ヴィラン&ピース (ラムレーズン)
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#0 服がヤニ臭くなるのはごめんなさい

 プロローグという名の説明回


「ッフ────……ねぇ、困るよ、ヒーローさん達……俺はこれが飯の種なんだからさぁ。毎回こうやって付き纏われちゃ飯代どころか煙草銭すら覚束なくなっちゃうよ。俺が生きる為だし、殺してるのは外道だけなわけじゃん? だからさぁ、次からはやめてよね」

 

 

 とある路地裏でのことだ。粘性のある液体に全身を絡めとられた男が1人と、その男を見下しながら煙草を吸う少女が1人。

 男はなんとか拘束から抜け出そうともがくが、動けば動くほど粘液が男を絡めとる。

 

 

(ヴィラン)め……! 人殺しが許されて良いものか……!」

「俺が許すんだよ、屑野郎が相手ならね。だからあなたは殺さないであげる」

 

 

 冷たく返した少女は、最後に煙草の煙を男の顔に吹き付ける。それだけで男はゲロを吐きながら地面に寝そべり、意識を失った。

 

 

「ま、服がヤニ臭くなるのはごめんなさいってことで」

 

 

 少女の名はシガレット。暗殺や用心棒を生業とする(ヴィラン)である。

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 換気扇の音が喧しいキッチンで、俺は何をするでもなく煙草を吸っていた。ファンに吸い込まれる紫煙を見送って、なんとなく手元の紙に目を落とす。

 

『巻上 煙』

 

 なんとなく気に入っていない本名だの、生年月日だのが書かれ、右上に顔写真が貼り付けられたその紙は俺自身の願書だ。雄英高等学校ヒーロー科、それがこの願書の提出先。

 俺はほんの少しの葛藤の後、ため息と共にそれを真っ二つに引き裂いてしまった。そのまま何度か重ねて裂き、最後にはグシャグシャと丸めてゴミ箱に突っ込む。

 どうせ天涯孤独の身だ。咎める親なんてどこにもいない。

 

 水滴のついたグラスを傾けながら、気まぐれに窓の外を覗く。通勤ラッシュの時間だ。それなりに都会に建つこのビルの高層階からなら、忙しない人々がよく見える。

 

 

 こうして見ると、人の"個性"とは乱雑なものだ。

 うさ耳生やしてる奴、デッカい尻尾引きずってる奴、全身に岩纏ってる巨人みたいな奴。上げ連ねればキリがないほどに個性豊かで、しかも普通に人間に見える奴だって何かしらの個性を持ってる。温度下げたりとか、腕伸びたりとか、そんなのだ。

 全く持って、華々しくて羨ましい限りだ。俺などこの年齢では戸籍にすら登録できない個性だと言うのに。

 

 なんとなく吐き出した煙で『Damn(ちくしょう)』と形を作る。その煙も5秒ほど揺らいだ後に換気扇に吸い込まれていった。

 

 今やこの社会で"個性"というのは大きなステータスとなっている。個性が強くて便利なら周りから羨ましがられるし、個性が弱い奴は疎まれる。個性を持たない奴なんて、言うまでもない。

 俺も13歳までは無個性として生きてきたのだからわかる。一般に子供の個性は早ければ幼児期、遅くても小学校低学年を抜けるころには発現する。しかし、俺の個性は中学一年生になっても現れることはなかった。

 

 

「まさか、空飛べない奴が差別される世界になるなんて、昔の人は思わなかったろうなぁ……」

 

 

 周りから見下されながら、諦めと共に日々を生きてきたある日のことだ。その頃仲良くしていた先輩に勧められ、人生で初めて煙草というものを吸った。促されるままに煙を肺まで入れて、吐き出した時に気づいたのだ。

 まるで煙が体の一部のように動くことに。

 

 "肺に入れたタバコの煙を操る"それが俺の個性だった。

 その時はなんだか、いっそ愉快で笑いが溢れてしまった。なるほど、それは気づかないわけだと思った。

 そして練習をしているうちに、吐き出した煙を異常に濃くしたり、体を煙に溶かして動いたり、カチカチに固めてみたり、ネトネトでブヨブヨの塊に変えたりできるようになった。

