個性『鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼』 (江波界司)
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こよみヒーロー

思い付き
人気があれば
続くかも
江波界司


 [001]

 

 阿良々木暦(あららぎこよみ)に個性はない

 僕に個性はない。

 僕は個性を持っていない。

 僕の個性など存在しない。

 大事なことだから三回も言ってしまった。

 三回も言ってしまっても仕方がないほどに、僕には個性というものに縁がない。

 世界はヒーローに満ちて、満ち足りて、満ち溢れていると言うのに。

 全く歯痒い話だ。

 三兄妹で、一人の兄と二人の妹達の中で僕だけが無個性だった。

 けれど、これは、そんな無個性の僕がヒーローと呼ばれる話だ。

 いや、あるいはヴィランと呼ばれる話かもしれない。

 僕がヒーローであれ、ヴィランであれ、結局のところ僕は僕でしかないのだと。

 それを知るだけの話だ。

 

 [002]

 

 僕は中学三年生へと進級する春休みに、吸血鬼に出会った。

 美しい鬼。

 金髪の美女。

 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。

 キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。

 その時のできごとを、まさしく地獄のような春休みについての話を、僕はしない。

 したくない。

 だから経緯は省くけれど、ともかく。

 僕は、吸血鬼になった。

 いや、吸血鬼になった、というのは正しくない。

 正解ではあるけれど正確じゃない。

 僕は、吸血鬼になり、戻った。

 半分だけ。

 

 [003]

 

 半分だけ吸血鬼であることを隠しながら、僕はヒーローを目指した。

 これは正義の味方だとか、世界の英雄だとか、そういう夢のようなものじゃない。

 もっと現実的で。

 もっと堅実的で。

 世に広まった、一職業としてのヒーローだ。

 

『なあ、お前様よ』

 

 僕に個性はない。

 けれど、それを差し引いて余りある力がある。

 この力を個性と呼ぶのは少し違うから、僕はこれを個性とは呼びたくない。

 

『なあ、おい、お前様よ』

 

 だから僕は、信愛と敬意を持ってこう呼ぶ。

 

「なんだよ、(しのぶ)

『聞こえておるなら返事をせんか。全く、こんな幼気な幼女の声を無視するとは、お前様も鬼畜じゃの』

「お前の声は周りに聞こえてないんだから、僕が返事をしたら僕が変人みたいに見えてしまうじゃないか」

 

 忍。

 忍野(おしの)、忍。

 美しき鬼の成れの果て。

 金髪の幼女。

 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼だった者。

 旧キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。

 彼女は今、僕の影の中にいる。

 

「それで、どうしたんだよ」

『かかっ。いやな、今日はお前様にとって勝負の日じゃろ?緊張しているのではと、年甲斐もなく気を使ったんじゃよ』

「なら最後まで気を使え。さっきのタイミングで返事をしてたら間違いなく勘違いされていた。誤解を受けていた」

『別に構わんのではないか?今の世の中、見えない者と話すなどよく聞く話じゃ』

 

 そんなことはないだろ。

 と言えなくもない。

 透明人間くらいいそうなものだ。

 まあ、そんな知り合いどころか友達も存在しないけれど。

 閑話休題。

 僕は今、とある高校の入学試験を受けている。

 その高校とは、雄英高校。

 ヒーローの登竜門と呼ばれる高校だ。

 

 [004]

 

 試験内容はシンプルだった。

 ヴィランと仮定したロボットを倒し、ポイントを稼ぐ。

 1P、2P、3Pとロボットには種類があり。

 さらに障害として0Pの巨大なロボットがいるという。

 着替えなんて持って来て居ないため、ブレザーの内側に着ていたTシャツ姿になって移動した。

 

『おい。たんにお前様が忘れただけじゃろ』

 

 無視した。

 準備運動もそこそこに、開始の合図が。

 鳴らなかった。

 どうやらヒーローの活動によーいドンはないらしい。

 一斉に走り出す受験生たち。

 僕も負けていられないな。

 

 僕は個性について嘘をついている。

 僕は元来無個性である。

 だが、国に対して提出する資料にはこう書いた。

 個性『身体能力強化』。

 筋肉から視力といった感覚神経、肉体の回復力まで上がる。

 さらに、夜に能力が跳ね上がる。

 この内容自体に嘘はない。

 けれど、もしもこの半吸血鬼状態の僕を個性持ちと定義するなら。

 過程をとばして。

 仮定を無視して定義するなら。

 僕の個性は『キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの元眷属』だ。

 半吸血鬼とこの個性の差は大きい。

 なぜなら、キスショットは怪異の王と呼ばれるほどに伝説的な強さを持ち合わせていのだから。

 

 

 [005]

 

 残念なことに、僕はそんなキスショットの一割も出せない。

 例外的に力を引き上げる手段もないではないが、あまりしたくない。

 吸血鬼との契約、なんてものはないけれど。

 忍に頼るのは、気が引ける。

 故に案の定というか。

 予想通りというか。

 僕は、僅か3Pしか取れていない。

 

『おいおいお前様よ。もしかしてこの試験、それくらいでも受かる簡単なやつなのか?』

「まさか。倍率で言えば有名大学の比じゃないんだぞ」

『なら何を余裕ぶっておる。今の3点も雑魚を三回倒しただけじゃろう』

「余裕?ふふ、バカを言うなよ。僕はこれでも全力なんだぜ?」

『何をカッコつけておるんじゃ、我が主様よ……』

 

 呆れてものも言えないと言わんばかりに、忍は首を振る。

 仕方ないだろ。

 僕は基本的に人より少し傷の治りが早いのと、少し身体能力が高いだけなんだ。

 オールマイトみたいな力を持っているわけじゃない。

 

「きゃー!!!」

 

 その時、声が聞こえた。

 誰のかは分からない。

 そもそも沢山の声だ。

 音のする方を向くと、理由は明らかだった。

 巨大な、とても大きなロボットの姿がそこにはあったのだ。

 

「あれが、0P。おいおい、邪魔どころじゃないだろ」

『凄まじいのう。ビルよりも遥かにでかいぞ』

 

 確かにこれは、戦うこと自体マイナスだ。

 立ち向かうより、逃げてポイントを稼いだ方がいい。

 けれど、さっきの声がやけに気になる。

 

