YOKOSUKA Rider`s Guild (灯火011)
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横須賀。海軍歩兵艦隊基地司令部。所詮、艦娘と呼ばれる人間と船のキメラが所属する軍令部の総本山である。束ねるのは妖精適正と艦娘適性がある元一般人の提督の一人である高浦政宗である。秘書官は白髪が美しいヴェールヌイ、もとい響の艦娘だ。今日も高浦の艦隊は近海の掃海から護衛任務、そして敵拠点へのけん制攻撃とせわしなく動いている。
そんななか、響と高浦は顔を突き合わせ、正確には響から高浦へとお願いをしているようである。
「は?バイクの免許が欲しい?」
思わず執務の手を止めた高浦。艦娘というのは基本的に趣味を持たない。軍人と軍艦、そして謎の生物(深海棲艦)の合いの子である艦娘は、人間らしくない生活をすることが一般的に知られている。そんな彼女らの中の、更に自分の秘書官がそんなことを言い始めれば、手を止めるも道理だ。高浦の驚きをよそに、響は淡々と要望をつぶやく。
「そう。バイクの免許。多分、大型自動二輪免許」
「まぁ、免許は軍の教習所で取れることは取れる。それにしても急だな、何があったんだ?」
響の目を見ながら高浦は真意を尋ねる。今までの艦娘運用において、このような要望をしてきた艦娘は初めてであるからだ。もしかすると艦娘が嫌なのか?と思った高浦であるが、それは杞憂であることを知る。
「いや、ちょっとね。惚れたんだ」
高浦か視線を外し、少し頬を右手の人差し指で掻きながら、その頬を染めて恥ずかしそうに呟いた響に、高浦は思わず吹いてしまった。
「なんで笑うかな」
「艦娘から戦闘と食事以外で要望があったのが初めてだからな。驚いただけだ」
「それならいいけれど…」
無言になる2人。響としても確かに艦娘側からこのような趣味の要望を行ったことがないということを自覚している。高浦としても、初めての事でどうするべきか少しだけ悩んだ。悩んだが、答えは最初から決まっているようなものだ。
「それで、惚れた、か。気に入った、良いバイクがあるのか?」
「うん。買い出しに行った磯子のバイク屋で見てね。一目惚れ」
響は笑みを浮かべている。そう、その表情が出来るのであれば、こちら側に来る資格がある。高浦は心を決めた。
「そうか、ま、上には話を通しておく。艦娘が免許を取るということも初めてだから少し揉めるとは思う」
「助かるよ」
「気にするな。それに、俺もバイク乗りだからな」
高浦の言葉に、響は少しだけ眉を上げた。
「そうなのかい?印象が全然ないけれど」
「ああ、だれにも言ってないし、乗る姿を見せてなかったからな。俺のは司令部の脇に一台置いてあるだろう。アレだ」
響は視線を少し上にずらす。脳裏に浮かぶのは、バイクに興味を持ってから司令部脇に置いてあるバイクに初めて気づいた時の事。普段はカバーが掛けてある何かが珍しく表に出ていた。白地に、赤い縁取りが入っていて、丸目のライトで、羽のエンブレムが入った巨体。
「…赤と白の丸目のでかいやつ?」
響と高浦の目線が合う。
「そう、それ」
「あれって提督のバイクだったんだね。かっこいいじゃないか」
高浦と響はは口角を上げ、微笑む。方や褒められて嬉しい。方や、上司が理解者であって嬉しい。
「まぁな。それで、お前は何に乗りたくて免許を取りたいんだ?」
背もたれに体重を掛けながら高浦は腕を組む。対して響は顎に手を置き、悩むしぐさを見せた。少しの間をおいて、響きがぽつりと言葉を紡ぐ。
「…多分、同じ会社のバイク。名前は忘れてしまったけれど、空冷で、四気筒で、1100ccってことは覚えてる」
その言葉を聞いた提督の脳裏に、ドリーム磯子に鎮座しているであろう、空冷のリッターバイクが脳裏に浮かんだ。独特の放熱フィン、エンジンから伸びる4本のエキパイ、そこから伸びる2本の排気管。見る人が見れば昭和の、おじさんバイクだが刺さる人には刺さるデザインの、ビッグワンの血統の一台。響が何を以って良いと思ったのかはわからない。だが、確かにあれは良いバイクだ。
「…ああ、それにいくのか。渋いな。では、教習所に通い始める時期は追って連絡する」
