戻ってきたスバルがクリプターになる話。 (アステカのキャスター)
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原作開始前
唐突の絶望




 どうもアステカのキャスターです。 
 最近リゼロの第四章のアニメが熱い!と言う事でネタですが書いてみました。続けるかは未定ですが、暖かい目で見てください。

 良かったら感想、評価お願いします。では行こう!!


 

 終わりが近づいていた。

 それは文字通り厄災の終わり。

 

 大罪司教。三大魔獣。

 そして……目の前にいる魔女の終わり。

 

 世界を脅かす『嫉妬の魔女』の終わりが近づいていた。

 

 

「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる」

 

「ああ、そう言ってお前はいつも俺を見てない。こんな状況にも関わらず、お前はただ空っぽの世界しか見てねぇんだ」

 

 

 スバルは一人、前に出る。

 後ろを見れば、隣を見ればスバルは目の前の敵に臆す事は無かった。右後ろには銀髪のハーフエルフであり、最愛のお姫様であるエミリア。左後ろにはスバルの手を取って契約した家族のような精霊ベアトリス、真後ろには俺を英雄と呼んでくれた鬼の少女レム。

 

 それだけじゃない。『剣聖』のラインハルト、『最優』のユリウス、『剣鬼』ヴィルヘルム、宮廷魔導士のロズワールやクルシュさん、アナスタシアさん、フェルト、王選を戦った人達全てがスバルの後ろに立っていた。

 

 

「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる」

 

「残念だったな。幾らお前が俺を愛そうと、お前はお前を愛さない。お前を赦さない」

 

「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる」

 

「嫉妬の魔女、愛に苦しんでんなら、もう愛なんて捨てちまえ。本当なら俺は、お前を、()()()としてだったらお前を見てやれたかもしれないけどな」

 

 

 嫉妬の魔女の心臓をスバルの魔手が触れる。

 ここまで来るのに何回死んだのか分からない。何回やり直したのか分からない。あの時、必ずお前を救ってやると誓ったスバルが唯一取れる方法は一つだけだった。

 

 嫉妬の魔女の魔女因子をスバルが喰らい潰す事だ。

 無論、それがどうなるか分からない。大罪司教の因子を5つ以上取り込んでいるスバルだが、それはあくまで精神的な話だ。嫉妬の魔女があそこまで狂ってる以上、スバルがどうなるか分からない。

 

 けど、迷いはなかった。

 ここまで何回死んだから分からない。けど、ラインハルト、ユリウス、ヴィルヘルムさんにガーフィール。

 

 ベアトリス、レム……そしてエミリアがここまで連れてきた。ここまで長い道のりだった。誰か一人でも欠けていたら辿り着く事は出来なかっただろう。

 

 

 

「サテラ、多分俺はお前を愛してた(好きだった)よ」

 

 

 現実は愛の前に歪み

 愛は恋の前には勝てず

 また恋は現実の前に打ち砕かれる 

 

 恋に嫉妬し、独占しようとする。

 嫉妬し、誰かを独占したいという想いは間違ってはいない。だが、それは恋を認めないという事に変わりないのだ。故に愛は恋の前に勝てない。

 

 嫉妬の魔女の心臓はスバルの見えざる手に握り潰された。

 嫉妬の魔女の最後は『愛する者に殺される狂死』だった。

 

 

「嫉妬の魔女が……」

 

 

 誰かが呟いた。

 嫉妬の魔女から力が失われていく。全てを飲み込まんとする影が消えていく。心臓を握り潰しただけじゃ死なない。首を落とそうと死ぬ事はない嫉妬の魔女はただ愛する者の手によって初めて死ぬ事になる。

 

 

「……じゃあなサテラ。俺はお前を選べない」

 

 

 もし、もしも出会いが違ったなら。

 けど、自分はあの子を好きになって、好きと言ってくれた子がいるから。スバルは嫉妬の魔女を選べない。選んだのはエミリアだ。自分を愛してくれたサテラの願いを叶え終え、自分の胸に手を当てる。

 

 魔女はもう居ない。

 世界を脅かす災厄の魔女は、もう居ない。

 

 

「––––スバル!」

「……エミリア、終わっ––––」

 

 

 エミリアがスバルに駆け寄る。

 繰り返す地獄もこれで終わり、もう苦しまなくていい。もう傷付かなくていい。傷だらけの騎士であり続ける事を選ばなかったスバルでも傷だらけの現実から終わりを告げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、誰もが予想出来なかった。

 いや、それに気付けたのはスバルだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––愛シテル」

 

 

 

 

 その嫌に馴染む愛の囁きが

 次の瞬間、嫉妬の魔女の死体から瘴気の渦が生み出され、スバルを呑み込む。

 

 

「––––えっ?」

「スバルっ!?」

 

 

 エミリアが手を伸ばそうとした瞬間、スバルはソレを理解した。コレは瘴気じゃない。()()()()()だ。もしコレにエミリアが触れたら、エミリアがサテラと()()()()()()()()()()()()()

 

 器が無い以上、新しい器に乗り移る。

 魔女因子はその依代を選ぶ。エミリアは恐らく馴染んでしまうだろう。

 

 

「エミリア! コレに触れるな!」

「スバル君!!」

 

 

 レムが瘴気の外から鎖をスバルの胴体に巻き付ける。

 その鎖を鬼化した怪力で引っ張りあげようとするが……

 

 

「ぐっ……!」

「みんな! この鎖を!!」

 

 

 瘴気の渦からスバルが抜け出せない。

 それどころか、引っ張り出そうとするレムも引きずり込まれてしまう。踏ん張る地面が抉れ、スバルの半身は呑み込まれてしまっている。

 

 

「スバル! 耐えてくれ!」

「一気に引っ張りあげる!」

 

 

 エミリアやベアトリス、ラインハルトやユリウス達も鎖を掴んで引っ張り上げる。だが、どんどんスバルの半身は呑み込まれる。寧ろこれ以上はスバルの身体が千切れかねない。

 

 このままじゃ……全員瘴気に引き摺り込まれて死ぬ。唯一耐性があるスバルだけが、この瘴気に触れて平気なのだ。

 

 

「エミリア……レム……ベアトリス……!」

「スバルっ! あと少し頑張って!!」

 

 

 駄目だ。これ以上は……

 瘴気に引き摺り込まれたら、『剣聖』だろうと無意味だ。この瘴気は執着の具現、それがスバルには嫌という程わかってしまう。影に呑み込まれたあの時と同じ感覚だ。このままじゃ、この瘴気の渦は広がってしまうだろう。

 

 スバルは悟った。

 これを止める方法は一つ。

 

 

「エミリア」

「スバル……!」

「ありがとな。エミリア」

 

 

 エミリアは目を見開いた。

 何故、諦めたような顔をするのか。

 何故、こんなにも悲しい顔で笑っているのか。

 

 この鎖を離してしまえば、スバルと永遠に会う事が出来ないようなそんな感覚にエミリアは血が滲む程、鎖を握りしめた。

 

 

「ダメ……! スバル!」

「スバル君!?」

「スバル!?」

 

 

 スバルは弱い。

 弱くて誰かを頼らなければ生きていけないくらい弱い。

 けど、それでも、この時だけは、今だけはスバルにしか出来ないことなのだ。内臓が千切れるような痛みの中、スバルは伸ばされた鎖を見えざる手で握り潰した。

 

 

「エミリア! 必ず帰ってくる! だから––––」

 

 

 そう言うとスバルは瘴気の渦に完全に呑まれていった。鎖から手を離し、瘴気の方に向かおうとするエミリアをラインハルト達が止める。ラインハルト達も飛び出したい気持ちがある。けど、アレはスバルにしか突破出来ない事を直感で理解してエミリアを止めていた。

 

 

「スバル!! スバルゥゥゥゥ!!!」

 

 

 ただそこに響いたのは消えていくような喪失感に胸が痛くなり、涙を流すエミリアの悲痛な叫びだけだった。

 

 最後に、待っていろと言う約束(のろい)を告げて、ナツキスバルは消えていった。

 

 

 ★★★

 

 

 

 瘴気の中を突き進むスバル。

 まるで荒野の中を彷徨うような、そんな感覚に精神が削られていくようだ。

 

 

「サテラは……どこにいるんだ」

 

 

 瘴気の中をひたすら歩いた。

 歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて–––––––––精神がすり減っていく。

 

 砂の地面を歩いているようだった。

 水の中にいるような身体の重さだった。

 宇宙にいるような呼吸のし辛さだった。

 こんなものに何百、何千とサテラは苦しめられていたのかを理解する。こんなものを放てば、世界が壊れてしまうような強大さがあった。

 

 けど、スバルはそう感じなかった。

 これはまるで、泣き叫んでいるようだった。

 

 

「……サテラ」

 

 

 目の前には泣いている女の子がいた。

 膝を突いて、蹲るように泣いて、ただ謝るように抑えられなかった自分を責めて、泣き続けていた。

 

 

「……サテラ」

 

 

 スバルはサテラを後ろから抱き締めた。

 そこに居るのは嫉妬の魔女なんかじゃない。

 

 

「愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ」

 

 

 囁きが聞こえた。

 サテラの口からではなく、サテラの中からそう聞こえる。それはサテラの意思なんかじゃない。

 

 

「嫌だよ……もう……壊したくない」

 

 

 魔女因子が意志を持っているようで、サテラと嫉妬の魔女は別の存在だ。抑えつけて耐えて、苦しんでいるサテラと愛に飢え、愛を欲する嫉妬の魔女。

 

 いつもこうやって泣いていたのか……

 

 

「サテラ!」

 

 

 ただの1人の女の子だったのだ。

 魔女になりたくてなった訳じゃない。ただ好きだった男の子を喪って、縋るものが無くて絶望している寂しがりの女の子だったのだ。

 

 

「──泣かないで。傷付かないで。苦しまないで。悲しい顔を、しないで」

 

 

 もう、いいんだ。苦しまなくていい。

 あの時にサテラが言ってくれた言葉をスバルが口にする。

 

 

「……傷付こうとするなよ。もっと自分を大切にして」

 

「──俺はお前にも救われた。だから、お前も自分を愛して、守ってあげて」

 

「悲しまないで」

 

「苦しまないで」

 

「泣かないで」

 

「__もっと自分を愛して」

 

 

 サテラはその言葉に涙が流れた。

 サテラもスバルも似たもの同士だった。傷付いて、悲しんで、自分を愛せない。

 

 だけど、それが誰かと一緒なら……

 誰かと一緒に傷付いて、悲しんで、泣いてくれて、愛してくれるなら……

 

 ナツキスバルはサテラの知る『スバル』ではない。

 だが、それでも……それでも好きな人と同じだった。好きな人と重ねてしまうくらい優しくて、独りぼっちだった自分を連れ出して、愛してくれた『スバル』と重なっていた。

 

 

「スバル……」

 

 

 サテラは最後に笑った。

 迎えに来てくれたのは『スバル』ではない。

 けれど、どんなスバルでもサテラを見つけて連れ出してくれる。そんな星のように自分を照らす存在に、また出会えたのだから。

 

 

「––––ありがとう」

 

 

 その言葉を告げた次の瞬間

 サテラも嫉妬の魔女も完全に消え去っていた。スバルの中にサテラの繋がりはありながら、サテラはその場から溶けるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瘴気が晴れる。

 終わりが近づく。それは死と言う終わりではない。

 

 文字通り全てだ。

 もうナツキスバルは英雄になれない。元々、英雄幻想だったナツキスバルは『死に戻り』を得て、誰かを巻き込んで乗り越えただけのちっぽけな存在なのだ。

 

 それを取ったらただちょっと珍しい力を使うだけの少年。剣聖どころか、友達にさえ劣ってしまう人間だろう。

 

 

 けれど、ナツキスバルはそれでいい。

 力が無くなるなんて対した事じゃない。

 元々『死に戻り』なんて死ぬ事が怖いナツキスバルには使いたいと思わない力だったから。

 

 

 

 

「ーーーーー」

 

 

 瘴気が晴れる。

 砂のような地面の軟らかさは無くなった。

 水の中のような身体の重さは無くなった。

 宇宙のような呼吸のし辛さは無くなった。

 

 晴れた世界にナツキスバルは眼を開ける。

 待ってくれていた人達に謝って、俺は無事だと伝えたかった。

 

 

 

 

 

 

「………………はっ?」

 

 

 スバルは眼を見開いて硬直した。

 自分は先程まで魔女の封印の地に居た。エミリア、レム、ベアトリス、ラインハルトやユリウス、クルシュにアナスタシア、フェルト、プリシラの陣営の戦力を全員引き連れてあの場所に居たのだ。

 

 

「…………嘘……だろ……」

 

 

 それは余りにも突然だった。

 余りにも残酷で無情な絶望だった。

 

 

「なんで……」

 

 

 右を左を見渡しても、スバルが仲間と呼んだ存在は誰一人としていなかった。

 

 

「なんで…………!」

 

 

 膝を突いて、呆然として叫び出す。

 スバルが立つその場所は、()()()()()()()()()に立ち寄った場所。

 

 そう––––––()()()()()()

 

 

 

 

「なんでだよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 喉が裂けるくらい叫んだ。

 目が枯れてしまうくらい泣き叫んだ。

 

 

 

 それは余りにも唐突で、余りにも残酷な終わり。

 ゼロから始めた異世界生活、ナツキスバルが英雄になれたあの場所から、スバルは異世界から元の世界に戻ってしまっていた。

 



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リスタートの決意


 第二話です。
 よかったら感想、評価をお願いします。




 

 

 その夜、スバルは元の世界に戻っていた。

 みっともなく泣き叫び、あてもなく走り出した。

 

 知っている。

 知っている。知っている。

 知っている。知っている!知っている!!

 

 知っているからこそ絶望する。

 あの異世界の悲劇は終わり、全てをやり直したスバルは全てを見て全てを乗り越えたつもりだった。

 

 夜の道路

 辺りを照らす電灯と電柱

 通り過ぎる車、光を反射するカーブミラー。

 整備されてなかった道は舗装され、家が並んだ住宅街が広がる。

 

 

「俺が居た……世界……なんで、なんで……!!」

 

 

 何処にもないのだ。

 ナツキ・スバルが英雄だったあの場所は消えていた。否、戻ってきたのだ。()()()()()()()()()()()

 

 

「……しに…もどれば……死に戻りすれば……」

 

 

 またスタート地点からやり直す。

 途方もない事だ。嫉妬の魔女からサテラを解放した。否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()以上、死に戻りをした後、サテラを解放するのはナツキスバル以外には不可能。

 

 そして、何より現代に戻った今、()()()()()()()()()()()()()()()()。あの世界が夢だった筈が無い。何度だって死んで何度だってやり直した。そして最善の結末にたどり着いた。

 

 だが、今回は?

 サテラから嫉妬の魔女を救い出した。

 嫉妬の魔女がもう存在しないなら死に戻りが出来る確証は何処にも無い。

 

 アレが全部、夢?

 あの場所も、あの現実も、あの自分が恋した少女も、全てが泡沫の夢だった?

 

 だとしたら……

 

 だとするなら……

 

 

「俺は……俺は……!!」

 

 

 諦めるのが似合わないスバルの人生最大の挫折だった。死ぬより辛い絶望だった。

 膝立ちで絶望感に駆られ、ただ呆然とするスバルの横を通り過ぎた影を見る。

 

 

「あのー?大丈夫かい?君、こんな夜道で何してるのかい?」

 

 

 お巡りさんだった。衛兵はこの世界には居ない。

 当たり前だ。日本は安全な国だ。当たり前過ぎる事すら今のスバルは認識出来ていない。恐らく、周囲の徘徊か何かだろう。こんな時間に子供顔の少年が居たら、職務質問されるのは常識だ。

 

 

「……本当に大丈夫かい?おーい、まさかお酒でも飲んで––––」

「……は…つだ?」

「はい?」

「今、今日!今日は何年の何月何日だ!!答えてくれ!!」

 

 

 縋り付くように、お巡りさんに必死の形相で問い叫ぶ。お巡りさんは困惑しながら答える。もしこれが……異世界転移した同じ日なら……

 

 

「は、はあ……2014年の4月20日だよ?」

「2014年……!?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()2()0()1()2()()()4()()2()0()()

 つまりは、二年。()()()()()()()()()()()()()()()。そして二年は異世界に居た自分の時間と重なる。あの世界では時計は無かったが、時間のズレはこの世界と変わらない。

 

 つまりはスバルに空白の時間がある事は異世界そのものが夢という訳ではない。その確信に至れただけ、収穫はデカかった。

 

 

「……はっ、はは……なら、まだ可能性はあるって訳か」

「大丈夫かい?お酒でも飲んだかい?」

「飲んでませんから!?俺まだ19です!人相がガキに見えるとかよく言われるけど俺19ですから!ちょっと果てしなく遠い世界に昇天しかかってただけの一般ピーポーです!」

「それはそれでどうかと思うんだけど……」

 

 

 お巡りさんは困った顔をした。

 

 

 ★★★

 

 

 お巡りさんに職質された後、早く家に帰る事と注意喚起を促されながらも、ナツキスバル……いや、菜月昴は自分の家の前で立ち止まる。

 

 怖がっているのは分かっている。

 もう戻れるかわからないと思っていた世界に戻ったのだ。

 

 

「いや、大丈夫だ。俺は異世界に居たのは間違いない。分かってる、分かってるから……」

 

 

 玄関のドアに手を掛ける。

 普通に玄関には灯りがついていて、こんな時間だと二人とも寝てると思って、靴を脱いでリビングに向かう。リビングの扉から洩れる光にまだ誰か起きてるのか気になったスバルは恐る恐る開ける。

 

 

「ただい––––」

「グッッッッッナーーーーーーイト、息子ォ!!」

「ほぶらはっ!!」

 

 

 リビングを開けると昴の父である賢一が昴に見事なダイビングタックルを決め込み、昴はその場に腹を抱えて膝立ちになる。だが、賢一は容赦なく膝立ちのスバルに仁王立ちで笑っていた。

 

 

「家出してから約2年、持ち物ケータイと財布の五千円程度といつもながらのジャージで何処かのたれ死んでるか心配したがやっぱり帰ってきたな!サバイバル生活から帰ってきた感想は?」

 

「異世界レベルの遠い国から帰ってきた息子にアメフト並みのパワータックルしてくる父ちゃんを見て変わってなくて安心したぜ……!だが甘い甘い甘い!!経験値豊富な俺にタックル決めただけ褒めてやるが老いたな父ちゃん!あっ、待ってひっくり返しは無しだろ!?いだだだだ!?」

 

「よーし、今日はじっくりお前と語り明かすことに決めた。後一分で今日は明日になるけど、今夜は寝かさないぜ?という事で先ずは肉体言語だ! 四の字四の字! おら、反抗期終わった息子に対する父ちゃんの愛の関節技は効くぞ!」

 

