東方幻奇譚 ~the Eighth Fantasy. (TripMoon)
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東方幻奇譚 焔ノ章
第1話 幻想郷


こちらは海藤 恭哉編の物語になります。

本作のメインストーリーです。


 

 

 

 

 

 

 

―――幻想郷(げんそうきょう)

 

それは、私の暮らす世界。

 

その名の通り、現実には起こりえないであろうことが、実在している。

「外の世界」からすれば、想像すらもつかないだろう。

 

理想郷(りそうきょう)

 

そう表現するのも、正しいのかもしれない。

だが、物事はそんな綺麗には収まらなくて……。

 

 

 

 

 

「……あー……」

生気のない声と共に、空を見上げる。

広がっているのは雲一つない水色の空と、目を覆いたくなる程に眩しい白色(はくしょく)の太陽。

時期的には、今は初夏(しょか)になるのだろうか?

それにしては、暑すぎるでしょ?

なんなのよもう、嫌になるわ全く……。

程良い気温になる異変(いへん)でも起きないものだろうか?

――って、異変とは言わないかそれは。

「相変わらずぐぅたらしてるなお前は」

私が暑さの余韻(よいん)(ひた)っている(?)と、すぐ近くから声がする。

その声の主は、私もよく知る人物のものだ。

かといって、今その人物が必要かと言われると、そうではない。

私が返答する間もなく、その人物は私の隣へと座ってくる。

「暑苦しいから離れなさいよ」

「おいおい、それが客人に対する態度か? ひとまず、茶菓子(ちゃがし)の一つでも持ってきて欲しいもんだ」

「あんたみたいなのは、客人とは言わないのよ。 ほら、離れた離れた」

私がそう言うと、渋々とした顔で少し距離を置いた。

霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)さんが来てやったんだぜ? もっとこうなんというかー」

「はいはい、嬉しい嬉しい。 いいからお団子でも出しなさい」

「要求だけは一丁前だな本当……。 あ、でも森で採れたキノコならあったかな」

ちょっと待ってろ、と言葉を続け、頭より大きい帽子の中を探っている。

被るものに、キノコなんて入れるかしら普通?

とまぁ、少し変わっているのも、この人物、霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)らしいと言えばらしいのだ。

魔理沙と私は長い付き合いで、もう何年経ったのかも覚えていない程。

気が付けば、共に行動する時間が多かった……という方がいいのかもしれない。

単なる友達付き合い……とは少し違っていて、大袈裟(おおげさ)に言えば世界の命運(めいうん)がかかるようないくつもの出来事を、共に解決してきた仲だ。

本当に大袈裟に言えばだけどね?

黒と白を基調にした服装で、頭には大きな帽子。

先程キノコを探すとか言っていたのだが、本当に何が詰まっているのやら……。

フリルの着いたエプロンに、足首の辺りまで伸びる黒のスカート。

風貌(ふうぼう)はまさに、魔法使(まほうつか)い。

本人もそれは自称している為、魔法使いに分類されるだろう。

魔理沙が得意とする魔法は、攻撃系の物が多い。

本人(いわ)く「弾幕(だんまく)はパワーだよ」だ、そうだ。

弾幕というのは、私たちの暮らす幻想郷においては、一種の共通認識のようなものだ。

主に戦闘において用いられるもので、その形や属性、威力は様々。

先述した魔理沙の弾幕は、攻撃系のものが多いのだが、その形が物騒という訳ではない。

魔法を駆使すれば刀や槍、弓などと言った太古から伝わる武器を形成することは容易なのだが、本人はそういうのは主義じゃないらしい。

レーザー光線や、数々の色を持つ星のような(たま)、鮮やかに輝く光弾(こうだん)が、彼女の弾幕の持ち味だ。

がさつに見えるけれど、根は意外にも可愛らしいのだ。

あ、私にはそんな乙女チックなものはないから、安心しなさい?

……って、誰に忠告してるのやら。

「お、あったぞ! ほれ、魔理沙さん特製のキノコだ」

「ただ生えてるの持ってきただけでしょうが。 私はモグラじゃないのよ」

「誰も生で食えなんて言ってないぜ? これを鍋に入れてだな」

「こんな暑い日に鍋なんて食べる奴居ないわよ。 分かったら和菓子でも出しなさい」

「私にばっかねだるな!」

後、これ程までかというぐらいの、キノコ好き。

会う度に見慣れないキノコを持ってきては、食材に(まぎ)れ込ませてきたり、ひどい時はそのまま料理の一品として出してくる。

いい迷惑だ。

「しかしまぁ、ここ最近は暇なもんだな。 異変の一つでも起きてくれれば、私たちの出番も増えるんだが」

「そうぽんぽんと異変なんて起こされたら、たまったもんじゃないわ」

「異変を解決するのが、博麗(はくれい)巫女(みこ)の仕事だろ?」

博麗の巫女。

この幻想郷の治安維持というか、幻想郷で起きた異変を解決することを生業(なりわい)にする人物のことだ。

まぁ、私のことなんだけど。

妖怪退治(ようかいたいじ)なんてお手の物で、様々な妖怪を退治してきた。

中には交流を持った妖怪たちも居るんだけどね。

先代の巫女が役目を終え、私はその役目を継いだ。

博麗(はくれい) 霊夢(れいむ)、それが私に与えられた名前。

この名前と共に、幻想郷の全てを任された……言わば、この世界の統治者(とうちしゃ)!

……と、そんな大層な者ではないのよね、これが。

あくまでも異変解決が、私の役目であって、この世界を創造した者や管理を(にな)っている者は別に存在している。

今もどこで何をしているのかは、私には分からない。

面倒なことではなければいいんだけどね……。

「……ん、今何か物音がしなかったか?」

 

 

 

 

 

魔理沙がそう言い、辺りをキョロキョロし始めた。

私には何も聞こえなかったし、ただの気のせいだろう。

「確かに聞こえたんだけど……何かこう、物が落ちたような、そんな音だ」

「物が勝手に落ちるなんてことないでしょ? どうせ小さい妖怪の仕業かなんかじゃないの?」

「うーん、そんな感じじゃないんだけどなぁ……。 ん、あっちの方からだ」

そう言い残して、そそくさに立ち去っていく魔理沙。

一体何を()ぎつけたのか、縁側(えんがわ)から近くの草木へと向かっていく。

犬並みの嗅覚(きゅうかく)でも身に付けているのだろうか?

変なの。

「おーい霊夢ー! 人が倒れてる!!」

その言葉に、私は少し目を見開いた。

この場所、博麗神社(はくれいじんじゃ)で誰かが倒れているなんて……普通じゃ有り得ない。

博麗神社というのは私が暮らしている神社のことで、常時「博麗大結界(はくれいだいけっかい)」という巨大な不可視(ふかし)の結界で覆われている。

この結界があることによって、妖怪などの外敵が不用意に侵入出来ぬよう、閉ざされているのだ。

もちろん、そんな結界などお構いなしに入ってくる奴も居るんだけど……。

ここによく出入りする妖怪ならまだ分かるのだが、魔理沙は「人が倒れている」と言っていた。

……その「人が倒れていること」が、私には考えられないのだ。

この神社によく来る人間なんて、私を除けば魔理沙ぐらい。

わざわざこの場所で倒れるなんて、他の人間がするとは思えないし、そもそも人間自体がこの場所に立ち入ることが少ないのだ。

これらのことから考えられるのは……何らかの異変が生じているということ。

呼ばれずとも飛び出さないと行けないのが、博麗の巫女なのだ。

縁側での至福(しふく)の一時に別れを告げ、ゆっくりと腰を上げる。

すたすたと軽い音を立て、魔理沙の元へ向かった。

「ほら、どこからどう見ても人間だろ?」

人らしき者が倒れている所に辿り着くと、魔理沙がその者を指差しながらそう言った。

確かに、姿形(すがたかたち)は紛れもなく人間だ。

だが妙な点はいくつかある。

まず一つは、今までに見たことも無い服装をしているということ。

薄い黒色の衣服と、灰色の被り物のようなものが付いている。

私たちの世界では、このような服装はまず見ることがない。

何かと変わり者の多い世界だ。

このような服装の人間が居ても、おかしくはないだろう。

ただ、私の記憶には、そのような服装をする人物が誰一人として居ないのだ。

根拠としては弱いかもしれないが、これが一つ目の点。

二つ目は、先程から動かないということ。

魔理沙がこの人物を発見してから、軽く数分は経っているはずだ。

それなのにも関わらず、びくともせず声すらも上げていない。

神社に死体があるなんて、そんな罰当(ばちあ)たりなことはないと思いたいのだが……。

「ちょっとつついてみるか」

私の心を見透かしたのか、ふとそんなことを呟いた魔理沙。

普段乗っている(ほうき)を逆さにし、棒の部分で倒れたままの人物の背中をつつこうとしたその時だった。

……(かす)かだが、倒れたまま指が動いたのだ。

それを見た私たちは、ふとその場で固まってしまう。

心霊現象(しんれいげんしょう)やその他諸々(もろもろ)の恐怖には心底(しんそこ)慣れているつもりなのだが、やはり急な出来事には身体は反応してしまう。

人間だしね、私も。

指だけでなく次第に腕、足、と徐々に身体を起こしていく。

「あれ、ここは……?」

辺りを見回しながら、小さく呟いた。

死んではいないし、見るからにただの人間だ。

私もようやく心の中でほっと一息つくことが出来た。

「なーんだ、やっぱり人間じゃないか。 私の言った通りだろ?」

何故か誇らしげに言う魔理沙。

あんた何もしてないでしょ、と心の中でツッコミ。

目の前の人物に、何故ここで倒れていたのかを聞こうとした時、それを(さえぎ)るように意外な言葉を口にした。

「金髪の女を見なかったか!?」

 

 

 

 

 

金髪の女を見なかったか。

そう言ったのだ。

私には、それに該当する知り合いがいくつかいる。

っていうか、隣に居るし。

私の隣に居る魔理沙も、自分のことなのか気になるようで、その人物に問い掛けていた。

「私か? 生憎(あいにく)だが、私はお前との面識はないぞ? 初対面だしな」

「いや、こんな背は小さくなかったな……それに出るとこ出てたし、もっと怪しげな感じだった。 あんたじゃないよ」

「ぐっ、今さり気なく侮辱(ぶじょく)されたのか私……頭にくるなこいつ」

どうやら魔理沙ではないらしい。

おまけに軽い侮辱まで受けるという始末。

これも魔理沙の日頃の行いのせいよね、きっと。

それより気になるのは、この人物が言う金髪の女性のことだ。

魔理沙より背が高く、怪しげな雰囲気、か……。

背が高いのも、見た目も雰囲気も怪しいやつなんて、いくらでも居るのよねこれが。

人間じゃないやつも居るし、当然のことと言えば当然なんだけれど。

「こうなったら私の改良した魔法の実験台にしてやる! そこ動くなよ!?」

「えっ何? 俺なんか言ったっけ?」

他言無用(たごんむよう)だぜ! 動いても動かなくても撃つ!!」

ふと魔理沙の方を見ると、小さな金属製の箱を手にしていた。

確か、「ミニ八卦炉(はっけろ)」とか言っていたっけ?

次第にそこに光が集まり、七色に光り出す。

「ちょっと待てタンマ!! 一体何したって――」

「知らん!! 恋符(こいふ)『マスタースパーク』!!」

あっちょっと!!

私の神社の中で何してくれてんの!?

結界も間に合わない――。

――一瞬の出来事だった。

辺り一面の草木は消し飛び、砂煙(すなけむり)が舞う。

これが魔理沙の攻撃魔法。

手加減という言葉を知らないのか、背が小さいだの出るべき所が控えめで辱めを受けたのか、はたまた出力の調整を間違えたのか……。

誰が見ても大惨事になっていた。

もちろん、先程まで倒れていた人物の姿も見当たらない。

「ちょっと! もう少し()れてたら神社が滅茶苦茶じゃない!!」

「ふんっ! これも失礼な口の聞き方したあいつのせいだぜ」

「あぁもう! 折角生きてたのに、今ので灰になったわよ絶対。 神聖(しんせい)な神社でこんなことして、バチ当たっても知らないからね?」

「どこが神聖な場所だ。 せめて参拝客が増えてからそういうこと言うんだな」

ぐっ、痛い所を……。

魔理沙が言うように、この神社には参拝客など殆ど来ない。

妖怪が出入りするのもあるが、何よりこの高く敷き詰められた石段(いしだん)

空を飛ぶことの出来ない普通の人間には、とてもではないが気が引ける場所なのだ。

神社なのに参拝客はおろか、賽銭すら少ないとは……。

おかげで私の生活はかつかつ……って、今はその話はいいわよね。

とは言っても、神社であることには変わりはない。

今後魔理沙には、いずれ天罰(てんばつ)が下るはずだ。

それを楽しみにしておこう。

――そういえば、さっきの人は?

「痛ってぇ……いきなり何すんだよ!! 本気(マジ)で死ぬとこだったぞ!!」

「えっ、い、生きてる……!? 化け物かお前!?」

「こっちのセリフだ!!」

一瞬、言葉に詰まってしまう。

先程魔理沙の魔法を至近距離で被弾したはずなのに……。

その人物は、私たちから少し離れた場所で立っていた。

舞い上がった砂煙や(ほこり)で衣服は汚れているものの、目立った外傷はない。

私の結界も間に合わなかったし、あの距離なら攻撃を避けるのは至難の業だ。

一体何が起こったの……?

「ぐぬぬ、二回も恥をかくなんて……!!」

「別にそんなつもりはないって。 で、あんたらは本当に金髪の女は見てないんだな?」

「材料がそれだけじゃあね。 金色の髪の毛なんて、この世界には溢れるほど居るわよ」

「そうなのか……結局虱潰(しらみつぶ)ししかないか。 ありがとな」

そう言い残し、その場を立ち去ろうとする。

「ちょっと待て! お前に納得はいかんが、話ぐらいは聞いてやるぜ。 これは私の勘だが、この世界のこと知らなさそうだし」

と、魔理沙が呼び止めた。

目の前の人物は少し考えた後、こくりと頷き返した。

魔理沙も()に落ちない部分はあるだろうが、少しは認めているみたいだ。

じゃあ、後は魔理沙に任せて……。

「霊夢も付き合えよ」

あー最悪……。

私の至福の一時よ、さようなら……。

(なか)ば強引に連れていかれるような形で、縁側へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「さて、と。 お前は本当に人間なのか?」

「一応人間、とだけ答えとくよ。 あんたらは?」

「私は見ての通り普通の魔法使いさんだ。 こっちは貧乏巫女」

一言余計よ全く。

その感想を突き付ける様に、鋭い視線を魔理沙に向けた。

「魔法使いに巫女、か……。 驚きはしないけど、実在するんだな」

「その言い方だと、随分と人間以外のものを見慣れてるみたいね」

まぁな、と少し困り顔で返答された。

今更かもしれないが、性別は男みたい。

背丈は私や魔理沙より一回り程大きく、体型は細めだろうか?

赤みを帯びた癖のある髪と、茶色の瞳が印象的で、私の思う男の人のイメージとはどこか離れている気もした。

なんというか、大雑把(おおざっぱ)な振る舞いや男性特有の雰囲気はなく、中性的だと思う。

といっても、まだ何も知らないんだけどね。

そして不思議なことに、この幻想郷ではあまり男の人は見かけることが少ないのだ。

全く居ないという訳ではないのだが、私の知り合いにも男の人は殆ど存在していない。

男勝りでがさつな奴なら居るけどね、隣に。

「今、霊夢にも(さげす)まれた気がするんだが」

「気のせいでしょ。 で、あんたの名前は? どうして、うちの神社で倒れていたの?」

「名前は海藤(かいどう) 恭哉(きょうや)。 気が付いたら、あそこで気を失ってた」

「変な話だな。 私が見つけてから、まだそんなに経ってないんだぜ? それなのに気絶してたなんて、なんか変じゃないか?」

魔理沙の言う通りだ。

魔理沙がこの人物、もとい、恭哉を発見したきっかけは何かが落ちる音。

縁側で座っていた私には聞こえなかったが、少し離れた場所に居た魔理沙には聞こえていた。

その後、近くの草木に行くと、恭哉を発見した……というのが、発見した流れであって、実際には倒れてからの時間はほとんど経っていないのだ。

何かが倒れてから音が生じるまで、ズレはゼロに近い為、魔理沙が気付く前に既に倒れていたとは考えにくい。

もしそうではなく、地面に着地した瞬間に気絶する程の衝撃を受けたのであれば、私の耳にも音が伝わってくるはずだ。

それにあの時、晴れた空も視界に入っていた為、高い場所からの落下なら先に視線にも入ってくる。

……明らかに矛盾(むじゅん)している、そう思った。

「気絶する前のことは覚えてないのか?」

「確か、ここと似たような場所で金髪の女にあって……それで何か、真っ暗になった気がする」

「真っ暗? まだお昼よ?」

「天気とかの問題じゃないんだ。 なんて言えばいいかな」

「目の前が真っ暗になったとかか?」

「そう、そんな感じだ。 でも、それ以上は何も思い出せない」

記憶喪失(きおくそうしつ)、って訳ではなさそうだけど……。 どちらにせよ、この世界の住人じゃないのは、確かね」

私の言葉に、恭哉は小さく首を(かし)げた。

「この世界ってどういうことだ?」

「そのまんまの意味よ。 あんたが居た世界と、ここは違うってこと」

その言葉に少し考えた後。

一層大きく驚嘆(きょうたん)の声を上げた。

だが、すぐに冷静さを取り戻したのか、普段通りの表情へと戻る。

「えーっと、ここはなんて世界なんだ?」

「幻想郷だ」

「幻想郷か……やっぱり聞いたことないな。 魔界(まかい)とか天界(てんかい)とか物騒な所じゃないだけ、まだ運がいいのか」

魔界と天界ですって……!?

幻想郷を知らないのに、その二つの世界を知っているなんて……。

一体何者なの……?

「その表情じゃ、こっちの世界にも天界や魔界って世界が存在するんだな」

「お前は驚かないのか?」

「仲間と行ったことあるしなんとも思わないよ。 こっちとは勝手が違うだろうけど」

驚いた……。

聞き覚えがあるだけではなく、まさか行ったことがあるときた。

因みにこの幻想郷にも天界、魔界といった異世界に行く手段はある。

天界は「天人(てんにん)」と呼ばれる種族が、魔界には「悪魔(あくま)」や「天使(てんし)」が主に暮らしている。

どちらも異変の元凶になったり、原因を作った張本人が暮らしていることもあり、私も何度か訪れている。

願わくば、もう行くことがないと思いたい……。

「さっき『仲間』って言ってたよな? その仲間ってのも、この世界に来てるのか?」

「居ると助かるんだけどな……。 駄目元だけど、連絡してみるか」

そう言うと、衣服のポケットから小さな機械を取り出し始めた。

こんな機械は見たことがない。

魔理沙も同じなのか、二人して顔を寄せその機械を見つめていた。

なにやら操作をすると、何も無い空間に映像のようなものが発生し、小さな音を鳴らしている。

これも魔理沙と同じなのかもしれないが、小さく口を開けて声を漏らしていた。

「やっぱ駄目か……って、ん? どうした二人ともそんな近付いて来て」

「いや、なんか変な機械持ってるから気になってさ」

「あぁ、これのことか。 スマホ……って言っても、分かんないか?」

その問いかけに、首を縦に振る。

「あー携帯型の通信機ならどうだ?」

「それなら分かるぜ」

「じゃあそれ。 離れた場所にいる人とも連絡を取ったり出来るんだ」

「へー便利そうだな。 興味湧いてきた」

そのような機能は初めて聞いた。

まぁ、似たような手法はいくらでもあるんだけど、機械というのは初めてだ。

「あんまり長居するのも悪いし、そろそろ行くよ」

「行くってどこに?」

「仲間が居るか探しに」

「ここの石段すごく長いぞ?」

「飛べるし大丈夫、んじゃ」

恭哉はこちらに背を向け、地面を軽く蹴った。

まさか空まで飛ぶことが出来るなんて。

私の想像以上に、近い存在なのかもしれない。

 

 

 

 

 

「……あれ?」

軽く飛んだつもりが、すぐに地面に戻ってくる。

首を傾げながら、また地面を蹴る。

しかし結果は同じで、また地面に戻ってきた。

まるでその場で飛び跳ねている兎のよう。

ちょっと可愛いじゃない?

「本当に飛べるのか?」

「嘘なんかつくか。 よーし、こうなったら助走で勢いつけて一気に……」

その場から少し離れ、立ち止まる。

軽く深呼吸をした後、一気に走り出し地面を強く蹴る。

だが、結果は同じだった。

「嘘だろ……」

「あっははは!! ちょっと可愛いじゃないか!」

「笑うな!! くっそー……これは歩くしかないのか……」

仕返しが出来たと言わんばかりに、魔理沙が高笑いする。

飛行に失敗している所を見る限り、本当に嘘はついていないようだ。

先程の魔理沙の魔法攻撃のダメージでもあるのだろうか?

というより、あれどうやって避けたの……?

「魔理沙の箒にでも乗せてあげれば?」

「えっ!? そ、それはちょっと……な?」

いやなんでそこでもじもじするの?

時たま見せる魔理沙のこの一面。

いつもは悪戯(いたずら)好きで意地っ張りで無愛想(ぶあいそう)で。

それなのに、こんなにもしおらしくなるのだ。

通称「乙女魔理沙(おとめまりさ)」と、私は呼んでいる。

勝手にだけどね。

「いいよ、振り落とされて死にたくないし」

「何だと!? 確かに私の箒はじゃじゃ馬だが、振り落とすことなんてないからな!?」

あー乱暴なのは認めるのね。

そういえば、私も魔理沙の後ろには乗ったことなかったっけ。

乗り物自体最後に乗ったのがいつなのかも、覚えていないような……。

確か最後に乗ったのは……老亀(ろうがめ)?

乗り物じゃないけどねあれ。

もっとも、今の私は自由自在に空を飛ぶことが出来る為、乗り物は不要なのだ。

どこかの物書きは、私のことをこう書いていた気がする。

『空を飛ぶ程度の能力』そして『楽園の素敵な巫女さん』と。

って、そのままの意味よねこれ。

悪い気はしないし、興味もないけど。

「それこそ、霊夢が腕でも持ちながら飛べばいいだろ?」

「嫌よ面倒くさい。 それに私は忙しいの」

「嘘つけ! ぐぅたらしてるだけのくせに!」

「あー忙しい忙しいー。 掃き掃除が忙しくて嫌になっちゃうわー」

魔理沙にじーっと見つめられている気もするが気にしない気にしない。

異変以外のことで厄介事に巻き込まれるなんて、願ってもいないことだ。

この世界の危機という訳でもなければ、恭哉が幻想郷に流れ着いてしまったことによる変化もある訳ではない。

なら、博麗の巫女の出る幕ではないということだ。

興味もない人間の為に何かしてあげられる程、お人好しじゃないってことよ。

もう一人の巫女なら、喜んで引き受けそうだけどね。

「案内してもらえるなんて思ってないよ。 この石段を降りた先には、何かあるのか?」

「人里っていう人間が暮らす場所に繋がる道が広がってるわ。 途中妖怪や妖精(ようせい)と出会うこともあるでしょうけど」

「妖怪まで居るのかここ」

「こいつも人間みたいなもんだが、強さは化け物だぞ」

魔理沙が私に指をさしながらそう言った。

化け物なんて失礼しちゃうわね。

「うーん戦えるんだろうけど空も飛べないしなぁ……」

……そこは戦おうとするんだ。

やはり、恭哉は普通の人間とは少しかけ離れているのかもしれない。

空を飛ぶことしかり、魔理沙の魔法攻撃を受け切ったことしかり。

「なるほどなるほど、そういうことか……よし、私にいい考えがあるぞ」

一人納得したのか、魔理沙が何度も頷き何かを提案しようとしている。

この手の場合、ろくなことではない気がするのよね……。

「さっきも言った通り、私はお前には納得していない。 けど、お前は自分の実力を分かりきっていない、違うか?」

「こっちの世界に来てからなーんか変な感じはしてるよ。 それがどうかしたのか?」

「つまりだ、私は悔しい。 負けたまま終わるのは主義じゃないし、きちんとお見舞いしてやりたいんだ」

「えっと、言ってる意味が分からん。 結局何がお望みなんだ?」

うんうん。

今回だけは私も同意見。

「私の弾幕を見事避けきったら、お前の勝ち。 私が幻想郷を案内してやろう」

「俺が避けきれなかったとして、魔理沙が勝ったらどうするんだ?」

「そこは私の勝ちなだけだぜ」

自分が勝った時のことは考えなかったのね……。

「なんか罰でも受けさせられるのかと思ったよ。 まぁ、楽して移動したいしその勝負受けるよ」

「よし、決まりだな! 霊夢ー、ちょっとここ借りるぞー」

はいはい勝手にどうぞ、と言わんばかり軽く手を振る。

どうせ断ったとしても場所を変え、そこに私も連行される羽目になるのは目に見えている。

その為、何も言わず手を振ったのだ。

それを確認したのか恭哉から離れていく魔理沙。

私はというと参戦する意味も義理もないので、縁側へと戻る。

(お茶でも入れよっと)

再び至福の時に戻る為、湯呑みと急須(きゅうす)を用意した。

 

 

 

 

 

「あ、茶柱……」

そんなことを呟いた。

心底どうでもいいことなのだが、今起こりうることを考えればそれも悪くないのかもしれない。

「おーい霊夢ー! ちゃんと見とけよなー!」

遠く離れた魔理沙が、少しだけ聞き取れる声でそう言ってきた。

今から起こること。

魔理沙のリベンジマッチとも言うべきだろうか?

一度だけでも攻撃を受け切られたことが余程悔しいのか、弾幕のことも知らない相手に弾幕戦を挑んでいる。

ここまで執着する魔理沙は初めて見たかもしれない。

そんなに悔しいもんかしら?

「行くぞー!!」

魔理沙の掛け声と共に、戦いの火蓋(ひぶた)が切って落とされた。

それと同時に私もお茶を一口。

……うん、美味しい。

先手を切るのは当然魔理沙。

星型の弾幕を放ち、様々な方向へと飛ばしていく。

対する恭哉はと言うと……。

空を飛ぶことが出来ない以上、走り回るしかないだろう。

勝利条件はあくまでも「避けきること」だからだ。

まぁ、そう簡単には行かないだろうけどね。

魔理沙の実力は私もよく知っている。

中でも「火力(かりょく)」という面に関しては、この世界でも随一(ずいいち)のものだ。

火力は魔理沙が信条としているもので、本人も限界を見ることなくそれを日々研究していることだろう。

もっとも、そんな一面は見たことないのだが……。

魔空(まくう)『アステロイドベルト』!!」

このスペルは、小惑星帯(しょうわくせいたい)を意味する名前の由来の通り、無数の星型弾幕を放つ魔理沙の攻撃だ。

見た目は鮮やかながらも、威力は折り紙付き。

さて、これをどう切り抜けるのか……。

って、私には関係の無いことだった。

まぁ弾幕同士の密度も高い為、これを避けきることはないでしょ?

終わり終わり。

再び湯呑みを口にした時、目の前には私の予想とは違う光景が映し出されていた。

なんと、身体に触れる寸前の距離で上手く回避していたのだ。

後数センチでもズレてしまえば、直撃してしまう程の距離。

これには、私も目を奪われてしまう。

それと同時に無意識に縁側から立ち上がり、二人の所へと少し足を近付かせていた。

「ほぅ、やるじゃないか。 これで終わると思ってたんだが」

「そんな余裕ないって! ここじゃ思うように動けないのが腹立つなぁ……」

「じゃあ次はこれでどうだ?」

魔理沙がそう言うと、軽く両手を揃え腰の辺りまで引いた。

そこに光が集中し、やがて七色に光り出す。

星符(ほしふ)『メテオニックシャワー』!!」

その掛け声と共に、腕を突き出し両手から星型の弾幕が回転しながら放たれる。

まるで、流星の様だ。

先程の攻撃とは違い、スピードも充分にある。

腕を曲げれば、自然と弾幕も流れを変えていく。

これは避けられるかしら……?

恭哉は先程と同様に四方八方(しほうはっぽう)に動きながら、弾幕の流れを見ている。

とても今日初めて弾幕を見た者の動きとは思えない。

右側に大きく旋回し、走っていく。

当然、魔理沙もその動きを追う。

やがて、地面を強く蹴りあげ、あっさりと魔理沙の弾幕の上を飛び越えていった。

「なっ、これも避けたのか」

「こっちだってギリギリだ! 普段ならもっと楽に出来るってのに!」

「じゃあこれだ! 光符(こうふ)『ルミネスストライク』!!」

箒に跨り、光を(まと)った魔理沙が猛スピードで突進していく。

これは弾幕と言っていいのか分からないが、れっきとしたスペルだ。

因みに「スペル」というのは略称で本来の名称は「スペルカード」と呼ばれる。

ここ幻想郷には「スペルカードルール」というものが存在し、人間や妖怪、(へだ)たりなく戦闘が行える様に制定された立派なルールだ。

この方式を制定したのは、紛れもなく私だ。

お陰で肉体的な面では及ばない妖怪や怨霊(おんりょう)相手にも太刀打ちすることが出来ている。

妖怪退治や異変解決を生業としている身には、欠かせないものなのだ。

このスペルの結果はと言うと、またもギリギリの所で避けられてしまった。

何度もスペルを攻略されたことに納得がいかないのか、魔理沙が苦しい表情を見せている。

対する恭哉も疲れが出ているのか、荒れた呼吸を整え始めていた。

「凄いな、ここまで避けられるとは思ってもなかったよ」

「そいつはどうも……」

「これを避けられたら、お前の勝ちだ。 いいな?」

肩を大きく動かしながら、頷き返す恭哉。

それを確認した魔理沙は、帽子を少し深く被り手にしているミニ八卦炉を静かに突き出した。

気付けば、二人の表情も鮮明に見えてしまう程の距離まで、近付いていた。

ここまで何かに動かされたのは久しぶりな気もする。

私が考えている以上に、この人物には秘めたるものがあるようだ。

「こいつは、今までとは比べ物にならないほどの威力だ。 今なら間に合うぜ?」

「ここまで来て逃げるもんか」

「へへっ、面白い奴。 んじゃ、行くぞ!! 魔砲(まほう)『ファイナルスパーク』!!」

目を覆うほどの眩しい光。

魔理沙が自負した通り、今までの攻撃が全て実力を確かめる為のものだと言わんばかりのものだった。

放出される衝撃で、自らも後退(あとずさ)りしてしまう程の砲撃は、一瞬にして目の前の景色を奪い去った。

私は何度も魔理沙の弾幕は見てきたつもりだ。

だが今目の前に広がるのは、今までのものでも最高の威力だと思う。

万が一に備え、私も動けるように身構えていた。

そこで死んでしまえば終わりなのだが、神社に放置しておくことも出来ない。

けれど心のどこかでは、避けきって欲しいと思う自分が居た。

「……へっ!?」

その声と同時に、軽く尻もちをつく魔理沙。

あまりにも気の抜けた声で、私も軽く崩れ落ちそうになったが、持ち直しその方に目をやる。

そこに居たのは、魔理沙の帽子を手にした恭哉の姿だった。

 

 

 

 

 

一瞬にして起こったその光景。

私でさえ、何も見ることは出来なかった。

魔理沙も分からないのか、口を開けたまま動けずにいるみたいだ。

勝負を終えた二人の元に駆け寄る。

「魔理沙の負けね。 さっきのどうやって避けたの?」

私が問いかけても、俯いたままで返事がない。

喜びを噛み締めているようには見えないが……。

「……あれ? 何がどうなったんだ?」

顔を上げ、そう返答する。

まるで、何が起きたのか理解出来ていないようだった。

「何がどうなったって、私の攻撃を潜ってきたと思ったら目が真っ赤になってて、私の目の前に居ただろ?」

「えっ? 目が赤? それに、なんで帽子なんか?」

「お前が取ったんだろ?」

軽くぶんどる形で帽子を手に取り、頭に被せる魔理沙。

位置を整え、座り込んだままの身体を上げた。

「いやーまさか負けちまうなんてな。 私の腕も落ちたもんだ」

「あれで腕落ちてんのかよ……勘弁してくれ」

「次回の魔理沙さんに()うご期待だ。 って、そんな腕(さす)ってどうしたんだ?」

魔理沙がそう言うので、私も恭哉の腕を見てみる。

確かに何度も腕を摩っている。

「いや、さっきの攻撃を避けるんじゃなくて受け切れないか確かめててさ。 それで痛めたのかも」

「……見せなさい」

返事も聞かぬまま、ボロボロの袖を(まく)り上げる。

腕全体が赤く腫れ上がっていて、軽い出血の痕も残っていた。

「げ、怪我させるつもりはなかったんだけどな……すまん! 威力上げすぎたかも……」

「謝るなって。 受けようとしたのは俺なんだし、この通り、腕を回しても――痛っ!」

無理して動かしたのか、悲痛な叫びと共に膝をつく。

これは医者に連れて行った方がいいわね。

あーあ、ゆっくりするつもりが。

「幻想郷の案内は後ね。 先に医者に診てもらいましょ」

「よし、責任を持って私が運ぶ」

「珍しいわねそんなこと言うの」

「怪我させたのは私だしな。 それに、勝負にも負けたんだ」

こういう真っ直ぐな所もあるのよね、魔理沙って。

普段はひねくれ者なんだけれど。

「掴まってられるか?」

「多少動かしたり力を入れるのは大丈夫だと思うよ、悪いな」

「気にすんなって、んじゃ霊夢、またな」

箒に跨り、怪我人と化した恭哉を乗せ、ゆっくりと宙に浮ぶ。

そのまま高く飛び上がり、空の方へと消えていった。

(さて、こっちはこっちで色々と頭使うことが増えたわ……)

恭哉がこの場を去った後でも、気になる点がいくつか残っている。

本当に人間なのかも、まだ怪しい所だ。

第一、魔理沙の弾幕を回避したり受け止めようとしたりと、考えにくい点も多い。

力の低い妖精や下級の妖怪なら、まだ理解出来る。

けれど、相手は人間とはいえ魔法に長けた魔理沙だ。

いくらなんでも、人間が戦える相手ではない。

魔理沙の攻撃や表情を見た限りでは、おそらく手は抜いていないはず。

でなければ、帽子を奪われた時に、あんな表情をしないと思うからだ。

一瞬、何かに怯えていたようにも見えたあの表情。

それに、魔理沙の攻撃を掻い潜った後の「赤い眼」というキーワード。

恭哉の目は赤くなく、茶色の瞳をしていた。

快晴の昼間の日差し程度では、赤くは見えないはず……。

――思い当たる奴が居るが、あれは元から赤い眼をしている。

能力を使うと赤くなる奴もいるけれど、それが一番近いかもしれない。

それならば、恭哉には何かしらの能力があるということになる。

その説が一番有力……って、何を考えているのだろう。

私には関係の無いことだし、興味を持つ対象でもないはずだ。

人間にも妖怪にも無関心な私を、ここまで惑わせるなんて。

一人勝手に辿り着いたのか、誰かが意図的にこの世界に招いたのか……。

今の私には、どちらが正しいのかも分からなかった。



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第2話 紅の少女

登場人物紹介


博麗(はくれい) 霊夢(れいむ)
本作の1人目の主人公。
博麗(はくれい)巫女(みこ)として、この世界、幻想郷(げんそうきょう)の治安維持を任される少女。
基本的に他の人間や妖怪(ようかい)には無関心で、誰かと共に居ても「常に一人」と心の内では決めている。
その為か、恭哉(きょうや)たちに対しても、深く関わることを避け、様子見を決めているようだ。
――ある一人を除いて、だそうだ。


霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)
本作の2人目の主人公。
魔法(まほう)の森にて何でも屋「霧雨魔法店(きりさめまほうてん)」を形だけ営む少女で、魔法使い。
悪戯好きで意地が悪いものの、根は真っ直ぐな子。
影の努力家でもあり、日々魔法の研究に余念がない。
恭哉に対し、突拍子で勝負を挑むも自ら負けを認め、この世界を案内すると打って出たが、上手くいくかは誰も分からない。
唯一、恭哉の「赤い眼」を見た人物。



海藤(かいどう) 恭哉(きょうや)
幻想郷に迷い込んだ外の世界の人間の一人で、本作の3人目の主人公。
「東京」という場所から来たらしく、迷い込んだ経緯は殆ど覚えていない。
何事にも臆することのない性格で、迫り来る非日常もこなしていく。
元の世界に戻る方法を詮索していくものの、どうやら上手くいっていない模様。
運動神経、反射神経、異能力共に仲間の中でも桁が外れているが、幻想郷では十分に発揮出来ず、色々と苦労しているらしい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ痛むか?」

私は今、箒に(またが)り空を飛んでいる。

向かい風が心地良いが、今はそれを楽しんでいる余裕はない。

「痛みは大分マシにはなったよ。 少しぐらいなら、力んでも大丈夫だと思う」

「そっか、とりあえず医者の所まで責任持って連れて行くからな」

「助かるよ」

私の後ろにいる人物、海藤(かいどう) 恭哉(きょうや)

おそらく幻想郷(げんそうきょう)の住人ではないであろうこの人物と、先程弾幕勝負を行っていた。

結果は私の負けだったのだが、その代償に怪我を負わせてしまった。

避ければいいのに、こいつは受け止めようとしたんだぜ?

無謀(むぼう)な挑戦と言ってしまえばそれまでだが、私はそうとは思えない。

まだ出会って間もないから確証はないが、こいつは今までの奴とは何かが違っている。

実際に戦っていて思ったことなのだが……恭哉の戦闘に関するセンスは、非常に高いものだと思う。

そんじゃそこらの妖精や下級妖怪とは、訳が違う。

「人間」だけでカウントすれば、上位に食い込むことも可能だと思うんだよな。

もちろん、今のままじゃ私の足元にも及ばんがな。

あくまでも私が負けたのは、単に弾幕を「避ける」というルールを設けた上でのことで。

正当に戦っていれば、負ける気がしない。

……といっても、こいつが力を隠してなきゃ、なんだけどな。

「戦いにくい」や「思う通りに動けない」という発言。

これらの言葉が意味する真意は分からないが、真っ先に浮かぶのは、本来発揮出来る実力が、何らかの理由で自由に扱えないということ。

あの動きから見るに、戦闘自体にブランクがあるとは思えない。

普通、何も分からない状態で何らかの攻撃を見かけたら、一般人なら後ろに走って逃げるだろう。

でもこいつは、自分の眼前(がんぜん)に来るまで私の弾幕を見据えていた。

そして、身体に触れるギリギリの所で避けていたんだ。

おそらく、無駄な体力を消耗しない為だと思う。

これだけでも、弱いとは言えないだろ?

「言い忘れてたけど、病人だからって変なとこ触んなよ? 触ったらマスパだからな」

「さ、触るか!! ってか、マスパって何だ?」

「マスパはマスパだ。 さっきやって見せただろ?」

少し考え込んだ後。

あーあれか、と一人納得していた。

納得はしてくれるんだな。

私はまだ納得がいかない部分がある、違う箇所だが。

「見渡しても木や水しかないけど、本当に病院なんかあるのか?」

「安心しなって。 私みたいな人間でも暮らせる様に、この世界は出来てるよ」

「どういうことだ?」

人間(にんげん)(さと)って場所があってさ、普通の人間はそこで暮らしてるんだ。 生活に必要な物もそこで全部揃うよ」

人間の里。

文字通り、人間が暮らす城下町のような場所だ。

全ての人間が暮らしている、という訳ではなく私のような例外も居る。

霊夢(れいむ)も同じ。

妖怪も日常的に訪れる場所なのだが、物騒な場所ではなく、共存している場所なのだ。

妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する。

これが幻想郷のルールなのだが、この人間の里だけはそこから除外されている。

一応、私の実家もあるんだよ。

勘当(かんどう)されてるけどな。

まぁ、私から顔を出しに行く義理もないが。

「治療が終わったら案内してやるよ」

「いいのか? 俺は勝ったつもりとか、そんなのないぞ?」

「私が負けを認めたんだからいいんだよ。 変な情けを掛けられる方が私にとっては辛いぜ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

落ち着いたトーンで、そう話す。

こういう雰囲気の言葉は、初めて聞いたかもしれない。

「ちょっと飛ばすぞー」

少し姿勢を低く取り、高度を下げる。

勢いを着け、医者の元へと急ごうとした時だった。

『あやややや!? 魔理沙(まりさ)さんが、見知らぬ男の人を箒に乗せて空中散歩とは。 デートですか? デートですよね? デートなんですよね!?』

――思わず気の抜けそうな発言と、一気に身体が重く感じる気がした。

 

 

 

 

 

「一番会いたくない奴と会うなんてな……」

「私は探してましたけどね、魔理沙さんはおまけです」

「おまけ言うな! とにかくお前が思うほどのものはここにはない、こいつを医者に連れてくだけだからな」

「ふむふむ、貴方で間違いなさそうです。 突然ですけど、少し取材に協力してもらいますね」

いや聞けよ!!

私のことは無視か!!

――射命丸(しゃめいまる) (あや)

この幻想郷に住む鴉天狗(からすてんぐ)だ。

おまけに自らを「新聞記者(しんぶんきしゃ)」と名乗っていて、ジャーナリズム精神がどうのこうのって。

私にはさっぱり分からんが。

因みに、文が発行している新聞の名前は文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)

なんでも、人間向けに発行しているものらしい。

紙飛行機にするには、丁度いいんだぜ?

「取材って、どういうことだ?」

「その名の通りです。 これでも新聞記者でして、貴方を取材させて頂きたいんですよ」

「俺なんかを? 他にも目立つ奴ぐらい、沢山居るんじゃないのか?」

「それがそうでもないんですよ。 たかが人間を取材するなんて、余程のことがない限り……そう、外の世界から来た人間でなければ、有り得ませんよ。 ねぇ、海藤 恭哉さん?」

こ、こいつ……!

なんで恭哉の名前を知ってるんだ!?

私と霊夢がさっき会ったばかりなんだぞ……?

今日までの数日間に、おかしな人間が現れたなんて話は入ってきていない。

恭哉もその事実には驚いているのか、少し目を丸くしている。

「あー申し遅れました。 私は射命丸 文、気軽に射命丸でも文でも、文ちゃんでも何とでも呼んでください。 それでは失礼して」

ふと、箒が軽くなる。

後ろを振り返る間もなく、恭哉の腕を掴んだ文が目の前に現れる。

「あれ、俺、魔理沙の後ろに居たはずなんだけど」

「取材用に確保させてもらいました。 こう見えて私、幻想郷最速と呼ばれているんですよ」

「最速か。 道理で気付かない訳だ」

「お褒めの言葉ありがとうございます、人間相手とは言え、褒められると嬉しいものですね」

あ、因みに魔理沙さんは元最速です、と言葉を続ける文。

文の言うことに嘘偽りはなく、全て事実のことだ。

鴉天狗全てがそうという訳ではないのだが、文はその中でも群を抜いて素早い。

現に私が認識する前に、箒から恭哉を連れ出している。

霊夢ですら、文のスピードには勝てないぐらいだ。

「あ、手荒な真似はしませんので安心してください」

「既にしてると思うんだけどなぁ」

「おい文、恭哉は腕を怪我してるんだ。 早いとこ医者に連れてかなきゃならないから、取材はその後でもいいだろ?」

「そう言われましても確保しちゃったんですよねー。 それに魔理沙さん、下の名前で呼ぶなんて随分親しい様で?」

「べ、別に普通だろ!!」

「良いお写真感謝です! じゃあ、私はそろそろ行きますので」

風の余韻(よいん)を少し残し、その場を去っていく文。

そよ風が少し心地良い。

――って、そんな場合じゃなかった!

文を追いかけないと!

帽子を整え、前かがみの姿勢になりながら一気にスピードを上げていく。

私も速さには自信があるんだ。

好きにはさせないぜ!!

 

 

 

 

 

「おや、魔理沙さんってばもう追いついてきた」

「あーやー! そいつは返してもらうぞ!」

「すぐに返しますってー。 悪いことする訳じゃありませんし、いいじゃないですかー」

「良くない!! こうなったら撃ち落としてやる!」

ポケットからミニ八卦炉(はっけろ)を取り出す。

このミニ八卦炉は、私が生きていく上で欠かせない代物だ。

こういった弾幕戦から日常的な生活まで、全てにおいてこのミニ八卦炉を使用している。

言わば命と同じぐらい大切なものなのだ。

それ故に、こいつへの信頼も厚いもので。

天儀(てんぎ)『オーレリーズソーラーシステム』展開! いってこい!」

スペルを唱え、私を取り囲むように四つの球体が一定の軌道を描きながら、出現する。

近代太陽系儀(きんだいたいようけいぎ)、言うなれば宇宙儀を文字ったスペルだ。

太陽を取り囲む複数の天体。

自転と公転を繰り返しながら存在する惑星たちのように、それらと似た動きと共にレーザー状の弾幕を放出させる。

小手調べには丁度いいだろう。

「おっとと。 急に弾幕戦ですかー?」

「お前が私の言うことに従わないなら、実力行使ってことだ! おらおら!」

レーザー状の弾幕に加え、ミニ八卦炉から星型の弾幕を文目掛けて発射していく。

余裕を持って避けられるが、それは計算の内だ。

複数の弾幕で文の可動範囲を狭めていき、吹っ飛ばす勢いでスペルをお見舞する。

そして恭哉を取り返して、医者の元へと急ぐ。

完璧な作戦だ。

「うぉ!? おぉ!? おい魔理沙!! 俺に当たったらどうすんだよ!! あっぶね!!」

あ、文の片腕に恭哉がぶら下がっていることを忘れてた……。

まぁ、あいつなら大丈夫だろ。

死なない死なない。

「なんで顔色一つ変えずに撃つんだよ!!」

「怖い人ですねー。 あぁ、私はあぁいう真似はしませんので、ご安心を」

「で、何処まで連れてく気なんだ?」

「とりあえず山ですかね、魔理沙さんを振り切る為に、少しだけ速度を上げますね」

少し身体を前に傾ける文。

私はその瞬間を見逃したりはしない。

速度を上げる為には、必ず加速する為の時間を必要とする。

幻想郷最速である文も、それは同じだ。

そこを一気に詰めるぜ!

「そうは行くか! 魔符(まふ)『スターダストレヴァリエ』!!」

箒をしっかりと握り締め、超高速で文の元へと突進していく。

急には曲がれないが、文の姿勢を崩すことは出来るはず。

その時間さえ稼げれば、次のスペルを撃つ時間は十分に取れる。

「あやややや!?」

気の抜けそうな声と共に、文の姿勢が崩れる。

――ここだ!

「もらった! マスタースパーク!!」

一陣の風が、私の身を吹き抜けていく。

身が切れる程のものではないが、あまり心地の良いものではないことは確かだ。

「やっとやる気になったか? それとも、返してくれるのか?」

「滅多なことじゃ、人間相手では、戦わないんですがね」

「ふん、言ってろ言ってろ。 弾幕戦にさえ持ち込めればこっちのもんだぜ」

「確かに火力においては魔理沙さんには及ばないかもしれませんが、スピード勝負なら如何(いかが)です?」

「スピードも自信あるけどな」

「それは過信というものです。 とある世界で攻撃型(アタッカー)防御型(ディフェンサー)速度型(スピーダー)と分けられるように攻撃型の魔理沙さんに、速度型の私が、スピードで負ける訳がないんですよ」

「ひし形だかクワガタだか知らんが、そういうセオリーは弾幕にはノーだ」

文が手に持つ紅葉(もみじ)(かたど)った団扇(うちわ)を仰ぎながら、こちらを見つめている。

あの団扇が、文の武器というか能力に使用するものだ。

風を操る程度の能力。

文字通り、様々な形でありとあらゆる風を操ることが出来る。

もちろん、あの団扇がなくても風は操れる。

風を操る文と風を起こす団扇、これらが合わさると厄介ということだ。

「私は戦闘を好むタイプじゃありません。 その私が、今こうしている意味分かります?」

「分からんね。 前は手加減してやるからかかってこいって言ってたが、今はそんな甘えは要らないからな」

「血の気が多いんだから……。 分かりました、といっても怪我されちゃ私自身も私の新聞にも傷が付きますから、手加減しますね」

「それもジャーナリズム精神とかそういうのなのか?」

「どうでしょう?」

「まぁ、どうあろうが挑むまでだ。 やっぱり本気で戦っておけばよかったって、後悔すんなよ!」

私と文が動き出そうとした、まさにその時。

ある重大なことに気が付いた。

 

 

 

 

 

「……あぁ!? 文、ちょっと待った!!」

「なんですか急に、調子狂うなぁ」

「お、お前……恭哉を何処にやった!?」

「えっ? 何処って私が腕を掴ん……で!?」

そう、文に腕を掴まれたままだった恭哉の姿が、どこにも見当たらないのだ。

一体いつから居なくなったんだ?

あいつは空を飛べないし、自分から腕を離すとは到底思えない。

ここは空中だし、建物の屋上とは訳が違う。

「いつの間に落としたんだろう……あぁ、私の貴重な新聞ネタがー!!」

「そんなこと言ってる場合か! とにかく探すぞ!」

「魔理沙さん、もし見つかったら教えてください! では!!」

「えっ、おい!?」

「お仲間らしき人を見つけたので取材してきますので!!」

そう言って、瞬時にその場から飛び立っていく文。

お仲間らしき人ってことは、ひょっとして恭哉の仲間のことか。

向かってみるのも手ではあるが……怪我人を放置しておくのも気が引ける。

かといって、この膨大な木々の中を探すのも……。

けど、恭哉も仲間を探していることだろうし、連れて行く方が喜ぶかも。

高度を下げ、文が飛んでいった方へと向かう。

ここは……人間の里か。

変装しないで大丈夫なのか文。

人間の里は妖怪も出入りするのだが、普段は皆変装している。

人間に近い奴もいるのだが、中には姿形が妖そのものの奴もいるのだ。

地上近くまで降り立った頃、箒から軽く飛び降り地面に着地する。

お昼頃という時間もあってか、人間の里もとい人里は多くの人々で賑わっている。

自分が生まれたこの場所も、今では少し懐かしくも思える。

ある理由があって、ここには住んでいない。

いや、住んで居られなくなった……という方が正しいかもな。

まぁ、この話は今はいいだろう。

(文の姿も見えないなー……っと、あの服装どっかで……?)

辺りを見回していると、一人の人物に目が止まった。

薄い黒色の服。

着こなし方こそ違うものの、あれは紛れもなく恭哉の服装と同じだった。

もしかして、恭哉の言う仲間なのか?

後ろから駆け足で近付き、声を掛けてみる。

その声に反応したのか、私の方を振り返って来た。

恭哉と同じで中性的な顔立ちに、茶色の瞳。

髪の毛は柔らかく整えられており、恭哉とは違い黒髪が印象的だった。

目付きもどこか穏やかだ。

「何か御用ですか?」

「いや、私の勘違いならすまないんだが、海藤 恭哉って名前知ってるか?」

「えっ? 兄さんのことを知っているんですか!?」

私の問いかけに、目を丸くする人物。

兄さん、ということはこいつは弟なのか?

全っ然似てないけど。

「あ、あぁ知ってるというかなんというか。 この辺で見かけなかったかなって思ってさ」

「この辺に……ということは、兄さんもこの変わった世界に居るのか……。 あの、もし良かったら兄さんが何をしていたのか教えて貰えませんか?」

物腰の柔らかい言動に、思わず気が抜けそうになる。

喧嘩っ早そうな恭哉とは大違い。

これだけ兄のことを慕っている奴に、怪我させたから病院に連れて行くなんて言ったら怒られるか……?

「それは構わんが、私にもお前のことや恭哉のことを教えてくれよ。 この世界の出身じゃないんだろ?」

私の返答に(うなず)き返すその人物。

この様子から見るに、まだ文には見つかっていないのかもしれない。

また文に取材取材と迫られる前に、どこかに身を隠した方が良さそうだ。

――っと、いい所があったな。

こういう時に立ち寄れる場所。

「いい場所があるんだ、連れてってやる」

「ありがとうございます! あ、兄さんから聞いていたらすみませんが、僕は海藤(かいどう) 京一(きょういち)っていいます」

「私は霧雨 魔理沙だ。 恭哉からは仲間が居るとしか聞いてなかったからな。 んじゃ、行こうぜ」

恭哉の弟、京一と共に、私はある場所を目指した。

 

 

 

 

「……生きてる、か……。 今回のもマジで死ぬかと思った……」

魔理沙の弾幕といい、今回の上空からの落下といい……。

普通ならどうってことのない出来事も、この世界では一つ一つが命に関わってくる。

今回も落下した先が、高い木々が連なる場所で良かったものの……単調なアスファルトだったらと思うと、身の毛もよだつ。

おまけに腕は怪我したままだし、悪運続きだよ全く。

魔理沙も、あと文って奴とも見事にはぐれてしまったし……これは、振り出しに戻ってしまったのかもしれない。

この世界が幻想郷という世界ということと、魔法使いや新聞記者、巫女が暮らしていることぐらいしか分かっていない。

本当、なんでこの世界に辿り着いてしまったのか……。

元はと言えば何が原因だったのかも覚えていない。

って、うだうだ考えても仕方ないか。

まずは行動に移す、と行きたい所なのだが……。

高い木々に生えている枝達に上手い具合に支えられている為、下手に動けば枝が折れて、地面に叩き付けられそうだ。

流石にこの高さなら死にはしないだろうけど……。

とりあえずそっと……そっと……。

「いけるか……? あ――」

安全に降りられると思った矢先だった。

案の定枝が折れて、地面に叩き付けられてしまった。

なんか、こんなのばっかだな……痛いし。

頭を(さす)りながら、前方を見てみる。

木々が立ち並ぶ先に、何やら曇った物が目に入った。

一定の周期で揺れているようにも見えるが……?

その場を立ち上がり、揺れ動く曇った物の方へと歩いていく。

そういえば、霊夢が何か言ってたっけ?

妖怪や妖精が出てくるから気を付けろ、とか何とか。

もし遭遇した場合、どう対処するのか、考えておいた方が良さそうだな。

この世界に来てからというもの、本来の能力(のうりょく)も発揮出来ないし、体内の魔力(まりょく)の流れも変な感じがする。

空を飛ぶことすら出来ないなんて、思いもしなかったことだ。

今のままでは移動はおろか、戦闘を行うことも出来ない。

魔理沙も実の所は手加減していたと思うし、そんな都合の良いことはもうないだろう。

未だに脳内で整理の付かないことを(いく)つも浮かべながら歩いていると、広い場所に出た。

曇った物の正体は、どうやら霧の様だ。

前方が全く見えないという訳ではないが、視界は悪い。

それにどこか涼しさを持った小風も、漂ってくる。

……これは、水か?

慎重に足元を探りながら歩いていると、地面にぴったりと当たっていた靴が、行き場を失った。

その場にしゃがみ、手を伸ばしてみる。

ぽちゃんと軽い音を立て、指から腕にかけひんやりとした冷たさが伝わってきた。

これは(まぎ)れもなく、水の感触だ。

どこかに流れている感じなく、手が入った所からゆっくりと広がっていく。

水溜まりでもないだろうし、湖か何かか?

水面から手を引き上げ、軽く水気を払う。

再び辺りを見回すと、先程とは違う景色が、目に入った。

霧に包まれてはっきりとは見えないが、赤いレンガの様なものが確認出来る。

もしかしたら、何かの建物なのかもしれない。

行く宛もないし、今はそこを目指すことが先決だろう。

その建物らしき場所に行くまで、特に何も障害などはなく簡単に辿り着いてしまった。

何かの罠じゃなきゃいいんだけどな……。

俺の予想は当たっていて、レンガに覆われた大きな洋風の館がそこには建っていた。

ここまで来れば霧は晴れたのか、建物全体を直視出来る程に、視界は良好の様だ。

どういった建物なのかはまだ分からないが、少なくとも無人ではなさそうだな。

外観に窓が少ない為、中を確認することは出来ないが。

ただ何の意味もなく、こんな大きな洋館が建っているとも思えないし。

っと、入口はどこなんだ……?

右にも左にも、高く張り巡らされた鉄柵(てっさく)が広がるばっかだし。

というか、柵の間から覗けばいいんじゃないか?

鉄柵に顔を近付け、建物の奥を覗いてみる。

第三者から見たら、ただの不審者だなこれ。

そういう趣味はないからな!?

普段なら柵ぐらい難なく飛び越えられるのだが、今の状態じゃおそらく無理。

それに柵の先端が尖っている為、さらに怪我をしてしまいそうだ。

(本当に誰か居るのか、これ?)

そう疑ってしまう程に、中の様子が分からないのだ。

レンガ状の壁が視界に入るばかりで、窓や扉などは見当たらないでいる。

一か八かで、乗り越えてみるか……?

いや、流石に物音を立ててしまうのも気が引ける。

誰かに見つかって不審者扱いされて、話し合いの余地もなくなってしまえばそれまでだもんな。

一度頭に浮かんだ複数の選択肢を振り落とし、再度柵の向こう側に目を通してみる。

すると、たまたま一つの窓を見つけた。

どうやら、単に見落としていただけのようだ。

うーん、やっぱり見辛いな……。

それになんか妙な視線も感じる。

気のせいだと良いんだけど。

 

 

 

 

鉄柵の前で少し考えた後、結局柵を超えて中に入ることにした。

柵の骨組みに足を引っ掛け、先端部分に軽く触れてみる。

見た目ほど鋭利(えいり)ではないらしく、少々力を入れても皮膚が切れることはなさそうだ。

(これならいけるか)

何度か身を縮こませた後、勢いを付け柵を飛び越える。

ここは何とか無事に着地。

初めてこの世界で、何かに対して成功したかもしれない。

再び建物の方に目をやり、先程の窓を見てみる。

……視線の正体はこれか。

早速先程から感じていた視線の正体らしきものを発見し、窓の方へとゆっくりと近付いていく。

近付くにつれ、徐々に姿が判明出来る程になっていた。

それと同時に、視線も上へと上がっていく。

窓のすぐ前に近付いた時、改めて視線の正体と目が合う。

深紅(しんく)の大きな瞳に、黄色く光る髪。

見慣れない帽子に、赤を基調としたドレスの様な衣服。

背丈は低く、こちらが腰を下ろさないと視線が平行にならない程だ。

見た目はまさに少女、というべきか?

背中に見える小さい宝石のような物が、やけに気になるが。

おそらく、建物内の装飾か何かだろう。

瞬きを繰り返し、顔色一つ変えずこちらを見据(みす)える少女。

こういう子供も、この世界に居るんだな。

まぁ、当然っちゃ当然か。

俺も特に何か出来る訳でもなく、少女と同様に見据えている形になる。

すると少女が口を開き、何かを喋り始めた。

しかし声は聞こえず、口の形で言葉を読み取ることに。

い、ん、げ、ん……?

いんげん豆のことか、って流石に違うか。

うーん、何を伝えたいのか分からない。

俺が首を傾げると、少女も首を傾げ返してくる。

駄目だ、コミュニケーションが成り立たん。

少女もそれを察したのか、何かを考えている素振りを見せる。

打開策を思い付いたのか、少女が手を払い始める。

まるで、向こうに行け、と言わんばかりだ。

少女の行動通り、建物から少し距離を取り、少女の様子をじっと見守ることに。

俺が離れたのを確認したのか、少女はゆっくりと窓に手を(かざ)し、ぐっと握り締めた。

それと同時に爆発音が鳴り響く。

爆発の衝撃によって舞い上がった砂埃が消え、視界に入ったのは……。

先程まであった窓が跡形もなく消え去り、少女と俺を区切る物が無くなっていた。

あまりの出来事に、思わず目を丸くしてしまう。

驚いた……直接触れていた訳でもないのに、こうも簡単に破壊してしまうなんて……。

あれがもし自分の身だったと思うと……背筋が凍る程度では済まない。

まだ驚きを隠せないままで居ると、いつの間にか少女が目の前に居た。

にこにこと微笑(ほほえ)みながら、ゆっくりと口を開いた。

「あなたって人間なの?」

「い、一応人間だけど。 それがどうかしたのか?」

「本当に人間なのね!? ねぇねぇ、あなたって壊れない?」

何やら嬉しそうに聞いてくる少女。

「壊れない」って、どういう意味なんだ?

その意味を問おうとした時。

 

 

 

 

 

――すぐ後ろで、先程と同じ爆発音がした。

「あ、ズレちゃった」

そんなこと軽く言うか!?

下手に動いていたら、不味かった……。

もう一回仕掛けてくるか……?

どうする……?

見てからじゃ間に合うとは思えない。

これなら、まだ怪しまれてた方が何倍もマシだ。

再びあの爆発音がすると覚悟をしていたのだが、予想とは違った言葉が出てきた。

「うーん、つまんない」

こちらを見上げるようにして、そう言っていた。

表情はどこかご機嫌ななめ、と言ったところか。

何もしてないんだけどなぁ……。

「つまんないって?」

「私のこと怖くないの? きゅっとしてどかーんって出来るよ?」

「太刀打ちは出来ないだろうけど、怖くはないよ。 怪我とか出血、爆発とかには慣れてるつもりだし」

「ふーん……。 人間ってそんな感じなんだ」

「そんな感じがどんな感じか分かんないけど、俺にはちょっと変わった女の子にしか見えないよ」

「へぇ、私のことそんな風に思うんだ? 面白いかも!」

今度は面白がられた。

どう(とら)えられているのかは分からないが、少なくともご機嫌を(そこ)ねた訳ではないらしい。

心の中で一息つく。

「私フラン。 フランドール・スカーレット、あなたは?」

「海藤 恭哉だ。 よろしく、でいいのか?」

「うん! 壊れるまでは遊んでね!」

「その壊れるっていうのは?」

「うーん、死ぬまで? 動けなくなるまで?」

「どっちも一緒だよ……。 まぁ、それまでは遊ぶか」

「わーい!! 私外に出たことないから、案内よろしくね!」

「悪いけどそれは無理だ。 俺だって、この世界に来てまだ数時間しか経ってないんだ」

俺の言葉に、フランは目を丸くする。

嘘は言っていないし、何も悪くないぞ?

それにフランは、外に出たことがないと言っていた。

外見が幼いとはいえ、流石に外で遊ぶぐらいのことはさせるはず。

親が過保護過ぎるとか……?

まぁあり得そうだけどな、この変な世界だし。

「じゃあ何して遊ぶのー? 弾幕ごっこ? 鬼ごっこ?」

どっちも物騒な連想しか浮かばない……。

弾幕ごっこはおそらく弾幕戦のことなのだろうが、鬼ごっこは……。

一見可愛らしく聞こえるが、フランが見せた先程の爆発。

捕まったら()られるなあれは……。

「そういえば人間の里ってのがあるって魔理沙に聞いたな」

「魔理沙を知ってるの?」

「なんだ知り合いなのか。 言っても俺も顔見知り程度なんだけど」

「魔理沙も全然遊んでくれないんだよね。 まぁ、恭哉がその分遊んでくれたらいいや。 とりあえず、その人間の里って所に連れてってよ」

そう言われてもなぁ。

上空からしか見ていないこともあり、詳しい場所は分からないのだ。

(そういえば、あの宝石……)

じっとフランの方を見つめる。

フランは小首を傾げているが、そこは重要ではない。

背中に見える色鮮やかな宝石たち。

建物の装飾かと思っていたが、宝石はフランのすぐ後ろで微かに揺れている。

よく見れば黒く細長い枝のようなものに、吊るされているではないか。

ってことは、これ羽か。

そう思い付くのも、様々なものに見慣れているのもある訳で。

「なぁ、フランって空飛べるのか?」

「もちろん! 吸血鬼だもん」

吸血鬼か、こりゃまた意外な種族。

「むーっ。 少しは驚いたりしないの?」

「ごめんごめん。 悪魔とか言ってくるのかと思ってたからさ」

「変なのー。 で、飛べるけど、どうすればいいの?」

「こう言っちゃ悪いんだけど、俺今飛べなくてさ。 だから、上空からそれっぽい場所を探したいんだけど……持ち上げられたりする? そこまで体重重い方じゃないと思うんだけど」

「うーん……やってみるね」

そういうと、後ろに周り少し飛び上がるフラン。

俺の両脇から腕を入れ、小さく唸りながら上へ上へと引き上げていく。

少しずつ足が地面を離れていき、視界も木々を抜け青白い空が広がってきた。

小さく見えても流石は吸血鬼。

関心しているのか、気付けば何度も首を縦に振っていた。

だが、次第に視線が再び落ちていき……。

 

 

 

 

 

「あだっ!?」

間抜けな声を上げてしまう。

耐えきれなくなったのか、地面に叩き付けられてしまった。

これで何度目になるのやら。

「あ。 大丈夫?」

「これも慣れてる……って言いたいけど、やっぱ痛い」

さてさて、これは困ってしまった。

こういう時こそ、空を飛ぶことが出来ればなんと幸せなことか……。

だが、少しだけ持ち上がったのは事実。

ということは、少し工夫さえすれば歩くよりずっと早く移動出来るんじゃ……?

よし、あれでいこう。

「フラン、悪いけどおんぶしていいか?」

「おんぶって何?」

「えーっと、背中に飛び乗ってくれる感じで」

「背中に? こう?」

少し勢いを付け、俺の背中へと飛び付くフラン。

――って、これは肩車だろ。

背中を通り越して両肩に足を付けている。

一度下ろし、もう一度説明することに。

「よいしょっと。 うん、バッチリだ」

「こんなことして本当に飛べるの?」

「飛ぶっちゃ飛ぶんだけど、まぁ見てなって」

しっかりとフランを支え、体勢が崩れないことを確認する。

その後、軽く地面を蹴り、前方目掛けて走り出す。

徐々に加速して行き、スピードに乗った頃。

スピードを押し殺さぬよう、強く飛び上がる。

フランの羽のお陰で、少しだけ空中を浮遊出来ることが分かった。

つまり、飛行までとは行かないものの、忍者の如く木々を走り、飛び移って行くことは可能なのだ。

空を飛ぶことが可能ならば、わざわざこんな手法を使うとも思えない。

ある意味で未知の体験を経験したのか、フランのご機嫌は良いらしい。

「すごーい!! ねぇねぇ、もっと早く飛んでよ!」

「よしっ、任せとけ! しっかり掴まってろよ!」

胸元で交差する腕が、より強く締まったことを確認し、飛び移るスピードを上げていく。

今更かもしれないが、運動神経や反射神経まで制御されている訳ではないみたいだ。

後は普通に能力が使えれば、何も問題なく元の世界へ帰る方法を探すだけなんだけどなぁ……。

木々のざわめきを、吹き渡る風が切っていく。

微かにだが、人々が賑わう声が聞こえてきた。

幸運にも、人間の里らしき場所へと近付いているみたいだ。

この世界に来て、二回目の幸運。

因みに一つ目の幸運は、フランに殺されなかったことだ。

あんな瞬時の爆発を喰らってしまえば、今頃肉塊になってその辺りに散らばっていることだろう。

今後も、フランの機嫌を損ねないようにしないとな……。

「ねぇ、見て見て! 人間っぽいのがいっぱい!」

「多分あれが人間の里かもしれないな。 そろそろ、歩いて行くか」

見慣れない服装や街並みではあるものの、おそらく視線の先に広がる場所が人間の里で間違いないだろう。

木々が連なる場所に降り立ち、ここからは歩いて行くことに。

「……降りないのか?」

「降りなきゃダメ?」

少し甘くも聞こえる声で、そう返答するフラン。

――気に入られたのか?

まぁ、ご機嫌ならいいんだけどさ。

「俺は何ともないけど、フランに任せるよ」

「じゃあこのまま! こんなことされたの初めてだし、恭哉の背中は何か落ち着くもん!」

背中越しに、顔を埋めているのがよく分かる。

それにしても、おんぶも初めてなんて、フランの両親は無愛想なもんだ。

きちんと育ててやれよってそう思う。

……吸血鬼に、親なんて居るのか?

「なぁ、フランって一人っ子なのか?」

「一人っ子ってなぁに?」

「兄弟が居ないってことだよ」

「うーん、それなら私は一人じゃないよ? レミリアお姉様が居るし」

レミリア、か。

また変わった名前だ。

この世界の住人は、何かと名前が変わっている気がする。

聞き馴染むのは文ぐらいか?

「恭哉は一人なの?」

「いや、弟が居るよ。 後、しばらく会ってないけど姉ちゃんと妹も」

元気にしてるかなぁ、あいつら。

このままこの世界から帰れないとなると、どうしたもんか。

「っと、この辺からか。 本当に人間ばっかりだな」

そうこうしている内に、人間の里らしき場所に辿り着いた。

危険な場所もそうはないだろうし、この世界のことを探りつつフランのご機嫌を取っていこう。

命に関わるし……。



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第3話 天真爛漫

登場人物紹介


射命丸(しゃめいまる) (あや)
幻想郷をまたに翔けるジャーナリスト。
この世界での様々な出来事を記事とし、自らの新聞「文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)」を発刊し、日々各地を飛び回っている。
恭哉たちの来訪を真っ先に知り、強行的に取材に当たっている模様。
鴉天狗(からすてんぐ)であり、自分よりも立場の弱い相手には強気に出、記事の為ならば手段は選ばず、恭哉たち相手にも非協力的な一面も見せる。


フランドール・スカーレット
湖の畔に立つ館で暮らす、小さな少女。
とある理由で館の外に出られず、長い間部屋に閉じ篭っていた。
たまたま廊下を歩いていた所恭哉を発見し、館の外への脱出に成功し、恭哉と行動を共にすることに。
何をするにしても「遊び」にしか捉えておらず、度々周りの物や者が塵も残さぬまま消えてしまうことも……。
自分の能力を見てもあまり驚きを見せなかった恭哉に対して、「いいおもちゃ」と称し気に入ってる様だ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっ、あんた!?」

人間の里らしき場所に入って、早速声を掛けられた。

この声、どっかで聞いたことあるような……?

「えっと、確か……霊夢(れいむ)、だっけ?」

「あ、霊夢だ」

どうやら、フランも知っているらしい。

魔理沙(まりさ)のことも知っていたみたいだし、何となく分かる気がする。

「いいからこっち!」

何故か霊夢に呼ばれ、一度この場から離れることに。

もちろん、心当たりなんてないぞ?

「色々聞きたいことはあるけど、まず一つ目ね。 魔理沙と一緒じゃなかったの?」

「途中までは一緒だったんだけど、はぐれちまった」

霊夢に魔理沙とはぐれた理由を話した。

それを聞いた霊夢は、ため息混じりにこう返した。

「あー……。 あんたも災難ねぇ」

「運が悪いのは何となく察してる」

「で、次よ次。 あんた、よくフランと一緒に居られるわね……」

「これにも深い訳があるんだよ」

「恭哉と遊ぶだけだよ? お姉様も相手してくれないし」

次に、フランと会った経緯を話す。

意外なことなのか、驚きを隠せないでいるようだ。

あの能力を除けば、年相応の女の子にしか見えないんだけどなぁ。

「まぁ、その様子じゃ死にはしないだろうけど。 それと、あの場所は人間以外が無闇(むやみ)に立ち寄る場所じゃないのよ」

「そうだったのか……。 なぁ、フランと遊ばなきゃ行けないんだけど、遊園地とかないのか?」

「何それ、聞いたことないわよそんな場所」

「えっ? だって遊園地だぞ、遊園地。 ジェットコースターとか観覧車とかあるやつ」

「ジェット、何? とにかく、幻想郷にそんなのないから諦めなさい」

何だと……。

遊園地がないなんて、本当なのか?

遊ぶ場所の定番中の定番なのに……。

いや、俺が行きたい訳じゃなくて、フランぐらいの子を遊ばせるなら、遊園地程ぴったりな場所はないと思っている。

とんでもない異世界に来ちゃったなこれは……。

「じゃあ、水族館は?」

「何それ、聞いたことないわよそんな場所」

「同じ言葉で返してくんな! 魚とか海の生き物が展示されてる場所なんだけど……」

「ねぇねぇ、海ってなーに?」

えっ?

フラン、今なんと?

海ってなーに、だって?

って、本気で言ってるのか!?

「海なんてないわよ」

嘘だろ……?

海もないのか……!?

別に、俺が行きたい訳じゃなくて、フランぐらいの子でも楽しめる娯楽施設以外の場所といえば、まず海だろう。

それもないとなると……。

「ど、どこで遊べばいいんだ……」

「気楽なもんねぇ。 外の世界から来たのに、随分呑気よね」

「外の世界は知ってるよ? なんか、変な世界なんでしょ?」

「俺からしたら、こっちの方が変な世界だけどな」

それにしても困った。

遊園地もなければ、海もない。

普段何をして遊んでいるのだろうか。

スマホも知らなかったし、おそらくゲームアプリの様な代物もないはずだ。

となると……鬼ごっこや隠れんぼになるのか?

フランはともかく、霊夢も見た目は年下っぽいし。

科学技術的には、こっちの世界はかなり劣っているのかもしれないな。

暇つぶしの手法は、一体何なのだろう?

「それと一番気になってたのは……よくおぶってられるわね」

「あぁ、これか。 これも成り行きで」

「恭哉の背中すっごく落ち着くの!」

「まぁ、お似合いなんじゃない? とりあえず、そのままの格好で不用意に人里には近付かないこと、いい?」

「変装しないとダメなのか?」

「あんたはまだ大丈夫だけど、フランがね」

人間っぽい格好をしていなければ、人間の里には入れないってことなのか。

フランも羽と能力さえなければ、普通の女の子なんだけどなぁ。

人間の里での明確な決まりなどがあるのかどうか、霊夢に聞いてみる。

霊夢(いわ)く、白昼堂々と妖怪と分かる格好で出歩くことは推奨されていないらしい。

被り物をしたり、羽を隠したりと、何かしらの変装を(ほどこ)すようだ。

フランの羽が隠せるのなら、それで大丈夫かもしれないな。

フランにそれを聞いてみると、すんなり羽を仕舞うことが出来た。

吸血鬼というものは、常に羽が出ているものかと思っていたが、案外そうではないらしい。

「うん、その状態なら大丈夫そうね。 あんたはレミリアと違って、顔が知られてないから気付かないだろうし」

「はぁーい! ほら、早く行こ?」

いつの間にか背中から降りていたフランに腕を引かれ、足早に人間の里へと入っていく。

歩を進め始めてからすぐに、ある異変が起きた。

 

 

 

 

 

低い音が鳴り響く。

音の鳴っている場所は、俺にはすぐに分かる。

「ん、お腹空いてるの?」

何気なく聞いてくるフラン。

そう、恥ずかしながらお腹の鳴る音だ。

思えば何も食べてなかった気がする……。

あまりお腹の空く方じゃないんだけどなぁ。

「霊夢ー、ここって食べ物もあるの?」

「団子屋とか蕎麦屋とかがあるわね。 あーあとカフェとか居酒屋か」

「えらく充実してるんだな」

「物好きが居るのよ。 で、あんたどうせ一文無(いちもんな)しでしょ?」

今まで気にしていなかったこと。

この世界にも、当然金銭は存在するらしい。

流石に貨幣(かへい)は違うよなぁ……。

財布はあるとはいえ、この世界じゃ役に立たないだろう。

元々、手持ちなんて少ないしな。

学生身分のお財布事情なんて、語るまでもないだろうし。

「はぁ……。 妖怪退治の依頼で、いつもより多く貰ったから、今回だけ私が出してあげるわ」

「霊夢すごーい。 普段そんなこと絶対しないのに」

「うっさいわね、誰にそんなこと聞いたのよ、全く……。 その代わり、一つ条件があるわ」

「条件ってのは?」

「明日、また神社まで来なさい。 その時に話すから」

神社っていうと博麗神社のことか。

魔理沙の箒に乗せてもらっていた為、詳しい道は覚えてないが……何とかなるだろう。

「私甘いものが食べたいなー。 お姉様が言ってたんだけど、お団子っていうのが美味しいんだって!」

「あー団子か。 こっちの世界でも同じものだといいけど」

「そんなのでいいの? って、フランあんたまでか」

「恭哉の分も食べてあげるから平気平気」

「良くない! ……まぁ、一人だけお預けってのも癪だし、今回だけよ」

「わぁーい! ほら、行こ行こ!」

まさか、年下っぽい子に(おご)ってもらうことになるとは……。

腹が減っては何とやら、って言葉もあるしここは素直に欲に従おう。

その分、明日の条件とやらを真面目に取り組めばいい。

今日明日で元の世界に帰れる程、甘くはないだろうしな。

フランの提案通り、俺たちは団子屋を目指すことになった。

歩いている道中、軽く辺りを見回してみる。

――何度見ても、元居た世界とは違っているみたいだ。

まず目に入るのは、街行く人々の服装。

男女関係なく、浴衣(ゆかた)のような衣服を来ている。

現代とは少しかけ離れている……といった感じだ。

例えるなら、江戸時代の城下町というのが正しいのかもしれない。

人々の服装のこともあってか、建ち並ぶ建物もどこかレトロチックだ。

京都(きょうと)」の街並みと、どこか少し似ている。

外観も気になるのだが……。

「なぁ、すごく見られてる感じがするんだけど、そんなに変な存在か俺たち」

「あんたは特にね。 博麗(はくれい)巫女(みこ)と何食わぬ顔で歩ける奴なんて限られてるし、あんた自体が特に浮いてるわ」

「同じ人間なんだけどなぁ」

「ねぇねぇ、ここにはおもちゃはないの?」

「危ないから止めなさい。 死人が出るぞ」

「えー。 じゃあ、その分恭哉が遊んでね?」

その遊ぶ場所がないんだよなぁ……。

まぁ、今のところご機嫌みたいだし良しとしよう。

「随分と気に入られてるわねぇ」

「俺もよく分からん」

ここまで懐かれている理由は、本当によく分かっていない。

実の妹もこんな感じでべったりだったのだが……こういう、俗に言う妹系とは相性が良いのかもしれない。

喧嘩っ早い俺のどこがいいんだか。

「っとここね。 最近出来たばかりのとこなんだけど、評判いいらしくてね」

話している内に、目的の場所に着いたようだ。

外見は……先程言った通り、どこか古風だ。

学校の教科書の内容など一つも覚えてはいないが、この店の写真を載せても違和感なく馴染むことだろう。

「とっとと入るわよー」

 

 

 

 

 

店の中に入ると、内装もやはり一昔前の雰囲気が(ただよ)っている。

木材で作られたテーブルと椅子。

垂れ下がっている長い暖簾(のれん)

元々居た世界では、あまり見ない光景だ。

これは想像なのだが、酒類を扱う様な店はこんな感じなのかもな。

未成年だし、まだ飲めないけど。

まぁ、フランにも霊夢にもまだまだ飲酒は程遠いことなんだろうけどさ?

空いた席に分かれて座り、テーブルに置かれたメニュー表に目を通す。

字は……良かった、読める。

文字と文字が繋がった書体で書かれているのかと思っていたのだが、案外普通だった。

その辺の配慮はあるようだ。

――なんて言うんだっけ、あの書体。

草、草なんとか……?

「ねぇねぇ、この『三色団子』ってなに?」

「そのまんまだよ。 確か赤、白、緑の三色の団子だったっけ?」

「赤ってよりかは桃色じゃない?」

「こっちの『みたらし団子』は?」

「そっちは甘い(あん)が掛かってる団子だな、って本当に知らないんだな」

三色団子はともかく、みたらし団子も知らないとは……。

フランが、普段何を食べているのか気になる。

でも、吸血鬼って食事自体するのか……?

「どうしたの? そんなにじーっと見て」

「いや、フランが普段何を食べてるのかって思ってさ」

「うーん咲夜が持ってきたものだからなぁ。 人間は最近食べてないかも」

「あー人間な……って、はぁ!? に、人間食べるのか!?」

「馬鹿! 声が大きいわよ」

はっ、つい大声が。

霊夢に抑止され、辺りを軽く見回した後、軽くため息をつく。

「あんたも、あまりこういうとこで、素は出さない事ね」

「はぁーい。 あ、恭哉はまだ食べないから安心してね!」

「物騒なこと言うな!」

「あんたたちねぇ。 とにかくさっさと頼むもん頼みなさい」

やけに達観してるな霊夢は。

まぁ、ここに住んでりゃこうなるってことか。

――飽きないだろうなぁ、この世界。

っと、注文注文。

とりあえずフランが気にしていた三色団子と、みたらし団子を頼むことに。

霊夢の(ふところ)にも悪いだろうから、程々に。

「恭哉はお団子食べたことあるの?」

「まぁ一応はな。 こっちの世界と同じかは分からないけど」

「あんたの世界にもお団子はあるのねぇ」

魔法使(まほうつか)いと吸血鬼(きゅうけつき)と、空飛ぶ新聞記者が居ること以外は、ここと変わらないよ」

一部ズレている部分はあるものの、基本の世界構造はあまり変わらないようだ。

何故十分に能力を発揮出来ないのかは、未だに分からないが……。

「ふーん……って、恭哉はこの世界に住んでないの?」

「そういえば言ってなかったっけ。 幻想郷の生まれじゃないんだ」

「どこから来たのよ」

日本(にほん)って国の東京って都市だよ。 高い建物が多くて、うるさい所」

俺の発言に、二人揃って小首を(かし)げている。

この様子だと、知らないようだ。

でも日本語は通じている訳だし、幻想郷は一体どこに分布(ぶんぷ)されているのやら。

「魔理沙と戦った時は、どうだったの? 私には軽々避けているようにも見えたけど」

「軽々なもんか。 身体が重いって訳じゃないけど、とにかくいつもより動きにくかったよ。 弾幕(だんまく)ってのが身体に当たった時は、かなり痛かったし」

「ふーん。 私のも避けたもんね?」

「あれは避けたっていうより、ズレただけなんじゃないのか?」

「よくもまぁ生きてるわ……」

霊夢がため息混じりにそう呟く。

姿形が人間な為、ここの住人からすれば驚くのも無理はないだろう。

厳密に言えば、人間じゃないんだけどなぁ。

まぁ、今その話は割愛(かつあい)しておこう。

折角の甘味の甘さも飛ぶというものだ。

「あ、見て見て! あれがお団子?」

フランに腕を掴まれ、指さす方を向いてみる。

皿に盛られた団子たちが、こちらへと近付いてきた。

店員らしき人に運ばれた団子たち。

見た目は……俺のよく知る団子そのものだった。

料理は見た目からというし、不味(まず)い訳ではないだろう。

ただ、人間を食らう種族が居るぐらいだし……口にしてみなければ、分からないか。

「おぉー。 こっちがみたらし?」

「そうそう。 色が違う方が三色な」

「本当に知らないのね。 レミリアに教えるよう言っておくわ」

「うん! いっただきまーす!」

みたらし団子の串を一つ手に取り、口に運ぶフラン。

無邪気に笑ったままの表情は変わらず、甘さの余韻(よいん)(ひた)っているようだ。

口にせずとも、美味しいかったのだとすぐに分かる。

本当、とてもじゃないが吸血鬼には見えないんだよな。

フランとは対照に、三色団子の方を手に取ってみる。

やはり、見た目はごく普通の団子だ。

恐る恐る口に運んでみる。

……が、そんな心配は要らなかったようだ。

少し歯ごたえのある団子特有のもちっとした食感に、ほんのり感じられる甘さ。

うん、普通に美味しい。

甘味処の老舗(しにせ)の味といっとも、差し支えないだろう。

まぁ、食べたことないけど。

霊夢の方を見てみると、フランと同じくみたらし団子を食べていた。

表情もフラン同様に、頬が綻んでいる。

他人行儀(たにんぎょうぎ)に興味のなさそうな素振りをしていたが、こんな表情(かお)もするんだな。

年相応の女の子の顔っていうのかな。

こちらの視線に気付いたのか、少し目を見開いていた。

すぐに頬を少し赤く染め、そっぽを向かれてしまった。

あまり見せたくないものでも、見せてしまったのだろうか?

何はともあれ、こちらの世界でも食事はまともなようだ。

ようやく安心することが出来、食事に(いそ)しもうとした時。

「あら、霊夢じゃない。 こんな所に居るなんて珍しい」

 

 

 

 

 

「げっ、華扇(かせん)……」

「何よ、物の怪(もののけ)が出たみたいに言わないで頂戴? って、どうしたの男の子なんか連れて! まさかあの霊夢が男の子を(たぶら)かせるなんて……」

「誰がそんなことするもんですか!! 色々あんのよったく……」

どうやら霊夢の知り合いらしい。

背は霊夢や魔理沙より高く、どこか大人びている雰囲気がある。

鮮やかな赤い服の前掛けに、深緑(しんりょく)のスカート。

胸元にある、花の飾りが印象的だ。

後頭に着けている二つの団子のような髪飾り?

あれなんて言うんだ?

……肉まん?

似合いそうではあるけど。

「あぁ、ごめんなさい。 偶然見かけたものだからつい、ね」

「いや、俺たちは気にしてないから大丈夫だよ」

「ありがとう、折角だしご一緒してもいいかしら?」

今までの人物にない程の柔和(にゅうわ)な雰囲気。

もしかしたら、この世界のことを聞き出せるかもしれない。

あわよくば、帰り方とか。

有力な情報がなくとも、人柄が良い人物を邪険に扱う理由もないし。

二つ返事で了承し、華扇という人物は俺の向かい側に座った。

「自己紹介がまだだったわね。 私は茨木(いばらき) 華扇(かせん)茨歌仙(いばらかせん)だったり華扇って呼ばれてるの。 えっと、人里の子?」

「よろしく。 俺は海藤 恭哉。 人里というかこの世界の生まれじゃないんだ」

俺の返答に、華扇は目を見開いて驚いていた。

なんか、こんなリアクションされるのは初めてかもしれない。

霊夢と魔理沙は落ち着いていたし、(あや)は既に知っていた。

フランは、驚きというより好奇心を全面に押し出していた。

華扇のようなリアクションが、一番正しいのかもしれないな。

「へぇ外の世界の子かぁ。 ねぇ、外の世界ってどんな場所なの?」

「どんな場所っていっても、こことあまり変わんないぞ? ここまで、自然豊かな場所には住んでなかったけど。 後、人間しか居ないかな」

「妖怪も居ないの? 楽そうな世界ねぇ」

「ねぇねぇ、吸血鬼は?」

「それも居ないよ。 どっちも空想上の生き物にされてるからな。 似たような奴らなら居るんだけど」

「ちょっと待って!? 吸血鬼って……そっちの小さい子?」

「こいつはレミリアの妹よ。 どういう訳か外にいるのよね」

霊夢の補足の説明に、納得した様子の華扇。

フランと遊び終わった後、レミリアという人物には会っておいた方が良さそうだな。

不本意とは言え、勝手に連れ出してしまった訳だし。

「そういえば気になっていたんだけど、恭哉君は人間……でいいのよね?」

「うーん人間、だと思いたいな」

「どういうこと? 少し(くせ)があるぐらいで、後は普通の人間じゃない」

「なんて言えばいいのかな、人間以外の血が流れてるって言うか……そんな感じ」

その言葉に、霊夢も華扇も首を傾げる。

この世界であっても、その種族以外の血が流れているということは、あまりピンと来ないらしい。

だがそう思ったのも、ほんの一握りの時間だけで。

半人半妖(はんじんはんよう)と似たようなものかしら。 それだと、霖之助(りんのすけ)さんと同じね」

「あぁ、あの道具屋さんの」

どうやら、この世界に「魔法(まほう)(もり)」と呼ばれる場所があるらしく、そこの一角にある道具屋、香霖堂(こうりんどう)

そこの店主である「森近(もりちか) 霖之助(りんのすけ)」と呼ばれる人物が、先程霊夢が言っていた半人半妖という種族に当たるらしい。

半人半妖というのはその名の通り、人間と妖怪のハーフ。

妙に親近感を覚える。

名前からして男だし。

因みに箒に乗せてくれた人物、霧雨 魔理沙の家もそこにあるらしい。

「この世界じゃ、あんたぐらい異端でも何でもないわよ。 もっとぶっ飛んでる奴なんて、いくらでもいるもの」

「そいつは良かった」

「恭哉君の世界って、どんな所なの?」

「うーん、地球っていう惑星の日本って国で、そこの都市の東京って街だよ」

先程霊夢にも話した時と同じ反応を、華扇が返してくる。

まぁ、そうなるよなぁ……。

そういえば、よく「外の世界」との言葉を耳にするが、地球とはまた違う世界のことを指すのだろうか?

そのことを霊夢に尋ねてみると、どうやら違うらしい。

幻想郷以外の世界全てが「外の世界」に分類される様で、霊夢自身も全てを把握している訳ではないらしい。

これはしばらくは帰れそうにないかもな……。

となると、この世界のことをある程度は調べておく必要も出てくる。

人柄で分かる通り、調べ事は苦手。

誰かに任せてしまいたい。

「ごちそーさま! もうないの?」

「あ、忘れてた。 全部食べたのか?」

「甘くて美味しいから食べちゃった」

「あんたねぇ……」

「私の分少し食べる?」

「いいの!?」

気が付けば先に持ってきた皿の上の団子が無くなっていた。

それと同時に、華扇の目の前に並ぶ和菓子の数々。

団子はもちろん、ぜんざいやあんみつも。

……流石に食べすぎでは?

「大食いなのよ」

「失礼な! これは動く上で必要なもので――」

「あーはいはい。 今更隠しても仕方ないし観念なさい」

「俺たちも気にしないよ。 有り得ないぐらい食べるやつなんて、たくさん見てきたし」

「そんなに有り得ないかしら……」

あぁー言っちゃダメなやつだったかこれは?

目に見えて、気分の沈む華扇の様子が分かった。

何とかフォローを入れ、気を取り直してもらった。

食べる姿が魅力だって思うよ、ぐらい言っておけば大丈夫だろ。

すぐに笑顔に戻り、フラン同様甘味の味に浸っていた。

その光景は、眩しくも思える程に、どこか微笑ましかった。

 

 

 

 

 

「っと、そろそろ俺たちは行くよ」

華扇から分けてもらった分を食べ終え、席を立つ。

物足りないかと思っていたが、意外にも胃袋は満たされていた。

普段そこまで食べる方ではない為、それもあるかも。

フランも変わらずご機嫌みたいだし、霊夢と華扇様々ってことで。

「ごちそーさま! また食べさせてね」

「レミリアなり咲夜(さくや)にでも(たか)りなさい」

「あら、霊夢が出してあげるの? 優しくなったわね」

「今回だけよ、次は倍以上奢らせてやるんだから」

「その一言がなければいい子なんだけどね」

「うっさい! あと、明日のこと忘れんじゃないわよ?」

「分かってるって、それじゃご馳走様でした。 ありがとな、二人とも」

二人に礼を言い、その場を後にする。

小一時間程は滞在していただろうか。

照り付ける程だった昼の日差しも、少し落ち着いて来ている。

「あ、傘持ってないや」

ふと、フランが呟く。

見た所、雨が降る様な天気ではないが……?

そのことをフランに尋ねてみる。

「私、日光苦手なの。 ここに来るまでは木陰で隠れてたから大丈夫だったんだけど……」

「そうだったのか。 つっても傘は買えないし……とりあえず、これで凌げるか?」

上着の中に来ていたパーカーを脱ぎ、フランに被せる。

背丈が違いすぎる為、当然オーバーサイズなのだが皮膚は隠せるだろうし、我慢してもらうしかない。

これで機嫌悪くされたら終わりだけどな……。

「変な匂いはしないと思うんだけど、嫌だったら言ってくれ」

「ううん、これでいい。 この服可愛いし!」

「そ、そうか? 何処にでもあるような、普通のパーカーだぞ?」

「パーカーっていうんだ。 私に合うサイズもあるのかな?」

「探せばあるんじゃないか?」

パーカーを(まと)ったフランは、どこかお化けみたいだ。

本物のお化けって訳ではなく、布団やシーツを被った小さい子供がよくやるあれ。

(そで)から手は出てこないし、(すそ)の部分はスカートの丈よりも少し下まで伸びている。

フードも帽子と重なって、目や鼻、口が覗き込めば分かる程度だ。

――ってこれ、(はた)から見たら幼女誘拐犯(ロリコン)っぽくないか……?

いや、そういう趣味はないから!!

って、誰に言ってんだか……。

「どう、似合う?」

「似合う似合う。 着たことないのか?」

「うん。 今までお外なんて出ることなかったし寝る服と、この服しかなかったもん」

そこまでされて、良く平然としていられるな……。

俺なら耐えられないし、壁をぶち破ってでも外に出てる。

というか家出だ。

勘当(かんどう)されようが、別に構わない。

「辛くなかったのか?」

「ずっと地下に閉じこもってたから、辛くなかったよ? 食べ物は手に入るし、私自身が望んでお部屋に居たから。 でも霊夢や魔理沙と会ってからは、お外にも興味が湧いたの」

「それなら、二人に連れ出してもらうのでも良かったんじゃないのか?」

「うーん、それだとお姉様や咲夜に見つかっちゃうの。 だから、恭哉みたいにまだ知らない人で、壊れにくい人の方が都合が良いのよ」

「この世界じゃ、俺だってただの人間と変わらないよ。 いつ死んでもおかしくないし」

「怖くないの?」

「怖くないよ、フランのことも、この世界のことも。 ほら、話は後にしてどっか遊べる場所を探そうぜ」

明るく返事をし、再び背中に飛び乗ってくるフラン。

余程気に入ったのか、さっきよりも力強く抱き着いて来る。

少しくすぐったいぐらいだ。

「恭哉は何して遊んでたの?」

「俺か? どうだったかなぁ、子供の頃に親が死んで、遊ぶというより人探しをずっとしてたんだ。 中学からはそこら中の奴と喧嘩ばっかしてた」

「喧嘩? 弾幕ごっこみたいなの?」

「まぁ、それよりもっと優しいかな、死ぬ訳じゃないし」

「じゃあ、恭哉はすっごく強かったのね? 私を見ても怖がらなかったもの!」

「向こうの世界じゃ、強かったんじゃないかな。 仲間の誰にも負けるつもりも、負けてると思ったこともないし」

「恭哉の仲間も、私と遊んでくれるかなぁ?」

「程々にしてやれよ? 俺だって死ぬかと思ったんだから」

フランの能力には、正直まだ驚きを隠せてはいない。

今だから思えることだが、あれは爆発というよりかは、何かを対象にして「破壊」しているものだと思う。

力でねじ伏せるということでも、重力や内部の爆発などの()への干渉によるものでもなくて。

……なんて言えばいいのだろうか。

もっとこう、根本的に違う何かで破壊している。

確か、初めて能力を目にした時手を握り締めていた様な……?