 我ながら悪い個性ではないと思う。カチカチになった煙は、厚さ1cm程度でもフルスイングのスレッジハンマーで傷一つ付かなかったし、塊の方は一度人を絡めとればどんな怪力の個性でもその場に貼り付けられる。

 

 

 

 そして個性の影響なのか、俺は煙草が大好きで、同時にこの個性も好きだった。だからこの個性を仕事にしたいと思ったが、それは不可能な話だ。

 

 個性を生かしてできる仕事といえば、ヒーローの他にない。個性を無断で使用し、犯罪に走る者を取り締まる仕事だ。この仕事に就くためには高校でヒーロー科課程を修め、プロライセンスを取る必要がある。しかし、ヒーローを育成する学校が公に未成年喫煙を認めるわけがない。20を過ぎてから通えるヒーロー学校がない現状、俺がヒーローになる術はないのだ。

 

 ならば他に個性を使って金を稼げる仕事がないか、と考えた結果行き着いたのが……(ヴィラン)だ。これは先ほど言った個性を使用した犯罪を犯した者の呼び名で、当然ヒーローや警察に追われ、捕まれば法的な裁きを受ける。仕事と言えるから微妙なところだが、まあ金を稼ぐ以上仕事で問題ないんじゃないかな。

 

 

 そうして俺はコツコツと、(ヴィラン)活動を始めた。犯罪にコツコツなんていうのはおかしな話だが、そんなに大きなことをする肝っ玉もなければ目立つことのリスクを考えられないほど馬鹿でもなかった。

 行き着いたやり方は、夜の街で悪い奴を探して、後をつけて、人気のないところで襲ってお財布を奪っていく方法。悪い奴って言っても指名手配犯を見つけるとかじゃなくて、ポイ捨てしてた奴とか酔った勢いでそこらの人に絡んでる奴とかだ。正義とかじゃなくてただの因縁に近いだろう。

 

 

 そうやってカツアゲ行為を続けて半年程度の日だった。いつも通りに路地裏で悪人を気絶させて財布から金を抜き取っている時に、誰かが近づいてくる気配を感じた。隠れる余裕もなく、後ろから声をかけてきたそいつはこう言った。

 

『金を出すから用心棒をしてくれ』

 

 どうやら俺は相当噂になっていたらしい。謎の(ヴィラン)、シガレットというのが通り名だったそうだ。

 

 声をかけてきた男は最近この街に入ってきたマフィアで、今度の取引の時に相手を出し抜いて物品だけを回収し、後は高飛びの予定だと言った。その時に提示してきた金額が破格の50万円。俺は迷うことなくこの仕事を請けた。

 結果として、仕事は成功。先に取引現場に潜んでいた俺は依頼者の男の合図で取引相手を絡めとり、そのままマフィア達と一緒に現場をおさらばした。

 

 マフィア達は俺の個性が痛く(甚く。敢えて漢字にすれば)気に入ったようで、勧誘されたがこちらはお断りした。一つの組織に居続けるよりも依頼を受けて動いた方が儲かると判断したからだ。

 

 実際、その答えは正解だった。

 一度の仕事で何十万という金と怖い人たちとのコネが手に入る。闇の仕事をするならフリーランスだと後輩ができたら伝えてやろう。

 

 そんな日々を続けていたら、ついに殺しの仕事が入ってきた。

 依頼者はヤクザ組織の若頭。内容は敵対しているヤクザの組長の暗殺。報酬はなんと1000万。俺は葛藤の末にこの仕事を請けた。

 

 難しい仕事ではなかった。体を煙に溶け込ませて屋敷に侵入し、隙を見て組長の口と鼻の周りで煙を固めて窒息死させる。意外なほど簡単に処女を捨てた俺は、その日から暗殺と用心棒の二足の草鞋を履き始めた。

 

 

 次の一本を取り出し、火をつけようとした時にアラームがけたたましく鳴り響く。

 

 

「うひゃぁっ!? ……ああ、打ち合わせの時間だった……」

 

 

 煩いアラームを消して、黒いパーカーとカーゴパンツに着替えて街へ繰り出す。

 

 大通りを歩く制服を着た若者達とは逆へ、朝でも仄暗い路地裏へと歩を進めた。

 

