摘まれた四葉 (ぬし)
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序章

この序章は、本編の中身を私がイメージしやすいように書いたものです。
なのでぶっちゃっけ読まないくても、問題ありません。
ひらがなと黒い四角ばっかで読みにくでしょうし。


 これはなんなのだろう。ひとのかたちをしているくろいもやのようで、えんぴつでぬりつぶしたようなこれは。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 なにかをしゃべっているのかもしれないけど、みみなりみたいなおとしかきこえてこない。

 

「■■■■■■■■■■」

 

 これはだれがしゃべっているのだろう?まえにいるかげはくちもともくろくぬりつぶされて、しゃべっているのかわからない。もしかしたら、このみみなりはぼくのこえなのかもしれない。

 

「■!」

 

 いきなり、くろいやつがぼくのほうにのびてきた。ぼくはそれにおどろいてころんでしまった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 だれかがなにかをしゃべって、くろいやつはうごいた。くろいやつはうしろもくろくてうしろをみているのかまえをみているのかわからない。でも、さっきはぼくとなにかしゃべってたみたいだから、いまはうしろをみているのかな?

 

 しばらくすると、くろいやつがひとつふえた。でも、おおきさはぼくよりすこしちいさいくらいで、よんほんのあしでたっている。

 

「■■!■■!」

 

こんどはみみなりがとぎれとぎれにきこえてきた。あたらしくあらわれたくろいやつと、このみみなりはだれのものだろうとおもっていたら、ふたつのくろいやつがなにかしはじめた。

 

「■■!■■!」

 

「■■■■」

 

 なにかいいながらはなれたり、くっついたりしている。そんなことくりかえしていると、ちいさいほうのくろいやつがきゅうにうごかなくなり、ゆかにひろがっていく。

 

おおきいほうのくろいやつがちかづいてきて、ぼくのりょうてでおさまるくらいのながいくろいものをわたしてきた。そして、しばらくするとあたらしくちいさいくろいやつがあらわれた。

 

「■■■■、■■!」

 

そいつはいきなりぼくにたいあたりしてきて、ぼくはまたころんでしまった。ころんでいるぼくにくろいやつはのしかかってきた。くろいやつはぼくよりちいさいのにぼくよりちからがつよくて、たとうとしてもたてない。

 

くろいやつをどかそうともがいていいたら、あたまをおさえられてごんっていうおとがなって、ぼくはまっくろいがいみえなくなってしまった。

 

 

 

 

 

いちめんくろかったのがぱずるみたいのとれていって、つぎにみえたものはほんだった。もじとかさんかくとしかくとまるがまざっているえがかいてあった。

 

それをまっしろなかみにほんにかかれてるみたいにかきうつす。かきおわったらちがうぺーじをかきうつす。またかきおわったらまたちがうぺーじをかきうつす。そしてかきおわったらまたちがうぺーじをかきうつす。

 

そんなことをなんどもくりかえして、なんまいかきうつしたのかかぞえるのをやめてからすごくじかんがたったとき、またまっくろしかみえなくなってしまった。

 

 

 

 

 

まっくろがなくなったら、こんどはねていて、まっしろなてんじょうがみえた。ねているぼくのよこにはさっきはいなかったくろいやつがたっていた。ぼくはねていたところからゆかにおりた。ねていたところはもうふがなくて、ただのつくえみたいだった。

 

くろいかげがぼくのまえにきて、ちいさくなった。それでもぼくよりたかかった。くろいかげはぼくのひだりてをてにとってまたおおきくなった。くろいやつにふえているひだりてがすこしあたたかくなったきがした。

 

くろいやつにてをひっぱられてまっしろなへやからでる。へやをでたそこもましっろで、それがずーっとおくまでつづいていた。ぼくとくろいやつはそこをまっすぐあるきつづけた。あるきつづけたさきにはどあがあった。

 

そのとびらのまえにくると、くろいやつはぼくのひだりてをはなしてどあをあけた。とびらのおくはさっきまでのしろいへやとはぜんぜんちがった。ゆかはみどりいろでかべがなくて、てんじょうがはいいろでとってもたかかった。

 

ぼくはみえないてんじょうにむかって、てをのばしてみる。てんじょうはぼくがどんなにがんばってとんでも、てをのばしてもとどかないくらいたかかった。

 

「■■■■■■■■■」

 

 みみなりみたいのがした。くろいやつがこいっていっているのか、ぼくはくろいやつについていった。

 

 くろいやつについていくと、そこにはたくさんのくろいやつがいた。ぼくはくろいやつらがいるまんなかにつれていかれて、うすいいたをわたされた。

 

 それはほんにかかれていたものとそっくりで、ぼくはほんにかかれていたことをおもいだしながら、そのいたをさわってっみた。

 

 いたをつうじてぼくのなかからなにかがでてきたのがみえた。でも、でてきたものはすぐにきえてしまった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 みみなりがいきなりひどくなった。まわりのくろいやつがみんなしゃべっているのかもしれない。

 

 ここでまたぼくはまっくろなくうかんのなかにはいってしまった。そのばしょではしぜんとあしがうごいて、ぼくはてをひっぱられてはしっていた。ときどきあかるくなってぼくのてをとってはしっているのはくろいやつだとわかった。

 

 くらいなかをぼくはくろいやつといっしょにはしっている。はしったさきにすこしあかるいばしょがあって、そこにはくろいはこがあった。

 

 そのくろいはこにいきなりあなができて、ぼくはそのあなのなかにいれられた。そのなかでぼくはくろいやつにつつまれた。くろいやつのなかでだんだんあたまがぼーっとしてきて、なにかがとけていくかんじがした。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 なにかをいわれた。ずーっとみみなりみたいにしかきこえなくてなにいっているのかわからなかった。けど、これはなんとなくなにをいっているのかわかった。

 

―私があなたにあげられるものはこれだけ、ごめんね。達也―といわれたきがした。

 

それをさいごにぼくはくらやみにとけていった。

 




読んでいただきありがとうございます。
解説としては、これは達也の一人称視点です。
一人称視点を書いてみるのは、初めてなので上手く書けているかわかりません。
感想やアドバイスがあるのなら書いていただけるとありがたいです。

今回のもので切らないでいただけるとありがたいです。。
暇つぶしでもいいです。高速スクロールでの流し読みでもいいです。
次のお話も読んでいただけるとありがたいです。


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入学編1

 目を開けると見慣れた天井が見えた。体をベッドから起こして伸びをする。窓の外を見ると、空はまだ白み始めてきているところだった。街はまだ寝ているだろう時間だが、達也にとってはいつも通りの時間である。

 

「またか」

 

 達也の頬には目から流れでた涙がつたっていた。彼はこの涙の原因を知っている。さっきまで見ていた夢が原因である。

 

 あの夢を定期的に見ては、そのたびに原因がわからない涙を流していた。楽しくも、悲しくも、辛くもなく、ただ昔から時たま見る夢。そして、なぜだか忘れてはいけない気がする夢。

 

 達也は涙を袖で拭い、ベッドからおりて寝間着姿からジャージに着替える。今日は来なくても構わないと言われているが、いつも通りの時間に目覚めてしまい、身体に染みついてしまっている毎朝の日課である。

 

 街がまだ眠っているうちに、達也は隠れるように街の中を走り始めた。

 

 

 

 

 

十分程走り、達也は石段のある小高い丘の前に止まった。この石段を登った先には寺があり、この朝のランニングの目的地はそこだ。中腹あたりまで登った瞬間、二〇人程の修行僧が襲い掛かってきた。だが、達也は戸惑うことなく修行僧たちの攻撃をさばき、一人づつ確実に倒している。毎朝行っているからできることである。全員を倒しきった頃、階段の上から声がした。

 

「いや〜。彼らもかなり鍛えられているのに、なんで毎回こう簡単に倒されてしまうのだろうかね」

 

その声の主、九重八雲。この丘にある九重寺の住職であり、そして達也の体術の師匠である。石段の一番上に座っている。いつからそこにいたのだろうか、達也はまったく気づかなかった。

 

「いえ。毎回結構ギリギリです」

 

「そう無傷で涼しい顔で言われてもね。さて、そろそろ始めようか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

先程、二十人程の修行僧を倒した達也であるが、八雲相手に一本を取るのはまだ難しい。達也は地面に転がり、息を荒くしている。

 

「もう体術だけなら、達也君には敵わないかもしれないねぇ…」

 

「師匠はそうは言われても、こうも一方的にやられては喜べません」

 

達也は息を整えながら、そう答える。

 

「僕は君の師匠だからね。そう簡単には負けられないよ」

 

 達也が八雲に師事し始めてもう5年がたとうとしているが、八雲が体術で負ける光景はおろか、負けそうになる光景も見たことがなかった。八雲の言うとおり達也が彼に勝つのはまだまだ先のことになりそうであった。

 

「それより、少し早いけど高校入学おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

 八雲が言うように今日は達也が入学する国立魔法大学付属第一高校の入学式である。実技がぎりぎりながらも達也は無事に入学することができた。

 

「昨日言ったように今日は来なくてもよかったのに」

 

「毎朝の日課なので、来なくてもいいというならば少しくらい手加減をしてください」

 

「それとこれとは話が別だよ」

 

 来るならば容赦はしないということだろう。達也は毎度思うのだが八雲は住職のくせに性格が悪い。

 

 達也は心のうちでため息を一つつき、立ち上がって服についた土埃を手ではたく。

 

「あれ?もう帰るのかい?」

 

「はい、入学式は午前中ですしあまりゆっくりはできません」

 

「ご飯だけでも食べていけばいいのに」

 

「そこまで厄介になるわけにもいきません」

 

「そう、今度でいいから制服をみせにきてよ」

 

「乱取りも師匠との組手もないのなら」

 

 達也は一つ会釈をして、石段に向かって歩き始めた。達也の姿が石段に隠れて見えなくなった時、

 

「魔法科高校とは何の因果かな」

 

 八雲のその独り言は誰にも聞こえることもなく、虚空に消えていった。

 

 

 

 

 

達也は家に帰って、まず最初に土で汚れた服を脱いでシャワーを浴びた。それから朝食済ませて今日から通うことになる一高の制服に袖を通す。

 

 身支度がすべて済ませて、時計を見ると時間は早すぎず、遅すぎずちょうどいい時間だ。今、出れば会場が開くまで待つこともなく、時間に迫られて急ぐ必要もないだろう。

 

「いってきます」

 

達也は誰もいない家に向かって小さくそう呟いた。

 

 

 

 

 

 第一高校には三種類の人間がいた。一つは新入生の父兄、二つ目は花の刺繍がほどこされた制服を着ている者、最後は無地の制服を着ている者。

 

その刺繍があるかないかの違いは魔法力が高い一科生と魔法力の低い二科生で分けられ、それぞれ『ブルーム』と『ウィード』と揶揄され、差別されている。

 

(制服でわかるようにすることに何の意味があるんだろうな)

 

そう思いながら達也は肩に軽く視線を向ける。そこには、刺繍が無く二科生であることを表していた。この差別されかたは合格が決まった時点で覚悟をしていたが、実際に見て体験してみると多少なりとも心にくるもがあった。

 

気のせいか、多少ばかり重くなった足を入学式会場の講堂へと向ける。

 

講堂に向かう途中で案内板とにらめっこしている男子生徒がいた。おそらく新入生だろう。彼の肩には達也と同じように刺繍がなかった。達也はせっかくだから一緒に行こうと思い話しかけた。

 

「道に迷っているなら、俺と一緒に行くか?」

 

「うん?あっサンキュー…いえ、ありがとうございます」

 

彼は達也を先輩だと思っているのか、途中で言い直した。昔から達也は大人びて見えると言われていたが、高校生になってもそう思われているとつい苦笑いを浮かべてしまう。

 

「俺も新入生だ、ため口で大丈夫だ」

 

「そうなのか。なんか威圧感があっててっきり先輩だと。そうだ、オレは西城レオンハルトって言うんだ。レオでいいぜ。お前は?」

 

「俺は司波達也。達也でいいよ」

 

「おう、よろしくな。達也」

 

「あぁ、よろしく。レオ」

 

同じ二科生で友人ができたせいか、さっきまで少し重かった足取りが軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

二人が講堂に着いた時、席は三分の二程すでに埋まっていた。達也は新入生の分布を見て思った。

 

(前半分に一科生、後ろ半分に二科生…か。最も差別意識が強いのは差別を受けている者であるか。これを見るとそれが本当だと思うしかないな)

 

「達也、あそこ開いているぜ。あそこにしようぜ」

 

「そうだな」

 

達也はレオと一緒に座り、入学式が始まるのを静かに待つことにした。しばらくしたら声がかけられた。

 

「あの、お隣いいですか?」

 

その声の主は、声のトーンからわかるように女子生徒だった。

 

「どうぞ」

 

わざわざ見知らぬ男子の隣に座ろうとする意味がわからなかったが、とくに断る理由も無く、達也は頷いた。女子生徒は達也に一言お礼を言い、達也の横に座った。そして、さらに三人がその隣に座った。どうやら、四人が座れる席を探していたようだ。達也はなるほどと納得した。

 

(しかし、眼鏡か。度は…入っていないみたいだな。となると、霊子放射光過敏症か)

 

しばらくして、その女子生徒から声がかけられた。

 

「あの…私、柴田美月と言います。よろしくお願いします」

 

どうやらただ自己紹介をしたかったようだ。

 

「司波達也です。こちらこそよろしく」

 

達也が自己紹介をした後に、続き彼女の隣の女子生徒が自己紹介をする。

 

「あたしは千葉エリカ。よろしくね、司波君」

 

「こちらこそ」

 

「でも面白い偶然だよね」

 

達也は何が面白い偶然か、全くわからなかったので、聞き返す。

 

「何がだ」

 

「だって、シバにシバタにチバでしょ?何だか語呂合わせみたいじゃない」

 

「…なるほど」

 

(シバにシバタにチバね…千葉か。魔法科高校で千葉となると、あの千葉家か?)

 

達也は彼女の姓について頭の片隅で考えながら、適度に話の相槌を打つ。話の途中で彼はレオが会話に参加をしてないことに気付きレオのほうを見てみる。

 

(だが、会話に参加して来ないということは以外にシャイなのか?)

 

そんなことを考えながらレオの方を見ると、

 

「そうだ。さっき知り合った西城レオンハルトだ…って寝てる。いつの間に」

 

レオは寝ていた。だから会話に参加せずに静かだったのだ。そろそろ入学式が始まるので達也はレオを起こす。

 

「おい、レオ起きろ」

 

そこまで強く揺らしてはないが、レオは前の背もたれに頭をぶつけて起きる。前の人に軽く謝り、再度レオを紹介しようとする。が、その前にレオが口を開く。

 

「んがっ、ふぁぁ。ん、達也終わったのか?あれ、達也横にいる、こいつら誰だ?」

 

入学式はずっと寝ているつもりだったのだろうか、それはそれで驚きだ。そして、初対面の女子にこいつらはまずいのではないだろうか。そのことを注意しようとしたが少し遅かった。

 

「うわっ、いきなりこいつ呼ばわり。失礼なヤツ、モテない男はこれだから」

 

「なっ…失礼なのはお前もだろうが!少しツラが良いからって調子こいてんじゃねーぞ!」

 

「ルックスは大事なのよ。まぁ、だらしなさとワイルドを取り違えているむさ男にはわからないかもしれないけど」

 

「んな、ぐっ」

 

返す言葉が見つからないのか、レオは言葉が詰まっている。このままだとずっと続きそうだったので、達也はレオを止めに入る。エリカは美月に止められたようだ。一応、二人にも周りに迷惑がかからないようにしていたが。

 

「レオやめとけ。口では千葉さんには勝てない」

 

(それにしても、初対面でこんなに言い合えるってことは、意外に合うじゃないかこの二人)

 

二人が聞いたら絶対に否定しそうなことを考えながら達也は止めに入った。

 

「…わかったぜ」

 

「…美月がそう言うなら」

 

(本当に気が合うのでは?)

 

達也は先ほどのように推測ではなく、ほとんど確信する。

 

『ブゥーーーーッ』

 

そんなこんなで入学式が始まった。開会の挨拶、生徒会長挨拶、校長挨拶、来賓紹介とスムーズに終わらせていく。

 

 多くの者にとってもそうであるように達也にとってもただの退屈な式典でしかないものだった。

 

だが達也にとって、いや達也にのみ印象にのこる出来事が起きた。

 

『新入生代表挨拶、新入生代表、四葉深雪』

 

 四葉、それは十師族のひとつにかぞえられ、一度も十師族の座から落ちたことのない名門の一族。そして『アンタッチャブル』と恐れられている一族。

 

 噂で四葉家の一人娘が入学してくるとは聞いていたが、随分と美しい少女だというのが達也の第一印象だった。おそらくは十人中十人、百人中百人が達也と同じことを思うだろう。

 

 しかし四葉家は旧長野県と旧山梨県の県境にあると言われており、地理的には四校に入学をするはずなのではないかと達也は思っていた。

 

インフラが進んだ今では必ずしも都心に住むのが一番良いとは限らない。だが、メッリトがなくなったわけではない。事情がどうあれ、彼女はもうすでに主席で入学してしまっている。

 

達也はそこで考えを締めくくろうとした時、彼女と四葉深雪と目があった気がした。顔が達也に向いているわけではない。彼女は堂々とし顔を真直ぐに向けている。

 

だが彼女の目は、視線は達也の姿を捉えているように思えた。偶然見まわした時に目があっただけかもしれない。だが、それは一瞬の出来事ではなく、なおかつ彼女のその視線には意思があった。

 

達也が四葉深雪の視線に気づけたのは八雲の鍛錬があってのものであってあった。おそらくは達也以外に気付いたものはいないだろう。

 

『新入生代表、四葉深雪』

 

 達也が少し呆気に取られているうちに、代表挨拶が終わり四葉深雪は壇上から降りていく。達也と目があったのは偶然か必然か、それを確かめる術を達也はこの時は持っていなかった。

 

 

 

 

 

入学式を終えた達也達はIDカードをもらいに窓口に向かった。どこに行っても貰えるが、ここでも一科と二科で壁ができてしまっていた。

 

「ねぇねぇ、達也君は何組だった」

 

ここで、エリカが名字ではなく名前で呼んでいるのはIDカードの交付を待つ間に、エリカが『名前で呼んでいいよ。あたしもそうするから、もちろん美月も』と言い、既に実行している結果である。

 

「E組だ」

 

「やたっ!同じクラスね」

 

と少々おおげさに喜ぶエリカ。

 

「私も同じクラスです」

 

アクションを伴わないだけで美月も似たような顔をしていたから、新高校一年生としてはこれが当たり前なのかもしれない。

 

「オレもE組だ」

 

レオがそう言うと、

 

「あんたには聞いてないわよ」

 

「何を!」

 

案の定、エリカと口喧嘩を始めた。

 

「二人ともやめろ。それにしても今日会ったばかりでよくそんな喧嘩できるな」

 

達也がそう言うとレオが、

 

「へっ、きっと前世からの仇敵同士なんだろうさ」

 

「あんたが畑を荒らす熊かなんかで、あたしがそれを退治するために雇われたハンターだったのね」

 

喧嘩が更にヒートアップしそうになり、

 

「もう二人ともやめてください」

 

美月が二人を叱った。達也はおとなしい美月が少し声を荒げて驚いた。

 

「ごめん、美月」

 

「うん、わるかった」

 

驚いたのはエリカとレオも一緒のようで、二人は謝った。

 

「あ、いえ。こちらこそすみません」

 

何故か美月が顔を赤くして謝り始まる。

 