高浦はそう命令を下し、響は敬礼で答えた。礼を解くと響は執務室の出口へと向かう。そして、部屋を後にする直前に振り向き。
「渋くても、気に入ったんだからしょうがないよ。じゃ、免許、よろしくね」
「おう」
始まりはほんの少しの切っ掛け。街で見かけたバイクが気に入った。些細な事から始まる物語。
戦闘艦の化身である艦娘。その一人が人間としての趣味を得る。その結果がどうなるかは、未だ誰も知らない。
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Hibiki-0
件の件から暫くたった頃。響の免許は少々の騒動があったものの、無事に申請が通り、無事に大型自動二輪免許を取得していた。元々海の上で自由に動ける体幹と、重量級の装備を持てる腕力を持っている彼女にとっては、教習なんていうものは朝飯前だったようで、補講なく最後まで一発合格で卒検を迎えた。腕前はバイク乗りの高浦を以てして、昔から何かバイクに乗っていたと思わせる安定感とのことだ。
「おめでとう。響。軍令部から届いた免許証だ」
執務室では響が高浦と机を挟んで相対していた。高浦の手には、響の免許証が握られている。響はそれを高浦から微笑みを以って受け取ると、愛おしそうに両手で包む。そして、改めて高浦の目を見て、言葉をつぶやいた。
「提督の御蔭だよ。ありがとう」
「どう致しまして。何よりお前の努力の賜物だ」
ふっと力の抜けた笑みを響と高浦は浮かべた。
「それで、いつ買いに行く予定だ?次の非番か?」
「店と話はもうつけてる。実車は一度見て契約済みだよ」
世間一般で言うドヤ顔、口角を上げ自信たっぷりに響は鼻を鳴らしていた。
「いつの間に…」
そんな響の姿に高浦は半分ほほえましさを感じながら、半分は呆れていた。それこそ磯子に行く時間と言えば月に一回の休息日だけであろうに。その貴重な一日をバイクの契約に使ったということなのか?しかし、呆れつつも高浦もバイク乗りである。部下がバイク乗りになるならばうれしいのが道理。
「あとは休息日に取りに行けるよう調整中」
そう響の言葉を聞いてしまえば、高浦が言う言葉は決まりきっている。
「そうか。じゃあ、休みを合わせて俺の後ろに乗っていくか?」
タンデムのお誘いである。実はこれは高浦の配慮だ。初心者の響についていき、最低限の知識をサポートしながら走る。もしタンデムをしなかった場合はここから磯子までの足は響一人であれば電車で向かい、帰りはバイクであろう。いくら艦娘とはいえ初心者をいきなり行動に一人でほっぽり出すということはしない。その意味を正確に理解した響は笑顔を高浦に向けていた。
「それはありがたいね」
「じゃあ決まりだ。あとは…」
ヘルメットとグローブ、と高浦が言葉にしようとした瞬間、かぶせる様に響が口を開いていた。
「抜かりないよ。もう、ヘルメットは買ってあるし、フィッティングも終わってるし、グローブもファイブのものを手に入れてあるよ」
「やるなお前。じゃあ、あとはそうだな…」
「非番を合わせないとね。来週は?」
「俺が空いてない。自衛隊と会議だ。となると…」
「この日はどうだい?」
「ああ、確かに、悪くないな」
高浦と響はそう言いながら予定を立てる。遠征の合間を縫いつつ、大規模戦闘がない時期に合わせ、納車できるように。
新たなバイク乗りがこの世界に誕生するまで、あと少し。
そして、バイクも響を待っている。2本のリアショック、2本のフロントフォーク、2本の排気管を揃え、丸目のヘッドライトと、ライトの下にマウントされた2個のクラクションが特徴的な、夢が詰まった、タイヤが2本の乗り物。4本のシリンダーを備えた心臓に火が入る日を、今か今かと、静かに待っている。
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-1 hibiki
好奇の目にさらされる。とはよく言ったもので、艦娘が教習所に、しかも軍管轄の教習所に艦娘が、つまり美少女がいるという事は、軍属の男共にとっては天変地異にも等しい急転直下の出来事だ。誰もが響をちらりちらりと見つめていた。