あの動作が、フランの能力と関係しているのかもしれない。

「恭哉ー、聞いてる?」

耳元で名前を呼ばれ、少し驚いてしまう。

何度か声を掛けていてくれたみたいだ。

考え事をしていると、咄嗟(とっさ)に反応出来ないのは、悪い癖だな。

「ごめんごめん。 で、何だっけ?」

「どこで遊ぶのって聞いたの。 呼んでも全然反応してくれないから、きゅっとしてドカーンってする所だったよ?」

「きゅ、きゅっとしてドカーン……?」

「うん。 私の能力」

あーあの破壊することか。

危ない危ない、あんなのすぐ近くでやられちゃ一溜りもない。

一瞬で血も残らない程度まで、バラバラにされてしまう。

「うーん海もなければ遊園地もないしなぁ……とりあえず、人里を出てから考えるか」

横目で見ればむすっとしていたフランの表情も、すぐに笑顔へと戻っていた。

いつまでも歩き続けては行けないだろうし、どこか良い場所を探さないと。

俺も万全の状態ならなぁ……。

弾幕ごっこでも軽い殺し合いぐらいなら、付き合えるのに。

もちろん、手出ししたくはないが。

 

 

 

 

 

「っと、この辺まで来たら大丈夫かな」

人里を後にし、しばらく歩き続けた俺たち。

振り返っても高い木々が連なっているだけで、そこに人影は微塵も残されてはいなかった。

正直、いつでも迷える状態。

「もう羽を出しても大丈夫だぞ?」

「分かった! あ、恭哉の服破けちゃった」

そういえばパーカーを渡していたまんまだっけ。

すっかり忘れていた。

「それやるよ。 大切な物って訳じゃないし」

「いいの!? ありがとう!!」

「どういたしまして、もう夕焼けも出てきてる頃だし、日光も大丈夫そうじゃないか?」

「もう少し暗くなったら大丈夫かも。 この頭に被ってるのって取ってもいいの?」

もちろん大丈夫だ、と伝えた。

首を大きく振って、フードを脱ぐフラン。

あくまでもお洒落の一環で使うものだぞ、と補足で教えておいた。

お洒落という言葉には、はてなマークが浮かぶような表情で返してきたのでその説明も。

他愛もない会話を続けてはいたものの、フランのことについては触れてなかったな……。

この世界の情報を収集することは出来ないが、フランのことを知っておくのも無駄ではないだろう。

色々と気になる点もある訳だし。

「疲れない?」

「大丈夫だよ、妹で慣れてるし」

「恭哉にも妹が居るんだよね、私とどっちが大人っぽい?」

正直どちらも子供なんだけどな。

妹は海藤 杏佳。

最後に会ったのは、フランと同じぐらいの背丈の頃だから……五年程前になるのかな。

とにかく無邪気で、気が強くよく姉に叱られていた気がする。

弟には懐いていなかったものの、兄である俺にはよく懐いていた。

今こうしているみたいに、良くおぶっていたのも覚えている。

「そんなに悩むこと?」

「いや、どっちもどっちだと思ってさ。 でもまぁ、フランの方が落ち着いてはいるけど、まだまだ子供にしか見えないよ」

「えーっ。 恭哉の方がずっと年下なのに」

「そんな冗談はバレバレだぞー? 後十年は早く生まれてないと、その台詞は言えないな」

「だって五百年ぐらい部屋に閉じ籠ってたもん。 恭哉の方がずっとずーっと子供だよ」

「急に嘘ついても……って、はぁ!? ご、五百年!?」

五百年、本気なのか……?

フランの目も嘘をついている目には見えないし……何しろ、変わったこの世界のことだ。

数百年、数千年単位で生きている者が居ても不思議な話ではないのかもしれない。

それにしても五百年か。

もっと大人びててもいいと思うんだけどなぁ。

見た目は十歳にも満たない容姿だし。

何処かの戦闘民族は若い頃の容姿が、長い間続くともあるが……?

それとも精神と何とかの部屋にでも、閉じ込められていたのだろうか……?

いずれにせよ、フランからすれば俺が生きてきた年数など、取るに足らないはずだ。

「でも、恭哉みたいなお兄様が居たら、私ってどうなってたのかな」

「俺がフランの兄にはなれないだろ、人間なんて数十年したら死んじまうし、第一人間だしな」

「それは分かるけどー。 お姉様は外に出してくれないし、恭哉なら優しいから私と遊んだり外に連れてってくれたのかなーって思ったの」

「何かしら理由でもあるんじゃないのか? 血の繋がった妹に、理由もなしにそんなことするとは思えないぞ?」

「だって、お姉様はそんなの教えてくれないもん」

思っていたより、姉妹の仲は良くないのか?

部屋に閉じ篭っていたのなら、当然顔を合わす機会も少ない訳で。

――お節介かもしれないが、あの館に戻った時にでも聞いてみるか。

悪い癖なんだけどなぁ、こういうとこ。

「会話が出来そうなら、俺からも聞いてみるよ。 どうしてフランを外に出さないのかって」

「うーん、お姉様が相手してくれるかなー?」

「そんなに人間と相性悪いのか? フランは普通なのに」

「いや、あいつワガママなの。 私の方がずーっと、大人だよ?」

うーん、やっぱり仲は良くないのか?

だが霊夢も、俺とフランが普通に接していることには驚いていたし、もしかすると異端なのはこっちなのかもしれないな。

フラン本人でなくても、館の人間から聞いてみるのもいいのかも。

果たして人間が居るかは、別として……。

 

 

 

 

 

「あれ、もう夜になったの?」

周囲を歩きながら話し込んでいると、辺りは暗く月の光が(かす)かに照らすだけになっていた。

結局遊べそうな場所は見つからず、フランの期待には答えられず。

「ごめん、結局遊べそうな場所見つからなかったな……」

「ううん、恭哉とお話出来たからそれでいい。 ねぇねぇ、恭哉は泊まる場所はあるの?」

そういえば、宿泊のことなど何も考えていなかった。

人里に川は流れていたし、そこで魚でも取って(しの)ごうと思っていたぐらいだし。

すんなり帰れそうにはなさそうだし、休めそうな場所は必要かもな。

雨風は……忘れてた。

まぁ、馬鹿は風邪引かないっていうし。

誰が馬鹿じゃ誰が。

「何も考えてなかった。 どっかその辺の木の上で寝ようと思ってるよ」

「じゃあ、私の部屋においでよ! そこでいっぱいお話ししたり遊ぼ?」

「本当に遊ぶの大好きなんだな。 まぁ、フランがいいならお邪魔するよ」

喜びを大にして、両手をあげるフラン。

その反動で後ろに倒れそうになったので、何とか支える。

部屋はともかく、夜を凌げる場所が見つかったのは大きい。

自分の力が不完全な以上、一人の時に妖怪などの(たぐい)に出会うのは出来るだけ避けたいし。

このまま真っ直ぐ館に戻るだけだし、今宵(こよい)は安全に過ごせそうだ。

遊びが弾幕戦に発展しなければ、だけど。

流石にもうあれを避ける気力はないし、肉塊(にくかい)になってお終いだろう。

得体の知れない世界で、死ぬことになるなんてごめんだ。

「勝手に部屋まで上がってもいいのか?」

「大丈夫! お姉様も咲夜も美鈴(めいりん)もパチュリーも、こぁもみーんな納得してくれるよ」

「それなら助かるよ、ありがとなフラン」

「ねぇねぇ、もう一回飛んで欲しいな?」

空を飛ぶ訳ではなく、忍者の(ごと)く素早く移動するあれだ。

軽く返事をし、すぐにその体勢へと入る。

ついでに、あの館の場所も見ておいた方が良さそうだ。

そう遠くはないんだろうけど……。

案の定、すぐにあの館を発見することが出来た。

昼間に見た赤いレンガ状の館は、月光(つきびかり)に照らされ怪しげに(たたず)んでいる様にも見える。

吸血鬼が暮らしていても、違和感一つすら感じない程。

――実際住んでるんだけどな。

「なぁフラン、フランが暮らしている館って、なんて名前なんだ?」

紅魔館(こうまかん)だよ。 お姉様たちが暮らしてるの」

「その、お姉様って確か……レプリカ? レガリア、だっけ?」

「レミリア! レミリア、お姉様!」

「ごめんごめん、そのレミリアって子はフランに似てるのか?」

「私よりワガママだよ」

うーん、それしか分からないか。

五百年もの間、部屋に閉じ込められていたのだし、仕方ないか。

受け入れて貰えるかは分からないが、関係が良好に進みそうなら、いくつか聞いてみるか……。

というか五百年生きてるフランの姉ということは、一体何歳になるんだ……?

紅魔館が薄らと視界に入るぐらいになり、飛ぶのを終え、地面へと降り立った。

それと同時に背中からフランも降り、共に歩くことに。

この薄暗い中でも、フランの背中にある一つ一つの宝石のような羽が美しく見える。

僅かな光を反射し、小さく揺れている。

思わず、目を奪われそうになる程。

こんなにも近く、輝く虹彩にも似たものが見られるとは。

案外、この世界での運も悪くないみたいだ。

「どうしたの? 早く行こ?」

「あぁ、ごめんごめん。 ちょっと見とれてた」

「変なの。 早く部屋に戻って遊びましょ!」

無邪気(むじゃき)にも、駆け足気味に先を急ぐフラン。

その後を追い掛けるが、何故か視界に映る風景が変わった。

目の前に居たフランの姿が……倒れ込む様にして消えたのだ。

「フラン……? フラン!!」



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第4話 暴走

登場人物紹介


茨木(いばらき) 華扇(かせん)
妖怪(ようかい)(やま)に屋敷を構え暮らす自称仙人。
偶然霊夢(れいむ)とフランと甘味を食べていた恭哉と会う。
直接行動を共にすることはないが、外の世界から来た恭哉たちとは、友好的な関係を築く。
見かけに反し、食欲旺盛でよく人間の里にて、何かを食べ歩いている姿をよく目撃されている。
本人曰く、暮らすために必要なこと、だそうだ。


森近(もりちか) 霖之助(りんのすけ)
魔法(まほう)(もり)に道具屋「香霖堂(こうりんどう)」と呼ばれる道具屋を構える店主。
半人半妖(はんじんはんよう)という変わった種族であり、恭哉の存在と近いと霊夢が供述していた。
香霖堂には様々な道具があり、一部の道具は外の世界から流れ着いたものもあるらしい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フラン……? フラン!!」

目の前で起こった、一瞬の出来事。

何がどうなって起こったことなのか、はっきりとは分からないでいる。

先程まで無邪気(むじゃき)にはしゃいでいた子が、急に倒れ込んだ。

フランの元へと駆け寄り、身体全体を見回す。

目立った外傷(がいしょう)がある訳ではない。

妖怪(ようかい)等の外敵からの攻撃ではなさそうだ。

それにフラン程の能力があるなら、そこら辺の妖怪など相手にもならないはず。

なら、一体誰が……?

揺さぶりながら何度か声を掛けても、一向に反応を示さない。

脈拍は……正常だ。

呼吸は止まってはいない。

しかし、レンガ状の建物の壁面すら木っ端微塵にする程の破壊力を持つフランが、こうも簡単に倒れるのか……?

色々と可能性は浮かんでくる。

だが、それらを考える余裕が与えられることは無かった。

「お師匠様特製の痺れ薬を、弾丸に()り込んでいます。 並大抵の妖怪では、起き上がることもままなりませんよ」

後方から、聞き慣れない声が聞こえてくる。

痺れ薬を擦り込んだ弾丸、言い換えれば麻酔弾か。

それならば、フランが倒れ込むのも一理ある。

けれど、その程度なら少し力めば解除出来そうな気もするが……?

まぁ、答えてはくれないだろう。

貴方(あなた)が外の世界から来た人間、間違いありませんか?」

もう一人、少女の声がする。

その声を聞いてから、ゆっくりとそちらを振り返る。

一人は背が低く、銀白色(ぎんはくしょく)の髪を短く整え、黒いリボンで(まと)めている。

緑色の衣服に、背中に見える二本の(さや)

とてもじゃないが、少女には似合わない刀だ。

後方には、白く(うごめ)く何かが浮遊している。

もう一人は、学生服の様な服装だ。

妙に見慣れている風にも見えるが、そうではないのは頭の上にある兎の耳。

単なる仮装と言ってしまえばそれまでだろうが、今の場面には不適合だ。

「先に聞かせて欲しい、何でこの子を撃った」

「念の為です。 悲劇的な場面を見せるには、少々幼すぎるので」

「それだけか? たったそれだけの理由で……ふざけんな……」

「貴方の方こそ、この世界に異変をもたらして、よくそんな口が聞けますね」

異変をもたらす……?

一体何のことだ……?

「誰かと勘違いしてないか。 確かに俺はあんたらの世界で言う、外の世界から来た人間だ。 だけど、この世界で異変を起こしたことなんてない、何なら今日来たばかりなんだぞ?」

返答もせぬまま、それぞれ刀と銃を構え出す。

どうやら、話し合いに応じてくれる気は無いらしい。

それにしても、この世界に起きた異変、か。

気になることなのだが、今は二の次だ。

魔理沙やフラン同様、この少女たちも何らかの攻撃方法を持っているだろう。

もし、フラン以上の能力を有していたら……?

勝てる望みは、限りなく薄い。

そんなことは分かっている。

……分かっていても、戦わなきゃならない。

自分の誤解を解くためだけじゃない。

こちらに手を出した以上、けじめは付けてもらわないとな。

「その様子じゃ、戦わなきゃならないんだろ。 一つだけ約束して欲しい。 もうこの子には手を出すな」

「何故、(かば)うのですか?」

「この子とも約束があるからだ。 目の前で小さい子が倒れたのを無視する程、冷たい人間じゃないとは思ってる」

「まぁ、それは構いません。 貴方さえ討てば、異変も終わるんです」

「その異変がどういうものかは知らないが、それで納得するんだな?」

少女は、静かに頷いた。

木々の中に、フランを寝かせる。

もし生き残れたら、また遊ぼうな。

「お別れは済みました?」

「あぁ、お陰様で」

「そうですか、では……。 魂魄(こんぱく) 妖夢(ようむ)、推して参ります!!」

 

 

 

 

 

瞬時にして、目の前に剣閃が走る。

長刀が真っ直ぐに振り下ろされようとしていた。

セオリーなら左右どちらかに避ければいい。

だが、そんな普通はこの世界じゃ通用しないだろう。

学生同士の喧嘩や、スポーツ選手の試合とは違う。

左右どちらかに回避すれば、剣を払い追撃してくるに違いない。

なら、後ろに飛んで避ける……!

あの長さなら、突きに移行するのには、払うよりも時間が掛かる。

こちらに武器はない。

ましてや、能力だって失われているし、魔理沙の時は何が起きたのか分かっていなかった。

出来るだけ時間を稼ぎつつ、攻撃を回避していくしか、今取れる手段はない。

……もどかしいな、くそっ!!

脳内で考えた通り、剣の振り下ろしを後ろに飛び避ける。

――そんなことするのか!?

妖夢と名乗る少女は剣を振り下ろした後、自らも空中で前転し、再度剣を振り下ろした。

前に踏み込んだ分、先程よりも距離が近い。

着地の隙こそ出来るものの、一撃目よりも威力は増し、相手の不意を付ける。

こいつ、かなりの腕だ。

仲間にも剣術を得意とする者が居るが、近い実力を持っている。

おそらく、この二人も魔理沙の様な放出系の弾幕を所持しているはずだ。

それが合わされば、俺の仲間よりも実力は上になる。

もう一度後ろに避けたんじゃ、間に合わない。

こちらも隙を作ることを代償に、左側へ大きく飛び込むことに。

妖夢の剣撃こそ回避出来たものの、向こうはもう一人居る。

既に寸前の距離まで、銃弾の様なものが迫っていた。

まるで、こちらが近付くまで止まっていたみたいだ。

……銃撃音の一つも、聞こえなかった。

こいつも、かなりの実力者ってことか。

消音性のパーツで、どうにかなるレベルじゃない。

何かしらのギミックはあるだろうが……どれかどれかと探ってる余裕なんてない。

起き上がる姿勢を取る前に銃弾を目視出来た為、そのまま前方に回避する。

「いけ!」

少女の声と共に、白い浮遊物がこちらへと向かってくる。

単なる煙じゃないのか。

勢いを付けて飛んでくる浮遊物を回避することは出来ず、両腕を交差させ受け止める姿勢を取る。

衝突した反動で、後ろに飛ばされてしまう。

なんて硬さだ。

雲の様に柔らかいと思っていたが、痛みを感じる程の硬さがあった。

攻撃を加えた後、再び妖夢の方へと戻っていく。

あれが能力なのか……?

実態が掴めないが、あの様子を見るからにずっと硬さを保っている訳ではなさそうだ。

攻撃や防御に移る時のみ、浮遊物を硬化させているとしたら……?

いずれにせよ、危険が二つから三つに増えたことには変わらない。

浮遊物を受け止めた衝撃で、馴染みのある痛みが身体を走る。

そういえば、まだ腕の治療をしていないんだった。

あの時振り落とされてなかったら、こんなことには……。

って、悔いても仕方ないか。

落とされてなかったら、華扇(かせん)やフランとも出会ってなかったし。

とにかく今は、ここを乗り切るしかない。

気が付けば、もう一人の少女がこちらへと向かってきている。

先程手にしていた銃は、持っていない。

お次は体術戦か……?

助走の勢いを殺さず、前方に大きく飛び、蹴りを放ってくる。

風を切る音が、少し離れていても耳に届く。

華奢(きゃしゃ)な身体からは、想像も付かない威力だ。

すぐにこちらに身を(ひるがえ)し、追撃を入れてくる。

凶器がない以上、両腕や上半身全体を使って回避は可能だ。

どこで習ったんだ……?

高度な訓練を受けたものだと、一目で分かる。

格闘技の心得など微塵(みじん)も受けてはいないが、素人からしても動きが違いすぎるのだ。

ストリートの喧嘩と、この高度な体術。

想像以上に分が悪すぎる。

「中々素早いですね、ではこれなら!」

 

 

 

 

 

この雰囲気……魔理沙が魔法を使う時と似ている。

確か、スペルカードがどうとかって。

先程の攻撃よりも、大きいものが来るってことか……!

まともに受ける訳にはいかない、何とかして回避しないと……!

迷符(めいふ)纏縛剣(てんぱくけん)』!」

先にスペルカードを使用したのは、こっちの少女ではなく、妖夢だった。

緑色の矢尻の様な弾幕が、無数に形成される。

軍隊の行進の如く、列を成しこちらへと向かってくる。

()(くぐ)れるか……?

滑り込める高さではあるが、向こうの出方も気になる。

どうする……!?

一瞬の迷いの隙を突き、目の前にもう一人スペルカードを発動させる少女が居た。

弱心(じゃくしん)『喪心喪意(ディモチヴェイション)』!!」

ガラスが砕ける様な映像が見えた。

幻覚でも見せられたのか……?

それと同時に、全身を絶え間ない脱力感が走る。

何が起きたんだ……?

思うように、力が入らない。

目の焦点(しょうてん)も、少し定まっていない気もする。

鈍器(どんき)に殴られた……そのイメージに近いかもしれない。

痛みなどはなく、ただ全身が存在しない疲労感と、眩暈(めまい)が起きている様な視界の悪さ。

必死に精神を研ぎ澄まし、何とか視界を戻していく。

そこに映っていた光景は、先程とは少し違っていた。

妖夢の隣には、もう一人の妖夢の姿。

そしてもう一人の少女の隣には、同じ姿をした少女が三人。

その異様な光景に、(まばた)きを繰り返し見据えてみる。

けれど、結果は変わらなかった。

どうなってるんだ……!?

「分身でもしたのか……?」

「分身なんて、実体がないじゃないですか。 これは(まぎ)れもなく、私の半身です」

「そっちのは……?」

「どうでしょう? 貴方には、私が何人に()えますか?」

こちらを試す様な、挑発的な態度。

何人って、三人じゃないっていうのか……!?

いや、冷静に考えるんだ……。

スペルカードの直前に見せられた、実体のない刹那(せつな)の映像。

あれが弾幕と捉えるのなら、あの少女の姿は三人で間違いない。

しかし、こんな安直な考えでいいのか……?

実力は確かなもので、十分に誇っても誰も(けな)すことはしない。

それ故、(かす)かでも自信に満ちた表情や傲慢(ごうまん)な素振りを見せてしまう。

過去に、そんな奴は何人も見てきた。

先程の脳内で見えた映像は、単にスペルカードの能力なんかじゃない。

幻覚(げんかく)、もしくは幻視(げんし)が彼女の有する能力と断定してもいいかもしれない。

妖夢の能力に関しては、まだ確定出来る要素が少ない為分からないが、一人は確定。

能力が分かった所で、この戦況は変わらないんだけどな……。

「俺には、あんたら全員で三人に見えるよ。 オカルトは信じない主義なんでな」

「成程、変わった人間とは聞いていましたけど、まさかここまでとは。 戦闘能力も発揮出来ないんですよね?」

「……誰から聞いたんだ」

「お答えしかねます。 さぁ、続きを始めましょう。 私たちだって暇じゃないんですから」

やっぱり、答えてはくれないか。

再び先陣を切る二本の刀。

それぞれが違う剣閃を描いていく。

憑依している者ならば、同じ動きを繰り返すだけだ。

けれど、この二人の妖夢は違う。

それぞれが意思を持ち、こちらに斬り掛からんとしている。

自分自身の半身と自負していた通り、並大抵の実力ではない。

こんなに肉体的にも精神的にも追い詰められるなんて……何時ぶりだ……?

片方の刀が空を斬れば、もう片方の刃がこちらの身を斬り裂いていく。

骨にまで達する程ではないが、些細な痛みは伴う。

特に負傷したままの腕へのダメージは深刻で、浮遊物を受け止めてから出血が止まらない。

このままやられっぱなしじゃ、本当に死ぬ……!

(駄目元でもいい、出ろ……!!)

剣閃の僅かな隙を付き、思い切り腕を振り上げる。

「これは……炎!? どこにこんな力が!?」

腕の軌道を、灼熱の炎撃(えんげき)が追う。

これだ、この感覚、この能力……!

一瞬の炎ではあるが、そこに確かに存在した。

完全に封じられていた訳ではないってことか……!

自由自在に操ることが出来なくても、牽制(けんせい)には使える……!!

微かな光の道筋ではあるが、希望が見えた。

これならある程度は戦える。

運動神経や反射神経は衰えていないし、霊夢(れいむ)華扇(かせん)に貰った甘味の効果もあって、空腹も満たされている。

「能力は封じられていたんじゃ……!?」

「完全って訳じゃないらしいな。 こっちだって、覚えのない疑いを晴らさなきゃならないし。 無抵抗の相手より、少しは骨がある方が、あんたらも楽しくないか?」

 

 

 

 

 

一度だけ出現した真紅(しんく)の炎。

今の俺には、それだけでも十分。

戦いながら、先程の感覚を取り戻していけばいい。

そうすれば必ず届く……!

鈴仙(れいせん)さん! 前をお願いします!」

そう言って、後方に下がっていく妖夢。

何か仕掛けるつもりだろうが、黙って逃がすか!

「行かせない! 懶符(らんふ)『生神停止(アイドリングウェーブ)』!!」

突如として四方八方を塞ぐ大量の弾幕。

――しまった、完全に油断してた!

能力を使えたことに(うつつ)を抜かしていた為、もう一人の少女、鈴仙の動きを完全に見失っていた。

だが、もう一度炎撃で弾幕の隙間をこじ開ければ、妖夢の居る場所まで届く。

限界まで感覚を研ぎ澄ませる。

体内に流れている魔力を膨らませ、一気に放出する。

これが、先程の炎撃を始めとした属性解放(ぞくせいかいほう)の原理だ。

「もう一度、()ぎ払う!!」

腕を大きく振る。

……しかし、何も起こらない。

「やはり不完全だったみたいですね。 これで終わりです!」

一斉に弾幕の群れが動き出す。

くそっ、単なる奇跡だったのか……!?

逃げる場所は、どうすれば避けられる!?

そこに答えなんかない。

無数の弾幕の一つ一つが、弾丸の様にも見える。

いくつもの弾が身体中を貫いていく。

でも、不思議と痛みはない。

何か変な感覚だな……いや、死ぬ直前ってこんな感じなのか……?

視線は落ち、暗闇に包まれたままの黒土(くろつち)の道路が視界を埋め尽くす。

周りの景色は見えている。

良かった、まだ意識はある。

まだ……まだやらないと……。

正体も分からない異変の首謀者(しゅぼうしゃ)にされて、このまま死ぬなんて、納得いくか……!!

幾度(いくど)となく身体が震えているが、よろめきながらも立ち上がる。

視界はぼんやりとしていて、少女たちの姿も歪んで見える。

人鬼(じんき)未来永劫斬(みらいえいごうざん)』!! ――えっ!?」

それは同時に起こった。

妖夢がスペルカードを発動するのと同時に、いくつもの木々が突然倒れ始めたのだ。

スペルカードは不発に終わり、この場に居る全員が倒れた木々の方を見据えている。

粉塵(ふんじん)が舞い上がる中、微かに揺らぐ小さな人影。

まさか……これが本当の……。

「あの子、何故……!?」

「嘘……お師匠様の麻酔薬を自力で解くなんて……!!」

「まさか、フラン……なのか……?」

金色の髪と真紅のドレスを風に(なび)かせながら、こちらへゆっくりと歩いてくる少女。

手には、何やら無機質な形をした何かを握り締めている。

(うつむ)いたままの顔は、やがて少しずつ上がっていく。

そこに見えたのは、にこやかな可愛らしい表情ではなく、今まで俺が見ていた物とは真逆の表情だった。

大きく口角が釣り上がり、瞳孔(どうこう)が開き、背中の翼も天を目指さんと大きく広げられている。

その狂気的な表情を前にして、何もすることが出来ない。

こんなにも恐怖を覚えたのは……初めてかもしれない。

「ねぇ、私とも遊んでよ?」

フランが発した言葉。

誰も返事をすることが出来ない。

この場の空気全てを()てつかせる程の殺気。

完全に全員がそれに飲まれている。

「あ、貴女(あなた)は、一体……」

「あれ、私のおもちゃがボロボロ。 へぇーそういうことするんだぁ?」

フランが持つ無機質な形をした何かに突如として燃え盛る炎が纒わり付く。

吹き荒ぶ暴風と轟音。

何をされていなくても、思わず顔を覆ってしまう。

次第に無機質な形から一筋の刀剣へと姿を変える。

絶えず炎を纏い、こちらを威嚇(いかく)している様にも思える。

「この姿、この波長(はちょう)、どこかで見覚えが……」

「鈴仙さんは分かるんですか!?」

「まさかとは思いますけど……あの子は吸血鬼(きゅうけつき)じゃ? 貴方は何か知っているの?」

こちらへと問い掛けてくる。

フランの姿を見て吸血鬼を連想する辺り、どうやらフランの姉は知っている様だ。

だが、その確証がなく、決断へと至らない……ってことか。

戦っていた時の覇気(はき)は感じられないし、ここは教えてしまってもいいかもしれない。

「フラン。 フランドール・スカーレット、あの子の名前だ。 レミリアって子の妹で、あんたの言う通り吸血鬼だ」

「レミリアさんの妹……妖夢さん、構えて!!」

何かを感じ取ったのか、再び戦闘態勢を取る二人。

相手は俺ではなく、フランだ。

「やっと遊んでくれるのね? うふふ……いいわ、殺してあげる!!」

 

 

 

 

 

降り注ぐ真紅の弾丸。

そこからフランの攻撃は始まった。

怪しげに笑いながら、妖夢と鈴仙を相手にしている。

今までは攻撃的な姿勢を見せていた二人も、フランを前にしては防戦一方だった。

フランの強靭(きょうじん)な弾幕を前に、避けるのが精一杯になっている。

まさか、フランの能力がここまでのものだなんて……。

あの剣を覆う炎だって、俺の能力とは比べ物にならない。

それにしても、何故急に能力を……?

一緒に居た時は、そんな素振り一瞬足りとも見せなかったというのに……。

じっと戦闘の様子を見ていると、目の前にフランの姿があった。

あの表情のままのフランと目を合わせる。

「本当にフランなのか……?」

「もちろん。 恭哉は最後にしてあげるね。 先にあの二人を殺してくるから」

「何言ってんだよ……お前がそんなことする必要ないだろ!?」

「いいから見てなよ。 あ、それか恭哉も一緒に遊んでくれる?」

これが本当にあのフランなのか……!?

まるで、能力に自我を乗っ取られている様だ。

けれど、俺のことは分かっているみたいだし……。

駄目だ、確証が無さすぎる。

「あっはははは!! 見て見て!? ほら、一つ壊れちゃった!!」

いつの間にかフランの手に握られていた物。

赤黒い液体を流しながら、無惨(むざん)にもフランの手によってぶら下げられている。

人型にも見えるそれの正体がすぐに分かった。

先程まで生きていた者の生首。

それが、この正体だ。

見慣れない顔の為、妖夢や鈴仙、今まで会ってきた者の物ではない。

そういえば、こういった道には妖怪や妖精が居ると霊夢が言っていた。

おそらく、そのどちらかのものだろう。

偶然この場を通ろうとし、不運にもフランに見つかってしまいこの姿に変えられたのだ。

「この血は甘いのかなぁ? でも、黒くて汚ーい。 部屋で見る人間の方が美味しそうだし、いらないや」

生首を自分の頭ぐらいの位置まで持っていき、ゆっくりと手から離す。

フランが手を握り締めると、その生首は肉片も残さず粉々に砕け散った。

体内にあった鮮血が、辺りに飛び散らばる。

鼻につく生臭い匂い。

思わず呆気(あっけ)に取られていた表情も、ゆっくりと(ゆが)んでいくのが分かった。

互いの衣服は、飛び散った返り血に染まる。

フランに至っては、顔にまで血を浴びていた。

それでも、表情は変わらない。

寧ろ、一層狂気を増した様な気もした。

「あはは!! 恭哉も血だらけで美味しそう! さてっと、次はあいつらにしよっと。 そーれ、壊れちゃえ!!」

再び手を握り締める。

二人が立っていたすぐ側で、爆発が起きる。

倒れた木々も、この爆発による物だろう。

しかし、あの時と同じで対象とは僅かにズレていた。

無邪気な頃ならまだしも、今のフランは戦闘本能のみで動いてる。

距離もさほどないのに、こう何度も照準を外すとは思えない。

真っ先に考えられるのは……フランは、自分の能力を完全に使い慣れていないのではないか?

一応ではあるものの、話は通じている。

ならば、戦わずして元の状態に戻すことが出来る可能性も、ゼロではないのかもしれない。

「何ぼっとしてるんですか!! 早く逃げて下さい!!」

思い詰めていた時、妖夢の声で我に返った。

そうだ、ここは安全地帯なんかじゃない。

一つ間違えば命を失う様な場所だ。

「貴方にはまだ聞かねばならないことが山ほどあるんです。 ここで死なれては困ります」

「それはこっちのセリフだ。 俺だって、あんたらに聞かなきゃならないことも話さなきゃならないことが腐るほどあるんだ。 自分の心配だけしてろ!」

「ちょっと、一体何を――」

無理矢理に身体を動かす。

絶えず痛みはあるものの、まだ耐えられる。

苦痛を我慢し、声を張り上げる。

「フラン!! その弾幕ごっこ、やっぱり俺も混ぜてくれ!!」

その言葉を聞き、こちらを振り向くフラン。

口角が裂ける程の笑みを浮かべ、炎を纏った剣を振り回し始める。

「これ、レーヴァテインって言うんだって。 恭哉でも、これで燃えちゃう? 肉は斬れる!? 血は流れる!?」

「どうかな、俺だって炎を操ってた身だ。 その炎剣が尋常じゃないのは分かるよ。 けどな、事情が変わったんだ、誰一人壊させる訳にはいかないな!!」

「うんうん、そうこなくっちゃ! ねぇねぇ、恭哉は負けたら何をしてくれるの?」

「心臓でも生き血でも何でもくれてやる。 俺が壊れなかったら、違う形で遊んでもらうぞ」

 

 

 

 

 

全身の血液が、沸騰(ふっとう)しそうな程熱く(たぎ)る。

初めて能力に目覚めた時も、こんな感覚を味わった気がする。

少しだけ、少しだけでいい。

戻ってこい、(ほむら)の能力……!!

「不本意ですが、助太刀します!」

「一時休戦ということで。 悪魔の妹相手じゃ、分が悪いもの」

「異変の首謀者と疑っている奴でもか?」

「今、その話は二の次です」

「どうすればいい? 分かってると思うけど、今の俺はとてもじゃないけど、戦力にはならないぞ?」

「分かっています。 なので、なるべく吸血鬼から離れた位置で隠れていて下さい」

逃げ延びろ、ってことか……。

フランがあぁなっているのに、只逃げ回るだけなんて……情けない。

けれど、能力が封じられている以上、何も出来ない。

非情な現実に、ただ怒りが込み上げてくる。

握る拳も、血が出そうな程強くなっているのが、目に見えて分かった。

「じゃあ、早く遊びましょ?」

一層、フランの狂気が増す。

目には見えないけれど、後方に強大な魔気(まき)が感じられた。

「行ってください、早く!!」

その掛け声と共に、近くの草木へと駆け込む。

当然、フランの目にはその姿は映っている。

俺だって、こんなことはしたくない。

自分の命も守りつつ、フランを元に戻すには……今はこうするしかないんだ。

鈴仙と妖夢の間を瞬時に飛び抜け、こちらへと手を伸ばしてくるフラン。

くそっ、こんなに速く飛べるのか……!?

二人も目で追うことが出来なかった様で、こちらに気付くまで少しの間が生じてしまった。

もちろん、その手を振り切ることは出来ない。

「捕まえた! どうして欲しい? 骨まで砕く? 切り落とす!?」

「ぐっ……!」

地面に押し倒され、両手で首を締め付けられる。

鋭利に伸びた爪が、首元から皮膚、肉へと食い込む。

こんな小さな身体の、どこに力が……。

「ねぇ、知ってる? 昔、お姉様が言ってたの、人間は死んでも少しの間だけ生きてるんだって!! 首や目が動くの、恭哉もそうなの?」

「死んだことないからなっ……まだ、見せてやる訳にも、行かないけどよ……!!」

ごめん、フラン……!!

こんなことしたくないけど……。

上半身は押さえ付けられ、身動きが取れないでいる。

しかし下半身は、足はまだ動く。

ゆっくりとフランの腹部まで足を曲げ、持っていく。

意識がまだある内に、やるしか……!!

思い切り上へと蹴り込もうとした時だった。

側方へと、フランが大きく飛ばされる。

……妖夢が使役(しえき)する、浮遊物か。

間一髪の所で、再び硬化した浮遊物がフランを突き飛ばしたのだ。

「立てますか!?」

「何とか……。 フランは!?」

衣服に着いた土埃(つちぼこり)を払いながら、フランの方を見る。

すぐに起き上がり、こちらを睨み付けていた。

「邪魔するなんて!! 先にお前から殺す!!」

燃え盛る炎剣(えんけん)を、真っ直ぐに振り下ろす。

妖夢は刀で受け止め、上部へと払った後フランと距離を開けた。

その隙に、鈴仙の弾幕がフランを取り囲んだ。

一斉に弾丸状へと姿を変え、フランへと動き出す。

フランは不敵に笑った後。

炎剣は槍へと姿を変え、鈴仙の弾幕を跡も残さず薙ぎ払った。

あの数を、たった一撃で……。

「こんな弾幕つまんないわ? 弾幕はー、もっと、こうするの!!」

大きな光の球体が、複数出現する。

針の様に細長いレーザー状の光が形成され、ゆっくりと回り出した。

時計の針にも見えるその弾幕と、無数の小さな弾幕。

これがフランの弾幕なのか……。

っと、見とれてる場合じゃなかった!

幸いにも、回転する速度が速い訳では無い。

これぐらいなら、回避するルートを作り出す時間は捻出(ねんしゅつ)出来る。

針を掻い潜り、小さな弾幕を避けられる場所は……。

――通り抜ける場所を見つけ、足を動かそうとした時だった。

肩を何度か叩かれる。

こんなタイミングで、一体誰が?

振り返って見ると、確かにそこに居た。

大きく目を見開き、狂ったように笑う二人のフランの姿が。

それぞれに肩を掴まれ、弾幕を合間を抜け、何度も木々に身体をぶつけられる。

嘘だろ……フランまで、実体を持つ分身体を作れるってのか……!?

普通ならば、二人三人と分身を行う場合、その力は人数分だけ均等に分けられる。

しかしフランの場合は、それに該当せず全員が同じだけの力を使えるようだ。

一際大きい木の幹に行き着いた時、背中から激痛が走る。

二人のフランがその場から離れると、三人目のフランが炎剣を構えたままこちらへと飛んで来ていた。

そのまま剣を突き出し、腹部へと突き刺さる。

鮮血の粒が、辺りへと散らばった。

「これが恭哉の血なのね!? さっきの汚い奴よりずっと美味しそう!! ねぇねぇ、もう終わり? もう遊んでくれないの?」

――駄目だ、圧倒的すぎる。

自分の想像を遥かに超えていたそれに、敵う術なんてなかった。

不思議と痛みはない。

このまま目を閉じてしまえば、楽になれることだろう。

ただ退屈な日常を過ごすことも、戦うことも、何もしなくていい。

光も届かない深海の様な空間に、身を投げ出すだけ。

たったそれだけで、この状況から解放される。

けれど、そんな……。

そんな単純なことすら、俺には出来なかった。

「あ、まだ遊んでくれるの?」

言葉も返さず、ゆっくりと炎剣を引き抜いていく。

完全に引き抜かれ、剣先から血の(しずく)(したた)り落ちる。

「言っただろ、誰一人壊させやしないって……」

「へぇーまだ頑張ってくれるんだ、恭哉ってやっぱり面白い! 決めた、私が勝ったら、お部屋にずっと飾っておいてあげるね」

人体模型(ガラクタ)と一緒だなんてごめんだね。 もっと楽しい、年頃の遊びを教えてやる」

 

 

 

 

 

――真炎剛爆ノ核(パイロキネシス)

こんな奇跡、二度とはないだろう。

ずっと封じ込められていた能力が、今こうして発動出来ている。

背面にある木々が、轟音を立てて燃え盛る。

「すごーい、私のマネ?」

「違うな。 こんなのまだ生易しいもんさ、もっと熱く、もっと激しく出来るよ」

「へぇーやるじゃない。 じゃあ、私も!!」

フランが炎剣を大きく振り翳す。

同様に、天高く炎が燃え上がる。

こんな感覚、久し振りだ。

それに、目の前にいるのは自分よりも何百年も生きているのに幼く見える少女。

それでいて、こちらを圧倒せんとばかりの破壊的な能力。

肉片一つ残さないぞという程の、おぞましい殺気。

「退屈しないな、幻想郷(ここ)は……」

「何か言った?」

「何でも。 ただ、初めてこの世界に来て、楽しいって思えることに出会っただけだよ」

「それって、私と遊ぶことでしょ?」

「まぁ、それもあるかもな。 じゃあ、第二回戦と行こうぜ。 この能力も、短い間しか使えないだろうし」

「えーっ、もっと遊びたいのになぁ。 まぁ、いいや。 もう、コンティニューなんてさせないんだから」

「あぁ、それでいいよ。 人生の後輩から、厚かましい助言をしてやるから、覚悟しとけ!」

一斉に地を蹴る。

互いの炎が交差し、身を切り裂かんとばかりの衝撃が発生する。

横目で周りを何度か見ていると、少し離れた場所に妖夢と鈴仙の姿があった。

フランの残した弾幕を破り、ここまで来たのだろう。

外傷は……なさそうだな、良かった。

って、何で敵の心配なんか……。

心の底からは、戦わなきゃならない敵だとは思えないんだよなぁ……。

異変なんて起こしてはいないし、誰に聞かされたのかも分からない。

この世界に、外の世界から来た余所者(よそもの)を世界の悪者に仕立て上げることで、得する人物でも居るのか……?

「よそ見なんてしないでよっ!!」

おっと、危なっ。

今まさに、フランの鋭利な爪が、頬を(かす)めようとしていた。

小さな切り傷が出来上がる。

「ちゃんと私のことだけ見なよ。 殺しちゃうよ?」

「色々と忙しいんだよ。 で、俺の血のご感想は?」

「味見には少ないかな。 もっとちょうだい?」

「そう簡単には上げられないな。 腕の一本でも落として肉ごと味見でもしな!」

「じゃあ、そうするねっ!!」

再び炎剣を振り回すフラン。

けれど、その軌道は初めて見た時よりも、大きくぶれていた。

真っ直ぐに描かれる剣閃も、今では僅かに右往左往に曲がっている。

やはり弾幕といえど、体力は消耗するようだ。

ましてや普段から外に出られず、部屋の中で閉じ篭っていた身だ。

当然、日常的に弾幕戦を行っている奴よりも体力面では劣る。

この世界にも「魔力」という概念が存在するのかは分からないが、何れにせよフランのこの能力の暴走も、そう長くは持たないはず。

このままこちらは手を出さずとも、消耗戦に持ち込めば、フランを元に戻すことが出来るかもしれない。

そう何度も、あの攻撃を受け切る事は出来ないけどな……!

「もうっ!! 逃げてばっかり!! ちゃんとやってよ!!」

「俺だってこんな戦法一番嫌いだ! けどな、こうするしか出来ないんだ。 いいかフラン、厚かましい助言その一は、無闇に能力を暴発させるだけじゃ、何にも残らないぞ」

「そんなのしーらないっ! 壊れちゃえ!!」

巨大な獣の様な牙が上下に出現する。

これも弾幕なのか……?

牙同士の距離は十二分にある。

これぐらいなら、まだ回避は可能だ。

それぞれが上下に動くのは、目に見えている。

ここまで目に見える攻撃をしてくるなんて……。

思っていたよりも、フランの体力は低下しているのか?

そう思ったのだが、一向に牙を動かそうとしない。

何かあったのか……?

ここで怖気付くタイプではないだろうし。

「恭哉にいいこと教えてあげよっか?」

俯きながらそう言う。

「私は確かに吸血鬼よ、日光は苦手。 でもね、こんなことも出来るのよ」

フランの頭上に、何かの模様が描かれる。

これは……魔法陣(まほうじん)か!?

まさか、魔術まで扱えるのか!?

「一つだけ選ばせてあげる。 私に殺されるかぁ、後ろの二人を見殺しにするか!」

その言葉の通り振り返ると、魔方陣に拘束される二人……妖夢と鈴仙の姿があった。

いつの間に……!?

「あっははは!! どうする!? ここで殺されるのが二人になるか、三人になるか。 さぁ、選んでよ?」

くっ、どうする……!?

攻撃は避けられるが、それでは二人は確実に致命傷を負ってしまう。

いや、今のフランが相手なら命を落とす以外の選択肢はない。

確かに、俺にとっては敵……かもしれない。

このまま見過ごしてもいいのか……!?

――いい訳ないよな。

二人の姿を見据えたまま、ゆっくりと歩いて行く。

「……何をするつもりですか?」

「悪いけど、まだあんたらを完全には信じきれてない。 けどな、このまま見殺しにするのも(しょう)に合わない。 ――必ず、フランを元に戻す」

 

 

 

 

「……へぇーその二人を助けようとするんだ?」

「あぁ。 もちろん、お前も助ける」

「私を助ける? どうして?」

「約束したからだ、たくさん話したり遊ぼうって」

「お部屋に飾ってあげるって言ったじゃない。 それじゃあ不満なの?」

「不満だね。 俺は縛られるのは嫌いなんだ」

「色んなことしてあげるよ? あーんなことも、こーんなことも」

「お子様にそういうことされて喜ぶ様な性癖は持ってないんでね、お断りだ」

次第にフランの表情が歪んでいくのが分かった。

感じられる狂気も、より強くなる。

「もういい、死んじゃえ!!」

フランの怒声と共に、牙が動き出す。

「何してるんですか!! 早く逃げて!!」

その言葉には耳を貸すつもりはない。

地上から迫ってくる牙は、軌道から察するに動かなくても当たらない。

上部の牙だけか……。

――聞き馴染みのある音が、耳に伝わってくる。

もう何度耳にしたのか覚えていない。

鋭利な物が、皮膚を貫く音。

肉を切る音。

思ったより、傷は深くない。

手を抜いたとは思えないが……運が良かったのか?

「なんで……なんでなんで!? どうして壊れないの!?」

「……能力は自由に扱えなくても、死に損ないな所は変わらないらしいな……。 どうするフラン、まだやるか?」

「どうしてよ!! はやく……はやく壊れてよ!!」

フランが苦しげな表情を見せる。

少しずつだけど、元の人格が見えてきてるのか?

もう少し、もう少しだけ耐えられれば……。

「……やめた。 もういい。 お部屋に飾るのはナシ。 ――殺す!!」

再び笑みを浮かべるフラン。

真紅の槍を手に持ち、狂乱の叫びを上げながらこちらへと飛んでくる。

けれど、禍々しいだけの声ではなくて。

泣き叫んでいる……そんな風にも聞こえた。

ゆっくりと目を閉じる。

怖いからじゃない。

互い取り巻く激しい覇気も、いつの間にか勢いを失い消えかかっていた。

この一撃で、立っていた方の勝ち。

そう確信したからだ。

そして――。

真紅の槍が空を斬る。

それによって生じた風が、何度も身を貫いていく。

軽い音を立て、身体に何かが当たる。

「……お疲れ様、沢山遊んだもんな」

先程までフランを包んでいた魔気は完全に消え、元の無邪気な少女の雰囲気へと戻っていた。

体力を使い果たしたのかどうかは分からないが、今のフランに何かを壊すことは出来ない。

穏やかな寝息まで立て始めた。

フランを一度近くの木陰(こかげ)に座らせ、魔方陣で捕らえられていた二人の元へと向かう。

どうやら、魔方陣も消えたらしく、その場に降り立ち唖然(あぜん)と立ち尽くしていた。

「さて、あんたらはどうする。 フランは眠ってるし、俺にももう能力を使える程の奇跡も魔力も残っていない。 首を()ねるなら今しかないぞ」

「……怖くないのですか? 命を失うことが」

神妙な顔つきで、問いかけてくる妖夢。

手は既に、鞘に(おさ)められた剣へと伸びている。

「死を恐れてちゃ、この世界でも俺たちの世界でも生きていけないさ。 変な能力に目覚めた時から、死ぬ覚悟なんて出来てる」

黙り込んだまま、静かな時が流れる。

風一つさえ起こらない。

少し間を空けた後、二人の元へと歩き膝をつく。

「この高さならすぐに斬れるだろ、殺るなら早くしな」

「くっ……」

「ここで俺を殺すことは、単に人の命を奪うことじゃない。 あんたらが自分たちの世界を守るために取る手段だ」

「本気、なんですね……」

銀色の刃が、月光に照らされ青白く光る。

綺麗な刀だ。

(けが)れた血で汚してしまうのは勿体ないが、仕方ない。

「怖がるな。 どんな異変かは知らないが、その首謀者を追って来たぐらいだ。 人一人斬るぐらい、どうってことないだろ」

微かに、妖夢の手が震えている。

本当に命を奪いに来たのとは思えないが……。

「――斬り落とせ!!」

「妖夢さん!!」

――一瞬だった。

自分の首元のすぐそこで、刃が止まった。

緊張の汗が、首筋を伝う。

ゆっくりと刃が離れ、鞘へと戻っていく。

「次お会いした時は、必ず斬ります」

そう言い残し、焼け残った木々の暗闇へと歩いて行く妖夢。

もう一人の少女、鈴仙と共にその姿を見つめていた。

我に返ったのか、鈴仙も後を追っていく。

駆け足気味に歩を進めてからすぐ、こちらを振り返り何かを投げてきた。

手で受け取り、その物を見てみる。

どうやら瓶の様な物だが……中に何か入っている?

「今日売れ残った薬よ。 多少の傷なら治せるわ」

「……有難く貰っとくよ。 お前は敵には見えないし」

返事はせず、妖夢の進んだ方へと走っていく鈴仙。

二人の姿が完全に見えなくなった後、フランの元へと戻る。

フランの無事を確かめた後、すぐ隣でようやく腰を下ろすことが出来た。

今になって、身体中に痛みが走る。

流石に無理し過ぎたかなーこれは……。

紅魔館へと連れ戻るのは、フランの目が覚めてからでいいだろう。

(異変の首謀者、か……。 平和そうに見えるこの世界で、一体何が……)



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第5話 紅魔の主

登場人物紹介


魂魄(こんぱく) 妖夢(ようむ)
人間と幽霊のハーフである、半人半霊(はんじんはんれい)の剣士。
高い剣術と使役(しえき)し、彼女と共にある半霊を使った攻撃が得意。
恭哉を「幻想郷に起きている異変の首謀者」と決め付け、戦闘へと至る。
何事にも大して真っすぐ過ぎるが故に、よく空回りしてしまう苦労人の一面も。
また「白玉楼(はくぎょくろう)」の主「西行寺(さいぎょうじ) 幽々子(ゆゆこ)」に仕える庭師でもあり、よく幽々子に振り回されている。


鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバ
元々月の都に住む「月の兎」だが、あることをきっかけに地上へと逃げ込んできた。
他者の波長を感知したり、波動を操作したりと多岐に渡り相手への干渉が可能。
妖夢と共に恭哉に「異変の首謀者」の疑いをかけ、戦闘を挑む。
だが、どうやら本心から疑っている訳ではないらしい。
自ら傷薬を渡したりと、友好的な関係を築こうとしている……ようだ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、んぅ……」

眠ったままの少女が、ゆっくりと(まぶた)を開ける。

開ききらない目を(こす)りながら、こちらへと顔を向ける。

「おはよう、気が付いたか?」

「あれ、ここは……?」

紅魔館(こうまかん)の近くだと思うよ。 フランってば、遊び疲れたんじゃないのか?」

「そうなの? ――って、どうしたの!? いっぱい怪我してる……」

あー、まぁ隠す方が無理かこれは。

さて、何と誤魔化したもんか……。

「あーえっとーこれはだな……色々あって……。 そう、走り回ってたらそこら中で転びまくってさ!?」

半霊剣士(はんれいけんし)と月の兎が居た気がする。 そいつらにやられたの!?」

半霊剣士と月の兎。

確かに、該当する二人はつい一時間程前まで、この場所に居た。

フランの能力が暴走するまでの間、フランの姿は見えていなかったが気を失っていたはずだ。

ならば、麻酔弾を撃たれる直前で二人に気が付いていたのだろうか?

何も気配を感じることは出来なかったというのに……。

もしもフランが、自らの能力を完全にコントロール出来るようになれば、この世界で最も敵に回しては行けない人物にもなり得る。

……いつまでこの身が持つのか、少し心配にもなった。

「フランは何も覚えていないのか?」

「覚えてるって何を?」

「いや、それならいいんだ。 確かにその二人とは戦闘になったけど、話し合いでどうにかなったよ。 この傷はその代償だから、フランは何も心配しなくて大丈夫だからな」

「痛くない?」

「なーんにも。 フランが怪我しなかったなら、俺はそれでいい」

まぁ、痛くないのは嘘なんだけどな。

やはり、能力が暴走していた頃のことは覚えていないようだ。

身体中にある大半の傷はフランを止める為に出来たものだったが、わざわざ本人に告げるものでもない。

何より、こうして無事に戻ってくれた方が、俺にとっては何倍も嬉しいことだ。

もちろん、自分が死ぬよりも嬉しい。

「さて、そろそろ紅魔館まで戻るか……立てるか?」

「私は大丈夫。 恭哉は?」

「もちろん平気だ。 またおぶってやろうか?」

「ううん、今はいい。 けど、手繋いであげる」

手の平を優しく包み込む。

何の変哲(へんてつ)もない、穏やかな少女の手だ。

この温かさも、何処か懐かしく感じる。

異世界に居るなんて知ったら、杏佳(きょうか)の奴どう思うかな……。

数年は会っていないけどな。

「恭哉の手はおっきいね」

「そうか? 俺ぐらいの歳なら、みんなこんなもんだぞ?」

「ううん、そういうのじゃなくて、凄く落ち着くの。 ぽかぽかしてて、あったかい」

(ふところ)が大きいってことか……?

よく分からんが。

焼けた木々達を抜けていくと、また薄暗い道が続き始めた。

俺たちの足音以外、些細(ささい)な音さえしない。

先程まで戦闘が行われたとは、とてもではないが思えない。

それにしても、異変の首謀者(しゅぼうしゃ)か……。

一体どういう経緯があって、俺がそう捉えられているのかは見当も付かないが、気になることは山程ある。

異変が生じているのなら、少なからずこの世界は元の形とは違うことになる。

……流石に、フランには分からないか。

外に出られなかったのもあるし、今そういうことを聞ける雰囲気でもなさそうだ。

となると、やはり色々と調べなきゃ駄目か……。

あらぬ疑いを掛けられるのも(しゃく)だし、異世界で命を狙われ続けるなんてとてもごめんだ。

フランのように友好的な関係を築けた相手に、迷惑をかける訳にも行かないしな……。

幸いにも、今日の寝床は確保出来るようだし、明日からどうするか、もう一度考え直さなければならない。

単なる外の世界からの来訪者なら話は早いのだが、妖夢(ようむ)鈴仙(れいせん)に「首謀者」と捉えられている以上、目立った動きは出来ない。

どういう形で俺のことが知られているのかは分からないが、いくつか考えられる点はある。

まず真っ先に浮かぶのは、射命丸(しゃめいまる) (あや)

自らを新聞記者と名乗っていたし、魔理沙(まりさ)と出会って間もない頃、既に俺の顔と名前を知っていた。

新聞記者ならば合点がいくし、何より情報収集には長けていることだろう。

もちろん、それは真実の報道と情報の捏造、の二つの意味になるのだが……。

そして次に霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)

まだ少ししか話をしていないが、魔理沙に隠し事は向いていないはず。

自分の弾幕を攻略されたこともあり、俺に対し良い印象は持っていないだろう。

その為、異変の首謀者に仕立て上げることも可能……という推理だ。

これは力説が弱い為、あまり信用したくはない。

最後に、博麗(はくれい) 霊夢(れいむ)

彼女に関しても、魔理沙同様に隠し事は苦手だろう。

そしてこの世界での顔は広いはず。

まぁ、他人行儀に関心がない為、わざわざ異変の首謀者を教える必要はないだろうが……。

それに、この中じゃ最も敵とは遠い存在だろう。

何か、どことなく俺と似ている気がするんだよな……気のせいかもしれないけど。

やはり、一番濃厚なのは文か……。

明日、会えるのならば話しておくのもいいかもしれない。

簡単に口を割ってくれそうにはないが。

「もう着くよ?」

「あぁごめん。 また考え事してた」

「そればっかり。 お部屋に戻ったらうーんと遊んでもらうんだから、覚えておいてね?」

「分かったよ。 お手柔らかに」

 

 

 

 

 

前方に(そび)える巨大な洋風の館。

この館こそがフランと出会った場所、紅魔館である。

昼間に見た頃とは違い、どこか怪しげだ。

窓が少ない為あまり見えないが、照明はついているようだ。

入口を探していると、フランに腕を引かれる。

その方に身体を任せていると、大きい門が見えた。

誰か立っているようにも見えるが……。

美鈴(めいりん)ー、ただいま!!」

「はーい……って妹様!? どこに行ってたんですか!?」

「恭哉と遊んでたの! ねぇねぇ、今日は私のお部屋に恭哉を泊めるけどいいよね?」

「えーっとすみません、話が見えてこないんですけど……」

フランに「美鈴」呼ばれるこの人物。

背は高く、橙色(だいだいいろ)の長い髪にチャイナドレスの様な服装をしている。

星型のマークに「(りゅう)」と書かれた帽子が、特徴的だ。

それにフランが「妹様」って、どういうことなんだ?

「えっと、貴方(あなた)が妹様のいう恭哉さん、でいいんですよね?」

「そうなるかな。 何処から話せばいいのか分からないんだけど、とりあえずごめん。 フランなんだけど、ほぼ勝手に連れ出しちまった」

「違うよ。 私が壁を壊して恭哉に外まで連れて行ってもらったの」

「は、はぁ……。 とにかく妹様がご無事で何よりです。 お嬢様たちも心配してましたよ?」

「そのお嬢様ってのが、レミリアって子か?」

「ご存知なんですね。 って、どうしたんですかその怪我!?」

いや、気付くの遅くないか……?

今ここで事の経緯を話すべきか否か……。

「後で話すから、咲夜に傷の手当をするよう頼んで?」

「分かりました。 どうぞ、中に入ってください。 後、歩けます? 肩貸しましょうか?」

「気持ちだけ受け取っとくよ」

木製の扉を開けてもらい、館の中へと入っていく。

本館までの道はそう遠くないものの、生い茂る草木やいくつもの噴水。

小さな街並みでも広がっているんじゃないかと、つい錯覚してしまいそうになる。

隅々まで綺麗に手入れされているため、どこか上品さも(うかが)える。

外観から見ても思っていたのだが、この館かなり広いぞ?

「立派な館でしょう? お嬢様自慢のものなので」

「あぁ、外からしか見てなかったけど、凄いと思う」

「ここから館の中になります。 大広間にお嬢様たちもいらっしゃるので、あと少し頑張って下さいね」

「いや、傷はなんともないよ。 歩けてるし」

「そんなこと言っても、かなりの大怪我ですよ? 出血の跡もひどいですし、よく立っていられますね?」

「昔から死に損ないなんだよ。 フランは何ともないし、俺が傷付くぐらい、どうってことないさ」

俺の言葉に、驚きの表情を見せる美鈴。

フランの様子を確認した後、小さい声で話しかけて来た。

「それ本当に言ってます? 妹様の能力見ました?」

「もう嫌という程見たよ。 けど、それ以外は普通の女の子だろ?」

「あーまだ妹様の本当の姿を見てませんね……。 いいですか? 妹様はですね――」

「美鈴ー? 何話してるのー?」

美鈴は情けない声を上げながら、そっとフランの方を見ていた。

それにしても、フランの本当の姿か……。

能力を使っている時以外にも、まだ他の人格があるっていうことなのか……?

流石吸血鬼(きゅうけつき)、謎が多い。

……って、褒め言葉にはならないか、これは。

「恭哉も、変な事聞かないでね?」

「お、おぅ……。 っと、また随分とでかい扉だな」

フランの可愛らしい笑顔も、今回だけは謎の威圧感があった。

恐るべしこの子……。

話題をすり替えるべく、扉の方へと向けた。

「こ、ここを入ってすぐエントランスホールがあるので、そこを抜けると大広間ですね」

館の中は外観同様に広く、床や壁面等赤を基調とした洋風の作りとなっていた。

ランタンの様な照明が、壁面にいくつも並んでいる。

とてもじゃないが、俺たちの世界の中では見られないものだった。

奥へ進んで行くと、美鈴の言葉通り大広間なる空間が広がっていた。

ちょっとした(もよお)し物を開き、百人程度なら簡単に収まる程の室内には、思わず言葉を失ってしまう。

……流石に広すぎないか?

確かに外観こそ大きかったものの、ここまで広く作られるものなのだろうか……?

それに、あまり見慣れない服装をした浮遊物が、そこら中を飛び回っているではないか。

目を凝らして見てみると……メイド服か?

美鈴にそれを尋ねてみると、妖精たちがメイドの服装をし、この館のあらゆる世話をしているらしい。

ただ個々の出来はあまり宜しくないようで、よくこの紅魔館のメイド長である「十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)」から、(しか)りを受けているらしい。

どうやら、妖精はあくまでも妖精なようだ。

この世界でも、その定義は変わらない。

この定義というのは、妖精という存在は人間に近い存在であり、非力な部類に入るということ。

悪魔(あくま)みたいに強い妖精でも居るのなら、一度見てみたいものだ。

「この先が大広間になります。 おそらく、お嬢様たちが待っているはずなんですけど……」

「待っているはず、なのか? フランを探しに外に出てる可能性もあるってことか……」

「お姉様は中に居るよ。 開けちゃえ」

両手を広げ、扉を開けるフラン。

ゆっくりと開かれた扉の先には――。

 

 

 

 

 

「お姉様ただいま!」

「フラン! 一体どこまで行ってたのよ」

「ちょっとお外で遊んでたの。 大丈夫、何も壊してないよ?」

「そういうことじゃない、どうやって外に出たかを聞いてるの」

あいつが、レミリアって子か……。

確かに声の質や雰囲気、容姿等似ている箇所は多い。

フランとは違い、青みがかった銀色の短めの髪。

同じく深紅(しんく)の大きな瞳に、桃色を基調としたドレス。

蝙蝠(こうもり)の様な羽は、まさに吸血鬼らしい。

「恭哉、何故ここに?」

章大(しょうた)……。 それは俺のセリフなんだけどな、お前もこの世界に流れ着いてたのか」

「その言葉、そのまま返すぞ。 他の皆には会ったのか?」

「いや、お前が最初だよ」

切崎(きりさき) 章大(しょうた)

堅苦しい話し言葉で、(ほとん)ど感情を表に出さない無愛想な人物。

って、無愛想なのは俺も同じか。

同じ世界で行動を共にしていた仲間の一人で、剣術や体術、魔術といった様々な戦闘方法に長けている。

俺とは正反対でかなりの頭脳派で、物事に対する記憶力もかなりのもの。

たまーにムカつくんだけどな。

「お姉様、咲夜も紹介するね! えっとね、これが恭哉、私と遊んでくれてたの」

「遊んでそんなに傷を負うものなのか?」

「まぁ、これには色々と深い訳があってさ。 レミリアだっけ、詳しいことは後で話すとして、フランを勝手に連れ出したのは俺なんだ。 悪かった、ごめん」

何かを小さく呟くレミリア。

黙ったまま、こちらをじっと見ている。

フランもその様子を見兼ねてか、レミリアへと声を掛ける。

その問い掛けにも答えず、ゆっくりと宙へと浮かび始めた。

そして――。

瞬時にして、目の前に姿を現しこちらへと手を伸ばしてきた。

反応することも出来ず、身体を持ち上げられた後、強く床へと叩き付けられた。

そのまま、首を絞められていく。

こいつ……フランよりも力が強い……!

「――っ、恭哉!」

「お嬢様!」

「お姉様……!? お姉様止めて!!」

身体の震えを振り払い、片手でレミリアの腕を掴む。

一向に力が緩まる気配はしない……(むし)ろ、首の骨までへし折らんとする程だ。

「お前が……!!」

声を出そうとするも、上手く発することが出来ない。

全て力のない(うめ)き声へと変わってしまう。

……ほんの少しだけ、視界が揺れた。

振り払えない……!!

「そこまでだ。 それ以上力を強めるのなら、貴様(きさま)を斬ることになるぞ」

「剣を納めて。 お嬢様に手出しはさせない」

二人の声が響き渡る。

それと同時に、首を絞める力は弱まっていく。

「恭哉、大丈夫!?」

フランが慌てて駆け寄り、身体を揺さぶり始めた。

すぐに身体を起こし、揺さぶりを止めさせた。

「無事か」

「なんとか……。 一体何なんだ……?」

「咲夜、そいつを始末しなさい。 不味そうだし、土にでも埋めといて」

「かしこまりました、お嬢様」

レミリアは軽い足音を立て、部屋を後にしていく。

その背中を隠す様に、咲夜と呼ばれる人物がそこに立ち塞がる。

妖夢の髪よりも銀色が強く、この場の雰囲気には似合わない三つ編み。

青と白のメイド服を(まと)い、その容姿からは想像も付かないであろう、三本のナイフを手にしていた。

くそっ、ここでもかよ……。

もう異変の首謀者なんて言葉聞き飽きたぞ。

俺はともかく、章大は疑われないのか?

あいつの実力も相当なはずなのに。

もしも俺と同様に能力が封じられていて、戦闘になる場面がなかったのなら納得が行くが……。

あぁ見えて、結構手が出るのが早いからなあいつ。

「咲夜! 恭哉は殺しちゃダメだよ! たくさん怪我してるの、手当してあげて?」

「申し訳ありません妹様。 お嬢様からの命令は絶対ですから」

「さ、咲夜さん。 私からもお願いします! 先程会ったばかりですが、この人は故意に妹様を連れ出した訳ではない気がするんです」

「美鈴は下がりなさい。 門番の仕事に戻って」

どうやら聞き入れてはくれないようだ。

こっちはボロボロだってのに……。

相手を見据えたまま、剣を抜こうとする章大を腕で制する。

手出しを求めるつもりは無い。

向こうが挑んでくるのなら……その戦いを買うまでだ。

歩を前に進めようとした時、俺のすぐ前にフランが立ち塞がった。

「咲夜が手当てしてくれないなら、私が咲夜を壊すよ?」

「妹様、何故その者を(かば)うのですか?」

「私と遊んでくれたもん!! 私が壊そうとしても、恭哉は壊れなかった。 だから、私以外に恭哉を壊すことはさせないよ」

「フラン、気持ちは嬉しいけど、そんな言葉が通じる相手じゃないんだ。 どいてくれ」

「無茶ですって!! そんな身体で、咲夜さんに敵う訳ないですよ!!」

「んなこと始めから分かってる。 けどな、だからって何もしないまま土に埋められるなんてごめんだね。 今更ナイフでつく傷なんかどうってことねぇんだ」

フランの横を過ぎて通り、目の前の人物と向き合う。

手加減してくれる雰囲気じゃない。

妖夢や鈴仙、暴走したフラン同様、本気の殺し合いだ。

一日の間にこう何度も戦うことになるなんてな。

おまけに能力は扱えないし、最悪の状況だ。

……でも、やるだけやるしかないか……!

ナイフを手にしている以上、接近戦か……?

三本しかない為、投擲武器(とうてきぶき)として扱うことはして来ないはず。

ならば、最初は様子見の方が良さそうだな。

向かい合ったまま、(しばら)くの間沈黙が流れる。

小さくだが、衣服が揺れた。

軽く地を蹴り、動き出そうとした時だった。

――(りん)とした声で、その動きが止まったのだ。

 

 

 

 

 

「咲夜、今回だけレミィの言うことは無視していいわよ」

一人、別の扉から大広間へと入ってくる少女。

「パチュリー様、いつからそこにいらっしゃったんですか?」

「あれだけ騒がれたら、読書の邪魔だからね」

腰の辺りまで伸びる長い紫色の髪。

薄紫と桃色を基調にした、全体的にゆったりとした服装。

寝巻きの様にも見えるが、本人は読書をしていたようだ。

てっきり、睡眠の邪魔をしたのかと思っていた。

「パチェからも何か言ってよ!」

「何を言ったらいいのか分からないんだけど。 まぁ、さっきも言った通りこの子を始末する必要は無いわよ」

(おっしゃ)っている事の意味が分かりかねます」

「彼も章大と同じ、外の世界から流れ着いた人間よ。 それもただの人間じゃない」

パチュリーという人物は、俺のことを知っているらしい。

外の世界から来た人間ということはまだしも、普通の人間ではないということも。

文ですらこのことについては言及していなかったことのはずだ。

章大からでも聞いたのか……?

しかし、章大も俺以外の皆にはこの世界では会っていない。

自分から話すタイプでもない為、今日あったばかりの人物に打ち明けたとも思えない。

やはり、誰かが裏で糸を引いているのか……?

「恭哉が人間じゃないってどういうこと?」

「団子食べてる時に話してなかったっけ?」

俺の言葉に、フランを首を(かし)げる。

霊夢や華扇(かせん)と話している間、ずっと団子を食べていたし、話の内容を聞いていないのも無理はないか……。

「それも後ほど話すとしよう。 で、結局殺すのか殺さないのか、どっちだ」

「お前庇う気ゼロかよ……」

「それだけ怪我を負っていても話せている以上、簡単には死なんだろ。 よく知っている」

よくもまぁ、能力が封じられている中言えたもんだ。

――って、それは俺も同じか。

「ですが、お嬢様からの命令は……」

「レミィも(しばら)くしたら落ち着くでしょうし、一旦私に預けてもらえる?」

「咲夜お願い!! お姉様が何かいうなら、私がぶっ飛ばしてやるから」

「咲夜さん、私からもお願いします!」

フランに美鈴、そしてパチュリーのそれぞれが咲夜へと言い寄っていく。

困った表情を浮かべながら、小さくため息をついた。

「……分かりました、パチュリー様と妹様がそう仰るのなら」

「私は無視ですか!?」

「いいから門番に戻りなさい」

……えっと、一命は取り留めることが出来たのか……?

どうやら、すぐには始末されないらしい。

まだ確証ではない為、安心は出来ないが……。

あまりにも緊張感のない場面に、思わず崩れ落ちそうになる。

一悶着(ひともんちゃく)あるか、スパッと殺されるのかと思っていた。

まぁ、生き残れたし良いことに越したことはないんだけどさ。

「咲夜、レミィから伝言。 空き部屋を一つ、寝泊まり出来るよう準備しておきなさいって。 もちろん、その子用ね」

「お嬢様が……? かしこまりました、すぐご用意致します」

そう言い残し、瞬時に姿を消した。

瞬間移動が可能なのか?

「今の、瞬間移動と通信魔法(つうしんまほう)の一種か?」

「えぇ、我がままな主の為にわざわざ移動するなんて手間だもの。 それに、うちのメイド長は優秀だから、すぐに用意されると思うわ」

「えー恭哉は私の部屋で遊ぶのにー。 つまんなーい」

「館を壊さないのなら、同じ部屋で遊べばいいじゃないの」

「そっか、そうしよっと。 あ、先に恭哉の手当てをしてあげないと」

「あーそういえば。 出血も止まってるし、怪我のこと忘れてた」

「全く……。 応急処置ぐらいはしてやる、包帯は自分で巻くんだな」

身の回りを魔法陣が包み込む。

この感覚も久しいものかもしれない。

今行われているのは「治癒術(ちゆじゅつ)」と呼ばれる魔術の一種で、その名の通り人や物を対象に傷を癒したり、使用する術式や魔力(まりょく)が大きくなれば一時的に蘇生させることも可能だ。

医療施設などの手術や医薬品などに頼る訳ではなく、活力源とするのは体内にある細胞や微量の魔力。

「魔力」とは全ての生物に微量に存在するエネルギー体のようなもので、それを自由自在に操ることが出来るようになれば、この世界での「能力」や俺たちの世界での「異能力」を得ることが出来るとされている。

学者たちにより世間一般に知らされている訳ではなく、戦うことを使命として与えられたものだけが知るものだ。

言い換えれば、一種のオカルトといっても過言ではない。

小さな傷からフランの炎剣や鈴仙の弾幕によってついた傷も、次第に塞がっていく。

治癒術を得意とする奴も居るのだが、章大のものはあくまでも応急処置。

それでも大したもんだ。

この世界で言う魔法と同じで、魔術に置いても様々な用途で使うことが可能だ。

もちろん、扱える人物に限るが。

まぁ、魔術で離れた所から戦うなど、俺には無理な話な訳で。

フランに美鈴、そしてパチュリーは治癒術を(ほどこ)す光景を見てそれぞれ違う表情をしていた。

フランは驚き、美鈴は関心。

パチュリーはと言うと……無表情。

あまり表情を出さないタイプなのか?

「傷は塞がったぞ」

「さんきゅ。 やっぱ俺には魔術は無理だな」

「へぇそういう魔法もあるの、やはり大したものね」

精霊魔法(せいれいまほう)の方が余程興味深いがな」

「すごーい、もう何ともないの?」

「あぁ、激しい動きでもしなきゃ傷が開くことはないよ」

「じゃあ弾幕ごっこは出来ない?」

もう一度フランと弾幕戦か……いや無理無理。

あの時は奇跡的に能力が使えたものの、今の身体じゃとてもじゃないが勝負にもならないだろう。

寝床が確保出来たというのに、この世とおさらばしてしまうのは、流石にごめんだ。

「パチュリー様、空き部屋の手配が終わりました。 ご案内しても宜しいでしょうか?」

「えぇ、頼むわね。 じゃあ」

「今日はもう休むといい、明日また話を聞く」

「あ、あぁ……」

いやお前馴染み過ぎだろ。

今日来たばっかの癖に。

「ほら、早く行こ?」

 

 

 

 

咲夜が先導し、フランと共に用意された部屋へと向かうことに。

至る所でメイド服を着た妖精が飛び回り、窓を拭いたり床を掃除したりと、何処か慌ただしい。

そういえばこの妖精達の指揮を執るのが咲夜と聞いていたが、妖精にも人語(じんご)が通じるのか……?

妖怪にも通じるみたいだし、妖精も(くく)りは同じって解釈でいっか。

「咲夜ー、恭哉が寝るお部屋で私も寝てもいい?」

「妹様もですか? 寝具は一つしか用意していませんよ?」

「へーきへーき、一緒に寝るもん」

「勝手に話を進めんな! 布団はフランが使っていいよ、こっちは床でいいし」

「えーっ、一緒は嫌?」

うっ、そういうセリフは……。

こっちが悪者見たいだろ……。

おまけに何か咲夜の視線は冷たいし……。

――思わず、ため息を吐いてしまう。

あーこういうのにはとことん弱いんだろうなぁ。

「分かった、分かったから。 そんな、散歩に行きたくて強請(ねだ)仔犬(こいぬ)みたいな顔するのは止めてくれ」

「わーい!! ねぇねぇ、お兄様って呼んだげよっか?」

「普通に恭哉でいいです、いや勘弁して下さい本当に。 これ以上変なレッテル貼られたくないんで」

口調が変わってしまう程、気が動転している。

自分にこんな一面も残っていたとは。

色んな意味で、フランは良くも悪くも起爆剤だな……。

それにしても、えらく広いなぁこの廊下も。

一体何人が暮らしているのだろうか?

咲夜に聞いてみたい所だが、先程の事もあり話し辛い。

それにレミリアが何故、俺のことを見逃したのかも気になる所だ。

章大が異様にこの場所に馴染んでいることも。

駄目だ、気になる点が多過ぎる。

何か一つでも聞いておきたいが……。

だが、その願いは叶わず――。

「ここが用意した宿泊部屋です。 一通りの物は揃えてますので、ごくつろぎ下さい」

歩いている内に、部屋へと辿り着いてしまった。

明日もやらなきゃならないことも多いし、今日はゆっくり休むとするか……。

折角与えられた厚意を無駄にする程、薄情者ではないし。

扉を開け、部屋の中へと入る。

咲夜の言葉通り、生活に必要な物は一通り揃えられていた。

短時間で、よくここまで用意出来たものだ。

空き部屋と言っていたぐらいだから、常日頃からこうある訳ではないだろうし。

瞬間移動に似たことをやって見せたこともあり、メイドとして従事するのも頷ける。

フランも部屋の中に入った後、咲夜に手を振り扉を閉めた。

ようやく長い一日が……終わらないかまだ。

ベッドに横たわり一息つこうとした時、突然フランが驚嘆(きょうたん)の声を上げた。

その声に思わず、身体を起こしてしまう。

「恭哉から貰ったパーカー、ボロボロになっちゃった……」

そういえばそうか……。

耐久性に優れたものではないし、暴走した際に汚れ破れてしまったのだろう。

俺もそこまで見ていた訳ではない為、今の言葉でようやく気付いた程。

「折角貰ったのにー」

「いつかまたやるよ、あれぐらい何処にでも売ってるし」

「本当!? ぜーったい、約束ね?」

これ程までに残念がるとは……。

似ている所もあれば、違っている所もある。

本当に想像すらもしたことのない世界に行き着いたんだな……。

今更かもしれないが、夢なんかじゃない。

きちんと帰ることが出来るのだろうか……。

それまで生きてればいいけど。

「ねぇ、さっき一緒に居た人って恭哉の仲間なんだよね?」

「章大のことか。 ムカつく奴だけど、一緒に戦っていた仲間だよ」

「やっぱりそうなんだ。 なんかパチェが最近誰かと話してたから、誰なんだろーって思ったの」

「最近って、あいつも今日来たばかりだぞ?」

「ううん、話したことはないけど、何回か廊下で見たよ?」

――えっ?

フランの返答に、言葉が詰まる。

俺がこの世界に行き着く前に、この世界に居たってことか……!?

いや、そんなことは有り得ない。

と思いたいのだが、この場所にやけに馴染んでいたことを思い出す。

謎の世界に行き着いたなら、あいつはそう簡単に自己開示をしないはずだ。

それなのにも関わらず、ある程度の所まで知っている様な口振りだった。

「具体的にいつから前とか覚えてないか?」

「うーん、分かんない。 お姉様なら知ってるかも。 咲夜以外の人間を館に置くなんて有り得ないもの」

……どうなっている?

思っていたよりも、複雑な状況の様だ。

あいつに直接聞いた方が早いか……。

考えれば考える程、頭の中が様々なものに埋め尽くされていく。

――またフランの機嫌を損ねる真似はしたくないし、今日は一旦忘れておくか。

全身の力が抜け、ベッドに横たわる。

そのすぐ隣に、フランが飛び込んで来た。

「誰かと一緒に寝るなんて初めてかも」

「レミリアともか?」

「うん、私だけずっと地下に閉じこもってたもん。 館の中を歩くことを許可されても、一人だったし」

そう、フランはずっと一人で過ごして来たらしい。

何百年もの間、ずっと……。

咲夜でさえ、つい最近初めて顔をきちんとみたばかりらしい。

この辺も含めて、レミリアに聞くことが出来ればいいんだけど……。

また考え事をしていると、フランの首がこくんと小さく動いているのが横目に見えた。

初めての外出で刺激的なことが多く、能力の暴走によって疲れも溜まっていたのだろう。

「眠いか?」

「うん、もっとお話したかったけど寝ちゃうかも……。 ねぇ、腕貸して?」

頭の後ろで組んでいた腕を解き、片方をフランの方へと降ろす。

柔らかい布団へと沈みかけた頃、そっと両手を添えてくる。

なんて言うんだっけ……腕枕?

いや、それはちょっと違うか……でも、似たような感じ。

小さくおやすみを告げた後、目を閉じるフラン。

すぐに軽い寝息を立て始めた。

これで本当に、幻想郷での一日が終わる。

色々と不快な点もあるが、とりあえず今日は身体を休めよう。

起こさない程度に頭を撫でる。

穏やかな寝顔を見届けた後、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

「駄目だ、寝れん……」

かれこれ二時間程は経った頃だろうか。

目を閉じてはいるものの、一向に眠ることが出来ない。

ベッドの寝心地は最高といっても過言ではないぐらいに素晴らしいものなのだが、何故か目は()えたままだ。

昔は何かとよく眠っていたのだが……。

能力を会得(えとく)した反動で、人間らしい習性が徐々に欠けているのかもしれない。

(外の空気でも吸いに行くか……)

隣で眠るフランを起こさぬ様、ゆっくりとベッドから起き上がる。

相変わらず心地良い寝息を立てている為、朝まで起きる気配はなさそうだ。

音を立てぬ様、扉を開け部屋の外へと出た。

廊下はもう薄暗くなっており、外の(かす)かな月光(げっこう)と、ランタンの様な小さな照明が(ほの)かに照らす程度になっていた。

吸血鬼であっても、夜は眠るものなのだろうか。

意外と人間らしい所もあるもんだ。

廊下と廊下を区切る木製の扉をいくつか通っていくと、バルコニーの様な場所に出た。

まさか、こんな場所まであるとは。

所々階段も見受けられた為、やはりこの館は少々大き過ぎる。

俺たちの世界にこの様な館が存在していれば、たちまち人々の注目の的になるだろう。

鉄製の柵に身体を預け、夜空を見上げた。

満天とは行かないものの、都会の喧噪(けんそう)の中では味わえない星々に(いろど)られた夜空がそこにはあった。

周りに生える木々たちも、その景色に溶け込んでいる。

思わず言葉を失いそうになる程だ。

しかし、そんな時間もほんの少しのもので。

ある人物と目が合ってしまう。

その人物は周りを見回した後、口を開きこう告げた。

こっちまで来なさい、と。

その言葉通り、その人物の居る方へと向かう。

館の構造なんて分からないし呼ばれている以上、迷って待たせてしまうのも申し訳ない。

鉄柵を超えその場所まで細い足場を伝って歩いて行くことに。

「あ、そう来るのね」

「何処が何処に通じているのか分かんないからな。 迷子になる方が、嫌だし」

「とりあえずそっちに座りなさい。 後、謝罪なんてしないわよ? フランを外に連れ出したのは、貴方なんだから」

「別に求めてないって。 今こうして生かされているんだし」

レミリア・スカーレット。

フランの実の姉であり、この紅魔館において「お嬢様」と呼ばれている。

言い換えれば、この館の主だ。

その主に直々に呼び出されるなんて、一体何をされるのやら……。

「で、俺を呼び出した要件は?」

「要件ねぇ……その前に」

フランと同じ、真紅の槍を手にし首元に突き立ててくる。

先程見た表情とは違い、何処か落ち着いている。

当然、それはこちらも同じな訳で。

「死を恐れない……か、いい面構えね」

「みんなの前じゃ恥ずかしくて殺せなかったのか? 微塵(みじん)の殺気もない武器を突き出されても、何も怖くないよ」

「今この場に、大量の悪魔が現れたらどうする?」

「変わるもんか。 死んでからも、お前を睨み続けてやるさ」

「……いい度胸ね、気に入ったわ。 紅魔館に居る間は、殺さないでいてあげる」

「そいつはどうも。 で、本題を聞かせてくれないか」

「私が話すというより、そっちの話を聞きたいわね。 少し前から居候(いそうろう)も1人増えたみたいだし。 あんたの連れでしょアイツ」

「なぁその少し前ってどれぐらい前なんだ? 俺はこの世界に流れ着いたのは今日の話なんだけど、章大はいつから?」

「美鈴が連れてきたのが丁度、十日前ぐらいだったかしら。 どういう訳か私たちを見ても驚かないのよ、あんたと一緒で」

十日前……!?

いや、そんな筈がない。

十日間も俺たちの世界から姿を消していれば、必ず誰かが気付く。

ましてや連絡を取る手段なんて幾らでもある世界だ……有り得ない。

「どうしたのそんなに驚いた顔して。 とにかく、あの生意気な人間が何なのかと外の世界から何をしに来たのかを話して頂戴」

「章大のことなら答えられるけど、外の世界から来た理由までは分からない。 俺だって、気付いたらこの世界に居たんだ」

「何よそれ、幻想郷は他の世界と干渉することは一切ないのよ? それなのに外の世界から流れ着くなんて、考えられないわ」

「とにかく分からないものは分からないんだ。 で、章大の何を話せばいい」

「そうねぇ……何者なのかってことね。 人間なのも、どうせ仮の姿でしょう?」

鋭いな……。

章大も俺と同様で、厳密に言えば普通の人間ではない。

俺の場合は人間以外の血が流れているぐらいなのだが、章大の場合は存在そのものが人間ではないのだ。

肉体は人間なのだが、中にある人格や魂は元々「天界(てんかい)」という場所で騎士軍を率いていた戦天使(アークナイト)の一人。

何らかの理由で堕天(だてん)し、地上の世界で人間の肉体を得た……とか言っていた気がする。

そのことをレミリアに話すと、変に納得が良い。

レミリア(いわ)く、大きく括れば妖怪と同じ、だそうだ。

レミリア自身も吸血鬼な訳だし、謎の説得力もあるが。

「気に食わない奴だけど、実力は確かなのよね。 咲夜には劣るけど、大体の妖怪相手なら圧倒するでしょうね。 もちろん、私の敵になるには後千年は早いでしょうけど」

「その実力に関してなんだけど、何か言ってなかったか? 能力が使えないとか、動きにくいとか」

「一切ないわね。 剣術や体術、おまけに魔法まで扱ってたわよ。 パチェは興味津々だったみたいだけど」

 

 

 

 

レミリアのその言葉に、またも驚いてしまう。

その理由は単純なもので、能力が封じられている所か衰えてすらいなかった。

能力の原理は同じものなのに、何故……?

実力がかけ離れている訳ではなく、(むし)ろ殆ど同じといってもいいぐらいだ。

「この世界で異変が起こっているって本当なのか?」

「さぁ? 私の耳には入っていないわよそんなこと。 何かあれば咲夜が出向いて解決するだろうし、関係ないわ」

「さっき大広間で会った時、俺の身体はボロボロだった。 全身に様々な傷があったのを覚えているか?」

俺の問い掛けにレミリアは頷き返した。

「あの傷は二つの出来事が起きて出来たものなんだ。 一つは妖夢と鈴仙という二人に、異変の首謀者に捉えられていたみたいで、その二人との戦闘で付いたもの」

「あー、亡霊(ぼうれい)に仕える未熟剣士と薬師(くすりし)の所の見習い兎か。 で、もう一つは?」

「妖夢と鈴仙との戦闘中に、フランの能力が暴走したんだ。 元に戻す為に身体を張った結果があの傷だ」

「へぇあの子のねー……」

「偶然能力が使えたから何とかなったけど、次同じ状況に陥ったとしたら、俺には止められないと思う」

「まぁ無理でしょうね。 フランと私を前にしても生きてる人間なんて霊夢と魔理沙、咲夜を除けば貴方ぐらいよ」

特段驚いた様子はないレミリア。

寧ろ、何処か関心している様な素振りさえ見せる。

強者故の余裕というか何というか……。

妹であるフランがあの破壊力だったのだ。

もしレミリアが本気を出せば……とてもじゃないが、敵う要素はゼロだ。

「厳密に言えば俺も人間じゃないんだけどな……」

「じゃあなんなの? アイツが天使なら、貴方は悪魔とでも言う気?」

「半々になるかな。 人間としてあるべき最低限のことはまだ生きているけど、それがいつ無くなるかは分からないんだ。 理由は一つで、人間とは違う別の血が一緒に流れててさ」

「へぇー妖怪みたいなもんね。 それなら、血の味見でもしてあげましょうか?」

「死を恐れないなら、首にでも噛みに来いよ」

「私を挑発するなんて、本当いい度胸しているわね。 甘噛みなんかじゃなく、血肉ごと引き千切って上げましょうか?」

「念の為だよ。 人間とは違う血が、吸血鬼の体内に影響が出ないとは限らないぞ?」

「……まぁ、何であれこの場所に居る限りは、命までは奪わないわよ。 安心していなさい」

その言葉に、嘘偽りはないようだ。

ようやく安心することが出来たのか、急に眠気がやってきた。

こんなことも、随分と久しい気もする。

「あら、そんな表情(かお)もするのね。 可愛い所もあるじゃない」

「有難く貰っとくよその言葉。 んじゃ、おやすみ」

「あ、ちょっと待って。 そんなボロボロの服で館内をうろうろされるのは気分が悪いわ。 朝、咲夜に新しい服を用意させておくから着替えておくように」

空返事(からへんじ)だけ返し、先程の部屋まで戻っていく。

再び音を立てぬよう中に入り、部屋の中を見渡してみる。

フランは相変わらず眠ったままで、起きた形跡は見られなかった。

邪魔をしないようにベッドへと寝転び、暗いままの天井を見上げてみる。

すると待っていたかのように、目を閉じた時と同様に、フランの両手が腕に添えられる。

……本当に起きてないよな?

寝顔を見つめてみるも、変わらぬまま年相応の少女の寝顔だった。

実年齢は省いておくが。

軽く欠伸(あくび)をした後、ゆっくりと目を閉じる。

これで、ようやく長かった一日が終わる。

目を覚ました後、どんなことが待っているかは分からないが、そっと夢の中へと身を(ゆだ)ねることにした。

おやすみ、フラン。



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第6話 優しい嘘

登場人物紹介


(ほん) 美鈴(めいりん)
吸血鬼(きゅうけつき)の住む館「紅魔館(こうまかん)」の門番を務める、正体不明の妖怪(ようかい)
性格は穏やかで、無理に紅魔館に侵入しようとしたり手を上げようとしなければ、襲ってくることはない。
よく居眠りをしており、叱りを受けているが、高い身体能力から何かと頼られている存在である。
十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)がメイド長を務める以前に、紅魔館全体を仕切るメイド長を担当していたようだ。


レミリア・スカーレット
紅魔館の主であり、幻想郷(げんそうきょう)の夜の王と称される吸血鬼。
フランドール・スカーレットの姉であり数百年単位で生きているが、中身はまだまだ幼く突拍子な言動で周りを振り回している人物。
フランを外に連れ出したとして恭哉に対し快く思わなかったものの、自分のことを恐れない姿と何かを秘めた眼を認め、紅魔館の居候として受け入れることにした。
無邪気に遊ぶフランの姿を実は羨ましく思っている節があるらしく、どうすれば威厳を残したまま遊ぶことが出来るのかを模索中らしい。


十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)
紅魔館全体を仕切るメイド達の長であり、レミリアに直属で仕えている。
元々は外の世界出身らしいが、詳しい経歴等は分かっていない。
時を止める能力を有しており、紅魔館の空間操作から家事に掛かる時間の短縮、弾幕戦に用いたりと、用途は多種多様に渡る。
ナイフ投げとタネ無手品が得意なようで、その実力は折り紙付き。
一見完璧超人の様だが、実はどこか抜けている天然さん。


切崎(きりさき) 章大(しょうた)
外の世界から幻想郷に迷い込んだ一人であり、恭哉の仲間。
性格は冷酷で他人との干渉や得られる情報などは、全て自らの目的と合致しなければ不要と考えている。
剣術、体術、魔術共に優れており、幻想郷に流れ着いても、その実力は健在。
紅魔館に半ば勝手に身を置きながら、この世界のことを探り帰る算段を立てているようだ。
知識人でもあることから、よく大図書館に出入りしているらしい。


パチュリー・ノーレッジ
紅魔館にある大図書館で暮らす魔法使い。
レミリアとは旧友であり互いに「レミィ」と「パチェ」と呼び合う仲であり、それ故の皮肉めいた発言も多々ある。
生まれ持ちの喘息を患っており、身体能力は普通に人間にさえ劣るものの、多様な魔法と魔力を所有しており、その実力は高いとされている。
火、水、木、金、土、日、月の元素を扱う魔法や精霊魔法を得意としているが、魔法役の調合は苦手な様。
度々図書館にやってくる魔理沙(まりさ)を追い返したり、フランの面倒を見たり、入り浸る章大との知識交換をしたり、意外と苦労人。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暖かく眩しい光が、閉じたままの(まぶた)へと降り注ぐ。

()えない目を(こす)りながら、ゆっくりと身体を起こした。

部屋を見回すと、普段では絶対に見られないであろう整えられた洋風の部屋。

この世界、幻想郷(げんそうきょう)で迎える初めての朝。

いつもの世界で迎える朝に比べて、何処か心地が良い。

ぐっと全身を伸ばし、ベッドから降り立った。

どうやら、部屋には一人だけの様だ。

そういえば、フランと一緒に寝てたんだっけ……。

当の本人の姿は部屋にはなく、先に起きて部屋を出て行ったたのであろう。

窓のカーテンを開けてみると、初夏の快晴がそこには広がっていた。

多く人々が訪れる観光地かと疑う程の景色は、目を覚ますのには十分なものだった。

軽く扉を叩く音がする。

誰かが起こしに来たのだろうか?

その予想は当たっていて、この紅魔館(こうまかん)のメイド長である十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)の姿がそこにはあった。

「目が覚めた? お嬢様と妹様がお待ちよ、着替えたら出てきてもらえる?」

着替える……?

あぁ、そういえばレミリアが新しい衣服を用意させていたんだった。

枕元にあるチェストの上に畳まれている黒い衣服。

良かった、変な服装じゃないみたいだ。

すぐに着替えると返事をし、一度部屋を出ていく咲夜。

待たせてしまうのも悪いし、とっとと着替えますか。

自らの血に染った衣服を見てみる。

本当、良く生きていられたものだ。

包帯を巻いておくのは忘れていたが、章大(しょうた)治癒術(ちゆじゅつ)のお陰もあり、傷口が開く様子はない。

(相変わらず、こいつは傷付く所か割れ目すら入んないな……)

右肩に埋められた、紅く光る烙印の結晶、真紅の結晶(クリムゾンコア)

自らの存在を人間と乖離(かいり)させる為に負った代償の一つだ。

こいつのお陰で、炎の能力「真炎剛爆ノ核(パイロキネシス)」を扱えたり、人並外れた身体能力を限界まで引き出すことが出来ている。

章大(いわ)く、例え右腕を切り落としたとしても、能力が(おとろ)えることは無いらしい。

こうしていなければ、今この場所に存在することすら出来ていないのだが……。

――っと、待たせているんだった。

畳まれている衣服を手に取り、広げてみる。

これは……スーツか?