「美月、お前が謝る必要はないぞ」

 

「そーよ美月、悪いのはこいつなんだから」

 

「おい!」

 

「エリカもだ。」

 

「はーい。あっそうだ、この後みんなでケーキ食べに行かない」

 

エリカはそうやって強引に話の流れを変えた。

 

「いいけど、ケーキ屋が近くにあるのか?」

 

「当然!!まっ正確にはカフェだけど」

 

「当然って、おいおい」

 

当たり前だとエリカは自慢気に行った。

 

「それで、皆さんはどうしますか?」

 

美月が達也とレオを見て、そう聞いて来る。

 

「この後、予定は特にないから行ってもいいよ」

 

「おっ、達也がそう言うならオレも行くぜ」

 

結果、四人全員参加になった。

 

達也達は帰る途中、大きな人混みを見つけた。中央には四葉深雪がいるようだ。エリカ、美月、レオは関心を持たなかったようだが、達也はその姿を横目で確認することができた。四葉深雪は新たなクラスメイトとの談笑を楽しんでいるようであった。

 

「達也君どうしたの?」

 

「いや、なんでもないぞ」

 

 やはり目が合ったのは偶然だったのだろうが、今度は彼女の視線が達也に向くことはなかった。確かめようと思えば今なら確かめることができる。だが今の達也にはそんなことよりも重要な用事ができた。達也はレオ、エリカ、美月の後ろに続いてその場を後にした。

 

 

 

 

 

登校したばかりの一年E組の教室は、雑然とした雰囲気に包まれていた。多分他の教室も似たようなものだろう。

 

挨拶する相手もいないので、達也は自分の端末を探していたら、後ろから声がかけられた。

 

「よっ、達也」

 

後ろにはレオが手を軽く挙げて教室に入って来ていた。どうやら、たった今来たようだ。

 

「おはよう、レオ」

 

「達也君、オハヨ〜」

 

「おはようございます」

 

 レオに挨拶を返すと、たった今教室に入ってきたエリカ、美月が続けて挨拶をしてきた。

 

レオとエリカは昨日と同様いがみ合っている。昨日今日でここまでいがみ合えるならこの二人はやはり気が合うのではないのだろうか。

 

達也と美月はどうやら席が隣同士のようだ。席のならびが五十音順という要因が働いたのだろう。

 

「また、お隣ですね」

 

「そうだな、よろしくな」

 

「俺はどうやら達也の前みたいだ」

 

レオが達也の前なのはおそらく偶然だろう。

 

「何だか私だけ仲間外れ?」

 

エリカはどこか不機嫌そうにだが、からかっているような響きがあった。

 

「エリカを仲間外れにするのは難しそうだ」

 

レオが口を開きそうだったので、達也は朝から口喧嘩を聞きたくないので、先手を打った。

 

「……どういう意味かな?」

 

「社交性に富んでいるって意味だよ」

 

エリカはジトッとした視線を向けていたが、達也の表情は変わらなかったので、口惜しそうな表情を浮かべていた。

 

「達也君って、性格悪いでしょ」

 

こらえ切れずに美月が笑いをこぼしているのを横目に、達也は端末にIDカードをセットし、インフォメーションのチェックを始めた。

 

高速でスクロールしながら頭に叩き込み、キーボードで受講登録を一気に打ち込んで、一息いれる為に顔を上げると、レオが目を丸くして手元をのぞき込んでいた。

 

「どうした?レオ」

 

「いや、珍しいもんを見たからな」

 

「珍しいか?」

 

「あぁ、今時キーボードオンリーで入力するヤツなんて初めて見た」

 

「慣れればこっちの方が速いんだがな。視線ポインタも脳波アシストも、いまいち正確性に欠ける」

 

「それよ。すげースピードだよな。それで十分食っていけるじゃないか?」

 

「アルバイトがせいぜいだと思うが」

 

「そうかぁ……?そういえば達也、得意魔法は何よ?ちなみにオレは硬化魔法だ」

 

「実技は苦手でな、魔工技師を目指している」

 

「え、なになに?達也君、魔工師志望なの?あんたは見た目通りね」

 

「っんだと!」

 

「レオ落ち着け。あと口では勝てないことをそろそろわかれ」

 

「エリカちゃんも落ち着いて、少し言い過ぎよ」

 

今度は口喧嘩苦手なってしまったので、達也と美月は止めにいく。

 

「……わかったぜ」

 

「……美月がそういうなら」

 

お互い、顔は逸らしても目は逸らさない。やはり気があうにちがいない。

 

 

 

 

 

予鈴が鳴り、思い思いの場所にいた生徒達が自分の席に戻る。しばらくして、本鈴が鳴ると共に前側のドアが開いた。

 

生徒ではなく、スーツを着た若い女性だ。彼女の登場にはクラスメイト全員が驚いていた。

 

達也もこの女性の登場には驚いた。女性の登場に加えて、登場した女性に対しても。

 

「……はい、欠席者はいないようですね。それでは皆さん、入学、おめでとうございます」

 

女性は周りを見渡して、そういった。出席はモニターで確認できるのだが、女性はわざわざ肉眼で確認していた。

 

「初めまして。私はこの学校で総合カウンセラーをつとめている小野遥です。皆さんの相談相手となり、適切な専門分野のカウンセラーが必要な場合はそれを紹介するのが私達総合カウンセラーの役目になります」

 

カウンセラーがいることを達也は忘れていたが知ってはいた。だが遥の自己紹介だけでは達也の驚きは疑問に変わっただけでなにも変わっていない。

 

「総合カウンセラーは合計十六名在任しています。男女各一名でペアになり、各学年一クラスを担当します。このクラスは私と柳沢先生が担当します」

 

教卓の前にあるコンソールを操作すると、三十代半ばくらいの男性が教室前のスクリーンと各机のディスプレイに映し出された。

 

『初めまして、カウンセラーの柳沢です。小野先生と共に、君たちの担当をさせていただきます。どうかよろしく』

 

スクリーンに柳沢を映したまま、教壇の遥は説明を再開した。

 

「カウンセリングはこのように端末を通してもできますし、直接相談に来ていただいても構いません。通信には量子暗号を使用し、カウンセリング結果はスタンドアロンのデータバンクに保管されますので、皆さんのプライバシーが漏洩することはありません」

 

そう言いながら遥は、端末…ブック型データバンクを持ち上げてみせた。

 

「本校は皆さんが充実した学生生活を送ることができるように、全力でサポートします。……という訳で、皆さん、よろしくお願いしますね」

 

口調がいきなり砕けた柔らかいものになり、教室内が脱力した空気になる。

 

遥は背後のスクリーンに、放置されていた年上の同僚にぺこぺこ頭を下げて画面を切り替えて、小さく咳払いして営業スマイルを浮かべ直し、何事もなかったように話を続けた。

 

「これから皆さんの端末に本校のカリキュラムと施設に関するガイダンスを流します。その後、選択科目の履修登録を行って、オリエンテーションは終了です。わからないことがあれば、コールボタンを押してください。カリキュラム案内、施設案内を確認済みの人は、ガイダンスをスキップして履修登録に進んでもらって構いませんよ」

 

ここで教卓のモニターに目を落とした遥が、あらっ?という表情を見せた。

 

「……すでに履修登録を終了した人は退室しても構いません。ただし、ガイダンス開始後の退室は認められませんので、希望者は今の内に退室してください。その際、IDカードを忘れないでくださいね」

 

遥がそう言うと、ガタッ、とイスが鳴った。立ち上がったのは、神経質そうな顔立ちの細身の少年だった。

 

達也は目を手元に戻し、履修登録の続きをやることにしたが。ふと、視線を感じて顔を上げた。教卓の向こう側から、遥が達也を見ていた。視線が合っても彼女は目を逸らそうとせず、達也に向かってニッコリ微笑んだ。

 

 達也と遥は初対面ではない。二年ほど前に遥が八雲のもとで鍛錬を始めたころに既にあっていた。

 

(一年ぶりか、まさかこんなところで再会するとは思わなかった)

 

 

 

 

 

ガイダンスが終わり、自由行動の時間になった。達也は何をしようか考えていたら、前から声がかかった。

 

「達也は昼までどうする?」

 

「特に何も決めてないが」

 

「なら、一緒に工房行ってみねぇ?」

 

レオが行きたがる場所はてっきり闘技場かと思っていた達也は少し驚いた。

 

「あんた闘技場じゃなくて工房行くの」

 

達也の思考を読んだわけではないだろうが、いつの間にか横に来ていたエリカが達也の考えていたことと同じことを言った。

 

「うるせぇー、どう見ても肉体労働派なオメーには言われたくねぇ」

 

横で喧嘩をし始めた。二人をほっといて達也はオロオロしている美月を誘った。

 

「美月、俺達はこれから工房に行くつもりだが一緒にどうだ?」

 

「あっ、はい。私も工房に行こうと思っていたので」

 

達也は美月を連れて教室を出ようとした時、二人に声をかけた。

 

「二人とも早くこないと置いていくぞ」

 

「ちょっ、待ってよ。達也君!」

 

「そうだぜ、達也!」

 

二人はこのまま喧嘩を続けていたら本当に置いていかれるのかと思ったのか、それ以上喧嘩をすることはなかった。

 

 

 

 

 

入学二日目にして行動をともにするメンバーができたのは、達也にとって幸運だっただろう。

 

高校生活の始まりとしては、かなり幸先がいいだろう。だが欲を言うならこんなことは起こらないでほしかった。

 

達也の視線の先では二つの集団が睨み合っていた。一つは肩に刺繍がある…一科生のグループ、もう一つは二科生…美月、エリカ、レオである。

 

第一幕は昼食時の食堂であった。第一高校の学食は広いが、新入生が勝手知らずという事情からこの時期は混雑する。達也たち四人は専門課程の見学を早めに切り上げて食堂にいた。だからそれほど苦労する事なく四人がけのテーブルを確保する事ができた。

 

半分程食べ終わった時、この時レオはすでに食べ終えていたが、さっきまで見学していた一科生達が食堂に入って来た。そこで一悶着あった。最初はオブラートに包んでいたが、段々言葉使いが荒くなっていた。エリカとレオは一科生の身勝手で傲慢な言い種に爆発しそうであった。

 

達也も一科生たちの言い分に腹が立っていないわけではなかったが、それ以上に事を荒だててはいけないという考えもあった。達也と美月は協力してエリカとレオをなだめた。二人は納得がいかない様子ではあったが、最後には移動してくれた。

 

第二幕は午後の専門課程の見学中であった。『射撃場』と呼ばれる遠隔魔法用実習室では、三年A組の実技が行われていた。

 

生徒会長の七草真由美が所属するクラスだ。生徒会は成績で選ばれるわけではないが、今期の生徒会長は遠隔精密魔法の分野で十年に一人の英才と呼ばれていた。

 

彼女の実技を見ようと大勢の新入生が射撃場に詰め掛けたが、見学できる人数は限られている。こうなると一科生に遠慮してしまう二科生が多い中、達也たちは最前列を陣取った。エリカとレオは食堂の一件があったせいか得意げに、美月は周りの一科生たちの視線に落ち着かなく、達也はエリカとレオに呆れていた。

 

 この時は生徒会長の御前だったからか争いに発展することはなかったが、一科生たちと達也たちの間は不穏な雰囲気が漂っていた。

 

そして第三幕つまり現在進行形で行われている一科生たちと達也たちの言い争いを以外にも美月が啖呵を切った瞬間であった。

 

「いい加減にしてください!私たちがあなたがたに何をしたっていうんですか!こんな嫌がらせなんの意味があるんですか」

 

相手は第一幕と同じ一科生たちであった。

 

「別に二科生が何の努力もせずにそんな早く帰っていいのかって親切心で言ってやってるだけだよ」

 

言っている事は正しいのだが、その台詞からは微塵も親切心は感じない。嫌味たらしく言っているからだろう。その言い方に腹が立ったのか、エリカがさらに荒立てる。

 

「余計なお世話よ。それにあなた達はいいの?見下していた相手いつの間か抜かされても知らないわよ」

 

エリカはお返しとばかりに嫌味たっぷりに言った。

 

「僕達はブルームだ!ウィードごときに抜かされるなんて事はありえない」

 

入学前での順位が入学後も通じるわけではない。だがこの一科生は自分にそうとうの自身があるのだろう。エリカの単純な挑発に簡単に逆上してしまう。

 

そしてこれに真っ先に反応したのは意外にもエリカでもレオでもなく美月だった。

 

「ブルームだ、ウィードだ、って同じ新入生ではないですか。今の時点であなた達の方がどれだけ優れていると言うんですか!」

 

「……どれだけ優れているか?知りたいなら教えてやるぞ」

 

 売り言葉に買い言葉というより、この一科生は自分の力を見せつけることがしたいのだろう。

 

「ハッ、おもしれぇ!是非教えてもらおうじゃねぇか」

 

レオが一科生の挑発に乗り挑戦的な大声で応じた。

 

「だったら教えてやる!」

 

学校内でCADの携行が認められているのは生徒会と一部の委員のみ。学外における魔法の使用は法令で細かく規制されている。だがCADの所持が学校外で制限されているわけではない。それにCADの所持そのものを法令は禁止してはない。

 

それ故に、CADを所持している生徒は、授業開始前に事務室に預けて、下校時に返却してもらう。だから、下校途中にある生徒がCADを持っていても、おかしい事ではない。だが、それが同じ生徒に向けられるのは非常事態である。

 

達也は暴力沙汰にならぬ事を祈って、あえて何の口出さず傍観の立場で徹していたがレオと一科生との争いの火ぶたは切られそんなことしている場合ではなくなった。

 

達也は一科生の魔法を防ごうと右手を突き出す。だが達也は右手を突き出しただけでそれ以上のことをなにもしなかった。いや、する必要がなくなった。

 

「ヒッ!」

 

悲鳴を上げたのは、銃口を突きつけていた一科生の方であった。小型拳銃携帯のCADは、彼の手から弾き飛ばされていた。そしてその眼前では、どこから取り出したのか伸縮警棒を振り抜いた姿勢で、エリカが笑みを浮かべていた。

 

「この間合いなら身体を動かした方が速いのよね」

 

「それは同感だがテメェ今、オレの手ごとブッ叩くつもりだったろ」

 

レオはCADに掴みかかろうとしていたが危ういタイミングで手を引いていた。

 

「あ〜らそんな事しないわよぉ」

 

「わざとらしく笑ってごまかすんじゃねぇ」

 

エリカはごまかす気がないごまかし笑いを振りまいていた。

 

「本当に叩くつもりはなかったわ。身のこなしを見てかわせると思ったもの」

 

「……バカにしてるだろ?テメェ、オレのことあたまからバカにしてるだろ」

 

「だからバカそうに見える、って言ってるじゃない」

 

二人は目の前の敵のことを忘れて言い争っている。そんな中、いち早く我を取り戻したのは一科生であった。

 

「ッ…舐めないで!」

 

その声に反応し周りの一科生たちは我を取り戻していき、エリカとレオが既に自分たち一科生ではなく互いに意識を移していることに腹を立てたのか魔法を発動させていく。エリカとレオは完全に油断している。そのうえ魔法の数が多くたったの二人では対処しきれない。美月はこの状況についていけていない。

 

達也は再び右手を上げ今度は魔法を防ぐため、サイオンの砲弾を繰り出す。

 

「皆、やめて!」

 

 一科生たちの放った魔法の中には危険性のないものも含まれていたが、達也は区別なく無差別に打ち抜いていく。

 

「きゃっ」

 

「な、なんだっ」

 

 発動されるはずだった魔法が突如として不発に終わり、一科生たちは戸惑っている。

 

「お前、何をした!」

 

 一科生たちは右手を突き上げたままでいる達也に問いかけ、というより恫喝のようであった。だが達也は一科生の問いには答えず、臆することもなく突き出していた右手を下した。達也のその行動を挑発と受け取ったのだろうか、一科生は再び魔法を発動しようとした。

 

「やめなさい!自衛目的以外で魔法による対人攻撃は、校則違反以前に、犯罪行為ですよ!」

 

達也たちと一科生たちの間に割って入ったのは生徒会長・七草真由美、風紀委員長・渡辺摩利であった。一科生たちはこの二人の登場で発動しようとしていた魔法は不発になり、中には青ざめている者もいる。達也はこの二人が近づいてきているのがわかったから、そもそもで最初から二人がこのいざこざを見ているのを気付いていたから可能な限り何もしなかったのだ。

 

「1-Aと1-Eの生徒ね。事情を聞きます。ついて来なさい」

 

 命令をしたのは摩利。彼女はすでに起動式の展開を済ませている。抵抗は無駄であろう。

 

 達也たち4人と一科生たちは黙って摩利の命令に従い、彼女たちの後ろをついていく。その光景は母鳥を追いかける雛、それとも大人しく従う囚人、どちらに見えただろうか。

 

 達也は雛もしくは囚人たちの列の最後尾を歩き、どうすれば丸く収められるか考えていた。




原作との変更点はレオと会うタイミング、達也たちと一科生とのいざこざの結末です。
登場人物の性格に特に変わりはないと思ってます。


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入学編2

 達也たち4人と一科生たちが連れていかれた場所は会議室であった。この場にはいざこざの当事者たちとそれを連れてきた真由美と摩利に加えて部活連の会頭・十文字克人が加わっていた。ことの問題性からか一高の三巨頭がそろい踏みであった。

 

 この空間で行われていることは事情聴取というより尋問に近かった。達也、エリカ、美月、レオの4人の中からは達也、一科生たちからは森崎という男子生徒が代表として前に出て事の顛末、真由美、摩利、克人から質問を返していた。だが、克人は近くにいなかったからか腕を組んで聞き役に徹していた。

 

「要するに、君たちは彼らに頼んで指導を受けていたということか?」

 

 摩利の質問の『君たち』は達也たち、『彼ら』は一科生を示していた。そして達也は実際に起きたこととは別のことを話した。短い時間ではあったが達也は連れてこられている間に考えたシナリオは『達也たちは一科生たちに魔法の指導を頼んだ。だが真に迫っていたため魔法の発動を妨害してしまった』である。

 

完全に納得させるには無理があるシナリオだと思われるが、真由美と摩利は遠くから見ていただけでその場にいたわけではない。当事者がそうと言えばそれ以上問い詰められることもないだろう。一科生たちも攻撃性の魔法を人に対して放とうとした。不発に終わったものの重大な危険行為である。おそらくは停学、もしくはそれ以上の罰が与えられる。

 

 一科生たちも入学早々に停学処分など受けたくないだろう。達也はその心情を利用した。気がかりと言えば、一科生たちが達也のシナリオに異を唱えることであった。連れてかれている間に頭が冷えたか、それとも目の前の三巨頭に怖気づいているだけなのか。一科生たちは達也のシナリオに口をはさむことはなかった。

 

 エリカ、レオ、美月には会議室に入る前に説明をし、エリカとレオはしぶしぶ、美月は見当違い罪悪感を持ち納得してくれた。

 

「はい。自分たちは彼らに指導を頼みました。森崎一門のクイックドロウは有名ですし。ですが、あまりにも真に迫っていたので魔法の発動の邪魔をしてしまいました。会長たちが争っているように見えたのはおそらくはそれでしょう。一科生たちには申し訳ないことをしたと思っております。」

 

 一科生たちの中に魔法師のなかでは有名な森崎家の者がいて達也は助かっていた。達也のシナリオの補強材料となるからだ。

 

 しかし達也は自分で考えたシナリオとは言え、歯の浮くようなことを話し続けていたためか、変な気分になっていた。達也は腹芸が得意ではないのだ。

 

「十文字君はどう思う?」

 