「おい、女の子がいるぞ」
ある若手がそう言えば。
「本当だ。でも、ここにいるってことは軍属だよな」
中堅がそう続け。
「噂によると艦娘とかいう兵器らしい」
事情通のベテランが言葉を受けて知識を絞り出す。やいのやいのと、業務外の雑談のように話題が広がり、次第に収集がつかなくなってくる。だが、そこは腐っても軍隊である。指導教員が部屋に入ってきたと同時に、言葉を止めて起立し、敬礼を行っていた。
「…よろしい。楽にして良し。はい、では自己紹介と参ります。本日皆様の教官となる高梨です。よろしくお願いします」
年にして50台の少しやせ型の高身長の男だ。見た目は見事な白髪で、腹は締まり、腕にほどよい筋肉がついている、ダンディなおじさんと言ったところである。そんなダンディ、高梨は響を見て少し固まる。
「ああ、貴方が噂の艦娘ですね」
その言葉に、響は軽く会釈で返した。それを見た高梨は、ほっとした表情で微笑みを返していた。そして、改めて顔を引き締めると、大きな声で叫び始めた。
「ええと…では皆さん外の車庫の前へ!まずは引き起こしからやっていただきます」
「引き起こし、ですか?」
軍属の一人が質問をする。おそらくこういいたいのだろう。我々は常に鍛えている、そんなことをしなくても、バイクを引き起こせる、と。
「はい、倒れた時に一人で引き起こせなければなりませんから。やり方をお教えしますので、やってみてください」
問答無用といった答えだ。そして、現地に向かってみれば用意されていたのはCB750。まさかの1世代前の、重い大型バイクであった。だが、軍属のバイク乗りであれば、フル装備でこのぐらいの重量級のバイクを操ることもある。それを想定しているようである。
「ハンドルと車体をもって、こう!」
教官が見本とばかりに説明を行いつつ車体を起こす。あっという間にバイクを起こした教官は、良い笑顔を皆にむけて大声を出した。
「はい、このようにコツさえわかれば私のような老体でも簡単に起こせるんです!では皆様、順番にやっていただきます!」
その言葉に、次から次へと屈強な軍の男たちがバイクを引き起こそうと群がっていった。上手くできる人も居れば、もちろん、ものすごい腕がふといのにも関わらず、起こせない人も出てきている。高梨はそれを見るや、すぐにアドバイスを飛ばしている。
「ああ、そうじゃなくてもっと腰を入れて。そう。それで一気に!」
「うおお!」
高梨のアドバイスを受けて、手こずっていた男が一人またバイクを引き起こす。だが、額に汗を浮かべて疲労困憊だ。
「いいですね。あとは慣れれば大丈夫でしょう」
「ありがとうございます」
男は一歩下がり、いよいよ次は、艦娘響の番である。
「次は私だね」
そういいながら、響は倒してあるバイクのハンドルと車体を持ち、腰をかがめる。
「よっ」
そして、掛け声と共に簡単に車体を引き起こしていた。実は当然のことで、彼女らがつけている艤装は1トン近くある。腕に持つ砲塔も鉄の塊だ。そんなものを毎日振り回しているのだから、バイクを引き起こすなんて造作もないことである。周囲の男たちはあっけにとられていた。
「流石、力持ちですね。では、そのまま歩いてみましょうか」
教官は笑顔を以って答えていた。そして、響は言われた通りにバイクを押し歩き、8の字や、バック、小回りなど取り回しを実践していく。大の大人でも苦労するそれであったが、響にとっては朝飯前もいいところだ。
「いいでしょう。今回の実技はこれで終わりです。皆さん、次回は実車で走りますから、ヘルメットとグローブの準備をよろしくお願いします」
わかりました、と全員が声を揃える。もちろん、その中には響の姿も含まれていた。そして響が教習所の休憩室に移動して休んでいると、当然のように人だかりが出来ていた。ただでさえ美少女である。軍属、美少女、艦娘。これだけそろっている響が、囲まれないわけがない。
「すごいな。あんだけ重いバイクをかるーくとりまわしてたなあんた!」
「ほんとほんと。いやー、俺らも鍛え直さないとな!」
「普段何してんの?どうしてその細い体であんだけ力出るんだい?」
