ガールズ&パンツァー 彗星の狼王 (兵頭アキラ)
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伝説の始まり
至らぬところがあればコメントでビシバシどうぞ!
6時に起床した私は朝食を取った後、自身の最も淹れるのが得意な紅茶であるディンブラをティーカップに注ぎ、実家から送られてきたついこの間の第62回戦車道大会の特集雑誌を開きながら、優雅な食後のティータイムを開始していた。
因みに朝食は和食であり、白米、わかめとお揚げさんの味噌汁、焼き鮭、きゅうりの浅漬けとすごく整ったものだ。私はスープ類を最初ではなく最後に飲んで〆ることにしている。理由は知らないが、なぜかそうしないと気分が悪い。
さて、実家の母さまから送られてきた特集雑誌は、如何やら妹の手を経由してからのようだ。付箋が大量に貼られ、一部の文章がペンで線引きされていて、ひどく読みづらい。
「引きすぎでしょ……」
と、苦笑いを浮かべた私は、ティーカップを傾けながらページをぱらりとめくった。付箋が張られ、『読んで』と書かれた記事を開く。
○○○
第62回戦車道大会は衝撃の連続だった。
一般観衆からすれば黒森峰の十連覇失敗が目に付くだろうが、戦車道関係者からすれば問題は決勝戦よりも準決勝。黒森峰対聖グロリアーナの準決勝の方が衝撃的だろう。
決勝戦が『黒森峰の敗北』とするならば、この試合は『西住流の敗北』と、言っても過言ではない。
いや、この試合があったからこそ、決勝戦での敗北が偶然ではなく、必然だったと感じることが出来る。
準決勝は当初こそ黒森峰の西住流の何たるかを見せつけるような美しい隊列を組んだ圧倒的な火力と装甲を持つドイツ戦車の攻勢が目立っていたものの、一台の戦車による背後からの急襲によって食い破られ、左翼が分断されてしまったのだ。
分断した聖グロリアーナの戦車こそ、今話題の『狼王』の異名を持つ正体不明の戦車乗り、ディンブラ選手のコメットだ。
このディンブラという選手は常に口元をスカーフで隠し、さらにゴーグルをつけてキャスケットをかぶっているという正体不明なミステリアスさ。強力な巡航戦車コメットを駆り、相手の戦術をあざ笑うように崩して踊るように単騎で壊滅させ、その上で集団戦の連携もこなすというその強さ。
上記の二つから最初期より非常に注目されており、そのミステリアスさと強さから『狼王ロボ』から取って『狼王ディンブラ』と称され、戦車道関係者の間で評判の選手だ。
話を戻そう。
黒森峰隊長、西住まほ選手はかねてからこのディンブラ選手を警戒しており、分断された左翼を足止めにして中央と右翼で聖グロリアーナのフラッグ車を撃破すべく進撃の手を止めずに直進する。
しかし、これこそが狼王ディンブラの思うつぼだった。
ディンブラ選手は指揮系統を完全に分断することこそが目的だったのだ。
頭脳であるまほ選手を失った左翼は西住流の教えを完璧に行うものの、それはどこか機械的であり、応用という物が欠けているように見えた。
ここからはディンブラ選手の独壇場だ。
黒森峰の強靭なドイツ戦車の装甲をコメットの砲撃は貫き、撃破するのが難しいと思われればすぐに照準を履帯に向け、それすら装甲で防がれるとみれば榴弾を地雷のようにして撃破していった。
攻撃だけでなく回避も優秀で、『狼王』の異名を持ちながら鷹の目と称さざるを得ない空間把握能力で紙一重で砲撃を回避するのだ。
結局のところ聖グロリアーナは敗北したものの、ディンブラ選手を撃破するには至らず、黒森峰は彼女を食い止めるために全体の七割の戦力を投じてしまったのだ。
○○○
私はペンで線引きされて「読め!」と言わんばかりに真っ赤になった記事を読みながら、ほっと一息をついた。まあ、強調されすぎて読みづらい事この上ないモノであったが。
如何やら『狼王』とはおおかみおう、ではなく、ろうおう、と読むのが正しいらしい。何故かは知らない。
恐らくはディンブラとの組み合わせ的に『ろうおう』の方がしっくりくるからだろう。私には関係のない話だが。
いくつかのページを飛ばして付箋の貼られた記事を開く。
今度は、ディンブラとはどのような人物なのか!?と銘打たれた記事だった。
私は少しだけムスッとして、
「メディアってこういうことするから嫌い」
と呟いた。
確かに正体不明な人の素顔とか、経歴とか知りたくなるのは分かるけどさ?それをメディアで大々的にやるのはダメでしょ。それで顔があまりよろしくなかったり、経歴が興味深いモノじゃなかったら一瞬で覚めるんだから嫌になるよね。
まあ、結局誰かわからずじまいだったらしいし、別にいいんだけどさ。
どうも戦車道大会が終わってすぐに戦車道をやめたらしく、彼女の乗っていたコメットも廃棄されてしまったらしい。
曰く、聖グロOG連の意にそぐわないもので、一年限りの物だったようだ。そしてそんな戦車に乗っていたディンブラさんはOG連には恥ずかしい存在らしく、隠すためにあんな風に顔を覆っていた。……とのことだ。
正直意味が分からないが、プライドが高いのだろう。
その証拠にコメットの車長だったディンブラさんをはじめとして、他の搭乗員の子たちもそのことを隠して他の戦車に乗っているか辞めてしまっている。あまりにも徹底的だ。
隊長であるためよく知っているはずのダージリンもティーカップを片手に首を振り、彼女の右腕であるオレンジペコも知らないと言っている。
「嫌だったろうなぁ……よく知ってたり、尊敬する先輩に対して知らないって首を振るの。いや、私も知らないって振ったけど」
そう、この私も元聖グロリアーナの生徒で、戦車道をしていたのだ。因みに幹部クラスのメンバーが集うクラブハウス、『バラの園』をよく使っていた。特に興味はないのだが、都合がいいのか事あるたびに呼び出されたのだ。だからあまり好きではない。
まあ、嫌と言ってもダージリンやアッサム、後輩のオレンジペコにふん縛られて強引に引っ張られてしまうのだが。あの時は普通に怖かった……特にペコが。
「今何時だっけ?」
そろそろかなと時計を確認すると、時計の針は7時前後を指していた。
私は雑誌を閉じて椅子から立ち上がり、ティーポットとティーカップをスポンジで洗い、脇に置いてある水切り籠に引っ掛けた。
パジャマから緑色のラインが可愛いセーラー服に着替え、黒のストッキングを穿く。そして腰まである色素の抜けた灰色に近い茶髪に櫛とブラシを通して整え、三つ編みにして妹から貰った赤いリボンで結んだ。
聖グロに居たころはこれをシニョンのように巻いていたが、今はそのままだ。
その後に額に残る大きな傷跡を前髪で見えないように上手く隠し、
「良し!」
と姿見で確認した。
大洗女子学園に転校して一か月たつとはいえ、まだ慣れていないところがあるので寮を出るのはいつも少し早めだ。
そこで私はあることを思い出していた。
「転校と言えば、今日、転校生来るんだっけ?確かとなりの部屋に」
どんな子だろうか?
私が言うのもなんだが、この時期に転校してくるのは結構訳アリに思える。まあ、会ってもいないのに変な詮索するのは良くない。しっかりと仲良くなって、それから聞いてみるとしよう。ほら、私も同じ転校生だからさ。
置き勉をしないため、教科書が全部入ったリュックを背負って玄関に向かう。カバンと違って手がふさがらないからリュックサックは便利なのだ。
玄関の篭から鍵をつまみ、
「行ってきます」
と言ってドアを開ける。するとちょうど同じタイミングで出てきたのであろう新しい隣人と目が合った。
私達はそろって鏡写しのように鍵をかけ、それから挨拶をした。
因みに私からだ。
「私は黒畑リク。聖グロからの転校生。君は?」
「私は……西住みほです。黒森峰から来ました」
これが私、黒畑リクと、西住みほの、
劇場版まで行きます!
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ナンパされる二人
私は今日から大洗女子学園に通う転校生、西住みほと共に通学路を歩いていた。
私も戦車道を嗜んでいただけあって西住みほのことを知っており、準決勝で対戦したこともよく覚えている。ただ一つ意外だったのは、思ったよりも引っ込み思案そうだったことだ。
決勝での出来事から心優しい子だとは思っていたが、どこかぽわぽわしている。普通の子だ。
彼女はニコニコしながら言った。
「黒畑さんはいつからここに通ってるんですか?」
「リクでいいよ。んーと、一か月くらい前かな。まだ慣れないことも多いけどね。聖グロとは違うことが多いし」
私は顎に手を添えて答えた。
話しながら、私はみほが何故この時期にやって来たのかを考える。まあ、十中八九決勝戦での失態の責任取りだろう。私も似たようなものだけどね。
「一番助かってるのは、バラの園みたいな集会がないってことだね。お茶するのは好きだけど、ああいうお堅いのはちょっとね?」
「リクさん、バラの園に入れたんですか?!」
「うん、そうだよ。私は行きたくなかったんだけど、先輩や後輩に強引に連れ込まれてた」
「はえ~……てことは、リクさんも戦車道してたんですか」
「してた。あそこはいるのは大体戦車道の選手だからね」
「じゃあ、聞いてもいいですか?」
みほが真剣な表情で聞いてきた。
恐らくだけど、あの質問だろう。みほも戦車道をやっていたのだから、聖グロからやって来た私に聞きたいことは一つだ。
「ディンブラさんって、知ってますか」
「……」
ほら来た。
大会特集号でも書いてあったけど、コメットを駆っていたディンブラのチームは解散し、他のチームと混ざったか転校している。そしてそのチームに所属していたメンバーの素性は隠され、誰が誰なのかわからない状態なのだ。
転校する際にも、メンバーのことを口外しないことを条件に転校を許された。
このあたり、私は腹芸の得意なイギリスの特色を感じる。
という理由があって、私はみほの質問には答えない。
「知らない。知ってたとしても、言わないことを条件に転校してるんだ」
「そう……ですか」
みほが目に見えて落胆している。
言いふらすような子じゃないとは思っているが、それでもいう訳にはいかない。ただ、少しかわいそうになったんでヒントだけ与えることにした。
「そう落ち込まないでよ。誰がどうとは言えないけど、私が彼女に近いところに居たのは事実だから」
「そうなんですか?!」
「うん。でもこれ以上は言えない」
手をひらひらと振って話を終わらせた。
丁度いいことに、もうそろそろで到着だ。いい感じに桜も満開で、割とカラフルな校舎をさらに彩っている。
そう言えば聞いてないことがあった。
「ねえ、みほのクラスってどこ?」
「えーっと……」
みほがバッグの中から紙を一枚取り出した。そこに寮の部屋番号やクラスが書かれているのだろう。
「普通一科A組……だね」
「へえ、私と同じクラスか。別クラスだったら会いに行こうと思ってたんだよ。ほら、みほって引っ込み思案ぽいし……ああでも、アイツがいるから大丈夫か」
「アイツ……?」
「まあ、そこはお楽しみって事で。昼休みにでも期待してるといいよ」
「ふーん」
みほを連れて、私は自分のクラスに向かって歩いて行く。
すれ違うここの生徒に声をかけられ、適当に返事を返す。どうも私は自分のことをあまり語らないせいで学園一ミステリアスな生徒という評価を受けることになってしまった。
聞かれないから言わないだけなんだけどな。
「リクさんって人気なんですね」
「転校生だからね。珍しいだけだよ。……と、着いた着いた。ここが私達の教室だから、覚えといてね」
取り合えず私達の教室の前に到着した。
そこでチャイムが鳴り、みほの紹介もそこそこにいつも通りの授業が始まった。そして昼休みとなり、クラスメイトが自分のグループで各々の昼休みを開始する。
やっぱりみほは引っ込み思案だったようだ。
結局彼女は誰にも声をかけられぬまま、昼休みを迎えてしまっている。
私は机に頬杖をつきながらみほを見守っていたが、少しばかりどんくさいところもあるようだ。最初はペン一本を机から落としていたが、次に定規や消しゴム。最終的には筆入れそのものを落としていた。
じれったく感じた私は、席を立ってばら撒かられたシャーペン等を拾うのを手伝うことにした。
「手伝うよ」
「ありがとう、リクさん……」
「意外とどんくさいんだね」
「あう……」
揶揄うとみほの顔が少し赤くなった。
散らばったすべてを拾い終え、机の上に並べた。
みほの表情は少し沈んでいる。まあ、転校生仲間である私以外と話していないのだから無理もない。
私はみほの前の席の背もたれにお尻を乗せて俯く彼女を見下ろした。
「安心しなよ、昼休みだ」
「え……」
「ヘイ彼女たち!一緒にお昼どう?」
「ほら来た」
みほの後ろから武部沙織がみほに声をかけた。
みほが私の視線に気づき、背後に振り向いた。沙織の隣に華もいる。何時もの組み合わせだ。みほはあわわと慌てて立ち上がり、背筋を伸ばして向かい合った。私もゆっくりと背もたれからお尻を持ち上げる。
華が沙織をたしなめた。
「ほら沙織さん。西住さん、驚いていらっしゃるじゃないですか」
「ああ、いきなりごめんね?」
「あの改めまして、よろしかったらお昼、一緒にどうですか?」
「もちろん、りっくんも一緒にね」
「この流れで一緒じゃなかったらどうしてやろうかと思ったよ」
「きゃあ怖い!」
沙織が大袈裟に振舞う。
みほはまだポカンとしていたが、ようやく状況を飲み込んだのか驚き、
「私とですか?!」
沙織と華が頷いている。つまりそういう事だ。
私達は長蛇の列を作っている食堂に並び、トレーをもって順番を待つ。
「えへへ、ナンパしちゃった。でも、りっくんに先を越されているとはね」
「となり部屋だから自然とね」
「でも私達、一度西住さんとお話してみたかったんです」
「えぇ?!そうなんですか?!」
私と沙織が話している間に、華がみほに昼休みを誘った理由を口にした。
割と単純な理由なのだが、彼女にはそんな単純な理由も自分には該当しないと思っていたようだ。言ってはあれだが、少し挙動不審だ。
「何かずっとあわあわしてて面白いんだもん」
「それは分かる」
「リクさん?!」
私は沙織に指をさし、真剣な表情で答えた。
みほがこっちを向いたが、私はあえて目を合わせない。ただまあ、「面白い」と言われたことが軽くショックではあったようだ。
私も少し面白いと感じていたことは内緒だ。
そんなところで沙織と華は自己紹介を済ませていなかったことを思い出したようだ。
「あ、私はね!」
「武部沙織さん。6月22日生まれ」
「へ?」
みほは沙織の名前から誕生日まで答え、今度は華の方を向き、
「五十鈴華さん。12月16日生まれ」
「はい」
「へえ、誕生日まで覚えてるんだ」
「どこかの誰かとは大違いだね。名前を覚えるのすら一週間かかってたし」
沙織が私の方を向いてニヤニヤとしてくる。
「うるさいな。……でもすごいね」
「クラスの名簿見て、クラスの全員、何時友達になっても大丈夫なように」
「やっぱ西住さんて面白いね。ああそうだ!名前で呼んでいい?」
「黒畑さんみたいに『みほ』って」
「すごい!友達みたい!」
「はいよ、鯖煮定食」
みほは嬉しそうに体をくねらせ、食堂のおばちゃんからメインの鯖煮を受け取った後、お盆を持ったままくるくると回った。
「わぁ!危ない!」
私の声は少し間に合わず、案の定みほはバランスを崩した。お盆を先に受け取り終えていた華が支え、私と沙織で彼女の腰を掴んで倒れないようにする。
私は鳥の酸っぱ煮定食を受け取り、空いていたテーブルについた。
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四面楚歌……少し違うか
食堂に入って来たのは人の並びからして中盤頃だったが、私たち四人は問題なくテーブルに座ることが出来た。因みに沙織のメニューは和食な健康志向。華は中華で少しばかり量が多い。
みほが席に着きながら内心の心配を吐露した。
「良かったぁ~友達が出来て。私、一人で大洗に引っ越してきたから」
「そっかあ……ま、人生いろいろあるよね。泥沼の三角関係とか、告白する前に振られるとか、五股かけられるとか」
沙織が納豆を端で混ぜながら言う。
私もよく煮込まれて柔らかい、それなりに強い酸味のある鶏肉にかぶりついた。そしてよく噛んでから、
「流石にそんな人生は歩みたくないなあ……。五股とかどんなギャルゲヒロインだよ」
箸で沙織を指す。
そんな彼女はあははと軽く笑った。が、その笑みにはどこか影があり、何とも言えぬプレッシャーが漏れ出ていた。
そんな変な空気をかき消すべくかべからずか、華が話を進めた。
「じゃあ、ご家族に不幸が?骨肉の争いですとか、遺産相続とか」
「ええと、そういう訳でも……」
「何で二人とも出す話題が重いんだよ!」
「なんだ、じゃあ親の転勤とか?」
沙織、流石に話を聴いてなさすぎだぞ。と、私は内心で思った。
最初、みほが「一人で引っ越してきた」って言ってたでしょうが。
彼女は眉を八の字に曲げ、軽く俯いた。
空気がさらに重くなるのを感じた私は、今まで少しばかり考えてきたプランを提案する。
「ねえ、みほ」
「なに?リクさん」
「こっちでの暮らしが落ち着いたらさ、転校族でパーティしない?」
「パーティ?」
みほが可愛らしく小首をかしげた。
「そう。一週間後あたりにさ、集まって前の学校と比べて変わってるなぁって思ったこととかを話題にするの。料理は私が出すよ。ホストなんだし」
「いいの?!」
「うん」
みほが嬉しそうに目を輝かせ、頷く。
すると、沙織が手を大きく、華は小さく上げていた。
「私達も!」
「参加していいでしょうか?」
「もちろん。いいに決まってる」
転校族とはいったものの、別に沙織や華が参加しちゃいけないわけじゃない。メインがそうであるだけで、こういうホームパーティが二人だけでいいわけがないからね。
という訳で一週間後の放課後、私の家でホームパーティが開かれることとなった。
聖グロ時代にそれなりの役職についていた私は、ダージリンたちと一緒にいろんなところを回ったから勝手は知っている。
……ヤバい、当時のことを思い出したらムカついてきた。次は負けんぞアッサムぅ!