 

 後悔はない。羨望もない。

 

 

 

 ここが、俺の住む世界なのだ。



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#1 全員馬鹿拗らして死んじまえよ

「はいはい久しぶりー、はいはいおはよー」

 

 僕の幼馴染、煙は卒業式の日に久しぶりに学校に姿を現した。

 確か前に来たのは三ヶ月以上前、ふらりと1日だけ姿を表して、周りの生徒に持て囃されながら適当に受け答えして、授業は全部居眠りした後煙のように帰ってしまった。

 一時期は巻上 煙死亡説だのが流れたけど、たまに姿を見かける生徒がいたから流石に否定された。そのかわり流れたのは巻上 煙ヤクザ説……なんでも、ファミレスで怖い人たちの一団に混ざって、和気藹々と食事をしていたところを見た生徒がいるらしい。まあこっちもすぐに聞かなくなったけれど。

 ただ、目の下のクマを見れば不健康な生活をしてるのはなんとなくわかった。

 

 ボーッとそんな光景を見ていると、こちらに気づいた煙がふらりと目の前に現れた。

 

「久しぶり出久クン。雄英、受かった?」

「えっ、あっ、うん!」

「へー凄え。ヒーローなれちゃうじゃん」

「うん……でも、まだなれるか不安で……」

 

 実際、無個性だった僕はある個性を手に入れて、最難関と言われる雄英のヒーロー科に合格した。

 その個性はワン・フォ-・オール。トップヒーローのオールマイトの個性だ。遥か昔から聖火のように受け継がれてきた個性。それが今代は僕に渡された。

 なのに、全く制御が出来なくて使うたびにボロボロになってしまう。実際、入学試験の実技もボロボロの死に体で通過したわけだし……

 

 急に不安になって俯いていると、急に頭を掴まれて視界を引き上げさせられた。冷たくて小さくて力強い、煙の手だ。

 彼女は灰色の瞳で僕を見つめながら口を開く。

 

「大事なのは信じて向かうことだよ、イズクくん。向かっていればいつか必ず着くものだろう?」

「……うん!」

「それでいい。努力しろよ少年。きっと、ヒーローになれば俺と会えるからさ……」

 

 ニヤッと力強く微笑んで、彼女は他の生徒のところへ行ってしまった。

 それにしても会えるってのはどういうことなんだろうか。ヒーローのサポート系の職業に就くってことだろうか? 

 なんとか聞き返す暇もなくチャイムが鳴って、体育館へ移動した。

 

 

 

 

 

 ♤♠︎♤

 

 

 

 

「そんでね、幼馴染が2人ヒーロー科に入ったの。向こうが順当にヒーローになって、俺が(ヴィラン)続けてたら会えるじゃん? その時めっちゃドラマチックな感じになるでしょ! ねえ聞いてんの治崎くん!!」

「巻上、聞いてるから黙れ……」

「えー! なにそれ! 治崎くん絶対女の子にモテないでしょ! はいどうてーい!」

「分解するぞお前」

「はい必死になるとこが童貞くさいー!」

 

 即座に体を煙にして治崎くんの個性の"分解"の方を避ける。これ気体になって避けないと言葉通り塵にされちゃうんだよね。とんでもない強個性持ちめ。羨ましい。

 

「ねえちょっと! こんな可愛い女の子バラバラにしようとかわけわかんないんですけど!?」

「可愛い……女の子……?」

「はいキョロキョロしなーい! あなたの目の前! 幸福の青い鳥は家にいるよー!」

「……ハッ」

「鼻で笑いやがった……許せねぇ……」

 

 さて、今俺はお得意様の死穢八斎會の若頭くんと仲良くお喋りしていた。依頼の報酬を受け取った後、図々しく屋敷に残って治崎くんを弄り倒しているのだ。事あるごとにバラバラにしようとしてくるけど俺の個性ならほぼ無効化だし問題ないね。

 

「そんでさー治崎くん。エリちゃんはどーなの?」

「悪くはない。最近は抵抗することも少なくなってきた」

 

 あくまでも無機質に返す治崎くん。情とかそういうのないタイプの人間だなぁ……

 

