

 しかし、アーチャーは知っていた。

 『岸波白野』は単純な数値で戦力を測れる相手ではない。

 どう足掻いても埋めようのない戦力差を覆し、最期には逆転勝利する者。

 それこそが、アーチャーの―――

 

「おい一つ忘れてねえか? ウサギ耳の嬢ちゃんはどうする? ありゃ帝釈天の眷属なんだろ」

 

 ふいに、ランサーが声を上げる。

 『箱庭の貴族』であり、雷神にして武神の帝釈天の眷属である黒ウサギ。

 身体能力だけでも逆廻十六夜に匹敵し、彼女の持つ恩恵(ギフト)の数々は護法十二天から授けられた一級の恩恵。

おまけに『審判権限』でギフトゲームへの介入が出来る為に、彼等が『岸波白野』を狙う以上、無視は出来ない存在だ。

 

「問題はない。むしろ戦力として数えなくても良い」

 

神父服の男は、ランサーの疑問を杞憂だとでも言いたげに手を振った。

 

「ギフトゲームは箱庭世界において法と同義だ。ゲームのルールを破る事は許されない」

 

空々しい笑顔と共に、神父服の男は手を広げる。

その手には、一枚の契約書類(ギアススクロール)

 

「故に、ゲームが開始されれば箱庭の審判は黙って勝敗を見届ける他ない。もとより………月に関わる眷属達は、君達に逆らう事は出来ない(・・・・・・・・・・・・)

 

ふん、と不満そうにランサーは鼻を鳴らしたが、それ以上は追及しなかった。

 

「その為にはゲームの開始条件を満たさねばならないのだが………どうやら抜け駆けをした者がいた様だ」

「おや、いけませんでしたか?」

 

神父服の男がチラリと見た先、魔術師の彫像の玉座に足を組みながら座った衛士(センチネル)・キャスターがにこやかに微笑んでいた。

 

「私が使用したサーヴァントの枠はあちらの(・・・・)ライダー。倒すべき敵を味方に引き込んだのですから、むしろお手柄だったと言って欲しいですがね?」

「そのサーヴァントは呆気なく消えた様だが?」

「生憎と不正な召喚なのでマトモなサーヴァントにならなかったのですよ。本来なら不死身といっていい存在になる筈だったのに」

 

紳士的な笑みを浮かべる衛士・キャスター。

しかし、この場にいる全員はその笑顔を信じる者は一人もいなかった。

それどころかランサーとライダーは不快そうに顔を顰めた。

 

「開戦前からズルして騙し討ちか。いい根性してるじゃねえか」

「その上、自分のサーヴァント(部下)を捨て駒にするなど………貴殿は英霊としての誇りを欠いている」

「誇り、ねえ………」

 

二人の非難に、キャスターはクックッと喉を鳴らし―――眼鏡を外した。

 

「さっすが、清純な英霊様だ。言う事が違うねえ、勝利の為に手段を選べとは恐れ入る」

「勝たなくて良いとは言っておらん。だが人として犯してはならぬ領域があろう」

「はあ? そんなものを忌避するくらいなら魔術師なんてやってねえよ」

 

ライダーの叱責に、キャスターは反吐が出ると言いたげな顔になった。

 

「勝つためなら何でも使う。どんな手段でも取る。それが俺のやり方だ」

「なかなか立派な心構えだが、しばらくは控えてもらいたい」

 

 一連の成り行きに全く表情を崩すことなく、神父服の男はキャスターの前に立つ。

 

「確かに()の始末を命じてはいるが、こちらの管理下にないサーヴァントを増やされては困る。これ以降、勝手に英霊召喚システム(システム・フェイト)に干渉する様であれば、君に処分を下さねばなるまい」

「………ええ、肝に命じておきましょう」

 

 再び眼鏡をかけ、朗らかな笑顔でキャスターは答えた。しかし、先ほどまでの態度を見る限り胡散臭い笑みに見える。

 

「ともあれ、開戦条件はもうすぐ満たされる。()が召喚したセイバー、キャスター。未だ姿の見えないランサー、アサシン、バーサーカー。そして、衛士・キャスターが使い潰したライダー」

 

 神父服の男がそれぞれのクラスを読み上げると同時に、向かい合った彫像の中央の空き地にホログラムの彫像が浮かび上がる。

 剣士、魔術師、槍兵、暗殺者、狂戦士、騎兵。

 かつての地上で、そして月で行われた聖杯戦争に召喚された英霊のクラス。

 それらを模した彫像が現れ、それぞれのクラスに対応した玉座の前に向かい合う様に直立する。

 唯一、騎兵の駒だけが黒く塗り潰されていた。

 そしてお互いのクラスを模した彫像が向き合う中、一対にならないクラス。そこは―――

 

「残るは、弓兵(アーチャー)。そのサーヴァントが召喚されれば我等のゲームが幕を開ける。その時は存分に力を振るうが良い」

 

 

「月を守護する最強の番人。月の衛士(ムーン・センチネル)達よ」

 

 

 

 




 彫像のデザインはFateのアニメで出てくるサーヴァントの駒をイメージして下さい。
 月の衛士達が仕掛けようとしてるギフトゲームが何か? 感の良い人は分かるとは思いますが、開催されるのは少し後になります。


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第2話「戦果報告」

 話が全く動いてない(白目)
 デイリー報酬の呼符を使ったら、アルトリアが出ましたヤッター!

アルトリア「私、三人目だもの・・・・・・」


 乾いて弾ける様な音が辺りに響く。大剣を模した木剣とロングソードを模した木剣が互いにぶつかり合う。

 鉄のように散る火花は無くとも、その衝突には互いの戦意があった。

 はっ、と小さく丸めた呼気を吐き出して、白野はセイバーに打ち込んでいく。

 大剣と普通のロングソードでは間合いに差がある。ならば、その長さが仇となる懐こそ安全地帯。魔術(コード・キャスト)で強化された身体能力は、白野をいっぱしの兵士と同程度までに引き上げていた。

 しかし。相対するのは剣士の中でもトップクラスの剣の英霊(セイバー)

 白野の打ち込みなど予想通りと言わんばかりに大剣を斜めに構え、攻撃を反らす。そのまま、剣の腹を滑らせる様に払い、無防備な白野の脇腹へ大剣が奔る。

 

「っ、gain_con()!!」

 

 白野が発動させた魔術が、彼の身体に鋼の様な堅固さを与える。

 次の瞬間、内臓を弾き飛ばすかの様な衝撃が白野を襲った。

 手加減しているとはいえ、剣の英霊の一撃。相手が鋼の鎧を着込んでいようが、その鎧ごと叩き潰すのは造作もない。

 胃から酸っぱいものが込み上げてくる感覚に耐えながら、白野は強引にセイバーに詰め寄る。

 セイバーの大剣は白野に脇腹に振られたまま止まっている。もうセイバーを守る武器は無いと確信し―――顎に生じた衝撃と共に宙を舞った。

 

「、!?」

 

 まるで漫画の様に飛ばされる中、白野は何とか目だけをセイバーに向ける。そこには左手でアッパーカットの様に掌底を振りぬいたセイバーの姿があった。どうやら、白野が打ち込むと同時に片手を大剣から放し、即座にカウンターに転じたらしい。

 地面へと背中から激突した白野は、何とか受け身を取って、立ち上がろうとし―――視界が揺れている事に気付いた。

 顎を打ち抜かれた同時に脳を揺さぶられたのだろう。それでも剣を握ろうと手を伸ばし―――目の前に大剣の切っ先が見えた。

 セイバーが、白野の胸に切っ先を押し付けていた。

 

「………参りました」

「うむ。これで五百回目であるな」

 

 セイバーが静かに頷き、大剣を白野からどける。

 剣を拾い上げて立ち上がる白野。その表情には、些か覇気がない。

 

「次こそはいけると思ったんだけどな」

「甘い計算だ奏者よ。そもそも本気で打ち込めば防御魔術ごと輪切りにしているからな」

 

 容赦のないセイバーの一言に、白野はガックリと肩を落とした。

 

「それにしても剣の鍛錬を願い出て一ヵ月になるが………」

 

 白野に濡れたタオルを手渡しながら、セイバーは溜息をつく。全身を汗と泥に塗れた白野に比べ、セイバーは疲労の影すら見えない。

 

「はっきり言って才能がない。凡庸、非才、並み以下。戦術眼は優れているが、前線で戦うには致命的に不向きだ」

「改めて言われると落ち込むな………」

「当然といえば当然だ。鍛錬を続ければマシになるだろうが、それには少なくとも十年先を見越した鍛錬をする必要がある」

 

 普段は白野に対して甘い空気を振り撒くセイバーも、今は剣の教官として厳しく生徒(白野)に評価を下していた。

 

「そなたは確かに先読みして相手の一手を封じる様な慧眼の持ち主だ。しかし、それは我等サーヴァントの戦いを傍目で見てきたからこそ。秒の判断が生死の境を決める格闘戦ではそなたの慧眼を活かす時間もない」

 

 ボクシングで例えるならば、白野はリング上の選手に最適な判断を下せるセコンドだ。彼の指示の下、選手は勝利をおさめられるだろう。

 しかし、名セコンドが名選手とは限らない。

 客観的な立場で試合を見れるセコンドと違い、常に攻撃が飛んでくるリング(戦場)は彼に的確な判断を考える余裕すら許さない。

 

「はっきり言うが、そなた自身の手で戦うという選択自体が間違いであろう。どうにもならぬ相手は余かキャス狐。イザヨイかヨウに頼るべきであろう。それすらも適わないならば、即座に逃げる他あるまい」

「それは分かってはいるんだけど………」

 

 どこか歯切れの悪い様子で言葉に詰まる白野。

 セイバーの言う事が紛れもない正論である事は、白野も分かっていた。彼は剣を振って戦う者ではなく、剣となるサーヴァントを使役する者。

 加えて、英霊であるセイバー達や特別な恩恵(ギフト)を宿す十六夜達と岸波白野では元々の身体能力に差があり過ぎる。それこそ、接近戦を不得手とするキャスターにすら白野は足元にも及ばない。

 普通の魔術師ならば、肉体の鍛錬をする無意味さに早々と見切りをつけて、魔術の鍛錬やサーヴァントの効率の良い運用に時間を費やすだろう。

 しかし。白野は苦い気持ちで一ヵ月前を振り返る。

 それは、〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)のギフトゲームの終盤。

 魔王の手下に操られた春日部耀により、セイバーと連携が取れなくなった白野は彼女の体術の前に手も足も出なかった。

 あの時は奇跡的にキャスターが召喚されて事無きを得たが、あと一歩遅ければ白野の命は無かっただろう。それどころかマスター不在となったセイバーも消滅、耀はそのまま魔王の手下として望まぬ破壊を強いられていた。

 こんな事態が二度と無い様に、セイバー達がいなくても対応できるくらい―――少なくとも自分の身を守れるくらい―――の護身術を身に付けなくてはならないと白野は考えていた。

 

「まあ、幸いな事に今の奏者には余を含めて二人のサーヴァントがいる。」

 

 白野の心情を察してか、セイバーは少し語調を緩める。

 

「常に一人は傍にいる様に我等も心掛けよう。そうすれば以前の様な危機には陥るまい」

「………そうだな、ありがとうセイバー」

「ご主人様~~!」

 

 遠くからキャスターが手を振りながら白野達へ駆け寄る。

 彼女が動く度にトレードマークである狐の尻尾が左右に揺れていた。

 

「飛鳥さん達が戻って来ましたよ。昼食の後、大広間で戦果の審査だそうです」

「そっか、そういえば今日だったな」

 

 汗を拭きながら白野は思い出した。

 一週間前、〝ノーネーム”に送られてきた一つの封筒。

 南側のコミュニティ〝龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟から収穫祭への招待状が送られたのだ。

 飛鳥のディーンや地精のメルンが開墾したお陰で農園の復興に目処が着いた為に、新たな牧畜や苗を欲していた‟ノーネーム”にとって渡りに船であった。

 しかし、問題が一つ生じる。収穫祭は前夜祭を含めれば二十五日間と長期に渡る。その間、主力である十六夜達が本拠地を離れているのは良くない状況だ。‟フォレス・ガロ”の様な人攫いや天災の様に襲い掛かる魔王の事を考えると、最低でも一人は留守番しなくてはならない。

 もっとも、筋の通った正論ではあっても、せっかくの収穫祭を我慢して退屈そうな役目を引き受ける人間がいたかと言うと―――

 

「「「「嫌だ」」」」

「ん? 驚いたな、岸波が断るなんて」

「どういう意味だ、十六夜?」

「いや、ドを通り越してEXTRAクラスのお人よしな岸波の事だ。ここは進んで引き受けて俺達は感謝感激で涙しながら南側へと旅立つ予定だったんだが」

「………ニヤニヤ笑いをしてなければ、その言葉を信じても良かったけどな」

 

 信じるのかよ、と内心でツッコミを入れながら十六夜は白野の反応を待つ。今まで寝食を共にしてきたが、白野は衣食住以外で個人的な欲求をしてこなかった。むしろ人に譲る事の多い彼が、自分の意向を通そうとするのは初めてではないだろうか。

 

「まあ、俺にだってやりたい事くらいはあるさ。いつも無茶ぶりを振られてばかりだし」

 

 MPSとかはかせないとか借金の取り立てとかな、と遠い目をする白野。

 

「それに、珍しい礼装とか手に入るかもしれないからな。是非とも自分の目で見ておきたいんだ」

「ふうん。最近、皇帝様や御狐様と何やら画策してるみたいだが、それと関係あるのか?」

「まだ秘密。ちゃんと形になってから見せたいし」

「へいへい。それなりに期待してますよっと」

 

 ―――と、こんなやり取りがあった後、最終的に日数を絞らせ、‟前夜祭までに最も多くの戦果を上げた者が全日参加する”という取り決めが為されたのだ。

 

「俺達の戦果は問題ないとして、十六夜は大丈夫なのか? 強過ぎて周りのコミュニティから敬遠されてると聞いたけど」

「大丈夫なんじゃないですか? あの凶暴児、白夜叉さんからゲームを紹介してもらったみたいですから」

 

 どうでも良さそうに答えるキャスターを連れながら、本拠へと歩く白野達。

 意外な事だが。今回のゲームで、十六夜の戦果成績は低迷していたのだ。

 ‟世界の果て”に住まう巨躯の蛇神、‟黒死斑の魔王”の側近にして神格保持者であった悪魔・ヴェーザー。

 人智を超えた敵達を駆逐した十六夜に対して、下層のコミュニティ達は彼のゲームの参加を著しく制限したのだ。

 もっとも、コミュニティにだって生活があるのだから大敗すると分かってゲームを開催するわけにもいかないのだが。

 

「そっか。このまま勝ち逃げ、というわけにもいかないか。となると、後はどんな戦果を上げて来たかだけど……」

「なに、心配はあるまい」

 

 横で聞いていたセイバーが鷹揚に微笑む。

 

「我等が上げた戦果も中々の物だ。生半可な戦果では奏者達には及ぶまい」

「大口の取引先を確保したんですし、ご主人様の戦果に並ぶ人はいませんって!」

 

 サーヴァント二人が頷くのを見て、白野の中にもようやく余裕が生まれた。彼女達の言う通り、それだけ戦績は上げたのだ。

 何はともあれ、今日は待ち望んだ戦果の報告日。十六夜達がどんな結果を出して来ても、自信を持って自分の戦果を報告しよう。

 

 *

 

 〝ノーネーム”の本拠・大広間。

 そこには黒ウサギを除く主要メンバー全員が集まっていた。

 大広間の中心に置かれた長机には審査員として上座にジンとレティシア。その後にコミュニティへの貢献度として十六夜、飛鳥、白野、耀の順で座っている。そして、白野の背後に控える様にセイバーとキャスターが並び立つ。

 

「これキャス狐、あまり引っ付くでない。先ほどから尻尾がビタンビタンと余に当たっておる。そなたは部屋の隅で控えるが良かろう」

「セイバーさんこそ、私の足を踏んでますよねえ? 聞くまでもないけどワザとだろお前。つーか邪魔だからどっか行け、ハレンチ皇帝」

「淫乱ピンク」

「痴女レッド」

「はい、そこまで」

 

 バチバチと火花を散らし始めた彼女達を白野が仲裁する。

 

「二人とも、静かに出来ないなら退室して貰うよ」

「むぅ……」

「は~い……」

 

 仕方なし、と言わんばかりの二人の態度に飛鳥は呆れた様に溜息をついた。

 

「相変わらずモテモテねえ……」

「両手に花、しかも一人は傾国の美女と来たもんだ。男冥利に尽きるじゃねえか、色男」

「ああ。ついでに体力も懐具合も尽きかけてるけどね………」

 

 ヤハハとからかう十六夜に、白野はグッタリしながら答える。

 事の始まりは一ヵ月前。北側で白夜叉との会合を終えた後の事だ。

 

「まあ、ご主人様が悪いわけじゃないんですけど!」

 

 台詞とは裏腹に、片手は人差し指を立て、もう片方の手を腰に当てて「キャス狐さん、怒ってますよ~」のポーズを取るキャスター。

 

「故意に浮気したわけじゃないので、情状酌量の余地ありという事にしてあげます。戦闘面で見るなら、サーヴァントが二人になったのは悪くないですし」

「うむ。前衛に余、後衛に呪術に優れたキャス狐がいれば戦術の幅も広がるであろう」

「でもでも! やっぱり御主人様にとって一番なのは私じゃなきゃ嫌なのです!」

「余も同感だ。かと言って、記憶の整理が覚束無い奏者にどちらかを選べというのは酷であろう」

 

 そこでだ、とセイバーは一旦言葉を切る。

 

「余とキャス狐で競い合い、そなたの心を射止める事にした。そなたは心惹かれた相手を正室として迎えよ」

「私達無しじゃいられないくらい骨抜きにしてあげますから、ちゃ~んと選んで下さいね? でないと・・・・・・チョン切っちゃうゾ♪」

「・・・・・・・・・ああ、うん。分かった」

 

 部屋の中央。爆心地となった場所でプスプスと黒こげになった白野は、力なく頷いた。その後、抜け駆け禁止、白野が求めない限りは清く正しい交際をする事などの幾つかの取り決めがなされ、第一次正妻戦争は幕を下ろした。

 余談ではあるが、支店の一部を崩壊させられた白夜叉は「やはりアイツ絡みになるとロクな目に遭わん・・・・・・」と頭を抱え、側近の女性店員はブチッという擬音を立てた後、薙刀を片手に白野を追い掛け回した。あの時の鬼神も裸足で逃げそうな形相は、白野にとっては忘れられない思い出(トラウマ)となった。

 結局、魔王襲撃の時の功績を相殺する形で許してもらい、白野の少ない貯金が全て支店の修繕費に充てられた。

 

「美少女二人に言い寄られるなんざ、世の男性陣が大金払ってでも替わって欲しいシチュエーションだぜ。リア充税だとでも思って諦めな。もしもの時は、ちゃんと用意してやるよ」

「・・・・・・何を?」

「小船を」

「なんで?」

「Nice boat」

「殴っていい?」

「お? やるか? やれるのか?」

 

 ニヤニヤと小馬鹿にした笑みの十六夜に、拳を握ってプルプルと震える白野。その横で飛鳥は、「良い船って、どういう意味かしら?」 と首を傾げていた。

 

「あ、あの~。そろそろ審査を始めたいのですが・・・・・・」

 

 ジンの遠慮がちに制止し、ようやく問題児達は姿勢を正した。

 

「さて、細かい戦果は置いとくとして、皆さんが上げた大きな戦果から見ていきましょう。まずは飛鳥さん。牧畜を飼育する為の土地と、山羊十頭を寄贈してくれました」

 

 フフン、と後ろ髪を上げる飛鳥。派手な戦果ではないが、生活を成り立たせる為の牧畜を用意したのは組織的に重要な戦果と言えよう。

 レティシアがペラリと報告書を捲って続きを話す。

 

「次に、耀の戦果だが・・・・・・これはちょっと凄いぞ。火龍誕生祭にも参加していた“ウィル・オ・ウィスプ”が、わざわざ耀と再戦するために招待状を送りつけてきたのだ」

「“ウィル・オ・ウィスプ”主催のゲームに勝利した耀さんは、ジャック・オー・ランタンが製作する、炎を蓄積できる巨大キャンドルホルダーを無償発注したそうです」

「これを地下工房の儀式場に設置すれば、本拠と別館にある“ウィル・オ・ウィスプ”製の備品に炎を同調させる事が出来る」

「・・・・・・・・・へえ? それは本当に凄いな。やるじゃねえか、春日部」

「うん。今回は本当に頑張った」

 

 掛け値なしの十六夜の賛辞に、いつになく得意げな微笑みを浮かべる耀。現在、灯りや炊事の火には蝋燭や薪を使っているが、これからはその手間もなくなる。後は竈や燭台、ランプを“ウィル・オ・ウィスプ”製の備品にすれば、本拠で恒久的に炎と熱が使えるのだ。

 

「それで、これを機に“ウィル・オ・ウィスプ”製の生活必需品を買い揃える事になりましたが・・・・・・・・・この代金は白野さんが支払ってくれました」

「え? 白野が?」

 

 耀が意外そうな声を上げるが、十六夜と飛鳥も怪訝そうな顔になった。白夜叉に修繕費を支払って素寒貧となった彼に、そんな出費を出せるとは思わなかったのだ。

 

「白野もジャック達とゲームをしたの?」

「ああ、いや。俺の場合は普通に売買したというか・・・・・・」

 

 耀の疑問に答えながら、白野は傍らに置いていた鞄から何かを取り出し、皆に見える様に長机の上に置いた。

 それは、鮮やかな真紅の鳳凰が刺繍された、一枚のマフラー。

 

「これは回復のギフトを持つ礼装。セイバー達と一緒に作ったのものだ」

「作ったって・・・・・・白野さん、恩恵付与(ギフトエンチャント)が出来たんですか!?」

 

 詳細をきいていなかったジンは驚いて目を剥く。

 恩恵付与(ギフトエンチャント)とは、文字通り無機物にギフトを付与するギフトだ。このギフトを用いれば、ただの矛に絶対貫通の恩恵を、ただの楯に絶対防御の恩恵を施す事が出来る。

 とはいえ、これは言うほど簡単な話ではない。恩恵が強過ぎると付与された無機物が耐え切れずに崩壊し、恩恵に耐えうる無機物があったとしても今度は恩恵が十二分に発揮できる様に加工しなくてはならない。

 素材を壊す事なく恩恵を付与する呪的感性、素材を最適な形にする製作者としての腕前が問われる職人技だが―――

 

「出来るよ。俺達、三人にかかれば」

 

 白野の後ろで、セイバーが得意げに胸を張る。

 

「素材の加工は当然、余だ! かのドムス・アウレアを建造した至高の芸術家である余の手にかかれば、朝飯前であるからな!」

「な~にが朝飯前ですか、御主人様が監督してないと魔改造してたクセに。まあ、そうやって出来た物品に御主人様が術式を加えて、私が細かな調整をして礼装を作ったワケです」

 

 つまり、加工をセイバー、調整をキャスター、総監督を白野が務めて一つの作品が完成したのであった。

 

「そう、これぞまさしく! 御主人様との愛の共同作業なのです!!」

 

 キャー☆ と体をクネクネさせるピンク狐。意味深な言い方に、飛鳥は少し顔を赤くして続きを促した。

 

「そ、それで! 岸波君達の創作ギフトがジャック達とどう繋がるのかしら?」

「ああ。俺達はこれを“ウィル・オ・ウィスプ”に売って貰っている」

「・・・・・・なる程、読めてきたぜ」

 

 白野の言葉に、十六夜はニヤリと笑った。

 

「大方、素材はジャック達から買い取り、出来たギフトをジャック達に売り、それをジャック達が別の顧客に売る事で利益を得てるワケだな」

「そ、正解」

「でも、売れるの? 私達、“ノーネーム”なのに?」

 

 旗印と名前は商品のブランド名に等しい。いくら出来が良くても、製作者の名前が無い商品は信用度が低いだろう。

 そんな耀の指摘に、十六夜が解説を加える。

 

「それが問題にならないんだよ。なにせ北側の、しかも“ウィル・オ・ウィスプ”が売り出す商品だからな」

 

 一ヶ月前、魔王襲撃の記憶も新しい北側のコミュニティにとって、魔王の撃退に一役買った“ノーネーム”達は未だに注目の的になっている。そんな“ノーネーム”が製作したギフトは、目の前で実演された魔術(コード・キャスト)もあって効果は既に実証済みだ。お世辞にも治安が良いとは言えない北側では、魔王襲撃もあって戦闘系ギフトの需要が高まっている。

 加えて、販売元の“ウィル・オ・ウィスプ”は火龍誕生祭で最優秀賞に選ばれた。

 魔王撃退に一役買った恩恵、そして最優秀賞をとる程の製作コミュニティの御墨付き。二重の太鼓判が、白野の礼装が売れる理由だった。

 

「しかし、これ一朝一夕で出来る成果じゃねえな。いつから根回ししてたんだ?」

「火龍誕生祭が終わった時。前々から礼装の製作に行き詰まっていたから、ジャックに意見を聞いたんだよ。その時に、いくつか出来上がったサンプルを送ったらジャックが気に入ったみたい」

 

 その直後にキャスターが来た為、ジャックは礼装の素材を白野達に少し横流しする事で白野に礼装を作らせ、素材の原価や販売元の手間賃を差し引いた値段で白野に代金を支払っていた。礼装の販売と共に自分のコミュニティの作品も注目を集め、ジャックにとっても少なくない利益になっていた。

 

「既に鳳凰のマフラーに加えて、守りの護符や純銀のピアスは量産体制が出来た。今は収入源として弱いけど、今後“ノーネーム”が活躍していけば、ジャックを通して売買する必要も無くなって、コミュニティの定期的な収入源になる予定だよ」

「戦わずして名前を売り、売れる度に名前と一緒に金銭も手に入る! 御主人様の礼装はまさしく! 無印良ひ、ムガムガッ!?」

 

 余計な事を言おうとしたキャスターをセイバーが慌てて口を抑える。ともあれ、白野は設備の強化として“ウィル・オ・ウィスプ”の商品を買い取るだけでなく、金銭と共に“ノーネーム”の評価を得る手段を確立させたのだ。

 

「あ、あのさ。白野。私がギフトゲームに勝ったこと、ジャック達から何か聞いてない?」

「え? 最近は手紙で発注のやり取りしかしてなかったけど・・・・・・というか、耀がジャック達のギフトゲームに参加した事もいま初めて聞いたよ」

「そ、そうなんだ・・・・・・」

 

 どこかホッとした様に胸をなで下ろす耀。そんな耀を怪訝に思いながら、白野は報告の済んでない最後の一人に目を向けた。

 

「さて、俺達の成果は報告し終わった。残るは十六夜だけだけど、君はどんな成果を出したんだ?」

 

 牧畜の提供、設備の強化、副収入と評判の確保。

 どれも組織を運営していく上で、重要性の高い案件だ。

 それらを成果として出した白野達。

 しかし十六夜は、いつもの不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「それじゃ、俺の成果を受け取りに行きますか」

「行く? 行くって、どこへ?」

「“サウザントアイズ”にさ。主要メンバー全員に聞いて欲しい話だしな」

 

 含みのある十六夜の言葉に首を傾げながらも、一同は大広間を後にした。




「キャス狐さん、怒ってますよ~のポーズ」

 元ネタは琥珀さんの立ち絵の一つ。月姫リメイクを待ち望んでおりますとも。

白野の成果について、穴だらけかもしれませんが平に御容赦下さい(ペコリ)


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断章「The front side of the CCC」

どうして嘘つき殺すガールが、白野と関係あるのか?
その答えを提示します。

………彼女なら、月の裏側どころか地上にもついて来そうですが。
あと嘘つき殺すガールの口調がいまいち掴めない……。


「ハア、ハア、ハア……!」

 

 走る。髪を振り乱し、着物が崩れるのも構わず、少女は走る。

 男ならば振り向かずにいられない、白百合の様に可憐な少女だった。しかし、今は焦燥にまみれて美貌を損なっている。

 

「ハア、ハア、ハア……!」

 

 上へ、下へ。走りながらも音を立てず、障害物を最小限の動作で避けていく彼女の姿は、どこか藪を駆ける蛇を思わせた。

 しかし、冷静さを失った今の少女にその表現は合わないだろう。今の彼女は―――

 

「ああ……マスター、マスター、マスター!! どこですか、マスター!?」

 

 悲痛な声を上げながら主人(マスター)を探す、今の彼女は。

 まるで、親を見失って彷徨いながら泣きじゃくる、幼い少女の様であった。

 

「マスター、どこですの!? マスター!!」

 

 マイルーム、屋上、空き教室、購買、校庭。

 自分の主人が足を運びそうな場所へ、少女は疾風のごとく駆けつける。

 きっとその場所にいるに違いない。時折見せる、儚くも優しい笑顔で私を待っているはずだ。

 勝手に抜け出してゴメンと言いながら、あの人は私の頭を撫でてくれる。

 そう決して―――私を置いてどこかに行ったりはしない!!

 だが少女の想いとは裏腹に、彼女の主の姿は何処にもなかった。

 少女は挫けることなく、すぐさま他の場所へと駆けて行った。

 

 ………もっとも、この少女にとっては。

 探す事を諦める、という思考そのものが欠落していたのだが。

 

 *

 

 叩き破る勢いで、教会の扉が開かれた。

 教会の中は静粛に満ちていた。まるでこの場所だけ空間が切り離されている様な錯覚を受ける。それはどこか、今は亡き地上の聖地を思わせた。

 しかし、今の少女にそんな感慨など関係無い。彼女は入って来た勢いのまま、教会の奥―――祭壇にいる人物に詰め寄った。

 

「マスターはどこですの!?」

「いきなり何だ、騒々しい」

 

 電子タバコを吹かしながら本を読んでいた女性―――蒼崎橙子は、突然の来客に驚く事なく不機嫌そうな顔で迎えた。

 

「君のマスターなら今日はまだ見てないぞ。他をあたれ」

「他の場所はもう見ました! ここ以外の場所なんて考えられません!」

 

 血走った眼で、教会の中を見回す少女。放っておいたら、勝手に家捜しでも始めそうな勢いだ。そんな少女に、橙子はヤレヤレと首を降りながら溜め息をつく。

 

「痴話喧嘩でもしたか? なおさら余所に行って欲しいが、聞かないだろうな。青子、探してやれ」

「えー、何であたしが?」

 

 橙子の隣、コンソールを弄っていた蒼崎青子から不満そうな声が上がる。

 

「姉貴がやればいいじゃん。いつも暇そうにしてるんだからさ」

「アホか、魂の改竄でマスター達のデータを管理しているのは貴様だろうが。それに私はウチの従業員の探し物で忙しいんだ」

 

 はいはい分かったわよ、と面倒そうに返事をしながら青子は手元のコンソールを操作し出した。

 今まで青子の元に来たマスター達の一覧から、少女のマスターを選択。校舎内をスキャニングして、記録されたIDを検索しようとし―――

 

「あれ? おっかしいな、何処にもいないわよ」

 

 というか、と青子は言葉を切る。

 

「あの子のID、消失(ロスト)データ扱いになってる」

 

 ビクリ、と少女の肩が震えた。

 

「消失、データ・・・・・・?」

「そ。マスター情報からの消失。要するに聖杯戦争から敗退した、ってこと」

「嘘ですっ!!!!」

 

 少女の甲高い声が教会に響き渡る。

 

「私達は五回戦を勝ち抜きました! なのに、何でマスターが敗退した事になるんですの!?」

「そんな事言われたって、あたしは知らないわよ。少なくとも、運営側はあの子を敗退したマスターとして処理したということね」

「そん、な・・・・・・・・・」

 

 青子が淡々と告げた事実に、少女は地面に膝をつく。上質な絹で作られた白い袿に汚れがついたが、少女にとってはどうでも良かった。そのまま地面に伏せ、さめざめと泣き出してしまう。

 

「どうして? どうしてですの? 戦いが終わったら、私の話が聞きたいと言っていたのに・・・・・・どうしていなくなるんですの?」

 

 ポロポロと涙を溢れさせ、少女は静かに嗚咽を漏らす。そこには、人智を超越した英霊の姿など、何処にも無かった。

 

 少女の主は、参加者の中で誰よりも弱かった。実力もなく、自分の記憶すらないマスター。何かの間違いでここに来たとしか思えないくらい、少女の主は弱かった。

 与えられた剣となる少女もまた、英霊として弱かった。怪物を殺したわけでも、人類史に残る様な偉業を成し遂げたわけでもない少女。唯一、彼女の伝説を元にした宝具以外、少女の力は弱かった。

 そんな二人が主従関係で結ばれたのは、偶然か運命の悪戯か。少女はマスターを見限りこそしなかったが、自分達が勝ち進むのは難しいと半ば諦めかけていた。

 しかし。少女の主の考えは違っていた。

 記憶も実力も無く、与えられた(英霊)も実力は最底辺。

 だというのに、下を向いて諦めることも自棄になって投げ出すこともしなかった。

 天性の諦めの悪さで洞察力を養い、少女の実力に文句を一つも漏らさずにただ前だけを見ていた。

 人類史を一変させた女海賊、昏き森に潜む毒使い、子供の夢を再現する童話の具現者、悪魔の二つ名を持つ極刑の王。

 いずれも自分とはかけ離れた実力を持つ敵ながら、絶望せずに生存の道を手繰り寄せようとする姿に少女が心惹かれていくのに長い時間はいらなかった。

 共に過ごしていく内に主の優しさに触れ、いつしか少女も主の心に触れたいと想い始めた。

 同時に、少女の中で主への信頼が強く根付いていく。

 

(この人なら、私の真名を伝えても大丈夫。戦略の関係で……いいえ、かつて私のした事(・・・・・・・・)を知られて幻滅されるのが怖くて真名を言い出せなかった。でも、この人はきっと受け止めてくれる。あの人(・・・)と違って、私から離れないでいてくれる!)

 

 そして、少女達をしつこく付け狙っていた暗殺者達が倒れた今、少女は秘めていた自分の真名と過去を主に明かすはずだった。

 しかし―――その未来は、もう叶わない。

 

「おい青子。本当に消失データになってるんだろうな?」

 

 人目を憚らずに泣く少女の姿に何か感じ入るものがあったのか、橙子は本から目を離して青子へと問いかけた。

 

「マジマジ。間違いなくあの子は敗退者になってるわよ」

「ったく、貸してみろ」

 

 返答を待たず、橙子は青子を押しのけてコンソールへ指を奔らせた。

 流れる様に打ち込まれるタイピング。その早さ、正確さは青子の比ではない。

 

「何だこりゃ? 全部のマスターのデータが消失(ロスト)してるじゃないか」

「ちょ……それってマジ!?」

 

 慌ててディスプレイを見る青子。そこには、彼女が作成した参加者のリストが全て敗退者として登録されていた。

 

「いつかはやると思っていたが……とうとうミスをしでかしたか。あれか? 破壊活動以外はテンで三流なのか貴様は?」

「なわけないでしょっ!! いくらあたしでもこんなミスはしないって!!」

「ふん、冗談だ。お前は魔術師として三流だが、これは流石に杜撰過ぎる。お前に問題ないとすれば、これは運営側の―――」

 

「くく、く、くふ、くふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 

 突如。青子達の耳に押し殺した笑い声が響く。青子達が振り向くと、地面に突っ伏していた少女の口から―――地の底から響く様な声が絞り出されていた。

 

「そう………貴方もいなくなるのですね。私と約束したのに………あの人(・・・)と同じ様に逃げ出すのですね」

「おい、私の話を聞け。運営側に予期せぬ事態が起きている。お前の主は、恐らく巻き込まれて―――」

「ええ、ええ。逃げ出したのは、きっとワケがあるのですよね。困った人。嘘はつかないで、って……あれほど言ったのに」

 

 少女は笑う。橙子の言葉など耳に入らない………否、耳に入った後に少女が思い込んでいる答えを補強する材料として変換されていく。

 自分から逃げ出した(・・・・・)主を思い、少女は笑う。哂う。嗤う。

 

「構いませんわ、マスター。貴方がどれだけ離れようとしても、私は地の果てまで追っていきますから」

 

 でも、その前に。

 

「―――逃げた大嘘つきには、罰を与えましょう」

 

 瞬間。少女の髪が真っ白に染まった。浅葱色の着物が漆黒に染まり、少女の瞳が血の様に紅く染まる。

 変化はそれだけに飽き足らず、白魚の様に綺麗だった少女の手が堅牢な鱗に覆われていき―――

 

「っ、だから! 話を聞けと言ってるだろうがっ!! 早まるな馬鹿者っ!!」

「姉貴、もう何を言っても無駄よ」

 

 青子は静かに少女を見つめる。

 視線の先では、少女の身体が炎に包まれ、辺り一帯を焼き尽くし始めた。

 

「こういう相手は最初から聞く意図なんて無いわ。既に自分勝手な妄想を確信して、脇目も振らずに突っ走るだけ」

「ったく、会話が成立しようが、やはり狂戦士(バーサーカー)というワケか」

 

 橙子が毒づくの同時に、炎の中から巨大な何かが動き出す。

 そこに少女の姿はなく、少女がいた場所には白く長大な身体を持つ何かが蠢いていた。

 焦熱地獄の様に燃え盛る火炎の中から生まれ出でようとする何かに、青子は手掌を静かに向ける。

 

「あの子の事は嫌いじゃないし、貴女の想いも知ってる。出来れば、もう一回あの子に会わせてあげたいと思うわよ」

 

 でも―――と青子は言葉を切る。

 青子の腕を中心に幾何学的な魔法陣が描かれ、光が充填された。

 

「こっちも●●●●●に雇われた身だからね。決められたルールを真っ向から無視した以上、貴女を放っておくわけにいかないんだわ」

 

 宮仕えはするもんじゃないわねえ、と青子は溜息をつく。

 ユラリ、と炎の中から白い巨体が起き上がる。

 

「だから、戻ってくるかもしれないあの子には悪いけど………貴女はここで消去(デリート)させてもらうわ、バーサーカー」

『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 白い巨体が牙を剥いて雄叫びを上げる。ほぼ同時に―――教会の中を流星の様な閃光が埋め尽くした。

 

 *

 

「………………」

 

 朝の日光が窓から優しく差し込み、外から人々の喧騒が聞こえる中。

 少女は与えられた私室で目を覚ました。

 寝起きのボンヤリとした表情で半身を起こす。まだ頭がハッキリとしないのか、動きが鈍い。

 

「いまのは、夢………?」

 

 誰に聞かせるでもなく、少女はポツリと呟いた。

 少女の存在上、夢を見る事など無い。もし見るとすれば、それは過去の映像に他ならない。

 だが、少女は今朝見た内容に、まるで覚えがなかった。

 ボーっとした頭で、さっきまで見ていた夢を思い出そうとする。

 既に夢の内容は霞がかかった様に曖昧となり、むしろ思い返そうとすればするほどに忘れていく様な気までしてくる。

 しかし。何故か、それが悲しい夢であった事だけは記憶に残った。

 どうにか思い出そうとする少女の耳に、不意にドアを叩く音が響いた。

 

「バーサーカーさん、起きてますか?」

「キリノちゃん? どうしましたか?」

「サラ様が御呼びです。すぐに議長室へいらして下さい」

 

 扉越しに分かりました、と返事をすると、少女は寝台から出て寝間着を脱ぐ。

 浅葱色の着物を纏い、純白の袿を手早く身に付ける。

 鏡台の前で髪を梳かし、着物に乱れがないか確認した後、少女―――バーサーカーのサーヴァント・清姫は、私室のドアを開けた。

 

 

 

愛しくて、恋しくて、愛しくて、恋しくて、いなくなって、悲しくて、悲しくて、悲しくて悲しくて悲しくて、憎くて憎くて憎くて憎くて憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎―――だから焼き尽くしました。

 

 




というわけで、断章は終了です。
知らない人の為に解説しますと、Fate/EXTRA CCCでギルガメッシュルートを選ぶと、ノーマルエンドで白野(主人公)が表側で従えていたサーヴァントがバーサーカーであった事が明かされます。
詳しい描写は無く、ギルガメッシュ曰く白野を見失ったらどこかに消え失せたとの事です。sahalaは最初、ランスロットやスパルタクスかな? と思いましたが、このSSでは白野がバーサーカーと契約した場合、清姫であったという事にしています。


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番外編「Lost black rabbit's heven 」

納得のいく文章が書けなくなり、絶賛スランプ中です。
しばらくはリハビリがてら時系列を無視した短編を投稿するかもしれません。


 空は快晴。

 風が優しくそよぎ、日差しは一足早い夏の到来を告げる。

 文句無しに絶好のロケーション。

 こんな日はのんびりと釣り糸を垂らすのも良いだろう。

 

 だというのに、明らかに釣りに合わない格好をしたウサギが一匹。

 

「あれ? 黒ウサギ?」

 

 箱庭の外壁、かつて白野達が落下した湖に黒ウサギの姿があった。

 散歩がてらに懐かしい場所に足を向けた白野は、珍しい物を見たと思いながら黒ウサギへ近寄る。

 

「おや? 誰かと思えば白野様。こんな所で会うなんて奇遇ですね」

 

 白野に気付き、黒ウサギは気さくに声をかける。

 服こそいつものガーターベルトにミニスカート。

 しかし、いつも問題児達に振り回されて忙しそうな彼女が、今はのんびりとした雰囲気を纏っていた。

 その手にあるのは、二メートル近い長さの竹。

 先端に糸がくくりつけられ、糸の先は湖の水面へと伸びている。

 平たく言うと、釣り竿である。

 

「そっちこそ珍しい。黒ウサギはいつもコミュニティにいると思っていたよ」

「アハハ。ジン坊ちゃんから『黒ウサギは働き過ぎだ。たまにはゆっくり羽を伸ばしておいで』と、言われちゃいまして・・・・・・」

 

 それはいつも“ノーネーム”の為に東奔西走している彼女に対するジンの気遣いなのだろう。

 白野達が来てから生活に若干の余裕が生まれ、これを機に黒ウサギにも休んで貰おうという所か。

 

「釣り、好きなの?」

「ん~、どうでしょうね? 元々、生活の為に始めた事ですから。まあ、皆さんに美味しいお魚を食べさせられると思えば楽しみですけど」

 

 流石は帝釈天の加護を受けた月の兎。

 休みの日であろうと、コミュニティに尽くす事が第一なのだ。

 その献身に白野は知らず知らず手を合わせる。

 

「ちょ、何でいきなり合掌されてるんですか!?」

「いや、黒ウサギが眩し過ぎて」

「も、もう! からかわないで下さい!」

 

 ありがたやありがたやと拝む白野に、黒ウサギは耳まで真っ赤になりながらそっぽを向く。

 普段、他人に気遣いするのが当たり前なので褒められ慣れてないらしい。

 

「それで、調子はどう?」

「YES! 入れ食いとは正に今日の事! 先程から岩魚にタナゴ、ワカサギ、クチボソ、平目にカンパチ、石鯛―――」

「ちょ、ちょっと待った」

 

 嬉しそうに釣果を報告する黒ウサギへ、白野は待ったをかける。

 

「後半は明らかにおかしいだろ。何で湖で海水魚がとれるんだ?」

「え? 取れますよ、普通に」

 

 ホラ、と黒ウサギは足元のバケツの中を見せる。

 

「・・・・・・ホントだ。バッチリ入ってる」

「時たま、上空の海から零れ落ちて来る事があるんですよ。この子達は淡水でも生きられる様に進化した魚達の子孫ですね」

「いやいや、空に海があるわけないだろ?」

 

 雲海に魚が飛んでるわけじゃあるまいし・・・・・・。と、独りごちる白野に、黒ウサギは含み笑いをする。

 

「・・・・・・え? まさか、ホントにあるの?」

「フフ~ン、それは実際に見てのお楽しみという事で♪ 何にせよ、今日は魚料理の満漢全席ですよ!」

「ん、それは楽しみだな」

 

 月では桜の弁当以外は惣菜パンかロールケーキ、時々麻婆だったなあ。と、白野はしみじみと回想する。

 

「またお魚を食べたい時は、遠慮なく言って下さい! 釣りには一日の長がありますからね。ええ、ええ!どこぞの問題児様方に負けたりしませんとも!」

 

 ―――ピキッ!!

 

「・・・・・・いま、亀裂が入った様な」

「はい?」

「いや・・・・・・それよりいいのか? 口は災いの元だぞ」

「だいじょーぶですって! どんな相手が来ても箱庭の貴族たる黒ウサギが返り討ちにしますとも!」

 

 ふふん、と珍しく強気な黒ウサギ。

 しかし、古今東西で調子に乗った者には手痛いしっぺ返しが待っている。

 慢心すればウサギも亀に敗れ去るが、さてはて。

 

 *

 

 空は快晴。

 風が優しくそよぎ、日差しは一足早い夏の到来を告げる。

 文句無しに絶好のロケーション。

 

 なのだが―――今は対照的な二人によって、ギチギチの険悪空間になっているのであった!

 

「って、増えてる!?」

 

 いつものミニスカートとガーターベルトというあざといにも程がある衣装の黒ウサギ。

 その横には、頼れる背中に颯爽と着込まれた学ラン。

 間違いない。あの学ランは、新たな暇人……!

 

「ふ、ヒメマス二十八匹目フィッシュ! いい釣り場じゃねえか、面白いように魚が釣れる。ところで隣りの貴族様(笑)、今日はそれで何フィッシュ目だ?」

「ああ、もう! 騒ぐなら余所へ行って下さい、余所へ! 魚が逃げちゃうじゃないですか!」

 

 ウサ耳を逆立てて、全身から迷惑です、と苛立つオーラを上げる黒ウサギ。

 しかし、「迷惑? なにそれ美味しいの?」と言わんばかりに十六夜は無視する。

 その姿は好きな子にあえてイジワルをする小学生・・・・・・かもしれない。

 

「まだヘラブナが六匹だけか。時代遅れなフィッシングスタイルではそんなもんだろうさ。やっぱり箱庭の貴族(笑)だな、と二十九匹目フィィィィィィィィシュ!!」 

「だ・か・ら! 余所に行けと言ってるんです、このお馬鹿様!! 魚が逃げちゃうでしょうが!!」

「ハン、自分の技量を他人のせいにするとは、堕ちたな黒ウサギ。近場の魚が逃げるならリール釣りに替えればいいだろ。ま、未熟者に時代の叡智たるリールが操れるわけがないけどな。と悪いな、三十匹目フィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッシュ!!!」

 

 ヒャッハアアアア! と歓声を上げる学ランの少年。

 

(おかしいなあ。普通に見れば釣りを楽しむ少年のはずなのに・・・・・・何で石を投げたくなるんだろ?)

 

 二人に気付かれない様に、こっそりと茂みに隠れた白野は考え込む。

 十六夜の手にある悪趣味なロッドは金に糸目をつけない99%カーボンナノチューブ製の高級品。その性能たるや、クジラを釣り上げても折れないという触れ込み。

 その上、リールは最新技術の結晶。三十個のボールベアリングによるブレなしガタなし、おまけに自動巻き上げ機能付きときたか・・・・・・!

 

「いいなあ、あれ最新モデルだよね。・・・・・・“サウザンドアイズ”の」

 

 なにせ高級なオプションはもちろん、かの恵比寿天が恩恵(ギフト)を施したと触れ込みの一品。

 餌やルアーを用意しなくても釣り針が勝手に獲物を探知し、魚をおびき寄せる魔力を発した上に魚の口へ針が飛び込んでいくという、もはや釣りがしたいのか恩恵(ギフト)の調子が見たいのか分からなくなる代物だ。

 今ならクーラーボックスも付いて、気になるお値段は“サウザンドアイズ”製の金貨で・・・・・・。

 そこまで考えて白野は頭を振る。止めよう、どう考えてもお馬鹿な値段になりそうだ。

 因みにこれ、ぜーんぶ十六夜がギフトゲームで巻き上げた代物である。

 

「この分なら日が沈む前に決着がつくな! なあ、黒ウサギ。別にこの湖を釣り尽くしても構わねえよな?」

「はいはい、出来るものならやってみて下さい。その時はもう問題児とはお呼びしませんから」

 

 ノリノリの十六夜に、黒ウサギは「いいから早くどこか行ってくれないかな」と背中で語る。

 

 ほら、言わんこっちゃない。と、白野は溜め息をつく。

 調子に乗った報復がキッチリと来た様だ。

 二人の邪魔をしない様に、白野は静かに立ち去る。

 願わくば、十六夜がキメキメのジャケットとズボンでアングラーと名乗りません様に。

 

 *

 

 空は快晴。

 風が優しくそよぎ、日差しは一足早い夏の到来を告げる。

 文句無しに絶好のロケーション。

 

 なのだが―――今は盆と正月をごった返しにした様な賑わいを見せていた!

 

「って、更に増えてるーーーー!?」

 

 黒ウサギと十六夜の隣り、背中とお尻が丸出しな前衛的な後ろ姿。

 間違いない。金ぴかロッドを王の財宝(皇帝だけど)よろしく並べる彼女は、更なる暇人!

 

「うおー、すっげぇー! セイバー、これサカナか!? サカナだな! うおーサカナーーーー! 一匹くれよーーーー!!」

「セイバー、セイバー。わたし、花冠を作って来たの。セイバーにあげるね!」

「あれぇ、隣の兄ちゃんの体ヒョロヒョロしてよわっちそう。セイバーの方がかっこいいなー、何か変な服だけど」

「セイバー、今週のサンディーどこー?」

「すごーい、いっぱい捕れてるー! ねぇセイバー、横のお兄ちゃん達にこのサカナ投げていいー?」

 

 相も変わらず子どもたちに大人気。“ノーネーム”はもちろん、他のコミュニティの子供までもハーメルンの笛吹よろしく彼女は引き連れていた。

 

「ハッハッハッハッハッ! 騒がしいぞ、童子達よ! 周りのオケラ共に迷惑であろう! それはともかくジロウ、一匹と言わず十匹でも百匹でも持って行くが良い! ミミ、そなたの献上品はありがたく頂戴しよう! 後で飴をやるぞ♪ イマヒサ、何を当たり前の事を。しかし余の装束(コスチューム)に目をつける観察眼は良し! カンタ、サンディーはしばし待て。読み終わったらすぐに貸してやろう。コウタ、あれは心の広い者達だ。まさか子供のイタズラに目くじらを立てる事はなかろう? 注意してぶつけてやれ」

 

 わーい、と波打つ子供達。

 

「・・・・・・何あれ?」

 

 上機嫌に大笑するセイバーを白野は遠くから呆然と見つめる。

 あえて言うなら、子供達の……ヒー…………ロー……………?

 それと何故、「なかろう?」とドヤ顔で十六夜達を見るのか。

 と、そんな感じに子どもたちの相手をしていたかと思えば、二人に向けて意味ありげな顔で話しかける。

 

「しかし拍子抜けよな。最強を自称する者がいると聞いたが、まるで話にならん! やはり余は釣りであっても、完璧な才があるのだな!」

 

 フハハハハと愉快そうに笑うレッドのねーちゃん。

 時折、子供たちに頬っぺたやら髪の毛やら引っ張られたりしている。

 というか、あの金ぴかロッド。明らかに宝具っぽい魔力の波動が出ている。

 昨日、工房に籠って何をしてるかと思えば、量産していたのか金ぴかロッド。

 

「―――相変わらず皇帝様の特権濫用か。がっかりしたぜ、金をあかして道具に頼るとは見下げ果てたぞ第五皇帝!」

 

 溜め息をつきながら義憤に燃える十六夜。

 というか、お 前 が 言 う な。

 

「しかし、自作の竿にしちゃ出来が良すぎねえ? お得意の皇帝特権はそこまで万能だったか?」

「それね~、ボクのコミュニティの千年竹を使ったんだ。持ってきたら遊んでくれる、ってセイバーが言ってた」

 

 ワーイ、と沸き立つお子様軍団。

 

「千年竹・・・・・・? って、おい。この辺で竹の栽培をしてるコミュニティと言えば、“竹取翁”じゃねえか!」

 

 ブフォ! と白野は思わず咳き込んだ。面識は無いが、“竹取翁”という名前から察するに竹取物語に深く関係したコミュニティだろう。日本最古の物語に登場する竹をよりによって釣り竿にしたのだ!

 

「くっ、道理で良い釣り竿だと思った! おい、皇帝様。今から日暮れまでに最も釣果の優れた奴がその釣り竿を手に入れるというのはどうだ!?」

「ほう? 余に戦を挑むか。面白い、ならば余が勝った暁にはそのリールを貰うとしよう!」

「スゲー! セイバーと釣りの名人の一騎打ちだ! こんなの滅多に見れないぜ!」

「私、お父さん達を呼んでくる!」

「どーでもいいから、早くサンディー貸してよセイバー」

 

 季節はずれのカーニバルの様に盛り上がっていく岸部。そして、この輪に入れない兎が一匹。

 

「ねえ、釣れてる?」

「・・・・・・お願いします。私の楽園を返して下さい・・・・・・・・・」

 

 この世の終わりの様に項垂れる黒ウサギ。

 

「・・・・・・行こう、ここは一般人がいて良い場所じゃない」

 

 そうして湖を後にする。

 

 見上げた空の高さに少しだけ目が眩む。

 嗚呼、失われし黒ウサギの楽園(ロスト・ラビット・ヘブン)よ。思い出の中で永遠なれーーー。



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第3話「魂の輝き」

 時間をかけた割には、あまり動きの無い話。でもなんとなく書いていたら、こんな文章になりました。
 ウチのキャス狐は人間が大好きな一面が強調されて、はっちゃけ成分が足りないのかも・・・。

 そんな3話目。


 その夜。耀は一人、寝室のベッドに座っていた。

 開け放った窓から、ひんやりとした夜風が室内に流れる。灯りを付いておらず、窓から漏れる月と星の輝きだけが耀に優しく降り注いでいた。

 窓から身を乗り出せば、宝石箱をひっくり返した様な星空を眺められるだろう。文明の灯りが地上を照らす都会ではお目にかかれない様な幻想的な夜空。しかし、耀は浮かない顔で膝を抱えていた。

 

「三毛猫、私は収穫祭が始まってからの参加になったよ。残念だけど、前夜祭はお預けだね」

『・・・・・・そうか。残念やったな、お嬢』

「うん。でも、仕方ないよ。十六夜は本当に凄いよ。水樹も魔王のゲームの謎を解いたのも、十六夜のお陰だから」

 

 だから、仕方無いんだ。自分に言い聞かせる様に耀は呟く。

 勝敗は決した。

 “アンダーウッド”に滞在する期間を決めるゲームで、中々戦果を上げられなかった十六夜。

 だが彼は白夜叉のギフトゲームをクリアする事で、一躍トップに立ったのだ。下層の発展の為に水源を欲していた白夜叉に対し、十六夜はトリトニスの滝の主を隷属させた。そしてゲームの賞品として、“ノーネーム”に外門利権証を取り戻したのだ。

 これにより、“ノーネーム”は実質的に階級支配者(フロアマスター)である白夜叉に次ぐ地位として、2105380外門に君臨したと言ってもいい。さらに境界門(アストラルゲート)を他のコミュニティが使った時に利用料の八割が“ノーネーム”へ納められる為、金銭面での貢献も計り知れない。悔しいが、十六夜が一番の戦績であると認めざるを得なかった。

 十六夜だけではない。飛鳥は今回の戦績争いに敗れたものの、荒れ地だった“ノーネーム”の畑を農業が出来る土壌へと変えた。大地と開拓の精霊であるメルン、巨大な体躯と怪力で土木工事にうってつけなディーン。彼らの力が合わさり、農園区の25%が復興したのだ。

 そして―――

 

(白野………)

 

 声に出さず、心の中で自分と同じく異世界から来た友人の名前を呼ぶ。

 初めて会った時、耀は白野が強いとは思わなかった。

 自分と同年代の頼りなさそうな男の子。それだけの存在だった。

 だが、ゲームをこなしていく彼を見てその評価を改める事になった。

 ローマの皇帝ネロ。九尾妖狐の玉藻の前。

 歴史についてさほど詳しくない耀でも聞いたことのある英霊を引き連れ、彼はどんな困難にも立ち向かっていく。

 

「三毛猫、白野はすごいね」

『なんや、突然。ハクノって、あのシャバ僧の事やろ? そりゃ、お嬢を何度か助けてくれた奴やけど・・・・・・あんなん、引き連れてるねーちゃん達がスゴいだけやん』

「うん。でも、セイバー達が従うだけの理由が白野にはあると思う」

 

 どうしてセイバー達が白野に力を貸すのか、耀は知らない。だが、白野が無理やりセイバー達を隷属させているわけではない事くらい耀にも分かる。

 普段は人畜無害そうな顔をしているのに、戦いになれば一人前の戦士の顔になる。どんな相手でも冷静に推し量り、自分の出来る最善を尽くして勝利をもぎ取りに行く。

 圧倒的な実力と知能を持つ十六夜とは違ってスマートなゲームメイクとは言えないが、諦めずに立ち向かっていく姿は見た者の心を打った。きっとセイバー達も、そんな白野に惹かれたのだろう。

 

「本当に、スゴいよね。歴史や伝説の英雄達と友達になれて、自分がどうすれば良いのかもちゃんと考えているから」

『お嬢・・・・・・』

 

 自嘲する様に笑う耀に、三毛猫は心配そうな声を上げた。

 耀とて、“生命の目録(ゲノムツリー)”という強力な恩恵がある。そして、その力があった事で大勢の獣達と友達になれた。その絆は、耀にとって一番の宝だと断言は出来る。

 だが、そんな恩恵があっても耀は重要な局面で後れを取ってしまうのだ。事実、"The PIED PIPER of HAMELIN"では魔王の手駒になってしまうという失態を演じてしまった。

 だからこそ、今回の戦績争いは勝ちたかった。

 今の耀が“打倒魔王”を掲げる“ノーネーム”の戦力でいる事は難しい。しかし多くの幻獣の住処となっている南側に行けば、新たな出会いと共に恩恵を授かるかもしれない。そうすれば皆の足手まといにならずに済むと思い、一日でも長く滞在する為に必死になって戦績を挙げたのだ。

 しかし、駄目だった。

 自信を持って用意した戦果は、あっさりと追い抜かれてしまった。

 

「皆、凄いよね。でも私は―――」

 

 耀の口から弱気な言葉が出そうになる。

 その時だった。

 

「耀さん? いらっしゃいますかー?」 

 

 控え目なノックと共に、つい先日に新たな同士となったキャスターの声がドアの外から聞こえた。

 

「っ! キャスター!? ちょっと待って!」

 

 慌てて耀はベッドから立ち上がる。今の弱気な姿なんて、他人には見せたくなかった。部屋の灯りを付け、室内の小テーブルと椅子の位置を正した。三毛猫もベッドから跳び降りて床に座る。鏡の前で自分におかしな所は無いか、素早く確認してからようやく声をかけた。

 

「えっと・・・・・・どうぞ」

「お邪魔しま~す」

 

 待たされたにも関わらず、いつもの茶目っ気たっぷりな雰囲気でキャスターが入ってくる。その手には、急須と湯のみを載せた御盆。

 

「リリちゃんから良いゴボウを貰えたので、ゴボウ茶を淹れてみました♪ 一杯どうです?」

「えっと、その・・・・・・」

「まあまあ、すぐに用意するので。ちょっーと、お待ちくださいまし」

 

 こちらの返答聞かず、手早くお茶の用意をするキャスター。あっという間に、部屋の小テーブルに湯気を立てた湯のみが置かれていた。湯のみの中は茶色い液体で満たされている。

 

「ささ、どうぞ。熱いので火傷しない様に気をつけて下さいね」

「ああ、うん・・・・・・それじゃ頂きます」

 

 キャスターの勢いに釣られて、耀は席に着いて出されたお茶に口をつける。程よく温められたお茶は、素朴ながらも喉越しが良く飲みやすかった。

 

「おいしい・・・・・・」

「でしょう? お肌にも良いそうですから、寝る前の一杯に最適かと」

『わしには無いんか、狐の嬢ちゃん』

「あなた、猫舌でしょうに」

 

 にゃーにゃーと鳴く三毛猫にキャスターは呆れた声で返す。かつて神格を宿し、稲荷を統括していたキャスターにとって三毛猫の言葉は手に取る様に理解出来ていた。

 ちぇ、つまらん、と呟く三毛猫。

 そんな三毛猫に、耀は湯のみと一緒に渡された受け皿にゴボウ茶を少しだけ移し、三毛猫の前に置く。

 

「はい、熱いから気をつけて」

『おお、ありがとなお嬢!って、あちいいぃぃっ!?』

 

 三毛猫は喜んで舌をつけ、やはり猫舌の為に満足に飲めずに転げ回った。

 

「いやはや、本当に仲がよろしい様で。異なる種族が心を通わせるなんて普通は出来ないのですけど」

「? それは、言葉が通じないから?」

「それもあるちゃ、あるんですけど・・・・・・一番の問題は価値観が違うって事ですかね」

 

 舌を火傷した三毛猫を介抱しながら、耀は首を傾げる。

 

「見ている認識(セカイ)が異なると申しますか・・・・・・動物の感情を人間が理解できない様に、動物も人の感情を理解できないんですよ。ぶっちゃけ、人と動物とは社会性も価値観も異なりますので」

「そう・・・・・・かな? あまり悩んだ事はないけど」

「それは耀さんが特別だからです」

 

 ピンと指を立てながらキャスターは解説する。

 

「言葉が通じるスキルがあるとかそれ以前に、認識も常識も異なる相手と親しくなろうとする貴女の魂が獣達を惹きつけているのですよ。それは、並みの人間には出来ない事です」

『当然や! なんてたって、わしの自慢のお嬢やからな!』

「み、三毛猫・・・・・・褒め過ぎだよ」

 

 二人の賞賛に顔を赤くした耀だが、ふと気付く。キャスターは世間話をする為にわざわざ訪れたのだろうか?

 

「その様子なら、心配は無さそうですね」

「っ! 一体、何の話かな?」

「昼の戦績争いの後、落ち込んでいた様でしたから」

 

 いきなり核心を突かれて、耀は黙り込んだ。

 自分の分の御茶を用意しながら、キャスターも席に着いた。

 

「………そんなに、元気無さそうに見えたのかな?」

「目に見えて、程では無いでしょうけど無理して明るく振舞っていたのは分かりましたよ。飛鳥さんやセイバーさん、それにご主人様も心配してましたから」

 

 あの凶暴児(十六夜)は知りませんけど、と言外に付け加える。もっとも、彼の場合は「くやしいか? いつでも再戦しに来いよ。また俺が勝つけどな♪」というスパルタ思考で耀を煽るだろうが。

 

「もしかして、白野に言われて私の所に来たの?」

「いえいえ。まったくもって私の独断ですとも。ご主人様も耀さんが元気無さそう、という程度でしか気付いていらっしゃらないんじゃないですか?」

 

 え? と耀は意外そうな声を上げる。短い付き合いだが、白野を第一として動くキャスターが自分に気に掛けるとは思わなかった。

 

「あ、その顔。なーんか、失礼な事を考えてますね」

 

 耀の考えている事を察したのか、少しジト目になるキャスター。

 

「ご主人様第一なキャスターが、ご主人様以外の人間に気をかける筈がない。ご主人様以外の人間はどうでもいいと思ってるに違いない。しかしそれでも耀さんに気遣うキャスターこそ、正ヒロインに違いない! よってご主人様はセイバールートではなくトゥルーエンドに走るべきだと!」

「うん、まったく思ってない」

「ご無体な! あなたも金髪が正義と言うんですか!?」

 

 ニッコリと否定する耀に、ヨヨヨと泣き崩れるキャスター。

 しかし、次の瞬間には真面目な顔になる。

 

「ご主人様が第一なのは間違いないですけど、私は“ノーネーム”の皆さんの事も大切に思っているのですよ。耀さんの魂はとても綺麗なのですから」

「私の……魂?」

「はい。耀さん、飛鳥さん。ついでにあの凶暴児も、等しく魂が輝きに満ちてます。もしもご主人様より先に会ったら、コロリといっちゃったかもです」

 

 魂の輝きと言われても、よく分からない耀は首を傾げる。五感で測りようが無いモノをどうやって感じろというのか。しかしキャスターからすれば、それが一番重要だった。

 健全な魂は健全な肉体と健全な精神に宿る。

 神霊として永い時を生きたキャスターにとって、外見の美醜はあまり………まあ、人並みくらいしか気にしない。

 しかし、外見はその気になればいくらでも取り繕える。極端な話、金で美貌を買うことだって可能だ。

 重要なのは、その者の魂が清いか否か。

 生きる為に、前に進む為に自らの可能性を信じられる人間こそがキャスターが愛せる存在なのだ。

 

「今の耀さんは、自信を無くして魂を曇らせている。元・神霊として、何より同士として、見ていて忍びないのです」

「それは・・・・・・」

 

 でも、そんな事を言っても仕方ないじゃないか。事実として、今の自分は並みのゲームでしか成績を残せていない。魔王打倒を掲げるには力不足なのは明白だ。

 そんな弱気な発言を耀は何とか飲み込む。それを口にしてしまったら、自他共に認める事実として定着してしまう。そうしたら、もう胸を張って“ノーネーム”の一員と言えなくなる。そんな気がした。

 

「ええ、思う通りに結果が振るわないと自分を疑い始める。それは人として当然の考え方でしょう。でも、そこで立ち上がるか、下を向いて諦めるか。それだけは誰でも選ぶことは出来ます。才能があるとか無いとか、そんな事は関係なしにね。そうして諦めない人が、タマモは大好きなのです」

 

 静かに微笑み、キャスターは耀を見つめる。それは、子を見守る母親に似ていた。

 

「耀さん、貴女はどうしたいですか?」

「私は・・・・・・・・・」

 

 少しだけ躊躇う。今の実力でそんな事を口に出来るのか。

 だが、それでもちゃんと宣言したい。異世界に来て初めて出来た友達の為に、そして自分に期待してくれている目の前の狐の少女の為に。

 

「諦めたくない。皆に、私も“ノーネーム”の一員だ、って胸を張れる様になりたい。その為に、私は私の事を諦めたくない!」

 

 はっきりと自分の想いを口にする。暗く沈んでいた耀の目が、今は力強い輝きを取り戻していた。

 

「それが聞ければ十分です」

 

 どこか安堵した様に、キャスターは微笑んだ。残っていた御茶を飲み干し、席を立つ。

 

「御茶、おいしかったよ。ありがとう、キャスター」

「お礼ならリリちゃんに言ってくださいまし。あの()が丹精を込めて作った食材のお陰ですから」

「そういえば・・・・・・リリとキャスターって、仲が良いの?」

「それはもう♪ 同じ狐のよしみで色々と教えてますとも!」

 

 一尾の尻尾を振りながら、嬉しそうに話すキャスター。

 言われてみると、キャスターは白野の傍にいない時はリリと一緒にいる事が多い。そういえば、以前リリと道着を着て蹴り技の特訓をしていたみたいだが・・・・・・・・・あれは何だろうか?

 

「それじゃあ、お休みなさい。耀さん」

 

 使い終わった急須と湯のみを持ち、キャスターは部屋を後にしようとする。

 その背中に、耀は思いついた様に声をかけた。

 

「ねえ、キャスター。白野は・・・・・・貴方のご主人様は、自分を信じられる人だったの?」

 

 ピタ、と足を止める。キャスターは少しだけ考える素振りを見せた。

 

「そうですねえ・・・・・・。自信があると言うには、ちょっと違いますけど」

 

 そして、耀の方へと振り返る。

 

「でも、ご主人様ならこう言うでしょうね。“自分はただ、必死に足掻いただけだ”、って」

 

 くす、と微笑んで一礼をし、今度こそキャスターは耀の部屋を後にする。

 再び夜の静けさが部屋に戻る。耀は、テーブルに残された自分の湯のみをそっと握り締める。

 飲みかけの御茶は、まだほのかに温かかった。

 

「三毛猫」

『・・・・・・なんや?』

 

 それまで、静かに控えていた三毛猫は耀を見つめた。

 

「落ち込んでる暇なんて無いね」

 

 ぐっと、残った御茶を飲み干す。

 その顔は、晴れ晴れとした希望に満ちていた。

 

「うん、頑張ろう」

 

 新たに気合を入れる耀を三毛猫は微笑ましく見つめる。

 

(良かったな、お嬢。ワシや動物以外でもお嬢を気にかけてくれる奴がおる・・・・・・。以前じゃ考えられないことやった)

 

 かつていた世界を三毛猫を思い出す。動物と会話ができ、元の世界では想像上の産物でしかないグリフォンの背に乗りたい、と臆面無く言う耀は周囲から浮いていた。父である春日部孝明以外、耀の事を気にかける人間など皆無だった。

 

(お嬢はもう大丈夫や。これから人の社会(むれ)の中でも生きていけるやろう。・・・・・・ワシももう年や。そろそろ、お嬢と離れなあかんのかもしれん)

 

 耀が生まれた日から共に過ごして来た老猫は、そっと溜息をつく。

 もう自分の寿命は長くない。子や孫の様に慕った耀を残して逝く事が心残りだったが、今の耀には人間の友人がいる。もしも耀がくじけそうになっても、彼等が支えてくれるだろう。

 しかし―――。

 

(あのシャバ増には借りが出来たが・・・・・・やはり、金髪の小僧は許せん。お嬢を悲しませおってからに・・・・・・一度、シメたろか?)

 

 耀の事が可愛いあまり、三毛猫は逆恨みの感情を燃え上がらせる。

 

 そんな一連の出来事とは無関係に、夜は更けていった・・・・・・。




キャス狐がリリちゃんに何を教えているかは、 番外編「妖狐の嫁入り準備」をご参照下さい(ペコリ)

追記

フェイト/エクステラ……? 何なのか分からないけど、またEXTRAの世界を見れると思うと胸熱。


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第4話「いざ、〝アンダーウッド”へ」

 ここまで書くのに時間がかかったなあ………。時間かけている間にEXTRAシリーズは最新作の発表があるとは。無双ゲーはゼルダ無双しかやった事は無いですが、今から楽しみで仕方ない。ワダアルコ版のアルテラとかすごく見てみたい。


 翌朝。白野は年少組に混じって、本拠内を歩き回っていた。

 脱衣場から始まり、図書室、食堂、談話室、地下倉庫、念の為に自分の部屋etcetc・・・・・・。だが、どんなに探しても、目的の物は見つからなかった。

 

「台所、食糧庫にはありませんでした!」

「五階の部屋を全部見てきたけど、ありませんでした!」

「お腹がすきました!」

「ご苦労様、ミミ、ケリィ。十六夜には俺が報告するから、アルトと一緒に御飯を食べてきなよ」

 

 黒髪の少年と少女が、彼等よりも幼い金髪の少女を連れて食堂に行くのを見届けた後、白野は玄関前のホールへと足を運ぶ。そこには丁度外から戻ってきた十六夜がいた。

 

「十六夜、ヘッドホンだけど―――」

「無かった、だろ。悪いな、朝から手を煩わせて」

 

 ヒラヒラと十六夜は手を振った。

 昨夜、十六夜が入浴している間に彼のトレードマークとも言えるヘッドホンが無くなっていたのだ。

 十六夜自身も夜通し探したが、結局見つからなかった様だ。

 頭に何か無いと落ち着かないのか、今は無造作に伸びた金髪をヘアバンドで纏めていた。

 

「チビ共には、もう探さなくていいと伝えておいてくれや。これ以上、あいつらの仕事の邪魔をするのも悪いしな」

「その……良かったのか? せっかく一番の戦績を取ったのに」

「仕方ねえさ。あれがないとどうにも髪の収まりが悪くていけない。壊れたスクラップだが、無いと困るんだよ」

 

 髪を掻きあげながら飄々と笑う十六夜。

 本来なら、十六夜は収穫祭で一番長く滞在するつもりだった。しかしヘッドホンを探すために、今朝になって急に順番を耀に譲った。これには白野を含め“ノーネーム”の全員が驚いた。快楽主義を自称する彼が、目先の楽しみを譲るというのは尋常の事ではない。逆を言えば、それくらいヘッドホンは大事な物だったのだろうか。

 

「そういう意味なら、岸波も良かったのか? お前が一番、期間が短くなっただろうに」

「ああ、そのこと? 別に良いさ。俺達だけ三人がかりで挙げた戦果だし、一番頑張ってくれたのはセイバーやキャスターだから」

 

 白野は自分がサーヴァントを含めての戦力という事もあり、今回の戦績争いの成果をサーヴァント達がもっとも長く滞在できる様に調整したのだ。

 前夜祭の期間をセイバー。

 開幕式から一週間をセイバー、白野、キャスター。

 残りの日数はキャスター。

 戦力の分割も考えてこの様に調整した為、白野自身が南側に滞在する期間は一週間しかない。

 結局は他人に譲るお人好しぶりに、十六夜はやれやれと首を振る。

 

「ま、お前が納得してるなら俺から言う事は無いが・・・・・・」

「それよりも、本当に良かったのか? ヘッドホンなら俺達が探せば―――」

「出ねえよ。これだけ探しても見つからないんだ。となると、隠した奴にしか分からない場所にあるんだろ。それとも何か? 俺が風呂に入っている間に付喪神になって足でも生えたのか? それなら儲け物だけどな」

 

 カラカラと笑う十六夜。言い方を変えれば、誰が盗んだのかもしれないのに目の前の少年はあくまで気軽な様子だ。それは、つまり―――

 

「・・・・・・本当は誰がやったのか、分かっているだろ」

「うん? まあな」

 

 白野の指摘に、十六夜はあっさりと頷いた。

 

「何せ現場に分かりやすい証拠まで残されてたからな。この程度の事件ならワトソンでも解けるぜ。ま、犯人が自供(ゲロ)るまで待ってはやるさ」

「いや、でも………」

「いいからほっとけって。たかが素人の作ったヘッドホンだ。一銭の価値もない」

「………素人が作った? まさか、知人が作ったものなのか?」

 

 むっ、と十六夜の眉根が寄る。話し過ぎた、と思っているのだろう。

 面倒だから話題を変えようとし―――そういえば、と思い直した。

 

「………そうだな、丁度いいか。岸波、この後暇か?」

「え? まあ、納入する礼装も一段落ついてるけど………」

「レティシアにも同じ事を聞かれたからな。何度も話すのも億劫だし、ついでに俺の昔話でも聞いていけよ」

「十六夜の昔話だって?」

 

 白野は少し驚く。まさか、こんな所で十六夜の過去に触れる事になるとは。

 逆廻十六夜は、召喚された問題児の中でもかなり異質だ。着ている学ランや言葉の端々から察せられる時代背景。それらの情報から、十六夜が二十世紀くらいの高校生だろうとアタリをつけていた。

 だが、神話や歴史、科学に対する知識の深さ。その知識を基にゲームの攻略法を瞬時に見抜く観察力と知恵。そして並みいる神仏悪鬼羅刹をねじ伏せる腕力。その全ては、ただの学生が身につけられるものではない。

 そんな十六夜の過去が、気にならないわけがない。

 

「それより先にメシだ、メシ。腹が減ってテンションが上がらねえ」

 

 あくびを噛み殺しながら、十六夜は食堂へ向かう。白野も、いったいどんな話が聞けるのか、と考えながらその後に続いた。

 

 ※

 

 ――――――2105380外門。噴水広場前。

 〝境界門(アストラルゲート)”の起動を待つ間、飛鳥達は門柱に刻まれた虎の彫像を眺めていた。

 かつて卑劣な手段とはいえ権威を誇っていた〝フォレス・ガロ”。その忘れ形見となった彫像に飛鳥は盛大な溜息をつく。

 

「この収穫祭から帰ってきたら、いの一番に取り除かないと」

「ま、まあまあ、それはコミュニティの備蓄が充分になってからでも」

「なに言ってるの黒ウサギ。この門はこれからジン君を売り出す重要な拠点になるのよ。まずは彼の全身をモチーフにした彫像と肖像画を」

「お願いですからやめてください!」

 

 ジンが青くなって叫ぶ。幾ら何でもそれは恥ずかしすぎる。

 

「大丈夫よ。その時はセイバーに制作してもらって………セイバー?」

 

 先ほどから話に入らず、本拠の方向をじっと見つめるセイバーに、飛鳥は小首を傾げる。

 

「む? 済まぬ、聞いていなかった」

「何か忘れ物? って、そうか」

 

 飛鳥は得心がいった様に微笑んだ。

 

「岸波くんと一瞬に行けなくて残念だったわね」

「な、何を言うか! 別に、そんな事は関係ないわ!」

「本当に?」

 

 目に見えて挙動不審なセイバーに、耀も悪戯っぽい笑みを浮かべた。そんな二人に気付かず、セイバーは早口でまくしたてる。

 

「確かに奏者がいないと筆が乗らんというか彫刻にノミを一本入れ忘れた様な気になるが、余は完璧なる皇帝であるが故にそんな過失など全くもって気にならぬ! そもそも余が一足早く南側の景観を見たいと言ったのであって、奏者がついて来ぬのは残念至極ではあるが仕方あるまい! けっして、隣りとか後ろをついて来る者がいないとか、あるべき形を損なっているとか、そんな事は一切! 微塵も! 考えてなどいないからな!!」

「・・・・・・ここはつっこむのが優しさかしら?」

「うん。爆発しろ、と言うべきだと思う」

 

 甘ったるい空気に砂糖を吐きそうになる飛鳥と耀。今ならブラック珈琲でもがぶ飲み出来そうだ。

 

 

「ま、まあ白野様も開催式が始まってから来ますから。それに、南側の景観はセイバーさんを飽きさせないくらい壮大ですよ」

「うむ。それは楽しみであるな」

 

 黒ウサギの取りなしに、セイバーは一人頷く。風光明媚な街と聞いたからこそ、芸術家として血が抑えられずに前夜祭から参加すると決めたのだ。

 

「これで期待外れなら、箱庭の貴族(笑)ね」

「何ですか! そのお馬鹿っぽいネーミング!?」

「じゃあ、箱庭の貴族(恥)」

「黒ウサギを弄る鉄板ネタですか、そうですか!!」

「安心せよ、黒ウサギ」

 

 問題児に振り回される黒ウサギに、セイバーは蠱惑的な笑みを浮かべながら肩に手を置く。

 

「その時は、そなたを愛でて退屈を紛らわせよう」

「“ノーネーム”は公衆良俗遵守です、お馬鹿皇帝!!」

 

 スパーン、とハリセンの音が噴水広場に響き渡った。

 

 ※

 

「まもなく境界門が起動します! 皆さん、外門のナンバープレートは持っていますか?」

「大丈夫よ」

 

 飛鳥が鈍色の小さなプレートをジンに見せる。このナンバープレートに書かれた数字が境界門の出口となる外門に繋がっているのだ。

 耀は手の平にあるナンバープレートをじっと見つめ、本拠のある方向へ視線を向けた。

 

「・・・・・・・・・」

「どうしたの、春日部さん。あなたも何か気になるの?」

「うん・・・・・・十六夜のヘッドホン、見つかったのかな?」

 

 心配そうに呟く耀。

 飛鳥と黒ウサギ、セイバーも気になっていたらしく、二人も同じ様に本拠の方向へと目を向ける。

 

「そうね・・・・・・・・・まさか十六夜くんが、ヘッドホン一つで辞退するとは思わなかったわ」

「YES。あれほど楽しみにしていましたのに」

「昨夜に侵入者の気配など無かったから、まだ本拠にあるとは思うが・・・・・・・・・」

 

 あの自称・快楽主義の少年が、目の前の楽しみを放り出してまで捜そうとしているのだ。あのヘッドホンは、自分達が思う以上に大事な思い出の詰まった代物だったのだろう。

 

「・・・・・・・・・見つかるといいね」

 

 皆が同意して頷く。直後、準備の整った境界門から光が溢れ出した。

 耀は名残惜しそうに本拠を一度だけ振り返り、境界門をくぐった。セイバー達も耀に続く。

 次の瞬間、奇妙な浮遊感が耀達を襲った。五感は意味を失くし、猛烈な勢いで景色が後ろへと流れていく感覚だけが全てとなった。まるで身体が無数の粒子に分解し、時間と空間がスパゲティの様に引き伸ばされていく。そんな奇妙な感覚を数秒だけ味わい―――

再び、視界に光が戻る。

 

「お・・・・・・おお! これは何と絶景か・・・・・・!」

 

 いち早く視力が回復したセイバーが、眼前の光景に歓声を上げた。

 外門の先は丘陵地だった。丘の上から、樹の根が網目模様に張り巡らされた地下都市と、その上に天をも突き抜ける様な巨大な水樹が直立していた。巨躯の水樹からは、数多に枝分かれした太い幹から滝の様な水を放出している。

 水を生む大樹。“ノーネーム”の水樹は此処で生まれた苗木なのだ。

 

「素晴らしい・・・・・・・・・素晴らしいではないか!! 北欧のユグドラシルを思わせる大樹! 伝え聞くナイアガラの瀑布の様な滝! まるで大自然にそびえ立つ宮殿の様ではないか!!」

「セイバー、下! 水樹から流れた滝の先に、水晶の水路がある!」

「まことか!」

 

 今まで出した事が無いような歓声を上げ、耀はセイバーと共に落下防止の手摺から下を覗き込む。

 まるで初めて遊園地に来た子供の様にはしゃぐ二人に苦笑しながら、飛鳥も下を覗き込んだ。

 翡翠の様な翠色で彩られた水路は、水樹の滝を受け止めて地下都市の間を縫う様にして流れている。大樹の根と重ならない様に配置された水路は、制作者が余程の腕と美的センスを持った人間である事を容易に思わせた。

 

(………あら、あの水晶の水路って、確か北側にも)

 

 記憶を掘り返そうとした飛鳥に、上空から一陣の風が吹いた。

 上空を見上げると、そこには巨大な翼で雄々しく羽ばたく一頭のグリフォンがいた。

 

『友よ、久しいな。ようこそ、我が故郷へ』

「グリー!」

 

 耀が名前を呼ぶと、グリーと呼ばれたグリフォンは耀の元へ舞い降りた。

 

「久しぶり。此処が貴方の故郷だったの?」

『ああ。収穫祭で行われるバザーには、〝サウザンドアイズ”も参加するらしい。私も護衛のチャリオットを引いてやってきたのだ』

 

 耀にすり寄って頭を撫でられるグリーの背には、立派な鞍と手綱が付けられていた。契約している騎手と共に来たのだろう。

 

「ヨウ。そのグリフォンと知り合いなのか?」

「あ………そっか、セイバーはグリーと初めて会うよね」

 

 興味深そうにマジマジと見つめるセイバーに、グリーは翼を畳み前足を折る。

 

『お初に御目にかかる。我が名はグリー。〝サウザンドアイズ"に所属し、かつては耀とギフトゲームで競い合った仲だ』

「ほう………丁寧な挨拶、痛み入る。余はセイバーという。ユピテルの戦車を引く幻獣と相見えるとは、思いがけない光栄である」

『こちらこそ。いずこかの英霊かは知らぬが、貴方の魂は高貴に満ちている。貴方ほどの傑物と出会えるとは、私にとって最上級の喜びだ』

 

 耀を通訳にして、互いに礼を交わすセイバーとグリー。高潔な魂を持つ者同士、一目見て互いに礼を尽くすべき相手だと認識されていた。

 ジン、飛鳥、黒ウサギと一通り挨拶を済ませると、グリーは自分の背に乗る様に促した。

 

『此処から街までは距離がある。南側は野生区画というものが設けられているからな。もし良ければ、私の背に乗せていこう』

「本当でございますか!?」

 

 黒ウサギが喜びの声を上げる。言葉が通じない飛鳥達に耀が事情を説明し、自力で空を飛べる耀以外がグリーの背に跨った。

 

「あら? セイバー、貴女も自分で飛べなかった?」

 

 手綱を握り、鞍に跨るセイバーに飛鳥は小首を傾げる。

 正確にはセイバーのスキル、皇帝特権で耀が持つグリフォンの恩恵(ギフト)を短時間だけ再現できるのだが………。

 

「ああ、アレか。アレは飽きた」

「あ、飽きたって………」

「道無き空を駆けるのも悪くは無いが、やはり余は戦車に乗っている方が性に合う」

 

 それに、とセイバーは言葉を切る。

 

「せっかくグリフォンに乗れるチャンスなのだ。余もグリフォンに乗ってみたい!」

「………うん、うん! そうだよね!」

 

 少年の様なワクワクした笑顔を見せるセイバーに、耀は何度も頷いた。

 かつて、元の世界では大勢の人間に笑われた夢。その夢を共感する同士に、耀は嬉しくなった。

 

『ふ………では振り落とされぬ様、気を付けるが良い!』

 

 翼を羽ばたかせて旋風を巻き起こすと、グリーは巨大な鉤爪を振り上げて獅子の足で大地を蹴った。

 

「わ、わわ、」

 

 〝空を踏みしめて走る”と称されたグリフォンの四肢は、瞬く間に外門から遠のいていく。耀は慌ててグリーの毛皮を掴んで並列飛行する。その速度は、耀をもってしてもついて行くのに一苦労だ。

 

『やるな。僅かな期間で、我が全力疾走の半分ほどの速度を出せるとは』

「う、うん。黒ウサギに飛行を手助けするギフトをもらったから」

「YES! 耀さんのブーツには補助のため、風天のサンスクリットが刻まれているのですよ!」

 

 背後で声を上げる黒ウサギ。

 しかし、ジンと飛鳥にはそんな余裕など無かった。

 吹き付ける風圧の煽りで振り落とされたジンは命綱で宙吊り状態、飛鳥はそんな失態を見せたくない為に歯を食い縛って前に座るセイバーの腰に抱き着いていた。

 そして、セイバーはというと………。

 

「ハハハ! これは凄い! 本当に風を踏みしめて疾走するのだな! 良い、良いぞ! 今まで乗ってきたどんな名馬よりも面白い!」

 

 手綱を握りしめ、歓声を上げるセイバー。

 初めて乗馬をする子供の様に喜んでいる彼女に、グリーは声を出さずに舌を巻いた。

 

(ほう………振り落とそうとしているわけではないが、初めてでここまで私を乗りこなせるとは)

 

 セイバーには、クラススキルとして騎乗スキルが備わっている。とはいえ、セイバー自身の騎乗スキルはBランク。本来なら、幻獣を乗りこなす事は不可能だ。

 では得意の皇帝特権によるものか?