次なんてないんだけど。まあ、後任が何とかしてくれるでしょ。
昼食を終えた私達は、教室に戻りながらたわいもない話をしていた。
「今日帰りお茶していかない?」
「え?お茶!女子高生みたい!」
「女子高生ですって」
「いいとこ知ってるの?」
「うん。案内したげる」
家で飲むことはあっても、外で飲むことはあんまりないからこれは助かる。
茶葉が切れた時(ほとんどないけど)に役立つからね。
教室戻ってきた私達は、みほの席の周りに集まっていた。私はみほの前の席の背もたれに腰掛ける。如何やら沙織には悩み事があるようだ。
「実は相談があってさぁ……」
「?」
「何か聞いたことあるぞ、その出だし」
つい一週間ほど前にも言っていたことを思い出す。
「私、罪な女でさぁ……」
「またその話ですか?」
「最近、いろんな男の人から声かけられまくりで……どうしたらいいかなぁ?」
「いろんな?」
「いや、近所の人達なんだけどね?」
「……」
そらきた。
そう言う浮かれた話は学園艦の外に出てからしてくださらないか。
沙織の恋愛脳はエンジンがかかりまくっている。
「毎朝『おはよう!』とか、『今日も元気だね!』って」
「ですから、それはただの挨拶ですから……」
「ラブレターの一通でも貰ってからにしてよ」
「そう言うりっくんはもらったことあるの?」
「あるよ」
「うそぉ!」
そう言うと沙織がイスから転げ落ち、落ち着いている華や引っ込み思案そうなみほも食いついてきた。
おおう、急に迫られるとびっくりする。
「聖グロ時代にね。全員女の子だったけど」
「なぁんだ」
沙織が目に見えて落ち込んだ。
簡単に済ますけど結構大変だったんだぞ?!相手を傷つけずに断るのは良心が痛むんだから。役職の都合上、そういうのに現を抜かすわけにもいかず、その上私はノーマルなのに。
そんなこんなで何故か人柄の褒め合いになっていると、教室に見知らぬ生徒が三人、入ってきた。
モノクルと色々おっきいの、そして干しイモ食べてるちっちゃいのだ。
クラスメイトのざわめきから、生徒会長とその連れと理解できた。立ち位置からして、真ん中にいる干しイモがそうだろう。
私の予想は的中し、二度三度教室を見渡した一団の中でモノクルが干しイモに耳打ちしている。
干しイモは手を置きく上げ、
「やあ!西住ちゃん!」
と言った。
みほが驚いて肩を跳ねる。
「はい?!」
「生徒会長。それに副会長と広報の人」
「ふぅん」
何か良くない雰囲気を纏っていると私は目を細めて生徒会長たちを見る。前の役職の都合上、そういうのには敏感だった。
みほを見下ろすように集まってくる。
「少々話がある」
そう言ってみほを廊下に誘導した。
私達も、見える位置に移動する。
生徒会長はみほの肩に手を伸ばし、
「必修選択科目なんだけどさぁ?戦車道取ってね、よろしく」
言葉尻には圧を感じる。
「え?!ええと、この学校は戦車道の授業はなかったはずじゃ……」
「今年から復活することになった」広報の人が言う。
「私!この学校は戦車道がないと思って……わざわざ転校してきたんですけど……」
「いやぁ運命だねぇ!」
「必修選択科目って自由に選べるんじゃ……」
「とにかくよろしく」
と生徒会長は背中を叩き、部下を引き連れて去っていった。
肩を落としたみほだけが取り残されている。
私は彼女のそばに行き、ポンと肩を叩いた。
「言いなりになる必要ないよ。自由にいこう」
「……」
励ましては見たものの、反応は全く帰ってこない。
私は彼女の転校してきた理由を――なんとなくではあるが――知っている。それを知ってて戦車道に誘ったのであれば、いくら何でも外道であると私は思った。
ぼんやりと席に着き、授業を受けてはいたが全く話を聴いていない。結局、みほは保健室に行くことになった。
フラフラと死んだ目で立ち上がり、後ろの扉から教室を後にする。
「先生!私もお腹が!」
「私も持病の癪が」
「私もあの日です」
と、三者三様のでっち上げでみほの後をついて行った。
保健室のベッドにみほを中心にして寝転がる。私は湯たんぽをお腹に当てているため、なかなかに居心地がいい。
養護教諭が出て行くのを確認し、私はみほのベッドの足元に座った。
「みほ!……いいよ寝てれば!」
「早退されるんでしたら、カバン、持ってまいります」
「辛いことがあるなら言ってみてよ。聞くから」
起き上がろうとした彼女を沙織が制止する。
現状、本当につらいのはみほだけなので当然だ。
うっすらとは聞いていたが、実際はどうなのかはわからない。
私の言葉にうなずき、彼女は弱々しく言った。
「今年度から、戦車道が復活するって……」
間違っていなかった。みほを狙ってこのことを言ったあの生徒会長は、正真正銘の外道ということになる。
私は気づかれないように舌打ちを打つが、沙織と華は知らないため純粋に疑問を持っている。
「戦車道と言えば、伝統的な武芸の?」
「それとみほに何の関係があるの?」
「私に、戦車道を選択するようにって……」
「ええなんで?!」
「えっと……」
「なにかのいやがらせ?あ、分かった!」
「沙織」
「ぅ……」
何時もならいいが、この状況での恋愛脳はアウトだ。
華も何か言いたそうだったが、たぶんそれ、ちがうから。
この感情は、今この場では私にしか理解できないだろう。そしておそらく、世界中を探しても。
「実は……私の家は代々、戦車乗りの家系で……」
「まあ!」
「へ~」
「でも、あまりいい思い出は無くて……」
「で、戦車を避けてこの学校に来た……と。じゃ、その通りでいいでしょ」
「え?」
布団に潜り込んでいたみほがひょっこりと顔を出した。
顔に、その発想はなかったと書いてある。
私の意見に沙織が同調した。
「そうだよね!第一、今時戦車道なんてさぁ、女子高生がやることじゃないよう」
「生徒会にお断りになるなら、私たちも付き添いますから」
「ありがとう……」
みほの表情が少し明るくなり、丁度授業終了のチャイムもなった。
「授業、終わってしまいました。せっかくくつろいでいましたのに……」
「あとはホームルームだけだね」
「でもさ、今年から戦車道が復活するって事は……」
話を蒸し返すようで悪いとは思っていながらも、言わざるを得なかった。
今年から始まるということは、説明があるということ。そしてそれがあるとすれば……。
私の考えはあっていた。放送のベルが鳴る。
「え?」
『全校生徒に告ぐ。体育館に集合せよ。体育館に集合せよ』
そして私達は、放送の通り体育館に集まることになった。
別に仮病で欠席してもいいと思うのだが、それが出来ないあたり彼女たちの本質はいい子らしい。
始まるのは選択科目のオリエンテーションのようだ。……の、皮をかぶった戦車道のコマーシャル。どこかの宣伝相もかくやと言うべき理想的な広報ビデオ。
そして震えるみほ。
「大丈夫……大丈夫だから……」
「リクさん……」
私は隣のみほの頭をポンポンとなでる。
初対面の一日目でなれなれしいとは思ったが、流石に仕方がないと感じる。額にある、隠していた大きな傷にそっと触れた。
その後に映る、選択を書き込む用紙にも、一番上で一番大きく『戦車道』の枠が取られている。
あまりにも露骨な誘導だった。
その露骨な誘導に、さっきまで味方だった沙織と華が引っかかっている。
選択者に与えられる特典というものも、普通ならあり得ないもので何かしらの裏を感じる。聖グロ時代なら知ることが出来たのだが、今は大洗の一般生徒故致し方なし。
「私、やる!」
「え……」
みほの反応もよそに、沙織が話を進めていく。
「最近の男子は、強くて頼れる男子が好きなんだって!それに、戦車道やればモテモテなんでしょ?みほもやろうよ!家元でしょ?」
「沙織!保健室の話忘れたの?!」
「……」
「そうですよね、私、西住さんの気持ち、良く分かります」
ここで意外な共感を見せたのは華だった。
「うちも、華道の家元なので」
「そうだったんだ……」
意外だった。
まさか家元の家系の子がもう一人いるとは思いもしなかった。
感心していると、
「でも、戦車道って素晴らしいじゃありませんか」
「ええ?」
「実はずっと、華道よりアクティブなことがやりたかったんです」
「何か嫌な予感がするぞ」
予感の通り、華は足を止めてみほの方を向いた。
「わたくしも戦車道、やります!」
「えぇぇっ?!」
「西住さんもやりましょうよ!いろいろとご指導ください」
そう言って華はみほに深々と頭を下げる。
まさしく四面楚歌。……いや、少し違うか。とは言え、味方が少なくなったことに変わりはない。
沙織が背中からみほに跳びついた。
「みほがいれば、ぶっちぎりでトップの成績が取れるよ!」
ああ、今から頭が痛い。
一人称って意外と楽しいな。
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覚えておくといい
結局、私以外の二人が揃って言い方は悪いだろうが敵に回ってしまったみほは、帰り道でずっと肩を落としながらフラフラと歩いていた。いや、帰る方向が同じな私が引っ張っていかなければずっと立ち尽くしていただろう。
何か言葉をかけようにも何も思いつかず、ただただ黙って家路につくだけだった。
私はみほをしっかりと寮室に送り届け、
「じゃ、気が進まないだろうけど、また明日」
「……」
「ちゃんと夜ご飯食べて、よく寝るんだよ?」
「……うん」
そう、みほはか細く応え、ゆっくりと鍵を開けてとぼとぼと入っていった。
私はちゃんと閉じるのを確認してからため息をつき、自分の寮室の鍵を開けて中に入る。
そしてベッドにリュックを放り投げ、電気をつけてそのまま端に座って倒れた。左手を伸ばし、天井の照明を隠すように視線に重ねる。
(彼女、不器用そうだからなぁ。プラスとマイナスなら、マイナスの方を優先しちゃうんだろうな……)
内心そう思いながら、腕を頭上にとさりと落とす。
寝転がったまま目線を上に向けると、枕元に置いてあるクマのぬいぐるみ、『ボコられグマのボコ』が目に入った。
私は微笑みを浮かべながらボコの頭を鷲掴みにし、わきの下に手を通すようにして正面にまで持ってくる。
懐かしい。
私の高校入学祝いに妹がプレゼントしてくれたものだ。あまり見目はよろしくないが、妹が一生懸命に手作りした世界で一つだけのボコ。
私はあの子と距離を取りたかったが、どうしてもと言うので渋々持ってきてしまった。
その時のことを思い出して微笑みが苦笑いに変わる。
思わず歌を口ずさんだ。
「やってやる やってやる やってやるぜ イヤなあいつをボコボコに……」
少しだけ歌って自然と笑みがこぼれた。
私は、ボコの顔にグーパンを叩きこんで殴り飛ばしたものを再びキャッチ。そしてぎゅっと押しつぶしながら、反動を利用して勢いよくベッドから起き上がる。
やりようはいくらでもある。
「まずは、気分を切り替えるか!」
そうと決まれば動くだけだ。
私は押しつぶしていたボコをベッドに放り投げた。
赤いリボンを外して髪を解き、制服を脱いでシャワーを浴びる。そして適当な材料で作った夕食を済ませ、準備を始めた。
「生徒会には……ちょっと痛い目を見てもらおうっかな……」
準備と言っても、とある道具を一つ用意するだけだ。
私は、聖グロ時代に使っていたものを棚の中から一つ取り出して、リュックのサイドポケットに入れる。
必修選択科目は……まあ、明日決めればいいでしょ。出来ればみほと一緒のことしたいし。
今日出された課題を適当に済ませ、今日は眠ることにした。
○○○
朝、支度をして寮室を出ると、昨日と同じようにみほとばったり鉢合わせした。
私はほんのり笑って、
「決めた?」
と聞いた。
すると、みほが俯いたまま、コクリと頷く。
「そっか。で、何にしたの?」
「香道……」
「なら、私もそれにするよ」
「ありがとう……リクさん……」
「なんてことないよ。戦車道から逃げてきたもの同士なんだから」
また、みほが頷いた。
私達の間にそれ以上の会話はなく、周りの生徒たちが和気藹々としているのを見て、少しの場違い感を覚えた。
教室に入ってすぐに私達は席に荷物を置き、沙織と華を呼んだ。
私は俯くみほのそばに立ち、話を切り出すのを見守る。
昨日と同じようなか細い声でみほが、
「ごめんね……私、やっぱり……どうしても戦車道したくなくて、ここまで来たの……!」
沙織たちは顔を見合わせて、
「分かった」
「ごめんなさいね、悩ませて」
そう言って悩むことなく戦車道の枠に入れた丸に斜線を入れ、私達と同じ香道に丸を入れた。
華は何故か筆で丸を入れたのだが、机に滲んでいないかが心配だ。
戦車道をやめ、香道に丸を入れた二人にみほが顔を上げ、戸惑っている。
そんなみほをよそに、沙織が応えた
「私達もみほのと一緒にする」
「そんな!二人は戦車道選んで……!」
「いいよ!だって一緒がいいじゃん!りっくんもそうなんでしょ?」沙織が顔を近づけた。
「まあね」
顔を向けられたので自分の用紙を見せて証明する。
華も沙織と同様に顔を近づけ、
「それに、私たちが戦車道をやると、西住さん、思い出したくないことを思い出してしまうかもしれないでしょう?」
「あぁ……私は平気だから……」
「みほ」
「リクさん……」
「好意は受け取っておくべきだよ」
「でも……」
みほはまた俯くが、そこに華が追撃した。
「お友達に辛い思いはさせたくないです」
「私、好きになった彼氏に趣味を合わせる方だから大丈夫~」
沙織が笑ってピースし、はさみのようにチョキチョキ動かしている。
みほの緊張の糸が緩んだのか、嬉し恥ずかしなのか、頬が赤くなった。
そして私たち四人は、全員香道を選択して提出した。
授業を順調に終え、昼休みに入った私達は食堂のテーブルについていた。周りに座る生徒たちの話題は、新しく——厳密には復活した——戦車道の話題で持ちきりだ。
そんなまわりで聞こえる話を耳にしながら、沙織が話題を変えた。
「ああ帰り!さつまいもアイス食べてく?」
「大洗は、サツマイモが名産なんですよ」
「あ、知ってる。干しイモとか有名だよね」
「一部では乾燥芋っていうらしいよ」
「でもアイスかぁ~。初めて食べるかも!」
昨日行けなかった帰りの話題で盛り上がっていると、全校放送のアラートがなった。
(来たか……)
と、私は思った。
内容は、やはりというか、予想通りの物だった。
『普通一科、二年A組西住みほ。普通一科、二年A組西住みほ。至急生徒会室に来ること。以上』
放送が終わり、案の定みほが震えだした。
「どうしよう……」
「私達も一緒に行くから!」
「落ち着いてくださいね」
私達は安心させるようにみほの手に手を重ねる。
そして私は席から立ち上がった後、
「先に教室寄らせて」
と言って一度教室に戻り、リュックのサイドポケットに用意していたものを取り出してスカートのポケットに忍ばせた。
「何それ?」
「大切なモノだよ」
沙織の質問を受け流し、遅れた分を取り戻すように速足で生徒会室に向かった。
やはり内容は、みほが戦車道を受けていないということだった。
沙織と華がみほの左右に並んで手を繋ぎ、私は壁にもたれながらポケットの中に入れたモノのスイッチを押した。
モノクルが選択用紙をつきつける。
「これはどういうことだ?」
「何で選択しないかなぁ……」
生徒会長がつぶやき、モノクルが彼女の方を向く。
「わが校、他に戦車経験者は皆無です」
その台詞を聞いて、私は部下がよく働いてくれていたことを確認する。ここにきて真の意味で、後任が問題なく動けていることを確信した。
モノクルの隣に立つ、いろいろ大きいやつが大袈裟に言う。
「終了です!わが校は終了です!」
「勝手なこと言わないでよ!」
「そうです。やりたくないと言っているのに、無理にやらせる気なのですか?」
「みほは戦車やらないから!」
「西住さんのことは諦めてください!」
沙織と華が反論するが、目の前の生徒会長の態度は不遜なままだ。
ちょっとお灸をすえてやるのもアリかもしれない。
彼女は頬杖をついたまま、やる気のない口ぶりで、
「そんなこと言ってるとアンタたち、この学校にいられなくしちゃうよ?」
明らかな脅迫だった。
「お?!」
「脅すなんて卑怯です!」
「脅しじゃない。会長はいつだって本気だ」
「そーそー」
「今のうちに謝った方がいいと思うわよ?ね?ね?」
「ひどい!」
「横暴すぎます!」
「横暴は生徒会に与えられた特権だ」
……うわぁ、出るわ出るわ。やっぱり、持ってきて正解だったかな、コレ。
そろそろみほが何かしらの決断をすると判断し、私はもう一度ポケットの中にあるモノのスイッチを押した。
みほが大きく息を吸い、宣言する。
「あの!私!」
「?」
生徒会三人の意識がみほに集中した。
少しためらいを見せたみほだったが、勇気を出し、
「戦車道!やります!」
「……」
「「えぇぇぇっ?!」」
「よかったぁ!」
「うん」
「ふっ」
みほが「やる」と宣言したおかげで、私達は解放された。彼女自身が選択したのだから、コレにはもう用はない。
「先に行ってて」
「うん、わかった」
少しばかり晴れやかなみほを送り出し、扉が閉まるのを確認する。そして生徒会長の前まで歩を進め、ポケットの中から持ってきていたモノを机の上に放り投げた。
「ホラ」
「?」
モノクルが空中でキャッチする。
私のあまりに突飛な行動に、三人とも呆気に取られている。
何せ私が渡したものは、
「ボイスレコーダー。その中にさっきの会話の内容が全部入ってる」
「な?!」
「こうすればただの言葉でも法的拘束力を持つんだ。覚えておくといい」
私は踵を返し、後ろ手に手を振りながら生徒会室を後にした。
結局のところ、みほと一緒に沙織と華も戦車道を履修することに決めたそうだ。
自由に戦車道が出来る彼女たちが、少しばかり、羨ましかった。
はようチームメンバーを出したいでゴザル。
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羨ましくて、たまらない
私は適当に香道の授業を済ませた後、一人で寮室への帰路についていた。
聞くところによると、ここの学園艦のどこかにある戦車たちを探し、運用できるところまで整備するのが今日の活動らしい。
まあ、戦車道を履修していない私には関係のないところだ。
終了の時間が合わなくなるだけで、みほや沙織、華との関係性が悪くなるわけではない。時と場合にもよるが、アドバイスすることもあるだろう。
でも、自分の意志で戦車に乗れるみほが、少しばかり――ただそう思いたいだけかもしれないけれど――羨ましかった。
私だってやりたいが、「戦車道のないところに行く」という約束で転校してきたのだから。つまり、「戦車道はできない」ということなのだ。
ただ……、
「戦車のこと考えてたらおさまりが悪くなっちゃった」
乗りたい欲求は別なことで昇華するに限る。
なので私は、この学園艦に唯一存在する戦車道のお店、『せんしゃ倶楽部』に足を運ぶことにした。
流石に戦車そのものは売っていないが、転輪などがバラ売りで並んでいる。しかし、戦車道が無かったこの学園艦で、よくもまあ経営が維持できたものだと感心する。
何せついこの間まで『戦車』が話題にも上らなかった学校だ。キーホルダーや雑誌等は売れるだろうが、戦車のパーツなど誰が買うのだろうか?
そんなふうなことを考えていると、入り口あたりから聞いたことのある声がした。
「すごいですね……」
「でも、戦車ってみんな同じに見える」
「違います!全然違うんです!どの子もみんな、個性というか特徴があって……動かす人によっても変わりますし!」
最初は華と沙織だったが、最後は誰だろうか?多分、というか絶対戦車道を履修している子だろう。何というか、オタクという感じだ。
誰だろうかと気になって顔を出してみると、もじゃもじゃな天然パーマな子だった。
「あ!りっくん!」
「ここに居たのであれば連絡をくださればいいのに」
沙織と華に見つかってしまった。
別に隠れる必要も無いことを思い出し、普通にみんなの前に姿を現す。
そして初めて見る子の前に歩を進め、
「私、黒畑リク。聖グロから来たんだ。よろしく」
「わわ?!えっと……秋山、優花里です……」
優花里という子は、引っ込み思案なようだ。
自己紹介を済ませた私は、このお店においてある戦車のシミュレーターのような筐体にお金を入れ、扱い慣れた『コメット』を選択して暴れまわる。
「りっくん上手い!」
「すごいですね」
「おぉ~!コメットをまるで手足のように!」
「慣れてるからねぇ」
「でも、顔、怪我したくないなぁ」
「大丈夫です!試合では実弾も使いますけど、十分安全に配慮されてますから」
「実弾使って安全ってすごい矛盾を感じるけどね。実際、戦車の中で頭ぶつけたりするし」
初めて乗った時は、慣れるまでよく頭をぶつけたものだ。
「そう言えば黒畑殿」
「なに?」
「ディンブラ選手って知ってますか?」
「誰なの、それ?」
戦車道のことを全く知らない沙織が聞いた。
「搭乗戦車とその実力、エンブレム、そして彗星のように現れて去っていったことから『彗星の狼王』と称えられる選手の事です!」
「ふぅん」
沙織が分かったのか、分かっていないのかどっちとも取れぬ返事をした。
「前にそれ、みほに聞かれたよ」
「何と応えたんですか?」
「それを言わないことを理由に転校してきたんだから、言わないって」
取り合えず、このお店の最高スコアを叩きだした後、モニターを見上げて俯いたみほが目に入ったのでみんなと一緒に彼女の元に向かった。
どうも、姉が映っていて、そのインタビューを聞いて落ち込んでいたらしい。
人命よりも栄光を取り、その挙句無様を晒した女が何か言っているが、称賛されるべきはみほの方だ。と、私は内心毒づく。
とはいえ、このままでは気分が悪い。
「ねえ、みほ。一週間後って決めてたアレ、今日やろう」
「え?」
「ナイスアイデアだよりっくん!みほの部屋でいいかな」
「私もお邪魔したいです」
「うん!」
するとおずおずと優花里が手を挙げ、
「あ、あのぉ……」
「優花里もどう?一人増えたって変わりないよ」
「ありがとうございます!」
帰り道にマーケットで食材を揃え、みほの寮室に向かった。ホストだと言っておもてなししたかったのだが、今回ばかりは致し方ない。
私は一度自室に戻って荷物を置いて着替えてからお邪魔する。髪を解き、ポニーテールに括りなおしていた。
入ってすぐに目に入ったのが、私の部屋にもあるボコのぬいぐるみだった。
「へぇ、ボコだ」
「知ってるの?!」
「え、うん。嗜む程度だけどね」
みほが目を輝かせて私を見つめる。
実家の自室には、ボコのDVD、ブルーレイが三つずつ。全国津々浦々のぬいぐるみがあるが、その程度だ。本気のボコラーからすれば、スタートラインに立ったぐらいの物だろう。
沙織が腰に手を当て、
「良し!じゃあ作るか!華はジャガイモの皮、剥いてくれる?」
「はい……」
「私!ご飯炊きます!」
優花里が勢いよく手を挙げ、自衛隊が使うようなバックの中から飯盒を取り出した。……野営でもする気だろうか。
彼女は鼻歌を歌いながら、意気揚々と準備を進めている。
「何で飯盒?……いつも持ち歩いてんの?」
「はい。いつでもどこでも野営できるように」
する気だった。
「優花里、ここは室内だよ……」
「うわ?!」
「今度は何……」
台所から華の悲鳴が聞こえた。
少し呆れながら向かうと、包丁で指を切っていた。
「すみません……花しか切ったことないもので……」
ならなぜピーラーを使わない。
後ろでみほが絆創膏を探してあたふたしている。
私と沙織は顔を見合わせて、
「「よし」」
意気込んで夕食を作り始めた。
因みに私は母さまがなかなか家に帰ってこないので自炊スキルが上がったのだ。最初は偏ったものしか作れなかったので私も妹も偏食になってしまったが。
肉じゃがをメインにした夕食が出来上がり、食卓を囲む。
五人でそろって手を合わせ、
「「「「「いただきます」」」」」
夕食はとても出来が良く、特に沙織が調理した肉じゃがは絶品だった。
「美味しい!」
「いやあ、男を落とすには、やっぱ肉じゃがだからね」
「落としたこと、あるんですか?」
「何事も練習でしょぉ?」
「というか、男子ってホントに肉じゃが好きなんですかね?」
「都市伝説じゃないですか?」
「一説には、肉と野菜を一緒に食べれるからどうとか」
「だよねだよね!男子に人気だよね?!」
「それは知らない」
私達が肉じゃが談議で盛り上がっていると、みほが食卓の中心にある、華の活けた花を見つめ、
「お花も素敵~」
「ごめんなさい、これぐらいしか出来なくて……」
「ううん!お花があると、部屋がすごく明るくなる!」
「ありがとうございます!」
食事を終え、使った食器を洗って片づけた私達は、少しばかり談笑した後、沙織たちを見送る。
「それじゃあ、また明日!」
「おやすみなさい!」
「おやすみなさーい!」
「また明日ね!」
三人が帰っていくのを見届けると、隣でみほが私の方を向いて、笑顔で言った。
「やっぱり転校してきてよかった!」
「そっか」
ウキウキ気分で階段を上っていくみほを後ろから見上げながら、私もゆっくりと階段を上っていく。
「じゃあ、お休み」
「お休みなさ~い!」
彼女は笑顔で鍵を開け、そのまま中へ入っていった。
私も鍵を開け、中に入る。そしてスリッパを脱ぐことなく、扉に背を預けてそのまま座り込んだ。少しばかり疼く額の大きな傷跡を撫でる。
自分の意志で戦車に乗り、楽しそうに笑う隣人が羨ましくてたまらなくなった。それが悔しくて、私の頬を暖かい液体が流れた。
2時間ほどそのままだった私はシャワーを浴び、泥のように眠った。
何時ものように早起きした私は、赤くはれた顔を何とかして学校に登校する。
昨日まで一緒に登校していた隣人は、その道中にも、一瞥することすらなかった。
だけど、これが私の選んだ選択なのだと強引に片づけ、納得することにした。まだまだモヤモヤが、胸の奥で渦巻いている。
リク視点のお話だから割と飛び飛び
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駄目だな、私
私、オレンジペコは幹部クラスに与えられたクラブハウス、『バラの園』の一室で、敬愛するダージリン様とアッサム様と共に優雅なティータイムを過ごしていました。少し前まではここにもう一人、ディンブラ様がいらしたのですが、あの一件の後に転校なさってしまい、今は何処におられるのか見当すらつきません。
隊長であるダージリン様ですら把握していないのですから、ディンブラ様が長官を務めていた情報処理学部第5課。別名GI5の処理は完璧の一言だと確信します。
そんな時、少しレトロチックな電話のベルが鳴りました。
ダージリン様はその受話器を手に取り、耳を傾けます。
私とアッサム様は、ダージリン様の会話の妨げにならないよう、ティーカップから手を離しました。
「大洗女子学園?戦車道を復活されたんですの?おめでとうございます」
確か……ディンブラ様が搭乗していた『コメット』の乗員の一人が大洗に転校していたはずです。転校の条件は「ディンブラ様のことを口外しないこと」と「戦車道のない学校に行く」ことですので、時が来ればその方といずれ合うこともできるでしょう。
「結構ですわ」
急にダージリン様の声のトーンが落ちました。
恐らくですが、戦車道の練習試合を大洗の方が頼んできたのでしょう。想像していたよりも、以外にもその時が早く来たようです。
「受けた勝負は逃げませんの」
やはり、練習試合の申し込みでした。
ダージリン様は受話器を戻し、通話終了を示すベルが鳴りました。
そしてダージリン様はアッサム様に目配せし、
「準備、出来ているわね?」
「ええ、問題ありません。彼女が出て行った時から、すでに整えてあることです」
「ペコ。何が起きているのか分からない。という顔をしているから教えてあげるわ。『安きにありて危うきを思う、思えばすなわち備えあり、備えあれば憂いなし』よ」
左丘明の言葉ですが、私、そんな変な顔をしていたでしょうか?