「愛を関節技で表現すんな!こちとら愛に苦しんだ女の子を何人も救ってきたんだ!!息子の成長をその身で刻みつけろやコラァァァア!!」

 

 

 ひっくり返してはひっくり返し、プロレス技の応酬がリビングで巻き起こる。既に23:59と後一分で明日に変わるというのにこの元気は一体何処から来るのか知りたかったが、これ以上は近所迷惑なので引き分け(ドロー)となった。

 

 

「ハァ…ハァ…強くなったな昴」

「なんっで、いい歳してプロレス全技持ってんだよ……と言うか足の裏くさいな」

「ひっでえな!?父ちゃんが身体に鞭打って会社から帰ってきた努力の結晶を!」

「鞭打ってる人間は帰ってきた息子にあれだけ強いプロレス技決めるわけねぇだろ!」

 

 

 賢一は昴の顔付きが変わった事に気付いた。

 以前、引き籠もっていた時の昴はどうしようもなく、自分を諦めたような顔をしていた。それが今はないが、それでも目元には涙の跡があった。

 

 

「––––ただいま、父ちゃん」

「––––おう、お帰り昴」

 

 

 けど、それでも今は聞かなかった。

 どうして昴が2年も居なくなっていたのか、どこで何やっていたのか。深く追求はしなかった。

 

 ただ、一つ聞くとするなら……

 

 

「……昴、好きな子出来たか?」

 

 

 この歳にもなって恋話なんて、笑えない話だ。

 恥ずかしがって何も言わないだろうなと賢一は思っていた。

 

 でも、昴の表情は変わった。

 試練の時にも聞かされた。好きな子がいるかと、聞かされていた。昴には分かっていた。自分がどうしようもなく嫌いで、自分が菜月賢一の息子でないと否定してくれたらよかった。

 

 異世界に入る前にどうしようもない人間だった。

 バカで空気読めなくて、気が短くて、身の程は弁えない。度量狭けりゃ、諦めが悪いし、ふざけた態度で人の神経を逆撫でする。機嫌が悪いとすぐに八つ当たりするして、仲間を見捨てる事も辞さない、それでいて自尊心やプライドだけは一人前に高く、カッコつけたがり、でしゃばりなダメな奴だった。

 

 けど……

 

 

『ありがとう、スバル。––––私を助けてくれて』

 

 

 銀色の髪が風に踊るのが瞼の裏に焼きついていた。アメジストの輝きが真っ直ぐにスバルの顔を見つめていて、唇から紡がれる響きの全てに愛おしさがこみ上げる。

 

 

『レムは、スバルくんを愛しています』

 

 

 青色の髪が泣いているのが頭から離れなかった。嫌になる程、日差しが彼女を照らして、諦めようとしたスバルをまた立ち上がらせてくれた。

 

 

『ベティーは、スバルをベティーの一番にしたい。だからベティーはスバルの隣に居るかしら』

 

 

 本当は誰よりも寂しがりな精霊が手を握った温かさを覚えてる。寂しくて生きていけない自分の手を取って、いつか居なくなる苦悩を抱えてそれでもスバルの手を取った自分の相棒がいた。

 

 

『私は、あなたを愛しています。――あなたが、私に光をくれたからです』

 

『__もっと自分を愛して』

 

 

 最初は、自分を死なせない文字通りの魔女だと思った。

 銀髪のハーフエルフで、自分が愛する少女と瓜二つだった。だからかもしれない。どうしようもなく救いが無い自分を死なせる事が出来なかった魔女を憎んでた。

 

 

『そしていつか――必ず、私を殺しにきてね』

 

 

 でも、ただ泣き虫だった。

 本当は誰よりも弱くて、泣いていて、手を差し伸べてくれる人すら居ない。そんな寂しがりな女の子だったのだ。

 

 

『––––ありがとう』

 

 

 そんな女の子をダメな自分でも救い出す事が出来たのだ。ゼロから始めた異世界生活は終わってしまったのかもしれない。

 

 スバルは賢一に振り返る。

 それは少年のように、青春しているようなガキの笑みで誇らしく。

 

 

「――できたよ、好きな子。だから俺はもう、大丈夫だ」

 

 

 けど、まだ終わりたくないから。

 色をくれた、スバルの手を取ってくれた、諦めたくないと誓ったあの世界で、今の瞼の裏にさえ焼きついたあの世界での出会いを誇らしく賢一に告げていた。

 

 諦めるなんて性に合わない。

 ここから、菜月(ナツキ) (スバル)のリスタートが始まったのだ。

 

 



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傲慢の魔術師

 ベアトリスがいい。
 推しキャラです。実に実に実に実に脳が震えるぅぅぅ!!

 良かったら感想評価お願いします。では行こう!




 起きたのは昼を過ぎる少し前だった。

 異世界に居たナツキスバルは、もう居ない。

 

 今は菜月昴だ。

 改めて帰ってきたんだなと痛感する。

 

 けど、また会えた。

 また、ただいまと言えた。

 もう一度だけ、話す事が出来た。

 

 

 これからはまた会う事も難しくなってくるだろう。

 英雄ナツキスバルに戻る為に、多分また嘘をついてしまうだろう。嘘をついて、偽って、菜月昴としての人生はもう戻らないかもしれない。

 

 

「よう、夜更かししたのに随分早い朝だな。昴」

「お母さん、まだご飯作ってる途中なんだけどー」

「……おはよう」

 

 

 昴は体を伸ばすとバキバキといい音が鳴る。

 異世界前から着ていたジャージはまた懐かしい匂いに馴染んだ。帰ってきて、泣いて、またこの家に戻る事が出来た。

 

 

「……相変わらずの和洋折衷だな」

「腕によりをかけたのよ?」

「嘘つけぇ!トーストと味噌汁!しかもチョイスがいちごジャムじゃん!」

「昴、残すなよ?残したら父ちゃんがお前の嫌いな緑の森ピラフを食べさせるぞー!」

「地味な嫌がらせだなオイ!てか、家族全員グリンピース苦手なのによくあるよな緑の森!?」

 

 

 結局、緑の森は出されずにトーストと味噌汁を平らげた。懐かしい感じだった。このまま、ここに居てもいいって、そう思えてしまう。

 

 ––––俺達は今時珍しい仲良し家族だ。 

 ––––昴は昴らしく居た方がいいなと思うの。

 

 

「………お母さん、父さん」

「ん?どうした昴」

「味噌汁の具、不味かったかしら?」

「……いや、相変わらずで安心したよ」

 

 

 ただ、そう思えた。

 それだけで、昴の心は決まったのだ。

 

 

「父さん、お母さん、……その、俺これから行かなきゃいけない所があるんだ。遠くて、戻れるかわからなくて……」

 

 

 絞り出した答えは心細く頼りない。 

 理由すら曖昧で、言い訳にしては酷過ぎる。

 

 

「でも……父さん達と同じくらい大切な人達で、俺が好きになった子もいるんだ……またこれから迷惑をかけるかもしんねぇ、また、二人に会えなくなるかもしれない」

 

 

 悲しくて、また会えたのに。

 次会えるかなんてわからない。もしかしたら帰れないかもしれない。だが、だがそれでも昴は決意したのだ。

 

「それでも––––俺はあの場所に戻りたい」

 

 

 それが昴の答えだった。

 

 

「だから、俺は行くよ。菜月賢一と菜月菜穂子の子供として、菜月昴として、俺は行く。だから……その」

 

 

 心配しなくていい。もう大丈夫だと告げようとした口から声が出ない。涙が落ちている事さえ気づけない。

 賢一はゆっくりとため息をついて笑った。

 

 

「色々と、お前にもあるんだろうよ。だから、俺達から言うことは一つだけだ」

「――――」

「頑張れよ。期待してるぜ、息子」

「お母さん、応援してるから」

 

 

 2人は何も聞かなかった。

 それだけで、昴は救われた。滂沱と溢れ出した涙がスバルの視界を塞ぎ、世界の形を曖昧にしてしまっていた。顔を掌で覆い、流れ出す涙を必死で拭う。しかし、拭っても拭っても、涙があとからあとから溢れてきて止まらない。止まらない。止まってくれない。

 

 あの時みたいに何も返せるものがなくとも、それでも昴を産んで、愛してくれた事実は消えない。子供のように泣き噦り、昴は2人の元で暫く泣き続けていた。

 

 

 

 ★★★

 

 

「……それじゃあ、行ってくる」

「おう、気をつけてな」

「荷物、それだけでいいの?」

「まあ、貯金箱叩き割って、ある程度のものはあるし大丈夫」

 

 

 バックの中には最低限生活出来るものが入っている。

 ガラケーが今の世界ではスマホに変わってるのに驚きだったが……時代の流れを理解して途方に暮れるお爺さんのような感覚だった。

 

 

「いってらっしゃい昴」

「また、ちゃんと帰ってこいよ」

「––––ああ、行ってきます!」

 

 

 昴はただ元気いっぱいにそう答えた。

 

 

 ★★★

 

 

「『傲慢』だと?」

「ええ、私はその人物を探しているわ」

 

 

 ロード・エルメロイ二世に対して依頼をしているのは、次期当主アニムスフィアの娘、オルガマリー・アニムスフィアだ。

 人理継続保障機関フィニス・カルデアに必要な人材として彼をスカウトしに行くためにわざわざロード・エルメロイ二世の所に訪れたのだ。

 

 

「……何故『傲慢』を探すか理由を聞いても?」

 

「お父様の資料に書かれていたのよ。カルデアに必要な人材の目星をつけていた資料の中に、ただ『傲慢』と書かれた魔術使いを」

 

「……『傲慢』か。噂は予々聞いている。曰く、この世界にはない未知の属性を使う事から架空元素・虚数である事。曰く、捕らえようとした人間全てが魔術回路を失い、記憶も無ければ刻印すら消され魔術師として二度再起出来ない。曰く、男だか女だか分からない。ただ、『傲慢』と名乗り、魔術使いとして世界を回っていると」

 

 

 聖堂教会の執行官ですら歯が立たず、死因は様々なものだ。心臓を潰された。眠り姫のように起きない脳死、空間を接続したような鮮やかな切り口と、狙ってきた相手には容赦をしない時計塔でも噂の怪物。

 

 それが『傲慢』。

 大罪の中にもある一つの罪の形。

 

 

「……『傲慢』については私にもコネがある」

「貴方が?」

「以前、出会った事があったからな。魔術師として知識は未熟、だが奴はこの時計塔を敵に回してもやり遂げる悲願があるらしい」

「その悲願は?」

「詳しくは語らなかった。だが、魔法、根源については興味を強く示していた」

 

 

 特に、第二魔法について深く追求していた。

 だが、ロードが知る中には一つだけ『傲慢』の有力な情報があった。『傲慢』の本名は()()()()である事だ。恐らく本名を明かさないのは、本名を知られたら人質に取られてしまう人間が居るからだ。

 

 

「『傲慢』と会わせる事は可能かしら?」

「……可能だ。だが、お薦めはしない」

「アニムスフィア家の正式な依頼として要求するわ」

「……了承した」

 

 

 なにせ『傲慢』は魔術師の誇りなど存在しない。

 誇りを語ろうが、上から捻じ伏せる力を持つ化け物。故に『傲慢』と皮肉めいた異名が響き渡っているのだ。

 

 

「……何ごとも無ければいいのだが」

 

 

 嫌な予感がするが、今は自分の事に手一杯だ。アニムスフィアの娘である以上、『傲慢』とは相性が悪いと思うが、会わなきゃわからないし、ロードも『傲慢』を完全に知っている訳ではない。

 

 葉巻を蒸し、吐いた煙は空に消えていった。

 

 



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愚者の野望



 夏休みの課題が……では行こう。

 良かったら感想、評価お願いします。


 

 

 

 スバルは異世界に戻る手掛かりを探した。

 現状、自力で異世界に帰る事は出来ない。当然ながら自分にそんな力はない。

 

 だが、異世界にいた証明はある。

 魔女因子。大罪魔女の因子は大罪司教を殺した際に手に入れたものだ。『見えざる手』『コル・レオニス』は使えたし、他の大罪司教が持つ権能を使える。『劇場型悪意』『暴食』『竜の血』はどれも使える。

 

 スバル自身も後に分かったが、この六つがスバルの性質によって使い方が変わったにも関わらず、大罪司教と同じ力を振るえるのだ。

 

 『劇場型悪意』は擬似ネクトと同じになり、あらゆる場所に千里眼を置く事が出来る。要するに信頼出来る人間の視界を見る監視カメラ。

 『暴食』は舐めた相手の記憶を擬似体験する事が出来る。死者の書を自由に見る事のできる権能。奪う事は出来なかった。

 『竜の血』は超回復、オンオフは出来るが他人に擬態したりは出来なかった。

 

 それが、今は大罪司教の全盛期と同じ力を振るえる。

 『見えざる手』は汚されるような感覚は無くなり、手は30本まで出せるようになり、『獅子の心臓』も時間制限ありの状態で使える。どうしてこうなったのかは分からないが、心当たりはある。

 

 

「……嫉妬の魔女因子」

 

 

 嫉妬の魔女は死んだ。

 ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それに伝承には6人の魔女は()()()()()()()()()()()()という話だ。本来は違うが、もしそうだとするなら辻褄が合う。

 

 

「六つの魔女の支配……それが嫉妬の魔女の権能か」

 

 

 嫉妬の魔女が残したスバルへの呪い。

 だが、皮肉にもそのおかげで大分この世界を見つめ直す事が出来た。この世界には魔術が存在する。過去から受け継がれた神秘はあり得ない法則、あらゆる事象に干渉する事すら不可能ではない。

 

 魔術師の実態を知る前は『コル・レオニス』であらゆるものを観察していた。そうしたら出るわ出るわ。何と様々な色が世界を埋め尽くしていたのだ。神秘を持つ人間の色から様々な色が浮かび上がる。

 

 『コル・レオニス』は他人の不調を肩代わりしたり、他人の色を見つけて導く力であったのだが、今回はそれが違う。

 

 ナツキスバルは傲慢にならなければ異世界に戻れない。

 レグルスが『自分は満たされた高潔な存在』を自称する王なら、スバルは『足りないものを寄せ集め誰かと一緒に満たす』小さな王だ。

 

 要するにだ。

 

 この光は()()()()()()だ。

 手掛かりは()()()()()()()()。そして辿り着いたのが魔術の世界だ。スバルは今は独りだが、それでもまだ足掻く事が出来る。

 

 

「記憶を奪う……なら不可能じゃないけど……」

 

 

 それは倫理的に反するものだ。

 ナツキスバルに騎士道は無い。けど、他人の人生を奪うという事は果たしていいのだろうか?

 

 

「とりあえず、1番光が強い場所に行こう。ペテルギウスは見えざる手で飛べた訳だし」

 

 

 不法入国待った無しだが、スバルはこの世界をいずれ出る。

 多少の問題を気にしている暇は無い。一刻も早く戻らなければいけない。

 

 

「よし、行くぞナツキスバル。俺の野望の為に」

 

 

 自分の決意は曲げない。

 諦めるのは性に合わないからと、誰かが言ったからだ。

 

 

 ★★★

 

 

  

「さっすがに半年でこうなるか普通!?」

 

 

 半年が経ち俺は何と魔術使いとして殺し屋的な存在になっていた。これは自分でもびっくらこいた。きょうび聞かねぇけど。

 

 魔術師のある程度の情報や、基礎知識は理解出来た。ロード・エルメロイのドSお嬢と契約を結び、情報の提供の代わりにある程度の依頼を引き受ける事になったのだが……

 

 

「まさか……魔法と魔術がこんなにも違うとはな……」

 

 

 彼方の世界では基本属性は6つ。

 火、水、風、土、陽、陰の属性に対して、この世界は火、地、水、風、空とアリストテレスの世界を構築する五大元素から魔術は始まったらしい。

 

 何より魔術師には魔術回路が存在する。

 彼方の世界ではゲートと呼ばれた魔術を出す器官。俺はゲートをぶっ壊してしまい、漏れ出るマナをベアトリスに徴収してもらっていたが、『色欲』が自分の身体を回復させる為、ゲートは戻っている。

 

 つっても、シャマク二回か頑張ってミーニャが三本。

 それでマナ切れを起こす為、魔法使いの才能はないとベアトリスが断言し、泣いた。

 

 

「この世界じゃ、タンクじゃなくて神経から生み出すって事だからなぁ。まあ、関係ないか」

 

 

 権能は魔術でも魔法でもない。

 制約が今、殆どない状態だからこそ使えるのだが、問題は権能が()()()()()()()()()()()()だという事。

 

 時計塔もそうだが、聖堂教会ですら俺を異端と見て排除もしくは封印指定にするつもりで、襲いかかって来た。

 まあ返り討ちにし、誰が命令してるのかも調べた結果時計塔にいる事が難しくなった。襲いかかってくる魔術師には魔術刻印や記憶、知識を根こそぎ奪い、依頼されたらエルザみたいに人を殺す……事が出来ない為他人から忘れさせる『暴食』の権能を使って誤魔化していた。

 

 魔術刻印は一子相伝だが、俺には『色欲』の力がある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()によって魔術刻印を手に入れてあらゆる魔術を手に入れた。魔術回路も奪った魔術師から『暴食』のルイ・アルネブみたいに奪った相手の存在そのものを再現し、『色欲』で作り替える。

 

 まさか帰ってきてTUEEEEEEEEEE!状態になるなんて思ってなかった。フリーランスの傭兵としてお金もあるし、充実はしていないがそれなりに上手くやっていた。

 

 俺の目的は異世界に戻る事だ。

 だが、未だ手がかりが見つからない。記憶を奪って、あらゆる魔術を使えるようになって、6つの権能を使用出来ても異世界に戻る手がかりが見つからない。

 

 並行世界の運営は第二魔法だ。

 使える人間はたった1人だと聞いた。俺は必死にそれを探しているが手がかりすらない。会える保証すら無いのだ。

 

 

「ん?」

 

 

 スバルのスマホに着メロが流れる。

 白鯨討伐の時の地味に子供っぽい着メロにため息をつきながら応答する。

 

 この電話が後にスバルの人生を加速させる事を、今はまだ知る由もなかった。



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––––甘く見るな


 ……ゴシゴシ……ゴシゴシ……( ゚д゚)
 何と赤バーがついていた!?だと!?ありがとうございます!!思わず二度見して目を擦った後また二度見しました。

 良かったら感想評価お願いします。いつもありがとうございます。では行こう!!


