言葉を知らないTS幼女、エルフで過保護なお姉さんに拾われる (こびとのまち)
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幼女を拾いましたが、何か?

主人公視点は2話からです。
さっそく主人公の役目をサボるとは、なかなか良い度胸してますね。



 いきなりですが、ひとつ重大な報告があります。

 あのですね……わたし、天使を拾いました!

 

「ごめん、フー姐が何言ってるのか分かんない。というか、ぶっちゃけ分かりたくない」

「…………?」

 

 わたしの報告に顔をしかめてじわじわと距離を取っているのは、同居人のダークエルフ、ナナシちゃん。わたしの可愛い可愛い妹です。

 ねえねえ、何もイケナイことしてないのにドン引きされちゃうなんて、お姉ちゃん心外ですよ?

 そして、わたしの後ろで不安そうにスカートの裾を握っているのが、先ほど拾った天使ちゃん。訝しげに首を傾げる姿も堪りませんね。

 思わず表情が緩んでしまいます。

 

「うげっ……フー姐、マジで重症かもしんない」

「…………?」

 

 ん? 何が重症なのかな? お姉ちゃんは、いたって通常運転です。

 それはそうと……あぁんもう! 段々不安が増してきて、瞳をうるうるさせている天使ちゃんもかーわーいーいー! でもでも、本当に泣かせてしまうのは、私の望むところではありません。クールダウン、クールダウン。

 

「で、その子、何処で攫ってきたんだ?」

「そんなことしないわよ!?」

「…………!?」

 

 ……ナナシちゃんはわたしを何だと思っているんでしょうね?

 ほら、変なこと言うから天使ちゃんがビクッとしちゃって、今にも泣き出しそうじゃない。

 

「いや、フー姐が大声出した所為だと思うんだけど……」

「……ぐすっ……ううぅ」

 

 あっ、これはマズいです。いよいよ我慢の限界が来ちゃったみたい。

 とっても短い付き合いですが、天使ちゃんの泣き顔を見るのは、これで二度目になります。

 

 ――そう、あれはほんの一時間半ほど前の出来事でした。

 

「ちょっと待って、フー姐。もしかして、このタイミングで回想に入るつもり!?」

 

 いつもと同じように里の周辺を見回っている最中、わたしは天使ちゃんと出会ったのです。

 

「あーー、マジでこのまま入っちゃうんだ……」

「ふぇえええんんっ」

 

 

 

 

 エルフの里。それは読んで字の如く、エルフたちが暮らす森奥の小さな集落です。

 そんなエルフの里で守り人を務めているのが、エルフの少女フウラ。つまり、わたしなのです。

 

 守り人の仕事は、里が他種族や獣から襲撃を受けたとき、先陣を切って皆を守ること。

 そして、もうひとつの日常的な仕事は、里の周辺を見て回り、不審な存在を里に寄せ付けないようにすることです。

 中でも、他種族を下等生物として見下し、ときに奴隷として使役することもある人間族には警戒しなくてはいけません。

 エルフは昔から森の妖精として扱われ神聖視されてきたため、彼らが直接里を襲うことはありません。今のところは、ですが。

 しかし、残念ながら信仰というのは徐々に薄れていくものです。ここ数百年で、人間は狩りと称して里からはぐれたエルフを攫いにやってくるようになりました。

 だからこそ、守り人の存在は重要です。わたしは、両親から引き継いだこの役目を誇りに思っています。

 

 とはいえ、最近では里からはぐれるようなエルフも少なくなりましたけどね。

 エルフは賢い種族です。危険と分かっていながらふらふら彷徨うなんて、そんな不用心な真似はしません。なので、大抵は何の問題もなく見回りを済ませられるのですが……どうやら今日は例外の日だったようです。

 

「ーーーー!」

 

 少し離れた場所から、風に乗って何かの鳴き声……いや、子どもの叫び声が聞こえてきました。

 まさか、里の子どもがうっかり迷子にでもなって彷徨っているのでしょうか?

 声の緊迫感から推測するに、かなり危険な状況に陥っている可能性があります。急がねば。

 脚に力を入れて、わたしは加速します。伊達に守り人をやっているわけではありません。スピードと筋力には、それなりに自信があります。

 

 ぐっと緊張感が高まる中、声のする辺りまで駆け付けたわたしの視界に映ったのは……地面にへたり込んでいる幼いエルフ、ただひとりでした。

 そう、()()()()()です。念のため周辺を警戒してみましたが、獣も人間族も見当たりません。

 わたしは、顔を俯かせたままの少女……いや、幼女に対して恐る恐る声を掛けてみます。

 

「ねえ貴女、怪我はない? 大丈夫?」

「ぐすっ……んう……?」

 

 わたしの存在に気がついたらしい幼女が顔を上げ、わたしの方を見つめてきました。

 ……そこにいたのは、天使でした。はい、紛うことなき金髪ロリエルフの天使ちゃんです。あぁ、ヤバいです。そんなに見つめられたら、わたしこのまま天に召されちゃいます。

 

「……っ?」

 

 いけないいけない。不審そうに覗き込む天使ちゃんの動作により、わたしの魂はギリギリ天界からカムバックしてきました。

 さて、どうしたものでしょうか。こんな幼女、里にはいなかったはずです。というか、里にいたならわたしが覚えていないはずがありません。

 ということは……

 

「もしかして、捨てられた……の?」

「ーー。ーーー、ーーー……」

 

 ああ、なんということでしょう。最悪です。やり切れません。

 わたしは最初、群れずに暮らしているエルフ、もしくは別の里のエルフに捨てられたのではないかと予想しました。だから、思わずそのまま質問をぶつけてしまい、やってしまった、と後悔に襲われたのです。けれど、現実はもっと残酷でした。

 泣いて怒りながら反論でもしてくれた方が、どれほどマシだったことでしょうか……可愛い顔をした天使ちゃんは、わたしの言葉を理解していなかったのです。

 

 それがつまり何を意味するのか、想像に難くありません。奴隷。それが天使ちゃんの過去に違いないでしょう。

 どうして言葉を理解していないのか、そんなのは簡単なことです。人間が言葉を学習させなかったからです。言葉すら学習できないとなれば、それはよほど酷い環境だったのだと考えられます。想像するだけで、激しく胸を締めつけられます。

 こんな場所にひとりでいた理由は、主人である人間に捨てられたのか、もしくは命からがら逃げてきたのか……どちらにしても、過酷な運命だったことに大差ありません。

 

 天使ちゃんの境遇を想像し、わたしは人間への怒りで鬼気迫る表情になったまま、彼女をギュッと抱きしめました。

 

「もう大丈夫だから……! これからは、わたしと一緒に暮らそうね」

「あぅうう……ふぇえええんんっ」

 

 きっと、わたしの想いが通じたのでしょう。

 感極まった天使ちゃんはガクガクと震えたまま、ダムが決壊したように号泣し始めました。

 

「ん……?」

 

 ふと、足元が濡れていることに気がつきました。

 よく見ると、抱き締めた天使ちゃんの足元には大きな水たまりができ、うっすらと湯気が立ち昇っています。

 ホッとして脱力してしまった結果に違いありません。わたしはそのことにすら愛おしさを感じ、改めて強く抱きしめたのでした。




ネタバレ:主人公にそんな重い過去はありません。


衝動に身を任せて新作を書き始めちゃいました。
反応など良さそうであれば、こちらも本格的に連載していきますね。


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目覚めたら幼女でしたが、何か?

1話のアンサーにあたるような回です。



「っぐはぁ……! はぁ、はぁ」

 

 何かとんでもない悪夢を見ていた気がする。

 目覚めと共に勢いよく上体を起こし、乱れた呼吸を整えるべく、二回、三回と深呼吸を繰り返した。

 視界が妙に眩しく、寝起きの目には刺激が強い。思わず目を細めながら、まるで外にいるみたいだ、と思った。

 

 ……外? えぇ……!?

 

 訂正しよう。外にいる()()()ではなく、実際ボクは外にいた。

 それも、恐らくここが日本じゃないなんてことくらいは一目でわかるような森の中だ。周りには草木がうっそうと茂り、さながらジャングルである。

 どうしてボクはこんな場所にいるのか。皆目見当がつかない。

 

 状況を確かめるべく立ち上がろうとして……ボクはバランスを崩して転んだ。

 寝起きで身体の調子が悪いのか? 否、これは断じてそんな次元の話ではない。何故そう言い切れるのかって? そんなの、明らかに自分の見知った身体の感覚とは異なるからだ。体調とか、そういう解釈で納得するわけにはいかない。

 改めて慎重に立ち上がる。うん、明らかに視点が低い。続けて自分の腕に視線を向ける。

 ……あぁ、ボクはまだ夢の中にいるのだろうか。ボクの視界に映っているのは、毛の一本も見当たらない、きめ細かで柔らかそうな腕だ。

 断言しよう。成人男性であったはずのボクの腕が、こんなにぷにぷにしているはずがない。これじゃあまるで、幼い子どものようではないか。

 

 そのとき、唸りをあげて風が吹いた。瞬間、さらりとした感覚が首と肩を撫で、視界には金色の糸が映り込む。いや、これは糸じゃない。髪の毛、だ。

 ものすごく嫌な予感がする。だけど、確かめないわけにはいかない。今度は視線を下に向ける。

 ボクが纏っていたのは、ローブと呼ぶにはあまりにもみすぼらしい一枚の布だった。恐る恐る、その布をめくる。

 

 ……ない! アレがないよぉぉぉぉおお!

 

 二十数年付き添ってきたボクの相棒は、そこに()()()いなかった。

 やばい、いい歳して泣きそう。視界が少し滲んだのは、寝起きであくびが出たせいだと信じたい。

 

 その後しばらく呆けていたものの、いつまで経っても夢から覚める気配はなく、これが夢なんかではない現実なのだと思い知らされる。

 ならば、今はあれこれ悩んでいる場合ではない。陽が沈むまでに森を抜けねば、ただの()()と化したボクに生き延びる術はない。

 短くて頼りない脚を奮い立たせ、ボクは森の中を歩き始めた。

 

 

 

 

 うん、やっぱり無理かも。まったくもって森を抜けられる気がしない。

 陽も傾き始めたし、このままじゃ夜の森に取り残されて、獣の群れに襲われ餌として今世を終える未来しか見えない。こんなよく分からない状況の中で、無様に死んでいくなんて嫌すぎる。

 ……そんなことを考えていたら、再び涙腺が緩んできた。ボクってこんなに涙脆かったっけ?

 幼女の身体に精神が強く引っ張られている。そんな気がしてならない。うぅ。

 堪え切れず、ボクは思わず叫んでしまう。

 

「誰か~~! 助けて!!」

 

 叫んだ直後、大きな無力感に襲われる。

 こんなところに人なんているわけがないじゃないか。何をやったって、全て無駄なのかもしれない。ネガティブな感情はむくむくと膨れ上がっていく。

 必死に踏ん張っていた短い脚から力が抜ける。そのまま地面にへたり込み、ボクは顔を上げることすらできなくなる。もう嫌だ。

 

 そのとき、ザッザッと何かが近づいてくる足音が聞こえた。確実にここへ向かってきている。

 あぁ、こんな森の中で大声なんてあげたから、その辺にいた獣を呼び寄せてしまったのだろう。馬鹿だなぁ……また涙が出てきた。

 せめて苦しまずに済むよう、がぶりとひと噛みで仕留めてほしい。そう覚悟を決めたボクを弄ぶかのように、獣はいつまでも襲ってこない。

 

「ーーーー? ーー?」

 

 挙句の果てには、獣が話しかけてくる始末である。何を言っているのかは、これっぽっちも理解できないけど。

 ……ん? ()()()()()()()? 何かがおかしい。そのことに気づき、ぼくは俯いていた顔を上げた。

 

「ぐすっ……んう……?」

 

 獣がいると思った場所に立っていたのは、金髪で耳の長くて……例えるなら、ファンタジー世界では定番のエルフみたいな女性だった。

 というか、エルフだよね!? 現実離れした展開が先ほど自分の身にも起きたばかりなので、驚き自体は思いのほか抑え込むことができた。

 

 思わずじっと見つめていたら、エルフの女性は天を仰ぐような素振りを見せた。

 あれ? ボクは何か呆れさせるようなことでもしてしまったのだろうか?

 不安になって顔を覗き込むと、彼女は何かに気がついたような表情を浮かべ、再びボクに語りかけてきた。

 

「ーーーーーー?」

「あの、ごめんなさい。なんて言っているのか、分からないです……」

 

 やはり言葉を理解することはできず、通じないとは分かっていながらも謝罪を返す。しかし、この展開はボクにとってだいぶ厳しいのではないだろうか。

 

 ボクの謝罪を聞いたエルフの女性は、激しく顔を歪めた……あれれ?

 みるみるうちに彼女の表情が険しくなっていく。何かが気に障ってしまったのだろうか?

 ボクはこの世界の常識を知らないわけで、いつの間にかとんでもない失礼を犯してしまった可能性がある。それとも、相手は若い女性なんだから、心の中であってもお姉さんと呼ぶべきだったのかも。いや、それはさすがに関係ないか。

 何にせよ言葉が通じない以上、釈明することも叶わない。あ……やばい。いよいよボク、詰んだかも。

 

 ぐわっとボクの方を向いたお姉さんは、鬼のような表情でボクに襲い掛かってきた。

 そのまま全身を強く締め付けられる。連行するために拘束されるのだろうか。もしかしたら、このまま殺されてしまうということも……

 

「ーーーー! ーー、ーーーー」

 

 お姉さんが何かを叫んでいる。ボクの恐怖はいよいよ限界を超えた。幼い身体に引っ張られたボクの精神が、バランスを崩した積み木のように崩壊する。

 

「あぅうう……ふぇえええんんっ」

 

 恥も外聞も捨て、まるで本物の幼女みたいに号泣してしまう。だけど、それをどうにかできるような大人のボクは……もういない。

 恐怖心と締め付けの強さによって、股から力が抜ける。何か温かい感覚が太ももを伝うが、それを気にする余裕もない。

 

 そこにいるのは、恐怖に震えてお漏らししてしまった、ただのか弱い幼女である。




2話目にして、主人公の黒歴史が山のように積み上がっていきますね。


ぼちぼちとですが続けていきますので、ぜひ引き続きお付き合いください。
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おんぶにだっこですが、何か?

 あぁああああ……穴があったら入りたい。

 もっとも、入れるイチモツすら失ってしまったけどね。ハハハ。

 などとくだらない自虐が思い浮かぶ程度には、ボクは正気を取り戻していた。しかし、落ち着いたからと言って過去の失態が消えるわけではない。

 

 うぅ、なんであんなに取り乱してしまったんだろう。いくら知らない世界で未知の存在に締め付けられたからといって、いい歳してお漏らしはないんじゃないかな。

 そもそも冷静に考えて、あれは締め付けられたというより抱き着かれたという方が正確なはずだ。

 お姉さん……というか、実年齢で言えば年下の女の子に抱きつかれて号泣するとか、さすがに情けなさすぎて涙が出てくる。

 

「ーー、ーーーー?」

 

 そんなボクを見て、お姉さんが何やら心配そうに話し掛けてくる。相変わらず、何を言っているのかちっとも理解できないけど。ただ、落ち着いてお姉さんの表情を見てみれば、心配してくれていることくらいはなんとなく伝わってくる。

 いや違うんです。自分の情けなさに悲しくなって泣いてるだけなんです。だから、そんな顔しないでください。余計に情けなくなってくるので。

 そう説明したいけど、通じないことは分かっている。仕方がないので、ボクは静かに俯いて表情を隠した。

 ……俯いたら俯いたで、これも何だか逆効果な気がしなくもないけど。

 

 お姉さんはしばらくオロオロとしていたけど、いよいよ周りが暗くなってきたことに気がついたらしい。何やら一言ボクに向けて呟いたあと、この小さな手を掴んできた。

 掴まれた瞬間ビクッとしてしまったのは、まだ少しさっきの恐怖が残っていたからか。またやってしまった、と思わず恥ずかしさで顔が赤くなる。

 おわっ……なんでこのタイミングで頭を撫でるんです? お姉さん。

 

 再び優しく手を掴まれ、そのままお姉さんが歩き出す。これは、自分について来いということだろうか。何にせよ、逆らう術はないけど。

 少なくとも、このままこんな場所に放置されるよりはましだ。もしかしたら人里まで連れて行ってくれるのかもしれないし。

 ボクはお姉さんに引っ張られ、このまま大人しくついていくことにした。

 

 

 

 目的地は思いのほか遠いらしい。しばらく歩いているものの、どこにも辿り着く気配がない。いや、距離の問題以前に、ボクの小さな歩幅に合わせてくれているからだね。申し訳ない。

 

 幼女の身体で目が覚めてから散々歩き倒し、更には号泣までしてしまった所為か、歩きながらも溜まった疲労で瞼が重みを増してくる。足元がふらふらしてきて、どうにも心許ない。

 

 見かねたのか、お姉さんが立ち止まってボクから手を放した。ちょっと待って、もしかしたらお姉さんを呆れさせてしまったかも。今のボクは間違いなく足手まといな存在だ。やっぱりここで捨てようという判断をされてもおかしくはない。

 

 猛烈な眠気で判断力が鈍っている中、不安がまた一気に膨らみ出す。感情に身を任せて思わずしがみつこうとした瞬間、お姉さんが背中を向けてしゃがみ込んだ。そして、ボクの方をちらちらと見ながら、自分の背中を叩いている。

 なるほど……おんぶしてやるから背中に乗れってことだね。とはいえ、それはさすがに立派な大人として恥ずかしいと言いましょうか、なんと言いましょうか……

 お姉さんは、それでもしつこく背中を叩いて促してくる。まあ、お姉さんからすれば、散々お漏らしやら号泣やら見せておいて、何を今更恥ずかしがってんだよ馬鹿野郎って感じだよね。

 

 ええいっ、分かりましたよ! こうなったら、煮るなり焼くなり好きにしな!

 ……いや、ごめんなさい。やっぱり食べるのは勘弁してください。

 

 人肌の温みを感じながら、お姉さんの背中で心地よく揺さぶられ、ボクの意識は遠のいていく。お姉さんが一生懸命に背負ってくれているのに申し訳ないけど、限界だ。おやすみなさい……

 

 

 

 

 わたしの背中から、小さな寝息がすぅすぅと聞こえてきました。何とも可愛い寝息ですね。

 出会った直後、少し強く抱き締めすぎたことに気づいたときは嫌な汗を掻いちゃいましたけど、何だかんだで天使ちゃんを保護することに成功しました。いぇい!

 

 同族に出会うのは初めてなのか、もの珍しそうにわたしの耳……エルフ特有の尖った耳を見つめていた天使ちゃんには、思わずキュンとしちゃいました。そんなに気になるようであれば、いつでも触らせてあげますよ。

 ただ、人間に囲まれて生きてきた彼女の境遇を想像すると、胸が苦しくもなって……この子はうちに連れて帰って幸せにしてあげたい、そう強く思ったのです。

 だから、警戒しながらもわたしについてきてくれたことが、本当に嬉しくて堪りませんでした。もう絶対に人間なんかには渡しません。このお姉ちゃんが、エルフの娘として立派に育て上げてみせます。

 

 そんなことを考えながら走り続けること十数分、ようやく我が家に到着しました。

 同居人のナナシちゃんは、どうやらまだ帰ってきていないようです。里長から呼び出しでも受けたんでしょうかね?

 

 さて、うちに帰ってきてまず最初にすべきことといえば、やはり水浴びでしょう。可愛い天使ちゃんに対して、こんなこと言いたくはないのですが……正直、だいぶ汚れちゃってます。

 ずっと森を彷徨っていたから全身が泥まみれですし、何と言ってもお漏らししたままの恰好ですからね。気持ち良さそうに眠っているところを起こしちゃうのは忍びないものの、幼くたって彼女も立派な乙女です。このままの状態で放置する方が、ずっと可哀想でしょう。

 それに、そんな天使ちゃんを抱き締めたり背負ったりしていたわたしの身体も、だいぶ臭っているので……一緒に水浴びしてすっきりしたいです。

 

「ねぇ、天使ちゃん。ごめんね、ちょっとだけ起きられる?」

「……んぅ?」

 

 言葉は通じていないと思いますが、呼びかけにはちゃんと反応してくれました。賢い子です。

 まだ寝ぼけているのでしょう。ぼんやりと夢見心地な天使ちゃんに立ってもらい、ローブらしき布を脱がせてあげました。それにしても、こんな汚い布切れ一枚しか与えないなんて……なんて酷い扱いでしょう。これからは、可愛い服をたくさん着させてあげたいですね。はしゃいで喜ぶ姿が目に浮かびます。

 自分自身も服を脱いだ後、一糸まとわぬ姿で呆けている天使ちゃんを抱き上げます。さあ、このまま裏の水浴び場まで連れていきましょう。

 

「……ーーーー!?」

 

 目が覚めたらしい天使ちゃんが、突然ジタバタと暴れ始めました。もしかしたら、何か奴隷だったときのトラウマを刺激してしまったのかもしれません。しかし、万が一にも彼女を落としてしまっては大惨事です。申し訳ないですが、水浴び場まではこのまま我慢してもらわねばなりません。

 

 それはそうと、天使ちゃんとの水浴び……とても心が躍りますね。暴れる天使ちゃんを抱きながらも、自然とスキップが止まりません。るんるん。




女の子がイチモツなんて言っちゃいけません。

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いろいろ失いましたが、何か?

 えっとですね……再び目を覚ましたら、裸のお姉さんに抱き上げられてました。

 

「……いや、何この状況!?」

 

 幼女になった所為か、異性に対するようなドキドキ感はほとんどないけど、そういう問題じゃない。いろんな意味でダメージが大きいので、お願いだから放してほしい。

 

 抜け出そうと必死に暴れてみたものの、ボクの力が弱いからか、お姉さんが強いからか、ちっとも抜け出せそうにない。

 そんなボクの苦戦っぷりには目もくれず、何の脈略もなしにお姉さんがスキップし始める。

 ちょっ……目の前で女性の象徴が揺れに揺れてるんだけど!?

 以前のボクなら喜んだのかもしれないこの状況。けれど、躍動感たっぷりに揺れるそいつは凄まじい迫力で、今は恐怖する気持ちの方が大きい。

 

 ジタバタと全身でアピールするも放してもらえず……ようやく解放されたのは、建物の裏側、池らしき場所に到着したタイミングだった。

 

 うん、これはさすがに察しがついた。ボクの身体、ぶっちゃけ臭いからね。ここで身を清めなさいということだろう。それはボクとしてもありがたい話なんだけど、なんでお姉さんまでついてくるかなぁ。あれかな、一番風呂は譲らない的な?

 それならボクは待機しておくので、お姉さんからお先にどうz……あっ、やめっ、一緒に池に入れようとしないで!

 

 さっきからこんなことばっかりだ。なんとなく、大事なものをどんどん失っているような気がする。このままだと、もう一生幼女から戻れないかもしれない。精神的に。

 

 全てをあきらめたボクは、お姉さんにされるがまま身体を清められていく。あぁ、でもすっきりして気持ちいいや……はふぅ。

 そして、今度は目の前でお姉さん自身が身体を清め始める。これはあれだね、いかにもエルフの水浴びって感じのやつだ。木々の隙間からうっかり覗いたら魅了されちゃう系の。ただ、それはこんな至近距離で見るべきものじゃない。

 

 にへら……現実離れした光景に、ボクは苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 

 ……っ! 今の天使ちゃんの顔、見ました? 遂に笑ってくれましたよ!?

 身も心もすっきりしたことで、ようやく緊張が解けたのかもしれません。やはり幼い子どもは笑顔でいるのが一番です。これからは、ナナシちゃんと三人で笑顔が溢れる家庭を築いていきましょう。

 

 さて、天使ちゃんも疲れているでしょうから、水浴びは早めに切り上げちゃいます。少し名残惜しいですが、これからは何度でも一緒に水浴びできますからね。

 

 またさっきみたいに家の中まで抱いていこうとしたら、全力で首を振って、嫌だ嫌だと言わんばかりに抵抗されてしまいました。照れ屋さんですね。

 これから一緒に暮らすのですから、そんな遠慮なんてしなくていいのに。

 

 そういえば、天使ちゃんの衣服はどうしましょうか。下着はわたしが昔履いていたもので良いとして……あっ、思い出しました!

 わたしは奥の部屋まで天使ちゃんを連れていき、仕舞っておいた白いワンピースを取り出します。

 これは、昔ナナシちゃんに着せようとして、けっきょく拒絶されて着てもらえなかった服です。天使ちゃんには多少サイズが大きいでしょうが、ワンピースなら一旦問題ないでしょう。彼女なら絶対に似合うはずです。ええ、間違いありません。

 

 まずは下着を履かせてあげましょう。右足を上げるようジェスチャーで指示すると、不思議そうに首を傾げながらも恐る恐る従ってくれました。

 そのまま下着を近づけて、可愛い右足に通そうとします。

 

「……うにゃあぁぁぁぁああ!!」

 

 天使ちゃんが、またまた突然叫び出しました。顔と耳を真っ赤に染め、上げていた右足も下ろしてしまいます。

 どうして急に取り乱したのかは分かりませんが、少し強引になってもこのまま履かせてあげるしかありません。天使ちゃんは顔をプルプルさせて目元に涙を溜めていますが、なんとか耐えてくれました。

 

「なぁ……よく分かんないけど、他人に履かされるのが嫌なんじゃないの?」

 

 声のした方に顔を向けると、部屋の入口にナナシちゃんが立っています。いつのまにか帰ってきていたようです。

 

「あら。お帰りなさい、ナナシちゃん」

「それでだな……これ、どういう状況なんだ?」

「どういうって?」

 

 ナナシちゃんは何をそんなに引いているんでしょうか? あっ、天使ちゃんのことですね。

 

「あーー、これは里のやつら呼んできて、フー姐を取り押さえた方がいいのかな。いや、でもこんな状況を見せるわけにもいかないか……」

 

 ……今、一瞬外に出ていこうとしたよね? まさか本当にお姉ちゃんを取り押さえるつもりだったのですか!?

 そんなことより、天使ちゃんにワンピースを着せてあげねばなりません。早くワンピース姿の天使ちゃんを見たいです。

 

「今大事なところだから、ちょっと待っててね。後でちゃんと紹介するから」

 

 相変わらず何か怪しんでいる様子のナナシちゃんですが、大人しく待っていた方が早いとでも判断したのでしょうか、呆れたように部屋から出ていきました。

 

 さて、ナナシちゃんも待っていてくれることですし、ここはパパっと着替えてしまいましょうね。

 天使ちゃんの方を向くと、先ほどまで取り乱していたのが嘘のように大人しくなっていて、さながら借りてきた猫のようです。

 正確には、大人しく……というより放心しているようにも見えますが。やっぱり疲れてるんでしょうね。

 

 今度は、何ら抵抗することなくワンピースを着てくれました。

 うんうん、わたしの見立てに間違いはありませんでした。ただでさえ可愛い天使ちゃんが白いワンピースを着ることで、もう本物の天使みたいです。

 いや、みたいというか本物の天使なのかもしれません。ほら、またわたしの魂が天に召されそうになっています。でも、天使に出会えたのですから、このまま召されたって後悔はありません。

 あ、でも、わたしにはこの天使ちゃんを育てるという使命がありました。それに、ナナシちゃんもあれでいて寂しがりやさんですから、置いていくのは心配です。というわけで、再び魂をカムバックさせます。ふぅ、危ないところでした。ギリギリセーフです。

 

 

 

「フー姐、待ってたよ。それじゃ、さっさと説明してくれよ。事と次第によっては……」

 

 天使ちゃんを連れてナナシちゃんの待っている部屋に戻ると、鋭い眼光が飛んできました。今日はご機嫌斜めなのかもしれません。

 さてさて、それでは天使ちゃんについて話すとしましょうか。

 

「わたし、天使を拾いました!」




ようやく1話冒頭まで戻ってくることができました(パフパフパフ~)

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思考を放棄しましたが、何か?

1話冒頭の時点、主人公視点から幕開けです。



 これは確実に超えちゃいけない一線を越えてしまったね、うん。

 いつか元の身体に戻ることができたなら、すぐさま交番へ出頭しよう。女の子の下着を身につけてしまったボクの罪は重い……

 

 後悔と自責の念で押し潰されそうになっているボクを尻目に、二人のエルフが問答を交わしていた。

 そういえば、エルフの数え方って()で合っているのかな? 正しくは()とか? いや、匹はさすがに失礼な気がする。尖った耳を除けば、普通に人間の女性と変わらないんだし。

 さて、片方はボクをここまで連れてきてくれたお姉さんで、もう片方は……こちらも耳は尖っているけど、肌が褐色のエルフさん。たしか、ファンタジーな世界とかだとダークエルフって呼ばれてるんだっけ。ふむふむ、ボーイッシュな雰囲気を纏っていて、お姉さんより野性味を感じる。

 

 二人がどんな話をしているのかボクにはちっとも理解できないので、こんな風にどうでもいいことばかり考えてしまう。

 ……いや待てよ。いくら言葉が分からないからって、呑気に呆けていて良いのだろうか。この状況から察するに、二人の話題は十中八九、ボクの処遇についてだ。

 つまり、この問答によってボクの運命が左右される可能性がある。怪しいから尋問しようとか、殺してしまおうなんて方向に話が進んでしまったら最悪だ。そうでなくても、やっぱり捨てるべきだという結論に辿り着く程度なら十分にあり得る。少なくともボクだったら、こんな怪しい幼女を身近に置いておこうなんて思わない。

 ましてや、初対面で泣き喚いた挙句にお漏らしするような奴だぞ。考えれば考えるほど、悪い未来しか見えてこない。

 

 慌てたボクは必死に耳を傾けるが、やはり何ひとつ分からない。分からなさすぎて、思わず首まで傾げてしまう。

 そんなボクを見たお姉さんが、くすりと笑って目を細める。ちょっとちょっと、何さ。もしかして今ボク、哀れみの表情を向けられた? やっぱり捨てられてしまうのだろうか……

 後生だから、さっきの森に捨てるのだけは勘弁してほしい。こんなボクで良ければ、何でもするからさ、お願いだよっ。そんな思いを込めて、お姉さんのスカートをぎゅっと掴む。

 

 ダークエルフさんが何か呟いたと思えば、またもやお姉さんがこっちを見て目を細めた。今度は口元をニヤつかせている。嫌な予感しかしない。

 くそぅ……また涙腺が緩んできた。今日これで何度目だよ、まったく。

 

 もはや、なりふり構っている暇はない。言葉が通じない以上、表情で訴えかけるしかないだろう。涙で潤んだ瞳のまま、全力でお姉さんに視線を送る。お願い、ボクを助けてください!

 しかし虚しくも、ボクの必死の訴えが通じた気配はなく、二人は再び問答を交わし始める。語調から察するに、今度は何か言い合っている様子だ。

 

「…………!?」

 

 お姉さんが発した声の大きさに、ボクは思わずビクリと反応してしまう。ぐすん。知らない世界、めちゃ怖い。

 そして、何なんだこの緩すぎる涙腺は……すでに先ほどから涙腺が緩んでいたというのに、更に衝撃が加わったことでダムが崩壊し始めた。

 

「……ぐすっ……ううぅ」

 

 ダークエルフさんが、哀れむような表情でこちらを見ているが、一度崩れたダムを塞き止めるなんてことは不可能だ。

 

「ふぇえええんんっ」

 

 情けないボクの泣き声が、部屋中に響き渡る。何やら感情もぐちゃぐちゃでまとまらない。

 辛い。恥ずかしい。怖い。不安だ。あらゆる感情がごった煮になっていた。

 

 しばらく泣き叫び続けた後、涙すら枯れて疲れ切ったボクに眠気が再来する。

 こんな状況で寝て堪るか。次に目が覚めたら、あの世にいるかもしれないんだぞ。

 そう思いお姉さんの方を向くが、何やら心ここにあらずな様子で、無我夢中に語り続けている。

 ぐぬぬ……理解できない言葉の羅列なんて、睡魔を呼ぶ呪文か子守歌にも等しい。

 あぁ、これはもう無理だな。ボクは思考を放棄して、深い眠りの世界へと沈み込んでいった。

 

 

 

 

「……とまあ、そんなことがあったわけなのよ」

「いや、冗談抜きで回想が長すぎるっての!

 ほら見ろ、こいつも眠っちまったじゃないか」

 

 これまでの経緯を語り終えたわたしは、何やらひどく疲れた様子でツッコミを入れている、ナナシちゃんの方へ向きます。

 そこには、ナナシちゃんの膝の上で無防備に寝る天使ちゃんの姿がありました。

 

 わたしは思わず天使ちゃんに抱きつこうとしましたが、それをナナシちゃんの右手が妨害します。

 なんですか、ナナシちゃん。もしかして天使ちゃんの寝顔を独り占めにでもする気でしょうか?

 いくら可愛い妹であっても、そのような横暴は許されません。天使ちゃんを拾ったのは、わたしなんですからねっ。

 

「いや、そんなんじゃないから。床で寝かせたままにもできないだろ……?」

「むぅう。そういうことなら、仕方がないわね。渋々だけど納得してあげるわ」

「なんで渋々!? はぁ……とにかく、起こしたら可哀想だから今はそっとしておいてやれよ」

 

 そんな風に言われてしまっては、引き下がるしかありません。わたしが諦めて腰を下ろしたのを確認し、改めてナナシちゃんが問いかけてきます。

 

「それで、こいつ……このエルフの子どもをどうするつもりだって?」

「うちの子にするわ」

「うわっ、返事が早いな!?」

 

 当然です。それ以外の選択肢なんて、存在するわけがありません。

 

「まあ、そう答えることは分かっていたし、フー姐が決めたことなら、オレに異論はないよ。ただ、こいつはアレなんだろ……」

「ええ。この子は言葉を理解していないわ。恐らく、人間から酷い育てられ方をした所為でね」

「っ……糞ったれ。いっそのこと、人間なんて滅んじまえばいいんだ」

 

 目の前で気持ち良さそうに眠る天使ちゃんが、言葉すらも理解していない。そしてそれは人間の所為なのだ。そのことを再認識したナナシちゃんが、人間への憎悪で表情を歪ませました。

 それはナナシちゃん自身の過去から考えれば、当然の反応でしょう。わたしだって同じ気持ちです。

 けれど今重要なのは、これからこの子の人生をどう導いてあげるか、なのではないでしょうか。

 わたしの想いを、改めてナナシちゃんに伝えておきます。

 

「わたしは、この子を妹として迎えるわ。そして、辛い過去なんて忘れてしまうくらい、幸せにしてあげる。そう決めたの」

「……わかった。なら、こいつはオレにとっても妹だ。よし。大事な妹のために、できることはなんだって協力するよ」

「ありがとう、ナナシちゃん。あっ……でも、この子を一番可愛がるのはわたしよ?」

「……最後の一言で、全部台無しだからな!?」

 

 とっても大事なことですからね。釘を刺さないわけにはいきません。

 

「もしかして、こいつにとって目先の危険は、フー姐の存在なのかもしれないな……しゃーない、オレが守ってやるか」

 

 何だかんだ言いながら、新しい妹ができてナナシちゃんも嬉しそうです。さっそく姉としての自覚も芽生えてきたようで、非常に頼もしいですね。

 ただ、わたしとナナシちゃんとの心の距離は、何故か少しだけ離れてしまった気がします。もちろん、本当に少しだけですが。わたしには全幅の信頼を寄せてくれていいのですよ?

 その想いを込めて、ナナシちゃんに抱きついてみましょう。

 

「ナナシちゃぁああん」

「しっしっ」

 

 ……なっ!?

 これから、両手に()という姉として最高に幸せな生活が始まるはずなのに、何だかいきなり雲行きが怪しいですね。

 うーん、これって反抗期なんでしょうか?




ナナシちゃんはオレっ娘です。可愛いですね(圧)

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同類と出会いましたが、何か?

あらすじに表紙イラストを追加しました。

【挿絵表示】



 運命的な出会いから、一晩が経ちました。

 わたしの目の前には今、里長(さとおさ)が座っています。

 

 天使ちゃんを見た里長が、あぁ、と声を漏らしながら天を仰ぎました。

 

「フウラよ。おぬしのことじゃ、いつかやらかすのではないかと思っておったが……やはりやらかしよったか。いやはや、非常に残念じゃ」

「何もやらかしておりませんが!?」

 

 まったく、いきなり失礼しちゃいますね、このロリババア。そんな酷いことを言っちゃう子は、後でいっぱい可愛がって(わからせて)あげないといけませんね。

 

「ふひゃあ! な、何か悪寒がしたのじゃが……まさかおぬし、この儂に対して邪なことなど考えておらぬよな!?」

「とんでもございませんよ、里長」

「ほ、本当じゃろうな!?」

「……」

「お、おいっ」

 

 うふふ、申し訳ございません、里長。見た目だけはわたしのストライクゾーンにドンピシャなので、ついつい弄ってしまいました。

 

「おぬしは変わらんな……はぁ。ナナシよ、本当にこんな危ない奴と義姉妹の契りを結んで良かったのかの?」

「……」

「ナナシちゃん、その沈黙は何!?」

「……いや、半分は冗談だ。後悔はまあ、していないさ。そんなことより、早く本題に入ろうぜ」

 

 おっと、そうでしたね。今日は里長に、天使ちゃんのことを紹介しに来たのでした。

 天使ちゃんはこれから里の住民になるのですから、まずは里長に挨拶しておく必要があります。

 それに、エルフの里の生き字引と呼ばれる里長なら、言葉を理解できないエルフとのコミュニケーション方法を知っているかもしれませんし。

 

 何せ里長は、御年420歳。比較的長命なエルフ族とはいえ、それでも平均寿命は300歳程度ですから……とんでもないご長寿老人です。

 もっとも、容姿的にはどう見たって幼女、天使ちゃんとさほど差がないロリ体型なのですが。

 

「今、儂とその娘っ子を見比べよったな!? なんじゃ、言いたいことがあるならはっきり申せっ」

「いえ、天使ちゃんと里長が仲良く戯れていたら、何だか癒されそうだなと思っただけですよ?」

「それは孫との戯れ的な意味じゃよな……? おいこら、何故目を逸らす」

「いえいえ、幼女もどきが何かほざいているなと思いまして」

「もはや言葉を選ぶことさえやめよったぞ……年長者への敬意はどこに忘れてきたんじゃ!?」

「……ちっとも話が進まねぇ」

 

 ほらもう、里長がくだらないことで突っかかるから、ナナシちゃんに呆れられてしまったじゃありませんか。困ったお方です。

 

「えっ、まさかの儂の所為!?」

「里長がそうやっていちいち反応するから、フー姐が調子乗っちゃうんだってば……」

「えぇ……これ、本当に儂が悪いという空気なのかの?」

 

 はいはい。そんなことよりも、早く話を進めますよ。ほら、天使ちゃんも戸惑っているじゃないですか。

 あっ、もしかしてわたしが他の幼女(ロリババア)にばかり構っているから、不安になってしまったのでしょうか。もしくは嫉妬とか? いやん、そうだったら嬉しいですね。

 でも大丈夫ですよ、天使ちゃん。たしかに里長は見た目だけなら愛らしいですし、実際とっても弄り甲斐がありますが……所詮は平均寿命越えの、幼女もどきですから。わたしの中のベストオブ幼女は、もちろん天使ちゃんに決まっています。

 

「儂、さすがに泣くぞ……?」

 

 あ、それは結構です。そういうのは天使ちゃんで間に合ってますから。さて、何から順に話しましょうかね。

 

 

 

 

 おはようございます。

 幼女になってから、二日目の朝を迎えました。はい、不本意ながらも迎えてしまったんです。夢ならいい加減に覚めてよ……

 

 ボクが目を覚ますと、すぐ横に腰かけて微笑みを浮かべていたお姉さんに、抱き上げられた。

 そして、まだぼんやりと寝ぼけている間に子ども服を着させられ、ついでに髪まで梳かされてしまった。完全にされるがままだ。

 直後、幼女として扱われることに対し抵抗感が薄れているんじゃないかと自覚したことで、朝から猛烈な危機感に駆られて……そのままうっかり涙をこぼしてしまった。

 あぁあああ。こんな風に黒歴史を積み上げ続けるくらいなら、いっそのこと貝にでも生まれ変わった方がマシだったかもしれない。うぅ、しくしく。

 

 

 

 その後、しばらくお姉さんたちがバタバタしていたので、ボクは隅で大人しくしていたのだが……昼を過ぎたあたりになって、突然外に連れ出された。

 えっ、ちょっと待って、どこ行くの? なんて、混乱で軽くパニックに陥ってしまったものの、お姉さんに頭を撫でられると気持ちが落ち着いていく。恥ずかしいけれど、落ち着くものは落ち着くんだから仕方がない。

 

「はふぅ、ありがと……」

 

 どうせ言葉が通じないと理解しつつも、心配してくれたお姉さんに感謝を述べる。それを聞いたお姉さんが、何かを感じ取ったのかニコリと微笑んだ。

 喋り方まで子どもっぽくなっているのは、そう、気のせいだ。これは断じて順調に幼女化が進んでいるとかではない。本当だよ?