「まあ俺は正義なんてどうでもいいけどね。でも優秀な道具は使い潰すよりも綺麗に磨いて可愛がった方がいいのよ?」

「余計なお世話だ」

「あっはー! 非合理な奴だ! んじゃ、俺はそろそろ行くよ。またのご利用をー!」

「まあ待て」

 

 と、私を引き止める治崎くん。珍しいこともあるもんだ。

 

「なあにぃ? もうちょい美少女を堪能したくなった〜? いいよ〜?」

「抜かせ、顔も見たくない……仕事だよ。調子に乗ってる新参者の鼻っ柱を叩き折ってこい」

「へぇ……いいじゃない、俺に任せなよ。詳細を聞いても?」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「連合ねぇ……」

 

 (ヴィラン)連合なる耳に覚えのある連中が雄英高校を襲撃すると聞き、こうして俺も今馳せ参じた訳だ。と言っても、奴らに手を貸す訳じゃあない。ていうか一回誘いを断ってるし。

 我が麗しの依頼主(クライアント)は、舐めた真似をされると困るから鼻っ柱を折ってこいと仰せられた。なんでも、大量の襲撃メンバーの中に潜り込ませた密偵からの報告で、目的はオールマイトの殺害だとか。なんとも楽しみなことだ。

 

 

 煙になったまま上空から観察していると、なるほど流石は雄英の金の卵達! 災害救助訓練用のドームで校舎との連絡を封じられ、ワープ系の個性でバラバラにされ、多数の(ヴィラン)に襲われてもよく戦っているじゃないか! 船上(戦場?)にいる出久クンも悪くない! 

 と、思ったけれど、先生らしき男、確か抹消ヒーローイレイザーヘッドとか言う奴だ。そのイレイザーヘッドが脳剥き出しの怪物と戦い始めてからは様子が違う。どうやらアレが連合の切り札らしい。

 そして一先ずの王将と金角は体中にちょん切られた手をつけた男と、その隣の黒い霧の男。俺の勧誘の時にも見た奴らだ。確か名前は死柄木と黒霧だっけか? 

 

 

「そんじゃ、俺の出番かなって」

 

 

 丁度窮地らしい時に、怪物と先生の間に割って入り人型に戻る。

 両陣営が驚愕の目で俺を見つめる中、煙を固めて怪物の全身を包み込んでやる。

 

 

「チッ……お前もこっち側(ヴィラン)だろうが、何を邪魔しに来やがった」

「その個性! お前はシガレットか……どうして(ヴィラン)がこちらに助太刀をする?」

 

 

 ほぼ同時に発せられた死柄木と先生の言葉。

 依頼主の名前を出していいか聞いてないしどこまで説明するかなぁ。

 

「簡単な話、悪にも派閥がある訳よ。だからさぁ、(ヴィラン)連合、どこにも義理通してねえテメェらがデカい面して悪いことしてんじゃねえよ。調子乗ってるようだからわざわざ俺が殺しにきてやったんだぞ、感謝しながら死ねよ社会不適合者ども」

 

 こんなところで十分かな? 殺しはできればくらいのレベルだったけど、俺は勤勉な仕事人だから命も狙っておいてやろう。

 

「社会不適合者ァ? おいおい、同じ穴の狢の癖に、ムカつくこと言うんじゃねえよ。悲しくなっちまうだろ?」

「俺がお前らと同類なんて、死んでも認めねえよ。お前らの目指すのは転覆、俺が目指すのは平和(ピース)。簡単な話、悪い奴皆殺しでハッピー目指してんだわこっちは」

「じゃあまずはこれを殺してみるんだな! 脳無、こいつからやれ!」

 

 死柄木の指示で固めた煙に包まれた怪物が飛び出そうとするが、一向に出てくる気配はない。それもそうだ。どんな怪力であっても、力でコレを壊せる筈がないんだから。

 

「クソッ! なんで……!!」

「柔らかいってことはダイヤモンドよりも硬いってことなんだぜ、覚えておけよ新人。ついでに今の会話で、あいつがコレくらいの時間なら首締めで気絶はしないってこともわかった。その上口から煙を侵入させて臓器を探ってみてるんだが……こりゃ明らかに人の構造じゃねえよな。予想はつくがお前ら、アレをどうやって作った?」

