鮎喰響になりたい (RockOrgMan)
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お伽の庭
鮎喰響は小説家である。そして、彼女は天才だ。
こと小説を書くということにおいて、彼女を上回る存在はかなり少ない。同年代で、と限定するなら皆無と言っていい。
だから、「彼女になりたい」と願った。
このお話は、そんなチート転生者のお話です。
さて、早いもので鮎喰響になってからはや16年。立派なJK1年生だ。原作では彼女が世間を騒がせた名作『お伽の庭』を書いた頃になるのだろうか。
一応『お伽の庭』を書いてみた。書いてみたは良いものの、この作品が彼女の書いたものと同じだけの面白さをもっているのか自信がない。
彼女はこの作品を書いたとき、自分の価値観が他者のそれと乖離していないかの確認がしたかったと述べている。
つまり、面白いと自分が思った作品は、他の人から見ても面白いといえるのか知りたいということだ。
本当の作者である彼女からみても世間一般の人にウケるかはわからないというのが問題なのだ。自分では間違いなく面白い作品を書いたつもりなのだが、あくまで自分は鮎喰響の紛い物だ。もちろん才能だけで言えば遜色はないのだが、人格というべきか人間性というべきかわからないが『鮎喰響』と明確に異なる部分が存在している。
そんな自分が書いた小説は、彼女の書いた小説と同じように人の心を動かせるのだろうか。それが知りたい。
なので、クラスメイトに読んでもらうことにした。それも、殆ど話したことが無い人に。仲の良い人に読んでもらうのも悪くはないけれど、贔屓目無しで評価してもらいたいからだ。さて、どんな評価になるだろうか。
「どう?感想を聞かせてほしいな、夜凪さん」
聞こえてない…のか?でも、嫌悪や嫌がらせで無視をしているわけではなさそうだ。嬉しいことに目と顔がせわしなく動いている。
最初に頼んだ時は難色を示されたので困ったが、これはひょっとしたらひょっとするかもしれない。少なくとも、好ましい反応なのは間違いない。
流し読みをされて適当な感想を聞かされるのが1番嫌だったから。
それにしても、見れば見るほど綺麗な人だな。原稿用紙に書かれた小説を読んでいるというだけなのに、まるでドラマのワンシーンのように思える。ふむ、そろそろシーンが冬に入る頃だろうか。切なそうな表情になる。
『お伽の庭』は、約100年前の日本が舞台であり、主人公は一人の老人だ。彼が生活の中で見たもの、感じたもの、そして死ぬまでが描かれている。モチーフは祖父だ。
鮎喰響は誰かをモチーフとして選んでいたのだろうか?やはり差異が生じているのだろうか?
そんなことを考えている間に、夜凪さんは読み終わったようだ。彼女の目線がこちらに向けられている。一呼吸ついてから、もう一度同じ質問をする。
「どう?読んだ感想は」
「面白かったわ」
「そう、それは良かった」
「一つ、聞いてもいいかしら」
「どうぞ?」
「あなたは、何者なの?」
何者か。きっと、名乗っていいのだろう。彼女の顔は欲しかったリアクションをしている。『私』は『鮎喰響』を名乗って良いのだ!
「鮎喰響、小説家さ。未来のね」
未来人なの!?
うん?違うよ?
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千年桜
鮎喰響に憧れ、鮎喰響になったというのに、ことあるごとに鮎喰響との違いを実感させられる。
夜凪景。他者を惹きつけるオーラのようなものを持っている人。他者との協調性はあまり無いが、それは彼女の中で優先順位がはっきりしているからだ。
また、先程の天然発言からもわかるように、若干抜けているところもある。
はっきり言おう。彼女は『鮎喰響』に似ている。きっと、自身の目の前で理不尽なことが起きたら飛び蹴りをかますくらいのことは平気でするだろう。少なくとも、『鮎喰響』ならそうする。
頓珍漢なことを言うのなら、彼女はまるで『私』のせいで鮎喰響になり損ねた『鮎喰響』だ。そのくらい似ていると感じてしまう。
勿論、私の勝手な妄想だ。事実無根の妄言。そうやって切り捨てるのは簡単なはずなのに、それができない。
その理由の1つは、彼女の小説を読む姿にある。彼女は今、私の書いた小説を読んでいる。その姿が、とても様になっている。ありきたりな表現をするなら、1枚の絵画のように。
彼女が美人だから?そうかもしれない。だが、私がただ小説を読むだけではそうはいかない。『鮎喰響』はただ小説を読むだけで様になっているのに。
私はどうしたいのだろう。鮎喰響と同じ偉業を成し遂げたいだけなのだろうか?それとも、鮎喰響に『なりたい』のだろうか?