 

 

 

 で、到着したのは神殿らしき建物。その奥に待っていたのは……なんと驚き、エルフの幼女だった。

 なんなんだ、ここは。見た目的に神殿か何かだと思ったんだけど、実は託児所的な場所だったり?

 ということは、あれかな。お姉さんたちには昼間のあいだ用事があるから、ボクを預けておこうという感じの流れでしょ。たぶん。

 

 きっと今から、ここの責任者みたいな人、というかエルフが現れて、ボクの入所交渉でも始めるんだろうと想像していたんだけど、そんな責任者風のエルフは一向に現れない。

 それどころか、お姉さんたちと目の前の幼女が、激しい言葉の応酬を繰り広げ始める始末だ。えぇええ……訳がわかんない。

 

 それはそうと、幼女を見て「同類だ」と思ってしまった自分が信じられない。その感想が真っ先に浮かんじゃいかんでしょ、ボク。

 実年齢を考えれば、ボクの方がずっと年上のお姉さん……じゃなくてお兄さんなんだから。

 今後、ここに預けられることになったら、ちゃんと年上としての威厳を見せないとね。

 ただでさえお姉さんやダークエルフさんに子ども扱いされているのに、そのうえ本物の幼女を同類と認識してしまったら……いよいよ幼女として完成してしまう。ひぇえっ。

 

 そんなことを考えていたら、お姉さんたちの会話に区切りがついたらしい。気がつけば、皆してボクの方を見ている。

 ……な、なんですか? もしかしてボク、何かやらかしちゃいました?

 

「ーー、ーーーーーーー?」

「えっ……?」

 

 お姉さんが何か話しかけてくるが、もちろん何を言っているか分からない。

 お姉さんも、言葉が通じないことを思い出したようで、しばらく考え込んだ後……なにやらジェスチャーをし始めた。たしかに良い案だと思うんだけど、ごめんなさい。やっぱり分からないや。

 

「ーー、ーー?」

 

 それでも、お姉さんは必死にジェスチャーと言葉を繰り返す。お姉さんの指は、何度もボクを指していた。首を傾げながら喋っているので、恐らく何かしらの質問をしているのだろう。

 しかし、それ以上に読み取ることはできない。

 

 もしかしたら、ボクの理解力が幼女に近づいて低下しているのかも? そうだとしたら、いよいよピンチかもしれない。どうしよう……別の意味で不安になってきた。

 そんな不安を拭い去るように、ボクはお姉さんに質問を返した。

 

「な、なぁに……?」

 

 また子供っぽい喋り方になってしまったが、それは一旦置いておこう。

 とは言え、やっぱり通じるわけがないよね……

 ボクは意思疎通を諦めて、口を閉ざす。

 

「ー、ーーーーー……ナァ、に……なーニャ」

「ーー、ーーー。ナーにゃ……!」

「なーニャ……ーーー、ーーーーー」

 

 そんなボクとは対照的に、お姉さんとダークエルフさん、それに幼女まで、皆揃って嬉しそうに盛り上がり始めた。

 状況が分からないボクは、置き去りにされた気分だ。よく聞けば、さっきボクが口にした言葉を真似し合っている様子。

 ありゃりゃ? エルフにとっては、変な意味に解釈できてしまう言葉だったのだろうか。もしくは、ボクの言葉が可笑しくて、馬鹿にしているだけなんて可能性も……

 うぅ、どっちにしても辛いや。泣きそう。




いじられ系のじゃロリババア、現る。

さてさて、フウラたちは主人公になんて質問をしていたのでしょうね?
ではまた次回、よろしくお願いします。

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名前が判明しましたが、何か?

三歩進んで二歩下がる。
時間を若干巻き戻し、フウラ時点で開始です。



 昨日起こった出来事をひと通り説明し終え、わたしはふぅ、と一息つきました。

 それをじっと聞いていた里長は、何やら険しい表情を浮かべています。

 

「なるほどのぉ、この娘っ子にそんなことが……」

「はい。それで、里長に相談なのですが……この子を里に住まわせても構いませんでしょうか?」

「それは、もちろんじゃ。大体、こんな幼子を追い出したとなれば、エルフの里の名折れじゃしの」

 

 里長がそう答えることは初めから分かっていましたが、それでも実際に答えを聞くとホッとします。まずは一安心です。

 もっとも、仮に里長が首を横に振っていたとすれば、首を縦に振るまで可愛がる(わからせる)だけでしたが。そのくらいの覚悟は決めてきたのです。

 

「うにゃあ!? おぬしよ。さっきからちょくちょく妖しい視線を向けてくるのは、心臓に悪いから止めてくれんかの……」

「はて、なんのことでしょうか?」

 

 意外と察しがいいですね、このロリババア。伊達に400年以上生きてきたわけではない、ということでしょうか。とりあえず惚けておきましょう。

 

 一方のナナシちゃんは、話がまた長くなりそうだと判断したのか、わたしたちの会話に対して完全に興味を失っているみたいです。

 そんなナナシちゃんが向ける視線の先には、表情をころころと変化させながら何か考え込んでいる様子の、天使ちゃんがいます。それを見つめるナナシちゃんの顔は、一見すると平静を装っているようにも見えますが……よく見ると、口元が若干緩んでいます。妹煩悩なお姉ちゃんへの道を、着実に歩み始めていますね。そんなこと、ナナシちゃん本人に言ったら殴られそうですが。

 

「ナナシの奴も、すっかり優しい顔を浮かべるようになったのじゃな」

「そうですね、里長」

「……まさかとは思うが、おぬし、ナナシがこのようになることも見据えた上で、娘っ子を育てるなどと言い出したのかの?」

「いえいえ、そんなまさか。天使ちゃんがただただ可愛すぎただけですよ」

「うむ……おぬしはそういう奴じゃったな。もう歳かのぉ、的外れな邪推をしてしもうたわい」

 

 まあ、歳なのは間違いないですね。実際、400歳を超えてるんですし……

 それと、妹のことを第一に考えるのは、姉として当然のことですよ。ただ、そういうことは敢えて言葉にされると恥ずかしいものなので、できれば触れないでほしいです。

 

 そんなことよりも、里長に相談しておきたいことがありました。

 

「先ほどもお伝えしたように、天使ちゃんは言葉を理解していません。これから少しずつ、言葉を教えていくつもりではありますが……ちゃんと覚えてくれるのか、少し不安です」

 

 わたしは、内心で抱えている不安を正直に吐き出しました。何だかんだで、最も頼りになるのは里長ですからね。

 

「何か都合の良いことを考えておる気もするが……まあ良いわ。そのことに関してじゃが、どうやらこの娘っ子、言葉の一切を理解しておらぬわけではなさそうじゃぞ?」

「えぇ!? それはどういうことですか、里長っ」

 

 思わず里長に詰め寄ります。一体、何を言っているのでしょうか。天使ちゃんは、人間がエルフの言葉を学習させなかった所為で、意思疎通ができないのでは……?

 

「たしかに娘っ子は、我々エルフが使う言語を理解しておらん。じゃが、何かしらの言葉自体は発しておるようじゃぞ」

 

 言われてみれば確かに、わたしが話しかけたときには毎回、天使ちゃんが何かを言い返していたように思います。

 そもそも天使ちゃんは人間のもとにいたのですから、彼らの使う言葉を自然に習得していたとしても特別不思議ではありません。何故その可能性に気がつかなかったのでしょうか。恥ずかしい限りです。

 

「そうなると、天使ちゃんは人間の言葉を使っているのですね? であれば、わたしが人間の言葉さえ学べば、天使ちゃんが何を言っているのか分かるということですよね!」

「……残念じゃが、そう簡単な話でもないようなのじゃよ」

「えっ……?」

 

 里長は、またまた何を言っているのでしょうか。よく分からないです。

 

「儂も大概長く生きてきたからの。人間の言葉を含め、それなりの言葉は見聞きしてきたつもりじゃ。しかし、娘っ子が話しているような言葉は、聞いたことがないのじゃ」

「それってつまり……」

「少なくとも、この辺りの国で人間が使っている言葉ではないの。一体、どれほど遠い場所からやってきたのじゃろうか……正直、見当もつかんわ」

 

 信じられません。里長の言っていることが正しいなら、天使ちゃんはどうやってあの森にやってきたというのでしょうか。

 ですが、里長が適当なことを言っているようにも思えません。上げて落とされたということもあり、わたしの心は重く沈み始めていました。

 

「分かんないことは、どれだけ悩んでも分かんないよ。そんなことで悩むよりも、オレたちには確認すべきことがあるんじゃないのか?」

「確認すべきこと……?」

 

 いつからか会話に加わっていたナナシちゃんの発言で、場の空気が変わります。

 

「名前だよ、こいつの名前。どれだけ離れた異国の言葉だろうが、言葉の概念自体を知っているのなら、名前くらい持っているんじゃないのか?」

「うむ、たしかにのぉ」

 

 あぁ、それは盲点でした。さすがはわたしの愛しい妹です。冴えていますね。

 わたしたちの視線は、天使ちゃんに注がれます。その視線に天使ちゃん自身も気がついたようで、おろおろと戸惑いの表情を浮かべています。

 そんな天使ちゃんが堪らなく愛おしくて……早く名前を呼んであげたい、そんな想いで胸がいっぱいになりました。

 

「ねえ、あなたの名前を教えて?」

 

 わたしは堪らず天使ちゃんに話しかけました。当然ですが、天使ちゃんは困ったような表情を浮かべます。むむむ、言葉が通じないというのはもどかしいですね。

 ならばと、わたしは身振り手振りで意思疎通を試みます。

 

「あなたの、名前は?」

 

 何度も天使ちゃんを指差し、あなたのことが知りたいのだとアピールします。

 けれど、天使ちゃんには意味が伝わっていないようです。天使ちゃんの中でどんどんと戸惑いが深まっていくのが、手を取るように理解できます。

 

 お願い、通じて……! そんな想いを込めて、何度目か分からない問いかけをした瞬間、奇跡は起こりました。

 

「ナ、ナあにゃ……?」

 

 天使ちゃんが、問いかけに応えてくれたのです。強く想えば心は通じ合えるのだと、わたしは理解しました。ナナシちゃんと里長も、驚いたような表情を浮かべています。

 

「今、答えてくれましたよね……ナァ、ニ……ナーニャって」

「ああ、間違いない。ナーニャだ……!」

「ナーニャ……そうか、愛らしい名前じゃな」

 

 天使ちゃん……いえ、ナーニャちゃんのことを、ようやくひとつ理解してあげることができました。その事実に、わたしは歓喜する気持ちを抑えられません。

 わたしとナナシちゃんは顔を見合わせ、喜びを噛み締め合います。

 

「天使ちゃんの名前は、ナーニャちゃんっ」

「これからはオレたちも、ちゃんとナーニャって呼んでやらないとな」

 

 盛り上がるわたしたちの陰で、肝心のナーニャちゃんが目元に涙を溜め始めていましたが……それに気がついたのは、ナーニャちゃんの我慢が限界を超え、泣き声が響き渡ってからでした。




7話目にして、ようやく主人公の名前をお披露目することができました。
これからもぜひ、ロリエルフのナーニャを愛でてやってください。

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楽しみで胸躍りますが、何か?

「ナーニャちゃんっ、ナーニャちゃ~~んっ」

「フー姐、さっきからずっとそのテンションだな……」

「んふふ~~」

 

 里長の屋敷を出たわたしたちは、天使ちゃん改めナーニャちゃんと手を繋ぎ、仲良く帰り道を歩いています。ナーニャちゃんのお手々は、ちっちゃくてぷにぷにで、とっても可愛らしいです。いつまでも繋いでいたいくらいですね。

 

 ナナシちゃんも、口では一線引いている風を装ってますが……お姉ちゃんの目を欺くことはできませんよ。わたしとは反対側で、ちゃっかりナーニャちゃんの手を掴んでいるじゃないですか。声だって、普段よりワントーンほど高いです。

 

「ーー? ……ーー!?」

 

 両手を繋がれているナーニャちゃんは、里の景色が珍しいのか、忙しなく首を動かして周囲を眺めています。手を繋いでいるから大丈夫だとは思いますが、あまり落ち着きがないとバランス崩して転んじゃいますよ?

 

 さて、ナーニャちゃんの注意が景色に向いているうちに、今後の方針についてナナシちゃんと話し合っておきましょう。

 これからナーニャちゃんがうちで暮らすわけですが……わたしたち姉妹の役目は、この里の守り人です。そして、守り人の仕事は里の周辺を見て回ること。今日は休息日に充てちゃいましたが、これから毎日休むなんてわけにはもちろんいきません。

 かといって、ナーニャちゃんを連れていくには、見回りの仕事は過酷すぎます。不審な存在に遭遇したとき、ナーニャちゃんの身が危ないというのは当然ですが、それ以前に、ナーニャちゃんの体力で毎日森の中を歩き回るということ自体、現実的ではありませんから。

 

「なら、見回りは日替わりで務めるしかないよな」

「えぇまあ、やっぱりそうなるわよね」

 

 ナナシちゃんが提案してきたように、日替わりで交互に見回りを担当するというのが妥当な着地点でしょう。そして、残ったもう一方がナーニャちゃんの面倒を見るわけです。この方法なら、きちんと守り人の役目を果たしつつ、ナーニャちゃんを一人ぼっちにすることも回避できます。

 その場合、これまで二人で分担していた見回り範囲を一人で見て回ることになるのですが……背に腹は代えられません。

 それに、家に帰れば可愛い妹たちが出迎えてくれるのですから、頑張るしかありませんよねっ。

 

「とりあえず、明日はオレが見回りに出るよ」

「ナナシちゃん、ありがとね。ナーニャちゃんのお世話は、わたしに任せて」

「分かっているとは思うけどさ……ナーニャに変なことするなよ?」

「し、しないわよ。変なことなんて……」

「す、る、な、よ?」

 

 ナーニャちゃんを拾ってから日が浅いですから、まずは拾った張本人であるわたしが家に残る方が、ナーニャちゃんも安心できるでしょう。そんな配慮からナナシちゃんが明日の見回りを引き受けてくれました。やっぱり優しい子ですね、ナナシちゃん。

 それはそうと、わたしに対する信用が低すぎませんか? ……ねえねえ、どうして!?

 

「それは、胸に手を当てて考えてみるんだな」

「胸って、もしかしてナナシちゃんの?」

「いやいやいやいや」

「そうよね、手を当てるほどの胸もないものね」

「あぁん?」

 

 そんなやり取りをしているうちに、我が家へ辿り着きました。

 里長への挨拶も済んで、正式にこの里で暮らせることになりましたから……今一度、ナーニャちゃんに歓迎の言葉を送るとしましょう。

 

「こほんっ……じゃあ改めて。ナーニャちゃん、我が家へようこそ!」

「これからよろしくな、ナーニャ」

「えへへ、ーーーー……んっ!」

 

 一瞬考え込むような表情を浮かべたナーニャちゃんでしたが、雰囲気で歓迎されていることを察したのでしょう。すぐさま明るい表情に切り替わり、お日様のような笑顔で返事してくれました。か、かあわぃいいいいいい……!!

 

「なぁ。やっぱり明日、オレが残ってナーニャの面倒を見ていいか?」

「だぁめっ」

 

 明日一日、ナーニャちゃんとどう過ごしましょうかね。今から胸が躍ります。ぶるんぶるん。

 

「物理的に踊っているぞ……でけぇ胸が」

「んふふふふふ」

「ーーー……んん~~~~っ」

 

 ナナシちゃん、発言の内容にもう少し慎みというものをですね……えっ、わたしにだけは言われたくない? むむむ、解せません。

 ところで、どうしてナーニャちゃんは前のめりな姿勢になっているのでしょう? もしかして、お腹でも空いたのでしょうか? たしかに、もう良い時間ですからね。

 それではさっそく、夕食の支度を始めましょう。

 

 

 

 

 先ほどまでボクたちがいた場所は、どうやら託児所ではなかったらしい。あの時間、特に何かが起こるわけでもなく、ただお姉さんたちと幼女が会話していただけだった。

 結局のところ、あそこは一体どのような場所で、何の目的があってボクを連れて行ったんだろう。あの幼女が何者なのかも気になる。

 

 そういえば、さっきからお姉さんたちが、しつこいくらいに「なぁに?」と話しかけてくる。

 いつまでボクの発言を引っ張るつもりなんだろうか……と心折れかけていたけれど、繰り返し何度も聞いているうちに、もしかして馬鹿にされているわけではないんじゃないかと思い始めた。そもそも、お姉さんたちはボクを無意味にからかうような、意地悪なエルフではないように思う。だって、こんな怪しい幼女を拾って、一晩も面倒を見てくれたんだよ?

 

 それじゃあ、一体何のつもりで同じ言葉をボクに浴びせかけているんだろう。

 日常的に何度も使う言葉なんて、精々挨拶か返事、それに名前くらいじゃないだろうか。だけど、さすがにこの頻度で挨拶を連呼するとは考えづらい。返事だとすれば、あまりにも一方的過ぎる。

 それに、最初お姉さんはボクを指差しながら問いかけていた。

 

 あっ、それってつまり……ボクの名前を聞き出そうとしていたんじゃないだろうか。

 改めてお姉さんの目を見つめると、お姉さんは嬉しそうに口を開いた。

 

「ナーニャちゃんっ、ナーニャちゃ~~んっ」

 

 今度はちゃんと聞き取れた。間違いない。お姉さんたちは、ボクを「ナーニャ」と呼んでいる。

 まあ、ボクの名前はナーニャじゃないけどね……いや、この身体で男だった頃の名前を名乗るのも違和感あるな。うん、今のボクはナーニャ。それでいいや。それがいい。

 

 待てよ? ということは、さっきボクは名前を呼ばれて泣き出してしまったのか……それ、いよいよ本格的にヤバい奴じゃないか。昨日今日と黒歴史のバーゲンセールだね、ううう。

 やっぱり捨てられてもおかしくないな、と自嘲しつつも一方で、元の世界では見たことがないファンタジーな景色に心奪われていたら、いつの間にやらお姉さんたちの家に戻ってきたようだ。

 

 まさか、ここでお別れなんて言わないよね……?

 

「ーーー。ナーニャちゃん、ーーーーー!」

「ーーーーーーーー、ナーニャ」

 

 お姉さんは玄関の扉を開くと、ボクを引き入れるように腕を引っ張り、笑顔で話しかけてきた。ダークエルフさんも、それに続く。

 さすがのボクも、お姉さんたちが何を意図して話しかけてきたのか理解できた。これはたぶん、歓迎を意味する言葉だ。少なくとも、別れを告げるようなトーンではない。

 あぁ、嬉しい。嬉しい、嬉しい、嬉しい!

 

「えへへ、ありがと……んっ!」

 

 ボクは喜びを抑え切れず、満面の笑みを浮かべて返事した。




まったく通じないという状況から、ほんの僅かに前進しましたね。
世界にとっては小さな一歩でも、幼女(ナーニャ)にとっては大きな一歩なのです。

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とても真っ平でしたが、何か?

 まずは改めて、喜びの気持ちを確認しておこう。

 ボク、この家に歓迎されているみたいだ。やったぁああああ!

 

 いやまあ、そんな楽天的な性格ではないので、正直油断はしてないけどね。言葉が通じない以上、全ての物事において確信を得ることは難しい。

 明日になったらポイって可能性もないとは言い切れない。ボクの命運はお姉さんたちの気分ひとつで、あっさり左右されちゃうわけだ。

 ……とりあえず媚でも売っておこうかな。いや、のっぺりした幼女の身体でそれは流石に不可能か。せめてもう10歳ほど成長した身体になっていれば、ワンチャンあったかもしれないが。

 いや、それでもやっぱり無理だな。そんなことをしたら、ボクは男として精神的に死んでしまう。自ら致命傷を刻み付ける行為にも等しい。

 

 兎にも角にも、家に置いてもらう以上は、何かしら役に立つところを見せるべきだろう。ボクをこの家に置いておくメリットを示さねば。

 というか、お姉さんたちにただ養われるだけの生活なんて、大人として耐えられない。恩返しの意味でも、ちゃんと役に立たないとね。

 そうと決まれば、今の自分にもできることを見つけねばならない。これからは、意識的に周りを観察することにしよう。

 

 おっ。お姉さん、もしかして夕食の準備を始めるのですか? それならボクも手伝いますよ。こう見えても、料理の腕には割と自信があるんです。

 

 お姉さんが食材を取り出し始めた姿を目にし、意気揚々とお姉さんの側へ駆け寄ろうとした瞬間……ボクの身体は宙に浮かび上がった。えっ?

 

「ーーーーーーーー、ーーーーーーーーーー」

 

 気がつくと、ボクはダークエルフさんに持ち上げられていた。ちょっ、ボクはお姉さんを手伝いたいんだけど。

 ボクのそんな訴えは、ダークエルフさんに届かない。ジタバタと暴れるボクを片手で抱きかかえ、そのまま台所とは反対側へ歩き出した。

 向かう先は、玄関の外。お姉さんの片手には、大きなタオルと着替えらしき衣服が。これはもしかして……

 

 

 

 デジャヴだろうか。この池、昨日も来たような。どうして、ボクはまた身包みを剥がれているのか。

 ……いや、分かるよ? 水浴びだよね? 生きている以上、身体を清めることは大切だからね。でもさ、水浴びくらい自分ひとりでできるから。幼い見た目に騙されないで。

 それに、毎日身体を洗う習慣なんて、水道やガスの環境が整う時代になってからできたって話を聞いたことがあるような。エルフって割と潔癖な種族なんだろうか。

 

 後ろに立ったダークエルフさんが、ボクの頭をぐしゃぐしゃと揉み洗う。

 昨日お姉さんに洗ってもらったときとは違い、けっこう力任せな洗い方だ。ボクの頭は、ダークエルフさんの手の動きに合わせて小刻みに揺れる。

 ふいに、幼い頃よく父親と風呂に入り、頭を洗ってもらっていた感覚を思い出した。この力加減を分かっていない不器用な感じ、記憶の中の父親とそっくりだ。なんとも懐かしい。

 ダークエルフさんが父親だとすると、もう一方のお姉さんは母親ってところか。パパとママ……いやいや、なんだそれ。その設定だと、ボクが二人の子どもになっちゃうじゃないか。

 二人とも、本当はボクより年下のはずなのに、その発想は失礼が過ぎるだろう。ボクは慌てて妄想を掻き消した。

 

 しかし、なんだろうこの安心感。多少乱暴な洗い方ではあるけど、これはこれで結構気持ちがいい。お姉さんのときみたいに撫でるような手つきで洗われるよりも、寧ろ妙な気分に陥らない分、この方が楽かもしれない。

 そんなことを考えて気を抜いていたら、いつの間にかダークエルフさんがボクの正面に立っていた。しまった、完全に油断していた。

 えっと、その、マズいってばダークエルフさん。それはさすがに目に毒ってやつで……。

 いや、そうでもないな。目の前のダークエルフさんを意図せず直視してしまったボクは、途端に冷静さを取り戻した。

 敢えて何がとは言わないけど、ダークエルフさんは安心感すら覚えるほどの真っ平具合だ。実は同性()なのではなんて疑いがちょこっと芽生えたので、軽い気持ちで視線を下げ……ごめんなさい、ちゃんと女の子の身体でした。自分の軽率な行動を悔やみながら、結局ボクは赤面する羽目になった。馬鹿だなぁ、ボク。うううぅ。

 

 

 

 

「フー姐が料理作ってくれている間に、ちゃちゃっと水浴びしてさっぱりしちゃおうか」

 

 当番のフー姐が台所に立ったのを見て、オレはナーニャに声を掛けた。だが、当のナーニャはそれに気がついていない様子だ。

 そういえば、こいつには言葉が通じないんだったな。人間どもに言葉を教えてもらえなかったからだとか、はるか遠くの地からやってきたからだとか、いろんな事情を耳にしたが……ぶっちゃけ本当のことはわからない。まあ、今そんなことを考えても仕方がないか。面倒なので、無言でナーニャを持ち上げる。さあ、水浴びに行こうぜ。

 

 ナーニャの服を剥ぎ取り、そのまま水浴び場に引き入れる。

 フー姐はナーニャが奴隷だったと言っていたけれど、それにしては綺麗な肌をしている。まるで生まれたてのようだ、と思った。

 

 まずは頭から洗ってやろうと、ナーニャの髪に指を通す。

 おぉ、生糸のように滑らかな感触が指に伝わってくる。手入れもせずに、こんな髪質を維持できるものなんだろうか? ちょっとした疑問が頭を過ったが、正直そんなことに頭を使う余裕はない。他人の頭なんて洗ったことがないので、力加減が難しい。

 力を入れすぎただろうかと不安になり、そっとナーニャの顔を覗く。どうやら大丈夫らしい、ナーニャは気持ち良さそうに目を瞑っていた。

 

 続いて今度は身体を洗ってやろうと、ナーニャの正面に移動する。

 ん? こいつ、もしかしてオレより膨らんでないか? 断じて何がとは言わないが。いや、さすがにそんなわけは……。

 これはオレの沽券に関わる問題だ。普段それほど気にしているつもりはないが、だからと言って、いくら何でも幼女以下なんてことは許されない。しっかり注視して確かめておかねば。

 ナーニャが恥ずかしそうに視線を泳がせているが、これは重要なことなんだ。悪いが耐えてくれ。

 しかし、小ぶりながらもなかなかに整った形をしている。これは将来、フー姐みたいに成長するかもしれないな。

 いやでも、オレだって全く膨らみがないというわけではない。うーむ、これはもう実際に触って比較するしかないか。

 

 ぴちゃん。ふと、足元で何か滴る音がした。

 雨でも降ってきたのだろうかと思い、水面に視線を向ける。そこには、赤い染み……血が広がり始めていた。

 まさか、ナーニャがどこか怪我でもしたのだろうか。それとも、見えないところに奴隷だった頃の古傷があって、それが開いてしまったとか。

 慌ててナーニャの方を向くが、ナーニャもまたオレの顔を見つめている。主に鼻の下辺りを。鼻の下……? 違和感を覚え、自分の顔を手で拭う。

 拭ったその手は、鮮血で真っ赤に染まっていた。

 

 うわ、ヤベェ……オレは鼻血を垂らしていた。

 おいナーニャ、若干引いてないか? ち、違う。これは本当に違うんだ。オレは断じてフー姐なんかと同類ではない。

 後生だ。垂れ続けている鼻血、止まってくれぇ!




オレっ娘のナナシちゃんはぺたんこです。ぺったんこ(大事なことなので二回言った。悪意はない)

ナナシちゃんについて深掘るのは、また別の機会にしましょう。水浴び回は水浴びに集中すべきだと、どこかの偉い人も言っていましたからね。たぶん。

感想や評価などいただけると、身と心を清めながら喜びます。


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抱き枕にされましたが、何か?

 お腹を空かせた妹たちのため、腕によりをかけて料理を作ろうと意気込んでいるうちに、二人は水浴びへ行ってしまいました。

 まあ、どちらにしてもナナシちゃんにお願いするつもりでしたが、やっぱり羨ましいですね。わたしもたくさんナーニャちゃんのお世話をしたいです。

 

 それにしても、水浴びに行ったきり、なかなか戻ってきませんね……まさかとは思いますが、やましいことなんてしてませんよね、ナナシちゃん?

 

 食材を鍋に放り込むこと数十分、ようやく玄関の扉が開きました。

 おかえりなさいと声を掛けようとしましたが、戻ってきた二人はやたらぐったりとしています。その割に、妙に顔が赤いですが……。

 ちょ、ちょっと待ってください二人とも。一体()()をしてたんですか!?

 

「いや、何もしてないよ……」

「ーーーー! ん、ん~~っ」

 

 ナナシちゃんは否定の言葉を口にしましたが、その割に目が泳いでいます。むぅ、怪しい。ナーニャちゃんも、言葉通じてないはずですよね……なんでそんなに狼狽えてるんですか?

 もう、なんですか、なんなんですか。羨まけしからんのですよ、まったく。

 

「フー姐が想像しているようなことなんて、ひとつも起きてないからな」

「んっ、んっ」

 

 ……なんでしょうか、この二人の連帯感。妹同士、何か通じ合うものでもあったのかもしれませんね。えぇ、そういうことにしておきましょう。

 それはそうと、鍋の中の煮込み具合がちょうど良い感じになってきました。というわけで、妹たちには席に座ってもらいましょう。

 

 器に盛りつけてテーブルまで運ぶと、ナーニャちゃんが目をきらきらと輝かせました。口元からは一筋よだれも垂れています。嬉しい反応ですね。

 

「おいナーニャ、よだれが垂れてるぞ。まったく、お前ってやつは……」

「んへへ」

 

 やれやれといった様子で、ナナシちゃんがナーニャちゃんの口元を拭き取りました。ナーニャちゃんも、素直に拭かれて照れたように笑っています。

 可愛い……可愛いですが、さっきから距離が縮みすぎじゃありません? 妹たちの成長速度に、お姉ちゃんは驚くばかりですよ。

 

 あまり時間がなかったので、簡単な料理になってしまいました。しかし、その分たっぷりと野菜を放り込んでいます。ナーニャちゃんには、しっかり栄養を取ってもらわなくちゃいけませんからね。いっぱい食べて、元気に育つのですよ。さあ、それでは頂くとしましょう。

 

「「大地の恵みに感謝を込めて」」

 

 もぐもぐ、もぐもぐ。そんな音が聴こえてきそうなほど忙しなく、そして美味しそうにナーニャちゃんの口が動いています。

 とても微笑ましい気持ちになり、わたしの手は止まってしまっていましたが、それも仕方がないですよね。美味しいもの、これからいっぱい食べさせてあげたいです。

 

「オレも料理の勉強、ちゃんとしてみようかな」

「ふふっ、ナナシちゃんの口からそんな言葉が聞けるだなんて」

「な、なんだよ……悪いかよぉ」

 

 いえいえ、悪いだなんてとんでもないです。お姉ちゃんは、寧ろナナシちゃんの成長を喜んでいるのですよ。

 それに、ナーニャちゃんの食べっぷりを見ていたら、そんな風に思うのも当然だと思うのです。餌付け意欲を煽られるとでも言いましょうか……いえ、わたしは餌付けなんてそんなつもり、ひとかけらもありませんでしたけどね。本当ですよ?

 

「なるほど、フー姐はそんなこと考えていたのか」

 

 だから、そんなつもりないんですってば……!

 

 

 

 

「けぷっ……」

 

 ふう、満腹まんぷく。大変美味でございました。ごちそうさまです。

 

 異世界グルメ、いったいどんなものが出てくるのだろうかと若干怯えていたものの、そんな心配は無用だった。お姉さんが作ってくれたのは肉なしポトフのような一品で、入っている食材も見知った野菜ばかり。実際、ボクの知っている野菜と同じなのかは不明だが、少なくとも見た目と味に違和感はない。

 どちらかと言えば懐かしさを感じる味わいだったので、思わず夢中になって貪ってしまった。行儀がなっていない奴だと思われていたら嫌だな……。

 

 まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。そんなことより、美味しい料理を作ってくれたお姉さんに感謝を伝えておくべきだろう。

 お姉さんが食器を洗い終えたのを見て、ボクはお姉さんの側に駆け寄った。そのままお姉さんのスカートを掴み、くいくいと引っ張る。お姉さんがこちらへ振り向いたので、頭を下げてお礼を述べた。

 

「あ、ありがと。美味しかった」

「ふふっ、ーーーーーー」

 

 こちらの世界で頭を下げる習慣があるのかどうかは知らないが、お姉さんの表情を見る限り、ボクが感謝していることは伝わったらしい。なら、今はそれで十分だ。

 

「ナーニャちゃん、ーーーーーーーーー」

 

 満足して立ち去ろうとしたボクの身体が、ふわりと宙に浮かぶ。ありゃ、デジャヴかな……?

 水浴びはさっき済ましましたよ? そんな何度も水浴びしたらふやけちゃうって。そう訴えるべく、ボクを抱き上げているお姉さんに視線を送る。

 だが、お姉さんは意に介していない様子でボクをどこかへ運んでいく。えっと、そっちは玄関じゃなかったような。

 

 奥の部屋まで連れていかれると、そのままベッドに下ろされる。なるほど、子どもはねんねの時間ですよってことだろう。たしかに、この身体になってからすぐに眠気に襲われる。

 それにしても、美味しいご飯を食べさせてもらって、その上ベッドへ運んでもらえるだなんて……まさに至れり尽くせりだ。いつかちゃんと恩返ししないとね。

 

 それじゃお休みなさい、また明日。そんなつもりでお姉さんの方を向くと、お姉さんはボクの隣に潜り込んでいた。

 ……んえ!?

 

 冷静に考えてみれば、突然転がり込んできたボクの為のベッドなんて存在するわけがない。だから、こうなるのも当たり前っちゃ当たり前なんだけど……いや、やっぱりマズいでしょ。

 ボクは床で寝ますよ、と主張しながらベッドから抜け出そうとするが、その背中をお姉さんにぎゅっと抱き締められる。あぁやばい、いろんな意味で身動きが取れなくなった。

 

 うぅう、背後から良い匂いが漂ってくる。そういえばお姉さんの服装、いつの間にか寝間着に変わっていたな。ボクが思考の海に潜っている間に、ちゃちゃっと水浴びを澄ませていたのだろう。つまりは就寝の準備万端だったわけだ。そんなところに駆け寄っていったボクは、まさに飛んで火にいる夏の虫ってやつで。

 だからって、べつにボクを抱き枕にしなくたっていいじゃないか。激しく脈打つ心臓の鼓動が騒々しい。こんな状況じゃ眠れるわけないよぉ……。

 

 

 

 前言撤回。幼女の身体には抗えなかったよ。数分後には、睡魔に負けてスヤスヤと爆睡しているボクがいた。




 気がつけば、本作も10話目に到達しました。
 1話を投稿した時点では、連載するかどうかも決めていなかったのですが……読者の皆様に嬉しい反応をいただいたおかげで、まずはここまで続けることができました。本当にありがとうございます。

 とはいえ、物語的にはまだ2日目が終わったところですからね。擬似三姉妹の同居生活は、まだまだ始まったばかり。引き続き、ナーニャたちを見守ってやってくださいませ。

 感想評価などいただけると、大号泣しながら喜びます。


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姉妹揃って手遅れですが、何か?

「ふわぁあ……ふぅ、また素敵な日になりそうね」

「すぅ……すぅ……」

 

 ナーニャちゃんと出会ってから、早くも三日目の朝を迎えました。

 わたしが欠伸しながら目を覚ますと、隣で愛しい妹が気持ち良さそうに寝息を立てています。あぁ、なんて可愛らしいんでしょう。もしかすると、ここはまだ夢の中なのかもしれません。だって、この状況はあまりにも幸せすぎますから。

 

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと起きろよ」

「ナナシちゃん、おはよう。あっ……ごめんなさい。今夜は仲良く3人で寝ましょうね」

「いや、フー姐()()寝ないからな!?」

 

 ナナシちゃんがすっかり反抗期です。昔は、一緒じゃないと眠れないなんて可愛いことを言って、毎晩のように布団へ潜り込んでいたのに……お姉ちゃん、ちょっぴり寂しいです。

 ですが、わたしは諦めませんよ。右にナーニャちゃん、左にナナシちゃんを寝かせ、妹たちの温もりに挟まれながら眠るのが夢なのですから。

 

「いや、それだとオレはナーニャの体温感じられないじゃんか!」

「……ツッコミどころ、本当にそこで良いの? ナナシちゃん」

 

 てっきり、そんな夢捨てちまえ! みたいなツッコミが返ってくるものだとばかり思ったのですが、おかしいですね? 予想が外れました。

 おっと。ナナシちゃんの大きな声で、ナーニャちゃんが目を覚ましたようです。

 

「んんん……んぇ?」

 

 まだ寝ぼけているのでしょうか。ぽやーっとした表情で、首を傾げています。

 寝起きの頭なので、ここがどこだか思い出せないのかもしれませんね。ここはお姉ちゃんたちが声を掛けて、安心させてあげるのが良さそうです。ではさっそく。

 

「ふふ。おはよう、ナーニャちゃん」

「起きたか、ナーニャ。おはよう」

 

 狙い通り、安心することができたのでしょう。大きくあくびしたナーニャちゃんが、隣で上半身だけ起こしているわたしにすり寄ってきます。そして、そのまま腰に腕を回し、二度寝を始めてしまいました。あぁん、仕方がないですね。わたしももう少しだけ付き合ってあげることにしましょう。んふふ。

 

 ナナシちゃんの冷たい視線を背中に感じますが、これは不可抗力というやつなのですよ。

 

 

 

 

 あれから小一時間ほど、ナーニャちゃんと一緒に二度寝を楽しんでしまいました。

 さて、今度こそしっかり目を覚ましたナーニャちゃんを連れて寝室から出ると……不機嫌そうな表情で、ナナシちゃんが仁王立ちしていました。

 

「遅いよ、フー姐。オレ、もう見回りに行かないといけないんだぞ」

 

 そういえばそうでしたね。今日から日替わりで見回りを担当するという約束でした。

 それなのに、うっかり可愛い妹の見送りをすっぽかしてしまうところだったわけで……これは怒られても当然です。

 

「いや、べつにフー姐に見送ってほしいわけじゃないけどさ」

 

 またまた、正直じゃないですね。本当は寂しかったくせに。そんなわたしの視線は無視して、ナナシちゃんがナーニャちゃんに声を掛けました。

 

「ナーニャ。オレ、お仕事に行ってくるよ」

「んん~……?」

 

 当然ナーニャちゃんには伝わりませんから、また先ほどのように首を傾げています。それにしても、細い首をこてんと傾ける姿は、破壊力抜群ですね。

 

「なぁフー姐、やっぱりナーニャを連れて行っちゃダメか?」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 ナナシちゃん、一体どうしてしまったのでしょうか。朝からちょくちょく言動がおかしいです。もしかすると、道端に生えている変なキノコでも食べたのかもしれません。

 

「そんなもん食べてないし、フー姐にだけは心配されたくないぞ……」

「あらま」

 

 わたしにだけはって、どういう意味なのでしょうね? ちょっとよく分かりません。やれやれといった表情を浮かべながら、ナナシちゃんが出発の準備を再開しました。

 

「さっさと終わらせて帰ってくるから。それまでナーニャのこと頼んだぞ、フー姐」

「ええ、もちろんよ。いっぱい可愛がってあげるから、何も心配しなくて大丈夫。うふふふっ」

「心配が膨らみ続ける一方なんだが!?」

 

 そろそろ出発しないと、一日で見回り切れなくなってしまいますよ。なにせ、これまで分担していた範囲を全て見て回る必要があるのですから。そう急かすと、ナナシちゃんは渋々玄関へ向かいました。

 

「それじゃ、気を付けてね。いってらっしゃい」

「あぁ、行ってくるよ」

 

「……いっーーーー!」

「ナ、ナーニャも見送ってくれるのか?! 可愛い奴だな……ははは、行ってくる!」

 

 突然テンションを上げたナナシちゃんに、わたしは度肝を抜かれました。こんなに機嫌の良い姿を見るのは久しぶりです。

 

 それと、たしかにナーニャちゃんはこの状況をなんとなく理解しているように感じます。

 というか、今さっき少しだけ「いってらっしゃい」と言いかけていませんでしたか?!

 雰囲気に合わせて適当に声真似してみただけなのか、偶然それっぽい音が漏れただけなのかは分かりませんが……これは、ナーニャちゃんの口から見送りの言葉が聞ける日も近いかもしれません。わたしもナーニャちゃんに可愛くお見送りしてもらいたいです。ふふ、夢が膨らみますね!