 

 どうやら質問に答えるつもりはないようで、死柄木は煙の繭に手で触れようとする。

 

「クソ……クソッ! クソッ! 先生からこんなことは聞いてねえぞ! 早く出てこ───」

「馬鹿が。触らせる訳ねえだろうが」

 

 しかしその手を手首から地面に縫い止め、もう片方の手も体に縛り付けて拘束する。

 

「それの力でも剥がれないもんを態々触りにいくってことは、お前の個性でなんとかできるってことだろ? 無効化か、液状化か、あるいは崩壊とかか?」

 

 最後の一つで死柄木の表情が明らかに変わる。それはもう、手で目元を隠されててもわかるくらいには。こうしてみると初々しくて可愛いもんだなぁ。

 

「素人丸出しだぜお前ら。敵に晒す情報が多すぎる」

「クソ! ガキの癖にデカい口叩きやがって! 黒霧!」

「まあ聞いとけよ。その癖でこんな頭数揃えてんだから、新人なりに何かデカい後ろ盾があるんだろ? 俺が知る限り、今活動してる連中でお前らを雇いたがるような奴はいねぇ筈だ。そうなると昔は随分と目立ってて、しかし今は何かの理由で大人しくしてる奴。考えられる理由としては怪我や老いによる引退、後は投獄か? しかしお前みたいな馬鹿を先生って呼ばせて従えてるとこから考えると、弱くなってる奴じゃありえねえから投獄。その上今回の目的はオールマイトの殺害。アレはみんな邪魔に思ってるだろうが、『あわよくば死ね』じゃなくて『俺らが殺す』ってのは滅多にねえ、因縁でもあるんじゃねえかな? ほうら、俺みたいに頭のキレる奴だとこんなとこまで考えられちまうんだぜ?」

 

 余裕そうに高説を垂れてやったが、どうやら図星のようで。冷静そうに見えた黒霧の方にも動作から動揺の色が見えた。

 

「ってか、聞けって言ったのは俺なんだけどさ、ヒーロー(国家権力)がいる前でこの話させんの馬鹿じゃねえの? 全員馬鹿拗らして死んじまえよバーカ!」

「クッ! あなたには少し黙っていただきます!」

 

 ここまで言ってようやく動き始める黒霧。ワープ能力のある黒い霧を広げてくるが、煙をぶつけて吹き散らしてしまう。本当に、ここまでお粗末な連中だとは思わなかった。

 

「ほら、イレイザーヘッド。俺が今言ったこと覚えてる? 生きて帰らせてあげるから、その後は国家権力使ってちゃんと調べてくれよ?」

「わざわざ(ヴィラン)に教わらなくても、その程度のことはわかっていた!」

「あっそ、それくらい優秀なら、安心してあの馬鹿どもを任せられる。緑谷と爆豪って言うんだけどちゃんとやれてる? いい奴らなんだけど、オタクと不良の対極みたいな奴らだから心配なのよ。良くしてあげてね?」

「お前ッ……あいつらの……?」

「幼馴染!」

「よそ見している余裕があるのですか!」

「あるんだよ、強いから」

 

 

 再び襲いかかる霧を押し返し、効くかはわからないが拘束しようと試みた時、どっからか飛んできた出久クンが黒霧に殴りかかる。避けられてしまったが、随分な威力だ。拳圧だけでその辺の木を揺らし、周りの雑魚どもを吹き飛ばしてしまった。

 反動か何かで右腕がボロボロになった彼は、素直に称賛する俺に振り向きながら口を開く。

 

「煙! 君がどうしてここにいるんだ!? それにそのタバコは!?」

「えー? 実は俺がプロヒーローだからかなぁ? 後は……実は20歳でしたー、とか?」

「小さい頃から一緒だったのに何その薄っぺらい嘘!?」

「そうだぞおいクソ女ァ! 正直に答えやがれ!!」

「うっげぇ!? かっちゃんも来るのぉ? やめてよ、俺お前らに同時に詰められるのマジで苦手なんだよぉ……」

「うるせえ! どうでもいいから早くしろ!」

 

 かっちゃん、爆豪克己くんの個性は爆発。名前の通りに両の手の平を爆発させることができる。それを利用して吹っ飛んでくるかっちゃんだけど、その勢いのままに煙で包んで、そのまま転がしてやる。