 

 

 

 ナツキスバルは普通に飛行機に乗ってロンドンの時計塔まで足を運んだ。わざわざライネスから連絡があり、ある人間と話がしたいと言うらしい。

 

 

「っはー、疲れた身体に鞭打ってロンドンに帰ってきたと思ったら、案内役がロードとはねぇ」

「久しぶりだな『傲慢』」

「お久しぶりっす。ロード・エルメロイ」

「II世をつけて頂きたい」

 

 

 欠伸をしながら久しぶりの再会に握手する。

 手袋越しではあるが互いに敵意はない。スバルは魔術使いでフリーランスだ。しかもかなり名の知れた執行官のような存在であり、正体不明の魔術師殺し。

 

 実はライネスと契約を結んだ後にある程度お金を回しているのもあるので、時計塔の中では1番面識がある。元々時計塔で世話になっているのはライネスだ。ライネスは利用価値が高そうだから結んだ契約かもしれないが、魔術に関する事はライネスから教わって、ある程度の放浪従者になっている。まあ形だけで、利用し利用されるだけの契約相手、簡単に言うならエキドナと同じだ。

 

 

「それで……?わざわざアンタのコネまで借りて俺を呼んだのは誰なんだ?正確にはライネスだけど」

「ああ、アニムスフィア家の次期当主だ」

「アニムスフィア……って言うと確か星に関する?」

「天体科のロード。マリスビリー・アニムスフィアの娘らしい」

「へー、そのお偉いさんが俺に?」

 

 

 車に乗り、ロードの話を聞くとある機関へのスカウトらしい。

 人理継続保障機関フィニス・カルデア。アニムスフィア家が莫大な資産によって生み出した人理の守護代行。それがカルデアと言う場所だ。

 

 

「何で俺?」

「さてな、そこまでは分かりかねない。貴様は適性検査は受けていないのだろう?」

「ああ、多分。健康診断や血液検査とかは全部断ってるし」

「カルデアでは適性検査で素質を測る。魔術師としての才能ではなく、別の根幹における才能を測るらしい」

 

 

 別の根幹?とスバルは首を傾げる。

 ロードの話だと言わば、()()()()()()()。スバルはその言葉に眉を動かす。時間を渡る事に素質があるなら、スバルは何百何千と時間を巻き戻されている。

 

 

「面談の場は設けてある。仮にも天体科のロードの娘だ。時計塔や上の連中に喧嘩を売るような事をしない事だ」

「まあ、理由が分からない以上考えても仕方ないって事か」

 

 

 ため息をつきながら、スマホを弄る。

 スバルも中々お金持ちになって、現代に馴染んだようだ。

 

 

 ★★★

 

 

 いつものジャージ姿でドアを開くスバルに対して、座って紅茶を飲んでいる女がいた。長い銀髪で一瞬だけスバルが固まりながらも、扉を閉めると紅茶を置き、立ち上がる。

 

 

「初めまして『傲慢』。私は天体科のロードの代理であり、次期後継者。オルガマリー・アニムスフィアよ」

「初めまして、本名は明かせないんで『傲慢』で」

「……とりあえず、座りましょう」

 

 

 スバルとオルガマリーは椅子に座る。

 意外とふかふかというどうでもいい事を考えながら、警戒を怠らないスバルに対してオルガマリーはやや顔を顰めていた。服装はジャージ、顔立ちは子供っぽさがあり、魔術による警戒はしていても触媒や道具を持っている感じはない。ハッキリ言って二流の振る舞い。

 

 こんな男が本当に『傲慢』と呼ばれた最強の魔術師殺しなのか些か判断しかねる所があるのだ。

 

 

 

「それで?ロードとライネスのコネ借りてまで俺を呼び出した理由は?」

「そうね。単刀直入にいいましょう。人理継続保障機関フィニス・カルデアに貴方をスカウトしに来ました」

「……その人理なんたらは知らねえけど、スカウトの理由くらい聞かせてくれ」

「ええ、とりあえずスカウトに至った原因から話しましょう」

 

 

 2016年に何者かのよる歴史介入で人類史が焼却される。

 カルデアスは本来は存在しないはずの過去の特異点事象を発見し、これに介入して破壊する事により、未来を修正するための作戦「グランドオーダー」を始動する。

 

 だがその為に必要な人材が居る。レイシフト、過去の特異点を変える為に時間を移動するレイシフト適性、召喚システムに必要なマスター適性。その二つと同時に過去改変に必要な魔術や戦闘技能。英霊を呼んだ所でマスターが死ねば意味がない為、それらを持ち合わせた人材を探していた。

 

 

「……成る程ねぇ、つまりは2016年に訪れる滅びをカルデアを通じて除去する為に、過去を変えられる人材を探していたと」

「ええ、そしてアニムスフィア家は貴方に目をつけた。お父様の資料によれば、貴方は()()()()()()()()()1()0()0()%()()()()。だから貴方をスカウトに来たのよ」

「……それを言い切る根拠は?」

「資料に書かれていただけ、私もその根拠についてはハッキリしていないわ」

「………」

 

 

 どうやらオルガマリーは何も知らない。

 だが、マリスビリー・アニムスフィアはスバルについて()()()()()()()()。下手したら本名、家族、異世界を渡っていた事実さえも。

 

 

「……それを俺がやるメリットは?」

「これよ」

 

 

 オルガマリーがメリットが書かれていた資料を差し出すと、スバルはそれを見る。かなりの金と時計塔の権力、封印指定の解除など書かれていた。カルデアで働く分には世界を救うと言うものだ。それなりの報酬は用意されている。

 

 

「どうかしら、受けてくれ–––––」

「断る」

 

 

 スバルはその資料を見た後、ため息をついてテーブルに投げた。オルガマリーはその事に驚愕しながら、冷静な魔術師の顔が崩れていた。

 

 

「なっ……!?」

「俺にとって大したメリットじゃない。興味ない」

「メリットどうこうの話じゃなくて、これは世界を救う為の……!」

「だから、協力しろ……か?俺には俺の目的があるのに、それを中断してまで協力するつもりはねぇよ。それにその話は本当かもしれないが、まずお前を信用出来ない。話がこれだけなら俺は帰るぞ」

 

 

 椅子から立ち上がり、扉に手を掛けようとした瞬間、スバルの横の壁に弾丸が突き刺さったような跡がついていた。オルガマリーがスバルを止める為にガンドを撃っていた。それにため息をつきながらスバルは振り返ると、焦ったようなオルガマリーの表情が見えた。

 

 

「待ちなさい!何が不満なの!?」

「俺にメリットが無い。それだけの話だってーの」

「世界が滅びるかもしれないのよ!?私達だって必死なの、歴史が滅びれば人類は消える!貴方だってそうよ!」

「……だから、協力は義務だと?」

「がっ…!?」

 

 

 次の瞬間、オルガマリーの首が締められる。

 首を掴まれて、宙に浮いている。オルガマリーには一体何が起きているのか分からない。ただ、分かるのは真剣な顔で睨みつけるスバルの姿だった。

 

 

「お前さぁ、これだけの報酬さえ有ればカルデアに引き込めると思ったんだろ?まあ俺はジャージ姿だし、魔術師としては二流、簡単に言えば猟犬にでも見えたんだろうけど。まあ分かるよ?俺もお前の立場ならそうしてる。けどな––––」

「かはっ……!?」

「––––俺を甘く見るな。オルガマリー・アニムスフィア」

 

 

 オルガマリーは初めて目の前にいる人間に恐怖した。

 自分は心の何処かで見下していた。ジャージ、人相、振る舞い、ハッキリ言って噂の『傲慢』とはイメージがかけ離れていた。だからこそ、目の前にいる人間が猟犬的な存在に見えたのだろう。骨を投げれば拾ってくる猟犬ならまだ可愛かっただろうが、目の前にいるのは紛れもなく『傲慢』なのだ。

 

 未知の属性、未知の術式であらゆる魔術師を返り討ちにした存在。故に『傲慢』と名付けられ、罪の名にまで至った男が目の前に居るのだ。

 

 このまま死ぬくらいなら一矢報いてと思いながらも右手を『傲慢』に向けようとしたその時……

 

 

 

 

 

「そこまでにしてもらえないかい?その子は私の娘なんだ」

 

 

 スバルはその声に振り向いた。

 その言葉と共に扉を開けた人物。()()()()()()()()、マリスビリー・アニムスフィアがそこに居た。

 

 

 



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道化達の取引き

 ボックスガチャ何回引けましたか?
 素材大量で結構ウハウハでした。投稿が遅れてしまいましたけど。

 スバルとマリスビリー、道化と道化の交渉です。
 次で漸く並みに乗れるリスタートになりそうです。良かったら感想、評価をお願いします。では行こう。




 

 

「そこまでにしてもらえないかい?その子は私の娘なんだ」

 

 

 扉を開けて入ってきた男、マリスビリー・アニムスフィアはスバルに制止の声を掛ける。スバルは何処か既視感を覚える。雰囲気や纏う空気のようなものだろうか。

 

 ––––ロズワールやエキドナに似ている。

 

 決して油断は出来ない相手だと瞬時に理解する。

 

 

「……そうだな、悪かった」

「……っ!ゲホッ、ゲホッ!」

 

 

 見えざる手がゆっくり解除され、オルガマリーは苦しさに咳き込みながら、父のマリスビリーの後ろに隠れた。

 

 

「……なんつーか、悪かった。苛立ちで全く感情が制御出来てなくてな」

 

「いや、私の方こそ悪かった。娘に行かせたつもりだが、相性が何かと悪いと思ってね」

 

「お父様…何故ここに……」

 

「見ての通り、『傲慢』をスカウトしにきた。ああ自己紹介がまだだったね。私はマリスビリー・アニムスフィア。オルガマリーの父親さ」

 

 

 スバルはため息をつきながら、部屋を出ようとする。

 歴史が切り離される。それも確かに重要だろうが、今はそれに構っている暇ではない。

 

 

「あの条件で俺はカルデアには入らない。これ以上、何を言っても時間の無駄だろ」

「そうか––––だが、今君が探しているものはこのままでは見つからない」

「……何?」

 

 

 スバルは鋭い目つきでマリスビリーを睨む。

 お前が俺の何を知っている、とスバルは内心苛立ちを隠せない。今のスバルに余裕はない。あの国の未来がどうなったのか、ベアトリス、レム、エミリアはどうしているのか。

 

 こうしている間にも時間が流れている。

 彼方の時間と此方の時間は同じ時間を進んでいる。

 

 今のスバルに残された異世界の手掛かりは魔女因子だけだ。それ以上の手掛かりは見つかっていない中、マリスビリーは語り出した。

 

 

「以前、事象記録電脳魔・ラプラスはある事象を捉えた。それは歴史の歪みには関連しない余りにも小さな特異点」

「?何言って––––」

「だが、調査員を実際に派遣したが原因は不明。ラプラスの不具合と見ていたが、それも違った」

 

 

 事象記録電脳魔・ラプラス

 カルデアスを通して、地球で起こった様々な事象の情報を収集する電脳の使い魔の事で地球を模した擬似天球は様々な異常を感知する。

 

 半年前の事、カルデアスを通して微小な歪みに気付いたマリスビリーは調査員を派遣したが、原因は不明。コンビニ前には魔術的要素も無ければ、霊脈が通っているわけでもない。

 

 

「だが、()()()も同じ事があった。その時も余りにも小さな特異点、いや特異点とも呼べない程の異常をね」

 

 

 ドクン、とスバルの鼓動が速くなる。

 二年半前と半年前、それは共通してスバルが消えた時期と重なっていた。その異常はスバルだからこそ理解出来た。

 

 

「そこで私はその共通性を調査し、答えを得た。特異点と言うより、並行世界の介入。つまり、()()()()()()()()。故に規模は最小限だった」

 

 

 そうだ。確かに招かれた。

 菜月昴はサテラが恋していた()()()()()()()()()だ。酷いくらい似ていたのだ。サテラが愛したスバルの『死者の書』を見たからだ。

 

 嫉妬の魔女の真相を知って、サテラといたスバルを見て、どうして菜月昴は選ばれたのか分かった。

 

 

「調べるのに苦労したよ。名前を隠す以上、手掛かりが少なかった。二年間、この世界から姿を消し、並行世界で放浪者(ストレンジャー)となった人物」

 

 

 心拍数が上がり、動揺が抑えられない。

 それを知られるという事はこの世界で家族を人質にも取られかねない重要な情報だからだ。だが、マリスビリーはその思惑を知った上で断言した。

 

 

「––––––それが君だ、菜月昴くん」

 

 

 目を見開いて、威圧する。

 それは悪魔と相対したかのように重くのしかかる。マリスビリーは平然としているようだが、オルガマリーには目の前にいる人間が怖くて仕方なかった。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に呼吸が荒くなってきた。

 

 

「ひっ……!」

「……おや、名前を公開しただけでここまで反応するとは予想外だ」

 

 

 それはスバルが放った()()だった。

 もしも、スバルの身内に手を出したら跡形も残さないと言う一種の威嚇だ。伊達に『傲慢』と言う肩書きは持っていない。

 

 

「……俺に何をさせたい」

「話を戻そうか。私は君をカルデアにスカウトしに来た」

 

 

 席に座ってくれるかい?と告げるマリスビリーにスバルは警戒を解かずに椅子に座る。冷めた紅茶を飲み干し、冷静になりきれていない自分を落ち着かせる。

 

 死に戻りがあった頃とは状況が違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()だってあり得るのだ。スバルは死に戻りを使えたからこそ、失敗出来ない。

 

 現状、頼れる人間すらいない。ぶん殴ってくれる友達も、隣で手を繋いでくれる相棒も、立ち上がってくれと世界一厳しい女も、こんな自分に価値があると信頼してくれる愛しい人も居ない。

 

 今は普通であって普通ではない。

 人生は一度きり、()()()()()と知っている筈なのに。

 

 

「カルデア云々はそっちから聞いた。けど、俺にメリットが無いんじゃ話にならねぇ」

 

 

 紅茶のカップを置き、スバルは改めて警告する。

 一線を越えた場合は容赦をしないと、優位に立っているマリスビリーを睨みながら。

 

 

「もし、脅すのであれば–––––––()()()

 

 

 奪うのであれば躊躇などなく、全てを奪う宣言(きょうはく)を口にした。それに対してマリスビリーは余裕そうな顔をしながら話を続ける。

 

 

「おや、私は君の家族を人質に取っているかもしれないのに随分と強気だね」

 

「俺を舐めるな。俺はお前らの()()()()()()。その気になればお前らの裏を暴く事だって難しくないんだよ。『傲慢』を舐めるなよ。マリスビリー・アニムスフィア」

 

「そうかい、まあ安心したまえ。私は君の本名を暴いたのはちょっとしたパフォーマンスのようなものさ。君の家族に一切手出しはしてないよ」

 

 

 嘘は言っていない。だが、その言葉に首を傾げる。

 今の何処がパフォーマンスだったのか、今のスバルには理解出来なかった。明らかに()()()()と言っても過言ではなかったのに。

 

 

「……パフォーマンスだぁ?今のは明らかに脅迫に聞こえたんだが?」

「勘違いだよ。私は知っている。君が望むのは金でも地位でもない。もっと別のモノだ。故に私が契約するにあたって、これらの報酬の他に私が差し出すのは––––」

 

 

 マリスビリーは告げた。

 今、恐らくスバルが1番欲している報酬を口にした。

 

 

 

 

 

()()使()()、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグを捕捉する。その為に()()()()()()使()()()()()()()を与えよう」

 

 

「なっ…に……!?」

 

 

 思わず驚愕し、動揺の声を上げる。

 それはつまり。ナツキスバルが探していた異世界に戻れる手掛かりをマリスビリーは報酬のテーブルに乗せたのだ。

 

 道化達の取引きはまだ終わらない。

 

 



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再びゼロから

 

 

 

 失った言葉が出てこない。

 動揺と、それに食いつきたい本能を抑えて深呼吸する。

 

 

「……先ず、何でその発想に至った?」

「少なからず、君は異世界に行き、異世界で力を得たならば君はまだ執着していると思ってね。それに、私の娘が何を探しているのか調べていてね」

「……成る程。ロード・エルメロイから聞いたのか」

 

 

 エルメロイは少なからず予想していた。

 架空元素・虚数は未だ判明されていない属性だ。それを何処で手に入れたのか、どの家系で生まれたのかを調べた人間は少なくない。

 

 だが、魔術知識の疎さとその規格外の力は()()()()()()()()()()と推測していた。それこそ根源か、もしくは特殊な環境下に居たのか。そこから察するに、『傲慢』はその環境を探している。この世界にはない全く別の法則が働く世界にいた、と予想していた。

 

 

「……カルデアスだったか。本当にそれが可能なのか?」

「不可能ではない。並行世界の運営は世界に少なからず影響を与える。それを見つけ出す事が出来るのがカルデアと言う機関だ」

 

 

 第二魔法、並行世界の運営は微弱ながら現世に影響を与える。カルデアならその微弱な反応からゼルレッチが何処にいるか調べ、割り出す事ができる。

 

 

「……カルデアに所属する期間はいつまで?」

「人類史を救うに当たって優秀な人材を揃えている。恐らく2年以下だと予想している」

 

 

 二年。長い年月だ。

 だが、闇雲に探して見つからないよりは手掛かりがある方がいい。第二魔法使いのゼルレッチの情報も、御三家の情報を漁っても手掛かりと言えるものは掴めなかった。聖杯戦争も、次の開催が六十年後と知り、諦めていた。

 

 

「……俺も要求を追加していいか?」

「何かな?」

「先ず、俺の名前をカルデア以外で一切漏らさない事」

「ああ、徹底しよう」

「二つ、俺の家族は紛れもなく一般人だ。権力や実力行使で二人を害する魔術師が居たら俺はカルデアほっぽり出してでも行かなきゃならねぇし、その時はアンタの家の庇護下に入れる事」

「ああ構わない。約束しよう」

 

 

 最低限、これだけは守って貰わないといけない。

 菜月昴の家族はそれこそエミリア達と同じくらい大切な人達だからこそ、そこは蔑ろにしてはいけない。

 

 

「三つ、この資料を見るにサーヴァントを呼び出せるんだろ? 呼び出すサーヴァントに文句をつけない事」

「なっ……!?」

「……それは英雄ではなく、異世界の住人を呼び出すと?」

「安心してくれ。俺の相棒は強いぜ。少なからず俺より知識と経験がある」

 

 

 何せ、スバルが召喚する従者(サーヴァント)に契約が独占されているわけだし、恐らくスバルはスバルの相棒以外を呼び出す事が出来ないだろう。

 

 

「いいだろう。他に要求はあるかね?」

「いいや、無い。契約はこれで終わりだ」

 

 

 スバルはため息をついて安堵した。

 エキドナといい、ロズワールといい、()()()()()()()はスバルと相性が悪い。マリスビリーの本質だってそうだ。外れた歴史を変えるという事は()()()()()()()()()()()()()

 

 捨て駒だって存在する。  

 だがスバルは捨て駒になるつもりはない。

 

 

「んじゃ、改めまして。俺の名前はナツキ・スバル。『傲慢』の大罪を持つ魔術師、お互い運命に踊らされるピエロ同士、短い間だが仲良くやろうぜ」

「ああ、此方こそ宜しく。菜月昴くん」

 

 

 互いに握手を交わすが孕んだ感情は互いに別。

 油断ならない相手である事に変わりはない。マリスビリーもスバルも友好的に接しているように見えて––––()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、そういや聞いてなかったけど、ゲームとか娯楽品は持ってっていいか?」