それにしては何かきっちりしすぎているというか……。

いずれにせよ、苦手な部類の服装だ。

堅苦しいし、首元が空いていないのが何よりももどかしい。

まぁ、適当に着崩しておくか。

シャツに腕を通し、胸元までボタンを閉める。

流石に腹筋まで見せびらかすつもりはない。

ベスト……らしきものをシャツの上に身に付け、上からジャケットを羽織る。

もちろん、ボタンなどしていられない。

縛られるのは苦手だし。

ネクタイは……いいや、返しておこう。

下は普通のズボンだし良しとしておく。

こういった礼装(れいそう)の素材は、意外と動きやすいみたいだ。

いざという時にも、走ったり蹴り上げたりするのに不自由はない。

この服装で、唯一の利点かもな。

……念の為、スマホは持ち歩いておくか。

電波が通っていない為使い物にならないが、もし元の世界に戻る際にないと向こうの世界で困ってしまう。

この世界に居る間に、潰れてしまわないかが問題ではあるが。

着替えを済ませ、部屋を出る。

すぐ近くで咲夜が待っていたようで、こちらを振り向いた。

「もう少しきちんと着られないの?」

「ごめん、俺にはこんな服装は向いてないの」

「はぁ……まぁいいわ。 朝食の時間をずらしてまで、お嬢様と妹様は待っているわ。 急いで頂戴」

うっ、そこまでして待たれていたとは……。

会ったらまず謝っておこう。

咲夜に連れられて来たのは、一般的な形のテーブルと椅子が置かれている、いわばリビングの様な部屋だった。

内装はやはり豪華で、並べられている家具や食器類は全て気品漂うものばかり。

一般庶民には手の届かないものの為、まるで夢の中に居るみたいだ。

もちろん、これは現実なんだけどな。

テーブルの上には既に朝食が並べられており、色とりどりな料理が朝を色付ける。

レミリアとフランの二人も並んで座っていた。

こうしてみると、確かに姉妹っぽい。

吸血鬼という点は、今はナシということで。

「遅いわよ寝坊助(ねぼすけ)

「おはよー! あれ、恭哉が着替えてる」

「おはよ。 服ボロボロだったから、レミリアに着替えろって言われてさ」

「まぁ違和感はないけれど、どうも執事っぽくないわね。 主に対抗する気満々じゃないの」

「縛られるのは嫌いなんだよ。 きちんと着なきゃ爆発するとかなら流石に考えるけど」

「あーそう。 パチェに頼んでそうしてもらうか」

「冗談でも辞めろ!!」

「私がどかーんってしてあげよっか?」

「いやそれも辞めてくれ死んじまう。 で、何処に座ればいい?」

レミリアとフランが、ほぼ同時にある椅子を指さした。

その先にある椅子は、特段何も変わらないものだ。

しかし、その場所が問題な訳で……。

「いただきまーす!」

「ちょっと待て。 食事を出して貰えるのはありがたいんだけど、何でこの位置なんだ?」

そう、二人が指さした位置は丁度二人の間にある椅子。

つまり、テーブルの片側にレミリア俺フランと、三人が固まっている状況だ。

普通二人と一人で別れて座らないか……?

まさか、普通の世界での常識が通用しないのがこの幻想郷なのかもしれない。

そのことを二人に告げてみる。

「じゃあお姉様が向こうに座れば?」

「お断りよ。 紅魔館の主として客人を(もてな)す義務があるもの。 ここは姉の顔を立てなさい?」

「嫌だ! 恭哉の隣じゃなきゃやだもん」

「我がまま言わないの。 はい、動いた動いた」

「そういうお姉様こそ、恭哉の隣に居たいだけなんじゃないの? お姉様ってば大人気(おとなげ)なーい」

「はいはい姉妹喧嘩は辞めてくれ……。 いいよ、俺が向こうに座るから」

席を立ち向かい側へ移ろうとしたのだが、レミリアとフランそれぞれ別の視線が気になって仕方がない。

こうも視線が気になると、僅かな良心が痛む。

結局二人の視線に押し負け、そのままの位置で食事を摂ることになった。

座り直し食卓を囲むと、何ともご満悦な表情。

まぁ、喧嘩に発展しなかっただけましか……。

傍で弾幕ごっこでも始められようものなら、たまったもんじゃない。

お互い、昨日は首を絞めて来たり遊びで殺そうとしてきたというのに……何なんだこの変わり様は……。

吸血鬼とは、俺の想像以上に恐ろしい存在なのかも……。

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」

豪華な朝食を終え、ほっと一息つく。

紅魔館の家事全般を咲夜が担当しているようだが、料理に関しても文句の付け所がない程美味しいものだった。

小さい頃から料理を手伝ったり自ら作っていたりした経験がある為、それなりに料理に関する心得や知識はあるのだが、これに関してはぐうの音も出ない程。

味付けから食材の選択、そして見栄え。

どこを取っても、非の打ち所なんて出てこない。

これ程までに美味かつ豪勢な食事を毎食摂ることが出来るだなんて、ここの住人は何と幸せなことか。

「お嬢様、食後の紅茶はいかがなさいますか?」

「用意して頂戴。 そうねぇ、今の気分は少し甘めがいいわね」

「咲夜ー私甘いのがいい!」

「かしこまりました。 貴方はどうする?」

「レミリアと同じやつで」

食後のアフターサービスまであるとは……。

これだけで職に出来そうな気もする。

「ねぇ、折角の執事服なんだし、お嬢様って呼んでみなさい?」

「俺そういうの苦手なんだよなぁ……。 誰かに様付けなんて出来ないよ」

「いいからやりなさい。 今の私は気分がいいし、多少の失言は許してあげるわよ」

「お、お嬢……くっ。 ……レミリア」

「なんでそんな不服そうなのよ。 わざとやってるでしょ」

「ねぇねぇ、私は私は?」

「どうしたフラン?」

「もー!! 私もきちんと妹様なりお嬢様って呼んでよー!!」

「俺にどんなキャラ期待してんだ。 無理なものは無理なんだって」

本当に苦手なんだよなぁ……。

相手が誰であっても、砕けた話し方しか出来ない。

ましてや、相手の容姿は十歳にも満たないであろう子供だ。

咲夜や美鈴が、心底凄いと思うよ。

「章大程じゃないけど、貴方も十分身の程知らずでしょう? こう、飼い慣らしたくなるのよ」

「私はお兄様にしても、おもちゃでもどっちでもいいよ?」

「今凄く物騒な単語が聞こえた気がするんだけど、気のせいか?」

「確かに、こう生意気な玩具(おもちゃ)があっても面白いかもね。 程よく図太いし」

「勝手に遊び道具にすんな! 人外の化け物ならまだしも、玩具扱いはいけ好かん」

「吸血鬼が人間の血を吸い尽くすと、吸われた人間は死ぬ事も幽霊になることも出来ず、ゾンビ状態になった後に溶けちゃうんだってー。 ゾンビ状態のまま保存してあげよっか?」

「絶っ対にお断りだ!!」

人情の宿ったゾンビなんてごめんだ。

そんな喜劇の様な場面には決してならないだろう。

死ねるなら楽に死なせて欲しい。

天国にも地獄にも行けなさそうな気はするが。

そうこうしている内に純白のティーカップ達が、テーブルへと運ばれていく。

やはり食器の一つ一つが丁寧に手入れされており、汚れや色褪(いろあ)せ、ひび割れといった損傷は一切見受けられない。

カップに注がれるのは、鮮やかに透き通ったオレンジ色の紅茶。

漂う甘酸っぱい香りは……林檎(りんご)か?

それぞれの前に紅茶が出され、三人揃ってその表面を見つめていた。

「本日はアップルティーをご用意させて頂きました。 妹様のお口には甘さが物足りないと思うので、ジャムやミルク、砂糖にハチミツとご用意しておりますので、混ぜ合わせる際はお申し出下さいね」

「こっちは炭酸水か? 暑さが出てくる時期には、さっぱりしてて口当たりがいいとは聞いてたけど」

「よくご存知で」

「へぇ紅茶にも、そんな飲み方があるなんてね」

「恭哉すごーい! ねぇねぇ、私の分作ってよ!」

「咲夜にやってもらわなくていいのか?」

「妹様がそれを望んでいますから、貴方が引き受けて下さい」

まさか、こんなことも回ってくるとは。

といっても飲み方を知っているだけで、配合なんてしたことないんだけどなぁ……。

炭酸の度合いが強いのか弱いのかで、量は変わっては来るんだろうけど……。

空きグラスを探していると、いつの間にか目の前に用意されていた。

まるで元からそこにあったのかにも思える光景に、思わず関心してしまう。

……タネのない手品の様だ。

グラスに炭酸水を少し移し、口に含んでみる。

どうやら、こちらは普通の炭酸水の様だ。

炭酸特有の苦味が、ほんの少し前に出てきているぐらいか。

この感じだと、紅茶は多い方が良さげか。

目分量で合わせていき、これまたいつの間にか手元にあったマドラーでかき混ぜて行く。

紅茶の質が良いのか、かき混ぜるだけでも茶葉の心地良い香りが漂ってくる。

十分に混ざり切った所で、少しだけ試飲。

……これぐらいなら、フランでも大丈夫そうだな。

「出来たぞーって、それ俺が飲んでたグラス」

新しいグラスを用意する前に、先程試飲に使ったもので既に飲み始めていたフラン。

いつの間に取ったのやら……。

「ちょっとしゅわしゅわしてるけど、美味しい! お姉様も飲んでみなよ」

「私は後でいいわ。 まずはそのままの味を(たしな)むのが、大人なのよ」

いや、見た目は子供だけどな。

年齢はともかくとして。

まぁ、美味しく仕上がったのならそれでいっか。

レミリアと同じく、ティーカップに注がれたままの紅茶を口にする。

口当たりはすっきりとしていて、飲みやすい。

林檎の酸味が奥深く広がり、(ほの)かな甘さが癖になる味だ。

ただ……もう少し甘さが欲しい。

咲夜が一緒に用意したジャムやミルク、砂糖や蜂蜜があれば甘さが足される訳だけど……正直言うと、少し取り辛い。

甘味を加えようとして、手を伸ばした際に子供扱いされるのが嫌なのだ。

何ならコーヒーとか飲めないし。

紅茶は辛うじて飲むことが出来るのだが、ストレートティーなるものは到底無理な訳で。

どうにか、どうにかバレずに加える方法は……。

ミルクはまず選択肢から外される。

理由は単純で、見た目が変わってしまう。

砂糖も溶け切らないことが懸念(けねん)されたり、ジャムも流動性の固形物であるため、見た目でバレてしまう。

選択肢は一つ……蜂蜜しかない。

色合いも似ているし、覗き込まなければバレないはず。

レミリアとフランはいいとして、問題は咲夜だな。

この場を見守るようにして、レミリアのすぐ後ろに立っているからだ。

当然、その隣に座る俺の姿はバッチリと視界に入っている。

こうなれば……未確認飛行物体作戦(あんなところにUFOがさくせん)しかない。

「どうしたの、進んでないわね。 もしかして……この甘さが感じられないのかしら?」

「い、いやそんなことないぞ? フランの分を作ってたから、少し飲むのが遅くなって……」

「さっきからハチミツを見てるけど、欲しいの? 取ってあげようか?」

「だ、大丈夫!! ――あっ!! 快晴の空にUFOが!!」

「そんなもの居ませんから、取りたければハチミツを取ってください」

完全にバレていた……。

恐るべし、紅魔館連中……。

「あらあら、お可愛い執事だこと」

「恭哉もまだまだ子供だねぇ」

「うっせぇ!! っていうか、いつ執事になるって言ったんだよ!」

「えっ!? 違うの!?」

「違うわ!!」

「朝から騒がしいな。 恭哉、パチュリーの所で話がある、行くぞ」

「えっ、お前いつから居たんだ?」

「さっさとしろ」

えー俺の意見は無視ですか……。

全く、無愛想な奴。

誰も居なきゃぶん殴ってやるのに。

「ってことらしいからごめんな。 ちょっと行ってくるよ」

「今日は遊べないの?」

「やることが終わったら、また遊ぼうな。 きっと戻ってくるよ」

「しばらく部屋は開けておいて上げるから、絶対に戻ってきなさい」

「分かった、それじゃ。 咲夜もご馳走様、美味しかったよ」

それぞれに軽く挨拶を告げ、部屋を後にする。

 

 

 

 

 

「さて、色々と聞きたいことが山積みなんだけど」

「俺も同じだ。 パチュリーは大図書館で待っている、そこに行くまでにある程度情報交換だ」

どうやら、紅魔館には図書館なる場所もあるようだ。

本当、どうなっているのやら……。

少し距離があるらしく、数分程歩かねばならない。

思えば、幻想郷の住人以外と居るのは、初めてかもしれないな。

「フランから聞いたけど、俺がこの世界に流れ着く前にこの世界に居たらしいな。 どういうことなんだ?」

「それは俺も引っ掛かる所だ、何故お前との来訪に時が空いたのか……。 この世界に流れ着く前のことは覚えているか」

「……悪い、殆ど覚えてないんだ。 金髪の女と、目の前が真っ暗になったぐらいしか覚えていないな」

「それだけか?」

章大の返答に、黙ったまま頷く。

その様子から察するに、章大は他の何かを覚えているのかもしれない。

「俺も全てを把握は出来ていない。 幻想郷に流れ着く前、確かに俺たち全員は行動を共にしていた。 そして、誰かに導かれ、古びた神社に向かった」

「神社? それも古びた場所か……近くにそんな場所なかったぞ?」

単に建物だけが古びている訳ではないらしい。

神社にある(くら)鳥居(とりい)狛犬(こまいぬ)の像などその場所にある全てが風化し切っていた、とそう告げられた。

「その誰かってのが、金髪の女か……。 他には何か覚えてないのか?」

「何度か記憶を探ってみたが、それ以上のことは分かっていない」

「そうか……。 十日間も空いたのは、どういうことなんだろうな」

「いくつか考えられるが……時空転送術(じくうてんそうじゅつ)の誤作動、時間操作(じかんそうさ)、記憶の抹消(まっしょう)及び改変。 (いず)れもこの世界でなら有り得ることだろう」

「一体、誰が何の為に……。 昨日の様子を見て気付いたかもしれないけど、俺はこの世界では自分の能力を完全に扱えないんだよ。 それについては、どう思う?」

少し頭を悩ませた後、ゆっくりと口を開く章大。

歩を進めながら、小さな魔法陣(まほうじん)を描き始める。

何やら意味不明な数字や文字列。

確か……術式?

「外部から、特段何かを施されている訳ではないな。 この世界と元の世界との環境も大きく違っているのも、原因の一つだろう。 直に調子は戻る」

「章大はいつから使えたんだ?」

「この世界に来訪してからも、変わらず扱えている」

「何だよそれ、俺なんて能力はともかく空すら飛べなかったんだぞ? 何で俺だけ……」

「日頃の行いのせいだろう。 他の皆も、この世界に流れ着いているのか、気になる所だな」

何だよ日頃の行いって。

そんなに悪くない……と思いたい。

俺と章大を除いて、同じ境遇の中日々を過ごしてきた仲間は後六人だ。

その六人全員がこの世界に流れ着いていたとしたら……少しだけ、希望は見えてくる。

「あ、やっと見つけました! パチュリー様がお待ちですよ?」

前方から、小さく羽を動かしながらやってくる少女。

赤く長い髪を揺らし、頭と背中に悪魔(あくま)の様な羽を持っている。

黒を基調とした気品ある姿をしており、悪魔の羽はとてもじゃないが似合っているとは言えないだろう。

何より、悪魔っぽくないし。

小悪魔(こあくま)か。 すまない、連れと話をしていてな」

「あぁ、以前仰ってた方ですね? パチュリー様の所まで、ご案内致しますね」

「よく分かんないけど、よろしく」

小悪魔……が、名前なのか?

幾ら何でもそのまま過ぎるような……。

まぁ、大図書館まで案内して貰えるのなら、良いに越したことはないだろう。

幼い吸血鬼に、瞬間移動の出来るメイドに、小さい悪魔。

確か精霊魔法がどうとか言っていたから、恐らくパチュリーは魔法使いで間違いないはず。

美鈴(めいりん)はー……何になるのだろうか。

見た目は武闘派な気もするが、人は見かけに寄らず、という言葉もあるぐらいだ。

今度聞いてみるか。

「やけに広いけど、この館はどうなってるんだ?」

「咲夜さんのお陰ですね。 咲夜さんがこの館の空間を操作して、外観よりも内装が広いんですよ!」

「空間を操作か……それって別次元を往復することも出来たりするのか?」

「うーん、それは出来なかったはずですねー……。 咲夜さんは、時を操ることが出来るんですよ」

時間と空間操作か。

ようやく、あの瞬間移動のトリックが分かった気がする。

瞬時に移動したのではなく、俺たちの時間を止め、その間に移動する……これが、瞬間移動の原理だと思う。

いざ敵対することになった時、かなり厄介な相手になりそうだ。

目に見えている場合なら、反射神経で避けられる確率は上がるだろう。

しかし、こちらの時間を止め、解除された時に既に攻撃をされている場合もある。

こちらの動きが止められている以上、抵抗することは出来ない。

どこまでの規模を操ることが出来るのかは分からないが……昨日は、運が良かった。

パチュリーが、あのタイミングで現れなかったら、傷はより多く、深いものになっていたはず。

悪運が強いのか、天に見放されていなかったのか……。

どちらの表現が正しいのか、正直分からない。

「えっと、恭哉さん……で、いいんでしたっけ?」

「うん、合ってるよ。 章大から何処まで聞いてるは分かんないけど、こっちの世界じゃただの人間と変わらないから、お手柔らかに」

「そんなー、取って()いやしませんよー。 魔族の血(ギルティブラッド)、でしたっけ? それは気になりますけど」

……今、魔族の血って……!?

章大の奴、まさか喋ったのか……。

そのことを聞いてみると。

「お前、話したのか?」

「もう一つの血液の正体を迫られたからな。 話しても問題ないだろう?」

よくも勝手なことを……。

いつもの無愛想な一面はどこに行ったんだか……。

魔族の血とは、俺の体内に流れている人間とは違う、もう一つの血の正体だ。

一度、敵対する種族である「魔族(まぞく)」との戦闘で、死の直前の状態になったことがある。

その際に、人間としての性を半分捨てる代わりに魔族の血を体内に流すことで、一命を取り留めることが出来た。

元々身体能力は高い方だったらしいのだが、この血のお陰でより限界を高めることに成功し、今の状態に至る……という訳だ。

「まだ色々お話したいことはありますが、ここが大図書館になります。 奥でパチュリー様がお待ちです」

 

 

 

 

 

小悪魔に連れられ、一際大きな扉を潜る。

中は薄暗く、蝋燭(ろうそく)の火が至る所に存在し、その灯りが唯一の照明となっているようだ。

辺り一面が全て本棚になっており、様々な本が並べられている。

この場所が大図書館と称されるのも、納得だ。

「中には魔導書(まどうしょ)や危険な書物もあるので、迂闊(うかつ)に触らないようにしてくださいね?」

「どういう本なんだ?」

「魔導書はその名の通り、魔術に関しての書物だ。 他にも錬金術(アルケミア)禁術(タブー)高等魔術(エンディミック)古代術式(アーティファクト)など多種多様だ。 危険な書物というのは、人間以外、もしくは人語を会得する者以外が記した書物。 普通の人間には縁のないものだ」

「やけに詳しいな……」

「興味深い書物が多くてな。 すぐに帰ることが出来ない以上、この世界の情報をより多く集めておく必要がある。 その為の材料だ」

「不思議なことに、章大さんは魔導書の解読が出来てしまうんですよね。 私ですら、あまり得意ではないというのに」

「大半は術の内容や演算方法ばかりが記されているからな。 ルーティーンさえ覚えてしまえば、誰でも読める」

辺りを見回しながら奥に進んでいくと、一際大きい場所へと出た。

先程の場所よりも明るく、目を()らさずとも全体を見渡せる程だ。

いくつかの長机と椅子があり、ここが本を読む際に使う場所だと、小悪魔が言っている。

館中を飛び回る妖精の数も加えれば、妥当な広さなのかもしれないな……。

「遅かったじゃない。 昨日はよく眠れた?」

「お陰様で。 それで、何かあったのか?」

「貴方たちのことでね。 いくつか気になる所もあるし、今後の動きの役に立てばと思ってね」

「協力してもいいのか? 俺はこの世界に起きている異変の首謀者だって、疑われてるんだぞ?」

「そうは思わないから、よ。 レミィから頼まれてる事でもあるし」

レミリアが……?

この世界に起きている異変のことは、耳にはしていないと言っていたが……。

俺との話が終わった後に、もしかすると情報が入ったのかもしれない。

それでいて、疑われていないのなら……これ程、心強いことはない。

ただし、まだ完全にとは言えないのも事実だ。

まだ、油断は出来ない。

「先に聞きたい。 恭哉も言っていたが、今この世界で何が起きている?」

「妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する。 これがこの世界に定められている法則よ。 けれど最近妙なことに、見慣れない妖怪が増えていてね」

その見慣れない妖怪は、人間だけでなく妖怪すらも襲うという。

均衡(きんこう)に保たれている世界のバランスを、壊す存在。

言い換えるのなら、それが正しいだろう。

「それらに規則性はないわ。 スペルカードも通用するし、個々の力はあまり強くはない。 でも」

「まだまだ未知数である為、一点に集まった時にどうなるか分からない……と言ったところか」

「そういうこと。 外の世界からの来訪者、つまり貴方たちが現れた時期と、見慣れない妖怪が出現した時期が、丁度重なるのよ……奇妙な程にね」

言い返す言葉もなく、黙り込んでしまう。

見慣れない妖怪、か……。

……幾ら何でも、事が上手く当てはまり過ぎている気もした。

俺たちがこの世界に流れ着き、着いた先では異変が起きる。

とてもではないが、自然的に起こったことではないと思う。

元の世界に帰る為の手段を見つけることも重要だが、その前に黒幕を引きずり出さなきゃならない。

――必ず、見つけ出してやるからな。

「どうかしました? 浮かない顔をしてますけど……」

「あー……悪い、ちょっと考え事。 異変の詳細を聞いてるとさ、本当に自分が無関係なのかどうか、少し分かんなくなって」

「無関係ならば、それを曲げずにいればいい。 関与しているのなら……解決すればいい、ただそれだけのことだ。 お前らしくもないぞ」

章大の言うことは、十分に分かっている。

その通りだ。

だが、無関係であるという確証はない。

それに、ずっと首謀者ではないと言い張ってきたが……それを真実だと言ってくれる人物が、何処にいる?

パチュリーたちは、俺が首謀者であるとは思っていないと言っていたが……。

「パチュリー、魔法で恭哉を調べられないか? 何故能力が使えず、封じられているのか」

「出来るかは分からないけれど、いいわよ。 魔方陣を描くから、そこに立ってて」

色々なものが煮え切らないまま、パチュリーの言う通り指定された場所に立つ。

すぐに魔法陣が現れ、目には見えない不思議な感覚が身体中に押し寄せてくる。

しかし、その感覚はすぐに感じられなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「嘘、魔法が解けた……?」

「この感じ、反転術式(はんてんじゅつしき)か。 何らかが原因で、パチュリーの魔法を解除したようだが……これで、分かったこともある」

章大が言うには、普通反転術式というものは、自然的に発生するものではないらしい。

術者、つまり人の手が加わらない限り、有り得ない事象なのだ。

ということは、この世界に流れ着く途中で、誰かが能力に対し反転術式を施した……?

世界を破壊するだとか、神の領域に達する様な能力ではない。

炎を自在に操ることが出来るだけ……ただそれだけのことが、この世界にとってデメリットでも生じるのか……?

「どちらにせよ、俺の能力は使えないってことか……。 昨日のことは、奇跡って所だな」

「そういえばやけにボロボロだったわね。 何があったの?」

レミリアと美鈴にしか話してなかったんだっけ。

傷を負った経緯と、この世界に行き着いてからのことを順に話した。

「能力が封じられていて尚、あの眼か……。 封印を解くことは出来そうだな」

「本当か!? どうすりゃいい!?」

「慌てるな、まだ理論上での話だ。 どの道、ある程度の時間は要する。 その間、自分の身は大事にするんだな」

「ごもっとも。 それで、俺たちがこの世界に行き着いた理由は、何だと思う?」

「恐らくだけど、何らかの能力が関わっているのは確かなのよ。 それがどれであるのか、まではまだ行き着いてないんだけど」

そう簡単に、真相には辿り着けないってことか……。

それにしても、異世界に行き着いてしまう能力か……。

随分と迷惑な能力だよな。

「まぁ、少なくとも私たちは協力するつもりよ。 どんな存在であれ、ね」

「こちらとしても、敵対する気はないからな。 宜しく頼む」

「私はずっと恭哉の味方で居てあげるから、恭哉はずーっと私のおもちゃで居てね?」

「はいはい……ってフラン!? お前いつの間に……」

気が付けば、膝の上に座るフランの姿があった。

何も感じなかった為、声でようやく気付くことが出来た程。

神出鬼没(しんしゅつきぼつ)とは、こういうことを言うんだろうな……。

「あら、本でも取りに来たの?」

「うん! もう全部読んじゃったから、新しいの借りに来たの。 こぁ、何かいい本はない?」

「うーんそうですねぇ……少し、探して来ますね」

羽をはためかせ、幾重(いくじゅう)にも建てられている本棚へと飛び立って行く小悪魔。

この場所には、一体何冊の本があるのやら。

「レミィも言ってたけど、フランにここまで気に入られるなんてね」

「何なんだろうな、俺もよく分からん」

「レミリアこそ、何故こいつを生かす真似をしたのだろうな」

「たまにだけど、お前味方なのか敵なのか分かんなくなるんだよなぁ……」

確かに、章大の言うことは気になる所だ。

度胸を買ってくれたのか、紅魔館に居る間は生かしておくとは言っていたが……。

それ以前に、何故休める場所を提供したのかも分からないでいる。

結局聞きそびれたからなぁ、教えては貰えなさそうだけど。

「さて、そろそろ出掛けるぞ。 情報収集だ」

「出掛けるってどこに」

「人里に、この世界の歴史を知る者が居るらしくてな。 俺たちの他にも、何度か似たような事例があったそうだ」

「そいつから話を聞こうってことか……。 行ってみる価値はありそうだな」

似たような事例ってことは、他にも別世界から幻想郷に流れ着いた人間が居るってことか。

今も尚生活しているのかは分からないが、もし帰った手段も歴史として残されて居るのなら……それを再現すればいい。

章大の魔術は健在だし、時空を超越(ちょうえつ)する魔術も、応用次第では出来るかもしれない。

思っていたよりも早く、元の世界には戻れそうだな。

「人間の里に行くのね、私も同行する!」

「フラン……って、またレミリアに何か言われないか?」

「大丈夫、何か言われたらお姉様なんて、ぶっ飛ばしてやるし」

「こら、姉に向かってそんな言葉使わないの」

フランが現れたと思ったら、お次はレミリアのご登場。

それも俺のすぐ後ろに……何で?

「ねぇねぇお姉様。 私も出掛けてきてもいい?」

「駄目よ。 昨日、能力が暴走して辺り一体焼け野原になったらしいじゃない」

「そんなことしてないもん。 恭哉も何か言って!」

そういえば、フランはまだ昨日のことを知らないでいたんだった。

自分が気に入っている者を、自らが傷付けた。

いくら吸血鬼とはいえ、心は宿っている。

少なからず、ショックを与えてしまいかねない。

だが、レミリアにはそのことを告げているし、どちらを取ればいい……?

正直に話してフランを傷付けることも、誤魔化してレミリアから反感を買うことも避けたい。

折角生かされた生命だ。

出来るだけ、大事にしておきたい。

「いい? 恭哉の傷も、元はと言えば貴女が付けたものなのよ。 その、何もかもを壊す能力でね」

「私が……? そんなことしないよ……。 だって、恭哉は私の……」

フランが、こちらを見つめている。

その視線に対し、何も言葉が浮かばない。

「だって、恭哉の怪我は半霊剣士(はんれいけんし)(うさぎ)が付けたって……」

「貴女を気遣った嘘よ。 本当は、貴女の暴走を止める為、助ける為にその身を張ったのよ。 能力も封じられている癖にね……これ以上、迷惑を掛けさせる訳には行かないの」

「……バカ……。 お姉様も、恭哉も……もう知らない!!」

「フラン!!」

呼び止めようとするも、すぐ隣をすり抜けていく。

昨日とは違う、悲し気な背中を目で追うことしか出来なかった。

本当に、これで良かったのか……?

「何故、本当のことを?」

「あの子の能力は、私でさえ手が付けられないものよ。 だからこそ、私たちの目の届かない所で、能力を使われる訳には行かないからね」

同じ吸血鬼でも、フランの潜在能力は姉のレミリアさえも(しの)ぐらしく、紅魔館の誰一人として本気のフランを止めることが出来ない様だ。

自ら閉じ篭ったことも一つの理由ではあるが、本来ならば誰も手が付けられない能力を持つフランを、地下に幽閉(ゆうへい)していた。

これが、フランが外に出ることが出来なかった、本当の理由らしい。

何重にも張り巡らせた魔法による結界や、力を抑制する為の束縛の魔法。

それらを持ってしても、フランは一度地下を抜け、霊夢や魔理沙と出会った……と、レミリアが言葉を続けた。

「悔いても仕方がない。 俺たちは成すべきことをするまでだ」

「待てよ。 フランのあんな姿見て、このまま人里に行ける訳ないだろ!!」

「ならば、お前に何が出来る。 要らぬ干渉は避けろ」

「……章大!!」

無意識に章大の胸ぐらを掴み、声を荒らげていた。

その光景を見たレミリアは、静かに告げる。

「フランは私が何とかしておくから、貴方たちは出掛けてらっしゃい」

その場を(なだ)められ、納得の行かぬまま大図書館を後にした。



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第7話 玉兎

登場人物紹介


小悪魔(こあくま)
紅魔館(こうまかん)の中の「大図書館(だいとしょかん)」で魔導書の整理や、パチュリー・ノーレッジの秘書として日々を過ごす、れっきとした悪魔(あくま)
悪魔ではあるものの、魔力(まりょく)妖力(ようりょく)が弱く、人間的である為、召喚者であるパチュリーが「小悪魔」と名付けた。
紅魔館内では「こぁ」という呼称を貰い、門番を務める(ほん) 美鈴(めいりん)同様に苦労人の一面も。
大図書館で魔導書を読み漁る章大(しょうた)の、人並み外れた知識や見解に関心し、自らでは理解しがたい魔導書の解読を任せている。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅魔館(こうまかん)を後にし、人里へと続く道を歩いている。

互いに会話も交わさぬまま、ただ真っ直ぐに……。

――脳内には、一つの映像だけが流れている。

七色の羽と深紅(しんく)のドレスを揺らし、走り去っていく悲哀(ひあい)の少女の映像。

先程見たそれが、ただ鮮明に流れていて……。

昨日の夜、正直に事を告げていたのなら、また結果は変わっていたのだろうか……?

しかし、そんなことさえ出来なかった。

昨日今日出会ったが、相手は人間ではない。

それでも人間と同様に、心を持っている。

たとえどんな形になっていたとしても、傷付けたくなかった……。

「聞いてるのか」

口を閉ざしたままだった筈の章大(しょうた)の声で、ふと我に返る。

「悪い、聞いてなかった。 どうしたんだ?」

「いつまでそうしているのかと聞いたんだ」

「……そのことか。 仕方ないだろ」

「全く……。 必要以上に感情を移入させるから、くだらないことに(うつつ)を抜かすんだ」

「……何だと。 おい、もう一回言ってみろ!!」

立ち止まり、章大の方を見据(みす)えていた。

その視線に気付いたのか、章大も振り返りこちらを向く。

「何度でも言ってやる。 くだらないことだとな」

怒りが込み上げてくる。

握り締める拳も震え、血が(にじ)み出そうになっているのが、見なくても分かる。

「その眼だ、それでいい」

(さや)に手を掛けたまま、再び前方を振り返り歩き出す章大。

思いがけない光景に、つい力が抜けてしまう。

一瞬前の自分の心情が、まるで嘘の様に。

「お前、何の為に?」

「らしくもない表情(かお)を見せるな、それだけだ」

章大の思う真意が、よく分からない。

頭を悩ませたまま、章大の方へと向かった。

「何をそこまで固執(こしつ)する。 たかが、数百年程度生きた吸血鬼(きゅうけつき)だろう?」

「お前には分かんないよ。 人間じゃねぇんだから」

「その言葉、そのまま返すぞ」

いや、俺まだ人間だぞ。

章大の中に宿る魂は、レミリアやフランが生きている年月よりも長く現世に存在している。

正確な年数は覚えていないが、千年は超えていた筈だ。

当然、自分の知る存在など、当の昔に亡くなっている訳で……。

「結構前に言ったことあるだろ、何年か会ってない妹が居るって。 フランはさ、少し杏佳(きょうか)に似ているんだ」

「それがどうかしたのか」

「えっ、まだ分かんないのか……」

一体どれだけ(にぶ)いんだこいつ。

といっても、何と説明するのがいいのやら……。

異世界で偶然出会った少女と、頭の中で忘れられないでいる妹の存在を重ね合わせてしまっていて……。

なんというか、自分の思っている以上に大事にしてやりたいというか……。

――駄目だ、言葉が出てこない。

「まぁ、お前が不審者であることは分かった」

「あぁ!? んだとてめぇ!!」

「それ程馬鹿騒ぎ出来るのなら、本題に入るぞ」

こいつ……!!

元の世界に帰るまでに、絶対ぶっ飛ばしてやる!!

二度と出歩けないようにしてやるから、覚悟してろよこの陰湿野郎……!!

「人里には行ったのか?」

「少しだけな。 確か、団子を(おご)ってもらったんだよ」

「……もう少し、緊張感を持てよ……」

「そういう堅っ苦しいのは任せた。 章大は?」

「何度か足は運んでいる。 これから向かう所は、まだ行っていないがな」

そういえば、この世界の歴史を知る者が居ると言っていたが……。

簡単に異世界の住人に、己の世界のことを話してくれるのだろうか。

章大は問題ないと言ってはいるが、どうも信用に欠ける。

普段から、何を考えているのか分かんないからなこいつ。

 

 

 

 

しばらく歩いた後、見覚えのある景色が広がっていた。

人々が往来(おうらい)する場所、人間の里。

まさか、連日同じ場所に行くことになるとは……。

昨日の団子……は我慢するか、お金もないし。

寺子屋(てらこや)という場所に、上白沢(かみしらさわ) 慧音(けいね)という人物が居る」

「寺子屋? なーんか聞いたことあるような……」

「現代の言い方をするなら、学校だ」

学校か……苦手な場所だ。

授業なんて聞いていられないし、屋上で寝るか学校を抜け出すかのどちらかの方法だけで、過ごしていた気がする。

「つまり、そこの先生から話を聞くってことか?」

「そうなるな。 ただ、俺たちが外の世界の来訪者であるということと、危害を加えないということを証明するものが必要だな……」

「それもそうだな、俺なんて首謀者って疑われてるし」

「話し合いだけで済む相手ではあるだろうが、念の為所持しておきたい所だな」

そんな都合のいいものなんて……。

と思った矢先のことだ。

突然目の前に差し出される一枚の紙の束。

独特の匂いと色合いからして、新聞紙か?

「えーっと、ぶん……まる? なんて読むんだこれ」

文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)です。 この幻想郷では、常識中の常識ですよ? これを機に、定期購読とか如何(いかが)です?」

この声どこかで聞いたことがあるような……?

顔を上げてみると、にこにことしながら新聞を差し出している一人の少女。

昨日見た服装とはまた違うが、この顔付きは覚えている。

「確か、射命丸(しゃめいまる) (あや)……だっけ?」

「よく覚えていて下さいましたね! いやー嬉しい限りです。 おっと、絵になりますし一枚失礼しますよっと」

「勝手に撮るな」

章大の様子を見る限り、文のことは知らない様だ。

昨日の今日のこともあり、嫌という程頭に残っている。

……そうだ、文に聞かなきゃならないことがあるんだった。

「なぁ、この世界に起きている異変のことは知っているんだろ?」

「あや、恭哉さんもご存知でしたか。 何やら見慣れない妖怪(ようかい)の目撃例が多発しているようでして、この一大スクープを逃さない手はありませんよ!」

「スクープがどうだかは知らないんだけどさ。 昨日分かったことなんだけど、その異変の首謀者が俺だって疑っている奴が居るんだ。 そのことについて、何か知らないか?」

「うーん、そういった情報は聞いていませんし、記事にした覚えもありません。 第一、能力のない人間にそんな芸当出来ませんしね。 ガセネタもいい所です」

文の言葉に、そっと胸を撫で下ろした。

これで、文への根拠の無い疑いも晴れたし、情報が広まる心配もなさそうだ。

となると、昨日怪しんでいたのは霊夢(れいむ)魔理沙(まりさ)の二人に絞られるが……もっと、他の人物の可能性の方が高い気がする。

「その見慣れない妖怪というのは?」

「その名の通りです。 って、貴方(あなた)は初めて見る顔ですね。 恭哉さんのお知り合いで?」

「知り合いというか、仲間なんだ。 昨日偶然会ってさ」

「なるほどなるほど……ふむふむ。 そういえば昨日、恭哉さんとはぐれた後、美里(みさと) 結衣(ゆい)という方に出会いましたよ?」

「本当か!? どこで会ったんだ?」

美里 結衣。

章大同様に、俺たちの仲間だ。

頭は切れるし、この世界でも機転を効かせて、何処かに居そうだな。

これで八人のうち三人が、この世界に流れ着いてしまっていることが分かった。

文にそのことを聞いてみるも、どうもタダで教えてくれそうにもない。

所謂(いわゆる)、情報料……ってとこか。

ずる賢そうに笑う姿が、妙に目に触る。

「密着取材一回で手を打ちますよ? 外の世界からの迷い込みなんて、何年振りか覚えてませんし、結構評判よかったんですよねー」

「何年振りかということは、やはり過去にも似た事例があったということか……。 興味深いな。 恭哉、取材を受けてこい」

「なんで俺だけ。 初対面なんだから、お前が受けてこいよ」

「断る。 人柱になる気はない」

「あのー、そんな人体実験みたいな言い草、辞めてもらえます?」

そんな生贄みたいに言わなくてもいいだろうに……。

うーん、どうしたものか……。

取材を受けている時間なんてない、だが結衣のことも気になる。

「その取材とやらは、急がねばならないものか?」

「いえ、お時間はあまり頂きません。 もちろん、私からの情報提供は取材の後になりますが」

「場所さえ指定してもらえれば、後で俺が(うかが)おう。 生憎(あいにく)、優先せねばならない事があるのでな」

「取材を受けてもらえるのであれば、私から言うことはありません。 では『妖怪(ようかい)(やま)』にてお待ちしていますので、また後ほど宜しくお願いしますね、では!」

一瞬にしてその場から姿を消す文。

そういえば、天狗(てんぐ)って種族はこの世界で最も早い存在だったっけか。

変装もしているし、正体がバレる心配もないだろう。

便利に出来てるなーこの世界は。

しかし、章大自らが取材を受けるとは思ってもいなかったことだ。

何か意図がありそうだけど……。

「不本意ではあるが、仲間の安否を確認する方が先だろう。 それに、お前には吸血鬼との問題もある。 寺子屋での用事が済めば、それをするといい」

「余計な干渉は不要なんじゃなかったのか?」

「あくまでも俺にとってのことだ。 お前とは違う」

「はいはい。 んじゃ、お言葉に甘えさせてもらうよ」

素直じゃねぇ奴。

 

 

 

 

人里の中を数分程歩いた頃だろうか。

子供と思しき姿が、続けてある建物から走って行くのが見えた。

中には人間らしくない者も居たが。

「あそこが寺子屋なのか?」

「確証はないが、行ってみるか」

その場所に近付いて行くと、中は何やら話し声で賑わっていた。

扉は見当たらないが、見上げる程に大きい暖簾がぶら下げられている。

これが扉代わり……な訳ないか。

辺りを見回してみるも、入口らしき場所は見当たらない。

「それでは、また後で伺いますね! 失礼しま――って、章大!? なんでここに!?」

「その声、玲香(れいか)か」

玲香って……?

声のする方に振り向いてみると、そこには見慣れた姿があった。

目の前に居る少女の名前は、木ノ内(きのうち) 玲香(れいか)

黄色味の強い茶色の長い髪に、ベージュ色のベストと灰色のミニスカート。

丸く大きな瞳と目が合うと、目の前の人物は次第に涙を浮かべ始める。

こちらが口を開けようとする前に。

「恭哉……だよね!? 良かった……生きてて……! 会いたかったよー!!」

「勝手に殺すなって。 後、抱き着いてくんな」

「魔理沙って子から聞いたんだよ? 腕を怪我したって……」

「いつの間に……。 後、暑苦しいから離れろ!」

腕で玲香を引き剥がす。

どうやら、魔理沙に会っていたらしい。

玲香が言う通り、魔理沙の弾幕によって、片腕に火傷の様な怪我を負っていた。

昨日の章大の応急処置によって、傷は塞がっているけど。

玲香がいつそのことを魔理沙から聞いたのかは分からないが、章大の様に数日前からこの世界に流れ着いていた訳ではなさそうだ。

「玲香はここにどういった用事が?」

「えーっと……何だったっけ……。 あ、今度人形劇を手伝うことになって、その話をしに来たの!」

「に、人形劇……?」

思いがけない事柄に、少し力が抜けそうになった。

そもそも、玲香にそんな趣味は……あったのかも。

「かわいいもの」が好きとか言ってたな確か。

「章大たちは誰かと会った?」

「いや、まだ恭哉と玲香だけだ。 天狗の話では、どうやら結衣もこの世界に居るらしいが」

「本当!? あ、私は京一(きょういち)と会ったよ? 今は多分、魔理沙と一緒のはずなんだけど……」

京一か……。

実の弟で、俺とは真逆の性格をしている。

魔理沙と一緒ならば、少なくとも無事だろう。

他人に喧嘩を売るタイプではないし、魔理沙も無闇に挑戦状を叩き付ける人柄でもないだろうし。

「で、この場所は?」

「寺子屋だよー。 二人は何しに来たの?」

「上白沢 慧音という人物に会いに来た。 この世界について、更に調べる必要があってな」

章大の返答に、玲香は変に納得した様子を見せる。

どうやら、先程建物内で話していたのが、その上白沢 慧音という人物のようだ。

この寺子屋で教師をしており、里の子供達へ教えを説いているらしい。

人柄も良く、玲香が外の世界の人間であっても邪険(じゃけん)にはせず、親身に話してくれたという。

その事を聞いて、こちらも安心出来そうだ。

「あーでも、今慧音先生授業中かも……」

「慧音に用事か?」

「あ、妹紅(もこう)さん。 ごめんごめん、うるさかった?」

「いや大丈夫。 慧音は教室に行っちゃったし」

暖簾から顔を覗かせる人物。

銀色の長い髪に、赤と白の小さなリボンが点々と付いている。

暖簾を潜り外へと姿を現すと、何とも特徴的な服装だ。

白のブラウスに赤いオーバーオールの様なズボン。

それでいて、どこか上品さを感じる衣服だ。

玲香の奴、意外に顔が広いな……って、俺も人のこと言えないか。

「そうだ、紹介するね! こっちが章大で、こっちが恭哉!」

「恭哉……あー、鈴仙(れいせん)ちゃんが言ってた……。 今回の異変で疑われてるんだって?」

「鈴仙……あの兎っ子?」

その問いかけに、首を縦に振る妹紅と呼ばれる人物。

「私は藤原(ふじわらの) 妹紅(もこう)。 慧音に話があるんなら、私が取り(つくろ)っておくよ」

「助かる。 玲香からも言われていたが、切崎 章大だ。 そっちの阿呆そうなのが海藤 恭哉」

「自己紹介ぐらい自分でさせてくれよ……。 えーっと、その慧音って人にこの世界のことを聞きたくて来たんだけど……」

「成程な……。 後二時間ぐらいは授業で手一杯だろうから、その後にでも来てよ」

「分かった、宜しく頼む」

妹紅に別れを告げ、章大と玲香と共に寺子屋を後にする。

二時間か……何をして時間を潰そうか。

 

 

 

 

 

「二時間か……お前たちはどうする? 俺はこの近くにある貸本屋(かしほんや)に向かうが」

「貸本屋? そんなのあるの?」

「あぁ。 『鈴奈庵(すずなあん)』と呼ばれる場所があってな、珍しい書物が多く興味深い場所だ」

「いつの間に行ってんだか……。 玲香はどうするんだよ」

「私はアリスの所に戻らないと行けないから、一緒には行けないかも。 また進展があったら教えてよ、しばらくこの世界に居なきゃならないかもだし?」

「それもそうだな……。 俺は適当にぶらついておくよ、何かしたい気分じゃないし」

「分かった。 では二時間後、ここで落ち合うとしよう」

「でも、携帯使えないんだよねー……。 私「魔法(まほう)(もり)」っていう場所に居るから、何かあったら宜しくね!」

章大と玲香の二人は、それぞれ違う方へと歩いていく。

玲香が言うように、しばらくの間はこの世界に留まることになるだろう。

たとえ帰る方法が分かったとしても……だ。

関係の無いことかもしれないが、少しでも世話になった世界で異変が生じている。

それを無視したまま帰る程、冷たい人間だとは思っていない。

といっても、戦えないんだよなーこれが……。

そういえば、玲香は章大同様に能力は扱えるのだろうか?

聞くことを忘れていた。

少し立ち止まった後、俺も寺子屋から離れることにした。

さて、また一人の時間がやって来たが、考えなきゃならないことは山ほどある。

フランのことも、この世界の異変のことも……。

なんて話すべきかな……。

レミリアが何とか取り繕っておくとは言っていたが、人任せにはしていられない。

かといって、正直に話すことも出来なかったし……。

何と情けないことか……。

ふと、後ろを振り返る。

行き交う人々しか見られないが、気になる気配が一つ。

(この感じ、ただの人間っぽくはないんだよなー……)

こちらをじっと見つめているかの様な気配。

不思議と恐怖感はないが、こそこそと見られるのは気分が悪い。

何度か歩を進め再び振り返ってみるも、気配は変わらずだ。

一定の距離を保ったまま、こちらが進むのと同じように身を(ひそ)めながら後をついてきていた。

追いかけるのはまだしも、追いかけられるのは嫌いなんだよなぁ……。

仕方ない、振り切るか……気は乗らないけど。

足を止め、何度か周りを見渡してみる。

やはり気配と視線は変わらずに後ろにある。

軽く深呼吸をした後、地面を蹴り前方を駆けていく。

行き交う人々をかわしていき、細い路地へも入っていく。

動きを攪乱(かくらん)するには丁度いい道だ。

左、右と入り込んでいくも、すぐに行き止まりの場所へと行き着いてしまった。

まぁ、土地勘なんてないもんな……。

上を見上げれば、飛び上がれば届く高さに瓦屋根(かわらやね)が見える。

壁を足場に伝っていけば、登れるか……?

草履(ぞうり)の様に軽く駆ける足音を確認した後、壁を蹴り屋根へと手を掛ける。

反動を殺さぬ様屋根へと登り、不安定な足場の中を走り抜ける。

思ったより滑るんだな、瓦って。

屋根の下に居る人々が足を止め、こちらを見上げているのが横目で分かった。

何かを話す声も聞こえてくるが、上手く聞き取れない。

っと、もう屋根が途切れる所か。

少し姿勢を低く構え、瓦の終着点で地面を目指し飛び上がる。

身に浴びる風が、少しくすぐったい。

こんな感覚、久し振りだな……。

スピードが落ちない程度に受け身を取り、再び地面を駆ける。

後方に注意を向けると、先程よりは遠いものの、あの気配は確実についてきている。

……結構やるじゃん、何処の誰だか知らないけど。

そろそろ走るのも飽きたし、正体を拝むとするか。

再び狭い路地へと入り、薄暗く壁に覆われた場所へとやって来た。

屋根には登らず、じっと息を潜める。

ゆっくりとではあるが、まだ追ってきている。

視界にその姿が入った瞬間だった。

壁際に押し込み、その人物を睨み付ける。

片腕を前に突き出し壁に手を付く、逃がさないようにな。

本当、追いかけ回されるの大っ嫌いなんだよ。

「何か用か。 喧嘩なら買ってやるけど」

「今回はそういうのじゃないって! 声で分からない?」

何故か慌てた様子で、敵意がないことを示してくる人物。

(わら)で編まれたであろう笠で顔が見えない為、判別の仕様がない。

声に関しては、どっかで聞いたことがあるような……。

けれど、今耳にしているように穏やかな声色ではない。

もっとこう……静かで迫力のある感じだったと思う。

「えっ、本当に分からない?」

「名前も知らない奴の顔なんて、分かる訳ないだろ?」

「人里であまり正体を(さら)したくないのよねー……まぁ、仕方ないか」

そういって、ゆっくりと笠を脱ぎ始める。

首を何度か振り、淡い紫色の長い髪と見慣れない白い兎の耳が現れる。

それに、この引き込まれそうな(あか)い瞳……。

思い出した……!

あの時の……!

 

 

 

 

 

「これで分かった?」

「嫌という程。 で、何の用なんだ。 昨日の続きでもやるつもりか?」

「今回はそういうのじゃないって言ったじゃない。 と、とりあえず腕を退()けてよ。 動けないし……」

「えっ? あ、あぁ悪い悪い」

突き出していた腕を離し、目の前に居る人物……鈴仙と向き合う形に。

ほんのりと頬が赤いのが気になったが、それはまぁいいだろう。

鈴仙は昨日、妖夢(ようむ)と共に俺に首謀者であると疑いを掛け、戦いを挑んできた人物だ。

だが何故なのは分からないが、昨日の様な覇気(はき)微塵(みじん)も感じられない。

兎の耳を除けば、ただの女の子にしか見えない。

ここの世界の住人って、そういうの多くないか……?

「何で後ろなんかつけてきてたんだ」

「薬売りの最中に、たまたま見かけたの。 昨日のことも含めて、話がしたくて」

「それならそうと、声掛けてくれれば良かったのに」

「昼間の人里で、人間以外が堂々と正体なんてバラせないのよ。 絶対に『あの時の兎!!』とか言うでしょ?」

うっ……よく分かってらっしゃる。

そんなに単純かなー俺って……。

「話の前に、あの剣を持ってる人は何!? 私が後をつけてたことを、最初から分かってたみたいなんだけど……」

「あーあいつか。 バカみたいに感が鋭いというか、抜け目ないというか。 不用意に近付かない方がいいぞ?」

「気を付けます……。 あ、昨日の薬は飲んでくれた?」

去り際に鈴仙から受け取った錠剤型の薬。

ある程度の傷なら治せるといっていたが……。

章大の治癒術による治療もあって、存在をすっかり忘れていた。

確かポケットに……。

「それが飲むの忘れててさ」

「お師匠様特性の栄養も取れる治療薬なんだから、きちんと飲んで! さぁ!」

「いやいや近付きながら言ってくんな! 飲む、飲むから!!」

そういうと、すっと身を引く鈴仙。

見た目は普通の薬っぽいが……毒とか入ってないよな……?

仮にも、昨日襲ってきた身だし。

「……って、昨日襲ってきた人から貰った薬なんて、普通飲めないわよね」

「正直な……。 でも、あんたは何か敵っぽく見えないし、有難く頂くよ。 その前に、名前だけ教えてくれればだけどな」

「名前? どうして?」

首を(かし)げながらそう問い掛けてくる。

「名前さえ分かれば、信用するよ。 それで仮に失敗したとしても、自分の責任だしな」

「随分と変わった考え方よねそれ。 まぁいっか……鈴仙よ。 鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバ」

「鈴仙……う、うどん? ……イナバ? それで名前なのか?」

「名前なんかで嘘つく人なんて居ないわよ。 後、呼ぶなら鈴仙にしてね。 お師匠様や姫様以外に、優曇華(うどんげ)って呼ばれたくないから」

「分かった、気を付けるよ。 んで、人里に流れてる川の水って飲めるのか?」

「えぇっ!? そのまま飲もうとしないわよあんなの!」

「そう言われてもなぁ、水ないし」

見た感じ綺麗だったんだけどな、人里の川。

東京の川とは大違いだ。

水は透き通っているし、薄らと小魚の影も見えていたぐらいだ。

沢の水と見間違える程だったし、普通に飲めそうなんだけどなぁ……。

どう水を調達するか考えていると、鈴仙がそっぽを向いたまま水筒を差し出して来た。

「す、少しあげるわよ。 口付けてるけど……」

「昨日疑ってた奴を信じていいのか? 飲み口を舐め回すかもしれないぞ?」

「え、嘘っ!? そういうことする人……?」

「いや普通に冗談……。 流石にそんな性癖(せいへき)ないって」

「だよね、私も冗談のつもり。 そんなことする様には見えないもの。 私も貴方を信じてみる」

「……ありがと。 知ってるとは思うけど、海藤(かいどう) 恭哉(きょうや)だ。 これでお互い様ってことで」

瓶の蓋を開け、錠剤をいくつか手に取る。

鈴仙曰く、一回で二つから三つでいいらしい。

口に含み、水で流し込んでいく。

流石に水の味は一緒だな。

飲んでいる間、じっとこちらを見る鈴仙の視線は気になったが……。

「即効性はないと思うけど、すぐに効いてくると思うわ」

「普段薬なんて飲まないからなぁ……実感はないけど、ありがとな」

「どういたしましてっと、少し時間あるでしょ?」

「そういや話があるんだっけか。 用事まで時間あるし、付き合うよ」

寺子屋に集合するまで、まだ時間がある為、鈴仙と共に行動することになった。

昨日のことも含めた話か……。

聞き出せることは、少しでも多く聞いていた方がいいかもな。

 

 

 

 

 

裏の路地を抜け、再び人々の行き交う賑わった道へと出てきた。

隣には笠を被った鈴仙の姿もある。

あの大きな耳と長い髪を束ねて、傘で隠しているみたいだが……大変そうなことをしているよな。

幻視や幻覚が、彼女の能力なのかは定かではないが、耳だけでも人々の視界に干渉されなくしてしまえば、もっと楽だろうに。

そういえば、薬売りの最中だって言ってたけど……大丈夫なのだろうか?

「なぁ、普通に鈴仙って呼んで大丈夫なのか?」

「もちろん。 変装してても、周りからは兎だってバレてるし」

「意味無くないかそれ。 髪の毛とかも癖ついて傷むだろ?」

「薬売りは仕事だからね、相応の服装じゃないと駄目なの。 恭哉の方こそ、おかしな服装してるじゃない」

「あーこれか。 執事服らしいんだけど、堅苦しいったらないんだよ……もっと楽なのがいい」

「それだけ前開けてて、堅苦しいって……」

いやいや、そんなに開いてないって。

……開いてないよな?

「そんなこと言うなら、昨日の鈴仙のスカートが短いのだって一緒だろ?」

「そ、そんなとこまで見てたの!? ……やっぱり、変態?」

「ぶっ飛ばすぞお前……! 目を閉じて戦える程、器用な人間じゃないんだよ……」

「それもそうよね。 それより、昨日のあの炎ってどうなってるの? スペルカードっぽくなかったけど……」

「あれはなんていうか……威嚇(いかく)?」

昨日のフランとの闘い。

正直、奇跡的に能力を扱えた時のことは、はっきりとは覚えていない。

自らの意思に反して動いていた……そんな気がする。

それより、俺としては「スペルカード」という物の方が気になる所だ。

今まで出会ってきた人物の全員が所持しているであろうスペルカードだが、その実態がどういったものなのか。

主に戦闘に用いられる物なのなら、ある程度把握はしておきたい。

少なからず、今後も弾幕戦に巻き込まれることはありそうだしな……。

スペルカードについて、鈴仙に尋ねてみる。

すると、数枚の紙を手渡してきた。

目を通してみると、何やら難しい漢字がチラホラ……。

「スペルカードっていっても、単なる契約書に過ぎないのよ。 技や名前は頭に入っているしね?」

「ってことは、この紙自体に力が宿ってる訳じゃないってことか……。 えーっと、近眼花火(きんがんはなび)?」

「近眼花火(マインドスターマイン)ね」

「ま、マインド……? あ、こっちのは読めるぞ! 平行交差(へいこうこうさ)!」

「ざーんねん、平行交差(パラレルクロス)でした~。 因みにそっちのは望見円月(ルナティックブラスト)、その次にあるのが幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)ね」

「はぁ!? ずるいぞそんな読み方!!」

「えぇ……。 かっこいいと思うんだけどなぁ」

鈴仙からすれば、この読み方は格好いいらしい。

なんというか、独特のセンスだな……。

スペルカードとして使用するには、予め自分で技の名前やそれを体現する技を何通りか考えておくらしい。

そして、この契約書に記すことで、初めてスペルカードとして認められるようだ。

先述した通り、書き記す行為さえ終えれば、この契約書は単なる紙に変わってしまう。

本人以外が他人のスペルカードを使用することは、限りなくゼロに近い確率で不可能だそう。

弾幕の形も様々で、ナイフや御札(おふだ)、血にレーザーと、特に形などに制限はない。

攻撃的な面よりも、美しさを重視するらしく、無闇やたらに殺意溢れるものは存在しないようだ。

まぁ、能力が暴走してしまったフランの弾幕は除くんだろうけど。

「恭哉なら、このかっこよさが分かると思ってたのになー」

「俺にどんなキャラ期待してるんだよ……。 まぁ、そのまま読むよりかはマシなんだろうけどさ」

「でしょ!? それに、技名なんて凝っていた方がいいと思うのよね」

「そんなもんか?」

うーん、イマイチ分かんないな。

技の見た目が派手な方が格好いいと思うけど。

……はっ、まさか鈴仙と似たような思考なのか……!?

「んー、鈴瑚(りんご)の方は繁盛してるわね。 清蘭(せいらん)の方はーっと……」

「どうしたんだ、そんなキョロキョロして」

「あぁ、知り合いの団子屋がね。 折角だから、案内しようかなって。 あーあっちも忙しそう……」

「まだ時間あるし、少し後で来てみるか。 それより、聞きたいことがあるんだ」

「私に? 変なことじゃなかったら、答えるわよ?」

「変人扱いすんな。 けど、出来たら場所を変えたいな……二人で話したいんだ」

「ふ、二人!? え、えーっと……いきなりそういうのは……」

「言っとくけど、聞きたいのは昨日のことだからな。 人が多いとこで、何で異変の首謀者って疑ったんだ、なんて言える訳ないだろ?」

「あーそっちの話ね、そうよね……。 なら、さっきの場所に戻りましょうか」

来た道を一度引き返し、再び人気のない場所を目指すことに。

何故か不機嫌そうな鈴仙は気にしない気にしない……。

 

 

 

 

 

先程の薄暗い場所へと戻り、周りに誰も居ないことを確認する。

誰かが路地へと入ってくればすぐに分かるだろうし、ここなら問題ないかもな。

壁に背を預け、口を開く。

「異変のことについては、俺も少しは聞いているよ。 けど、どうして俺自身が疑われるのか……それが分からないんだ」

「正直、私もよく分かっていないのよ。 妖夢さんに連れられただけというか……」

「なんだそれ……。 じゃあ、俺のことを知ったのは誰から?」

「天狗の新聞と、妖夢さんから直接」

文の新聞……?

今は章大が所持している為、確認は出来ないが……特段、異変についてのことは書いていなかったはずだ。

第一、文は俺が疑われていることを知らなかった。

となると、妖夢が……?

もしそうだとしたら、昨日の段階で間違いなく首を()ねている。

わざわざ己の無力さを見せたり、膝まで付いたというのに。

しかし、逃がす様な形を取った。

――まだ、目には見えていない黒幕が居るかもしれない。

何が何でも、引きずり出してやる……!

「おーい、怖い顔になってるわよ?」

「……知ってる。 それじゃあ、鈴仙は何も知らなかったってことでいいんだな?」

「そういうことになるのかな。 もちろん、私はもう疑っていないし」

「……そっか、ありがと」

鈴仙の言葉に、つい顔が(ほころ)んでしまう。

こんなにも安心することなんて……何時振りだろうか。

ずっと、異変とは無関係だと周りにも自分にも言い聞かせていた。

しかし、心の底では自らのことも疑っていたんだ。

誰にも悟られぬ様に、誰からも気付かれない様に。

そんな中で、自分のことを信用してくれているという言葉。

たとえ、出会って間もない人物であっても……凄く心強くて、嬉しく感じる。

まだ、異変の幕すら引いていないんだ。

能力が封じられていたとしても、前を向かないとな……。

「そんな表情(かお)もするんだ?」

「俺だってまだ人間だからな」

「理由になってるのそれ。 あ、さっき聞きそびれたんだけど、あの炎は熱くなかったの?」

「自分の能力で火傷する程、未熟じゃないよ。 あの能力とも、色々あったんだ」

「へぇ……。 ねぇ、良かったら聞かせてよ、その昔の話」

「あぁ、いいぜ。 聞かれてもマズい話じゃないし、もう一回戻りながら話すか」

昔のことか……。

さて、何処から話したもんか……。

再び、昼の日差しが照らす道へとやってきた。

先程より、少し人波は落ち着いた頃だろうか?

歩きやすさや、周りからの視線もあまり感じられない。

それでも目立つよなー、不良執事と笠被りの兎なんて。

「恭哉や他の人達も、あんな風に炎を出したり出来るの?」

「そんな所かな。 俺は炎だけで武器もないけど、他の皆は水だったり雷だったり、それぞれが契約した属性の能力を持ってるよ」

「契約? スペルカードみたいな感じ?」

「うーん、それとは少し違うかな……。 (コア)っていう、魔力(まりょく)の源を凝縮した物があってさ。 魔族(まぞく)幻魔(げんま)っていう化け物共と戦う使命を得る代わりに、それぞれの核に宿った能力を借りてるんだ、それが契約だよ」

鈴仙は、イマイチぴんと来ていないご様子

物がなければ分かり辛いよなぁこればっかりは。

今の俺は自由に能力は扱えないし……。

玲香なり章大なり居れば、実際に見せることが出来るんだろうけど。

因みに玲香の核はペンダントで、章大の核は鞘に納められている剣そのものだ。

俺も最初は指輪状だったのだが、身体に埋め込む際に宝石状へと姿を変えている。

「他にも魔術(まじゅつ)を使ったり、治癒術(ちゆじゅつ)召喚術(しょうかんじゅつ)呪術(じゅじゅつ)幻術(げんじゅつ)とか色々な戦闘方法があってよ。 俺はそういうの苦手だから、近距離戦に限るんだけど」

「確かに、私の動きにも動じなかったもんね。 そうそう、こう見えても私、元々(つき)(みやこ)に住む玉兎(ぎょくと)の中のエースだったのよ!」

「月の都って何処の話だ?」

「そのまんまよ、夜になったら夜空に浮かぶお月様と一緒」

「え、マジで!? 月に兎が居るって本当だったのか……!」

「そ、そんなに驚くこと……?」

「当たり前だろ! 俺たちの世界じゃ、月では兎達が餅をついているって言い伝えがあったぐらいだからな」

小さい頃、よく聞かされていた。

まさか本当の事だったとは……。

これは、ある意味で嬉しい……かもしれない。

「で、玉兎ってのは?」

「月に住む兎達のことよ。 その中でも、私は「月の使者」に属したエースで――」

「なぁ、あのうさ耳生えた子、こっちに手振ってないか?」

「もう、少しぐらい褒めてくれても……って、本当だ。 行きましょ?」

鈴仙に腕を引かれ、手を振る兎の少女の元へと向かう。

肩の少し下あたりまで伸びる、浅葱色(あさぎいろ)の髪を二つに下ろしている。

鈴仙と同じく(あか)い瞳と大きな兎の耳。

服装はよく見えないが、髪の色と似た衣服を着ている様だ。

手を振る動作と共に、ぴくぴく動く耳が少し可愛らしい。

思ったけど、あの耳って柔らかいのかな?

「やっほー鈴仙! 仕事の休憩中?」

「やっほー清蘭。 休憩というか、今日は売る量も少なかったからもう終わったのよ」

「へぇーサボってた訳じゃないのか。 ってどうしたの鈴仙! 男の子と一緒に居る!?」

昨日、華扇に同じことを言われていた少女が居たなそういえば。

改めて、(おご)って貰ったお礼言っとかないとな。

「いやー君も(いき)な趣味だねぇ。 この服装の鈴仙をチョイスするなんて」

「たまたま会っただけなんだけどな。 ん、いい匂いがする……」

「清蘭と、向こうで人集(ひとだか)りが出来てる鈴瑚は、人里で団子屋をやってるの」

「ぐぅ、何で負けちゃうのかなー」

「二人で売上を競ってるらしいのよ。 私はどっちの団子も好きだけどね」

どうやら目の前のこの子、清蘭と鈴仙のいう鈴瑚という子は、鈴仙と同じく玉兎であり月の都出身だそう。

「イーグルラヴィ」と呼ばれる調査部隊の一員であり、過去に鈴仙と戦ったことがあるらしい。

同じ兎同士なのに、戦うのか?

餅つきの役割で揉めたとか……いや、流石にないか。

「ねぇ、ちょっと食べてみてよ! お代は鈴仙持ちでいいからさー」

「こら、勝手にお客を出しに使わない!」

「えー鈴仙はよく食べてるから、舌が肥えてるでしょ? 初めて見る人なら、きっといい感想くれるよ! はい!!」

そういって串に刺さった団子を手渡してくる、清蘭という少女。

昨日もそうだったが、この世界では団子が流行っているのだろうか?

まぁ、俺たちの世界でも大衆的な食べ物だし、そこは変わんないか。

見た目は昨日と変わらないみたらし団子だが……。

一切れ食べてみると、餡の甘さが独特というか強すぎるというか……。

粘り気も強いし、片栗粉と醤油、砂糖の比率が合っていないのだろう。

そのことを清蘭に告げてみる。

「ふむふむ、その比率が違うのかー……。 ありがとう! 早速改良してみる!!」

「一つ食べただけなのに、そこまで分かるの?」

「よく料理してたからそのせいかも。 団子を一から作ったことは無いけど、大体の味で分かるよ」

「へぇー。 ねぇ、今度何か作ってよ、食べてみたいし」

「機会があればな」

「あ、鈴仙だけずるいぞー!」

「分けてあげるから、それでいいでしょ?」

兎同士の会話って、こんな感じなのか。

人間と変わんないな。

首謀者として追われてなきゃ、いい世界なんだけどなぁ……。

その後も話が弾み、玉兎の事や月の都のことについて、少し聞くことが出来た。

幻想郷のことではないが、土産話にはなるだろう。



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第8話 歴史識る者

登場人物紹介


木ノ内(きのうち) 玲香(れいか)
幻想郷に迷い込んだ人間の一人で、恭哉(きょうや)の仲間。
感情の浮き沈みが激しく、ムードメーカー的存在。
「かわいいもの」には目がなく、自室も自分の思う「かわいい」で溢れている。
魔法(まほう)(もり)」に身を置いているらしく、寺子屋(てらこや)まで足を運んだ際に、恭哉と章大(しょうた)と再会する。
双銃(そうじゅう)魔術(まじゅつ)を扱うが、どちらかというとサポートの方が好みのようだ。


藤原(ふじわらの) 妹紅(もこう)
(まよ)いの竹林(ちくりん)」で迷った人や病人を医者の元へと連れていく、ボランティア精神溢れる蓬莱人(ほうらいびと)
上白沢(かみしらさわ) 慧音(けいね)と親しく、寺子屋で長話をすることも。
一見難しそうに見えるが、内面は親切心溢れ気が良い女の子。
鈴仙(れいせん)から恭哉たちのこと聞き心配している様子。
しかし恭哉の能力が自由に扱えた際には、同じ炎を得意する者として、一戦交えたいと思っているらしい。


清蘭(せいらん)
(つき)(みやこ)で調査部隊「イーグルラヴィ」として働いていたが、少し前の異変後は、人里で団子屋「清蘭屋(せいらんや)」を営んでいる。
明るく陽気でノリが良く、人里で知り合いを見つけてはよく談笑しているご様子。
同じ境遇である鈴瑚(りんご)と団子の売り上げを競っているが、一歩及ばず負け越している。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まいどありー! 鈴仙(れいせん)またねー!」

「また来るわー」

「君もありがとね! また食べにおいでよ」

「ご馳走様。 お金が出来たら寄るよ」

いくつか団子を買い終え、清蘭(せいらん)が営む団子屋「清蘭屋(せいらんや)」を後にする、俺と鈴仙。

もう一人の玉兎(ぎょくと)である鈴瑚(りんご)と呼ばれる兎の営む団子屋「鈴瑚屋(りんごや)」は、相変わらずの繁盛(はんじょう)っぷりらしい。

何でも味に(こだわ)っているようで、人里の住人を始め、幅広く支持を受けている様。

清蘭の方も売上こそ負けているものの、甘味処(かんみどこ)が立ち並ぶ中、(つき)(うさぎ)が営む団子屋ともあって、盛況(せいきょう)を迎えているそうな。

まぁ、実際にあれば面白いもんな、そんな店。

金銭の受け渡しの場面を見ていたが、見慣れない小銭を使用していた。

鈴仙に聞いてみると、この世界の通貨の最小単位は「(もん)」と呼ばれているらしい。

他にも銀貨を表す「(もんめ)」や「(かん)」、金貨を表す「(りょう)」などがあるようだ。

何処か聞いたことのある単位だが、上手く思い出せない。

章大(しょうた)辺りなら分かるか?

これで、財布は完全に役に立たないことが分かった。

かといって、捨てる訳には行かないけどな。

「そろそろ時間だっけ?」

「多分な。 寺子屋まで戻るよ」

「分かった、そこまで送っていくわ」

団子を持ったままの鈴仙と、寺子屋まで向かうことに。

それにしても、こんなにたくさんあるとは……食べ切れるのだろうか?

そういや、お師匠様がどうとかって……?

「あ、これ全部食べる訳じゃないわよ?」

「甘味ぐらいなら、別腹とかで食べれるんじゃないのか?」

「流石にねぇ。 お師匠様たちへのお土産よ、中々人里まで出てこれないからね」

「その『お師匠様』ってのは?」

八意(やごころ) 永琳(えいりん)

鈴仙に「優曇華院(うどんげいん)」という名を与え、自らを変えてくれた恩人だと言う。

材料さえあれば、ありとあらゆる効能を持つ薬を作ることが出来、鈴仙(いわ)く「天才」という言葉が似合う唯一の人物らしい。

永遠亭(えいえんてい)」と呼ばれる場所で医者として務めているらしいが、主に急患や奇病等の治療に当たっている様だ。

昨日魔理沙(まりさ)が連れていこうとしていた医者というのは、おそらくこの人物のことかもしれないな。

また、主に薬学や雑学、一般的な教養を鈴仙に教えているらしい。

鈴仙の話を聞く限り、かなりの頭脳を持つ人物であるとすぐに分かる。

もちろん章大とは比べ物にならないぐらい、な。

あいつもかなりの知識を持っているが、あくまでも自分が必要とするものに限る。

次元が違う、そういった方がいいのかもしれない。

「昨日倒しそびれた奴と歩いている所なんて見られたら、怒られるんじゃないか?」

「まさかー。 お師匠様が今回のことをどう見てるかは知らないけど、少なくともお師匠様たちも恭哉のことを疑っているとは思わない」

「その師匠も、俺たちのことを?」

「面識はないにしろ、知っているはずよ? そういえば、小さい子が紛れ込んでた様な……美春(みはる)ちゃん、だったかな?」

「美春は無事なのか?」

「もちろん、怪我一つないはずよ。 なんたって、お師匠様の元に居るんだし」

良かった……。

鈴仙の言葉に、ほっと一息付いた。

篠原(しのはら) 美春(みはる)玲香(れいか)と同じで俺たちの仲間だが、仲間の中では非力な方に入る。

戦闘系の魔術(まじゅつ)等は苦手で、主に治癒術(ちゆじゅつ)招来術(しょうらいじゅつ)でのサポートを担当していた。

本人も臆病(おくびょう)な一面がある為、最も心配される一人でもある。

しかし、鈴仙が言うことが事実なら、傷付くことも何かに(おびや)かされる心配もないだろう。

これでこの世界に流れ着いたのが六人か……。

鈴花(すずか)賢太(けんた)の二人は、未だ不明か。

まだ合流出来ていない皆も、無事でいるといいけど。

異変の首謀者という疑いも、掛けられるのは俺だけでいい。

何とか、無事で……。

「あ、そろそろ着くわよ? あ――」

「遅かったな。 既に待ってもらっている、急げ」

 

 

 

 

 

「悪いな、遅くなって。 鈴仙もありがと」

「う、うん。 それじゃあ、また!」

何故か駆け足気味に去っていく鈴仙。

その理由はさっぱり分からない。

「知り合いか? ずっとお前をつけていたらしいが」

「それも含めて話してた。 あんま(おど)すなよ?」

「何もしていない。 ただ、お前を追いかけ回さない方が、身の為と忠告を入れたまでだ」

「それだよそれ、それが駄目なんだって」

「ほらー早くー! 慧音(けいね)先生と妹紅(もこう)さん待ってるよー!?」

暖簾(のれん)から顔を覗かせる玲香に催促(さいそく)され、寺子屋の中に入っていく。

誰かの所に戻るから来れないんじゃ……?

そのことを尋ねると、どうやら二つ返事で了承してくれたようだ。

元の世界に関わることだし、引き止められる義理もないだろうけど。

玲香に連れられ、寺子屋の中を歩いて行くことに。

中は木造になっており、都会から外れた昔の校舎を彷彿(ほうふつ)とさせる内装になっていた。

もちろん実際に見た訳ではないが、そんな雰囲気が漂っている。

魔法を初めとした他の世界とは異なる異文化は発達しているものの、機械技術や電子系の技術などは地球には劣るのかもしれない。

一昔前の街並みが残っているのも、何か意図があるのだろうか。

まぁ、住めればなんでもいいけどさ。

扉が開かれたままの部屋を横目に覗いてみると、中は教室そのものだった。

どこか懐かしくも思える。

奥へと進み、玲香に通された、一際大きい部屋へと入る。

先程会った妹紅という人物と、見慣れない人物が二人。

一人は銀色の髪に所々、青いメッシュが入っており、見慣れない帽子を被っている。

いや、被るというより乗せてるのか……?

群青色にも見える服装で、胸元が大きく開いている。

い、いやこれは……流石に、開き過ぎじゃないか……?

目のやり場に困るんだよなぁこういうの……。

もう一人は小柄で、紫色の短い髪に白い花飾り。

若草色(わかくさいろ)の着物に、黄色の長い袖を羽織り、赤い(はかま)を履いている。

なんていうか、動き辛そうだな……。

外見だけなら歳下っぽいけど、フランやレミリアの例がある。

もしかすると、この子も数百歳……ということも有り得る。

「待っていたよ。 妹紅から話は聞いている、どうぞ座ってくれ」

「すまない、時間を少し押してしまったようだな」

「そう(かしこ)まらないでくれ。 玲香から、二人のことは軽く聞いているよ」

快く迎え入れられ、それぞれ対面する形で座布団に腰を下ろす。

部屋を見回してみると、様々な書物や掛け軸等、今の時代では(おが)む事の出来ない代物(しろもの)ばかりが視界に入る。

もちろん、俺たちの世界での話だが。

漫画やこういった書物などは全てが電子状のデータに変換され、電子機器一つでありとあらゆる書物を読むことが出来る。

字を書くことも、全て液晶の文字を指で触れればその文字が打たれる。

墨や筆なども、もう持つこともないだろう。

「何か気になりますか?」

「あーいや、見慣れないものばっかだからさ?」

「ふふっ。 宜しければ、後でごゆっくり見ていって下さいね」

「玲香から(うかが)っているだろうが、改めて名を名乗っておこう。 切崎(きりさき) 章大(しょうた)、隣の馬鹿が海藤(かいどう) 恭哉(きょうや)。 周知の通り、木ノ内(きのうち) 玲香(れいか)を含め、外の世界から迷い込んだ者だ」

「おい、流石にそれはスルーしないぞ」

「こちらも妹紅から聞いていると思うが、私は上白沢(かみしらさわ) 慧音(けいね)。 隣が藤原(ふじわらの) 妹紅(もこう)、そして稗田(ひえだの) 阿求(あきゅう)。 この稗田寺子屋(ひえだのてらこや)で、私は教師を、阿求は書物の執筆を担当している」

「私はただの付き添いだから、適当に。 で、何が聞きたいの?」

くっ、見事にスルーされた……。

見た目はともかく、服装だけならまだ賢そうだろ。

執事服なんだし。

「俺たちの他に、恐らくだが五人の仲間がこの世界に流れ着いている。 ここを訪ねたのは、この世界の歴史を知りたいと思っている」

「歴史をか……それは何故?」

「私たちの様に、過去に外の世界から幻想郷に迷い込んでしまった人が居ないのか、知りたいんです。 その後どのようにして、元の世界へ戻ったのか……または、この世界に移り住んだのか。 慧音先生に聞けば、分かると聞いたので」

「成程な。 事情は分かった、私たちで提供出来る範囲のことは教えよう。 しかし、二つ条件を設けたい」

章大の前に座る人物、慧音が出した一つ目の条件は、この世界で起きている異変のことについてのようだ。

俺を除き、それぞれが個々に異能力を宿していることを知っているらしく、そのことを含めこちら側からも話や情報を聞き出したいとのこと。

この世界の妖怪のことは知らないが、この世界に流れ着いてからのことを事細かく聞いておきたいらしい。

断る理由もなく、それを快諾する。

そして、もう一つの条件は……。

「恭哉、だったかな? 君とは、別のことで話をしたいと思っている。 此度(こたび)の話し合いが終わってからで構わないのだが……どうだろうか?」

「俺に? ……分かった」

もう一つの条件は、俺と個別で話がしたいとのことだ。

内容は聞かされていないが……良いことでない確率の方が高そうだ。

引きずっていても仕方ない為、一度頭の中を払拭し、話し合いへと臨んだ。

 

 

 

 

 

「さて、何処から話したものか……」

「まず俺たちの他に、この世界に別世界の住人が流れ着いた例は存在するのか?」

「過去に何度か存在しているよ。 しかし、その殆どはこの世界に移住している記録しか残っていないんだ」

「一人一人のことを記録することは出来ないんです。 その為、この世界に残った人物は分かりますが、他のことは何も」

「その人たちの名前を聞くことは出来ますか?」

「えぇ、もちろん。 ですが、現存するのはただ一人です。 たまにこの世界へ訪れる例外の方もいらっしゃいますが……」

「ほぅ……。 そちらも教えてもらいたいな」

玲香の前に座る人物、阿求から名前を聞くことが出来た。

外の世界出身で、今も尚幻想郷で暮らす少女、東風谷(こちや) 早苗(さなえ)

そして度々この世界へ訪れる人間、宇佐見(うさみ) 菫子(すみれこ)

阿求から聞くことが出来たのは、この二人のみ。

この世界に移住している東風谷 早苗という人物も気になるが……。

今の段階では、宇佐見 菫子という人物の方が気になる所だ。

「度々この世界へ訪れる」ということは、何度か自らの世界と幻想郷を行き来していることになる。

名前こそ聞いたことはないが、外の世界のどの辺りに住んでいるかによっては、有力な情報源になりうる。

「その二人が、よく訪れる場所などは分かったりしないか?」

「東風谷 早苗、もとい守矢(もりや)の巫女は「守矢神社(もりやじんじゃ)」に住んでいる。 妖怪の山に建てられているが、索道(さくどう)で繋がっている為、迷うことはないだろう」

「もう一人、菫子さんに関しては特定の居住地はありません。 しかし、何度も幻想郷に行き来しているので、会うことは難しいことではありませんね」

「菫子に関してなら、私が取り繕ってもいいぞ。 かなり頭が切れるし変わった奴だから、取っ付きにくいかもしれないけどね」

「ならば、そっちに関しては俺が向かう方が良さそうか。 守矢神社の方は、玲香に頼みたい所だが」

「私? 大丈夫だけど、恭哉じゃなくてもいいの? 私より怪しいかもしれないけど、実力は確かだし……」

「その『実力』が、この世界では役に立たない。 何者かによって、封じられている可能性が高くてな」

章大が告げる事実に、玲香は驚嘆(きょうたん)の声を上げる。

絵に描いた様に、信じられないという顔をしていた。

慧音と妹紅は驚かず、その様子をじっと見据えている。

阿求はというと、小首を(かし)げ不思議そうに見つめていた。

「あのー、御三方(おさんかた)の異能力というのは、一体どういうものなのでしょうか?」

「私も気になるね。 慧音からは、この世界では珍しいタイプだって聞いてたけど」

「私は(みず)原素(げんそ)を使った、水系魔術(みずけいまじゅつ)水霊術(アクエリア)召喚術(しょうかんじゅつ)かな。 章大は特定の原素は使わないけど、他の属性原素を魔素(まそ)に変換させて闇系魔術(やみけいまじゅつ)術式闇影(アポカリプス)と、剣術を主体とした戦闘スタイルだったよね?」

「要約すれば、玲香は水を、俺は影と闇を操る能力だと思ってもらえればいい」

「恭哉さんの異能力は、何になるんです? それに、封じられているというのは?」

「そのまんまの意味だよ。 真炎剛爆ノ核(パイロキネシス)、炎を操れるんだけど、この世界じゃ何故か扱えないんだ」

考えられる方法で調べてみたが、第三者により封印されている可能性が高いと、章大が言葉を続ける。

それについて返ってきた答えは、慧音、妹紅、阿求の三人とも能力を封印することの出来る妖怪には心当たりがないらしい。

この返答には、更に頭を悩ませる他ない。

封印することが出来ないのなら、何故……?

「章大と玲香は、自分の異能力に対し、違和感を持った覚えはあるのか?」

「最初は術式の演算が少し遅れるぐらいで、その後は何も。 元の世界に居る時と同じように扱えますよ?」

「俺は特段変わった覚えはないな。 そして何故か恭哉の能力だけが、意図的に封じられていることになる」

「炎を操ることなら、私の妖術(ようじゅつ)でも出来るからね。 過去に起きた異変の方が、余程驚異的だと思うよ」

「妹紅の言う通りだな。 どのような方法で調査を?」

パチュリーの魔法と、自らの魔術のことを話す。

どちらも成果は得られずに終わり、詳細は謎のままだ。

玲香も、言葉をつけ加え始める。

本来、同じ(コア)によって異能力を手にしている俺たちは、互いに魔力を感知することで居場所が分かる様になっている。

魔力とは、誰しもが持っている不思議な力だが、使いこなす為には人間の手だけでは不可能に近い。

それぞれに対応した属性色を帯びている為、偽装も見抜くことが出来る。

玲香がこの世界に流れ着いた時、俺を除く四つの異なる魔力を(わず)かだがすぐに感知出来たらしい。

その為、俺との合流を果たした際に、あのように涙を浮かべたのだろう。

「へぇ、便利なもんだねぇ」

「恭哉自身に、変わったことはないか?」

「あり過ぎて困るぐらいだよ。 空も飛べないし、体内の魔力の流れも変に感じる。 昨日、一時的にだけど能力を使えたんだ。 でも、その後から体内の魔力が極端に減った様にも感じてる」

「もし誰かが意図的に封じたのであれば、恭哉さんはその一時的な間だけ、封印する能力を超える異能力を発揮した、ということになりませんか?」

「その説が有力かもしれんな。 現に、恭哉の魔力が減少しているのであれば、相違点が見受けられない」

「うおぉーって、力んだり出来ない?」

「それで封印が解かれるのなら、苦労しねぇよ……。 能力については話したし、次に聞きたいことがあるんだけど」

 

 

 

 

 

「この世界に迷い込んでしまうのは、自然的な現象なのか……もしくは、他の干渉による人為的なものなのか。 そのどちらなのかを聞きたい」

「どちらも有り得るな。 君たちの世界で言い換えるのなら、前者は『神隠(かみかく)し』となる。 後者に呼び名はないが、それを引き起こすことの出来る人物には心当たりがあるよ」

「神隠しって?」

神隠し。

天狗隠(てんぐかく)し」とも言い換えられるこの現象は、ある日人間が忽然(こつぜん)と姿を消してしまうことだ。

神が住まう場所……つまり神域(しんいき)に近い森や神社、山などがそれに該当する。

日本は発展が進み、かつて神が住んでいた場所も街に生まれ変わっていることもある為、街から姿を消すこともあるようだ。

日本には「八百万(やおよろず)(かみ)」という古来からの言い伝えがあり、文字通り八百万という神々が、この島国に住まうという意味だ。

……っていうのが、章大の説明。

俺にはさっぱり。

「この世界に行き着く以前のことは、何か覚えていますか?」

「俺と恭哉が覚えているのは、金色の髪を持つ女性と、()びた神社に居たということだけだ。 玲香は、何か覚えていることはあるか?」

「私も同じかな、金色の女の人に招かれて古い神社に連れてこられて……何か言ってた気がする。 確か「幻想郷(げんそうきょう)へご案内(あんない)」って言ってたような?」

「ご案内、か……。 まるで、こっちから君たちを招いた様な言い草だねぇ」

「既に聞いていると思うが、基本的に幻想郷と他の世界が干渉しあったり、行き来することは有り得ないことなんだ。 私たちも外の世界のことについては知らないし、外の世界側も幻想郷を認識することすら出来ない」

「だが、現に俺たちは迷い込んでる……根っこからおかしいってことか」

「神隠しである可能性も否定出来ないが、後者の方が気になるな。 意図的に神隠しを引き起こすことの出来る人物は、一体誰だ」

章大の問いに、(しば)し沈黙が流れる。

やがて慧音がゆっくりと口を開き、ある人物の名前を出した。

八雲(やくも) (ゆかり)

幻想郷を創り出し、この世界で最も古い妖怪とされている人物。

神出鬼没(しんしゅつきぼつ)であり、彼女の真意を知るものは極めて少ないらしい。

「全ての事象を根底から覆す、これが八雲 紫様の能力です」

「えーっと……どういう意味ですか?」

玲香と同じ意見だ。

言葉だけでは、どういった能力なのか全く想像もつかない。

「恭哉の能力で例えようか。 お前の能力の根源となるのは、火の原素だ。 その原素と魔力を使用することで、不可視(ふかし)の原素を視覚化する。 これが、真炎剛爆ノ核の原理になる」

「それぐらいは分かるよ。 根底から覆すって意味が分からない」

「言い換えれば、火の原素と魔力、そのどちらかが無ければ、真炎剛爆ノ核は機能しない。 だが、八雲 紫はそれを根底から覆す……つまり、火の原素や魔力も使わずに、炎を具現化(ぐげんか)することを可能にする。 それが、その能力の説明と言えるだろうな」

「章大の説明で間違いないよ。 全ての物事には「境界(きょうかい)」が存在し、それがなければ全ての事象は、一つの大きな塊になる。 そんな単純な論理でさえ、八雲 紫にかかれば新しい論理を想像しながら、論理を壊してしまうのさ」

「……慧音、多分章大以外誰も分かってないと思うよ?」

妹紅の言う通り、何一つ分からない。

章大の説明ですら理解していないのに、境界やら論理やら……。

頭が割れそうに痛くなる……。

「ま、まぁ、様々な妖怪の中でも極めて危険な人物、とだけ伝えておこうか。 ややこしくしてしまったのなら、その……すまない」

「後ほど、俺から簡単に伝えておく。 謝る必要はない。 その、八雲 紫という人物と関わりの深い者は?」

「まず、博麗(はくれい) 霊夢(れいむ)だな。 八雲 紫と共に異変解決に(のぞ)んだこともある。 そして、八雲(やくも) (らん)。 彼女に仕える式神(しきがみ)だ、人里に油揚げを買いに来る」

「あ、油揚げ……? 何でまた?」

「彼女の好物なんですよ。 因みになんですけど、恭哉さんたちの世界にも、妖怪(ようかい)という概念(がいねん)は存在するのでしょうか?」

「実在はしないけど、大体の奴は知ってるんじゃないかな」

「では、九尾(きゅうび)(きつね)はご存知ですか?」

「九尾の狐だと……? まさかとは思うが、それが八雲 紫の式神だと?」

阿求の説明によるとこうだ。

まず、式神という存在は、単体で存在しているものではないらしい。

妖怪や妖獣(ようじゅう)などの(たぐい)媒介(ばいかい)とし、式神と呼ばれる特殊な術を掛けたものを「式神」と呼ぶ。

こうすることで、術者の思う通りに強化したり、強大な実力を制御することも可能なようだ。

そして八雲 藍という式神は、「九尾の狐」を媒介とした式神であり「最強の妖獣」と、されている。

九尾の狐に関しては詳しくは知らないが、その話を聞いた章大だけが、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちをしていた。

章大によると、九尾の狐は妖怪の中でも最上位に君臨(くんりん)する程に強力な妖力(ようりょく)を誇り、様々な伝説を残しているとされている狐。

名前の通り九つの尾が特徴で、古来絶世(こらいぜっせい)の美女と(うた)われた妲己(だっき)玉藻御前(たまもごぜん)などにも化け、人々の世を迷わせる悪しき存在らしい。

またある言い伝えでは、天界(てんかい)より(つか)わされた霊獣(れいじゅう)の一種である、という話もあるそうだ。

「八雲 藍に関しては温厚な性格だ。 嫌がらせでもしない限り、手を出してくることはないよ」

「嫌がらせですか? あ! 尻尾があるなら、もふもふするとか!?」

「呪われても知らないよー? 後、関わりがあるとすれば、あの不良天人(ふりょうてんにん)か?」

「あー……確かに関わりはありますけど、不仲もいい所ですからね……。 幽々子(ゆゆこ)さんは如何(いかが)です?」

「その、幽々子さんというのは?」

八雲 紫と旧知の仲である西行寺(さいぎょうじ) 幽々子(ゆゆこ)という人物。

白玉楼(はくぎょくろう)」と呼ばれる場所で暮らし、「冥界(めいかい)」の管理を任される亡霊(ぼうれい)

……って、亡霊?

既に死んでいるってことなのか?

妖怪や妖精(ようせい)だけではなく、まさか亡霊まで暮らしているとは。

この世界の住人が死んだら、一体何になるんだ……?

「西行寺 幽々子も、特段話が通じない相手ではないだろうし、八雲 紫について、何か聞き出せるかもしれないな」

「白玉楼には亡霊や幽霊が巣食うと聞いている。 ……仕方ない、そこも俺が行こうか」

「玲香ちゃんじゃなくてもいいの?」

「私お化けダメなんですよねー……あはは……」

顔を真っ青にしながら言う玲香。

妖怪は平気なのに、心霊系のものは駄目らしい。

……って、このままじゃ俺何も出来なくないか?