様々な質問やら感嘆の言葉やらを浴びせられている響だが、そこは秘書官すら務める響だ。当たり障りのない、それでいて気分を悪くさせないよう、言葉を選んで一つ一つに言葉を丁寧に紡いでいく。
「海の上でいろいろ振り回していますから、筋力が勝手についてしまうんです。細いのは艦娘の特性、と思っていただければ」
ほぉー、と男たちから感嘆の溜息が漏れる。軍属とはいえ、艦娘と実際に会ったことのある人間は少ない。彼らにとって、それが目の前で動いて、喋っているということだけも奇跡なのだ。
「それにしてもその艦娘様がなぜバイクの免許、しかも大型の免許を取ろうとしたんだい?」
比較的彼らの中で線が細い、しかし階級が上の優男が腕を組みながらそう言葉を投げた。響は、迷いなく答える。
「乗りたいバイクが出来たから」
「ほー、艦娘様もバイクが好きなのかぁ。じゃあ、今日からもう仲間だな」
響の答えに、壮年の屈強な男がそう答えていた。響は首を傾げ、男へと言葉を返す。
「仲間、かい?」
「そうさ。バイク乗りを志す者として。ようこそ、こちら側へ!」
男はそう言って笑みを浮かべ、親指を立てる。
「…ええと、その」
響は少し困惑しながら、周りを首を振って見渡すと、男たち皆の笑顔が瞳に写る。それを見た響は、思わず椅子から立ち上がり、笑顔でこう答えていた。
「バイク乗りを志すものとして、こちらこそ、よろしく」
いうと同時に腰を曲げる。
「よっ、いいぞ艦娘さん!がんばろうな!」
その姿をみた男達は、拍手で響を讃えるのであった。
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HIbiki-0
あくる日。響は二輪の納車を待ちながら、日々の業務を熟していた。予算書の策定、経験から来る航路の策定、敵戦力の分析などその仕事は多岐に渡る。というのも、艦娘というのは一人で一隻の船と同じ知識量と経験を持つ。故に、本来であれば部署ごとに行う仕事を、それこそ船の司令部の如く一人でこなせるのである。だが、体が人間であるために集中力は1時間程度で切れる。響は書類を脇に置き、冷えたコーヒーを口に運ぶ。
「…入れなおそう。コーヒー。提督もいるかい?」
響の言葉に反応するように、提督である高浦も書類から目を離し、こめかみを揉む。
「頼む」
「任された」
そういうと響はいったん執務室を後にする。暫くすると、暖かいコーヒーを手に戻ってきた。高浦のコーヒーはフレッシュ入り、響のコーヒーは砂糖入りだ。それらを各自の机に置くと、響は執務机に深く座り、背を伸ばした。高浦は響の持ってきたコーヒーを一口、含む。程よい苦みに、フレッシュの円やかさ。好みの味だ。自覚はないままに、口角が上がっていた。
「ありがとうな。それはそうとして、響。お前さ、教習で何かやったか?」
「ん?特に覚えはないよ」
そういいつつ、響もコーヒーを口に運ぶ。高浦の好みのコーヒーであるゆえに響にとっては少し苦い。だからこそ、砂糖を多めに入れている。そんなコーヒーを口に含みながら、高浦の口角が上がったことに満足し、ほんの少しだけ笑みを浮かべていた。
「ああ、でも、他部隊の男達とバイクについて語ったかな。そのぐらい」
提督はため息を小さく吐いた。なぜなら、目の前に広がる嘆願書の束の原因が判ったからだ。
「なるほどな。だからだな。お前とツーリングに行きたいという誘いが各部署から来てるわけだ」
「そうなのかい?」
糞ほどに軍部と関係のない、響とツーリングにいきたいという嘆願書の束。曰く戦意高揚、曰く相互理解。だが、その本質は判り切っている。
「ああ、しかも海軍内部ならまだしも、軍令部に陸軍に、広報からも来てやがる」
その真意を見抜いている高浦は思わず口が悪くなっていた。響はと言えば、ぽかんと目を開くのみだ。
「たかだかバイクなのにかい?」
ごもっともな意見だが、世の中の男というのは単純である。それを高浦は十分に理解している。
「たかだかバイクだからこそだ。バイクに乗ってりゃ艦娘とお近づきになれる。十分だろ」
「ああ、そういうことかい。でも、残念、全部断っておいてくれないかな」
響は顔をしかめる。知らない男とバイクに乗るなんていうことは、願い下げだ。言葉にしないまでも、表情で十分に伝わるほどだ。
