ソードアート・オンライン ~巨狼、虚現に生きる~ (巻波 彩灯)
しおりを挟む

第1話:迷子の末に……

 一刻も早く助け出さねば――ハルバードを抱えた大柄な青年は地面を強く蹴り出し、鬱金(うこん)の弾丸と化して少女達を取り囲んでいるモンスターの群れへと肉薄する。

 

「グゥゥゥレイトォォォォー!!」

 

 強勢な雄叫びと共に自身の得物を豪快に振るい、目の前にいる二足のトカゲ型モンスター、リザードマンに向かって金茶の輝きを纏った銀色を走らせる。ハルバードの刃は頑健そうな鱗をいとも簡単に切り裂き、一瞬にして相手の生命を絶った。

 

 硝子片が飛び散る中を(いと)わず、青年――ヴォルフはさらに集団の中に突っ込む。彼の突進を阻もうと一体が躍り出るが、ハルバードの背で腹部を殴りつけられ、直後に脳天をかち割られてしまい消失。

 

 続いてもう一体が右手側から襲いかかるが石突で胸を貫かれ、ひるんだ隙にハルバードの背で頭部を殴打されて壁まで叩きつけられる。壁と衝突した瞬間、壁が亀裂を走らせながら陥没し、ヴォルフの一撃がどれ程のものかと物語っていた。

 

「大丈夫かい!?」

 

 中心に辿り着き、片手棍を忙しく振り回すピンクの頭髪が目立つ少女に声をかける。彼女の傍らに麻痺の影響でへたり込んで体を震わせる少女の姿も視認。

 

 二人ともライフに問題はなさそうで良かったと内心安堵しながら、ヴォルフはメイス使いの少女の背中を守るように立ち回る。左からの斬撃を難なく捌いて、返しにハルバードを振り下ろし、防御させる間を与える事なく一刀両断にした。

 

「ええ、何とかね! ちょっと数が多くて、手こずっているけど……!」

 

 背後の快活な少女の声、リザードマンの肉を打つ重々しく鈍い音。遅れて硝子が勢いよく割れるような音が耳朶を打つ。

 

 後ろの状況に耳を傾けながら、ヴォルフは麻痺で動けなくなっている少女を狙ったリザードマンの一閃を弾き飛ばし、バックラーごと相手の腕を粉砕する。ハルバードを引き寄せ、もう一度銀弧を薙いで首を()ね飛ばし、硝子片へと変貌させた。

 

「確かに多いね。この辺はそんなに多く出る場所じゃないと思うけど」

 

 落ち着いた声音で話ながら、ヴォルフは次に襲ってきたリザードマンの銀弧を弾き飛ばし、がら空きの胴にハルバードの刃を食い込ませる。肉厚な刃は肉や骨をものともせずに断ち切り、頭上で輝きを放つ。

 

 再び硝子片が舞い散り、雪のように静かに消えていく。儚げに光を発する様は、まさしく最期の輝きと呼べるだろう。

 

 しかし、それをじっくりと眺めている程、余裕はない。二つの剣が同時に迫り立て、容赦なくヴォルフの命を刈り取ろうと刃が煌めく。

 

「バァァァァーニィィィング!」

 

 豪快にハルバードを薙ぎ、強風を巻き起こしながら二体のリザードマンの剣撃を弾き飛ばす。横一文字に翡翠の輝きを纏った刃を走らせ、強風に煽られて体勢を崩したリザードマン達の胴を真っ二つに斬る。上半身と下半身が分かれたリザードマン達は悲鳴を上げる間もなく硝子片のようなエフェクトになり、その場から姿を消した。

 

 倒しきった事を見届けると、ヴォルフは肩越しに後ろへ視線を向ける。メイス使いの少女は、赤いエプロンドレスのスカートがはためくのを厭わず、得物を威勢よく振り回していた。

 

 振り回していると言っても闇雲に振り回しているのではなく、的確に相手の一閃を受け止めて、空いた胴や頭に重い一撃を浴びせていく。それを何度も繰り返して、リザードマン達を葬り去っているのだから、彼女の技量が如何に熟達しているのが目に見えて分かる。

 

 一部始終を見ていたヴォルフはこれなら思ったより早く片付けられると考えつつ、覿面(てきめん)から突進してきたリザードマンの剣撃をハルバードの柄で防ぐ。

 

 軽々と剣を押しのけたら、袈裟に銀色を閃かせ、骨ごと体を二つに断ち切って倒す。こげ茶の双眸(そうぼう)は次の獲物を捉え、目尻を鋭くさせる。相手が動作を開始する前にハルバードを突き出し、穂先で腹部を貫く。引き抜いた直後に振りかぶり、相手の頭蓋骨を粉砕するかのように振り下ろして、骨が砕く音を立てながら一閃を(はし)らせた。

 

 当然、頭部を砕かれたリザードマンは膝から崩れ落ち、そのまま硝子片へと姿を変える。ようやく周囲を落ち着いて見渡せる程の数になり、改めて周りを一瞥して状況を確認。

 

 残り数体となったリザードマンの集団、変わらず片手棍を振るい蹴散らす少女――もうすぐに終わるなと確信を得て、ヴォルフは自分に迫る剣撃を絡め取るように捌き、そのまま穂先を頭部へと突き刺す。

 

 穂先を素早く抜いた後、最後に残った一体に向かって、鬱金のコートをはためかせながら疾駆。逆袈裟からハルバードを奔らせ、一撃を受け止めようと掲げられた相手の盾を砕き、体を大きく捻って得物を引き寄せて再度銀弧を薙ぐ。

 

 対面するリザードマンは為す術もなく頭を切り裂かれ、呆気なく頽れる。最後の一体が硝子片に変わった時、辺りは静寂を取り戻し、人の活動音だけが耳朶を打つ。

 

 倒した事を視認した後、大きく息を吐き、少女達へと向き直る。先程、一緒に戦ったメイス使いの少女は得物を肩に担ぎ、安堵しような笑みを浮かべていた。

 

「助かったわ。ありがとう」

「礼には及ばないよ。君も大丈夫?」

 

 穏やかなに口元を緩めつつ、地面にへたり込んでいた少女と向き合ってしゃがみ込み、手を差し出す。麻痺状態は解除され、ようやく身動きが取れるようになった黒髪の少女は、彼の手を握って引かれるまま立ち上がる。

 

「ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」

 

 折り目正しく一礼した後、眼鏡を掛けたおさげの少女は地面に落ちている自分の剣や盾を拾い上げる。赤のハイネックワンピースに、白のメタルプレート、盾は白をベースに赤のアクセントライン……どことなく最強ギルドの一角である“血盟騎士団”を彷彿させる出で立ちだ。

 

「君、もしかして血盟騎士団の人?」

「はい、そうです。情けないですけど……って、ヴォルフさん!?」

 

 少女の意外な反応にヴォルフも驚き、目を大きく見開く。「アキレアさんでしたっけ?」記憶を手繰り寄せ、目の前にいる少女の名前を口にする。そこまで面識という面識はなかったが、一緒に最前線で並び立っていたのは覚えていた。

 

「覚えてくれていたんですね!」

「俺の方こそ、よく覚えていましたね。ギルドにいなかったのに……」

「当然じゃないですか! 一緒に攻略組に参加していた人は覚えていますよ!」

 

 アキレアの嬉々とした表情を見て、「アキの知り合い?」メイス使いの少女はピンクの頭髪を揺らしながら会話に割って入る。少しだけ驚嘆している様子で、彼女の事を見つめていた。

 

「ええ、昔一緒に攻略に参加していた人です」

「なるほどね。あれだけ強いのも納得だわ」

 

 アキと呼んだ少女は、返答を受けて納得したように頷く。「流石、攻略組ね」と賞嘆の声を立て、真っ直ぐに桃色の瞳をヴォルフへと向けた。

 

 目を合わせたヴォルフは、あまりにも真っ直ぐな瞳と賞賛に「俺は今攻略組じゃないけど……」頬を少しだけ赤らめながら少女から目を逸らす。久々に面と向かって褒められるのは少々照れくさい。おまけにここ数日は人と会わなかったから、言葉を聞けるだけで心が満たされる。

 

 ただアキレアは、彼の発した一言で表情を一変。八の字にしていた眉を逆八の字する程、険しい顔つきでヴォルフに迫る。「五十層目を攻略してから姿が見せなくなって、心配していたんですよ!」大人しそうな姿からは想像もできないぐらいに語気を強めていた。

 

 これにはヴォルフも「ええと、すみません。何かご心配をおかけしてまって……」と謝る事しかできず、その先の言葉が見つからない。自分が抜けたとしても精鋭揃いの攻略組に大きな穴は開いていないと思っていたが、こうも心配してくれる人間がいて驚くばかり。だからこそ、頭が混乱して何も言えないのだが。

 

「アキ、それぐらいにしたら? 困っているじゃない」

 

 言葉を詰まらせている彼に助け舟を出すかのように、アキレアをなだめるメイス使いの少女。冷静さを取り戻したアキレアは「すみません!」と大慌てで謝罪し、眉尻を下げていく。

 

「へ、平気だよ。俺も黙って攻略組から抜けたのも悪いしね」

 

 苦笑いしつつも返して気持ちを切り換えたら、「ところで君は?」まだ名前を知らない少女の方へと目を向けて訊ねる。

 

「あたしはリズベット。普段は鍛冶屋をやっているんだけど、アキに頼まれてね」

 

 言葉を言い終わるか終わらないかぐらいのタイミングで、リズベットと名乗った少女はピンクの瞳をアキレアの瞳と合わせるように移す。彼女と顔を合わせたアキレアは、先程ヴォルフに迫った勢いが嘘のように消え失せ、俯き加減で話を継ぐ。

 

「リズさんに素材採取を同行してもらっていたんです。スキル上げも兼ねていましたけど……」

 

 忸怩(じくじ)たる思いが声音に乗って、先程の失態を自責しているのが聞いて取れる。アキレア自身も自嘲しているかのように苦笑いを浮かべていた。最強と名高い血盟騎士団に所属しているプレイヤーが攻略組でもない人間に助けられる様は、噴飯物(ふんぱんもの)として捉える人間もいるだろう。

 

 せせら笑う事もなく、憫笑(びんしょう)する事もなく「それでも無事なら良かったよ」ヴォルフは安堵の笑みを零し、穏やかな語勢で言葉を返す。過程がどうであれ、生きているのなら大丈夫だと自分の事のように胸を撫で下ろしていた。

 

 穏やかな笑みはそのままに、リズベットの方へと顔を向け、「君にはまだ名乗ってなかったね」と前置きを言って次の句を継ぐ。「俺はヴォルフ、よろしく」無骨で大きな左手を差し出し、こげ茶の双眸をリズベットの瞳と合わせる。

 

「こっちこそ、あたしの店を贔屓にしてくれると嬉しいわ」

 

 勝ち気な笑みと同時に彼の手を握り返すリズベット。すると、握った手の感触に驚き、「手デカイわね」率直な意見を口に出す。今まで握った事のない手の大きさだからか、まじまじと握った先を見つめ、目をしばたたかせていた。

 

「あはは、背が大きいだからかな?」

 

 ストレートな物言いに穏やかに笑い声を立て、苦笑いするしかない。実際、ヴォルフは百八十センチは優に超えている長身な故に、目の前にいるリズベットの背丈は彼の胸元ぐらい。リズベットよりも少し背が低いアキレアとの差も歴然だ。

 

 昔から人より背があり、なおかつ体格に恵まれていて、初対面の人に驚かれる事は多かったと振り返る。と同時に、特に気にしていなかったのだが、彼女の反応から自分の背丈はやはり大きいのだなと改めて実感していた。

 

 握手を解いた後、「じゃ、俺はこれで」ヴォルフはハルバードを肩に担ぎ、その場から立ち去ろうと踵を返し、すぐ手前にあった通路へと足を進める。

 

 彼の背を見届けるリズベットは神妙な顔つきをして、その背中に一言投げかけた。

 

「そっち、行き止まりだけど?」

 

 

 

 

「いやぁ~、もう一生出られないかと思ったよ」

「それは良かったわね……」

 

 ダンジョンを抜けて四十八層にある主街区リンダースの街中を歩ている最中、リズベットはげんなりとした表情を浮かべ、「あんなダンジョンを三日も四日も迷子になっていた方が驚きよ」呆れたような口調で言い返す。

 

 隣で歩いているアキレアに疑い目を向けては、「本当にこいつ、前線組にいたの?」(いぶか)しげな顔をして訊ねた。

 

「はい、ちゃんといましたよ」

 

 疑問に丁寧に答えつつ、アキレアもまた苦笑して「時々、道を間違えるところも見てましたし……」過去の出来事を振りかのように言葉を継ぐ。「本当かしら……?」信用のある人物からの返答を聞いてもリズベットはまだヴォルフに疑いの眼差しを向けて、怪しいと言わんとばかりに眉根を(ひそ)める。

 

 彼女の疑念に「あはは……」とヴォルフはただ乾いた笑いを発する事しかできない。正直、あの道の迷い方をしたら、疑われても仕方のないとさえ、諦観の念を抱いている程。

 

 今までいた五十三層のダンジョンは道に迷いやすい程入り組んでいないと言われているのだが、何故か道に迷って数日は外の空気が吸えなかった。本当に出口がどこかさえ分からず、一生彷徨い続けるのかと思っていたぐらい。

 

 運良くリズベット達と出会う事ができて、心の底から安堵している。日の光も久々に浴びて、心地いい。

 

 

 

 

 それから三人は他愛ない会話をしながら、目的地へと歩く。そして目の前に建物が見え、リズベットが腰に手を当てて胸を張りながら「ここがあたしの店よ」と言い、「リズベット武具店へようこそ!」勝ち気な笑顔で二人を店内へと迎えた。

 

「へぇ……ここがリズベットさんのお店かぁ~……何だか凄いね」

 

 初めて訪れる武具店で様々な武器を眺めながら、ヴォルフは感嘆の声を立てる。女性の鍛冶職人でここまで武器を鍛えていた人は、そこまでいない印象がある……いや、男性でも中々いない程だろうか。

 

 ともかく、リズベットが仕上げた品物の数々は一目見ただけで大業物だと確信できる程に、鋭い輝きを放ちながら堅牢そうな造りをしていた。ここは常連さんも多そうだと何となく感じながら。

 

「そりゃ、あたしの店だからね」

 

 自信満々にリズベットは返答し、ヴォルフに向かって不敵に笑いかける。「攻略組の人も多く利用してもらっているから、半端な仕事なんてできないのよ」誇らしげに胸を張って叩きつつ、「元よりする気もないけど」快活に、けれど生真面目な語調で弁舌を動かす。

 

 彼女の泰然とした態度に頼もしい限りだとヴォルフは穏和に笑顔を浮かべて感心するばかり。こんな彼女だから信頼している人も多いだろうなと。

 

「さて、色々と素材も集まったし、注文されたものも含めて作業していかないと」

 

 注文リストの方へ目を向けつつ、真面目な声音でリズベッドは言葉を継ぐ。「あんたの武器も特別にタダで面倒見てあげるわよ」改めてヴォルフと目を合わせ、手を差し出して武器を受け取る準備を整える。

 

「いや、何か悪いよ。俺の武器、そこまで壊れそうじゃないし」

「何言ってんの。さっき助けてもらったお礼ぐらいさせなさいよ」

 

 断ろうとするヴォルフに対し、リズベッドは少しだけ語勢を強め、「助けてもらったのに何も恩返ししないのは失礼でしょ?」真剣な眼差しを向けて生真面目に言葉を吐く。

 

 熱誠(ねっせい)な桃色の瞳とぶつかり、気恥ずかしさと申し訳なさが込み上げてきて、「そういう事なら……お言葉に甘えて、見てもらおうかな」彼女から目を逸らしながら折れる事に。

 

 苦手……という訳ではないが、惹き込まれそうな感じがする。少しだけ頬を上気させ、ヴォルフは自分の裡に感じる僅かな温かさを感じていく。流石に一目惚れはじゃないよなと心中で可能性を否定しながら。

 

「あれ……? これ、あたしが鍛えたハルバードじゃない」

 

 ハルバードを手渡されたからリズベットが驚嘆の声を立てる。渡された物をじっくり観察し、「しかも、結構古い物だわ。よく持ったわね」続けて感嘆の言葉を呟く。

 

「昔、友達と一緒に露店で商売している鍛冶屋で買ったものなんだけど……」

 

 武器を買った時の記憶を思い起こしながら、ヴォルフは言葉を返す。隣に自分と同じくハルバードを扱いながらも、自分より強かった青髪の少女の姿が脳裏に浮かぶ。彼女は今どこにいるだろうか……。

 

 思い出に耽っているヴォルフをよそに、リズベットは首を傾げ、うーんと呻る声を上げる。「どこかで見た事あるのかもしれないねえ……」と口に出した瞬間、勢いよく目を見開き、声を張り上げて言う。

 

「ああ、思い出した! あんた、青い髪の女の子と一緒にいたデカイの!」

「ええ!? もしかして、君がその時の店主さん!?」

 

 ヴォルフも彼女につられるような形で驚き、まじまじと見つめる。買った当初の店主は茶髪だったような気がするし、服もそこまで華美ではなかった気も……けれど、そばかすや童顔な顔立ちを見て、当時の姿と重なる。

 

 そして、先程の真剣な眼差しを思い出し、ようやく()に落ちた。自分に武器を売ってくれた熱意の籠った双眸は変わらないと。

 

「不思議な縁があったものね……まさか、昔自分が作った武器の持ち主と再会するなんて」

「俺もびっくりだよ。ずっと使っていた武器の作り手とまた会えるなんてさ」

 

 あれから随分と時が経ったと感慨しながら、「あの時と見た目が違っていたから気付かなかったよ」口元を緩やかにしながら温厚に笑う。買った時と違い、隣にあの子はいないけれども。

 

 二人の会話に微笑みながら、「お二人も知り合いだったんですね」アキレアも口を開き、会話に参加する。

 

「知り合いというか、昔の客かしら?」

 

 少し言葉を探すような口調で返答し、リズベットは「ところで」と話柄を切り換えて、次の句を継ぐ。

 

「あんたと一緒にいた青い髪の女の子は? 結構仲良さそうに見えたから、一緒にいると思ったけど」

 

 質問を聞いた途端、何と答えればいいのか分からずにこげ茶の瞳は揺れる。悲しみや悔恨が入り混じったような複雑な表情で足元に目を落とす。何度も思い返される別れの言葉、「私は役目を思い出したから」と悲しみに暮れた華奢な背中が甦り、今でもどんな言葉を投げかければ良かったのか分からない。

 

 彼の雰囲気が一変した事を察し、「あっ……ごめん、その先は言わなくていいから」リズベットも申し訳なさそうな語調で気遣う。アキレアもまた悲しそうな表情で見つめ、無言で時を待っていた。

 

「大丈夫だよ。死んではいないから」

 

 顔を上げ、穏和な笑みを湛えて答えるヴォルフ。自分が今まで旅していた理由を思い返すように、「でも、ずっと行方が分からないんだ」今までよりも硬い語調で話を続け、「数ヶ月前から姿を消してね」こげ茶の双眸に悲壮な決意の光を宿す。

 

 話を聞いたアキレアはヴォルフが攻略組を抜けた理由に気付いたかのように目を見開き、「もしかして、ヴォルフさんが攻略組を抜けたのは……」推察を立てていく。

 

 彼女の言葉に「その友達を捜す為だよ」首肯し、「色々と旅をしているんだけど、見つからなくてさ……」苦笑いを浮かべてこげ茶の頭髪を掻いて、困り果てたかのような調子で話を継いだ。

 

 攻略組から抜けたから、下の階層にいるものだと思っていたが、全然彼女らしき人影が見つからない。誰に聞いても彼女の事を知らないと口を揃えて言うのものだから手がかりすらもないという状況。それでもきっとまた会えると信じて、捜していた……今回ダンジョンに訪れていた理由は少し違うが。

 

「そうだったんですね。すみません、事情をよく知らずに声を荒げてしまって」

 

 改めて謝罪の意を述べて、頭を下げるアキレアに「いや、大丈夫だよ」となだめ、「さっきも言った通り、黙って抜けちゃったから誰だって心配するよ」申し訳なさそうに、かつ穏和に笑いかける。

 

「アキはヴォルフの友達の事、知らないの?」

 

 二人のやりとりを聞いていたリズベットが口を開き、アキレアへ顔を向けて質問を投げかける。「一緒に前線にいたって事でしょ?」話の筋から妥当だと思われる意見を述べ、詳細を聞こうと体勢を整えていた。

 

「いえ……私は知りませんね」

 

 顎に指の腹を添えて首を傾げるアキレア。眉を顰め、「見ていたら、覚えているんですけど……」考え込むように俯き、記憶を手繰っていくかのように呻り声を立てていく。

 

 彼女が深く考え込まないようにか、「まぁ、いいわ」と話題を切り上げ、リズベッドは改めてヴォルフを見つめる。そして真剣な眼差しで彼を認めながら、次の話題を話し始めた。

 

「またお願いするようで悪いんだけど、アキのスキル上げを手伝ってあげてくれない?」

 