私は自分の頬をほぐすように撫でまわしながら、首をかしげます。私のそんな様子を見て、ダージリン様は口元に手を当ててクスリと笑いました。
○○○
今日も今日とて、みほは戦車道の授業に邁進しているようだ。
教室で彼女の顔を――否が応でも――見たが、日に日に楽しそうに笑い、性格も明るくなっているように見える。
私はあの日からずっと心の中に黒い渦が渦巻いていて、額の古傷が疼きっぱなしだ。
みほは転校してきてよかったと言っていたが、私としては転校することなく、聖グロリアーナのいち生徒として残っていた方がよかったのかもと、今更ながら思うようになっていた。
私の中の戦車に乗りたい、という欲求を持つ自分を何度も殺し続けている。幸いというか生憎というか、私は上っ面を取り繕うことが得意だった。だから今も、誰にもこの内心はバレていない。
私はチラリと最近生き生きしているみほの方を向き、
「私も、ああいうふうになれたらな……」
「大丈夫……?」
「っ……ううん!平気!」
「そう?ならいいけど」
隣の席に座るクラスメイトに心配されてしまった。
私の事を常に見ているようなストーカーな人ではないから、偶々気付いたのだろう。つまり、私の顔は一目見ただけで具合が悪くなっているように見えるということだ。
もしかすれば、バレていないと思い込みたいだけかもしれない。私は、さっきまでの自分の思考を訂正する。
私は今度こそ誰にも気づかれないように自嘲気味に笑い、
「駄目だな、私」
と呟いた後、先生に気分が悪いことを伝え、保健室に向かった。となりの席の子には心配をかけて申し訳なかったが、もう限界だった。
みほと沙織、華もこちらを心配そうに見ていたが、あえて無視することにした。
彼女達を見ていると、本当にどうにかなってしまいそうだった。
(私って、何なんだろ。私が私でなければいいのに)
私は、私の中に渦巻くどす黒い嫉妬という感情と、心配してくれる彼女達を無下にしたという自己嫌悪で気が狂いそうになりながら、フラフラと廊下を歩いて行った。
そんな私の内情を知ってか知らずか、練習試合を組むそうだ。相手は、よりによって私の母校、聖グロリアーナ女学院だった。
○○○
『リクさんにも応援に来て欲しいんです!』
練習試合の前日の夜、私に来たメールだった。
ボコの顔文字が押され、かわいらしく彩られている。
今は練習試合当日の朝。
結局昨日は誰にも会わないように早退し、何もしたくないと若干自暴自棄気味に早く眠りについた。そして今、当日の早朝にこのメールの存在に気づいたのだ。
優しいみほのことだ。悪気があるわけではなく、元気づけようとしているのなんて容易く理解できる。だとしても、今の私には逆効果だった。
私は携帯を折りたたみ、乱暴に放り投げる。携帯はクッションに受け止められ、大した音はならなかった。
そして、ベッドわきに置いてある妹から貰った手作りのボコのぬいぐるみを引っ張りよせ、抱きしめながらうずくまるように二度寝した。
○○○
「流石に寝すぎた……」
目を覚ますと、すでに夕暮れになっていた。
当然、試合は終わり、七時まで各々の自由時間を過ごしている頃だろう。
「少しぐらい、地に足付けた方がいいよね」
私はベッドから雪崩のように崩れ落ち、私服に着替える。そして船から降りるには制服でないといけないことを思い出し、慌てて着替えて寮室を飛び出した。
学園艦の搭乗口には、この学校の風紀委員長である園みどり子がいた。年下に見えるが、先輩だ。
「あと3時間ほどで出航よ」
「ちゃんと間に合うようには戻りますよ」
「あなたに心配は無用だったわね」
「ええ、心配は無用ですよ」
「その髪型、似合ってるわよ!」
「?……ありがとうございます」
何時もの髪型のはずなんだけどな。
ともかく、にこやかに会話を交わし、出来るだけ人目のつかなそうなところに場所に走り出した。
しばらく走ったところで角を曲がり、少しばかり時間をつぶす。
すると一人の女子生徒が通りかかったので、右腕を引っ張って体勢を崩し、そのまま後ろ手にひねりながら押し倒した。
相手は聖グロの生徒だ。
「わっ?!」
「私を相手にするのなら、もう少しうまくやらなきゃ」
「流石です……」
「で、来てるんでしょ?ここに」
抵抗の意志はないとみなし、後ろ髪に違和感を持ちながらも私は女子生徒を解放する。そして振り向くと、少し奥から、ダージリンがアッサムを引き連れてやって来た。
アッサムが私を見て、
「腕、落ちたんじゃないの?」
「すぐバレるようなのを送り込んでおいて言う口かい?」
「二人とも夫婦漫才は後でしなさい。でも、腕が落ちたのは事実かしらね?」
「え……?」
ダージリンが私とアッサムのやり取りを強引に締めくくる。
『腕が落ちた』と言われた私がその理由を考えていると、彼女は笑い、
「髪型、私達と一緒にいた時のまんまですわよ」
「あ」
慌てて出て来てしまったために、手に馴染んだ聖グロ時代の髪型にしてしまったらしい。そりゃ簡単に気付くわけだ。三つ編みを巻きつける分、こちらの方が手間がかかるはずだが、慣れていた分そうは感じなかったらしい。
そして風紀委員長さんに言われたことと、後をつけていた聖グロの子を組み伏せた時の違和感の正体に今更ながら気づいた。これは「腕が落ちた」と言われてしまっても仕方ない。
私が髪に手を当てて呆然としていると、
「で、牙を抜かれた調子の方はどうかしら?狼王さん……いえ、ディンブラ。と、呼んだ方がいいかしらね?」
昔の名前でダージリンに呼ばれてしまう。
私が頬を引きつらせていると、ダージリンはティーカップを傾け、不敵な笑みを浮かべた。
何とリクはディンブラだったのです!(知ってた)
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私のエンブレム
ディンブラ。と、昔の名前で呼ばれた私は頬を引きつらせながら壁にもたれかかった。
そして額の古傷を隠す長い前髪をかきあげる。
一つ溜息をつき、こちらを見続けるダージリンに視線を向けた。
「いいように見える?」
「ええ、とっても」
彼女はにこやかな笑みを浮かべてはいるが、その目は笑っていなかった。
私はウっと息を詰まらせる。
こういう時のダージリンはとても怒っているのだ。何かやらかしたかな……?と記憶を手繰ってみるが、まったく何も思い至らない。
彼女が呆れたように溜息をついた。
「はぁ……。私が何で怒っているのか、想像もつきませんの?」
「残念なことに、まったく」
「どうして転校したりしたの」
彼女の目が私を射抜くように鋭くなる。その声は低音で、威圧感があった。
しかし、私も元はといえGI5の長官を務め、ディンブラとして彼女のそばにいたのだ。この程度のことで慄きはしないが、それでもなぜここまでダージリンが怒り心頭なのかが分からない。
かしこまった内容なので、少しばかり口調を改める。
「言ったはず。貴方の改革を自由にするためですよ、ダージリン。コメットを配備したにもかかわらず負けたことの責任を取るために、私はOG連の傀儡になるしかありませんから。事実、私がもみ消しはしましたが、そのような文書が届いていたのです」
私があの手この手を使って派閥の強いOG連から黒森峰のドイツ戦車に対抗できる巡航戦車コメットを勝ち取ったはいいものの、前大会の準決勝で敗北し、その責任を取らざるを得なかった。
当初はダージリンがその責任を取らされるはずだったのを、連中は私が正体を隠し、学院を去ることで手打ちにすると言う取引を持ち掛けてきた。
当然私は、聖グロの戦車道を改革しようとしていた彼女を守るために転校を選択し、大洗に転校してきたのだ。
「なるほど。良く分かったわ。全て私達のことを思ってのことだったのね?」
「ええ、もちろん。当時の私の望みは、貴女が、聖グロリアーナの戦車道を改革すること。それだけでした」
納得したのか、ダージリンは深く目を閉じ、斜め後ろに立つアッサムが「不器用な子ね」とそっぽを向いてつぶやいた。
すでに怒りの出所が消え、何時もの表情に戻ったダージリンが、
「でも、転校先ぐらい教えてくれてもよかったのではなくて?」
「う……」
「探すのに苦労したんですのよ?GI5を総動員して痕跡を隠ぺいするし……なかなか苦労したわ」
「でも良く気づいたね、私が大洗にいるって」
「私の力をフル活用しましたから。貴女を見つけられるのは、私だけだと自負しておりますので」
「アッサム……」
そう言って、ダージリンの後ろにいたアッサムがタブレットを掲げながら前に進み出た。
確かに、私のGI5の情報処理に追随するのは、彼女のGI6くらいのものだろう。私としては、私の部下たちが負けたようで非常に悔しいのだが。
アッサムがふふんと鼻を鳴らす。
「貴女のこれまでの行動パターンでプロファイリングし、最も該当項目が多い生徒がここに転校する書類を提出していたのを確認しました。色々と偽造したようですが、『私を見つけてくれ』と、悲しそうに言っているようでしたわよ?」
「へえ、ディンブラったら、戦車の腕は私達のだれよりも上なのに、意外と可愛らしいところがあるのね」
私の頬が羞恥に赤くなる。
確かに書類を偽造する時にそう思いはしたが、こういうのを面白がるダージリンの目の前でバラす必要はないじゃないか。
アッサムがニヤリと笑った。
コイツ……わざとやりやがった。かつてなら少しぐらい腹が立ったが、今はそんな感情が微塵もわかなかった。たぶんだけど、まだ一か月しかたっていない、この懐かしい感じがうれしいんだ、私は。
自分の選択は間違いじゃない。
そう思っていても、目から涙が込み上げてくる。
「あら、泣いてしまったわ。これはきっとアッサムの所為ね」
「そんなことありません!黙って出て行ったディンブラが悪いのです!言ってくれれば、送別会の一つでもしましたのに……」
アッサムが顔を赤くしてそっぽを向く。
それを見て、ダージリンが楽しそうに笑った。
「で、貴女はどうしたいのかしら?この学校に戦車道が復活したようだけど、貴女、平気なの?」
「平気なわけないでしょう?!いろいろ溜まってるんですよ」
「ふふ、牙は抜かれていても、心はそのままのようね。私の狼王さん。なら、貴女にもう一度、牙を与えましょう」
そう言って彼女は携帯でメールを打ち込んだ。
その突然の行動に首をかしげていると、聞きなれたエンジン音と振動が背後から近づいてきた。
思わず振り向くと、
「コメット……」
「ええ、貴女が勝ち取った、貴女のコメットよ。ディンブラ」
「ディンブラ様ぁ!」
「ペコ?!」
私の目の前でコメットが停車し、操縦席からペコが飛び出してきた。私はそれを抱きとめる。
ペコは装填手が本職だが、当然戦車の操縦もできた。
彼女は目に涙を浮かべて私の胸に顔をこすりつける。
「ペコったら、貴女がいなくなってニ三日は呆然としていたのよ」
「ディンブラ様は私の目標とする戦車乗りの一人なんですから、仕方ありません。ダージリン様の装填手を務めさせていただいていますが、ディンブラ様の装填手を務めたかったです!」
「あら、ペコったら欲張りね」
「年下は欲張りなぐらいがちょうどいいのです」
ペコが私の胸に頭をうずめたまま話してるから、なんかすごく擽ったい。
……て、そんなことはどうでもいい。
「何でコメットが?!私が転校した時に廃棄したんじゃ……」
「廃棄される前に隠しておいたのよ。エンブレムもそのままだし、整備も当然してあるわ」
アッサムが言った。
私のエンブレム。赤ずきんをかぶった狼が、懐中時計を銜えたエンブレム。それが夕日に赤く輝いていた。
「でも、私、OG連に戦車道はしないって……」
「あら?『戦車道の無い』学校に行くことは条件だったはずだけど、その学校の『戦車道が復活した』ことに問題はあるのかしら?」
「あ」
「全く、律儀なんだから。そもそも、転校した時点で、OG連の影響圏ではないはずだけど」
ダージリンが可笑しそうに笑う。
確かに、戦車道が無いところに行くことは条件だったけど、転校後に復活したのならそれは違背にはあたらない筈。少しばかり律儀すぎたかなと思うと同時に、私の中に渦巻いていたどす黒い感情が一気に霧散した。
「そっか、してもいいんだ……私」
私がぽつりとつぶやくと、ペコが私の手を引いてコメットの中から金属板のようなものを取り出した。それは戦車の装甲で、戦車道部員の寄せ書きが所狭しと書かれていた。
「これは……」
「寄せ書きです!みんなのこれまでの感謝と、これからの応援が書かれてます。ディンブラ様、受け取ってください」
私はそれを黙って受け取り、抱きしめた。
もう、大丈夫だ。
○○○
時間ギリギリになって、私、西住みほは学園艦に戻ってきた。
練習試合をリクさんが見てくれなかったのが心残りだったけど、会わなかっただけで、テレビとかで見てくれたのかもしれない。
階段を上がると、兎さんチームの一年生たちが集まっていた。
「西住隊長」
「え?」
「戦車を放り出して逃げたりして、すみませんでした!」
「「「「すみませんでした!」」」」
確かに兎さんチームのみんなは試合中に戦車から降りちゃったけど、初めての試合でああなってしまうのは仕方ない。私は怒ってなんてなかったけど、彼女達は心から謝罪しているのだ。誠心誠意受け止めなければ、彼女達が自分を許さないだろう。
「先輩たち、カッコよかったです!」
「すぐ負けちゃうと思ってたのに……」
「私達も、次は頑張ります!」
「絶対頑張ります!」
兎さんチームのこの意志が折れない限り、もっと強くなれる。私はそう確信した。
「これからは作戦は西住ちゃんに任せるよ」
「うぇ?!」
角谷さんの言葉に河嶋さんが耳を疑っています。
そしてそれ以上に、次に続く言葉はびっくりするものでした。
「あと、今日から新入部員が入るから」
「?」
「誰ですかね?」
優花里さんも私とそろって首をかしげていると、角谷さんの後ろから赤いリボンと長い三つ編みが目立つリクさんがあらわれました。
「リクさん?!」
彼女は目の前までやってくると、手に持っていたバスケットを私に手渡してくれました。
バスケットを開けると、中に茶葉と手紙が入っていました。
手紙を読むと、
『今日はありがとう。貴女のお姉さまとの試合より、面白かったわ。また公式戦で戦いましょう?追伸:ディンブラのことをよろしく』
「聖グロリアーナは、好敵手にしか紅茶を贈らない。おめでとう、みほ」
「う、うん」
いや、問題はそこじゃない。
確かに好敵手と認められたことは素直にうれしいけれど、それを何故リクさんが持ってきたのかが疑問だ。それに、ディンブラをよろしくって……。
私がリクさんの顔を見上げると、彼女は悪戯っぽく笑った後、
「そう、私がディンブラ。コメットを駆る『彗星の狼王』さ」
あまりに突然のことだったので、私と優花里さんは驚愕のあまり口をパクパクさせている。
リクさんは悪戯が成功した子供のように、そして、胸の奥のつっかえが取れたかのような晴れやかな顔をしていた。
○○○
『大洗女子学園。8番!』
全国大会のトーナメント抽選会。そこでみほは8と書かれたカードを引き当て、対戦校がサンダース大付属高校に決まった。
遠くのほうで、サンダースの生徒たちが喜ぶ声が聞こえる。
「サンダースか……」
「それって強いの?」
沙織が聞いてきた。私の代わりに優花里が応える。
「優勝候補の一つです」
「ええ?大丈夫?」
「確かに強いが、やりようはある。いくらでも……ね?」
私は片目を閉じ、もう片方の目でサンダースの生徒たちを見た。
だが、今優先しなければならないのは、コメットの乗員だ。付け焼刃でも、まっとうに乗れるものを集めなければならない。
どこかで、何かの歯車が動き出す音が聞こえた。
私の戦車道が再び幕を開ける。
コメットはリクの所有物扱いで大洗で運用されることになります。
次回にキャラ紹介して、その後に仲間集めですね。
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黒畑リク キャラ紹介
黒畑リク(くろはたりく) 性別 女
・プロフィール
所属校―聖グロリアーナ女学院→県立大洗女子学園
学年―2年生(普通一科A組)
所属チーム―Fチーム(オオカミさんチーム)
担当―戦車長(聖グロ)→副隊長・戦車長
身長―161cm
スリーサイズ―B:86/W:57/H:89
出身―???
現住所―大洗女子学園女子寮
家族―父・母・妹
誕生日―8月8日(獅子座)
年齢―16歳
血液型―О型Rh+
好きな食べ物―グミ・和食・酸っぱい物・辛い物
嫌いな食べ物―酢味噌・煮た大根・(きゅうりの浅漬けとたくあん、しば漬け以外の)お漬物・あんかけ・甘辛いなどの二つ以上の味が同時にするもの・炭酸・魚肉以外の脂っぽい肉・フルーツ味の紅茶・料理に付いている味以外の味がついた料理
好きな教科―歴史(世界史)
嫌いな教科―数学
趣味―茶葉集め
日課―ティータイム・早起き
好きな花―青いバラ
好きな戦車―巡航戦車A41センチュリオン
座右の銘―一寸の光陰軽んずべからず
・概要
西住みほの住む寮の隣人。以前は聖グロリアーナ女学院に在籍していたが、勝つための戦車を手に入れる際にOGと交わしたある取引によって、戦車道のない大洗女子学園にみほのやってくる一か月ほど前に転校した。
その後取引の条件に従って戦車に乗っていなかったが、大洗女子に戦車道が復活し、また彼女がここに居ることを知っていたダージリンから親善試合後に廃棄されたつもりだったかつての愛車、コメットを餞別として受け取り、激励を受けて戦車道に復帰した。
ボコはたしなむ程度と言っているが、DVD・ブルーレイの全巻セットを3つずつ保有。ぬいぐるみも激レア物まですべて網羅している。
愛称は『ディンブラ(聖グロメンバー限定)』、『りっくん(沙織限定)』、『黒畑殿(優花里・瑠香限定)』、『リクーシャ(カチューシャ限定)』、『狼王』。
・性格
さばさばしており、使えるものは(自分を含めて)全部使う性格。引っ込み思案ではなく社交性はあるが、自分の事をあまり語らないところがあるため、大洗女子で最もミステリアスな人物と呼ばれている。聖グロにいた頃もその性格は変わらず、母校に勝利を与えるべく行動していた。
戦車に乗っている間は、相手の戦術を見抜くことに長け冷静沈着を形にしたような彼女だが、気が昂ってくると豹変し、孤高の『狼王』としての彼女が顔を出す。
聖グロにいたため、紅茶をいれることがうまい。好きな紅茶はディンブラ。因みに聖グロに在籍していた時のニックネームと同じもの。未だ思い入れはあるのか、彼女の寮室にはダージリンたちのニックネームのもととなった茶葉が取りそろえられている。部屋はDIYによって喫茶店のようになっている。
食事の最後はスープ等の汁もので締める。それ以降はデザート以外食べない。
・容姿
腰まで届くほどの長髪を赤いリボンで三つ編みにしている。色素の抜けた茶髪に灰色の瞳。背も高く、プロポーションも抜群。
前髪で隠れてはいるものの額に大きな傷跡があり、その影響で『狼王』の性格が誕生した。二重人格ではない。
聖グロ時代は三つ編みをシニョンのように巻いていた。
・実力
転校前から聖グロで一年ながら作戦参謀・戦車長を務めていた。その腕は単騎で3年生の陣営を蹂躙するほど。
その強さの理由は卓越した観察眼にあり、相手の動きからどんな作戦行動をとるか把握し、次の一手を打たれる前に先手をとる戦い方をしているため。その為、集団で戦うよりも単騎での戦闘を好む。当然、集団戦もできる。
また、(オオカミなのに)『鷹の目』と称されるほどの空間把握能力を持ち、可能な限りの最小限の動きで相手の砲弾を回避することが出来る。
頭が固いと悪名高い聖グロOGからコメット巡航戦車を勝ち取っている。その背景には、勝利が栄華を支え、英国を覇者にしたのだという訴えがあり、彼女に一人の“支援者”がついたことで実現した。が、勝利が英国を覇者としたならば、代わりに敗れた際は退学、もしくは戦車道をやめる。という取引をしていた。彼女が退学(というより転校)を選んだのは、ダージリンの改革の邪魔に使われないようにするためである。
先輩であろうとも名前を(もしくはニックネームを)呼び捨てで呼ぶ。下級生らからは人気であったらしく、彼女と一緒に戦車に乗るために聖グロに来た新入生も多いとか。オレンジペコもその一人。
通称『狼王ディンブラ』
どんな作戦も見破り、単騎で瓦解させてくることから、かの狼王・ロボになぞらえて付けられた異名。聖グロOGとの取引で戦車に乗っている間校外に顔を見せてはならないという条件があり(OGとしてはコメットを持っていることが気に入らないため)、みほや優花里にも自身がディンブラと名乗るまでは気づかれなかった。
情報処理学部第5課(GI5)
ディンブラが長官(課長)を務めていた聖グロリアーナの学部。所属は百人ほど。
学内の情報を保護することをメインに行動する。また、風紀委員本部でもある。(つまりディンブラは風紀委員長)
学習内容は情報処理とセキュリティ。そのほかにはある程度の体術。
主な進路は公安警察。
基本的には監視カメラの管理や外部メディアへ渡る情報のコントロール、彼らに口を滑らせそうな生徒の監視、戦車道においては時折やってくる諜報員の捕獲とフォーメーション等の偽装を担当する。
本家は逮捕が出来ないが、こちらは出来る。
誰が履修しているかは長官以外大っぴらにはされておらず、非常に目立たない。
ここに入るには口外しないことを条件に、三か月から六か月ほどの審査がいる。
活動中の携帯電話は回収されるが、連絡手段はある。
履修者間の仲はよく、ディンブラの主導でケーキ作り大会や、クロスワードパズル大会が開かれていた。
ダージリン曰く、役立っているのは確かだが地味。
アッサムが長官を務めるGI6とは犬猿の仲で、大体はいがみ合っている。ただ、目立たないので少し悔しい。時々どちらが優秀かを決めるために情報戦が行われ、誰が参加しているのかは知られていないが結構人気。
リクが大洗では情報課を選ばなかったのは、聖グロの情報課が二年の時点で十分以上な技術を修得しており学ぶことが無かったため。
次回からはメンバー集めです
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装填手は力持ち
誤字・脱字を修正してくれた人に感謝です。非常に勉強になります。
サンダースとの試合まで一週間。それまでに、コメットの搭乗員を集めなければならない。
トーナメント抽選会から帰って来た私は、自室のボコクッションの上で腕を組む。
車長は私が務めるとして、後は四人だ。
コメットは車長の他に操縦手と砲手、装填手に機関銃手兼通信手が必要だ。
そのことを自室で悩んでいると、すでにチームを組み、ある程度形になったあんこうチームを率いるみほが鍵を開けて入ってきた。
「お邪魔しまーす」
「はーい」
玄関に鍵はかけていたが、みほに必要な時は自由に入ってこれるようにと合鍵を渡しておいたのだ。当然、私もみほの部屋の合鍵を受け取っている。
私はみほを招き入れ、部屋の真ん中にしつらえたテーブルのそばにあるクッションに座ってもらうと、そのままキッチンに足を運んで紅茶の準備をする。
「みほってストレートでよかったっけ?」
「うん。何でもいいよ」
「おっけい。……あ、そこの篭にビスケット入ってるから、好きに食べてて」
「はーい」
聖グロ仕込みの手慣れた動作でティーポットにお湯を入れて温め、その間に二人分のティーカップとソーサーをお盆に用意する。そしてポットのお湯を捨て、二人分の茶葉――この間の感謝を込めてダージリン――とお湯を注いでお盆の上に乗せ、
「ダージリンのファーストフラッシュ。あと4分ほどかかるけど、お待たせ」
みほの待つテーブルの前に運んだ。
そして私はみほの対面のクッションに腰を下ろす。顔を上げると、みほがポカーンとした表情を浮かべていた。
私は首を傾げ、
「何、どうしたの?」
「別に問題があるわけじゃないんだけど……、リクさん、手慣れてるなぁって」
「まあね」
聖グロに通ってて紅茶が入れるの下手ってどうなんだと思いながら、ダージリンが丁度よくなるまで談笑し、お茶をカップに注いで本題に入る。
みほが口を開いた。
「リクさん。コメットの搭乗員なんだけど」
「分かってる。私もずっと考えてた」
彼女が私の寮室にやって来たのはやはり、私のチームについてだった。
みほにしても生徒会にしても、更には大洗戦車道部としても大きな問題だろう。実際、広報のモノクルがコメットの搭乗員を集めるべく得意の横暴でポスターを作っていた。
まあ、それでも私が悩んでいるのだから、結果は推して知るべし。
私はパンと太ももを叩き、
「やっぱり足しかないかな!」
「それなら私達も協力する!」
みほはそう言うが、私のためにチームの要である彼女が手伝う必要はない。私のブランクと集まったとしても足りない2試合分の経験値は確実にチームの足を引っ張る。そんなことにみほを巻き込むわけにはいかないのだ。
「いや、その気持ちはうれしい。でも、そうなればあんこうの練習の妨げになる。みほ達がチームの要である以上、今は自分のことに集中した方がいい」
「う……わ、分かった。でも、もしもの時は遠慮なく言ってね!」
「了解、キャプテン」
「な、なんかくすぐったいよ~」
そう言ってみほは楽しそうに身を捩じらせる。
暫くボコ談議で盛り上がった後、みほは自室に戻っていった。
そして私は早めに就寝し、早朝から仲間集めに挑むとしよう。
○○○
6時半に起床した私は、手軽にサンドウィッチを作ってティーバッグの紅茶と共に軽い朝食を作る。そしてそれを食した後、制服に着替えて髪を整え、リュックを背負って学校までダッシュで向かった。
通学路を走りながら、
「まずは一年生からかな!」
今日回るエリアを決める。
1年生にした理由は特にない。
しいて言えば、玄関から入って一番近いからぐらいしかない。あとは、兎さんチームは一年生だけで人数も多いから、情報を集めやすいぐらいだろうか。
「ええい鬱陶しい!」
プラプラと揺れる三つ編みをむんずと掴み、走る速度を上げた。
学校に到着した私は教室に向かうことなく、そのまま一年生の教室前を歩いて行く。一応、モノクルから有能そうな生徒のリストは受け取っており、すべて頭に叩き込んではいるものの、あの残念な人のリストが信用できるかどうかは不安が残る。
とは言え今のところこのリストしか頼れるものがないので、教室を廊下から覗きながら歩いていると、
「うわぁ?!」
「え?大丈夫ですか?!」
すぐ目の前に段ボール箱の塊が迫っていることに気づかず、正面衝突してしまった。しかも積まれていた段ボールが顔の位置にあったため、足だけが前に進んでバランスを崩し、廊下に倒れてしまう。背負っていたリュックが衝撃を吸収してくれたおかげで痛みはない。
だが、そんなことはどうでもいい。
一番の問題は、運んでいる――見るからに重そうな――段ボールが私の顔のすぐ前にあり、ぶつかった直後に声が上から降って来たことだ。
私は「大丈夫大丈夫」と起き上がると、重そうな段ボールを三つ積み上げた背の高い女子生徒を見上げる。
「君、一年生?」
「はい!坂田暁、一年生です!」
暁。と名乗った彼女は一年生のようだ。
「えへへ、身長が182もあれば一年生には見えませんよね?よく言われます!」
そう言う彼女は今もずっと積まれた段ボールを下すことなく、持ったまま朗らかに会話を続けている。
私は彼女が非常に気になった。
「ずっと段ボール持ってるけど、重くない?」
「全然大丈夫です!鍛えてますので!」
確かによく見てみると、女性らしい肉付ではあったが、がっしりとした筋肉を持っている。
彼女は装填手にもってこいだろう。
私はぶつかってしまった詫びに荷物運びを手伝おうとする。
「ぶつかった詫びに一つ持つよ」
「いいんですか?」
「ああ、悪いのはこっちだし」
「では、お願いします。重いですよ」
「うわ?!」
私は暁の持つ段ボールを一つ受け取る。授業に必要という受け取ったソレは彼女の言葉通り重く、一つ10キロほどはあるだろう。彼女はこれを三つ重ねて、平然としていたのだ。
素晴らしい。ぜひ欲しい。
私が頬をニヤつかせていると、暁が心配そうに、
「大丈夫ですか?」
