ヴィランのお話 (斗掻き星)
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怒鳴ればいいと思ってる大人は嫌いだ。

「いやあ、助かったよ。ありがとう運び屋さん!」

「いえ、またのご利用、お待ちしております」

 

急いで駆けていく客を見送り、私はもう一度個性を使った。

私の前に出来上がった楕円の穴に潜り込むと、トイレの個室に出た。

現在私が通っている中学校のトイレである。

 

ふぅ、と一息ついてドアを開けると、そこには担任の先生が立っていた。

 

「界門さん。生徒指導室に来なさい」

 

先生は少し不安そうに見えた。

 

 

 

「はぁ、界門。お前にはがっかりだよ」

「そうですか」

 

「個性を不正に利用し客から法外な金を取っていた、間違いないな?」

「良心的な金額設定だと思っています」

 

「金の話をしているんじゃない!」

 

怒鳴られてしまった。

今私は生徒指導室にて複数の先生に囲まれ尋問されている。

休日や放課後、授業間のちょっとした隙間時間とかを使ってやっていた金稼ぎがバレたのだ。

時間がない人を目的地へ送り届ける簡単なお仕事。料金は全国一律二万円。

利用者からは概ね高い評価を得ていた。一日で複数回利用する人もいる。

 

「そもそも勝手な個性の利用は禁止されている!散々習っただろうが!」

 

生徒指導の先生が私を怒鳴りつけた。

 

わからない。

私の行為は危険ではないし、急いでいる人には大いに有益だ。

その対価にお金を取っていただけ。

 

「界門さん、今どうして怒られているか、わかる?」

 

担任が優し気に問いかけてきた。

 

「個性の不正使用です」

「それが悪いことだって、知っていたよね?」

「はい」

 

わからない。

私が悪い事をしたと分かっているなら罰すれば良いのに。

何故こんなにも問い詰める?

 

「バレなきゃ良いとでも思ってたのか」

「そうですが」

「ふざけてんのかッ!!!」

 

うるさいな…。素直に答えただけなのに。

 

「バレなきゃ何しても良いとでも思ってんのか?!」

「罪を犯したかも分からない人間を罰することはできません」

「いい加減にしろ!!!」

 

うるさい。うるさい。怒鳴ればいいと思ってる大人は嫌いだ。

 

「まぁまぁ先生。ここは私が聞きます。ねぇ界門さん、どうしてこんなことしたの?」

「お金を稼ぐためです」

「あなたのお家は結構裕福だったと思うけど…」

 

その金は家の金、あの女の金だ。私のじゃない。

 

「稼がなければ、食べられません」

「…どういうこと?」

 

どうもこうもない。必要もないのに法は破らない。

 

「私は自分の生活費を稼いでいただけです。育児放棄されていますから」

 

担任が息を呑んだ。

おい、母親には?今日はダメみたいです。そんな声も聞こえた。

 

「…もう少し、話を聞かせて?」

 

尋問は続いた。

 




全国どこへでも、一瞬で送ります。

料金:一律二万円(先払い)


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私なら。

尋問が終わって、ようやく解放された。

母親を含めた話し合いとやらは明日するらしい。

 

やっと帰れる。

私は自分の教室へ行って荷物を纏めた。

とても長い時間拘束されて、窓の外を見ると日は傾いていた。

 

教室を出て、学校を出て、帰り道を歩く。

 

「おいおい、(ヴィラン)がこんなとこで何やってんだ?」

 

下品な声で話しかけられたので振り向いてみれば、ガラの悪い男子が複数人立っていた。

私の中学校の制服を着ている。

対応するのも面倒なので無視することにした。

 

「無視すんなよ。どこ行くつもりだ」

 

囲まれてしまった。

リーダー格の男は、岩でできた巨大な手をガンガン、と打ち合わせた。

 

「俺の事も運んでくれよ、(ヴィラン)さん?」

「…どこへ?」

「そうだなぁ、じゃあTDL。モチロン中に」

 

ウザい。ニヤニヤと私を見て。

私は(ヴィラン)じゃない、みたいな反応を期待してるのか?

 

「二万」

「は?」

「運んでほしいなら二万払って。先払い」

「ふざけるなよっと」

 

頬から脳に衝撃が伝わる。

殴られた。

前がよく見えない。

口の中が血の味でいっぱいになった。

 

いたい。いたい。

 

「誰が(ヴィラン)に金払うんだよ。自分の立場分かってんのか?」

 

足蹴にされる。取り巻き達は下品な笑い声をあげた。

 

(ヴィラン)ならしっかり殴って捕まえないとな?ホラお前らも」

 

殴られた。蹴られた。

 

いたい。いたい。

 

「ほらほら、泣いてもいいぞ?」

 

何故誰も来ない?彼らの行為は犯罪ではないのか?

彼らの手足は個性で凶悪な形になっている。

明確な悪意でこれを振るうのは犯罪ではないのか?

 

いたい。いたい。

 

「へえ、チビだが良いもん持ってんな」

 

やめて。触らないで。

 

「出す、門出すから…もうやめて…」

「やめるかよ。ここからが楽しいんだろうが」

 

なんで、彼らは咎められない?

なんで、私がこんな目に合わなければならない?

私が、わるい?

 

私は、人の役に立つよう個性を使った。

仕方のない事だった。誰も傷つけなかった。

彼らは、私を傷つけるために個性を使っている。

 

 

 

わたしは、わるくない。

こいつらは、わるい。

 

殺そう。

殺せばいい。

 

 

 

個性を使い、空間に円形の穴を二つ開く。

私を押し倒し跨っている男の頭に入口の穴を被せる。

出口の穴から男の頭が出てきた。

 

今、こいつの頭は私の個性によって胴体と繋がっている。

ここで穴を閉じれば、

 

「おい、まさか、待てやめろ待て待て待て」

 

こいつは、黙る。静かになる。

 

死ぬ。

 

殺した。私が。

 

「あは」

 

殺した、殺せた。私が。

 

「あははは」

 

殺せる、私なら。




個性社会のイジメはどんなでしょうか。


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必死で生きてきた。

逃げ出した取り巻きの走る先に入口を出す。

出口は私の目の前に。

 

絶望した顔と目が合った。

 

「やめてくれ頼む何でもするからおねが」

 

命乞いを言い切る前に、首が落ち、血がまき散らされた。

 

「あは!」

 

一人ずつ、丁寧に殺していく。

逃げようと、隠れようと、私はどこにでも門を出せる。

 

死に際はみんな、同じ顔だった。

 

 

 

家の扉を開ける。

ただいまと言ったことはない。言う相手などいないから。

 

小さくため息をついた。

人を殺した興奮は冷めきっていた。

 

 

 

「ねえ、あんた。随分やってくれたわね」

 

実の娘に向けるにはあまりに冷たい声音。

声をかけてきたのは私の母だった。私はそんなこと思ってないが。

 

私が男子生徒を殺したのは知らないはずだ。

きっと、学校からの連絡を受けて怒っている。

 

「面倒くさいのよ。私に無駄な時間を使わせないで」

 

目は私を見ていない。

濁りきって、汚い色をしていた。

 

「まったく…今まで育ててやった恩も忘れやがって」

 

育てて、もらった?

わたしが?あんたに?

 

 

 

ふざけるなよ。

 

「恩なんてない」

「なに?」

「私は、一人で生きてきた。お前から受けた恩なんてない」

 

初めて私を見たその目は、みるみる怒りに満ちていった。

 

「このクソガキが!誰のおかげで今まで生きてこれたと思ってる!!!」

 

振るわれた平手を受け止めるように入口を開く。

この使い方にも慣れてきた。

 

バツン、と音を立てて手首が落ちる。

 

「は?え…」

 

何が起きたか理解できていないようだった。

私は今まで反抗らしい反抗はしてこなかったから。

 

この女は私を学校に放り込んでそれきり、一切私を気にかけなかった。

運び屋業を確立するまではご飯は学校給食だけだった。

いつも一人で、必死で生きてきた。

 

「ああぁあ!なんで、なんでなんで、ああっ!てっ、手が、てが!」

 

この女も殺してしまおう。

正真正銘、この女に頼らずに生きていこう。

 

見せつけるように入口を開く。

 

「待って、ころ、殺さないで、面倒見るし、お金も渡すから…お願い、ね?」

「今さら気持ち悪い、クソ女」

 

穴が頭を飲み込む。

 

「おねがい、ころさないで…」

 

出口からでた頭がボロボロ泣きながら命を乞う。

 

この女の金で学校に通うことが嫌だった。

この女の金が私に使われていることが苦痛だった。

 

 

 

殺す。この女との、私の真っ暗な過去との、決別だ。

 

「じゃあね。オカーサン」

 

 

 

「あんたなんて、産まなけりゃよかった」

 

門を閉じる。

 

 

 

産まなければ、良かった?

私も、あんたの腹から産まれてきたと思うと吐き気がする。

 

 

 

愛されるって、どんなだろうな。

母だった物の光ない顔を見てふと浮かんだ考えを、私は頭を振って掻き消した。

 

 

 

興奮はなかった。




産まなければ良かった。
この世で一番嫌いな言葉です。


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どうして、そんなに泣きそうな顔をしているの?

私はさまよい歩いていた。

未成年故に公表こそされていないが、大量殺人事件の犯人としてバッチリマークされている。

とはいえ全国どこでもノータイムで移動できる私を捕まえる事はできないだろうが。

 

金は人がいくらでも持っていた。

殺したり、たまに殺さなかったりしながら私は生きていた。

 

 

 

「お嬢ちゃん、お兄さんと遊ばない?」

「いいですよ。お気持ちで千円くらい頂戴しますけど」

 

人気のない所で私を見るなり声をかけてきた不埒な男。

 

「え?まじ?大当たりじゃんやったぜ」

 

千円なんて安いもん、と言わんばかりに財布を取り出した。

 

「ばかみたい」

「え?」

 

次の瞬間には男の首は胴から離れていた。

私は財布を拾い上げ、中身を確認した。

 

「へぇ、結構当たりじゃん」

 

 

 

適当に街をブラついていると、一人の女が目に入った。

やけにきれいな身なりをしていて、どこかをぼーっと見つめている。

ああいう女はだいたい金を持っている。私は声をかけることを決めた。

 

「こんにちは。何かお困りですか?」

「ん?あぁ、特に困っているわけじゃないのよ。ありがとう」

「そうでしたか。心ここにあらずって感じで…余計なお世話でしたね」

 

女は掴みどころがない感じで、客としてはあまり期待できないかもしれない。

それに不思議そうに私の顔を見つめて、ちょっと不気味な感じがした。

 

「私の顔に、なにか?」

 

あまりに見られて落ち着かなくて、問いかけた。

 

「私に声をかけてくれたけど、あなたはどうして、そんなに泣きそうな顔をしているの?」

 

 

 

は?

 

泣きそうなんて、そんなことはないはずなのに、何故か言葉が詰まってしまった。

 

「どういう、こと、ですか?」

「あなた、つらそうな顔してるわ。あなたこそ何か、悩んでいるんじゃない?」

 

そんなこと、あるわけない。

何にも縛られずに、一人で生きる今は、充実している。

泣くような事なんて、つらい事なんて、ない。

ないはずだ。

 

「私で良ければ話聞くけど、どっかお店入る?家近いしそっちでもいいけど」

「…ありがとう、ございます」

「家でいい?ついてきて」

 

不思議とこの女の言葉に、従ってしまった。

 

 

 

「えっと、お名前は?私はベルハント」

 

小綺麗な部屋に座らされ、問いかけられた。

 

「…言いたくないです。嫌いな名前だから」

 

それはもう、捨てた繋がりだった。

 

「そっか。それじゃあ、今は何してるの?」

「特に何も」

「お仕事は?」

「してないです。人を殺して、奪ったりしながら」

 

「一緒にいる人とかは?」

「いないです。一人で、暮らしています」

 

私は何を言っている?言うべきでない事をペラペラと。ベルハントの個性だろうか。

 

「そう。一人で生きてるんだ。強いんだね」

 

不思議と心地よかった。

 

「きっとね、あなたは寂しいんだよ」

 

ベルハントに話していると心が軽くなった。

 

「さみしい?」

「そ。一人は寂しいわ誰だって。私もそう」

 

「あなた、家はある?」

「ホテルを転々としてます」

「じゃあ、私と暮らさない?」

 

突然の誘い。

あまり理解が追い付かなかった。

 

「どういう、ことですか?」

「文字通りよ。ここに住まない?ってこと」

「えっと…」

 

困惑した。

今まで何度か似たような言葉はかけられたが、そいつらは皆男だったし、下心から出た言葉だった。

 

ベルハントは違った。

 

「あなたはこれまで通り好きに生きて、でもここに帰ってくる」

 

ゆっくりと、子供を諭すかのように語った。

 

「あなたがただいまって言って、私がおかえりなさいって言うの」

 

とても嬉しそうに、はにかんで。

 

「ね、素敵でしょ?ここをあなたの帰る場所にするの」

 

素敵だった。それは多分、私が一番求めていたものだ。

 

「でも、私は(ヴィラン)です」

「いいわよ別に」

「多分、これからも殺します」

「誰を殺そうと気にしないわ」

 

ベルハントは綺麗な紅い瞳で私を見つめた。

ああ、この人は私を見てくれる。見捨てないでいてくれる。

 

肯定してくれる。

 

きっと、愛してくれる。

 

 

 

「ねぇ、私と暮らさない?」

 

もう一度言ったその言葉に、私はうん、と小さく頷き返した。

涙を流したのは、久しぶりだった。

 




一人は好きですが、孤独は辛いものです。


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優しく抱きしめてくれた。

「それじゃあ、あなたを私の眷属にするわね」

 

一緒に暮らすと決めた私にベルハントはそう言った。

 

「眷属?」

「そう。血の繋がりを作るの。これから一緒に暮らすんだから、家族みたいなものよ」

 

いまいちよくわからない、という顔をする私に、ベルハントは思い出したかのように言った。

 

「私の個性ね、『吸血鬼』なの。全然、騙すつもりとかはなかったんだけど…」

「気にしてませんよ」

「良かった。それでね、要するにあなたを吸血鬼にしようと思うんだけど」

 

ベルハントは色々教えてくれた。

吸血鬼になって起こる体の変化、できるようになること、できなくなること。

でもそれは私にとって問題ではなかった。

 

「私をあなたの眷属にしてください。あなたとの繋がりができるなら、私は嬉しいです」

「そっか、ありがとう。それじゃあ、ちょっと我慢してね」

 

そう言ってベルハントは私の首筋に噛みついた。

 

血を吸われて、少しボーっとした。

身体から力が抜けて、頬が赤くなるのが分かる。

 

少し気持ちよくて、血を舐める音が艶かしく聞こえてしまった。

 

「ん…」

「ごめんね。もう少し貰うからね」

 

今までに経験したことがない感じで、声が漏れた。

ベルハントの声が近くに聞こえて、幸福感に包まれた。

 

 

 

「ごちそうさま」

 

ベルハントが口を離した。唇に付いた血を艶かしく舐める。

血を吸われた首筋はまだジンジンとしていた。

 

「変な感じがしたでしょ?ごめんね。我慢出来てえらいわ」

「ううん、その、気持ちよかった。またしてほしい…」

「あはは…一日一回までね」

 

私の頭はボーっとしていて、頬もまだ紅潮していた。

 

「よし、それじゃあ、これからよろしくね。えっと…」

 

ベルハントは途中で言葉を切って、困ったような顔をした。

 

「あなた、名前言いたくないのよね?何て呼べばいい?」

 

この人に、この嫌いな名前は言いたくなかった。

私はこれからこの人と生きていくのだ。それなら。

 

「名前、付けてください。あなたに名付けてほしい」

 

名付けは祝福。この人に祝ってほしい。

 

「時雨」

 

真っ赤な唇から言葉が紡がれた。

 

「あなたは、時雨。よろしくね」

 

時雨。しぐれ。私は時雨。

 

「よろしくお願いします、ベルハント、さん」

「ベルでいいわよ」

「ベルさん」

 

帰る場所、血の繋がり、名前。

今日一日で、たくさん貰った。

 

「ベルさん、ありがとうございます」

「いいのよ。あなたはわたしの眷属(かぞく)なんだから」

 

私がベルさんにゆっくり近づくと、ベルさんは優しく抱きしめてくれた。

血を吸われた時とは似ているようで違う、穏やかな幸せに包まれた。

 

