仮面ライダージオウ ~もののけプリンセス1480~ (コッコリリン)
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EX.00 胎動
この度、前作が完結してから新たな作品の構想練り練りして、ようやく形になってまいりました。とゆーわけで、連載していきます。
しかし、書いてて思いましたが、私タイムパラドックス系って難しいって感じました。ホントびっくり。とゆーわけで、作中でおかしいと思われたら遠慮なくそれでいて優しく教えてください。修正します。暴言混じりの指摘はもれなく私が泣きながら修正します。
前書きを長々するのもあれなのですが、今回は短め。本編は次回から。では皆さま、どうぞお読みくださいませませ~。
……スタジオジブリに怒られないかなぁ(恐怖)
深い、深い森の中。空は雲が覆いつくし、日の光も無く、さりとて日の光すら届かない程に、古の時代より生きてきた苔むした木々が密集している、人が踏み入れたことのない、もとい踏み入れられない秘境の地。さらにそこへ白い霧が立ち込め、ヴェールを纏うが如く木々を、世界を白く染める。
人が立ち入ることを許されない、大自然の聖域。仮に一歩でも足を踏み入れでもすれば、森は飢餓に飢えた怪物となり、人間は霧の中を彷徨い、挙句行き倒れ、森の養分となるだろう。
穢れを一切受け入れない、神秘の森。獣の楽園にして、人間にとって禁断の地。
しかし、その森には獣の姿が存在していなかった。鳥の囀すら聞こえない。
その理由は、
―――――メキメキメキ
木々を薙ぎ倒し、草花を踏み潰していく存在がいるからに他ならない。
霧の中を突き進む影。影が進めば木が根元から倒れていき、岩すらも砕け散る。森は悲鳴を上げ、大人しい動物たちは逃げ去っていく。
ただの巨大な獣が暴れている……というわけではない。
その影の全貌は、異様の一言だった。巨体全身を覆う、赤黒い触手。ぐじゅぐじゅと粘着質な音をならして蠢き灼熱を放つ触手に触れた木は、養分を吸い取られたかのように枯れ、踏まれた草も大きな円形を描いて朽ち、足跡として残る。
見るも悍ましい醜き者にして、全ての命に対する害となりし者。巨体を支える左右四本の触手で構成された長い足を進ませ、ただ前へ前へ、障害物となる木すら気にも留めず突き進むその真っ赤な目は、負の感情に満ちていた。
怒り、憎しみ、苦しみ、そして……痛み。理性など最早ない。感情に舵を取られた巨獣は、全てを踏み潰し穢し尽くし進んでいく。
だが、その足が唐突に止まった。
深い霧の中、木々しか見えなかった赤い目の視線の先に見える影。初めは輪郭のみしか見えなかったその姿が、やがて自ら巨獣へ向かって、ゆったりとした動作で歩み寄って来た。
それは、この森の中に相応しくない存在……人だった。
各所に金具の装飾が施されているのが特徴の光沢を放つ薄緑色のローブ。細身の身体をそのローブで包んだその者の顔立ちは、女性にも見えれば線の細い男のようにも見える中性的な顔立ち。黒い髪をショートボブと呼ばれる髪型で短く切りそろえられたその者は、風でローブと、右手のブレスレットに結び付けた羽根のような飾りを揺らしながら、誰しもが近寄ることを躊躇うような醜い巨獣へと近づいていく。
人であることを、その理性無き眼で認識した巨獣の身を支配していく感情。それは、激しい怒り、憎しみ。その者が“人である”ということを知った以上、膨大だった負の感情がさらに膨れ上がり、その身を覆う触手が蠢き、木々の騒めきのように総毛立つ。
そして、真っ直ぐその者へ向けて走り出す。ブレーキなんて物はない。ただただ目の前の人間を圧し潰さんと迫っていく。
もうじき、巨獣とその者はぶつかる……目と鼻の先まで近づいたその瞬間、
「ふっ!」
その者は右手を、巨獣へと翳す。
それだけ。たったそれだけで、巨獣の動きは止まった。
否、封じられた。巨獣の身体を走るのは、故障したテレビのように耳障りな音をたてるノイズ。後少しで目の前の人間を殺せるというのに、一歩もその先へ進めない。身体中に蠢く触手すら動きを止めている。殺意を滾らせた赤い目をその者へ向けることだけしかできず、そして理性のない本能のみが残された脳が驚愕にも似た動揺で揺れる。
「荒ぶる神よ。あなたの感情が、私にも伝わってくる」
動けない巨獣を前にして、女性のように高く、さりとて男性特有の低さも感じられる声で、恐れすらなくその者は語り掛ける。
「人間に対する怒り、憎しみ。身体を蝕む痛み、苦しみ……その気持ち、察して余りある」
目の前の巨獣に対し、その者は悲し気な顔になり、同情、哀れみの目で見つめる。
「……けれど、その力をただ闇雲に振り回すのは惜しい」
が、その表情が一転。口の端を吊り上げ、微笑む。
「あなたのその大きな感情……私が有効に活用させていただこう」
言って、懐から取り出したるは、懐中時計を模したかのような黒いデバイス。真ん中には文字盤も時針もない、時計の機関が露出しているそれを、巨獣の前に翳した。
「だから、覚えておきなさい」
慈しみが込められた声。だが巨獣にその言葉が伝わるかは定かではない。
「私こそが、あなたたちの体現者なのだと」
それでも、その者には関係がなかった。ただ手に持つデバイスが、禍々しい輝きを放ち出し、その光の中でずっと微笑んでいた。
その笑みの中に宿るは、慈愛か、或いは愉悦か……それとも、狂気か。笑顔の意味を誰も知ることのない森の中、霧による白い世界を紫の光が覆っていく。
まるで、この世の絶望が溢れ出していくかのように。
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EX.01 始動
い(本音)
あとオリジナルタイムジャッカー出ます。てかすでに前回出ました。言うの遅くなってサーセン!(誠意0)
「この本によれば、元普通の高校生『常盤ソウゴ』……彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた」
時計の針が進む音のみが響く暗い空間。過去か未来か、それとも現代か、いずれも定かではない空間。その中に一人佇むコートと長いマフラーを身に付けた青年が、大きな本を広げたまま、誰もいない暗闇へ向けて語りかける。本の表紙は腕時計の金具のような装飾が施され、そして大きく『逢魔降臨歴』と綴られている。
そして一頁、おもむろに捲る。
「彼は全ライダーの力を継承し、全てのライダーの集大成とも言えるグランドジオウの力を、魔王の力を手に入れた。グランドジオウは強大であり、彼の前に立ち塞がる者全てを蹴散らす程の力を持つ」
どこか誇らしげにも見える表情で語り続ける青年。しかし、次の頁を捲るとその顔が変わる。
「……しかし、ここで常盤ソウゴは予想だにしない事件に巻き込まれてしまう。グランドジオウの力を奪われた常盤ソウゴは仲間たちと共に時空間を移動するも、敵の妨害に遭う。一人はぐれた常盤ソウゴは、そこで一人の少年と出会うが……おっと」
パタン。本を閉じる。
「失礼。先まで読み過ぎました」
しれっと、涼しい顔を崩さずに言った。
「ところで、皆さんにとって“自然”とは一体なんでしょうか?」
本を閉じたまま、青年は再び語り掛ける。答えは返ってこない。それを承知の上でか、青年はゆったり歩きながら語るのをやめない。
「自然とは、皆さんの周りにある草木や水、風といった、身近な物か? 或いは人々を癒すためのパワースポットか? ……それとも、時として人に牙剥く人ならざる意思宿りし大きな存在か?」
ピタリと、その足を止める。そして再び暗闇へと向き直った。
「古来より、自然には意思が宿っていると言い伝えられています。無論、それは古代の人々が自然という存在を畏れ、敬っていたからこそ。しかしそれは、科学技術が発達した現代においては、所詮は伝説にすぎずに古い習わしとしか捉えられないでしょう……と言っても、それは飽く迄も現代に生きる人々から見ればの話」
そして、小さく笑う。
「古代から意思を持つ大いなる存在……人々はそれを、“神”と呼んでいたそうです」
一つ、区切りを入れる。その際、笑みはより深くなる。
「これより語られるのは、常盤ソウゴこと我が魔王が、そんな神と邂逅するお話……いや。伝説、と呼ぶべきか。この伝説が、我が魔王の大活躍を描いた物語として受け取るか、それとも荒唐無稽の作り話と受け取るか、はたまた我々人間に対する問題提起と受け取るか……それは、皆さん次第」
青年の含み笑いが最後、空間に木霊する。そして、
「ウォズ?」
暗闇の空間から一転。ウォズと呼ばれた青年の肩を叩く者の声により、場面は切り替わった。
ウォズが振り返れば、柄の入ったシャツにベージュのズボンという服装の、どこか人の良さそうな雰囲気を持つ短い茶髪の青年が一人。
「ん? 何かな、我が魔王?」
「いや、誰もいないのに何を語ってんのかなって思ってさ」
「なぁに、ちょっとした一人語りさ」
訝し気に問う我が魔王と呼ばれた青年に何事もないようにウォズはそう返した。ウォズが自らを我が魔王と呼び、性格もまた風変りな人物であることを知っている青年は、特に気にせずにウォズの言葉に疑問を抱かなかった。
「唐突に立ち止まったかと思えば、また意味不明なことを言っているのかお前は」
と、青年の横から呆れかえった口調でウォズに話しかける者がいた。赤いラインが入った黒いハーネスという出で立ちの黒髪の青年。冷徹にも見える雰囲気を醸し出す青年は腕を組み、ウォズを睨めつける。
「意味不明、とは心外だねゲイツ君。これも我が魔王の家臣としての仕事の一つだというのに」
「あ、そうだったの?」
「あっさり信じるなジオウ。戯言が仕事になるか」
「ひどい言い様だね……」
黒髪の青年こと明光院ゲイツが容赦なくウォズに毒を吐く。別に気を遣うような間柄ではないとはいえ、ウォズとしてはそこまでばっさり言わなくてもと思わなくもない。
「三人とも、立ち止まってどうしたの?」
三人のトリオとも取られそうな会話を聞いていなかった、羽衣のような白い服を纏った長く美しい黒髪を靡かせた美しい少女が訝しんだ様子で声をかける。どことなく月を彷彿とさせる神秘的な佇まいの彼女に声にいち早く反応したのは、魔王ともジオウとも呼ばれた青年。
「そうだった! ホラ、二人とも遊んでないで早く行くよ! ツクヨミも!」
「誰が遊んでるんだ誰が!」
「わ、我が魔王、あまり強く引っ張るとコケるコケる……!」
「ちょ、ソウゴ!?」
輝かんばかりの笑顔でゲイツとウォズの腕を引き、ハイテンションに足早に進んでいく青年。そのテンションについていけないゲイツとウォズはなすがままに引きずられて行き、少女ことツクヨミもまた青年に置いて行かれまいと駆ける。道行く人々は騒ぐ彼らを奇異の目で見ながらも通り過ぎて行った。
どこにでもいるような、普通の青年にしか見えない彼、常盤ソウゴ。その正体は、常人を遥かに凌ぐ戦士仮面ライダーにして、平成の時代を駆け抜けた全ライダーの力を継承し、魔王としてこの世に君臨する未来が待っているとされている者。
そんな彼は今、都会から遠く離れたとある町にて、仲間たちと共に石やコンクリート等で整備された山道を意気揚々と入って行く。山道の脇に置かれた縦長の看板には、大きくこう書かれていた。
『世界自然遺産“シシ神の森”展望台』
「うおおおおっ! すっげぇ!」