「最初は面食らったけど、大丈夫だよ。これより重いのを持ってたからね」
「ならよかったです!」
「でもすごいね。……ねぇ、君は何選択したの?」
「必修選択のことですよね?私は華道です」
「華道かぁ」
やはり戦車道は選択してなかったようだ。
だが、「華道を選んだ」と言った暁の表情に少し陰りが見える。私はそこを突くことにした。
「どうしたの?何か悩みでもあるのかい」
「ううっ、分かります?」
「露骨に表情が曇ってた」
「やっぱり……」
「言ってみなよ、先輩が聞いてあげる」
私が先を促すと、意を決したのか、暁は悩みを打ち明けてくれた。
「私……本当は華道はしたくなかったんです」
「へぇ?」
「私結構流されやすい性格で、華道だって友達に誘われてなあなあで決めたんです。でも、私はもっと、別なことがしたいんです!」
何と言うか、凄く幸先のいいスタートを切った気がするぞ私。
ええと、装填手にもってこいな一年生が?現状に不満を抱いていると……これは誘うしかない。
顔を俯かせながら隣を歩く彼女に、
「ねえ、戦車道とか、興味ない?」
「戦車道……ですか」
「そう。この間、体育館で資料映像見たでしょ?少なくとも、今やってる華道とは正反対なことだと思うけど」
「でも……」
「ちゃんと説明すれば、君の友達はちゃんと受け入れてくれるよ」
しばらく沈黙が続いた。
運んでいた段ボールを暁の教室に運び込むと、俯きがちだった彼女は顔を上げてこちらを見つめてきた。
「分かりました!相談してみます!」
「上手くいったら教えて。私、2年普通一科A組にいるから」
「はい!」
大きく手を振る、背の高い彼女に背を向けて予鈴が鳴る前に自分の教室に向かう。
彼女に対して私が出来るのは、上手くいくことを祈るだけだ。幸先のいいスタートを切るという、私の不安の抑制のためにもうまくいってもらわないと困る。
昼休みになり、みほ達と食堂に向かおうとすると、背が高いゆえに目立つ暁が笑顔で、しかも猛スピードで近づいてきた。
それだけで私には十分理解できた。
「先輩!私、戦車道やります!」
ちゃんと理解を得られたらしい。
私は小さくガッツポーズした。
必要な人数はあと3人。
一回戦のサンダース戦まで、あと7日。
坂田暁(さかたとおる) 性別 女
・プロフィール
所属校―県立大洗女子学園
学年―1年生(普通三科A組)
所属チーム―Fチーム(オオカミさんチーム)
担当―装填手
身長―182cm
出身―茨城県日立市
現住所―大洗女子学園女子寮
家族―父(坂田浩二)・母(坂田翼)・妹(坂田楓)
誕生日―3月21日(牡羊座)
年齢―15歳
血液型―A型Rh+
好きな食べ物―ジビエ
嫌いな食べ物―特になし
好きな教科―体育・保健体育
嫌いな教科―特になし
趣味―人助け
日課―筋トレ・走り込み
好きな花―向日葵
好きな戦車―マウス
・概要
仲間探しのために廊下を歩いていたリクが、重い段ボール箱三つを一気に運んでいる彼女と出会い、戦車道に勧誘した。
元々は友達に誘われて華道を選択していたが、別なことがしたかったようでリクの助言で相談したところ、応援すると励まされて始めた。それからの彼女は特に難色を示すことなく、ノリノリで戦車に乗っている。鍛え上げられた筋肉と恵まれた体躯でもって、重い砲弾をお手玉のように軽々と、どんな状況であろうとも装填する。
その大きさから結構有名。
・性格
非常に感情表現が豊かであり、ころころと表情を変える。また、小さくてかわいいものに目がない。
可愛いと思ったものには抱き着く癖がある。また対象を小脇に抱え、全力ダッシュすることも。
心優しく、困っている人がいれば手を差し出さずにはいられない。
・容姿
少しぼさっとした黒髪ショートカット。ヘアピンで両端に前髪をまとめている。顔立ちは可愛いいより。プロポーションはチーム内最強。腹筋はシックスパックに割れている。カッチカチ。
動きやすさ重視でスカートは短く、カラフルなニーソを履いている。
・特技
重い砲弾を軽々と片手持ちし、どんな状況であっても装填できる。オオカミさんチームの攻撃能力を支える人物。
また、応急手当程度なら完璧に処置することが可能。
そのパワーを生かして戦車整備にも一役買っている。
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砲手は弓取
当然、地の文も多いけど、そのあたりが特に。
私を除いてあと4人必要なコメットの搭乗員のうち、装填手が決まった。
一年生の坂田暁は高身長で力があるため、重い砲弾を素早く装填しなくてはならない装填手にはぴったりだ。見たところ手も大きかったため、彼女のパワーにもよるが、片手で砲弾を掴み、もう片方の手で次弾を用意する……といった動きも可能だろう。
何よりある程度無茶な動きをしても問題なく仕事が出来る。というのが凄まじいアドバンテージとなる。
相手の行動を読んで先に一手を打ち指揮系統を分断、乱戦に持ち込んで相手の動きを利用して撃破していく戦い方をメインにしている私とはとても噛み合っていると確信できた。
そんなあまりにも幸先のいいスタートに頬を緩ませていると、
「りっくんなんか面白い顔になってるよ」
「う、うるさいな!」
「1日目の前半に1人仲間に出来たんですから、黒畑殿の反応も仕方ないですよ」
優花里がお茶碗を片手に私をフォローしてくれた。
彼女はこの学校に戦車道が復活したおかげでみほ達と仲良くなれた経緯があるため、私の喜びをよく理解してくれていた。
私は感謝を込めて優花里のパーマのかかった髪をもじゃもじゃと弄る。
「分かってくれるか~優花里ぃ~」
「わ?!黒畑殿!やめてくださいよ~!」
私に弄られてる優花里は口では嫌そうだが、表情からはそんな感情は一切感じられなかった。むしろ、喜んですらいる。
「もう少し静かに食べれないのか……」
向かい側に座っているあんこうチームの操縦手、この間の聖グロ戦で天才的なテクニックを見せた麻子が嫌そうな顔と沈んだ声で言った。
正直なところ私のチームにも彼女レベルの操縦手が欲しいのだが、それは高望みというものだろう。もともと戦車道の無かった学校で、戦車を手足のように操れる操縦手がいるというのが奇跡のようなものなのだ。
理想的な装填手を引き入れることは出来た。
だからといって全員が全員、理想的でなければならないというのはあまりにも現実的ではない。
そう思いながら、私は目の前にある辛さレベル最大の激辛カレーをスプーンで混ぜる。
「あと3人……間に合うといいね」
「一応途中からでも参加できるけど、経験的にも1回戦から出場したいからね」
「気持ちだけになってしまいますが、頑張ってください」
「ありがと、華」
みほと華の応援を受け、気を引き締めるとカレーを一気に掻き込んだ。
「よくそんなものを食べられるな……」
「意外といけるよ?」
誰も注文しないほどの辛さのカレーを一気食いした私を見て、麻子がうへぇと表情を歪ませ、距離を取る。
そんな彼女を沙織が揶揄った。
「麻子、食べさせてもらえば?眠気が吹き飛ぶかもよ」
「いい、眠気より意識が吹き飛ぶ」
そんなこんなで昼食を済ませ、授業も終えた放課後、私はメンバー集めを再開した。
本来ならみほ達と共に戦車に乗らないといけないのだが、私はそれなりの経験者であることと搭乗員の勧誘のために免除となっている。
しかし今日から履修する暁は別で、今頃はどこかのチームに混ざって装填の練習をしている事だろう。彼女のことはみほに任せてあるし、問題はないだろう。
「ま、そんな事よりも、メンバー集めなんだけど」
私は廊下を歩きながらきょろきょろと周囲を見渡す。
すでに放課後のため、探すとなればどこかの部活に行くしかないだろう。
「こういう時は、大体勘に任せるといい」
そう思って目を瞑り、精神を落ち着かせると、何かが風を切る音がかすかに聞こえてきた。
何か糸のようなものだろうか?少なくとも、棒状の物を振って鳴る音ではない。
恐らくは弓道部だろうと目星をつけ、
「そうと決まれば弓道場だ!」
と、リュックを背負って階段を降り、一気に弓道場まで走り抜けた。
そんなに離れてないためすぐに到着した。
流石にいきなり入るわけにはいかないので外から様子をうかがっていると、髪で左目が隠れた、抜け殻のような雰囲気の生徒を見つけた。彼女は弓道着こそ着ているが、弓も矢も持とうとはしない。ずっと正座のままぼんやりとしている。
彼女のことが気になっていると、休憩帰りと思われる弓道部の子がいたので聞くことにした。
「すみません。あのぼんやりとした子、どうかしたんですか?」
「ん?ああ、百合若のこと?メカクレの」
「百合若というんですか。はい、そうです」
「百合若林檎。二年生。一年生の時は私達のエースだったんだけど、事故に遭っちゃってさ。私も詳しくは聞いてないんだけど、手首の筋肉を怪我しちゃったんだって」
私の質問に答えてくれた弓道部の子は憐れむような目で林檎という少女の方を向いた。
「怪我はもう治ったんだけど、もう弓を引けないくらい筋力が落ちちゃったみたいなんだ」
「それって、日常生活には?」
「ああ、その辺は大丈夫。元々人付き合いが悪かったのが悪化したぐらいで、普通に授業受けてるし、ご飯も食べてるから。ただ、もう弓道は出来ないかな……」
なるほど。大体わかった。
怪我をしてもう弓道は出来ないけど、それしかしたことが無いからやめられないのか。そのうえ、自分は出来ないのに、周りの子が出来ている……つまり、私と同じような状態に陥っているということだろう。
そうと決まれば話は早い。
「ちょっと、どこ行くの?!」
「その林檎っていう子に用がある」
弓道場の玄関に回って靴を脱ぎ、他の弓道部員の視線をすべて無視して林檎のところに速足で向かう。
目の前まで止まると、ようやく彼女はぼんやりとした表情のまま、私に目を向けた。
「なっ何……?」
「戦車道!やろう!」
「せっ戦車道……?」
人付き合いが悪いというのは、ダウナー系のコミュ障的なところが要因のようだ。声のトーンが低く、ぼそぼそと、少しどもりながら返事をしている。
とは言えその辺さえ気にしなければ、コミュニケーションに問題はない。
「そう、戦車道。この間体育館で資料映像見たよね?」
「みっ見たけど……なんで私?」
「私、今チーム集めに奔走しててね。それで君を見つけた。……端的に言えば、君が欲しい」
「?!」
正座をしているが、彼女の体が思いっきりはねた。
そこで私は、正座をしている林檎を思いっきり見下ろしていることを思い出し、彼女と相対するように正座する。すると林檎の顔がさらに紅くなり、さらに顔を下に向けた。よく見ると目線がきょろきょろと動いており、膝の上に置いていた手を組み合わせていた。
弓道部の子達が顧問を含めて全員私達の方を向いている。林檎はその視線に緊張からか気づいていない。
「わっ私は弓道しかしたことが無いですし……あっ足を引っ張るだけです……」
「そんなことない。なにせ私ともう一人を除けば全員初心者だし」
「はっ話すのだって苦手だし……」
「私が君にしてもらいたいのは砲手。砲手っていうのは読んで字のごとく、戦車の大砲を撃つ人のこと。黙ったままでも大丈夫……とは言え、メンバー間のやり取りがある方がうれしいけどね」
「えっえっと……」
林檎はまだ何か諦めてもらうための理由を探しているようだ。
だが何と言うか、彼女からは構って欲しい寂しがり屋のネコのような雰囲気があった。
さっき林檎のことを教えてくれた子には、彼女をエースとしていたために一目置いているようなところがあった。それが元々の寂しがり屋な性格と相まって『孤高の弓道部エース』という目線でしか見たことが無かったのかもしれない。
その証拠に、周りにいる全員の目が丸くなっている。
「私は弓道は少ししかわからないし、君がどれくらい上手いのかも知らない」
「だっだったら……!」
「だけど君からは、ぼんやりとしていたけど、何かをしたいっていう感情が私には見えた。だから、私は君を誘った」
私の場合は環境の問題だったけど、林檎は彼女の体の問題だ。
恐らくだけど、無意識ではもう出来ないことに折り合いはついていたのだろう。諦めるあと一押しが欲しかった……というあたりだろうか。
本当のことは分からない。
だから私はリュックからメモとペンを取り出して携帯電話の番号を書き、林檎に渡した。
「でっ電話番号……?」
「私の携帯番号。1週間以内にあと3人集めないといけないんだ。それまでにどうするかを電話で教えて欲しい」
そう言って私はゆっくりと立ち上がった。
ポカーンとした表情のままの弓道部員たちを避けて玄関に向かい、靴を履いて弓道場を後にする。
もうすでに太陽が傾き、空がオレンジ色になっている。
ポケットに入れている、帽子をかぶった兎をあしらった懐中時計を確認すると、戦車道も終了しようとしている時間だった。
私もそのまま帰路につこうとして校門に歩いていると、弓道場の木でできた扉が勢いよく開いた。
勢いが良すぎて大きな音が鳴る。
そしてその扉を開けたのは、私がさっきまで勧誘していた林檎だった。
彼女は大声で、
「わっ私もっ!戦車道……やらせてくださいっ!」
と叫んだあと、これまた勢いよく頭を下げた。
林檎の後ろには、弓道部員たちが彼女のいきなりの大声に驚いてはいたが、応援するように見守っていた。
少しばかり訂正が必要かもしれない。弓道をやっている自分が弓道をやめろだなんて言えるわけがないという考えから、林檎への最後の一押しが出来なかった……ということだろう。
私はフッと笑い、
「もちろん!」
「あっありがとうございます!」
林檎の表情がパッと明るくなる。
彼女はにへ~っとかわいらしい笑顔で笑った。
現在、装填手と砲手がそろった。あとは操縦手と機関銃手兼通信手。
一回戦のサンダース戦まで、あと6日。
百合若林檎(ゆりわかりんご) 性別 女
・プロフィール
所属校―県立大洗女子学園
学年―2年生(普通一科B組)
所属チーム―Fチーム(オオカミさんチーム)
担当―砲手
身長―155cm
出身―茨城県水戸市
現住所―大洗女子学園女子寮
家族―父(百合若哉)・母(百合若香苗)・兄(百合若和希)・祖父(百合若茂)
誕生日―9月19日(乙女座)
年齢―16歳
血液型―A型Rh+
好きな食べ物―漬物
嫌いな食べ物―ミョウガ
好きな教科―古典・物理
嫌いな教科―英語
趣味―乗馬
日課―弓のメンテナンス
好きな花―梅
好きな戦車―九七式中戦車
・概要
1年生の時は弓道部のエースとして有名だったが、手首の筋肉の怪我という弓道生命を奪われる事故に遭ってしまう。在籍してはいるものの抜け殻の様になっていたが、リクが砲手として勧誘したことでオオカミさんチームに加入した。
流鏑馬の経験もあるため、行進間射撃すら難なく命中させる腕前。弓道部譲りの集中力はすさまじく、リクのハードな注文に結果で応えている。
・性格
少し暗く、寂しがりやでかまってちゃんな性格。口数は少なく、喋ったとしても軽くどもっているうえにぼそぼそとしゃべる。コミュ障。友人は少ない。が、在籍していた弓道部の面々は彼女の試合に出来る限り毎回駆けつけ、来れなかったとしてもテレビ越しに応援している。
・容姿
髪も瞳も茶味がかった黒色。天然パーマであり、少しウエーブのかかった髪をポニーテールにしている。前髪は長く、片目メカクレ。
滅多にないが、笑うときはにへ~っと笑う。可愛い。
・特技
行進間射撃。曰く、馬よりもゆれないし、的も広いということで驚異の命中率を誇る。
リクの細かい注文にこたえる腕前を持ち、無駄なものを全て排するように集中する。
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操縦手はスピード狂
装填手に一年生の坂田暁、砲手に二年生の百合若林檎を勧誘することに成功した私は、戦車道部の隊長を務めるみほに現状報告をした方がいいと思い立ち、彼女の住むとなりの寮室に向かった。
インターホンを押してから、ポケットからみほの部屋の合鍵を取り出して鍵を開ける。
「邪魔するよ」
「あ、リクさん」
「現状報告しに来たよ」
「分かりました。適当なところに座ってください」
ベッドに腰掛けていた彼女は立ち上がり、玄関とリビングの間にあるキッチンに向かう。
お茶やら何やらを用意するのだろう。
私はそんなみほの後ろを通って彼女が元々腰かけていたベッドと対面するように食卓に正座をする。しばらくして堅苦しすぎるか?と思い、正座を崩して横座りに変えた。
そうして待っていると、
「リクさんってコーヒー大丈夫だったっけ?」
「全然大丈夫!ブラックでいいよ」
「へぇ~ブラック飲めるんだ。私、砂糖とミルクが必須だよ~」
「黒森峰出身だから平気だと思ってたんだけど、意外」
ドイツ系の学校なんだし、と思っていたが、流石にステレオタイプが過ぎたらしい。味覚には個人差があるのだから、そんなのは当たり前か。
しばし談笑していると、みほがコーヒー二杯とコンビニに売っているエクレアを二本食卓に乗せた。
「ちょうどコンビニで買ったエクレアがあったから」
「あぁ、みほってコンビニが好きなんだっけ?」
「うん!何時間でもいられるよ~」
そう言いつつみほは私の前にコーヒーを置き、ベッドに腰掛けた後、自分の分に砂糖とミルクを入れてかき混ぜていた。
「とりあえず現状報告ね。私のチーム……オオカミさんチームだっけ?は、今現在装填手と砲手を勧誘することに成功。後は操縦手と機関銃手兼通信手だね」
「あ、そのことなんだけど、優花里さんが通信手ならアテがあるって言ってた」
「通信手?」
「うん。昔から仲のいい友達に向いてる子がいるんだって」
「へぇ……」
通信手はコミュニケーション能力が問われ、その上に何か一芸があるのが個人的には好ましい。
だが戦車マニアの優花里のことだ、そのあたりを考慮したうえで推薦していることに違いない。
私は腕を組んでどんな子だろうか?と考えていると、みほがベッドから滑り落ちて私と同じ顔の高さで向かい合った。
「ねえ、砲手の子ってどんな子なの?」
「砲手?弓道部の子」
「弓道部?」
みほが首を傾げた。
「そう、弓道部。手首を怪我したせいで弓を引けなくなったみたいでさ。ずっと弓道しかしてなかった所為で別のことをする勇気がなかったみたい」
「ふうん。……なんか親近感湧いちゃうね」
みほは私の話を真剣に聞いていた。
やはり、私と同じように林檎に対して親近感がわくらしい。性格や方向性が違うだけで、本質的には私達と彼女は似た者同士なのだろう。
「で、聞く限りではエースって呼ばれてたぐらいだから上手いみたい。ただまあ、私はその子の能力で勧誘したんじゃなくて、目に『変わりたい』って炎があったからなんだけど。性格は少し暗めで……寂しがり屋のかまってちゃん」
「寂しがり屋のかまってちゃん……猫?」
「うん、猫っぽい」
動物とするなら、確かに林檎は猫だろう。因みに暁は犬。
私の話を聴いて、みほが笑った。
「結構個性的だね」
「あんこうとさほど変わらないよ」
「どうかなぁ、でも、うん、なかなかいいと思うよ」
「あ、装填手を担当してもらうつもりの暁なんだけど、どう?上手くいってる?」
「坂田さん?」
「そう」
暁は一足先に練習に参加している。
私は林檎を勧誘しに行ってたから、彼女がどんな様子だったのかを知らない。
自分のチームの装填手を担当してもらう子が上手くいっているのかは非常に気になるところだ。
「坂田さんは三突のカバさんチームに色々教わってたよ。筋があるってエルヴィンさんやカエサルさんが言ってた」
「ならよかった」
何で歴女チームに教えを乞うたのかは知らないが、問題ないのなら上々だ。
明日からは林檎も練習に加わってもらうつもりだし、仲良くしてくれるとありがたい。……林檎が他の人とうまくコミュニケーションをとれるかどうかは不安だが。
と、私がみほに今日の練習のことを聞いていると、隣の部屋、つまり私の部屋のインターホンが鳴った。
「リクさん、今日誰か呼んでたの?」
「いや、知らないけど」
とは言え出ないわけにもいかない。
私は立ち上がって扉を開け、私の部屋のインターホンを鳴らしている人を扉越しに確認する。
その人は同じ大洗の生徒で、金髪にカチューシャをした、棒付きの飴を銜えた子だった。耳には銀色のピアスが揺れている。
金髪なので、恐らく染めているのだろう。ピアスも含め、明らかな校則違反だが、今は無視することにした。
その女子生徒が、私の存在に気づいた。
「なあ、ここに住んでる奴、どっか出かけてんの?」
「いや、そこが私の部屋なんだけど」
「じゃあ何で隣にいんの」
「遊びに来ただけだけど」
「そ」
何と言うか、さばさばした性格のようだ。
私の背後からみほがやって来た、
「大丈夫?リクさん」
「大丈夫だよ、みほ」
彼女は銜えていた飴の棒をもって外に出した。そしてその飴を私の顔に向ける。
「ってぇことは?アンタが黒畑リクって事か」
「そうだけど……君は?」
再び飴を銜え、口の中でころころと転がしている。そのことは棒の動きで分かった。
彼女はニヤリと笑い、
「アタシは竜宮颯。ところで、アンタ今戦車道の勧誘やってんだろ?」
彼女は自分の名前を名乗った。
竜宮颯。
広報のモノクルから受け取ったリストの中にあった名前だ。今見ている顔と名前を脳内で照らし合わせる。
私が黙っていたからか、颯が笑みを引っ込めた。
「ん?もしかすれば、もう期限切れってか?」
「いや、まだやってるけど」
「なんだ、そうなら早く応えてくれよ」
彼女は急かしてくるタイプらしい。
ピアスや髪を染めたりしているが、竹を割ったような性格と見ていいだろう。
颯は私の肩を掴んで、
「一つ質問なんだが、アンタの戦車って速いのか?」
「……最大速度で時速47~50キロくらいだから、同クラスの巡航戦車と比べたら速い方だけど。少なくとも、遅くはない」
「安定性は?」
「二つじゃないか……。履帯が脱落しにくいか否かだったら、しにくい」
コメットは転輪の数を増やしたから、少し重くなって速度が落ちた代わりに安定性が上がっている。攻防速が揃い、故障の少ない信頼性の高さ。最良の名は伊達ではない。
悔しいことにクロムウェルに速度は劣っているが、攻撃力と防御力、安定性を考慮すればコメットの方が上だとコメット乗りの私は自負している。
二つの質問に答えると、颯は顎に手を当て、目を瞑っていた。
そして得心したとばかりに頷き、
「よし。操縦手として乗らせてもらおうか」
「は?」
思わず変な返事をしてしまった。
「は?じゃないよ。まさかもう決まっているとか?」
「え……いや、そんなことないけど」
「じゃあいいじゃないか。いろんなモンに乗ったけど、戦車だけは乗ったことなかったんだ」
にかっと颯が笑った。
戦車に乗ったことなかったから……という理由らしいが、それなら別に普通に戦車道を履修すればいいだけじゃないか。
そのことを彼女に聞くと、
「履修してるぞ」
「……みほ、知ってる?」
「ううん、知らない」
みほが首を横に振った。
意味が分からない。
颯は履修していると言ったが、隊長を務めるみほは知らないと言う。
私が首をかしげていると、
「まあ、履修はしたけど、出てはいないってやつだ」
「はぁ?!」
「いや、何と言うか、めんどくさくて未記入で出したら戦車道になっててさ。……で、一応は真面目にやろうにも戦車はもうどれも定員オーバーと来た」
颯が嫌んなっちゃうよなぁ。と、肩をすくめ、首を振るジェスチャーをした。
「どうしようかと悩んでたら、アンタがメンバー探してると聞いたんで来たってわけだな」
私の肩を大笑いしながらバシバシと叩く。痛い。
だが気になるのは、それならそうとなぜ学校で言ってくれなかったのかだ。
「じゃあ、学校で言ってくれればいいのに」
「アンタが何年でどのクラスなのか知らなくてな?寮に帰ってきたらアンタの姿を見たもんだから、今来たってわけ」
この寮に住んでるのか。
みほが目を輝かせて、
「この寮に住んでるんですか?!」
「おう。ここから二階ほど上だな。アンタが戦車道の隊長だろ?これからよろしくな」
「はい!よろしくお願いします!」
「こんな夜分遅くに来た詫びもある。アタシに言ってくれればヴィーちゃんを使ってもいいぜ」
「ヴィーちゃん?」
なるほど、駐輪場にある馬鹿でかいVMAXの持ち主が誰か分かった気がした。
前期型か後期型かどうかはよく見ていないので――詳しくは知らないので恐らくよく見ても――分からないが、あのモンスターマシンを学園艦で乗りこなせるのだから動体視力とテクニックはかなりのものだろう。
「駐輪場においてあるあの馬鹿でかいバイクのことだよ」
「管理人さんのかな?って思ってたけど、竜宮さんのだったんですね」
「カッコイイだろ」
颯は嬉しそうに笑った後、
「ってぇことだから、これからよろしくな」
といって私たちの前を通って階段を上っていった。
後は機関銃手兼通信手。優花里にアテがあるというので聞いてみることにしよう。
竜宮颯(たつみやはやて) 性別 女
・プロフィール
所属校―県立大洗女子学園
学年―3年生(普通一科B組)
所属チーム―Fチーム(オオカミさんチーム)
担当―操縦手
身長―162cm
出身―茨城県結城市
現住所―大洗女子学園女子寮
家族―父(竜宮流星)・母(竜宮須美)・妹(竜宮風)
誕生日―3月17日(魚座)
年齢―17歳
血液型―B型Rh-
好きな食べ物―ファストフード(早く食べられる奴全般)
嫌いな食べ物―鍋(食べるのが遅くなる奴全般)
好きな教科―数学
嫌いな教科―音楽
趣味―タイムアタック
日課―バイクやロードバイクの整備
好きな花―アサガオ
好きな戦車―M18 ヘルキャット
・概要
常にポッキーや棒付きの飴を銜えている3年生。スポーツカーにバイクやロードバイクで爆走し、走るのも速いというスピード凶。もともと戦車道部に入っていたが乗れる戦車がなく、リクがメンバー探しをしていると聞いて加入した。
レオポンチームとは顔見知りであり、たびたびどちらが最速か競争している。
卒業した後の彼女の後釜には来年入学する妹が入るらしい。
リク曰く、「聖グロに来た赤い髪の子に似ている」とのこと。
・性格
竹を割ったような性格であり、速いものが大好き。乗る物だけでなく、自分も速くなければと足も速い。
乗っている乗り物には安直だが名前を付けており、車には『豆腐ちゃん』、バイクには『ヴィーちゃん』、ロードバイクには『エアちゃん』。チーム車両のコメットだけは『コメットさん』とさん付け。曰く、「ちゃんと言うよりもさんと言った方がしっくりくる」らしい。
そんな彼女であるが、お菓子も大好き。
・容姿
染めた金の短髪にカチューシャをしている。アホ毛。瞳は黒。スレンダー体系であり、非常にスポーティー。無駄なものが全くない。スパッツを履いており、スカートの端から少しだけ見えている。普段はピアスをつけているが、何かに乗る時は外している。
首からゴーグルを下げている。
運転時には革のグローブをはめる。
・特技
簡単なものは整備や修理が出来、好き好んでコメットのメンテナンスを進んで担当している。
リクの無理難題に応える腕を持つ。スピード凶のため操縦が荒く見えるが、実際にはすさまじく正確で丁寧。たまに戦車に話しかけて発破をかける。
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車長みょうりに尽きるかな
自分よりも年下の子がすごいことやってると猛烈な嫉妬心を抱くよね。
今日の練習は休みだったのだが、2試合分の経験値がない私達は休暇返上で練習に励んでいた。
機関銃手兼通信手に入ってもらう予定の子がまだいないが、必要なのはチームプレー等の連携が必要な場面なので、そもそもの腕を鍛えるのにあまり関係はない。
まずは戦車を動かすのに必須な操縦手、颯にコメットに慣れてもらうことから始める。
颯はコメットの装甲をよじ登り、操縦席に入っていった。
私も車長席に座り、上から颯を見下ろす。
「そこにマニュアルがあるはずだけど」
「いーや、こういうのは体で覚えるほうが早い」
「えぇ……」
そう言って颯はマニュアルには一切目もくれず、手さぐりで計器やボタン、レバーの位置を確認し始めた。
いろんな乗り物を操縦してきた経験からだろうか?
