俺の家にTASがやって来た (ニコnc)
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TASさんの襲来
TASさんと言う変な人


「TASです」

「は?」

 

 ピンポーンと聞こえて出てみれば、そこにいたのは一人の少女。

 開けてみれば開口一番意味不明な言葉。

 俺は唖然として少女の顔を見る、

 少女は俺の方に軽く手を置く。

 

「あの……」

「私はTASです。それ以上でも以下でもありません」

 

 誰なんですか、と言おうとしたが先に答えられてしまう。

 ちょっと怖いんだけど、なにこれ。

 

「な……」

「貴方が選ばれたからです」

「しゃべ……!」

「すいません。どうして先読みしてしまうんです」

 

 それもうTASじゃねぇ、別のなんかだよ。

 てかアパートで朝早くとかからなんの地獄なんだろうか。

 まだ六時なんだけど、寝させろよ。

 とにかく俺は一旦部屋に入れる。

 

「俺に喋らせろ! 先読みすんな!」

 

 早口でなんとか言い終える。

 それに対してTASと名乗る少女は軽く頷いた。

 

「で、何の用?」

「あなたの生活をアシストします」

「……どゆこと?」

「こういうことです」

 

 そう言うと近くに置いてあったスマホを手に取る。

 そして軽く操作すると、俺にあるものを見せて来た。

 それはL◯NEでたまたま届いたよくわからない懸賞。

 酔った勢いで送ったのを忘れていた……。

 

「て、ちょっと待て。お前俺のスマホのロック」

「些細な問題です」

「どこが!? 大問題なんだけど!?」

 

 俺のセキリュティ、どうなってんの。

 いやそれ以前の話だ。

 このTASっての、ヤベェよ。

 

 TAS自体どんなものかは知っている。

 なんの略称かは知らないが、フレーム単位でやっていることは知っている。

 それでとんでもないゲームのプレイを見せると言うことも。

 ちなみにここまで現実だ、ゲームではない。

 

「えっと……TASちゃん? TAS?」

「どちらでも」

「まぁTASでいいや。えっとだな、とにかく……そのなんだ、帰ってくれ」

「気に入りませんでしたか?」

「気にいる気に入らない以前の問題なんだが!?」

 

 こんなの家に置いておけるわけがない。

 そもそも、一人で生活するのに精一杯だと言うのに、一人増えたら俺の生活は完全に終わる。

 それにとにかく帰ってほしい。

 女の子家に置いてるのか近所で何言われるか分かったものではない。

 

「無理です」

「いや帰って」

 

 そう言って俺は無理やり、外に押し出した。

 一回ドンドンとドアを叩く音が聞こえたが、無視をする。

 するとそれはすぐにやむ。

 外で声も音も聞こえなくなった。

 ドアの覗く穴から外を見てみると誰もいない。

 帰ってくれたことにホッとして、後ろを見た。

 

「帰れません」

「うぎゃあああああああッ!!!?」

 

 叫び声を上げて尻餅をつく。

 さっき外に追い出したはずの少女が目の前で座っているのだ。

 驚かない奴が果たしているだろうか、いやいない。

 

「な、なな、ななな、なんで……!?」

「そこ、0.1秒ズレが起こるんです。その瞬間狙って……」

 

 と長々と語り出す。

 なんでもいいから助けてほしい。

 ガバの神様でもいいからマジで助けてくれ。

 

「あー……つまり。絶対に、鉄の意志で、帰らないと」

「そうです」

「……頼むから、帰ってくれ」

「いやです」

 

 色々最悪だが、これが俺とTASの出会いである。

 この日から俺の生活は徐々に……あーいや違う。

 もう既におかしくなっていた。



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TASさんと青年

 俺の家にそれは住み着いた。

 いくら追い出してもあの手この手で入り込んでくる彼女の名は『TAS』。

 軽く調べてみると『ツールアシステッドスピードラン』の略称らしい。

 

 そんな彼女の特徴は普通の人とは大きく違うその美貌。

 どちらかと言うと可愛さだろうか、ステータス表示があったらカンストしてそうだ。

 巷じゃ金髪幼女なんて呼ばれているが目の前にいるTASは銀髪無表情。

 幼女かどうかと問われると微妙な位置にいる。

 

「浩一さん。私は貴方の生活をアシストするためにいます」

 

 ほーら見ろ。

 名前言ってもないのに俺の名前を知ってやがる。

 俺のプライバシーはどうなっているのか気になるところだ。

 

「はぁ……じゃあ聞きたいんだけど、アシストって何してくれんの?」

 

 俺はもう、こいつを帰す事を諦めた。

 ドアは破壊されたし、テーブルが床に埋まってるし、電球がラジオになったし。

 もうやだ、色々辛い。

 

「何か、と問われるとありとあらゆることとしか……」

「えっとつまり、ドラ◯もん(何処ぞの青狸)と同じと考えて良いのか?」

「そうですね。理論的には多分合ってます」

 

 果たして理論的かとなるが、もう気にする気にもなれなかった。

 しかしドラ◯もんと同じか。

 なんでも出来る、ね。

 

「じゃあなんか腹減ったな。作ってくれよ」

「わかりました」

 

 ……残念ながら、俺の家の冷蔵庫はビールしかない。

 飯なんてコンビニで買ってきてってぐらいだから。

 おまけに今はお金がない。

 料理なんて作れるはずがないのだ。

 

 ガチャっと言う音ともにTASが冷蔵庫を開ける。

 しかし冷蔵庫には勿論何も入っていないので、見つめるだけである。

 

 少しするとビールを一本、二本と取り出す。

 と言うか二本しかないからそれ以外取り出すものがない。

 そして勢いよく冷蔵庫を閉める。

 

 次に床に埋まっているテーブルを勢いよく引き抜いた。

 そしてドンってしっかり置いて、軽くテーブルの上を払う。

 

「な、何してるんだ……?」

 

 つい気になって聞いてしまう。

 彼女はかも当然かのようにこう言った。

 

「料理ですが?」

 

 いや何処が? 