「いいよ。別に」

 

 

 どうせ二年間切羽詰まる訳じゃないし、少しの寄り道だ。

 半年娯楽が無かったスバルも流石に休みが欲しいという当たり前の願望はあった。結構切実に。あとは単純に相棒を召喚出来たらうんと可愛がって遊びたいというのもあった。

 

 

 ★★★

 

 

 ──塩基配列  ヒトゲノムと確認

 

 ──霊器属性  混沌・善と確認。

 

 

『ようこそ、人類の未来を語る資料館へ……

 ここは人理継続保障機関 『カルデア』

 

 指紋認証 声紋認証 遺伝子認証 クリア

 魔術回路の測定…………完了しました。

 

 登録名と一致します。

 あなたを霊長類の一員であることを認めます。

 

 はじめまして。

 あなたが本日、最後の来館者です。

 

 どうぞ、善き時間をお過ごしください』

 

 

 そのアナウンスと共にカルデアに入る為の扉が開かれた。

 

 意外と審査が厳しいのかと思ったが、機械が勝手にデータをダウンロードするようだ。スバルの持つ魔女因子は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()やや不安があったようだ。

 

 

「……うおお」

 

 

 そこはとても広い廊下だった。

 馬も通れるんじゃないかと思う程に広く、何より窓の外に広がるのはとても先が見えない吹雪と雪原。部屋割りはかなりあって、広過ぎて自分の部屋を探すのに苦労しそうだ。

 

 荷物は後日届くらしい。

 有るのは変わらないジャージ。そして……ナツキ・スバルという人間がこの場所に居る。それだけで本当はいい。何せ異世界にスナック菓子とジャージと古い機種の携帯しかなかったのだから。

 

 

「ここが……カルデアか」

 

 

 地図を見ると部屋だけじゃない。

 図書館に体育館のようなトレーニングルーム、食堂に娯楽部屋もある。流石に圧巻の文字しか浮かばない。

 

 地図を見ていると、肩を軽く触れられ振り返ると桃色の髪で眼鏡をかけたパーカー姿の女の子がスバルに話しかける。

 

 

「貴方が菜月昴さんですか?」

「ん? ……ああそうだけど?」

「初めまして、私はマシュ・キリエライト。Aチームのメンバーとして貴方の案内をマリスビリー所長に任されています」

「気持ちは嬉しいが、案内って言っても大した案内は要らないんだけど……」

 

 

 とりあえず、記憶力にはちょっと自信があるスバルに案内は要らないと思っていたのだが、マシュの顔が「いえ、そうではなく」と言っているように見えた。

 

 

「ちょっと待って、案内ってまさか今から一軍と合流みたいな?」

「はい。一軍……Aチームの皆さんとの交流の為、時間を取らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……因みに聞くAチームのメンバーはどれくらい居るの?」

「私を含め全員ですが」

「それ断れないやつじゃん!? ……質問の意味ねぇじゃねえか」

 

 

 肩を落とし、案内を頼むとマシュは機械のような受け答えでスバルの案内を始める。スバルは逆にマシュの背中を追いながら、ため息をつく。一瞬、昔のレムに似ていると思った。機械的な存在と言うか、心を理解出来ていない子供。

 

 スバルにはマシュがそう見えていた。

 

 

「Aチーム、マシュ・キリエライト。新たなメンバーである菜月昴さんを連れてきました。入室の許可を」

 

 

 Aチームが集合している部屋の扉が開いた。  

 目に映った人物達にスバルは少し固まった。目に入った人物達を見ていく。

 

 寝不足で目つきが悪そうな銀髪の青年。

 夕焼け色の髪、右眼に眼帯をつけた女性。

 本を読みながら我関せずなツインテの女の子。

 身長がかなり高く、オカマに見える男。

 黒髪で、灰色が似合いそうな兄貴肌の男。

 独特の雰囲気で、油断が出来なさそうな青年。

 透き通る金髪で、如何にも風格がある青年。

 

 駄目だ、クセが強過ぎる。

 思わず両手で顔を押さえて天井を仰いでいた。ロズワール邸でもクセの強い人間だらけだったが、これはこれで酷過ぎる。普通じゃないのは知ってたが、少しは普通の人間がいると思った矢先、フラグがへし折られた。

 

 けど、逆にスバルは笑った。

 ナツキ・スバルの日常は毎日が特別だ。あの世界でもそうだったように、普通じゃない人達が笑い合って、協力して、あの場所に居たのだ。

 

 いつもとやる事は変わらない。

 ()()()()()()()()()()、スバルは変わらない。最初にエミリアに会った時と大差ないポーズを取りながら自己紹介をした。

 

 

「──初めまして! 俺の名前はナツキ・スバル! 無知蒙昧な上に図太さ超一流の不束者ですが、どうぞよろしく!」

 

 

 ナツキ・スバルは変わらない。

 何せ帰りたい場所があるから。

 スバルは世界を救い、元の世界に帰るためにカルデアでの第一歩を踏み出したのだ。




『菜月 昴
 魔術回路:EX 質:B 魔力量:A+++
 起源:不明 レイシフト適正率:100%
 以下の事を踏まえ、Aチームに所属する』

 スバルが半年で奪った魔術師達の刻印と回路。
 実際にスバルは魔術師としての才能は無い。刻印も魔術も奪えど宝の持ち腐れ。使える魔術は触れた相手の感覚を一部麻痺させる程度のデバフ特化とそこそこの道具生成。ぶっちゃけ魔術の干渉より権能でゴリ押しの方が早いらしい。



 と言う訳で一部終了です。
 次回から半年飛ばしてクリプターになる話をします。クリプターのキャラ達の絡みは別で書きます。良かったら感想・評価お願いします。


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原作開始前 異聞帯の現状
ファーストオーダーの罠


 日間ランキング19位
 週間ランキング47位
 日間ランキング(加点)14位
 月間ランキング63位

 本当いつも読んでくれてありがとうございます!
 そして今回からナツキスバルのクリプター編が漸く始まります!では行こう!!!




 

 カルデアでの生活も半年が過ぎた。

 Aチームのメンバーともそれなりに良くやっている。意外とキリシュタリアとヒナコと仲がいい。キリシュタリアは蓋を開けると子供っぽかったり、ヒナコは寂しがりで現代のラノベとイヤホンを貸したらハマってよく使用する。

 

 カドックは少し目の敵にされるが、何というか昔の自分に似ている為構いたくなってしまうし、オフェリアとは気軽に話せる程度の友達にはなった。友達が居なかったらしいからマシュやペペを誘ってゲームしたり、魔術について教わったりしていた。ペペは結構面倒見の良い姉貴分でよく世話になる。

 

 ベリルについては何となくだが近寄り難い感覚があった。フラットに接してくれる反面、何処か大罪司教を連想させる何かがあったからだ。まあ、話しかけられたら答える普通の知人。デイビットについてはまあ知人で、お互いに利用し利用されるくらいの間柄で、合理的な面で話し合う事が多い。

 

 因みにオルガマリーとはあまり仲良くはない。

 交渉の時にかましてしまった分、話しかけても怯えるだけだ。あとはレフ、魔術について教えてくれる部分はあるが、何故か知らないが()()()()()()()()。魔術を教わる以外は大した関わりはない。

 

 マシュについては結構感情の勉強として様々な経験をさせた。それこそ、楽しさだったり、少し悪い事だったり、様々な事を教えた。少しだけ人形っぽかった在り方が変わってよかった。ロマニは……サボり仲間。

 

 

 

 半年で変わったのはもう一つあった。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 理由は分からない。病死という事で片を付けられたが、スバルは腑に落ちない為、独自で調べたのだ。火葬された後に目を盗んでマリスビリーの遺骨に触れ、暴食の権能をフルに用いてマリスビリーが死んだ場所を特定、そこには僅かに残された血痕が発見された。

 

 暴食で乾いた血を舐めると、そこにはマリスビリーと顔が見えない誰かが話している光景と、棚に仕舞って隠していた拳銃で()()した光景だった。

 

 

 犯人の意図がわからなかった。

 グランドオーダーは人理修復の重要な役割(ファクター)。それを停止させようとした意味。そして、何故マリスビリーは()()()()ではなく、()()する事を選んだのか?抵抗する気もなく自殺する理由が分からない。

 

 今日が、そのファーストオーダーの日だ。

 何か嫌な予感がするのは俺だけだろうか?

 

 

 

 ★★★

 

 

「ははははははっ!まさかオルガの説明で寝て外される奴がいるって、ビンタの所思い出しただけで……ブフォ!!」

 

「笑い過ぎよナツキスバル!!今からファーストオーダーなのよ!気を引き締めなさい!!」

 

「いや悪い悪い。でも丁度いい緊張解しにはなったと思うぜ?なあカドック」

 

「僕に話を振るな。やる気のない奴についてこられても鬱陶しいだけだ」

 

 

 辛辣な事を口にして気を引き締めるカドック。

 逆に引き締め過ぎていなければいいのだが、スバルの笑いに他のメンバー達も少し緊張がほぐれていったようだ。

 

 今日がファーストオーダー。

 第一特異点は聖杯戦争が始まった冬木市だ。

 

 

「図太さで言ったら貴方とどっこいどっこいじゃない?スバル」

「あれぇ!?何故か俺も罵倒されてないですかオフェリアさん!?」

「確かに」

「ヒナコまで!?」

 

 

 肩を落とすスバルに横から通り過ぎるAチームの男達から無言で肩を叩かれた。そして何も言わずコフィンに入っていった。無言の慰めにスバルは膝をついて落ち込んでいた。せめて反論でもこの際慰めでもいいから無言で肩を叩いて同情するのだけはやめてほしかった。

 

 

「さっさと入りなさいナツキスバル!」

「わかったわかった!だからガンド打とうとするな!」

 

 

 スバルもコフィンに入る。

 レイシフト適性100%なら恐らく現地に無事に到着出来るだろう。レイシフトが開始されようとしたのをオルガマリー達が見つめる。

 

 レイシフト開始のアナウンスが始まる。

 スバルを含めたAチームのメンバーは目を瞑り始める。レイシフトに備えようと、スバルも目を瞑ろうとしたその時だった。

 

 

 

 

『レイシフトを開始しま––––––』

 

 

 

 アナウンスと共に響き渡る爆音。

 失うような身体の感覚、何度も経験した『死』の痛み。最後にスバルに見えたのは邪悪な笑みをするレフの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「…………うっ、あ」

 

 因子がまともに働かない。

 時間を跳躍しようとした以上、傷ついた原因がレイシフトの時間跳躍なせいか、『色欲』の権能による自動回復が遅すぎる。身体が時間の概念に傷つけられた可能性があるようだ。

 

 それでもスバルは立ち上がった。

 各場所から煙の臭いと、辺りを焼く炎の海。

 

 レイシフトのコフィンの時に、『強欲』を辛うじて発動したおかげで即死は免れた。だが、腕が上がらず、頭から大量の血が流れ、爆破された瓦礫がスバルの身体に突き刺さっている。

 

 

「……A……チームの…メンバーは……」

 

『憤怒』を発動し、全員の居場所を探す。

 致命傷である以上、スバル自身も長く持たない。確か、カルデアでのには凍結保存する機械があった筈だ。恐らくスバルも仮死になる以上、その後に治療すればまだ助かるかもしれない。

 

 

「……見えざ…る手ぇ……!」

 

 

『怠惰』の見えざる手を発動し、瓦礫を退けてAチームのメンバーや他のチームのメンバーを一か所に集めていく。血で目の前が霞む、意識が徐々に遠のいていく。だが、どのみち動こうが動かなかろうが死ぬ事に変わりはない。

 

 Aチームのメンバーの身体は奇跡的にも五体満足だ。欠損もないが、出血量が酷い。Bチーム以下では欠損がある人間もいるが、それに構っている余裕はない。

 

 

「これは……菜月君!?」

「ロマニ……か……」

 

 

 管制室に立ち入ったロマニがスバルを見つけた。

 スバルの後ろには今にも死にかけているレイシフトのメンバーが居る。瓦礫を一人で退けて、1か所に集めたのを見たロマニは驚愕していた。

 

 酷い出血だ。レイシフト用のカルデア戦闘着に血が滲む程の傷、瓦礫が突き刺さるスバルの身体は既に常人なら生命活動を停止している程に……

 

 だが、そんな中で全てのメンバーを一か所に集めた。

 スバルももう限界にも関わらず、それがどれだけ大変な事であったのかロマニでさえ思考が追いつかない。

 

 

「悪…い……マシュだけ……見つからなかった……」

「これは君が……?」

「時間が…ない……ロマニ……悪い…けど…コイツ…らを…任せ……る」

 

 

 ロマニの白衣を血塗れの手で掴んで告げる。

 スバルの意識が遠のき、これが最後の言葉になる。

 

 

「犯人は……レフだ……後は……頼む」

 

 

 スバルの意識はここで途絶えた。

 死ぬくらいに遠い意識と痛みに蝕まれ、ナツキスバルは異世界から戻って初めての『死』の痛みを感じ、意志も心も身体から離れていくように意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 

 

 次に目が覚めると、そこには何も無い空間に揺蕩っていた。

 身体は宙に浮いているのか分からない。ここが上か下かなんてわかる筈が無い。死から現実に戻る時のわずかな感覚と同じ。

 

 

「––––––状況の変■を確認し■」

 

 

 突然、脳に声が響き、目の前に光が現れる。

 伽藍洞の主は、スバルに語りかける。それは

 

 

「選ば■し君た■に提案し、捨■られた■たちに提示する」

 

 

 今自分は生きているのか、此処は何処なのか。

 言葉にノイズが入るようだ。何を言っているのか分からない。

 

 

「■■を望むな■ば、蘇■を選べ」

 

 

 何を言っているのか、分からない。

 聞こえない。聞こえる声が虫食ったかのように聞こえなくなる。

 

 

「■■を望■■らば、永■■眠■■選■」

 

 

 まるで、通信を誰かが阻害しているようで、徐々に目の前の光すら消えていく。身体も目の前も深い闇に消えていく。痛みはなかった、不快感はなかった。

 

 

 

「■は■■■■■■■」

 

 

 ノイズは完全に聞こえなくなった。

 そのまま目を瞑り、眠りにつけば聞こえるのだろうか。浮遊感に身を任せ、スバルは再び意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––愛してる」

 

 

 最後に聞こえたのは酷く耳に残る魔女の囁きだった。

 





 次回、サーヴァントのステータス公開。
 良かったら感想、評価をお願いします。ではまた次回!


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剪定された過去


 連続投稿とか土日の特権ですね分かります。
 気がついたら評価がえらい事になって思わずスクショしました。

 多くの感想、評価ありがとうございます!!それではスバルのサーヴァントを登場していくぜ!では行こう!!

 


 

 忘れられない程聞いたその言葉が耳に残る。

 意識が戻る。感覚が戻る。身体の重さも有れば、傷付きながらもAチームを救った時の痛みは無くなっていた。何故か温かい感覚と、柔らかい感触、いつも自分の弱さを見つけて吐き出させてくれたあの少女と同じ感触にゆっくりと瞼を開けた。

 

 

 

「––––あっ、起きた。おはようスバルくん」

 

 

 日の光は目覚めの眼球にひどく沁みて、涙目になるスバルはぼやけた視界の中に淡く輝く紫紺の瞳を見た。その声は酷い程身体に馴染むように甘い声で、スバルの目覚めを祝福するかのような衝撃だった。

 

 

「……エミ…リア……?」

「ブッブー、違うよ。私が誰だか、スバルくんは分かっているでしょう?」

 

 

 可愛い表現で間違っている事を告げる少女。

 顔立ちはエミリアと変わらない。けど、エミリアでない。エミリアはスバルをくん付けで呼ばない。銀髪のハーフエルフでスバルをくん付けで呼ぶ人間を一人知っている。

 

 

「サテラ……なのか?」

「ピンポーン!じゃあ改めて自己紹介するね」

 

 

 膝枕しながら、覗き込むように少女は自己紹介する。

 

 

「サーヴァント・()()()()()()

 

 

 それは、有り得ざる世界から招かれた狂気。

 愛と言う『狂気』を司り、未知の領域より降臨した者のみが持つ()()()()()

 

 

「真名、嫉妬の魔女サテラ」

 

 

 それは世界の半分を呑み込んだ存在。

 『剣聖』『賢者』『龍』の三英傑でさえ封印する事が精一杯で、スバルに狂気じみた愛を囁いてきた魔女の名前。

 

 そして、スバルが最後に救った女の子の名前。

 

 

「スバルくんの危機に駆け付けて参上しました!」

「ちょっと待ったぁ!?」

 

 

 膝枕から無理矢理起き上がり、スバルは驚愕しながら静止を要求する。先程までレイシフトの爆発に巻き込まれ、冷凍コフィンに入れられた筈なのに、気が付けば召喚されていたサテラの膝枕でぐっすり寝ていたという奇天烈な状況に混乱しながらスバルは説明を要求した。

 

 

「はっ、えっ?ちょ、ちょっと待った待った!?サテラ、お前()()()()()()()!?」

 

「どうやってと言われても、私は別にスバルくんの所にいつでも行けたし、単独顕現スキルを持ってるから召喚無しでも頑張ればこれちゃうよ?あっ、でも私から行こうとすると()()()()()()()()我慢してたけど……」

 

「さらっと恐ろしい事言わなかった!?単独顕現って……確かあれだろ?黙示録の獣の……世界を滅ぼすクラスが持つスキルだったか?」

 

「うん。それそれ、私も持ってるの。まあその気になれば抑止力を捻じ伏せられたけど、スバルくんに影響があって欲しくなかったから抑止力が働かない今、来ちゃった」

 

「さらっと捻じ伏せるとかとんでもない事言ったな!?」

 

 

 サテラの邂逅はあの世界で()()

 一回目は魔女の茶会、二回目はメローペ…… 大図書館プレイアデスのゼロ層で見つけた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の追体験で邂逅した。

 

 三回目は嫉妬の魔女の執着の渦で泣いていたサテラ。あの時に嫉妬の魔女と一緒に消えたかと思っていた。

 

 

「……随分性格が変わったな」

「うん。もう嫉妬の魔女因子に苦しむ事はないし、それに()()()()()()()()()()()()()のもあるかな?」

「憑代?……まさか!?」

「うん。()()()()だよ。今の私が憑代としてるのは」

 

 

 スバルはその言葉を聞くと、サテラを睨みつける。だが、サテラは手を伸ばして待ってとスバルに話す。そうなってしまったのはちゃんとした理由があるのだ。

 

 

「……先ず、権能を使うのをやめて」

「……ちゃんとした理由があるんだな?」

「うん、勿論。じゃなきゃ私もこんな事しないよ」

 

 

 スバルはため息をつきながら権能を解除する。

 スバルは今でもエミリアの騎士である事に変わりはない。エミリアを食い潰してサテラが存在しているならば、サテラであろうと許せない。

 