 

 

 

 

「なぁ、俺は何もしなくていいのか?」

「お前には吸血鬼(きゅうけつき)との問題があるだろう? それを終えたら、出来るだけ同じ場所に固まり、情報が揃うまで待機だ。 現に、お前は何度死にかけている?」

「実際生きてるからいいだろ。 変な疑いまで掛けられてるのに、じっとしておくなんてごめんだぞ」

「水を差すようだが、あまり命を粗末にするものではないぞ?」

「それは分かるんだ。 でも自分は何もしないで、代わりに誰かが何かをしてそれで傷付くなんてことがあったら、そっちの方が嫌なんだよ」

今のままでは、役に立たないことも十分に分かる。

それでも、自分の信念だけは曲げたくはない。

――隣から、何かを投げられる。

怪しげに光るそれは、引き込まれそうな程の紫色をしていた。

封魔結晶(ふうまけっしょう)大図書館(だいとしょかん)にある魔導書(まどうしょ)を参考に作ったものだ。 結晶内に大量の魔力を封じ込めてある。 本当に危機に面した時、それを使うといい」

魔力さえ回復すれば、もう一度一時的に封印を解き、能力を扱えるだろう、とのことらしい。

暴走したフランの力さえ(しの)がんとした程だ。

並の妖怪相手なら、敵にさえならない。

使い所は、考えておかないとな……。

「あの、(やぶさ)かではあるんですけど、恭哉さんと吸血鬼との問題というのは?」

「大した問題ではない。 レミリアの妹である、フランドールとのすれ違いがあってな」

その言葉を聞くと、驚いた様子を見せる阿求。

阿求の著書(ちょしょ)である「幻想郷縁起(げんそうきょうえんぎ)」という書物がある。

そこには幻想郷に存在する、ありとあらゆる妖怪について記している書物であり、代々受け継がれ、日々書き記されていくものらしい。

当然、そこにはレミリアやフランなどの吸血鬼のことも書かれている訳で。

妖怪と人間との関係性や友好度を知る阿求からすれば、紅魔館に暮らす人間以外の人間が、親密な関係を持つことが異端であり、驚く他ないようだ。

「フランドールさんが気に入るだなんて……これは、情報の修正が必要かも……。 私も一度お会いした事があるんですけど、そんな素振り一切なかったので」

「えっ? フランと会ったことがあるのか?」

「正確な情報を記さないと行けませんからね」

「そろそろ、次の話題に移りたいのだが、構わないか?」

慧音が持ち出した次の話題。

それは、幻想郷を現れた見慣れない妖怪たちのこと。

少なくとも俺の記憶には、その様な姿を見た覚えはないが……。

合流するまでの二人の動きは知らない為、こちらも気になる所だな。

「通常の妖怪というのは、皆人語を話すことが可能なのか?」

「話すことが出来るのは、ごく一部のみになるな。 何かしらの能力を施していたり、弾幕を用いたりと……中には、私たち同様にスペルカードを持つ者もいる」

「成程。 特段怪しい妖力を持つ者には出会っていないな。 この世界に流れ着いた際、試し斬りと魔術の試用で何匹か遭遇したぐらいか」

「私も最初に遭遇したぐらいかな? それからは、話せる人にしか会ってないかも」

「そうか……。 恭哉はどうかな?」

「俺も特には会ってないな。 嫌な雰囲気を感じることもなかったし……。 そういや、その見慣れない妖怪の被害はあるのか?」

「幸いなことに、まだ被害は出ていないよ。 博麗の巫女が出向いて退治していないこともあるから、まだ表立った行動には至っていないのだろう」

被害がないなら良かったか……。

このことを聞く限り、皆も無事なようだし。

「もし遭遇した場合は、悪いことは言わない。 無理に対峙せず、何とか逃げ切って欲しい」

「分かった……とは、素直に言えないな。 けど、無茶しないことは約束するよ」

「有難う。 さて、他に聞きたいことはあるかな? もしなければ、恭哉と個別で話をしたいのだが」

「俺は構わないけど、お前らは?」

章大と玲香、それぞれが首を横に振る。

急ぎで聞き出したい情報は入手したし、また分からない所が出れば、聞きに来ればいいだろう。

「俺はこの後、妖怪の山に向かう。 玲香はどうする」

「うーん、私も遅くなるって言ってるし、章大について行こうかな」

「妖怪の山か。 どんな用事かは知らないが、麓の所に先程言った東風谷 早苗が暮らす『守矢神社』があるよ。 時間があれば、寄ってみるといい」

「分かった。 すまないな、長居して」

「気にしないで、外まで送ってくよ」

「ありがとう妹紅さん! それでは、失礼しますね」

妹紅に連れられ、部屋を後にする二人。

その姿を目で追った後、慧音と阿求と向き合うことに。

「この世界に来たばかりなのに、すまないな。 呼び止める真似をして」

「気にしてないよ。 で、話ってのは妹紅が戻ってきてからでいいのか?」

「そうだな、少し待っていてくれ」

 

 

 

 

数分も経たぬ内に、妹紅が部屋へと戻ってくる。

先程とは違う、妙な空気感。

明るく談笑(だんしょう)する雰囲気ではない。

「さて……。 これから話す内容は、察しが付いていると思うが、君が異変の首謀者として疑われている件についてだ」

「やっぱりそれか……。 先に聞くけど、誰から聞いたんだ?」

「私が鈴仙ちゃんから聞いて、慧音と阿求に伝えたんだ。 もちろん、根拠なんてないし、疑っちゃいないけどね」

「私たちも同じ意見でな。 君たちの話を聞く限り、君たちの来訪と今回の異変が関係しているという可能性は、極めて低いと思う」

「俺もそう思ってるよ。 けど、それを証明するものがないんだ。 鈴仙の誤解は解けたようだけど、まだ妖夢には疑われたままだし」

昨日の夜のことを話す。

その話を聞き、真っ先に阿求が口を開く。

幻想郷縁起にも妖夢のことも記しているらしく、その事も踏まえた阿求の見解はこうだ。

まず、魂魄(こんぱく) 妖夢(ようむ)は「半人半霊(はんじんはんれい)」という種族。

文字通り半分が人間であり、もう半分は幽霊(ゆうれい)らしい。

人間に対しての接し方こそ危険が少ないものの、真っ直ぐ過ぎる性格故、よく他の意見に流されがち。

このことから、俺が異変の首謀者であるということは、妖夢自らが導いた答えではなく、第三者から聞かされた可能性がある……。

これが、阿求の見解だ。

慧音、妹紅共にその説が正しいと思うようで、同意見らしい。

「つまり、鈴仙ちゃんと同じで、根っから疑っている訳じゃないってことじゃないかな?」

「鈴仙より誤解を解くことは難しいだろうが、必ず疑いは晴れるはずさ。 無論、私たちで力になれることがあれば言ってくれ」

「助かるよ。 でも、妖夢の前にもう一つ解決しなきゃならないことがあってさ」

「先程言っていた、フランドールさんとのことですか?」

阿求の問いに、黙ったまま首を縦に振る。

あまり話してもいいものかと迷ったが、素直に事を告げてみた。

少なくとも、俺よりフランのことを知っていそうだし……。

「フランドールさんは、能力精神共に不安定な波があると推測しているんです。 なので、波が穏やかな時にもう一度話すことが出来れば、きっと分かって頂けますよ」

姉であるレミリアよりもどこか落ち着いており、冷静な判断も出来ると言葉を付け加えていた。

この点に関しては、フラン自身も言っていたことがある。

……単なる思い込みすぎで済めばいいんだけどな。

このまま関係が(こじ)れたまま、紅魔館に戻るのもどこか気分が悪い。

ここでの話し合いが終わった後、少し時間を潰して紅魔館に戻るとするか……。

阿求の言う通り、もう一度話せば、分かってもらえるかもしれないし。

「それにしても、吸血鬼相手に生きていることも奇跡的だが、まさか気に入られるとはな……」

「姉の方はワガママなお子様だからねぇ。 人妖問わず好かれるなんて、あの巫女みたいだね」

「巫女? それって、霊夢のことか?」

「あぁ。 雰囲気もどことなく似ている気もするな」

あいつとか……。

自分では分からないが、この世界の住人が言うのならそうなのか……?

「霊夢さんとお会いしたことは?」

「昨日会ってるよ。 何なら、博麗神社で目が覚めたんだ」

「成程……おそらくだが、恭哉が何故この世界に流れ着いたのか、ある程度の想像はついたかもしれないな……」

慧音によると、どうやら神隠しの他に「幻想入(げんそうい)り」という言葉が存在するらしい。

幻想入りとは、外の世界に暮らす「人間」に存在を忘れ去られた人物や物事、物体そのものが境界を()て、幻想郷へと流れ着くことのよう。

……忘れ去られたのか……?

いや、そんなはずはない。

一人だけならまだしも、現段階で俺たちは全員で六人居る。

その六人全員が、ある一定の期間で存在そのものを忘れ去られることなど、普通は有り得ない。

そう、普通ならば絶対に……。

「その幻想入りっていうのは、どの世界でも起こりうることなのか……?」

「どうだろうか、私たちも外の世界の全てを知っている訳ではないからな……。 既に知っているかもしれないが、幻想郷と他の世界は基本的な干渉は一切ないんだ」

「私たちから外の世界を把握出来ませんし、外の世界も私たちの世界を見ることも境界を越え、やってくることもありません」

「でも今こうして恭哉たちが、この世界に居る……。 やっぱり、誰かが意図的にやったとしか思えないかな。 その真相は分からないけど」

「さっき言ってた、八雲 紫って奴を中心に当たって行った方がいいのか?」

「普通では会うことも難しいですが、それが最も回り道のように見えて、近道なのかもしれませんね……。 後、御二方(おふたかた)にはお伝えしなかったのですがもう一人、八雲 紫様に近い人物が居るんです」

 

 

 

 

 

摩多羅(またら) 隠岐奈(おきな)

八雲 紫同様に古くからこの世界に住んでいる賢者の一人。

この世界の創造にも一役買っているらしく、尊大(そんだい)な人物らしい。

同じく会うことは難しいようだが、俺たちの来訪と関係している可能性が高いと、阿求は告げる。

八雲 紫に摩多羅 隠岐奈、か……。

今まで通りこの世界に溶け込みながら、この二人の人物について調べておいた方が良さそうだな。

簡単に教えて貰えるかは分からないけど。

「気になったんだけど、どうして摩多羅 隠岐奈のことは章大と玲香には伝えなかったんだ?」

「玲香はともかく、章大に教える訳には行かなかったんだ。 彼なら、どんな手を尽くしてでも、これらのことを調べ上げ、戦いを挑みに行くだろう」

「それは俺も同じだぞ? 訳の分からない疑いまで掛けられてるんだし、穏便に済ませる気はないからな」

「そういう面では、恭哉の方が冷静な判断が出来るってことさ。 妖怪の山に向かった後、章大は必ず八雲 紫を追う。 だから私たちは、摩多羅 隠岐奈については語らなかった」

「どういうことなんだ? いまいち話が見えてこないんだけど……」

「端的に言えば、君たちの実力では二人には、到底追いつけない。 博麗の巫女でさえ、手を焼くレベルだ。 次元が違う」

霊夢は、この幻想郷の異変を解決し、世界の均衡(きんこう)を保つ役割を担っている。

俺を除いた五人が束になっても、八雲 紫や摩多羅 隠岐奈とは、勝負にもならない……ということらしい。

「俺なら深追いはしないけど、章大ならそうはいかないってことか?」

「あぁ見えて結構、根は熱いだろ? 瞬時に命を落としてしまうだろうから、一人に絞ったのさ」

「八雲 紫様は幻想郷の安全を第一に考えますが、摩多羅 隠岐奈様は、多少の危険は(かえり)みずに、崩壊寸前のことまでやり兼ねない傾向にあります。 これが、御二方の決定的な違いなんです」

「なら、どうすりゃいい? 首謀者として追われながら真相を追っていたら、いずれ限界が来る。 俺だって、我慢強い方じゃないんだ」

「恭哉たちの来訪や異能力、今回の異変を含め、まだ情報が足らなさ過ぎる。 ある程度の情報が出揃うまでは、出来るだけ表立ったことはしないこと。 それだけは、私たちと約束して貰えないだろうか」

その約束の条件の代わりに、玲香たちの安全やこの世界に滞在する間の生活の手助けを、してくれるようだ。

願ってもいないことだが……完全に守れるとは思っていない。

自分のことは自分が一番理解している。

「……善処はしてみる」

「……やはり、完全には飲んでもらえないか……。 この世界なら、死以外の状態なら、完治することは理論上可能だ。 仲間のこともあるだろうし、命だけは大事にしてくれ」

「慧音は固すぎるよ。 私はそれぐらい図太い神経の方がいいと思うけどね……まぁ、無理はしないでよ」

「なんか、最期のお別れみたいだな……。 大丈夫、悪運は強い方だし。 色々教えて貰って助かったよ、また顔出しにくる」

「こちらもお待ちしておりますね。 また、お話を聞かせて下さい」

それぞれに別れを告げ、部屋を後にする。

校舎の窓からは、日が少し落ちた夕暮れの光が差し込んでいる。

直に夜になりそうだ。

今朝からかなり時間が経ってしまったが、フランはどうしているだろうか……。

それと、寺子屋を訪れることとはまた別の用事があったような……?

誰かに呼ばれていたような……そんな気がする。

……思い出したら、また明日向かうとするか。

今やらなきゃならないのは、フランとの和解。

寺子屋から外に出ると、昼間の雰囲気とは違った景色が広がっていた。

人通りは少なく、少し遠くまで見通せるぐらいだ。

流石に、昼と夜は元の世界と同じか……。

寺子屋の方を振り返ると、上の階層の窓からひょっこりと、阿求が顔を覗かせていた。

目が合うと、軽く手を振ってくる。

こちらも微笑み返し、手を挙げ返事を返す。

すぐに振り返り、人里の出口へと歩いていく。

この場所で聞くことが出来た、様々な憶測や情報。

頭の中を埋め尽くすには、充分過ぎる量だ。

気持ちを切り替えるため、深く息を吸い込む。

躊躇(ためら)いや不安を吐き捨てる様に息を吐き、紅魔館へと続く帰路についた。



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第9話 蠢くモノ

登場人物紹介


上白沢(かみしらさわ) 慧音(けいね)
元々は人間だったが、後天的に半人半妖(はんじんはんよう)となった人物。
しかし人間を愛し、常に人間側に立って行動している。
その対象は幻想郷の人物だけに留まらず、異世界からの来訪者である恭哉たちに対しても、情報の提供や親身になって話す場面も多く見られる。
妹紅(もこう)の数少ない理解者でもあり、心優しい人物。
……だが、彼女の頭突きには注意が必要だ。


稗田(ひえだの) 阿求(あきゅう)
人里にある由緒ある家系「稗田家」の現当主であり、九代目「御阿礼の子」
幻想郷縁起(げんそうきょうえんぎ)」と呼ばれる、幻想郷の妖怪について記した書物の著者でもあり、毎日様々な物事を書き記している。
個人的な感情で、前例のない来訪者たちに興味を持ち、聞いた話と独自の考えを記述した、秘蔵の著書を密かに制作しているらしい。
見た目に似合わず、結構毒舌家。


 

 

 

 

 

 

 

 

人里(ひとざと)での用事を終え、紅魔館(こうまかん)へと向かっている。

鬱蒼(うっそう)と続くこの道は、昨日も通った馴染みある場所だ。

日も完全に落ち、辺りは夜の静寂(せいじゃく)が包み込む。

黒土の道を踏む足音だけが響き渡り、風に揺られる草木の音さえ聞こえない。

昨日、ここをフランと通ったんだっけ……。

紅魔館へと帰った時、フランはもう一度話してくれるだろうか?

レミリアは、フランのことを無事に落ち着かせているのだろうか?

今はただ、それだけが気になっている。

――もし、初めから真実を告げていたら、どうなっていたのだろう……。

今よりも、もっと悪い結果になっていたのか……もしくは、簡単に受け入れられ、今も尚共に歩いていたのか。

何度考えても、答えは浮かんでこない。

何故ここまで固執(こしつ)してしまうのか、自分でも分からずにいた。

単に血の繋がった妹に似ているから、ただそれだけなのか……?

あの時走り去ってしまったのは、阿求(あきゅう)の言う「精神が不安定な波である状態」だったのだろうか……?

……ダメだ、考えれば考える程に深みに落ちてしまう。

一度、頭の中を払拭(ふっしょく)した方が良さそうだ。

あくまで自然体に居られる様にしないと……。

無意識に止めていた足を、再び動かしていく。

相変わらず、足音以外に聞こえてくる音はない。

夜の闇に包まれた草木たちも、昨日と何も変わらない。

昼間は少し蒸し暑く感じたし、虫の一匹でも居そうだけどな。

そう思った時、木の幹で何か(うごめ)く物が視界に入った。

近付いてみると、見慣れない蜘蛛(くも)の姿があった。

足の数や形は変わらないが、ここまで大きな物は初めて見たかも。

――って、見つめてても意味無いか。

薄気味悪いし。

特に気にも止めず、その場から離れていく。

そういえば、慧音(けいね)たちが言っていた、見慣れない妖怪(ようかい)

それらは、時間帯関係なく出現するものなのだろうか?

普段生息している妖怪の姿も知らないし、遭遇しても分かんないだろうな。

妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する。

それが、この幻想郷での(おきて)だ。

当然、今この場所でもその掟は適用されている訳で……。

出来るだけ遭遇したくないものだ。

何せ、戦える力もないし。

昨日のフランとの戦闘時の様に、あんな奇跡は二度もないだろう。

自由に扱えるなら、ある程度は切り抜けられそうなのになぁ……。

腕試ししてみたい奴も、何人か居るしな。

「……おーい……!」

ふと、声が聞こえてきた。

この声……何か聞き覚えが……?

思わず足を止め、声が聞こえてきた方へゆっくりと振り向く。

闇に包まれあまり姿は見えないが、近付いてくる軽い足音のお陰で、誰かが居ることが分かる。

「あれ、聞こえてないのかー……?」

「聞こえてるよ。 誰だか知らないけど、何処に居るんだ?」

「何だよ、私だって。 ほら、こっちこっち」

「こっちって、どっちだよ」

何かに背中を軽くつつかれる。

それで、ようやくその姿を認識することが出来た。

ウェーブの掛かった(かす)かに光る金色の髪と、それと同じ金色の瞳。

顔を見る為に、その姿を見下ろしてしまうぐらいに背丈に差があるが、白と黒の帽子がその役割を無くす。

「よっ! 昨日ぶりだな」

「昨日ぶりなんて言わないだろ普通。 まぁ、また会ったな……魔理沙(まりさ)

「お、流石に覚えてたか。 こんな所で何してるんだ?」

「これから帰るとこ、そっちは?」

「奇遇だな、私もこれから家に帰るとこだよ」

「そうだったのか。 それじゃ、気を付けてな」

「そっちこそ、またなー」

それぞれが振り返り、歩を進めようとした時。

「逆方向かよ……」

「なんだ逆かー」

……つい、殆ど同じ台詞を口にしてしまった。

再び向き合うと、何故か笑いが込み上げてくる。

それは魔理沙も同じ様で……。

「あっははは! なぁ、私は今暇を持て余してるんだが、ちょっと付き合ってかないか?」

「はぁ……何か、悩んでんのがアホらしくなってきた。 いいぜ、付き合うよ」

「悩んでたのか? そんな風には見えなかったけど?」

「色々あったんだよ」

気分転換には、丁度いいかもしれないな……。

目の前にいる魔法使(まほうつか)い、霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)の暇潰しに付き合うことになった。

 

 

 

 

 

「この辺でいいかなーっと」

魔理沙と会った場所から少し歩き、木々の中へと入っていく。

一本の木を魔法で倒した魔理沙は、その上に腰を下ろす。

隣が空いているぞと言わんばかりに、倒れた木を手で軽く叩いている。

こうも軽々と木を倒すとは……。

っと、待たすのも悪いか。

魔理沙の隣に座り、夜空を見上げてみる。

昨日は紅魔館からの景色だったが、木々に生える葉たちの隙間から微かに見える星々も、何処か風流を感じる。

……風流とかよく分からないけど。

「なんだ、星が好きなのか?」

「そういう訳じゃないよ。 昨日とは違う景色が、なんかいいなってさ」

「なんだそれ。 そういや、腕の怪我はもう何ともないのか?」

「あぁ、仲間に治してもらったよ」

「そっか、良かった……。 本当にすまなかったな、医者に連れてくって約束だったのに」

「魔理沙のせいじゃないだろ? それに、あそこで振り落とされていたから、出会えた奴も多いし、逆に感謝してるよ。 ありがとな」

「どういたしまして。 本当、変わってるよなー……お前って」

昨日は見る暇なんてなかったが……。

魔理沙も、団子を食べていた時の霊夢(れいむ)と同じ、魔法を扱っていなければ、普通の女の子なんだな。

魔法使いと人間って、同じ(くく)りに入るのだろうか……?

「な、なんだよ、人の顔じっと見て」

「何でもないよ。 そうだ、京一(きょういち)玲香(れいか)に会ったって聞いたけど」

「えっ、知ってたのか!?」

「玲香から聞いたんだ。 元気そうだったか?」

玲香が言っていたのだが、京一がこの世界で初めて会ったのが、どうやら魔理沙のようだ。

人里を歩いていた所を声を掛けられ、アリスという人物の家に連れられ、そこで玲香と合流することが出来たらしい。

まぁ、風貌(ふうぼう)は似ていないにしても、服装は同じだったからな。

今は違うけど。

「怪我とかもしてないし、人里の民家で世話になってるらしいぜ? 何か、そこの仕事を手伝う代わりに、泊めて貰ってるってさ」

「京一らしいな。 あいつ生真面目だからなぁ、俺には絶対無理だ」

「全く似てないもんな! 私も初めて話した時、びっくりしたよ」

「ほっとけ。 他の誰かには会わなかったか?」

「いや、私が会ったのは玲香と京一と、恭哉だけだよ。 私とはぐれた後、何処に居たんだ?」

「あの後、この辺りを歩いてたら紅魔館に行き着いてさ。 そこでフランに会って、遊んでたよ」

その事を話すと、驚きを見せる魔理沙。

阿求も同じ反応をしていたが、やはり普通じゃ考えられないことのようだ。

「まさかフランに会うなんてなぁ。 大丈夫か? 襲われたりしなかったか?」

「殺されかけたよ、何とか気に入られて生き延びてるけど」

「相変わらず悪運が強いなお前は。 変わり者にも程があるぜ」

「お前にだけは言われたくない」

何だと、と仔犬(こいぬ)の様に(うな)る魔理沙。

背が低いのもあって、やっぱり小動物感が(いな)めないな……。

……そうだ、丁度周りには誰も居ないし、あのことを聞いてみるか。

「話は変わるんだけどさ、最近見慣れない妖怪が増えたってのは本当なのか?」

「よく知ってるな。 私もまだ見たことないが、居るのは確からしいな。 何処の誰が絡んでるのか知らないが、被害が大きくなる前に解決しないとな」

「……それなんだけど、一部の間で俺がその異変の首謀者じゃないかって、疑ってる奴らが居るんだ」

「お前を……!? いやいや、そんなの有り得ないだろ。 だって、戦えないって言ってたじゃないか」

「玲香や京一と会ったんなら、少しは聞いているだろ? 俺たちのことや、異能力のことも……」

静かに(うなず)き返す魔理沙。

この様子を見る限り、魔理沙へ疑いを掛ける必要はなさそうだな……。

当初怪しんでいた中で、まだあれから会っていないのは霊夢だけになるが……元から最も可能性が低いと思っていた為、やはり違う奴を当たる方が良さそうだ。

――先程聞いた二人を当たるのが、一番いいか……。

「誰から疑われてるんだ? 私から言ってやるぞ?」

「いや、それが誰なのかはまだ分かってないんだ。 ……魔理沙は疑わないのか?」

「疑う訳ないだろ。 今まで色んな奴を見てきたが、お前はとても異変を起こす様な奴には見えないからな」

「……喜んでいいのかそれ。 あ、他の皆には内緒な?」

「教えなくていいのか? いざって時に、助けてくれるかもしれないだろ?」

「いいよ、余計な心配掛けたくないし」

「そ、そうか? ……なんか、恭哉と霊夢って似てるよな」

容姿とかではなく、考え方や雰囲気が、魔理沙から見ると似ているらしい。

――そんなもんなのか……?

やっぱり、こっちの世界の感覚はよく分かんないな……。

「あいつも、基本一人が好きだからさ」

「あーそこは同じかも。 って、この辺虫多くないか?」

「ん? 確かに今日はやけに多いな……あっちいけ、えいっ」

ふと視界に入る木々。

座っている倒木の幹や、地面に何匹かの虫が居た。

それも同じ様な蜘蛛ばかり。

ちょっと気味悪いな……あまり得意な方じゃないし。

「んー、仕方ない。 空中散歩に切り替えるか。 また後ろ乗れよ」

「そうさせてもらうよ。 んじゃ、行きますか」

倒木から腰を上げようとした時だった。

 

 

 

 

 

「えっ?」

つい間抜けな声を、二人揃って出してしまう。

月夜の闇とは異なる、黒の細い足が何本か見える。

視界を上げていくと、能面(のうめん)彷彿(ほうふつ)とさせる白い顔に、蟷螂(かまきり)の様な腕と銀白色(ぎんはくしょく)の爪らしきもの。

薄く光り、一目見ただけで鋭利なものだとすぐに分かった。

聞き取りにくい金切り声を上げながら、こちらを(にら)み付けている。

虫にしては大きすぎるし、足が多くあんなにも巨大な爪を持つ生き物なんて見たことがない。

――ってことは……!?

「しゃがめ!!」

頭を下げた瞬間、後頭部を爪が(かす)める。

外傷はないものの、後ほんの少し遅かったら……首ごと斬られていただろう。

目だけで目の前の生き物を見上げてみると、右腕が上に上がっている。

――振り下ろしてくる気か!?

魔理沙に飛び付き、抱き抱えたまま倒木から離れる。

「な、なんだよあれ!?」

「知るか!! とにかく逃げるぞ!!」

二人揃って背を向け全速力で走り出す。

あんな禍々(まがまが)しい生き物を見たのは、久し振りだ。

「って、私が逃げる必要なかった! 私の弾幕をお見舞してやる!!」

走りながら、エプロンのポケットらしき場所を探り始める魔理沙。

こんな時になんと流暢(りゅうちょう)な。

「お、あったあった! 吹き飛ばされんなよ!? 恋符(こいふ)『マスタースパーク』!!」

魔理沙が手にする小さな箱から、虹色の巨大なレーザーが発射される。

これは確か、昨日の……。

神社で目が覚めた時、変な因縁を付けられ、最初に見た魔理沙の攻撃。

その時よりもずっと大きなそのレーザーは、あの生き物を包み込んでいく。

だが……。

「うわっ、ピンピンしてる!!」

「はぁ!? 手抜いてないだろうな!?」

「そんなことするか!! 火力のない弾幕なんて、キノコのない鍋みたいなもんだぜ!!」

「知るかそんなもん!! 魔理沙は左側に行け! 回り込んで振り切るぞ!!」

俺の指示通り、魔理沙が大きく左側へ円を描きながら走っていく。

こちらも同様に右側へ走るが、あの生き物の足音はこちらに近付いている。

やっぱ狙われるよな!!

木々を走り抜ける中、視界の横で再びあの鋭利な爪が迫っていた。

しゃがみ込めば、難なく避けられるが……今の勢いを殺してしまい、次に繋がらない。

あの爪……少し触れただけでも、皮膚を切り裂いてしまいそうだ。

こうなったら、一か八か……!!

爪が頭部へと迫るその瞬間に姿勢を低くし、前方へと滑り込んでいく。

空を掠ったのと同時に近くの木に手を掛け、遠心力に任せ身体を大きく滑らせる。

手が離れた瞬間に駆け抜ける足を戻し、生き物との距離を取った。

「よっしゃ! こういう追いかけっこなら得意――おわっ!? 無茶苦茶するなお前!?」

上半身を回転させたのか、辺りの木々を一斉に斬り裂いた。

どうなってんだ……こいつの身体は……!?

「恭哉!! そこ動くなよ!!」

声のする方を振り向くと、箒に(またが)り青白い光弾を放とうとする魔理沙の姿があった。

瞬時にそれを放ち、生き物の胴体を捉える。

直撃したのか、微かに身体がよろめいた。

「ちぇっ、転んだりしないか。 それなら、もう一発!!」

再び光弾を放とうとしたのと同時に、生き物の背中が開き薄い膜が広がり始めた。

目に見えない程に膜をはためかせ、空へと飛び上がった。

今更かもしれないが、変な生き物というより……あれ虫か……!?

先述した通り、蜘蛛の様な足に、蟷螂の様な爪。

おまけに甲虫類の薄い羽と、見上げる程の巨体。

「あ、バカ! 避けろ!!」

「えっ? うぉあっぶね!!」

巨大な虫が飛び上がったことにより、標的を失った光弾は真っ直ぐに飛んできていた。

魔理沙の声で間一髪回避出来たもの……あれを喰らったら一溜りもなさそうだ。

「すまんすまん、まさか飛ぶと思わなくて」

「いや、俺も余所見してたしお互い様だ。 それより、あの飛んだ虫どうする」

「退治するしかないだろ? もしかすると、あいつが見慣れない妖怪ってのかもしれないしな」

箒に跨ったまま、こちらに背を向ける魔理沙。

「乗れよ。 今回は特別だ。 こ、腰ぐらいなら掴んでてもいいぜ?」

「いや、棒のとこで十分だよ。 乗るぞ」

魔理沙のすぐ後ろに跨り、箒の棒をしっかりと握る。

その動作を確かめたのか、ゆっくりと足が地を離れていく。

「あいつは私の獲物だ。 妖怪退治は、博麗の巫女だけの仕事じゃないからな」

「油断すんなよ、あいつ何してくるか分かんねぇし」

「大丈夫だって。 魔理沙さんが弾幕ごっこってのを見せてやるから、瞬きせずに見とけよな!!」

「流石にそれは乾燥するから無理だな。 代わりに、目ん玉ひん剥いて見届けてやるよ!!」

「いや、それも乾くだろ。 あー身が入らん。 とにかく行くぞ!!」

 

 

 

 

魔理沙と共に、上空へと飛び上がっていく。

対する虫の妖怪はというと、羽をはためかせたまま、こちらをじっと見据えていた。

あの面が顔でいいのか……?

玲香が遭遇したら絶対泣き出してるなあれ。

「動かないなあいつ。 どこぞの付喪神(つくもがみ)と同じで、何考えてるのか分からん」

「あぁ無表情だとな。 ただ、異様なまでの妖気(ようき)は感じるよ」

「そんなのも分かるのか? ……本当に人間か?」

「戦ってる後ろで呟かれててもいいなら、事細かく教えてやるけど?」

「それはお断りだな。 戦い終わってから語ってくれ」

「へぇへぇ。 くっそー、戦えないってのも暇だなぁ」

「そんなこと言うのお前ぐらいだぞ……。 さてっと、あいつが動かないなら、こっちから仕掛けるまでだ、いくぜ!!」

箒が瞬時に加速し、虫の妖怪目掛けて突進していく。

対する虫の妖怪は両腕を広げ、爪の射程内に入るのを待っている。

あんな見え透いた攻撃に当たる程、こちらは未熟ではない。

挟み込まれるであろう寸前の距離で急降下し、腹下を通り抜けていく。

その間、奴の腹部を見上げてみたが、何やら奇妙な模様が描かれていた。

薄暗くよく見えなかったが、自然的に出来た模様とは思えない。

「うわー、後ろから見ても気持ち悪いなこいつ」

「生々しいよな……って、何探してるんだ?」

「ん、ちょっとな。 お、あったあった」

そう言いながら、何やら小さい瓶を手にする魔理沙。

中に何が入っているのかは分からないが、それを手にしたまま虫の妖怪の頭部へと飛び上がっていく。

こちらにはまだ気付いていないのか、左右に小さく動いているのが見えた。

反応速度は鈍いのか、いい情報だな。

丁度いい位置に来たのか、魔理沙が瓶を投げ付ける。

妖怪の胴体に触れた瞬間、青白い光を放ちながら爆発した。

「魔理沙さん特性の魔法薬の効能は爆発だ。 熱加減はどうだ?」

「そんな危険なもん、よく持ち歩いてんな……」

「調合も魔法使いの(たしな)みだからな。 いやー私の溢れ出る魔法の才能には、つくづく惚れてしまうぜ」

「その自信を汚すようで悪いけど、全然効いてないみたいだぞ?」

爆発による噴煙が消え去った後、こちらに視線を向け低く唸る妖怪。

心無しか怒っているようにも見える。

やがて能面の口が開き、赤黒い閃光を放ち始めた。

一筋の軌道を描き、真っ直ぐに飛んでいくレーザー状の光。

弾幕に入るのか……?

「おっと、そうこなくっちゃな。 恭哉、今の私は結構じゃじゃ馬だ。 しっかり掴まってろよ!」

急発進した衝撃で、身を切る疾風。

思わず目を細めてしまう程だ。

じゃじゃ馬と自負していた通り、少しでも気や力を抜いてしまえば、昨日と同じで振り落とされてしまう。

一層、握る力を強める。

こんな時に戦えないなんて……情けなさすぎるだろ……!

魔理沙が飛ぶ軌道を追うように、先程の赤黒いレーザー状の弾幕が放たれる。

まだまだスピードに余裕はあるものの、どこかもどかしい。

魔理沙の奴……こっちに気を使ってるんじゃ……?

「魔理沙、これじゃあ(らち)が明かない。 俺のことは気にしなくていいから、全力でやっていいぞ」

「全力で飛んでるって。 けど、気にしなくていいんなら……もう少し速く出来るけど?」

「それでいい。 最悪落ちても何とかなるだろ……化けて枕元に出てやる」

「そうなったら霊夢にお祓いして貰わないとな。 ――よし、行くぜ!!」

先程よりも速いスピードで、虫の妖怪を翻弄していく。

こちらの動きを捉えられないのか、その場で身体を捻らせることしか出来ていない。

「変な戦法だし弾幕ごっこらしくないが、まぁいいだろう。 派手なやつ撃つから、しっかり掴まってろよー!!」

魔理沙の持つ八角形の箱。

その中心に光が集まり、虹色の閃光を描き出した。

箒を持つもう片方の手をさっと離し、こちらに瓶を手渡してくる。

魔理沙曰く、攻撃の前に攪乱(かくらん)の役目代わりで投げてくれとのこと。

こんな速いスピードの中、中々無茶なこと言ってくれるな。

――まぁ、やるけどよ……!

「一度降下して、そこから一気に上空まで上がる。 上昇する間に、あいつ目掛けてそいつを投げて欲しいんだ」

「当てられるか分かんないけど、やってみるよ。 ぶつけるだけでいいんだな?」

「おぅ! 名前はそうだなー魔理沙さん特性スペシャルボムって所で」

「お断りだ。 とっととやるぞ」

「ちぇっ、釣れない奴。 よしっ、いくか!!」

宣言通りこちらの動きに翻弄されている内に、虫の妖怪の近くを通りながら降下していく。

ようやくこちらを見つけたのか、爪を振り回すが、魔理沙のスピードの前では当たらない。

角度と勢いをつけ、一気に上昇していく。

こちらの軌道を見つけ、能面と目が合った瞬間。

「顔面真っ白で気分悪そうだな。 俺たちから選別、特性の魔法薬だ!! 飲んで寝てなっ!!」

姿勢を崩さない様に、右腕で魔法瓶を虫の妖怪目掛けて投げる。

丁度顔の辺りに直撃し、爆発の噴煙と閃光に包まれていく。

「ナイスだ! さて、お次はこっちだ!」

虫の妖怪を見下ろす程までの距離に達した時、その場で制止する魔理沙。

先程の箱を構え、溢れ出んばかりの閃光を解き放つ。

星符(ほしふ)『ドラゴンメテオ』!!」

七色の激しい光線が、流星の(ごと)く降り注ぐ。

避けられるはずもなく直撃し、地面へと叩き付けられていく。

地上に達した時、衝撃音が生まれ、辺りに響き渡った。

俺も魔理沙も勝利を確信し、地上へと降り立って行く。

「私の魔法も大したもんだろ、はっはっは!!」

「俺の時にやられたら、死んでるなーこれは」

「お前に負けるつもりはないからな。 さてっと、こいつも一応弾幕を使ってきた訳だし、見慣れない妖怪で間違いないのかもな」

「妖怪もみんな弾幕を?」

「もちろんだ。 力の大小や美しさに違いはあるが、扱える奴が大半だよ。 その気になれば、恭哉も弾幕とスペカも使えるんじゃないのか?」

「どうだろうな、鈴仙(れいせん)にスペルカードってのは見せてもらったけど、一々覚えるの面倒だし、その場その場でやる方が俺には合うかも」

「弾幕の良さから学んだ方がいいな。 私が教えてやろうか?」

「機会があればな」

「機会なんて作るもんだぜ。 んじゃ、暇潰しの続きでもするかなー」

その場を立ち去ろうとした時だった。

ある異変に気付く。

 

 

 

 

 

「魔理沙……あいつ、どこに行った……?」

「どうしたんだよ急に。 その辺に転がってないか?」

「ないんだよ……あいつの死体が。 あれだけでかいんだ、動けば絶対に気付く」

辺りを見回しても、どこにも虫の妖怪の死体が見当たらないのだ。

先述した通り、動けば必ず気付く。

まさか……まだ死んでなかった……!?

あれだけの攻撃を受けて……虫が生きてるってのか……!?

物音一つしない空間を、必死に見回す。

どこだ……どこに居る……!!

「おいおい、あの高さから私の弾幕をまともに食らったんだ。 形を保ってるのもおかしいぐらいなんだし、居る訳ないだろ?」

「いや、完全に消滅しなくても、身体の肉片や血痕が残っててもおかしくないんだ。 それがどこにもないんだぞ!?」

「大丈夫だって、私が粉々に――」

「――っ!? 魔理沙!!」

ふと視界に入った光景。

魔理沙のすぐ背後に、あの虫の妖怪が立ち爪を振り下ろそうとしていた。

名前を叫んでも、魔理沙が回避するのは間に合わない。

……傷付けさせる訳には……!!

魔理沙との立ち位置を入れ替える様に、両肩を掴み身体を(ひね)る。

爪が振り下ろされるのと、俺の背中が虫の妖怪に向けられるタイミングは……殆ど同じだった。

背中に激しい痛みが走る。

思わず顔を歪めてしまう程だ。

「お前……何で……!」

斜め十字の傷を入れた後、先程よりも太く強靭な脚で二人(まと)めて蹴り飛ばされる。

離れない様に、傷を負わせない為に無意識に強く抱き締めていた。

木々にぶつかる寸前に、自らの背中も木の幹が面する様に身体を向け、衝撃を自分の身体のみに抑えた。

……よかった、魔理沙に怪我は見られない。

「……おい、大丈夫か!? 何で私を(かば)ったんだよ!!」

「こうするしか、間に合わなかったんだよ……!! あいつはまだ弱っちゃいない……お前だけでも逃げろ……!!」

「そんなこと出来るか!! 待ってろ、私がすぐに――」

「さっきの弾幕を食らっても平然としてるんだぞ!! ……俺が捕食されてる間に、誰か呼んでこい!! 一人なら無理でも、何人か集まれば……」

「それが出来るかって言ったんだよ!!」

耳に触る羽音を響かせながら、こちらへとやってくる虫の妖怪。

その姿に、まだ魔理沙は気付いていない。

――こいつ、姿を変えたのか!?

先程には見られなかった、(さそり)の様な尾をこちらへと伸ばしてくる。

「魔理沙!! 速く飛べ!! また後ろに居るぞ!!」

「えっ!? く、くそっ!! 離せ!!」

瞬く間に魔理沙の身体へと尾を巻き付けていく。

尾の先端にある巨大な針が、少しずつ魔理沙の身体へと近付いていくのが見えた。

どうにかして引き剥がさないと……!

でもどうやって……!?

背中を切り付けられてから、身体の動きが鈍い。

肉体が重く感じる訳ではなく、脳から伝わる神経の一つ一つが遅く感じる。

蜘蛛と蟷螂、そして蠍。

考えられるのは、形状を変えてから毒を持った可能性が高い。

即死級の毒ではないのが幸いか……って、そんなこと分かっても何も解決にならないだろ……!

「ぐっ……このっ……!!」

徐々に締め上げる力が強まっていくのが、外から見ても分かる。

今の状態で殴ったって、締め付けを解く所か返って自らを危険に晒すだけだ。

毒が全身を(むしば)むのも時間の問題。

フランの戦闘の時とは、比べ物にならない。

昨日は自分の身だけを守りつつ、時間経過を待てばよかった。

だが、今回は違う。

魔理沙の命もある。

攻撃の一発一発は威力も速度も高いが、耐久面は普通の人間と変わらないはず。

ましてや、身体は俺よりも小さい女の子だぞ……?

そう長い時間は掛けていられない。

――本当の危機に面した時、それを使うといい。

脳裏に過ぎった、章大の言葉。

そうか、封魔結晶(ふうまけっしょう)か……!

際限のない魔力(まりょく)が込められているらしいが、これを使った所で自らの能力を扱えるのかは分からない。

しかし、今はこれ以外に手段はない……。

震える腕を無理矢理に動かし、封魔結晶を手に取り強く握り締める。

この世界に、神様なんてものが存在するかは分からない。

もしも、神様が居るのなら……。

一回だけ……微笑んでくれよ……!!

封魔結晶を握ったまま、腕を地面に叩き付ける。

痺れる腕じゃ割れないが、衝撃を与えれば割れるはずだ。

身体の奥底から、紅の魔力が込み上げてくる。

灼熱の炎撃(えんげき)が、虫の妖怪の尾を溶かし切断する。

――なーんだ、妖怪も天狗も吸血鬼も居るんじゃ……神様も居るってことか……。

神々や宗教なんて信仰するつもりはないが、お供え物ぐらいはしておくか。

「――炎神招来(えんじんしょうらい)真炎剛爆ノ核(パイロキネシス)!!」

 

 

 

 

身体中を駆け巡る魔力と、燃え盛る灼熱の炎。

これだ、この感覚。

昨日の奇跡の一時と、殆ど同じだ。

唯一違うのは……目の前の誰かを救いたい炎と、熱く(たぎ)憤怒(ふんぬ)の炎、ただそれだけ。

「お前……恭哉、なのか……?」

「あぁ、事情は後で話すよ。 立てるか?」

尾を切断したことで締め付ける力が緩まり、地に伏せていた魔理沙に手を差し伸べる。

何が起こったのか分からない、そんな顔をしていた。

それは俺も同じ、まさか本当にあの結晶でどうにかなるなんて、思いもしなかった。

「普通なら自由に使えるんだがよ、今は一瞬だけなんだ。 その時間内で、あいつを潰すぞ」

「何か作戦でもあるのか?」

「そんな回りくどいものなんてないよ。 一人じゃ無理でも、二人なら勝てる」

「……分かった、独り占めしようと思ったんだかな。 手柄は半分こだ」

歩合制(ぶあいせい)にしたいけどな。 んじゃ、とっととやるか」

「その前に一つだけ聞かせてくれ。 お前のその赤い()は、昨日私と戦った時と同じなのか……?」

そっか、今は眼が赤いのか。

玲香たちも言っていた気がするな……。

眼が赤くなった時の恭哉は、凄く強いけど怖いって。

自分では分からないけどな。

「……分からない。 昨日のあれは、本当に何が起きたのか分からなかった」

「そっか……。 私もミニ八卦炉(はっけろ)も、準備万端だぜ。 いつでも行けるぞ」

「こっちもOKだ。 ――次は跡形もなく(ちり)にしてやるよ、腐れ外道(げどう)が」

先程切断した尾の部分を高く掲げ、こちらへと振り下ろしてくる。

魔理沙は左側、俺は右側へと回避し次の出方を見る。

爪を大きく広げ、その場で回転の動作を取る虫の妖怪。

どの方向でも避けられるが、追撃に繋ぎやすいのは上か。

「飛ぶぞ」

「おう! ……って、ここじゃ箒に届かないぞ?」

「こっちだって飛べるよ。 魔理沙はそのまま空中戦に備えてくれ、その間は俺が何とかする」

「分かった、無茶すんなよ!」

早めに回避動作を取り、ほぼ同じタイミングで上へと飛び上がる。

既に空を目指す魔理沙の姿は追わず、こちらへと視線を向けてきた。

爪も脚も動かすことはなく、叩き付けていた尾を伸ばしてくる。

切断したこともあり、こちらに届くとは思えないが……。

難なく回避するが、何処か様子がおかしい。

やけに長く感じる尾をよく見てみると、その場には存在しないはずの巨大な針が迫っていた。

「へぇ、再生能力(さいせいのうりょく)もついてんのか。 まぁ、当たんないけどよ」

勢いをつけ尾を振り切り、胴体へと突進していく。

腕に炎を集中させ後ろへと引き、胴体に達する瞬間に炎撃を放った。

今までに感じたことない触感は、心底気持ちが悪いが、それはどうでもいいだろう。

胴体に纒わり付く邪魔者を排除しようと、数本の脚が入れ替わりで迫ってくるが一撃一撃を確実に回避し、反撃を与えていく。

やがて表面の殻が破れ、黒みのかかった緑色の液体が(したた)り始める。

「血は緑色か。 あんま見たくないし、そろそろ上でやろうぜ」

下腹部へと潜り込み掌底と蹴り上げで、黒の巨体を宙に浮かす。

追い打ちを掛ける様に、幾度となく炎撃を浴びせながら魔理沙が待機している上空付近を目指す。

目標付近に達した時、炎を纏った回し蹴りで巨体との距離を離した。

「滅茶苦茶やるなお前。 何かあいつが哀れに見えてくるよ」

「魔理沙に手を出した以上、それ相応のケジメは付けさせる。 それだけだ」

「お、おぅ……。 ――あっ!! あいつもう来るぞ!!」

魔理沙が叫んだ通り、もうこちらの眼前へと爪を振り上げた状態で迫っていた。

回避行動は取らず、左腕に虫の妖怪の爪が突き刺さるように上に掲げる。

「恭哉!! お前、爪が!!」

「大丈夫、心配すんな。 ――緋炎脚(ひえんきゃく)

爪を抜き取った後、止血する前にもう一度炎を纏った回し蹴りで、腕の付け根を狙う。

虫の妖怪の甲殻は簡単に溶け、腕を切断する。

下へと落ちる腕を引き上げ、奴の胴体へと切断された爪を突き刺した。

黒緑色(こくりょくしょく)の血液が水飛沫(みずしぶき)の様に吹き上げ、形容しがたい呻き声をあげ始めた。

「終わらせるぞ」

「わ、分かった! 魔砲(まほう)『ファイナルスパーク』!!」

聞き覚えのあるスペルカードだ。

確か、魔理沙の攻撃の中でも一際威力の高いものだ。

瞬時に準備出来るとは……やっぱり、実力は高いみたいだな。

おっと、関心してる場合じゃなかった。

煉舞(れんぶ)炎神掌(えんじんしょう)!!」

真紅の燃え盛る炎を腕に集中させ、一気に拳を放つ技。

七色の砲撃と、一色の炎撃が交差し虫の妖怪を挟撃(きょうげき)する。

夜空に溶け込む程に細かくなり、灰の様にゆらゆらと揺れながら地へと落ちていく、かつての虫の妖怪。

同じ過ちを繰り返さぬ様、魔理沙に目で合図を送り地上へと降下していく。

降り立った先には黒く黄ばみ、解読し(がた)い一枚の紙切れと、普段見慣れた小さな蜘蛛がその場で力尽きていた。

よく見れば、虫の妖怪の下腹部にあった模様と同じものが、力尽きる蜘蛛の腹部に施されている。

どういう原理であの姿になったのかは分からないが、この世界でいう異変に絡んだ妖怪の一種で間違いないだろう。

明日、この紙だけでも見せておくか……。

汚れた紙切れを拾い上げると、また灰の様に下へと落ちていった。

……何だったんだ……?

「な、なぁ。 本当に恭哉なんだよな……?」

「あぁ、海藤 恭哉で間違いないよ。 どんな姿になっても、俺は俺だ」

「あれ? 眼が茶色に戻ってる?」

「……多分、今のでまた魔力が尽きたんだろうな。 それより、怪我してないよな?」

「私は大丈夫だよ、お前のお陰でな。 恭哉こそ、私を庇った傷があるだろ……?」

「あーあの背中のやつか。 そうだ、先に返り血を洗い流してもいいか? このまま帰ったら、またレミリアに怒られそうだし」

不思議そうな顔をしたまま、頷く魔理沙。

昨日と同じ場所なら、確か近くに湖があったはず……。

そのことを尋ねると、案内してもらえるようだ。

魔理沙の後をついて行くことに。

 

 

 

 

 

「空き瓶でいいなら貸してやろうか?」

「助かるよ。 うっ、夜の水って案外冷たいんだな……」

魔理沙の帽子の中にあった空き瓶を貸してもらい、湖の水を掬い先程の虫の妖怪の返り血を洗い流していく。

背中や腕の傷に()みるが、まぁいいだろう。

帰ったら章大(しょうた)に治療させよっと。

「洗いながらでいいんだけどさ、何で私を庇ったんだよ。 あの時、何もしなかったらお前は怪我を負わずに済んだのに」

「変なこと聞くよな、魔理沙って。 そんなの、魔理沙に傷付いて欲しくないからに決まってんだろ。 お前と親しい奴に、俺のせいで大怪我させた、なんて情けなくて言えないし」

「だからって、恭哉が身体張ってまで助けなくても良かったじゃないか!! 一歩間違えてたら、本当に死んでたかもしれないんだぞ!?」

「あれぐらいで死ぬもんか。 封魔結晶のお陰で能力も使えたし、それに俺の身体には別の血が――」

「そういうことじゃないんだよ!! 私が……私が昨日から、お前のことをどれだけ心配したと思ってるんだ!!」

ふと、洗い流す手を止める。

魔理沙が上から見上げる形で、すぐそこに迫ってきていた。

普段は帽子に隠れていて見えにくいが、今ははっきりとその表情が分かる。

「昨日文との追いかけっこで、私はお前の姿を見失った。 探しに行こうと思ったんだが、私は先に人里に向かったんだ。 文が恭哉の仲間を見つけたって言ったから、他にも居るんじゃないかってさ」

「そこで出会ったのが京一だろ?」

「京一から色々と聞いたんだ、お前のこと。 まだ出会って間もないのに、恭哉の昔のことを聞いてると段々とほっとけなくなってきてさ……。 それで、ずっと心配していたんだと思う……私らしくないがな」

京一が……?

一体何を話したのかは分からないが、良いことも悪いことも含め、俺のことばかりを話したはずだ。

兄として認められなかった頃から、今に至るまでのことを……。

「恭哉は誰かの為なら、自分の身すらも投げ出して助けようとする、そんな人だって京一は言ってたよ。 さっきのお前なんて、まさにそうだ。 よく出会って間もない奴の為に、命を張れるよ」

「そう思うのは普通だよ。 京一にどこまで聞いたのかは知らないが、俺がそうするのには理由があるんだ」

「理由? どんなだ?」

魔理沙にその理由を話そうとするも、言葉に詰まってしまう。

自分そのものを変えたといっても過言ではない過去の出来事。

玲香たちにさえ、打ち明けることを躊躇った時期があったぐらいだ。

昨日今日会ったばかりの人物に話しても……何になる……?

だが、魔理沙の表情や言動から察するに、悪い印象は持たれていないはずだ。

しかし、こればっかりは……。

「どうしたんだ?」

「……いや、何でもない。 悪い、話すのはまた今度でもいいか?」

「私は構わんが、尚更気になるんだよなぁ」

「俺にとってその話は、あまり思い出したくないというか……話す勇気がいるというか……そんな感じなんだ。 本当にごめんな」

「いいって、謝る必要ないだろ? 私も変なこと聞いたな、すまん。 でも、一つだけ聞きたいんだ。もし、今日一緒に居たのが私じゃなかったとしても、同じ風に助けていたのか?」

「形や方法は違っても、助けてただろうな。 けど、絶対とは言えない。 今日この場に居たのが魔理沙だったから、俺は飛び込んででも抱き締めてでも庇ったんだと思うよ」

「――はぁ!? お、お前それってどういう――」

「んじゃ、また明日な」

「おい待てって!! こらー逃げんな!!」

背中の傷跡を隠す為、羽織っていた上着を手でぶら下げる。

何度か魔理沙の声がしたものの振り向かず、手を振って空返事をしておいた。

さて、帰ったら帰ったでフランとの話し合いか……。

それに良くも悪くも気分転換になったし、決心も着いた。

今なら、きちんと話すことが出来る気がする。

少し前までは重かった足取りも、今では何も感じずに真っ直ぐ歩けている。

(もう少し待っててくれよ……フラン)

再び静寂の訪れた暗闇の道を、ただ歩いて行った。




ご閲覧頂き、ありがとうございます。

ここから霧雨魔理沙視点と、引き続き海藤 恭哉視点と物語が分岐いたします。


霧雨魔理沙視点である「流星編」へはこのまま次へ

海藤恭哉視点である「煉舞編」へは、お手数ですが、目次から煉舞編にお進みください


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東方幻奇譚 焔ノ章 流星編
第1話 黒炎


新年あけましておめでとうございます。

前話までご閲覧頂きありがとうございます。


前述した通り本話からは霧雨魔理沙編の物語になります。

時系列は少し遡り、第9話「蠢くモノ」の後の物語を魔理沙視点で書いていきます。


是非、お楽しみくださいませ。


 

 

 

 

 

 

 

 

――この場所に居たのが魔理沙(まりさ)だったから、助けたんだと思うよ。

背中を向けたまま、闇夜(やみよ)へと歩いていく大きな人影。

なんだよそれ、意味分かんないって……。

たとえ私じゃなかったとしても、お前は助けていただろう……?

突如として現れた見慣れない妖怪(ようかい)

私の弾幕(だんまく)やスペルカードを持ってしても、その硬い甲殻(こうかく)には傷一つさえ付かなかった。

この世界でも、桁外れに高い火力を有していると自負(じふ)しているくらいだ。

私だって自分の力を認めているし、誰にも負けないと思っていた。

だが……一筋の炎撃(えんげき)によって、その意思は砕けようとしていた。

あれは、弾幕じゃない。

あんなのデタラメだ。

それでも……猛々(もうもう)しくも美しい、鮮やかさの中に強靭(きょうじん)さを(まと)った焔色(ほむらいろ)の光は、私の目をたちまち奪っていく。

妖怪の尻尾に拘束され、どうしようもなかった私を……その光が助けてくれた。

――あんなにも見惚(みと)れた光は、何年振りだろう。

こんな光を放つ星も、宇宙にはあるのかな?

っと、いつまでもここには居られないか。

既に私だけとなった漆黒の空間に背を向け、ゆっくりと歩き出す。

(大丈夫かな……あいつ……)

慢心しきっていた私を、自らの身を犠牲にして(かば)ってくれた。

その時の傷は、並大抵のものじゃなかった。

死の淵に追いやられようとしているのに、あいつはこう言ったんだ。

お前だけでも逃げろ、って。

そんなこと出来る訳ないだろ?

私は魔法使(まほうつか)いなんだ、私は戦える。

そんなボロボロなお前より、ずっと強いんだ。

見捨てる真似なんて……出来ない……。

それでもあいつは、私のことを必死に逃がそうとしていた。

あんな状況で、自分も私も助かる手段があったっていうのか……?

いや実際には助かったんだが、どうも納得が行かない。

何故なら、急に人が変わった様に虫の妖怪を翻弄(ほんろう)していたんだ。

逃げ回っていたのに、その身の全てを燃やし尽くさんとしていた。

元から強い奴は何人も知っているが、あんな例は見たことがない。

風の噂では聞いていたが、あぁいうのを特異(とくい)な人間、っていうのかな。

――うーん、私らしくないな、こんなに考え込むなんて。

いかんいかん、一度頭の中を空っぽにしないと。

夜空は綺麗だし、空中散歩に(いそ)しむとするか。

(ほうき)(またが)り、地を蹴り空を目指す。

何故だろう、いつもよりも速く飛んでいる気がする。

何処までも執着(しゅうちゃく)してくるな、あいつは。

……いや、それは私か。

あれ、何で私はあいつのことを気にかけるんだ?

あいつの弟から、少しだけ話を聞いただけだぞ?

難癖(なんくせ)付けて戦いを挑み、鴉天狗(からすてんぐ)に追われ。

再会したと思ったら、見慣れない妖怪相手に共闘。

たったそれだけだ。

(こだわ)る理由なんてないはずなんだ。

なのに……あいつが頭から離れない。

心地良いものじゃないのは確かなんだ。

過去に一度抱いたことのある、この暗い感情。

私と歳も変わらない癖に、魔法を習得し高い魔力を持つ私よりも、ずっと強い一人の少女。

いつもだらけていて、その場所に(まつ)られている神様さえ知らない。

何かに真剣に取り組む姿なんて見たことがないのに、平然と私の前を歩き続けている。

私が走ったとしても、追い抜く所か、追い付くことさえ出来ない。

必死に努力しても、顔色一つ変えずに持ち前の才能だけで、強くあり続けている。

――出会った頃からしばらくは、ずっと悔しかった。

最初は自分が制定したルールだから、自分が有利になる様に仕掛けているのだと思っていた。

けれど、それは単なる私の思い込みに過ぎなかった。

吸血鬼(きゅうけつき)亡霊(ぼうれい)も月の賢者や月から逃げてきた姫、閻魔(えんま)に神様であっても、あいつが負けることはなく、異変解決の名の元に勝利を手にしていた。

天才、という言葉があいつ……霊夢(れいむ)には良く似合う。

何度も涙を(こら)え、必死に追い付こうとしていた。

誰にも頼らず、誰にもその姿を見せようとせず。

ただひたすらに努力を積み重ね、私自身の力として誇示(こじ)し続けてきた。

今でも懐かしいよ。

けれど今、その感情がまた出てこようとしている。

……恭哉(きょうや)が、霊夢に似ていると感じた理由が、今分かったかもしれない。

誰が相手だとしても(へだ)たりなく親しまれる雰囲気と、際限のない実力。

付き合いの長い霊夢であっても、まだ本気の力は見たことがない。

恭哉なんて……まだまだ実力を隠しているに決まっている。

あの炎も……あいつにとっては、小さな花火程度にしか思っていないのだろう。

「なんなんだよ……くそっ……!!」

自然と、唇を噛み締めていた。

こんな悔しさ……久し振りだよ。

そういえば、異変の首謀者として疑いを掛けられるって言ってたな。

何となく分かるかもしれないが、私の中では信じられない気持ちの方が(まさ)っている。

……信じたくない、という方が正しいのかもしれないが。

(ギクシャクする……まだ起きてるかな?)

空中散歩を中断し、ある場所を目指すことにした。

 

 

 

 

 

先程とは違う草木が生い茂る場所。

魔法(まほう)(もり)、この場所はそう呼ばれている。

どの時間帯であっても、日光や月光が届くことは殆どなく、常に薄暗く湿った土地感ということもありジメジメしている。

環境が適しているのか、この場所は様々な(きのこ)が多数生息しており、その茸による胞子(ほうし)も舞っている。

その為一般的な人間や、妖怪にとっては居心地が悪い場所であり、この場所で暮らしているのは変わり者が多いという。

私もその一人なんだがな。

この場所に生息する、食用の茸を除いた物を総称して「化物茸(ばけものたけ)」といい、幻覚作用や魔力(まりょく)を高める効能を持つ。

魔法使いになる者や、自らの魔力を高めたい者にとっては、最適な場所とも言われている。

そんな奴、最近はあまり見ないがな。

比較的見通しがいい場所に降り立ち、ある場所を目指す。

魔法の森の中心部に向かって進むと、この場所には似合わない一つの建物がある。

純白色(じゅんぱくいろ)の壁と紺色(こんいろ)の屋根で、西洋風の造りが特徴的な場所である、マーガトロイド(てい)

アリス・マーガトロイドという人物が住んでいる場所で、今私が向かっている場所だ。

七色(なないろ)人形使(にんぎょうつか)い、(ひと)(かたち)(つか)魔法使(まほうつか)いと称され、その名の通り私と同じ魔法使いだ。

アリスとは何度か共に異変解決を行った仲だが、その程度。

常に一緒に居るような仲良しこよしではない。

皮肉めいたことが言える程には、関係はあるのかもしれないが。

向こうが私をどう思っているかは知らんがな。

アリスの家を訪れる目的は、アリス本人ではない。

恭哉と時を同じくして、この世界に流れ着いた人間の一人である少女、木ノ内(きのうち) 玲香(れいか)

恭哉とは親しい仲らしく、恭哉の弟である海藤(かいどう) 京一(きょういち)も、玲香のことをよく話していた。

血の繋がった家族ではなく、友人からの観点で見たあいつのことを、少し聞いてみたいと思ったのだ。

先程感じた悔しさの感情ではなく、単に友人として聞きたい。

……本当、あいつに対する感情は、どれが正解なんだろうな。

考え事をしながら歩いていくと、前方にマーガトロイド邸が見え始めた。

まさかこうも時間が経つことが気にならないとは……。

用事を終えたら、すぐに寝た方がいいなこれは。

魔法使いには本来、睡眠や食事といった人間が生きていく上で必要不可欠な動作は必要ないのだが……。

それぞれ捨食(しゃしょく)の魔法、捨虫(しゃちゅう)の魔法を会得し自らに掛けることで、完全な魔法使いになることが出来る。

人の姿をしながら、中身は全くの別物。

これは魔法使いになったらのことであって、残念ながら私はまだそこの領域に達してはいない。

だから「普通(ふつう)魔法使(まほうつか)い」なんだよ。

……そういや、あいつも似たようなこと言ってたっけ。

一応人間、とだけ言っておくよ、って……。

……っていかんいかん、何かあったらすぐあいつのことが頭に過ぎる。

全く、私らしくない。

気付けば、木製の扉の前まで来ていた。

明かりはまだ()いているし、起きていそうだな。

扉を軽く叩き、中の反応を待つ。

すぐに扉が開かれ、見慣れた人物が現れる。

ふんわりとしたセミロングの金髪に、赤いリボン。

青く透き通った瞳と、少し深めな青の長いワンピース。

その容姿はまるで人形の様。

「こんな時間に珍しいじゃない、しかも玄関からなんて」

「どこもかしこも窓から入ると思ったら大間違いだぜ。 私はこそ泥じゃないぞ」

「どの口が言うんだか。 で、どうしたの?」

「玲香ってまだ起きてるか? ちょっと用があって来たんだけど」

「えぇ、起きているわよ? 奥の部屋でちょっと手伝い事をね。 すぐに終わるでしょうし、中で待ってて?」

アリスの家であるマーガトロイド邸は、魔法の森で迷い偶然にもここに辿り着いた人間なども、快く受け入れ泊めている場所でもある。

しかし、綺麗な外装とは裏腹に、部屋の中の至る所に人形が置かれている。

そして、アリス本人も自ら話したがるタイプではない。

これらの理由から不気味でたまらない為、たちまち逃げ出したくなるそうな。

まぁ、私には関係ないがな。

「何手伝わせてるんだ? お前には人形たちが居るだろ?」

「あの子、あぁ見えて裁縫が上手でね。 上海(シャンハイ)たちの服を新調したくて、衣服作りを手伝ってもらってるの」

アリスの言う上海たちというのは、人形の名前だ。

上海に蓬莱(ホーライ)和蘭(オランダ)仏蘭西(フランス)……まぁ堅苦しい名前が多いんだ。

私にはどれがどれだか分からないが、アリスは全て把握している。

そのどれもが自分で作成したものであり、弾幕ごっこ以外の日常生活でも使っているようだ。

「できたー!!」

突然聞こえてきた大きな声。

思わずビクッと身体が反応してしまうが、その声には聞き覚えがある。

「アリス見て見て!! 出来た!!」

「はいはい分かったから走らないの。 見せて?」

「了解しましたー!! あれっ、魔理沙だやっほー」

「お、おぅ。 人形の服作ってたんだろ?」

「うん! じゃじゃーん、どうこの出来!?」

先程の声の主、木ノ内 玲香が手にしている小さな衣服。

普段の人形たちの服装はアリスと少し似ているのだが、今手にしている服装は私も見慣れないものだ。

……というか、玲香の服装に少し似ているような?

薄いベージュ色の(そで)のない服と、白のシャツ。

チェック柄の濃い灰色のスカート。

「……うん、糸の(ほつ)れもないし縫い目も隠れてる、いい出来ね。 早速着せてみるわ」

「アリスも着てみる? 私の貸したげるよ?」

「結構よ。 そういうの似合わないと思うし」

「そんなことないよ!! アリスはすっごくすっごく可愛いんだから、絶対似合う!!」

「……もう、今度ね」

「本当!? やったー!!」

「事ある事に抱きついて来ないで!!」

……あのアリスが、ここまでたじろぐとは。

玲香の独特のペースというか、乗せられない気がしないな。

「魔理沙も着てみる?」

「私もそういうのはいいかな。 そうだ、今日はお前に用があって来たんだよ」

「私に? ……もしかして告白……!?」

「するか!! 聞きたいことがあるから来たんだよ!」

……本当に掴み所がないなこいつは。

まぁ、そんな奴は(るい)を見ないし、見てる分には面白いがな。

「聞きたいことって? ここだと話し辛い?」

「うーん……そうだな。 あくまでも私個人の問題だし」

「魔理沙の問題? よく分からないけど、外の方がいいってことだよね。 アリスー、ちょっと出掛けてくるねー」

「えっ? えぇ、気を付けてね」

アリスの家を後にし、一度外へと出る。

どこか腰を掛けられる場所もないし……空中散歩と並行しようか。

「なぁ、玲香って空は飛べるのか?」

「もちろん! あーでも魔理沙は箒に乗るんだよね?」

「そうだな。 後ろ乗せてやろうか?」

「ううん、それは今度でいいや。 私だけ飛ぶのも寂しいし、これをこうしてっと……」

何やらブツブツと呟き始める玲香。

何も無い場所に青色の光が宿り、円を描いていく。

いくつもの線が交わり、一つの方陣が現れる。

魔法……なのか?

「出来た! これに乗っていくね」

 

 

 

 

 

「あ、泡か……?」

「うん。 私の水を操る能力『行雲流水(アクアライトスフェノス)』のお陰だよ。 最初はこんな泡でも苦労したんだけどねー……じゃあ行こっか」

軽く柔らかい音を立てながら、泡に寝そべる玲香。

そのままゆっくりと浮上していき、風の抵抗を受けることなく上昇していく。

なーんか気の抜ける飛び方だな……。

私も箒に跨り、玲香の後を追う。

今まで色んな奴を見てきたが、こんな風に飛ぶ奴は初めて見た。

「魔理沙も乗ってみる?」

「遠慮しとく、私にはこいつの方が合ってるからな」

「そういえば、聞きたいことって?」

「ちょっと、恭哉のことでさ。 さっきたまたま会ったんだけど……」

あの妖怪との戦闘のことは話してもいいよな?

確か、異変の首謀者として疑われていることは、玲香たちには話さないで欲しいって言ってたし、そこは伏せておこう。

「この世界に見慣れない妖怪が現れてるっていうのは知ってるか?」

「遭遇したことはないけど、慧音(けいね)さんから少しだけ聞いてるよ?」

「その見慣れない妖怪っぽい奴に襲われてさ、その時に初めて見ることが出来たんだよ。 恭哉の(あか)()を」

「えっ……!? 待って、恭哉は今能力が使えないんじゃ……」

「私もどんな手を使ったのかは分からない。 けど、いきなり人が変わったように思えたんだ。 離れていても息苦しくなる程の炎、今でも覚えてるよ」

炎の魔法や、炎の妖術(ようじゅつ)を扱う奴は知っているし、弾幕ごっこの経験もある。

私だって研究を重ねれば、炎の魔法など容易く扱えるはず。

しかし恭哉の炎の能力は、その比にならない程に、絶大なものだった。

もしあれが、まだ本気じゃなかったとしたら……?

想像しただけで、顔が(けわ)しくなるのが自分でも分かる。

「私さ、油断してて妖怪に攻撃されそうになったんだ。 でも、あいつが身を張って助けてくれた。 教えて欲しいんだ、何故あいつは……あそこまで、他の誰かが傷付くのを嫌がるのか。 出会ったばかりの奴にも、その身を犠牲(ぎせい)にしようとしてまで、助けようとするのか」

「……私でいいなら、話すよ。 恭哉も、魔理沙に自分の過去が知られて、嫌がる事はないと思うからね」

恭哉の過去、か……。

話すのには勇気がいる、とあいつは言っていた。

一体どんな理由が……?

「飛びながらでもいいの?」

「私は構わんが、お前はどうなんだ? どこかに降りるなら、それでもいいぞ?」

「ううん、私もこのままでいいよ。 少し長くなるけど、大丈夫?」

玲香の言葉に、首を縦に振る。

その様子を見て、玲香が前を向きながら、口を開き始めた。

「私が恭哉にその話を聞くことが出来たのは、つい最近のことなんだ。 半年前ぐらいだったと思う」

「本当に最近なんだな。 あいつが話したがらなかったのか?」

「うん……恭哉にとって、今の自分と昔の自分は全く違う者って認識みたい。 昔の恭哉は友情とか仲間とか、何かを守るとかは全部ただの綺麗事で大嫌いな言葉だって言ってたの」

自分さえ強ければ、どの場所でも生きていける。

(あらが)ってくるものも、(すが)り付いてくるものも、その全てを蹴落とし自らの道を進み続ける。

その進路に、自分以外の人間が居ると邪魔だ。

周りなんて、勝手にしていればいい。

自分は自分、というのが昔の恭哉の生き方だったらしい。

しかし、あることをきっかけにその考えは綺麗さっぱり無くなったようだ。

「恭哉はまだ小学校に上がる前にお母さんが亡くなって、その数年後にお父さんが何者かによって、殺されているの。 その犯人を探す為に、一人で遠い場所に行ってずっと一人で生きてきた」

「追い出されたとかじゃなくて、亡くなったのか……私ももう親と縁がある身じゃないし、自分から出てったもんだからな。 正しい感情かは分からんが、辛かったと思うよ」

「東京の他に大阪っていう場所があってね、そこに一人で行っていたの。 でも、ある事件が起きて恭哉は東京に戻って、私や結衣(ゆい)と出会ったんだ」

「その事件ってのは?」

中学校と呼ばれる施設に通っていた頃に、それは起こった。

その施設内に居た人間を無差別に惨殺(ざんさつ)する悲惨な事件。

恭哉自身も怪我を負ったが、唯一生存した人物であり、それ以外は全員死亡。

本当の孤独、不幸にもそれを手にしてしまったのだと玲香は言う。

まだ十歳にもならない頃に、兄弟とは別の生き方をしたことで、残された家族の中でも立場がなかったらしい。

中でも弟である海藤 京一との仲は最悪だったようで、京一は恭哉のことを兄とは認められずに居た。

自分を置いて遠い場所に言ったのではなく、離れていた間の恭哉の行動に問題があったようだ。

「中学の頃の恭哉は、毎日誰かの喧嘩を買ってばかりだったんだよね。 自分より弱い人には手を出さなかったみたいだけど、一対多数の喧嘩も引き受けたりして、ずっと自分以外の誰かを傷付けるだけの生き方をしてたんだ」

「でもその事件をきっかけに改心したってことか?」

「ううん、すぐにはそんなことなかったよ? 能力を手にしてからしばらくの間も、私も今みたいに仲良くなかったから」

「その能力ってのは、どうやって手に入れたんだ?」

「私は恭哉と同じ場所で契約(けいやく)を結んだの。 どんな状況だったかなー……うーん……」

契約?

玲香や恭哉に、能力のことを教えた人物が居るってことなのかな?

その事を聞いてみると、どうやら「精霊(せいれい)」というものが関わっているそうだ。

精霊って、確かパチュリーが詳しかったはずだな。

今度聞いてみるか。

「あ、分かってるかもしれないけど、私たちの中で一番強いのは間違いなく恭哉だよ? 私じゃどう頑張っても追い付けないって思うもん」

「何でだ? そこは努力とかでどうにかなるんじゃないのか?」

「ううん、たとえ追い付いたとしても、すぐに追い抜かれると思う」

すぐに追い抜かれるか……。

私にはそんな経験ないな。

あいつには、まだ追い付くことが出来ていないからな……。

 

 

 

 

 

「えーっと、魔理沙……? 大丈夫?」

「……んにゃ、すまんすまん。 ちょっと考え事」

いかんいかん、まただ。

昨日までは何ともなかったんだがな……。

「話が()れちゃったよね。 恭哉の強さは置いといて、次は何を話せばいいのかな?」

「能力について聞いてたんだ。 単に炎を操るだけなのか、気になってな」

「そっか、魔理沙はそこに気付いたんだね」

意味深な発言をする玲香。

どういうことだ?

「私たちは決められた属性を操る能力を持っていて、恭哉もそこは同じだよ。 でも、恭哉だけは、それには当てはまらない」

「まだ能力を隠して持ってるのか……?」

「恭哉の本当の能力は、体内の魔力を無限に増幅させることなんだ。 これを見て?」

胸元から一つの青いペンダントを取り出し、私に見せてくる。

水天一色ノ核(スペルオブウンディーネ)、玲香の水を操る能力の正式な名前らしい。

形は違えど、恭哉たちの仲間は皆同様のものを所持しているようで、恭哉もその例には当てはまる。

「中にはブレスレットだったり携帯と同化していたり、剣に宿っていたり……形は色々あるんだけど、恭哉はその実体がないんだ」

「失くした……って訳ではなさそうだな」

「うん、恭哉は一度能力戦で命を落としかけているの。 死の一歩手前に至る前に、核を身体と同化すること、そして失った人間の血液を魔族(まぞく)の血液で補うこと。 その二つを行うことで、恭哉は一命を取り留めたんだ」

魔族の血(ギルティブラッド)、それが人間と魔族と呼ばれる血が合わさった状態だ。

核というものは、常に魔力を少しずつ形成する力を持ち、それが玲香たちの能力の源となっている。

しかし身体と同化させた恭哉の場合、人間が元々持つ新陳代謝(しんちんたいしゃ)自然治癒力(しぜんちゆりょく)、それらと核の魔力を生む力が合わさり、無限に魔力を生み出すことを可能にしている。

なら何故、恭哉は自由に能力を扱えないんだ?

「魔力を無限に作り出せるんなら、恭哉が能力を使えないって言うことと矛盾してないか?」

「そうなんだよね……一応、能力を用いて魔術を使う際には原素(げんそ)っていうものも必要になるんだけど、恭哉は基本的には魔術(まじゅつ)を使えないから、魔力さえあれば戦えるはずなんだよね」

魔力を生み出す機能が失われている訳ではないが、能力は使えない。

……その生み出された魔力が、何処かに流れている……?

そんなことをして、一体何の得があるんだ……?

外の世界からの人間に、そこまでのことをする理由なんてないだろう。

「なぁ、思ったんだが玲香たちの言う『魔力』と私たちの世界で言う『魔力』は違うものなのか?」

「うーんどうだろう……考えたこともないから、分かんないや」

「もし同じなら、恭哉を魔法の森に連れてこいよ。 化物茸の幻覚作用は、魔力を高める効果があるんだ。 もし恭哉の体内に少しでも魔力が残っていれば、それである程度の能力は扱えるようになるはずだぜ」

他にも方法はあるだろうが、魔法の森に連れてくることが一番安全だろう。

現に、魔法使いを目指す者もこの場所で魔力を高めることがあるからだ。

「……試してみるしかないよね。 明日連れてきてみる。 魔理沙は明日時間あるの?」

「私か? まぁ特に用事がある訳じゃないしな、恭哉を連れてくるなら案内してやるよ」

「その時は宜しくね! 私アリスの家しか行ったことがないから、よく分かんなくて……そうだ、恭哉が普段何処にいるか知ってる?」

「昨日は紅魔館(こうまかん)に居るって言ってた気がするな……今は分からんが。 明日探してみようぜ、あては幾つかあるからな」

「じゃあそうしよっか。 ちょっとしたデートだね」

「そ、そんなことするか!!」

無邪気に笑ってみせる玲香。

本当、こいつはよく分からん。

明るすぎるというか、イマイチ緊張感がないというか。

いい意味でも悪い意味でも自然体なんだよな。

「冗談だってばー。 魔理沙は可愛いなぁ」

「急になんだよにやにやして、ちょっと気味悪いぞ」

「そんなことないよ! ほら、魔理沙もアリスも可愛いじゃん? 慧音先生は綺麗だし妹紅(もこう)さんはかっこ可愛いし、阿求(あきゅう)ちゃんは撫でてあげたいし……そう! この世界の子は可愛いの!!」

……何の話をしてるんだこいつは。

おまけに何か気持ち悪いし。

アリスたちが可愛いのは何となく分かるが、そこに私が入るのはおかしくないか?

うーん、やっぱりこいつは今までの奴とは違うな。

「ごめんごめん、私可愛いものに目がなくて。 あ、魔理沙が可愛いのは本当のことだよ?」

「知らんそんなの。 それより話を戻してもいいか?」

「うん、何の話だっけ?」

「魔力のことは明日試すからいいとして、お前たちの能力についてもう少し知りたいんだ」

「能力についてかぁ……何を話せばいいの?」

 

 

 

 

恭哉たちの持つ類を見ない珍しい能力。

玲香は水を、恭哉はおそらく炎を操る。

恭哉の弟である京一は、確か雷を操ることが出来るって言っていたかな。

その中でも気になることは、単に操るだけなのか、ということだ。

水や炎を扱うぐらいなら、魔法でも可能だ。

――恭哉たちの能力には、まだ隠された本質があるに違いない。

私の勘がそう告げているのだ。

なんか霊夢みたいだけど。

「まだ、能力について隠していることがあると思うんだ。 別にお前を疑っている訳じゃないんだが、魔法使いとして人間としての本性で知りたい」

「……隠す程のことでもないんだけどなぁ。 でも、私はアリスも魔理沙のことも信頼しているし、教えてあげる」

玲香に、下に降りるよう促される。

その意のまま、地上へと降下し薄暗い山道へと降り立った。

飛びながら会話をしていた為気が付かなかったが、ここは妖怪の山周辺の山道か。

夜ということもあり、景色の全貌こそ分からないものの、草木特有の匂いや流れる川や滝の音で、その場所のことは分かる。

玲香たち異世界の住人が思う程、この世界は広い訳じゃない。

「さっきも話した通り、私たちはそれぞれ対応した属性を扱える能力を持っているの。 ――行雲流水!」

玲香の声と共に、身体中を霊気を帯びた水の柱が包み込んでいく。

素人が扱う魔法とは、訳が違う。

でも、これは予想の範囲内だ。

この先に……隠された何かが、必ず……。

――あいつに追い付く為のヒントが、あるのかもしれない。

第一の鎖(ファーストチェイン)、解放。 水神の聖域(セイクリッドアトランティス)!!」

……なんだ、この感覚……!?

初夏の気候の、ひんやりとした冷たい空気とはまた違う。

正体不明の温かさと、力強く純粋な魔力を感じる。

身体強化、とでも言うのか……?

「行雲流水や京一たちの持つ能力には、それぞれ意図的に魔力を封印している鎖がいくつか存在しているんだ。 その鎖を断つことで、体内の魔力を爆発的に増加させ、今の状態にあるの」

「これが、まだみんなが知らない真の力……なのか……?」

「私のものはまだまだ弱いよ。 鎖もあと一つしか見つけていないもん。 でも、恭哉はもっと凄いよ?」

「あいつは、一体どれだけの力を隠してるんだ? それは努力で手に入れたものなのか……!?」

「……分からない。 私たちと恭哉の能力の間には、絶対的に違う箇所が存在するの。 その差を埋めることは、たとえ何十年何百年……どれだけの時間を掛けたとしても、追い付くことは出来ないんだ」

絶対的に違う箇所、か……。

確か恭哉の身体には、能力の源になる核が同化しているって言っていたが、それが違う箇所ってことか?

「教えてくれ、身体に(コア)を埋め込むことによって、あいつはどれぐらい強くなったんだ!?」

「それは――」

突如鳴り響く、聞き慣れない爆音。

この硝煙(しょうえん)の匂い……火事か!?

こんな時間に焚き火なんてするとは思えないが、そんな(やわ)なものじゃないな。

能力を解除した玲香と共に、音の鳴る方へ走っていく。

そう遠くないはずだ。

歩を進める度に、全身を感じたことのない熱気が包み込んでいく。

照り付ける夏の日差しとは程遠い暑さだ。

灼熱(しゃくねつ)の炎の近くにいるような……そんな熱さ。

いくつか、炎を扱う者には心当たりがある。

その中の誰も、この時間にこの場所に居ることは考えにくい。

一体誰だ……まさか、また妖怪なのか……!?

「玲香、気を付けろ。 なんかヤバい感じがする……!」

「私もそんな感じがするよ。 でもなんだろう、この感じ何か知っている気がする……」

「熱気ぐらい、私も知っているぞ?」

「ううん、そういうのじゃないの。 もっと、私に身近なものな気がする……」

……どういうことだ?

玲香の言う真意が分からないでいる。

熱気が弱まることはなく、一層激しさを増していく。

身体中が汗ばみ、喉が()れてしまいそうだ。

帽子の中からミニ八卦炉(はっけろ)を取り出し、いつでも戦闘に入れるよう準備をしておく。

玲香も同じらしく、手には銀色と水色が交わった二丁の拳銃が握られていた。

震水禍(メイルシュトローム)、私の武器の名前だよ。 まだ言ってなかったよね?」

「今更すぎるだろ……おっと、私のこいつはミニ八卦炉って言うんだ。 よろしくな」

「よく分かんないけど、後で詳しく教えてね! そろそろ着くよ!!」

私たちが辿り着いた場所は、先程の山道とは違い黒く焼け焦げ、荒れ果てた場所になっていた。

この景色が目に入ったと同時に辺りから光が消え、前方がよく見えない。

しかし瞬時に赤黒い炎の柱が聳え立ち、その中心を見据えることが出来た。

――嘘だろ……!?

なんで……なんでお前が……!!

「恭哉、なのか……!? おい、返事しろよ!!」

「そんな……なんで……!? 恭哉!!」

一瞬だけ見ることが出来たその姿は、紛れもなく恭哉のものだった。

炎の柱と共に、すぐにその場を去ってしまう。

「おい待て!!」

追いかけようとするも、玲香が私の腕を掴み、それを阻止する。

「もうダメ、魔力を感知出来ない……」

弱々しくそう呟いた。

私たちが追い掛けることの出来ない場所まで、姿を消している可能性があるという。

魔力には、そういう使い方もあるのか……。

「玲香から見て、あの炎は間違いなく恭哉のものなのか?」

「うん……間違いないと思う。 でも、何もない状態で能力を使うとは思えないけど……」

「何かあるんじゃないか? 探してみようぜ」

既に荒れ果てた山道を、調べることにした。

 

 

 

 

 

「そっちは何かあったかー?」

「こっちは何もないよー」

まだ硝煙の匂いの残る山道を、目に捉えられる範囲で捜索していく。

焦げ付いた灰や塵、赤黒く変色した斑点以外には何も見られない。

周囲を歩いていると、足に何か変わった感触があった。

程よく硬いその感触は、あまり感じたことがないものだ。

「なんだこれ? ――うわっ!?」

足元に転がっていた物体を拾い上げる。

それは……腕のようなものだった。

咄嗟に手から離し、その場で立ち竦んでしまう。

私の声を聞き付けたのか、玲香が駆け寄ってくる。

「何かあったの!?」

「……腕が転がってた」

「腕? ――まさか!?」

双銃を構えたまま、辺りを隈無く探し始める玲香。

何者かの腕が落ちていることによって、何かあるのだろうか……?

「……やっぱりだ。 ひどいよこんなの……!」

「何かあったのか?」

「魔理沙はあまり見ない方がいいかも」

「なんだよそれ、私は臆病者じゃない。 見せてみろって」

玲香の言葉を遮り、玲香の視線の先へと目をやる。

そこにあったものは……。

人型……いや、かつては人型に近い容姿をしていた者の死体だった。

腕は千切れ、全身の皮膚が焼け焦げ爛れ落ちている。

そのおぞましい姿に、吐き気すら覚えてしまう程だ。

こんな姿……この世界じゃ見たことがない。

弾幕ごっこで死に至る場合もあるものの、あれはゲームの一種。

あれ程無駄な遊びは他にないがな。

「この場所に居た妖怪なのかな? 人間っぽくもあるけど……どうしてこんな……」

「……あいつがやったのか……?」

「恭哉はそんなことしない!!」

今までに聞いた事のない怒声が響き渡る。

全身を震わせながら、必死にこちらを睨み付ける玲香。

その表情からして、恭哉のことを心から信頼しているのだろう。

私だって、あいつのことを疑いたくはない。

でも……あの姿は間違いなく恭哉のものだったんだ。

燃え盛る火柱だって、森で見た恭哉の炎撃によく似ていた。

「玲香は、本当に恭哉じゃないって思うんだな?」

「当たり前だよ、仲間だもん。 誰が何て言ったとしても、私は最後まで恭哉のことを信じるよ。 たとえ、この世界のみんなを敵に回してでもね」

「……なら、私もそれに乗っかるよ。 あいつには貸しがあるからな、私も疑ったりはしない」

――無意識に、そんなことを口走っていた。

はぁ……よく分からん。

少し前は怪しんだり、その後は悔しがったり。

あいつへの感情って、本当に難しいもんだな。

「……ありがとう、そう言ってくれて。 同じ世界に生まれていたら、いい友達になれる気がしたよ」

「違う世界でも、お前は私たちの友達だ。 もちろん恭哉や京一も、他の奴らもな」

「うぅ……ありがと魔理沙ー!!」

「うわっおいっ!! 抱きついてくんな!!」

本当にこいつは……。

被っていた帽子が落ちてしまう程、強く抱き締められる。

アリスにも同じことをしていたのだが、これは玲香なりの感情表現なのかもしれない。

変わり者が流れ着いたもんだよ……まぁ、面白いけどな。

「いいから離れろって……ひゃっ!?」

「うん、いい柔らかさ……」

「お、お前!! どこ触ってんだよ!!」

「あぁごめんごめん。 つい魔理沙の可愛いお尻が――」

「吹っ飛べ!!」

即座にミニ八卦炉を取りだし、照準も合わせぬまま玲香に魔法を放つ。

避けることも出来ず、大きく吹き飛び地面に落下した。

「いたたた……急に何するのさー!!」

「お前が変な所触るからだろ!? 何考えてんだ!!」

「いーじゃない!! そういう赤面してる所も可愛いし!!」

「良い訳あるか!! もう一発撃ってやろうか!?」

「そ、それはご勘弁をー!!」

……前言撤回。

こいつだけは要注意人物に入れて置いた方が良さそうだ。

よりによって……お、お尻を揉まれるなんて思ってもいなかった。

次やられたらすぐに弾幕を撃ってやる……!!

ま、まさかとは思うがアリスも同じようなことを……!?

いかんいかん、そんなこと考えるなんて!!

落ち着け……落ち着け私……!!

「どうしたの? 顔真っ赤だよ?」

「丁度試したい新魔法があるんだが、受けてみるか!?」

「いえ、結構です!!」

「分かればよろしい。 もう絶対触らせないからな!!」

敬礼の姿勢を取る玲香。

普段こんなのとつるんでいる恭哉たちの精神力は凄いものだ。

……って、流石にそれは失礼か。

まぁ、少なからずこの世界も変な奴が多いしな。

その方向性が違うってだけで。

「さてっと、ここにはもう何も無いし帰ろうぜ」

「他には調べないの?」

「焼け焦げている場所ばかりで、調べても何もないだろ? 明日、恭哉の無実を証明出来るものを探せばいいんだよ」

「それもそうだよね……帰ろっか」

「こんな時にはさ、この夜空の空気を楽しみながら帰るのが通のやり方なんだぜ」

返事の有無も問わぬまま、玲香を箒の後ろへと乗せる。

すぐに上空へと飛び上がり、幻想郷の夜空の旅を始めた。

「あの星もこの星も、手が届きそうなくらい綺麗だろ? 空を飛べる奴にしか、この楽しさは分からないんだ」

「すごーい……私たちの世界よりも、ずっと綺麗な空だね」

「だろ? 狭くて退屈かもしれないけど、私はそんな場所が大好きなんだ。 この世界を……恭哉には壊して欲しくない」

「必ず、真実を解き明かさないとね!!」

「だな。 よしっ、今日は魔理沙さんが幻想郷、星の夜空ツアーを披露してやるぜ!」

「よろしくお願いします!! 素敵な素敵な魔法使いさん♪」

帽子を整え、箒をぐっと握り締める。

明日、どうなっているかは分からない。

それでも、明日を……恭哉のことを信じている。

今までだって、いくつもの異変を乗り越えてきたんだ。

――夜空を徘徊(はいかい)しながら横目に見えた、一つの流れ星。

本来なら白く輝く星なのに、今だけは少し紅く見えた。

いい意味であって欲しいけどな……。

……って、うだうだ考えてても仕方ないか。

脳裏に浮かぶ迷いを身に受ける風と共に空へと放ち、星々が(いろど)る夜空を駆けて行った。



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第2話 双つの氷撃

登場人物紹介


アリス・マーガトロイド
魔法(まほう)(もり)で暮らす、七色(なないろ)人形使(にんぎょうつか)いの異名を持つ魔法使い。
万能型の魔法使いであり、様々な魔法の扱いに()けているが、基本的には人形を魔力で操る戦法を取っている。
戦闘以外でも彼女の作った人形は彼女の意のままに動き、共に暮らしている。
外の世界から迷い込んだ人間の一人、木ノ内(きのうち) 玲香(れいか)を家に泊めたり一緒に人形劇を行ったりと、インドア派とはかけ離れた行動を取っていることも。
玲香自体が自由奔放(じゆうほんぽう)としている為、時に振り回されたり、時にストッパーになったりと、柔軟に対応している。
内心、悪くは思っていないご様子。



 

 

 

 

 

 

身体(からだ)を包み込む白い羽根の様な感触。

それを毎日身に受けることが出来たら、どれだけ幸せなことだろう。

ただ、私には無関係なことであって……。

「すぅ……あだっ!?」

心地よく寝ていた私に向かって、何かが落ちてきた。

誰だよこんな所に置いたの……私か。

私の家だもんな、うん。

()えない目を擦り、ゆっくりと身体を伸ばす。

朝が訪れたとしても、ここ魔法(まほう)(もり)は日光に包まれることはない。

どの時間でも薄暗いことが特徴的な場所だ。

この土地感の方が、()(しげ)(きのこ)たちにとっても素晴らしいことこの上ないだろう。

元気に育ってもらわないと困るからな。

時計を見るからに、まだ玲香(れいか)を迎えに行くには少し早いぐらいか。

昨日は、あれから時間を忘れるぐらい、玲香と夜空を飛んでいた。

連れ出した時に聞いたのは暗い話が多かったこともあり、楽しい話題で持ちっきりになっていた。

変わり者中の変わり者のあいつだが、根はしっかりしているし、女の子らしい風貌(ふうぼう)が少し(うらや)ましくも思える程だ。

アリスの様に上品って言う感じじゃなくて、年頃の明るく活発な女の子。

天真爛漫(てんしんらんまん)、その言葉が玲香には良く似合う。

色々な話を聞いたな……。

恋がどうとか、色々……。

印象に残っているのは……。

魔理沙(まりさ)は私のライバルになるかも」という訳の分からない台詞(セリフ)

一体何のライバルなのかは分からないが、弾幕(だんまく)ごっこなら負けないぜ?

誰が相手だろうが何の勝負だろうが、私は負けるつもりはないさ。

っと、見えない相手に見栄(みえ)を張っても仕方ないか……。

――玲香を迎えに行くまで、少し時間を潰すことにするか。

森に生い茂る木々の(ごと)く散りばめられた、様々な道具たち。

私は小さい頃から物を集める癖があり、その結果が眼前(がんぜん)に広がる、いつ集めたのかさえ覚えていない魔法具(マジックアイテム)魔導書(まどうしょ)の数々。

用途が分からなくても、私の手元にあることに意味があるんだよ、こいつらはな。

古道具屋(こどうぐや)に置かれるよりはマシさ。

時間を潰すのなら、あの場所でいっか。

着替えを済ませる前に寝巻のまま、窓から外の景色を眺めてみる。

本来ならば、魔法の森では日差しが地面に届くことは殆どない。

しかし、私が暮らしている場所である「霧雨魔法店(きりさめまほうてん)」は、その例には当てはまらずにいた。

理由は単純で、周りの木々を全て切り倒してあるから。

まぁ、倒したっていうよりは魔法の実験でどっかに吹き飛んだって方が正しいんだけどな……。

ほら、若さゆえの過ちってやつだよ、うん。

よし、そろそろ行くとするか。

白のブラウスのボタンを留めていき、好んで着ている黒のサロペットスカートへと手を伸ばす。

……そういえば、あいつはシャツのボタンを、あまり留めていなかったな。

少し、真似をしてみる。

……ナシだな、これは。

流石に恥ずかしすぎるだろ。

ま、丸見えとまでは行かないが、少しかがんでしまえば……その、見えるというか……。

というか、私はまだ上に着るものがあるじゃないか。

とっとと着てしまえ。

手に取ったスカートを履き、腰の辺りから白いエプロンを着けていく。

髪も簡単に整え、鏡で確認していく。

うん、今日もバッチリだ。

これで魔法使い霧雨 魔理沙さんの完成……っと、いかんいかん忘れ物。

つばの広い黒の三角帽を被り、机に置いてあるミニ八卦炉(はっけろ)を手に取る。

こいつがないと、私は私じゃなくなってしまうからな。

室内の空調を整えるひんやりとした風を止め、ポケットへとミニ八卦炉をしまう。

扉に立て掛けてある箒を持ち、外へと出た。

朝日を浴びながら、身体をぐっと伸ばす。

昨日の薄暗くもやもやした気持ちは、どこかに飛んで行ってしまった様に、すっきりとした気分だ。

玲香と話したことが効いたのかは分からないが、とにかくいつも通りの私ってことだ。

箒に(またが)る前に、少し手を止めてしまう。

空を見上げると、眩しくて目を覆ってしまいそうになる程の快晴。

少し前には、あの空へと天高く伸びる黒炎(こくえん)の柱が……。

……ダメだ、何かあるとまた結び付けてしまう。

私は何があっても、あいつを信じるって決めたんだ。

魔法使いに二言はないからな。

とにかく今は、玲香を迎えに行く準備をしないと。

まだ朝も早いし、少しだけ寄り道はするけどな。

時間を潰す為、私はある場所を目指した。

 

 

 

 

 

目的の場所に辿り着き、箒を降りる。

私がやってきたのは、魔法の森の入口にあたる和風の一軒家。

誰かの家ではなく、ここは古道具屋だ。

香霖堂(こうりんどう)」と呼ばれる、この幻想郷(げんそうきょう)の中でも一風変わった建物で、私も物心が付いた頃から世話になっている場所でもある。

外の世界の道具や私の求める魔法具、ガラクタになり得てもおかしくない程の骨董品(こっとうひん)や非売品のものも存在している。

一体どこから仕入れているのかは分からないが、ここの店主「森近(もりちか) 霖之助(りんのすけ)」によると、度々ある場所に出向き、拾ってくるそうだ。

最近では、ここに直接外の世界のものを持ってくる人物も居るらしいが……?

ひょっとすると、恭哉(きょうや)たちがこの世界に来たことによって、外の世界のものがまた流れ着いているかもしれないな。

ドアノブに手を掛け、ゆっくりと開く。

中には所狭しと様々な物が置いている。

いや、散らかっているという表現の方が正しいのか……?

一応商売人の身なんだし、少しは片付けた方が……って、そりゃ私も同じか。

うーん、何かめぼしい物はーっと……。

私の蒐集癖(しゅうしゅうぐせ)(くすぐ)ってくれるような、世にも珍しい魔法具はないかなー……?

――お、いいもの見っけ。

私が手に取ったものは、小さな指輪だ。

輪の部分は(あか)く、中心部にはより深い紅色(べにいろ)で何かの文字が刻まれている。

文字というより、これは……どこかの魔導書で似た模様を見たことがある。

確か……魔法文字(ルーン)とか言ったか?