初めて感じた、人の愛だった。




これで一区切りとします。
書き貯めるので暫しのお待ちを。

どうして今日出会ったばかりの人間の一生を背負うのか。
彼女には彼女なりの思いがあります。


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金を渋る客は別段珍しくない。

お待たせしました。


「てめぇら急げ!グズグズすんな!」

 

覆面を被った男が複数人、袋に金を詰め込んでいた。

個性に物を言わせた強盗だった。

 

「親分、詰め終わりました!」

「こっちも完璧っス!」

 

通常、強盗などという浅はかな犯行は成功しない。

異様に迅速化したヒーローの対応によって即座にお縄になるのが普通であり、よしんば逃げ切ったとしても警察に捕捉され、奪った金を使うこともなく逮捕される。

 

普通ならば。

 

「よし!おい運び屋ァ!仕事の時間だ!」

 

だがこの場には私がいた。

大男が複数人入れるように、私は大きく門を開いた。

 

「こちらにどうぞ」

 

強盗は成功した。

 

 

 

「へへ、本当に上手くいくとはな・・・」

 

強盗が成功し、男たちの顔には喜色が浮かんでいた。

 

私は運び屋業を再開していた。

但し仕事を受けるのは犯罪者の客のみ。

つまり(ヴィラン)専門の運び屋である。

 

「仕事は終わりだ運び屋。帰っていいぞ」

「料金、貰ってませんが」

 

仕事の殆どが強盗の支援である関係で、料金は奪った金から貰うことにしていた。

 

「あ?いくらだ?」

「五割」

「は?」

「そこのお金の半分が料金になります」

 

私は男たちの抱える袋を指差し言った。

そもそも私がいなければ成功しなかった強盗である。

妥当な値段設定と言えた。

 

「ぼったくりじゃねぇか!てめぇは殆ど何もしなかったクセによぉ!」

「私がいなければ捕まってましたよ」

 

しかし私が相手をしているのは(ヴィラン)

法に縛られない彼らに、真面目にお金を払うという思考は存在しなかった。

 

「・・・痛い目見ねえうちに帰った方がいいぞ」

「知ってると思いますけど、私逃げ足は速いですよ」

 

金を渋る客は別段珍しくない。

こういう時は大体、無理やり頂くことになる。

 

「最後通告です。料金のお支払いを」

「しつけぇぞ!!!」

 

それはそれは。

 

「残念です」

 

もはや慣れたとも言える手つきで私は全員を殺害した。

私は一人で持つには多すぎる袋たちをポイポイと門に投げ込んで、最後に自分も門をくぐった。

 

 

 

出口の先は私の家だった。

 

「あら」

 

ワインを片手に寛いでいたベルさんと目が合った。

 

「おかえりなさい、時雨」

 

そう言って、微笑んでくれた。

 

「その、ただいま」

 

返す言葉に胸が温かくなる。

もう何度も繰り返したやり取りだが、私はこれが好きだった。

 

 

 

「今日は随分と稼いだのねぇ」

「まぁ、今日の客は強情でしたから」

「あぁ、なるほどね」

 

私は金の入った袋を差し出した。

 

「じゃあ、キレイにしておくわね」

「ありがとうございます」

 

稼いだお金はベルさんに預けることにしていた。

曰く、キレイにしてくれるらしい。

以前意味を聞いたところ、犯罪で得たお金は使うと危険なので、使っても大丈夫な安全なお金にしてくれるとの事だった。

 

それにしても。

 

「ベルさん、またワイン飲んでるんですね」

「好きだもの」

「その、私の血も飲んでほしい、です」

 

少し恥ずかしくて、顔が赤くなった。

 

「ワインに嫉妬したの?かわいい子ね」

 

ベルさんは慈愛に満ちた顔で私を見つめてくる。

すごく恥ずかしい。

 

「ほら、こっちおいで」

 

ベルさんはワインを置いて、両手を広げた。

フラフラと寄っていく私を、ベルさんはそっと抱きとめて。

 

優しく牙を突き立てた。




時雨の値段設定はひどく一面的と言えます。


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随分とまぁ、大きな尾ひれのお話だ。

「よぉ、来たな運び屋」

 

私はとある男に呼び出されていた。

 

「改めまして。義爛だ。よろしくな」

「時雨です」

 

男の名は義爛。拳銃みたいなライターを持って煙草を咥えている。

裏ではそこそこ名の通った男らしい。

 

「時雨、ね。話は聞いてるよ。あんまし良い話じゃねぇが」

「どんな話ですか」

 

私はそういう、悪い話とは無縁だと思っているんだが。

 

「ぼったくりのタクシー。運転手の機嫌が悪けりゃあ、お代は命でってな」

「なんですかそれ」

 

随分とまぁ、大きな尾ひれのお話だ。

 

「まぁ半分冗談だが、実際お前さんに恨みを持つ奴は多い」

「何故?」

「運び屋に仲間を殺されたって奴が沢山いるんだ」

 

自分勝手な連中だな。

無償サービスでないことは事前に説明しているだろう。

 

「私には関係の無い話ですね」

 

私は小さく溜息をついた。

 

「で?私を捕まえてそいつらの前に突き出しますか?無理でしょうが」

「まあ、仰る通り無理だな。ただ俺としても黙ってる訳にはいかねぇ」

 

そこでだ、と義爛は一息おいて、

 

「運び屋時雨。その仕事、俺に仲介させろ」

 

 

 

義爛は信用のおける客だけを紹介すると言った。

これ以上被害を出さないために手綱だけは握りたい。

つまりはそういうことだった。

 

私にはメリットの薄い話で、正直頷く理由なんてこれっぽっちもないが、殺さなくていいなら面倒がなくて良い。それに加えて、

 

「困ったら何かと融通してやる」

 

との事だった。

この一言で、私は義爛の話を受けることにした。

 

 

 

「ところで早速融通してほしい物があるんですけど」

「まだ仕事紹介してねぇが。まぁ用意しよう。何だ?」

「これなんですけど」

 

私はスマホの画面を見せつけた。

 

「おまっ、それマジで言ってんのか!?」

「マジです。見つけたら教えて下さい」

 

話は終わりだと言わんばかりに、私は立ち上がった。

 

「これ、私の連絡先です」

 

机の上のメモ帳に数字を書き綴って、門を開く。

 

「それでは」

 

 

 

 

 

「はは、ふざけたこと言いやがって…」

 

義爛は苦笑いしながら呟いた。

時雨が融通しろと言った品物は、到底世に出回っているものではなかった。

 

艶麗(メアリー)

古の女王の名を冠した赤ワインである。

幻の酒とも言われる代物で、超常黎明期に数本だけ作られたとされる。

処女の生血が使われているとか、新妻の薬指が入っているとか、胡乱な噂が流れているが、真実は定かではない。

現在までに見つかったのは二本だけと、これの入手は不可能に思えた。

 

「飲むつもりなのか…?」

 

到底酒を嗜む様には見えなかった少女の姿を思い出し、義爛はまた呟いた。




あのワインは私の生涯の内で、最も衝撃的で、刺激的で、そして美味だった。


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友達ってこんな感じなのかなと、思った。

私は近場のショッピングモールに来ていた。

義爛の仲介によって、私の仕事は紹介された客を運ぶだけのお仕事になった。

強盗の支援もほぼ無くなり仕事の数も激減したため、時間がすこぶる余るようになった。

 

そこで現在、ベルさんへ贈り物でもしようかと絶賛物色中である。

別に、何か記念とかそういう訳ではないが、こういうのは大事だと思う。

 

のだが、正直何を贈れば良いのか見当もつかない。

というのも恐らくだが、ベルさんはお金持ちだと思う。言動からそれが見え隠れしている。

つまるところ、私が手に入れられる物はベルさんも入手可能であり。

そもそも人に贈り物などしたことのない私が悩むのは当たり前だった。

 

そうやって考え事をしていると、周囲への注意が散漫になるのは当たり前だった。

 

「きゃっ」

 

体に感じた軽い衝撃と、小さな悲鳴が私の意識を引き戻した。

見れば、麗らかな女の子が尻餅をついていた。

 

 

 

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 

そう言って私は手を差し出した。

 

「ううん、こっちこそごめんなさい。私前見とらんくって」

 

女の子はあせあせと謝りながら私の手を取って立ち上がった。

 

「すみませんでした。それでは」

 

女の子は、手を離し歩き出した私を、あの…と呼び止めて言った。

 

「家電てどこに売ってますか…?」

「反対の棟ですね」

 

 

 

ここのショッピングモールは二棟から成っており、私たちが今いる棟は娯楽施設やファンシーショップが集中している。家具家電衣服などは反対側の棟に纏められていた。

それを聞いた女の子は、どれだけ探しても見つからない訳や…等と呟いていた。

 

「良ければ、一緒に行きますか?」

 

こちら側はほぼ見終わった。あちらに何か贈り物に良い物があるかもしれない。

 

「ありがとう!私こっちに来たばかりで、不安で…」

「そうなんですか。では行きましょう」

「あ、私麗日お茶子っていいます」

「時雨です」

 

 

 

「ありがとう時雨ちゃん!いやぁ、家電って色々あるんやね。助かっちゃった」

「いえ。お茶子の買い物はこれで全てですか?」

「うん。ありがとうね」

 

流れで家電を一緒に選ぶことになり、買い物が終わるころには随分と打ち解けた。

 

「この後時間ある?お礼もしたいし、何か甘い物とか食べへん?」

「是非頂きます」

 

麗日お茶子は一緒にいて気持ちの良い人間だった。

表情が豊かだし、基本的に鉄面な私の顔から感情の機微を汲み取ってくれた。

 

友達ってこんな感じなのかなと、思った。

 

 

 

私たちは適当なカフェに入っていった。

 

「そういえば、時雨ちゃんはどうしてここに来てたん?」

「大切な人への贈り物を探してました」

「わ、素敵やん!何か良いものあった?」

「いえそれが…。何を贈ったら良いか分からなくて」

 

結局贈り物は見つからなかった。

家具家電を贈ってどうするのだという話だし、服は良く分からなかった。

やはりアクセサリーが良いかなと、私の中では結論が出かけていた。

 

「何が良いでしょうか」

「贈り物かぁ、そっか…。花とか、どうかな?」

 

花。

 

「花って一番自分の気持ちが伝えられると思わん?ほら、花言葉とかあってさ」

 

お茶子は、にこやかにそう話した。

 

「私だったら嬉しいよ!だって素敵やん!」

 

太陽のように微笑んで、そう言った。




花言葉、とてもロマンチックで好きです。


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あなたは私の心に安らぎを与える。

「花、花ですか。良いですね。そうします」

 

言われてみると、感謝の気持ちも愛情も、伝えるのは花が一番適任に思えた。

 

「私も選ぶの手伝ってもいい?」

「モチロンです」

 

むしろこちらからお願いしたいくらいだった。

私たちは立ち上がり、花屋へと歩みを進めた。

 

 

 

「・・・どれが良いのでしょう」

 

店には数多くの花が並べられていて、私を困らせた。

 

「私も花言葉とかよくわからんし・・・店員さんに聞く?」

「そうします」

 

店員に声をかけようと周りを見回すと、一つの花が目に入った。

自然と、その花に手が伸びた。

 

「これ…」

「白くて綺麗やね」

 

そびえ立った茎が、神楽鈴のように白い花を纏っていた。

 

 

 

「その花が気に入りましたか?」

 

暫く花を見つめていたら、店員から声をかけてきた。

 

「ルピナスっていうんです。可愛い名前ですよね」

「花言葉はどんなのですか?」

 

お茶子が尋ねた。

 

「白いルピナスの花言葉は、常に幸福、です。他には、感謝とか、あなたは私の心に安らぎを与える、なんて素敵な意味もありますよ」

 

見つけた。

贈り物にピッタリの素敵な花。

私はこの純白のドレスのような花にすっかり目を奪われていた。

 

「この花、ください」

 

プレゼント用ですか、と聞かれたので、はいと答えると、花束を作ってくれるようだった。

 

 

 

出来上がったのは白を基調に様々な色が控えめに散りばめられた、上品な花束だった。

私はお金を払って、それを受け取った。

 

「お茶子、ありがとうございました」

「いやぁ、私結局何も手伝いとか出来んかったし…」

 

お茶子は恥ずかしそうにそう言ったが。

 

「この花束が出来たのはお茶子のおかげです。だから、ありがとう」

「えへへ、そか」

 

 

 

「実はこうして、年の近い女の子と買い物をしたのはお茶子が初めてなんです。その、私、つまらなくなかったですか?」

 

お茶子には良く思ってもらいたかった。

 

「私は楽しかったよ!凄く!」

 

この強い肯定が、安心感を与えてくれた。

 

「そっかぁ。じゃあ、私が時雨ちゃんの初めてのお友達だね!」

 

お茶子も、私を友達だと思ってくれた。

 

「…はい」

 

それが嬉しくて私の声には少し、涙が混じっていた。

 

 

 

「ああー時雨ちゃん方向そっちか。私と真逆やね」

「ではここでお別れですね」

 

いつまでも一緒という訳にもいかない。

 

「機会があったら、こうしてまた一緒に買い物をしませんか?」

「もちろん!それじゃあまたね!時雨ちゃん」

 

またね。

お別れという感じがしなくて、温かかった。

 

「またね、お茶子」

 

 

 

「ベルさん、あの」

「ん、なぁに?」

 

私は花束を差し出して言った。

 

「感謝の気持ち、です」

 

あなたは私の心に安らぎを与える。

この幸せに精一杯の感謝を込めて。

 

「わ…すごい!とっても綺麗ね!時雨が選んでくれたの?」

「真ん中の白い花だけ…。他は店員さんが作ってくれて」

 

ベルさんは花束を受け取ると、目に少しの涙を浮かべ、とっても素敵に微笑んだ。

 

「ありがとう。とっても嬉しい。大切にするわね」

 

花瓶に挿され、机に置かれたルピナスは虹を従えて、まるで女王のように佇んでいた。

 

 

 

私の贈った花たちは、不思議と枯れることはなかった。




吸血鬼は不死者の王と言ったりしますね。


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また少し涙を浮かべて。

(ヴィラン)に襲撃されたのに、よくやるわねぇ」

 

雄英体育祭。

私は日本最大のイベントの一つを、ベルさんとテレビで見ることにしていた。

 

「面白いんですか?私初めて見ます」

「んー、まぁ結構面白いわよ」

 

(ヴィラン)たる私が雄英体育祭を見るのも変な感じがしたが、そもそもヒーローに不満がある訳でもない。私の顔を見て捕まえようとしたヒーローは何人かいたが、彼らはそれが仕事なのだ。文句はない。殺してしまえばそれで良いわけだし。

そんな訳で雄英体育祭を見るのに抵抗はなかった。

 

 

 

雄英体育祭が始まった。

今年の注目株は一年A組らしい。(ヴィラン)の襲撃を受けたのがこのクラスだった。

正直一人くらい駄目になっててもおかしくないとニュースを見た時思ったが、流石にヒーローを志すだけあって心身ともに強いのだろう。

選手宣誓をした男子は、俺が一位になるとまで言っていた。

これは相当なメンタルがなければできないことだと思う。

 

競技が始まった。

 

「ん…?」

「どうかした?」

「いえ…」

 

人が多い上に画面が目まぐるしく切り替わるので定かではないが、知った顔が見えた気がした。

 

 

 

第一種目が終了し、順位が表示された。

先ほどのはやはり気のせいではなく、知った名前が表示されていた。

 

十六位、麗日お茶子。

 

「十六位の女の子、花を一緒に選んでくれた友達です」

「そうなんだ!じゃあ私もその子を応援しようかしら」

 

画面越しではあるけれど、精一杯応援しよう。

頑張って、お茶子。

 

 

 

お茶子はなんとか第二種目を突破。

途中危ない所もあったけど、無事最終種目に駒を進めた。

 

最終種目は一対一での戦闘。

場外、行動不能、降参のいずれかで敗北になるようだ。

 

お茶子の対戦相手は爆豪勝己という子だった。

確か不遜な宣誓をしていた子だったと思う。相当な悪人面をしていた。

 

 

 

試合が始まった。

お茶子は低姿勢の突進で距離を詰めるが、爆豪勝己は身体能力が優れているようで、簡単に迎撃されてしまった。お茶子は物に触れて浮かせる個性であるようで、触ってしまえば試合を決めることができるらしい。何度も距離を詰めようとするも、すべて失敗に終わっていた。

 

お茶子は戦闘能力じゃ敵わないと理解していたようで、策を練っていた。

大量の瓦礫を宙に浮かせ、一斉に落とす作戦。落下を制御できないなら自分も危険な捨て身の策だった。

 

その策も、大規模の爆発によって無に帰した。

 

お茶子は必死に戦っていた。

格上に臆することなく挑み、何度吹き飛ばされようと立ち上がり。

倒れて動けなくなるその時まで、目に闘志を絶やさなかった。

 

お茶子は負けた。

負けはしたが、私はどうしようもなくお茶子を称えたくて、立ち上がった。

 

「行くの?」

「はい。行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 

 

体育祭会場の人が少ない所に出て、周りを見回していると、丁度お茶子が選手控室から出てきた。

忍び込んだはいいものの、肝心のお茶子がどこにいるか分からなかったので、運が良かった。

 

「時雨ちゃん!?」

「お茶子。試合見ました。凄かったです。」

「あはは…恥ずかしいとこ見られちゃったな」

 

お茶子は恥ずかしそうに頭をかいて言った。

 

「恥ずかしくなんてないです。かっこよかったですよ」

「ホンマに?」

 

本当に、お茶子の勇姿は私を感動させた。

 

「ええ。お茶子はきっと、素敵なヒーローになります」

 

既に悔しさで濡らしたであろう目に、また少し涙を浮かべて。

 

「うん。私、立派なヒーローになるからね!見ててね、時雨ちゃん」

 

そう言ったお茶子の顔は、露に濡れる朝日のように輝いていた。

 

 

 

お茶子が私を知った時、どう思うのだろう。

ふとそんな事を考えてしまった。




誰しも秘密を抱えて生きているのです。

また暫しの時間を頂戴します。


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ネジの外れた狂人の類だろう。

「時雨、お前この動画見たか」

 

そう言って義爛が見せてきた動画は、今巷を騒がせている動画だった。

 

俺を殺していいのは、本物の英雄(オールマイト)だけだ!!