山岳から遠くを望む展望台。見晴らしのいい景色と境界を作るように立てられた鉄の柵から身を乗り出し、ソウゴは気分を高揚させながら柵の向こう側に広がる広大な森を目にする。視界一杯に広がる緑の大地。同じく隆起する山々もまた木々に覆われ、雲一つない空から降り注ぐ太陽の光を浴びた緑は、遠目からでもわかる程に煌めきを放っているのがわかる。ソウゴたちの頭上を鳥が飛び交い、そして森の向こうへと飛んで消えていく。森の中に巣があるのだろう。
まさに自然の宝庫と呼ぶに相応しい、命が溢れている森だった。都会ではお目にかかれない絶景中の絶景。ソウゴのみならず、展望台に訪れた人々全員が目を輝かせていた。
「本当、すごい景色ね」
「……ああ」
ソウゴよりも落ち着いてはいるが、ツクヨミとゲイツもまたこの絶景に見入っている。特にゲイツに至っては、広大な自然を前にして、いつもの仏頂面が緩くなっており、顔には出ずともソウゴ以上に感動しているようだった。
そもそも、ツクヨミとゲイツは荒廃した50年後の未来からやって来た未来人。これまで生きてきた中で、森というものを間近で見ることなど無かった二人にとって、この光景に感慨深い物を感じるのも一入だった。
「シシ神の森……近年、世界自然遺産に登録された、日本のアマゾン、或いは日本のガラパゴスとも評されている秘境の森」
三人の隣で森を眺めながら、ウォズが涼しい顔で解説を始める。
「過去に何人もの調査員が森を調べてきたが、一部独自の進化を遂げている動植物がいたり、あまりに入り組んでいるために調査が完全に行き届いていなかったりと、いまだ謎が多い、しかし生命の神秘に満ち溢れた森として有名だね。そのありのままの自然を維持するために、指定された場所以外の森の立ち入りは、固く禁じられている。破った者は重い罰金が課せられる」
「おぉぉ、ウォズよく知ってるね」
「フッ、私も我が魔王と同じく、歴史の知識に関しては多少の自信はあるからね」
淡々と語るウォズに称賛を送るソウゴ。自らをソウゴの家臣と称するウォズは、飽く迄も涼しい顔は崩さないまま、しかしどこか誇らしげだ。
「何を白々しい。ここに来るまでのパンフレットに書いてあっただろう」
「……ゲイツ君、そこは察して黙っていて欲しいところだったんだがね」
ジト目で言うゲイツに、ウォズは目を合わすことなくそう返す。若干顔が強張っている辺り、図星だった。
「いやぁでもホントにすごいなぁ……おじさんにも見せてあげたかったなぁ」
すごい以外の言葉が出てこない、一面に広がる森の景色を見て、今この場にいない彼の大叔父にして育ての親である常盤順一郎を思うソウゴ。きっと彼も気に入る筈だと思うと、やはり残念な気持ちが湧き上がる。
「仕方ない。彼には彼の仕事があるのだから。ならば、彼の分まで私たちが楽しむのが、彼に対する礼とも言えるだろうね」
「そうね。お土産、奮発してあげなきゃ」
そんなソウゴを慰めるようにウォズとツクヨミが言う。
彼らが今日ここにいる理由は、一重に順一郎のおかげであった。切っ掛けは、知り合いから譲り受けたという温泉旅行のペアチケット二枚を彼が持ってきたはいいものの、
『いやぁ、これ知り合いが都合が悪くなったって言って譲ってもらっちゃったんだけどさ、おじさん、修理の仕事が立て込んじゃってて。けど捨てるのも勿体ないし、ソウゴ君たち、おじさんの代わりに行って来てよ』
と言って、ソウゴたちに手渡してくれたため。そう言っていた彼の後ろには、依頼によって預けられた電子レンジや音楽プレーヤーといった様々な電化製品が積み上げられていた。その中で時計屋である彼の本業とも言える時計もあるにはあったが、どっちかというと他の電化製品の方の比率が多かったのは気のせいではなかった。
「……でも、森の名前になっているシシ神って何? パンフレットにもそういう存在がいたってだけしか書いてなかったし」
森を一しきり眺めていたツクヨミが視線をソウゴへ向け、そう質問する。
「ん~、俺もここに来るまで軽くネットで調べた程度で詳しく知ってるってわけじゃないんだけど」
ツクヨミの質問に答えるため、ソウゴも視線を森から彼女へと移した。
「ずっと昔、この森はシシ神によって守られてきて、多くの命を与えたり、奪ったりしてきたらしいよ。そうすることで、森の生命のバランスを取ってきたんだってさ。けど、自然破壊をやめない人間がシシ神を怒らせてしまったせいで、山は枯れて森の近くにあったタタラ場も滅んだんだってさ。で、一度は枯れて無くなった森を、タタラ場の生き残った人たちが心を入れ替えて再生するように尽力した結果が今の森らしいよ。当時はこの森よりももっと広かったって」
「へぇ……今でも十分広いのに」
この森も遥か太古の時代と比べると、ほんの一部分でしかないレベルらしい。ソウゴの説明を聞き、ツクヨミは想像もできないとばかりに感嘆にため息をついた。
「くだらん。そんな超常な存在がいるわけがない。大方、大火事か何かの災害を『シシ神が森を枯らした』という風にして定説にしたんだろう」
「もうゲイツ~。夢がないよそれぇ」
手すりに背中からもたれかかり、鼻を鳴らしてソウゴの解説に異を唱えて現実的なことを言うゲイツ。昔から戒めの意味を込めて、災害を不可思議な現象に置き換えるという話はあるにはあるが、ここに来てまでそういった思考を持つゲイツをソウゴが窘める。ツクヨミもまた呆れてゲイツを見やった。
が、ウォズのみが悪戯っぽく笑う。
「そうは言いつつ、本当は科学では説明できない話とかが苦手なだけなんじゃないかい、ゲイツ君?」
「はぁぁぁっ!? そんなわけがあるか!!」
ゲイツが大声で反論。周囲の人々も何事かと視線を送るが、ツクヨミが「すいません、すいません」と頭を下げて何でもないということをアピールすると、すぐに興味を無くして好奇の視線は消えていった。
「もう、ゲイツ! ムキになって大声出さないでよ」
「ムキになってなどない!」
「まぁまぁまぁ」
ムキになってるじゃないか、という言葉は飲み込んで、ソウゴがゲイツを落ち着かせた。
「それで話は戻すけど、シシ神については史料が少ないこともあって、今も謎が多いんだ。その見た目も色々あって、人の形だったり鹿みたいな姿だったり、或いは色んな動物が混ぜられたみたいな姿だったりで、これと言って決まってないみたいだ」
「さすが我が魔王。よく調べられている」
ソウゴの話にウォズが感激した面持ちで彼を称賛した。大体のソウゴの発言を肯定するウォズではあるが、ソウゴもそれで悪い気はしない。照れて「いやぁ、それほどでも」と言いながら頭を掻いた。
「……けど、何だかあれね」
再び森を眺めていたツクヨミが、ポツリと呟く。視線の先には、相も変わらずどこまでも広い緑の森。かつて一度は枯れてここまで再生し、今は人の手で管理されている大きな自然。
「過去でも未来でも、人間の業っていうのは変わらないのね……」
荒廃した50年後の未来から来た、ツクヨミから出て来る言葉。時空を移動する技術を持つ時代に生まれたからこそ、その言葉は実感が込められており、彼女の横顔はどことなく寂しげに見える。そんな彼女の言葉に返す言葉は、ゲイツとウォズにもない。
「……よし、決めた!」
が、一人決意を新たにソウゴが声を上げた。そしてグッと握りこぶしを作る。
「俺が王様になったら、無暗に自然破壊をするのを止めるようにしよう!」
「……またお前はそういうことを……」
力強く宣言したソウゴを、ゲイツは呆れて見やる。初めて会った頃はソウゴの壮大にしてバカげた考えを否定こそしていたが、そんな考えを大真面目に実現しようとするのがソウゴであるということを知った最近では、呆れこそすれども否定をすることが無くなった。
「いや、でもさ! 確かに人は昔から自然破壊とかしてきたけれど、自然を破壊しないで生きていけるのならそれに越したことはないでしょ?」
「ま、まぁ……それはそうかも、ね?」
至極真っ当なことを言っているようだが、聞くだけなら何とも中身のない発言だということに気付いたツクヨミは、曖昧に返答した。
「やはり、我が魔王は思慮深い。自然破壊からなる未来の悲劇にすら目を向けるとは」
「あ、ウォズはそう考えるんだ……」
対し、感心した面持ちでソウゴを持ち上げるウォズ。相変わらずソウゴ第一なウォズにツクヨミは呆れた視線を送った。
「……まぁ、やれるものならやってみればいいさ」
そして、誇大妄想とも取られかねないソウゴの語る未来を、ゲイツは何とも思っていないようにそっぽ向きつつ、されど否定せずにそう言った。
「お? 何なに? ゲイツ応援してくれんの?」
「何でそう受け取るんだお前は!!」
からかうソウゴに、ムキになった反論するゲイツ。将来の夢は王であると公言して憚らないソウゴと彼を取り巻く仲間たちは、広大な自然を前にしていつもの調子で騒がしく戯れる。
そんな様子を物陰から見る者がいるということには気付かないまま、彼らはそこで時を過ごした。
「それで? 次はどこへ行くつもりだ?」
展望台を後にし、現在ソウゴたちが訪れたのは、展望台へ続く道沿いにいくつもの店舗が連ねられた、所謂観光客向けの商店街。店舗の殆どは土産物を店先で売っており、その土地の名産を商品として置いている。人の従来も多く、下手をすれば逸れてしまいかねない程だ。
「次は、えっと……ここからだとシシ神の森博物館が近いかな」
ソウゴはシシ神の森を観光名所にした一帯の地図が載っているパンフレットを見ながら、次の行き先である施設の写真を指さした。
「ほらこの写真とか。シシ神と縁があった人の備品が展示されてるんだって! すごくない?」
言って、ソウゴはパンフレットのあるページをゲイツたちに見せる。紹介ページの写真には、ソウゴの言う人物が持っていたとされている、弓や蓑、そして歪な形の石ころといった備品が数点、軽い解説付きで載せられていた。
「へぇ……シシ神と縁があった人ってどんな人なのかしら?」
「それは行ってみないとわからないかな。何でもシシ神っていう存在を知らしめたのはこの人らしいよ」
「なら何故シシ神についてわからないことが多いんだ。そいつがシシ神を世に知らしめたのならば謎を解明している筈だろう」
「さぁ? そこも直接見なきゃわからないなぁ」
ゲイツの質問はもっともだったが、ソウゴとしてもそこの辺りは疑問だった。その人物がシシ神についての詳細を後世に伝えていれば、シシ神は世間に認知されてもっと有名になっていただろうに。
それとも、伝えられない理由でもあったのだろうか……そう考えている矢先、ある土産物店が視界に入る。その店先に並べられているある物に、ソウゴは興味を惹かれた。
「おぉ、何これすごい!」
好奇心に動かされるまま、ソウゴはその商品を手に取る。黒を基調にした、白い塗料で前面を塗って顔を、ピンク色の塗料で鋭い目を表現している独特なお面だった。夏祭りに出て来るプラスチック製のお面とは違い、こちらは木彫りのお面。プロの職人の手によるものだろう、頬や目元の凹凸といった緩急といった細かい箇所も描かれ、端整な顔立ちの人間をイメージしたであろう精巧に彫られたそれは、お面に興味がない人をも魅了するものがある。
「それは『戦士の仮面』だね。国から間引きの意味合いも含めて伐採を許可されているシシ神の森の木を使って作られた、この町の名産品らしい。普通のお面とは違った独特な色合い、技術から、コレクターの間で大変人気なんだとか」
ウォズがソウゴの後ろでパンフレットを読みながら説明する。ゲイツもお面を手に取るも、眉間に皺を寄せただけで元の位置に戻した。あまり関心が無かったらしい。