そのあたり、私は良く分からない。ただ、体にしみこませるのが結果的に一番早くなることは理解できる。
よく見ると、昨日見た颯の耳で揺れていた銀色のピアスが無くなり、代わりにゴーグルと革の手袋をはめていた。彼女なりの真剣にやるという意思表示、もしくは自分にスイッチを入れるルーティンなのだろう。
10分ほど周囲を触りまくっていた颯は手を引っ込め、
「よし。大体わかった。視界は狭いけど……ミッションと似た感じかな?なら簡単だ」
と言ってイグニッションを入れた。
搭載された600馬力のロールスロイス・ミーティアMk.III 12気筒ガソリンエンジンがうなりを上げる。慣れた振動がお尻から伝わって、私は少し懐かしい安心感を覚えた。
私が転校してからも整備されていたようで、颯は滑らかにシフトレバーを操作する。
「いいねぇ……」
「どうかした?」
「いや、この子、とても愛されてたみたいだぜ。素直ないい子だ」
「なら……車長みょうりに尽きるかな」
私は頬が熱くなるのを感じながら、指でポリポリと掻いた。
そこから非常に慣れた手つきでコメットを発進させた颯に任せ、適当に動かしてもらう。まずは戦車に慣れてもらうのが大事だ。
前進、右旋回、左旋回、後退、自由に走ってもらう。
これまた20分ほど動かしてもらうと、段々と手慣れてきたのか操作の一つ一つが早くなっている。
そろそろ砲撃の練習もしなくてはならないため、戦車を動かすのをやめてもらった。
「次、砲撃の練習するから、そろそろね」
「了解だ」
短く返事をした後、ピタリと射撃練習場に停車した。
これだけで戦車乗りとして標準点をクリアしている。
颯は左右にあるブレーキレバーから手を離し、ググっと背伸びをした。そして肩をくるくると回しながら、
「ハンドルかレバーかの違いだな。回転させるか引くかの違いだけでやってることは変わらん」
「一応履帯が外れた時用にハンドルも用意してある」
「ああ、真ん中の穴はそれか」
「そ。本来は出来ないんだけど、改造したからね。出来るようになった」
本来のクリスティー式サスペンションを使ったイギリス戦車はレバーでの走行しか出来ないようになっているのだが、私のコメットはハンドルでも走行できるように改造している。
履帯装着時はレバーで、非装着時はハンドルで操作するのがクリスティー式サスペンションの特徴なのだが、履帯が片方だけ外れた時は走行できなくなるというのが欠点だった。
そこで私は履帯を修理するよりも、もう片方の履帯を外した方が早いと考えてどちらでもできるように改造してもらったのだ。
「へぇ、いいじゃん。そう言う改造車とか好きだよ、アタシ」
颯は満足げに笑うと、ポケットから棒付きの飴を取り出して包装を剥がし、口にくわえた。
次は砲撃の練習だ。
「じゃあ、行きますよ!林檎先輩!」
「おっ下ろしてくださいぃ~」
砲手である林檎と、何故か彼女を小脇に抱えた装填手の暁が装甲をよじ登ってそれぞれの場所に座った。
やっと下ろしてもらえてホッとしたのか、林檎がへにゃあっと力なく項垂れている。
「大丈夫?」
「いっいいえ!やっやることはしっかりやります!」
私が声をかけると跳ねるように背筋を整える。そして砲塔旋回用ペダルに足を添え、照準器を覗いて撃発レバーを握った。
林檎がしっかりと構えられたのを確認した後、私は暁の方を向いた。
「で、暁は何でさっきまで林檎を抱えてたの」
「林檎先輩って猫みたいなので、つい」
「ついじゃない。それに林檎が猫なら暁は犬だ」
「ワン!」
「吠えんでよろしい。で、練習したんだろ?砲弾装填」
「はい!」
暁は慣れた手つきで砲弾を装填する。
それなりに重い砲弾なのに、重さを感じられなかった。見込んだ通り、かなりのパワーがある。
一日しか練習には参加していないが、初心者故に色眼鏡なしに技術を吸収できたのだろう。
砲弾の装填が完了し、私は再び林檎の方を向いた。
「砲弾の装填が完了したから、今度は撃ってみようか。最初は停車したまま、あそこにある的を狙って打ってみよう」
「はっはい!」
「まずはベンチレーターのスイッチを入れて」
「こっこれですね」
「よし。じゃ、好きなタイミングでどうぞ」
停車はしているが、エンジンはかかったままだ。
この状態で、どれだけ狙えるか……。
私は砲塔から体を出し、目視で確認する。
かちりというトリガーを引いた音が聞こえてくると、すぐに砲弾が発射された。やはりと言うか、砲弾は的の手前に着弾している。
私は体を引っ込め、おたおたと慌てている林檎に声をかけた。
「どうだ、凄い音だろ?」
「はっはい!でっでも、外したことの方がショックです……」
音よりも外したことがショックか。
なるほど、凄い集中力があるとみた。手前に着弾したとはいえ、砲身の角度は少し上に、重力による弾の弾道の変化も考慮されている。しかも、そこまでの動きが初心者とは思えないほど速かった。
ただまあ、流石に弓と戦車とじゃ勝手が違うか。
「弓道をやっているからか、砲身が若干上を向いている」
「はっはい、弾は重力で曲がるので……」
「おしいな。次はシュトリヒ計算を考慮してやってみようか」
「シュトリヒ計算……ですか?」
「そう。照準の中に三角形があるだろ?真ん中の大きいのが高さと幅が4シュトリヒの三角。横の線は2シュトリヒ。それぞれの空きは1シュトリヒある。で、1シュトリヒの角度が、1000メートル離れると1メートルになる」
「は、はい?」
林檎は頭がこんがらがっているようだが、確か林檎は物理が得意のはずだ。公式さえ教えればある程度は出来るようになるだろう。
視界の端では暁が黙々と次弾を装填している。
「要は距離=対象の大きさ÷シュトリヒ×1000だ。これをレンジに合わせて……」
「あ、真ん中の三角が下がりました」
「なら、その分砲身を上げる」
「はい」
林檎からどもりが無くなった。
集中すると冷静になって余分な焦りが消えるのだろう。こうしてみると、弓道部で『孤高のエース』と呼ばれたのも納得できる。
彼女の集中は自分の内から余計なものをそぎ落としているように見えた。恐らく彼女の頭の中にはシュトリヒ計算の公式と狙ってトリガーを引くことしかないだろう。
これじゃあ猫ではなく、狩りのために身を顰める肉食獣だ。
「少し待って」
再び私は砲塔から身を乗り出し、
「いいよ~」
合図を送ると再び砲弾が発射された。
今度は的に命中したが、横に50センチずれている。するとゆっくりと砲塔が回転し、止まった。
再び発射され、今度こそど真ん中に命中する。
「さっきみたいに照準器は少しずれてるから、それを考慮してね」
「分かりました。ふぅ~……」
「休んでる暇はないぞ。今度は戦車を横に向ける。颯」
「あいよ」
ゆっくりと颯がレバーを操作し、車体を横に向けた。
大きな動きはなく、なめらかに車体が横を向いた。
「じゃ、どうぞ」
「はい」
再び発射体勢を整え、今度はもっと早く的を捉えて発射。砲弾はど真ん中を撃ち抜いた。
「次は動きながら!」
「はい!」
行進間射撃だ。高等テクニックで、強豪になれば必須のテクニックだ。
私の乗員ならば、これぐらいできてほしい。
初心者に高望みは禁物だが、やっておくだけやっておこう。
すると、これまた的のど真ん中に命中した。
流石にこれには舌を巻くしかない。
「すっごい。これ、結構な高等テクニックだぞ?!」
「いえ、馬よりも揺れないし、的が大きいので。矢が落ちる可能性がない分、こっちの方が簡単です」
「はぁー」
照準器を覗いたまま、林檎は何でもないように答えた。
集中状態に入っていると、少しぶっきらぼうになるらしい。戦車道をやっていると、こういった仲間の知らない面を知れるのもいい。
しかし、馬に乗りながらというと、流鏑馬という奴だろうか?
確かに林檎の感覚からすればそうだろうが、凄いとしか言いようがない。というかWW2の戦車ではほぼ不可能なのをやってのけている。
試合ではどうなるか分からないが、練習でできないものが実戦でできるわけないので、この結果がわかっただけでも十二分だ。
なら、後は狙う場所だ。
「戦車を撃つときは可能なら側面を狙う。とはいってもこれは状況次第で、常に側面が取れるとは限らない。正面から狙うなら砲塔下部。ここが一番弱い。次は車体。これが無難な撃ち方」
「正面に撃てばいいという訳ではないんですね」
「そういう事。正面は一番硬いからね。出来るだけ狙っちゃ駄目。あと、榴弾を撃つときは、相手戦車の手前に撃つこと。そうすれば地雷みたいにできる」
「地雷……」
「で、ものによってはそれでも撃破できないから、斜面を利用して厚みを薄くするか、接合部を狙う」
「分かりました」
「あとは偏差射撃だけど……流石にこれは相手がいないとね。今日はここまでにしようか」
すでに夕日が空を照らしている。
私は颯に命じてコメットを車庫入れし、今日の練習を終了した。
しかしながら、全員初心者のはずなのに教えることが林檎のシュトリヒ計算ぐらいで何と言うか……別に今日休んじゃってもよかったような気がしないでもない。
いや、そんなことはないか。
「今日はここまで。明日からは普通にチームで練習するからね」
「あいよ~」
「きっ緊張します!」
「大丈夫ですよ。みんないい人ですから!」
「だっ抱き着かないでくださいよぉ!りっリクさぁん!助けてくださぁぁい!」
「ふははは!」
「何?!速さで負けるわけにはいかんのでなぁ!」
操縦席から降りた颯は後ろ手に手を振って、暁は林檎を戦車に乗るときのように抱えて帰っていった。暁がとてつもない速度で走りながら消えていく。その後を颯が追いかけ、追い抜いて行った。
林檎が暁の拘束を解こうとじたばたと暴れているが、まったく振りほどけていない。
うちのメンバーはキャラが濃い。私が一番薄いまである。
「あはは……。ん?メールだ」
携帯を確認すると、メールが1通届いていた。如何やら明日通信手を連れてきてくれるらしい。
携帯を閉じてポケットに入れ、ググっと背伸びした。オイルの匂いが鼻孔をくすぐる。
「ふう……私も帰るか」
一息ついてから、車庫の中に置いてあったリュックを背負った。
どんな子が来るのか楽しみだ。
そろそろサンダース戦ですね。
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通信手は潜入上手
放課後の練習を終えた私達、通信手を欠いたオオカミさんチームと、何故か装填手の優花里がいないあんこうチームは学校から帰るべく校門に向かっていた。
チームリーダーである私は、別視点からの意見も聞くために隊長のみほに話しかける。
「どうだった?私のチーム」
「すごいよ!想像以上だった!」
「ならよかった」
私の目から見ても、みほの目から見ても私のチームはいい出来らしい。
みほが興奮したように腕をぶんぶんと振っている。
「ところで、ちょっと気になったんだけど、コメットってイギリス戦車なのにどうしてシュトリヒ式を使ってるの?」
「どっどういうことですか?」
オオカミさんチームの砲手を務める林檎が驚く。
確かに、先ほどまで覗いていた照準器が妙な代物だとなればこの反応も無理はない。
彼女は私の袖をつかみ、上目遣いで私を見上げた。
「ああ、本来ならシュトリヒ式はドイツ系の物で、本来のコメットは別の照準方式なんだよ。なんだけど私がイギリス系よりもドイツ系の方がやりやすかったから、改造して取り換えたんだ。気になるなら元に戻すけど……」
「いっいいえ!大丈夫です!一度覚えた以上、変えるのは難しいと思うので」
「そういうことだったんだ」
コメットの所有権は私にあるから、その気になれば変えることは出来るんだけど、林檎がそう言うなら別にいいだろう。
みほも、私の話を聴いて納得したようだ。
一瞬だけ笑顔になったみほだが、すぐに表情が暗くなった。
理由は分かっている。
その理由を華が切り出した。
「秋山さん、結局練習に来ませんでしたね……」
「秋山って誰さ?」
誰のことかピンときていない颯に、暁が口添えする。
「あんこうチームの装填手ですよ!」
「ああ、一人少ないと思ったら、そういう事か」
棒状のチョコ菓子を銜えた颯がポンと手を叩いた。
彼女はこの中で唯一の三年生な上に、暁と違って全体での練習に参加していなかったから誰のことかとんと見当もつかなかったらしい。
そもそも誰が誰かを知らないのだから、彼女を責めるわけにはいかない。
しかし、私も今日彼女から通信手の友達を連れてくるといわれたので、会えないのは少し困る。これでは連携の練習が出来ない。
「メールは返ってきた?」
「全然。電話かけても圏外だし……」
「どうしたんでしょう……?」
「直接家に行くか」
「……そうだね」
流石に連絡もつかないとなれば大事なので、私達は優花里の家に向かうことにした。
一度職員室に行って優花里の担任から住所を聞き、彼女の家に向かう。
私は住所をメモした紙を見て、
「うん。ここで間違いないかな」
「秋山さんち床屋さんだったんだ」
沙織の言うように、少しレトロなにおいのする床屋だった。
ドアを開けると、客が入って来たことを知らせるベルが鳴り、散髪用の椅子に座って新聞を読んでいる優花里のお父さんらしき人と、レジの横で座っているお母さんらしき人がいた。
お母さんらしき女性が挨拶する。
「いらっしゃいませ!」
「すみません!」
「おぉ……」
「あの、優花里さんはいますか?」
「アンタたちは……」
「友達です」
「友達……友達ぃ?!」
お父さんらしき人が慌てて立ち上がって新聞を手放した。
空中で手をうろうろさせている彼を、優花里のお母さんがなだめる。
「お父さん落ち着いて」
「だってお前!ゆかりの友達だぞぅ?!」
「分かってますよ。何時も優花里がお世話になってます」
「お世話になっております」
お母さんは綺麗に腰を折ってお辞儀したが、お父さんは何と土下座してきた。
その様子から見るに、優花里には通信手候補の子以外の友達が少ない、もしくはいないのどちらか。
いきなりの土下座にみほが狼狽えている。
「あ、あの……」
「優花里、朝早く家を出て、まだ学校から帰ってないんですよ。どうぞ、二階へ」
私達はそろって顔を見合わせる。朝早くから学校へ行ったと彼女のお母さんは言っているが、戦車道の活動の際に会っていないので、お母さんの言っていることと彼女の行動のつじつまが合わないのだ。
とは言え入り口で固まっているのも迷惑なので、二階にある優花里の部屋に行くことにした。
そこは畳敷きの部屋で、戦車のプラモデルや雑誌、ポスターなどがすぐに目に入ってきた。特にプラモデルなどは電装が内蔵されているようで、かなりの迫力があった。
座って待っていると、お母さんがお菓子を持ってきてくれた。
「どうぞ~召し上がって頂戴」
「あの~よかったら待ってる間に散髪しましょっか?」
「お父さんはいいから!」
「はい……」
娘の友達が気になるのかお父さんが気を利かせてくれるが、お母さんに一喝されて肩を落として帰っていった。
「すみません。瑠香ちゃん以外の優花里の友達がうちに来たのなんて初めてなんで……。何しろずっと戦車戦車で気の合うお友達がなかなかできなかったみたいで、戦車道のお友達が出来て、ずいぶん喜んでいたんですよ」
話の中で出てきた「瑠香ちゃん」というのが通信手候補の友達なのだろう。
お父さんの狼狽え方を見るに、瑠香ちゃんとやらはかなりの仲のようだ。彼の仲では友達ではなくもう一人の家族のような立ち位置にいるのだろう。
彼女以外の――少なくとも高校に入ってからの――友達は私達が初めて……と考えるのが妥当だろうか。
「いいご両親ですね」
華がそう言った瞬間、二階にあるはずのこの部屋の窓がガラリと開いた。そしてそこからコンビニの制服を着たと優花里と、短めのサイドテールが特徴的な、同じくコンビニの制服を着た眼鏡をかけた子が入ってきた。
「ゆかりん?!」
「あれ?皆さんどうしたんですか?」
「秋山さんこそ……」
「どうしたのか聞きたいのはこっちだぞ」
「連絡がないんで心配して……」
「すみません、電源を切ってました」
「つか、何で玄関から入ってこないのよ!あと、後ろの子誰!」
沙織が常識的なことを言及した。
「こんな格好をしていると父が心配すると思って……」
「「「「あぁ……」」」」
「あ、この子が通信手候補の……」
「兎山瑠香、よろしく。貴女が優花里の言っていた黒畑殿?」
「君が優花里の言っていた子か。よろしく」
眼鏡をかけた少女、瑠香は一歩前に進み出て私と握手した。
よく見ると、眼鏡には度が入っておらず、伊達であることがわかった。
「伊達なんだね、その眼鏡」
「ほう……よく見ていますね。意外と眼鏡をつけるだけで顔は隠せるんです」
瑠香がニヤリと笑った。
その拍子に、ポケットに入っているペンが不自然に光を反射した。
なんとなくだが、彼女の一芸を理解できた。
「優花里、この子、スパイオタクか何かでしょ?」
「!」
「ポケットのペン。そこにカメラが仕込んである」
聖グロのGI5、その長官を務めた私ならこれくらい見抜くことは容易だ。
瑠香の胸ポケットに刺さっているペンに小型のカメラが仕込んである。いや、ペン型のカメラと言った方がいいだろう。これを自作したとするなら、とても手先が器用なようだ。
「良く分かりましたね!黒畑殿は通信手に一芸がある方がいいと言っていましたので。彼女なら、問題ないと思うんです」
「で、私は合格?」
「合格も合格。あ、メンバー紹介ね。あの背の高い子が一年生の坂田暁、装填手」
「よろしくお願いします!」暁が勢いよく頭を下げた。
「メカクレの、背の低い子が二年生の百合若林檎、砲手」
「よッよろしくお願いします……」林檎がおずおずと、しかし礼儀正しくお辞儀した。
「で、最後に金髪の子が三年生の竜宮颯、操縦手」
「よろしくな」颯が左手だけを上げて返事した。
「以上と君が私のチーム。オオカミさんチームね」
ようやく、私のチームが完成した。
これで明日からのチーム練習、更には直ぐ目前まで迫っているサンダースとの試合に万全の布陣で挑むことが出来る。
私が何とか間に合ったことに安堵していると、瑠香が胸ポケットのペン型カメラを抜き、優花里に手渡した。
「西住殿も黒畑殿もいらして丁度良かったです!」
「「?」」
ようやく、何故二人がコンビニの制服を着ているのかの理由が明かされるらしい。
瑠香からカメラを受け取った優花里は、その両端を引っ張った。すると、真ん中から引っこ抜け、USB端子が顔を出す。
「ぜひ、見て頂きたいものがあるんです!」
そして、その撮影してきたデータが入っているらしきUSBメモリを私達の顔に向けてきた。
なんとなく、何のデータが入っているのか分かった気がした。
兎山瑠香(とやまるか) 性別 女
・プロフィール
所属校―県立大洗女子学園
学年―2年生(普通二科C組)
所属チーム―Fチーム(オオカミさんチーム)
担当―通信手
身長―159cm
出身―茨城県土浦市
現住所―自宅である兎山電気(大洗女子学園艦上)
家族―父(兎山重三)・母(兎山佳奈美)
誕生日―10月26日(蠍座)
年齢―16歳
血液型―AB型Rh-
好きな食べ物―おむすび・缶詰のコンビーフ
嫌いな食べ物―唐辛子
好きな教科―科学
嫌いな教科―古典
趣味―小道具づくり
日課―英新聞の購読
好きな花―スミレ
好きな戦車―KV-1
・概要
戦車道を始める前の秋山優花里の唯一の友達。彼女は戦車ではなくスパイに興味を持っているが、仲は良く、一緒に映画を見たり、手先の器用さで優花里の戦車プラモに電装を組み込んだりしている。
トリリンガルであり、日本語の他に英語、ロシア語を話せる。また、スパイに憧れて各種暗号を暗記している。(優花里と暗号で会話したりする)
優花里の紹介でオオカミさんチームに最後に加入した。
・性格
スパイ映画の真似をして性格がころころと変わる。その為別に暗くはなく、その気になれば友達が多く出来るはずなのだが、スパイは深く友好関係を持たない。という信条から、幼馴染の優花里以外とはほとんど付き合わなかった。
戦車道を始めてからチーム全員と仲良くなっているが、オオカミさんチームの面々と特に仲がいい。
基本的に名字の後に『殿』をつける。
容姿
黒髪で短めのサイドテール。瞳は黒。小柄なうえにツルペタである。視力は2.0あるが、なぜか伊達メガネをかけている。
特技
アマチュア無線二級をさも当然のように持っている。
手先の器用さを利用して煙玉やボールペン型ビデオカメラなどのスパイアイテムを独自で開発している
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今度は私達が
優花里は部屋においてあるテレビのUSBポートに瑠香から受け取ったメモリを挿入し、電源を入れた。そして彼女はリモコンでチャンネルを操作し、外部入力チャンネルを指定する。
すると黒バックの画面に戦車のシルエット、『実録!突撃!!サンダース大付属高校』という直球なタイトル。そしてちゃちなBGMが流れてきた。
「まさかとは思うけど……」
「そのまさか」
「はい!直接行って撮ってきました。帰る途中にちょこっと編集しただけなので、テロップとかまだ仮なんですけど」
カメラをもってサンダース校に向かう優花里の顔が映り、その横の少し離れたところに素知らぬ顔で瑠香がサンダースの制服を着て歩いていた。
生徒数の多い学校だからか、始めて登校しているはずの彼女は違和感なく潜り込み、それだけでなく近くを歩いている子たちと談笑すらしている。この手腕はなかなかのものだ。
「瑠香さんはもう制服なんだね……」
「ええ。事前に体に慣らしておけば違和感を持たれることは少ないので」
瑠香の言動を見るに本質は冷静沈着なこちらの方で、カメラに映っていた姿が演技なのだろう。ただ、にこやかにしゃべっていることに違和感のないことから、別に苦ではないことがわかる。
そんなことを考えていると、メインのカメラを持っている優花里も上手く潜入し、制服に着替えたようだ。
『これでどこから見ても、サンダース校の生徒です。ハァイ!』
『『ハァイ!』』
優花里が声をかけると対面を歩いていた女子生徒も明るく返事した。
やはりアメリカの様な校風のサンダースは大体がフレンドリーな生徒のようだ。
映像が少し飛んで、今度は戦車を格納している格納庫が映った。流石は高校最大の戦車保有校。一望しただけでは映り切らないほどにシャーマン戦車が並んでいる。
戦車を前にしているからか、優花里のテンションが少し上がっていた。
『すごいです、シャーマンがずらり!あれはM4A1型!あっちはM4無印!あっ!わずか75両しか造られなかったA6があります!』
あまりにテンションが上がりすぎて声が大きくなったため、A6を整備していた3人の女子生徒が振り向いた。
優花里はここが一回戦の対戦校であることも忘れたのか、それとも場を切り抜けるためか、
『一回戦!頑張ってくださーい!』
と、エールを送っていた。
すると、振り返った生徒たちは三人そろってサムズアップで応えた。
変なテンションだったが、如何やらバレなかったようだ。
画面が切り替わり、今度は瑠香の方のカメラの映像のようだ。カメラそのものが小型なため、少しばかり映像が悪いが、問題なく見ることが出来る。