 

曰く、ヒーローとは見返りを求めてはならない。

自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない。

それがヒーロー殺しの主張だった。

 

これに感化される人間もいるようだが、私は正直理想論にすぎると思った。

自分を殺して名も顔も知らぬ大衆を助けるなんぞ、ネジの外れた狂人の類だろう。

現代社会にそれを求めれば、みるみる秩序が崩壊するに違いない。

 

「見ました。それで?」

「ヒーロー殺しステインの所属した組織、(ヴィラン)連合が今急速に力を伸ばしてる」

 

(ヴィラン)連合。確か雄英を襲って返り討ちにされていた連中だ。

仮にも高名な(ヴィラン)たるヒーロー殺しがそんなしょうもない所に属していたとは。

 

「それで?」

「お前、(ヴィラン)連合に入らねぇか?」

 

義爛の問いかけ。

普段は絶対こんなことは言わない。客だ仕事だ、と投げつけるばかりだった。

 

つまりこれは仕事ではなく、義爛のお願い。

ならば。

 

「お断りします」

 

聞いてやる理由はない。

 

 

 

「は、そうかよ。有能な人材紹介して顔でも売ろうと思ったんだがなぁ」

 

あいにく私はどこかの組織に属するつもりはない。

義爛に従っているのもその方が楽だからだった。

 

「私は別に現状に不満はありません。社会のために戦う、なんてそっちの方が面倒です」

 

組織に属せば義務と責任が生じる。表社会で生きるのと大差はない。

私を縛っていいのはベルさんだけだ。

 

「そうかい。じゃあ別の奴を探すとするかね」

「そうしてください」

 

しかし義爛がそうまで躍起になるのは、少し興味をそそられた。

 

「そんなに有望な組織なんですか?」

「まぁあくまで勘だが、あそこは多分後ろにやべぇのがいる」

「やばいの、ですか」

 

もし、依頼があるなら受けてみてもいいかもしれない。

私の(ヴィラン)連合への認識は少なくとも、しょうもない連中からは格上げされた。

 

 

 

 

 

俺は結局(ヴィラン)連合にはトガヒミコと荼毘を紹介した。

どちらも戦闘能力は高い。加えてトガヒミコは隠密に長け、荼毘は頭が回る。

イカれてはいるが、ここなら役に立つ。イカれてるのは皆同じだしな。

 

肝心のリーダー、死柄木弔は少々不安になる仕上がりだった。

言葉を選ばずに言うなら、ガキ。黒霧が彼を諫めて組織を回してきたのだろう。

是非ともご立派に成長して貰いたいものだと、彼の後ろ姿を見てそう思った。




純粋な善意で人に手を差し伸べられる人間は、どれだけいるのでしょうか。


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無辜の市民には感動的に見えただろう。

日本中に激震の走るニュースが流れた。

神野壊滅。

雄英生誘拐事件に始まり(ヴィラン)連合のアジト制圧成功。

それらに立て続けて流れてきたのが、神野壊滅のニュースだった。

 

たった一人の(ヴィラン)が街を壊し、平和の象徴(オールマイト)と互角以上に渡り合っていた。

あれが(ヴィラン)連合のトップだろうか。だとしたら義爛の勘は大当たりだ。

 

ふと横にいるベルさんを見ると、真剣な表情でテレビを見つめていた。

今までに見たことのないような顔で、少し不安を感じた。

 

「ベルさん?大丈夫ですか?」

「…ありがとう。大丈夫よ」

 

私を見て安心させるように微笑んだ後、テレビに意識を戻した。

 

「あそこで戦ってるの、旧い知り合いでね」

 

声から察するに、多分オールマイトの方ではない。

 

「手助けに行きますか?送ります」

「ふふ、そんなに仲が良い訳でもないから。ありがとうね」

 

 

 

勝利の、スタンディング。

壮絶な戦いを制したのはオールマイトだった。

ボロボロになりながらも腕を突き上げる勇ましい姿は、無辜の市民には感動的に見えただろう。

でも、

 

「負けちゃったか」

 

私の横でベルさんは、そう小さく呟いた。

少しだけ悲しそうな顔をしていた。

 

「ベルさん」

 

私は思わずベルさんの手に触れていた。

あなたの、力になりたい。

 

「時雨。やっぱりお話だけ、してきたいな」

 

あなたの願いならば、否はない。

 

「もちろんです」

 

 

 

 

 

巨悪、AFO(オールフォーワン)が倒れ、警察やヒーローが彼を拘束せんと近づこうとした時。

突如として現れた美しい女に、空気が強張った。

女はゆっくり歩いて、AFOに近づいて行った。

 

「増援だ!」

「皆さん離れて!新手の(ヴィラン)です!」

「逃がすな!囲め!」

 

オールマイトはもう動けない。

それでもヒーロー達は素早く対応し、女を倒そうと取り囲んだ。

急に現れたのを見れば、ワープ系の個性を持っていても不思議ではない。

ようやく倒れた凶悪な(ヴィラン)をみすみす取り逃がすわけにはいかなかった。

 

囲まれようとも動じず、余裕のある表情を崩さない女に、ヒーロー達は一層警戒を強めた。

 

「おい!カメラ回せ早く!」

「やってます!やってますけど…映りません!」

 

メディアは必死でカメラを向けるが、映るのはヒーローばかりだった。

生中継されているそれは、見えない何かを警戒して取り囲むという、不可思議で不安を煽るものだった。

 

 

 

女が口を開いた。

 

「少し話すだけよ。邪魔しないで」

 

不気味さを感じるほどに透き通って綺麗な声は、魔性と言って差し支えなく。

ヒーロー達はその言葉に従ったかのように、動かなくなった。




勝利を、安心を示すために腕を突き上げるヒーローの姿が大好きです。


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旧い知人の、最初で最後の頼みだ。

「久しぶりね」

 

私は倒れて動かない顔無し男に、上から声をかけた。

 

「誰かと思えば君か、Verhunt(ベルハント)。今一番会いたくなかったよ」

 

AFO(オールフォーワン)、かつての悪の帝王は声を出すのも限界だろうが、律義に言葉を返した。

 

「あなたが負けたと思って見に来たら、暫く見ないうちに随分不細工になったものね」

「そういう君は変わらないな。羨ましいよ」

 

久しぶりに会った知人は顔を失っていた。

 

「あなたを見てたら、正義は勝つなんて言葉が安っぽく思えたものだけど。盛者必衰ってことかしらね」

「相変わらず嫌味な女だな君は。笑いに来たのかい?」

「まぁそうと言えばそうね」

 

この男を上から見下せるのは珍しい。

私は少しの優越感を感じていた。

 

(ヴィラン)連合、だっけ。あなたが後継を育てるなんてね」

「自分の成せぬ願いは後ろに託す。人間にとっては普通の事さ」

 

そうやって話していると、昔の記憶が蘇ってきた。

 

「しかし」

 

それはこの男も同じようで。

 

「ついぞ君を殺すことはできなかったな」

 

大層残念そうにそう呟いた。

 

「殺したじゃない。何度も」

「死ななかったじゃないか」

 

普通は言わないような言葉も出てきた。

 

「僕は君が羨ましかった。僕の欲しい物全てを持っていた」

「そんなことないわよ」

「あるさ。現に君は美しい姿を保っている」

「褒めるなんて、あなたらしくないわね」

 

常に嫉妬と殺意を向けられていたから、誉め言葉がひどく気持ち悪かった。

 

 

 

「助けて、あげようか」

 

私からも気持ち悪い言葉が出た。

 

この男を友人だと思ったことはない。多分こいつもそう。

しかし友人ではないが、一番付き合いが長いのもこの男だった。

情が沸いた、のだろう。

 

「君に助けを乞うなんて、死んでも嫌だね」

「そう。なら今のは忘れて頂戴。気の迷いよ」

 

だが、とAFOは続けた。

 

「その代わりと言う訳ではないが、頼みを聞いてくれないか」

「頼み?あなたが?私に?」

「そうだ。僕が君に、まさかこんなことを言うとは思わなかったが」

 

今までこんな雰囲気で話し合ったことはない。

多分この男も、変な空気に当てられておかしくなっているのだ。

 

「死柄木弔を、見てやってくれないか」

 

死柄木弔。彼の後継だろう。

 

旧い知人の、最初で最後の頼みだ。

 

「会うだけ会ってみるわ。まぁ支援できてもお金くらいでしょうけど」

「充分だ。ありがとう」

 

ありがとうなんて。

 

「雰囲気に流されて変な事言い過ぎよ」

「君も大差ないと思うが」

 

ならそろそろ帰るとしよう。

これ以上変な言葉が出る前に。

 

「それじゃあ、行くわ」

「ああ」

「さよなら」

「…ああ」

 

私は、彼を振り返ることなく去った。




この作品を書く上で、最も書きたい場面の一つでした。


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喉が焼けるように熱かった。

ニュースは先日の事件を絶えず報道していた。

神野の悪夢、と呼ばれるようになったその事件は様々な議論を呼んでいた。

更地となった一帯に家を失った人、瓦礫に埋もれ救出を待つ人。

そんな様子を報道していたが、一番の話題はその元凶となった(ヴィラン)の事だった。

オールマイトを引退に追い込んだその男の正体について、様々な憶測が飛び交っていた。

 

そして、謎の五分間と呼ばれ始めた、生中継最後のシーン。

何かを警戒するかのように、倒れた(ヴィラン)を取り囲み動かなくなったヒーロー達。

その後の聞き込みで、彼らは皆口を揃えて、何も覚えていないと言った。

 

私はリビングで、そんなニュースを見ていた。

 

「ベルさんって、テレビに映らないんですね」

 

謎の五分間、その映像にベルさんの姿は一切映っていなかった。

 

「そりゃあ、吸血鬼だからね」

「私も映らなかったりしますか?」

 

私はベルさんの眷属で、吸血鬼。

同じように映らないのでは、と思った。

 

「映るわね。時雨はまだ吸血鬼の力が弱いから」

 

以前聞いたことがある。

吸血鬼の力が強まれば、不思議な事も出来るようになるらしい。

蝙蝠に変身できるとか。

 

「どうすれば強くなるんですか?」

「んー、血は飲んだことある?」

 

そういえば、私は吸血鬼になったというのに、まだ一度も血を吸っていなかった。

首を振って答えると、ベルさんはそれじゃあ、と言って。

 

「飲んでみよっか!」

 

 

 

用意されたのは小さなグラスに入れられた真っ赤な血だった。

量にしておよそ大匙一杯分くらいだと思う。

 

「最初だしこんなものね。さ、飲んでみて」

 

私は言われるままにグラスを呷った。

 

 

 

あつい。

血を通した喉が焼けるように熱かった。

頭を金槌でガンガンと叩かれているような、強い酩酊感があった。

 

「うぁ、んん。べるさんこれ、すごいですね…」

「熟成したやつしかなくてねぇ。生血はもうちょっと飲みやすいと思うわ」

 

そういえば私の血を飲む時のベルさんはこうはなっていない。

私は飲んでもらう時もポーっとしてしまうが。

 

「ベルさんの血は…?」

 

喉から熱がとれると、すぐに次が欲しくなった。

 

「私のは濃すぎるからダメね。中毒になって死んじゃうわ」

 

じゃあこの、何とも言えない渇きはどうすれば良いのだろう。

 

「ほらお水。慣れないうちは薄めのワインで割って飲みましょうか」

 

そうすれば量も飲めるし気持ちよく酔えるしで良いのだそう。

何よりベルさんにとって水割りは邪道極まるらしかった。

 

「ああそれと。外で人から吸っても良いけど、男と老人は止めた方がいいわ」

「なんでですか?」

 

 

 

ベルさんはひどく真剣な表情をして言った。

 

「美味しくないからよ」




吸血鬼にとって血は、度数の強いお酒みたいなものです。

また何日か時間をおきます。少々お待ちください。



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商人の顔ではなく。

「おい。最近多発してるっていう女子高生誘拐事件、あれお前だろ」

「誘拐じゃないです。合意の上です」

 

義爛は何とも失礼な物言いをした。

 

私はここ暫く、吸血鬼の力を高めるべく吸血活動に邁進していた。

様々な年齢の女性の血を飲み比べていった結果、十五から二十の女性の血が好みだと分かった。

そこで私は街を歩く女子高生に、ちょっと良い事しませんかと声をかけ、適当な所に連れ込んでは血を貰っていた。

 

血を貰うと相手の方が盛り上がってしまう事が多々あり、そのままにしておくのも可哀そうなのでお手伝いをしていると朝を迎えた、なんてことがよくあった。

そのため最近は夜を明かす前提で場所を選んでいる。

まさか誘拐などと言われるとは。

 

「お前誘拐した奴を口封じもせず返すとか正気か?」

「自分の情事を嬉々として話しそうな娘なんて数人しかいなかったと思いますが」

「警察に聞かれりゃ答えるだろ…」

 

警察はまだ私を捕まえることを諦めていなかったらしい。

 

「お前警察に追われてるんだから。奴らは勤勉だ。舐めない方がいい」

「気をつけます」

 

 

 

「さて本題だが。死穢八斎會ってヤクザがある。そこに潜入してほしい」

「いやです」

「頼む。俺からの依頼だ。金もはずむ」

 

珍しい。義爛が食い下がってきた。

基本義爛は私に強く出ない。私の手綱を握っていたいからだ。

 

それが珍しくも依頼という形でお願いしてきた。

よほど大事な目的があるに違いない。

 

「お得意様の(ヴィラン)連合には頼まないんですか?」

「あいつらは八斎會と仲良くするつもりでいる。頼めない」

 

私は話を聞く姿勢になった。

 

「一先ず依頼の内容を詳しく教えてください」

「組長の安否の確認、それから若頭を殺害、あるいは失脚させてほしい」

 

内容を聞くに、ただこのヤクザを潰したい訳ではないようだ。

 

「理由は聞いてもいいですか」

 

義爛はそうだな、と一息おいて話し出した。

 

「俺はあそこの組長と仲良くしててな。昔気質で古くせぇ人だが、気持ちのいい人でな」

「その人と連絡がつかなくなったと?」

「まぁそういうことだ」

 

悪人だろうと人間、仲の良い人が音信不通になれば心配だろう。

 

「そんでその人が拾ったガキが今若頭になって組を仕切っていてな」

 

義爛は死穢八斎會の現状について、詳しく話し始めた。

 