 アキレアの方を一瞥(いちべつ)し、「今度イベントボスに挑む予定なのよ」彼女の目的を代わりに説明する。「あたしも参加するから、武器を新調する予定だけどね」明るい語調でさらに付け足す。

 

 特に断る理由はない為、ヴォルフは二つ返事で承諾し、「大切な相棒の面倒を見てもらっているし、それぐらいは平気さ」穏やかに弁舌を動かしていく。むしろ自分にはそれぐらいの事しかできないと。

 

「ありがとうございます。ヴォルフさんがいれば、百人力ですよ!」

「流石にそれは言い過ぎですよ……俺、そんなに強くないし」

 

 攻略組から抜けた自分の実力はそこまで高くないと両手を前に出して横に振り、否定の意を示す。確かにある程度のモンスターなら倒せる実力と自信はある。けれど、流石に百人力と呼ばれる程の高い実力はないだろう。

 

 それこそ、“黒の剣士”や“閃光”などと呼ばれるトッププレイヤーを表すのに相応しい言葉だとさえ思っている程。

 

 と、思考の海に潜りこんでいる内に、アキレアが何かを思い出したのかのような口調で話題を切り換える。

 

「そういえば、ヴォルフさんって、泊まる宿は決まっていますか?」

「まだ決めていないよ。リンダースに着いたばっかりだし」

「ですよね……もし、よろしければ私が宿まで案内しましょうか?」

「あ、いや、別にそこまでしなくていいよ。一応、道分かるから」

 

 ダンジョンから街まで案内してもらったのに、これ以上はお世話になる訳にはいかない。申し訳なさが再び込み上げていき、何とかやんわりと断ろうと試みるが、「さっきの迷子の話を聞いていると、不安しかないんだけど?」というリズベットの訝しげな口調で紡がれた一言で慌てふためく。

 

「い、いや、本当に大丈夫だってば! 俺、この辺、よく利用しているから!」

 

 しどろもどろになりがら苦し紛れに反論する。しかし、「だったら、ダンジョン内を三日も四日も彷徨う事なんてないでしょ」彼女の得物のように重い一撃で返され、「ううぅ……ごもっともです……」意気消沈するしかない。

 

 それでも迷惑をかけたくない一心で気を持ち直し、何とか言葉を続けていく。

 

「でも、本当に大丈夫だよ。宿に辿り着けなくても、その辺で野宿すればいいから」

 

 今度はアキレアが声を荒げて、「それは危険です!」穏やかそうな目尻を吊り上げて強勢な語調のまま話を継いだ。

 

「睡眠PKとか遭ったら、ヴォルフさんの命がなくなっちゃうかもしれないんですよ!?」

「人が来たら起きればいいんだよ。ダンジョンで彷徨った時もそんな感じだったし」

 

 ここ数日の過ごし方を思い出し、心配かけさせまいと穏やかな語勢で言い返す。宿に行ったとしても門前払いされるだろうし、それだからダンジョンに潜り込んだのだが……そこで数日間も彷徨う羽目になるとは思いもしなかった。

 

「実はあんた、宿に泊まるお金がないから断っているんじゃないの?」

 

 ヴォルフの挙動不審な言動から察したのか、リズベッドはおもむろに口を開き、こげ茶の双眸を見つめて訊ねる。

 

 鋭利な質問が薄い懐に突き刺さり、「あ、あははは」乾いた笑いしか出てこない。よく分かったなと彼女の顔を見つめ返して。

 

「やっぱりね……何か、金欠そうな顔をしていたから、そうじゃないかと思ったわよ」

「だから、ダンジョンに潜っていたんだけどね。そこまで貯まらなかったけど」

 

 そんな顔をしていただろうかと疑問に思うが、自分よりたくさん人を見ている彼女ならそれぐらい察しても当然かと納得した。同時に、これだけ人を見ているなら、鍛冶職人としての腕も信頼されて当たり前だと感嘆する。

 

「んじゃ、あたしの家に泊まれば?」

 

 何気ないような口調でリズベットがさらりと提案。「もちろん、宿泊費代わりにお店を手伝ってもらうわよ」勝ち気な笑顔で付け加える。

 

 あまりにも唐突な提案に、ヴォルフは最初言っている事が理解できなかった。頭の中で彼女が言った言葉を反芻し、理解すると「いやいやいや、流石にそれは悪いよ!?」大慌てで提案を拒み、「というか、男の俺が泊まっていい訳ないって!」自身の倫理観に沿って言葉を発する。

 

 いくらゲーム内で対策があるとはいえ、年端もいかない女子の家に泊まり込むのは非常に気まずい。しかも、恋仲でも何でもないのに、

 

「何よ、あんたって、そういう奴だったの? 変な事しないって、信じていたのに」

 

 ヴォルフの発言を受けて、リズベッドは眉を顰めながら訝しげな表情で返す。彼女なりに信用を寄せていたらしく、声音には若干落胆の色が混ざっていた。

 

 流石に簡単に異性を家の中に上げる人物ではないと分かって安堵したのも束の間、「そういう事しないけど、色々とマズイって!」やっぱり提案は呑み込めないと首を大きく横に振り、「だって、女の子の家に男が上がり込むんだよ?」これが夢であってくれと切実に願いながら反論する。

 

 傍から見れば、男にとっては僥倖な出来事だろう。だが、ヴォルフは素直に喜べる程、欲望に忠実ではない。むしろ心配しかなく、愁眉を寄せていくばかり。

 

「だから、何よ。泊まる所、ないんでしょ? それだったら、うちの空いている部屋、使っていいわよ」

 

 ヴォルフの言葉をあっさりと言い破り、リズベッドはさらに話を継ぐ。「一人だと部屋の数が余るからね」住居スペースの方へ目を向け、淡々とした口調で話しながら指折りで数える。「あんた一人分ぐらいなら問題ないわ」少し間を空けた後、大らかな語勢で言葉を紡いで穏やかにピンクの双眸を細めた。

 

 もう一度、リズベットの提案を反芻し、考え込むヴォルフ。ここまで良くしてくれていると断り辛いし、野宿するよりかはよっぽどいいのは確か。背に腹は代えられないと思い直し、一呼吸を置いてから口を開いた。

 

「……しばらく泊めさせてください。変な事しませんから……」

「うむ、よろしい。という事で、今日からあんたはあたしの助手よ!」

 

 ようやく折れて頭を下げたヴォルフの肩を強く叩き、「アキの手伝いもしてもらうけどね」これまた快活な笑みを浮かべて物を言う。

 

 ヴォルフは苦笑いしつつ、顔を上げて家主と目を合わせる。強引な人だなと思う反面、本当に良い人だと感じて。

 

「私もしばらくはリズさんの家に泊まりますよ」

 

 静かに見守っていたアキレアも言葉を発し、「とても賑やかになりますね」ヴォルフに向かって微笑みを見せる。

 

 二人の少女に囲まれ、「はは……きょ、今日からお世話になります。リズベットさん」少しだけ当惑しながら、改めて泊まる意を示した。




 初めましての方は初めまして、どこかで見た事ある人はどうも、雑多に書き散らす駄文製造機こと巻波です。

 今回、初めて『ソードアート・オンライン』を題材にした作品を書いてみました。
 ……巻波、まともに戦闘シーン書いたの久々すぎて、迷子になっていましたが。

 これ以上書く事ないので、この辺りで筆を休めます。

 次回は恐らく8月14日の18時ぐらいに更新すると思います。何も問題がなければ……。
 では、感想の方、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:憧憬と恋慕

 数日後、ヴォルフとアキレアは五十一層の鬱蒼(うっそう)とした森林のフィールド内で鈍器を手に持った犬型のモンスター――コボルトの群れと刃を交えていた。

 

「バァァァーニング!」

 

 コボルトの鈍器を軽々と押し返して、がら空きの胴に素早く翠色の輝きを(まと)った刃を(はし)らせ、即身を真っ二つする。

 

 大量の彼らと戦闘している目的は、もちろんアキレアのスキル上げ。既に幾度かモンスターと交戦していたのだが、その度に本当に自分でいいのかとヴォルフは疑念を胸に抱く。

 

 というのも、アキレアは曲りなりにも血盟騎士団に所属しているプレイヤー。ちょっとやそっとの事では、彼女が窮地に陥る事はない。

 

「きゃぁぁぁ! こ、来ないでぇ~!」

 

 悲鳴を上げながらも的確に左手の盾でコボルトの一打を流し、崩したところを右手で握っている片手剣で切り裂いた。ジャンプして上空から襲いかかるもう一体の攻撃もラウンドシールドで受け止め、防具がない腹部に切っ先を突き刺し、硝子片として散らしていく。

 

「駄目ぇぇぇ~! 怖いぃぃぃ!!」

 

 眼鏡のレンズ越しに黒瞳が涙ぐんでいるのが分かるが、悲鳴と裏腹に彼女の動きは非常に洗礼されて無駄がない。突進してきて威勢よく振り下ろしてきたコボルトのハンマーを盾で受けつつ体捌(たいさば)きを行い威力を逃がす。防具が付いていない首筋に片手剣を突き出し、貫いたら捻りを加えて右手側に剣を走らせる。

 

 彼女のように悲鳴を上げる事もできず、コボルトは膝から崩れ落ちて体を飛散させた。実にあっけない最期だった。

 

「……俺、手伝いしなくてもいいような気が……」

 

 ボソリと呟いた言葉は激しくぶつかり合う金属音の中に消え去る。得物を弾き飛ばされて、体勢を崩した覿面(てきめん)のコボルトに対し、ハルバードを脳天へ容赦なく振り下ろす。

 

 頭蓋骨や首の骨が砕ける手応えを感じると同時に、相手は硝子片に姿を変えて消失していた。

 

 右から迫る剣撃を難なく(さば)き、肉薄して死角から大きくハルバードをを振りかぶり、力強い一振りでコボルトの肉体をいとも簡単に断ち切る。硝子片が飛び散る最中、ヴォルフはさらに突進。覿面の相手には、攻撃する間を与えずに穂先で頭部を突き刺して撃破し、次に迫ってきた一体に対しては腹部にハルバードの背を殴りつけ遠くに飛ばす。

 

 人並外れた彼の膂力(りょりょく)から生み出される一打でコボルトの内臓は潰れ、その一体がぶつかった巨木は激しく枝を揺れていた。当然、強烈な一撃を受けたコボルトは、そのまま硝子片となって姿を消した。

 

 もう一度アキレアの方を一瞥。彼女は相変わらず悲鳴を上げながらも淡々とコボルト達を(ほうむ)り去っていく。

 

 盾で相手の打撃を捌き、剣で肉体を切り裂く……至ってオーソドックスな戦法だが、故に極めれば隙のない戦い方となる。

 

 アキレアの動きはそれを証明するかのように、大きく振り下ろされた鈍器を盾で力を逃がしながら相手の体勢を崩し、青色の輝きを纏った片手剣を一筋閃かせて命を絶つ。ダメージも疲労も最小限に抑えられている為、継戦するのも余裕そうだ。

 

 彼女の戦い方に感嘆しつつ、ヴォルフも自身の強靭なパワーを生かして得物を豪快に振るい、次々と迫るコボルト達を一掃していった。

 

 

 

 

 

 戦闘が終わり、森閑とした空気が流れる。森本来の静けさが取り戻されたという事だろう。

 

 武器をしまい、臨戦態勢を解く二人。ヴォルフは穏やかな声音で「お疲れ様、アキレアさん」と労い、アキレアは「ヴォ、ヴォルフさんも援護ありがとうございますぅ~」と気の抜けた語勢で返す。

 

「流石、血盟騎士団にいるだけあって、強いね」

「いえ、そんな事は……この間だって、ドジ踏んでリズさんやヴォルフさんにご迷惑をおかけしましたし……」

「俺は迷惑だと思っていないよ」

 

 緩やかに口の端を上げながら「そういう時こそ、助け合わなきゃ」こげ茶の双眸(そうぼう)に力強い光を宿して細める。

 

 体力が尽きたら死ぬこのゲームにおいて、可能な限り手助けしたい。目の前で人が死ぬ光景を見るのはもう懲り懲りだ。

 

 過去の記憶の中、今まで死んでいった人の顔が浮かぶ。皆、生きたいと足掻(あが)いて命をを散らしていった……だからこそ、その想いを無駄にはできないと心から思う。

 

 彼の穏和な一言にアキレアは笑みを(こぼ)し、「ヴォルフさんは優しいですね」温かく穏やかな語調で言葉を吐く。

 

「そうかな? 普通だと思うけど?」

「ふふっ、助けるのが普通と思えるから優しいんですよ」

 

 アキレアは喉を柔らかく鳴らして微笑する。先程、泣き叫びながら剣を淡々と振るっていた姿は嘘のよう。

 

 彼女の変わりようにヴォルフは面を食らいつつも、「そういえば」と次の話題へと切り換えた。

 

「君が挑むイベントボスって、どんな感じなの?」

 

 質問を聞いて、アキレアは顎に指の腹を添えて考え込むような素振りをする。少し間を空けて、思い出すかのように口を開いていく。

 

「情報によると、スケルトン系のボスで仲間を呼び出すような感じらしいです」

「仲間を呼び出す能力か……厄介そうだね」

「強力な一撃を持っている訳ではなさそうですが、周りの敵を含めるとそれなり整える必要があると感じています」

 

 真面目な声音で説明するアキレア。黒瞳も涙を一切見せず、真剣な眼差しをヴォルフに向けていた。

 

 ヴォルフも指を顎に添えて、「なるほど」と理解の意を示す。ここ最近通っている戦闘エリアが、敵が大量に出てくる所ばかり。イベントボス戦を想定しているのかと料簡(りょうけん)を立て、次に湧いた疑問を口にする。

 

「イベントボスだからドロップするものは、やっぱりレア度が高い素材なのかな?」

「ええ、盾を作る素材としてはかなり良質なものらしいですよ」

 

 言葉を言い終えるタイミングで自身の盾を軽く掲げ、「これからの攻略に向けて盾を新調しようと思っています」アキレアは視線を盾の方へと向けて話す。

 

 今は攻略組ではないものの、ヴォルフも共感して首を縦に振る。未知の領域を切り開く為に、武器の強化や新調の頻度は激しいのは火を見るよりも明らか。今を突破しても、次を突破できなければ意味がないのは嫌でも身に染みているつもり。

 

 話も一区切りしたところで、ヴォルフは先程から抱えていた疑念を明かす為に、話柄を切り出していく。

 

「ずっと気になっていたけど、何で盾と片手剣にしたんだい?」

 

 平穏な声音で率直に「怖いなら槍にすれば良かったに」と心中を披歴。口に出した途端、流石に言葉が悪かったと思い、「ごめん」即座に謝る。「あまりにも不躾だったね」申し訳なさそうな表情をして、それ以上は答えなくてもいいという意をこげ茶の瞳に込めて彼女の顔を見つめた。

 

「大丈夫です。気にしていませんから」

 

 特に気を悪くする事もなく、アキレアは微笑みを崩さないまま返答する。直後、恥ずかしげに視線を足元の方へ向け、はにかみながら言葉を継ぐ。

 

「この怖がりなところを直す為ですよ。本当にお恥ずかしいところをお見せしました……」

「いやいや、そんな事ないよ」

 

 即座に彼女の言葉を否定し、ヴォルフは温厚な笑みを浮かべて、「凄く頼もしかったさ」温かくも力強い語調で伝える。

 

 悲鳴はともかくとして、動きは本当に前線に戦ってきたプレイヤーそのもの。名だたるプレイヤーと比べ、派手さはないかもしれないが、それでも並みの人間では彼女の堅実な戦い方を崩す事はできないだろう。

 

 それぐらい安定感があり、血盟騎士団の中でも前線に立っているだけの説得力を持っている。伊達に攻略組にいないなとヴォルフは内心で感嘆するばかり。

 

 彼の賞嘆を「ありがとうございます」と素直に受け取り、アキレアは頬を上気させながら弁舌をさらに動かす。

 

「片手剣と盾を使っているのには、もう一つ理由があるんです」

「それはどんな理由だい?」

 

 優しく訊ね、ヴォルフは返答を待つ。怖がりな一面を直したいと思っている以外にも、理由があってもおかしくはない。

 

 むしろ、あった方がより直そうという意志が強くなるだろう。ともかく、彼女からの言葉を静かに待つ事に。

 

「強くて優しい……閃光のように駆け抜けるあの人の背中を守りたいと思ったから」

 

 今までにないぐらいアキレアの声音は優しげに、けれど力強い。眼鏡のレンズ越しに見える黒瞳は、強い決意を宿すと同時にどこか恋慕(こいぼ)にも似た感情を映し出す。心なしか彼女の頬は先程よりも赤くなっていた。

 

 彼女の想い人はきっとあの人だろう……脳裏でそれらしき人物の姿を思い浮かべ、ヴォルフは真っ直ぐにこげ茶の双眸をアキレアに向ける。「そういう事なら俺ももっと協力するよ」誰かを大切に想う人の手伝いがしたい。胸に確かな想いを秘めて、さらに言葉を紡ぐ。「イベントボス戦、参加してもいいかな?」これぐらいしか手伝える事はないけども。

 

 思わぬ一言だったのか、アキレアは大きく目を見開いて、「い、いいに決まっているじゃないですか!」ヴォルフの手を両手で握りながら提案を承諾し、「むしろ、こちらこそ、よろしくお願いいたします!」威勢のいい語調で言い切る。

 

 アキレアの反応に面食らいつつもヴォルフも柔和な笑顔を浮かべて、「俺の方こそもよろしくね」と穏やかな語勢で返した。

 

 

 

 

 それからしばらくスキル上げをしていた二人は、日が傾いてきたのをきっかけにリズベットの店へ戻る。

 

 店主であるリズベットはカウンターでリストや金銭の整理を行っていた。そして、帰ってきた彼らに気付いて声をかける。

 

「おかえり~、調子はどうかしら?」

「順調ですよ。ヴォルフさんのおかげで大分捗っています」

「いや、俺が手伝う必要なんてないぐらいだったよ」

 

 ヴォルフは苦笑いを浮かべて答える。何度も彼女と戦闘をこなしたが、手助けがいらないぐらいに奮闘してしまった為、ほとんど自分に迫ってきた相手を倒しただけだった。それだけアキレアの技術は熟達しているとも言えるが、果たして自分がいるのかと疑問に思わなくもない。

 

「そりゃ、アキだって伊達に前線に立っていないからね」

 

 まるで自分の事のようにリズベットは勝ち気な笑みで言葉を返す。「強いでしょ?」桃色の双眸をヴォルフのこげ茶の瞳と合わせて、答えは決まっているかのような調子で訊ねる。

 

「ああ、本当に強いよ」

 

 彼女の問いに首肯して、返答するヴォルフ。その目で確かめたのだから、なおさら否定しようもない。

 

「ヴォルフさんもリズさんも買い被りすぎですよ」

 

 二人の賞賛の言葉にアキレアははみかみながら、「ドロップした素材を渡しますね」今回の戦闘で得た強化素材をリズベットに渡す。リズベットもお礼の言葉を返しつつ、強化素材を受け取り、今得たもので何ができるのかを確認する。

 

 真剣な目でメニューを眺める鍛冶職人をよそに、アキレアは「では、私は食材の買い出しに出ます」と言って、足早にもう一度店の外へと出ていく。

 

 その背を追うようにヴォルフも「あ、俺も……」続けて店の外に出ようとするが、リズベットにコートの袖を掴まれ、「あんたは店の手伝い!」言い渡されてしまった。

 

「すぐ近くでしょ? 大丈夫だって」

「それでも迷子になったでしょうが」

 

 あっさりと言い返されて、ぐうの音も出ない。近くにあった店におつかいを頼まれたはいいものの、道に迷った挙句、リズベット達に捜索されて連れ戻されたという記憶が甦る。確かに信用はされないなと諦念(ていねん)を抱き、肩を落とした。

 

「そこに重い武器があるから倉庫まで運んでくれるかしら?」

 

 少し落ち込んでいるヴォルフを気遣ってなのか、リズベットはため息を吐いた後、壁に立てかけてある重量武器を指差す。

 

 彼女が指し示した方向を確認すると、「分かったよ。お安い御用さ」気を取り直し、ヴォルフは穏和な笑みで承諾して斧や大剣類を倉庫内へと運んでいく。

 

 

 

 

「リズベットさ……あれ? いないな」

 

 頼まれていた武器の運び込みが終わり、カウンターの方へ顔を出すが、リズベットの姿は見当たらなかった。「鍛冶場の方かな」鍛冶場へ通じる通路へ目を向け、報告する為に足を運ぶ。

 

 鍛冶場の出入り口付近、少しだけ覗くと意中の少女が素材を叩いて形作りしたり、研磨したりと作業を行っている。

 

 武器に向ける熱誠(ねっせい)な眼差し、初めて会った時に見つめられて気恥ずかしかった真っ直ぐな桃色の双眸(そうぼう)が細められていく。

 

 普段の快活な笑顔を浮かべている勝ち気な少女の姿はなく、誰よりも武器制作に情熱を注ぐ職人がそこにいた。

 

 こげ茶の瞳は自然と彼女の真剣な横顔へ向き、ずっと眺めてしまう。……格好いい。率直に浮かんだ所感が、単純にそれだけだった。

 