彼女はペンとメモを片手に、他の生徒たちにサンダースの主要人物の情報を集めているようだ。
『ハァイ!戦車道部部長、おケイさんについて聞きたいのですが』
『部長のこと?どうして今更……』
『私、一年生なもので。偉大な先輩であるおケイさんやナオミさん、アリサさんのことを聞いて、私も立派な選手になりたいんです!』
『OK!そういう事なら喜んで協力させてもらうわ!』
瑠香はサンダースのフレンドリーな空気を利用し、チームを支える主要メンバーの情報を聞き出していた。
リーダーであるケイは大胆不敵かつスポーツマンシップに優れ、基本的に前線に出て陣頭指揮を執る。ナオミは豪胆でさっぱりとし、正確無比な砲手の腕を持つ。アリサは条件を満たすためなら手段を選ばない。
と、なかなかにうれしい情報を手に入れていた。
性格は戦車の動き、戦術の方向性を決定することが多いからだ。
そして入手した情報を総括すると、アリサがフラッグ車を担当しているという。
聖グロ時代は情報が自動的に手に入っていたから気にならなかったが、こうしてみると再発見できるところがあると感じられた。
私は食い入るように画面を見つめていた。
林檎は目の前にいる瑠香と、テレビから聞こえてくる瑠香の声のキャラの違いに困惑しているようだ。
「なっ何かキャラが違くないですか?」
「状況に応じて性格を変えていますので」
「さっさすがはスパイを目指しているだけあります!」
「でしょう?」
林檎が目をキラキラとさせて瑠香を見つめ、見つめられている瑠香はふふんと自慢げに笑った。早くも――しかも、一番性格の暗い林檎と――打ち解けてくれているのを見るに、相性は悪く無いようだ。
明るく振る舞うのが苦ではない。というより、素の性格は明るいようだ。
明るく冷静なのが彼女の本来の性格と考えられる。
テレビに映る映像にデフォルメされたあんこうのアイキャッチが入り、大きなテレビモニターとサンダースの生徒が座っている姿が映った。彼女たちの頭で見えにくいが、舞台のようなものが見える。
となると、ここはブリーフィングルームという事だ。
『全体ブリーフィングが始まるようです』
『では、一回戦出場車両を発表する。ファイアフライ1両。シャーマンA1・76ミリ砲搭載1両。75ミリ砲搭載8両』
『容赦ないようです』
『じゃあ次はフラッグ車を決めるよ!OK?!』
『イエーイ!』
『ずいぶんとノリがいいですね!こんなところまでアメリカ式です』
さっきの瑠香が手に入れた隊長であるケイの情報と照らし合わせると、彼女は持ち前のポジティブさでチームをまとめ上げるタイプのようだ。
カメラが優花里の方を向いている内に、フラッグ車が決定したようだ。瑠香の方もポケットの位置にカメラがあるため流石に映像では確認できないが、シャーマンであることは確定だろう。
「ファイアフライにはナオミかな」
「多分……その可能性が高いと思う」
私の独り言を隣に座るみほが返してきた。
恐らく、今彼女の中ではどのように戦車を動かすか。で一杯なのだろう。表情から真剣さがうかがえた。
『小隊編成はどうしますか?!』
『Oh!いい質問ね!今回は完全な二個小隊が組めないから、三両で一個小隊の、一個中隊にするわ!』
『フラッグ車のディフェンスは?』
『ナッシング!』
『敵には三突がいると思うんですけど……』
ああ、この質問は悪手だ。
相手しか知り得ない情報を見せるというのは、自分はスパイであると示す自殺行為に等しい。チラリと瑠香の方を見ると、やはり彼女は苦い顔をしていた。
画面を見ても、この質問を境にナオミとアリサの表情が険しくなっている。
『一両でも全滅させられるわ!』
『『おぉ~!』』
『見慣れない顔ね……?』
『へ?!』
遂にナオミが言及した。
ただよかったのは、私のコメットのことが出なかったことだ。
高校戦車道において、コメット=ディンブラの図式が成り立っているので、コメットを保有している=ディンブラ、つまり私がいることになる。こうなれば警戒レベルを引き上げられ、勝利は難しくなったことだろう。
ナオミの言及でこの場にいる全員の視線が優花里に集中した。
『所属と階級は?』
『えっあの……第6機甲師団オッドボール三等軍曹であります!』
『偽物だぁぁ!』
ナオミの声でブリーフィングルームが騒然とする。が、隊長のケイだけはお腹を抱えて大爆笑していた。
偽物だとバレてしまったオッドボール三等軍曹こと優花里は、全力で脱出する。
『有力な情報を入手しました!これで、レポートを終わります!』
その声と共に、カメラの映像が途切れて黒バックにスタッフロールが流れた。
この会心の出来に、胡坐をかいた颯が膝を叩いて大笑いしている。
同じ操縦手の麻子はローテンションだ。
「アハハハ!こういうの好きだぜ?アタシ!」
「何と言う無茶を」
「頑張りました!」
「いいの?こんなことして……」
「試合前の偵察行為は承認されています」
ここで暁が素朴な疑問を投げかけた。
「でもバレたんですよね?いろいろと変更されたりしないんですか?」
「あ……」
逃げるのに必死で、優花里はそこまで気が回らなかったらしい。
そこで、最後まで残っていた瑠香が代わりに答えた。
「大丈夫。最後まで残ってたけど、変更はなかった」
そう言ってグッと親指を立てた。
なら心配はない。
安堵の表情を浮かべた優花里はテレビから引き抜いたメモリをみほに手渡す。
「西住殿、黒畑殿。オフラインレベルの仮編集ですが、参考になさってください」
「ありがとう。優花里さんと兎山さんのお陰でフラッグ車も分かったし、頑張って戦術立ててみる!」
「大船に乗った気でいてくれよ。戦力差はあっても、戦術でひっくり返すことは出来るからさ」
「無事でよかったよゆかりん……」
「怪我はないのか?」
「ドキドキしました」
あんこうのチーム感は全く問題がないようだ。
私は瑠香の方を向き、
「これからよろしく、瑠香」
「ええ、こちらこそ」
「通信手としても、スパイとしても働いてもらうからね」
「望むところです」
固い握手を交わした。
すでに日が暮れ始めていたので、優花里の家で解散することにした。私とみほは帰り道が同じなので、何時ものように並んで帰る。
暁と颯、林檎も同じ寮生なのだが、買い物して帰るようだ。彼女たちは直接スーパーの方へ向かって行った。林檎は当然のように暁に抱えられている。もう抵抗することは諦めたようだ。
みほが歩きながら優花里から受け取ったメモリを眺めている。
「今度は私達が頑張らないとね」
「うん、頑張ろう!リクさん」
早く帰って戦術を立てるべく、私達は帰路を走る。
1回戦までもうすぐだ。
・オオカミさんチーム
チーム標章―デフォルメしたオオカミの横顔。赤い頭巾をかぶり、懐中時計を銜えている。
使用車両―巡航戦車コメット
・メンバー
担当 氏名
・リーダー・戦車長 黒畑リク
・通信手・機関銃手 兎山瑠香
・砲手 百合若林檎
・装填手 坂田暁
・操縦手 竜宮颯
解説
1年生が1人、2年生が3人、3年生が1人の5人チーム。
通信手の兎山瑠香と操縦手の竜宮颯以外は車長の黒畑リクがスカウトした。ほとんど素人だが、各々の特色を最大限生かすことのできるポジションについている。
名字のモチーフが日本の昔話。リクのみ海外の昔話。
車長の特性から基本的に単騎で行動し、多数を撃破することが多い。
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私達はチームなんだからさ
優花里の紹介で通信手に瑠香を加え、無事に1回戦までにメンバーをそろえ切った私は、サンダースのデータを受け取ったみほと共に私の寮室で戦術研究にいそしんでいた。
その日の夕食は手軽にサンドウィッチを二人で作り、それを片手に映像を見返しながら私はパソコンに、みほはノートに気づいた情報を書き込んでいく。
「ん……こんなものかな?」
「そうだね。これ以上書いても蛇足にしかならないだろうし」
みほが背伸びしながら言った。
2、3周ほどしたが、これ以上何か気づいたことがあっても大したものではないだろう。
「しかしこうやってみるとさ」
「何?」
「どれだけ実力差があっても、やることは相手より先にフラッグ車を見つけて撃破する。だけなんだなぁって」
「確かに。殲滅戦だったらどうしようもなかったよ」
殲滅戦は相手の戦車を全て撃破するまで終わらない試合形式で、戦車道大会ではフラッグ車を先に撃破した方が勝ちになるフラッグ戦という形式が用いられている。
確かに殲滅戦なら、質のいい戦車を数多く持っている――当然搭乗員の実力も含まれる――方が強いので、両方が現状低い私達は圧倒的に不利だ。しかし、フラッグ戦なら理論上は相手戦車を撃破できる戦車が一台でもあれば勝つことは可能なのだ。
私は動画サイトを開き、サンダースの公式試合映像をみほに見せる。
「あ、ほら、これ見てよ」
「サンダースの試合のハイライト?」
「そ、見てほしいのは、相手戦車とサンダースの戦車の数」
「ほとんどの場面で、戦車の数が同数になってる……」
私が気づいたのはサンダースの隊長、ケイの作戦方針だった。
ケイはスポーツマンシップを持ち、当たり前だが戦車道を『戦車戦』ではなく『競技』として体現している。余談ではあるが、強豪校であればあるほど、ここを勘違いしている。
そのことを鑑みると、彼女は基本的にフェアで戦う事を望んでいる。
その為、流石に全てとは言えないしハイライトを見ても一場面だけだが、相手戦車と同数の戦車で相対していることが多い。
「流石に後続にはまだまだ残ってるけど、これなら勝ち目はあるよ。戦力を削り取っていく……みたいな。当然、フラッグ戦だからフラッグ車が最優先だけど」
「うん……これならなんとかなるかも。あ、1回戦、オオカミさんチームはどうする?」
「どうするとは?」
「思ったよりいい出来だし、私達と同じように動かしてもいいかなって」
「うーん……」
確かに元々のポテンシャルの高さからか他と遜色ないように私も思う。
だが、それでも圧倒的に実戦経験が欠けている。
練習でできるのと、試合本番でできるのは別なのだ。
実戦では、練習では感じ取れない独特の空気感がある。私もブランクがあるから不安が残るし、他のメンバーは素人だ。一応実戦を知っている私はともかく、メンバーがその空気感に呑まれてしまえば完全に足手まといとなるだろう。
故に私は、
「とは言え実戦経験がなさすぎるからね、1回戦は空気感に慣れてもらうよ」
「うん、わかった」
「あ、もちろん動く時は動くよ。出来れば前半のうちにみんなには慣れてもらいたいね」
私はフッと笑った。
できるだけ早く空気感に慣れてもらえれば、先にフラッグ車を撃破されない限り試合に貢献することが出来る。
それに激励してもらった手前、ダージリンやアッサム、オレンジペコの前で無様を晒したくはない。母様や妹には特にだ。
撃破なんてされた日には何て言われるかたまったものじゃない。
みほが可笑しそうに言う。
「ふふっ、その時はリクさん……狼王の判断に任せるね」
「ちょ、そこで狼王を出すのはずるいぞ!」
「えぇ~」
みほの気の抜けた反応に可笑しくなり、私は吹き出して笑った。
彼女も私につられて笑い始めた。
笑い声が2つ、私の寮室にこだまする。
○○○
「それでは本日の練習を終了する!解散!」
「「「お疲れさまでした!」」」
広報のモノクル……桃が練習終わりに解散の指示を出し、私達は頭を下げる。
通信手に瑠香が加入したことで連携の練習もできるようになり、オオカミさんチームも形になって来たと実感する。
後は試合感覚さえ整えば私も十全の力を振るうことが出来るだろう。少なからず勝利に貢献できるはずだ。
「お疲れさま。どう?初めて連携……というより隊列を組んだ感想は」
「そうだなぁ、ちょっとばかり窮屈さを感じるな」
「でもそんなの感じさせなかったね」
「まあな。そこはアタシの腕がいいって事よ」
操縦を担当する颯が頭の後ろで腕を組み、笑ってみせる。
確かに、速さを重要視する彼女からすれば窮屈だろう。しかし、乱れなく隊列を組めるあたりその自制心と操縦技術の高さがうかがえる。
言動は少し荒いところがあるが、割り切りはしっかりできているようだ。
「瑠香は?初の戦車道だけど」
「なかなかいいね。特に私の通信が戦術の要になっているところがいい」
「ああ、君の通信の正確さが明暗を分けることもあるだろう。これからも頼んだよ」
「頼まれよう」
「何だそれ。さて、練習も終わったし、何か食べて帰るかい?」
私はぐ~っと背伸びしながら荷物を取りに教室に戻ろうとするが、後ろに気配を感じなかったので振り返る。
すると操縦手の颯を筆頭に瑠香が飄々と、林檎は行くべきか行くまいかと悩み、暁がそんな彼女を抱えて車庫にしまったはずのコメットに再び乗り込もうとしていた。
「ちょいちょいちょい!コメットは私の私物なんだから、使うときは言ってくれないと!」
「じゃあ今から使いまーす!」
「はぁ?!」
暁が砲塔から顔を出し、すぐにひっこめた。
そして入れ替わるように林檎が顔を半分だけ、恥ずかしそうに出す。
「わっ私達……りっリクさんがすごい人だって聞いて、その……あっ足を引っ張りたくなくて……」
「で、居残りで練習しようとしたと」
「はっはい……」
「何時からしてたの」
林檎がびくりと跳ねた。
「しっしようって決めたのは、今日からです……」
「なら言ってくれよ……私達はチームなんだからさ」
私は呆れながら装甲をよじ登り、車長席に座る。
私が勧誘した分、本当のところは戦車道を良く思ってないんじゃないかと思っていたが、杞憂に済んだようだ。全員やる気になっていて、戦車の中にもその気概が満ち満ちている。
そして息を吸ってみんなの意気込みを肺にため込み、操縦手である颯手に指示を出す。
「ドライバー・アドバンス!」
「了解!」
颯がシフトレバーを操作し、アクセルを踏んだ。
コメットがうなりを上げる。
この居残り練習は、1回戦の前日まで続いた。
勿論練習だけでなく、試合に出るためにパンツァージャケットも支給された。
緑色のシャツの上に紺色のジャケットを着て、白のスカートを履く。
颯はジャケットを腰で巻いていた。そしてゴーグルを首にかけ、革のグローブをはめている。
「なかなかいいですね!これ!」
「こういうのを着ると気が引き締まる」
「なっ何だか落ち着きます」
メンバーからの評価はなかなかのようだ。
そして背中にはコメットと同じ赤い頭巾をかぶった、懐中時計を銜えるデフォルメされたオオカミのエンブレムがプリントされている。
同じようにエンブレムがプリントされているのは、私達を除けばみほ達あんこうチームのみだ。
すると生徒会長の杏がやって来て、
「あ、黒畑ちゃんは副隊長やってね~」
「え、いきなり」
「会長?!」
「じゃ、そういう事で」
と、帰っていった。
あまりに突然すぎて対応が追いつかなかったが、どうも私は副隊長になったらしい。
そんなこんなで順調に時は過ぎ、1回戦が始まろうとしていた。
リクと瑠香の口調が分かりにくくないかが不安。
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功は二の次三の次
使っていた動画視聴アプリが無くなり、大学に通い始めたので投稿は週末あたりになりそうです。
なんかいい動画視聴サイトかアプリないですかね?
ついに一回戦が始まる。
対戦校はサンダース大付属高校。アメリカの様な校風が特徴のいわゆるお金持ち学校。
因みに聖グロはお嬢様学校だから少し違うのでそこは注意するように。ダージリンに言って怒られたことあるから。
最も戦車を保有している学校で、戦車はあまりこれといった特長はないものの、満遍なく優秀な車両がそろっている。
こう言っては失礼にあたるかもしれないが、『大会に慣れる』という非常に重要な段階において最適な対戦相手であると言えた。初戦で黒森峰やプラウダに当たっていれば目も当てられないことになっていただろう。
一回戦は使用可能戦車数が少ない(それでもこちらと比べて倍ほどあるが)のも追い風だ。
私達は各々の搭乗戦車の最終チェックを行う。
オオカミさんチームのコメットはついこの間まで聖グロで整備されていたおかげもあってか、非常にいい状態で保たれていた。
颯が満面の笑みを浮かべながらサムズアップしている。
私もサムズアップで返すと、桃が声を張った。
「整備終わったかー!」
「「ハーイ!」」
「準備完了!」
「私達もです!」
「四号も完了です!」
「コメット問題なし」
各車全て異常ないようだ。
私はコメットの装甲を拳でこつんと叩く。金属と骨のぶつかる小気味好い音が聞こえてきた。
(お前にはもう二度と乗れないと思ってたけど……今回も頼むな)
自然と笑みが零れる。桃によって試合開始まで待機が命じられた。
後することと言えばジャケットに着替えるぐらいだろう。試合開始までは一時間以上ある。軽く腹ごしらえするのもいいし、最高のコンディションで挑めるようにするべきだ。
私はメンバーに向けて、
「良し。じゃあ、みんなは試合会場をぐるっと見て回って来てよ。その間は他の人に迷惑を掛けない限りなんでもしていいから。自分たちを応援してくれる人達、これから自分と戦う人を応援する人達……いろんな人がいるから、その空気に慣れてきてね」
「りっリクさんは……?いっ一緒に行かないんですか……」
まだスイッチが入っていないため、びくびくと怯えた小動物のような林檎が上目遣いで私を見上げる。まだ一週間しかたってないとはいえ、やっぱり彼女が初見で行進間射撃を難なく決めた砲手と同一人物とは思えない。
「早く会場の空気に慣れてもらうことが重要だからね。それに私はみほと作戦会議しなくちゃだから」
「あ……そっそうですか……」
林檎が露骨にしょぼくれる。
まあ、彼女は今まで弓道しか経験がなく、私が半ば強引に戦車道に引きこんだようなものだから不安はひとしおだろう。
不安そうに俯く林檎に、最年長の颯がポケットから取り出した棒付きの飴を突き出した。
「ホラ、甘いもん食ってりゃ少しは落ち着くだろ」
「あっありがとうございます……」
そう言って林檎はおずおずと飴を受け取り、包装を剥がして口に運んだ。
正直なところ、颯の姉御肌なところは私が一番助かるところだ。
私は年下……というよりは内気だったり、人見知りだったりする人の相手をするのが非常に苦手だ。何と言うか、いう事を聞かないといけない気がしたり、申し訳なさが勝手に溜まっていって胸が張り裂けそうになるのだ。
だから林檎に落ち込まれると非常に私は弱い。彼女のことを悪く言っているんじゃない。私はメンバーとして大切に思っているし、その腕前に非常に信頼を置いている。
ただ、私が勝手にそうなってしまうだけだ。
「さあ!行きましょう林檎先輩!ここから先は未知の世界ですよ!」
「じゃあ、こっちは任せてください」
「うん、任せる」
暁が林檎の手を取り、瑠香が最後尾を歩き出した。
『狼王』だのなんだのと呼ばれてはいるが、私もまだまだ未熟だな。そう思って、私は額の古傷を撫でた。
そしてみほの元に向かおうとすると、彼女はもうすぐ近くまでやって来ていた。後ろにはあんこうのみんなもいる
私は首の後ろを掻きながら、
「まだまだ未熟だな」
「まだまだこれからだよ、私達は」
みほが口元を手で押さえ、くすくすと笑う。
そうだよなぁ。まだ高校生なんだもんな、私達。
軽く緊張をほぐし合った後、みほは真剣な顔つきになった。恐らく、私も同じようになっているだろう。
みほが口を開く。
「戦術は昨日説明したとおりに。皆さんの調子もいいですし、上手くいってくれると思います」
「まあ、これが出来なきゃフラッグ戦は絶望的だからね、私達。オオカミさんチームは試合に慣れることに専念するよ」
「お願いします。……でも一番重要なのは」
みほが笑った。
その先の台詞は分かり切っている。
「戦車道を楽しむこと……だろ?」
「はい!全力で楽しみましょう!」
「暢気なものね?」
「それでよくのこのこと全国大会に出てこれたわね」
横から大洗では聞いたことのない、だけど聞き覚えのある声が聞こえてきた。
サンダースのナオミとアリサだ。
いきなり対戦校の選手が現れたことで桃がかみつく。
「貴様ら何しに来た!」
「試合前の交流もかねて、食事でもどうかと思いまして」
「ああぁいいねぇ」
杏が煽り合いに加わった。
サンダース……というよりアメリカの料理って大味で美味しくないんだよね。後脂っこすぎて気分が悪くなる。
私としては丁重にお断りしたいところだ。
するとそこにサンダースの隊長、ケイが加わった。
彼女はやって来るや否や煽りをブッこんできた二人とは異なり、フランクな明るい態度で生徒会、特に杏と打ち解け合っている。
ケイは私達、特にオッドボール三等軍曹として学園艦に乗り込んだ優花里の存在に気づいたようだ。朗らかな笑みを浮かべてこっちにやってくる。
「ヘイ!オッドボール三等軍曹!」
「わぁ!見つかっちゃった……」
「怒られるのかな……」
「多分、大丈夫だと思うよ」
沙織は心配しているが、ケイは明るい雰囲気を崩さない。
彼女は大急ぎで逃げた優花里を心配しているようで、
「この間、大丈夫だった?」
「へ?」
「またいつでも遊びに来て!ウチはいつだってオープンだからね。じゃ!」
とだけ言って戻っていった。
カメラの映像でしか彼女のことは知らなかったが、ほんとに想像通りの人間だったとは思わなかった。そして、その人間性は戦車の動かし方でわかるのだなぁとも思った。
「隊長は良い人そうだね」
「フレンドリーだな」
それが如何やらあんこうのケイに対する評価だった。私もそう思う。
一時間は直ぐに経過し、試合が始まろうとしている。
大洗の戦車を横一列に並べ、すでに並べられているサンダースの戦車と向かい合う。瑠香と優花里が収集した情報に間違いはなく、出場戦車はすべて一致していた。
私は搭乗員に声をかける。
「で、どうだった?会場の様子は」
「さいっこうでした!あんな多くの人が私たちを応援してくれるんですね!」
「アタシの走りで会場を魅了したくなったよ」
「スパイは目立つものではないのだが……悪くはなかった」
「……」
「なら、よかった」
林檎は応えなかったが、非常に高い集中状態にいるのが答えだろう。
暁はいつでも動けるように肩をぐるぐると回し、颯はゴーグルと革のグローブをはめ、瑠香は通信機器の調子を確認している。
呑まれているものは一人もいない。まずはそれだけで十分だ。
みほがマイクで作戦を説明する。
『機動性を生かして常に動き続け、三突の前に引きずり込んでください』
各車から威勢のいい返事が聞こえてくる。
ケイのフェアプレイの精神からくる同数対決が多いのは、変な油断を生まないように伝えないことにしていた。私とみほも、心にとどめておく程度にしている。
杏が戻ってきて、試合開始を告げる煙玉が打ちあがった。
あんこうの四号を中心に前進する。
「私達の最初の目的は試合に慣れること!まずは生き残る。功は二の次三の次で!」
「「「「了解!」」」」
私達の戦車道が始まった。
書いてなかったから変になっていないだろうか?