「なあ、忍」

『何じゃよ、お前様』

「腹、空いてないか?」

『かかっ。やれやれ、儂をナンパするならもっとスマートに誘って欲しいものじゃ』

 

 僕は人気のない路地へと移動した。

 

 

 

 

 [芦戸三奈(あしどみな)]

 

 私は走る。

 現れた0Pのいる方へ。

 

「きゃー!!!」

 

 その悲鳴の主は、名も知らない女の子だった。

 誰かは知らない。

 けど、どうやらそこから動けないみたいだった。

 だから助けなきゃ。

 私の個性じゃあれをどうこうは出来ない。

 でもせめて、あの子をどうにかするくらいは出来るはず。

 0Pの前に倒れ込んだ女の子の側まで来た。

 見上げるロボットはかなり大きい。

 どうしよう。

 いくら動きは遅いと言っても、この大きさから人一人をオブって逃げ切れるだろうか。

 悩んでいても仕方がない。

 とにかく急いで女の子の手を引くと、彼女はどうにか立ち上がる。

 足を怪我しているらしく、走れそうにない。

 ゆっくりでも、離れなきゃ。

 肩を貸しながら進む。

 ダメだ。

 追いつかれる。

 

 そう思った時だった。

 

 背後で凄い音が聞こえた。

 何が起きたのか分からない。

 私も隣の彼女も、思わず縮こまる。

 目を閉じたまま、何も起きないことに違和感を覚えた。

 静まり返る周囲に、私は目を開け振り向く。

 

「よう、怪我ないか」

 

 そこには、巨大ロボットを粉々にして。

 山積みになった残骸の上に仁王立ちする。

 Tシャツ姿の男子がいた。

 

 [006]

 

 後日談というか今回のオチ。

 

「それで、女の子二人を救うために奮戦した阿良々木(あららぎ)くんは、その後どうなったのかな」

「どうもしないさ。どうもしないし、されてない」

「へえ、そりゃまあ、なんというか。そんなヒーローもヒーローな展開があったのなら、賞賛のひとつでも送られようものだと、ボクは思うけれど」

忍野(・・)、お前だって似たようなことをして来ただろ」

「いや、ボクはヒーローなんて柄じゃないからさ。でもほら、君はヒーロー志望なわけでね」

「そりゃ、まあ、助けた子からは礼を言われたよ」

「なんだよ、ちゃんと感謝されてるじゃないか」

「けど、周りの男子からは非難の目を向けられたよ」

「へえ、そりゃまたどうして」

「僕が女子からのポイントを稼ぎに行ったから」

「ははっ。けどそのおかげで、救助ポイントっていうボーナスがついて君は雄英高校の受験に合格したんだろ?結果オーライじゃないか」

「結果的には、な。それでも、これはかなりの痛手だよ」

「確かに、学生の身じゃドーナツを15個も買うのは大変だろうね」

「まったくだ」




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ひみこハーフ 001

続いてしまった。
感想、高評価してくれた皆様ありがとうございます。
思ったよりも期待の声と高評価頂いたので少し書きます。


 [001]

 

 阿良々木暦(あららぎこよみ)が高校に入学してから数日が経った。

 雄英高校に入ってからといって、僕が僕でなくなるわけではない。

 僕の身体能力は、人より少し高い程度。

 これでも名門校でやっていけるのは、存外僕に才能が満ち溢れているということかもしれない。

 登校初日に除名をかけた体力測定があったりもしたが。

 担任の冗談だったのは救いだ。

 何せ、僕は本当に除名されかけたのだから。

 その理由を説明するためには、まず。

 僕と忍との関係を話さなければならない。

 僕と忍。

 人と鬼。

 人間と吸血鬼の関係を。

 

 [002]

 

 できるだけ簡潔に話すなら、僕と忍は相互を補い合う形で生存している。

 僕は人間であるために。

 忍は怪異であるために。

 お互いの存在を、半歩ずつ近付けることで。

 半端者であることで生きている。生きていける。

 僕が半分吸血鬼であるというのは、そういうことだ。

 そのため、定期的に忍に血を吸わせている。

 吸血鬼は血を吸う鬼だから。

 その際、忍に血を吸わせた時、僕達のリンクは深く結ばれる。

 互いが互いを補い合う関係が深まる。

 その結果、一時的に僕の中に残る吸血鬼としての特性が強くなる。

 この方法を使って僕は、入学試験を突破した。

 けれど、やはり、この方法は使うべきではない。

 この方法に、彼女に頼るべきではない。

 それは許されない。

 彼女をこんな目に合わせたのは僕なのだから。

 彼女を影に縛ったのは。

 彼女を幼女にしたのは。

 彼女を怪異の王から堕としたのは。

 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼から力を奪ったのは。

 どうしようもなく、僕なのだから。

 そんな僕が、どうして、そんな彼女の力に頼れるのだろう。

 

 [003]

 

『のう、お前様よ』

「なんだよ。言っておくが、ドーナツは当分無しだからな」

 

 僕の財布は、それはもう過度なダイエットをしてしまっている。

 

『その件については後ほど小二十四時間ゆっくり話し合って決めるべきじゃが』

「小一時間、じゃないのか。一日中話し合う気は僕にはないぞ」

『ともかく置いといてじゃ。お前様よ。ヒーローというのは、何やら格好をつけた服装をするものではないのか?』

「僕は別に、かっこいいヒーローになりたい訳じゃない」

『ほう?ならお前様はどんなヒーローになりたいんじゃよ』

「僕は、僕はヒーローという職につければそれでいい」

 

 昨今は、個性というものの扱いについての法律が厳しい。

 特に、許可を持たぬ個性使用は厳重だ。

 僕は将来、死ぬまで忍との関係を続けるつもりだ。

 そんな生活の中で、うっかり吸血鬼パワーを使ってしまうような事があった場合。

 僕は、ヴィランと呼ばれない自信はない。

 だって、怪異という存在が。

 存在感が。

 存在意義が。

 もう既に、人類の敵だから。

 僕は、忍が吸血鬼として人類の敵(ヴィラン)とならないように。

 せめてもの責任感で、ヒーローになる。

 ヒーローならまだ、これは個性だと嘯くこともできると思うから。

 