 

 

 

 るんるんと軽いスキップをしながら、ナナシちゃんが見回りに出発しました。

 ……しかし、スキップしているナナシちゃんなんて初めて見ましたよ。わたしの可愛い妹は、もういろいろと手遅れなのかもしれません。まあ、わたしだってナナシちゃんと同じ目にあったら、スキップくらいしていたと思いますけどね。

 

 さてさて、この後ナーニャちゃんと二人でどう過ごすかですが、それについては実はもう既に決めているのです。

 

「ナーニャちゃん、今日は可愛い服をいっぱい買ってあげるからね!」

「……ーーーー?」

 

 ナーニャちゃんはよく分かっていない様子ですが、服飾屋に到着すれば、きっと目をキラキラさせて喜んでくれることでしょう。女の子は大抵オシャレが大好きですからね。

 

 あそこの服飾屋を営んでいる娘がちょっと()()なので、ナーニャちゃんを連れて行くことに不安もありますが……服飾屋の一人娘なだけあってファッションのセンスについては間違いないので、きっとナーニャちゃんの魅力を引き出してくれることでしょう。というわけで、背に腹は変えられません。

 

「ナーニャちゃん、わたしたちもパパッと準備して出かけましょ」

「……んっ!」

 

 可愛いお返事、いただきました!

 さあ、楽しいデートの始まりです。




()の振り見て我が振り直せ、とはいかない義姉妹なのでした。まあ、人じゃなくてエルフですからね。

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類は友を呼ぶそうですが、何か?

 店の扉を開くと、カランカランと扉に付いているベルが揺れました。そして、奥から見慣れた店員がやってきます。

 

「いらっしゃいませぇ。フーちゃん、久しぶりぃ」

「そうね。久しぶり、ミーちゃん」

 

 相変わらずの甘ったるい語尾で話す彼女は、この店を営んでいるオーナーであり、わたしの幼馴染でもあるミーちゃんです。

 基本的におっとりとした雰囲気なので、彼女に惚れ込んでいる里のエルフも多いですが……幼馴染のわたしとしては、彼女の本性を知らないまま夢中になっている者たちに同情を禁じ得ません。

 

 そんなことを考えているうちに急接近していたミーちゃんが、わたしの胸元を遠慮なく(まさぐ)ってきました。ほら、油断するとすぐにこれです。

 

「やめなさいよ、ミーちゃん……」

「フーちゃん、もしかしてまた膨らんだのぉ? 少し窮屈そうだから、新しい服を仕立ててあげるねぇ」

 

 あくまで確認のために触っただけなんて口ぶりですが、昔から散々過度なスキンシップを受けてますからね。下心ありありなのはお見通しです。

 

「そもそも、今日はわたしの服を仕立てて貰いに来たわけじゃなくてね……」

「……あら、あらあらあらぁ? フーちゃんに娘がいたなんて、わたしは聞いてないよぉ」

 

 ようやく、わたしの後ろに隠れているナーニャちゃんの存在に気づいたようです。何故だか急に、ミーちゃんの周囲が冷え込んだ気もしますが……

 さきほどまで顔を赤らめていたナーニャちゃんも何か感じたらしく、怯えた表情でわたしのスカートを掴んでいます。

 

「ナーニャちゃんが怯えているじゃないの。それに、この子は娘じゃなくて妹よ」

「ごめんねぇ、わたしったら勘違いしちゃったぁ。フーちゃんにもうひとり妹がいたことも知らなかったけどぉ……よく見るとフーちゃんによく似ていて、とっても可愛いのねぇ」

 

 わたしとナーニャちゃんに血の繋がりはありませんけどね。ですが、似ていると言われて嫌な気はしません。ちょっぴりにやついてしまいます。

 それはそうと、先に釘を刺しておいた方が良さそうです。

 

「ミーちゃん、うちの妹はいじめちゃダメよ」

「もう、いじめるなんて人聞きが悪いよぉ。わたしは可愛い()()が好きなだけなんだからぁ」

 

 可愛い()が好きなだけなら、わたしだって何も言いませんが……彼女の餌食になった娘をわたしは何人も知っていますからね。この店が繁盛しているのは常連と化す娘が多いからですが、その理由は品揃えや仕立ての技術だけではないように思います。

 まあ、深くは踏み込まない方が無難でしょう。

 

「今回の用事はナーニャちゃんの服選びよ。というわけで、この子に似合う最高の服を見立ててもらえるかしら」

「えぇ、もちろんだよぉ。久しぶりに興ふ……じゃなくて、腕がなるなぁ」

 

 やはりこの店に来たのは間違いだったかもしれません。ナーニャちゃんも不安そうですし、今からでも遅くないので帰りましょうかね。

 

「冗談、冗談だよぉ……っ」

「次そんな冗談言ったら、本当に帰るからね」

「分かったよぅ。でもでも、わたしたち似た者同士の幼馴染だから、いろいろ分かり合えると思うんだけどなぁ」

 

 一緒にしないでほしいです。わたしはただ妹たちを大切に思っているだけの、一般的なお姉ちゃんなのですから。

 

 さて、まずは採寸から開始といったところでしょうか。ミーちゃんの採寸方法は案の定()()なんですが、その結果は驚くほど正確なんですよね……。

 

 

 

 

 お姉さんに連れられてボクがやって来たのは、服飾屋と思しきお店だった。

 

 入店してすぐに、ボクは圧倒されて後ずさってしまう。幼女視点だと、ただ服が並んでいるというだけでも相当に圧を感じるのだ。

 それに、ボクの気のせいでなければ、女性向けの洒落た服しか並んでいないような……店内の匂いも、どことなく甘さを感じる。普段ユニ●ロでしか服を買わないボクがこのような店に入るなんて、それはもはや異世界に飛び込むも同義じゃないだろうか。いやまあ、もう既にここが異世界そのものなんだけれども。

 

 すぐに奥からエルフの女性がやって来た。状況から判断するに、この女性は店員さんと見て間違いないだろう。

 

 なんというか、店員さんから妙に色気を感じてしまう。正確に言えば、ピンクなオーラを纏っているというか、大量のハートマークが飛び交っているというか、そんな感じのやつ……。

 そして、やたらとお姉さんとの距離感が近いような。心理的にも肉体的にも。この世界の店員さんは、こんな風にグイグイと来るものなんだろうか。まあ、元の世界でも服飾屋の接客には少しばかり苦手意識があったけどね。

 

「……ーー、ーーーー?  ーーーーーーーー、ーーーーーーーー」

 

 突然、店員さんから冷気が発せられる。何事?

 それは一瞬で治まったものの……この世界の店員さんは何だか怖いなぁと、ボクはすっかり委縮してしまった。

 

 お姉さんと話し終えたらしい店員さんが、すっとボクの方へ視線を向ける。なんとなく、接客のターゲットがこちらに移った感があるぞ。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように、ボクは硬直して動けない。ひぇえ……。

 

「ーーーーー!」 

 

 店員さんは、何か一言発した後にボクの服を脱がせ始めた。ちょっと待って、ちょっと待って!

 抵抗しようにも、委縮しきった身体ではどうにもならない。服飾屋なんだから、服を脱いだり着たりすることは変じゃないと思うよ。でもさ、普通は試着室とかでするもんじゃない? この世界に試着室という概念はないのだろうか……。

 せめてもの救いは、店内に他の客がいないこと。だけど、そういう問題ではないと思うんだ。

 

 下着を除いて一式見事に剥がれたボクは、試着前だというのに既にぐったりした状態である。

 そんなボクの様子にも構わず、店員さんが今度はボクの身体を弄り始めた。

 

「うぴゃ、ふぁ……にゃははひひひっ」

 

 く、くすぐったいぃいい!

 これ、あかんヤツや。急に関西弁が飛び出すくらいには脳が混乱している。

 

「……んんうっ」

 

 思わず漏れたボクの声を聞いて、店員さんの手が一瞬静止する。

 その状態のまま、店員さんは自分に何か言い聞かせるかのようにぶつぶつと呟いている。怖いよぉ。

 店員さんの目が一瞬光ったように見えた直後、再び腰回りやら胸元やらを弄繰り回される。

 こ、これってたぶん採寸しているんだよね? 女の子の採寸方法なんて知らないんだけど、これは何だか違う気がするんだ。あひゃあっ……。

 

 

 

 採寸と思われる行為がひと通り済んだときには、ボクはすっかり満身創痍になっていた。

 一方の店員さんはといえば、肌が妙につやつやとしている。ぐぬぬぬ……。

 そして、後ろで見守っていたはずのお姉さんも、何だか息が荒くなっているような。何故に?

 

「ーーーーーー、ーーーー」

「ーー、ーーーーーーーーーー」

 

 ……あれれれれ?

 今、お姉さんと店員さんが熱い握手を交わしていたような……見間違いだよね、きっと。うん。




採寸していただけなんですよ。本当です、本当。
さて、このまま続きます。

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馬子にも衣裳なんですが、何か?

幼馴染であるフウラとミラは、フーちゃんミーちゃんと呼び合うくらいには気心が知れた仲です。



 ボクを採寸した後、店員さんはしばらく店内をうろうろと動き回っていた。そして、いくつか衣服を手に取ると、無事に目的を果たしたようでボクの近くに戻ってくる。

 

 店員さんの手元には、先ほど選んでいた衣服が積み上げられている。ただ、ボクひとりの分にしては少しボリュームがある気もするけど……。

 そんなことを考えていたら、店員さんがお姉さんに向かって数着の衣服を差し出した。サイズ的にもボクが着るものではなさそうだから、それはお姉さん用なのかな?

 

「ーー、ーーーーーー」

「ーーーー……!」

 

 しかし、お姉さんは差し出されたそれを突き返した。更に、その流れで店員さんの頭を軽く叩く。そんなことして訴えられたりしない?

 ……まあ、何となく親しい間柄であることは伝わってくるので、その辺りは心配無用かな。

 

 叩かれた頭を摩りながら、少し涙目になっている店員さん。差し出された服が気に入らなかったにしても、べつに叩く必要はなかったんじゃないだろうか。そんな風にも一瞬思ったが、突き返された衣服の下にやたら露出の激しい服が隠されていたことに気がつき、考えを改めた。

 うわぁ……あれ、もしかしなくてもビキニアーマーってやつだよね。お姉さんになら似合いそうではあるけれど、敢えてそれを差し出す店員さんのセンスには不信感を抱かずにいられない。

 

 ……なぜボクがビキニアーマーなんて代物を知っているのかって?

 そりゃまあ、ボクはこれでもほんの少し前までは健全な男性だったからね。それはもう過去形になってしまったけど……ううぅ。

 

 お姉さんに試着させることを諦めたのか、店員さんの視線は再びボクの方へ向く。そして、今度は万歳の体勢になり、両手を上げるよう促し始めた。

 まさか、「手を上げろ。さもなくば発砲するぞ」なんて急展開が始まったわけではないと思うので、ボクは大人しく両手を上げる。次の瞬間、頭上から白い布が降ってきた。ぬおっ?

 

 視界が真っ白になり軽くパニック状態に陥ったけれど、それは仕方がないことだよね。子どもみたいな反応をしてしまっただなんて、ボクは認めない。

 視界が戻ると、店員さんがボクの正面に鏡を運んできた。ボクは戸惑いつつもその鏡に視線を移す。

 

 ……えっ? この美少女、誰?

 

 鏡の中にいる少女と目が合い、思わず赤面してしまった後で、そこに映っているのが自分であることに気がついた。

 そう言えば、水浴び中に水面に映る自分の姿を見たことはあったけど、鏡越しにちゃんと見るのは初めてかもしれない。水面に映る自分の裸になんて興味がなかったので、それほどよく観察していなかったけれど……改めてよく見ると、幼いながらもそれなりに整った顔立ちをしている。目は大きくてくりくりだし、鼻筋もすらっとしている。小さな口元にも愛嬌がある。エルフという種族自体に美形が多いのか、自分がそれほど特別だとは思わないけれど、少なくとも以前の自分より整った顔立ちであることは間違いない。

 

 でもまあ、一瞬とはいえ鏡を目にして戸惑ってしまうほどの美少女に見えたのは、身に纏っているこの白い布の効果が大きいだろう。

 先ほど頭上から降ってきた白い布、今ボクが纏っているこの衣服は、純白に輝くワンピースだった。

 

 もともと着ていたやつだって、似たようなワンピースではあったのだけど……きちんと採寸して、自分にぴったりなものを選んでもらっただけで、これほどまでに印象が変わるのか。

 先ほどの採寸について、内心では只の変態行為なのではと疑っていたいたことを謝罪したい。さすがはプロフェッショナル、ちゃんと意味があったんだね。たぶん、そうであるはず。うん。

 

 改めてこのワンピースをよく見ると、全体的にはふんわりとしつつも、要所はしっかり身体にフィットしている。肩の部分が割と露出している点は恥ずかしいけれど、それを含めて似合っていることも理解できるので文句は言えない。まあ、文句を言ったところでこの世界では誰にも通じないんだけどさ。

 

 そういえば、お姉さんはこの格好を見て、どんな反応をしているのだろうか。なんとなく気になったので、お姉さんの方に顔を向けてみる。

 お姉さんは、口元を手で押さえながら、何か声にならない声を上げていた。

 

「お姉さん、その……大丈夫?」

「……ナーニャちゃん、ーーーーーーーーー!」

 

 お姉さんの様子を見て心配になったので、首を傾けながら声を掛けてみる。その途端、飛び上がるようにしてお姉さんがこちらに駆け寄ってきた。

 勢いそのままに、お姉さんがボクを抱きしめる。そんなことしたら商品に皺がついちゃうからぁああ……そんな訴えを伝えることもできず、為す術がないまま棒立ちになるボク。

 ハイテンションなお姉さんが、何やら頻りに声を上げている。言葉は理解できずとも、ボクを見て喜んでいることは伝わってきた。

 たしかに似合っているとは思うけど、さすがにそこまでの反応になるほどかなぁ。お姉さんも女の子だから、可愛い服を見るとテンションが上がるのだろうか。ボクには分からないや。

 

 ちょんちょんと、背後から店員さんがお姉さんの肩を叩いた。お姉さんが振り向き、拘束が緩んでホッとしたボクも店員さんに視線を向ける。

 店員さんの手元には、先ほどよりも数倍ボリュームが増した衣服の山が。サイズ的に、どれも子供向けっぽいんだけど……。

 

 この後の展開を察した賢いボクは、そのまま思考することをやめた。

 もういいや。着せ替え人形だろうと何だろうと、店員さんの好きにしてくださいな。ぐすん。

 こういう場面ですぐに号泣しなくなった点は、成長したと褒めてほしいところだ。諦めを覚えただけとも言えるけど。

 

 

 

 

 ミーちゃんが見立てたワンピースを着たナーニャちゃんは、まさに天使でした。やはり、初めて出会ったときにナーニャちゃんのことを天使だと感じたのは、間違いじゃなかったようです。

 あまりの可愛らしさに声を上げそうになりましたが、ここは店内です。自重しなければなりません。そう思い、口元を押さて必死に我慢していたのですが、ナーニャちゃんは容赦なくわたしにとどめを刺してきます。

 

「ーーーー。ーー……ーーー?」

「……ナーニャちゃん、可愛すぎるってもう!」

 

 そんな風に可愛く小首を傾げながら声を掛けられては、自重なんてできるはずがありません。ナーニャちゃんは天使なのか小悪魔なのか、果たしてどっちなんでしょうね。

 

 しばらくナーニャちゃんを抱きしめて堪能していると、後ろからミーちゃんに肩を叩かれました。

 おっと。たしかに、せっかくのワンピースに皺がついてしまいますもんね。そう思い振り返ると、ミーちゃんの手元にはナーニャちゃんの魅力を引き出しそうな可愛い服が山ほど用意されています。こんなの、どれも絶対似合うに決まっているじゃないですか。さすが服飾屋の一人娘ミラ。伊達に若くしてこの店を継いだわけではありませんね。

 

「ねぇねぇ、フーちゃん。この可愛い子、もらってもいいかなぁ?」

「ダメに決まってるじゃない。うちの妹に手を出したら、ミーちゃんの悪癖を里中に言い広めるから」

「あわわわわ……そんなことしたら、新しい女の子が店に来なくなっちゃうからぁ!」

「なら、二度とふざけたことを口にしないことね」

「……フーちゃんがいつにも増して怖いよぉ」

 

 内心で褒めた途端にこれです。まったくもう。

 それと、言い広められて客が減るような悪癖を持っているミーちゃんの方が、わたしなんかより数倍怖いと思いますけど……。

 

 あっ、このあとナーニャちゃんが試着した商品は、一着残らず全て買い上げました。お姉ちゃんとして、当たり前のことですよね?




ナーニャ視点だと誰とも会話が成立しないので、必然的に一人語りが本文の大半を占めるんですよね。というわけで、早く言葉を覚えてくれると助かるのですが、ナーニャはあくまでマイペースです。

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手伝いたいお年頃ですが、何か?

「ただいま~~」

「たい……まっ!」

 

 ミーちゃんの店でありったけの衣服を買い上げて、わたしはほくほくしながら帰宅しました。

 わたしの「ただいま」を真似するように、ナーニャちゃんも鈴を転がすような声を発します。今朝も思いましたが、ナーニャちゃんは挨拶の概念が理解できているようですね。

 あともう数日経ったら、おはようやおやすみといった挨拶から言葉を教えていくのも良いかもしれません。この子ならすぐに覚えてくれそうです。

 

 ナーニャちゃんには今、最初に試着していた純白のワンピースを着てもらっています。何度も繰り返しになりますが……やっぱり天使ですよ、この子!

 当の本人は、少しばかり恥ずかしそうに顔を赤らめています。きっとこれまでは、このような可愛い服は与えてもらえなかったのでしょうね。まったく、こんな可愛い子にオシャレをさせてあげないなんて、人間という種族は愚かすぎます。はっきり言って、怒りを通り越して呆れてしまうほどです。

 

 

 

 おっと、そんな過去のことを考えていても仕方がありませんね。見回りを終えたナナシちゃんがお腹を空かせて帰ってくる前に、夕食を用意しておかねばなりませんから。

 食材を並べて準備していると、ナーニャちゃんがちょこちょこと可愛い足取りで近寄ってきました。

 

「あら、どうしたの? うふふ、もしかしてお姉ちゃんがすぐ側にいないと寂しいのかな?」

「……? ーーーーーーーー!」

 

 てっきり寂しくなったのかと思いましたが、どうやらそういう理由ではなかったようです。

 ナーニャちゃんは、食材を指差して何やら一生懸命にアピールをしています。ついでに、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら。

 ……えっ? なにこの可愛い生き物。あっ、わたしの妹ですね。そうでしたそうでした。

 現実があまりにも幸せすぎて、そのうちわたし死ぬんじゃないかと思えてきました。もちろん、可愛い妹ふたりを残して死ぬつもりなんて毛頭ありませんけど。

 

 いけません、思考が明後日の方向に逸れてしまいましたね。一旦落ち着いて、ナーニャちゃんのアピールを読み解いてあげましょう。

 ふむふむ、なるほどです。どうやらナーニャちゃんは、夕食の準備を自分にも手伝わせてほしいとアピールしているようです。あぁ、なんてよくできた妹なんでしょう。

 

 しかし、そうは言っても包丁や火を扱わせるわけにはいきませんよね。可愛いナーニャちゃんが万が一にも怪我をしてしまっては大変ですから。言葉が通じないので、複雑な指示を伝えることも難しいでしょうし……。

 

 よし! それでは、今日の料理に使う食材たちをきれいに洗ってもらうことにしましょう。

 わたしはいくつかの野菜をナーニャちゃんに手渡すと、水の貯まっている桶を指差しました。賢いナーニャちゃんはすぐに意図を察したようで、嬉しそうに桶の前で腰を下ろします。

 そして、先ほどわたしが池から汲んできた水を使い、野菜をひとつずつチャプチャプと水洗いし始めました。小さなおててで一生懸命洗っている姿は、とっても可愛いです。天使の極み。

 

「んっふふ~~! んんん~~」

「か、可愛いぃい……」

 

 野菜を洗っているうちに段々楽しくなってきたようで、幼い身体を左右に揺すりながら鼻歌まで歌い始めました。もはや可愛いを通り越して神秘的と感じる域です。思わず見惚れてしまいそうになりますが、わたしも手を動かさないと!

 

 

 

 ナーニャちゃんがひと通り水洗いを終えたので、あとはわたしが美味しく調理するだけです。

 その間、ナーニャちゃんは椅子に座って満足げな表情を浮かべ、こちらをじっと見つめていました。

 ……何だか今日は、ナーニャちゃんがずっと可愛いです。いや、それは森の中で出会ったときからずっとでしたね。

 

「ふぅ、ただいま。おっ、いい匂いがする!」

「……ーーーー!」

「お疲れ様、ナナシちゃん」

 

 ナーニャちゃんに手伝ってもらいながら料理を食卓に並べていたところで、ナナシちゃんが見回りから帰ってきました。

 ナナシちゃんの帰宅に、ナーニャちゃんも嬉しそうです。さあ、それでは夕食にしましょう!

 

 

 

 

 無事に役目を果たしたオレを待っていたのは、可愛いワンピースで着飾っている美少女……もとい美幼女だった。

 

「オレを迎えるために着飾ってくれるだなんて……おいおいおい、オレの妹は最高だな」

「いや、べつにナナシちゃんの為というわけではないのだけれど……」

「うるさい。フー姐は黙ってて」

「ナナシちゃんがグレた……!?」

 

 フー姐が目を見開いて固まっているが、とりあえず放っておく。今のは、余計な水を差したフー姐が悪いんだからな。

 さて、オレは改めてナーニャの全身を眺める。すると、目が合ったナーニャが嬉しそうに笑みを浮かべた。……あぁ、これは一日頑張った甲斐があるというものだ。大事な妹の可愛い笑顔を守れるなら、里の見回り程度いくらでもこなしてみせるさ。

 

「さすがナナシちゃん。なら、明日の見回りもナナシちゃんにお願いできるかしら?」

「だが断る!」

 

 先ほどまで固まっていたはずのフー姐が懲りずにふざけたことを言ってきたが、オレはバッサリと叩き切る。それとこれとは話が別というやつだ。

 大体、フー姐は今日一日ナーニャと思う存分に楽しんだだろうに。そのことは、大量に積まれている衣服の山を見れば一目で分かる。まったく、羨ましいな……。

 

 

 

 フー姐とナーニャに促され、オレは食卓についた。正直、一日走り回った所為で空腹も限界に近い。玄関に入った瞬間から良い匂いが漂ってきていて、お腹がキュルキュルと鳴りっぱなしだ。

 

「今日はナーニャちゃんが夕食の準備を手伝ってくれたのよ」

「んししっ、ーーーーー!」

 

 なんと、今日の夕食はナーニャが手伝ったらしい。そして、その事実をフー姐がオレに伝えたと理解できたのだろう。えっへんと胸を張り、どことなく誇らしげな態度の妹が可愛らしい。

 もしかして、オレの為に料理を手伝ったのだろうか? ……きっとそうに違いない!

 

「それも違うと思うのだけれど……この子、案外思い込みが激しいタイプだったのね」

「フー姐、何か言った?」

「なんでもないわ。気にしないで」

 

 そうか。なら、気にしないでおこう。

 おっ……ナーニャがオレの方に近づいてきたので、感謝を伝えつつ頭をくしゃくしゃと撫でてあげた。ナーニャも嬉しそうに目を細めている。小鳥みたいなやつだな。

 

「ほら、冷めちゃう前に食べちゃいましょ」

「そうだな。あっ、そうそう。フー姐も、いつも美味しい料理を作ってくれてありがとう」

「……っ! 妹ふたりがあまりにも良い子でお姉ちゃん幸せすぎるぅうう」

 

 いや、ほんとフー姐の料理は絶品だからね。ナーニャに感謝を伝えたんだから、同じようにフー姐にも伝えるのは当然だ。そんな大げさな反応をするようなことじゃない。

 さて、それじゃ頂くとしようか。我慢も限界だ。

 

「「大地の恵みに感謝を込めて」」

 

 この日の夕食がいつにも増して美味しく感じたことは、もはや言うまでもない。




いよいよ120%惚気話なエピソードが出来上がってしまいました。可愛い可愛いと連呼しすぎです。

感想や評価などいただけると、三回まわってワンと吠える勢いで喜びます。



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川の字でおやすみですが、何か?

 夕食と水浴びを済ませば、あとは明日に備えて睡眠を取るだけである。オレひとりで見回りをこなすのは割と大変だったので、今夜はしっかり身体を休ませたいところだ。というわけで、ベッドに入ったは良いものの……。

 

「んんぅ……ーーーーーーーーーー!」

「大丈夫か、ナーニャ……。フー姐、やっぱりこのベッドに三人とも入るのは無理なんじゃない?」

「いいえ、問題ないわ。お姉ちゃんは、そこに妹たちさえいれば窮屈さなんて気にならないから」

 

 フー姐は、それが常識だとでも言いたげな口調で答える。

 

「ーーーー、んんんんん~~!」

「それは、フー姐が特殊なだけだから……」

「ふふふっ」

 

 

 

 ええっと……何が起こっているのか、状況を再確認してみよう。

 

 まず、水浴びを済ませて寝間着に着替えたオレは、自分のベッドに寝転がった。ここまでは良い。いつも通りの流れだ。

 続いて、ナーニャを抱きかかえたフー姐が、ナーニャ諸共オレのベッドに潜り込んできた。うん……ここがおかしいな。どう考えてもおかしい。フー姐の行動がまるで道理に叶っていない。

 

 無理やり連れてこられたであろうナーニャも、先ほどから布団の中で悲鳴のような声をあげている。顔だって真っ赤だ。

 それはそうだろう。なにせ、オレとフー姐の間に挟まれているのだから。きっと、暑苦しくて仕方がないはずだ。

 

「んっ! んぬぬぬ……」

「今朝話したとき、今夜は仲良く3人で寝ましょうって約束したでしょ?」

「そういえば、そんな話をしていたような気がしないでもないけど……」

 

 いや、でもオレは、フー姐と一緒には寝ないって返事したはず。

 

「…………すぅ……すぅ」

「それに、ナナシちゃんがナーニャちゃんの隣に並べる配置に、ちゃんとしてあげたんだから」

「それだって、オレが散々渋ったからだろ……」

 

 先程のフー姐は、ベッドに潜り込むや否や、オレとナーニャを自身の両隣に寝かせようとした。もちろんオレは断固拒否したけど。何が嬉しくて、わざわざナーニャの隣以外で寝なくちゃいけないのか。しかも、ひとり用のベッドだからこんなにも狭いというのに。

 

 おっと、隣で呻いていたはずのナーニャから、スヤスヤと気持ち良さそうな寝息が聞こえてきたぞ。さすが幼女、眠りにつくのがとっても早い。

 

「あらあら、可愛い寝顔。ナーニャちゃんったら、わたしたちに挟まれて安心しちゃったのかもね」

「まあ、そういうことなら仕方ねぇな……」

「ナナシちゃんは正直じゃないんだから。まあ、そんなところも可愛いんだけど」

「……ふんっ」

 

 ナーニャが眠ってしまったので、オレは不本意ながらもこの状況を受け入れることにした。念のため繰り返しておくが、これはあくまでも不本意ながら受け入れたに過ぎないのだ。オレには、フー姐みたいな下心は微塵もないのだから。

 

「…………んにゅう……むにゃむにゃ」

「寝言まで可愛いな、おい」

「ナナシちゃんだって、ときどき可愛い寝言を呟いてるけどね」

 

 えっ、そうなのか!?

 ……いや、そもそもなんでオレの寝言を知っているんだ? 違和感に気づき突っ込むと、途端にフー姐は寝たふりを始めた。

 このまま追及を続けたいところではあるが、あまり大きな声を出すとナーニャを起こしてしまうかもしれない。仕方がないので、オレも目を瞑って眠ることにした。

 

 

 

 目を瞑ることで、五感が自然と研ぎ澄まされる。

 まずは聴覚。寝静まった夜の寝室に、ナーニャの可愛い寝息が小さく響いている。そして、その寝息が耳から流れ込み、頭の芯まで浸透していくのを感じる。あぁ、素晴らしい。癒しの効果は抜群だ。

 さらに触覚。狭いベッドなので、当然のようにナーニャの腕や手が触れている。きっと体温が高いのだろう……ぷにぷにした肉感と共に、温もりがじんわりと伝わってくる。

 うん、良い感じで眠気が襲ってきたぞ。

 

「うふふふ。ナーニャちゃんのほっぺた柔らかい」

 

 ナーニャの向こう側でフー姐が独り言を漏らしているが、一切聞かなかったことにしよう。

 ……いや、でもまあちょっとくらいなら、フー姐の真似をしたって許されるかな。オレだって、気になるものは気になるんだ。

 

 ぷにっ……。

 

 うわぁああ、ナニコレめちゃくちゃ柔らかい!

 もっちもちで癖になりそう!

 

 

 

 そんな具合で、起こさない程度にナーニャのほっぺたを堪能した後、オレは再び目を瞑る。

 さて、明日はいよいよオレとナーニャの二人きりで過ごす日だ。何をしてナーニャを喜ばせてあげようか。いろいろと想像が膨らむ。

 

 ……困ったな。身体は疲れているはずなのに、明日が楽しみすぎて眠れなくなってきた。

 

 

 

 

「んにゃ? ……もう朝かぁ」

 

 差し込む朝日に目蓋を優しく刺激され、ボクは今日も目を覚ます。

 

 この世界にやってきて、今日で四日目になるんだったかな……たしか。体感的には既に数週間くらい経ったような感覚なので、イマイチぴんとこない。

 年齢によって体感時間が異なるって話は聞いたことがあったけど、ボクは今、身をもってそれを実感しているわけだ。

 

「……あれれ?」

 

 身体を起き上がらせようとして、ほとんど身動きが取れないことに気づく。不思議に思って左右を確認してみれば、ボクはお姉さんとダークエルフさんにがっちり挟まれていた。

 寝ぼけた頭ではこの状況を呑み込めず、一体何事なのかと戸惑いの感情が溢れる。

 

「うぁ、うぁああ……!?」

 

 落ち着け、ひとまず落ち着くんだ、ボク。

 ひとつ大きく深呼吸し、昨晩の出来事を思い出そうとする。

 

 えっと……そうだ。たしか昨晩は、またお姉さんに捕まってしまう前に、自分の寝床を見つけようとしたんだ。まあ、結局はお姉さんに抱き上げられてしまったんだけど。

 

 しかも、今度はダークエルフさんが寝ているベッドへ連れて行かれるというね。

 ベッドに着くとお姉さんはまず、ボクをダークエルフさんの隣に寝かせた。さらに、ボクの隣へお姉さん本人も寝転がる。所謂、川の字になって寝るってやつだ。そうなると、必然的に両隣からお姉さんたちの甘い香りが漂ってくる。

 

 もはや、自分自身ですらも説得力を感じられない主張ではあるけれど、これでもボクは数日前まで普通の男性だったのだ。だから、さすがに今夜こそは緊張して眠れないはず……。なんてことを考えていたところまでは記憶がある。

 ついでに、「ボクみたいな狼と一緒に寝るべきじゃないよ」「わおぉ〜〜ん」と、必死に声を上げて主張していたことも。

 

 しかし悲しいかな、そこから先については全く記憶がない。状況から察するに、ボクはまたあっさりと熟睡してしまったのだろうけど。

 これじゃ、まるで本物の子どもみたいだ。

 

 認めたくない事実から目を背けるように、ボクは現状へと意識を戻す。

 

 もしかすると、昨晩は遅い時間だったから、うっかり眠気に負けてしまっただけじゃなかろうか。

 であれば、しっかりと睡眠を取った今こそ、内なる男が目覚めるはず……なのに、なんてことだ。

 ボクは、こんな状況にも関わらず、お姉さんたちの温もりに対し安心感を覚えてしまっていた。劣情を抱くなんてとんでもないと言わんばかりに、ひたすら心が落ち着いていく。

 

 ぐぬぬぬぬ。今のボクは只の幼女であることを、改めて自覚させられる。そして、その変化は身体だけに留まっていないということも。

 せめて、この状況から抜け出したいと僅かばかりの抵抗を試みるが、まあ無理だよね……うん。

 

「あっ、蝶々だ〜〜!」

 

 ほんの数分後には、夢の世界で無邪気に蝶々を追いかけているボクがいた。とほほ。




夢の内容まで可愛いとか、完全に手遅れですよね。
断言しましょう、ナーニャは立派な幼女です。

感想や評価などいただけると、夢の中でも幸せを噛みしめるほど喜びます。


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すっかり懐いていますが、何か?

 不可抗力による二度寝から覚めると、既にお姉さんたちは起床した後だった。

 寝室にボクひとりというこの状況……先ほどまで身動きが取れなかったこと自体、夢だったのではないかと思えてくる。が、見知らぬベッドで寝ている以上、現実に向き合うべきだろう。

 

 この世界にやって来てから数日が経ち、お姉さんたちとの生活にも少しずつ慣れてきたとはいえ、所詮ボクは居候の身である。朝からベッドに籠って惰眠を貪り続けているような駄幼女であれば、呆れて捨てられてしまうかもしれない。

 だが、それは困る。ボクは野生で生き抜く術を知らない現代っ子だ。その上、今はか弱い幼女の身体でもあるという……。もしまた森に投げ出されでもしたら、三日と経たずにこの世界からおさらばすることになるだろう。なんなら、半日と持たないかもしれない。

 

 というわけで、ボクはベッドからぴょこんと飛び降りる。おっとっと。身体が小さくなっている分、バランスを崩さないよう慎重に。

 さあ、お姉さんたちのところに行かないと。

 

 

 

「おはよ……ございますっ」

「ナーニャ! ーーーー」

「ーー、ーーーー!」

 

 挨拶というのは社会人の基本だ。言葉自体は通じていないにしても、元気よく挨拶することで悪い印象は避けられるだろう。この世界にも、挨拶という概念は存在しているようだし。その証拠に、今も挨拶に返事をしてくれた。

 

 ちなみに、まだまだ聞き取れない言葉が大半ではあるものの、「いってらっしゃい」や「ただいま」に該当すると思われる単語はふんわり聞き取ることができた。だから、昨日思い切って真似してみたところ、上手く発声できていたらしく……かなり嬉しそうな表情で頭を撫でられた。

 大人になると、ちょっとやそっとの成長ではなかなか褒めてもらえないものだから、こんな風に他人から手放しで賞賛されるのは久しぶりな気がする。照れくささも多少あるけど、正直喜びの方が勝る。

 そんなわけなので、まずは少しずつでも挨拶を習得していきたいと思っている。

 

 

 

 さて、現実に意識を戻そう。

 一昨日は三人一緒で過ごしたわけだけど、昨日はほとんどお姉さんと二人きりだった。ダークエルフさんにどんな用事があったのかは知らないが、今日はどうするんだろうね?

 

 まあ、ボクとしては、お姉さんが側にいてくれるなら特に問題ない。

 こんなことを言うと子どもみたいで恥ずかしいのだけど、森で助けてもらって以来、ボクはお姉さんにべったりくっついて過ごしている。だって、知らない世界でまたひとりになったらと考えると、不安で身体が震え出すし……。要するに、お姉さんは今のボクにとって心の支えのような存在なのだ。

 情けないなんて指摘はしないでほしい。そんなことは重々承知しているから。でも、以前より感情の振れ幅が大きいし、情緒だって安定しないんだ……ぐすん。

 

 

 

 

 あぁ、遂にやってきてしまいました……ナーニャちゃんと離れて過ごさなければならない日が。

 そう、今日はわたしが見回りの担当なのです。

 

「この世界はなんて非情なのかしら」

「安心しなよ、フー姐。代わりにオレが、ナーニャとがっつり楽しむからさ」

 

 悲壮感を隠せないわたしとは対照的に、ナナシちゃんはニヤニヤが止まらない様子です。困ったことに、目に入れても痛くないほど可愛いはずのナナシちゃんが、小憎たらしく見えてきました。こんなことは初めてですよ。

 ちなみに、ナーニャちゃんは朝食のパンに夢中になっています。小さなお口で幸せそうに噛りつく姿には、見る者全てを魅了するようなあざとさがありますね。自然体があざといなんて、末恐ろしい子。

 

「ナナシちゃん、そろそろ見回りしたい気分になってきたんじゃない? ……仕方がないから、優しいお姉ちゃんが役目を譲ってあげるね!」

「あぁ? 寝言は寝ているときに言おうか」

 

 都合が良……いえ、素晴らしい提案だと思ったのですが。ナナシちゃんに容赦なく切り捨てられてしまいました。その瞬間の妹の視線があまりにも冷え切っていたものですから、お姉ちゃんは震えて泣きそうです。

 

「そういう小芝居はいらないっての……。

あっ。ナーニャ、口元にジャムがついてるぞ」

「ーーーー? ぅんん~」

「ほら、オレが拭いてやるからじっとしてろ」

「むごむご……ーーーーー! んへへっ」

「……まだわたしもいるのに、朝から二人きりの世界に浸らないでほしいかな。ふふふ、お姉ちゃん本当に泣いちゃうよ?」

 

 普段のように余裕があるときならば、微笑ましく思えたであろう光景ですが……これから別行動することを考えると、なんとも言えない気持ちになってしまいます。

 そんな気持ちを振り払うように、わたしはぶんぶんと首を振りました。守り人の役目だって大切なのに、こんな後ろ向きなことばかり考えていてはいけませんね。里と、里で暮らす大切な人たちを守るためですから、ちゃんと切り替えないと。

 お姉ちゃん、頑張りますよ!

 

 

 

 そう決意したはずなのに……朝食を終えて見回りに出発しようとしている今、わたしの心は激しく揺さぶられています。はい、現在進行形です。

 

「ナーニャちゃん、夕方頃には戻るから手を放してほしいの。いい子だから、ね?」

「……っ!? あぁう……ふぇえええんんっ」

 

 それは、ほんの少し前の出来事でした。

 荷物を背負い玄関へ向かっているわたしに気づいたナーニャちゃんが、信じられないものを見たような表情を浮かべ……慌てて縋り付いてきたのです。

 ナーニャちゃんは、同年代のエルフと比べて非常に聞き分けの良い子です。その上、昨日ナナシちゃんが出掛ける際には素直に見送っていましたから、この反応はまったくの予想外でした。

 

 困り果てたわたしは、ナーニャちゃんの後ろに立っているナナシちゃんに援護を求めます。

 

「助けてナナシちゃん! このままじゃ、わたしの決意が崩れちゃうぅ」

「ナーニャ、お前……オレのときは、そんな風に取り乱してくれなかったのに……」

 

 あぁダメです。ナナシちゃんはナナシちゃんで、激しくダメージを受けている様子です。心ここに在らずといった状態で、頼れそうにはありません。

 こうなったら、自力で何とかするしかありませんね。う~ん、どうすれば…………ええい!

 

「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いて?」

「うぅうう……ひっく、ひっく」

 

 迷った果てにわたしが取った行動は、泣いているナーニャちゃんを抱きしめることでした。

 わたしに拾われたことで、ようやく孤独から脱した彼女の境遇を考えてみれば、わたしと離れることを不安に思うのも不思議じゃないですよね。

 だったら……わたしが今できることは、ナーニャちゃんをギュッと抱きしめて安心させてあげることだけでしょう。

 

「わたしはナーニャちゃんの家族で、お姉ちゃんなのよ。だから、貴女を傷つけたり、ましてや放ったらかしで消えたりなんて絶対にしないわ」

「ぐすん……ーー? ーーーー?」

「安心して? 大丈夫よ」

「ーーーー……ん」

 

 言葉こそ通じませんが、わたしたちにとってそれはもう障害ではありません。だって、心はたしかに通じ合えていますから。

 泣き止んだナーニャちゃんの頭を撫で、わたしは改めて声を掛けます。

 

「お姉ちゃんはナーニャちゃんや里を守りたいの。だから、そろそろ行ってくるね。ふふ。今夜はまた三人で一緒に寝ましょ」

「んんん……いっーーーー!」

 

 天使が降臨しました。この子、可愛すぎます!

 今の今まで泣いていたので、瞳は潤んだままなのですが……それを打ち消すように、満面の笑みを浮かべています。しかも、昨日同様に「いってらっしゃい」まで添えて。なんて健気なんでしょう。

 これはもう、さっさと見回りを済ませて、ナーニャちゃんのもとへ帰ってくるしかありませんね。

 

 

 

「なんで……なんで取り乱すのはフー姐のときだけなんだ……ナーニャ」

 

 ……ドンマイ、ナナシちゃん!




フラグは速攻で回収する系主人公のナーニャなのでした。

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エルフは世話焼きですが、何か?