「へぇ……この辺りは昔は鉄が採れてたらしいけど、シシ神の森が一度無くなってからは鉄を採るのをやめて、枯れた木とか自然災害で倒れた木とかを使って資源以外に何か作れないか模索したのが始まりらしいんだ」
詳しいことは書かれてなくとも、さすが歴史的価値のある観光地なだけにパンフレットには軽い説明がなされている。ウォズの隣でツクヨミもお面の起源について読み上げた。
「しっかし、奇天烈な顔だな。一体誰をモチーフに作ったんだ?」
「何でも、この土地の大災害から人々を守るために戦った人物を模したとのことだが、どういった人物かまでは書かれていないな」
一般人的観点から見れば奇抜なデザインとしか映らないお面を見ながらゲイツが言うと、ウォズがパンフレットを眺めながら返した。
「ねぇ、これなんとなーく俺に似てない?」
淡々としたゲイツに向けて、ソウゴがお面を顔の前に持っていき、はしゃぎながら着ける素振りをする。色合い的にはソウゴが仮面ライダーに変身した姿に見えなくもないが、仮面の造形までは流石に似てはいなかった。
「色しか似てないだろうが。バカなこと言ってないで、さっさと目的の博物館とやらへ向かうぞ」
ソウゴからお面を取り上げ、店の前に置く。「ちぇーゲイツ相変わらずノリが悪ーい」と口を尖らせながら文句を言うソウゴだったが、それ以外は特に異論もなく店を後にしようとした。
「きゃーっ!?」
その途端、商店街に響き渡る女性の悲鳴。ソウゴたちを含め、道を歩いていた誰も彼もが立ち止まり、何事かと声の方へと振り返る。その瞬間、次々と悲鳴が上がっていった。
「ば、化け物だぁ!? 誰か助けてくれぇ!!」
「逃げろぉ!!」
化け物……その言葉を皮切りに、商店街はパニックに陥った。ソウゴたちがいる場所からはその姿を視認できず、最初こそ周りの人々も怪訝な顔をするだけだったが、向こう側から大勢の人が恐慌で染まった顔で我先にと逃げているのを見て、ただ事ではないと判断した人から順にその場から逃げ出していった。
そして、逃げ出すこともなくその場に留まる者たちがいた。
「化け物って!?」
「……アナザーライダーか?」
ソウゴたちには『化け物』というフレーズに心当たりがある。これまで幾度となく戦ってきた、仮面ライダーの“なり損ない”とも言うべき存在。時を操る集団『タイムジャッカー』により、従来の仮面ライダーの存在を奪うことで誕生する者たち。
「けど、仮面ライダーの力は我が魔王がすでに継承している筈だが?」
言って、ウォズがパンフレットを懐に仕舞いながら言う。仮面ライダーの力は、すでにソウゴが手に入れている以上、アナザーライダーが誕生することは無い……筈なのだが。
「ともかく、行こう! 相手が誰であれ、放っておけない!」
先ほどまでの緩やかな雰囲気は消え、そこにいるのはこれまで多くの戦いを経験してきた戦士たち。ソウゴ、ゲイツ、ウォズ、そしてツクヨミの四人は、人々が逃げる逆方向へ向かって走り出した。
悲鳴が聞こえた場所までは一分もかからず辿り着く。商店街のど真ん中、人々が悲鳴を上げながら逃げて行く中、ソウゴたちは騒ぎの原因を探そうとした……が、原因はすぐさま見つかった。
「あれは……!」
ソウゴの目に飛び込んで来た二つの存在……そいつらとは過去、ソウゴは戦ったことがあった。
一体、赤と青が半々という色合い。くすんだ体色に生え揃った牙、そして腰のレバーが付いたベルトのようなデバイスを装着した人型の怪物。
もう一体、逆立ったピンク色の髪と後ろに靡くコードのような髪。毒々しいピンク色を基調としたスーツを纏った、醜い怪人。
赤と青の怪人の右胸には英語で『BULD』と綴られ、ピンクの怪人の胸のプロテクターには『EX-AID』と綴られているそれらは、ソウゴたちにとっては因縁深いと言っても過言ではない存在……仮面ライダーならざる者、『アナザーライダー』だった。
「アナザービルドに、アナザーエグゼイド!?」
「どういうことだ? 奴らの元となっているライダーのウォッチは、すでにジオウが継承している筈だ」
仮面ライダーの力そのものが封じ込められている『ライドウォッチ』。彼らの元の仮面ライダーである『仮面ライダービルド』と『仮面ライダーエグゼイド』のウォッチは、すでにソウゴが手にしている。そのため、すでに二つの仮面ライダーは存在していない。にも関わらず、目の前にいない筈のアナザーライダーが存在している。
「……またアナザージオウⅡの仕業、の可能性もあるね」
例外として、アナザーライダーを召喚、使役する力を持つアナザーライダーがいたことを思い出すウォズ。その間も、目の前のアナザーライダーを観察する。
そして、違和感に気付いた。
「考えるのは後だ! 行くぞ、ゲイツ! ウォズ!」
「ああ!」
ソウゴとゲイツは手荷物からいつも携帯している物を取り出す。それはパールホワイトの大きなデジタル腕時計のようにも見える、二人にとっては戦うために必須の武器。仮面ライダーへと変身するためのベルト『ジクウドライバー』を、二人は使用しようとした。
「待て」
が、それに待ったをかけるウォズ。咄嗟のことで一瞬硬直した二人は、訝し気にウォズを見やった。
「……様子がおかしい」
対し、ウォズは眉を上げて怪訝な顔をアナザーライダーへと向ける。そのアナザーライダーはというと、
『オ、オォォオォ……』
『ウゥゥゥ……』
両手を突き出す形で、覚束ない足取りのままこちらへとゾンビめいて向かってきてはいる……が、一歩一歩足を踏み出すごとに、彼らの身体の表皮が剥がれ落ちて行くのが見て取れた。それと連動するかのように、アナザーライダーたちの苦悶に満ちた呻き声が弱々しくなっていくのがわかる。
「……何か、弱ってる……?」
哀れな程にボロボロになっていくアナザーライダーに、ソウゴがどうするべきか考えあぐね……そして、
『ァァァァァッ……』
ドサリ。重々しい音をたて、遂にアナザーライダー二体は地に伏せ力尽き、そしてボロボロになっていた身体が罅割れ、最終的には砂のように崩れていった。
後に残されたのは、くすんだ茶色のアナザーライダーだった二つの砂の山。何もせずとも消えてなくなってしまったアナザーライダーたちに対し、ソウゴたちはただ呆然と突っ立っているしかできなかった。
「消え、ちゃった……?」
「……一体全体、どうなっている?」
過去にない出来事に困惑し、ただそう呟くしかできないソウゴとゲイツ。身構えていたツクヨミもまたその場から動くことはできなかった。
そんな中で、一早く困惑から抜け出したウォズが砂の山へと歩み寄り、そして砂を手に取る。
「……これは」
見た目はただの砂だが、ウォズから見れば砂になってしまったというよりも、長い年月の間、雨風に晒されすぎてしまったが故に風化してしまい、最終的には形を保てなくなったかのようにも見えた。
「……アナザーライダーはアナザーライダーでも、どうやら私たちが過去に遭遇したアナザーライダーとはまた違った形で生み出されたようだね……それも五年やそこらではなく、相当昔に生み出されたもののようだ」
無論、どんな方法で生み出されたのかはまだわからない。だが何故アナザーライダーがこんな状態になっているのか。そして何故そんな状態になってまで動こうとしたのか……これまでにない出来事に、さすがのウォズも首を捻らざるをえなかった。
「相当昔って……何でそんな時にアナザーライダーが?」
「そこまでは私にもわからないよ。ただ、ここまでひどく劣化したアナザーライダーを見るのは、私も初めてだ」
ツクヨミの疑問を聞きながら、ウォズは立ち上がる。アナザーライダーとなると、まず間違いなくタイムジャッカーが関わってくる。しかし、これまでのタイムジャッカーの悪事と比べると、どうも勝手が違うように見えてならない。推測を建てようにも、まだ状況が完全に把握しきれていない現状では、何とも言えないのがもどかしいところだった。
「……とりあえず、戦わないで済んだことには変わりはないか」
拍子抜けとばかりにジクウドライバーを戻すゲイツ。だが、対照的にソウゴは険しい顔を戻すことなく、アナザーライダーだった砂の山を見つめている。
「ソウゴ? どうしたの?」
そんなソウゴに声をかけるツクヨミ。ソウゴは、砂の山から視線を外すことなくツクヨミに応えた。
「……確かに、アナザーライダーは消えたけど」
人が消えた商店街。今ここにいるのはソウゴたち、そして砂の山と脇目も振らずに逃げ出した観光客が捨てて行ったゴミや備品がそこかしこに散らばる道のど真ん中。
そこに吹く、一陣の風。暖かい季節だというのに、妙に肌寒さを感じさせる風が、ソウゴの直感を刺激した。
「なんか……まずい気がする……!」
唐突に現れ、そして消えた謎のアナザーライダー。無論、放置するつもりはソウゴたちにはない。だが、これまでとは違う事態というのもあるが、何か得体の知れない……これまでとは決定的に何かが違う、大きな事件が起きようとしている。ソウゴはそう思えてならなかった。
「なるほど。その直感もまた王としての証、ということですか? オーマジオウ」
途端、声が響く。仲間たちの誰かの声ではない、聞き覚えのない声。落ち着きのある声がした時、条件反射で身構えながらソウゴたちは声の主の方へと振り返った。
店の影から悠々と歩み出てきた者がいた。細い身体に、薄緑色のローブ。右手に嵌められた羽根飾り付きのブレスレット。場違いなまでの服装をしたその人物は、ユラリとその中性的とも言える顔をソウゴへと向けてきた。
「あんたは……?」
警戒を怠る事なく、ソウゴが問う。目の前にいる人物は、明らかに観光客ではない。この状況にも関わらず落ち着き払った態度、羽根飾りの装飾を身に付け、挙句ソウゴのことを『オーマジオウ』と……遠い未来、最低最悪の魔王として轟かせているソウゴの名を呼んだ。それらから導き出される存在は、一つしかない。
「タイムジャッカー……?」
ツクヨミが人物の正体を言い当てる。ソウゴとは別の人物を王として据えようと考えている、時間を操る未来人たち。しかし、ソウゴたちが知るタイムジャッカーは三人。今相対している人物は、ソウゴたちからすればその三人のうちの誰でもない、見慣れない存在だった。
「新手のタイムジャッカーか……面倒なことになったね」
先ほどのアナザーライダーは恐らく、この者の仕業と見て間違いない……ウォズはそう確信する。同時、彼……或るいは彼女がどのような人物なのか。これまで敵対してきたタイムジャッカーとは違い、初めて相対する者の出方が掴めない。
当のタイムジャッカーは、切れ長の目をより細くし、虚無にも似た暗い瞳でじっとソウゴを見つめる。
「なるほど、平成ライダーの力を継承してきただけはある……
言って、ほくそ笑む。妖魅とも取れるその笑みは人を惑わし、堕落せしめる美しさを秘めているが、笑みの奥にある不気味な悪意を感じ取ったソウゴたちは、より一層警戒心を強く抱く。
「貴様……ジオウが狙いか」
タイムジャッカーの発言から、ゲイツが相手の狙いがソウゴであることを察する。再びジクウドライバーを手に取るべく手を動かそうとした。
それよりもタイムジャッカーが動く方が早い。
「ふっ!」
右手の羽根飾りを揺らしつつ、タイムジャッカーが手を振るう。その瞬間、時計の針が止まった時の音と共にソウゴたち四人の動きがテレビの一時停止のようにピタリと動きを止めた。
(しまっ……!)