「そいつが大分好き勝手やってる。組長の意思にそぐわねぇ仕事も始めた。なまじ組織力がある分、そこらの(ヴィラン)より遥かに悪質だ」

 

義爛はその組長と相当仲が良かったようで。

 

「正直よそ様が何しようと口出しするつもりはないが、あそこは違う」

 

珍しく義爛は商人の顔ではなく。

 

「死穢八斎會は侠客であって(ヴィラン)じゃねぇ」

 

人間の顔をしていた。




間が空いたので一先ず一話だけ更新です。
キリのいい所まで書いて投稿するのでもう暫しお待ちください。


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私の居場所は、確固として揺るぎない。

「死穢八斎會?あぁ、あのヤクザね」

「はい。そこに潜入するので、暫く帰れません。ごめんなさい」

 

今回の依頼は達成まで泊まり込みとなる。

個性を使えばいつでも帰れるとはいえ、怪しまれるような行動は避けるつもりだった。

 

「謝る必要はないわよ。あなたを縛り付けるつもりはないし」

「でもなんか、仕事を優先してる感じがして…」

「あはは、いいわよ仕事優先で。でもそうね、ちょっと寂しくなるわね」

 

ベルさんはそう言ったが、寂しいのはむしろ私の方だった。

 

「あ、そうだ。死穢八斎會ね、最近ヒーローに目をつけられているから、気をつけてね」

「そうなんですか。ありがとうございます」

 

愛しいこの場所を、短い間とはいえ離れるのは少し辛かったが。

 

「行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

「頼むよ。こいつの面倒見てやってくれ」

 

義爛が誠心誠意頭を下げた。

 

義爛の横には眼鏡をかけて雑に変装した私。

対面には死穢八斎會の若頭、オーバーホールとその手下。

 

義爛の依頼を遂行するため、義爛と私は死穢八斎會に出向いていた。

 

「親父の頃から付き合いのあるあんたの頼みだ。出来るだけ聞くつもりではいる」

 

それで、と私の方を見た。

 

「こいつは役に立つのか?」

「面倒見てくれ、の言葉が示す通りだ」

「つまり役立たずか」

 

設定としては義爛が拾ってきた寄る辺の無い女。

 

「個性は?」

「無し」

「本当にただの無能か…」

 

こんな設定では受け入れてもらえると思えなかった。

だが義爛は有能よりは無能の方が良いと言っていた。

 

「一応家事全般はできる。身の回りの世話くらい出来るはずだ。夜の方は分からんが」

「それは求めてない」

 

オーバーホールは少し考えて言った。

 

「お前、名前は?」

 

流石に時雨と名乗る訳にはいかないので。

 

小夜(さよ)です」

「小夜。ウチにこい。お前に居場所をくれてやる」

 

どうやら合格らしかった。何故かは分からないが。

 

そしてオーバーホール。

残念ながら私の居場所は、確固として揺るぎない。

 

 

 

「ついてこい」

「分かりました」

 

義爛は何度もお礼を言って去っていった。

意外にも演技派らしい。

 

「クロノ、音本、新入りだ」

「初めまして。小夜です」

 

私は礼儀正しく挨拶をした。

 

名前を呼ばれた男達はオーバーホールと同様、ペストマスクを着けていた。

彼と距離の近い者が着けるのかもしれない。

 

「おや、可愛らしいお嬢さんだ。私は音本(しん)。よろしくね」

「玄野(はり)です。よろしく小夜さん」

 

二人はマスクを外して挨拶を返した。

ヤクザというのは結構礼儀正しいらしい。

 

「クロノ、お前が面倒見てやれ」

「わかりやした」

 

私の教育係は玄野さんだそうで。

 

「環境が変わって不安だろうからな。音本、何かあったら話を聞いてやれ(・・・・・・・)

「了解です、若」

 

オーバーホールも意外と気が回っている、ように見える。

これは私の勘に過ぎないが、この男は人心掌握に長けている。

組内で派閥ができる程度には人望がある。

まだ信用されてないと思った方が良いだろう。

 

私は一層警戒を強め、されど外面には無力無能の顔を張り付けた。




時として無能が必要な場面もありましょう。


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心証は良いに越したことはない。

「ここがあなたの部屋です」

 

迷路のような地下を歩いて案内されたのは手狭ながらも綺麗にされた部屋だった。

新入りの小娘に個室まで与えるのは、私の心を掴むためだろうか。

 

「ありがとうございます」

「暫くは私について仕事を見てもらいます。出来ることを探しましょう」

「わかりました」

 

 

 

玄野さんの仕事は多岐に渡っていた。

仲介人とのクスリの取引、上納金の徴収、取り立て。

オーバーホールの研究の手伝い等々。

荒事は大体部下に任せていた。

 

なお研究は見せてくれなかった。

正直怪しさ満点で、これが依頼の遂行に大きく関わってくるだろう。

 

現在の私は無個性の無能、人も殺せない貧弱な女である。

暴力に怯える演技とかした方が良いかとも思ったが、大根故に無感情で通すことにした。

過去に凄惨な現場を見て心が死んだとでも解釈してくれると良いが。

 

当然といえば当然だが、私にしか出来ない事というのは無かった。

そのため殆ど玄野さんの付き人のようだった。

 

そんな生活を一週間ほど続けた。

 

 

 

「ここでの生活には慣れたかい?」

 

音本さんが気を遣って声をかけてきた。

少々オーバーホールの狂信者の気がある人だった。

 

「皆さん良い人で心地よいです。若に感謝するばかりです」

 

当たり障りの無い言葉を連ねておく。

心証は良いに越したことはない。

 

「そうか。不満や悩み、やりたい事(・・・・・)があれば何でも言ってくれ」

 

脳に変な感じが走った。

 

 

 

多分個性を使われた。

脳に作用するタイプ、洗脳系だとかかった振りをしなければアウトだが、どう反応すれば良いか分からない以上、無反応を貫くより他ない。

 

「強いて言えば、お菓子作りを練習したいです」

 

私に洗脳系個性は効かない。

ベルさんが与えてくれた吸血鬼の身体は、力が強まるにつれて酒や薬などの影響を受けづらくなっていった。

 

「そうか。わかった、用意しておくよ」

 

 

 

 

 

「小夜の様子はどうだ」

「怪しい所はありません。表情筋が死んでますが、若に感謝もしています」

「そうか」

 

義爛は組長と仲が良かったがために、オーバーホールは義爛の紹介した小夜を完全には信用していなかった。

 

「マスクを用意しておけ」

「いいので?」

「割り切りは必要だ。任せたい仕事もある」

 

それに、と続けてオーバーホールは言った。

 

「お前のことは信用している」

「っ、ありがとうございます、若」

 

音本は努めて冷静にしていたが、内心はオーバーホールの言葉に歓喜に溢れていた。

 

「ところで任せたい仕事というのは?」

「壊理の世話だ」




この時代にヤクザに出来る事は少なそうですね。


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救いになりたかった。

オーバーホールに呼び出された。

 

「小夜、ウチには慣れたか」

「はい。玄野さんも音本さんも優しいですし」

「そうか」

 

オーバーホールはペストマスクを一つ取り出した。

口元だけを隠すデザインをしている。

 

「今後はこれを着けろ。死穢八斎會の一員だという証だ。信頼の証でもある」

 

今私は眼鏡をかけている。それに合わせてデザインしてくれたのだろう。

このマスクを渡すことで、自分は他の構成員とは違う、特別に信頼されている、とオーバーホールへの忠誠を厚くさせる効果があるのだと思う。

 

「ありがとうございます、オーバーホール様」

 

私は深々と頭を下げた。

表情が無い設定なので、体を使って感謝を示さねば。

そして早々にマスクを着け、喜んでいる振りをする。

 

「似合ってますか」

「ああ。これでお前も八斎衆の仲間入りだ」

 

こんな無能にここまでした。

何か思惑があるに違いない。

 

 

 

「小夜、お前に任せたい仕事がある」

 

きた。

 

「何でもやります」

「ついてこい」

 

 

 

似たような風景の通路を暫く歩かされ、着いたのは誰かの個室だった。

暗い部屋に明かりを灯すと、一人の女の子がベッドに座っていた。

 

オーバーホールを怯えた目で見る彼女の両の腕には包帯が巻かれている。

何か良からぬ状況にあるのは間違いない。

 

「壊理だ。お前にはこの子の面倒を見て欲しい」

 

オーバーホールは彼女には聞こえないように私に顔を寄せた。

 

「昨日ここを逃げ出した。そうならないよう、依存させろ」

 

この男は自分の心の平穏のために女児を甚振るようなつまらない男ではない。

幼子を思いやるほど人の心も持ち合わせていないようだが。

 

彼女をここに留めておく必要のある何かが。

怯えた目をさせるだけの何かがあるのだろう。

 

「お前が、壊理の心の拠り所になれ」

 

彼女が、この男の研究に必要不可欠な何かなのだ。

であれば、この仕事は私の目的にとってもプラスになる。

 

「任せてください」

 

 

 

「…だれ?」

「初めまして。小夜です。あなたのお名前は?」

 

オーバーホールは去った。

私は出来るだけ安心できるようマスクを取って、笑顔を浮かべて知っている名を問うた。

 

「…壊理」

「そう、よろしくねエリちゃん」

 

 

 

エリちゃんの世話。

私の仕事だが、エリちゃんはご飯を食べる時には一言も喋らず、何を見せても興味を示さない。

オーバーホールが来ると怯え、研究が終わると毛布に包まり動かなくなる。

 

幼い彼女は、同性の私にさえ助けを求めず、ただ目を瞑っていた。

 

正直、見ていられなかった。

 

 

 

義爛の依頼は、組長の安否の確認及びオーバーホールの殺害あるいは失脚。

組長が植物状態であることは確認した。

あとはオーバーホールだが。

 

エリちゃんはオーバーホールの研究の要だ。

彼女をここから救出することは義爛の望みにも沿うだろう。

 

なにより、全てを諦め、苦痛を耐える彼女の救いになりたかった。

いつも怯えた顔をする彼女を、笑顔にしたかった。

 

ならば、今私のすべきことは。

私を愛してくれたベルさんのように。

 

エリちゃんを、愛してあげることだ。




倫理観に欠ければ(ヴィラン)となり。
情を欠けば人をやめるのです。


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精一杯の愛情を込めて。

「エリちゃん。遊びに行きましょう」

 

私はエリちゃんと仲良くなるべく遊びに誘った。

 

「…どこに?」

「どこでもいいですよ。エリちゃんが行きたい所」

「…どこにも行かない」

 

エリちゃんはどうにも外に出ることを恐れていた。

前回の脱走の際に随分と教育をされたようだ。

 

「私は、外に出ちゃいけないから」

 

涙を堪えたような顔をしてそう言った。

 

 

 

どうしたら良いのか分からない。

どうしたら彼女が心を開いてくれるのか分からない。

 

無理に連れ出せばパニックになるかもしれない。

とはいえ、このままでも彼女の信頼は得られない。

 

難しかった。

 

「私は、あなたの味方ですよ」

 

ベルさんがしてくれたように優しく声をかけても、私が手を伸ばせばエリちゃんの身体は震えた。

私の手は、体を丸め目を瞑って拒絶された。

 

彼女を愛そうと決めて、その難しさを痛感して、一日が終わった。

 

 

 

研究という名の地獄を終えて、部屋に戻ってきたエリちゃんは布団に潜り込み動かなくなった。

オーバーホールの研究というのは、エリちゃんの身体から個性を壊す銃弾を生成するというもの。

涙も流していないのがむしろ、私には痛々しく見えた。

 

「エリちゃん、ご飯食べましょう」

 

言えばご飯は食べてくれる。

でもエリちゃんから話しかけてくることはなくて、食べ終えればすぐ布団に戻っていった。

 

「もう寝ますか?」

 

エリちゃんは頷いて返事をした。

 

「私はこの部屋にいますから、何かあったら言ってください」

 

例え受け入れられずとも、精一杯の愛情を込めて。

 

「おやすみなさい」

 

 

 

夜に強い吸血鬼ではあるが、流石に一晩中彼女の寝顔を眺めている訳にもいかないので、適当に見繕ってきた本を弱い明かりで読んでいると、布団から小さく声がした。

見ればエリちゃんが、悪い夢でも見ているのかうなされていた。

 

私はベッドの横に座り込み、強く握られ震えている手を包んだ。

そうしてやると、エリちゃんは穏やかな呼吸を取り戻していった。

 

人の寝顔を間近で眺めていると、不思議と眠くなるもので。

私の意識は微睡んでいった。

 

 

 

 

 

その人は最初、少し怖かった。

ここを逃げ出したあと、新しく私の部屋にやってきたその人はあの怖いマスクを着けていた。

 

その人は小夜さんといった。

 

マスクを取った小夜さんは、とてもやさしい顔で微笑んでいた。

私の味方だと言った。

つめたい態度をとる私を、気にかけてくれた。

寝る時も、そばにいてくれた。

 

朝、目が覚めると手があたたかかった。

私の手は、小夜さんの手に包まれていた。

その小夜さんは、私のベッドに頭をのせ、すやすやと眠っていた。 

 

同じだった。

外に出た時に抱きしめてくれたあの人と。

同じ、優しい手だった。




示せばきっと伝わります。


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愛らしくて。

目を覚ますと、私の頭はエリちゃんのベッドの上だった。

いつの間にか眠ってしまっていた。

 

「おはよう、小夜さん」

 

 

 

一瞬、何と言われたか分からなかった。

 

「おはようございますエリちゃん」

 

おはよう、と言った。エリちゃんが。

彼女の顔からは私を怖がる様子は見られない。

私の顔を見つめて、どう接したら良いか分からない、といった雰囲気をしていた。

 

時計を見ると、朝の七時だった。

 

「お腹空いた?朝ご飯食べましょうか」

「うん。食べる」

 

何故かは分からないが、少しエリちゃんとの距離が近づいた。

 

 

 

「その、ごめんなさい」

「どうしたんですか?」

 

ご飯を食べていると、突然エリちゃんが謝った。

 

「今まで、冷たくしてたから」

 

それはエリちゃんが悪い訳ではない。

こんな酷い環境にいて、人の心を保っているのは凄い事だと思う。

 

「気にしてませんよ。おいしいですか?」

「うん。おいしい」

 

それは良かった。

 

私の手は自然とエリちゃんにのびて、頭を撫でた。

食事中で、少々行儀は悪かったが。

 

今度は、拒まれなかった。

 

 

 

今日オーバーホールは(ヴィラン)連合と話があるとかでここを出ている。

つまり、少しの時間なら個性で外出しても問題ない。

部屋の監視カメラについても、私の部屋から出れば大丈夫だろう。

私の部屋にはカメラがついていないから。

 

ということで、

 

「エリちゃん。遊びに行きましょう」

「どこに?」

「エリちゃんの行きたい所なら、どこでも」

 

一度は断られた誘い。

 

「…わかんない」

 

エリちゃんは、困ったように、でも訴えかけるように言った。

 

「でも、行きたい。小夜さんと遊びに行きたい」

 

その目が、とても愛らしくて。

 

「わ、小夜さん?」

 

思わず抱きしめてしまった。

私は数秒間、エリちゃんを抱きしめた後、体を離して言った。

 

「甘い物でも、食べに行きましょう」

 

多分、私はとびきり笑顔だった。

 

 

 

私の個性で路地裏へ飛んだ。

 

「これ、小夜さんの個性?」

「そうです。さ、行きましょう」

 

路地裏から出て目的地まで少し歩く。

 

私に手を引かれて歩くエリちゃんは、物珍しそうにキョロキョロしていた。

 

「何か気になりますか?」

「うん、初めて見るものばっかり」

「寄りますか?」

「ううん、いい」

 

本当に興味がありそうなら連れて行ってあげよう。

 

 

 

「ここです」

 

目的地にはすぐに着いた。

ちょっとオシャレなカフェ。

 

エリちゃんと席に着きメニューを開く。

 

「どれにします?」

「…全部おいしそう」

「好きなのを選んでいいですよ」

 

悩みに悩んだ結果、エリちゃんは桃のパフェを選んだ。

私はブラウニーにした。

 

「わあ…!」

 

サイズとしては一般的なパフェだったが、桃以外にも沢山の果物が乗っていた。

 

「いただきます」

 

エリちゃんはパフェを崩さぬよう、慎重にスプーンですくって口に運んだ。

 