 

「先ず、今の私はエミリアの身体に入って召喚されてる」

「その理由は?」

「格落ちの為、サーヴァントだと格が高すぎる存在は召喚できないの。私の格は神霊……いや、多分『獣』のクラスと同じくらいの格。だから格を落とす為に憑代を必要とするの」

 

 

 今サテラは『獣』のクラスと同格と言った。 

 人類悪については、偶々奪った魔術師の記録に残されていた。人類が起こす7つの厄災、自業自得の終末。それが『獣』のクラスとして呼び出される。

 

 だが、サテラは『降臨者(フォーリナー)』として召喚された以上、既存のどの人類史の悪性にも当てはまらない。

 

 だとしたらサテラは……

 

 

「……その事をエミリアは?」

 

「知ってる。合意の上でエミリアから身体を譲って貰ってる。今の自我はエミリアが3で私が7くらいかな?」

 

「エミリアに影響はあるのか?」

 

「肉体的な影響はないよ。けど、この状態だとエミリアの自我は表に出せない。うーん。あっ、襟ドナ状態って言ったほうが分かりやすいかな?」

 

「あー、成る程」

 

 

 要するにエミリアは()()()()()状態なのだ。

 以前アナスタシアとの契約精霊だったエキドナがアナスタシアの身体を借りて戦った事がある。何回かそういった事はあったらしいが、五回目くらいでエキドナはアナスタシアの身体から出られなくなった。

 

 サテラがエミリアの身体を借りている以上、エミリアの意識は眠っているままだ。

 

 

「そうまでしなきゃいけない理由は何なんだ?エミリアたんの身体を借りているのは分かったけど」

「……スバルくんはあの世界があの後どうなったか分からないでしょ?」

「……何かあったのか?」

 

 

 サテラは話し出す前にスバルに確認を取る。

 正直な話、サテラはスバルに話したくないのが本音だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……正直な所、あまり話したくはないんだけど、スバルくんはそれでも聞きたいんだよね?」

「ああ……残酷でも重要で大事なんだろ?」

「うん……分かった。全部話すね」

 

 

 サテラは重い口を開いた。

 スバルには絶望しかない事を知りながら……

 

 

「私達の世界は……()()された」

 

「剪定?……どう言う意味だ?」

 

「……スバルくんは大富豪と大貧民だったらどっちが長く生きられると思う?」

 

「そりゃあ普通に考えたら大富豪だろ?いやこの質問に何の関係が……」

 

「今、スバルくんは大富豪の方が長く生きられるって答えたよね?それと同じ、世界は大富豪……長く続けられる世界を選んだ」

 

 

 スバルには理解が追いつかなかった。

 いや、追いつかなかった方が良かったのかもしれない

 

 

「この世界には私達が居た世界を含めて多くの並行世界がある。けど、並行世界も多く存在すれば世界の容量がパンクするの。だから、世界は長く続けられる世界を選んで、他を消さなければいけない」

 

 

 並行世界は存在を増やせば増やす程に世界の容量を奪う。故に世界は100年後もこの世界が続けられるか、それが不可能かを見定めて選び、必要のない世界を消去する。

 

 そうする事で地球と言う惑星が壊れずにリソースを使い回す事で、存在することが可能なのだ。

 

 

「それが–––––剪定事象」

 

 

 その真相にスバルは動揺を隠せないでいた。

 それは最悪の結末だった。ナツキスバルが英雄としている事が出来たあの世界は既に……

 

 

「う、嘘……だろ……?ま、まさか……」

「私達の世界は……剪定されて、もう存在しない」

 

 

 世界によって消されてしまったのだ。

 スバルは膝を突いて絶望する。レムもベアトリスも、オットーやガーフィールも居なくなってしまったのだ。

 

 大切だったあの場所も。自分を好きだと言ってくれた少女も、殴って自分を友と呼んでくれた男も、もう存在しない。

 

 サテラはどんな言葉をかければいいか迷っている。

 絶望し、涙を流し、もう立ち上がれないほどに心が折れ……

 

 

 

「……あのスバルくん…」

「よし。とりあえずは分かった」

「切り替え早くない!?」

 

 

 ……てはいなかった。

 逆だ。ナツキスバルは()()()()()()()()

 

 

「世界は剪定され、あの異世界はどこにもない。痛いほど理解したよ。絶望して、泣いて、折れて、誰かに縋って逃げたいって昔の俺なら言ってたろうな」

 

 

 ––––さあ、ここからです。

 奇しくも青髪の少女の声が聞こえた。そうだ。自分と契約した相棒も、自分が全てを捧げたいと言った女の子も同じ事を言うだろう。

 

 

()()()()()()()()()()()()。それにまだ……()()()()

 

 

 まだ、最後の希望があるとするなら……

 それは、自分自身。ナツキスバルという人間こそ、あの世界を証明できる最後の希望なのだ。

 

 

「サテラ」

 

 

 再びスバルは彼女の目を見つめる。 

 

 

「俺はお前が知る『スバル』じゃない。俺はナツキスバルだ。400年前にお前を連れ出した男とは違う。だから、あの時の『スバル』みたいになれない」

 

「うん。分かってる」

 

「俺ひとりじゃ、なにもできない。今の俺でもなにもかも足りない。ゼロから始める以上、俺ひとりで全部抱える事だって無理だ。本当の俺は本当にちっぽけな英雄幻想なんだ」

 

 

 いつだって負けちゃいけない事に変わりはない。

 だが、ここでの負けは全ての終わりだ。スバルが折れてしまえば二度と会う事さえ叶わない。

 

 けど、弱さが吐けない自分を肯定できる自分が居ない。ナツキスバルは一人では寂しくて生きていけないほどの臆病な人間だから。

 

 

「だから––––俺と一緒に背負ってくれないか?」

 

 

 目の前にいるのはエミリアではない。

 いつも愛を囁いて、スバルが壊れるくらいに苦しまされた魔女だ。割り切れるなんて思っていない。けど、もう苦しまなくてもいいと自分から告げた女の子である事に変わりはない。

 

 

「また、ここから始める為に、またあの世界を取り戻す為に、俺に協力してくれるか?」

 

 

 スバルは手を伸ばす。

 あの世界を取り戻す。それは果てしない時間と知恵を掻き集めても無茶無謀と誰もが嘲笑うだろう。

 

 だけど、諦めるのは性に合わない。

 そう告げた少女がいたから、心が折れそうな時に自分の手を握るあの子がいたから。

 

 だから、こんな絶望だろうと、諦める事だけはしない。

 

 

「俺と––––またゼロから始めてくれるか?サテラ」

 

 

 それはなんともズルい言葉だ。

 サテラは少しだけ、嫉妬しちゃうなと呟きながらもスバルの手を取る。

 

 

「––––契約はここに。この身、この魂は貴方と共にあり、貴方の行く末を最後まで見届ける事を誓います」

 

 

 サテラがスバルの手を握ると、スバルの右手の甲には赤い紋章が浮き出ていた。契約に必要な令呪の証。ナツキスバルとサテラがこの場所から、ゼロから始める誓いの証だ。

 

 今はまだ二人だけ、だがここからだ。

 

 

「改めてよろしくね!スバルくん」

「ああ!いっちょやってやろうぜ!俺とお前で!」

 

 

 ここから再びゼロから始めよう。

 そう告げた二人には少しの迷いすらなかった。

 

 




 クラス:フォーリナー
 マスター:ナツキスバル
 レア度 : ☆5
 真名:嫉妬の魔女サテラ
 性別:女
 身長:164cm
 属性:混沌・悪


 [ステータス]
 筋力:D
 耐久:EX
 敏捷:C
 魔力:EX
 幸運:C
 宝具:EX

 [保有スキル]
 ■■■■■
 現在閲覧不可



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差し当たって現状確認

 まさかこの作品が100評価を超えるなんて超光栄です。
 それではナツキスバルの担当、異聞帯を書いていくぜ!良かったら感想・評価お願いします!では行こう!




「……頭痛くなってきた」

「だ、大丈夫?」

 

 

 俺が今いる場所は異聞帯と言う所だ。

 異聞帯。それは行き止まりの人類史、歴史の停滞に他ならない世界。全てを異聞帯の王に任せる人類史もあれば、全てを統率し管理する人類史も存在する。

 

 それを導く先導者がクリプターと異聞帯の王。

 クリプターはスバルを含めて八人。Aチームのメンバーがそれぞれの異聞帯に存在し、異星の神を降ろす事で異聞帯は地球の歴史から新たな人類史へと塗り替えられるという事だ。

 

 

「俺の父さんとお母さんは人理崩壊で居なかった事になってるし、空想樹が開花するには少なからず人理修復が必須。そこは生き残ったカルデアに任せるしかない……何この丸投げ状態」

 

 

 俺達は今、空想樹の()()()に居る。

 空想樹の種と言われても想像は付かないが、まあベアトリスの禁書庫みたいなものと考えればいい。8つの種のそれぞれに行き止まりの人類史が存在する。要するに()()()()()()()()の中に居るのだ。

 

 クリプターとして重要なもの。

 先ず、その異聞帯に合ったサーヴァントの召喚。けどこれに関しては諦めた。スバルはサテラを除いて契約の独占をしている。サテラの場合は()()()()()()()というチートだ。まだ召喚していないが、剪定されても剪定された世界の縁さえ有れば間違いなく呼び出せるだろう。奪った魔術回路のおかげで最大五人くらいは呼び出せる。サテラは自分で魔力を補えるし。

 

 もう一つは『大令呪(シリウスライト)

 これは因果さえ曲げられる命令を一度だけ使うことが出来るクリプターに与えられた権利。だが、使えば絶対に死ぬという裏技だ。スバルは最悪が重なって、もうどうしようもない時にしか使いはしないだろう。

 

 

「サテラさん。貴女とんでもない事をしましたね」

「この場合、てへっ☆って言えばいいの?」

「どこで覚えたその知識!?あっ、ちょっとあざとくて可愛さ出した教えはパックだな。グッジョブ!」

 

 

 実はスバルには大令呪(シリウスライト)()()

 大令呪は元々マリスビリーから授かったものだが、サテラはスバルの中に異物が入るみたいで嫌という理由で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。

 

 大令呪は今サテラが管理している状態で、大令呪は使えない。マスターと令呪というのはセットじゃないと効果がないらしい。

 

 その代わりと言っては何だが、サテラが莫大な魔力で生み出された偽大令呪を作ったらしい。使っても死なないが、モノホンと比べるとやはり劣化版。大令呪がクリプターである証拠だ。確認とかあった時バレなければいいのだが……

 

 

「サテラが基本的に知ってるのはそれだけか?」

 

「うん。私は異星の神が持ってる情報を断片的に手に入れただけだし、先ずこの世界がどんな場所の行き止まった人類史なのか分からない」

 

「サーヴァントって座から知識を手に入れられるんだろ?それと照らし合わせても分からないのか?」

 

「うーん。何といえばいいかな?私の座の知識は興味のない教科書をザックリ読んだイメージかな?元々私はスバルくんが生まれた世界は殆ど知らないから。頭に流れた情報もあっ、見たことあるなーくらいの知識しかないかな」

 

「大丈夫かよそれで……。まあ、そもそもエミリアたんもめちゃくちゃ頭がいい訳じゃなかったしなぁ。サテラもエミリアたんも俺が生まれた世界とは隔離されてた訳だし」

 

 

 まあ確かにいきなり訳もわからない教科書を見せられて覚えろって言ったほうが無理な話だ。スバルもロ文字やイ文字とか習得にはかなり時間が必要だったし。

 スバルはサテラと一緒に『見えざる手』に乗りながら空から地上を見渡す。ある程度の歴史的建造物なら覚えている。何処の国で起きた行き止まりの人類史なのか。

 

 

「………ん?」

 

 

 先程まで快適だった草原から一転して()()()()()。いや、正確に言うなら飽和しているマナの密度が高い気がする。サテラに確認を取ると同意見らしい。

 

 草原が途切れてかなり深い崖のような場所があり、底が暗くて見えない。崖下に見えた光景は緑が見えない()()()()としか言えない。

 

 

「樹海にしちゃあ、かなり黒くね?」

「スバルくん、もうちょっと下がれる?」

「何で?」

「マナがかなり下の方が濃いの。もしかしたら異聞帯の王がいるかも」

「よっしゃ任せろ。権能で確認して……ん?」

 

 

 見えざる手の高度を上げようとしたその時、スバルは森の奥から轟音が耳に入った。そして次の瞬間、スバル達に襲い掛かってきた。一瞬だ、一瞬だけ地上が光を放ち、果てしない熱気が第六感を即座に動かす。

 

 

「サテラ!」

「うん!」

 

 

 放たれたのは太陽のような熱気を放つ()()()

 対してサテラは詠唱すら使わずに時すら凍てつかせる氷風をぶつけて相殺する。ただそれだけで大気の空気が膨張し、人間を跡形もなく消し飛ばす程の膨冷と熱波が森を削り取る。

 

 

「うおあっ……!?」

「わっ、スバルくん!離さないで!!」

 

 

 サテラの氷魔法はエミリアの技能と同じ。

 パックがエミリアから離れた時からエミリアの潜在的な魔力はロズワールすら超えかねないのは知っていたが、サテラが放つと世界を丸ごと凍らせるパックの力以上に見える。

 

 スバルはすかさず『強欲』で5秒間で第一波だけを防ぎ、第二波を『見えざる手』で包んで防御する。流石の衝撃にサテラがスバルの腰にしがみつきながら蒼い炎が放たれた場所を見る。

 

 

「なんだアレ……!?八つ首の竜……まさか八岐大蛇!?」

「や、やまたの?って何?」

「出雲神話に出てくる怪物だ!てことはつまり……俺たちの担当は日本の過去か!多分奈良時代!」

 

 

 出雲神話は奈良時代に著作された『古事記』に出てくる派生。

 古事記では伊耶那岐命(イザナギ)が冥界から戻ったときに生み出された須佐之男(スサノオ)によって殺された怪物。

 

 

「サテラ!とりあえず逃げるから掴まってろ!」

「う、うん!」

 

 

 草原に戻ろうとした瞬間、八岐大蛇?は再び蒼い炎を充填する。

 スバルの『強欲』の維持は訳5秒間。その後は不整脈にならない為にインターバルが必要。インターバルを消す『獅子の心臓』は誰かに埋め込まなければ使えない。サテラに埋め込んでも良かったが、まだ様子見でそこまで考えてなかった。

 

 

「うおおぉぉぉ!?」

「きゃあああ!?」

 

  

 近場の山に下りて逃げるスバルとサテラ。

 正直な話、サテラなら八岐大蛇を倒せるとは思う。けど、あの黒い森は恐らく()()()()()()()だ。あんな森で戦ったら何が来るか分かったもんじゃない。

 

 

「あー、なるほど!読めたぜ!」

「何が!?」

「この場所の地形!!日本の形をしてねえぇ!」

「どういう事?」

「つまり、階層!崖下が最下層ならこの場所は第二層!つまり、()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 スバルの読みは当たっていた。

 八岐大蛇が居たのは最下層、日本の神話に於いての『穢れ』は妖怪、怪物、邪の具現など様々存在する。

 

 八岐大蛇だけではない。穢れを纏めたあの樹海は日本最古の穢れからこの時代まで溜め続けた穢れの地。樹海が黒いのも、瘴気を吸い続けているからだ。

 

 つまり、あの樹海は誰かが生み出したもの。

 崖下にあるのは、領域を意図的に隔離する為だ。隔離した領域の草原の場所は襲われる心配は無かったのも運が良かった。

 

 

「……ふう、自分で言うのもなんだが強くてニューゲーム状態なのに全然思ってたのと違う!いや何となく分かってたよ!?俺そういう星の下で産まれた自覚はあったけど酷くね!?」

「スバルくん、アレ」

「アレ……? はっ……?」

 

 

 スバルは開いた口が塞がらない。

 草原だった場所からは高低差で見えなかった。山に下りると草原のない平らな地面。

 

 そこは街だった。

 並び立つのは今時珍しい古い家が並び、着物を着て出歩く女達、水切りをする少年たち、木々を運び家を作ろうとする男達。だがそれ以上に目を引かれたのは……

 

 

「びょ、()()()()()()だと……!?」

 

 

 八岐大蛇は奈良時代の『古事記』より生まれたものだ。

 正確に言うならば、『古事記』に登場した神から『出雲神話』の主役として存在した。ならば、平等院鳳凰堂は()()()()()

 

 平等院鳳凰堂は()()()()に建てられたものだ。

 奈良時代では存在するはずがない。時期のズレ、八岐大蛇ではない可能性、平安時代、その全てを頭の中で整理した瞬間、スバルの頭にとんでもない可能性がよぎった。

 

 

「まさか……」

 

 

 アレがもし、本物だとしたら。

 八岐大蛇は復活したでも、時期がズレているのでもない。奈良時代に須佐之男命(スサノオ)によって殺されたはずの怪物が居る理由。

 

 

「おいおい。マジかよ……そういう事なの?そうなっちゃったの?この歴史」

 

「スバルくん?」

 

「あー、すまんサテラ。ちょっと頭が痛くなった。今日は寝よう。膝枕を要求してもいい?」

 

「いいよ。はい、おいで」

 

「めちゃくちゃ甘やかされると逆に恥ずかしいけど、もうツッコむ気力がねぇ……駄目だこの世界、そういう事なの?」

 

 

 自問自答に頭を痛めたスバル。

 サテラの膝枕に埋もれて目を閉じて現実逃避をする。サテラは目を瞑るスバルの頭を軽く撫でてくれる。

 

 八岐大蛇は()()()()()()()

 もしそう考えるなら、一体何が原因か。須佐之男命(スサノオ)が負けたか、もしくは須佐之男命(スサノオ)自体が()()()()()()()()

 

 

「……唐突に…ベア子に逢いたい」

「起きたら召喚してみれば?」

「そう…するわ………」

 

 

 もし、後者の仮説が正しいなら……

 

 異聞帯の王は、()()()()()()()()()

 

 この異聞帯は奈良時代から平安時代……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()の約1000年の時を経て育った日本の行き止まりの人類史。魑魅魍魎、悪鬼羅刹が蔓延る時代のクリプターとなったナツキスバルは一度考える事をやめ、膝枕の上でゆっくりと眠りについた。

 

 

 




Q サテラはスバルの上位互換の能力を有しているから、もし彼女を出すならスバルに能力を持たせる意味が最初以外は失われてしまうと思うのですが

A サテラが今正気であるのはスバルが嫉妬の魔女の因子を取り込んでいるからです。これは後半の話で自己解釈になりますが、スバルは何故魔女因子を二つ以上取り込んでも平気なのか。そして、サテラに関してはまだまだ謎を多く含めた登場をさせています。愛に狂うサテラが何故このような状態になっているのかは後ほど。



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反発する獣達

 

 最近『寝る練る練るね』さんの小説にハマっています。
 リゼロ2期を観て始めたこの小説もまさかの『星の巫女』シリーズの評価を越してしまうとは……!ちょっと驚愕してます。

 それでは、11話!良かったら感想評価お願いします!では行こう!