タイムジャッカーの十八番である時間停止の力……それを先手を打たれて使用されてしまった。タイムジャッカーのことを知っていながら迂闊であったと、ソウゴたちは内心で歯噛みした。
「フフ……その通りです。そして……」
ノイズを走らせるソウゴたちへ向かって、ローブをはためかせながらゆったりとした足取りで接近してくるタイムジャッカー。顔も何も動かない中、懸命にもがくソウゴたちを嘲笑い、そしてソウゴの目の前で立ち止まる。
「その目的は……たった今、果たされる」
そう言って、ソウゴの胸板に手を当てる。瞬間、その手が眩い金色に輝きだす。それはすぐに消え、一歩後ろへと下がった。
「う、ぐぁ……!?」
それを合図に、時間停止の力が消えて自由になったソウゴたち。しかし、ソウゴは苦悶の表情を浮かべながら、前のめりに倒れ込んだ。
「ソウゴ!?」
「ジオウ!」
「我が魔王!?」
すぐさまゲイツたちがソウゴを助け起こす。それを見ながら、タイムジャッカーは含み笑いを上げた。
「これで……」
そして……いつの間にか手に持っていた
「また、私の悲願に一歩近づいた」
掌程の大きさの、金色の光沢を放つウォッチ。いくつもの小さな歯車の意匠がこらされ、その中央にはソウゴが変身した時の顔が描かれているそれを見て、ソウゴは慌てて懐を漁る。
「『グランドジオウライドウォッチ』が……!?」
グランドジオウライドウォッチ……それはソウゴが変身する中で一番強力、かつ魔王としての力が封じ込められている現段階で最強のウォッチ。平成ライダーの力そのものと言っても過言ではない大事なウォッチが今、タイムジャッカーの手の中にある。
それ即ち、平成ライダーの力を奪われたと言っても過言ではなかった。
「これさえ手に入れれば、もうこの時代には用はない」
ライドウォッチを懐に入れると、タイムジャッカーは嘲笑を浮かべる。と、頭上を影が突如として覆う。
「うわっ!?」
「くっ……!」
突然吹き荒ぶ風に、ソウゴたちの視界が塞がれる。顔を覆っていた腕をどかして、どうにか前方を確認すると、そこには漆黒の船を模した頭部と帆船の帆を両肩に生やした人型の巨大な物体。それをソウゴたちは知っている。
「『タイムマジーン』……!?」
時空間航行が可能な未来のマシン、つまるところタイムマシンのロボモードが現れ、そして主であるタイムジャッカーへと手を差し出す。恭しい臣下にも見えるタイムマジーンの手の上に乗ったタイムジャッカーは、胸部のコックピットハッチを開き、ソウゴたちへ振り返った。
「またお会いしましょう、オーマジオウ……いえ……常盤ソウゴ」
最後、微笑みを見せてから、タイムジャッカーはコックピットへ乗り込み、ハッチを閉めるや否や、ロボモードからビークルモードへ変形、帆船のような形となったタイムマジーンは高速で空へ飛び上がっていく。その先には、タイムマジーンの時空転移システムが作動したことで開いた時空間トンネルがあり、そこへ迷いなく飛び込んでいった。
「まずい、逃げられるぞ!」
ゲイツが慌て、タイムジャッカーが逃げ込んだトンネルを睨む。このままでは、ジオウの最強の力を奪われたまま、どこの時代へ逃げ込んだのかわからなくなってしまう。
「俺たちも追おう! 今からならまだ間に合う!」
「わかったわ!」
ソウゴもゲイツと同じことを考え、今すぐ追う選択肢を取る。ツクヨミも異論はない。
「まったく……せっかくの旅行が台無しだね」
声は冷静でいて、顔は忌々しいというのを隠そうともしないウォズがぼやく。タイムジャッカーを追うため、ソウゴたちは自身たちのタイムマジーンを呼び出す。
呼び出して十秒もしないうちに、白と赤のビークルモードのタイムマジーンが現れる。白はソウゴ専用機、赤はゲイツ専用機だ。それぞれにソウゴとツクヨミ、ゲイツとウォズが乗り込んだ。
「よし、行くよ皆!」
『ああ。奴の思い通りにはさせん』
操縦席に座り、左右の操縦桿のグリップを握るソウゴとゲイツ。それぞれの脇でツクヨミ、ウォズが揺れに備える。いつでも発進できる状態となった。
「時空転移システム、起動!」
コックピットの計器が作動、エンジン出力を全開にし、タイムマジーンの推進ユニットが起動した。そしてタイムジャッカーが逃げ込んだ時空間トンネルへと飛び込んでいく。
色鮮やかな光の道『ジェネレーションズウェイ』を亜高速で飛行する二体のタイムマジーン。ソウゴとゲイツは前方のモニターからタイムジャッカーが乗るマシンを探す……が、その姿は視認できない。
「いない……どこに行った!?」
「もう別の時間に逃げ込まれたのかしら……?」
焦燥感に駆られながらも賢明に探すソウゴ。隣、嫌な予測をたてて顔を青くするツクヨミ。これまでの経験では、平成ライダーが関わる事件に遭遇した際、その時代の仮面ライダーに会いに行けば、必然的にタイムジャッカーと遭遇する事ばかりだった。だが今回はそういう話ではなく、手がかりもない以上、逃げられたら足取りが掴めなくなってしまう。
『いや、まだ近くにいる……注意しろ』
諦める姿勢を見せないゲイツが、通信機越しに警戒を促す。眉間に皺を寄せて険しい顔をしたままモニターを睨むゲイツの横でウォズが疑問符を浮かべた。
『何でそんなことがわかるんだい?』
『勘だ』
「勘なの!?」
あっさりと言い切ったゲイツに、思わずツクヨミがツッコんだ。だがゲイツはいたって真面目に言う。
『いや……恐らく、俺の読みが当たっていれば奴はまだ近くに』
ゲイツが自分の予測を言いかけた、その時、
―――ドォンッ!
「うわぁっ!?」
「きゃぁ! な、何!?」
突然、ソウゴとツクヨミが大きな振動に驚き、体勢を崩す。上下左右に揺れるタイムマジーンに揺らされる中、ソウゴは懸命に操縦桿を握りしめる。
『ジオウ、上だ! 奴がお前たちの上に乗っている!!』
ゲイツが通信機の向こうで叫ぶ。ゲイツのモニターには、ソウゴのタイムマジーンの上でロボモードになってタイムジャッカーのタイムマジーンが馬乗りになっていた。どうやら気付かれないよう、二人のタイムマジーンの上を飛んで姿を眩ませていたようだった。
その間にも、タイムジャッカーのタイムマジーンが動く。大きな右拳を振り上げると、ソウゴのタイムマジーン目掛け勢いよく振り下ろす。殴られた箇所から火花が散り、搭乗しているソウゴとツクヨミに強い衝撃が再び襲い掛かる。
「く、そぉ! 離れろぉ!」
操縦桿を操り、何とかタイムジャッカーを振り払おうとする。それでも微動だにせず、今度は左拳による攻撃、その後は右拳と、絶え間ない連続攻撃がソウゴのタイムマジーンにダメージを与えて行く。
『クソ! 狙いが定まらん!』
ゲイツが援護しようとするも、上下左右に揺れ動くソウゴのタイムマジーンによって照準がブレる。下手をすれば、ソウゴとツクヨミを撃ち落としかねないと判断したゲイツは、攻撃したくとも攻撃ができないでいた。
そうこうしているうちに、前方が眩い光に覆われていく。その光が消えたかと思うと、真っ青な空がモニターに映し出された。タイムマジーンが時空間トンネルから抜け出し、その時代に辿り着いたようだった。
しかし、それでもタイムジャッカーは攻撃をやめない。嘲笑うかのように、さらに強い攻撃をソウゴたちへ食らわせた。
今までのものよりも強い衝撃。その際、タイムマジーンのコックピットハッチがひしゃげ、穴が開いた。そしてそれと同時、ソウゴも衝撃に耐え切れずに席から身体が離れてしまう。
それが、決定打となった。
「あ……」
気付けば、ソウゴはコックピット内を浮き上がっていた。妙な浮遊感の中、ソウゴの身体は穴へと吸い込まれるように投げ出され、
「うわぁぁっ!?」
ソウゴは、タイムマジーンの身体から飛び出していった。
「ソウゴぉぉぉ!!」
ツクヨミが悲鳴にも似た叫びを上げ、手を伸ばす。無情にもその手はソウゴに届かず、宙を舞うように落ちて行くソウゴをただ見ているしかできない。
ソウゴの視界は次々と変わっていく。離れて行くコックピット、そこで自身の名を呼びながら手を伸ばすツクヨミ。そしてタイムジャッカーのタイムマジーンに伸し掛かられたまま遠くへ飛んでいく自身のタイムマジーンとゲイツのタイムマジーン。
そして、上下が反転する。落下する先にはどこまでも広がる自然豊かな深緑の森……それを最後に、ソウゴの意識は途絶えたのだった。
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EX.02 変身
険しい山の道を抜け、森の中にある獣道を歩くこと半日。木々から漏れる日の光を浴びながら、その者はただ西へ西へと進んでいた。
道を歩くは大きな二本の角を生やしたアカシシ。強靭な身体に跨る者は、分厚い蓑と赤い頭巾に身を包んだ少年。背中に弓、腰に小刀を携え、顔を頭巾で覆っていてもそこから覗き見える凛々しい目つきは前を見据え続けている。
少年は相棒のアカシシに揺られながら、昨日の晩に思いを馳せる。ひょんなことから一時だけ行動を共にした、妙な僧。名をジコ坊と言うその男から、ここより遥か西の先にあると呼ばれる森の話を聞いた。
そこへ目指す理由は、少年の右腕。時折疼くその右腕を、少年は無意識のうちに擦る。
彼が生まれ育ち、共に生きて来た人々が住まう村から離れる切欠となった因縁ある右腕。大事な人間を守るためとはいえ、彼は禁忌に手を染め、結果呪いをもらってしまい、そして皆に惜しまれながらも村を出て行く羽目となってしまったこの呪われた右腕。彼は自らがした行いに悔いはない。だがこのままでは、少年の身体は呪いに蝕まれ、やがて死ぬ……それをただ何もせずに黙ってみていられるほど、少年は自分の命に無頓着ではない。
そこで、男から聞いた西にある広大な森に呪いを解く手がかりがあるやもしれないと知り、少年は男と別れ先へ進む。元より呪いの原因が西にあると聞いて目指していたのだ。少年の旅に目的地は然程変わらない。
道へ道へ……アカシシの揺れを身体で感じながら、少年は進み続けていた。
「―――っ」
だがその歩みは唐突に止まる。少年が止めたのではない、アカシシが小さな耳をピンと立て、立ち止まったのだ。
「どうした、ヤックル」
突然歩みを止めたヤックルという名の相棒のアカシシに、何事かと問う少年。ヤックルは首を動かし、周囲を見回す。そうして、ある一点へと顔を向けた。
少年もその視線の先を見る。耳に聞こえるのは、森の中に住まう鳥と獣の鳴き声。姿は見えずとも、ここには多くの命が住んでいるとわかる程に声が響く。しかし、森にいるのであればそれらの声など特段おかしいとは思わない。
背の高い木々が視界一杯に広がる光景。その先をヤックルはじっと見つめ、少年もまた見つめる。相棒が何もないのに、急に立ち止まる訳がない。何かがあると、少年は確信している。
そして、ふと気付く。
(……森が……いや、空が騒がしい?)
獣の声、木々が風で揺れる音……そこに混じって、何かが遠く離れて行く音が微かに聞こえた。
聞き慣れない音だ。鳥の翼とも違う、妙な音。空を見上げようにも、木の葉によって空は遮られ、正体を知ることはできない。そしてその音が聞こえなくなると、今度は何かが幾つもの枝を折るような音が聞こえた。
自然に鳴る音ではない。それに気付き、気になった少年はヤックルから飛び降りて音の下へと歩き出す。念のため、小刀の柄に手をかけ、自衛できるようにしておく。
草むらを掻き分け、歩き進めることしばらくして、少年は目の前の光景に違和感を覚える。そこにあったのは、他の木々と変わらない太い幹に大きな木。しかし、そこから木の葉が舞い落ちているのが妙に気になった。
冬ならともかく、今の季節では自然に葉は落ちない……そう考え、少年は視線を上へと上げた。
「っ……!」
そうして、気付いた。木の枝に引っかかるようにしてぶら下がる影があることを。目を凝らして見れば、それは獣の姿ではない。服を着た人間の姿がそこにあった。
そして、その枝がミシミシと軋む音を鳴らし始めていることにも気付く。
「まずいっ!」
思わず少年は叫び、その人物の下へと駆ける。枝が人間の重さに耐え切れず、やがて枝が半ばでバキリという音と共に折れ曲がった。そうして、ぶら下がっていた人物は、重力に従い落下を始め……
「ぐぅ……!」
あわや地面に激突するかと思われた瞬間、落下地点へと滑り込む形で少年がその人物を受け止める形で衝撃を和らげることに成功した。
遅れて舞い散る木の葉。木の高さから見れば大怪我は必須、打ちどころが悪ければ死ぬ可能性すらあった。
ホッとするも束の間、少年は落ちて来た人物を草が生い茂る地面に寝かせた。
「おい! おい! しっかりしろ!」
なるだけ頭を揺らさないよう、その者へ呼びかける少年。その際、目の前の人物を観察する。
性別は男性。年若いが、少年よりは上の年齢に見える、青年とも呼べる顔立ち。しかしそれよりも、妙な身なりをしているのが気になった。茶色の髪に、麻とも違う材質な上に派手な色の服。足には下駄とも草鞋とも違う履物と、これまで見たことのない物ばかり。
どこから来たのだろうかと、少年が目の前の青年について考えていると、呻き声が少年の耳に入る。
「う……」
薄っすらと、青年が目を開く。まだ意識が朦朧としているのか、完全に瞼を開くことができないでいるようだった。
「気が付いたか。私が見えるか?」
意識を取り戻した青年に安堵しつつ、少年は問う。最初、青年は霞む視界の中でどうにか少年の顔を収めることができた。
「ぁ……俺……」
「落ち着いてくれ……自分が何者か、わかるか?」
頭を強く打っているかもしれないと思った少年は、青年に自らのことを問うてみる。弱々しく開かれた口から、漏れ出るように言葉が出て来た。
「俺……は……」
ゆっくり、ゆっくりと、青年は意識が消えて行くのを感じる。それでも、最後の力を振り絞って、己の名を紡ぎ出す。
「常盤……ソウ、ゴ……」
そうして……力尽き、再び意識を闇へと落として行った。
「っ……!?」
力無く頭を下げた青年……常盤ソウゴと名乗った彼の息を、少年は確認する。やがて、ちゃんと息をしていることと、心臓の鼓動が聞こえることを知って、安堵した。
恐らく、身体に強い衝撃を受けたことによって気を失ったのだろう。顔や身体に切り傷が見受けられるが、見たところ大きな傷ではない。よく診なければわからないが、現段階では恐らく命に別状はないだろう。
(それにしても……)
だが、どうしても気になる。何故木の上に引っかかっていたのだろうか? 見上げれば、ソウゴと名乗った青年が引っかかっていた木の上の枝がいくつも折れている。これではまるで、空から落ちて来たかのようではないか。服装も一風変わってはいるが、どうも旅人の装備というには軽装すぎる。それが疑問に拍車をかける。
一体全体、彼は何者なのだろうか……そう考えていた少年だったが、今はこの青年の身を案じる方が先だ。少年は青年を軽々と背負い上げ、来た道を戻る。
その先で主の帰りを待っている相棒の背中に乗せ、どこか休めるところを探すために。
――――――
――――
――
どこまでも暗い空間。冷たさも、暑さすらも感じない。足元を見れば、水の波紋のように白い光が広がっていく。
自分は立っているのか、それとも浮いているのか。はたまた横になっているのか……何もかもが曖昧な感覚の中で気付く。これは夢だと。明晰夢というものだろうか? 呑気にそう考える余裕があることに、自分でも驚く。
何者の気配もない、自分一人だけの世界。夢の世界というには、拍子抜けする程に何も無さ過ぎる。念じれば何か現れたりしないだろうか?