「そう言うと思って断ってあるさ」
「助かるよ」
「気にするな、お前を秘書官に任命して何年の付き合いだと思っているんだ」
高浦は苦笑を浮かべながら、やれやれと首を振る。響は響で、同じような笑みを浮かべていた。
「…そう言われると照れるね。ま、私は自分一人か、もし誰かと行くとなっても、行く人は決めているからね」
「ほう?だれかいるのか?」
「うん、最近できたよ」
響は笑みを浮かべて提督を見つめていた。だが、高浦の心中は穏やかではない。せっかく断った話なのに、だれかとツーリングに行くと言っているのだ。この秘書官は。
「誰だよ」
ゆえに、高浦の言葉がきつくなるのは致し方のないことだ。
「拗ねているのかい?」
にやにやと高浦を見やる響の視線に、高浦は意図的に顔を逸らしていた。判りやすいことこの上ない。響は肩を震わせると、席を立ち、高浦の執務机の目の前に立った。
「安心していいよ。最近バイクに乗っているって判ったからさ。白と赤の丸目のでかいバイクに乗ってるって」
その言葉に高浦は一瞬体を固めるも、ゆっくりと目の前の響の顔を見る。響は、高浦と目を合わせ、柔らかく口角を上げていた。その響の顔を見た瞬間、高浦は背もたれに寄りかかり、顔を下に向ける。響から表情は見えなくなったが、耳が赤い。やられた、と思ったようだ。
「…紛らわしい言い方をするな。ったく、一緒に行くときは覚えておけよ」
絞り出すような高浦の言葉に、響は笑みを持って答えていた。
「はは。お手やらわかに頼むよ。提督」
平和な午後の昼下がり。穏やかな時間が流れていく。窓の外では、郵便屋の赤いカブが、単気筒独特の連続音を響かせていた。
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相も変わらず、高浦の執務室で高浦と響は書類を片付け、戦術を検討し、派遣する艦娘を選ぶ。所詮通常業務を淡々とこなしていた。ただ、少し違うのは、響がちょっとだけ上機嫌だったことだ。
「『ワザワザ、ヤバイ坂道を、どうして選ぶのさ』」
書類を手にかけつつ、楽しそうにそう歌う。
「『『どうにも計算が合わぬ』あんたにゃ不思議だろ…っ』て、怒髪天のロクでナシか。いきなり歌い始めたから驚いたぞ。どうしたんだ、響」
高浦も怒髪天は聞く。それ故に、軽く歌を合わせていた。普段はこんなことが無い響に驚き、思わず執務の手をとめてそう聞いていた。響は軽く肩をすくめ、視線を高浦に合わせる。
「ん、暁からバイクを反対されてね。まぁ、気にしてないけど」
にべもなくそう告げる響に、高浦は少し焦りつつ言葉を投げる。
「おいおいおい、六駆の不仲はやめてくれよ。貴重な護衛戦力なんだからさ」
「大丈夫、私たちはこのぐらいじゃ空中分解はしないよ。ただ、そうだな」
響は天を仰ぐ、そして、意を決したように提督に顔を向けた。
「暁自身が凝り固まってたというかね。それをちょっと解きほぐしてあげたから。多分大丈夫」
それを聞いた高浦は、少し安心したのか書類に目を落とし、そして改めて響の、少し笑みが作られている顔を見る。
「凝り固まっていた?」
「うん。艦娘だからやりたいことは心の中に押し込めて、滅私奉公せにゃいかん。そんな感じで」
「…ああ、なるほど。昔ながらの海軍の考え方ってわけか」
高浦はそういうと背もたれにもたれかかった。確かに他の艦娘からもそのケは感じることがよくある。例えば、まだ高浦がこの司令部を任されたころに昼食時に講堂にいってみれば、全員が立ち上がって敬礼され、更に食事まで用意されていたものだ。上官こそ絶対。そういわんばかりに。
「そういうこと。幸い私は提督と長い事付き合っていてそういう事とは折り合いをつけれてたけれど…」
「確かに暁はまだ建造されて日が短いからなぁ」
響も高浦に倣って背もたれにもたれかかる。
「そ。ま、でも今回の事で、多少なりとも精神的なギャップを埋められたと思うよ。なんせ他の艦娘にも趣味をもつなー!とか言いそうな雰囲気だったし」
「そこまでか。気づかなかった」
「提督の前じゃ出してなかったからね。姉妹である私だからこそ気づけたことだよ。ま、だから、もしかしたら、暁から何か提督に要望があるかもね」