 

 魑魅魍魎が多く存在する最下層の穢れの森。

 人々が不自由なく住う第二層の平安時代の住人。

 

 スバルが異世界にいた中ではとびきり凶悪なものだ。

 恐らく、スバルの全権能を用いても穢れの森は攻略出来ない。あの瘴気はサテラの封印地にあったものと同質のものだ。広大さもそうだが、あの樹海は恐らくスバルの予想が正しければ()()()()()()()()

 

 

「先ずはここのお偉いさんに話を聞く……事から始めるか」

「大丈夫?まだ眠い?」

「いや考え疲れだから大丈夫だ。サテラ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 

 名残惜しい膝枕からスバルは立ち上がる。

 歴史のズレはスバルはある程度予想を立てているが、実際に情報は大事だ。予測だけじゃ足りないから足りないものを埋めていくのはいつもやっている事だ。

 

 

「っ!スバルくん!!」

「どうした……って……誰?」

 

 

 サテラが警戒してスバルを後ろに下げる。

 虚空からいきなり現れたのは、眼鏡をかけて如何にも秘書を連想させる服を着た……

 

 

「おやまあ、お邪魔でしたでしょうか?」

 

 

 とてつもなく()()()()()()()()()

 サテラが警戒している。スバルも直感でしかないが、この女は()()()。サテラに近いのだが、スバルの感想は『人という枠の中にとてつもない存在を詰め込んでいるような人の皮を被った何か』だ。

 

 

「……アンタは誰だ?」

 

「おっと失礼、私はNFFサービス所属、コヤンスカヤとお呼びください」

 

「獣人巨乳秘書キタコレ!……って素直に喜べねぇんだけど」

 

「それは酷い……!私は無力で涙ぐましい努力をして漸くこの地位に上り詰めた哀れな秘書なのに、よよよ」

 

「うっわ、キッツ……」

 

「そこの魔女さん?ちょっと黙ってくれませんか?」

 

 

 どうやら()()()()()()()()()()()()()

 何というか、エキドナとサテラの時のように互いの存在が気に入らない。と言うかサテラが思いっきり悪態を吐くなんてスバルも少し驚愕している。

 

 

「スバルくんに近寄らないで、灰汁を限界まで煮詰めたような貴女が近づくと私のスバルくんに悪影響だから」

 

「あーら、召喚されて間もない中よくそこまでの信頼関係を。私とて予想外ですが、生憎と私はクリプターであるナツキスバルさんに連絡事項があるので来たのです。貴女に用はありませんので消えていただくと幸いなのですが」

 

「私はスバルくんのサーヴァント。用件があるなら同席するし、連絡事項を吐いてさっさと帰ったらどう?愛が捻れ曲がった犬に構っている程私達は暇じゃないの」

 

「あらあら私を犬と言いますか」

 

 

 ––––瞬間

 とてつもない魔力が一歩を踏み出した瞬間にのし掛かる。重圧?魔力濃度が変わった?いやそんなチャチな話じゃない。隠していた力の鱗片でこれだ。明らかに雰囲気が変わった。

 

 

「––––ならば戯れは此れにてお終い。たかが()()()()にも至らぬ魔女、妾がここでかみ砕いてしまおうか!」

 

「はっ、ただの愛玩の獣風情にこの異聞帯で私に勝てると思うなら。–––––今ここで、氷漬けにして砕いてあげる」

 

「ちょっと待ったぁ!!」

 

 

 思った以上に一触即発だった。

『獣』と同格の力を持ったサテラに愛玩の極致とも呼べる目の前のサーヴァントが戦えばこの異聞帯で甚大な被害を起こしかねない為、スバルは慌てて二人を止める。

 

 

「とりあえず落ち着けよ!まだ種の中でお前ら二人に暴れられると被害がヤバいから!?つーか、コヤンスカヤも用件があって来たんだろ?せめてそれを先に話してくれ」

 

「……まあそうしましょう。これ以上は不毛、時間の無駄ですわ」

 

「とりあえず()()()()()も悪いが少しお口チャック」

 

「……分かった」

 

 

 ここで本来のクラスを明かすのは得策じゃない。

 特にこのサーヴァントは()()()()()()()()()()()()。他人が壊れるのを愉悦する愛が捻じ曲がった怪物。サテラが警戒するのもわかる。

 

 コイツの本質は()()()()()()()()()()()

 故に絶対に油断できないし、油断すれば全て崩れ去ってもおかしくはない。

 

 

「それで?用件は?」

 

「はい。ですがこれはクリプターとしての問題なので、後ろの方を下げていただくと––––」

 

「お前が()()()()()()()()()()()上で俺はキャスターを置いてる。悪いけどキャスターを退かすのは無理だ」

 

「……へぇ。ああなるほど、()()()()()()()()()()。まあいいでしょう。用件と言うのはこれです」

 

 

 スバルは少しだけ顔を顰める。

 少し気づかれたかのようで、逆にコヤンスカヤは不敵な笑みを浮かべていた。コヤンスカヤはスバルの手にあるものを渡した。どうやら何かの機械のようだ。

 

 

「これは?」

 

「通信型投影機です。各異聞帯のクリプターに連絡事項があった場合繋げることが出来ます。クリプターの会談とかあった場合は必要になってくるので壊さないように」

 

「そうなの?てっきり俺は直接行くのかと思ってたけど」 

 

「異聞帯を跳躍するにはかなりの魔力が必要になってきますし、私と言えど日に何度も転移は出来ません。虚数を渡れるのは異星の使徒、もしくは一部の神霊級のサーヴァントのみです」

 

「てことは、もう神霊級のサーヴァントで実証済みなのか?その一部って誰だよ?」

 

「んー、いずれ知る事になりますし、まあいいでしょう。クリプターのリーダーであるキリシュタリアさんが既に神霊であるカイニスを召喚していますので」

 

「カイニス……?ああ、カイネウスか。ポセイドンの」

 

 

 神霊カイニスもといカイネウス。

 絶世の美女だったカイニスはポセイドンに乱暴され女であることを憎悪し、ポセイドンに見返りとして無敵の男性の肉体を手に入れた神霊。

 カイネウスの死後、大木の山の中から金色の鳥が飛び出して天に昇ったエピソードからカイニスは何処までも飛翔する金色の鳥。

 

 つまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは海だけじゃなく、空間だろうが異聞帯の空だろうが不可能ではないという事だ。

 

 

 

「それと、各異聞帯の場所担当と注意事項を話させていただきます。先ず日本はスバルさん、貴方となります。ロシアはカドックさん、北欧はオフェリアさん、中国はヒナコさん、インドはペペさん、イギリスはベリルさん、南米はデイビッドさん、ギリシャはリーダーのキリシュタリアさん。今のところ最有力はキリシュタリアさんになります」

 

「最有力って異聞帯の優劣か?いや……異星の神を降ろす為に必要な条件がギリシャで揃ってるって事か?」

 

「はい。私の予測の中で一番早いのはギリシャ。貴方の異聞帯の空想樹は上から三番目と言った所でしょう」

 

 

 スバル達の異聞帯が三番目。

 序列で言えば一位がキリシュタリア、二位はデイビッドか?なんとなくアイツならやりそうと言うかイメージがある。

 

 

「……それで注意事項は?」

 

「まあ簡単な話です。互いのクリプターの異聞帯で必要以上な過度の干渉は禁止。八つある空想樹を七つ折って自分の異聞帯を決定するだなんてフェアではないので」

 

「確かに……ちなみに観光とかは?」

 

「グレーゾーンと言っておきます。そちらの魔女は私と同じ事を出来るようですし、過度な干渉が無ければ私は目を瞑りましょう」

 

「おけ把握。んじゃもう一つだけ––––」

 

 

 スバルは最後に質問する。

 その質問にコヤンスカヤは予想外といった表情をし、目をパチクリとさせる。

 

 

「ええ、まあその条件さえ満たせば可能ですけど……」

 

「言ったな?言質とったぜ!なら問題ないわ。あっ、オフェリアの異聞帯で投影機渡すなら使い方ちゃんと教えてやってくれ。アイツ機械音痴だから」

 

「オフェリアちゃんのお母さんみたいですね。わかりました。あっ、それとクリプターの会談がある場合はお伝えしに行きますので、それではご検討を〜」

 

 

 そう言うとコヤンスカヤは異聞帯から消えていった。

 サテラが頰を膨らませていた。どうやらコヤンスカヤと話している事が気に入らなかったのだろう。

 

 

「拗ねるなよサテラ」

「ふーん。別に拗ねてなんかないんだからね」

「ほれほれ、頰を膨らませてそっぽ向くとか可愛い可愛い。おおっ、柔らかい」

 

 

 膨れっ面でそっぽ向くサテラの頰をむにむにと触る。

 エミリアの時もこれくらいの距離感だったが、エミリアが向けてくれたスバルに対する恋心とサテラがスバルに向ける愛はほんの少し似ているのだ。心配してくれて、でも傷付いてほしくなくて、でも傷付いてでもそばに居てほしい軽い独占欲。年相応の女の子の恋心だ。

 

 逆に愛が重い嫉妬の魔女は別だ。

 アレは絶対に振り向いてくれると勘違いした愛の執着だ。

 

 

「むー、頭を撫でてくれたら許してあげる」

「……エミリアたんもそうだがサテラも可愛いな!ちょっと素直な所ポイントが高い!ほーらわしゃわしゃー!」

「きゃー!」

 

 

 ……随分と楽しそうだと言っておこう。

 10分くらいサテラを宥めた後、当初の目的を思い出したスバル達は平安時代のお偉いさんに会いに行く事にした。

 

 




 おまけ

「えっと……これを押してこうすれば良いの?」

「あー違います!?それ通信終了のボタンです!?右から二番目のボタンを押してください!」

「えっと、これ?これを押して次はこのボタン……」

「違いますよ!?次左のボタンです!ああ!?二回も押さないでください!スバルさん恨みますよおおぉぉぉ!!」


 無間氷焔世紀ゲッテルデメルング。
 北欧担当のオフェリアに通信機を渡して使い方を見ると酷過ぎた為、コヤンスカヤが一から教えている。だが、思った以上にポンコツなのかボタンを二回押してリセットしたり上手くいったと思ったら電源ボタンを押してやり直してしまう重度の機械音痴に頭を痛める。通信投影機を教えるコヤンスカヤが機械音痴のオフェリアにそれを使いこなせるようになるまで1時間かかったと言う。


スバル「……へくしゅ!」



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レキシノアヤマチ



 最近、睡眠量が足りてなくて書く暇がなかったのを謝罪します。
 てことでスバルの異聞帯での行動を書いていきたいと思います!良かったら感想評価お願い致します!では行こう!





 

「街に入る前にやるべき事があります」

「?何か問題が?」

「大アリだ。サテラ、自分の格好をちゅうもーく」

 

 

 ここが平安時代だと仮定しよう。

 と言うか平安時代じゃなくてもこの格好は色々とアウトだ。

 

 俺→ジャージ上下。

 サテラ→紫紺のドレス。

 

 死ぬ程この世界の服装に適応してねぇ。

 だが舐めてもらっちゃいけない。俺は天下不滅の無一文だ。要するに金がない。だから着物を買う金がない。

 

 いや荷物は()()()()()()()()()()()、入ってるものが魔導書多数、歴史の参考書多数、ラノベ多数、ゲーム機、ジャージ三着、3日は持つ食料、平安時代に適さない多額のお金。大半が役に立たねぇ。

 

 昔サテラが世界を飲み込んだとか言っていたから飲み込んだら取り出せるのではないかと思い、やったら出来たのだがアイテムボックスみたいになったのに苦笑しかなかった記憶がある。

 

 

「あっ、そういえば『色欲』があったじゃん」

「でも服って無機物でしょ?出来るの?」

「……やって駄目なら諦めてこのまま入るか」

 

 

 ジャージ一着を影から取り出して『色欲』を使う。

 すると材質や布の面積、着色が把握できるようになり、着物に変えることが出来た。黒色の着物に紺色の羽織り、俺らしい色合いが出来て若干満足だ。むふっ。

 

 

「うっし、成功!サテラの着物はそうだなぁ……」

「出来ればこの色合いが助かるかな……」

 

 

 紫紺のドレスが若干気に入っているサテラを見て、頭の中でそれに近い着物を想像する。そう、イメージするのだナツキスバルよ!今の俺にサテラのファッションセンスが関わってくる!!

 

 うおおおお!閃け俺の頭ァ!!

 

 

 ★★★

 

 

 森で着替えました。

 紫の着物と白い羽織りで頭の中に過ぎったエミリアの服装が着物になった感じの着物が完成した。サテラもご満悦で嬉しそうだ。

 

 

「でも流石に顔が緩みすぎじゃね?」

「だってスバルくんのジャージで造ったものでしょ?彼シャツ……じゃなくて彼ジャージ感がちょっとドキドキするの」

「ああ、好きな子のジャージとかの臭いを嗅ぐ……って目の前でやられると美少女でも恥ずかしいからやめて!?」

 

 

 まあなんとか平安の街を歩けるくらいにはなった。

 この時代では果物は干して売られてたり、魚も燻製が多い。塩や砂糖の需要が高い上、医学については恐らく塩分濃度やインフルエンザのようなものに弱いだろう。

 

 辺境の場所だったアーラム村でも、売られているものは王都並みでは無かったように、場所が中心部であればあるほど高くなってたり、質のいいものも売っている。

 

 

「中々遠いな、平等院鳳凰堂」

「遠近法だっけ?この街もすごーく大きいし、自然も豊かだから食料にも困ってなさそうだし」

「これの何処が行き止まりの人類史に繋がるのか、だな」

 

 

 疑問はそこだ。

 八岐大蛇や魑魅魍魎がいる穢れの黒樹海はその一つに繋がるだろう。だが、今の人々はそれに怯える事もなければ、健康的に過ごしている。

 

 一体、何処に行き止まりの要素があるのか。

 

 

「あー!」

「ん?何––––」

「みーつーけーたああああ!!」

「ぼんじょるの!?」

「す、スバルくん!?」

 

 

 突然、腰に抱きついて……いやかなりの勢いのタックルされ平安の硬くも柔らかくもない地面に滑り込むように倒れたスバル。サテラも敵意や悪意を感じなかった為、見逃してしまっていた。

 

 

「ぐおおおっ!こ、腰が!折れてないよね!?あっ、やっぱ痛い!」

 

「でーじょーぶだって!美少女の抱き付きなんだぜ?我々の業界ではご褒美です!とか言ってくるやつとかいたしさー」

 

「危険を伴えばご褒美と認識しても危ないよ!誰だそんな知識教えたバカは!?貴方はマゾに目覚める前に病院に行きなさいって言っとけ!!」

 

「違うさ、マゾではない。ただし美少女に限る!とか言ってたけどね」

 

「手遅れだった!?」

 

 

 目覚めてはいけない所に目覚めてしまった。

 願わくば現実を知った後に死にたくならないようと切実に願う。

 

 腰にヒビが入りかけたが、『色欲』のオート回復で和らいでいく。口に入った砂を吐き出し、サテラの手を取って立ち上がる。大胆かつ危険なタックルをしてきた人間を見ると……一言で言えば派手だった。

 

 髪が水色、赤、黒の三つで混ざりながらツインテールでありながらゆるふわな髪型。黒いセーラー服と白いパーカーの萌え袖、パーカーにはヒヨコやら手裏剣の刺繍がされてあり、靴も厚底。

 

 一言で言うなら……現代のパリピJKだ。

 

 

「サテラ行こうぜ。俺この展開読めたわ、アレは関わっちゃいけねえ奴だ」

「う、うん」

「にーがーすーか!」

 

 

 格好が死ぬほど適応してない。

 猛烈に関わると疲れる予感がしたのか、この後の展開を察してサテラを連れて逃げようとするが、パリピ系は二人を追いかけ始める。

 

 

「甘いな!二度同じ技が通じると思ったか!振り向いてキャッチアンドリリースだ!」

「どぉしぇーい!!」

「ほぶらは!?……も、もはやタックルですらねぇ……ガクッ」

 

 

 まさか寝る体勢の変則タックルは最早タックルですらなく一種の飛び込みに近かった。スバルはこの時漸く気付いたが、このパリピJKは()()()()()()だという事に気を失う3秒前に気付いて落ちた。

 

 

「す、スバルくん!?こら!幾ら子供でもやっていいことと悪い事があるでしょう!私カンカンなんだかね!」

「カンカンって今日日聞かないねぇ」

「ハァ…ハァ…!やっと見つけました!」

 

 

 サテラがパリピJKに怒っていると、息切れをしながら此方に走ってきた桃色の羽織を着た紫がかった髪の()()がやってきた。

 

 

「やっぱり!()()()から絶対に一人にするなと言われていたから嫌な予感はしていましたが、何をしてるんですか貴女は!」

「いっやなんかビビビときちゃってさ。気付けばこうなっちゃったぜ!」

「ハァ……あの、()()()()。大変申し訳ありません。この方の目を離してしまった私の失態です。どうかお許し願えますでしょうか?」

 

 

 サテラは少しだけ警戒しながらも邪な考えがない事を見抜いて、少女の頭を撫でる。サテラの名前を知っているという事は、()()()()()()()()()()()()の二択だ。不快ではあるが。

 

 

「……貴女は悪くないよ。でも、パリピさん?」

「えっ?それアタシの名前じゃ」

「正座」

「えっ?た、確かにやりすぎだとは思っ」

「正座」

 

 

 サテラの周囲が氷点下に包まれたような気がした。

 サテラはスバルを優しく支えながらも、パリピ少女に向けるその冷たい視線で人を殺せそうな怒りがあった。

 

 

「じょ、情状酌量の余地をください!」

「三回目は言わないよ。せ・い・ざ」

「……………はい」

 

 

 パリピJKは正座し、スバルが起きるまでサテラに説教されたと言う。

 

 

 ★★★

 

 

「それで……?何で俺達を探してた」

 

 

 多少時間はかかりスバルは質問する。

 目が覚めたあと、着物が砂だらけになってしまったので結局ジャージに着替え直したスバル。ダメージは『色欲』で治したものの、打撲の痛みはまだ残っている。仮にもサーヴァント、筋力値Eでも人間には中々応える。

 

 

「あっ、それそれ!()()()()からスバるんとサテラっちを平等院に呼べって言われてさ!」

「その晴ちゃんって先ず誰だ?」

「名を()()()()。この平安を守る陰陽師の頭首を務めていらっしゃるお方です」

 

 

 安倍晴明。

 自然界のあらゆるものを「陰」と「陽」に分けて考える「陰陽思想」と、 自然界は「木・火・土・金・水」の五つの要素で成り立っている「五行思想」を伝承させ、魑魅魍魎、悪鬼羅刹、妖怪に悪霊、穢れや呪いが蔓延る平安時代でそれらを払い、導くとされた陰陽師の祖。