香霖の店にこんなものが置いてあるなんて、極めて珍しいことだ。

外の世界から流れ着いた得体の知れないものが多い為、私にとっても見慣れないものが多い。

しかし、この指輪に刻まれている魔法文字を読むことは出来るし、意味も分かる。

隈無く見てみると、輪の部分にも何か書いてあるようだ。

所々(かす)んではいるが、解読する分には支障はなさそう。

……(なんじ)(うち)(ねむ)りし憤怒(ふんぬ)意思(いし)よ、(わが)紅蓮(ぐれん)(たましい)同化(どうか)昇華(しょうか)せよ。

解号(かいごう)せよ、焔ノ御霊(ほむらのみたま)

その()()やせ、灼熱(しゃくねつ)業火(ごうか)

さすれば無限(むげん)(ちから)(なんじ)(あた)えん。

……それ以降の文章は、霞んでいて解読出来そうにないな。

ってあれ、何かおかしいな。

こんな小さな指輪に、ここまで長い文章が刻まれているのか?

私の知る魔法文字の規則には、そんな解読法は載っていなかったはず……。

……面白いじゃないか、こいつ。

ここまで知的好奇心をくすぐられたのは、久々だぜ。

よし、こいつは私が借りていこう。

なーに、解読したらすぐに返すさ。

死ぬまでに覚えていれば、だけどな。

さてさて、他にめぼしい物はー……。

「おや、お客さんかと思ったら魔理沙か」

店の奥から、一人の人物が顔を覗かせる。

白髪にも似た銀色の短い髪と、宝石の様に綺麗な金色の瞳。

この世界じゃ少し珍しい眼鏡と、洋服と和服を合わせた青い服。

無気力そうな目と表情は、昔から変わらず見慣れたものだ。

「よっ香霖。 邪魔してるぜ」

「珍しいじゃないか、こんな時間に盗みに来るなんて」

「人聞き悪いこと言うなよー。 私はただ借りに来てるだけだ」

借用書(しゃくようしょ)でも用意しようか、ざっと数百枚になるだろうが」

「それはほら、私とお前の仲で水に流そう。 なーに、死んだら返すって」

「その台詞も聞き飽きたよ……まぁ、今に始まったことではないし、別に構わないが」

溜め息混じりにそう告げる。

この人物こそが、この香霖堂の店主である森近 霖之助。

私がまだ幼かった頃からの関係で、今も尚その仲は深いものだ。

私の蒐集癖や空に浮かぶ星々に興味を持ったこと、宝物であるミニ八卦炉を作り替えてくれたり、何かと手を焼いてくれる人物でもある。

他にも服を直してくれたり、魔道具を提供してくれたりと、色々と世話になっている。

私の場合、借りているだけだけどな。

霊夢は知らんが。

今でもよく覚えている。

私が実家を勘当(かんどう)され、この魔法の森で一人暮らしを始める時のこと。

懐かしいなぁ……。

あの頃は、実の兄のように(した)っていたっけ。

今思うと、ちょっと照れくさいけどな。

「どうしたんだい? そんな表情を見るのは初めてだ」

「何でもないよ。 そうだ、ちょっと聞きたいんだけどさ」

 

 

 

 

 

「最近、外の世界から何人かの人間が幻想郷に流れ着いただろ? その人間の誰かが、この店に来たりしたことあるか?」

「いや、そんな人物は見ていないな……第一、僕から探しに行くことはないし、会うことはないだろうが」

「勿体ないなぁ、結構面白い奴でさ。 私は気に入ってるぜ」

「珍しいじゃないか、魔理沙が気に入るなんて」

「香霖もたまには重い腰を上げな。 そうすれば、見えるものもあるかもしれないしな」

「ふっ、魔理沙にそんなことを言われる時が来るなんてね……」

何故か、感心した様な表情を見せる香霖。

お前は私の親か。

「それで、どんな人間なんだい?」

「かなり変わった奴だよ。 中でも一番変わってるのが、霊夢みたいな奴でさ」

「ふむ、霊夢みたいな人間か……僕の店のことは教えないでくれよ? ツケが増えるのは御免(ごめん)だ」

なるほど、霊夢はツケにしてるのか。

まぁ、あいつに払える程の金銭なんかないだろうしな。

「霊夢みたいに適当な奴じゃないって。 なんかこう不思議な奴なんだ……目には見えない不思議な魅力があるっていうか」

「成程な……それは少し興味深くはあるが、この森まで来れるのかい?」

「今日連れてくる予定なんだよ。 ここも案内してやるぜ」

「お手柔らかに頼むよ」

恭哉もどこか落ち着いている所もあるし、香霖と会わせても問題ないだろう。

外の世界の道具のこととかも気になるしな。

香霖はあらゆる道具の「名前と用途」は分かるのだが、「使用方法」は分からないという不思議な能力を持っている。

その点外の世界出身の恭哉たちなら、この場所に置いてある見慣れない道具たちのことは分かるだろうという算段だ。

私の知的欲求を満たすには丁度いいからな。

「楽しそうだね」

「えっ? そんな顔してた?」

「していたよ。 会いたくて堪らないって顔だ」

ま、まっさかー……。

私がそんな顔する訳ないだろ?

試しに棚に置いてある鏡を見てみる。

うん、いつも通り私らしい表情だ。

香霖め、変な薬でも飲んだんじゃないか?

何度尋ねても、真意は教えてはもらえなかった。

「そうだ、最近見慣れない妖怪が出現しているって異変について何か聞いてないか?」

「いや、何も聞いていないよ。 魔理沙は見たのかい?」

「確信はないけど、見たかもしれない。 蜘蛛(くも)蟷螂(かまきり)と、(さそり)が合体したような奴だった。 後、気味の悪い白い能面(のうめん)が付いてたな」

私がそう告げると、何やら分厚い書物を取り出して来た。

軽く流す感じでページを(めく)っていき、何かを調べている様子だ。

私も顔を覗かせ、何を探しているのか一緒に見てみる。

ページの至る箇所に何やら気難しそうな細かい文章と、白黒の雑な挿絵(さしえ)が載っていた。

自分で読む分にはナシだな、ちっとも面白くなさそうだ。

「蠍には該当しないが、こいつが近そうだな」

「何て読むんだ? そんな本どこから拾って来たんだよ」

彼岸(ひがん)の季節ではないが、たまたま無縁塚(むえんづか)を訪れた時に拾ったのさ。 僕も全てを解読した訳ではないが、興味深いことが多く記されているよ」

香霖が開いたページには、昨日見た虫の妖怪に酷似(こくじ)した絵が載っていた。

香霖によると、この蜘蛛と蟷螂が合わさった様なものの名前は「亜羅蜘涅(アラクネ)」というらしい。

外の世界の遥か昔の神話に存在していたとされる、生き物らしい。

名前以外は解読することが出来ておらず、記されている言語の文法さえ分かっていないようだ。

何故名前だけは分かったのかは、疑問だがな……。

見た感じ、ただの古臭い文献(ぶんけん)にしか見えないが……何か特別な書物とでも言うのだろうか?

「その似たような妖怪が、何で幻想郷に居るんだ? 理由もなく私たちを襲ってきたし、あんな大きい虫が居ればすぐに見つかるだろ?」

「……襲われたのか!? 今の魔理沙を見るに怪我はしてないようだけど……それは、いつの出来事なんだ?」

「私のことを助けてくれた奴が居てさ、そいつが今日魔法の森に連れてこようとしている奴でもあるんだ。 昨日の夜、たまたまそいつと会ったんだ。 星を見ながら話していたんだが、急にその虫が現れて襲われた」

「その助けてくれた人物というのが、外の世界から流れ着いた人間だと……?」

香霖の言葉に首を縦に振る。

信じ難いという表情をしていたが、私の供述ともありすぐに納得した様子を見せた。

「確か、外の世界の人間たちと言っていたね。 この書物も外の世界のもので間違いないだろうし、誰か解読することが出来るんじゃないかな」

「……それもそうだな。 その人間たちにはあてがあるし、私に貸してくれないか?」

「僕も渡そうと思っていた所だ。 少し重いが、魔理沙に預けるよ」

香霖から書物を受け取る。

言葉の通り、力を抜いてしまえばすぐに落ちそうになる程にずっしりとした重さだ。

時間も丁度いい頃合だろうし、玲香と合流したら聞いてみるか。

確か、全員で八人だったか……?

一人ぐらい知識人が居てもおかしくはないだろう。

「そろそろ行くよ、また来るぜ」

妖怪らしきものが記された書物と、内緒で持ってきた指輪を持ったまま、外へ出ようとする。

香霖に呼び止められ、後ろを振り返った。

「気を付けるんだよ」

「分かってるって。 じゃあまた後でな」

外へ出た後、玲香の居るマーガトロイド(てい)を目指す。

 

 

 

 

 

「魔理沙ー!! 待ってたよー!!」

私がマーガトロイド邸に降り立つと同時に、玲香がこちらへと両手を大きく広げ駆け寄ってくる。

これはまた抱き着かれるな……。

受け止めようとせず横に流し、扉を開けたままこちらを見ているアリスに声をかける。

「よっ、魔理沙さんのご登場だ」

「相変わらず元気ね……。 その本は何? また盗み?」

「香霖から借りてきた。 内容はよく分からんが、中々面白そうでさ」

試しにアリスに見せてみるも、やはりアリスも内容までは分からないようだ。

私と同様に妖怪らしき挿絵と、見慣れない文字が細かく並べられていることだけは読み取ることが出来たらしい。

玲香は……分からなさそう。

「いつまで寝てるんだ、いくぞ」

「ひどいよぉ……折角挨拶しようとしたのにー……」

「いきなり飛びつこうとしてくるからだろ?」

「じゃあ前もって言っておけばいいの!?」

「ダメ」

大きく項垂(うなだ)れる玲香。

忙しいなぁこいつ。

「まぁまぁ、気を付けてね」

「アリスは優しいなぁ……その優しさに涙が出ちゃうよ、女の子だもん」

「意味分からないこと言ってないで、探しに行くぞー」

「魔理沙はツンツンだなぁもう。 じゃあ、行ってきます!」

昨日と同じで魔法陣を描き、大きな泡を()び出し始める。

ぽよんと音を立て、その場にもたれかかる玲香。

本当、異様な光景だな。

後、そんなに短いスカートだと……見えるというか……。

興味なんてないし見るつもりもないが、何故か気になってしまう。

「ん? どうしたの?」

「な、なんでもない!」

「あっ……魔理沙のえっちー」

「吹っ飛ばすぞ!?」

私よりも先に飛び上がって行く。

アリスに軽く手を振った後、その後を追う。

「とりあえず紅魔館(こうまかん)だな。 行ったことないだろうし、案内するよ」

「はぁーい。 その小馬館ってどんな場所なの?」

(あか)悪魔(あくま)の館で紅魔館な、馬は居ないぞ。 吸血鬼(きゅうけつき)が住んでいる場所なんだ」

「き、吸血鬼!?」

玲香は顔を真っ青にしながら、わざとらしく震え出し始めた。

まるで何かに(おび)えているようだ。

吸血鬼って、そこまで珍しい存在なのか……?

私たちの世界じゃ至って普通の存在だし、言ってしまえばただの妖怪の一種に過ぎない。

「た、食べられたりしないよね……!?」

「そんなことされないって、血は吸われるかもしれないがな」

「ひいぃ!! ほ、本当にそんな場所に恭哉が居るの……!?」

「昨日確かにそう言ってたんだ、仮に居なかったとしても手掛かりぐらいはあるかもしれないだろ?」

「うぅ……お化けはちょっとなぁ……」

なるほど、こいつも幽霊(ゆうれい)や妖怪の(たぐい)が苦手なのか。

妖夢と会わせて肝試しでもさせたら楽しそうだな。

いい酒の(さかな)になりそうだし、今度させてみよっと。

これはまた、面白いことを思い付いてしまったぜ……自分の才能が怖いな。

「まぁ今日は私も居るし、心配すんなって。 そうだ、玲香はこれ読めるか?」

箒に乗ったまま、泡に乗っかっている玲香に書物を渡す。

不思議そうな顔をしながらも、何度かページを捲り目を()らしている。

あまり知的には見えないが……。

「これ、一体どこにあったの?」

意外な発言をする玲香。

まさか、内容が分かるとか?

心の中で前言を撤回しておこう。

「香霖の所から借りてきたんだよ。 私が昨日遭遇した妖怪に似たやつが載ってたみたいでさ、もう少し後の方なんだけど」

載っていた大体の場所を教え、ページを捲ってもらう。

あまり気味のいいものじゃないがな。

「うーん、私もあまり詳しい方じゃないんだけど……ここに載っているのは、世界の神話や伝説に登場する神様や妖怪、神獣(しんじゅう)(まと)めた本だね。 どうして幻想郷にあるのかは分からないけど、少しは読めるよ?」

「本当か!? そいつの名前だけは分かったんだが、どういう奴なんだ? 妖怪なのか?」

「妖怪というより、神話に登場する女性の名前だね。 ほら、よく見ると人の形がまだ残ってるでしょ? ここの胴体(どうたい)の所」

玲香が指差す挿絵をよく見てみると、確かに人の姿は確認出来る。

それに女性の名前ってどういうことなんだ……?

昨日の妖怪の姿を、詳しく伝えてみる。

「確かにこの絵とは違うね。 そうだ、私の仲間にこういう話に詳しい人が居るから、この本を見せて聞いてみようよ」

「そうなのか、因みにそいつの名前って?」

切崎(きりさき) 章大(しょうた)

玲香たちの仲間の中でも群を抜いて知能に優れており、様々な知識を持っているらしい。

唯一、人間とは違う存在。

肉体のみ人間で、魂や記憶の全てが、かつて「天界(てんかい)」という場所に居た戦天使(アークナイト)のものだと玲香は語る。

そういえば、恭哉も天界や魔界がどうとか言っていたな……。

霊夢が驚いていたのを覚えている。

ざっと数千年はこの世に存在しているらしく、実力も確かなようだ。

難点としては、己が望むもの以外の全てに興味を示さず、冷酷な一面も持つとのこと。

私なら問題ないと言っているが、どうだろうな。

「で、そいつが何処にいるのかは分かるのか?」

「うーん、昨日会った時は恭哉と一緒に居たんだよね。 だから、紅魔館で恭哉の居場所を聞いて、そこから章大のことを聞いてみよっか」

「そうするしかないか。 もうすぐ着くぞ、あそこに湖が見えるだろ? あの近くなんだ」

紅魔館のすぐ近くにある大きな湖。

(きり)(みずうみ)」と呼ばれる場所で、昼時は常に霧に覆われている。

現在の時間が昼時に近い為、霧に覆われているはずなのだが……。

何故か、水面が空の上に居ても見えてしまっている。

こんなこと、今までなかったはずなんだが……。

「ね、ねぇ……湖なんだよね!? あんなに大きな魚も居るの!?」

「えっ? ――なんだあれ!? 玲香、降りるぞ!! あそこには力の弱い妖精(ようせい)や妖怪が居るんだ!!」

進路を変え、一気に急降下する。

玲香の言う通り、水面には黒く揺らめく巨大な魚影(ぎょえい)があった。

霧の湖は釣りの名所であり、新月(しんげつ)には数メートルにも及ぶ巨大魚が釣れることもあるが、そんな大きさではない。

――なんだ、この寒さは……?

少し肌寒くなってきた。

玲香の水の能力とは違う……これは一体?

よく氷精や妖怪が遊んでいるとはいえ、ここまで冷気が及ぶとは思えない。

あの巨大魚の力なのか……?

「魔理沙見て!! 水面が凍っていく……!?」

玲香の言う通り、水面が徐々に凍結し始めていく。

自らの身を閉じ込める様な真似をするとは思えない。

ってことは、誰か他に居るってことか……?

 

 

 

 

 

湖の近くに降り立ったと同時に、凍結していた水面が轟音(ごうおん)と共に砕け散った。

それと同時に、巨大な魚影の主が天高く伸びていく。

「おいおい、なんだよこのでかさ……。 釣り名人が見たら腰抜かすんじゃないか?」

「そんな呑気(のんき)なこと言ってる場合じゃないってば!! どうにかしないと!!」

「分かってるって! 弾幕(だんまく)ごっこを受けてくれるなら助かるんだけどな」

全長がどの程度あるのかは分からないが、水面から出ている胴体からして、尾の先端まではまだまだ続いていそうだ。

全身は青みがかった銀色で、鋭い眼光と鋭利に尖った無数の歯。

こんな魚、見たことないぜ……。

魚なのかも怪しいがな。

(さめ)みたいだけど、海蛇(うみへび)っぽくもある……こんな妖怪まで住んでるの?」

「馬鹿言え、あんな大きな魚なんて居る訳ないだろ?」

「ってことは、例の見慣れない妖怪で間違いないのかな……?」

「多分な。 連日出会うなんて、私は妖怪退治専門じゃないんだがな。 今度こそぶっ倒してやる!」

「私も戦うよ! 水天(すいてん)逆巻(さかま)け、行雲流水(アクアライトスフェノス)!!」

次は玲香と共に妖怪と戦うことになるとはな。

自分の強さについてはあまり話していなかったが、玲香の実力はどの程度なのだろうか?

後方から弾幕とスペルを放つ体勢を取りたいところだが、玲香の武器は双銃(そうじゅう)

その為、二人とも接近戦より遠距離戦の方が向いていることになる。

両方の様子を見ながらの戦法は難しいか……?

……あー考えるのは辞めだ。

これだけでかい図体だし、紅魔館の連中もすぐに勘づくだろう。

あのメイドが来る前に、片付けてやる!

儀符(ぎふ)「オーレリーズサン」展開、行ってこい!!」

私を取り囲む四つの光の球体。

私の動きに連携してレーザーを放つスペルだ。

様子見には丁度いいだろう。

「こっちも行くよー!! 水霊弾(アクアバレット)!」

少し離れた位置を飛び続ける玲香は、双銃から青白い銃弾を無数に撃っている。

弾幕には似ているが、少し違うな。

でも、いい線いってるぜ……?

「うーん、あんまり効いてない……? それじゃあ、これはどう!?」

双銃を高く放り投げ、無防備になる玲香。

何やってんだ!?

そんなことしたら、格好の的だぞ!?

形態変化(モードシフト)震水禍(メイルシュトローム)-重連砲(タイプガトリング)-!!」

空に投げられた双銃が回転しながら、姿を変えていく。

銀色と青色の配色は同じまま、銃口の多い火器へと変形した。

玲香はそれを少しよろめきながらも受け止め、再び巨大魚へと構える。

これも、まだ明かしていない能力の一つなのか……?

散ノ雨(リボルバーレイン)!」

上空へと構え、雲目掛けて一斉に射撃を初め出した。

銃弾は一点に収束し、巨大魚の頭上から豪雨(ごうう)の如く銃弾を無数に降らした。

おっと、関心してる場合じゃなかったな。

私も負けてられないぜ!

背後を目指し、巨大魚の横を飛び去っていく。

目を凝らしてみると、(うろこ)が刃の様に(とが)っており少し(かす)めただけでも、皮膚を切り裂いてしまいそうだ。

こんな全身凶器みたいな奴、恭哉ならどう倒すんだろうか。

玲香による銃撃で身体を縮こませる巨大魚の背後を、私は捉える。

うん……?

あの模様、どこかで見たことが……。

っと、今はそれ所じゃないか。

玲香が銃撃なら、私も少し真似てみようか。

バランスを保ちながら、箒の上に乗る。

私だって箒が無くとも宙に浮遊するぐらいどうってことはないが、箒に乗っている方が魔法使いらしいだろう?

「次はこっちだ! 魔符(まふ)「アルティメットショートウェーブ」!!」

先程呼び出した四つの球体によるレーザーと、私が発動した無数のレーザー弾幕。

様々な色を織り成しながら、巨大魚へと弾幕を放っていく。

昨日の虫の妖怪、亜羅蜘涅(アラクネ)よりも数倍大きい為、こんな短周期の攻撃は避けられないはず。

これで押し切ってやる!!

「魔理沙!! 大きく右に旋回して!!」

玲香の叫び声が響き渡る。

右に旋回って、まだ攻撃の途中なんだぞ……!?

……いや、ここは従っておいた方がいいか。

昨日、それで恭哉に怪我を負わしているんだ。

あんなみっともない真似、二度と出来るか!

弾幕の放出を中断し、言葉通り右に旋回し始めていく。

私が動き出すのとほぼ同じタイミングで、青色の巨大な水の刃が地を()い天へと放たれた。

「数で押すのはダメみたい。 私が隙を作るから、魔理沙は攻撃の準備をお願い!!」

「分かった、気を付けろよ!!」

一度大きく距離を取り、巨大魚の視界から姿を消す。

玲香は私と逆に距離を詰め、攻撃を誘っている様な動きを取る。

私なんて強くないよ。

そう言っていた癖に、得体の知れない妖怪に勇敢(ゆうかん)に立ち向かっている。

お前は強いぞ、この世界でも遅れなんて取らないぐらいにな。

さて、私はどうあいつに攻撃を撃ち込むか考えないと……。

もちろん、火力には自信がある。

それでも、先程のスペルはびくともしていなかった。

身体の耐久性は優れているってことか……。

弱点の一つでも見つかれば楽なんだが……。

しかし、そう都合良くは見つからない。

しばらくの間は、周りを飛びながら奴の様子を見た方がいいかもしれない。

ミニ八卦炉を構えたまま、巨大魚の周りを旋回していく。

玲香が上手く注意を()き付けてくれている為、私の動きは意に介していないようだ。

あの胴体を斬り裂くのは難しいし、かといって決定打に成り得るものもない。

……待てよ、魚には水が必要不可欠。

そうか、ミニ八卦炉で炎を出して湖の水を蒸発させれば!

水温を上げ、水蒸気へと変えることが出来れば!

いくら図体がでかいからって、所詮は魚だ。

虫が炎で燃え尽きた様に、同じ方法を取れば退治出来るはず。

そうと決まれば、水面に出来るだけ近付かなければならない。

まだ気付かれていない内に……!

箒に乗ったまま、水面を目指した時だった。

 

 

 

 

 

砂埃と共に叩き付けられた、一つの人影。

軌道を変え、その方角へと急いで向かう。

「玲香!!」

先程まで攻撃の誘導役を担っていた玲香が、地面へと叩き付けられていたのだ。

何か特殊な攻撃が……?

玲香の元へ向かいながら横目に巨大魚の方を見てみると、いつの間にか強靭(きょうじん)な尾が姿を現していた。

(ひれ)がいくつもあり、その全てが鋭く刀身にも見える()(なび)かせている。

なんてこった……あんなにでかいのか……!?

長い胴体を巻き、玲香の死角を付き尾で攻撃を仕掛けた。

そう考えるのが自然だろう。

「大丈夫か!?」

「私は大丈夫、また攻撃が来るよ。 避けて!」

玲香の言葉通り、いくつもの小さな(やいば)がこちらへと飛んできていた。

鱗をそのまま飛ばしてきたのか……?

玲香の腕を掴み、そのまま空を目指す。

刃の雨を()(くぐ)った後、すぐに飛行姿勢に入り、巨大魚から距離を取る。

「お前、血が!」

「このぐらいの傷なら大丈夫だよ」

負傷した箇所を手で押え、目を閉じる玲香。

すぐに手に光が集い、傷口を治し始めた。

治癒術(ちゆじゅつ)は得意だから、このぐらい平気だよ?」

「そんな魔法もあるのか、やっぱりお前は面白いな」

「そんなに褒められると照れちゃうなー。 さて、反撃開始といこっか!」

巨大魚の頭部がこちらを捉え、振り向こうとした時。

氷符(ひょうふ)「ソードフリーザー」!!」

「コールドストライク!」

声質の異なる、二つの声が響く。

それと同時に、巨大魚の胴体を氷の剣閃(けんせん)氷撃(ひょうげき)が貫いていく。

耳を塞ぎたくなる程の(うめ)き声発し始めた。

先程の水面の凍結と何か関係が……?

「どうだ! さいきょーのあたいの攻撃は!!」

「私の氷の力も、負けてないと思うけど?」

「あたいの次ぐらいには強いと思うぞー。 で、何するんだっけ?」

「あの水弾を見るからに、私の友達がこの近くに居るはずなのよ。 チルノ、探すのを手伝ってくれる?」

「まー仕方ないな、手伝ってやる!」

チルノ……そうか、あいつか。

この辺に住んでいる妖精だもんな。

でも、あの巨大魚に一発咬ませられる程強かったか?

もう一人誰か居るみたいだが、見たことない奴だな。

「さっきの氷撃……やっぱり! おーい!!」

何かを確信したのか、大きく手を振りながらある人物に向けて声を発する玲香。

チルノと顔見知りには見えないが……。

っつーか、巨大魚はどうすんだよ!?

……放っておいたら、それこそ周りも見ずに突き進んでしまいそうだし、一緒についていくか。

巨大魚を注視しながら、玲香の後を追う。

私の推測は当たっていたようで、先程の氷の剣閃はチルノの攻撃で間違いないみたいだ。

見慣れない人間が一人居るけど……?

黒く長い髪と少し青みのかかった瞳。

背丈(せたけ)も服装も、どことなく玲香に似ている。

紺色の袖のないベストと、白のブラウスと玲香と同じチェック柄のスカート。

「結衣ー!! 会いたかったよー!!」

「やっぱり玲香だったのね。 っと、ちょっと待ってね」

巨大魚の方へと手を翳し、何やら呟き始める結衣という人物。

こちらの姿を見つけたのか、大きく口を開き威嚇(いかく)し始める巨大魚の身体を氷の鎖が幾重(いくじゅう)にも巻き付けられる。

「これで少しは話す時間が出来そうね、ほら離れて離れて」

抱き着いたままの玲香を軽くあしらい、こちらへと顔を向ける。

なんだよ、抱き着くのは誰でもいいのかお前は。

……妬いてる訳じゃないぞ……?

「とにかく、無事でよかったわ。 やっと誰かと会えたし」

「なーなー、こいつは誰だ?」

「玲香って言ってね、私の大事な親友よ」

「えーっと、妖精……なのかな? よろしくね!」

「あたいはチルノ! 幻想郷でさいきょーの妖精様だぞ!!」

「小生意気な妖精……アリ!! あの巨大魚を片付けたら、ぎゅーってさせてね!?」

玲香の発言に小首を傾げるチルノ。

無視していいからな、と忠告を入れておいた。

貴女(あなた)もはじめましてよね。 美里(みさと) 結衣(ゆい)よ、玲香が迷惑を掛けていないかしら?」

「気にしてないよ、あんな変わり者は初めてだからな。 霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)だ。 さて、あいつをどう片付けるか」

玲香には無い大人びた雰囲気。

どことなく、アリスに似ているかもしれないな。

それに先程の氷撃を見る限り、少なくともチルノや玲香より実力が高いことが分かる。

一度戦ってみたいもんだな。

「もうすぐ鎖が溶けるころでしょうし、次の作戦を考えなきゃね」

「……あの二人は放っておいていいのか?」

結衣と話していると、玲香とチルノは追いかけっこを始めている始末。

本っ当に緊張感ないなお前。

攻撃を受けた時、心配して損したぜ。

「仕方ない、私たちで対処しましょうか。 性質は魚類同様、表面が乾燥するか、湖の水を蒸発させてしまえば力尽きると思うけれど……どうかしら?」

「水の蒸発は私も考えたんだが、チルノみたいにあの場所で遊ぶ妖精や妖怪が居るからな」

「となると、後者の方法は駄目ね。 奴の注意を()き付けて貰えるなら、私にいい考えがあるの。 協力してもらえる?」

結衣の立てた作戦はこうだ。

巨大魚の注意を私と玲香で惹き付け、チルノと結衣が奴の死角に潜り込む。

胴体の(ほとん)どが地上に出たタイミングで、攻撃を放ち全身を凍結させる。

玲香の魔術(まじゅつ)で巨大魚を宙へと浮かせた後、私のスペルでトドメ。

あれ程の巨体を凍結させるには時間が掛かる為、その間奴の攻撃を凌いで欲しいとのこと。

どれ程の実力なのか確かめたいし、乗ってもいいだろう。

チルノの攻撃が格段に強く見えたことも気になるしな。

「いいぜ、乗った。 玲香ーそろそろやるぞー」

「えっ? 何するの?」

「バカかお前は!! あの巨大魚をぶっ倒すんだよ!!」

「あぁそうだった。 よし、やろう!!」

あー気が抜ける。

玲香が意気込んだのと同時に、複数の氷が砕ける音が響き渡る。

即座に口を開き、水の刃を放ち出した。

予め身構えていた二人はすぐに戦闘態勢に入り、余裕を持って回避している。

私もすぐに箒に跨り、玲香の腕を引いて大きく飛行を開始する。

「手筈通りにお願い!」

「おぅ!! 任せとけ!!」

 

 

 

 

 

結衣とチルノと分断し、玲香と共に巨大魚の動きを窺う。

作戦を一通り説明し、結衣たちの動きに備えておく。

「魔法で巨大魚を浮かすって言っていたけど、そんなこと出来るのか?」

「動きを拘束することさえ出来れば、大丈夫だよ! おっとっと!?」

刃の雨と共に、玲香の銃弾に似た水の魔弾(まだん)が降り注ぐ。

弾幕そっくりだ。

ということは、こっちの弾幕も受けてもらわなきゃ困るな!

「攻撃を惹き付けてくれって言われたけど、こっちが手を出しても問題ないよな?」

「ダメージを与えて弱らせることも出来るし、いいと思うよ?」

「だよな、よし……行くか! 星符(ほしふ)「サテライトイリュージョン」!!」

私を中心とし、その周りを惑星の如く公転(こうてん)する六つの光の球体。

ただし、こいつらはあくまでも準備に過ぎない。

「そうだ、まだ魔理沙に話してない私の能力があるの。 私の魔力、存分に使って! 招来(しょうらい)水脈転生(すいみゃくてんせい)!!」

玲香の魔力を使う?

その言葉の意味を理解する前に、私の手を青い光が包み込む。

不思議と冷たくはなく、寧ろ暖かいぐらいだ。

「これで、魔法の威力がより強くなるはずだよ」

イマイチ信憑性(しんぴょうせい)には欠けるが、試してみるか。

私が最も信頼している、こいつでな!

恋符(こいふ)「マスタースパーク」!!」

――ん?

これは……驚いた、まさかここまでなんて。

七色のレーザーに青い光が(まと)い、撃った私が姿勢を崩してしまいそうになる程の反動。

先程までの攻撃では何ともなかった巨大魚が、呻き声を上げその身を大きく()()らせていた。

「どう? 強くなってたでしょ?」

「こいつは大したもんだな……。 ガンガン攻めたい所だが、今の私たちの目的はあいつの注意を惹き付けることだからなぁ」

「さっきのはマスタースパーク改め、アクアライトスパークって所かな? また次回のお楽しみにってことで。 次が来るよ!」

「よしっ、行くぜ!」

身体を前に傾け、飛行姿勢に切り替える。

文程ではないが、私もスピードには自信があるからな。

奴の視界に入る様わざと高度を上げ、こちらへと注意を向ける。

これだけの巨体なんだ。

動きが(にぶ)いことはもう分かりきっている。

後は、向こうの準備が終わるのを待つだけだが……。

どう仕留めるつもりなのだろうか。

皆目見当(かいもくけんとう)も付かない。

そういや、玲香は大丈夫かな?

飛びながら玲香の姿を探す。

少し目を離したら、地面に叩き付けられていたしな……。

あいつが強いのか弱いのか、イマイチ分からなくなってきた。

なんつーか……ドジだし。

お、居た居た……って何で私の目の前に?

理解する前に、光の結界(けっかい)が辺りを包み込む。

「よそ見してちゃダメだってば!」

「お、おぅ……。 この結界も、お前の?」

「私って攻撃することよりも、後ろから支援する方が得意なんだ。 この結界ぐらい、おやすい御用!!」

この結界ぐらい、か……。

巨大魚の攻撃を全て受け流す訳ではなく、結界が吸収していく。

ただ防いだだけでは、周りに被害が及んでしまう。

そのことも踏まえての行動だろう。

まさか、こいつも同じなのか……?

努力なんかじゃなく、才能でここまで……?

「二人とも、その場所から離れて!!」

結界を纏ったまま、巨大魚から距離を取る。

攻撃を終え、こちらを見据えたままの巨大魚を青白い冷気が取り囲み始めた。

瞬間凍結(フリージングゼロ)

冷気は次第に濃く深くなっていき、巨大魚の全てを凍てつかせた。

完全に閉じ込められ、身動き一つすら取らない。

まるで氷の彫刻(ちょうこく)みたいだ……。

――高く売れそうだな、誰も買わんが。

「で、こいつを砕くのか?」

「えぇ。 間違いなくこれで木っ端(こっぱ)微塵(みじん)よ」

やったー、と声を揃えて両手を挙げる玲香とチルノ。

お前ら思考回路同じかよ。

まぁ、楽観的なのも悪いことではないと思うがな。

さてっと……緊張感はないが、私が派手に決めてやるか。

「そうだ、玲香ーあいつを宙に浮かしてくれよ」

「おっけー!! じゃあいっくよー」

両手を巨大魚へと(かざ)し、ぐっと目を閉じる玲香。

何やら(うな)りながら、力み始めた。

次第に地面全体が少しずつ揺れ始め、凍ったままの巨大魚が宙に浮き始める。

おぉー本当に浮かすとは大したもんだ。

ある程度の高さまで到達した時点で、私の出番だな。

ミニ八卦炉を前へと突き出し、ゆっくりと魔力を込める。

出力は問題なし、こいつなら……跡形もなく吹き飛ばせる!

あいつにだって負けない……これが私の魔法だ!!

魔砲(まほう)「ファイナルマスタースパーク」!!」



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第3話 炎星、墜つ

登場人物紹介


チルノ
霧の湖に住む、氷の妖精。
妖精としては、かなりの力を持っている。
しかし妖精ということもあり、性格は子供っぽく悪戯好き。
異世界からの来訪者である美里 結衣とは、似た能力を持つこともあり、仲がいい。
幼い外見とは裏腹に、長い年月を生きている……かもしれない。


美里 結衣
外の世界から幻想郷に迷い込んだ人間の一人で、恭哉の仲間。
頭脳明晰、容姿端麗と非の打ち所がないが、少々天然気味。
氷を操る能力を持ち、様々な形に魔力を変え幅広く戦うことが可能。
剣や槍、弓矢に魔術など、一通りは扱える模様。
同じ人間である、木ノ内 玲香とは古くからの付き合いで、一緒に居ることが多い。
幻想郷では、チルノなどの妖精と共に居ることが多いが、どこに居住を置いてあるのかは分からない。


 

 

 

 

 

 

 

ミニ八卦炉(はっけろ)から放たれた、白き閃光(せんこう)

()てつく冷気によって拘束されたままの巨大魚(きょだいぎょ)へと、真っ直ぐに進んでいく。

光の速さとは目には見えないもので、目の前の氷像(ひょうぞう)(またた)く間に、降り注ぐ細氷(さいひょう)へと姿を変えた。

「おぉー綺麗だなー!!」

「やったー!! 私たちの勝ちだー!!」

喜びを大にしてはしゃぎ始める、玲香(れいか)とチルノの二人。

共に戦った結衣(ゆい)も、安堵(あんど)の表情を見せる。

この場に居る誰もが勝利を確信していたんだ。

――私を除いて、な。

もし、あの巨大魚が例の妖怪(ようかい)の一種だとしたら……?

これで終わりな訳がない。

まだ……どこかに潜んでいる。

昨日がそうだったように。

この快晴の空の下の、どこに闇を作っている……?

居るんだろ……?

まだここに……!!

「うん? どうしたのー?」

「……さっきの作戦で、あの馬鹿でかい魚をぶっ倒せたと思うか?」

「もっちろん! さいきょーのあたいたちがやったんだから、勝ったに決まってるじゃん」

「特に怪しい気配は感じないし、心配しすぎよ」

……やっぱり、誰も不審(ふしん)に思わないのか……?

いや、単に私が気にしすぎているだけなのか……?

気のせいだと思いたいが、昨日の今日だ。

必ず、何かあるはずだ。

「終わっていたか」

ふと聞こえてくる、聞き慣れない声。

男の声だとは思うが、誰とも一致しない。

声のする方を振り返ると、やはりそこには見慣れない人物が一人。

紫がかった黒色の髪に、鋭い眼差(まなざ)し。

全体的に落ち着いたトーンの服装に、腰に差してある一筋の刀。

(つか)に手を添え、いつでも抜刀出来るようにしている。

それ以上の言葉を発さぬまま、こちらを見据(みす)えたままだ。

「玲香に結衣、お前達が先程の妖怪を?」

章大(しょうた)……良かった、無事に会えたわね」

「一足遅かったねー。 私たちが倒しちゃったよ!」

「なんだ、知り合いか?」

「うん。 ほら、ここに来る途中に話したでしょ?」

切崎(きりさき) 章大(しょうた)……あー、玲香が言っていたのはこいつのことか。

確かに関わり辛そうな奴ではあるな。

何というか、恭哉とは真逆のタイプだ。

「章大はどうしてここに?」

「妙な気配を感じたのでな。 妖気(ようき)にも似た特異(とくい)な何か……それを追ってここに来てみれば、既に消滅していたんだ」

なるほど、そういうことも分かるんだな。

そういや、人間じゃないって言っていたっけ?

「あっ、章大に見て欲しい本があるんだけど」

玲香に例の書物を渡し、玲香から章大の手に渡る。

虫の妖怪似た生物、亜羅蜘涅(アラクネ)(こう)が記載されているページを教え、その反応を待つ。

しばらく時間が掛かると思っていたが、私の予想に(はん)し、すぐに口を開いた。

「珍しい表記をしているな。 本来『アラクネー』と書かれることが多いが……これは何処にあった?」

香霖堂(こうりんどう)だ。 魔法(まほう)(もり)にある、変わった道具屋」

「ふむ……森近(もりちか) 霖之助(りんのすけ)の居る場所か。 何か供述(きょうじゅつ)していたことは?」

……驚いた。

香霖(こうりん)のことも知っているとは……。

幻想郷(げんそうきょう)の住人ならまだしも、こいつらはこの場所に来てまだ日は浅いはず。

章大とは違い、玲香と結衣は知らないらしく、小首を(かし)げている。

外の世界から流れ着いた道具や、骨董品(こっとうひん)を扱っている変な道具屋と説明を入れておいた。

章大の問いには首を横に振り、言葉を付け加えた。

「私と恭哉は昨日、こいつに似た妖怪に襲われたんだ。 退治は出来たが、姿以外分かったことがないんだよ」

「昨日、それに恭哉と一緒に居た……か。 成程、恭哉が(かば)ったと言っていたのはお前のことだったか」

「お前じゃない、霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)さんだ。 それで、こいつはどういう妖怪なんだ?」

章大によると、ここに記載されている「亜羅蜘涅」と「アラクネー」と称される者は名前のみが共通しており、それ以外は全くの別物らしい。

本来、アラクネーという存在は外の世界に存在しているとされる「希臘(ギリシャ)」と呼ばれる場所で発祥(はっしょう)した神話(しんわ)に登場する人物の名前だ。

優れた()()であったらしく、機織(きお)りを(つかさど)る神でさえも、その腕前を認めていたという説が残っているようだ。

その後彼女は自ら命を絶つのだが、神によって転生し蜘蛛(くも)へと姿を変えた……というのが、このアラクネーの伝説の一部。

「神話というのも、所詮(しょせん)は言い伝えや伝承に過ぎない。 この世界に転生してきたとは考えにくいな」

「じゃあ、誰かがこいつを参考にあの妖怪を作り上げたってことか?」

「そう考える説も有りだろう。 先程の妖怪の姿は、どのようなものだった?」

玲香に話した時と同様に、虫の妖怪の姿を伝える。

今思い出しても、気味悪いよなーあれ。

章大の見解(けんかい)によれば、この書物に載っているものとは別物で間違いないとのこと。

あの妖怪を()び出した人物が他に存在し、蜘蛛の化け物の意を持たせる為に「アラクネー」の名と似た名前を付けたであろう……という仮説だ。

うーん、こんな妖怪を喚び出せる奴には心当たりがないな。

何かを操ることが出来る奴なら沢山いるが、対象は様々だ。

そういや恭哉とあの妖怪を退治した後、何か拾っていたな……。

私は見てはいないが、一体何だったんだ……?

「もう少し情報が欲しいな。 恭哉と合流次第、その件を話そう」

「一緒じゃなかったの?」

「元々後で落ち合う予定だったが、少し予定が狂ってな。 比那名居(ひななゐ) 天子(てんし)という人物の邪魔が入った」

あの天人(てんにん)か……。

どうせまた暇なんだろうけど、厄介なことをするもんだ。

……っていうか、天子の邪魔が入ったってどういうことなんだ?

その事を聞き出そうとした時。

「何してるの?」

水面を(なが)めていたチルノに、結衣が声を掛ける。

ずっとあぁしてるけど、何かあったのか?

あまり気難(きむず)しいことを考えられる奴じゃないんだが。

「――あっ」

 

 

 

 

 

――やっぱりか。

そうだろうと思ったぜ。

さっきぶりだなーでかいの。

再び水面から巨体を天に向かって伸ばす巨大魚。

何処に隠れていたのかは知らんが、もう驚かないぞ?

もしも昨日出会っていたら、いい絵は撮れたかもな。

「嘘!? さっき倒したんじゃないの!?」

「悔しいから化けて出てきたんじゃないのか? まぁ、もう一戦ぐらいなら付き合ってやるさ」

「ほぅ、これが見慣れない妖怪というものか」

「そんな呑気(のんき)なこと言ってないで、やるよ!!」

既に双銃(そうじゅう)を構え、眼前の光景を見据えている玲香。

誰も(おび)えていない所を見ると、こういう化け物には慣れてるのか?

(むし)ろ、先程よりも目が生き生きとしているじゃないか。

なんだなんだ?

戦闘狂(ものずき)の集まりかお前らは。

……是非とも、弾幕(だんまく)を基礎から習って欲しいもんだ。

こいつらがどんなものを見せてくれるのか、益々興味が湧いて来たぜ。

「それじゃあ、もう一度力を貸してね、可愛い最強の妖精(ようせい)さん?」

「よーしっ!! あたいにまっかせろー!!」

()き付けるの上手いなーあいつ。

馬鹿……じゃなかった、妖精の扱い方をよく分かっている。

もしかして仲良しか?

「さて、お手並み拝見といこうか」

腰の刀を抜き、振り下ろす章大。

こっちはこっちで物騒だな……。

……まぁ、私も負けるつもりはないが。

どれだけ強いのか、見させてもらうぜ。

「ね、ねぇ……何か様子がおかしくない?」

玲香の言う通り、先程から巨大魚の様子がおかしい。

こちらを見据(みす)えたまま、微動だにしない。

このまま崩れてなくなってくれれば、気楽に済むんだがな。

「震えてる? 寒いのかな?」

「んな訳ないだろ」

「うわっ! 頭が増えたー!!」

巨大魚の頭部が、縦に二つに裂ける。

うっ、気持ち悪……。

双方の肉片(にくへん)がそれぞれ形を変え、二つの頭部を形成し始めた。

亀裂(きれつ)の入った中心から更に一つ、胴体から頭部と伸びていき、三つの顔を持つ者へと姿を変えた。

「なんか見た事あるあれ!! 確かキングギ――」

「はいはいそれは後ね。 玲香は後方からサポートをお願い、前は任せて」

何やら手に持った物を(かざ)し始める結衣。

なんだあれ?

どこかで見たことがある様な形だけど……。

型式(コード)氷魔(フロストデビル)連結(アクティベーション)!!」

白の冷気(れいき)と、深い青の鎖が結衣の身体を取り囲む。

瞬時にそれらは消滅し、再び姿を現した結衣だったが……その光景に、少し目を丸くしてしまう。

ただの人間の姿のはずだったが、見たことも無い腕に生えた(とげ)と氷で作られた翼。

眼差しも鋭く、同一人物とは思えない程だ。

「結衣の能力は氷幻転生(グレイシャルクイーン)氷属性(こおりぞくせい)の魔力を様々な形に変え、自らの戦闘能力とする」

「あんな風に変わるのか……誰かが憑依(ひょうい)している訳じゃないんだよな?」

「あれは結衣自身の姿だ、嘘偽りはない。 さて、こちらも続くか……零式夢幻(ぜろしきむげん)、展開。 朱雀ノ型(すざくのかた)斬魔獄炎刃(ざんまごくえんじん)

――なんだよこれ……!?

振り下ろした刀身が、銀色から赤色に変わり炎を(まと)い始める。

恭哉だけじゃなかったのか……!?

各々(おのおの)の属性など、単なる飾りに過ぎない。 それは、奴も同じことだ」

……恭哉のことか。

玲香も、恭哉の本当の力は炎を操ることじゃないって言っていたし、間違いないだろう。

ったく、いい意味で狂ってるよこいつら。

スペルカードに(のっと)った戦い方なら、一体どこまで行けてしまうのだろうか……。

「恭哉がその身と封魔結晶(ふうまけっしょう)を使い(かば)ったその実力……見させてもらうぞ」

「偉そーに言いやがって、存分に見せてやるさ。 度肝(どぎも)抜いてやる!」

それぞれが武器を構え、巨大魚を見据える。

三つの咆哮(ほうこう)と共に、再び戦いの火蓋(ひぶた)が切って落とされた。

 

 

 

 

 

後方で玲香が私たち四人のサポート全てを担当する形になった。

結衣とチルノは左側から、私と章大で右側から巨大魚を攻めることに。

先程とは違い、奴には三つの首がある。

その為、視界も反応速度も三倍ってことになる。

こいつの元になった化け物も、あの本に載っているのか?

調べてみたい所ではあるが、今はそんな余裕はない。

「なぁ、お前たちはあぁいう馬鹿でかい化け物と戦い慣れてるんだろ? どう対処するつもりなんだ?」

「俺たちの世界と同じ原理なら、力で(ひね)り潰せばいい。 だが、それが通用する相手かどうか、まずは見定める必要があるな」

「玲香の攻撃や、私のスペルじゃびくともしなかったぞ? もちろん、本気じゃないがな」

「成程、それだけ分かればいい」

いやいや、私にも分かるように説明しろよ。

巨大魚へと近付いていく姿の後を追う。

玲香の様に危なっかしさはないが……。

正直、恭哉たちの中では最も何を考えているのかが分からないでいる。

刀を扱う以上、戦法は分かるが……。

劫魔一閃(ごうまいっせん)

炎を纏った斬撃が三日月(みかづき)の様に形を成し、巨大魚へと向かっていく。

頭部が増えたからといって、素早い動きが出来る訳ではないだろう。

さて、どれ程ダメージが与えられるか見ておくか。

いつでも追撃出来るよう、準備は念入りにな。

炎の斬撃は見事に命中し、巨大魚の皮膚を大きく斬り裂いた。

しかし、一瞬にしてその傷が消えていく。

「ふむ、自己再生(じこさいせい)か。 少し試したいことがある」

「なんだなんだ? 今度こそ、私にも説明しろよ」

「そのつもりだ。 奴の自己再生の速度、及び範囲を調べる。 なるべく、手数の多いスペルカードを使用してくれ」

スペルカードの存在も知っているのか。

よくもまぁこんな短時間で調べたもんだよ。

玲香が言っていた様に、頭が切れるのも納得が行く。

白虎ノ型(びゃっこのかた)空刃千裂破(くうじんせんれっぱ)

星符(ほしふ)「メテオニックシャワー」!」

白き剣閃の雨と、七色の星々が降り注ぐ。

小手調べなんだろうが、こういうやり方はあんまりなぁ。

派手にガツンとやった方が面白いだろ?

うーん、こいつとは合わないかもしれない。

「わわっ!? うぉ!? ひいぃ!!」

「っ!? 何これ!?」

……何だ今の。

チルノと結衣の(あわ)てふためいた声が聞こえてきた。

巨大魚の胴体に隠れて見えないが、向こう側の攻撃が凄まじいのか?

「やけに騒がしいな……」

「そうだなー。 ――うわっ!?」

私のすぐ横を、氷の刃が通り過ぎていく。

少しでも動いていれば、頬を(かす)めていたかもしれない。

水だけじゃなく、氷まで使えるのか。

「これは……。 一度この場を離れるぞ」

章大の言葉通り、大きく旋回(せんかい)し先程の場所から離れていく。

離れながらも、氷による攻撃は続いたままだ。

予兆もない攻撃ってのが、随分と面倒ではあるが……。

「何か分かったのか?」

「先程の氷撃(ひょうげき)は、結衣とチルノのもので間違いないだろう」

「はぁ? あいつらは向こう側に居るんだぜ?」

「俺たちが攻撃を仕掛けた時、二人の声が聞こえてきただろう?」

章大の言葉に首を縦に振る。

推察によれば、攻撃が胴体(どうたい)をすり抜け向こう側に到達してしまっている可能性があるとのこと。

物体であるはずが、何らかの条件に達した時に流体へと変わり、その可能性に結び付いている。

先程の連撃も、その全てがすり抜けたこともあり、手数で押す手法は通用しない。

そうなると爆発力のある一撃になる訳だが……。

「じゃあどうするんだ? ぶっ飛ばすにしても、攻撃がすり抜けるんじゃ意味がないだろ?」

「もう少し判断材料が必要だな……」

「こらー!! 余所見(よそみ)しちゃダメだってばー!!」

気付けば、すぐ近くまで巨大魚の攻撃が迫って来ていた。

私たちの元へと達する前に、玲香の作った結界(けっかい)(さえぎ)られ、衝撃波(しょうげきは)(くう)を走る。

「後方支援はもういい。 玲香、奴の胴体の一部を操作することが出来るか試してくれ」

「えっ、胴体を? うーん……やってみるね」

攻撃を()(くぐ)りながら、魔法陣(まほうじん)を描く玲香。

胴体の一部を操作するって言ってたが、どうするつもりなんだ?

その意味を、章大に尋ねてみる。

「もし奴の胴体が流体に変化するのなら、玲香の能力で操作することは可能だ。 奴の下には大量の水、氷の能力を持つ者が二人居る……ここまで説明すれば分かるだろう」

「操作してどうするんだって。 あいつ自身を操ることが出来ないなら、何の解決にもならないじゃないか」

「実際にやって見せようか、暗影包(ブラックウォール)

突如(とつじょ)漆黒(しっこく)の空間に包まれる。

先程まで聞こえていた喧騒(けんそう)が、何一つ聞こえない。

「この空間に居る間、外部との干渉は出来なくなっている。 ここで先程の説明を続けるぞ」

 

 

 

 

 

章大が複数の魔法陣を作り出し、順番に詠唱(えいしょう)を始め出す。

小さな水の塊と、岩で出来た柱。

そして氷の(つぶて)を生み出し、私との間の空間に配置した。

「これが何なんだ?」

「水が湖、岩が奴の胴体で氷は結衣とチルノの能力を可視化(かしか)したものだと思ってくれていい。 まずは胴体が物体のままの場合だ」

指先で岩を突き始めるが、びくともしない。

これだと、攻撃がすり抜けていないってことか。

「胴体が流体に変わる場合は、言わなくても分かるだろう」

「向こう側に攻撃が通り抜けるな。 それがどうしたんだよ」

「一部分でも流体に変わり水分と化した時、玲香の能力の干渉が入り、流体の状態を維持出来る。 そして、そこに冷気が伝わり水温が急低下するとどうなる?」

「……あっ、凍るな。 そうか、氷で外側から覆うんじゃなくて内部から凍らせるのか!」

「そういうことだ。 外部からなら、体内組織の細胞まで死滅するには時間が掛かる。 しかし内部凍結(ないぶとうけつ)ならば、より早く体内組織の壊死(えし)させられる為、復活はしないだろう」

章大の説明で全て理解することが出来た。

後は玲香の能力が通用すれば、章大の作戦通りであいつを完全に倒しきれる。

「そろそろ玲香に聞きに行かないか?」

「分かった。 この空間を解除した際、外部の攻撃には気を付けるんだな」

漆黒の空間が消滅し、元の景色が視界に入る。

言葉通り、早速攻撃が迫って来ている。

すぐに飛行態勢に入り、難なく回避していく。

昨日の虫の妖怪もそうだったが、こいつらも弾幕に似た攻撃をしてくるんだな。

本当、よく分からん……何が目的なのかもな。

「章大ー!! 私の能力じゃ操れないよー!!」

結界を作りながら、玲香のこちらに向かい声を荒らげる。

……そうなると、作戦は使えないってことか。

うーん……どうしたもんか……。

こちらの攻撃は全てすり抜け、奴には通用しない。

体力にも魔力にも限りがあるし、ずっとこのまま均衡状態(きんこうじょうたい)を続ける訳にも行かない。

(こういう時、霊夢(れいむ)ならどうする……?)

ふと、そんなことを考えてしまう。

あいつが負けた所は見たことがない。

何かしら倒す方法を見つけるはずだ。

しかし、今の私にはそれが分からないでいる。

凍らせることが出来ない物質。

それらを完全に消し去るには……?

――なんだ……この感覚は……?

身体の芯から熱っぽく、汗が吹き出しそうな程の熱さ。

確かに今の季節は夏だが、ここまで暑いことはない。

近くに水源もあるし、涼風(すずかぜ)だって流れてくる。

まさか、これか?

ポケットから、小さな指輪を取り出す。

こいつには、ある魔法文字(ルーン)の文章が刻まれていた。

途中までしか解読してはいないが……熱源はこいつで間違いない。

手に持っていると、手の平から腕へ、腕から全身へと熱が伝わり始める。

力を貸してくれるのか……?

香霖(こうりん)の店で、こんな代物に出会えるとはな……。

家まで持ち帰りたい気持ちはあるが、今はこいつを倒さなきゃならない。

何が宿っているかは知らんが、正体不明の者に恐れる程、この世界の魔法使いは弱くないぜ。

私が指輪を強く握り締めた時だった。

「うわっ!! な、なんだ!?」

私を取り囲む、無数の(あか)い魔法陣。

こんな形……見たことないぞ……!?

それになんだ……この、身体に押し寄せてくる複雑な感情は……。

思わず耳を塞ぎたくなる程の、様々な声。

しかし、自然と私にはその行動が出来ないでいる。

こいつらを受け入れなきゃ、この魔法陣は扱えない気がするんだ。

憤怒(ふんぬ)意思(いし)だか紅蓮(ぐれん)(たましい)だか知らんが……。

今は、私のものだぜ!!

力強くミニ八卦炉を突き出し、照準を巨大魚へと合わせる。

元々私の中にあったのか、今脳内に現れたのかは分からない。

スペルカードにはならないかもしれないが、こいつで必ず勝てる。

そう強く思えるんだ。

私が弾幕以外の魔法を、こんな所で使うなんてな。

目を見開いて見とけよ。

これが、霧雨 魔理沙の魔法だ!!

「焔星符「超新星爆発(ハイエクスプロージョンノヴァ)」!!」

ミニ八卦炉から放たれる、紅い流星(りゅうせい)

一点だった光が瞬く間に拡散し、巨大魚へと降り注ぐ。

その光線の一筋一筋が、紅い剣閃にも見える。

星の様に綺麗で鮮やかに。

鋭い剣閃の輝きは、優雅(ゆうが)残酷(ざんこく)に。

あれだけ攻撃を重ねても倒せなかった巨体が、少しずつ溶け始めていく。

本当、この指輪は何物なんだ。

私の魔法研究にも使用したいが、この強い炎には少し恐怖もある。

香霖に聞いておくべきだったな。

――まぁ、今はいいだろう。

私たちの勝ちだからな。

あるべき場所へ帰りな、お前ぐらい大きいと釣り人も困るんだ。

燃え盛り朽ち果てていく巨体を、私は黙ったまま見据えていた。

 

 

 

 

「す、凄い……今度こそ、勝ったんだよね……?」

「ま、まぁあたいよりすこーし強いぐらいかな?」

玲香とチルノの二人は、それぞれの感想を口にしている。

結衣は水面の方に向かい、辺りを見回している様だ。

そういや、あいつは?

ミニ八卦炉と指輪をポケットに仕舞い、地上の方を目指して降りて行く。

「少し聞きたいことがある、構わないか?」

地上に辿り着く前に、既に刀を納め戦闘態勢を解いた章大がこちらへと声を掛けてくる。

雰囲気はあまり変わらない。

軽く返事を返し、章大の質問を待つ。

「先程の魔法陣には見覚えがある。 どういった手法であの術式(じゅつしき)を?」

その言葉に、私は少し目を見開いた。

魔法陣というより魔法に関しての知識も所持しているらしい。

知らないことなんてないんじゃないか?

まぁ、恭哉たちの仲間であることと、隠し事をする理由もないことから、詳細を話すことにした。

先程ポケットに仕舞った指輪を取り出し、章大に見せる。

「馬鹿な、何故これがこの世界に……? 何処で手に入れた」

「香霖の店にたまたま置いてたから借りて来たんだ。 こいつを知ってるのか?」

真紅ノ結晶(クリムゾンコア)、それがこいつの名だ。 以前恭哉が所持し、真炎剛爆ノ核(パイロキネシス)発現(はつげん)に必要な魔力と契約(けいやく)を行う物だった」

「はぁ!? ちょ、ちょっと待てよ。 玲香から聞いたけど、あいつの核っていうのは、身体に埋め込んであるんだろ? なんで同じ物が……」

「以前は指輪の形をしていたんだ。 魔族の血(ギルティブラッド)を体内に流す際に形を変え、この指輪は消滅していた筈だが……魔法文字が刻まれているだろう?」

魔法文字のことも知っているのか……。

私が最初の文を口にすると、私よりも先に続きの文章を呟き始める。

一言一句間違わず、全て解読してみせた。

そういや、続きは(かす)んでいて読めなかったが知っているのだろうか?

「この続きは?」

「核がこの形に転生する際、続きの文章は失われている。 人間が扱うには、あまりにも強大すぎるからな」

「でも、恭哉はこの能力を扱えるんだろ?」

「奴はもう人ならざる者へと足を踏み入れている。 至極(しごく)、不思議なことではない」

人ならざる者……か。

行く(すえ)も、こいつは知っているはずだ。

数千年も生きているんだ。

人のまま生を謳歌(おうか)する方法だって……必ずあるはずだ。

「もう一度、あの書物を借りられるか? 先程の妖怪の正体を探りたい」

「あぁいいぜ。 どの道私には読めないんだ、解読してくれよ」

「ねぇ、これを見てくれる?」

私たちの間に割り込み、結衣が何かを見せてくる。

その手には、何やら古くボロボロの紙が握られていた。

()(しろ)の一種かしら? 章大はどう思う?」

「結衣の予想で間違いないだろう。 魚型の形代(かたしろ)は見たことがないが……降ろす為に、肉体の(しかばね)が必要な筈だが、どこかにあったか?」

「いえ、これ以外は見ていないわ。 多分だけど、湖に沈んでいると思う」

「なぁ、召喚魔法(しょうかんまほう)とか精霊魔法(せいれいまほう)とかじゃないのか?」

「それには該当しない。 この形代に魔力が感知出来ないことと、術者の遠隔操作にしては動きが機敏(きびん)すぎる。 自我を持つ者で間違いはない」

確か……神降ろしだったか。

魔法じゃないとすると、この方法もあるかもしれないな。

やっぱり、誰かが糸を引いているのか。

――お前じゃないんだよな、本当に。

って、いかんいかん……疑わないって決めたんだ。

何があっても、あいつを信じてやらないと。

うん……?

何だこの匂い……妙に鼻につく。

「あーっ!! また煙草(たばこ)吸ってるー!! ダメだよ身体は(いたわ)らなきゃ!!」

「そうよ、未成年者の喫煙は法律で禁止されてるんだから。 消しなさい」

「なーなー、それおいしいのか?」

「……一仕事終えた後は、吸わないと生きた心地がしない。 ここは幻想郷(げんそうきょう)だ、喫煙(きつえん)に関する法律などないだろ」

「恭哉みたいな屁理屈(へりくつ)言ってる!!」

「黙れ、不味くなる」

何かと思ったら煙草かあれ。

なるほど、外の世界のはあぁいう形なんだな……。

未成年者って何のことかは分からんが、そこはまぁいいだろう。

「あたいも吸ってみたーい!!」

「ダメ!! 私はチルノちゃんを、そんな子に育てた覚えはありません!!」

「いつから親になったのよ……。 とにかく、これからどうするの?」

「書物のこともある以上、一度紅魔館(こうまかん)に戻る。 そこで情報を採算した後、恭哉と人里で落ち合う約束がある」

「こ、紅魔館ってあの吸血鬼(きゅうけつき)の居る場所だよね……!? ちょっと怖いけど……私も行く!!」

こいつも紅魔館に居るのか。

うーん、私が行ってもあまり良い顔はされないだろうが、先程の巨大魚のことも気になるし、ここは着いていくしかなさそうだ。

恭哉を魔法の森に連れていく用事もあるし、仕方ないか。

借りていく本も少しにしておけばいいんだよ、少しに。

「人間の里ね……私たちは他の妖精を探さないと行けないの。 また後で情報を貰える?」

「分かった。 後で落ち合うか」

チルノと共に湖の方へと飛び立って行く結衣。

他の妖精っていうと、いつも遊んでる仲間たちか。

恐らく、先程の戦闘時に逃げたままなんだろうけどさ。

「吸血鬼といっても、恐れる程の存在ではない。 見かけはただの……いや、今はいいか」

「えー教えてよー。 吸血鬼なんて、怖い存在に決まってるよ!!」

「それがそうでもないんだって。 実際に見たらびっくりするぞ?」

私たちは(きり)(みずうみ)からそう遠くない洋館(ようかん)、紅魔館を目指した。

 

 

 

 

 

「あれ? 章大さん早かったですね、もうお帰りですか?」

「少し予定が変わってな。 すぐにまた出る」

「お、お邪魔しまーす……」

「借りてくぜー」

「はーい……ってちょっと待った!! そんな堂々と入ります!?」

「安心しとけって、今日はそんな用事じゃないからさー」

紅魔館の本館へと続く道を歩いていく。

普段なら、こういう入り方はしないんだがな。

門の前に立つ人物、(ほん) 美鈴(めいりん)もいつもなら寝ているしな。

最早(もはや)、建造物の一部なんじゃないかって思うぐらい。

……流石にそれは言い過ぎか?

うーん、ここの風景をまじまじと見る機会なんてあまりなかったが……やっぱりでかいよなーこの館。

まぁそれでこそ、借り甲斐(がい)があるってもんだ。

木製の大きな扉を開け、中へと入っていく。

大図書館(だいとしょかん)はーっと……おっと、今はそうじゃなかったな。

エントランスホールを抜け、巨大なロビーへと行き着く。

そろそろ誰か迎えに来てもいい頃だと思うが。

「あっ、魔理沙だー!!」

「よぉフラン、久し振り」

フランドール・スカーレット。

ここの館の主である、レミリア・スカーレットの実の妹。

元々外には出てこないが、昔に起きた異変を(さかい)に館内を出歩くことは許可されたらしい。

だからこそ、ここに居る訳だが。

「あれ? もう帰ってきたの? 恭哉はー?」

「少し予定が変わってな。 ふむ、やはり人里に向かったままか……」

「や、やっぱり恭哉はここに居るんだね……うぅ……」

「誰? 恭哉は私の玩具(おもちゃ)なんだから、あげないよ?」

「お、玩具!? ダメダメ、絶対にそれはダメ!! いくら可愛い女の子だからって、恭哉は渡さないよ!?」

「じゃあ貴女は恭哉の何なの?」

フランの問いかけに、言葉を詰まらせる玲香。

自分のものと言い張るぐらいだし、恭哉が殺されなかった理由が少しだけ分かったかもしれない。

余程気に入られているのだろう。

フランに気に入られるなんて、本当変わり者だな……人のことは言えんが。

私もフランには邪険(じゃけん)に扱われていないし、どこか気に入られているからな。

「と、とにかく!! 渡せないものは渡せないの!!」

「ふーん、じゃあ弾幕ごっこで勝負してみる?」

能力戦(のうりょくせん)なら望む所だよ!! いくら小さい女の子だからって、手加減してあげないんだから!!」

「やめとけ玲香、フランはかなり強いぞ」

「そんな事言われても!! 恋する乙女(おとめ)は、何にも屈してはいけないんだよ!?」

「相手はお前の恐れる吸血鬼だ、実力も高い。 第一、お前が敵う相手じゃない」

「えっ!? こ、この子が……吸血鬼!?」

絵に描いた様な驚きを見せる。

あぁ、こいつも真っ当な人間なんだな……。

そう感心したのだが……。

「……可愛い!! えっなに、何なの!? 吸血鬼ってこんな女の子が……ねぇねぇ、ちょっとだけ抱っこしてもいい!?」

「わわっ! ちょっとやめてってば!! はーなーしーてー!!」

軽々とフランを持ち上げ、抱き締める玲香。

……前言撤回(ぜんげんてっかい)、やっぱりこいつ変態(へんたい)だ。

今まで恐れていた吸血鬼の姿が分かった瞬間、目の色を変えやがって。

こりゃーレミリアに会った時が楽しみだぜ。

あいつも小さいからな。

想像しただけでも、意地悪く笑みが(こぼ)れてしまいそうだ。

フランには悪いが、こっちはこっちで本題に入っておくかな。

「ほれ、さっきの本だ。 あのでっかい魚も載ってるのか?」

「一度、全てのページに目を通さなければ分からんな」

「お前は読めるんだろ? 私には読めないし、何かいい情報があれば教えてくれよ」

勿論(もちろん)、そのつもりだ」

章大が書物のページを捲っていく。

やはり私には、何が書いてあるのかさっぱりだ。

見たこともない文字の羅列(られつ)、外の世界の本で間違いないのかもしれないな。

「もー!! 離してよー!! ぎゅーってしていいのは、恭哉だけなんだからー!!」

「恭哉だけずるい!! ――えっ!? 抱っこされたの!?」

……やっぱり騒がしい。

助け舟を出してやりたいが、どうしたもんか。

謎の口論を繰り広げている二人を意に介さず、例の本に目を通している章大。

こういう状況には、真っ先に食ってかかる奴だと思っていたが、案外そうでもなさそうだ。

その事を尋ねてみると。

もう慣れているとのこと。

玲香が騒がしいのは、外の世界でも同じらしい。

ムードメーカーって言ってやった方がいっか。

まぁ、私も騒がしいのには慣れっ子だがな。

「ふむ……磯撫(いそな)でか。 先程の妖怪はこいつで間違いないだろう」

そのページを見てみると、確かに似た姿の絵が記されている。

名前は「韋溯薙照(いそなで)」と書かれている。

巨口鰐(おおぐちわに)」と呼ばれることもある古来(こらい)の妖怪の一種で、外見は「(さめ)」という魚に似ているらしい。

背びれに細かい針の如くおろし金が無数にあり、船人を海に沈めては喰らうという伝説が残っている。

あそこまで巨体ではないのだが、亜羅蜘涅と同様別の誰かがこの世に喚び寄せた……と考える方が合点が行く。

当然、術者や目的に一切の心当たりなどない。

こんな形の異変は初めてだよ。

いつからこの世界に潜んでいたのかは分からないが、ここまで見慣れない……ましてや、巨大な妖怪が存在している。

それに誰も気付かなかったなんて……何か裏があるのか?

(ゆかり)隠岐奈(おきな)が動かないのも、少し不自然な所もある。

――恭哉達がこの世界に来たことと、やはり何か関係がある?

そう考えるのも、一つの糸口なんだろうけど……。

「フランちゃーん!! 待て待てー!!」

「こんな追いかけっこつまんなーい!! うわあー!!」

横目で、玲香に追われているフランの姿を見てみる。

良くも悪くも能天気(のうてんき)な奴らが、未知の世界に異変をもたらすなんて……。

考える方が難しいか、そうだよな。

私の考えを遮る様に、すぐ後ろに何かが迫っていた。

 

 

 

 

 

「ぐぬぬ、魔理沙を盾にするなんて……!」

「魔理沙!! あいつ何とかして!!」

フランが私の後ろに回り込み、抱き着いてくる。

おまけに助けてくれと懇願(こんがん)して来ていた。

それにしても、あのフランがこんな風に人間を相手にするなんてな……。

私も頻繁に会う方ではないが、少なくとも紅魔館の地下で初めて会った時は、今とはかけ離れていた。

スペルカードルールが制定されるきっかけとなった、一つの異変。

紅霧異変(こうむいへん)、そう呼ばれている。

その主犯である、レミリア・スカーレットとの戦闘の後、私はもう一度紅魔館に向かった。

レミリアは博麗神社へと向かっていた為、構うことなく大図書館に眠る魔導書(まどうしょ)を借りていこうとしていたんだ。

そうしたら、地下の方からとてつもない魔力を感じて向かってみれば……それが、フランとの初めての出会い。

落ち着いてはいたものの、一度弾幕ごっこが始まれば狂気(きょうき)沙汰(さた)も何のその。

危うく骨が折れる所だったぜ。

そのとち狂っていた吸血鬼様が、今じゃこのご様子。

……何があるか分からんもんだな、自分の住んでいるこの世界でも。

「うーん、私も玲香の変態加減には付いていけないからなぁ」

「がーん!! うぅ、ひどいよ……魔理沙まで……」

あちゃー、言い過ぎたかな?

冗談だと告げようとした時。

「昨日は、二人で夜空のデートをした仲なのに!! エスコートしてくれたことは、忘れてないよ!?」

「そういうとこだよお前は!!」

……ダメだこいつは。

憎めない所もあるんだがなぁ。

「随分騒がしいと思えば、これまた見慣れない組み合わせね」

淡い桃色のドレスと、背中に見える黒い羽根を揺らしながら、こちらへと歩いてくる小さな人物。

レミリア・スカーレット、フランの実の姉であり、ここ紅魔館の主でもある。

「あら、帰ってたの。 恭哉は一緒じゃないのね」

「用が済んだらまた出掛ける」

「そう……で、そっちのフランと(にら)み合ってるのはお仲間?」

「一応な、すぐに連れて行く」

「魔理沙も一緒なのね、パチェの所以外に居るなんて、どういう風の吹き回しかしら」

「私にも色々あるんだよ。 後で本は借りてくぜ」

軽くあしらうレミリア。

大図書館に居る魔法使い、パチュリー・ノーレッジからすれば、私が魔導書を借りていくことは死活問題になる。

しかしレミリアは、あまり意に介してないらしく、楽しんでいる(ふし)もある。

奪い返しに来ることぐらい、いつでも出来るだろうしな。

無論、私も負けるつもりはないが。

「そうだ、貴方宛に手紙が来てたわよ?」

レミリアは、小さな封筒を章大に手渡す。

余所者にわざわざ手紙を書くなんて、物好きも居るんだな。

章大本人も思い当たる節がないのか、少し考えている素振りを見せている。

すぐに封を開け、手紙に目を通す。

その間、私は香霖から受け取った書物に目を通してみるも、やはり何が書いてあるのかはさっぱりだ。

他のページを見てみるも、分かるのは見たこともない怪物の挿絵のみ。

「レミリア、この手紙は誰から受け取った」

「差出人は書いていないのよ。 外で呑気(のんき)に眠っている門番が持ってきたわ」

「……こういった便箋(びんせん)を持つ者に心当たりは?」

「人里なんかに売っているんじゃないの?」

「人里か……今日の帰りは遅くなる、あの馬鹿はもっとな」

「どういう意味? あの馬鹿って、恭哉のことでしょう?」

レミリアの問い掛けには応じず、一人紅魔館の入口へと向かっていく章大。

手紙はというと、先程まで立っていた場所に放り投げられていた。

他人宛ての手紙を勝手に見るのは、少々抵抗がある。

しかし本人も居ないし、こういった事が気になるのは魔法使いの性だ。

少しだけ読んでみるか。

落ちた手紙を拾い上げ、目を通す。

私にも読める文字で書かれているが、少し乱雑(らんざつ)というか汚い。

えーっと、何々……?

――嘘、だろ……!?

待てよ……こんなの、信じられないって……!

手紙を持ったまま、何も発せず動けない。

見えない何かに縛られているかの様に、身体の自由がなくなる。

目の奥も、自然と熱くなるのが嫌でも分かる。

……夢だって思いたい。

「何が書いてあったのー?」

無邪気に尋ねてくるフラン。

ダメだ、お前がこれを知るなんて……。

私ですら、膝から崩れ落ちそうになるのを、必死に耐えているんだぞ……!?

「手紙見てもいい?」

返答する余裕もなく、私の手から手紙が離れて行く。

誰が取ったかなんて、気にかける余裕なんてない。

「そん……な……。 嘘だよね……ねぇ、魔理沙!!」

私の肩を、何度も強く揺らしてくる。

泣きじゃくりながら、何度も……何度も……。

私に言われたって……!!

「落ち着けよ……玲香……。 こんなの、私だって信じたくない……」

「昨日は、いつもの姿だったんだよ……!? 違う世界に居ても、いつも通りだったんだよ……!? それなのに……こんな……!!」

「私だって分からないって言ってんだろ!!」

怒鳴り声を上げてしまう。

揺さぶる手を止め、私の方を見る。

そのまま力無く地へと崩れ落ち、悲壮(ひそう)な現実を受け入れるしかなかった。

何なんだよ……くそっ……!!

「魔理沙、私は活字(かつじ)が苦手でね。 手紙の内容を教えて貰える?」

「……少し待ってくれ。 お前たちにも、辛いことだと思うぞ……?」

「構わないわ、教えなさい」

せり上がってくる哀しみを、必死に押し殺す。

声だって、震えてしまいそうだ。

何度も深く息を呑み、ゆっくりと口を開く。

「……恭哉が死んだ。 あいつはもう、帰ってこない」



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第4話 狂炎の悪魔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海藤(かいどう) 恭哉(きょうや)の死。

それが、章大(しょうた)に宛てられた手紙の内容だった。

この事実を知らぬ二人の吸血鬼(きゅうけつき)へと、震える声を抑え伝えた。

「死んじゃったの……? 恭哉が……?」

「そう書いてあったよ」

フランの弱々しい声が、私の耳へと届く。

こんな姿、見たことがない。

「……約束したのに」

「約束? 一体何の……?」

「帰って来たら、昨日と一昨日の分遊ぼうって。 恭哉から遊ぼうって言ってくれたの、初めてだったもん。 ……誰が壊したの?」

改めて手紙へと目を向ける。

自然と手が震えている。

焦点(しょうてん)も定まっていない気がする。

おかしいな……私がこんな風になるなんて。

何度か(まばた)きを繰り返し、手紙に書かれた文章を細かく読んでいく。

……何だ?

文字が(かす)んで読みにくい。

さっき視界をはっきりさせたばかりなのに、また(うる)んできた。

……泣いているのか?

私が……?

異世界の人間が、一人亡くなっただけなんだぞ……?

――違う、それだけじゃない。

私にとっては、凄く大きなことなんだ。

「……壊さなきゃ」

小さく呟いた後。

轟音と共に、壁面の一部が跡形もなく消え去った。

何かによる衝撃なんかじゃない。

ただ、目の前の少女が手を握り締めただけ。

そんな単純な動作で、全てを破壊してしまうんだ。

「フラン、どこに行くつもり?」

「決まってるでしょ? 恭哉は私が壊さなきゃ行けないの、でもそれを奪った奴が居る。 そんなの許せない……!!」

黒く不気味にも見える、無機質(むきしつ)な槍にも似た棒状の物を手にしている。

そして、不規則に揺れる色鮮やかな宝石を(かたど)った羽根を大きく広げ、空を見上げていた。

「お姉様だろうと邪魔はさせないから。 もし邪魔するつもりなら、お姉様であっても私が全て壊してあげる」

不敵な笑みを浮かべた後、瞬時にその場を飛び立っていくフラン。

この場に居る私たちは、誰もその姿を追おうとしなかった。

いや……追いかけることが出来なかった、そう表す方が正しいのかもしれない。

けれど、フランをこのまま放って置いていいのか……?

この幻想郷(げんそうきょう)でも、フランの能力を止められる奴は少ない。

例の妖怪(ようかい)たちによる被害の他に、誰かが犠牲になってしまう可能性もある。

「……面白いわね、この手紙」

ふと、レミリアが(つぶや)く。

面白い……?

人が死んだんだぞ!?

「何言ってんだよ……人が死んだんだぞ、面白い訳ないだろ」

所詮(しょせん)、アイツもその程度の人間ってことよ。 もう血を頂けないのは残念だけれど」

「ふざけんな!! あいつがそう簡単に死ぬ訳――」

「言葉で語る前に、行動に起こしなさい?」

レミリアに言葉を(さえぎ)られる。

私の口から、無意識に零れようとした言葉。

そう簡単に死ぬ訳がない、確かにそう告げようとした。

……そうだ、あの恭哉だぞ……?

この私の目を奪ったんだ。

あいつの炎に、心を()かれたんだ。

そんな奴が、見知らぬ誰かに負ける訳がない。

――こいつめ、それを見越していたんだな。

一本取られた気分だよ、吸血鬼の癖に。

「フランは私に任せてくれ、お前はそいつを頼むよ」

「この子を?」

木ノ内(きのうち) 玲香(れいか)、恭哉の大事な仲間だ。 あいつは、必ず生きている」

「……恭哉が……?」

涙を拭いながら、そう尋ねてくる。

玲香の元へとしゃがみ込み、まだ濡れたままの瞳を見ながら、私は口を開く。

「あぁ、私はそう思う。 そりゃ、私だって辛いさ。 でもな、あいつがそう簡単にやられるとは思わない、お前が信じてやらなきゃ、誰が信じてやるんだ?」

「でも、今の恭哉は能力が使えないんだよ……!? そんな状態で、あの魚みたいな妖怪(ようかい)に襲われたら……!!」

「私たちより、お前たちの方がよく知っているだろ? 二回も恩を売っているんだ、恩返しもさせてくれないまま、冥界(めいかい)になんか送ってやるかよ」

その場で立ち上がり、玲香へと手を伸ばす。

「今まであいつに助けられていたんなら、今度はお前たちがあいつを助けてやる番なんじゃないのか? 私も協力する、だから立て」

「……ありがとう。 でもごめん、時間が欲しい……かな」

私の手を取るも、玲香の顔はまだ(うつむ)いたままだった。

……無理もないか。

どれぐらいの付き合いがあるかは分からないが、仲が深いことは確かだ。

フランを連れ戻したら、迎えに来るか。

「レミリア、こいつを頼むよ。 私がフランを止めてやる」

「止められるならね」

「何言ってんだ、私は普通(ふつう)魔法使(まほうつか)いさんだぜ? それに、吸血鬼ハンターの名前は伊達(だて)じゃないんだ」

「懐かしい台詞(せりふ)ねぇそれも。 まぁ、やってみなさいな」

身を(ひるがえ)し、フランが飛び立って行った方を向く。

帽子を構え直し、(ほうき)に乗り空を目指す。

久し振りの弾幕(だんまく)ごっこだからなぁ。

待ってろよ、まずはフランからだ……!!

 

 

 

 

 

既に茜色(あかねいろ)に染まった幻想郷(げんそうきょう)の空。

辺りを見回しながら、空の航路(こうろ)を駆けて行く。

フランの行く宛には、正直答えがない。

その理由は単純で、外に出ることがないからだ。

この幻想郷の地形も、はっきりとは知らないはず。

今のフランの気が正気じゃないこともあり、そう遠くへは行けないだろう。

恐らくだが、生者を見つけては破壊して回る……?

余計な殺生(せっしょう)をさせる訳には行かないからな。

この世界の治安維持は、博麗(はくれい)巫女(みこ)だけの仕事ではない。

横取りするのが、私の仕事でもあるからな。

早い所、見つかってくれればいいが……。

――うん?

この様々な色の弾幕は……。

姿勢を低く構え、高度を下げる。

虹彩(こうさい)にも似た球体の弾幕が、私のすぐ上を(かす)める。

穏やかな夕焼けには、少し似合わない光の筋。

こうも早く見つかるとは……。

私の日頃の行いが良かった結果だな。

「なーに、魔理沙も私の邪魔をするの?」

「おぅ、邪魔しに来たぜ。 正直、私もあいつが死んだって知って動転(どうてん)していたが、本当に死んだのかどうか分からなくなってな」

もう涙も流さない。

泣くなら、あいつの前で泣いてやる。

それに……()かすのも私だからな。

「フランだって、あいつには死んで欲しくないだろ? だから、一回私と話そうぜ」

「話しても無駄、恭哉はもう居ないもん。 遊ぼうって約束したのに……」

無機質な槍を大きく振り翳す。

次第に強靭(きょうじん)な炎を(まと)い、夕焼けに溶け込む様に激しさを増していく。

「私が何もかも壊してあげる。 魔理沙に、私と遊ぶことが務まるかしら?」

「無償では受けたくないな、私も商売人の身だし。 コイン一個は受け付けないが、何を出してくれる?」

「後で払ったげる。 いいからやろうよ」

「ちぇっ、後払いか。 それじゃあ仕方ない、そのイカれた頭を叩き直してやるか」

ミニ八卦炉(はっけろ)と、四つの星型の光体を発生させる。

フランとの弾幕ごっこは何時(いつ)ぶりか分からないが、あの時より私は相当腕を上げているんだ。

引きこもり気味の妹君とは違うんだよ。

牽制(けんせい)の意味も込め、レーザーを展開しようとした時だった。

目にも止まらぬスピードで私の眼前にまで迫り、炎の槍を振り下ろして来た。

――おいおい、いきなりか!?

後ろに回転しながら攻撃を回避し、フランよりも上空を目指す。

その後を追う様に飛び上がり、真紅(しんく)弾丸(だんがん)をいくつも飛ばしてくる。

おっと、逃げてばかりじゃ話にならないな。

試しに、こいつでどうだ?

四つの光体をフランの方へと移動させ、水流にも似た攻撃を行う。

コールドインフェルノ、こいつの名前だ。

元々赤いだろうが、(あか)く染まるかな?

「何その弾幕、つまんない」

一度、大きく()ぎ払う。

その衝撃だけで、自らが放った弾幕すら跡形もなく消し去ってしまった。

何だよ、吸血鬼は夕焼けには強いのか?

日光に弱いこともあり、すぐに音を上げるかと思っていたが……そう簡単には言わないか。

流石は破滅的な妹君だ。

「戦いは弾幕だけじゃないのよ、教えてあげる」

「ほぉー、フランが私にご教授(きょうじゅ)してくれるのか。 何を教えてくれるんだ? 血の吸い方なら、受け付けないぜ」

「そんなつまんないこと教えてあげない。 見てれば分かるよ」

両手を上にあげ、その場で槍を回転させ始めるフラン。

風に晒されている風車(かざぐるま)みたいだ。

そんな生易しいものじゃないだろうが……。

先程まで纏っていた炎は、変わらずに綺麗な軌道(きどう)を描いていく。

……ん、これは……?

次第に炎だけではなく、風まで纏い始めたではないか。

気を抜けば、フランの方へと吸い込まれそうになる程だ。

少し目を(せば)めながら、行く末を見守る。

「本当は恭哉に最初に見せてあげたかったんだけど、ここで魔理沙(まりさ)は壊れちゃうんだし、構わないよね」

「おいおい、勝手に決めつけるなよ。 誰もお前に負けてやるなんて言ってないぞ」

「今決めたんだもの。 そしてこれが……」

――なっ……!?

この感覚、この熱気……そして、紅い魔法陣(まほうじん)だと!?

私には見覚えがある。

つい最近、自らが体験したばかりだからだ。

首筋を、一滴の汗が伝う。

「へぇ、真炎剛爆ノ核(パイロキネシス)ってこんな感じなんだ。 ……あはは、気持ちいい」

 

 

 

 

 

真炎剛爆ノ核って、まさか……。

紅い指輪を取り出す。

宝石を(かたど)った部分を見てみると、(かす)かに光っているのが分かる。

夕陽を反射している訳じゃない。

フランが魔法を扱うことは、おかしなことではない。

魔法少女(まほうしょうじょ)だったか。

どこかの書物に、そう書かれていたのを覚えている。

「こーんな素敵な炎を扱えるなんて、やっぱり恭哉はすごいなー。 さぁ、遊びましょ?」

「遊ぶことが務まるのかとか、遊ぼうとか忙しい奴だなお前は」

私の時の様に、この指輪がフランにも関与しているのだろうか。

確か、憤怒(ふんぬ)意思(いし)がどうとかって……?

――そうか、これか。

フランは恭哉の死に対しての悲しみの他に、自分の玩具(おもちゃ)を見えない他人に壊されてしまったことに、怒りを覚えているんだ。

その為、こいつの力が作動し、フランが恭哉の能力に似た炎を扱っている。

まさか、まだ魔力(まりょく)が残っていたとはな……。

私が全部使っておけばよかったぜ。

今更悔やんでも仕方ないし、やるしかないか。

炎剣(えんけん)「レーヴァテイン・ディフェルト」燃えちゃえ」

紅いレーザー状の弾幕。

その一つ一つが、巨大な剣にも見える。

これは一度見た事があるな。

細かい弾幕も、()(くぐ)って行くだけでいい。

二度も同じ技が、私に通用する訳ないだろ?

こっちもそろそろ仕掛けさせてもらうとするか。

照準をフランに合わせ、スペルカードを発動させようとした時だった。

「言ったじゃない、弾幕だけじゃないって」

不敵な笑みを浮かべるフラン。

目が見開かれ、口角が大きく吊り上がっている。

……弾幕だけじゃないって、どういうことだ?

私がそれを理解する前に、フランの攻撃に変化が生じた。

小さく無数に散らばった赤い弾幕が一点に集中し、爆発を起こしたのだ。

何なんだよあれ……!?

って、やばい!!

一度攻撃を中断し、飛行態勢に入る。

私が飛行する軌道と、フランによる爆発の攻撃。

寸分(すんぶん)の狂いもなく、私の後を追って来ている。

くそっ、追いかけられるのは嫌いなんだがな……!!

「あはははは!! ほらほら、こっちこっち!!」

再び前方に現れ、槍を振り下ろす。

側方へと回転しながら回避することは出来たものの、急な進路変更と判断の為、スピードが大きく殺されていた。

……仕方ない、こっちも吹っ飛ぶ覚悟でやるしかないか。

狂咲(くるいざき)「クリムゾンファイヤーワークス」!!」

星符(ほしふ)「グラビティビート」!!」

私たちのスペルの宣言は、ほぼ同時だった。

地上から気流に乗って上昇する星型の衝撃波と、巨大な炎の球体。

球体が炸裂し花火の様に散っていく前に、私たちよりも上へと打ち上げられる。

スペルによる弾幕の発生は、ほんの(わず)かではあったものの、私の方が早かったようだ。

空中を揺らめきながら、フランのスペルは不発に終わる。

自らの攻撃を破られたことに驚いているのか、その場から動こうとしない。

「さぁ、次は何を見せてくれるんだ?」

「……もしかして、今ので私のスペルを破ったつもり?」

「今目の前で散っていっただろ。 嘘は好きじゃないな」

「へぇ……」

俯きながら、何かを呟き始めるフラン。

とてもじゃないが、あの状態から何かが起きるとは考えにくい。

だが……そう上手く収まるものなのか……?

今のフランは、少なくとも誰も見た事がない状況にある。

気が動転していたり、とち狂っているのならまだ理解出来る。

しかし、フランはこの世界には存在しない能力を使用し、私と対峙(たいじ)しているんだ。

恭哉の真炎剛爆ノ核を初めとした能力には、いくつかの条件が必要なはず。

確か、魔力や特定の原素(げんそ)だったか。

そのどの条件にも、フランは当てはまらない。

それに、私があの指輪の能力を借りることが出来た理由も分からない。

この世界の(ことわり)を無視する物なのか、こいつは?

「その指輪、私に返してよ」

「はぁ、お前のものだぁ? 残念、こいつは私の味方でもあるんだ」

「あるべき場所に帰るのよ、そいつはね。 今の(あるじ)は私、早く返して」

「何の主だ? そもそも、お前が誰かの上に立っているなんて有り得ない話なんだぜ? それとも、今お前の意志は自分自身じゃないって言いたいのか?」

どうもフランの様子がおかしい。

単にとち狂っている訳ではなさそうだし……。

こいつに宿る何かが、フランに乗り移っているっていうのか?

完全憑依(かんぜんひょうい)

それに似ていると言ってしまえばそれまでだが……。

きっと、この世界には存在しない概念だろう。

何が理由であれ、渡す理由にはならないがな。

「欲しけりゃ奪ってみな」

「素直に渡す気はないのね、流石は魔理沙だよ。 でも、そんな貴女(あなた)に逃げ場があるかしら?」

私のすぐ真下で、真紅の魔法陣が展開する。

真っ直ぐに伸びた、(いく)つもの光。

それらは炎の柱へと姿を変え、私の視界と行動範囲を奪っていく。

この柱……昨日見た、黒い炎に似ている。

ってことは、昨日妖怪(ようかい)(やま)で見た者は……?

「考え事している余裕なんてあるの?」

 

 

 

 

 

私のすぐ眼前に映る、紅い悪魔(あくま)の姿。

狂乱(きょうらん)の笑顔を見せたまま、私の顔のすぐ横を炎の槍が通り過ぎる。

それと同時に身体全体を走る、正体不明の痛み。

フランから距離を取る為、炎の柱を突き破り空中で停止する。

その間に痛みの根源(こんげん)を特定出来たのか、無意識にそこに手が伸びていた。

苦痛(くつう)に顔を(ゆが)めながら、手の平を見てみる。

そこに映っていたのは、色の濃い赤色の血。

私の左肩を、フランの持つ槍が貫いていたのだ。

経緯を認識した瞬間、更に痛みは増していく。

こんな経験初めてだ。

魔法に失敗した時とは訳が違う。

自分の血を、自分自身が間近で見ることなんてないと思っていた。

「私はレミリアの妹である前に、誰もが恐れる吸血鬼よ。 さて、魔理沙の血は甘いかしら?」

すぐ後方から、(ささや)く様に聞こえてくる声。

可愛らしくも恐ろしい。

フランに対して、初めて恐怖心を抱いている。

その場から逃げるように、真っ直ぐに飛行する。

「あらあら、追いかけっこなの? いいわ、何処までも追いかけてあげる!!」

形容しがたい笑い声。

私には後ろを見る余裕なんてない。

反撃することも出来る。

それよりも、自分の身を守ることを優先してしまっていた。

何かから逃げている……この私が?

自分の力には、自信がある。

これまでだって、幾度(いくど)となく異変を解決してきたんだ。

それなのに……戦うことが怖い。

箒を握り締める力が強くなっていく。

身体全体が震えることを、必死に(こば)む様に。

何かに(すが)り付いてでも……誰かを蹴落(けお)としてでも、今この場から逃げ出してしまいたい。

何をどうすればいい?

炎忌(えんき)「ファイヤメイズ」!! この迷路から逃れられるかしら?」

私の行く手を(はば)む、炎の迷路。

どこに動けばいい!?

右か、左か!?

私が迷っていても、フランが放った弾幕は動き続けている。

迷路に迷い込んだんじゃない。

そこに巣食う見えない何かに、吸い込まれている気もした。

――落ち着け、考えろ。

私の姿は今、フランに確実に(とら)えられている。

自分自身を不可視(ふかし)領域(りょういき)に誘うことは出来ない。

そんな魔法は聞いたことも無いし、見たことも無い。

フランが改めて言っていた、吸血鬼という名称。

辺りはもう夕陽が落ちかけていて、夜が訪れようとしている。

元々夜に生きる種族だ、闇夜には慣れている。

しかし、フランはこの幻想郷の外の姿を(ほとん)ど知らない。

……ってことは、今この時間に私の姿が視界から消えれば、時間の猶予(ゆうよ)は生まれる……?

その間に体勢を立て直せば、あいつを攻略することが出来るかもしれない。

踏ん張れよ私……!

今更びびって逃げ出す奴じゃないんだ、一発かましてやれ!!

意を決し、姿勢を低く取る。

弾幕が密集した場所へと触れる寸前に、進路を真下へと向ける。

急降下へ入る際に、帽子から魔法瓶(まほうびん)を取り出し、フランの放った弾幕へと投げ付ける。

所謂(いわゆる)、目くらましって奴さ。

吸血鬼にはちょっと(まぶ)しいが、これも社会勉強だぜ。

フランが目を覆っていることを確認しながら、地上に広がる木々の中に身を隠す。

荒れた呼吸を整えながら、肩の傷口を抑える。

痛みは引かず、(むし)ろ増している。

治療薬なんて持っていないし、玲香の様な治癒魔法(ちゆまほう)も持ち合わせていない。

痛みが自然に引くまで、どうにかやり過ごすしかない……。

何度見ても、この鮮血(せんけつ)は見慣れない。

全身の血の()が引いてしまう感覚を、今初めて体感した気がする。

……あいつらは、こんなことにも慣れているっていうのか……?

見知らぬ妖怪の返り血に身を染めていても。

得体の知れない何かに、無惨(むざん)にも殺されてしまった者の姿を見たとしても。

そんな状況に置かれたとしても、誰一人生気(せいき)を失うことは無かった。

私たちとは、根本的に違っているのか……!?

もしそうだとしたら、一体何が?

同じ人間だろ?

少し変わった力を持っていて、魔法が使えて、戦うことが非日常ではなくて。

大きな違いはないはずなのに……。

どうして、そう平然と居られるんだよ……!