そう考えていた矢先、後ろから気配を感じ取る。誰か来たのだろうか? そう思い、振り返ってみた。
そこにいたのは、人……などではなかった。
姿形は、鹿にも見える。しかし頭の角が数えきれない程に枝分かれしているそれは、鹿ともトナカイともつかない。それだけだ。顔や身体の色までは全貌はわからない。何故ならばソレは、金色に淡く光っていた。というよりも、光が形を成したかのよう。
自分の存在は曖昧だというのに、何故か目の前の存在ははっきりとした存在感を放っている。自分の夢なのに、どうしてだろう? そんなことを考えていた。
そうして、その光はゆっくりと近づいてくる。2m程離れていたソレは、徐々に徐々に、こちらへと歩み寄ってきて、やがて手の届く範囲にまで来て立ち止まった。
何も考えてなどいなかった。ただ身体が勝手に、まるで操られているかのように、そっと、手を持ち上げる。おもむろに光に手を伸ばし、そして、
フゴフゴという音が、耳元から聞こえて来た。
――
――――
―――――――
「……へ?」
そこで、常盤ソウゴは目を覚ました。視界は暗闇から土の天井へと切り替わり、身体には涼しい風が吹きつける。そしてふと顔を横へ向ければ、
「うぉぉっ!?」
頭に立派な角を生やした鹿? のような動物が、ソウゴの顔に鼻を押し付けんばかりに匂いを嗅いでいた。思わず驚き飛び起きるソウゴ。対し、鹿は特段驚いた素振りも見せずに、無垢な瞳をソウゴへ向けているだけだった。
そうして、害はないと知ったソウゴは、改めて周囲を見回す。土の天井、壁の至るところから木の根が生え、そこから一歩足を踏み出せば空から燦燦と日の光が降り注ぐ。ソウゴは自分が寝ていた場所が、土の地面に敷かれた薄い布の上だと気付いた。
「……あの人が、助けてくれたのか」
思い出せるのは、タイムジャッカーによってタイムマジーンから放り出され、宙へ投げ出された際の景色。その後、どうにか僅かばかりに意識を取り戻し、その時にソウゴを抱き起した頭巾で顔を隠した少年の顔……そしてそれを最後に、ソウゴの意識は再び眠りに落ちていった。
落下したというのに、身体は特に痛みはない。顔にあった切り傷も、少しヒリヒリする程度で大したものではない。奇跡的に五体満足で、今こうしていられる。
「……そういや、あの人がいないな」
見回して見ても、ソウゴと鹿以外、ここには誰もいない。立ち上がり、外へ出てみる。ソウゴが眠っていた場所は、一本の巨木の下に出来た洞のような場所のようだった。目の前に広がるのは広大な森。ソウゴが立っている場所は、少し小高い丘のような場所で、おあつらえ向きとも言えるような場所だった。
振り返れば、鹿がこちらの様子を伺うようにしてじっと見つめている。ふと気付いたが、鹿のすぐ傍には焚き火の跡が。そして頭巾や藁の蓑、弓と矢が入った矢筒が丁寧に置かれてあった。鹿も背中に鞍が括りつけられ、口元には手綱が備え付けられている。
頭巾には見覚えがある。恩人である少年の物だ。となると、この鹿は少年が跨っていたものだろうか。それにして、弓矢は見たところ本物のようで、ここが随分昔の時代なのだと伺い知ることができる。
そうして、ゲイツたちの安否が気になった。どことも知れない遥か過去、逸れた仲間たちは無事だろうかと。だが、今はそれもどうにもならない。仲間たちの無事を祈るしかできない中、ソウゴは鹿へと警戒心を抱かせないよう、ゆっくりと歩み寄る。
「えっと……お前のご主人? は、どこ行ったか知らない?」
言葉は返ってこないとはわかっているが、とりあえず何か動きがないかダメ元で聞いてみる。案の定、きょとんと首を捻るくらいの反応しか返ってこなかった。
途方に暮れるソウゴ。どうしたものかと考え……その瞬間、鹿がビクリと唐突に首を動かした。
「うぉ!? ど、どうしたの?」
いきなり別の反応を示されて驚くソウゴ。だが鹿は、じっとある一点を見つめる。その先を見ても、ソウゴにはわからない……が、唐突に鹿がまた別の動きを見せた。
「ちょ、ちょっと!? ちょっと待ってよ、ちょっとぉ!?」
突然、鹿が走り出す。逃げ出すつもりかと考え、咄嗟にソウゴは手を伸ばし、そして手綱を引っ掴むと、
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
鹿に引っ張られる形となり、ソウゴは悲鳴を上げて森の中へと飛び込んでいった。
少年は油断していた。怪我人を看護し、もう大事はないと思い、水を汲みに行くべく森の中の川へと一人で赴くことにした。距離もそこまで離れているわけでもなく、相棒のヤックルに青年の様子を見守るよう言い聞かせ、それでも念のために小刀を携帯して川へ。そうして目的の川に着き、必要な分の飲み水を汲み上げ、いざ戻ろうとし踵を返した。
その瞬間、殺気を感じ取った。咄嗟に屈むと、少年の頭上を鋭い音を立てて何かが飛んできて、スコンという音と共に止まる。見れば、すぐ傍の木の幹に一本の矢が突き刺さっていた。位置的に見て、少年の頭があった場所だ。判断が遅れれば、矢は脳を貫通し、少年の命を奪っただろう。
その矢の襲撃を合図に、周りの木々の影からいくつもの影が飛び出してくる。薄汚い服を身に纏い、手には上等とまではいかないにしても、人を殺傷するには十分すぎる程の刀や鉞、そして弓を手にした男たち。それが十数人。ニタニタと下卑た笑みを浮かべながら、少年を取り囲んだ。
「……何者か」
この状況、そして相手の身なり。それらから導き出される相手の正体を、少年は見破っていたが、それでも念のためと思い、男たちに問う。それに答えたのは、少年から一番近い距離にいる手に刀を持つ男。
「見てわかんねぇか? 俺たちゃ物盗りだよ」
物盗り、つまるところ野盗の連中。貧しさゆえか、それとも戦に敗れた兵士の末路か、経緯は定かではない。だが、現在進行形で少年はその物盗りの標的にされたのだと悟る。
「……見てわかる通り、私には価値のある物は身に付けていない。あなたたちが欲しい物などない」
殆どの荷物は、ヤックルと共に置いてきた。あるのはせいぜい、得物の小刀くらいだ。
「んなもん、お前が決めることじゃねぇよ。お前から身ぐるみ剥がしてから俺らが判断すんだ」
「まぁ……命は貰うのは確定だけどなぁ?」
相手から物を奪うのには、やはり動けない者から奪うのが確実……つまりは、そういうことだ。連中からすれば、少年は哀れな狩りの対象でしかないのだろう。
無論、少年とて黙ってやられるつもりはない。小刀を抜き放ち、抵抗の意思を見せる。
「お? やるってのかぁ?」
一対多。数からすれば、少年の圧倒的不利だ。それをわかっているからこそ、物盗りたちは嘲り笑う。しかも武器は小刀一本。何ができるというのか。
嘲りの中に、立ち込めて行く殺気……それを察した瞬間、少年は僅かに苦悶の表情を浮かべる。
(っ……また、右腕が……!)
その身に怒りを、殺意を宿した瞬間、蠢くように疼き始める呪いの右腕。やがて暴れ出すであろう右腕を抑え込もうと、少年は懸命に足掻く。
その時、意識が物盗りから外れた。
「死ねぇ!!」
「っ!」
刀を手に、先ほどまで受け答えしていた男が襲い掛かる。もはやなりふり構ってはいられない。覚悟を決め、少年は小刀を握りしめる。せめて相手の腕を切り、戦意を削ごうと振りかざそうとした。
「―――ぁぁぁああああああ!!」
しかし、それは中断される。
「うぉぉっ!?」
「いっでぇ!」
悲鳴と共に男と少年の間に割って入るように、草の間から飛び出してきた影。今度は人ではなく、四足の獣。立派な角を生やしたその存在を視認し、男は驚き刀を振り上げた勢いのまま尻もちをつき、少年は別の意味で驚愕する。
「ヤックル!?」
友にして旅の相棒であるアカシシのヤックル。主の危機を察し、少年を庇うようにして立つその姿は、どこか凛々しさをも感じさせる。
だがふと気付く。ヤックルと共に、別の人間の声が聞こえてこなかったか。ヤックルが少年と男たちの間に立ち塞がる時、何かが草むらの上に落ちた音もした気がするが。
「いててて……」
そんなことを考えていると、ヤックルを挟んだ向こう側で声がする。そうして、頭を擦りながら顔を顰めている青年が、身体に付いた草を手で払いながら立ち上がっていた。
「そなたは……」
その者には見覚えがある。というよりも、昨日少年が拾い上げ、傷の手当までした奇妙な青年。名は確か、常盤ソウゴと名乗ったか。彼もまた少年に気付き、振り向いた。
「あ、君は……」
「おいテメェ! いきなり何しやがる!?」
恩人との邂逅を果たせたソウゴに向けて、尻もちを着いていた男ががなり立てる。いきなり現れ、すっ転ばせた相手に対して羞恥と怒りを滲ませた男は、刀の切っ先をソウゴへ向けた。
「え? あ、ごめん……って、何か取り込み中……だった?」
物騒な身なりの男に気付き、ソウゴは改めてこの状況を確認する。武装した男たちと、対峙していた少年……それらから導き出されるこの状況は、十中八九男たちが少年に危害を加えようとしていた、という風にしか考えられなかった。
ただ、ソウゴに恐れはない。というよりも、まるで時代劇のワンシーンみたいだと、そんな場違いなまでに呑気なことを考えていた。
そんなソウゴの能天気とも取れる態度に、男たちは苛立ちを募らせる。バカにしているのかこいつは、と。だがソウゴの身に纏っている服を見て、目の色を変える。
「おい、こいつ変な恰好してるぞ」
「あぁ。ふざけた奴だが、こいつの荷物を奪っちまえば金になるかもしれねぇ」
標的を少年からソウゴへ変更した物盗りたちは、武器をソウゴへと向けた。切っ先鋭い得物を前にし、ソウゴは相手がこちらを殺す気でいることを察する。
「っ、いけない、すぐに逃げろ!」
ソウゴを庇うため、小刀を手に再び構えようとする少年。怪我人である彼に無茶はさせられない。そう思っての行動だった。
が、それをソウゴは遮る。自ら男たちの前に進み出て行った。
「ここは俺に任せて。アンタは俺の後ろに」
「何を……!」
バカなことを言うなと、ソウゴを窘めようとする。だが、僅かに振り向いたソウゴの表情には、恐れでも覚悟を決めた顔でもないものが浮かんでいた。
「だってさ」
それは……余裕の笑みだった。
「恩人の危機を黙って見ているのって、王様じゃないでしょ?」
言って、ソウゴは懐からある物を取り出す。それは、ソウゴがこれまで戦いに使われてきた、云わば武器。パールホワイトのカラーリングのソレが何かわからない少年は眉を上げた。
その間、ソウゴはソレこと『ジクウドライバー』を腰の前、丹田に当たる部分へと当てる。すると、ジクウドライバーの左側からベルトが射出、自動でソウゴの腰に巻き付く形で右側のバックルに挿入。瞬時に銀色のベルトが巻かれたことで、ジクウドライバーをいつでも使用可能な状態にした。
そして、ソウゴは再び男たちへ向き直り……右手に円形のある物を持ち、突き出した。
ある物こと『ライドウォッチ』には、ジオウのライダークレストと2019の年代の数字が描かれている。そして、ソウゴが親指でライドウォッチのカバー部分『ウェイクベゼル』を90°に回転。クレストと年代が消え、代わりに表れたのは、
≪ZI-O!≫
「は? じ、じおー?」
ソウゴの仮面ライダーの顔。そして上部の『ライドオンスターター』を押すと、ライダー名のサウンドが響くと共に、円形に顔のホログラムが浮かび上がる。
これが、“変身”の前段階。何をしているのかわからない男たちが戸惑っている間にも、ソウゴは進む。
ジクウドライバーの右側のスロット『D’9スロット』にライドウォッチを装填。すぐさまジクウドライバーの『ライドオンリューザー』を押し込むと、ジクウドライバーのロックが解除され、僅かに右に傾く。すると、
「な、なんだこりゃぁ!?」
男たちの戸惑いと困惑の声と共に、ソウゴの背後に半透明の巨大な時計のエフェクトが現れる。見るも奇怪な光景を前にし、声に出さずとも少年もまた驚愕し、思わず身構えた。
ジクウドライバーの中央ディスプレイ『ザイトウインドー』のデジタル盤に針時計が四つ回る映像が映し出され、背後の時計が針と共にゆっくりと反時計回りに動き出す。時計の針が動く音が鳴る中、ソウゴは肩幅にまで足を広げ、左手を右上へ突き出すように構えた。
これらは、ソウゴが戦士へ至るためのシークエンスであり、ある種の儀式めいた物。やがてソウゴが手首を回転させ、そして己の身を変える言葉を叫ぶ。
「変身!!」
スナップを効かせた左手で、ジクウドライバーそのものである『ジクウサーキュラー』を半時計回しに回転。背後の時計もまた、ジクウドライバーに連動して回転。長針と短針が、鐘の音と共に10時10分を指し示す。
≪RIDER TIME!!≫
そして時計に浮かび上がるマゼンタ色の“ラ”“イ”“ダ”“-”の文字。回転運動のエネルギーによって、ジクウドライバーの機能が動き出す!