『かかっ、存外つまらん目標を言ってくれるの。儂がおるのじゃぞ?いっそ、ほれ、あのNo.1を超えるくらい言ってしまっても笑わんぞ』

「笑うよ。お前以外の全員が、僕含めて笑う」

 

 僕はそう言いながらコスチュームに着替える。

 なんてことのない、どこにでも売っていそうな。

 普通のジーパンとパーカーに。

 

 [004]

 

 雄英高校には最近、新しい先生が来た。

 彼が来た。

 No.1ヒーローこと、オールマイト。

 最高のヒーロー。

 最強のヒーロー。

 ナチュラルボーンヒーロー。

 世界的に有名な彼が、雄英高校でヒーローのたまごを育てる先生となった。

 そんな彼の教えるヒーロー学では、実戦訓練のように、対ヴィランを想定した戦闘訓練をしたりしていた。

 僕の今の成績は、よくても中の下くらいだろう。

 戦闘力はそこまで高くない。

 学科は、まあ、数学以外はそれなりだ。

 

『かかっ。名門に入ったのに、そうそうにサボタージュとはの〜。お前様の肝の座り方は中々じゃ』

 

 そう、僕は平日の昼間から、学校にも行かず、町を歩いている。

 こんな所を誰かに見られたら、きっと不良かヤンキーかヴィランだと思われてしまうだろう。

 

「僕は決して邪な思いで学校に行ってないんじゃない」

『かかっ。まるで引きこもることを正当化する、現代の引きこもりのような事を言うのう』

「僕は引きこもっていない!」

 

 僕は不登校でも非登校でも未登校でも無登校でもない。

 確かに登校していないし、登校を拒否しているし、未だ登校していないし、登校する気も無いけれど。

 このサボタージュには理由がある。

 僕が今高校にも行かずここにいるのは、ある種のケジメだ。

 僕がヒーローを目指すためのケジメ。

 僕が半吸血鬼を容認するためのケジメ。

 それは責任と言えるのかもしれない。

 僕のせいで一歩、こちら側に来てしまった彼女への責任。

 忍ともう一人、僕が責任を感じなければいけない相手がいる。

 

「はあ……。おい、そろそろ姿を見せろよ」

「あは♡バレてました?」

 

 振り向いた先。

 細い横道から、彼女は現れる。

 トガヒミコ。

 ヒーロー社会に馴染めない少女。

 猟奇的で乙女チックな少女。

 僕を見つけ、怪異を見てしまった少女。

 彼女が、そこにいた。

 

「毎日つけられたら、流石に警戒もする」

「そーなんですね。てっきり吸血鬼パワーで見つけてくれたんだと思いました」

 

 ニコリと、隈のある目を曲げる。

 その笑顔は、やはり少し不気味だ。

 

「忍ちゃんはいないんですか?いるなら是非会いたいです」

「……いない。それより、僕に何か用があるのか?」

 

 嘘をついた。

 忍はずっと、ここに、僕の影にいる。

 

「前にも言いましたよ?(こよみ)くんの血がみたいんです」

「あれだけ見て、まだ見たいのか」

「もっと沢山見たいです。それと、もっと血塗れになって欲しいです」

「コーディネートが猟奇的すぎる」

「きっと似合います!さあ、真っ赤になりましょう!」

「こんな嬉しくない女の子からの誘いは初めてだ!」

 

 彼女はこういう子だ。

 曰く、血塗れでボロボロの男が好みらしい。

 その性癖に、あの時の僕はぴったりハマってしまったのだろう。

 あの時は本当に、一生分の血を流して、浴びて、ボロボロになっていた。

 

「というか、今日はどうしたんです?確か、暦くんは学校に行ってるはずじゃないですか」

「今日は、お前に用があって来たんだ」

 

 彼女に用がないなら都合がいい。

 ないことはないのだろうけれど、頭から血を浴びるのはもう懲り懲りだ。

 

「私に?なんです?」

「お前、ヒーローを目指す気はないか?」

「ないです。嫌です」

 

 即答だった。

 分かりきっていたことだけど、それでも。

 想定していたより、想像していたより、キツいものがある。

 こうして言葉にして、現実にしてしまったことで、分かってしまった。

 彼女と僕が、どうしようもなく相容れない存在なのだと。

 彼女と僕は、どうしても理解し合えない関係なのだと。

 

「どうしてそんなことを聞くんですか?私、ふつーにヒーローとか学校とか嫌です」

「いや、もしかしたら、トガが真っ当に生きてくれるかも知れないと思っただけだ」

「私にとって、これが真っ当です」

「そうか。そうだよな。そうじゃなきゃ、僕達は出会うこともなかったんだと思う」

「そうですよ。だから、私はヒーローになりません」

「つまんないこと、聞いたな」

「いいですよ、暦くん」

 

 そう言うと、トガは制服のポケットを漁る。

 また、いつものあれが始まる。

 そう確信した。

 

「じゃあ、今日こそ刺しますね」

「嫌だって、もう言っても聞かないのは知ってる」

 

 トガが取り出したのは、ナイフ。

 用途はもちろん、切るため、刺すため。

 彼女は、僕を見つけては切りに来る。刺しに来る。

 僕の血まみれの姿が見たいから、そうする。

 だから僕は頑張って逃げる。

 反撃はしない。

 流石に、うっかり吸血鬼パワーで殺してしまったなんてことになったら。

 責任なんて話もできない。

 

『かかっ。いつもながら、元気なやつじゃの』

「何かいい事でもあったんだろ!」

「はい!暦くんを見つけました」

 

 そんな生活を、あの春休みからずっと続けている。

 

 [005]

 

 翌日。

 担任のプロヒーローに仮病がバレて、それはもう怒られた。

 ヒーローたるもの、なんて一般論ではなく。

 純粋に、人としてその行いを責められた。

 

 朝の説教タイムもそこそこに、僕達は訓練施設へと移動する。

 所謂、救助活動の訓練をするらしい。

 USJだなんて不穏な名前で呼ばれたその施設は、なるほど。

 アトラクションかのように災害を再現していた。

 だから、突然現れたヴィラン達をその訓練の一例だと思うことは、何も不自然なことではない。

 

「本物のヴィランだ!」

 

 担任、イレイザーヘッドが叫んだ。

 USJを担当している13号もそれに頷く。

 ヒーローの名門校に、ヴィランの侵入者。

 異例の事件が幕を開けた。

 