 なんでビール出してテーブル引っ張り出して、それで料理って言えるんだ……? 

 

 俺が幻覚を見てんのかな……。

 

 軽く目を擦って見てみるが、やはり変な行動を取っている。

 次はパカパカと冷蔵庫を開き閉めし始める。

 一定のリズムで、何度も何度も。

 

 そしてビールを一本手に取ったかと思うと全力で振った。

 コレでもかってぐらいとにかく振った。

 

 最後に全力で冷蔵庫に投げ入れて閉めた。

 とんでもない音がしているが、もうこの際だから全て任せることにする。

 壊したら弁償してもらおう。

 

 そしてもう一度冷蔵庫を開けると中には()()()()()()

 

「え?」

 

 俺は間抜けな声を出して、それを見る。

 なんせさっきビールを投げ入れたのに何もなくなっているのだ。

 驚かない方が無理があるだろう。

 いやさっきから驚いてばっかだけどさ。

 

「ちょちょちょ……ビール何処行ったんだよ!?」

 

 しかしTASは気にする様子はなく、冷蔵庫に手を突っ込んだ。

 そして何かを取り出すような行動を取る。

 その手には何もないのに。

 

 もしかして俺じゃなくてTAS(彼女)がおかしいのか? 

 ……もう考えたくないな、うん。

 

 その見えない何かを持ったまま、皿を取り出してテーブルの上に置く。

 

「……えっと?」

「完成です」

「な、何を作ったんだ?」

「『無』です」

「ごめん。ちょっと何言ってるのかわからない」

 

 なんだよ『無』って。

 もうコレ新手の詐欺かなんかだろ。

 そもそも食えって言うけど……見えないし。

 

「……コレ、食えないだろ」

「確かにそうですね」

 

 そう言ってフォークを取り出した。

 いやそこじゃない。

 確かに食器がなかったら食えないけどさ、それ以前の問題なんだよ。

 

 取り敢えず俺はフォークを手に取る。

 TASのなんとも言えない視線が突き刺さる。

 俺はその手にあるフォークを動かして、『無』に刺す。

 何も見えないが、それを口に運ぶ。

 

「……なんも味しないんだけど」

 

 そもそも食べてる感触すらない。

 やっぱりコレ、新手の詐欺だろ。

 TASの方を見ると、相変わらずの無表情のまま言った。

 

「当然でしょう。だって刺さってないですから」

「じゃあ刺した時に言ってよ!?」

「いえ、新しいギャグかと思いまして……」

「どう見たらそう見えんだよ!」

 

 次こそはと、指を指してもらいそこに刺す。

 刺した時に感触はない。

 もう一度フォークを口元に運んだ。

 一度噛んでみる。

 

「ん? んん?」

 

 なんかよくわからない感触が口の中でしている。

 グニョグニョしていて、それでいてジャリジャリしている。

 だけど硬いようでとても柔らかく、それでいて新感触。

 一言で表すなら……気持ち悪い? 

 

「でもなんだこれ……美味いな」

「お口に合ったようですね」

 

 感触のせいで味を楽しめないんだけどな。

 

「……なんでだろう。なんか納得できない」

 

 俺はそのよくわからない感触と、例えようのないそれを味わいながら、これからどうしようか考えたのだった。



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TASさんとお出かけ

 随分とボロ腐ったアパート。

 それが俺の住んでいるところだ。

 トイレは一つ、しかも共用。

 引っ越したいところだが、何せ金がない。

 基本的に臨時バイトしかしないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

「TAS」

「はい」

「さっき俺は『無』を食べたよな」

「はい」

「一つ聞かしてくれ。なんで俺の腹の中で音楽が鳴ってるんだ?」

 

 聞いたことがあるようでない音楽。

 それがずっと腹の中で流れていた。

 と言っても周囲には聞こえていないようで、聞こえているのは俺だけのようだが。

 

 てかこれあれだ、ゲームのエンディングで流れる曲によく似ている。

 似ていると言うかそのものに近い。

 なんだか少し怖くなってきた。

 腹、破ったりしないよね。

 

 TASは言う。

 

「それはエンディングですね。十分もすれば消えます」

「そっか……いやなんのエンディングだよ!?」

「…………」

「なんか言ってよ! 不安になるんだけど!?」

DOD(ドラックオンドラグーン)です」

「よりにもよって!?」

 

 もう腹の中の音楽は気にしないことにした。

『無』が美味しかったのは確かなことだから。

 美味しかった、美味しかったんだ。

 

 半分くらい虚無になりながら、歩く。

 今俺たちは少し出かけていた。

 俺の格好は黒パーカーと適当なズボン。

 で、問題は隣を歩くTASである。

 

 ちょっとサイバーなよくわからない服を着ている。

 だから今日はなけなしの金でTASの服を買うことにした。

 

 出かける前は少し苦労した。

 だって出かけると言ったら、TASが突然アパートの二階にある鉄柵に尻くっつけて『ケツワープ』とか言うものの解説を始めたんだもん。

 それではどうぞ。と言われた時はどうしようかと思った。

 が、なんか壁に埋まりそうな気がしたため断固として拒否した。

 