「気持ちの切り替えって大事だよな、うん」

「んん~~?」

 

 隣を歩くナーニャが訝しげに首を傾げているが、独り言なので気にしないでもらえると助かる。

 ナーニャと二人で過ごせる今日という日を満喫するためにも、今朝のダメージは記憶の彼方に捨て去ってしまいたい。

 

 さて、オレたちは今、里の中でも最も賑わっている中心通りを散策している。その目当ては、ずらりと展開されている屋台の数々だ。

 今朝収穫したばかりの野菜を売っている屋台や、焼き立てのベーグルを売っている屋台、大小さまざまな陶器を売っている屋台等々、多種多様な屋台が存在している。それらを目にしたナーニャの瞳は、これでもかというくらいにキラキラと輝いていた。

 ナーニャはなかなかに好奇心旺盛そうだからな。ここへ連れてきたら、絶対に喜ぶと思ったんだ。

 

「あらあらナナシちゃん、今日は可愛いお供を連れているのねぇ」

「おばちゃん! えっと……こいつは新しくできたオレの妹なんだ。可愛いだろ」

 

 手を繋いで歩いているオレたちに声を掛けてきたのは、肉屋を営んでいる顔馴染みのおばちゃんだ。

 まあ、雰囲気から判断しておばちゃんと呼んではいるものの、所詮エルフなので見た目で年齢なんて分からないのだが。実はオレと大差ない年齢だったりしたら、今更ながら本当に申し訳ない。

 ちなみに、フー姐や里で生まれ育ったエルフの大半は、見た目だけでもある程度までなら年齢を見極められるらしい。オレには到底無理な芸当だ。

 

 このおばちゃんが作る肉団子はかなりの絶品で、オレの好物のひとつだったりする。そんなわけで頻繁に買いに来ているものだから、気がつけばすっかりおばちゃんと親しい関係を築いていた。

 

「よいしょ。これ、サービスだからひとつずつお食べなさいな。ナナシちゃんの妹さんなら、今後常連になってくれるかもしれないからねぇ」

 

 そう言って、おばちゃんはオレとナーニャに作りたての肉団子をくれた。

 ぶっちゃけサービスしてもらわなくたって、この肉団子はナーニャに買ってあげるつもりでいたんだけど……せっかくの好意だ。ここは素直に甘えておこう。その代わり、しっかり感謝しないとな。

 

「おばちゃん、いつもありがとう! また今度、大好きな肉団子たくさん買いに来るよ」

「ぁり……ーーーー!」

「おほほ、どういたしてまして」

 

 オレは、頭を下げて感謝の気持ちを言葉にする。すると、おばちゃんから肉団子を受け取ったナーニャも、オレを真似して頭を下げた。

 ……こいつ、本当にフー姐の考えているような劣悪な境遇で育ったのだろうか? それにしては、育ち良い感が滲み出ているというかなんというか。

 まあいいか。オレを真似するナーニャの姿は、これまためちゃくちゃ愛らしいからな。それ以上に気にすべきことなんて何もない。

 

 

 

 このまま、肉団子を食べつつ歩いても良いのだけれど……注意力散漫になったナーニャが万一に転んで怪我でもしたら、フー姐に合わす顔がない。

 というわけで、近くにあったベンチまでナーニャを誘導し、二人で腰を下ろした。

 ナーニャが、もう我慢できないとでも言わんばかりの勢いで肉団子を頬張る。

 

「どうだ? 美味しいだろ!」

「んふ~~!」

 

 肉団子を口に詰め込み満足げな表情を浮かべるナーニャを見て、オレの頬が緩む。

 

 ナーニャは食事のとき、いつも幸せそうな表情を浮かべている。それは、初日に見せた不安げな表情からは想像もつかないほどに。

 でもまあ、その気持ちはオレにもよく理解できる。美味しい食べ物ってやつは、万人を幸せにしてくれるからね。

 

「……オレのも食べるか?」

「ーー、ーーーー?」

 

 ナーニャがあまりにも幸せそうに食べているものだから、すっかり見惚れてしまい、自分の分に手をつけ損ねていた。

 この様子をもっと眺めていたい……そんな思考に従い、オレはもうひとつの肉団子をナーニャの口元まで持っていく。

 

「ほらよ。あ~ん、だ」

「……にゃ!?」

 

 ナーニャに口を開けるよう促したら、思いっきり目を泳がせて狼狽え始めた。

 これって、そんなに狼狽えるようなことなのだろうか? フー姐は、オレに対してこんな感じのこと頻繁にしてくるし、姉妹なら普通だと思ってたんだけど。もしかすると、考えを改めた方が良いのかもしれない。

 それはそうと、にゃ!? って……とてつもなく可愛いな、おい。

 

「あむっ…………んふ~~!」

 

 オレが肉団子を引っ込めようとしたタイミングで、ナーニャが意を決したようにかぶりついてきた。直後、また幸せそうな表情を浮かべる。

 ふふっ、本当に美味しそうに食べる奴だな。

 

「おやおや、嬢ちゃん良い顔で食べるねえ」

「なあ、そこのお嬢さん! うちの焼き芋もぜひ一度食べてみておくれや」

「あたい自慢のミックスジュースもあげるわよ!」

「わたしの店のパイだって!」

 

 部外者に対して、とことんまでに冷たい種族……それがエルフだが、一方で身内に対してはかなり甘々だったりもする。オレ自身もこの里では随分と可愛がってもらっているから、よく実感している。とにかく面倒見が良いタイプが多いのだ。

 そんなエルフの店主たちが、ナーニャの幸せそうな表情を目撃したらどうなるか。その答えが、これだ。ナーニャの周りには、近くの店主がぞろぞろと集まってきていた。

 

「ーーーーんぐ……もぐもぐ」

「いい食べっぷりだ、嬢ちゃん!」

「芋はのどに詰まりやすいから気をつけな」

「ほら、ジュースも飲んで飲んで」

「パイは持って帰れるように包んでおくね」

 

 ……ものすごい接待だな。

 ナーニャを囲む店主たちが、こぞって自分の店の商品を食べさせている。屋台がもぬけの殻になっているんだけど、大丈夫なんだろうか?

 ナーニャも最初こそ戸惑っていたけれど、もうすっかり食べることに夢中になっている。店主たちが嬉しそうなので、オレも止めないけど。

 

「ほら、アンタも食べな」

「ナナシちゃん、今日も可愛いわね~。はい、いつもの赤果実スムージーよ」

「貴女の分のパイも一緒に包んでおいたよ」

 

 というか、オレもナーニャと一緒になって餌付けされている最中だ。くっ、美味しいけどさ……いつまでオレを子ども扱いするんだろうか、この世話焼きたちは。

 

「あぁん、姉妹揃ってもぐもぐしてる……! ナニコレ尊いわぁ。尊いわぁ」

「だよなだよな。ひたすら共感するぜ」

「この子ら姉妹だったのか。なんというか、見ていてグッとくるものがあるな。堪らんわ」

「あっ、尊すぎて包みの上に赤いソースが」

 

 ……………………。

 

 くっそ恥ずかしくなってきた。お腹もだいぶ膨れたことだし、一刻も早くこの場から立ち去りたい。未だ何も買ってないんだけどさ。

 

 

 

 いや、今日ここに来た目的は、もうひとつあったんだよな。危ない危ない、本気で忘れたまま帰っちゃうところだった。

 

 というわけで……そろそろ行こうか、ナーニャ。




エルフの里、平和で素敵なところですね(棒)

感想や評価などいただけると、冬の寒さを忘れるくらいに喜びます。


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冴え渡った名推理ですが、何か?

 え? えええええ!?

 もしかしてボク、捨てられちゃうの?

 

 ……とんでもございません、ボクの盛大な勘違いでした。シュン。

 

 ボクは今朝の失態を振り返る。いや、我ながらアレはないでしよ、アレは。

 冷静になって思い返してみれば、何故お姉さんが出て行く=ボクが捨てられるなんて思考に陥ってしまったのか、自分のことながら理解に苦しむ。ボクが家から追い出されたのならまだしも、お姉さんが家から出ようとしていたわけで………。

 

 だけどあの瞬間、ボクは自分の感情をこれっぽっちも制御できなくなってしまったんだ。

 お姉さんがボクの側から離れてしまう。その事実だけで、ボクの不安が最高潮へ達するには十分すぎる条件だったらしい。

 いやいやいや、子どもじゃないんだからさ……。それはあまりにもみっともなさ過ぎるでしょ。たしかに、今のボクは思いっきり子どもだけど!

 

 

 

 はぁ…………もぐもぐもぐもく。

 

 またひとつ追加された黒歴史から目を逸らすように、ボクは右手に掴んでいる芋を頬張った。

 うわぁ、甘くて美味しいよこれ。

 

 お姉さんがどこかへ出掛けた後、しょんぼりと肩を落としていたボクを見かねたのか、ダークエルフさんが外に連れ出してくれた。

 しかし、お姉さんといいダークエルフさんといい、どうしてボクなんかに対して優しくしてくれるのだろうか。森をふらふら彷徨っていた上に、言葉すら通じないという怪しさ満点の子どもだよ?

 

 なんて思っていたけれど、どうやらそれはエルフという種族共通の特性なようだ。

 ボクは、ボクを取り囲み、これでもかと甘やかしてくるエルフたちを見て、そう理解した。

 

 ……いや待て。

 それにしたって、いくらなんでも次から次へと食べ物を用意し過ぎじゃないだろうか? まるで、飼育中の生き物に餌でも与えるかのような……あっ!

 たとえ見た目が子どもになっても、頭脳は変わらず大人のまま。蝶ネクタイを付けた某少年探偵のように賢いボクは、たったひとつの真実を見抜いてしまった。

 

 さては、ボクを丸々と太らせて皆で美味しく食べる気だな??

 

 冴えわたる自身の推理力と衝撃の真実に二重で慄き、ボクの首筋に冷汗が流れる。

 慌てて「ボクは食べても美味しくないよ」とアピールしようとしたところで、それまで静かだったダークエルフさんが唐突に立ち上がった。

 

「ーーーーーーーー、ナーニャ」

「ぴぃい!?!?!?」

 

 言葉は未だ理解できないけれど、このボクの頭脳をもってすれば余裕で読み解くことが可能だ。つまり、彼女はこう言っているのだ。

 

「そろそろ食べ頃だな、ナーニャ」

 

 やばい泣きそう。

 まさか、ダークエルフさんまでグルだったとは。

 思い返せば、先日の水浴びでもダークエルフさんの視線をやたらと感じたような。ボクみたいなちんちくりんの身体に興味を抱くわけがないし、どうせ気のせいだろうと思っていたけれど……あれは、家畜を品定めする目だったんだ。

 あんなところに伏線が潜んでいたとは、想像もつかなかったよ。

 

 そんなわけで……うん、危機的状況ですね。

 認めましょう。所詮ボクは、か弱い幼女にすぎませんでした。()()()()()()()()助けてくださいお姉さん……っ!!

 

 

 

 

「今なんでもするって言ったよね!?」

 

 あぁ、なんてもったいないことを……。直感的に何かを感じ取り、わたしの口から叫びにも似た声が飛び出しました。

 直後、わたしは自身の発言と思考に首を傾げます。もったいないって何がでしょうか?

 分かりません。分かりませんが、今とんでもない絶好機を逃した気がします。

 

 おっと。見回りの最中だというのに、こんな風に気を散らしてばかりではいけませんね。今朝見たナーニャちゃんの泣き顔を、わたしはまだ引きずっているのかもしれません。

 ぎゅっと気を引き締め直し、再び森の中を駆け出しました。

 

「待っててね、ナーニャちゃん。お姉ちゃん、お役目しっかり頑張るから」

 

 半分くらいは自らに言い聞かせるような感覚で、独り言を呟きます。そして同時に、帰って玄関の扉を開いた瞬間、笑顔で出迎えてくれるであろう可愛い妹を思い浮かべました。

 頑張るという言葉とは裏腹に、わたしの頬は緩み切っていましたが……妹を愛する姉としては仕方がないことなのです。

 

 

 

 

「そろそろ行こうか、ナーニャ」

「ぴぃい!?!?!?」

 

 もうひとつの目的を果たすために立ち上がったオレを見て、ナーニャがものすごい声を発した。

 いや、そもそも今のは声……なのか? どこからあんな音を出したんだろう。

 

 ナーニャは存外、食に対して貪欲らしい。

 空いていたナーニャの左手を掴み、この場から移動しようと促すも、嫌だ嫌だと駄々でもこねるように首を振り、全力で拒絶の意思を示してくる。

 

「あら、そんなにもあたいたちの商品を気に入ってくれたの?」

「おうおうおう。お姉ちゃんぶっているナナシちゃん、最高に可愛いじゃねえか」

「駄々っ子な幼女も愛らしいなぁ」

「赤いソース、出血大サービスしちゃう……」

 

 好き勝手に呟く店主たちの発言を聞いて、オレは決意を新たにする。

 ナーニャの意思に反してでも、早くこの場を離れよう、と。

 

 

 

 初めこそ抵抗していたナーニャだったが、歩き始めてからはすっかり大人しくなった。

 心なしか目が死んでいるような気もするけど……やはり食べ足りなかったのだろうか? それはいくらなんでも食い意地が張りすぎだぞ、ナーニャ。

 

「おっ、ここだここだ」

 

 目的の屋台に辿り着き、オレは再び歩みを止めた。ナーニャも同じく立ち止まる。

 

「さぁて、お前にはどれが一番似合うだろうな?」

「…………?」

 

 ここは、フー姐お気に入りの小物屋だ。

 オレ自身はおしゃれなんてものに全然興味がないもんだから、自分ひとりで立ち寄ることはなかったのだが……ナーニャの可愛さを引き出すためなら話は別である。

 今であれば、しきりにオレをここへ連れてきたがっていたフー姐の気持ちが理解できる。これは非常に胸が躍るな。

 踊るほども胸がないだろうって? うるせえ。

 

 オレは昨晩、ワンピースで着飾ったナーニャを見て、さらに可愛くしてやりたいと思ったんだ。もっとも、これ以上となれば犯罪級の可愛さになってしまうかもしれないけどね。

 とはいえ、衣服はフー姐が揃えてしまったようだし、化粧が必要な年齢でもない。となれば、ヘアアクセサリーなんかが無難じゃないかなと。

 

 オレは、ヘアピンやヘアゴム、カチューシャなんかを適当に手に取っていく。

 

「これなんてどうだ? ナーニャの金髪によく似合う気がするんだけど」

「……?! んん! んんん!!」

 

 だがしかし、ナーニャは全力で要らないと主張してくる。

 はは~ん、これはつまり……まだ余計な遠慮をしているんだな? オレたちはもう姉妹なんだから、遠慮なんてひとつもいらないんだぞ。

 本当は可愛い小物、欲しいんだろ? オレはちゃんとわかっているから安心してくれ。

 

 ただ、ここにきてオレの経験値不足が小物選びの障害になっている。普段こういうものを選ぶことがないから、どれが良いのか判断が難しい。ぶっちゃけ、ナーニャにならなんだって似合うんじゃないかとも思うけど……。

 

 そのとき、オレの視界に黒いリボンが映り込んだ。それは、言ってしまえば何の飾り気もないシンプルな布切れだった。

 だが、シンプルゆえにナーニャの魅力を最大限まで引き出してくれそうな予感がする。素材を生かすというか、なんというか。

 

 手に持っていたカチューシャを放し、オレはそのリボンを掴んだ。そして、ナーニャの左耳少し上辺りまで腕を近づける。

 もしかして、ナーニャもこれが気に入ったのだろうか。先ほどまでのように遠慮する素振りを見せない。ならば、今が好機だ。そのまま流れでリボンを結びつける。……よし、上手く結べたぞ。

 

「んぅ?」

「か、可愛いなぁあああああああああ」

 

 そこにいたのは、まごうことなき美幼女だった。いや、もとから美幼女なんだけど。

 

「よし、このリボンをふたつ売ってくれ!」

「はいどうも、毎度あり~~」

 

 オレは即決でそのリボンを買い上げた。

 ひとつはそのままナーニャの頭に。もうひとつはオレの右手首に結びつける。これでお揃いってわけだ。少し照れるな。

 さすがにオレまで頭へ結びつけるのは、恥ずかしいというか柄じゃないというか……。

 兎にも角にも、これで目的は達せられた。うん、大満足だ。

 

「あぅう……」

 

 おいこらナーニャ、今頃になってそんな恥ずかしそうに顔を赤らめるなよ。つられてオレまで恥ずかしくなっちゃうじゃないか……。

 だが、もう絶対にこのリボンは手放さないぞ!




ナナシちゃんは可愛いですね(n回目)
()探偵ナーニャとか、何かを感じ取るフウラとか、いろいろ触れたい部分はあるのですが……後半のナナシちゃんに全部持っていかれた感があります。


さて、これにて年内の更新はお終いです。
今年数ヶ月、ナーニャたちの日常にお付き合いいただきありがとうございました。
是非また来年もお会いしましょう。

最後に。
感想や評価などいただけると、作者はとっても幸せな気持ちで年を越すことができます。
それでは、良いお年を!


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マネキン扱いなのですが、何か?

「むぅう……やっぱり恥ずかしいかも」

 

 ボクは、自分の頭に結び付けられている黒いリボンに触れる。これはさっき、ダークエルフさんがボクにプレゼントしてくれたものだ。

 

 そう、あれはほんの数時間前。ボクを丸々と太らせるべく画策しているエルフの集団から抜け出した後の出来事だった。

 

 

 

 ダークエルフさんに腕を引っ張られ、ボクは抵抗虚しくも彼女に付き従うような形で歩いていた。

 ぐぬぬ……幼女の身体、非力すぎじゃない?

 

 それはまあ置いておくとして、これからボクはどこへ連れて行かれるのだろうか。正直不安だ。

 もしも辿り着いた先が調理場や屠畜場だった場合には、ボクは恐怖で盛大に漏らしてしまう自信がある。いや、成人男性としてそんな自信は持ちたくないんだけどね。こればかりは仕方がない。

 

 そんな最悪の展開を想像し青ざめていたボクは、ダークエルフさんが立ち止まったことで目的地に到着したことを理解する。

 そこは、ボクの想像からは大きく外れた場所……女の子が喜びそうなアクセサリーばかりがずらりと並んだ小物屋だった。

 

 どうしてこんなところへ連れてきたのか。意図が読めず困惑するボクの頭に向かって、ダークエルフさんの腕が伸びてくる。どうやら、ボクにアクセサリーをつけたがっている様子だ。

 

 ふむふむ……なるほど、理解したぞ。

 ここでもまた、ボクの名推理が炸裂する。じっちゃんの名にかけがちな天才少年も真っ青になる推理力だ。ふっふ~ん!

 つまるところ、ダークエルフさんは彼女自身に似合うヘアアクセサリーを選ぶため、ボクをマネキンのように利用して試そうとしているのである。

 それは、周囲に鏡が見当たらないことからも推測できる。うん、ずばり間違いないはずだ。

 

 ダークエルフさんの意図は理解したものの、ボクにも羞恥心というやつがありましてね……。

 そもそもボクみたいなちんちくりんには似合わないだろうし、男としての抵抗感だって残っている。

 衣服については、何かしら着ないわけにはいかないから受け入れることにしたけれど、ヘアアクセサリーって装飾品だからね。そう簡単に女物を身に付けるわけにはいかない。

 

 そんなわけで、ダークエルフさんがアクセサリーをボクに見せてくる度、ボクで試すのは勘弁してくださいとアピールを繰り返しているが……ダークエルフさんはちっとも諦めてくれない。これは、どこかで妥協点を見つけるしかなさそうだ。

 そんな風に思い始めたタイミングで、ダークエルフさんが黒いリボンを手に取った。

 

 ふむ。リボンなんて言い方をすればアレだけど、要するに只の布切れである。これなら、まあ……ギリギリ許容できるかな。

 なんだか無理やり自分の許容範囲を広げてしまったような、取り返しのつかない判断をした気がしないでもないけど。ええい、やむを得まい!

 

 

 

 そんなこんなでマネキン代わりになることを受け入れた結果、最終的にダークエルフさんとお揃いでリボンを買ってもらっちゃいました。

 いやいやいや、どうしてこうなった!?

 

 う~ん、ダークエルフさんのヘアアクセサリー選びを手伝ったお礼ってことかな。

 でもさ、そのうちボクのこと食べるんでしょ? それなのに何故、プレゼントなんて……。

 

 あれ? そもそもなんだけど、ボクって本当に食べられそうになっているのかな?

 ここにきて、ボクはようやく自分の導き出した前提を疑い始めた。

 

 大体、この世界のエルフって、けっこう文化的な暮らしを営んでいると思うんだ。それに、美味しい食べ物だってたくさん売っているわけだし。

 それなのに、わざわざ貧相なボクなんかを食べようとするだろうか? いくら魔族とはいえ、彼女らにそんな野蛮な文化があるようには思えない。

 

 これはもしかして……いや、もしかしなくてもボクの勘違いなのでは。またやっちゃいました?

 あは、あはははは。はぁ……。

 

 本日二度目の勘違いに気づき、ボクは安堵と自己嫌悪で大きなため息を漏らした。

 

 

 

 

「二人とも、今朝とは少しだけ雰囲気が変わったように見えるわ」

「さすがフー姐、鋭いな。いや……鋭すぎて、ぶっちゃけひくんだけど」

 

 見回りを終えて帰宅したわたしは、出迎えてくれた愛しい妹たちを見て、どことなく違和感を感じました。ナナシちゃんの反応からして、わたしの勘は正しかったようですが……後生だから、ひかないでほしいです。

 

「でも、どこが変わったのかしら」

 

 違和感の正体を見極めるべく、わたしはナーニャちゃんを見つめます。じぃ~~。

 

「んんぅ…………」

「おいこら、変な目でオレのナーニャを凝視するんじゃねえ」

 

 当たり前ですが、変な目なんて向けていません。いやホントに。まったくもって酷い誤解ですよ、ナナシちゃん?

 ところで、見つめられただけで恥ずかしそうに照れちゃうナーニャちゃん、これまたとっても可愛いですね! キュンキュンしちゃいます。ぐへへ。

 

「今、ぐへへって言ったよな……」

「わたし、口には出してないはずなんだけど!?」

 

 いやん。そうやってすぐに乙女の心を読むの、やめてほしいです。たとえナナシちゃんが相手だとしても、さすがに恥ずかしくなっちゃいます。

 あと、違和感の正体わかりましたよ。お揃いでつけている、その黒いリボンですね?

 

「おと……め? ああ、うん。そうそう、大正解。リボンで合ってるよ」

「乙女のところで首を傾げないで!?!?」

 

 ナナシちゃんの反応が、どうにもさっきから引っかかります。というか、心を気安く読みすぎです。

 ですが、それは一旦さて置いて、今は二人の可愛さを褒めちぎってあげなくちゃいけません。姉として、絶対に!

 特にナナシちゃんなんて、わたしが何度プレゼントしようとしても、断固として拒否していたのに。妹の成長に、思わず涙が零れます。

 

「うわっ、なんか急に泣き出したんだけど……」

「ん……ーーーーー?」

 

 涙するわたしと戸惑うナナシちゃんを見て、ナーニャちゃんが心配そうに顔を覗き込んできました。あぁ、なんて優しい子なんでしょう。

 だけど、これは感動の嬉し涙なので心配しなくて大丈夫ですよ。ふふっ。

 

 ところで……わたしの分のリボンはどこにあるのでしょうか? わたしも早くお揃いのリボンをつけたいです。なんといっても、わたしたちは仲良し三姉妹ですからね。

 

「げっ」

 

 ……げっ? なんだか嫌な予感がします。いや、そんなまさか。

 

「ごめんフー姐。オレとナーニャの分しか買ってないや……。フー姐のこと、すっかり忘れてた」

「ええええええええええええ!?」

 

 今度こそ、本気で涙が溢れてきました。お姉ちゃん、ショックの極みです。

 

「うわぁあ、珍しくマジ泣きだ。ええっと、どうすれば……そうだフー姐!」

「ぐすん……なに?」

「オレたち、今から水浴びしに行こうと思ってたんだよ。それでさ、ちょうどフー姐も汗だくで帰ってきたわけだし……三人で水浴びするのも良いかなって思うんだ! 名案だろ?」

 

 三人で水浴び。

 その言葉が耳に飛び込んだ瞬間、わたしの涙がぴたりと止まりました。まさか、ナナシちゃんからそんな誘いを受けるだなんて。驚きです。

 とりあえず、この機会を逃す手はありません。

 さあ行きましょう、今すぐ行きましょう!

 

「立ち直り早いな!? オレ、判断を早まったかもしれない……」

 

 守り人の役目をしっかり果たしたのですから、このくらいのご褒美はあって然るべきですよね。

 うふふ、お姉ちゃんは今日も幸せです!




女物のアクセサリーなんて似合わないと主張する、ワンピースを着こなした美幼女(自称成人男性)


明けましておめでとうございます。
今年も三姉妹を見守っていただけますと幸いです。
お年玉代わりにナナシちゃんのイラストを置いておきますね。

【挿絵表示】

感想や評価などいただけると、お年玉を貰った子どもみたいに喜びます。


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オーバーキルなのですが、何か?

 妹たちとの水浴びって、どうしてこんなにも胸が昂るんでしょうね。ふふっ。

 わたしたち三姉妹は今、裏の水浴び場で身を清めている真っ最中です。

 

 ナーニャちゃんとの水浴びは、彼女と出会ったあの日以来になります。昨日一昨日と、ナナシちゃんがナーニャちゃんを水浴びに連れて行ってくれましたから。

 

 よく考えたら、ナナシちゃんとの水浴びだって随分と久しぶりなように思います。数年前までは、毎日のように仲良く水浴びしていた時期もあったのですが……。いつからか、ひとりで済ませてしまうようになり、姉としては寂しく思ったものです。

 

 ふと、前方から鋭い視線を感じました。視線の主はナナシちゃんです。

 

「ぐぬぬ……相変わらずフー姐のは嫌味なほどデカいな。こんちくしょうめ」

 

 デカい?

 ああ、なるほどです。視線がわたしの胸へ刺さっていることに気づき、わたしはナナシちゃんの真意を理解しました。

 

「べつに気にしなくても大丈夫なのに~。大体、ナナシちゃんだって昔一緒に水浴びしていたときと比べれば成長しているでしょ?」

「えっ、ホント? フー姐にはそう見える?」

「…………ごめんなさいっ」

「謝るなよぉおおおお」

 

 ごめんなさい。今のは軽率な発言でした。

 ナナシちゃんから、変わらず妬みと恨みの籠った視線が飛んできています。これは、ほとぼりが冷めるまで目を合わさないようにした方が良さそうですね。たはは……。

 

 さて、もう一方のナーニャちゃんですが、彼女は逆にわたしのことをまったく見てくれません。それどころか、意図的に視線を逸らしているようにさえ思えます。何をそんなに照れているのでしょうか?

 

 いえ、ちょっと待ってください。わたしたちほどの間柄で、今更照れる必要なんて皆無ですよね。

 ということは……まさか、どこかに傷でもできていて、それを必死に隠そうとしているのでは!?

 そんな疑念が湧いてしまった以上、確認しないわけにはいきません。

 

「ほら、前も綺麗にしてあげるからっ……ナーニャちゃん、こっち向いてね?」

「んえ……うにゃにゃにゃにゃ!?!?」

 

 多少強引な形でナーニャちゃんの身体をこちらへ向かせると、彼女は激しく狼狽え出しました。

 この動揺っぷり、やっぱりです。わたしたちに余計な心配をかけないよう、傷を隠そうとしているに違いありません。

 

「大丈夫、大丈夫だから。お姉ちゃんにちゃんと身体を見せて」

「ん~~っ! んん~~っ!!」

 

 ナーニャちゃんの腕を掴んで固定し、彼女の肢体をくまなく観察します。それはもうじっくりと。

 

 しかし、頭の先から爪先まで観察してみても、何ひとつ傷なんて見当たりません。寧ろ綺麗すぎて、こちらが見惚れてしまうくらいです。手入れもせずにこの滑らかさとか、幼女って凄いですね。

 とりあえず、わたしの杞憂だったようでホッとしました。ですが、それならばどうしてこちらを向くことにあれほどの抵抗を示していたのでしょう?

 不思議に思いナーニャちゃんの顔を見ると、真っ赤に顔を火照らせて口をアワアワと動かしていました。何というか、「完全にキャパオーバーです」って感じの表情を浮かべています。

 

「なぁナーニャ。オレと水浴びしているときには、一度もそんな顔してなかったよな?」

「ん、んぅ……」

「まさかとは思うけど、膨らみの差、ボリュームの差なのか? なぁ?」

「…………」

「沈黙は肯定を意味するんだよ! くそったれぇええええええ」

 

 わたしたちのやり取りをじっと見つめていたナナシちゃんですが、突如ナーニャちゃんに迫ったと思えば……見事なまでに撃沈しました。

 いやいや、膨らみの差だなんて、そんなまさか。沈黙がどうのこうのという以前に、ナーニャちゃんには言葉が通じていませんし。今日のナナシちゃん、ちょっと自虐が過ぎますね。

 

「これだからフー姐と一緒には水浴びしたくなかったんだ……ううううう」

 

 それにしても、おかしいですね。わたしの期待していたキャッキャウフフな展開は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか?

 

「そんな意味不明な展開を期待していたのかよ……馬鹿フー姐っ」

 

 あっ、そんな状態でもしっかりツッコミは入れるんですね。さすがです。

 

 

 

 

 ナーニャとフー姐が寝静まった狭いベッドで、オレは今日一日の出来事を思い返していた。

 

 今日もいろいろあったけれど、何だかんだで良い一日だったんじゃないかな。お揃いのリボンも買うことができたし。ナーニャがあのリボンを気に入ってくれていると嬉しいが、果たして。

 しかし、いい加減オレのベッドに三人で入るのはやめようぜ? しかも、今晩はフー姐が真ん中で寝ているときた。まったく、この姉は……満足げな顔で熟睡しているもんだから、文句のひとつも言えやしない。

 

 そういえば、フー姐と一緒に水浴びしたのなんて何年ぶりだっただろう。

 昔と変わらず……いや、昔以上に大きな肉の塊がついてたな。思い出したらまた悲しくなってきた。

 でも大丈夫。オレの成長期は局所的に遅れが生じているだけだから。もう数年後には、そこそこの膨らみ具合になっているはずだ。たぶん。きっと。

 ……胸部の話はこのくらいにしておこう。これ以上は、オレがひとりで傷付くだけな気がする。

 

 ところで、眠りにつく直前の時間というやつは、不思議と普段以上に様々な記憶が蘇ってくるものだ。それこそ、まるで走馬灯のように。

 故に、今日の出来事を起点として記憶が遡り……オレがフー姐と初めて水浴びをしたあの日のこと、さらにはそこに至る経緯まで、勝手に脳内再生が始まったとしても止める術はない。あぁ、それにしても懐かしい記憶だ。

 

 

 

 

 オレは所謂()()()だった。

 物心がついたときには、オレは川の水を啜って生きていた。エルフの生命力ってやつは、本当に大したものである。恐らく2歳か3歳か、その程度の子どもでもギリギリひとりで生き延びることができるのだから。

 

 ただまあ、生まれてすぐに捨てられたというわけでもないらしい。それは何故かと問われれば、オレは拙いながらも言葉を話すことができたわけで。

 いつからひとりになったのか、何故捨てられたのかは分からないけれど、言葉を教えておいてくれたことにだけは感謝してもいい。

 その代わり、自分の名前や正確な年齢すらも分からないのだけど。……やっぱり感謝は不要だな。

 

 生き抜くためであれば、何が何でも環境に適応しようとするのが生物の凄まじいところだ。それはオレだって例外じゃない。

 その頃のオレを一言で表すならば、野生児というのが最適な表現だろう。オレは、必要とあらば地を這い、水が枯れれば泥水だって啜り、状況に応じて生活圏も転々と変え……そんな風にして、数年もの期間を逞しく生き抜いた。

 

 さらにもうひとつ触れるとすれば、オレはそこそこに賢いエルフだった。自分で言っちゃうと、一気にアレな感じがするけど。

 オレは、いつか同族と出会ったときに意思疎通が図れるよう、発声練習を欠かさなかった。まだ見ぬ同族の存在は、オレの生きる希望であり、憧れになっていた。

 

 そして、その日はやってきた。

 食料を手に入れるべく、いつものように森の中を駆け回っていたオレは、初めて自分によく似た生き物の集団を見つけた。

 それは、二本の足で歩いていた。日々遭遇している獣のように全身毛むくじゃらというわけでもなく、オレが物心ついたときに所持していたような衣服だって纏っている。

 

 遂に同族と出会えた、と思った。その瞬間、不覚にも警戒心を緩めてしまった。

 だから、オレと異なりそれの耳が尖っていないことに気づけなかった。

 

 ふっ、本当に馬鹿だ。野生児失格である。

 だって……()()()()()()()()()()()()()()()




胸部のアレコレでわちゃわちゃしていたと思えば、唐突にやってくるシリアスの気配……!
ご安心ください。本作においてシリアス君は、雪のように儚い存在です。たまに顔を出しても、すぐに溶けてしまいます。


そういえば、今回で20話目に到達しましたね。
ここまで連載を続けられているのは、皆様のご支援がモチベーションに繋がっているからでして。
いつも本当にありがとうございます。

感想評価などいただけると大喜びしつつ、まだまだ書き進めてまいります。


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あの日を思い出しますが、何か?

ナナシちゃんの過去回想、後半です。
序盤の辺りはサラッと流しちゃいますね。



「はぁ、はぁ……ちくしょうっ」

 

 同族らしき集団を見つけてから数時間。オレは木陰に倒れ込み、荒くなった息を整えていた。

 口の中には、鉛のような血の味が充満している。今まだオレが生きていることは、ほぼほぼ奇跡と言って相違ないだろう。全身が痛い痛いと悲鳴を上げていて、もはや立ち上がる気力すら湧かない。

 

 改めて明言しよう。オレがのこのこと近づいた相手、それは同族なんかじゃなかった。

 言い訳をするならば……そのときのオレは、人間なんて奴らの存在を知らなかったんだ。ときに、無知は死にすらも直結する。

 

 奴らと目が合った直後、オレの視界は暗転した。コンマ数秒の間を置いて目を開いたときには、オレの頭は地面に叩きつけられていた。そこから先のことは、意識が朦朧としていてよく覚えていない。

 ただ、奴ら人間族はエルフを下等な獣程度にしか認識していないのだと、それだけは身をもって理解した。

 

 だが、当時まだ幼い容姿だったことが幸いしたのだろう。奴らはオレにとどめを刺さなかった。

 良心の呵責から見逃してくれた? いや、そんなわけがない。奴らはこう判断したのだ。このまま放っておいてもそのうち息絶えるに違いない、と。

 実際、そのときのオレは虫の息も同然な姿だった。少なくとも、人間族からそう見える程度には。

 

 だから……また奴らに見つかるのではという恐怖から身体を奮い立たせ、必死に逃げた先がエルフの里の入口付近だったことは、本当に奇跡としか言いようがない偶然だった。

 そんな奇跡と、エルフ特有の逞しい生命力がオレの運命を変えた。

 

「のう、お主。まだ生きておるかの?」

「…………っ」

「そこで倒れているお前さんに、生きておるのかと訊いておるのじゃ」

「……たぶん、生きて、いる」

「そうかい、それは良かったのじゃ。どれ。傷の手当てをしてやるから、儂について来るがよい」

 

 これが、我らが里長との……そして、同族との初めての遭遇だった。

 

 

 

 屋敷で手当てを受けた後、オレは溜まりに溜まった疲労を吐き出すように眠った。ここまで深く眠ったのは、記憶にある限り初めてのことだった。

 そして翌日、オレは里長を名乗る幼女に事の顛末を説明していた。それを静かに聞いていた里長は、どこか申し訳なさそうに相槌を返す。

 

「ふむ、ふむふむ。なるほどの。いや、それは全くもって災難じゃったな……。ちょうど先日、この里で守り人を務めていた者が()()()()()()しもうての。森の警備が手薄になっておったのじゃ」

「そう、なのか」

 

 里長が言うには、とにかくタイミングが悪かったということらしい。事情はよく分からないが……。

 だが、結局のところ、オレの間抜けさが招いた事態であることに変わりはない。故に、一方的に頭を下げられたところで、戸惑うばかりである。

 そんなオレの気持ちに気がついたのだろう。里長が話題を変える。

 

「とりあえず、お主は身体を清めてくるとよい。この儂が水浴びに連れて行っても構わんのじゃが……他に適任者がおるでの」

「てきにん、しゃ?」

「そうじゃ。お主とそこそこ歳が近いはずじゃし、案外良好な関係を築けるかもしれぬぞ? それに、あやつにとってもちょうど良い気分転換になるじゃろうからの」

 

 そう言って里長が呼び出したのは、見知らぬひとりの少女だった。なんでも、里長のところで一時的に預かっているのだとか。

 その少女の名はフウラ。後にオレの姉となるエルフである。

 

 

 

 状況に身を任せた結果、オレはフウラと名乗る少女と共に水浴びをしていた。いくつか年上らしい彼女は、水浴びの最中だというのに容赦なく話しかけてくる。どうやらお姉さんぶりたいようだ。

 

 初めこそ緊張しながらたどたどしくも返事していたが、こうもしつこく質問攻めにされては、緊張なんてどこかへ消え去ってしまうというものだ。

 そんなわけで、彼女のことは正直鬱陶しい奴だとしか認識していなかった。当然っちゃ当然だろう。ただ、後から振り返ってみれば……あれはあれでフー姐なりに緊張を解かせる為の気遣いだったのかもしれない。知らないけどさ。

 

「ねえ、そろそろ名前を教えてくれない?」

「名前……? そんなもの、ないから」

 

 彼女の質問をかわそうと、オレは愛想なく雑に切り捨てたつもりだった。

 だが、その程度で折れて引き下がるようなフー姐ではない。そのことを、知り合ったばかりのオレはまだ理解していなかった。

 

「そうなんだ。じゃあ、わたしが貴女に名前をつけてもいいかしら? もちろん、とびっきり素敵な名前にしてあげるから」

「……好きに、すればいい」

 

 ヘビーな過去を想起させるようなオレの発言にも困惑ひとつせず、初対面のくせに名前をつけるだなんて言い出すフー姐は、かなりの大物だと思う。

 実を言うと……この辺りからうっすらとではあるが、心のどこかでオレはこの人には敵わないのではないかと察し始めていた。

 

 その提案に対し興味なさげに返事したものの、彼女が一体どんな名前を提案してくるのか内心そこそこ気になっていたオレは、こっそり耳を傾ける。

 

「うーんと、それじゃあね……名前がないって言ってたから『ナナシちゃん』で!」

「いや、そのまんま!?」

 

 オレは反射的にツッコミを入れてしまった。

 これが、記念すべきオレの初ツッコミが炸裂した瞬間である。記念したくねぇ……。

 

「ふふっ。とっても可愛くて、貴女にぴったりな名前だと思うの」

「……そ、そうかよ」

 

 あまりにも雑なネーミング。なのにどうしてなのだろう、不思議とオレは嫌な気がしていない。それどころか、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

 そうしてオレは、名無しを脱してナナシになった。ややこしいな。

 

「……ところで、ナナシちゃんが森で人間族に襲われたというのは本当なの?」

「ん? それは本当、だ」

 

 ふいに彼女が話題を変えた。顔つきも、先ほどと打って変わって真面目そのものである。

 オレがこの里に匿われた経緯について、里長から聞かされたのだろうか。ぶっちゃけ、オレにとってあまり触れられたくない失態なのだが、事実であることに違いはないので素直に肯定しておく。

 

「そっか……うん、決めた!」

「な、何を?」

「わたし、守り人の役目を引き継ぐことにするわ」

 

 このときのフー姐が裏でどのような事情を抱えていたのか、どんな想いでその結論に辿り着いたのか、オレはもちろん知らなかった。

 それでも……目の前の少女が浮かべている、何か吹っ切れたような表情を目にすれば、掛ける言葉なんてひとつしかない。

 

「よくわかんない、けど……まあ、頑張れ」

「うんっ、ありがとうね」

 

 もしこの里で暮らすことになったならーー。

 これからどんな風に生きていこうか、オレはぼんやりと想像を膨らませる。

 里長の言っていた通り、彼女とであれば案外良好な関係を築いていけるかもしれない。多少騒がしい性格ではあるようだけれど、悪い奴ではなさそうだし。一緒にいれば、何だかんだで楽しい日々が待っていそうだ。

 無意識に、独り言が口から漏れる。

 

「それも悪くない、な。ははっ」

「笑っているとき、この子めちゃくちゃ可愛いんだけど……! 何か良いことでも思いついたの?」

「あっ、いや、なんでもない。まあアレだ。これからよろしく……()()()

「ええ。こちらこそよろしくね、ナナシちゃん!」

 

 

 

 

「う……んんっ」

 

 朝の日差しを肌で感じ、オレはじわじわと夢から覚める。昨晩はいろいろと思い出すうちに、いつの間にやら眠りについていたらしい。

 隣に首を動かせば、そこには変わらず幸せそうな表情を浮かべたままのフー姐が眠っていた。

 

「むにゃむにゃ。ナーニャちゃんとナナシちゃん、お姉ちゃんの為に争わないでぇ。嫉妬なんてしなくても、ふたりまとめてたっぷりねっとり愛してあげるから……じゅるっ」

 

 ちょい待て。なんて夢を見ているんだ、この妹愛好家(シスコン)は……。

 オレはフー姐を叩き起こすことに決めた。容赦はいらない。そんなふざけた夢を見続けることは、オレが断じて許さないからな。

 

「痛っ! ちょっ……痛いってばナナシちゃん! もう起きたから!」

「おっと、本当だ。フー姐おはよう」

「ひと叩き目で起きたこと、絶対気づいていたよね? それと、何か素敵な夢を見ていた気が……」

「完璧に思い出せなくなるまで叩こうかな」

「朝からナナシちゃんの愛情表現が情熱的すぎて、お姉ちゃん受け止め切れる自信がないわ」

「……煩いからもう一回気絶(就寝)しとこうか?」

「『就寝』の裏に別の言葉が見え隠れしているんだけど、気のせいじゃないよね!?」

 

 そんなくだらないやり取りをしていると、ついさっきまで夢で見ていた過去の記憶が頭に過る。

 まさかこんな朝を迎える未来が待っているとは、あのときは想像だにしていなかったなぁ。ましてや、フー姐と義姉妹の契りまで結び、共に守り人を務めるようになるだなんて……。

 

「んぅうう……っ」

「あら、今ので起こしちゃったみたいね。ナーニャちゃん、おはよ」

「あ、ごめんっ。おはようナーニャ」

 

 オレたちのくだらないやり取りによって目が覚めたらしく、ナーニャが眠そうに目元を擦っている。

 

 ナーニャ。

 かつてのオレに境遇が重なり、どうしても親近感を覚えずにはいられない幼女。言葉すら通じず、下手すればオレよりもずっと酷い目にあっていたかもしれない幼女。そんな彼女は、数日前からオレの妹になった。

 

 ひとりの辛さは痛いほど知っている。そこから救われる喜び、家族の温もりはフー姐から教わった。だから、今度はオレがナーニャの希望になるんだ。

 

 もう何度繰り返したか分からない決意と共に、また新しい一日が幕を開ける。




ようやくナナシちゃんの過去について触れることができました。
さて、物語は本筋に戻り5日目に突入です。

感想や評価などいただけると、半日探し回って四つ葉のクローバーを見つけたときみたいに喜びます。


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唐突に緊張が走りますが、何か?