 否。乗せているグリーには、騎手の状態が余さず感じ取れていた。吹き付ける風圧が最小限になる様に、グリーから伝わる振動が最小限に抑えられる様に。グリーに合わせて、セイバーは体勢や手綱の握り方を変えているのだ。

 剣術、馬術、政治、学問、建築、芸術などのよろずに通じたローマ皇帝ネロ。その名はけっして、伊達ではない。

 ………まあ、頭痛のせいで大半が損なわれるのだが。

 

「ねえ、グリー。あの鳥は何?」

 

 耀が並走しながら、大瀑布の反対側を指差す。

 そこには、耀が見たことの無い鳥が群れをなして飛んでいた。

 グリーが指差した先に首を向ける。鷹の眼光で、その鳥達が鹿の角を持っている事に気付いた。

 

『あれは………ペリュドンの奴らか? 彼奴らめ、収穫祭の時は外門に近づくなと………いや、待て。ペリュドンが近くに来ているという事は、っ!?』

 

 鳥の幻獣の群れに獰猛な唸り声を上げていたグリー。しかし、途中で何かに気付いて焦った声を上げた。

 羽毛に覆われているというのに、顔色が信号機よりも早く青くなった。

 

『い、いかん! 耀、捕まっていろ! 一刻も早く此処を離れるぞ!』

「え、え? どうしたの? あの鳥って、そんなに危険なの?」

『奴等は殺人種だが、そんな事が問題ではない! 問題は奴等を追い払っている娘が―――』

 

 グリーが詳しく説明しようとした、その時だった。

 辺りに、大音響が響き渡る。

 

「~~~~~!!??」

 

 突然の爆音に、耀は慌てて耳を塞いだ。

 

『ぐ、う………と、とにかく〝アンダーウッド”に急ぐぞ! そこならば遮音結界がある、しっかり捕まっていろ!』

 

 爆音にふらつきかけたグリーだが、すぐに持ち直して耀へ爆音に負けないくらいの大声をかけた。

 耀がしっかりと手綱を握ったのを確認すると、グリーは先ほどとは比べ物にならない速度で飛翔しだした。

 その間にも爆音は雷鳴の様に周囲一帯に響き渡る。ただの爆音ならばまだ良い。問題は―――。

 

「な、なに、この音………!」

 