自分一人では正解がわからない。ので、今回も夜凪さんに頼ろう。彼女が今読んでいるのは踊り子の話。
『鮎喰響』が書いたそれとは違い、踊り子の少女の目線で描かれ、何故踊り子になったのか、踊り子になったことで何が変わったのかを描いた、『私』の書いた小説だ。
鮎喰響の真似事でしか私は『鮎喰響』になれないのか。それとも、『私』は『私』のまま鮎喰響になれるのか。
夜凪景は『私』の小説を面白いと言ってくれるだろうか。
「ねえ、鮎喰さん」
「何かな?夜凪さん」
「あなたは今まで、どうやって生きてきたの?」
「どういうことかな?質問の意味がいまいち理解できなくて」
「そのままの意味だけど?」
「えっ…と、そう…だね。普通かな?特に何か特別なことをした覚えはないけど」
「本当に?実は人の記憶を食べるお化けとかだったり、タイムマシンに乗ったりしてない?」
「待って、まず私は人間だよ?それに、前にも否定したけど未来人でもないし、タイムスリップもしたことないよ」
「じゃあ、どうして私はこの小説を読んで懐かしいと思ったのかしら?」
「懐かしい?」
「ええ、見たことない場所にいる見たこともない人の話なのに、自分のことのようにすんなりと理解できるの。それどころか、彼女が故郷へ帰ったとき、私も懐かしいと思ったわ。あんなところ、行ったこともないのに」
上出来だ。『私』は成し遂げた!鮎喰響が書く小説を『私』が書いたんだ!
「きっと、連想したんじゃないかな?踊り子の故郷と故郷っぽい所を」
「連想?」
「踊り子が見たのと似たような景色を前に見たことがあったんじゃない?それで、無意識にそれを思い出したとか」
「そう…なのかしら?」
「何にせよ、楽しんでもらえたみたいで良かったよ」
「ええ、今回もすごく面白かった。ぜひまた読ませて」
「そう言ってもらえると嬉しいな。うん、次の作品も楽しみにしててね」
未だに確固たる自信はないけれど、鮎喰響によく似た夜凪さんが面白いと言ってくれるなら、もう少し自信を持っても良いかもしれない。
鮎喰響モドキ:鮎喰響の才能、祖父江凛夏の性格、椿涼太郎の立ち位置を得たキメラ
夜凪景:モドキに鮎喰響認定を受けた
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友達と夢
鮎喰響の才能が恐ろしい。
冷静になって考えてみると、私は100年前の日本なんて知らないし、踊り子だって見たことがない。それなのに、それらについての小説をスラスラと書けてしまう。
知らなければ、書けないのでは?想像で補っているのか?
もしかしたら、鮎喰響が書けると思う小説なら、どんなものでも書けてしまうのか?
知りたい。もっと自分のことを、鮎喰響のことを知りたい。幸いインスピレーションは次から次へと湧いてくる。
さあ、小説を書こうじゃないか。
「鮎喰さん」
「どうしたの?夜凪さん」
「響ちゃんって呼んでいい?」
「いいけど、どうしたの急に」
「その…私たちって友達…よね?」
「私はそのつもりだったけど?」
「そうよね!私たち友達よね!」
「だから名前で呼びたいと?」
「ダメ…かしら」
「全然平気だよ。じゃあ、私も景ちゃんって呼んでいい?」
「もちろん!」
迸るインスピレーションの赴くままに作品を作り、夜凪さんに読ませていたある日、そんな会話をした。友達か…、なんか嬉しい。
友達のためと思えばより一層気合が入るというものだ!色んな話を書いて彼女を楽しませたい。もちろん、私の身勝手な罪滅ぼしもあるけど。
重ねた月日の分だけ作品数が増え、景ちゃんと私の仲はさらに良好になった。そんな冬休みのとある日。彼女の家へ遊びに行った私は、彼女と夢について話し合った。
彼女は役者を目指すのだそうだ。良い夢だと思う。彼女の演技は凄い。目の前という特等席で見せてもらった彼女の演技は、一瞬で私の心を奪った。
そして、私に夢が出来た。彼女に『私』の小説を演じてほしい。彼女の演技をもっと見たい。
決心がついた。小説を投稿しよう。彼女に演じてもらうには、私の小説が有名にならなきゃ話にならない。