 

 日本でキャスターの枠として組み込むならば五指に入る術士だ。

 

 

「安倍晴明!?んな大物に呼び出され……っとその前にどーやって俺達の事を知った?」

「晴明様には『神託』と言う力が御座います。言うなれば予言に近いものと言うべきでしょうか。常に最善の未来を知る事であらゆる厄災を払ってきたのです。その『神託』があなた方様を迎えるよう指示したのです」

 

 

 スバルは顔を顰める。

 今の説明が正しければ『神託』はスバルが居た異世界ではベアトリスとロズワールが持っていた『叡智の書』だ。だが、『叡智の書』は完全な欠陥品、所持者の望む未来への道筋を記述していくものと聞こえはいいが、スバルが関わった瞬間、未来は方向を変えてしまった。

 

 ベアトリスの場合は禁書庫にエキドナの言いつけを守る反面、エキドナ自身はベアトリスが誰を選ぶのかという観察の為、指し示す未来はただ待つ事だけだった。スバルは完全なイレギュラーな為、叡智の書を以てしてもその契約者であるとも綴られない。

 

 ロズワールについても、ナツキスバルを傷だらけの騎士に仕立て上げる為に自分が行く可能性で例え死んだとしてもスバルがやり直すと確信があり、自分が死ぬ事すら最善の過程として捨てる事すら厭わない狂人の思考だった。

 

 感情も心も命あってこそと言うが、自分が知りたいが為だけにロズワールにスバルを完成させるように記された。最善の中で犠牲を容認する悪辣極まりない性格に歪めたのも、『叡智の書』が原因だ。

 

 二人が持つのも複製品。

 本物の原典は世界から情報を引っ張り出し、知るを知っていたに変えるらしく、使えるのはエキドナのみ。常人には思考が焼き切れる。

 

 ザックリ纏めると予言書(劣化)だ。

 ただ『神託』がもしそれと同じなら警戒するのは当然だ。

 

 

「スバル様、そしてサテラ様。あなた方様は()()()()()()()()()()()と『神託』が出ています。どうか、話を聞いていただけないでしょうか?」

 

 

 ヤバイ。この子を見ているとペトラを思い出す。

 ペトラくらい小さい中でしっかりしている為、ちょっとだけ構いたくなってしまう。

 

 とりあえずは問題なさそうだ。

 ロズワールみたいな奴にしろ、『神託』の詳細についても話さなければわからない。この子に邪な感情はないとサテラも認めているようだし。

 

 

「……まっ、お偉いさんから話は聞きたいし俺は構わねえよ。だけど、その前に質問いい?」

「はい。出来る範囲でなら答えられますが……」

 

 

 見た感じまだ8歳程度だがしっかりしている。

 隣の正座してるパリピよりはちゃんとした答えが返ってきそうだ。

 

 

「この平安で一番の霊脈は安倍晴明が管理してるのか?」

()()()()()()()()、安倍晴明様が管理されてます」

「……じゃあ、サーヴァント召喚の為にその霊脈を使用出来るか?」

「可能だとは思いますが、サーヴァントを複数呼び出せる程の霊脈はこの場所にはありません。精々一人が限度かと……」

 

 

 スバルもそれについては予想していた。

 サテラはともかく、スバルからしたら魔力濃度が()()()()()。魔力の完全回復には時間がかかる上に、サーヴァントとしての力も大分下がっている。

 

 本来ならサテラは八岐大蛇程度で苦戦はしない。

 魔力濃度は穢れの樹海の方が多いし、霊脈は安定してるのに魔力が薄いのは普通に考えて割に合わない。

 

 サーヴァント召喚を行うにしても一人が限界だとは薄々思っていた。

 

 

「今はそれでいい。先ずは話をつける事が最優先だ。案内を任せる。サテラもそれでいいか?」

「うん。問題ないよ」

「んじゃ、案内してくれ。俺も知りたい、この異聞帯の真実について」

 

 

 スバルの中では予想は何通りかついていた。

 もし、この異聞帯がスバルが予想している通りなら、()()()()()()()()()()()()()()()。だが、情報を集めなければ始まらないのはいつもの事だ。

 

 スバル達は安倍晴明がいる平等院鳳凰堂に向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや自己紹介まともに言ってなかったな。俺の名前はナツキスバル、無知蒙昧にして天下不滅の無一文だ」

「私はサテラ、貴女たちの名前は?」

 

 

 いい加減な自己紹介だがそれに対してパリピJKは笑いながら、小柄な少女は少し緊張しながら自己紹介した。

 

 

「アタシは清少納言。気軽になぎこさんでいいぜ!」

「え、えっと私は紫式部です。その…どうかよろしくお願いしますスバル様」

「いやちょっと待てやコラァ!?」

 

 

 不意打ちに告げられたビッグネームに驚きを隠せずにスバル叫び出した。まだ少女は納得出来るが、パリピは詐欺すぎると平等院鳳凰堂に行くまで言い合いを続けていた。

 

 

 

 

 





・清少納言
 史実通りかと思ったらパリピ系のアーチャー。サーヴァントとして全盛期の状態、今は深く語れないが汎人類史の記憶を保持している為、はっちゃけたキラキラのパリピになっている。スバルに「いや姉は紫式部じゃね?」と言われた瞬間、危険タックルをかました。そしてサテラに怒られた。

・紫式部(リリィ)
 安倍晴明の弟子として修行中の身。源氏物語はまだ書いていないが安倍晴明の繋がりで清少納言と関わっている。清少納言はちょっと面倒だけど可愛い妹のように見ているが、どっちかと言うと紫式部の方がお姉ちゃんに見える。しっかりもので、リゼロ世界でのペトラポジ、少しだけ戦闘は出来るが実力はアンリマユレベル。

 


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幕間 クリプター達との半年間
幕間 カルデアの半年間(カドック編)



 唐突に幕間編突入!
 クリプターの幕間は全部書いていきます!とりあえず気分転換に幕間を書きました!良かったら感想、評価お願いします。では行こう!     


「──初めまして! 俺の名前はナツキ・スバル! 無知蒙昧な上に図太さ超一流の不束者ですが、どうぞよろしく!」

 

 

 最初見たアイツの感想は変人の一言に尽きた。

 Aチームはカルデアに呼ばれた魔術師の中で化け物揃いの連中ばかりだ。サーヴァントにすら干渉出来る魔眼を持つ天才も居れば、本気を出せば魔術界そのものに革命を齎せる天才、実戦的で殺すのを厭わない天才、未知を解明する驚愕的な頭脳を持つ天才などが集まっている。

 

 言っちゃ悪いが、ナツキスバルは余りにも()()()()()()

 

 それこそ、一般人と何ら変わりはない。

 ジャージ姿で目付きは悪いが、魔術師としての面影は無い。魔術師にしてはあまりにも()()()()()()()()()()

 

 

 僕は彼が自分に似たタイプなのだろう。

 そう勝手に結論付けた。だが、そんな結論は大いに覆った。

 

 

「レイシフト適性率……100%……!?」

 

 

 自分がAチームの中で誰よりも高かった才能を容易く飛び越えた。

 架空元素・虚数と言う未知の属性。魔術回路が規格外の本数存在し、質もキリシュタリアと並ぶ程の良さ。サーヴァントを恐らく同時に三体以上を維持しながら戦えるだろうと聞いた規格外の存在。

 

 

「……は、ははは」

 

 

 その時自分の足元がガラガラと崩れ去る気がした。

 今まで天才達に並び立つ為に必死に努力した。寝る間も惜しんで魔導書に向き合い、出来ないことを出来るまで努力する。

 

 そんな自分の今までが全て消え去るような気がした。

 

 

 ★★★

 

 

「カドックー?生きてるかー?」

 

 

 Aチームでは偶に模擬戦がある。

 単純に魔術師同士の闘い。死なせないように仮想空間での相手との実戦。僕とアイツで互いに勝負をした。結果は惨敗に終わった。

 

 ガンドを撃って牽制しようとするが、アイツはパルクールのような動きで躱しながら魔術を使わずに鞭で闘う。鞭を魔術で切り離したと思った瞬間、自分の額に硬い何かが投げつけられていた。ただの十円が額に当たり、その瞬間アイツが接近する。

 

 近づけば他の魔術で対応可能。罠の魔術も張ってある。

 迂闊に接近したアイツへの勝利は可能。そう思った矢先に……

 

 

「シャマク!」

 

 

 意識がプツリと途切れたような感覚に襲われた。

 闇に覆われた。瞬きの直後、目を開いても視界が瞼を閉じたままのように暗いままだ。途切れる前の最後の記憶はアイツから黒煙のようなものが出ていた所だ。動けない。動こうとしても身体が言う事を聞かない。

 

 

「ぐあっ……!?」

 

 

 かなりの重さの拳が腹に突き刺さる。

 衝撃で呼吸は出来ず、胃がひっくり返るような嘔吐感と意識が飛びそうな痛みに自分は気付けば崩れ落ちていた。

 

 

「8戦中8勝0負け。今回も俺のビクトリー!」

「が…ハァ、…うぉえ……」

「吐きそうか?……大丈夫か?もう少し手加減するべきだったか?」

「必要…ない……!」

 

 

 戦っている僕なら分かる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()!舐められているとかそんな次元じゃない。まるで、()()()()()()()()()()()()()()ような、時間の無駄みたいに……

 

 

「何で……本気出さない」

「はっ?」

「何で手加減してるって…聞いてるんだ!」

 

 

 その言葉にアイツはキョトンとした顔で呆ける。

 頭を掻きながらため息をついて、僕に手を差し伸べる。

 

 

「手加減って……確かに俺は奥の手みたいなもんはある」

「だったら……!」

「けど、それは自分の力じゃない」

 

 

 アイツはハッキリと言った。 

 それは自分が持つ力の筈なのに、自分の力ではないと断言した。

 

 

「俺はさ。どこまでいってもクズみたいな奴なんだよ。みんなを騙す事も出来て、我が身可愛さで誰かを見捨てちまって、手にした力だってロクなものじゃない」

 

 

 やや自虐気味に笑っている。

 手を振り払う僕にアイツは嫌な顔をせずに崩れ落ちた自分の隣に座る。

 

 

「努力はしても辛い事も痛い事も嫌いで、頑張ってると思ってるのに()()()()()()って投げ遣りになって、他人の気持ちを平気で踏みにじる。そんな奴が使う力なんて、自分勝手な力なんだ」

 

 

 どこまでも自分勝手な力。

 コイツはそう言った。魔術師同士の闘いで全霊を出すのは当たり前だと思っていた僕に対して優しく告げた。

 

 

「だから俺はこの力をお前には向けない。向けるのは俺と同じくらいクズな奴にしか向けたくないんだ。やむ得ない時と、そうしなければいけない時だけだ。だから俺は()()()()()()()()()()

 

 

 努力が出来ない。

 そして、一つの事を極めることすら出来ない。頭も、力も、魔術も足りてない。足りないものを埋めようとするだけ?出来るまで努力する自分とは違う?

 

 

「だったら……!何で僕は本気すら出さないお前に勝てない!」

 

「アホか。本来なら使えない奥の手は抜きにしろ、俺は別に本気で戦ってる」

 

「なら何で……!」

 

「お前が俺に勝てないのは、俺が歩いてきた人生を総動員させてっからだ。自慢じゃないが、図太さと人生の濃さだけなら俺はお前に負けねぇよ」

 

 

 コイツが使ったのはシャマクと言う意味不明な魔術のみ。理由理屈も分からない。使える魔術がミーニャとシャマクのみ。パルクールも鞭も努力すれば誰だって出来る。けど勝てない。

 

 コイツは前に言っていた。必死こいて学んで、命をかけて戦うために身につけたものだ。それも自分を変えてくれる人間が居なければ身につける事に努力すらしなかった、と。

 

 コイツは魔術回路は優れていても、魔術は殆ど使えない。

 魔術師としては三流、だけど手札の切り方だけならAチームの中では上位に入るし、一度見せてもらった力もリーダーのキリシュタリアすら凌駕する。

 

 

「俺はお前を尊敬する。出来ない事を出来るまで努力する事ができるお前を、俺は凄い奴だって思うよ。アイツみたいで羨ましい」

 

 

 スバルの頭に過ぎったのは紫の髪をした騎士。

 剣聖に敵わないから自分なりの在り方で生きてきた自分を見つめ直し、次は必ず勝つと折れた感情を再び燃やし、剣聖に一太刀入れたアイツを鮮明に覚えている。

 

 憎たらしいし、妬みもあるが、アイツは凄い奴だとスバルは心の奥でそう思っていた。

 

 

「僕は……」

 

「焦んなよカドック。お前も、Aチームの全員だって凄え奴らばっかだろ?出来ない事を無理して追いついけねぇなら、自分が得意だと思った事で一番になったっていい。助けてもらうのだって恥じゃねえよ」

 

「だったら……お前は助けてもらうのか?そんな力があるのに」

 

「俺?チョー助けてもらってばっかだよ?無力無鉄砲な俺を助けてくれた奴等が居たから俺は今ここにいる」

 

 

 スバルは懐かしむように物思いにふける。

 むしろあの世界に帰ったら、スバルが力を持ってる事に驚愕される気がする。と言うか姉様に鼻で笑われて、相棒に鼻で笑われ、挙げ句の果てには親友にまで鼻で笑われる気がする。全部鼻で笑われてるけど。

 

 

「……僕は、お前が羨ましいよ」

「奇遇だな。俺もお前が努力出来る秀才で嫉妬溢れるくらい羨ましい所だよ」

 

 

 スバルが立ち上がり、カドックに手を伸ばす。

 フン、と憎たらしい笑みを浮かべながらもスバルに引き上げられる。カドックもスバルも似ているのだ。努力しても、頑張っても届かない所に必死になって踠いている。

 

 そして、カドックとスバルは逆なのだ。

 努力して出来る秀才と、出来ないを他人で補う凡人である二人は似ていて真逆、なんとも矛盾する話だ。

 

 

「んじゃ、飯行こーぜカドック。今日俺はカレーの気分なんだわ」

「……奇遇だな。今回は僕も同じ気分だ」

 

 

 だが、仲が悪い訳じゃない。

 ちょっとしたライバルで、本当にちょっとした友達で、もし自分に足りない部分があるなら、スバルのような他人を頼る事だと少しだけ学ぶ事が出来た。

 

 必ず、追い付く。

 カドックはスバルの背中を見てそう心に決めた。

 

 

 ★★★

 

 

「……ん」

 

 

 やけに懐かしい夢を見た。

 身体が重い。若干の寒さがある中で、ロシアの異聞帯の維持の為に出来るだけの事を無理して詰め込み過ぎたようだ。頭の方が妙に柔らかく温か……

 

 

「って、キャスター!?」

「あら、お目覚めかしらマスター」

「何で僕は膝枕されてるんだ!」

「マスターの寝顔が可愛いものだったからつい」

 

 

 ふふふと微笑むキャスターに頰が赤くなる。

 キャスターには毎回揶揄われるから苦手な意識があるし、絶対おちょくって楽しむような事をして笑っている。

 

 頭はもう痛くない。

 寝落ちしてゆっくり休んだのもあるからか、もう大丈夫だ。膝枕から起き上がり、ソファーから立ち上がる。

 

 

「……なあ、キャスター……いや、()()()()()()

「何かしら」

「僕は君を皇帝にする。あの時からそこは変わらない」

「ええ、確かに言ったわね」

「少しだけ、訂正させてくれ」

 

 

 アナスタシアの周りから冷気が漏れ出ていた。

 それは自分を謀った怒りか、マスターに対する失望感か。下手な言い訳をすれば凍らされて砕かれるだろう。

 

 

「訂正と言っても皇帝にする事は変わらない。だけど、それは()()()で君を皇帝にするのは難しい」

 

 

 もう本当は分かっていた。

 自分一人ではアナスタシアを皇帝に出来ない。単純にそうさせるまでの頭が足りてない。

 

 

「今の僕には他のクリプターより力も頭も何もかもが足りてない。僕一人で出来ない事だってある。無理なものは出来ないし、非現実な事はもっと無理だ」

 

 

 自分にはオフェリアのような魔眼もなければ、キリシュタリアのような天才的な力も、ペペやベリルのような戦闘経験も、デイビッドのような頭脳もない。

 

 ただ一つだけ、アイツと被るのは癪だけど。

 諦めない事だけは、Aチームの中で負けていない。自分の弱さを呪っても出来ない事は出来ない。諦めないとはそう言う事じゃない、弱さは弱さだ。だけど、弱さを言い訳に無理をするのは違う。弱くても、目的の為に自分の出来ることを信じて諦めない。

 

 アイツから学んだ。唯一の強さだ。

 

 

「だから、訂正させてくれ。僕は()()()()()()()()()()、君が持つ力も全て借りて、君を皇帝にする。だから、マスターだからとかサーヴァントだからとか無しに、協力してくれるか?」

 

 

 僕は彼女に手を伸ばした。

 アイツが僕だったら同じ事をしていたのかもしれない。サーヴァントとかマスターとかそんな区切りで見ないで、ただこれからよろしくと頼んで親しげにしているのが目に浮かぶ。

 

 僕はマスターだし、サーヴァントはサーヴァント。

 そう考えている事実は変わらない。けど、そうしない事に意味があるのなら、キャスターとしてではなくアナスタシアとして見る事が出来たなら、と後悔することだけはしたくない。

 

 カドックの手を取って立ち上がり、アナスタシアは微笑んだ。

 

 

「ええ勿論。貴方のサーヴァントで、貴方の願いを叶える為に私はいるもの」

「……そうか。ありがとう」

「どういたしましてかしら?……ふふ、なんだ。無愛想に見えて可愛い所もあるのね」

「なんでこの空気で揶揄うんだよ!?もういい、僕は別の仕事を見てくる!」

 

 

 若干拗ねたように退室するカドック。

 カドックが居なくなった後、アナスタシアは再びソファーに座り、倒れ込む。顔をクッションに埋めて皇女らしからぬ体勢のまま、目を瞑る。

 

 

「……ちょっとだけ、卑怯だわ。()()()()

 

 

 カドックが差し出した手の暖かさをまだ感じる。

 その手を胸にギュッと握り締める。無愛想で、平気で無理をするカドックがキャスターとしてではなく初めて自分を見て頼った事にアナスタシアは驚きと少しの嬉しさがあった。

 

 耳まで赤くなっている顔をカドックに見せないよう、帰ってくるまでに直そうと目を瞑って、落ち着かせようとする皇女様らしからぬ皇女様が居た事を窓からニヤニヤと見ていたラスプーチン(愉悦神父)がいたと言う。

 

 