 声をかけず、じっと見つめる。どうしても目が離せないし、口を開こうとしても声が出ない。心の中にまるで彼女が注いでいる熱情のように、温かな風が吹いていく。

 

 穏やかで心地いい風。どうして今吹いているのかは分からないけど、ずっと彼女の横顔を見ていたい。自分でもよく分からない感情を持て余しながら、ヴォルフは作業が終わるまでずっと静かに佇んでいた。

 

 しばらくして、リズベットが一息ついて出入り口の方へと目を向ける。そこに呆けているように立っているヴォルフの姿が。仰天の声を立てながらも自分の作業をずっと見られていたのが恥ずかしいのか、顔を赤らめていく。

 

「あんたねえ……そこに突っ立っていないで、一声かけなさいよ」

 

 怒ったように睨みつけられ、ヴォルフはすぐに「ご、ごめん」と謝り、そのまま理由の言葉を継いだ。

 

「頼まれた物、運び終わったから報告しようと思って来たら、作業中だったから……」

 

 彼の言葉に納得したのか、リズベットは「なるほどね」と頷き、「ありがとう」いつもの朗らかな笑顔でお礼の言葉を述べる。「やっぱりあんたみたいな力持ちがいると、色々と捗るわね~」強勢な語気と同じぐらいの勢いでヴォルフの逞しい腕を叩く。

 

 痛いには痛いのだが、彼女に褒められた嬉しさの方が勝っていた。少し照れくさそうにヴォルフははにかみ、「力仕事ならいつでも任せてくれ」と返して、穏やかにこげ茶の双眸を細める。

 

 そして、ちらりと視線を部屋の奥へと向ける。先程、作業していた時の彼女の姿を思い起こしながらヴォルフは口を開いた。

 

「凄いね。格好よくて、つい見惚れちゃったよ」

 

 初めは何の事だが分からず目を見開くリズベットだが、やがて視線の先と言葉の意図を理解したかのように、口の端を再び吊り上げて言い返す。「ほ、褒めても何も出ないわよ!」また彼の腕を強く叩きつつ、「あんた、いい助手になるわ!」誇らしげに笑う。

 

 ヴォルフもつられて穏和に笑い声を立てる。今まで様々な人と会ってきたけれど、今までよりも心が温かくなって落ち着いていく。心のどこかにあった渇きにも似た感情が満たされていくのを感じる。

 

「あ、もしかして作業中でした?」

 

 食材の買い出しを終えたアキレアが、ひょっこりと顔を出す。少しだけ間が悪かったと言わんばかりに、ばつ悪そうな表情をしていたのは気のせいだろうか。 

 

 リズベットは首を横に振って「今終わったところよ」勝ち気な笑みで告げ、「さっ、夕食にしましょうか」と二人に呼びかけた。




 何か知らないけど、戦闘が多いですね……どうしてなんでしょう?()

 そして戦闘中の音量が騒がしい事になってきました。オリキャラ二人が叫びまくるって、どういう事なのよ?(汗)

 それはさておき、ここで一つ宣伝を……うちの作品で主役張っているヴォルフがジャズさんの『ソードアート・オンライン~二人の黒の剣士~』に登場させてもらっています。
 原作では敵対していたジェネシスが、キリト達と一緒にアインクラッドを攻略していくお話です。また原作では叶わなかったジェネティアの幸福な行方も追えますよ。
 ジェネティアが大好きな方は、ぜひ一読してみてはいかがでしょうか?

作品ページ→https://syosetu.org/novel/206996/

 では、今回は筆をこの辺りで休めます。
 次回の更新は8月15日の12時ぐらいを予定しております。もしかしたら、早くなるかもしれないし、遅くなるかもしれないです。一応、この日の投稿を目指します。

 感想の方、お待ちしております。次回もお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:そよ風、吹き渡って

「駄目だ……眠れない」

 

 夕食や入浴も終え、寝床についたはいいものの寝つけないヴォルフ。微弱な振動や音で体や神経が勝手に反応して、彼の眠りを幾度も妨げていた。「やっぱり今まで野宿していたのがいけなかったのかな」ここに来るまでの事を振り返りながら上体を起こし、窓辺に視線を向ける。

 

 外は既に暗く、明かりを灯している所は指で数えられる程。人影一つもなく森閑(しんかん)とした空気が、窓越しでも伝わってくるよう。

 

「ちょっとだけ外の空気を吸えば、少しは寝られるかな」

 

 そう思い立つと、老竹(おいたけ)色のシャツの上に鬱金(うこん)のコートを羽織り、ハルバードを手に持って部屋の外へと歩き出した。

 

 誰も起こさないように廊下を静かに歩いていると、「あんた、この夜中にどこ行くつもりよ?」背後から聞き慣れた声が。恐る恐る振り返り、声の主と顔を合わせる。覿面(てきめん)にいる少女は普段のエプロンドレスではなく、寝間着をラフに着こなしていた。

 

「ちょっと散歩に出かけようと思って……」

「だからって、その割にはガッツリと外に出る装備しているけど?」

「あはは……フィールドに出ちゃうかもしれないから」

 

 リズベットの指摘に苦笑いを浮かべるヴォルフ。街から出る予定はないが、万が一に備えて装備は可能な限り整えている。自分の方向感覚は昼間でもあてにならないが、夜になるともっとあてにならない。

 

 彼の心情を察してか、リズベットは一息吐いて言葉を紡ぐ。「話し相手ぐらいなら付き合うわよ」少し呆れたような語調に加え、ピンクのショートヘアを無造作に掻いて、さらにその意を示しているかのよう。

 

「いや、それは悪いよ。明日も早いんでしょ?」

「それはあんたもでしょうが。どちらにせよ、あたしはまだ起きているつもりだし」

 

 強情なヴォルフに対して、僅かにしかめっ面を浮かべて、「なら、あたしの話し相手として付き合って。これならいいでしょ?」リズベットは少し険しくもどこかおどけたような調子で提案する。

 

「そ、そうだね。分かったよ」

 

 彼女には悪いなと思いつつ、これ以上は折れてくれないと感じて二つ返事で承諾。装備を自身が泊まっている部屋に置いてきたら、リズベットがいる居間の方に足を運んだ。

 

 

 

 

 

「へぇ~……そんな事があったのね。あんたの話、面白いわ」

「そうかい? 俺はそんなに面白い事を話しているつもりないけど」

 

 温かいお茶を飲みながら談笑する二人。ヴォルフが話した内容は、旅の途中で出会ったパーティーと一緒にクエストに挑んだ時の事だ。道に迷ってパーティーメンバーとはぐれたり、メンバーの一人がトラップを作動させてモンスターに囲まれたりと思い返せば大変だった事ばかり。

 

 けれど、どれも楽しかったと思える。苦労した気持ちは絶えないが、仲間と一緒に攻略できた達成感は今でも残っていた。

 

「あたしは基本的に店にいるから、あんたみたいに旅をしている人の話が新鮮なのよ」

「俺で良ければ、いつでも旅の事を話すよ」

 

 そこまで自慢できる程の伝説を打ち立てた訳ではないが、楽しそうに笑うリズベットの顔を見て、こんな自分の話でも楽しみにしてくれていると思うと心なしか嬉しくなる。こうして人と話し込むのも久々だと感じながら。

 

 彼の言葉を受けてリズベットは桃色の双眸(そうぼう)を楽しげに細め、「楽しみにしている」と告げて、弾んだ語勢のまま次の言葉を継ぐ。

 

「商売をしていると、色んな人の話を耳にするからね」

「リズベットさんのお店、結構人がいたね。中には攻略組の人もいたぐらいだし」

「ええ、皆、あたしの腕を信頼してくれている」

 

 先程の笑顔から一変して、真剣な表情になるリズベット。目尻は鋭利に吊り上げられ、「だから、生半可な事は絶対にしたくないわ」口調もいつになく真面目になる。

 

 夕方頃に見た彼女の姿をまた思い出して、ヴォルフは「君なら大丈夫だよ」と背中を押すように優しい声音で言い、穏和に笑いかけた。

 

「それだけ真剣に考えているんだから、きっと想いは伝わっているさ」

「想いだけじゃ駄目なのよ。ちゃんとした武器も作ってこその鍛冶職人なんだから」

 

 あまりにも真面目な彼女の意見に、もう充分立派な職人なのにと感嘆しつつ苦笑い。だが、そんな彼女だからこそ、信頼を寄せていくのも分かる。ヴォルフもまたリズベットなら大切な武器を預けても大丈夫だという確固たる信頼が心中にあった。

 

 ……まだ夕方に見た彼女の横顔が忘れられない。とても真剣で真っ直ぐな眼差しが焼き付いて、頭から離れないでいる。

 

 もしかして彼女に――いや、抱いているのは憧れという感情なのだろうと乱雑に思考を片付けた瞬間、ふいにあくびが出た。僅かだが頭の回転も鈍くなっているような気がするし、まぶたもちょっとだけ重い。

 

 あくびした姿を見ていたリズベットが、「眠い?」穏やかな口調で問いかける。ヴォルフは素直に頷いて、ゆっくりと立ち上がりながら言葉を継ぐ。

 

「君と話していたら、落ち着いてきたのかな。もうちょっとしたら、寝るよ」

「なら、あたしも寝ようかな。流石に寝坊はできないし」

 

 リズベットも立ち上がり、飲み干したお茶のコップを二つ分手に持ち、手早く洗ってしまう。そして振り返ってヴォルフと目を合わせ、穏やかに口元を緩めながら温かな語調で口を開く。

 

「ずっと気になっていたけど、あたしの事はリズって呼んでいいから」

 

 桃色の瞳を優しげに細めながら温かく喉を鳴らして、「それにあたしで良かったら、いつでも話し相手になるわよ」悠然とした態度で告げた。

 

 どこか心地の良さを感じつつもヴォルフも柔和に笑い返して頷き、「今日はありがとう。リズ……さん」少しだけ戸惑いながらも彼女の愛称を口にする。

 

 まだ呼び捨てにしていい程の仲ではないだろうと、僅かな照れくささと遠慮が胸中に居座り、発する言葉に迷いを生じさせた。ああ、どうしてもこんなにも器用に距離を測れないだろうかとつくづく自分の情けなさを実感するばかり。

 

 ほんのちょっとだけ顔が熱を帯びてきたのを隠す為に、そそくさとリズベットに背を向けて「じゃ、おやすみ」と声を少しだけ上擦りながらも告げ、退出しようとドアノブに手をかける。

 

「おやすみ、ヴォルフ」

 

 背中に投げかけられた優しく温かい彼女の声が耳朶を打ち、そのままヴォルフの心の中へと染み込ませていった。

 

 

 

 

 それからまた数日が経ったある日の事、ヴォルフが倉庫の整理をし終えると、カウンターに顔を出す。普段ならアキレアがカウンター業務を請け負っているのだが、今日はリズベットが担当している。

 

「あれ? アキレアさんは?」

「アキなら攻略会議に出ているわよ。あの子も攻略にイベントって、大忙しねぇ……」

 

 遠くを眺めるようなリズベットの瞳。彼女の言う通り、血盟騎士団で攻略に積極的に参加しているアキレアは、私事以外にもやらないといけない事がある。

 

 ヴォルフがスキル上げ中に聞いていた話は、団員の士気や実力のチェック、ギルドの金銭管理など雑務が多い印象だった。あれだけ多い人員を一人一人確認しているとは、アキレアも中々働きすぎなのではないかと思ってしまう。

 

「本当に休む暇なんてないって感じだね」

「でも、本人に言わせてみれば、この時期を乗り越えたら楽なんだって」

「ああ、イベントの事か。リズさんは参加するの?」

「そりゃ、参加するに決まっているでしょ。大切な友達なんだから」

 

 当然と言わんばかりに胸を張り、リズベットは泰然とした態度で答える。面倒見のいい彼女らしいなとヴォルフも笑って頷く。

 

 またリズベットがいてくれると助かるとさえ思っていた。彼女の実力は攻略組レベルとまでいかなくとも、肩に並べるには充分すぎる程だと出会った時の戦闘を思い返す。

 

 あれだけメイスを巧み扱って一撃を当てられるプレイヤーは中層の中ではそうそういない。また麻痺状態で動けなかったアキレアを守りながら、多数のリザードマンを葬り去ったのだ。そんな彼女を表すとしたら、頼もしいの一言に尽きる。

 

 それからしばらく何気ない会話を続けながら、二人は店の業務をこなしていく。天気は晴れているが、いつもは人だかりができる武具店に人影がない。攻略会議で時間がかかっているのだろうか。

 

「在庫の確認や注文の品の鍛錬も終わったし、今日はあまり人が来ない日だからどうしようかしら?」

 

 自分の仕事を終えたリズベットは体を大きく伸ばして、やや退屈そうな口調で口を開く。「もう一回店を見て回ろうかしら?」伸びを終えたら、腰に手を当てて生真面目な調子で言葉を発しながら店の外を見ていた。

 

 ヴォルフもどこか手持ち無沙汰な様子で店内を見渡す。何も手伝える事はなさそう。自分のメニュー画面を開いて、持っているアイテム欄を確認。何か暇を潰せるものがないかと、画面を睨みつけて、ある物を見つけた。

 

 流石に店を空けるという事になるから気が引けると思いつつも、勇気を振り絞ってリズベットに声をかける。

 

「あの……リズさんさえ良ければ、釣りにいかない?」

「いいわねぇ~、アキレアに食材買ってきてもらってばっかりで悪いし」

 

 見上げてヴォルフと目を合わせて、活発な笑みを浮かべる店主は「たまには自分達で調達しましょうか」楽しげに喉を鳴らしながら提案を認めた。

 

 

 

 

「ここ静かで風が気持ちいいわねぇ~」

「でしょ? この間、アキレアさんと一緒にスキル上げしていた帰り道に見つけたんだ」

 

 リズベットの賞嘆を聞いて、ヴォルフは自慢げに笑い返す。自分一人でも良かったのだが、どうしても誰かと一緒に来たかった。丁度いい機会に恵まれたと同時に、心なしか胸の中が温かい。きっと二人で釣りをしているからだろうと、それ以上は追及する事なく水面を見つめる。

 

 彼らが釣り糸を垂らしている湖は、道が少し険しく、鬱蒼(うっそう)とした森の奥にあるせいか人気がない。それ故に森閑とした空気が流れ、穏やかに時間を移っていく。そよ風がピンクやこげ茶の頭髪を撫で、木々の騒めきや小鳥の囀りが心地よく耳朶を打つ。

 

「何というか釣りって、あんたらしいわね」

 

 あまり要領を得ないが故に「そうかな?」とヴォルフは首を傾げる。現実世界では違うものに打ち込んでいたし、こんな大柄な人間を見たら、ほとんどの人が肉体を激しく動かす事が趣味だと思うのではないかと。

 

 実際、このゲームを始める前はバスケットボールをしていたし、もし閉じ込められる事がなかったら強豪校に進学していたつもりだ。ほぼ釣りとは無縁の世界を生きてきたと言っても過言ではない……父親や祖父は釣りを趣味していたけども。

 

「あんたって、何だかのんびりゆったりするのが好きそうだもん」

「そうだね、こうしてのんびりするのは好きだよ」

 

 意図を把握して、穏やかに双眸を細める。忙しなく動き回るよりかは、今みたいにゆっくりとしている方が性に合う。

 

 ただのんびりをしすぎて、よく妹に怒られていたなという思い出も甦ってきて苦笑い。彼女も元気にしているといいのだが……。

 

 ふと、水面から目を離し、隣で座っているリズベットの横顔を見つめる。遠くを眺める穏やかな桃色の瞳、口元に浮かんでいる普段とは違う柔らかな微笑み、そよ風がふわりと撫でていく瞳と同じ色の髪。

 

 ほんの一瞬だが、今まで以上に胸の高鳴り、心臓が弾け飛びそうになる。完全に心が奪われた瞬間、鍛冶場で見かけた横顔と重なり、体が熱くなっていく。――好きだ。その一言がハッキリと現れた。

 

「ん? 何か言った?」

 

 彼女の耳には届いてはいないものの、口に出していた事に驚き、思わず目を逸らす。「あ、いや、何も……こうして風が吹くと気持ちいいね」今言った言葉が伝わらなくて良かったという安堵の想いと、伝わって欲しかったという落胆の思いが複雑に混ざり合う。

 

「本当にその通りだわ。まだ一匹も釣れない事以外は最高よ」

 

 いつものように快活に笑うリズベット。彼女が発した一言にヴォルフはただ苦笑いをするだけ。

 

 確かに釣れていないから否定しようもない。先程考えていた事を誤魔化すかのように、釣りの方へ思考を切り換えていく。とりあえず今は何も言わないでおこうと、心の中にある熱をできるだけ冷ましながら。

 

「ヴォルフが釣りを始めたきっかけってあるの?」

 

 まだ一匹も釣れていない最中に投げかけられた何気ない問い。「うーん、そうだな……」自分が釣りを始めた頃を少しだけ思い返していく。攻略組を抜けた直後に、時間を持て余す事が増えてしまっていたあの頃を。

 

「特にはないけど、強いて言えば“寂しさ”を紛らわす為かな」

 

 強烈に感じていた渇き、胸の中がぽっかりと穴が開いてしまっていた感じ……今では薄れていっているが、思い出す度に飢えているような感覚に襲われる。その渇きや飢えの正体が、今口に出してようやく掴めた。

 

 “寂しさ”、“人恋しさ”と言った方が適切か。ともあれ、心の中で渇望していたものが判明して、腑に落ちる。

 

「“寂しさ”って、ここにはたくさんの人がいるのに?」

 

 笑う事なくリズベットは、真面目な声音で訊ねる。ヴォルフに向けている双眸も極めて熱誠(ねっせい)で、まるでかつての自分を思い重ねているかのよう。

 

 彼女の心中は察せないものの、真面目に話を聞いてくれる態度に安堵しつつ、ヴォルフは水面に目を落として答える。

 

「でも、所詮はゲームの世界だからね。何もかも虚構で塗り立てられた世界でしかない」

 

 滅多にしない嘲りを混ぜた笑み。この世界に向けたものだが、そう思ってしまう自分にも向けていた。だけど、今は少しだけ違う。嘲笑からいつも通りの温厚な笑顔になりながら話を続けていく。

 

「そう思っていた時期があったんだよ。“本当”なんてどこにもないって」

 

 ゲームの世界だから何もかも作りものにしか見えない。攻略組を抜ける直前は、無機質の塊でできた世界だと感じていた。例えプレイヤー同士であっても、所詮は作りものの体だから、温もりはないとさえ。

 

「友達がいなくなって、攻略も段々厳しくなってきて、目の前で人が死んでいくばかりで虚しい世界だと」

 

 思い返される寂寞(せきばく)とした背中、無力さを感じる日々、そして自分の眼前で硝子片となって散っていく人々。生きている実感がいつの間にか感じなくなり、どうして自分がここにいるのだろうと考える瞬間が増えていた。

 

 だから、攻略組を抜ける事を決心したのだと思い至る。行方をくらました友人から理由を聞く為に、ここに生きる理由を見つける為に。

 

「だけど、攻略組から抜けて旅をして、少しだけ“本当”はあるって信じられるようになったんだよ」

 

 流浪の旅を続けて、たくさんのプレイヤーと交流していく中、ようやく生きている実感が湧いた。様々なプレイヤーが様々な思いや痛み、苦悩を抱えていていたのを知り、攻略組を抜けだした自分に忸怩たる思いが込み上げてくる。

 

 自分だけではない――皆、どこかで苦しみながらも生きているんだと。当たり前な事に気付き始めて、前へと進めた気がした。あまりにも情けなく、遅すぎる一歩だが。

 

「釣りも続けていたら、こうしている時間だって“本当”なんじゃないかって思い始めたんだ」

 

 語調が少しだけ明るくなる。時折吹くそよ風の心地良さに身を委ねながら、顔を上げて遠くを眺めた。

 

 攻略組にいた時には感じられなかった穏やかで緩やかな時の流れ。満腔(まんこう)で味わいつつ、今度はおどけたような口調で言葉を紡ぐ。

 

「まぁ、今はそれよりもアキレアさんやリズさんの方を手伝わなきゃね」

 

 隣で話を聞いてくれる少女へ穏やかに笑いかける。やっと見つけた居場所に、親愛の念を心に秘めて。

 

 一通り話し終えるまで閉口していたリズベットは、神妙な顔つきになり、一旦視線を水面に移して考え込むような素振りを見せる。少しの空隙を経て、こげ茶の双眸をじっと見つめ、おもむろに口を開いた。

 

「……今は“本当”があるって信じられる?」

「それは……まだちょっと分からないかな」

 

 今でこそ“本当”はあると信じられるようにはなってきた。けれど、まだ心のどこかで虚構の世界だと思っている自分がいる。“本当”なんてどこにもないと、そんなの嘘でしかないと。

 

「でも、こうしてリズさんと釣りをしながら話していて、楽しいと思える気持ちは“本当”だって信じているよ」

 

 それでも今この瞬間に感じている心は“本当”だと信じたい。こんなにも温かく優しい風を嘘だなんて思えないから。

 

 しばらく無言の間が続き、「そっか」とリズベットは意味を噛み締めるように呟く。「変な事訊いちゃって、悪かったわね」申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

 

 ヴォルフも「俺の方こそ何か暗い話をしてごめん」と謝る。釣りを始めたきっかけなんて、簡潔に言えば良かったのに、何故か自分の事を滔々と語ってしまった。振り返ってみれば、今言った通りとは言えども。

 

「別にいいわよ。あたしは気にしていないから」

 

 穏やかに桃色の双眸を細めて、「むしろ、あんたがそうして話してくれた事の方が嬉しい」落ち着いた調子で返す。

 

 彼女の快活な笑みにまた胸が騒めき出し、顔が少し熱くなっていくのを感じる。悟られないように、ヴォルフはリズベットから目を逸らして、垂らしている釣り糸の方へと目を向けた。

 

 ぎこちないヴォルフの挙動に、リズベットは少しだけ目を丸くして首を傾げるが、やがて柔らかい微笑みを浮かべる。

 

「……あんたの心が“本当”で満たされるなら、いつでも話に付き合うわよ……」

 

 優しげな語勢で紡がれたリズベットの言葉は彼の耳に届く事なく、そよ風の中へと消えていった。

 

 

 

 

 それから時が経ち、日が傾いて景色がオレンジ色になり始めた頃、二人が持ってきたバケツには釣った魚が少しだけいた。

 

「そろそろ帰ろうか。日も暮れてきたし」

「ええ~、もうちょっとだけ釣ろうよ。まだ釣れると思うし」

 

 まだ釣ろうとするヴォルフに対して、リズベットは「そしたら、完全に夜になるでしょうが」と彼の頭を小突く。

 

 小突かれた場所を擦りながら、ヴォルフは空を見上げて時間を察する。流石にのんびりしすぎかと思いながら立ち上がり、釣り道具を片付けていく。

 

 持ってきた道具を片付けたら、リズベットが「ほら、手出して」と何気なく手を差し出す。彼女の意図を理解できないヴォルフは「へっ!? な、何で!?」驚嘆の声を上げるしかない。

 

 彼の驚きをよそに、リズベットは眉を顰めながら「ここまで暗いとはぐれちゃうでしょ」語気を強めて、要求する。

 

「俺は子供じゃないよ。そう簡単に迷わないって」

 

 少しだけ反抗するが、「あんたの“迷わない”っていう言葉ほど、信用ならないのよ」睨めつけられながら言い返され、あえなく撃沈。「……そうだね。分かったよ」仕方なく彼女の提案を飲み込み、手を握る。

 

 初めて握手した時は意識しなかったが、柔らかくて小さい彼女の手の感触にドギマギして、心臓の鼓動が早くなっていく。と同時に、彼女の手から伝わる温もりが、今二人がここにいる事を証明しているとも感じた。

 

 ――こんな近い場所に“本当”があったんだ。ヴォルフの心に確かな熱が伝播(でんぱ)し、渇きを着実に癒していった。




 ……え? 何でこんなに神妙な話になってんの、これ?
 もうちょっと明るい話にする予定だったのに、何でこんなに妙に暗いの?