「指定場所以外での魔法の使用は厳重に禁止されている。それが生徒同士の教えあいだったとしてもだ」

 

ここまで固く口を閉ざしていた克人が真由美の問い掛けに口を開きはじめた。

 

「だが入学したばかりで指定場所がわからなかったのだろう。今回のことは不問にしても構わないと思う」

 

後ろから安堵と不満気な雰囲気が流れてきた。安堵の空気が一科生、不満気な空気はエリカとレオだろう。

 

「私もだいたい同じ意見よ、摩理は?」

 

「風紀委員会には罰則を与える権限はない。二人が不問にすると言うなら反対はしないさ」

 

摩利は達也の思惑どおり『罰は与えない』と口では言ってくれた。だが摩理の目は『騙されてはいない』と言っていた。達也も騙し通せるとは思っていない。こんなものに騙されるやつはよほどのバカか、お人好しだけだ。

 

達也の目標はあくまで丸く収めて、これ以上一科生からの嫌がらせを受ける可能性を減らすこと。非の打ち所がない話をして騙すことではない。

 

「では、このことは先生たちには報告しません。生徒同士の教えあいは良いことですが、今回は非常に危険がありました。次からはちゃんと指定場所で行なってください」

 

真由美がそう締めくくり、事情説明は終わった。

 

 

 

 

 

「借りだなんて思うなよ」

 

会議室から出てすぐ、一科生側の代表・森崎が達也に耳打ちをしてきた。達也はそれを黙秘で返した。その態度がしゃくに触ったのか森崎は小さく舌打ちをして去っていった。

 

取り残された達也、エリカ、美月、レオの四人組は一科生たちが去っていったと逆方向へと進んだ。

 

四人の中には重い空気が流れていた。階数を1階分降りて会議室には何も聞こえないだろうところまで来たあたりで、エリカが最初に口を開いた。

 

「何よ、あいつら。お高くとまっちゃって。達也君のおかげでお咎めなしなのに!」

 

エリカの不満は予想通りのものであった。達也たちがあれこれ嘘を吐いたせいで『問題なし』となったのに、一科生のあの態度だ。

 

達也にももちろん不満はある。しかしこれ以上、一科生に目をつけられることも避けたかった。高校生活はまだ二年以上ある。達也は後者を取った。

 

「今から戻ってほんとのこと全部喋らない?」

 

「戻って話すっても、どうすんだよ。会長たちはもう結論を出しちまってるんだぜ」

 

エリカに反論をしたのは意外にもレオであった。レオならばエリカと一緒に生徒会室あたりに突喊してもおかしくないと達也は思っていた。意外にも頭が冷えているのだろう。

 

「達也さんが苦労して不問にしてもらったんだし、落ち着こう、エリカちゃん」

 

「……ごめん、頭に血が上ってた。大丈夫、わかっている。あたしや達也君とかレオは大丈夫でも、美月や他の二科生に迷惑がかかっちゃう…でしょ」

 

 美月とレオの言葉にエリカは頭を振って落ち着きを取り戻したようだ。口調も落ち着いている。

 

「エリカの怒りも当然のものだ。構わないさ」

 

「しっかし、あいつらのあの態度はほんとイラつくぜ」

 

 レオは今頃、昇降口のあたりにいるだろう一科生たちの方向を睨んでいる。

 

「でも、申し訳ありませんでした。達也さん」

 

「うん?なんで美月が謝るんだ?」

 

 今回の一件では美月は何もしていない。思いがけない謝罪に達也は戸惑う。

 

「私も口を荒げて、口論してしまったので」

 

 確かに美月は声を荒げていた。声を荒げるような性格ではないと思っていたため、美月のあの行動を達也は良く覚えていた。

 

「そんなことか。一科生たちに目を付けられたんだ、遅かれ早かれこういう状況にはなっていただろうさ。それに俺の方が怒鳴ってた可能性もあったさ。美月が気にすることじゃないさ」

 

「そーよ、悪いのは全部あいつら。美月が反省することなんてこれっぽっちもないわ」

 

「あぁ、あいつらから喧嘩をふっかけてきたんだ」

 

 励まされた美月は落ち込んでいた表情に笑顔を浮かべ、花を咲かせた。

 

「レオとエリカは少しは反省しろ。挑発したり、CADに掴みかかろうとしたり、弾き飛ばしたり。かなり危なかったんだぞ」

 

 しかし、この二人には反省をしてもらいたかった。達也のくどくどとした説教にエリカとレオは体をどんどん小さくさせていく。

 

「少しよろしいでしょうか」

 

凛とした鈴の音のような声だった。その声は階段の上から聞こえてきた。声の持ち主は達也たちが予想外の人物、かつ今一番会いたくない者の筆頭にいる人物であった。階段の上にいたのは今年度首席合格者、四葉深雪。

 

「何かようかしら?四葉さん?」

 

この場で話しかけれたのはエリカのみであった。頭を冷やしたように見えてもやはりまだ尾を引いている部分があるのだろう。美月は完全に萎縮してしまっているし、レオも少し腰が引けてしまっている。達也も関わりたくないという気持ちが強くあり、会話さえも避けたいと思ってしまっていた。

 

「あの…できればそんなに固くならないでもらいたいのですが」

 

深雪は階段を降りながら、苦笑いを浮かべている。

 

「そう?あたしはいつも通りのつもりだけど」

 

エリカの声は全くいつも通りではなかった。言葉の端々に怒りがこもっている。

 

「それで?何のよう?」

 

「はい、お話は先程のことです」

 

エリカの警戒心、敵対心のレベルがもう一段階上がってように見えた。深雪はそれを前にしてまた苦笑いを浮かべる。

 

「森崎君たちがあなたがたに危害を加えようしたと聞いたので、彼らの代わりを代表すると言うのもおかしな話かもしれませんが、謝罪をしたくて参りました」

 

達也たちは深雪の言葉を頭で理解するのに数秒を要した。エリカの警戒心、敵対心がみるみるうちに下がっていくのがわかる。彼女は戸惑い一色の顔で振り向き、美月、レオ、達也の順に見ていく。

 

「えーと、あれは…達也くんが…そう、達也くんが勉強のためだったって説明したはずだけど」

 

しどろもどろにおかしなことをエリカは言い始めた。相当混乱をしているのだろう。彼女自身が腹を立てていた要因の一つを自ら話し始めた。

 

「あなたがたと森崎君たちの間にそのような関係が無いのは知っています。昼休みの一件は彼らが私の席を取っておくためにやったようなものですし、彼らには明日良く言っておきます。申し訳ありませんでした」

 

エリカは再び後ろを振り向く。振り向いた時の表情は戸惑いや困惑、動揺、不可解といったものをごちゃ混ぜにしたものでとても面白いものであった。恐らく、エリカのこんな表情などもう見れないだろう。

 

しかしそのような表情を浮かべているのはエリカだけではなく、達也、美月、レオも同様であった。

 

「まぁ…良いんじゃないか、謝罪を受け入れても」

 

四つの感情の渦からまだ抜け出しきったわけではないが、四人の中では比較的早く復帰した達也はなんとか返答をした。

 

「ありがとうございます」

 

深雪は笑顔浮かべて、再び頭を下げる。

 

「頭を上げてください、それで…一つ聞きたいのですが」

 

深雪は頭の上にクエスチョンマークを浮かべて頭を上げる。

 

「彼ら一科生が俺たちに攻撃しようとしたというのは誰から聞いたんですか?」

 

達也は深雪の『危害を加えようとした』この言葉に一抹の不安を覚えていた。

 

「七草先輩と渡辺先輩からです。あぁ、でも問題にはしないようです。なにやら事情があるみたいだからって」

 

真由美や摩利から聞いたとしたら会議室で言ったことを白紙にするのではないかと、達也には不安があったが、その不安は深雪の言葉で大きくなり、同時に消えていった。

 

「それで…その四葉さん?」

 

「深雪でいいですよ。名字で呼ばれるのは好きじゃないので」

 

「あぁ…そう。じゃあ深雪さん、他にあたしたちに文句を言いに来たとか…」

 

 深雪は首を傾げてキョトンとしている。

 

「先ほど言ったように私たちが全部悪いので、文句なんて言えませんよ」

 

 エリカはレオ、美月、達也の順に顔をみる。一科生の中で最も優秀と言える深雪から謝罪をどう処理すれば、良いのかわからないのだろう。

 

「俺たちは別に怪我はしたわけでもない。素直に受け入れたらいいじゃないか」

 

「…そうね、謝られたのに許さないなんて、それこそあいつらと一緒みたいで嫌だし」

 

「本当に申し訳ありません」

 

 エリカの言葉に深雪は再び頭を下げてしまった。

 

「あぁ、深雪にいったわけじゃないから。もう謝罪なんていらないから」

 

「ありがとうございます。それで…あの」

 

 深雪は途中で言い淀んだ。その言い淀みはエリカの名前を知らないからだった。エリカは深雪が言い淀んだ原因を一足早く察知した。

 

「私は千葉エリカ、この子は柴田美月、この大男はレオ」

 

「オイ、コラ、ちゃんと紹介しやがれ」

 

 深雪とエリカのやり取りを見て、大分緊張がほぐれてきたのだろう。レオはいつも通りエリカに突っかかった。

 

「ハイハイ、西城レオンハルト君。それでこっちの彼が」

 

「司波達也さんですよね?」

 

 深雪は悪戯っ子のような笑み、そしてほんの僅かに罪悪感を顔に浮かべて、ピタリと達也の名前を言い当てた。彼女が知っているとは、誰も思っていなかったため達也たちは全員、驚いていた。

 

「知り合いなの?」

 

 エリカの問いに達也は首を振る。

 

「いや…今日が初対面のはずだが…」

 

 達也は自分の記憶力には自信があった。故に深雪が彼の名前を知っている理由がわからなかった。

 

「生徒会でちょっとした騒ぎになっていましたよ。入学試験の七教科平均点が九十六点って」

 

 エリカ、美月、レオはぎょっとし、達也に視線を集中させた。いきなり計八つの目が向いてくるものだから、達也は居心地が悪くなった。

 

「特に驚いたのが、魔法理論と魔法工学が満点だったということです。もう一回受けたとしても、満点なんて取れる自身はありません」

 

 自己採点でおおまかにそれくらいの点数が取れていることは把握していたが、まさか生徒会で話題になっているとは予想外であった。

 

「普通じゃねぇとは思っていたが、まさかそこまでとはな」

 

「たかだかペーパーテストの結果だ」

 

「だからってそんな高得点取れないわよ」

 

「でも、そこまでの点数を取っても、二科生なんですね」

 

 美月の一言は達也、エリカ、レオに刺さった。

 

「え、あっ!ごめんなさい。私…その…すみません」

 

 美月の一言に悪気はない。心のなかから湧き出たちょっとした感想のようなものだ。それは達也たちにもわかっている。

 

「やっぱり、おかしいですよね。魔法力が低いってだけなのに」

 

「仕方がありませんよ。この学校は実技を重視していますから」

 

 五人のなかに流れる空気がとたんに悪くなってしまった。

 

「あー、それにしても驚いたわ。まさか深雪から謝られるなんて」

 

 重くなった空気を払拭するためだろう。エリカが無理矢理、話題を変えてきた。

 

「あぁ、ごめん。堅苦しいの嫌だから、この口調のままでしゃべらしてもらうわよ、深雪」

 

「私もそっちのほうが嬉しいわ、エリカ」

 

 エリカは数分前の警戒心も敵対心も微塵も感じさせずに、深雪と自然に仲良くなっている。そういえば入学式でも達也たちと仲良くなっていたし、彼女には仲良くなる点で天性の才能があるのかもしれない。

 

「悪いことしたら、謝るのは当然のことよ」

 

「それでも簡単にできることではありませんよ」

 

 美月は首席合格、美しさ、そしてリーダーとしての素質もあるとわかってか、深雪を軽く羨望の眼差しで見ている。

 

「そんなことないわよ」

 

 『そんなことない』と言っても、そう簡単にできることでもないだろう。

 

「あ!すみません。私そろそろ生徒会室に戻らないと…」

 

「そうなの?生徒会頑張ってね。深雪」

 

 別れの挨拶をそれぞれ行い、深雪は上への階段を登り、達也たちは下へ階段を降る。

 

「あの!一つお願い良いですか?」

 

 上の階に向かったはずの深雪が早足で、階段を降ってきた。

 

「どうしたの?」

 

 エリカが深雪に問う。深雪は息が上がっているわけでもないのに、息を整えて、意を決したように話し始めた。

 

「明日からも出来れば、こうやってお話しさせてもらえませんか?」

 

 深雪の『お願い』はとても単純なものだった。

 

「もちろん、当たり前よ、今度一緒にケーキ屋さんに行きましょ、もちろん、達也くんとレオのおごりで」

 

「勘弁してくれ」

 

「あぁ、そうだおめぇのような女にいちいちおごってたら、こっちの財布が持たねえ」

 

「なんですって、この筋肉男!」

 

「ってぇな、警棒女!」

 

 エリカはレオの脛を蹴り、ギャーギャー言い合い始めた。達也はまた始まったかとため息を一つついた。美月は放置すればいいものを二人の中に入ってワタワタしている。深雪は安心したように笑顔を浮かべた。

 

 深雪は再び別れの挨拶をし、今度こそ上に向かった。達也たちは彼女を見届けて、階段を降った。

 

 エリカは最後にああ言ったが、達也には彼女と仲良くできるとは思えなかった。きっと深雪と仲良くなれるのはこの中だとエリカ、同性ということを考えると美月の二人だけだと、達也は思った。

 

 

 

 

 

 次の日の正午、達也たちは食堂で昼食を取っていた。しばらくは食堂を利用しないで、弁当などを用意できればよかったが、昨日今日で準備するのは難しかった。そういうわけで食堂を利用している。だが今日はボックス席ではなく、カウンター席の端に座っている。

 

 達也たちの場所取りが良かったのか、それとも一科生が大人しくしているだけか、一科生が絡んでくることもなかった。

 

 昼食を食べ終わったあとも、達也たちは食堂に長居するわけでもなく、すぐに教室に戻った。

 

 事件は教室に戻ったあとに起きた。何事もなく食堂から教室に戻れたことに、達也は油断していた。だが油断をしていなかったとしても、回避はきっとできなかっただろう。

 

 食堂から1-Eの教室へと戻ると当たり前だが騒然としていた。その騒然が明るい空気ではなく、不穏な空気であった。

 

 その空気自体は今朝の時点であった。きっと1-Eの生徒の何名かが昨日のこと知ったからであろう。問題があるとすれば、不穏な空気が今朝よりも重くなっていたことだ。

 

 達也、美月、レオは自分の席へと戻ったが、エリカは『ちょっと聞いてくる』と言い、クラスメイトの方へと向かった。クラスメイトとの会話は数十秒で終わったようで、エリカはすぐに戻ってきた。彼女が不機嫌を隠さずに戻ってくる様子は、達也たちに悪い予感しかもたらさなかった。

 

「なんか…生徒会長と深雪が達也君を探しにきたんだって」

 

 悪い予感は見事に的中した。達也、美月、レオの気分はとたんに重くなった。

 

「となると私たちも?」

 

「ううん、達也君だけに用があったみたい」

 

「俺だけ?」

 

 色々と不可解なことである。深雪と真由美が達也を訪ねてくる用があるとしたら、昨日の一件くらいしか思い当たらない。だがそれも昨日すでに解決はした。達也が呼び出されることは何もないはずだ。

 

「うん、そうみたい。達也君がいるか聞かれて、放課後に生徒会室に来てって伝えるのを頼まれただけみたい」

 

「昨日の一件でしょうか…」

 

「だが達也だけが呼び出されるか?」

 

 ひとしきり考えても四人の頭に結論が出はしなかった。

 

「放課後になるまで待つしかないな」

 

「にしても何かきな臭いわね」

 

 理由がないのに呼び出されるとは思えない。呼び出されるのなら何か理由があるはずだ。だが、その理由に達也たちは思い当たらなかった。

 

「体育館裏だけじゃないマシと思うしかないな」

 

「体育館裏っていつの時代だよ」

 

 おそらくは空元気だろう、エリカ、美月、レオは達也の冗談に笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 午後の授業が終わり、放課後となった。達也は生徒会室に呼び出された一件を忘れて帰ってしまいたかった。だがここで逃げても、きっと明日、達也は行くことになるだろう。もしかしたら、多少過激な方法が取られるかもしれない。今日行くのが得策だろう。

 

 エリカ、美月、レオは教室に残るつもりだったようだが、達也は彼女らに帰るように促した。生徒会室に呼び出された理由がわからず、いつ達也が解放されるかわからないからだ。

 

 達也は重い足で一歩一歩、生徒会室へと歩いていく。その途中で達也は意外な人物たちに出会った。深雪である。同じ高校なのだから意外でもないかもしれないが、一科生と二科生は校舎が違う。

 

「こんにちは、お迎えに上がりました」

 

「俺にですか?」

 

「はい、会長に頼まれまして」

 

 深雪の迎えは伝達ミス、それとも逃走防止どちらを想定してのことだろうか。

 

「俺が呼び出された理由を聞いてもいいですか?」

 

「ここで話すのはちょっと…」

 

 口止めをさせられているのか、深雪は難しい顔をして言いよどむ。

 

「あっ、でも昨日のことではありません」

 

 少なくとも昨日の一件ではないことがわかったおかげで、達也は目先の不安をなくすことができた。ほんの僅かであるが、彼は気分が軽くなった気がした。

 

「じゃあ要件はなんですか?」

 

「いえ、私の口から話すより生徒会室で直接聞いた方がよろしいかと」

 

 肝心の達也が生徒会室に呼ばれた理由はわからなかった。達也の気分はまた重くなってしまった。

 

「とりあえず、生徒会室に行きましょうか」

 

 廊下で考えても解決することはないだろう。達也はそう結論付けて、深雪の言葉に従った。

 

 達也と深雪は隣りあって歩いているが、会話はない。二人の間には気まずい雰囲気が流れていた。この空気のせいで、達也の気分はさらに重くなっている。

 

達也はどうにかしたかったが、話の種が見つからなかった。

 

「四葉です。司波さんをお連れしました」

 

 結局、達也と深雪は無言なまま生徒会室の前に来てしまった。深雪は扉脇にあるインターホンを押し、引き戸の取手に手を掛けた。

 

「失礼します」

 

 最初にこの部屋の主の一人である深雪が生徒会室に入った。

 

「失礼します」

 

 その次に達也は腰を折り、お手本になりそうなお辞儀をして生徒会室に入った。

 

 生徒会室の中には男子一名、女子四名であった。女子のうちの二名は真由美と摩利、残りの女子二人と男子と会うのは初めてだった。

 

 真由美と摩利からは歓迎、初対面の女子のうち背の高いほうからは好奇心、背の低い女子からは警戒と安心、そして男子からは明らかな敵意を向けられた。

 

「よ、待っていたぞ」

 

「いらっしゃい、達也くん。深雪さんもありがとう」

 

 予想外に好意的な歓迎を真由美と摩利から受けて達也は戸惑いを覚える。二人の好意的な態度に比例して男子生徒の敵意が高くなったのは達也の気のせいではないだろう。

 

「それでは司波達也くん、こちらに来てくれ」

 

 摩利は生徒会室の奥にある扉へと手招きをした。それはおそらくは非常階段への扉だろう。その先で何があるのかわからないが、達也は大人しく摩利の言うとおりにしようとすると。

 

「渡辺先輩、待ってください。まだ話は終わっていません」

 

「だから司波達也くんを生徒会選任枠で指名したのは七草会長だ。そうだろう、服部刑部副会長」

 