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なるほど、そういう手品か
幸いポイントはたんまりあるけどさ。
試合開始と共に大洗の戦車たちが前進を開始する。
私達のコメットが生み出すエンジン音と振動が体を震わせる。その感覚は練習の時とは全く別物で、適度な緊張感が私の意識にハリを持たせてくれる。
質、量ともに劣る大洗の戦車ではサンダースの戦車の撃破は難しいため、やはりというかゲリラ戦が中心になってくる。故に私達は身を隠すことのできる森の中に入り込み、肉食獣のように待ち伏せする。
視界が狭いために同士討ちの確率も高まってしまうが、通信による連絡と位置把握さえしっかりしていれば問題にはならないだろう。
私は操縦手である颯に声をかける。
「森の中だけど、問題なく走れる?」
「走り自体は問題ないが、視界が狭いのがネックだねぇっ!」
「木にぶつかれば場所がばれるから、気を付けて」
「まっかせな!」
彼女の自信と腕前の良さを証明するようにエンジンが更にうなりを上げ、加速する。
そうなれば操縦が少しは荒くなるものだが、さっきまで走っていた平地と変わらず安定している。練習の時に感じた腕前は試合でも遺憾なく発揮されているようだ。
するとゲリラ戦での要、通信手の瑠香が私に、
「全車、問題なく配置につきました。戦況に変化があり次第即座に報告しますよ」
「瑠香も問題ないみたいだね」
「スパイはいつだって冷静に。ですから」
「頼りになる」
彼女はノートパソコン、しかも軍用のそれを持ち込んでいる。
画面には試合会場の地図が映っている。如何やらさっき散策している間に打ち込んでいたようだ。他のチームから通信を受け取るたびに座標を打ち込み、地図上の青いマークが場所を移していく。
この状況を見るに、少なくとも足回りは問題ないようだ。それだけで負ける確率は十分に下がる。
重要なのは撃破することではなく、生き残ること。私達がフラッグ車なら勝敗に関わるし、そうでなくても逆転の一手につながる可能性がある。
『うさぎさんチームは右方向の偵察をお願いします。あひるさんチームは左方向を』
『了解しました』
『こちらも了解!』
『かばさんと我々アンコウはカメさんを守りつつ前進します。オオカミさんは後方で遊撃を担当してください』
「いいよ」
私達は遊撃担当。要は自由に動いて片っ端から撃破していけという事だ。
少々雑かもしれないが、自由に動けるから私のスタイルと合っている。というか昔から私は基本的に自由にやらせてもらっていたから、この方がありがたい。
私は搭乗員全員に指示を出す。
「聞いた通り、私達は遊撃部隊。見つけ次第全部狩りつくすよ」
「頑張ります!」
「私はただ当てるだけ」
暁が勇んで力こぶを作り、林檎は一度深く深呼吸して閉じていた目を開いた。既にスイッチが入っている。
全員、メンタル面での問題はないようだ。この調子なら、想像よりも早く本調子で動くことが出来るだろう。
にんまりと口角が上がっているのが自分でもわかる。
丁度そのタイミングでみほから通信が入ってきた。
『リクさん、オオカミさんの様子はどうですか?』
「順調みたいだ。少なくともメンタル面では問題ないよ」
『ならよかったです。お互い、頑張りましょう』
通信を終了する。
今度は入れ替わるようにうさぎさんチームの車長、澤から通信が来た。彼女たちは右方向の偵察だから、恐らく敵発見の報告だろう。
報告でしか知らないが、聖グロ戦で戦車から逃げ出してしまった彼女たちはもういないようだ。今では立派に勇敢な戦車乗りになっている。
「瑠香」
「準備できています」
『こちら、B-08-5S地点。シャーマン3両発見これから誘き出します』
瑠香が素早く情報を打ち込み、地図が変化する。
通信越しにエンジン音が聞こえ始めると同時に、砲弾の着弾音が聞こえてきた。それも闇雲な砲撃ではなく、狙いすましたもの。スピ-カー越しだから不確定だが、偶然にしてはあり得ないぐらい複数発、うさぎさんの周囲に飛んできていた。
「着弾……それも複数発?!」
『シャーマン6両に包囲されちゃいました!』
『うさぎさんチーム、南西から援軍を送ります!オオカミさん!』
「了解した!行くよみんな!」
みほの中ではあんこうとほかの戦車で南西から、私達が南東からの援護だろう。少し大回りになるが、遊撃とは相手の裏をかいてこそ。
到着は遅れるかもしれないが、そうであっても救出の援護くらいは出来るだろう。
「颯!私達は南東から攻め込むよ!」
「南西じゃないのか?!」
「敵が引きつけられている内に逆側から埒を明ける!」
「なるほどなぁっ!」
アクセルを踏み、コメットが加速した。位置情報は瑠香の持つ記録から正確に入ってきている。
これでうさぎさんの救出は問題はないだろう。
だが、一番の問題はサンダースがこちらの戦車を見つけるのが異常に早かったことだ。相手は森の中にいて、全く見えていない状態で包囲するなんてさすがの私でも不可能だ。
ぞわりと裸を視姦されるような寒気が走る。……一応言っておくがそんな経験私にはない。あくまでもイメージだ。
……後なんでかわからないけどダージリンの格言を言う姿が目に浮かんだ。
今度はアンコウから包囲されたとの通信。
「あまりにも正確に行動を読みすぎている……」
「え、リクさんしょっちゅうやってません?」
「あれは味方相手で手の内が大体分かってるから。でも、流石に初見の相手にこれは異常すぎる……」
「その割にはこっちには1両もいないな」
「1両を除いて全車投入してる」
「……もしかするかな、これは」
同じように救援に来ているあんこうには3両いて、こちらには1両もいない。それどころか包囲の手もこちら側は少しゆるい。何か裏を感じる。
「よし、私達は変わらずうさぎさんの救援!速度上げて!」
「あいよっと」
「林檎。行進間射撃、頼むよ」
「いつでも」
反対側では包囲されながらもあんこうが合流している。
みほ達は南南西に逃げるようだ。丁度その方角はこちらの射線が通っている。何かあるとすれば、これで証明できるはずだ。
その報告を聞いて私は、
「林檎、南南西に照準合わせ!」
「何もありませんが」
「合わせるだけ合わせて!」
すると予想通り、2両が逃げ道をふさぐように立ちはだかる。
なるほど、そういう手品か。
敵戦車が照準に入ったのだから、やることは一つだ。林檎が私が指示するよりも早くトリガーを引き、砲弾が発射された。その砲撃は正確にこちらから見て奥の方の車両の履帯を貫き、かしゅっと撃破を示す旗が上がった。
直撃の衝撃で間が広がり、そこをみほ達が通り抜ける。
全員脱出には成功したようだ。
そしてすぐに、
「瑠香、暗号で優花里に通信送って。で、通信機を一旦切って」
「了解。で、何と?」
「通信が傍受されてる」
「なるほどな、奴さんなかなかやるね」
「反則じゃないんですか?」
「グレーゾーンかな」
暗号通信の返答はみほもほとんど同じタイミングで通信傍受を受けていることに気づいたようだ。
ならばやることを一つ。策士を策におぼれさせるまで。
連絡は出来る限り正確に、だ。
『全車、0985の道路を南進。ジャンクションまで移動して!敵はジャンクションを北上してくるはずなので、通り過ぎたところを左右から狙って!』
これで囮役はキルゾーンに誘い込める。私達は混乱しているところを叩く役割だ。
複数の砲撃音が同時に聞こえ、わざと開けておいた脱出経路から逃げた囮役を撃破する。それなりの長距離射撃だったが、林檎はまたも正確無比に撃ち込んでくれた。
すんごく気が早いけどなんか面白そうな作品ありません?ラノベでも可。
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ここからが本番だ
通いになったことで変化した大学生活。
資金難。
家の事情。
これらが重なって投稿できませんでした。
これからは土日とかに投稿できるよう頑張ります
林檎が命中させた砲弾により、シャーマンからフラッグが上がったのを確認する。
包囲した二両の両方とも撃破した。残り七両。一方、私達は一両も撃破されていない。油断はできないが、なかなかに好調な滑り出しだ。
私達が撃破した車両はみほ達の影になっていたはずだから、撃破したことを彼女に伝える。
「逃した一両はこちらで撃破した。次に移ろう」
『ありがとうございます。ですがまだフラッグ車が見つかっていませんので……』
「フラッグ車の捜索だね。了解」
『今まで通り、遊撃をお願いします。もしその間にフラッグ車を見つけたら、見つけ次第報告を。可能であれば、撃破でお願いします』
「任せて。狼王の名に懸けて、ね」
『頼りにしてます』
通信を終了する。
フラッグ車は通信を傍受している……十中八九アリサのシャーマンのはずだ。
こういうことをしてくる相手は基本的に姿を現さない。必ずどこかで身を隠し、モリアーティのごとく裏ですべてを操っているつもりになっている。因みに私はホームズよりもモリアーティ教授のほうが好きだ。
するとあんこうから偽の通信が入ってきた。
『全車、128高地に集合してください。ファイアフライがいる限り、こちらに勝ち目はありません。危険ではありますが、128高地に陣取って、上からファイアフライを一気に叩きます!』
「これで向こうの大半が128高地に向かうはず」
「偽の情報に踊らされている内に、フラッグ車を撃破するって訳ですね!」
暁が砲弾を軽々と持ち上げて目を輝かせた。
浮足立つ気持ちも分かるが、こういう時こそ慎重に、だ。それにフラッグ車の捜索なら戦車の総数が多いみほ達に任せた方がいいだろう。
私達がすべきことは、
「こっちの妨害をしてくる車両を撃破する」
「え? ですがフラッグ車を撃破すれば……」
「つまり向こうもこちらのフラッグを狙ってるって事。今は通信によるアドバンテージがあるから優位に立てているけど、何時それがひっくり返るか分からない」
「まあ、上手くいっても今のが最後だろうな」
颯が銜えていた棒付きの飴を揺らしながら、サンダースの戦車に見つからないように巧みにレバーを操作している。
彼女は地頭がいいのだろう。見た目の割に鋭いところがある。
「颯の言う通り、策士を気取っているなら今のが最後の有効打だと思う。少なくとも疑いはする。……瑠香、地図見せて」
「どうぞ」
モニターに表示された試合会場の地図を確認する。
紙で書かれているよりも数段正確なそれは、フラッグ車が見事に隠れられそうな場所を正確にとらえていた。
私は身をかがめ、全員に見えるように地図の一点を指さす。
そこは平衡感覚を奪われやすい、竹林の中だ。
「私の予想だけど、0765地点。ここにフラッグ車がいるとふんでる。シャーマンの色だと、林の中に隠れるよりも竹林のほうが迷彩は効果を発揮するはず。で、それはみほも分かっているはずだから……」
「私達はそれを追うみほさん達の、その後を追うサンダースの車両を追う。という訳?」
「今のところはその作戦でいこうと思う」
『敵フラッグ車、0765地点で発見しました!でも!こちらも見つかりました!』
『0615地点へ、全車両前進!』
「リクさんの予想、当たりましたね!」
さて、ここからが本番だ。
ケイがどう出るかは分からないけど、少なくともつり出されたアリサには逃げるように命令するはず。そしてフラッグ車を囮にした背後からの奇襲。これが現状において最もフラッグ車が撃破されるリスクを下げ、逆に撃破するリターンを上げる方法だ。
サンダースのフラッグ車は0615地点につり出されてる途中だから、三方向を囲まれている状態。で、地図を見る限り、障害物の配置的に逃げ場所は一か所だけ。
それを追っかけてるのを追っかけて、そのまた後ろを追っかけるわけだ。
「颯!西から大きく回るようにしてサンダース本隊を追いかける!最大速度で突っ走って!」
「あいよ!」
「林檎!いつ長距離砲撃するか分からないから、集中しておくように!」
「了解」
颯がアクセルをべた踏みして速度を上げ、しかし安定感をそのままに走行し、林檎が息を深く吐いて集中状態に戻る。
すると進行方向の向こう側から、凄まじい砲撃音が聞こえてきた。
砲塔から身を乗り出す。
「今のは……」
「ファイアフライの砲撃だ。報告が来ないから、誰も撃破されていないはず。だけどビンゴだ。このまま進めば本隊を奇襲できる」
「このまま直進だな?」
「もちろん。ただ、フェアプレーを掲げるケイのことだから、通信傍受のこともあって同数で挑むか、数を減らすとかしているかもしれない。もしもの話だけど、残しているシャーマンに見つからないように」
「任せろって」
「撃破はしないの?」
「これは奇襲だからね。被撃破報告だけでも後ろからきてるってのがバレちゃうから。林檎の出番はその後」
予想通り、丘を二つ挟んでシャーマンが二両残っていた。ファイアフライの砲撃音はもっと遠くから聞こえてきたから、今撃破したところで私達の居場所を知らせるだけだ。
とかなんとか考えていると、遠方から砲撃音が複数連続で聞こえてきた。
「本隊が追いついたか……!」
前髪をかきあげる。ここをどう乗り切るかが勝負を分けるのだから、正確かつ迅速な判断が求められる。失敗は許されない。
「林檎!そこにいるシャーマン二両撃破!暁!装弾素早く!颯!撃破次第全速前進!瑠香!敵本隊の横っ腹を殴り抜く!撃破までに位置予測を割り出せ!」
「了解」
「はい!」
「ああ!」
「任せてください」
林檎が奥の一両を砲撃し、即座に暁が次弾を装填。それと同時に颯がアクセルを踏み込み、それが履帯に伝達するよりも早く林檎が二射目でもう一両を撃破した。
コメットが文字通り彗星がごとき速度で疾走する。
瑠香が一射目から二射目までの間の時間からどれだけ移動したのかを計算し、本隊の位置を予測した。
「位置特定しました。右前方約1500メートル」
「射程距離に問題はない。林檎、砲撃開始!当てなくてもいいから、足を止めさせろ!」
「……」
通信からシャーマンを撃破可能なカバさんとあんこうがフラッグ車を、ウサギさんとアヒルさんがこちらのフラッグ車であるカメさんを守っていることが確認できた。が、そのすぐ後にアヒルさんが撃破されたことが通信で伝わる。
それと同時に、林檎が予測位置に向かって砲撃した。
地面に着弾する音に一瞬遅れてもう一つ、地面に着弾した音が聞こえてきた。
あんこうから通信が入る。
『リクさん!砲撃支援、ありがとうございます!』
「その様子だと、さっきの砲撃は効果があったみたいだな」
林檎に向かってサムズアップする。すると彼女は頬を少し赤くするも、すぐに平静に戻って照準器を覗いた。
『はい!ファイアフライの砲撃が逸れました!』
もう通信傍受はされていないはずだ。
「だけどこのままじゃいずれ削られるだけだ。あと1キロだけ耐えよう!そうすれば!」
『……!はい!まだ、諦めるには早すぎます!こちらも攻撃を続けます。だからリクさんも!」
「ああ!こっちも砲撃を続け、奇襲の準備をしておく!まだ旗はとられてない!勝ちの目はまだあるぞ!」
『私達は諦めません!ですから、私達は負けません!』
1キロ先に小さな崖がある。そこを取って、敵フラッグ車を上から叩く。
それが私達の最後の一手。そこに至るまでに撃破できれば良し。出来なければ、これに賭ける。
「瑠香!位置予測は常に更新、情報は私に回さなくていいから、ダイレクトに林檎に!林檎!狙わなくていいから、確実に妨害して!暁!榴弾を装填し続けて!颯は私の指示通り素早く動けるように!」
一呼吸置く。
「……みんな、いくよ!」
一斉に返事が返ってきた。エンジンの回転数が上がる。コメットも気持ちは同じようだ。
諦め。それが、今までも、今も、これからも私達の一番の敵だ。それに勝たなければならない。
久しぶり過ぎて特徴を忘れてないかが不安。
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やっぱりいいね、この雰囲気!