 と巻波は自分の作風に首を傾げるしかなかったとさ()

 後、アキレアさん、地味に優秀すぎるなぁ~……そしてリズさんは、難聴系主人公ならぬヒロインになっている事について()

 それはさておき、次回は8月16日の12時ぐらいを予定しています。
 また今後の投稿時間はアンケートを取って、決めようかなと思います。
 ご協力いただけますと、嬉しい限りです。

 では、今回はこの辺りで筆を休めます。
 感想の方、短くとも書いてくださいますと、作者が泣いて大喜びします。
 次回もお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:“本当”の痛み

「あ、あそこにいるの、アキとアスナじゃない」

「本当だ……何でアスナさんがいるんだろう」

 

 リンダースに戻り、寄り道して食材を買った後、店へと戻る道の先で赤と白の服装が映える二人組の少女がいた。

 

 黒髪をおさげでまとめているアキレアと、薄茶のロングヘアーに編み込みのハーフアップを結わえた目鼻立ちが明るい少女――アスナが談笑している様子。

 

 アスナは歩み寄ってくるリズベット達に気付き、「あら、リズに……ヴォルフ君……?」ヴォルフの顔を見て、大きく目を見開いた。彼女もまたアキレアと同様、血盟騎士団に所属しているプレイヤー。さらには副団長を務める程の実力者である。

 

 そんな凄腕プレイヤーと一度や二度程度しかまとも顔を合わせた覚えがないのだがと思いつつ、突然抜けた事への罪悪感も同時に沸き立ち、ヴォルフはばつ悪そうに言葉を返す。

 

「あはは、ご無沙汰しています。アスナさん」

「もう同い年なんだから、敬語じゃなくていいよ」

 

 他人行儀なヴォルフの言葉に、アスナは苦笑いを浮かべる。「突然攻略組に顔を出さなくなったから、心配……したんだから……?」次の句を話していく内に視線をヴォルフの手元へと落としていき、言葉尻が驚嘆の色を帯びて弱くなっていく。

 

 今度は目を丸くした彼女に、「あ、いや、これはあれだよ! 迷子対策だよ!」と言って慌ててリズベットの手を振り払う。迷子になるからと手を握っていた事をすっかり忘れていた。もう少しだけ握っていたかったという気持ちもあるが。

 

 納得したかのようにアスナは頷き、「相変わらず道に迷いやすんだね……」困ったような笑みで返す。

 

「ダンジョンで会った時も道に迷っていていましたし……」

 

 アキレアもつられたように笑みを(こぼ)し、ヴォルフの方を一瞥してからアスナと目を合わせる。黒の瞳は、憧憬と恋慕(こいぼ)を混在したかのような光が揺らめき、表情もリズベットやヴォルフに向けるものより柔らかげだ。

 

「ホント、攻略組にいたのが信じらんないぐらい方向音痴なのよ」

 

 彼の隣にいるリズベットはアスナやアキレアと違い、(いぶか)しげな相好(そうごう)をしながら呆れたような調子で言って、ヴォルフの事を睥睨(へいげい)。若干の不信感が見え、疑惑の眼差しを向けられている。

 

「ああ、その……その節はお世話になりました……」

 

 迷子になった時の事を思い出し、ヴォルフは申し訳なさそうにこげ茶の短髪を掻いて謝罪。自分でも一応自覚していたつもりだが、ダンジョン内を三日も四日も平気で彷徨う自分の方向感覚を過信しすぎてしまったと内省するばかり。

 

 相変わらずの彼の態度に安堵したのか、アスナは柔らかく笑う。直後、いたずらっぽく年相応の少女の笑みを浮かべながら、「それにしてもヴォルフ君って、大胆ね」からかうような調子で言葉を発して、「女の子の手を握るなんて」視線をヴォルフの手元の方へ落とす。

 

 まさかからかわれると思っていなかったが故に、ヴォルフは慌てふためきながら両手を前に出して横に振り、「こ、これはリズさんが迷子になるから手を出せって……」リズベットに助けを求めるかのように視線を送る。

 

 助けを求められた側のリズベットも慌てようが伝播したのか、「こ、これが一番無難な方法だと思ったからよ!」顔を赤らめさせながら、「な、何を考えているのよ!?」桃色の瞳を睨みつけるようにアスナの方へと向けた。

 

「冗談だよ」

 

 からかった張本人は、予想以上の反応だったのか楽しげに笑い立てる。「何だか二人が手を繋いでいる姿がお似合いだなって」いつになく相好は崩れ、薄茶の双眸(そうぼう)も楽しげに細められていく。

 

 その隣でアキレアも愉快げに優しく喉を鳴らして、「私もお二人の姿が微笑ましかったです」柔らかい語勢で所感を述べる。

 

 しかし、リズベットもそのまま黙っている訳がなかった。「アスナこそ、あいつとどうなのよ?」仕返しだと言わんばかりに意地の悪い笑みで訊ね、「上手くいっているの?」さらに畳みかけていく。

 

 彼女の相好を見て、ヴォルフは彼女らしいと苦笑いしつつも、どこかリズベットの顔が強張っているようにも感じていた。

 

 まるで話題に挙げている人物が、意中の人のような……そんな彼女を見つめている自分の心も少しだけ固くなっていく気も。次の瞬間には、何を変な事を考えているんだと振り払い、覿面へ顔を向けていく。

 

「な、何で、キリト君の事を訊くの!? ……まぁ、その仲良くやっているよ」

 

 自分に返ってくるとは思わなかったのか、アスナは驚嘆の声を立てつつも頬を上気させ、恥ずかしがりながら言葉を返す。「変わらず熱々なお二人ですよ。この間なんて――」凛とした副団長の姿が崩れたのをいい事に、アキレアも流れに乗じてからかう。

 

 ふとアキレアの方にも視線を移すと、楽しそうにからかっているはいるものの、どこか寂しげに笑っていた。

 

 それぞれが抱えている想いはハッキリと分からないが、何となく自分と似たようなものだろうかとヴォルフは感じていく。だが、自分が胸に抱いている心の硬直を一緒にしては彼女達に失礼だと否定し、ただぎこちなく笑うだけ。

 

「ああ、アキ、これ以上は言わないで!」

 

 自分の背丈よりも小さいアキレアの口を塞ぐように、アスナは手を出して制止の意を示す。「もう、リズもからかわないでよ!」最初にからかってきた相手には、薄茶の双眸を鋭利に細めて、流麗(りゅうれい)な眉を寄せていく。

 

「ごめん、ごめんって! そんなに怒らないでよ!」

 

 親友に言い寄られて、リズベットは謝りつつも哄笑する。「そんだけ仲がいいなら心配ないわね」豪快に笑い飛ばした後は、いつもの快活な笑みを浮かべて嘆息を吐いた。

 

「ヴォルフ君、ごめんね。リズったら、こういうところあるから」

「あはは、それでも楽しく助手をさせてもらっていますよ」

 

 愉快げに笑い声を立てながら答えるヴォルフ。彼女がフランクに接してくれているおかげで、変に気を遣わずに済んでいるのは確かだと振り返っていく。若干、強引なところはあるけれど。

 

 彼が言った言葉の意味が分からず「助手?」首を傾げて聞き返すアスナだが、やがて理解したらしく、手のひらに縦拳(たてけん)を軽く置いて思い出したかのような口調で言葉を続ける。

 

「アキから聞いていたけど、今はリズの手伝いをしているんだってね」

「まぁ、お金がないから泊まらせてもらう代わりに、だけど」

 

 手伝う事になった経緯を思い起こしながらヴォルフは苦笑する。泊まる場所がなかったとはいえ、簡単に「泊まれば?」なんて言い出されるとは思いもしなかった。

 

 苦笑いしつつアスナと目を合わせた瞬間、「耳を貸して」と言われて、長身を彼女の背丈に合わせて屈ませる。「……リズは誰よりも頑張り屋さんだから、支えてあげてね」そっと耳打ちをされ、ヴォルフは頷く事もできず、ただ目を丸くするだけだった。

 

「それじゃ、私は帰るね。今度、リズの店に寄るから」

 

 ヴォルフから身を離して、アスナは他の二人にも視線を移して朗らかに別れを告げる。「後、アキもイベント戦、頑張ってね!」激励の言葉を明るい語調で述べた後、彼女は踵を返して遠くへ行ってしまう。

 

 去り行く背にリズベッドは快活ながら穏やかな調子で「いつでも待っているわよ~」と言い、「頑張ります!」アキレアは意に応えようと力強い語勢で投げかけた。

 

 

 

 

「アスナに何て言われたの?」

 

 夜中、二人は居間で温かいお茶を飲みながら談笑をしていた。夕方頃、アスナが去り際に話していた事が気になったのか、リズベットはハッキリとした声音で訊ねる。

 

 そこまで気になるのかと驚きつつも、何とか平静を取り戻して「別にそんな大した事じゃないよ」ヴォルフは穏和な語調で答えた。恋人がいる美人から何か言われたのだから、見ていた人間からしたら気にならない訳がないかと感嘆しながら。

 

「いや、大した事じゃないなら、普通は耳打ちしないでしょ」

 

 食い気味に言葉を返すリズベットに苦笑いを浮かべて、「本当に大した事じゃないってば」と右手を横に振って、何事もないと意を示す。実際、何かしらの大きな悩みや告白ではなく、小さな頼みだった。ヴォルフにとっては、かなり大きいのだが。

 

 詳細を聞くまで下がる気がないのか、リズベットは桃色の双眸を少しだけ鋭利に細めながら「気になるでしょうが!」語気を強めつつ、「それで、どんな事言われたのよ?」眉を訝しげに(ひそ)めた。

 

 これ以上は隠し切るのは無理だなと察したヴォルフは嘆息を漏らし、自分のコップに入っている湯気立つお茶の水面に視線を落としながら口を開く。

 

「リズさんは頑張る人だから、手助けしてあげてって……ただそれだけの事だよ」

 

 言っているだけで顔が熱くなるのは、きっと湯気に当たっているからだと押し込む。

 

 でも、どうしても力になりたいという気持ちだけは胸の中に顕在していた。同時に釣りをしていた時に感じた温かく穏やかなそよ風が吹いているような感覚に襲われる。

 

「はぁ~、アスナもお節介なんだから」

 

 長く嘆息を吐いた後、頬杖をついて呆れたような口調でリズベットは言葉を発した。「でも、あんたには充分助けられているわ」次の句を言った時には桃色の瞳をこげ茶の双眸に合わせるように向け、「あんたの旅費が貯まるまでは、これからも働いてもらうからね」勝ち気な笑顔を浮かべて、快活な調子で告げる。

 

「俺で良ければ、これからも手伝うよ」

 

 旅費が貯まるまで……その言葉に何故か寂しさや悲しみが入り混じり、複雑な思いを抱える。約束だったのだから、仕方ないし、最初提案された時はあんなに拒んでいたのに何を考えているんだと叱咤。

 

 だからこそ、ここにいる間は可能な限り力になるんだと気持ちを切り換え、顔を上げて穏和に笑う。

 

 少し間が空き、次に話そうかと思考を巡らそうとした瞬間、「あんたって、好きな人いるの?」唐突にリズベットから訊ねられる。質問している本人は、いつになく神妙な顔つきで見つめていた。

 

「きゅ、急にどうしたんだい? そんな事、訊いて」

「あ、いや、何となく……アスナの事話したら、ちょっと思い出してね」

 

 少しだけ神妙な相好は崩れ、年相応な少女のいたずらっぽい笑顔を浮かべるリズベット。桃色の双眸は何かしらの期待を込めた光を宿して煌めている。

 

 彼女の何気ない質問にどう答えればいいのか分からず、ヴォルフは言葉を詰まらせるばかり。「……いるよ」再び視線を手元に落として何とか声を絞り出す。

 

 今目を合わせると、考えている事がバレそうで怖い。こんなタイミングで知られたくないという気持ちに駆られる。

 

「そりゃ、そうよね。っで、どんな人なの?」

「ど、どんな人なのって?」

「勿体ぶらずに話しなさいよ。誰にも話さないから」

 

 視線を上げると、アスナをからかっていた時と同じように意地の悪い笑みで話を聞き出そうとするリズベットの顔が目の前に。彼女がそう簡単に引き下がらないのは承知済みだし、これ以上は黙りこくってもしつこく追及される気がする。

 

 意中の相手に惚れたところを思い返すのは無性に恥ずかしい。顔の温度が急激に上がっていき、耳まで伝播していくのを感じつつ、おもむろに口を開く。

 

「……その子はちょっと強引なところもあるけど、面倒見が良くて……」

 

 いつになく優しげながらも真剣な眼差しで、「それで?」リズベットは相槌を打って次の言葉を待つ。

 

 彼女と面と向かって話すが恥ずかしくて、目を逸らしつつヴォルフは言葉を継ぐ。「一つの事に凄く一生懸命に打ち込むんだ」鍛冶場で武器を鍛錬していた彼女の姿を思い出しながら、「その時の横顔が格好良くてさ……」見惚れた顔を浮かべるとさらに顔が熱くなっていくのを感じる。

 

 体も顔と同じように熱くなり、この場から逃げ出したい気持ちに突き動かされそうになるものの、一呼吸して落ち着かせていく。次は釣り場の事を思い返して、頬の色が真っ赤になっていくのを感じながら話を続けた。

 

「その、いつも笑って受け止めて……でも、真面目な話の時は、誰よりも真剣に聞いてくれる子だよ」

 

 一通りの事を伝え終えるが、完全にリズベットの事が直視できない。素直に言葉にする事ができないし、いきなり告白してもドン引きされるだけだろう。まともに知り合ってから、そこまで日が経っていないのに……言える訳がない。

 

「へぇ~、いい子じゃないの」

 

 ヴォルフの心情を知ってか知らずか、リズベットは桃色の双眸を柔和に細めて、穏やかな笑いながら感嘆の意を述べる。「……その子には告白したの?」優しげに問いかけられた言葉は、確実に彼の心を突き刺していく。

 

「いや、まだだよ。どう伝えていいのか、分からなくて……」

 

 今目の前にいる君が好きだ……なんて言えるはずもなく、ヴォルフは悶々とした気持ちを抱えながら返す。ただの友人、それか職人と助手の関係でも充分で、その先の関係を望むなんて勿体ない事だと。今ある穏やかな時間が壊れてしまうのではないかとも感じて、足が竦んでしまう。

 

「そんなの、自分の気持ちを正直に伝えればいいじゃない」

 

 どこか呆れの調子を混ぜつつも、リズベットの声音は真面目そのもの。「あんたみたいな人ならしっかり受け止めてくれるわよ」快活な笑みは変わらないものの、声色には確かな信頼を感じさせるような温かな色があった。

 

 直後、彼女はハッと何かに気付いたかのように目を見開き、やがて眉尻を下げて語勢を弱めながら言葉を発する。

 

「……もしかして、あんたが捜していた友達とか?」

 

 行方をくらましている友人の事を気遣うような語調に、安堵したように笑い返し、「違うよ」緩やかに首を横に振って否定。「最近、出会ったばかりなんだ」ハッキリ告げた後は言葉を探して口を閉じる。「……アキレアさんとかじゃないよ」間を空けて言葉を続けるが、音は口の中へと消えていき、外には流れ出なかった。

 

 思い当たる人物がいないか、「最近会った人ねえ……」と首を傾げて考え込むリズベットに、「ところで、リズさんには好きな人いるの?」ヴォルフは意を決して質問を投げかける。どことなく笑みは硬く、ぎこちない。

 

「あ、あたしにはいないわよ! か、鍛冶一筋なんだから!」

 

 今までにないくらい慌てふためくリズベット。頬も今まで見た事ない程に上気させていた。「でも……こいつには絶対負けたくないというか頭から離れない奴はいるわ」視線を逸らして、少し乱暴な語調で言葉を紡ぐ。

 

「……どんな人なんだい?」

 

 恐る恐るヴォルフは訊ねる。彼女の反応から何となくいるんだろうなと、暗澹(あんたん)な気持ちが心の片隅で生まれていく。

 

 できれば、これ以上は聞きたくない。自分で訊いておいて、随分と勝手すぎると再び叱咤して彼女の言葉を待つ。

 

 不機嫌そうな語勢でリズベッドは口を開き、「そいつは飄々したままあたしの自信作をへし折ってくれちゃって……」今でも根に持っているのか、段々口調が刺々しくなる。「その癖、お人好しであたしの事を助けてくれた」けれど、その句を述べる時は先程の不機嫌そうな態度が嘘のように優しくなり、声音も柔らかくなっていた。

 

「リズさんの武器を折るって、まるで“黒の剣士”みたいな人だね」

 

 何気なく言ってしまった一言。彼の言葉を聞いたリズベットは、顔を真っ赤にしてながらもどこか複雑そうな表情を浮かべて、何も言わなかった。発言者を見つめる目に、拭いきれない悲しみが見え隠れしている。

 

 ヴォルフは彼女の反応で意中の相手が誰なのか察した。けれど、桃色の双眸に秘めた悲愴(ひそう)な光の揺らめきに気付く事なく、ただ俯いて自責の念を強く感じるだけ。――相手もまた年頃の女の子だから、好きな人がいて当たり前だろうに。

 

「そうだよね。あのリズさんの武器を壊せるのは“黒の剣士”だろうね」

 

 どこか投げやりな口調と自嘲の笑み。拳を強く握り締めて、できるだけ暴発しそうな想いを堪える。まるで欲しいものを買ってもらえなかった子供のようだと内心、自分の事をひたすらせせら笑う。

 

「ヴォルフ……? あんた、顔色悪いけど、どこか具合悪いの?」

 

 異変に気付いたのか、リズベットの語調は気遣うような優しいものになる。今はその声を聞くのが辛い。

 

「いや、大丈夫だよ……俺はそろそろ寝るかな」

 

 心配かけまいと柔和な笑顔を貼り付け、お茶を飲み干した後に立ち上がり、「おやすみ、リズさん……」震える声音をできるだけ抑えながら、弱々しい語勢で告げて足早に部屋を出た。

 

 

 

 

 ヴォルフは自分の部屋に戻り、「何やってんだよ……」と呟いて、ベッドに腰かける。相手にも好きな人がいて、当たり前なのに、勝手に一人で舞い上がって……馬鹿なのではないかと思う。

 