≪
ソウゴの身体を中心に、腕時計のバンドのような輪が幾つも取り囲み、回りだす。背後の時計が消える直前、ライダーの文字が実体化し、前方へ飛び出す。やがて文字が小さくなりつつソウゴへと戻ってきた時、ソウゴを取り囲んでいたバンドの輪は砕け散るように消え……ソウゴの姿は、完全に別物へと変わっていた。
全体を黒のボディスーツに身を包み、身体の中心には腕時計のバンドを模した装飾、上半身には強靭なプロテクターを纏い、そして顔は10時10分を指し示した白い針時計をイメージした仮面。目の部分が黒い空白のように空いていたが、エフェクトから飛び出してきた文字が、顔へと吸い込まれていき、顔面へ装着される。
顔に張り付いた“ライダー”の文字。それが今のソウゴの目『インジケーションアイ』となり、変身シークエンスを完了させた。
「これは……」
姿を完全に変えたソウゴを前にして、少年は目の前の光景に、そしてその身から醸し出される覇気とも取れるオーラを前にし、ただただ息を呑む。
その者は、時の王者にして、やがては全てを凌駕する存在へと成り得る最強の存在……『仮面ライダージオウ』が、今ここに降臨した。
「な、なんだこいつ!? 見た目が、変わりやがった!?」
「もののけの類かぁ!?」
ド派手にして奇天烈。遥か未来の時代で作られた技術であることを知る由もない男たちから、驚愕、困惑、恐怖が入り混じった声が上がる。ソウゴ改めジオウは、そんな彼らを前にして悠然と進み出る。
「さぁ……行くよ!」
それが……戦闘開始の合図となった。
戦闘は次回なんDA☆
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EX.03 邂逅
「さぁ……行くよ!」
言って、マゼンタ色の装甲に覆われた頑強なグローブで握りこぶしを作るジオウ。その異様な風貌を前にしてたたらを踏んでいた物盗りの男たちは、相手がやる気だと見るやいなや、己を奮い立たせるようにして各々得物を構え直した。
「み、見せかけだ! 囲んでやっちまえ!」
一番手近にいた長刀を手にした男が、刃を振りかざしてジオウへ迫る。技というにはあまりにお粗末であり、隙だらけの大振りであるものの、相手を仕留めるためのその一撃は、素人ならば恐怖で動けずに呆気なくその刃にかかり、命を絶たれるだろう。
「ふっ!」
だが、相手は素人ではなく、ここに来るまで多くの戦いを経験した手練れ。しかも常人を遥かに凌ぐ力を備えた仮面ライダー。そんな直線状の攻撃など、身体を僅かにずらすだけで避けられる。続く男たちによる鉞や槍による攻撃すらも軽く避けるか、受け流すかで凌いでいった。
「この野郎!!」
ジオウの心臓目掛け、図体のでかい男が槍を持って突撃してくるも、ジオウは矛先をあっさりと掴み取る。まさか掴まれるとは思っていなかった男は、慌てて飛び退こうと槍を引こうとした。
が、無意味。パンチ力8.2tを誇るジオウの握力の前に、いかに屈強な男であろうとも抜け出せるわけもなく。顔を真っ赤にして槍を引き抜こうと足掻く男だったが、逆に軽くジオウが槍を手元に引き寄せると、
「うぉっ!?」
あっさり地から足が離れ、己がジオウの下へと吹っ飛ぶ羽目になった挙句、
「よっ」
軽い感じに横へ振り抜いたジオウの拳を頬に受けて顔が歪み、またも吹っ飛び、木の幹に叩きつけられる。加減しているとはいえど強力なジオウの拳と衝突に耐えられる筈もなく、意識を異次元へと飛ばした。
「うああああああっ!?」
物盗りの中では、一番の巨躯を誇っていた男があっさりと殴り飛ばされたことで恐慌状態になった男の一人が、背を向けたジオウへと刀を手に特攻してくる。やぶれかぶれ、という言葉の通りの、やけくその攻撃だった。
無論、ジオウとて簡単に切られるつもりはない。
≪ジカンギレード・ケン!≫
ジクウドライバーから声と共に光が照射されたかと思うと、“ケ”“ン”の文字が宙に浮かぶ。やがて時計が回るエフェクトが現れ、時計の針が重なると、エフェクトは消えて
「はぁっ!!」
そしてそれを、柄に備え付けられているトリガーを引きながら振り向き様に薙ぐ。狙うは、刀。弧を描く紫色の剣閃を叩きつけられた刀の刃は、呆気なく半ばで甲高い音を鳴らして折れた。
「……え? へぇ!?」
無残な姿となった己の得物を、素っ頓狂な声を上げながら信じられないとばかりに見る男。粗悪品と言えど、材質は鉄。それをあっさりと破壊した、木漏れ日を浴びて鋭い光を放つジオウの武器。
それは、時計の針の如く鋭利な鋼の刃を携えた一振りの黒い剣。刃の根に大きな文字で『ケン』と綴られたその剣は、『ジカンギレード』と呼ばれているジオウ愛用の武器である。その刀身に行き渡った高圧エネルギーによって共鳴振動を起こした刃にかかれば、普通の武器など、鉄くずどころか紙くずも同然。
「せい! おりゃあ!」
続けざまにジカンギレードを振るうジオウ。狙うは、鉞や槍といった男たちが手に持つ得物。いずれも例外なく、次々と半ばで切られて使用不可能にさせていった。素手となって尚も闇雲に掴みかかろうとした者に至っては、軽く蹴りや拳を入れることで失神へと追い込んでいく。
「こ、このっ!」
殺してはいなくとも、次々と仲間たちがやられていくのを離れた場所で見ていた弓を持つ男たちは、恐れ慄きながらも矢を放とうと弓の弦を引き絞る。狙うは、ジオウの頭部。いかに強くとも、頭を射抜きさえすればと、男たちは狙いを定めていく。
≪ジュウ!≫
しかしそれも、ジオウには通じない。ジカンギレードの刀身が折り畳まれると、綴られていた『ケン』の文字が変形、『ジュウ』へと変わり、同時にジカンギレードの形態も変化を遂げる。
ジカンギレードは遠近両用の武器。その形態を変えることで、剣から銃へ、銃から剣へと変えることが可能。そして銃へと変形させたジオウは、刃から銃口へと変化したジカンギレードの先端を男の一人へ……否、正確に言えば男たちが持つ弓へと向け、トリガーを引く。
炸裂音と共にマズルフラッシュが瞬き、エネルギーが弾丸となって音速の勢いで銃口から飛び出す。寸分違わず、銃弾は今まさに矢が放たれようとした弓を貫き、破壊。木っ端微塵に砕かれ、持ち主の男は驚愕、衝撃で尻もちをつく。さらに一、二、三回と、次々にトリガーが引かれる度に撃ちだされる銃弾によって、男たちの弓は弓から木の破片へと成り果てていった。
これにより、物盗りたち全員の武器は破壊された。
唖然とする男たち。鍛えられた身体などハリボテに過ぎないとばかりにあしらわれ、挙句強力な武器を前にして手も足も出ずに無力化されるなど、誰が予想できようか。
「い、いいいい石火矢……!?」
「これが、噂の……!?」
そしてそれ以上に、ジオウの武器から放たれた矢とも違う謎の攻撃。一瞬のうちに弓を破壊するその威力、もしそれが自分たちに牙を向くとなれば……。
「ねぇ?」
「ひぃぃっ!」
ジオウは、最初に刀で攻撃してきた男へ向けて声をかける。それこそ知人に声をかけるような気軽な感じの声だが、自分たちの命は目の前の異形が握っているとなると、どんな声も処刑執行人が死刑を告げる声と同じにしか聞こえない。相手が見せかけの存在ではないことを思い知った男は腰が抜けたせいでへたり込んでしまい、恐怖に顔を歪めてジオウを見上げた。
「俺としては、これ以上やり合う気はないから帰って欲しいんだけど……」
“ライダー”の瞳が光り、真っ直ぐ男を射抜く。ジオウとしては、武器もない、戦意もない相手にこれ以上戦う意味を見出せない。悪人ではあるが、アナザーライダーでもない相手を切り捨てるつもりも、ジオウにはない。
だがそれでも、
「どうする?」
相手に戦う意思があるのであれば、応じなければいけない。銃モードのジカンギレードを掲げ、男へ問いかけた。
対し、ジオウの脅しとも取れる無意識の行動を前にした男はというと、
「…………か、帰る。帰るから……み、見逃してくれぇぇぇぇぇ!!」
真っ向から歯向かう意思など、手にした刀ごと根本から叩き折られたため、従う以外の選択肢など無く。最早使い物にならない柄だけとなった刀を放り捨て、ジオウに背を向けて這う這うの体で逃げ出した。
他の男たちも同様。二度と使うことができなくなった武器を捨て、情けない声で助けを求めつつ、一部は気を失っている者を担いで、一目散に逃げていく。
弱者を標的にし、物品を奪って来た男たちは、ジオウという強者によって敗北、逃走していった。
「ふぅ」
脅威は去ったと見たジオウは、一息つきながらジクウドライバーのD’9スロットに手を当てる。そこに嵌め込まれているライドウォッチを引き抜くと、一拍置いてマゼンタの光が全身を包み、一瞬輝くとスーツと共に散って消えた。
後に残ったのは、先ほどと同じ服装のソウゴの姿。振り返れば、ソウゴにとって恩人と呼ぶべき少年が、鹿を背にし小刀を手にしたままこちらを見ている。凛々しく、理知的なその顔を僅かに強張らせてはいる。
「怪我はない?」
草を踏みしめながら、ソウゴが少年に歩み寄る。先ほどまで圧倒的な力を見せつけていた者とは思えないほど朗らかで、それでいて疲れ一つ見せないその立ち振る舞いは強者の余裕にも見える。
「あ……ああ」
どうにかそう返事をする少年。ソウゴはニッと、いつも通り人懐こい笑みを浮かべた。
「……」
しばし無言。得体の知れないソウゴを、見極めるために見つめる少年。しかし、ソウゴが純粋に少年を救おうとしていたという事実を改めて鑑みて、ソウゴがこちらに害を為すことはないと考えた少年は、やがて小刀を鞘に収めた。
「すまない、助けられたな」
そう何とか返す少年。ソウゴは笑みを崩すことなく返す。
「これである程度の恩は返すことはできた、かな?」
その言葉の意味を一瞬考えたが、ソウゴが怪我をしていたところを拾ったことに対する恩だと知る。ソウゴという人間が、人に対する恩を感じ、それを返すような人柄であることがわかると、いまだ張っていた肩の力が楽になるのを感じた。
「ああ……十分だ」
肩越しから、ヤックルが己の頬に鼻を押し付けてくるのを感じる。少年の身を案じて駆け付けて来てくれた相棒に、礼を込めて撫でて返した。
「ソウゴ、だったか。改めて、礼を言わせてくれ」
「助けられてよかった。えっと……」
少年はソウゴの意識が朦朧としている時に名乗られたためにソウゴの名を知ってはいるが、少年の名をソウゴは知らない。名乗っていないことに気付いた少年は、改まって己の名を告げる。
「名乗りが遅れてすまない……私は、アシタカという者だ」
時は遡り、場所はいずこかの深い森の中。周りの木々はいずれも太く、岩は苔むし、そして空気は澄んでいる。日の光が天高くまで聳える木の葉から漏れてスポットライトのように地を照らす、神秘的な雰囲気が漂う深い森の中。木々の間を縫うように、その者は走っていた。時に大きな木の根や岩を飛び越え、地形を物ともせずに進む。軽快に飛び回り、そして風を切って走る。
走る理由は一つ。いつもは静かで、人の手が入らない森の中が騒がしい。そして何より、その者の鼻が、説明のつかないような嗅ぎなれない臭いを捕えたためだ。ただの気のせいならばそれでいい。しかし奇妙な胸騒ぎが、その者の心をかき乱す。
その正体を知るため、臭いの下へとひた走る。そしてもうじきそこへと辿り着くというところ、何者かの話し声も聞こえて来た。
獣ではない……人の声。嗅ぎなれない臭いと共に、人間特有の臭いも感じ取れて来た。
この聖域に、人がいる……それだけで、乱れる心の中に怒りの炎が燃え上がるのを感じる。その手の得物を、力強く握りしめた。