「それでも自分はまだ認めていません」

 

摩利と今どき聞きなれない名称で呼ばれた男子生徒、服部は口論というより論争を始めた。達也自身の名前が出なければ対岸の火事であったが、名前が出たことで達也の緊張度は一段階上がる。

 

「それに本人はまだ完全には受諾していないと聞いています」

 

「だが生徒会としての意思表示は、生徒会長によって既になされているし、達也くんが受けるかどうかは彼自身の問題だ」

 

 話の内容がわからないくせに、話の所々に自らの名前があるのが、達也を無用に不安にさせる。他の役員も達也に説明をしてくれそうにない。説明されるまで待つか、それとも、これは自ら二人の論争に割って入って説明をもとめるか。どちらを選ぶか悩んでいると。

 

「それでもその一年生を風紀委員に任命するのは反対です」

 

 服部が話の内容を喋ってくれた。そしてこれ達也が呼び出された理由がこれだろう。信じ難い、いや信じられない話だったため、達也は目を見開いた。彼は声を出さなかっただけで、口を少し開け間抜けな顔をしていた。

 

 達也は摩利と服部の向こう側、アルカイックスマイルを浮かべ二人を見ている真由美を見た。

 

 彼女が浮かべていたアルカイックスマイルから『あれ?』という声が聞こえてきそうな不味いといった表情に変わった。

 

「もしかして、説明していなかったのですか⁉」

 

 真由美の表情が変わるのを服部は見逃さなかった。そして彼は摩利に向かって、半分責めるように言った。

 

「あー、いや、四葉からなにも聞いていないのか?」

 

 摩利は真由美と同じように不味そうな表情を浮かべて、達也に問いかけた。

 

「えぇ、私には責任が重いと思いまして、それに渡辺先輩から直接、話を聞いたほうがよろしいかと思いまして…」

 

 しかし突然の話の衝撃から立ち直れていない達也は摩利からの問いかけには答えられず、代わりに深雪が答えた。

 

 服部は摩利を糾弾するように睨み、摩利は旗色が悪くなったのか苦虫を嚙み潰したような表情になった。

 

「それで自分が呼び出されたというのは、その風紀委員への任命ということなのですか?」

 

 衝撃から立ち直りきったわけではないが、達也は確認の意味で問いかける。

 

「あれー、言ってなかったけ?」

 

 おそらく真由美と摩利は服部に『達也にはもう風紀委員会への加入を勧めることも話した』とでも言っていたのであろう。話が上手くいくように、彼女たちは『達也は前向きに考えている』と加えていたのかもしれない。

 

 それでだ。真由美の質問に『イエス』と『ノー』と答えるか、達也は考えた。『イエス』の場合は、彼は風紀委員会に入ることになるだろう。『ノー』の場合は、彼が風紀委員会に入るか、入らないかもめることになるだろう。

 

「今初めて聞きました」

 

 どちらの選択肢も達也にメリットはない。違いはある。『イエス』の場合の方がデメリットがはっきりしている。となると、達也が取る選択肢は『イエス』の一択であった。

 

 その結果、そこからの摩利と服部の論争は泥沼化した。

 

 達也は選択を間違ったかと思ったが、論争は『彼を風紀委員会に入れる』という主張の摩利と、それに反対する服部という形で行われていた。

 

 摩利と服部の論争に終わりが見えず、今日中には終わらないのは、生徒会室にいる者たちにとっては満場一致だったようで、達也はまた明日に生徒会室に来るように指示されて、彼は帰ることを許された。

 

 

 

 

 

「模擬戦ですか…」

 

達也は約束通り、再び生徒会室に訪れた。そして摩利の口から服部との模擬戦を行うように説明された。

 

「君の実力を測るのもそれが一番手っ取り早いだろう」

 

「模擬戦をするのに特に不満はありません……ですが」

 

 摩利は訝しげに達也を見る。

 

「なんだ?」

 

「自分を風紀委員会に加入させたい理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 昨日の時点で、達也はすでに気になってはいた。だが昨日の雰囲気では彼は口をはさむことはできなかった。

 

「複雑な話ではない。風紀委員会の仕事内容を知っているか?」

 

「いえ」

 

「一口で言えば、魔法使用の校則違反者を取り締まる。一科の生徒も二科の生徒も例外なくだ。そして今まで二科の生徒が風紀委員に任命されたことはなかった。それはつまり、二科の生徒による魔法使用違反も、一科の生徒が取り締まってきたということだ。これは一科生と二科生の間の感情的な溝を深めることになっていた。私が指揮する委員会が、差別意識を助長するというのは、私の好むところではない」

 

 大層な理由だと達也は思った。

 

「わかりました。模擬戦でしたよね」

 

 達也の言葉に、服部は顔をほんの少し歪める。彼の気持ちはきっと『生意気な一年だ』だろう。

 

「それでは私は生徒会長の権限により、二年B組・服部刑部と一年E組の模擬戦を、正式な試合として認めます」

 

「生徒会長の宣言に基づき、風紀委員会として、二人の試合が校則で認められた課外活動であると認める」

 

「時間はこれより三十分後、場所は第三演習室、試合は非公開とし、双方にCADの使用を認めます」

 

 真由美と摩利の厳かな宣言をもって、達也と服部の模擬戦が行われることが正式に決定した。

 

 

 

 

 

 そして三十分後、第三演習室には達也、深雪、真由美、摩利、鈴音、あずさ、服部の姿があった。本来は模擬戦を行う達也、服部、審判で摩利がいれば十分なのだが、服部を除く生徒会役員は見学希望としてこの場にいた。

 

既に摩利から模擬戦のルール説明は終わり、達也と服部は五メートル離れた開始線で向かい合っていた。達也はCADを握る右手を床に向けて、服部は左腕のCADに右手を添えて、摩利の開始の合図を待っている。

 

「始め!」

 

 服部は右手をCADの上に走らせる。達也は変わらず立っている。

 

 服部が放とうとしている魔法は基礎単一系統の移動魔法。速度を重視した魔法による短期決戦、試合の出だしは達也の予想通りであった。達也はそれを発動する前に『術式解体』で打ち抜く。

 

 魔法を無効化されたが、服部に戸惑いの様子はない。おそらくは摩利が服部に『術式解体』を達也が使えることを教えたのだろう。

 

 服部は再び右手をCADの上に走らせる。今度は同じ単一系統の放出系統魔法、数は十。達也の周囲に展開される。

 

 達也は右に展開された四つを『術式解体』で打ち抜き、残りの六つは右に跳ぶことで回避する。服部は右に回避した達也に再び移動魔法を発動させる、達也はそれを再び『術式解体』で打ち抜く。

 

 達也が魔法を無効化した時、服部の右手はまだCADの上にあった。魔法式が展開される。達也はこれを『術式解体』で打ち抜こうとはしなかった。

 

 発動された魔法は振動系統。狙いは発光による目くらまし。達也の目は一瞬、服部の姿を失う。

 

 その一瞬の隙をついて服部は達也に接近し、その勢いのまま右ストレートを放つ。達也は左手ではじくことで防ぐ。達也と服部は足技は禁止されているため、素手のみであるが徒手空拳の近接戦闘へと戦いが変わった。

 

 ひたすら攻め続ける服部、防御と回避のみ達也。

 

 近接格闘が十数秒続いたのち、達也は掌底打ちを服部の頭部へと放つ。服部は頭を僅かに右にずらすことで、それを避ける。達也は掌底打ちを外し、一瞬の隙ができてしまう。

 

服部はその隙を見逃さなかった。彼は達也の顎へとアッパーを狙う。

 

 達也にはその服部の攻撃がスローモーションに見えた。走馬灯のようなものだろう。きっとこの一撃が、模擬戦の勝敗を決する。

 

達也は服部の拳が顎に当たった。彼がそう感じたとき、時間の流れが正常に戻った。達也は身体を後ろに反り、床に倒れてしまった。

 

 服部は自らの左手と倒れた達也を驚いたように交互に見た。

 

 達也は立ち上がろうとするが、上手く立てないようだ。彼は片膝立ちで止まる。

 

「渡辺…先輩…」

 

 達也は片膝立ちのまま、弱弱しく声をだした。

 

「…俺の負けです」

 

 弱弱しい声のまま、達也は負けを認めた。その宣言を一番近い場所で聞いた服部は顔を一瞬で赤くし、何か口にしようとするが、音を発することができず、ぱくぱく動かすだけであった。

 

「…勝者、服部刑部」

 

 達也の宣言に摩利は全く納得がいっていないようだ。だが彼女は一方が負けを認めている以上、模擬戦の勝者を宣言し、終わりにしなくてはならない。

 

「貴様何で!」

 

 服部はやっと声を出すことができた。彼の心のなかは怒りと羞恥で渦巻いていた。

 

「………」

 

 達也は何も答えない。彼の黙秘に、服部は彼の襟をつかみ上げようとする。

 

「待て、服部」

 

 激情のまま行動する服部を止めたのは摩利だった。模擬戦が終わった以上、そのあとに手をあげるのは、ただ私闘である。風紀委員長として摩利にはそれを止めなければなかった。

 

「達也くん、君は保健室に行き、風紀委員会本部に来い」

 

「………」

 

 摩利の言葉は命令であった。達也はそれを無言でうなずくことしかできなかった。

 

 模擬戦が終わった第三演習室には重苦しい雰囲気が漂っていた。

 

 

 

 

 

 達也は第三演習場を出たあと、事務室にCADを返し、保健室に行った。保健室は彼の顎に湿布を貼っただけであとにすることができた。その後、達也は大人しく摩利の言うとおりに、風紀委員会本部に向かった。

 

 風紀委員会本部に行くまでの達也の足取りは、昨日、今日の生徒会室に行くまでのものよりも重いものだった。

 

 可能ならば、達也は本部室に行きたくなかったが、そんなことするわけにもいかない。せめてもの抵抗で、彼はゆっくり歩いた。だが、本部室までの距離は少しづつ縮まり、とうとう達也は風紀委員会本部の前まで来てしまった。

 

「失礼します」

 

 意を決し、達也はノックをして本部室に入った。

 

風紀委員会本部には真由美と摩利の二人のみがいた。

 

「ずいぶんと時間がかかったようだが、怪我はないか?」

 

 摩利は皮肉たっぷりに言った。彼女はかなり苛ついているようだ。達也もそのことは予想してたが。

 

「渡辺先輩が心配するほどの怪我ではありません」

 

「それは良かった」

 

 達也はひらりと摩利の皮肉を避けるが、彼女は彼を逃がさない。

 

「摩利」

 

「わかってるよ、真由美」

 

 真由美は達也と摩利の意地の悪い会話を早いうちに終わらす。

 

「君、さっきの模擬戦わざと負けただろう」

 

「わざと負けたつもりはありません」

 

 達也はわざとらしかったかなと思った。模擬戦を負けにいったことはバレてしまっていると彼はわかってはいたが、摩利が一気に話を進めてきて、彼は反射的に答えてしまった。

 

「なら質問を変えようか?服部の攻撃をわざとくらったろ」

 

 もはや質問ではなかった。探偵が犯人に真実を告げるように、摩利は達也に言った。

 

「………」

 

「図星のようだな」

 

 摩利の言うとおりであった。達也のこの沈黙は、答えあぐねているのではなく、是であったため、答えなかったからだ。

 

「二科生の俺と一科生である服部副会長が模擬戦をしたら、服部副会長が勝つのは当然でしょう」

 

「私も、服部に勝つとは思ってないさ。だがな、今はその話ではなく、君が八百長したことを話してるんだ」

 

 八百長の正確な意味は『一方が負けるように約束し、その一方が負ける』だ。模擬戦では、達也が負ける約束はしていない。

 

もし達也がそんなことを言ったら、摩利は『屁理屈を言うな』と言うだろう。だから彼は言わない。

 

「俺が服部副会長に勝てないと予想していたのなら、別に問題ないでしょう」

 

「残念ながら、問題はある。この模擬戦は、服部に司波達也には風紀委員にたる実力があるとわからせるものだった。別に君が勝つ必要はなかった」

 

「なら」

 

「そうだな、何の問題もない。だがな。君の差別意識が、私たちが思っていた以上に根深かった」

 

 達也も彼自身に一科生への差別意識を持っていると自覚はある。だからといって他人から指摘されるのは気分の良いものではなかった。

 

「そんな話なら俺は帰ります。風紀委員も俺とは別の二科生を探してください」

 

 達也がこの学校に入ったのは、風紀委員会に加入するためでもなく、ましては一科生と二科生の差別意識を無くすことでもない。

 

達也は振り返り、本部室の取手に手をかける。

 

「達也君は諦めているの?」

 

 今まで黙っていた真由美の声に、達也は引き戸を開けようとした手を止める。彼は振り返ると、彼女と目があった。達也は、真由美が強い意思を持った目でじっと見てくるので、彼はたじろいでしまう。

 

「魔法力が低い……速さも規模も干渉力も、何一つ一科生に達していない二科生の自分に?」

 

 なかなか厳しいことを真由美は言い始めた。

 

達也は彼女の言葉をただ聞いていた。いや、聞くことしかできなかった。摩利も黙って真由美の言葉に耳を傾けていた。

 

「それとも、ただ魔法力が高いっていうだけで見下してくる一科生に?」

 

 いや、真由美の目が、言葉が達也に目を背けさせることも耳を塞ぐこともさせなかった。

 

「それとも両方?」

 

 真由美の大きい二つの瞳が達也を射貫く。彼は彼女たちから僅かに視線をずらすことも、身体を動かすこともできなかった。蛇に睨まれた蛙というのはこういう心地なのかと達也は思った。

 

「ただ魔法力が彼らよりも低い、それだけで?」

 

 達也は真由美の言葉の風向きが変わった気がした。

 

「私にはあなたの知識と身体能力は決して負けてない。むしろ総合力なら一科生のなかでもトップクラスだわ」

 

 真由美は口を閉じ、話すのをやめた。達也への演説、いや説得は終わったのであろう。一度は下げて、その後に上げるこのやり口。上手いやり口であると正直に達也は思った。気分が高揚させられる。

 

 だが今、達也はそんなことを考えるべきではない。真由美は彼に言っているのだ。『このまま不戦敗でいいのか?』と。

 

 『イエス』か『ノー』、達也はどちらを答えるか。『イエス』を選んだ場合、特になんてこともない。真由美との会話が始まる前にしようとしたこと。本部室を出ればいい。そして、明日には昨日、今日と同じような高校生活が始まるだけだ。

 

 『ノー』を選んだ場合、きっと一科生と二科生の差別意識を無くすための二科生側の代表として扱われる。おそらく、達也は一科生からは様々なところで目の敵にされるだろう。それも彼が卒業するまでの三年間。

 

 『イエス』と『ノー』どちらを選ぼうとも、達也にメリットはない。だが『ノー』の方が明らかに、デメリットが大きい。十中八九、達也は『イエス』を選ぶべきである。

 

「わかりました。七草会長、あなたに協力します」

 

 だが達也のなかに残っているちっぽけなプライドが『イエス』を選ばせなかった。

 

 摩利はにやりと笑い、真由美はフーと安心したように息を吐いた。彼女は内心ハラハラしていたのだろう。

 

「それで俺は何をすれば良いんですか?」

 

「今度こそ模擬戦で君の力を示せばいい。簡単な話だろう」

 

 

 

 

 

 それから達也は三度、事務室に行き、CADを取ってきた。事務員にはかなり不思議な顔をされた。

 

 模擬戦を行う場所は先ほどと同じく第三演習室。達也が第三演習室に着くと、そこには既に真由美、摩利、服部の三人がいた。

 

「お待たせして申し訳ありません」

 

「いいや、今度はそこまで時間はかかってない」

 

 摩利の言葉に、達也は心のなかで苦笑いをした。彼は事務室から取ってきた黒いアタッシュケースからCADを取り出す。

 

 達也は服部と向かい合う形で開始線に立つ。服部は手首と足首を回して、ほぐしている。達也に魔法による攻撃は難しいというのは、先ほどの模擬戦でわかっている。きっと先ほどの模擬戦同様、服部は近接戦に持ち込むつもりだろう。

 

「始める前に貴様に一つ言っておく」

 

 服部は準備運動をやめて、達也を見る。

 

「俺は貴様より魔法力も格闘術は上だ。さっきの模擬戦もわざわざ貴様が負けなくとも、俺が勝っていた」

 

 きっと服部は達也の顔など見たくなかったであろう。達也は服部には感謝すべきだろうと思った。

 

「服部先輩、もう一度、模擬戦の機会をいただきありがとうございます。そして先ほどは申し訳ありませんでした」

 

 だから達也を謝罪した。服部は彼から謝られるなんて思ってなかったのだろう。服部はばつが悪そうに顔をそらした。

 

「二人とも準備は良いな」

 

 摩利は服部が達也から顔をそらしたのを、二人のやり取りが終わったとみなし、声を出した。

 

「ルールは先ほどと同様、直接攻撃、間接攻撃を問わず相手を死に至らしめる術式は禁止。回復不能な障碍を与える術式も禁止。相手の肉体を直接損壊する術式も禁止とする。ただし、捻挫以上の負傷を与えない直接攻撃は許可する。武器の使用は禁止。素手による攻撃は許可する。蹴り技を使いたければ今ここで靴を脱いで、学校指定のソフトシューズに履き替えること。勝敗は一方が負けを認めるか、審判が続行不可能と判断した場合に決する。双方開始線まで下がり、合図があるまでCADを起動しないこと。このルールに従わない場合は、その時点で負けとする。以上だ」

 

 達也はCADを握る右手を床に向け、服部は左腕のCADに右手を添え、要するに彼らは先ほどの模擬戦同様にして、摩利の合図を待っていた。

 

「始め!」

 

 服部は右手をCADの上に走らせ、キーを押す。魔法は放出系だった。だが彼の魔法は当たらなかった。それどころか達也の姿は服部の視界から消えた。

 

 服部は達也の姿を探し、慌てて左右を見回す。そのとき、達也は服部の右斜め後ろにおり、そして魔法を発動させた。彼の魔法は振動系、それも三連続。

 

 別々の波動が服部の体内で重なり合い、大きなうねりとなって、彼の意識を刈り取った。服部の身体が崩れ落ちる。

 

「…勝者、司波達也」

 

 摩利の勝者の宣言は控えめだった。おそらく彼女はこの展開に驚いているのであろう。

 

「一つ良いか?」

 

「はい」

 

「今の動きは、自己加速術式を予め展開していたのか?」

 

「魔法ではありません。正真正銘、身体的な技術です。忍術使いの師匠がいるので」

 

「私からも良い?」

 

 真由美も達也に質問をする。

 

「あの攻撃に使った魔法も忍術?私には、サイオンの波動そのものを放ったようにしか見えなかったんだけど」

 

サイオンそのものは物理的作用を持たない。自身の得意魔法としてサイオンの弾丸を駆使する真由美は、もちろんそのことを知っている。だが達也はサイオンで服部にダメージを与えた。

 

「はい、七草先輩の言うとおり、あれはサイオンの波を作り出しました」

 

「でも…」

 

「詳しい説明は長くなるのでしませんが、魔法師はサイオンを、可視光線や可聴音波と同じように知覚します。それを利用して『揺さぶられた』という錯覚を服部先輩にさせて、酔わしたんですよ。波を合成させる必要はありますが」

 

 達也の説明に真由美は納得がいったようだ。

 

達也は未だに、倒れたままの服部に肩を貸す。といっても服部は頼んでないので、一方的なものだったが。

 

「想像以上だったよ。司波達也君」

 