 ついでに燃え切ったタバコを捨て、新しいのに火をつけておく。

 

「今のでわかったでしょ? こう言うことだよ」

「煙……まさか……」

「そのまさかー! 俺は巻上 煙、またの名をシガレット。天地に悪名轟かす、耳に聞こえし凶悪(ヴィラン)さ。戦ってみるかい? 君なら殺さないでやるよ」

 

 一気に驚愕とビビリの顔になる緑谷クンと、死柄木に霧をまとわせ始める黒霧。使い物にならないと判断されたのか、怪物は置いてけぼりだ。

 

「いいよお、今は逃してあげる。次会った時にまだその態度だったら殺すから」

「抜かせクソガキィ! お前だけは絶対に殺してやる!」

「楽しみにしてるよぉ〜」

 

 馬鹿どもが手も足も出ずに、残った尻尾すら巻いて逃げ出したんだから、依頼は完了かな? 

 全く楽な仕事だぜ! 

 

「んじゃ、出口あっちでしょ? イレイザーの目に映んないとこまで行って帰るから、送ってってよ」

「悪いけど……煙、今の君を逃すわけにはいかない」

 

 いつのまにか決意のこもった顔つきになり、俺を睨みつける緑谷くん。

 

「おいクソ女ァ! 絶対にぶっ殺してやるからなぁ!」

「良くわからないが……(ヴィラン)なんだろ?」

「ケロッ、助太刀するわよ」

 

 弱めの拘束から抜け出したかっちゃんに、紅白饅頭みたいなカラーリングの男子、カエルっぽい女子。他にも赤いツンツン髪とか、おっぽが生えてる奴とか、毒々しい肌色の奴とか盛りだくさん。

 しかも見るだけで個性を消すイレイザーヘッドがいるんだから、いざとなったら煙に溶けて退散は無理と来た。

 

 

「はぁ……マジかよ有精卵ども。覚悟あるじゃねえか……」

 

 

 毒づきながら煙を吐いた。

 第二ラウンドの開幕ってわけだ。



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#2 幸せでしょ?

 第二ラウンド開幕、まずは真後ろにいたイレイザーヘッドに殴りかかる。

 戦闘を見ていた限り、こいつが個性を消せるのは目で見ている間だけ。そして瞬きの頻度はそれなりに高い。

 ただまあ、こいつは俺の個性を消すことはできない。

 

 なぜなら、あの怪物を封じ込めているのが俺の個性だから。

 

 しかし怪物がいつまでも指示の通りに動くようにできているとしたら、最後に下された命令のままに俺を狙う筈だが、問題はその後にアレがどうなるのか。

 その場で止まるのか? 敵認定した奴を適当に襲い始めるのか? いざとなったらこいつは前者に賭けて俺の個性を消すかもしれない。

 

 

 

 だから、俺の方から個性を解除してやるわけだ。

 

 

 

「なッ!?」

 

 

 驚愕するイレイザーヘッドと、俺の方へ飛び出してくる怪物。

 差し詰め、命懸けのビックリ箱ってところか? 隙をついた俺は、パーカーを脱いで片手で掴みながらイレイザーヘッドへと駆け出す。下着になるが知ったことか。

 イレイザーヘッドは先程の戦闘でも使っていた特殊な布で俺を拘束しようとするが、怪我と動揺で精彩を欠いたそれを潜り、股下をスライディングで抜けると同時に腰元に組み付き、パーカーを両手で握る。

 

 私の目的は最初から彼を怪物と私で挟むこと。ここで彼に二択が生まれる。『怪物を見る』か『俺を見る』だ。

 怪物の怪力は体由来、つまり個性を消しても攻撃力は衰えないが、そんな一撃を見ずに避けるのはあまりにも危険。そして言うまでもなく、俺を見なければ個性で固められる。

 

 これは俺の持論だが、戦闘というのは『どれだけ相手に易のない択を押し付けるか』で優劣が決する。今の場合、どちらを選んだとしても致命的なデメリットが生じるのだ。

 

「クッ……!!」

 

 