 愛しい妹ナーニャちゃんと出会ったあの日から数えて五日目の朝。見回り当番のナナシちゃんが出掛ける準備をしている間に、わたしはナーニャちゃんの髪を整えています。

 まあ、わざわざブラッシングなんてしなくても、驚くくらいにサラッサラなんですけどね。なので、この時間は半分わたしの趣味みたいなものです。お姉ちゃんの特権ってことで、そのくらいは許されるはず。というか、わたしが許します。承認!

 

「そういえば……ナーニャちゃん、昨日リボンをプレゼントされていたよね?」

「はふうぅううう」

 

 ブラシをかけるたび、力の抜けた声を漏らしながら気持ち良さそうに目を細めるナーニャちゃん。そんな様子を眺めて癒されている最中、不意にリボンのことを思い出しました。せっかくですし、あのリボンを使っていつもとは一味違ったナーニャちゃんに仕立ててあげましょうかね。腕が鳴ります。

 いつかナナシちゃんの髪を弄らせてもらおうと、密かに練習していたんですよ。肝心のナナシちゃんには振られ続けてきましたが、ナーニャちゃんのお陰でようやく念願が叶いそうです。

 さあ、思い立ったら即実行。ナーニャちゃんの金髪を束ねて掴み、彼女から手渡されたリボンでまとめて結びました。我ながら素晴らしい手際だと思いますね。

 

「ああんっ、可愛い可愛い可愛いよぉ!」

「ん……んううううぅ」

 

 シンプルなポニーテールにワンポイントのリボンが映えて、想像を遥かに上回る可愛さです。

 いつもであれば隠れて見えないうなじの曲線も、とっても綺麗で……やはりこの子は将来とんでもない美人さんになりますね。間違いなく。これは変な虫が寄り着かないように細心の注意を払わないと。

 普段と違った雰囲気を醸すナーニャちゃんを前にして、わたしは我を忘れてはしゃいでしまいます。その騒ぎに反応したのか、ナナシちゃんが荷物を置いて近づいてきました。

 

「何事だ……って、うぉおおっ! 我が家に天使が降臨しているじゃないか!」

「そうなのっそうなのっ」

「ーーーーーー!? あわわ……」

 

 流石はナナシちゃん、良い感性をしていますね。そう、ポニーテールを揺らすナーニャちゃんは、紛れもなく天使そのものと言えるでしょう。

 奇跡というのは滅多に起こらないからこそ奇跡と呼ぶのですが、我が家ではここのところ毎日のように天使降臨という奇跡が起きています。まさに奇跡のインフレーション。なんだか反動が怖いですね。

 

「オレが自分用に買ったリボンも貸すからさ。この際、ツインテールも試してみないか?」

「それ、採用!」

 

 そんなの絶対可愛いに決まっているじゃないですか! 天使のツインテールですよ?

 ナナシちゃんのナイスな提案に対し、右手を前方へ突き出して親指を立てようとしましたが……

 

 ドンドン! ドンドンドンドン!!

 

 にょわっ……!?

 突然、何者かが玄関の扉を激しく叩きました。

 不意を突かれた所為で思わず変な声が漏れてしまいましたが、すぐさま冷静になって玄関の方へと近づいていきます。ナナシちゃんがナーニャちゃんの側で彼女を守っていることだけ確認し、わたしは慎重に玄関の扉を開きました。

 

「あわわっ。フウラさん、ナナシさん、朝早くに押し掛けてごめんなさい! ですが……もしかすると里の緊急事態かもしれないのでっ」

「きんきゅー、じたい……緊急事態?」

「……詳しく聞こうか」

 

 扉を開くと、そこに立っていたのは若い女エルフでした。そういえば、祭事のときに何度か言葉を交わした記憶がありますね。まあ、そんなこと今はどうでも良いのですが。

 それにしても、緊急事態とは穏やかじゃないですね。ナナシちゃんの言う通り、これは話を聞くしかなさそうです。

 

「はい、それでは手短に説明しますねっ」

「そうね。玄関先に立たせたままで申し訳ないけれど、そのまま話してもらえるかしら」

「分かりました。早朝、いつものように母が山菜を取るため森へ出掛けていました。ですが、その道中に不審な影を目撃したみたいなのです」

「不審な影?」

「そうです。影はすぐにどこかへ消え去ったようで、母は慌てて帰ってきたのですが……その母が言うには、不審な影は二本の脚で走っていたらしく」

 

 その言葉を聞いて、わたしたち二人に緊張が走りました。ナナシちゃんに至っては、手に持っていたはずのリボンをぽとりと床に落としてしまっています。まさに放心状態です。

 

「落ち着いて、ナナシちゃん」

「そ、そうだよな」

 

 ナナシちゃんはひとつ大きく深呼吸をすると、床に落ちているリボンに気づいて、慌てた様子で拾い上げました。とりあえず、周りの状況が見える程度には冷静さを取り戻せたようですね。

 

 しかし、()()()()ですか……。

 周辺の森に迷い込む二足歩行の生き物なんて、里のエルフか人間族くらいしか考えられません。一部を除いて、ほとんどの種族は自分たちのテリトリーから離れないですから。ゴブリンですら、エルフの里近くには近づきませんし。

 もちろん、彼女の母親が見間違えただけという可能性も十分にあり得ますが……ナナシちゃんやナーニャちゃんのような前例もありますし、更に言えばナーニャちゃんを連れ戻しに来た奴隷商という線もゼロではありません。ここは一度念入りに森の中を見回っておくべきでしょう。

 

 そうなると、当然ながらナナシちゃんひとりに見回りを任せ切ってしまうわけにはいきません。今こそ、わたしとナナシちゃんの二人が総力を挙げて守り人としての役目を果たすべきときです。

 で・す・が! 頭ではそうするべきだと理解していても、なかなか気持ちの整理がつきません。

 だって、だって……

 

「せっかく今日はナーニャちゃんを愛でまくって、癒し癒され合おうと思っていたのにぃいいいい!」

「気持ちは痛いほど察するけどさ……ナーニャと里の平穏の為だ、仕方がないだろ?」

「わ、分かっているけどぉ」

 

 そんな具合にナナシちゃんから諭されつつ、わたしも見回りの準備を始めます。渋々ですけどね。

 そうこうしているうちに、ナナシちゃんは先行して森の西側へ出掛けていきました。

 

 

 

 さて、暫くしてわたしも出発の準備が整いましたが……姉二人が揃って出払う前に、ナーニャちゃんについてどうにか手を打たなくてはなりません。

 昨日の朝、わたしひとりが離れようとしただけで号泣していたのですから、ひとりぼっちで留守番させるという選択肢はなしです。ですが、一緒に森へ連れて行くという選択肢もあり得ません。絶対に。

 さて、ここで残った選択肢がもうひとつ。それは、ナーニャちゃんの顔見知りで、尚且つわたしが信頼できる者に預けるという選択肢です。

 

「なるほどの。それで儂のところへ来たのじゃな」

「理解が早くて助かります。そんなわけで、今日一日この子のことをどうかよろしくお願いします」

「良い良い。娘っ子は儂が責任を持って預かるのじゃ。安心せい」

 

 こういうとき、里長は本当に頼りになります。流石は里一番の年長者ですね。わたしの胸は感謝の思いで一杯です。それを存分に伝えておきましょう。

 

里長だけいいなぁ(とても助かりました)……羨ましいなぁ(恩に着ます)……」

「ん? んんん?」

ズルいなぁ(ズルいなぁ)ロリババアのくせに(ロリババアのくせに)……」

「心の声が隠しきれておらんのじゃが!?」

「ふふっ、冗談です」

「嘘つけ、今のは絶対に本音じゃったぞ……」

 

 相変わらず良い反応をしてくれますね。それでこそ弄り甲斐があるというものです。ですが、里長()遊ぶのはこのくらいにしておきましょう。

 続いて、ナーニャちゃんと向き合います。

 

「ごめんね、本当はずっと一緒に居たいんだけど……どうしても外せない用事が出来ちゃったの」

「ん、んぅ?」

「だから今日だけ、里長のところで良い子にして待っていてね?」

「ーーーー……ーーーーーー!」

 

 互いに言葉は通じていませんが、ナーニャちゃんの表情を見る限り何も問題なさそうでしょう。これは、ここ数日の間で着実に信頼関係を築けてきた証拠とも言えます。

 それに、これは恐らくですが……わたしの恰好を目にした時点で、ナーニャちゃんはなんとなく状況を察してくれたのではないでしょうか。何せ、昨日と同じ守り人の装備を身に付けていますからね。

 

 さて、名残惜しいですがそろそろ出発です。

 

「それじゃ、いってきますっ」

「……いっーーーー!」

「気をつけるのじゃぞ」

 

 今日も可愛い「いってらっしゃい」を聞くことが出来ました。わたし、とっても幸せです……。

 しかし、二日連続でナーニャちゃんに見送ってもらうことになるとは思いもしませんでした。これで、見回りの成果が迷子のエルフ発見などであれば仕方ないことだったと割り切れますが……狩り目的の人間族が忍び込んでいた場合には、到底容赦できそうにありません。ギルティです、ギルティ。

 可愛い妹と戯れる時間を奪った罪は重いですよ。覚悟しておいてくださいね。ぷんぷん!




次回、のじゃロリババアのターン来たる。

感想や評価などいただけると、ムーンウォーク決めながら喜びます。


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預けられちゃいましたが、何か?

 どうやらお姉さんたちは、日替わりでボクの面倒を見ると決めたらしい。ようやくそのことに気がついたボクは、この異世界で生き延びるため暫くだけ素直にお世話になっておくことにした。そんなわけで、僕は今お姉さんの膝に座って、大人しく髪を弄ばれている。

 

 こんな風に子ども扱いされても大して違和感を感じなくなってきたのは、果たして良いことなのか悪いことなのか……いやいやいや、悪いことに決まっている。エルフの美少女の膝上に乗せられているのに安心感しか覚えないなんて、成人男性として終わっているじゃないか。

 そんな風に思っていても、身体の弛緩は止められない。ぐぬぬ、只のブラッシングがこんなにも気持ち良いものだったとは。ダメだぁ、何も考えられなくなっちゃうぅ……。

 

 なんて具合に、以前のボクであれば垂涎ものだったであろうシチュエーションにズブズブと呑まれてしまっていたのだが、突然の来訪者が扉を叩いたことで何とか正気を取り戻すことに成功した。

 穏やかな雰囲気から一転して緊張感を漂わせ始めたお姉さんが、ゆっくりとボクを膝から降ろす。

 そのボクはといえば、解放されてほっとしたような、それでいて少し寂しいような何とも言えない気持ちに襲われていた。そんな自分自身の感情に「えっ、何この気持ち……」などと戸惑っているうち、一気に状況は慌ただしくなっていく。

 

 やがてダークエルフさんが出掛け、残ったお姉さんに連れられてボクがやって来たのは……以前に託児所と勘違いしたことがある、あの場所だった。

 

 そこには当然のようにあのときの幼女もいて、お姉さんと二人で何やら楽しげに会話している。

 まったく、何者なんだろうこの幼女。会話に混じれないボクは、彼女以上に謎な存在である自分のことを棚に上げて、そんなことを考えていた。

 割と気心知れた感じで言葉を交わしている様子から察するに、お姉さんと幼女はそこそこ仲が良いみたいだけど……。あっ、いや、べつに嫉妬とかじゃないよ? 明らかに年下な幼女を相手に、お姉さんを取られたような気分になって嫉妬するような格好悪い大人じゃないからね、ボクは。本当だよ?

 

 ボクが脳内で誰とも知れぬ存在に対し弁明をしていると、お姉さんがボクの方へ近づいてきた。

 ふんっ。その幼女とのお喋りタイムはもう十分なの? ……って違う違う。これじゃあ、まるでボクが面倒臭いツンデレキャラみたいじゃないか。変なことを考えていた所為で、どうにも調子が狂う。

 

「ーーーー、ーーーーーーーーーー……ーーーーーーーーーーーーー」

「ん、んぅ?」

「ーーーーー、ーーーーーーーーーーーーー?」

「何だか分からないけど……任せておいて!」

 

 お姉さんが何か話し掛けてきたので、調子の悪さを誤魔化すように勢い良く返事しておく。

 我ながら無責任な返事だとは思うけど、何を言っているのかなんて分からないし……。せめて、お姉さんには余計な心配をかけないようにしないとね。

 ついでに、ちょくちょく子どもっぽい声を発してしまっているのは、ご愛嬌ということで見逃してほしい。だって無意識に発しちゃうんだもの。どうしようもない。

 

「ーーー、いってーーすっ」

 

 今のは大体聞き取れたぞ。これは既に知っている単語だ。そう、たしか「いってきます」を意味していたはずで……って、あれ? お姉さん、今からどこかへ行っちゃうの?

 戸惑いつつも、とりあえずまた返事する。

 

「……いってらっしゃい!」

 

 ボクの返事を聞いて一安心といった様子を見せたお姉さんは、そのまま本当にどこかへ行ってしまった。あわわわわ……。

 お、落ち着くんだボク。そうだ、とりあえず状況を整理し直そう。うん、それが良い。

 今朝知らないエルフさんがやってきて、その後ダークエルフさんが慌ただしく出掛け、ボクまでお姉さんに連れ出され戸惑っていた矢先に、連れ出した本人まで出掛けてしまったわけで……うーん、もしかしてボク、捨てられちゃった?

 

 なーんてね。そんなに何度も同じ勘違い(過ち)を繰り返すほど馬鹿ではないのだよ。ふふん。

 恐らく、今朝の知らないエルフさんが何か急用を持ち込んだのだろう。だけど、ボクみたいなちんちくりんを連れて行くのは面倒だから、ここへ預けることにしたというのが妥当な筋である。

 つまるところ、やっぱりここは託児所だったんだね。最初の予想が正しかったと証明されたわけで、なんだかんだでボクの推理力も捨てたもんじゃないなと思えてきた。少し自信が回復したぞ。

 

 ひとつだけ引っかかる点があるとすれば、託児所にいて然るべき保母さん的な存在が見当たらないことだけど。まさか、目の前の幼女がそれに該当するとも思えないし。

 ああ、そうそう。因みにこの幼女の正体については、ボクと同様ここに預けられている子どもなのだろうという理解に落ち着いた。さっきまで、何者なのかと勝手に訝しんでいたことを恥じなくちゃね。

 

「よ~しよし。ごめんね~」

「ーーーーーーーーーー!?」

 

 年上のお姉ちゃん……いや、お兄ちゃんとして余裕が生まれてきたので、謝罪の意味も込めて幼女の頭を撫でてみる。おぉ、ぴくぴく動いているエルフ耳、可愛い。昔飼っていた愛犬みたいだ。

 そんな調子で撫で続けていたら、心底不愉快そうな表情でじろりと睨まれてしまった。解せぬ……。

 

 

 

 

「ーーーーー。ーーーーー」

「ななな何をするのじゃ!?」

 

 フウラが連れてきた娘っ子。そやつの対処について考えておったら、突然頭を撫でられてしもうた。おい待たんか、一応儂は里の最年長者じゃぞ?

 まったく。姉のフウラに似て、年長者への敬意というものを知らんようじゃな。あやつの悪いところは真似せんで良いのにのぉ。威厳を示すためにも、とりあえずひと睨みしておく。

 

 ところが、こやつときたら怯むどころか首を大きく傾げよった。それではまるで儂が我儘を言うとるみたいではないか。解せぬ……。

 やられっぱなしというのも癪に障るので、儂も撫で返してやることにした。

 

「ほれほれほれ、気持ちが良かろう? お主のような小童は大人しく撫でられておったら良いのじゃ」

「ふにゃ!? むううう……ーーーーーーー!」

「ふひょははは! これっ、急に脇腹をくすぐるでないわ、馬鹿者! ほれ、仕返しじゃ」

「ふにゃうううう! いひぃ~~~っ」

 

 ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。

 いかんいかん、年甲斐もなく張り合うてしもうたわ。気がつけば小一時間が過ぎておった。

 その小一時間で、はっきり理解したのじゃが……こやつ、儂のことを同じ幼女だと思い込んでおるようじゃな。誤解を解こうにも、言葉が通じぬから説明する術がない。

 しかしまあ、そのような誤解をしてしまうのも仕方がないことじゃの。儂の容姿だけ見れば、確かにお主と大差ないのじゃから。

 

 エルフの容姿は、大凡十五から二十五の辺りで成長が止まると言われておる。一度止まればその後数百年に渡って容姿が変わらぬから、人間どもにとっては奇怪な存在に感じるらしい。

 が、そんなことは知ったこっちゃないの。寧ろ、儂らを恐れて干渉せんでくれたらありがたいのじゃが……人間どもの中には、若い容姿を保ち続けるエルフの娘を劣化知らずの愛玩人形として飼育しようと企む外道や、長持ちする便利な労働力などと見なす愚か者がおるでの。本当に困ったものじゃわ。

 もちろん、長く生きてきた儂は人間どもがそんな馬鹿ばかりでないことも知っておるが、奴らを好ましく思うておらぬエルフが多数派じゃ。実際、ナナシのように実害を被った者も少なくないのじゃから、当然と言えば当然であろう。それでも、昔はもう少し良好な関係じゃったのじゃがな……。

 

 ついつい話が逸れてしもうたわ。少し巻き戻って、エルフの成長が止まる時期についてじゃが……何事にも例外というものはある。そう、例えば儂のようにの。儂の場合は、五つの辺りで容姿の成長が止まった。そういったエルフは稀に現れるが、大抵は容姿に加えて更に他のエルフと差異があることが多い。儂の場合、その差異は寿命の長さじゃった。故に、他のエルフよりも多少長生きできておる。

 

 そこまで考えて、儂の脳裏にひとつの可能性が過った。まさかとは思うが、この娘っ子も儂と同類なのではなかろうか、とな。

 先日の様子から受けた印象としては、数百年も生きているようには思えぬ。じゃが、これまでの劣悪な境遇の所為で精神が成熟しておらぬだけで、容姿相応の年齢とは限らぬではないか。もしそうなのであれば、幼い容姿の儂を目にして子どもを甘やかすかのように頭を撫でてきたことも納得ができる。いや、もちろん可能性は低いとは思うておるが……。

 そんなことを考えながら、娘っ子の方に視線を向けると……ほへっ!?

 

「んっふふ~~!」

 

 儂の目に映ったのは、屋敷の床を楽しそうに転げまわっておる()()の姿じゃった。

 うむ、どこからどう見ても容姿相応の小童じゃ。こやつが儂と同類? 馬鹿を申すな、そんなわけがなかろうが! 儂の慧眼もすっかり衰えたの……。




幼女(自称成人男性)と幼女(400歳超の老人)が戯れる図。

感想や評価などいただけると、世界の中心で(喜び)を叫びます。


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ふっわふわで最高ですが、何か?

前々回のアンケートの結果、現代人は四人に三人の割合で「置物になりたい」という欲望を抱えていることが判明しました(乱暴な結論)



 さっそくなのじゃが、儂が今ちょうど抱いている想いをそのまま言葉にして吐き出すとしようかの。というわけで、せえの!

 

「儂はただ頼まれて娘っ子を預かっておっただけじゃというのに……何がどうしてこうなった!?」

 

 そんな悲鳴にも似た儂の嘆きなど聞こえておらぬ様子で、()()()()()()が儂と娘っ子を眺めて惚けておる。いや、ホントにどうしてこうなった?

 

「ナーニャちゃん、貴女やっぱり最高の逸材ねぇ」

「んぅ……うううううぅ」

 

 被害者である娘っ子は、先ほどから諦めの境地に至ったかのような表情を浮かべておる。年端もいかぬ幼女が見せて良い表情ではないぞ、それ。

 加えて質が悪いことに、その原因である小娘(ミラ)の獲物には儂まで含まれておるようで……。フウラよ、すまぬ。儂はお主の大事な娘っ子を守り切ることが出来そうにない。

 

「里長ちゃんもとっても可愛いのぉ……ふふふ」

「……この里の娘共、揃いも揃って里長であるこの儂を雑に扱いすぎじゃないかの。もうちょい敬ってくれても構わんのじゃぞ?」

「お断りしますぅ」

「ひぇえ、嘘じゃろ!? 割と食い気味に断られたんじゃが……」

 

 ぐぬぬ、最近の若者は何を考えておるのかよう分からぬ。いや、一括りにして扱っては、他の若者に失礼かの。

 

 事の始まりは……僅かに時を遡ること約三十分。呑気に床を転げ回っておる娘っ子を尻目に、フウラたち姉妹が戻るまでの間どのように遊んでやるべきかと考え込んでいた最中のことじゃった。儂のところに娘っ子が預けられているとの情報を何処からか聞きつけた小娘が、嬉々とした様子でやって来た。

 里長という立場故、小娘が服飾屋の娘であることは知っておる。この際、娘っ子の遊び相手はこやつに任せても良いのではないかと考えたのじゃが……その判断が大いなる誤りであったことを、儂は直後に理解する。

 

「今なら幼女()()にお揃いの衣装を着せることができると思ってぇ」

「いや、この場に幼女は一人しかおらんのじゃが」

「……えっ?」

「えっ、ではないからの? こらこらこら、まるで儂の方がおかしなこと言っておるみたいな目を向けてくるでないわっ」

 

 そう叫ぶ儂は現在、明らかに幼子用であろうと思われる可愛いパジャマを着せられておる。しかも余計なことに、獣耳の生えたフード付きという代物じゃ。これ何の羞恥プレイ?

 

「勘弁してくれんかの。儂、こんな容姿でも400年以上生きておる立派な大人なのじゃ……」

「でも、文句のつけようがないくらい完璧に似合っていますよぉ。だから、やっぱり可愛いものに年齢なんて関係ないのですぅ」

「そ、そうかの? って、こんなものが似合っておると言われても、儂はちっとも嬉しゅうないわっ」

 

 今日は何だか叫びっぱなしな気が……。いい加減、息が切れてきたの。まったく、年寄りにこんな無茶をさせんでほしいわい。

 大体、年長者としての威厳が溢れておる儂に、こんなパジャマが似合うわけなかろうが。お世辞も大概にしておくのじゃ。

 

「お世辞じゃないんですけどねぇ」

「何か言ったかの?」

「まあいいですぅ。そんなことより二人とも、試しにこのぬいぐるみを抱きしめてみてくださいよぉ」

「ーー、ーーーーーーーーー!? ……ほわぁああああああ」

 

 パジャマ姿の儂らを見てすっかり調子に乗っておる様子の小娘から、儂と娘っ子にぬいぐるみが手渡される。何かしらの生き物を模っておるようじゃが、正直何を模っておるのかまでは分からぬ。

 調子に乗るのも大概にせいと文句をぶつけることで、この状況に終止符を打とうかとも考えたのじゃが、隣の娘っ子を見た瞬間にその気も失せてしまった。何せ、こんなにも幸せそうにぬいぐるみを抱きしめておるのじゃから……。目尻をとろんと垂らし、頬をすりすりとぬいぐるみに擦りつけている姿を目撃してしまっては、儂の一存で終止符なんぞ打てるわけがない。子どもの幸せを守るのは、いつだって大人の使命じゃ。

 

 さて、肝心の娘っ子が嫌がる素振りを見せておらぬ以上、儂はもう小娘が満足するまで付き合ってやるしかないの。

 

「ほれ、こんな感じで抱き締めれば良いのかの?」

「里長もようやくその気になってくれたのですねぇ。うふふ、完璧ですよぉ。どこからどう見てもナーニャちゃんと大差ない幼女ですぅ」

「それ、誉め言葉のつもりなんじゃろうな。どうにも複雑な心境じゃ……」

 

 この容姿と共にずっと生きてきたわけで、子ども扱いされることには慣れておるつもりなのじゃが、さすがについ先ほどまで床を転げ回っておった幼女と同類扱いは勘弁してもらいたい。

 

「ところでこのぬいぐるみ、娘っ子がこれほど夢中になっているのも納得の触り心地じゃな。抱きしめておるだけで脱力しそうになるわい」

「ふふっ、実はお手製なんですぅ。お気に召したのでしたら、パジャマと一緒に差し上げますよぉ」

 

 子どもじゃあるまいし、こんなもの要らぬわ! と言いたいところじゃが、ぬいぐるみが手に入れば娘っ子が喜びそうじゃから、ここは素直に受け取ってやろうかの。儂の分まで受け取るのは……まあ、ついでみたいなもんじゃ。

 

「良いものが見られましたし、そろそろ帰りますねぇ。お店を放ったらかしで来ちゃいましたしぃ」

「本当にそれだけのために来たんじゃな……」

 

 こうして台風のような小娘は去っていった。いやはや、疲れたわい……。

 

 

 

 

 長い人生を過ごしていれば、ときには開き直った方が楽な場面もあると思うんだ。そう、例えば……二十歳を超えた成人男性なのに、幼子用の着ぐるみパジャマを着なくちゃならない場面とか。

 突然何を言っているのか意味不明? まあそうだよね、ボクだって同感だ。でもさ、その意味不明な状況こそが、今まさにボクが直面している現実そのものなんだよ。驚くべきことに。

 

「ナーニャちゃん、ーーーーーーーーーーーーー」

「んぅ……うううううぅ」

 

 ボクはこの人を知っている。先日、ボクを着せ替え人形にして楽しんでいた店員さんだ。で、どうしてこの人はこんなところにいるんだろう。まさか、服飾屋の仕事と保母さんを兼業しているとか?

 ……いや、違うな。この店員さん、絶対ひとりで楽しんでいるだけだ。目を見ればそのくらいは分かる。露骨なまでに我欲でギラギラしているもん。

 

 ただし、先日の服飾屋での状況とは大きく異なる点がある。それは、この場にいるもう一人が正真正銘ホンモノの幼女であるということだ。恐らくだけど、ボクみたいな似非幼女(ニセモノ)なんかよりも、よっぽど着飾り甲斐があるに違いない。なので、あの子には申し訳ないけどボクの身代わりになってもらおう。うん、それが良い!

 

 そんな大人げないことを目論んでいたボクを嘲笑うかのように、巨大なぬいぐるみが迫り来る。どうやら、こいつを抱きしめろってことらしい。そんなことしたら、ボクは恥ずかしすぎて悶え死ぬかもしれないよ? これぞ本当の「恥ずか死」なんてね。ダメだ、しょうもないことしか思いつかない。

 

 どれだけ考え込んだところで「恥ずか死」からは逃れられそうにないので、ボクは大人しく腹を括ることにした。今こそ、伝家の宝刀・開き直りの出番である。そもそも、この身体になった初日にお漏らしした挙句、ボクの実年齢よりも幼い少女の前で大号泣までかました前科持ちだからね。幼子用の着ぐるみパジャマを着てぬいぐるみを抱きしめるくらい造作もないさ。

 

「って、ナニコレ超ふわふわ!? ……ほわぁああああああ」

 

 恐る恐る抱きしめてみれば……天女の羽衣を想起させるほど極上な触り心地がボクを襲う。さらに、少しでも力を入れた瞬間、どこまでも沈み込むような錯覚を覚えるふわふわ加減というね。これ、人をダメにするクッションとか、そういう類のやつだ。

 

 あまりにも心地良すぎて、死んでないのに成仏しちゃいそう。まあ、この世界にいる時点で、実は一度死んでいるなんて可能性は十分あり得るけど。

 ……今のなし! その辺りについて深く考えてしまったら、何か取り返しのつかない事態を招く気がする。そんなことより、今はこのぬいぐるみの感触を満喫したい。

 

「ふっわふわだあぁああああ」

 

 頭に一瞬だけ過った不穏な考えを掻き消すようにぬいぐるみを抱きしめていたら、いつの間にか店員さんはいなくなっていた。神出鬼没だなぁ……。ボクは苦笑いを浮かべる。

 

 そのとき、少し離れた辺りからこちらへと向かってくる複数人の足音が耳に届いた。微かな足音だけで、ボクはその正体を理解する。鋭く尖ったこの耳は、ただのお飾りじゃないらしい。

 ひとつ。ここ数日ですっかり耳に馴染んだ、お姉さんの足音。ふたつ。こちらも同じく随分と耳に馴染んだ、ダークエルフさんの足音。

 ということは……待っていたよ、お帰りなさい!

 

 

 

 ん? あれ?

 足音が更にもうひとつ聞こえるような……。




正直、今回ミラさんが登場することは、作者ですら想定しておりませんでして……。何の前触れもなくやって来て、目的を果たした途端に去っていく服飾屋の娘。いやはや、恐るべし。

感想や評価などいただけると、かめ〇波の練習をしながら喜びます。


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ひっ捕らえてみましたが、何か?

 服飾屋の小娘と入れ替わるようにして儂らのもとへ押しかけて来たのは、一仕事終えた守り人の姉妹じゃった。

 

「ナーニャちゃん、ただいま! ちゃんと待っていてくれたのね、偉いわっ」

「んっ! にしし~~」

 

 儂の目の前では、この里の守り人であるフウラとその妹であるナーニャによる、大変微笑ましい光景が展開されておる。互いが互いに焦がれておったのじゃろう。妹の頭を撫でている姉の表情も、姉に撫でられている妹の表情も、それぞれ喜びに満ちておるわい。

 

「……で、一体何がどうしてそんな愛くるしい格好に? もしかして愛しのお姉ちゃんを萌え殺そうとしてるの? ねえねえ」

「ん、んぅう……」

「あぁん、もうっ! ぬいぐるみを抱きながら浮かべる困り顔とか可愛すぎるでしょ。うへへへ」

 

 あぁ、先ほどまでの微笑ましい光景は何処(いずこ)へ? 服飾屋の小娘の置き土産が、いろいろと台無しにしてしもうた。フウラよ、せめて涎は拭いてくれ。

 

 大変残念な姿は見なかったことにして、視線を更に奥へと移す。フウラと娘っ子から少し距離を置いた先には、もう一人の守り人である次女のナナシと……全身を縄で拘束され、口に枷を嵌められた状態の()()()()が立っておった。

 

「里長、只今戻った。あぁ、そういえばオレたちの代わりにナーニャの面倒を見ていてくれたんだってな。恩に着る」

「べつにそのくらい構わんよ。まあ、儂にとってもちょうど良い暇つぶしになったわい」

「ところで、えっと……ナーニャとお揃いのその格好は、もしかして里長の趣味だったりするのか? いや、他人の趣味に口を出すつもりはないし、二人とも超絶似合っていると思うけどさ」

「儂の名誉に掛けて、それだけは絶対にあり得ぬと断言するのじゃ」

「そ、そうだよな。うん、そういうことにしておこう。あははは」

 

 あっ、こやつ本心ではちっとも納得しておらぬな。うぅ、儂のなけなしの威厳がまたひとつ失われた音がするわい……。もう泣いて良いかの?

 そんな儂の感情なんぞ放置して、会話の内容は本題へと進む。

 

「そんでもって、さっそくで悪いんだけどさ……今回の騒動について、ここから先の判断は里長に頼みたい。というわけで、犯人のこいつから直接話を聞いてみてくれないか?」

「やはりそういう展開か。面倒じゃのう……」

「■■■、■■■■■■!!」

 

 里の問題について最終的な判断を下すのは里長の役目だ。自分たちはきちんと仕事をこなしたのだから、後の対応は任せた。そんな主張を暗に儂へと伝えつつ、ナナシが女の口から枷を外す。と同時に、口が自由になった女は人間の言葉で何かを喚いた。女と呼ぶには少々幼さが残っておるようじゃから、年齢的にはフウラと同い年くらいの少女かもしれんがの。などと、寿命が異なる種族間で年齢の比較はさして意味を持たないと理解しながら、面倒ごとから目を逸らすように余計なことを考えてしまう。

 

「■■■■■■! ■■■■■■!」

「あぁもう煩い……ちょっと黙ってくれないかしら、人間」

「…………っ」

 

 娘っ子との再会に水を差されたとでも感じたのじゃろう。フウラが煩わしそうに女を睨む。その表情は、今の今まで娘っ子に向けていた締まりのないデレ顔から一転して、氷点下まで冷え込んでおる。

 しかしまあ、今のように顔には出しておらんかったものの、今朝から相当に不機嫌そうじゃったからの。寧ろ、この人間の女の首が未だ繋がっておることが不思議なくらいじゃ。この女は一体どのような事情があって儂の前まで連れてこられたのか、儂の関心は必然的にそこへ向く。そして、その関心に対する答えはすぐに明らかになった。

 

「いやいや、何のために口枷を外したと思っているのさ。黙らなくていいからさ、さっき捕まえたときみたいに()()()()()弁明してみなよ。もちろん、()()()()()()()()()()()()でね」

「むぅ……まあいいわ。ナナシちゃんの言う通り、言い訳の機会をあげる。わたしたちは貴女たち人間と違って、とっても理性的だから。そもそも、事情を聞いて真偽を見極めるのも、その後の処遇を決めるのも里長の役目なんだし」

 

 こやつらは一体何を言っておるのじゃろうか?

 

「■■■■……うん。説明の機会、感謝、心から」

「はぁっ!? なん……じゃと?」

 

 ……いやはや、久方ぶりに驚いたわい。まさか、儂らの言葉を理解し、あまつさえ話すことができる人間がおったとは。

 まあ、それ以上に意外なのが、人間を前にしているにも関わらずナナシの奴が存外冷静なことなのじゃが。恐らく、姉であるフウラがあまりにも不機嫌な為に、もう一方のナナシが冷静に対応せざるを得ないのじゃろうな。そうでなければ、ちっとも話が先に進まぬからの。ある意味、不憫な子じゃ……。

 

「さて、人間の女よ。儂がこの里の長じゃ。お主、エルフの言葉はどの程度までなら話せるのかの?」

「里、長……はえっ!? 貴女、子ども、違う?」

 

 そのネタはもう飽きたわい……。儂が人間の寿命よりも遥かに長生きしておることだけ手短に伝え、さっさと質問に答えるよう促す。

 

「エルフ、流石……。あっ。言葉、カタコト。だけど、それなりに」

「ほら、はっきり言って不気味ですよね? わたしたちのことを見下しているはずの人間が、よりにもよってわたしたちエルフの言葉を理解しているだなんて。そんなわけで、下手にこのまま追い返すわけにもいかなくなったので、こいつを里長のもとまで連れてきたんです」

「うち、エルフ見下す、しない!」

 

 いつになく刺々しいフウラの発言に、人間の女が反論する。やはり言葉が通じておるようじゃ。

 しかし、ふむふふ、なるほどの。少しずつ事情が見えてきたわい。

 

「双方とも、一旦落ち着くのじゃ。それで、お主が儂らエルフと言葉を交わすことができる理由は一体何なのかの? 良ければ教えてほしい」

「ええっと……うち、流離う、旅の商人。道中、エルフの友達、できた。その子、言葉たくさん、教えてくれた」

「ふぅん、それはどうかしらね? 人間は嘘つきな生き物だって聞いたことあるし」

「…………」

 

 フウラは相変わらず高い警戒心のままじゃが、守り人としてはそれが正しい姿勢と言えるじゃろう。エルフの森に現れた侵入者である以上、油断はせん方が良い。多少不満に思うておるかもしれんが、人間の女には我慢してもらわねばの。

 さて、それはそうと、エルフの友達とな……。まあ、まったく考えられない話ではないじゃろう。べつに種族間で明確な対立が存在しておるわけでもないし、この里以外で生活しておるエルフの中には人間と積極的に交流を持つものがおっても不思議ではない。人間の国家に属していない旅の商人相手ともなれば、特にの。

 

「フウラよ、まずは最後まで話を聞いてやらんか。それからじっくりと真偽を見極めても遅くはない。そうじゃろう?」

「……ええ、そうですね」

「よし、そろそろ本題に移ろうかの。嘘偽りは一切不要じゃ、正直に答えよ。お主は何故この里に近づいたのじゃ?」

「ひとり、世界中を旅、してる。だから、詳しくない、この辺りのこと。結果、迷い込んだ、ただそれだけ。これ、真実!」

 

 なるほどの。何の面白みもないありきたりな回答じゃが、たしかに筋は通っておる。この辺りの人間であれば目的もなく里に接近などせんじゃろうが、里の存在すら知り得ないほど遠い地から訪れたのであれば、うっかり迷い込むことがあってもおかしくはない。ただし、そのうっかりが起こるには、もともと森の近くまで自らの意思でやって来ていたという前提が必要じゃがの。故に問う。

 

「じゃが、ここは人里からは随分と逸れた場所じゃぞ。普通に人里から人里へ渡り歩いておれば、余程の方向音痴でもない限り道程で森に近づくことにはならんじゃろうて」

「それは……うち、少し特殊。商売相手、人間だけ、違うから。旅先、いろんな種族、知り合う。皆、商売相手、可能。レアアイテム、入手」

「ふむ。種族を問わず商売しておるから、お主の旅に人里の位置は関係ない、というわけじゃな。その説明もまた道理にはかなっておる、か」

 

 そんな具合にいくつかの問答を繰り返した結果として、ひとまずこの人間は儂らに害意を持っておらぬ可能性が高いと結論付ける運びになった。

 もちろん、こやつの発言を全て鵜呑みにして信用するわけではないがの。

 

「とりあえず、質問はこれで最後じゃ。お主の名前と、これからどうしたいと考えておるのかを教えてくれんかの」

「うち、名前……クウ。数日、飲まず食わず、彷徨った。だから、お腹ペコペコ。食事、求む。それから……しばらく滞在、ここで商売、可能?」

「ハハハ! そうかそうか、お腹ペコペコか。それは大変じゃったの。よし、数日分の食料は儂らで用意してやるから安心せい」

「感謝! 感謝、心から!」

「……じゃがな、残念ながらお主のことを完全に信用できるほどの根拠はないのじゃ。故に、この里に留まることも、商いをすることも許可できぬ。申し訳ないのじゃが、食料だけ受け取ったら速やかに出て行ってもらいたい」

「う、うぐっ……」

 

 人間の女、クウの表情はほんの一瞬、明るい晴れ間を見せたものの……儂が付け加えた拒絶によって再びがっくりと沈む。空気は依然として重い。

 

 それなりに理不尽な対応であることは自覚しておる。それでも、里を預かる長として甘い判断は下せない。この人間が本当に無害であったとしても、滞在を認めることで儂らに益はないのじゃから。

 加えて今は、か弱い幼子のナーニャがこの里で暮らし始めたばかりである。そしてナーニャは、どうして森の中にいたのか、これまでどのような境遇で生きていたのかすら分かっていない。そんな状況で里に人間を置き続けることは、少なからずリスクを抱えることになる。クウが娘っ子の過去に関わっておらぬ保証など何処にもないのじゃから。そんなリスクを妹バカ(シスコン)二人が許容するはずがないじゃろう。

 故に、クウを受け入れるという選択肢はこの里に存在しない。

 

「ちょ、ちょっと待ってナーニャちゃん!」

「おいナーニャ……って、んえっ?!」

 

 フウラとナナシが、何やら慌てた様子で声を上げておる。何事かとそちらに視線を移してみれば、フウラに抱きしめられて大人しくしていたはずの娘っ子が、フウラの側から離れてクウに駆け寄り……

 

「ーーーーーー。ーーーーー!」

 

 挙句、笑みを浮かべながら自ら話し掛けるという暴挙に出た。はぁあっ?