摩利は服部を運ぶ達也を手伝う。彼女は服部を壁に休ませ、達也に声をかけた。

 

「ありがとうございます。渡辺風紀委員長」

 

達也はニヤリと少し笑い、摩利と手を交わした。




文量をミスったと思っています。申し訳ありません。
原作との変更点は達也たちと一科生との問題の解決方法、深雪からの接触、模擬戦の結果と再戦です。
真由美の発破の掛け方はあれで良いのか、思っています。
アドバイスがあるとありがたいです。


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入学編3

 あのあと、服部は自分の力で立てるまで回復すると、真由美と摩利には一言言い、達也には無言で第三演習室を出ていった。

 

 真由美と摩利はそれぞれ生徒会室、風紀委員会本部へと戻った。達也は事務室にCADを返しに行き、本部室に行った。

 

 達也の風紀委員としての最初の仕事は本部室の掃除と書類整理であった。数十分前に彼が初めて本部室を訪れた時は風紀委員ではないのでどうでもよかったが、はれて風紀委員の一員となる彼にはこの部屋の惨状にいたたまれない。

 

「やっぱり君のような朴念仁でも、美人には弱いものなのか?」

 

 模擬戦の結果が甚く気に入った摩利は機嫌良く、達也の仕事を手伝っている。だが話しながらだからか、そもそもで掃除整頓の類いが苦手なのか、彼女の作業は遅い。

 

「俺は唐変木なつもりはありませんが」

 

「なら愛想笑いの一つでもしてみたらどうだ?」

 

 達也は若干面倒だと思っていた。掃除整頓ではなく、摩利が。

 

「あそこまで言われたのに、引き下がるなんてできませんよ」

 

 上機嫌で話しかける摩利と、適度な相槌をする達也。二人のおかげで、本部室はだいぶ片付いてきた。

 

 そろそろ達也と摩利が『今日はもう切り上げよう』という話になった頃、本部室に二人の男子生徒が入ってきた。

 

「ハヨースッ」

 

「オハヨーございまス!」

 

入ってきた男子生徒たちは、一人は体つきがごつく、もう一人は比較的普通の外見だが姿勢が良かった。

 

「委員長、本日の巡回、終了しました!逮捕者、ありません」

 

「…もしかしてこの部屋、姐さんが片付けたんで?」

 

 姿勢が良い方の男子生徒が摩利に報告をする。その間、もう一人の体格がごつい方は室内を見回し、達也の方へ歩く。

 

「ってぇ!」

 

体格がごつい男子生徒の頭からスパァン!と良い音がでる。摩利が何処からか取り出したノートを、固く丸めて叩いたからだ。

 

「姐さんって呼ぶな!何度言ったら分かるんだ!鋼太郎、お前の頭は飾りか!」

 

どうやら体格がごつい男子生徒の名前は鋼太郎というようだ。

 

「そんなにポンポン叩かないでくださいよ、姐……委員長。そいつは新入りですかい」

 

それほど痛がっている様子はない。だが摩利がもう一度叩くそぶりを見せると、男子生徒は言い直した。

 

「そうだ、一年E組の司波達也だ。生徒会枠でウチに入ることになった」

 

「……紋無しですかい」

 

鋼太郎は興味深げに達也のブレザーを眺め、次に達也の身体つきを見回す。その彼の視線は値踏みするようなものだった。

 

「辰巳先輩、その表現は禁止用語に抵触するおそれがあります。この場合、二科生というべきかと思われます」

 

 もう一人の男子生徒は、そう言うが、鋼太郎の値踏みするような態度を注意しようとはしない。

 

「お前達、そんな単純な了見だと足元すくわれるぞ。ここだけの話だが、さっき服部が足元をすくわれたばかりだ」

 

ニヤニヤと笑いながら摩利は言う。彼女の言葉に二人の表情は急に真剣味を増した。

 

「そいつが、服部に勝ったってことですかい?」

 

「ああ、正式な試合でな」

 

「何と、あの負け知らずの服部を!」

 

「大きな声を出すな、沢木。ここだけの話だと言っただろう」

 

まじまじと見られて、達也は居心地が悪い。だが相手は先輩だ。我慢するしかないだろう。

 

「そいつは心強え」

 

「逸材ですね、委員長」

 

二人はあっさり見る目を変えた。

 

「意外だろ?」

 

「まぁ、はい」

 

 達也の風紀委員での最初の懸念は、摩利を除く他の風紀委員から評価であった。

 

「あたしがこんな性格なことを真由美も十文字も知っているからな。生徒会枠と部活連枠ではそういう意識の低いヤツを選んでくれている。残念ながら、教職員枠の三人までそんなヤツとはいかなかったが」

 

「三―Cの辰巳鋼太郎だ。よろしくな、司波。腕の立つヤツは大歓迎だ」

 

「二―Dの沢木碧だ。君を歓迎するよ、司波君」

 

鋼太郎、沢木が次々に握手を求めてくる。二人の顔には侮ったりや見下したりする色が無い。

 

達也は挨拶を返し、沢木の手を握り返す。だが何故か、手が離れない。

 

「自分のことは沢木と苗字で呼んでくれ」

 

手にかかる圧力が強くなった。ギリギリと軋みを上げそうな握力に、達也は意外感を禁じ得なかった。

 

「くれぐれも名前で呼ばないでくれ給えよ」

 

わざわざこんな警告をしなくても達也に上級生を名前で呼ぶ習慣はない。

 

「心得ました」

 

達也はそう言い右手を細かく捻って、握られた手を解く。

 

「ほう、大したもんじゃねぇか。沢木の握力は百キロに近いってのによ」

 

「…魔法師の体力じゃありませんね」

 

達也の自分を棚に上げた軽口に軽く叩く。

 

短いやり取りではあるが、達也はこの二人とは上手くやっていける気がした。

 

 

 

 

 

 次の日、達也は再び風紀委員本部にいた。今日から新入生勧誘活動の一週間が始まる。この一週間は熾烈な新入部員獲得合戦は、トラブルが多発する。そのトラブルを収めるのも、風紀委員会の仕事だからだ。

 

 そのような訳で達也は本部室にいた。そして彼はそこで思わぬ再会をした。

 

「何故お前がここにいる!」

 

 それが森崎との一日振りの再会の第一声であった。口には出さぬが、彼の言葉には達也も同感であった。

 

「…風紀委員になったからだ」

 

「なにぃ!」

 

 森崎もきっと達也と同様に、風紀委員になったからこの場にいるのであろう。摩利の昨日の説明から、教職員推薦枠から選ばれたのであろうと達也はあたりを付けた。

 

「やかましいぞ、新入り」

 

 摩利に一喝されて、森崎は慌てて口をつぐみ、直立姿勢で固まった。彼は気付かなかったようだが、達也には彼女の目が少しだけ笑っていることに気付いた。

 

 『分かっていて黙っていたな』と摩利に対して、心のなかで達也は毒づいた。

 

「全員揃ったな」

 

 その後、二人の三年生が次々に入ってきて、室内の人数が九人になったところで、摩利が立ち上がった。

 

「今年もまた、あのバカ騒ぎの一週間がやって来た。風紀委員会にとっては新年度最初の山場になる。いいか、風紀委員が率先して騒ぎを起こすような真似はするなよ」

 

一人ならず首をすくめていた。同じ轍は踏むまいと、達也は自らを戒めた。

 

「今年は幸い、卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう。立て」

 

事前の打ち合わせはなかったが、達也と森崎はまごつくことなく立つ。

 

「1ーAの森崎駿と1ーEの司波達也だ。今日から早速パトロールに加わってもらう」

 

ざわめきが生じる。達也のクラス名を聞いたからだ。

 

「誰と組ませるんですか?」

 

手を挙げて岡田という二年生が発言する。

 

「前回も説明したとおり、部員争奪習慣は各自単独で巡回する。新入りであっても例外じゃない」

 

「役に立つんですか」

 

形式上、岡田は達也と森崎に言っている。だが岡田の本音は、達也の左胸に向けられた目線が語っていた。

 

「心配するな。二人とも使えるヤツだ。司波の腕前は昨日この目で見てるし、森崎のデバイス操作もなかなかだ」

 

岡田はなげやりな回答に鼻白んだ表情をした。

 

「他に言いたいことあるヤツはいないな」

 

摩利は喧嘩腰でそう言う。

 

「これより、最終打ち合わせを行う。巡回要領について前回まで打ち合わせのとおり。今更反対意見はないと思うが」

 

意義なし、という雰囲気ではない。だが積極的に反対意見を出す者はいない。

 

「よろしい。では早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。司波、森崎両名については私から説明する。他の者は、出動!」

 

全員が一斉に立ち上がり、踵を揃えて、握りこんだ右手で左胸を叩いた。

 

 

 

 

 

 

その後、摩利は達也と森崎に説明をした。

 

説明を終えたあと、摩利は部活連へ行くため、達也と森崎とは別れた。

 

「おい」

 

摩利の姿が見えなくなったところで、森崎が達也を呼び止める。

 

「何だ」

 

達也に話をつき合ってやる理由はないが、厄介事が起きそうだったので振り返る。

 

「はったりが得意なようだな。会長や委員長に取り入ったのもはったりを利かせたのか?」

 

「羨ましいのか?」

 

「なっ…」

 

この程度で逆上するなら最初から嫌味を口にするべきではないだろう。

 

「…助言をしてやってるんだよ。実力が無いことが委員長たちにバレないように」

 

「助言は感謝する、森崎。俺は先に行く」

 

 森崎は挑発をするが、達也にはどこ吹く風で気に留めない。

 

「チッ、お前らと僕達の格の違いを見せてやる」

 

森崎は言い捨てて、達也と逆方向に歩いて行く。

 

 

 

 

 

達也はそうそうに帰りたくなった。彼は摩利から『ちょっとしたどころじゃないお祭り騒ぎ』と聞かされていたが、この光景を見ると説明不足ではないだろうか。

 

だが、職務放棄をするわけにもいかなかった。達也はため息をついて、人混みの中を突き進むことにした。

 

達也は校庭、競技場、体育館と移動していく。

 

「あっ、達也君。早速、風紀委員会でこき使われているの?」

 

達也が第二小体育館、『闘技場』に向かっている途中、彼はエリカと会った。

 

「まぁ見てのとおりだな。俺は闘技場に行くつもりだが、エリカはどこに行くんだ?」

 

「あたしも闘技場に行く途中だから、一緒に行こう」

 

 

 

 

 

第二小体育館の観戦エリアから達也とエリカは、剣道部のデモを見ていた。

 

「何だか退屈そうだな」

 

「え?えぇ…だって、つまらないじゃない。手の内のわかっている格下相手に見栄えを意識した立ち回りで予定通りの一本なんて」

 

「宣伝の為の演舞だ。本物の勝負なんて他人に見せられるものじゃないだろ?武術の真剣勝負は、殺し合いなんだから」

 

達也はとくに表情を変えることなくそう言った。

 

「クールなのね」

 

「思い入れの違いだろ」

 

達也は別の場所を見回る為、エリアは剣道部のデモを観るのに飽きたから、闘技場を後にしようとした。だがタイミングが良いのか、悪いのか何かが起きたらしい。達也とエリカは

第二小体育館を出るのをやめる。

 

 ハッキリとは何も聞こえてこないが、何事か言い争っているのは分かる。

 

達也は隣を見ると、さっきまで退屈そうにしていたエリカが好奇心でウズウズしていた。

 

エリカは達也の袖を握り、人混みを掻き分けて、騒ぎの中心を見える所まで辿りつく。

 

「剣術部の順番まで、まだ一時間以上あるわよ、桐原君!どうしてそれまで待てないのっ!」

 

「心外だな、壬生。あんな未熟者相手じゃ、新入生に剣道部随一の実力が披露できないだろうから、協力してやろうって言ってんだが?」

 

達也とエリカは、二人の男女の剣士が対峙していたのを見た。

 

女の方は、さっきまで試合に出ていた女子生徒。男の方は竹刀を持っているが、防具は全くつけていない。さっきの話と照合すると女の方は剣道部で男の方は剣術部なのだろう。

 

彼は見物人から聞き出そうかと思ったがその必要はなかった。彼が見る限り、剣道部と剣術部が揉めているようだ。

 

「協力が聞いて呆れるわ。貴方が先輩相手に暴力を振るったなんて風紀委員会にばれたら、貴方一人の問題じゃ済まないわよ」

 

「暴力だって?おいおい壬生、人聞きの悪いこと言うなよ。防具の上から、竹刀で面を打っただけだぜ、俺は。仮にも剣道部のレギュラーがその程度のことで泡を噴くなよ。しかも先に手を出してきたのはそっちじゃないか」

 

「桐原君が挑発したからじゃない!」

 

当事者同士はどちらが先に手を出したか揉めているが、達也には関係ない。彼は、魔法による違反行為があった場合、その違反者を拘束するだけだ。

 

「面白いことになってきたね」

 

エリカの口調はワクワクしている。

 

「さっきの茶番より、ずっと面白そうな対戦だわ」

 

「あの二人を知っているのか?」

 

「直接の面識はないけどね。女子の方は壬生紗耶香。一昨年の中等部剣道大会女子の全国ニ位よ。当時は美少女剣士とか剣道小町とか騒がれていたわ」

 

「…二位なのにか?」

 

「チャンピオンは、その…ルックスが、ね。男の方は桐原武明。こっちは一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオン」

 

「全国大会に出てないのか?」

 

「剣術の全国大会は高校からよ。競技人口じゃ比べ物にならないからね…おっと、そろそろ始まるみたいよ」

 

達也は念の為、腕章を左腕につける。

 

既に両者切っ先を向け合って互い引かない。

 

「心配するなよ、壬生。剣道部のデモだ、魔法は使わないでおいてやるよ」

 

「剣技だけであたしに敵うと思っているの?魔法に頼り切りの剣術部の桐原君が、ただ剣技のみに磨きをかける剣道部の、このあたしに」

 

「大きく出たな、壬生。だったら見せてやるよ。身体能力の限界を超えた次元で競い合う、剣術の剣技をな!」

 

それが開始の合図となった。竹刀と竹刀が激しく打ち鳴らされる。竹と竹が打ち鳴らされる音、時折金属的な響きを帯びる音が周りを支配する。

 

「女子の剣道のレベルって高かったんだな。あれが二位なら一位はどれだけ凄いんだ?」

 

達也は二人の剣さばき、とくに壬生の技に感嘆していた。

 

「違う、あたしの見た壬生紗耶香とは、まるで別人。たった二年でこんなに腕を上げるなんて」

 

エリカは呆気に取られながらも、好戦的な気配を放っている。

 

「どっちが勝つかな?」

 

「壬生先輩が有利だろう、桐原先輩は面を打つのを避けている」

 

息を潜めてエリカが問い、達也は囁き声で答える。

 

「あたしも賛成」

 

「おおぉぉぉぉ!」

 

この立ち合いで初めて、桐原が雄叫びを上げて突進した。両者、真っ向からの打ち下ろし。

 

「相打ち?」

 

「いや、わずかだが壬生先輩の方が捉えられている」

 

達也は冷静に場を分析する。

 

桐原は壬生の竹刀を跳ね上げ、大きく飛び退った。

 

「真剣なら致命傷よ。素直に負けを認めなさい」

 

勝利宣言をする壬生、その言葉に桐原は顔を歪めた。

 

「は、ははは…真剣なら?壬生、お前は真剣勝負がお望みか?だったら…お望み通り、真剣で相手をしてやるよ」

 

突如、鳴り響くガラスを引っ掻いたような騒音。桐原が魔法を使用したことで発生した音だ。

 

桐原が竹刀を振り下ろす。壬生は避ける。かすりはしたが、当たってはない。だが壬生の胴には細い線が走っている。

 

達也は桐原が発動した魔法を確認、同時に右手を突き出す。

 

「どうだ壬生、これが真剣だ!」

 

再び壬生に振り下ろされる桐原の一撃、誰もが最悪を想定した。

 

「ぐっ、なっ」

 

だが、その最悪の未来は訪れなかった。周りが混乱する中、達也は前に出る。

 

「桐原先輩、魔法不適正使用により同行を願います。大人しく同行してくれればこちらとしても手間が省けます」

 

挑発しているようにしか、聞こえない達也の勧告。

 

「なんだと!」

 

桐原は『高周波ブレード』を発動させて、達也に襲い掛かった。彼は完全に頭に血が上っている。

 

達也は再び右手を掲げ、『術式解体』で『高周波ブレード』を無効化する。桐原は『高周波ブレード』を無効化され、混乱した。

 

その混乱を達也は見逃すことなかった。竹刀を叩き落し、桐原を投げ落として左手首を掴み、肩を膝で抑えこんだ。

 

「こちら第二小体育館。逮捕者一名、負傷者していますので、担架をお願いします」

 

「おい!どういうことだ!」

 

 剣術部員の一人が怒鳴り声を上げた。

 

「魔法の不適正使用により、桐原先輩には同行をお願いします」

 

 達也は剣術部員の怒声に律儀に答えた。だが抑え込んだ桐原に視線を固定したままだったため、相手を小馬鹿にしているようにも見える。

 

「テメェ、ウィードの分際で」

 

事実、剣術部の一人が小馬鹿にされていると感じたため、達也に掴みかかってきた。

 

桐原は投げ飛ばされた時に受け身を取り損ねたのか、意識が朦朧としている。達也は逃げられる心配はないと判断する。彼は桐原から手を離し、襲い掛かってくる剣術部員の攻撃を避ける。

 

「なんで桐原だけなんだよ⁈剣道部の壬生だって同罪じゃないか!それが喧嘩両成敗ってもんだろ!」

 

「魔法の不適正使用の為、と申し上げましたが」

 

 達也はまたしても平坦な声音で答える。その行動は上級生をさらに逆上させた。

 

「ざけんな!」

 

最初は剣術部員が数名、達也に襲い掛かってくるだけだった。彼はその剣術部員たちの攻撃を避ける。そして剣術部員たちは達也が避けた先でぶつかり合い、派手に転んだ。

 

 次の瞬間、剣術部員は一斉に達也に襲い掛かった。その場は混沌とかし、剣術部員以外の野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

その中で、ただ一人紗耶香だけが達也に助太刀しようとした。

 

「待て、壬生」

 

だが同じ剣道部の三年生男子部員が、彼女の腕を掴んで止めた。

 

「あっ、司主将」

 

抵抗の素振りを見せたものの、自分の腕を掴んでいる相手の顔を見て、壬生は大人しく引っ張られるままにその場を離れた。

 

その間も達也は剣術部員たちの攻撃を避ける、時には魔法を行使しようとしてくるので、それを『術式解体』で防ぐ。

 

達也のその行動を剣道部の男子部主将が興味深げに見ていたことに、紗耶香も含めて誰も気づかなかった。



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入学編4

剣道部と剣術部の乱闘騒ぎがあった初日から早三日。新入部員勧誘週間は、まだ四日目。

 

達也は今日も走り回っている。通報を受けたからだ。

 

その途中、植木の陰で魔法が自分に向けて放たれたようとしている兆候を、達也は察知した。

 

またか、と達也はもううんざりしている。初日に目立ちすぎたせいで、彼はこの手の嫌がらせを頻繁に受けていた。

 

慣れた手つきで、達也は『術式解体』を発動する。

 

魔法を無力化され、犯人はその場から逃げ出す。高速走行の魔法を使っており、達也は短時間で捕まえるのが難しいと判断し、追跡をやめる。

 

犯人はフードを目深に被っており、顔を見ることはできなかった。だが達也は右手につけている赤と青の線で縁取られた白いリストバンドを確認した。

 

 

 

 

 

新入部員勧誘習慣が終わった。

 