 そのため今はこうやって歩いている。

 歩いているはずなのだが……。

 

「普通に、普通に歩けないのかな?」

「普通に歩いていますが?」

「何処が普通なんだよ!? 立って歩いていると言う点では普通だけどさ! 前行ったり後ろ下がったり、壁にめり込んだりしなくていいでしょ!?」

「乱数調整中です」

「……もうやだ」

 

 結論から言うと諦めた。

 とにかく気になってしょうがないが、極力無視をすることに決めた。

 腹から流れる音楽のおかげで、少し無視することができたのが、なんか悲しかった。

 

 スマホの画面を見る。

 今は午後の一時を指している。

 昼頃ってやつだ。

『無』を食ったが結局『無』だからか腹は膨れない。

 そう言えば……。

 

「TASってお腹とか空いたりするのか?」

「はい。一応空きますよ」

 

 と、壁に埋まったまま答える。

 ならば普通に暮らして行く上で食費が二倍。

 ……二倍、かぁ。

 

 軽く溜め息をついてスマホの画面に視線を戻す。

 

「悩み事ですか?」

「悩みのタネが大きすぎてね」

 

 本当にでかい、とてもでかい悩みのタネであった。

 

 ほんの少し歩いていると、大通りに出てくる。

 壁はなくなり道路がいくつも交差している。

 

 そして奥の方に見える四つの大きな建物。

 それがこの町一番のデパート。

 名前は確か『ビナーデパート』だったはず。

 全三十階の四号館で構成されており、近所じゃ迷宮なんてあだ名がつけられたりしている。

 

「ここですか」

「ああ。大きいだろう?」

「壁抜けしやすそうですね」

「…………そりゃよかった」

 

 俺は何とも言えない気分のまま、TASと共にデパートへと入っていった。



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TASさんとエレベーター

 TASとデパートへやって来た。

 今日は休日ではないため、そこまで人は多くない。

 それが唯一の救いか。

 TASの奇行を見られることがないのが。

 

「それでー……あー……もう帰りたいんだけど」

「来たばかりだと言うのに、何故ですか?」

「お前だよッ! 十割ッ!! お前ッ!!」

 

 もはや壁を認知できていないのではないか。

 見るのに完全に慣れたよ。

 まだ出会って数時間だと言うのに慣れちまったよ。

 壁抜けするのを見るのに。

 

 隣で壁抜けをしながら歩くTAS。

 気になるのだが見慣れてしまっていた。

 とにかく、と前のエレベーターを見る。

 一階から三十階まで移動できる、ビナーデパートのエレベーターだ。

 と言っても、それなりに時間がかかってしまうのだが。

 

「えっと取り敢えず……まずは軽いものから……服、か?」

「何階ですか?」

「十五階。四号館全て服が売ってる」

「そうですか」

 

 チーン、と言う音ともにエレベーターがつく。

 乗る客は俺たちだけで他に誰もいない。

 流石に普通に乗ってくれるだろうと思い、二人でエレベーターに乗ってボタンを押そうとした。

 しかしその瞬間、TASに止められる。

 

「……おい、何する気だ?」

 

 普通に嫌な予感がしていた。

 TASは何も言わずにドアを閉める。

 そして俺の方を見た。

 

「……?」

 

 ペチンッ!! とエレベーター内で音が響く。

 俺は突然、何が起きたか理解ができずに頬を抑える。

 

「え? ……ええ? は? なっ……えぇ……?」

 

 普通に、と言うかかなり痛い。

 突然ビンタされると、こんなにも痛くなるものだろうか。

 そして僅か数秒で何十回とボタンを押す。

 同じボタンではない、各階バラバラだ。

 法則性をクソもないように見えるが、最後に一個上の階の二階を押す。

 

 少しするとエレベーターが動き出す。

 チーンと、二階へ着いた音がする。

 扉が開けばそこはまさかの十五階。

 服がズラリと並ぶ十五階だった。

 

「ねぇ、なんで俺叩かれたの?」

「『無』を起動したからですけど?」

「……起動するのって、殴る必要あるの?」

「…………」

「なんか言えよッ!?」

 

 また腹の中で音楽が鳴り始める。

 さっきようやく落ち着いたばかりだと言うのに。

『無』を起動したとが原因なのは確実である。

 

 てか、叩かれてワープするぐらいなら普通に行った方がよかっただろ、絶対。

 

「ところで、誰の服を買いに来たんですか?」

「お前以外に誰がいるんだよ」

「私の服ですか。別に要りませんけど」

「だってそれじゃ出かけれやしないだろ?」

「少し待っててください」

 

 と言って、袖口のボタンを軽くいじる。

 少しすると、まるでバグのようにノイズが走って、服が変わり果てた。

 全く別の服で、周囲の光景にあった完璧な服だった。

 

「…………最初から、言えよ」

 

 どうやって変えたのかを聞けば、アイテム番号を変更したとかなんとか意味のわからないことを言われた。

 現実らしく説明してほしいものだ。

 まぁ、TASさんは服をボタン一つで変えられるから来た意味はなかった。

 つまり俺がビンタされただけである。

 

「TAS、階段で行こう。もうエレベーター嫌だ」

「ですが移動は……」

「階段で行くからなッ!! 俺は絶対に、階段で行くからなッ!!」

 

 結構ガチのビンタだったからもうされたくない。

 腹の音楽もなんども聞きたくない。

 だったら階段で行けば早い話だ。

 結構時間はかかるが、流石のTASも……。

 

 待て、俺よ一旦落ち着け。

 今日出る前、何を見た? 