 胸が酷く痛み、涙が零れ落ちそうになる。モンスターの攻撃を受けた時の痛みとは違う。親友が急に眼の前からいなくなった時の痛みともまた違った。

 

 今感じている痛みは嘘であって欲しいと願うばかり。これが“本当”だと信じたくない。これまで経験した悲しみや苦しみを遥かに超え、しかも悲しみや苦しみがごちゃ混ぜになっていく。

 

「ヴォルフ、まだ起きてる?」

 

 ふいにドア越しから聞こえてくる声。気遣わしげで少し心配そうな語調で彼女が訊ねてくる。

 

 何と反応すればいいのか、どんな顔をして会えばいいのか分からず、息を潜めてただじっとドアの方を見つめていた。

 

「もう寝ちゃったか……」

 

 諦念(ていねん)の声色でリズベットは言葉を発し、少し遅めの足取りで足音を立てながら遠のいていく。

 

 彼女がいなくなったと感じた時に、大きく息を吐いて、ヴォルフは天井を見上げる。年季が入っているものではないが、それなりに古びており、ホコリや蜘蛛の巣がちらほらと目に付く。

 

「……寝よう」

 

 悶々とした気持ちが晴れないまま横になり、眠気が襲ってくるまでずっと天井を仰いでいた。寝て起きたら、いつも通りにしよう。今抱えている想いはなかった事にしようと思いながら。




 オリ主×既存ヒロインなんだから、イチャイチャの甘々シーン全開なんだろうなって期待して読んでいる方、本当にすみません。

 ヒロインがオリ主の心をぶっ刺していくし、何か失恋に近い状態になっちゃったし……巻波って奴は、こうして書くのが楽しい奴なんです。
 そもそもガチのイチャイチャシーン書けないし、書いている最中に拒否反応を起こして死にかけたレベルに自分のラブコメ文章が読めない。

 さて、ヴォルフはどう行動するのか……乞うご期待。

 次回は8月18日を予定していますが、投稿時間についてはアンケートで最も多かった時間帯で流します。

 では、この辺りで筆を休めます。
 変わらず、感想の方、お待ちしておりますので良ければ一文だけでも。
 次回もお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:告白

 朝方、目を覚まして支度を済ませ、居間に向かうとリズベットやアキレアが既にいた。アキレアは料理スキルがこの中で最も高い為、台所を担当しており、現在朝食の調理している。

 

「おはよう、昨日は眠れた?」

 

 お茶を淹れながらリズベットは快活な調子で質問を投げかける。まだ夜中の事を気にしているのか、桃色の瞳はどこか心配そうに揺らめていた。

 

「ああ、眠れたよ……心配かけちゃったね」

 

 ヴォルフもできるだけ平静を装い、努めて穏和な語勢で言葉を返す。テーブルの支度を手伝い、準備を整えるとゆったりとした動作で椅子を引き、席に着く。なるべく普段と変わらないようにと、心に巣食っている悶々とした気持ちを抑えながら。

 

「あんたが元気なら何よりだわ」

 

 いつも通りの様子だと見て取れたのか、リズベットは安心しきった顔で言う。「今日もビシバシ働いてもらうからね」快活に笑いかけては、強気な語勢で言葉を紡ぐ。

 

 彼女の言葉に、ヴォルフはただぎこちなく苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

「リズさんと何かあったのですか?」

 

 朝食や開店準備が終わった後、素材採集も兼ねて、スキル上げの為にヴォルフとアキレアは五十四層のフィールドを探索していた。戦闘がない落ち着いた時間に、アキレアが唐突に口を開き、眼鏡のレンズ越しの黒瞳は不安げに見上げる。

 

「へっ!? な、何にもないよ!?」

 

 いきなり訊ねられて、気が動転しながらも平静を努めながらヴォルフは返答した。片想い中の相手に好きな人がいて、落ち込んでいた――なんて言ったら、噴飯物(ふんぱんもの)間違いなし。それにまだ自身の気持ちを持て余してしまい、整理が付いていない。

 

「そうですか……今朝、リズさんに対する態度が少しぎこちないように見えたので、てっきり……」

「いやいや、大丈夫だよ。ごめんね、何か心配かけちゃって」

 

 愁眉(しゅうび)を寄せていくアキレアをなだめようと、ヴォルフは柔らかい語勢で言葉を発する。同時に今朝の様子を見て、何かに気付かれてしまったかと忸怩(じくじ)たる思いが込み上げていく。上手く隠していたつもりでも、バレてしまったかと。

 

「……ヴォルフさんが悩んでいる事と全然関係ないですけど、私にも悩みがあるんです」

 

 彼の言葉を聞いてもまだ眉根は寄せたままのアキレア。少しだけ間を開けた後、おもむろに口を開き、真剣な眼差しで顔を合わせる。黒の双眸(そうぼう)はこれまで以上に悲愴(ひそう)な決意を宿し、強くも悲しげに光瞬いていた。

 

「悩み? 俺で良ければ、聞くけど……?」

 

 目を丸くさせ、驚嘆しながら承るものの、今までの自分の経験からそこまで胸を張れるようなものがない故に「アドバイスとかはできないかもしれないけど」と弱気な言葉を付け足してしまう。

 

「解決自体は自分でしなくちゃいけないので、お話を聞いてくださるだけでも充分です」

 

 弱気なヴォルフに、アキレアは柔らかく微笑み返して、黒の双眸を細める。そして大きく一息吐いた後、悩みを口に出していく。「私には憧れ……通り越して恋している人がいるんです」重々しく紡がれた披歴(ひれき)は、悲愴な色を表していた。

 

「強くて、優しくて……閃光のように駆け抜けるあの人にいつしか目を奪われていました」

 

 一つ一つ丁寧に発せられる言葉に、ヴォルフはだたじっと耳を傾けるだけ。彼女の想い人は、この前話していた時から察していたが、より強く確信した。同時に、自身の心も似たような境遇だと騒めき出す。

 

「その人を見る度に胸が高鳴り、そして騒めき出すんです」

 

 頬を上気させながらも黒瞳は今にも泣き出しそうなくらいに歪められ、彼女の悲痛な想いを懸命に表しているかのよう。

 

 ヴォルフも意中の相手を見た時の事を思い出し、つられて泣きそうになるが何とか堪えて、アキレアの話に注聴(ちゅうちょう)する。

 

「憧れだと思っていたんです。けれど、あの人の笑顔を見る度に胸が苦しくなっていくんです」

 

 自分もそう思っていた。そうだと感じていたと共感しながら続きを聞く。「これを“恋”と呼ばずに、何と呼ぶんだろうと……」アキレアの言葉は徐々に熱を帯び、より痛ましさを増しながら継がれる。「だから、私は盾と剣を使って傍にいようと努力しました」力強い語勢とは裏腹に、彼女の表情は苦悶に満ちていた。

 

「けれど、その人には好きな人がいたんです。黒くて、何もかもを切り裂く剣士が」

 

 悲愴な声色で語るアキレアの目尻には、薄っすらと涙が溜まっていく。声音が力を失い、段々と震え出しながら、次の句を継ぐ。

 

「私がやってきた事は無駄だったんだろうかって、その時は本当に苦しみました」

 

 今抱えている胸の痛みは彼女も感じているものなんだと、ヴォルフはようやく気付く。いつも自分は周りを見ていない。なんて、ちっぽけな人間なんだと自嘲の念が次に押し寄せてくるのを感じて。

 

「でも、その人の笑顔を見る度に自分がやってきた事は無駄じゃないって思えたんです」

 

 静かに笑みを湛えて、「私は決めました。その人を幸せにすると……」アキレアは悲壮(ひそう)な決意を口にする。

 

「例え、彼女の傍にいなくとも、彼女が好きな人と添い遂げられるように」

 

 重々しい響きながらもどこか吹っ切れたかのように、爽やかな風が通っていく。浮かべている笑みもこれまで以上に清々しいものだった。

 

「それが私なりの告白です。大好きな人が笑ってられる未来があるなら、それでいいんだって」

 

 芯が通った力強い言葉。その重みは確かにヴォルフの悶々とした気持ちを打ち払い、一筋の光を照らし出す。

 

 今ここにある“本当”の気持ちを否定したくない、今まで感じた熱を否定できる訳がない。前からあったじゃないか、誰かの願いを叶える為に手伝うという答えが。

 

「アキレアさん……」

「すみません、こんな事を滔々(とうとう)と語ってしまって……」

「大丈夫だよ。話してくれて、ありがとう」

 

 意中の相手に対する想いを前向きに認めて、ヴォルフは穏和に笑いながら告げる。「話を聞いて俺も決心したよ……イベント戦、頑張ろうね」誰かを幸せにしたいという願いが今目の前にある……それを叶える手伝いはできるはず。

 

 例え、意中の相手が自分ではない他の誰かの隣を願ったとしても――悔いが残らないように、力になりたいという希求がハッキリと芽生えていくのを感じながら。

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 アキレアも口元を優しく緩めて、黒の双眸に力強い決意の光を秘め、言葉を返した。

 

 

 

 

 夜中、街中がしんと静まり返った時間帯に自室でベッドに腰かけていたヴォルフは、改めて胸中に抱えているものを思い返す。

 

 本人の前では決して言えないのだが、彼女に惹かれている自分がいる。鍛冶場で作業している時の真剣な横顔、快活に笑いながら誰よりも真面目で、他人が悩んでいる時は手を差し伸べてくれる優しさ。

 

 夜中二人きりで話している時が何よりも楽しい。どうしても眠れなかった時に彼女と話していたら、無茶をしてきた心が安らぎを感じて、落ち着きを取り戻していた。

 

 彼女と一緒にいる時が一番心地いい。手を繋いだ温かさは、自分達が確かにここにいるという証明にもなって、また一つ“本当”はあると信じられるようになった。

 

 思い返せば、思い返す程、やはり自分は彼女の事が好きなんだと自覚する。だからこそ、自分の気持ちに正直になりつつ、彼女が笑えるような未来を手伝いたい。

 

 大きな息を一つ吐いて、こげ茶の双眸に決意の光を強く宿す。伝えに行こう――剥き出しになった“本当”を抱えながら、ヴォルフは部屋を出て、リズベットがいるであろう居間へと足を運んだ。

 

 

 

 

 居間に入るとリズベットが温かいお茶を飲みながらくつろいでいた。「あ~……昨日の事、ごめんね?」ヴォルフが部屋にやってきた事に気付くと、申し訳なさそうな笑みで迎える。

 

 ヴォルフは首を横に振って、「リズさんが原因じゃないから」と言いつつ、彼女と対面するように椅子に座った。手元には自分が来る事を予想していたのか、既に温かいお茶が置いてある。

 

「やっ、何か変な事言っちゃったかもって……ほら、ちょっと話もあれだったし」

「それは俺も同じだよ。無遠慮であんな事訊いちゃったからさ」

 

 まだ仄かに湯気立っているお茶に口を付けた後、「お互い様ってヤツだよ、きっと」双眸を緩やかに細めて、穏やかに笑い返す。ちょっとだけ熱いお茶が喉元を通り、余計な言葉を焼いていくような感覚が胃に届いていく。

 

「まぁ、あんたがそれでいいってなら、別にいいけど……」

 

 乱雑にピンクの頭髪を掻き、愁眉を寄せたままリズベットは視線をヴォルフから逸らす。「一応、弟子の悩みを聞くのが師匠の役目だし……」口を尖らせて生真面目な口調で言葉を吐いた。

 

 あまりの生真面目な彼女の声音に思わず噴き出してしまい、「俺、いつの間に助手から弟子になったの?」ヴォルフは穏やかに笑い声を立てる。

 

 確かに主従関係なのだろうけど、弟子入りした覚えはない。けれど、彼女がそれだけ自分の事を大切に想ってくれている事には嬉しさが込み上げてくるばかり。

 

「何よ、それだけ元気なら心配して損したわ」

「ごめんごめんって、まさかここまで真剣に考えてくれているとは思わなくてさ」

「手伝わせるって言ったの、あたしだし、それなりの責任があるに決まっているでしょ」

 

 不機嫌そうに眉を(ひそめ)め、リズベットの語勢が真面目なトーンを保ったまま段々と荒くなっていく。

 

 店主としての責任感と元来の真面目さが織り交ざった言葉に、ヴォルフは嬉しさを(うち)に秘めながら柔和に笑う。「本当、リズさんは真面目だね」安堵したように嘆息を吐きつつ、「責任感のある店主さんで良かったよ」落ち着いた声色で述べながらもの柔らかな笑顔でさらに言葉を継いだ。

 

「べ、別にそこまで真面目じゃないわよ」

 

 のどやかなに紡がれた言葉に、照れ隠しするかのようにまた口を尖らせながら否定の句を述べる。「あたしよりも責任感のある人間は、いっぱいいるし」そこまで自分は特別じゃないと言いたげに、桃色の双眸が鋭く細められていく。

 

 これまでリズベットと一緒に仕事をしてきたから分かるのだが、彼女ぐらい真面目な職人は今まで見た事ないとヴォルフは苦笑いしながら振り返る。皆、真面目に熱意を持って仕事をしているが、彼女はそれ以上だと感じている程だ。

 

 またほぼ見ず知らずの人間を泊める事を許す程、ここまで面倒見のいい人間もいないと思う。普通は泊めないと思うのだが、店を手伝う事を条件だとしても無償で宿泊させてもらえるなんてあり得ない事だろう。

 

「そうかな? 俺はリズみたいに、とことん鍛冶に打ち込んでいる人は見た事ないよ」

「ま、まぁ、あたしにはそれぐらいしかできないからね」

「それでも充分だよ。一つの事を極めようとしている事は本当に凄い事なんだから」

「あんたに言われちゃ、何かむず痒いけど悪い気はしないわね」

 

 変わらずリズベットは不機嫌そうな表情を浮かべているが、心なしか口元が緩んでいる。声音も僅かに弾んでおり、嬉しく思っているのだろう。

 

 彼女の表情から何となく察して、ヴォルフは失礼な事を言っていないようで良かったと安堵の笑みを漏らす。やはり彼女と言葉を交わす時間が、最も心が温かくなる。昨夜はあんなに“本当”であって欲しくなかったと、願っていたのに。

 

 けれど、否定しきれない。信じたいと強く願う自分が確実にいる。だからこそ、今想いを一つだけ吐き出そうと決めた。

 

「その、ちょっといいかな?」

「何よ?」

 

 話柄が唐突に切り換わった事を機に、リズベットは体の向きを正面に直し、少しだけ眉根を寄せてヴォルフを見つめる。

 熱誠(ねっせい)な桃色の瞳をしっかりと焼きつけ、ヴォルフは勢いよく彼女の右手を両手で包み込んで握り締めながら、真剣な眼差しを向けて決意の言葉を紡ぐ。

 

「これからも君の事を手伝わせて欲しい」

 

 店の手伝いはもちろんの事、彼女が好意を向けている人と一緒に笑っていられるように背中を押すという意味を含めて。

 

 ヴォルフの告白に最初意味が分からなかったらしく、リズベットは鳩が豆鉄砲を食ったように目をしばたたかせて、呆然としていた。やがて、意味を理解したかのように固まった表情を氷解(ひょうかい)していくと、噴き出して哄笑(こうしょう)し始める。

 

「それ、今大真面目に言う事?」

「い、今大真面目に言う事だよ。……そこまで笑う事ないだろ」

 

 恥ずかしさのあまり、ヴォルフは顔が赤くなっていくのを感じながらリズベットから目を逸らして、珍しく不機嫌そうな声音で呟く。顔だけじゃない、体全体が熱くなる。多分きっと茹でたタコのように赤くなっているのだろうなと思いながら。

 

「いや、ごめん。あんたが物凄く真面目な顔をするから何かと思ったら……」

 

 普段温厚に話す彼が、珍しく拗ねている表情を見せている事に苦笑いしながら、「そういうのは、ここでする顔じゃないでしょ?」リズベットは少しだけ呆れの調子を交えながら真面目な声音で返答する。

 

「そ、そりゃ、そうだけど」

 

 一世一代の告白のつもりでいたから、何か上手く伝わっていない事に少しだけ落胆。言った言葉が、どう聞いても告白という感じではないだろうし、大真面目に言ったのだから笑われて当然か。

 

 しかし、奇妙に真剣に返されるよりかは、笑い飛ばしてくれた方が心は楽だとも感じていた。少しだけ期待していた自分に対して忸怩たる思いが湧いてくるが、その笑い声を聞いて少しだけ払拭できた気がする。

 

「でも、驚いたわ。まるで好きな子に告白するみたいな感じで真剣な顔をするんだから」

「あはは、えっと、もしかして期待してた?」

 

 穏やかに笑いながら恐る恐る訊ねてみると、リズベットの頬に朱色が差す。「ば、バカね! そ、そんなんじゃないわよ!」さっきの豪快な笑いから一変、今度は言葉尻が荒くなっていく。予想外な一言を聞いたかのように。

 

「あ、あんたの事は嫌いじゃないけど、そういう意味じゃないからね!」

 

 鋭い剣幕でまくし立てながら、彼女の頬はさらに赤く染まっていくばかり。「あくまで助手とか人間的によ! いいわね!」語気を荒々しくしつつ、強く念押しの言葉を吐き出した。桃色の双眸はいつになく鋭利に細められている。

 

「分かっているよ。信頼してくれているようで良かったよ」

 

 もう一度、ヴォルフは安堵のため息を吐く。告白の真意が伝わったかどうかよりも、彼女に信頼されている事への嬉しさが勝り、先程の落胆など忘れてしまった。我ながら単純だなと思いつつも、好きな人に、どんな形であれ信頼されている事を喜ばずにはいられない。

 

「まっ、あんたの働きぶりは信頼できるからね」

 

 まだ頬に赤みを帯びながらも普段通りの快活な笑みを浮かべ、「だから、ここにいる間はビシバシ働いてもらうわよ!」リズベットはこげ茶の瞳をしっかりと見つめながら明るい語調で言ってのけた。

 

「ああ、俺で良ければ、いつでも力になるよ」

 

 ヴォルフもつられて温厚な笑みを湛えて、言葉を返す。その意に嘘偽りはない、“本当”だと熱を込めながら。

 少しの空隙(くうげき)、神妙な顔つきでリズベットが考え込むかのように俯き、「あんたばっかりだと不公平だし、あたしの話も少ししようかな」やや硬い声音で言葉を発した。

 

「いやいや、別に大丈夫だよ。俺は問題ないし」

「でも、何かあんたばっかり繊細な話しているんだから、あたしも少しは話さないと……何か申し訳ないのよ」

 

 本当に申し訳なさそうに、罪悪感に駆られたかのように相好(そうごう)を硬くするリズベットを見て、「……君がそう言うなら……俺で良ければ、聞くよ」ヴォルフは一度目を軽く閉じて気持ちを落ち着かせる。そして、こげ茶の双眸に強い光を宿しながら彼女の顔を真剣な眼差しを向けた。

 

「……あたしもさ、好きな人いたのよ」

 

 一呼吸置いてから、リズベットはおもむろに口を開く。「あんたが言っていた“黒の剣士”って奴なんだけど」いつになく声音が震えており、「でもさ、そいつの事が好きな人が他にもいたのよ」ヴォルフが握っている手からも震えが伝わってくる。

 

 彼女の頬は依然上気していたが、桃色の双眸は恋慕(こいぼ)を秘めつつも悲しみや悔恨に似たような色を混ぜて、複雑な光を灯して揺れていた。

 

 初めて見た苦しそうなリズベットの相好に、ヴォルフはただ言葉を失うばかり。彼女も年頃の女の子だから誰かに恋して当然だと思っていたが、まさか自分と似たような苦しみや痛みを抱えているとは思わなかった。

 

「それがあたしの親友。ほら、この間、アキレアといたでしょ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、頭の中で全てが繋がった。と同時に、何とも居たたまれない気持ちが襲ってくる。リズベットは“黒の剣士”で、アキレアは“閃光”にそれぞれ恋をして……でも、二人はアスナの為を想って身を引いた。

 

 聞いているだけで当事者かのように胸が苦しくなっていく。何と言葉をかけていいのか分からない。ただ次の言葉を待つ為に、彼女の顔をじっと見つめるだけ。

 

「どう見てもお似合いだし、親友の幸せを願わないなんて人として廃るでしょ」

「リズさんは……それでいいの?」

 

 おもむろに開口して出した言葉は、決めた事への納得をしているのかの疑問。こげ茶の双眸は()いを湛えて、覿面(てきめん)の少女をただ見つめるだけ。握り締める両手は、少しだけ力を強めていた。

 

「いいのよ。あたしは、あいつを危険に晒しちゃうからさ」

 

 諦観(ていかん)したかのような表情でリズベットは嘆息を吐く。「それにさっきも言ったけど、親友の幸せを願ってなんぼでしょ」諦念(ていねん)していた顔が嘘のように相好は崩れ、勝ち気な笑みを浮かべて、力強い語勢で告げた。

 

「それならいいけどさ……」

 

 眉尻を下げて、困惑や落胆が入り混じった複雑そうな表情で呟くヴォルフに、「もう、辛気臭い顔しないの!」リズベットは明るい口調でたしなめ、言葉を継ぐ。「まぁ、あたしが暗い話しちゃったのが悪かったけど」桃色の双眸を穏やかに細めて苦笑すると、一瞬だけ目を逸らして考え込むと再びこげ茶の瞳を見つめて口を開いた。

 

「もしかしたら、あんたにも手伝ってもらうかもしれないけど……」

「それぐらいお安い御用だよ。君には返しても返しきれない程の恩があるぐらいだし」

 

 どうであれ彼女の力になれるなら、それで充分。ヴォルフはいつもの柔和な笑みを浮かべつつも、穏やかで強勢な口調で返す。自分の手より小さいのに、たくさんの武器を鍛えてきた職人の手から勇気をもらいながら。

 

「もう、大袈裟なんだから。あたしだって、あんたには充分助けられているわよ!」

 

 呆れたように笑いながらリズベットは「んじゃ、今日はこれでお開き!」と言って立ち上がろうとするが、自分の右手がずっと握られている事に気付き、「ヴォルフ……手」何とも言えない当惑した表情で離すように目配せをする。

 

 忘れていた訳ではないものの、ずっと握っていたという事実にまた顔が熱くなるのを感じながら「ごめん」と告げて、ヴォルフは両手を離した。まだ両手には温もりと柔らかい感触が残っている気がした。

 

 

 

 

「明日イベント戦に挑むんだから、寝坊しないでよね!」

「分かっているよ。ちゃんと起きるって」

 

 片付けをした後、居間を出た二人は廊下で言葉を交わす。そして「おやすみ」の句を告げると、リズベットは踵を返して自室の方へと戻っていく。

 

 その背を見届けながらヴォルフは、誰の耳にも聞こえないように小さく告白する。――俺は君が好きなんだよ。静かに時が流れている間で、放った言葉は夜の静寂の中に溶け込んでいくと信じていた。

 

 けれど、リズベットの耳には届いていたらしく、少しだけ目を丸くしながら「何か言った?」振り返ってヴォルフの方を見つめる。

 

「い、いや何も。明日、一緒に頑張ろうね」

 

 中途半端に音が響いていた事に忸怩たる思いが胸中に込み上げてくるのを抑えつつ、ヴォルフは穏和な笑顔で桃色の瞳を見つめ返した。あの話の後に、今の言葉は流石に聞かれたくない。何だかズルイような気がするから。

 

「ええ、期待しているからね!」

 

 元気よく返答したリズベットは、そのままヴォルフに背を向けて自室の方へと姿を消していく。小さな背中を見送った後、ヴォルフも「俺も頑張らなきゃ」と口の中で決意の言葉を呟き、自分の部屋に戻って寝床についた。




 ……え? 何でこんなに近づけないんでしょうね?
 というより、抱えている想いが重たい……重たいんだけど、うちの子()

 それはさておき、次回からイベント戦に挑みます。久々の戦闘シーンです。
 ……果たして、ヴォルフ達は無事に生還できるだろうか?