響は笑顔でそう高浦に言った。であれば、高浦はこう答えるのみだ。
「あー。ま、何かやりたいことあるならサポートするさ」
肩をすくめる高浦に、響は笑みをもって答えるのであった。
「そういえば提督、次の非番はいつだい?そろそろバイクを取りにいきたいんだけど、さ」
「あぁ、そういえば。来週の火曜日、開いてあるだろう?そこで問題なければ行くぞ」
「それでお願い」
「任された」
◆
暁の事を高浦に話す少し前の事。
「バイクって響、何をやっているのよ。私たちは艦娘よ?」
そうヒステリックに叫んでいるのは、艦娘の暁だ。建造されてまだ数か月。若い艦娘故に、その思考は過去の海軍のままであるから、どうも趣味を持つ響に反発をしていた。
「艦娘だからこそ趣味の一つぐらいは持たないとね」
響はどこ吹く風。自身の布団にもぐり込み、暁の言葉を聞き流していた。
「何を言ってるのよ。まったく、他の艦娘もゆるゆるになりすぎよ!盆栽だ、写真だ、イラストだ!私たちはそういうのを我慢して国のために尽くすんじゃないの!?」
「何をいってるのさ、暁。じゃあ、いい歌の歌詞を一つ教えてあげる」
響は、いつも聞いている音楽から、一筋の言葉を暁に届け始めた。
「―胸を焦がすような 熱い想い全部 捨てて暮らすのが まともな人生か」
暁はその言葉に、ドキりとした。熱い想い。確かにあった、けれど、そんなものは、そんなものは船、そう、艦娘になってからは滅私奉公、捨ててきた。だからこそ、響のバイクには反対だった。そして、戸惑いの中で言葉を続ける響を見る。
「『rock 'n' roll』な生き様 間違ってなんかねぇぞ」
私は、間違っていない。そう響から言われたような気がする。
「俺達ぁ、知ってんだ」
俺たち。そう、響や提督たちのような、バイク乗り彼らは、何を知っているというのだろう。バイクは、一体なにが良いのだろう。
「『rockじゃない奴ァ、ロクデナシ」ってね。私はロックに、想いのままに生きるよ。暁はどうするんだい?」
「…私は」
暁は迷っているようだった。だが、先ほどまでのように、響のやりたいことを否定する言葉は、ついぞ出てこなかった。
「ま、私たちに時間はあるからね。好きにしたらいいと思う。でも、私はちょっとだけ先に行ってるから。じゃ、お休み、姉さん」
そういった響の布団からは、すぐに寝息が聞こえてきていた。
「…確かに、人間の体になったんだもんね。そりゃ、船の時からやりたいぐらいことあったわよ。…提督に少しお願いしようかなぁ…?うん、そのね、ありがとう、ひびき。おやすみ」
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ある日の第六駆逐隊の寝室。電と雷は夜間哨戒のために出払っている。つまり、響と暁の2人だけが寝息をたてている、はずであった。
「寝れない」
そう呟いたのは響である。
「…ん?どうしたのよ響」
暁はその声に目を開け、布団から少しだけ顔をだして響を覗いた。するとそこには、首から下を布団に潜り込ませてはいるものの、目をぱっちり開けて天井を見ている妹の姿があった。
「姉さん、寝れないんだ」
「何かあったの?」
暁の言葉に響は視線だけを向ける。そして、一言。
「その、バイクが楽しみで寝れないんだ」
一瞬時間が止まる。見つめ合う2人。片方は爛爛と目を輝かせ、片方は半目でジトリと相手を見る。
「はいはい、わかったわかった、何度目なのよまったくもう」
「いや、でも寝ようと思っても寝れないんだ。どうしたらいんだ」
もちろん、目が輝いているのはバイクが楽しみで仕方のない響。ジト目なのは、そんなことで起こされてしまった暁だ。
「知らないわよ。とりあえず目を瞑って黙ってなさい。私はあした早番なのよ」
「冷たいじゃないか姉さん」
「もー、じゃあ一緒に寝てあげるわよ」
「…そんなことじゃ私は寝ないよ」
「いいから、こっちきなさい」
しぶしぶ。その言葉に響は暁の布団へと潜り込む。そして、暁は響の頭を包み込むように抱きしめて、背中をよわく叩いていた。
「すぅ…」
するとどうだ。一瞬で響は夢の世界へ。それを見た暁は、小さく口角を上げた。