 

 娘っ子を除いたこの場の全員が思わず固まる。当然、突然の出来事に驚きと混乱を覚えたからじゃ。状況をよく理解していないクウだけは、儂らと別の意味で固まっていそうじゃが。具体的に推測するならば、誰この子? みたいな。

 

「……んぅ?」

 

 膠着した空気の中、その引き金である娘っ子が不思議そうに首を傾げた。いや、どっちかというと首を傾げたいのは儂らの方じゃからの?

 ほんと何を考えておるんじゃ、お前さんは!?




空気読めない系主人公「ナーニャ、動きます」

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人類との邂逅なんですが、何か?

前回のあらすじ
フウラ「ナーニャちゃん萌え~~」
ナナシ「エルフ語を喋る人間捕まえたで!」
クウ「うち、悪い人間じゃないよ!」
里長「事情は分かった。食料やるから早よ出てけ」
ナーニャ「よっしゃ、なんか知らんけど動くで!」
一同「はい????」



 お姉さんたちとの感動の再会(半日振り)を果たしたボクは、先ほどからずっとお姉さんに抱きしめられている。

 

 あのさぁ、初めて出会ったときからずっと思っていたんだけど……お姉さん、ちょっと軽率にスキンシップを取りすぎじゃない? そんなことばかりしていたら、ボクみたいな単純な生き物はおかしな方向に勘違いしちゃうかもしれないよ?

 まあ、幼女と化した今のボクでは、劣情よりも安心感が勝ってしまうんだけどね。ボクの内なる男の(さが)、一体何処へ旅立ってしまったんだろうか。そろそろ帰っておいでよ。

 

 などと冗談半分に思いつつ、反面、なんだかんだでお姉さんたちの側にいられること自体は嬉しくて仕方がなかったりもする。変な意味ではなく、自分でも驚くぐらい割と純粋に。だってさ、人の温もりって良いものだよ? 正確にはエルフの温もり、だけど。どっちでもいいよね、そんなの。

 

 ただし現状に限って言えば、ボクの身体をお姉さんの腕から解放してほしいという気持ちの方が強い。何故なら、ボクの興味は自身の背後……つまり、お姉さんの視線の先にいる、エルフではない何者かに向いているから。

 

 駆け寄ってきたお姉さんに抱きしめられて今のような状況に陥る直前、ボクはその存在を確かに目にした。それは、耳の尖っていない黒髪の女の子。この世界で初めて遭遇する、人間(同族)の姿だった。

 

 いや~、まずはこの出会いに乾杯したい!

 何日経ってもエルフ以外の生物を全く見掛けないから、人間という種そのものが存在しない世界である可能性も覚悟し始めていたものでね。

 

 とは言え、正直なところ、彼女の恰好には度肝を抜かれちゃったね。まさかこの世界で最初に知り合う同族が、被虐嗜好(マゾヒズム)を全開にした格好で現れるとは……。そんな特殊なシチュエーションまでは、ボクといえども想像が及ばなかった。

 だけど、それが個人の趣味である以上、他人に迷惑でもかけない限りは否定されるべきじゃない。ボクは多様性を重んじる時代からやって来た現代人なのだ。たとえ初対面の相手が全身を縄で縛り、口枷付きの状態で佇んでいたとしても、ボクはその在り方を蔑んだりなんてしない。

 まあさすがに、この世界の人間が全員こんな感じなんだとしたら、精神的に辛いけど。それはいくらなんでも……あり得ないよね?

 

 あっ、ちょっと待って。

 よくよく考えたら、この場には純情無垢を体現したかのような存在、本物の幼女が混ざっているじゃないか。そうなると話は変わってくる。幼女の目の前でその格好はいろいろマズいって。そんなセンシティブな格好を幼女に晒すのは、教育上まったく宜しくない。

 そんなわけで、せめて衣服くらいは着てくださいな。いや、そういえば衣服は普通に着ていたんだっけ。その上から縄で縛っているだけで。

 えっと……それじゃあ、とりあえず口枷は外しておこう! ね?

 

 ずっとお姉さんに抱きしめられている所為で、ボクは黒髪の女の子がいる方向へ顔を向けることができない。それを良いことに、ボクは少しばかり思考を暴走させていた。後で、失礼なことばかり好き勝手に考えちゃってごめんなさい、と謝罪せねば。

 

 ところで話は変わるんだけど……同族ということはワンチャン言葉が通じる相手かもしれないんだよね。現状、ボクを放置して繰り広げられている会話の中では、ちっとも聞き取れない異世界の言語が飛び交っているけれど。それでも、彼女と直接言葉を交わすまでは希望を捨てたくない。今はお姉さんたちエルフと言葉を交わしているから、まだ人間としての言語を使っていないだけかもしれないし。諦めるにはまだまだ早いでしょ。

 都合良く日本語が通じるとまではさすがに思っていないけれど、英語とかドイツ語とか、多少なり理解できる言語が飛び出す可能性は十分にある。西洋人っぽい顔つきだしね。というか、いい加減そのくらいのご都合主義は許してほしいものだ。

 

 

 

 そんなことを考えているうちに、お姉さんたちと黒髪の女の子の会話に区切りがついたらしい。何故か先ほどの会話にあの幼女まで加わっていた気もするけど……まあ、気のせいだろう。幼女は所詮幼女だし。

 区切りがついたことにより、張り詰めていたお姉さんの気が緩んだようで、ボクをギュッと抱きしめていた白い腕からも自然に力が抜けていく。当然、ボクはその機会を逃さない。お姉さんの腕の隙間からするりと抜け出し、お目当ての黒髪の女の子がいる方へテクテクと駆け出した。

 いざ、同族のもとへと突撃だ!

 

「ーー、ーーーーーーーナーニャちゃん!」

「ーーナーニャ……ーー、ーーー?!」

 

 お姉さんとダークエルフさんがボクの名前を呼んでいるが、今このときだけは無視を決め込むことにする。きっと、ボクみたいなちびっ子は大切な客人に迷惑をかけちゃうんじゃないかと心配しているのだろうけど、これでもボクは立派な大人だからね。その辺りのマナーについては心配ご無用ですぜ。

 

 黒髪のお姉さん……むっ、毎回そう呼ぶのは面倒だな。よし、今後は「旅人さん」と呼ぶことにしよう。歩きやすそうなブーツと体温調節がしやすそうな羽織、さらには大きな荷物まで背負っているもんだから、いかにも旅人って雰囲気なんだよね。

 その、黒髪のお姉さん改め旅人さんのもとに辿り着いたボクは、精一杯の笑顔を浮かべて挨拶を試みる。第一印象を良くするためにも、笑顔はとても重要だ。

 

「やあやあやあ、はじめまして旅人さん!」

 

 うん、同族としての親しみやすさと礼儀正しさを兼ね備えた完璧な挨拶ができたのではないだろうか。あまり堅すぎる挨拶をしても、逆に見えない壁が出来ちゃうからね。我ながら、ぱーふぇくと!

 だというのに、旅人さんからは一向に返事が返ってこない。それどころか、この場の空気すら固まってしまったような……。まったくもって解せぬ。

 

「……んぅ?」

 

 そんな情けない声を漏らしながら、ボクは思わず首を傾げてしまう。

 

「あれ、あれれ……? やっぱり日本語じゃ通じないです?」

 

 ま、まあ落ち着こう。日本語が通じないことくらいは最初から予想していたじゃないか。うん。こうなれば、知りうる限りの挨拶をぶつけまくるしかないね。

 

「はろー! ぐーてんたーく! ぼんじゅーる! にーはお!」

 

 その後も記憶を振り絞ってさまざまな挨拶を繰り出してみたものの、なにひとつ返事を得ることは叶わず……ひと通り繰り出し切ったところで、ボクはこの世界にご都合主義など存在しないことを理解した。同じ人間相手ですら言葉が通じないんだね。がっかり。

 

「■、■■■■……」

 

 そんなボクをじっと見つめていた旅人さんが、ぽつりと何か呟く。直後、ボクに向かって慈愛に満ちた表情で微笑みかけてきた。

 

「…………あっ!」

 

 ビビッときた。あぁ、これは全てを理解してくれている聖母の微笑みに違いない!

 即ち、お前の事情はちゃんと把握しているから安心しなさいよってことだ。察しの良いボクにはそれが分かる。ふふん、ご都合主義はやっぱり存在したんだね。言葉だって、きっと本当は最初の一言目で通じていたんでしょ。

 ……でも、それならどうしてさっきの挨拶に返事してくれなかったのかな?

 

「ーー! ナーニャーーーーー」

「ーーー、ナーニャちゃん! ーーーーーーー」

 

 声がした方へ振り返ると、お姉さんとダークエルフさんが慌ててこちらに向かってきている。

 ふむふむ、なるほどそういうことか。見た目がエルフで、そのくせエルフの言葉すら知らないようなボクが、何も事情を知らないお姉さんたちの前で急に他の種族(旅人さん)と会話し始めたら……たしかに、ややこしいことになりそうだもんね。厄介ごとを避けるためにも、ここはむやみに言葉を交わさず機をうかがうのが最善手ってわけだ。

 

 兎にも角にも、五日目にしてようやくボクは人間に出会うことができた。しかも、どうやら言葉を交わせそうな雰囲気である。

 

「うぅう、よかった~~!」

 

 喜びのあまり、ボクは旅人さんの胸へとダイブした。それはほぼほぼ反射的な行動であり、同時に、以前のボクであれば絶対に取らなかった行動だった。

 何だか日に日に幼女っぽい行動が染みついてきているなぁとも思うけれど……今はこの喜びに身を任せるとしよう。

 

「■■……■■……」

「ーーー、ナーニャ……」

「ナーニャちゃんーーー。ーーーーーーー!」

 

 まさかこのとき、ボクの背後でダークエルフさんががっくりと膝をつき、お姉さんに至っては目を真っ赤に血走らせていたなんて……そんなこと、浮かれたボクは想像すらもしていなかった。




ナーニャの推測が見事に的中していたらいいですね~(目を逸らす)

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次女は意外と冷静ですが、何か?

 この里に来るまで人間たちから酷い扱いを受けていたのではないか……と、そんな過酷な過去を匂わせていたナーニャが取ったまさかの行動に対し、オレとフー姐は戸惑いを隠せずにいた。

 なあ、どうして人間なんかに向かって、そんな一生懸命に喋っているんだ? 本来であれば、人間に恐れ慄き激しく拒絶反応を示したとしても、何ら不思議ではないだろうに。

 

 もしかすると、オレたちが想像しているような辛い過去など存在しないのかもしれない。

 いやいや、それならばナーニャの境遇をどう解釈するというのだ。やはり、人間から何らかの仕打ちを受けていたと考えるのが自然だろう。うん。

 となれば、クウと名乗るこの人間が、ナーニャの目にはよほど善人にでも映っているのだろうか。世俗に塗れていない幼子ほど、本質を見抜く力を持っているともいうし……。実際、数多の人間と接したことのある里長がこの人間を一定信用し、里の食料まで与えると判断したのだから、悪い奴ではないのだろうけど。

 そうは思いつつも、なかなかそう簡単に割り切ることはできない。オレの中には、未だ人間に対する猜疑心が根強くこびりついているのだ。

 

 こんな風に俺たちを惑わせている元凶の面を改めて拝んでやろうと、ナーニャに詰め寄られているクウの顔面に視線を向ける。そこには……顔を激しく上気させ、何やら不穏な気配すら漂わせている要注意人物の姿があった。あっ、マズいぞこれ。

 

「か、かわいい……」

 

 ナーニャの行動に対しオレたち同様に戸惑っていたはずのクウが、聞き捨てならない一言を呟いた。

 いや、たしかにナーニャは可愛いが、とってもとっても可愛いが……だからと言って、この状況で普通そんな感想は飛び出さないだろう? シスコンでロリコンのフー姐じゃあるまいし。オレたちから変な誤解を受けないようにエルフ語を使って呟いている辺り、今のところ冷静さは保っているようだが。

 本来であれば、呟かれた当人が異変を察して警戒心を高めるべき場面だ。だがしかし、ナーニャは当然その呟きの内容を理解できない。それに加えて、いつも通りの無警戒っぷり。寧ろ隙しか見当たらない。

 まさしく飛んで火にいる夏の虫。すっかり目尻が下がり切ったクウに向かって、尚もナーニャは擦り寄り続ける。

 

「おい! ナーニャから離れろ」

「ダメよ、ナーニャちゃん! こっちにおいで」

 

 嫌な予感が止まらないオレたちは、ナーニャのもとへと歩み寄りながら必死に呼びかける。その呼びかけに反応したのか、ナーニャがこちらへ振り向いた。そうだ、それで良い。そのままオレたちの側に帰ってくるんだ。お前は賢い娘だろう?

 

「うぅう、ーーーー~~!」

 

 だがしかし、ナーニャは一瞬こちらを見たっきり、視線をクウの方へ戻してしまった。そしてそのまま謎の歓声を上げ……あろうことか、クウの胸へと飛び込んだ。

 

 ……は、はい? オレの目がこれでもかというくらいに大きく見開く。ええええ、正気か!?

 

「■■……■■……」

 

 ナーニャからとどめの一撃を受け、完全にハートを撃ち抜かれたであろうクウは、遂にエルフ語で話す余裕すらも失ってしまったらしい。そりゃそうだろう。オレがクウの立場だったら、キャパオーバーで意識を手放してしまう気がするもん。まったくもって羨ま怪しからん……。

 どうせフー姐みたいに「天使……」的なことを呟いているんだろうけど、今はそんなこと知ったこっちゃない。オレの口から思わず嘆きが漏れる。

 

「嘘だろ、ナーニャ……」

「ナーニャちゃんどいて。そいつ殺せない!」

 

 あのナーニャが、よりにもよって人間なんぞに抱き着くなんて……。その現実を受け入れられず、オレは地面に膝をつく。ヤバいな、あまりのショックに一瞬脚から力が抜けてしまったぞ。

 そしてオレより数段ヤバそうなのが、すぐ隣で目を血走らせているフー姐だ。かつてないほどの殺気を全身にまとっている。あぁ、本当にヤバいかもしれない……()()()()()

 

「フ、フー姐、ちょっと一旦落ち着こう? ね?」

 

 フー姐の気持ちは痛いほど理解できるが、いくらなんでもそれはまずい。クウ自身には非がないから、というのも当然理由のひとつではある。だがそれ以上に、この場で理不尽に人間を襲ったという事実を作ってしまうことが宜しくない。万が一、彼女を手にかけたことが人間たちに伝わりでもすれば、エルフ狩りの口実を与えることにもなりかねないのだから。まさか、クウがそれを狙っているとは思わないけど。

 というか、ぶっちゃけ今回はナーニャが悪い。大体、なんでそんな簡単に懐いてるのさ、このバカ!

 

「んっふふ~~」

「……■■■■■■」

 

 当のナーニャは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。だからその表情はズルいって。何も言えなくなっちゃうじゃん……。

 もう一方のクウはと言えば、尚も荒れ狂うフー姐とは対照的に随分と落ち着きを取り戻したらしい。まだ若干の戸惑いは残しつつも、すっかり慈しみの表情を浮かべている。それにしても、なんて穏やかな表情なんだろう。

 

 そんな二人を見ていたら、オレたちが一方的に警戒心を向けていること自体、何だか馬鹿らしく思えてきた。だってこの光景、オレたち姉妹の日常と何ら大差ないじゃないか。

 

「なあ人間……いや、クウ。あんた、本当にエルフの里に害をもたらす気はないんだよな?」

「ほへぇ~…………え? あっ、うん。敵意ない、当然!」

 

 おい、なんだ今の妙な間は。というか、ほへぇ~って完全に意識どこかへ飛んでいってただろう!

 まさかとは思うけど、さっきまで穏やかな表情を浮かべていたのは()()()()()だったが故とか言わないよな!?

 

 ……まあ良い。いや、賢者タイム云々はちっとも良くないけれども、それ以外はね。

 彼女に敵意がないのなら、これ以上無駄に反発し続ける理由もないだろう。この里は、べつにエルフ以外不可侵ってわけでもないんだし。

 というか、この状況で無理やりナーニャを引き離してクウを追い出そうものなら、ナーニャに嫌われてしまいそうな予感がする。それは嫌だ。

 ついでに言えば、隣でエキサイトしているフー姐が目に入る度、スッと冷静になれるんだよね。所謂、(エルフ)の振り見て我が振り直せってやつさ。

 

「里長。ナーニャの奴がしばらく離れそうにないし、こいつが悪い奴じゃないってんなら数日滞在を許すくらいは問題ないんじゃないか?」

「むっ……ふぅむ。まあ、儂とてこやつが害意を持っておらぬことくらいは見抜いておる。故に、お前さんらが拒まぬというのであれば受け入れても構わぬが……ナナシ、フウラよ。それで本当に良いのじゃな?」

 

 オレの提案に対し、里長からは予想通りの前向きな回答が返ってきた。先ほどクウに追放を言い渡したのは、オレたち姉妹に配慮した側面が大きかったのだろう。

 

「良いわけないでしょ!」

 

 当然、殺意むき出しのフー姐は拒絶の意思を示してきた。これも予想の範疇だ。

 

「でもさ、本当にこのまま追い出して構わないのか、フー姐? もう二度と会えないとナーニャが気づいてしまったら、また泣き出してしまうかもしれないぞ」

「ぐっ……でもぉ」

「いろいろ重なって結果的に意固地になっているだけで、フー姐だってこの人間が悪い奴じゃないことくらい薄々感じ取っているんだろ?」

「そ、それは……そうかもだけどっ」

 

 まあ、逆にフー姐と同類のヤバい奴(ロリコン)である可能性が浮上してきているんだけどね。オレの中でじわじわと。面倒なので、今はまだ言及しないでおこう。

 それに、オレはなにも善意だとかナーニャに嫌われない為とかって理由だけで、こんなことを言い出したわけではない。

 

「この人間、さっき言ってたよな……友人から教わって。()()()()()()()()()()って」

「えっ……? そういえば、たしかにそんなこと言ってたかも」

 

 そう、重要なのはそこだ。

 

「それに、こいつはさまざまな種族を相手にして商売をしているんだろ? 共通言語なんて存在しないはずなのに、どうやって意思疎通を図っているのか興味が湧かないか?」

「それは気になる……わね」

 

 現状オレたちは、言葉を知らないナーニャとほとんどコミュニケーションが取れていない。

 いやまあ、まだ出会ってからほんの数日しか経っていないし、特にこれと言って何か教えようともしていないだけなんだけど。もう少し経っていろいろと落ち着いたら、お勉強の時間はちゃんと設けるつもりだったからね? 慌てずとも、エルフの寿命は長いのだ。

 

 とは言え、現状がそんな有様であることには変わりない。実際のところ、クウの話が参考になるかどうかなんて分からないが……ひとまずこの場の落としどころとしては、ちょうど良いんじゃないだろうか。

 

「というわけで、クウ。もし良かったら、明日またオレたちと会って話さないか?」

 

 こうなった以上、否とは絶対言わせないけど。




次女が飄々とした性格に育っているのは、長女の影響が大きそうですね。これまでも、何かと苦労を積み重ねてきたのかもしれません。

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因果応報ってやつですが、何か?

散々周りを振り回した分、そろそろナーニャにも振り回されてもらいましょう。



 思い返せば、本当に様々な出来事があった一日だった。だが、そんな今日という日もすっかり陽が沈み、ようやくながら夜を迎えた。以前暮らしていた都会の夜とは違い、この世界の夜は随分と静かである。

 

 ボクとお姉さん、それにダークエルフさんの三人は、揃って()()()()()に帰ってきている。

 

 居候の癖に何勝手に家主面しているんだ、なんて無粋なツッコミは無しの方向でお願いしたい。玄関へ足を踏み入れた瞬間にホッと安らぎを覚え、ボクもすっかりこの家に馴染んだものだなぁと感慨深い気持ちになったばかりなものだから……思わずマイホームなどと表現してみたくなったのだ。

 

 さて、帰宅したボクが今何をしているのかと言えば、ずばり夕食に舌鼓を打っている最中である。卓上には、今日もお姉さんお手製のご馳走が並んでいる。立ち上る湯気、香しい品々。あぁ、なんて幸せな時間なんだろう。

 

「ほふぅ……おいし~~」

 

 ただし一点、どうしても疑問を唱えずにはいられないことがありまして。

 

 あのぉ……ボクの身体、どうしてお姉さんの膝の上に乗せられているんでしょうか?

 ねえねえ、おかしくない? 昨日まで食事中にそんな扱いしてこなかったのに、急にどうしたってのさ!

 

「ナーニャちゃん、ーーー!」

「ぬぅうう……あむっ」

 

 何故かスプーンすらも握らせてもらえずにいるボクは、お姉さんに所謂「あ~ん」をしてもらうことで、料理を口にできている。

 ぐぬぬ……さながら親鳥から餌を与えてもらっている雛鳥の気分だ。いくら身体が幼女化したからと言って、これはさすがに恥ずかしい。

 

 ほんと、どうしてこんなことになったんだろう。

 

 

 

 

 原因を探るべく、ボクは記憶を遡る。

 

 喜びの感情に身を任せて旅人さんの胸へとダイブした直後のボクは、しばらく呑気に浮かれ続けていた。

 

「んっふふ~~」

「……■■■■■■」

 

 旅人さんは、相も変わらずボクの知らない言語でしか喋ってくれないけど、今は気にする必要もない。事情は何となく察しているからね。

 

 しばらく経って、ダークエルフさんたちがまた言葉を交わし始める。そのタイミングで、さすがにそろそろ旅人さんから離れようと考えたものの……何故だかそれが叶わない。あれれ?

 

 違和感を感じて視線を下げると、旅人さんの両腕がボクの身体をぎゅっと抱き締め返していた。

 恐らくそれほど強い力ではないのだろう。しかしながら、この身はか弱い幼女である。つまるところ、今のボクにここから抜け出す術など存在しない。つい先ほども、同じようなシチュエーションをお姉さん相手に経験した気がするんだけど……デジャヴかな?

 とは言え、旅人さんとて意識してボクを()()しているわけではないと思う。だから、彼女が気づくまでの間、このくらいのことは我慢するとしよう。

 

 ……ん? 拘束?

 

 不意に、この旅人さんの恰好が随分と特殊なものであったことを思い出す。

 そう。彼女は己の全身を縄で拘束している、正真正銘の被虐嗜好者(マゾヒスト)なのである。ヤババのバ……。

 

「えっと、ボクにその()はなくってですね? だからボクは、身体を拘束されたってちっとも嬉しくないのですよ……?」

 

 慌てて主張してみるも、ボクを拘束する腕の力は一向に緩む気配がない。

 お~い、旅人さん。ボクの言葉、たぶん通じているはずだよね? なんで無視するの?

 

 しばらくもぞもぞと身をよじり続けていると、旅人さんがようやくボクのアピールに気づいたらしい。

 

「■■■■■? ……ふふっ」

 

 んんんんん? 今なんで微笑んだ!? しかも腕の力、心なしか強まっていないかい?

 まさか、同族(ヒト)というよりも同類(マゾ)だと思われているのでは。って、いやいや、そんな馬鹿なことあるわけがない……はずなんだけど。

 

 すっかり不安に駆られたボクは、ついつい助けを求めるような視線をお姉さんへ向けてしまった。

 我ながら本当に現金なものである。今の今まで、お姉さんの存在をすっかり忘れていたのにね。

 

 

 

 

 私の愛しいナーニャちゃんが人間の胸に飛び込むという、目を疑うような出来事の直後。

 ナナシちゃんから説得を受けたわたしは、渋々ながらも人間の滞在を受け入れることにしました。本当に渋々ですけど。

 

 いえ、分かってはいるんですよ? あのナーニャちゃんがここまで懐いている時点で、クウと名乗るこの人間が悪い子でないことくらいは。

 だけど、どうしても気に食わないんです。彼女がナーニャちゃんを見つめるときの目、絶対普通じゃなかったですから。わたしには分かるんです!

 

「それって要するに同族嫌悪ってやつなんじゃ……」

「……ナナシちゃん、今のは何の冗談かなぁ?」

「イエ、ナンデモゴザイマセン」

 

 よりにもよって人間と同族だなんて、たとえ冗談だとしても笑えないですね。ナナシちゃんは一体何を言っているのでしょうか。

 大体、ナナシちゃんが彼女の肩を持ったこと自体、割と想定外なんですよ? まったくもう。

 なんてことを考えていた、まさにそのときでした。

 

「…………あっ!」

「ど、どうしたフー姐!?」

 

 たしかに今、背中にナーニャちゃんの視線を感じました。これがもし勘違いだったとしたら、いよいよわたしは立ち直れなくなりそうですが……。

 慎重に、恐る恐ると振り返り、ナーニャちゃんの姿を視界に入れます。

 

「あぅう……っ」

「ナーニャちゃん!!」

 

 やりました、お姉ちゃんの大勝利です!

 ナーニャちゃんは現在進行形でわたしを見つめていました。あれは間違いなく姉を求める妹の目です。

 ふっふっふっ、紆余曲折があろうとも、必ず最後には姉のもとへと帰ってくる。これがこの世の心理ですから。当然の結果ですね。

 

「うふふふふ」

「うわぁ、急に笑い始めるとか……フー姐、ついに壊れたか!?」

 

 ナナシちゃんの失礼な発言も、今のわたしなら難なく許容できちゃいます。姉の懐は海より深いので。

 なに? さっきまで目を血走らせていたじゃないかって? 細かいことは言いっこなしです。

 

「というわけで、わたしのナーニャちゃんを返してくれるかしら?」

 

 わたしは早速ナーニャちゃんのもとへと歩み寄り、彼女を抱きかかえている人間に話しかけました。もちろん笑顔で。これが姉の余裕というやつです。

 

「何が『というわけで』なのじゃ?」

「ナーニャは別にフー姐の所有物じゃないからな?」

 

 周りがやたらと五月蠅いですが、この際すべて聞き流しましょう。

 

「えっ……あっ、うん。承知!」

「ありがと。いい子ね」

 

 人間の腕から解放されたナーニャちゃんは、ふらふらとおぼつかない足取りでこちらに歩いてきました。ふふっ、なるほど。()()()()()()ですね。

 

「もちろん構わないわよ。さあ、今度はお姉ちゃんの胸へと飛び込んでおいで!」

「…………んぅ?」

 

 ありゃ? てっきりこのまま、わたしに抱き着いてくるのかと予想していましたが……。

 あぁ、さっきまで人間に抱きついていたことを気にして、躊躇しているのですね?

 

「そんなこと、これっぽっちも気にしていないから大丈夫よ。おいでおいで~」

「……ん、んぅ?」

 

 もう、じれったいですね。仕方がありません。こうなったら、お姉ちゃんの方から抱き締めてあげるとしましょう。ほら、ぎゅぅう~~!

 

「ふぇ!? んぐぅううう……」

「お、おいナーニャ! 大丈夫か!?」

「うふふっ、可愛い」

 

 ナーニャちゃんったら、本当に甘えんぼさんですね。可愛さの塊のような妹は、わたしの腕の中ですっかり脱力しています。よっぽど安心したのでしょう。なんとも愛おしいです。

 

 そういえば、今日は全くと言っていいほどにスキンシップが足りていませんからね。ナーニャちゃんが愛に飢えるのも当然でしょう。その分も含め、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、です。

 

 とっても楽しみですね!




その結果、夕食の際にたっぷりと甘やか(あ~ん)されたナーニャなのでした。

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賑やかな食卓なのですが、何か?

六日目へと突入する前に、ちょっとしたサイドストーリーをおひとつ。



「ほれ、これが今日の晩飯じゃ。とは言うても、ほとんど昨晩の残り物なんじゃがの。お主の分も準備したから、遠慮せんと好きなだけ食うて良いぞ」

「……感謝っ! 美味しそう、とても!」

「うむ。まあ、人間の口に合うかは分からぬが……」

「大丈夫、良い匂い! ……いただき、ます!」

 

 この里にしばらく滞在することとなったクウ。彼女の眼前に料理をずらりと並べてやると、目をきらきらと輝かせて嬉しそうに感謝を伝えてきた。腹が大層減っておるとは聞いておったものの、これは予想以上の喜びようじゃな。悪い気はせぬ。

 

 さてさて、儂は今、クウと共に屋敷で食卓を囲んでおる。そう、二人きりで。

 何せ、こやつを屋敷まで連れてきたフウラたちが、娘っ子を連れて足早に帰ってしもうたからの。今頃あやつらは何をしておるのじゃろうな……。

 

 クウに里への滞在を認めた以上、里の誰かが最低限の面倒くらいは見てやらねばならぬじゃろ?

 となれば、もはや儂自らがどうにかするしかあるまいて。事情を知らぬ他のエルフにいきなり預けると、それはそれで面倒なことになりそうじゃし。

 そんなわけで、ひとまずは儂の屋敷の空き部屋に泊まらせてやると決めたのじゃ。

 

「……って、そんなに慌てて口に詰め込むと危ないのじゃ。心配せんでも、料理は勝手に逃げ出したりせんのじゃぞ? ほれ、少しは落ち着いて食わんか」

「もごっ、ふがふがふが」

「返事は口の中のものを飲み込んでしもうてからで構わぬのじゃ……」

 

 ほっぺをぱんぱんに膨らませて美味しそうに食っておる姿を見て、やれやれと苦笑しつつ緩く戒める。

 

 しかしまあ、何だかんだ言うてもその姿は年相応の小娘そのものという具合じゃの。

 恐らくじゃが、ようやくの食事と休息で一息つけたことと、こやつに対し警戒心むき出しじゃった守り人姉妹がいなくなったことが大きいのじゃろう。昼間の緊張感は何処へやら、幼さすらも感じさせる振る舞いを垣間見せておる。

 

 ふと、何年か昔にこの屋敷で、守り人であるフウラとナナシを預かっていた時期があったことを思い出した。正確には、守り人になる前の二人を、じゃな。

 

 最初に儂が預かったのは、()()()()()により、幼くして天涯孤独の身となったフウラじゃった。今ここで多くは語らぬが……そのような境遇であったが故に心を閉ざしかけておったあやつの姿には、儂も心を痛めたものじゃわい。まあ、今ではそんな過去など幻だったかのように生意気な娘へと成長したがの。あのとき、少し甘やかしすぎたのかもしれん……。

 

 当時のフウラにとっての希望の光となったのが、儂が偶然拾いそのまま預かることとなったダークエルフの野生児、ナナシじゃった。フウラとナナシ、ともに天涯孤独の身であったが故に、何かしら通じ合うところがあったのじゃろう。引き合わせてからほんの数日で実の姉妹のように打ち解けあっておる様子を目にして、ホッと胸を撫で下ろしたことを覚えておる。

 

 うむ。あやつらが、フウラの生家に戻り二人暮らしをすると言い出すまでの僅かな期間、面倒を見ながら成長を見守る日々はそれほど悪くなかった。

 ……で、つまるところ今のこの状況は、その頃の食事の光景をそこはかとなく想起させるのじゃ。

 

「里長殿。もしかして……良いこと、あった?」

「ああ、いや、少し古い記憶を思い出しておっただけじゃ。お主は何も気にせんで良い」

 

 おっと。昔の記憶を懐かしむだなんて、年寄りくさいことをしてしまったのぉ。実際、儂って正真正銘の年寄りじゃから、至極自然ではあるのじゃが。

 クウに声を掛けられて、儂は何となくはぐらかすような返事をした。

 

 何はともあれ、たまにはこうやって若者と食卓を囲むのも悪くない。悪くないのじゃが……。

 何も気にしなくて良い。儂がそう言ったにも関わらず、クウはわざわざ食事の手を止めた状態でこちらを見つめ続けておる。

 

「ふふっ」

「な、なんじゃその目は……!?」

 

 クウのその目は、幼子に注ぐような()()()()というやつで……って、いやいやいや、何故そんな目を儂に向けるのじゃ? おかしいじゃろ!

 儂は思わず抗議の声を上げた。

 

 どちらかといえば、その目は儂がお主に対して向けるべきものであろうに。何度でも言うが、儂はこの里の年長者じゃぞ? しかも、お主は儂に世話を焼かれておる立場なのじゃからな?

 

「なんでも、ない。なんでも……ふふっ」

 

 そう言いながらも、こやつの腕は食卓を跨いで儂の頭上へと伸びてくる。

 

 うーむ、ものすごく嫌な予感がするのじゃ。長年の経験から、儂の脳内に警笛が鳴り響く。

 里長としての誇りを守るためにも、一旦この場から逃げ出すべきかもしれぬ……などと考えかけた儂の頭に、こやつの小さな手のひらが乗っかった。

 あぁ残念、もう手遅れのようじゃ。

 

「よーしよし、よーしよし」

「ほれ、やっぱりこうなるじゃろ!? ……こらっ、馬鹿たれ。やめんかっ!」

 

 抗議の声も何のその。なんとも絶妙な手つきで儂の頭を撫で続ける。

 なるほど、要するにこやつはフウラと同類というわけじゃな。間違いない。

 それだけ理解して、儂は早々に抵抗を諦めた。

 

 

 

 

「ふぅ……満腹、大満足。深く感謝!」

「そうかいそうかい。それは良かったのぉ」

 

 儂の頭を撫で回した後、卓上の料理もぺろりと平らげたクウは、まさしく言葉通りにほくほくと満足し切った表情を浮かべておる。

 ただし、その眼は半開き気味で、襲い来る眠気を誤魔化せていない。腹が膨れたこともあり、旅の疲労が一気に眠気へと変わったのかもしれぬ。

 

「そういえば、明日またフウラたちと会うのじゃろ? ならば、今日はさっさと部屋で休んで、しっかりと明日に備えるがよい」

「…………」

 

 気遣って部屋に戻るよう声を掛けてみたのじゃが、クウは何故か心配そうな表情を儂へ向けておる。こやつは一体何を気にしておるのじゃろうか。

 部屋の場所については先ほど案内してやったばかりじゃし、水浴びも夕食前に済ませたはずじゃが。

 うーむ……案内中、クウを泊める部屋はフウラたちを預かっていたときにも使っていたのだと説明したが、まさかそのことが引っかかっているとか? さすがにそれは違うか。

 

「どうしたのじゃ? 何か気になることがあれば、遠慮せんと話してみい」

「えっと……その……」

 

 そんな具合に催促してみれば、クウは瞳を揺らしながらも恐る恐ると口を開いた。

 

「里長殿。ひとり、就寝、寂しくない?」

「……おいこら、なんじゃその質問は!? 儂はそんな心配をされるような年齢ではないと、何度も言っておろうがっ!」

 

 こやつ、どれほど儂を子ども扱いすれば気が済むのじゃろうか。しかも、割と本気で心配している顔つきじゃぞ……!?

 

「本当に? 大丈夫?」

「余計なお世話じゃ、このたわけっ!」

 

 儂が声を上げた途端、クウは神妙だった表情を崩して急にクスクスと笑い始めた。そこでようやく、儂はこやつに揶揄われていたのだと理解した。

 

 無暗に年寄りを揶揄うでないわ! などと叱りながらも、儂の口元は緩んでしまう。

 この儂としたことが、人間の小娘に一本取られてしもうたわい。これでは確かに年長者の威厳などあったものではないの。

 

「ほれ、そろそろ戯れは十分じゃろ? お主はさっさと部屋に戻るのじゃ。休息は大事じゃぞ?」

「うん、了解……今日のこと、改めて感謝!」

 

 クウは再び儂を見つめる。

 

「それじゃ……おやすみ、なさい!」

「うむ、おやすみ。また明日なのじゃ」

 

 良い夢を――。




三姉妹が戯れている裏側で、ロリババアと人間の少女もしっかり交流を深めておりましたとさ。

感想や評価などいただけると、う○ぴょいを踊りながら喜びます。


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ほっぺに朝の挨拶ですが、何か?

 おはようございます。今日もまた、いつもと変わらぬ清々しい朝を迎え……むぎゅっ。

 失礼、改めてもう一度。今日もまた、いつもと変わらぬ清々しい朝をぉ……うぐぐぐぐ。

 

「あぁもう! お姉さんたち、ぐるじいですっ」

 

 この世界で目覚めてから六日目の本日、ボクは清々しいなんて表現とは程遠い朝を迎えていた。

 ベッドに寝転がるボクの右隣にはお姉さん、左側にはダークエルフさん。いい加減、慣れすら感じ始めた川の字の就寝スタイルである。

 この状態って、挟まれているから只でさえ圧迫感があるんだけど……昨晩に至っては、なんと両側から抱きしめられるというね。隙間ひとつ見当たらないような密着っぷりで、サンドウィッチの具材も同然の扱いを受ける羽目になった。そんな夜を乗り越えた結果、ボクは朝から満身創痍な有様なのだ。とほほ。

 

 いやまあ、寝れたか寝れなかったかで言えば、割とぐっすり眠れたんだよ? 昨日はいろいろあって疲れていたからね。エネルギー切れってやつだ。

 それと……正直にぶっちゃけてしまえば、いきなりの事態になんだなんだと取り乱したのは、最初の数分だけだった。というか、その後すぐに猛烈な安心感が襲って来たもんで、寧ろいつも以上に熟睡できたような気がしないでもない。ボクとしては、なんとなく受け入れ難い事実なんだけど。

 ただ、朝を迎えて目を覚ましても、微塵も体勢に変化なくこの状態のままだなんて、さすがにそんなの想定できないでしょ。

 

 で、昨晩は襲い来る眠気で意識が朦朧としていたこともあってそれほど気にしていなかったんだけど……両側から、なんか色っぽい吐息がぁあああ!

 これ、ボクが男のままだったら、理性の面がいろいろと危なかった気がする。

 

 ……いや、というか逆に、もうちょっとボクの理性が揺らいでも良い場面なんじゃないかな? なに普通に自己分析する余裕を持っちゃっているんだよ。

 密着しているお姉さんたちの柔らかい感触とか、鼻腔をくすぐる女の子特有の甘い匂いとか……そういう類に至っては、今改めて状況確認して意識するまで、これっぽっちも気になっていなかったからね!?

 あぁ、慣れって怖い。

 

「んんっ……ーー、ナーニャちゃんーーーー」

「ふわぁあ……ナーニャ、ーーーー」

 

 おっと。ボクがモゾモゾと動いていた所為か、お姉さんたちが目を覚ましたみたい。何はともあれ、まずはいつも通りの挨拶から。

 

「おはよ、ございますっ」

 

 これで良し。

 さて、挨拶も済んだところで、そろそろベッドから起き上がりましょうか。一秒でも早くサンドウィッチ状態を解消したいボクは、そんなメッセージを込めてお姉さんに視線を送る。

 ボクとお姉さんは、もはや以心伝心の仲だからね。当然正しく伝わるはず。はず……。

 

「ナーニャちゃん、ーーーーーーー……っ!」

「あぇ…………んわわわ!?」

 

 ボクと目が合った途端、お姉さんは何故か辛抱堪らんといった具合の表情を浮かべ……より一層顔を接近させたかと思えば、そのままボクのほっぺに()()()()()()()()()()()

 

 うにゃぁああ! 何が以心伝心の仲だよ。全然伝わってないじゃんか!?