 次回は8月19日の18時を予定しています。何もなければ、明日も無事に投稿できると思っています。

 では、今回はこの辺りで筆を休めたいと思います。
 感想の方、お待ちしております。
 次回もお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話:白骨の勇将

 朝日が昇り、街を照らし出して人々を活気づける。リズベット武具店も例外なく朝から活発に動いているが、今日はいつもと違う。開店準備はされず、店の前でヴォルフとアキレアが装備を整えて、まだ準備中の店主を待っていた。

 

「昨日はよく眠れたかい?」

「私は大丈夫です。ヴォルフさんの方こそは、どうですか?」

「俺も寝れたよ。おかげで目覚めもスッキリしたよ」

 

 待っている間、二人は他愛のない会話を重ねていく。涼やかな風が通り抜け、街が少しずつ賑々(にぎにぎ)しくなっていくのを肌で感じながら。夜中の森閑(しんかん)とした静けさなどすぐ塗り替えられていくかのよう。

 

「大分落ち着いていますね」

 

 アキレアが安堵の笑みを零しながら言葉を発し、「悩みが解決したようで良かったです」改めてヴォルフと顔を合わせる。黒の瞳は優しげな光を灯し、穏和に細められていく。彼の抱えていた悩みを見透かすかの如く。

 

「当分は上手く伝えられそうにないけどね」

 

 苦笑いをしつつ、ヴォルフは穏やかな語調で言い返す。結果はどうであれ、昨日の夜に自身の想いを言葉に表せたのは大きな一歩だろう。彼女の胸中(きょうちゅう)を聞いて、まだ整理がついていないところがあるが、それでも心は軽くなった気がする。

 

「……申し訳ないですけど、そんな気がします」

 

 彼女もまた苦笑で浮かべて、素直に心中を披歴(ひれき)。直後、俯き加減になり、眼鏡越しの黒瞳が鋭くなっていく。「……ヴォルフさんが奥手なのは分かっていましたけどね……」微かに漏れた言葉は刺々しく、普段の彼女とはかけ離れた冷たさを含み、「……リズさんも鈍感なのではないでしょうか……」呆れを交えたものだった。

 

「えっと? アキレアさん?」

 

 目の前の少女から発せられる冷気のようなオーラに、ヴォルフは困惑しながら声をかける。何を言っているかまでは分からなかったが、確実に何かを言っているのだけは分かった。雰囲気的に、何か良からぬ事を言ってしまっただろうか。

 

「へっ!? 今、何か口に出してました?」

「あ、う、うん。そんなに聞こえてなかったけど、何か言っていたよね?」

「き、聞かなかった事にしてください! た、単なるひ、独り言ですから!」

「あ、うん、分かった?」

 

 慌てようから聞かれたくない内容なのは察したものの、すんなりと納得できるものではないから、了承の意に疑問符がついてしまう。覿面(てきめん)の少女も当惑しているし、ヴォルフ自身もどう受け流せばいいのかが分からない。

 

 二人それぞれ困惑しているところに、「お待たせ。ちょっと準備に手間取って悪かったわね」とリズベットが姿を現す。

 

 そして二人の間に流れている微妙な間に目を丸くして、「何かあったの?」何気なく訊ねる。当事者達は苦笑いをして、何でもないという意を伝えるだけ。

 

 リズベットはヴォルフ達の顔を交互に見て、これ以上言及はしなかったものの、「ここにあの子がいたら、あんた一発もらっていたかもよ?」とこげ茶の双眸(そうぼう)を見つめて笑いかけた。

 

「……かもしれない。あれだけは勘弁して欲しいなぁ……」

 

 話題に挙がった子は、恐らく自分の隣にいた青髪の少女だろう。というより、殴られたところを目撃している事を踏まえれば、彼女と一緒にいる時しか考えられないのだが。今でも思い出すだけで、後頭部に鈍い痛みが走る感じがする。

 

「というか、よく覚えているね」

「流石にあんなキツイの、目の前で見せられたら、嫌でも目に焼き付くって」

 

 露店で商売していたリズベットと出会った時、ちょっとしたからかいが起因し、彼女の眼前で思い切り拳骨を後頭部に受けた。その時の音は鈍く重く響いた程。しばらく頭を抱えていたのは今でも忘れられない。

 

「それぐらい凄い一発だったんですね……」

 

 詳しい内容は知らないアキレアは、リズベットの嘆息やヴォルフの苦々しい表情から察したらしく、引きつった笑みを浮かべた。ヴォルフも何も言葉を返すができず、乾いた笑いを立てるだけ。

 

 話が一段落したところで、「じゃ、行こうか」ヴォルフが呼びかけるが、「ちょい待ち」とリズベットが制止の声を上げる。「あんたには、とっておきの物を用意したから」不敵に微笑む彼女に、ヴォルフはただ首を傾げるしかなかった。

 

 装備品としては別に問題はないだろう。ハルバードは確かに古いけども、まだ壊れる感じでないし、威力だってそれなりに出る。だから、彼女から何を渡されるのかが予測できない。

 (いぶか)しげに眉を(ひそ)めるヴォルフの反応に、満足げに笑いながらリズベットは建物の陰から一本のハルバードを取り出す。

 

 鋭くも肉厚な刃、どんなものでも貫きそうな穂先、何かに引っ掛けてもヴォルフの体重すら支えてしまいそうな鉤など機能部だけでも充分に大業物(おおわざもの)だと判断できるぐらいの力強い輝きを放っていた。装飾という装飾は見当たらないが、それ故に質実剛健な機能美という別種の美しさが際立つ。

 

「いいの?」

 

 あまりの代物にヴォルフは鳩が豆鉄砲を食ったように目をしばたたかせるだけ。これだけ剛健なハルバード、店で売るとしたら、それなりの値がつくのが目に見えて分かる。だからこそ、タダでもらっていいのかと、躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

 

「何でそこで戸惑うのよ。あんた以外に使える人いないでしょうが」

 

 あっけらかんと言い放つリズベット。「給料分として受け取ればいいのよ」愉快げに喉を鳴らして、ハルバードを手渡す。桃色の双眸は確かな信頼を寄せるかのように力強い光を宿しながら、穏やかに細められていた。

 

「なら、ありがたく給料をいただきます」

 

 ヴォルフも冗談めかした調子で言い、新しいハルバードを受け取る。装備を変更して前のものをストレージにしまい、改めて受け取ったハルバードを握り締めた。新品だというのに、何年も使い込んだかのように手に馴染んでいく。

 

 軽く振るっても違和感を覚えない。彼女の技量には感嘆するばかり……また一つ恩を返さないと内心決意する。

 

「このハルバードの名前って、決めてあるんですか?」

 

 アキレアがハルバードをじっくりと観察した後に口を開き、製作者は「ないわ」と首を横に振って意を示す。

 

「まぁ、持ち主に決めてもらうのが、一番でしょ」

「と言っても、全然名前がなぁ~……」

 

 今から決めろと言ってもすぐには思い浮かばない、ヴォルフが名前決めにうんうんと(うな)っている隣で、「それならこんなのはどうでしょう?」何かを思いついたかのようにアキレアが明るい口調で切り出した。

 

「トルエノブリーチ……雷の突破口という意味の名前なんですけど……」

 

 話を聞いているヴォルフとリズベットは目を丸くしながらも、どういう由来なのだろうかと各々の言葉で訊ねる。

 

 説明する本人は、黒瞳をこげ茶の双眸と合わせて、緩やかに口の端を上げながら返答していく。

 

「ヴォルフさんって、雷みたいに大きな声を出して、重い一撃を浴びせるのでピッタリかなと」

 

 彼女の言葉で、ヴォルフは自身の戦い方を振り返る。確かにかなり大声を出している気が……否定はできないと思いつつ、“雷の突破口”という意味が気に入り、穏やかな笑みで言葉を返す。

 

「うん、それがいいかな。ありがとう、アキレアさん」

「いいえ、お役に立てたなら幸いです」

 

 嬉しそうにアキレアは笑い、安堵したような嘆息を吐く。黒の双眸はいつになく細められ、静かに喜びを噛み締めているかのよう。

 

 ようやく話が決着した頃合い、リズベットが威勢よく「今日は気合い入れていくわよ!」と掛け声を立て、残りの二人もつられるように明るい語勢で返事した。

 

 

 

 

 三人は今回のイベントの舞台となる五十七層の洞窟内を歩いていたが、骸骨の兵士――スケルトン・ソルジャーと遭遇してしまい交戦する羽目に。

 動きは緩慢だが数で押し寄せてくるスケルトン・ソルジャー達。けれど、そう簡単に遅れを取るメンバーでもない。

 

「せいやぁぁぁぁ!」

 

 先行してリズが複数の兵士達の頭部を軽々と砕き、メイスに赤色の光を(まと)わせたら、地面に叩きつけ周囲のスケルトン・ソルジャー達を一気に蹴散らしていく。

 

 大量の硝子片が降り注ぐ中をアキレアが悲鳴を上げつつも、硬直中のリズベットを守るように盾で緩慢な剣撃を(さば)き、片手剣を閃かせて確実にスケルトン・ソルジャーの首を断ち切る。

 

 半狂乱状態ながらも冷静にモンスターを硝子片に変えていく彼女の背後、鬱金(うこん)の影が持ち前のパワーで後ろから攻め立てる骸骨の兵士達を一撃で粉砕していく。

 

 盾を持っているスケルトン・ソルジャーだが、彼の重い一撃の前では意味を為さず、腕ごと砕かれると脳天に振り下ろされた一閃で粉々になって硝子片に姿を変える。

 

 背後のスケルトン・ソルジャー達をあっという間に片付けたら、ヴォルフは鬱金の疾風となってアキレアの傍らを通り過ぎて先行。「バァァァーニィィィィング!」強勢な雄叫びと共に金茶の輝きを纏った銀弧を薙ぎ、覿面にいた複数のスケルトン・ソルジャーの体を一刀両断にした。

 

 硬直状態が解けたリズベットがヴォルフの前に出て、「チェストォォー!」力強い気合いを発しながらメイスを的確に骸骨兵士の側頭部へ殴りつけ、陥没させてながら奥まで砕いていく。振り切った時には、硝子片が目の前に舞い散る。

 

 さらに右手側から迫る緩やかな突きを片手棍で弾き飛ばし、がら空きの胴に一撃を叩き込む。相手は盾で防ごうとするが、あまりにも動きが鈍重すぎた。背骨を簡単に粉砕されて、そのまま消失してしまう。

 

 メイスを振り回す彼女の背を守るように、動けるようになったヴォルフが立ち回り、ハルバードを豪快に振り下ろして相手の脳天を確実に粉砕。左手側から接近して剣を振り上げた兵士には、振り下ろす暇を与えぬまま頭部に穂先を突き刺し、素早く引き抜いて撃破する。逆から肉薄してきたスケルトン・ソルジャーに対しては、ハルバードの背を頭部に叩きつけて砕き、勢いよく青白い硝子片が弾け飛ぶ。

 

 その中を厭わずにアキレアが突っ込んでいき、怖いと甲高く叫びながらも片手剣を(はし)らせて、次々と骨を断ち切っていく。緩慢な剣撃も盾で受け流す事なく紙一重で(かわ)して、相手が反応できない俊敏な突きで頭部を破壊する。

 

 最後の一体もアキレアが難なく撃破して、辺り一面は元来の静けさを取り戻していった。

 

 

 

 

「はぁ~、何とか片付いたわね」

「お疲れ様……と言っても、まだ先は長いけど」

 

 戦闘が終わった事への嘆息をリズベットに労いの言葉をかけるヴォルフ。傍らで散々悲鳴を上げていたのにも関わらず、息一つも切らしていないアキレアにも「お疲れ様」と声をかける。

 

 洞窟の奥は暗く、先を見通せない。これからも何度かモンスターと戦闘をするのだろうと、ヴォルフは料簡(りょうけん)を立てながら奥を見つめていた。

 

「あんたもね。元とはいえ、流石は攻略組……あたしは二人の背中を追うだけ精一杯よ」

「いえいえ、そんな事ないですよ。リズさんも私達に負けないぐらいでしたよ」

「そういうアキレアは疲れてないでしょ? あたしはちょっと疲れているのよ」

「それはソードスキルを使ったからじゃないかな? この中で範囲攻撃系使ったの、君だけだし」

 

 ヴォルフに言われて、「言われてみれば……」とリズベットは思い返して、納得したかのように頷く。「この中だとあたしが先陣切らないといけねいしね」メイスを肩に担ぎつつ、開き直ったかのように勝ち気な笑みを浮かべる。

 

「あの……無理だけはしないでくださいね?」

「分かっているわよ! あんた達もあんまり無茶しないように!」

 

 彼女の言葉にヴォルフは穏やかに笑って首を縦に振るが、傍目でアキレアが「本当に大丈夫かな……」と愁眉を寄せて呟いたのを見逃さなかった。呟いた時にはリズベットは既に背を向けて先に進んでいた為、アキレアの言葉は届いていなかった様子。

 

「きっと大丈夫だよ」

 

 不安を払拭する為に、ヴォルフはそっと耳打ち。できるだけ活気よく歩いている意中の少女に気付かれないように。

 

「だと、いいですけど……リズさんもリズさんでお人好しですだから」

 

 まだ憂いが晴れないのか、アキレアは眉根を寄せて嘆息を吐きながら言葉を継ぐ。「だから、この間も私が動けない中、あんな数を一人で相手して……」黒の双眸はいつになく不安そうに揺れており、心配そうに赤い背中を見つめていた。

 

「あはは、俺もいるし、いざとなれば囮になるからさ」

「それもそれでどうかと思いますけど……」

 

 彼女が放ったか細い一言に、ヴォルフはただ苦笑いをするしかない。誰にも無茶して欲しくない気持ちは痛い程、分かるから。

 

 

 

 

 しばらく探索して幾度か戦闘を繰り返し後、重々しい扉の前に辿り着く三人。扉の奥からは(あや)しげな雰囲気が漂い、あたかも強敵が待ち受けている様子が見て取れる。

 

「二人とも、いいわね?」

 

 リズベットの問いかけにヴォルフとアキレアは意を固めたように力強く頷き、戦意がある事を示す。リズベットも彼らの反応を確認した後、「んじゃ、気合い入れていくわよ!」と言いつつ、重厚な扉を開ける。

 

 扉は重そうな響きを立てながらも、見た目や音に反して軽々と動き、部屋の奥へとプレイヤーを招き入れるかのように開け放たれていく。

 

 部屋の奥には、紺色の詰襟に身を包み、軍帽を深めに被っては左腰にはサーベルを携えた白骨の兵士が(そびえ)え立っていた。

 

 軍服の装飾は自身の武勲を示すかのように、数々の勲章が左胸で輝きを放つ。しかし、その輝きは過去の栄光とも言えよう。

 

 背丈は百九十近くあるヴォルフよりも遥かに高く、二メートルぐらいは優にあるだろう。ボスモンスターとしては小柄な方かもしれないが、それでも充分すぎる程に大きい。

 

 部屋の周囲は壁に立てかけられた蝋燭台の蝋燭に紫の火が(あや)しく灯ったのと、石柱が規則正しく立てられている事ぐらいしか目立った特徴はない。シンプルに戦う事に集中したような造りだという事だろうか。

 

「あいつが今回のイベントボス……?」

 

 今までのスケルトン・ソルジャーとは違う異様な雰囲気に、リズベットはアキレアに目配せしながら訊ねる。

 

「ええ、間違いありません。あれこそが、イベントボスです」

 

 情報と照らし合わせながらなのか、アキレアの目つきはいつになく鋭くなり、口調も鋭利になっていく。「七月に甦る革命の亡霊……ブレイブ・スカルジェネラルです」ボスモンスターを睨めつけるかのように見つめて、その名を呼ぶ。

 

「あれが、今回のイベントボスか……手強そうだね」

 

 説明を聞き、ヴォルフも顎を引いてハルバードを構える。この前聞いた情報が正しければ、恐らく相手は手下を召喚してくるはず。まずはそれらを手早く叩き潰さないと、攻略が厳しいだろう。

 

 こげ茶の双眸は普段の温厚な眼光を潜め、力強くも鋭利な戦意を宿して、正面を見据えていた。

 

 両陣営が静かに睨み合った僅かな空隙(くうげき)を経て、ブレイブ・スカルジェネラルはサーベルを引き抜き、頭上に掲げて周囲に紫炎をまき散らす。炎の中から生まれたのは、自分と似たような骸骨の兵士達。数はそれなりに多いが、どこか足取りが重い。

 

 だが、そんな事など気にしている暇はない。戦いの火蓋はもう切って落とされたのだから。

 

 先陣を切るのはリズベット。一番手近にいた一体に襲いかかり、相手が剣を振るう隙を与えず、自慢の得物を頭部に叩きつけて軽々と頭蓋骨を粉砕する。青白い硝子が飛散する中をさらに突っ込み、目の前に現れた兵士が剣を振り上げた瞬間に、胴にメイスを薙いで肋骨ごと胸骨や背骨を叩き折って葬り去った。

 

 突出した彼女の背を守る為に、アキレアが目尻に涙を溜めつつ後を追う。右手側から迫ってきた剣撃を難なく躱して、片手剣の刃を一筋閃かせ、命を刈り取る。続けて、覿面から突き出された槍の穂先を盾で捌き、素早く肉薄すると返しに頭部を突き刺す。

 

 手早く引き抜き、硝子片に姿を変えたのを確認したら、次なる標的を見定めて剣を振るう。再び命が飛び散った。

 

 最後尾のヴォルフは持ち前のパワーを思う存分に振るい、周囲のスケルトン・ソルジャーを蹴散らしていく。彼が豪快に一振りするだけで強風が巻き起こり、吹き飛ばされて多数の兵士達が壁や柱に衝突して姿を消していった。

 

 運良く強風の中を脱しても、ハルバードの肉厚な刃で頭部を切り裂かれ、背を打ちつけられては胴体を粉砕されて強風で屠られた仲間と同じ運命を辿るだけ。

 

 瞬く間に召喚されたモンスター達を全滅させると、三人はボスモンスターに向き合う。

 

 ブレイブ・スカルジェネラルは静かに佇み、サーベルを眼前に構えているだけ。自分から動こうとする気配はない。

 

「そっちがその気なら!」

 

 地面を強く蹴り出して、リズベットは懐に潜り込むように疾駆する。彼女の接近を阻もうとサーベルの銀刃が迫り立てるが、アキレアが盾でフォローに入った事により、未遂に終わった。