 飛鳥が眉間に皺を寄せた。耳を塞ぎたいが、それではセイバーの腰から手を離してしまうから振り落とされる。しかし、そんな無様な姿を晒す事になってもこの爆音は耐え難い。

 鼓膜を突き破りかねない巨大な音量もさることながら、耳から入って脳がグシャグシャに掻き回される様な不快な音。まるで耳元で千の虫が這いずり回っている様だ。

 

 ~~~♪! ~~~♪! ~~~♪!!

 

 よくよく聞くと、何か音程らしきものはあるのだが………これが酷い。

 旋律も音程も何もかもが狂った様な音の配列。泥酔したピアニストが無茶苦茶に鍵盤を叩いている方が万倍はマシに思える。いっそノイズ音に塗れたラジオの方がまだ聞きごたえがあるか。

 

「み、耳が腐りそうデスヨ………」

 

 人一倍聴覚が鋭い黒ウサギは涙目になりながら、ウサギ耳を押さえる。宙吊りになっているジンにいたっては、白目を剥いて泡を吹いている。どうオブラートに包んでも、毒音波以外の何物でもない。

 遠くで、ペリュドン達の群れがバタバタと地面に落ちていく。この爆音はペリュドンを撃墜する為に流されているのだろう。そうだとしても、巻き込まれた耀達にとっては冗談ではない。

 遠のきそうになる意識と戦いながら、耀とグリーはどうにか〝アンダーウッド”を目指した。

 

「これは………なんと素晴らしい。天使の歌声か―――!」

 

 ………一人だけ、この爆音をうっとりと聞き入っていた者がいたが。

 

 ※

 

「~~~♪ ふう、スッキリした。それにしても変な命令よね。ペリュドン達を私の歌で魅了しろ、だなんて。サラも何を考えているのかしら? 私の歌が鳥頭達に理解できる筈ないじゃない」

 

 〝アンダーウッド”の外側。ひとしきり歌い終わった竜の少女は、自分が所属するコミュニティのリーダーの命令に首を傾げた。

 

「私の歌を本当に理解してくれるのは、あの子豚くらいなのに………ハッ! べ、別に私はあんな子豚の事なんてどうとも思ってないけど!!」

 

 ブンブン、と首を降る竜の少女。傍目から見て挙動不審だが、幸いなことに人目は無かった。

 

「ま、まあこんな場所で会う事もないけど、もし今度会ったら………」

 

 パタパタ、とスカートから伸びる竜の尾(ドラゴンテイル)が揺れる。少しだけ悩まし気な表情になる竜の少女―――エリザベート・バートリー。

 

「その時は………私のライブの特等席を用意してあげてもいいかしら………?」

 

 

 

 

 

 




飛鳥「ところでセイバー、岸波くんとキャスターを二人きりにしておいて大丈夫なの?」
セイバー「はて? どういう意味だ?」
飛鳥「いえ………セイバーがいない間に、あの二人が、その……」
セイバー「ああ、それならば問題はあるまい」
飛鳥「問題ないって、どうして?」
セイバー「奏者の奥深しさでは数日で落とす事など出来ぬよ。それに………」
飛鳥「それに?」
セイバー「万が一そうなれば、キャス狐ごと余が愛してやるとも。じっくり、とな」

キャス狐「クシュン! うう、なんか寒気が………」


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番外編『Would you like it hot?』

 エイプリルフールに投稿したかったけど、大分遅れてネタSSを投稿しますよ、っと。

 時系列的には一章と二章の間くらい。

 ところで、三章に入ってから本編が進んでない気がするのは……まあ、こういう内容を書いてるからだろうなあ。




「く、うっ………」

 

 飛鳥の口から呻き声が漏れる。

 手から力が抜け、そのまま倒れそうになる身体を何とか腕の力だけで支えた。

 

「終わりですか?」

 

 テーブルの対面上にいる少女は温かみの無い笑みで飛鳥を見下ろした。

 きっ、と少女を睨む飛鳥。

 だが、それだけだ。

 これ以上ゲームを続行できない事は、身をもって分かっていた。

 少女から目を逸らす様に後ろを振り返る。そこには、既にリタイアした耀が仰向けに倒れていた。

 耀は床に突っ伏したまま、起き上がらない。ピクピクと痙攣するのが精一杯の様だ。

 これで終わりだ。

 もう自分は戦えない。耀も回復する気配がない。

 チェックメイト。ゲームオーバー。頭では理解しているが、身体は敗北を認める事を拒否していた。

 

「別に無理する必要は無いですよ。こんなの、ただのゲームですから」

「っ、言ってなさいこの性悪女!」

 

 くすんだ金色の瞳で見下す少女に啖呵を切ると、飛鳥は再び―――レンゲを手に取った。

 

 ※

 

 ―――十数分前。箱庭二一〇五三八〇外門、ペリベッド通り

 

 並木道の桜らしき樹が花を散らし始めて葉桜となっていく。その道を飛鳥と耀は“サウザンドアイズ”を目指して歩く。

 

「この辺で行われるギフトゲームにしては、質の良いギフトだったわね」

「うん。これでコミュニティの皆もお腹いっぱいに食べられる」

「ふふ。そうね。鑑定して貰わないと分からないけど、これで一週間は保つかしら?」

 

 先日、近場で行われたギフトゲームで勝利した二人の足取りは軽い。換金して得られる金額を考えると、本拠で待つ子供達の笑顔が浮かんだ。

 しかし耀は、飛鳥の返答に何故か顔を曇らせた。

 

「一週間か・・・・・・」

「? どうしたの、春日部さん?」

「うん。今のところは連戦連勝だけど、このままで良いのかな、と思って」

「・・・・・・・・・そうね」

 

 耀の言いたい事を察した飛鳥は、ふうと溜息をつく。

 “ノーネーム”では、子供達だけでも百二十人分の食事を用意しなくてはならない。それ程の大所帯ならば、農園で作物を自給自足をした方が安上がりだ。しかし、子供達の胃袋を満たす農園は魔王によって壊滅させられていた。

 そうなると食糧を外部から仕入れるしかないのだが、現状では黒ウサギが審判を行って得られる給料と飛鳥達がギフトゲームで得た景品の換金だけが資金源なのだ。二つの資金源はどちらも白夜叉の好意に頼っている部分が大きい。

 

「今のところ、どうにか生活は安定しているのだけどね・・・・・・」

「いつまでも日雇いみたいな真似は続かないよね。何より、詰まらないし」

 

 ハァ、と二人で仲良く溜息をつく。

 箱庭で最下層にあたる七桁外門は、ゲームの難易度は最下層の称号通り高くはない。内容によっては、何のギフトも持たない一般人でも好成績を取れる。人智を超えたギフトの持ち主である飛鳥達にとっては完全クリアなど手軽にこなせるくらいだ。

 しかし、それも何度も繰り返すわけにはいかない。〝ノーネーム”の問題児達は現在、二一〇五三八〇外門に現れた強力なプレイヤーとして名前が売れ始めている。その事自体は良いのだが、問題はゲームの主催者が彼女達の名前を見て二の足を踏み始めた事だ。露骨な所では、参加者の中に飛鳥達の名前を見た途端に景品を引っ込める真似をした者もいた。

 コミュニティにだって生活はある。連戦連勝を続ける相手に相応しい難易度のゲームを提供できない以上、大敗すると分かってゲームに参加させるわけにはいかないのだ。

 そして、二人にとってこれが一番重要なのだが………はっきり言ってつまらないゲームが多いのだ。せっかく怪しげな招待状に感化されて異世界にまで来たというのに、今まで受けてきたギフトゲームは先日の〝ペルセウス”を除けば難易度はベリーイージー。そろそろ飽きがくるというものだ。

 もっとも、ここで〝実力を高く買ってくれるコミュニティに移住する”という簡単な方法を露程にも考えないあたり、この二人の優しさが出ているのだが。

 

「まあ、先の事は後で考えましょう」

「うん。どうせならギフトを売るついでに白夜叉にゲームを紹介してもらおう」

 

 そうと決まれば善は急げ。二人は“サウザンドアイズ”の暖簾をくぐり、店内に入る。

 

「白夜叉ー、いるかしら?」

「いらっしゃいませ」

 

 透き通った声が飛鳥達を出迎える。

 聞き覚えのない声にカウンターに視線を向けると、そこにはいたのは白夜叉でも無ければ、いつも苦い顔で通す女性店員でも無かった。

 見た目の年齢は飛鳥達と同じくらいか。十字教のシスターの様なゆったりとした法衣(カソック)に身を包み、人形の様に白い肌の少女がくすんだ金色の瞳で飛鳥達を見つめていた。

 

(この子は・・・・・・・・・初めて見る子ね。新しい店員かしら?)

 

 疑問に思いながらもその事は顔に出さずに、飛鳥は毅然とした態度で少女に話し掛けた。

 

「白夜叉はいるかしら? 店長に会いたいのだけれど?」

「彼女はいません。今、北側にいます。それと、私が支店長です」

「支店長? どういう事なの? ここは白夜叉の店じゃないの?」

 

 聞き捨てならない事を言った少女に訝しげな視線を向けるが、逆に少女は飛鳥達を胡散臭そうに見返した。

 

「あなた達、報告にあった“ノーネーム”ですね?」

「うん。白夜叉から何か聞いてない?」

「本部から聞いています。最近、白夜叉は『旗印の確認が出来ないコミュニティとの売買の禁止』という規則を破っている、と」

「それは・・・・・・!」

「そのせいか、二一〇五三八〇外門支店の売上が落ちていると報告にありましたね」

 

 思い当たる事があり、耀は押し黙る。

 確かに、“サウザンドアイズ”では旗印と名前の無い“ノーネーム”の入店を禁止している。いつも女性店員が口酸っぱく言いながら追い払おうとするも、白夜叉に止められて特別に取引をしてもらっていた。

 その他にも黒ウサギにゲームの審判を斡旋したり、飛鳥達は知らぬが通常よりも安い価格で食糧を提供するなど白夜叉は“ノーネーム”を気にかけていたのだ。

 その事で、もし白夜叉へ多大な負担をかけていたとしたら?

 

「白夜叉・・・・・・っ」

 

 飛鳥も同じ考えに至り、奥歯を噛み締めた。

 目の前にいる少女の言った事からすると、白夜叉は左旋されたという事だろうか?

 何故そこまでの自分の身が危うかったに話してくれなかった白夜叉に不満を抱くが、それ以上にそこまで重石になっていた自分が腹立たしい。

 そんな飛鳥達に興味が失せたのか、少女は手元の本に視線を落とした。

 

「私は“ノーネーム”と取引をするつもりはありませんので、どうぞお帰り下さい」

「待って、それじゃ困る」

「ご足労、お疲れ様でした。お帰りはあちらから」

 

 耀が抗議の声を上げるも、少女は視線を上げる事なくシッシッと手を振った。

 まるで犬の様な扱いに文句を言いたいが、そんな事よりも“サウザンドアイズ”で売買出来なくなるのが問題だ。この箱庭において、“ノーネーム”は名無しと侮蔑されるくらい最下層の存在。旗印が無ければ、取引相手として信用されない。それでも“サウザンドアイズ”の敷居を跨げたのは偏に白夜叉の好意によるものだ。

 今度からそれが無くなるという事は、もう“ノーネーム”を相手にしてくれる店が無くなる。当然、資金源も激減する。急に来てしまったコミュニティの死活問題に立ち向かう為、耀は再び抗議しようと口は開くがそれを飛鳥が遮った。

 

「飛鳥・・・・・・?」

「ねえ、新店長さん。あなた、私達とギフトゲームをしないかしら?」

 

 ピクリ、と少女の眉が動いた。

 

「私は“ノーネーム”と関わらないと言った筈ですが?」

「ええ、そうね。私もゲームに勝てば売買させろ、なんて言うつもりは無いわ。むしろ貴女が勝てば、今後一切“ノーネーム”は“サウザンドアイズ”の支店を利用しない、と誓ってあげる」

「飛鳥、それは・・・・・・!」

 

 耀が抗議しようとするが、飛鳥は視線だけで制した。

 その瞳は真剣そのもの。ヤケになったわけでも、勝算も無しに言っているわけでも無いと判断した耀は、ひとまずは飛鳥に任せる事にした。

 

「それはまた、あなた達に何の得も無いでしょうに」

「そうね。だってこれは私の自己満足だもの」

 

 ふん、と優雅に髪を揺らす飛鳥。

 

「白夜叉にここまで負担をかけて、素知らぬ顔で今後の事に悩む。そんなの、私自身が許せない。だから、私なりのケジメをつけさせる」

「・・・・・・・・・それで?」

「以前の顧客として・・・・・・いいえ、二一〇五三八〇外門の住民として貴女を試させて貰うわ。貴女が、白夜叉の後釜として相応しいかどうか」

「・・・・・・・・・“ノーネーム”に試される覚えはありませんが?」

「そう。それなら良いわよ。その時は笑ってあげるわ。“サウザンドアイズ”の新店長は、名無しのゲームに尻込みした、ってね」

 

 挑発的な笑みを浮かべる飛鳥に、少女はようやく手元の本から顔を上げた。そして、飛鳥の言わんとしている事を考える。

 別に名無し程度に笑われるのは痛くも痒くも無い・・・・・・・・・無い、が。それを風潮されるのは少し面倒だ。たかが名無しに支店とはいえ箱庭屈指のコミュニティである“サウザンドアイズ”が尻込みした、などと伝われば今後の商売に差し支える。

 商売は信用が第一だ。名無しから逃げたコミュニティとして、正規の取引相手や顧客に安く見られるのは信用を損なうという事。

 無論、名無しの戯れ言と言い張るのは簡単だ。しかし、彼等は放逐したとはいえ傘下であった“ペルセウス”を打破している。リーダーに問題があるとはいえ五桁のコミュニティを完膚なきまでに敗北させた“ノーネーム”には、たかが名無しと切り捨てられない発言力があるのだ。

 その事を数秒に満たない時間で思考すると、少女は手元の本を閉じた。

 

「・・・・・・porca miseria」

「ポル、・・・・・・何?」

「面白い人ね、と言っただけよ。良いでしょう、そこまで言うなら受けて立ちましょう」

 

 溜息をつきながら、少女はカウンターから出て来た。

 そして、祈る様に両手で組み合わせて目を閉じると―――

 

『ギフトゲーム名“衝撃の麻婆”

 

・クリア条件 60秒以内に指定した料理を完食する。ただし、ギフトの使用は禁止。水の使用も禁止。

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                          “サウザンドアイズ”印』

 

「って、只の早食い勝負?」

 

 現れた契約書類に、飛鳥は首を傾げた。

 書面を読む限り、何の変哲も無い早食い勝負だ。こんな物で本当に勝負として成立するのか?

 

「私は白夜叉と違って直接的な戦闘力はありません。それに・・・・・・」

 

 一旦、言葉を切った少女はニヤリと口角を吊り上げた。

 

「名無し相手なら、この程度がちょうど良いかと」

「っ、言ってくれるじゃない。良いわ、負けても文句言わない事ね」

 

 こちらを侮っている、と判断した飛鳥は憤然としながらも契約書類に合意した。すっと耀が前に出た。

 

「私がやる。こういう内容なら、私が得意だし」

 

 飛鳥は頷いて、後ろへ下がる。二人の準備が整った事を確認すると、少女は再び手を組み合わせた。

 光と共に、耀の前に椅子とテーブルが現れる。そして、テーブルの上には―――

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何これ?」

 

 耀は目を点にして、思わず呟いた。

 テーブルの上に置かれたのは、誰がどう見ても麻婆豆腐だ。しかし、赤い。唐辛子をふんだんに使ったとかそういう問題じゃないくらい赤い。白くあるべき豆腐まども赤い。その上マグマの様にグツグツと煮込まれ、湯気と共に強烈な刺激臭が目と鼻を襲う。

 これは麻婆豆腐か? 耀は冷や汗をかきながら思考する。こんな、ラー油と唐辛子を百年間ぐらい煮込んで合体事故のあげくオレ外道マーボー今後トモヨロシクみたいな料理を麻婆豆腐と言って良いのか?

 

「さ、どうぞ。始めて下さい」

 

 少女の声に我に返り、耀は覚悟を決めて席に着いた。近くに寄ると、更に酷い刺激臭が耀を襲った。湯気が目に入っただけで、涙が止まらなくなるのはどういうわけか?

 意を決して、レンゲで一掬いする。そして―――一気に頬張った!

 

(こ、これは・・・・・・・・・!)

 

 耀の目がクワッと見開かれる。

 頬張った瞬間、ラー油と唐辛子が奇跡的に混ざった辛さが舌全体に広がり、耀の舌に電流の様な様な痺れが駆け抜けた。一噛みするごとに豆腐に吸い込まれていた汁がジュワァと広がり、口の中を唐辛子とラー油が満たしていく。飲み込んだ瞬間、刺激は喉どころか胃へ、腸へ、それどころか気管を通して鼻にまで駆け抜けて、身体の内側から燃え上がる様に豆板醤の香りで満たされていく。

 ・・・・・・・・・色々と形容したが要するに、

 

「か、辛いいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

「春日部さん!?」

 

 普段は大声を出す事がない耀の悲鳴に、飛鳥は驚く。見た目からして尋常ではないと思っていたが、あの麻婆豆腐は健啖家の耀をもってしても辛いと言わしめる程なのか。

 

「あと50秒」

 

 手にした懐中時計で少女は無情に残り時間を告げた。

 

「リタイアしますか?」

「っ、冗談。麻婆なんかに、私は負けない!」

 

 額から流れ出る汗を拭うと、耀は再びレンゲを手に外道麻婆へと立ち向かって行った。

 そして―――!

 

「時間切れです」

「麻婆には・・・・・・勝てなかったよ・・・・・・・・・」

「春日部さあああぁぁぁんっ!?」

 

 ズルリ、と力を失った身体が椅子から滑り落ちる。飛鳥が慌てて支えると、耀は気を失っていた。

 辛さのあまりに唇がタラコの様に真っ赤に膨れ上がり、乙女として人前に出られない様な顔だ。

 

「ちょっと待ちなさい! その麻婆豆腐、変なものが入っていないでしょうね!?」

「まあ、心外ですね。ちゃんと普通の食材で作られた物なのに」

「気絶する様な辛さのどこが普通よ!?」

「この程度の辛さに耐えられないなんて。噂の名無しは甘口なんですね」

 

 耀が残した麻婆豆腐をレンゲで一掬いし、少女はペロリと飲み込んだ。

 

「ああ、主よ。私の味覚に応える食物に出会わせてくれた事に感謝します」

「くっ・・・・・・!」

 

 恍惚して祈りを捧げる少女を飛鳥は悔しそうに見上げた。とはいえ啖呵を切った以上、ここで退くわけにはいかない。何よりどんな勝負でも尻尾を巻いて逃げるなど、飛鳥のプライドが許さない。

 

「次は私の番よ!」

「どうぞ。精々、頑張って下さいね。やれるものなら、ね」

「言ったわね! 後でタップリと吠え面を拝ませて貰うわよ!」

 

 耀を後ろの床に横たわらせ、飛鳥はグツグツと煮えたぎる麻婆へとレンゲを片手に向かっていったーーー。

 

 ※

 

 そして、場面は冒頭に戻る。

 

「も、もう駄目。辛い・・・・・・痛い・・・・・・」

「はい、時間切れです」

 

 天使の様な微笑みを浮かべながら、少女は無情にもタイムアップを告げた。カラン、と飛鳥の手からレンゲが落ちる。

 

「何で・・・・・・何でこんなに赤いのよ。可笑しいじゃない・・・・・・少しは白とか入れなさいよ・・・・・・」

「だらしないですね。この程度の辛口に耐えられないなんて」

 

 クスクス、と喉を鳴らしながら少女はテーブルに突っ伏した飛鳥を嘲笑った。

 

「オマケにガツガツと飢えた犬の様に掻き込もうとするなんて。優雅さの欠片もありませんね」

「このっ・・・・・・・・・」

「ホント愉快。やはり食は虚飾に彩れた人間を剥き出しにするわね。どんな人間も食の前ではブタの様に平らげる様を見るのは、ホント愉快」

 

 ウットリと胸の前で手を組み合わせる少女を見て、飛鳥は悟った。

 この女、とんでもなく性根が捻れてる。

 

「飛鳥・・・・・・」

 

 後ろを振り返ると、いつの間にか目が醒めていた耀が申し訳無さそうに立っていた。

 

「ごめん、こういう勝負なら任せろなんて言ったのに・・・・・・」

「いいのよ、春日部さん。元はと言えば、私が意地を張ったせいで・・・・・・」

 

 シュン、と二人は肩を落とした。

 最近のゲームで連戦連勝していたからか、知らず知らずに天狗になっていた様だ。

 そして、そのツケが現在の状況だ。これで“ノーネーム”は“サウザンドアイズ”を出禁に―――

 

「こんにちは。白夜叉、いるかい?」

 

 店の入口から、知ってる声が響いた。飛鳥達が目を向けると、そこにやはり知った人間が暖簾をくぐって入ってきた。

 

「「岸波くん(白野)!?」」

「あれ? 二人とも、奇遇だね、ってこの匂いは・・・・・・・・・!?」

 

 飛鳥達がいた事に意外そうな顔をしていた白野。

 だが店内に入った途端、彼の顔が変わった。

 

「“ノーネーム”の方ですか? 申し訳ありませんが、今後一切出禁となりましたのでお引き取り下さい」

「へ? それって、一体・・・・・・」

 

 出し抜けにとんでもない事を言われ、白野は少女を見た。そして、そのままお互いに見つめ合う。

 

「ええと・・・・・・ひょっとして、何処かで会った事あるかな? すごく見覚えがある様な無い様な・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・さあ? 貴男に覚えが無いなら、初対面という事になるのでしょう」

 

 眉根を寄せながら後ろ頭を掻く白野に、少女は興味無さそうに答えた。含みのある言い方に、ますます少女の事が気になる白野。

 

「何にせよ、今後会う事も無いでしょうね。“ノーネーム”と“サウザンドアイズ”の繋がりはもう無いのですから」

「っ、そうだ。それはどういう事なんだ?」

「・・・・・・・・・それは私が話すわ」

 

 飛鳥はこれまでの経緯を簡単に語った。

 白夜叉に代わり、目の前の少女が“サウザンドアイズ”の新店長となった事。

 少女にギフトゲームを挑み、二人して敗れたこと。

 全てを語った飛鳥は、体を恥辱に震わせていたが、決して視線は床に落とさなかった。

 

「・・・・・・・・・言い訳はしないわ。私の勝手な判断でコミュニティに不利益を被った。ごめんなさい」

「・・・・・・・・・ごめん、私も自分を過信し過ぎた」

 

 揃って頭を下げる飛鳥と耀。しかし白野は二人を気にかけず、手元の契約書類の文面を読んでいた。

 

「・・・・・・・・・あのさ。この文面を読む限り、“ノーネーム”がこのゲームをクリアする。それに間違いないよな?」

「? 当然でしょう。これは“ノーネーム”の出禁を賭けていたゲームなのですから」

 

 怪訝そうな顔が少女は質問に答えた。

 文面を読む以前に、当たり前の事を何故聞くのか?

 

「そして、これは“サウザンドアイズ”から“ノーネーム”に課されたゲーム。そうだよな?」

「当たり前の事を・・・・・・・・・何が言いたいのでしょう?」

「いや、只の確認。“ノーネーム”に対してのゲームなら・・・・・・・・・俺にも参戦権はある」

 

 飛鳥と耀が驚いて顔を見合わせる。これに黙っているわけにいかないのは少女の方だ。

 

「待ちなさい。ゲームのルールでは、」

ルールでは(・・・・・)〝ノーネーム”という以外、プレイヤーの指定がされてない。だから、俺にも参加する権利はある」

 

 驚いた様に少女は口元を押さえた。確かに、契約書類の文面では〝ノーネーム”が参加するという指定しかしていない。

 

「……いいでしょう。では、どうぞ席へ」

 

 テーブルの上に新たな麻婆豆腐が現れる。相変わらず、地獄の様に赤い。

 

「白野、気を付けて。あれは普通の麻婆じゃない」

「大丈夫。よく知ってるから」

 

 心配そうな耀を尻目に、白野は席に着いてレンゲを手に取る。

 

「むしろ………俺の好物だから」

 

 え? と耀が聞き返すより先に、少女が開始の合図を告げた。

 すると―――

 

「ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」

 

 レンゲを持つ右手は円を描く様に。はたまたアナログスティックを回転させる様に。

 皿の上の麻婆が次々と白野の口へ吸い込まれていく。

 

「ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」

 

 白野の顔から滝の様な汗が流れ落ちる。だが彼は、流れ落ちる汗よりも早く右手を動かし、その勢いは止まるどころか時間と共に加速していく!

 

「ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」

 

 飛鳥と耀が唖然としている内に、あれだけあった麻婆豆腐は残り少なくなっていた。

 ピタリ、と白野の手が止まる。

 横で見つめている二人を横目で見ながら、

 

「――――――食うか?」

「「食うか!!」」

「………………そうか」

 

 ガックリと肩を落としながら白野の手が再び動き出した。

 

(え……? 本当にションボリしてる? 美味しいの? 美味しいと思ってるの、あの麻婆を?)

 

 ※

 

「嘘………」

「うわあ………」

「まあ」

 

 三者三様に驚く中、白野は空になった麻婆豆腐の皿に手を合わせる。

 

「素晴らしい。ご馳走様でした」

 

「まさか本当に食べ切るなんて………」

「というか30秒もかかってないよ。白野って、辛党だったんだ」

「春日部さん、あれは辛党とかそんなレベルで片付けて良い話じゃないから」

 

 二人が呆然と呟く中、白野はハンカチで口元を拭きながら少女へと向き直った。

 

「さて、これでゲームクリアだね。俺達の勝ちだ」

「―――仕方ありませんね。負けは負け、潔く認めましょう」

 

 ふう、と少女は溜息をついた。

 

「それに、そろそろ帰ってくる頃合いですし」

「帰ってくる? いったい、何の―――」

 

「うん? 何じゃ? 鍵が開いとるぞ。はて、あやつに限って戸締りを怠るとは思えんが………」

 

 ガラっ、と扉を開ける音が白野達の後ろで響いた。

 振り返ると、そこには―――

 

「「「白夜叉!?」」」

「あん? なんでおんし等がここに、ってなんじゃ!? 店の中が唐辛子臭いぞ!?」

 

 店の中に充満するラー油やら唐辛子やらの臭いで、白夜叉の顔が驚愕に染まる。

 そして、カウンターにいる少女に素早く目を走らせた。

 

「どういうことじゃ、花蓮! なんで私がしばらく留守にしていた間に店が麻婆臭くなってるんんじゃ!」

「あら、私はただ噂の〝ノーネーム”を〝サウザンドアイズ”の支店長として試しただけですわ」

 

 フフフと笑いながら、少女―――花蓮は、十字を切った。

 するといかなるギフトなのか、あれだけ店の中に充満した臭いがあっという間に消えた。

 

「傘下だった〝ペルセウス”を破ったコミュニティに、ボスも気になってる様でしたから」

「だから、それで何で私の店が麻婆臭く―――」

「ちょっと待って。〝私”の………店?」

 

 尚も言い募ろうとする白夜叉に、飛鳥が待ったをかけた。

 

「白夜叉は、まだこの店のオーナーなの?」

「当たり前じゃろ。というか私以外に誰が務まるという」

「えっと………左遷されたとか、そういう話は?」

「はあ? 何で私が左遷されねばならん」

「………今はこの子が支店長じゃないの?」

「さっきから何を言っておる? こやつ―――花蓮は箱庭の南側にある支店のオーナーじゃよ。この二一〇五三八〇外門支店は間違いなく私がオーナーじゃ」

 

 すっと飛鳥は花蓮に視線を向ける。彼女は、花も恥じらう様な笑みを浮かべながら手元に口を当てた。

 

「——――――あれ? 私が〝この店”の支店長だと言った覚えはありませんが?」

「こ、この性悪シスタアアアアァァァァァッ!!」

 

 普段の淑女らしさやら優雅さやらを放り出し、飛鳥が吠えた。

 背中に虎やら獅子やらの幻影が浮かぶような大声だ。

 

「………あー、よく知らんが。こやつにいっぱい食わされたようじゃな」

「聞かないであげて………飛鳥の名誉の為にも」

「あ、あははは………」

 

 ぼやく白夜叉に、耀はガックリと項垂れながら深い溜息をついた。

 コミュニティの存亡の危機やら飛鳥のプライドやらを賭けた勝負だったというのに、最初から茶番だったわけだ。これには白野も乾いた笑いを浮かべるしかない。

 

「まあ、お遊びとはいえ中々楽しめました」

 

 花蓮は居住まいを正すと、ペコリと頭を下げた。

 

「南側に寄ることがあれば、どうぞご贔屓に。特別価格でお相手しますわ」

 

 それと、と花蓮は言葉を切った。

 

「ゲームクリアの副賞として、先ほどの麻婆豆腐一年分を―――」

「是非!!」

「「断固却下!!」」

 

 喜色を浮かべた白野に、飛鳥と耀が待ったをかける。

 

「そんな!? 箱庭でようやく食べれた味なのに!」

「あんな料理、岸波くんくらいしか食べられないでしょうが!」

「ないない、あれはない」

「おやおや。食べ物の為に仲間割れとは何とも面白―――コホン、見苦しい。ところで、」

 

 ―――温めますか?

 

 

 




 どうでもいい話ですが、作者は香辛料の強い食べ物は食べれません。辛いとかそれ以前に、お腹を壊すので。

 さて本編執筆に戻るか。


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第5話『Dragon lady's』

ジャンヌオルタが来ません(血涙) ゲットした夢まで見ました。飛び起きた時刻は午前二時・・・これは午前二時教のお告げですね!! おお、神よ感謝します! ・・・真面目に考えるくらい精神を病んでますよ?


 フラフラと蛇行しながら、飛鳥達を乗せたグリーは高度を下げる。

 一瞬、身体が崩れ落ちそうになるが、その様な無様な着地は鷲獅子の誇りにかけて許せなかった。グリーは気力で持ち直し、大樹の根の隙間から地下都市へと降り立った。

 

『着いたぞ』

「し、死ぬかと思ったのデス………」

 

 ウサ耳をグッタリと垂れさせながら、黒ウサギがグリーの背から降りる。先程の毒音波で気分が悪くなったのか、足元が少し覚束ない。

 あれだけ響いていた毒音波は、地下都市に入った途端にピタリと止んでいた。遮音結界が張られているという話は本当らしい。

 

「何だったの、先の音は?」

 

 飛鳥がこめかみに手を当てながら、地面へと降りる。気丈な顔つきではあるが、青白い顔色までは誤魔化せなかった。

 

「南側では来客の鼓膜を破る風習でもあるのかしら?」

「もしくは遠吠えかな。友達のコモドドラゴンの鳴き声がこんな感じだったもの」

 

 気絶しているジンの介抱をしながら、耀は以前の世界を思い出していた。

 動物園にいた爬虫類の友人達の鳴き声を万倍に引き上げれば、さっきの様な音になるだろうか?

 しかし、そんな耀達に憤慨する者がいた。

 

「そなた等は何を言っておる! あれほどの歌声を聞いて、何の感動も抱かぬとはっ!!」

「「「『………………は?』」」」

 

 シュタッ! とグリーの背から飛び降りて着地したセイバー。その顔は、興奮の余りに上気していた。

 

「なんと美しき魔曲か………! この余ですら天上の楽曲と聞き違えた! グリーよ、あの歌声の持ち主は何者なのだ!?」

『い、いや待てセイバー殿。あれが………歌声?』

「それ以外の何に聞こえたと言うのだ? あの様な魔曲、余のローマ帝国どころか月にすら存在はしなかった。まさか、噂に聞くローレライなのか!?」

『ローレライ………。聴いた者を破滅に導くという意味なら、まあその通りだが……』

「くっ、やはりか! 悔しいが見事である! 余の歓待にローレライを遣わすとは、誠に大義であった!!」

『そ、そうか。喜んでいるなら何よりだ………』

 

 喜悦満面の笑顔を浮かべるセイバーに、グリーはたじたじとしながら答えた。

 グリーの通訳をしている耀を尻目に、飛鳥が黒ウサギへ近寄った。

 

「ねえ、あれが歌声に聞こえた?」

「いえ、一万歩譲っても咆哮にしか………」

「………いまさら確認するまでもないけど、セイバーの感性(センス)って―――」

「ま、まあ、セイバーさんは芸術家肌ですから! ほら、芸術は爆発だと言うじゃないですか!」

「爆音の間違いじゃなくて?」

 

 ヒソヒソとセイバーには聞こえない様に内緒話をする二人。

 ともかく、とグリーは咳払いを一つして空に舞い上がる。

 

『落とされたペリュドンどもを回収せねばなるまい。耀達は“アンダーウッド”を楽しんでくれ』

「分かった。行ってらっしゃい、グリー」

 

 耀が頷くと、グリーは旋風を巻き上げながら飛び去って行った。

 その後姿を見送っていると、背後から聞き覚えのある声が耀達にかけられた。

 

「お前耀じゃん! お前らも収穫祭に」

「アーシャ、そんな言葉遣いは教えていませんよ」

 

 振り向いた先にいたのは、カボチャ頭のお化けジャックと西洋人形のようにヒラヒラした服を着る少女アーシャ。北で出会った《ウィル・オ・ウィスプ》のコミュニティだった。

 

「アーシャ………君も来てたんだ」

「まあねー。こっちにも色々事情があってさ」

 

 再会に花を咲かせる二人を尻目に、セイバーもジャックと挨拶を交わす。

 

「ヤホホホ、お久しぶりです、セイバー殿」

「うむ。久しいな、ジャック・オー・ランタンよ。今月の納入分の礼装は出荷しておいた。三日後にはそなたの本拠に届いているであろう」

「おお、それはありがたい。あの商品のお陰で私達も商品もガッツリ売れて左団扇というものです♪ もちろん、ちゃんと“ノーネーム”製と宣伝してますから、そこはご安心を」

「ふむ、それは何よりであるな。ところで礼装のレパートリーを増やす為に、新たな素材を奏者が欲しがっていたのだが……」

「ふむふむ。今度はどんな品物で?」

「うむ。守り刀と言ってな、これは―――」

 

 本格的な話し合いになりそうな二人に、黒ウサギがパンパンと手を叩く。

 

「まあまあ、皆さん。お互いに積もる話もあるでしょうが、まずは宿舎に荷物を置きに行きましょう。それに、先に主催者の方々に挨拶に行かないといけませんし」

 

 黒ウサギの宣言に一同は頷く。そして、主催者に用意された宿舎へと足を運んだ。

 

 *

 

「ところでさ。ここに来る前に雷鳴みたいな音が響いてたけど、あれは何だったの?」

 

 木造宿舎の貴賓室。気絶したジンが目覚めないので、彼が起きるまで待つ事にした耀はジャック達の部屋に遊びに来ていた。

 耀がさっきの爆音について尋ねると、アーシャ達は顔を引きつらせた。

 

「げ。お前、あの音痴攻撃を聞いたわけ? よく生きてたなあ」

「音痴・・・・・・あれって、やっぱり歌声だったの?」

「ええ。恐ろしい事に」

 

 カボチャ頭をゲッソリとさせながら、ジャックが答えた。

 

「私達も“アンダーウッド”に到着した時、歓迎と称して一曲サービスされましたよ」

「ああ、危うく昇天しかけたよなあ・・・・・・」

「私なんてペテロのジジイが腹を抱えて爆笑しているのが見えましたよ・・・・・・あー、思い出したら腹立ってきた」

「・・・・・・・・・何者なの? その人」

 

 会う人間全てに散々な評価をされる歌声なんて、どこぞのガキ大将だろうか? 耀の疑問に、ジャックは人伝に聞いた話ですが、と前置きをして語る。

 

「2ヶ月くらい前でしょうか。この“アンダーウッド”に龍の恩恵を受けた二人の少女が現れたそうです。あの音痴・・・・・・コホン。個性的な歌声の持ち主は、その片割れですよ」

「龍……それって凄いんだよね?」

「えー、耀は龍の事を知らねえの?」

「別に。箱庭に来たばかりだから知らなかっただけだし」

 

 小馬鹿にした様な笑みを浮かべるアーシャに、むっとしながらそっぽを向く耀。

 まあまあ、と二人を宥めながらジャックは説明した。

 

「この箱庭には、三大最強種と呼ばれる三つの種族がいるのです。時代と概念の霊格を支配する神霊、質量と空間を司る星霊。そして幻獣の頂点に立つ龍。中でも龍は系統樹が存在しない、力の結晶なのです」

「ちょっと待って。幻獣は霊格が高まった系統樹が変化して産まれる種族だよね? それなら、系統樹が存在しないというのは矛盾してるんじゃ―――」

「ええ。だから、純血の龍種は〝無から発生する”のですよ」

 

 は? と目が点になる耀。つまりですね、とジャックはかみ砕いて説明する。

 

「ある日突然何の前触れもなく、強大な力が集結して形を成して発生する個体。それが龍種の純血なのです。彼等は単一生殖を可能とし、異種と交わった場合のみ亜龍が生まれるのです」

「単一生殖が出来たってことは、龍って小さいの?」

「いえいえ、まさか! 龍の純血はいずれも想像を絶するほどの巨体だと聞きます。何でも、中には世界を背負った龍がいたとか」

 

 最早、想像の範疇にすらない事実に耀は絶句する。というのも、似た様な話を知っているからだ。

 北欧神話のヨルムンガンド、インド神話のクールマ。この様に大地のごとく巨大な生物は、様々な神話で登場する。ジャックの話では、そんな幻獣が箱庭に実在すると言うのだ。

 

「・・・・・・・・・もしかして、最近南側に来た人達もそんなに大きいの?」

「ハハハ、まさか。そんなに大きいと“アンダーウッド”でも支え切れませんよ!」

 

 一瞬、巨大な龍が“アンダーウッド”を止まり木にしてペリュドン達に吠えている絵面を想像した耀だが、ジャックはそんな不安を笑い飛ばした。

 

「あの少女達は純血の龍ではありますまい。恐らくは亜龍か、龍のギフトを持った程度か・・・・・・・・・いずれにせよ、春日部嬢と同じくらいの背丈ですよ」

 

 ただ・・・・・・・・・とジャックは言葉を切る。

 

「龍のギフトは、たとえ遺骨や遺骸になっても強力な力を持っているもの。あの少女達を見た目通りだと思っていると痛い思いをするでしょうね。それに―――私見ですが、おそらくはセイバー殿と同じ存在かと」

「セイバーと同じ? それって、どういうこと?」

「それは、」

 

 ジャックが口を開いた、その時だった。

 突然、窓の外から紅蓮の光が強く光った。

 

「っ、何!?」

 

 耀が窓の外から身を乗り出すと、地下都市の方角から紅蓮の火柱が上がった。そして、動物達の力で鋭い聴覚を持つ耀の耳が風に乗ってきた音を拾った。金属同士が何度もぶつかり合い、激しく火花を散らす様な重低音。これは―――剣戟の音!

 

「あれは・・・・・・・・・!」

 

 窓の外から見える火柱に、ジャックは驚嘆に目を見開いた。しかし耀は目をくれず、窓から宙へと飛び出していた。

 

「私、ちょっと見てくるね! アーシャ達は黒ウサギに伝言よろしく!」

「あ、おい! 待てって、耀!!」

 

 アーシャが慌てて声をかけるが、それより早く耀はグリフォンのギフトで火柱が上がっている場所へと飛んで行った。

 

「行っちまったよ・・・・・・・・・」

「ヤホホホ。正に電光石火ですな」

 

 二人が呆然と耀の背中を見送る中、後ろで部屋のドアが乱暴にノックされて黒ウサギが入ってきた。

 

「失礼します! ジャックさん、こちらに耀さんが来てませんでしたか!?」

「ついさっきまでいたよ。窓から飛んで行ったけど」

「本当ですか!? まさか、あの火柱の元に!?」

 

 アーシャの返答に黒ウサギは顔を青ざめさせた。ジンの看病をしていた彼女も窓の外に見えた火柱を見て、尋常ならざる事態を感じ取ったのだ。こうしている間にも火柱は断続的に上がり、窓の外から熱気が漂ってくる。

 しかし慌てる黒ウサギに対して、何故かジャック達はには弛緩した空気が流れていた。

 

「心配しなくても大丈夫ですよ。“アンダーウッド”では、よくある事ですから」

「は? よくある事って・・・・・・・・・?」

 

 当惑した黒ウサギに、ジャックは深々と溜め息をついた。溜め息に込められた感情を表すなら―――またか、という呆れ。

 

「一言で言うと・・・・・・・・・“アンダーウッド”の問題児達の喧嘩ですかね?」

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”地下都市。中央広場

 

 槍が、鉄扇が、火花を上げながら叩きつけられる。一閃する度に風は唸りを上げ、ぶつかる度に衝撃波が発生し、一拍遅れてストロボの様に火花が飛び散る。

 対峙しているのは二人の少女。

 一人はチェックのスカートと白いブラウスに身を包んだ少女。スカートの下からは黒い龍の尾が覗き、ルビーの様に鮮やかな色付きをした髪からは捻れた真紅の角が生えている。彼女は少女の手には不釣り合いに見える長大な槍を握り、巧みに操りながら突きをくり出していく。

 もう一人は浅葱色の着物に白い袿を羽織った少女。透き通った翠の髪からは骨の様に白い角が覗く。彼女は両手に持つ鉄扇を使い、舞を踊るかの様にくり出された槍を完璧に捌き切っていた。

 赤毛の少女の槍が剛ならば、着物の少女の鉄扇は柔。対称的ながら、武術のお手本の様な打ち合いは―――

 

「この! この! ナマイキ、なのよ! ド田舎蛇の分際で!!」

「そっちこそ! いい加減に、しなさい! バカトカゲ!!」

「バカと、言う方が! バカなのよ! バーカ、バーカ!!」

「やかましいですわ! このオオバカトカゲ!!」

「また言ったわね! 土下座しても許さないんだから!!」

 

 ・・・・・・・・・何とも低次元な口論と共に行われていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何、アレ?」

 

 二人を取り囲む人垣の外、耀は誰に聞かせるわけでもなくポツリと呟く。

 激しい剣戟の音を聞きつけて駆けつけてみれば、目の前ではハイレベルな武器の応酬とローレベルな口論が同時にくり出されていた。

 

「ん? お嬢ちゃん、観光客かい?」

 

 近くにいた犬の頭をした亜人が、耀に気さくに声をかけてきた。

 

「ハハハ、驚いただろ? あれぞ南側名物、『ドラゴンの一騎打ち』でございってな」

「一騎打ちって・・・・・・・・・どう見ても喧嘩してる様にしか見えないけど」

「いや嬢ちゃんの言う通りよ。あの二人は馬が合わないのか、ああして事あるごとにぶつかり合っているんだわ。最初は俺達も止めたんだが、いい加減馬鹿らしくなってきてな。今じゃあの二人の喧嘩を肴に楽しんでるのさ」

 

 ほら、と犬の亜人は人垣の一角を指差す。

 

「行け! そこだっ!」

「エリちゃんガンバレー!!」

「やっちゃえ、バーサーカー!!」

「さあさあ! “一本角”の大型ルーキー、我等のアイドルのエリちゃんと大和撫子のバーサーカーちゃんの一騎打ちだよ! 張った張った!!」

「俺、エリちゃんに銀貨一枚!」

「俺はバーサーカーちゃんに銀貨二枚だ!」

「うはw 二人ともバ可愛いっすw あ、バカ過ぎて可愛いって意味っすからwww」

 

 ワイワイガヤガヤ、駒鳥はピーチクパーチクと騒がしくさえずる。被害の巻き添えにならない様に距離を取りつつも、二人の喧嘩を闘犬の様に楽しんでいた。この騒動にかこつけて観客達に商品を売りつけ様とする、商魂たくましい屋台までいる始末だ。ここまで来ると、ちょっとした祭り騒ぎだ。

 

「ええと、ほっといて良いの? さっき火柱とか見えてたけど」

「あー・・・・・・・・・流石に家を燃やしそうになったら止めるが。というか、俺達じゃ止めきれないんだけどな。ああ見えて、あの二人は龍のギフト持ちだから」

「龍のギフト? じゃあ、“アンダーウッド”に来た龍の女の子達って、あの子達のこと?」

「何だ、知ってるじゃないか。そう、スカートを履いてるのがエリザベート。着物の方がバーサーカー。どちらも龍のギフトを持つ、“アンダーウッド”の期待の新人だよ」

 

 耀が話し込んでいる間にも、二人の戦闘は苛烈さを増していく。鉄扇で槍を打ち払いながら、バーサーカーは苛立たしそうに声を上げた。

 

「そもそも! 境界門が起動してるのに宝具を使うとか! なに考えてるんですか!?」

「はあ!? 知らないし! サラの言う通りにやっただけだし!」

「このカラッポ頭! 遠方からの来客を殺す気ですか!?」

「うっさいわね! 何よ! 私のラストナンバーを聞けるなんて、むしろご褒美じゃない!」

「自分の力量を考えなさい! ドラ音痴!」

「なんですって!? もう、あったまにきた!!」

 

 エリザベートが槍を横凪に振るう。槍はその形状から突きが一般的だと思われがちだが、払いとなると槍の遠心力によって生半可な防御ごと叩き潰す強力な一撃となる。加えて槍のリーチも相まって回避も容易に出来ない。

 だがバーサーカーも並みの相手ではない。地面スレスレまで体勢を低くし、槍を自分の頭上で空振りさせる。そのまま、無防備な背中を晒したエリザベートへ距離を詰める。その姿は、獲物に襲いかかる蛇を思わせた。

 

「かかったわね!」

 

 エリザベートは背中を向けたまま、尻尾を振り上げる。スカートが捲れ上がって野太い歓声が響く。

 

「そーれっ!!」

 

 掛け声と共に尻尾が振り下ろされた。バーサーカーは目を見開くが、駆け出した勢いは止められない。鞭打つ様な音と共に土埃が舞った。

 

 徹頭徹尾の竜頭蛇尾(ヴェール・シャールカーニ)

 

 “無辜の怪物”によって変化した姿とは言え、エリザベートの尻尾は本物の龍の物。音速すら超えて振るわれた鞭は、たとえガードしても相手は落雷の様な衝撃と共に麻痺して動けなくなる。ーーーしかし。

 

「かかったのは・・・・・・・・・貴女です!」

 

 土埃が晴れる。そこには土埃で着物を汚しながらもバーサーカーがしっかりと立っていた。彼女の片腕は鱗の生えた巨大な龍のそれとなっていた。その腕がエリザベートの尻尾をムンズと掴んだ。

 

「や、やば―――!!」

「終わりです。転身―――!」

 

 バーサーカーの目が赤く染まり、口の奥からチロチロと火の粉が漏れ出す。

 

「―――何を、しているかこの馬鹿娘共オオオオォォォッ!!」

 

 突如。大樹の頂上から怒声をドップラー効果で響かせながら、炎の翼と緋色の龍角を持つ女性が二人へ飛来し―――二人の頭を思いっきり殴った。




本日の教訓:争いは同レベルの相手としか起きない


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第6話「一発触発」

我が王をお迎え出来ませんでした………すまぬ、ウェイバー。
代わりに来たのは、ケリィとアイリ。キャットとステゴロ聖女、ラーマ。キッドと百顔ハサン。
嬉しいちゃ、嬉しいが………なんか釈然としない。


「―――で、貴様ら。いったい何をしていた?」

 

 褐色の肌と頭に立派な龍角を持つ女性は、腕組みをしながら目の前のエリザベートとバーサーカーに問う。

 頭に大きなタンコブを作った二人は、正座させられながらもふくれっ面で答えた。。

 

「私、悪くないもん」

「それはこちらのセリフですわ」

 

 つーん、とお互いにそっぽを向きながら答える二人。褐色肌の女性は頭痛に耐える様にコメカミを押さえながら、溜息をついた。

 

「お前達な………収穫祭が始まるから喧嘩をするな、と私は言ったはずだよな? 〝アンダーウッド”の十年ぶりの復興を兼ねた式典だから、大人しくしてろと言い渡したよな? くれぐれも、騒ぎを起こすなと、ちゃんと言ったよなあ?」

 

 一句一句に力を込めながら、褐色肌の女性は怒気を纏いながら口元をひくつかせる。額に青筋を浮かべながらプルプルと震える様は、噴火寸前の火山を思わせた。

 しかし、それで反省する様なら問題児とは呼ばれない。

 

「だってコイツが先に突っかかって来たんだもん!」

「この馬鹿がグリーさんごと宝具で攻撃したから注意しただけです。先に手を出したのはドラ娘の方です」

「はあ? 私がいつグリーを攻撃したのよ? 槍でブッ刺した覚えはないけど?」

「貴女の歌声はそれだけで凶器ですわ。いい加減に自覚しなさい!」

「なっ、私の歌の何処が悪いと言うのよ! 貴女こそ耳が腐ってるんじゃない?」

「何もかも手の施しようが無いレベルで悪いです、このドラ音痴!」

「むっかー!! また言った! 今日こそ皮を剥いで財布にして―――」

「や め ん か! この馬鹿ドラ共!!」

 

 ゴン! と鈍い音と共に、握り拳が喧嘩していたドラ娘二人に降り降ろされた。

 

「~~~っ、何するのよ、サラ! 乙女の頭をグーで殴るなんて酷いじゃない!」

「そうですわ! 殴るのはこのジャイアントカゲだけにして下さいまし!」

「やかましい! 二人して騒いだ時点で喧嘩両成敗だ馬鹿共!」

 

 怒りの余り、咆哮の様に気炎を吐き出す褐色肌の女性。ビリビリと彼女の怒声が響き渡る。

 

「………あれは誰?」

 

 三人から離れた所で一連のあらましを眺めていた耀は、隣にいた犬の亜人に問う。

 

「サラ=ドルトレイク。我等“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟の議長にして、“一本角”の頭首様だな。今の〝アンダーウッド”の実質的なボスと言ってもいい」

「ドラコ・グライフ………連盟?」

「うん? お嬢ちゃん、連盟を知らんのか?」

 

 犬の亜人が不思議そうな顔をしながらも耀に説明する。初対面の耀にも丁寧に説明する辺り、彼は根っからの世話好きなのだろう。

 

「連盟というのは、複数のコミュニティが集まって作られる組合みたいなものさ。“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟の場合、“一本角”、“二翼”、“三本の尾”、“四本足”、“五爪”、“六本傷”の六つのコミュニティが集まって出来てるというわけ」

 

 あれが連盟旗だよ、と犬の亜人は近くにあった旗を指差す。そこには、二本ある龍角の一本が醜くへし折れている鷲獅子の姿が描かれた旗が風に煽られてはためいていた。

 

「あれが連盟旗………でも連盟って、何の為に組むの?」

「そりゃアンタ、お互いの利益の為さ。例えば連盟を組んでいれば、魔王に襲われたとしても他のコミュニティが援軍に来てくれるからな」

「助けに来てくれるの?」

「応よ。まあ、あまりに分が悪いと見捨てられるかもしれんが………口約束よりはマシさ」

 

 ふうん、と相槌を打ちながら耀は旗印を見上げる。そんな耀に構わず、犬の亜人は話を続けた。

 

「しっかし、議長様も大変だねえ。ああやって、あの嬢ちゃん達の喧嘩騒ぎに駆り出されるのは何回、いや何十回目かね?」

「え? 二人が喧嘩する度に止めに来てるの? 連盟の議長が?」

 

 耀は驚いてサラの方へ視線を向けた。余程腹に据えかねているのか、公衆の面前にも関わらずに正座したドラゴン娘達二人にガミガミと説教をしていた。しかし説教されてる当人達は、お互いの顔を見たくないと言わんばかりにフンッと顔を背けていた。あの様子では馬の耳に念仏だろう。

 

「だってなあ………あのドラゴン嬢ちゃん達、戦闘に長けた“一本角”の二枚看板だぜ? あんなの止められるのはその“一本角”のリーダーの議長様か、“二翼”のグリフィス様くらいだろ。グリフィス様は、あー………ちょいと気難しい方だからな」

 

 先ほどまでペラペラと喋っていた犬の亜人が、唐突に口を濁した。明後日の方向を向いて誤魔化そうとしているあたり、そのグリフィスという人物に何か思う所があるのだろうか?

 耀がそんな事を考えていると、後ろから駆け足で向かってくる靴の音が響いてきた。

 

「耀さま! こちらでしたか!」

「やっと追いつきましたよ」

 

 黒ウサギと、彼女に抱えられたジンが耀の前に現れた。見れば飛鳥とセイバー、ジャックとアーシャがぞくぞくと耀の元へ駆けてきた。

 

「まったく。急に飛び出したと聞いたから心配したじゃない」

「まあまあ、飛鳥嬢。これといった危険は無かったのですから、よしとしましょう」

「そうだぜ。何もこんなに急がなくても………べ、別にお前の事なんて心配してないからな!」

「アーシャ………テンプレ乙」

「第一声がそれかよ!?」

 

 ツインテールを逆立てて吠えるアーシャをどうどう、とジャックが宥める。その様子を見た犬の亜人は豪快に笑い声を上げた。

 

「ガハハハハ! どうやら嬢ちゃんのお迎えが来たみたいだな。それじゃ、俺はこれで」

「うん。色々教えてくれてありがとう」

「なあに、良いってことよ。じゃあな。〝アンダーウッド”の収穫祭、楽しんでいってくれや」

 

 ヒラヒラと手を振りながら、犬の亜人は雑踏の中に消えた。その直後、タイミングを計ったかの様にサラが耀達の方へ視線を向けていた。

 

「もしや………そこにいるのは〝ノーネーム”と〝ウィル・オ・ウィスプ”か?」

 

 〝ノーネーム”という単語に、周りの群衆から注目が集まる。皆の注目が集まる中、ジンとジャックが代表して進み出た。

 

「はい。お久しぶりです、サラ様」

「ヤホホホ。この度はお招き頂きありがとうございます」

 

 共に一礼するコミュニティの代表達。その二人を見て、ようやくサラの眉間から皺が取れた。

 

「遠路はるばるようこそ、お二方………と言いたい所だが、御見苦しい物を見せてしまったな。すまない」

 

 後ろ頭を掻きながら、サラが二人に頭を下げる。

 広場の至る所に出来た斬撃の痕や焦げた様な臭い。エリザベートとバーサーカーの喧嘩で、街の広場として少しばかり問題がある土地となっていた。

 

「こんな所で立ち話、というわけにもいくまい。どうか我等の本拠地まで来て頂けないだろうか?」

「はい、ちょうどご挨拶に向かおうとしていた所ですので問題ありません」

「助かる。諸々の話はそこでするとしよう。さて、エリザベートとバーサーカー。お前達はこの広場をちゃんと片付けて………二人とも?」

 

 喧嘩した二人に罰を与えようとして振り向いたサラは違和感に気付く。いつの間にか立ち上がっていた二人は、険しい顔つきである人物を睨んでいた。その視線の先は―――

 

「セイバー? いったいどうしたの?」

 

 耀が違和感に気付いて、セイバーに声をかけた。耀の疑問に応えず、セイバーは険しい顔でエリザベート達と睨み合う。やがて、セイバーがおもむろに口を開いた。

 

「貴様等、サーヴァントだな?」

「そういうアンタも、聞くまでも無いわね」

「――――――」

 

 一人と二人の間に、敵意の宿った視線が飛び交う。

 場に張り詰めた緊張感が漂う。事態の異常さに気づき、周りの群集も固唾を飲んで三人を見守った。

 

「見たところランサーと・・・・・・・・・そなた、バーサーカーであろう。言葉は通じる様だが、狂気を孕んだ音色は余の耳を誤魔化せぬ」

「清廉な闘気・・・・・・・・・偽りや虚偽を含まない真っ直ぐな瞳。そういう貴女は三騎士の一つ。それも、名高い剣の英霊と見ました」

「いかにも。よもや、この地でサーヴァントに会うとは予想だにしてなかったが。さて―――」

 

 セイバーは剣を実体化させ、手元に呼び寄せる。ブンッと風切り音を一つ響かせると、切っ先をエリザベート達に突きつけた。

 

「キャス狐が現界した以上、よもやと思ったが他のクラスのサーヴァントまで現界しているとはな。そなた達のマスターは誰だ?」

「ふうん。やる気ってわけ? 良いわ、売られた喧嘩は高値で買ってあげる」

 

 ガシャン! と音を立て、エリザベートの槍が構えられる。纏う殺気は先程の喧嘩と比べ物にならない程に冷たく、血生臭さを漂わせていた。

 

「ま、待って下さい、セイバーさん! どうして急に“一本角”の方と戦おうとされているのですか!? 一体、何が―――」

「お黙りなさい。部外者は下がってなさい」

 

 慌てて止めに入った黒ウサギをバーサーカーがピシャリと言い放つ。ユラリと構えたその手には、龍の意匠が施された鉄扇。

 

「そこのドラ娘だけならば偶然と見なせましたが、また一人サーヴァントが現れたならば最早必然。これは聖杯戦争。そう見るべきですわ」

「然り。となれば、他のサーヴァントを放置するわけにはいくまい」

 

 エリザベートはスッとバーサーカーの横に立つ。

 

「今まで一緒にいたよしみよ。あのサーヴァントを倒すまでは協力してあげる」

「貴女と手を組むなんて、本来ならあり得ませんが良いでしょう。セイバーは聖杯戦争において最優のサーヴァント。ここで潰さない道理はありません」

「二対一か? 構わぬ。何者であろうと、奏者に降りかかる火の粉は払わせて貰おう!」

 

 セイバーが言い終わると同時に、エリザベート達の体は弾丸と化す。迎え撃つは、真紅の皇帝。愛剣『隕鉄の鞴・原初の火(アエストゥス・エストゥス)を正眼に構え、襲い掛かる二人に剣を振りかぶり―――

 

 刹那、三人の間に落雷が落ちた。

 

「「「っ!?」」」

「双方、そこまで!! これ以上の狼藉は、“箱庭の貴族”の名において見過ごせません!!」

 

 髪の毛が緋色に変化した黒ウサギが金剛杵を振りかぶりながら三人の間に入った。折を見て、サラも炎の翼を広げながら黒ウサギに並び立つ。

 

「黒ウサギ! 邪魔をするでない、そなたには関係が―――」

「関係ならばあります!」

 

 文句を言いかけたセイバーに黒ウサギは毅然と言い返す。その姿は普段問題児達に手を焼いている彼女とは結びつかない程、威風堂々とした姿だった。

 

「ここは神魔の遊技場である箱庭。揉め事はギフトゲームで決着を付けるのが習わしです! ギフトゲームの審判を司る“箱庭の貴族”として、箱庭の法律(ルール)を侵す真似は見過ごせません! セイバーさん、この場は剣を収めて下さい!!」

 

 滅多に見せない黒ウサギの怒気にセイバーは押し黙る。彼女とて、かつては法を司った皇帝。この場で自分の言い分に正当性が無い事に気付けない程、愚かではなかった。

 

「エリザベート達も下がれ。互いに因縁のある相手の様だが、彼等は“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟が招待した賓客だ。この場で戦う事は許さん」

「サラ! でも―――」

「頭首の私の言うことが聞けないか、エリザベート・バートリー!!」

 

 サラの鞭打つ様な叱責にエリザベートは押し黙る。

 

「事はお前達だけの問題ではない! ホストがゲストに襲いかかったとあっては、外交も出来ぬ奴と連盟全体が嘲笑の的になる! それが分からぬ程に愚か者なのか!!」

 

 サラの言うことはもっともだ。今のエリザベート達は、“一本角”に籍を置く身。ここでセイバーを倒した場合、“一本角”は賓客である“ノーネーム”の同士を来日したその日に殺した事になる。それは“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟が“ノーネーム”に仇なす為に招待状を送った事になり、連盟全体の信用低下に繋がる。同時にエリザベート達を監督しきれなかったとして、連盟の議長であり、彼女達のコミュニティの頭首であるサラには重い罰が下される。

 エリザベートとバーサーカーは共に反英霊だ。生前の悪行から人々に忌み嫌われる物として顕現する彼女達だが、行き場の無い自分達をコミュニティに迎え入れたサラ達の恩を仇で返すほど性根は腐っていない。

 

「・・・・・・・・・サラが言うなら仕方ないわね。良いわよ、合意(サイン)してあげる」

「そうですわね。少し、正気を見失っていましたわね」

「あなたはいつもじゃない」

「空気読みなさい、ドラ馬鹿」

 

 お互いのコミュニティから叱責を受けた三人が矛を収めたのを確認し、ジンはサラに頭を下げる。

 

「我等“ノーネーム”の同士が“一本角”の同士達と揉め事を起こしてしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、こちらこそすまない。どうやら互いに因縁があった様子。同士の詳しい事情を知らなかったのは私の落ち度だ。私の顔に免じて許して欲しい」

 

 炎の翼を消し、サラもまたジンに頭を下げる。

 

「ついては本陣までご足労頂けないだろうか? そこで改めて謝罪をしよう」

「ヤホホホ、それは良い。ささ、行きましょう皆さん」

 

 先導するサラに、場の空気を和ませる様にジャックが陽気な笑い声を上げる。そんな中、セイバーはジンに頭を下げた。

 

「すまぬ。ジン。余の勝手な振る舞いで、そなたに迷惑をかけた」

「いえ、そんな。頭を上げて下さい!」

 

 ジンは恐縮して手をワタワタと動かした。奔放な振る舞いが多いが、ローマ皇帝であったセイバーに謝られるなど冷静に考えれば凄い経験だ。そんなジンに代わり、飛鳥がセイバーに声をかける。

 

「まあ、大きな騒ぎにならなかったみたいだから良いわ」

 

 その代わり、と飛鳥は言葉を切る。

 

「ちゃんと説明すること。あの娘達と何があったのか、全部含めてね」

「・・・・・・・・・分かった」

 

 少しの沈黙の後、セイバーは静かに頷く。

 

「そうだな。いずれは語らねばならぬ事だ。そなた達ならば、余の―――いや、余と奏者の歩んだ道程を語る事も許されよう」

「セイバーさーん、行きますよー!」

 

 先に歩いていた黒ウサギが声をかける。セイバー達は早足で黒ウサギ達の元へ向かって行った。

 

 ※

 

 広場からセイバー達が去ると、緊張感が一気に抜ける様にざわめきが戻った。皆、先程までの出来事を互いに噂しあいながらも各々の仕事に戻っていく。耀から離れた犬の亜人も、全ての騒ぎが終わった事を確認して広場から立ち去る。

 大通りを歩き、途中に路地へ。右へ、左へとクネクネと入り組んだ路地裏を迷いの無い足取りで歩いていく。やがて人気が無くなり、街の喧騒が遠くなった所にその人物はいた。陽の差さない路地裏とはいえ、気温が高いにも関わらずにローブをすっぽりと被り、机の上でタロット・カードをシャッフルしている占い師姿の男性。

 そんな見るからに怪しい人物に、犬の亜人は警戒することなく近付いていく。

 

「ああ、ご苦労様。首尾はいかがですか?」

 

 タロット・カードを弄っていた手を止め、占い師の男性は犬の亜人に顔を向ける。すると突然、犬の亜人の姿が蜃気楼の様に歪んだ。歪みが治まると、犬の亜人の姿が黒いブラックハウンド犬に変わっていた。ブラックハウンド犬は、尻尾を振りながら己の主人の足元に近寄る。

 

「へえ………ランサーとバーサーカーを発見しましたか。おまけにランサーはエリザベート・バートリー。真名まで調べるなんて、さすが私の使い魔。バーサーカーの方の真名は分からずじまい………まあ、いいでしょう。竜に変身するという逸話を持つなら大分情報は絞られます」

 

 バウバウ、という鳴き声が響き、得た情報を全て主人へと伝える。占い師の男性は、自分の使い魔の働きぶりに満足そうに微笑んだ。

 

「この場に来たのはイレギュラーチャイルド2、イレギュラーチャイルド3、箱庭の貴族にセイバー………分かりました、引き続き監視を続けなさい」

 

 バウ、と一吠えすると、ブラックハウンド犬の姿が変わる。先ほどの犬の亜人の姿ではなく、今度は雌の猫に姿を変えるとその場を走り去っていった。一人残された男性は、再びタロット・カードをシャッフルしながら思案する。

 

(マスターのいないサーヴァントとして、ランサーとバーサーカーが召喚された………つまり、ターゲットが召喚するしないに関わらず、一定のサーヴァントが集まるということ。そしてターゲットが死なない限り、彼女達に魔力切れという概念は無いものと見ていい)

 

 手元でシャッフルしながらも、カードを一定の位置に置いていく。

 

(サーヴァント同士で敵対心が煽られている………時は近い。残りの二体、アサシンとアーチャーもすぐに姿を現すでしょうね)

 

 思案しながらもタロットを動かす手は止まらない。やがて、机の上に三枚の山札が置かれた。

 それぞれの山札が示すのは過去、現在、未来。この山札の一番上をめくり、カードが示す運命を確認するのだ。

 

(この〝アンダーウッド”は現在、巨人の攻撃を受けている。その背後にいる人間を出来れば確認したいですね。まあ、いずれにせよ………)

 

 占いの準備が終わり、男性はローブを脱ぐ。眼鏡を外し、男性―――衛士・キャスターは山札のカードをめくった。

 

「今は静観の一手だな。状況が動けば………一手仕掛けるのも手だよなあ?」

 

 クツクツと、衛士・キャスターは嗤う。タロットが、運命を示した。

 過去を示すは「戦車」。意味は、勝利と達成。

 現在を示すは「隠者」。意味は、用意周到と沈黙。

 そして、未来を示したのは「運命」―――の逆位置。

 「運命」のカードは正位置ならば、幸運の変化を示す。しかし、逆位置ならば。

 示された意味は―――その運命はカルマに支配されるという事。

 

 

 




セイバー顔ヒロイン統一トーナメント。一回戦

モーさん「ハハハハハ! どうした、グレイ! セイバー顔して、それでもTYPE-MOONのヒロインか!?」
グレイ「せ、拙にも良く分からないのです! ヒロインXにそそのかされて無理やり出場させられたんです!」
モーさん「いけないなあ、父上の事を悪く言っては!」

*上記の内容は本編と全く関係ありません。


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第7話「一方その頃」

金時「ウチの大将が酒呑童子を召喚したなんて聞いてねえよ。しばらくどこかに姿をくらまして―――」
酒呑「金時は~ん。何処へ行かれるん~?」
金時「ゲッ!? お、お前と一緒にレイシフトする準備だぁ!」
酒呑「一人用のコフィンでか~?」

ま、ウチにゴールデンはいませんけどね。


 ―――“ノーネーム”本拠地

 

 朝食を済ませた白野と十六夜は、水樹から供給される水路を辿り、農園地区に足を踏み入れた。初めて来た時、砂利と干からびた土しか無かった農園地区は、今は焦げ茶色の肥沃な大地が一帯に広がっていた。

 

「へえ・・・・・・・・・立派な農園になったじゃねえか」

 

 十六夜が足下の土を手に取ると、瑞々しい土が握られた。土は確かな弾力を富み、農業に関して素人の白野にも作物を育てるには理性的な環境になったと感じ取れた。

 

「ああ、あの農園がここまで蘇るなんてな」

「これもお嬢様達のおかげだな。そういや知ってるか? 農園が一段落したら、今度は居住区の整備を始めるそうだぜ」

「あの廃墟だらけだった場所を? そうか、ディーンがいるなら大助かりだな」

「それを聞いた皇帝様がさっそく図面を描いてるそうだぜ」

「へえ、セイバーが・・・・・・・・・はい?」

 

 何気なく聞き流していた白野だが、聞き逃せない一言でピタリと動きが止まった。セイバーの趣味は一言で表すなら派手な物が好きという事だ。そんな彼女が設計するとなると―――

 

「そう心配しなさんな。設計図を見せて貰ったが、なかなか考えられた物だったぜ」

 

 白野の心配を杞憂だ、と言わんばかりに十六夜は笑い飛ばす。

 

「皇帝様はあれでも優れた建築家だ。かのラファエロやミケランジェロもドムス・アウレアの装飾からグロテスク様式を生み出したと言われている。皇帝様がいなければ、ルネサンス期に大きな発展は無かったと言っても良い」

「そうなのか?」

「そうなのか、って・・・・・・・・・。お前、皇帝様の御主人(マスター)だろ。自分の部下の事はちゃんと知っておけよ」

 

 うっ、と白野は言葉に詰まる。考えてみれば、聖杯戦争で対戦相手のサーヴァントを調べたが、自分のサーヴァントについて書かれた文献を紐解いた事は無かった。どうしても気になる事があれば目の前にいる本人に聞けば良いし、戦闘に関する知識を優先していた為にサーヴァントの―――歴史上の偉人達が後世に与えた影響についてはあまり知らなかったのだ。

 

「まあ、ともかく。趣味はちょいと悪いが、建築家としての腕は確かだ。オマケに勉強熱心ときた。書庫にあった技術書はもちろん、俺や春日部、お嬢様にも元の世界の建築様式を詳しく聞いてくるくらい貪欲に新しい建築技術を吸収してるぜ」

「時々、寝不足気味だったのはそういう事か・・・・・・・・・」

 

 ここ1ヶ月、日々のギフトゲームに加えて白野の訓練や礼装の作成。それらの隙間を縫ってセイバーは居住区の復興計画を練っていたのだ。それこそ、寝る間を惜しんでの作業だった筈だ。短時間でありながら設計書の完成まで漕ぎ着けたセイバーの能力もさることながら、込められた情熱に白野はただ尊敬するしかない。

 

「そっか、俺の知らない所でセイバーは頑張っていたんだな」

「まあな。今のところは資金が足りないが、目処が着いたらすぐに取りかかるそうだ。まずは居住区への水道工事と道路工事」

「ふむふむ」

「チビ共の住居は既にあるが、今後コミュニティの人員が増えた時を考えて、四階立ての集合住宅(インスラ)の建設。余剰地を使って浴場の建設。ハドリアヌスの技師には負けん、と意気込んでいたぜ」

「ハドリアヌス・・・・・・? それにしてもローマ式の浴場かあ、面白そうだな」

「ギフトゲームのプレイヤー達の訓練場も兼ねて、コロッセウムの建設。いずれは“ノーネーム”名義でネロ祭をやるとさ」

「アハハハ・・・・・・セイバーらしいな」

「で、隣りに劇場の建設。黄金劇場を超えた白金劇場にするとか」

「へえ、白金劇場を・・・・・・・・・はい?」

「もちろんその名に恥じぬ様に柱から壁、床に至るまで全て白金製。装飾は皇帝様直々に施し」

「ちょっと、」

「ドーム状の天井にはこれまでの“ノーネーム”の軌跡をフレスコ画で描き」

「待て、それは」

「劇場を取り囲む柱にはローマ神を模した我等“ノーネーム”のメンバー達の彫刻がズラリと―――」

「ストップ、ストップ!」

 

 時報を読み上げる様に淡々とセイバーの都市計画を話す十六夜に、白野は待ったをかけた。

 

「他にお金かける所があるよねとか、派手とかそういう次元じゃないよねとか色々言いたいけど! 本気でやる気か!?」

「真剣と書いてマジだよ、皇帝様は。安心しろ、流石に修正して貰った」

「そ、そうか。十六夜が見てくれて良かっ―――」

「彫刻モデルは全部、岸波にして貰った」

「そこは止めて欲しかったなあ!!」

 

 あんまりな事態にクレッシェンドで叫ぶ白野。

 

「嫌ならしっかりと意見しとけよ、現場監督」

 

 ケラケラと笑う十六夜に、白野はガックリと肩を落とした。復興計画は当分先の話だが、その時の仕事は現場でセイバーの暴走を抑える役職になりそうだ。さもなくば、半裸でガチムチな自分の彫像が居住区に立ち並ぶ。

 ちゃんと反論できる様に建築の勉強をすべきかと真剣に考え出した、その時。

 

「高天原に神留座す。神魯伎神魯美の詔以て皇御祖神伊邪那岐大神」

 

 どこからか、幼い少女の声が聞こえて来た。

 

「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓へ給ひし時に生座る祓戸の大神達」

 

 声は白野達がいる場所から少し離れた、水田地帯から響いていた。気になった白野達が向かうと、シャン、シャン、と鈴の音が少女の声に混じって聞こえて来た。

 水田地帯に入ると、声の主を見つける事が出来た。

 そこには紅白の巫女服に着替えたリリが、水田の前で瞑想する様に目を閉じて何かを唱えていた。

 水田の前にテーブルを置き、その上には盛られた塩や酒、魚や果物が置かれていた。何かの儀式なのだろうか? 

 

 シャン、シャン―――。

 

 リリの後ろで、キャスターが神楽鈴を鳴らす。服はいつものノースリーブの巫女服だが、真剣な表情に白野は声をかけるのを躊躇った。

 

「諸々の枉事罪穢れを拂ひ賜へ清め賜へと申す事の由を天津神国津神」

 

 いま来た白野達に気付かないのか、リリの朗々とした声が途切れることなく響く。どこかたどたどしい詠唱でありながら、静かに耳を傾けたくなるのはリリの真剣な思いが伝わってくるからなのか。

 

「八百萬の神達共に聞食せと恐み恐み申す」

 

 シャン―――。

 

 キャスターの神楽鈴が一際大きく鳴り、リリは手を合わせて頭を下げる。

 魔力の発動などは感じないが、辺りが静謐な空気で満たされていく様に感じられた。

 しばらくして、リリが大きく息を吐いた。

 

「はい、よく出来ました! ちゃんと祝詞を覚えてきたんですね。エライ、エライ♡」

「どうでした、キャスターさん?」

「もうバッチリ! どこに出しても恥ずかしくない稲荷の巫女ですとも!」

 

 まるで姉妹だな。キャスターに頭を撫でられて、嬉しそうに狐尾を振るリリを見て白野はそう思った。お互いに妖狐という共通点があるからか、白野の傍にいない時はキャスターはリリと一緒にいる事が多かった。

 

 パチパチ―――。

 

「いや見事な祝詞だったな。今のは身滌大祓か?」

「十六夜様!?」

「うげ、出ましたね凶暴児」

 

 拍手しながら進み出た十六夜に、リリは驚きを、キャスターは忌避感を顔に浮かべて迎えた。

 

「はいはい、粗野で凶暴、快楽主義と数え役満な十六夜様ですよ。ってか凶暴児はねえだろ」

「ふん、魂がイケてても性格がバーサーカーなので凶暴児で十分ですよーだ! 私が礼を尽くすべきは、魂、性格、容姿の全てにおいて私がイケ魂認定するお方―――そう、ご主人様に他ならないのですから!」

「だ、そうだ。愛されてるなあ、色男」

「………穴掘ってくれる? 人一人、完璧に隠れそうなやつ」

「やん♡ ご主人様、来てたのなら声をおかけ下さいまし♡」

 

 先程の真剣さは何処へやら。人目をはばからずに好き好きオーラを振り撒くピンク狐に白野は顔を赤くしながらそっぽを向く。誤魔化す様に大きく咳払いしながら、先程から気になった事を指摘する。

 

「ところでリリと一緒に何をやってるの? 見たところ、何かの儀式みたいだけど」

「はい! キャスターさんの指導で農地のお清めをしていました!」

 

 白野の疑問にリリが元気良く答えた。補足する様に、キャスターが口を開く。

 

「ほら、もうすぐ畑の苗を届くでしょう? 土壌の再生は飛鳥さん達がやってくれたので、土地のお清めも兼ねて豊作祈願をしようと思いまして」

「土地のお清め・・・・・・・・・それって、必要な事なの?」

「必要大ありです! いかに土が良くても土地そのものが不浄なら、その土地で良きものは育たないのですから!」

 

 そう言われてもピンと来ない白野。白野のいた時代―――西暦2030年には旧き魔術は失われ、電脳世界で力を振るう魔術師(ウィザード)が主流となった。その為、土地の魔力を使うという発想が白野にはよく分からない。そんな白野に十六夜が地脈について語った。

 

「風水や陰陽道では地中に気、エネルギーが宿っていると考えられている。地脈のエネルギーは万物に影響を与え、また万物から影響を受ける。陽の気に満ちた地脈を活かせば一族は栄え、逆に陰の気に満ちた地脈だと家相が悪くなると言われている」

 

 十六夜は水田の水を手で一掬いする。水樹から引かれた水は、清らかな透明度を保って水田を満たしていた。

 

「要は土地のクリーンアップ作業だ。ウィルス塗れのパソコンにセキュリティソフトで掃除して、作業効率が上がる様にしたといったところだよ」

「ああ、なるほど」

「うわ、神前儀式をパソコンに喩えるとか情緒の欠片もねー」

 

 キャスターはブーイングするが、十六夜の説明は白野には分かり易かった。一見、豪快奔放に見えて相手に合わせて話の内容を分かり易く説明できるのが、逆廻十六夜という少年なのだ。

 

「まあ、気休めぐらいの祈願ですけどねー。いっそサクッと私の領域として作り変えちゃっても良いのですけど・・・・・・・・・ここは、リリちゃんの土地ですから」

「リリの土地? それってどういうこと」

「ふふん。何を隠そう、このリリちゃんこそ稲荷神に連なる豊穣の一族! 要は私の遠い親戚というわけです、はい」

 

 バンッ、と太鼓判を押すようにリリの背中を叩くキャスター。狐耳を真っ赤にして俯くリリに、十六夜は目を瞬かせた。

 

「稲荷の神って………稲荷明神のことか?」

「え、えっと、似ているけどきっと違います。母様の伝聞では、ウカノミタマノカミより神格を戴いた白狐が祖だと伺っていますけど………」

「すると、リリのご先祖は狐神の命婦ってことか。中々凄いじゃねえか。で、その親戚ということは御狐様はダキニ天の白狐………いや、むしろダキニ天そのものか?」

「ふふん、さあ? どうでしょう?」

 

 十六夜の指摘にキャスターは肯定も否定もせずに妖しげに微笑む。しかし、実際のところはかなり的を得た指摘だった。彼女の正体は平安の大妖怪・玉藻の前であり、天照大神の分霊。その天照大神の報身としての姿がダキニ天にあたる。僅かな情報から、キャスターの正体に迫っていたのだ。

 

(十六夜が敵じゃなくて良かった………)

 

 内心で冷や汗を掻きながら、白野はそっと溜息をつく。

 神仏すら殴り飛ばせる圧倒的な身体能力、ジャンルを問わない豊富な知識量。そしてそれらを十全に使う頭の回転の早さ。

 もし彼が聖杯戦争で敵として立ちはだかった場合、白野達は苦しい戦いを強いられていただろう。もしも相手をするなら、まずは―――。

 そこまで考えて、白野は内心で苦笑した。

 

(何を馬鹿な。もう聖杯戦争は終わったんだ)

 

 聖杯戦争において、敵の情報を知るのは必須事項。その為に、いつの間にか相手の戦闘情報を考える癖がついてしまった様だ。地上にいた人間(オリジナル)のコピーとはいえ、白野は月で作られた(生まれた)NPC。白野にとって聖杯戦争は49日間(全人生)を通して行われた戦いだったのだ。その為に、無意識で戦闘を前提にした思考回路が働いていた。

 だが、そんな聖杯戦争も過去の話だ。未来を憂いた白衣の賢者を退け、白野はムーンセル(月の聖杯)を誰にも悪用されない様に封印した。もう聖杯戦争は起こらない。こうしてる間も、ムーンセルは観測装置として静かに地球を見つめているはずだ。そして、ムーンセルの中枢で分解されるはずだった自分はどんな奇跡か箱庭で第二の生を歩んでいる。セイバーとキャスターの同時使役など気になる点はいくつかあるが、いつまでも過去の事を振り返ってばかりではいけない。いまは〝ノーネーム”の一員として、未来に目を向けないと。

 

「なあ、縁の深い神様なら眷属―――リリの母親の居場所も分かったりしないのか?」

 

 気付くと、話が大分進んでいた様だ。ウカノミタマノカミと同一視されるダキニ天ならば、神格を与えた眷属の居場所が分かるのではないか? という十六夜のもっともな指摘にキャスターは首を振った。

 

「出来たらもうやってますってば。でも格落ちスペックのこの身体じゃ、そこまでの神通力は無いのですよ」

 

 はぁ、とキャスターは溜息をつく。

 

「神霊ネットワークを頼ろうにも刑部姫ちゃんは相変わらず引きこもり三昧、ケンボちゃんも最近は〝働きたくないでござる!”と自主的サボータージュ。カグヤちゃんも従者の薬師さんと竹林に籠りがちだし、ウズメちゃんは料理教室で忙しいからって最近電話に出てくれないし、清姫ちゃんにいたっては音信不通。そもそも電波が悪いからI-Phoxも箱庭じゃ役に立たねーのです。今度クレームいれるか、あの社長英霊」

「オーケー。色々ツッコミたいけど、そのスマートフォンは何?」

 

 慣れた手つきで齧られた果物のマークが刻印されたスマートフォンを操作するキャスターに、白野はコメカミを抑える。先ほど最新の電気機器に喩えるな、と言ったのはどの口か。というか箱庭に電波が通ってるのか?

 

「本当にどこ行っちゃったんでしょうねえ、清姫ちゃん」

 

 *

 

「あー、もう! つまんない! つーまーんーなーいー!」

「はぁ………。何度も言わなくても聞こえてますわよ」

 

 ところ変わって、〝アンダーウッド”地下都市の中央広場。サラ達が去って、もはや広場というより焼野原になった場所でエリザベートは竹箒を乱暴に振り回しながら叫ぶ。その横で、割烹着と三角巾というお手伝いさんルックスが妙に似合うバーサーカーが同じ様に竹箒を手にして溜息をついた。

 

「そもそも! なんで私が掃除しなきゃいけないのよ! アイドルである、この・私が!」

「私達が喧嘩で散らかして、サラさんに綺麗に片付ける様に命じられたから。何回言わせる気ですの?」

「それよ! こんなに焼野原にしたのは、むしろアンタのせいじゃない! 何で私まで付き合わされないといけないわけ?」

「はいはい、私のせいにしてもいいですけどね。ちゃんと掃除しなかったら、貴女のステージを取りやめるとか言われてませんでしたっけ?」

「うっ………サラも卑怯よ。私のステージが無くなると、ブタ共が暴動を起こすじゃない」

「………大勢の人がホッとすると思いますけど」

「何か言った?」

「いえ、別に」

 

 バーサーカーにとって極めて意外な事だが、エリザベートのファンはそれなりにいる。歌が壊滅的に下手とはいえ、愛らしい小悪魔チックな顔。起伏は少ないが、その手の愛好家にはそそる人形の様に端正の取れた小柄な肢体。まさに黙っていれば皆が振り向く様な美少女なのだ。おまけに南側では有名な〝一本角”で指折りの実力者。ギフトゲームが大きな意味を持つ箱庭では、腕力や頭脳に長けた者は他のコミュニティに属していても一目置かれる。そんなエリザベートをリスペクトする者が現れるのは、ある意味当然であった。

 

「そこまで嫌なら貴女の親衛隊を自称する殿方達にやらせれば良いのではなくて? その方が近くで不満そうな顔で働かれるよりマシですわ」

「それはダメ。私がやらないと駄目って、サラは言ってたし」

 

 それに、とエリザベートはムスッとした顔のままそっぽを向く。

 

「私が任された仕事よ。やりたくないからって、ブタ共に押しつけたらアイドル失格じゃない」

 

 これにはバーサーカーが驚いた。我が儘と自分勝手が服を着て歩いている様なエリザベートから、そんな殊勝な台詞が出るとは思わなかったのだ。思わず箒をはく手を止めてエリザベートをマジマジと見る。

 

「エリザベート、貴女・・・・・・・・・」

「ああ、もう! ちゃっちゃと終わらせるわよ!」

 

 耳を真っ赤にしながら、エリザベートは乱暴に箒を動かす。バーサーカーもそれ以上は何も言わずに掃除を再開した。

 やがて、広場の半分くらいがどうにか見られるくらい片付いたその時だった。エリザベートは唐突に手を止めて、バーサーカーの方へ振り向いた。

 

「・・・・・・・・・ねえ。アンタ、やっぱりセイバーやあたしと戦うの?」

 

 ピタリとバーサーカーの手が止まる。少し間を置いて、バーサーカーが口を開いた。

 

「―――当然でしょう。元より、サーヴァントは聖杯を奪い合う為に現界するもの。貴女だって、悲願はあるでしょう」

「うーん、あたしのはもうどうでも良くなったというか・・・・・・・・・」

 

 煮え切らない態度のエリザベートに、バーサーカーは眉をひそめた。

 

「何を馬鹿な。願いが叶う聖杯が手に入るのに、何も願わないなんて」

「・・・・・・・・・そもそも本当に聖杯って、あるの?」

 

 今度はエリザベートが胡散臭そうに顔をしかめた。

 

「アンタもあたしも気付いたら召喚されただけだし、聖杯があるなんて誰にも言われてない。さっきはセイバーに襲いかかったけど、本当は聖杯戦争と無関係なんじゃないの?」

「なら私達が召喚された事にどう説明をつけますの? 私を含めて、サーヴァントが三人。これこそ聖杯があるという証明ではなくて?」

「だーかーらー、サーヴァントが召喚された=聖杯戦争という図式が納得いかないと言ってるの。そもそもあたし達にはマスターがいないじゃない。なのにどうしてか魔力が切れる様子がないし・・・・・・あ、1ヶ月前に一度だけ気分が悪くなったけど」

「貴女も・・・・・・? まあ、良いですわ。そもそも私にますたぁなんて要りませんもの」

 

 ヒュンと竹箒を突き付け、バーサーカーはエリザベートを睨む。

 

「ますたぁなんて所詮は利害関係で組む程度。自分も聖杯が欲しいから口当たりの良い文句で騙して、サーヴァントを使役する。そんなもの、最初から必要ありません」

「・・・・・・・・・ふーん。そんなに騙されるのが嫌いなわけ?」

「当然です。どんなに美辞麗句を並べても、人を欺いて傷つけているのですから。それなら、最初から言わなければ良い。私の前に現れなければ良い」

 

 端正な顔立ちを歪めながら、バーサーカーは喋り続ける。それはエリザベートに向けてというより、自分の周り全てに対して呪詛の様に呟いている様だった。

 

「だから私は聖杯に願うのです。私に対して・・・・・・・・・いえ。この世全ての人間が嘘をつけない様に。全ての人間が真実だけを口にする世界にしなさい、と!」

 

 爛々と目を輝かせるバーサーカー。幽鬼の灯火(ウィルオ・ウィスプ)の様に揺れる金の双眸を前にエリザベートは内心で溜め息をついた。

 つまるところ、バーサーカーは純粋なのだ。嘘や曖昧さを良しとせず、白黒とはっきりとさせる。そして相手と同じくらい自分に対しても正直でいる事を強要する。だからこそエリザベートにもはっきりと文句を言うし、聖杯にかける願いも偽りなく答えた。見栄や欺瞞に満ちた貴族社会を生きたエリザベートにとって、自分に対しても物怖じせずにストレートに言ってくるバーサーカーの態度は・・・・・・・・・まぁ、ムカッとする事はあるが少なからず好感を抱けるものだった。

 だが―――純粋すぎる。相手が真実を述べないのは、何か理由があるから。その事情を考慮せずに罰すると言うなら、それは自分の事しか考えていないのと変わらない。

 会話が出来る様に見えて、結局は狂戦士(バーサーカー)なのだ。会話が通じないのではなく、会話が成り立たない。話が聞けないのではなく、話を聞かない。

 

(以前のあたしもこんな風に見えてたのかしら?)

 

 かつて、美容に良いと信じて大勢の少女の血でバスタブを満たしていた。あの時の自分もバーサーカーの様に狂っている事を自覚しようとしない様に見えたのか? 目の前で狂気に囚われている少女に、エリザベートは鏡を見ている様な気分になった。

 

「だから邪魔をするなら誰であっても容赦はしませんわ。貴女とはそれなりに長く過ごしましたけど、私の為に死んで下さい」

「―――ふん、それはこちらの台詞よ。みすみす殺されるつもりなんて無いから」

 

 バーサーカーの妄執じみた狂気に怯む事なく、エリザベートはバーサーカーの目をまっすぐ見た。

 

「今はサラに迷惑がかかるから休戦するけど、収穫祭が終わったら覚悟しなさい。真っ先に殺してあげるから」

「ええ、全ては収穫祭が終わった後に」

 

 二人の少女はお互いの目の前をまっすぐと見ながら殺気を交わす。古代のグラディエーターの様に、互いに対する殺人を許可し合ったのだ。

 

「それにしても、あのセイバー。どっかでみたことある様な・・・・・・・・・」

「はあ? あのサーヴァント、貴女の知り合いですの?」

「う~ん、見たことある様な・・・・・・・・・無い様な?」

「どっちかはっきりなさいな」

「・・・・・・・・・あー、もう! 頭痛くなってきた!」

 

 ゴシャゴシャと髪の毛を掻いてエリザベートは顔をしかめる。

 

「大体! あのサーヴァントが赤いのがいけないのよ! お陰で嫌な奴を思い出したじゃない!」

「嫌な奴?」

 

 癇癪を起こしたエリザベートに気にする事なく、バーサーカーは聞き返す。

 

「変態よ、変態!」

 

 エリザベートは顔を赤らめ、恥辱に耐えながら『嫌な奴』を思い起こした。

 

「いたいけなアイドルに指を突きつけて、処女認定する半裸マッチョの変態よ!」

 

 ※

 

 その夜。耀は宿泊している部屋で体を休めていた。お互いのコミュニティで挨拶を交わした後、セイバーが神妙な顔で耀達に言ってきた。後で話がある、と。

 

(セイバーの話って・・・・・・・・・やっぱり昼間の事、だよね?)

 

 あの時のセイバーの剣幕を思い出す。初対面の相手に、掛け値無しの殺気を放っていた。あの時、黒ウサギが止めなければ広場で血が流れていただろう。

 

(知り合い・・・・・・・・・なのかな? かなり剣呑な雰囲気だったけど)

 

 あの時、セイバーは奏者に降りかかる火の粉は払う、と言っていた。あそこまでセイバーがムキになる事となると、十中八九で白野に関係する事だろう。もしかすると、今日の話でセイバーと白野の関係が聞けるかもしれない。しかし―――。

 

(聞いて・・・・・・・・・良いのかな? なんか興味本位で聞けそうな内容じゃないと思うけど)

 

 なんとなくだが、白野が普通ではない経歴を歩んできたのは想像できる。白野は同い年でありながら、肝が据わっているというか・・・・・・・・・どこか達観した表情を見せるのだ。耀自身も世間一般の少女像からズレているという自覚はあるが、白野の場合は何か感じが違う。人間どころか接してきた動物達にもいなかったタイプの相手に、耀は岸波白野という人間を計りかねていた。

 

(・・・・・・・・・止めよう。今からあれこれ悩んでいても仕方ないよね。気になるなら、今夜セイバーに聞けば良い)

 

 頭を振って思考を打ち切る。もうすぐセイバー達が来るはずだ。全ては、その時に明らかになるだろう。

 

(その前に着替えようかな? 少し汗をかいちゃったし)

 

 いそいそと耀は自分の鞄を開ける。さして必要最低限の私物しか鞄から―――ゴロリ、と炎のマークがついたヘッドホンが出てきた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

 瞬間、耀の思考が凍りつく。このヘッドホンは何度も見たことがあって、それは友人が肌身離さず持ち歩いていて、それが見つからないから友人は自分に順番を譲ってくれてーーー。

 

「いや、だって・・・・・・・・・私は入れた覚えなんてなくて、でも・・・・・・えぇ?」

 

 どうして十六夜のヘッドホンがあるのか、耀の混乱が最高潮に達した、その時。

 

 地響きと共に巨大な手が、耀の部屋を突き破った。

 

 




清姫が嘘を許せないのは安珍の事もあるけど、元々の性格があるのだと思う。良く言えば、根が真面目。悪く言うと融通が利かない。いくら一目惚れとはいえ、初めて会った相手に夜這いをかけて断られている上に、妖怪変化をしてまで追いかけるのは恋だけでは説明がつかないと思ったので。そんな清姫を見て、エリザベートは少しクールダウン。CCCの経験を経て、少しだけ物分かりが良くなりましたとさ。

『I-Phox』

とある英霊がグラハム・ベル達を焚き付けて共同制作した英霊用スマートフォン。
異世界に行っても通話が出来る。そう、I-Phoxならね。


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第8話「“アンダーウッド”防衛戦線」

サハラ「お願いします! クーフーリン・オルタが欲しいです!」
ビリー「しかしマネーは持って来たのだろうね?」
サハラ「はい!」

 デイリーで貰った呼符一枚

ビリー「Hahaha! ボーイ、運営をからかっちゃいけないよ!」

 クーフーリン・オルタピックアップの時に、呼符でビリーが来て思いついたネタ。
 コメントの返信が滞っていますが、今は返信するくらいならSSを書きたいくらいに忙しいので後日に返信させて頂きます。ご容赦下さい。


 非常事態を知らせる鐘の音が鳴り響く。

 突然の夜襲に、“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟の戦士達は慌てながらも迎撃体制を築こうとする。しかし、遅過ぎた。襲撃者達は既に都市部に入り込み、民家を次々と打ち壊していく。その為、“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟は民間人の避難を優先しながらの迎撃を強いられていたのだ。

 

「報告! 住民の避難が半分完了しました!」

「遅い! まだ半分か!?」

「は、はっ! しかし、なにぶん伝令が混乱していまして、」

「言い訳はいらん! もうじきバリケードが突破される! 住民の避難を最優先させろ!」

「りょ、了解!」

「灯りを消せ! 我々が奴等の格好の的になる!」

「駄目だ! “二翼”には夜目が利かない同士もいる!」

「見張りは何をしていた!? 居眠りしていたでは済まされんぞ!」

 

 喧々囂々、怒鳴り声が連盟の中で交差する。突然の襲撃に、誰もが浮き足立ってマトモに身動きが取れない。本来なら議長であるサラが混乱を鎮め、率先して指揮を取らねばならない。だが、サラの元には襲撃者の中でも別格と思われる相手が徒党を組んでサラと斬り結んでいた。数の有利で実力差が拮抗されたサラに指示を出す余裕など無かった。

 

「伝令! 東地区のバリケードが壊滅! 避難中の民間人が襲撃にあってます!」

 

 新たな伝令に“龍角を持つ鷲獅子”連盟の全員が蒼白な顔になる。よりによって避難が済んでいない地区が攻撃されたのだ。至急、救援を送らないといけないのは分かっているが、人手が足りない。既に負傷者の数は連盟の三割に上っていた。負傷者の搬送に加えて救援を送る余裕など、あるわけがない。

 

「くっ、西地区を放棄! 至急、西地区で戦っている同士を東地区へ―――」

 

 歯噛みをしながら指令を出そうとした、その時だった。

 

『LAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』

 

 突如、東地区から雷鳴の様な叫び声が響き渡る。声そのものは極上のハープの様に澄んでいるのに、音階が致命的にズレている様な、そんな叫び声。

 

「なっ・・・・・・・・・」

 

 サラの代理で指揮を取っていた亜人は、信じられない様な面持ちで東地区へと視線を向ける。すると今度は、大樹に設けた本陣から少し離れた場所で巨大な火柱が上がった。

 

「あれは・・・・・・・・・!」

「伝令! 東地区の敵軍前線が崩壊! 同士達が押し返しています! 同時に東地区の避難が完了!」

「何があった!?」

 

 突然、好転した戦況に代理の指揮官は驚愕を隠さずに伝令に詳細を求める。今し方、前線から戻ってきた鷲の翼を持つ亜人は興奮しながらも報告した。

 

「“一本角”です! “一本角”のエリザベート及びバーサーカーにより、敵軍が駆逐されています!」

 

 ※

 

 ―――数分前。

 

 東地区に住んでいた亜人達は大通りを通って群れをなして逃げ出していた。その上空を連盟に所属する翼人達が大声を上げながら避難誘導を行う。住民の中でも空を飛べる者はいち早く避難所へと飛んでいったが、それが適わぬ者は己の足で必死に駆けていく。

 

「あっ!?」

 

 不意に大通りの一転で女の子の声が上がった。猫の耳をした小さな少女が一緒に避難していた住民に突き飛ばされて転んでいた。

 

「ユリ!」

 

 避難所へ走る人達の群れを掻き分けながら、同じ様な猫耳の少年が少女の元へと駆け寄った。

 

「大丈夫か!?」

「う、うん。平気」

 

 ユリと呼ばれた少女は駆け寄った少年に膝立ちになりながら答える。そうしてる間にも、周りでは二人を避けながら次々と大人達が追い越していく。誰もが緊急事態に二人に気にする余裕など無かった。

 

「ユリ、立って! 早く逃げないと!」

「うん、ごめんお兄ちゃ、イタッ!?」

 

 立ち上がろうとした少女が突然、膝を押さえてうずくまる。見ると膝を酷く擦りむいており、傷口から血が流れていた。とてもではないが、走れる様な怪我ではない。

 

 ドスン―――。

 

 不意に、地響きが二人の耳に聞こえた。

 

 ドスン―――ドスン―――ドスン!

 

 地響きは段々と大きくなり、こちらへと近付いていた。周りの大人達は泡を喰って我先にと逃げ出したが、二人は恐怖のあまりお互いをしっかりと抱きしめ合う事しか出来なかった。

 

 ドスン!―――ドスン!―――ドスン!!

 

 住人達が逃げていく方向から反対側の大通りから、襲撃者が姿を現した。

 それは、許し難い程に巨大な人間だった。全長は十数メートルを優に越え、船と見紛う様な巨大な足。手など大型の肉食獣をも片手で一捻り出来そうだ。はちきれんばかりの筋肉を動物の毛皮で作られた腰巻きで包み、体格にあった巨大な戦鎚を握っていた。

 巨人。人類の幻想種であり、北欧やケルトの神話で登場する神や怪物の末裔。それが襲撃者の正体だった。

 巨人が手にした戦鎚を無造作に振り、近くの民家を打ち壊す。

 次の瞬間、瓦礫が散弾銃の様に打ち出された。

 

「キャアアアアアッ!?」

「――――――ッ!!」

 

 衝撃と共に降り注ぐ瓦礫に、避難民達から悲鳴が上がった。怯えてうずくまる妹に少年は覆い被さる様にして顔を伏せる。どうか自分達に当たりません様に。せめて妹には当たりません様に。無駄とは知りつつも、祈らずにはいられなかった。

 やがて、辺りが静かになった。少年達が目を開けると―――目の前に下半身を失った連盟の翼人の死体が見えた。

 

「ひっ―――!」

 

 目の前の死体に、少年達は悲鳴を上げそうになる。よく見ると、辺りには沢山の死体が転がっていた。ある者は瓦礫に押し潰され、ある者は弾丸の様に飛んできた瓦礫に身体を抉られ、ある者は元の形が判別つかない肉塊となり果てた死体。そんな死体が辺りを埋め尽くしていた。

 

 ドスン!!

 

 不意に、少年達の周りが暗くなる。二人が恐る恐る前を見ると、目の前に先ほど瓦礫を飛ばした巨人が立っていた。

 

「あ、あ、あ―――」

 

 大きい。改めて思う必要もない。目の前に立たれると、相手がいかに巨大か理解させられる。恐怖のあまり、パクパクと無意味な声が口から漏れた。対して巨人は、目の前の小さ過ぎる(・・・・・)二人につまらなそうな顔を向けた。歩いていたら鼠を見つけたとでも言いたそうな、そんな顔。いずれにせよ少年達には避けようが無い死が、巨人にとっては踏み潰して進める程度の障害が迫っていた。

 

「・・・・・・・・・ユリ、俺が戦っている間に逃げろ」

「お兄ちゃん!?」

 

 悲鳴の様な制止をかける妹に振り向かず、少年は目の前にある翼人の死体が握っていた剣を手に取った。

 

「こいつは・・・・・・・・・俺が食い止める。だから、その間に逃げるんだ」

「ダメっ! お兄ちゃん、死んじゃうよぉ!!」

「こいつから逃げ切れないだろ! ここにいても二人揃って死ぬだけなんだぞ!!」

 