 ここまで移動するとか言って、TASは何をしようとしていた? 

 

「……TAS、階段で移動するとなると、何をする?」

「そうですね……鉄柵がありますから」

 

 俺はそのセリフを遮って言う。

 何をするか、もう既にわかったからだ。

 

「うん。エレベーターで行こう」

 

 ここはビンタを耐えることにしよう。

『ケツワープ』とやらで壁にはまったりしたら嫌だからな。



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TASさんと生活用品

 ビンタ、ビンタと頰が真っ赤である。

 TASのビンタ、これがまた覚悟していてもかなり痛いのだ。

 的確に、それでいて確かに当ててくる。

 これで痛くないわけがないのだ。

 

「生活用品売り場ですか。私は眠気を消すことができるのですが……」

「いや、寝ている隣で起きられてても困るんだけど」

「そうですか。ならば私はアレを所望します」

 

 そう言ってTASは指を指す。

 ちなみに今いる場所は布団売り場。

 大した金もない俺の家には、布団が一枚しかない。

 さっきも言ったように隣で起きられていると、寝られるわけもないので買いに来たのだ。

 予想外で、とても痛い出費だ。

 

 しかしTASは無欲と言うか、生活に関してはほとんど放棄していると言うか。

 とにかくあまり求めないタイプだど思っていたが、所望しますとはね。

 

 そう考えて値段を見る。

 

「……一応聞くけどさ。なんでこれがいいの?」

「布団の種類に於けるアイテム番号で、次元抜けをする上で効率がいいのが167番だと私の計算では出ているんですが、最低価格の毛布を買った時に結果としてアイテム番号が……」

「わかった! わかったよ! 何もわからないけどさッ!」

「わかりやすく言うと、それが一番やり易いんです」

「却下ァッ!!」

 

 人の少ないデパートの中で、俺は叫び声をあげる。

 人が少なくて、本当に良かった。

 本当に、本当に。

 

 俺は適当に安いのを買って、次の場所へ向かおうとする。

 その前に、今思いついたことを聞いてみた。

 

「そう言えば、その服洗濯しなくていいのか?」

「洗濯ですか。別に洗うだけなら服を着る必要ないと思いますが」

 

 もう何も言えない。

 今日だけでかなり精神が擦り切れている。

 しかしまだ一日は終わらない。

 明日も、明後日も、一体どうやったら解放されるのだろうか。

 

「じゃあ、もういいや……後、何か買うもんあったっけな……」

 

 大体のものは買わなくて済んだ。

 食器類は……どうせコンビニ弁当しか食わないし、いらないだろう。

 俺も割り箸しか使わないし。

 

 だとしたら、もう買うものもないのだろうか。

 TASの顔を見る。

 相変わらず何を考えているのか、何をするのかわからない。

 何かされても困るから、何もしないで欲しいのだが。

 

「……なんか、疲れたわ」

「お疲れ様です」

「お前のせいだよ。お前の」

 

 疲労感を抱えたまま、家に帰ろうとした。

 その時、TASが何かを見て足を止める。

 

「TAS?」

「……」

 

 何かを見つめているから、俺も同じ方を見てみた。

 するとそこで、抽選会をやっていた。

 よくある、ガラポンだ。

 回して出たボールでなんか貰うやつ。

 

「……浩一さんは何か欲しいものがありますか?」

「え? あー……そうだな。扇風機ないし。二等の最新型の扇風機が当たればいいな……って、何する気だ?」

「いえ、少し」

 

 そう言って俺のポケットの上を軽く触れる。

 するとポケットをすり抜けて、TASの手の中に俺の財布が現れる。

 俺は驚愕して、ポケットに手を突っ込むと財布がなくなっていた。

 

「ちょっ、おまっ!?」

「これは返します」

 

 中からレシートを取り出し、財布を返してくる。

 そしてガラポンのところへと歩いて行く。

 なんかTASらしくなく、普通にガラポンを回し始めた。

 

「……あいつ、何してんだ?」

 

 どうせ当たるわけないと思いつつ、その様子を見守る。

 カランカランとボールが中から出てきた。

 それをみた抽選会の受付のおっさんがベルを鳴らして叫ぶ。

 

「大当たりッ!! お嬢ちゃん、二等だよッ!!」

「えェッ!!?」

 

 俺はそれを聞いて、つい叫んでしまう。

 TASは平然とした様子で、片手で箱を抱えて戻って来た。

 開いた口が塞がらないとは、まさにこう言うことを言うのだろうか。

 

「……どうやって、当てたんだ?」

「乱数調整です」

「…………はぁ」

 

 なんかため息が出た。

 俺は増えた荷物を抱えて、歩き出す。

 ついでにTASを見てこう言った。

 

「……これからよろしくな。TAS」

「はい、よろしくお願いします」

 

 どうしようもない日常が始まる。

 そんな気が……いや、起こるなって、そう思った。



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浩一くんに襲撃
浩一くんと変人


 TASと暮らし始めて、ちょうど一週間ぐらいが経過した。

 未だ彼女との生活に慣れることはない

 と言うか慣れそうにない。

 つーか、慣れるわけない。

 

 

 

異議あり!