「魔理沙ー、どこに隠れてるのー? 早く出てこないと、殺しちゃうよー?」

少し遠くで、いつも通りの無邪気(むじゃき)で幼いフランの声が聞こえてくる。

言っていることは物騒(ぶっそう)そのものではあるが、フランからすれば他愛もない一言に過ぎない。

息を殺し、じっと身を潜める。

不意を突けば、いくらフランとは言え気絶させることぐらいは出来る。

しかし、この状態のまま紅魔館(こうまかん)に連れて帰るのは、少しリスクが高い。

フランの実の姉であるレミリアでさえ、フランの実力を(しの)ぐことは出来ない。

言い換えれば、こいつの暴走を止められる奴なんて、この世界には片手で数えられるぐらいしか居ないってこと。

「こっちかな? それともこっち?」

木々の合間を掻い潜り、顔を覗かせたり辺りを見回したりを繰り返している。

先程までの狂気は、すっかり消えたようにも思えるが……。

私の手元にこの指輪がある限り、再発する可能性もある。

迂闊(うかつ)に動けないな……私には、肩の傷もあるし。

本当、痛くてたまらないんだよこれ……泣いて治るのなら、何度だって泣いてやりたい。

――私を(かば)ってくれた時、恭哉はどう思っていたのだろうか。

今の私よりも、ずっと深い傷を追っていた。

それでも尚、私のことを守ろうとしてくれた。

きっと、今の私に似た状況に置かれていたんだ。

逃げ出したくもなるぐらいに、どうしたらいいのか分からない相手に遭遇して……。

こいつは……教えてくれないか。

何気なく指輪を見てみても、相変わらず怪しげに紅く光っているだけだ。

それにしても、何なんだろうなこいつ……。

見れば見る程に、その紅色に引き込まれそうになる。

まるで、自分自身を失ってしまいそうに……。

「みーつけたっ。 遊びましょ?」

 

 

 

 

 

耳元で囁かれた細い声。

私が振り返る前に、首元へ突き立てられる鋭利(えいり)(やいば)

フランの持つ黒い槍。

目で見ずとも、その正体はすぐに分かった。

「魔理沙の身体って細いのね。 握ったらすぐに折れてしまいそう」

「ふんっ、お前に握られるなんてごめんだね」

「それを決めるのも私よ、試しに腕から折ってみる?」

もう片方の小さな手が、私の手首へと伸びてくる。

このまま触れられる訳には行かない。

勢いよく、手で払い()ける。

それと同時に、目を細める程の痛みが生じる。

槍の先端が、首元への皮膚へと僅かに刺さっていた。

肩の方へと、血が流れていくのが分かる。

「今の魔理沙は私の人形も同然なのよ? 余計なことしないで」

「何がしたいんだ……?」

「それはこれからのお楽しみ」

黙ったまま、前を見据(みす)える。

このまま言いなりになっていても、この状況が変わる訳ではない。

どうにか切り抜けないと……。

幸いにも両手は動く。

足が封じられている訳でもない。

箒は手元にないから……ミニ八卦炉か?

ポケットに仕舞ったままのはずだ。

しかし、この距離じゃフランに勘づかれてしまう。

話し合いが通じるのなら、少し気を逸らしてみるか……?

「なぁフラン、恭哉の能力ってどんな感じなんだ?」

「何でそんなこと聞くの?」

「気になるんだよ、魔法使いの飽くなき探究心が騒いで仕方ないんだ」

「……まぁいいよ。 今ね、すっこぐいい気分なんだ。 何もしていてなくても、全身に魔力が満ちている気がするの」

……なるほどな。

この感想を聞く限り、フランは本当に恭哉に似た能力を手にしているようだ。

もちろん、一時的にだろうが。

……ってことは、あいつの能力についてもう少し詳しく聞き出せるかもしれない。

もう少し探ってみるか。

「この世界の魔力とは違うのか?」

「もちろん。 今私の中には二つの魔力があるの」

「一つは普通のものだろ? 残りの一つは?」

「うーん、何だろ……」

フランの言葉が詰まり出す。

流石に正体までは分からないか。

まだ何か聞き出せそうではあるが、何を聞き出すのがいいのか……。

「って、わざわざ魔理沙に教えなくてもいいじゃん」

「そう固いこと言うなよー。 私とお前の仲じゃないか」

少しずつではあるものの、無邪気なフランに戻りつつある。

もう少し……。

あと少しだけでも気を逸らすことが出来れば、一定の距離を保てる。

「――ねぇ。 そこに居るのは誰? 私と遊んでくれるの?」

突然、そんなことを言い出した。

誰か居るっていうのか?

この場所で、私たち以外に?

「隠れんぼが下手なのね、もうバレバレだから出て来なよ」

再度、見えない誰かに問い掛けるフラン。

それでも、何も姿を現さない。

……言葉が通じないのか?

もしそうだとしたら、例の妖怪って可能性もある。

フラン程の実力があれば心配は無用だろうが、私まで巻き込まれてしまうのは避けたい。

「ふーん、出てこないんだ。 じゃあ……壊れちゃえ」

すぐ近くに生えている草木が消滅する。

噴煙(ふんえん)が立ち込める中、一筋の雷撃(らいげき)が私とフランの間をすり抜けていく。

……下手に動いていたら危なかった。

「魔理沙さん! 今のうちに!!」

声の正体も分からないまま、フランの元を離れる。

聞き覚えがあるのは確かなんだが……。

私の動きに気が付かなかったのか、フランは立ち尽くしたままだ。

それにしても、一体誰なんだ?

「私が遊ぶのを邪魔するなんて、いい度胸してるじゃない。 ……ん? 恭哉に少し似てる、誰?」

「この子も兄さんのことを知っているのか……。 その槍を降ろしてください、戦うつもりはないんだ」

恭哉に少し似ていて、「兄さん」って呼ぶってことは……。

京一(きょういち)、お前なんでここに!?」

「人里に帰ろうと思ったら、急に爆発音が聞こえて。 それで、飛んで来たらこうなってたんだ」

海藤(かいどう) 京一(きょういち)

恭哉の実の弟であり、生真面目(きまじめ)で礼儀正しい奴だ。

雷を操る能力を持っており、恐らく先程の雷撃は京一によるものだろう。

戦うつもりがないって言っても、その槍じゃ説得力ないけどな。

「相変わらず無茶しますねぇ。 ほら、傷を見せて下さい」

物腰の柔らかい、優しい声。

血に染った衣服を見たのか、怪我を負った肩へと視線を向けながらそう言う。

――無茶するのは、お互い様だろ。

「ありがたーい詠唱(えいしょう)とか、興味あります?」

「無いね、これっぽっちも。 私は動けるし、怪我の治療は後だ。 とにかく、フランを落ち着かせてやらないと」

「駄目ですよー、雑菌とか入ってしまえば、悪化するかもしれませんし。 せめて傷口ぐらい隠しておかないと」

「ねぇ、知らない奴ばっかり増えたんだけど。 私と遊んでくれるんだよね?」

「おままごとですか? それなら負けませんよー!!」

「あの、早苗(さなえ)さん。 そんな穏やかな遊びじゃないと思うんですけど……」

照れくさそうに笑う人物。

博麗(はくれい) 霊夢(れいむ)の他に存在するもう一人の巫女(みこ)東風谷(こちや) 早苗(さなえ)

それが、彼女の名前だ。

真面目で純粋な奴なんだが、どこかぶっ飛んでいる。

……っつーか、こんな凸凹(でこぼこ)コンビでフランの相手なんか出来るのか?

「まぁいっか。 全員まとめて壊してあげるよ。 不味そうな血なんていらないし、消してあげるね」

「不味そうとは失礼ですね。 私は神様ですし、きっと血も美味しいですよ? 信仰心がない方には渡せませんが!」

「お前たちはフランのことを知らないだろうし、言っておいてやる。 あいつ、私たち全員が相手でも余裕だからな?」

実力が下であることは認めたくはないが……。

今のフランは一人でありながら、一人ではない。

後ろに見えるよ。

あの時に見た、紅い眼が。

「余裕と言いますと? 私たちは三人ですし、絶対に勝てますよ?」

「レミリアの妹だぞ、フランは」

「えぇ!? レミリアさんに妹が居たなんて、初耳ですよ」

――大丈夫かこいつら……。

 

 

 

 

 

私たちの間を、炎の斬撃が通り抜ける。

「とにかく遊んでよ。 今の私は気分が良いし、粉々にしてあげられるよ?」

「な、なんですかあれ!?」

「今のフランはいつも以上に狂ってる。 とりあえず、ありったけの弾幕をぶつけるぞ!!」

とにかく攻撃を拡散させ、フランの視界や手数を鈍らせるしかない。

……私たちに攻撃する余裕があれば、だがな。

一層激しくなる炎撃に対し、私と早苗は防戦一方の状況へと追い込まれ始めていた。

こちらが弾幕を放つ隙すら作らせては貰えない。

――真紅の槍と、蒼雷の槍が交差する。

重い音と共に、衝撃波による風が巻き起こった。

「二人は一度体勢を整えて下さい!! ここは、僕が持ちこたえます!!」

京一の叫び声が響き渡る。

あのフラン相手に、時間を稼ぐ算段があるってのか……?

しかし、私としても少し時間が欲しいのは事実だ。

早苗も京一も、まだこの状況を完全に理解していないはず。

こちらとしても、ある程度の情報は伝えておきたい。

……ここは、甘えさせてもらうか。

「へぇ、私の事怖くないんだ?」

「君みたいな子は初めて見るよ。 でも、もっと醜く恐ろしい奴は沢山見てきたんだ。 これぐらい……どうってことない!」

「恭哉に似た事を言うのね。 いいわ、少しだけ遊んであげる!!」

何度も何度も激しくぶつかり合う、双方の攻撃。

フランの注意が、完全にこちらから外れたタイミングを見計らい、早苗と共に一度距離を置く。

どういう状況か分からないようで、早苗の表情は少し困惑していた。

「コソコソ隠れるなんて、魔理沙さんらしくないですね? それに、出血も止まってないじゃないですか」

「今は肩の怪我はどうだっていいんだ。 とにかく、今のフランはフランじゃないんだよ」

「そのフラン、っていう方はレミリアさんの妹なんですよね? それなら、あんなに暴力的だとは思えないんですけど……」

「それも含めて話したいから、今こうして隠れてるんだろ?」

木陰に身を(ひそ)め、早苗をじっと見つめる。

今の言動から察するに、フランのことは微塵(みじん)も知らないはずだ。

フランの元々持つ能力とスペルカード。

それに、恭哉の能力が何らかの形で干渉し、今の状態にあると説明する予定なのだが……。

早苗自身は、恭哉のことは知っているのだろうか?

京一と共にこの場所に現れたのだから、名前は知っている可能性はあるが……。

その項を尋ねてみる。

私の想像通りで、京一から話だけは聞いている様で、実際には会ったことがないらしい。

まぁ博麗神社(はくれいじんじゃ)と同様に、普通の人間にはとてもではないが、楽な道のりじゃないしな。

しかし、京一の他に玲香や章大、その他にもう一人顔を合わせたことがある人物が居ると言う。

名前は佐野(さの) 賢太(けんた)

恭哉たちの仲間の一人で、この世界のことを聞き出す為に、早苗の住む神社である「守屋神社(もりやじんじゃ)」を訪れていたようだ。

「……えーっと、あいつらの持つ能力に関しては知らないのか?」

「まぁ、手合わせを願うこともありませんでしたからね。 でも、それが今と何の関係が?」

「それが大アリなんだよ。 どういう理屈なのかはまだはっきりしていないが、フランが持つ能力に別の異能力(いのうりょく)が干渉しているんだ」

「うん……? スペルカードルール的に、それってアリなんですか?」

「普通ならないな。 だが、あいつらには弾幕を放つことも、スペルカードを唱える事も出来ない。 私たちとは違う形で戦っているんだよ」

やはり、弾幕ごっこ以外の戦い方に納得が行っていないのか、早苗の表情は困惑したままだ。

……と思っていたのだが、すぐにいつも通りの表情に戻る。

おまけに、目を少し輝かせているではないか。

私には、その理由は分からんが……。

「なるほど……そういうことね!」

「どういうことだ? お前までイカれるのは勘弁してくれよ?」

「メカ成分の一種ですよ! 私たちがロボで戦うのなら、京一さんたちはヒーローの(ごと)く戦うのです!!」

……あー?

お前は何を言っているんだ?

メカだのヒーローだの……さっぱり分からん。

「ねぇねぇ、そろそろ魔理沙たちも遊んでよ?」

私たちの間からフランが顔を覗かせ、微笑(ほほえ)みながらそう告げる。

京一が時間を稼いでくれていたはずだが……。

待てよ、じゃああいつは!?

「あら、まだ生きてた?」

「……ここまで強いだなんて思わなかったよ。 少し、手加減していたのかもしれません」

「もちろんよ、人間如きに負ける訳ないじゃない。 あなたじゃ私の相手にならないし、つまんないわ?」

「それは、僕が普通の状態での話だ。 第二の鎖(セカンドチェイン)、解放!!」

無数に降り注ぐ、巨大な雷撃。

――これってまさか、昨日玲香が私に見せてくれた……?

確か、魔力を爆発的に増加させるって……。

玲香は一つだけ、それに戦う意図では使用していない。

今、京一が使用するこの能力が、真価になるってことか……。

震霆御霊(しんていのみたま)建御雷神(タケミカヅチ)!!」

――(まばゆ)い閃光が辺りに広がり出す。

全身を駆けて行く様な、おぞましい程の魔力の波。

なんだよこれ……玲香の時とは全く違う。

これが本当の魔力の解放だっていうのか……!?

「すごーい、こんなのもあるんだ?」

「……君は、兄さんのこの状態を見たことは?」

「ないよ? 恭哉の能力で見たことがあるのは、おっきくて綺麗な炎だけ。 全てを燃やし尽くし、あらゆるものを灰燼(かいじん)と化す程の炎撃……とっても綺麗だったなぁ」

「そっか。 じゃあ、僕のこの姿で予習しておくといいよ。 腰を抜かさないようにね」

「さっきよりは強そうだし、遊んであげるね?」

二本の槍を構え、ゆっくりと歩いていく京一。

強さだけじゃなく、性格まで変わってしまうのか……?

今の状態は、少しだけ恭哉に似ている。

戦うことに恐れを抱かない、寧ろ楽しんでいる様にも見える。

「そうだ、これぐらいなら避けられるよね?」

先程の空中戦でフランが見せた、巨大な炎剣。

それを発生させ、真っ直ぐに京一へと飛ばす。

進めていく歩は止まらない。

片方の槍を目の前で回転させ、炎剣とぶつかり合う。

周りの空間を捻じ曲げんとする程の衝撃波が生まれ、私たちの身へと向かってくる。

飛ばされない様、身体全体を力ませ腕で顔を覆う。

「これぐらいの炎、兄さんに比べたら全然だね」

「小手調べに決まってるじゃない。 ほら、ここからが本番」

 

 

 

 

「……さん、魔理沙さん」

息を()む暇もなく、目の前の光景に目を奪われていた。

これが、本当の……。

「魔理沙さんってば!!」

「うわっ!? さ、早苗か……」

「本当にらしくないですねぇ。 ほら、どうするんです?」

早苗の声に振り向いた後、またフランの方へと視線を戻す。

三つの槍がぶつかり合う光景。

……少しだけだが、京一がフランを上回っている様にも見える。

こんなの……アリかよ……。

私だって同じ人間なのに……。

何度努力したって、こんな力……手に入れることなんて出来ないんだぞ……!?

「腰を抜かすなんて、魔理沙さんらしくありませんね。 ここに居てください、私は加勢しに行きますので」

私の元を離れ、一人戦乱の中へと入り込んでいく早苗。

その姿を、私は呼び止めることが出来なかった。

……何も感じないのか?

悔しくないのか?

同じ種族なのに、こんな……絶対的な力の差を見せ付けられて……。

玲香も京一も、口を揃えて「恭哉が自分たちの中で最も強い」と、そう言っていた。

こんなんじゃ……私はあいつの足元にも及ばないのか……?

……嫌だ。

もう、あんな思いをするのは嫌だ。

誰にも追い付けないなんて、そんな……。

私の脳内にふと過ぎる。

――海藤 恭哉は死んだ。

そうだよ、そう手紙に書いてあった。

このまま、私の元を去ってくれれば……悔しい思いなんて抱かなくてもいい。

それなのに、あいつが死んだと決め付けることが出来ない。

こんな感情の狭間に追い込みやがって……。

秘術(ひじゅつ)「グレイソーマタージ」!!」

鳴雷天翔駆(なるかみてんしょうく)!!」

「あっはははは!! そんなの全然効かないよ!?」

先程まで優勢だったのに、徐々にフランに押され始めている。

まだ力を隠していたのか、こいつに魔力が残っていたのか……。

指輪を取り出し、見据えてみる。

相変わらず、何も変わりはしない。

こいつを……恭哉はどんな想いで使っていたんだ……。

――ん?

何だ……段々と私の指に近付いている……?

私の意思じゃない。

まさか、こいつが……!?

私が気付いた時にはもう遅く、左親指の方へと指輪を()めようとしている自分が居た。

指から離そうとしても、何かに縛られている様に自由が効かない。

なんだよこれっ……!!

もし、こいつを指に嵌めてしまったら……どうなる?

フランよりも、恭哉の命を奪った奴よりも強大な力を得ることが出来るかもしれない。

だが……それで得た力が、私にとっての何になる?

そんな力、私は欲しくない。

今までずっと努力だけで、全てに追い付いて来たんだ。

こいつを取り込んでしまえば、今までの霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)を否定することになる。

何が何でも……嵌める訳には……!!

「――!? それを付けちゃダメ!! 私のモノ!!」

戦いの最中にいるフランが、声を荒らげる。

……こうとまで言い張るとは、やはりこいつが干渉していることに間違いはなさそうだ。

私だってこいつを嵌めるつもりも、お前にくれてやる理由はないがな……!

そうは思っていても、中々振り解けない。

寧ろ、少しずつ私の指へと近付いている。

「魔理沙さん!! 今すぐそれを放り投げて下さい!!」

フランの炎剣を槍で受け止めながら、京一が叫ぶ。

まさか、何か知っているってのか……?

「魔理沙さんの魔法なら、完全に破壊出来るはずです。 だから早く!!」

「無茶言うな!! こいつの力が強すぎて、剥がれない……!!」

いつの間にか戦線を離脱し、私の腕を掴む早苗の姿。

二人の力なら、何とかなるか……?

徐々に指から離れていく。

このまま、こいつを放り投げれば……!

「三つ数えたら、これを離して破壊しましょう」

「あぁ、こっちの準備は出来てるぜ」

顔を向かい合わせ、静かに頷く早苗。

軽く呼吸を整え、掴まれていない方の手でミニ八卦炉を持つ。

「壊したらダメ!! ……が、居なくなっちゃう!!」

「魔理沙さん!!」

「行きますよ……いち、にの……さん!!」

私の手から、真紅の指輪が離れる。

宙に放たれ、数度回転した後。

私の魔法によって、欠片も残さない姿となった。

時を同じくして、フランの手から棒状の槍が離れ、地に落ちる。

膝から崩れ落ち、呆然としているフラン。

ここからでは、少し様子が見辛い。

早苗と共に、フランの元へと走って行った。



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第5話 活路


登場人物紹介

海藤(かいどう) 京一(きょういち)
外の世界から幻想郷へと迷い込んだ人間の一人で、恭哉の仲間であり実の弟。
感覚派の兄に対し頭脳派で、性格も人当りも穏やか。
雷を操る能力を有し、武器は長槍。
封印の鎖を解いた戦闘中は、兄の様な性格や言動になることがある。
幻想郷では人里の商業民家にて、居候させてもらいながら、商売の手伝いをしているようだ。


東風谷(こちや) 早苗(さなえ)
妖怪の山に神社を構えるもう一人の巫女であり、外の世界出身の少女。
守矢の巫女であり、風祝と称されている。
奇跡を起こす能力を持ち、その規模は大小様々である。
素直で責任感が強く、純粋だが少々人並み外れた言動をすることも……。
修行にも余念がない為、今回の異変に対しても前向きなようだ。


 

 

 

 

 

 

 

 

激しく燃え盛り、次第に消えていく小さな炎。

それはまるで、舞い踊る蝶たちが降らす鱗粉(りんぷん)の様に、儚く散った。

一人の少女は、俯いたまま立とうとしない。

――壊しちゃダメ、……が居なくなっちゃう!!

そう(うつむ)く人物……フランは言っていた。

一体誰が居なくなってしまうのかは分からないが、悲痛の叫びであったことには変わらない。

早苗(さなえ)京一(きょういち)の二人も戦闘態勢を()き、フランの元へと近付こうとしている。

私もミニ八卦炉(はっけろ)を構えたままの腕を降ろし、歩いて行く。

……うっ、今になって肩に出来た傷が痛くなってきた。

包帯でも巻けば治るかな?

出血こそ止まったものの、目に見える傷口は何とも痛ましい。

これはレミリアに請求しないと行けないな。

丁度私たちが、手を伸ばせばフランへと届く距離まで来た頃だった。

今まで俯いたままであった少女が、突然顔を上げる。

「――っ!? あれ!? どこに行ったの……!?」

(あわ)てた様子で、辺りを見回している。

その表情は見慣れていないものの、フランであることに間違いはない。

先程の、何かに取り()かれていたかの様な覇気(はき)は一切ない。

あまりにも急すぎる変化に付いていけず、その場で立ち尽くしてしまう。

「……待って!! いっちゃダメ……置いていかないでよ……!!」

既に何も無い空間に、必死に手を伸ばしているフラン。

何かを掴もうとしているも、ただ空を(かす)めるだけ。

「もっと遊びたい、もっと一緒に居たい……死んじゃやだ……!!」

次第に涙を浮かべ始める。

こんな姿……今までに見たことがない。

見た目も考え方も幼いが、いつもは無邪気(むじゃき)で子供っぽい表情ばかり。

時には狂った発言をするが……これは初めてだ。

「――っ! あ、あぁっ……うぅっ……」

フランは再び俯き、肩を震わせていた。

彼女の中で、一体何が……?

イマイチ状況が飲み込めない。

「魔理沙さん、あの子に一体何が?」

「私にもよく分かってない。 ただ、あの指輪が絡んでいるのは確かなんだ」

「さっき粉々にしたやつですよね? 普通の指輪にしか見えませんでしたよ?」

「……京一はともかく、早苗にはなんて説明すりゃいいかな」

いきなり名称を出したり、能力のことを話しても理解するのは不可能だろう。

この世界の理屈とは、少し違っている。

制定されたルール等はなく、それぞれが固有の能力と使用法があるからだ。

早苗も「(そと)世界(せかい)」の生まれらしいが、同じ世界とは限らない。

……だからこそ、どう説明すればいいのか悩むのだ。

「早苗さんには僕から話しますよ。 それより魔理沙(まりさ)さんこそ、兄さんの(コア)を何処で拾ったんですか?」

「……あー話せば長くなるんだが、少しややこしくてな。 フランをあのままにはしてやれないし、落ち着かせてから話すよ」

思えば、何故あの指輪が香霖堂(こうりんどう)にあったのかも知らない。

無断で借りて来たものだし、香霖(こうりん)自身も全ては把握出来ていないはずだ。

近頃外の世界の物が増えたと話していたし、出処(でどころ)を探るのは難しいかもな……。

……っと、フランの様子を見てやらないと。

「……魔理沙……?」

「大丈夫か? 私にもよく分からんが、お前に何が――」

言葉を(さえぎ)る様に、フランがこちらへと抱き着いてくる。

そのまま顔を埋め、再び肩を震わせ始めた。

……泣きたくもなるか……。

どれ程仲が良かったのかは知らないが、お前だって……辛いよな。

何も言葉を発さず、ゆっくりとフランの頭を()でる。

お前が今まで、どれだけのものを壊してきたかは、私には分からない。

でも、あいつは……恭哉(きょうや)が死んだのは、ここに居る誰かのせいじゃない。

まだ死んだとも決まっていないんだ。

必ず、真実を見つけ出そうぜ。

――そう言ってやりたいが、今は無理、か。

……本当、何処に居るんだよ……?

お前一人が居ないだけで、こんなにも悲しんでいる奴が居るんだぞ……?

「魔理沙さん、場所を変えましょう。 例の妖怪(ようかい)遭遇(そうぐう)したら、厄介になりそうですし……」

背を向けたまま、京一へと返事をする。

負けることはないだろうが、厄介事を重ねてしまうのもどこか(しゃく)だ。

フランを私の後ろに乗せ、ゆっくりと浮上する。

私が飛び立ったのを確認したのか、二人も後をついてくる。

身を切る風が、傷口に染み渡る。

傷を治す魔法(まほう)なんて習得していない……。

覚えておくべきだったか。

「大丈夫ですか……?」

横を飛ぶ京一に声を掛けられる。

――なんて返せばいい?

口を滑らせ、恭哉が死んだことを告げてしまいそうだ。

かといって、空元気に大丈夫だと言える程ではない。

返事に困っていると、すっと痛みが消えていく。

何事も無かったかのように、すんなりと飛行することが出来る。

心当たりなんてないが……?

別方向を向いてみると、こちらに微笑みかける早苗の姿があった。

そうか、こいつの能力か。

傷口を治す程度の奇跡でも起こしたってことか。

……感謝しておかないとな、神への信仰(しんこう)は願い下げだが。

 

 

 

 

 

「大丈夫そうですね。 これから何処へ?」

紅魔館(こうまかん)ってとこだ。 玲香(れいか)を置いてきてしまったからな、迎えに行かないと」

「紅魔館……そこって確か、兄さんが居る所ですよね。 元気にしてるかなぁ」

京一の言葉に、再び黙り込んでしまう。

言葉が見つからない。

いや、正確には浮かんでいるんだ。

それを告げた結果さえ、私には分かっている。

だからこそ、黙るという選択肢を選んだのだ。

――言える訳ないだろ。

良好な関係であったとしても、それは人と人との間で成立しているものだ。

元を辿れば、異世界の住人同士。

つまり私たちは、互いにいつでも裏切ることが出来てしまう。

京一の様子を見るに、まだ恭哉のことを知らないはず。

おそらく、この世界に流れ着いてから、会ってもいないのだろう。

……別れさえ、告げさせてはくれなかったがな。

「京一さんのお兄さんって、どんな人なんです?」

「兄さんは、僕の自慢の兄ですよ。 すれ違ったこともありましたけど、周りに信頼され、常に前を歩き続けている。 上手く語れませんが、いい人です」

「なるほど……是非会ってみたいですね!」

「早苗さんともきっと気が合いますよ、僕が保証します」

……もう会えないんだよ。

何度願ったって、無理なんだ。

非情に叩き付けられた事実。

言葉を失い、泣き崩れていた玲香のことを思い出す。

親しい仲間でこうなんだ。

血の繋がった、本当の兄弟のお前なら……。

この事実を知ってしまったら、どうなるんだ……?

私からは言えない、伝える勇気がない。

「……あいつ、今日はなんか遅くなるって言ってたぞ? 紅魔館に行っても、会えないかもな」

「そうですかー……残念。 明日に期待しましょうか」

「何かと好かれる兄ですから、仕方ないですね。 魔理沙さん、もし兄さんに会ったら、僕は元気だって伝えて下さい」

苦し(まぎ)れに付いた嘘。

いつもは、こんなドロドロした感情はない。

人間なんて、平気で嘘を付ける生き物だ。

それなのに……こんなにも気持ちが悪い。

胸の中にあるもの全てが重苦しく、言葉一つ発することも辛く思えてくる。

こんな状態で、紅魔館に向かうことが出来るのか……?

フランを連れ戻すと約束したが……飛ぶことすら嫌になる。

少しでも力を抜いてしまえば、このまま墜落(ついらく)してしまいそうだ。

こんなにも暗く気味の悪い夜空は初めてだ。

憧れや恋焦がれていた星々も、今では私を見下ろし怪しげに光り輝いている様にも見える。

――吐き出してしまいたい。

自分の中の様々な物を、全部……。

手紙に書かれていた事実を知る者たちは、何を思っているのだろうか。

章大(しょうた)行方(ゆくえ)が気になるな。

何も言わぬまま、紅魔館の外へと向かったんだ。

少し手紙に目を通した後、確かこう言っていた。

――帰りは遅くなる、あの馬鹿はもっとな、と。

何を考えているかは分からないが、あいつが今は一番危険かもしれない。

……命を奪うことに抵抗なんてないだろう。

ましてや、玲香たちにとってはここは別世界だ。

(やいば)を向ける可能性だって……ゼロじゃない。

「魔理沙……?」

(かす)かに聞こえてくる声で、フランが私のことを呼ぶ。

軽く返事をし、耳を(かたむ)ける。

帰りたくない。

そう告げたのだ。

気持ちの整理がつかないのだろう。

それは私だって同じことだ。

――今は、それに甘えてしまってもいいのかもしれないな。

「……悪い、ちょっと急用を思い出した。 私は先に帰るよ」

適当な言い訳をし、一人進路を変える。

紅魔館の場所と、フランは借りていくと伝言を伝えておいた。

今の玲香には、古くからの仲間が(そば)に居てやる方がいいに決まっている。

そうだ、アリスにはなんて言っておこう?

正直、私も話せる状態じゃないし……。

……変に干渉(かんしょう)しない方がいいか……?

フランを連れて回るのも得策ではないだろうし、明日伝えることが出来たら伝えておこう。

今は全てを任せてしまいたい。

私が、私であれるように……な。

京一と早苗と別れた場所から魔法(まほう)(もり)まではそう遠くなく、気が付けば自宅の前に降り立っていた。

様々なことを張り巡らせていたのかもしれないが、はっきりとは覚えられていない。

扉を開け、中へと入る。

部屋の照明すら、()ける気力が起きない。

フランも眠っているようだし、ベッドへと運び寝かせておいた。

ようやく訪れた一人の時間。

砂煙(すなけむり)(まみ)れ、血に濡れた衣服のまま、無造作(むぞうさ)に置かれたソファへと腰掛ける。

(あわ)い光に包まれた夜空を眺めながら、ただ沈黙の時間を過ごす。

どうしてこうなった……?

外の世界に流れ着いた人間たちと出会ってしまったから?

戦線を共にし、異変解決の糸口へと手を伸ばしたから?

……私の知らない場所で、私の知らない者の手によって、私の知る命が奪われてしまったから?

何もかもが分からない。

こんな感情を抱かなきゃならないことなんて……私には無縁な筈なんだ。

それなのに……引き離せない。

私が私である理由すら、分からなくなる。

――もしも、今日の出来事が全て夢だったら?

そうだよ、夢なら覚める。

夢で起きたことは現実じゃない。

見えない何かが引き起こす、仮想の世界。

誰かが仕組んだ、ちっぽけなシナリオじゃないか。

私だって人間だ、夢ぐらい見る。

早く……覚めてくれよ……。

 

 

 

 

 

「ここは……?」

真っ暗で冷たい空間。

そこで私は目覚めた。

手は動く、足も動く。

闇に包まれ何も見えないが、自分の体温を感じることは出来る。

生きている……のか?

試しに声を上げてみるも、反応はない。

どうして私はこんな場所に居るんだ?

この場所に至った経緯……覚えていない。

そもそも、今のこの姿が「私」なのかも怪しい。

私の知る姿でありながら、私の知らない能力を使っていたことも、記憶に新しい。

夢じゃなかった……のか?

じゃあ、本当に……。

「魔理沙」

ふと、誰かに名前を呼ばれる。

辺りを見回すも、誰の姿も見えない。

「こっちだよ」

再び声がする。

ある場所で、私の目が止まった。

先程までは何もなかった空間に、小さな光があった。

そこを目指し、走っていく。

軽い足音だけが(ひび)く。

私が走っている間にも、繰り返しこちらへと呼ぶ声が聞こえてきた。

どこかで聞いたことがある。

私の知らない人物のものじゃない。

光に近付くに連れて、段々と大きく眩しくなっていく。

どこかに繋がっているのか……?

私の周りから闇が消え、光に包まれる。

思わず目を覆ってしまう。

()ぎ慣れた匂いに、聞き馴染みのある喧騒(けんそう)

これはいつもの幻想郷の姿だ。

……今、この瞬間を除いてはな。

ゆっくりと目を開ける。

私の視界に広がっていたのは……。

なんなんだよ……これ……!!

「遅かったね。 後は魔理沙だけだったのに」

「……玲香、それにお前たちまで……。 どういうことなんだよ、これは!! 説明しろよ!!」

荒れ果てた幻想郷(せかい)

草木は枯れ、辺りにはおぞましい程の血の(あと)

私の足元にある、踏み慣れない物の数々。

中には見知った奴もいる。

なんで……!!

「恭哉の死は、この世界の死を持って(つぐな)ってもらう。 この場所に生きる者は、お前だけだ」

「私だけだと……!? 霊夢(れいむ)もアリスも……みんな死んだのか……!?」

「丁度お前の足元に居るだろう。 かつての友人の姿がな」

恐る恐る、足元へと視線を降ろす。

その言葉通りだ、私はこいつをよく知っている。

なんでこんな所でへばってるんだよお前は……!

いつも私の前を行っていた(くせ)に……!!

「兄さんさえ居れば、こうはならなかった」

――私だって同じだ。

あいつが生きていれば、こんな想いを抱くこともなかった。

「全てが死に至るまで、そう長くはなかったわ。 多少骨は折れたけどね」

「ですが斬り甲斐もありましたよ。 向こうでは体験出来ませんし、良い収穫でした」

「もう少し強くてもよかったけどなぁ……。 まぁいいや、次の獲物を探そうぜ」

「お兄ちゃんったらー……」

全部滅んでしまったのか……?

人間も妖怪も。

魔法使いも吸血鬼(きゅうけつき)も……神であってもか……!?

それに、知らない奴も居る。

恭哉を除いて、七人か……。

「そういうことだから。 何か言い残しておくことはある?」

額に冷たい何かが突き付けられる。

玲香の手に握られた双銃(そうじゅう)、こんな形で見ることなんてないと思っていた。

「ふざけんな!! お前ら揃いも揃って死んだって決めつけやがって!! この世界は広くも狭くもあるんだ……生きていたって不思議じゃない」

「もう居ないよ。 私たちが言っているんだもん、半端な友情ごっこを気取るのもいい加減にして」

「半端な友情ごっこだと!? この世界は、何であっても受け入れるんだ。 お前らみたいな、外の世界出身であってもだ!! たとえ……異能力を宿していたとしても、全部受け入れてくれる場所なんだよ!!」

「……もういい、今この時を持って、この世界を終わらせろ」

銃口から放たれた弾丸。

それを認識する前に、私は地へと倒れ込む。

視界が赤く染っていく。

死ぬ時って、こんな感じなんだな……。

もっと(さび)しいものだと思ったが……何も感じないんだな……。

さようなら、私たちの世界……。

 

 

 

 

 

「――っ!? はぁ……はぁ……」

横たわっていた身体を起こし、我に返る。

額に触れてみるも、少しべっとりとした汗が指を伝うだけ。

全身が汗ばみ、気持ちが悪い。

自然と呼吸も乱れ、自身の心音(しんおん)が部屋中に響き渡っている様な錯覚さえ覚えてしまう。

さっき見たものは、夢だったのか……?

部屋を見回してみると、静かな寝息を立てているフランの姿があった。

昨日連れてきたんだっけか……。

私以外の誰かが無事なのなら、やはり夢なのかもしれない。

妙に記憶に残る、あの表情たち。

思い出すだけでも、背中が凍り付く。

――扉を叩く音がする。

未だに状況の整理が付いていない状態での出来事に、身体は反応してしまう。

この魔法店には、客人など滅多に来ない。

そうなると、誰か知り合いか。

……この格好のまま出迎えるのもなぁ。

確認だけして待ってもらうとするか。

数回に渡り叩かれている扉を開け、その人物と目が合う。

外で見るのは久し振りだな。

「妹様は?」

「まだぐっすりだ。 迎えか?」

「そんなところ。 お邪魔するわね」

私の返事も待たず、瞬時に家の中へと入ってくる人物。

十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)

紅魔館のメイド長であり、レミリア及びフランに仕えている従者。

館全体を取り仕切る立場でもあるのだが、わざわざご苦労なこったな。

「おいこら、まだ何も言ってないのに勝手に入るな。 不法侵入は御法度(ごはっと)だぜ」

「鏡を見てから言ってくれる?」

「私の場合は門番が寝ているから入ってるだけだ。 合法合法」

「はいはい」

全く……まぁ怪しい奴じゃないし構わんが。

っと、私もさっさと着替えないと。

スカートはともかく、シャツがボロボロだな。

香霖に直させよ、もちろんツケで。

「本当、いつもいつも散らかっているわね。 掃除の作法でも学んだら?」

「私には不要だな。 ここにあることに意味があるんだよ」

屁理屈(へりくつ)ばかりじゃない」

「魔法使いとは、そういう生き物だぜ。 勉強になったろメイド君」

……何だろ。

誰かと話しているだけで、自然といつも通りの私に戻ることが出来ている気がする……。

安心、って奴なのかな。

なんか……暖かいな。

これで、本当に生きていてくれたら……。

何故、私がここまで生に拘っているのか。

そんな理由は単純で、恩を返せていないからだ。

貸しも作っているし、勝負だってまだついちゃいない。

まだやらなきゃならないことが、たんまりとあるんだよ。

絶対に探し出してやるからな……。

「ん……魔理沙にー、咲夜……?」

「お目覚めですか? お迎えに上がりましたよ、妹様」

「起きたか。 私の家のベッドも中々な寝心地だったろ?」

()えない目を擦りながら、フランはまだうとうととしている。

しかしその様子はすぐに無くなり、目を見開き咲夜へと声を上げる。

「……恭哉は!? 本当に……死んじゃったの?」

「帰ってから話そうと思っていたのですが、魔理沙も居ますし……少しだけお話しましょう」

何やら、咲夜は私たちが知らないことを知っているようだ。

困惑しながらも、耳を傾ける。

「おそらくですが、海藤 恭哉はまだ生きています」

「――本当か!? あいつは、今どこに居るんだよ!!」

恭哉が生きているかもしれない。

根拠の無い一説は、私の思考を(ことごと)く引き裂いていく。

様々な不安や悲しみ、疑念や気持ちの(もや)さえも。

「落ち着いて頂戴。 これはまだ仮説に過ぎないのよ?」

「それでもいい、少しの可能性でもあるんなら、私はそれを信じるさ」

「ふふっ、貴女(あなた)がそこまで信頼しているなんてね。 これは、いい土産話になりそうですわ」

「ねぇねぇ、恭哉が生きているって本当なの!?」

「あくまでも可能性です。 昨日の夜遅く、章大が持ち帰った情報がありまして」

咲夜によると、章大が持ち帰った情報はこうだ。

それは具体的なものでは無い為、章大の推察が大半を占めているらしい。

恭哉たちを初めとした外の世界の異能力者たちは、互いに魔力(まりょく)を通じて大体の居場所を特定したり、生死を判別することが出来る。

異能力が封じられている恭哉だが、魔力とは微量ながらも万物に存在しているエネルギー体。

魔族(まぞく)と呼ばれる血統とのハーフでもある為、識別は容易なようだ。

恭哉の死を知ってから最初に取った行動が、魔力の探知。

その術式(じゅつしき)を張り巡らせながら、手紙の行方を追っていた頃、恭哉の魔力に似たものを(わず)かながら感知出来たらしい。

さらに高度な術式を用いた所、完全に恭哉のものであると特定出来た。

手紙についての詳細は得られなかったものの、恭哉の死が偽りであることを裏付ける情報を入手した……というのが、咲夜が聞いた情報の全て。

詳しくは分からんが、今の私にとってはあいつが生きているという証明さえあれば、他には何もいらない。

良かった……本当に良かった……。

「その魔力を感知出来るのなら、あいつの居場所も分かるんじゃないのか?」

「それが、昨日の夜を(さかい)に途絶えたらしくてね。 生物としての死を迎えた時の消失の仕方とは、違っていたそうよ」

「うーんと、恭哉は生きてるってことでいいんだよね?」

「その通りですよ。 残念ですが、居場所まではまだ分かっていません……」

「大丈夫、きっと帰ってきてくれるもん」

フランが笑顔を浮かべながら、そう(つぶや)いた。

これぐらい素直に表現出来たら、私も苦労しないんだろうな……。

……って、何を表現するんだか。

「その事は、もう誰か知っているのか?」

「えぇ、昨日あの場にいた全員に伝えているわ。 あの子も、元気を取り戻しているし」

「玲香か……良かったよ。 なら、次にやらなきゃならないことは、恭哉の居場所を突き止めるって所か」

「そうなるでしょうね。 お嬢様の命令で、私も探すつもりよ」

レミリアの方は、もう動く準備が出来てるってことか……。

私もすぐにでも捜索(そうさく)に出たいものだが……。

頭に引っかかることが、いくつかある。

先にそちらを片付けてもいいかもな。

恭哉の捜索は、一時的にレミリアを始めとした紅魔館組、そして玲香たちに任せてしまおう。

私は私に出来ることをする。

「咲夜咲夜! 恭哉が見つかったら、一番に私の所に連れてきてね!?」

「もちろんですわ、妹様。 本当に彼のことがお好きなのですね」

「うん!! 私以外に壊されるなんて許さないから!」

……フランもいつも通りって所か。

私自身も、前を向かないとな!!

軽く頬を叩き、完全に眠気を吹き飛ばす。

あいつが何をしようとしているのかは分からない。

再会出来たらどうしてやろう。

……弾幕(だんまく)を放ってやるか。

様々な気持ちを込めた、本物の魔法を一発、ドカンとな。

「お邪魔したわね」

「構わんよ。 そうだ、レミリアに伝えておいてくれよ」

フランの手を引き、家を出ようとする咲夜を呼び止める。

こちらを振り向いたのを確認し、私も顔を向け口を開いた。

「借りは必ず返す、これは死ぬ前に必ず返すぜってな」

「……魔導書(まどうしょ)もついでに返してもらえれば、パチュリー様も喜ぶのだけれど」

「それとこれとは別さ。 なーに、覚えてたら持ってってやるさ」

「その時は、豪勢におもてなし致しますわ?」

どこに隠していたのかも分からない日傘を取り出し、フランと共に魔法の森の出口へと歩いていく二人。

その姿を見送った後、私も出掛ける準備をする。

……うん?

こんなのもあったのか、懐かしいなぁ。

いつ何処で手に入れたのかも分からないが、何故か懐かしく思えてしまう。

昨日までは素手だった両手に、黒色の手袋を()める。

指の部分は空いていて、この季節でも蒸し暑くはないだろう。

自宅を後にし、私はある場所を目指した。

 

 

 

 

 

私が目指す場所は、この幻想郷の東端(とうたん)に位置する人気(ひとけ)のない神社だ。

博麗神社(はくれいじんじゃ)、そう呼ばれている。

そこの巫女である博麗(はくれい) 霊夢(れいむ)に用がある。

彼女の主な役目は、幻想郷の治安維持。

結界の管理だとか、この世界全体に関わることは別の奴が担当しているのだが、妖怪による異変の解決は基本的に霊夢の仕事だ。

それを横取りするのが、私の役目でもあるんだがな。

私が霊夢の所へ行く理由は、いくつかある。

いつもならば、暇だから遊びに行くぐらい。

しかし、今回は違っている。

おそらく、今までのどの理由とも結び付かないもので。

今幻想郷に起きている、前例のない異変。

見たことも無い新手の妖怪たちが、多数現れている。

当然、霊夢の耳にもこの事は入っているだろう。

そして、この異変の首謀者であると疑われている人物……海藤 恭哉。

彼が生きているかもしれないという可能性もあり、霊夢に一度確かめておきたいのだ。

霊夢まで、恭哉のことを疑っているのかどうかを。

私に比べて、あいつは他人には無関心な一面がある。

もちろん、恭哉に対する情など薄いものだろう。

一度疑ってしまえば、きっと退治しに行くに決まっている。

その前に、私がストッパーの役割を果たしておきたい。

恭哉には、この世界で異変を起こして得することなどないと思う。

それに、奴に関して様々なことも聞いている。

そのこともあり、やはり疑うことが出来ないのだ。

必ず……別の誰かが糸を引いているに違いない。

そう(にら)んだこともあり、霊夢が動く前に私が釘を刺す……って所だな。

本心では、私だって恭哉の行方を探りたい。

しかし、今の私にはあいつにかける言葉が見当たらないんだ。

生きていて良かったと泣き付くことも出来る。

私の感情を混乱させやがって、と怒ることも出来る。

おかえり、と優しい声を掛けることも出来る。

そんな様々な選択肢があるのにも関わらず、私にはどれが正解が分からない。

だからこそ、一度咲夜たちに託したんだ。

私は私で、やるべきことをやるとするか……。

飛行を続けていると、立派な赤の鳥居が見えてくる。

うーん、このまま神社に直行してもいいが、少し頭の中を整理しておきたい。

石段(いしだん)を登ってやるとするか……面倒だが。

木々に覆われた中、枝分かれした道の終着点へと降り立ち、軽く服装を整える。

見上げるだけでも、気が滅入りそうな長い石段。

こんな造りだからこそ、参拝客が来ないんだぜ霊夢。

言っても無駄だかな。

石段を登りながら、頭の中にある考えを一つずつ整理していく。

まず気になるのは、あの手紙の差出人だ。

手紙の一文はこうだ。

『章大へ。 お前がこの手紙を読んでいる時、俺はもうこの世には居ない。 元の世界に帰ったとかじゃなくて、肉体と魂共に消滅している……つまり、死んでいるってことだ』

字が少し乱雑だったこともあり、字を書いたのは恭哉本人だと思う。

しかし、これから自分が死ぬであろうタイミングに、こんな手紙を書いている余裕などあるのだろうか。

考えられることとすれば、恭哉は自分自身が迎える最期を分かっていた……ということ。

レミリアとの接点がある以上、恭哉の運命が良くないことを告げている可能性もある。

それが人として迎える終着点である、死という現象。

いくらあいつが人間とは違う血統(けっとう)の持ち主だとしても、絶対的な運命である死は避けられないだろう。

そう、不老不死でもない限りな。

不老不死(ふろうふし)になる為には、安易な魔法では不可能。

現に、恭哉が魔術に長けていないことは、玲香から聞いている。

恭哉が予め書いておいた手紙を、誰かに預けその時を迎えた……そう考えるのが、妥当かもしれない。

レミリアは紅魔館の門番である、(ほん) 美鈴(めいりん)から受け取ったと言っていたが、美鈴本人も届け人のことは覚えていない様子。

寝ていただろうしな。

霊夢同様に人当たりが良い奴だ、誰が手紙を届けても不思議なことじゃない。

ただ、この考えには矛盾が生まれる。

先程咲夜が告げた、「海藤 恭哉が生きているかもしれない」という一つの可能性。

もしそれが真実だとするのなら、何故私たちの前に現れようとしないのだろうか。

これを裏付けるのは、一昨日に玲香と共に見た黒い炎の柱。

あの柱のそばに居たのは、紛れもなく恭哉の姿で間違いがなかった。

炎の威力や形状、感じ取れる魔力のオーラも、眼が(あか)い時のあいつによく似ていた。

私たちに後ろめたいことがある……?

……それって、本当に異変の首謀者ってことなのか……!?

いや、それは絶対に違うと思いたい。

恭哉にとって、この世界に危害を及ぼすメリットなんかないはずだ。

八人の来訪者の中で、最も実力が高いのもあいつだ。

あいつが望むことならば、他の仲間も協力するはず。

まだ全員には会っていないものの、今まで出会った人物の中に、誰もこの世界に危害を加える人物など居ない。

――あの夢のことを思い出す。

あれは間違いなく夢なんだ、あんな表情は知らない。

信じてやらなきゃダメなんだ、恭哉も玲香たちも。

私にこんな癖なんかあったのだろうか。

良くも悪くも、私を狂わせる存在だな……異世界からの来訪者たちは。

手紙のことは任せておくとして……他に気になることと言えば。

やはり、あの妖怪たちか。

あそこまで人外の形をした化け物は、久しく思える。

人語が通用しないのも同様で、スペルカードルールに従って、退治することは可能なのだ。

しかし、亜羅蜘涅(アラクネ)韋遡薙照(いそなで)といった新種の妖怪たちは、弾幕に似た攻撃こそ仕掛けてきたものの、スペルカードは持たず人妖(じんよう)問わずに襲いかかって来た。

章大の推察通り、誰かが意図的に()び出した……そう考える方が自然なのだろうか?

ならば、一体何故?

何の目的がある?

この世界に、まだ知らない誰かが流れ着いているっていうのか……?

 

 

 

 

「あーあんたか、新聞ならいらないわよ」

「いえいえ、今回は新聞販売じゃないんですよ」

聞き慣れた声が聞こえて来る。

考え事をしながら石段を登っていると、いつの間にか博麗神社へと辿り着いていたようだ。

境内(けいだい)の近くで、見知った人物である博麗 霊夢と射命丸(しゃめいまる) (あや)の二人が会話をしている。

いつもなら何気なく絡みに行く所だが……今はそうは行かない。

二人がこちらを向いていない隙をついて、鳥居の柱へと身を隠す。

もう少し近付いておきたいが……霊夢の奴、勘は鋭いからな。

不用意に動くのは辞めた方が良さそうだ。

「それじゃあ何? あんたは、今回の異変の黒幕に心当たりがあるっていうの?」

「それを伝える為に来たって、言ったじゃないですかー。 相変わらず、霊夢さんは他人に無関心なんだから」

「ほっとけ。 で、その黒幕は?」

耳に神経を研ぎ()まし、必死に二人の話を聞き取っていく。

文の奴が何処から情報を仕入れているのかは知らんが、どうやら異変のことについて何か情報を入手したようだ。

これはしっかりと聞いておかないとな。

もし本当に恭哉じゃないとなった時、霊夢の手柄を横取りしてやらないと。

だらける前に動かなきゃダメだぜ、ぐぅたら巫女君よ。

「他言無用とだけ、伝えておきます」

「はいはい。 誰であっても解決しなきゃいけないんだし、勿体(もったい)ぶらずに教えなさいよ」

「異世界からの来訪者、海藤 恭哉こそが、本異変の黒幕です」

――文の奴、根拠の無いこと言いやがって。

そんなでっちあげた嘘、霊夢が信じる訳ないだろ?

「きちんと証拠もあります。 私は真実を伝える新聞記者ですから」

私の心の中を見透かしているかのような発言。

気付かれているのか……!?

いや、今はそんなことよりも気になることがある。

文の言う、恭哉が異変の黒幕であることを決定付ける証拠。

何があるって言うんだ……?

「ふーん、あいつがねぇ」

「どうです? 動きたくなりません?」

「相手は能力も使えないただの人間じゃない。 私が出なくても何とかなるでしょ」

文は、恭哉の能力が封じられていることも知っているようだ。

出会う前に名前を知っていたこともあり、私よりも多くのことを知っていそうだ。

とっ捕まえて聞き出してもいいが、今は気が引ける。

霊夢こそあぁ言っているが、渋々でも異変解決に向かうのが博麗 霊夢という奴なんだ。

どちらにしても、私もうかうかとはしていられない。

「それでは、私は伝えることも伝えましたし、今日はお(いとま)します」

「あれ、今日は飛んで帰らないのね」

「えぇ、たまにはありがたーい神社の徳でも頂戴しようかと」

文は軽く頭を下げた後、足音を立てながら石段の方へと歩いてくる。

っと、一度私も隠れ直さないと……。

「天狗の目は(あざむ)けませんよ、魔理沙さん?」

「――うわっ!! あ――」

「静かに。 魔理沙さんのことを思って、霊夢さんに見つからないようにしてあげたんですからね?」

瞬時に私の横に現れた文の姿に、思わず声を上げてしまいそうになった。

私の口が開き切る前に、文の指が私の口を(つむ)ぐ。

ふぅ、危なかった……。

「少しご一緒しますか?」

黙ったまま、(うなず)き返す。

黒い翼を大きく開き、素早く飛び上がる文。

私もその後を追っていく。

おそらく、私が二人の会話を聞いていたことは、隠す必要もなくバレているだろう。

文からすれば、私だって異変を解決する側の人間だ。

自分の持っている情報を、素直に受け渡してもデメリットは生まれない。

詳しく聞いてみるしかないか。

「この辺りでいいでしょう。 さて、率直に(うかが)います。 魔理沙さんは、どちらの味方ですか?」

「お前にはどう見えているだろうな」

「もちろん霊夢さんと共に異変解決へ……とは行きませんよね」

「正直に言えばな。 お前が何を知っているかは知らんが、私にはあいつを疑うことは出来ない」

「不思議な選択ですねぇ。 (ひね)くれ者の貴女が、彼らを信じてしまうとは。 魔理沙さんらしくありませんよ」

文の言うことも分かる。

確かに私は、異世界からの来訪者たちと出会ったことで、少し変わっているのかもしれない。

だが、疑いを掛けられないという事実に変わりはない。

それに、文は恭哉がどういう状態にあるのか知っているのだろうか?

少し揺さぶってみるか。

「そうだ、お前に情報をやるよ。 海藤 恭哉は既に死んだってことをな」

「――死んだ、と……? おかしい、それじゃあ何故……」

 

 

 

 

 

絵に描いた様に動揺した素振りを見せる文。

情報屋でも、この情報については知らなかったようだ。

もちろん、これが偽りである可能性も私は知っている。

そこを伏せたまま、文へと言葉を続ける。

「恭哉の仲間に章大って奴が居るだろ? そいつ宛に手紙が届いた、そこに恭哉は死んだと書かれてたらしいぜ」

「手紙ですか……。 となると、誰かが恭哉さんを殺害し、その事実を仲間である方たちに伝えたと……」

「そうなるだろうな。 それより、さっき言ってた『おかしい』ってどういうことだよ」

「そのままの意味ですよ。 首謀者であると疑われている方が亡くなったのに、妖怪の目撃例が絶えていないんです」

残党という可能性もあるが、文が言うには数日前からの目撃例が多発しているという。

暴れ回る訳でもなく、一瞬姿を見せた後、しばらくして影も残さずに消えたと言っていたらしい。

ということは、恭哉たちは全く関係ないってことにならないか……?

恭哉たちがこの世界に流れ着いたのは、丁度五日前のこと。

もしその日にちよりも前に、新種の妖怪の目撃例があるとすれば、文の主張する「異変の首謀者」という疑いは白になる。

「なるほどな、確かにその話が本当なら恭哉は無実ってことだ。 でも、この世界にあいつらを(おとしい)れて誰が得をするんだ?」

「うーむ、こればっかりは私にもさっぱりですよ」

「この話は霊夢にもしたんだろ? あいつは何だって?」

「霊夢さんも半信半疑って所ですかね。 まぁ、あの人のことですから、すぐにでも重い腰を上げると思いますよ」

霊夢は時々直感のみに頼って動く(ふし)がある。

それが吉と出ることの方が多いんだけどさ。

巫女の勘は当たるのよ、ってな。

「もちろん、霊夢さんが恭哉さんを見つけだしたとしても、霊夢さんが負けることはないでしょうね。 相手はただの人間ですし」

「そいつはどうかなー。 断言したくはないが、あいつはまだまだ能力を隠していると思うぜ?」

「といいますと? 彼らか変わった能力と、魔法に似た『魔術(まじゅつ)』というものを多用する……これら以外にも、まだ何か隠し持っているんですか?」

どうやら、あの異能力に関しては、私の知識の方が上のようだ。

教えてもいいが……こちらの味方をするとは限らない。

天狗の習性として、人間を見下す節があるからな。

覚醒(アウェイク)って奴のことは黙っておくか。

代わりに、核のことは話しても良さそうだが。

「あいつらはそれぞれ対応した属性と、核っていうものを持っているらしい。 恭哉だけは、それを背中に埋め込まれているらしいが」

「ふむふむ背中にですか。 つまり魔理沙さんは、恭哉さんの裸体を見たことがあると」

「右肩の方に入ってるんだ……と!? い、いや違う!! これは玲香から聞いただけで――」

「怪しいとは思っていたんですよねー。 出会って間もない頃から、妙に(した)しげでしたし、下の名前で呼んでいたじゃないですか。 道具屋の店主はそう呼ばないのに」

「あのなぁ!! そんなもんないんだよ私には!! 変なこと書くな!!」

「いえいえ、私は『呼称のこと』について問うたまでです。 誰も好意諸々(もろもろ)の話はしてないじゃないですか〜。 ……で、実際の所は?」

「ないったらない!! 恩を返すことや、借りを返すことが残ってんだよ……それが終わったら、私たちの間には上も下もないんだよ」

へ、変な事言うなよこいつ……!

そんなもん、ないったらないんだよ!!

ったく、調子狂うぜ全く……。

「まぁ、女の子らしい魔理沙さんも見れましたし、そろそろいいでしょう」

「絶っ対に新聞に載せんなよ!? 載せたら燃やしてやるからな」

「ジャーナリストに、そんなことを選ぶ時間も暇もないんですよ。 目の前に記事になることがあれば、迷わずに記せ。 新聞記者としての格言です、ではまた!」

文へ返事をする間もなく、目の前から姿を消す。

相変わらず見事な芸当なこった。

さてっと、ここからどうするか……。

霊夢を追いかけるのが正解なんだろうけど、先に香霖の所に寄っておきたい。

例の指輪のことが、どうも気になる。

情報は見込めないかもしれないが、念の為聞いておくのもいいだろう。

恭哉は能力を封じられているし、大きな騒ぎになることもないはず。

行く宛ての分からない人探しなんて、この幻想郷全域で、仔猫(こねこ)を探すようなもんだ。

あの霊夢でも、時間が掛かるに決まっている。

その間に、私もやりたいことをやっておかないとな。

しかし文が、霊夢以外の誰かにも同じことを伝えていたらどうなる……?

他に異変解決に関わる奴と言えば……。

咲夜はレミリアやフランのこともあるし、私側の人間だろう。

早苗もおそらくこちら側……確信はないがな。

妖怪相手なら乗り気になるんだろうが、相手は人間だ。

霊夢は不透明、文は追いかける側になる。

後は、妖夢(ようむ)鈴仙(れいせん)か。

恭哉たちがこの世界に来てから、この二人にはまだ会っていない。

鈴仙はともかく、妖夢は流されそうだな……。

チルノはー……まぁいいだろう、妖精(ようせい)の出る幕じゃない。

何とか話せば分かってくれる面々で助かるぜ。

さて、一仕事前の準備運動と行くかな。

箒に跨り、私は空を目指した。



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第6話 交差

毎度ご閲覧頂きありがとうございます。
パソコンが壊れ長期修理などで、かなり期間が空いてしまいましたすみません……。

引き続き、本作品をお楽しみ下さいませ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(連日この場所に来るとはなー。 昔に帰った気分だぜ)

(ほうき)から降り、木製の看板を見上げる。

私がまだ子供の頃は、何かある度にここに来ていたことを思い出す。

それ程までに、ここの店主が大事だったのだろう。

……今でも変わらないがな。

好意とかそういうのじゃなくて、もっと別の……まぁいいや。

こういうのは、私にはよく分からん。

簡単に言えば、嫌な奴じゃないってことさ。

引き戸に手をかけ、中へと入る。

中の様子は昨日とは変わらない。

あの指輪の存在以外はな。

魔理沙(まりさ)か。物でも返しに来たのかい?」

「まだ借りとくぜ。 返すには勿体ないからな」

「そうか。 あの指輪は危険なものらしい、在るべき場所に返す方がいいと思うけどね」

「在るべき場所ねぇ……って!? 私があの指輪を持っていったこと、気付いてたのか!?」

「君の顔見知りという人物から教えられてね。 忠告しておけ、だってさ」

香霖(こうりん)が言うには、私が真紅(しんく)の指輪を持ち出したこと自体には、別に気止めすることはないようだ。

元々私の蒐集癖(しゅうしゅうぐせ)は香霖を真似たことだし、今更言及する必要もない。

しかし、あの指輪に関しては話が別だ。

幻想郷(げんそうきょう)では決して生まれることの無い危険なもの。

そして、外の世界にはもう存在しないもの。

「確か、切崎(きりさき)……とか名乗っていたか。 知り合いか?」

「あいつか……まぁそんなとこだ。 それより、危険ってどういうことだよ」

直接私に言えばいいのに、回りくどいことするなぁーあいつも。

……まぁ、昨日は状況が状況だったしな。

仕方ないか。

香霖にその事実を伝えた人物である、切崎(きりさき) 章大(しょうた)が語ったのはこうだ。

それは恭哉(きょうや)の持つ(コア)と、玲香(れいか)たちの核は生成された場所が違うということ。

これは以前、玲香から聞いている。

どうやら一度破壊された核が、再び形成されることは決してないようだ

核に宿る精霊(せいれい)と契約を交わした時点で、核そのものが契約者の命と同等の価値を得るらしい。

恭哉の場合は例外で、自分が死に至る前に核と身体を結合させたことにより、指輪の形をした核は役目を終え消滅した。

これが本来の経緯になる。

しかし、その指輪は幻想郷に存在した。

どうやって香霖の元に着いたかは、本人も覚えていないらしい。

気が付いた時には、様々な物品の中に混ざっていた……ということだ。

「どのようにして再び形を成したかは、彼にも分かっていないらしい。 しかし重要なのは、特定の人物以外がその指輪を使うと、精神を壊されると言っていたよ」

「特定の人物ってのが恭哉か……」

でも待てよ……?

あの指輪の力は、フランも使用していたはず。

私だって、少なからず力を借りたんだ。

それなのに、何ともない。

フランは何かおかしなことを言っていたが……。

居なくなるとかどうって。

あの空間には私たちを除いて、誰も居なかったはずだ。

あの時、フランには何か見えていたのだろうか。

私の家に連れて行ってからは、至って普通だったが……。

「魔理沙、あの指輪がまだ君の元にあるのなら、僕が引き取るよ」

「悪いな香霖。 あの指輪はもう私の手元にないんだ、跡形もなく消えたよ」

「なくなったか……お前以外に、真紅ノ核(クリムゾンコア)の力を用いた者は?」

「確かフランが――って、お前いつの間に!?」

全く気付かない内に、私たちの後ろに章大が立っていた。

びっくりしたー……。

「ご苦労だったね、例の物は読めたかい?」

「問題ない、後ほど伝えるとしよう。 それで、フランドールが真炎剛爆ノ核(パイロキネシス)を使用したというのは?」

「昨日のことになるんだが、あの手紙を見た後、先にフランが飛び出して行ったんだ。 それでー……」

事の経緯を話す。

こいつなら、何か分かるかもしれないし、情報を与えてもこちらに害がある訳じゃない。

フランが炎の能力の力を借りたことの詳細を話すと、妙に顔をしかめているのが分かった。

だが言葉を発することはなく、私の説明に耳を(かたむ)け続けている。

私には何のことかさっぱりだし、放っておくしかないか。

「フランドールは無事なのか」

「あぁ、一晩ぐっすり寝たら元通りだったよ。 それで、恭哉以外が使用すると精神が壊れるってどういうことだよ」

「それを今から話すさ」

さて、どんなことが飛び出してくるのやら……。

私自身何ともないし、半分嘘臭いがな。

「本題に入る前に、少し話しておくことがある。 幻想郷と、俺たちの世界の共通点に当たることだ」

「外の世界との共通点か……気になるね」

「この世界に住む者が、外の世界へと行く例は(まれ)だと聞いている。 その為、こちらの世界の情報はほぼないのだろう?」

「その通りさ、有識者はほぼ存在しない。 ある例外を除いてね」

「名だけは上白沢(かみしらさわ) 慧音(けいね)から(うかが)っている。 ……と、話が()れてすまない」

章大によると、幻想郷と外の世界の二つの世界には「魔力(まりょく)」という概念が存在している。

目には見えないエネルギー体の様なもので、これを用いることで様々な異能力の使用が可能となっている。

その為、外の世界からの来訪者たちも、自らの持つ能力を発揮している……ということだ。

双方に微妙な違いはあるものの、根本的な概念は同様らしい。

私もあまり詳しくないってのに、よく調べたなこいつ。

「魔力のことは分かったけどさ、それが精神を壊すっていうのとどういう関係があるんだ?」

「核については、どこまで聞いている? その具合によって、話すことも変わってくる」

「私が聞いたのは属性が存在するってことと、段階的に魔力を封じる鎖があること。 後は……」

「使用者が一人に限定されていること、そしてそれぞれが固有の形を成している……それで合っているかな?」

「正解だ」

香霖までいつの間に……?

尋ねてみると、昨日以前にこの場所を訪れていた人物が居るらしい。

あれ、昨日聞いた時は会っていないって言ってたんだが……?

まぁいっか、特に深い理由はなさそうだし。

 

 

 

 

「俺たちの持つ核には、それぞれ守護精霊(しゅごせいれい)なるものが宿っている。 それらは別々の感情を(つかさど)り、その度合いが大きければ大きい程、より強い力を与える……とされている」

「されている、とは妙な言い方だね。 それが通説だが、違っている特例が存在すると言いたげだ」

「鋭いな。 その特例が、恭哉となる」

「おいおい、私を置いてくな。 どういうことか説明してくれよ」

人間が持つ様々な感情。

まぁ、この世界では妖怪(ようかい)も感情を持つがな。

喜びであったり悲しみであったり。

恋心や嫉妬(しっと)、勇気や希望、不思議であったりと数は計り知れない程に存在している。

それらの中から決まったものに強く共鳴するのが、玲香を始めとした異能力者たちが持つ核の性質の一つでもあるそうだ。

ただ、恭哉だけはそれらの法則から少し外れているという。

恭哉の持つ「真紅ノ核」が司る感情の名は、憤怒(ふんぬ)

使用者の心にある深い闇、つまり激しい怒りや憎悪(ぞうお)により、飛躍的(ひやくてき)に力を上昇させるようだ。

……確か、私が始めてあいつの能力を目にした時。

魔理沙に手を出した以上、相応のケジメはつけさせる。

そう言っていた。

今までに聞いたこともない声色と、見たこともない表情。

鮮明に覚えている。

「じゃあ、フランが真炎剛爆ノ核に似た能力を使えたのは……」

「あいつが殺されたことを知り、悲哀(ひあい)よりも憎しみと怒りに駆られていたのだろう。 丁度近くに、炎の魔力を宿した器が存在したのも理由だろうが」

「なぁ教えてくれよ。 何であるはずもない核が、この世界に存在していたんだ? お前たちの世界には、もう存在しないんだろ?」

「外の世界で忘れられたもの、もしくはそうなる運命を辿る物や者。 それらが、この地へと流れ着くのが道理だが……その指輪も、この一例なのかもしれないね」

所詮(しょせん)その理屈はこの世界においての(ことわり)だろう。 第三者が関与し、意図的に()び出すことさえ出来てしまう……新手の妖怪とやらも失われた核も、俺たちもな」

……まだ黒幕は見えていないってことか。

今までの異変は、目に見えた形で何かしらの出来事が起こっていた。

しかし今回は見たことも無い妖怪が多数現れた以外、特にこれといった変化は生じていない。

あまりにも情報がなさすぎるんだ。

異変の首謀者と決め付けるのも、根拠がない。

「話を変えてしまうが、あの書物には何が書いてあったんだい?」

「あの書物って?」

「昨日預かった物のことだ。 いくつか不可解な点もあったが、概要は把握している」

章大に預けたとなると……あれか。

あの重い本、香霖から渡されたんだった。

私には何て書いてあるか分からないし、気になる所だな。

「あの書物には、様々な神獣(しんじゅう)や妖怪、神々のことが記録されている文献(ぶんけん)で間違いないだろう」

「ふむ……その程度なら、僕でも読める気がするが……」

「この世界の言語と外の世界の言語には、共通する部分も多い。 しかし、これが他者に解読出来ないのには、ある術式(じゅつしき)が関わっていたことが分かった」

人間が文字を読む時、まず目でその文章を見る必要がある。

そこから神経を伝って脳に行き届き、始めて内容を理解出来る。

章大が言うには、術を解いた者とそうでない者では、見えている文字が全く異なるもので書かれているらしい。

その為、私や香霖では術式の存在にすら気付かなかった為、解読することが出来なかった……ってことか。

「外の世界にも、魔法(まほう)は存在すると?」

「俺たち能力者のみが扱える、特異なものだ。 この世界の魔法と何ら変わりはない」

「殆ど同じなら、何で私じゃ気付けなかったんだ?」

「そこまでは分からんな。 手元にあった期間が短かったのも有るだろうが」

まぁ、それが一番妥当だよな。

「で、あの蜘蛛とでっかい魚以外には、何か載ってたのか?」

私がそう尋ねてみると、意外な言葉が返って来た。

――その二種以外全て白紙だった、と。

……いやいや、そんな訳ないだろ。

解読することが出来ないだけで、私含め数人は目を通している。

その際、白紙のページなんて存在しなかったはずだ。

そのことを突き付けて見るも、嘘をついてる様には見えない。

うーん、真っ白なんて有り得ないはずなんだがなぁ……。

「真っ白か……僕が本に目を通した時、そのようなページは一つも存在しなかった。 本当に同じ本なのかい?」

「なら、あんな本がいくつもあるってことなのか? 少し重いのと何が書いてあるのか分からないだけで、至って普通のもんだろ?」

「普通の書物と一緒にするな。 ……今から見せてやる、表に出てくれ」

章大に言われるまま、私と香霖は外に出る。

何をして見せるのかは、全く分からない。

全員が外に出たことを確認したのか、何やら小さな瓶を取り出した。

「予め、蜘蛛を一匹捕まえてある。 その辺に居る小さな虫だ」

「お前よくそんなの捕まえるな」

「害がある訳ではない。 なるべく離れておくんだな」

そう言われ、章大と距離を取る。

生々しい虫なんか見ても、気味悪いしな。

どこぞの妖怪なんかは喜ぶんだろうが。

その場にしゃがみ込み、何かを描き出す章大。

遠目で見た限りでは……魔法陣(まほうじん)かあれ。

魔法なんかも使えるし、不思議な話じゃないな。

魔法陣の中心に蜘蛛が入った瓶を置き、蓋を開けた。

ガラス製の瓶から抜け出せないのか、黒く小さい身体を動かしているのが薄らと分かる。

そのまま瓶を逆さに向け、地面へと口を付けた。

瓶を上げると、先程までもがいていた蜘蛛がその場を離れようとしている。

魔法陣の中心から逃げ出す前に、章大はそれを足で踏み潰した。

……何してるんだあれ。

ダメだ、全く分からん。

――そう思ったのは、一瞬の間だけだった。

こちらを振り向く章大。

その背後には……。

 

 

 

 

 

「……後ろ!!」

私が叫んだのには、理由がある。

もう見ることはないと思っていたものが……私の視界にあるからだ。

「あれが……亜羅蜘涅(アラクネ)なのか……!?」

香霖も一度、書物には目を通している。

解読こそしていないものの、この巨大な虫に似た絵は見ているからだ。

だからこそ、その名前が言葉に出てきたのだ。

「心配は無用だ。 こいつの主導権は、今俺にある」

意味深なことを告げる章大。

主導権があるって……そのままの意味なんだよな……?

「これが書物に書いてあることを理解し、実践した結果だ。 多くを語らずとも、分かるだろう」

「なんだよそれ……ってことは解読してしまえば、そいつを自由に操れるってことなのか!?」

「成程ね……それなら、僕達と君の意見が一致しないのも頷けるよ。 内容の違う書物が複数あっても、何らおかしな話じゃないからね」

「いや、重版はおそらく存在しない。 この書物を生み出した……いや、異変の糸を引く者が、そう安易な手法を取るとは思えない」

……今、異変の糸を引く者って言ったのか……?

知っているのか……?

章大が続ける言葉を、私は固唾(かたず)を飲み込み見守る。

最悪の予想が当たらなければいいんだが……。

「魔理沙は知っているだろう。 この異変の糸を引くであろう人物は――」

言葉を(さえぎ)る様に、何かが(うごめ)く。

私には、それに見覚えがある。

出来ることなら思い出したくないがな……。

無意識にミニ八卦炉(はっけろ)へと手を伸ばし、既に構えようとしていた。

昼間の日差しに照らされ、深い木々が生い(しげ)る魔法の森の中でも、はっきりと見える。

銀色の鋭利な閃光。

あの腕から伸びる、巨大な鎌……!

「避けろ!!」

「ん? ほぅ、こちらの所有権を奪うか。 横槍とは随分とご丁寧なものだな」

大きく()ぎ払われる鎌の斬撃を、軽々と避け流暢(りゅうちょう)に話している。

章大はそのまま刀を引き抜き、縦に大きく振り下ろした。

一瞬にして、亜羅蜘涅の姿が見慣れないものへと変わっていく。

「刀の(さび)にもならないな。 低俗な妖怪だ」

無惨(むざん)にも引き裂かれた黒い巨体。

私と恭哉があれだけ苦戦した奴を……たった一撃で……?

刀身に塗られた黒緑色(こくりょくしょく)の液体。

一振りで払うと、再び銀色の刀身が姿を現した。

「見せたいものは以上だ。 また進展があれば、足を運ぶ」

そう言い残し、この場所を後にしようとする章大。

呆気に取られていたが我に返り、その後を追うことにした。

こいつには聞かなきゃならないことが山ほどあるんだ。

呼び止める為口を開こうとした時だった。

背筋が氷の様に冷たく感じる。

――未だ鮮明に残る、あの夢の光景。

私は……こいつに関わってもいいのか……?

霊夢やアリス、皆が死ぬことはないのか……?

無意識の内に、様々な疑念が脳を埋め尽くす。

一歩が踏み出せない、怖い。

あの冷徹な瞳の奥は、何処を見ている?

奴の刀は……何処を向いている?

今の私には、何も――。

「どうした」

重く響く声。

こちらの様子を伺っている表情。

目の前にある光景と夢の中の記憶が、何度も何度も瞬きを繰り返す。

一つは静かな人としての表情、その裏で獲物を見据える虎の様な眼光。

自然と、身体全体が凍り付く感覚に囚われるのが分かる。

「お、お前は……」

震える声で、必死に言葉を繋ごうとする。

この意志だけは、私も考えてすらいない。

独りでに出たものだ。

「お前は私の敵なのか!? どうなんだよ!!」

言葉が終わると同時に、私の首元に突き出された銀色の閃光。

緊張の汗が、首筋を伝う。

「逆に問おう。 今ここでお前に刃を向け、俺に何のメリットがある?」

「夢で見たんだ。 お前たちが……この世界の全てを壊す光景を」

「現実と空想の区別も付かないのか。 もっと柔軟に生きろ、敵になるつもりはない」

そう言い残し、ゆっくりと鞘へ刀を納めた。

全身から緊張が消え、一気に脱力感が押し寄せて来る。

嘘は()いていないんだよな……?

「言っておくが、嘘を吐いたつもりもない」

今まさに考えていたことを当てられ、背筋がびくっと小さく跳ねる。

超能力でも持ってんのかお前は……。

「それより、何の用だ。伝えることは全て伝えたつもりだが」

「さっき何か言いかけてただろ? その続きを聞きたいんだ、その答えによっては……私が今やるべきことも、変わってくる」

微かに震えている身体を必死に抑え込む。

視線を上げ、目の前に居る強者を(にら)み付ける。

「その言い方では、まだ異変の真相までは辿り着いていない……か。 いいだろう、お前にも知る権利がある」

少しの間黙り込んだ後、再び口を開いた。

数多(あまた)の妖怪が出現している異変……言い換えるなら『妖魔異変(ようまいへん)』とでもしておこう。 現在、その首謀者とされているのは海藤(かいどう) 恭哉(きょうや)……しかし、裏で糸を引く者が居る」

「――本当か!? じゃあ、やっぱり恭哉は何もしていないんだよな!?」

「まだ仮説の段階だ。 あいつの実力ならば、この世界の実力者とも渡り合えるだろう」

「仮説って……何があっても、私は恭哉を信じるぞ」

「あの馬鹿と同じで、お人好しが過ぎるな。 異変以前に、俺たちが完全に仲間であると言えるか? 一致する利害関係もない、いつでも首を取れるぞ」

章大の言うことは、確かに正しいかもしれない。

ほんの数日会っただけで、ここまで信じ込んでしまうというのも、おかしな話だしな。

「……と言ったところで、お前の考えは変わらんだろう」

「えっ? 私何か言ったっけ?」

「読みやすいだけだ。 それで、この後どうするつもりだ?」

この後か……特に考えていなかったな。

……霊夢(れいむ)に会っておきたいな。

今回の異変をどう受け止めているのか。

霊夢の考えも知っておきたい。

もし文の言葉を鵜呑(うの)みにしているのなら……私が止めなきゃ。

いくら恭哉の能力があったとしても、相手が霊夢じゃ……勝ち目が薄い。

……戦わせる訳には行かないんだ、その真意は私にもよく分かっていないが。

そういや、こいつはどうするつもりなんだろう。

正直、一番謎に満ちているしなこいつ。

 

 

 

 

 

「お前はどうするんだよ」

「異変の調査も重要だが……会っておきたい人物も居る。 神出鬼没(しんしゅつきぼつ)だと聞いているが、情報の出処(でどこ)の目星は付いているからな」

「因みに誰なんだ?」

八雲(やくも) (ゆかり)。 俺たちがこの世界に来たことと、最も関係があるとされていてな」

紫か……。

確かにあいつの「スキマ」を使えば、別世界との境界を繋ぐことも容易なことだろう。

何度か戦ったこともあるが、未だにあの性質はよく分かっていない。

普段から目に見えるものじゃないしな。

紫が神出鬼没と呼ばれているのも、その為だ。

あいつぐらいになれば、飛行など睡眠と同じぐらいに無意識で出来てしまうんだろうが、それすらも必要ないんだ。

自分が今居る場所と、目的の場所の境界を繋ぐ。

たったそれだけで、どれだけ遠く離れていたとしても、瞬時に辿り着いてしまう。

……まぁ端的に言えば、この世界でも一際ぶっ飛んだ奴ってことだよ。

「会ってどうするんだ? 紫には関わりたくないって奴も、この世界じゃ結構多いぜ?」

「外の世界とこの世界の境界のことを聞きたくてな。 そこさえ分かれば、干渉せずとも自らの世界に帰ることが出来る」

「……まさかとは思うけど、お前も瞬間移動とか出来るのか?」

擬似的(ぎじてき)なものなら容易(たやす)いだろう。 ただ、そう簡単な原理で構成されているものではないはずだ。 だからこそ、直接聞く必要がある」

「言っておくが、あいつの住処(すみか)を知っている奴は誰も居ないぞ? 何せ霊夢や幽々子(ゆゆこ)ですら――」

「あら、私のお話? 何せミステリアスですもの、深く知りたいというのは頷けるわね」

「そうそうお前の……って、はぁ!? な、なんで!?」

目の前の空間が裂け、この場には似合わない可愛らしいリボンが二つ。

裂け目が大きく開き、中に見える無数の目。

様々な所を向いており、気味が悪い。

その中から、すっと出てくる一人の人物。

この胡散臭(うさんくさ)い笑顔……。

「それで、一体なんのお話かしら?」

彼女こそが、この幻想郷を作り出した最古(さいこ)の妖怪である、八雲 紫。

何故ここに来たのかは、誰も分からないだろう。

こいつの意図することなんて、予想も付かないからな。

「あら、貴方は……あの場所以来かしら?」

「貴様が八雲 紫か。 あの場所というのは覚えがないな」

「あらそう。 まぁ思い出す必要もないでしょう」

「どういう意味だ。 生憎(あいにく)だが、貴様には聞かねばならないことが山ほどあるのでね……こちらの問いに答えてもらおうか」

「答えた所で、貴方には理解することすら出来ないでしょう。 貴方は氷、(ことわり)(のっと)って循環(じゅんかん)する水にはなれないの」

屁理屈(へりくつ)はどうでもいい。 口を開かないのなら、力ずくでも答えてもらうまでだ」

さ、流石にここでやり合われるのは不味いよな……?

香霖の店もそう離れていないし、被害を出す訳にはいかないしな。

弾幕ごっこなら話は別だが、章大たちは弾幕は使えない……いや使えるのか?

「お陰様でこの世界の環境にも慣れてきた所でな、能力の試運転には丁度いい」

「私に挑むつもり? 辞めておいた方が身の為よ?」

「章大、あいつの言う通りだ。 いくらお前に実力があるって言っても、相手は――」

身を切る程の強風。

それと共に走った一筋の剣閃。

……いつの間に抜刀したんだ……?

刀すら持っていなかったんだぞ……!?

「あらあら、随分と派手なご挨拶ね。 ――何処への片道切符をご所望(しょもう)かしら?」

「まだしばらくは現世に留まる予定だがな」

「相当腕に自信があるようね。 いいでしょう、私はこの場から動かずに相手して差し上げますわ?」

……これは止められない感じか……。

何とかしたいのは山々なんだがな……。

「さて問題です。 扉が閉まる時、隙間に挟んである柔らかい性質の物体は、どうなるかしら?」

「鉄製であれば、真っ二つだろうな。 それがどうした?」

意味深なことを尋ね出す紫。

扉の隙間……スキマ?

でも、柔らかい物体って何だ?

思い当たる物は多々あるが、どれもこの場所には不適切だろう。

「この境界が閉じた時、貴方の腕は地に落ちる」

「腕が落ちる? ――まさか!?」

その一言で、背筋が凍る。

確かに、紫にとってはそれぐらい容易いことだ。

……今この場所で、それをする必要なんかないだろ。

何考えてんだよ!!

「残念ながら、その答えは不正解だな。 この通り、腕は繋がったままだ」

――えっ?

章大の言葉に、私は目を見開く。

嘘やはったりなんかじゃない。

今も尚、自由に動いている。

紫が境界の操作を失敗する訳がない。

何が起こったんだ……?

「俺の仲間がこの世界に流れ着く前に、聞いていた言葉がある。 『幻想郷へご案内』と言っていたそうだ。 覚えがあるか?」

「ないと言えば嘘になるわね。 私ももう長い間生きているし、それぐらい言ったことあるわ?」

「お前ほどの有識者(ゆうしきしゃ)ならば、此度(こたび)に流れ着いた異能力者の実態ぐらい把握しているだろう。 何故、境界に呑まれるはずだった腕が、こうして動いているのか」

「……驚いたわね。 私の能力の間に、貴方も能力を割り込ませた。 そういうことでしょう?」

「ご名答。 影に実体はない、この境界は何も無い空間を呑み込んだだけにすぎない」

そういや、章大の能力については何も知らなかったな。

影って言っていたが、そこに特化して操るとは……中々に変わっているな。

それだけじゃない気もするが。

頭も切れるし、剣術や身のこなし。

正確には人間ではないらしいが、身体能力や精神力は計り知れないものだろう。

おまけに知能も高く、魔法まで扱える。

こいつをも超えてしまうのか……恭哉は。

「そう。 でも、誰も腕だけに境界を作ったとは言っていないわ?」

「何? ――下かっ!?」

「気付いた時にはもう遅いのよ。 いずれ時が来たら、貴方たちが異変の全貌を知る時が来れば、また会いましょう。 では、ご機嫌よう」

瞬時にして、その場から章大の姿が消える。

私が気付いた時には、もう境界の裂け目が閉じていた。

一体何がしたいんだよお前は……。

「さて、貴女とこうした形で話すのはいつ以来かしらね」

「さぁな。 霊夢に用なら、急いだ方がいいぜ。 まだ神社に居るだろうからな」

「あの子が向かう場所の見当はもう付いているわ。 魔理沙、貴女は此度の異変をどう見ているのかしら?」

「私の意見を聞きたいなら、お前の知っていることを話してもらいたいな。 正直、私にもよく分からないんだよ……今の霧雨 魔理沙が、何をしたいのかな」

何も聞かずとも、紫は異変について深くを知っているはずだ。

その答え次第で……私がやるべきことが変わる。

霊夢と行動を共にするか……その逆か。

もし私が霊夢とは違う行動を取ればどうなる?

今まで異変の手柄を横取りする程度の認識だった。

しかし今は、玲香たちが居る。

今更裏切るなんて……出来ない。

何度も何度も、あいつらを信じ抜くと自分に言い聞かせていた。

それなのに……実際はどうだ。

ずっと悩んで、決められずに居る。

こんな時……霊夢ならどうする?

あの夢を見ても尚、すっぱりと答えを出せるのか……?

水火(すいか)()せず、快刀乱麻(かいとうらんま)()つ。 それが今までの貴女よ、でも今は違うわね」

言われなくても分かってるよ……。

「今回の異変は、今までのものとは比にならない規模になるわね。 あの子に任せるにも、今は時期尚早(じきしょうそう)。 これ以上は、自らの目で確かめなさい」

音も立てずに、紫の姿が消える。

私がそれに気付くには、少しの時間を有した。

あの子……霊夢じゃ時期尚早って、どういう意味なんだ……?

あいつが負ける所なんか、想像出来ないぞ?

深くは語らず、私自身の目で確かめろって……。

とりあえず、霊夢の所に向かってみるか。

魔法の森を後にし、博麗神社へと戻ることにした。

 

 

 

 

 

「あれ、居ない……?」

そう長くは掛からず博麗神社へと辿り着いたのだが、肝心の霊夢の姿はそこになかった。

うーん、行きそうな場所の目処は付くが……絞り切れないな。

いかんせん、人妖(じんよう)問わずに好かれる霊夢のことだ。

何処に居ても、不思議なことじゃない。

いくら人気がないからって、巫女が神社を開けていいものかねぇ。

――異変解決の時は除くか、流石に。

「おやおや? 魔理沙さんじゃないですかー」

神社の本殿(ほんでん)から、ひょっこりと顔を(のぞ)かせる人物が一人。

可愛らしく巻かれた緑色の髪に、その風貌には似合わない一本の角。

私の顔を見るや(いな)や、小走りでこちらへと近付いてくる。

「なんだお前か。 相変わらずお留守番か」

「魔理沙さんこそ、霊夢さんと遊びに来たんですか?」

高麗野(こまの) あうん、これでも元狛犬(こまいぬ)の像に宿っていた居候(いそうろう)だ。

今から少し前に起きた異変の際に実体化し、霊夢の神社を守護する役割を持っている。

骨あげても喜ばないんだよなこいつ。

「霊夢が何処に行ったか知ってるか?」

「いえ私は何も。 何やら重い腰を上げたような感じでしたけど……」

「それはいつものことだな。 あいつサボってばっかだし」

「むむっ! 今の言葉、霊夢さんが聞いたら怒りますよー?」

「ははっ、それもいつも通りだよ。 私たちの仲ではな」

「相変わらず仲良しですねぇ。 あっそういえば、少し前に見慣れない方が霊夢さんの元へと来ていた様な?」

見慣れない奴か……。

おそらく恭哉たちの中の誰かなんだろうけど、わざわざ霊夢の所まで来るのか。

これは何かありそうだな。

少なくとも、恭哉の疑いのことではないだろう。

仲間の誰にも話さない様にしていると、自らも話していたぐらいだ。

異変のことか、この世界のことを聞きに来たのか。

このどちらかだな、うん。

「そうだ魔理沙さん! 最近の妙な妖気(ようき)、何か分かります?」

「新手の妖怪って奴だろ? 妖魔異変って、風の噂で聞いたぜ」

「そう、そうなんですよー! 以前にも神社に目が一つしかない妖怪がですね!?」

「まぁまぁ落ち着けって。 霊夢なら、そんな変な奴には負けないだろ?」

「もちろん!! 霊夢さんですからね!!」

こんな台詞、霊夢の口からも聞いてみたいもんだぜ。

当然じゃない、私強いし。

……んー、いやないなこれは。

言いそうだけど、あいつの性には似合わんな。

――それにしても、こんな時に何処をほっつき歩いているんだか……。

あいつはあいつで異変解決の為に動いているんだろうけど。

ここ数日の間は、私も霊夢とは会っていない。

何か変わった様子がなかったか、あうんに聞いてみるか。

あうんに尋ねてみると、特段変わった様子はなかったようだ。

いつも通り掃き掃除やら欠伸(あくび)やら……。

本当に巫女らしくないなあいつ、大丈夫かよ。

……まぁ、急に(しお)らしくなる霊夢は、私も嫌だが。

そんな奴の隣で異変を解決するなんて、真っ平御免だぜ。

新手の妖怪とやらが神社に一体現れたぐらいで、それ以外は平常運転だったという。

……神社に来ることが出来たんだな、野良妖怪の癖に。

霊夢の居る神社は、常時大きな結界が覆っている。

その為、幻想郷に住んでいる者ならともかく、他所(よそ)の妖怪がいきなり立ち入ることは(まれ)なのだ。

霊夢なら苦戦することなく退治するんだろうけど、何か怪しいな……。

特定の場所以外にも、顔の見知った妖怪などは、あちこちで暮らしている。

妖怪からしても、あまり表立ったことはしたくないはず。

自然と神社に行き着くには……?

うーん、根拠は薄い気がするが。

かと言って、他の説はあまり考えられないし……。

どうしたもんか……。

霊夢の居場所さえ分かれば、直接聞きに行けるんだが。

「――あっ!! 大切なことを思い出しました!!」

「うわっびっくりするなもう……。 で、その大切なことって?」

「先日ですね、霊夢さんが眠っていたので私も寝ようとしたんですが……」

神社を見張る役目なのに、寝る時間は同じなのか……。

まぁ、あうんはともかく霊夢なら気配で起きてきそうだが。

「何やら隠岐奈(おきな)様と紫様と後一人……誰でしたっけ?」

「いやいや、私に聞かれても分からんぞ」

「とにかく! 何やら三人で話していたみたいなんですよー。 内容までは分かりませんけど」

「紫に隠岐奈ともう一人か、この二人とつるむ奴となると結構限られるな」

特段意味があるのかは分からないが、頭の片隅にでも入れておくか。

うーん、また一つ考え事が増えてしまったな。

一体どうしたもんか……。

「魔理沙さんは、心当たりがあったりしますか?」

「んにゃ、私にも正直分からないな。 さてっと、そろそろ行くよ。 ぐぅたら巫女を探しに行かなきゃだし」

「あらら、もう行っちゃうんですね。 またキノコの差し入れ待ってるので、お気を付けてー!!」

再び(ほうき)(またが)り、空を目指した。

 

 

 

 

 

霊夢の行きそうな場所か……。

この世界に起きた異変を解決する身でもある為、その行動範囲は多岐に渡る。

言い換えれば、この世界中をくまなく探すことに……。

いや、とてもじゃないが時間が足りないな。

もしも章大の言葉通り、恭哉が本当に生きているのだとしたら、追っ手に見つかってしまうのも時間の問題。

その前に何とかして、霊夢の考えを把握しておく必要がある。

早い所、あいつを見つけて……。

「あら、魔理沙じゃない。 久し振り」

……何と幸運な。

まさか、霊夢の方から出向いてくれるとは。

空中渡航(くうちゅうとこう)を停止し、その場で霊夢と対峙する。

表情はいつもと変わらない様子だ。

「よぉ霊夢、探してたぜ。 今回の異変のことで、聞いておかなきゃならないことがあってさ」

「今回の? さっき(あや)が言っていたことなら、あんたも知ってるでしょ?」

「げっ、隠れててもバレてたのか……」

「あれだけコソコソしてたらね。 で、何が聞きたいのよ」

本当に抜け目ないなこいつ。

……どうするか。

単刀直入に聞くべきか?

いや、霊夢には回りくどい方法は通用しないだろう。

会話においても、弾幕(だんまく)ごっこにおいてもだ。

「霊夢は今回の異変を起こしたであろう奴に、何か心当たりはあるのか?」

「正直、完全な黒は分からないわよ。 でも、それに辿り着くことの出来る奴には心当たりがある。 そいつは――」

「異世界からの来訪者。 八人の中でも最も強い能力を誇り、博麗神社に落ちて来た人間……違うか?」

霊夢の言葉を遮った私の返答に、少し眉を(しか)めている。

……嫌な予想が当たったようだ。

「あんたはどうなのよ。 何か知らないの?」

「……知っていたとしても、今のお前には言えないよ。 それは、あいつらを裏切ることになる」

「珍しいわね、魔理沙が誰かの肩を持つなんて。 異変を解決出来なきゃ、私の仕事が増えるだけなのよ。 知っていること、全部()きなさい」

冷静に言い放つ霊夢。

――初めて会った時も、こいつはこうだったな。

どれぐらい前だろうな。

まだ、スペルカードルールも制定されていなかった頃だったか。

魔法と霊術での真っ向勝負。

あの頃は……同じ年代の女の子で、力の差なんか殆どないと思っていた。

でも時が進んで行くに連れて……どうだ?

誰が相手であっても、霊夢が負ける事がない。

いつしか霊夢の周りには、様々な奴が集まっていた。

同じ人間なのに、私だってそこに居るはずなのに。

時間を操り、奇跡を起こし、自身の半分が霊体。

その中でも(へだ)たりなく、自分自身で居られるのは霊夢だけだ。

私だって……その場所に追い付きたいよ。

でもどうすればいい?