 聞き分けの無い妹に怒鳴り、少年は巨人と相対する。手にした剣は重く、恐怖で切っ先がガタガタと震えていた。

 

「怖くなんて・・・・・・・・・怖くなんて無いからな。お前なんて・・・・・・・・・お前なんて、ただ身体がデカいだけだ!」

 

 膝が笑いながら啖呵を切る少年に巨人の口から海鳴りの様な音が漏れる。鼠と人間程の体格差があるというのに、いったいどうやって戦うつもりなのか? 少年の持つ剣など、巨人からすれば爪楊枝みたいなものだ。もはや呆れを通り越して失笑してしまう。

 

「う・・・・・・・・・ウワアアアアアァァァァァッ!!」

 

 顔を涙でグチャグチャにしながら、少年が剣を振りかぶって巨人へと走り出す。後ろで妹が悲痛な声で名前を呼ぶが、少年にはもう聞こえなかった。そんな少年の決死の覚悟を巨人は嘲笑を隠そうともしなかった。リーチ差は明確。そもそも小さな人間共の疾走など、巨人から見れば虫の歩み並に遅い。戦鎚を振り下ろせば、愚かな亜人の子供の剣は自分に届くことなく、一瞬で虫の様に潰れる。そんな事を考えながら、巨人は戦鎚を振り上げた。

 

 グシャリ、と辺りに肉が潰れる音が響いた。

 

 ―――少年の頭上(・・)から。

 

「え・・・・・・・・・?」

 

 少年が頭上を見上げる。そこには目を見開いて驚愕した様な巨人の顔があり―――額に深々と槍が突き刺さっていた。グラリ、と巨人の身体が揺れる。何が起きたかさっぱり分からぬ、という顔のまま、地響きを立てながら巨人は仰向けに倒れた。

 

「―――まったく。弱い奴が勝手に飛び出すんじゃないわよ」

 

 バサリ、と音を立てながら少年の頭上から声がかかった。少年が後ろを振り向くと、バサッバサッと背中から蝙蝠の様な翼を羽ばたかせながらエリザベートが降りてきた。

 エリザベートはヒールの音を響かせながら倒れた巨人に歩み寄り、額から槍を引き抜く。

 

「ウエッ、汚い血が付いちゃったじゃない。お気に入りのマイクスタンドなのに~~!」

「あ、あの・・・・・・・・・」

 

 顔をしかめながらガシガシと巨人の衣服で槍に付いた血を拭うエリザベートに、少年は恐る恐る声をかける。

 

「ん? 何よ、子猫? あたしのサインが欲しいの?」

「え? いや、そうじゃなくて、」

「遠慮しないの。“アンダーウッド”のスーパーアイドル、エリザベート様のサインなんてファンクラブの豚共が大枚叩いてでも欲しがるお宝なのよ」

「いや、だから、」

「アンタ達も運が良いわね。絶体絶命のピンチに、このあたしが・・・・・・・・・ウルトラアイドルの、あたしが! 助けに来たんだもの。サイリウムを振って歓喜なさいな!」

 

 ドヤッ! と薄い胸を張るエリザベート。喋る暇を与えずにマシンガントークをするエリザベートに、少年は途方に暮れて妹の方を向く。妹もまた、突然現れたエリザベートに目をパチパチさせながら驚いていた。

 

「エリ様~~~!! ご無事ですか~~!?」

 

 避難所の方角から、猪の顔をした亜人が駆け寄った。亜人の胸には、『34』と刻印されたピンバッジが着いている。

 

「あたしを誰だと思っているのよ。こんなデカブツに負ける筈が無いじゃない」

「ブヒッ! そうでした! 疑って申し訳ありません!」

「まあ、いいわ。それで、他に逃げ遅れた子豚はいるのかしら?」

「それは・・・・・・・・・」

 

 猪の亜人が辺りを見回す。猫耳の兄妹以外、生存者がいないのは明らかだった。

 

「ここにいたのは、最後尾の避難民達です」

「・・・・・・・・・。ふーん、そうなの」

 

 生存者がいた事に対する安堵や犠牲者への鎮魂の言葉を口に出さず、エリザベートはただ頷いて転がった死体を見回した。いつもの快活さを潜め、不機嫌そうな顔になったエリザベートの心境はこの場の誰にも分からなかった。

 

「「「「ウオオオォォォォォッ!!」」」」

 

 大通りの先から野太い雄叫びが響く。最前線に赴いた仲間の異変を感じた巨人達がこちらへ押し寄せていた。まだ距離はあるはずだが、巨人達の背丈を見ていると遠近感が狂いそうだ。

 

「会員34番。アンタはその子猫達を避難所に連れて行きなさい。出来ないとは言わせないわよ」

「はい! あの、本当にエリ様お一人で・・・・・・?」

「グズグズしない! あたし、口答えが嫌いなの。ちゃんと出来たら、ご褒美に踏んであげる」

「必ずや遂行いたします、ブヒィィィィィッ!!」

 

 顔を興奮で紅潮させて敬礼する猪の亜人―――もといファンクラブ会員34番。

 

「あ、あの!」

 

 それまで蚊帳の外だった猫耳の兄妹がエリザベートに声をかけた。

 

「助けてくれて、ありがとうございました! お陰で妹も死なずに済みました!」

「ありがとう、エリザお姉ちゃん!」

「うっ・・・・・・・・・」

 

 純粋にお礼を言う兄妹にエリザベートは言葉が詰まる。ファンクラブの男達からチヤホヤされる経験はあっても、こんな風に混じり気なく感謝されるのは初めてだった。

 

「フ、フンッ! 別に、感謝される様な事じゃないし! 助けたのは気紛れよ、気紛れ! ホラ、邪魔だからさっさと行きなさい!」

「エリちゃんツンデレキタコレ!」

「うっさい! 去勢するわよ!」

「ご褒美です!」

 

 そう言い残し、猪の亜人は怪我をした少女を抱え、少年の手を引きながら立ち去った。少年達は時々振り返りながら、エリザベートに手を振っていた。

 

「・・・・・・・・・まさか、このあたしが人から感謝される日が来るなんてね」

 

 三人を見送った後、エリザベートは前を見る。目視する限り、次に来る巨人の集団は五人。それぞれが戦斧や戦鎚を持ち、仲間の死体と自分を指差して何か言っていた。

 

「うわ、次の奴もむさ苦しそうな連中ね。あんな豚共、相手にしたくもないのだけど―――」

 

 ヒュン、と風切り音を響かせながら槍を振る。

 

「あたしのステージを滅茶苦茶にしてくれた上に、ファンの豚達を殺したのだもの。特別に相手してあげるわ」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべながら、エリザベートの眼光がギラリと光る。

 

「海老みたいに手足をもいでも良いわよね? トマトみたいにブッ刺してもOK? シャンパンみたいに血を飛び散らす準備は出来た?」

 

 バサリ、と背中の翼をはためかせて宙に浮く。槍を前傾姿勢で構え、そして―――

 

「と言っても・・・・・・・・・アンタ達の血は一滴もいらないけどね!!」

 

 加速を付けて一気に飛び出した! 一条の彗星となって、エリザベートは先頭の巨人に槍を突き出す。巨人は完全に不意をつかれ、喉に深々と槍が刺さる。

 

「アハッ!!」

 

 そのまま横凪に槍を振り、巨人の首を斬り落とす。勢いのまま振るわれる槍は、今度は隣にいた巨人の喉を斬り裂いた。

 

「―――! ―――!?」

 

 ゴポォと血泡を吹きながら、斬られた巨人は喉を抑える。たが深々と斬られた傷は、そんな事では出血を抑えられない。巨人はその場にうずくまる様に膝をついた。

 

「グオオオォォォッ!!」

 

 あっという間に二人の同士を屠られた巨人が怒りの雄叫びを上げ、生意気な小さな敵に戦鎚を振り下ろす。だがエリザベートは翼を動かし空中で旋回して悠々と回避した。そして、そのまま急上昇し―――

 

「そおれっ!!」

 

 脳天に目掛けて槍を振り下ろした。被っていた兜を突き破り、大脳を貫かれた巨人は白目を剥きながら絶命した。蜂の様に飛び回るエリザベートに苛立ち、残った一人が握り潰そうと手を伸ばす。エリザベートは槍を素早く引き抜くと伸ばされた手から逃げようとせず、逆に加速して向かっていく。目標が狂って空振りして手に乗り、腕を伝って素早く駆け上がって巨人の首の背後に回り込む。そして、渾身の力で槍を突き刺した。

 

「っ!?」

 

 頚椎を貫かれ、痛みすら感じる間もなく巨人の意識は永遠に閉ざされた。

 あっという間に最後の一人となった巨人は、目の前の出来事が信じられなかった。何が起きた? さっきまで自分達はチビな亜人共を蹂躙していたはずだ。奇襲に浮き足立った奴等は自分達の敵ではなく、もはや狩りと言っても良かった。だというのに・・・・・・・・・どうして自分達が狩られている!?

 シュルリ、と茫然自失していた巨人の首に何かが巻き付いた。ハッと巨人は自分の首元を見ると、そこには鱗のついた黒い尾が―――

 

 乾いた木を叩き割る様な音と共に、巨人の視界が自分の背後の景色を写した。

 

 突然切り替わった視界と、自分の背中が目線の下にある(・・・・・・・)という事を疑問に思いながら、巨人は地面へと倒れていく。ふと、視界の中に角と翼を生やした悪鬼の姿が見えた。

 間違えた。首が半回転した巨人はうつ伏せに倒れながらも空を見上げ、己の間違いを悟った。あれは亜人なんかじゃない。人型になった怪物だ。それも人を喰らう悪魔の類い。あんなものを相手にするんじゃなかった。曲がりなりにも人である自分達は、あの悪魔に喰われる運命だったのだ。だってほら、もう死に体になった自分へ槍を振り下ろしてくる。目を爛々と輝かせ、口元を釣り上げた顔は、まさに、

 

 グシャリ。

 

 ※

 

「―――フン、呆気ないわね。これじゃ準備運動にもなりやしない」

 

 地面に転がった死体を見回し、エリザベートは冷めた顔で吐き捨てた。エリザベートが駆けつけてから数分足らず、“アンダーウッド”の襲撃者は物言わぬ骸と化していた。

 

「「「ウオオオォォォォォッ!!」」」

 

 エリザベートが勝利の余韻に浸る間もなく、雄叫びが聞こえた。見れば、新たな巨人の一団がエリザベートへと向かってくる。

 

「はあ? まだ来るの? 良いわ、特別にアンコールに応えて、ひゃん!?」

 

 ガシッ、とエリザベートの尻尾が何者かに掴まれる。後ろを振り向くと、そこには喉を切り裂く裂かれて絶命した筈の巨人がエリザベートの尻尾を掴んでいた。尻尾を掴まれ、エリザベートのスカートが高く捲られる。

 

「こ、こら、なに掴んでるのよ!? 離しなさい、痴漢、変態、強姦魔!!」

 

 顔を真っ赤にして、エリザベートは尻尾を掴んで手に槍を何度も突き刺した。だが掴まれた手は一向に緩む事なく、巨人は最期の力を振り絞って雄叫びを上げた。

 

「ヴ・・・・・・・・・ヴガアアアアアァァァァッ!!」

 

 喉を裂かれた為に、出来損ないの笛の様な音共に断末魔の叫びが上がる。その叫びを聞き、駆けつけた巨人の集団の一人が頷く。仮面を被り、古代のシャーマンの様な服装をした巨人は手にした杖を掲げた。激しい雷鳴を響かせながら、杖の先に光球が生まれる。

 

「ッ! まさか仲間ごとあたしを撃つつもり!? アンタみたいなムサいデカブツと心中するなんてゴメンよ! この、放しなさい! はーなーせー!!」

 

 相手の狙いに気づいたエリザベートは、より一層と暴れながら死に損ないの巨人に槍を何度も振り下ろした。だが巨人の手は緩まず、それどころか目が決死の覚悟を伴って、力強く輝く。エリザベートがもがいている間に、巨人のシャーマンが持つ杖の光球は段々と大きくなっていく。

 

「ッ!!」

 

 もはや逃げられないと悟り、エリザベートは襲ってくる痛みに備えてギュッと目を瞑った。巨人のシャーマンはエリザベートへと杖を振り下ろし、

 

「殴りなさい、ディーン!!」

『DEEEEEEeeeeeeeeN!!』

 

 コンマ一秒早く、高速で伸びてきた朱色の鉄腕が巨人のシャーマンの顔を突き破る。仮面を割られ、口から折れた歯や血反吐を撒き散らしながら、巨人のシャーマンは吹き飛んでいく。手にした杖がすっぽ抜け、光球もあらぬ方向へと撃ち出された。

 

「ご機嫌よう、“アンダーウッド”のアイドルさん。お加減は如何かしら?」

「あ、あんた! 確か昼間の・・・・・・・・・」

 

 エリザベートが驚きの声を上げる。そこには、神珍鉄の巨人『ディーン』の肩に乗った飛鳥が、まるで社交場で会った様に優雅に一礼していた。巨人達は突然現れた飛鳥とディーンを警戒して動きが止まる。何より集団のリーダーだった巨人のシャーマンが倒れた事により、どう動けば良いのか分からなくなっていた。

 

「何でここにいるわけ? あたし、バックダンサーを頼んだ覚えは無いのだけど?」

 

 危ない所を助けられたというのに、エリザベートの口から憎まれ口が叩かれた。さっきの醜態を見られたと思うと、恥ずかしくて素直にお礼を言えなかった。

 

「あら、随分な言い草ね。何やら手こずっているみたいだから、加勢してあげたのに」

「あ、あれはワザとだから! あそこから華麗な逆転劇が始まる予定だったから!」

「・・・・・・・・・まだ動けないみたいだけど?」

「あー、もう! アンタもいつまで掴んでいるのよ!!」

 

 怒りと羞恥で顔を真っ赤にして、エリザベートが未だ尻尾を掴んでいる巨人の顔に槍を投げた。槍は巨人の眉間に突き刺さり、巨人はビクンと痙攣して動かなくなった。

 

「まあ、良いわ。それより、巨人達はまだまだ来るのでしょう? 一緒に手を組まない?」

「それは・・・・・・・・・」

 

 エリザベートは少し口ごもる。客観的に見れば、ここは飛鳥の提案を受け入れるべきだろう。だが貴族として生きたエリザベートにとって、他人から情けをかけられるのはプライドが許さなかった。答えを返す代わりに、別の疑問を口にした。

 

「・・・・・・そもそも、何でアンタが出張っているのよ? アンタ、ゲストだから関係ないでしょう?」

「私も収穫祭の参加者よ。お祭りを邪魔した相手に憤るのは当然でしょう」

 

 それに、と飛鳥は言葉を切る。

 

「私の友人が大切な話をしようとしたのよ。無粋な騒ぎを起こしておじゃんにした事を笑って許すほど・・・・・・・・・心は広くないわよ」

 

 ゾクリ、と巨人達に怖気が走る。自分の掌ほども無い少女が放つ怒気に巨人達は気圧されたのだ。

 

「私は無粋な襲撃者達に早くご退場願いたい。貴女達は“アンダーウッド”を守りたい。ほら、目的は一致してるでしょう?」

 

 どうする? と視線で問いかける飛鳥。エリザベートは、その顔をじっと見つめて―――

 

「「「「「ウオオオォォォォォッ!!」」」」」

 

 突然、野太い雄叫びが響き渡る。見ると、新たな巨人の一団が飛鳥達へと進軍してくる。

 

「「「「ウオッ、ウオッ、ウオオオォォォォォッ!!」」」」

 

 増援が来た事で活気づいたのか、怖じ気づいていた巨人もジリジリと飛鳥達へ近寄っていた。

 

「―――そうね、とやかく言ってる場合じゃないものね」

 

 ヒュンと槍を振り回し、エリザベートは飛鳥の隣に立つ。

 

「本当は・・・・・・・・・絶ッッッッ対に、あたし一人で十分なのだけど! 良いわ、特別にデュエットを許してあげる」

「それは光栄ね。でも私、これでも腕の立つ方でしてよ? 貴女の出番も奪うかもしれないわね、アイドルさん?」

 

 エリザベートの憎まれ口に、飛鳥は挑発的に微笑みかける。すると―――

 

「・・・・・・・・・エリザベート」

「え?」

「エリザベート・バートリー。それがあたしの名前。ちゃんと覚えておいて。それと・・・・・・・・・その、さっきは・・・・・・・・・ありがと」

「ん? 何か言った?」

「~~~っ、何でもない!」

 

 真っ赤になった顔を誤魔化す様に、エリザベートは飛鳥の前に出た。

 

「とっておきをお見舞いするわ。デカブツ達の前線が崩れたら、その鉄人形を突っ込ませなさい」

「とっておきですって?」

「ええ。身も心も痺れる、ロックンロールよ。耳を塞いだ方が良いわよ? あまりの美声にアンタも痺れちゃうかも」 

「・・・・・・・・・ま、まさか!?」

 

 境界門の出来事を思い出し、エリザベートが何をやる気か気付いた飛鳥。慌ててディーンの影に隠れ、耳を塞ぐ。そんな飛鳥に気にかける事なく、エリザベートは槍をマイクスタンドの様に構えた。

 

「讃えなさい! 平伏しなさい! “アンダーウッド”最高のアイドルにして、鮮血の歌姫! 我が名は・・・・・・・・・エリザベート・バートリー!!」

 

 スウウゥゥゥゥゥッとエリザベートは大きく息を吸い込む。ただ深呼吸しているだけではない。息と共に周囲の魔力(マナ)が根こそぎエリザベートに呑み込まれていく。そして―――!

 

竜鳴(キレンツ)―――雷声(サカーニィ)イイイイィィィィィッ!!!!」

 

 エリザベートの口から大音響が轟く。天上から下される雷鳴の様なソレは、衝撃波を伴いながら巨人達を吹き飛ばしていった。

 

 

 

 

 

 




そういやウチのカルデアにはオルタと名の付くサーヴァントが一人もいないな。相性が悪いのかしら?


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第9話「“アンダーウッド”防衛戦線 その2」

 どうも。エクステラの情報で明らかになるに連れて、楽しみと同時に用意してた構想とネタ被りしないかとヒヤヒヤしてるサハラです。かと言って今更プロットを練り直す時間もないし、このまま突っ走るしかねえ! と開き直っています。でも更新速度的に、エクステラの二番煎じになりそうなんだよな・・・・・・。

追記

礼装欲しさにガチャを回したら、三蔵法師が降臨なされた・・・・・・ちょっと頭丸めて経典買ってくる。


 少し時を遡る。

 “アンダーウッド”北地区の最前線で、サラは苦戦を強いられていた。民間人の避難を指揮する為に最前線に赴いたサラを待っていたのは、三人の巨人だった。彼等はサラの姿を見咎めるや否や、三人がかりでサラに襲いかかって来たのだ。

 

「ハアアアァァァァッ!!」

 

 裂帛の気合いと共に、サラの剣が振り下ろされる。

 対するは片手剣と盾を構えた巨人の剣士。上半身を隠す様に盾を構え、サラの斬撃を受けきった。

 渾身の一撃を防がれた事に舌打ちをする間もなく、長槍を持った巨人がサラに穂先を打ち込んで来た。身を捻り、槍を避けたサラは翼を出して空へと舞い上がろうとする。だが今度は頭上から雷撃が降ってきた。サラはサイドステップでそれを避けると、奥に控えていた巨人を睨みつけた。

 シャーマンの様な格好の巨人は、手にした杖から再度雷撃を撃ち出す。地面に落ちる雷撃を背にサラがシャーマンの巨人に向かって走り出すと、二人の間に割り込む様に剣士の巨人が盾を構えて仲間を守った。

 さっきからこの繰り返しだ。身に付けた精密な装飾品や他の雑兵達とは明らかに格が違う武器を見る限り、三人の巨人はそれぞれが地位の高い将なのだろう。彼等は自分から積極的にサラに攻撃しようとはせず、連携を組んでサラの動きを封じていた。

 

「くっ、卑怯者! 貴様等も一角の戦士であるならば、姑息な真似をせずかかって来い! 女相手に姑息に立ち回るならば、臆病者の誹りを免れんぞ!」

 

 サラが挑発するが、巨人達からの回答は無言。ジリジリとつかず離れずの距離でサラを取り囲んでいた。

 

(時間稼ぎのつもりか・・・・・・!)

 

 相手の思惑はサラにはハッキリと分かっていた。奇襲により浮き足立った“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟に、さらに民間人を攻撃する事で避難に手を割かせる。そしてまんまと誘い出された自分を釘付けにする事で、指揮系統に混乱を生じさせる。そして烏合の衆と化した“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟を混乱の内に刈り取っていく。まんまと敵の術中に陥っている事態に、サラは歯噛みするしかなかった。

 連携がまともに機能しておらず、同士達に次々と被害が出ているのはサラにも分かっていた。だが巨人達の守りは固く、突破するには時間がかかり過ぎる。背を向けて逃げるのは下策だ。そんな隙を見せれば、無防備な背中に雷撃や槍が打ち込まれるだろう。

 

「オオオオオオッ!!」

 

 足を止めたサラに休ませる気など無いと言わんばかりに、槍兵の巨人が槍を振るってくる。舌打ちをしながら、サラは槍を避け―――

 

花散る天幕(ロサ・イクトゥス)!」

 

 突如、彗星の様に現れた紅い剣閃が槍兵の巨人の首を切り落とした。

 剣閃の主―――セイバーは地面に着地するや否や、シャーマンの巨人へと走り出す。突然現れたセイバーに驚きながらも、シャーマンの巨人は手にした杖から雷撃を素早く撃ち出した。耳をつんざく様な轟音を響かせ、雷光がセイバーを射抜く。鉄をも溶かす熱量は人間一人を消し炭にするには十分すぎる。

 

「っ!?」

 

 だがシャーマンの巨人は驚愕に目を見開いた。雷撃を浴びながらもセイバーの疾走は止まらない。見れば雷撃はセイバーに当たる前にほとんど霧散され、彼女の肌を僅かに焼くのみに止まっていた。

 

「やあああああっ!!」

 

 セイバーが跳び上がり、愛剣『原初の火(アエストゥス・エストゥス)』を振り下ろす。受け止めようと上段に構えた杖ごと、シャーマンの巨人は脳天から唐竹割りにされた。あっという間に二人の巨人が屠られ、サラは目を見開いた。

 

「お前は、“ノーネーム”の・・・・・・!」

「ここは余に任せよ! 議長殿、そなたは指揮に専念するのだ!」

 

 残る剣士の巨人と対峙しながら、セイバーが怒鳴る。

 

「っ、すまん! 恩に着る!」

 

 短く礼を言うと、サラは背中から炎の翼を広げて大樹に設けられた司令部へと飛んで行った。

 

「ウオオオオッ!!」

「させぬわ!」

 

 サラを行かせまいと背中に斬り込もうとした剣士の巨人。セイバーはその剣を正面から受け止め、押し返した。

 

「っ!?」

「フン、自分より小さな相手に力比べで負けたのが意外だったか? ティーターンの末裔よ! 余の許しなくして、これより先を通る事は適わぬと知れ!」

 

 『原初の火(アエストゥス・エストゥス)』を振りかぶり、セイバーが巨人へと走り出す。今まで無人の野を行く様に容易に進軍していた巨人の軍勢。だが、ここに一騎当千の英雄が立ちふさがった。

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”西地区。町外れの未開拓地。

 

 住民達の避難が終わり、無人となった市街地。これより先はまだ開拓されてない荒野が広がるのみで、事実上はここが西地区の防衛ラインであった。荒野の先から、巨大な軍勢がぞろぞろと大樹を目指して歩く。

 その数はおよそ十人。本来なら軍勢と呼ぶにはお粗末な人数だが、人間の十倍以上の背丈はある巨人となると話は別だ。一歩進む度に地面は揺れ、見上げる程に巨大な人間が歩く様は山が移動してる様な錯覚に陥る。戦車の一個中隊を用意しても、この軍勢の前では簡単に蹴散らされるだろう。

 

「ウオオオオッ!!」

 

 先頭の巨人が吼える。一際立派な角飾りがついた兜を被った巨人は、“アンダーウッド”の町に目掛けて突撃の号令を発した。後ろに続く部下達が、各々の武器を構えて走り出そうとした。

 

 ―――シャラン。

 

 涼やかな音を響かせて、その人物は姿を現した。

 町まであと500メートル。巨人達の足なら一分もかからない距離で、それに出くわした。

 

「こんばんわ、大きな殿方の皆様。こんな夜更けにお出掛けですか?」

 

 浅葱色の着物と白い袿を着た少女―――バーサーカーが、“アンダーウッド”の町を背に巨人達の前に立っていた。

 

「見たところ、かなりの遠出だった御様子。旅は良いですわね。目的地に思いを馳せる時間も退屈はしませんもの」

 

 一方的に話しながら鉄扇を口元に当て、クスクスとバーサーカーは上品に微笑む。一方の巨人達は、突撃しようとした最中に現れた少女に呆気を取られて立ちすくんでいた。今まで自分達の体格を見て怖じ気付かなかった者などいない。だというのに、目の前の少女は十倍近い体格差のある自分達を見て怖がるどころか優雅に笑っている。初めて見る反応をするバーサーカーに不気味さを感じ、警戒心が高まったのだ。

 

「ですが、ここでお引き取りを。これより先は我が“アンダーウッド”の領域。武器を持って進むと言うなら、あなた方を退治しなくてはなりません」

 

 あくまで笑顔を崩さずに撤退を促すバーサーカー。この言い様には巨人達もカチンと来た。自分達の足首程度の背丈も無い奴が何を言うか。見れば頭に角が生えているから何かの亜人なのだろうが、巨人からすれば人間も亜人も大差ない。どちらも小さく、踏み潰せば簡単に潰れる様な相手だった。

 

「グオオオオオッ!!」

 

 怒りの声を上げ、一人の巨人がバーサーカーに襲いかかる。愚かにも自分達の前に現れた亜人の娘へ、手にした鉄槌を振り下ろした。

 重い衝撃が地面に響く。バーサーカーが立っていた場所を中心に地面が陥没し、辺りには濛々と土煙が立ち込め―――

 

「ハァ・・・・・・・・・仕方ありませんわね」

 

 ギョッと巨人は目を剥いた。鉄槌で潰した筈の少女が、何故かその鉄槌の上に立っているではないか! 少女は鉄槌を足場にして跳び上がると自分の首元に向かって―――

 

「龍爪―――一閃!」

 

 バーサーカーの鉄扇が横凪に振るわれる。同時に鎌鼬の様な鋭い旋風が生じ、巨人の首が落とされた。

 

「っ!?」

 

 唐突に首なし死体になった同士に驚く巨人達。しかし、それは致命的な隙だった。バーサーカーは死体となった巨人の背を足場に、近くにいた巨人の肩に跳び移る。一閃。またも振るわれた鉄扇により、首なし死体が一つ増えた。更に次の巨人へと跳び移り、再度鉄扇を振るった。

 

「グ、グオオオオオオッ!!」

 

 あっという間に三人の同士を殺したバーサーカーに怒りの雄叫びを上げながら、二人の巨人が斧や鉈を振るった。仲間の死体ごと切り刻む事になるが、不遜にも自分達の同士を殺した虫けらを殺すのが先決だ。

 首なし死体の肩に乗ったバーサーカーを目掛けて振るわれる二つの凶刃。しかしバーサーカーは華奢な見た目のどこにそんな力があったのか、用済みとなった死体を蹴り出す様に上空へ跳び退く。蹴り出された死体に正面からぶつかり、二人の巨人は死体ともつれ合う様に地面へと倒れ込んだ。

 のしかかった死体を何とか退けようとする巨人。その時、二人の巨人の目に上空のバーサーカーが映った。彼女の見た目は先程とは大分異なっていた。鉄扇を持っていた両手は鉤爪の付いた爬虫類の様な前足に代わっており、角も先程の倍以上の長さになっていた。頬から首にかけてびっしりと白い鱗に覆われ、開いた口の奥から青白い光が―――

 

「シャアアアアアアッ!!」

 

 縦長の瞳孔になった金色の瞳を輝かせ、バーサーカーが吼える。口の奥から膨大な魔力(マナ)と共に青白い炎が吐き出された。炎は死体と二人の巨人を包み込み、盛大な火柱が上がった。火柱の中で、二人の巨人がのたうち回る。だが炎の勢いは衰えず、あまりの熱量に二人が身に付けていた武器や鎧が飴細工の様に溶けていく。やがて火柱の中の影が動かなくなり、炎が収まる。そこには真っ黒に炭化した巨人の死体が三つ転がっていた。

 ここに至って、ようやく巨人達はバーサーカーの危険性を認識した。目の前にいるのは、いつも虫けらの様に蹴散らしていた亜人などではない。人型サイズに押し込まれた怪物なのだと。あっという間に半数にまで減らされた巨人の集団は、警戒しながらジリジリと後退し出した。

 不意に、バーサーカーの後ろで旋風が巻き起こる。バーサーカーが振り返ると、そこには白いノースリーブとショートパンツを着た少女―――春日部耀が上空から降りて来た。

 

「貴女は確か・・・・・・・・・昼間にお会いした“のーねーむ”さん、でしたっけ?」

 

 元の姿に戻ったバーサーカーは、現れた耀へ声をかけた。一方、耀は目の前の惨状に言葉を無くしていた。巨人の襲撃に迎撃する為に飛鳥と共に戦線が崩れている東地区へ行ったものの、西地区ではバーサーカーが一人で戦っていると聞いて飛鳥と別れてこの場に来た。しかし駆けつけてみれば、バーサーカーが孤立無援になっているわけではなく、逆にたった一人で圧倒していたのだ。

 

「これ・・・・・・貴女が一人でやったの?」

「ええ。お話を聞いて貰えない雰囲気でしたので」

 

 戸惑いながら聞いてきた耀に、バーサーカーは返り血に塗れながらもクスクスと笑った。

 

「「「ウオオオオオオオオオオッ!!」」」

 

 突如、地平線の向こうから複数の雄叫び声が聞こえてくる。見れば、巨人の軍勢がバーサーカー達を目掛けて進軍していた。十、二十、と地平線の向こうから見える数が増えていく。

 援軍が来て活気づいた生き残りの巨人は、警戒しながらもバーサーカー達をジリジリと取り囲んだ。

 

「巨人が、あんなに―――!」

「これは・・・・・・・・・少し多過ぎですね」

 

 目を見開いて戦慄する耀に、バーサーカーは口元に扇子を当てて静かに巨人達を睨む。

 

「・・・・・・・・・ふぅ、仕方ありませんか」

「待って。戦う気なの?」

 

 溜め息をつきながら進み出るバーサーカーに、耀は袖を掴んで止める。

 

「一人じゃ無茶だ。すぐに応援を呼んで―――」

「要りません。私一人で十分です」

 

 掴んだ手を払い、バーサーカーは巨人達と向き合う。

 

「そもそも―――私は望んで他の同士を遠ざけたのですから」

「え? それってどういう―――」

「それよりも」

 

 耀の言葉を遮り、ビシッとバーサーカーは指で差す様に扇子を突きつけた。

 

「貴女こそ危ないから下がりなさい。これは私達のコミュニティの問題です。部外者は避難しなさい」

 

 にべもない宣告に、耀は少しムッとする。心配して来たのに、そんな言い方をしなくてもいいじゃないか。確かに目の前の少女が言う事はもっともだ。今回、耀達はゲストとして“アンダーウッド”に招かれた。ホストがゲストを矢面に立たせる様では、本末転倒だろう。しかし―――

 

「―――できない。私は避難するつもりなんてない」

 

 耀はバーサーカーを見据えて、しっかりと言い放った。

 

「私は、望んでこの場に来たんだ。私は―――守られなきゃいけない程、弱くない!」

 

 思い返すのは、一ヶ月前の火龍誕生祭。魔王と戦う事なく敗北し、手駒に落ちた苦い記憶。あんな事が二度と無い様に、幻獣の宝庫と謳われる南側まで来たのだ。ここで背を向ける真似はしたくない。

 

「それに、いくら強いと言っても君を一人で戦わせるのは心配だ。君一人を置いて、私だけ避難なんてできない」

 

 耀のまっすぐな目をバーサーカーはじっと見つめる。そして―――

 

「フンッ、まあいいですわ。そこを動く気が無いなら、勝手になさいな」

 

 耀に背を向けて、バーサーカーは耀から離れる様に歩き出した。

 

「けれど、少し離れてなさい。何せ―――」

 

 取り囲む巨人達を睥睨し、

 

「私の宝具は手加減なんて利きませんから」

 

 言い終わるや否や、バーサーカーの身体が燃え出した。幽鬼の様に青白い炎をバーサーカーを包み込み、辺りの温度が一気に上昇する。熱風の凄まじさに、耀も取り囲む巨人達も顔を手で被う。

 

「これは・・・・・・・・・!」

 

 眼を開けるのも辛い熱風の中、顔を庇いながらも耀は見た。種子から芽が出る植物の様に、炎の中でバーサーカーの身体が大きくなっていく。それだけではない。頭の角が伸び、手から出刃包丁の様に鋭い爪が伸びる。腰から下は細長い―――まるで蛇の様な形になって、どんどんと伸びていく。

 

「好き」

 

 炎の中からバーサーカーの声が響く。

 

「好き、嫌い、好き、嫌い、好き、好き、好き、好き好き好き好き好き好き好き好き好きスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様―――!」

 

 くもぐった声が炎の中から響く。壊れたビデオテープの様にバーサーカーは誰かの名前を繰り返し呼んでいた。その人間を愛しているという事は、詳しい事情を知らない耀にも理解できた。だが、声に込められた想いは尋常ではない。まるで呪う様に誰かの名前を呼び続けるバーサーカーに、耀は背筋が寒くなった。

 

「安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様、■■様―――」

「え・・・・・・?」

 

 唐突に、バーサーカーが別の名前を呼ぶ。盛大に燃える炎の中で、ポツリと呟かれた一言。耀はバーサーカーを見るが、彼女は何事もなかったかの様に炎の中で「安珍様」と繰り返し叫んでいた。恐らくバーサーカー本人も別の名前を呼んでいた事は覚えていないだろう。だが、人並み外れた耀の耳はしっかりと聞いていた。

 

(いま、あの子・・・・・・・・・聞き違いじゃなければ、白野様(・・・)って呼んでなかった?)

 

 何故、耀のよく知る青年の名前が出たのか? もう一度、よく聞こうと耀は耳をすませ―――

 

「ウ、ウオオオオッ!!」

 

 角飾りの付いた巨人が吼える。炎の中で邪悪な何かが生まれそうな気配を感じ取ったのだ。巨人族の戦士として生きた彼の本能が、しきりに警鐘を鳴らす。

 炎から生まれ出るのは人を喰らう化け物だ。あれを解き放ってはいけない! あれは今すぐに葬らないといけない!

 角飾りの付いた巨人は部下達に命じて、炎の中にいるバーサーカーに攻撃を加えた。弓矢、雷球、投石。次々と投げられるそれらの武器は、炎の壁に遮られてバーサーカーには届いていない。炎の中で、金色の眼がギラリと光る。そして―――!

 

『シャアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!!』

 

 卵から孵る様に炎を突き破り、白く長大な巨体が炎を纏いながら飛び出した。全身が白く硬質な鱗で覆われ、鋭い鉤爪を振りかざしながらソレは吼えた。巨人すら丸呑みに出来そうな巨大な口には、太刀の様な牙がズラリと並ぶ。

 龍。御伽噺でしか聞いたことの無い存在が、耀の前に姿を現した。

 

『シャアアアアッ!!』

 

 龍と化したバーサーカーが、無造作に前足を振るう。それだけで鎌鼬が生じ、側にいた二人の巨人がバラバラに切り裂かれた。

 生き残った巨人達には、最早戦意など無かった。本当の化け物となったバーサーカーに背を向け、後続の味方達へ助けを求めようと走り出す。

 しかし、それは愚策だった。一番後ろを走る巨人の背に、バーサーカーは掴みかかる。グシャリ、と嫌な音を立てて巨人の上半身が握り潰された。シャーマン姿の巨人が逃げながらも杖から雷撃放った。ほぼ同時に、バーサーカーの口から炎が吐かれる。炎は雷撃を飲み込み、さらにはシャーマン姿の巨人までも飲み込んだ。辺りに肉と脂が焦げる臭いが漂う。炎が収まると、炎を浴びなかった足首だけ残してシャーマン姿の巨人は焼失していた。

 部下を全員殺された角飾りの付いた巨人は、そんな後ろの事など気にしてはいられなかった。恥も外聞もなく、武器を放り捨てながら必死に逃げる。

 必死で走るあまり、角飾りの付いた兜が脱げ落ちた。この兜は、彼が一族の中でも勇気ある者として認められた時に長老から贈られた物だった。いかなる敵にも恐れずに立ち向かう。それが、北欧の戦士達の血をひく巨人族の誇りだった。しかし、そんな誇りよりも今は命が惜しい。脇目も振らずに走る彼の姿は、ただの逃亡者だった。

 不意に身体が宙に浮き、巨人の身体が地面に叩きつけられた。起き上がろうとするも、胴体を鉤爪の付いた前足がガッチリと挟み込んで動けない。そして、彼は頭上に龍の顔があることに気づいた。

 

『――――――』

 

 金色の瞳が、巨人を静かに見つめる。口の奥から、ギロチンの刃の様な牙が見えた。恐怖のあまり、巨人の口からポツリと漏れた。

 化け物、と。

 龍の口が開かれる。断末魔の叫びを上げながら、巨人の身体は牙でズタズタに裂かれていった。

 その時。龍の眼から、キラリと光る涙が。

 

 ※

 

 一連の出来事を耀は見ていた。辺りには、無惨な巨人の死体が転がる。もはや戦闘とは呼べない有り様だった。バーサーカーが、一人で平気と言った理由がよく分かった。生半可な実力では、却って足手纏いになるだろう。

 

「・・・・・・・・・」

 

 だが耀は、そこから立ち去ろうとはしなかった。龍の姿となったバーサーカーは、今は援軍に来た巨人族を相手にしている。その巨人達も先程の様に為す術なく焼かれ、引き裂かれていく。

 

「・・・・・・・・・っ」

 

 ギュッと耀は木彫りのペンダントを握り締めた。耀の“生命の目録(ゲノム・ツリー)は、種族の壁を超えて対話を可能とするギフト。こうしている今も巨人達が命乞いや末期の祈りを口にしながら、断末魔の叫びを上げているのが聞こえていた。彼等が侵略者とはいえ、一方的に虐殺される様子を耳にするのは正直辛い。そして、何より―――

 

『嗚呼・・・・・・・・・安珍様』

 

 陶酔した様なバーサーカーの声が耀の耳に響く。普通の人間には唸り声や鳴き声にしか聞こえない龍の言葉すら、耀のギフトはしっかりと翻訳していた。

 

『愛しています・・・・・・愛しています・・・・・・愛しています・・・・・・・・・! 出会う前から、貴方が好きでした・・・・・・・・・出会ってからは、もっと好きになりました・・・・・・・・・!』

 

 龍の前足が近くの巨人族を握り潰す。戦いながらも、バーサーカーは熱に浮かされた様に愛の独白を囁いていた。

 

『貴方こそ私の理想の人・・・・・・・・・私が待ち望んでいた旦那様・・・・・・・・・私の全てを貴方に差し上げます。だから・・・・・・・・・貴方の全てを、私に下さい』

「バーサーカー、それは―――」

 

 それは違う。耀は思わずバーサーカーの独白に、否定の言葉を投げかけた。まだ恋もした事は無いけど、バーサーカーの囁く愛は何かを間違えていると耀の心が訴えていた。

 

『嘘偽り無い姿を貴方にさらけ出しましょう・・・・・・・・・貴方にだけ、生まれたままの姿を見せましょう・・・・・・・・・だから貴方も、生まれたままの姿で私を愛して下さい』

 

 耀の言葉を聞くことなく、バーサーカーの独白は続く。飛びかかった巨人を龍はとぐろを巻いて絞め殺した。

 

『そうして一つになりましょう・・・・・・・・・夫婦として、一生を誓い合って・・・・・・・・・違い、合って・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

 シャーマン姿の巨人達が力を合わせて、龍に雷撃を振り下ろす。天を衝く様な衝撃に、龍の動きが止まる。

 

『誓ったのに、来てくれなかった・・・・・・・・・・・・迎えに来てくれると言ったのに、来てくれなかった・・・・・・・・・』

 

 好機と見た巨人達が一斉に飛びかかる。地面へと引きずり下ろした龍に、巨人達が武器を次々と振り下ろした。

 

『ああ、あああ、ああああああああああああああああああっ!!』

 

 龍が吼える。身体から噴き出した炎が、武器を振り下ろしていた巨人達を包み、あっという間に炭化した死体に変える。

 

『嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!! 迎えに来てくれると言ったのに! 愛してくれると言ったのに!!』

 

 金色の眼から涙を流しながら、龍は一層と暴れる。鞭の様に振るわれた尾が巨人の頭を粉砕し、爪が巨人の身体を真っ二つに裂く。

 

『逃げないで! 私の事が嫌いなら、そう言って! 私に嘘をつかないで!』

 

 龍の口から炎が吐き出される。もう一度、と杖を構えていたシャーマン姿の巨人達を焼き払った。

 

『貴方の事を愛してます・・・・・・! 貴方の事が大好きです・・・・・・! 嘘なんてつかないで・・・・・・! 嘘で私を傷つけないで・・・・・・!』

 

 もはや手には負えないと生き残った巨人達が逃げ出した。龍はその背中に炎を吐き、爪をつきたてて死体に変えていく。最後に残った一人に、龍はとぐろを巻いて巻きついた。

 

『嘘をつく貴方なんて嫌い・・・・・・・・・だから・・・・・・全部燃やして、無かった事にしましょう・・・・・・・・・?』

 

 龍の身体が燃え出した。とぐろを巻かれた巨人はもがきながら、炭化していく。その有り様に、耀は何故か燃え盛る釣鐘を幻視した。

 

『ああ―――』

 

 ボロリ、と炭化した巨人の身体が崩れ落ちる。しかし龍はそんな事を気にも留めず、地平線の彼方を見つめた。

 

『安珍様が・・・・・・あんなに遠く・・・・・・・・・』

 

 ※

 

 炎が収まり、龍の姿が消えていく。霞の様に龍の姿が消えると、そこに元の着物姿に戻ったバーサーカーが立っていた。バーサーカーの身体が、グラリと揺れる。崩れ落ちそうな身体を耀は受け止めた。

 

「貴女・・・・・・・・・結局、逃げなかったのですか」

「うん。言ったでしょう、君を置いて逃げる気なんてないって」

「そう・・・・・・・・・あの言葉、嘘では無かったのですね」

 

 立ち上がろうとするバーサーカー。しかし激しく咳き込み、また耀の腕に倒れ込んだ。

 

「大丈夫? なんていうか、その・・・・・・・・・」

「フフフ・・・・・・・・・誰かの前で変身するなんて、今日が初めてですわ。龍の姿になった私は醜かったでしょう? かつての逸話の通り、龍と化して全てを焼き払う。それが、私の宝具の力」

 

 自嘲する様にバーサーカーは力なく笑った。辺りを見渡せば、雑草がそこかしこに生えていた荒野は巨人達の死体以外はペンペン草も生えない様な更地と化していた。

 

「だからこそ、私は援軍など不要と言ったのです。宝具を解放している間、何を壊したのかも覚えていませんから。気付かない内に、味方ごと焼き払うなんて笑い話にならないでしょう?」

「そっか・・・・・・・・・覚えていないんだ」

「それが何か?」

 

 何でもない、と答えながら耀は先程のバーサーカーの独白を思い出す。安珍という人物に惚れ、全てを捧げようとしたのに嘘をつかれて逃げ出されたバーサーカーの独白。恐らく、あの龍の姿はバーサーカーの身を焦がす様な恋慕が形になったものだろう。独白を聞く限り、バーサーカーの愛も何かを履き違えている気はする。しかし―――

 

(龍に変身する度に・・・・・・・・・“アンダーウッド”を守る為に戦う度に、大好きだった人に逃げられた記憶を思い起こすなんて・・・・・・・・・そんなの、あんまりだ)

 

 バーサーカーの独白は、自分の心の中に閉まっておこう。耀は密かに誓った。

 

 突如、遠くから―――“アンダーウッド”の大樹から、鐘の音が鳴り響く。

 

「これは・・・・・・撤退の合図? すぐに、戻らないと―――!」

 

 バーサーカーは起き上がろうとし、数歩と歩かない内に崩れ落ちた。その身体を耀が再度支える。

 

「無理しないで。あれだけ戦ったのだから、身体も相当辛いんじゃない?」

「恥ずかしながら・・・・・・貴女の言う通りですね」

 

 グッタリとした様子で、バーサーカーは溜め息をつく。バーサーカーの身体は軽く、こんな華奢な身体のどこに先程の力があったのか、耀は不思議に思った。

 

「私が大樹まで送ろうか? 空を飛べるから早いし、君一人くらいなら運べる」

「それは・・・・・・・・・そうですわね。お言葉に甘えましょう」

 

 自分一人では歩く事もままならない程に、消耗していると自覚したバーサーカー。そんなバーサーカーをおんぶしながら、耀は思い出した様に話しかけた。

 

「それと、さっきの話だけど・・・・・・・・・龍の姿は醜くくなんてないよ」

 

 え? とバーサーカーは驚きの声を上げた。

 

「だって強いし、カッコよかったから」

 

 あっけらかんと言われ、バーサーカーは目をパチパチとさせた。そして、目の前の少女が嘘をついてないと分かると肩を震わせた。

 

「プ・・・・・・アハハハハ! あの姿を、カッコいいだなんて!」

「む、そんなに可笑しい?」

「ええ。だって、そんな事を言われたのは初めてですもの!」

 

 クスクスと耀の背に乗りながら、バーサーカーは笑う。

 

「それにしてもカッコいいって・・・・・・・・・せめて可愛らしいとか、綺麗とか言ってくれません? これでも私は乙女なのですよ?」

「あ、それは無理。どう見てもカッコいいの方が似合うし」

「もう・・・・・・・・・正直な方ですわね」

 

 割と失礼な事を言われているのに、バーサーカーはむしろ気を良くした様に微笑んだ。

 

「そういえば、まだ貴女の名前を聞いていませんでした。“のーねーむ”さん、というのは知ってますけど」

「春日部耀。よろしく」

「ええ。よろしく、春日部さん。私の名前は・・・・・・・・・訳あって本名を名乗れないので、バーサーカーとお呼び下さい」

「知ってるよ。昼間、エリザベートって子と喧嘩してたでしょう?」

「あんな音痴トカゲと一緒にしないで下さい・・・・・・・・・」

 

 エリザベートの名前が出た途端、バーサーカーは嫌そうな顔になる。そんな風に他愛ない事を話しながら、バーサーカーを背負った耀は大樹の元へ飛んで行った。

 




ちょっと補足説明。

『転身火生三昧』

バーサーカーの宝具『転身火生三昧』は、このSSでは龍に変身して安珍への恋慕を延々と呟きながら暴れるという設定にしています。某所でバーサーカーの戦闘開始&終了時の台詞から、宝具を解放した時に龍になった思い出―――即ち、一番辛かった記憶に囚われながら戦っているのではないか? という考察を見て、登用しました。宝具を解放している時の出来事をバーサーカー自身は覚えていません。ただ漠然と目の前の敵を殺した事を覚えている程度です。そして安珍への恋慕を延々と呟いていますが、翻訳のギフトでも持ってない限り鳴き声や唸り声にしか聞こえません。

『龍爪一閃』

 バーサーカーのオリジナルスキル。バーサーカーが持つ鉄扇は龍の爪が変化スキルで生じたものなので、下手な武器より鋭いです。ゲーム的に表記すると、「相手に筋力ダメージを与える。判定に成功すれば、鎌鼬による追加ダメージを加算」といった感じです。


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第10話『壊れた物と壊れないモノ』

 しばらくSSから離れていたら、書き方を忘れたみたいです。どうにか及第点の文章にはしたつもりなので、よろしくお願いします(ペコリ)


 ―――“アンダーウッド”地下都市中央広場

 

 避難所として設けられた中央広場には、多くの獣人が中央広場に詰め寄っていた。仮設テントが立ち並び、怪我を負った者は列を作って応急処置を受ける。

 

「ここで結構ですわ」

「大丈夫? 体は辛くない?」

「ええ、大丈夫です。魔力を消費し過ぎただけですから、少し休めば元気になります」

 

 広場の片隅。テントの下に設けられ寝台に、バーサーカーは耀の手を借りながら腰掛けた。バーサーカーの身体は軽く、耀一人でも大した苦労もなく運ぶ事が出来た。

 

「なんだ。倒れたと聞いたけど、元気そうじゃない」

 

 不意に、耀の背後から少女の声が聞こえた。振り向くと、そこに竜の少女の片割れ―――エリザベートが呆れた様な顔で立っていた。

 

「えっと、君は―――」

「“アンダーウッド”のスーパーアイドル、エリザベートよ。はじめまして、地味な子リス」

「・・・・・・春日部耀」

 

 いきなりリス呼ばわりされた事に、少しムッとしてしながらも耀は名乗り返す。エリザベートは、そう、と頷くとバーサーカーに向き直った。

 

「アンタが倒れるなんて珍しいじゃない。そんなにキツかった?」

「・・・・・・貴女には関係ありませんわ」

「ふ~ん。ま、ド田舎の蛇だとこんなものね。その点、アタシは楽勝だったわ! 迫り来る巨人達に、蝶の様に華麗に舞いながら戦うア・タ・シ♡ 観客(オーディエンス)がいたら、興奮で沸き立っていたわね!」

「あー、ハイハイ。そうですか、それは良かったですね」

 

 心からどうでもいい、という態度のバーサーカー。しかしエリザベートは相手の反応に気付く事なく、さらに饒舌になっていく。

 

「巨人達に次々と飛び移りながら戦うアタシは正に戦場に降り立った可憐な蝶! もう映画化も待ったなし! タイトルは―――そう、『進撃のエリ、」

「何言ってるの、調子に乗って何度か危なかったでしょうに」

 

 上機嫌のエリザベートに、新たな少女が割って入った。

 

「飛鳥! 無事だったんだ」

「貴女もね、春日部さん。それと、そちらの子は―――」

「バーサーカーとお呼び下さい。飛鳥さん、でしたか?」

「ええ、よろしく。バーサーカーさん」

「ちょっとアスカ、アタシの武勇伝に水を差さないでくれる?」

 

 挨拶を交わす二人の横で、エリザベートは不満そうな声を上げる。

 

「アタシの活躍で巨人達をボコボコにしたじゃない」

「あら? 敵陣深くまで斬り込み過ぎて、周りから袋叩きにされそうだったのは気のせいかしら? 背中ががら空きだったわよ、アイドルさん?」

 

 飛鳥の指摘に、エリザベートはうぐっと口を閉じた。

 巨人が相手でも鎧袖一触にしたエリザベートだが、彼女には興奮状態になると周りが見えなくなるという欠点があった。その為、飛鳥が何度かフォローして襲い来る巨人を二人で打倒したのだ。

 

「べ、別にピンチじゃなかったし! あれは・・・・・・そう、リップサービスよ! いつもより大勢で詰め掛けて来たから、むさ苦しいデカブツ達にも私を間近で見る権利を許しただけだもの!」

「―――ちょっと待って。いつもより(・・・・・)? 南側は、今日みたいに巨人の襲撃が何度もあるの?」

「あ・・・・・・・・・」

 

 耀の指摘に、しまったという顔になるエリザベート。

 

「え、ええと・・・・・・・・・アタシ、そんな事言ったかしら?」

「うん。バッチリ言ってたね」

「き、気のせいじゃない? このアタシが、サラから口止めされてる事をペラペラ喋る様な―――」

「サラ? 連盟の議長にも関係ある事なの?」

「は、はあ!? サラは全然、これぽっちも関係ないんですけど!? デカブツ達の狙いは恩恵(ギフト)なんですけど!?」

「つまりサラの持つ恩恵を狙って、巨人達が何度か襲撃をかけているという事だね」

「~~~っ、何でさっきからバレているのよ! 貴女、エスパー!?」

 

 耀の推測に逆ギレするエリザベートを尻目に、バーサーカーは頭痛を耐える様に額を抑える。

 

「このバカドラ、余計な事をペラペラと・・・・・・・・・」

「大変そうね、貴女も」

「言わないで下さい。泣きたくなってきますから」

 

 ガックリと肩を落とすバーサーカーに、飛鳥は慰める様に肩を叩いた。

 

「それで、さっきの話は本当なの?」

「・・・・・・・・・その質問にはお応え出来ません。嘘は嫌いだから言いませんが、私は“一本角”で禄をはんでいる身。頭首のサラ様が口を閉じている以上、私が言って良い事ではありません」

「そうよ! ゲスト達に余計な混乱を招かない様に、ってサラが言ってたんだもの! アタシ達から言うわけないじゃない!」

「・・・・・・・・・あの、もう黙ってくれません? お願いですから」

 

 どや顔で胸を張るエリザベートと頭を抱えるバーサーカーに、飛鳥達は先程の話が本当だと確信した。

 

(それにしてもエリザベートは隠し事が下手というか、穴の空いたバケツというか・・・・・・・・・)

 

 エリザベート相手に内緒話はすまい。そう心に決めた飛鳥達であった。

 

「まあ、良いですわ。こうして大きな襲撃があった以上、もはや隠し事など無意味。今頃、“のーねーむ”さんと“うぃる・お・うぃすぷ”さんの両代表にサラ様が説明されてると思いますから」

「そうね。後でジンくんから聞く事にするわ」

「ええ、そうして下さい。いずれにせよ、また襲撃されるでしょう。その時は、貴女方にも協力して頂くと思います」

「任せて。これでも私達、強いから」

 

 むん、と細腕に力コブを作る仕草をする耀。力強いというより可愛らしさが目立つ耀の仕草に女性陣達は和気藹々とした雰囲気になったが、エリザベートが何かを思い出した様に声を上げた。

 

「そういえばさ、アンタ達の荷物は大丈夫なの?」

「? 大丈夫って、何が?」

「確かデカブツ達が最初に襲撃をかけたのは南地区でしょう? そこって、アンタ達の宿があった方角じゃないの?」

「ああ、うん。それなら別に―――!」

 

 大丈夫、と言おうとして耀は思い出した。確かに普段の耀の荷物ならば問題ない。元から所持品の少ない彼女からすれば、自分の荷物は無くなったとしても惜しい物はあまり無い。着替えやその他の日用品など、その気になれば買い戻せる。

 ただし、今日だけは違った。自分が入れた覚えはなく、しかし友人が大切にしていた品物が入っていたのだ。そのことを思い出した耀の顔が真っ青になる。

 

「ごめん! ちょっと見てくる!」

 

 グリフォンの恩恵で、耀は弾かれた様に飛び出した。エリザベート達の驚く声を背中で感じながら、宿に向かって一直線に飛んだ。

 

(お願い、どうか無事でいて!)

 

 風を追い越す勢いで飛びながら、一心不乱に祈る。宿の前に降り立つと、半壊した建物が耀を出迎えた。今にも崩れ落ちそうな天井や柱には目もくれず、耀は自分の部屋があった場所へと駆けた。

 

(せめてヘッドホンはちゃんと返さないと・・・・・・・・・そうじゃないと、十六夜に顔向け出来ない!)

 

 せっかく順番を譲って貰ったのに。今度こそは足手纏いにならないと強い決意で来たのに。何の活躍もなく、その上でヘッドホンまで壊れていては自分の居場所が無くなってしまう。パニックで水に溺れる様な焦燥感に襲われながら、耀は瓦礫をどかしていく。

 

「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 瓦礫の下から、ヘッドホンは見つかった。しかし―――粉々だった。ヘッドバンドもアームも、スピーカーも全て圧し潰されて粉々になっていた。外装に着いていた炎のエンブレムだけは辛うじて無事だったが、それ以外は完全にスクラップ状態だ。素人目に見ても、元通りにするのは不可能だと分かる。

 耀は震える手で残された炎のエンブレムを拾うと、その場に力が抜け落ちた様に座り込んだ。

 

(どうしよう・・・・・・・・・だって、このヘッドホンは十六夜の大事な物で―――)

 

 そう。楽しみにしていた筈の収穫祭を差し置いてまで捜していた、彼の大事な宝物。これを捜す為に“コミュニティ”に残って、代わりに、私に頑張って来いって、なのに、その宝物を私が盗んだ事にされたら・・・・・・・・・? 

 最悪な未来が想像され、極寒の地に放り出された様に耀の身体はガタガタと震えだした。

 

「そこで何をしているっ!!」

 

 ビクッ!! と耀の背筋が跳ねた。恐る恐る振り向くと、そこには厳しい顔をした友人がいた。

 

「セイ、バー・・・・・・・・・」

 

 震える声で名前を呼ぶ耀は、反射的にセイバーの目から隠す様にエンブレムを握り締めた。しかし、床に散らばったヘッドホンのパーツは誤魔化せない。セイバーは耀の足下にあるヘッドホンの残骸を見ると怪訝そうに眉根を寄せた。

 

「そなた、それは―――」

「っ、違う!!」

 

 咄嗟に叫びながらも、耀は自分のした事に後悔した。

 何が違うというのか? 十六夜がヘッドホンをなくした事で耀は順番を譲られ、そのヘッドホンはいま自分の手元にある。状況も証拠も全てが自分を『十六夜のヘッドホンを盗んだ犯人』と示しているのに。でも違う。自分はそんな真似なんてしていない。しかし―――もし、弁解しても信じて貰えなかったら? そう思うと、口の中がカラカラに乾いてうまく言葉が出なかった。それにセイバーが厳しい顔をしていたのは、ヘッドホンを盗んだ自分を咎めるからではないのか?

 

「ヨウ、上だ!」

 

 セイバーが鋭い呼び声に、ハッと頭上を見上げる。崩れかけていた天井がミシミシと音を立てていた。パラパラ、と耀の顔に小石が落ちる。そして―――轟音と共に、天井の瓦礫が耀へと降り注いだ。自重に耐えきれず、圧し潰される様に宿屋が崩れる。辺りに濛々と砂埃が立ち上がった。

 砂埃が収まると、そこには瓦礫の山と化した宿屋―――それを背に、耀を抱えたセイバーが立っていた。耀に瓦礫が当たる直前、セイバーは疾風の様に駆け寄り、耀を抱えるとそのまま窓から飛び出したのだ。お陰で二人に瓦礫は一切当たる事なく、崩れた宿屋の下敷きにならずに済んだのだ。

 

「怪我は無いか?」

「う、うん。大丈夫」

「そうか………」

 

 傍らに耀を下ろし、セイバーはホッとした様に一息をつき―――キッと顔を厳しくさせた。

 

「馬鹿者! 今にも崩れそうな建物に入るなど、いったい何を考えているのだ!」

「セ、セイバー?」

「一つ間違えれば死ぬ所だったのだぞ! そなたが優れた恩恵を持っているのは知っている! しかし、それは危険な事をして良い理由にはならぬ!」

「………っ」

 

 セイバーの叱責に、耀は顔を伏せた。この友人は、自分の事を心配していたのだ。厳しい顔つきだったのはヘッドホンの事ではなく、危険を顧みなかった自分に対してだったのだ。

 

「ごめん、なさい・・・・・・」

「うむ。とにかく、そなたに怪我がなくて何よりだ」

 

 頭を下げる耀に、セイバーはようやく安堵した笑顔を見せた。そして、改めて耀の手にあるエンブレムを見た。

 

「イザヨイのヘッドホンに付いていた紋様か・・・・・・・・・。一つ聞くが、それはそなたが持ち出したのか?」

「・・・・・・・・・、」

「違うのか?」

「・・・・・・・・・違う」

 

 そうか、とセイバーは腕を組んで難しそうな顔になる。

 

「とすると、ヨウの知らぬ内に荷物に入れたという事か。しかし、いったい誰が? ヨウやイザヨイに悪意を抱く者など“ノーネーム”にいるはずは無いが・・・・・・・・・」

「セイバー・・・・・・・・・私の事を疑ってないの?」

 

 ブツブツと呟きながら考え込むセイバーに、耀は恐る恐ると聞いた。それに対し、セイバーはあっけらかんと応えた。

 

「疑うはずが無かろう。そなたがその様な真似をするはずがない」

「でも・・・・・・・・・」

「短い時間だが、そなたの人柄は知っているつもりだ。ヨウ、そなたは姑息な手段を良しとする奸物ではあるまい」

 

 それにな、とセイバーは言葉を切る。

 

「余はそなたを友と思っておる。友を信じるのに理由はいるまい」

「それだけの・・・・・・・・・それだけの理由で、私を信じてくれるの?」

「もちろんだとも。確かに疑う事が必要な時もあろう。しかし、打算や損得勘定を抜いてまずは信頼できること。それが友というものであろう?」

「セイ、バー・・・・・・・・・」

 

 箱庭に来る前、耀には人間の友人はいなかった。周りの人間は動物と会話している耀を奇異な目で見て近寄らなかったし、耀自身も父が遺した“生命の目録(ゲノム・ツリー)”と動物の友人がいれば良いと思っていた。とはいえ、人間の友人が欲しくなかったわけではない。耀だってお互いに信頼し合える人間の友人が欲しかった。

 しかし、それは耀には難しい話だった。動物と会話できるという異能もさることながら、グリフォンの背に乗りたいなどと普通の人間からすれば妄想にしか思えない夢を語る耀を理解する人間はいなかった。自分の夢を語る度に笑われてきた耀も、いつしか人間に対して無関心な態度を取る事で人間を遠ざけ、自分を守ってきた。そうする事で夢を笑われる事はなくなり―――動物以外は誰も、耀に関わらなくなった。それでもいい。自分の―――父と交わした大切な夢を笑うくらいなら、人間の友達なんていらない。自分には動物の友達がいれば、それでいい。そう思い込んできた。

 箱庭に来て、耀に初めて人間の友人が出来た。耀と同じく異能を持ち、耀に対して奇異な目を向けない友人達。さらには実在したグリフォンとも友人になれ、かつて耀が願った事は全て叶えられていた。だからこそ、今の関係を壊したくなかった。せっかく手に入れた絆を失いたくなかった。ヘッドホンが壊れた時、箱庭で手に入れた全てが失われると思っていた。

 だが―――それは違った。目の前の友人は、明確な根拠が無くても自分を信じると言ってくれた。自分がヘッドホンを盗んだ犯人だと疑われると恐れていた耀に、全幅の信頼をおいてくれたのだ。

 その事に、耀は目頭が熱くなるのを感じた。

 

「ヨ、ヨウ? いきなりどうしたと言うのだ? どこか痛むのか?」

「なん、でもない………なんでもないよ」

 

 涙を流す耀を見てアタフタと慌てるセイバーに、耀は鼻声になりながらも答えた。

 無くなった筈のヘッドホンが耀の荷物から見つかり、今は無残に壊れてしまった。十六夜にどう説明すればいいのか分からないが、少なくとも耀が盗んだとは疑わない友人がここにいる。耀が箱庭で育んできた絆はヘッドホンの様に簡単には壊れなかったのだ。その事に気付いた耀の目から溢れる涙は、温かく、喜びに満ちたものだった。

 

 *

 

 ―――箱庭第七桁2105380外門・旧〝■■■■・■■”跡地

 

 手入れが全くされておらず、地面に敷かれた石畳からも雑草が伸びた道を一人と一匹が歩いていく。リーダーを失い、住人もいなくなった居住区。建物の壁には蔦が無造作に絡み合い、打ち壊された窓や扉は修繕されることなく廃墟の街並みと化していた。そんな場所をブラックハウンド犬がフンフンと鼻を鳴らしながら、自分の主人を先導していた。

 

「夏草や兵どもが夢の跡、か………。かつてはこの外門で最大規模を誇ったコミュニティも、こうなると無残なものだ」

 

 雑草を踏みつけながら、衛士・キャスターは誰に聞かせるでもなく呟く。やがて自分の使い魔が、目的の場所を探り当ててバウバウと吠えだした。

 

「ご苦労、エセル。下がっていいですよ」

 

 バウ、と一吠えするとブラックハウンド犬の輪郭がグニャリと歪む。不定形のスライムの様に形を変えて、衛士・キャスターの陰の中に入り込んだ。

 

「ほう………これはこれは。良く醸されている」

 

 使い魔が見つけた場所を見て、衛士・キャスターは眼鏡の奥で糸目をニヤリと歪めた。

 一見すると、何の変哲もない地面。しかし、そこだけが雑草の一本も生えていない地面。よくよく見れば、地面にうっすらと風化した灰の様な粒子が積もっている。その灰を一つまみして、衛士・キャスターは目元に近づける。

 

「通常、これだけの時間が立てば残留思念の欠片も残らないというのに。雑草の繁殖も許さないとは、中々に執念深い」

 

 魔術師(キャスター)の名を冠するこの英霊には、はっきりと視えていた。灰からドス黒い怨念が立ち昇っている。自分以外の一切を拒む様な怨念が、風化してもなお他を寄せ付けぬオーラを醸し出していたのだ。

 

「だが―――その執念深さ、嫌いではない」

 

 灰を投げ捨て、衛士・キャスターは眼鏡を外して哂う。そして―――懐から、一冊の黒い革表紙の本を取り出した。

 

『我は魔術師にして征服者。車輪の軸、円の中の立方体―――』

 

 衛士・キャスターが本を開いた途端、辺りの空気が変わる。見えない手で押しつぶされる様な閉塞感の中、衛士・キャスターは朗々と唱える。

 

『顕現せよ、ハド! ヌイット! 天界の一団はヴェールを上げ、我が面前に!』

 

 空間が放電しながら軋みを上げる中、衛士・キャスターの詠唱が続く。すると、地面に積もった灰に変化が現れた。まるでお互いに身を寄せるかの様に積もり、徐々に形が大きくなっていく。しかし衛士・キャスターはそれに目をくれず、トランス状態に入った様に自らの魔術回路を加速させていく。

 

『我に従え! 我のみを求めよ! されば汝を一切の苦痛より救い出すであろう! まさしくその通り! 我が肉体の奥底を賭けてそれを誓う! 我が神聖なる心臓と舌を賭けて! 我が与え得る全てに賭けて!! 汝の欲する一切に賭けてっ!!』

 

 灰はやがて塊となり、塊は明確な輪郭となる。獣の様な輪郭が現れ、鋭い爪を持つ四本足が地面を踏みしめる。猫科の肉食獣の顔が現れ、口から鋭い牙が伸び、血の様に紅い眼がギラリと光った。そして―――!

 

『G………GEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 辺りを震撼させる様な咆哮が響き渡る。衛士・キャスターは満足そうに本を閉じると、目の前に現れた巨大な虎の様な形になった灰の塊に微笑んだ。

 

「Good morning,Mr.Gasper. How are you?」




問.sahalaは蒙古タンメン中本へ、プリズマイリヤコラボの麻婆拉麺を食べに行きました。その結果、どうなったでしょう?

答え.お腹がズンガズンガしました。ゲプッ。


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第11話『Evil design』

ちょっと文章が思いつかないので、展開はあまり動かないです。

Fate/EXTELLAはいよいよ登場サーヴァントが出揃いましたね。
このSSはCCCまでの設定を基本としているので、EXTELLAで新しい設定が出ても反映させない場合があります。ご了承下さい。


 ―――“アンダーウッド”収穫祭・本陣営

 

「これがバロールの死眼・・・・・・」

「ヤホホホ・・・・・・封印された状態だというのに、何とも不吉なオーラが漂ってますねぇ」

「ああ。そして巨人共の狙いは恐らくこれだ。扱う適性が無くても、強力な恩恵ギフトには違いないからな」

 

 畏怖が籠もったジンとジャックの呟きに、サラは頷く。度々起きる巨人の襲撃の真相を“ノーネーム”と“ウィル・オ・ウィスプ”に明かし、サラは一つの恩恵を両コミュニティに見せていた。見た目は人間の頭ほどの大きさの黒い岩石。しかし、これこそがケルト神話の魔神バロールの瞳だと言う。

 

「魔王の残党である彼等は、何としてでも取り返したいのだろう。開封すれば、一度に百の神霊を屠ると言われている」

 

 一斉に、息を呑む音が辺りに響いた。1ヶ月前、黒ウサギ達と対峙した神霊の魔王を思い出す。その神霊を一度に百体も倒すと言うのだ。

 

「それで・・・・・・・・・我々にどうしろと?」

 

 笑顔のカボチャ頭のまま、ジャックは嫌そうな声色を出した。この後、サラが共に戦って欲しいと言う事は容易に予想がついていた。しかし、ジャック達は製作系のコミュニティ。巻き込まれて戦うならともかく、自分から迎え撃つのは主義に反するのだろう。

 

「・・・・・・・・・ゲストに戦わせるのが非常識なのは分かっている。しかし、私達はどうしても収穫祭を成功させなくてはならないんだ」

 

 申し訳なさそうに目を伏せながら、サラは語る。

 現在、南側には“階級支配者”はいない。1ヶ月前、魔王に討たれてしまった。新たな“階級支配者”を選別する為に白夜叉から薦められたのが、“龍角を持つ鷲獅子”連盟の五桁昇格と“階級支配者”の任命。この収穫祭は、その二つを賭けたゲームだったのだ。

 

「“階級支配者”になれば、強力な恩恵と“主催者権限”を授かる。魔王の残党共を殲滅するには、その二つを使うしかない。南側の安寧の為にも、どうかご助力を願えないだろうか?」

「そう申されましても・・・・・・・・・」

 

 事情を聞いて尚も難色を示すジャック。だがサラもここで引くわけにいかなかった。

 

「むろん、タダとは言わない。巨人共の殲滅で最も武功を立てたコミュニティには、この“バロールの死眼”をお譲りしよう」

 

 “バロールの死眼”は瞳で見た相手に死の恩恵を与える恩恵。適性のある者が扱えば、戦闘において最強の恩恵となる。箱庭の下層で最強を名乗るのも夢ではない。

 

「それはまた大盤振る舞いですな・・・・・・・・・。しかし、よろしいので? いかに適性が無いと言っても、恩恵として貴重な物でしょうに」

「構わないさ。私の手元で腐らせておくより、信頼したコミュニティの手元で存分に力を振るわせた方が良い。あなた方なら悪用する心配は無いだろうしな。それで・・・・・・・・・どうだろうか?」

「ううむ、そうですねえ・・・・・・・・・」

 

 サラの再度の問いかけに、ジャックはカボチャ頭を捻る様にして考え込む。とはいえ、答えは半ば決まっていた。サラ達にはあずかり知らぬ事だが、ジャック達―――というより“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダーは、ある魔王につき纏われていた。今まで何度か撃退してきたが、どれもギリギリの上での勝利だったのだ。かの魔王を完全に敗北させるには、強力な恩恵がいくつあっても足りないのだ。そういう意味では、今回の申し出は非常に有り難い。しかし、商売人として安請負する事は避けたいのか、即答は避けてジンに話を振った。

 

「“ノーネーム”はどうされるのですか?」

「当然、僕達は魔王討伐コミュニティとしての役目を果たします」 

「ふむ・・・・・・・・・しかし、我々には適性のある同士がいますが、“バロールの死眼”を扱える様な人材が“ノーネーム”にいますかな?」

「確かに、以前の僕達では宝の持ち腐れとなったと思います。でも、彼女ならば恐らく―――」

 

 それ以上は言わずに口を閉ざしたジンをジャックは怪訝そうに見つめるが、ジンは何も言わなかった。

 天照大神の分霊にして荼枳尼天の化身、玉藻の前。ジンはコミュニティのリーダーとして、キャスターの真名を白野から明かされていた。元が神霊であっただけに神霊級の恩恵を使う下地は出来てるし、狐は陵墓の番人と畏れられるほど死と密接に繋がった存在。死を司った恩恵を扱うのに、これ以上の適任はいないだろう。

 

(“バロールの死眼”を付与すれば、キャスターさんは神霊としての力を取り戻すかもしれない。けれど・・・・・・・・・)

 

 本当にそれで良いのだろうか? ジンは自問自答する。白野曰わく、キャスターは自らの意志で神格を返上し、人間に仕える道を選んだのだと言う。本来の姿は、人間の手に余る存在だからだそうだ。そのキャスターに神霊の力を取り戻させるのは、マスターである白野ですら御しきれなくなるのではないか? 

 

(ともかく・・・・・・・・・今は巨人達の撃退が先だ。キャスターさんに死眼を付与するかは、白野さん達とじっくりと話し合おう)

 

 そう結論づけると、ジンは巨人族の撃退へと思考を切り替えた。

 

 ※

 

 ―――箱庭第七桁2105380外門・旧〝フォレス・ガロ”跡地

 

「ハロー、ミスター・ガスパー。お会いできて大変光栄です」

 

 胡散臭さしか感じさせない笑顔で、衛士・キャスターは目の前の灰の虎に応対する。

 灰の虎―――かつて〝フォレス・ガロ”を率いて、2105380外門の実質的なボスであったガルド・ガスパーは、死際に味わった苦しみを吐き出す様に絶叫する。

 

「GEYAAAAAAAAAAA、GAAAAAAAAAAAAAAA!!」

「もしもし、ミスター? 聞いてます?」

「GEYAAAAAAAAAAAAA、Gu、GAAAAAAAAA!!」

「いや、だから、」

「GUOOOOOOOOOO、GAAAAAA―――」

 

「静かに」

 

 ピタリ、とガルドの絶叫が止まる。たった一言。それだけで冷たい殺気がガルドの身体を走り抜け、混乱状態にあったガルドの理性が氷水を掛けられた様に醒まさせられた。

 

「ようやく話を聞いてくれる気になりましたか。良かった、良かった」

 

 うんうん、とにこやかに一人頷く衛士・キャスター。ガルドが吹き飛ぶ様な圧倒的な魔力と殺気を漲らせながら、手にした銀のステッキを弄ぶ。その姿がガルドには何よりも恐ろしく見えて、心臓を鷲掴みにされる様な恐怖を感じていた。

 

「そう固くならないで。貴方にとって、いい話を持ってきたのですから」

 

 そう言われても、ガルドは何一つ信じられなかった。

 恐い。自分を圧倒的に上回る力を感じるこいつが恐い。笑顔のまま殺気を向けてるこいつが恐い。そんな相手に目をつけられている今の状況が恐い。ガルドの牙がガチガチと耳障りに震えて―――。

 

「端的に聞きますが、〝ノーネーム”に復讐したくないですか?」

 

 不意に、聞き覚えのある単語を耳にしてガルドの震えが止まった。

 〝ノーネーム”………そうだ、思い出した。自分はあいつらに負けて死んだのだ。あいつらが―――あいつらさえいなければ、自分は今も2105380外門のボスでいられた筈だ。

 

「聞けば、〝ノーネーム”は最近になって〝地域支配者”の地位を得たそうですよ」

 

 〝地域支配者”! それは自分が持っていた権利のはずだ。その権利を得る為に自分は近隣のコミュニティの子供を誘拐して逆らえない状況を作り、さらには従わせたコミュニティに〝地域支配者”のコミュニティの子供を攫わせ、権利を譲り受けたのだ。そうやって自分が力を駆使して得た権利を〝ノーネーム”が持っている? 自分にあるべき〝地域支配者”の地位を、名無し風情が?

 

「GURRRRRRR―――」

 

 ガルドの身体が震える。しかし、先ほどの恐怖からくる震えではなかった。いまガルドの中で渦巻いているのは自分を殺した者達への理不尽な怒り、自分の権利と縄張りを侵されたという理不尽な怒り、そして―――自分に取って代わって〝地域支配者”となった〝ノーネーム”への嫉妬。それらの感情が、ガルドの中で黒く煮えたぎっていた。

 そんなガルドをアルカイックスマイルで見つめながら、衛士・キャスターは言葉を紡いだ。

 

「そう、〝地域支配者”。かつて貴方が努力(・・)して得た地位に、新参者の〝ノーネーム”が居座っている。象徴する旗も名も無い者達が管理者を名乗り出ている。これはいけない、いけない事なのです。群れを統制するリーダーにはしっかりとした名とシンボルが無くてはならない」

「GURRRRRRRRRRR!」

「白夜叉も見誤りましたな。いや、老耄したと言うべきか? いかにお気に入りのコミュニティとはいえ、〝ノーネーム”風情に〝地域支配者”の地位は与えるとは………。〝地域支配者”に相応しいのは多数のコミュニティを束ね、その群れを統括できる力を持ったコミュニティ………そう、〝フォレス・ガロ”こそが相応しいというのに!」

「GURRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!」

「弱者は強者に従う! 強者こそが唯一の法! それこそがあるべき姿だ! しかし〝ノーネーム”は不当にもそれを破った! あなたに力を与えた吸血鬼―――あれも〝ノーネーム”の一員でした。つまり、あなたは〝ノーネーム”に嵌められて自分の地位と権利を奪われたのです!」

「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 舞台役者の様に身振り手振りを交えながら話す衛士・キャスターの話に、ガルドは怒りの咆哮を上げる。

 許せない。この箱庭において〝ノーネーム”は名無しの蔑称で呼ばれる塵に等しい存在。だというのに奴等は自分の持っていた地位と権利を奪った。思えば、前々から気に入らなかった。最底辺のくせに〝月の兎”を従え、非公式ながらも〝階級支配者”である白夜叉から何度も援助を得ている。それだけでも癇に障るというのに、そいつ等はワケの分からない恩恵で自分の口を割らせ、〝地域支配者”の地位を追い落とそうとした挙句に吸血鬼を追い詰められた自分の下へ寄越したのだ!

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 狂う、狂う、怒り狂う。もっとも第三者から見れば、今のガルドの怒りは逆恨み以外の何物でも無いだろう。しかし元が獣であったガルドにとって、力で捻じ伏せられたのならともかく騙し討ちを行われたという事実が何よりも許せない事だった。

 

(まあ、彼も子供の人質を取っていたのだから、千歩譲っても正当性の欠片もありませんが)

 

 そんな考えを一切表情に出さず、衛士・キャスターはガルドへと語りかける。

 

「秩序をあるべき形に戻す。あなたを卑怯な手で追い落とした相手に裁きの鉄槌を下す。これは私怨の復讐ではない、懲罰だ。故に、あなたは〝ノーネーム”を討たねばなりません。それが、かつて〝階級支配者”だった〝フォレス・ガロ”の果たすべき義務だ」

 

 ニッコリと―――張り付けた様な笑みで、衛士・キャスターはガルドに握手を求める様に手を差し出す。

 

「共に〝ノーネーム”を討ちませんか? そうしてあなたは奪われた物を取り返すのです」

 

 衛士・キャスターの提案に、ガルドは即座に頷き―――かけて、重大な事を思い出した。自分は一度、〝ノーネーム”に敗北しているのだ。もう一度戦ったところで、返り討ちにあうだけだ。その事に気付き、ガルドはとつぜん尻込みしだした。

 

「どうしました? ひょっとして、〝ノーネーム”に勝てるか不安ですか?」

 

 耳を垂れさせ、縮こまるガルドに衛士・キャスターは相変わらずにこやかな顔で応対する。

 

「ああ、その点なら心配しなくていいですよ―――あなたには新しい恩恵を付与しますから」

 

 その言葉に、ガルドの耳がピンと立った。

 

「かつて吸血鬼が授けた鬼種が問題にならない様な、そしてあなたが欲しがっていた神格も霞む様な恩恵をあなただけに特別にお貸ししましょう。その力で〝ノーネーム”を討てばよろしい」

 

 クルクルと手のステッキを弄びつつ、衛士・キャスターはガルドを見た。

 

「そして、その恩恵は当分の間は返さなくて良いですよ。〝ノーネーム”を討った後も使って頂いて結構です。いつかは返してもらいますけど、その恩恵であなたは外門を上げ、更に上級の恩恵を手にすればいい。そうすれば恩恵をの一つや二つ、返却しても問題ないでしょう? 当然、利子もいりません。貸した恩恵を返してくれれば、それでOKです」

 

 これには流石のガルドも考え込む。どう聞いても話が旨過ぎる。無償で大金を担保すると言われたのだ。裏を疑うのは当然だ。自分を騙した(・・・)吸血鬼の様に、この男も自分を利用しようとしているのではないか? 

 何よりも―――。ガルドの脳裏に走馬燈の様に〝ノーネーム”との出来事が思い浮かぶ。気品のありそうな人間のメスに強制的に従わせられ、もう一人の人間のメスに為す術なく捻り上げられた。鬼種の恩恵を得て理性と引き換えに力を得たが、それでも敗北した。細い人間のオスに誘い出され、気品のありそうなメスに銀の剣を心臓に突き立てられた感触は思い出すだけで寒気がした。

 

「………そうか。心が折れていましたか」

 

 尻を地面につけ、猫の様に縮こまるガルドに衛士・キャスターは溜息をつく。

 

「うん、それなら仕方ありませんね。さようなら、ミスター・ガスパー。安らかに死の眠りについて下さい」

 

 ハッとガルドの顔が上がる。死の眠り? どういうことだ?

 

「あなたは死んでいたのだから、当然でしょう。今は私の降霊術で一時的に蘇生しただけに過ぎません。私が術を解けば、元の―――地面に散らばる灰に還るだけです」

 

 ゾクリ、とガルドの背筋が凍った。

 

「なに、安心して下さい。ここに足を踏み入れる人間なんていないし、あなたを蘇生しようなんて物好きは私くらいでしょうから、今度こそ醒める事のない安らかな永眠が約束されますよ」

 

 そう言われて、ガルドは辺りを見回す。朽ち果て、住む者のいない家屋。整備されなくなり、雑草が伸び放題となった石造りの道。かつて、ガルドの城だった〝フォレス・ガロ”の領地は見る影もなく荒れていた。こんな場所に、自分が永眠する? 墓どころか死体すらなく、地面に散らばる塵の様に転がる。そして訪れる者も自分を偲ぶ者も誰もいない、こんな忘れられた場所に? 

 そう思い立った途端、ガルドの中で恐怖が膨れ上がった。

 

「あなたならば〝ノーネーム”を討ってくれると思って蘇生させましたが―――余計なお節介しでしたね。では今度こそ、Good night,Mr.Gas、」

「GUOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 衛士・キャスターの言葉を遮る様に、ガルドが吠えた。

 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! こんな場所で、誰にも看取ってもらえず、誰の記憶にも残らない様な死に方は嫌だ! 死にたくない! 俺はまだ生きたい! 生きた証を刻み込みたい! 頼む! 何でもする! 何でもするから―――俺をただの灰に戻さないでくれええええぇぇぇっ!!

 

「………………」

 

 ガルドの心からの叫びに、衛士・キャスターは胡散臭い笑顔を消してじっとガルドを見た。ガルドもまた縋り付く様な目で衛士・キャスターの眼鏡の奥にある糸目を見た。

 

「―――まあ、良いでしょう。そこまでお願いされたら仕方ありません」

 

 何秒の間、そうしていただろうか。衛士・キャスターはあっさりとガルドの嘆願に頷いた。

 

「その必死さに免じて、一つだけ私の情報を開示しましょうか? 私があなたを蘇生させたのにはワケがある」

 

 ワケ? 一体何なのだろうか? ガルドは縋る様な目で衛士・キャスターを見た。もう胡散臭いだとか言っていられない。ガルドにとって、目の前の男は唯一人の救世主なのだ。

 

「私は〝ノーネーム”にいる、ある男を殺したい。ところが、その男を殺すには色々と段取りがいりまして―――少なくとも現時点では手出しできないのですよ」

 

 ヤレヤレ、と衛士・キャスターは溜息をつく。

 

「かつての戦いを模しているのか、それともあの男が曲がりなりにも(・・・・・・・)あれの持ち主だった事が関係しているのか………とにかく、対戦カードが組まれる前にサーヴァントがマスターに手を下すのはルール違反なのです。故に、私が出来るの間接的な手段―――彼を殺してくれる刺客を差し向けるだけ。そこであなたに白羽の矢を立てました。理解できましたか?」

 

 言っている意味が半分も理解できていなかったが、ガルドはとにかく頷いた。相手の事情などどうでもいい。とにかく、この男の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 

「よろしい。では早速、始めましょうか。ああ、そうそう。先ほども言った様に殺したい相手がいるので、その人から先に狙って下さいね? で、その人の名前ですけど―――」

 

 衛士・キャスターから告げられた名前を聞き、ガルドの心に火が宿る。よりによってあいつか! 自分に止めを刺す切っ掛けを作った、あの細い人間の雄! いいだろう、雪辱に今度こそ奴の臓腑をぶちまけてくれる!

 

「ふむ。やる気になった様ですな。とはいえ、恩恵の定着具合を見たいのでしばらくは私の指示通りに動いて下さいね。本格的なハンティングはその後です」

 

 承知した、とガルドは一つ頷く。かつての野生の獣としての本能、自分を死に追いやった者への復讐心、そして生への執着。その全てが揃い、ガルドは生前以上に人食い虎として目覚めつつあった。

 そんなガルドを見て、衛士・キャスターは満足そうに頷きながら片手を掲げる。

 

 不意に、手元から黄金の光が生じた。

 

 辺りを眩く照らしながら、衛士・キャスターの手元に一つの物体が実体化する。

 それは金色に彩られた一つの杯だった。どこか悪趣味な黄金を思わせる輝きと辺りを震撼させる様な魔力を放ちながら、衛士・キャスターの手に一つの杯が収まっていた。

 

「はい、どうぞ」

 

 まるで飲み物を渡すかの様な気軽さで、杯の放つ魔力に面食らっていたガルドに衛士・キャスターの手が伸び―――肉が潰れる音がした。

 

「―――!?」

 

 突然の事態に、ガルドは混乱する。さっきまでこの男は杯を手にしていた。その手がいま、自分の腹腔を突き破っていた。つまり、この男は杯を自分の腹の中に入れて―――。

 

「―――GU,GE,GEGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

 

 突如、ガルドの身体の中で爆発するかの様な魔力の高まりが起きた。ガルドの腹の中に入れられた杯は金色の光を放ちながら、脈動を始める。

 

「GAAAAAAAAA、GU、GUOOOOOOOOOO!!」

 

 地面へとのたうち回りながら、あらん限りの声で絶叫するガルド。

 不意に、ガルドの身体に変化が起こった。灰の塊でしかなかった身体が確かな陰影を結び、質量としての重さを帯び始める。

 

「GUUUUU、GA,ガギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 絶叫は確かな言葉となって、ガルドの口から漏れ出す。かつてのワータイガーとしての姿をガルドは取り戻していた。だが、杯の脈動は一層と激しくなっていく。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!! グ、ガアアアアアアッ!!」

「ああ、そうそう。さっき言い忘れましたけど―――」

 

 地面を転げ回るガルドに、衛士・キャスターはつまらない話題を出すかの様な気軽さで話しかける。

 

「何故私があの男を殺すのに、あなたに白羽の矢を立てたかって話ですけど―――実は誰でも良かったんですよね。あなたじゃないと駄目って、理由も無いですし」

「グガアアアアアアッ、グオオオオオオオオッ!!」

 

 身体が内側から灼けていく様な苦しみの余り、ガルドは話を聞く所ではなかった。しかし、衛士・キャスターは気にする事なく話し続ける。

 

「まあ、あえて理由をあげるなら―――あなたがあの男と因縁があること。動機があった方が仕事にかける情熱は違います。もう一つは―――」

 

 

 芝居がかった仕草で眼鏡を外し―――開いた目を嘲笑に歪ませる衛士・キャスター。

 

「お前が一番、扱い易そうだったからだ」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 ガルドの口から一際大きな絶叫が漏れ、同時にガルドの魔力が爆発的に高まる。

 そしてガルドの身体から、

 

 鳥の翼が、

 鹿の角が、

 サメの頭が、

 爬虫類の鱗が、

 鯨の尾鰭が、

 

 ありとあらゆる動物の器官が、一斉に生え出した。

 

「グオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 




一応はここまで。

残念ですが、ペストの再登場はありません。このアンダーウッド編を機に独自ルートへと進んでいくので、ペストの出番はありません。


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第12話「“アンダーウッド”防衛戦線 その3」

 邪ンヌとジャックが来ました。それだけでネロ祭を満足です。


 十六夜のヘッドホンを見つけたセイバーと耀は、すぐさま飛鳥達の元に戻った。飛鳥はヘッドホンを持っていたのが耀だと知ると驚きはしたが、すぐに耀が盗んだわけではないと気づいた。耀が他人を陥れる様な性格ではない事くらい、飛鳥にも分かっていた。そして耀がヘッドホンに残った臭いを調べると、犯人は耀の三毛猫だとすぐに分かった。

 

「三毛猫・・・・・・・・・」

「だって・・・・・・・・・お嬢が落ち込んでたもんだから、仕返しにって・・・・・・・・・」

 

 そんな事で―――口に出かけた糾弾を耀は寸でのところで飲み込んだ。ここで三毛猫を責めて、十六夜に突き出すのは簡単だ。しかし、事件の一因は自分にあるのではないか? 自分が弱気な姿を見せたから、彼は自分の事を思ってヘッドホンを盗み出したのだ。

 

「飛鳥」

「何?」

「やっぱり犯人が分かっただけじゃ駄目だ。何とかしてヘッドホンを直さないといけない。・・・・・・・・・手伝ってくれる?」

「ええ、喜んで」

 

 嫌な顔を一つもせずに飛鳥は頷き、後ろを振り返る。

 

「セイバー、どう? 直りそう?」

「・・・・・・・・・かなり難しいな」

 

 宿から回収したヘッドホンの残骸を前に、セイバーは眉根を寄せていた。

 

「形は覚えているから作り直せなくないが・・・・・・・・・まず材料が足りぬ」

「材料を揃えれば直せるの?」

「うむ・・・・・・・・・あとは部品の金型を作り、螺旋も規格にあった物が箱庭に無いだろうからワンオフで作っていけば、どうにか」

「・・・・・・・・・それって、どのくらい掛かりそう?」

「材料を特注で揃えて、つきっきりで作業したとして・・・・・・・・・半年くらいだな」

「流石に時間が掛かり過ぎよね・・・・・・・・・」

「仕方なかろう。このヘッドホンの様な工業品が箱庭には少ないのだ。部品はほぼ一から作るしかあるまい」

 

 むぅ、と頬を膨らませながらセイバーは抗議する。これが現代日本なら部品を発注すれば良いのだろうが、この箱庭ではヘッドホンの部品一つを揃えるのも難しいだろう。外装となる樹脂やプラスチックなどが無いだけに、下手をすれば素材の作成から始めないとならない。

 

「ありがとう、セイバー。でも私が撒いた種だから、私がどうにかしないと駄目だ」

「しかし、アテはあるのか? それもイザヨイが納得できる様なものが」

「それは・・・・・・・・・」

「ヘッドホンを直すより、別の物をお詫びに渡した方が良いわね」

 

 言い澱む耀に代わり、溜め息をつきながら飛鳥が答える。

 

「ふむ、代わりの品を渡すのは良い案だな。して、何を渡すのだ?」

「そうねえ・・・・・・・・・いっそ黒ウサギの一日レンタル権とか」

「許可するわけ無いでしょう、このお馬鹿様!!」

 

 スパーン、と飛鳥の頭にハリセンが落ちる。

 

「それだ!」

「余も欲しい!」

「ボケ倒すのもいい加減にしなさい!!」

 

 スパパパーン、とハリセンが目を輝かせた二人に叩く。振り向くとやはりと言うべきか、ウサ耳を逆立てさせた黒ウサギがいた。隣りにションボリとした三毛猫を抱えたジンがいる。どうやら会合が終わって耀達の様子を見に来た様だ。

 

「まったく・・・・・・・・・話は聞かせて貰いましたよ、耀さん! どうして黒ウサギに相談してくれなかったのですか!?」

「えっと・・・・・・・・・巨人族が襲って来て、それどころじゃなかったから」

「その話ではありません! 滞在日数の事でございます! 相談してくだされば、黒ウサギも十六夜さんも………飛鳥さんや白野様だって、耀さんを優先的に参加させました! なのにどうして相談してくれなかったのですか!?」

「で、でも、ゲームで決めるという約束が、」

「ゲームは所詮ゲームでございます! 我々は同じ屋根の下に住み、苦楽を共にする仲間でございます! 悩んでいるのなら、まずは我々に相談して下さい! ましてや………耀さんが戦果を誤魔化す程に悩んでおられたなんて、黒ウサギはまるで気付いておりませんでした………!」

 

 ハッと耀と飛鳥はお互いを見る。

 対して、話が見えないセイバーは首を傾げた。

 

「どういうことだ? ヨウが戦果を誤魔化していた、というのは?」

「………先ほど、ジャックさんから伺いました。〝ウィル・オ・ウィスプ”のギフトゲームは、御二人でクリアされたそうです。御二人は素晴らしい連携プレーを見せてくれて、大変に参考になった、とジャックさんは嬉しそうに語ってくれましたよ」

 

 黒ウサギの切実な声に、飛鳥と耀は何も言えずに俯いた。

 ―――そう。収穫祭の滞在日数を決めるゲームで、耀が報告した戦果は飛鳥と二人で勝ち取った物だった。

 いたたまれなくなった飛鳥は、堪らずに弁明する。

 

「ち、違うのよ二人とも! 春日部さんに話を持ち掛けたのは、私が先で、」

「違う。飛鳥は悩んでいた私を気遣ってくれただけ」

「………いえ、そんな気を遣わせたのは、黒ウサギにも責任がございます。御二人への過度な期待が、小さな壁を作る原因となった様です。本当に………申し訳ありません」

 

 三者三様に頭を下げる。

 

「もう良い。これは互いを思いやる者同士のすれ違いで生じた事だ。誰が悪い、という話ではない」

 

 セイバーは静かに溜息をつき、耀達を見渡す。

 

「アスカもヨウも、黒ウサギも………そしてミケネコも、友を思っての行動が裏目に出たというだけのこと。その思いを誰が責められよう」

「セイバー………その、ゴメン。自分の戦果で競い合う、という約束だったのに………」

「謝るでない。それを言ったら、余達は三人がかりだぞ? そなたを責める道理などあろうか? いや、ない」

 

 頭を下げる耀に、セイバーは笑いながら首を振る。

 

「黒ウサギも言っていたが、我等は友なのだ。この程度の行き違い、笑って許すものであろう?」

「でも、ヘッドホンが………」

「心配するな。余が必ず直してみせよう。仮に直らないとしても、余がこう言えば、イザヨイとて許すに違いない」

 

 エッヘンと胸を張るセイバー。

 

「すまぬ。色々と間が悪かったのだ。明日から何とかなる故、許すがよい」

「………それで許すのは、相当な御人好しだけだと思う」

 

 すまなさを微塵に感じない物言いが可笑しくて、耀は小さく笑った。

 恐らく、この友人は誰が相手でもこうして堂々と言い放つだろう。そして、本当に何とかしてみせる。

 もっとも、そう言われた十六夜は笑顔で無茶ぶりをふっかけるだろうが。

 

「そのヘッドホンの件ですけど………僕から提案があります」

 

 え? と一同は顔を上げる。成り行きを静かに見守っていたジンが、皆の視線を受け止めた。

 

「提案って………ヘッドホンを直せるの?」

「いえ、正確には直すのではなく―――」

 

 ジンが具体的な方法を言おうとした、その時だった。

 突然、緊急を知らせる鐘の音が〝アンダーウッド”中に響き渡る。網目模様の樹の根から、木霊の少女が舞い降りて来た。

 

「大変です! 巨人族がかつてない大軍を率いて………〝アンダーウッド”に進軍しています!!」

 

 ―――直後、地下都市を震わせる地鳴りが一帯に響いた。

 

 ※

 

 突如、襲撃してきた巨人族に主戦力の〝一本角”と〝五爪”は壊滅状態になっていた。今までの襲撃は偵察だったのだろう。今回、進軍している巨人族の数は前回の十倍以上だ。先の襲撃の傷もまだ癒えてないというのに、前回を上回る数の巨人族は〝アンダーウッド”の戦士達の士気を挫くには十分過ぎた。無論、まだ戦意が折れていない戦士はいる。〝一本角”に籍を置くエリザベートとバーサーカーもその一人だった。巨人族であろうと鎧袖一触できる彼女達を中心に、戦線を持ち直す事も可能なはずだった。

 しかし、前回とは状況が違う。戦場には濃い霧が充満し、〝アンダーウッド”の戦士達の視界を容赦なく奪った。視覚が利かぬならば、と耳や嗅覚を研ぎ澄ませた者が最前線へと突撃する。

 

 ポロロン、と琴線を弾く音が戦場に響き渡った。

 

 それだけで、戦っていた〝アンダーウッド”の戦士達は次々と意識を失った。これこそが〝アンダーウッド”の戦士達が苦戦してる最大の理由。巨人族の軍隊から響く琴線を弾く音は、聞いた者の意識を一瞬にして奪い去っていった。幸いな事に、竜の恩恵を受けたエリザベート達には効果が薄い様だが、彼女達の集中力を乱すには十分だった。そして琴線を弾く音が聞こえる度に減っていく同士達。エリザベート達は、今や多勢に無勢の苦境に陥っていたのだった。

 

 ※

 

 霧の中を一匹の白い龍が駆ける。口元からチロチロと、青白い炎を吐きながら龍は―――バーサーカーは戦場を駆けていた。

 

『シャアアアッ!!』

 

 前方の霧の中から、巨人族の戦士が見えた。バーサーカーは一切躊躇する事なく、炎を吹いて焼き尽くした。

 

『嗚呼―――』

 

 倒れた巨人をロクに確認することなく、バーサーカーは霧の中を進んでいく。

 

『安珍様、安珍様、■野様―――! どこですか、どこにいらっしゃるのですか!?』

 

 目の前にまた巨人族が現れる。バーサーカーを待ち構えていたのか、軽鎧を着た巨人族はバーサーカーの頭を抑え込む様に正面から掴みかかった。

 

『邪魔しないで! 安珍様が私を待っているのですから!!』

 

 龍となったバーサーカーの前脚が振るわれる。鋭い鉤爪は、巨人族の胴体を容赦なく斬り飛ばした。

 

『安珍様、■野様、白■様! 待っていて下さい、いま参りますので―――!!」

 

 慟哭は咆哮となって、バーサーカーの口から響いた。

 〝アンダーウッド”を襲撃してきた巨人の大軍を見て、今のままでは勝ち目がないと龍に変身したバーサーカー。しかし、今の彼女には〝アンダーウッド”の事など頭から消え失せていた。生前、恋に狂った末の姿となった彼女の関心は唯一つ。この場にはいない、想い人の幻影を追いかける事だけ。

 ポロロン、と琴線を弾く音がバーサーカーの耳に響く。

 

『っ、またこの音―――!』

 

 唐突な眠気に、バーサーカーの意識が一瞬だけ遠のく。しかし、すぐに頭を振って眠気を振り払った。

 

『この程度で―――こんな音なんかで、私は諦めませんっ!!』

 

 他の同士達の意識を奪う音も、バーサーカーを止める事は出来なかった。全ては自分と想い人を阻む障害。恋に狂った彼女には、目に映る物、耳に聞く物、あらゆる物が自分の恋路を邪魔する障害であると脳で変換される。

 

『あ―――』

 

 ふと、霧の中に一人の巨人の人影が見えた。

 

『見 ツ ケ タ』

 

 バーサーカーの顔が喜悦に染まる。しかし龍に変身した姿では、どう見ても獲物を前に牙を剥き出した顔にしか見えなかった。霧の中の人影は、唐突に走り出す。

 

『待って、逃げないで! 安珍様!!』

 

 体格どころか種族すら違うというのに、生前の想い人を重ねてバーサーカーは人影を追う。

 霧の中の影はグングンと遠ざかっていき、バーサーカーは置いて行かれない様に必死に駆けた。

 

『どうして? どうして逃げるのですか!? 私はただ、貴方が好きなだけなのにっ!!』

 

 泣きながら、吼えながら人影を追うバーサーカー。

 道中に倒れ伏した〝一本角”や〝五爪”の同士がいたが、バーサーカーの目には入らない。

 バーサーカーと随伴していた同士は琴線を弾く音に眠らされたか、あるいは味方すらも眼中になく暴れるバーサーカーの巻き添えを恐れて誰もいなくなっていた。深追いは危険だ、いったん退けと必死にバーサーカーに呼びかけていた鷲獅子もいたが、あれは誰だっただろうか………?

 