 イレイザーヘッドはというと、即座に俺を見ながら避ける方を選択した。ヒョロヒョロに見えたがヒーローなりに鍛えてはいるようで、軽いとはいえ俺という重りを抱えつつも即座に横っ跳びで攻撃を避ける。

 

 ただ、残念ながらこっちの択はハズレだ。

 なんてことはない、俺が腰に組み付いている以上怪物の大振りを避けられる肌に大きい距離を跳んで動くなら、こちらの足が先に地面につき体幹を整えられる。腰のロックを外し、両手に握ったパーカーを持ち上げ、ジャンプで身長差を埋めて頭に巻きつける。そうして即座に煙で動きを封じる。空気が入るようにしてやった分有情ってもんだ。

 

 そしたら今度は怪物の番。っていっても、突っ込んでくるだけの馬鹿力だからすぐに滅茶苦茶に包んで地面に転がしてやる。

 さて、救援が来るまで遊んでいくとしようかな? 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

「さて、イレイザーヘッドは戦闘不能だ。先生不在と言うことで、俺が外部講師(ヴィラン)部門として代わりに教鞭を取ろう。まず、今の攻防を理解できた者はいるかな?」

 

 転がした怪物の上に立ち、僕たちの方を見る煙。

 皆彼女を捕まえるつもりでいたけど、先生が物の数秒でやられて萎縮してしまっている。

 黙りこくる僕らを見かねて、煙は紫煙を吐きながら口を開く。

 

 

「時間稼ぎのついでに戦闘のプロからの授業を受けられる絶好の機会だぞ。メガネの彼が走り出したのは見ていた。救援が来るまでに何人殺せるのか試したって俺は構わないんだ」

「……動揺を誘い、あの怪物とあなたの間に先生を挟むことで、あなたに隙を見せざるを得ない状況に誘導していましたわ」

「正解。君には200けむりんポイントをあげよう。では次、あの状況からイレイザーが勝つ方法はなんだったと思うかな? 2つ答えてみよう」

 

 

 時間稼ぎの為にも頭を回らせてみるが、思いつくのは『動揺をせずに捕縛をすること』のみだった。どう頑張っても二つ目は思い浮かばない。

 

「まどろっこしいことしてんじゃねぇぞ!!」

 

 堪忍袋の尾が切れ、飛び出したかっちゃん。爆発で飛んだ勢いのままに掴みかかるのかと思ったが、手を前にして爆発を起こして威力を殺し、慣性の法則で持ち上がる足で蹴りを放つ。

 しかし、それは顔色一つ変えずに吐いた煙を固めて防がれる。勢いを失ったかっちゃんが再び爆発を起こすよりも早く、四肢が固まった煙に覆われて地面へ落ちた。

 煙は怪人から降り、今度はかっちゃんを踏みつける。

 

「クソッ! てめぇ! 解けやコラァ!!」

「はい、1つ目の答えはこのように冷静に対処すること。あらゆる可能性を模索し、素早く俺を捕縛できれば、あの怪物を妨害が得意なメンバーで拘束しながら救援を待つことができた。君の氷とか、そっちの君の頭のソレ、セロハンテープを出す彼、重力を消す子が特に適任だ。そして二つ目……」

 

 言い終わる前に、煙の背後で拘束が解けた怪物が立ち拳を振り上げる。

 危ない、と声を出すよりも早くに再び拘束され、地面に寝かされる怪物。

 

「二つ目はこの通り、共倒れ狙い。今回は生徒の安全面を考慮して止めたけどね。腰に組み付いた俺を引き剥がすのは無理だから、掴みながら反転して一緒に攻撃を受けること。怪我の具合からして彼は死ぬか致命傷だろうけど、まあ俺を捕まえてるからみんなの勝ちって感じ」

「そんな……」

 

 誰もが言葉を失う思いだった。彼女が簡単に自滅を要求したことよりも、たった数秒の攻防にそこまで考えが巡らされていたことにだ。

 一体僕達と彼女の間にどれだけの壁があるのか。紛れもなく、彼女は戦闘のプロなのだ。

 それに比べて、僕はなんで不甲斐ないのか。手に入れた強個性に甘えて、彼女ほど深く考えることをしなかった。今だって、どれだけ頭を回しても彼女に勝つ方法が浮かばない! 