 

 大きな体と違えて力がないのか、アキレアは簡単に盾で受け流して体勢を崩していく。間隙(かんげき)を縫うようにリズベットが足元に辿り着き、脛に向かってメイスを振るう。流石に砕けはしなかったが、それでもスタンさせる事ができ、ブレイブ・スカルジェネラルは左膝と左手を地面につけて身動きが取れなくなる。

 

「ヴォルフ、今よ!」

 

 リズベットの呼び声に反応して、ヴォルフは鬱金の弾丸となり疾走して、その威勢を利用して地面を踏み切り高く跳び上がった。ブレイブ・スカルジェネラルの背丈よりも高く位置に到達し、ハルバードに大きく振りかぶり、両手斧ソードスキル――サンダーボルトを発動。

 

「グゥゥゥレイトォォォォー!!」

 

 黄金(こがね)色の輝きを刃に纏わせて、豪快に振り下ろした一閃は強勢な雄叫びが合わさり、まるで雷のよう。脳天目がけて奔る稲妻は、轟音を響かせて巨大な頭蓋骨と衝突する。軍帽を真っ二つに割るだけで、頭部に傷一つ付ける事ができなかった。

 

「思ったより硬いね」

 

 相手の間合いの外に着地して、ヴォルフは体勢を整える。リズベットもアキレアも一旦距離を取り、彼の近くに駆け寄った。「あんたの一撃でもそこまで減っていないって……これは骨が折れそうね」リズベットは辟易したように呟き、「速度や重さはあまりないですが、長期戦になるとこちらが不利です」アキレアは冷静に言葉を吐く。

 

 ヴォルフも長期戦は厳しいは目に見えていた。元々の人数の少なさもあるが、いくら相手の動きが緩慢といっても何度も繰り返せば、こちらが疲弊していくばかり。だからこそ、速攻で強打を叩き込む必要があるのだと改めて確信する。

 

「もう一回召喚される前に、畳みかけるわよ!」

 

 威勢のいいリズベットの声につられて、ヴォルフとアキレアの返事も強勢なものになる。そして再びリズベットが先陣切って、猛烈な勢いで肉薄していくものの、それを阻むかのように紫炎が地面に揺らめき立つ。

 

 苛立だしげにリズベットは舌打ちすると、炎の奥から出現したスケルトン・ソルジャーの頭部を軽々と粉砕して、消失させて前へ進む。左手側から迫る緩慢な剣撃を躱して、背後を取るように回って再びメイスを頭部に目がけて振るう。

 

 鈍い音と骨が砕ける音が混ざり合い、遅れて硝子が飛び散るような音が響き渡った。

 

 先行した彼女の後を追うようにアキレア、ヴォルフも続いていく。リズベットの背中を狙った鈍重な一撃をアキレアが白骨の中をすり抜けて防ぎ、ヴォルフが剣撃を放った一体をハルバードの背で殴り飛ばし、青白い硝子片が宙に舞う。

 

 相変わらず動きが鈍い白骨の兵士達。けれど、その間を通り抜けて、骸骨の勇将は一切攻撃してこない。

 

 ブレイブ・スカルジェネラルの動きを不審に思いながらも、ヴォルフは覿面から飛来した槍の一撃を簡単に弾き飛ばして、肉厚な刃で頭部を真っ二つにした。続けて、愚鈍な銀弧を砕いて、持ち主の体も粉砕して欠片が飛び散る。

 

 召喚された分を全て片付けると、先程と同じようにリズベットが駛走して足元へ接近していく。

 

 しかし、今度はサーベルを振り下ろされてしまい、右手側に転がって躱すしかなかった。先程よりも早くなった剣速、近づく事が困難になった事により、リズベットはしかめっ面を浮かべる。

 

 今度はヴォルフが鬱金の弾丸となって、果敢に肉薄。これもまたタイミング良くサーベルを振るわれるが、ハルバードの背を刃を弾き飛ばし、相手の体勢を大きく崩す。「今だ!」強勢な掛け声を響かせると、両サイドからアキレアとリズベットが飛び出して、それぞれ得物に輝きを纏わせる。

 

 空気を貫き、凄まじい破裂音を立てながら片手剣を突き出すアキレア。「ひぃぃぃぃいやぁぁぁぁ!!」情けない声と共に翡翠の光が尾を引いて流星の如く駆け抜ける。左腕に突き刺した一撃は重く、相手の骨から割れる音が耳朶を打つ。

 

 反対側からはリズベットがメイスに青い輝きを放ちながら、右の大腿部に豪快な一振りを放つ。完全に骨が砕かれる音が響き、ブレイブ・スカルジェネラルは右膝から崩れる。

 

 間隙を縫うようにヴォルフが助走をつけて跳び上がり、黄金色の光をハルバードの肉厚な刃に纏わせて再び雷轟となりて、強烈な一撃を脳天に叩き込む。頭部は陥没こそしなかったが、亀裂を走らせて今でも割れそうな勢いで広がっていく。

 

「体力はまだまだ残っているみたいだね」

「ええ、でも倒せない相手じゃないわ」

「は、早く終わらせましょう!」

 

 三人は体勢を整えると、スタンして動けない白骨の勇将に叩き込むように、もう一度肉薄する。最初はリズベットがメイスを大きく振るい、重々しい骨が砕かれる音を響かせた。

 

 彼女と入れ替わるように、アキレアが突っ込んでいき、サーベルを持った右腕を片手剣で切りつける。骨は完全に砕かれ、サーベルを持つ力を失って得物を地面に落とす。

 

 三度、ヴォルフが跳び上がる。最も自身が得意としているソードスキル――サンダーボルトをまた放つ。雄叫びと共に黄金色を煌めかせていく様はまさしく雷鳴。今度も脳天を狙うが、動けるようになったブレイブ・スカルジェネラルが辛うじて動かせる左手で落としたサーベルを素早く拾い、上段に掲げたが故に頭蓋骨を砕く事はできなかった。

 

 代わりにサーベルの刀身を半分折り、切っ先を地面に突き刺す。まさしく負け戦の将軍のように、衣服は幾重にも切り裂かれ、折れたサーベルは虚しく空を切るだけ。

 体力ゲージの残りはまだあるけれど、勝機は見えたか――誰しもがそう思った瞬間、突如ブレイブ・スカルジェネラルが持っているサーベルの刀身から紫炎が出現し、折れた刀身の代わりになるように切っ先を模る。

 

 また空洞の右目に紫炎を瞳のように宿し、あたかもヴォルフ達を睨みつけるかの如く、鋭利で妖しく燃え盛っていく。

 

 不穏な雰囲気から第二段階に入った事を悟るヴォルフ達。彼らは改めて顎を引き、それぞれ双眸を鋭く細めて、武器を構える。ここからが本番だと全員の意思が統一したかのように、場に緊張感が走っていた。




 今回はここまで……次回、終わりまで行きたいけど文字数的にどうなのだろうか()

 それにしても章の前半でも狂ったように戦っていたのに、後半でも戦闘シーンにかなり文字の圧が凄いんですけど……。
 多分、ボス戦は一万字使っているよねぇ~()


 次回は8月20日です。いよいよこの章も大詰めです……形にするまで少し時間がかかりましたが、最後までお付き合いください。

 では、今回は筆をこの辺りで休めます。
 感想の方、お待ちしております。
 次回もお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:勇気の花

 リズベットの一撃によって立ち上がる事のできないブレイブ・スカルジェネラルは左足に体重を乗せる形で片膝を立て、左手を豪快に振るう。紫炎が舞う一閃は、今まで以上に速く、緩慢から程遠い。

 

 飛び散る火の粉を(かわ)しつつ、ヴォルフが肉薄していく。アキレアが与えたダメージから左腕も充分に動かせる状態ではないと料簡(りょうけん)を立てつつ、巨躯に似つかわしくない剽悍(ひょうかん)な足取りで迫り立てる。

 

 けれど、サーベルを地面に叩きつけて、紫炎の壁が作られてしまい一瞬だけ足を止めざるを得なかった。

 

 制止した一瞬が命取りとなる――腰の捻りを加えて加速する剣の腹で殴りつけられ、近くにあった石柱に背を打ちつけるどころか何本も砕いていく形で飛ばされしまい、壁に激突する。

 

 体力ゲージはイエローゾーンで止まり、意識は何とか保っているが、即身で受けた衝撃で体が堪えたのか動き出せない。

 

 自分の名を呼ぶ声は聞こえるものの、返答しようとすると吐き出されるのは空気だけ。喉を震わせる力も残っていないのかと愕然とする。

 

 今、自分がここで動き出さなければ何の為に来たのか――己を叱咤しながら、ハルバードを支えに何とか立ち上がって少女達の方へ視線を向けた。

 

 ヘイトはアキレアの方に向いており、紫炎が彼女を執拗に追い回す。悲鳴を上げながら、何とか回避し続けるアキレア。

 

 炎ができるだけ逃げ道を塞いでしまわないように障害物を利用して、囮を務めているところは流石というべきか。

 

 彼女が引きつけている間に、リズベットが肉薄してメイスを豪快に振るう。アキレアに向かって紫炎の刃を縦横無尽に動き回っているせいか、頭上を(かす)めたら頭髪を、腕や胴を掠めたら衣服を僅かに焦がしていた。

 

 それでも気にせず重い一撃を左脛に叩き込むが、砕けないどころかビクともしない。感触の違いに気付いたリズベットは槌頭(ついとう)に青い輝きを纏わせて振り上げ、何の躊躇(ためら)いもなく一気に振り下ろして渾身の一打を叩きつける。

 

 砕ける音はなく、ただ金属同士がぶつかり合った甲高い音だけ鳴り響く。けれども、少しばかりダメージが伝わったのか、サーベルを振るう手が止まり、体勢が僅かにブレる。

 

 一瞬間の制止を狙うかのようにヴォルフは痛む体に鞭を打って、鬱金(うこん)の弾丸と化して疾走。「バァァァーニィィィィング!!」ブレイブ・スカルジェネラルの左奥から翡翠(ひすい)の輝きを煌めかせて強風と共に左腕へ一閃を(はし)らせた。強烈な二撃をぶつけるも粉砕までには至らず。だが、体力ゲージは確実に削っているのは確認できた。

 

「まだまだ!」

 

 リズベットがもう一撃浴びせようと振りかぶった瞬間に、彼女の頭上から紫炎が降り注ぐ。すぐさま攻撃をキャンセルして転がるように足元から離れる。完全に躱し切れなかったのか、エプロンドレスの袖や裾は焼け焦げ、頬に僅かな火傷の跡がついていた。

 

「カァァァモォォォォン!!」

 

 自分達の動きを理解して、剣速や対応速度を上げていく骸骨の勇将に対し、ヴォルフは大きく息を吸い込んで強勢な雄叫びを上げる。このままだとリズベットはもちろん、攻略組でそれなりの実力を誇るアキレアも危ないだろう。

 

 注意を引きつける為に、こちらに振り向くように大声を張り上げ、見事相手は彼がいる方に体を向けてサーベルを振り回す。

 

 大柄な体格に見合わない軽やかな足運びで、ヴォルフは次々と舞う紫炎の刃を回避。頭上を掠めるとこげ茶の頭髪が僅かに焦げる、降り注ぐ火の粉は鬱金のコートや朽葉(くちば)色のズボンにまとわりついて、小さな穴を焼き開けていく。

 

 彼が竜の如くうねり動く紫炎の刃を相手にしている間に、体勢を整えたリズベットとアキレアがブレイブ・スカルジェネラルの足元へと疾駆する。微動だにしない左足に再び狙いをつけて、二人がそれぞれ一撃を叩き込もうと次の瞬間、肉薄されている事に気付いた骸骨の勇将が突如地面にサーベルを突き刺す。辺り一面に紫炎の壁が燃え広がり、リズベット達もおろか、ヴォルフも接近できず一瞬だけ足が止まってしまった。

 

 サーベルを地面から抜いた後、素早く振り上げて紫炎の一閃を奔らせる。狙いは自分に迫り立てる刃に怯懦(きょうだ)の表情を浮かべて硬直しているアキレア。距離的にヴォルフの足では彼女を救う事ができない。

 

 万事休すかと思われた次の瞬間――アキレアの近くにいたリズベットが気合いを発しながら、威勢よく駆け込んで彼女を突き飛ばし、自身の得物に赤い輝きを(まと)わせて紫炎の刃と激突させた。

 

「リズーーーー!!」

 

 大きく目を見開いて彼女の名を叫ぶヴォルフをよそに二つの大技がぶつかり、強烈な衝撃から巻き起こる粉塵(ふんじん)が周囲を包み込んで、その場にいる全員の視界を奪う。

 

 粉塵が収まり、視界が晴れたら、先程いた位置よりも遥か後方で地面に倒れ伏しているリズベットの姿が。ライフはレッドゾーンに突入しており、気絶しているのか指一本も動いている気配がない。

 

「ガッデェェェェェム!!」

 

 これ以上リズベットへ追撃がいかないように、ヴォルフは跳び上がって雷轟となりて黄金一筋を閃かせる。吐き出した言葉は自身に対する悔恨か仲間を瀕死に追い込んだ敵への憎しみか。今の彼には分別できる程の余裕がなく、ただ心の奥から怒りの炎が燃え盛るだけ。

 

 彼の一閃に対応する為に、白骨の勇将はサーベルを掲げるが折れた刀身から先から紫炎が出ていない。恐らく先程の衝突で消え去ってしまったのだろう。

 

 しかし、その事をヴォルフ気に留めずに力いっぱいハルバードをサーベルに叩きつける。金属同士が激しくぶつかり合う甲高い音の後、サーベルが砕ける音が耳朶(じだ)を打つ。刀身のみならず、柄頭までヒビが入り、やがて粉々に散っていった。

 

 これで相手に武器はない――ほんの僅かな気の緩みからブレイブ・スカルジェネラルの右腕が変形している事に気付く事ができず、硬直と共に自由落下していくだけ。気付いた時には既にアキレアが砕いた右腕はマチェットのような形状になり、腰を豪快に捻って銀弧を薙いでいく。咄嗟にハルバードの柄を盾にするが、空中という足場のない場所が災いして、ハルバードごと押し込まれて壁まで弾き飛ばされる。

 

 背中に強い衝撃を受け、肺から空気が吐き出され、地面に叩きつけられて倒れ伏す。辛うじて体力ゲージは残っているが、受けたダメージから体が思うように動けない。パーティーで唯一無事なのはアキレアだけだが、彼女は既に戦意喪失しているのか、怯懦の表情を浮かべて呆然としていた。

 

 逃げろという言葉に満足に出ない中、ただ彼女が動いてくれる事をヴォルフは願うしかなかった。

 

 

 

 

 ヴォルフもリズベットも倒れている中、アキレアはただ身を震わせて愕然と景色を眺めているだけだった。

 

 自身の情報不足、技量不足が招いた結果だと責め立てるように、骸骨の勇将は緩やかに右腕を振り上げて、アキレアの頭上から振り下ろす。緩慢な一閃だが、彼女が逃げる気力も残っていないと踏んでだろう。

 

 アキレアは自分に迫る銀閃を見つめるだけで何もしない。足が(すく)んで動けないのだ。彼女が倒れれば、完全に全滅だろう。

 

 黒の双眸(そうぼう)に諦念すら抱き、目を閉じた瞬間、瞼の裏に閃光が一筋流れた。まるで流星のように、厳かで美しく。

 

 目を見開き、改めて自身の武器と倒れている仲間へ目を向ける。「……そうだ。私が守らなくちゃ」静かな決意を口にした時、黒瞳は諦観を振り払い、守るという強き意志の光を宿して目尻を鋭く上げていく。

 

 己の命を刈り取ろうとする銀閃を軽やかに躱して、右腕に乗っかって肩まで駆け出す。自身が憧憬を抱き、恋焦がれた閃光のように駆け抜ける少女のように。

 

 白骨の勇将は彼女を振り払おうと右腕を振るうが思うように落とせず、左手で叩き潰しにかかるもソードスキルを発動して回避されてしまう。

 

「せいやぁぁぁぁぁ!!」

 

 空気を突き破って破裂させながら、今まで上げていた悲鳴とは違う裂帛(れっぱく)した気合いと共に、アキレアは翡翠の流星となりて左目の眼窩から後頭部まで突き抜ける。そのまま背後に着地して、盾を構えながら素早く地面を蹴り出す。

 

 今度は左膝を狙って足元に肉薄し、もう一度ソードスキルを発動して、翡翠の疾風と化して膝裏から破壊していく。

 

 半月板を壊し、正面側に脱するも背後から再生する音が聞こえる。肩越しに視線を向けると、先程壊した膝が既に修復されていたのだ。

 

 驚嘆に呑まれて、着地後はすぐに動けなかったアキレア。それが命取りとなり、大きく薙いだ右手に反応しきれず激突する。幸い盾で銀刃を防いだものの、誰よりも小柄な彼女では受け止める事などできない為、簡単に石柱へ叩きつけられてしまう。

 

 華奢な体躯で受けた衝撃は減った数値分よりも重いのか、すぐさま立ち上がる事ができない。空高く掲げられる銀の輝きに、今度こそどうにもならないと悟りながらも黒の瞳は決して逸らずに正面を見据えていた。

 

 振り下ろされる銀の閃き。風を切り裂きながら、真下にいる少女の命を断とうと奔る。

 

「あたしの友達に何してくれてんのよぉぉぉぉ!!」

 

 アキレアの目の前を赤い影が横切り、迫ってきた切っ先を赤い輝きが豪快に弾き飛ばす。マチェットは狙いとは大きく逸れた場所で刃着。深々と突き刺さり、簡単には抜けそうにない。

 

「アキ、無事!?」

「私は大丈夫ですけど……リズさんこそ、どうやって!?」

「あれだけ大声出していれば起きるわよ!」

 

 驚愕するアキレアに、リズベットは頬に微かな火傷や切り傷を抱えながら勝ち気な笑みを浮かべる。「あたしだけいつまでも寝ている訳にはいかないでしょ?」豪快に笑い立てながら、頼もしげに言葉を吐いた。

 

 いつも通りの彼女の言葉にアキレアは安堵のため息をつくも、次の瞬間には目を大きく見開き呼びかける。白骨の左拳が迫り立てていたからだ。

 

 リズベットも彼女の声で気が付き、注意を左拳へ向ける。風を突き破って、唸りを上げながら接近する左拳。避けるよりも弾き飛ばした方がいいと判断したのか、リズベットは腰を深く落として溜めを作り、槌頭に赤い光を纏わせる。

 

 けれど、左拳の方が速い。このままではソードスキルを発動する前に一撃をもらうだろう。だが、彼女は不敵な笑みを崩さなかった。

 

「バァァァァーニィィィィィィング!!」

 

 ブレイブ・スカルジェネラルの背後からヴォルフが跳び上がり、強勢な雄叫びと共に金茶の輝きを秘めた刃を右側頭部に殴りつけ、相手の体を左に傾けさせる。彼の強烈な一撃によって、左拳の軌道が逸れて空隙(くうげき)を生み出す。

 

 間隙(かんげき)を縫うようにリズベットは駛走(しそう)し、赤色の光を纏ったメイスヘッドをそのまま左拳に振り下ろして地面と衝突させた。ブレイブ・スカルジェネラルの動きは完全に封じられ、身動きが取れない時間が生まれる。

 

 二人が作り出した隙を利用して、アキレアは素早く立ち上がり、地面に落ちた左腕から駆け上がっていく。狙うは紫炎が灯る右眼。黒の双眸は迷いの色はなく、自身が強き光が一筋流れていた。

 

「これで……終わりです!!」

 

 マチェットが地面から離れる音が響くが、アキレアは躊躇いなく片手剣に翡翠の輝きを纏わせて、流星のように駆け抜ける閃光と化す。空気を貫いて破裂する音が轟然と鳴り響き、彼女が纏う剛健な風圧で右眼の紫炎はかき消され、翡翠の流星は後頭部まで貫通。着地する頃には白骨の勇将は崩れ去っていき、そのまま姿を消した。

 

 

 

 

「お疲れ様、アキレアさん」

「アキ、大活躍だったわね」

 

 今回の立役者を労う二人。彼らの言葉にアキレアは「ありがとうございます」と礼を述べた後、目尻に涙を浮かべて(せき)切ったように泣き始める。当然、いきなり泣き始めるものだから、ヴォルフとリズベットは困惑して慌てふためく。

 

「俺、何かマズイ事言った?」

「あたしも変な事言っちゃったかしら?」

 

 二人の当惑している様子から今度は苦笑いをしながら首を横に振るアキレア。「お二人が無事で良かったって思ったら……」涙声ながらも安堵の言葉を吐き、震える胸の(うち)披歴(ひれき)する。

 彼女の言葉を聞いて、ヴォルフはこげ茶の短い頭髪を、リズベットはそばかすと火傷と切り傷が入り混じった頬を掻きながらお互いを見つめ合う。――心配させてしまった。彼らの意思が疎通した瞬間。

 

「心配かけちゃったね……ごめん、アキレアさん」

「アキ、ごめん」

「いえ、いいんです。お二人と今話せるだけで充分ですから」

 