「どうですか?」

「とってもおいしい!甘い!」

「ふふ、良かった」

 

幸せそうな顔をするエリちゃんを見て、私の心も満たされた。




さらに甘い。


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優しさが業を背負わされていた。

「小夜さんは、どうして私に優しくしてくれるの?」

 

お互いスイーツを食べ終えて、一息ついたところで、エリちゃんがそんな事を聞いた。

 

同情とか、偽善的なものもあったかもしれない。

ベルさんのようになりたいと、そう思った末での行動でもあった。

 

「似ていたから、でしょうか」

「…そうなの?」

 

多くの部分が似ている訳ではない。

私はエリちゃん程に肉体的苦痛に晒されてはいなかった。

でも私もエリちゃんも、大人に愛されなかった。

 

「ある日、一人ぼっちだった私に手を差し伸べてくれた人がいたんです」

 

ぽつぽつと、言葉が口をついて出た。

 

「それから私は、幸せというものを知ったのです」

 

エリちゃんは私の言葉を真剣な眼差しで聞いていた。

 

「私はエリちゃんに、幸せを知ってほしかった」

 

それが一番の理由だった。

 

「私は小夜さんと出会えて幸せ、だよ」

「…ありがとう」

 

エリちゃんの笑顔に、思わず泣いてしまいそうだった。

でも私は、寝る間も悪夢にうなされるあなたを知っていた。

 

 

 

「エリちゃん、逃げませんか」

 

私の言葉に、エリちゃんの笑顔は曇り、強張った。

 

「私の個性なら、絶対捕まりません。逃げませんか」

 

エリちゃんは俯いてしまった。

やっぱり心が縛られている。

あの男の意に反してはならないと、刷り込まれている。

 

 

 

「私、は」

 

絞りだした言葉は。

 

「呪われて、いるから。小夜さんが殺されちゃう」

 

優しさが業を背負わされていた。

 

「…分かりました。帰りましょうか」

 

私たちは席を立ち、会計を済ませて外へ出た。

人目につかず個性を使うため、適当な路地裏に入った。

 

 

 

まずは心を救ってあげなければならない。

今のままでは、エリちゃんは自分自身を愛せない。

 

「エリちゃん。約束します」

 

幸せを、知ってほしい。

心からの、何にも縛られない幸せを。

 

「エリちゃんの行きたい所、どこにでも連れて行ってあげます」

 

あなたが、人に我儘を言えるように。

 

「誰も行ったことがないような、綺麗な景色の場所に連れて行ってあげます」

 

心が震える感動を感じられるように。

 

「きっと、助けてあげます」

 

もう何にも、怯えなくていいように。

 

 

 

「たくさん、愛してあげます」

 

胸いっぱいの、幸せを感じられるように。

 

 

 

「だからエリちゃん。呪われているなんて言わないで」

 

あなたは優しくて、笑顔が似合う素敵な女の子です。

私はエリちゃんを抱きしめて言った。

 

「…うん。ありがとう、小夜さん」

 

顔は見えなかったが、エリちゃんが私に回した手には、力が入っていた。

 

私たちは、死穢八斎會へと帰った。




幸せを願わずにはいられません。


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真実に嘘を、嘘に真実を。

「小夜、話がある。ついて来い」

「分かりました」

 

死穢八斎會に戻ってから暫く、帰ってきたオーバーホールに呼び出された。

あの後エリちゃんは慣れない外を歩いたせいか、ベッドで眠ってしまった。

 

部屋にはオーバーホールに音本と玄野。

それから小さな人形のような姿をした入中までいた。

 

まさか。

 

「さて小夜。俺が留守の間、どこに行っていた?」

 

 

 

恐らくバレた。

何故?

把握していない監視カメラがあった?

 

「オイオイ黙るな!答えろォ!!!」

「うっ…!」

 

入中の腕が巨大化、私を床に押し付けた。

 

「壊理にはGPSを埋め込んである」

 

迂闊だった。

少し考えれば分かった事だったが、完全に失念していた。

 

「ありえない挙動を示しているんだ。この際場所はどうでもいい」

 

調べれば場所はすぐに分かる。

だから問題なのは、

 

「お前、個性は何だ?」

 

私を見下ろして、オーバーホールは言った。

 

 

 

「音本」

「はい。小夜さん、あなたの個性は何ですか?」

 

音本真。

個性は真実吐き。いつだったか本人に教えてもらった。

 

やはりこの手の個性は私には効かない。

この男との会話を利用すればリカバリーはきく。

 

転移(テレポート)です。最大距離は1000Kmです。でも回数こなせば地球の裏まで行けます」

 

ただし音本は元詐欺師。

嘘には聡い人種であるから、言葉には気をつけねばならない。

 

真実に嘘を、嘘に真実を。

 

「何故個性を隠していた?」

「この個性は便利すぎです。個性じゃなくて私を見て欲しかったのです。義爛にも話してません」

 

声の調子をそのままに。

 

「何故許可なく外出した?」

「エリちゃんのためです。甘い物を食べさせてあげたかったのです」

 

表情は崩さず。

 

「ウチに来た目的は?」

「生きるためです」

 

大事な所だけを自然と塗り潰せ。

 

「義爛から裏切りの予定を聞かされたか?」

「いいえ」

 

 

 

「もういい音本。ご苦労だった」

 

上手くいったろうか。

 

「ひとまずお前はこのまま壊理の面倒を見てもらう」

 

この口振りでは完全に信用したわけではないだろうが、危機は脱したようだった。

 

「だが罰は必要だ。利き手は右だったな?出せ」

 

罰、指を落とすとかだろうか。

正直かなり怖いが、命に関わるのでないならば受け入れるより他ない。

今はエリちゃんの傍にいる事が大切だ。

 

私は言われた通りに右手を差し出した。

 

「…ッ!」

 

激痛が走った後、私の右の手首から先は無くなっていた。

血が滴ることはなく、最初からそうであったかのように、右手はオーバーホールの手におさまっていた。

 

「一年したら返してやる。それからもう一つ」

 

そう言ってオーバーホールが見せつけたのは、針のついた弾丸。

見覚えがある。

 

「完成品の失敗作だ。効果は推定一ヵ月。血清ができ次第治してやる」

 

実験の意味もあるのだろう。

しかし危険度が高い。逃走の最も良い手段を一つ失うことになる。

 

だがここで逃げては駄目だ。エリちゃんのために。

私は個性を失う事を受け入れた。




筆が進まず一話だけです。
今後連日の投稿が減るかもしれません。


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あなたの笑顔はとっても素敵だったから。

エリちゃんが目を覚ました。

 

「おはようございます」

「ん…おはよう、小夜さん」

 

時間は昼を少し過ぎたくらいだった。

エリちゃんは帰ってきてから小一時間ほど眠っていた。

 

「あ…小夜さん、手、が」

 

無くなった私の右手をみてエリちゃんは驚いた。

隠すのも無理があると思ったのでそのままにしておいたが、ショックだったろうか。

 

「私が、外に出たから」

「違いますよ」

 

やはりそのままにしておいたのは失敗だったかもしれない。

エリちゃんは自分を責めてしまう性質がある。

 

「これはエリちゃんのせいじゃないです。大丈夫だから、気にしないで」

 

目一杯の優しい声で、安心させるように言った。

まだある左手で角のあるエリちゃんの頭を撫でた。

 

「遅めですけど、お昼にしましょうか」

 

 

 

 

 

「なぁ壊理。外は楽しかったか?」

 

お昼を食べたらすぐに研究だった。

私はいつものベッドに横になる。

 

「まさか二度目があるとは思ってなかった」

 

私を冷たい目で見降ろして、機嫌が悪いようだった。

 

「小夜の右手、無くなったのはどうしてだと思う?」

 

どうしてって、

 

「痛かっただろうな。今も痛みが続いている筈だ」

 

小夜さんは、痛がっていたの?あんなに優しい顔をしていたのに。

 

「個性も無くなった。お前の力で」

 

個性が、小夜さんの?私の、力が。

 

「可哀そうだな。お前が外に出たばかりに」

 

私が、外に出たせいで。

 

 

 

「お前のせいで、小夜は苦しんでいるんだ」

 

私が、小夜さんを傷つけた。

私が我儘を言ったばかりに。

 

私の、せいだ。

 

小夜さんは私に優しくしてくれるのに。

私は傷つけることしかできない。

 

ごめんなさい。ごめんなさい。

 

ごめんなさい。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、小夜さん。ごめんなさい…」

 

地獄のような研究を終えたエリちゃんは私を見ると、幽鬼のような顔で謝ってきた。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 

オーバーホールに何か言われたのだろう。

こうなってしまってはエリちゃんの罪悪感を取り除く事はできない。

オーバーホールの言葉こそが真実だと植え付けられてしまった。

右手を晒していた私も軽率だった。

 

「違います、エリちゃん。あなたのせいじゃない」

 

私はただエリちゃんを抱きしめてあげることしかできず。

 

「こんなの、痛くも痒くもないですから」

「でも、私のせいで、手も、個性も」

 

個性のことまで聞いたようだ。

なおの事エリちゃんをは自分を責めるだろう。

自分の身体が元になっているから。

 

「いりませんよ個性なんて。それに一月もすれば治ります」

「でも、でも」

 

泣き腫らして私の言葉が届かないエリちゃんを、私は少し強く抱きしめて。

 

「エリちゃん。私は楽しかったですよ。エリちゃんと外に出たの」

 

あなたの笑顔はとっても素敵だったから。

 

「エリちゃんは、楽しくなかったですか?」

 

私の問いかけに、エリちゃんは泣きじゃくりながら。

 

「たのし、かった…!」

 

そう言った。

私の服を掴む手が、少し強くなった。

 

「そうでしょう。ならいいんです、それで」

 

抱きしめながら、頭を撫でる。

 

エリちゃんは泣き疲れて眠るまで、私の胸を濡らし続けた。



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今もその子は泣いているかもしれないと。

サー・ナイトアイ事務所二階、大会議室にて。

地方のマイナ―ヒーローからNo9ヒーローのリューキュウまで、大勢のヒーローが一堂に会していた。

その場には名門雄英高校の生徒が複数人、教鞭を取っているイレイザーヘッドもいた。

 

「えー、それでは始めてまいります」

 

ナイトアイのサイドキック、バブルガールの音頭で会議が始まった。

 

 

 

「個性を壊すクスリ、そン中に人の血ィや細胞が入っとった」

 

 

 

「つまり、娘の身体を銃弾にして捌いてんじゃね?ってことだ」

 

 

 

「今度こそ必ずエリちゃんを…!保護する!!!」

「それが私たちの目的になります」

 

 

 

サー・ナイトアイは死穢八斎會の拠点候補となる土地のヒーローを集めていた。

土地勘がなければヤクザの拠点調査は難しいからだろう。

 

「随分慎重やな!回りくどいわ!」

 

ファットガムが吼えた。

今もその子は泣いているかもしれないと。

 

「回りくどくする必要があるのです」

 

冷静な返答をするサー・ナイトアイ。

しかし続く言葉は重々しかった。

 

「事態は最悪へと流れています」

 

 

 

「運び屋時雨が死穢八斎會と手を組んでいる可能性があります」

 

驚くヒーローが複数人。いずれも地方のヒーローだった。

 

「誰だソイツ」

「それについては警察の方に詳しい説明をしていただきます」

 

ナイトアイに促され、警官がスクリーン前に立った。

 

「どうも特定(ヴィラン)対策班の平井です」

 

死んだ魚のような目をした平井は、早口に話し出した。

 

「運び屋時雨、本名 界門空(かいもんそら)は一年程前から活動している未成年の (ヴィラン)です。こちらが顔写真です」

 

スクリーンに時雨の顔が映し出された。

話を聞いていた雄英生のひとり、麗日お茶子はその顔を見て声を上げて驚いた。

 

「彼女の個性は〈 転移(テレポート)〉。一度で最大1000km移動できますが回数に制限が確認できていないので実質世界中が行動範囲です」

「めちゃくちゃやな」

「ええめちゃくちゃです。途方もない捜査網を組まねばいけませんから。捜査をお願いしてるヒーローもここにはいますね。いつもありがとうございます」

 

対象の保護にあたり頭を悩ませる要素が増えたと、空気が張った。

そこにお茶子が声を上げた。

 

「本当に、(ヴィラン)なんですか?」

 

あまりにも予想外の言葉に場は静まり返った。

 

「どういうことですか?」

「彼女は、その、友達なんです。私の」

 

口にしてよいものかと、インターン先であるリューキュウをチラチラと見ながら言った。

 

「後で詳しく話を聞かせてもらいます。で彼女は本当に(ヴィラン)です」

「そんな…」

 

信じられない、といった顔をするお茶子に平井は続ける。

 

「中学校在学時に同校の男子生徒五人を殺害、同日実の母親も殺害して逃亡。その後全国で強盗を繰り返し、その他彼女の犯行と思しき死体が全国で発見されています。」

 

まくしたてるように並べられた時雨の経歴に、お茶子は黙ってしまった。

 

「そいつここにいていいのか?情報漏らすかもしんねぇぞ」

「ッそんなことしません!」

 

浅黒のヒーロー、ロックロックとお茶子の間に剣呑な空気が流れた。

 

「やめてロックロック。ウラビティも落ち着いて」

 

リューキュウが仲裁に入ったが場の空気は思いままだった。

 

 

 

「我々の目的は娘の居場所の特定、保護」

 

可能な限り、確度を高めなければならない。

 

「そのためにご協力、よろしくお願いします」

 

そう言ってナイトアイは会議を締め括った。




そんなことするような子じゃなかった。
まるで今までの全てが偽りだったかのような言い方です。


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友達として。

「来た…!決行日!」

 

 

 

サー・ナイトアイ事務所に再び、ヒーロー達が集結していた。

 

「本拠地にいるぅ!?」

 

保護対象は本拠地にいるというナイトアイの言葉に一同が驚いた。

以前の会議で一度ヒーローに見つかった以上、別の拠点に移しているだろうという意見が主だった。

だからこそ地方のヒーローにも声をかけ協力を仰いだのだ。

 

それが本拠地にいるとなれば驚きはするだろう。

 

「少し言葉が足りませんでした。正確には最終的には本拠地にいる、が正しいです」

 

皆が目で続きを促した。

 

「私は八斎會の構成員に接触し個性を使いました。結果、本拠地で対象をめぐっての大規模戦闘に発展する未来を見ました」

「それより前は?」

「得られた情報は多いですが対象の居場所については分かりませんでした」

 

あまり良いとはいえない未来の情報に一同は気を引き締めた。

 

「ですがこれ以上燻っている訳にはいきません。居場所がわからない以上、やれることは一つだけです」

 

ナイトアイは皆を鼓舞するように大仰に言った。

 

「明日早朝仕掛けます。全拠点同時捜索です」

 

 

 

「ウラビティ、無理に参加しなくてもいいのよ?」

 

リューキュウは、サイドキックとして雄英から受け入れたお茶子にそう声をかけた。

それは先達としてお茶子を心配するものでもあったし、ヒーローとして不確定要素を排そうとするものでもあった。

 

「いえ…やります。ヒーローとして、友達として、見過ごすわけにはいきません」

「そう、分かったわ。フロッピーとネジレチャンを呼んでくれる?当日の動きを確認するわよ」

 

 

 

春にひとりでこっちに越してきて不安だった。

一人暮らしは初めてだし、何もかもが分からなかった。

 

そんな時に出会ったのが時雨ちゃんだった。

いつも感情が分からない顔をしているけれど親切で、時々見せる笑顔が素敵な子だった。

 

普段から連絡も取り合っていた。

そんな子が(ヴィラン)だった。

 

私と出会った時にはもう(ヴィラン)だったらしい。

沢山の人を殺した、らしい。

 

私に親切にしてくれたあの時、あなたは何を考えていたの?

大切な人に花を選んでいた時、どういう気持ちだったの?

 

どうして私に、素敵なヒーローになれると言ってくれたの?

 

どれも、いつも、嘘にも演技にも見えなかった。

私が見た時雨ちゃんは間違いなく、普通の素敵な女の子だった。

 

どちらが本当の時雨ちゃんなの?