 

 

 

 TASの机を叩く音と声が、裁判所の中で響き渡る。

 その声を受け、検事はカツラをずらしながら狼狽える。

 少し間が開いた後、検事がギリギリの反論をしてなんとか持ち直す。

 しかしすぐさまそれに矛盾を叩きつける。

 証人であろう緑のコートを着た男は会話に割って入ることすらできず、少し混乱していた。

 

「いやちょっと待って!? なんで俺、裁判受けてるの!? ねぇ!?」

 

 俺は今、自身の身に起こっていることを理解して叫び声をあげる。

 

「ちょっと被告人! 落ち着いてください!」

「あ、はい……スミマセン……」

 

 少し後ろに下がって、落ち着いてみる。

 しかしやはり、おかしいと思って隣で弁護を……いや、一方的な説明を続けるTASに俺は聞く。

 

「なぁTAS! これってどう言う……」

「黙っていてください。今、貴方の無実を証明しているんで」

「ちょちょちょちょ。虚空から証拠品取り出すのやめようよ!?」

「他の人には見えていませんから」

 

 スーツを着たTASはそう答える。

 俺は今、何か果てしないものを見ている気がする。

 TASは言った、ちゃんとした証拠で、偽物は一つもないと。

 取り敢えず、流れに身を任せよう、うん。

 

 その一分後。

 だから、裁判所に来て大体十分、だろうか。

 キチッとした無実を証明されて帰宅しようとしていた。

 帰る途中に聞いてみた。

 

「あのさ……証拠の生成どうやったの?」

「一日目の探偵の部分をスキップすることによって、擬似フラグを立てました。この擬似フラグが立った時、証拠品ファイルは基本的に……」

「聞いてもワカンねぇからやっぱいいや……」

 

 聞くだけ無駄なことを悟り、俺は一切聞かないことにした。

 捕まったのが昨日、取り調べを受けていて一日帰っていなかったが大丈夫だろうか。

 TASを見ると胸元につけた弁護士のバッジを外し、ポケットにしまってからボタンを軽く回していつもの服装に戻す。

 今までのスーツは弁護士用の服だとかで……あんま知りたくはない。

 

「……弁護士ってことはさ」

「はい」

「お金、結構もらえるんじゃねぇのか?」

「無理ですね。金銭の受け渡しが行われる際、私が公式的な弁護士ではないことがバレてしまいますから」

「そこらへんちゃちゃっと、できるんじゃないの?」

「やる意味がないですから。お金が欲しいのなら別の方法で手に入りますし」

 

 別の方法ね。

 一体どうするんだろうか。

 また今度聞いてみるとしよう。

 取り敢えず今は歩いて帰宅である。

 

 TASとの生活でルールをいくつか決めた。

 まず一つ、ケツワープなるものは使わないこと。

 もはや超常現象である。

 この前たまたま超高速で飛んでいたところを写真に撮られ、UFOか!? ってテレビで映されてしまった。

 

 二つ、少しでもいいから俺の理解できることをしてくれ。

 と言ってもこの約束に関してはないも同然なのだが。

 だって基本的に意味わかんないからな。

 

 三つ、『無』を作るときは俺の了承を得ること。

 これに関しては三日前に起きた事件が原因だ。

 冷蔵庫の中身を『無』が圧迫し始めたのである。

 今は全部食し、消化したため音楽はならないが、一時期俺だけ騒音被害にあっていた。

 

「結局事件ってなんだったんだよ……」

 

 一番理解できていないのは俺である。

 なんか殺人事件に巻き込まれたような気もしなくはない。

 TAS曰く日常的な事件とのこと。

 これ以上聞くべきではないことは容易くわかった。

 

 ボロ腐ったアパートに辿り着く。

 部屋に向かう途中、部屋に入ろうとして俺の家の前に誰かいることに気づいた。

 ボサボサの髪にメガネ、ちょっと汚れた白シャツ。

 それは見知らぬ女性だった。

 

「誰?」

「さあ?」

「……あ。帰ってきた」

 

 俺たちの方を見ると、近づいてきてこう言い放った。

 

「あのです、ね! うるさいんで、黙りやがってください、ませんかねぇっ!? うぎゃあああ!!」

 

 顔をよく見ると目の下に隈を作っていた。

 徹夜大体二日か三日目あたりだろう。

 ちょうどよく精神崩壊するぐらいの時間である。

 喋り方が凄い変だもん。

 

 しかしうるさいとは一体なんだろうか。

 エンディングは俺しか聞こえないし、TASは無音で暴れるし。

 

「うるさい、ですか?」

「そー、でやがりますよ! 昨日からずっとで……」

「TAS、なんかした?」

「何も。幻聴じゃないんですか?」

「はー! わたくしがげんちょーですか! そーですか!」

 

 なんというか会話ができそうにないのは確かだった。

 

「……中で話しませんか?」

「ええ、ですよ! きっちりかっちり花をつけましょう!」

 

 花をつけてどうするんだよ。

 俺は疲れつつも、よくわからない問題を解決するためにその女性を家へと招き入れたのだった。



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浩一くんと隣人

 部屋に入って三十分ぐらい。

 その間ずっと宇宙語を喋っていた。

 いや宇宙の言語って言うわけではなく、言語不明だから宇宙語と言うわけだ。

 隣のTASは全部理解していたようだけでも。

 

「で、なんの話だったんだ?」

「個人情報垂れ流していただけですが、聞きますか?」

「……いや、いい」

 

 個人情報聞いてどうすればいいんだよ。

 反応し難いんだけど、ほんと。

 

 で、その肝心の宇宙語を喋っていた人は寝ている。

 寝ていると言うか話し終えたら倒れたのだ。

 白目むいてたし、一瞬死んだかと思った。

 一応心臓も動いているらしいし、気絶らしいけども。

 

 倒れてすぐ、TASがそれなりの対応を取ってくれたから助かった。

 ……それなりの、それなりの対応をな。

 