 [006]

 

 広間に集まったヴィラン達。

 イレイザーヘッドは長い階段を降りて、それに単身で乗り込む。

 一見して無茶かに思われた戦力差を、彼は個性と戦闘技術によって埋めていた。

 僕達生徒は、13号先生の指示を受けてUSJ脱出を試みる。

 

「行かせませんよ」

 

 だが、僕達の退路を黒いモヤが塞いだ。

 

『お前様よ!危険じゃぞ、あの黒いの』

「見れば分かる」

『そっちではない。アレじゃ、あっちの黒いのじゃ』

 

 脳内で、忍は僕の視線をある方向へ向けさせる。

 イレイザーの行った、広間へと。

 細身な男の隣にいる、巨大な異形のヴィランへと。

 

「あの、巨大なやつか」

『そうじゃ。アレはおかしい。およそ人らしい生気を感じられん』

 

 個性は身体機能だ。

 異形型と呼ばれる、例えば犬や猫のような姿の個性でも。

 中身は人間であり、人間なら当然、吸血鬼にとっては食事の対象。

 ならば、忍にとってヒーローもヴィランも境なく食料のはずだ。

 そんな忍が、人であるヴィランを見て危険だと言った。

 食べる対象を、危険だと。

 これは、かなり、相当まずい展開なのかもしれない。

 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼が、成れの果てとはいえ。

 危険を感じるほどの存在だということなのだ。

 

「……忍。アレ、倒せると思うか?」

『お前様が限界まで儂に血を分けたとしても、今の儂らでは無理じゃろう』

「日中の上に、相手の個性は不明か。それに……」

『これだけギャラリーがおっては、儂の存在が露見しかねん。無論、それはお前様が一方的に嫌がっておるだけじゃが』

「大事なことだ。それだけは避けたい」

 

 忍の存在。

 怪異の存在がヒーロー達に認知されてしまえば、忍の身が危ない。

 

「私の役目は、バラバラにしてなぶり殺すこと!」

 

 僕たちの作戦が決まるより先に、モヤが動いた。

 僕が少し目と意識を外していた間に何があったのだろう。

 黒い霧が僕らを包み、景色を強引に切り替えさせる。

 これは、ワープってやつか。

 着地をミスって、盛大に背中を打った。

 

「大丈夫か」

「あ、ああ」

 

 背中を向けてそう言ったのは、誰だったか。

 髪の毛の色が赤と白の二色に分かれた、火と氷の個性を持っているやつ。

 起き上がると、彼が手を貸してくれなかった理由が分かった。

 僕達の周りを、顔の怖い人たちが囲んでいる。

 

「まさか、これ全部を相手にしないといけないのか」

「下がってろ。俺一人でやる」

 

 サッと冷気を漂わせる彼。

 思い出した、(とどろき)だ。

 轟は右手を振り上げると、辺りを瞬時に氷漬けにした。

 すごい個性だ。

 轟は、自由を奪ったヴィランを尋問している。

 目的を聞き出すらしい。

 

『それで、これからどうするんじゃよお前様』

「分からない。けど、お前の言う通りなら先生が危ない」

 

 他にワープされたクラスメイトも問題だが。

 みんなで生還するにはやはり、あの怪物をどうにかしなければならない。

 

 

 

 

 

 

 




数話くらいプロットはあります。
人気次第で続けるか考えます。
感想頂けると嬉しいです。


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ひみこハーフ 002

亀更新というタグを追加することにしました。


 [007]

 

 僕達を襲うために。

 オールマイトを殺すために。

 ヴィラン達は現れた。

 その一段の中で、とりわけ恐ろしい存在がいると言ったのは。

 紛うことなく忍だ。

 彼女の話では、あれはもう人間ではないという。

 人間を如何にして定義するかは、生物学や倫理学、あるいは心理学まで必要になるだろうから、僕は結論を出せない。

 これはあくまでも、一人外の、一怪異の王の意見だ。

 人を構成する要素が、過ぎても足りなくても人外だという。

 これは泥とワインの話のようで、そうではない。

 泥に一滴ワインを混ぜてもそれは泥のままだが。

 ワインに一滴泥を混ぜたらそれは泥になる。

 この話の味噌は、良いものは悪くなるが、悪いものは良くならないという。

 自然に残酷な理があるということだ。

 けれど、例えば。

 このワインが、少しぬるくて美味しくなかったとして。

 人はそれを泥だと判断するだろうか。

 それはない。

 たとえどれだけ質が下がろうとも、ワインに泥は入っていないのだから。

 だから、忍の言葉を聞いて真っ先に浮かんだこの話は、結局のところ、関係がない。

 

『いや、そうでもないぞ?』

 

 僕の妄想を、妄言を、忍は肯定する。

 

『人間がワインで怪異が泥なら、お前様は既に泥じゃろう。そして、あの黒いヤツも、泥が混じっておる』

「待て忍。あれは別に、怪異を取り込んでいるというわけじゃないんだろ?なら、異形であれど人間のはずだ」

『いや、あれは足りんのじゃ。人として、人間として定義するために必要な要素がの』

「それじゃあ、ワインから何かを抜いただけじゃあ、泥にはならないだろ」

『そう。抜いただけなら、のう』

 

 忍は言う。

 あれは、あの化物は、足されているのだと。

 ワインとして、人間として足りない何かを。

 泥で、怪異で埋めているのだと。

 

『どれだけ繕っても、質量は変わらん。ワインからワインたらしめるものを抜いたら、それはワイン以外の何かじゃろう?けれど、人はまだそれをワインと呼ぶ。何故か』

「何故だ」

『少しは頭を使えよお前様。答えは簡単じゃ。補っておるから。ワインがワインと呼ぶに足らん部分を、別のもので埋めている。だから、人はまだそれをワインだと認識する』

「その理屈なら、あれは、あの化物はまだ人間じゃないのか?」

『もうお前様も言っておるではないか。あれは、化物だと』

 

 確かに。

 確かに僕はさっきから、最初からあのヴィランを化物だと言っている。

 けれどそれは、その容姿がそうあるだけで。

 正体不明の個性がそう思えるだけで。

 僕は別に、あれを怪異だと思って呼んではいない。

 