話し声がする地点の近く、やや高台に位置する草の影に潜む。そして、臭いの正体、そして話している人間は何者かを、その目で確認した。
そこにあったのは、赤と白の巨大な何かと、異様な風貌の三人の人間の姿だった。
「ツクヨミ、タイムマジーンはどうだ?」
神秘の森の中では異様な存在としか言えない人ならざる巨体が二体。赤と白の巨体ことタイムマジーンは、ビークルモードで地面に伏せるようにして鎮座していた。赤のタイムマジーンは無傷、しかし白のタイムマジーンは至る箇所に傷や凹みが目立ち、特にコックピットハッチの大きな裂傷が被害の大きさを物語っていた。
「……詳しく見ないと何とも言えない状態だけれど、飛べるには飛べると思う……けど」
ツクヨミが乗っていたソウゴのタイムマジーンの状態を見ていたツクヨミが、額の汗を拭いながら立ち上がる。状態は思っていた以上には悪くはない、しかしそれでも、悲壮的な感情を隠せないでいた。その理由は、
「我が魔王……一体、いずこへ……」
主君ことソウゴが、タイムマジーンから投げ出されたが故のもの。そしてその悲壮感はツクヨミとは比べ物にならない程に発しているウォズはというと、タイムマジーンのすぐ近くの木の根に「あ、あの人すごい落ち込んでる」と誰から見ても指さして言われそうな感じで座り込んでいた。
「ごめんなさい、私がソウゴの手を掴めなかったばっかりに……」
「いや、あの状況ではどうにもならん。ツクヨミは気負うことは何もない」
ツヨクミの脳裏に浮かぶ、ソウゴが亀裂の入ったコックピットハッチから投げ出される瞬間の光景。どうにかしたくとも、タイムジャッカーがそれを許してくれず、結局ツクヨミはタイムマジーンごと、この森の中へと叩き落とされてしまう結果となった。ゲイツはタイムジャッカーを退けようと躍起になっていたがために、ソウゴがいなくなったことに気付くことができなかった。挙句、気が済んだとでも言いたげなタイムジャッカーのタイムマジーンは離れ、置き土産とばかりにツクヨミの乗ったタイムマジーンを叩き落して行った。このままタイムジャッカーを追うこともできたが、ツクヨミを放置していくこともできない。結局、タイムジャッカーがどこかへ去っていくのを指を咥えて見ていることしかできず、こうして森の中でツクヨミと合流した……そこで、ソウゴが行方不明となってしまったことを知った。
「それに、あいつがそう簡単にくたばるわけがない。今はあいつが五体満足であることを祈ろう」
無論、ゲイツとてジオウのことを案じてはいる。それでも、ソウゴの安否を知ることができない以上、そう言うしかできない。
「だからお前もそこでいつまでも落ち込んでるんじゃない、気をしっかりもて!」
そして声を荒げ、いまだ凹んでいるウォズの腕を取って強引に立ち上がらせる。どんよりしたオーラを放っているウォズだったが、無理矢理といえども己の足で立てる程には力は抜けていないようだった。
「うぅ、我が魔王ぅ……」
「……それよりも、今はこの状況をどうするかが問題だ」
しょぼくれてるウォズは半ば放置、ゲイツは周囲を見回しながら言う。太く大きな木々が360°見回しても聳え立つこの森。澄んだ空気は美味なれど、射すような視線がどこからも感じられるような場所が、安全とは到底言いにくい。正直、長居をするのは得策とは言えないだろう。
「ここがどういう場所なのか、ある程度は把握しておく必要があるな……俺は少し、周囲を確認してくる」
タイムマジーンがこの状態では、すぐには動くことはできない。得体の知れない場所であるからこそ、少しでも情報を集めておいた方がいいと判断したゲイツは、ツクヨミに向けて言った。
「私はタイムマジーンの修理を続けておくわ。お互い、何か非常事態があったらすぐ連絡するようにしましょう」
「わかった。ウォズ、行くぞ」
ツクヨミとて、かつてゲイツと共に戦ってきた戦士の一人。そう簡単に遅れは取らないだろうと判断し、ゲイツはこの場をツクヨミに任せてウォズに声をかけて歩き出す……が、落ち込んですぐに動こうとしないウォズを見かね、一旦戻ってウォズの背中を押して再び歩き出した。
「……大丈夫なのかしら」
どう見ても大丈夫じゃないウォズとそれを補佐するゲイツに不安を覚えつつも、ツクヨミは二人を見送った。
同時に、彼らを見ていた者もまた、その場を離れるために動き出す。
「まったく、どこを見ても同じ景色ばかりだな」
木の根を乗り越えつつ、ゲイツはぼやく。タイムマジーンから少し離れた場所まで来たものの、景色は相変わらず木と根、或いは岩ばかり。大自然が生み出した神秘的光景は、天からの光と木々の影のコントラストも相まってさぞ写真映えするだろうが、この状況の中では何も変化がないだけで辟易するばかりだ。時には獣か何かの気配もあり、こちらに対して警戒をしているようにも感じる。そのためか、こちらに接触する様子はないのはある意味救いかもしれない。
しかし、こうも地形が変わらないとなると、闇雲に歩き回るのは危険かもしれない。先ほど空中から鳥型サポートメカ『タカウォッチロイド』を飛ばして空から周辺を偵察させたが、見渡す限りの森だったという。これ以上タイムマジーンから離れるのは得策ではないという考えに至り、ゲイツはウォズに提案しようと振り返った。
「はぁぁぁぁ……」
「ってまだ落ち込んでるのか!? いい加減シャキっとしろ!!」
いつの間にやらまたも木の根に座り込み、ため息を吐いて落ち込むウォズ。思わずガクリとコケかけたゲイツだったが、さすがに見かねて叱責した。というより、ここまでメンタルが弱い男だったかと疑問にすら思えて来る。
「……君は心配じゃないのかい? 我が魔王が今どこでどうしているのかわからないというのに……」
僅かに反応したウォズが、覇気のない声でゲイツにそう問いかける。ソウゴと連絡しようにも、携帯端末である『ファイズフォンX』と繋がらない。恐らく、落下した際に紛失してしまったのだろう。そうなるといよいよ安否がわからないという中、一見すると平然としているように見えるゲイツが、ウォズには理解できなかった。
ウォズの疑問に、ゲイツは面倒くさいという顔を隠そうともせず、さりとてその質問を無碍にするつもりもないようで、腕を組みながら言葉を探した。
「……心配していないと言うと嘘にはなる」
やがて出て来たのは、ゲイツとてウォズと同じ気持ちであるという言葉。しかしそこには、悲壮感といったものはない。
「だがお前だってわかっているだろう。あいつはこんなところでくたばるような奴じゃないってことくらい」
『最低最悪の魔王』と呼ばれている未来の自分と相まみえても、それでも己の理想である『最高最善の魔王』を目指すことをやめようとしない、そこなしの馬鹿が作ろうとしている未来を見てみたい……そう思ったゲイツは、彼と共に肩を並べて戦うことを選んだ。
だからこそゲイツは悲観しない。常盤ソウゴがこんなところで倒れるような男ではないということを信じているからだ。
「だから、お前も奴の家臣を名乗るのならばドンと構えておけ。そのうちひょっこり、アホ面引っ提げて俺たちのところに帰ってくるさ」
言って、笑うゲイツ。心の底からソウゴを信じているが故の言葉。信頼の顕れとも取れる言葉を聞いたウォズは、最初こそ半ば驚きで硬直していたものの、やがてゲイツと同じように小さく笑った。
「……全く、最初は我が魔王を倒そうと躍起になっていた男が、随分と惚れ込んだものだ」
「誰が惚れ込むか! 気持ち悪いこと言うな!」
小ばかにするように言われ、ムキになってゲイツは反論した。先ほどまでウォズから発せられた悲観のオーラは消え、いつも通りの冷静なウォズへと戻ったようだった。
「しかし、私も落ちたものだな。君に元気付けられるとは思ってもなかった」
「勘違いするな。いつまでもお前がそのままだと先に進めんからな」
「やれやれ……」
相変わらず素直じゃない……そう思いながらも、ウォズは笑みを浮かべる。同時、当初はいがみ合っていた己とゲイツが、紆余曲折を経てこうして励まされる関係になったことに対しても悪い気はしなかった。
「さて、と……」
落ち込むのはもうやめだ。今は主君の無事を信じ、できることをすると決心したウォズ。そして、
「では、そろそろ出て来てもらおうか?」
「そうだな。いい加減、俺も気になっていた頃だ」
二人の雰囲気が変わる。どことなく穏やかなものから、引き締まったものへ。ゲイツはおもむろに足元に落ちていた小石を拾い上げ、一度軽く宙へ放ってから、野球選手をかくやとばかりのフォームで投げる。狙うは、ゲイツとウォズの視線の先、草むらの中。石は凄まじい速度を伴って飛んでいく。
小石が草むらへ突っ込む寸前、そこから飛び出す白い影。草を散らし、木漏れ日を遮るかのように高く飛び上がった影は、真っ直ぐ、石を投げた張本人であるゲイツの下へ。
殺気と共に飛び掛かって来た影に対し、二人は後ろへ飛び退く。するとゲイツが立っていた場所に、乾いた音をたてて切っ先鋭い槍が突き刺さった。
「貴様、何者だ」
ゲイツは構え、警戒心を強くしつつ目の前の槍を手にした人物へ問う。思えば、タイムマジーンの前にいた時から獣以外の存在に見られている気がしてならなかった。それからずっと尾行され、いつまで経っても姿を現さないために業を煮やし、こうして出て来るように仕向けたのだが……現れた人物は、異様な風貌だった。
白い服と、腰には紺色のスカートにも似た長い布を身に纏ったその者の体格は華奢で、体つきから女性、もとい少女であるというのはわかる。そして、頭部に生えた白く長い髪を靡かせ、ゆっくりと顔を上げていく。
しかし、少女の顔がわからない。のっぺらぼうとかそういう類ではなく、目と口がぽっかり空いたような不気味な赤くて丸いお面を付けているために素顔がわからない。髪と思われた白い毛は、見たところどうやらお面の飾りのようだ。首元の牙にも似た飾りを揺らしつつ、少女は槍を構え直した。お面に隠れてはいるが、その向こうからゲイツとウォズを見つめる目からは隠そうともしない敵意を感じる。
「……答えるつもりはないようだな」
「友好的、とも言えないね」
無言のまま一連の流れを行う少女に、ゲイツは戦闘態勢を解くことはなく、ウォズもまた構えらしい構えは取らなくとも、いつでも迎撃できるように警戒している。しばしの無言の後、まず動き出したのは少女からだった。
「っ!」
一息で、槍を手に駆け出す。狙うは、一番手近にいたゲイツ。
「ふっ!」
突き出された矛先を身体を逸らして避け、カウンターに掌底を放つ。が、それも避けられ、今度は蹴りを放たれる。今度は避け切れず、咄嗟に片腕でガード。少女を振り払い、後ろへ一度下がるも、少女は追いすがる。
「こいつ、早い……っ!」
獣にも似た俊敏性を発揮する少女に、ゲイツが軽く戦慄する。その間も少女はゲイツの首を刈り取らんと、槍を薙いで迫る。殺気の籠った一撃、しかしそれもゲイツは屈んで回避し、先ほどのお返しとばかりに直蹴りを放った。強烈な一撃を、少女は槍を盾代わりにして防ぎ、衝撃を逃しきれずに思わず後退するも、それも一瞬、再び槍を構えようとした。
だが、少女は忘れていた。
「そこ!」
相手は二人だということを。
「っ!?」
突如、己の身体の周りを布が取り囲み、少女は狼狽える。その隙をつき、布が少女の身体に纏わりつき、一瞬で身体の自由を奪い、拘束。槍も手元から離れて地面に落ち、そして少女自身も立っていられずに倒れ込んでしまった。
「――――っ!? ――――っ!!」