いくら努力したって……その先を平然と行く。

私は……。

――無意識の内に、自身の周りを星型の弾幕が行き交っていた。

「魔理沙……? やるつもり?」

「あっ悪い。 ちょっと昔のことを思い出してた。 お前と初めて戦った日のこと」

「あーあの頃ね。 それがどうしたのよ、今この状況には関係ないじゃない」

「霊夢には意味がなくても、私にはあるんだよ。 そうじゃなきゃ、私は……」

(うつむ)く顔と共に、箒を握る力が強くなる。

今私がすべきことは……。

自分の無力さを悲観することなんかじゃない。

「普通の魔法使い」であったとしても、私にはまだ手が届くものがたくさんある。

それを見つけるには……あいつが必要なんだ。

霊夢、お前が目を付けている奴は、私の為にも失う訳には行かないんだよ。

「霊夢、異変の黒幕は別に居るはずだ。 ……恭哉は関係ない!」

「やっぱりそうか。 でもね、あいつがそれへの近道であることは分かっているのよ。 そこをどきなさい」

「離れる訳にはいかないんだよ。 ここを通りたいなら、私と戦え」

「こうなる訳ね……。 ――手加減しないわよ」

右手に数枚の御札(おふだ)、左手には日頃から愛用している大幣(おおぬさ)

ここだけ見たら、立派な巫女なんだがな。

霊夢を取り囲む、白と黒の陰陽玉(おんみょうだま)

今、霊夢と対峙する妖怪の気持ちが、少しだけ分かった気がするぜ。

でもなぁ……ここで引く魔理沙様じゃないんだ。

「いくぜ霊夢、私だって本気中の本気だ。 お前には休んでて貰うぜ!!」

「そういう訳には行かないのよ、仕事だし。 魔理沙こそ寝てなさいよ」

色とりどりの星々と、白と黒の球体が交差する。

何だろう、自然と笑みが溢れている。

私の心の中には、薄暗い(もや)で渦巻いているはずなのに。

霊夢と戦うのって……ワクワクする。

こんな気持ちにもなるんだな。

かつて、私に魔法を教えてくれた尊大な人物。

今はどこで何をしているのかは分からない。

……見守ってくれているのかな。

もしここで私が霊夢に勝てたら、褒めてくれるかな。

――そして、あいつの元まで追いついてやる。

 

 

 

 

 

「星屑に変えてやるぜ、右顧左眄(うこさべん)の巫女!」

「天の川まで吹き飛ばしてやるわ、躊躇逡巡(ちゅうちょしゅんじゅん)の魔法使い!」




ご閲覧頂き、重ねてお礼申し上げます。
本話を持ちまして、霧雨 魔理沙視点の物語 流星編が終了となります。

次の投稿より、博麗 霊夢視点の物語 幻夢編をお送り致します。
尚、時系列は遡りまして、第7話の時間軸からの霊夢視点の物語を展開します。

そちらも是非、宜しくお願い致します。


また、幻夢編とクロスオーバーする部分があるので、投稿次第記載いたしますので、今しばらくお待ちくださいませ。

本編をより理解して頂く為に、煉舞編に飛んでいただき読んで頂くことを強くオススメいたします。


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東方幻奇譚 焔ノ章 煉舞編
第10話 血の盟約


 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっと着いた……意外と遠いもんだな)

木々が(つら)なる夜道を歩き、赤いレンガで造られた洋風の館へと辿り着く。

夜に見るこの場所は、どこか異色の存在感がある。

昨日の様に入口がどこかと迷うことはなく、大きな門の前にすぐに立つことが出来た。

ただいま、でいいんだよな……?

鉄扉(てっぴ)に手をかけようとすると、軽い寝息が聞こえてくる。

横目に見てみると、壁に背を預けたまま眠る人物の姿があった。

確か、美鈴(めいりん)……だったっけ。

よく立ったまま寝れるな……。

昨日咲夜(さくや)が門番に戻れと言っていたので、その職務中なんだろうけど。

妖怪(ようかい)などが出歩いているこの場所では、門番という仕事もかなりの激務だよな。

何か差し入れでもしてやりたいけど、お金ないしなぁ……。

この世界の通貨を手に入れる方法も、誰かに聞いておいた方が良さそうだな。

美鈴を起こさぬようにそっと鉄扉を開け、紅魔館(こうまかん)の敷地内へと歩を進めていく。

昨日と同じで噴水によって溢れる水の音が、上品さを(ただよ)わせている。

ロビーへと続く木製の大きな扉を開け、中へと入る。

「おかえり、随分と遅かったじゃない」

大広間に行く前に、この紅魔館の当主、レミリアに出迎えられた。

その後ろには、両手を前に構え凛と立つ咲夜の姿も。

「ただいま、でいいのか?」

「勿論よ。 今貴方は、この紅魔館の住人なんだから」

「そいつはどうも。 フランは?」

「自分の部屋に居るわ。 何度か足を運んだのだけれど、相手にして貰えなかったわね」

どうやら、もう一度俺と話し合う機会を設ける為に、取り(つくろ)おうとしてくれていたようだ。

フランはというと部屋から出ず、ずっと閉じこもったままらしい。

咲夜やメイド妖精、パチュリーに小悪魔(こあくま)、美鈴と皆朝食を終えた後から誰も姿を見ていない。

やっぱり、俺が要らない嘘をついたせいで……。

「レミリアに頼みがあるんだけど、フランの部屋を教えて欲しい。 もう一度、話せなくても顔を見ておきたいんだ」

「そう言うと思ってたわよ。 いいわ、案内してあげる」

「お嬢様、私がお連れ致します」

「結構よ。 咲夜は他の仕事をしておいて」

「ですが――」

「咲夜、私は下がれと言ったの」

「……かしこまりました」

音も立てず、その場から消え去る咲夜。

小悪魔の言っていた「時を操る能力」の一種だろうが、時間が止まった感覚さえ感じられなかった。

その見事な芸当に、少し口を開けてしまっていた。

「何してるの、行くわよ」

レミリアの声で我に返り、後をついて行く。

夜ということもあってか、館内は静まり返っていて、床を踏む足音以外何も聞こえてこない。

吸血鬼の住む館ともあって、夜は賑わっているものかと思っていたが、実際そうではないようだ。

「そういや、章大(しょうた)は? 帰ってないのか?」

「パチェのとこじゃない? なんか紙束を持って帰ってきてたけど、真面目にお勉強かしらね」

「何か言ってなかったのか?」

「いえ何も。 気付いたら、もう館内に居たもの。 第一、気にする程の存在でもないのよ、貴方と違ってね」

レミリアが言うには、章大への関心はないらしい。

実力こそは認めているようだが、人妖感(じんようかん)の波長が合わない……とか何とか。

まぁ、取っ付きにくいのは分かる。

対して俺の方は、飼い慣らし甲斐があるとのこと。

もちろん、飼われる気は一切ないけどな。

「さっきから気になっていたのだけれど、その服装は何? またボロボロじゃない」

「あーこれにも深い訳があって……」

「また無茶でもしたのでしょう? 私は死人の血なんか欲しくないわ」

「そう簡単に血なんか上げてたまるか。 大体俺の血は普通の血じゃ――」

「その血が気になるのよ、人間以外の血っていうのがね。 紅魔館の主として、執事の情報を知る権利があるの、教えなさい?」

「いつから執事になったんだよ、毛皮なんてないぞ。 まぁ、血のことについて教えるのはいいんだけどさ」

「いや羊のことじゃないから、今朝のこともそうだけど半分わざとでしょ。 いいから、その血は何?」

魔族の血(ギルティブラッド)

通常の人間の血液と同様に、俺の体内を巡るもう一つの血液。

これを(ほどこ)した理由は、先述していたと思うが、単に命を繋ぎ止めただけのものではない。

この魔族の血と共に刻まれた、真紅ノ結晶(クリムゾンコア)

俺や玲香(れいか)たちの持つ(コア)には、それぞれ与える能力や魔力(まりょく)に違いがあるが、この真紅ノ結晶だけは、他とは違う点がいくつか存在する。

まず一つ目は、核の形状を変化させられること。

真炎剛爆ノ核(パイロキネシス)が発現した頃は、真紅ノ結晶は指輪の形をしていた。

だが、魔族の血を輸血する際に結晶石(けっしょうせき)の様な形に変わり、右肩に埋め込まれていた。

どのようにしてそうなったのかは分からないが、意識が戻り目が覚めた時には今の身体になっていた。

自分の中に見知らぬ血が流れていることに違和感を覚えていたが、次第に慣れていき今では何ともない。

人間が元々備え持つ代謝や治癒力、潜在的な魔力を極限まで引き出せる為、戦いにおいては(むし)ろ好都合でもあった。

その為、昨日今日の怪我や大量の出血をしたとしても、すぐに死に至る訳では無い。

もちろん、心臓をぶち抜かれたりとか脳を破壊されてしまえば流石に死ぬんだろうけど。

不老不死(ふろうふし)……にはなれないか。

「ふーん、そういうことなのね。 じゃあ、私のような吸血鬼(きゅうけつき)は口にしない方がいい血なの?」

「今まで吸血鬼に会ったことがないから何とも言えないな。 そうだ、純粋な人間の血はどうなんだよ」

「それぞれかしらね。 今は選んだ人の血しか口にしないの。 昔はそうねぇ……生ける人間を捕まえて、抵抗しないように加工して血を飲んでいたかしら。 低俗(ていぞく)な人間の血は不味いって、相場が決まっているのよ」

「昨日俺のこと不味そうって言ってたけど、レミリアにとっては低俗な人間に入るのか?」

「昨日のことは昨日のことよ。 まぁ、今では大事な……って、変なこと言わせないで頂戴」

照れ隠しなのかは分からないが、横から腹部を小突かれる。

上手く聞き取れなかったものの、何故か急に寒気が……。

「吸血鬼的には、人間の血の味ってどうなんだ?」

「上質なものは甘いかしら? 他は覚えてないわね」

「ふーん……俺からしたら、鉄の味しかしないけどな。 吸血鬼の理屈はよく分からん」

「分かり得ないでしょうね。 でも、いつか貴方の血も飲んでみたいわね」

涼しい顔で、さらっとそんなことを言い放つレミリア。

出来る限り、それは避けてもらいたい所だけど……。

それにしても、本当に広いな紅魔館……。

 

 

 

 

 

「もう少し歩くわね。 この先にある地下室がフランの部屋よ」

レミリアに連れられて来られた場所は、紅魔館の地下に当たる。

窓は一切なく、洋風の造りとはかけ離れた殺風景な冷たい空間。

部屋というより牢獄(ろうごく)……そう表現する方が正しいのかもしれない。

こんな場所に、フランは何百年も一人で……?

「こんなとこに部屋なんかあるのか? 誰かが暮らせるような状況じゃないと思うんだけど……」

「貴方たちの常識では、そうは捉えられないでしょうね。 それに、あの子の能力の前では、いくら空間を用意した所で無意味なのよ」

「きゅっとしてドカーンってフランは言ってたけど、それが何かを壊すのとどんな関係があるんだ?」

「あら、聞いてなかったの? この私の妹と仲良くするのだから、相応のことは知っているものだと思っていたのだけれど」

「この世界に来てしばらくの時間が経ってれば知れただろうけど、何せ昨日来たばかりだからな」

「私専属の執事になるのなら、教えてあげましょうか?」

「思ったんだけど、何でそこまで執事に(こだわ)るんだ? 咲夜は専属の従者なんだし、事は足りてるだろ?」

レミリアに問いてみるも、真意は見い出せない。

単純に従者が欲しそうな訳ではないし……。

「それなら、()盟約(めいやく)でも結んでみる?」

「なんだそれ。 朱肉(しゅにく)の代わりに血で判子を押す、とかじゃなさそうだけど」

「そのままの意味よ。 貴方の生き血を私に捧げるの」

「要は血が飲みたいだけだろそれ……。 単なる人間の血なんか、その辺の奴とっ捕まえて吸えば良くないか?」

高貴(こうき)なる種族は、その身分にあったものしか欲しないのよ。 光栄に思うことね」

「その割には出会い頭に首締められたけどな」

うっ、と(うめ)いた後ジト目でこちらを(にら)むレミリア。

上品な物言いとは裏腹に、子供っぽい仕草に少し笑ってしまいそうになる。

数百年生きているとはいえ、やはり子供にしか見えないんだよなぁ……フランも同じだけど。

そろそろ視線が痛いので、謝りを入れておいた。

「まぁ、血をやるのはいいんだけどさ。 本当にどうなっても知らないぞ?」

「大丈夫よ、吸血鬼は元来より最上位に君臨する種族よ? 違った血液を喰らった所で、死ぬことなんてないわ」

「ならいいんだけど……。 その代わり、情報は先払いな」

傲慢(ごうまん)な執事だこと。 まぁいいわ、貴方の顔を立てて教えてあげましょう」

だから誰が執事だっつーの。

かしこまりましたお嬢様ーとか、口が裂けても言えないぞ。

そんなことを口にした日には、それこそ嵐でも台風でも起こりそうだ。

ため息をついた後、レミリアが告げるフランの能力。

ありとあらゆる物を破壊する程度の能力、とそう言った。

計り知れないパワーや、次元すらも超越する力で対象を破壊するのではなく、全ての物質に共通する最も弱い箇所である「()」を自らの手の中に移動させ、それを握り潰すことで跡形もなく破壊してしまう。

これがフランの能力の原理であり、「目」が存在するものであれば、何でも瞬時に破壊する。

宇宙空間に存在する隕石でさえ、フランにとってはただの石ころに過ぎないと言う。

昨日のあれは、たまたま目を見つけることが出来なかったから……なのか?

直接的に破壊しようとせず、あくまでも炎剣(えんけん)や弾幕での勝負を仕掛けてきたし、やはりフラン自体もあまり分かっていないのかもしれないな。

そして、どんな場所に閉じ込めたとしても内部から破壊し、出てきてしまうのが、フランが一人にされていた真の理由らしい。

様々な術や方法を用いたとしても、結局はあっけなく壊されてしまう。

姉である私の能力さえも、あいつは超えてしまうと、レミリアが話す。

――そういえばレミリアの能力は聞いたことなかったな。

「フランが全てを破壊するんなら、レミリアの能力は何になるんだ?」

「未来予知、といった所かしら。 私によって、全ての運命は変えられるのよ……良くも悪くもね」

「未来予知……? どういうことだ?」

「本来貴方が辿るはずの運命が私によって変化する、と言っても分からないでしょうね。 私の機嫌を損ねないこと、それだけ分かってくれてばいいわ」

「分かった、善処(ぜんしょ)しとくよ」

イマイチ想像が付かないが、フラン同様にレミリアへと接し方も気を付けておいた方が良さそうだ。

生きられるはずの運命が、こっくりと死の運命へと変えられようものならたまったもんじゃない。

物理的なダメージは受けられても、絶対的な死という避けようのない力には適うはずもないしな。

そうこうしている内に、一枚の木製の扉の前へと行き着く。

地下の奥深い場所ともあって、一層暗くひんやりとした寒さの感覚さえ感じられる。

「ここがフランの部屋よ」

「部屋っていうより、何か牢獄みたいだな。 ここに五百年も閉じ篭っていたのか?」

「そんな訳ないでしょ? さっきも言ったけれど、あの子同じ場所に閉じ込めておくことは不可能よ。 だからここは……何個目の部屋かしら、覚えてないわ」

……待てよ?

何個目の部屋か分からないってことは、昨日よりも前にフランの能力が暴走することがあったってことか……?

紅魔館の誰であっても手に負えない、フランの能力。

どうやって止めていたんだ……?

「じーっ」

小さくこちらに向けられた、聞き覚えのある声と馴染みある視線。

その方を振り向いて見ると、扉の隙間からこちらを覗く深紅(しんく)の瞳がそこにはあった。

間違いない……フランだ。

最後に見た悲哀(ひあい)に満ちた瞳ではなく、純粋無垢(じゅんすいむく)で目に映るもの全てに興味を示す様な子供の瞳だ。

「フラン……だよな?」

「出てらっしゃい」

「やだ。 お姉様は向こう行っててよ」

「恭哉と話し合う気があるのなら、この場を去ってあげるわよ」

レミリアの言葉に、(しば)し黙り込むフラン。

何度か低く(うな)った後、扉を少し開け小さな手を出してくる。

そして、こちらを手招きする動きを見せ始めた。

思ってもいなかった行動に、レミリアと目を合わせる。

「OKってことなのか……?」

「行ってらっしゃい。 願ってもいないことでしょう?」

「そ、そりゃーそうだけどさ……急すぎるっていうか……」

「いいから行きなさい。 あの子もそれを望んで居るのだし」

レミリアに言われるがまま、フランの部屋へと繋がる扉に手を掛ける。

……ここで躊躇(ためら)っても、しょうがないよな。

意を決して、扉を開け中に入った。

 

 

 

 

 

「お姉様は?」

「部屋の外だよ。 多分だけど、俺が話終わるのを待っているんだと思う」

「ふーん。 私以外の人がこの部屋に来るなんて、なんか不思議」

扉の先で広がっていた光景。

照明は消され、窓もなく冷たい雰囲気に包まれた場所だ。

そんな場所には似合わない、茶色の熊のぬいぐるみが一つ。

それを拾い上げ、抱き締めながら口を開くフラン。

「で、恭哉は何しに来たの?」

「今朝のことを謝りたくてさ。 お前に嘘をついていたこと」

「へぇ……やっぱり、恭哉は優しいんだね」

フランの言葉に、思わず首を(かし)げる。

優しいという言葉は、何度も言われてきたことだが、フランの場合は少しニュアンスが違う。

どういうことなのかを尋ねようとした時、先にフランが言葉を続けた。

「私ね、全部知ってるよ? 昨日の弾幕ごっこのこと」

「えっ……? でも、あの時のフランは……」

「ほら、恭哉は私が倒れたことに怒って、あの二人と戦ってくれたでしょ? それが凄く嬉しかった、でも私以外の誰かに壊されそうになったから、少しだけ能力を使ったの」

「じゃあ、あの状態の時でも、意識も記憶もあるってことなのか?」

「うん。 血肉の匂いや感触、恭哉の言葉も全部」

あの後、少しの間眠っていたのはこちらの予想通り、体力の消耗が原因のようだ。

目が覚めた後、ボロボロの状態でも自分の傍に居てくれたことが分かり、能力を使用していた時のことを覚えていないフリをしていた。

きっとまた同じ様に笑って自分と遊んでくれる。

私じゃない誰かに、決して壊されることはない。

そう思い、今の状態にあるとフランが話した。

「じゃあ今朝のことは……?」

「あぁいう風にすれば、恭哉が出掛けていても私のことを心配してくれるかなって」

「そうだったのか……。 俺が要らない嘘をついたから、フランに悪い想いをさせたんじゃないかって、心配だったんだ」

「そんなこと思わないし、恭哉のことを嫌ったりなんてしないよ。 だって、初めてだったもん。 誰かが、私の為にあんな眼や表情を見せてくれるの……すっごくゾクゾクしちゃった」

霊夢や魔理沙、咲夜とはまた違った表情。

与えられる苦痛に顔を歪めながらも、眼に宿る生気が決して消えることはなく果てなく燃やし続ける。

その様子が、自らの中に溢れる狂気の中でたまらなく快感だったとフランは話す。

今のフランの姿からは、考えられないことだ。

「こら! 私の玩具に勝手なこと吹き込まない!」

「えー私のってことは、同じ姿の私も含まれるんでしょ?」

「もー!! いいから!! どいてって!!」

目の前に広がる光景。

全く同じ姿や声をした二人のフランが、何故か口論を始めた。

そういえば、昨日もフランの姿が三人に見えたことがあったような……?

「ねぇねぇ、喧嘩してる暇があるんなら目の前の人間で遊ぼうよ!」

「今忙しいの!! それと、恭哉と遊んでいいのは私だけ!!」

「私の癖にケチなこと言うのねー。 独り占めは駄目って、アイツに教わらなかった?」

「もー眠たいんだから静かにしてよ。 きゅっとしてドカーンってするよ?」

「それ私たちみーんな出来ることだよ?」

な、なんなんだ……?

色々と収集が付かなくなっているような……?

っていうか、フランが四人いる!?

一人は眠そうにしていて、一人は遊ぶことを提案し、もう二人が口論を繰り広げる。

見ている分には微笑(ほほえ)ましいんだろうけど……。

自分が考えていた雰囲気と、今この場の状況があまりにもかけ離れていて、頭の中を困惑が埋め尽くす。

どうにか話し合えるようにしないとダメかこれは。

「おーい。 フランー聞こえてるかー?」

「呼んだ?」

「えーっと、そっちのフランじゃなくて。 右側に居るフラン」

「今忙しいの!! ちょっと待って!!」

「えっ、あーごめんごめん。 じゃあ、そっちの眠そうな――」

「ぐぅぐぅ」

「くっ……お前らなぁ……。 全員そこに直れ!!」

怒声が響くと、四人のフランが一斉に姿を止める。

はっ、つい声を荒らげてしまった……。

「はい番号」

「いちっ!!」

「全員で返事すんな!! とりあえず、こっちの話を聞きなさい」

急に大人しくなるフランたち。

律儀に「気を付け」の姿勢を取る三人のフランと、唯一熊のぬいぐるみを持ったままのフラン。

……このフランが本物なのか?

「本物のフランは手を挙げてくれ」

「はい! 私が本物!!」

「何で四人とも手挙げるんだよ!!」

「だって全員フランだもん! フランはフランなの!!」

「ねぇー眠気覚めちゃった、だっこ」

「しません。 っていうか、同じ姿なのに性格は全然違うんだな」

「そうでしょ、えっへん!」

いや褒めてないからな。

ったく、これはどうしたもんか……。

そもそもこの三人のフランは、一体何処から……?

フランの能力とは直接の関係はないだろうし、魔術もしくはスペルカードの可能性が高い。

「流石に(らち)があかないな……。 楽しそうな所悪いんだけど、今から大事な話がしたいんだ。 昨日一緒に居たフランだけ残ってくれ」

「えーつまんなーい。 ねぇねぇ、遊んでよー」

「用事が終わったら遊んでやるって、ちょっとだけ我慢してくれ」

「ねぇーだっこー、おんぶー」

「はいはいそれも後でな」

これで二人か。

深紅(しんく)の影を残しながら、二つの姿が消滅した。

実体があっても、消える時はあっさり消えるもんなんだな。

さて、残り二人になったのはいいけど……。

「昨日遊んだ私はどっちでしょうか!?」

「それも後でね、えいっ」

一方のフランが、もう片方のフランの頭をポコっと叩く。

先程と同じ様に、フランの姿が消える。

何とかなった……んだよな?

 

 

 

 

「ごめんね、びっくりしたでしょ?」

「今のは魔術(まじゅつ)なのか? それともスペルカード?」

禁忌(きんき)『フォーオブアカインド』、私のスペルだよ。 勝手に出てきちゃったんだよね」

元々は分身を三人用意し、それぞれが弾幕を放つものらしいが、今回の様に戦闘時では無い場合は、単にフランが四人に増えるだけらしい。

能力とかけ離れていることでも、スペルカードにすることが出来るんだな……いい事を知れたかも。

――話を戻すとするか。

「で、何の話だっけ?」

「嘘ついてごめんって話。 ほら、妹が居るって話をしたの覚えてるか?」

「うん。 私の方がずーっと大人だけどね」

「……まぁそれ。 確証はないんだけどさ、無意識の内に妹とフランを重ね合わせてたのかもしれない。 懐いてくれてる所とか、ほっとけない所とかそっくりなんだよ」

「そうなの? でも嘘をついた理由にはならないじゃない」

魔理沙と居た時と同様に言葉に困ってしまう。

どう表現すればいいのか……。

「なんて言ったらいいかな……吸血鬼って聞いた時、人間からすれば忌むべき存在だと思ったんだけど、実際そうは思わなかった。 能力を除けば、俺からすればただの女の子にしか見えなかったし、人間と同じ様に心がある。 だから、お前のせいで俺は怪我をした、なんて言いたくなかったんだよ。 だから、誤魔化していたんだ」

たとえどんな状態になっていたとしても、フランを責めるつもりなんてない。

四肢が無くなろうが、動けなくなったとしてもだ。

フランだけではなく、妖夢や鈴仙も。

戦いってのは、負けた時他の誰でもない己自身が全て悪い。

嘆くのなら、自分の無力を嘆け……って、まだ喧嘩ばかりしていた頃に教わった気がする。

男としてみっともないってな。

「この世界に流れ着いて、何の疑いもなく接してくれたのはフランが初めてだったんだよ。 だから、この繋がりは大事にしていたいなって思った。 ――傍から見れば、ただの変質者かもしれないけどな」

「私も同じかな。 めーりんや咲夜、パチェも相手をしてくれるけどそれは本当の私じゃないもん。 何をしても壊れないのは、恭哉が初めて。 だから、これからも私と遊んでよ」

フランが告げた言葉。

その言葉に、ようやく肩の荷が降りた気もする。

安心し切っていたのか、自然と頬が緩んでいた。

――こんな表情するの、久し振りだな。

「そうだ! 血の盟約って知ってる?」

「レミリアから聞いたよ。 生き血を捧げるとか何とか?」

「お姉様は恭哉の血を飲んだの?」

「いや、やってないよ」

「じゃあ私に頂戴! それで約束するの。 恭哉は私以外に壊されないこと、恭哉が壊れる時は私が壊すこと」

「要は死ぬ時はフランの前で死ねってことか。 そう簡単には行かないだろうけど、いいよ。 ただし、俺の血は半分化け物みたいなもんだぞ。 フランの身に何かが起きるかもしれない……それでもいいのか?」

「大丈夫、吸血鬼は強いんだから。 じゃあ、首元をー……あ、ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね?」

整えられたベッドの上に座り、シャツの襟を手で下ろし首元を曝け出す。

向き合う様にフランが、膝元に座り首元へと顔を寄せた。

何か変な感じだなこれ……。

「私、お姉様と違ってたくさん飲んじゃうかもしれないけど、大丈夫?」

「貧血で倒れない程度ならな。 流石に俺もまだ人間だし」

「それでこそ恭哉だね。 私が血を飲んでいる間、離れない様にぎゅってしてよ。 うーんと強くね」

「ってことは、抱き締めてればいいのか? ――こう?」

「もっと強く!! 引っ付くぐらいだってば」

そう言われてもなぁ……。

こんな状況、誰かに見られでもしたら大変なことになりそうだ。

数百年生きてるとはいえ、容姿は子供同然。

それを高校生が強く抱き締めているのだから……警察の出番だなこれは。

「うん、それで大丈夫! じゃあ……いただきまーす」

小さく尖った歯が首元の皮膚へと食い込み、少し顔を歪めてしまう程の痛みが走る。

血を吸われている感覚はないが、腕に注射を受けている……それに少しだけ近いのかもしれない。

注射器の針よりかは、ずっと痛いけどな。

次第に背中に回されているフランの腕の力が強くなる。

――一層大きな痛みが身体を貫いていく。

フランの指が、魔理沙を庇った時に出来た傷へと当たっていた。

そういや、まだ治してないんだった。

「……ごちそーさま。 また怪我してる、今度は誰にやられたの?」

「帰ってる途中にちょっとな。 フランは心配しなくてもいいよ」

「ダメ!! 昨日みたいな大きい炎は使えないんだから、恭哉は私が守ってあげる!」

「気持ちだけ貰っとくよ。 俺にだってプライドぐらいあるんだから」

納得がいかないのか、むーっと頬を膨らませるフラン。

殺されようとしたり守られたり……忙しいな。

こっちの能力が完全に戻ったとしても、フランに太刀打ち出来るとは思わないけど……。

昨日はたまたま「目」が見つからなかっただけで、それを見つけられたら……勝負は一瞬で着くだろうし。

「っと、これで盟約完了ってことで。 ねぇねぇ、まだもう少しだけぎゅーってして?」

「はいはい、ちょっとだけな」

自然と断れないんだよなぁこういうの……。

その返事が嬉しかったのか、胸へと顔を埋めてくる。

時に落ち着いていたり、時に甘えん坊になったり。

まだまだ、フランのことは分かんないな。

「あー!! 私だけずるい!! ねぇ、私もぎゅーってしてよ!!」

「おんぶはー? だっこもー」

「早く私と遊びましょ? 弾幕ごっこ!? 鬼ごっこ!? かくれんぼでもいいよ!?」

「今忙しいんだから邪魔しないでよ!!」

気付けば、先程の四人のフランに囲まれてしまっていた。

一人一人性格が違うのも、何か面白いな。

――っと、レミリアを待たせるのも悪いか。

「ねぇ、今日はここで一緒に寝よ?」

「それはいいんだけど、まだやらなきゃ行けないことがあってさ。 それが終わってからまた来るよ」

「そっか。 あっ、ちょっとかがんで?」

立とうとした所をフランに呼び止められ、再びベッドへと腰を下ろす。

もう一回抱き着いて来るのだろうか?

何が起こるのか待っていると、騒がしかったフラン達に沈黙が流れる。

――頬に柔らかい感触がやってくる。

「い、いってらっしゃい……」

そして告げた、初めて聞いた声。

時が止まったように、静かになった空間。

一人頬を染める少女と、それを不思議そうに見つめる同じ姿の三人の少女。

……何をしたのか聞くのかは、吝かだよな。

軽く言葉を交わし、フランの部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「おかえり。 その様子だと、きちんと話せたようね」

「お陰様でな。 単なる俺の思い込みで済んだよ」

それを聞いたのか、部屋の外で待ってくれていたレミリアの表情も優しげなものへと変わる。

プライドが高く優雅(ゆうが)な振る舞いに、時折見せる子供っぽい仕草。

それだけだと思っていたが、こういう表情もするのか。

幼き姿ながら、この場所の主として務められるのも、何となく分かった気がする。

「で、その首に付いている血は何? さっきは付いてなかったでしょう?」

「あーフランが、血の盟約がどうとかって」

「貴方ねぇ……。 まぁいいわ、私も頂くのだし」

「えっ? 何で?」

「情報量は払ったつもりだけれど?」

……そういえばそうだった。

フランが先に行ったことに納得がいかないのか、少し不機嫌そうだ。

フランのことを教えてもらう代わりに、血を飲ませるという約束をすっかり忘れていた。

「ごめんごめん忘れてた。 っと、これでいいか?」

「こんな場所で飲めないわよ。 私の部屋に案内するから、そこにして頂戴」

「誰も居ないし、駄目なのか?」

「昨日今日会った人間の血を飲む私の姿を、ここの子たちに見せられると思う?」

謎のプライドなのか、レミリアがそう告げる。

まぁ反対する義理もないし、素直に従うことに。

地下を後にし、再び紅魔館のロビーへとやってくる。

そういえば、レミリアの部屋ってどんな感じなのだろうか。

ここの主だし、さぞかし豪華なことだろう。

客人用の空き部屋でさえ、俺にとっては高級ホテルを彷彿(ほうふつ)とさせる程だった。

……四段ベッドぐらいありそうだな。

「周りに誰も居ないか確認してもらえる?」

「見た感じ誰も居ないぞ? 気配もないし、俺たちだけだよ」

「なら大丈夫ね。 ここよ」

ロビーを抜け、大きな廊下をしばらく渡った場所にレミリアの部屋はあった。

赤と茶が混ざった様な扉に、細かく編み込まれたであろう扉の装飾。

一目見ただけで、気品溢れる上質なものだと分かった。

扉を開け、中に入ると急いで扉を閉めるレミリア。

「ふぅ……誰にも見られていないわね……」

「見られたら不味いのか?」

「あのねぇ、さっきも言ったけれど昨日今日会った人間とここまで親しく接してること自体、(はた)から見れば異常なのよ?」

「そうなんだろうけど、よく分かんないよ。 別に堂々としていればよくないか?」

「そう出来れば苦労しないわよ。 そこに座ってて、紅茶を入れてくるから」

レミリアに言われた通り、綺麗に磨かれた純白の椅子に腰を掛ける。

普通だったら、絶対座れないよなーこんな高そうなの。

脚でも折れたらと思うと……ゾッとする。

「見かけによらず、おどおどするのね? はい、紅茶が入ったわよ」

「こんな高そうなの、一般庶民には手が届かないものなんだよ。 初めて座るよ、こんな椅子」

あらそう、と言いながら向かい側に座るレミリア。

紅茶を入れてくれたみたいだが、吸血鬼でも紅茶を入れるもんなんだな。

……毒とか入ってないよな……?

レミリアには失礼かもしれないが、とても料理が達者な風貌は感じられない。

意を決するしか……?

「どうしたの、飲まないの?」

「い、いや飲むよ? ちょっと自分の心に言い聞かせてる」

「何よ失礼ね。 ここのメイド長は優秀でね、私みたいな吸血鬼でも入れられる紅茶の作法ぐらい、心得ているのよ」

「……なんだそうだったのか。 それなら早く言ってくれればいいのに」

「全く。 本当、他人を敬うということを知らないのかしら。 今もこうして生きているのが、不思議でたまらないわよ」

「悪運は強い方だからな。 思ってたより全然美味しいな……見直したよ」

「前半の言葉がなければ完璧な感想ね。 まぁ、その容姿に免じて大目に見て上げるわ」

よ、容姿……?

玲香たちにも何度か似たようなことを言われていた気がするが……よく分からん。

今朝飲んだものと同じで、甘さは控えめなものの、喉に不快感なく通り抜ける上質な茶葉を使っているようだ。

飲み比べなんてしたことないし、何処の産地かは分からないけどな。

「さて、血を頂くのは後にして、その怪我のことから聞きましょうか」

「今日も情報交換か?」

「まだ知らないことが多いからね。 どうせしばらくはここに居座るのでしょう? 行く宛てもないでしょうし」

「……そうなるかも。 俺もレミリアに聞いておきたいことは、たくさんあるんだ。 助かるよ」

レミリアに背中と腕の傷の経緯を話す。

ついでにあの巨大な虫の妖怪や、怪しげに散った古い紙のことも。

蜘蛛(くも)の胴体に(さそり)の尾、それに蟷螂(かまきり)の爪ねぇ。 私も長い間、色々な妖怪の(たぐい)を見てきたけれど、そんなのは見たことも聞いたこともないわね。 噂の『見慣れない妖怪』で間違いないかもね」

「やっぱりか……。 そいつを倒した後、薄汚いボロボロの古紙が落ちてたんだ。 拾おうと思ったら灰になって消えたんだけど、それについてはどう思う?」

「形が分からないんじゃあねぇ。 そういう類のものは、私よりもスキマ妖怪の方が詳しいと思うわよ」

「その『スキマ妖怪』ってのは?」

レミリアが告げた、スキマ妖怪という言葉。

ある人物の名前を指しているらしく、その名前を尋ねてみる。

レミリアの口から出た名前……八雲(やくも) (ゆかり)

……表情を険しくするのには十分過ぎるものだった。

「あら、聞き覚えでもあるの? 怖い顔ね」

「……あぁ。 俺たちが何故この世界に招かれたのか、その真実に最も近い人物らしいからな」

「言っておくけれど、そいつはこの幻想郷でも特に厄介な奴よ。 出来ることなら、私もあまり関わりたくないものだし」

「慧音も似たようなこと言ってたな……。 でも、いずれ俺たちはそいつに会わなきゃならない。 元の世界に帰ることもそうだけど、見知らぬ異変の首謀者って疑いを取っ払って貰わないと行けないしな」

「それもそうね。 けれど、まずは貴方の封じられた能力の解決が最優先、違うかしら?」

「……そうしたいけど、原因が何も分からないんだよ。 章大から貰った封魔結晶(ふうまけっしょう)で、あの虫は倒せたけど、それももう使っちまったからな」

封魔結晶という言葉に、レミリアは首を傾げる。

説明を混じえながら、封魔結晶のことをレミリアに話した。

そういえば、章大はあれをどうやって作ったのだろうか。

封印を超える程の膨大な魔力を、あんな小さな結晶に閉じ込めることなど可能なのか……?

手にした時から禍々しい気配は感じていたが、安易に使っても良かったのか……?

思い返せば、何一つ分からない状態で、よく使ったものだ。

……あぁしなきゃ、魔理沙を助けることは出来なかったんだけどさ。

「成程ね。 貴方の言う魔力の概念は、確かにこの世界にも存在するものよ。 理屈までが同じだとは限らないけれど」

「殆ど同じだと思ってるよ。 そいつがどうにかならない限り、自由に能力を使うことは出来ないだろうな」

「……私もそこはあまり詳しくないのよね。 吸血鬼に魔力の仕組みなどなくとも、有り余る力が無くなることはないもの」

「そもそもの種族が違うからな。 人間なんて数十年すれば勝手に死ぬし、一人じゃ何も出来ない生物とじゃ、次元が違うよ」

「そう蔑まなくてもいいでしょうに。 まぁ、こちらも咲夜とパチェに調べられることは調べさせるつもりよ。 貴方との戦いも楽しそうだしね」

血を飲まれる後は戦うのか。

勘弁して欲しい……。

運動神経や反射神経は衰えていなくても、昨日のレミリアの動きは目で追うことすら出来なかった。

相手の姿を視認出来るか否かで、その先の勝敗なんて考えるまでもないだろう。

「まぁ、これぐらいでいいでしょう。 そろそろ血を頂こうかしら」

「やっぱ飲むよなぁ。 いいよ、どうすればいい?」

 

 

 

 

 

「フランの時はどうやったの?」

「膝の上に座らせて、首元をガブッと。 その間離れない様に抱きしめてーとか言ってたな」

「あ、貴方ねぇ……よく平然とそういうこと出来るわ……。 ま、まぁ妹がそうしたのだし、姉である私も同じ手順を踏むべきよね……うん」

もしかして血の盟約は初めてなのか……?

妙にもどかしいというか……。

「俺だってされたことないんだから仕方ないだろ? まぁ、どうやるかは任せるよ」

「わ、分かったわ……。 それじゃあ、そこに座ったままで……」

何度か深呼吸を始めるレミリア。

血を飲むという行為は、気合いでも必要なのだろうか?

今まで頭の中で考えていた吸血鬼という存在は、もっと恐ろしく忌避(きひ)すべき存在だと思っていたが、案外そうでもないらしい。

羽がなければ、レミリアも吸血鬼っぽく見えないし。

「貴方は緊張しないの?」

「んーよく分からん。 仮にも一度血を吸われてる身だし。 そういやフランがお姉様とは違ってたくさん飲むとか言ってたけど、レミリアは少食なのか?」

「そうね、あまり食べる方ではないかしら。 血を吸ってもよく(こぼ)れるのよ」

「流石にもう血塗(ちまみ)れはごめんだな……。 お手柔らかに頼むよ」

「ふふっ、善処しておくわ。 それじゃあ、行くわよ?」

フランの時と同様の姿勢を取り、首元へと歯を近付けていくレミリア。

だが、一向に皮膚には触れないでいる。

「……フランの時は抱き締めていたのよね?」

「そう言われてたからそうしてたけど……こっちも必要?」

「む、無理にとは言わないけれど……」

こんなにも汐らしい反応は初めてだ。

うーん、やっぱりこの世界の住人って不思議だよな……。

お互いの表情が分からない為、今どういう顔をしているのか分からない。

どうするべきかこれは……。

とりあえず、腕を回しておくか……?

「ちょっ! こ、声ぐらい掛けてもらえるかしら!?」

「どっちがご所望なのか分かんないって。 ほら、早くしないと誰か来るかもしれないぞ?」

「そ、それは困るわね……。 い、いくわよ!」

先程感じた、小さく尖る歯の感触。

やっぱり、心地良くはないな。

首筋を自分の血が伝っていくのが分かる。

フランがどれぐらいの血を飲んだのかは分からないが……倒れたりはしないよな?

次第に肩を掴んでいるレミリアの手の力が強くなる。

……ちょっと痛い。

音を上げる訳にも行かないし……我慢するしかないか……。

「……ご馳走様。 聞くのを忘れていたけれど、貴方って血液型は?」

「人間の方はB型だったかな? 魔族の方は……分からん」

「そう、通りで好みの味だった訳ね。 ありがとう、美味しく頂いたわ」

「口元拭いてからそういうこと言おうな、お嬢様」

口周りについていた血を、指で拭う。

レミリアの衣服にいくつか血の痕が付いており、事情を知らなければ恐ろしく感じるかも。

「みっともない姿を見せてしまったわね……」

「気にしてないよ。 で、この血の盟約ってのに意味はあるのか? 仕えなきゃいけないとか?」

「特にないわよ? まぁ、貴方が仕えてくれるなら良いに越したことはないけれどね」

「こっちに永住する訳じゃないし、それは無理かもな。 ――っ!?」

会話を続けている中で、急な目眩が襲う。

出血とはまた違う形で、体内の血液が減ったからだろうけど……。

こういう状態になれるのは、まだ人間っぽいかもな。

「平気? 立てる?」

「……大丈夫。 意外と吸血って血が無くなるんだな、何か新鮮だよ」

「本当、変わり者ね。 益々貴方には興味が湧いてくる、面白い存在よ」

「そいつはどうも。 さてっと、今日はもう休むよ。 おやすみ、レミリア」

「あっ……。 ――えぇ、おやすみなさい」

何か言いかけていたみたいだが、すぐに言葉を訂正するレミリア。

まだ用事でもあったのだろうか?

部屋を出ようとするも引き止められることはなく、すんなりと扉を開けることが出来た。

地下へと続く階段は……あっちだったっけ?

歩こうとするも、少し身体がふらついてしまう。

なるほど、戦闘中ではない時に血液が少なくなると、こうなるのか。

……変に勉強になった気がする。

普通じゃ絶対に体験出来ないことだろうし、良しとしておくか……。

館内の中を迷いながらも、何とか地下に辿り着き、フランの部屋を目指す。

確か真っ直ぐ歩いていたはずなんだけど……。

うーん、どうも身体がふらつくな。

今日一度ずつ吸われただけでは終わらないだろうし、今後相応の覚悟はしておいた方が良さそうだ。

レミリアは好みの味と言っていたし、フランは言わずもがな。

一体何がどうなって気に入られたのやら……。

殺されていないだけマシなんだろうけど。

何度か壁にもたれ掛かりながらも、何とか扉の前まで来ることが出来た。

扉を開けようとすると、待っていたと言わんばかりにフランが出迎えてくる。

自分の時にはなかった歯の痕を見つけたのか、すぐに部屋の中に連れ込まれ根掘り葉掘り聞かれる羽目に……。

あー寝てしまいたい……。

姉妹の間に挟まれると、こんな風に苦労するんだな……。

何とか(なだ)めつつ、事情を話し分かってもらうことが出来た。

神経使うなぁ、色々と……。

――明日のことは、起きてから考えるか……。

適当な場所を見つけ、ゆっくりと目を閉じる。



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第11話 降りてきた天人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅魔館(こうまかん)で迎える二度目の朝。

それは昨日とは違い、少し慌ただしくて……。

眠気の覚めない目を擦りながら、その慌ただしさに身を任せている。

左右両方の腕をそれぞれ等間隔に引っ張られ、背中から飛び付かれ……。

唯一空いている腹部も、やがて一人の少女が抱き着き、身動き一つ取れなくなってしまった。

……どういう状況だよこれ。

「恭哉は私と遊ぶのー!!」

「ダメ!! この玩具は私が遊ぶんだから!!」

「あはははは!! たかいたかーい!!」

「みーんみーん……絵本で読んだセミの鳴き声ってこれで合ってる?」

いやいや、訳が分からん……。

フランが四人居るのは昨日分かったからいいとして……。

思い返せば、今こうなっている理由も分からず……。

フランの部屋は紅魔館の地下に存在している。

その為窓は存在せず、照り付ける太陽の日差しが入り込むこともない。

昨日は自らの意思で目が覚めたが、今日はまだ寝たままの身体に勢い良く飛び込んでくるフランによって目が覚めてしまった。

目を少し開けた時には、既にフランのスペルが発動しており四人のフランに囲まれていたという。

「離してってばー!! 私だけのものなの!!」

「いーやーだー!! 独り占めは良くないって、お姉様から教わったでしょ!?」

「ねぇねぇ、早く歩いてよーつまんなーい。 ほーら、全速前進だー!!」

「つくつくほーし……つくつくほーし……」

どんだけ自由奔放なんだ……。

しかし、次の瞬間で一気に目を覚ますことが出来た。

「いだだだだ!? おいフラン!! 千切れる、千切れるって!!」

それぞれ別の方向に引っ張られる両腕。

その痛みは筋肉を伸ばしている時の様な、心地良い痛さとは比べ物にもならない。

……フランの力なら、本気で千切れ兼ねない。

悲痛の叫びを聞いてくれたのか、二人揃って腕を離すフランたち。

余程の力で引っ張っていた為か、反動で尻もちまで付く。

いやー痛かった……関節外れるかと思った……。

「おはよう!! 昨日遊べなかったから遊ぼ?」

「何して遊ぶ? 死体ごっこ?」

「そんな物騒なもんで遊ぶか。 とりあえず、レミリアたちに顔見せとかないと……」

「あっ、昨日服がボロボロになってたから、また着替えておきなさいって」

「あーそういやそうか……。 ありがと、先に着替えるよ」

昨日の虫の妖怪との戦闘のことをすっかりと忘れていた。

あの後、魔理沙は無事だといいけど……。

怪我はしていなかったし、大丈夫だと思いたいな。

「肩にあるキラキラしたやつ綺麗だね」

「あーこれか。 そんなに綺麗か? フランの羽の方が綺麗だと思うよ」

「何か不思議な感じがするの。 (あか)い血みたいに綺麗なんだけど、ずっと見ていたら吸い込まれそうな感じもするんだよね」

「なんだそれ。 そんな物騒なもん……でもあるか」

「お腹の筋肉凄いね。 つんつん」

「こら勝手に触るんじゃない。 それと、人の着替えをまじまじと見るもんでもないぞ?」

いつの間にか二人のフランの姿が消えていて、残った二人が揃って手で目を覆う。

子供っぽい時はとことん子供だな……。

ささっと着替えを済ませ、フランに声をかける。

「お待たせ、もう目開けていいぞ」

「はーい。 うん、やっぱり似合うね」

「恭哉かっこいーい。 本当の執事みたい」

「あんま茶化すなって。 ほら、行くぞ」

朝には眩しすぎる程のにこにことした笑顔を見せながら、手を差し出してくるフラン。

どうやら今日は手繋ぎをご所望らしい。

こちらも手を下に差し出し、握ってくるのを待つ。

手が触れると、優しく握り返してくる。

それを確認した後そっと扉を開け、日差しの差し込む紅魔館を目指した。

朝といっても、この地下の空間は相変わらず少しひんやりとしている。

……フランにとっては、居心地が良いものなのだろうか?

もしそうではないのなら、ちょっとした改装を提案するのも悪くないかも。

レミリアにも悪くは思われていないだろうし、渋々ながらも了承してもらえそうだ。

まぁ、それを頼むのはもう少し後の話になるんだろうけど。

「まさか、お姉様まで恭哉の血を飲むなんて思わなかったなー」

「フランのことを聞く代わりに約束してたからな。 身体は何ともないか?」

「何ともないよ。 って、私のこと? 何を聞いたの?」

「変なことは聞いてないよ。 フランの能力のこととか、色々な。 後、レミリアの能力についても聞いたかな」

「ふーん……お姉様は未来が分かるとか言ってるけど、あれは分かってるフリをしてるだけだから信用しちゃダメだよ?」

「そ、そうなのか……?」

フランの瞳を見るに、嘘は付いていない様子。

確かに「未来予知」という言葉だけでは、能力の具体性は分からない。

一手先のことが分かるのなら、戦闘をはじめ様々な用途に使えるが……。

昨日レミリアが言っていたのは「私の機嫌を損ねないこと」とだけ。

運命が変わる、とも言っていたがまだ実態は分からないでいる。

……もしかすると、フランなら何か知っているのだろうか?

尋ねてみるも「単なる口癖みたいなもの」と返ってきた。

うーん……答えにはなってないな。

レミリアに直接聞く方が早いか。

こちらも能力に関して、まだ打ち明けていないこともあるし、情報の対価交換としては充分だろう。

「恭哉ー、はーやくー」

「……あぁごめんごめん、すぐ行く」

いつの間にか手を離れていたフランが、階段の近くで手を振る。

……いかんいかん、また考え事だ。

駆け足でフランの元へと急ぎ、階段を上る。

 

 

 

 

「お姉様おっはよー!!」

「おはよう、朝から変わらず元気ねぇ」

「おはよ、レミリア。 また服用意してもらって悪いな」

「貴方は相変わらずね。 紅魔館に居座る身として、身なりはきちんとしてもらわないとね」

「ごもっとも。 まぁ、着こなし方はノータッチで」

俺がそう言うと、溜め息をつくレミリア。

……仕方ないだろ、きちんとした服装は苦手なんだから。

学校の制服なども、規則通りに着た試しなどない。

まぁ誇れることではないんだろうけど。

「起きていたか」

「章大か。 昨日どこに居たんだよ」

鈴奈庵(すずなあん)から幻想郷縁起(げんそうきょうえんぎ)の資料をいくつか借りてきた。 それの解読と、昨日得た情報の整理をしていた」

パチュリーの読書の邪魔にならぬ様、大図書館(だいとしょかん)の一部に独自で結界(けっかい)を張り、調査を行っていたようだ。

用意周到というかなんというか……堅苦しい。

「恭哉を借りていくぞ」

「えーまた遊べないのー?」

「弾幕戦なら後で付き合ってやる。 そうだ、昨日の土産がある、受け取るといい」

何処に隠していたのかは知らないが、いくつかの小包をフランに手渡す章大。

不思議そうな顔をしながら小包を開けると、中には包装されたいくつかのお菓子が。

「おぉー意外に優しいんだねぇ」

「ついでだついで。 レミリアの分もあるが?」

「必要ないわよ、フランにでも上げて頂戴」

さらっと言い放っているが、その表情は何かを我慢しているご様子。

……フランの姉だし、自分もお菓子が欲しいのだろう。

しかし、子供っぽい一面を隠したい……って所かな?

ましてや、相手はあの堅物だしな。

世話になってるし、助け舟を出してやるか。

「レミリアが要らないなら、俺がもらうよ。 丁度甘い物欲しかったし」

「恭哉もお菓子食べるの?」

「そりゃ人間だし。 疲れた時の甘い物は最高なんだぞ?」

「まぁ、そういうのなら」

「さんきゅっ。 先行っててくれよ、後で追い掛けるから」

踵を返し、部屋を後にする章大。

お菓子を受け取ったが、もちろん食べるつもりはない。

「フランもごめんな、帰ってきたら昨日と一昨日の分遊ぼうな」

「本当!? 約束ね!! それまでパチェの所で待ってるから!!」

受け取ったお菓子を天高く掲げ、上気分で走り去って行く。

その光景は何処か微笑ましい。

周りに誰も居ないことを確認した後。

「ほら、お菓子欲しかったろ?」

レミリアに手渡そうとするも、そっぽを向かれてしまう。

ありゃ、見当違いだったか……。

うーん、あぁは言ったけど別にお腹空いてる訳じゃないしなぁ。

素直にフランに渡してしまえば良かったのかもしれないが、それだと少し良心が傷むというか。

小包をどうするか迷っていると、何やら辺りをキョロキョロ見回すレミリア。

何かを把握したのか、レミリアが手に持っている小包に手を伸ばす。

「……貴方には分かってた?」

「何となく。 素直になりゃいいのに」

「それでは示しが付かないでしょう?」

「自分を押し殺してまで手に入れる示しなんて、俺はいらないと思うよ。 まぁ、手始めに俺の前でぐらい素直に居てみな?」

「……考えておくわ。 えーっと、ありがとう」

「どういたしまして。 それじゃあ行ってくるよ、今日は服ボロボロにしないから」

「妙に信憑性にかけるわね。 まぁいいわ、いってらっしゃい」

小包を渡した後、章大が歩いていった方へと向かう。

昨日と同様に情報の整理と、何処に向かうべきかを話し合うんだろうけど……。

……摩多羅(またら) 隠岐奈(おきな)のことは話さない方がいいか。

慧音(けいね)妹紅(もこう)の推測が正しければ、必ず八雲(やくも) (ゆかり)について調べあげているだろうし。

――君たちの実力では、二人には到底追い付けない。

慧音の言葉が、脳裏(のうり)をよぎる。

どれ程の実力なのかは気になる所だが、今のままでは死にに行く様なものだ。

やるべき事もあるし、摩多羅 隠岐奈のことは黙っておこう。

扉を開け廊下を進んでいくと、近くの扉に背中を預ける章大の姿があった。

「もういいのか?」

「あぁ。 で、昨日と一緒か?」

「そうだな、昨日のことや結衣(ゆい)のことについても話しておくべきことがある。 場所を変えるぞ」

 

 

 

 

「ここなら邪魔は入らんだろう」

章大と共にやって来たのは紅魔館にある、何の変哲もない一室。

しかしそうではないことが、すぐに分かった。

一つの機械端末を操作し、何やら映像を映し出す。

そこに映っていた映像は見た事のある光景から、見慣れないものまで。

「なんだこれ?」

「数日間で集めた、この世界全体の地図だ。 無論まだ記載出来ていない所もあるだろうが、一つを除いて大体の場所は把握してある」

「いつの間に集めたんだよこんなの。 すぐに玲香(れいか)たちを呼んだ方がいいんじゃないのか?」

「先にお前に共有しておく必要があってな。 今の段階では、お前以外の全員が能力に支障がない為、ある程度の能力者には善戦出来るだろう」

「けど俺はそうじゃないから、ここには近付くなって場所を教える為か……」

黙ったまま、章大は頷き返す。

八雲 紫と八雲(やくも) (らん)の二人を除き、昨日寺子屋で名前の挙がっていた人物の住む場所は既に分かっているらしい。

封魔結晶(ふうまけっしょう)があるとはいえ、場所の選別はしておいた方がいい」

「あーそれなんだけどさ、封魔結晶使っちゃったんだよな」

「何? 本当の危機に面した時に使えと、あれ程言ったはずだが」

「それが昨日訪れたんだよ。 あの時使ってなきゃ、あの場所で二人死んでた」

「……昨日何があった」

昨日寺子屋で別れた後のことを話す。

章大の知識を持ってしても、虫の妖怪の正体は分からないようだ。

一つだけ言えるのは、自然発生したものではなく人為的に出現させたものの可能性が高いらしい。

その説を裏付けるのが、あの汚れた古紙。

形や描かれていたものまでは分からないが、古来より妖怪(ようかい)霊獣(れいじゅう)等の人外の生物を呼び出す際、元から存在する生物の霊魂(れいこん)に別の生物の霊魂を宿し姿形を、それらに近付ける手法がある。

簡単に言うのなら「憑依(ひょうい)」と呼ばれるものらしい。

更に言い換えるのなら、この世界での「式神(しきがみ)」の理屈と近いものの様だ。

「その蜘蛛に何者かが手を加え、妖怪へと姿を変えさせていたのだろう。 形代(かたしろ)の様な古紙さえ手に入れば、真相へ近付くのだがな」

「それって、誰でも出来るものなのか? 昨日遭遇したのが偶然ならいいんだけど……」

「方法さえ分かっていれば、特別な妖力等は必要としない。 だがそれは、あくまでも単に『喚び出す』場合に限る」

「相応に操るんなら、ある程度強くなくちゃダメってことか……」

「そうなるな。 封魔結晶も、そう簡単に作れる代物ではない。 今後、能力が戻るまでは単独での行動は控えた方がいい」

悔しいが、章大の言う通りかもしれない。

フランの暴走を止める時の様な奇跡も、昨日の溢れ出る魔力(まりょく)ももう使えない。

それでも、この世界では異変の首謀者という疑いを取り除く為に動かなければならない。

……何でこんなことになるんだか……。

「悔しいのは分かるが、仕方あるまい。 今日向かう場所に関してはまた後で伝える、先に結衣達のことについて話しておこう」

「結衣達って、結衣以外にも誰か見つかったのか?」

鈴花(すずか)賢太(けんた)もこの世界に流れ着いているらしい。 これで全員がこの世界に居ることになるな」

鈴花は白玉楼(はくぎょくろう)に、賢太は命蓮寺(みょうれんじ)と呼ばれる場所に居るらしく、二人ともそれぞれ良好な関係を築き、無事な様だ。

昨日、(あや)から聞いた結衣に関しての情報は様々な所を転々としているらしく、決まった場所に居るとは限らない。

文曰く、霧の湖と呼ばれる場所で妖精(ようせい)と遊ぶ姿を見た、と言っていた。

見慣れない人物の特徴などを聞くと、結衣の容姿と一致した。

……何故文が知っていたのかは、疑問だが。

「情報の出処は、自らが見聞きしたものだから間違いないと言っていた。 一昨日、結衣を見掛けた際に美春(みはる)とも会っているらしくてな、そこで俺たちの名前を聞いたんだろう」

「それで俺の名前も知ってたのか。 あれ、じゃあ章大の事を知らなかったのは何で?」

「単に忘れていただけだろう」

「お前影薄いしな、陰険だし」

「さて、今日向かう場所だが……永遠亭(えいえんてい)と白玉楼を当たろうと思う。 それぞれ八意(やごころ) 永琳(えいりん)西行寺(さいぎょうじ) 幽々子(ゆゆこ)と八雲 紫に繋がりのある人物が暮らしている」

くっそ無視された……!!

昨日の仕返ししてやりたかったのに!!

そういえば、永遠亭って確か鈴仙(れいせん)が居る所か。

一応知り合いだし、俺がそっちに向かうのがいいんだろうけど……単独行動は禁止だもんなぁ。

フランを連れていく訳にも行かないし……どうしたもんか。

それに鈴仙は、何故か章大を怖がっていたし。

「白玉楼に行くには、冥界(めいかい)という場所を経由する必要がある」

「その冥界ってのは?」

冥界は死者が転生や成仏を待つ為に、幽霊として暮らす世界だ。

基本的に死者、もしくはその場所を管理する者しか立ち入れないのだが、顕界(げんかい)と冥界との境が薄くなっている為、生者も立ち入ることが可能になっているらしい。

一般人からすれば、危険な場所の一つらしいけど。

「冥界にある池の(ほとり)に、大きな和風の屋敷がある。 そこが白玉楼、西行寺 幽々子とそこに仕える庭師(にわし)魂魄(こんぱく) 妖夢(ようむ)が暮らしているそうだ」

「妖夢がそこに居るのか……。 鈴花の奴、無事だといいけど」

「知り合いか? 言っておくが、鈴花は生者として白玉楼に居る、死んだ訳では無いぞ」

「分かってるよんなこと。 妖夢は知り合いって程じゃないんだけどさ、俺が異変の首謀者として疑われてることを知れたのは、妖夢と昨日会った鈴仙のお陰なんだよ」

「そうだったのか。 八意 永琳の居る場所は永遠亭、迷いの竹林と呼ばれる場所の奥に存在している。 こちらの方が危険度は少ないが……」

「俺が白玉楼に向かうよ。 妖夢の誤解を解いておきたいし」

「危険な場所だぞ、お前一人だけで行かせる訳には行かないな」

「誰かと一緒ならいいんだろ? 京一(きょういち)なり玲香なり連れてくよ」

確か玲香は「魔法の森」ってとこに居るって言ってたっけ。

京一は人里の民家って言ってたし、どちらも見つけるのは簡単そうだ。

「玲香と京一の二人を連れて行く方が無難だろう。 何度も言うが危険な場所だ、戦力は多い方がいい」

「そこら中で戦う訳じゃないんだし、心配しすぎだって。 まぁ、先に人里に行って京一に声かけるよ。 そっから玲香を探して、冥界に向かう。 どっから行けるんだ?」

章大によると冥界までの道のりは遠いらしい。

まず、人間の里から霧の湖を経由し紅魔館を目指す。

紅魔館から北西に進むと、大きな山がある。

そこは妖怪の山と呼ばれる場所でその名の通り妖怪や天狗(てんぐ)河童(かっぱ)などが暮らしているらしい。

妖怪の山を超えると中有(ちゅうう)(みち)と呼ばれる細い道があり、そこを抜けると深い霧に覆われた河がある。

その場所は三途の河、そう呼ばれているらしい。

……って、三途の河!?

「おいおい、それって死んだら行くとこじゃねぇかよ。 渡れるのかそんなとこ」

「誰も横断しろとは言っていない。 三途の川を川沿いに歩いていけば境界(きょうかい)の裂け目があるはずだ。 そこを通れば冥界へと続く雲に包まれた階段がある。 そこを登っていけば巨大な門があり、やがて白玉楼に辿り着くさ」

「……かなり遠いなそれ、一晩で行けるのか?」

「分からん、だから永遠亭の方が危険度は少ないと言っただろ」

「そうは言われてもなぁ……でも妖夢の誤解も解いておきたいし……」

「誤解を解ける確証はあるのか? 一度とは言え、お前を疑っている相手だろう、そう簡単には行かないと思うがな」

……確かに章大の言う通りだよな。

妖夢の誤解が解けたとしても、同じく疑っていた鈴仙の様に良好な関係を築けるとは限らない。

それに、本心から疑っていないという確証もない。

どうするのが正解なんだ……?

「……人間の里までは同行する。 永遠亭も一度そこまで行かないといけないからな」

「分かった。 人里に着くまでに、どっちに向かうか決めるよ」

 

 

 

 

紅魔館を後にし、昨日歩いた道を歩いていく。

昨日はそういや無言のままだったっけ。

ずっとフランのことばかりを考えていた昨日。

今日はまた違っていたとしても、気分が優れている訳じゃない。

「本当に、俺はこの異変には関係ないのかな」

「弱音を吐くなんて珍しいな。 お前は自身をどう思う」

「もちろん、俺は無関係だって思ってる。 けどよ、何回そう言い聞かせても湧き上がってくるんだよ……妖魔の力に手を貸す自分の姿がさ」

「それは単なる自己暗示に過ぎない。 お前はお前の思う道を進めばいい、立ち塞がる者が居るのなら、迷わず叩き伏せろ。 この世界に居たとしても、所詮別世界の住人だ」

「そうはなれないんだって。 たとえ俺を疑っている奴だったとしても、目の前で襲われていたら、俺は助けるよ」

「……人情が過ぎるな。 己を大事にしろ、戦場ではその甘い考えが命取りになるぞ」

「……分かってるよ、嫌ってぐらいにな」

綺麗事だってことは分かってる。

それでも……嫌なんだ。

目の前で消え去っていく誰かを見るのは……もう耐えられない。

あの時のように……。

――っと、思い出さないようにしてるんだった。

頭の中の迷いを振り払い、再び前を見据え歩いていく。

その瞬間だった。

少しずつ、身体全身が揺れ始める。

身体だけじゃなく、周りの木々が地面が、激しい揺れを(ともな)い始めた。

「地震か? それにしてはやけにでかいな……」

「自然現象とは考えにくいな。 気を付けろ、誰かの気配を感じる」

視界が揺れながらも、精神を研ぎ澄まし周りを見回す。

章大の言う通り、誰かの気配を感じるのは確かだ。

この辺りに居る妖精や妖怪がどの程度のものなのかは分からないが……この感じ、只者じゃない。

自分に絶対的な自信を持っている……そう(とら)えることも出来る。

「……下か、その場から離れろ。 地面が隆起(りゅうき)するぞ」

章大の言葉通り、今立っている場所から側方へ大きく転がる。

足が地を離れた瞬間、地面が隆起し巨大な石山を形成していた。

……明らかにこちらを狙っていた。

ってことは、疑ってる奴ってことか。

「うーん、まぁ暇潰しにはなりそっか。 おーい異世界の人間、まだ生きてるんでしょ?」

何処からか聞こえてくる少女の声。

その凛とした声には、底知れぬ覇気さえ感じる。

空よりも深い青の長髪と、真紅(しんく)の瞳。

白と青を基調としたドレスに、黒く丸い帽子。

緑の葉と桃色の果実を乗せており、この場には似合わない。

更には、不規則に揺れる剣の様な物を手にしている。

剣でいいんだよな……?

下賤(げせん)な人間よ、高貴(こうき)天人(てんにん)である私が直々に暇潰しに付き合ってやろうって言ってんのー。 とっとと出て来なさいな」

「生憎ここに暇を持て余す人物など居ないんでな、他所を当たれ」

「やっと出てきた。 ねぇ、今回この地上で起こってる異変の首謀者がこの辺に居るって聞いたんだけど、何か知らない?」

……やっぱり異変のことは知っているのか。

俺を名指ししてこない辺り、疑いのある人物までは知らないのかもな。

「知らないな。 少なくとも、俺たちはそれには該当しない」

「へぇー。 じゃあさ、他の奴の居場所を教えて貰える?」

「教えられる訳ないだろ。 他のみんなは関係ないんだし」

「……やっぱり、あなたたちが無関係って訳じゃないのね。 助言してあげる、もう少し上手く嘘をつくことを覚えた方が良いわよ」

あっ……。

目先に居る子の言う通りだ。

「この馬鹿が……」

「……普通にごめん、つい……」

「さてっと、どっちが首謀者だかは分からないけど、ある程度の実力はお持ちでしょう? まずは余興(よきょう)といきません?」

「断る。 先程も言ったが、暇潰しに付き合う時間などない」

「丁寧に申しているうちが華よ? もう一度だけ、選択の余地をあげるわ」

「何度言われようが同じことだ」

「はぁ……命知らずの人間も居るものよね。 異世界の人間がどの程度かは知らないけど、天人である私の相手が務まるかしらね!!」

瞬時に目の前に移動し、手にする剣を振り翳す。

不規則な形をしていたはずなのに、今は黄色く光る刃が見える。

振る時だけ実体化するのか……?

「恭哉、お前まで付き合わさせるつもりはない。 先に人里に向かえ、ここを片付けてから追いかける」

少女の振り下ろした剣を受け止めながら、章大がそう言う。

……一人残したくはないが、仕方ない。

今の俺じゃ戦力にはなれないし、言う通りにするしかない。

「後ろの子の方が興味があるんだけど、まぁいっか。 お前で我慢してやろう」

「そいつは光栄だ。 レミリア以来の強者と見受ける、相手にとって不足はないだろう」

「あぁ、あのお子ちゃま吸血鬼(きゅうけつき)ね。 手加減でもされたんじゃないの?」

「その言い草だと、レミリアが自分よりも強いと認定しているみたいだが……達者なのは口だけか?」

「……天人である私を虚仮(こけ)にするだなんて、いい度胸してるわね。 手加減無用、美しく散らせてあげる!!」

「さっさと来い、時間の無駄だ」

再び地面の揺れが襲う。

地震を起こしたり、地面を隆起させたり。

これがあの子の能力って所か?

似たようなことを出来る奴を知っているが、レベルが違う。

この子、かなり強いぞ。

遮断(しゃだん)せよ、影包(シャドウウォール)

黒い影が、正方形を織り成し少女の辺りを包み込む。

音一つ発しない漆黒の空間は、やけに不気味だ。

「あの影がある間だけ、奴の視覚と聴覚を奪っている。 今のうちにここを離れろ」

「お前も離れた方がいいって。 あの子、かなりの実力だと思う」

「二人とも消えて激昂(げきこう)されるよりはマシだ。 あの揺れよりも何倍も強い揺れを起こされれば、ここ以外にも被害が出る。 そうさせる訳にはいかんだろ」

「そうだけど……って言っても聞かないか。 先に行ってるぞ」

「急げ、そう長くは持たない」

地面が揺れている中、バランスを崩さぬ様走り出す。

真っ直ぐ進めば人里に着く。

……こんな時に逃げることしか出来ないなんて。

こんなにも悔しい思いは、初めてだ。

やがて、剣と剣がぶつかる甲高い音が微かに聞こえる距離まで離れていた。

まだ駆ける足を緩めることは出来ない。

振り向く間もなく、人里へと足を急がせた。

 

 

 

 

 

(ここまで来れば、大丈夫だろ……)

人里と外部を隔てる巨大な鳥居に手を付き、荒れた呼吸を整える。

驚いた……あの距離を走っただけで、こんなにも息が上がるなんて……。

やはり魔力が消失している分、普通の人並みの体力に戻っているのかもしれない。

通気性の悪い執事服ともあって、身体中を伝う汗が止まらない。

……っと、こんなとこで突っ立ってても意味ないか。

何度か大きく深呼吸をした後、ゆっくりと手を離し人里の中を歩いていく。

本当、ここは平和そうだな……。

普通の立場でこの世界に流れ着いていれば、ここを行き交う人々の様に……この世界での時間を過ごせていたのだろうか。

……今更、叶いもしない願いを込めた所で仕方ないか。

この世界に来てから、妙に考え込むことが増えた気がする。

これも全部、得体の知れない首謀者という肩書きのお陰なんだろうけど。

――昨日の虫の妖怪のことを思い出す。

あんな化け物が、何体も居るってことか……。

力のない誰かに被害が訪れる前に、解決の糸口が見つかればいいんだけど……。

「あっ、恭哉さーん!」

少し先でこちらの名前を呼び、手を振る小柄な少女。

紫色の短い髪と、若草色(わかくさいろ)の可愛らしい着物が特徴的だ。

隣にもう一人女の子が居るけど、知り合いか?

「こんにちは、昨日はどうも」

「こちらこそ。 今日は屋敷に居ないんだな」

「今は休憩中でして、これから帰る所なんです。 恭哉さんはお出掛けですか?」

「うーんまぁ、そんな所。 そうだ、慧音は寺子屋に居る?」

「この時間だとまだ授業中かもしれませんね。 どうかなさいました?」

「昨日のことで話しておきたいことがあってさ。 結構重要なこと」

「重要なことですか……。 では、屋敷までご一緒しますか? 私から慧音さんに伝えておきます」

「助かるよ。 悪いな、友達と居るのに」

「いえ、お気になさらないで下さい。 この子も会いたがってましたし」

この子って、隣に居る子のことかな?

今話している人物、稗田(ひえだの) 阿求(あきゅう)の隣に居る子は頭に小さい鈴が付いている。

飴色(あめいろ)の髪を二つくくりにしており、紅色(べにいろ)と薄紅色の二色の着物に緑色の(はかま)

こういう服装を見る度に思うんだけど、暑くないのかな。

生地が薄い訳でも、風通しが良い訳でもないだろうし。

っと、あまりジロジロ見るのも失礼か。

挨拶をしようと口を開けた瞬間だった。

「はじめまして!! 本居(もとおり) 小鈴(こすず)です!!」

びっくりした……。

少し身を引いてしまう程に元気な第一声が響く。

物腰が落ち着いている阿求とは正反対だ。

「よ、よろしく。 えーっと、会いたがってたっていうのは?」

「阿求と章大さんから聞いていたんです。 話を聞いてると一度お会いしたくて」

「章大から? あいついつの間に……」

「鈴奈庵って聞いた事ありますか?」

鈴奈庵……どっかで聞いた事あるような……。

「小鈴は、ここ人間の里で貸本屋(かしほんや)を営んでいるんです」

「貸本屋……あー、聞いた事ある! そうか、章大の奴そこに行ってたのか……どんな話を聞いているのか知らないけど、とりあえずよろしくな」

「はい!! こちらこそよろしくお願いします!!」

元気だなぁ……眩しいぐらい。

「立ち話もなんですし、屋敷に向かいましょうか」

阿求と小鈴と共に人里に栄える巨大な屋敷、稗田寺子屋(ひえだのてらこや)を目指すことになった。

章大が戻ってくるまで、ここで時間を潰しておくか。

無事だといいけど……。

あいつの実力は高いし、俺も認めている部分も多い。

でも、あの自分のことを「天人」と言っていた少女。

直接攻撃を受けた訳ではないが、実力は章大とほぼ互角と言ってもいい。

いや、もしかすると章大より上だ……その可能性の方が高い。

阿求なら何か知っているだろうか?

歩きながらだけど、少し聞いてみるか。

「なぁ阿求、天人ってどういう種族なんだ?」

「天人ですか? ひょっとして、どなたかとお会いしました?」

「ついさっきな。 今、章大が応戦してくれてる」

「えっ!? 一体どういうことですか!?」

珍しく慌てた様子を見せる阿求。

先程までの落ち着いた雰囲気はどこにも見られない。

「その方の容姿は、青い髪に青と白のドレス。 黒の帽子に桃色の果実の緑の葉、そして不規則な剣を持っていませんでしたか?」

「当たってる……知ってるのか!?」

「はい、その方は天界に住む天人、比那名居(ひななゐ) 天子(てんし)さんです。 この幻想郷の中でもかなり高い実力を持っている方です」

比那名居 天子。

大地を操る能力を持っており、地脈(ちみゃく)地殻(ちかく)を操作し地震や地盤沈下(じばんちんか)地殻変動(ちかくへんどう)を発生させることが出来る。

天人という種族は長寿であり、身体が他の生物と比べ物にならない程頑丈らしい。

並大抵の攻撃は効果がなく、高い耐久力の他に豊富な攻撃手段を持つ。

幻想郷の重鎮(じゅうちん)ですら、その実力を称賛する程。

「あの、応戦しているというのは……?」

「いきなり襲いかかって来てよ。 異変の首謀者を探してるって言ってた」

「それって……!」

「あぁ、俺を探してたんだろうな。 でも、俺がその疑いを掛けられてることを知らなかったみたいでさ」

「阿求、恭哉さんが異変の首謀者って何のこと?」

「小鈴はまだ知らなかったよね。 ここで話す訳にも行きませんし、屋敷に急ぎましょう」

異変についての会話を聞かれていないことを確認した後、足を急がせる。

天子って奴の実力ははっきりとは分からないが、章大にも隠している能力の解放がある。

苦戦はしても、圧倒的な大差は付けられないはず。

必ず来いよ……待ってるからな……!



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第12話 異変の首謀者

登場人物紹介


比那名居(ひななゐ) 天子(てんし)
天界(てんかい)に暮らす、成るべくして成らなかった天人くずれ。
自分の強さに絶対的な自信を持ち、他の人物全てを見下している。
新たな異変の裏で、この幻想郷の全てを破壊し創り変えるという野望を秘密裏に抱いており、ある理由でその野望に恭哉を巻き込もうとしているらしい。
傲慢な性格ではあるものの、筋が通っている発言をすることもあり、憎むべきなのか否か、度々迷うことも……。


本居(もとおり) 小鈴(こすず)
人里にて貸本屋「鈴奈庵(すずなあん)」を営む人里出身の人間。
外来の本を主に扱っており、人里の人間をはじめ多くの人々で賑わっている。
「妖魔本」と呼ばれる特異な書物も扱っており、それを読むことが出来る。
しかし意味までは分かっていないことが多く、度々異変の元凶とされることが多く、霊夢に目を付けられることも……。
妖魔本の解読が出来る章大の手を借り、今日も妖魔本の解読に勤しんでいる。
阿求とは仲がよく、一緒に居ることが多い。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

人里にある豪華な屋敷、稗田寺子屋(ひえだのてらこや)

昨日も訪れたその場所には、どこか馴染みがある。

稗田(ひえだの) 阿求(あきゅう)本居(もとおり) 小鈴(こすず)と共にここへと足を急がせ、客間らしき場所へと辿り着く。

「すみません駆け足気味になってしまって……お茶とお菓子をお持ちしますね」

そそくさに部屋を後にする阿求。

一言掛けておきたかったが、情けないことにこちらも息が上がっている。

本当、不便な身体だよなぁ……。

「なんか、探偵ものの推理小説みたいですね……! こんなに走ったの、久しぶりで……はぁ……」

「小鈴もごめんな、付き合わせて……」

「い、いえ大丈夫です!!」

「元気さが眩しい……。 落ち着いたら教えて欲しいんだけど、貸本屋(かしほんや)ってどういう場所なんだ?」

名前だけ聞くなら本を貸す場所、俺たちの世界で言う公共の図書館の様な場所だろうか。

その推察は当たっていて、主に外来(がいらい)の本を扱う本屋であり、人里の人間をはじめ多くの人に扱われている場所らしい。

外来というのもそのままの意味で、外の世界から流れ着いた書物を多く扱っているとのこと。

……ってことは、俺達も知っている漫画とかもあったりして?

小鈴にそのことを尋ねてみると、一応扱ってはいるらしい。

最近は小鈴の趣味なのか、妖魔本(ようまぼん)と呼ばれる書物が多く、その解読に(いそ)しんでいるようだ。

妖魔本というのは、妖怪が記した本のことである……って章大(しょうた)が言ってたっけ確か。

「章大さんの知識って凄いんですよ!! 私も妖魔本を読むことは出来るんですけど、意味が分からないことが多くて……でも、章大さんは意味をしっかり読み取っていて、よく教えて貰ってます」

「あいつも中身は化け物みたいなもんだからなぁ」

「……と、言いますと? 確かに、人間っぽくないなーって思うことはありますけど……」

「章大は肉体は人間だけど、それに宿っている魂は千年ぐらい前の戦天使(アークナイト)のものなんだよ。 だから、色んなことを知ってる……役に立つものばかりじゃないけどな」

「ふむふむ、戦天使ですか……聞いた事ありませんけど、御伽噺(おとぎばなし)の登場人物みたいですね!」

「そんな可愛いものじゃないぞー? 中身はもっとおぞましくて――」

「すみません、お待たせしました。 どうぞ」

そうこうしているうちに、お盆に湯のみと黒漆(くろうるし)の器を乗せた阿求がすたすたと歩いてくる。

着物ということもあって、どこか上品だ。

使用人、みたいな感じだと思う。

「お口に合えばいいですけど……いかがです?」

「美味しいよ、ありがと。 さてっと、さっきの天子(てんし)って子のことについてだっけか」

「はい、章大さんが応戦しているというのが、どうも気掛かりでして……」

阿求が話す、比那名居(ひななゐ) 天子(てんし)という人物。

彼女は過去に、この幻想郷で異変を起こした張本人であり、霊夢(れいむ)魔理沙(まりさ)をはじめとした幻想郷の人物と何度か戦っていたらしい。

中でも八雲(やくも) (ゆかり)の怒りを買ったらしく、中は険悪(けんあく)な模様。

彼女が異変を起こした理由は、単なる暇潰し。

その中で博麗神社(はくれいじんじゃ)を倒壊させ、博麗大結界(はくれいだいけっかい)と呼ばれる結界を壊しかけた為、大事になったそう。

この大結界を壊すという行為こそが、この世界に置いては禁忌(きんき)のことらしく、世界のバランスが崩れてしまう。

これを暇潰しで起こしたのだから、相当な気分屋だと分かる。

気分一つで世界を壊されちゃ堪らないよな……。

「さっきも言ったけど、向こうからいきなり攻撃を仕掛けてきたんだ。 何かをした訳じゃないし、会ったのも初めてだ」

「何かを企んでいるとも考えられますけど、真意は分かりませんね……。 恭哉さんを探していた理由も分かりませんし……」

「直接退治しに来た、って柄でもないだろうしな。 どっちにしても、今は章大を信じるしかないよ」

「助けに行かないんですか!?」

「行きたいのは山々だけど、俺には無理なんだ。 戦える能力が封じられているし、死にに行くようなもんなんだ」

その言葉に、小鈴は首を(かし)げる。

……まぁ、無理もないだろう。

異世界から幻想入りした人間が異能力を持っているなど、比較的珍しい部類とされ、その(ほとん)どが後天的に発生するものらしい。

その為最初から能力を保持した状態での幻想入りは、大変珍しいことのようだ。

「章大さんが太刀打ち出来る算段はあるんですか? 私も能力の名前までしか知らないので……」

「天子の実力が分からない分確かじゃないけど、善戦は出来るはずだよ。 まだ話してなかったけど、俺たちの能力に関しては、まだ隠している部分があるんだ」

阿求も小鈴も、弾幕ごっことは無縁の人物。

あまり(おおやけ)にする人柄でもないだろうし、ここは話しても問題ないだろう。

「阿求には説明したけど、この世界に流れ着いている俺たち八人は、それぞれ違う異能力を宿してる」

「八人も!? えーっと、皆さん剣を使ったり魔法を使ったり……とかですか?」

「大体それで合ってるよ。 ……能力の原理とかの説明ってした方がいいかな?」

「恭哉さんのお時間があるなら、是非聞かせて欲しいです!」

珍しく声を張る阿求。

その光景に少し驚いてしまった。

阿求の姿を受けてか、小鈴も目を輝かせながらこちらを見つめてくる。

……話し辛い……。

 

 

 

 

「あんまり人に説明するのとか得意じゃないんだけど、分からない所があったら言ってくれ」

「はい!! よろしくお願いします!!」

丁寧(ていねい)に手まで挙げ、明るい声で返事をする小鈴。

出会ったばかりの玲香(れいか)にちょっと似てるな。

っ、脱線するのも悪いか。

一方阿求はというと、何故か長い紙と筆を手に取り、こちらが話すのを待っていた。

「何か書くのか?」

「はい、恭哉さんたちのことはなるべく記しておきたいので……こちらはお気になさらず、お話をお願いします」

気にするなって方が無理なんだけどなぁ……。

まぁ、自分で()いた種だし仕方ないか。

「阿求には話したことなんだけど、俺たちは能力を扱う際に原素(げんそ)っていう特定の属性の源と魔力(まりょく)の二つを使うんだ。 これのどちらかが無くなると、俺たちは能力を使えなくなる」

「原素には炎と水以外には存在しないのですか?」

「他には雷、風、地に氷、後は光があったかな」

「たくさんありますねぇ。 それって、私たちでも使えたりしますか?」

「いや、俺たち以外には扱うことも、身体で感じることも出来ないよ」

概念が分かったとしても、存在自体を認識することも不可能だ。

それの要因となるのが、核との契約。

俺と章大が持つ(コア)以外の六つの核は、人間が暮らす下界から遥か上に存在する世界である「精霊界(せいれいかい)」で生み出されたもの。

対して残る二つの核は、下界の下に存在する世界「魔界(まかい)」で生み出されたものだ。

どちらも原理や契約の仕方は同じなものの、引き出せる潜在能力や扱える魔力には差があるらしい。

「その契約というものは?」

「体内の魔力を増幅させ、異能力を宿す代わりに、魔族(まぞく)幻魔(げんま)っていう連中と戦う使命を与えられるんだ。 章大が居れば、もうちょっと詳しく話せるんだろうけど」

「魔族に幻魔……外来の本にも、そんなの載ってませんでしたよ?」

「俺たちしか知らない存在だからな……俺たちが本にしない限り、第三者が知ることは出来ないよ」

「魔界が存在するんですよね? この世界に存在する魔界と、同一のものなのでしょうか……」

「どうだろうな。 この世界の魔界がどういう場所かは分からないけど、多分違う場所だよ」

俺たちの知る魔界には太陽がなく、空は常に赤黒く染まっていた。

大地に生命力はなく荒廃(こうはい)し、人間という生命体は存在することもその場所に留まることも出来ない程の、おぞましい魔力による瘴気(しょうき)に満ちている。

魔族や幻魔の本拠地でもあり、(ゲート)を通じて魔界への侵入を図ったことも何度かあった。

魔族と幻魔の違いはその強さにあり、魔族の遺伝子を組み換え強化したものが幻魔。

どちらも厄介な相手には変わりないけど。

「それで、隠している能力というのは?」

「簡単に言えば能力の強化だよ。 『覚醒(アウェイク)』って俺たちは呼んでる」

「それはどういうものなんですか?」

核にはそれぞれ、意図的に封印している隠された魔力が存在している。

全ての生物に微量に宿っている魔力だが、元々は人間にとっては毒に成り得る未知の物質。

それが体内で爆発的に増加すると、体内に元々生息している細胞などを破壊してしまい死に至るのだ。

異能力を宿しているとはいえ、受け身になるのはただの人間の肉体。

その為、必要な時にだけ魔力を増加出来るように、封印の鎖を施している。

「その鎖を解けば、通常の状態よりも飛躍的に身体能力が上がって、爆発的に強くなるんだよ」

「なるほど……そのことを天子さんをはじめ、幻想郷の住人たちは知らない。 その為、章大さんが対抗出来る算段になるのですね……」

「そういうこと。 俺もそれが出来れば、助けに行くことは可能だよ。 それに、昨日怪我を負う必要もなかったしな」

「怪我というのは?」

昨日の妖怪との戦闘のことを二人に話す。

やはり目撃例としては初めてのようで、事細かく詳細を話した。

阿求も小鈴も、そのような妖怪を見ることも聞くことも初めてのようで、この幻想郷においても類を見ないらしい。

……やっぱり、章大の推測が有力かもしれないな。

誰かが、意図的に喚び出した……。

一体誰が、何の為に……?

「気になったんですけど、もし恭哉さんの能力が完全に戻り封印の鎖を解いた時に、この世界でそれを止められる人物は居ますかね……?」

「正直分かんないな。 まだこの世界の誰とも本気で戦っていないし、明確な線引きは出来ないよ」

「それもそうですよね……すみません、変なことを聞いてしまって」

「大丈夫、気にしてないよ。 仮にその時が来たとしても、俺は誰も傷付けるつもりはないから」

 

 

 

 

「っと、そろそろ行くよ、ご馳走様。 また顔出しにくる」

「ありがとうございました、またお話を聞かせて下さいね」

「是非、鈴奈庵(すずなあん)にも顔を出しに来て下さいね!!」

「あぁ、必ず」

「くれぐれも、お身体には気を付けて下さいね」

阿求、小鈴と別れ寺子屋を後にする。

天子と対峙してから数時間は経ったはずだし、そろそろ章大も人里に来ている頃だろうか?

何処で落ち合うとか決めていなかったし、どう合流したものか……。

京一も探さないと行けないし、今日も帰るのは遅くなりそうだ。

帰ってからフランと遊び、レミリアのティータイムに付き合い……今日は寝れないなこれは。

最近は眠気を覚えることも少なくなってきたし、身体は持つんだろうけど。

そういや、白玉楼(はくぎょくろう)永遠亭(えいえんてい)のどちらに向かうのかどうか決めておかなきゃいけないんだった。

すっかり忘れていた。

永遠亭に向かう道のりの方が危険度は少ないと言っていたが、能力が封じられている以上どちらも大差ないだろう。

永遠亭には鈴仙(れいせん)が居る。

そして鈴仙の(した)う人物である八意(やごころ) 永琳(えいりん)

その人物も俺のことは疑っていないだろうと、鈴仙は言っていた。

そちらに向かう方がスムーズに事は進むんだろうけど……妖夢(ようむ)のことも気になる。

鈴花(すずか)がそこに白玉楼に居ることは既に分かっているし、良好な関係を築いていることも知っている。

鈴花の協力で妖夢の誤解を解くことも出来るだろうけど……あまり巻き込みたくはない。

――歩きながら考えるか。

今日は誰か知り合いに会うことはあるかなぁっと。

「あ、居た居た。 ひどいものよねぇ、さっきは逃げちゃうんだもの」

おっ、早速知り合いに会えたかな?

声のする方を振り向いてみると、全身が固まった。

その人物が今この場所に居ることで、こちらの考えていることが無駄になるからだ。

「比那名居 天子……!」

「あら、私の事知ってたの。 見かけによらず、随分と利口じゃない」

「章大はどうした……あんたと戦ってただろ」

「……あぁ、さっきの剣士ね。 後一歩だったんだけど、逃げられちゃったのよ……大口を叩いておいて逃亡なんて、実に情けないわ。 まぁ、相手がこの私じゃあ仕方ないんだろうけど」

優雅に甘味を食べながら、そう言い放つ天子。

戦闘の後とは思えない程落ち着いている。

「何が目的なんだ」

「最近出来た店らしいんだけど、案外いけるのよ。 あんたもどう?」

「質問に答えろ、何が目的かって聞いたんだ」

こちらの問い掛けには答えず、甘味を食べ続けている。

その光景には、苛立(いらだ)ちすら覚えてしまう。

「全く、地上の人間は我慢って言葉も知らないのかしら」

「あんたの目的は何なんだ。 どうして俺たちを襲った」

「襲っただなんて、人聞きの悪いこと言わないでよ。 単に実力を確かめただけじゃない、邪魔は入ったけどね」

「その真意が何かって聞いてんだよ!!」

――目の前に、鋭く尖った様にも見える物が迫る。

一瞬だけ見えた、真剣な眼差し。

先程までの陽気な表情とは、全く違っていた。

「あーもー待ちなさいってば。 誰も始末するなんて言ってないじゃない、とにかく食べ終わるまで待ってて」

そう言うと、また同じ様に甘味を食べ始めた。

妙な威圧感と、何を考えているのか分からない不気味な雰囲気。

本当の目的は何なんだ……?

「あーあ、もう少し遅かったらきちんと食べられたのに。 で、何の用?」

「こっちの台詞だ。 俺に何の用かって聞いたんだよ、何回もな」

「そうだっけ。 ……あー思い出した、あんたでしょ? 異変の首謀者っていうの」

「……違うって言ったら?」

「嘘はもう見飽きたわよ。 あっちの人間は頭はいいけど、異変を起こす度胸はないし、あんたが黒幕って訳」

「だったら何だよ。 退治しに来たって柄じゃないだろ」

「もちろん。 地上の人間を一人始末するぐらいいつでも出来るもの。 私がしたいのは、もっと大きなことよ」

辺りを行き交う人々も気にせぬまま、ゆっくりと口を開き出す。

「――私と手を組まない?」

思いがけない言葉に、つい黙り込んでしまう。

緊張の糸も解れ、膝から崩れ落ちてしまいそうだ。

手を組む……何の為に?

大きなことをすると言っていたが、異変を起こすよりも大きなことなど存在するのだろうか?

「言っとくけど、俺は能力は使えない。 今じゃこの里に居る人間より、少し強いぐらいだぞ」

「そんなちっぽけな封印ぐらい、私が解いて上げるわよ。 その先にある私の目的を叶えるのに協力してくれるならね」

「その目的ってのは……?」

「この世界の全てを壊して、幻想郷を創り変える。 天界も地上もその全てを破壊し、彩りのある四季を、貧しさのない社会を……そして、誰もが何の不自由ない理想郷を創る」

「……そんなこと出来るのか?」

「出来るわよ、私の能力を持ってすればね。 幻想郷の賢者や神々など敵ではない、私こそがこの世界を統べるに相応しいのよ」

世界を創り変えるか……。

過去に退屈しのぎに異変を起こしたらしいが、今回はそうとは思えない。

こいつにも、何か暗い過去があるってことか……?

――似たような奴が居たな、天界、魔界、精霊界、そして人間の暮らす現界の全てを壊し、世界再生を行うって。

俺には、そいつの命を奪った過去がある。

加担する訳には行かない。

「あんたの能力で十分なら、何故俺を利用したがる。 俺は外の世界の人間だし、この世界を壊さなきゃならない義理も理由もない」

「その逆も(しか)りでしょ。 あんたがこの世界を救済する義理も理由もない、どうせなら面白い方がいいじゃない、だから声を掛けてんの」

面白い方がいい、か……。

確かに、日常よりも非日常の方がきっと楽しく思えるだろう。

だけど、そんな単純な動機で決められるような、軽い話ではない。

「……悪いけど、あんたの話には乗れない。 俺はこの世界に来てまだ数日しか経っていない身だけどさ、いい世界だって思ってる。 こんなにも綺麗な場所を、壊す訳にはいかないよ」

「追われている癖に、随分と呑気なご身分ね。 私と一緒の方が楽よ? 追っ手は全て蹴散らしてあげるし、あんたの地位もそれなりの物を約束してあげる」

「地位なんて重いだけの肩書きなんかいらないよ。 俺を首謀者って決め付けた奴も、追い掛けてくる奴も全て引きずり出す。 俺自身の手で、潔白を証明してやるさ」

「はぁ……同じ匂いがしたと思ったんだけどね。 いいわ、今日の所は見逃してあげる。 だが次に会った時、私の全力を持ってあんたを討つ。 私一人でも、この世界を潰してやるわ」

腰に付けられた青いリボンを揺らしながら、その場を後にする天子。

しかしすぐにこちらを振り返り、何かを投げ付けて来た。

手で受け取ると、それは桃の果実そのものであった。

仙菓(せんか)って言う桃の実、天界の名物よ。 次に私と会う日まで、精々これで生き延びなさいな」

気怠そうに手を振りながら、再び身を翻し歩いていく天子。

情けを掛けるのか潰しに来るのか……どちらが彼女の本意かは分からない。

だが、警戒しておく必要はある。

比那名居 天子……か。

もっと知っておいた方が良さそうだ。

これ以上情報を頭に詰め込んだら、脳がパンクしそうなんだけど。

去り際に言っていた「同じ匂い」という言葉。

……似ている節があるってことか……?

俺と……?

世界を変えたいなんて思ったことはないが……もっと別の観点から考えた方が良さそうだ。

っと、章大と京一を探さないと行けないんだった。

章大の奴、無事だといいけど……。

 

 

 

 

しばらく人里内を歩いてみたが、一向に章大をはじめ知り合いに誰一人として出会っていない。

天子から受け取った仙果という果実も気になるし……どうするかこれ。

小腹も空いていないし、今食べるのもなぁ……。

これを食べて生き延びろと言っていたし、何か不思議な力があるのは確かだろう。

人里内に危険は少ないし、今食べるべきではないか。

鈴仙とか居ないもんかなぁ……確か、華扇(かせん)もここで出会ったんだっけか。

この二人は比較的話しやすいし、今会えると気持ち的にも楽なんだけど……。

着崩した服装も相まってこの場所では浮いているし、あまり心地良いものではない。

一度紅魔館に戻るって手もあるが……再び出掛けるのは大変そうだ。

うーん、やっぱりもう少し待ってみるか。

少し場所を変え、人里内に架かっている橋へと向かうことに。

人里には綺麗な川がいくつか流れており、その上を渡れるよう橋が架かっている。

そこの柵に身を置きながら、時間でも潰そう。

背中を預けながら、辺りを見回してみる。

行きかう人々こそ多いものの、相変わらず和装ばかりで変わり映えしない。

動き辛そうだよなぁ……って執事服も大差ないか。

何となく周りを見回していると、見慣れない服装が一つだけ見えた。

注視してみると、薄い桃色のブラウスに黒と紫の模様のスカート。

癖のある茶色の髪を紫色のリボンで二つ(くく)りにしている。

手には何やら黄色い何かを持っており、度々その方に目をやっている。

この服装、何処となく(あや)に似ている気がする。

色こそ違うものの、文と同じく小さな帽子らしき頭飾りを身に付けている。

雰囲気は丸っきり違うが。

ふと、その少女と目が合ってしまう。

やばっ、見てるのバレたか……?