『人があれを化物というなら、それはもう怪異みたいなものじゃろう』

 

 だが、忍の言葉に異論はなかった。

 反論はなかった。

 自論を展開するまでもなく、その持論は理解できた。

 それはまるで、僕自身に言われているかのようだから。

 

『何をもってあれを怪異の領域まで引っ張って来たのかは分からん。儂は専門家ではないからのう』

「ああ。それでも、怪異自身であるお前がそういうなら、きっとそうなんだと僕は思う。信じる」

『そうか。それはそうと、もうあっちの話は済んだらしいぞお前様よ』

 

 影の奥、イメージの先から忍が示したのは、(とどろき)のいる方向だった。

 

 平和的に尋問したが、どうやらそこまで重要な話は聞けなかったらしい。

 ヴィラン達の目的を、僕達は知った。

 奴らは、オールマイトを殺す気だ。

 どうやって、という具体的な作戦は、流石に下っ端に教えているということはなかった。

 大雑把に分かったのは、あの化物が関係しているらしいということだけ。

 やはり、あのヴィランをどうにかしないといけない。

 

「轟。少しいいか?」

「なんだ?阿良々木」

 

 名前を覚えられているとは思わなかった。

 まあ、今朝ホームルームで説教を貰ったのだから覚えられていても不思議はない。

 僕は轟に、あることを聞きたかった。

 

「轟は、どれくらい氷を出せる」

「……それを聞いてどうするつもりだ」

「あのデカいヴィランを止める。アレは危険だ」

 

 何が、と轟の目が言っている。

 僕も忍の言葉をそのまま言っただけだ。

 具体的に何がどうとは話せない。

 返事のない僕を見て諦めたのか。

 轟は、作戦の方に話を振った。

 

「奴を氷漬けにするってことか?」

「いや、その方法も取れなくはないけれど、確実じゃない」

 

 相手は怪異の王をして危険だと言わしめる怪物。

 轟には悪いが、火炙りも氷漬けも意味がない気がする。

 本来なら致命傷を受けるような攻撃手段ではあるのだけれど。 

 不死身の怪異を知っている身としては、身に宿している身としては、有効とは思えない。

 

「確実じゃない、か。じゃあ、何か考えがあるんだな」

「考えって程じゃないけど。でも、氷漬けにするよりははるかに時間を稼げると思う」

「時間?なんで時間稼ぎが前提なんだ」

「現状、僕達の全戦力を投入してもやつらを倒せるとは思えない。オールマイトを殺そうと思って、それを実行できるような奴らだからな」

 

 轟は、顎に手をやりながらも頷く。

 彼も実力で雄英に入るような優等生だから、話が分かる。

 僕はヴィランとの戦闘経験が豊富ってことはない。

 むしろ、今日が初陣だ。

 でも、僕は怪物と相対するのは初めてでない。

 吸血鬼を狩れるほどの相手とも、吸血鬼そのものとも戦ったことがある。

 その経験から言わせてもらえば、僕らに勝ち目はない。

 だから、いかに被害を出さずに生還するかが重要になってくる。

 

「僕は、個性で怪我の治りが早いんだ。長期戦に向いてる」

「……俺は、阿良々木の援護をすればいいんだな?」

「違う。轟には、別の役目を頼みたいんだ」

 

 彼がどれだけ高いプライドをもってヒーローを目指しているか、僕は知らない。

 仮に、ヴィランに背を向けることは許さないなんて考えを持っていたら。

 きっとこの作戦は、作戦なんて呼ぶにはあまりにもお粗末なこの策は、成立しない。

 

「轟には、他のみんなを氷で守って欲しい」

 

 

 [008]

 

 

 僕と轟が移動し、ヴィランが集まっている広間に着いた時には既に、状況は最悪だった。

 僕らの担任、イレイザーヘッドはあの化物に倒され、地に伏せている。

 そのイレイザーを押さえつけているヴィランには、一切のダメージが見受けられない。

 つまり、プロのヒーローですら全く歯が立たなかったということだ。

 僕はアイコンタクトで轟に指示を出す。

 意図を素早く察してくれた轟は、イレイザーの方へと氷を伸ばした。

 地面を這うように伸びる氷に、ヴィランの体は拘束される。

 両腕と両足が氷漬けになったヴィランを、吸血鬼パワーで殴る。

 轟に隠れながら、忍に血を分けた。

 今の僕は、通常時よりも吸血鬼の力を発揮できる。

 氷ごとヴィランの腕を砕き、がら空きの顔面の殴ってイレイザーの上から吹き飛ばした。

 いや、吹き飛ばそうとした。

 僕の攻撃が効いていないのか、ヴィランはびくともしない。

 まさか、ここまでの強さとは思っていなかった。

 僕はとにかく急いで、できる限りの速さでイレイザーを引っ張ってその場を離れる。

 

「あ、阿良々木、か……?」

「先生。よかった、まだ意識はある。轟」

「ああ」

 

 僕はイレイザーを轟に預ける。

 イレイザーに肩を貸しながら、轟はふぅと息を吐いた。

 

「いいんだな、阿良々木?」

「やってくれ」

 

 僕はそれ以上何も言わない。

 何も言わず、振り向かず、走り出す。

 よかった。

 轟が賢くて、冷静で、何より少しでも僕のことを信じてくれていて。

 

『かかっ。あれは信じてるわけじゃなかろうよ』

「だな。相性の問題だからこそ、分かってくれたんだと、僕も思ってるよ」

 

 

 轟には、あのワープゲートの対応を頼んだ。

 僕が知っている限り、範囲攻撃できるクラスメイトの中で轟が一番、奴と相性がいい。

 ワープが追いつかない程の手数と範囲で攻めれれば勝機はある。

 そう、彼を説得した。

 

『それにしても、無茶な作戦を考えたものじゃのう。無理な話じゃと、儂は最初から言っておるのに』

「けど、これが一番、被害が出ない。……無理をかけて悪いな」

『仕方あるまいよ。我が主様からの命令となれば、従順な従者は従わねばならん』

 