この一週間、達也は風紀委員という立場を利用されて、さまざまな嫌がらせをされた。そのせいか、不本意な噂が流れていることをエリカとレオから聞いた。

 

エリカとレオは面白がって話し、達也がため息を吐く、そして美月が慰める。そんな話をしていると1-Eのクラスに訪問者が現れた。

 

「司波君っている?」

 

訪問者は女子生徒だった。彼女はセミロングの髪をポニーテールにしていた。髪型は変わっていたが、彼女に見覚えが達也とエリカにはあった。

 

「司波は俺です」

 

「一応、はじめましてって言った方がいいのかな?」

 

「そうですね、はじめまして。壬生先輩…ですよね?」

 

達也にとって、激動の一週間の幕を開けたともいえる、剣道部の二年生。

 

「壬生紗耶香です。司波君と同じE組よ。あの時のお礼も含めて、お話したいことがあるんだけど…。今から少し、つき合ってもらえないかな?」

 

 達也は帰り支度をしていたところだ。特に問題はない。だがここで誘うのはやめて欲しかった。エリカ、美月、レオの視線が彼の背中に突き刺さる。

 

「少し待って貰えますか?」

 

「そうよね、司波君にも予定があるものね…何時なら大丈夫」

 

「そんなに時間はかかりません。十五分後ならば」

 

「それじゃあ、カフェで待ってるから」

 

紗弥香は達也に約束を取り付けることに成功し、去っていった。達也は教室にいる三人に事情の説明をし、ついてこないように確約するのであった。

 

 

 

 

 

待ち合わせの相手はすぐ見つかった。なぜなら壬生は入り口の脇に立っていたからだ。

 

「座って待っていても良いと思いますが」

 

「それだと司波君が気づかないかもしれないでしょ?こっちが誘ったのに探させるのは悪いから」

 

「とにかく座りましょう。話はそれからです」

 

「そんな混んでるわけじゃないから、飲み物を買ってからの方がいいわ」

 

疑問でも誘導でもなく、断定。達也は驚いたが、あえて逆らう程のものではない。達也はコーヒーを、壬生はリンゴジュースをカップに注いでいた。

 

「…先週はありがとうございました。司波君のおかげで大事に至らずに済みました」

 

壬生はジュースを口にしてから、達也に礼を言った。

 

「礼には及びません。あれは仕事でやったことですから」

 

「でも風紀委員にはあのくらいのことを問題にしたがる人が多いの。自分の点数稼ぎの為にね」

 

「…あの、俺も一応風紀委員のメンバーなので…」

 

「ご、ごめん!そんなつもりじゃないのよ、ホントに!」

 

いつの間か興奮していた紗耶香は、大慌てで釈明を始めた。

 

「いえ、もともと気にしてないので大丈夫です。それで本題に入りましょう。お話とは?」

 

このままだと、いつまでも経っても話が進まないと達也は思い、彼から話を切り出す。

 

「…単刀直入に言います。司波君、剣道部に入りませんか?」

 

紗弥香の質問は達也が予想していたなかの一つだった。彼にはいささか拍子抜けの感が否めないが、答えは決まっていた。

 

「せっかくですが、お断りします」

 

僅かな考慮の素振りもない即答に、壬生はショックを隠しきれない面持ちだった。

 

「理由を聞かせてもらっていい?」

 

「逆に俺を誘う理由をお聞きしたいですね。俺が身につけている技は剣道とは全く系統が異なる徒手格闘術です。壬生先輩の腕なら、わからないはずはありませんが」

 

達也は特に声を荒げたのでもなく、挑発的でもない落ち着いた口調だが、指摘自体がはぐらかすのを許さぬ鋭い切れ味を持っていた。

 

紗弥香の目は宙をさまよっていたが、一つため息をつき、観念した顔で口を開いた。

 

「魔法科高校では魔法の成績のみが最優先される…そんなことは最初からわかってて、こっちも納得して入学したのは確かだけど、それだけで全部決められるのは間違っているとは思わない?」

 

「続けてください」

 

「授業で差別されるのは仕方ない。あたしたちに実力がないだけだから。でも、高校生活ってそれだけじゃないはずよ。クラブ活動まで魔法の腕優先なんて間違ってる」

 

確かに魔法競技系統のクラブは学校から様々なバックアップを受けている。だが、非魔法競技系統のクラブが不当な抑圧を受けているという事実はない。

 

「魔法が上手く使えないからってあたしの剣まで侮られるのは耐えられない。無視されるのは我慢できない。魔法だけであたしの全てを否定させはしない」

 

紗弥香の言葉に込められた感情は、信念を超えて妄執に近いものがある。

 

「あたしたちは、非魔法競技系のクラブで連帯することにしたの。剣道部以外にも大勢賛同者を集めた。今年中に部活連とは違う組織を作って、学校側にあたしたちの考えを伝えるつもり。魔法があたしたちの全てじゃないって。その為に司波君にも協力してもらいたいの」

 

紗弥香は達也を見据える。彼はその視線に反応するわけでもなく、残り少なくなったコーヒーを飲み干す。

 

達也は彼女の話を真由美と摩利に話したら、大喜びするのではないかと思いながら、空になったカップを見る。

 

「壬生先輩」

 

「な、何かしら」

 

壬生は達也を注意深く聞いているようだ。

 

「考えを学校に伝えて、それからどうするのですか?」

 

「…えっ?」

 

 

 

 

 

翌日、達也は風紀委員会本部室にいた。風紀委員会は業務の性質上、本部室に顔を出す必要はない。

 

それなのに何故達也が本部室にいるのかというと、新入生勧誘週間の活動報告が全く整理されていないので、摩利からヘルプが入ったのである。ヘルプといっても彼女は達也に仕事を丸投げして、生徒会室に行こうとしていた。

 

「…なぁ達也君、君は適材適所という言葉を知っているかね」

 

だが、逃走をする前に摩利は達也に捕まり、彼と一緒に活動報告を整理している。

 

「確か…能力、性質に当てはまる地位や仕事を与える…でしたっけ」

 

「そうだ、その通り。だからこういう事務的な仕事は」

 

「これは本来、委員長の仕事だと思いますが」

 

摩利は何度も戦線離脱を図ろうとしている。そのせいで彼女の仕事は全く片付いていない。

 

「だかな、達也君」

 

摩利がまた何か言おうとした時、ディスプレイに着信が入った。

 

「すみません、委員長」

 

「…おい、何故謝る」

 

「先生からの呼び出しのようなので、行ってきます。後の仕事はお願いします」

 

「おい、待て。君はあたしに仕事を丸投げするのか!」

 

これは本来全て摩利の仕事のはずである。だが彼女は達也に非難気な視線を送っている。

 

本部室を出るまえに、達也は摩利に一つアドバイスをしようと思った。

 

「委員長、仕事が終わる秘訣を知っていますか?」

 

「おぉ、そんなものがあるのか!」

 

 案の定、摩利は喰いついてきた。

 

「口を閉じて、手を動かすことです。それでは」

 

摩利がポカーンとしている間に、達也は素早く本部室を出る。扉の奥から何やら慌てた声が聞こえるが達也は知らぬ存ぜぬである。

 

 

 

 

 

「急に呼び出してごめんね」

 

「いえ、特に急ぎの用はありませんから」

 

カウンセリング室で、少しもすまなそうには見えない笑顔で形式的な謝罪を行なった遥に、達也も心のこもってない社交辞令で応える。

 

達也にはカウンセラーに相談したことはない。従って彼に呼ばれる心辺りはない。だが、いずれカウンセリング室には訪れたいと彼は思っていた。

 

「どう?高校生活にはもう慣れたかしら?」

 

「いいえ」

 

「何か困っているの?」

 

「想定外の出来事が多くて、中々学業に専念できません」

 

達也と遥のQ&Aはすらすらと進んでいく。

 

「それで今日は司波君に私達の業務に協力して欲しくてここにきてもらいました」

 

いくつかQ&Aを繰り返したのち、遥がカウンセリングとは違う話、おそらく達也が呼ばれた理由を話し始めた。

 

「『私達の業務』ですか?」

 

「生徒の皆さんの精神的傾向は、毎年のように変化しています。例えば、司波君は『自分』という一人称を使っていますね。軍務志願者の割合が高い魔法科高校では珍しいものではありませんでした。ですが一般的になったのは三年前の沖縄防衛戦の勝利以来です。つまりですね、社会情勢の変化は生徒のメンタリティにも変化をもたらします」

 

遥は一旦言葉を切る。達也は戸惑った様子がなく、むしろ遥の話を既知として聞き流しているように見えた。

 

「それで、毎年、新入生の一割前後を選び出して、継続的にカウンセリングを受けてもらっているんですよ。その年々のメンタリティ傾向を把握し、的確なカウンセリングを行う為に」

 

「つまりモルモットというわけですか」

 

達也はこれまでの話をたった一つに総括した。

 

「ですが、サンプルにするには自分は特殊すぎると思いますが」

 

「そうね。私も司波君は一般的な新入生とは言えないと考えているわ。でも逆に、だからこそ協力して欲しいのよ。貴方は一科生と二科生の壁を乗り越えた最初の例になるのかもしれないけど、貴方が最後の例になるとは限らないから」

 

「…なるほど」

 

「それでは、いくつか質問させてもらっても良いかしら」

 

「えぇ、どうぞ」

 

時間が無限にあるわけではない。遥は準備していた質問を達也に呈示していく。

 

 

 

 

 

メンタリティ傾向を把握するとはいえ、カウンセラーはプライバシーを扱う仕事である。

 

従って、質問事項は入学してから今日の騒動について達也本人の口から一通り話すだけに終わった。

 

「ありがとう。それにしても、良く平気でいられるわね。それだけストレスが積み重なれば、精神のバランスを崩す人だって珍しくないんだけど」

 

彼女は感嘆交じりに医者のような顔でそういった。

 

「…やはり、そうでしたか。まぁ、起きてしまった事をどうこう言うつもりはありませんけど」

 

達也は今まで確信が持てなかったものに確信を持てて、安心しているような疲れているような微妙な表情をした。

 

「…とにかく、お疲れ様。今日訊きたかったことは以上です」

 

 遥は持っていたバインダーを棚へとしまい、達也に向き直る。

 

「さてと、久しぶりね。達也君」

 

「お久しぶりです、遥さん」

 

 遥が職業スマイルから友人へと向けるスマイルに変わったことで、達也も教員に向ける態度から友人に対してのものに変える。

 

「にしても驚きましたよ。まさか先生になって、俺のクラスのカウンセラーになるとは」

 

「まぁね、1-E担当のカウンセラーになったのは偶然だけどね。でも先生から聞いてなかった?」

 

「師匠からは人に言えない職業だと言われました」

 

「それも間違いじゃないんだけど、こっちが本業なの。間違えないでね」

 

 達也の言葉に遥はため息を吐きながら話す。

 

「わかりました」

 

 達也は遥に了承し、この話題はここで終わりにする。だが彼の行動に遥は不思議そうな顔をする。

 

「聞いてこないの?」

 

「聞かないほうが良いと思いますし」

 

 達也は知らないほうがいいものが存在していることを知っている。遥も聞かれたいわけでもない。

 

「それに俺にも自前の情報網があるので、だいたいの見当はついています」

 

「先生と嫌なところが似たわね」

 

 遥は苦虫を噛んだような顔をする。彼女の言葉は達也には不本意なものだった。

 

 世間話をいくつかした後、遥が唐突な話をしてきた。

 

「ところで、二年の壬生さんに交際を申し込まれてるって、本当なの?」

 

「誰ですかそんな嘘流しているのは?」

 

 色恋沙汰の話が飛び出してくるとは思わなかったので、達也は多少顔に出る程度、驚いた。

 

「嘘なの?」

 

「嘘です」

 

「はぁ、達也君にもやっと女性関係で進展があったと思ったのに…」

 

遥の確認の質問と憂いの言葉に達也は呆れ顔を隠そうとしない。

 

「それで誰がそんなことを言っているのですが」

 

「ごめんなさい、守秘事項なの」

 

達也の質問に遥はわざとらしく目をそらす。

 

「…それでは失礼します」

 

 達也は遥に問い詰めることはできないと判断し、退出の意を示す。

 

「壬生さんのことで困ったことがあったら、いつでも相談してね」

 

達也はごめん被りたかったが、遥の声には確信めいたものがあった。




今回の原作との変更点は小野先生のカウンセラーです。
入学編1で変更した点で書き忘れていました。
年の離れた男の子への話し方ってあれで良いんでしょうか?
アドバイスお願いします。


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入学編5

放課後のカフェを行き交う生徒達を眺めながら達也は紗弥香を待っていた。

 

先日、達也の最後の質問に紗弥香は答えを返すことはできなかった。今日はその答えを聞く為に達也は監視の視線を感じながら一人で待っているのである。

 

ちなみに達也は真由美と摩利に紗弥香のことは話していない。まだ、合わせても無駄だと判断したからだ。

 

「ごめん!待ったでしょう?」

 

「大丈夫です。連絡をもらってましたから」

 

達也は十五分ほど待ったが、そのくらい待った内に入らないくらいには達也の気は長かった。

 

「そう、よかった…」

 

達也は壬生から話を切り出すのを待つ。

 

「一昨日の話なんだけど…最初は学校側にあたし達の考えを伝えるだけで、良いと思ってた」

 

腕が少し震えたのは、テーブルの下で拳を握り締めたからだろうか。

 

「でも、やっぱり、それだけじゃダメだってわかった。あたし達は待遇改善を要求したいと思う」

 

本気なのか、それともハッタリなのか判断はできないが随分と踏み込んだ話である。

 

「改善というと、具体的に何を改めて欲しいのですか?」

 

「それは…あたし達の待遇全般よ」

 

「全般というと、例えば授業ですか」

 

「…それもあるわ」

 

「一科と二科の違いは指導教員の有無ですが、そうすると先輩は学校に対して、教師の増員を求めているのですか」

 

有効レベルで魔法が行使できる成人が不足している為の国策学校。教員の増員など不可能だ。

 

「そこまで言うつもりはないけど…」

 

「ではクラブ活動ですか?剣道部には剣術部と同じペースで体育館が割当てられているはずですが」

 

達也もこの数日間何もしなかったわけではない。話を手早く進める為ある程度のことは調べている。

 

「それとも予算ですか?確かに魔法競技系のクラブにはそうでないクラブに比べて予算が多く割当てられていますが、活動実績に応じた予算配分は普通科高校でも珍しくないと思いますが」

 

「それは…そうかもしれないけど…じゃあ、司波君は不満じゃないの?魔法実技以外は、魔法理論も、一般科目も、体力測定も、実践の腕も、全ての面で一科生を上回っているのに、ただ実技の成績が悪いというだけでウィードなんて見下されて、少しも口惜しくないの?」

 

理想を掲げただけで、中身の詰まってない話。これではただ駄々をこねている子供だ。達也はそろそろ軽く苛立って来た。

 

「不満ですよ、もちろん」

 

「じゃあ」

 

「ですが、俺には学校側に変えてもらいたい点はありません」

 

達也は壬生を突き放す為、彼自身の想いを語る。

 

「えっ?」

 

「俺はそこまで教育機関としての学校に期待していません。ましてや、学校側の禁止する隠語を使って中傷する同級生の幼児性まで、学校の所為にするつもりはありません」

 

その言葉は一科生の間違ったエリート意識批判していると同時に、二科生の満たされぬ想いを誰かの所為にしようとしている弱さを責めているように聞こえた。

 

「そもそもの問題でしたね。俺と先輩は根本的な考えが違います」

 

達也は席を立つ。

 

「待って…待って!」

 

壬生は椅子に座ったまま、蒼い顔ですがりつく様な眼差しで達也を見上げていた。

 

「何故…そこまで割り切れるの?司波君は一体、何を支えにしているの?」

 

「俺は重力制御型熱核融合炉を実現したいと思っています。魔法学を学んでいるのは、その為にすぎません」

 

壬生の顔から表情が抜け落ちた。言われたことが理解できなかったのだろう。達也も理解して欲しいとは思っていない。

 

 

 

 

 

壬生を突き放して一週間が経った。その間に彼女から連絡はない。

 

今は授業が終わり放課後。クラブ活動の準備の為ロッカーに向かうもの、帰り仕度をするもの。各々がそれぞれ動いていた時

 

『全校生徒の皆さん!』

 

ハウリング寸前の大音声がスピーカーから飛び出した。

 

「何だ何だ一体こりゃあ!」

 

「落ち着きなさいただでさえアンタは暑苦しいんだから」

 

「…エリカちゃんも落ち着いた方が良いと思う」

 

多くの生徒が慌てふためく中、

 

『失礼しました。全校生徒の皆さん!』

 

「ボリュームの絞りをミスるとはなんとも初歩的なミスを」

 

「達也君もここで油売っていないで行った方が良いんじゃないの」

 

「命令がないから動く気にならんな」

 

達也は怠惰な返答をする。だが達也の行動は的外れではない。おそらく放送室は占拠されているが、これは風紀委員会の業務に当てはまらない可能性がある。ここで達也が出しゃばっても、場を混乱させるだけの可能性がある。

 

『僕達は、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です。僕達は生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』

 

放送ジャックという実力行使に出ておいて何を言っているのだろう。達也がそう思った時、内ポケットの携帯端末が震えた。

 

「委員長から直々の命令が来たから行ってくる」

 

「あ、お気をつけて」

 

美月の声は不安に揺れていた。達也は教室を見回した。エリカやレオの様に好奇心をあらわにしている生徒は少ない。大半の生徒が不安な顔をしていた。

 

 

 

 

 

「遅いぞ」

 

「すみません」

 

形だけの叱責に形だけの謝罪を返す。だが、達也が遅かったのはどうやら本当のことのようだ。すでに摩利はもちろんのこと深雪、克人、鈴音に加え、風紀委員会と部活連の実行部隊が顔を揃えている。

 

まだ中に踏み込んでいないところを見ると扉を閉鎖されマスターキーを手に入れているのだろう。

 

「明らかな犯罪行為ではありませんか」

 

「その通りです。だから私達も、これ以上彼らを暴発させないように、慎重に対応すべきでしょう」

 

「こちらが慎重になったからといって、向こうの聞き分けが良くなるかどうかは期待薄だな。多少強引でも、短時間の解決を図るべきだ」

 

方針の対立が膠着を見ているようだ。

 

「十文字会頭はどうお考えなんですが」

 

「彼らの要求する交渉に応じて良いと考えている。元より言いがかりに過ぎないのだ。しっかりと反論しておくことが、後顧の憂いを断つことになろう」

 

「ではこの場は、待機しておくべき、と?」

 

「それについては決断しかねている。不法行為を放置すべきではないが、学校施設を破壊してまで性急な解決を要するほどの犯罪性があるとは思われない。学校に警備管制システムから鍵を開けられないかどうか問合せてみたが、回答を拒否された」

 

克人のスタンスは鈴音に近い。達也は一礼して引き下がる。達也は携帯端末を取り出す。

 

「壬生先輩ですか?司波です」

 

ギョッとした視線が突き刺さる。

 

「一週間ぶりですね……はい、それで今どこに?」

 

達也を見る視線がマジマジと見るものに変わる。

 

「はぁ、放送室に居るんですか。それは……お気の毒です」

 

直後、達也が顔をしかめたのは大声で返された所為か。

 

「いえ、馬鹿にしているわけではありません。ただ短絡的な行動を……ええ、すみません。それで本題に入りたいのですが。ええ、十文字会頭は交渉に応じるようです。生徒会長の意向は未確認ですが…いえ、生徒会長も同様です」

 

達也は鈴音のジェスチャーで言い直す。

 