(いえ、そんな事より安珍様の方が重要です! 待ってて下さい、白■様っ!!)

 

 狂った恋心のままに、バーサーカーは前方の人影を追い掛ける。

 ―――もしも、彼女に一欠けらの理性があれば。あるいは彼女に随伴する同士がいれば、疑問に思っただろう。

 人影はつかず離れずの距離を常に保ち、先ほどから倒れ伏した同士以外に誰も会わない事に。

 

『ッ!?』

 

 突然、霧の中から幾重もの鎖が伸びる。金色に輝く鎖は意思を持つかの様にバーサーカーの身体に絡みつき、全身を容赦なく締め上げた。

 

『これは・・・・・・・・・力が、抜けて―――!?』

 

 鎖に触れた途端、バーサーカーにとてつもない虚脱感が襲う。炎を吹こうとした口にも鎖を縛り上げられ、為すすべなくバーサーカーは地面へと引き摺り下ろされた。

 バーサーカーは知らない。いま鎖を手繰っている巨人達は、北欧の巨人達の血を継ぐ者の中でも高位の巨人達であり、彼等が先祖から代々と製法を受け継いだ〝魔獣縛りの枷―――グレイプニル”を使っているという事に。

 先祖から受け継ぐ内に劣化していった物とはいえ、かつて太陽を飲み込む氷狼(フェンリル)を縛り上げたギフトは、思い込みで龍となっただけの怪物を封じるには十分過ぎた。

 

(あ、あああ、あああああああッ!!)

 

 地面へと引き摺り下ろされたバーサーカーに、巨人族の斧や鉈が次々と振り下ろされる。しかし、バーサーカーにはそれすらも目に入ってなかった。

 

(離して! 離して! 行ってしまう、安珍様が行ってしまう!!)

 

 陸に打ち上げられた魚の様に身体をくねらせ、拘束を振り解こうとするバーサーカー。いるはずもない幻の想い人を目線の先に見据え、縛られた顎からくもぐった咆哮が響く。

 

(嫌、嫌、嫌! 置いていかないで、安珍様、■野様―――!!)

 

 打ち据えられる度に、鋼の様な硬度を誇った鱗が剥げ、全身から血が滲み出す。それでもバーサーカーは、ただ前だけを見据えた。

 一際、巨大な槌を持った巨人族がバーサーカーの頭を目掛けて振り下ろす。ちょっとしたビル並に大きな槌は、いかにバーサーカーといえど無傷では済まないだろう。

 

(白野様―――)

 

 今まさに頭蓋へと落ちてくる脅威すらも無視して、少女は想い人を―――かつてのマスターを想う。

 

(私を―――清姫を、一人にしないで―――!)

 

 突如、一陣の突風が吹き荒れた。槌を持った巨人は、突風と共に吹き込んだ砂埃が目に入り、思わず目を抑えてしまう。

 

「ディーン!」

 

 戦場に、苛烈さと気品さが同居した声が響く。

 

「ぶん殴れっ!!」

『DEEEEEEEEEeeeeeeeeeNNNNNNNN!!』

 

 雄叫びと共に、高速で伸ばされる神珍鉄。ディーンの鉄拳は巨人の顔面を見事に捉え、巨人は骨が折れる嫌な音を響かせながら仰向けに倒れた。

 

「春日部さん! お願い!」

「分かった! やあああああああっ!!」

 

 耀の両手から、再び突風が生じる。突風は竜巻となり、辺りの濃霧を吹き飛ばした。霧の中から、バーサーカーを縛る鎖を持った巨人達の姿が一時的に露わとなる。

 

「見つけた! 飛鳥!」

「了解! ディーン!」

 

 飛鳥はディーンに命じ、バーサーカーの顎を縛る鎖を持った巨人を抱え上げさせた。

 突然の突風と攻撃に慌てふためく巨人。そんな巨人を、

 

「ぶん投げろっ!!」

『DEEEEEEEEEeeeeeeeeeNNNNNNNN!!』

 

 オーバースローで巨体が宙を舞う。砲丸投げよろしく投げ出された巨人は、別の鎖を持っていた巨人達とぶつかり合い、折り重なるように倒れた。

 

「良し! このまま他の巨人も倒すわよ!」

「―――待って、飛鳥。ちょっとだけ、時間を稼いで」

 

 バーサーカーを縛っていた鎖を持つ巨人が全員倒れたのを見届け、士気を高揚させる飛鳥。しかし耀は、真剣な顔でバーサーカーへと近寄る。

 

『追い掛けなきゃ………追い掛けなきゃ………』

 

 拘束が解かれ、バーサーカーはよろよろと立ち上がる。全身から血が滲み出た痛々しい姿だというのに、痛みを感じてない様にバーサーカーは前だけを見据えていた。

 

『待ってて、白■様、すぐに参りま、』

「バーサーカー。ちょっと歯を食い縛って」

 

 パン、と鋭い音が響いた。突然の出来事に、さすがのバーサーカーも目を白黒させた。

 耀は振りぬいた平手をヒラヒラと振りながら、バーサーカーを正面から見据える。

 

「―――ここに来る前、グリーから貴女が一人で前線へ飛び出して行ったと聞いた。皆を置いて、一人で戦っているって」

 

 ―――そう。巨人族の襲撃で現場へ赴いた耀達を出迎えたのは、傷だらけのグリーだった。グリーは耀達に逃げるように言いながら、治療も済んでないのに再び前線へ戻ろうとしたのだ。どうしてそこまで、と問う耀達に、最前線に戦うバーサーカーが心配だとグリーは告げたのであった。〝アンダーウッド”を守る同士として、グリーはバーサーカーを見捨てる事が出来なかった。

 

「だからグリーの代わりに様子を見に来たけど………バーサーカー、貴女は〝アンダーウッド”の為に戦っていたわけじゃない。貴女は………いるはずのない想い人を探していただけだ」

 

 グリーが―――自分の友人や他の同士達が、命を賭けて〝アンダーウッド”を守る為に戦っていたというのに、目の前の少女は自分勝手な想いを暴走させていただけ。その事に、耀の口調が知らず知らずと険しくなる。

 しかし、恋に狂う龍となったバーサーカーに耀の言葉は届かない。

 それの何が悪い。自分にとって大事なのは安珍(白■)様だけ。それ以外の事はどうでもいい。それを邪魔するならば―――!

 

「―――サラ達の事はどうでもいいの?」

 

 ピタリ、とバーサーカーの身体が止まる。

 

「貴女と一緒に中央広場まで帰る時、話してくれたよね。寄る辺の無い自分達を受け入れてくれたサラや〝アンダーウッド”の皆には感謝してるって」

 

 二ヶ月前―――バーサーカーが箱庭に初めて姿を現した時の事だ。自分を召喚した者の姿もなく、現地の知識も全くない。漠然と誰かを探していた様な記憶はあるものの、その人の姿も明確に思い出せない。荒野にただ一人、取り残される様に召喚されたバーサーカー。あてもなく彷徨っていた所で、巨人族の偵察に伺っていたサラに偶然発見されたのだ。サラは最初は警戒したものの、巨人族と繋がりは無いと知るとバーサーカーを同士として〝一本角”に招き入れたのだ。

 

『まあ、特に理由があったわけではないさ』

 

 素性の知れない自分を何故招いたのか、と問うバーサーカーにサラは笑いながら答えた。

 

『少なくとも、お前が巨人族や魔王と関係ない事は分かった。誰かと連絡を取ってる様子なんて、まるで見ないしな。となれば、純粋な迷い人だろう? そんな相手を見捨てる様な非人情さは旗に掲げた鷲獅子に誓って有り得ないからな』

 

 それと………とサラは少し座りが悪そうな顔をした。

 

『私事になるが、私には妹がいたんだ。故郷を出奔して以来は会っていないが、今頃はお前やエリザと同じか少し歳下だろうな………。だから、なんだ。妹と歳が近い上に、同じく竜のギフト持ちと聞くとどうしても他人な気がしなくてな』

 

 照れ臭そうに、どこか遠い目で微笑むサラ。脳裏には、かつて捨て去った筈の故郷を思い出しているのだろうか。

 

『お前の探し人が何処にいるか、手掛かりは掴めないが・・・・・・・・・暫くは、この“一本角”を止まり木にするといい。お前の探し人が見つかるまで、お前は私達の同士だ』

 

 そう言って、サラはバーサーカーに微笑んでくれた。

 

(サラ・・・・・・様・・・・・・・・・)

 

 狂気に染まっていたバーサーカーの瞳に動揺が走る。サラだけではない。南側の大らかな気性を持った住人達は、突然現れたエリザやバーサーカーも笑って同士に迎え入れるくらい懐が広かったのだ。彼等と過ごす内に、いつしかバーサーカーも“アンダーウッド”を故郷の様に思っていた。

 だというのに、今はどうだ。“アンダーウッド”の事を忘れ、戦う為ではなくひたすら霧の中をさ迷うだけ。しかも他の同士達を無視して、だ。

 

(私は・・・・・・私は・・・・・・・・・!)

 

 安珍(白■)も大事だが、“アンダーウッド”の皆様も大事。その葛藤に苦しむ様に龍となったバーサーカーは頭を振る。

 

「バーサーカー、貴女が抱えている想いを私は知らない。貴女の様に誰かに恋焦がれた事も無いから、気持ちは分かるなんて軽々しく言えないよ」

 

 何処か突き放した耀の言葉だが、嘘は無かった。会って間もない相手の何を知れるというのか? 長年付き添ってきた三毛猫が間違いを犯すくらい、自分を心配していた事も気付けなかったというのに。

 

「―――でも、貴女がコミュニティを守りたいという気持ちは、分かるつもり」

 

 耀の言葉に耳を傾ける様に、バーサーカーの動きが止まる。ギラギラと輝く金色の瞳孔から目を逸らさず、耀はバーサーカーと正面から向き合った。

 

「貴女が“アンダーウッド”を守りたい、と言った気持ちは嘘じゃないと思う。でなければ、後で倒れると分かっていながら変身して戦おうとはしないもの」

 

 一噛みで人間などズタズタに出来そうな鋭い牙。しかし耀はそれには目を向けず、傷だらけになったバーサーカーの身体を見た。この少女は、相手だけでなく自分も傷つけると知りながら、狂える龍となってコミュニティを守ろうとしたのだ。それが、バーサーカーが龍に変身した理由だった。

 

「でも、今の貴女は見ていられない。コミュニティの為に戦おうとした筈なのに、自分の為だけに戦って傷ついてく貴女が痛々し過ぎる」

 

 その言葉に、バーサーカーは頭垂れる。想い人を想う余り、身も心も怪物と成り果てていた。嘘は嫌いだというのに、“アンダーウッド”を守るという誓いを自分で嘘にしかけたのだ。

 

「だから―――一緒に戦おう」

 

 ピクン、とバーサーカーの頭が上がる。耀はバーサーカーをしっかりと見つめ、言葉を続けた。

 

「今の巨人族の攻撃は、貴女がいつもみたいに暴れ回っているだけじゃ勝てない。だから私がサポートする。私だって、グリーが―――友達が守ろうとした“アンダーウッド”を守りたい」

 

 何より―――と、耀は言葉を切る。

 

「バーサーカーが―――友達が傷ついてく姿を見ているだけなんてしたくない。バーサーカー。私は―――貴女とも、友達になりたい。貴女が抱えた想いを知りたい。傷ついてく貴女を、私は支えたい」

 

 まっすぐと、バーサーカーの金色の瞳を耀は見つめる。対してバーサーカーは、言われた事が理解できないみたいに動きが止まっていた。

 だが、その瞳が急激に攻撃的な色を帯出す。そして口の奥から青白い光が漏れ出し、

 

『キシャアアアアアアッ!!』

「ギャアアアアアアアアアッ!!」

 

 断末魔の声が上がる。耀の背後―――霧の中で弓矢をつがえていた巨人族は、バーサーカーの炎に撒かれながら地面に倒れた。

 

「バーサーカー・・・・・・・・・」

 

 耀が驚きの声を上げる中、バーサーカーは耀に頭を垂れた。丁度、耀が乗りやすい位置にまで頭を下げる。

 

「乗って、ってこと? 良いの?」

 

 バーサーカーは返事をせず、ただ動かずにいた。耀はしばらく見つめていたが、意を決してバーサーカーの頭の上に乗る。丁度、バーサーカーの頭の両角を掴む様に両手を添えて立った。耀が乗った事を確認すると、バーサーカーは鎌首を上げた。

 

『―――自分で言うのは難ですけど。私、かなり重い女ですよ』

 

 耀の耳に、“生命の目録(ゲノム・ツリー)”で翻訳されたバーサーカーの言葉が響く。

 

「知ってるよ」

 

 耀は薄く笑った。

 

「でも―――そんな君の事を知りたい」

 

 グルルル、とバーサーカーが唸る。それは何処か、微笑んでいる気配がした。

 

「行くよ、バーサーカー!!」

『シャアアアアッ!!』

 

 耀を乗せた龍が吼える。過去に囚われた想いでなく、今を生きる同士達の為にバーサーカーは駆け出した。




ナイチンゲール「そんな事だから―――貴女は安珍にフラれたのです」
清姫「GEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

流石にコレはやり過ぎだな、と。


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第13話「“アンダーウッド”防衛戦線 その4」

少し早いですがハッピー・ハロウィン、皆さん。

町もFGOもハロウィン一色ですね。ドスケベ礼装欲しさになけなしの石でガチャを回したら、超高校級の女王が来ましたよ。いや本当に驚いた・・・・・・。

さて・・・・・・・・・使い古されているだろうけど、あの子には言わなくてはならない。

何 度 も 出 て 来 て 恥 ず か し く な い の で す か?


「ああ、もう! ウザったい!」

 

 苛立ちと共にエリザベートは槍を横薙ぎに振るう。それだけで目の前の巨人族の首が刎ねられ、地に伏した。しかし、間髪入れずに棍棒を持った巨人族がエリザベートに襲い掛かる。エリザベートは舌打ちしながら棍棒の一撃を避け、無防備になった巨人族の背に槍を突き刺した。それを好機と見た別の巨人族がエリザベートの背中から掴みかかる。

 

「っ、触らないで!」

 

 エリザベートの尻尾が動く。鞭の様に振るわれたそれは、巨人族の顔面をふき飛ばした。そんな仲間の死体を踏み越える様に、さらに巨人族が殺到する。

 

「ああ、もう! 一体何人いるのよ!」

 

 癇癪を起しながらエリザベートが叫ぶが、巨人族達は答えない。まるで軍隊蟻の様に無感情にエリザベートへと突撃していく。

 エリザベートが前線に出た途端、巨人族の大半が彼女に標的を定めたかの様に突撃を繰り返していた。本来、この様な用兵は下策だ。いかにエリザベートが強力とはいえ、兵を一点に集中させて消耗していくなど指揮官としてやってはならない。だが巨人族達は兵の消耗など眼中に無いかの様に、次々とエリザベートへと特攻していく。休む間もなく襲い掛かる巨人族の攻撃に、エリザベートの体力は確実に削れていった。

 

「っ、34番! 残ってる豚達はどれくらいいるの!?」

 

 襲い掛かる巨人族を打ち据えながら、エリザベートは随伴していた猪の亜人へと声をかける。エリザベートと共に戦場に来た‟アンダーウッド”の戦士達は、巨人族の波状攻撃で次々と倒れていた。

 

「ちょっと! 返事しなさい、会員34―――」

 

 一向に返事をしない味方に苛立ち、エリザベートは後ろを振り向いた。

 猪の亜人は、確かにそこにいた。

 全身に刻まれた傷から真っ赤な鮮血を流し、地面に倒れたままピクリと動かない。その手には、34と書かれたピンバッジが大事そうに握られていた。

 

「――――――っ!」

 

 ギリッとエリザベートの奥歯が噛み締められる。一瞬、エリザベートの顔がくしゃくしゃに歪むが、そんな暇を巨人族が許すわけが無かった。

 

「ウオオオオオォォォォォッ!!」

「うるさい!!」

 

 胸の内に生まれた激情のまま、エリザベートは槍を振るう。その度に巨人族達は鎧袖一触にされるが、彼等は仲間の死体を踏みつけながら、エリザベートに襲いかかっていく。

 

「「「ウオオオオオォォォォォッ!!」」」

「うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさい!! とっとと出ていけ、このデカブツ!!」

 

 怒りに顔を歪ませ、エリザベートは叫ぶ。

 “アンダーウッド”は十年前、魔王によって深刻なダメージを負った。“アンダーウッド”の本来の長である大精霊によって何とか壊滅は免れたが、彼女は未だ休眠状態から目覚めていない。今日はその“アンダーウッド”の復興記念日となる筈だった。最近“アンダーウッド”に来たばかりのエリザベートにはあまり関係ない話だと聞き流していたが、その事を嬉しそうに話していた会員34番の顔がエリザベートの脳裏にチラつく。

 

「――――――ッ!」

 

 その顔を思い出す度に、彼女の頭が沸騰しそうになる。生来の頭痛が一層ひどくなり、苛立ちが増していく。目の前にいるデカブツ共を鏖殺せねば気が済まないと心が訴える。

 今のエリザベートの感情を表現するなら、義憤が一番近いだろう。だが、生涯を悪として生きた彼女は自分ではない誰かの為に怒り狂う自分の気持ちが分からなかった。分かるのは・・・・・・・・・自分の感情を逆撫でした巨人族共を生かして帰さぬ、という殺意のみ。

 

「ここはアンタ達が・・・・・・・・・アンタ等なんかが踏み入って良い場所じゃないのよ!!」

 

 苛立ちをぶつける様に、エリザベートは巨人族達へ立ち向かっていく。

 ポロロン、と琴線を弾く音が響いた。

 途端に強烈な眠気がエリザベートを襲った。限界近くまで疲労した体も相まって、地面に突っ伏しそうになる。

 

「っ、またこの音―――!?」

 

 槍を杖にして、倒れそうになる体を支える。すぐさま頭を振って、眠気を振り払う。

 

「「「ウオオオオオォォォォォッ!!」」」

 

 倒れかけたエリザベートに巨人族が殺到する。エリザベートは歯を食い縛りながらも迎撃しようとし―――紅い閃光が、巨人族達の首を刎ね飛ばした。

 

「な―――」

「怪我は無いか? ランサー」

 

 驚くエリザベートに、セイバーは剣についた血を振り払いながら、エリザベートの前に立つ。

 

「アンタ・・・・・・・・・何でここに?」

「―――フン、助ける道理など無いと思いもしたがな」

 

 セイバーは眼前の巨人族達を睨み付ける。巨人族は突然現れた脅威を前に尻込みしていた。

 

「後々、奏者の障害となるならここで消えてくれた方が合理的ではあった」

「はあ? そこまで考えてて、何しに来たのよ」

 

 意味が分からないとエリザベートは顔をしかめた。

 

「・・・・・・・・・だが、コミュニティの為に命を賭して戦うそなたを見捨てるほど、余は腐っておらぬ」

 

 チラリと、セイバーは後ろを振り返った。満身創痍で、肩で息をしているエリザベート。髪は乱れ、珠の様な肌にはいくつもの傷が生じていた。初めて会った時の美貌を損なわせながらも、このサーヴァントは決して逃げ出しはしなかったのだ。その姿はセイバーにとって尊く、同時に美しく見える。

 

「それに―――仮に奏者がこの場にいれば、そなたを見捨てないであろう」

 

 ―――かつて、まだセイバーが白野に真名も宝具も開示していなかった頃。白野は世話になった少女達の為に、自らの危険を省みずに戦場へ飛び出していった。後々に彼女達が敵として立ちはだかる事を理解していながらも、少女達を救う為に切り札となる令呪を使って戦場へ行ったのだ。

 

「奏者は、そなたが敵となる可能性を考えても・・・・・・・・・考えた上でなお、そなたの助太刀をするであろうよ。余は奏者の安全を第一に考えるが、それ以前に奏者のサーヴァントである。故に、奏者の意志を汲んで行動する。そなたの助太刀をする理由は、それで十分だ」

 

 迷いのない目でセイバーは眼前の巨人族達を見据える。その背をエリザベートはジッと見つめていた。

 

「・・・・・・・・・フン、何よ。アンタ、自分のマスターが大好きなのね」

「当然だ。余の自慢のマスターだからな!」

「・・・・・・・・・妬けるじゃない」

「何か言ったか?」

「何でもない。それより、これからどうするの? アンタ一人が来ても、状況は変わらないわよ」

 

 エリザベートの指摘の通りだ。いかにセイバーやエリザベートが一騎当千の力を誇ろうとも、物量で攻める巨人族達には無意味だ。セイバーを新たな脅威として警戒しているとはいえ、巨人族達はセイバー達を囲んでジリジリと包囲網を狭めていた。だが―――

 

「フッ・・・・・・・・・」

 

 セイバーは薄く笑う。身の丈はセイバーの十倍以上、数は数えるのも億劫になりそうな巨人族の大軍を前に、セイバーはいつもの自信に満ちた笑みを崩さなかった。

 

「問題ない。そなたのお陰で、仕込みは既に済んだ」

「は?」

「よくぞ巨人族に囲まれながらも持ち堪えた。この場に敵兵が集中したお陰で・・・・・・・・・」

 

 唐突にセイバーの剣が煌びやかな黄金の光を放ち始める。黄金の光は強く輝き、その場にいた全員が眩しくて目を閉じた。黄金の光は大きく広がり、戦場の巨人族達を全て包み込む。

 

「ーーー余の独壇場に、全員引きずり込める!」

 

 瞬間、世界は一変する。

 岩と砂しかなかった荒野は磨き上げられた大理石の床に。

 霧と血風を孕んだ空は薔薇の花弁が散る天蓋に。

 ここに、セイバーの宝具―――招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)が顕現する!

 

「これぞ余の絶対皇帝圏! 頭を垂れよ! 余の許し無くして、力を振るうことは儘ならぬと知れ!」

 

 セイバーの宣言と共に、巨人族達の身体に重圧がかかる。自慢の筋力が抑えられ、堪らずに膝をつく者が出始める。

 この場において十全に力を振るえるのは、劇場の主役である皇帝と彼女が認めた者だけ。

 

「ゴ――――――」

 

 そして現れた黄金劇場を前にエリザベートは、

 

「ゴージャス! ゴージャスじゃないの、セイバー!」

 

 ・・・・・・・・・感激に打ち震えていた。

 

「こんなド派手なステージを持っていたなんて、もっと早く言いなさいよ!」

「ほう、そなたは余の劇場の良さが分かるのか?」

「分かる分かる! キンキラキンな所とか、あのゴテゴテした装飾とか超あたし好み!」

「そうかそうか! 嬉しいぞ、ランサー! この箱庭にも余の芸術を理解できる感性の持ち主がいたとは!」

「え? 他の奴等は理解出来てないの? 見る目無さ過ぎじゃない?」

「そう思うか! まったく、アスカも黒ウサギも余にコーディネートを任せれば一級の衣装を仕上げるというのに・・・・・・・・・」

 

 純粋に黄金劇場を誉めるエリザベートに気を良くするセイバー。戦場にも関わらず、和気藹々とした空気が流れはじめ―――

 

 ポロロン―――と弦を弾く音が響いた。

 

「っ、またこの音か・・・・・・・・・」

 

 良い気分に水を差され、セイバーは顔をしかめる。しかし、不機嫌なばかりではいられない。弦の音を聞いた途端、先程まで膝をついていた巨人族達がヨロヨロとしながらも立ち上がってきたのだ。

 

「この音は余達の意識を奪うと同時に、こやつ等の士気を高揚させる効果があるのか・・・・・・・・・。ええい、只でさえ下手な演奏を聞かされて頭痛がするというのに!」

 

 次々と立ち上がる巨人族に苛立ちながらもセイバーは剣を構える。しかしエリザベートは槍を構えず、黄金劇場を見回した。

 

「―――ねえ、セイバー」

「何だ? この忙しい時に、」

「このステージ・・・・・・・・・遠くまで音が響くわよね?」

 

 ※

 

 戦場を丸ごと覆う様に展開された黄金劇場―――その片隅、中心にいるセイバー達から最も離れた場所にその人物はいた。

 雑兵とは格の違う巨人族の一隊に囲まれ、その中でも一際大きな巨人族の肩に乗っていた。顔をすっぽりと覆うくらい深めに被ったローブから血の様に紅いルージュを塗った口元が覗く。白く、細長い指で黄金の竪琴の弦を爪弾いていた。

 彼女の名はアウラ。“妖精(フェアリー)”の語源である“フェイ”と呼ばれる魔女。巨人族と同じ、人類の幻想種だ。彼女が竪琴を爪弾く度に巨人族の士気が上げられ、“アンダーウッド”の防衛隊へと進軍していく。彼女こそが、巨人族達を操る指揮官だったのだ。

 

(まさか、“アンダーウッド”に異界創造のギフトを持つ者がいるなんて・・・・・・・・・)

 

 黄金の竪琴を奏でながら、アウラは思考する。戦場が一変に装飾華美な黄金の劇場に塗り変えられたのには驚いたが、アウラはすぐに冷静さを取り戻して現れた黄金劇場を観察していた。

 

(この異界には敵の能力を弱体化させる効果がある・・・・・・・・・さっきから手駒の巨人族達の動きが鈍いから、それは間違いない)

 

 チラリと自分の手と、腕に抱かれた竪琴を見る。

 

(私にも重圧が掛かってはいるけど・・・・・・・・・動けない程ではない。黄金の竪琴も、多少効き目が悪くなった程度ね)

 

 黄金劇場の効果で力のほとんどを抑えられた巨人族。しかし、アーサー王伝説の“湖の乙女”やモルガンに並び称されるアウラや神格武器である黄金の竪琴を封じるまでには至らなかった。先の様な劇的な効果は無いものの、竪琴の音はまだ戦場中に響ける。

 

(巨人族共の士気を上げ、“アンダーウッド”の獣人達に眠りの旋律を奏でれば、まだ勝利を狙えるけれど・・・・・・・・・)

 

 ふうむ、とアウラは数秒だけ思考し、即座に結論を下した。

 

(―――止めておきますか。戦況が泥沼状態になるだけね。あーあ、せめてドラゴン娘達は片付けておきたかったのに・・・・・・・・・)

 

 何度か偵察の巨人族達を送り、その度に偵察部隊を全滅させたエリザベートとバーサーカー。他の獣人達より抜きん出て強い二人は、アウラにとって目の上のタンコブだった。この二人さえ葬れば、“アンダーウッド”陥落は簡単になる。だからこそ、今回の襲撃も二人に重点的に巨人族を差し向けたのだ。アウラにとって巨人族は替えのきく捨て駒。故に、いくら失っても惜しくはない。

 

(まあ、良いわ。それなら本命のプランで“アンダーウッド”ごと消えてもらおうかしら。さて、その前にこの異界から抜け出さないとね)

 

 短く溜め息をつき、思考を切り換える。戦場全体を覆い、巨人族達ごと取り囲む様に現れた黄金劇場。十中八九、ギフトで作られた結界だから容易には脱出できないだろう。しかし、人智を超えた魔法使いである彼女はすぐに黄金劇場の弱点に気付いていた。

 

(この異界は元の世界を塗り変えたのではなく、元の世界の上に張られた結界。つまり―――壊してしまえば良い)

 

 ニィ、とフードの奥でアウラの口元が歪む。

 ―――そう。それこそが、セイバーの宝具の弱点。

 世界を書き換える大魔術―――固有結界と違い、彼女の宝具は世界の上に魔力で建設したもの。だからこそ固有結界よりも世界の修正力は弱く、長時間維持は出来る。

 しかし、魔力で建設したという事は、明確に形を持っているという事。黄金劇場の耐久力を上回る力で建物を破壊していけば、結界は維持出来なくなる。

 

(残った巨人族全員に劇場の破壊を命じましょう。そうすれば、この異界は解れるわ)

 

 黄金劇場の効果で弱まった今、巨人族達には限界を振り絞った力を出させる必要があるだろう。だが関係無い。その結果、巨人族達が命を落としたとしても、また兵力を補充すれば良いだけ。アウラは巨人族達に決死の命令を下すべく、竪琴の弦に指がかけ―――

 

「・・・・・・・・・? 何かしら?」

 

 不意に、耳に何が響いてきた。さざ波の様な、あるいは木立の葉ずれの様な・・・・・・・・・そんな旋律を響かせ、劇場の片隅にいたアウラにも届いていた。

 

(これは・・・・・・・・・音? いえ、唄? いったい何の―――!?)

 

 そこでアウラは気付いた。先程まで黄金劇場の影響下にありながらも竪琴の力で動いていた巨人族達が、今は全員が地面に膝をついている。それどころか武器を取り落とし、今の状況が分からない様に辺りを見回していた。―――まるで士気が途切れたかの様に。

 

「っ、何をしている! すぐに立ち上がりなさい!」

 

 アウラは苛立ちと共に竪琴をかき鳴らす。士気を高揚させる旋律は巨人族達の耳に響き―――

 

 ―――LaLaLa~♪ LaLaLa~♪ LaLaLa,LaLaLa~♪―――

 

 即座に劇場に響く唄声にかき消された。無理やり高揚されていた士気が無くなり、黄金劇場の重圧で巨人族達は次々と地に伏せる。劇場中に響く唄声に、黄金の竪琴の旋律がかき消されていた。そしてアウラには、いま唄っている声に聞き覚えがあった。

 

「やってくれたわね、ドラゴン娘―――!」

 

 ギリッと奥歯を鳴らし、アウラは遠く―――劇場の中心を睨んだ。

 そう。神格武器である黄金の竪琴を無効化させている、唄声の持ち主はエリザベートだった。彼女は劇場の中心に立ち、飛鳥達が最初に聞いた唄声が嘘に思える様な旋律を口から響かせていた。

 ―――これはアウラ達には預かり知らぬ事だが。かつて月の裏側で岸波白野と対立した時、エリザベートはその唄声で白野達の魔術スキャンを妨害していた。その時の唄声は、聴力に敏感なキャスターでさえも驚愕する程に綺麗だった。

 いまエリザベートは、その時の唄を思い出しながら懸命に唄っている。更に劇場の主とあるセイバーによって、今宵の歌姫(ディーバ)の役割を与えられ、彼女の唄声の効果は何倍も高められていた。それは、神格武器である黄金の竪琴の旋律すらかき消える程に。

 

「ちっ、こうなったら・・・・・・・・・!」

 

 もはや黄金の竪琴は使えぬ、と判断したアウラは切り札である“来寇の書”を発動させようとする。しかし、ギフトカードから取り出そうとした矢先に新たな邪魔が入った。

 

「見つけた―――バーサーカー!」

『キシャアアアアアァァァッ!!』

 

 咆喉を響かせ、少女を頭に乗せた一匹の蛇竜がアウラへと疾走する。耀の耳で竪琴の音源を探し出したバーサーカー達は、周りの巨人族を蹴散らしながらアウラへと迫る。

 アウラは舌打ちをすると、竪琴を鳴らして周囲の巨人族達に足止めを命じる。至近距離から奏でた旋律はかき消される前に巨人族達の耳に響き、巨人族達はのっそりとした動きながらもバーサーカー達に襲いかかった。

 

「蹴散らしなさい、ディーン!」

『DEEEEEEEEeeeeeeNNNNNN!!』

 

 飛鳥とディーンによって、巨人族達は鎧袖一触にされる。しかし、アウラにとってはそれで構わない。巨人族達が盾になってる隙に、ドルイドの秘術―――五月王の衣を使って不可視の存在となる。

 

(とにかく、今はこの場をやり過ごして―――!?)

 

 次の策を講じようとしたアウラは、背後に迫る気配に驚いて後ろを振り向く。姿を消し、不可視の存在となった筈なのに、蛇竜は真っ直ぐとアウラへ向かってくるではないか!

 

(な、何で居場所が分かるのよ!?)

 

 心の中で悪態をつきながら、アウラは全力で逃げ出した。バーサーカーのスキル、『ストーキング:B』。『気配遮断』と『気配察知』を兼ね備えたこのスキルは姿を眩ませようが、遠く逃げようが、どこまでも獲物を追い続ける―――!

 

『逃しません―――!』

 

 バーサーカーの口から青白い炎が吐かれる。炎に行く手を遮られ、アウラは足を止めてしまった。

 

「やああああああっ!!」

 

 耀の手から竜巻が吹き荒れる。竜巻にもぎ取られ、アウラの手から離れた黄金の竪琴は透明化を解除されて姿を表す。その竪琴を耀はしっかりと握った。

 

「くっ、この―――!」

 

 アウラは耀を睨み付け―――そして気付いた。蛇竜となったバーサーカーの双眸がアウラを狙い定め、口を青白い光が漏れ出す。

 

『キシャアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 アウラはとっさに何かを呟く。ほぼ同時に、バーサーカーの口から特大の炎が吐き出された。炎はアウラを容赦なく飲み込み、辺りを眩く照らした。




ちょっと解説。

エリザベートが唄っていたのは、CCCで生徒会のスキャンを妨害した唄。このSSの設定ではBBから渡された譜面(プログラム)をそのまま唄っただけなので、彼女のアレな音楽センス発揮されませんでした。

個人的にエリザベートは歌も料理もお手本通りにやれば上手になると思います。ただし、その『お手本通り』はつまらない! と謎のセンスを発揮して全部自己流にやりたがるのがエリちゃんなわけで・・・・・・・・・。


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第14話「一つの節目 その1」

 どうもお久しぶりです。FGOのハロウィンイベント、そしてFate/EXTELLAをやっている内に月日が瞬く間に過ぎていきました。
 Fate/EXTELLAは絶賛アルテラルートをプレイ中です。新しく出てきた設定などは見てて驚くものや楽しいものがありますが、このSSはCCCを基本骨子としているので全部はSSに取り入れられないだろうな、と思っています。これからの展開にも影響が出そうな設定もありそうなので。
 その為、これからも『月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?』は『Fate/CCC』や現時点の『問題児たちが異世界から来るそうですよ?』の設定を基に書いていこうと思います。ですから、「Fate/EXTELLAはこうだった」というコメントを受けても対処しない場合があります。ご了承下さい。

追記:もちろんの事ですが、感想でFate/EXTELLAのネタバレはしないで下さい。作者もまだプレイしてる最中なので。


 ―――“ノーネーム”本拠地

 

「―――まあ、こんな事があったわけだ」

 

 そう締めくくり、十六夜は自らの過去を語り終えた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 白野は出されていた紅茶に口をつける。話に夢中になる余り、湯気の立っていた紅茶はすっかり温くなっていた。

 並外れた異能を持ち、優秀過ぎた故に里親を転々とした幼い日の十六夜。

 そんな十六夜の前に現れ、『感動に素直になれ』と教えた女性―――金糸雀との出会い。

 金糸雀の死後に彼女の最期のメッセンジャーとして現れた神霊クロア・バロンとの戦い。

 十六夜が箱庭に来るまでの軌跡を聞き、白野は想像以上に壮絶な過去に言葉を探しあぐねていた。

 

「はぁ~、貴方も随分と大変な経験をされたんですねえ」

 

 パリポリ、とお茶請けのクッキーを食べながら、キャスターは呟いた。

 

「まあ、他人から見ればそうだろうが・・・・・・・・・一言で片付けると身も蓋も無いな」

「そりゃそうでしょうよ。私から見れば、他人の思い出話でしかないですもの。その思い出の本当の価値は、貴方しか知り得ないですし」

 

 突き放した様な言い方だが、言葉とは裏腹にキャスターの顔はどこか慈愛に満ちていた。

 

「貴方が歩んだ軌跡は貴方だけの証。その人が培って積み重ねた想いに他人が評価するなんて、それこそ野暮じゃないですか」

「・・・・・・・・・まあ、確かにな」

 

 静かに、十六夜はフッと笑った。その笑みに、白野は気になった事を一つだけ聞いた。

 

「なあ、十六夜。君は・・・・・・・・・後悔したりはしないのか?」

「あん? 何がだよ?」

「君の妹や弟・・・・・・・・・家族を置いて行った事に」

「ああ、その事か。別に後悔はしてねえよ。全く気にならないわけじゃないが、俺がいなくてもドン=ブルーノや丑松の御爺達がいる。俺一人がいなくなっても、孤児院は問題ねえよ」

 

 それにな、と十六夜は付け加える。

 

「焔や鈴華が寂しがる事も承知で金糸雀の招待状に応じたんだ。なのに未練を引きずるなんざ、捨てた相手に失礼だろうが」

 

 笑みを徐々に消し、真剣な表情に変わる。いつも人を小馬鹿にした笑みを浮かべている少年の珍しい顔を白野はじっと見つめた。

 孤児院の院長だった金糸雀の死。そして一番の年長だった十六夜の失踪。その二つが残された弟分や妹分のに辛い思いをさせる事くらい、この聡明な少年が考えてないはずがない。十人中の九人は、「残された弟分達の為に傍で支えるべきだ」と十六夜の選択を責めるだろう。だが―――

 

「―――それでも、君は箱庭に来る事を選んだのか」

「当然。一生涯を元の世界で腐って暮らすものと達観したつもりだったが、あんな非日常を見せつけられたらなあ・・・・・・・・・。おかげで魅せられたというわけだ」

 

 ヤハハハ、といつもの調子で十六夜は笑う。

 

箱庭(ここ)にはまだ見てない景色がある。俺の知らない事がある。そして俺の全てを使って挑める事がある。招待状に応じる理由は、それで十分だ」

 

 迷いなく、晴れやかな笑顔で断言する十六夜に、白野は胸の中で溜息をついた。

 ああ、そうか。十六夜は決して、無責任に故郷を捨て去ったわけじゃない。

 彼にとって、過去は未来を繋ぐ為にある物。培ってきた過去というチップをまだ見ない未来へ投資したのだ。

 『己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの“箱庭”に来られたし』。その言葉を真剣に受け止め、見果てぬ夢を追い求めてきた。

 それはきっと、多くの人間が失ってしまったもの。年をとるにつれ、未来なんて不確かな物より目の前にある物を積み重ねる事で必死な大人には無い物。未来の事に一切の保証がなく、賢い大人達には鼻で笑われそうな開拓者精神。ああ―――でも。その心がとても眩しく見えて。それはなんて、希望に満ちた―――

 

「レティシアさん? どうかされました?」

 

 ふと、キャスターの声で白野は我に返った。給仕として控えていたレティシアは、元から白かった肌が更に白くなり、まるで死人の様な青白さで何かを耐える様な顔になっていた。

 

「本当にどうされたんですか? 気分が悪いなら、休んでて結構ですけど」

「いや・・・・・・・・・何でもない、何でもないんだ」

 

 怪訝そうな顔になるキャスターに、レティシアは首を横に振る。しかし、これでは何かあると公言してる様なものだ。

 

(今の話で何か気になる事があったのか・・・・・・・・・?)

 

 思い返せば、十六夜が金糸雀と初めて会った話をした時からレティシアの顔色が変わった様に見える。話に聞き入る余りにしっかりと見ていたわけではないが、金糸雀の話をする十六夜をレティシアはいつも以上に真剣に聞いていた。これは、もしかすると―――

 

「そういえば、お前はどうなんだ?」

 

 思考の海に飛び込もうとした白野に、まるで計った様なタイミングで十六夜から唐突に声がかかった。

 

「箱庭に招かれた以上、特別なギフト持ちだというのは分かる。だが英霊を使役するというのは中々に面白いな。一見すると、そこらの学生にしか見えない岸波が英霊と関わるなんて、どんな経緯があったんだよ?」

「それは私も気になる。外界において、我々の様な超常の存在に関わるなんて滅多に無いだろう。ハクノはいったい、どの様な過去を経てセイバー殿やキャスター殿を使役し始めたのだ?」

 

 興味深そうな光を瞳に宿す十六夜。そこへ追求を逃れる好機とレティシアが乗った。しかし、彼女が興味を持っているのは本当だろう。見た目は凡庸で一般人にしか見えない白野が、どうして箱庭に招かれたのか? 二人とも過去を詮索する趣味など無いので今まで聞かず仕舞いだったが、十六夜の昔話を聞いた流れで白野の過去を聞いてみたいと思ったのだ。

 

「―――そうだな」

 

 ふと、白野の目が遠くなる。人当りの良さそうな―――しかしこれといって目立つものが無い雰囲気のまま、白野はおもむろに口を開いた。

 

「さて、何から話したものか・・・・・・・・・」

 

 ※

 

 “アンダーウッド”を襲撃してきた巨人族との戦いは、“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟の勝利で幕を閉じた。指揮官であったアウラを失った巨人族達は烏合の衆となり、蜘蛛の子を散らす様に戦場から逃げ出していた。サラは巨人族には必要以上に追撃をかけず、負傷者の治療や壊された建造物の復興を最優先して行った。少なくない数の同士が今回の戦いで失われ、どのみち追撃などかけられなかったのだ。そして収穫祭の復興の為に連盟が動き出した中で、耀達“ノーネーム”はジャックによってある人物に引き会わされていた。

 

 ―――“アンダーウッド”地下都市・新宿舎

 

「こちらの方が我が“ウィル・オ・ウィスプ”の食客“フェイス・レス”! どうか親しみを込めてフェイスと呼んであげて下さい!」

 

 ヤホホホと笑いながら、舞台の司会者の様に仮面の騎士を紹介する。純白の騎士鎧を身につけ、仮面舞踏会(マスカレード)のマスクで顔を隠した女性―――フェイス・レスは、耀達に軽く会釈した。正中線に揺らぎがなく、立っているだけで気圧される様なオーラに耀達は別格の雰囲気を感じていた。

 

「彼女こそは“クイーン・ハロウィン”の寵愛を受けた騎士の一人。彼女ならば世界の境界を預かる星霊の力を借り、ヘッドホンを召喚できる筈ですよ!」

「本当!?」

 

 耀の顔が目に見えて明るくなる。が、すぐに何かに気付いた様に顔を曇らせた。

 

「だけど・・・・・・・・・異世界からの召喚なんて、ものすごく高価なんじゃ・・・・・・・・・?」

「まあ、本来ならお引き受けすら出来ませんがね。しかし“ノーネーム”とは長くお付き合いしていく予定なので・・・・・・・・・まあ、お友達価格という事で」

「うん。今後の日用品は、“ウィル・オ・ウィスプ”製のものを使う事で契約しました」

「そ、そっか・・・・・・・・・ありがとう、ジン」

 

 安堵して改めてジンに頭を下げる耀。

 しかし、ジンは恐縮そうに手をワタワタと振る。

 

「いえ、そんな畏まらないで下さい! 皆さんに受けた恩を思えば、これくらいどうという事はないです。それに………まだ問題はありますから」

「………問題?」

「はい。厳密にはヘッドホンを召喚するのではなく、星の巡りを変えて因果を変える―――要するに、“耀さんはヘッドホンを持って箱庭に召喚された”という形での再召喚です。なので耀さんの家にヘッドホンが無いと儀式は成立しないのですが………」

「それなら大丈夫。十六夜が持っていたヘッドホンと同じメーカーの物を父さんが持っていたから」

「あら? そのヘッドホンはお父様の物なのでしょう? 勝手に持ち出して良いの?」

「うん。父さんも母さんも行方不明だから」

 

 さっくりと身の上を語る耀。

 しかし両親を亡くしている飛鳥は、何とも言えない表情で俯いた。

 

「ご、ごめんなさい。そうとは知らず………」

「ううん。私も話したことが無かったし。それに………」

 

 耀はペンダントを―――今となっては、父との最後の思い出となったペンダントを握りしめる。

 

「私達………みんな自分の事を話したがらなかったから、知らないのは当然だと思う」

「………ええ。その通りね」

「だから、ヘッドホンを渡すときに十六夜ともっと話してみようと思う。せっかく出来た友達だもの。関係を維持する為に、自分から歩み寄って行かないと」

 

 以前の様な受け身の姿勢ではなく、前向きな気持ちとなった耀の顔は以前とは違っていた。

 

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能を試すことを望むならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全ての捨て、

 我らの"箱庭"に来られたし』

 

 そんな無責任で、横暴で、素敵な招待状に自分は答えたのだ。

 だから、周囲に少しずつ目を向けていこう。捨ててきた分だけ身軽になった心で、今度は自分から歩み寄ってみよう。

 

「その時に―――聞かせて欲しい。飛鳥やセイバーが、どんな生活をしていたのか。どうして箱庭に来たのか、私にも教えてほしい」

「ええ、もちろん」

「よいとも。とくと聞くがよい」

 

 飛鳥とセイバーは、しっかりと頷く。そんな中、セイバーだけはどこか遠くを見る様な―――懐かしい物を思い出す様な目になった。

 

「………長い―――とても、長い話になるがな」

 

 ※

 

「そういえば、フェイス・レス様は今まで何処におられたのですか? 巨人達の襲撃の折には姿をお見かけしませんでしたが」

 

 儀式場に移動する最中、黒ウサギが純粋に不思議そうな顔で質問した。

 ヘッドホンの為に、ジャック達がわざわざフェイス・レスを“ウィル・オ・ウィスプ”から呼び寄せたとは考えにくい。ジャック達と一緒に“アンダーウッド”に来ていたと考えるのが妥当だろう。しかし、フェイス・レス程の実力者が戦場で何の噂も聞かなかったというのが、黒ウサギには腑に落ちなかった。それに対し、フェイス・レスは平坦な声で返す。

 

「気分が悪かったので寝ていました」

「はあ? あの襲撃でよく寝ていられたわね。随分とのんびりした騎士様ですこと」

「気分が悪かったので寝ていました」

「だから、それが何か―――」

「気分が悪かったので寝ていました」

「いや、だから、」

「気 分 が 悪 か っ た の で 寝 て い ま し た」

 

 呆れた様な視線を向けていた飛鳥だが、フェイス・レスの平坦な―――一切の質問を許さない硬さを持った声色に押し黙る。“これ以上聞いたら叩き斬る”。そんな無言の威圧感をフェイス・レスは醸し出していた。

 

「………ねえ、あの人に何があったの? なんか尋常じゃない事に巻き込まれたみたいだけど」

「………私達が来た時にエリザベート嬢が歓迎の歌を披露したとお話しましたよね?」

 

 小声でこっそりと聞いてきた耀に、ジャックはゲッソリとした声音で返す。

 

「どこから嗅ぎつけたのか、フェイスが特別なゲストと聞いたエリザベート嬢が、その………一晩中、彼女の部屋で歓迎ライブを………」

「ああ………」

 

 色々と察し、耀は何とも言えない表情になる。今更言うまでもないが、エリザベートの歌はかなり音痴だ。遠くで聞いた耀でも頭痛と眩暈がしてくる歌を、フェイス・レスは近距離で長時間聞かされたのだ。そりゃあ、寝込んでもおかしくはないだろう。

 

「何だ、歌に聞き惚れる余りに今まで失神していたのか? まあ、仕方なしと言えるな」

 

 横から聞いていたセイバーが、もっともらしくウムウムと頷く。

 

「え………? 聞き惚れ………ええ?」

「あれは余に並ぶ絶世の歌姫(ディーヴァ)だからな。恍惚の余りに呆けていたとしても、誰が責められよう? しかし余だって凄いぞ! かつては劇場を埋めつくさんばかりの観客と喝采に包まれたのだ! まあ、何故か途中で用事を思い出して席を立つ無粋な者が多かったから、劇場の扉は閉めたがな。しかしその者も歌の終わりには、いつも涙を流して喝采していたぞ! というわけで余の歌とエリザベートの歌、どちらが優れているかをそなたに聞き比べて―――」

「いいえ、結構! 結構です! 貴女も忙しいでしょう!? 私もクイーンの騎士として忙しいので!」

 

 いつになく饒舌に語るセイバーに本能的に嫌な予感を察したフェイス・レスは、そう言うと一同を置いてさっさと歩き始めた。そんな後ろ姿をセイバーは残念そうに見る。

 

「むう………遠慮などせんで良いのに」

「あれは遠慮というか………はあ」

 

 本気で残念がる深紅の友人に、飛鳥は溜息をついた。

 

「セイバー。貴方の歌は、その………随分と独特だけど、誰かから指導を受けていたの?」

「勿論だとも。余は皇帝として、あらゆる学問も芸術も最高の師がつけられたぞ! ………まあ、芸術の方は学問よりも学んだ時間はずっと短いが」

 

 少しだけ憂鬱そうにセイバーは溜息をつく。

 生前、特殊な事情でローマ皇帝となった彼女は本来なら芸術家として生を全うしたかったのだ。しかし、為政者となったからには芸術ばかりに時間をかけてはいられない。ローマ皇帝として学ぶべき事もやるべき事もたくさんあったし、彼女自身も市民の為に働くのは嬉しかった。

 その為に“芸術家ネロ”として費やした時間は、“皇帝ネロ”として費やした時間よりずっと短いのだ。ある意味、黄金劇場(ドムス・アウレア)は“芸術家ネロ”としてのささやかな我儘と言えよう。

 

「そう………それなら、私が音楽をちゃんと教えてあげる」

「なに?」

 

 意外な申し出に、セイバーは驚いた顔になる。

 

「これでも良家の子女だったのよ。勉学に限らず、あらゆる事柄に厳しい教育を受けてきたの。だから、音楽においても普通の人よりも詳しいという自信はあるわ」

「そうなのか? しかし、芸術とは作者の魂を表す自由な物であろう? あまり格式ばった物は余は好きではないのだが………」

「そういう自由度の高い芸術にも価値はあるけど、音楽にだって作法という物があるわ。お行儀の悪い人より、良い人の方が見ていて気持ちが良いでしょう?」

 

 むっ、と一理ある飛鳥の指摘にセイバーは押し黙る。それに、と飛鳥は付け加える。

 

「ローマ帝国時代の音楽がどうだったかは知らないけど、音楽だって日々進歩してるの。私のいた時代は岸波君よりも古いかもしれないけど、それでも貴方の時代には無かった歌や技術がある。せっかく出会ったのだから、私の時代の音楽に触れてみない? ひょっとしたら、岸波君の喜ぶかも―――」

「やる! やるぞ!」

 

 ノータイムだった。白野の名前を出した途端、セイバーは喜悦満面で飛びついた。

 

「奏者は音楽など知らなかったからな! ちょうど余の曲のレパートリーも寂しくなってきた、と思ったところだ! 是非ともアスカの時代の音楽を教えてくれ!」

「え、ええ、約束するわ」

 

 ブンブンと手を握るセイバーの勢いに気圧されながらも、飛鳥はしっかりと頷いた。

 

「ようし! こうなったら、ヨウやイザヨイの時代の音楽も学ぶぞ! そうと決まれば、早くヘッドホンを十六夜に返して聞きださなくてな! 待ってるが良い、奏者よ!」

 

 子供の様にはしゃぎながら、セイバーは儀式場へと歩いて行った。

 その後ろ姿を見ながら、黒ウサギがこっそりと飛鳥に耳打ちする。

 

「よろしいのですか? その、セイバーさんに歌のレッスンなんて―――」

「まあ、かなり難しいとは思うわよ」

 

 こめかみに指を当てながら、飛鳥は少しだけ溜息をつく。独特すぎる音楽センスを持ったセイバーを矯正するなど、並みのギフトゲームよりはるかに困難な事に思える。

 

「でも元々の素質は悪くはないはずよ。セイバーの作品に時々素晴らしい物が作られる事くらい、黒ウサギだって知ってるでしょう?」

「それは、まあ………」

 

 セイバーの数少ない―――本ッッッ当に数少ない成功作品である、“ノーネーム”の浴場を思い出す。浴槽の水面に合わせて壁画のナポリ湾が揺れる様は、いつ見ても飽きない。黒ウサギ達の間で、あれを見る為にお風呂の時間がひそかに楽しみになっていた。

 

「だから、音楽もちゃんと勉強していけば聞ける様になると思うの。今みたいに相手に嫌がられてる事が分からないで歌っているのは、本人の為にならないし見てて可哀想よ。それに―――」

 

 飛鳥は仕方ないなあ、と言わんばかりに少しだけ微笑んだ。

 

「私達は同志ですもの。お互いに悪い所は指摘し合って直していって、良い所は高め合っていく。それが、友達というものよ」

「………ええ、その通りでデスよ♪」

 

 晴れやかな面持ちで、そう答える飛鳥の横顔を黒ウサギは驚いた様に見つめていたが、すぐに笑顔で頷いた。耀ほどでは無かったが、常に他人から一線を引いた距離で相手に接していた飛鳥が、自分から歩み寄ろうとしていたのだ。その事に、嬉しくならないわけがない。

 

(こういうのを雨降って地が固まる、と言うのでしょうね。結果的に、今回の事件は皆さんの距離が深まる良いイベントでした)

 

 出会った時は不安はあった。人類最高峰の|恩恵≪ギフト≫の持ち主と聞いても、彼らは独立独歩の姿勢が強かった。そんな状況でコミュニティとして纏まるのか? そんな不安が黒ウサギに付き纏っていた。しかし、今は。

 

(今なら、はっきりと言える。皆さんは―――私が召喚した問題児様方は、素晴らしい同志だと。“ノーネーム”に来てくれたのが彼等で、本当に良かった)

 

 誰にも気付かれない様に、心の中で黒ウサギは召喚された少年少女達に出会えた運命に感謝する。

 そして―――

 

(―――金糸雀様)

 

 今はいない、かつての同志の事を黒ウサギは想う。

 

(“ノーネーム”は………いいえ。貴女が立ち上げた“アルカディア”は、ここまで持ち直しましたよ。まだ旗と名を取り返せていませんけど、かつてのコミュニティに劣らない様な素敵なコミュニティとなりました)

 

 ふと空を見上げる。降り注ぐ太陽の日差しが、かつて自分のコミュニティを象った旗印の太陽に見えて、少しだけ目を細めた。

 

(だから貴女も―――早く帰って来て下さい)

 

 ※

 

「悪いけど、また今度で良いかい?」

 

 思案顔から一転、白野は申し訳なそうな笑いながら十六夜達に頭を下げた。

 

「何だよ。勿体ぶる様な事なのか?」

「いやまあ、いつか話さなきゃいけない事だけど………」

 

 不満顔になった十六夜に、白野は後ろ頭をかく。

 

「ただ、かなり長い話になるし………どうせなら、飛鳥と耀がいる時に話したいんだ」

「ふうん、そりゃまたどうして?」

「だってなあ………俺達は会ってから、それなりの日にちが経つのにお互いの事をあまり話してないし。せっかくだから、飛鳥や耀の事も聞いてみたいと思うんだ」

「………まあ、その方が何度も話す手間が省けるか」

 

 ふむ、と十六夜は納得した様だが、あてが外れて少しだけ残念そうだった。純粋に、白野の過去はとても気になっていたのだろう。

 

(………よろしいのですか? ご主人様)

 

 傍らのキャスターが声に出さず、念話で白野に話しかけた。

 

(飛鳥さんや耀さん。それに凶暴児にご主人様の過去をお話しするなんて)

(別に良いと思ってるよ。彼等なら知ったからと言って、それで俺への接し方を変える様な事は無いと思うし。キャスターは嫌かい?)

(いえいえ、それがご主人様の決めた事なら私には何の不満もありませんとも。むしろ、ここはタマモちゃんとご主人様の出会いを、他人がうらやましくなるぐらいラブラブに! そして情熱的に語って頂ければ♪ あ、もちろんセイバーさんの事は省略で)

(うん、ちゃんとありのままを話すから)

 

 残った紅茶に口をつける。異世界から召喚された四人の少年少女。これからは、それ以上の絆を結んでいこうと遠い地でお互いに思い合った。

 



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第15話「一つの節目 その2」

エクステラ、ようやくメインストーリーが終わりました。全てのルートを経て、言えることは―――やっぱ白野(こいつ)、精神的に化け物だな。というか格好良すぎでしょう。EXTRAの時は名も無き主人公(仮)だったのに、いつの間にか世界を救う大きな男(女)になって………。
そして黒幕の〇〇〇〇〇〇さん。その………ドンマイ! 今度から人材選びはちゃんとやりましょう。

P.S.サブストーリーでセイバー(アルトリア)を出せました。出現条件が昼休みのパシリに思えたのは気のせいだと思いたい………。


 ―――“アンダーウッド”サラの執務室

 

「ちょっとサラ! これ、どういう事!?」

 

 バアン! と音を立てて扉を開けたエリザベートは、その勢いのまま書類の整理をしていたサラに詰め寄った。机に積まれた書類の山が崩れ、傍らに控えていたキリノが慌てて床から拾い上げた。

 

「あのな、エリザベート。何度も言っているが、ドアをノックしてから入れ。それと仮にも私はお前のコミュニティの頭首だからな? 無闇に敬えとは言わんが、もう少し敬意を持って―――」

「そんな事より! これよ、これ!」

 

 冷ややかな目で見ているサラを無視し、エリザベートは手に持っていた一枚の紙を机に叩きつけた。

 

「何でアタシのライブ会場が、地下講堂になっているのよ!?」

 

 エリザベートが持ってきた書類―――それは収穫祭の出展に関する配置を記した書類だった。その書類によると、エリザベートのライブ会場は大樹の根本にあるメインステージから、南地区にある建物の地下講堂に移されていた。

 

「しかもメインステージから遠いわ! これじゃ豚共も不便で仕方ないじゃない!」

 

 喧々囂々と抗議するエリザベート。しかしサラは半ば予想していたのか、溜め息をつきながらエリザベートにワケを話し始めた。

 

「エリザベート。今回の戦いで多くの同士が失われた。お前の親衛隊を自称している集団にも死者が出ているそうだが、ここまでは良いな?」

「それは、まあ知ってるけど・・・・・・・・・」

「その同士達の為に慰霊祭を開くという事は、以前に伝えたが覚えているか?」

「ええと、言ってた様な聞いてない様な・・・・・・・・・」

「そして慰霊祭はメインステージで行うから、ステージのスケジュールを再調整すると言った筈だが?」

「あー、そういや昨日そんな事を聞いた様な・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・お前な、人の話をちゃんと聞いていたのか?」

「し、仕方ないじゃない! 豚共の慰霊ライブの歌を考えるのに頭が一杯だったんだもん!」

「は? 慰霊ライブ? お前が?」

 

 逆ギレして抗議するエリザベートに、思わずサラの目が点になる。この自分勝手な少女から、他人を悼む気持ちがあった事に純粋に驚いていた。

 

「・・・・・・・・・別にいいじゃない。会員34番や47番とかライブを楽しみにしてたのに、参加する事なく逝っちゃったのだもの」

 

 サラの視線を受けて、エリザベートはそっぽを向きながら居心地が悪そうに髪を弄る。

 

「ホント、ファン失格よね。アタシの許可なくライブを欠席するなんて。だから―――天国にいるあいつ等にも、歌声が届く様にって・・・・・・・・・」

 

 最後の方はゴニョゴニョと小さな声になったが、サラにはしっかりと聞こえていた。

 

「エリザベート・・・・・・・・・」

「べ、別にアイツ等の為なんかじゃないからね! アイツ等は未来永劫、アタシのファンなの! そういう契約なの! ファンにサービスするのはアイドルの義務なの!」

 

 子供の様に癇癪を起こしながらエリザベートは早口で弁明する。そんなエリザベートをサラはたっぷりと一分ぐらい見つめた。

 

「・・・・・・・・・さっきも言ったが、メインステージのスケジュールは一杯だ。遠方から“サウザンドアイズ”の白夜叉殿を始め、重要なゲストが出席されるからな。・・・・・・・・・まあ、夜間はその限りではないが」

 

 え? とエリザベートの顔が上がる。しかしサラは目を合わせず、メインステージの事が記された書類を手元に寄せた。

 

「・・・・・・・・・初日の最終ステージ、深夜に食い込む時間帯になるが一応空いているな。こんな時間にスケジュールを入れる奴はいないと思って、空き時間にしたのだが」

「本当に!?」

「言っておくが一時間だけだぞ。こっちも会場の警備とかあるんだ。スタッフ達にあまり遅くまで働かせるのも忍びない。それと―――」

 

 サラはいつも以上に真剣な目でエリザベートの顔を見た。

 

「やるからには真剣にやれ。散った同士達を思って歌うからには、中途半端も雑な歌も絶対に認めん」

「ええ、ええ、勿論! 見てなさい、死んだ奴等も虜になるような歌を披露してやるんだから! そうと決まったら、さっそく衣装合わせしなくちゃ!」

 

 笑顔で頷くと、エリザベートは踵を返してさっそうと出て行った。

 

「おい! 深夜の一時間だけだぞ! それ以外の時間はさっき言った場所を使え! そこなら24時間使っても構わないからな!」

「あ、あの・・・・・・・・・よろしかったのですか?」

 

 エリザベートの背中へ大声を張り上げるサラに、キリノが遠慮がちに聞いた。

 

「確かにスケジュール上は可能ですけど、エリザベートさんの歌は・・・・・・・・・その、かなり聞きづらいというか・・・・・・・・・」

「まあ、矯正しようがない音痴だな」

 

 キリノが濁した言葉をばっさりと断じるサラ。

 

「しかし今回の襲撃はアイツやバーサーカー、そして“ノーネーム”の活躍で“アンダーウッド”が守られたんだ。大きな戦果を上げた者を無碍にする様な真似は出来んよ」

「それは、そうですが・・・・・・・・・」

「それにメインステージ周辺にも騒音対策で遮音結界は張る予定だったんだ。奴のステージ中、聞きたい人間以外は入らない様に交通規制を行えば被害は最小限に抑えられるだろ」

 

 書類を素早く捲りながら確認し、サラはキリノに指示を出した。

 

「念の為、遮音結界の出力の再調整だ。最大レベルまで上げられる様にしておいてくれ。それと警備スタッフのリーダーを呼んでくれ。併せて警備体制の指示を執り行う」

「はい!」

 

 キリノは威勢よく返事をして、執務室を後にする。手元の書類に改めて取り掛かり、ふとサラは思い出した様に呟いた。

 

「そういえば、あれ以来バーサーカーを見てないな。そろそろ回復しているとは思うが・・・・・・・・・」

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”・バーサーカーの私室

 

 バーサーカーは寝台の上でボンヤリと天井を見上げていた。巨人族の襲撃でいつも以上に消費した魔力は、三日間の休息で大分回復した。もう起き上がっても問題ないのだが、バーサーカーは寝台から動く気になれなかった。

 

『貴女が抱えた想いを知りたい。傷ついてく貴女を、私は支えたい』

 

 頭の中で春日部耀の言葉が木霊する。今まで、バーサーカーにそんな事を言った人間などいなかった。バーサーカー自身が他人に積極的に関わろうとしなかったし、とやかく詮索されたくなかったから事情を話す事もなかった。春日部耀は自分の狂化して剥き出しとなった自分の想いに気付いて、その上で踏み込んできた。それはバーサーカーにとって、初めての―――

 

(・・・・・・・・・いいえ。そうではありませんでした)

 

 かつて。バーサーカーに同じ様な言葉をかけた人間がいた。一方的な恋心の末に変貌した竜の姿で戦うバーサーカーを心から受け入れ様とした人間がいたのだ。

 すぐに生前に愛した人間―――安珍の顔が思い浮かんだが、それは有り得ないとバーサーカーの心が告げた。彼は自分を理解する事なく逃げ出した。だから竜となった自分自身がいるのだ。

 バーサーカーを理解しようとした人間はただ一人。それは特別な容姿も能力もなく、何処にでもいる様な貴方で―――。

 

 コンコン、と扉を叩く音が部屋に響いた。寝台から身を起こし、どうぞと返事をすると部屋に小脇に小包を抱えた耀が入ってきた。

 

「こんにちは。身体の調子はどう?」

「ええ、お陰様で。もう起き上がっても大丈夫ですわ」

「そっか、良かった」

 

 安堵の溜息をつく耀。しかし、そこで会話が途切れてしまう。お見舞いにと来たものの、相手は意外と元気そうだったし、元々饒舌な方ではない耀は何を話せば良いのか考えつかなかった。

 一方のバーサーカーも話題を考えあぐねていた。バーサーカーも他人と臆面なく話せるほど饒舌ではないし、ついさっきまで考えていた相手が来て何を話して良いのか考えつかなかった。

 

((き、気まずい・・・・・・・・・))

 

 奇妙な沈黙が場を支配する。耀は適当に話を打ち切って、この場を後にしたい気持ちになった。しかし、少しずつ周囲に目を向けていこうと決めたのだ。ここで逃げ出すのは、いきなり誓いを破る様で嫌だった。

 

「あの・・・・・・・・・」

 

 場の沈黙に耐えかねたのはバーサーカーが先だった。

 

「貴女の荷物は大丈夫でしたか? 巨人族の襲撃があった時、慌てていたみたいですけど・・・・・・・・・」

「ああ、アレ? 壊れたけど、どうにかなったというか・・・・・・・・・そのまま返すには気が引けるというか・・・・・・・・・」

 

 歯切れの悪い耀にバーサーカーは怪訝な顔になる。しかし詳しい事情を知らないのだから無理は無いだろう。まさか友人の持ち物を勝手に持ち出した挙げ句に壊してしまい、弁償の為に用意できたのが―――

 

(まさか、猫耳ヘッドホンだなんて・・・・・・・・・)

 

 何とも頭が痛くなる話だ。さすがに猫耳ヘッドホンをそのまま返すわけにはいかず、代わりになりそうなアクセサリーや小物を探して耀はここ数日、市場で探し回っていた。バーサーカーの見舞いに来たのは、そんな折だった。

 

「それよりさ、ここ数日にバーサーカーの姿を見なかったけど、まだ身体の具合が悪いの?」

 

 耀は何気なく聞いたつもりだったが、途端にバーサーカーの顔に暗い陰が差した。寝台の上で拳をギュッと握り締め、顔を俯かせる。

 

「バーサーカー?」

「・・・・・・・・・会わせる顔が無かったのですよ」

 

 顔を俯かせたまま、バーサーカーは絞り出す様に声を出す。

 

「貴女の言う通り、私は―――かつての想い人を探す事しか頭にありませんでした。その方を探す為だけに戦い、ただ戦場を駆けていただけでした」

「バーサーカー・・・・・・・・・」

「あの時も倒れた同士達がいたのに、皆無視して自分勝手な理由で戦場を駆けて・・・・・・・・・今更どうして“アンダーウッド”の一員なんて言えましょう?」

 

 沈んだ声でバーサーカーは自嘲する。竜に変身していない今、バーサーカーの狂化はあまり機能していない。それ故に、バーサーカーは自分の在り方に苦悩する程の理性を取り戻していた。

 耀は改めてバーサーカーを見る。戦場で巨大な竜となって猛威を振るっていた少女は、今はとても小さく見えた。

 ああ、そうか―――耀はようやく理解した。数多の修羅神仏が集う箱庭において、外見上の年齢など当てにならない。少女にしか見えない白夜叉だって、本当は数えるのも馬鹿馬鹿しいくらい昔から生きているという。しかし、バーサーカーは違う。彼女は外見相応の精神性だったのだ。13か14歳の少女に、耀の指摘した事実は受け止めるには重すぎた。

 

「私は・・・・・・・・・私には、もう“一本角”を名乗る権利なんて―――」

 

 カサッ。

 弱気な言葉を吐きそうになったバーサーカーの膝に何かが載せられた。耀が持っていた小包を差し出したのだ。

 

「これは・・・・・・・・・?」

「開けてみて」

 

 それ以上は言わず、視線で促す耀。バーサーカーが紙に包まれた小包を開けると―――そこに色とりどりの果物が包まれていた。

 

「市場でバーサーカーの見舞いに行くと言ったら、売店のおじさんやおばさん達が包んでくれたよ。それも代金を受け取らずに」

 

 耀が静かに言う中、バーサーカーは信じられないい面持ちで果物の山を見つめる。ふと、底の方に一枚の紙を見つけた。折り畳まれたそれを広げると、子供が書いた様な達筆とは言い難い文字で、『早く元気になってね 竜のお姉ちゃん』と書かれていた。

 

「みんな、バーサーカーの事を心配していたよ。貴女が“アンダーウッド”を守る為に、重い怪我をしたんじゃないかって」

 

 震える手で手紙を読むバーサーカー。耀は静かに、そして温かみのある声でバーサーカーに話しかける。

 

「バーサーカー。君は確かにあの時は“アンダーウッド”の事より、君の好きな人を優先させていた。でも、“アンダーウッド”の事を完全に忘れたわけではないでしょう?」

 

 そうでなければ―――とうの昔に勝手に“アンダーウッド”から離れ、箱庭を宛もなく彷迷っていたはずだ。

 

「君が思っている以上に、君は“アンダーウッド”の事を大切に思っているよ。そうでなければ、こんな風に皆から心配されたりしないよ。だから、そんな風に自分を卑下しないで。バーサーカー」

 

 その言葉はどう響いたのか―――手紙の上に、ポツポツと水滴が落ちた。

 

「私、は・・・・・・・・・一宿一飯の恩を返すぐらいにしか、考えてなかったのに・・・・・・・・・」

「うん。でも“アンダーウッド”の人達は、それ以上の絆を君に感じているみたい」

 

 鼻声になったバーサーカーの隣に寄り添い、耀はバーサーカーの手を握る。しばらく無言で涙を流し、やがてスッキリとした顔でバーサーカーは顔を上げた。

 

「ありがとうございます。春日部さん。お陰で元気が出ましたわ」

「いいよ、お礼なんて。言ったでしょう? 君と友達になりたいって。友達が落ち込んでいたら、元気づけるのは当然だよ」

「貴女・・・・・・・・・本当に春日部さんですか? 初めて会った時は、もう少し内向的な方だと思っていましたが」

「まあ、私も色々あったから、これから少しずつ変わっていくつもり。新しい私に乞うご期待」

 

 ブイ、とポーズを決める耀が可笑しくて、バーサーカーは少し吹き出す。寝台の上で無気力に横たわっていた少女は、少しずつ活力を取り戻していた。

 

「だから・・・・・・・・・バーサーカーの話を聞かせて欲しい。君がそこまで追い求める人―――安珍様って、一体どういう人なのか」

「どうして安珍様の名を・・・・・・・・・いえ、そうでしたね。貴女は他種族の言葉が分かるギフト持ち。竜の時の私の言葉を聞いていたのですね」

 

 バーサーカーは一旦、目を閉じる。サーヴァントとしての常識から考えるなら、マスターでもない相手に自分の事を話すのは極力避けるべきだ。

 しかし―――この少女ならば、別に良いのではないか? 安珍の名を知られた以上、自分の真名を調べるのは容易い。隠す意味は半ば以上無くなったと言っていい。それに―――自分を気遣う偽りの無い想いに、隠し事をして嘘をつきたくは無かった。

 

「・・・・・・・・・安珍様は、私が生前に恋い焦がれた御方。一夜の宿を求め、私の前に現れた旅の僧です」

 

 ポツリ、とバーサーカーは話し始める。

 

「私の真名は清姫。かつて旅の僧に一目惚れをして―――その果てに妖怪変化した女。それが私です」

 

 それは、恋い焦がれ、恋に破れた一人の少女の物語。

 

 ※

 

 “アンダーウッド”から遠く離れた平野で、一人の少女が立ち尽くしていた。黒いワンピースに、黒髪を風にたなびかせた少女は、この場に似つかわしくない可憐さを出していた。

 彼女の名は彩里 鈴。巨人族を率いていたアウラと同じコミュニティに所属し、“アンダーウッド”壊滅を企む一員だった。間一髪で戦場から逃げ出したアウラの傷も癒え、再び“アンダーウッド”侵攻の準備を整えた彼女は“空間跳躍”のギフトで巨人族の残存戦力の様子を見に来たのだが―――

 

「なに、これ・・・・・・・・・?」

 

 鈴の口から呆気に取られた声が漏れる。無理も無いだろう。何せ、巨人族の死体が平野を埋め尽くしていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)のだから。

 死体は腐臭を放ちながら山となって連なり、流れ出た血は河となって大地をどす黒く染め上げる。

地獄絵図。

そう表現するしかない惨状が鈴の目の前に広がっていた。

 

(どういう事? 三日前、巨人族の残存戦力を召集した時は何もなかった。つまり、昨日と一昨日の二日間で巨人族を全滅させた? まさか“アンダーウッド”が?)

 

 一般人なら卒倒しそうな光景に眉一つ動かさず、鈴は近くの巨人族の死体を調べた。死体は顔を恐怖で凍り付かせ、手足や胴体をバラバラに千切られていた。

 

(・・・・・・・・・違う。これ、“アンダーウッド”の仕業じゃない。確かに亜人や獣人が多いコミュニティだけど・・・・・・・・・こんな風に巨人族を食い千切る(・・・・・)なんて真似、しないし出来ない。そもそも今の“アンダーウッド”にそんな戦力なんてない。じゃあ、いったい誰が―――)

 

 

 

Hello, pretty girl(こんにちは、可愛らしいお嬢さん). How are you?」

「―――!」

 

 鈴のすぐ後ろ。数歩と離れていない距離から、唐突に男の声がした。同時に、リンの背中にさっきまでいなかった男の気配がする。一瞬、腰に下げたナイフベルトに手が伸びたが、すぐに抑えた。殺す気だったならば、声をかける事なく背後から刺していただろう。今は情報を求めるのが先決だ。

 

「これは貴方の仕業ですか、知らないおじ様?」

「おじ様………まだまだ若いつもりなのですが」

 

 少し落胆した声で男―――衛士・キャスターは、鈴に話しかける。

 

「その事について色々とご説明したいので―――貴方の上司にアポイントメントをお願い出来ますか?」

 

 ※

 

 鈴達から離れた平野―――巨人族の死体がうず高く積まれ、文字通りに死体の山となった頂上で一匹の虎が死肉を喰らっていた。

 

 ガツガツ―――ガツガツ―――

 

 一心不乱に巨人族の肉を喰らう虎。その身体は返り血でどす黒く染まり、目は鮮血の様に紅く輝いていた。

 やがて死体から食べられる部位を喰らい尽くすと、虎は天を仰いだ。

 

「ギッ……ギヒッ、ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 虎の口から耳障りな哄笑が溢れ出す。

 

「―――ツヨイ」

 

 返り血に―――それ以外は一切の傷を負わずにどす黒く染まった身体。それを見て虎は更に嗤う。

 

「ツヨイツヨイツヨイツヨイツヨイツヨイツヨイツヨイツヨイツヨイツヨイ! オレハ強イ! 巨人ヨリモッ!! ‟ナナシ”ヨリモオオオオオオォォォォォッ!!」

 

 哄笑は咆哮となり、死体で埋め尽くされた平野に木霊する。虎は―――ガルド・ガスパーは、新しく生まれ変わった自分を祝福する様に咆哮した。彼の餌食となった物言わぬ死体だけが、彼の咆哮をいつまでも聞いていた―――。

 

 

 

 

 

 




さて、次回辺りで第三章は終わりかな。実に、一年ぐらいかかりましたとも。このSSが終わるのは三年先になりますかね(笑)


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第16話「清姫伝説」

清姫の過去回。なんか自分の書く清姫は原作よりウェットな気がしますが、sahalaの中では(ry と思って下さい。原作通りに再現出来てないのは、自分でもよく分かっているので。あと清姫の過去はネットで読んだ幾つかの清姫伝説の話とsahalaの捏造が入った物なので、原作とは少し違います。


 トントンお寺の 道成寺(どうじょうじ)

 釣鐘下ろして 身を隠し

 安珍清姫 (じゃ)に化けて

 七重(ななよ)に巻かれて ひとまわり ひとまわり

 

 

 今より千年以上の昔。

 清姫は真砂の長者の一人娘として生まれた。清姫自身に特別な過去なんて無い。長者の娘として蝶よ花よと愛でられ、衣食住に何一つ不自由なく過ごしてきた。綺麗な着物も、美味しい食事も欲しいと思えば与えられた清姫に生活の不満は無かった。

 強いて不満を上げるなら、外の世界を知る事が出来なかったこと。両親が清姫を大切に思うあまり、清姫が屋敷の敷地から出された事は無かった。

 そんな箱入り娘として育てられた清姫が、屋敷の外の世界を見てみたいと思うのは当然の成り行きだろう。とはいえ、所詮は子供の憧れ。いずれは歳と共に消えていくだろう。彼女はやがて夫を迎え、子を成して次の世代へと繋ぐ。ただそれだけの存在だった。

 

 ―――そう。彼女の前に安珍が現れるまでは。

 

 それは彼女が物心ついた頃からだろうか。彼女の屋敷に安珍という修行僧が毎年に一度、熊野への参拝の行きと帰りに一夜の宿を求めて訪れてきた。この珍客に清姫は大層興味を持ち、安珍が訪れる日には彼と話しをするのが日課だった。山伏として各地を巡った彼の話は、清姫にとって初めて聞くものばかりで、話上手だった安珍のお陰で実際にその場に行った様な気分になれた。

 そんな安珍に心惹かれるまで時間はいらなかった。箱入り娘の清姫にとって家族や使用人以外で唯一の異性であったし、顔立ちの整った聡明な安珍は清姫でなくても魅力的な男性だった。

 しかし、相手は仏道に身を捧げた修行僧。清姫は真砂の長者の娘。身分が釣り合わないと、清姫の父が許しはしないだろう。父にこの恋心を知られれば、父は安珍を二度と屋敷に招きはしない。そう思った清姫は誰にも―――安珍にすらも―――知られない様に恋心を押し殺した。安珍に会えない日が千年の時に思えても、安珍と話す時間が矢の様に過ぎていくのを感じても、自らの想いを抑えて、抑えて、抑えて抑えて抑えて抑えて抑えて抑えて抑えて抑えて抑えて抑えて抑えて抑えて抑えて。

 

 そして、破綻した。

 

 それは清姫が成人の儀を済ませた年の事だった。父から縁談を持ち掛けられた。相手は遠方の貴族で、朝廷にも覚えがめでたい家柄だという。清姫とは一度も会った事はないが、清姫の美しさを評判に聞いた貴族は、ならば是非と父に縁談を持ち掛けたそうだ。その話を聞いた時、清姫の心は揺れた。

 

 何故? 何故一度も会った事のない相手と結婚しなくてはならないのか? 自分が庶民の様に好きな相手と結婚出来ないとは分かってはいる。しかし、どうして自分の外見しか見ないで結婚を決める様な相手と結婚しなくてはならないのか?

 

 これで一族は安泰だ、と笑う父親の声が、どこか遠く聞こえた・・・・・・・・・。

 

「そして私は、その年に訪ねてきた安珍様に想いを告げたのです」

 

 “貴方の事を愛しています。どうか私を抱いて下さい。もうじきこの身は知らない男の物になります。こうして貴方と会う事も叶わなくなりましょう。それを哀れと思うなら、どうか私を抱いて下さい。貴方の物にして下さい”

 

「安珍様は最初は驚いた顔をしましたが、すぐに優しい顔で私を諭しました」

 

“貴方の様な高貴な方がそんな事を言ってはなりません。自分は仏に仕える身。妻は娶らぬのです”

“それに日々、旅をして全国を巡る生活。いつ野で朽ちるかも分からぬ身です。その様な旅に、貴方を同行するわけにいきませぬ”

 

「それでも・・・・・・・・・私は、安珍様と添い遂げたかったのです」

 

 そうして一晩中、首を横に振らない清姫にとうとう安珍は目をつぶって静かに頷いた。

 

“・・・・・・・・・分かりました。ならば、私は参拝の帰りに貴方を迎えに行きましょう。その時に改めて夫婦の契りを結びましょう”

 

「嬉しかった・・・・・・・・・安珍様が私を愛していて下さったていた。夫婦になろうと誓ってくれた。・・・・・・それなのに・・・・・・・・・!」

 

 安珍は、迎えに来なかった。いつもなら参拝を終えて再び清姫の屋敷を訪ねる日になっても、一向に姿を現さなかった。そうして一日が過ぎ、また一日が過ぎ・・・・・・・・・三日が過ぎても安珍は清姫の前に現れなかったのだ。

 

「心配しました。病を患って歩けないんじゃないか? 道中で野盗に襲われんじゃないか? そう思うと、不安で不安で・・・・・・・・・」

 

 そして清姫は屋敷を抜け出した。湧き出る不安を抑えきれず、父や使用人達の目を盗んで屋敷を抜け出したのだ。初めて出る外の世界は、清姫が知識でしか知り得ない景色に溢れていた。しかし、清姫はそんなものに眼中をくれずにひたすら歩く。

 

“きっと安珍様は近くにいる。ワケがあって歩けないのかもしれない。だから私が迎えに行かないと・・・・・・・・・!”

 

 その想いを胸に、清姫はひたすら歩いた。運動もまともにやった事のない清姫は少し歩いただけでも足が痛くなったが、それでも清姫は歩いた。目指すは紀州の熊野神社。そこに行けば、参拝した安珍の足取りを掴めるだろう。そう思った清姫は通りがかかった行商人に熊野神社までの道を聞いた。一目で高い身分と分かる着物姿の清姫に驚きながらも、行商人は丁寧に熊野神社までの道筋を教えた。

 

“しかし娘さん、アンタの様なやんごとなき方が熊野のお宮に何の御用だい? 見たところ、お供もお連れしてない様だが・・・・・・・・・”

“人を探しているのです。安珍という僧なのですが、ご存知ありませんか?”

“安珍・・・・・・・・・? おお、思い出した! あのお顔が綺麗な坊様か! しかし、それならお宮に行くのは無駄でしょうな”

“え? それはどういう―――”

 

“その坊様は既に山を降りられた。つい先日、麓でお会いしましてな。これから奥州へ迎われると言ってましたぞ”

 

 瞬間。清姫は頭を鈍器で殴られた様な衝撃に襲われた。

 

“・・・・・・・・・・・・・・・・・・え? 嘘。嘘ですよね?”

“嘘なもんか。長旅になるから、と色々と買っていかれたのですから”

 

 お陰でこちらは儲かりましたがな、と行商人は呵々大笑していたが、清姫はもう聞いていなかった。行商人が言っていた事が理解できなかった。

 

(だって、安珍様は私を迎えに来てくれる筈で、今まで来なかったのは何か理由があった筈で、夫婦になると誓ってくれた筈で―――)

 

 しかし、この行商人によると清姫の屋敷に立ち寄る事なく山を降りた。行商人が嘘をついている様子はない。それは、つまり。

 

(――――――嘘をついたのですね)

 

 行商人に礼を言って、その場を立ち去る。清姫は胸の内に炎が灯るのを感じていた。今まで安珍と過ごしてきた時間が脳裏に浮かぶ。旅先の話をする安珍の横顔、自分の手を握ってくれた安珍の手、安珍の目、安珍の首筋、安珍、安珍、安珍、安珍安珍安珍安珍安珍安珍安珍安珍安珍安珍安珍安珍安珍安珍安珍安珍安珍安珍――――――!

 

“嘘をついて私を騙したのですね―――!”

 

 その時から。清姫の心に、燃える様な激情(狂気)が宿った。

 

「それからどうやって安珍様を追い掛けたか・・・・・・・・・あまり、覚えていません。とにかく、安珍様が話していた街道や景色を思い出しながら、必死に駆け巡りました」

 

 それは想像を絶する程の道程だったのだろう。13歳の少女が話に聞いた景色だけを頼りに、現代の様に舗装などされていない道を行く。普通なら途中で心が折れそうだ。しかし、清姫には苦にならなかった。安珍を追い掛ける。その事だけしか頭になかった清姫は、疲労も空腹も忘れて野を駆けた。途中、清姫を見かけた人間はいたが、鬼気迫る顔で走る清姫を恐れて誰も声をかけなかった。

 

「私は、ただ安珍様に聞きたかった。どうして嘘をつかれたのですか、と理由を聞きたかったのです」

 

 それだけを胸に走り続け―――とうとう安珍に追いついた。河の岸部で渡し舟に乗ろうとする後ろ姿は、まさしく―――

 

“安珍様!”

 

 清姫が叫ぶ。振り向いた安珍は、ギョッとした顔になり、慌てて渡し守に舟を出させた。

 

“待って! 行かないで、安珍様!”

 

 上等な絹で織られた着物は過酷な旅でボロボロになっていた。草履は途中で落とし、裸足の足からは血が滲んでいた。それでも清姫は安珍を追い続け、岸部に辿り着く。舟は既に岸を離れ、泳ぎなど習った事の無い清姫はそこで足を止めざる得なかった。それでもせめて安珍の真意を知りたい、と清姫は大声で安珍に叫ぶ。

 

“どうして!? どうして私を迎えに来てくれなかったのですか!? どうして嘘などついたのですか!?”

 

 安珍は―――ボロボロの着物姿で、夜叉の様な鬼気迫る顔の清姫に怯え―――大声で叫び返した。

 

“人違いです! 私は安珍などではありません!”

 

 それだけ言い残し、安珍を乗せた舟は離れていく。とうとう清姫は膝をつき、その場に倒れ伏してしまった。清姫の背後から馬の蹄の音が聞こえて来る。いなくなった事に気付いた父が放った追っ手だろうか。しかし、清姫にはどうでも良かった。

 

“裏切られた――――――”

 

 あれは間違いなく安珍だった。必死の思いで追い付いたというのに、また安珍は嘘をついた。

 

“安珍様は・・・・・・・・・あの人は、私の恋心を踏みにじった・・・・・・・・・!”

 

 好きでないなら、はっきりと拒絶して欲しかった。期待などさせないで欲しかった。嘘をついた理由を言ってくれれば、まだ許せた。

 

“おのれ・・・・・・・・・おのれ・・・・・・・・・”

 

 だが安珍はまた嘘をついた。理由すら告げず、逃げ出した。あの日、清姫に夫婦となる約束をした時の全てが嘘で塗り固めたものだったのだ。もしかしたら、と期待して追った清姫の全てが無駄になった。清姫の心に、どす黒い怨念の炎が燃え出す。

 

“オノレ、安珍―――!”

 

 そして清姫の人間としての生が終わる。

 

“オオオオオオオオッ”

 

 地獄から響く様な低い唸り声と共に清姫の姿が変わる。振り乱した髪は白く染まり、血走った目は完全に赤く染まる。

 

“オオオオオオオオッ!”

 

 バキバキッと音を立てながら、清姫の身体が膨れ上がった。着物を突き破り、歪な形になった両手から鉤爪が、長く伸びた胴から全身へ蛇の様な鱗が覆い始めた。溢れ出る怨念は清姫を相応しい姿へと変えていく。

 憤怒の炎で燃え上がる、巨大な蛇龍に。

 

“シャアアアアアアアアアアアアッ!!”

 

 ※

 

「それからの事は・・・・・・・・・伝説にある通りです。龍となった私は安珍様を再び追いかけ―――最後は、この手で殺めました」

 

 曰わく。見るも恐ろしい姿となった清姫に安珍は必死で逃げ、道成寺の鐘の中に身を隠した。清姫は燃え盛る蛇身のまま鐘に巻きつき、安珍を焼き殺した。そして愛した男を手にかけた罪の意識に耐えかねたのか、はたまた今世で結ばれなくなった恋に絶望したのか―――清姫は、安珍の後を追う様に入水自殺した。

 

「これが、私の過去。後生の人に安珍・清姫伝説として語り継がれた、私の一生です」

 

 そう言って、清姫は口を閉じた。華々しい活躍もなく、手に汗握る戦いもない。ただ恋に破れて妖怪変化しただけの英霊―――清姫の物語が幕を閉じた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 静かに聞き入っていた耀は、長い溜め息をついた。清姫の部屋に訪ねてから時計の針はあまり進んでいないというのに、随分と長く話を聞いていた気がする。

 

「そっか・・・・・・・・・バーサーカーは、あの清姫だったんだ」

 

 その名前は耀にも聞き覚えがあった。昔―――まだ耀が歩けず、病院のベッドが世界の全てだった頃。父がお見舞い品に持ってきた絵本の中にその名はあった。

 

『安珍・清姫伝説』

 

 古くは今昔物語集に書かれ、現代でも子供向けの絵本の他に能で演じられるなど、時代を通して幅広い層に読まれた物語。その主要人物が、いま耀の目の前にいる少女だった。

 同時に耀の中で納得がいく事があった。バーサーカー―――清姫の精神性は、今まで耀が出会った超常の存在達と比べてずっと幼い。圧倒的な力と共に年季や風格を漂わせていた彼等に比べて、清姫にはそういう風格を全く感じなかった。しかし、それは当然だったのだ。何故なら清姫は、わずか13歳でこの世を去った少女だったのだから。そしてその時から彼女の中で時計の針は動いていない。

 

「死して、こうして英霊となった後でも・・・・・・・・・私には分かりません。安珍様は、どうして嘘をついたのか? 私の事が嫌いなら嫌い、と一言仰ってくれれば良かったのに・・・・・・・・・」

「それは―――」

 

 耀は口を開きかけて、そこで考えてしまう。

 指摘して良いのだろうか? 当事者ではない自分が言うのは、余計な御世話ではないだろうか?

 でも、と耀は思い直す。ここで何も言わないのは、ただの逃避ではないか? 清姫に過去を話して欲しい、と言ったのは耀自身だ。その上で何も言わないのは不誠実だろう。それに―――真剣に悩んでいる事に対して、的確でなくてもアドバイスをするのは友達の役目だ。

 

「・・・・・・・・・きっと、安珍は清姫を傷つけたくなかったのだと思う」

「傷つけたくない? 私は嘘をつかれて悲しかったのに?」

「うん。そこは安珍が悪い。でも―――清姫の事を憎からずに思っていたと思う。だって清姫の事を考えていないなら、安珍は君を抱いてそのまま逃げていたと思う」

 

 しかし、安珍ははっきりと拒絶した。情欲のまま、清姫の身体を好きに出来たのに、きっぱりと断って清姫を諭そうとしたのだ。それでも清姫が折れなかった為に、安珍は嘘をついて清姫の元を去ったのだ。

 

「私は安珍様になら、全てを差し上げても良かったのに・・・・・・・・・」

「だからさ、それが安珍には出来なかったんだと思う。清姫の事は好きだった。でもそれは、歳の離れた友人として。清姫に全部を捨てさせてまで、愛を受け止める事は出来なかったんじゃないかな?」

 

 もしも、安珍が清姫の想いに応えていればどうなっていたか。残念ながら、幸せな夫婦生活とはならないだろう。まず清姫の父は旅の修行僧を夫に迎えるなど許しはしないし、駆け落ちしたとしても二人を草の根を分けても探し出す。そうしてお尋ね者となり、迂闊に人里に寄る事も出来ない逃亡生活は、箱入り娘だった清姫には酷なものとなるだろう。耀にもそのくらい簡単に予想できた。

 

「安珍が嘘をついたのは許されない事だとは思う。でも清姫の事が嫌いだから嘘をついたんじゃなくて、清姫に辛い思いをさせたくなかったから嘘をついて立ち去るつもりだったと思うよ。だから清姫、安珍は貴方が嫌いじゃなかったんだよ」

 

 どうかな? と耀は清姫に問う。本当の事を言うと、自信がない。耀の推測は清姫の話を元にした物でしかないし、安珍がどう考えていたかは安珍自身しか知り得ない。しかし、それでも耀は自分の推測を信じたかった。だって安珍が清姫の事を何とも思っていなかった、という結末は悲しすぎるし、目の前の少女に救いがない。

 耀がじっと見つめる中、清姫は目を閉じて静かに考え―――やがて、首を横に振った。

 

「やっぱり・・・・・・・・・分かりません。それでも私は、正直な気持ちが知りたかったのですから」

 

 でも、と清姫は目を開ける。少しだけ。ほんの少しだけ、正気に戻った瞳で耀の方を向く。

 

「・・・・・・・・・せめて、安珍様をお怨みするのは止めようと思います。いつまでも怨まれたままでは、あの方も成仏できないでしょうから」

 

 過去は覆らない。安珍は清姫を愛せずに嘘をついて逃げ出し、清姫は安珍に愛される事なく殺した事は不変の事実だ。

 でも―――たとえ、愛されてなかったとしても。そして、自分の手で殺めたとしても。かつて愛した男の冥福を祈る事くらいは赦されたい。清姫にとって、燃える様な愛を抱いた初恋の相手だったのだから。

 

「・・・・・・・・・うん、そうだね」

 

 耀は頷き―――少しして、意を決した様に口を開いた。

 

「ねえ、清姫。貴方はまだ安珍の事を探しているの?」

「それは・・・・・・・・・多分、違うと思います。安珍様じゃなく、でも安珍様と同じくらい大切な人を探していたと思います」

「―――その人の事だけど。私、もしかしたら知っているかもしれない」

 

 耀の言葉に、清姫の目が大きく見開かれた。

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”・???・地下室

 

 ゴポゴポ、と水が煮え立つ音がする。ランプに照らされた薄暗い部屋の中、サウナの様な熱気が支配していた。

 

“・・・・・・・・・ブクダッタ・・・・・・・・・エタッタ・・・・・・・・・”

 

 部屋の中から何やら呪文の様な言葉が聞こえてくる。部屋の奥、ゴウゴウと燃える竈の上には大きな鍋が置かれていた。鍋の中ではグツグツと液体が煮込まれ、湯気を立てている。鍋の大きさも相まって、魔女が秘薬の調合をしている様な光景だった。事実、鍋の前には魔法使いの様な格好をした人物が、

 

「泡立った~♪ 煮え立った~♪ 煮えたかどうか~混ぜてみよ~♪」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんとも調子外れの音程で歌っていた。

 

「うんうん、いい感じ。流石はあたしよね♪」

 

 魔法使いの―――もっと有り体に言うと魔女っ娘の様な服装をしたエリザベートは、目の前で煮え立つ鍋に満足気に頷いた。

 

「今回のライブのテーマは、真夜中のハロウィンパーティー♪ ステージ衣装もバッチリ決まったし、後はシチューを作るだけね!」

 

 上機嫌に鼻歌を歌いながら、エリザベートは買ってきた材料を次々と袋から取り出した。

 

「ちょっとアクシデントがあったけど、ちょうど真夜中の時間帯にライブをするなんてピッタリじゃない。それにお腹を空かすだろう(ファン)達の為にディナーショーにしようなんて思いつく・・・・・・・・・あたしってば、なんて気の利くアイドルなのかしら♪」

 

 上機嫌に尻尾を振るエリザベート。ところで、ステージ衣装のまま料理を作る意味があるか? というもっともな疑問(つっこみ)を言う人間はこの場にいなかった。

 

「ええと。料理の基本は砂糖、塩、酢、醤油、味噌よね?」

 

 口に出した材料を手にして、少し考え―――

 

「ま、基本なら全部入れれば良いわよね」

 

 分量を計らずに全て鍋に放り込んだ。

 

「次は野菜ね! 確かこの前に八百屋のおじ様から貰ったジャガイモが・・・・・・・・・何これ? 芽が出ているじゃない。ま、良いわよね。芽にも栄養がありそうだもの。人参は・・・・・・・・・何で人型? ええと、マンドラ・・・・・・コラ? 新種の人参かしら? ま、刻んで入れれば全部同じだから良いか。後は・・・・・・・・・そうそう、ペリュドンの肉があったわよね! 内臓もレバーと言うくらいだから、入れた方が美味しいわよね!」

(※ジャガイモの芽にはソラニン、チャコニンという天然毒素が含まれています。絶対に取り除きましょう)

 

 バキッ、ザクッ、ドガッ!

 

 何故か料理をしているとは思えない効果音を出しながら、エリザベートの調理は進んでいく。やがて、鍋の中身が暗褐色になり始めた。

 

「・・・・・・・・・なんか色が気に入らなーい」

 

 不満そうな顔で鍋料理を見ていたエリザベートだが、すぐに手をパンと叩いた。

 

「そうだわ! 唐辛子を混ぜれば良いじゃない!」

 

 そして買ってきた唐辛子の袋を全て鍋の中に入れて掻き回す。鍋の中身は今度は真っ赤に染まった。

 

「出来たわ! これぞ、“エリちゃんスペシャルシチュー”、アンダーウッド風よ!」

 

 わー、パチパチと自分に拍手を送って料理(?)の完成を喜ぶエリザベート。しかし、すぐに悩ましげな顔になった。

 

「でも少し地味ね。なんかもうちょっと変わった料理に出来ないかしら?」

 

 うーん、とエリザベートはしばらく考え込み―――

 

「あ、そうだ!」

 

 ※

 

「サラー、いるー? ちょっと借りたい物のが・・・・・・・・・って、何よ。いないじゃない。ま、良いわ。確か、この辺に・・・・・・・・・あれ? 鍵が開いてる? うーん・・・・・・・・・ま、いいか! 後で返せば問題ないわよね! サラにもシチューをご馳走してあげれば、むしろ誉めてくれるわね。きっと!」




指摘を受けたので、一部文章を差し替え。


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幕間『月にて』

新年おめでとうございます。

去年の内に三章を終わらせたかったのですが、風邪で寝込んだり、新年の挨拶回りをしている内に年が明けてしまいました。本当は第三章の最終話となる話を先に投稿すべきでしょうが、リハビリも兼ねて幕間を先に投稿させていただきます。

今年も当SSをよろしくお願いします。

p.s.お年玉ガチャはエルキドゥと獅子王がセットで来ました。運営は太っ腹やね


―――ム#@セル・オー§マト■ 中△部 アン¶ェリ/ケ?ジ(閲覧制限ランク:EXにより一般観測不可)

 

 

 

「どういうつもりだ、キャスター!!」

 

 ドンっと鈍い音と共に野太い声が上がる。

 騎兵の彫像が背もたれに置かれた玉座。衛士(センチネル)・ライダーは肘掛けに拳を振り下ろし、衛士(センチネル)・キャスターを睨み付ける。

 

「勝手に小聖杯を持ち出した挙げ句、魔王連盟に接触をするとは………一体、何を考えている!?」

「同感だぜ。そこら辺、キッチリと説明して貰おうじゃねえか」

 

 槍兵の玉座から衛士(センチネル)・ランサーの冷え切った声が響く。衛士・キャスターを睨む目つきは、大の男でも震え上がらせる威圧感が込められていた。

 

「情報収集の一環です。本来はアサシンさんの仕事ですが………」

 

 しかし対する衛士・キャスターは二騎の叱責など何処吹く風、と言わんばかりの態度で応じる。チラリと意味有り気に見た先では、一連の出来事に対して興味なさそうに衛士・アサシンが深紅の―――何処か錆臭い臭いのする―――塗料を爪に塗っていた。

 

「私が泥臭い下調べなんてするわけないじゃない。そういうのは下々の人間の役目でしょう?」

「ええ、その通り。御覧の通り、アサシンさんはそのクラスに反して情報収集や諜報活動を苦手としている。ですから、箱庭や『彼』の周辺を調べるのは不肖ながら私の役目だと思いまして」

「話をはぐらかすな、キャスター! それが何故、魔王連盟などに接触した!」

 

 胡散臭い笑顔でぬけぬけと言い放つ衛士・キャスターに苛立ちながら、衛士・ライダーは一喝する。

 

「ですから、情報収集と。仮称・魔王連盟は現在、箱庭下層のフロアマスターを一掃しようと動いています。当然、『彼』がいる南側も対象です。ここまではよろしいでしょうか?」

「それが何だと言うのだ?」

「はっきり言って邪魔なんですよ、彼等。こちらの目的の為にも、邪魔になりそうな存在は早めに抑えておきたい。だから―――南側における彼等の手足(巨人族)を潰しておきました」

 

 それこそが衛士・キャスターの狙いだった。南側―――‟アンダーウッド”の襲撃者である魔王連盟。その一団は、南側においては手足となる巨人族に対して黒幕の数が少ない。それこそ片手で数えられる程度の人員だ。そしてこの一団は自分達の存在を必死に隠匿しようとしている。彼等が動けば‟アンダーウッド”の壊滅は今よりも簡単に済む程の実力があるというのに、一向に動かないのがその証拠だ。だからこそ、衛士・キャスターは言わば実働部隊である巨人族を全滅させた。完全に頭と手足という役割を守っている以上―――手足(巨人族)をもいでしまえば、頭は動けなくなる。

 

「その為に、小聖杯をあのワー・タイガーに与えたんですよ。事実、巨人族を一掃してくれました。第一、あれは私の持ち物でしょう? どう使おうと私の勝手なのでは?」

「随分と勝手じゃねえか。手前の言う魔王連盟()が絶対に動かないと言い切れるのか?」

 

 ジロリ、と衛士・ランサーが衛士・キャスターを睨む。

 