分からない。

分からないから、会って確かめないと。

 

捕まえて、罪を償ってもらわないと。

 

ヒーローとして。

友達として。



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大丈夫、大丈夫だ。

「おい小夜、起きろ。…叩き起こせ」

 

休んでいた意識が強引に覚醒させられた。

 

「何か、ありましたか」

 

ここまで乱雑な扱いは流石に初めてだった。

緊急事態と見るべきだろう。

見れば傍らに大量の紙の束、恐らく研究データを持った玄野も立っていた。

 

「ヒーローが来た。今は時間を稼がせてる」

 

ヒーローの襲撃…。

まだ回っていない脳がようやく起きてきた。

 

「逃げるぞ。壊理はお前が運べ」

 

 

 

私はまだ寝息を立てるエリちゃんを抱え、オーバーホールについて歩いていた。

歩きながら、思考を巡らせる。

 

ヒーローの襲撃。

これはまたとない機会かもしれない。

 

ここでオーバーホールがお縄になるのはメリットしかない。

エリちゃんを助け出せるし、義爛の依頼も達成できる。

逆にここで逃亡が成功すれば、オーバーホールは何年も潜伏できるだろう。

 

間違いない。

今日が裏切りの日だ。

 

 

 

…裏切った後は?

個性を失った状態でエリちゃんを連れて逃げられるのか?

いや、オーバーホールが本格的にヒーローと戦闘を始めれば、隙を突ける、はず。

はずだ。大丈夫、大丈夫だ。

 

 

 

「んぅ、小夜さん?」

「おはようございます」

 

私の腕の中で揺られていたので、流石にエリちゃんも起きた。

周りを見回し、オーバーホールの姿を見つけて眠そうだった顔も緊張した。

 

「ここはどこ?」

「地下通路です。もう少し寝ててもいいんですよ」

 

私はエリちゃんを、視界からオーバーホールを外すように抱えなおした。

 

「ううん、起きてる」

 

私を掴む手に力が入った。

 

 

 

頭上からは騒音が鈍く響く。

 

「すみませんね、やっぱ話、聞かせてもらっていいですか」

「あの時の…」

 

突如、誰もいないはずの背後から声が響いた。

オーバーホールの言葉を鑑みるに、面識はあるようだが。

 

「すぐに来れるような道じゃなかったハズだが」

「近道したんで…」

 

露骨にヒロイックな格好をしたその男は、オーバーホールを睨みつけて言った。

 

「その子、保護しに来ました」

 

 

 

「一度は見て見ぬ振りをして、事情が分かればヒーロー面か、偽善者」

 

「壊理はお前に保護されたいなんて思っちゃいない」

 

「お前は、壊理にとってヒーローじゃない」

 

 

 

にわかに戦闘が始まった。

音本と、名前は知らないが酔っ払いが相手をしている。

 

ヒーローは酔っ払いの個性で足元が覚束なく、音本の個性で精神を削られる。

やはり、一人ではどうしようもなく思える。

 

「酩酊どころじゃない感覚を、いつも味わってる…!」

 

されど瞬きの間に二人を倒してしまった。

すり抜ける個性と言っていたが、瞬間移動にすら見えた。

 

「あの子が笑えないままなんて、許せない!!!」

 

 

 

この男ならば、いや、焦るな。

タイミングを違えるな。

慎重に、確実に、機を窺え。



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私に手をのばしていた。

「俺がこの子のヒーローになる!」

 

身体が地面に沈み込み、私の視界から消えた。

同時に背後から強烈な気配。

 

「い゛ッ…!」

 

振り返った瞬間に顔に蹴りを叩き込まれた。

私が抱えていたエリちゃんには当たらないようにしていた。

 

あまりに強力な蹴りに吹き飛ばされ、私は一瞬意識を手放してしまった。

エリちゃんは、私の手を離れてヒーローの腕の中にいた。

 

 

 

ああクソ、いたい。

割れた眼鏡が私の顔のあちこちを切り裂いて、口の中は血の味がした。

 

「小夜さん!」

 

エリちゃんの心配する声が聞こえた。

見ればエリちゃんがヒーローの腕を掴んでいた。

 

「やめて!小夜さんを傷つけないで!」

「え!?」

 

ヒーローは大層驚いた顔をしている。

そりゃそうだろう。助けに来た女の子に、まさか非難されるとは思わない。

 

「聞いての通りだヒーロー。壊理はお前の助けは望んでいない」

 

オーバーホールが言葉を突き付ける。

 

「お前達のやっていることは、自分が満足したいだけの英雄ゴッコだ」

 

ヒーローが俯く。

エリちゃんはヒーローを飛び降りて、私の方へ駆けてくる。

 

その肩を、ヒーローが掴んだ。

 

 

 

「俺はルミリオン。百万(ミリオン)を救うルミリオンだ」

 

ヒーロー、ルミリオンは再びエリちゃんを抱き寄せて言った。

 

「たとえ望まれなくても、絶対にこの子を救い出す!」

 

ルミリオンは、揺れない。

 

「偽善者が」

 

エリちゃんは、私に手をのばしていた。

 

 

 

戦闘が激化する。

オーバーホールの地形攻撃の隙間を縫って、真っ先に狙われたのは私だった。

 

「貴女が時雨だろう!?この子には悪いけど、貴女は眠っててくれ!」

 

個性どころか右手すら無い私では防御すら覚束なく、身体に痛みを増やす一方だった。

 

「やめて!やめてよ!小夜さんを殴らないで!」

「っごめんね!目を瞑っていて!」

 

強すぎる。

暴れるエリちゃんを抱えながらも、オーバーホールの地形攻撃と、玄野の援護射撃を物ともせず、緻密に私だけを狙っている。

そのくせエリちゃんには傷一つ付けていない。

 

「これで終わりだ!」

 

ルミリオンが私に詰め寄り、拳を構えた。

 

「やめてぇ!!!」

 

エリちゃんの声と、もう一つ。

不気味に低い声が響いた。

 

「よくやった、小夜」

 

 

 

お腹が燃えそうなほど熱くなる。

 

「ぐぁっ…!」

 

私の正面で、ルミリオンが血を吐いた。

私の顔に少しかかる。

 

 

「っ小夜さん!!!」

 

ルミリオンの手を離れたエリちゃんが駆け寄ってくる。

 

私は、背後からルミリオンと共に地から生えた槍に串刺しにされていた。

 

「ぅあ゛…」

 

槍が抜け、私は崩れ落ちた。

ルミリオンはよろけながらも、膝をついていなかった。

 

「ぐ、どうして、仲間じゃないのか!?」

「どうだろうな」

 

エリちゃんはどうしていいのか分からずに泣きじゃくっている。

 

「治崎!!!」

 

ルミリオンが激昂するのを、霞んだ視界で見た。




男性キャラで一番好きかもしれませんルミリオン。


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憎しみが溢れて止まらない。

お腹があつい。

ぽっかりとお腹に空いた穴は、燃えるようにあつくて、いたかった。

 

いたい。

いたいけど、死にはしない。

 

個性を失っても私の身体は、ベルさんに貰ったこの身体は、吸血鬼のままだった。

 

「小夜さん、小夜さん!」

「そんなに、心配しなくても、大丈夫ですよ」

 

もっと血を飲んでおけばよかった。

格の低い私では、止血で精一杯で、回復まで力が回らなかった。

 

 

 

首を動かして周りを見ると、ルミリオンとオーバーホールが更に激化した戦闘を繰り広げていた。

エリちゃんを手離し、私を狙う必要がなくなったルミリオンは、腹に風穴を空けているのにも関わらずオーバーホールを追い詰めていた。

 

如何なる攻撃も通じず、如何なる防御も貫通するルミリオンは正しく無敵だった。

 

「お前は強いよ治崎。でもね!」

 

ルミリオンはそのマントを翻し。

 

「俺の方が、強い!!!」

 

その拳で、オーバーホールを地に叩き伏せた。

 

「お前の負けだ!治崎!!!」

 

 

 

「若…!」

 

執念深い声がした。

皆がその声を追って顔を動かした。

 

音本が、地を這いずっていた。

 

「私は、特別なんだ…。私は、私だけが…」

 

音本は狂信に満ちた声で叫ぶ。

 

「共に!歩まねば!」

 

 

 

「音本ォ!」

 

オーバーホールが銃弾を投げる。

正真正銘の完成品。

そのうち一発だけが、音本の手に転がり込んだ。

 

「撃て!」

 

装填、そして銃を構え、躊躇。

獲物はたった一発、目標は透過する個性。

 

オーバーホールが銃弾を放った時点でルミリオンはそれに気づいている。

馬鹿正直に撃ったところで当たるはずもない。

 

一計を案じねばならない。

 

そう考えた音本の目に、ひとり(・・・)で座り込む壊理の姿が映った。

 

 

 

これしかない。

あの子が笑えないままなんて、許せない。

本音だ。間違いなく、あの男の原動力。

 

 

 

音本は銃口を壊理に向けた。

そして引き金に指をかけ、気づく。

 

壊理が音本の方を見ていることに。

いや、正確には音本の背後にいる人間を見ていることに。

 

「お疲れ様です」

 

 

 

私は地に伏す音本から銃を取り上げた。

正直立ち上がるのもやっとで、今にも倒れそうだったが上手くいった。

 

「おい、待て何を…」

「手が震えてるじゃないですか。私が撃ちますよ」

 

飛びそうな意識を抑えながら、少し歩いて音本から離れる。

 

そして私は、警戒した顔でこちらを睨むルミリオンに銃口を向ける。

引き金を引く。

 

放たれた銃弾を当然、ルミリオンは透過で回避し。

 

 

 

阻まれることなく突き進んだ銃弾は、後ろにいたオーバーホールの身体に命中した。

 

 

 

「ッ小夜ォ!!!」

 

激昂するオーバーホール。

 

「駄目ですよオーバーホール。病気だ何だと言うくせに個性に頼りすぎです」

 

今までエリちゃんを虐げ続けてきた男を前にして、憎しみが溢れて止まらない。

 

「お前はここで殺してやる。二度とエリちゃんには触れさせない」




個性消してやるって人間がさァ
個性に頼ってちゃいけねェよな


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後悔しろ。

「俺を殺す?個性の消えたお前に何ができる」

 

そう言いながらオーバーホールは膝に手をつき立ち上がった。

 

実際あの男の言うとおりだ。

個性もそうだが、強い人間というのはまず身体が強い。

奴も例外でなく、個性を失った非力な私ではまず勝てない。

 

 

 

今の(・・)私では。

 

 

 

「オーバーホール。私の力は転移(テレポート)だけではないんですよ」

 

私はおもむろに、手首から先を失った右腕に噛みついた。

流れ出た鮮血を啜り、飲み干す。

 

 

 

身体が火照る。

噛み付いた傷はみるみる塞がり、丸くなった右腕の先から骨が突き出て、筋肉を纏い、皮膚が張った。

穴の空いたお腹も塞がり、打撲傷も引いた。

 

爪が伸び、犬歯が伸び、瞳が紅く染まる。

 

 

 

自喰(オートファジー)

 

自らの血を糧として一時的に吸血鬼としての格を上げる。

ベルさんをして初めて見たと言わしめた、私の切り札。

時間制限こそあれど。

 

この男を殺すのには十分足りる。

 

 

 

「っ、お前を引き入れたのは失敗だった…!」

 

私の攻撃を躱しながらオーバーホールが吐き捨てた。

流石に経験の差があり攻撃を躱されてはいるが、私の身体能力はそれを圧倒していた。

 

「ッぐぁ…」

 

オーバーホールの顔面を蹴り飛ばす。

吹き飛ばされたオーバーホールは壁に叩きつけられた。

 

追撃を与えるべく近寄っていく。

 

「殺しはさせない」

「どいてください」

 

私の前に立ち塞がるルミリオン。

 

一息で距離を詰め、貫手を顔面に向け放つ。

躱した流れでカウンター気味に振るわれた拳が私の顔を捉えた。

 

「なっ!」

 

だがダメージはない。

意識の間隙を突いてルミリオンを殴り飛ばした。

 

流石にダメージは蓄積しているようで、立ち上がれないでいた。

腹に穴を開けながら動き回っている方がおかしいのだが。

 

 

 

「エリちゃん、暫く目を瞑って耳を塞いでいてください」

 

この男の汚い血も声も、エリちゃんは見たくないだろうから。

 

「さてオーバーホール。出来るだけ苦しむように殺してあげます」

 

髪を掴んで頭を持ち上げる。

濁った眼が私を睨みつけた。

 

「まずはその汚い目玉から処分しましょうか」

 

尖った爪をゆっくりと突き立てる。

聞くに堪えない醜い悲鳴が響き渡る。

 

「うるさいですよ」

 

喉を潰す。

悲鳴が掠れ、息の漏れ出るような音に変わる。

 

「痛いですか?痛いですよね。でもまだ足りません」

 

お前がエリちゃんに与えた苦しみはこんなものじゃない。

 

 

 

後悔しろ。

 

あの子から笑顔を奪ったお前を許さない。

 

「地獄の苦しみの中で殺してやる」

 

呪いの言葉が溢れ出る。

 

「死ね」



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あと少しなんだ。

ヒュー、ヒューと息をするだけの肉塊を見下ろす。

もはやこれに意識が、自我が残っているのか定かではない。

 

放っておいても数分の命だろうが、最後はやはり、この手で。

 

 

 

身体に付いた血をある程度拭う。

汚れはほとんど取れなかった。

 

「エリちゃん、行きましょう」

 

肩をトントン、と叩く。

 

「うん。小夜さん、大丈夫?」

「ええ。…汚れているので、手は繋げませんね」

「ううん、気にしない」

 

私が引っ込めた手を、エリちゃんが握った。

 

「ありがとう、小夜さん」

 

エリちゃんは笑って、私にそう言った。

 

 

 

「…行かせない!」

 

本当に、ヒーローという生き物はどうかしている。

腹に穴を開け、どう考えても出血多量。

それ以外のダメージだってあるのに、ルミリオンはそれでもなお立ち塞がった。

 

「エリちゃんを、助けるんだ…!」

 

霞んだ目に火を灯し、睨みつける。

 

「貴女を、倒す!」

 

 

 

「エリちゃん、離れていてください」

 

後ろ手にエリちゃんを遠ざける。

 

「…これ以上、邪魔しないでください」

 

足元も覚束ないルミリオンと距離を詰める。

 

ルミリオンは拳を構え、じっと佇む。

恐らくは個性に物を言わせたカウンター狙い。

 

そんなもの関係ないとばかりに、私が踏み込もうとした矢先。

 

突如として、少し離れた壁が弾け飛んだ。

 

緑の閃光が、駆ける。

 

 

 

「デク、くん…」

「先輩!」

 

新手のヒーローはルミリオンの姿を視止めると、すぐさま私に目掛けて飛び込んできた。

 

「離れろ!」

 

私は殴り飛ばされ、強引に距離を空けられた。

壁に開いた穴から後続のヒーローがやってくる。

 

「治崎は、生死不明…。時雨は転移(テレポート)を使えないようですが、別の個性があります…」

 

息も絶え絶えに、ルミリオンが後続に情報を伝えた。

 

「よくやった…ッ!ミリオ…!」

 

眼鏡のヒーローがルミリオンを抱きとめる。

意地だけで立っていたルミリオンは遂に地に膝をつけたが、状況は遥かに悪化した。

 

三人のヒーローが援軍としてやってきた。

エリちゃんを捕らえられないように戦うには難易度が高すぎる人数だった。

 

ここまで到達された以上、更なる援軍は明らかであり、時間はヒーローの味方だった。

 

 

 

エリちゃんに近寄ろうとする緑のヒーローを殴り飛ばす。

 

「ッデク!手の内が分からん!無茶はするな!」

「はい!」

 

ゴーグルのヒーローが、デクを受け止める。

 

三人が私とエリちゃんを囲むように立つ。

眼鏡のヒーローが口を開いた。

 

「運び屋時雨、その子は我々が保護します」

「エリちゃん、もう大丈夫!助けに来た!!!」

 

デクが笑ってそう言うと、エリちゃんの目が少し揺らいだ。

きっと、外に出た時に会ったというヒーローだ。

 

「小夜さん…」

 

エリちゃんが私の服の裾を掴む。

見上げる目は、戦ってほしくないと訴えているようで。

 

 

 

「邪魔を…しないで」

 

諸悪の根源は殺したんだ。

 

あと少し、あと少しなんだ。



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私を呼ぶ声が、何度も響いた。

「貴様はエリちゃんを保護しルミリオンを連れて後続と合流しろ」

 

眼鏡のヒーロー、ナイトアイがデクに指示を出す。

 

「はい!」

 