 僕に彼女をどうこうしていい権利なんて、きっとないのだろうけれど。

 それでも僕は今、彼女を頼らなければならない。

 彼女の力を借りて、力を貰って、立ち向かわなければならない。

 それも、勝てないと分かっている相手に。

 僕はなんて、自分勝手なのだろう。

 こんな、地獄への片道切符のお供に。

 散々ひどい目に合わせた僕が、彼女を誘うなんて。

 なんて、酷い話だ。

 

 僕の後ろがやけに冷たい。

 本当に良かった。

 轟が、僕の後ろに巨大な氷壁を築いたのだと、見なくとも理解できる。

 大きな氷なら、光の屈折で向こう側を見えなくすることは不可能じゃない。

 やがて、大きな氷は僕と二人のヴィランを囲むように展開される。

 完全に円形にはなっていない。

 氷はアルファベットのCのように僕らを囲んでいる。

 轟が体への負担をそこまでかけずに出せる最大量。

 これだけあれば、僕は、僕らは戦える。

 

「は……?何、なんだよお前ら(・・・)

 

 大男の奥で、細身のヴィランが零す。

 何だろうな、僕らは。

 ヒーローと呼べるほど、僕らは正義に生きていない。

 魑魅魍魎と呼べるほど、僕らは怪異に染まっていない。

 

『なんでもよかろう。儂らがなんと名乗ろうと、儂らがすべきことはなにも変わらん』

「……そうだな」

 

 僕らは半端者で、半人前で、半分人でも怪異でもないけれど。

 僕が人足りえない部分を、忍が補って。

 忍が鬼足りえない部分を、僕が補って。

 それで、英雄にも怪異にも成り切れない僕らは、ここにいる。

 

「けど、ここは名乗るところだぜ。名乗りを上げるところだ。ヒーローはかっこよく決めるもんだろ」

「かかっ。よもや儂が、ヒーローの片割れとは、長生きはするものじゃ」

 

 僕らは並び立つ。

 隣同士に並んで、立ち向かう。

 巨大な化物、強大な怪物、凶悪なヴィランに僕らは歯向かう。

 

「雄英高校一年生、阿良々木暦」

「忍野忍じゃ」

 

 背水の陣ならぬ、背氷の陣。

 泳いで逃げる選択しすら無くし、人と鬼は臨戦態勢にはいる。

 目的は時間稼ぎだけれど、別にあれを倒してしまっても構わない。

 不死身の吸血鬼が死亡フラグだなんて、ブラックジョークにしても笑えない。

 

 

 [009]

 

 

 怪異の王。

 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。

 キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。

 彼女の全盛期は、オールマイトの全盛期に匹敵する。

 本当に手合わせしたことはないようだったけれど。

 彼女が言うには、持っている力が五分でも、不死身である以上オールマイトは敵ではない。

 なら、もしも不死身じゃなかったら、と僕は聞いた。

 彼女はいつものように笑って、言った。

 不死身性を欠いた段階で、既に全盛期ではないと。

 なら、その全盛期でない彼女は、この光景をなんと言うだろうか。

 僕がついさっき、吸血鬼の腕力で粉砕したヴィランの両腕が、生えた。

 再び生えて、再生しているこの現状を、彼女はどう思うのか。

 

「超再生、と言ったところかのう」

「ここまで早いと、吸血鬼なんじゃないかと疑いたくなるな」

「再生能力は吸血鬼のスキルじゃが、別に専売特許という訳でないぞ。もっとも、儂から見てもこの早さは異常じゃ」

「異常にして異形にして異色のヴィラン、ってところか」

「かかっ。随分と格好のついた呼び名ができたものじゃ」

 

 巨体の黒いヴィラン。

 見るからに近接パワー型で、格闘が基本戦闘のイレイザーヘッドを圧倒するほどの力がある。

 その再生力は、完全に粉砕した両腕がすぐに生えてくるほど。

 そして、さっき殴った感じ、恐らく僕の全力の拳でもダメージが入るのかは微妙なところだ。

 

「更に言うなら、オールマイトを倒せる奥の手もある、か」

「そう考えておいて問題ないじゃろうな」

「……さっきからさ、何をごちゃごちゃ言ってんだよお前ら」

「そりゃ、お前らを倒す算段に決まってるだろ」

「あっそ。んじゃあ、その俺らに倒されても文句ないよなぁ?」

 

 不機嫌そうに首を搔く細身のヴィランは、顔に付けた()の奥で不気味に笑う。

 倒す、なんて生半可なことはしてこない。

 もっと残虐に、残酷に、残忍に襲って来る。

 

()れ、脳無」

「お前様!」

 

 脳無と呼ばれたヴィランが動く。

 いや、動いた、と言うべきだろうか。

 なぜなら僕は、その動く前と後しか認識できていなかったのだから。

 吸血鬼の濃度を上げてなお、僕の現在の身体能力ではあの化物に追い付けない。

 そう理解させらたのは、僕を庇って、背後の氷へと叩き付けられた忍を見たからだった。

 

「かはっ……」

「し、忍っ!」

 

 脳無の大きな手の平で鷲掴みにされた忍の頭が、氷にめり込んでいる。

 僕よりもまだ、戦闘力が高い忍が一瞬の内に、一つ瞬きしている間にやられた。

 けれど、そんな絶望的な状況に、僕は恐怖していなかった。

 恐怖よりも、憤怒していた。

 自分自身に。

 不甲斐なく、不遜で、不死身な自分が情けなかった。

 

「その手を、離せっ!」

 

 今は昼だ。

 今の僕の再生能力がどれほどかは分からないけれど。

 それでも、一撃くらいは耐えてみせる。

 全盛期を終えさせられ、窓越しながら日光を浴び、力の半分も出せない忍が体を張ったというのに。

 僕が、ここで引けるわけがない。彼女を助けないわけがない。

 拳を握り、人体の弱点である頭へと僕は全力のパンチを見舞う。

 だが、そんな抵抗を感じていないかのようにヴィランは、脳無は忍を握る手に力を込めた。

 

「やめろ!離せ!離せっ!」

 

 忍を掴んだ右腕にしがみつき、殴って、蹴って、引っ張る。

 それでも、脳無は微動だにしない。

 ここのままでは、僕は何も出来ないまま忍を──。

 

「そのまま掴んでおれ、お前様」

「忍っ!?」

 