 神妙な顔つきで謝るヴォルフ達を、アキレアは涙を拭いながら笑い返す。浮かべた笑顔はこれまで抱えていたものが払拭できたかのように、とても清々しく晴れやかなものだった。

 

 今回の一件で彼女に何かしらの変化を与えたのだと、ヴォルフは察して穏やかに笑いかける。彼女もまた一歩を踏み出せて良かったと。自分に落ち度があるとは言えども、仲間の成長に喜びを感じられずにはいられない。

 

「さて、ドロップアイテムを回収するわよ!」

 

 リズベットが話柄(わへい)を切り換え、視線を部屋の中央へ向ける。中央には燃え盛るような紫色の金属塊が鎮座しており、今回のドロップアイテムだと存在感を示していた。

 

「シャドウフィアレスメタルインゴット……なるほどねぇ」

 

 素材を回収したリズベットは、素材名を読み上げて独りごちる。「ブレイブって、名前が入っていたぐらいだし、そういう名前になるのね」納得したような口調で弁舌を動かす。「今回は肝試しだったのかも」顔をアキレアとヴォルフに合わせて推察を口に出した。

 

「どれだけ恐れずに戦えるかってのを試されていたかもしれないね」

 

 彼女の推察と今回の戦いを鑑みて、ヴォルフは納得する。大量の骸骨兵士、紫炎の剣や壁、少しずつ速くなっていく対応と……恐怖するものはたくさんあった。けれど、アキレアを始めとして自分達は打ち勝ったと言えよう。

 

 ……ただ自分とリズベットは途中でダウンしていたから、実質アキレア一人が打ち勝ったと言った方が正しいかもしれないが。

 

「ブレイブもフィアレスも勇気や恐れ知らずって意味ですからね」

 

 アキレアは静かに口を開き、俯き加減ではにかむように言葉を継ぐ。「……私が一番欲していたものでしたが、手に入れられたかもしれません」穏静ながらも恥ずかしげな声音が森閑とした間の中に消えていった。

 

 彼女の言葉を聞いたヴォルフとリズベットは目を丸くし、互いの顔を見合わせてから彼女の方へ向けて呼びかける。意味に関する話の続きが清閑な空気の中に溶け込んでしまって上手く聞き取れなかったから。

 

「あ、いや、何でもありません! ここに長居しても仕方ありませんし、もう帰りませんか?」

 

 二人の反応に驚きながらもアキレアは、すぐさま帰る事を提案して、話題を切り換えた。それ以上問い詰める気はないらしく、リズベットは「そうね。んじゃ、帰りますか!」と彼女の提案に納得したように威勢よく声を立て、「って事で、ヴォルフはさっさと手出しなさい」白のグローブに包まれた小さな手をヴォルフに差し出した。

 

「ちょっと待ってよ。転移結晶が使える場所まで歩くにしても、一本道だから迷わないって」

 

 ヴォルフも驚嘆して、思わず反論してしまう。傍から見れば、チャンスだろうが、自身の方向感覚を信じてもらえないのは少しだけ悲しいというもの。せめて、違うタイミングで握りたいという思惑もなくはない。

 

 けれど、現実は非情。「一本道でも逆方向行くような奴の“迷わない”を信頼すると思う?」まはや模式美と呼べる程の予想通りな一言にヴォルフは返す言葉がなく、また折れる。「……はい、握ります」まるで子供みたいではないかと思いつつもリズベットの手を握り、今ここに生きている事を示しているかのように、温もりが伝播(でんぱ)していく。

 

 満足そうに「うむ、素直でよろしい」リズベットは彼の大きな手を握り返して、「さぁ、帰るわよ!」元気よく手を引きながら軽やかな足取りで部屋の外で歩いていく。

 

 気恥ずかしさが込み上げきて、ヴォルフは顔が赤くなっているのをバレないように顔を俯かせて、彼女に連れられるまま後をついていくだけ。アキレアはどうしているかと、彼女の方を一瞥(いちべつ)すると、微笑ましそうに黒の双眸を細めながら、一緒に歩いていた。

 

 ――どうして、最後の最後でこうなったんだろうか。行きは手を繋がったのに……いや、常にアキレアが隣で道を案内していたからか。

 

 手を繋ぐ事になった理由を考えていくが、握っている手の柔らかい感触と温もりで段々とどうでもよくなり、今はこうして握ってもらえるだけでも幸せだと思える“本当”の心を感じ取っていた。信じるのも、勇気が必要だと思いながら。




 何とか誰一人も欠ける事なく、無事に全員乗り越えましたね。
 巻波、ついうっかり誰か一人殺しそうな衝動に駆られるから、色々と危なかった()

 さて、次回はおそらくこの章の最終回です。一区切りがついて良かった。
 まだこの作品自体は続けていくつもりですが、マイペースな感じになります。
 どこかでぼちぼちと書いて更新……的な事をするんだと思います。きっと。


 次回は8月21日を予定しています。更新、いけるか……?

 では、今回はこの辺りで筆を休めます。
 感想の方、気長にお待ちしております。
 次回もお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:紺碧(こんぺき)の思い出

「リズさん、ヴォルフさん、お世話になりました」

「こっちこそ、色々と手伝ってくれてありがとう」

「俺は何もしていないし、むしろ助けられてばかりだったよ」

 

 イベント戦が終わってから数日後、最前線へ戻っていくアキレアを見送る為に、リズベットとヴォルフは店の外で彼女を言葉を交わす。

 

 再会もイベント戦も昨日の事だと思えてしまうヴォルフは感慨深く感じながら、穏やかに笑って言葉を紡ぐ。

 

「そ、そんな事ないですよ。私だって、お二人のおかげでこうして強化できましたから」

 

 謙遜(けんそん)な笑みを浮かべながら、アキレアは手にしている真新しい盾を掲げて感謝の意を示す。盾は燃えるような紫色を基調とした円形型で、どんな攻撃からも確実に防いでくれそうな雰囲気を醸し出している。製作者は当然リズベットだ。

 

「でも、ボス戦はアキレアさんに助けられたよ」

 

 改めて振り返るが、自分もリズベットも動けない最中、アキレア一人が戦って時間を稼いでくれたおかげで立ち上がれたと思う。スタン状態にかかっていたかはあやふやだが、あの時は体が動かせなかったのは確か。

 

 彼女の奮闘がなければ、今この場にいないと思うと感謝の念しかない。

 

「あ、ボス戦で思い出したけどさ……」

 

 少しだけ考え込む素振りを見せた後、リズベットは口を開き、「ヴォルフ、あたしの事、“リズ”って呼んだわよね」視線をこげ茶の双眸(そうぼう)に向けて疑問を投げかける。

 

「よ、呼んでないよ。気のせいじゃないかな?」

 

 いきなり彼女に呼び捨てで呼んだ事を問い詰められるとは思っていなかった為、桃色の瞳を見つめてヴォルフの目が泳ぎ出す。言った覚えがあるが、まさかその時の声が彼女に聞かれるとは……何も悪い事をしていないと思うが、気恥ずかしさが込み上げてくるから咄嗟に否定の句を述べてしまった。

 

「いや、絶対に呼んだ。あんた、いつもならさん付けなのに、あの時だけ呼び捨てだったでしょ」

「別に呼んでないよ。きっと空耳だって」

 

 首を横に振ってしまった以上は、しらを切るしかないとヴォルフはとにかく否定する。ここまで彼女が食いついてくるとは思いも寄らなかった。気恥ずかしい気持ちが胸一杯に広がるのと同時に、いきなり呼び捨てで呼んでしまった事への罪悪感も少しだけ生まれてくる。

 

 彼の心情をよそに、中々口を割らない事へ(いぶか)しげな態度を浮かべるリズベットは黒瞳と目を合わせて、「“リズ”って呼んでなかった?」と訊ねる。桃色の双眸はいつになく疑念を振り払おうと、鋭い眼光を放っていた。

 

 アキレアは苦笑いをしつつ、「“リズ”って呼んでいましたね……」思い出していくように平静な語調で返答。「ハッキリと聞こえていましたよ」ヴォルフの方へ視線を移し、申し訳なさそうな笑みを向ける。

 

「ほら、あんた、やっぱり呼んでいたじゃん!」

「その時は勢いでついうっかり……何でそれを問い詰めるのさ?」

 

 意中の相手を呼び捨てにしてしまった羞恥を認めて、頬が熱くなっていくのをかんじながら、こげ茶の頭髪を掻きながら目を逸らす。「……もしかして怒っている?」傍目(はため)で恐る恐る彼女の顔を見つめる。いきなりはマズイよなと。

 

「まさか、それで怒る訳ないでしょ! あんたが呼び捨てで呼んだの、新鮮だったから」

 

 心外だと言わんばかりにリズベットは驚嘆の声を立てて、否定の意を口に出す。「それにあたしもアスナと同い年だし、呼び捨てでいいわよ」少し呆れたような口調で言いながらも、僅かに憂いを帯びた目つきの彼へ快活に笑い返した。

 

 変わらない彼女の反応にヴォルフは安堵の息を吐き、「分かったよ……リズ」と少し照れくさそうに返答する。

 

 傍らでアキレアが珍しく呆れたような視線を送っていた事を二人は気付かない。ヴォルフが彼女の視線に反応した時には、既に柔和な笑みを湛えて開口した。

 

「私もアキと呼んで構いませんよ。アキレアだと少々言いづらくありませんか?」

「そんな事ないけど……でも、アキレアさんがいいなら、これからはアキさんって呼ぶよ」

 

 言われるまで気にしてなかった……いや、それで慣れているから特に問題という問題はなかったのだが、リズベットには呼び捨てにしているのだから同じように言ってもいいかと内心で納得しながら答える。

 

 ただリズベットの時みたいに躍り上がるような羞恥心はないのだが、異性を呼び捨てにするのは照れくさい為、まだ敬称を付けてしまう。自分の不器用さに嘆息を吐くしかない。どうして、異性と上手く話せないのかと。

 

「あ、そうだ! ヴォルフさん、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」

 

 話題を切り換えて、アキレアが穏やかな笑みをそのままに真面目な声音で質問を投げかけた。「別にいいけど、何だい?」神妙な顔つきでヴォルフは眼鏡のレンズ越しに見える真剣な眼差しと視線をぶつける。聞かれる事なんてあっただろうか。

 

「ヴォルフさんが前話していた青い髪の女の子についてです」

 

 一旦黒の双眸は別の場所へ視線を移し、アキレアは考え込むように顔を俯きながら言葉を継ぐ。「クエストにも協力してもらいましたし、恩返ししたいので」顎に指の腹を添えて、思考の海に潜り込むように語調は段々と硬くなっていく。「もしかしたら知っている人に会えるかもしれません」一つの答えを見つけたのか、改めてこげ茶の瞳に目を合わせる。

 

「いいよ、そこまでしなくても。俺一人で捜すからさ」

 

 流石にそこまで手助けしてもらうのは申し訳ないと思い、断りの句を述べていくが、「でも、あんた、今金欠でしょ?」隣にいる店主兼宿主の一言でまたもや撃沈。「こういう時こそ、人に頼るもんよ」明るく優しげに紡がれた言葉を受けて、ヴォルフは彼女に頭が上がらないなと思いつつ、一つ大きく息を吐いてから答えを言う。

 

「分かったよ……お言葉に甘えて、アキさんに頼もうかな」

「はい、お任せくだささい。それで、まずはお名前は……?」

「彼女の名前はリオンだよ。ハルバードを使っている子なんだ」

 

 かつて隣にいた少女の面影を探して、記憶を探る為に上目を向きながら思い出しながら言葉を紡ぐ。「目は紫だったかな……生まれつきなのか、カスタマイズなのかは分からないけど」ハルバードを肩に担いで快活に笑って、手を差し伸べてくれた強き青の獅子――紫瞳はとても力強く見た者を惹きつけるような魔力みたいなものがあった気がする。

 

 彼女の不思議な魅力に惹かれ、彼女がハルバードを振るう姿に憧れを抱き、自分もハルバードを使うようになったと思い返す。出会った時の話を話せば、噴飯(ふんぱん)物間違いなしの笑い話なのだが。

 

「他に特徴ってありますか? 身長とか着ている服とかで構いませんので……」

 

 彼の話を聞きながら、メモを取るアキレア。黒の双眸はいつになく真剣で、一字一句聞き逃さないと言わんばかりに熱誠(ねっせい)な眼光を灯らせていた。

 

「身長はリズよりも……いや、アスナさんよりも少し高いかな」

 

 ふとリズベットの方へ顔を向けて、隣にいた少女の幻影を重ねる。自分が長身なせいで、あまり高さが分からないのだが、こうして他の女の子と比べると何となく彼女は背が高いのだなと妙に納得する。

 

「髪はあまり手入れしていないというか、野性味溢れる感じだったね」

 

 覿面(てきめん)にいるリズベットよりも外ハネが激しい髪型……いや、彼女の比ではないぐらい、全体的に髪の毛が跳ねていた。まるでライオンのように。今目の前に彼女がいたら、考えている事を見透かされて、重いボディブローを一発受ける羽目になっていたかもしれないと同時に思い立って苦笑する。

 

「何であたしの顔を見て言うのよ」

「ごめん、リズみたいに気が強くて、髪の短い子だったからつい……」

 

 リズベットに睥睨(へいげい)されて、思わず腹筋に力を入れながらヴォルフは顔を強張らせていく。確かにさっきの発言を振り返れば、殴られても仕方はないかもしれないと内省。けれど、彼女にも殴られるのは流石に勘弁と思うところ。

 

「気が強いって……まぁ、あんたに拳骨かました子だもんね。確かに気は強いわ」

 

 乱雑にピンクの短い頭髪を掻きながら、リズベットは過去の事を思い出したのか、納得したような口調で賛同する。

 

 あのリズベットにすら、“気が強い”と言わせているのだから、相当なのだろうと思いつつ胸を撫で下ろす。嘆息を吐き終わった後、ヴォルフは再び追憶の旅に出て話を続けた。

 

「ええと、服装は青いジャケットと白いマフラーが印象的だったよ」

 

 彼女の代名詞のような青の疾風を織りなす鮮やかな青色のジャケット、誰の色にも染まらない意志を示す白のマフラーをはためかせ、豪快にハルバードを振り回す姿が甦る。誰よりも近い場所で見ていた自分は、背中を預けてもらえる程、強くなっただろうか。そんな問いかけをしても、彼女がいなければ意味がないものながらも。

 

「これぐらいで大丈夫かな? まだ何か言った方がいい?」

「いいえ、これだけあれば大丈夫ですよ。年齢って、ヴォルフさんと同い年ぐらいでしょうか?」

「多分、そうじゃないかな? 聞いた事ないけど」

 

 妹に「女性に年齢は聞いちゃいけません」と口酸っぱく言われていたせいか、はたまた単純に聞く機会がなかったのか、いずれにせよ彼女からは年は聞いていない。だが、顔立ちからして、恐らく同年代ぐらいだと思われる。何となく雰囲気的にそんな感じがするというだけだが。

 

「ご本人に会った時は、ヴォルフさんがリンダースのお店で待っているって伝えますね」

 

 聞いた話をまとめてメモをしまったアキレアの生真面目ながらも活気溢れる言葉に、「うん、よろしく頼むよ」とヴォルフも穏やかに返事をする。頼るべきは仲間かと、改めて実感しながら。

 

「それでは私はこれで」

 

 しっかりとした足取りで出立するアキレアの背に、リズベットは「またウチに寄ってね!」快活な言葉を、ヴォルフは「アキさん、お気を付けて!」彼女を気遣う言葉をそれぞれ投げかける。二人の声に反応して、アキレアは一度足を止めて振り返って穏和に笑い返すと、そのまま歩き出していった。

 

 彼女の背中を見届けた後、「さぁて、あたし達は店の準備をするわよ!」リズベットが元気よく声を立て、「今日も一日頼んだわよ、ヴォルフ!」自身よりも大きい助手の背中を力強く叩く。聞いただけでも痛みが走りそうな音が響いた。

 

「ああ、任せてくれ」

 

 痛みを何とか堪えて、ヴォルフは彼女の期待に応えようと柔和な笑みで返す。今まで親友から受けた鉄拳と比べて軽い方だとはいえ、痛いには痛い……これは流石に“本当”じゃない方が良かったなと思ってしまう。

 

 けれど、好きな人の力になりたい。それだけは、今ここにある“本当”の心だとリズベットの生真面目な横顔を見て、胸の中を温かく満たしていった。確かに“ここに在る”のだと感じて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、アインクラッド内の迷宮区にて――まだ未踏の地なのか、プレイヤーらしき人影は一つもなく、ただモンスター達が唸り声を上げて徘徊していた。

 

 その中で紺碧(こんぺき)色のジャケットに着こなし、首に巻いている白のマフラーが目を引く青髪の少女が、岩に腰かけてメニュー画面を操作。メールの画面を開いており、フレンドの一人に向かって本文を打ち込んでいたが、全て消して閉じてしまう。

 

「そんなに彼が気になるなら、会いに行けばいいじゃないかしら?」

 

 突如、目の前に現れた着物姿の女性が(たお)やかな口調で語りかける。純白の喪服に、首元でざっくばらんに切り揃えられた黒髪、雰囲気的には青髪の少女より年上に見えるが顔立ちは存外まだ若い。同い年ぐらいだと言っても過言ではないだろう。

 

「今の私には……できない」

 

 黒髪の女性に驚く事なく、青髪の少女は視線を傍らのハルバードに向ける。メールの宛先の人物と一緒に買った代物、随分と使い込まれていて、あちらこちらに汚れや傷が目立つ。かなりの年季ものだと窺わせるが、彼女は大事そうに紫の双眸を細め、声色に寂しさや悲しみを混ぜていく。

 

「そう……あなたって、本当に真面目ね」

 

 彼女の隣に座りつつ女性は穏やかに、けれど憂いを帯びた表情で返す。切れ長の黒瞳は古びたハルバードを感慨深そうに見つめ、「別に会いに行ったって誰も怒りはしないわよ」まるで子をあやす母親のような優しい語勢で言葉を継いだ。

 

 しかし、青髪の少女は首を強く横に振って、彼女の好意を拒絶する。「だって、今の私は“リオン”じゃない。この――」紫の瞳が悲痛な想いを秘めて揺らめき、悲愴(ひそう)な秘密を口に出そうとした途端、「その先は口にしては駄目。あなたはまだ“リオン”よ」と女性に人差し指で口元を制され次の句を止められてしまう。

 

 少し間が空いて、女性が青髪の少女――リオンの口元から指を離す。今にも泣きそうな表情を浮かべながら、リオンはハルバードを見つめながら口を開く。

 

「どうして、あなたは私に……あなたにも与えられた役割があるのに」

「まだその時ではないからよ。でも、逸脱者が少しづつ増えているわ」

 

 女性は眉尻を下げて困ったような笑みで言葉を紡ぎ、「もしかしたら、違ったタイミングで来るかもしれないわね」そうならないで欲しいとも願っているような響きを含ませた語調で返す。黒の双眸は憂いを湛えて、儚げに細められていく。

 

「逸脱者……どうしても良からぬ者が入ってくるんだ」

 

 先程の悲しみに閉ざされた表情から一変、憤慨しているかのようにリオンは眉間に皺を寄せ、顔を(しか)めながら語気を強める。紫の瞳に義憤の炎が灯り、鋭い眼光を宿していく様は、まさしく獅子そのもの。今にもその人間達を狩らんとばかりに動き出しそうな雰囲気を醸し出す。

 

「仕方のない事よ。そういう人間も出てくる事は」

 

 諦観(ていかん)と取れる言葉を吐き、女性は悲しみに満ちた嘆息をつく。「だから、抑止力が生まれた……まだ活発に行動している訳ではなさそうだけど」左手でコンソールを操作して、現状を確認する目つきは厳しくもどこか温かみがある。

 

「私はこれでお暇するわ。ちょっとやる事ができたから」

 

 僅かな映像を眺めた後、女性は画面を閉じて美しく整った所作で立ち上がり、リオンに背を向けて別れを告げた。

 

 静かに立ち去っていく彼女の背中を見送り、リオンはもう一度右手でメニュー画面を開き、フレンドリストを見つめる。

 

「……ヴォルフ、上で待っているよ……」

 

 たった一人しかないフレンドの名前を、愛おしそうに呟く。紫の双眸には確かな親愛が込められていた。




 とりあえず今回のお話は以上となります。
 まだまだお話自体は続ける予定ですし、これで完結にはできません。

 ただ出会いとか惹かれていく過程とかは何とか書き切った感じですね。
 ……こっちの作品、くっつく気配が今のところねえんですけど、どういう事ですか?()

 特にリズベットがヴォルフの好意に気付いてんだが、気付いてねえんだが……アキレアさんが現状を見て、呆れてしまうレベルとはこれ如何に。

 キリトへの想いも含めて、色々と決着できるところは今後も書いていこうかと思います。ただくっつく気配がない。何でか知らんけど、くっつく気配がない()


 戯言はさておき、ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。
 まだお話は続ける予定ですが、一旦こちらの方は筆を休めようと思います。

 他にも書きたい作品がありますし、更新したい連載作品もありますから。
 では、しばしのお別れを……しかし、希望して待っててください。
 感想を書いていただけると、とても嬉しいです。気長に待っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。