元々『鮎喰響』は芥川賞と直木賞にダブルノミネートされる人だ。ちなみに、その時の作品がお伽の庭。景ちゃんに最初に読ませた作品だ。今は景ちゃんの手元にあるがデータは残っているので問題ない。
流石に文芸誌には投稿しない。『鮎喰響』はそのせいで日常が一変してしまったから。私が同じことをしたら景ちゃんに迷惑が掛かってしまう。私の都合で彼女を困らせるわけにはいかない。
景ちゃんと友達になり、夢を語り合い、小説投稿サイトに小説を投稿しだしてからそれなりに時間が経過し、進級の時を迎えた。景ちゃんとまた同じクラスになれると良いのだが。
結果から言うと、私の不安は杞憂に終わった。今年も彼女と同じクラスになれたことをとてもうれしく思う。席も近いし言うことなしだ。さて、クラスが変わるということは新しいグループが出来るということでもある。果たして景ちゃんは新しいクラスになじめるだろうか。1年の頃は不愛想な彼女のことを高嶺の花と好意的に解釈してくれる人が多かった。しかし、今回もそうなるとは限らない。できるだけフォローしよう。
と気合を入れたそばから景ちゃんがクラスメイトに話しかけられている。カラオケに誘われたらしい。景ちゃんの反応は…バッサリいったぁ!好感度が削れる音が幻聴になって聴こえてきそう。クラスメイトちゃんもショックを受けた顔してるし、助け舟を出そう。うん、友達だしね。
「あー、ごめんね。景ちゃんも悪気があったわけじゃないんだよ?ただ、その、曲のレパートリーが少なくてね。それに、バイトとかもやってるからさ」
「え?ああ、そう…なんだ」
「あ、私、鮎喰響。あなたは?」
「あたしは朝陽ひな。よろしくね」
「うん、こちらこそ。今日は誘ってくれてありがとね」
それから、ひなさんはカラオケグループの方へ合流しにいった。1年の頃仲の良かった人達と離れ離れになったそうだが、彼女ならすぐに他の人となじめるだろう。
「えーと、そろそろ帰る?景ちゃん」
「ええ、今日はスーパーで特売があるの。手伝ってくれる?」
「うん。その代わり、おいしいごはんをご馳走してね」
「もちろん。響ちゃんが来るならルイとレイも喜ぶわ」
今夜はカレーでした、美味しかったです。
連載しているのに短編のままなのは、何処で終わっても良い風に書いているからです
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2人目の小説家
鮎喰響の小説は夜凪景にとって劇薬であった。
現実逃避の手段として最適なそれは、彼女にかつてないほどの現実味を感じさせる。画面という確かな壁によって隔てられる映画では得られない没入感がそれを増長させ、現実と虚構の境界を曖昧にさせる。
夜凪景の父親が全ての小説を持って行ったから。わざわざ小説を買うほど金に余裕がなかったから。自ら進んで小説を読もうとするほど小説に良い印象を抱いていなかったから。自分と小説の相性がどれほど良かったのか彼女は今まで知らなかった。
鮎喰響を友達と認識したことは必然であった。彼女を楔としなければ、作者を認識しなければ、戻ってこれなくなるかもしれないから。鮎喰響は夜凪景を定義してくれる存在であり、果ての無い空想の世界へ自身を誘う存在でもあった。
本来の鮎喰響は3人称視点が基本だったが、今の彼女の小説は1人称視点で書かれている。それは『彼女』の作風であった。
ある時は魔法を使い人々を助ける魔法少女の話が書かれ、またある時は愛する人を失い復讐を誓う男の話が書かれた。時には善意の行動で人を傷つけてしまう人や、他者からの期待や信頼を顔色一つ変えずに踏みにじる悪人が描かれた。その一方で目的のために子供を利用するはずが情にほだされ、子供のために命を投げ出した犯罪者の物語や、ただ綺麗な花を好きな人に渡すだけという単純な話が書かれた。
彼女の人々を助けたいという彼女の純粋な願いが、男の怒りや悲しみが、ダイレクトに伝えられることが夜凪景に多大な影響を与えた。
他の人が読んでも夜凪景ほどの影響は受けないだろう。では、何故彼女だけがそれほどに影響を受けたのか。それは、鮎喰響の小説を読むことで夜凪景がメソッド演技を行っていたからである。
映画のように時間をかける必要はなく、読むというプロセス1つでメソッド演技を可能とさせる鮎喰響の小説は夜凪景にとって必需品となる。