 

「俺が思うに、最近のヒーローというのには弱さが足りない。弱いからこそ策を巡らせて勝ちを拾うことができる。自分の必殺パターンを押し付けるだけでは勝てない相手もいるわけだ。まあ、かくいう俺も強個性だけどね」

 

 そこまで言い切ったところで音がした。

 背後で勢いよく扉が開く音だ。この音は間違いない、救援が到着した音だ。

 

 皆んなが振り向くと、そこには最強の姿があった。

 言うまでもない。トップヒーロー、オールマイトだ。

 

 

「みんな、もう安心してくれ! 私が来た!!」

 

 

 そして即座に煙の目の前に移動するオールマイト。

 

「君が今回の襲撃の犯人か?」

「どっちかっていうとそれを妨害しに来た側かなぁ?」

「そうか! まずは生徒たちの教育に悪いから服を着なさい!」

「この学校先生にミッドナイトとかいなかったっけ……? いや実は戦闘中にパーカー使っちゃってさ……」

 

 恐怖とかで完全に忘れてたけど確かに半裸だった!! 

 オールマイトはというと、取り敢えず着ていた黄色いスーツを彼女に被せていた。紳士的! 

 

「オールマイト! そいつ(ヴィラン)のシガレットです! 相澤先生がやられました!!」

「何! 君がそうなのか! ならば大人しく同行してもらうぞ!」

 

 オールマイトが彼女を掴むよりも早く、煙に溶けた彼女は逃げ出していた。拳圧で彼女を吹き飛ばそうとするオールマイトだが、彼女が横を抜ける方が早い。

 振り向いた先に僕達がいる以上、それほどの拳圧を放つパンチは打てなくなる。追いかけて打つにしても、煙に溶けて空気に混じった彼女を探し当てるのは困難極まる。

 

 

「チャイムが鳴ったし、授業もキリがいいから今日はここまで! 宿題は強くなっていること! お次の(ヴィラン)外部講師戦闘指導の時間をお楽しみにー!」

 

 

 どこからかそんな声が響いたのを最後に、煙の足取りは完全に掴めなくなった。

 最後の最後まで彼女の作戦勝ちで……まるで煙に巻かれたような思いだった。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「やったー! お仕事だいせいこー!! 報酬沢山! いやぁ、悪を滅して食うメシはうまいねー!!」

「おい待て、なんでうちで出前を取っているんだ」

「今回の襲撃で幼馴染から名前が割れてるから、戸籍もバレてると思うのよ。つまりちゃんとした手順を踏んで借りた俺の部屋はとっくに押さえられてる筈なわけ。だから安心してご飯を食べれる場所がここしかないんだよ」

「ヤクザの本拠地が安心か……」

 

 呆れた目でこっちを見ながらいう治崎クン。ヤクザの親玉の癖に何を言うのかこの男は。

 

「てなわけだから、早く非合法なやり方で俺の住処を提供してくれ。比較的住みやすくてコンビニ近いとこな? ここに住んでもいいけど、エリちゃん構いまくるよ? 外連れ出しまくるし愛を与えまくるよ? 例え摘み出されてもまた戻ってきて同じことするからね?」

「クソ、性質(タチ)の悪い……お前にエリを見せるべきじゃなかった……」

「治崎クンもまだまだ若いねー! 弱みは全部隠さなきゃ!」

「クソガキの癖に……1日待て、その条件で使えるところを見つけてやる」

「やったー!」

 

 待つべきものは従順な飼い主だよね! きっと俺に対しては気が回る治崎クンのことだから、家具一式も用意してくれることだろう! くれなかったらエリちゃんを可愛がってやる! 

 

「ああ、そうそう。エリちゃんから作ってるアレ、進捗はどうだ?」

「悪くない。既に実用は可能だ」

「そっかー! 実にいいことだ!」

「……アレの扱い方に反対の割には、前々から研究には賛成派だな」

 

 怪訝そうな面で聞いてくる治崎クン。

 俺と長年仕事やっててまだこんな簡単なこともわからないなんて、ちょっと失望だなぁ。

 決まってるじゃん。

 

 

「だって、道具は役に立った方が幸せでしょ?」



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