「交渉について打合せをしたいのですが……今すぐです。学校側の横槍が入らないうちに……いえ、先輩の自由は保障します。我々は警察ではないので、牢屋に閉じ込めるような権限はありませんよ……では」

 

達也は端末をしまい、摩利に向く。

 

「すぐに出てくるそうです」

 

「今のは壬生紗耶香か?」

 

「ええ、待ち合わせの為に教えられたプライベートナンバーが思わぬ場所で役に立ちました」

 

「手が早いな」

 

ひどい言いがかりである。

 

「誤解です」

 

達也は即座に否定する。

 

「それより態勢を整えるべきだと思いますが」

 

「態勢?」

 

摩利は何を言っているんだという顔で達也をみたら、達也は何を言っているんですかという呆れ顔で見返した。

 

「中のヤツらを拘束する態勢ですよ。鍵まで盗み出す連中です。CADは持ち込んでいるでしょうし、それ以外にも武器を所持しているかもしれません」

 

「…君はさっき、自由を保障するという趣旨のことを言っていた気がするのだが」

 

「俺は風紀委員とはいえただの一年生ですよ」

 

達也の言い分は今更感がある。

 

「それに俺個人が自由を保障したのは壬生先輩だけです」

 

ここまでくると驚くを通り越して呆れるしかないだろう。

 

「悪い人ですね」

 

ただ一人、深雪のみは達也を軽く非難したが。

 

「似たようなことをされましたので、俺もやってみたくなっただけですよ」

 

達也は責任転嫁をする。責任転嫁された人物は顔をそらしていたが。

 

 

 

 

 

「どういうことなの、これ!」

 

壬生は達也に詰め寄っていた。摩利、克人が達也の口約束を守った結果だ。他の者は拘束されている。

 

「あたし達を騙したのね!」

 

「司波はお前を騙してなどいない」

 

「十文字会頭…」

 

壬生は克人に気圧されている。

 

「お前達の言い分を聞こう、交渉にも応じる。だが、お前達の執った手段を認めるわけではない」

 

「それはその通りなんだけど、彼らを離してくれないかしら」

 

居るべき人がやっとやって来た。

 

「七草?」

 

「だが、真由美」

 

摩利と克人が真由美を訝しむ。

 

「言いたいことはわかるわ、摩利。でも壬生さん一人では交渉の段取りも打合せも出来ないでしょう。当校の生徒である以上、逃げられるということも無いのだし」

 

「あたし達は逃げたりしません!」

 

壬生は反射的に噛み付く。だが誰も彼女に言葉を返さない。

 

「生活主任の先生と話し合ってきました。鍵の盗用、放送施設の無断使用に対する措置は生徒会に委ねるそうです」

 

到着が遅かったのは職員室に行っていたからのようだ。

 

「壬生さん。これから貴方達と生徒会の交渉に関する打合せをしたいのだけど、ついて来てもらえるかしら」

 

「…えぇ、構いません」

 

「十文字君、お先に失礼するわね?」

 

「承知した」

 

「ごめんなさい、摩利。なんだか、手柄を横取りするみたいで気が引けるのだけど」

 

「気持ちの上では、そういう面も無きにしろ非ずだが、実質面では手柄のメリットなど無いからな。気にするな」

 

「そうだったわね。じゃあ、達也君、貴方は今日帰ってもらっていいわよ」

 

達也は少々意表を突かれたが、無言で一礼してその場を後にした。

 

 

 

 

 

討論会が明日開催されると生徒会から発表がされた。その直後から有志同盟の活動が一気に活性化した。

 

同盟メンバーは皆、青と赤で縁取られた白いリストバンドを着けている。達也はそのリストバンドに見覚えがあった。新入部員勧誘習慣の間、彼に嫌がらせを行為をしてきた一人がつけていたものだ。

 

「美月」

 

美月は三年生に話し掛けられ困惑しているようだ。その三年生もリストバンドを巻いている。

 

「あっ、達也さん」

 

美月のホッとした表情から察するに長い時間、捕まっていたようだ。

 

「風紀委員会の司波です。あまり長時間にわたる拘束は迷惑行為と見なされる場合がありますので、お控えください」

 

「分かった。ここは退散しよう。柴田さん、僕の方はいつでも良いから、気が変わったら声を掛けてくれる?」

 

三年生は紳士的に手を引いた。

 

「剣道部の主将さんです。お名前は確か司甲さんとか。…私と同じ『霊視放射光過敏症』で、同じように過敏感覚に悩む生徒が集まって作ったサークルに参加しないかって」

 

「それで同じ悩むを分かち合おう、と」

 

「いえ、司先輩はそのサークルに入って、症状が随分改善したそうで、私の為にもなるんじゃないかって」

 

「それはまた」

 

魔法的な感覚が鋭いことによる弊害は、知覚能力をコントロールすることが唯一の対処法だ。生徒同士が作ったサークルが効果的な訓練プログラムを提供できるというのは考えにくい。

 

「授業で精一杯だからと何度もお断りしたのですが」

 

「そうだな。欲張らず、一歩一歩進んでいくのが良いんじゃないか」

 

達也は美月とは別の方向にあしを進める。

 

(司甲か)

 

達也は司の身体付きに見覚えがあった。新入生勧誘週間で達也に魔法放って来たヤツだ。

 

(あの時点で攻撃して来たということは裏で操っている側の人間か)

 

 

 

 

 

討論会の会場である講堂は拍手に包まれていた。

 

「なんだったんだ?今日の討論会は。あたしには途中から真由美の独演会に見えたぞ」

 

公開討論会を摩利は一言でそう評した。

 

「最初から討論会はなかったのでしょう」

 

「向こうの有志の内容は俺に話を持ちかけて来た時と大差ありませんね」

 

達也と鈴音は摩利に同感のようだ。いや、むしろこれが独演会じゃないと思わなかった者の方が少ないだろう。

 

有志はずっと具体性の伴わない観念論を言い続けていた。それは聴衆に紛れた扇動の中なら有効なスローガンだ。

 

だが、それでは具体的な事例と曲解の余地がない数字で反論を繰り出す真由美には敵わなかった。そして、摩利の言う通り討論会は真由美の独演会の趣を呈し始めた。

 

「途中、ヒヤヒヤしましたがここまで何もないということはもう大丈夫ですかね」

 

「いや、まだ安心はできないだろ」

 

突如、轟音が鳴り響く。

 

「ほらな」

 

「笑いながら言わないでください」

 

達也は一言、言いたいことだけを言い、風紀委員としての職務を果たさなければならない。摩利を叱るのは鈴音に任せ、達也はマークしていた同盟メンバーを拘束する。

 

達也は周りを見ると他の風紀委員も各々マークしていた同盟メンバーを拘束していた。普段、まともに訓練など行っていないとは信じられない統率の取れた動きだ。

 

窓が破られ、紡錘形の物体が飛び込んで来た。床に落ちると白い煙を吐き出した榴弾は、白煙を拡散させずにビデオディスクの逆再生を見ているような動きで煙もろとも窓の外へ消えた。

 

達也が賞賛を込めた視線を向けると、服部は恥ずかしそうに目をそらした。

 

予想されていた奇襲は予想外の過激な手段を伴っていたが、予定通り鎮圧された。

 

「俺は実技棟を見て来ます!」

 

「気をつけろよ!」

 

摩利の声に送り出されて、達也は最初に轟音が聞こえた区画に向かった。

 

 

 

 

 

「何の騒ぎだ、こりゃあ?」

 

テロリスト相手に大立ち回りを演じている男子生徒が、達也の姿を見留めて大声で訊ねて来た。

 

「テロリストが学内に侵入した」

 

達也はレオの援護に入り、簡単に説明する。

 

テロリストはものの数秒で片付いた。武器は過激だが大した敵ではない。あくまで達也からしたらだが。

 

「レオ、ホウキ!…っと援軍が到着してたか」

 

事務室からエリカが走ってくる。

 

「気にすんな。十分間に合ったタイミングだぜ」

 

「気になんてしてないわよ。ほら、ホウキ」

 

エリカはレオのCADを投げて渡す。

 

「って、投げんな!」

 

「達也君、こいつらは何?問答無用で倒して良い相手なの?」

 

エリカはレオの抗議を無視する。

 

「テロリストだ。それで生徒でなければ手加減無用だ」

 

エリカは達也の返答を聞き、にっこり笑った。

 

「アハッ、高校ってもっと退屈なトコだと思ってたけど」

 

「お〜怖え。好戦的な女だな」

 

「だまらっしゃい」

 

エリカの手が上がりかけだが、その手には特殊警棒が握られている。流石に自重したのか殴ることはなかった。

 

「他に侵入者を見なかったか?」

 

「反対側にいたけど、ほどんど制圧してた」

 

「事務室は?」

 

「そっちも大丈夫だったわ。あたしが着く頃には縛り上げられていたよ」

 

(となると何処が狙われている?)

 

達也はテロリストが何処を狙われているのか考える。だが、達也が答えを出す前に答えを言われた。

 

「彼らの狙いは図書館よ」

 

「小野先生?」

 

「向こうの主力は、既に館内へ侵入しています。壬生さんもそっちにいるわ」

 

「後ほどご説明をいただいてもよろしいでしょうか」

 

「却下します。と言いたいところだけど、そうも行かないでしょうね。その代わり、一つお願いしてもよろしいかしら?」

 

「何でしょう」

 

遥は逡巡の色を浮かべたが口ごもったりはしなかった。

 

「カウンセラー、小野遥としてお願いします。壬生さんに機会を与えて欲しいの。彼女は去年から剣道選手としての評価と、二科生としての評価のギャップに悩んでいたわ。何度か面接もしたのだけど…私の力が足りなかったのでしょうね。彼らに付け込まれてしまった。だから」

 

「甘いですね」

 

遥の依頼は、誠実な職業意識に基づくものだった。だが達也は容赦なく切り捨てる。彼の態度には教員と生徒としても立場以外にも、友人としてもあった。

 

「おい、達也」

 

「レオ、余計な情けで怪我をするのは、自分だけじゃない」

 

達也は切り捨てることができない友人にアドバイスをして走り出す。

 

 

 

 

 

図書館前では小競り合いが繰り広げられていた。それを目にした途端、レオが飛び出した。

 

「パンツァー!」

 

雄叫びを放ち、乱戦に飛び込む。

 

「音声認識とはレアな物を…」

 

「あんな使い方して、よく壊れないわね」

 

「CAD自体にも硬化魔法が掛けられているな」

 

「どれだけ乱暴に扱っても壊れないってわけか。ホントにお似合いの魔法」

 

レオはテロリストに優勢のようで、達也は任せることにした。

 

「レオ、先に行くぞ!」

 

「おうよ、引き受けた!」

 

 

 

 

 

図書館内は静まり帰っていた。遥の言葉を信じるなら、迎撃側が足止めされていたということ。

 

おそらく、物影に身を潜めているだろう。だが、達也にそんなことは関係ない。彼は意識を広げて存在を探った。

 

「二階特別閲覧室に四人、階段の上り口に二人、階段を上り切ったところに二人…だな」

 

「すごいね、達也君がいれば、待ち伏せの意味なくなっちゃう。実戦では絶対、敵に回したくない相手だな」

 

エリカはそう言うと飛び出した。

 

「待ち伏せはあたしが片付けとくよ」

 

待ち伏せしていた敵が奇襲を受ける。エリカは一瞬で二人の敵を倒した。階上の敵も彼女に気がついだが、その敵は階段を飛んでいた達也に倒された。

 

「ここは任せて」

 

「分かった」

 

達也は床を蹴り、階段を一気に飛び上がる。彼は一人で特別閲覧室に向かう。彼は特別閲覧室までの廊下を走る。

 

達也は特別閲覧室の前につき、扉を見る。それは重厚で簡単に開かないことが一目でわかった。

 

いや本当はもっと早くにわかっていた。そして達也は扉を開けることもできる。

 

できれば達也はその手を使いたくない。だからって目の前の犯罪行為を見逃すわけにもいかない。

 

達也はCADを取り出し、特別閲覧室周辺のカメラに向ける。カメラ見た目に変化はない。だがカメラが機能しなくなっていることを彼はわかっている。

 

そして目の前に扉にCADを向ける。途端、扉が四角切り取られて倒れた。

 

 

 

 

 

紗弥香は目の前で行われている作業を複雑な心境で見つめていた。彼女の目の前で行われていることは機密文献、すなわちこの国の魔法研究の最先端を集めた文献資料を盗み出す為のハッキングである。

 

魔法による差別撤廃にするのに何故魔法研究の最先端が必要なのだろう。紗弥香は何度目かわからない自問自答を繰り返す。だが、彼女がこの思考のループから抜け出すことはできてない。

 

「…よし、開いた」

 

慌ただしく準備される記録用ソリッドキューブ。同士の顔に欲が過ぎった気がして、紗弥香は目を背けた。

 

だから、異変に気がついたのは彼女が一番早かった。

 

「ドアが!」

 

扉が四角に切り取られ、内側に倒れる。

 

「バカな!」

 

彼らは扉が破られたことに驚く。その間に今度は記録キューブが砕け散った。次はハッキング用の携帯端末だ。どちらも部品に分解されている。

 

「産業スパイ、と言っていいのかな?お前達の企みは、これで潰えた」

 

達也は右手に銀色に輝くCADを構え宣言する。

 

「司波君…」

 

紗弥香の隣にいた男が達也に銃を向ける。だが、弾丸は発射されず男の方が足から血を流し倒れた。

 

「壬生先輩。これが現実です」

 

「えっ…?」

 

「誰もが等しく優遇される平等な世界。そんなものはあり得ません。才能も適性も無視して平等な世界があるとすれば、それは誰もが等しく冷遇された世界。本当は壬生先輩にも分かっているんでしょう?そんな平等を与えることなんて誰にもできない。そんなものは騙し利用する為の甘美な嘘の中にしか存在しないんですよ」

 

紗弥香の焦点の合っていなかった瞳が焦点を結ぶ。

 

「壬生先輩は魔法大学の非公開技術を盗み出す為に利用されたんです。これが他人から与えられた耳当たりの良い理念の現実です」

 

「どうしてよ!何でこうなるのよっ!あたしはただ差別を無くして平等を目指しただけよ!それが間違いだったというのっ!あたしは確かに蔑まれた。嘲りの視線を浴びせられた。馬鹿にする声を聞いたわ!貴方もそうでしょう?あたしはそれを無くそうとしたのよ!間違いだったというのっ!」

 

紗弥香の叫びは心からの嘆きだった。心の底からの絶叫だった。

 

だが、達也の心には響かない。彼の知っている差別というものは、残酷で人の根源的なところにあるものだからだ。

 

「俺は親の顔をしれません。いわゆる孤児ってやつです」

 

「えっ…」

 

紗弥香は達也の返答に戸惑っている。だが、達也は構わず続ける。

 

「それに加えて、魔法も使えるんだから、小学生のころはずいぶんと嫌な思いをしました」

 

 達也は『嫌な思い』と言葉を濁す。だが紗弥香には何があったのかわかった。きっとそれはいじめだ。

 

「それで解決を試みた人がいたんですよ。その人が彼らに聞いたんですよ。『なんでそんなことをするんだ?』って。どういう答えが返ってきたと思います?」

 

 紗弥香は答えなかった。いや、答えられなかったのだ。達也の質問の意味が分かっていないわけではない。『解決を試みた人』は先生などだろう。『彼ら』は達也をいじめていた子供たち。彼女は何と答えが見つからなかったのだ。

 

「すいません。少しいじわるな質問をしましたね。何も答えなかったんですよ。返してきた人もいましたが、くだらない理由でした」

 

 達也は一旦言葉をくぎり、紗弥香をじっと見る。

 

「壬生先輩。俺からしたら差別をする理由なんてありません。あったとしても取るに足らないくだらない理由です。ただ暴力行為をしない限り差別は、意識にあるだけの意味のないものです」

 

紗弥香は反論の言葉が見つからなかった。達也の言う『暴力行為』をしたのは彼女たちだからだ。

 

紗弥香が思考を放棄しようとした時。

 

「壬生、指輪を使え!」

 

今まで紗弥香の背中に隠れていた男が叫ぶ。男は腕を振り下ろす。突如、発生した白い煙と共に広がる騒音、魔法の発動を阻害するキャスト・ジャミングだ。

 

三つの足音が煙の中から聞こえる。達也は二度、手を突き出す。鈍い肉を打つ音と床を叩く音がそれぞれ二度鳴る。

 

「きゃっ」

 

小さな悲鳴と共に走り去る音が聞こえる。達也は小さな悲鳴を上げた方に声をかける。

 

「大丈夫ですか?四葉さん」

 

「えぇ、それより今のは」

 

「壬生先輩です。まぁ、彼女はエリカが止めてくれると思います」

 

「エリカがですか?」

 

深雪は心配そうに声を出す。だが達也は紗弥香を追いかける素振りを見せず、テロリストの拘束を始めた。

 

深雪は一階でエリカの姿を見た。周囲にはテロリストがのびていたが、彼女に疲労は見られなかった。

 

深雪はエリカなら大丈夫だと判断し、テロリストの拘束を手伝い始めた。特別閲覧室の状態を横眼で確認しながら。




八雲さんから司甲の情報を得る、紗弥香とエリカの決闘、司甲のお縄はカットしました。変更点が全く思いつかなく、カットしても問題ないと思ったからです。


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入学編6

達也は紗弥香を保健室に運んだあと、あれやこれや理由をつけて一人で帰った。だが、帰宅するやいなや、最悪汚れても構わないライダースーツに着替えた。その上からホルスターをつけ、CADを入れる。

 

達也が外出の準備を終えるころ、家の前で車のブレーキが聞こえた。予想通りの到着だと達也は思った。

 

彼はフルフェイスヘルメットを手に取り、外に出る。

 

「時間通り?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

自宅前に止まった車に乗っていたのは遥だった。

 

「もう一回言っとくけど、達也君がブランシュを倒す必要なんてないのよ。テロリストの相手なんて警察がするべきなんだから」

 

 達也は遥の車に乗りながら、彼女が聞いてきた。

 

「警察が準備をしている間に逃げられますよ」

 

達也の意思は変わらない。彼は今日中にブランシュを潰すつもりだ。

 

「関わりたくないのなら、最悪やつらの居場所だけでも教えていただければいいです」

 

「それは教師としてできないわ」

 

遥自身、ブランシュを逃がしたいわけではない。だが、それと同じくらい高校生一人で相手にさせるわけにはいかないと思っている。

 

八雲なら手を貸してくれるかもしれないが、二人とも彼に協力してもらうのは避けたかった。だからといって遥がついて行っても、達也の足手まといになるだけだ。

 

「心配しなくとも怪我はしませんよ。仮に危険のようなら、すぐに逃げます」

 

「はぁ、わかったわ」

 

 達也の言葉を聞き、遥は車のエンジンを入れた。

 

 

 

 

 

「ここまで大丈夫です。あとは走っていきます。」

 

達也が止まるよう指示したのは山道の入り口。まだ車でも余裕で通れそうだが、彼はここまでで十分だった。遥もそれをわかっているようで、黙って車を止める。

 

「長くとも二、三十分したら戻ります」

 

達也は遥に一言言い、ヘルメットを被る。そしてこの道の奥にある建物へと走りだそうとする。

 

「ちょっと待って」

 

 だが遥に止められる。

 

「危なくないようなら逃げる。良いわね?」

 

 どうやら遥は最後の確認をするために呼び止めたみたいだった。これから一人で武装集団の相手をしようとするんだから、当たり前のことだが。

 

「えぇ、わかっています。それでは」

 

