道行くアノコは死神 (ねぇなんで私が私が解る?)
しおりを挟む
道行くアノコは死神
まただ。今、本当に危なかった。
僕は常に死神に命を狙われている。
発端はたしか、小学生の頃だ。
遊具で頭を打った時から、僕は死神が見えるようになった。
その日から僕の日常生活は一変した。
この世に存在するありとあらゆる死神が、僕の命を狙ってくるようになった。
例えば、算数の授業中。
隣の席に座った死神が、ノートを貸してくれ、と言ってきた。当然断った。
もし死神に文字でも書かれようものなら、見ただけで僕は死んでしまう。
例えば、体育の授業中。
僕は常に端っこにいて、死神と関わらないようにした。
だが、奴らは僕を殺そうと声をかけてくる。
「お腹が痛いの?大丈夫?」
なんて恐ろしい奴だろう。親切なふりをして、僕を殺そうとしているんだ。
「おい、お前もやれよ」
こんな脅しもあった。強制的に参加させ、殺そうとしたのだ。これには圧倒的な恐怖を覚えた。
中学校に進んだら、死神から声をかけられる事は少なくなった。
そのかわり、わざわざ僕の目につく場所で作戦を練るようになった。ちらちらと此方に視線を送り、また輪を作ってぼそぼそと会議する。
...あぁ...この時に心に負った傷は、未だまったく癒えていない。それどころか、ますます僕の精神を弱らせる。
目標の目の前で、どうやって殺そうか、どうやって苦しめようかと懇々に話し合っているのだ。
まだ幼かった僕の心に、あまりに深い傷を作ったのは、これに他ならない。
高等学校には進まなかった。当たり前だ。
中学校よりも、更に僕の命を狙う死神の数が増えるのだから。だが、部屋にずっと落ち着いて居られるという事は無かった。
「ねぇ、偶には外に出て!」
扉を叩く激しい音。そして、僕を呼びつける大きな声。
たまらなく恐ろしい。布団にくるまっても尚、体が震え続ける。ガチャガチャと音を立て、鍵を抉じ開けようとする。
止めてくれ。止めてくれ。
だが、口に出せばお終いだ。死神と言葉を交わせば、死んでしまう。
「駄目です、先生。まったく開けてくれません」
「ふむ...」
女性の心底残念そうな声に、顎に手を当て思考を巡らす白衣の男。
この白衣の男は、俗に言う精神科医である。
「...いつ頃からですか?」
「確かもう...十年ほど前から」
はぁ、と溜め息を吐くと同時に答える女性。肩を落とし、項垂れている。
その言葉に、男が反応した。
「十年ですか。それはまた」
「キツい話です。仕事があるというのに...」
「その通り。しかし、あと一歩の所までは到達していますから」
男なりに女性を励まそうとして言った言葉だったが、とくに女性は気づかなかったようだ。
「先生、私はこの子で三人目です」
「...三人目」
「たった二人だけ、という訳です。私が焦る理由がお解りに?」
「...よぅく理解致しました。及ばずながら力になりましょう」
「助かります」
踵を返して帰っていく白衣の男。
その背中を見て女性は、
「ふん、何が理解できました、だか」
そしてもう一度扉に目をやった。
「あんたでやっと三人目。私の命も危ないな」
女性はノルマを達成する事だけで頭を満たしていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む