小説を読むことで役に入り込み、鮎喰響に感想を伝えることで現実へ戻る。夜凪景という役者のあり方は鮎喰響によって決定づけられてしまった。
悲しむことも、野犬に立ち向かうことも、誰かを見殺しにすることも、友達の身代わりになることも、彼女の小説から学ぶことができた。自身の死を受け入れることさえ、彼女の小説で読んだことがあった。
しかし、夜凪景はそれを表現する術を知らなかった。自身を俯瞰する術を持たなかった。だからこそ作品を通して成長することが出来た。
時は流れ、彼女は王賀美陸と出会った。彼との力の差を感じた彼女は1週間の猶予を得て山へ向かうこととなった、鮎喰響を連れて。
―――――
山登りは苛酷だ。山へ登る前は、山頂へ行ったら本当にポテチが膨らむのか見てみようなんてことが言える余裕があったが、登り終えたときにはそんなことを言えるような余裕はなくなっていた。
事の始まりは私の友達、夜凪景だ。共演者と台本読みをしていた最中、キャラを混ぜようとして失敗したのだそうだ。
彼女は私の小説のファンであり、私の小説のキャラクターならほとんど演じられる。彼女曰く、そのキャラクターたちを彼女の中で混ぜ合わせることであらゆるキャラを演じているらしい。
最初は問題がなかったらしい。ただ、王賀美陸に対抗するには足りなかった。羅刹女を演じる上で欠かせなかったもの、それは超常の存在であるということ。人の上に立つ存在であること。そのために、彼女の演じることが出来る超常の存在の中で最も演じやすい魔法少女を混ぜようとしたらしい。
結果から言うと自爆したそうだ。魔法少女の自我が強すぎたため、羅刹女を上書きしてしまったらしい。孫悟空に対してかわいらしい呪文で魔法をかける魔法少女…生で見たかったな。怪我の功名というべきか、魔法少女の演技自体は王賀美陸のお眼鏡にかなったものであったらしく、羅刹女を同じように演じれるようになれという宿題を課せられたそうな。猶予は1週間。
その結果、何を血迷ったか私を連れて山へ登るという暴挙に出た。うーん、実際に山へ行って羅刹女のイメージを固めて、私の小説でそのイメージをより強固なものにするとかがそれっぽいかな?…いや、あれで割と天然が入っているのが景ちゃんだ。私を呼んだのは、友達とハイキングって素敵よね!みたいな考えかも。
そんなこんなで山頂へたどり着いた私たち。景ちゃんは制服で登山をしたにもかかわらず、元気いっぱいに叫んでいる。やまびこが2重に聞こえるほどの元気っぷり。役者ってすごいなぁ。でも、私はごはんってどういう意味…?
息を整えて景ちゃんに話しかけようとしたところ、後ろから声をかけられた。
「あの、今叫んだ人はもしかして夜凪景?」
「そうですね。えっと…あなたは?」
「ああ、私は山野上花子といいます」
「山野上花子って、ひょっとして羅刹女の作者の!あの花子さんですか!?」
「そうですが」
「お会い出来て光栄です!私、鮎喰響って言います!小説家やってます!あの、握手してもらっていいですか?」
「それはそれは。構いませんよ」
手を差し出しながら花子さんに近づいた私は、こちらに気づいた景ちゃんに話しかけられて、後ろを振り向いた瞬間
背中を押されて
山頂から
落ちた
ここで更新が止まったらすごい唐突なBADENDですよね。
個人的に小説家が地雷なのは夜凪景ではなく山野上花子だと思ってます。
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女3人、山中にて
side:hanako
小説家とは、ヒトデナシの職業だと私は思う。多かれ少なかれ頭のねじが外れている人間でなければ、人の心をたかが文章ごときで動かせるはずがない。
そして、面白い小説のためなら躊躇なく人に犠牲を強いるのだ。『あの人』のように。
直感した。夜凪景は私の同類だ。彼女もまた小説家に魅入られている。ああ、あんなにも幸せそうな笑顔を浮かべて、自分が食い物にされるだなんて微塵も疑っていないあの表情。
ああ、腹が立つ
きっとこのままでは彼女は捨てられてしまう。でも、今ならまだ間に合う。今すぐこの悪魔を倒さなければ、悲劇は繰り返されてしまう。