 

「あのっ、その……べつにボクは、おはようのキスを催促したわけじゃなくてですね?」

「ふふふっ」

 

 こりゃダメだ。ちっとも伝わる気がしない。

 ま、まあ、ほっぺにキスされたくらいでどどど動揺するボクではないからねっ!? ……ほら、欧米ではキスがあいさつ代わりだったりするんでしょ? それと同じことだから!

 

「ナーニャ……ーーー」

「ん、えっ?」

 

 妙に上機嫌なお姉さんとは相反し、どうにも不満げな様子のダークエルフさん。どんよりとして眠そうな半目のまま、先ほどお姉さんにキスをされたのとは反対側のほっぺを睨んでいる。

 

 えぇっと……ダークエルフさん、一体どうしたのかな? ほらっ、早く起きようよ。

 あは、あはははは。顔が何だか近いですって。

 

 ……ほわっ!? うにゃあああああ!

 

 

 

 

 かつて神の子は言ったそうな。右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ、と。でもね……そんな彼ですら、右の頬にキスされたら左の頬を差し出せ、とまでは言っていなかったはずなのである。

 何故ボクがこんな下らないことを考えているのか、それは敢えて説明せずとも察してほしい。うぅう。

 

 さて、あれから小一時間ほど経ったことだし、暫し脳内反省会でも行うとしようか。

 第一に、お姉さんとボクが以心伝心の仲だなんて調子に乗った考えを抱いてしまったことが失敗だった。もしそんな仲だったとしたら、そもそも昨晩の時点であんな目には遭っていないっての。

 そしてもう一点。まさかのダークエルフさんにまでキスされちゃった件だけど……正直、あれについての原因は皆目検討がつかない。果たして、何がダークエルフさんをあのような行動に走らせたのか。

 

 もしかすると、この世界では朝一の口づけが常識、もしくはマナーだったりするのだろうか。

 だとすれば、「おいおい。あいつには頬を差し出しておいて、こっちは無視かよ。この常識知らずが!」みたいな感じで不満をぶつけられたとしても文句は言えない。いや、そんな口調なのかは知らないけど。

 

 あれ? その場合、今度はボクの方からもキスを返すべきだったりするのか……?

 って、それはダメだ。何というか、とにかくダメなものはダメだ。絵面的には大丈夫なのかもしれないけど。郷に入っては郷に従えって言葉もあるけど。とにかく、そういう問題ではないのだ。

 この件については、もう暫く様子を見ることにしよう。早合点しちゃうのも良くないしね。うん。

 

 ……ん? 反省会を行うのは構わないけど、そろそろ今どんな状況なのかも説明してほしいって?

 べつにいいじゃないか、そんなこと。もう少し現実から目を背けさせてよ……。

 

「ナーニャちゃん、ーーー!」

「…………()()()

 

 

 

 

 わたしの膝の上に乗っているナーニャちゃんが、ぶつぶつと独り言を呟いています。何か考え事でもしているのでしょうか。しかし、難しい顔をしていても可愛いだなんて……ナーニャちゃんの魅力は本当に反則級ですね。朝から眼福です。

 そんな可愛い妹には、とっておきのご褒美をあげるとしましょう。ほら、お口を開けて?

 

「ナーニャちゃん、あ~ん!」

「…………あむっ」

 

 果実を刺したフォークを差し出すと、ナーニャちゃんの小さなお口がそれを咥えました。直後、ナーニャちゃんの目尻がとろんと下がります。

 ふふっ、よっぽど美味しかったのでしょうね。この果実、とっても甘くて美味しいから、絶対ナーニャちゃんが喜んでくれると思ったんですよ。

 

「昨日の夕食時といい、今朝といい、フー姐ばっかりナーニャの世話してズルいぞ……」

「このくらい良いでしょ? わたしが立てていた昨日の予定、丸々潰れちゃったんだから」

「それはまあ、そうなんだけどさ」

 

 ナナシちゃんが少しばかり拗ね気味ですが、ナーニャちゃんにあ~んする権利だけは譲れないんです。ごめんなさいね。

 

「……ふんっ」

 

 あら? もしかして、ナナシちゃんも久しぶりにあ~んしてほしくなったのでしょうか? そういうことなら、明日はナナシちゃんを膝に乗せて……。

 

「待って、フー姐。またなんか碌でもない誤解してるでしょ……それ、絶対違うから」

「そうなの? とりあえず、お姉ちゃんはいつでも大歓迎だからね!」

 

 ナナシちゃんは素直じゃないですからね。今はまあ、そういうことにしておいてあげましょう。

 

「そういえば、さっきナーニャちゃんのほっぺにキスしてたでしょ」

「そそそそそそんなこと、フー姐じゃあるまいし……オレがするわけないだろっ!?」

 

 わたしにバレないよう隙を突いていたつもりのようですが、お姉ちゃんの目は欺けませんよ?

 大体、朝からあんなに赤面していたら、誰だって察しがつくというものです。

 

「ふふっ、やっぱりナナシちゃんは素直じゃないわね。可愛い子」

「な、なんだよぉ~……」

 

 ナーニャちゃんには寝起き早々に上目遣いでキスをせがまれ、ナナシちゃんには微笑ましい光景を見せつけられ……。可愛い妹二人に囲まれて、今日もわたしは幸せです!




朝っぱらから三女を愛でる長女。
そんな長女の真似っ子をする次女。
その愛情(被害)を一身に受ける三女。

ホホエマシイデスネー。



今回で遂に30話目。
皆様に執筆のモチベーションを支えていただいているお陰で、何とかここまで続いております。本当にありがとうございます。

感想評価などいただけると、赤べこ並みに赤面しながら喜びます。


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エルフの里は平和ですが、何か?

 朝食を終えたボクは居間で一息つきながら、今日は何をして過ごすのだろうか、なんてことをぼんやりと考えていた。

 

 それにしても、社会人として仕事に追われるばかりだったボクが、まさかこんなにも悠々自適な日々を送ることになるだなんて……果たして誰が予想し得ただろうか。いや、誰にも予想できるはずがない。

 ほんと、人生何が起こるか分からないものである。

 

 しかしまあ、目を覚ましたら全て元通り、なんて可能性もなくはないんだよね。そもそもこの世界で目覚めたこと自体、突然の出来事だったのだから。

 生活水準を下げるのは簡単だけど、上げるのは逆にめちゃくちゃ大変なんだって話を聞いたことがある。そんなわけで、あまり怠けすぎないようには気をつけたい。じゃないと、うっかり社会復帰できない身体になりかねないし。ああ、想像するだけで恐ろしい。

 

 ……よし。とりあえず、この家でボクにも手伝えることがないか探してみよう。仕事を手に入れるのだ。

 拳を頭上に掲げながらそんな風に決意したタイミングで、()()()()()()()()()()()()が部屋に響いた。昨日に続いて今日もまた、誰かがお姉さんたちのもとへとやって来たようだ。いやはや、人気者だね。

 

 ダークエルフさんが扉を開いて、客人を家の中へと招き入れる。ボクは興味津々でその顔を覗き見た。

 

「って、わわっ……旅人さんじゃないですか!」

 

 ボクは思わず声を上げる。

 なんとびっくり。入ってきたのは、記憶に新しいあの二人だったから。つまるところ、昨日出会ったばかりの旅人さんと、託児所らしき建物でよく出会う謎の幼女が、揃ってこの家にやって来たというね。

 

 旅人さんは、もしかするとボクと会うために来てくれたんだろうか。だったら割と嬉しいかも。

 その隣にいる謎の幼女は……どうして旅人さんと一緒にいるのだろう? 相も変わらず謎だらけだ。

 

 

 

 

 里長がクウを連れて突然うちに押しかけて来た。

 扉を叩く音が聴こえたときには、またトラブルが起こったのだろうかと身構えたものの……どうやらそうではないらしい。ホッと一安心。

 

 しかし、里長がうちに何の用事だろうか? 理由がぱっと思いつかないものだから、オレは小さく首を傾げる。そんなオレを見た里長が、呆れたと言わんばかりの表情で説教を始めた。

 

「お主ら……誰かと会う約束をするときは、集合場所と時間まできっちり決めておくべくじゃろうが。クウの奴、今朝になってようやく何も決まっていなかったことに気づいたらしくての。一体どうしたものかとオロオロ狼狽えておったのじゃぞ?」

 

 ……あぁ~、そういえばクウとまた会う約束をしていたっけ。寝起き早々からナーニャの可愛さに夢中になるあまり、オレもフー姐も約束のことなんてすっかり忘れてしまっていた。こんなこと、口が裂けても里長には言えないや。バレてはいないようだけど、一応ごめんなさいと謝っておく。心の中で。

 

「おい、儂の話を聞いておるのか?」

「おっと……もちろん!」

 

 里長の指摘はたしかに実際その通り。どこで会うとか全く決めていなかったからね。いや、でも昨日はあの場を上手く収めるので精一杯だったしなぁ。

 

「まったく。仕方がないから、とりあえずここまでクウを連れてきてやったのじゃ。精々儂に感謝せい」

 

 なるほどなるほど、そういうわけか。流石は里長。

 本人は絶対否定するだろうけど、里長って何気に面倒見が良いんだよね。昔のオレたちのこと然り、昨日のナーニャのこと然り。

 

 それはそれとして……幼い子どもにしか見えない容姿の里長に説教されても、正直なところ微笑ましさしか感じないわけで。オレは思わずくすりと笑う。

 

「……何故に今笑うたんじゃ!?」

「すまんすまん。悪かったって、里長。次また会う約束するときには、ちゃんと気をつけるからさ」

「なんとなく釈然とせぬが……まあ良いじゃろう」

 

 笑ってしまった理由(わけ)についてはしれっと誤魔化しておきつつ、オレは話題をすり替える。

 

「なあ、里長とクウの距離感、何だか妙に近くなってないか? 一晩共にしたことで、すっかり仲良しってわけか?」

「……にゃにゃにゃ何を阿呆なこと言うとるのじゃ、この戯け!」

 

 おっ? 話題をすり替えるつもりで適当に冷やかしてみたら、案外良いところを突いていたらしい。

 とはいえ、里長は安易に動揺しすぎだぞ。べつに変な意味なんて込めていないのに。

 

 ほら、里長がそんな反応を見せるから、フー姐がまた警戒心を強め始めたじゃないか……。

 

「ぐぬぬ……。たしか名前はクウだっけ? 人間のくせに、貴女なかなか侮れない子ね」

「あれ? もしかして、うち、認められた?」

 

 まあ、たしかに認められたっちゃ認められたのかもね。もっともそれは要注意人物(幼女たらし)として、なんだけど。

 噛み合っているようで噛み合っていないフー姐とクウのやり取りに、里長が思わず頭を押さえる。ちなみにオレも里長と同じ気分だ。何だかちょっぴり面倒臭いぞ、この二人。

 

 

 

 

 ダークエルフさんたちが何やらガールズトークに花を咲かせている中、ボクはといえばすっかり手持ち無沙汰になっていた。この場で唯一ガール(本物)じゃないボクは、当然その輪に加われないからね。

 そもそも、ガールじゃないとかそんなの以前に、彼女たちとわいわいトークする為の言葉すら持ち合わせていないんだけど。

 

 ボクはふと、つい先ほどの決意を思い出す。

 そうだそうだ。何かボクでも手伝えること、役に立てることがないか探そうとしていたんだった。かつての社会人生活で培ってきた経験を活かして、今の自分にできること……う~ん、一体何があるだろう。

 

 せっかくお客さんが来ているんだから、とりあえずお茶でも出してみようか。

 いや、これは駄目だ。お茶……というかお水の入った透明なボトルは、随分と高い棚の上段に仕舞われていた気がする。

 うんうん、幼い子どもがうっかりボトルを割ってしまって、どこか怪我でもしたら大変だからね。割れ物は幼児の手が届かないところに仕舞っておくのが正解だ……って、誰が幼児やねん! ボクは頭の中でノリツッコミを繰り広げる。

 

 それならお客さんの肩でも揉んで差し上げようか。

 いやいや、これもちょっと違うな。お客さんこと旅人さんは、どう見たって肩が凝るような年齢じゃないし。それは却って失礼な行為と受け取られかねない。

 それに、いくら下心はないと言っても……ボクの方から女の子の身体を揉もうとするのはなぁ。どう考えたって良くないでしょ。

 彼女の胸に自ら飛び込んだ昨日のことなんてすっかり忘れて、今更ボクはそんなことを考えていた。

 

 その後も、アイデアが浮かんでは消えていき……なかなか良いお手伝いが思いつかない。ボクってこんなにポンコツだったっけ? うぬぬ。

 

 そんな具合に、あーでもないこーでもないとボクがひとりで百面相している間も、ダークエルフたちのガールズトークは続いている。時折こちらに視線を向けている気配を感じるけど、まあ気のせいだろうね。

 ほんと、ボクってば自意識過剰なんだから。

 

 

 

 

「おい……なんじゃあの可愛い生き物」

「あら、里長もようやく()()()()ナーニャちゃんが天使級の可愛さだってことを理解できたのですね。偉いですよ、よしよし」

「お主は何故そんなに上から目線なのじゃ!?」

 

 ナーニャは何か考え事でもしているのだろう。表情をコロコロと変化させている彼女の様子を見つめながら、里長が思わず言葉を漏らした。

 それを聞いたフー姐が、水を得た魚のように里長を弄っている。なんだかんだ言って、フー姐は里長のことも大好きだからなぁ。

 それはそれとして、フー姐の発言にひとつだけ聞き捨てならない部分があった。その点については、しっかり指摘しておかねば。

 

「何度でも言うけど、ナーニャはべつにフー姐のものじゃないからな?」

「うむ、よく言うたな、ナナシ。まったくもってその通りじゃ。娘っ子は誰かの所有物ではないからの」

 

 すかさず里長が加勢してくれる。

 流石は里長。容姿以外は至って常識的だ。

 

「ごめんなさいナナシちゃん。ええ、もちろんちゃんと分かっているわ。正しくは、()()()()()()ナーニャちゃん、だったわね」

「ふんっ……分かっているなら良いけどさ」

「いやいや、いやいやいやいや。それで納得しちゃいかんじゃろ!?」

 

 ん? 何が駄目だというのだろうか?

 

 オレたち姉妹と、ツッコミに追われる里長の組み合わせ。いつもと変わらぬお馴染みの光景である。

 ちなみにクウは、ナーニャの観察に夢中な様子。オレたちの会話に混ざる余裕など無さそうだ。

 

「里長ったら、声を荒げてどうしたのですか?」

「……少し落ち着けって、里長」

「エルフ、幼女……可愛い」

「おーい、儂の味方はおらんのか!? もう嫌じゃ、この馬鹿共の相手をするの……」

 

 エルフの里は今日も変わらず平和である。




里長「長生きの秘訣? ふむ、そうじゃな……敢えてひとつ挙げるとすれば、たくさんツッコミを入れることかのぉ。ハハハ(乾いた笑い)」

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ようやく前進しましたが、何か?

 クウと里長がうちにやって来てから暫くの間、オレたちは他愛もない雑談を続けていた。いや、雑談なんて言いつつ、ほぼほぼフー姐が里長を弄り倒しているだけなんだけどさ。

 

 ちなみに今日、守り人の役目である森の見回りはお休みだ。何せ、フー姐と二人がかりで隅々まで見回ったばかりだからね。

 

 さて、里長もツッコミ続けることに疲れてきた頃合いだと思うし、この辺りで本題に入っても問題ないだろう。オレはタイミングを見計らって口を開いた。

 

「で、そろそろ本題に入りたいんだけど……」

 

 オレの発した一言で、だらしなく緩んでいたクウの表情が引き締まる。いや、緊張しすぎだって。べつにそんな身構えるような話でもないんだけど……。昨日フー姐が威嚇しすぎた所為だな、こりゃ。

 まあいいか。話を進めていくうちに、きっと落ち着きを取り戻すだろうし。それじゃ、単刀直入に質問をぶつけるとしよう。

 

「クウ。あんたって、どうやって他の種族と意思疎通を図っているんだ?」

 

 そう。今日またクウと会う約束をしたのは、これを知りたかったが故なのだ。

 さまざまな種族を相手に商売を展開しているというクウ。言葉は当然通じないだろうに、どうやって意思疎通を図っているのか。割と気になる部分である。その内容によっては、今後のナーニャとのコミュニケーションにも生かせるかもしれないからね。

 

 あっと驚くような手段を聞き出せるのではと期待してクウの顔を見つめてみるが、クウは「何故そんなことを尋ねるのか」とでも言いたげな表情でこちらを見つめ返している。

 

「いや、だって、身振り手振りや表情だけでの意思疎通なんて所詮限界があるだろう? 昨日、エルフの言葉は野良のエルフから教わったって言っていたけど、新しい言葉を学ぶにしたって、ある程度は意思疎通の手段がないと苦労するだろうし」

「それは、そう」

「……ってことは、やっぱり何か特別なコツとかあるんじゃないの?」

 

 だがしかし、クウは小さく首を振る。

 

「ううん、してない。特別なこと、何も」

「いや、でもさ」

「本当。だって……うち、絵、描いて、見せている、ただそれだけ」

 

 オレがしつこく食い下がると、クウは申し訳なさそうな顔でそう答えた。

 彼女は更に言葉を続ける。言葉が通じないのなら、視覚情報を用いれば良いだけの話だ。だけど、そんなものわざわざこの場で説明するような特別な手段ではないから、と。

 

「だから、役に立つ、情報ない。ごめんなさい」

 

 いやいや、べつに謝る必要はないさ。ところでひとつ質問なんだけど……。

 

「えっと、その、()ってなんだっけ?」

「……えぇ!?」

 

 耳に馴染みのない言葉なもので、オレは首を傾げずにはいられない。里長とフー姐も、大凡似たような反応である。そんなオレたちの反応に、クウが困惑の表情を浮かべる。

 

「うそ、でしょ……」

 

 嘘じゃないです。大マジです。はい。

 気まずい空気が流れるが、暫く経ってクウの隣にいた里長が拳でポンと手のひらを叩いた。どうやら、いち早く言葉の意味を理解できたらしい。

 

「あぁ、なるほどの。()とはつまり、絵画や図形のことじゃな。いやはや、懐かしいのぉ」

「それって…………あぁ、()か!」

 

 里長の一言によって、ようやくオレの頭の中でも言葉()意味()が結びついた。

 絵かぁ……たしかにそんなものもあったね。しかし随分と久しぶりに聞いたな、その言葉。

 

 困惑し続けているクウに対し、オレはその理由(わけ)を説明してやることにした。

 

 

 

 絵という概念そのものは、もちろんエルフの里にだって存在している。ただ、概念が存在するからと言って、それが必ずしもオレたちにとって身近なものであるかと言えば……そうではないのだ。

 その背景には、エルフという種族の価値観が非常に大きく影響している。

 

 オレたちエルフは、自分たちの種族こそが美の最たるものだという確固たる信念を持っている。まあ、そんなの当然なんだけどね。実際、エルフは例外なく美男美女ばかりなのだから。

 故に、オレたちは芸術というものに価値を見出すことができない。だって、冷静に考えてもみてほしい。自分たちの美を引き立てるような装飾品の類ならまだしも、美としての価値が自身に劣る絵画や彫像を鑑賞することに、何の意味があるというのか。

 肖像画? いやいや、実物の美しさには到底敵わないでしょ。仮にナーニャの肖像画とナーニャ本人が並んでいたとしても、オレの視界にはナーニャ本人しか映らない自信がある。

 

 なんでも噂によれば、他種族からエルフは一際プライドが高い種族だと評されているらしいが……まったく、妙な言いがかりは止めてもらいたいね。

 

 加えてもうひとつ。エルフは比較的狭いコミュニティーで完結した閉鎖的な暮らし方をする者が多い。この里で暮らすオレたちなんて、まさに良い例だ。

 で、そうなると、意思疎通に困る場面なんてそうそう発生しない。程度の差こそあれ、誰もが知り合いみたいなものなのだから。しかも長命だから、付き合いの長さも人間たちとは比べ物にならないし。

 結果、言語が成立する数千年前ならまだしも、現代においては情報伝達の手段に絵画や図解が必要になることなんて滅多にないってわけだ。

 

 要するに、エルフにとっては美としても情報伝達の手段としても弱い存在、それが絵なのだ。

 

 

 

「な、なるほど……! 一応、理解」

 

 そう言ってこくこくと頷くクウ。もっともその顔には、理解したけど納得はしていないぞという内心が滲み出ているが。

 まあ、クウが納得するかどうかはこの際どうでも良いことだ。事実は事実なのだから。そんなことより、もっと重要な話がある。

 

「話を戻すけど……つまりあんたは、それなりに絵が描けるってことだよな?」

「うん、描ける!」

 

 それは非常に都合が良い。昨日、あのままクウを追い出してしまわなくて良かった。オレ、グッジョブ!

 

「喜ぶといいよ、クウ。あんたをこの里に滞在させる理由が、たった今できた」

「……どういう、こと?」

 

 そういえば、オレたちの事情については何も伝えていなかったな。別に隠す必要もないし、さっさと説明してしまおう。

 

「もう何となく気がついているかもしれないけどさ、オレの妹……ナーニャは言葉を知らないんだ」

「……言葉、知らない?」

「そう、まあいろいろと事情があるんだよ。そんなわけで、あんたにはナーニャに言葉を教える際の手伝いを頼みたいんだ。もちろん、それ以外の時間は自由に過ごしていいから」

 

 オレたちは、クウに一時的な滞在場所を提供する。その代わり、クウにはオレたちの役に立ってもらう。持ちつ持たれつな関係ってやつだ。

 

「それで構わないよな、里長?」

 

 一応里長にも許可を求めておく。先ほど目にした親交の深まりっぷりから予想するに、恐らく異論はないだろう。

 

「うむ。もちろん儂は構わんよ。此奴のことは、昨晩のうちにそこそこ理解できたからの。商いも、里の商人に迷惑をかけぬ範囲であれば認めても良いのじゃ」

「……喜び! 感謝!」

 

 案の定、ふたつ返事で許可が下りた。後はフー姐の反応次第なんだけど……。

 

「ぐぬぬぬ、これはナーニャちゃんとお喋りするためだから……! ええ、わたしもそれで良いわっ」

 

 おっ、意外とあっさり受け入れてくれるんだ。フー姐のことだから、もう少しごねるんじゃないかと思っていたんだけど。何だかんだ言って、フー姐もそれなりにクウのこと認めているのかもね。

 ……いや、そうでもないか。よく見たらめっちゃ唇を噛み締めているし。まあ、とりあえずここは褒めておこう。

 

「偉いぞフー姐、落ち着いて冷静に判断できたな」

「……ナナシちゃん、お姉ちゃんに対する期待値が低すぎるんじゃない?」

「アハハ、ソンナコトナイデスヨ、オネエサマ」

「ちょっとぉ!?」

 

 でもまあ本当に意外だったからなぁ。オレのそんな顔を見て、フー姐が大きな溜息をつく。

 

「だって、わたしは絵なんて描けないもの……」

「それはオレも同じだな。オレがこの手で使いこなせるものなんて、精々守り人の弓くらいなものさ」

「ナナシちゃん、実はとっても不器用だものね。そんなところも可愛いんだけどっ」

「うっさい! フー姐にだけは言われたくないから」

 

 何はともあれ、これで一歩前進だ。

 いつの間にやらフー姐の膝上に移動(うつ)されているナーニャを一瞥してから、再びクウと向かい合う。

 

「そんなわけで、これからよろしく……クウ」

「うん、よろしく!」




ナーニャ「お手伝いできる仕事、早く見つけなきゃ」
クウ「とんとん拍子で仕事が決まりましてん」

余談。ナナシもエルフの価値観に染まっているので、綺麗だとか美人だと褒めても「なに当たり前のこと言ってんの?」的な反応しか示しません。が、可愛いなどと言ってあげると一転して顔を真っ赤に染めながら狼狽えてくれます。可愛いですね。


感想や評価などいただけると、天高くまで飛び上がって喜びます。


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自己紹介がまだでしたが、何か?

 人間の少女……クウと握手しているナナシちゃんを眺めているうち、わたしの胸中に何とも言えない感情が渦巻き始めました。人間相手にも物怖じしないほど逞しくなっていく妹の成長が、嬉しいような寂しいような。そんな想いを誤魔化すように、隣で腰を下ろしている里長の頭を撫でまわします。

 

「里長の成長期はいつ来るのでしょうね?」

「ぬわぁぁああ!? ……おいこらっ、急に何をするのじゃ」

 

 予想通りな里長の反応に安心感を覚えながら、さらに冗談を付け加えてみました。

 

「このくらい良いじゃないですか。何しろ里長はわたしの玩具(おもちゃ)なんですから」

「さてはお主、この世のすべてが己のものじゃと勘違いしておる(たち)じゃな!?」

 

 失礼な。そんな勘違いはしていないですよ?

 

「それから、儂の成長期はとっくの昔に終わっておるからの? 甚だ残念なことじゃが……ぐすん、自分で言うてて悲しくなってきたわい」

「よしよし、可哀想に」

 

 玩具扱いについては突っ込まないのね。なんて考えながら里長の頭を撫でつつ、折角なのでわたしの膝上に乗っているナーニャちゃんの頭も撫でておきます。すると、途端に目を細めて「ふわぅう」と気持ちよさそうな声を漏らすナーニャちゃん。うふふ、見ていてとっても癒されますね。堪りません。

 

「あの……少し、お話、良い?」

 

 あぁもう、せっかく癒されている最中なのに。

 

 ナナシちゃんとの会話を終えたクウが、ナーニャちゃんと少し話しても良いかと尋ねてきました。なんでも、今後ナーニャちゃんと関わる機会が多くなるだろうから、自己紹介を済ませておきたいとのこと。

 ぐぬぬ。わたしたちの方からクウに手伝いを頼んでいる以上、さすがにそれを拒むわけにはいきません。仕方がないので「どうぞ」とだけ返事します。

 しかし、言葉すら通じない現状では自己紹介も何もない気がするのですが……。

 

 膝上のナーニャちゃんに視線を合わせるため、クウがゆっくりとしゃがみ込みました。そして、自分自身を指差しながらゆっくりと口を動かします。

 

「うち、名前、クウ」

「…………んぅ?」

 

 いやいや、ナーニャちゃんに言葉は通じないってこと、先ほどナナシちゃんが説明していましたよね? 一体何を考えているのでしょうか、この子は。

 

「うち、名前、クウ」

「…………?」

 

 首を傾げるナーニャちゃんを目にしても折れる気配のないクウは、尚も自分を指差しながら名前を繰り返し続けています。

 

 ……あれ? そういえば、わたしたちはナーニャちゃんに名前を教えようとしたことありましたっけ? ふと、あまりにも今更な疑問が浮かびました。ナーニャちゃんの名前については、以前必死で聞き出しましたが……。

 そんなことを考えている間に、ナーニャちゃんの反応に変化が訪れました。訪れてしまいました。

 

「んと…………くぅ?」

「そ、そうっ。うち、クウ!」

「……くぅ! くぅ!」

 

 あぁあああああああああああああああ!?!?

 クウってば、名前を覚えてもらうことに成功しているじゃありませんか。

 

「な、なあ、フー姐。オレたち、肝心なこと試し損ねていたんじゃないか? あは、あはははは」

「そそそそうね、ナナシちゃん。うふふふふふ」

 

 えぇ、そうです、その通りです。わたしたち、ナーニャちゃんに自分の名前を教えようとしたことなんて一度もありませんでした。ほんと、今まで何をしていたのでしょうね。

 ……ですが、それはもう既に過去の話。過ぎたことを悔いても仕方がありません。大事なのはこれからどう動くかです。

 

 というわけで、膝上のナーニャちゃんを軽く持ち上げて……そのままくるっと一回転。わたしと対面になる状態を作ります。よいしょ、これで良し。

 それではさっそく自己紹介と参りましょう!

 

「ナーニャちゃんナーニャちゃん! わたしのこと、お姉ちゃんって呼んでみて?」

「……んぇ?」

 

 ナーニャちゃんの表情から、私の意図を必死に理解しようとしていることが伝わってきます。これはもうひと押しですね。再び自分を指差して、

 

「ほらっ、わたし、()()()()()、よ?」

「……お、おねぇちゃ?」

 

 はいっ、わたしがお姉ちゃんですよ!

 

 それにしても、うちの妹って天才なのでしょうか。まさかこんなにもあっさりと覚えてくれるなんて。

 

「ちょっと待てってフー姐、早い者勝ちはズルいって。オレだってナーニャにお姉ちゃんって呼ばれたいのに……このままだと被っちゃうじゃないか」

 

 あっ、たしかに……。わたしとしても、ナナシちゃんの願いはなるべく叶えてあげたいですからね。

 ではでは、少しだけ呼び方をアレンジしてみましょうか。大丈夫、天使で天才なナーニャちゃんなら理解してくれるに違いありません。

 

「だったら……()()()()()()()()、ですよ~」

「おねぇ、ちゃ……ふぅあ……ふぅおねぇちゃ?」

 

 はいっ、わたしがお姉ちゃんですよ!(二回目)

 

 確信しました、うちの妹は紛うことなき天才です。うふふ、今日この日を「ナーニャちゃんにお姉ちゃんと呼ばれた記念日」と定めましょうね。

 

「よ、よしっ! それならオレは……ナナシお姉ちゃんでいこう」

 

 わたしたちのやり取りを見ていたナナシちゃんも気合十分なようです。

 このまま何度もお姉ちゃんと呼ばれ続けていたい気持ちはありますが、順番ですからここは一旦ナナシちゃんに譲るとしましょう。再びナーニャちゃんを持ち上げて、今度はナナシちゃんのいる方向へ動かしてあげます。

 

「ナーニャ。オレのことは、ナナシお姉ちゃんって呼んでくれ! ()()()()()()()()、だ」

「……なぁし……おねぇた?」

「おぉおお、良い感じだぞ。もう一息だっ」

 

 ナーニャちゃんがほんの少しだけ考え込むような仕草を見せます。ですが、それも一瞬の事でした。

 

「んぅ…………なぁおねぇちゃ」

「おいおい天才かよ!? あぁ、オレがナナシお姉ちゃんだ!」

 

 ふふ、わたしと同じ反応をするんですね、ナナシちゃん。さすがわたしの妹です。

 

「ふぅおねぇちゃ! なぁおねぇちゃ!」

 

 はいっ、わたしがお姉ちゃんですよ!(三回目)

 

 ナーニャちゃんからお姉ちゃんと呼ばれるときの破壊力、凄まじいです。それはもう、名前くらいどうしてもっと早くに教えておかなかったのかと悔やむ気持ちが再浮上してくるほどに。

 辛抱堪らず目の前のナーニャちゃんを抱きしめると、ちょうど同じタイミングでナナシちゃんもナーニャちゃんを抱きしめていました。

 

「んぎゅう……ーーーーーーー!?」

 

 前と後ろから同時に抱擁されたナーニャちゃんが何やら声を漏らしていますが、今のわたしたちにそれを理解してあげられるような余裕なんてありません。

 

「こらこら、お主ら……娘っ子が苦しそうにしておるではないか」

 

 里長に咎められて渋々ながら腕の力を緩めると、ナーニャちゃんが「ぷはぁ」と可愛く息を吐きました。たしかにやりすぎはいけませんね、反省反省。

 

「ふむ。そういえば、儂も娘っ子には名前を教えておらなんだのぉ」

 

 そう言いながら里長もナーニャの正面にやって来ました。里長の場合は視点の高さがナーニャちゃんと大差ないので、わざわざしゃがみ込む必要はありません。そのままナーニャちゃんに語りかけます。

 

「娘っ子よ。儂の名前はララノーア、じゃ」

「らぁ……のぁ?」

 

 ん? んんんんん? わたしもナナシちゃんもついでにクウも、一瞬にして皆固まってしまいました。

 里長は頭をぽりぽりと掻きながら「うぅむ、ちょいと発音が難しいかのぉ」などと独り言を呟いていますが……いやいや、ちょっと待ってください。

 

「里長、今なんて仰いました?」

「じゃから、発音しづらい名前かもしれんのぉと」

「えっと、そうではなくて、もうひとつ前です。ナーニャちゃんに向かって何か言いましたよね?」

「儂の名前はララノーアじゃ、と言うたが……それが一体どうしたというのじゃ?」

 

 ……いや、えっ、誰それ!?

 

「誰って、儂の名前に決まっておろうが」

 

 おっと、心の声がうっかり外に漏れちゃっていたようです。そんなことより、

 

「里長の……名前!?」

「ちょいと待て。その反応、まさかとは思うが……」

 

 結論、誰も里長の本名を憶えていませんでした。

 だって里長はどこまでいっても里長ですから。他の呼び方はしっくりこないというか……ね?

 

「お主ら……いい加減にせんと幾ら儂とて泣くぞ? 本気で泣いちゃうぞ?」

 

 あっ、これガチなトーンですね。

 

 幼い頃からお世話になっている里長相手にその反応はさすがにちょっとマズかったようです。そんなわけで、里長の機嫌が直るまでの間、わたしとナナシちゃんはひたすら謝り続ける羽目になりました。

 ちなみに、空気を読んだナーニャちゃんが里長の頭をなでなでして慰めていましたが……それが逆効果だったことには触れない方が良いでしょう。

 

 そんなわけで、本日の教訓。

 大切な人の名前はちゃんと憶えておきましょうね。




これまでは愛でることに精一杯で、ほとんど何も教えていませんでしたからね。やっとこさです。
それにしても、幼い子供の吸収力ってやつは凄まじいです。本人は成人男性だと主張していますが。

感想や評価などをいただけると、雨にも負けず風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けずに執筆します。


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頭を撫でてあげましたが、何か?

「あれれ、いつの間に……?」

 

 ふと気がつくと、ボクの身体はまたしてもお姉さんの膝の上へと移動させられていた。このボクの隙を突くなんて、お姉さんってば只者じゃないね。

 

 ん? お姉さんがどうこう以前に、そもそもボクが隙だらけだったんじゃないかって? ハハハ、面白い冗談だね。まったく、そんなわけがないじゃないか。まさか子どもじゃあるまいし。社会の荒波に揉まれ続けてきたこのボクを見くびってもらっては困るよ。

 

 そんな具合に、誰とも知れない相手に向かって心の中で強がってみる。非力な今のボクにでも手伝える仕事はないだろうかと考え込んでいて注意力散漫になっていた数分前の己の姿は見て見ぬ振りをしながら。

 

 

 

「ーー、ーー、ーー」

「…………んぅ?」

 

 誰かの声がすぐ側から聞こえてくる。何事だろうかと意識を現実に戻すと、ボクの目の前に旅人さんがしゃがみ込んでいた。彼女は自身を指差しながら、頻りに何か語り掛けている。

 

「ーー、ーー、ーー」

「…………?」

 

 旅人さんがボクに対して何かを伝えようとしていることくらいは理解できる。だけど残念、何を伝えようとしているのかまでは理解できない。ボクはちょっぴり戸惑って、目をくるくると回してしまう。

 

「ーー、ーー、ーウ」

「…………」

 

 いや待て、落ち着くんだボク。ボクはこう見えても頭脳明晰な大人だろう? すぅう、はぁあ。ひとつ大きく深呼吸して、冷静に今の状況を観察する。

 

「ーー、ーー、クウ」

 

 ……あっ、なるほど! たぶんそういうことだな。ふふ〜ん、分かっちゃいましたよ。

 何度も繰り返し聞いているうちに、聡いボクは彼女が伝えようとしている()()を理解した。

 

「んと…………くぅ?」

「ー、ーーー。ーー、クウ!」

「……くぅ! くぅ!」

 

 えっへん、大正解。

 ボクの推測した通り、旅人さんは自身の名前をボクに伝えようとしていたらしい。嬉しそうな旅人さんの反応を見て、やはりそうかと確信する。

 

 どうして理解できたのかって? そんなのは簡単な事さ。旅人さんは自身を指差しながら何度も同じ単語を呟いていたんだけど……これって要するに、以前お姉さんたちからボクの名前について問い詰められたときとよく似たシチュエーションなんだよね。

 

 そんなこんなで、ボクはこの世界で目覚めてから六日目にして、ようやく他人の名前を知ることができたわけだ。ふっふっふっ、遂にやってやりましたよ。流石でしょ。だから褒めて褒めて!

 

 ……あれ? 今一瞬、まるで幼い子どもみたいな思考が頭を過った気が。

 ま、まあたぶん気の所為でしょ。

 

 

 

 さて、そこから先の展開は目まぐるしかった。

 まずは、ボクと旅人さんのやり取りを頭上で目撃していたお姉さんから名前を教わり、それを真似したダークエルフさんからも名前を教わり……そして今度はあの謎の幼女までもがボクの前へとやって来た。

 

「ーーーー。ーーーーーーーーー、ーー」

「らぁ……のぁ?」

 

 むむむ。舌っ足らずなこの口では、どうしても彼女の名前を上手く発声できない。

 謎の幼女とお姉さんたちが何か言葉を交わしている間も、何度も口に出そうと試みる。だけどやっぱり舌がついてこない。そうこうしているうちに、時間だけが過ぎてゆく。

 

「うぅう……ぐすん」

 

 唐突に、ボクの耳へと幼女のすすり泣くような声が届いた。あ、いや、ボクは泣いてないからね?

 

 泣き声の主がボクじゃないということは、つまり本物の幼女が泣いているということで。再び幼女に視線を向けると、案の定彼女の目元に大粒の涙が滲んでいる。どうやら必死に堪えようとしているみたいだけど……残念ながら堪えきれていないね。

 

 いやはや参った。降参です。ボクってば、子どもの涙には弱いんだよね。彼女の泣き顔を眺めていると、何だかつられてボクまで泣きそうになってしまう。最近のボク、ほんと涙腺が緩々で困っちゃう。

 兎にも角にも、子どもはやっぱり笑顔じゃなくっちゃ。ということで、ボクはひとつ決心する。

 

 よし、ボクが一肌脱いでこの子を泣き止ませてみせようじゃないか!

 

 えっと、その為の手段は……例えば、頭を撫でてあげて落ち着かせるのなんて良い案じゃないかな。

 たしか甥っ子の面倒を見ていたときには、それで見事に泣き止んでくれたからね。ふふん、ここでボクの人生経験が生きてくるわけだ。

 

 タイミング良くお姉さんが立ち上がる。当然ながら、膝に乗っていたボクはそこから降ろされた。

 これ幸いとボクも一緒に立ち上がり、幼女の隣へと移動する。そして彼女の頭へと腕を伸ばし、

 

「よ~しよし、いい子いい子」

 

 お兄ちゃ……いや、お姉ちゃんが慰めてあげるからね。何があったのかは知らないけど、きっと大丈夫。

 

「…………!?」

 

 謎の幼女はこちらを見て一瞬大きく目を開いた後、何か言いたげな表情を浮かべながらボクの手を払い除けようとしている。

 

 あらら、もしかして照れ屋さんなのかな? だけど子どもは遠慮なんてしなくて良いんだよ?

 ボクは優しく微笑んで、尚も頭を撫で続ける。

 

「ーー、ーーーーーー!」

「ん? どうしたの?」

「…………はぁ」

 

 あ、あれ……? 今、肩を落としながら小さく溜め息つかなかった!?

 しかしまあ、いつの間にか幼女は泣き止んでいたので、僕の行動は正解だったのだろう。うん、良かった良かった。ため息をついたかどうかなんて、そんな細かいことは気にしないで良し!

 

 

 

 

「えっと……里長、もしかして泣いてます?」

「わ、悪かった。オレもフー姐もちゃんと謝るからさ、機嫌直してくれよ……な?」

「うぅう……ぐすん」

 

 零れそうになっている涙を堪えながら、儂は小さく鼻を啜った。フウラとナナシはそれを見て、珍しくおろおろと狼狽えておる。

 

 何故(なにゆえ)このような事態に陥っておるのか、とな?