 声を聞いた直後、忍の両手が脳無の腕へと突き刺さる。

 鋭い爪を腕に刺した忍は、奴の手を中心にして回転し始める。

 まるで工作機械のように、回転する爪という刃物は、脳無の腕を、上腕を切断した。

 反撃によって片腕を失った脳無は、左で拳を握る。

 流石に、この距離では躱せる気がしない。

 だがこれ以上、忍へダメージは与えたくない。

 両腕をX時に組んで、僕は前に出た。

 

「ぐっ……」

 

 抵抗むなしく、僕は忍ごと左フックを食らって吹っ飛んだ。

 

「お前様よ、いくらなんでも無茶し過ぎじゃ」

「無茶は、お前だってしてるだろ……それに、無茶苦茶に無理難題なのは、最初から分かってたさ」

 

 とはいえ、やはり痛い。

 痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 両腕が完全に複雑骨折している。

 肘より先はもう、痛み以外の感覚がない。

 動かそうと力を込める度に、砕けた骨が筋肉へと刺さるような激痛に襲われる。

 そして、僕がそんな痛みに耐えている間に、脳無の片腕は完全に生えていた。

 

「無駄だぜ?そいつはオールマイトの攻撃も耐えれるくらいの『ショック吸収』があるんだよ!お前らみたいな、チビ共に倒せるかよ」

 

 そんなことを、細身のヴィランは自慢気に言ってきた。

 確かに、僕の身長は平均よりも小さい。

 だが現在10歳くらいの忍と同等に語るくらいに、僕は小さいだろうか。

 できればそこまで小さいとは、思いたくないのだけれど。

 

「おい、お前様よ。くだらん事を考えてる場合じゃないぞ」

「分かってる。打撃はほぼ無効で、斬撃を当てようにもすぐに再生してくる。かなり、きついな」

「おまけに馬鹿力じゃ。儂が支えておらんかったら、さっきのでお前様は完全に死んどったぞ」

 

 庇ったつもりだったが、それで庇われていたとは。

 我ながら格好つかない話だった。

 仕方ない。この後、挽回しよう。

 

「それで、忍。何か策はあるか?」

「最後まで他力本願なところが、我が主様らしいのう……」

「何を言ってるんだ。僕とお前はもう一心同体みたいなものだろう。僕が僕に頼ることは、他力に頼っているわけじゃない」

「やれやれ、そこまで開き直られては呆れて拳も出んわ」

「お前、僕を殴るつもりだったのかっ!?」

「しかし、一発かましてやるのは、一矢報いてやるのは、彼奴が先じゃろうよ」

「待て忍。お前が僕を殴る気だったことが否定されていない」

「ほれ、構えろお前様よ。儂がとっておきの策を用意しておるんじゃぞ」

 

 それはありがたい。

 ようやく痛みが消え、動かせる両腕を確認しながら、僕は奴を見る。

 僕らが今、相手にすべき強敵、敵、ヴィランを僕は見る。

 次、奴が何をして来ても、僕が忍を守るために。

 

 

 

 

 

 




更新遅くて申し訳ないです。
ちょくちょくですが書いていきたいと思います。

感想頂けると励みになります。
更新も早まる、かもしれません。


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ひみこハーフ 003

久しぶり所ではない更新。
果たして読んでくれる人はいるのだろうか


 [010]

 

 氷で囲まれたこの広間で、僕と忍は時間稼ぎに徹することを決めた。

 轟がワープゲートを止め、救助が来るまでの間、僕らはここで耐える。

 だが、いくら吸血鬼もどきと吸血鬼の成れの果てのツーマンセルとはいえ。

 あの化物の攻撃を耐え続けるのは、無理だ。

 だから忍。お前に賭けるぞ。

 正直、僕じゃあれをどうにかする策は浮かばない。

 

「分かっておるわ。だから、死ぬなよ、我が主よ」

「分かってる。だから死ぬなよ、忍」

 

 僕らは互いを補い合う。

 彼女が明日死ぬと言うなら、僕の命は明日まででいい。

 今彼女が死なぬと言うなら、僕はまだ死ねない。

 

「脳無!」

 

 細身のヴィランが叫ぶ。

 一貫して足掻く僕らに、どうやら気を悪くしたらしい。

 向かってくる怪物。

 今度はもう、瞬きはしない。

 一度攻撃を耐えられたからといって、次も耐えれる保証はない。

 そもそも忍の援護ありでギリギリ繋ぎ止めた命だった。

 だが、それでも僕には、忍がいる。

 脳無は大きく振りかぶった右拳を、僕へと振り下ろす。

 ガードなんてしても無駄なのだから、仕方ない。

 僕は持てる全ての力を使って、逃げる。

 当然の事ながら、僕の力ではあのヴィランのパンチを躱すことはできない。

 半身分動いた僕の左腕を、ヴィランの右拳が撃ち抜き。

 僕の左腕は、肩から下が丸々どこかへ吹き飛んだ。

 血が溢れ、傷口に痛みと熱さが集中する。

 

「これで、いいんだな……忍……」

『ああ、上出来じゃよ』

 

 そう、僕の影の中(・・・)で彼女は応えた。

 化物が襲って来る寸前、忍は僕の影に避難した。

 こうすれば、狙いは自ずと僕になる。

 そして、ここからが忍の策、作戦の本節だ。

 僕の影の先、脳無の背後から、忍は姿を現す。

 完全にヴィランの死角に入った忍は、そのまま脳無の体へ飛びつき、その太い首筋に歯を、牙を突き立てた。

 

「──────っ!」

 

 獣のような呻き声がコダマする。

 どうやら、効き目はあるらしい。

 エナジードレイン。

 吸血鬼の特性。特徴。特技。

 血を吸うことで、相手の力を、精力を、エネルギーを吸い取る。

 いくら打撃に強かろうとと、どれだけ再生能力が強かろうと、どんなに力が強かろうと。

 そもそものエネルギーを奪われてはどうしようもない。

 そんな、エナジードレイン耐性なんていう、対吸血鬼用の個性を持っているというならどうしようもないけれど。

 忍の予定通り、予想通りに、奴は膝を付く。

 やがて、全身に漲っていたはずの力を失い、脳無はその場に倒れた。

 

「は……?おい、おいおい、なんだよそれ。そんなの、ズルだろ、チートじゃねぇか……」

 