彼女、あんまり話さないからモノローグ多いし、一人称が分からん。
後方から支援砲撃をしていると、砲撃の成果もあって段々と距離が詰まってきた。
そして必然的にこちらへの砲撃も多くなってきているが、こちらに照準を向けている戦車は敵本隊の半分もいないだろう。
ファイアフライの砲手、ナオミの集中力もそいでいるのが一番大きい。間に合わなかった所為でアヒルさんは撃破されてしまったが、それ以降の撃破されたという報告はない。
初心者にしてこれだけの成果を叩きだした砲手の林檎と、彼女に正確な情報を届ける瑠香には賞賛しかない。この試合が終わったら、紅茶と何か特製お茶菓子でも振舞ってあげよう。
「っ!」
すると突然、ぞわりと背筋に悪寒が走った。
見えないけれど、砲口をこちらに向けられている。それも、今まで飛んできていたような闇雲なものじゃない。真正面から、私を狙っている!正確に、冷徹に。
だから頭を引っ込めて、
「颯!右に舵切って!早くっ!」
「右だなっ?!」
「私達を先に撃破する気だな!」
加減速の揺さぶりという、颯のアドリブを含めた素早いレバー操作でコメットが右に右前方に頭を向ける。すると、真っ直ぐに、同じ速度で進んでいたらそこにいたであろう位置にファイアフライの砲弾が着弾した。
「暁!榴弾から徹甲弾に弾種変更!」
「入れる前に言ってもらえて助かりました!」
暁が榴弾を小脇に抱え、右手で徹甲弾を鷲掴みにして装填する。火事場の興奮があるとはいえ、相変わらずすさまじいパワーだ。今度筋トレ教えてもらおうかな……いや、妹がキレる気がする。止めておこう。
装填完了と同時に林檎が弾道からファイアフライの位置を割り出して撃ち返す。
が、向こうも読んでいたのか当たる直前で左に舵を切り、その少し前に着弾した。
「チッ……外した」
「こっちの砲手が有能だって事はこれまでの戦闘で分かっているだろうからね。向こうも撃ったら直撃コースに撃たれるってことは分かってたんだと思う」
「まあ、こっちがそれより先に撃破されてちゃあ意味ないんだけどな」
「リクさん良く分かりましたね。私なんて言われるまで同じように装填してましたよ」
「そこは勘だからねぇ。長く乗ってると分かるようになる。……と、瑠香。敵フラッグは何処まで進んだ?」
「予定地点の入り口付近に到着しました。みほさんからも、丘を上がると通信が入っています」
こっちがファイアフライの砲撃を受けるというアクシデントはあったものの、あの精度の砲撃がこちらに向いて敵攻撃能力が落ちたことを考えるとイーブンってところだろう。
その間に撃破できればよかったが、そこはまあ仕方がない。
「予定通りに事が進んでいてよかったよ。じゃ、颯。瑠香の出したショートカットコースを最大速度で突っ走って。ここからは時間とタイミングの勝負だからね」
「任せなよ。あたしの腕の見せ所だ!」
そう言って右に大きく舵を切り、森の中に突入する。
○○○
耐えがたい屈辱だ。
アタシ、ナオミはサンダースのエースを自負しているが、流石に人間だ。黒森峰やプラウダの連中のように、相手が上手だったりすれば普通に弾も外れる。だが、それは相手が避けるのが上手いからで、私が外しているわけではない。
だからこそ、アタシが砲撃を外させられている。というのは耐えがたい屈辱だ。
一射ごとに味方戦車が沈められているわけじゃない。そのはずなのに、背後から飛んでくるプレッシャーの塊がアタシのトリガーを引く指を鈍らせる。
今度の砲撃はアタシ達の真横に着弾した。
「っ!」
「つ、次は当たるかも……」
アタシの乗るファイアフライの車長の震えた声が後ろから聞こえてくる。
ただ闇雲に撃ってくるだけなら怖くない。当たる確率よりも当たらない確率の方が多いからだ。だけど、この弾は違う。
時々命中して撃破したり、超至近弾だったり、装甲をかすめたり……何も見えない金属の箱に入れられて、外側から叩かれている。そんな精神状態に私達は晒されている。
だからこそ、この状況を一刻も早く打破しなければならない。
そうしなければ、相手のフラッグ車を撃破するよりも先にこちらのメンタルがやられる。
「……先に後ろの奴を叩く」
「わ、分かりました……!」
砲塔を回転させ、後ろから撃ってくる戦車を照準に捕らえる。相手の戦車はコメットだった。コメット……一瞬嫌な奴を思い出してしまうが、頭を振って集中する。
「車長、アタシが撃ったらすぐに左にずらせ」
「え?」
「向こうの砲手の腕がいい。アタシと同程度あると考えろ」
「はい!」
もっとも、これはあくまで保険だ。アタシがこの一撃で仕留めてやる。
ガムの味がしなくなり、トリガーを引いた。
砲弾は真っ直ぐにコメットに飛んでいく。完全に直撃コースだ。撃破は出来なくても、一時的に足を止められる。そうなればアタシが相手のフラッグ車を撃ってフィニッシュだ。
「なっ?!」
が、そうはならなかった。
撃った瞬間にコメットが右に進路を変更し、アタシの撃った弾が真っ直ぐ進んでいればいた場所であろう地面に虚しく大きな穴を掘る。
……こんなことが出来るのは、黒森峰の西住まほ。プラウダにいるライバルのノンナ。そして聖グロリアーナに居た、覆面のコメット乗り、ディンブラだけだ。
予想通り、アタシの砲撃から位置を逆探知したコメットの砲撃がファイアフライの真横に着弾する。
もう一射。撃とうとしたところで、コメットが森の中に消えていった。
これでは狙うことが出来ない。だが、それは向こうも同じはず。こっちは本来の役割に戻るとしよう。
砲塔を元に戻すと、大洗女子の四号が丘を登っていた。崖の上からこっちのフラッグ車を撃つ気だろう。
『上からくるわよ!アリサ!ナオミ!頼んだわよ!』
「イエス、マム」
隊長であるケイからの命令を受け、フラッグ車を撃たせまいと私達は四号の後を追う。さっきのコメットとは違い、こちらは勝敗を大きく左右する一射だ。
だからファイアフライの足を止めさせ、確実に狙う。
○○○
四号を狙うファイアフライ。
その履帯を、砲弾が撃ち抜いた。
「なっ?!」
ナオミには心当たりがあった。森の中に入っていったコメットだ。
その予感が当たり、茂みから飛び出したコメットがファイアフライの目の前に割って入った。
「ホールドアップ!」
「チッ!」
まだ撃つチャンスは一度だけだがある。ナオミは目の前のコメットを撃破し、距離は伸びるが、この位置から砲撃することを視野に入れた。
すでに目の前にいるコメットは正面に車体を向けている。だが、ファイアフライはすでに撃てる状態だったのだ。つまりこちらの方が攻撃速度は早い。
正面からとはいえ、この状態だ。確実に撃破できる。
ナオミはトリガーを引いた。
その直前だった。
「颯!後退しながら左旋回!」
ここは丘だ。当然、少し下がれば高くなる。
そして、信じられないことが起きた。
「嘘……でしょ……」
「っ」
みほの試合を観戦していた黒森峰のエリカが愕然とし、まほは目を見開く。
「やりすぎですよ……ディンブラ様……」
「あらあら」
ディンブラことリクの試合の観戦をしていた、彼女のことを尊敬しているオレンジペコは苦笑いを浮かべ、彼女のことをよく知るダージリンは楽し気にティーカップを傾けた。
「……」
そして日本のどこか。大きなテレビでこの試合を観戦しているボコを抱えた小さな少女は、羨望。敬愛。思慕。そして憎悪の念を、リクに向けていた。
「林檎!撃て!」
それはまさしく、神業ともいえるものだった。
車体と砲塔の接合部を狙った砲弾。それは後退したことで傾斜装甲になった車体上部の装甲に受け止められ、同時に左旋回によってライフリングを利用し、砲弾を受け流した。
つまり、至近距離の砲弾が、性能差ではなく技量によって弾かれたのだ。
そして素早く放たれた、コメットからの砲撃でファイアフライは撃破された。
「なるほど。あのエンブレムならしょうがない」
撃破されたナオミは、後ろにいる車長に背を預けた。そしてニヤリと笑う。彼女は見たのだ。赤ずきんをかぶった狼が、懐中時計を銜えたエンブレムを。
それは、高校戦車道最強と称される狼王のエンブレムだった。
アナウンスが告げる。
『大洗女子学園の……勝利!』
○○○
私達の勝利を告げるアナウンスが聞こえてくる。
戦車から降りた私は、座りっぱなしだった体を伸ばし、深く息を吐いた。
「ふう……」
「勝ちましたよ!私達!」暁が両手を上げて喜んでいる。
「やったな!」颯が瑠香の背中を叩いた。
「いたた、そんな勢いよく叩かないでください!」そのことに彼女は怒り、
「わ、私達……か、勝てたんだ……」何時もの弱気になった林檎が自分の両手を見つめていた。
「みんな、みほのところに行くよ!」
大洗のみんながみほのところに集まっていく。私達は距離が近いので、歩いて行くことにした。
「みほ!」
「リクさん!」
私が走り出すと、それに気付いたみほもこっちに走ってきた。私達はハイタッチを交わす。パァン!と、といい音が鳴った。するとみんなも駆け寄ってきて、全員とハイタッチを交わした。
「一同!礼!」
「「ありがとうございました!」」
両校の隊長、副隊長、車長が集まって礼をする。この試合を見ていたすべての人が、私達、試合をした全員に拍手を送ってくれた。
「やっぱりいいね、この雰囲気!」
「まさか狼王がこんなとこにいたとはな」
「えっ?!あんたが狼王なの?!」
「ナオミにアリサじゃん。いい試合だったね」
ナオミの握手に応じて問いに答えると、横からアリサが突っかかってきた。まあ、あんなことをしてたら普通バレるか。
「ちょっと!私達は先輩よ!」
「でも戦車に乗ってりゃ対等だ」
「~~!」
「アンタの新しい砲手、いい腕してるよ。アタシと同じくらい」
「伝えておくよ。高校戦車道トップクラスの砲手が褒めてたって」
「ああ、頼む……まさかあんな方法で防がれるとは思わなかった」
「え?どんな方法よ!」
「それは反省室でな~」
彼女は背中越しに手を振りながら帰っていった。その後をアリサが何やら叫びながらついて行っている。
「やっほー狼王!」
「今度はおケイさんか。……良く分かったね。私のエンブレム、見てないでしょ。顔も見たことないはずだし」
「いやーあの戦い方は間違いなく狼王しかしないでしょ!長距離支援砲撃とか大変だったんだから!」
「あはは……」
ケイがわたしを抱きしめる。
「でも、よかったよ。前の大会から見なかったからさ、それなりに心配してたんだ」
「ダージリンにも心配かけたみたい。黙って出て行ったこと。……でも、もう大丈夫」
「ならよし!またやろうね!」
彼女は私を開放し、チームに戻っていった。
私、割とたくさんの人に迷惑かけちゃってたみたいだな。
「リクさーん!帰りますよー!」
私のオオカミさんチームの装填手、暁が大きく手を振っている。頭二つ分以上抜けていた。アイツ本当にデカいな。
「帰ったら私の部屋に集合だぞー!……ん?メールか」
携帯を取り出し、メールを確認する。
妹からのメールが届いていた。
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全力で向き合うだけ
映画はレンタルします。ながいので。
少し、悪いことをしたなぁと私は暗い部屋で一人、ボコを抱えてうずくまる。
目の前には、新しく買い替えた携帯電話がある。机の上に置いていたそれには、私の事を心配したオオカミさんチームからのメールや電話が来ていたが、私は携帯を手に取る気にはなれなかった。
さっきから頭痛がひどい。頭がガンガンする。
これまでずっと使っていた携帯は今は真っ二つになってゴミ箱の中だ。
「どうして……今更私に……」
自然とため息が漏れてしまう。
この頭の痛みは、妹からのメールを見た時からだ。
○○○
一回戦、サンダースとの試合で勝利を収めた私の携帯に、妹からメールが届いていた時、私は何よりも先に恐怖を覚えた。だって妹には私のメールアドレスも電話番号も教えていないからだ。あり得るとすれば母様が教えてしまった……くらいだろう。
しかし、母様は妹に甘いが私にも甘い。とするならば、彼女が自力で私のアドレスを突き止めたという方が信憑性がある。
喉が渇く。胸が苦しい。呼吸が上手くいかない。心臓の鼓動が自分の耳で聴きとれてしまう。
私は恐る恐る、妹からのメールを開いた。
『何? あの試合。あんなの姉様の戦車じゃない。聖グロリアーナの時はまだましだったけど、今回は見てられない。後から出て来たくせに、姉様の真似事なんてしないで。なんでもう一人の姉様じゃなかったの。人間としてならともかく、姉さまが戦車に乗るのが気に入らない。姉さまは戦車に乗らなくていい。私の傍に姉さまとしていて。……やっぱり姉様は、私と一緒に戦車をするべきだと思う。ううん、そうするべき。そうすれば普段は姉さまとして、戦車に乗るときは姉様として私と一緒にいられるもの』
額の古傷が疼く。掘り返されたくない過去、ずっと思い出せない過去、私の知らない私の過去が私の中で渦巻く。
「リクさーん! どうしたんですかー?」
「っ」
いきなり足を止めた私を心配したのだろう。いつの間にか、オオカミさんチームのみんながそばにやって来ていた。
私は咄嗟に携帯を地面に叩きつけ、それを思いっきり踏んで叩き割った。
そこで私は、自分のしたことに気付いてしまった。
「あ……」
「何やってんだよお前!?」
「い、いきなり携帯を……」
「リクさんのところに行くのはまた今度にして、携帯を買った方がいいですね。丁度近くにデパートがあります。そこで新しいのを買いましょう」
「割れた奴は袋に入れておいたんで、帰ったら捨ててください」
「あ、ありがとう……」
暁から砕けた携帯が入った袋を受け取る。
そして速足でデパートに行き、新しいものに買い替えてみんなのアドレスを追加し、今に至る。という訳だ。
○○○
いい雰囲気だったのに、私はそれを壊してしまった。明日手作りのパウンドケーキか何かでも持って行って謝っておこう。
……あの家を出てもう三年になる。
こんなことを言っておかしいと思うだろうけど、私は妹の名前を知らないし、どんな姿をしているのかも知らない。いや、厳密に言えば、知ることが出来ないというのが正しい。小さかった時に、古傷の原因になった事故の所為で、私は妹の存在を認識することが出来ないのだ。
思い出そうとしても、その時の怪我の影響でそれまでの記憶を失っているから、そもそも思い出すことが出来なかった。
ただその時の影響で、妹との関係が変化してしまったのだとという事は勘で理解できた。
「はぁ……」
要は逃げてきたのだ。私は、彼女から。
いつか、いつかは向かい合わないといけない日が来るのだろう。私と、もう一人の私が一緒にならないといけない日が来るのだろう。
でも、その日が来るまでは、このぬるま湯につかっていたいと思うのだ。
逃げと言われるだろう。だけど構わない。そのいつかが確実に、近いうちに来ることは分かっている。だからその時が来るまで、ただの黒畑リクでいさせてほしかった。
○○○
「昨日はごめん!」
翌日、昼休みにわたしはオオカミさんチームのメンバーを食堂に集めて頭を下げた。
「あ、頭を上げてください……!」
「大丈夫ですよ! 気にしてませんから!」
「もう大丈夫なんですか?」
「なんかあったら抱え込んでないで言えよ? 勿論、言えるようになってからでいい、無理強いはしないから」
気の弱い林檎と後輩の暁は手と首を振って問題ないと言い、何時もと変わらない態度の瑠香が私を気遣い、水を飲んで一息ついた颯は先輩らしくケアをしてくれた。私なんかにはもったいない、本当にいい仲間を持ったと思う。私が無理言って集めたメンバーだけど……駄目だ駄目だ! 昔のことを思い出そうとするとつい卑屈になっちゃう。私の悪い癖だ。
「うん。本当にありがとう。……お詫びと言ったらなんだけど、パウンドケーキ焼いて来たんだ。お昼食べ終わったらデザートに食べよう」
「へえ、リクって菓子作れるんだな」
「まあね、結構得意なんだよ。パイとかタルトも作れる」
「じゃあ今度集まった時に振舞ってもらいましょうか」
「任せてよ」
こう見えて菓子作りには結構の自信がある。
何せ聖グロに居た時のお茶会でずっとクッキーやらビスケットやらケーキやらを出してきたのだ。元々実家で作っていたのもあるが、こういうものを作っている時は悩み事や考え事を忘れることが出来て丁度良かったのだ。
最終的にダージリンの舌を唸らせることが出来たのは数少ない自慢話の一つだ。
そんなこんなで放課後、戦車道の時間になった。
二回戦の相手はアンツィオ学園。
一回戦のサンダースとうって変わってお金がなく、強い戦車はいないが隊長のアンチョビの戦略とノリに乗った時の爆発力が侮れない。油断が特に命取りになるタイプの相手だ。
もっとも、私達は油断できるだけの実力なんてないので全力で練習に励み、全力で向き合うだけだ。
少しだけ触れるりっくんの過去。
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バラバラだったけどね、最初は
これを読んだおかげでロボットものが書きたくなった。
各車の車長が先頭になり、桃の言葉を聞くために整列する。
試合で劣勢になった時は醜態をさらす彼女だが、こういう時にまとめる力があってみんながそれを受け入れているというのは流石だと思う。
「一回戦に勝ったからといって、気を抜いてはいかん! 次も絶対に勝ち抜くのだ! いいな!? 腰抜けども!」
「「「「はい!!」」」」
「頑張りまーす!」
「勝って兜の緒を締めよ!」
「「「おー!」」」
「えいえいおー!」
「みんなすごいですね」
「うん」
「士気は高いけど油断はない。最高の状態だな」
士気の高さを目の当たりにした私達は、あんこうの四号を先頭に練習に励む。川を渡ったり、戦略の名手であるアンチョビの打ってくるであろう手の予想、砲弾が錆びてないかの確認などだ。狙った場所に当てる砲撃練習、これは意外にもアヒルさんチームが好成績を収めていた。
使用戦車が八九式ではなく、ドイツやソ連系の砲撃性能のしっかりした戦車であれば間違いなくエースだっただろう。もっとも、彼女達は八九式を使うことに誇りを持っているのでどうなるのかは分からない。
模擬戦では、私達オオカミさんチームとあんこうチームが真っ先に狙われることとなった。自画自賛になるかもしれないが、私達の技量は頭一つ抜けているので、両者ともにいい練習になったとは思う。
「「「「「お疲れさまでしたー!」」」」」
コメットからゆっくりと降り、四人をねぎらう。
「お疲れ、みんな。サンダース戦よりだいぶ動きがよくなったね」
「皆さんにたくさん狙われた結果でしょうね」
「確かに。あれが一番アタシらの実力向上に一役買ってるよな」
「ただまあ、腕がしんどいのがきついですけどね……」
暁が肩を回した後、腕をもみながら言った。
「あ、あの重い砲弾をずっと装填し続けているわけですから……それは……」
「ちゃんとほぐしとくんだよ」
「はーい!」
「西住! 黒畑! 次の試合の戦術会議をするぞ!」
「それと、交換した方がいい部品のリストを作るのを手伝って欲しいんだけど……」
「「はーい」」
桃と柚子が声をかけてきた。
私とみほは隊長・副隊長の関係であるため、彼女達の後について行こうとしたのだが、
「照準をもっと早く合わせるにはどうしたらいいんですか?」
「どうしてもカーブが上手く曲がれないんですけど」
「ま、待ってね! 順番に……」
「副隊長! 逆進射撃の射撃時間の短縮について……」
「みほが駄目だったからって私のところに来るんじゃないよ……」
みほが対応に戸惑っていると、エルヴィンが私のほうにやって来た。この切り替えの早さは流石ロンメル将軍……ってやかましいわ。
そうこうしていると、「ずっと乗っていると臀部がこすれていたいんだがどうすれば」「クッションを使えばいい」「対挑戦者の中にクーラーってつけられないんですか?」「それは無理だ」「戦車の話をすると男友達が引いちゃうんです」「学園艦のどこに男子生徒がいるんだ」「私は彼氏に逃げられました!」「そうか! 私は彼氏いない歴=年齢だ!」というように、私は適当に――GI5で培った情報処理能力で――捌いてはいるが、そういうのに慣れていないみほは段々と質問に圧殺され始めていた。
すると、あんこうのみんながみほに助け舟を出した。
「あの……メカニカルなことでしたら、私が多少分かりますので……」
「書類の整理ぐらいでしたら私でもできると思うんですけど……」
「操縦関係は私が……」
「恋愛関係なら任して!」
「良し! じゃあ私達も手伝うよ!」
「こういうのは分担した方がいいですからね」
すると私のチームも、彼女の手助けに入った。
生徒会室にやって来ると、みほが私に微笑みかけてくる。背後では、柚子と一緒に瑠香と華が補充する必要のあるもののリストを制作していた。
「いい仲間を持ったね、私達」
「確かにね。バラバラだったけどね、最初は」
「西住ちゃんに黒畑ちゃん、チームもいい感じにまとまって来たじゃないの」
「あ、はい」
「同じ釜の飯ならぬ同じ戦車に乗ってますからね」
「二人のお陰だよ。ありがとね」
あの傲慢な生徒会長が私達に感謝している……明日は吹雪か。
「い、いえ! お礼を言いたいのは私の方で……おかげで私は、新しい戦車道を知ることが出来ました」
「それは結構だが、次も絶対勝つぞ」
「勝てるかねぇ?」
「珍しいですね、会長が弱気なんて。明日は吹雪か嵐ですね」
「砲弾は降ってくるけどね―」
彼女は干しイモを一口齧った。
私は毛先を指で弄びながら、
「ただ、戦車の性能が圧倒的に低い。私達のお財布事情は分かっているつもりだけど、それを勘定しても……無理がある」
「あの、お話し中すみません」
戦力についてどうするかと私達が頭を抱えていると、書類整理をしていた華が後ろから声をかけてきた。
全員が彼女のほうを向くと、
「書類上では、他にも戦車があった形跡が……」
物にもよるが、華の見つけたソレはこの問題を一気に解決することが出来る。
そしてそれらを見つけるために、捜索隊が結成され、思ったよりも早く発見された。
川の中にゴミと一緒に浮かんでいたルノーB1Bis。そして、物干し竿代わりに使われていた長砲身の砲だ。
だが、沙織たち船の底に向かった捜索隊が遭難していた。あんこうのメンバーが彼女らを捜索している内に、私達はルノーと砲塔が使える状態にあるのを確認した。
「使えるのか? それは」
「まあ、所々錆びていたりしてるけど、整備すれば問題ないかな。砲身の方は四号が装備できる」
「そうか。なら自動車部の方に回しておこう」
「ん? みほからだ」
携帯を確認すると、みほからメールが届いていた。内容は沙織を見つけたことと、戦車も一緒に見つけたという。懐中電灯しかなかったので良く分からなかったそうだが、重戦車、しかもその中でも大きい部類であることがわかった。
もしかしたら、かなりの掘り出し物を見つけたのかもしれない。
「桃、みほが沙織たちを見つけたってさ。あと、重戦車も」
「よし。そちらにも自動車部のほうを回しておこう」
そうこうあって疲れを癒すため、学園艦の温泉に入っていた私達はそこで決意を新たにし、二回戦、アンツィオ学園を撃破したのだった。
なんか面白そうな作品無いですかね?
日常系の、漫画小説原作で。
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私が言えたことじゃないんだけれど
北の海。流氷の漂う冷たい海を航行しているプラウダ高校の学園艦に私、ダージリンは招待されていた。
今はプラウダの戦車道部の隊長であるカチューシャと向かい合い、広々とした応接室でロシアンティーを頂いている。前にも頂いたことがあるが、カチューシャを支える副隊長、ノンナの淹れるロシアンティーは絶品だ。……久しぶりにディンブラの紅茶が飲みたくなったわ。彼女とノンナ、どちらがお茶を入れるのが上手いのだろう? 少し気になる。
そんなことを考えていると、お茶請けの焼き菓子とロシアンティー用のジャムを用意したノンナがそれらを銀のトレーに乗せ、こちらにやって来た。
「準決勝は残念でしたね……」
「去年カチューシャが勝ったところに負けるなんて」
「勝負は時の運というでしょう?」
「どうぞ」
「ありがとう、ノンナ」
「いいえ」
ノンナが紅茶の横にジャムを置いた。
しかし、カチューシャの煽りを返したはいいものの、実のところ自分でもかなり気にしている。ディンブラが抜けた穴というのは意外に大きかったのだろうか? 一応はチームによる戦い方が出来るとはいえ、基本的に彼女は単騎での運用が最適だ。だから、私は彼女を最初から戦略という囲いに入れることはせず、かなり自由にさせていた。となると、もっとチーム戦略を考える必要がありそうね。
……でもそうなると、前のサンダースとの一回戦、そしてその次のアンツィオとの二回戦も、ディンブラの動きはおかしかった。初心者チームというのを加味したとしても、彼女の動きはどこか重い……いえ、まるで別人のように弱くなっていた。サンダース戦で見せたアレが最も分かりやすいところだろう。ペコは感嘆していたが、私達のところに居た時の彼女ならば一撃で沈めていたところを、二射した上に一撃をもらっている。
何かあったのだろうか……そう考えながら、スプーンでジャムを掬い、紅茶に入れようとすると、
「違うの!」
カチューシャに止められてしまった。そういえば、前に頂いたときも同じことをしてしまった気がする。考え事をしていたとはいえ、二度も同じ失敗をしてしまったのはあまりよろしくない。
「ジャムは中に入れるんじゃないの。舐めながら、紅茶を飲むのよ」
そう言って彼女はスプーンで掬ったジャムを舐め、紅茶を飲んだ。舐めるのが下手なのか、それとも口が小さいのか、口元にジャムがついている。ノンナは自分の口元を指さし、
「付いてますよ」
「余計なこと言わないで!」
「Пиложная Кальтосикаをどうぞ。Пекинも」
ノンナの作ったお茶請けの焼き菓子はどれもおいしそうだ。ロシアンティーはなんかもう面倒になったので、普通に紅茶として頂くことにする。
そうだわ、あのことを知っているかは分からないけれど、一応忠告しておくとしましょう。
「次は準決勝なのに、余裕ですわね? 練習しなくていいんですの?」
「燃料がもったいないわ」
この返しで確信した。如何やらカチューシャはあのことを知らないらしい。
「相手は聞いたこともない弱小校だもの」
彼女は両手を横に広げ、肩をすくめるジェスチャーをした。勝ちを確信した、余裕の表情だ。もっとも、去年の優勝校であり、決勝戦常連校だ。その余裕も無理はない。
「でも、隊長は家元の娘よ? それも西住流の」
「えっ!? そんな大事なことを何故先に言わないの!?」
「何度も言ってます」
「聞いてないわよ!」
カチューシャがノンナに怒っている。しかしその内容はノンナが何度も伝えていたらしい。彼女は子供のように怒りっぽいが、同時にプラウダを率いるカリスマ性を持ち合わせているのだから不思議だ。
少し面白かったので、一つ種明かしだ。
「ただし、妹の方だけれど」
「え? なんだ……」
あからさまにほっとしている。
「黒森峰から転校してきて、無名の学校をここまで引っ張ってきたの」
「そんなことを言いにわざわざ来たの? ダージリン」
「まさか。美味しい紅茶を飲みに来たのと……美味しい茶葉を届けに来ただけですわ」
私はポケットの中から小さい茶葉の入った缶詰を取り出し、テーブルの上に置いた。カチューシャは身を乗り出し、英語で茶葉の名前が書かれた缶詰をまじまじと眺めている。
茶葉の名前とその意図に気づいたのだろう。ノンナがはっとした後、ニヤリと口角を上げた。
「何よ、これ」
「なるほど、そういう事ですか」
「どういう事よノンナ!」
「これはディンブラという茶葉です。それを今ここで出してきたという事は……」
「まさかとは思うけど、あの子がいるの!?」
カチューシャが顔を青くしてこちらを向いている。みほさんのことはともかく、ディンブラのことは非常に警戒しているらしい。もっとも、彼女は何度かプラウダとの試合で大暴れしてるから当然だけれど。
「ええ、そのまさかよ」
「ノンナ!」
「はい、今すぐ招集し、練習開始ですね」
「悪いけどダージリン! お茶会はここまでよ!」
「お見送りできず、申し訳ございません」
「いえいえ」
と言って飛び出して行った。
ノンナは一度こちらにペコリと一礼してからカチューシャの後をついて行った。
○○○
四号は長砲身に換装し、ルノーB1には風紀委員が搭乗することに決まった。麻子とみどり子が言い合っている。この場合みどり子が麻子に教えを乞う立場なのだが、何故かみどり子の方が偉そうだ。
そしてルノーがカモに似ているから……という安直な理由で、風紀委員たちはカモさんチームに決まったらしい。
「次はいよいよ準決勝! 相手は去年の優勝校、プラウダ高校だ! 絶対に勝つぞ! 負けたら終わりなんだからな!」
「どうしてですか?」
「負けても次があるじゃないですか」
「相手は去年の優勝校だし」
「そうそう、胸を借りるつもりで……」
「それでは駄目なんだ!」
桃がいきなり怒鳴った。
私としても、初心者だらけのこのメンバーでここまで来ただけでも十分凄いと思うのだが、如何やら彼女はお気に召さないらしい。彼女だけじゃなく、生徒会全員がそうだ。というか、何かを隠している。……私が言えたことじゃないんだけれど。ポケットの懐中時計をぎゅっと握った。
その怒声で空気がしいんと静まり返る。
そして、杏がこぼした。
「勝たなきゃダメなんだよね……」
「西住、指揮」
「あ、はい! では、練習開始します!」
そろって返事をし、戦車に乗り込もうとしていると、
「西住ちゃん、黒畑ちゃん。あとで、大事な話があるから生徒会室に来て」
「?」
「何だろうね……?」
私達は顔を向かい合わせ、首をひねった。
次は鬼滅か呪術かハリポタか
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