 ふん。こやつらときたら驚くべきことに、儂の名前をちっとも憶えておらなんだのじゃ。儂としては、それなりに近しい距離で成長を見守ってきたつもりだったのじゃぞ? もちろん、さすがに親の代わりを務められたとまでは思っておらぬが。

 そんなこんなで、儂の心は僅かながらの傷を負ったというわけじゃ。

 

 まあ実際には、ここ数十年を振り返っても他人に名前で呼ばれた記憶すらないので、こやつらが覚えておらぬのも特段おかしなことではないのじゃがな。それはそれ、これはこれということで。日頃から散々弄ばれている仕返しの意味も込めて、本心半分仕返し半分といった具合で目元に涙を溜めてみる。

 

「さ、里長……」

「うっ、なんだこれ。猛烈に罪悪感が湧くんだけど」

 

 しめしめ、儂の思惑通りに狼狽えておるわい。これに懲りたら、今後はもう少し年長者に対する敬意というものを持ってじゃな……って、んん? 娘っ子よ、急にどうしたのじゃ?

 何を思ったか小走りで近づいてきた娘っ子が、儂の頭上へと腕を伸ばしながら小さな口を開く。

 

「ーーーーー、ーーーーーー」

「…………!?」

 

 ななな何をするのじゃ! こやつ、甘ったるい口調で何やら囁きながら、いきなり儂の頭を撫で始めたのじゃが!?

 

「おい、止めるのじゃ!」

「ー? ーーーーー?」

 

 儂は娘っ子に対し抗議の意思を込めた視線を送りつつ、小さなその手を払い除けようと試みた。

 しかしながら現実は無情。残念ながら娘っ子には、儂の抗議なんぞ微塵も伝わっておらぬ様子じゃ。儂は小さくため息をつく。

 

「ナナシちゃん、あれ見て……。幼女が幼女に頭を撫でられているわ」

「しっ、フー姐。その一言、里長の耳に入ったらまた面倒なことになるって。そもそも里長は見た目が幼いだけだからな?」

 

 いや、しっかり聞こえておるからの?

 

 目元に溜めていた涙はとうに渇き果て、もはや苦笑いを浮かべるより他にない。別の理由で泣きたい気分にはなってきたが……。

 うぅう、何がどうしてこうなったのじゃ!?




ナーニャの純粋な善意によって、予期せぬダメージを食らう里長……。それにしても、ほんと隙あらば撫でられていますね。きっと、そういう星の下に生まれたのでしょう。強く生きて!

感想や評価などいただけると、夕日に向かって走りながら喜びます。


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買い出しに出掛けますが、何か?

「ララ、ボクの側から離れちゃダメだよ? はぐれたら迷子になっちゃうからね」

「……ー、ーーーーーー!?」

 

 謎の幼女ことララと仲良く手を繋ぎ、ボクはお姉さんの用事に付き添って外を歩いている。

 

 ララという呼び方についてなんだけど……あの後、結局ボクは彼女に教えられた通りの名前で呼ぶことを諦めた。だって、どう足掻いても舌が上手く回らないんだもん。こればっかりは、どうしようもないよ。

 とは言え、もう少し短い呼び方であればなんとかなるはず。そんな風に考えた末、せめてララと呼ぶことに決めたわけだ。

 

「ほら、ちゃんとお姉さんについて行こ!」

 

 ボクの目の前を歩いているお姉さんは、頻りに振り向いてボクたちがはぐれずについて来ているか確認している。えっと……心配してくれるのは嬉しいんだけど、ボクは大人だから大丈夫だよ?

 

 

 

 さてさて、時間は少しだけ遡る。

 

 目元に涙を溜めていたララが泣き止んだのが、ざっくり1時間ほど前のこと。以降、また暫くお姉さんたちの会話が続いたものだから、言葉が分からず蚊帳の外状態なボクは静かに見守っていた。

 

 で、どういった話の流れになったのかまでは知る由もないけど……手提げ袋のようなものを手にしたお姉さんに誘われて、ボクとお姉さんは外へ出かけることになったんだよね。散歩のつもりなのか、買い物のつもりなのか、はたまた別の用事なのかは分からない。まあ、何にせよ今のボクって暇人だから、誘いを断る理由なんてないんだけど。

 

 そんでもって、ここからが大事。

 ボクはそのとき、不意に閃いてしまったのさ。今のボクだからこそ役に立てることがあるってね。そう、それはズバリ……子守という名のお手伝いだ。

 何せ、ボクの外見はララと大差ない子どもそのものだからね。きっと彼女は、年が近そうなボクに親近感を抱いているはずだ。でもって、これはお世話係に就く上で最高のアドバンテージだと思うんだよ。しかも中身は頼り甲斐のある大人という。まさしく適材適所ここに極まれり。

 

 さっそく行動に移したいけど、子守をするならボクはララと一緒にいる必要がある。

 そんなわけで、ボクは子守を引き受けるために、ララも連れてお出掛けできないかお姉さんに訊いてみることにした。いや、訊くというか、玄関でボクに手招きしているお姉さんの側までララの手を掴んで連れて行っただけなんだけど。言葉が通じないから、少しばかり強引な手段になるのは仕方がない。

 

「ーーー、ーーーーー、ーーーーーーーーーーーーーー。ーーー、ーーーーーーーーー」

「ーーーーー、ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……」

 

 お姉さんがララに何やら声を掛け、ララもそれに答えている。きっと「貴女もわたしたちと一緒にお出掛けしたいの?」「うん!」みたいなやり取りなんだろう。それにしては、ララのテンションが低いようにも思うけど。お姉さんも口もとを押さえて笑いを堪えている様子だし。

 

「まあいっか……それじゃ、れっつご~!」

 

 こうしてボクたち三人は意気揚々と家から出発したのである。

 

 

 

 

 わたしたちが里長の名前を憶えていなかったためにひと悶着があったものの、それもようやく落ち着いた頃。ナナシちゃんがクウと話をしたいと言い出しました。なんでも、明日以降ナーニャちゃんに言葉を教えていくことになるので、事前に勉強会の計画を立てておきたいのだとか。それにしてもナナシちゃん、いつになく張り切っていますね。

 

「そりゃそうだよ。フー姐だって、ナーニャとたくさんお喋りしたいだろ?」

 

 なるほど、たしかに。言われてみれば、ナナシちゃんが張り切るのも至極当然ですね。

 小さなお口で一生懸命に話しかけてくるナーニャちゃん、想像しただけで頬が緩んでしまいます。まさに尊みの化身……。それじゃ、この件はナナシちゃんとクウに任せるとしましょう。

 

 さて、そうするとわたしやナーニャちゃんは暫く手持ち無沙汰になってしまいます。

 う〜ん、ナナシちゃんたちの話し合いはそこそこ時間が掛かりそうですから、その間に夕食に必要な食材でも調達しに行きましょうかね。

 

「里長。予定などなければ今晩はうちで食べていきませんか? もちろんクウも一緒で構いませんから」

「……うむ、そうじゃな。久しぶりにお主の手料理をご馳走になろうかのぉ」

 

 せっかくだからと声を掛けてみたところ、心なしか嬉しそうな表情を見せた里長が首を縦に振りました。ということで、今日の夕食はちょっとした宴会のようになりそうです。

 

「ナーニャちゃん、一緒に買い物行こっか」

「ーーーーーーー? ……んっ!」

 

 はい、とっても良いお返事です。そんでもって今日も可愛い。流石わたしの天使ちゃんです。

 

 すっかり気分を良くしたわたしは、そのままナーニャちゃんを連れて外へ出ようとしたのですが……ハッと何かを思いついた様子のナーニャちゃんが、なんとわたしの手を振りほどいてしまいました。そして再び部屋の中へと戻っていきます。

 

「……えっ? あ、あれれぇ? もしかして、今わたし振られちゃった感じなの?」

 

 って、いやいや、まさかそんなわけないですよね。きっと忘れものを思い出して取りに戻ったとか、そんな感じの理由でしょう。えぇ、そうに違いありません。流れ出る冷汗を誤魔化しつつ、離れていったナーニャちゃんを目で追います。

 

「らぁら! ん~~!」

「ぬわっ……!? わ、儂に何の用じゃ?」

 

 あらら、忘れ物の正体はどうやら里長だったみたいですね。とりあえず、振られたわけではなかったと分かり胸を撫で下ろします。も、もちろん最初から確信していましたけどね……? 

 

 ナーニャちゃんに腕を引かれ、困惑気味な里長がわたしの待っている玄関までやってきました。

 

「ふふっ、里長ったら、すっかり懐かれちゃいましたね。わたし、少し妬いちゃいます」

「なんとなく、懐くとかそういった類のものではない気がするのじゃがの……」

 

 里長の言いたいことも分からないではないのですが、ここは敢えてスルーすることにしましょう。ちなみに、本気で妬いたりはしていませんよ? 今のは、ほんのちょっとした軽い冗談ですから。

 

「お主、目がちょいと怖いのじゃ……」

 

 ふふふ、わたしのキュートな目が怖いわけないじゃないですか。冗談に冗談で返すとは、里長もなかなか成長しましたね。

 

 

 

 

「らぁら、ーーーーーーーーーー? ーーーーーーーーーーーーーーー」

「……お、なんじゃなんじゃ!?」

 

 わたしの背後でナーニャちゃんと里長が仲睦まじく歩いています。わたしもナーニャちゃんの隣に並んで手を繋ぎたい気持ちはあるのですが……せっかくお姉さん気分に浸っているナーニャちゃんの邪魔をするのも忍びなく、今は少しだけ距離を取って二人を先導しつつ静かに見守っています。長女たるもの、ときにはサポートに徹することも大切ですから。

 

「ーー、ーーーーーーーーーーー!」

 

 それはそうと、ナーニャちゃんはすっかりお姉さんとしての自覚が芽生えたみたいですね。そんなナーニャちゃんも、一生懸命背伸びしている感じが伝わってきて可愛いですっ!

 

「さすが里長、老若男女を問わずエルフの心を掴むのが上手ですね」

「いや……儂は今、極めて不本意な扱いを受けておるのじゃが」

 

 そんな風に不満を漏らしつつもナーニャちゃんのやりたいようにさせている里長は、やはり心が広いですね。もしかすると、本心では満更でもないのかもしれませんが。

 

「……また何か失礼なことを考えておるじゃろ」

「いえいえ、里長は偉大だなぁと、改めて尊敬の念を深めていただけです」

「絶対に嘘じゃ!」

 

 ナーニャちゃんの隣には里長がついているので迷子になる心配はしていませんが、お姉さんぶっているナーニャちゃんを観察したくて、わたしは何度も振り返ります。その度、ほんの少し胸を張って誇らしげな態度を見せるナーニャちゃん。あまりにも可愛らしいので、駆け寄ってギュッと抱きしめたい衝動に襲われますが……今は我慢です。耐えた分は、後ほどたっぷりと可愛がってあげるとしましょう。

 

 そんなことを考えていたわたしに対し、里長がジト目で非難めいた視線を送っています。

 

「そういえば、わたしたち遂に仲良し四姉妹になってしまいましたね」

「露骨に話題をすり替えたのぉ……って、いや、四姉妹にはなっとらんからの!?」

「安心してください、もちろん末っ子は里長です」

「そんな心配は一切しておらんわ!」

 

 毎度の如く鋭いツッコミを連発している里長でしたが、道端に何か見つけたらしいナーニャちゃんが彼女の腕を引っ張ったので、やれやれと呟きながらそのまま大人しく引っ張られていきました。

 

「らぁら! らぁら!」

「わかった、わかったから少し落ち着くのじゃ。まったく……」

 

 ふふっ、里長ってば正直じゃないですね。

 嫌々付き合っているかのような言葉に反して、里長の表情は穏やかそのものです。

 

「や、やっぱりお姉ちゃんも混ぜてほしいな~」

 

 辛抱し切れず声を上げて、二人の背中を追いかけるように早足で歩き始めたわたしなのでした。




ナーニャ本人は、保護者として相応しい振る舞いで子守をしているつもりなのですが……実際のところ、無自覚のうちにテンションが上がって割と浮かれていたりします。お散歩するのは楽しいですから、仕方がありませんよね。

感想や評価などいただけると、幸せをグッと噛み締めながら喜びます。


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キノコ狩りの季節ですが、何か?

 都会生まれ都会育ちなボクのテンションは、かつてないほどに高まっていた。

 なんたって、ボクは見つけてしまったのだ……道端に群生している美味しそうなキノコたちを。

 

「ララ! ララ!」

「ーーーー、ーーーーーーーーーーーーーー。ーーーー……」

 

 ボクは慌ててララを呼んだ。こんなすごい光景、一緒に見ないなんてもったいないからね。

 

「ほら見て! キノコの山だよキノコの山!」

 

 念のため補足しておくが、断じて某メーカーが発売しているチョコ菓子の名称を連呼したわけではない。キノコが山のように生えまくっていたものだから、思わずそう表現しただけなのである。というわけで、山の民も里の民もどうか落ち着いてほしい。

 ……っと、話を戻そう。

 

 キノコと言えば、梱包されてスーパーに並べられているもの。そんな都会っ子ならではのイメージを叩き壊すような神秘的な光景に、ボクはすっかり心を奪われた。まるで童心に返ったような気分だ。まあ、身体の方はリアルに童体なんだけど……ハハハ。

 

「ー、ーーーーーーーーーーーーーー」

 

 前を歩いていたお姉さんも、ボクたちが立ち止まり盛り上がっていることに気がついたらしい。ボクたちを追って近づいてきたので、ちょっとしたドヤ顔になりながら道端のそれを披露してみせた。

 

「ほらほらお姉さん、これ凄くない!?」

 

 いつになくハイテンションで話しかけたが、お姉さんはキノコを軽く一瞥したっきり、ずっとボクの顔ばかり見つめている。

 

「あぅ……な、なんでしょうか?」

 

 ううっ……まじまじと見つめられると、年甲斐もなくはしゃいでしまったことが途端に恥ずかしくなってきた。お姉さんはキノコには大して反応しなかったので、この土地で暮らしている者には見慣れた光景だったのかもしれない。そんなお姉さんからすれば、キノコ程度に盛り上がっているボクの方がよっぽど珍しい光景なのかも。は、恥ずかしい~。

 

 しかし、ボクの興奮そのものは十分に伝わったようで、お姉さんはひとつキノコを抜き取ると、それをボクに見せながらポイッと手提げ袋へ放り込んだ。

 ふむふむ、なるほど。どうやらキノコ狩りしようと提案してくれているっぽい。

 

 だけど大丈夫かな? 天然のキノコを素人が採って食べるのは、非常に危険な行為だって話を耳にしたことがあるんだけど。

 いや、山と共に生きるエルフなら、キノコに詳しくたって不思議でもないか。そんなお姉さんが大丈夫って言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。

 

 ……うん、ここは開き直って人生初のキノコ狩りを満喫するのが吉と見た。せっかくお姉さんが気遣って提案してくれているんだし。ということで、キノコ狩りを存分に楽しんじゃいましょう!

 

 

 

 

 ナーニャちゃんが見つけたものの正体、それは道端に生えているキノコでした。それもたくさんの。

 

 うふふ、キノコでテンションが上がるナーニャちゃん、相も変わらず可愛いです。

 それにしても、こんなところにキノコが生えていたなんて。わたしは日常的に通っている道なのですが、ちっとも知りませんでした。子どもって、普通なら見逃してしまうようなことにも気がついたりするときがありますよね。視点の違いなのか、はたまた好奇心のなせる技なのかは分かりませんが。えぇ、昔はナナシちゃんにもよく驚かされたものです。

 

 ですが、正直なところ今のわたしはキノコにそれほど関心がありません。というか、キノコなんて気にしている場合じゃないんです。

 だって見てくださいよ、ナーニャちゃんが浮かべているこのドヤ顔を! 胸を張り、両手を腰に当てているんですよ? その姿は、さながら財宝を掘り当てた冒険者か、世紀の発明を成し遂げた研究者のようです。あぁダメ、あまりにも可愛いすぎます!

 

 あっ……たった今、名案を思いつきました。

 せっかくナーニャちゃんがキノコを発見してくれたのですから、この辺りのキノコをいくつか持ち帰って、今晩の食材に使っちゃいましょう。ナーニャちゃんはキノコの収穫ができて喜ぶでしょうし、ついでに食材も一種増えて……良いこと尽くめです。

 

 ちなみに、わたしにはキノコを収穫した経験はありません。普段は市場で手に入れていますから。わたしは所詮、ただの守り人です。

 ですが、幸いにもこの場には、大抵のことに精通している里長という存在がいます。もしも危険なキノコが生えていても、彼女がそれを指摘してくれるでしょう。ああ、なんて頼もしい!

 そもそもエルフは毒に対する耐性が強いので、余程の猛毒でない限り命の危険はないのですが。

 

「頼りにしていますよ、里長」

「むっ? 何のことかちっとも分からぬが……おぬしもようやく儂を敬うことを覚えたようじゃな」

「わたしはいつだって里長をお慕いしていますよ?」

「う、うむ! 儂はこの里の長じゃからの!」

 

 先ほどのナーニャちゃんに負けず劣らず、里長も見事なドヤ顔です。こちらは完全に無意識なのでしょうけど。そんな性格だから、ついつい揶揄いたくなっちゃうんですよ?

 

「あまりにもチョロすぎて、わたしは里長の将来がだんだん心配になってきましたよ」

「こ、この儂がチョロいじゃと!? それ以前に、将来を心配されるような歳でもないのじゃが……」

 

 そういえばそうでしたね。

 さて、さっそく目の前のキノコを一本抜き取ります。そして、ナーニャちゃんがしっかりこちらへ向いていることを確認し、ちょうど持っていた袋へと大袈裟気味に入れてみせました。すると、ナーニャちゃんはすぐに意図を理解したようで、鼻歌混じりにキノコを収穫し始めました。

 

「んっふふ〜〜!」

「ふむ、娘っ子は本当に賢いのう。……その調子で、儂と接するときにももう少し知性を発揮してくれて良いのじゃぞ?」

 

 ナーニャちゃんの察しの良さを目にした里長が、感心しながらも自身の扱いについて嘆いています。

 そんな里長のもとへ、一緒にキノコを収穫しようとナーニャちゃんが誘いにやって来ました。

 

「らぁあ! ーーーーー、ーー!」

「よ〜しよし、分かっておるのじゃ。もちろん手伝うてやるから、腕を引っ張らんでおくれ」

 

 この感じだと、里長の歳が見た目通りでないことをナーニャちゃんが理解する日は、まだ暫く先のような気がしますね。何せ完全に妹分扱いですから。

 まあ、里長もそれほど嫌がっていない様子ですし、これといって問題はないでしょう。

 

 

 

 

「んっ……はふぅ」

「ふふっ。お疲れ様、ナーニャちゃん」

 

 両手一杯にキノコを抱えたナーニャちゃんが、ひと仕事終えたような雰囲気を醸しながら大きく息を吐きました。その様子を見たわたしは、ナーニャちゃんと里長が仲良く集めたキノコを持ち帰るために袋を差し出しながら、ナーニャちゃんを労います。

 

「ああ、それと里長も。なんだかんだと言いつつもナーニャちゃんの子守、お疲れ様です」

「ふんっ、この程度べつに余裕なのじゃ」

「たしかに。普通に楽しそうでしたもんね、里長」

「い、いや!? そのようなことはないぞ?」

 

 明らかに目が泳いでいますよ?

 べつに否定する必要もないと思うのですが。まったく、難儀なロリババアです。

 

 何はともあれ、頑張った彼女たちにはご褒美をあげなくちゃいけませんね。えぇ、絶対に。

 

「とにかく二人ともお疲れ様でした。……ということで、お姉ちゃんが頭を撫でてあげまちゅね〜」

「んぇ……? ふわぁああああ」

「って儂も!? や、やめんか馬鹿ぁっ」

 

 有無を言わさず二人まとめて撫でてあげます。ナーニャちゃんはほんの一瞬だけ戸惑う素振りを見せたものの、すぐ気持ちよさそうに目を細めました。

 里長は……いつも通りの愉快な反応です。

 

 なんだか既にお腹いっぱいになった気がしないでもないですが、そろそろ本来の目的に戻って買い出しに向かうとしましょう。

 暫く頭を撫で続けた影響か目をとろんとさせている二人の手をギュッと掴みます。

 

 うん、やっぱり。先程のようにひとりで前を歩くより、このスタイルの方がしっくりきますね。




ナーニャ「山と共に生きるお姉さんが大丈夫って判断したのなら大丈夫でしょ」
フウラ「知識が豊富な里長がついているから、安心してキノコ狩りができるわね」
里長「何のことかちっとも分からぬが、頼られて悪い気はしないのじゃ」

……えぇ、何も問題ないですね!(節穴)


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ちっちゃくなりましたが、何か?

フラグは即回収が本作のモットーでございます。



 里長たちを交えた賑やかな夕食のひとときに、その事件は起こった。

 

 ぐぬぬ、本当に訳が分からない。一体全体、何がどうしてこうなったのだ。オレたちはただ、楽しく食事をしていただけだというのに。

 

「ちょわっ……おちつけって、()()()()!」

 

 オレは、興奮が隠し切れていないフー姐を必死で宥める。あぁ、これほどまでに必死になるのは随分と久しぶりな気がするぜ。

 

「いいえ、ナナシちゃん。この状況で落ち着いてなんていられるもんですか」

「いやいやいや、たのむからおちついてくれ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()フー姐に怯えながら、オレはじわじわと距離を取る。

 なるほど、これと同じような環境でナーニャは日々を過ごしているのか。……いやホント、あいつ凄いな。元に戻ったら、これまで以上にしっかりフー姐から守ってやろう。オレは心にそう決めた。

 

 だが、今はまず自分の身を守ることが先だ。オレは助けを求めるように里長の方へと視線を向ける。

 

「ふぅむ、その症状……まさかオサナダケの影響じゃろうか。ナナシよ、キノコのクリーム煮にはもう口を付けたかの?」

「ん? ああ、とってもうまかったぜ!」

 

 ナーニャが()()()()()採ってきてくれたキノコを使ったクリーム煮だろ? そりゃ食わないわけがないっての。食事の前にフー姐からキノコ狩りの話を聞いていたから、寧ろ真っ先に味わったくらいだ。

 そんなことより、なんだよオサナダケって!?

 

「やっぱりのぉ。他の者には影響が出ておらぬ辺り、おぬしの器にだけ混入しておったのやもしれぬ」

 

 ひとり納得した顔の里長。お~い、オレにも分かるように説明してくれ。

 

「うむ、そうじゃな。オサナダケとは、読んで字の如く食した者の身体を幼児化させてしまう毒を持ったキノコなのじゃ」

「何その素敵なキノコ……!」

 

 これっぽっちも素敵じゃねえから! フー姐は少し黙っていてほしい。

 

 さて、さすがにもうお分かりだろう。オレの身に起きている事態……それは身体の幼児化である。

 若返り、とでも言うべきだろうか。オレの身体は、ナーニャや里長と大差ないサイズにまで縮んでしまっていた。どういう原理なんだろうね、これ。

 

 ところでひとつ訊きたいんだけど、里長はそのキノコの存在を知っていたんだよね? だったら、どうして収穫時に注意しておいてくれなかったのさ!

 オレはついつい不満を漏らす。

 

「……儂や娘っ子のように元から幼い身体の者にとっては、まったく害のないキノコじゃからの。一般的には毒キノコの部類に入ることを失念しておったのじゃ。すまぬ」

 

 そんな正直に謝られてしまうと、なんだかこれ以上は責めづらい。なんたって、里長の知識は大抵が彼女自身の経験に基づくものだからね。加えて、里長の身体が幼いのは当人の所為じゃないし。

 

「そもそもの話、その辺りの危機管理はキノコ狩りを提案したフウラが担っておると思い込んでおったのじゃが……いや、これはただの言い訳じゃな」

「あら、あららら……?」

 

 里長の一言を耳にしたフー姐の目が泳ぐ。

 はは~ん。これ、ちゃんと意思疎通が取れていなかったパターンだな。フー姐って偶に抜けているところあるから。

 

「そうは言うても、命に関わるようなキノコが生えていないことくらいは確認済みじゃから安心せい」

「それならあんs……ってオレ、もろにどくのひがいをうけているんだけど!?」

「「…………」」

 

 二人揃って目を逸らすんじゃないよ、まったく。

 被害を受けた身としては、死にはしないから安心だ、なんて詭弁は受け入れ難い。

 

 ただ、どうやら毒の影響は一時的なものらしく、一晩も経てば元の身体に戻るだろうとのこと。とりあえず永続的なものでなくて良かった。そうじゃなきゃ、オレの精神面が持ちそうにないからな。

 

「だけど、ひとばん……かぁ」

「大丈夫よナナシちゃん、何も心配は要らないわ。うふふっ」

 

 な、なんだその意味深な笑みは。ぶっちゃけ嫌な予感しかしないんだけど。

 

「だって……お姉ちゃんが、ナーニャちゃんとナナシちゃんをまとめて可愛がってあげるんだから!」

「それがいちばんふあんなんだけどね!?」

 

 果たしてオレは、この夜を無事に乗り越えられるのだろうか。身体が元に戻ったとき、何か大切なものを失っていなけりゃ良いんだけど……。

 あぁそうだ、念のためあれは確認しておこう。姉を相手にこれ以上余計な疑いは持ちたくないし。

 

「ふーねー、わざとおれのうつわにオサナダケいれたりしていないよね?」

「わたし、そんなに信用されてないの!?」

 

 フー姐はもう少し自身の行いを客観視すべきだと思うんだ。それはそれとして、本気でショックを受けている反応を見る限り、さすがに今回はわざとではないらしい。良かった良かった。

 

「愛が足りなかったのかしら……。こうなったら、お姉ちゃんのことをもっと信用してもらうために、全身全霊で可愛がって(愛を注いで)あげないといけないわね」

 

 あ、ありゃ? もしかしてこれ墓穴を掘っちゃった感じなのでは……?

 余計な一言を発してしまったと後悔するも時すでに遅し。オレは額に一筋の冷汗が伝うのを感じた。

 

 

 

 

 いやはや、ナナシのやつには悪いことをしてしもうたわい。もちろん儂に全ての責任があるというわけではないのかもしれぬが、それでも年長者としては大いに反省すべき状況じゃろう。

 

 ……それはそれとして、ここは一旦退散するのが無難じゃな。このままこの家に長居すると、儂までこの後の惨事に巻き込まれてしまう気がするからの。儂の第六感が確かにそう告げておる。これ以上、幼子扱いを受けるのは勘弁じゃ。

 

「クウよ、儂らはそろそろ……むっ?」

 

 クウに声を掛ようとした儂は、此奴の視線が幼児化したナナシに釘付けになっていることに気付き、思わず固まった。

 

「おぬしという奴は……」

 

 やはり此奴はフウラと同類(ロリコン)なのではなかろうか。そんな風に呆れつつも改めて声を掛ける。

 

「ほれ、そろそろ帰るのじゃ」

「あっ……うぅ、了解」

 

 いや、そんな露骨に名残惜しそうな表情をせんでも良いじゃろうて。まるで餌を取り上げられた子犬のようじゃぞ、おぬし。

 

「大体、おぬしの側にはこの儂がおるじゃろうて」

 

 まったく。昨晩は散々儂を撫で回したくせに。ちょいと身体が幼くなった途端、ナナシの奴に釘付けになるとか節操が無さすぎるじゃろ。

 ……って、いやいや待て待て。一体全体、儂は何を考えておるのじゃ!?

 

「い、今のは違うのじゃ。何かしらを間違えてしもうただけなのじゃ!」

「これが、デレ……。あわわ、可愛すぎっ」

「後生じゃから忘れてほしいのじゃあぁああ!!」

 

 儂は、儂の口から飛び出した失言に対し心底戸惑いながらも、何とか無かったことにできないものかと足掻いてみる。じゃが、クウの目尻は完全に下がり切っていて、儂の訂正などちっとも耳に入っておらぬ様子じゃ。これはまずい。

 

「嫉妬、不要。うち、ちゃんと里長、可愛がる」

「いや、じゃから違うのじゃて……」

「大丈夫。うち、全部理解」

「その顔は絶対に分かっておらぬ顔じゃ!」

 

 そんな非難すらクウには届かない。儂は身の危険を感じてジリジリとクウから距離を取る。ところがクウはそれ以上の勢いで儂に迫ってくる。

 

「もう無理。我慢、限界っ」

 

 それだけ口にして、クウは辛抱堪らないといった態度で儂に抱きついてきた。

 

「うぅ。こういう展開に段々と慣れてきたことが、何気に一番恐ろしいのじゃ……」

 

 しかしながら、いくらなんでもクウが暴走しすぎではなかろうか。此奴、フウラと比べれば遥かに理性的だったはずなのじゃが。

 

「ひっく」

 

 ん? ひっく?

 いや、まさか、そんなわけは……。ひとつの予感に辿り着き、恐る恐る問い掛けてみる。

 

「ま、まさかおぬし、酔うておるのか?」

「んふふ、ひっく。続きは、おうちで……ね?」

 

 やっぱりじゃぁあああ!!

 信じたくはなかったのじゃが、どうやら本当に酔うておるらしい。よく見れば頬には朱が差しており、若干身体が揺れておる。

 食卓に酒の類などは出ておらぬから、他に考えられる原因とすれば……ふむ、キノコくらいじゃろうな。たしかに、儂らエルフには無害であっても、脆弱な人間程度であれば簡単に酔ってしまうようなキノコが存在してもおかしくはないからの。

 そこまで考えが至ったところで、儂は思わず胸を撫で下ろした。結果的には、酔いの症状程度で済んで寧ろ助かったくらいじゃわい。……いや、これはこれで十分マズイ状況なのじゃが。

 

「さあ、早く帰ろ? ひっく」

「分かったから、いい加減に儂から離れるのじゃ」

「えへへ〜。よいしょっと」

「おい待て、何故(なにゆえ)この儂がおぬし如きに抱き上げられねばならんのじゃ!」

 

 こうして儂は、クウにだっこされたまま自分の屋敷へとお持ち帰りされることとなった。無念。

 それ以降に何があったのかについては……不思議なことに、記憶からすっぽりと抜け落ちておる。




ナナシ「どうしてこうなった!?」
里長「どうしてこうなった!?(n回目)」

まあ、割と自業自得な気がしないでもないです。
ちなみに屋敷へ帰った後の里長ですが、言葉通り()()()()()だけですのでご安心を。


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こんな日常が続きますが、何か?

 今夜は満月だからだろうか。街灯なんてひとつもないのに、外は思いのほか明るい。池の水面に夜空の煌めきが反射しているその光景は、周りに生い茂る木々と相まって神秘的であるとすら感じる。

 そんな中で、ボクとお姉さん、それからダークエルフさんの三人はいつものように水浴びをしていた。

 

「ふにゃあ……きもちいい」

 

 それにしても、エルフの水浴び姿って、どうしてこんなにも絵になるのだろう。月光に照らされたお姉さんを眺めながら、飽きもせずにそんな感想を抱く。

 

 しかし、ありのままの姿のお姉さんを何の抵抗感もなく直視できてしまうボクって一体……。

 連日の水浴びによって、ボクの中に潜む男性としての意識はすっかり麻痺してしまっていた。いやまあ、よく思い返せば初日の時点から疾しい感情になる余裕なんてなかったんだけど。

 ……男性としての意識なんてもの、本当にまだ残っているのだろうか? 今更ながら、かなり不安になってきたぞ。

 

 うーん、まあいいか。

 今、この身体で答えの出ない疑念について考え込んでも意味がない。そんなことより、現状において注目すべきことは他にあるのだから。ボクは思考を切り替えて、その対象であるダークエルフさんの方へと視線を移す。

 

 うん、やっぱり。何度見ても、明らかに身体が小さくなっているよね、ダークエルフさん……。

 ボクよりひとまわり大きかったはずの彼女は、夕食の最中にいきなりボクと大差ない大きさにまで縮んでしまった。これは一体どういうことなのか。

 

「まさか……実はエルフって、身体の大きさを自由自在に変化させられたりするのでは?」

 

 ボクってば、当たり前のようにお姉さんたちと過ごしているけど、冷静に考えればエルフの存在そのものがファンタジーの権化みたいなものだからね。そんなエルフが実在しているこの世界では、何が起こっても不思議ではない。

 

 そうなると、実はララなんかも幼女の振りした大人だったりして。ふと、そんな妄想が脳裏を過ぎる。

 って、それは流石にあり得ないか。だって、どこからどう見ても完璧な幼女だからね、あの子。

 

 ……ん? あわわわわ!

 くだらないことを考えていたら、背後から突然ダークエルフさん(幼女)が抱きついてきた。よく見ると目元には微かに涙が浮かんでいる。だ、大丈夫かな?

 

 

 

 

 

 

 まるで昔に戻ったかのような愛らしい容姿のナナシちゃんを前にして、わたしったら少し盛り上がり過ぎてしまいましたね。

 

 わたしがあまりにもしつこく可愛い可愛いと連呼し続けた所為で、ナナシちゃんの中で自身に対する褒め言葉の許容量を超えたようです。ナナシちゃんが珍しく目元を潤ませると、真っ赤な顔でナーニャちゃんの背中に隠れてしまいました。

 

 妹の背中に抱きつくもう一人の妹……ふふっ、これはこれで悪くない光景ですね。

 っと、また悪い癖が出てしまいました。いくら本当に可愛いからとはいえ、大切な妹を泣かせてしまってはお姉ちゃんとして失格ですから。

 

「ごめんなさい。そうよね、ナナシちゃんは小さくならなくたって、いつでも世界一可愛いもんね」

「うがぁああああっ……ふーねーのばか! そういうもんだいじゃねぇから」

 

 あらら、なかなか難しいお年頃ですね。余計に拗ねてしまいました。

 

「そもそも、せかいいちかわいいのはナーニャだから。そこだけはゆずれない」

「……えぇっ!?」

 

 引っかかったのはそこなんですね。流石わたしの妹なだけあって、着眼点が一味違います。

 まあ、姉歴最長のわたしからしてみれば、妹二人とも同じくらい可愛いのですが。ナナシちゃんは自分の可愛さに鈍感過ぎるのではないでしょうか。

 

 そういえば……身体が小さくなった影響が精神にも及んでいるのか、はたまた単純に細かいことを気にする余裕がないだけなのかは知りませんが、ナナシちゃんったら先ほどからナーニャちゃんの背中に抱きつきっぱなしです。普段は、ナーニャちゃんが相手だと頼れるお姉さんっぽく振る舞おうとして、必死に背伸びしているのにね。

 恐らくですが、後からこの状況を思い出したナナシちゃんは羞恥心で悶えることになるでしょう。そんな情景がありありと目の前に浮かびます。そのときはわたしが慰めてあげますね。

 

「あのね、ナナシちゃん」

「ふーんだ。ふーねーなんてしらない」

 

 すっかり頑なになっていますね。

 ですが、このわたしを舐めてもらっては困りますよ。えぇ、伊達に何年もお姉ちゃんをやっているわけではありませんから。

 こういうときはですね、お姉ちゃんの愛で包んであげるのが一番効果的なんです。ということで、

 

「ふふふっ、二人とも大好きよ」

 

 ナナシちゃんとナーニャちゃん、二人まとめて抱き締めてあげます。

 

「うぅ。ふーねー、それずるい……」

「ーーーー!? あわわわわ」

 

 いい子、いい子。

 途端に大人しくなったナナシちゃんと、何故か狼狽えるナーニャちゃん。そんな二人の頭を軽く撫で、再び水浴びを始めるのでした。

 

 

 

 

 

 

 いやさ、お姉さんに抱き締められること自体には、だいぶ慣れてきたんだけどね。一糸まとわぬ姿でってのは、さすがに耐え難いわけですよ、はい。あのレベルになると、もはや性別なんて関係ない。

 水浴び中の一幕を思い出し、ボクは思わず鼻を押さえる。おっと、危ない危ない。

 

 そんな具合にちょっとしたトラブルはありつつも、無事に水浴びを終えたボクたちは、これまたいつものように三人揃ってベッドに寝転んでいる。もちろん川の字の就寝スタイルだ。今夜もまた、サンドウィッチの具材も同然の扱いを受けるのだろうか。南無三。

 

 そういえば今朝、お姉さんたちからおはようのキスをされたんだよね。ということは、つまり就寝前にも同じ習慣があって然るべきはずで。

 

 今朝の時点では、ボクの方からキスをするなんてあり得ないと思っていたけど……本当にいつまでも受け身でいてばかりで良いのだろうか。

 いや、良いはずがない。昼間だって、自ら行動を起こしたからこそ、子守という名の手伝いを果たすことができたんじゃないか。つまり、ボクから動かなきゃいつまで経っても成長なんて出来やしないってこと。いい加減、覚悟を決めて前に進むんだ、ボク。

 

 ……よし! ここは日頃の感謝も込めて、ボクの方からおやすみのキスを仕掛けてみよう。やられっぱなしのボクとは今日でおさらばだ。

 

「えっと、その、お姉さんたち……」

 

 そう呟きながら、ボクは手招きしてお姉さんたちを呼び寄せる。二人は「どうしたの?」とでも言いたげな表情で目をパチクリとさせながら、狭いベッドの上で更に身を寄せてきた。

 だけど、まさかボクが一晩と経たないうちに挨拶のマナーを理解したなんて、想像だにしていないんじゃないかな。だからこそ、ボクが見事に挨拶を決めたら喜んでくれるに違いない。

 

 大丈夫、ボクなら出来る。

 

「あのね……お、おやしゅみなさいっ」

 

 はい噛んじゃった! 途端に顔が熱くなる。

 だけど、そんなの今は気にしない。これはただの挨拶なのだから、下手に照れたら負けなんだ、きっと。

 ボクは勢いに身を任せ、まずはお姉さんの頬へと接近する。そしてそのまま、そっと唇を押し当てた。

 続けて顔の向きを変えると、ボク自身が照れて白旗を上げてしまう前に、ダークエルフさんに対しても同じように唇を押し当てる。

 

 ……やった!!

 ちゃんとおやすみの挨拶ができたよ!

 

「うぅう、恥ずかし」

「「〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?」」

 

 あぁ、うん。やっぱり少し恥ずかしいね。

 ちなみにお姉さんたちの反応はと言えば、何故か顔を真っ赤にした後、声にならない声を上げながら布団の上でぐねぐねと悶え苦しんでいた。

 

 ……あれ? その反応はおかしくない? これが普通の挨拶、なんだよね?

 

「まあいっか……」

 

 そんな二人を横目に、ボクは布団へと潜り込む。

 周知の事実だとは思うけど、この身体は夜に割と弱いんだよね。今だって、もう眠たくて堪らない。

 だから正直、お姉さんたちがどうして悶えているのだろうかとか、そういった難しいことを考える余裕はないわけだ。

 

「ふわぁああ……」

 

 ひとつ大きく欠伸して、ボクは静かに瞼を閉じた。

 

 あぁ、今日も楽しい一日だった。

 いつまでこの世界での日常が続くのか、いつまた元の世界に戻れるのか、それはボクには分からない。

 だけど、その日が来るのはまだもう暫く先な気がするんだ。そんなわけでお姉さんたち、これからもどうかよろしくね。

 

「ーー、ーーーーーーー」

「ナーニャ、ーーーー」

 

 まさか想いが通じたのだろうか。微睡に沈みかけていたボクの身体を、お姉さんとダークエルフが左右から優しく抱き締めてきた。ボクは一瞬驚いたものの、その驚きはすぐに安心感へと移り変わる。

 

 見知らぬ土地で目を覚まして途方に暮れていたあの日、泣いてばかりなボクを拾ってくれたお姉さん。

 嫌な顔ひとつせずにボクを受け入れ、家族のように接してくれたダークエルフさん。

 そんな二人の温もりを感じながら、ボクは今度こそ深い眠りへと落ちていった。

 

 おやすみなさい、また明日。




 『言葉を知らないTS幼女、エルフで過保護なお姉さんに拾われる』はこれにて完結となります。
 連載開始から丸一年、長らくお付き合いいただき本当にありがとうございました。前作に引き続いて完結まで書き続けられたのは、間違いなく読者の皆様のおかげです。

 ご存知の通り、本作はたわいもない日常を垂れ流す作風なので、果たしてどこまで続けるべきか最後の最後まで迷ったんですよね。結論、ナーニャが本格的に言葉を学び始める前夜の時点で区切りをつけるのが、タイトル的にもちょうど良いだろうという判断になりました。

 さてさて、この先ナーニャは少しずつ言葉を覚え、フウラやナナシたちとの親交も益々深まっていくのでしょうけれど……それらのエピソードを語るのは、今後また機会があればということで。
 
 最後に一言。感想評価などいただけますと、作者が飛び上がって喜びます。何卒!


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