神父(愉悦)「はっ、愉悦の気配!?」

 
 神のお告げのようにピンとひらめいたかのようにラスプーチン(愉悦神父)は愉悦の気配に向かって走り出した。そして城をよじ登って窓からひょっこりとカドックとアナスタシアを覗いていた。


 因みに四階から……


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幕間 カルデアの半年間(オフェリア)


 地獄界曼荼羅が出て平安がピックアップされました。

 ………おおおおおおいっ!?この作品どうしよう!!と必死に悩んでいるアステカさんです。

 とりあえず、番外編書きました。
 良かったら感想評価お願いします。では行こう。


 


「──初めまして! 俺の名前はナツキ・スバル! 無知蒙昧な上に図太さ超一流の不束者ですが、どうぞよろしく!」

 

 

 最初見た彼の感想はふざけた人間だと思った。 

 服装はジャージで目つきが悪く、おちゃらけたような性格でとてもAチームに相応しくない。

 

 ハッキリ言うなら目障りだった。

 やる気があるわけでもなければ、真面目という訳ではない。完全に自分と対極の人間だった。レイシフト適性率100%というのには多少驚いた。だが、それだけだ。魔術的技能は誰よりも低かった。

 

 

 正直、マリスビリーの正気を疑うほど人間らしい一般人。

 そう、私は当時この男が大嫌いだった。機械的、決められた道にしか進めない自分とは対極でその存在を嫌悪した。

 

 

 

 ★★★

 

 

 魔術戦のシュミレートで彼と戦う事になった。

 彼の魔術は触れなければ使えないもの、遠距離からガンドを撃ち、躱す余裕をなくしていく。

 

 彼は鞭でガンドを落としていく。

 本来なら不可能だが、カドックに少しだけ物質を強化する魔術を教わったようだ。だが、物体の強化や修復はあくまで基礎。そんなものが通用するほど甘くはない。

 

 鞭が弾かれた。

 ガンドが無防備な彼を捉えたと思った矢先、

 

 

「ミーニャ」

 

 

 彼の右手は私と同じ銃の形をしていた。

 ガンドに対してぶつかったのは紫紺の杭のようなもの。架空元素・虚数と言われていたのは知っていたが、どんな魔術か判別出来ない。

 

 ガンドが相殺されたと同時に彼が動き出した。

 接近されて触れられたら負ける。まだガンドを撃つ余裕はある。咄嗟に魔眼を開いた。ここで負けたくないと私は大嫌いなその瞳に彼を移した。

 

 遷延の魔眼

 それは見たものの『可能性』を移し、一度見た『可能性』を魔力を消費することでピンで留める。自分が望む可能性に到達する魔眼。

 

 この目が有るから日曜日を嫌った。

 自分が押し潰されてしまいそうだから。自分とは全く逆の存在であるナツキ・スバルに負けたくない。負けてしまったら全てが否定される気がした。彼に干渉し、ガンドが当たる可能性にピンを留める。

 

 ……はずだった。

 

 

「…………はっ?」

 

 

 可能性が()()()()()()

 私の未来視は到達する全ての可能性を移し出す。そこから都合のいい未来へピンを止める。それがこの魔眼の真髄だ。

 

 私がその眼で見えたのは、二秒後に自分が撃つガンドを躱し、自分に触れられてしまう可能性だけだったのだ。

 

 その可能性通り、自分が放ったガンドを躱して自分の肩に触れられる。右手に浮かび上がった魔術回路で、既に魔術は構築されていた。

 

 

「っ!?しまっ––––」

「––––外界(frieze)遮断(out)

 

 

 ブツン、と視界が真っ暗になった。 

 この程度の魔術なら数秒で解除出来る。魔眼で失敗した瞬間をピンで留めようとした次の瞬間、自分の額が彼の指で弾かれた。

 

 

「チェックメイト」

 

 

 よろめいて腰が地面につく自分に彼の右手は銃の形をして見下ろされていた。魔眼を使おうにも使えなかった。ナツキ・スバルから見えた可能性はたった一つ。自分が勝つというその一点で彼に敗北した。

 

 

「なん…で……未来が見えないの?」

「あー、オフェリアの魔眼はちょっとキリシュタリアから聞いたんだけど、可能性にピンを留めるんだろ?なら他の可能性が無いように未来を自分で決めれば難しくないぞ?」

 

 

 唖然。

 それがどれだけ無茶な事を言っているか理解出来ない。

 無数ある可能性を固定するかのように、ただ一つの未来を限定して信じて疑わないその行動はもはや狂気だった。

 

 ただ、ナツキスバルは普通じゃない。

 死に戻りが失われた今、自分の未来は一回のみしかない。自分の命を代償に出来ない以上、全てを()()()()()()()()()()()()()()。普通は人の命は一回しかない。それが普通なのだ。

 

 故に生きている人間は普通とも言えるが、スバルに関しては命や運命を誰よりも理解している。普通は死ぬ事もやり直す事も出来ない。だが運命のやり直しなら何度も行った。自分が貫き通す未来を突き進むからこそ出来た芸当だ。

 

 

「そんな事…出来るはずが……」

「もう一度俺を見てみろよ。俺は次にお前に手を出してる。違うか?」

「……貴方、正気?変なクスリやってるんじゃ……」

「あれぇ!?唐突に罵倒された!?」

 

 

 確かに手を差し伸べる未来しか見えない。

 一つの未来すら見えない彼の意思で変えられる。決められた道を歩かせずに彼は自由に歩く事が出来る。

 

 そんな彼に私は奇しくも嫉妬したのだ。

 

 

 

 ★★★

 

 

 眠れない。

 負けた事が悔しい。自分より強くないと思っていた人間に負けた。自分が積み上げて来たものが崩れ去って身体が重く感じた。

 

 少し施設を散歩し始めた。

 寒いので膝掛けの毛布を羽織りながら、夜のカルデアを探索していく。こんな時間だ。誰かがいるわけでもな……

 

 

「……マシュ?」

 

 

 マシュが居た。

 寝巻き姿で白い毛布を羽織り、コソコソと人目を気にしながら警戒しているマシュが居た。声をかけようとしたが、何か秘密があるのか隠蔽の魔術をかけて角に隠れる。

 

 そのままマシュの後ろを追いかけた。

 向かった先は、何故か食堂。マシュは薄暗い食堂に入っていく。

 

 

「よー、来たなマシュ」

「はい、言われた通り人目に警戒しながら来ました」

「(ナツキ・スバルとマシュ?……なんで人目を警戒して……まさか!?)」

 

 

 食堂でマシュを毒牙にかけようと考えているのか。

 オフェリアは眼帯を外し、魔眼をセットする。いつでもナツキ・スバルの強行に対抗する為に。彼に魔眼が通じなくても咄嗟なら流石に効くと信じて。

 

 

「スバルさんが言っていた悪い事と言うのを教えてくれるんですよね?」

「ああ、とびきりの悪い事をな。とりあえずコレ着てくれ」

 

 

 何か服を渡したのか。

 マシュはスタイルがいい分、何を着ても似合うだろう。ナツキスバルが用意した服を着せて毒牙にかけるつもりだと思い切ったオフェリアは食堂の扉を開けてガンドを構えた。

 

 

「マシュに何をするつもりよナツキ・スバル!」

「はっ?」

「えっ?」

「………んっ?」

 

 

 食堂を開けるとそこに居たのは紫色のエプロンをつけて野菜を切ろうとするマシュと、鍋に何かを入れて味を調整しようとしているナツキ・スバルがいた。

 

 

 ★★★

 

 

「ははは……!マシュを襲うって考えてたのかよオフェリア!ちょっと想定外すぎて笑いが止まらないんだが……!」

「スバルさん、しー、です。スバルさんが言っていた事ですよね」

「ああ悪い悪い。いやー、オフェリアがマシュを思っているのが分かったからいいよ。俺も悪かったから体育座りで顔を隠すなよオフェリア」

「………死にたい」

 

 

 どうやら盛大な勘違いだったようだ。

 マシュとスバルは食堂で、夜食を作るというだけだった。誰もいないこの時間で食糧を漁る事は本来なら駄目だ。だが、ナツキスバルは敢えて食糧チェックを僅かに改変したらしい。

 

 

「そもそもなんでこんな事をしてるの?」

「俺からしちゃ二週間にいっぺんの楽しみだぞ。誰もいない深夜の食堂で食べる飯の背徳感がいいんだよ」

 

 

 確かに悪い事をしている。

 だが、それでも疑問に思ったのは何故マシュまで居るのか。

 

 

「マシュを誘ったのは?」

「一種の社会勉強といいつつバレた時の共犯者が欲しかった」

「死ねばいいと思う」

「辛辣ぅ!」

 

 

 呆れてものも言えない。

 何故こんな男にマシュは付いて行ったのか分からない。

 

 

「まあ、俺がマシュに社会勉強してるのは本当だ」

「社会勉強?これが?」

「俺は今、マシュに悪いことを教えてる」

「模範どころか反面教師じゃない……」

 

 

 これの何処が社会勉強なのか理解出来ない。

 だが、ナツキ・スバルはそんな事を気にせずに野菜を切り、肉と一緒に炒めている。包丁の扱いも手慣れているのが意外だ。

 

 

「オフェリアはさ、悪い事をしてどう思う?」

「はっ?……普通にいけない事だとは思うけど」

「じゃあそのいけない事を無くす為にガッチガチな規則で縛ったら、それは正しい事なのか?」

「……いやそれとこれとは…これ何の質問なの?」

 

 

 袋麺を開けて鍋に投入する。

 隠し味を少しだけ入れて鼻歌混じりで彼は答えた。

 

 

「要するにだ。ルールとか規則とかを守るのはいい事だ。けど、そんなんじゃ肩凝るし? マシュの感情は言っちゃ悪いが機械的で、ルールを破るって事を絶対しないからな。こうやって、規則から外れた悪い事を教えてんだ」

 

「規則を破る事を教えるのは普通にダメだと思うけど」

 

「だから俺は毎日はやらない。二週間か三週間に一回って決めてる。規則の中に生きていても、()()()()()()()()()は自由に、バタフライで羽ばたきたい俺の自論だな」

 

 

 オフェリアはその言葉に少しだけ納得した。

 いや、納得してしまえる自分がいる事に驚きを隠せなかった。誰かのレールに縛られていても自分はどう生きていたいか、まるで自分に問答されているようだった。

 

 私は、どう生きていたい?

 日曜日に縛られて、魔術師としてしか生きていけない自分はどう生きていきたいのか?

 

 それと同時に納得した。

 ナツキ・スバルの未来が見えない事に。彼は可能性を自分で選んで決めてしまう。決めてしまう故に変えられない。そんな強い心を持っているのだ。

 

 わたしと違って、彼は()()()()()()()

 自分の未来を信じられる。信じて突き進む事を恐れていても全力で抗う。それが彼の本質なのだ。

 

 

「ほらよ。オフェリアの分もあるから食べてけよ」

「えっ?いや私は……」

「ちゃんと()()()用意してるし、これでお前も共犯者な」

「最低ね。……ん?四人分?」

「食品管理の改竄なんて俺が出来るわけねぇじゃん。だから、共犯者を作って頼ったんだ。なっ、ロマニ」

 

 

 再び食堂の扉が開く。

 にへらと笑いながら現れたのはロマニだ。当然ながらスバルはレイシフト適性者、現地に赴く要員な為そういった仕事は一切無い。まあそれは負担をかけない為という事だからだろう。

 

 

「はは、まさかオフェリアまで居るから少し戸惑ったけど」

「盗み聞きはダメだぜ。『死なばバジュラと共に』って俺の親友が言ってた」

「ごめん、何言ってるのか分からない」

「すまん。俺にも分からん」

「何で言ったの!?」

 

 

 思わずガーフィールの厨二が飛び出した。

 まあ多分道連れって意味だと思う。ロマニとスバルはサボり仲間。たまにケーキを作って内緒でサボり部屋で食べてたり、ゲームしたり忙し過ぎない時は仲良くしてる。

 

 

「ほらよ!ナツキ流、深夜の背徳ラーメン!三週間前につけた味付け卵も持ってけドロボー!」

「うわあ!深夜にやってはいけないシリーズの一番か!いただきます!」

「いただきます、スバルさん」

「い、いただきます」

 

 

 麺をスープにからめて啜るロマニを見る。

 ドイツではラーメンを食べた事がなかったオフェリアにとって、啜るという食べ方が少し苦手だった。

 

 

「うん!美味しい!本当はやっちゃいけないけどやる背徳感がまた!」

「美味しいです。スバルさん」

「どーよ、オフェリアも食べな」

「え、ええ」

 

 

 出された箸を持ってゆっくり食べ始める。

 箸を使う事が少ない為、器用に持ちながら食べようとしたその時。

 

 

「ほら」

「えっ?」

「箸普段から使わないんだろ?フォーク持ってきた」

「あ、ありがとう」

「オフェリアはもうちょい他人を頼る事を覚えようぜ?魔術はスゲー優秀なのに、まあ俺も人の事はあんま言えないけど」

 

 

 フォークで麺を絡めて食べ始める。

 深夜だと言うのに食べ物を食べる事なんて生きていた人生の中では無かっただろう。ナツキスバルの言葉に私は少し反応した。

 

 

「頼る……?」

「魔術師はあんま徒党を組まないって言うけど、カルデアでは別だろ?因みにこのラーメンが食えるのは俺がロマニを頼ったから」

 

 

 食べながらロマニがピースをしている。

 我ながらいい仕事をしたとドヤ顔をしているが、褒められた事ではない。

 

 

「そしてこのラーメンを作ったのはこの俺だ。頼ったおかげで得をしたろ?頼る事は悪い事じゃないし、嫌な事があるなら頼って考えるのも一つの手だろ?」

 

 

 ロマニと肩を組んでスバルもピースする。

 ウザったいコンビがさらにウザくなるが、その言葉だけは何故か胸に響いた。

 

 頼る……そんな当たり前な言葉が何故か響いた。

 

 

「貴方は、頼るの?」

「もう超頼るね。情けない話、何にも出来なかった事が多かったからな。今も魔術は感覚封印しか出来ない!基礎でいいからおせーてくださいオフェリアさん!」

「宝の持ち腐れにも程があるわよ!」

 

 

 この男、回路の質や量の多さは異常なくらいよかったのにとんだ宝の持ち腐れだ。ため息を吐きながらフォークで絡めた麺を食べる。本来は良くないが、今日は特別だ。

 

 

「でも……ありがとう」

「ん?」

「少しだけ気が楽になったわ」

「どーいたしまして」

 

 

 ただ、仲間と和気藹々としながら食べる事は何年振りだったか、いつもの食事より美味しく感じた。その次の日にスバルとロマニはオルガマリーにこっぴどく怒られたと言う。

 

 

 

 ★★★

 

 

 楽しかった。

 仲間と一緒に考えて笑っている事が。

 

 楽しかった。

 巻き込まれて、鬱陶しく思いながらも友達としていられる時間が。

 

 全部ナツキスバルのせいだ。

 けれど、彼を嫌いにはなれなかった。

 

 彼はまるで星みたいに輝いて周りを照らしてくれているようだったから。気が付けば目つきの悪いカドックや、人間嫌いのヒナコ、他人を気遣ってくれるペペ、軽薄そうなベリル、何を考えているか分からないデイビッド、リーダーのキリシュタリアもスバルをいつしか認めて、競い合って、教え合って、たまに遊んで、Aチームとして人理修復が出来る事を少しだけ誇らしく思ってしまった。

 

 日曜日の呪いを打ち消してしまうように図々しさこの上無いけれども、私は少しだけ彼を羨み、彼に感謝していた。

 

 いつしか灰色だった毎日が鮮明に見える。

 今だけは囚われなくていいと、心の何処かで嬉しく思っていた。

 

 

 

 

 

 

 それが唐突に終わる事を知らず……

 

 

 ★★★

 

 

 痛い。痛くて身体が動かない。

 自分は死ぬ。魔眼でさえピンが遠すぎて回避が出来ない。身体の上に瓦礫がのしかかり、流れていく血に、死んでいく事が理解出来た。

 

 もっとAチームのみんなと話していたかった。

 もっとマシュ達と友達で居たかった。

 もっと……ずっと、みんなと、彼と一緒に居たかった。

 

 やっと居場所を見つけたのに、終わってしまう。

 瞳が閉じかける。身体から血が流れて、冷たくなっていく。後悔しかない中で自分は何も出来ないまま死んでいく。

 

 何という滑稽な話だ。

 生きる事に諦めた私は瞳を閉じようとする。

 

 そうやって最後に瞳に映したのは……

 

 

 

「………クソッ……!死なせる…かよ!」

 

 

 自分の身体を抱えていた血だらけの彼だった。

 瓦礫の重さが消えて、妙な浮遊感と共に抱えられた温もりだけが、伝わっていた。ゆっくり、優しく地面に下ろされたまま、軽く頬を撫でる。

 

 

「悪い……治す事も…出来なくて……でも、死なせねぇから……」

 

 

 ただ、そう言って彼はまた誰かを救っていた。

 貴方が悪いんじゃない、そう告げたかったが口は動かない。ただ、もしも私がまだ生きていられたのなら、生きられるのなら、その時はありがとうって伝えたかった。

 

 死に体なのは彼も同じだ。

 けれども、彼はみんなを救っていく。

 

 自分にはできない事を平然とやってのける。

 Aチームとして支えなければいけないのに、今の自分は身体すら動かせない。

 

 ただ、何も出来ないまま死んでいく自分を呪った。

 瞳が閉じて、真っ暗になった自分の瞳からは一筋の涙が流れ落ちていた。

 

 

 ★★★

 

 

 そこは地獄のように燃え盛っていた。

 自分はそんな場所に居ない、自分はその存在を知らない。

 

 だが、()()()()()

 

 抑え込まなければ全てが燃える。

 そういった暴力的なまでの絶望の具現に恐怖した。

 瞳を閉じても焼き付くように消えないその存在の声が酷く耳に残った。

 

 

 ––––オレを視たのは、お前か?

 

 

 違う。違うと口にした所で視えてしまう。

 あれは、あの炎は絶対に表に出てはいけない。出てしまえば最期、世界を焼き尽くす劫火として全てを灰燼に帰すだろう。

 

 

 ––––ならば来い。星の終末を、共に、見よう

 

 

 そんなもの見たくない。

 もう喪いたくないと嘆く自分の手を差し伸べてくれた仲間は居ない。いつからこうなってしまったのだろう。仲間だった彼らと生存を賭けて競い合うなんて、どうしてこうなったのだろう。

 

 オフェリア・ファムルソローネはただ泣いた。

  

 一人ぼっちになった。

 見つけた自分の居場所は、もうどこにもない。

 

 

 もう嫌だと叫んでも止められない。

 ただ、人類の敵として、仲間の敵として在り続けなければいけない自分をただ呪った。

 

 

 彼にまだ、何も伝えられない自分を呪った。

 

 

 

 




 原作以上にオフェリアのSAN値が削られてます。
 誰のせいだって?そりゃあスバルくんのせいですまる


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