これはまた変なレッテルを貼られそうだ。

「……あーっ!! ひょっとして、外の世界の人間!?」

「えっ?」

そう叫びながら、こちらへと走ってくる。

やっぱり外の世界の人間っていうことは、この世界の住人に取っては周知の事実のようだ。

異変の首謀者っていう疑いの肩書きがなければいいのに。

「いやーまさか会えるなんて!! 人里に降りてきて正解だったわー……ねぇねぇ、あんたって外の世界の人間で間違いないでしょ!?」

「あ、あぁそうだけど……何か用?」

「やっぱり!! やったやった、やったー!!」

こちらの両手を掴み、上下にブンブンと振り始めた。

そこまで嬉しがられても、リアクションに困るんだけど……。

「よしっ文のやつより先に見つけてやったわ!!」

「文って射命丸(しゃめいまる) (あや)のこと? 知り合いなのか?」

「えっ? 会ったことあんの?」

「うん、ここの世界に流れ着いた初日に」

そう告げると、まるでアニメの一コマの様に大きく項垂(うなだ)れてしまった。

おまけに大きな溜め息まで。

全体的にオーバーリアクションというか……。

「文に会ってるってことは、強行取材もされてるってことよねー……はぁ、探し直しかこれはー」

「文の取材は受けてないよ。 妖怪(ようかい)(やま)に連れてかれそうになったけど、森に落っこちたし」

「えっ、何それどういう状況? って、取材は受けてないの!?」

「受けてない受けてない」

「よしっ!! じゃあ、私の新聞の取材に協力してよ」

再び顔を近付けられ、そうせがまれた。

もうちょい遠慮ってものをだな……。

外見が整っていることもあり、少し恥ずかしいというか。

……取材の協力って、この子も文と同じく新聞記者なのか?

「取材に協力するのは構わないけど、こっちも聞きたいことがあるんだ。 どうかな、情報交換ってのは」

「まぁ、私としては取材さえさせてもらえればなんでもいいかなー。 私が知っている内容に限るけどね」

「それはこっちも同じだよ、話せることは話すけど知らないことは知らない。 それでいいなら、協力するよ」

「じゃあ決まりね! 姫海棠(ひめかいどう) はたて、よろしく!」

「知ってるだろうけど、海藤(かいどう) 恭哉(きょうや)だ。 こちらこそよろしく」

珍しい名前だな……はたてって。

何か、帆立(ほたて)と間違えてしまいそう。

本人には言わないけどな、怒られそうだし。

「なーんだ、似た名前してるじゃん。 何か親近感湧いちゃうねー」

名字(みょうじ)だけだろ、そういやはたての新聞はなんて名前なんだ?」

花菓子念報(かかしねんぽう)よ。 はいこれ、こんな感じで作ってんの」

はたてから新聞を受け取ると、まず目に入るのは大きく縁取られた一枚の写真。

横一列に文字が書かれており、よくネットで見るようなニュースの形に似ている。

……が、こういう細かい字を読むのが苦手なのもあり、あまり気は進まない。

「あー……もしかしてこういうのあんまり読まない口?」

「正直な。 もう感覚だけで生きてるし、情報系には疎いんだよ」

「雑な生き方ねー。 そうだ、ちょっと待ってて」

足を止め、はたてを待つことに。

何やら昔の携帯の様なものを操作しているが……。

この世界にも、携帯電話は存在しているのだろうか。

「なぁ、それって携帯電話だろ? 随分と古い形の使ってるんだな」

「何言ってんの? これはれっきとした商売道具よ」

「商売道具? どう見たって昔の携帯電話だぞ?」

「そのケータイ電話ってのは何? 聞いたことないんだけど」

はたてによると、手に持っている黄色の機械はカメラであり、自身の撮影器具らしい。

……どう見ても昔の携帯電話なんだけどな。

妖怪の山に住む河童(かっぱ)が作ったものらしく、精密品だが完全防水。

んーやっぱり文化は相当ズレているかもしれない。

携帯電話とは何かせがまれた為、所持しているスマホを見せる。

「これが携帯電話、俺たちはスマホって呼んでるけど」

「薄っぺらいわねー。 すぐ壊れそうじゃん」

「まぁ小さい機械だし。 でも、色んなことが出来るよ。 写真や動画も撮れるし、ゲームで遊んだり電話も出来る」

「えっ、それも写真撮れるの!? ちょっと撮ってみてよ」

電波がないだけで、基本の機能は使えるようだ。

それは写真の撮影も可能な訳で。

「風景でいい?」

「なんでもー」

「んじゃその辺の川でいっか。 ……はい、撮れたよ」

「どれどれー……うわっ!? 凄く綺麗に撮れてる……!!」

「もちろん人とかも同じ感じで撮れるよ。 後、映像とかパノラマの写真とか、写真を好きなように加工することも出来たっけな」

「何それすごっ!? ねぇねぇ、それってどうなってんの!?」

まさかスマホにここまで関心を持つとは……。

俺たちの世界では当たり前のものの為、何も驚くことはない。

こっちの世界は魔法があるんだし、それの方が凄いと思うけどな。

「で、取材はどうすればいいんだ? 一応人を待ってるから、手短に済ましたいんだけど……」

「あぁ、そうだったそうだった。 ちょっと遠いんだけどさ、妖怪の山まで行ってもいい?」

妖怪の山って確か冥界に向かう為に経由する場所だったっけ?

下見も兼ねて向かうのもいいか。

「向かうのはいいんだけどさ、俺飛べないんだ」

「ただの人間が飛べる訳ないじゃん。 いいよ、手貸したげる」

一度人里から離れ、はたての手を借り飛んでいくことに。

 

 

 

 

「どう? 空中散歩の気分は」

「あんまり新鮮味ないかな、向こうじゃ空を飛ぶことぐらい普通だったし」

「噂には聞いてたけど、これはまた随分と変わり者がやってきたもんだわー……。 まぁ、その方がいいネタになるんだけどね」

紅魔館へと続く木々の道を、上から見下ろしている。

この世界に来た初めての日は、この辺で落ちたんだっけか。

本当、よく生きていたもんだ……。

「妖怪の山には行ったことあんの?」

「ないよ、連行されそうになったぐらいだし。 はたても文と同じ天狗(てんぐ)……なのか?」

「そっ、鴉天狗(からすてんぐ)。 そもそも天狗って知ってる?」

「俺たちの世界じゃ架空の化け物だったからなぁ。 想像よりずっと人間らしいかな」

「なるほどねぇ。 外の世界から見たら、この世界は変わってるんでしょうね」

「お互い様だろうな。 ここの住人からすれば、俺たちの世界も偏屈な所だと思うよ」

居心地はどちらも悪くないけどな。

また違った形でこの場所に居れば、この世界の見え方も変わったんだろうな……。

そして、もっと昔……子供の頃にここに流れていれば、あんな想いをすることも、背負うこともなかった。

もっと気楽に、人間らしく生きていられたのかもしれない。

……って、悔やんでも仕方ないか。

「見えてきた、あれが妖怪の山。 天狗や河童が主に暮らしてる場所よ」

はたてが目をやる方を見ると、そこに広がっているのは深緑(しんりょく)とこの暑さには似合わないであろう紅葉らしき葉が織り成す景色。

岩同士が連なり、そこをいくつもの細い滝が流れていた。

もし俺たちの世界にこの山が存在していたとしたら、絶景だろうな。

それこそ、人々が集まる観光地になりそうだ。

妖怪たちからすれば、いい迷惑だろうけど。

「どの辺で降りるんだ?」

「そうねー……ねぇ、取材の前にちょっとだけ寄り道したいんだけど、いい?」

「連れてきてもらったし、それぐらいなら」

これから向かう場所は、山の(ふもと)にある「玄武(げんぶ)(さわ)」と呼ばれる場所らしい。

なんでも河童のアジトがあるらしく、そこに寄りたいとのこと。

この世界で暮らす河童は技術面において優れた能力を持ち、はたての持つ携帯型のカメラをはじめ、様々なものを日々作っているようだ。

……もしかすると、先程見せたスマホが気になるのかもしれないな。

霊夢(れいむ)魔理沙(まりさ)も同じ反応をしていたが、あれを見るにこの世界には液晶を操作する機械は存在しないだろう。

その為、河童の知恵を借りスマホを解明したい……って感じか?

その項を尋ねてみると、大当たりだった。

自らのカメラを商売道具と自負していたし、やはり高性能のカメラは欲しいのだろう。

「なぁ、気になったんだけどさ。 はたてのそのカメラって、どうやって写真を撮るんだ?」

「私は撮影なんてしないよー。 念写って言ってね、これにキーワードを打てば誰かが見たことのある風景が、そのまま写真になるの」

「そっちの方が便利じゃないか?」

「一度見たものしか念写(ねんしゃ)することは出来ないの。 だから、新鮮味に欠けるのよねー」

ネットで画像を探すようなものってことか。

また、それが自身の能力だとはたては言葉を続ける。

能力は戦う為のものだけではないんだな。

――文やはたてなどの新聞記者が、外の世界の人間である俺たちを追いかける理由が分かった。

新聞記事やニュースの内容は、より正確であり誰もが知らない情報を伝えれば、一躍注目の的になる。

この世界に来て間もない、ましてや自分たちと同じような異能力を宿した、外見は普通の人間。

その人物を取材し、この幻想郷中に広めれば、たちまち新聞は飛ぶように売れる。

これが算段だろう。

その予想通り、天狗同士の中では新聞の大会が度々開かれるらしく、常に上位を目指し奔走しているらしい。

因みに文の文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)、はたての花果子念報、共にまだ上位に入ったことはない模様。

仲が悪い訳ではないが、互いの新聞をライバル視している為、取材のネタなども早い者勝ちってことのようだ。

「着いた。 この辺に居るはずなんだけどー……」

「誰か探してるのか?」

「にとりって言ってね、私のカメラとかも作ってくれた子がいるのよ。 人間と仲良くしたい癖に、人見知りな所があってねー」

河城(かわしろ) にとり。

この玄武の沢に住む河童であり、エンジニア。

元々河童という種族は発明力に長けており、様々なものを作っては新たな発見をしまた作る……というサイクルを送っているらしい。

技術的な関心が高く、真新しいものは意地でも解明したくなるようだ。

「その辺泳いでたりするんじゃないのか?」

「まっさかー。 ……いや、有り得るわね……」

「有り得んのかよ……。 まぁまだそのにとりって子が見つからないなら、先に取材を始めてくれよ。 仲間が待ってるし」

「それもそうねー、じゃあ改めてよろしく! えーっとまずは――」

「見知らぬ鴉天狗に、未開の地に連れ込まれた今の心境はいかがです? あーあと、にじりと顔を寄せられたご感想は!? すこーし赤面していた貴方の写真はバッチリ収めてますので、事細かく感想を述べて頂けるとありがたいのですがー」

ん、随分と変なこと聞いてくるなはたてめ。

……っていうか、声少し変わったか?

ここまで高くなかった気がするんだけど……。

まぁ、取材に応じるって約束だし、事細かくはたてににじり寄られた感想を……。

「――って!! 文、お前いつの間に!?」

「な、なんであんたがここに居んのよ!!」

「いやー私も取材のネタを探しにあちこち飛び回っていたんですが、偶然はたてと恭哉さんの姿を見かけたものでして。 はたてったら、随分と仲睦(なかむつ)まじくしていたので、お邪魔にならないようにしていたのですが」

「何もしてないわよ!! とにかく、こいつは私のものだからね!?」

「誰も取りやしませんよー。 こちらも、有力なネタを入手しましたからね」

そういや、昨日章大を取材したんだっけ。

どんな記事か気になるな……。

「その有力な記事ってのは? 気になるんだけど」

「うーん……これは教えないと行けないことですからね。 情報を告げる前に約束です、絶対に大声を出さないで下さい」

神妙な面持ちで、そう告げる文。

瞬時に場の空気も変わった気がする。

はたての方を向いてみるも、首を傾げるだけで何かは分かっていない様子だ。

周りに誰もいないことを確認したのか、ゆっくりと口を開く文。

「海藤 恭哉さん。 出来るだけ遠く、誰にも見つからないような場所に逃げて下さい。 貴方が異変の首謀者であると、決定付ける情報が発見されました」

 

 

 

 

 

――えっ……?

文の奴、今なんて……?

「異変の首謀者……恭哉が? どういうこと?」

「はたてはまだ知らないでしょう。 昨夜、妖怪の山の裏手付近で例の妖怪による初めて犠牲者が出たんです」

昨日の夜……魔理沙と共に、虫の妖怪と戦っていた時と同じだ。

同時刻に、別の場所で別の妖怪による惨劇が行われていたようだ。

「残酷な姿でしたよ。首を()ねられ、内蔵は荒らされ、あらゆる所に飛び散っていたそうです。 ……未だに鼻につく血の匂いが忘れられません。 その実行犯と思しき人物の、目撃証言があるんです」

文が得た証言では、惨殺(ざんさつ)を行った人物の姿はこうだ。

まず背が高く、細身であったこと。

暗く分かりにくかったが、赤黒い髪の毛と紅く光る眼。

そして、周りの草木や惨殺された妖怪の身体が焼け焦げていたらしく、斬撃や銃撃による傷ではない。

……炎撃(えんげき)、もしくは炎を有する魔法による攻撃、と判断されたようだ。

この世界に、その条件に当てはまる奴なんて……そう居ない。

「幸いにも、まだこの事実を知る者は少ないです。 だから早く、貴方には逃げてもらわなければ行けません」

「教えてくれ、文以外に誰が知っているのか」

「おそらくですが、私とそれを目撃した別の天狗以外は知らないはずです。 ……奇妙なことに、昨日以来その方をお見かけすることはないんですがね」

「ちょ、ちょっと!! 話が見えてこないんだけど」

文とは違い、はたては俺たちの異世界の住人のことを殆ど知らないようだ。

数人の、見慣れない人間が居るという程度の認識ぐらいなのだろう。

「恭哉さんを始め、ある一定の期間で八人の人間がこの世界に流れ着きました。 それぞれが違う異能力を宿し、この世界の妖怪にもある程度太刀打ち出来るそうですよ」

「……本気で言ってる!? 他は知らないけど、恭哉は空すら飛べないのよ?」

「何らかの理由で、戦える異能力が封じられているんです。 合ってますよね?」

「怖いぐらいにな。 何処から情報を仕入れているのか知らないけど、全部合ってるよ。 文、その妖怪が殺された場所はまだ覚えてるか?」

「この近くですからね、覚えていますよ」

「案内してくれ。 この目で見ておきたいんだ」

「……その場所が罠で、私が貴方を倒すかもしれませんよ? それでも、確かめるなどと言うつもりですか?」

「真実かは分からないが、俺と瓜二つの奴の目撃証言が出たんじゃ、今更誰も信じてはくれないさ。 俺は俺自身の手で、黒幕を引きずり出してやる。 最初で最後でいい、手を貸してくれ」

真っ直ぐに文へと視線を向ける。

こうも早く、この世界での居場所が無くなるなんてな……。

「……分かりました。 ですが、私は貴方の味方でも敵でもありません。 それだけは、頭に入れておいて下さい」

「最初からそのつもりだよ」

無言のまま、文の後を追う。

はたても駆け足でついてくるが、その表情はまだ完全に理解出来ていない様子だ。

それにしても、誰がこんな真似を……。

妖怪の山での惨劇に、自分が関わっていないことは一番理解している。

同じ場所に居た魔理沙も、よく知っているはずだ。

魔理沙の証言もあれば、この偽りの情報が覆るだろうが……巻き込む訳にはいかない。

いくらこの幻想郷の住人とはいえ、悪者に仕立て上げるのはごめんだ。

「この辺りです。 この木の幹や下草が、赤黒く変色していたり焦げ付いているのが分かりますか?」

「……あぁ、さっきの言葉は間違いないと思うよ。 確かに俺の炎の能力を使えば、これぐらい簡単に出来る」

「何言ってんの!? それじゃあまるで……自分が異変を起こしたって……!!」

「信じて貰えないかもしれないけど、俺は異変とは無関係だって言い続けるよ。 で、惨殺された死体は?」

「私が今日来た時には、もう姿はありませんでしたね。 バラバラになったか、全て喰い尽くされたか……そのどちらかでしょう」

「待って。 昨日、他の天狗がその光景を見たってことはー……そうよ、私のカメラなら!!」

携帯型のカメラを取り出し、操作し始めるはたて。

確か、キーワードを打てば誰かが見た光景を念写することが出来る……って言ってたっけ。

はたての能力によって出た写真によっては、文の言うことが本当かどうか確かめることが出来る。

自分の容姿や能力も、自分自身が一番良く分かっているからな。

「……嘘でしょ……!?」

はたての様子からして、文の証言は正しいことが分かった。

あらぬ疑いが、真実に塗り替えられようとしている。

何としても阻止しなければならないが……能力のない今、どうすればいい……?

「これを新聞にすることはしません。 霊夢さんに止められそうですしね」

「けど誰にも伝えなかったとしたら、更に被害が大きくなる……か」

「えぇ、霊夢さんをはじめ、様々な方が貴方を追うことになるでしょう。 勿論、私もですが」

「……俺が生き残れる確率は?」

「ゼロでしょうね。 いくら特異な人間とは言え、所詮は人間の身です。 はるか昔、人間達が恐れ神格化した妖怪達が相手では、この異変の解決もすぐそこでしょう」

沈黙が流れる。

皆一様に言葉を失ってしまった。

まさか、言い逃れの出来ない証拠まで作られるなんて。

もっと、別の勢力が関わっているのか……?

八雲 紫や摩多羅 隠岐奈の他に、まだ誰かが糸を引いている……?

「私の速さなら、霊夢さんの所までは一瞬で着いてしまいます。 僅かな時間では、そう遠くへは行けないでしょう。 どうします? 少しだけの猶予(ゆうよ)なら差し上げますが」

「なら、その言葉に甘えさせてもらおうかな。 ほんの少しだけ、時間をくれ」

「分かりました。 次また会う機会があれば、ごひいきに」

「死体での再会じゃなかったら、取材でもなんでも受けてやるよ」

漆黒の翼を大きく広げ、ゆっくりと飛び上がっていく文。

フランと同じで、自由に取り出すことが可能なようだ。

さて、どうしたもんか……。

考え付く手というか、少し試してみたいことはあるのはあるが……。

どの道、もう紅魔館に戻ることは出来ないだろう。

フランやレミリアに何て伝えればいいのか……。

――でも今は、この方法を試してみるしかないか。

「ごめんな、取材受けれそうにないよ」

「……大丈夫。 私がきっと、あんたの無実を証明してあげる」

「心強いな。 なぁ、一つだけ頼みたいことがあるんだ……聞いてくれるか?」

「もちろん、何をすればいいの?」

 

 

「俺を、死んだことにして欲しいんだ」

 

 

 




ここまでご閲覧頂きありがとうございます。

当話を持ちまして「東方幻奇譚-焔ノ章」の前編が終了となります。

ここから中編となり

東方幻奇譚-焔ノ章- 博麗霊夢編

東方幻奇譚-焔ノ章- 流星編 (霧雨魔理沙視点)

東方幻奇譚-焔ノ章- 海藤恭哉編

計、三視点から、物語をお送りいたします。

次回から三視点の終結点までは、それぞれ魔理沙編、霊夢編、恭哉編の順に執筆していきます

また、物語内の登場人物をメインに置いた本編とは別のお話しである「外伝」も随時更新していけたらいいなと思っていますので、そちらも合わせてお楽しみ頂けると幸いです。


では、次回でお会いいたしましょう
重ねてにはなりますが、ご閲覧頂きありがとうございました。


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東方幻奇譚 焔ノ章 幻夢編
第1話 特異な妖怪


ご閲覧頂きありがとうございます。

霧雨魔理沙視点の物語である

東方幻奇譚 焔ノ章 流星編

の第6話あとがきでも記載した通り、本話より博麗霊夢編の物語である

東方幻奇譚 焔ノ章 幻夢編 をお送りいたします。


時系列は少し遡り、第7話 玉兎まで戻ります。


以後、博麗霊夢視点の物語を、お楽しみ下さいませ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅い。 何やってんのよあいつ……」

昼下がりの頃。

本来ならば清々しい気持ちになるであろう快晴の元、私は縁側の(そば)で立ち尽くしていた。

いや、私の機嫌は天候ぐらいじゃ変わらないけどね。

異世界からの来訪者であり、特異(とくい)な人間である、海藤(かいどう) 恭哉(きょうや)

何故この世界に流れ着いたのかも覚えていない彼は、昨日この博麗神社(はくれいじんじゃ)の裏手に倒れ込んでいた。

その時一緒に居合わせていた、魔法使(まほうつか)いであり親友の霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)と共に、彼を発見し色々と話を聞くはずだった。

しかし、ひょんなことから魔理沙が制限を付けた上で、弾幕(だんまく)のことも知らない恭哉に勝負を挑むということに。

様々なスペルカードで翻弄(ほんろう)していたものの、一瞬の隙を突いた恭哉が勝ちを納めた。

……のだが、その際腕を負傷した為、魔理沙が謎の責任感からか医者の元へと連れていくことに。

ここまでは、私も近くに居た為、経緯を知っている。

次に会った時には、何故か一人の少女を背負ったまま、様々な人間が行き交う場所である「人間(にんげん)(さと)」で再会した。

話によれば、医者の元へと向かう最中、鴉天狗(からすてんぐ)射命丸(しゃめいまる) (あや)との遭遇により振り落とされてしまったらしい。

そのまま道なりに歩いていくと、湖の近くに建つ「紅魔館(こうまかん)」に行き着き、吸血鬼(きゅうけつき)フランドール・スカーレットに出会った。

命を奪われる所か気に入られたらしく、一緒に遊ぶ……とか言っていたかしら。

怖いもの知らずもいい所よ、本当。

それで空腹の為、人里に最近出来た甘味処(かんみどこ)に連れて行き、そこで奢ることに。

……何で奢るとか言ったのかしらね。

その代わりの条件として明日、博麗神社まで来るように。

そう告げたのだが……。

恭哉はおろか、参拝客の一人も来やしないじゃない。

約束をすっぽかすなんて、(ばち)が当たっても知らないんだから。

因みに、私がわざわざ神社に来る様に告げた理由は至って単純だ。

そろそろ、神社の近くに建っている小屋の掃除をしたいと思っている。

見覚えのないものから用途の分からないものまで。

一体いつ現れたのかすらも分からない。

そんな得体の知れないものたちを相手にするには、人の手も借りたいのよ。

ここを訪れる人間なんて限られているし、謝礼をするのも正直面倒くさい。

その為、先にこちらが何かを負担しておくことで、手伝いを断りにくくする寸法(すんぽう)よ。

……最初から計画よ、間違いなくね。

ほら、重いものとかあると困るじゃない?

私も女の子なんだし、力仕事はしたくない。

だからこそ、あいつを使うのが最も楽な選択なのよ。

……とっとと来なさいよね。

霊夢(れいむ)さーん……顔が怖いです……」

「何よ、仕方ないじゃない。 約束すっぽかす奴が悪いのよ」

私の後ろで、弱々しく(つぶや)く一匹の狛犬(こまいぬ)

高麗野(こまの) あうん、それがこの子の名前。

実体化する以前からこの神社を守っていたらしい。

少し前に起きた「四季異変(しきいへん)」という異変の際に、私の前に現れた。

そこからは私の神社に住み着き、何かとだらけたり勝手に守ったりしている。

まぁ、悪い子じゃないし良いんだけど。

「そのうち来るんじゃないの~?」

そしてもう一人、縁側で勝手に(くつろ)ぐ者が。

度々この神社に現れては、好き放題お酒を飲み、私に突っかかって来る。

「お酒飲んでるだけなら、あんたが探して来てよ。 特徴教えるし」

「真っ昼間に人里には行けないな~。 人探しも博麗(はくれい)巫女(みこ)の仕事だろ?」

「違うわ! うちは何でも屋じゃないの、頼みたきゃ山の巫女にでも頼め」

「いや私頼まれた側なんだけど……。 あっ、(さかな)がなくなった……」

絵に描いた様に落胆(らくたん)する、小さな鬼。

伊吹(いぶき) 萃香(すいか)

薄い茶色の長髪が、膝裏程にまで伸びており、先端の方で一つに束ねるという少し特殊な(くく)り方をしている。

少し淡い色合いの真紅(しんく)の瞳と、その風貌(ふうぼう)には似合わない左右に伸びる長い一対の(ねじ)れた角。

そしてこれまた似合わない紫と赤のリボンに、奇妙な御札(おふだ)が貼られた瓢箪(ひょうたん)

彼女が持つこの「伊吹瓢(いぶきひょう)」というものは、お酒が無限に沸き出るようになっている。

但し、鬼専用のお酒ともあり、人間や力の弱い妖怪が飲むと大変なことになるとか何とか……。

流石の私でも、これは飲もうと思わないわ。

「霊夢ぅ……肴……」

「硬ーい拳骨(げんこつ)ならあるけど?」

「そんなのお酒に合わないじゃん!? あうーん、霊夢がいじめる!」

「私に頼らないで下さいよぉ~!!」

泣きべそ(嘘)をかきながら、狛犬に(すが)る鬼。

そう、こいつこれでも鬼なのよ。

妖怪の序列の最上位に君臨しても過言ではない程に、強大な存在。

あの天狗(てんぐ)でさえも、鬼に対しては頭が上がらないと言う。

……いつぞやの威厳(いげん)はどこに行ったのやら。

こいつと初めて会った時が、何だか懐かしく感じるもの。

馬鹿騒ぎしている妖怪二匹を見守っていると、石段(いしだん)を上がってくる気配が一つ。

この感じ……人里の人間っぽくはないわね。

っていうか、人じゃないわあれ。

うちは妖怪屋敷(ようかいやしき)じゃないんだけどなぁ。

重い腰を上げ、その方へと向かってみる。

対処出来ない相手じゃないだろうし、何とかなるでしょ。

 

 

 

 

長い石段を上り、私たちの視界に入った一つの影。

背丈は高く、身体は細長い。

いや、身体って言っていいのかしらあれ。

鎧っぽくも見える装飾に、不気味に光る単眼(たんがん)

あんなのが人里に居たら、大騒ぎってレベルじゃないでしょうね。

もちろん、色んな意味でだけど。

この幻想郷(げんそうきょう)には、多種多様な妖怪(ようかい)が生息している。

人間は妖怪を退治し、妖怪は人間を襲う。

これが、この世界の(おきて)だ。

人間の数も少ない訳ではなく、妖怪と同様に様々な人間が居る。

私たちのように戦うことの出来る人間も居れば、その逆も(しか)り。

当然、私は前者よ。

伊達に異変解決を生業(なりわい)にしていないしね。

妖怪共に好かれ、家に入り(びた)られ……。

縁側でゆっくりとお茶を飲みたい。

「あんた誰?」

私の問いには答えず、その場でじっとしている。

言葉が通じない妖怪ってのも、何か珍しいわね。

大体の奴は(おど)せば逃げて行くんだけど。

うわー巫女だー逃げろー、って。

……って、誰が鬼じゃ。

「なんだなんだー? おや、見た事ない顔だねぇ」

「むむっ、この異様な妖気(ようき)……霊夢さん! 退治しないとダメですよ!!」

それぞれが、各々(おのおの)の感想を口走る二匹。

いや、退治しないと行けないのは分かってるんだけどね?

何というか、反応がないとこっちも困るというか。

「うちは妖怪神社じゃないのよ。 受け入れは御免だから、大人しく帰りなさい」

「……」

先程と変わらず、ただこちらを見据(みす)えているだけのようだ。

……やりづらい。

「なぁ霊夢ー、私がやってもいい? 弱そうだが、余興(よきょう)の一つにはなるだろうしさ?」

「ダメよ。 あんたがここで暴れたら、また神社が倒壊するかもしれないじゃない」

「大丈夫大丈夫、手加減するし任せろってぇ~」

「信用ないわよ。 ……丁度おかきがあるから、それで我慢しなさい。 宴会用の肴は後で買ってくるから」

「本当か!? じゃあよろしく~!!」

上機嫌で神社の本殿へと帰っていく萃香。

……って、分銅(ぶんどう)を回すな分銅を!!

あぁーもう……。

「れ、霊夢さん!! 私はお供しますよ!!」

「あんたも下がった下がった。 萃香と茶菓子でも食べてなさい」

「本当ですか!? じゃあお願いします!!」

丁寧にお辞儀までして、後ろを振り返るあうん。

いやあんたもか。

確かに下がれとは言ったけど……。

一応神社を護る狛犬なんだから……まぁいいや。

これで一対一だし、十分でしょ。

「さてっと。 余計に参拝客も来なくなるし、とっとと片付けるわよ」

「……!!」

瞬時に目の前に現れ、両腕を交差させる。

……腕ってこんなに長いものなの?

後方へと回避しながら、目を()らす。

実際の長さは身丈に合っているだろうけど、今この瞬間だけは別ね。

多分、伸ばすことが出来るんじゃない?

妖術(ようじゅつ)とかで出来そうだしそういうこと。

……当たらなければ一緒よ!

数枚の御札を、鋭い光の筋と共に妖怪へと放つ。

まずは小手調べって所ね。

これに当たるようじゃ、所詮(しょせん)妖精(ようせい)レベル。

こういった純粋な化け物は久し振りに見るし、もう少し見てみたい気もする。

そう思うのも、絶対に負けない自信があるからで。

妖怪はというと、難なく回避してみせる。

オマケに後方へと回転しながら、私と大きく距離を取って見せた。

身のこなしは軽そうね。

重そうな鎧なのに、意外に軽量な造りなのかも。

「じゃあこれはどう? 珠符(たまふ)明珠暗投(めいしゅあんとう)」!!」

青と白に光る、数個の陰陽玉(おんみょうだま)を不規則に出現させる。

それぞれが意志を持つ様に、地を跳ね妖怪へと向かっていく。

このスペルカード一枚で仕留められるとは思っていない。

私の半身程の大きさもある為、身を隠すことも出来る。

この攻撃に気を取られていると……次の一手を貰うことになるわよ!

時間差で跳ね続けることによって生まれる、微妙な隙間の数々。

それを目で捉えつつ、着実に距離を詰めていく。

次は……こいつよ!

宝符(ほうふ)陰陽宝玉(おんみょうほうぎょく)」!!」

左手に、(まばゆ)い程の光球(こうきゅう)(まと)う。

黄玉色(おうぎょくいろ)にも見えるこの光球は、単なる目くらましではない。

体術の様に肉体的に攻撃する技とも少し違う。

なんというかこう……あぁもう面倒くさい。

とにかく攻撃よ攻撃!!

(ふところ)に潜り込み、腹部へと放つ。

先に()いた陰陽玉の効果もあり、私の攻撃は直撃。

後方へと吹き飛び、その様子を(うかが)う。

……ん?

あら、案外平気?

まぁ、それも予想してはいたんだけどね。

「……!!」

「何よ、はっきり喋んなさい」

言っても無駄か。

ってあれ?

何か外見が変わったような……?

今までは細い身体だったはずなのに、気付けば腕に(とげ)の様なものが数本生えている。

背中には触手(しょくしゅ)や羽にも見える大きな棘まで。

自らの原型を残したまま姿を変える妖怪なんて、初めて見たかも。

でも、妖怪は妖怪でしょ?

退治するのが、私の仕事だからね。

「姿を変えて威嚇(いかく)しても無駄よ。 あんたはもう身動きすら出来ない」

四方から囲む、青い方陣(ほうじん)

繋縛(けいばく)の名を(かん)したこの結界は、対象の身動きを封じる。

自らが置かれた状況を理解したのか、途端に機敏(きびん)になる。

気付いた時には遅いのよ。

「これで決めるわね。 神技(しんぎ)八方鬼縛陣(はっぽうきばくじん)」!!」

足元から伸びる、巨大な光の柱。

(あやかし)を縛る光は天高く(そび)え、無へと返す。

……こんな所かしらね。

妙な妖気も消えたみたいだし、一件落着っと。

さーて、そろそろ買い出しに――。

と思ったら、また来客か。

はぁ……。

 

 

 

 

 

「あれっ、確かにこっちの方角に来ていたはずなのに……」

「見当たりませんね……」

「珍しいわねあんたが参拝なんて。 とりあえず野菜ちょうだい」

「いやあげないよ? 今晩の料理の為の材料なんだから」

両手で抱える程の袋を持ち、こちらを見つめる少女。

魂魄(こんぱく) 妖夢(ようむ)

普段は冥界(めいかい)に建つ屋敷である「白玉楼(はくぎょくろう)」に仕える庭師(にわし)

幻想郷から見ると「(そと)」に位置する為、本来ならば行き来することは出来ない。

元々冥界とは、死者が転生(てんせい)成仏(じょうぶつ)を待つ為の場所。

その為、生きる者が立ち入ることすら出来ない世界。

しかし顕界(げんかい)である幻想郷と、冥界との境目(さかいめ)が薄くなっている為、現在は往来(おうらい)することが可能になっているのだ。

私も何度か訪れている。

理由はまぁ、色々ってことで。

そういえば、見慣れない子が居るんだけど……誰?

妖夢へと率直に(たず)ねてみると、もう一人の子が口を開く。

「初めまして、東園寺(とうえんじ) 鈴花(すずか)です。 霊夢さんのことは、妖夢さんから聞いています」

「あーどうもどうも。 えーっと、幽霊(ゆうれい)……って感じじゃなさそうだけど、生きてるの?」

「はい、まだ人間ですよ。 何と言いますか、実は違う世界からここに来まして……」

……あーそういうことか。

この子も恭哉と同じで、外の世界から流れ着いた人間ってことね。

見た目は、私と同じぐらいの年齢かな?

黒色の髪を左右に括り、服装は恭哉と似た色の服を来ている。

けど……着方は変わっているかも。

それに腰に備えてある二本の刀。

外の世界も、うちと似たような場所なのかしらね?

知らないけど。

「で、妖夢と揃って何の用?」

「実は冥界から霊魂(れいこん)の一つが逃げ出して、幻想郷まで追い掛けてたの。 それで、博麗神社の方角に移動していたからここまで来たんだけど……」

「あー。 それって腕が細くて、目が一つしかない奴?」

「それです! 見かけませんでした?」

「見たも何も、ついさっき退治した所よ」

驚いた様子を見せる鈴花ちゃんと、変に納得した様子の妖夢。

まぁ、私の所に来た時点で……ねぇ?

それにしても、冥界から霊魂が逃げ出すなんて妙な話だ。

冥界の管理は白玉楼の主である、西行寺(さいぎょうじ) 幽々子(ゆゆこ)が担当している。

仕事をサボる様な人物ではないけれど……。

どの道、幽々子に話を聞きに行くしかなさそうねこれ。

仕方ない、行きますか。

妖夢に事情を話し、白玉楼へと向かおうとした時。

「あの、霊夢さん。 この紙は一体……?」

「うん? 何それ、随分ボロボロじゃない」

「人の形みたいね。 あっ、何か書いてる」

妖夢と共に、鈴花ちゃんが拾い上げた古紙に目を通す。

はっきりと解読出来るのは、筆で書かれたであろう「百々目鬼(どどめき)」という妖怪の名前。

おそらく、先程私が退治した妖怪の名前で間違いないだろう。

他には、様々な文字が羅列してあるものの、解読することは出来ない。

見慣れない字ではないのだが、(かす)んでいたり破れていたりと、完全な形を保っていないのだ。

それに人の形か……。

形代(かたしろ)依代(よりしろ)なら、これらは当て(はま)るんだけど……。

式神(しきがみ)、そう考えることも出来る。

……(ゆかり)の仕業か?

それならばまだ文句の一つでも言えば解決するのだが、もっと違う何かが関わっている気配がする。

こういう時でも、博麗の巫女の(かん)は当たるのよ。

うーん、まだ情報がなさすぎるわね。

幸いにもまだ形は保っているようだし、保管しておきましょうか。

「私が預かっとくわそれ。 何かあった時対処しないと行けないし」

「それがいいかもね。 鈴花さん、霊夢に渡して貰えますか?」

「私たちではどうにかすることは出来ませんしね……。 霊夢さん、よろしくお願いします」

「はいはいっと。 こいつだけ仕舞(しま)ったら、白玉楼に向かいましょ」

一度本殿へと戻る。

私以外の手が届かない場所なら……大丈夫よね?

えーっと、どこがいいかしらっと。

この神社に住むのは私だけなのだが、出入りしたり居候(いそうろう)したりと、何だかんだで人の出入りはある。

現に今も、あうんと萃香が居るしね。

……あら?

こんな木箱あったかしら?

……ってかこれ、秘密箱(ひみつばこ)か。

寄木細工(よせぎざいく)の一種で、古くから伝わる容器のことだ。

私もよく触っていた覚えがある。

まぁ、何だかんだで色んな物がありそうだし、使っちゃえ。

ふむふむ、そういうことね。

これをこうしてっと……。

……あぁっ!?

何で開かないのよ!!

……これも秘密箱の特徴。

特定の手順をしっかりと踏まないと、箱を開けることが出来ないのだ。

何処で間違えたのかしら……。

「霊夢ー、まだー?」

やばっ、とにかくこの箱ごと押し入れにでも仕舞ってっと……。

白玉楼から帰ったら、また詳しく調べてみましょうか。

聞き出さなきゃならないこともあるし。

「待たせて悪かったわね。 さて、行きましょ」

二人の剣士と共に、冥界を目指す。

 

 

 

 

 

「他に冥界から抜け出した奴は居るの? 本当に一体だけ?」

「私が見た限りでは、他には居ないはずよ」

空を飛びながら、妖夢に聞けるだけのことを聞いている。

幽々子はともかく、妖夢がサボることはなさそうだしね。

そういえば、何気なく飛んでいるけど、鈴花ちゃんは……?

辺りを見回すと、私たちの少し後ろを飛んでいた。

……飛べるのね。

まぁ、恭哉も空を飛ぶことぐらい普通と言っていたし、おかしなことではないのかも。

「鈴花さん、どうかしました?」

「いえ……幻想郷の景色って綺麗だなーと思いまして」

「外の世界って、どういう場所なの? 恭哉は、五月蠅(うるさ)い場所だって言っていたけど」

私が恭哉の名前を出すと、二人揃って違う表情を見せる。

妖夢は怪訝(けげん)そうな、鈴花ちゃんは目を見開き驚いた様子。

「兄上……じゃなくて、恭哉のことを知っているんですか?」

「えっ兄上? 鈴花ちゃんの兄弟ってあいつなの?」

「い、いえそうではなくて!! その、幼馴染みなのですが、昔はそう呼んでいたので……」

そっぽを向きながら、小さく呟いていた。

最後の方は聞き取れなかったし。

ふーん、あいつが「兄上」ねぇ……。

「霊夢は、海藤 恭哉に会った?」

「えぇ、あいつうちの神社に倒れてたし。 あんたも会ったことあるの?」

「……一応ね。 出来ることなら、もう会うことがないといいかな」

あら、鈴花ちゃんとは真逆。

何かあったんだろうけど、今は鈴花ちゃんも居るし……聞かない方がいいわね。

そこまで悩むタイプには見えないけど。

「霊夢さん、私や恭哉の他に、誰か外の世界から来た人間には会いましたか?」

「いや、二人以外には会ってないわよ? わざわざうちまで来ることもないでしょうし」

……自分で言ってて少し寂しくなりそう。

「鈴花ちゃんたちは、皆こんな風に飛べたりする訳?」

「一応飛行ぐらいなら、無意識にでも出来る程度だとは思いますよ? 恭哉に会ったのなら、能力のことも聞いていたりしますか?」

能力……?

私たちと同程度の能力を、外の世界の人間も持っているの?

……根拠はないけど、こっちのことも聞いておいた方が良さそうね。

「私たちは、ある契約(けいやく)を交わし『守護精霊(しゅごせいれい)』たちの力を借りています。 そうでなければ、命を落としてしまうので」

「そっちにも妖怪が居るってこと?」

「根本的には違いますが、似たようなものだと思います。 まだこの世界の妖怪には、あまり出会っていませんので……」

出会わない方が助かるんだけど。

私の仕事が増えちゃうし。

……まぁ、普通の妖怪程度なら、楽に戦えちゃうんでしょうけど。

「それなら、やっぱり帰りたいって思うの?」

「それはそうですけど……もし、この世界に危険が迫っているのだとしたら、私たちはまだ帰る訳には行かないと思うんです」

「へぇ、でもこの世界は他に心配される程柔じゃない。 自分たちが帰る為の方法探した方がいいわよ?」

「……恭哉ならきっと、その返答には、いいえと答えますよ」

目を真っ直ぐに向けたまま、そう告げる。

こんなにも鋭い眼差しを見たのは、随分と久しい気もする。

そこまで人を信じられるなんて、何か凄いわ……。

私なら、きっと真似出来ない。

「鈴花さん、もし自分の信じる人が間違った方向に進むとしたら、どうします?」

「その過ちを正しますよ。 刺し違えてでも、私はその人を救います」

妖夢も変なこと聞くわね……。

それに刺し違えるって、そんな大袈裟な……。

鈴花ちゃんの表情を見るに、冗談ではなさそうだけど。

「あーお堅い話はここまでにしましょ。 幽々子はどうしてるの?」

「幽々子様はいつも通りよ。 でも確か紫様がいらしてたような」

八雲(やくも) (ゆかり)

幻想郷最古の妖怪であり、私とも縁の深い人物の一人。

何かとちょっかいも掛けてくるしねあいつ。

それにしても妙な話だ。

あの霊魂が抜け出す際に、幽々子と紫が揃っていたのなら、冥界からは出られないはず。

どこに居たとしても、逃げられないからね。

妖夢が紫のことを話している以上、白玉楼から幻想郷へと向かう際には居たことになる。

わざわざ逃がす真似もしないでしょうし……うーん。

どの道聞かなきゃ始まらないか。

(きり)(みずうみ)紅魔館(こうまかん)の上空をそれぞれ通り過ぎた頃。

私たちの目の前に、黒い影が現れる。

「霊夢さん、あれって?」

「さっきの……? 倒されても出てくるなんて、随分としつこい奴ね」

先程神社で退治したばかりの、一つ目の鬼である、百々目鬼がそこに居た。

しかし、何処か様子がおかしい。

こちらを見据えたまま動かないのは、先程と同じなのだが……。

そう思ったのも一瞬で、すぐに変化が生じた。

生々しい音を立てながら、徐々に姿を変えていく鬼。

四肢(しし)は完全に消え去り、胴体(どうたい)が大きく伸び何対(なんつい)もの脚が、(にご)った液体と共に姿を表していく。

強靭(きょうじん)な羽と、尾に生えた二つの牙。

一つ目の顔も形を変え、原型すら留めない程の形相(ぎょうそう)になった。

……何なのこいつ?

羽の生えた巨大な百足(むかで)……そう例えるのが、一番近いかもしれない。

「この先へは通してくれなさそうね。 急いでるし、とっとと片付けましょ」

「これがこの世界の妖怪……? 何処か似てる……」

「何が相手だとしても斬るのみ!!」

(かざ)()(やいば)よ、暗雲(くらぐも)()(てん)()せ。 ――韋駄天嵐魔(いだてんらんま)!!」

同時に、刀を引き抜く二人。

一筋に銀の軌道を描く、妖夢の持つ楼観剣(ろうかんけん)

そして風の通り道を()した様な刀身を持つ、一対の刀。

恭哉の時は上手く見れなかったが、外の世界の人間がどの程度戦えるのか。

見せてもらおうじゃない。

――異変解決に手を出すならね。

 

 

 

 

 

長い胴体をくねらせ、耳に(さわ)る羽音を鳴らしながらこちらへと近付いてくる妖怪。

こういった醜悪(しゅうあく)な姿と戦うのも、何時ぶりだろう。

今回の妖怪退治は、溜め息混じりには行かなさそうね。

「遅い!! 断空翔(だんくうしょう)!!」

その場で急降下し、逆への字に妖怪の死角を突きに行く鈴花。

刀を握った途端、あんなにも豹変(ひょうへん)するなんて……。

いつかの妖夢みたい。

妖夢も遅れまいと、逆方向から斬りに掛かっている。

って、弾幕使いなさいよ。

相手が何してくるか分からないんだから。

怪我されても困るし、私は少し離れた位置から牽制(けんせい)かしらね。

数本の退魔針(たいましん)を取り出し、脚部の関節へと投げ込む。

あの胴体を覆う黒い甲殻(こうかく)

なーんか硬そうなのよねぇ。

精巧に作られてはいるが、刀と違い一撃では致命傷にはならない。

……そもそも弾幕通じるのかしらこいつ。

二人の攻撃を軽くいなし、こちらへと尾の(きば)を伸ばしてくる。

流石に一撃じゃびくともしないか。

私だって、そんな見え見えの攻撃には当たんないのよ。

早めに回避動作(かいひどうさ)を取り、空に大きく()を描く。

下腹部がダメなら……背中はどうかしらね!

垂直に降下し、大幣(おおぬさ)と共に両手を下へと突き出す。

――ここ!

霊力(れいりょく)を放つ衝撃波(しょうげきは)と共に、背中へと突きを繰り出す。

落下するスピードに沿って、重力が加わる。

生身とはいえ、これらの自然の力と霊力の合わせ技。

少しは効いてよね。

「霊夢後ろ!」

妖夢の掛け声で、背後を向く。

脚の関節を()らぬ方向へと曲げ、こちらへと蹴りを繰り出そうとしていた。

そういうこともするのね……。

でも、当たんないわよ!!

「伊達に結界術(けっかいじゅつ)使ってないのよ。 そっちも気を付けなさい!!」

私の身体へと到達する前に、結界が生じ行く手を阻む。

何処ぞのお節介者(せっかいもの)に教わったからねぇ。

こういう時は役に立つのよ、練習した覚えはないけどね。

獄神剣(ごくしんけん)業風神閃斬(ごうふうしんせんざん)」!!」

風龍剣(ふうりゅうけん)一式(いっしき)花嵐(はなあらし)!!」

二つの風の刃が、互いに交差しながら妖怪の脚を捉える。

数本の脚を幾度となく切り裂き、残骸(ざんがい)が宙を舞う。

中には(とが)った物もあるだろうし……このまま落とすのは危険よね。

甲殻の破片となった小さな刃たちが、落下を始める前に少し下へと移動する。

この距離なら十分間に合う。

数枚の御札を地へと構え、霊力を集中させる。

塵よりも細かくすればいいんだし、これで足りるわよね。

夢符(ゆめふ)封魔陣(ふうまじん)」!!」

私を中心に、青白い結界が生じ天へと伸びていく。

結界の中で、小さな刃たちは目に見えない程にまで細かい粒子(りゅうし)へと姿を変える。

さてっと、あいつをどうにかしないとね。

――うん!?

おかしい、先程切り刻んだはずなのに……。

切断した数本の脚が、何事もなかったかのように復活していたのだ。

それに身に纏う無数の鬼火(おにび)にも似た霊魂の群れ。

一つ一つが意志を持つように、大百足(おおむかで)の周りを徘徊(はいかい)させている。

異常に気付いたのか、二人も妖怪から距離を取る。

「どうすんのあれ。 何度脚を斬っても、あれじゃあ(らち)があかないでしょうし」

「あーあれ、あれっどうしよ!? あわわわわ!」

「よ、妖夢さん!? 急にどうかしました!?」

「半分幽霊の癖に、お化け苦手なのよこいつ」

「そこお化けとか言わない!! こ、怖くない……怖くない!!」

「妖夢さん!! あれはきっと大きな虫です!! ばっさり斬っちゃいましょう!!」

あれ?

ひょっとして、この子も意外と抜けてる?

思わず溜め息が出そうになる。

一人でやった方がいいかしらこれ。

「よっと、ほら茶番は終わり。 戦いに戻った戻った」

妖怪の突進を結界で受け止める。

甲高い音が、辺りに鳴り(ひび)く。

とっとと先を行きたいんだから、邪魔しないでよね。

「よ、妖夢さん気を確かに!!」

「す、すみません鈴花さん……もう大丈夫! 魂魄 妖夢、引いて参るー!!」

「引かずに()して下さい!!」

あーあ、ダメねあれは。

刀を構え、前方に突進しようとする妖夢の前に立ちはだかる。

「れ、霊夢?」

「下がってなさい、そんなんじゃ怪我するでしょ」

「だ、大丈夫だってば!!」

「あーはいはい。 ボロボロになる前に、先に冥界まで行ってなさい。 すぐ追いかけるから」

「敵を目の前にして逃げるなんて恥でしかないよ!!」

ったく人聞きが悪いわねぇ。

「手の平に人と言う字を三回書いてですね、それを飲み込めば落ち着きますよ!!」

「なるほど!! ……半人の方がいいです?」

「そ、そこはお好きに」

「もう!! 喜劇なら余所(よそ)でやりなさいよ!! いい加減腕が(しび)れそうなんだけど!?」

わざとやってんでしょあんたたち!!

結界ごと妖怪を離れた位置へと押し返し、大きく距離を取る。

あーあ、何でこんなことばっかり……。

「よし! これならいけそうです!!」

「すみません霊夢さん、ここからは私の舞台にしますよ」

「イマイチ信用ならないんだけど?」

「少し見ていて下さい。 第一の鎖(ファーストチェイン)解放(かいほう)!! ――斬魔風雪ノ縁(ざんまふうせつのえにし)

――身に浴びたことのない程の強風(きょうふう)

先程までは楽観的(らっかんてき)だった少女の雰囲気が、がらりと変わる。

まるで何かが取り()いたかの様なその光景に、私はただ黙って見ることしかなかった。

「これが私たちの能力に共通する『覚醒(アウェイク)』です。 さぁ、片付けてしまいましょうか」

聞き慣れない言葉。

って、能力が変化するとかそんなのアリ!?

おまけに人柄まで少し変わってるし。

まぁ、後でみっちりと聞かせてもらおうじゃない。

今はこいつをどうにかしないとね。

「悪いけど、妖怪退治は私の専売特許だから。 女の子の(ひと)舞台(ぶたい)を、ただ見届けるのはごめんだわ」

「いざ尋常に、宜しくお願い致します!!」

その言葉と共に、私たちを包む紅桔梗(べにききょう)閃光(せんこう)

私たちの丁度間で、綺麗に真っ二つに割れる。

それは、一人の少女による、刀の一振り。

――何だろう、もっと見てみたい。

私の知らない世界に住む、同じ種族の生物。

この際限のない能力の果てを見てみたい。

妖怪へと飛んでいく最中、そんなことを思っていた。

こんなにもワクワクすることなんて……何時ぶりかしらね。

 

 

 

 

 

幾重(いくじゅう)にも飛び交う光弾(こうだん)と斬撃。

妖怪が纏う鬼火は、標的を捉える度に突進を繰り返し爆発する。

永久的に作り出され、絶えず小さな炎を燃やし続けていた。

こちらも攻撃を与え続けるも、硬い甲殻の下に眠る肉までは届いていない。

何か、瞬間的に強撃を叩き込む方法は……?

「霊夢さん、少しいいですか!?」

攻撃の雨を()(くぐ)りながら、こちらへと声を掛けてくる。

背中合わせになり、その問に応じる。

「どうしたのよ」

「少し試したいことがありまして、協力して貰えませんか?」

「私じゃないと出来ない事?」

寸分(すんぶん)の狂いもないタイミングで、妖怪の攻撃を避ける。

反撃を加えた後、互いの背を(ひるがえ)す。

その目は何を訴えているのか。

正体は分からないけれど、この話に乗るしかなさそうね。

埒が空かないし。

「妖夢さん!! 敵の注意をお願いします!!」

少し離れた位置で応戦する妖夢に、鈴花ちゃんは声を荒らげる。

先程までの(おび)えは消えたのか、勇敢(ゆうかん)に立ち向かっているようだ。

まだまだ未熟者とはいえ、今の所は大丈夫そうね。

「それで、何をすればいいの?」

「私たちには覚醒の他に、もう一つ共通している能力がありまして。 それを試してみたいんです」

「へぇ、まだ隠してたの。 私たちに教えても大丈夫なの?」

「もちろんです、仲間だと思っていますから」

……仲間ねぇ。

お人好しが過ぎるというか、正直者過ぎるというか。

いずれにせよ、この世界では生きにくそう。

っと、それは置いておきましょうか。

龍脈転生(りゅうみゃくてんせい)勁風(けいふう)。 霊夢さん、何か感じませんか?」

えっ、何それそういうお祈りか何かなの?

何も感じない……そう思ったのも一瞬の出来事で、すぐに変化が生じる。

身に纏う不思議な感覚。

まるで無数の風の刃の一つ一つが、自分の周りを吹いているかの様。

「これがもう一つの能力『転生』です。 ある程度の魔力(まりょく)や霊力を施す方に、自分たちの持つ属性の原素(げんそ)を分け与えることが出来るんです」

「成程ねぇ。 つまり、より強力な攻撃が出来るってこと?」

「そういうことです。 妖夢さんにも一度試したことがあったのですが、相性が良くなかったのか、効果が薄かったので……」

相性もあるのね。

まぁ妖夢は半分死んでいるようなものだし、半身人間とはいえ合わなかったのかも。

それにしても、よく魔力と霊力の存在に気付いたものだと思う。

目には見えない特殊なエネルギー体だし、公言(こうげん)しても信じないという選択が普通だろう。

これも、似た境遇にあるからなのかもね。

「先程脚を数本切断した時、ほんの僅かですけど手応えはあったんです。 出血も多量でしたし、自己再生には限りがありそうですね」

「それが分かっても、直接攻撃出来ないんじゃあねぇ……」

結界で動きを止めてしまえば、再生する隙も与えずに倒すことが可能なのだろうけど……。

あぁいう変則的な動きをする妖怪は、これまでの例を含めても初めてかもしれない。

今まで通りの要領で、どうにかなるとは思えない。

第一、スペルカードルールにも沿っていないしね。

弾幕に似た攻撃をして来ているとしても、奴がルールを理解しているのかしら。

……スペルカードが通用するのかどうかもね。

「行きましょう、先陣は私が切ります!!」

身をすくめ、妖怪に向け一直線に突撃する。

その後を私も追う。

攻撃のタイミングは、ほぼ同時に行う必要があるだろう。

まさか、私がこっち側に回るなんてね。

「――ここ!! 霊夢さん!!」

二本の刀を、妖怪の胴体を繋ぐ細い関節へと突き刺した。

風を纏う魔力なんて、どう使うかは知らないけど……。

――思いっ切り叩き付ければいいんでしょ!

「大人しくしてなさい!!」

私の持つ霊力と風の魔力を込め、斬撃によって出来上がった傷口へと一気に叩き込む。

耳に障る、狂乱(きょうらん)にも似た(うめ)き声。

その場で何度も身体をくねらせる。

その度に、鋭く硬い甲殻が消滅していく。

本当に何とかなっちゃうなんて……。

っと、まだ終わってなかったわね!

獄炎剣(ごくえんけん)業風閃影陣(ごうふうせんえいじん)」!!」

空塵鎌鼬(くうじんかまいたち)!!」

霊符(れいふ)夢想封印(むそうふういん)」!!」

各々が放つ一撃により、目には見えない程にまで小さくなっていく妖怪。

一枚の古びた紙を残し、完全に消え去った。

地に落ちる前にそれを拾い上げ、目を通してみる。

先程神社で見たものに似ている。

やはり、誰かがあの妖怪を喚び出した……?

「やりましたね!! 一時はどうなることかと……」

安堵(あんど)に胸を撫で下ろす鈴花ちゃん。

刀を手にしていた時とはまるで別人。

聞きたいことが山積みなんだけどねぇ。

「鈴花さん、霊夢に何かしました?」

「えぇ、以前試した術を少々。 私も不慣れなのでどうなることかと思いましたが、霊夢さんのお陰で何とかなりましたね」

おい、私は実験台か。

はぁ……成功したから良かったけど、失敗していたらと考えるだけで、頭が痛くなる。

何というか、外の世界の人間ってやっぱり変わり者だわ。

まぁ、向こうからしても似たような印象を抱いているんでしょうけど。

さてっと、改めて冥界に……って、また話し込んでるし。

仲良いわね本当。

お互いに刀を主体とした戦闘スタイルから、何処か通ずる所があるのかもしれない。

戦闘方法なんて、弾幕が大半を占めているし、物珍しいのもあるかもね。

私も刀とか使ってみようかしら?

やらないけど。

余計に負担が増えそうだし、遠慮しておくわ……。

今の戦い方が、自分の肌にあっているのもあるけどね。

それにしても、あの大百足は一体……?

あーもう、次から次へと分からないことだらけ。

「霊夢さん、何か気掛かりなことでもありましたか?」

私の様子を見兼ねてか、声を掛けられる。

こんな様子を見るのも珍しいのか、妖夢まで不思議そうな顔をしていた。

――考え込みたくもなるっての。

今までの異変は長期的で、かつ目に見えていたものが多い。

しかし、今回はどうだ。

結果として、見慣れない妖怪が一匹見つかっただけ。

まだ異変と呼ぶにも、事が足りなさすぎるのだ。

もう少し、様子を見るしかないか……。

「何でもないわ。 ほら、とっとと冥界まで行くわよー」



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第2話 異変の兆し

登場人物紹介


高麗野(こまの) あうん
四季異変を通じ姿を現した狛犬(こまいぬ)
霊夢の神社に勝手に住み着き、神社の守護をしている。
といっても、参拝客が滅多に居ない為、のんびり過ごすことの方が多い。
獅子としての側面も持つが、犬なので人懐っこく甘えがち。



伊吹(いぶき) 萃香(すいか)
元々妖怪の山に住んでいたとされる、山の四天王が一人。
好戦的な性格と圧倒的な力から、大抵の弾幕ごっこは遊戯に過ぎない。
またかなりの酒好きで、酔っていることの方が多い。
能力の性質や活動範囲、本人の性格から基本何処にでも居る。
が、博麗神社が一番心地よさそう。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが妖怪(ようかい)の山ですか……」

深い緑が生い(しげ)る場所を見下ろしながら、そう呟く少女。

先程遭遇した大百足(おおむかで)を退治し、目的の場所である「白玉楼(はくぎょくろう)」へと向かう最中。

幻想郷(げんそうきょう)の山を差す場所である、妖怪の山。

文字通り、様々な妖怪が生息しているが、その暮らし方は幻想郷の中でも少し変わっている。

強さの序列が顕著(けんちょ)に現れており、かつては妖怪の最上位に君臨するといっても過言ではない種族、(おに)が住んでいたという歴史がある。

現在は天狗(てんぐ)河童(かっぱ)が主に暮らしているが、その組織的な在り方や強い縦社会は未だに健在。

何というか……数ある幻想郷の土地の中でも、逸脱(いつだつ)している場所なのだ。

「この用事が終わったら見に来ますか?」

「是非!! まだまだ知らない場所も多いので、広く見てみたいです!」

不安になったりしないのかしら。

鈴花(すずか)ちゃんからしたら、この場所は未知の世界。

人間とは違う種族が跋扈(ばっこ)しているというのに……この目の輝き様はイマイチ分からないでいる。

あいつもそうだけど、変にズレてるのよねぇ。

元々外の世界の生まれで、この世界にやってきた例も存在するし、それと似ていると言ってしまえばそれまでなんだけどね。

……普段は何処に居るのかしら。

その事を尋ねてみると、白玉楼に身を置いているらしい。

何でもこの世界に流れ着いた際、一番最初に訪れた場所が冥界(めいかい)だったらしく、霧の続く中歩いていくと、白玉楼へと辿り着いたみたい。

同じ剣術を扱う者同士意気投合し、身を寄せている……という経緯。

何となくだけど、似てるもんねこの二人。

「小さく滝が見えますけど、滝行とか出来るのでしょうか?」

「うーん、流石に難しいかもしれませんね……」

「そんなことする奴なんか居ないわよ。 お堅い仙人様ぐらいじゃない?」

よくあれを見てそんな言葉が出てくるわ……。

未熟という訳ではないんだけど……天然?

どこかのメイドみたいね、うん。

「今度人里に出てみますか? 色んなお店が並んでいますし、楽しめると思いますよ?」

「確か人間たちが暮らす場所なんですよね? 行ってみたいです!!」

「じゃあ夕食の買い出しのついでに寄りましょうか!」

楽観的な話を繰り広げる二人を後目に、私は考え事をする。

どうも引っかかる出来事。

もちろん、先程の妖怪のことだ。

妖夢(ようむ)が言うには、霊魂(れいこん)が逃げ出したと言っていた。

魂の状態にあり、かつ冥界から顕界(げんかい)に来たのならば、少なくとも生は終えている。

冥界に住む様々な生物は、皆死を迎えた後。

言い換えるなら、冥界は死後の世界なのだ。

その魂が閻魔(えんま)の裁きも受けず、現世(げんせ)に肉体を持ったまま戻れるはずがない。

それに、同じ名前の刻まれた古紙が二枚残っているのも、おかしな点の一つ。

容姿や戦闘方法は全く異なるのに、一言一句違いなく同じ名前だった。

共通した消滅方法から、違う妖怪と断定するのは難しい。

……何がどうなってんのよ本当。

幸いにも被害は出なかったけどね。

人里や、力の弱い妖怪が住む場所に姿を現さなかったのは、運が良かったのかも。

昨日までは気配すらなかったというのに……。

何処から湧いて来たんだか。

――あー?

頭を悩ませていると、一際速いスピードで飛ぶ妖夢の姿が。

すっかり置いていかれたのか、私たち二人は取り残されてしまった。

「あの霊夢(れいむ)さん、何故妖夢さんはあんなに速く?」

あーそういうことか。

中有(ちゅうう)(みち)

顕界と冥界の境目がある場所の近くには、三途(さんず)(かわ)という川が流れている。

そこに行き着くまでに必ず通る道で、幽霊(ゆうれい)亡霊(ぼうれい)たちの居る場所でもある。

一見恐ろしい場所にも思えるが、実は案外娯楽に近い場所なのだ。

その理由は単純で、地獄(じごく)の経済状況を良くする為。

地獄に落とされた罪人が更生の為に、この道に出店を出す。

善行(ぜんこう)な振る舞いをすれば現世を通じ、天界(てんかい)へと成仏することが許される。

この出店っていうのが、案外評判良いらしいのよ。

……悔しいけど。

その為か、まだ生きている者でも気軽に立ち入ったり出来てしまう。

妖夢がさっさと飛び抜けた理由は、他でもなく幽霊や亡霊が居るから。

自分も半分幽霊なのにね。

それを指摘すると怒られるんだけど。

おばけの怖い幽霊剣士なんて、何か可笑しいでしょ?

鈴花ちゃんにその事を話すと、変に納得した様子を見せた。

こっちの人間は、心霊的な類は得意なのかも。

「降りて見てみたいですけど……幽々子さんのこともありますし、急ぎましょうか」

「そうね、私も忙しいし」

死人たちの賑やかな屋台を見下ろしながら、先へと急ぐ。

中有の道を抜け、次第に暗い水面が姿を現す。

この水辺こそが三途の川であり、この世とあの世を渡す為の場所でもある。

一度渡ってしまうと、次の生を受けるまで帰ってこれないとか。

死神の渡し(ぶね)はー……今は出てないか。

またどこかでサボってるんだろうけど。

「あれ、妖夢さんは?」

川岸に降り立ち辺りを見回すも、先に向かっていたはずの妖夢の姿が見当たらない。

先に冥界への境界を渡ったのかしら?

この場所からは遠く離れていないはずだし、そう考えるのが自然かもね。

その事を鈴花ちゃんに告げようとした時。

――この砂利道で、何かを引き()る音がする。

足音には聞こえないけど……。

二人してその場に立ち尽くし、その音のする方を見据える。

次第に大きくなって行き、揺らめく影の様なものまで見え始めた。

「霊夢さん、あれは一体……?」

「分からないけど、さっきの妖怪みたいな奴じゃない?」

「――っ!? 来ます!!」

 

 

 

 

 

強大な炎撃(えんげき)(まと)い、こちらへと突進してくる奇妙(きみょう)な妖怪。

瞬時に結界(けっかい)を張り攻撃を()き止める。

甲高い音と共に、大きく後ずさる私たち。

あーもう、今日は本当ついてないわ。

二回もこんな妖怪に出くわすなんて……。

ったく妖夢の奴、何処に行ったのよ……!

「あの炎……何かに似てる……!?」

「何に似てるか知らないけど、余所見(よそみ)しない!!」

何なのコイツ……?

全身が赤く燃えるような肉体。

大木にも似た剛腕(ごうわん)に、強靭(きょうじん)な脚。

その姿はまさに鬼そのもの。

先程の百々目鬼(どどめき)とは違い、感じられる妖気(ようき)の桁が違う。

これは少し骨が折れるかも……。

「気を付けてね。 あいつ、かなり強いと思う」

「分かってます……第一ノ鎖(ファーストチェイン)、解放!! 斬魔風雪ノ縁(ざんまふうせつのえにし)、参る!!」

双剣の突撃に合わせ、妖怪の周りを結界で覆う。

これで逃げ場はない。

「――受け止めた!? ぐっ!!」

風よりも素早い刺突を容易く受け止め、反撃が腹部へと吸い込まれる。

そのまま大きく弾き飛ばした後、真っ直ぐにこちらへと飛び掛って来た。

剛腕をしならせ、地を叩く。

後ろに飛び回避しても、その衝撃波が身体中を突き抜けていく。

まともに食らったら不味いわね……。

距離を保ちながら攻撃を加える。

私はともかく、鈴花ちゃんだと分が悪いか……。

隙を見て逃がしたいけど、そんな時間もあるかどうか。

妖怪退治を、他の世界の子に任せる訳にも行かないし。

数枚の御札(おふだ)を構え、目の前の妖怪を見据える。

熱気に包まれているのか、湯気にも似た(もや)が辺りを包み込んでいく。

霊撃と共に御札を投げ、目を閉じる。

――ここなら!

御札が妖怪へと達する直前に、もう一つ攻撃を加える。

退魔針(たいましん)、妖怪退治に使う有難い代物よ。

地獄まで持って行きなさい!!

三日月を描く様に、無数の針を飛ばす。

もちろんこれだけで済むとは思わない。

追撃のスペルカードを……!

霊符(れいふ)――い、いつの間に!?」

こちらの攻撃を全て振り払い、宙に浮かぶ私の元へと妖怪は達していたのだ。

……受け止めるしかない。

引き込んだ剛腕を、両腕を交差させ受け止める。

骨にまで響く重撃は、何にも縛られず浮く私ですら貫いた。

瞬く間に地へと叩き付けられ、何度も身が弾かれる。

完全に倒れ込む前に、四肢(しし)を使い勢いを殺した。

痺れる様な腕の痛み。

こんなものを感じるのも、私には久しい。

スペルカードルールなんてものは、こいつには通用しないってことか……。

「どこの誰だか知らないけど、違反者にはお(きゅう)を据えないとね」

「私が注意を引き付けますから、霊夢さんは後方から霊術(れいじゅつ)を――」

「そういう訳にもいかないのよ。 あいつの戦闘法じゃ、鈴花ちゃんとは分が悪いの」

地面を炎の波が走る。

こんなことまでしてくるなんてね……!

空へと回避し、妖怪との距離を取る。

次第に燃え盛る波は天へと伸びていき、巨大な柱を形成した。

渦巻く蛇の如く、こちらへと首を伸ばしてくる。

夢符(ゆめふ)二十結界(にじゅうけっかい)」!!」

結界を張り巡らせ、猛進を押し殺す。

しつこいわねこの……!!

()(おど)れ、天空(そら)(はな)!! 立花旋空刃(りっかせんくうじん)!!」

一瞬で生まれた五つの花弁(はなびら)

その一つ一つが、あの炎の柱を捉える。

風色(かざいろ)(まと)った斬撃が、花弁ごと炎撃を斬り裂いて行く。

その姿はまるで、美しく散る桜の様。

……これが弾幕(だんまく)なら、喜びそうね。

主に魔理沙がだけど。

散った炎は、やがて雨の様に降り注ぎ出した。

だが、真っ直ぐ地へと落ちることは無い。

行き着く先は……私たちだ。

鈴花ちゃんには、先程の攻撃によって生まれた反動がある。

遅れなんか取るもんですか。

結界(けっかい)拡散結界(かくさんけっかい)」!!」

数多(あまた)にも形成されていく青白い光の結界。

動きは鈍くとも、小さな炎の雨を打ち消していく。

私たちの元に達する前に、攻撃は完全に消滅した。

「助かりました……」

「お互い様でしょ。 さてっと、あいつをどうしようかしら」

「もし先程の妖怪と同じならば、姿を変えてくるかもしれませんね……」

「そうだったとしても、退治するだけよ」

小さく深呼吸をした後、妖怪の方へと飛んで行く。

対象を攪乱(かくらん)させる為、幾重(いくじゅう)にも弾幕を張り巡らせる。

まだ一度も攻撃を当てられた訳じゃないし。

打撃よりも斬撃か……?

しかし、鈴花ちゃんにはさっきのダメージが……。

私たちが妖怪の元へと達する前に、再び剛腕を地面へと叩き付け始めた。

一定の間隔を刻み、脈打つ地殻(ちかく)

やがて地面より炎が噴出し始める。

ゆったりと燃えながら、辺りを回り始めた。

眼前の獲物を取り囲む様に。

防がれる前に、退路を無くす……か。

幸いにも炎のスピードは遅い。

これぐらいなら回避は十分に間に合う。

進路を変え、側面から攻撃を加えようとした時。

そこには居ないはずの無数の霊魂(れいこん)

一斉に飛び掛り、こちらを目指す。

攻撃を()(くぐ)りながら、ふと違和感を覚える。

――また冥界から漏れ出しているのではないかと。

何やってんのよあの亡霊は……!

「霊夢さん、前です!!」

 

 

 

 

 

少女の怒声(どせい)が響く。

しまった、油断した!!

逃れる暇もなく、双方より迫る剛腕。

真っ直ぐに私の首を目指し、掴みに掛かる。

でも……まだ間に合う!

瞬時にその場から移動し、頭上へと位置取る。

空を飛ぶ程度の能力。

単に空を飛ぶ訳じゃない。

あらゆる物に縛られないことこそが、私の能力。

重圧であっても重力であっても……。

だからこそ、一瞬の超速移動すら可能にする。

そして――。

両足に霊力を込め、落下速度の勢いと共に蹴り下ろす。

当たった……?

感触こそあったものの、大したダメージにはなっていないようだ。

再び距離を取る。

私の行く先を見切っていたのか、螺旋状(らせんじょう)の炎を繰り出して来た。

数枚の結界を衝突させ、炎を塞ぎ止める。

「加勢します!」

少し離れた場所に居た鈴花ちゃんが、こちらへと駆け寄る。

――って、攻撃しに行くんじゃないの?

「妖怪はあっちなんだけど?」

「分かってます。 奴の目には、今私の姿は映っていません。 そこを突きます」

「どうするつもり?」

私の問いには答えず、結界のすぐ手前に立つ。

二本の刀を天に掲げ、声を発した。

第二の鎖(セカンドチェイン)解放(かいほう)!! ――風神ノ御霊(ふうじんのみたま)疾薙搶彦(シナツヒコ)

確か、覚醒(アウェイク)って……。

まだ力を隠していたなんてね……。

「今です!!」

見据える暇もないまま、鈴花ちゃんの合図が木霊する。

言葉通りに、結界を解き上空を目指す。

吹き(すさ)轟音(ごうおん)と、低く(うな)る声。

噴煙(ふんえん)が舞い、姿は確認出来ない。

追撃を加えるなら、ここしかないか。

――身に覚えのある違和感。

あの子ってば、いつの間に……。

百々目鬼(どどめき)の時にも身に纏った、風の魔力(まりょく)

使えってことでしょ?

嵐霊符(らんれいふ)夢想封縛殺(むそうふうばくさつ)」!!」

複数の霊撃弾(れいげきだん)

一つ一つが神風(しんぷう)を帯び、(はや)き風となって妖怪へと放たれる。

宙に浮いたまま、様子を伺うことに。

刀の一振りで、舞い上がった噴煙や塵が完全に消滅する。

強靭な刺突(しとつ)と霊撃によって、妖怪の肉体の至る所に傷が生まれていた。

その姿を確認出来たのもほんの数秒で、すぐにその場から姿を消してしまった。

地上へと降り立ち、立ち尽くしたままの少女の元へ向かう。

「追いますか?」

「いや、先を急ぎましょ。 あの状態じゃ、低級の妖怪にも負けるでしょうし人間も襲えない筈よ」

「……分かりました。 えーっと、冥界への境目はどちらに……?」

「反対側ね」

穏やかさが戻ったのか、物腰が柔らかくなる。

というか、そこまで性格とか変わると、イマイチ調子狂うんだけど……。

変な子ね本当。

しかし、気になることは多い。

聞いてみようかしら。

「ねぇ、さっきの覚醒だったっけ? というか戦ってる時と今とじゃ、何か性格違う感じがするんだけど?」

「あ、あはは……どうしても、気分が高揚してしまいまして……」

苦笑いを浮かべながらそう告げる。

何でも能力自体ではなく、魔力が関係しているのではないかと言う。

魔力という概念は、この幻想郷にも存在している。

主に魔法使(まほうつか)いが好むエネルギー体で、私もあまり詳しくは知らない。

こういうのは専門家に任せればいいのよ。

「でも魔法使いじゃないんでしょ?」

「えぇ、私は人間ですからね。 (コア)契約(けいやく)を交わしたから魔力を扱える……っていう感じです」

「契約? それに核って何?」

私が尋ねると、腰に掛けてある刀を取り出し見せてくる。

刃の部分は妖夢が持つ刀に似ているけど、柄は少し変わっているわね。

翡翠色(ひすいいろ)の宝石を象った様な紋章。

こんな模様見たことがない。

呪印(じゅいん)魔法陣(まほうじん)には程遠いと思うけど……?

風巻蒼天ノ核(しまきそうてんのかく)、これの名前です。 正式名称は風巻蒼天ノ核(エアボルテックススフィア)なんですけど、私は前者の方が気に入っているので」

「ふーん、また変わった名前ねぇ。 ――っとここか」

 

 

 

 

 

冥界へと続く境界を潜った途端、目の前に少し息を切らせた妖夢が走ってくる。

どこに居たのよあんたは。

「妖夢さん!? 一体どちらに?」

「先に冥界まで戻っていたんですけど、中々二人が来ないので迎えに行こうと……」

「なるほどねぇ、あんたのお陰で散々だったわよ」

「えっ? ――うわっ、どうしたのその(そで)!?」

えーそっちの心配……?

あの妖怪の攻撃をまともに受けない為に、両腕で塞いだのだが……。

骨にまで達するほどの衝撃であったこともあり、お陰で袖はボロボロ。

白玉楼の後は霖之助(りんのすけ)さんの所か。

はぁ、忙しい忙しい。

幽々子(ゆゆこ)さんは?」

「屋敷でお待ちです、行きましょうか」

白い霧に覆われた長い階段と、等間隔に置かれた無数の鳥居たち。

本当、何故こんなものがあるのか未だに分からない。

妖夢と出会ったのも、この場所が最初だったかしら。

あの頃と比べると、何処か笑顔が増えたと思う。

私はー……知らない。

一々覚えていないものそんなこと。

飛び続けること数分が経った頃。

今の景色には似合わない、和風造りの巨大な屋敷。

この建物こそが白玉楼であり、冥界を管理する西行寺(さいぎょうじ) 幽々子(ゆゆこ)の暮らす場所だ。

……いつ見ても広いわここ。

遠目で見ても大きいと感じるのだから、この異常さは分かってもらえると思う。

砂利の続く道へと降り立ち、建物を目指す。

「――あぁ!?」

歩き始めようとした途端、妖夢が声を荒らげる。

「ど、どうかしました!?」

「買い物袋……霊夢の神社に置いてきちゃった……」

……あー?

そんなことで大声を上げなくても……。

「そういえばあの中身って? 野菜とか入ってたけど」

「おつかい……」

「でもあんた、さっき夕食の買い出しがどうとかって」

「あれは別なの! 幽々子様が沢山食べるから足りなくて――」

「あら、妖夢ったらそんなこと思ってたの?」

妖夢の背後から顔を覗かせる人物。

()頓狂(とんきょう)な声を上げる妖夢を、くすくすと笑いながら見守っている。

「ゆ、幽々子様!? いつからそこに!?」

「だって私の家だもの。 居てもおかしなことじゃないでしょ?」

「そ、それはそうですけど……びっくりするじゃないですか!!」

「妖夢の可愛い所を見る為よ。 ……で、お花見はまだよ?」

「今日はそんなんじゃないの。 ちょっと聞きたいことがあってね」

西行寺 幽々子。

冥界を管理する亡霊であり、妖夢が仕える人物。

桃色の髪と、青と白を基調とした和装。

その飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を見れば、きちんとした管理者でもある。

きちんと見れば、ね。

「霊夢がお花見以外で来るなら、異変か何か?」

「まだ確定してないってだけ。 さっきここから霊魂が逃げ出したって聞いたんだけど」

「えー、そんなの知らないわよ?」

何で知らないのよ……。

理由を尋ねてみても、本当に知らない様子。

あーこれじゃ来た意味ないじゃない。

「本当に見ていませんか? 私と鈴花さんはすぐに追いかけに行ったので……」

「もし私が見ていたら、逃げ出せる訳ないじゃない」

「あっ、確かに……幽々子さんなら、見逃すとも思えませんし、本当に見ていないのではないでしょうか」

幽々子の言うことにも一理ある。

変化する前の状態なら敵にもならないだろうし。

……となると、何も進展がないってことか。

どうなってんのよ全く……。

「そうだ、鈴花ちゃんにお客さんが来てるわよー」

「私にですか? 誰でしょう……今はどちらに?」

「客間で待ってもらってるの。 私も見たことない人なんだけど……」

鈴花ちゃんに客人か。

きっと、同じく外の世界から迷い込んだ誰かでしょうね。

あいつの居場所を知りたいし会っておきましょうか。

何が何でも掃除させるんだから。

屋敷に上がり、客間を目指す。

白玉楼の特徴として最も大きいといっても過言ではないのが、この無数の桜の木々。

一年中咲いており、春以外でも花見楽しめるという代物。

何度か言述した通り、冥界と幻想郷との行き来は容易なものになっている。

その為、私や魔理沙などはよく白玉楼に来ては宴会を楽しんだりしているのだ。

……ちょっと飲みたくなってきたかも。

帰りに何か買って帰ろうかしらね。

丁度、神社で留守番中の二匹も暇を持て余しているし。

何度か部屋を通り過ぎた後、ある場所へと辿り着く。

妖夢が(ふすま)を開き、中へと入って行く。

 

 

 

 

章大(しょうた)!? この世界に流れ着いていたんですか?」

「鈴花か、賢太(けんた)以外の七人はこの世界に居ることを確認している」

予想的中ね。

鈴花ちゃんの仲間で間違いないみたいだ。

……またあいつと似た服装、流行ってるの?

違う所を挙げるなら……傍らに置かれた黒色(こくしょく)の刀。

これまた妖夢と気が合いそうな。

「皆さんは無事なんですか?」

「今の所はな。 ただ、近い内に帰ることになるぞ」

「手段があるんですか!?」

「確証はないがな。 それを実行に移す為、西行寺 幽々子の元を訪ねている」

「あらそうだったの? てっきり鈴花ちゃんに会いに来たのかと思ったわ?」

「そんな安易なことの為に足を運んだりはしない」

……何と言うか、こいつはこいつでかなり変わり者ね。

とにかく堅苦しいったらありゃしない。

まだ名前も知らないけど、取っ付き難いタイプ。

「あの鈴花さん、この方は?」

「すまない申し遅れていたな。 切崎(きりさき) 章大(しょうた)、外の世界からこの世界に流れ着いた一人だ」

「幽々子に話があるみたいだけど、それって私たちも聞かなきゃダメなこと? こっちも用があって来たんだけど」

「聞いて貰えるなら有難い限りだな。 こちらとしても、より多くの情報が欲しい」

はぁ……これは聞かなきゃダメな奴か。

厄介事は増やしたくないんだけど。

「ここを訪ねた理由は一つ、八雲(やくも) (ゆかり)についてだ。 俺たちがこの世界に流れ着いた……ましてや、八人が同時とはとてもじゃないが偶然とは思えない」

紫か。

その名前を聞いた途端に、私と幽々子の手が止まる。

色々と深い関係だからね。

「確かに……一理ありますね。 今まで外の世界からの来訪なんて、そこまで表立ったことではなかったはずなので」

東風谷(こちや) 早苗(さなえ)、それに宇佐見(うさみ) 董子(すみれこ)、この二人はそれぞれ外の世界出身だと聞いている。 後者に至っては、外の世界との行き来が可能だと」

やけに詳しいわね……。

言っていることに間違いはない。

「それで、紫のことを知る理由はあるの?」

「元の世界へと戻る為、それ以外にはない」

「成程ねぇ……でも残念、私も紫の住む場所は知らないのよ」

幽々子の言う通り、八雲 紫という妖怪は謎が多い。

住む屋敷もその謎の一つ、私ですら見たことがないもの。

「それに、一日の大半は寝ているみたいだから会うことも(まれ)だと思うわよ?」

「随分と呑気な……邪魔してすまない」

部屋を後にしようとする所を呼び止める。

自分だけ聞きたいこと聞いて終わりなんて不公平だし。

「あんた、恭哉が何処に居るか知ってる? あいつに用事があるんだけど」

「今は寺子屋の筈だが。 用が済めば紅魔館(こうまかん)に帰ると思う」

「レミリアの所か……ありがと」

そういえば昨日フランと一緒に居たし、紅魔館に身を寄せていることも(うなず)ける。

それにしても寺子屋か……何でまた。

ってもう居ないし。

音も残さないまま消えるなんて、変な奴。

「か、変わった人ですね……」

「私たちの中でも相当な変わり者なので……幽々子さんもすみません、急に押しかけたみたいで」

「大丈夫よー。 鈴花ちゃんにも言っておくけど、紫には気を付けてね」

その顔で言っても説得力ないわよ……。

普段から笑顔というか真意が読めないというか……。

一癖も二癖もあるのよ、この亡霊は。

「彼も話していたけど、鈴花ちゃんは帰りたいって思うの?」

「家族も居ますから帰りたいですけど……今はその時ではないと思うんです。 この世界から受けた恩義、何も返さずに帰ってしまうのは罰が当たりそうですから」

「お人好しって言われたりしない? 相手は見ず知らずの化け物だし、命を落とすことだってあるわよ?」

「私……いえ、私たちは能力を手にした時から、死とは隣り合わせで生きてきました。 ――今更、怖がる必要なんてないんです」

他の仲間も、皆口を揃えて同じことを言うと思います、と言葉を続ける鈴花ちゃん。

力強く、凛々(りり)しい視線。

私を少し見上げるぐらいだろうか。

とても眩しく思える。

憧れの眼差しや、純粋無垢(じゅんすいむく)な瞳とは違う。

本心から現れる強い意志。

その言葉に、嘘偽りは一つもないように見えた。

「鈴花さん!! 私も共に歩みます、そして互いに研鑽(けんさん)を積みましょう!!」

「妖夢さん……!!」

「あらあら、本当に仲良しねぇ」

「用も済んだし、私は帰るわね」

不思議そうに見つめてくる妖夢。

いやいや、あんたさっきまで一緒に居たでしょ。

冥界の主が、逃げ出した霊魂のことを知らない以上、ここに留まる理由はない。

ここで花見宴会って気分でもないし。

「霊夢さん、もし恭哉に会う事があれば、私は無事だと伝えて下さい」

「あいつには用事があるからね、伝えとくわ。 それじゃ」

「送って行くよ」

後ろから妖夢がついてくる。

断りを入れようかと思ったのだが、何かを目で訴えてる様子。

その真意も気になるし、途中まで共に歩くことに。

互いに無言のまま、屋敷を後にする。

「――海藤(かいどう) 恭哉(きょうや)には気を付けてね」

沈黙を破ったのは妖夢のこの一言。

気を付けるって……何を?

妖夢が言うには、恭哉と異変との間に何か関係があるらしい。

そもそも異変って言っても、何も起きてない……訳ないか。

百々目鬼(どどめき)に、あの炎の鬼。

今までの妖怪退治においても、あんな妖怪は見たことがない。

「誰から聞いたのよ異変のこと。 私だって、まだ確証なんかないんだけど」

「確か紫様が話していたような……そうだ、鈴仙さんも何か知っているかも」

「また紫か……これ以上目的地を増やされても困るんだけど」

「鈴花さんのことは裏切れないし、私もあまり強く出られなくて……とにかく、何かあるかもしれないから注意してとだけ伝えとくよ」

「ご忠告どうも。 あんたこそ、これまで以上に冥界の管理をきっちりするようにって幽々子に伝えといて」

慌てふためく妖夢を後目に、冥界を後にする。

さて、どうしようかしら……。

新たに永遠亭にまで出向く羽目になりそう。

異変のことは気になるが、私が留守の間に神社に来ていたとしたら……。

まぁそっちは上手くやってくれるか。

あいつ人付き合い上手だろうし。

先に袖を直しちゃいますか。

 

 

 

 

 

薄暗く湿気の多い場所である魔法の森。

その入口付近にある道具屋、香霖堂(こうりんどう)へと私は降り立った。

まだ陽は落ちていないし……流石に居るでしょ。

「霖之助さーん、居るー?」

扉を開け中に入る。

うわー相変わらず色んな物が沢山……。

「ん、霊夢か。 どうかしたかい?」

店の奥から出てきた人物。

森近(もりちか) 霖之助(りんのすけ)、この店の店主を務める半人半妖(はんじんはんよう)

幼い頃から馴染みがあり、何かと世話を焼いてもらっていた人物でもある。

衣服の修繕(しゅうぜん)とかもね。

「変な妖怪と戦って、袖がボロボロになっちゃって。 直してくれる?」

「珍しいね霊夢が被弾するなんて。 ――って、服まで汚れてるじゃないか」

「あー……本当だいつの間に。 じゃあついでにお願い」

「分かった分かった、だから僕が居る場所で脱ごうとしないでくれ。 代わりの衣服を持ってくるから、少し待ってて」

別に気にしないのに。

着てるもの着ているし。

代わりの衣服となると……あーあの服か。

大きさが合わないし、動きづらいったらありゃしないのよねあれ。

昔一度だけ着たけれど、もう懲り懲り。

それにしても、一体何処で汚れてしまったのやら……。

あの妖怪、何処かで騒ぎでも起こしたりしていないといいけど。

二人がかりでも、対等に渡り合っていた。

今までの妖怪とは少し違っている気もする。

これは明日には本腰を入れて異変解決かー……。

「お待たせ、これを着るといいよ。 終わったら僕に渡してくれ」

あーやっぱり霖之助さんの服よね。

直してもらうし仕方ないか……。

汚れた巫女服を脱ぎ、受け取った衣服に袖を通す。

サイズは合わないけど、以前来た時よりかはマシかも。

これでよしっと……。

衣服を直してもらう間、店内に並べられた骨董品たちに目を通す。

ある人物のお陰で、以前よりも外の世界の物が手に入りやすくなったって聞いたけど……。

どれもこれも私にはよく分からない物で溢れている。

幻想郷にやって来ては、よく見せびらかしに来たり……最近見ないけど。

――ん?

有象無象(うぞうむぞう)の物品たちの中、私の目を引いた物が一つ。

これって……指輪?

鮮やかながらも、どこか艶めしく光る小さな宝石をあしらった一つの指輪。

ずっと見ていたら……何かに()き込まれそうになる。

それでも手に取り、様々な角度から目を通す。

うーん、私の指には少し大きいかも。

こんな装飾品に興味もないしいらないけど。

誰も言い寄って来たりしないでしょうし。

――寂しくないわよ別に。

他にはー……あっ、分厚い本?

魔導書(まどうしょ)の様にも見える、黒い表紙の書物。

何度か(めく)ってみるも、奇妙なことに何も書いていないページばかり。

文字も絵も何も無い。

もしかすると、売上を記録する物だったりして。

それなら白紙なのも頷ける……って失礼か。

題名すら書いていないのも、少し不気味だけどね……。

魔理沙辺りなら喜んで飛び付きそうだけど。

「はい、仕上がったよ。 何か気になるものでもあったかい?」

十分程度だっただろうか。

店内を見回している内に、衣服の修繕が終わったらしい。

……というより、以前預けていたものと差し替えただけなんだけど。

一日これを着て過ごせというのも難しい話で。

「ありがと。 そういえば霖之助さん、その本って何?」

「これか、それが僕にも分からないんだよ。 そこに置いてある指輪と一緒でね」

霖之助さんでも分からない……?

用途はもちろん、名前すら分からないという。

気が付いた時には、既にこの店に置かれていた……というのが、霖之助さんの証言。

事の経緯は良しとして、問題なのは霖之助さんですら「分からない」ということ。

道具(どうぐ)名前(なまえ)用途(ようと)が分かる程度の能力。

それが霖之助さんの持つ固有の能力であり、今まで私や魔理沙が分からない物は全て教えて貰った。

しかし、これらの道具はそれが通用しない。

……妙に頭に引っ掛かるのだ。

「誰かの悪戯だとしても、僕にはこれらの道具が何なのか分かる筈だからね」

「外の世界の物でも分かるんだし、おかしな話しね。 道具を作ったりする過程で、何か分かったりしないの?」

「別の物に錬成するのかい? 残念だが、一つは書物だしもう一つは小さな貴金属だ。 特殊な加工法を用いたとしても、難しいだろう」

「……気になる。 私でも少し調べてみるわ、異変と関係あると色々と楽だし」

「異変か……。 そういえばさっき、変な妖怪と言っていたが……?」

百々目鬼と、炎の鬼の話を伝える。

それと、外の世界からの迷い人の話も。

滅多に魔法の森から出ないから知らないでしょうし。

鈴花ちゃんたちに関しては、私からも伝えられることは少ないけどね。

まだ二人しか知らないし。

……あいつ、本当に何処に居るんだか。

小屋の掃除に追加で、今晩の食事の支度と境内(けいだい)の掃除までさせてやる。

後買い出しも。

「類を見ない妖怪か……言葉も理解出来ないとなると、この世界に住む妖怪とは考えにくいね」

「外の世界に妖怪なんて居るとは思えないし、今まで何処かに隠れていたんじゃないの?」

 

 

 

 

「いや、それは考えにくい。 仮にその妖怪たちが人妖問わず襲うとすれば、彼女が黙っていないだろうしね」

「あー言われてみればそうかも。 そんなのとっくに紫が片付けているでしょうね」

「そういうこと。 しかし、こう考えることも出来る」

霖之助さんの持論によれば、単刀直入に言うと外の世界からやってきた特異な人間と、類を見ない妖怪に何らかの関わりがあるのではないか……というもの。

実際に外の世界から幻想郷に移り住んだ者も少なからず居るのだが、何らかの影響を異変という形でこの世界に(もたら)している。

信仰を集める為、うちの神社を乗っ取ろうとした巫女。

得体の知れないオカルトボールや根も葉もない噂。

どちらとも外の世界からこの世界にやって来た後に、異変を起こしている。

その説を当てはめるのなら、何ら偽りはないだろう。

複数人居るのが問題なんだけど。

鈴花ちゃんに恭哉。

二人とも変わった能力をその身に宿している。

後者に至ってはまだ見てはいないが、おそらく近いものは持っているに違いない。

魔理沙の弾幕を生身で避け、受け止めようと素手で対抗。

おまけに魔理沙の目を点にする程の俊敏(しゅんびん)さ。

……とてもじゃないが、ただの人間だとは思えない。

空を飛ぶことすら普通だと言っていたしね。

「僕はまだ見ていないが、霊夢はどうだい?」

「既に会ったわよ。 でも、まだ異変が起きているとは、どうにも思えないのよねぇ」

「情報がなさすぎるからだろうね。 僕も同意見だよ」

人間か……。

これまでは妖怪も絡んでいたけれど、主犯格が全員人間となると……どうも気乗りしないわね。

「霊夢も気を付けた方がいい。 その炎の鬼の前例もあるんだ、無理はしない様にね」

「大丈夫よ、何とかなると思うし。 その言葉、魔理沙にでも言ってあげれば?」

「ふっ、そうかもしれないね。 何かあったら、また来てくれ。 僕の方でも、色々と調べてみるよ」

「その時は頼らせて貰うわ。 それじゃ」

店を後にし、帰路に就く。

はぁ……今日は色々と頭を使う一日だったわ……。

外出ばかりで掃除も終わっていないし……あぁーもう!!

どこほっつき歩いてんのよあいつ!!

ったくもう……。

そういえば……私にしては気にしすぎているかも。

掃除ぐらい、神社に住み着いている狛犬なり妖精なりにさせればいいのに。

あの瞳の奥は、何を見つめているのか。

……少しだけ気に掛けている自分がいる。

私らしくもない。

誰と一緒に居ても、自分の中では一人。

上も下も、仲の好き嫌いもない。

全てに等しく、興味が薄いと言える。

そんな私でも……あいつには惹かれる所があるのは事実。

あーもう訳分かんないわ……。

頭の中で渦巻く様々な想い。

どれを手に取ったって、何も変わらないし分からない。

普段通り、時に身を任せていれば何かが変わる?

そんな確証もないけど、今の自分にはそれしかない。

山を通り過ぎた頃、辺りを包む夕焼けの色。

もうこんな時間だったの?

とっとと帰って、明日からまた何かを探せばいい。

きっと……普段の博麗 霊夢ならそうする。

――あっ、萃香たちに肴買ってあげるって言ってたっけ。

適当に何か持っていって上げましょうか。

まだ神社に居るか分からないけどね。

一度航路を変え、人里へと降り立つ。

日が沈みかけるこの場所は、普段とはガラリと変わる。

日中、素の姿で出歩けない妖怪たちは、夜にこの場所へと訪れる。

妖怪の為に開いているお店もあるしね。

今は特に依頼がある訳じゃないし、買い物だけ済ませちゃいましょ。

まだ明るいこの場所で、ほんの少しの安らぎを過ごすことにした。



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