「動かないでしょう。そもそも南側の一団は、魔王連盟本隊と折り合いが良くないみたいですから。これ以上、事を荒立てて自分達の立場を危うくするのは避けるでしょう。仮に実力行使をするとしても………私にとって神の化身は相性がいい」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、衛士は手元の本の背表紙を撫でる。尋常ならざる魔力を発する黒い革表紙の本。それこそが、衛士・キャスターの宝具だった。

 

「………ふん。大した自信だな。まあいい、そこまで言うなら話が抉れたら手前でどうにかしろ。で、何であのワー・タイガーに小聖杯をくれてやった? 小聖杯が『小僧』の手に渡った場合、どうするつもりだ?」

「ああ、別に問題ありませんよ。仕掛けはちゃんとしてあるので」

「仕掛けだと………?」

「ええ、いざとなったら私の命令一つで―――」

 

 カシャン、と衛士・キャスターの眼鏡が床に落ちる。衛士・ライダーが席を立ち、衛士・キャスターの胸倉を掴み上げていた。

 

「貴様………どこまで卑劣に成り果てる気だ?」

 

 顔に冷たい怒りを刻み込み、衛士・ライダーは衛士・キャスターを睨む。

 

「小聖杯を持ち出したこと、我等に黙って魔王連盟に接触したこと。これらは………まあいい。納得はいかぬが、流すとしよう。だが! 死者を愚弄する様に蘇らせ! そして使い捨ての兵器の様に扱う! 貴様は英霊として………否、人として犯してはならぬ事をした!」

 

 以前の叱責とは比べ物にならない怒りを露わにし、衛士・ライダーは手に力を籠める。衛士・ライダーとて復活させられたガルドの経歴は知っている。彼にとってもガルドは唾棄すべき卑劣漢であり、残虐な畜生だ。だが、それとこれとは別なのだ。たとえ悪人であっても安らかな死は与えられて当然の権利だ。それを無理やり目覚めさせ、あまつさえ将棋の駒の様に簡単に死地へと追い立てる。義侠に生きた衛士・ライダーにとって、衛士・キャスターのやった事はガルド以上に許しがたい行いだった。

 

「答えろ、衛士・キャスター。貴様はそうまでして勝ちたいか? 獣に堕ちてまで得た勝利に、何の意味がある!」

「——―——―当然だろ。勝利以外に意味なんてあるわけないだろ」

 

 衛士・ライダーの憤怒を目の当たりにしてなお、衛士・キャスターは物怖じなどしなかった。眼鏡が外れた事で取り繕った態度が無くなり、剥き出しとなった本性で衛士・ライダーに相対する。

 

「忘れるなよ、衛士・ライダー。これはアンタにとって………そして俺にとっても負けられない、負ける事が許されない戦いだ」

 

 衛士・ライダーの手を振り解き、衛士・キャスターは冷め切った目つきで相手を見る。

 

「だからこそ、打てる手段を打った。確実な勝利の為に布石を敷いた。邪魔になりそうな障害を排除した。まさか、その事を責める気か?」

「その為ならば、人道すら捨てると言うのか? その手柄を、我等の主に胸を張って報告できるか? この様な卑劣な行い………主は望まぬ!」

「だったら何だと言うんだ? 『アレ』は万に一つでも勝機を見出してくる。なら、こっちも万に一つの可能性すら潰すべきだろ。打てる手があったけど、打たなかったから負けました、とでもマスターに言うのか?」

 

 己が義の為に。己が目的の為に。両者は譲ることなく、正面から睨み合う。もはや、どちらかが武器を抜いてもおかしくはなく―――

 

「―――静まれ」

 

 静かに。そして、逆らう事を許さない重圧を伴った声が響く。広場の一角―――剣士を象った彫像の玉座に座る人物は、対峙し合う二騎のサーヴァント達を睥睨する。場に集まったサーヴァント達は、その人物から発せられるオーラに居住まいを正した。

 

「衛士・キャスター。貴様に聞きたい事は一つだ」

「なんなりと」

「貴様の手駒は使えるのか?」

「衛士・セイバー殿! 何を―――」

 

 衛士・ライダーが抗議の声を上げるが、玉座に座る人物―――衛士・セイバーが一睨みして黙らせる。

 

「スペックは問題なしだ。ムーンセルのバンクから、彷徨海の魔術師が残した秘術をガルドに使用した。元が人と獣、悪魔との混ざり物だからな。適合し易かったぜ。加えて無限魔力炉と言える小聖杯を使用した。頭の出来は最悪だが、それはそれで御しやすい」

「それは―――確実に『敵マスター』を屠れるか?」

 

 何の感情も浮かばない金色の瞳が衛士・キャスターを射抜く。人間性という物を極限まで廃し、ただ能率だけを求める機械の様な冷徹さで衛士・セイバーは返答を求める。ここで答えを誤れば、衛士・キャスターの首が容易く刎ねられる事は容易に想像できるほど、温かみの無い声だった。

 

「―――やれる。『アレ』の首も………『アレ』のサーヴァントも、取り巻きも殺せる。それだけの御膳立てはした」

 

 衛士・セイバーの発する重圧を跳ね除け、衛士・キャスターは断言する。

 

「ならば言葉通り、実行せよ。魔王連盟の動きを封じ、邪魔する者を全て排除し―――『敵マスター』の首を刎ねよ」

「衛士・セイバー殿! それはあまりに衛士・キャスターに甘い判断であろう!」

 

 衛士・キャスターの独断専行を認める発言に、衛士・ライダーは再度抗議する。

 

「無論、勝手にさせる気はない。衛士・アーチャー、衛士・ライダー。貴様等は共に箱庭に降り、衛士・キャスターを見張れ。我等の益にならぬ、と判断した場合は背中から刺せ」

「………御意に」

「やれやれ………私は暗殺者ではないのだが」

 

 弓兵の玉座に座った衛士・アーチャーが溜息をつきながら、衛士・ライダーと共に頷く。自分への殺害許可が出されたにも関わらず、衛士・キャスターは気負った様子もなく床に落ちた眼鏡を拾った。

 

「それと、衛士・キャスター。貴様の手駒が強力とはいえ、『敵マスター』陣営に対して多勢に無勢であろう。その点について考えてあるか?」

「ああ、それはエネミープログラムを使う。Moby-Dick型ならば仕留めるには至らなくとも、十分な足止めは―――」

「貴様の残る手駒を使え」

 

 ピタリ、と衛士・キャスターの口が止まる。

 

「………何の話だ? 俺にガルドやエネミープログラム以外の手駒はいねえぞ。システム・フェイトの使用にも制限がかかったしな」

「とぼけるな。貴様が我等の目を盗んで、頻繁に虚数領域に入り込んでいる事を知られてないと思ったか? そしてそこから『あの女共』を拾い上げ、匿っている事を私が知らないと思ったか?」

 

 一瞬。衛士・キャスターの顔色が変わる。動揺を悟られまいと無表情になったが、その反応は衛士・セイバーの言ったことが真実であると雄弁に語っていた。しかし、衛士・セイバー以外のサーヴァント達は一様に疑問符を浮かべる。衛士・キャスターが裏で何か企んでいる事は知っていたが、衛士・セイバーが言う様な匿われた人物に覚えがなかった。

 

「待て。あれは使えない。あれは一度消去されてたから霊子状態も不安定だ」

「死人であったガルド・ガスパーを巨人族を全滅させるまで強化できたのだ。問題なかろう」

「いや、待て。そもそもアイツ等はムーンセルに反旗を翻した身だぞ? 外に出しても様々なロックがかかって、全盛期の半分も出さねえよ」

「貴様は既に我等やムーンセルの目を欺いて違法まがいの手段を取っている。今更、何を躊躇う」

「そもそもだな、匿ったと言ってもほんの気まぐれで、深い意味は、」

「衛士・キャスター」

 

 深く。斬撃の様な鋭さを持った声が、静かに響く。衛士・セイバーは機械さながらの無感動さで衛士・キャスターを睥睨した。

 

「貴様は如何なる手段を講じても勝利すると言った。その為ならば打てる手段は全てやる、と。エネミープログラム風情よりも、貴様が匿っている『女共』の方が戦闘力は上だ。そして奴等はかつてムーンセルに逆らった。ムーンセルに属する我等にとって、『女共』が死のうと関係ない。足止めとして使うならば、打ってつけであろう。ならば、エネミープログラムよりも奴等を使う方が成果が出る。貴様は自分の言った事を曲げると言うのか?」

 

 衛士・キャスターの身体が震える。鉄面皮を装っているが、今やその顔色は真っ赤になっていた。目に浮かぶ表情は憤怒、屈辱―――そして苦渋。

 

「貴様の言う通り、我等は我がマスターの為に勝たねばならない―――何としても」

 

 衛士・キャスターだけでなく、周りの衛士・サーヴァント達に言い聞かせる様に衛士・セイバーの言葉が重くのしかかる。相変わらず無機質な声だったが、最後に付け加えた言葉だけはどこか熱を帯びていた。

 

「甘さは捨てろ。情は捨てろ。全ては勝利の為に―――我がマスターの為に」

 

 十秒ほど、衛士・キャスターは衛士・セイバーと睨み合った。やがて眼鏡をかけ直し、紳士然とした顔つきに戻る。しかし、その顔にはいつもの様な胡散臭い笑顔は浮かんでいなかった。

 

「………すぐに調整して参ります」

 

 クルリ、と背を向けて衛士・キャスターはその場を後にした。

 その背中を衛士・セイバーは無感動なくすんだ金色の瞳で見つめる。

 

 

 

 手にした黒い剣が―――ギラリ、と妖しく光った。

 

 

 

 

 




時々、「サーヴァント程度は箱庭では大した脅威にならない」という感想を目にしますが、このSS独自の設定で彼等は強化されています。後々、劇中で説明していくので今はあまり詳しく聞かないで下さい。


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第17話「Rapid development」

やっと………本当に、やっと三章が終わった……。
相変わらずの亀更新ですが、今年もどうぞご贔屓に。


 光が収まると同時に白野の視界に色彩が戻る。

 まず目に映ったのは丘陵からでもはっきりと分かるくらいに巨大な大樹。そして、満天の星空が白野を出迎えた。

 

「―――緑と清流と青空の舞台。ハハッ、北側とは正反対の景色だな! いや、俺は歓迎だが? むしろ抱き締めたいくらい大歓迎だが? ちょっくら抱きしめて来て良いか?」

「やれやれ。構わんよ」

 

 レティシアが頷くのと同時に、十六夜が駆け出した。走り去った後が旋風となり、あっという間に見えなくなる。

 

「相変わらず落ち着かない方ですねえ。初めて来た場所に大はしゃぎするとか、子供かっての」

「まあまあ。誰が見ても凄い景色だからね。無理は無いさ」

 

 呆れ顔のキャスターを宥める白野。そんな二人を余所に、レティシアは翼を広げて宙へと浮かんだ。

 

「二人もゆっくりと観光してくると良い。荷物は私が宿舎まで運んでおこう」

「良いのか? なんだったら―――」

「それはそれはありがとうございます♪ ご主人様。私と一緒にデートしましょう、デート! 」

 

 手伝おうか、と言おうとした白野を遮り、キャスターは白野に抱き付く様に腕を組んだ。キャスターの豊かな双丘が白野の腕を包み込む。

 

「キャ、キャスター! 近いって! それに、その………」

「いやん♡ 皆まで言わせないで下さいまし。ワザとですから♪」

「それはそれでタチ悪いな!?」

 

 真っ赤な顔で慌てる白野を尻目に、キャスターはレティシアに意味深な目配せをする。

 

「見ての通り、ご主人様とイチャイチャして来るので―――貴方も御用(・・)を済ませて来て下さいね?」

「―――ああ、分かっている」

 

 キャスターに軽く会釈し、レティシアは飛び去って行った。

 

 ※

 

「しかし、本当に北側とは文化が違うんだな」

 

 “アンダーウッド”の大樹の地下都市。その大通りを歩きながら、白野は感心した様に呟く。

 北側が石や煉瓦の建造物が多いのに対し、南側は土地柄に合わせてか木の建造物が多く見られる。道行く人も北側が長袖などの防寒を目的とした服が多かったのに対し、こちらでは涼しげな恰好だ。

 

「あちらは悪鬼悪霊の類が跋扈していましたが、こちらは動物霊や幻獣が多いんですねえ」

 

 白野の腕を組みながらキャスターは辺りへと目を向ける。まだ夜と言っても陽が落ちて間もない時間の為か、辺りには獣人の類が街を歩いていた。服装のエキゾチックさを除けば、キャスターも違和感なく街に溶け込めるだろう。

 

「それにしても巨人族の襲撃ですか。タダで招待してくれるわけねー、とは思っていましたけど、まさか魔王の残党退治をする羽目になるなんて………」

「まあ、魔王の撲滅が‟ノーネーム”の指針だからね。依頼を受けた以上はやるさ」

 

 そう言いながら、白野は頭の中で情報を整理し出した。大体のあらましは、セイバーから送られた手紙で書かれていた。現在、南側の‟アンダーウッド”は魔王の残党である巨人族の襲撃を受けており、これを“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟”が水際で防いでいる。そして―――その中に、新たなサーヴァントの姿がある、と。

 

(手紙によると、巨人族は北欧やケルト神話の末裔が多いみたいだ。この二つの神話では巨人族は神の敵対者と記される事が多くある。ただし、連盟の獣人やセイバー達に撃退できるという事は、そこまでの実力が無いということ。神話で巨人族が作り出した宝具の存在に注意して対処するのが妥当か………)

 

 次いで、南側で新たに確認されたサーヴァントの存在を考える。竜の血を宿した二人の娘。セイバーによるとランサーとバーサーカーのサーヴァントらしい。そしてランサーの真名は白野にとって既知のサーヴァントだった。

 

(―――エリザベート。月の裏側で出会ったランサーのサーヴァント………)

 

 エリザベート・バートリー。月の裏側で白野達と戦ったサーヴァント。アイドルに憧れ、好意を持った相手に料理を振る舞うなど少女らしい一面を持つが、油断は禁物だ。生前、美容の為に大勢の少女を惨殺し、死後サーヴァントになった後でもマスターを殺し、自分だけの為にBBに協力した。自らの為ならば、世界を滅ぼす事もいとわない反英霊。白野にとって危険極まりないサーヴァントだ。

 だが―――

 

(・・・・・・止めよう。彼女は“アンダーウッド”の為に戦った。邪推するのは止そう)

 

 月の裏側でもエリザベートは最後は白野達の為に戦ってくれた。彼女の根底にあるのは邪悪ではない。

 

(でも………だとしたら、誰がエリザベートを召喚した? 何の為に?)

 

 基本的に、英霊の召喚は聖杯が無くては成立しない。神魔が集う箱庭ならば代替手段はあるだろうが、それでも白野が知る英霊ばかりが行く先々で見つかるのは偶然と言うには出来過ぎていた。

 セイバー

 キャスター

 ライダー

 ランサー

 バーサーカー

 

 クラスがはっきりと別れ、多数の英霊が集う。これではまるで―――

 

(聖杯戦争………)

 

 白野が経験した聖杯戦争は、かつて地上で行われた物を参考に組まれたトライアルだ。もしも、この地でオリジナルの聖杯戦争が起きているとしたら? また、白野は聖杯戦争に身を投じなくてならないだろう。敗者は全てを失い、勝者は敗者の屍を踏み越えて先へ進む。そんな凄惨な戦いに。

 

(ともかくエリザベートとは会って話をしてみよう。出来ればバーサーカーのサーヴァントにも)

 

 そして―――“ノーネーム”の皆にも事情を話さなくてはならない。もしも聖杯戦争が起きた場合、“ノーネーム”が巻き込まれるのは避けられないだろう。

 

(もしも―――もしも本当に聖杯戦争が起きたら、どうする? 皆に協力してもらうか・・・・・・・・・それとも、“ノーネーム”を去るべきか)

 

 逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀。彼等の強さは疑うまでもない。だが、どれほど強力であろうと絶対なんて無いのだ。無敵を誇った太陽の騎士が敗れた様に。どれだけ情報(マトリクス)を集めても、力量(レベル)を上げても相手も同じ様に対策して臨んでくる。敗北のリスクは常につきまとう。そして負けて支払うリスクは―――死。

 そんな戦いに軽々と巻き込む事は出来ない。

 

(いったい、どうすれば・・・・・・・・・)

 

「ジイイィィィ」

 

 ふと、横から視線を―――御丁寧に擬音付きで―――感じた。

 

「ジト~~~」

「えっと・・・・・・・・・何かな、キャスター?」

「いえいえ、何でもありません♡ どうぞ考え事を続けて下さいませ♡」

 

 ニッコリとキャスターは笑いかける。なのに、背筋が寒くなるのはどういうわけか?

 

「せっかくのデートで、隣にこーんな可愛い良妻狐がいるのに、難しい顔で黙り込む程の悩み事ですから。どうぞ私にお構いなく、気が済むまで考えて下さいませ♡(怒)」

「あー・・・・・・・・・」

 

 わざわざ括弧怒り括弧閉じ((怒))とまで言われ、白野はキャスターが何を言いたいのか理解した。

 仮にもデート中だというのに、相手を放って自分だけの思考の世界に入り込んでいるのは如何なものか? というか、完全にマナー違反だ。

 

「ごめん、ちょっと今後の事で考え混んじゃって・・・・・・・・・本当にごめん」

「むぅ~~~・・・・・・・・・今回だけですよ?」

 

 素直に頭を下げる白野に、キャスターは膨れっ面になりながらも許した。

 

「ご主人様が今お悩みしている事は、新しく現れたサーヴァントの事ですね? 場合によっては聖杯戦争が起きるかもしれない、と」

「ああ、その通りだ」

「何だ、簡単な話じゃないですか。いざとなったら、セイバーさんや耀さん達の御力を借りれば良いじゃないですか」

「そんな簡単に頼める事じゃ、」

「ていっ☆」

 

 パチン、と白野の額でデコピンが炸裂した。

 

「~~~っ、キャスター!」

「ご主人様………ちょっーと、勘違いしてませんか?」

 

 抗議しようとする白野に、キャスターはジト目で白野を見る。

 

「周りを巻き込んじゃいけないとか、自分だけで戦おうとか………今まで御主人様の周りの人達で、巻き込まれて迷惑だ、と言った人はいましたか?」

「それは―――」

「遠坂さん、ラニさん。セイバーさん、耀さん、飛鳥さん。それにあの凶暴児も、ご主人様の人柄に惹かれて、協力してくれました。それなのに、肝心の御主人様が彼等を頼らないのは失礼じゃありませんか?」

 

 その言葉に、白野は頭を殴られた様な衝撃が走った。聖杯戦争でも白野は自分一人の力で戦ったわけではない。パートナーのサーヴァントは勿論、遠坂凛やラニ=Ⅷなどの協力者がいたから白野は戦えた。そんな初歩的な事をどうして忘れていたのだろうか?

 

「諦めず、前を向いて歩く。そんなご主人様だからこそ、慕う人達がいる。力になりたいと言ってくれる。そんな彼等に迷惑をかけたら悪いと遠慮するんじゃなくて、彼等の期待を裏切らない様に事を為す。それが一番大切な事じゃないのですか?」

 

 白野はしばし瞬きを忘れてキャスターを見た。いつも茶目っ気で白野や周りを振り回す時の姿とは違う。長い時を重ね、落ち着き払った年長者としての姿がそこにあった。

 

「………あのさ。キャスターって、時どき核心をついてくるよね。何かあったのか?」

「まあ、つい最近も悩める若人がいたので年長者として助言をば、と思いまして。ぶっちゃけ、耀さんの事なんですけど」

「耀が?」

「耀さん、周りの人達と比べて実力が劣っているのではないか? とお悩みの様でしかたから………」

「そうか………」

 

 最近、耀が時々憂鬱そうな顔になる事は白野も知っていた。しかし、どんな悩み事があるかまでは知らなかった。いつもふざけている様に見えて、キャスターは耀の悩みも敏感に感じ取っていたのだ。

 

「キャスター」

「何です?」

「その………ありがとう。大事な事に気付かせてくれて」

「………いえいえ。このキャスター、御主人様の晴れやかな顔を見る事が第一ですから♡」

 

 いつもの調子で微笑むキャスターに、白野もようやく薄い笑みを浮かべる。事態を重く受け止める余り、今の友人達を蔑ろにするところだった。

 

「みんなに、聖杯戦争の事を話してみるよ。どうするかは、その後に考えて―――」

 

「あの!」

 

 突然、白野に向けて大声がかけられた。

 振り向くと、そこに浅葱色の着物に白い袿を羽織った少女がいた。透き通った翠の髪が月の光に照らされ、髪から覗く白い角が神秘的な輝きを放っていた。

 

「え………貴女、清姫ちゃん? どうしてここに?」

 

 キャスターが驚いた様子でその少女の名前を呼ぶ。だが、少女―――清姫の方はキャスターには目をくれず、白野の方を見つめていた。

 

「やっと………やっと会えましたわ。この日をどれだけ待ち焦がれていたか………」

 

 熱っぽく、潤んだ瞳で白野を見つめる清姫。

 

「白野様。サーヴァント・バーサーカー、清姫。貴方の元へ、再び戻りました」

「えっと、君は―――」

 

 まるで生き別れた家族と再会したかの様に、感嘆する清姫。

 そんな清姫に白野は声をかけようとし―――。

 

 ―――目覚めよ、林檎のごとき黄金の囁きよ―――

 

 突如、どこからかしわがれた声と共に琴線を弾く音が響いた。

 同時に、白野の身体から力が抜ける。

 

「な、に………?」

「この竪琴の音は………!」

 

 突然の眠気に、片膝をつく白野。だが清姫は竪琴の音に惑わされず、辺りを警戒して見回した。非常事態に警戒心を強めるキャスターとバーサーカー。そんな彼女達をあざ笑う様に、竪琴の音と詠唱が続く。

 

 ―――目覚めよ、林檎のごとき黄金の囁きよ。目覚めよ、四つの角のある調和の枠よ。竪琴よりは夏も冬も聞こえ来る。笛の音色より疾く目覚めよ、黄金の竪琴よ―――!

 

 詠唱が終わった途端、満天だった星空が輝きを失う。曇天が稲光を放ちながら‟アンダーウッド”を覆い、昏く染め上げる。夜空が二つに裂け、そして―――!

 

「GYEEEEEEEEEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaEEEEEEEEEEEYYYYYAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 空の裂け目から、常識外れな咆哮が降ってくる。落雷の様なソレは、白野の臓腑を激しく揺さぶった。何とか耳を塞いで堪えた白野は、空を見上げ―――そこに神話の光景を見た。

 

「何だ、あれは………」

 

 呆然とした呟きが白野の口から漏れ出す。その呟きに、キャスターと清姫は答えられなかった。神秘の色濃い時代で生まれた二人でも見たことの無い光景が、そこにあった。

 

「あれは………龍?」

「い―――いやいや! 大き過ぎますって!」

 

 清姫の呟きに、キャスターが大声を上げる。はるか上空から、龍の頭部が‟アンダーウッド”を覗き込んでいた。既に白野の視界一杯に広がる程の大きさだというのに、その全長は雲海に隠れて見えない。考えるもの馬鹿らしいくらいの巨体なのだろう。

 巨竜が再び咆哮する。間近で落ちた雷の様な音量と激しさに、白野は再び耳を塞いだ。しかし、それでも全身にビリビリと衝撃が走り、意識を失わない様にするので精一杯だ。

 かつて月の裏側で、竜の化身であるエリザベートと戦った時、彼女は竜の咆哮を宝具にしていた。雷鳴のドラゴンの威風を再現した宝具に、白野達は幾度となく苦しめられていた。今の巨竜の咆哮は、その時の事を白野に思い出させていた。しかし、あの巨竜は違う。エリザベートの様に明確な攻撃手段としてぶつけているのではなく、ただ吼えているだけだ。それなのにエリザベートの宝具と同レベルの破壊力を有している。これで攻撃手段として咆哮した場合にどうなるかなど、考えたくもない。

 

「ますたぁ!」

 

 地面に伏せていた白野を抱き抱える様に清姫が清姫が飛び退く。そこに巨竜の鱗が巨岩の様な重量を伴って落ちてきた。

 

「ますたぁ! お怪我は!?」

「あ、ああ。大丈夫だ」

 

 必死な顔で白野の安否を気遣う清姫に、白野はドギマギしながら答えた。しかし、そんな時間すら許さずに事態は悪化する。

 

「ご主人様! 前!」

 

 キャスターの叫びに、白野はハッと前を向く。先ほどの鱗から触手が生え、見る見る内に巨大な多頭の蛇へと姿を変えた。

 

「SYAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 多頭の大蛇が一斉に咆哮を上げる。聞けば、あちらこちらから同じ様な怪物の咆哮と住人達の悲鳴が聞こえる。ここだけではなく、各地でも落ちた鱗から怪物が現れている様だ。多頭の大蛇は白野を見据えると、牙を剥いて飛び出した。

 

 ※

 

 ‟アンダーウッド”全域に火の手が上がる。怒号と悲鳴、そして怪物の咆哮が響く‟アンダーウッド”へ空から何枚mの黒い封書がヒラヒラと舞い落ちた。

 

『ギフトゲーム名:‟SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING"

 

 プレイヤー一覧

 ・獣の帯に巻かれた全ての生命体。

 ※ただし獣の帯が消失した場合、無期限でゲームを中断とする。

 

 プレイヤー側敗北条件

 ・なし(死亡も敗北と見なさず)

 

 プレイヤー側禁止事項

 ・なし

 

 プレイヤー側ペナルティ条件

 ・ゲームマスターと交戦した全てのプレイヤーに時間制限を設ける。

 ・時間事項は十日ごとにリセットして繰り返す。

 ・ペナルティは串刺し刑、磔刑、焚刑からランダムに選出。

 ・解除方法はゲームクリアまたは中断された時に適用する。

 ※プレイヤーが死亡したとしても、解除方法が満たされない限り永続的にペナルティを課す。

 

 ホストマスター側勝利条件

 ・なし

 

 プレイヤー側勝利条件

 ①ゲームマスター・魔王ドラキュラの殺害

 ②ゲームマスター・レティシア=ドラクレアの殺害

 ③砕かれた星空を集め、獣の帯を玉座に捧げよ

 ④玉座に正された獣の帯を導べに、鎖に繋がれた革命主導者の心臓を討て

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

 ‟       ”印』

 

 

 

 

 

 

 



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第四章『十三番目の太陽を撃て』
序幕『護国の騎士』


「―――殿下、レティ殿下! 起きて下さいまし!」

 

 肩を揺さぶられ、私はボンヤリと目を開ける。

 そこにはメイド服姿のカーラ侍女頭が私の肩に手をかけていた。

 場所は城の尖塔の屋上。手すりに寄りかかる様にして座っていた私は、春の麗らかな陽気にあてられてうたた寝をしていた様だ。

 

「もう! 我等の姫将軍ともあろう御方が、屋上で居眠りとははしたない! 下々の者に示しがつきません!」

 

 眼鏡を押さえながら、頭を振るカーラ。

 仕方ないだろう、そもそも夜行性である吸血鬼が昼間に起きているのが可笑しな話だ。そして太陽の日差しを存分に浴びても平気なのは“箱庭の騎士”の特権。よって私達はこの恩恵を大いに甘受しなくてはならない。

 というわけで、お休み。ぐー。

 

「二度寝するのは構いませんがね」

 

 視界の隅でカーラが頭痛に耐える様にコメカミを押さえているが、気にしない気にしない。私はそのまま、心地よい午睡へと―――

 

「護国卿と鍛錬のお約束があったのではないですか?」

 

 一気に目が醒めた。しまった、カーラ! 今は何時だ!?

 

「ちょうど午後二時になります。ちなみに護国卿は一時間前から練兵場で一時も動かずに待ってましたよ」

 

 ダウト。約束の時間は午後一時。一時間の遅刻だ。完っ全に言い訳の余地がない。

 私はカーラにとってつけた様な礼を言うと、慌ててその場を後にした。

 

 ※

 

「実に、一時間と六分の遅刻である。レティシア=ドラクレア」

 

 練兵場に着いた途端、温かみの欠片も無い声が私を出迎えた。懐中時計を懐に仕舞いながら、護国卿はジロリと私を睨めつけた。

 

「何か弁明があると言うならば聞こう。そなたから鍛練の約定を交わしながら、何ゆえに時間を守らなかったのだ?」

 

 ち、違うんだ護国卿。これには深い訳があってだな・・・・・・。ホラ、この通り今日は麗らかな晴天だろう?

 

「・・・・・・ほう?」

 

 我ら吸血鬼が日光を浴びれるのは偏に“箱庭の騎士”の特権であるから、存分に享受しなくてはならないのであってだな・・・・・・。

 

「・・・・・・・・・で?」

 

 そしてこの通り、日差しも優しく気温も丁度良い。しかも昼食後の時間帯となれば、少し瞼が重くなるのは生物として当然であって、

 

「・・・・・・・・・・・・だから?」

 

 えっと、その・・・・・・・・・。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 昼寝をしたら寝坊しました。ごめんなさい。

 

「ほほう。つまり―――そなたは、我との約定を忘れ、今の今まで、惰眠を貪っていた、と。そう言いたいわけだな?」

 

 う、うむ。全くもって申し訳ない。・・・・・・・・・だから眉間の皺を解いて貰えないだろうか?

 

「いやなに、別に怒ってなどいない。我が姫殿下がじっくりと休息を取られた様で、配下として嬉しい事はないのでな」

 

 はははは、と笑いつつ全く目が笑っていない。やはり、怒っているのでは?

 

「怒ってなどいない。いない、が………これほど休息を取られたのだ。鍛錬はいつもの倍増しで行っても問題はなかろう?」

 

 ま、待て護国卿! 貴公の鍛錬は新兵からも殺す気で来ている、と言われるほど過酷だ! その倍なんて、本気で死んでしまう!

 

「はははは、安心されよ。さすがに我とて主君の娘を殺す真似はせぬ―――運が良ければな」

 

 そこは確約して貰えないだろうか!? というか私以外だと殺す気でやっているのか!?

 

「ゴチャゴチャ言うな! 構えよ、レティシア=ドラクレア!」

 

 ひいいいいぃぃぃぃぃ!?

 

 ※

 

「ふむ。日も暮れて来たか………今宵の鍛錬はここまでとする」

 

 ゼ~………ありがとう………ゼ~………ございました………。

 

「息を整えるか、喋るかのどちらかにせよ。まったく………」

 

 溜息を付きながら、護国卿は私に濡れたタオルを手渡した。ヒンヤリとした冷気が鍛錬でオーバーヒートした身体を心地よく冷やしてくれた。

 

「これに懲りたならば、次からは遅刻などするな。戦では作戦行動の遅れは死に繋がる」

 

 ………遅刻した身で言うのも難だが、護国卿。少し厳しすぎないだろうか? これから我がコミュニティは太平の時代へと入るのだ。あまり緊張感を持たせると、疲弊するのではないか?

 

「何を言う。太平の世に入るからこそ、一層の鍛錬に励まなくてはならぬのだ。軍人とは国を守る盾であり、侵略者を鏖殺する槍である。その本分を忘れては、太平の世など一時も保つまい」

 

 言わんとすることは分かるが………。

 

「むしろ、これからが気が抜けぬ時であろう。外からの敵がいなくなった事で、今まで身を潜めていた不忠者どもが動き出す。国を腐らせる者どもに裁きの鉄槌を下すのも我等が役目である」

 

 ………………そうか。もしもそんな輩がいれば、その時は頼りにしているぞ。護国卿。

 

「任されよ、姫殿下。先代は異界に漂着し、行き場のない我をこのコミュニティに迎えてくれた。そしてそなたはそんな我を変わらず重宝し、‟護国卿”の称号まで授けてくれた。その恩に報いる為に、コミュニティを堕落させる者は容赦なく串刺しにしてくれよう」

 

 ああ、頼んだぞ。護国卿。

 

「しかし―――」

 

 どうした?

 

「いや………我ながら今の状況が少し滑稽でな。かつて、その名で呼ばれる事を忌み嫌った化生達に仕えるとは………いや、人生とは書物より奇である。もっとも―――我は既に死した身だがな」

 

 

 



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第1話「安堵する間もなく」

 初代様ガチャを爆死した事実と向き合うのに時間がかかりましたとも。


 ―――“アンダーウッド”収穫祭本陣営

 

 “龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟”は大混乱に陥っていた。箱庭の最強種の一角、龍が突如として出現し、同時に現れた漆黒の契約書類。追い討ちをかける様に龍からは魔獣が次々と生み出され、“アンダーウッド”の住人を無差別に襲う。オマケに生み出された魔獣の一体一体が雑魚ではない。神格を宿した獣と同等の強さを持つ彼等は、連盟の戦士が二十人以上で掛かって漸く手傷を負わせられるといった所だ。連日の巨人族の襲撃で多数の犠牲者を出している連盟にとっては、人数差で戦況を覆せない程の戦力比だった。

 伝令は入り乱れ、情報が錯綜する中でサラ=ドルトレイクは議長席でとある情報を待っていた。その情報如何で、下層全域の危機になる、と固唾を飲みながら。

 やがて、サラの下へ伝令がバタバタと走りながらやってくる。

 

「北側より報告! 現在、魔王襲撃により“サラマンドラ”、“鬼姫”連盟で迎撃! 援軍は出せぬとの事です!」

「―――そうか。ご苦労だった」

 

 息を切らせながら報告する伝令に、サラは静かに頷く。そこへ別の伝令が焦燥した様子で駆けつける。

 

「ひ、東側より報告! 魔王アジ=ダカーハの分隊が白夜叉殿と交戦中! 連絡が取れません!」

 

 新たな報告に、北側からの伝令は卒倒しそうなくらい顔を青ざめる。サラも動揺を顔に出さなかったが、心中は穏やかではない。これで現在で活動している全ての階級支配者ないし候補者が魔王の襲撃を受けている事になる。どう考えても、偶然ではない。我の強い魔王達に組織だった行動を取らせる存在も気になるが、今は目の前の事態が先だ。

 

「北側と東側の一件はこの場だけの秘密にしろ! これ以上、余計な混乱を招くわけにいかん! “四本足”に通達! 大量の荷車と戦車を用意する様に伝えろ! 参加者の避難を最優先にするんだ!」

「「了解!」」

 

 ダッと伝令が駆け出す。サラも急いで愛用の籠手や剣を身に付ける。はっきり言って、今の“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟”に勝ち目は無い。しかし、収穫祭の主催者として参加者達の安全を守らねばならない。―――たとえ、この身を犠牲にしてでも。

 悲壮な覚悟で戦場へ赴こうとしたサラに、新たな足音が近づいた。

 

「サラ様!」

「おお、黒ウサギ殿か。君達も避難の準備をして欲しい。我々が何としても時間を―――」

「その必要はありません! 間もなく審議決議の受理が行われます! “主催者”からの反応はありませんが、最低でも一週間の猶予は与えられると思います!」

「! そうか! “審議権限(ジャッジマスター)”であれば、ゲームの一時中断が出来る!」

「YES! なので、まずは魔獣達の一掃に専念するのデスよ!」

 

 九死に一生の思いで光明を得たサラだが、すぐに顔を曇らせた。

 

「それはそうだが・・・・・・・・・審議決議までに我々が保つかどうか―――な、何だ!?」

 

 突然、轟音と共に執務室の壁に大蛇の頭が突き刺さる。大蛇は白目を剥いて、口から血反吐を吐きながら絶命していた。どう見ても先程まで、“アンダーウッド”を襲っていた魔獣の一体だ。それがどうして、まるで大砲で撃ち出されたかの様に壁に突き刺さるのか? 

 

「ご安心下さい!」

 

 まるで意味不明な事態にサラが唖然とする中、黒ウサギは胸を反らし、力強く答える。

 

「彼等は人類最高の恩恵を持ち、神魔すら恐れず―――過去の英傑すらも従える問題児様方ですから♪」

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”、東南の平野

 

 龍から生まれた魔獣には、大した知能は無い。生まれたばかり同然の彼等は、野生の本能で“アンダーウッド”の住人に襲いかかっていた。無造作に尾や爪を振るうだけで獣人は千切れ、炎や毒液を吐き出すだけで為す術なく死んでいくのだから、その程度の知能でも十分に脅威だった。

 しかし、そんな魔獣達は今はたった一人を相手に徒党を組んで牙を剥いていた。

 

「蛇に亀、大蜥蜴・・・・・・・・・ハッ、単一生殖で生まれたのは見事に爬虫類ばかりだな。とすると、あの馬鹿デカい龍も一応は爬虫類の同類(なかま)になるのか?」

 

 十六夜は居並ぶ魔獣達を前にふてぶてしい笑みを浮かべる。それがカンに障ったのか、体長十メートルはありそうな大蛇が十六夜に飛びかかる。毒液が滴る牙が十六夜へと襲いかかり―――

 

「おっと」

 

 まるでドッジボールの様な気軽さで十六夜は大蛇を避け、無防備な腹を思いっ切り蹴り上げた。

 瞬間、大木を砕いた様な音が響き渡る。

 大蛇はくの字に折り曲がりながら、ロケットの様に撃ち出されて“アンダーウッド”の大水樹へと突き刺さる。

 

「シャアアアアアッ!!」

 

 同族がやられた事に怒りの雄叫びを発しながら、大蜥蜴が口から吹雪を吐き出す。摂氏にして-273度を下回る冷気は、十六夜をあっという間に凍り付かせる。

 

「ゴオオオオオオッ!!」

 

 氷像と化した十六夜に、残った大亀が頭と手足を甲羅の中に引っ込めて転がる。家一つを軽く押し潰せそうな巨体が繰り出す重量は生意気な人間を骨すら残さずに粉砕するのに余りある。

 

「―――しゃらくせえええッ!」

 

 突然、氷像が砕け散る。右手から眩い光を伴った十六夜が無造作に拳を振るう。吹雪は霧散され、のみならず拳は転がってきた大亀の甲羅と正面からかち合う。一瞬の拮抗すら許さず、巨岩の様な甲羅が砕け散った。中から甲羅を無くした大亀が砲弾の様に勢いよく飛び出し、後ろにいた大蜥蜴とぶつかる。大亀は殴られた時に衝撃が内臓まで陥没し、大蜥蜴は大亀の巨体に押し潰されて絶命していた。

 

『そんな、馬鹿な・・・・・・・・・』

 

 あっという間に三体の魔獣を屠った十六夜に、連盟所属の幻獣達から茫然とした呟きが漏れる。自分達が多数でかかっても相手にならなかった魔獣達が人間の少年の手で次々と打ち払われていく。先程まで悲壮な覚悟で戦っていたというのに、簡単にひっくり返った戦況に連盟の幻獣達は喜ぶ事も出来ずにただ立ち尽くしていた。

 

「さて、一段落した所で・・・・・・・・・お前等はいつまで絶望したフリをしているんだ?」

『なっ・・・・・・・・・?』

 

 突然の十六夜の言葉に、連盟の幻獣達にざわめきが広がる。言葉が分からない十六夜だったが、意思疎通は出来ていると確認すると舞台上の役者の様に両手を広げた。

 

「見ての通り、相手は禄な知能もないトカゲ共だ。こんな害獣同然の相手に、勇気と誇りを掲げる“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟”が臆して怯むハズがない」

『ぐぬぅ・・・・・・・・・!』

 

 フフンとわざとらしく鼻で笑う十六夜に、連盟の幻獣達の額に青筋が浮かぶ。スッと十六夜は目を細ませる。

 

「・・・・・・・・・いい加減に目を覚ませ。今日は“アンダーウッド”の再出発を祝う式典の日だった筈だ。だが、空の馬鹿デカいトカゲを使ってお前等の今までの努力を水泡に帰そうとしてる奴がいる。そんな無粋な輩に対して抱くべき感情は、絶望ではなく怒りであるべきだ」

『・・・・・・・・・』

「ここで動かないなら、それも良い。それが同盟の処世術だろうさ。俺達が全部片付けてやるよ。まあ―――その時は、“名無しに庇われたコミュニティ”と末代まで後ろ指を指されるだろうがな」

『・・・・・・・・・っ、ほざくなよ! 小僧!』

 

 十六夜の挑発に、とうとう連盟の幻獣達から闘争心を剥き出しにした雄叫びが上がる。

 

『少しは出来る様だが、牙も爪も持たぬ猿風情がいい気になるな!』

『応よ! 我等の角は、これまでも巨人共を数え切れぬ程に貫いた! 今さら魔獣程度、何するものぞ!』

『やるぞ! このまま“名無し”に笑われたままで終われるか!』

『奮い立て! “アンダーウッド”の為・・・・・・・・・我等、鷲獅子の御旗の為に!!』

 

『『『『『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』』』』』

 

 連盟の幻獣達が一斉に吼える。人間には理解不能な獣の鳴き声にしか聞こえないだろうが、紛れもない鬨の声だった。

 

(よし、これでゲーム中に“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟”の士気が途切れる事は無い筈だ。後は審議決議の時に立場をはっきりさせれば、主導権を握れるか)

 

 チラリと、いまだ魔獣の鳴き声が木霊する市街地を見ながら十六夜は思考する。

 

(黒ウサギの審議決議までに、アイツ等にケガが無ければ良いが・・・・・・・・・)

 

 ※

 

 鞭の様にしなる蛇蝎剣が炎を纏った大蜥蜴の首を刎ね飛ばす。フェイス・レスは即座に弓に持ち替え、空を飛んでいたワイバーンの様な魔獣の腹を撃ち抜いた。襲撃にいち早く気付いた彼女は住民の避難誘導を連盟に任せ、単身で魔獣達に大立ち回りをしていた。途中、“黄金の竪琴”で眠らされていた飛鳥を叩き起こし、以前の意趣返しとばかりに襲撃に気付かずに眠っていた事に皮肉を言ったが・・・・・・・・・まあ、些細な話だ。

 辺り一帯の魔獣が殲滅した事を確認し、次の魔獣を探し出す。

 ふと―――近くから、剣戟の音が聞こえた。劣勢の様ならば、加勢しようと音の発生源へとフェイス・レスは走る。すると、そこには―――

 

(あれは・・・・・・・・・“一本角”にいるもう一人の竜の娘?)

 

 剣戟の音の正体は、バーサーカー―――フェイス・レスは知らぬ名だが―――清姫だった。それぞれ赤色と青色の頭がある双頭龍を相手に、繰り出される爪を鉄扇で捌いていた。彼女の後ろには、フェイス・レスの記憶にはない人間の少年と狐耳の女性がいる。さらに後ろには避難民と見られる獣人達の姿まであった。

 双頭龍は自分の爪で引き裂かれない清姫に業を煮やしたのか、赤色と青色の頭の口が開く。

 

「バーサーカー、下がって! キャスター!」

「合点です! 呪層・黒天洞!」

 

 少年の指示に、清姫とキャスターは一瞬のタイムラグもなく動く。清姫と入れ替わる様に前に出たキャスターは銅鏡を盾の様にかざし、青色の龍頭から吐き出された吹雪を遮断する。

 

「Bomb()!!」

 

 ほぼ同時に、少年―――白野が動いた。赤色の龍頭が開いた口に爆発のコード・キャストを実行させる。赤色の龍頭は色から見て、炎のブレスが吐けるのだろう。そのブレスの為の燃料袋が口の中にあるのか、コード・Bomb()は口の中で引火して激しい爆発を起こす。赤色の龍頭を吹き飛び、吹き飛んだ傷口から双頭龍の内臓が見えた。

 

「今だ! バーサーカー!」

「はいっ!」

 

 バーサーカーが鉄扇を手に走り出す。自分の頭が一つ消し飛んだ双頭龍は、残った青色の龍頭に氷のブレスを吐かせたまま清姫の方を向こうとし―――

 

「Shock()!!」

 

 白野の手掌から紫電を纏った光球が撃ち出された。弾丸の様に飛び出したそれは双頭龍の残った頭を射抜き、双頭龍はビクン! と身体を痙攣させて動かなくなる。その隙に清姫は双頭龍の吹き飛んだ頭から内臓を覗き込む様に肩に取り付く。その口には、チロチロと燐光を放つ青色の光。

 

「シャアアアアアッ!!」

 

 清姫の口から青色の炎が吐き出される。内臓の中に直接劫火を叩き込まれた双頭龍は、内側から爆発する様に身体がバラバラとなった。同時に避難民達から歓声が上がる。

 

(今のは―――)

 

 フェイス・レスは目の前で起きた不可解な出来事に小首を傾げた。白野の戦闘手腕の事ではない。最小限の労力で完勝に近い戦いをした指揮は見事ではある。そんな事より―――

 

(龍に魔術が効いた? そんな筈は―――)

 

 龍の血には強力な魔力が宿し、同時に相手の魔力に対して強い抵抗性を発揮する。コップ一杯の水で滝の流れを止められない様に、生半可な魔術では龍の対魔力を突破する事は出来ないのだ。

 しかし、白野の魔術はそんな法則を無視して双頭龍に効いた。親である“龍”から劣化しているとはいえ、フェイス・レスの見立てでは双頭龍は熟練の魔術師が束になって、ようやく魔術が効く程度の対魔力だった筈だ。そして白野がそれ程の魔力を持っているかというと、そうは見えない。

 

(相手の霊格に直接作用した・・・・・・・・・いや、“そうである”と決められた事象を引き起こした?)

 

 果たして、あの少年は何者か? フェイス・レスはしばらく訝しげに見ていたが、今は考えている時間ではないと思い直して頭を振る。彼等に助勢は要らないと判断して、他の場に行こうとし―――

 

「“審判権限”の発動が受理されました! これよりギフトゲーム“SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING"は一時中断し、審議決議を執り行います! プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください! 繰り返します―――」

 

 遠くから雷鳴と共に、黒ウサギの声が響き渡る。“審議決議”が通ったのだろう。これで、一応はゲームを休止したとフェイス・レスは気を緩めかけ―――

 

「GYEEEEEEEEEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaEEEEEEEEEEEYYYYYAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 黒ウサギの声と雷鳴をかき消す様に、巨龍が吼える。フェイス・レスは即座に空を見上げた。そこには先程まで雲海から顔を覗かせるだけだった巨龍が、“アンダーウッド”を目掛けて一直線に降下していた。

 

「なっ!?」

 

 不意を受けた様にフェイス・レスが声を上げ―――突如、暴風が吹き荒れた。暴風に絡め取られ、フェイス・レスの身体が宙に浮く。フェイス・レスだけではない。連盟の幻獣も、魔獣も、建物も全てが上空へと打ち上げられていく。このままでは空まで飛ばされてしまう、と判断したフェイス・レスは蛇蝎剣を取り出して、近くの大樹に絡めて身体を固定しようとした。

 

「ご主人様!!」

 

 後ろで悲痛な叫び声が上がった。見ると、先程の狐耳の女性が泣きそうな顔で大樹の幹に掴まりながら、空へと手を伸ばしていた。その先には―――まるで木の葉の様に上空へと飛ばされる茶色い服の少年の姿。

 

「っ!」

 

 舌打ちを一つすると、フェイス・レスは大樹を掴もうとした蛇蝎剣の先を反転させる。騎士として目の前の人間を見捨てる事は矜持が許さなかった。暴風に身を任せる。獲物へと加速する猛禽類の様に身体を出来る限りに一直線にし、上空に飛ばされた白野へと加速した。

 

「き、君は・・・・・・・・・?」

「喋らないで。舌を噛みます」

 

 蛇蝎剣を使って白野を引き寄せる。その際に刀身で白野を傷付けない様にする事も忘れない。こんな妙技が出来るのも、フェイス・レスの技量があってこそだ。“アンダーウッド”の大樹の頂上まで上がったというのに、暴風の勢いが治まる気配が無い。これ以上は地上へ戻れなくなると、フェイス・レスは白野の身体を抱き締める様に寄せ、片手で蛇蝎剣を操って大樹の枝を掴もうとし―――突然、目の前に魔獣の死体が迫る。

 

「くっ!」

「コード・gain_str()!」

 

 フェイス・レスの蛇蝎剣が大樹の枝から魔獣の死体に切っ先を変えるのと同時に、白野はコード・キャストを発動させる。強化された筋力は魔獣の死体を難なく真っ二つにして二人への直撃を避けたが、地上に留まる最後のチャンスをフイにした二人は為す術なく空へと飲み込まれていった。

 

 ※

 

「ご主人様! ご主人様ー!!」

 

 キャスターは大樹の幹に掴まったまま、悲痛な叫び声を上げる。巨龍が降下しただけで発生した暴風の前に、彼女は動く事が出来なかった。彼女とて、白野を追って行きたい。しかし、それは無理な話だった。巨龍が急降下する事に気付いた白野は、即座にキャスターに風除けの結界を張る事を命じ、付近にいる“アンダーウッド”の獣人達の安全を第一とした。

 結界が発動する直前、運悪く白野だけが暴風に絡め取られたのだ。ここで白野を追う事は結界を解く事を意味する。巨龍が巻き起こした暴風は、急拵えとはいえキャスターが張った結界の中でも吹き荒れていた。減衰されて尚、しっかり掴まっていないと飛ばされそうになるのだ。ここで解いてしまえば暴風の減衰がなくなり、全員が為す術なく飛ばされてしまう。

 

「・・・・・・・・・玉藻ちゃん。この人達をお願いします」

「清姫ちゃん!? 一体、何を―――!」

 

 清姫は覚悟を決めた面持ちで、走り出す。あっという間に結界の範囲内から出ると、彼女は暴風に絡め取られて空へと舞い上がって行った。

 




 例えばの話。対魔力Aのアルトリアだろうが、ファブニールだろうがスタンさせるガンドは明らかにゲームの仕様。でも―――もしもゲームの仕様をそのまま持ってこれたら、かなり怖いと思う。麻痺してる間に急所を狙うとか簡単に出来る。現実にはHPなんて無いし。

 要はそんな話。詳しい説明は、またいつか。


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第2話『それぞれの陣営で』

つい最近まで、才囚学園で学級裁判をしていました。色々と意見はあるけど、ダンガンロンパV3は面白かったです。
苗木「超高校級の復讐者?」エドモン「俺を呼んだな!」なんてSSを誰か書いてくれないかしら?

悩みながら書いた第二話。シナリオの都合でキャラが動きすぎかな、とは思う。でもこれ以上、書きようが無いので勘弁して下さい。


 ―――“アンダーウッド”地下都市・緊急治療所

 

 急遽用意された治療所は大わらわだった。軽傷重傷を問わず怪我人はここに集められ、野戦病院さながらの混雑を生み出していた。家屋の多くは焼き払われるか暴風で吹き飛ばされ、無事だった建物を全て解放して即席の病棟にしても全員が収容できない有様だった。

 唯一、救いだったのは巨龍が巻き起こした暴風で全ての魔獣が“アンダーウッド”から取り払われた事だろう。あの巨龍は審判決議を受けて、ゲーム中断の為に魔獣を全て回収したのだ。したったそれだけで、あれだけの暴風が起きたのだ。身じろぎ一つでも天災を引き起こす。まさに最強種の一角と呼べるだろう。

 そんな中、“ノーネーム”の面々は―――白野と耀、レティシアを欠いた面々は―――集まっていた。

 

「そうか・・・・・・・・・奏者は、先の暴風で空へ吸い込まれたか」

 

 セイバーが固い面持ちでキャスターの報告を聞き終えた。

 

「私が・・・・・・・・・私が、もっと早く結界を展開していれば・・・・・・・・・!」

「後悔しても仕方ねえだろ。状況を聞く限り、岸波は自分だけなら身を守れたのに避難民達を優先させた。その結果、岸波だけが間に合わなかった。それだけの話だろ」 

 

 顔を俯かせるキャスターに、十六夜はキッパリと断じる。遠回しながら、キャスターを擁護する様な口調だった。

 

「・・・・・・・・・そうだな。顔を上げよ、キャス狐。そなたを責める事は出来ぬし、奏者もそなたが自責で潰れる事を望むまい」

「セイバーさん・・・・・・・・・」

 

 狐耳を垂れさせ、今にも泣きそうな顔のキャスター。いかに恋敵とはいえ、そんな相手の傷口に塩を塗る様な真似はセイバーには出来なかった。

 

「そなたの話では、仮面の騎士が奏者を助けに行ったのであろう?」

「はい・・・・・・」

「フェイス・レスの事ね・・・・・・・・・」

 

 キャスターから聞いた特徴と一致する人物に、飛鳥は渋面を作る。“黄金の竪琴”で眠らされた飛鳥は、襲撃が始まった時も気付く事は出来なかった。そのまま魔獣の餌食になりそうだった飛鳥をフェイス・レスが助けたのだが、その際に「襲撃に気付かないで寝てるなんて、随分とのんびりしていますね?」と言ってきたのだ。・・・・・・・・・巨人族襲撃の折りに寝込んでいたフェイス・レスに飛鳥が言った内容そっくりそのままだ。意外と根に持つタイプだったらしい。助けて貰った手前、反論する事も出来ず、かと言って素直に頭を下げるには飛鳥のプライドが許せない。そんな事があり、飛鳥はフェイス・レスに苦手意識を持っていた。

 とはいえ―――フェイス・レスの実力は、そんな飛鳥から見ても認めざるを得ないものだったのだが。

 

「あの騎士がついているなら、少なくとも奏者の身に危機が及ぶ可能性は低かろう。その点においては、最悪の事態は避けられたと言えるであろう」

「そうね・・・・・・・・・春日部さんもどうやら上空に飛ばされた人を追って、あのお城に行ったみたいだし」

 

 飛鳥が見上げた先。そこには巨龍と共に出現した巨大な城が天高くに鎮座していた。アニメ映画にありそうな浮遊城は壮観だが、そんな感想を抱いている暇はない。上空に飛ばされた人間は、あの城に留まっている可能性は高いのだ。

 

「二人とも、無事だと良いのだけど・・・・・・・・・」

「ああ、皆さん! ご無事でしたか!」

 

 上空の城を見上げる“ノーネーム”の一同に、陽気の声がかかる。振り向くと、フワリと“ウィル・オ・ウィスプ”のジャックが上空から降りてきた。

 

「ジャック! あなたも無事だったのね!」

「ヨホホホ! 何せ不死身のカボチャお化けですから♪」

 

 知り合いの無事を喜ぶ飛鳥に、ジャックはおどけて答える。しかし、すぐに真面目な声色になった。

 

「それはともかく・・・・・・・・・すみませんが、アーシャを見かけませんでしたか?」

「アーシャというと・・・・・・・・・地霊の娘であったか? すまぬが、見てはおらぬな」

「やはり、ですか・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・まさか、アーシャとやらも見つからぬのか?」

 

 沈んだ声音のジャックに、セイバーは事情を察する。いつも彼に付いて回っていたアーシャの姿がない。

 

「ええ、子供達を避難させる時にはぐれてしまって………無事だと良いのですが」

「安心しろ。黒ウサギに確認したが、審議期間中はギフトゲームによる死者が出ない様に配慮される。ここにいない連中は暴風に飛ばされて墜落死、なんて事にはならねえよ」

「とすると、いまこの場にいないので分かっているのは春日部さん、岸波君、アーシャ。ついでにフェイス・レスの四人ね」

「え!? フェイスまでも行方不明なのですか!?」

 

 十六夜達の話にジャックは目を剥く。

 

「これほど探しても見つからぬとなると、奏者達は上空の城に集まっているのであろう。奏者やヨウ達で合流できていれば良いが………」

「い、いやあ、フェイスはたとえ単独でも問題ないと思いますし、彼女がいるならアーシャも心配はないと思いますが………。彼女の身に万が一があったら、クイーンからどんなお叱りを受けるか………」

 

 ブルリ、とジャックは身を震わせる。箱庭の三大問題児の一人、クイーン・ハロウィン。彼女の近衛騎士であるフェイス・レスをジャック達は客分として迎えているが、その近衛騎士になにかあった場合はホストの“ウィル・オ・ウィスプ”の責任となる。振って湧いたコミュニティの一大事にジャックがカボチャ頭を蒼白にさせていると―――

 

「―――いえ、もう一人。私の知り合いがご主人様を追って空の城に行きました」

 

 それまで黙っていたキャスターが静かに口を開く。皆の視線が集まる中、彼女はその人物を告げた。

 

「彼女の名前は、清姫ちゃん。私の友人で………バーサーカーのサーヴァントとして、南側のコミュニティに在籍していた子です」

 

 ※

 

 ―――時間は少し遡る。

 上空に飛ばされた白野とフェイス・レスは、吸い寄せられる様に浮遊城に飛ばされていた。やがて暴風の勢いが無くなり、重力に従って二人の身体が落下し始める。耳元で風がビュウビュウと鳴り、浮遊城の地面が迫ってくる。

 

「っ、コード・gain_con()!!」

 

 白野はありったけの魔力を総動員させ、自分とフェイス・レスに守備力増強のコード・キャストをかける。フェイス・レスは、落下の衝撃を相殺させようとギフトカードから素早く投槍を取り出し―――不意に落下の勢いが収まった。

 

「え………?」

 

 白野が驚く中、二人の身体は羽毛の様に静かに地面へと降りていく。やがて足の裏に軽い衝撃を感じ、二人は地面へと降ろされた。

 

「今のは、一体………?」

「おそらく月の兎の“審判権限”による影響でしょう。ギフトゲームが中断した以上、ホストプレイヤーは参加者に危害を加える事はできませんから。ところで………そろそろ離してもらえますか?」

 

 淡々と答えるフェイス・レスに、白野はようやく今の状況を確認した。飛ばされた際にフェイス・レスに抱きかかえられ、白野も同様にフェイス・レスと身体を密着させていた。端的に言うと………抱き付いている形である。

 

「あ………ゴ、ゴメン!」

 

 慌てて離れる白野。赤面して挙動不審な白野に対し、フェイス・レスは落ち着き払った仕草で服についた埃を払っていた。場に気まずい沈黙が流れる。

 

「その………さっきはありがとう。ええと………」

「フェイス・レスです。“クイーン・ハロウィン”に属する騎士であり、今は“ウィル・オ・ウィスプ”に客分として招かれています」

「“ウィル・オ・ウィスプ”と言うと、ジャック達の知り合いなのか?」

「ジャックをご存じなのですか?」

「ああ、うん。俺は“ノーネーム”の岸波白野。ジャックとは取引先として良くしてもらっているよ」

 

 ピクン、とフェイス・レスの眉が動く。

 

「“ノーネーム”………ひょっとして、“月の兎”がいる?」

「そうだけど………どうかしたのか?」

「いえ………何かと貴方のコミュニティは縁がある様です」

 

 たまたま会った少年が、つい先日に関わったコミュニティの一員というのはどんな偶然か?フェイス・レスが短く溜息をつくと―――

 

「マ~~ス~~タ~~~!!」

 

 白野の頭上から可愛らしい少女の声が降ってきた。ふと見上げると―――竜角を持った少女が空から降ってきた。

 

「へ?」

 

 どんがらがっしゃ~ん!!

 白野が間抜けな声を上げたと同時に、竜角を持った少女は落下の勢いのまま白野に抱き着いた。二人は間抜けな効果音を上げながら、ゴロゴロと地面を転がる。

 

旦那様(マスター)、お怪我はありませんか! 旦那様(マスター)!」

 

 竜角を持った少女―――清姫は地面に倒れた白野の肩を掴んで揺さぶる。

 

「ああ、酷い! 身体がこんなに傷だらけに………!」

「いえ、それは今貴女がダイビング・ボディプレスを決めたからなのでは?」

「頭から血を流して……あの魔獣共のせいですね!?」

「貴方を受け止めた衝撃で地面に打ちつけたからでしょう」

「はっ! マスター、目をお覚まし下さい! 死んでは駄目です! しっかり!」

「白目を剥いて気絶してるだけですから。誰のせいか言うまでもありませんね?」

 

 ボロボロな姿となった白野に、清姫は涙目になりながら叫び続ける。横で冷めた口調でフェイス・レスが的確なツッコミを入れていた。

 ‟アンダーウッド”上空の浮遊城塞の一角。ここに十六夜達が願った通り、白野達は合流を果たした。

 ………約一名、無傷とはいかなかったが。

 

 ※

 

 ―――‟アンダーウッド”上空の城塞都市・城塞の一室

 

 城の貴賓室にあたる部屋で、白髪を左右に分けさせた少年は上座の席に座っていた。彼の顔には隠しようもない不愉快さがありありと出ていた。

 

「―――それで? わざわざ話を聞いてやっているんだ。俺達の手駒を潰した納得のいく説明はあるんだろうな?」

 

 尊大な口調で下座に座らせた男に問い詰める。威圧感を込められた言葉は、恫喝してるも同然の迫力だった。

 そんなプレッシャーを感じながらも、下座の男―――衛士(センチネル)・キャスターは全く堪えた様子はない。ニッコリと紳士的な笑顔を見せる余裕まであった。

 

「いや、全くもって申し訳ない。私の手駒がとんだご迷惑をおかけしました」

「………………」

 

 深々と頭を下げる衛士・キャスターに、白髪の少年は温かみの欠片もない視線を向けた。

 ―――この白髪の少年こそが、‟アンダーウッド”に巨人族を使って襲撃を行い、そして巨大龍を差し向けた黒幕。鈴やアウラ達から‟殿下”と呼ばれ、彼女達のリーダーとして振る舞う人物だった。鈴から巨人族全滅の報告を受け、それを行ったと自白する人物を連れて来させた。その鈴は彼の後ろに控え、事の成り行きを見守っていた。

 

(胡散臭い………)

 

 低身低頭で謝罪する衛士・キャスターを見て、殿下の抱く感想はそれに占められていた。目の前の男は言葉では真摯に謝罪はしているが、それが真の感情では無い事がありありと分かる。言わば台本通りに喋る役者の様な物だ。ともすれば、殿下のよく知る―――しかも嫌いな―――男と重なって見えて、殿下の中でイライラと不愉快さだけが募っていた。

 

「なにせ腹を空かせた猛獣みたいな物ですから、うっかりと拾い食いをしちゃったと言いますか………いや、首輪をちゃんとつけなかった私が全面的に悪い。本当にごめんなさいね?」

「―――で? 誠意の全く籠らない能書きをべらべらを言う為に、俺に会いに来たのか?」

「いえいえ、まさか! 私は紳士ですから! 言葉だけでは誠意は伝わらないと思ったので、耳寄りな情報をお伝えしに来た次第で!」

 

 万の神霊すら射殺す様な殺意を向けられても、なおも衛士・キャスターは胡散臭い笑顔で能書きを垂れる。いっそ、このまま感情の赴くままに殺すかと殿下の忍耐が限界に達しようとし―――

 

「実はですね、東側の白夜叉が神格を返上したらしいですよ」

 

 その一言は、思い止まるのに十分な言葉だった。

 

「なに………?」

「ほら、どういうわけか今は活動中の階層支配者の所に魔王達が殺到しているでしょう? その非常事態に白夜叉は自身に課した封印を解いたそうですよ」

 

 チラリ、と殿下は背後に控えていた鈴へ視線を向ける。しかし鈴にとっても初耳の情報だ。突然の事態に鈴のに動揺が浮かぶ。

 

「そのお蔭で東側を襲撃したアジ=ダカーハの分隊は即座に全滅されたそうです。今は北側の‟サラマンドラ”の救援に向かっているから………ここへは一両日もあれば来れるでしょう」

 

 世間話をする様な口調でもたらされる情報に、鈴の背中に冷たい汗が流れた。

 マズイ。この情報が本当ならば、非常にマズイ。自分達の目的は新たな階層支配者が生まれない様に、‟アンダーウッド”を徹底的に壊滅させること。しかし、もはやその目的は実現不可能になった。

 太陽と白夜の星霊、白夜叉。彼女は今でこそ東側の階層支配者に収まっているが、本来は星霊の中でも最強個体として生まれ落ちた白夜の星霊だ。彼女の相手が務まる者は箱庭でも十人はいない。下層に干渉する条件として仏門に帰依し、自らの霊格を縮小させていた。そんな彼女が階層支配者の地位を捨て、全盛期の力を取り戻す? 

 

(冗談じゃないっての………!)

 

 唇を噛み締める鈴。情報が確かならば、自分達が各階層支配者に派遣した魔王など相手にならないだろう。現在、‟アンダーウッド”を襲っている巨大龍に関しても同様だ。もはや状況は詰みに近い。

 

「そこで物は相談なのですけど………この場は私に譲りませんかな?」

 

 胡散臭い笑顔を崩さず、衛士・キャスターは提案を切り出す。

 

「………どういう事だ?」

「まあ簡単に言うと、あなた方が逃げる時間を稼いであげましょうか? という話ですよ。その代わり………ギフトゲーム‟SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING"の進行は譲っていただきたい」

 

 これには殿下と鈴もワケが分からなかった。確かに白夜叉が出て来た以上、撤退するのが最善手だ。それを目の前の男が手助けする? 会って間もない人間が? 交換条件もまた意味不明だ。確かに‟SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING"を起動させたのは殿下達だ。しかし、このギフトゲームは殿下達の管理下にはない。言わば暴走状態にある主催者権限を発動させているに過ぎない。そんなギフトゲームを進行したいなど、メリットが全く見えない。一見すると殿下達には損が無い提案だが、それに喜んで飛びつくほど殿下は愚かではなかった。

 

「………その条件を呑むとして。俺達に何のメリットがある? そもそも撤退するにしても、お前の手を借りる必要性が全く見えないな」

「いやいや、これ以上の損害は避けた方が良いのでは? ねえ―――‟ウロボロス”連盟のカルキ殿?」

 

 今度こそ。殿下は腰を浮かして立ち上がる。鈴もまた腰のナイフベルトからナイフを引き抜いた。

 そんな殿下達の様子を面白そうに―――むしろ余裕すら見せながら衛士・キャスターは喋り続ける。

 

「ヒンドゥー教に伝わる最高神ヴィシュヌの最後のアヴァターラにして、カリ・ユガを終わらせる英雄カルキ………そんな存在を小間使いにするとは、‟ウロボロス”連盟とは全くもって大胆と言うべきか。まあ、それは今は置いておきますか」

 

 殿下達から最大限の敵意を向けられてもなお、衛士・キャスターは余裕な態度を崩そうとしない。ここまで来ると、何か仕掛けがあるのか? と殿下達も疑い始めていた。

 

「重要なのは、‟ウロボロス”連盟にとって貴方の存在は‟必要だけど替えが利く程度”ということ」

「さっきから偉く決めつけているな。お前がいまベラベラと喋る情報、確証はあるのか?」

「それは秘密です。こちらにも秘密の情報源がある、とだけ言っておきましょう」

 

 ククク、と笑う衛士・キャスター。しかし、それらの情報が真実である事は殿下達の余裕のない態度が暗に示していた。

 

「ここで引いた方が賢明じゃありませんかな? 引き際を誤って、‟ウロボロス”連盟に処罰されるのは避けたいでしょう? いずれ、貴方が反逆する為にも………ね?」

 

 そう言って、衛士・キャスターは殿下達の反応を待つ。お互いに視線を交わし合う事、一分あまり。

 

「………フン。よくもまあ、あれこれと調べてきたな」

 

 先に沈黙を破ったのは殿下の方だった。

 

「いいだろう。そっちの望み通り、俺達は引かせて貰おうか」

「殿下!?」

 

 鈴が驚いた声を上げる。現状では撤退が最良というのは殿下達のゲームメイカー(軍師)として鈴は十分に理解出来ている。しかし、それをこんな胡散臭い男に提案された形で行うというのは安心できる要素がない。しかも、こいつは殿下や自分達の内情を見透かしている節がある。はっきり言って、生かしておくのは危険すぎる。

 

「いやあ、分かって貰えた様で何より!」

 

 パン、と手を打って衛士・キャスターは満面の笑顔を浮かべる。

 

「ご安心ください。巨龍はこのまま暴れさせておきましょう。運が良ければ、‟アンダーウッド”の壊滅も成就するでしょう」

「ほう。それは安心だ。じゃあ、やり残した仕事をするか」

 

 はい? と衛士・キャスターは首を傾げ―――

 ザクン!!

 次の瞬間、殿下の手刀が衛士・キャスターの腹を貫いていた。

 

「が、あぅ………」

「情報をくれた事には、まあ感謝してやる。俺の事を色々と調べたのにもまあ許してやる」

 

 でもな、と殿下は冷めた目で苦悶の表情を浮かべた衛士・キャスターを見る。

 

「俺を………俺達を、甘く見るな―――!」

 

 そのまま無造作に手を一閃させ、衛士・キャスターの上半身と下半身を分断させる。内臓や血を撒き散らしながら地面に倒れる。衛士・キャスター。トドメに殿下は足を振り上げる。

 次の瞬間、水風船が割れた様な音が響いた。

 衛士・キャスターの頭が、殿下によって踏みつぶされていた。

 

「………ふう。少し、ムキになったな」

「いえ、殿下がやらなければ私がやってたかもしれませんから」

 

 罰が悪そうに頭を掻くを殿下に、鈴はどこかスッとした表情で応えた。

 そのくらい二人にとって、衛士・キャスターの態度は腹が立つものだった。交渉とは名ばかりの上から目線の態度。こちらを下に見ていた余裕な目線。全て彼等の琴線に触れるには十分過ぎた。

 

「でも………良かったのですか? どうせなら体に一本一本ナイフを刺していって情報を全部吐かせた方が有益だったと思いますけど?」

「鈴。発想が怖すぎる」

 

 てへ、と舌を出す鈴。そんな自分のゲームメイカー(軍師)に少しだけ溜息をつく。

 

「だってだって、散々余裕そうな態度の割にはテンで弱かったじゃないですか。殿下なら無傷で取り押さえる事だって、」

「木偶人形をか?」

 

 え? と鈴は殿下の足元―――衛士・キャスターの死体があった場所に目を向ける。そこには先ほどまで撒き散らされていた血の一滴すら残っていなかった。

 

「な―――!? そんな! だって、気配もちゃんと人間の物だったはず!」

「幻術か、あるいは高度な分身か………。いずれにせよ鈴に会った時から身代わりだったわけだ。ずいぶんと臆病な性格な奴だな」

 

 フン、と殿下は鼻を鳴らす。

 

「とにかく、だ。鈴、これからどうするべきだと思う? ゲームメイカー(軍師)として意見を聞かせてくれ」

 

 敬愛する殿下に聞かれ、鈴は動揺した表情を沈めて思考の海に埋没する。ものの十秒もしない内に結論を出した。

 

「………現状は、撤退が最優先ですね。白夜叉が出て来るだけなら、殿下だけ下がらせて私やアウラさん、グーおじ様で‟アンダーウッド”の迎撃を行う手もあったけど、さっきの謎の男がネックですね。結局、所属するコミュニティも不明だったし、とにかく相手の手が見えない」

「ふむ………」

「あの男がゲームを乗っ取りたいと言うなら好きにさせれば良いと思う。どの道、‟SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING"は私達の支配下には無いし、これであの男の手の内が見えてくるなら安い代償かな?」

「とりあえずはお手並み拝見、というわけだな」

 

 殿下は頷くと、すぐに指示を出し始めた。

 

「鈴、アウラとグー爺に撤退を伝えてくれ。ただしアウラには監視用の使い魔をこの浮遊城塞と‟アンダーウッド”に差し向ける様に伝えるんだ。とにかく情報を得るのが先決だ」

「はい!」

「それにしても………このゲームは予想外の事ばかりが起きるな」

「うん。結局、都市内の冬獣夏草もほとんどあの騎士に狩られちゃったし………」

 

 窓から遠くを見て殿下は一人ごちる。それに応える様に、鈴もまた窓の外を見た。

 そこには、城の尖塔があり―――いくつかの人型に焼け焦げた跡があった。

 その一つ。まるで墓標の様にいくつもの杭が突き刺さった焦げ跡を見て、殿下は忌々し気に呟く。

 

「コミュニティが滅んで尚も、自分の役割に殉ずるのか? 亡霊騎士め………」

 

 




二月から四月まで、諸事情あって小説の投稿が出来ないかもしれません。なるべく一ヶ月に一回は更新したいと思うけど、確約はできません。


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番外編(?)『ローマ皇帝位争奪戦』

 ・この話はエイプリルフール投稿SSです。本編との繋がりはありません。
 ・設定とかキャラが違うとか気にしたら負けです。
 ・元ネタが分からない人はキン肉マンを読みましょう。
 ・ローマ!!


 ………ノ! お………ノ!

 

「ううん………」

 

 声が聞こえる………いつも隣で聞いていた、澄んだ声が………。

 

「おい、ハクノ! 目覚めぬか!」

 

 真っ暗だった視界に光が差す。寝起きのぼやけた視界が次第にはっきりと定まり、白野の目に金髪の少女が映り込んだ。

 

「ハクノ! 寝ている場合ではないぞ!」

「セイ…バー……」

 

 白野はボンヤリと、目の前の少女の名前を呼ぶ。共に月の戦場を駆け抜けた、情熱的な薔薇の様な少女の名前を―――。

 しかし、目の前の少女は怪訝そうな顔で白野を見つめ返した。

 

「せいばー? 誰だそれは?」

「え………?」

「寝ぼけている場合ではない! さっさと起きぬか!」

 

 少女に引きずり起こされる様にして、白野は立ち上がった。頭上に眩しい光を感じ、思わず目を閉じる。徐々に光に慣れ、目を開けたその先には――――――プロレスリングが見えた。

 

「………………はい?」

 

 間の抜けた声が白野の口から洩れる。目をこすって、もう一度、目の前にあるものを見る。

 真っ白なキャンバス・マット。それを四方から囲む赤と青のポール。そしてポール同士を繋ぐ三本のロープ。

 もう一回言おう。プロレスリングである。

 

「え? 何これ? ええ?」

「ハーハハハ! もう諦めたらどうですか?」

 

 白野達がいるコーナーの反対側。そちらから挑発的な少女の声が響いた。そちらへと目を向け・・・・・・・・・白野は更に目を点にさせる羽目になる。

 まず目に入ったのは、くすんだ様な色合いの金髪。腰まで伸びた豊かな金髪を頭の後ろで三つ編みに結い上げていた。その顔立ちは瞳が|髪と同様にくすんだ金色でなければ、セイバーに似ている様に見える。見える、が・・・・・・・・・。

 

「・・・・・・・・・犬耳?」

 

 白野の呟きの通り、犬の様な垂れ耳が少女の金髪からチョコンと覗いていた。そして着ている服がこれまた派手な黒のレオタード。少女の女性らしい凹凸のついた体の必要な部位だけ隠し、お腹の素肌を大胆に晒し、それもう水着だよね? お腹冷えないの? と聞きたくなる様なデザインだ。しかも太ももまで面積のある黒のニーソックス、ご丁寧にお尻から犬の尻尾まで付いてるという完璧装備だった。

 

「・・・・・・・・・誰?」

「何を言っておる! 我等の対戦相手、ジャンヌ・オルタ・マリポーサであろうが!」

 

 横から叱責され、白野はようやく自分の相棒である少女の方を振り向く。見れば、彼女もまたいつもの戦装束でなく、二の腕から太ももまでをピッチリと覆い、正面に大きく「R」と刻印された真っ赤なダイバースーツの様な物を着ていた。

 

「ジャン・・・・・・・・・はい?」

「くっ、何という事だ! リングから落ちた余を庇うあまり、ハクノが頭を打って可笑しくなったか!?」

「ハーハハハ! これは都合が良い! これで貴女の決勝進出は絶望的ですね、ネローマン!」

 

 犬耳の少女―――ジャンヌ・オルタ・マリポーサが白野達へと嘲笑を浴びせる。

 

「まあ、むしろ幸運だったでしょう。貴女を破ったスチーム大帝と戦わずに済んだのですから!」

「コーホー、コーホー」

 

 ジャンヌ・オルタの嘲笑に合わせ、隣にいる寸胴な紳士ロボ―――もとい、スチーム大帝が蒸気を吐き出す。

 

「スチーム大帝は英霊パワー5000万を誇る完璧(パーフェクト)英霊。100万パワーにも満たない貴女方が敵う相手じゃないんですよ」

「ぐぬぬぬ………。確かにスチーム大帝は強豪英霊だ。それは認めよう。だが!」

 

 バッとネローマンは白野を指差す。

 

「この程度で諦めては正義英霊の名折れである! 余のチームにはまだハクノがいる!」

「え? 正気ですか? 今までリングに立った事もないセコンドを試合に出すとか・・・・・・・・・頭、大丈夫ですかあ?」

「黙れい! ハクノもやる時はやる男だぞ!」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ」

 

 ヒートアップする二人を引き離し、白野はネローマンに耳打ちする様に小声で話した。

 

「あのさ・・・・・・・・・今って、どういう状況なの?」

「な!? 一体どうしたというのだ、ハクノ! 今はトーナメントの最中であろうが!」

「いや、だから何のトーナメント? 何かのギフトゲームなのか?」

「む、むぅぅぅぅ・・・・・・・・・これはマズい。ここまでハクノの頭が重症とは。こうなったら・・・・・・・・・!」

 

 スッとネローマンは白野の正面に立つ。そして、手を振り上げ―――

 

(あ、なんかデジャヴ)

 

「48の必殺技、ナンバー5! ローマ・チョップ!!」

「ローマっ!?」

 

 次の瞬間、白野の頭に衝撃がはしる。頭頂部にまっすぐと入った衝撃は白野の脳を頭蓋内に何度もぶつけ、白野の意識を一瞬でホワイトアウトさせた。そして―――

 

「お、思い出した・・・・・・・・・」

 

 頭痛に耐える様に頭を抑えながら、白野は再び立ち上がる。

 

「自分はローマ星皇女ネローマンのお目付役英霊のアレキサンドリア・ハクノ・・・・・・・・・今はローマ星皇帝位争奪戦の真っ最中・・・・・・・・・突然現れた運命の皇女の一人、ジャンヌ・オルタ・マリポーサのチームと戦っていて、皇女がスチーム大帝に火事場のローマ力を奪われて敗北した所だった! 皇女のチームに残っているのは俺しかいない! 俺が負けたら地球は悪行英霊の天下になる!」

「台詞が説明的だが、その通りだハクノ!」

 

 ようやく正気に戻ったハクノにネローマンは安堵の溜め息をつく。

 

「すまぬ、英霊墓場にいるエミヤマンの力まで借りて蘇ったというのに、スチーム大帝に敗れるとは・・・・・・・・・」

「ハーハハハ! 正義英霊の友情パワーなど、我ら完璧英霊の手にかかれば容易く粉砕できるのですよ!」

 

 悔恨の表情で歯軋りするネローマンに、ジャンヌ・オルタが嘲笑を浴びせる。

 

「さあ、スチーム大帝! さっさとその優男倒して決勝に進みますよ!」

「コーホー!」

 

 スチーム大帝が飛び上がってリングインする。それだけでリングのみならず、会場全体が揺れた。見た目通りの超ヘビー級レスラーなのは疑うまでもない。

 

「ハクノ」

 

 リングインしたスチーム大帝に固唾を飲んでいたハクノに、ネローマンが声をかける。

 

「皇女! 先程は記憶が混乱していたとはいえ、とんだ御無礼を!」

「いや、それは良い。そんな事よりも、これを見ろ」

 

 片膝を付いて謝罪しようとするハクノを制し、ネローマンは手の中に握っていた物を見せる。

 

「これは・・・・・・・・・ネジ?」

「そうだ。これはスチーム大帝の中枢のネジの一本だ。さっきの試合で隙を見て抜いてやった」

「いつの間に・・・・・・・・・なら、いまスチーム大帝に強い衝撃を与えれば―――」

「ああ。機械の体である奴はバラバラになる。よいか? 一撃だ。強い衝撃を与えれば、スチーム大帝は一撃でバラバラになる!」

 

 グッと握り拳を作り、ネローマンはハクノへと突き出す。

 

「頼んだぞ・・・・・・・・・ハクノ!」

「はい! 任せて下さい、皇女!」

 

 ハクノは握り拳を作って、ネローマンの拳とタッチし合う。そして、リングロープをくぐった。

 

『さあ、ネローマン・チーム! 紆余曲折ありましたが、ようやく大将ハクノがリングイン! 実況は私、黒ウサギと!』

『未だに作者がキャラを掴み切れてない俺様、逆廻十六夜でお送りします。とりあえず一言、黒ウサギはエロいな!』

『いきなり何を言いますかお馬鹿様!』

『失礼、訂正しよう。・・・・・・・・・黒ウサギはエロ可愛いな!』

『このお馬鹿様!』

『今までネローマンのお目付役として親しまれてきたハクノがどんな試合をするか、非常に楽しみですね』

『い、いきなり真面目なコメントになりましたね・・・・・・・・・コホン、ネローマン・チーム、もう後がありません! ネローマンの命運はお目付役ハクノに託されました!』

 

 実況席のコメンテーター達が盛り上げ様とするが、観客席からザワザワと不安そうな声が上がる。

 

「いくらネローマンのお目付役と言っても、格闘技はズブの素人だろ?」

「しかも体は細いし、あんな優男が超ヘビー級のスチーム大帝とどうやって戦うんだ?」

 

 ざわ・・・ざわ・・・ざわ・・・ざわ・・・。

 観客が口々に不安な声を上げる。誰もハクノがスチーム大帝に勝てるなんて思っていなかった。やがて、観客席から不満が上がる。

 

「この試合はローマ星の王位だけでなく、我々の地球が邪悪の神の支配下に置かれるかどうかもかかっているんだ!」

「そうだ! こんな優男なんかに任せておけるか! 正義英霊にはアヤトマスクやテリーヨウがいたはずだ!」

「彼女達に代わってもらえ! ハクノはひっこめ!」

 

「「「か・わ・れ! か・わ・れ! か・わ・れ!」」」

 

「ハーハハハ! 優しい観客ですね! 忠告通りにする事をお勧めしますよ!」

 

 会場内に木霊する白野へのブーイングに、ジャンヌ・オルタが高らかに笑う。

 

「「「か・わ・れ! か・わ・れ! か・わ・れ!」」」

 

「っ………!」

 

 周りから容赦なく叩きつけられる罵声。ハクノの足が無意識の内に強張った。味方が一人もいないリングから、思わず後退りしそうになる。

 

「ハクノ」

 

 コーナーポストから動けないハクノへ、リング外からネローマンが声をかける。

 

「この試合、棄権してもそなたを恨みはせぬ・・・・・・・・・」

「皇女!? しかしそれでは―――」

「よい。もともとこれは余の戦いだ。そなたを巻き込んだのは、余の不徳が為したこと。むしろ、よくぞここまで余に付き従ってくれた」

「ハーハハハ! 物分かりが良いですね、ネローマン! さあ、ハクノ! さっさとリングを降りて棄権しなさい! 今なら特別にこのジャンヌ・オルタ・マリポーサ様の召使いとして雇ってあげましょう!」

 

 ジャンヌ・オルタが何処までも人を見下した目で棄権を迫る。改めてハクノはネローマンを見た。度重なる連戦でネローマンの身体の至る所に痛々しい青痣が出来ている。この少女はどんなに傷ついても、リングから降りたいと弱音を吐く事がなかった。それなのに―――

 

(それなのに・・・・・・・・・俺が逃げてどうする!)

 

 ハクノは喝を入れる様に自分の両頬を叩き、周りのブーイングにも負けない大声を出した。

 

「俺だって正義英霊のはしくれだ! 戦わずに悪行英霊なんかに屈してたまるか!」

「このガキ・・・・・・! 良いでしょう。そこまでお望みなら、完膚なきまでに叩き潰してあげるわ。スチーム大帝!」

『合意と見てよろしいですね?』

 

 黒ウサギのレフリーアナウンスが響く。ハクノは緊張した面持ちで、ギュッと拳を握ってファイトスタイルを取る。対するスチーム大帝は余裕すら感じるゆったりとした動作で拳を構えた。

 

『それでは英霊レスリング、レディ・・・・・・ファイトッ!!』

 

 ゴングの鐘が会場に響いた。スチーム大帝が全身から蒸気を噴き上げる。暴走寸前の焼却炉の様なヘビー級レスラーを相手に、いまハクノのデビュー戦が幕を開けた。

 

『さあ、始まりました! 英霊レスリング! ネローマン・チームの大将アレキサンドリア・ハクノ! どんな試合を見せてくれるでしょうか!?』

『ハクノは見た目からして軽量級。超ヘビー級のスチーム大帝にはスピードで攪乱するのがスタンダードな戦い方だな』

 

 実況を背に、ハクノとスチーム大帝はジリジリと対角線上に円を描きながら近寄る。と、突然スチーム大帝が動いた。

 

『スチーム大帝、仕掛けました! ハクノへトラースキック! ヘビー級とは思えない素早いキックです!』

 

 観客席から悲鳴に近い声が上がる。一秒後の悲惨な光景を予想したほとんどの観客が目をつぶり―――

 

『おおっと! ハクノ、スチーム大帝の強烈なトラースキックをかわしたーっ!!』

 

 次の瞬間、目を疑う様な光景を目の当たりにした。

 

「コーホー!」

 

 期待した一撃が入らなかった事に腹を立てたのか、スチーム大帝はさらにトラースキックを連発する。だがハクノはその全てを見切っているかの様に、最小限の動きでかわしていく。

 

「この動き・・・・・・・・・あれはアヤトマスクのディフェンス・スタイルか!?」

 

 親友のイギリス英霊の名を上げ、ネローマンが驚愕の声を上げる。

 

「何をしているのです、スチーム大帝! そんな優男に手こずるな!」

 

 ジャンヌ・オルタの叱責を受け、スチーム大帝がベアハッグでハクノを捕まえにいく。

 

「ふっ!」

「!?」

 

 スチーム大帝の視界からハクノが消える。なにが起きたか分からずに硬直したスチーム大帝が、次の瞬間、マットに転がされていた。

 

『これは上手い! ハクノ、スライディングでスチーム大帝の股を潜り、すれ違いざまに足を取ったーっ! おおっと!? ハクノ、素早くコーナーポストに登り・・・・・・ムーンサルトプレス! スチーム大帝の背中に命中しました!』

「まるでテリーヨウの様な速攻ではないか!」

 

 ネローマンが再び驚愕の声を上げる。スチーム大帝を攻めるハクノに、親友の米国英霊が重なって見えた。

 

『当初の不安を掻き消すかの様にスチーム大帝を攻める攻める! 十六夜さん、これは一体どういう事なのでしょうか?』

『おそらくセコンドとして数々の試合を見てきたハクノは、試合に出た英霊レスラーの動きを全て記憶しているんだろう。そして体が無意識の内に記憶した動きの通りに動いている。さながら見取り稽古みたいにな』

『ということは、ハクノは英霊レスラーの長所を合わせた様な攻撃や防御が行えるということでしょうか?』

『理論上はな。そして理論を実践できるだけの基礎体力があれば、ベテラン英霊レスラーの様な試合運びが出来るはずだ』

 

 実況の解説を受け、観客席が再びざわつき出した。

 

「意外とやるじゃないか!」

「あんたはナリはヒョロくても立派な正義英霊だ!」

 

「「「ハ・ク・ノ! ハ・ク・ノ! ハ・ク・ノ!」」」

 

『観客席からハクノコールが上がる! ハクノ、まさかまさかの大金星を上げてしまうのか!?』

『どうかな・・・・・・・・・そんな簡単にいかないと思うけどな』

 

 ハクノの快進撃を実況する黒ウサギに対し、十六夜は否定的な見方を示す。しかし周りの事を気にする余裕のないハクノは、スチーム大帝にさらに攻め立てていく。

 

「見つけた・・・・・・・・・ここがスチーム大帝のウィークポイント!」

 

 素早くバックを取ったハクノは、スチーム大帝の後頭部にネジが抜けている箇所を見つけた。そここそ、ネローマンがスチーム大帝からネジを抜き取った部分であった。

 

「ハアアアアアァァァァッ!!」

『ああっと! ハクノ、スチーム大帝の後頭部へストレートのラッシュ! これは効いたか!?』

 

 会場に硬い打撃音が連続する。だが、スチーム大帝はいっこうにバラバラになる様子はない。

 

「くっ、どうしてだ!? どうして衝撃を与えているのにスチーム大帝はバラバラにならない!?』

「衝撃が弱すぎるのだ! もっと強い衝撃を与えなくては駄目だ!」

「つ、強い衝撃・・・・・・?」

 

 ネローマンのアドバイスにハクノの手がいったん止まる。腕力に乏しいハクノには今以上に強い衝撃と言われても、すぐに思い付かない。

 その躊躇が、命取りとなった。

 

 ガシッ!!

 

「!?」

 

 急にハクノの手が掴まれる。ハクノが躊躇した隙にスチーム大帝が振り返り、ダメージをまったく感じさせずに赤くモノアイを光らせる。そしてそのままハクノを紙屑の様にコーナーポストへと叩きつけた。

 

「うぐっ・・・・・・・・・」

「ハクノ!!」

『ああっと! ハクノ、流血ーー!』

 

 ハクノの額から血が流れ落ちる。流れ出た血は、ハクノの足下のキャンバスを真っ赤に染め上げた。

 

「アハハハハ! いい気味ね! スチーム大帝! その男をなぶり殺しにしなさい!」

 

 ジャンヌ・オルタの命令を受け、スチーム大帝はハクノを首下を持って片手で持ち上げる。そして、先のお返しと言わんばかりにハクノの顔へパンチを繰り返した。

 

『スチーム大帝、ハクノの顔面へ執拗なストレートのラッシュ! ハクノ、スチーム大帝のネック・ハンギング・ツリーから逃げられません!』

『軽量級の悲しさだな。確かにスピードは上だが、いったん捕まるとヘビー級相手に手も足も出なくなる』

 

 実況の二人を余所に、スチーム大帝のパンチが続く。ハクノの顔面が倍以上に腫れ上がり、鼻血や折れた歯が観客席まで降っていく。もはや私刑(リンチ)となった試合に、観客席から悲鳴が上がる。

 

「もういい! もう止めてくれ!」

 

 セコンドコーナーのネローマンが悲鳴を上げた。

 

「余はローマ星の皇帝位をあきらめる! だから・・・・・・・・・だからこれ以上、ハクノを傷付けないでくれえええええぇぇぇぇっ!」

 

 ネローマンはもはや絶叫に近い嘆願をしながら、ネローマンはリングにタオルを投げ込んだ。タオルが地面に着けば、試合放棄としてネローマン・チームの負けとなる。タオルがフワリとリングの上を舞った。そして―――

 

「・・・・・・・・・え?」

 

 呟きは誰のものだったのか。会場全体から音が止んだ。試合を優位に進めていたスチーム大帝でさえ、ハクノを片手で持ち上げたまま、攻撃を止めていた。

 

「ハク、ノ・・・・・・・・・?」

 

 ネローマンが呆然と呟く。リング上に投げ込まれたタオルは、地面に落ちる前にハクノの手で止められていた。

 

「――――――止めないで下さい、皇女」

 

 激しいラッシュで顔を醜く腫れ上がらせながら、ハクノは屹然とした声を出した。

 

「皇女・・・・・・・・・今までこんな痛い目に合いながらも、悪行英霊と戦ってきたのですね」

 

 腫れ上がった瞼で、ハクノはスチーム大帝を見据えた。

 

「皇女の今までの苦労に比べたら・・・・・・・・・この程度の痛み、問題ありません!」

「ハクノォ・・・・・・!」

 

 ネローマンが感極まって、涙声でハクノの名前を呼ぶ。その様子に、ジャンヌ・オルタはギリッと歯を噛み締めた。

 

「そう・・・・・・・・・あくまで棄権しないつもりね。それなら、遊びは終わりよ! スチーム大帝!」

「コーホー!」

 

 スチーム大帝がハクノを天高く放り上げる。

 

「ディファレンス・エンジン起動! 英霊パワー分離器、臨界出力!」

 

 スチーム大帝の頭部が開く。煙突の様な頭部から蒸気が焼却炉の様に吹き出し、凄まじい熱気が会場に広がる。

 

『この構えは! ネローマンの火事場のローマ力を分離した英霊パワー分離器だーっ!』

『7000万パワーのネローマンだったから火事場のローマ力が奪われただけで済んだが、ハクノだと跡形も残らねえぞ!』

「ハクノオオオオォォォッ!!」

 

 ネローマンが絶叫を上げる。しかしハクノの体は為す術なくスチーム大帝へと落ちていく。

 

「「「ッ!!」」」

 

 今度こそ駄目だと思った観客達は、ハクノが英霊パワー分離器に落ちる瞬間、目をつぶった。残酷なシーンを見たくない、と体を強ばらせ―――

 

「「「・・・・・・・・・?」」」

 

 一向に試合終了のゴングが鳴らない事に疑問を感じ、恐々と目を開けた。そこには、予想だにしない光景があった。

 

「これぞ、ハクノ式火事場のローマ力ってね」

 

『な、なんと!? ハクノ、両手両足を突っ張ります英霊パワー分離器へ落下を防ぎました!』

『いい根性してるじゃねえか!』

 

 実況に観客達が色めき立った。誰もが敗北を予想するなか、ハクノはさらに予想を覆して生きていたのだ。しかし、そのことに喜べない者もいた。

 

「ええい、何をしているのですスチーム大帝! さっさとその男を片付けなさい!」

 

 ジャンヌ・オルタの叱責に、スチーム大帝は慌てて頭上にいるハクノに手を伸ばす。しかしハクノはヒラリと逃れ、スチーム大帝の腰を肘と膝で挟み込む。

 

「閉門クラッシュ!!」

 

 金属が軋む音と共にスチーム大帝の腰がひしゃげた。

 

「コーホー、コーホー!?」

 

 腰がひしゃげた事で巨大な頭部を支えきれず、スチーム大帝の体がぐらぐらと揺れる。

 

(皇女の必殺技はローマ・バスター、ローマ・ドライバー、英霊絞殺刑と数々あるが、俺が好きなのはそのどれでもない)

 

『おおっと、ハクノ! スチーム大帝のバックを取りました!』

 

(俺が皇女の技で一番のお気に入りは、地味だが決まった瞬間に描かれる曲線が美しい―――)

 

『スチーム大帝の腰をベアハッグ! そして―――!』

 

「―――バックドロップだ!!」

 

 スチーム大帝の体が宙に浮く。ハクノを中心にスチーム大帝の体が見事な曲線を描き、頭部をキャンバスへ叩きつけた。

 

「ガ、ビイイイイイイィィィィィッ!!」

「その衝撃だあああぁぁぁっ!!」

 

 スチーム大帝の断末魔とネローマンの絶叫が重なる。次の瞬間、スチーム大帝の体が粉々に砕けた。

 

『あーーーっと! アレキサンドリア・ハクノ、ネローマンを破った大強豪スチーム大帝をバックドロップの一撃で粉砕しました!』

 

 ゴングの鐘と共に黒ウサギの実況が響く。その瞬間、観客席から嵐の様な歓声が湧いた。

 

『これでネローマン・チーム、残る相手はジャンヌ・オルタ・マリポーサだけです!』

『ヤハハハハハハ! まさか本当に勝っちまうなんてな!』

 

 実況の二人も興奮を抑えきれずに、ハクノを称える。前評判を覆し、逆転勝利をした英霊レスラーに惜しみない拍手が降り注いだ―――

 

 ※

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・たぁ、・・・・・・・・・ますたぁ!

 

「う、ううん・・・・・・・・・」

 

 背中にゴツゴツとした固さを感じながら、白野はボンヤリと目を開ける。目の前に半泣きになりながら、自分の手を握る。竜角が生えた女の子の顔が見えた。

 

「ますたぁ! ああ、良かった! 気がついたのですね!」

 

 清姫は涙声になりながら、しっかりと白野の手を握る。

 

「この清姫、またますたぁとお別れするのかと心配で心配で―――」

「まったく・・・・・・・・・大袈裟なんですよ、貴女は。頭を打って意識を失っていただけでしょう」

 

 近くで立っていたフェイス・レスが呆れた声を出す。

 そんなフェイス・レスを白野はボンヤリと見つめる。

 

「・・・・・・・・・アヤトマスク?」

「っ!?」




・・・・・・・・・俺は何を書いているんだろう?(賢者タイム)


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第3話「串刺し公」

 最近、自分でも執筆のペースが落ちていると思います。このままだと完結まで時間がかかりそうなので、書こうと思っていたいくつかのシーンはカットして書いていきます。(それでも時間はかかりそうですけど・・・・・・)

相変わらずの亀更新ですが、今年度もよろしくお願いします。


 ―――“アンダーウッド”上空・吸血鬼の古城・城下都市

 

 耀は荒い呼吸をしながら城郭の外壁に寄りかかった。しかし一息つく間もなく、すぐに新手の敵の足音が聞こえて来た。

 

「っ、また・・・・・・! アーシャ、どこかに隠れられる所はない!?」

「こっちだ! 早く来い!」

 

 アーシャが指差した先に、廃墟となった家屋があった。入り口に積もった瓦礫を掻き分け、亀裂から全員が入った。最後に入った耀は、瓦礫の隙間からコッソリと外を見張る。

 そこにはどす黒い苔が体中に生えた様な人型がいた。いや、むしろ苔が人型をしていると言った方が適切かもしれない。いずれにせよ、鉄錆の様な臭いを撒き散らしながら、人型の苔はウロウロと耀達を探す。

 この化け物の名は冬獣夏草。生き物や死骸を苗床に繁殖する菌類だ。最初から吸血鬼の古城に住み着いていたそれ等はギフトゲームの制約の対象外であり、新鮮な苗床(エモノ)として耀達に襲いかかっていた。動きは速いが体は脆く、はっきり言って耀やアーシャの敵ではない。

 ただし―――それが何百体といるなら話は別だ。冬獣夏草には自我が無いのか、味方の犠牲を顧みない人海戦術に耀達の体力はジリジリと削れていた。そのために耀達は冬獣夏草から逃げ回っていた。それに、もう一つ深刻な理由があった。

 耀が見ている先で何十体もの冬獣夏草がウロウロとしていたが、やがて耀達を見失った事を理解してゾロゾロと別の場所へと移動していく。足音が聞こえなくなり、ようやく耀は息を吐いて後ろを振り返った。

 

「・・・・・・全員、無事?」

「ああ。チビ達も怪我した奴はいないぜ」

「耀お嬢ちゃんのおかげで、全員無事だ。ありがとうな」

 

 アーシャと猫又の老人―――ガロロ=ガンダックが返事をした。その先に十数人の子供達が怯えた様子で縮こまっていた。

 

(それにしても参ったな。一緒に飛ばされてきた子がこんなに多いなんて・・・・・・。一人や二人なら飛んで逃げれたけど、この人数はちょっとオーバーだ)

 

 これが耀達が戦闘を避けたもう一つの理由。吸血鬼の古城に飛ばされたのは耀やアーシャだけでなく、戦力にならない子供達も一緒なのだ。さらにガロロは足を負傷して走れないときた。彼等を守りながら戦えるほど、余裕があるわけではない。

 

「さて、この状況をどう捌くよ? 残念だが、今の俺は猫だましするのがせいぜいだぜ?」

「うーん、それは本当に残念・・・・・・」

「そもそも菌類に猫だましが効くわけねーだろ」

 

 おどけたガロロに漫才の様なやりとりをする耀とアーシャ。不安な子供達の為にガロロはわざと明るく振る舞っているのだろう。

 

 ザッ、ザッ、ザッ―――

 

 突然、耀の耳に新たな足音が聞こえて来た。

 

「どうした? 新手か?」

「待って、この足音は・・・・・・」

 

 警戒しだした耀にアーシャも臨戦態勢を取る。しかし、聞き覚えのある足音に耀は注意深く耳をそば立てる。

 

「おかしいな。ここら辺にいるはずなんだけど・・・・・・」

「間違いはないのですか?」

「ますたぁのコード・キャストですもの。間違いなんてありませんわ」

 

 やがて、三人分の足音と共に話し声が聞こえて来た。そして耀の視界に見覚えのある三人が姿を現す。

 