自分の心の中に炎を感じる。この炎は義憤だ、夜凪景を助けなければ。この炎は怒りだ、私を捨てたあの人への。この炎は悲しみだ、あの日捨てられた私の。
でも、これはただの八つ当たりだ。心のどこかの冷静な部分がそう結論付けたとき、私は既に足を滑らせていた。
side:hibiki
死ぬかと思った。一瞬の浮遊感と眼前に近づいていく岩肌はもう2度と考えたくないほどだ。景ちゃんがなんとか私の足を掴んでくれなかったら、私は文字通り潰れたトマトになっていただろう。恐ろしい話だ。
せめてもの救いは、景ちゃんと違ってズボンをはいてきたからパンツが丸見えにならなかったこと…だろうか。
引き上げてくれた景ちゃんとその補助をしてくれた花子さんには頭が上がらないな。それに、結局握手しそびれちゃったし。
私は花子さんに感謝しているが、景ちゃんは違うらしい。どうやら私が山頂から落ちた直接の原因は花子さんに突き飛ばされたからだそうだ。
花子さんは私に近づいてきたときにうっかりこけただけだと思うのだが、景ちゃんには意図的なものに見えたのだろう。
鬼気迫る表情で花子さんの胸ぐらをつかんだ時はこちらがヒヤリとさせられた。そんな状況でにやける花子さんも普通じゃないとは思うけどね。やっぱり才能がある芸術家というのは頭のねじが外れているのだろうか?『鮎喰響』もそうだったし。小説を書けなくなった小説家は須らく自殺するものっていう考えは私には理解できませんねぇ!
私の仲裁でなんとか景ちゃんも矛を収めてくれたので、いよいよ特訓開始です。そうです、いろいろあってすっかり忘れていましたが、景ちゃんの特訓のために私たちは山を登ったのです。演出家にして羅刹女の著者たる花子さんに偶然にも出会うことが出来たし、色々為になる話が聞けそうだし、何とかなるでしょう!
と思った次の日、景ちゃんのサバイバルテクニックの高さに驚きながらも、そこそこ順調に特訓も進みはしましたが壁にぶつかりました。『羅刹女への理解』です。景ちゃんは今まで演じる役を理解することで演じてきたみたいで、羅刹女は理解が出来ないのだとか。今のままでは『羅刹女の格好をした夜凪景』でしかないそうで、絶対にどこかでほころびが生じるそうな。
という訳で、景ちゃんのご指名もありまして花子さん監修の下で羅刹女の前日譚を書くことになりました。
「景ちゃんとしては、何故牛魔王をそこまで愛することができるのか、彼女の怒りの根幹は何か、が知りたいんだよね?」
「ええ、別に原作でどうだったということが知りたいわけじゃないけど」
「共感したいだけ、なんでしょ?」
「さっすが響ちゃん。じゃあ、今回もよろしくね」
景ちゃんの依頼で小説を書くのはこれが初めてではない。初めての依頼はデスアイランドの時だったか。いや、あの時は電話越しに即興で考えた話を読んだだけだし違うかな?
まあ、人の為に小説を書くのは好きだ。不特定多数の誰かより、顔の知ってる人の方がやる気が出るってもんですよ。
さて、そんな訳ですから色々聞かせてくださいね、花子さん。
「牛魔王は憧れの人パターン、昔は情熱的だったパターン、許嫁パターンの3つを用意させていただきましたぁ!さあ、色々聞かせてください」
「依頼からそんなに時間はたっていないはずですが・・・」
景ちゃんの特訓の手伝いをしていた花子さんが驚いたように振り向いた。
「筆の速さには自信があるんですよ」
私が『鮎喰響』になる前からそれは変わらない。私の数少ない自慢だ。
「これでも小説家の端くれですから。さぁ、読んでみてください」
現役の小説家に小説を読んでもらえるなんて光栄だなぁ。
「あの、ちょっといいですか?」
「はい!なんでしょう?」
「えっと、これらの小説はあらかじめ用意していたとか、盗作とかではないんですよね?」
「そうですけど…?」
「本当に小説家なんですね」
あれ?私もしかして褒められてるのでは?ヤバい、めっちゃ嬉しい!
鮎喰響の才能で私TUEEEをやらせるのはもう少し先になります。早くTUEEEさせてあげたい。
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