ヒーロー達が動き出す。

 

 

 

風切り音を立てて飛んでくる押印。

それを躱し、飛び込んできたナイトアイに爪を振るう。

ナイトアイには造作もないように回避された。

 

戦闘の開始と共にエリちゃんに向け駆け出したデクが目に映る。

 

「ッさせない!」

 

ナイトアイとの戦闘を強引に切り上げ、デクへ向かう。

 

「させないよ」

 

足に包帯のような何かが絡みついた。

イレイザーヘッドの仕業だった。

 

「邪魔!!」

 

強引に引き千切ろうとするも、相当に頑丈なそれは破れなかった。

 

 

 

「行こうエリちゃん!」

 

デクがエリちゃんを抱え上げた。

 

「いや!!!」

「え!?」

 

エリちゃんがデクに訴える。

 

「小夜さんと一緒じゃないといや!小夜さんは悪い人じゃない!」

「え、えぇ!?」

 

デクは困惑し、指示を請うようにイレイザーヘッドを見る。

イレイザーヘッドは迷いなく、強く答えた。

 

「行け!」

「エリちゃん、ゴメン!!!」

 

デクはエリちゃんを強く抱えなおし、駆け出した。

 

「待って、やだ、小夜さん!小夜さん!!!」

 

私を呼ぶ声が、何度も響いた。

 

 

 

どうして、邪魔をするんだ。

 

「離してよ」

 

私の身体が変容する。

 

身体が一回り小さくなり、骨格は獣のように変わる。

 

変身能力。

吸血鬼の異能の一つ。

 

私は黒い体毛に爪と牙を備えた、狼へと変貌した。

 

 

 

身体が小さくなったことで拘束から抜け出し、今一度二人のヒーローと相対する。

新たな能力を見せたことで、二人は明らかに警戒を強めていた。

 

今すぐにエリちゃんを追いかけたいが、再び拘束されてしまうのが目に見えている。

目の前の二人を打倒しないことには、状況は好転しない。

 

 

 

ナイトアイに飛び掛かる。

狼の身体は、人間ほど器用な動きが出来ない代わりに、相応に身体能力が高い。

機動力を活かし、ナイトアイの肩に噛みついた。

 

「ぐッ!」

 

力に任せて噛み千切る。

傷口からは当然、血が溢れ出した。

さらに傷口に噛みつくことで、口の中に血を流し込む。

 

口いっぱいに不快な匂いが広がった。

しかし不味いが血には違いなく、少しの酩酊感と力の湧き出る感覚がした。

 

立てなくなる程度に一気に血を吸い取り、首を振ってナイトアイを投げ飛ばす。

 

 

 

人の身体に戻り、息を吐く。

狼の姿は燃費が悪い。自喰(オートファジー)の制限時間を削ってしまう。

 

そろそろ、限界。

正面に立つイレイザーヘッドを睨みつけ、足に力を入れる。

 

後はこいつを倒せば、そう考えた所で、背後から轟音が鳴り響いた。

 

「ドンピシャ!」

 

天井が崩落し、巨大な竜と、八斎會の巨人が降ってきた。

開いた穴からはヒーローが何人か降りてきて。

 

そこには、友達の顔もあった。

 

「時雨ちゃん!!!」

 

お茶子が、私の名を呼んだ。



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多分そうやってでしか生きられない。

お茶子を目の前にして、一瞬動揺した。

多分、会いたくなかったのだ。

 

今までのように、何も知られず笑い合えるならそれが良かった。

だって彼女はヒーローの卵で、私は(ヴィラン)だから。

 

こうして出会ってしまったらきっと、私たちの関係は、今までのようには在れないから。

 

 

 

「…お茶子」

 

絞り出すように彼女の名を呼んだ。

 

「どうして、ここに」

 

分かっている。

彼女はヒーローの卵なのだから、ここにいたっておかしくない。

 

お茶子は、私を真っ直ぐ見つめて言った。

 

「話を、しにきたんだよ」

 

 

 

「時雨ちゃん、どうして、(ヴィラン)になったの?」

 

どうして、か。

 

「…大した理由なんてないですよ。ただ、そうやって生きようと、決めたんです」

 

私が私であるためには、多分そうやってでしか生きられない。

 

 

 

「お母さんを、殺したって、聞いた」

 

違う。

断じて、私が殺した女は母ではなかった。

 

「あれは母じゃない。私を産み落としただけの、それだけの女です」

「なん、で」

 

お茶子の顔が歪む。

心が、少し痛くなる。

 

「なんで、そんなに簡単に人の命を奪えるの…?」

「…殺して心が痛くなるような人を殺したりしません」

 

どうしてか、今にも泣きそうで。

言葉が続かなくて、お茶子は顔を伏せた。

 

 

 

「…素敵なヒーローになれるって、言ってくれたよね」

「ええ、そう言いました」

 

あなたの闘う姿に心打たれたから。

 

「嘘には、聞こえなかった」

「本当、ですよ。本心から出た言葉です」

 

お茶子が顔を上げる。

 

「ヒーローは、(ヴィラン)を捕まえるのが、仕事なんだよ?」

「ええ。分かっています」

 

いつかこうして、お茶子が私の前に立つかもしれないと。

本当は、分かっていた。

 

「大切な人に、って花束を持った時雨ちゃんは、(ヴィラン)には見えなかった」

「人殺しの(ヴィラン)でも、愛する心は持っていますから」

「…うん」

 

 

 

「私ね、今でも時雨ちゃんのこと友達だって思ってるよ」

 

あぁ、

 

「私もですよ。お茶子のこと、友達だと思っています」

 

 

 

「でもね、私はウラビティだから。仮であっても、ヒーローだから」

 

お茶子は、決意に満ちた顔で。

 

「あなたと、戦う。ヒーローとして」

 

 

 

不思議と、嫌な気持ちはしなかった。

私は(ヴィラン)で、彼女はヒーローなのに。

 

いや、相容れない存在であっても、私たちは友達なのだ。

 

「あなたの、仕事に対する誠意に敬意を払いましょう」

 

なればこそ、私は(ヴィラン)として。

 

「邪魔をしないでください、ヒーロー」

 

 

 

お茶子は少しだけ獰猛に、笑って言った。

 

「後でいっぱい、お話しようね」




ガールズトークはガラスを隔てて。


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血に濡れていても、優しかった。

最初は、優しい人だと思ってた。

 

初めて外に逃げ出した時に出会った二人のヒーロー。

その一人が、私を助けに来たみたいだった。

緑の人みたいに、優しい人だと、勝手に思ってた。

 

 

 

その人、ルミリオンさんは、小夜さんを傷つけた。

私はやめてと言ったのに、小夜さんを殴って、蹴った。

 

大好きな人の顔が、傷だらけに、血だらけになっていった。

 

私は無力だった。

 

 

 

小夜さんは強かった。

私に痛い事をし続けた人を倒してしまった。

もう私を、ベッドに縛り付ける人はいない。

 

 

 

ルミリオンさんは、ボロボロになりながら、私たちの前に立った。

私を助けると、そう言った。

 

なにから?

 

 

 

ヒーローが三人、やってきた。

その中には、あの時の緑の人もいた。デクさんというらしかった。

 

よかった、これでなんとかなる、と思った。

でも、デクさんも小夜さんを殴った。

 

どうして?

 

デクさんは笑った。

もう大丈夫と。

 

前と同じ、優しさのはずだった。

けれどなんだか、不安な感じがした。

 

わからない。

小夜さんを殴ったのは、何かの間違いだったのかもしれない。

デクさんはちゃんと優しい人で、他のヒーローを止めてくれるかもしれない。

 

でも、そうじゃなかった。

デクさんは私を強引に抱えて逃げ出した。

いやだと言ったのに、聞いてはもらえなかった。

 

私の頭に乗せられた手は、前のような優しさを感じなかった。

 

 

 

「離してよ!どうしてこんな事するの!離して!」

「あ、暴れないで、エリちゃん」

 

結局、この人も同じだった。

 

「どうして私だけなの!?どうして小夜さんは駄目なの!?」

 

みんな私にばかり優しい声をかけて、小夜さんを傷つける。

 

どうして?

私を助けてくれたのは、小夜さんなのに。

 

「エリちゃん、あのね。あの人は(ヴィラン)なんだ。沢山の人を殺してるんだ」

「そんなの知らない!関係ない!」

 

(ヴィラン)だっていい。

小夜さんの手は、ずっと温かかった。

血に濡れていても、優しかった。

 

「離して!!!」

「わっ、ちょっ」

 

デクさんの頬を、思いっきりぶった。何度もぶった。

私はデクさんから逃げ出して、小夜さんのいた所に走る。

 

 

 

一緒にいたい。

ずっと。

 

 

 

さっきの所まで戻ってきて目に入った光景に、息が詰まった。

 

小夜さんは倒れて、何人かのヒーローに捕まえられていた。

頭を、地面に押しつけられていた。

 

「小夜さん!」

 

どうして、どうして。

 

「エリ、ちゃん」

 

ああ、ああ。

 

小夜さんの顔は真っ青で、赤かった唇も紫色になっていた。

私を呼ぶ声は、弱々しかった。

 

 

 

「ごめん、ね」



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ああ、泣かないで。

エリちゃんが駆け寄ってくる。

お茶子がそれを、優しく止めた。

 

「小夜さん…」

 

不安そうな目で私を見つめる。

 

笑顔を浮かべようとするけれど、上手く笑えているか分からない。

全身に力が入らないし、意識はすぐにでもなくなってしまいそうだった。

 

「エリちゃん、ごめんね…」

 

謝罪が口をついて出た。

 

「なんで、小夜さんが謝るの…?」

「…助けることが、できませんでした」

 

もう戦う力は残っていないし、あったとしてもこの数のヒーローが相手では勝つことなど出来ない。

 

私の負けだった。

 

「…やだよ。私、小夜さんとずっと一緒にいたい!」

 

ああ、エリちゃん。

自分の気持ちもちゃんと言葉にできるようになった。

 

でも。

 

「ごめん、なさい…」

 

 

 

「なんで、なんでなんでなんで!?」

 

エリちゃんが泣き叫ぶ。

その顔を見て、心が刺すように痛くなった。

 

「いやだよ、私小夜さんと一緒じゃないと、いやだ、いやなの…」

 

ああズキズキと、痛い。

 

「私を、一人にしないで…」

 

 

 

一瞬、エリちゃんの角が光る。

パチパチと輝きを増していく。

 

お茶子が自分の身体の異変を感じて、エリちゃんを離す。

 

「助けるから!今度は私が!!!」

 

角がエリちゃんの叫びに呼応し、大きく光り輝く。

 

 

 

されどその輝きは、風に吹かれたように消え去った。

 

「え、なん、で…」

 

少し顔を動かしてみれば、イレイザーヘッドが目を光らせていた。

個性を消す個性を持ったヒーローだった。

 

 

 

「エリちゃん、ここでお別れです」

 

ああ、泣かないで。

 

「やだ、やだやだ…!いやだよ、一緒に、いてよ…」

 

私に近寄ろうとするも、警察に止められてしまった。

 

「そうだ、約束、約束したよね、ね…?」

「…ごめんなさい」

 

 

 

「私の行きたいところ、どこでも連れて行ってくれるって」

 

「綺麗な景色を見せてくれるって」

 

「助けて、くれるって…!」

 

「たくさん愛してくれるって!!!」

 

 

 

ああ、そうだ。

でもその約束は。

 

「ごめん、なさい…」

 

その約束は、守れそうにありません。

 

「…私、小夜さんがいないと、どうしたらいいか分からないよ」

 

大粒の涙を流しながら。

 

「一人は、いやだよ…」

 

 

 

「一人じゃ、ないですよ」

 

あなたはひとりじゃない。

 

「だってほら、あなたを助けるためにこれだけの人が来てくれたんですから」

「小夜さん一人がいればいいの」

 

ああ、そんな顔をしないで、エリちゃん。

 

「あなたは私がいなくても、きっと大丈夫です」

「ダメだよ、私は小夜さんがいないと、ダメなの」

 

きっと、大丈夫です。

 

「あなたは優しくて強い子ですから、なんにだってなれますよ」

「そばにいて、見守っていてよ…」

 

私は、あなたを。

 

「エリちゃん、忘れないで」

 

 

 

「私は、あなたを、ずっとずっと愛しています」

 

 

 

私の身体が霧へと変わる。

 

何も掴むことができない身体で、空へと浮かぶ。

 

私を何度も呼ぶ声に、貫かれながら。

 

私は空へと消えていった。

 

大切な人を置き去りにして。



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ああ、私にそのような事を想う権利などない。

目が覚めると、ベッドの上だった。

暫く使っていなかった、懐かしい自分のベッド。

 

「あら、おはよう」

 

目を覚ました私に気が付いて、ベルさんが微笑んだ。

 

「それと、おかえりなさい」

「ただい、ま」

 

それは、反射的に出た言葉だった。

まだ回っていない頭で、ベルさんの言葉を反芻する。

 

「あの、どうして…」

 

記憶が曖昧だ。

ここに至るまでを覚えていない。

 

「私がここまで運んだのよ。もう、びっくりしたんだから」

「あの、ありがとうございます。それで、何が…?」

 

蓋がされたようだった。

 

「急にあなたとの繋がりが薄くなったから、探しに行ってみれば、あなた死にかけてたのよ」

 

死にかけていた…。

 

「顔色が真っ白で、血がほとんど残っていなかったの」

 

蓋が、少し開いた。

 

「どうしようもなかったから、ここまで運んで、私の血を移した」

「ベルさんの血って…」

 

確か、私には濃い、と。

 

「そう、でもそれしか方法が無かったから。定着するのに時間がかかったけど」

「どれだけ寝てたんですか?」

 

ベルさんは思い出すように、少し上を見て、

 

「えっと、今日で三十日、一ヵ月ね」

「そんなに、ありがとうございます」

 

ベルさんには感謝してもしきれない。

 

 

 

ねぇ、とベルさんは佇まいを正して言った。

 

「時雨、自喰(オートファジー)を使ったでしょ」

 

 

 

記憶が段々と蘇ってくる。

 

「使うな、とは言わないけど、あんなになるまで使っちゃダメよ」

 

私の、許されない行いが。

 

「心配したんだか、ら…。時雨?」

 

ああ、ごめんなさい。

 

「ちょ、ちょっと!?大丈夫?どこか辛い?」

 

涙が溢れ出てくる。

 

ごめんなさい。ごめんなさい、エリちゃん。

 

 

 

事のあらましをベルさんに話した。

 

一人の女の子が虐げられていたこと。

その子を救うと決意したこと。

虐げていた男を殺し、けれどヒーローには勝てなかったこと。

ヒーローの中には、友達もいたこと。

 

エリちゃんを、心から愛していること。

エリちゃんを、置き去りにして、一人逃げたこと。

 

「そう、だったの…」

 

心が、ズキズキと痛い。

 

エリちゃんが私を呼ぶ声が、耳に甦ってこびり付いて、私を責め立てる。

その声を聞きながら、逃げたのだ。一人で。

 

 

 

自分が憎くて仕方がなかった。

約束を守れなかった自分が。

 

 

 

どこにでも連れていくと誓った。

彼女の我儘を願って。

 

綺麗な景色を見せると誓った。

彼女の感動を願って。

 

助けると、誓った。

彼女の平穏を願って。

 

たくさん、たくさん愛すると誓った。

彼女の幸せを願って。

 

 

 

そのどれも、守れなかった。

 

私に力が無かったから。

 

 

 

エリちゃんは、今どうしているのだろう。

 

泣いて、いるのだろうか。

 

いずれ、私を忘れてしまうのだろうか。

 

ああ、私にそのような事を想う権利などない。

エリちゃんを、見捨てたお前には。

 

 

 

エリちゃんはいずれきっと、幸せを掴む。

優しくて、強い子だから。

 

そこに、私の姿はなくて。

自分の道を、歩むのだろう。

 

ああ、でも。

 

 

 

でも、エリちゃん。

 

 

 

私が、私が。

 

幸せにしてあげたかった。



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胸が痛くて、苦しくて。

「面会謝絶だそうだ」

 

八斎會への立ち入りから数日。

壊理は入院しており、デクとミリオは面会を頼むために相沢へ話をしに行った。

しかし、最初に言われた言葉がそれだった。

 

「そんな…」

 

二人は沈んだ表情を浮かべた。

 