獣の唸りにも似た声を上げながら、少女は困惑しつつも藻掻く。しかし布こと、ウォズの変幻自在のマフラーの前では無意味に等しく、びくともしない。
「やれやれ、まるで獣のようなお嬢さんだね」
ウォズは首元から伸びるマフラーで縛られた少女に、呆れ半分称賛半分といった風に声をかけた。ゲイツも蹴りを防いだ手を振りながら歩み寄る。
「何なんだこいつは? いきなり襲ってきて……」
「さてね。それも含めて、彼女には色々聞かなければいけないな」
少女を拘束したのは、戦いを収めるというのも勿論ある。しかしゲイツたちにとって、初めて会う現地人。例え友好的ではないにしても、ようやくこの森から出る手がかりが掴めたのだ。ここで逃す手はない。
「とりあえず、君にはいくつか尋ねたいことがあるんだが……」
拘束の手を緩めず、ウォズが言う。少しでも緩めれば噛みついてきそうな少女だ。油断だけはしないよう、さりとてこちらには敵意がないことを示しつつ、質問しようとした。
だが、それは止められる。
「っ! ウォズ、下がれ!!」
ゲイツによって。
「……!?」
ゲイツが警鐘を鳴らしてすぐに、ウォズはその場から飛び退く。それにより、少女を拘束していたマフラーも解かれ、ウォズの下へ戻る。コンマ一秒、ウォズがいた場所をまたもや白い影が疾風が如く飛び掛かり、鋭い音をたてた。
再び臨戦態勢に入る二人。しかし目の前の光景に思わず眉を上げる。
「……犬?」
ウォズと少女の間に割って入るように襲い掛かって来た白い影の正体は、大きな白い犬、もとい山犬。しかしその大きさは、ゲイツとウォズが知るようなゴールデンレトリーバー等の大型犬よりも遥かに巨大な、大の大人一人を超える程の大きな犬。しかも、それが二匹。眼光鋭い目でゲイツとウォズを睨み、少女の前に進み出る。まるでそれは、少女を守る戦士のよう。
牙を向き、姿勢を低くして唸る二匹の山犬。純白の美しい体毛を逆立て、ゲイツとウォズを完全に敵視している二匹の身体を、少女は慈しみを込めて優しく撫でる。
「どうやら、仲間がいたようだな」
その光景で、少女と犬は密接な関係性にあると理解したゲイツは歯噛みする。今のウォズを狙った牙による一撃。ナイフよりも鋭い牙に貫かれれば最後、命の保証はない。獣といえども、あの俊敏性と凶暴性は脅威だ。
「一筋縄ではいかないようだ……どうする? ゲイツ君」
言って、ウォズがゲイツをチラと見る。いかに二人が並の人間が束になっても退けられる程の実力者といえども、あの二匹を前にして生身で挑めば返り討ちにあうだろう。かと言って、相手も簡単に逃がしてはくれなさそうではある。
形勢逆転とばかりに、少女が槍を再び持って矛先をゲイツとウォズへ向けた。いつでもお前たちの首など噛み千切れるのだとでも言うかのように。
確かに、今の二人ではあの山犬相手に勝ち目は薄い。
「……不本意だが、仕方ないな」
しかし、それは
ゲイツは、パールホワイトの時計型のデバイス、ソウゴと同じ『ジクウドライバー』を手に取る。それを見て、彼が何をしようとしているのか理解したウォズ。
「ああ、こればかりはしょうがないね」
ウォズもまた、手にデバイスを持つ。それはジクウドライバーではなく、黒と蛍光色グリーンで彩られた装置。中央には液晶画面、そして右側にはレバーが付けられており、そこには何かを嵌め込む窪みがある。ウォズが変身するためのベルト『ビヨンドライバー』だ。
二人は同時に、それぞれのドライバーを腰の前に当てる。するとベルトが装着者の体格を瞬時に把握し、ベルトが射出、自動で腰に巻かれた。
突然、二人が何かを取り出して装着したことで、何をするつもりかわからない少女と山犬たちは、迂闊に動くことができずに見守る姿勢を取ってしまう。その間にも、ゲイツとウォズはそれぞれ変身の準備に取り掛かっていく。
「仕掛けてきたのはそちらだ。悪く思うな」
言って、ゲイツは左腕のホルダーに収められていたライドウォッチを取り出し、ウェイクベゼルを回す。そして、ライドウォッチを起動させた。
≪GEIZ!!≫
「正直、動物を虐める趣味はないのだがね……」
不服を言いつつ、ウォズも懐から取り出した、ソウゴとゲイツとはまた違う未来のライドウォッチである『ミライドウォッチ』を手にする。そして起動スイッチ『ミライドオンスターター』を押した。
≪WOZ!!≫
それぞれのライドウォッチから鳴る音声。すかさずゲイツはジクウドライバーのD’9スロットへ、ウォズはビヨンドライバーの右側にあるレバーの窪み『マッピングスロット』へと、それぞれのライドウォッチを差し込む。
≪ACTION!!≫
ウォズがライドウォッチの再び起動スイッチを押すと、ウォッチのカバーが両開きの形で開放され、認識音声の直後に中からウォズの変身後の顔が現れた。ゲイツもまた、ジクウドライバーのライドオンリューザーを拳で押し込み、メインユニットを傾ける。
そこから始まる光景は、何も知らない者からすればこの世のものとは思えないだろう。
両腕を突き出し、そして大きく円を描くように振ってからジクウドライバーを抱え込むようにして構えたゲイツの背後にデジタルウォッチ型のホログラムが回転しながら現れ、そして右腕をゆっくりと大きく一周させるウォズの背後には液晶画面が特徴のスマートウォッチ型のホログラムが現れ、ウォズの周りを幾何学的光が覆う。ゲイツからは焦燥感を煽るように時間が進むデジタル時計の音が、ウォズからは軽快な待機音が流れ出し、静かな森の中を二つの騒音が満たしていく。
奇異としか言えない光景を前にし、少女と山犬たちは何もすることができない。そして、
「「変身!」」
二人は、変身を始める。
≪RIDER TIME!!≫
ゲイツがジクウドライバーを両手を使って回転、起動させ、電子音と共に背後のホログラムも連動して回転、中央に黄色く“ら”“い”“だ”“-”の大きな文字が紡がれていき、
≪投影! FUTURE TIME!!≫
ウォズがウォッチが嵌め込まれた『クランクインハンドル』を右手を突き出す勢いで前方に向けると、ドライバーの中央の画面『ミライドスコープ』に投影されたウォズの変身後の顔が映し出されてウォッチの情報が読み取られ、背後の映像が切り替わり、映し出されたのは“ライダー”の青い文字。
≪仮面ライダー・ゲイツ!!≫
ゲイツの周囲を腕時計のバンド状のリングが幾重にも重なり回転、ゲイツの身体にスーツを形成していく。そしてホログラムから飛び出してきた“らいだー”が縮小、ゲイツの顔に順次装着されていく。
鋭角的な“らいだー”の文字が『インジケーションバタフライ』というゲイツの目となり、ゲイツは黒いデジタルウォッチをモチーフとした赤いスーツの戦士『仮面ライダーゲイツ』の姿へと変身を完了させる。
≪スゴイ! ジダイ! ミライ!! 仮面ライダーウォズ! ウォズ!!≫
一方のウォズも、ハイテンションなベルトのサウンドボイスと共に背後のビジョンから“ライダー”の文字が飛び出すやいなや、緑の光を身に纏っていき、やがて光は銀色のスーツへ変わっていく。さらに彼の周囲に形成された頭部、肩部、胸部のアーマーが、ウォズのスーツへと一斉に装着、同時に縮小した文字も顔に嵌め込まれていった。
青い“ライダー”の文字が円心状に並べられた独特の機構をした視覚装置『インジケーショントラックアイ』となった、銀のスーツと蛍光グリーンで縁取りされた黒いアーマーが光る未来の仮面のライダー『仮面ライダーウォズ』へと変身したウォズは、手首をスナップさせて臨戦態勢に入った。
「……っ!?」
二人が仮面の戦士『仮面ライダー』へと変身を果たすという光景を前にし、少女は槍を手にし構えるも、その身とお面の下の顔は驚愕に震えている。それは、目の前の二人の人間が突然見たこともない姿へと変わるという現実を前にした者としては至極当然の反応とも言える。彼女を守護するように両脇で唸る猛獣もまた、今までにない事態を前にして攻めあぐねている様子だった。
「さぁ、かかってこい!」
「フッ」
拳を握り構えるゲイツとウォズ。その身を守るために、二人は強靭にして凶暴な二匹の山犬と相対した。
一方その頃、タイムマジーンの修理をしていたツクヨミ。
「……これなら何とかなりそうね」
修理道具片手に、額の汗を拭う。森の中は清涼な空気が流れ、やや高くなった体温を心地いい涼しさが下げていく。しばし休憩を挟むことにしたツクヨミは、タイムマジーンの横に座り、森の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
木漏れ日を浴び、鳥の囀りを聞き、綺麗な空気に身を浸す……今のこの状況でなかったら、仲間たちと森林浴を楽しんでいたものだが。
「はぁ……ソウゴ、一体どこへ落ちたのかしら……」
落ち着くと思い浮かぶのは、仲間であるソウゴの行方と安否。高い場所から落ちれば、ただではすまない。それをわかっているからこそ、ツクヨミはソウゴのことが心配で仕方がない。ウォズがソウゴの身を案じて落ち込むのも無理はないだろう。
ソウゴの身を案じているばかりではない。今後どう動けばいいのか、そしてタイムジャッカーはどこへ行ったのか……何より、タイムジャッカーはこの時代で何を為そうとしているのか。問題は山積みだった。
「……そう言えば、ここって何時代なの?」
ふと考えてみれば、ツクヨミは今が何時代なのかわかっていなかった。タイムジャッカーを追うことに夢中で時空転移システムが示される年代を確認するのを忘れていたし、今も修理することに必死で考えていなかった。タイムジャッカーの狙いを探るためにも、ここが“いつ”“どこ”なのかを把握しておかなければいけない。
ツクヨミはシステムを一時的に起動するため、重い腰を上げる。そしてコックピットに入るためにタイムマジーンへと振り返った。
「……え?」
振り返り……視線を感じ、動きが止まる。何者かが、ツクヨミを見ている。それだけならば、ツクヨミは武器を手に取り警戒態勢に入るだろう。
だが今回は訳が違う。それというのも、視線が“一つ”ではなかったからだ。
一つ、二つ、三つ……否、もっとだ。数えきれない視線を、ツクヨミは感じ取っていた。
そして気付く。自分は『囲まれている』という事実に。
いつの間に、と疑問に思う暇すら無い。こちらから動こうにも、動けない。相手が何を考えているのか。相手がどう動くのか……下手なことをすれば、視線の主たちに何をされるかわからない。多勢に無勢、状況は圧倒的不利だ。
だが、相手から敵意らしい敵意は感じられない。どちらかと言えば、好奇と言った方がしっくりくるだろう。それでも相手が人であれ何であれ、動けないことには変わりはない。
やがて、視線は頭上からも感じることに気付く。それは、タイムマジーンの方から……もとい、タイムマジーンの上からだ。何者かが、タイムマジーンの上に登り、ツクヨミを見下ろしている。
ゆっくり、ツクヨミは顔を上げていく。視線の主が何なのかを知るため、恐る恐ると……そして、
「――――ッ!?」
その顔を、驚愕で染め上げた。
仮面ライダーゼロワンが最終回に近づくにつれ、色々と驚愕な展開で次がどうなるのかさっぱりわからない作者です。もうアルトじゃーないとー! は見れないの……? という不安もありーの、次始める仮面ライダーセイバーに期待しーので、私大混乱。
そんなこんなで、第三話でした。初ジブリの二次創作、今後は原作沿いに行くつもりですが、いやー前途多難ですわーHAHAHA!!(至って真面目)
ではまた次回。シーユー。
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