 細身のヴィランは、また首を搔きながら文句を言っている。

 確かに、これはズルだ。

 僕は頼らないなんて言っておきながら、結局こういう時、危機的状況で忍に頼っている。

 でも、僕もそれなりに体を張ったのだし。

 クラスメイトにも被害が出ていないというのなら。

 一件落着ってことに、ならないだろうか。

 ……僕の意識は、そこまでだった。

 

 

 [011]

 

 後日談というか、今回のオチを、僕はまだ語れない。

 何故ならこれは、僕と彼女の物語だからだ。

 僕と、彼女。

 阿良々木暦と、トガヒミコの物語だからだ。

 起承転結というテンプレートをなぞるなら、これはまだ転に至っていない。

 この物語は、僕が傷つき倒れたことから始まる。

 始まることで回り出す、転々とする物語だ。

 

 [012]

 

 僕がUSJ襲撃事件の結末を、事の顛末を聞いたのは、翌日の昼だった。

 あの怪物との戦闘の後、僕は出血多量によって意識を無くした。

 その数分の後ちにオールマイトが駆けつけ、ヴィランたちは去っていたらしい。

 忍はギリギリ僕の影に身を潜めたようで、他のクラスメイトや先生には見られていないようだ。

 個性を予め知っていた学校側は、僕の飛ばされた腕を回収して繋いでくれていた。

 吸血鬼の再生能力と現代の医療で僕の左腕はしっかりと動く。

 そんな僕は今、病院のベッドの上だ。

 一気に血を流したせいでかなり貧血なのだ。

 輸血と点滴を受けながら、今は体を休めている。

 

『かかっ。流石に焦ったわ。お前様があれだけ血を流して倒れておるのに、儂は影から出られんかったからのう。そのままうっかり死んでしまうのではないかと思っておったぞ』

「縁起でもないことを言うなよ。……それより、助かった。ありがとう、忍」

『礼には及ばん。どうしてもというなら、ドーナツを所望するがのう』

「分かった。今度また、買って来てやるよ」

『次は儂も行くぞ』

「僕が行くのは日中のつもりだったんだが」

『問題ないわ。儂も今は、真っ当な吸血鬼とは言えんからのう』

「そうか。それじゃ、学校帰りにでも寄ろう」

『かかっ。それは楽しみじゃのう。なら、寝坊せんように、今のうち寝ておこうかの』

 

 などと、言い訳のように言う忍は、やはりというか存外、疲れている。

 もともと吸血鬼は日を浴びて生きていられない。

 吸血鬼性をかなり失ってなお、彼女はまだ吸血鬼だ。

 直射日光を限界まで避けたとはいえ、血を与えて強化したとはいえ、負担をかなりかけてしまった。

 これは20や30ドーナツを買っただけじゃ返しきれそうにない。

 まぁ、そんなことは、明日の自分に任せよう。

 僕もまた、消耗している。

 忍のおかげで再生能力は上がっているのだけれど、肉体以上に精神が疲れている。

 あれだけ死を間近に感じながら戦うのは、思えば初めてだった。

 不死を無くして初めて死を感じるなんて、鈍感だとか朴念仁だとか言われても仕方ない。

 仕方ないから、僕は寝る。

 もうすぐ、赤い夕日が落ちる頃だ。

 

 [013]

 

 

 欲求不満の話をしようと思う。

 欲とは、欲求とは、欲望とは何か。

 生きていくために必要な何かだと、僕は考えている。

 その必要な何かがないというのは、あるいは、何かを失うというのは、とても苦しいもので。

 だから、欲求に逆らうというのは、言うまでもなく辛いことだ。

 ところで、人間の三大欲求をご存知だろうか。

 僕は今、人間でも吸血鬼でもあるけれど、それでも人間的な欲がないわけじゃない。

 そんな僕が言っても、いや、そんな僕だからこそ言えるのだけれど。

 僕は、起こされるという事象が好きじゃない。

 もっと有り体に言えば、嫌いだ。

 だが、そんな嫌いな行為でも、理由があればなるほど。

 感情とは裏腹に、起きてしまうしまうものなのだと。

 僕は、この静かな夜の病院で体験することになった。

 

「おはようですっ、暦さんっ」

「この分だと、僕は永遠におやすみしてしまいそうだけどな」

「大丈夫ですっ。急所は外してます」

「なにも大丈夫じゃないけどな!」

 

 目覚めてすぐに、僕はトガに馬乗りにされていた。

 この表現だと、まるで彼女が夜這いに来たようだけれど。

 どちらかと言えば、夜に這いよる混沌のようだ。

 クトゥルフ神話も真っ青になるほど、僕の服とベッドのシーツは真っ赤になっていて。

 貧血で頭が真っ白になりそうな僕は、現状お先真っ暗だ。

 まぁ、でも、彼女が僕を殺すことはない。

 今は夜、それも深い夜だ。

 僕の吸血鬼性は、昼間より一層強まっている。

 だから、体を数十か所刺されたくらいなら、問題は大有りだけれど、命に別状はない。

 

 

「それで、お前はどうやってここに来たんだ?トガ」

「ニュースで見ました。暦さんが、病院に運ばれるところ」

「僕が聞いているのは、この真夜中の病院にどうやって入って来たのかということだ」

「わたし、こういうの得意なんですっ」

 

 ストーカー行為も極めれば特技、ということだろうか。

 そんなことを誇らしげに言われても、僕は褒める気にはなれない。

 むしろ、他に聞くべきこととか、言うべきことがあったはずなのだ。

 僕がまるで忘れていたかのように、そういうことを聞かないのは、言わないのは、僕が彼女はそういうことをする子だと知っているからだ。

 

「けど、まぁ、一応聞いておく」

「なんですか?」

「なんで、僕を刺してる」

「暦くんの血が見たいからです」

「そうだよな。知ってた」

 

 つまりはそういうことだ。

 彼女はどこまでも猟奇的で、サイコパスで、恐ろしい。

 何より、彼女がその行為を、好意で行っていていることが怖い。

 今一度確認するけれど。

 これは僕と彼女の物語だ。

 血によって地獄を見た、地獄のような春休みを経験した僕と。

 血によって地獄を知り、地獄のような春休みを眺めた彼女の。

 イカれているほどに、居た堪れない、歪な物語だ。

 

 




感想、高評価ありがとうございます!
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