時雨が消えた後、壊理は消え去りそうなほど悲愴な顔をしていたために、二人の罪悪感は日に日に膨らんでいた。

せめて謝罪を、と思ったが、それは拒否された。

 

「まぁ…あまり気に病むな。お前達は間違ったことはしていない」

「で、でも!」

 

なおも食い下がろうとする二人に、相沢は少し厳しい口調で言った。

 

「そもそも、どうして彼女に会いたいんだ?」

「それは、謝りたいからで…」

「謝ったところで、彼女が笑顔になったりはしないぞ」

 

 

 

「厳しい事を言うが、お前たちは誰のために(・・・・・)謝りたいんだ?」

 

罪悪感に押されて足を動かした彼らには、冷水のような言葉だった。

 

「ま、そういう気持ちは大切だ。ヒーローやるならな」

 

思い悩む若者の背を押すように、言った。

 

「いい機会だから、よく考えな。こういう事は少なくない」

 

 

 

「エリさん、ご飯です」

 

看護師の人が入ってきた。

 

保護、されてから数日、病院での生活は検査の連続だった。

私の個性の検査。

 

検査をしていた先生達は、揃って驚いた顔をしていた。

なんだか、ひどく気持ち悪かった。

 

「麗日さんが来ていますよ」

 

麗日お茶子さん。

小夜さんの友達で、入院した私を気にかけてくれた。

 

「こんにちはー。ご飯中にごめんね」

「いえ…」

 

他の人たちには会いたくないけど、お茶子さんは別によかった。

少しだけ、小夜さんと似ているから。

 

ご飯を食べながら、お茶子さんと話した。

ほとんどお茶子さんが話して、私はうなずくばかりだったけど。

 

「…ねぇ、お茶子さん」

「ん、なに?」

 

 

 

「もう、小夜さんには会えないのかな」

 

さみしい。

さみしいよ。

 

 

 

「そんなことないよ」

 

いつの間にか泣いていたみたい。

お茶子さんは、私の涙をふいて言った。

 

「でも、あの子結構シャイだから、こっちから会いに行ってやる!ってくらいの気持ちでいようよ。ね?」

 

お茶子さんは笑った。

 

「…うん」

 

 

 

それからしばらく、お茶子さんが帰るまで、お話を続けた。

色んなことを聞いて、色んなことを話した。

 

今私は、ベッドに一人で寝ている。

目を閉じると、小夜さんを思い出す。

 

 

 

もう一度、会いたい。

 

(ヴィラン)になって、追いかければいいのかな。

それとも、お茶子さんみたいに、ヒーローになって捜し出せばいいのかな。

 

考えれば考えるほど、胸が痛くて、苦しくて。

 

また、泣いてしまった。

 

 

 

会いたいよ、小夜さん。



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私は好きだよ、その顔。

『出水洸汰、場外ィー!!!』

 

プレゼント・マイクの声が会場に響き渡る。

 

『今年の優勝は!微笑みを絶やさぬ不死身の女!A組エリ!!!』

 

大きな拍手が沸き上がる。

私は作り笑いを浮かべて観客に手を振った。

 

 

 

「それではこれより表彰式に移ります。今年のメダル授与には、あの人が来てくれています!」

 

会場の期待が高まっているのが分かる。

あの人、まさか。

 

「我らがナンバーワンヒーロー!ルミリオン!!!」

「ハハハ!パワー!っつってね!どうもー」

 

軽薄な顔をしたナンバーワンの登場に、会場は大きく沸いた。

 

久しぶりだね、ヒーロー。

 

 

 

私はヒーローが嫌いだ。

ヒーローが私から全てを奪った。

たった一人の、大切な人を私から奪った。

 

私の大切な人を傷つけて、恩着せがましく私のためとか宣うヒーローが嫌いだ。

 

 

 

何故私がヒーローの卵としてここに立っているのか。

 

お茶子さんが私に示した道だった。

ヒーローのくせに、(ヴィラン)と友達だと、本気で言う変な人。

唯一、信頼できる人でもあった。

 

お茶子さんが言ったのだ。

ヒーローを目指してはどうかと。

 

勿論だが私が小夜さんの元へ戻ることは許されていない。

私の個性は強力だから。

 

そんな私が合法的に接触を図れる道だった。

もし小夜さんに会ったら、私ヒーローやめて(ヴィラン)になるよ、と言ったら、

 

「ええよ、それで。その時はウチが二人まとめて捕まえたるわ」

 

と、そう言ってくれた。

 

 

 

そうして雄英に入ったわけだが、これが意外にも心地良かった。

 

何せ誰も私に勝てないのだ。

私の個性がある以上、負けは有り得なかった。

戦闘向きの個性を持った奴でさえ私を倒せないし、身体のリミッターを外して、所謂火事場の馬鹿力をいつでも出せる私は、殆どの授業でトップだった。

 

真面目に、困っている人を助けたい!とか幼稚なことを言ってる連中が、私に勝てないのだ。

心からヒーローを軽蔑してる私に。

 

歪んでいる自覚はあるが、これが私には心地良かった。

 

 

 

「島乃君、三位おめでとう!この順位はひとえに君の努力あってこそだ!よく頑張ったね!」

「あ、ありがとうございます!」

 

「出水君、二位おめでとう!強力な個性にかまけず自力もある。素晴らしかったよ!」

「っス。ありがとうございます」

 

「さて」

 

三位と二位の表彰を終え、ルミリオンが私を見る。

笑顔は絶やさず、だけど私には分かる。

 

少しだけ、笑顔が歪んでいるよ、ルミリオン。

罪悪感かな?

 

 

 

私は好きだよ、その顔。

 

 

 

「一位、おめでとうエリちゃん。いやぁ、強いな君は!将来が楽しみだ!おめでとう!」

 

ねぇ、今どんな気持ちで私の前に立ってるの?

あなたが救えなかった、百万から零れた人間を目の前にしてさ。

 

「ありがとうございます」

 

私はそう、微笑を張り付けて言った。

 

心からの(にく)しみを込めて。




終わりも近づいてまいりました。


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優しくて、甘い香りに包まれる。

パトロール。

ヒーローの主な業務であり、治安維持にかかせない活動だ。

インターンで戦力として雇われた私の業務はほとんどがこれだった。

 

私は地方の中堅程度のヒーローの下へやってきていた。

元々は職場体験もインターンもお茶子さんの所へ行こうと思っていたけど、もし小夜さんを見つけて雲隠れなんてしたらそれなりの迷惑がかかるのでやめた。

お茶子さんには小夜さんの目撃情報の多い場所を教えてもらって、それを参考にして世話になるヒーローを決めた。

 

結果、毎年五十位あたりをうろついている、地元じゃそこそこの知名度があるくらいの中途半端なヒーローの下で、パトロールをしているのだった。

 

そしてインターンを始めておよそ二週間。

私はようやく、ずっと前から追い求めていた愛しの人を。

 

 

 

見つけた。

 

 

 

 

 

「小夜さん」

 

転移をしようと裏路地に入ったその時、後ろから声をかけられた。

小夜、と私を呼ぶ人を、私は一人しか知らない。

 

だからこそ、振り返ることができなかった。

 

「…小夜さん」

 

顔を合わせるのが怖くて、逃げ出すように門を開いて飛び込んだ。

 

 

 

「逃がさないよ?」

 

転移に、失敗した?

私の個性は発動したはずだったが、事実私は、こうしてエリちゃんと向かい合っていた。

 

「久しぶりだね、小夜さん」

「…エリちゃん」

 

エリちゃんは、私よりも背が高くなっていて、すっかり大人っぽくなっていた。

 

微笑まれて、見つめられるのが耐えられなくて、思わず目を逸らした。

 

「…小夜さんは、もう私のこと、何とも思ってない?」

 

エリちゃんが、悲しそうにそう言った。

 

「ッ違う!私は、今でもエリちゃんの事、愛しています。でも」

 

 

 

「貴女に合わせる顔なんて、私にはない。貴女を、助けられなかったから、私は…」

「大丈夫だよ」

 

ふわ、とエリちゃんに抱きしめられた。

優しくて、甘い香りに包まれる。

 

「そうやって、今まで自分を責めてきたんでしょ?小夜さん優しいから」

 

ねぇ小夜さん、とエリちゃんは囁いて、

 

 

 

「私も、小夜さんのこと大好きだよ。愛してる」

 

だから、

 

「これからずっと、一緒にいよう?」

 

 

 

「…許して、くれるの」

「もぅ、最初から怒ってないよ」

 

今まで押さえ付けてきた気持ちが、涙と一緒に溢れてくる。

 

「私、エリちゃんを守れなくて、会いたいなんて言う資格なんてなくて、でも辛くて」

 

 

 

「会いたかった…!ずっと、会いたかったよエリちゃん…!」

「うん、うん。私も。やっと会えたね、小夜さん」

 

嬉しくて、嗚咽が止まなくて、エリちゃんの胸に顔を埋めた。

エリちゃんは私の背中を優しくさすってくれた。

 

「ふふ、昔とは反対になったね。ねぇ、覚えてる?小夜さん、私が泣いてたらこうして抱きしめてくれたでしょ」

「…うん。大きく、なりましたね」

 

エリちゃんは、包容力のある素敵な女性に成長していた。

 

「ふふ、小夜さんは変わってないね。綺麗で可愛いまんまだ」

 

いきなりそんなことを言われたものだから、顔が赤くなってしまった。

恥ずかしくて、顔を隠すようにエリちゃんに密着した。

 

 

 

「もう絶対に、離れないからね」

「うん。これからはずっと、一緒です」




これにてハッピーエンド。
この後は後日談をいくつか投稿して、完結としたいと思います。


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何の中身もない、ただ言葉を交わすだけの会話。

「は、初めまして。エリです。よろしくお願いします!」

 

エリちゃんを連れて家へと帰った。

それすなわち、ベルさんにエリちゃんを紹介することであった。

 

「あら、あなたが。初めまして、ベルハントです。ベル、でいいわよ」

「よ、よろしくお願いします、ベルさん」

 

そしていざベルさんを前にしたエリちゃんは、緊張していた。

 

「これからはエリちゃんも一緒に暮らしたいんですけど、いいですか?」

「もちろん!時雨の大切な人なら、私にとっても家族みたいなものよ」

 

ベルさんはとっても上機嫌そうに言った。

 

「今日はご馳走ね!」

 

 

 

 

 

「エリちゃん、ちょっといい?」

 

ベルさんが手招きして私を呼んだ。

とっても綺麗な人で、話す時は少し緊張してしまう。

 

「どうかしました?」

「いえ、お礼を言っておこうと思って」

 

ベルさんは、慈愛に満ちた表情で微笑んで言った。

 

「ありがとう、時雨の傍にいる事を選んでくれて」

「いえ…私が一緒にいたかっただけですよ」

 

それでも、とベルさんは続けた。

 

「あの子ね、貴女を連れてくるまで笑顔なんて見せなかったの」

「そう、なんですか」

「ええ。だから、ありがとう。これからも支えてあげてね」

 

小夜さんには私がいないとダメなんだと思うと、嬉しくなった。

 

「もちろんです。任せてください!」

 

 

 

 

 

エリちゃんは私の部屋で寝ることになった。

部屋は空いているので個部屋も用意できたが、他ならぬエリちゃんの希望だった。

 

ベッドに、向き合って寝転がる。

 

「そういえば小夜さんって、本当の名前は時雨、なんだよね?」

「ええ。そうですよ」

 

ベルさんにもらった、本当の名前だ。

 

「私も時雨さん、って呼んだ方がいいかな」

 

ふとエリちゃんがそんなことを聞いてきた。

 

「んー、そのままでいいですよ」

 

小夜という名は、初めこそ適当に付けた偽名だったが、今ではもう一つの名として大事に感じている。

 

「エリちゃんが沢山呼んでくれた名前だから、結構愛着あるんですよ」

「そっか。えへへ、小夜さん」

「何ですか?」

 

エリちゃんは、悪戯っぽく笑って言った。

 

「ふふ、呼んだだけ」

「そうですか」

 

何の中身もない、ただ言葉を交わすだけの会話。

これこそが私たちの求めていた幸せだ。

 

ごそごそと、エリちゃんが身体を寄せてきた。

 

「どうかしました?」

「くっつきたい。だめ?」

「いいですよ」

 

腰に手が回って、足が絡んで密着した。

おでこ同士がピト、とくっつく。

 

エリちゃんの息を、何より近く感じた。

 

「ふふ、小夜さん好き」

「私も好きですよ」

「えへへ」

 

お互いの温もりを感じながら、私達は眠りについた。




貴女がいること。
返事があること。
幸せの確認作業。


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とっても良い笑顔だった。

「え、お茶子の連絡先あるんですか」

「うん」

 

それは、他愛ない会話の中で出た一言だった。

 

私がニュースに映っているウラビティことお茶子を見て、久しぶりに会いたいな、と口にしたところ、エリちゃんが連絡先を持っていると言ったのだ。

 

「前のスマホ自体は処分しちゃったけど、連絡先はメモしてあるよ」

「そうですか…」

 

エリちゃんはスマホを取り出して立ち上がった。

 

「じゃあちょっと電話してくるね」

「ち、ちょっと待って」

「ん?」

 

会おうと思えばすぐに会える。

そう思うと、緊張だか何だかで、尻込みしてしまう。

 

「その、えっと、今でなくても。ほらお茶子も忙しいでしょうし」

「ウラビティ事務所ってヒーロー事務所にしては珍しく定休日あるんだよね。今日なんだけど」

「うぅ…」

 

エリちゃんは、私が緊張して足を踏み出せないのを分かっているのか、少し笑って言った。

 

「まだ今日会うと決まったわけじゃないよ」

「う、はい」

 

 

 

「小夜さん!お茶子さんが、今日遊ぼう、って!」

 

…心の準備をしないと。

 

 

 

「二人とも、久しぶりー」

「久しぶり、お茶子さん」

 

駅前での待ち合わせ。

私達が着いたころには、お茶子は先に来て待っていた。

 

テレビで見るヒーローコスチュームとは違って、落ち着いた雰囲気の私服を着ていた。

 

「お茶子、その、久しぶり」

「うん久しぶり。最後に会った時と全然変わってないねぇ」

「お茶子は大人になりましたね」

「そらもう大人ですから」

 

いざ会ってみれば、言葉は途切れず出てきた。

緊張はしたけど、話したいことはいくらでもあった。

 

「とりあえず昼飯食べへん?そこで今日の予定立てよ」

「そうしましょうか」

「はい!私パスタ食べたい!」

 

 

 

私達は近場のファミレスに入った。

各々注文をすませ、料理が来るまで雑談に興じていた。

 

「いやーそれにしてもびっくりしたよ。失踪したエリちゃんから連絡来たんだから」

「ごめんねぇ。あれから迷惑かかったりしてない?」

「事情知ってる人からめっちゃ疑われとる」

「あはは…ごめんね?」

 

エリちゃんの失踪は公にこそされていないが、裏ではそれなりに騒がれているようだった。

特にエリちゃんのインターン先のヒーローは長期の活動謹慎となったらしい。

 

「疑われているのに、ヒーローが私達と会ったりして大丈夫なんですか?」

「いや私、公私混同しないタイプのヒーローやから」

「どういうことですか…」

「オフの日に友達と遊んだって問題ないってコト。たとえ捜索中の(ヴィラン)でもね」

 

茶目っ気たっぷりにお茶子は言った。

あ、でも、とお茶子は言葉を続ける。

 

「仕事中に電話はかけてこないでね?」

「邪魔しちゃ悪いもんね?分かってるよ」

「いや、私一応ヒーローだから。仕事中にかかってきたら普通に逆探するよ?」

 

いかにも当然、といった風にお茶子は言った。

公私混同はしない、と言っていたが、ちょっと極端で笑ってしまった。

 

「遊びのお誘いは勤務時間外にお願いしまーす」

「ふふ、分かりました」

「はーい、気をつけまーす」

 

ヒーローと、(ヴィラン)

正反対の肩書は今は鳴りを潜め、私達はただの友達として語り合った。

 

お茶子もエリちゃんも、多分私も、とっても良い笑顔だった。




これにて完結といたします。
応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

皆様の感想、お気に入り登録が、読んでもらえているという実感が、確かに私の活力となっておりました。
感想を読んで気づかされたことも沢山ございます。

ささやかでも、皆様の楽しみとなっていたならば幸いです。
本当にありがとうございました。


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