「つーか、騒音ってなんなんだ?」

「もう片方の隣の可能性もありますね」

 

 きっとこいつは知っているだろう。

 知っていて、わざとそう言っているのだろう。

 理由は不明だが、絶対に知っているはずだ。

 

 しかしこう……ここで寝られるととても困る。

 なにが困るって色々絵面がやばいからだ。

 今現在の姿は……言及しないとして、仮にも女性。

 

「TAS、起こせるか? 簡単にでいいから」

「できますよ」

 

 そう言うと少し息を吸って、いつもより明らかに高い声でこう言った。

 

「先生! 原稿を……」

「ご、ごめんなさいぃッ!! ま、まだなんですぅッ!? ……って、アレ?」

 

 ポカーンとして周囲を見渡す。

 そして俺とTASを交互に見て、メガネをかけ直す。

 ちょっとした硬直を挟んで……。

 

「きゃあああああッ!!?? 変態ィィ!!?」

「誰が変態だこの野郎ッ!! なんもしてねぇだろッ!?」

 

 数分後。

 お茶を飲んで落ち着いた女性は、メガネを拭く。

 

「いやー、すいませんっす。ちょっと疲れてたみたいっすね」

「疲れてたって……徹夜してたんだろ」

「そうっすね……締め切りに間に合いそうになかったんで三徹ほど……」

「死ぬだろ、それ」

 

 締め切り……と言うことは、漫画家だろうか。

 大変そうな仕事である。

 

「私、徹夜してると少しおかしくなるんすよね。で、隣の部屋に文句に言いに行くことが多いんすよ」

「迷惑すぎるだろ……って、前から住んでた割には、俺の方に来るのは初めてだよな?」

「いえその……毎回、もう片方の部屋の人に文句言ってたんすよ。そしたらその人……その、鬱になったらしく……引っ越したんすよ」

「えぇ……」

 

 傍迷惑とかそんなレベルを通り越しているんだか。

 いや、怖えな。

 てか、引っ越したってことは……まさか、毎回来るのか? 俺の方に。

 

 TASの方を見ると、相変わらずの無表情だった。

 家に来ることについて、なにも思っていなさそうだ。

 

「いやー、申し訳ないっす。ところでこの部屋って少しおかしいっすよね」

「おかしい……と言うか、そのなんだ。気にすんな」

 

 TASが引き起こした惨状で大変なことになっていた。

 昨日踏んだ『無』がエンドロールを流し続け、隅の方にハマったキノコが変な挙動で振動している。

 瓶に収めたクッキーがいくつも重なって瓶からはみ出ていた。

 ちなみに全て無音である。

 

「あ、私、漫画家の高橋って言うっす。よろしくっす」

 

 そう言えば隣人に挨拶なんてしたことがなかったな。

 こうして会うのが初めてだ。

 

「えっと……浩一だ。よろしく」

「私はTASです」

「たす……? 変な……じゃなくてユニークな名前っすね」

 

 あんま意味が変わってないように思う。

 

「T、A、S、でTAS。聞いたことない?」

「ああ! ……コスプレっすか!」

「……コスプレとは心外ですね」

 

 何故かTASがムッとした顔になる。

 今の何処に怒る要素があったのか全く理解ができない。

 こいつがコスプレと言われて、怒るようなやつじゃないだろうに。

 

 自己紹介を終えるとほぼ同時に、突然外から声が聞こえた。

 聞いたことが……と言うか、さっきTASが出した高い声と同じ声だ。

 

「先生! いますかー!?」

「げっ……ま、まずい! 私、帰るっす! あの、ありがとうございました!」

「あー、うん」

 

 慌ただしい様子で、部屋から出て行った。

 外で怒られているような声が聞こえる。

 

「……はぁ。引っ越したいなぁ」

 

 落ち着いたようで落ち着いていない部屋の中、俺はそう呟いた。



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浩一くんと隣人迷宮

 俺はパチンコが好きだ。

 好き、といっても軽く嗜む程度で重度の中毒者と言うわけではない。

 一ヶ月に一、二回行く程度の好きだ。

 タバコも吸うときは吸う。

 ただそこは健康を気にしているし、日雇いでしか収入がないからあまり買わないようにしている。

 ビールは……そこそこ飲む。

 いや、最近はかなり飲んでいるような気がする。

 

「……TAS、冷蔵庫のビールが消えたんだが?」

「ドニにでもなったんじゃないですか?」

「???」

 

 ドニって、なんだろう。

 少し頭が考えてみるも、何も思いつかない。

 ドニ……ドニ? ドニってどんなものなんだろう。

 軽く調べてみようか。

 

 と、スマホを弄りドニを検索する。

 出てきた画像を見て、つい叫ぶ。

 

「いやボートじゃねぇかッ!?」

「ボートではありません。ドーニーです」

「帆船という時点で似たようなもんだろ!?」

「一理ありますが、ドニとボートではできることの根底が違います」

 

 ドニとボートでなんの差があるんだよ……。

 もうやめよ、無駄な論争は。

 これ多分、ずっと続くやつだから。

 

 そんなこんなで、スマホでニュースでも見ようとしたその時だった。

 突然、隣の部屋から爆発音と叫び声が聞こえた。

 高橋さん、漫画家の部屋である。

 俺は急いで外に出て、隣の部屋のドアを叩く。

 

「高橋さん! 高橋さん!? 何やってんだ!?」

 

 しかし返答はない。

 少し遅れて落ち着いた様子でTASが出てくる。

 