「白野!」

「耀! 良かった、やっぱりここに―――」

 

 安堵の喜びをあげようとした白野へ、静かに、とジェスチャーを送る。白野達は慌てて口をつぐみ、耀達が隠れている廃墟へ入って来た。

 

「白野もこっちに来ていたんだ・・・・・・」

「うん。フェイス・レスさんや清姫と一緒に飛ばされたみたいだ」

「ちょっ、待てよ! フェイス・レス? なんで“クイーン・ハロウィン”の騎士がここに!?」

「貴女は確か・・・・・・“ウィル・オ・ウィスプ”の地精でしたか」

「そこにいらっしゃるのはガロロさん? どうして貴方まで・・・・・・」

「よう、“一本角”の竜の嬢ちゃん。お互い、変な所で会っちまったなあ」

 

 互いに顔見知りの相手を見つけ、驚きの声があがる。隠れ家にしている廃墟がにわかに騒がしくなり、耀は手を叩いて皆を静かにさせた。

 

「えっと・・・・・・とりあえず、情報交換しない?」

 

 ※

 

「じゃあ、白野達はさっき動き始めたんだ」

「ああ。それまで俺が気絶していたからな」

 

 耀が纏めた内容に白野が頷く。

 

「大変でしたわ・・・・・・ようやく起きたと思ったら、自分はアレキサンドリア・ハクノとか言い出すんですもの。ますたぁの気が狂ったかと私は心配で、心配で・・・・・・」

 

 よよよ、と清姫が泣き真似をする。

 

「アレキ・・・・・・なに?」

「忘れて。お願いだから忘れて」

「まあ、いずれにせよ。ミスタ・キシナミは無事に帰れたら精密検査を受けた方が良いでしょう」

 

 頭を抱えて冷や汗を流す白野にフェイス・レスはいつになく優しい口調となった。

 

「治療に長けたドルイドへ私が紹介状を書きますから」

「い、いや、そこまでしてもらわなくても・・・・・・・・・。むしろ忘れて。それが一番の治療法だから」

「大丈夫。ちゃんと良くなりますから。何も心配しなくて大丈夫ですよ。ね?」

「・・・・・・・・・フェイスの姉御にここまで心配されるとか、何があったんだ? というか、本当に大丈夫なのかよ、お前?」

「だあああっ、もう! この話は一切がっさい! 以後、絶対に忘れる様に!」

 

 注射されるのを嫌がる子供をあやすかの様に優しい雰囲気を出すフェイス・レスに、アーシャが胡乱な目つきで白野を見る。しかし、白野は顔を真っ赤にしながらブンブンと腕を振った。

 

「むむむ・・・・・・何か面白そうな気配」

「そ、そんな事より! どうやって“アンダーウッド”に帰るか考えよう! すぐに考えよう!」

 

 明らかにごまかしている白野に興味はあるが、そんな事を気にしている場合じゃないか、と耀は思考を切り替える。―――後で清姫から聞けばいいのだし。

 

「そうは言うがな、坊主。逃げるにしても、ちょいと大所帯だぜ?」

 

 事の成り行きを見守っていたガロロが口を出す。

 

「一度に大人数を運べる様な手段がまず無えしな・・・・・・。竜の嬢ちゃん、あんたが変身して子供達だけでも運べないか?」

「それは・・・・・・・・・」

「えっと、難しいと思うよ。清・・・・・・バーサーカーは竜に変身した時、自分を制御できなくなると言ってたから」

「・・・・・・・・・まあ、制御できるなら、自分でバーサーカー(狂戦士)なんて名乗らないよな」

 

 言葉に詰まった清姫の代わりに、耀が答えた。とっさに清姫が真名を“アンダーウッド”の住人には伝えていない事を思い出し、名前を言い直した。ガロロは一瞬だけ怪訝な顔になったが、それ以上は追及しなかった。

 

「それに俺ら以外にも飛ばされてきた奴らがいるだろう? そいつらはどうする?」

「それについては・・・・・・コード:view_map()、発動!」

 

 白野はホログロム画面を出現させ、地図を呼び出す。城を中心とした城下都市に赤いマーカーや青いマーカーが現れた。しかし、すぐに白野は首を傾げた。

 

(・・・・・・? 城のマップが出ない? いったい何故・・・・・・いや、そんな事よりも―――)

 

 改めて城下都市のマップを見る。敵を示す赤いマーカーは城下都市のいたる所にウジャウジャといる。そして味方を示す青いマーカーは―――

 

「これは・・・・・・避難している人達はバラバラに散っている」

 

 白野の言う通り、青いマーカーは城下都市のあちこちに点在していた。十人単位で纏まり、赤いマーカーを避ける様な位置に固まっていた。view_map()を興味深そうに見ていたガロロだったが、白野の報告に渋い顔になった。

 

「やっぱり俺達以外にもいたか………。悪いが、こいつらの避難が済まない内は俺は避難できねえな」

「しかしガロロ大老。あなたは‟六本傷”のリーダーであり、“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟の重鎮。コミュニティの為にも一刻も早く避難すべきなのでは?」

「はっ、俺はもう隠居した年寄りだぜ? 連盟にしても金庫番くらいしかやる事がないから、サラ嬢ちゃんに席を用意して貰った様なもんだ。そんなジジイよりも若いモンから優先してくれや」

 

 フェイス・レスの進言にガロロが笑って首を振る。優先順位で言えば、組織の重鎮であるガロロを先に避難させるのが正しいだろう。しかし、そんな物よりも子供達の安全を優先すべきだとガロロは言った。

 

「でもさあ、どうすんだよ? 逃げようにも簡単に逃げれそうにないし」

 

 view_map()の地図を見ながら、アーシャが口を出す。今ところ、赤いマーカーは避難民達と接触はしていないが、時間の問題だろう。城下都市全体の大通りに広がっているので、彼等に見つからずに避難民達と合流するのは難しい。

 

「どうする? 一か八か、奴等に奇襲をかけてみるとか? こっちは奴等の居場所が丸分かりなんだし、不意打ちするのは難しくねえよ」

「愚策ですね。奇襲を行うにはこちらの数が少な過ぎます。私一人でも対処は可能ですが、避難民を守りながらとなると難しくなる」

「うぐ・・・・・・。す、すいませんでした、フェイスの姉御」

「バーサーカーの嬢ちゃんは・・・・・・駄目だろうな。火力はともかく、避難民を気にしながら戦うなんて器用な真似は出来そうにねえな」

「お恥ずかしながら、その通りですわね。私の宝具は加減なんて出来ませんから・・・・・・」

 

 ああでもない、こうでもないと議論が始まる。しかし、すぐに白野の緊迫した声が遮った。

 

「ちょっと待って・・・・・・マズい、避難民に接触しようとしている奴がいる!」

 

 バッと耀が地図を覗き込むと、赤いマーカーが建物の中にいる青いマーカーを外から包囲していた。

 

「私、ちょっと行ってくる!」

「あ、おい! ヨウ!」

 

 アーシャの声に答える事なく、耀が外へ飛び出した。

 

「私も出ましょう。ミスタ・ハクノ、案内をお願いします」

「ますたぁが行くなら、私も行きます!」

 

 フェイス・レス、清姫が名乗りを上げる。

 

「ここはあたしが守るから、避難民達を頼んだ!」

「分かった! ガロロさん、アーシャ! ここの守りをお願いします!」

 

 アーシャとガロロに今いる子供達の護衛を任せ、白野達も飛び出して行った。

 

 ※

 

 耀が行った先では、今まさに冬獣夏草達が避難民達がいる建物に押し入ろうとしていた。とっさに廃材で作ったであろうバリケードを打ち壊し、建物の中へ流れこもうとしている。

 

「やああああっ!!」

 

 耀はすぐさま旋風を巻き起こし、建物に張り付いていた冬獣夏草達を引き剥がす。そして建物の中に入り、避難民していた子供達を見つけた。

 

「あなた達、怪我はない?」

「あ、あなたは・・・・・・?」

「話は後。ちょっと外の敵を片付けてくるから、良いと言うまで隠れてて」

「わ、わかりました!」

 

 再び耀が外に出ると、冬獣夏草達が群れをなして襲いかかってきた。

 

「こ、のっ・・・・・・・・・しつこい!」

 

 跳びかかってきた冬獣夏草を力任せに殴りつける。ゴシャッ! と衝突音を響かせ、殴られた冬獣夏草が腹に大穴を開けてふき飛んだ。それだけに留まらず、後ろにいた冬獣夏草達も巻き込みながら廃墟の壁ごと貫通していった。

 次に近くにいた冬獣夏草の頭を耀は殴りつける。すると冬獣夏草の頭が何回転もしながらねじ切れて飛んでいった。ふと、首がねじ切れた冬獣夏草が崩れ落ちると、耀の目の前に人間大の瓦礫が飛んできた。他の冬獣夏草が投げ飛ばしたのだろう。

 

「りゃああああああっ!!」

 

 気迫と共に耀が飛んできた瓦礫を殴りつける。瓦礫は飛んできた力と速度以上の衝撃に、バットで打ち出されたボールの様に跳ね返った。さらに瓦礫そのものが砕け散り、拳大の散弾となって冬獣夏草達に降り注ぐ。

 

 

(・・・・・・? 体がいつもより力が漲っている気がする。どうしたんだろう?)

 

 冬獣夏草達を紙屑の様にふき飛ばしながら、耀は内心で首を傾げる。冬獣夏草達は決して弱い相手ではない。力で言えば、耀が箱庭で初めて戦ったワータイガー・ガルドと同じくらいだ。それを無傷で圧倒しているのは、好調というだけでは説明がつかない。

 

(これ程の怪力・・・・・・ひょっとして、清姫の力かな?)

 

 成る程、竜に変身した清姫の力を宿したなら、この漲った力にも説明はつく。そんな風に耀が一人で納得している間に、近くにいた冬獣夏草達は全滅していた。

 

「これは・・・・・・!?」

「まあ。耀さん、お強いのですね」

「ふむ・・・・・・・・・」

 

 ようやく白野達が耀に追いついた。白野達は辺りに散らばった冬獣夏草達の残骸に目を丸くした。唯一、フェイス・レスだけがジッと耀を―――正確には胸元のペンダントを―――見つめていた。

 

「あ、白野。こっちは片付いたよ」

「い、いや、見れば分かるけど・・・・・・」

「自分でも驚くくらい力が湧いたんだ。多分、清・・・・・・じゃなくて、バーサーカーと友達になったからだね」

「私のおかげ、ですか・・・・・・?」

 

 清姫が怪訝な顔になった。小首を傾げて少し考え込み、彼女はすぐに首を横に振った。

 

「多分、違うと思います。それは耀さんの力でしょう」「え?」

「“げのむつりー”、でしたか? 耀さんの宝具(ギフト)は親しくなった幻獣の力を得るものでしょう? 竜に変身できますけど、私は一応は英霊ですから・・・・・・幻獣には分類されません」

 

 清姫の言った事に、耀は首を傾げた。冬獣夏草達を一掃する様な怪力の持ち主など、今まで仲良くなった相手の中では清姫以外に思いつかない。

 

(知らない内に、誰か他の幻獣と仲良くなっていたのかな・・・・・・?)

 

 うーん、と考え込むが、答えは出そうになかった。

 

「今はそんな事より、避難民達を優先すべきなのでは? 考えるのは後でも出来ます」

 

 フェイス・レスに言われ、耀は思考を打ち切った。

 

「そうだね。ここにいる人達はどうする?」

「とりあえず、ガロロさん達と合流して―――」

「待って」

 

 フェイス・レスが白野を制し、剣の柄に手をかける。やがて、耀の耳にも聞こえてきた。

 

「新手・・・・・・!」

 

 先程の戦闘を聞きつけたのだろう。ゾロゾロと冬獣夏草達が耀達に向かって来ていた。フェイス・レスは剣を抜き、清姫は鉄扇を構える。耀が拳を構え、白野は彼女達の後ろでいつでもコード・キャストを発動できる様にアゾット剣に魔力を込め―――

 

「――――――串刺影槍(カズィクル・ベイ)!!」

 

 突然、冬獣夏草達が槍に貫かれた。漆黒の槍が冬獣夏草達の影から生え出し、天高くと突き上げた。それも一つや二つではない。まるで地獄の刑罰の様に幾つもの槍が、罪人である冬獣夏草達を串刺しにした。しかも、それだけではない。

 

 ゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュッ!!

 

 離れて見ている白野達にも聞こえる大きな音が響く。すると音と共に冬獣夏草達が見る見るうちに干からびていく。

 ―――まるで体中の水分を槍に吸い尽くされているかの様に。

 

「「「「PU、GYAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaa!!」」」」

 

 冬獣夏草達の断末魔が響く。目の前の一団だけでなく、城下都市全体から聞こえてきた。おそらく、城下都市全体の冬獣夏草達が目の前の凄惨な光景と同じ目にあっているのだろう。力の限り鳴き騒いでいた冬獣夏草達だが、次第に声がガラガラと枯れていき、ついにはピクリとも動かなくなった。しかし、吸い出す音はなおも響く。ようやく音が収まると、そこには風化した様に朽ち果てた冬獣夏草達の死体が槍に刺さっていた。

 

「なに、これ・・・・・・?」

 

 あっという間に行われた惨状に、耀の呆然とした呟きが漏れた。槍が硝子細工の様に砕け散り、同時に生命力を欠片も残さずに吸い尽くされた冬獣夏草達の死体がボロボロと崩れ落ちる。だが、白野はそんな事よりも気になる事があった。何故なら―――白野はこの光景を見たことがある(・・・・・・・)

 

(今のは・・・・・・まさか・・・・・・・・・!)

 

「ますたぁ!」

 

 ハッと、清姫の呼びかけに目を向ける。見れば、黒ずくめの影が白野に向かって一直線に飛んでくる―――!

 

「シッ!」

 

 先に反応したのはフェイス・レスだった。彼女は即座に蛇腹剣をギフトカードから呼び出すと、影に向かって連続刃を振るう。神速で振るわれた刃は鞭の様にしなり、影を容赦なく真っ二つに切り裂いた。

 

「っ!」

 

 フェイス・レスの顔が仮面の下で一瞬、驚きに染まる。影は真っ二つどころか無数に分解し、コウモリの群となった。彼女は即座に手元の柄を操ってコウモリの群を切り裂こうとするが、コウモリの群は巧みな動きで連続刃をかわすと、白野へとむかった。先頭のコウモリ達が白野の目の前で血色の悪い手に変わる。

 

「がっ!」

 

 手は白野の首を掴み上げ、そのまま廃墟の壁へと叩きつけた。同時にコウモリの群が白野を掴み上げた手を中心に集まり、密度が高まり―――

 

「動くな。動けば、この男の命はない」

 

 

 




カットシーン『白野の目覚め直後』

フェイス・レス「ミスタ・キシナミ。先程、私を妙な名前で呼んでいましたよね? あれはいったい、どういう事でしょうか?」
白野「いや、その・・・・・・夢を見ていたというか・・・・・・・・・」
フェイス・レス「夢? それはどんな?」
白野「ええと・・・・・・フェイス・レスさんが双子の妹を持つイギリスの英霊で、仮面の下が絶世の美形で、変装するとバラグーダというセコンドに早変わりする、なんちゃって・・・・・・・・・」
フェイス・レス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ポンとフェイス・レスは白野の肩に手を置く。

フェイス・レス「あなた・・・・・・疲れているんですよ」

 この時以来、フェイス・レスは白野に優しさを含んだ憐れみを感じたそうな。


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第4話「エリザベートの惨紛クッキング from アンダーウッド」

 相も変わらず展開が進まないな~。


 ―――“アンダーウッド”・エリザベートの楽屋兼私室

 

「もう! せっかくのステージが台無しじゃない!」

 

 乱暴に槍を投げ捨てながら、エリザベートが愚痴に言う。派手な金属音と共に槍が床に突き刺さったが、エリザベートは構わなかった。

 

「デカブツを片付けたと思ったら、今度は大トカゲってどういう事よ!?」

 

 一人癇癪を起こしながら、ステージ衣装や下着を脱ぎ捨てる。突然の巨龍襲来にステージの衣装合わせを(一人で)行っていたエリザベートはそのまま駆けつけた為、エリザベートがこの日の為に用意したステージ衣装はボロボロになっていた。しかし、そんな事よりも今は汗や返り血でベトベトな身体を洗い流したかった。

 

「あー、イライラする! あの大トカゲ、今度出て来たらドラゴンステーキにしてやるわ!」

 

 ズカズカと足音を大きく立てながら、エリザベートは浴室に入ってシャワーの蛇口を開ける。たちまち、水樹の新鮮な水を炎のギフトで温めた温水がエリザベートの身体を包んだ。‟六本傷”の刻印が入った石鹸やシャンプーで返り血や汗を洗い流し、今度は浴槽に湯を入れる。凹凸は少ないが均整の取れた肢体を浴槽に沈める頃には、エリザベートの癇癪もいくらか収まっていた。

 

「せっかくブタ共の為にディナーショーにしようと思ったのに………何よ、馬鹿トカゲのせいで全部台無しじゃない」

 

 浴槽の縁に顎を乗せながら、エリザベートは憂鬱な顔になった。巨人族との戦いで死んだ‟アンダーウッド”の同士の慰霊祭を兼ねた自分のライブで料理をこさえたというのに、間髪入れずに襲撃してきた巨龍のせいで当然ながら収穫祭は無期限の延期、さらにはライブ会場になるはずだったメインステージも大部分が破壊されたいた。

 

「いっそ路上ライブにしようかしら? 学校アイドルとかマスターなアイドルとか、最初は路上ライブから始めたって言うし………」

 

 ムーンセルにいた時に見たサブカルチャーのアイドルの情報を思い出しながら、エリザベートは思考する。

 

「でもやっぱり、あのトカゲは邪魔ね。何よりデカいというだけで、ドラゴンアイドルのあたしより目立っているのは気に食わないわ。一刻も早く消し去って………いえ、待つのよエリザ。‟アンダーウッド”を揺り動かす様な悪のドラゴン………そこへ颯爽と登場するあたし………そして悪のドラゴンは倒され、勇者エリちゃんの冒険は伝説へ………これよ!」

 

 ザバン! と勢い良く浴槽から立ち上がるエリザベート。

 

「決めた! 次のステージはヒーローショーにする!」

 

 色々と思考が脱線しているが、幸いにも(もしくは不幸にも)この場にはエリザベート以外は誰もいない為、エリザベートの新たなライブ企画に異論を挟む人間はいなかった。さっそく勇者っぽい鎧を見繕わなきゃ! と満面の笑顔で浴槽から出ようとした時、エリザベートはハタと気付いた。

 

「あ、そういえば………ディナーショーに使う予定だった料理はどうしようかしら?」

 

 ステージや衣装は新調するとしても、料理はそうはいかない。保存がきく物でもないし、かと言って捨てるにはもったいない。しばらく考え込み、エリザベートはある事を思い出した。

 

「そうだ! サラに届ければいいじゃない!」

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”収穫祭・本陣営

 

 一夜明け、十六夜達は召集を受けていた。案内された部屋の先には‟一本角”の頭首兼“龍角を持つ鷲獅子”の議長、サラ=ドルトレイク。“ウィル・オ・ウィスプ”の名物幽鬼にして参謀のジャック・オー・ランタン。“六本傷”の頭首代理として、ガロロの娘のキャロロ=ガンダックといった面々が席に着いていた。対して“ノーネーム”からは頭首のジン=ラッセル、逆廻十六夜、久遠飛鳥、そしてセイバーが席に着いた。キャスターは目の前で白野が消えた事に責任を感じて憔悴していたので、大事を取って休ませていた。

 

「えー、これよりギフトゲーム“SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING"の攻略作戦会議を行うのです! この場に出席できないコミュニティからは作戦方針を委任状という形で受け取っているので、各コミュニティは責任ある発言をお願いするのですよ」

「分かった」

「はいはーい」

 

 司会を任された黒ウサギへサラとキャロロがそれぞれ返事をする。キャロロの特徴的な鉤しっぽを見ていたセイバーは、何かに気付いた様に声をかけた。

 

「そなた・・・・・・確か余達がよく通うカフェの給仕ではなかったか?」

「そうですよ常連さん。いつも御贔屓ありがとうございます♪」

「彼女は“六本傷”の頭首・ガロロ=ガンダック殿の24番目の娘でな。ガロロ殿に命じられて東側に支店を出しているらしい」

「ふっふーん♪ ちょっとした諜報活動です。常連さん達の良い噂もちゃんとボスに流してますよ」

「ほほう・・・・・・?」

 

 感心した様に相槌を打つセイバーだが、突然イタズラを思いついた子供の様にニヤリと目を細めた。

 

「これはイカンな、よもや余達が治める土地に間諜が紛れ込んでいたとは。これは早急に対処せねばな、アスカ?」

「そうねえ・・・・・・。あのカフェで話していた内容が全部筒抜け、というのは頂けないわよねえ。ここは一つ、地域支配者(レギオンマスター)として2105380外門に警戒を呼び掛けるべきよね、十六夜くん?」

「よし来た。帰ったら早速チラシを作ろうぜ。“六本傷”の看板に南側の間諜の姿あり! とか書いて外門中に張り回ればいいだろ」

「ちょっ、ちょっと! それじゃウチの店が潰れちゃうじゃないですか!」

 

 目に見えて慌てるキャロロに、十六夜達は悪代官の様にニンマリと笑う。

 

「それならホレ、誠意の見せ方があるよな?」

「・・・・・・・・・“ノーネーム”の皆様に限り、今後は一割引きで、」

「「「三割だ(ね)」」」

「う、うにゃあああぁぁぁっ!! サラ様~~~!!」

 

 問題児三人にぼったくられたキャロロをサラはヨシヨシと撫でる。しかし、自ら諜報活動をしていた事をバラして嵌められたのは自業自得なので、そこら辺のフォローはしない。

 

「あ、あのう・・・・・・・・・そろそろ会議を進めて良いでしょうか?」

 

 黒ウサギが恐る恐ると聞き、一同は居住まいを正した。

 

「まず最初の議題ですが、サラ様より皆様にご報告があるそうです」

 

 何? と皆が訝しる中、サラが立ち上がる。さっきまでキャロロを撫でていた時とは打って変わった沈痛な表情に、皆の緊張感が高まる。

 

「・・・・・・・・・今から言う事は、この場だけの秘密にして欲しい。決して口外してはならない」

「わ、分かりました」

 

 一同を代表して、ジンが答える。

 ゴクリ、と誰かが固唾を飲む音が大きく響く。

 

「まず一つ目。“バロールの死眼”が盗まれた」

「な!? バロールの死眼が!?」

「本当ですかサラ様!?」

 

 ジンとジャックが驚愕に声を上げる。

 

「ふむ・・・・・・黄金の竪琴と共に盗まれたか? となれば、今は巨人族の手にあるというわけか」

「いや、少なくとも巨人族の手には渡っていないだろう」

「何? どういう事だ?」

 

 セイバーの推測にサラははっきりと異論を唱えた。相変わらず硬い表情のまま、衝撃の事実を打ち明けた。

 

「・・・・・・・・・付近の警戒に出ていた“二翼”からの報告だ。巨人族が、全滅していた。それも明らかに殺された様なやり方で、だ」

 

 瞬間、各々から驚愕の声が上がった。巨龍が現れるまで“アンダーウッド”の一番の敵対勢力であり、現状でもっとも“バロールの死眼”を盗んだ容疑者として第一候補だった巨人族の全滅に、この場に集まった全員がすぐには信じられなかった。キャロロが恐る恐ると手を上げる。

 

「あ、あの・・・・・・それって、巨人族達も巨龍の被害に遭ったという事ですか? それなら別に問題は―――」

「いや、“二翼”の報告だと死後数日は経っているらしい。少なくとも、“アンダーウッド”に巨龍が現れる前に死んでいたのは確かだ」

「どういう事? レティシアを攫って、巨龍を操っているのは巨人族の背後にいた連中ではないの?」

 

 飛鳥の疑問ももっともだ。そもそも巨龍が召喚されたのは“黄金の竪琴”がレティシアと共に奪還されたのが原因だ。その“黄金の竪琴”は巨人族を操っていたローブ姿の女が持っていた物だから、いま巨龍を操って“アンダーウッド”を襲撃した黒幕はローブ姿の女で間違いない。しかし、彼女の手駒である巨人族が全滅する理由がまるで分からなかった。

 

「黒幕が巨人族を殺した、という線は無いかしら? 巨龍が召喚できたから、巨人族は用済みだから始末したとか―――」

「それは無いぜ、お嬢様。始末するしても時期が早い。巨龍と併せて“アンダーウッド”を襲った方が、こっちの戦力を消耗できる。本来の階層支配者を滅ぼし、1ヶ月に渡って連盟と戦争できた司令官にしちゃ、その判断はお粗末すぎだ」

 

 飛鳥の推測に十六夜は首を振った。無論、十六夜が相手を過大評価しているだけの可能性もある。しかし、その程度の損得勘定も出来ない相手が南側下層で最大コミュニティを相手どれるとは思えなかった。

 

「・・・・・・・・・死眼が無くなったのは、いつの話ですか?」

「気付いたのは昨日だ。巨龍が来る前日の一昨日までは私が毎日確認していた」

 

 ジンの質問に、サラは隠すことなく答えた。

 

「だから、奪われたのは恐らく巨龍襲撃の混乱の最中。それまでは連盟の金庫番が鍵をかけて保管していた」

「・・・・・・その金庫番の方は今どちらに?」

 

 ジャックがカボチャ頭の奥から訝しむ様な声音を出す。口には出さないが、金庫番が襲撃犯達と裏で繋がっている可能性を考えていたのだ。しかし、サラは沈痛な顔で告げた。

 

「・・・・・・残念だが、問い質す事は出来ん。もうこの世にはいない」

「なっ・・・・・・・・・」

「正確には自殺していた。それも、巨龍が襲撃するより前に」

「―――フン、そういう事かよ」

 

 何度目になるか分からない驚愕の事実にジャックが色を失う中、十六夜は特に驚く事なく鼻を鳴らした。

 

「おい、議長。確認なんだが・・・・・・“黄金の竪琴”の保管もソイツの仕事なんじゃないか?」

「・・・・・・ああ、そうだ」

「決まりだな。死眼と竪琴を盗んだのは金庫番だ。で、死人に口無しという所だろ」

「アイツは私の信頼できる部下だった。裏切るなんて、とても考えられないが・・・・・・」

「さあな。心変わりでもしたか・・・・・・あるいは洗脳でも受けていたか。このタイミングで自殺した、というのはそういう事だろ」

 

 ギリッ、とサラの歯が軋む音が響いた。“黄金の竪琴”の奏でる音は士気を操れたのだ。ならば・・・・・・応用で、音を聞いた物の思考を操るという離れ技も出来たかもしれない。そしてお誂え向きに、敵地であっても音楽を奏でるという楽器の神器。十六夜が示した可能性は、有り得ないと切り捨てられなかった。

 そんな恩恵をその場で破壊せず、保管庫に厳重に仕舞う様に指示したのはサラだ。さらに信頼した部下だから、と鍵を任せていたのもサラだ。それらの甘い目論見によって巨龍の襲撃を招き、信頼できる部下まで失ったと考えるとサラは自責で押しつぶれそうだった。

 

「サラ様・・・・・・」

「いや・・・・・・・・・大丈夫だ」

 

 黒ウサギの気遣わしい視線に、サラは首を振った。

 悔やむのは後でも出来る。しかし、自分を責めてばかりもいられない。自分は一本角”の頭首兼“龍角を持つ鷲獅子”連盟の議長だ。自分を信頼してついて来てくれる者達の為にも、今はこの事態の打開策を思いつかなくてはならない。

 サラは深呼吸をすると席から立ち上がり、一同に向き直った。

 

「どうやら、死眼と竪琴の紛失は私の判断が招いた事の様だ。謝罪は後ほど必ず行う。その代わり、事態解決の為に今は私に力を貸してくれ」

 

 この通りだ、とサラは頭を下げる。

 

「頭を上げて下さい、サラ様。そもそも僕達“ノーネーム”は、ゲームの攻略の為に出し惜しみはしません」

「ヤホホホ。我々は貴方に責任を取って貰おうとは考えていませんよ」

「そうですよ! 他のコミュニティ達もサラ様だからこそ、安心して方針を任せられるんですよ! これがグリフィス様とかだと、自分のせいじゃないとゴネているでしょうし」

 

 それぞれのコミュニティの代表達から、サラを励ます声が上がる。十六夜達もその言葉に異論を挟まなかった。

 

「・・・・・・・・・ありがとう。では次の報告だが、」

 

 コンコン。

 

「サラー、いるー?」

 

 ノックの音と同時に、会議室に間延びした声が響いた。声の主に、サラは顔をしかめた。

 

「エリザベート・・・・・・いきなり何の用だ?」

「何よー、ちゃんとノックはしたじゃない」

「いま大事な会議をしているんだ。つまらない用事なら後に―――」

「そんな事より、そろそろお腹を空かしていると思って昼食を持って来たわよ!」

 

 サラの迷惑そうな顔に全く悪びれず、エリザベートは持ってきた巨大な鍋をドンっとテーブルに置いた。

 

「そろそろお昼の時間じゃない? 本当はブタ共に作ったディナーショーの料理なんだけど、サラなら食べて貰って構わないわ。あ、飛鳥達もどう? 特別に私の料理を食べさせてあげるわ」

「あのな、いまはそんな場合じゃないと・・・・・・!」

「まあまあ、サラ殿。少し休憩を入れても大丈夫でしょう。時間も時間もですし、腹が減っては戦は出来ぬと言いますからお昼休憩にしてもよろしいのでは?」

 

 人の話をまるで聞かないエリザベートに、一喝しようとしたサラをジャックが宥める。見れば時計は12時を指していた。何より、サラの心労を考慮して一端休憩を入れた方が良いとジャックは考えていたのだ。

 

「ジャック殿がそう言われるなら・・・・・・」

「流石はカボチャお化け、話が分かるじゃない! とくとご覧なさい、これが私の必殺料理よ!」

 

 胸を反らしながら、エリザベートは鍋の蓋を開ける。

 瞬間―――世界は静止した。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい、エリザベート」

「ん? なに?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だこれは?」

 

 エリザベートは、よくぞ聞いてくれましたと言わんばからに得意(どや)顔 になる。

 

「これぞ、“エリちゃんスペシャルシチュー・アンダーウッドremix.ver”!! ささ、冷めない内に召し上がれ♪」

 

 エリザベートは笑顔で薦めたが、誰も手をつけなかった。赤い。とにかく赤い。スープも浮かんでいる具材も真っ赤に染まり、地獄の蓋の様にグツグツと煮えだっていた。しかしサラが聞きたいのは、そんな些細な事ではない。シチューの中に唯一、真っ赤に染まっていない黒いアレは―――

 

「あの、サラ様」

「言うな」

「いや、でもあれは、」

「何も言うな」

「・・・・・・・・・どう見ても、“バロールの死眼”に見えるのですが」

 

 ジンの指摘に現実を直視しなくてはならず、サラはマジマジと鍋の中を見た。そこには、ついさっきまで話題になっていた巨人族の至宝が、湯気を立てながら真っ赤なシチューに浸かっていた。

 

「・・・・・・・・・エリザベート。これ、どこで手に入れた?」

 

 ギギギッと油が切れたブリキ人形の様に、ゆっくりとサラはエリザベートの方を向く。それに対し、特にこだわった部分を誉められた絵描きの様に満面の笑顔になるエリザベート。

 

「あ、それ? 大変だったのよ! 手頃な石がそこら辺になかったから、サラが持っているのを思い出して借りたわ。言ってなかったっけ?」

 

 もちろんサラはそんな事を聞いていない。キリキリと痛み出した胃を押さえながら、サラは質問を重ねる。

 

「・・・・・・・・・どうやって見つけた?」

「なんか前に訪ねて来た時に、そんな石を慌ててしまったじゃないの。石なんか大事に仕舞うなんて変なの、とは思っていたけど」

「・・・・・・・・・鍵は?」

「へ? 最初から開いてたわよ? だから、自由に借りて行っても良いのかな~って・・・・・・・・・」

 

 そういえばそんな事もあった。以前、サラが“バロールの死眼”を確認した時に、運悪くエリザベートが部屋に入って来たのだ。慌てて仕舞って誤魔化したつもりだったが、目ざとく覚えていた様だ。

 

「・・・・・・・・・何でそれが料理に入ってる?」

「せっかく作るのだから、普通のシチューじゃつまらないじゃない? だから焼き石シチューにしてみたわ!」

 

 えっへんと胸をはるエリザベート。因みに、焼き石シチューとは熱した石の熱でシチューを煮る料理であって、断じて石と一緒に煮込む料理ではない。

 要するに、だ。“黄金の竪琴”と一緒に盗む為に鍵が開けられた金庫にエリザベートが一足早く入り、サラには無断で借りた後、“バロールの死眼”は今までエリザベートの鍋料理の中に沈んでいたという事だ。そこまで理解が及んだ瞬間、サラの精神は一つの答えを出した。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うーん」

「サ、サラ様!? しっかり! お気を確かに!?」

 

 許容量の超えたストレスに、白眼を剥いて気絶したサラに慌ててキャロロが寄り添う。キャロロの悲鳴を聞きながら、サラの意識はブラックアウトしていった。

 

 ※

 

 ーーー“アンダーウッド”・???

 

「アウラさーん! “バロールの死眼”、見つかりましたかー?」

 

 水晶玉を覗き込んでいるアウラに、鈴は声をかけた。せっかく“黄金の竪琴”と共に奪い取る計画を立てていたというのに、いざ盗もうとしたら死眼の方は消えていた。出来るなら回収したい、と思っていたアウラは今の今まで潜入させた使い魔を通して“アンダーウッド”に探りを入れていたのだ。

 アウラは表情の消えた顔でゆっくりと振り返る。 

 

「ア、アウラさん・・・・・・・・・?」

「リン・・・・・・・・・ちょっと後ろを向いて、耳を塞いでいて貰えるかしら?」

 

 言っている事の意味が分からないが、アウラの有無を言わせない口調に、リンは慌ててその通りにする。リンがしっかりと耳を塞いだのを確認すると、アウラは思いのままに、心から叫ぶ。

 

 それでは皆様、ご一緒に。

 

「―――この、どこに出しても恥ずかしいバカ亜竜がああああああああああああああああっ!!」




 概念摘出!

 SSR礼装『エリちゃんスペシャルシチュー・アンダーウッドremix.ver』

保有スキル:敵見方全体の即死耐性をダウン。
詳細情報:アンダーウッドの新鮮な食材と共に、“バロールの死眼”を煮詰めた至高の一品。お気に召して頂ければ幸いです。


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第5話「更なる一手」

 以前、投稿した幕間と合わせた形になります。
 次々と出る両作品の設定を把握しきれず、また他人の作品に比べて自分の文章が稚拙に感じて実の所は執筆のモチベーションが下がっていました。
 でも結局は自分がやりたいと思っているから書いているんだよなあ、と思い直しています。そんなわけで初心者に戻ったつもりで、SSを書いていこうと思います・・・・・・あれ、作文?


「動くな。動けば、この男の首を捻り潰す」

 

白野の首を締め上げ、突然現れた男は背後にいる耀達に振り向かずに警告した。

白野は息苦しさに苦しみながらも、男の姿を見た。血色が悪く、全体的に痩けた顔。落ち窪んだ眼窩からは紅く染まった瞳がギョロリと動き、白野を射抜いていた。着ている服はまるで中世の貴族の様な装飾のスーツだったが、長年風雨に晒された様に所々が破れていた。ボロボロとなった外套(マント)も相まって、まるでホラー映画の幽鬼の様な雰囲気の壮年の男だった。

 

「ますたぁ!」

「動くなと言った筈だ。貴様の主を死なせたくなければな」

 

 駆け寄ろうとした清姫を男は振り向かずに制した。後ろに目があるとしか思えない様な反応だ。

 

「・・・・・・・・・何の真似だ?」

「今すぐに彼から手を放しなさい。さもなくば撃ちます」

 

 男が清姫に気を取られていた隙に、フェイス・レスが黒塗りの剛弓を構えていた。矢につがえるのは、金色に輝く金属の矢。

 

「フェイス・レス! いったい何を―――」

「黙って。今は会話の主導権を握るべきです」

 

 白野の身を軽んじているのかと思い、耀が非難の声を上げるが、フェイス・レスは男から目を離さずに指に力を込める。

 

「この男よりも我の首を選ぶか? それも一つの選択であろうが、我に剣や矢は通じぬ」

「これはアポロン神の神格を宿した金の矢。かの太陽神の矢であれば、不死を謳う貴方でも死を免れません」

 

 ピクリと、男の肩が動く。

 

「この古城がかつて“箱庭の騎士”達の本拠地であった事。そして先程見せた影を操る力や蝙蝠への変身から貴方の正体は絞られます」

 

 矢を男の背中―――心臓がある位置へ標準を合わせたまま、フェイス・レスは語る。

 

「この古城に生き残りがいるとは思いませんでしたが、相手が吸血鬼の様な化生ならば太陽の恩恵は―――」

「黙れ」

 

 男は血の様な瞳を片方だけフェイス・レスへ向ける。

 

「我を化生などと呼ぶな・・・・・・・・・!」

 

 ギラギラと、怒りに目を燃やしながらフェイス・レスを睨む。怨念すら滲ませた男の姿は、幽鬼か悪鬼のそれだ。

 

「我は・・・・・・我や姫殿下は怪物などではない。断じて、ないのだ!!」

「ああ、知っている。貴方は・・・・・・・・・怪物なんかじゃ、ない」

 

 激昂して怒り狂う男に、白野は首を絞められて息絶えそうにながらも話し掛けた。

 

「何だと?」

「ヴラド三世・・・・・・ワラキア公国の君主。貴方は、怪物なんかじゃない」

「ヴラド三世ですって?」

 

 これにはフェイス・レスも驚いていた。

 ヴラド三世。

 十五世紀のワラキア公国の君主であり、強大なオスマン帝国から祖国を守る為に戦った英雄。

 白野にとっては、かつて月の聖杯で戦ったサーヴァントの一人だった。

 

「貴様・・・・・・・・・何故、我の名を知っている?」

「? 俺を覚えていないのか?」

「知らぬ。貴様とは初対面であろう」

 

 首にかかる力に息苦しさを感じながら、白野は内心で首を傾げる。彼とはセイバーとの聖杯戦争で会っているはずだ。そして―――戦いの末、彼と彼のマスターだったピエロを殺した。自分やマスターを殺した相手を簡単に忘れるものだろうか?

 

(いや、待て。こうして見ると、俺の知っているヴラド三世とは若干違う気がする。という事は、もしかして―――)

 

 不意に男―――ヴラドの背後に炎弾が迫った。しかしヴラドは即座に自分の影から槍を取り出すと、空いている方の手首のスナップだけで炎弾を斬り落とした。

 

「ますたぁから離れなさい、ランサー!!」

 

 チロチロと口から炎を出しながら、清姫が吼える。

 

「よくもまた私達の前に姿を現しましたね・・・・・・なら、今度こそ!」

「清姫!」

 

 怒りに顔を歪めた清姫に、耀の叱責が飛ぶ。クラス名で呼ぶ事すら忘れ、清姫の手を抑えた。

 

「戦ったら駄目。まだ白野が人質に取られている」

「ですから、ますたぁをお救いする為に一刻も早く、あのサーヴァントを倒します!」

「だから駄目だって! 白野に攻撃が当たったら一緒に燃えちゃう!」

 

 人質になったのが十六夜や黒ウサギなら、そもそも人質になる事は無いし、清姫の炎に耐える事も可能だろう。飛鳥ならば、自身の恩恵を生かして清姫の炎を自分に当てないという芸当も可能だろう。

 しかし、白野は違う。彼の着ている服は恩恵が付与されていない普通の服であり、炎に耐えきる様な特別な体でもない。唯一、彼の武器となるコード・キャストもヴラドに押さえつけられている現状では発動できない。

 今の白野は、一般人と全く変わらない。下手に此方から攻撃すれば、そのまま白野ごと殺しかねない。だからこそ、フェイス・レスも耀も慎重に攻撃の機会を窺っていた。清姫の行いは、後先を考えない暴走だ。

 

「忠告はしたはずだぞ」

 

 ゾクリとする様な声音で、ヴラドは白野の首を締めている手の力を強める。

 

「ぐっ、ガッ・・・・・・・・・!」

「ますたぁ!」

「我は動けば命は無いと言った筈だ。この男が苦しむのは貴様のせいであろう」

「っ・・・・・・・・・!」

 

 突き放した様なヴラドの物言いに、清姫は唇を噛み締める。白野の為に、と動いた筈が事態を悪化させたのだ。何も言い返す事は出来ず、地面へ目を伏せる。

 

「案ずるな。貴様等もすぐにこの男の元へ送ろう。地獄にてタップリと己が愚行を詫びるが良い」

「ミスタ・キシナミを離しなさい! さもなくばミスタ・キシナミごと貴方も撃ちます!」

 

 金の矢をつがえ、フェイス・レスは再度ヴラドに警告する。もはや状況は予断を許さない。たとえ白野が犠牲になったとしても、残った避難民達やギフトゲームの事を考えるとこの危険な吸血鬼を生かしておくわけにはいかない。

 

「ならば撃つがいい! 命がある限り、たとえ首だけになっても一人でも多く地獄へ送ろう! 我が主―――レティシア・ドラクレアに仇なす輩共をな!!」

 

 万感の激情を込めてヴラドが白野の首に力を込める。白野の顔が青白く染まり、メキメキと骨が軋む様な嫌な音を響かせ―――

 

「待って! 私達はレティシアの味方だ!」

 

 耀の言葉にヴラドの手が止まる。手に込めた力をそのままに、ヴラドは振り向く事なく耀に声だけ返す。

 

「何を馬鹿な。口では何とも言えよう。同朋ではない貴様等がレティシア殿下を知る筈は、」

「金髪で縁が白い黒リボンを頭に付けた女の子で、ギフトカードの色は金と赤と黒のコントラスト」

 

 早口で伝えられた内容に、今度こそヴラドの力が緩まった。驚きの表情と共にヴラドは耀へと振り向く。

 

「レティシアは私達“ノーネーム”の同士だよ。私達はレティシアに危害を加える気なんてない。レティシア助けたい」

 

 血の様に濁ったヴラドの双眸が耀を見抜く。改めて見ると悪鬼の様なヴラドの顔に耀は後退りそうになったが、目を逸らしたら自分の言葉が嘘になる気がしてしっかりと見返した。やがて、ヴラドの手が白野から離れる。

 

「ゲホッ、ゴホッ!」

「ますたぁ!」

 

 地面に伏せて咳き込む白野や駆け寄った清姫には目をくれず、ヴラドは耀と対峙した。

 

「・・・・・・・・・詳しい話を聞きたい」

 

 ※

 

 

 コツ、コツ、コツ―――

 

 明かりの少ない通路で、足音が響く。深海の中に作られたガラス張りのトンネルの様な通路を衛士・キャスターは歩いていた。通路は途中で三叉路に別れたり、行き止まりと思った場所に先の通路が現れるなどと迷宮の形を為していたが、衛士・キャスターは慣れ親しんだ庭の様に迷い無く歩いていく。

 海中に沈んだ古代遺跡、氷海の中の氷の城、色とりどりのサンゴ礁のジャングル・・・・・・。通路から見える景色はいずれも目を楽しませる見事な光景だったが、衛士・キャスターはそれらにまったく目をくれず、ただ前を歩く。やがて、重厚そうな扉の前へ辿り着いた。来る者を拒む様な巨大な鉄扉だが、衛士・キャスターが何か一言呟くと、あっさりと開く。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 衛士・キャスターは一つだけ、溜め息をつき、鉄扉を通り抜けた。

 

「ハロー♪ ご機嫌は如何ですかな?」

 

 底抜けに明るい声が部屋に響いた。灯りが一切無く、今までの華やかな景色と比べるとどこか舞台裏を思わせる空間に衛士・キャスターは足を踏み入れた。

 

「――――――最低ね。寝起きにアナタの顔を見たから尚更よ」

 

 部屋の奥。暗がりから冷め切った少女の声が響く。同時にカツ、カツと、硬質な足音が衛士・キャスターに近づいた。

 

「これはつれない。仮にも私はあなたの命の恩人だというのに」

「勘違いしないで。ただのギブアンドテイクよ。私は消えたくなかった。あなたは利用できる手駒が欲しかった。それだけの話でしょう」

「………まあ、そういう思惑は半分以上はありますが」

 

 暗がりの奥で姿を見せない相手に、衛士・キャスターは肩をすくめる。姿すらまともに見せないとは、どうやら自分は酷く嫌われた様だ。

 

「それで何の用? 無駄話をしに来たのなら、さっさと帰って二度と顔を見せないでちょうだい」

「まあまあ、そう急かさないで頂きたい。いい話を持って来たのですから」

 

 そう言って、衛士・キャスターは胡散臭い笑顔を見せた。

 

「単刀直入に言いましょう。ムーンセルを出て、ある人間と戦って頂きたい。そして殺して頂きたい」

「たかだか人間を殺すのに随分と大袈裟ね。あなたがやればいいじゃない。ムーンセルの新しい支配者さん?」

「それが出来れば既にやっています。しかし、残念ながら今は私が動く時ではない。なので、代役が必要なのです。もちろんタダとは言いませんよ。事が為せた暁には―――我等のマスターに会わせましょう」

 

 シン、と。痛い程の沈黙が降りた。

 

「貴方達はムーンセルにとって反逆者。今は私がムーンセルの中でブラックボックスとなる領域を作ったから貴女達は生きられますが、一歩でもそこを出ればムーンセルによって分解される。このままでは、貴女達は未来永劫に我等のマスターと触れ合う事は叶わないでしょう」

 

 しかし、と衛士・キャスターは言葉を切って左手を見せた。薬指に輝くのは、青い宝石の指輪。

 

「ムーンセルの王権を手に入れた私なら、そのルールすら改竄できる。私の臣下となれば、貴女は大手を振ってムーンセルに存在が許される。同時に―――我がマスターの間近で仕える事も許される。さて、ここで問題です」

 

 まるで出来の悪い生徒に優しく教える教師の様に、衛士・キャスターは語り掛ける。

 

「回答A―――信頼できない私の要望は無視する。ここで遠くからマスターを眺めるだけで満足し、囚人の様な生活を送る。回答B―――私の要望に応える。私の配下となり、指示する人間を殺し………そしてマスターと再会する」

 

 あるいは―――アダムとイブを唆す蛇の様な優しさ(狡猾さ)か。

 

「さあ―――貴女が取るべき選択は?」

 

 部屋の奥の暗がりから、押し殺した殺気が衛士・キャスターに向けられた。そして暗闇に潜む肉食獣の様な気配で暗がりの奥の声は応える。

 

「そう………わざわざ選ばせてくれると言うの。優しいわね、黒魔術師」

 

 だったら、と。暗がりの奥の声が響く。

 

「遠慮なく選ばせて貰うわ―――あなたを殺して、その指輪を奪うとね!」

 

 言い終わると同時に、突如暗がりの奥から一陣の閃光が光る。

 閃光の正体は剣の様に鋭くなった具足だった。具足を履いた人物は音すらも置き去りにして、衛士・キャスターの頭へ切っ先を叩き込み―――

 

「―――――――――」

「くっ、……このっ………!」

 

 衛士・キャスターの数センチ手前。まるで映像の一時停止の様に不自然な恰好で静止されていた。

 

「無駄だと分かっていたでしょうに………」

 

 はあ、とわざとらしく衛士・キャスターは溜息をつく。

 

「私が貴女方を月の裏側から回収した時に何もしていないと思いましたか? そもそも既に力関係は、完全に逆転しています。王権を手にした私は、かつて貴方が不正を働いた時よりも強力な力を手に入れました。仮に行動規制(コマンドロック)が無くても、勝てないでしょう」

「っ、借り物の力を手に入れてお山の大将を気取っているわけ? 英霊の癖に小物なのね」

 

 振り上げたままの足を下ろし、少女は踵を地面に着ける。攻撃しようと思わない限り、身体に重圧は掛からない様だ。

 

「羽をもがれ、かつての力も見る影も無くなった哀れなプリマドンナに何を求めると言うの? はっきり言ったらどう?」

 

 あなたのマスターの為に、私の命を使い潰せ、と。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 衛士・キャスターは笑顔を消し、眼鏡を外した。

 

「―――フン。分かっているなら話は早い。ああ、その通りだ」

 

 胡散臭い雰囲気が消え、眉間に皺の寄った顔になる。

 

「もう少し・・・・・・・・・もう少しだ。逆廻十六夜。奴が持つ絶大な力の正体。それさえ特定出来れば、勝率が十割に近くなる」

 

 逆廻十六夜。山河を砕き、星霊すらも殴り飛ばす正体不明の恩恵は、あらゆる魔術に精通した衛士・キャスターから見ても奇妙な物だった。ムーンセルに解析させているが、恩恵の候補となりそうな情報は軽く千を超える。

 

「あと一手。全力を引き出し、奴の力さえ特定出来れば、相応の対策(アンチプログラム)が組める。だからこそ必要なんだよ。一端でも良い、奴にギフトを使わせられる手駒が」

「自分以外はどうでもいいと思っているあなたが随分とその人間を買っているじゃない。その言い方だと、私に勝ち目が無い様にも聞こえるけど?」

「ああ、無いだろうよ。万に一つもな」

 

 キッパリと断じる衛士・キャスター。だが、それは事実だ。現時点で判明している戦闘情報(ステータス)を見る限り、サーヴァントであっても逆廻十六夜に戦闘で勝てるとは思わない。

 それでも―――

 

「それでも奴には勝たなくちゃいけない。俺達がキシナミハクノを狙う限り、あの男は必ず立ちふさがる。だったらこっちも万全を期して迎え撃ってやるよ」

 

 いつもの胡散臭い紳士面すらかなぐり捨て、衛士・キャスターは銀のステッキを力強く握る。

 

「そのためなら良心も情けも、何もかも捨てる。ああ、そんなものは邪魔だ。だから―――俺のマスターの為に捨て石となれ、メルトリリス」

 

 ギラギラと、妄執すらも漂わせた瞳で暗がりの奥にいる声の主―――メルトリリスを睨んだ。その目をジッと見つめ、やがてメルトリリスは嗤う。

 

「ようやく本音が出たわね、黒魔術師。紳士面して優しく語り掛ける癖に、内にあるのは利己的な感情だけ。その顔の方がよっぽどお似合いよ、ジェントルマン?」

「引き受けるよな? もちろん拒否権なんて無いがな」

「―――良いわ。やってあげる」

 

 ややあって、メルトリリスは頷いた。

 

「でも勘違いしないで。あくまで私の為・・・・・・・・・私が愛した人の為よ。それに―――」

 

 風切り音と共に、メルトリリスの足の剣が再び衛士・キャスターに向けられる。決して届かぬと知りながら、メルトリリスは衛士・キャスターへ宣戦布告した。

 

「私はあなたに従うつもりなんて、全くない。その指輪は、私にこそ相応しいわ。隙さえあれば、いつでも寝首を掻くから覚悟しなさい。黒魔術師」

「・・・・・・・・・肝に命じておいてやる」

「それで? 霊基もレベルの最低限な今の私にどうしろと?」

「お前、確か騎乗スキルがあったな? ちょうどライダークラスに空きがある。手を加えれば、サーヴァント並みの霊基は保証してやるよ」

「私の体にあなたの手が触れるというの? 虫唾が走るわね」

「―――待って、メルト」

 

 部屋の奥から、メルトリリスに声が掛けられる。同時に、キィキィと、金属が軋む様な音がメルトリリスに近付いた。

 

「私も・・・・・・・・・私も連れて行って。私も、先輩に会いたい・・・・・・・・・!」

 




 一部で色々と言われていますが、このSSならではのオリジナル設定はあります。それをいつかはSS内で説明はします。


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第6話「アサシンの加入」

 少しばかり真面目な話をします。

 原作の展開をなぞるだけでは面白くないという作者の独断により、三章から原作の路線から少し外れた展開を書いています。それに伴い、作者が考えた独自の設定やキャラに対して独自の強化を行っています。
 問題児やFateに詳しい読者からすればご都合主義だ、と言いたくなるかもしれませんが、作者なりに散々悩んだ結果、自分が書きたいと思った事を第一にしようと思いました。
 それと更新の頻度の割には話が進まない、という意見を戴きましたが、現在の私生活ではSSを纏まった時間で書くのは難しい状況です。また、作者なりに必要だから書いておきたいシーンを書くので原作と比べても時間がかかる事があります。

 結局のところ、自分が書きたいから書くというだけの趣味的なSSですが、今後とも本作品をよろしくお願いします。


 ―――“アンダーウッド”上空。吸血鬼の古城・城下町

 

「―――以上が、私達とレティシアの経緯だよ」

 

 ようやく話を終え、耀は緊張を解く様に短く息を吐いた。“ノーネーム”とレティシアの関わり、今までレティシアと過ごした日々。それらを一息でヴラドに説明した為、かなり疲れた。

 

(長かった・・・・・・・・・。自分ながら、こんなに喋ったのは初めてかも)

 

 あまり社交的でない耀にとって、他人に長時間に渡って話をするというのはかなり精神力を使う物だった。レティシアや白野の身が掛かっている以上、いつもみたいに面倒と言う気はないが。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 耀が話している間、ヴラドは黙って聞き役に徹していた。しばし瞑目すると、ようやく口を開く。

 

「そうか・・・・・・・・・姫殿下は、コミュニティが滅びた後は貴公らのコミュニティに身を寄せていたか」

 

 幽鬼じみた形相からは想像がつかない様な静かな声でヴラドは頷く。すると手にしていた槍を地面に置き―――耀達へ跪いて頭を下げた。

 

「大変失礼いたした。姫殿下の恩人であったとは知らず、槍を向けるとは。どうかその非礼を詫びさせて頂きたい」

 

 これには耀は面食らった。さっきまで殺意に漲っていた人間から、跪いて謝られるとは思わなかった。どう対応すれば良いか分からず、白野と互いに顔を合わせる。

 

「・・・・・・・・・それで、貴方は何者なのですか?」

 

 このままでは埒が明かないと判断したフェイス・レスは、静かに問い質す。ヴラドは片膝をついたまま、右手の手の甲を相手に向けて顔を上げた。

 

「我が名はヴラド。そこの少年の言う通りに生前はヴラド三世と呼ばれ、ワラキア公国の君主であった。死後、レティシア殿下の下で騎士団長を務めていた」

「ヴラド三世・・・・・・・・・それって、ドラキュラのモデルになった、」

「その名は口にするな!!」

 

 ビクッと耀は震える。憤怒を剥き出しにして、ヴラドは耀を睨んでいた。

 

「・・・・・・・・・すまない、少しばかり大人気なかった。だが、我にとってその名は耳にもしたくない。以後、その単語を口にしないで欲しい」

「わ、分かった」

 

 悔恨に満ちたヴラドの顔に、耀は首を縦に振る。場に支配した気まずい雰囲気を払う様に、白野は咳払いを一つした。

 

「ヴラド三世。その・・・・・・・・・貴方は何故ここに? レティシアのコミュニティにいたと言っても、ここは―――」

 

 その先をはっきりと口に出して良いか分からず、白野は代わりに辺りを見渡した。荒れ果て、住人が消えた城下町。吸血鬼の寿命を考慮しても、ここに人が住んでいるはずが無かった。しかし、ヴラドは静かに首を振る。

 

「それは我にも分からぬ。あの日、我はこの地で息絶えた筈だ。しかし、2ヶ月程前か・・・・・・・・・我は気づけば再びこの地に立っていたのだ」

「・・・・・・・・・それを信じろと? 随分と曖昧な話ですね」

「事実は事実だ。我は虚言を言う気はない」

 

 胡散臭い視線を向けるフェイス・レスに、ヴラドはキッパリと断じる。言葉は少ないが、言い訳を述べないその態度は話は本当じゃないか? と思わせる風格があった。

 

「ちょっと待ちなさい。2ヶ月前、と言いましたか?」

 

 それまで事の成り行きを見守っていた清姫が唐突に口を挟んだ。

 

「そうだが・・・・・・・・・それが何か?」

「・・・・・・・・・そう。そういう事ですか」

「清姫?」

 

 一人納得する清姫に、耀が首を傾げる。しかし耀に答える事なく、清姫は白野の方を向く。

 

「ますたぁ。このサーヴァントの言った事は、少なくとも嘘ではありませんよ」

「分かるのか?」

「ええ。私、嘘が大嫌いなので嘘吐きの匂いという物に敏感ですもの」

 

 それに、と意味ありげに清姫は目配せする。

 

「2ヶ月前と言えば、私やエリザベートが箱庭の地に召喚された日ですもの」

 

 はっ、と白野は気付く。2ヶ月前。それは丁度、白野がセイバーを召喚した日ではないか! 

 

(どういう事だ? セイバーの召喚に呼応して、他のサーヴァントが召喚された? いや、そんなはずは―――)

 

「時にヴラドさん。貴方、1ヶ月程前に酷く体調を崩されたんじゃありません?」

「何故それを知っている?」

「私も丁度、その日に体調を崩しただけですわ。どうぞお気になさらず」

 

 清姫とヴラドの遣り取りに、またも白野はピンときた。1ヶ月前はキャスターを召喚した日だ。より正確に言うと、死にかけた白野が九死に一生で召喚した日となる。

 

(あの時・・・・・・・・・自分が死にかけた時、セイバーは酷い脱力感に襲われたと言っていた。じゃあ、清姫やヴラド三世の不調はそれが原因だというのか? と、すると・・・・・・・・・まさか!)

 

 一つ一つは無関係な点。しかしそれが線で結びつき、白野の中で一つの可能性が絵になって現れてきた。その可能性は有り得ないと言いたい。しかし、そうでなければ起きた出来事に説明がつかない。白野が驚愕する中、咳払いが一つされる。

 

「お二方だけで納得されても困りますが・・・・・・・・・それで、この吸―――彼をどうしますか?」

 

 フェイス・レスの一言に、白野は現実に引き戻される。矢をつがえたまま、弓の弦に指をかけていた、

 

「今この場で処理した方が早いと思いますが」

「それは・・・・・・・・・」

 

 フェイス・レスの言うことは分かる。さっきまで敵意を向け、こちらに襲いかかった相手だ。しかもヴラドは、何故この場にいるのか説明できないと言う。まだ魔王のゲームは終わっていない。不審者にしか見えないヴラドには、この場で退場させるのが一番後腐れが無いだろう。

 

「待って頂きたい。仮面の騎士殿」

 

 ヴラドは地面に膝を付いたまま、白野達を見上げた。

 

「我の首を取る、という事に異存はない。そなた達を殺しかけたのだ。それに報復する権利は確かにある。しかし・・・・・・・・・それは少しだけ待って貰いたい」

 

 両手を地面に付け、首を差し出す。いわゆる土下座でヴラドは白野達に懇願した。

 

「姫殿下がいま危機に陥っているというのであれば、それをお救いするのが我が使命。もはや守るコミュニティもなく、かつての地位も意味はなさぬが、騎士として姫殿下に誓った忠義だけは遂げたいのだ。頼む、この通りだ」

「・・・・・・・・・」

 

 フェイス・レスは弓の弦から手を放す事なく、土下座するヴラドを見つめる。たっぷり一分は経っただろうか、フェイス・レスは白野へと振り向いた。

 

「貴方が決めなさい」

「俺が?」

「直接的に被害を受けたのは、ミスタ・キシナミだけです。その罪をどう裁くか、貴方が決める権利があります」

 

 チラッと白野は耀達に視線を送る。耀達は任せる、と言わんばかりに小さく頷いた。それを見て、白野の答えは決まった。

 

「ランサー・・・・・・いや、ヴラド三世。状況は話した通りだ。いま、“アンダーウッド”は危機に陥っている。それも何故かレティシアが魔王として君臨して。まずはレティシアがどうして魔王となっているのか・・・・・・かつて、この場所で何があったのか、それを知りたい」

 

 面を下げたまま、ヴラドは静かに聞いていた。

 

「貴方の力を貸して欲しい。レティシアを助けたいという願いが同じなら、俺達に協力してくれ」

 

 どうだろうか? と問う白野に、ヴラドは厳粛な面持ちで頷いた。

 

「了解した。これより我が槍は、レティシア殿下の為に貴殿達と共に在ろう。仮初めではあるが、貴殿を我が(マスター)と認めよう」

 

 ホッとした面持ちで、白野は溜め息をつく。紆余曲折はあったが、この状況で新たな味方が増えた。かつて、月の聖杯戦争でヴラドの実力を目の当たりにしている白野にとって、味方として心強い相手だ。

 

「時に、主よ。貴殿は一つ思い違いしている」

 

 え? と疑問符を浮かべる白野に、ヴラドは告げた。

 

「我のクラスはアサシン。不本意なクラスに縛られた暗殺者くずれ。それが今の我だ」

 

 

 

 

 ※

 

 上空に存在する古城には風が強く吹き付けていたが、幸いにも雨風が凌げる程度には倒壊していない家屋もあった。その一つに白野達は集まっていた。元は集会所だったのだろうか。空気が埃っぽい事を除けば、百人近くになった避難民を収容できるくらいの広さだった。

 

「コード・キャスト、heal()実行!」

 

 白野の手から温かな光が広がる。光が収まると、ガロロの足の傷は綺麗に消えていた。

 

「おお! 全然痛くねえ! ありがとうな、坊主!」

「傷がそれほど深くなくて良かった・・・・・・。あまりに重傷だと、完全に塞がるまで時間がかかりますから」

「それでも緊急時に治療が出来るというのはありがてえよ。地図のギフトといい、坊主がいたお陰でこっちは大助かりだ」

 

 正面から誉められ、白野は照れくさそうに頭をかく。いくらなんでも誉め過ぎだと白野は思ったが、ガロロも手放しで賛辞しているわけではない。

 魔王のゲームでは、持久戦になる事が多い。そのため、魔王の襲撃に備える人間は食料や水を常にギフトカードにストックしているくらいだ。今回の様にコミュニティから孤立して補給が確保できない状況で、治療が行える人間がいる事実は精神的な支えにもなる。ある意味、戦闘員以上に重要度は高い。

 

「ただでさえ、箱庭じゃ事故でコミュニティから離されて遭難、なんてのも珍しくないからな。坊主みたいな治療のギフトは重宝されるんだよ。自信を持って良いぜ」

 

 ただし、とガロロは釘を刺す。

 

「坊主は腕っ節が強い方じゃねえな? 坊主のギフトは治療やら索敵やらに特化した分、戦闘力は劣る方だろ?」

「それは・・・・・・・・・はい、その通りです」

「さっきも言ったが、箱庭じゃコミュニティの支援が受けられないなんてザラにある事だ。達人級に鍛えろとまどは言わんが、対魔王コミュニティを名乗るなら戦闘力のあるギフトを持っておいた方が良いぜ」

 

 事実、ガロロの“六本傷”も商業が専門で戦闘力は本職である“一本角”達には遠く及ばない。しかしガロロの意向でコミュニティの全員がギフトを付与された武器の扱い方を学び、最低限の自衛は出来る様に教育している。非戦闘員だからと言って甘んじていられるほど、箱庭は安全な世界ではないのだ。

 

「まあ、今回は耀お嬢ちゃんにバーサーカーお嬢ちゃん、クイーンの騎士様と味方には事欠かないけどな。生きて帰れたら、最低限の護身の手段は用意しておきな」

 

 ご入り用なら安くしておくぜ? と笑うガロロ。その後、とりとめの無い話をして白野はガロロと別れた。

 

(最低限の護身手段は、か・・・・・・・・・)

 

 廊下を歩きながら、先程の話を白野は考えていた。ガロロの話はもっともだ。事実、白野は単体ではまるで脅威にならない。コード・キャストには攻撃の術もあるが、それも威力自体は大したものではない。もともとがサーヴァントの援護が主体だっただけに並み以上の相手では足止めがせいぜいだろう。だからこそ、サーヴァントと一緒にいなければ白野は戦力としては役に立てない。

チラリ、と白野はギフトカードを見た。令呪の模様が刻まれ、セイバーとキャスターを示すギフトネームが書かれた白野の魂の欠片。しかし、それだけだ。白野が一心に念じようが、魔力を込めようが、二人は白野の下に召喚されなかった。彼の剣となるサーヴァントがいない今、白野は戦場で丸腰でいるに等しかった。

 

(いや、サーヴァントがいない事が問題なんじゃない。一人で放り出された時、自分で身を守る手段がない事が問題なんだ)

 

 以前、セイバーと鍛錬を行った時、セイバーには体術は全くもって話にならないと評された。十年くらい鍛えれば、少しはマシになると言われたが、白野を取り巻く状況はそんな悠長な時間を許してくれそうになかった。

 

(もしも俺が、サーヴァント並みに動けたら、さっきの様にあっさりと人質に取られなかったかな・・・・・・・・・)

 

 意味のない空想だとは思いつつ、白野は考える。もしも自分が、十六夜や耀の様に動けたら。あるいはセイバーの様に動けたら。思えば、鍛錬を始めようと思った一端も白野の身体能力の低さで絶体絶命に陥ったからだ。

 先程の出来事。白野達が辿り着く前に、耀が冬獣夏草達を全滅させていた事を思い出す。白野の見立てでは、冬獣夏草の単体の強さは鬼化したワータイガー・ガルドと同等だろう。少なくともサーヴァントを連れてない場合の白野では、逃げ切る事は可能でも戦闘は避けるべきだ。それを耀は多対一の状況でも無傷で勝った。いつの間にか成長した耀の強さに驚き―――少し、羨ましく思ってしまう。箱庭に来た時から明らかに強くなった耀に比べ、自分は進歩しているのだろうか?

 

(こういうのも嫉妬、と言うのかな・・・・・・・・・)

 

 嫉妬した所で自分が急に強くなれるわけでもないのに・・・・・・・・・。そんな事を思いながら、白野は耀達の下へ向かった。

 

 

 




クラス:アサシン
真名:ヴラド三世
属性:秩序・悪

筋力:B 耐久:C 敏捷:B 魔力:B 幸運:E 宝具:C

クラススキル

気配遮断:E

 ヴラド三世に本来、アサシンとしての適性は無いので著しくランクダウンしている。不意打ち、奇襲の際に有利な判定ボーナスがつく。

単独行動:A

 マスター不在でも現界を可能とするスキル。吸血スキルと組み合わせれば、半永久的に現界は可能。

保有スキル

吸血:B

 吸血行為。対象のHP減少&自身のHP回復。本来は対象に魅了のバッドステータスを付与できるが、この姿のヴラド三世はやりたがらない為、ランクダウンしている。

変化:B

 ヴラド三世の吸血鬼の力の一つ。霧や蝙蝠、影など吸血鬼が変身できると言われる物には全て変身可能。

信仰の加護:×

 吸血鬼となった自分には、もはや神の加護などないと思っている為、スキルの恩恵は得られない。そのお陰と言うべきか、ランサーの時よりも精神的に落ち着いている。

宝具:『串刺影槍(カズィクル・ベイ)』:Cランク

 対軍宝具。相手の影から杭を出現させる。宝具の性質上、地面や背後の影から杭が出現する為、相手に対して奇襲攻撃の判定を取れる。ランサーとして現界したならば相手の不義や堕落の罪に対して攻撃力が上がるが、このヴラド三世は吸血鬼としての側面が色濃く出ている為、自身の伝承に則ってより多くの相手から吸血する為の手段に成り下がっている。

解説

 串刺し公の異名を持ち、ドラキュラのモデルとなったヴラド三世のアサシンとしての姿。とはいえ、ヴラド三世自身に暗殺者としての逸話はない。例えるなら佐々木小次郎=アサシンというくらいに無理のある召喚となっている。
 アサシンとして現界したヴラド三世はかつてルーマニアを守った英雄ではなく、夜闇に潜む魔物―――すなわち吸血鬼ドラキュラとしての姿が色濃く出ている。
 バーサーカーとして召喚されてもドラキュラの側面が色濃く出るが、アサシンのクラスでは狂気に満ちていない分、ドラキュラと化した自分を恥じている。そのため、いくつかのスキルがランクダウンしている。
 しかしトルコ軍と敵対した時に焦土作戦や敵兵の串刺し刑を行った時の冷酷さは健在であり、必要と判断すれば吸血鬼としての力もためらい無く使用する。


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幕間「ここに万雷の喝采を!」

 作者泣かせの意味が、よーく分かった。
 二度と・・・・・・・・・二度とコイツの事を、書くものか・・・・・・・・・!


 それは地獄の様な光景だった。

 城下町の大通り。商店街や住宅街など全ての道に繋がるそこは、連日活気に溢れていた。しかし、それも昨日までの話だ。仕事に行く男も、子供を連れた母親も、散歩に来る老人も。皆が等しく苦悶の表情を浮かべ、皮膚から焦げた臭いをさせながら地面をのた打ち回っていた。

 

「はあ、はあっ・・・・・・・・・!」

 

 そんな大通りをレティシアは城を目指して一心不乱に歩く。槍を杖代わりにし、足を引きずる様に進む様は純血の吸血鬼とは思えない程に弱々しい姿だった。よく見ればレティシアの肌は日焼けでは済まないレベルで真っ赤に焼け、左足に至っては炭の様に黒く変色していた。

 どうしてこんな事に。レティシアの胸を占める思いはその一つだった。自分達は魔王を倒し、箱庭の秩序を取り戻した筈だ。なのに待っていたのは同士達の祝福や賛歌の声ではなく、断末魔の叫びだった。何が起こったのか、さっぱり分からない。こんな・・・・・・・・・こんな地獄の様な光景、理解したくもない!

 

「父上! 母上! ラミア! カーラ! 護国卿! 誰か・・・・・・・・・誰かいないのか!?」

 

 大声でコミュニティに残してきた大切な人達の名を呼ぶ。だが聞こえて来るのは、同士達の弱々しい断末魔の呻き声だけだった。それでもレティシアは視線を彷徨せながら、悲痛な声で辺りを見回す。

 

「誰か教えてくれ・・・・・・・・・どうしてこんな最悪な状況になったんだ!?」

 

「これが最悪? いえいえ、The worst is not, So long as we can say,This is the worst.(最悪だ、と嘆ける内はまだマシな方ですぞ)!」

 

 不意に、場にそぐわない明るさのバリトンの利いた声が響く。はたとレティシアが見ると、そこには城下町で見たことの無い男がいた。まるで舞台役者の様な派手な貴族服を着た男は、頭に被っていた羽付きの帽子を脱ぐと大仰に一礼した。

 

「はじめまして、龍の騎士殿。お会いになられて光栄です」

「貴様は・・・・・・!」

「ああ、私の事はお気になさらず。What`s in a name(名前に意味なんて無いでしょう)?」

 

 敵意もなく、流暢に話すだけの男にレティシアの頭の熱が一端冷める。持ち前の冷徹さで男を値踏みする様に見つめ、少なくとも敵ではないと結論づけた。

 

「・・・・・・・・・疾く要件を言え。その為に現れたのだろう?」

「ご静聴感謝します。ならばこの私めから二万人の吸血鬼達に起きた出来事を喜劇、悲劇を織り交ぜてじっくりと、」

「余計な話はいいと言っている!」

 

 男の弁舌を遮り、レティシアは空を睨んだ。

 

「どうして大天幕が開放されている! 答えろ!!」

 

 そう。これこそが、レティシアのコミュニティを襲った悲劇。レティシア達の様な吸血鬼を箱庭で暮らしていける様に、日光を遮断する不可視の大天幕が箱庭の都市には張られていた。それが今は開放され、レティシアを含めた吸血鬼達に直接日光が差していた。だが、箱庭の大天幕の開放には太陽の主権が必要だ。いったい、誰がやったのかと猛るレティシア。

 

「それ、やったのは貴方のお仲間ですぞ」

「・・・・・・・・・え?」

Most subject is the fattest soil to weeds(土壌が肥えると雑草もよく生える)と言う様に、貴方の活躍を快く思わない勢力が王族を根絶やしにする為に天幕を開放しました。ぶっちゃけるとクーデターですな」

「いや・・・・・・・・・え?」

「そして王族を裏切った者達が使ったのは十三番目の黄道宮・・・・・・・・・十三! まさしく裏切りの数字! はは、何という巡り合わせか!」

 

 舞台役者の様に一人で熱の入った弁舌をする男について行けず、レティシアは呆然と首を振った。十三番目の黄道宮自体、いま初めて聞いた話だ。何より、今の話がとても信じられない。

 表立ってはいなかったが、若くしてコミュニティの長となった自分に不満がある者がいるのは知っていた。即刻粛正すべきだ、と護国卿は進言したが、レティシアは承諾しなかった。彼等とて同じコミュニティの一員。今は無理でも対話を重ねれば、いずれは自分を認めてくれる筈だと判断したからだ。それなのに、そんな彼等がクーデターを起こす程にレティシアを憎んでいたなんて・・・・・・・・・。何より、大天幕を開ける必要性が分からない。そんな事をしたら、自分達まで危なくなるのに・・・・・・・・・。

 

「必要? もちろんありましたとも!」

 

 男は城の尖塔を指差した。

 瞬間―――レティシアの意識は凍りついた。

 

「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 レティシアの口から間の抜けた声が上がる。だが、そんな声自体がレティシアの耳に入っていなかった。

 

(違う)

 

 何をもって違うのか分からぬまま、レティシアの意識が拒絶する。

 

(だって、あの尖塔に貼り付けられたのは服だけで、でもあれは自分のよく知る人達の服で、でもあれは本物の筈がなくて、でもあの赤いマントは自分が護国卿に送った物で、)

 

「古来より吸血鬼を殺すには銀の杭で心臓を貫いて、日光を浴びせろと言いますが、いやはやこれは酷い! 磔刑、串刺し、最後に火葬とは全くもって芸がない!」

「あ、ああ、あああっ・・・・・・・・・!!」

 

 現実を認識したレティシアの口から絶望の嗚咽が漏れる。既に革命は済まされていたのだ。レティシアが必死に魔王と戦っている間に、反逆者達はレティシアの親族や知人を皆壁の染みに変えていた。その事実に、レティシアは膝から崩れ落ちた。

 

「おっと、ここで一つ忠告しましょう! もうじき日暮れですが、そうなれば反逆者達は貴方の首を取ると息巻いていましたぞ! ここは一度逃げた方が賢明でしょうなあ! そこで提案なのですが、是非とも我がマスターのコミュニティへ―――」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 ユラリ、とレティシアが立ち上がる。男を無視してレティシアは足を引きずりながら、ゆっくりと歩き出した。

 

「おや? どちらへ?」

「まだ・・・・・・・・・まだ生き残っている者がいるはずだ。彼等を救わなくては・・・・・・・・・」

 

 喜怒哀楽を削ぎ落とされた能面の様な顔で、レティシアは自分に言い聞かせる様に呟いた。

 

「そうだ、救わなくちゃいけないんだ・・・・・・・・・私は、コミュニティの長だから、最期まで全うしなくちゃ・・・・・・・・・」

 

 焦点の合わない虚ろな目で、レティシアは夢遊病者の様な足取りで歩き始める。目的地など定まっていない。この短時間で親族も友人も国民も全てを失ったレティシアは、王としての責務だけを心の依り代にして歩き出そうとしていた。

 

Sweet are the uses of adversity(逆境が人に与える物は美しい),Which like the toad(それはガマガエルの様に醜く),ugly and venomous(毒があるが),Wears yet a precious jewel in his head(その頭の中には宝石をはらんでいる)・・・・・・・・・この状況においても王としての責務を全うしようとする姿に、観客は拍手喝采でしょうなあ」

 

 ふうむ、と男は顎髭を撫でながらレティシアの後ろ姿を見送り―――

 

「しかしそれでは全くもってつまらない! ここは一つ、貴方の愛する人達がどのように最期を迎えたか、お教えしましょう!」

「貴様・・・・・・・・・!!」

 

 不意にレティシアの背後から爆発的な魔力の高まりを感じた。すぐさまレティシアは振り向くものの、太陽に侵された体では全てが遅すぎた。風がなくてもひとりでにページが捲れていく本を片手に、男は魔力を放つ。

 

「灯りを消せ! 煙草も消せ! 上演中はお静かに! 録画、撮影お断り! さあさあ、皆様ご覧下さい! 

“開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を”!!」

 

 瞬間、レティシアの視界は白く塗りつぶされた―――――――――――――。

 

 ※

 

『貴様等! これはどういうつもりだ!!』

 

 かつての部下達に槍を突きつけられながら、ヴラドは吼えた。

 

『口を慎みたまえ、護国卿。君はいま、王となる男の前にいるのだよ』

 

 ヴラドを取り囲む騎士達の後ろで、どことなくレティシアに似た顔付きの男がニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 

『君の新しい主となるのだ。身の振り方を考えてはどうかね?』

『薄汚い裏切り者に振るう槍など無い! どういうつもりだ、ブラム卿! 先王の弟である貴方が、何故王家に牙を剥く! 先王や姪である姫殿下から受けた恩義を忘れたか!』

 

 ヴラドの容赦なく突き刺す様な糾弾に、初めて男―――ブラムの顔が歪んだ。

 

『恩義? 恩義だと? 先に生まれたというだけで王となった兄や、王の娘というだけで何の苦労もなく玉座に座った小娘に恩義だと!? 馬鹿な、奴等こそ私の恩に報いるべきだ!』

 

 憤怒に歪んだ顔で、ブラムは長年鬱屈した感情を吐き出す様に口角泡を飛ばした。

 

『文字通り日陰者だった吸血鬼が“箱庭の騎士”として認められる様に働きかけたのは誰だ!? 私だ! “階層支配者”制度を“サウザンドアイズ”に認めさせる様に交渉したのは誰だ!? それも私だ! “全権階層支配者”となった暁に太陽の主権が贈られる様に取引を行ったのは誰だ!? やっぱり私だ!』

 

 目を血走らせながら自分の業績を羅列していくブラム。しかしヴラドは、そんなブラムを冷めた目つきで見ていた。

 

『そうだ! 今のコミュニティの繁栄は私が築き上げた! 私こそがコミュニティの最大功労者だ! 私こそがコミュニティの長として相応しいはずだ! だというのに・・・・・・・・・父上も兄君も、何故私を認めない!!』

『コミュニティの繁栄は、全てが貴殿の行いによるものではない。我らコミュニティ・・・・・・・・・戦場で戦う騎士から、貴殿の様に舌とペンで戦う文官。果ては我らに快適な食事や寝床を用意する使用人に至るまで、全ての人員がコミュニティの為に尽くしたからこそ、今日の繁栄があるのだ』

『いいや、民草共の生活を保証したのは我ら王家だ! そして王族の中で一番コミュニティの為に働いた私がいたから、コミュニティが繁栄したのだ!』

 

 何を言っても無駄か、とヴラドは内心で舌打ちする。

 レティシアの父親の代から騎士として仕えているが、王弟であるブラムがここまで独善的な吸血鬼だとは思わなかった。ある意味、ヴラドもまたブラムを正しく評価していなかったと言える。

 

『ここまでコミュニティの為に尽くしたと言うのに、兄上は自分の娘に王位を譲った! 私を評価しない王家など不要だ! 私は革命を為し、私に対する正当な評価を取り戻す!』

『愚かな・・・・・・・・・武力革命を為した所で国民は認めまい。反逆者である貴様等をすぐに縛り首に上げようと、反旗を翻すであろうよ』

 

 冷たく切って捨てるヴラド。しかし、ここでブラムが傲慢な笑みを浮かべた。

 

『さて、それはどうかな? それ以前に・・・・・・・・・民草共は私に反旗を翻せるかな?』

『・・・・・・・・・なに?』

『仮にも兄上達は純血の吸血鬼。完全に殺し尽くす手段など限られている。だが―――吸血鬼だからこそ、決定的な弱点がある。そう―――太陽の光を浴びせる、とかな』

 

 何を馬鹿な、と言おうとしてヴラドは気付く。先程、ブラムは自分がコミュニティに太陽の主権を譲り受けられる様に取引した、と言っていた。では・・・・・・・・・その太陽の主権は、いま何処に?

 

『貴様・・・・・・・・・まさか!!』

『ははは、そうだ! “サウザンドアイズ”から譲り受けた太陽の主権は、いま私の手にある! 王族ではあるが、コミュニティの王ではない私では大天幕を開放するくらいの権利しか与えられないだろうが十分だ! 日没までの時間、兄上や他の王族共も灰にするのに長過ぎるくらいだ!』

『そんな事をすれば、城下町の吸血鬼まで焼け死ぬ! 貴様の革命の為に、コミュニティの民をも犠牲にする気か!!』

『革命の為に少々の犠牲は付き物だよ、護国卿』

 

 激昂するヴラドに、ブラムは独善に歪んだ笑顔を浮かべた。

 

『民など雨後に生える草の様な物だ。いくら殺そうが、すぐにまた数は増えるさ。第一、“全権階層支配者”の地位は太陽の主権の他に暫定四桁の地位が贈られる。下層とはいえトップクラスとなったコミュニティならば、むしろ庇護下に置いて下さいと他のコミュニティからも人が集まるさ』

『貴様はっ・・・・・・・・・!!』

 

 今度はヴラドの顔が憤怒に染まった。ブラムは自分の玉座と引き換えに、今のコミュニティの国民を切り捨てる気なのだ。それも吸血鬼にとって、もっとも苦しむ方法で・・・・・・・・・!

 

『貴様は狂っている!』

『何を言う、私は正確だとも。正確に、これが私が王位に就く最適解だと判断しただけのこと』

 

 さて、とブラムは片手を上げる。それに伴い、ヴラドを取り囲んでいた騎士達が一斉に槍を構え直した。

 

『無駄話が過ぎたねえ、護国卿。知らぬ仲では無いし、君さえ良ければ私の新しいコミュニティに席を用意しても良かったのだが・・・・・・・・・その様子では、どうやら不要かな?』

『当然だ。我が槍は先王に、そして姫殿下に捧げた。貴様の様な圧制者には、槍を心臓にくれてやる!!』

『そうか、残念だ。君の大好きな姪娘もすぐに君達の元へ送り届けよう。―――やれ』

 

 ブラムの号令の下、騎士達が一斉にヴラドへと槍を突き出した。

 グシャリ、と肉が潰れる音がヴラドの身体から響いた。

 

『―――貴様等、我を・・・・・・・・・いや、余を誰と心得ている?』

 

 不意に。騎士達に声がかけられた。騎士達が瞠目する中、ヴラドの口から―――身体中を槍に穿たれて死に体となったはずのヴラドの口から、地獄から響いてくる様な恐ろしげな声音が出てきた。

 

『余は串刺し公、オスマントルコを鏖殺せし悪魔・・・・・・・・・余を殺したければ、あと二万以上は用意して来い―――!』

 

 グシャリ、と再び肉が潰れる音が響いた。ヴラドの身体から槍が突き出され、それはヴラドへと殺到していた騎士達を容赦なく串刺しにしていた。

 

『ひ、ひいぃぃっ!? ば、化け物!!』

 

 配下の兵が一瞬で殺され、ブラムは腰を抜かしながらもヴラドは罵倒する。

 

『そうとも。我が字は悪魔の息子(ドラグル)・・・・・・・・・いかに騎士として振る舞おうが、我が身体に流れる残虐な血までは抑えつけられぬ』

 

 ギラリ、と目を紅く染め上げてヴラドが睨んだ。その姿は、まさしく悪魔の息子―――!

 

『されど、そんな余にも守るべき物はある。それを侵すというならば・・・・・・・・・悪魔の裁きを受けるがいい!!』

 

 体内から生やした槍を手に取り、ヴラドはブラムへと突き出す。ブラムは怯えた顔のまま、心臓に目掛けて走る槍の切っ先を見つめ―――

 

『ぐっ、ぬ・・・・・・・・・!』

 

 途端、ヴラドが苦悶の声を上げて槍を取りこぼした。その腕には、銀色に輝く矢が突き刺さっていた。

 

『ブラム様! ご無事ですか!?』

 

 先王達の確保に向かわせていた近衛兵が続々と集まってくる。全員を捕らえた報告の為にブラムの元へと駆けていた近衛兵は、今にも殺されそうだった主の為に即座に矢を放った。その手には、この日の為にブラムが秘密裏に用意した退魔銀の弓矢が―――!

 

『や、やれっ! この化け物を殺せ! 殺せ! 今すぐに!!』

 

 余裕のないブラムの声に、忠実な近衛兵達はすぐに応えた。退魔銀の矢が装填されたクロスボウが一斉に放たれる!

 

『ぐっ、おおお、おおおおおおっ!!』

 

 矢が突き刺さる度に、全身が焼け爛れる様な痛みを感じながらもヴラドはもがく。純血ではないとはいえ、吸血鬼の属性が強いヴラドにとって退魔銀の矢は致命的な毒となった。

 

『な、め、る、なあっ・・・・・・・・・!』

 

 血反吐を吐きながら、ヴラドはブラムへと歩を進める。しかし、ブラムは近衛兵達の影に隠れながらキンキンと耳障りな声で騒いでいた。

 

『何をしている! 奴はまだ生きているぞ! 殺せ! 殺すんだ!!』

『お、のれ・・・・・・・・・!!』

 

 そして。万感の呪詛を孕んだ声を絞り出し―――とうとうヴラドは地面へと倒れた―――。

 

 ※

 

『斧を持て! まずは四肢を切り落とせ!』

 

「やめろ・・・・・・・・・」

 

『舌を切り落とせ! 悲鳴が醜くて、聞くに耐えんからな!』

 

「やめてくれ・・・・・・・・・」

 

『磔だ! 塔に磔にして民共への見せしめにしろ!』

 

「もう、やめてくれ・・・・・・・・・」

 

『これより大天幕を開放する! 総員、速やかに屋内へと入れ! 奴等が焼け死ぬ様をじっくりと見物しようじゃないか・・・・・・・・・!』

 

「やめろおおおおおおっ!! もうやめてくれええええええっ!!」

 

 髪の毛を振り乱しながら、レティシアは耳と目を塞いだ。

 

A little more than kin(親族に違いないが),and less than kind(馴れ馴れしくするな)! いや、まったく父や兄に認めて欲しかった事が発端で彼等を皆殺しとは・・・・・・・・・一周回って喜劇ですな!」

 

 カラカラと男は笑うが、レティシアの耳には入らなかった。滝の様な涙が目から零れ落ちたが、拭う事もせず地面に手を付いて呆然としていた。

 男が魔力を放った瞬間。レティシアの目の前で、自分の大切な人達の最期の瞬間が目に映った。幻術? 違う、そんなチャチな物じゃない。まるで舞台の特等席で見ているかの様に、彼等の感情、精神、魂。その全てが織りなされた悲劇がレティシアの前に現れたのだ。

 

「さて、感想をお聞きしたい所ですがTime is very bankrupt(時は破産する)と言う様に貴方には時間がない。ですので、これをお渡ししましょう!」

 

 男が差し出したのは黒い封書。それをレティシアは呆然とした心のまま、受け取った。

 

「その契約書類には貴方の主催者権限を最大限に利用したゲームルールが組み込まれています。それを使って―――貴方は魔王へと変貌できる」

「魔王・・・・・・・・・?」

「貴方の家族、友人が受けた仕打ちを反逆者達に! それも半永久的に! それで貴方の怒りも少しは晴れるでしょう!」

 

 普段のレティシアなら、ふざけるなと怒鳴っているだろう。箱庭の騎士の誇りを死ぬまで守ると、目の前の無礼な男に言ったはずだ。しかし、親しい人達がどうやって殺されていったか。それを目の当たりにしたレティシアは、男の言葉を呆然と聞いてしまっていた。

 

「最後の忠告ですけど・・・・・・・・・反逆者達は、貴方が築き上げた秩序や平和を守りませんよ」

 

 涙も枯れ果てたレティシアの顔を見ながら、男は囁く。

 

「彼等が欲しいのは地位と太陽の主権だけ。肥大化した自己は、すぐに次の獲物を求めて箱庭を荒らすでしょう。ここで貴方が死ねば、間違いなくそうなる」

 

 しかし、と男は笑顔を浮かべながら契約書類を指差す。

 

「ここで貴方が魔王となって、反逆者達を皆殺しにすれば・・・・・・・・・魔王の汚名の代わりに、階層支配者の制度だけは残りましょう。まさにTo be or not to be, that is question(生か死か、それが問題なのです)

 

 そう言い残して、男は立ち去って行った。レティシアはボンヤリと、その後ろ姿を見つめていた。

 やがて太陽が沈み、反逆者達は城下町に火を放って呻き苦しむ同士達ごと焼き払った。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 その様子をレティシアは契約書類を握りながら、呆けた顔で見つめていた。ふと、城の尖塔へと目を移す。そこには、無残な姿となった大切な人達の焦げついた跡が刻まれていた。

 

「いたぞ! レティシアだ! 奴を殺せ!」

 

 不意にキンキンと耳障りな叫び声が聞こえた。そこにどことなくレティシアに似た顔つきの男が、こちらへ指差していた。

 

「――――――!」

 

 瞬間、レティシアの思考は真っ赤に染まった。

 そうだ。奴等は反逆者だ。箱庭の騎士として、コミュニティの長として、反逆者を討つ義務が自分にはある。

 何より・・・・・・・・・自分の大切な人達を壁の染みに変えた奴等には、それ以上の苦しむを受けさせないと気が済まない―――!

 

「貴様は・・・・・・・・・」

 

 黒い契約書類を握り締めながら、レティシアは立ち上がる。地獄の使者の様に、ドロリとした殺気を放つ姿にもはや箱庭の騎士の面影はなかった。

 

「貴様等はっ! 荼毘に付す事も許さない・・・・・・・・・!!」

 

 万感の怨嗟を込めて、レティシアが叫ぶ。

 そして―――レティシアは、魔王となった。

 

 




ブラム「コミュニティはワシが育てた」
ヴラド「ねーよ」

ブラムという名前に、これといった意味は無いのであしからず。
あと言い忘れましたが、レティシアのコミュニティが滅んだ理由も独自設定という事でお願いします


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第7話「誓いを新たに」

茨木ちゃんを殴る簡単なお仕事から解放され、ようやく執筆する気になれました。次のイベントまでマーリンと二世はゆっくりお休み。キアラさんの育成をのんびりとやっていきますか。


「―――以上が、この地で起きた出来事の全てである」

 

 パチパチと焚き火の爆ぜる音だけが響く。この土地でかつて何があったのか。長い時間をかけてヴラドは語った。

 外界から箱庭に吸血鬼達が来た事。吸血鬼達が魔王に支配された箱庭の下層に、秩序を取り戻す為に戦った日々。“階級支配者”という制度を認めさせる為に、箱庭中を駆け回った記録。それらが実り、東西南北の階級支配者を統括する“全権階級支配者(アンダーエリアマスター)”として君臨した栄光。―――そして内乱と・・・・・・・・・ヴラドの死。

 当事者から語られた激動の記録に、人伝で大まかな情報を聞いていたガロロやフェイスレスも言葉を失っていた。

 

「・・・・・・・・・我が語れるのはここまでだ。その後、何故レティシア殿下が魔王に堕ちたかは知らぬが―――」

 

 チラッとヴラドは白野達が持っていた契約書類に目を向ける。まるで吸血鬼達を殺す為だけに作られたペナルティの数々。それに目を向けてヴラドは短く溜め息をついた。

 

「・・・・・・・・・想像するには難くないな」

「―――だとしても、それは魔王として秩序を乱す理由にはなりません」

 

 フェイスレスの凛とした声が響く。

 

「裏切り者のせいで全てを失った事には同情しますが・・・・・・・・・その因果が、今の“アンダーウッド”の危機に繋がっているのです。巻き込まれた人々の事を考えるなら、ミス・レティシアの罪は軽減されません」

 

 キッパリと断じるフェイスレス。一見すればレティシアへの不敬とも取れるが、ヴラドは硬い表情でフェイスレスの言い分を受け止めていた。レティシアの取った手段が、周りの犠牲を考えない悪手だったという事は彼とて分かってはいるのだろう。

 

「とにかく、これで吸血鬼の成り立ちや歴史は分かったな」

 

 重くなった場の雰囲気を入れ替える様に、ガロロは咳払いを一つする。

 

「さて、と。春日部の嬢ちゃん。随分と長い昔話となったが・・・・・・・・・今の話がゲーム攻略の鍵になるのか?」

 

 ヴラドに吸血鬼のコミュニティの歴史を話す様に頼んだ当の本人―――耀は強く頷いた。

 

「うん。参考になった」

「私には分かんないなー。今の話がどう謎解きに繋がるんだ? “革命主導者”の心臓を捧げろと言ってるから、話に出てきたブラムとかいう奴を殺せって意味じゃないの?」

「それは違うと思う。というより、今までの話はほとんどがゲームとは関係ない」

 

 はあ? とアーシャが首を傾げた。

 

「私が確認したかったのは、最初の部分―――このお城が異世界で作られた物である、という歴史なんだ」

「・・・・・・・・・どういうこと?」

「このゲームのタイトルだよ。“SUN SYNCRONOUS ORBIT”。直訳すると、太陽同期軌道という意味になるんだ」

 

 耀が何を言いたいのか分からず、アーシャやガロロは頭に疑問符を浮かべた。しかし白野はピンときた様だ。

 

「太陽と同期する軌道・・・・・・・・・それって、人工衛星の事か?」

「うん。でも箱庭で作られた物なら、神造衛星になるのかな? とにかくこの仮説が正しいなら、このゲーム全体が太陽や軌道に関連した話になると思う」

 

 おお、と全員から感心の声が上がる。

 

「・・・・・・・・・先代陛下はかつて、自分達の一族は故郷の環境に適応できなくなったから箱庭を新天地としたと言っていた。貴公の説を取り入れるなら、吸血鬼の一族は未来から来たという事か?」

「そうなる、かな」

 

 箱庭はあらゆる時代に繋がっていると言う。吸血鬼達は遠い未来において、環境の劇的変化によって世界(故郷)を捨てた種族なのだろう。伝承とは異なる吸血鬼の生態も説明はつく。

 

「なるほど。貴方は“獣の帯”をゾディアックとして読み解いているのですね」

「そうか・・・・・・そういう事か!」

「むぅ・・・・・・・・・お二人だけで納得しないで下さい」

 

 得心した様に頷いたフェイスレスと白野に、清姫は唇を尖らせた。まだ把握できていない皆にも分かる様に、白野達は説明する。

 

「ゾディアックというのは黄道十二宮・・・・・・・・・いわゆる十二星座の俗称だよ。十二星座は太陽の軌道を三十度ずつズラして星空の領域を分ける天球分割法なんだ。これと契約書類に書かれた内容を合わせると―――」

「第三の勝利条件、“砕かれた星空を集め獣の帯を星空に掲げよ”というのは天体分割法によって分かたれた十二の星座を集め、星空に掲げよ・・・・・・・・・と、読み取れますね」

 

 その説明に周囲の輪がグッと息を呑んだ。

 

「すげえ・・・・・・・・・すげえよ、耀! 色々と契約書類に当てはまるじゃん! これ、もう正解に近い推理だろ!」

「で、でもまだ“星座を集めろ”の意味が分からないし・・・・・・・・・」

「その事だが・・・・・・・・・城下の都市区画は城を中心として十二分割されている。確か各区画には神殿があったはずだ。重要な物を隠すならば、そこではないか?」

「マジかよ!? なら、耀の推理でほぼ正解じゃん! いやあ、おっさんがいてくれて助かったわ。ありがとうな、おっさん!」

「・・・・・・・・・感謝しているならば、おっさん呼ばわりは止めぬか」

 

 興奮するアーシャに、ヴラドは口元をひくつせかる。ともあれ、ヴラドのもたらした情報は耀の推理を裏付ける証拠になった。ゲームクリアへの道筋が見え、空中都市に囚われた一同に希望が湧き出していた。

 

 ※

 

「粗方を駆除したとはいえ、まだ冬獣夏草は残っている。既に夜も更けてきた事ではあるし、本格的な探索は明日が良かろう」

 

 ヴラドの主張に異議はなく、一同は避難所に使っている廃墟で一泊する事になった。使えそうな部屋で避難民達が寝静まった事を確認すると、白野はこっそりと部屋を出た。

 ―――ヴラドの申し出は、ある意味ありがたかった。白野としては、これ以上先延ばしにするわけにいかない事があるからだ。

 月明かりのおかげで問題なく見える廊下を白野はまっすぐと進む。やがて、目的の場所に到着した。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 そこへ入る前に、少しだけ躊躇してしまう。

 今からやろうとしている事は・・・・・・・・・はっきり言って、白野の自己満足だ。そもそも、本当に今やる必要があるのだろうか? 今は魔王のギフトゲームの最中だ。それこそギフトゲームに全神経を集中させるべきだろう。掛かった命は白野の命だけではない、浮遊城にいる皆や地上に残された“ノーネーム”の同士達。さらには“アンダーウッド”にいる全ての人々の命も掛かっているのだから。

 

「・・・・・・・・・よしっ」

 

 しかし白野は一呼吸して気合いを入れ直した。いくら命が掛かっていると言っても・・・・・・・・・いや、命が掛かっているからこそ。自分の代わりに戦う彼女には、本当の事を伝えなくてはならない。白野は意を決して、目的の場所に入って行った。

 

「まあ、ますたぁ。こんな深夜にどうされました?」

 

 避難所の入り口。朽ちかけた扉を見張れる位置に清姫は立っていた。ガラスの割れた窓から差し込む月光が、翠色の髪をキラキラと彩る。

 月下美人。場違いだと思いながら、白野はそんな単語が頭に浮かんだ。

 

「うん、ちょっとね………バーサーカーこそ、見張り番お疲れ様。疲れてない?」

「何をおっしゃるのやら。もともと、サーヴァントに睡眠は不要です」

 

 それと、と清姫は少し拗ねた顔になる。

 

「二人の時は清姫と呼んで下さい。ますたぁには私の名前を呼んで欲しいのですから」

 

 扇子で口元を隠しながら頬を膨らます仕草は大変可愛らしい。上流階級の人間が出す気品と、まだあどけない少女の愛らしさが合わさって清姫に静かな魅力を与えていた。しかし白野は、そんな清姫を見ても申し訳ない気持ちで一杯になる。何故なら―――

 

「バー・・・・・・清姫。実は・・・・・・・・・君に言わなくちゃいけない事があるんだ」

「何でしょう? はっ、まさか愛の告白ですか? もう、告白せずとも私達の仲は、」

「俺は・・・・・・・・・君の事を知らない」

 

 ピシッと。何かがひび割れた音が聞こえた。

 

「・・・・・・・・・君が俺をマスターとして信頼しているのは、これまでの行動でよく分かるよ。きっとすごく慕ってくれていたのだと思う。でも・・・・・・・・・ごめん、俺は君の事を覚えていないんだ」

 

 セイバー。キャスター。

 いま白野と契約を結んでいる二人は、記憶に差異があっても間違いなく共に聖杯戦争を勝ち抜いたサーヴァントだと、白野は確信を持って言える。

 しかし、新たに白野の前に現れたバーサーカーのサーヴァント・清姫については、白野は覚えがなかった。ひょっとすると以前にキャスターが言った様に、ムーンセルが白野の勝利パターンを演算した時に出した仮定のサーヴァントかもしれない。何にせよ、白野は目の前のサーヴァントについて何も記憶を持ち合わせていなかった。

 