 達也は今度こそ走り出した。

 

 

 

 

 

しばらくの間、走ると工場跡らしき建物が見えてきた。頑丈そうな門があったが、達也からしたら、そんなものは障害物になどならない。彼は難なく飛び越える。

 

 工場の扉にも鍵がかかっていたが、それも達也にとっては障害にならない。CADを構え、扉に向かって、魔法を発動させる。

 

 達也はごく普通に扉を開けて、中にいるテロリストが声を上げるよりも武器を構えるよりも、早くCADを構えて、魔法を発動させる。テロリストは身体の節々から血を流し、静かに倒れた。

 

 そして達也は次の部屋でも同様に、魔法を発動させ、テロリストは血を噴き出して倒れる。あとは工場を一周するまでこれの繰り返しだった。

 

 

 

 

 

ブランシュ日本支部のリーダーである司一は苛立っていた。それもそのはず三年も前から準備をし、多額の金を出した計画が何も得られずに失敗したというお粗末な結果に終わったのだから当然だろう。

 

「クソ、あの愚図め。この計画の為にどんだけ時間と金を費やしたと思っているんだ」

 

怒りの矛先は彼の義理の弟であった。

 

(使い勝手の良いエガリテはもう活動ができない上、金もない。これじゃあしばらくは何もできねぇ)

 

「クソ!」

 

司一は、考えれば考えるほど苛立ってきていた。完全な悪循環だ。彼は再び悪態をつきそうになった時、正面の扉が開いた。

 

逃走の準備ができるまで、警備しているように命令した為、何の連絡もなく、開く筈がない。

 

そのことは司一の周りにいる部下もわかっているようで、扉の方向に銃を向ける。

 

入ってきたのはライダースーツにフルフェイスヘルメットを被った人物だった。その姿は街中でみたら、まず不審者だとわかる。

 

 だが不審な人物だという評価はここでも変わらない。司一は『撃て』と命令をしようとした。

 

だがそれよりも先に司一は全身に針を通されたような痛みが走り、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 きっかり二十分たってから、達也は遥が待つ車に戻ってきた。

 

達也の身体に怪我はない。遥も彼の身体を見て、そのことを確認する。

 

「…怪我はないようね」

 

「はい、無傷です」

 

仮に達也が怪我をしていたとしても、遥はきっとわからなかっただろうが。

 

「それであいつらの身柄は放置してもいいんですよね?」

 

「えぇ、もう少ししたら、警察が来るはずよ」

 

 警察が来るよりも早く、ここから退散しなければならない。このことは達也と遥の共通理解だった。

 

 遥は車のエンジンを始動させ、速やかにその場から去っていった。

 

 

 

 

結果からいうと紗弥香が罪に問われることはなかった。

 

ブランシュが警察に捕まった上、十文字家が裏で手を回したのだから当然だろう。

 

ちなみにブランシュを壊滅、捕縛したのは警察だということになっている。達也も遥も自分の功績だと主張するつもりはない。だから警察の手柄となっても何ら問題はなかった。

 

話を戻して、紗弥香はしばらく入院することになった。右腕の骨折は入院するほどではなかったが、彼女はどうやらマインドコントロールを受けたらしかった。その影響が残っていないかどうか、様子を見るために入院なったのである。

 

もちろん、司甲も深刻なマインドコントロールの影響下にあったことがわかり、休学の扱いで長期間の治療を受けている。

 

「ねぇ、達也君。なんでさーやの退院の日来なかったの?」

 

紗弥香の退院は昨日のことだったらしかった。

 

エリカの言う通り達也は昨日、病院に訪れなかった。それどころかお見舞いも一回しか行っていない。だが達也とは対照的に、エリカは何度もお見舞いに行ったようで、紗弥香とかなり仲良くなったようだ。

 

「何回もお見舞いに行くほどの仲じゃないからな」

 

「そんなんだから、桐原先輩に取られちゃうだよ」

 

エリカがとんでもない爆弾を投げてきた。

 

「達也、あの先輩に告ったのか⁉︎」

 

盗み聞きしてたとしか思えないタイミングでレオが入ってきた。席が近いからしょうがないかもしれないが。なお、席が隣の美月は顔を赤くしていた。

 

 そういえば、遥の紗弥香が達也に告白されたという噂の出どころを特定できていない。もしやエリカが出どころかと達也は邪推する。

 

「告ってない。それより壬生先輩と桐原先輩は付き合っているのか?」

 

達也は自分を話の肴から即消去する。それに剣術部乱入事件を止めた本人なので紗弥香と桐原が付き合っている話が本当ならば、驚きである。

 

「うん、毎日行ってたみたいだよ。あたしが行くと先にさーやの病室に必ず居たし」

 

達也は彼自身がお見舞いに行った時、桐原が居たことを思い出した。達也は珍しいこともあるものだとくらいにしか考えてなかったが、そういう裏事情があるならば納得であった。

 

「桐原ってあの剣術部の二年生か?」

 

レオも剣道部と剣術部のいざこざを知っているので驚いているようだ。

 

「そうよ、達也君、ホントもったいないことしたと思うわ。折角さーやのお腹いっぱいになるお話聞けたのに」

 

「そうか、それはもったいないことをしたな」

 

エリカは達也に軽くあしらわれて、へそを曲げてしまった。

 

「ふーんだ、達也君には絶対教えない」

 

エリカも膨れっ面だが楽しそうだ。美月もレオもそうだ、笑っている。

 

達也はこの日常が続けばいいと願っていた。




保健室での一幕はカットしました。
理由は前回と同じです。
ブランシュのアジト潰しは、一度消す前は八雲も共にでしたが、不自然かなと思い、達也一人で潰させました。小野先生がついて行ったのは保護者枠です。


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幕間

伏線になっていると思いたいですが、入学編のやつの回収です。
これも私がイメージしやすいように書いたもので、本編には一切関係ないです。
なので序章同様に読み飛ばして問題はありません。


 六月下旬、第一高校ではもうすぐ定期試験が始まる。

 

定期試験までの日数は一週間を切っており、生徒会、委員会、部活動は休止期間になっている。そのため、ほとんどの者が試験勉強をしている。

 

 達也、深雪、エリカ、美月、レオの五人もその例にもれず、試験勉強をしている。

 

 達也たち1-Eは四人一緒に勉強をしている。だが深雪は1-Aのクラスメイトからも試験勉強を一緒にと誘われているため、彼らと一緒にしている。それでも、あれやこれやと断って、達也たちと一緒にやることもあった。

 

 そんなある日のことだ。

 

 今日の放課後は深雪が1-Aにいろいろと言い訳をして、達也たちと一緒に勉強をしていた日だった。

 

 日も暮れ始めて、そろそろ帰ろうかとカフェを出た。一人、ドリンク一杯で数時間粘らせてくれる良い店である。店主には試験が終わったら、一番高いものを注文すると約束した。

 

 思えば、このときから達也は深雪の様子がおかしいことには気付いていた。何かを話そうとする。だが喉で言葉が詰まってしまう。そんな様子であった。

 

 結局のところ、深雪が達也に話しかけたのは、駅について。しばらく経ってからだった。

 

「明日の土曜日、空いてますか?」

 

 明日は達也に特に用事はない。

 

 本来は試験勉強をするべきだろうか、筆記試験は達也も深雪も心配はない。実技試験のほうは、深雪は一切問題ない。達也はかなりやばいが、魔法力というものは一朝一夕でどうにかなるものでもない。

 

「空いてますが…何故ですか?」

 

「お話ししたいことがあります。明日少しの時間だけも会えませんか?」

 

 今はまだ話せないということだろうか。達也は疑問に思ったが、今ここで聞きだすようなことはしない。

 

「わかりました。それで場所と時間は?」

 

 達也の肯定の返答に深雪は安心したようだった。彼女のその様子は誤解を招きそうなものだった。

 

 幸いなことにエリカとレオがいつものように口喧嘩をし、美月はそれに注意を向けていたため、何も問題はなかったが。

 

 そのあと達也と深雪は適当な場所と時間を決め、彼はエリカとレオの口喧嘩を止めに行った。

 

 

 

 

 

「ハァハァ」

 

 次の日の朝、毎朝の恒例となっている九重寺での鍛錬が終わり、達也は今日も泥だらけとなり、地面に転がっていた。

 

「ありがとうございました」

 

 息を整えて、達也は九重寺を出ようとする。

 

「今日は何やら急いでいたようだけど、何かあるのかい?」

 

 八雲はいつも嫌なところで鋭い。ここで話さなくとも、あとできっとねちっこく聞いてくるだけだろう。達也は話すことにした。

 

「午前中に四葉さんと会う約束をしているだけですよ」

 

 八雲の細い目が開かれた、気がした。

 

「それは二人っきりでかい?」

 

八雲の質問文は達也が予想していたものの一つであった。だが声音が予想外であった。八雲なら面白がって聞いてくるだろうと思っていた。

 

「そうですが」

 

 八雲は少し空を見つめて、決心したように、達也に向き直る。

 

「……少し時間を貰えるかい?ほんのだけだ。時間は取らせないよ」

 

「急に何ですか?」

 

「話したいことができた。無理にとは言わない。なんなら聞かずに帰ってもいい」

 

 偶然、同時期に話すことがあるわけではないだろう。深雪はわからないが、八雲は達也と彼女と会うと聞いてから、話したいことができたようだ。

 

 八雲のいつもと違う様子に、話したいことというのが何か達也は気になった。

 

「良いのかい?今から話すことは、僕が墓場まで持っていこうとしていたものだ」

 

 八雲は随分と勿体つける。話したくないわけではないだろうに。

 

「気になりますから」

 

 八雲は達也を庫裏に誘導する。八雲はお茶を出さない。すぐに話を終わらせるつもりだろう。

 

「それで話したいことは君の出生についてだ。それでも聞きたいかい?」

 

 達也は酷く驚いた。なぜなら、八雲は以前、達也の出生など知らないと言っていたからだ。今になってわかったのか、いや八雲の態度はそういうわけではなさそうだった。

 

「はい。気になっていたことですから」

 

「君は四葉家と関係があるものだ」

 

 達也は絶句というものを初めて体感した。声が出ないというのはこんな状態なのかとわかった。

 

「……………」

 

 それほどまでに八雲の話は衝撃的だった。

 

「残念ながら、君の親はだれだかわからない。ごめんね」

 

「……いや、まぁ。それは良いですけど…どうやって、俺が四葉家と縁があるものだと?」

 

 達也は四葉家の恐ろしさを知っている。八雲といえども、四葉家に手を出すことなどすべきではない。

 

「情報提供者がいてね」

 

 八雲はずいぶんと恐ろしいものが知り合いのようだった。

 

「それで師匠はいつから俺の出自を?」

 

 八雲は達也をじっと見る。どうやら聞かれたくないことのようだった。

 

「……最初からだよ」

 

「師匠が俺に会うまえからですか?」

 

 八雲は静かにうなずく。

 

「言い訳するわけじゃないけど、最初に調べたときは本当にわからなかったんだ。君があの孤児院に来るまではずいぶんと回りくどく、長かったからね」

 

 達也は上を向いて、息を吐く。それほど予想外の出自だった。

 

 だからこそ八雲が今の今まで話さなかったのだろうが。

 

「聞かなかったほうが良かったかい?」

 

「情けないことにそう思ってしまっています」

 

「気休めにしかならないかもしれないけど、あくまで四葉家と関係のあるものだ。血縁があるかどうかはわかってないよ」

 

 心のなかで生まれた不安を達也は見事につかれた。彼は深雪とはもしかしたら血縁かもしれないということを恐れた。

 

「教えてくれてありがとうございます」

 

 達也は立ち上がる。

 

「会うつもりかい?」

 

「そのつもりです」

 

 達也は約束通り、深雪に会いに行くつもりだ。深雪に会いに行かないというのも、不安の種が残る。

 

 八雲が深雪と会うと聞いた途端、話したのは一種の警告だろう。

 

 『覚悟しとけよ』と。

 

 達也は八雲の警告をしっかり胸に刻み、歩き出す。

 

「達也くん、困ったことがあったら、相談するんだよ」

 

 達也は振り向き、深々と八雲に頭を下げた。

 

 

 

 

 

 約束の時間がもうすぐのところまでに迫ってきていた。

 

 達也は約束の場所である喫茶店の近くまで来ていた。

 

 達也は未だに行きたくないと思っている。深雪の話を聞きたくないと思ってしまっている。それと同時に彼女と話への好奇心がある。いや、好奇心というより聞かない恐怖というほうが適当だろうか。彼のなかでは二つの相反する気持ちが渦巻いていた。

 

だが行くか行かないかの決心はついている。

 

『カランカラン』とドアベルが鳴り、達也は喫茶店のなかへと入る。

 

 店内には男女、男子の二人組、待ち合わせだろうか一人でカウンター席に座っている女子中学生くらいの子など、店内の広さに対してはそこまで人がいるわけではなかった。午前中ならこのくらいが当然だろう。

 

 達也は来る決心がなかなかつかなかったこと、決心がついたあとも足が重かったせいで時間に余裕を持って、喫茶店に来なかった。

 

 深雪は達也より先に来ており、ボックス席に座っていた。彼女はただ座ってるだけだが、それだけでも絵になっていた。

 

「すみません、待ちましたか?」

 

「いえ、そんなに待っていません。時間通りですし、それに私がお呼びしたので。」

 

 達也は深雪の対面に座る。すると彼の背中にブサッ、ブサッと視線が刺さってきた。背中がとてもむずがゆい。

 

 深雪は幸いというべきか、達也に視線が集中していることに気付いていない。彼女はこれから話すことにしか意識がいっていないのだろう。

 

 達也は深雪が口を開くまでの時間潰し…とは少し違うが、コーヒーを注文した。

 

 注文したコーヒーが届き、達也は口をつける。

 

「すみません。私が話し出さないせいで、お待たせしまして」

 

 コーヒーを半分くらい飲み終わったところで、深雪が声を出した。

 

「大丈夫です。自分のタイミングで話してください」

 

「いえ、話します。けじめですから」

 

 深雪は静かに息を吸い、吐いた。達也は彼女が話し始めると思い、カップを置く。

 

「私は達也さんの情報を集めるように、ある人から頼まれました」

 

 ここから話がどう変わるか、達也の心臓が早鐘を打つ。

 

「入試の結果、風紀委員ということ、学校での評判、それと…」

 

 深雪はその『ある人』に様々なことを伝えたようだ。きっと達也が二科生だということも。

 

 彼女は口を閉じてしまう。その姿は反省しているような、後悔しているようだった。

 

 達也は残ったコーヒーを飲み干す。

 

「それを何故、俺に話したのですか?」

 

 深雪は達也にすごむ。

 

 彼に睨んだつもりはない。だが深雪は怯えたように顔を伏せる。

 

「これは私のけじめなんです」

 

 彼女は苦しそうに声を絞り出す。

 

「後ろめたい気持ちを持ってちゃ、友達としてだめだと思ったんです」

 

 深雪はまだ顔を伏せ、テーブルを見ている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人の空間は静寂に包まれる。

 

「………フフッ」

 

 その静寂を破ったのは、達也の笑い声だった。深雪は驚いて顔を上げて、呆けた顔で彼を見る。

 

「すみません。笑ってしまって」

 

 彼は可笑しかったのだ。深雪の心中が予想外だったのだ。あまりにも純粋だったのだ。きっと彼女は達也が四葉家と関係があったことなんて知らないのだろう。

 

 笑いが収まるまで、達也は少し時間がかかった。

 

「四葉さんは純粋で、優しい人ですね」

 

 達也の言葉に深雪は顔を赤くする。

 

「私はそんな……」

 

 彼女は今度は恥ずかしさで顔を伏せる。

 

「それで俺の監視は続けるんですか?」

 

「え!あの、かん…いえ、もうしません。したくありません」

 

「なら大丈夫です」

 

 深雪は慌てて顔を上げる。そして達也のあっさりとした許しの言葉に驚いた顔する。

 

「良いんですか?」

 

「構いませんよ……俺も数少ない友達を失いたくないんで」

 

 気恥ずかしそうに達也は言い、コーヒーを飲もうとする。だがカップの中身は空だった。

 

「では俺は帰ります」

 

 達也は伝票を取り、席から立ちあがる。

 

「お会計は私が」

 

「良いですよ、そんなに高くありませんし。男の甲斐性ですよ」

 

 深雪に止められるが、達也は伝票から手を離さなかった。

 

「…はい。ありがとうございます」

 

「ではまた学校で」

 

「さようなら」

 

 達也は二人分の会計を済ませて、喫茶店を出る。

 

 彼の表情はどこか晴れ晴れとしたものだった。深雪の話というものは聞いてみれば、なんら問題のないものだった。

 

 達也は上を見上げる。この時期にしては珍しく、空は青空だった。

 

 達也が孤児院に送られたときのことは何も覚えてない。あのときの彼はもう少し遅かったら衰弱死寸前というところだったからだ。

 

 彼は感傷に浸っていた。

 

(柄にもないな)

 

 きっと深雪の話に期待していたのだろう。達也は親のことなど何一つ覚えていないが、未練がある。

 

 達也は親に会いたいと思っている。

 

 子供の本能かもしれない、それともただ知的好奇心なのかもしれない。彼には判断がつかない。

 

だが親に会いたいという気持ちは本物だった。

 

 

 

 

 

「深雪様」

 

 達也が喫茶店を出てから数分、深雪は店内にいた『女子中学生くらい子』に話しかけられていた。

 

「ありがとうね。水波ちゃん」

 

 『水波』と呼ばれた彼女は、三つ編みを揺らしながら首を横に振る。

 

「深雪様をお守りするのが、私の役目なので」

 

「達也さんは暴力を振るような人じゃないわ。一高で作った友達は彼のように優しい人、だから私の心配は大丈夫よ」

 

「……そうですが、あの人の経歴は不気味です」

 

 水波が警戒しているのは、あくまでも達也一人である。だが彼女も経歴が不気味だけでは、警戒しない。

 

「それに深夜様が気に掛ける理由がわかりません」

 

「私もどんな人かと思ったけど、達也さんは普通の人だったわ」

 

 深雪に達也のことを教えるように頼んだのは、深夜という女性だ。

 

 深雪は深夜に幼少期の頃から世話になっていた。色々なことを彼女から教わった。そのため母である真夜と同じくらい尊敬しているといっても過言ではない。

 

 その深夜が気に掛けたのだ。深雪は達也に対して勝手に、敵対心を持ったりした。そして二科生ということに勝手に失望したりもした。

 

 だがいざ学校で彼のことを知ると、珍しい技能を使えたり、頭が良かったりなど普通ではなかった。

 

「私たちも帰りましょうか」

 

「はい」

 

 水波はかなり渋ったが、深雪は彼女の分の会計を済ませて店を出る。

 

 外はこの時期には珍しく晴れである。

 

 深夜の真意はわからない。だが深雪はそれでも構わないと思っている。

 

 深夜の頼みがなければ、深雪は達也たちに接触しようなどとはせず、一科生たちとだけ交友を深めていったであろう。そして二科生への差別意識が出来ていったであろうと彼女は思っている。

 

 達也たちと出会ってしまった今、その可能性はおぞましいものだった。

 

 だから深雪は深夜の真意などもうどうでも良かった。

 

 そして、この先ずっと深夜の真意など誰も知らないほうが良いのかもしれない。




私なんかのオリジナルストーリーを読んでいただきありがとうございます。

もしかしたら気付いている人がいるかもしれませんが、私は序章から幕間まで一気に書いて一気に投稿しています。九校戦編も投稿するつもりですが、登校頻度は安定しないと思います。


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