「TAS、ドアを開けてくれ」

「いいんですか?」

「いつもうるさいんだ。そんぐらいいいだろ」

 

 初めて出会ってから一週間。

 締め切りに間に合わないだとかで、毎日がうるさいのだ。

 あの後調べてみると、意外と人気の漫画家らしく最近は休みが取れないのだそう。

 かなり金は持っているのだが、忙しいせいで引っ越すこともできないのだとか。

 早い所防音性の部屋に引っ越したいと言っていた。

 

「それでは失礼して」

 

 ノックを複数回行った後、一度ドアを蹴り飛ばす。

 そしてドアノブに手をかけたかと思うと……硬直した。

 硬直、と言うよりも何かを見極めているような気がする。

 多分、タイミングってやつなんだろう。

 

 ガチャッと言う音ともにドアが開く。

 

「どうぞ」

「……なんか暗くないか?」

「そうですね」

「そうですね、で済ませるなよ……」

 

 そう呟いて中へと入る。

 やはり暗い、と言うか見えない。

 手探りで周りを触れようとするが、広いのか何も手が当たらない。

 どうなって……と言おうとして後ろを振り向いた。

 

「……は?」

 

 何もなかったのだ。

 そこにTASが立っているわけでも、バグが起きているわけでもない。

 周りにただ黒い世界が広がっているだけなのだ。

 

「……嘘だろおおおぁぁッ!!?」

 

 俺は大声で叫んで、TASの名前を呼ぶ。

 声は跳ね返ったりするわけでもなく、何処か遠くへ飛んで行くわけでもなく。

 届いていないのはわかりきっていた。

 

「え、どうすればいいんだよ」

 

 何かないかと一歩、歩き出そうとしたその瞬間だった。

 部屋の電気がついた。

 そこは教室、学校でよくある教室だった。

 

「……もう慣れてきたよ。こう言うこと」

 

 俺は色々と諦めて、まずはその部屋の探索から。

 そして脱出するための手段を探し始めた。



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浩一くんと隣人教室

「脱出の手段なぁ……」

 

 取り敢えず部屋は一通り調べてみた。

 が、ドアは開かないし、窓も開かない。

 と言うか窓から見える外の景色がだいぶイかれていた。

 多分TASと会う前にここに来ていたのならSAN値直葬で死んでいただろう。

 

「今もだいぶ来てんだけどな」

 

 とにかくSAN値がだいぶ削られたのは間違いない。

 それだけは言える。

 

「……そもそもなんで教室なんだ? 理解できんぞ。教室が関係する漫画でも書いてんのか?」

 

 適当な席に座って考える。

 だが大した案が浮かぶ訳でもなく、救助を待とうにもまともな救助は来てくれるはずもなく。

 何故かこう言う時だけはすぐにTASが来ないのだ。

 

「はぁ……なんか見よ」

 

 助けが来るまでと思い、スマホを取り出してみる。

 何をみるかと言うと適当な動画一本。

 その他諸々ニュースなど、暇な時に見るものばかりだ。

 そこで気づく。

 

「ネット繋がってる? ってことは……あいつっぽく言うと、ここは家の中判定なのか? それとも……まぁ、なんにせよここが異世界みたいな変な場所じゃないってことの確認はできたな」

 

 そんなこと呟きながら、スマホを操作していると一つの動画が目にとまる。

 金髪のニヤニヤ笑みを浮かべている女の子。

 メスガキっぷりが話題のネットアイドル……だったはずだ。

 大して興味がないから見る気は起きないが、美少女だとは思う。

 

「廃墟探索とかよくやるよなぁ」

 

 なんて動画を見ながら感心していると、突然ドアが開いて誰かが入ってくる。

 俺はそれに驚いてスマホを落としそうになり、慌てて拾おうとしそこから更に転びそうになる。

 

「あっぶぁ!? し、死ぬかと思った……」

 

 なんとか体制を立て直し、入ってきた人を見る。

 どうも見たことがある顔……と言うか、高橋さんだった。

 なんか変なカツラ……アフロを、被っていた。

 

「は……?」

 

 理解ができず呆然としていると、教卓の前に文字が浮かび上がる。

 

「んー? ジョイオブ……ペインティング? ……で、『〜異世界〜』?」

 

 そんなことを言っていると、黒板にキャンバスが現れる。

 アフロを被った高橋さんは筆を手にしていた。

 

「皆さんこんにちは、ご機嫌いかがですか? 今日も皆さんと一緒に素敵な絵を描いていきたいと思います」

「ボブ・ロスじゃねぇかッ!?」

 

 立ち上がってスマホを投げつけそうになった。

 さて、ここで知らない人に説明しておこう。

 ボブ・ロスとは。

 大体の人はこれでわかると思う、『ボブの絵画教室』と。

 そこ見事な手法と彼独自の画法によって生まれるその絵画は、素敵と言うほかないだろう。

 

「一致してんの『教室』だけじゃねーか!? と言うか教室の意味ないだろ!?」

 

 立ち上がりながら俺は大声でそう訴えるが、ボブ高橋は気にせず授業を続ける。

 

「イエローオーカーとスカーレットを叩くように混ぜるんです。これを小さな円を描くように塗っていきます」

 

 色指定されてもわかんないといいかけて、これ以上突っ込むことをやめる。

 ボブ高橋の表情を見るに聞こえていないのは確かだからだ。

 

「全て楽しいアクシデントなんですよ」

「今の状況がアクシデントだよッ!!」

 