「正直を言うと・・・・・・・・・伝えるべきかどうか迷った。いまは“アンダーウッド”の一大事だし、レティシアの危機も掛かったゲームの最中だからそっちに集中すべきだとも思っていたよ」

 

 でも、と白野は清姫の目をまっすぐ見る。

 

「清姫、君は俺の事をマスターと呼んで従ってくれている。俺の事が大切だ、という気持ちを表してくれた。・・・・・・・・・そんな相手に、覚えてないという事実をうやむやにしたくなかった」

 

 だから、と上半身が腰と直角になるまで曲げて頭を下げる。

 

「ごめん、清姫。君の気持ちに、今の俺は答えを出せない。君が大切に思っている想いに、俺は・・・・・・・・・記憶の無い俺は、応える事が出来ない」

 

 ここで白野が狡猾な人間ならば、清姫の事を覚えているフリをして自分を好いてくれる事を利用する、なんて事もやれたかもしれない。しかし、彼女はサーヴァント。非力な白野にとっては代わりに敵前に身を晒す戦闘代行者だ。そんな相手に嘘をつく真似は、白野はやりたくなかった。何より・・・・・・・・・清姫の愛情を利用するなんて、考えられなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 場に痛い程の沈黙が下りる。ドクン、ドクンと白野の耳に自分の鼓動が煩いくらい響く。

 コツ、コツ、コツ―――

 硬い床を歩く音が白野の耳に聞こえてきた。足音は頭を下げたままの姿勢でいる白野の前に止まった。

 

「・・・・・・・・・頭を上げて下さい」

 

 白野は恐る恐ると頭を上げ―――トン、と軽い衝撃が白野の胸に走った。

 

「・・・・・・・・・え?」

「知ってますよ、そんな事。ますたぁと・・・・・・・・・白野様と再会する前から」

 

 白野の胸に顔を押し付けた状態で、清姫は言った。

 

「ますたぁが記憶障害を患っているかもしれない。私の事を覚えていないかもしれない、って・・・・・・・・・全部、耀さんから聞きましたもの」

 

 白野は箱庭に召喚された当初、何も覚えていなかった。共に戦ったサーヴァントの事も、自分が聖杯戦争の勝者である事も忘れていた。その時の事を覚えていた耀は、白野が記憶障害の可能性があると思い、清姫に伝えていたのだ。

 

「困った人。記憶が無いのに・・・・・・・・・私の事は何も覚えていないくせに、私の記憶のままに貴方は振る舞うなんて」

 

 白野に抱きついたまま、清姫は顔を上げた。

 

「清姫・・・・・・・・・」

「以前の私なら・・・・・・・・・また安珍様みたいに誤魔化そうとしている、と言っていたかもしれません。でも、いいんです。貴方は嘘なんかついてない。私の事を思いやって、真実を告げに来た事は伝わりましたから」

 

 客観的に見ると、白野の告白はかなり危険な賭けだった。かつて安珍は、追ってきた清姫にお前の事など知らない、とシラを切った。状況こそ違うが、白野が覚えていないと伝えるのは清姫にとっては愛しい人に拒絶された場面を再現する事になる。最悪、怒り狂った清姫に焼き殺される様な真似だったのだ。

 しかし―――

 

「私の事を愛していなくとも、私の事を思ってくれた気持ちに嘘はありませんから」

 

 愛していなくても、好きでなくても。他人を想う気持ちに偽りなんてない。そう教えてくれた耀を思い出しながら、清姫は少し寂しげに微笑んだ。

 

「たとえ記憶が無くても、私は貴方のサーヴァントです。貴方に全てを捧げたい、と思ったこの想いに嘘はありません。だから―――」

 

 白野の顔を見据え、清姫は宣言する。

 

「バーサーカーのサーヴァント、清姫。どうか貴方にお仕えさせて下さい。貴方の記憶が戻らなくても、私は貴方にこの身を捧げます」

 

 白野よりも頭一つ小さい身長で、上目遣いで見上げながら清姫は誓いを立てる。白野のサーヴァントとして。そして―――白野に心を捧げる少女として。

 白野は清姫を言葉もなく見つめていた。

 清姫に対する記憶が無く、かつて清姫が愛していた岸波白野として振る舞えず、自分に向けられる想いに誠実に応えられないと思ったから謝りに来た。しかし、それでも構わないと清姫は言った。自身の想いに嘘などないから、もう一度白野と共にいさせて欲しいと伝えられた。

 

「・・・・・・俺は、まだ何も思い出してないよ?」

「構いません。思い出せないなら、また思い出を築けば良いのですから」

「好きと言われても・・・・・・応えられないかもしれない。俺には、大事な人が二人いるから」

「だったら、その二人に負けないくらい貴方を愛します。貴方に好きだ、と言って貰える様に」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・駄目、ですか?」

 

 涙を溜めた瞳で清姫は白野を見上げる。

 

「・・・・・・・・・最後に一つだけ」

「何でしょう?」

「気の利いた事は言えないし、恋愛とか全然分からないけど・・・・・・・・・こんな俺で良ければ、その・・・・・・・・・よろしくお願いします」

「・・・・・・・・・はい!」

 

 清姫は再び、白野にギュッと抱きついた。もう離れない様に。もう見失わない様に。

 そんな二人を月光は優しく照らしていた―――。




・・・・・・もう清姫ルートで書くか(嘘)


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第8話「飛鳥の挫折」

七月末まで投稿できなくなるので、切りの良い所まで書いたら8000字以上になりました。とりあえず今回はセイバー達のターン。


 ―――“アンダーウッド”・主賓室

 

 カチコチ、と時計の鳴る音だけが響く。“アンダーウッド”が誇る大樹の中に造られた主賓室にキャスターはいた。大樹の頂上近くにある主賓室からは、“アンダーウッド”の風光明媚な景色を一望できたが、キャスターはそんな物を眺める気分ではなかった。暗い表情のまま、備え付けの柱時計を見る。時刻は午後八時を指した所だった。

 

「・・・・・・・・・」

 

 気が気でない様子で、ため息を一つつく。“ノーネーム”のメンバー達が、会議に出てから随分と時間が経つ。会議で浮遊城に囚われた人々に、一刻も早く救援隊を送る様に交渉すると言っていたが、話が纏まらないのだろうか?

 

「ご主人様・・・・・・・・・どうかご無事でいて下さい」

 

 ギュッと両手を組み合わせる。かつて神であった自分が祈るというのも変な話だが、それでも祈らずにいられなかった。

 ガヤガヤと部屋のドアの外から話し声が聞こえてきた。ハッとキャスターが目を向けると、ちょうどセイバー達が部屋に入って来た。

 

「セイバーさん! 救援隊の話はどうなりました!?」

 

 挨拶もなくキャスターはもっとも気になっている事を真っ先に聞いた。セイバー達は、一様に疲れた顔をしていた。

 

「セイバー・・・・・・さん? まさか、断られたとか・・・・・・!」

「いや、救援は出せる。明日の朝には救援隊が組まれる事になった」

 

 キャスター達にとって望み通りな報告とは裏腹に、セイバーの顔色は優れない。よくよく見ると、十六夜ですら頭痛を耐える様にコメカミを抑えていた。

 

「え~っと・・・・・・・・・皆さん、いったい何でそんな疲れた顔をしているんですか?」

 

 ※

 

「―――つまり、大事なギフトをそのドラ娘が料理に使っていて、議長はショックのあまり気絶。誰も料理を食べてくれないから半ベソになったドラ娘を哀れに思ったカボチャ頭さんやジン坊ちゃんが一口食べて、これまた気絶。三人の意識が戻るまで、会議が中断されていた、と・・・・・・・・・」

 

 セイバー達の話を纏め上げ、キャスターはうん、と頷く。

 

「コントですか?」

「残念ながら事実よ・・・・・・・・・恐ろしい事に」

 

 グッタリと飛鳥が答える。端から見れば三流の喜劇になるだろうが、巻き込まれた当人達からすれば何とも頭の悪い・・・・・・・・・もとい、頭の痛い遣り取りだった。

 

「というか、口にした途端に錐揉みしながらふっ飛ぶって、どんな料理よ? しかも亡霊のジャックまで昇天しかけるとか何? 死霊にも効く生物兵器なの?」

「今まで奇人変人は色々と見てきたが、あの自称アイドルは別格だ。端から見てる分には面白いんだろうけどなあ・・・・・・」

「良いことを思い付いたぞ。あやつの料理を巨龍に食わせれば良い。労せずして我等の勝ちとなろう」

「悪くないプランだ。同じ龍だから味覚が合うかもな。そのまま仲直りパーティーでもすれば良いんじゃねえの?」

「ついでに岸波君が時々食べている麻婆豆腐も付けましょう。同じ赤い料理だから喜んで食べるわよ」

 

 セイバーの提案に十六夜と飛鳥はぞんざいに答える。この二人が、こうも投げ遣りになるのも珍しい。それだけ疲れる相手だったのか、とキャスターは同情する。

 

「まあ、とにかくだ。謎解きの方は九割方は解けた。後は浮遊城に行って確かめたいが、現実問題として俺達にはそこまで行く足が無い。何か案は無いか?」

 

 微妙な空気を入れ換える様に、十六夜が切り出す。すると、飛鳥がすぐに手を上げた。

 

「“サウザンドアイズ”のグリフォン・・・・・・・・・グリーに頼むのはどうかしら? 彼は春日部さんの友人なのでしょう? それなら私達の頼みも聞いてくれると思うけど」

「ああ、あのグリフォンか。そいつが力を貸してくれるなら問題解決だな。次に浮遊城に行くメンバーだが、」

「私は行くわ」

 

 続きを遮るように飛鳥が言葉を挟む。十六夜が驚いて顔を上げるが、飛鳥は十六夜の目をまっすぐ見て話を続ける。

 

「十六夜君、貴方が私が危険から遠ざかる様に采配しているのは分かっているつもり。でも今回は春日部さんや岸波君、それにレティシアまで空のお城に囚われている。多少危険を犯してでも敵地に乗り込まなくては、助けられるものも取りこぼすかもしれないでしょう?」

 

 だから連れて行って欲しい。プライドの高い飛鳥らしからぬ下手な物言いは、飛鳥の真剣な思いの表れだろう。十六夜はたっぷり十秒くらい飛鳥と向き合う。

 

「・・・・・・・・・お嬢様はどうしても救出組に加わりたいんだな? どんな危険があっても?」

「ええ、覚悟の上よ」

「そうか。答えはNoだ」

 

 即答する十六夜に、飛鳥は体を強張らせた。

 

「・・・・・・・・・理由を聞かせて貰えるかしら?」

「お嬢様の意気込みは買う。でも俺は連れて行きたくない。魔王―――あるいは、それに匹敵する脅威が浮遊城に十中八九待ち受けている。それも二種類以上はな」

 

 十六夜は指を二本立てて飛鳥に見せた。

 

「まず最初に、いま“アンダーウッド”を襲撃している連中。こいつらは他の階層支配者にも魔王を派遣しているみたいだから、魔王連合とでも呼ぶか―――そいつらの目的は簡単だ。かつて魔王だったレティシアを使い、巨龍を召喚して“アンダーウッド”を滅ぼそうとしている。ここまでは良いな?」

 

 何を言いたいのか分からないが、話の内容自体は理解できるので飛鳥は首肯した。それを見た十六夜は、指を一本折り曲げる。

 

「そしてもう一つ。こっちはその魔王連合の手駒だった巨人族をぶっ殺した奴だが・・・・・・・・・こっちの方は意図が読めない」

「? 巨人族達を倒したのでしょう? それなら味方なんじゃ―――」

「だとすると。何故俺達の前に姿を表さないのか。今の“アンダーウッド”は連日の巨人族襲撃や巨龍によって負傷者はかなり多い。正直、猫の手も借りたい現状だ。ここで名乗り出れば、“アンダーウッド”は手厚く迎えてくれるのに、そいつは姿を見せる気配はない。何故か?」

 

 指を立ててまま、真剣な顔になる十六夜に飛鳥は知らず知らず唾を飲み込んだ。

 

「考えられる可能性は二つ。もうとっくの昔に立ち去って、この場にはいない。もう一つは―――あの浮遊城で俺達を待ち構えているか」

「何ですって?」

「とっくの昔にいないなら、それでいい。いなくなった相手は考えなくて良いからな。だが、巨人族達を殺したタイミングが良すぎる。まるで魔王連合に横槍を入れたかったみたいにな。そこまでやっておきながら、ゲームに参加する気は無いという事はゲームを止める気は無いという事だ」

「まさか・・・・・・・・・魔王連合と巨人族を殺した人は、手を組んでいると言うの?」

「手駒を潰された魔王連合がニコニコ笑って握手するとは思えんが・・・・・・・・・少なくともそいつらも明確に味方とは呼べない、という事は言えるだろ」

 

 ここからが本題だが、と十六夜は前置きを入れて飛鳥と向き合う。

 

「巨人族を従えていた魔王連合。そしてその巨人族を短時間で死体の山に変えた奴・・・・・・・・・バカと何とやらはじゃないが、戦場を見渡すのにうってつけな場所だから少なくともどちらかは浮遊城にいる可能性が高い。そして―――お嬢様は、そのどちらかに会っただけでゲームオーバーだ」

「そ、そんな事ないわ。私にだって、“ディーン”という強い味方が、」

「あんなデカブツ、並み以下か相性が良い相手にしか通用しねえよ」

 

 予想外に酷い切り返しに、飛鳥は言葉を詰まらせた。十六夜は礼儀正しいとは言えないが、まさかここまで手酷く言われるとは思わなかった。十六夜は面倒そうに頭を掻きながら立ち上がる。

 

「お嬢様の気持ちは分かる。身内にここまで好き勝手されて黙っているなんて、出来ないからな。でも、お嬢様がいるといざという時に動けなくなる。それこそ、助けられるものも取りこぼすかもしれない」

 

 言外に足手纏いだ、と言われて飛鳥は奥歯を噛み締める。自分のギフトが探索向きでない事は重々承知している。しかしそれでも、友人達を助けに行きたいという気持ちが胸にある。

 

「納得出来ない、という顔だな?」

「・・・・・・・・・当然じゃない」

「だったら、簡単だ。皇帝様」

 

 今まで話の成り行きを見守っていたセイバーに、十六夜は声をかけた。

 

「何だ?」

「お嬢様と軽く模擬戦をしてくれ。・・・・・・・・・何が言いたいか、分かるよな?」

 

 含み笑いをする十六夜に、飛鳥が顔を上げた。

 

「それは・・・・・・・・・セイバーと戦って勝てば、私を連れて行くという事かしら?」

「ああ。皇帝様は実力も咄嗟の判断も、俺の背中を任せられるレベルだ。そんな皇帝様に一回でも勝てたら、俺の考えが間違っていた。素直に土下座するわ」

「待て、余の承諾も無しに話を進めるでない」

「セイバー」

 

 渋い顔で待ったをかけるセイバーに、飛鳥は真剣な顔付きで言った。

 

「お願い。私と戦って。セイバー達も岸波君が凄く心配なのは分かる。でも、私だって岸波君や春日部さん、レティシアの事が心配なの。足手纏いだから大人しくしてろ、なんて言われて納得出来ない」

 

 飛鳥は立ち上がり、セイバーの手をギュッと握り締める。セイバーの翡翠色の瞳に、飛鳥の顔が写り込む。

 

「お願い。セイバー」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 あまりの真剣さに、セイバーは難しい顔のまま黙り込み・・・・・・・・・やがて、観念した様に溜め息をついた。

 

「仕方あるまい・・・・・・・・・それでアスカの気が済むなら、剣を振るうのも吝かではない」

「セイバー・・・・・・・・・ありがとう」

 

 セイバーに微笑み、飛鳥はビシッと十六夜を指差した。

 

「見ていなさい、十六夜君。貴方が間違っていた、と証明して上げる」

「ああ、期待しているよ」

 

 フフンと不敵な笑いを崩さない十六夜に、飛鳥は気合いを入れて握り拳を作る。

 ―――今まで話に加わらなかったキャスターは、十六夜にコッソリと念話を送った。

 

『貴方も随分と意地が悪いですねえ?』

『まあ、言って納得出来ないなら体で思い知るしかないだろ』

『それが底意地悪いって、言ってんですよ』

 

 ハア、とキャスターは念話の中で溜め息をつく。

 

『一回でも勝てれば、ね・・・・・・・・・セイバーさんに膝をつかせる事すら叶わないでしょうに』

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”サラの執務室

 

「この度は我らの同士が、あー・・・・・・・・・大変申し訳ない事をした」

 

 サラは疲れきった顔でジンとジャックに頭を下げた。

 

「い、いや。別にエリザベートさんも悪気があったわけじゃないですし・・・・・・・・・」

「ヤホホホ・・・・・・・・・悪気が無いから余計にたちが悪いと言えますがね」

「本当に申し訳ない・・・・・・・・・」

 

 これまたゲッソリとした顔のジンと何故か紫色に変色したカボチャ頭のジャックに改めてサラは頭を下げる。三人ともエリザ・ショック(死眼シチュー)の一番の被害者だった。三人してキャロロが持ってきた胃薬を飲み込む。サラに至っては、眉間に皺を寄せながらバリボリと胃薬を噛み砕いていた。

 

「あ、あのサラ様? せめて水と一緒に飲んだ方が・・・・・・・・・」

「知るか。あのドラ娘が来てから騒音苦情が百二件、バーサーカーと喧嘩して壊した建物に対する被害届が二十件、その他奴の思い付きで被った被害の苦情が多数だぞ? その果てに巨人族のギフトをシチューの材料にするとか・・・・・・・・・ふ、ふふふ。一周回って笑えてきた」

「サラ様・・・・・・・・・」

 

 もはや色々とヤサグれて乾いた笑いを浮かべるサラに、黒ウサギはホロリと涙する。問題児に手を焼いているのは黒ウサギだけではなかったのだ。因みにサラは意識が戻って一番に、「頼むから今後は料理を作らないでくれ・・・・・・・・・!」と泣き出す一歩手前の顔でエリザベートに命令した事は関係ないので割愛する。

 

「ま、まあ、この際プラスに考えましょう! 巨人族はいなくなり、危険な死眼が盗まれる事なく手元に残りましたから!」

「ああ。それが不幸中の幸いか・・・・・・・・・」

 

 元気づけようとするジンにサラは深々と溜め息をつく。そして胃薬を飲み込み、改めて真剣な顔になった。

 

「さて・・・・・・・・・お二方には、巨人族の退治を条件に死眼の譲渡を約束したわけだが、巨人族は既に滅びているという。だからこの契約は無かった事に・・・・・・・・・と言いたいが、それではこれまで協力してくれた両コミュニティに不義理というもの。よって、この場で死眼を譲渡したいと思う」

「よろしいのですか? サラ様の手元にあった方が、今後何かの役に立つんじゃ―――」

「いや、いい。以前に言った様に、死眼を十全に扱えるコミュニティに譲渡した方が下層の秩序に役立つ。何よりエリザベートのお陰で紛失を免れたとはいえ、盗まれかけたのは事実だ。もはや私が持っていれば安全、とも言えなくなった」

 

 そこで、とサラはジンを見る。

 

「―――これまでの巨人族の討伐、そして“黄金の竪琴”を奪取した功績を称え、死眼は“ノーネーム”に譲りたいと思う」

「ぼ、僕達にですか!?」

「ふむ・・・・・・・・・まあ、妥当でしょうな」

 

 驚くジンに対して、ジャックは特に不満を漏らさずに頷いた。

 

「すまない、“ウィル・オ・ウィスプ”。あなた方への謝礼は、別の形で取らせて頂く」

「ヤホホホ、まあ仕方ありませんな。この数日で誰が一番活躍したか、と見るならこの結果は妥当です・・・・・・・・・あんな不味いシチューに浸かっていたギフトとかウィラに渡すわけにいきませんし」

「ん? 何か言ったか?」

「いえいえ、なんにも」

 

 ジャックが笑顔で誤魔化した、その時だった。

 ドオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!

 大きな揺れが大樹全体に響く。ぐらりと転びそうになりながら、ジンは顔を青ざめさせた。

 

「何が・・・・・・・・・まさか敵襲!?」

「いえ、これは大樹の地下空洞からみたいですよ?」

「地下からだと?」

 

 ジャックの言葉にサラが怪訝な顔になる。そうしている内に、再び大樹全体が揺れた。

 

「と、とにかく確認に行きましょう! 原因が何であれ、看過するわけにいきませんっ」

 

 黒ウサギのもっともな言葉に三人は頷いた。

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”・地下大空洞・水門前

 

「DEEEEEEeeeeeeNNNNNN!!」

 

 地響きを上げながら鋼の巨大人形―――ディーンが手足を振り回す。しかし、自分の足下を走り回る赤い影を捕まえられないでいた。

 

「ッ、この・・・・・・! 一気に押しつぶして、ディーン!」

 

 しびれを切らした飛鳥がディーンの肩から指示を飛ばす。ディーンは腕を腰まで引いて正拳突きの様な姿勢になる。

 

「集え! 炎の泉よ!」

「DEEEEEEeeeeeeNNNNNN!!」

 

 神珍鉄の巨腕が伸び、砲弾の様に拳が足下にいるセイバーへと振るわれる。しかしそれを見越したセイバーが何か唱えると、彼女の身体を炎の様なオーラが包んだ。そしてセイバーは避ける素振りすら見せず、拳に向かって駆け出す。標的を失ったディーンの拳が地面に着弾するのと同時に、セイバーは伸ばされた腕の下に入り込む。ディーンの巨腕が目隠しとなり、飛鳥はセイバーの姿を見失ってしまった。

 

「くっ、どこに!?」

「ハアアアアアアッ!!」

 

 セイバーの姿を探そうとした矢先、ディーンの股下をから背後まで駆け抜けたセイバーはスキルで強化した筋力でディーンの脚―――膝の裏を剣の腹で思い切り叩く。

 

「DeN!?」

「キャアッ!?」

 

 巨大な重量を支える脚のバランスが崩れ、ディーンの身体が大きく傾く。同時に肩に乗っていた飛鳥も落ちない様に必死でディーンの身体にしがみついた。

 その隙を剣の英霊(セイバー)の名を冠する彼女が見逃す事ない。

 

「フッ!」

 

 膝、腕、肩。急斜面を登る鹿の様に見事なステップで、セイバーは一気にディーンの身体を駆け上がり、飛鳥へと肉薄する。

 

「っ! 止まれ!」

 

 目の前のセイバーに飛鳥は咄嗟に“威光”を使う。セイバーは一瞬だけ身体を強張らせたが、飛鳥の言霊を物ともせず剣を振るった。飛鳥はギフトカードから、銀の剣を取り出し―――即座にセイバーの剣が弾き飛ばした。

 

「あっ・・・・・・・・・」

「これで、五本だな」

 

 ヒタリ、と飛鳥の首に剣を当て、セイバーは冷徹に五度目の勝利を宣言した。

 

「もう一度やるか?」

「・・・・・・・・・いいえ、もう結構よ」

 

 俯いたまま、飛鳥は自らの敗北を認めた。セイバーが剣を霊体化させると、ディーンが自分の肩に乗った主人達へ手を差し伸べた。

 

「ありがとう、ディーン」

「DeN」

 

 セイバーと共に地面に降ろしてもらい、飛鳥は自らの従者をギフトカードに仕舞った。

 

「さて・・・・・・・・・五度戦い、五度とも余の勝利であるが、何故アスカが負けたか。そなたなら理解できていよう?」

「それは・・・・・・・・・私が、あっという間に接近戦に持ち込まれたから」

 

 唇を噛み締めながら、飛鳥は自らの敗因を告げる。

 そう。セイバーとの模擬戦は、五度とも飛鳥の懐に入り込まれて敗北するという結果に終わった。

 

「で、でもディーンが正面から打ち合えば―――」

「それを行うには、そなたが致命的に隙だらけなのだ」

 

 飛鳥が一縷の望みをかけて言おうとした事をセイバーはバッサリと切り捨てた。

 

「確かに、かの鋼の戦士は脅威ではある。力強く、速く、伸縮自在。さらにアスカのギフトで強化すれば、余とて倒すのに骨が折れる」

 

 しかし、とセイバーは飛鳥を見据える。普段の天真爛漫な少女としてではなく、百戦錬磨の剣士として友人の戦闘を評価した。

 

「だが、体術を極めてもいなく、普通の人間の肉体でしかないそなたは我等の様な超常の存在と相対した時に打つ手がない。それに、ディーンもまだ十全に扱えているとは言えまい。アスカに一切近寄らせない様に動かせれば、そなたの肉体面は問題とならぬが・・・・・・・・・それが出来る程にディーンを使えてはおらぬ」

 

 セイバーの評価に、飛鳥は反論する事なく俯いた。飛鳥とて愚かではない。いま言われた飛鳥の弱点は、五度の戦いで理解できていた。唇を噛み締め、俯いた飛鳥を前にセイバーはこっそりと溜め息をつく。

 

(イザヨイめ・・・・・・・・・飛鳥の弱点を気付かせる為とはいえ、随分とむごいやり方をする。これでは完全に余が悪役ではないか)

 

 飛鳥の思いは理解できるが、それとこれとは別だ。そんな事でセイバーは手を抜く気はない。これが並みの相手ならば、セイバーも飛鳥を連れて行く事に異論はない。しかし、相手の実力が未知数―――それも確実に格上だと断言できる―――である以上、自分の身を守る事すらままならない飛鳥を連れて行くわけにはいかなかった。

 すっかり意気消沈してしまった飛鳥にどう声をかけるべきか、セイバーが言葉に迷ったその時だった。

 

「おおおおおおっと! 手が滑ったあああああっ!!」

「迸れ、水天♪」

 

 突然、鉄砲水の様な水量がセイバー達に打ち出された。

 

「なんとおおおおおっ!?」

 

 突然の事に、セイバーと飛鳥は避ける事が出来ずに仲良くずぶ濡れになった。

 

「い・・・・・・・・・いきなり何をするか、イザヨイ! キャス狐!」

「悪い、皇帝様。水汲みをしていたら手が滑っちまったわ!」

「私も私も! うっかり術が暴発してしまいました♪」

 

 ねー☆ と仲良くイラッとする笑顔で微笑む問題児二人。ズカズカと十六夜はセイバーと飛鳥の手を掴む。

 

「ちょっ、!?」

「いや全くもって俺の不注意で二人がずぶ濡れになったが、このままじゃ風邪引くよな? というわけで、風呂に直行だ!」

「あ、大浴場のお風呂は湧かして貰ったのでご心配なく♪」

 

 さあさあ、とキャスターも笑顔で二人の背中を押していく。突然の事態に理解が追い付かない二人はされるがままに、十六夜達に連れ去って行かれた。

 

 ※

 

「・・・・・・・・・なあ、黒ウサギ」

 

 振動の原因を探りにいの一番で地下大空洞に入ったサラ。そこに待ち受けていたのは、敵ではなく十六夜がぶっかけた水の流れ弾だった。全身からポタポタと水滴を垂らしながら、後ろにいたお陰で無事だった黒ウサギに問う。

 

「な、何でしょう?」

「・・・・・・・・・何だったんだ、アレは?」

 

 微妙な顔つきのまま、何でしょうね? と誤魔化し笑いを浮かべる黒ウサギ。

 今日は厄日だ・・・・・・・・・とサラは溜め息をつき、くしゃみを一つした。




次回は風呂回ですね。お楽しみに!


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第9話「コミュニティの為に、今の君に出来ること」

 今回の話は賛否両論になるかもしれませんが、自分としてはこれがベストだと思ってます。必要な時に頭を下げられるのも強さの一つだとは思う。

追記:キャスターの増えた尻尾の数を明記しました。


 ―――“アンダーウッド”・葉翠の間 大浴場

 

「この度は我々の同士が大変ご無礼を、」

「もう良い。月の兎に背中を流して貰える、という体験が出来るんだ。多少の事は文字通り水に流すさ」

 

 脱衣場に入って尚も平謝りする黒ウサギにサラは苦笑する。十六夜がかけた水でずぶ濡れになったサラに、黒ウサギはお詫びとしてサラの湯浴みの供をしていた。

 

「しかし、なんというか・・・・・・・・・個性的な人間が多いコミュニティだな」

「うう・・・・・・・・・返す言葉もないのデス。お陰で黒ウサギの苦労は以前の三倍増しですよ」

「ははは、大変だな。まあ、私もエリザベート達がいるから人の事は言えないが」

 

 ウサ耳をうなだれさせる黒ウサギ。そんな事を話しながら服を脱いでいく。すると―――

 

『・・・・・・・・・は・・・・・・で良いか?』

『ちょっ・・・・・・セイバー・・・・・・・・・』

 

「おや? この声はセイバーさんと飛鳥さん?」

 

 浴場の方から何やら二人の声が聞こえてきた。そういえば浴場に行かれると言ってましたっけ? と黒ウサギが先程の出来事を思い出していると―――

 

『フフフ・・・・・・・・・アスカの・・・は、スベスベなのだな♪』

『そ、そ・・・かしら? それを言ったらキャスターだって・・・・・・』

『いえいえ、御謙遜なさ・・・・・・とも♪ 飛鳥さんだって、立派な・・・をお持ちじゃありませんか』

『そんなに褒めら・・・ると照れ・・・わね・・・・・・ひゃん!?』

『ん? ここか? ここが良・・・のか?』

『もう、セイバーってば・・・・・・』

『大丈夫だ。余に任せよ。ちゃんと・・・・・・してやるからな』

『んっ、くすぐっ・・・いってば・・・・・・はあっ、んっ』

『フフフ・・・・・・可愛い声を上げよって・・・・・・・・・』

 

「な、な、ななな・・・・・・・・・!!」

 

 浴場から聞こえてくる声に黒ウサギの顔が真っ赤に染まる。サラもまた耳まで真っ赤にして俯く。尚も飛鳥の何かを堪える様な甘酸っぱい声が浴場から響いてきた。黒ウサギは身体にタオルを巻いた状態のまま、ギフトカードからハリセンを取り出すと、勢い良く浴場の扉を開け放った!

 

「なにを、してやがりますかこの問題児様方はああああああっ!!」

 

 浴場に黒ウサギのツッコミ(大声)が響く。突然の闖入者に驚いたセイバーの手が止まった。

 

「いきなり何だ、黒ウサギ。随分と騒々しいではないか」

「黙らっしゃい! 本拠の浴場ならいざ知らず、よそ様のコミュニティで淫行とかどんだけお盛んなんですか!?」

「はて? 髪を洗う事が箱庭では淫らな事なのか?」

「ローマ帝国が許しても、箱庭の貴族である黒ウサギの目が黒い内は・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

 

 黒ウサギの目が点になり、ようやく目の前の光景が目に入った。そこには浴場の椅子に座った飛鳥と、飛鳥の髪に手を触れながらヘアブラシをかけていたセイバーがいた。

 

「あ、あれ? 本当に髪を洗っているだけ・・・・・・・・・? なんか、飛鳥さんがあられもない声を上げていませんでした?」

「あ、あれはセイバーの手がうなじに当たってくすぐったかっただけよ!」

「つうか・・・・・・黒ウサギさん、何を想像していらしたんですか?」

 

 顔を赤くして抗議する飛鳥の横で身体を洗っていたキャスターがジト目で黒ウサギを見る。「あ、いえ、その・・・・・・」と言葉に詰まる黒ウサギに―――キャスターはニヤリと笑った。

 

「聞きまして飛鳥さん。この子ってば、エロエロな妄想をして飛び込んで来たみたいですわ」

「ええ、聞きましてよキャスターさん。まったく、年頃の子はすぐに勘違いするんだから・・・・・・・・・はしたないですわ」

「ええ、だから箱庭の貴族(恥)と言われるんですわ」

「あ、あう、うう・・・・・・・・・」

 

 わざとらしい御嬢様言葉でヒソヒソと―――ただし黒ウサギに聞こえる音量で―――話し合うキャスターと飛鳥に、黒ウサギの顔が更に真っ赤に染まっていく。恥ずかしさのあまり、穴に入りたい気分の黒ウサギの肩にポンと手が置かれた。

 

「気にするな、黒ウサギ」

 

 セイバーは優しい表情を浮かべ、親指を立てた。

 

「余はそんなそなたが大好きだ! 欲求不満ならば、今夜にでも余が相手してやるぞ♪」

「■■■■■■――――――!!」

 

 瞬間。バーサク化した雄叫びと、雷が浴場中に響き渡った・・・・・・・・・。

 

 ※

 

「よもや電気風呂というものを体験できるとは・・・・・・・・・箱庭に来てから本当に飽きる事がないな!」

「レプリカとはいえ、金剛杵の雷をくらってその発想もどうかと思いますけど」

 

 ハッハッハッと高らかに笑うセイバーに呆れ顔のキャスター。幸い、黒ウサギが感情のままに解き放った放電はセイバーの対魔力によってかなり減衰された様だ。

 

「違いますよー・・・・・・・・・黒ウサギは、エロウサギなんかじゃありませんよー・・・・・・・・・」

「う、うむ。元気を出せ、黒ウサギ殿。誰にだって間違いの一つは二つはあるからな」

 

 大浴場の隅。体育座りでのの字を書く黒ウサギをサラは慰める。問題児達に手を焼く姿に、サラは奇妙なシンパシーを感じていた。

 

「黒ウサギー、そんな所で丸まってないで湯船に入りましょう。風邪ひくわよー」

 

 先程の事など無かった事かの様に、飛鳥が手招きする。誰のせいですか、と内心で思いながらも黒ウサギ達は湯船に浸かった。大樹をくり抜いて作られた浴場は木目が全て繋がって余計余分な物はなく、巨大な水樹から汲み上げた水は清涼な空気と香りで浴場を満たしていた。

 

「うむ・・・・・・・・・良いものだ」

「ええ。檜風呂とはまた違った趣がありますねぇ」

「ふふふ、気に入って貰えたなら何よりだ」

 

 ほぅ、と一息つくセイバーとキャスターにサラは微笑む。

 

「ええ、黒ウサギが“アンダーウッド”を絶賛するだけの事はあったわ。お招き感謝しますわ、議長様」

「議長様はよせ。私の事はサラでいい」

「そう? じゃあ私も飛鳥でいいわ」

「ああ、分かった。っと、そうだ。こんな場で言うのも難だが、巨人族の襲撃での助太刀感謝する。あの時は本当に助かった」

「そんなに畏まらないで良いわよ。魔王関係のトラブルを引き受けるのが“ノーネーム”の仕事ですもの。それに、エリザベートやバーサーカーの働きもあっての功績じゃない」

「ふふふ、確かにな。あの二人は揉め事を起こしてばかりだが、こと戦闘においては“アンダーウッド”で随一かもしれないからな」

 

 飛鳥の指摘にサラは微笑む。それはどこか、ヤンチャな妹が他人から誉められた事を喜ぶ姉の様な顔だった。

 

「そういえば、飛鳥のギフトはどういった物なんだ? 一見しただけでは分からないが、特殊な物なんだろう?」

「“威光”と言うらしいわ。何か知ってる?」

 

 何? とサラが怪訝な顔になる。どうにも聞き覚えの無いギフトネームだった。

 

「・・・・・・・・・飛鳥さん。その事についてお話しがあります」

 

 黒ウサギは真剣な表情で飛鳥を見る。

 

「飛鳥さんのギフトは決して弱い物ではありません。ですが、その力は魔王との戦いよりもコミュニティを拡大していく事に長けた物です」

「・・・・・・・・・それは、」

「それに・・・・・・・・・白野様も同じ事が言えると思います」

「うん?」

 

 マスターの名前が出て、のんびりと湯船に浸かっていたセイバーとキャスターは黒ウサギの方を見る。

 

「・・・・・・・・・白野様はセイバーさんやキャスターさんの様な強力な英霊を従えていますが、やはりご本人の身体能力は十六夜さん達の様に優れているわけではありません。これからも“ノーネーム”が魔王討伐コミュニティとして戦い続ける事を考えると、白野様も無理に戦われる必要はありません。お二方とも、コミュニティの運営側として専念されるという道もございます」

 

 それも一つの選択肢だろう。飛鳥は農園の復興、白野は礼装制作とギフトゲーム以外で自分の力を発揮できる場がある。“ノーネーム”はかつての様にその日暮らしの食費を稼ぐ必要もなくなった。飛鳥と白野はギフトゲームで金銭を稼ぐよりも、コミュニティの地盤を固めて貰う方が大きく貢献できるだろう。なにより二人の身体能力は魔王と戦う上では低い方だ。身体能力だけで全てが決まるわけでは無いが、やはり最後に物を言うのは体力なのだ。その点が一般人と大差ない二人では、この先も魔王と戦っていくのは厳しいだろう。

 

「・・・・・・・・・こういうのも、無い物ねだりと言うのかしら?」

「飛鳥さん?」

「箱庭に来るまで、何かが足りないなんて思った事は無かったから。生活に不満はあったけど、家は裕福だったし、学業だって人並み以上には出来ていたつもりよ。なのに箱庭に来てから、楽しい事以上に歯がゆい思いをしてばかりね」

 

 少しだけ憂鬱そうな顔になる飛鳥。そういった人生の辛苦を感動の起伏として楽しめるくらいの器量は彼女にあったが、そう思えるのも異世界に来て出来た友人達のお陰だ。

 

「レティシアの事は、本当を言うとあまり心配してないの。彼女が頼もしい事は分かっているもの。岸波君は強くはないけど・・・・・・・・・なんだかんだで、絶対に生き延びそうな気はするし」

 

 何とも可笑しな話だ、と飛鳥自身も思っている。岸波白野は、召喚された四人の中で一番凡庸だろう。しかし、白野ならば絶望的な状況でも生還の道筋を探し出して必ず戻ってくる。今までのギフトゲームで、そんな奇妙な信頼感を飛鳥は抱いていた。

 

「でも春日部さんは最近、色々と悩んでいたみたいだし・・・・・・その・・・・・・・・・」

 

 どうしても心配でならなかった。だから助けに行きたかった。そこまでは口に出せず、ブクブクと泡立てながら湯船に沈む。

 

「飛鳥の友人は、春日部というのか?」

 

 ずっと隣で聞いていたサラが、飛鳥に問い掛けた。

 

「え、ええ。そうよ」

「ならば、明日の探索で私はその友人を率先して探そう」

 

 え? と飛鳥と黒ウサギは目を丸くする。

 

「その代わり、“アンダーウッド”の防衛は飛鳥に任せる。正直な話、連日の被害で救出組を必要最低限に絞っても、本拠地を守る人員が心許ないくらいなんだ。巨人族が消えたとはいえ、まだ油断は許されない状況だしな」

 

 だから自分の第二の故郷を守って欲しい。サラは言外にそう言った。

 

「アスカ、戦の優劣は何も力だけでは決まらぬ」

 

 今まで聞き役に徹していたセイバーは、優しい表情を飛鳥に向ける。

 

「力が劣るから戦に役立たぬ、という事は断じてない。そなたが余の後陣を守ってくれれば、余は前線に集中出来るというものだ」

「要は適材適所なんですよ」

 

 キャスターもまた飛鳥を優しく諭した。それは子を見守る様な母を思わせる表情だった。

 

「戦場が殿方の華だと言うならば、家こそ女が華となる独壇場。女の内助の功があるからこそ、殿方達は安心して戦に出れるというものです」

「二人とも・・・・・・・・・」

 

 自分が励まされている事に飛鳥は少しだけ苦笑する。しかしその気遣いは嬉しかった。肩の荷が少し下りた様に飛鳥は頷く。

 

「ええ、分かったわ。あなた達の背後は私が守る。だから、春日部さん達をお願い」

「ああ、任せてくれ」

 

 力強く頷くサラ。そんな一同を窓から上弦の月が優しく照らしていた―――。

 

 ※

 

「キャスター、先の話をどう思う?」

 

 貴賓室へと帰る途中、セイバーは傍らにいるキャスターに話し掛けた。“アンダーウッド”の気候は比較的温暖な方なのか、涼しい夜風が風呂上がりの身体を丁度良く冷ましてくれていた。

 

「どう・・・・・・・・・とは?」

「奏者には今後は戦いから身を引くべき、という話だ」

「ああ、その事ですか」

 

 キャスターはさほど悩む様子もなく、セイバーに返答する。

 

「そりゃま、一理はあるでしょうよ。今の“ノーネーム”はあの凶暴児に耀さん、セイバーさんと腕っ節の強い方が集まっていますから、ご主人様が無理して戦う必要も無いです」

「うむ。聖杯戦争と違い、戦いを強いられているわけではないからな」

 

 キャスターの意見に、セイバーは特に反対意見は述べない。ただし―――

 

「ただし、それは―――奏者が望むかどうか、だ」

「その通り。私はご主人様第一ですから、ご主人様のご意向に従うまでです」

 

 二人のサーヴァントは静かに頷き合う。長く苦楽を共にした二人には分かっていた。白野は身の安全を優先させる人間ではない。誰かが危機に陥っていると知れば、自分の身が危ないと知っても助けにいく。それがたとえ、顔も知らない誰かであっても。

 

「とはいえ、今回の様に我等が奏者から離れるのは良くないな・・・・・・・・・何か対策を考えねばならぬ」

「一応、むこうには清姫ちゃんがいる筈ですけど・・・・・・・・・うわあ、心配になってきた」

「あのバーサーカーを知って・・・・・・・・・ああ、そうか。そなた達は同郷の英霊であったか。それ程に問題があるのか?」

「戦闘力的な意味なら心配はしてないですよ。清姫ちゃんは龍の化身ですし。問題はご主人様が地雷を踏んでないかどうか・・・・・・・・・」

 

 怪訝な顔をするセイバーを余所に、キャスターは明後日の方向を向いて目線をそらす。彼女の知る清姫は、ゼロ(嫌い)イチ(好き)かでしか判断できない極端な思考回路。何より安珍の事もあって嘘をつく事を許せない。対応を間違えれば、安珍の二の舞になる事は十分に予想がついた。

 

(あるいはご主人様なら、清姫ちゃん相手でも上手く対応出来ちゃうかもしれませんが・・・・・・・・・あ、それはそれで腹立ってきた)

 

 もしも、自分の予想通りに二人がフラグを立てていたらどうしてくれよう? とうとう鍛えに鍛えた必殺技(去勢拳)をくらわすべきか? キャスターの思考が邪な方向に逸れ始めた、その時だった。

 

「キャスターさん」

 

 突然、第三者の声が聞こえた。振り向くと、そこにジンが立っていた。

 

「おやジン坊ちゃん。何か御用で?」

「その・・・・・・・・・お話しがあるので、僕の部屋に来てくれませんか?」

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”・ジンの宿泊室

 

「それで・・・・・・・・・お風呂上がりの美少女を捕まえて、何の用ですか?」

「ジン・・・・・・・・・そなた、色を覚えるのは良いが、初めての相手にキャス狐を選ぶのか? 大胆なのだな」

 

 ニヤニヤと相手をからかう笑みを浮かべるキャスターに、場の流れでついてきたセイバーが関心した様に頷く。

 

「ち、違います! 明日の作戦の事で相談がしたいんです!」

「え~? ホントでゴザルか~?」

「とにかく! 明日の作戦前に渡したい物があるだけですから!」

「ほほう? キャス狐にプレゼントとな? 持参金を用意していたとは、恐れ入った」

「生憎とこの身は既にご主人様の物ですから、今更献上品を貰っても靡きませんけどね」

 

 この二人にまともに取り合っていたら話が進まない・・・・・・・・・。そう考えたジンは黙って自分のギフトカードから、目的な物を取り出した。

 

「! これはっ・・・・・・・・・!」

 

 ジンの取り出した物にキャスターはふざけていた態度を改めた。ジンが取り出した物は人の頭程の大きさを持った黒岩だった。不吉なオーラを醸し出すソレの名は―――

 

「率直に言います。キャスターさん、この“バロールの死眼”を付与して下さい」

 

 先程までの弛緩した空気が嘘の様に引き締まる。ピリピリとした空気の中、キャスターはジンをまっすぐと見た。

 

「・・・・・・・・・前に言いませんでしたか? 私はご主人様にお仕えしたいから、神格を返上した、って」

「覚えています」

「この恩恵を付与するとなると私は神霊として覚醒するでしょうね。そこら辺、分かってます?」

「はい」

 

 ジンもまたまっすぐとキャスターを見つめる。その顔は彼が冗談などで、こんな提案をしたわけではないと理解するのに十分だった。

 だが―――

 

「―――図に乗るなや。小僧」

 

 ゾワリ、とジンの背中に怖気が走った。キャスターはジンが今まで見たことの無い様な冷たい表情で、ジンを見下ろしていた。

 

「貴様の采配に従ってやってはいるが、それは我が主がいるからこそ。貴様に我を指図する道理など無い」

 

 ジリジリと肌が焼き付く殺気がキャスターから放たれる。本能的に危険だと判断したセイバーが剣を実体化させ、いつでもキャスターを止められる様に構えた。

 いかに霊格が縮小したとはいえ、彼女は平安の大妖狐・玉藻の前。その存在は、ただの人間が対峙するには危険すぎる―――!

 

「コミュニティに神霊がいれば箔がつくと思うてか? それとも分不相応の恩恵を手に入れて舞い上がったか? 答えよ。下らぬ理由ならば、魂魄すら残さず小僧の身を焼き払ってくれよう―――!」

 

 背中にじんわりと冷たい汗が流れる。口の中がカラカラに乾く。いま正に逆鱗に触れていると知りつつも、ジンはどうにか声を絞り出した。

 

「・・・・・・・・・コミュニティの為です」

「なに?」

「全ては、コミュニティの為です。春日部さん、岸波さん、レティシアと大切な同士達がいま孤立無援の危機に陥っています」

 

 カタカタ、と膝が震えながらもジンはキャスターと正面から向き合った。

 

「巨人族を全滅させた正体不明の勢力の事もあります。明日、古城に行って皆を探し出すだけで済むとは僕は思っていません。ほぼ間違い無く、魔王に匹敵する脅威が古城で待ち構えている」

「・・・・・・・・・それで?」

「だからこそ、万全を期したい。持てる手札は全て最強の布陣にしたいんです。“バロールの死眼”は強力な恩恵ですが、今の“ノーネーム”にはキャスターさん以外に適性のある人はいないんです」

 

 膝をつき、ジンは頭を下げる。

 

「お願いします! 本来は岸波さんに話を通すべきだとは分かっています。でも、岸波さん達も危機に陥っています。コミュニティのリーダーとして・・・・・・・・・何より、大切な同士として何も手を打たない事は出来ません! だから、貴方に死眼を付与させて下さい!」

 

 土下座してキャスターにジンは懇願する。だが、その瞳には強い決意が現れていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 キャスターは、そんなジンの姿を何も言わずに見つめていた。セイバーも固唾を飲んで見守る中―――観念した様にキャスターは溜め息をついた。

 

「ハア、頭を上げて下さいな。男の子が軽々しく土下座なんてするもんじゃありません。そもそも、恩恵を受け取って貰う為に懇願とか、普通は逆でしょうに・・・・・・・・・」

「これが今の僕に出来る最善手です。僕は十六夜さんの様に力が強いわけでも、岸波さんの様に戦闘の指揮に優れているわけでもありません」

 

 頭を上げ、ジンはキャスターの顔を見る。その目は十一歳の少年とは思えない程、強い意志が秘められていた。

 

「だから・・・・・・・・・・・・どんなにカッコ悪くても、必ず目的は果たす。それが僕の戦い方です」

「結局は他人頼みですけどね」

 

 茶化す様な口調のキャスターに、ジンは顔を真っ赤にして俯いた。彼とて、結局は十六夜やセイバー達が戦って血を流す事は理解している。そして、それをは傍観するしか手段のない自分の情けなさも。だが、だからこそ彼等に任せきりではいけない。だからこそ、最善手を打つ。彼等の苦労を思えば、情けない姿が一つ増えるくらいなんて事は無い。

 

「ったく、しょうがないですね。良いですよ。その恩恵、ありがたく頂戴しますよ」

「キャスターさん・・・・・・・・・ありがとうございます!」

「だから、軽々しく頭を下げるんじゃないと言っているでしょうが」

 

 キャスターから殺気が消え、ようやく安堵の溜め息をついたセイバーは剣を霊体化させる。

 

(しかし、“どんなにカッコ悪くても、必ず目的は果たす”、か・・・・・・・・・)

 

 まだ雛鳥に過ぎないと思っていた少年から、こんな決意を聞かされらるとは思わなかった。仲間の為ならば自らの危機を知りながらも、頭を下げられる程の肝っ玉があるとは思わなかった。一体、誰に似たのやら。

 

(案外、大物になるかもしれぬな。こやつは)

 

 人知れず、セイバーは微笑む。箱庭に来てから、本当に飽きる事がない。

 

「さて、それじゃちゃっちゃとやりますか」

 

 キャスターの宣言と共に“バロールの死眼”が宙に浮く。キャスターが八咫鏡を構えると、死眼は鏡の中に吸い込まれていった。同時に、キャスターの身体が光に包まれる。地上に降りた太陽を思わせる輝きを放ちながら、脈動する様に強まる光の中で―――キャスターの尻尾が三本に増えた。

 

 

 

 

 




ジンは“バロールの死眼”を使った!

おや? キャス狐の様子が・・・・・・?

なんと! キャス狐は三尾の妖狐に進化した!


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第10話「全てはマスターの為に」

 改めて言う事でもありませんが、このSSは問題児シリーズとFateの二時創作です。SSを書くにあたって設定の摺り合わせの為に作者の独自設定や原作の独自解釈が含まれます。
 作者の未熟な腕では読者の皆様を納得させられないですが、作者なりに説明はしていきます。
 以上の事を御容赦願います。


 ―――“アンダーウッド”貴賓室

 

 一夜開けて、飛鳥達は作戦の最終確認の為に集まっていた。集まった一同に、十六夜が口を開く。

 

「確認するぞ。城への攻略部隊へは俺、皇帝様、御狐様の三人で向かう。お嬢様、黒ウサギ、御チビの三人は本拠で待機。異論は無いな?」

「無いわ」

「分かりました」

 

 飛鳥は毅然と、ジンはやや緊張した顔で頷いた。

 

「後陣は任せたぞ。奏者達は必ず連れて帰る」

「なので、お風呂を沸かして待ってて下さいな♪」

 

 セイバーとキャスターが待機組に激励を送る中、飛鳥は何かに気付いた様に声を上げた。

 

「そういえばキャスター、貴方いつもと雰囲気が違わない?」

「まあ、一応パワーアップしましたから」

 

 フリフリと二つの狐尾がキャスターの腰で動く。

 

「あ、尻尾が増えてるわね」

「その通り。昨夜、ジン坊ちゃんが持っていた死眼を取り込みました。本当はご主人様に頼まれでもしない限り、神格を取り戻す気は無かったのですが、ご主人様にピンチなら仕方ありません」

「ふうん。でも、これでリリとお揃いじゃない」

 

 ふっふーん、とキャスターの尻尾が動く。しかし、十六夜は怪訝な顔になっていた。

 

「おい、御チビ。お前は確かに御狐様に死眼を渡したのか?」

「は、はい」

「それについて一言あるが、今は勘弁してやる。問題は―――死眼を取り込んだのに、こんな物なのか?」

 

 十六夜の見立てでは、今のキャスターの霊格は神格を得たヴェーザー川の化身と同格くらいだ。後天的に発生した物とはいえ、ケルト屈指の魔王のギフトを取り込んだにしては霊格が弱すぎる。

 

「・・・・・・・・・さあ? 元々、この死眼は魔王バロールが持っていた本物じゃないそうですか。偽物じゃ、この程度が限度じゃないんですか? まあ、無理をすればもう一尾増やせますけど、それでもそこらの稲荷と同レベルくらいですかね」

「・・・・・・・・・まあ、御狐様がそう言うならそうなんだろうよ」

 

 はぐらかす様なキャスターのポーカーフェイスに、十六夜は興味を無くした様に頷いた。思い当たる理由はあるが、問い詰めた所でこの妖狐はのらりくらりとかわすだけだろう。

 ふと、セイバーが思い出した様に声を上げた。

 

「ああ、そうだ。アスカに渡す物があったな」

「私に?」

「うむ。そなた自身への守りが銀の剣だけでは心許なかろう。そこで、これを渡しておく」

 

 そう言ってセイバーが傍らの鞄から取り出した物を飛鳥の手に乗せた。

 

「これは―――腕輪と手鏡?」

「うむ。それぞれ《守りの護符》と《隠者の鏡》という」

 

 《守りの護符》はトパーズやオニキス等のパワーストーンが装飾された腕輪であり、《隠者の鏡》は首から下げる鎖の付いた手の平サイズの手鏡だった。どちらも派手過ぎず、嫌みにならない上品な彫刻が施された装飾品だ。

 

「南側でも顧客を増やせるかと思って持ってきた礼装だが、これをアスカに贈ろう」

「それはありがたいけど、良いの? これって、売り物なんじゃ・・・・・・・・・」

「構うまい。礼装は作り直せば良いが、そなたの身に代わりは無いからな」

 

 そうであろう? と朗らかに笑うセイバー。その笑顔に、遠慮するのは却って失礼だと悟り、飛鳥は一礼と共に礼装を受け取った。

 

「ありがとう、セイバー。“アンダーウッド”は任せて」

「うむ! それで、その礼装の使い方だが、」

 

 カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!!

 

 セイバーの言葉を遮る様に、“アンダーウッド”中に鐘の音が鳴り響く。まるで緊急事態を知らせる様な鐘の音に、一同は顔を見合わせた。

 

「何事だ? 出撃にはまだ時間があった筈だが?」

「分かりません、何か不測の事態が起こったのでしょうか?」

「ここで話していても埒があかねぇな。調べに行くぞ」

 

 十六夜の号令に一同は頷き、外へ飛び出していった。

 ―――唯一人、出遅れたフリをして部屋に残ったキャスターはコッソリと溜め息をつく。

 

「・・・・・・・・・これ以上、力を引き出すと精神が大元に引っ張られちゃうし―――それ以前に、身体が保たないんですよね」

 

 普段の快活さが消えた表情で、キャスターは自分の腕を見る。まだ取り込んだギフトが安定しないのか、自分の腕が映像のノイズの様にブレて―――球体関節の腕が見え隠れした。

 

 ※

 

 ―――時間は昨夜まで遡る。

 

 吸血鬼の古城の一室。殿下達が退去した後、衛士・キャスター達が居座っていた。長年使われていない為に埃っぽい事を除けば、王族が使っていた豪奢な家具がそのままとなっているので隠れ家としては快適な方だ。さらに衛士・キャスターによってあらゆる魔術の防衛が張られた城は要塞の様な堅固さと機密性を兼ね備えていた。いま彼等が眺めている映像には、今後のゲーム方針を話し合う白野達の姿があった。

 

「ふうむ。明日にでも解かれそうな勢いですね」

「早いな。そこまで簡単なゲーム内容では無かった筈だが」

「落ち着いて見ればタダの言葉遊びですから。黒死斑の魔王のゲームを経験していれば、応用で解けますよ」

 

 少し感心した様な衛士・アーチャーに、契約書類を一読しながら衛士・キャスターは答えた。

 

「請け負った翌日にゲーム攻略される形になりますが・・・・・・・・・別にいいか。こちらとしては敵側のアサシンの情報が得られたから、首尾は上々です」

「―――貴様は、本気で“アンダーウッド”を滅ぼす気だったのか?」

 

 今まで黙っていた衛士・ライダーが剣のある声を出す。

 

「それはどうでも良かったですね。南側の階層支配者が生まれようが、壊滅しようが我々には関係ない話なので」

 

 故に何人死のうが興味無い、と衛士・キャスターは言う。

 

「この“アンダーウッド”が潰れる程度なら、外界への影響は微々たるものですよ。それこそ人理定礎には全く影響がない」

「―――だが、この世界の民は死ぬ。無辜の民に犠牲を強いる事となる」

「確かに。でも―――だからどうした(・・・・・・・)?」

 

 掛けていた眼鏡を外し、衛士・キャスターはギロリと衛士・ライダーを睨みつけた。

 

「どうでもいい。俺にとってはマスター一人に比べれば箱庭の人間が何人死のうが、心底どうでもいい」

 

 底の無い虚を思わせる黒い瞳が衛士・ライダーを貫いた。衛士・ライダーは物怖じする事なく、むしろ推し量る様な目つきで衛士・キャスターと対峙した。

 

「サーヴァントはマスターを勝たせるものだ。マスターを勝たせる為なら、その過程で関係無い人間が何人死のうがどうでもいい」

「それが、主が望む手段では無いとしてもか?」

「勝たせるのが大前提だ。それすら出来ないなら、役立たずの亡霊だろうが。お陰で邪魔な“ウロボロス”の連中は手を引いたし、敵マスターの手駒の陣営も把握できた」

「―――何故そこまで貴様はマスターに拘る?」

 

 衛士・ライダーがもっともな疑問を口にした。2ヶ月(・・・)程度の短い付き合いだが、この男が酷く自己中心的な性格である事は理解できた。召喚したマスターを第一とする様な殊勝なサーヴァントには見えない。

 

「・・・・・・別に。サーヴァントはマスターを勝たせる物でしょう?」

 

 再び眼鏡をかけ、衛士・キャスターは紳士的な笑顔を浮かべる。もっとも、眼鏡を外した時の性格を知る衛士・ライダーには胡散臭い笑顔にしか見えないが。

 

「・・・・・・・・・まあ、あのお人好し(マスター)がこの場にいれば、絶対に許可しないでしょうね」

「それを分かっているなら、何故―――」

「でも、今はいない」

 

 笑顔を消し、陰のある声で衛士・キャスターは断言する。

 

「どこにもいない。表側も、裏側も隈無く探しましたが、どこにもいない。恐らくは、この箱庭ですらも」

「月の裏側に潜っていたのは、そのためか・・・・・・・・・」

 

 衛士・アーチャーが得心した様に頷いた。

 

「マスターが不在だというのに、何をすれば良いのかはムーンセルの指令として組み込まれている。踊らされている感じはしますが、それでマスターが戻ってくる事が約束されているなら、いくらでも踊ってやりますよ。その為なら―――たとえ何が犠牲になろうとも構わない」

「マスターが戻って、それまでの貴様の罪状に罰を下しても、か?」

「たとえマスターに自害を命じられても、です」

 

 断固とした響きをもって、衛士・キャスターは宣言した。マスターの勝利の為ならば、全てを―――自分すらも―――犠牲にする、と。

 

「・・・・・・・・・」

 

 そんな衛士・キャスターを衛士・アーチャーは何とも言えない表情で見ていた。

 ―――もはや思い出す事すら困難な程の昔。正義の為に少数の犠牲を是とした男がいた。天秤の様に人々を量りにかけ、たとえ男の大切な人間が乗っていようが、少数に傾いた皿を容赦なく切り捨てた。

 目の前の男はその逆だ。自分の大切な少数の為に、その他大勢の犠牲を許容する。ある意味、身内贔屓を当たり前とする魔術師の在り方に忠実ではある。

 追及して来ない両者に背を向け、画面を切り換える。そこには明日のゲーム方針を話し合うサラ達の姿があった。

 

「―――こちらも明日、動いて来るか。どちらも手が早い」

「確か連盟の要人が城下町にいるのだろう? 連盟として救助を出さないわけにいかないのだろう」

「して、貴様はどうするつもりだ?」

 

 少し考える素振りを見せ、衛士・キャスターは二人に向き直った。

 

「救助隊は来て欲しくないですね。せっかく敵マスターが“ノーネーム”一同と分断された状態にいるのだから―――仕掛けない手はない」

「貴様の手駒を解き放つか・・・・・・。勝算はあるのか?」

「もちろん。それくらいの改造はしましたから」

「しかし、いくら聖杯を与えたとはいえ、あの虎男がそこまで強くなるのか? プロフィールを読む限り、典型的な小悪党にしか思えなかったが」

 

 衛士・アーチャーの疑問に答える代わりに、衛士・キャスターは愛用のステッキを一振りする。すると、衛士・アーチャーの前に新たな画面が現れる。画面に記されたデータを一読し、衛士・アーチャーは少し驚いた。

 

「彼の先祖はドゥルガーの乗り物だったのか・・・・・・・・・。それが悪魔に魂を売る程とは、随分な落ちぶれ方だな」

「まあ、優秀な血筋を残せなかった家系の末路ですよ。だというのに、先祖が偉大だったという昔話(無念)だけが受け継がれ、かつて自分の先祖を排斥した女神に復讐する為に悪魔に魂を売り渡して力をつけた。マトモに霊格を上げていれば、元の座に返り咲く事も不可能では無かったのに」

 

 ヤレヤレ、と衛士・キャスターは首を振る。もっとも、その短慮さを考慮した上で扱いやすい駒となると見抜いたのだが。

 

「元のスペックは十分。彷徨海の鬼子と謳われたフォアブロ・ロワインの秘術。そして無限魔力炉と化した聖杯のバックアップ。力だけならば、箱庭の基準で四桁クラスの霊格はありますよ」

 

 四桁。それは神域に達した者達に許された霊格だ。箱庭において上層部に食い込む力があると衛士・キャスターは語った。

 

「ふむ。しかし、救助隊はどうする? いくらこの階層ではオーバースペックの肉体を手に入れようが、多勢に無勢になるんじゃないか?」

「もちろん対処はしますよ。さしあたっては、」

「拙者が受け持とう」

 

 衛士・キャスターと衛士・アーチャーは驚いて振り向く。

 

「貴方が手を貸すとは思いませんでしたが・・・・・・」

「・・・・・・・・・衛士・キャスター。拙者は貴様が嫌いだ」

 

 憮然とした顔で衛士・ライダーは衛士・キャスターを睨み付ける。

 

「そも、拙者は文官を好かぬ。安全な後方で机上の空論ばかり述べ、戦場の苦労を知らぬ者達を拙者は軽蔑する」

「・・・・・・・・・それで?」

「されど。主の為に働く者を蔑ろにする気はない」

 

 ブンッ! と風切り音と共に、自らの得物―――長柄に大刀の刃がついた形状の武器を衛士・キャスターの首に突きつけた。

 

「我が主が戻るまでの間―――貴様が主の為に働く間は、貴様のやり方に少しは協力してやろう」

 

 されど、と衛士・ライダーは凄んだ。

 

「我が主が戻った暁には、必ず沙汰を受けよ。それまで貴様の首は預けておく。肝に命じよ」

「・・・・・・・・・それはありがたい事で」

「そういう事なら、私も動こう」

 

 シニカルな笑みを浮かべながら、衛士・アーチャーは頷いた。

 

「中華最高の武将、英国最凶の魔術師。両名が働いていながら、傍観するというのも退屈だからな」

「おやまあ。仲間思いの同僚を持てて、私は幸せですな」

「お前の為じゃない。マスターの為だ」

 

 冷たく返す衛士・アーチャーに衛士・キャスターはニヤリと笑った。重んじる方針、方法、考え方。それらに差異はあれど、マスターの為にという一点において彼等の利害は一致していた。

 

 ※

 

 ―――そして、時間は現在に戻る。

 

「・・・・・・・・・馬鹿な」

 

 “アンダーウッド”の物見櫓。サラは愕然とした顔で遠く眺めていた。報告を受けても信じる事が出来ず、自分の目で見に来たが、それでも目の前の光景が嘘だと思いたかった。何故なら―――

 

「何故、今になって巨人族の軍勢が現れる―――!」

 

 そこには、死亡を確認した巨人族達が“アンダーウッド”を目指して進軍していた・・・・・・・・・。

 

 




キャスター

 元々がドールの憑依という形での召喚なので、あまり強いギフトを得ても依り代のドールが保たない。なので、死眼も出力をセーブした状態で使っている。

衛士組

 マスターの為に、という利害は一致したので団結。ただしマスターが帰って来たら、衛士・キャスターは罰を受ける事が条件。


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第11話「鷲獅子の矜持」

 そうか。ハイアラキとはウルトラな光の国だったのか・・・・・・・・・。(水着エレナを見ながら)
 ネロちゃまを引けたから、もういいやと思ったけどエレナさんと頼光さんは欲しいかなあ。


 それは突然の出来事だった。早朝に連盟の幹部達を集め、ゲーム攻略の最終確認を行っていたサラは伝令からの報告に顔を青くした。

 

「巨人族の軍勢が南方向より接近! その数、およそ百!」

「馬鹿な!? 奴等の全滅は我等“二翼”が確認した筈だ!」

 

 “二翼”のリーダー、グリフィス=グライフが伝令に食ってかかる。

 

「し、しかし、目視する限り、あれは巨人族で、」

「それこそ有り得ん! 死体として発見された巨人族は、先日の総攻撃時にいた奴等と同数だ! 奴等に生き残りがいるわけが無い!」

「止めろ、グリフィス。現に巨人族が現れたんだ。今は目の前の事態に対処するんだ」

 

 サラが窘める様に言うと、グリフィスは歯軋りをしながらも下がった。その顔は自分のコミュニティの索敵能力をすり抜けた巨人族への怒りと、まんまと出し抜かれた事に対する羞恥に染まっていた。

 

「巨人族達は後どのくらいで“アンダーウッド”と接敵する?」

「はっ! 奴等の行軍速度を考慮すると、後一時間後には戦闘領域に入ると思われます!」

 

 一時間。告げられた猶予時間にサラは歯噛みする。今動ける連盟の戦士の数は百余り。連日の襲撃と昨日の巨龍の襲来で、連盟の戦力は今や十分の一にまで低下していた。こちらにエリザベートや“ノーネーム”一同の様な一騎当千の戦力がいるとはいえ、気安く迎撃を命じるわけにいかない。何より本命は魔王とのギフトゲームの方だ。関係の無い戦闘で戦力を失うなど、愚の骨頂だろう。だが―――

 

「―――各員へ通達。巨人族に対して迎撃準備。奴等が“アンダーウッド”に近付き次第、応戦出来る様に構えてくれ。それと・・・・・・・・・念の為、籠城の準備だ」

「はっ!」

 

 苦渋の顔でサラは決断する。如何に魔王とのギフトゲームが控えていようと、目の前の脅威を無視は出来ない。幸いな事に、魔王とのギフトゲームは黒ウサギの審判権限で休止期間にある。あと五日の猶予はあるのだ。巨人族との戦闘になったとしても、数日は相手できる。

 

「フン、消極的な策だな。誇りある龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟に相応しくない」

 

 グリフィスが鼻を鳴らしながら、サラを睨む。 

 

「生き残りがいる事は驚いたが、所詮は敗残兵の寄せ集めだろう。こちらから攻め入り、一気呵成に叩くべきだ!」

 

 賛同の声は上がらなかったが、誰もグリフィスを諌めようとはしなかった。

 “アンダーウッド”の復活を祝う収穫祭に異を唱える様な連日の襲撃、それに伴う同士達の負傷と死。もはや連盟の中で巨人族達への憎しみは最高潮に達しつつあった。受けた屈辱と死者の無念は、奴等の死をもって償わせるしかない。そんな熱気が連盟の中で渦巻いていた。

 

「―――駄目だ。こちらからの出撃は許可出来ない。敵は巨人族だけじゃない。魔王とのギフトゲームが控えている今、勝ち目が確実にない戦いをするわけにいかない」

「っ、失望したぞ! 議長!」

 

 舌打ちしながらもグリフィスは下がった。グリフィスとて、魔王とのギフトゲームの為に戦力を温存しなくてはならない事は分かっている。しかし、それならば散った同士の無念はどこに向ければ良い? 何よりも巨人族達は“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟を―――偉大な父を象った旗に泥を塗ったのだ。そんな輩が存在している事自体がグリフィスにとって我慢ならない。

 他の幹部達も同様だ。元々が気位が高い幻獣達の集まりであるだけに、自分の同士達を殺した巨人族を許す気は無い。おめおめと目の前に現れた侵略者を殺さねば気が済まない。

 そんな不協和音が出ながらも会議は幕を閉じた。

 

 ※

 

 緊急の鐘を聞き、即座に外へ出た十六夜達。とにかくサラに確認を取ろうとした矢先の事だった。

 

「おーい!」

 

 十六夜達が振り向くと、息を切らしながら犬顔の亜人が駆け寄って来た。

 

「あなた・・・・・・・・・ひょっとして、私達が“アンダーウッド”に来た時に春日部さんと一緒にいた人?」

「ああ、覚えていてくれてたか! それより大変だ! 今、死んだ筈の巨人族が“アンダーウッド”に攻め入れて来ているんだ!」

「なんですって?」

 

 犬顔の亜人の報告に、飛鳥は眉をひそめた。

 

「どういう事? 巨人族は全滅した筈ではないの?」

「そのはずだったんだ! とにかく、サラ様が呼んでいるからすぐに来てくれ!」

 

 こっちだ、と犬顔の亜人が先導しようとした直後だった。

 

「待てよ」

 

 十六夜の冷ややかな声が亜人の背を呼び止めた。

 

「どうしたんだ? 早く行かないとサラ様に―――」

「ああ、サラに悪いな。―――本当に呼んでいるならな」

 

 ピクリと。犬顔の亜人はたじろいだ。

 

「い、いったい何の話、」

「昨日、おチビと一緒に連盟の亜人達を見て回ったが。おたくの顔は初めて見るな」

 

 亜人の弁明を遮り、十六夜は冷たい笑顔を向けた。

 

「連盟の亜人は女子供や怪我人を含めなければ百人くらいだったから、顔は全員覚えているが・・・・・・・・・アンタは誰だ?」

「偶然だろ? 俺は連盟の中でも使い走りみたいに地位が低いから、その場にいなかっただけ―――」

「ほう? 使い走り、ねえ。そんな使い走りさんに聞きたいんだが・・・・・・・・・何でアンタは巨人族の全滅を知っていたんだ?」

 

 はっ、と飛鳥は気付く。昨日の会議の時、巨人族の全滅にサラは箝口令を敷いたはずだ。巨人族の全滅は連盟の幹部達と会議に参加した“ノーネーム”や“ウィル・オ・ウィスプ”しか知らない事実の筈だ。ただの連盟の一員でしかない亜人が知っているのは、おかしな話だ。

 

「そ、それは、その、」

「その? 答えてくれなきゃ始まらないぜ、自称・“アンダーウッド”の使い走りさん?」

「う、うぐぐ、ぐぐぐっ・・・・・・!」

 

 しどろもどろに弁明しようとした亜人の顔が真っ青に染まり―――

 

「ぐ、GAAAAaaaaaaaaa!!」

 

 突如、牙を剥いて襲いかかって来た!

 

「おっと」

 

 十六夜は易々と亜人の牙を避け、カウンター気味に拳を振るう。十六夜の拳は亜人の胸に―――ドプリという音と共に突き刺さった。

 

「何!?」

「OOOOOOoooooonnn!!」

 

 ここに来て十六夜の顔に初めて動揺が走った。遠吠えの様な雄叫びと共に、亜人の姿が真っ黒なボアハウンド犬へと変わる。ボアハウンド犬はグニャリ、と粘土の様に身体を崩れさせると、十六夜の身体に纏わりつく様に液体化した身体を動かす。あっという間に、十六夜の足下に魔法陣の様な図形が描かれた。

 

「ちっ―――」

 

 十六夜が魔法陣を踏み砕こうと足を振り上げるより先に、魔法陣が起動し始める。白い光が十六夜を包み、十六夜の身体が光の中で薄れていく。

 

「これは・・・・・・・・・空間転移か!」

「十六夜くん!」

 

 セイバーが光の正体を看破するのと同時に、飛鳥が十六夜へと手を伸ばした。

 

「ばっ、来るな! お嬢様!」

 

 いつもより余裕の無い声で十六夜が叫ぶ。しかし、十六夜の制止よりも早く飛鳥は魔法陣の中に手を入れ―――飛鳥の身体も光に包まれ始めた。

 

「飛鳥さん!?」

 

 黒ウサギが瞠目する中、飛鳥の身体も光の中に消えていく。

 

「・・・・・・・・・キャス狐、後の事は任せるぞ」

「え? ちょっと、セイバーさん!?」

 

 セイバーは呟くと同時に、空間転移の光の中へ身を投じた。そして光が一際強く輝き―――十六夜達の姿は跡形もなく消え去っていた。

 

 ※

 

 所変わって、龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟の会議場。迎撃の準備も整い、巨人族の襲撃をサラ達は今か今かと固唾を飲みながら待ち構えていた。しかし、一時間経って尚も、見張りから巨人族の襲撃の報せは来ない。いったいどうしたものか、とサラ達が訝しい表情を浮かべ始めた矢先だった。

 

「伝令! 巨人族、参りません!」

「な・・・・・・・・・何だと!?」

 

 伝令の報告に、サラ達は目を剥いた。伝令はすぐさま次の報告に移る。

 

「巨人族達は“アンダーウッド”より1キロ先の地点で休止後、“アンダーウッド”に背にして北に進路を取り、境界門へと向かっています! この“アンダーウッド”、素通りの模様っ・・・・・・!」

 

 悔しさの滲んだ声で、伝令は報告を終える。しかし、彼よりも心中の穏やかでいられないのはサラ達の方だった。

 

「あれだけ、我等のコミュニティを荒らしておきながら・・・・・・・・・もはや敵では無いと言うつもりかっ」

 

 ギリィ、と音が聞こえる程の歯軋りをするグリフィス。彼の周りの獣人や亜人も恥辱と憤怒で顔を染め上げていた。一方、サラを始めとした冷静な思考の持ち主達は報告の意味に気付いて顔を青ざめさせる。

 

(いかん・・・・・・! このままでは、他の階層支配者達の元へ攻め込まれてしまう!)

 

 今、魔王の襲撃にあっているのは“アンダーウッド”だけではない。東も北も、魔王の襲撃で救援を頼める状況では無い。そこへ南側から巨人族が襲撃したとなると、龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟は自らの火の粉も振り払えぬ軟弱者、という烙印が押されてしまう。そうなれば仮に魔王とのギフトゲームで生き残っても、龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟は階層支配者として失格だ。十中八九、階層支配者の地位は失うだろう。“アンダーウッド”の復興をしながら築き上げた信頼も実績も全てが水泡に帰してしまう。巨人族達は何が何でも南側だけの問題としなければならないのだ。

 

「・・・・・・・・・サラ様」

 

 不意に、サラの隣りから女性の声がかかる。サラの龍角より、ずっと小さな角を生やした亜人はサラにとって信頼できる部下だった。

 

「ここはどうかご自重を。今の連盟が巨人族と正面から戦うには危険過ぎます。ここは様子見が無難です」

「分かっている・・・・・・・・・っ」

 

 サラは悔しさを交えた表情で部下に答える。部下の女性もまた苦渋を顔に浮かべていた。幼少の頃からサラの御学友として共に月日を重ね、“サラマンドラ”からサラが脱退すると決めた時も共について行った彼女たがらこそサラが如何に苦労してきたか理解していた。その苦労がようやく階層支配者の就任という形で報われる筈だったのに、巨人族によってサラの苦労は水の泡となるのだ。口では様子見が無難と言ったが、本心は巨人族の殲滅に乗り出したかった。

 

「―――いや、待て。誰か地図を持って来い!」

 

 不意にグリフィスが叫ぶ。何事だ? と集まる視線の中、グリフィスは部下が持ってきた地図を広げた。

 

「境界門があるフィル・ボルグの丘陵は、周囲がメタセコイアの様な樹高の高い木々が群生している。巨人族と言えど、障害物となる筈だ。境界門へと抜けるには木々に囲まれた道路を進むしかない」

 

 グリフィスは地図上の境界門へと続く道をなぞった。

 

「隊列を崩し、細い登り道を・・・・・・奴等の大きさを考えれば、一人か二人ずつしか通れない横幅の道を・・・・・・・・・!」

 

 はっ、とサラは気付く。通常、部隊の大将となる人間は中央より後方に配置される。ならば、もしも巨人族達が坂を登り切る前に後ろから攻撃すれば―――少ない犠牲で巨人族達の大将の首が穫れるかもしれない!

 

「議長! 出陣許可を! 奴等は自分達が不利な土地を歩いていると気付いていない! ここは奴等の大将首を刎る千載一遇の機会だ!」

「グリフィス殿の言う通りだ!」

「ここでおめおめと見逃せば、龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟は腰抜けと末代まで嗤われますぞ!」

 

 グリフィスを中心に血気盛んな幻獣達から出陣を求める声が上がる。

 

「お待ち下さい! ここは様子見に徹するべきで―――」

「この期に及んで何を弱気な事を! そも、巨人族共を他の階層支配者の元へ向かわせれば、龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟は終わりであろう!」

 

 サラの部下の声をグリフィスが遮る。

 

「今までも我等は巨人族を何人も殺してきた! 気に食わぬが、巨人族共を鎧袖一触できる竜の娘もいる! この戦い、我等が負ける筈があろうか!?」

 

 そうだ! そうだ!

 グリフィスを中心に熱気が膨れ上がる。今や会議の波は巨人族殲滅に向かいつつあった。

 

「このままで良いのか! これで巨人族が東側に侵略でもすれば、我等“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟”に階層支配者の道を示した白夜叉殿にも申し訳が立たぬ!」

 

 はっ、とサラが目を見開く。事は南側の問題だけでは無いのだ。東側には“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟”に階層支配者の道を示した白夜叉が、北側には自分の故郷である“サラマンドラ”―――そして、自分の弟と妹がいる。白夜叉の方は巨人族が攻め入れても心配は無いだろう。しかしその場合、階層支配者に相応しく無い者を選出したとして白夜叉の顔に泥を塗る事になる。“サラマンドラ”の方はもっと深刻だ。あちらはまだ“黒死斑の魔王”との戦いの傷が癒えてないと聞く。ここへ更に巨人族の襲撃が重なれば、今度こそ壊滅してしまうかもしれない。

 

「議長! どうか決断を! 勇気ある決断を!」

 

 グリフィスが糾弾に近い響きを持って、サラに問い詰める。周りの幻獣達もサラに出陣を求めて一斉に見つめていた。そして――――――

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”、フィル・ボルグの丘陵地への街道

 

 黙々と巨人族達が進む。ぬかるんだ道は進みにくく、一歩踏み出すごとに彼等の足に負担をかけたが、その事に全く不平が無いかの様に巨人族達はただただ歩く。

 否―――不平が無いどころか。何の表情すら浮かばせず、無機質な瞳で巨人族達は歩いていた。まるでプログラミングされた機械(・・・・・・・・・・・・)の様に。

 そんな中、巨人族と同じ様に無機質な目をした馬に乗った中華風の武将姿の男―――衛士・ライダーは目的地に進んでいた。

 

(今頃、“アンダーウッド”は揉めているであろうな)

 

 豊かに生えた顎髭を風に揺らしながら、彼は思考する。

 

(本拠の鼻先を掠めての移動。貴公等の矜持は酷く傷ついたであろう。そして、これで傷つかない様であれば武士ではない)

 

 かつて一国の将として戦場を駆け抜けた英霊は、生前からの優れた戦術眼で―――死後、軍神と称えられた慧智をもって、“アンダーウッド”の幻獣達の思考を読み解いていた。

 

(今までの龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)連盟は勝ち戦とは言えぬ。連日の巨人族の襲撃、魔王の襲撃・・・・・・・・・その度に失われていく同胞。故にこそ、この素通りは火に油を注いだであろうよ。そして、貴公等の立場は巨人族を無視するという選択を許さない)

 

 ゆるゆると。巨人族を率いながら、衛士・ライダーは思考する。

 

(そこへいきなり希望の光が見える。無傷で巨人族を殲滅できるかもしれぬ、という強い光だ。このまま素通りさせて良いのか? 他の階層支配者に申し訳が立たぬのではないか? このまま弱気な態度を見せれば、階層支配者となった後も周りの心が離れるのではないか? ーーー全ての感情が出陣への正当化に向けられる)

 

 ※

 

「―――“四本足”、“三本の尾”は本拠に残って、防衛をしてくれ」

「サラ様・・・・・・・・・?」

 

 サラの部下が驚いた様にサラを見る。サラは覚悟を決めた目で、会議場を見渡した。

 

「これより巨人族への追撃をかける! 出陣だ!」

 

 ※

 

(そう―――針の先ほどの希望だというのに、目が眩むのだよ)

 

 

 




 どこかで見た事あるって? まあ、所詮は趣味でssを書いてる人間の限界という事で。


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第12話「魔女の敗北」

 今回はかなり人を選ぶ内容になるかもしれません。
 でも、自分の中ではどうしてもこの展開しか思いつきませんでした。作者の趣味100パーセントで書いている内容なので、読者の皆様は呆れながらも付き合って下さい。


 ―――“アンダーウッド”・???

 

 見上げる程に頂点が高く、幹の太い樹が鬱蒼と生い茂った樹海。そこに突如、目が眩む様な光の球が現れる。光の球は中から十六夜、飛鳥、セイバーを吐き出すと、すぐに小さくなって消えた。

 十六夜は即座に油断なく辺りを見回しながら、ついて来た二人に声をかける。

 

「おい、お嬢さま。怪我は無いな?」

「ええ、大丈夫よ」

「うむ。転移されたのは、ここにいる三人だけの様だな」

 

 セイバーは周囲を警戒しながら、近くの樹に触れる。

 

「“アンダーウッド”に生えていた木々と似ているな。植生が似ているという事は、あまり遠くは飛ばされていない様だな」

「そう。それにしても・・・・・・・・・あの亜人は何者だったのかしら?」

「さて、ね。可能性なら色々と言えるが、まずは―――!」

「アスカ!」

 

 不意に十六夜が振り向きざまに宙へ蹴りを入れた。同時にセイバーが飛鳥を抱えて大きく跳び退く。

 次の瞬間。十六夜の足から甲高い衝撃音が、セイバー達のいた地面から爆発する様な衝撃音が周りにソニックムーヴ(衝撃波)を撒き散らしながら鳴り響く。

 十六夜の蹴りの威力を自分の蹴りと具足で相殺した襲撃者は軽やかに宙を舞い―――カツン、と音を立てて着地した。

 

「―――フン。そう簡単に筋書き通りにはいかないわよね」

「あうう・・・・・・・・・避けられちゃった」

 

 セイバー達のいた地面を抉り取った(・・・・・)もう一人の襲撃者は、残念そうに呟きながら地面から手を放す。手が動く度に、ギシギシと耳障りな金属音が響いた。

 襲撃者の正体は二人の少女だった。

 十六夜を襲撃した方はスラリと背が高く、脚には長い棘のついた具足を履いた肉付きの薄い少女だ。勝ち気そうな笑みを浮かべながら、流線型という言葉が当てはまりそうな身体を手がすっぽりと隠れる様な長袖のロングコートで包んでいた。だが、何よりも目が行ってしまうのは下半身だ。彼女の局所を申し訳程度に隠すかの様に、股関に金属プレートの様な前張りを付けていた。

 セイバー達を襲撃した少女は対称的に背が低く、手は人間を丸ごと潰せそうな巨大な金属の鉤爪だった。内気そうな顔をした彼女は黒と紫の縞模様をしたドロワーズを履き、まるで拘束具の様なベルトをサスペンダーの様に素肌の上から巻いていた。だが、何よりも目が行ってしまうのは彼女の胸だ。手を除けば小柄な彼女に不釣り合いな巨大な胸。人間の腕で抱えきれない様な双丘が動く度に、タプンと揺れ動く。

 顔立ちは双子の様にそっくりだったが、性格も体格もまるで正反対だ。

 

「イザヨイ!」

 

 飛鳥を抱えたセイバーは十六夜の横に降り立つ。

 

「怪我は無いか?」

「はっ、むしろ気付けに調度良いくらいだ」

 

 軽口を叩きながら、十六夜は拳を構えた。セイバーもまた飛鳥を下ろし、彼女の前に立ちながら剣を構えて襲撃者の少女達と対峙する。お互いに正面から向き合う形になり、具足を付けた少女はコートの端を摘みながら舞台上のバレリーナの様に一礼した。

 

「懐かしい顔もいるけど、覚えていない(・・・・・・)だろうから初めまして。私はアルターエゴ・メルトリリス」

「え、えっと私が、」

「こっちの図体の大きいのはパッションリップ。私と同じアルターエゴよ」

「うう、私、自分で自己紹介したかったのに・・・・・・・・・。あと、そんなに大きくないもん。メルトが痩せすぎなだけだもんっ」

 

 具足の少女―――メルトリリスへ巨大な鉤爪の少女―――パッションリップは涙目になりながら抗議する。おどおどとした口調といい、くしゃくしゃとなった泣き顔といい、どうにも見ている者の嗜虐心を煽る少女だった。

 

「・・・・・・・・・十六夜。気付いているか?」

「何だ?」

 

 緊迫感を漂わせる表情で十六夜とセイバーは目配せする。知らず知らず、セイバーの剣を握る力が強くなる。セイバーはゴクリと生唾を飲み込むと、

 

「なんと・・・・・・・・・なんという大きさだ、まさに説明不要というヤツだな!」

 

 パッションリップの鉤爪―――ではなく、豊かな双丘にクワッと目を見開いた。

 

「パッションリップと名乗った少女の胸は体格に合わずアンバランスだ。あそこまで大きいともはや巨乳ならぬ奇乳だな。しかしあやつのベビーフェイスから繰り出す儚げな表情と涙に濡れた目が蠱惑的な魅力を引き出しあの奇乳のアンバランスさを見事に打ち消している。まさに魔性の女ならぬ魔乳の女

「って、いきなり何を言ってるのお馬鹿皇帝!」

 

 スパアアアアアアンッ!! と気持ちの良い音がハリセンから響く。

 『黒ウサギ専用(ウサギマーク)』と書かれたハリセンを飛鳥は顔を真っ赤にしながらセイバーの頭に振り落とした。

 

「そうだぜ。目の前の相手に集中しなきゃ駄目だ」

 

 十六夜は目の前の相手―――メルトリリスをしっかりと見つめ、

 

「極限にまで無駄を絞ったフォルムはスレンダーと言うよりもはや芸術美だ。それだけに中心部が一層と際立つな。あれは貞操帯か? 処女の純潔を守る道具をワザと前面に出す事でエロティックかつインモラルな魅力を出しながらも最後の一線を越えられないのはまさに見えないからこその芸術

「変態しかいないのこのコミュニティは!?」

 

 スパアアアアアアンッ!! と再びハリセンの音が響き渡る。

 叩かれながらも十六夜はメルトリリスの脚―――の付け根である股関をじっくりと見ていた。

 

「・・・・・・・・・あなた達、随分と余裕があるのね」

「あ、あうう・・・・・・・・・ジロジロと見ないで下さい」

 

 呆れ顔のメルトリリスに対し、パッションリップは自分の胸を恥ずかしそうに隠そうとする。

 

「まあ、色々と堪能したいが今度にするとして―――アンタ等は何者だ? 魔王連盟か?」

「魔王・・・・・・・・・? フフフ、そうね。魔王(・・)の遣い、と言えるかしらね?」

 

 一転して真剣な顔つきになった十六夜に、メルトリリスは挑発的な笑みを浮かべる。

 

「一つ言えるのは―――貴方に消えて欲しいの。大人しく溶かされてくれないかしら?」

「ほう? 他人様の恨みは売るほど買って来たが、アンタ達の様な上半身や下半身が危ない美少女から買った覚えは無えな」

「恨みが無ければ人を殺せないの? 一々理由づけしないといけないなんて、人間って不便なのね」

「待ちなさい。十六夜君は私達の同士よ。消すなんて言われて、大人しくやらせると思っているのかしら?」

 

 口を挟んだ飛鳥に、メルトリリスは心底からつまらなそうな顔を向けた。

 

「部外者・・・・・・・・・いえ、端役は黙ってくれない?」

「なっ・・・・・・・・・!」

「まったく、あの魔術師も何をしているのかしら? 予定では逆廻十六夜だけを転移させて、リップと挟み撃ちにする筈だったのに。サーヴァントとオマケまで連れて来るなんて、職務怠慢だわ」

「―――待て。今、余をサーヴァントと呼んだか?」

 

 深々と溜息をつきながら吐いたメルトリリスの愚痴に、セイバーが反応した。今まで、箱庭でセイバーの事をサーヴァントと呼んだ人間はいなかった。聖杯戦争の関係者でない限り、使い魔としての英霊をサーヴァントと呼ばないハズだ。

 

「貴様等・・・・・・・・・まさか聖杯戦争の関係者か?」

「―――それは貴方が一番、知っている筈よ。バビロンの大淫婦さん?」

 

 ズン、と空気が重くなる。メルトリリスの嘲笑にセイバーは掛け値なしの殺気を放っていた。聖杯戦争の関係者―――すなわち、岸波白野の敵であると察すると同時にサーヴァントとしての戦闘本能が呼び起こされた。その殺気は、かつてエリザベートと清姫に向けた物の比ではない。

 

「どうやら・・・・・・・・・貴様等には詳しく話を聞かねばならぬ様だな」

「どうぞ御自由に。やれるものなら、ね」

 

 あくまで挑発的な態度を崩さないメルトリリス。

 

「リップ、貴女はあのサーヴァントとオマケを始末しなさい。こっちの男は私が溶かすわ」

「う、うん。分かった」

 

 パッションリップは頷き―――一気に駆け出した!

 

「そう簡単にやられないわよ! ディーン!」

『DEEEEEEeeeeeNNNNNNNN!』

 

 飛鳥は素早くギフトカードからディーンをくり出す。ディーンはパッションリップへと手を伸ばした。

 

「邪魔、しないで!!」

 

 パッションリップは巨大な両手を大きく広げた。同時にギラリ、と目が妖しく光る。迫り来るディーンの手がパッションリップの視界一杯に広がる。パッションリップはまるでトラバサミの様に両手を閉じ―――次の瞬間、クシャッという音と共にディーンの手が消失(・・)した。

 

『DeN!?』

 

 ディーンが瞠目する様に声を上げる。痛覚の無い自動人形だったのが幸いだった。手の消失に驚きこそすれ、痛みに動けなくなる事は無かった。パッションリップは手に握った黒いキューブ(・・・・・・・・・・・)を放り捨て、今度はディーンそのものに狙いを定めるかの様に両手を広げ―――

 

「ディーンを仕舞え! アスカ!」

 

 再びパッションリップが両手を閉じるより先に、ディーンの姿が掻き消える。標的を失ったリップの両手は、代わりにディーンの後ろにあった木々を根こそぎ消失させていた。

 

「やああああああっ!!」

 

 ディーンと入れ替わる様にセイバーがパッションリップへ斬り掛かる。パッションリップは慌てた様子で巨大な爪を振りかぶった。

 瞬間、甲高い金属音と共に風圧が吹き荒れる。

 

 ※

 

「チッ、オイタがすぎるぜ! 上半身痴女!」

 

 右手を消失させたディーンを見て、十六夜はパッションリップへと駆け出す。理屈は分からないが、パッションリップのギフトは見た物―――視界に入った物を問答無用で握り潰す様だ。その事を素早く理解した十六夜は、ディーンに追撃をかけようとするパッションリップに拳を振りかぶろうとし―――

 

「あなたの相手は、私よ!」

 

 背中から疾風の如く、メルトリリスが襲いかかる。まるでスピードスケーターの様に地面を滑走しながら、十六夜の背中へと追い付く。十六夜は舌打ちしながらも即座に振り返り、メルトリリスへ拳を振りかぶろうとした。

 その時。十六夜の視界の端―――十六夜達から後方にある山から、赤い閃光が瞬いた。

 

「っ!?」

 

 十六夜の本能がメルトリリスと打ち合うよりも赤い閃光の迎撃を選択した。十六夜は本能のままに、赤い閃光の方向へ拳を振るった。

 次の瞬間、赤い閃光が―――赤い閃光を放った黒い剣が十六夜の拳とぶつかり合った。

 

「ぐっ―――」

 

 十六夜の口から苦悶の声が漏れる。黒い剣は十六夜の拳とぶつかり合った瞬間、弾け飛ぶ様に爆発した。ミサイルの直撃の様な衝撃に、十六夜の体勢を崩れる。そして―――鋭い剣閃が十六夜に襲いかかった。十六夜は体勢が崩れながらも、拳を打ち合わせた。

 辺りを根こそぎ吹き飛ばす様な衝撃波が吹き荒れる。

 

「言い忘れたけど・・・・・・・・・私達も三人(・・)でお相手するわ。文句無いわよね?」

「っ、はっ! 上等だ、下半身痴女!」

 

 十六夜の拳と脚で鍔競り合いながら、酷薄な笑みを浮かべたメルトリリスに十六夜は犬歯を向けて笑う。

 ―――かつて歪んだ恋心で月を支配しようとした少女の別人格(アルターエゴ)。彼女達を相手取った“ノーネーム”の戦いが、いま幕を開けた。 

 

 ※

 

「これはどういう事だ?」

 

 浮遊城から撤退し、新たな隠れ家で“アンダーウッド”の様子探っていた殿下は、アウラが水晶玉から映し出した映像に眉をひそめた。映像には、境界門への道を進軍する巨人族の姿が映し出されていた。

 

「リン、巨人族の全滅を昨日確認した。間違いないな?」

「は、はい! ちゃんと死体も確認しました! 私達の配下にいた巨人族は全滅していた筈です!」

 

 リンが動揺を隠せない顔で答える。彼女達が南側で従わせてきた巨人族は、衛士・キャスターの手により全て死に絶えた筈だ。ならば、あの巨人族は何なのか?

 

「アウラ、“来寇の書”に反応は?」

「・・・・・・・・・駄目です。“来寇の書”に反応しません」

 

 アウラは古ぼけた本を閉じながら、首を振った。この“来寇の書”は巨人族達に土地を賭け合うギフトゲームを強制できるギフトだ。この“来寇の書”があるからこそ、殿下達は巨人族を従えられた。故に水晶玉に映っている巨人族達にもギフトゲームを強制できる筈だが―――

 

「つまり・・・・・・・・・あれは巨人族の見た目をした偽物か?」

「おそらくは。ちょっと待って下さい。いま、巨人族―――いえ、偽巨人族を率いている人間の姿を出しますので」

 

 アウラは意識を使い魔の操作に集中させる。“アンダーウッド”中に巡らせた使い魔の視界とリンクし、水晶玉に投影させようとし―――突然、視界が真っ暗になった。

 

「っ!?」

 

 アウラは驚き、すぐに別の使い魔へと意識をリンクさせる。だが、どの使い魔も映る光景は闇、闇、闇―――!

 

『ククク・・・・・・・・・』

 

 突然、アウラの頭の中に男の忍び笑いが響いた。

 

『困りますねえ、勝手に覗き見するなんて。世が世なら、罰金や懲役が課せられますよ?』

「お前は・・・・・・・・・!」

「アウラさん・・・・・・・・・?」

 

 様子のおかしいアウラにリンは心配そうに声をかける。だが、そんな事に気をかけていられない。アウラは頭の中に響く男の声―――衛士・キャスターの声に意識を集中させた。

 

『貴方達はゲームを降りた。ならば、後は私に任せて大人しく観戦してくれないと』

「勝手に割り込んで来た割に随分な言い草ね。それに魔術師(キャスター)を名乗りながら、私の使い魔にちょっかいを出すなんて、いい度胸じゃない・・・・・・・・・!」

 

 アウラは言うが早いが、即座に頭の中で魔術式を構築し始める。使い魔のリンクから、衛士・キャスターが介入した魔力を察知。逆探知と報復の術式を組み立て出す。その早さ、正確さは人類の幻想種である魔女(フェイ)の名に恥じない。

 

『―――ד(不活)

 

 瞬間。アウラの組み立てていた術式が全て霧散した。

 

「なっ・・・・・・・・・!?」

妖精(フェアリー)の語源になる程の魔術師と聞きましたが・・・・・・・・・こんな物か』

 

 自分の術式が―――人類カテゴリーにおいて、最上位の魔術師である自分の術式が一言で破られて真っ青になる中、頭の中の声は失望感を隠そうともせずに溜息をついた。

 

『アーサー王伝説で有名なモルガン・ル・フェイは、ケルト神話の女神モリガンと同一視されるから神代の魔術が出てくると思ったら・・・・・・・・・貴方は単にドルイド信仰の巫女としとの魔術師(フェイ)でしたか』

「有り得ない・・・・・・・・・」

『はい?』

 

 アウラの魔術から素性を看破した衛士・キャスターに、アウラの呆然とした呟きが聞こえた。

 

「何を・・・・・・・・・何をした!? 人類最高峰の魔術師である私の魔術が、破られるなんて有り得る筈がない!」

 

 あまりの出来事に、アウラは錯乱しかけながらも衛士・キャスターに問い掛ける。自分は人類の幻想種であり、人類最高峰の魔術師だ。その魔術がたった一言で打ち消されるなんて、あって良いはずが無い!

 

『ああ』

 

 衛士・キャスターはつまらなそうに溜息をつき―――

 

『そんなもの。単に古い術式(・・・・)なだけでしょう』

 

 一言の下、切って捨てた。次の瞬間、衛士・キャスターの雰囲気がガラリと変わる。

 

『あらゆる物は進化する。猿から人へ、石器時代から現代へ。古い物を改善し、最適化しながら進化を続ける』

 

 アウラの頭の中で今までの慇懃無礼な態度をかなぐり捨てた衛士・キャスターの声が響く。もはやアウラは念話を切る事すら出来なかった。完全に魔術の主導権を握られた状態で、アウラは衛士・キャスターの声を聞くしかなかった。

 

『魔術もまた然り。術式は常に改善されていき、現代風にアレンジされていく。要するに過去作のリメイクだ。なら、大昔の魔術なんて手法が丸分かりなのは言うまでもないだろうよ』

「そ、それこそ有り得ない! 私の魔術は・・・・・・・・・魔女(フェイ)の魔術は、失われた魔術の筈よ! 現代の魔術師が知っている筈がない! 今の魔術で私の魔術を破れるわけが、」

『そんなもの。わずかにでも残された文献や現代の魔術から理論を構築していけば、楽勝で再現できるだろうが。それを基に対抗術式を構築するのは寝ながらでも出来るわ。そもそも昔の人間が出来た事を何で今の人間が出来ないと思っているよ?』

 

 事も無げに言われた内容に、アウラは絶句する。言葉の上では簡単だ。しかしそれは、古代人の遺跡に描かれた壁画を見ただけで当時の文明を、描いた人間の思想を、まつわる全てを瞬時に理解できると言っている様なものだ。

 言うは易く、行うに難しく。それを平然とやってのける相手に、人類最高峰の魔術師である筈のアウラの背筋が寒くなった。

 

『まあ、現代の魔術師が腑抜けていると言いたいのは同感だ。そもそも時計塔の老害共が下らない権力争いに明け暮れてなければ魔術の研究はもっと・・・・・・・・・と、これは関係ない話だったか』

 

 まあ、とにかく。と衛士・キャスターは言葉を切る。

 

『これはもう俺達のゲームなので、余計な事はしないで、大人しく昼寝でもして貰おうか・・・・・・・・・大先輩(ロートル)様』

 

 次の瞬間、アウラの体内で魔力が暴走する。アウラの身体に電気椅子に座った様な衝撃が襲いかかった。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

「アウラさん!?」

 

 リンが悲鳴に近い声を上げる中、“アンダーウッド”中に仕掛けた使い魔から魔力が逆流し、アウラの身体にフィードバックされる。苦悶の絶叫と共に、アウラは吐血し、身体中の血管が破れて衣服を真っ赤に染め上げる。

 次の瞬間、アウラの水晶玉が爆発する様に砕け散った。同時にアウラの身体が床へと投げ出された。

 

「アウラさん! しっかりして! アウラさん!」

「リン、すぐに治療ギフトを持って来てくれ。貴重かどうかは関係なく、あるだけだ。急いでくれ!」

「は、はい!」

 

 ヒュン、とリンの姿が掻き消える。弱々しく痙攣しながら血を流すアウラを介抱しながら、殿下は歯軋りと共に空を睨んだ。

 

「やってくれたな、魔術師・・・・・・・・・!」 

 

 遠く空の上。そこには吸血鬼の城が不気味に浮かんでいた・・・・・・・・・。

 

 



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