 気づけば俺は、全力でスマホを投げていた。

 スマホは見事な軌道でボブ高橋に飛んで行く。

 だがボブ高橋は直前で避け切ってみせる。

 スマホは粉砕! 玉砕! 大喝采! と言わんばかりにぶっ壊れていた。

 

「やっちまった……まぁいいわ。うん」

 

 改めて落ち着いて座る。

 連絡手段が断たれてしまう。

 少し落ち着いて冷静に考えて。

 目の前のボブ高橋は高橋さんではないと結論づける。

 

「それではここで一手間加えましょう」

「随分と……あー、なんと言うか、終わってるだろ、それ」

 

 絵に対して感想を言ってみるも、返答はない。

 まだ未完成だが絵はどう見ても失敗にしか見えない。

 

 が、正直言って俺はボブ高橋を侮っていた。

 そこから数十分後のことだった。

 その絵が見間違えるかのように変化したのは。

 

「ね、簡単でしょう?」

 

 俺はため息をついて、立ち上がる。

 

「んなわけあるか」

 

 そう言い捨てたのだった。



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浩一くんと不審者

 一連のお絵かき教室を終えた俺は、気づけば廊下に出ていた。

 何があったのか、もはや詳しく覚えていない。

 いや、思い出す気にもなれない。

 

「頭がピーマンになるかと思った」

 

 と、自然と俺の口からそんな言葉が出ていた。

 はっきり言って、意味不明である。

 

「……で、これはどうしろと」

 

 何やら壁が描かれた絵をもらった。

 とても綺麗な絵だが、なんだか素直に喜べない。

 と言うか喜べる状況ではない。

 なんせ、結構な大きさがあるのだ。

 持って帰ることができない今、ただ邪魔なだけである。

 

「……しょうがない、取り敢えず持っとくか」

 

 ねんがんの 絵画をてにいれたぞ! 

 

 別に念願でもなんでもないのだが。

 しかし代償として失ったものが大きすぎる。

 まさか、スマホを失うことになるとは。

 

「まぁ、スマホはTASに頼み込んでみるか。それよりもだ、今はここから脱出する方法をだな……」

「ここに出口はないわよっ!!」

 

 ふと、遠方から大きな声が響いた。

 ボブ高橋の延長線上で、また〇〇高橋でも出てくるのか。

 と思っていたがそれではなかった。

 

 まず向こうの状況が確認できないのだ。

 大体数百メートル先だろうか。

 廊下がどのくらい続いているのかわからないが、相手の姿が確認できないくらい遠くに離れている。

 だがこの距離でもわかるくらい、声の主の髪は赤く染まっていた。

 

 そして、なんだかよくわからないが、多分ドレスのようなものを着ている。

 

「今からそっちに行くわっ! 待ってなさいっ!」

 

 向こうの方で走り出す。

 声的に少女だろうか、足は遅くあと何分かかかりそうだ。

 

 一分後。

 

 二分後。

 

 三分後。

 

「……あれ、なんか、はぁ、はぁ……全然そっちに……はぁ、行けない、わね……」

 

 向こう側で四つん這いになって疲れている少女の姿があった。

 どうにもこの廊下、色々おかしいようである。

 いやまぁ、さっきの教室の時点でだいぶおかしいのだが。

 

「お、おーい。大丈夫か!?」

「だいじょ……アンタ誰?」

「いやそこからかよ」

 

 この様子だと向こうの少女はどうも、同じく迷い込んできたようだ。

 まともな人間かどうかはさておき、話せる人間ではあるらしい。

 

「アンタ誰なのよっ! TASはどこっ!?」

「TAS……TASを知ってるのか!?」

「ええっ! 私の宿敵よっ!!」

 

 多分俺が生きてきた中で、最も出会いたくなかった人に出会っているような気がする。

 あのTASの宿敵と、宿敵と言っている。

 それはもう、厄介者でしかないことは100%であった。

 俺は脳みそを切り替え、声を上げる。

 

「そうか、そんじゃまたな」

 

 振り返り、少女とは違う道を歩むことを決めた、が。

 

「ちょっと待ちなさいよっ! アンタ、今の言葉的にTASの知り合いねっ! しかもちょっと前まで一緒にいたでしょ! 匂いがするわよっ!」

「いや匂いってなんだよっ!? 気持ち悪いなオイっ!?」

 

 つい振り返ってしまった、その瞬間だった。

 少女は既に、目の前に立っていた。

 

「なっ……!?」

「この空間でアンタが一度前を向いた時、私はフレーム単位で移動することができるようになる。完璧ね!」

「……一体なんなんだ?」

「あら、意外と落ち着いてるのね」

「まぁ、慣れっこだからな」

 

 意外そうな顔で彼女は俺のことを見つめる。

 TASよりかは幾分かマシそうだが、TASと同類らしい。

 これ以上TASと同類なのは関わりたくない、間違いなく。

 

「……で、お前はなんなんだ?」

「私は……そう、機械よっ! 感情の機械っ!」

「機械、ねぇ……へっ」

「鼻で笑ったわねっ! 怒るわよっ!」

 

 次の発言で矛盾しているのに、笑わない奴がいるだろうか。

 まぁ俺の場合、もう失笑ぐらいしか出てこないのだが。

 失笑通り越して鼻笑いになったけども。

 

「結局のところお前はなんなんだ?」

「だから機械……」

「そっちじゃねぇよ。名前だよ」

「ああ、名前ね。いいわ、名乗ってあげるわっ!」

 

 謎に格好つけた彼女は、少し離れて仰々しくこう名乗った。

 

「私の名前はRTA、RTA(ルタ)よっ!」



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