「まったくもー、響もまだまだおこちゃまね」
◆
高浦提督との約束の日。二人とも非番の日。そして、バイクを受け取る日。集合時間30分前だというのに、響と高浦は既に高浦のバイクの前で出発の準備をしていた。
「待ちに待ったこの日が来たよ。楽しみだよ」
そういうのは若干目の下に隈を作っている響だ。暁のおかげで多少なりとも睡眠がとれたものの、やはり絶対量が足りていない。
「寝れて無いな?ま、納車の日ってのはやっぱりいいもんだ。俺もこいつを買った時を思い出すよ」
そういった高浦はレザーのジャケットに身を包み、細身のレザーパンツを履きこなし、まさにバイク乗り、といった体だ。それに対して響はジーンズにパンチングのレザーという出で立ちで、こちらもまたライダーのような姿ではあるものの、まだ初心者といった雰囲気が残っている。
「提督もはしゃいだのかい?」
響がそういうと、高浦は普段、執務では見せないような笑みを響に向けていた。まさに、太陽のような屈託のない笑みだ。響は内心、ほんの少し、ドキっとしていた。
「そりゃあな。欲しい一台だったしな。なんだ、俺がはしゃぐのは意外か?」
響は首を縦に振る。
「提督ってさ、普段の姿をまず見せないから想像がつかなかったよ」
「ああ、そうか、そういえばこうやって出かけるのは初めてだもんな」
高浦は納得した。何せ執務中は常に気を抜かないようにしているし、退所の時もまさに軍人然として家のドアを通るまでは気を抜かない。それこそ、プライベートは自宅のみ、なのである。
「本当だよ。ま、私も休みの日の提督に全く興味がなかったんだけどさ」
響も響で実はそこに一切興味が無かった。絶対的な上司、信頼はしているが、そこどまりだった。ただ、バイクに興味を持ったことによって、それがすこしづつ、変わってきているようだ。
「バイクのお陰かな。私は今猛烈に気になってる」
いうやいなや響は少しほほを染めた。高浦も、その響の表情に少し天を仰ぐ。
「そうか。なんか照れるな」
「私も変な事を言ってしまってこう、照れてる。うん、その、早くいこう」
「おう」
高浦はそう言いながらさっとバイクに跨る。そして、響は高浦の後ろにちょこんと座り、背中にその体を預けた。
「相変わらず大きい背中だね」
「相変わらず小さいなお前は」
軽口を叩きながら、彼と彼女は風になる。そして、丸目の、大きな、バイクは静かに、しかし心地よい音を風に残していった。
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高浦は何の取柄もない土方であった。日々5時に起床し、5時30には会社の事務所へ。そこから2時間をかけて工事現場に向かい、8時から17時、日によっては20時まで仕事、そして2時間かけて会社の事務所に戻り、更に30分かけて自宅に戻る。
この実情は2020年現在、現実の建設作業員のものだ。現実と言うのは小説よりもよっぽど辛い。しいて言えば、それらをまとめるゼネコン、サブコンは更に拘束時間が長い。自殺者が出たり、若者がこの建設業界に入らないのも当然のこととわかるであろう。
そんな高浦は、夢も何もなかった。努力しても結局は月20万~30万という『安い』賃金で切り売りされる。生活で手一杯。貯蓄もない。
「50で死ぬ。立ちいかなくなる」
それが高浦の口癖であったぐらいだ。
だが、とある日、その環境は一変することとなる。
「…なんだこの人形』
ある日、岸壁工事の土盛中の事だ。その場にそぐわない、二頭身の人形を見つけたのだ。
『おお、そこの筋肉の人、私が見えるんかい?』
「人形が、喋った!?」
『ははは、人形ではないんだよ。そうか、見えるのか。-至急、提督が見つかった。着任させよ!-』
人形のその言葉に、どこからともなく表れた少女たちに拘束されたのが始まりの記憶。そこから自衛隊の人々に面接や面談、そして指導、訓練を受け、気づけば6隻の艦娘の指揮官に、戦果を挙げたのならば艦隊レベルの指揮官に、そして、今では横須賀の指揮官の座におちついているのである。
大出世といってもいいだろう。
そして、そのさなかで彼は、夢を取り戻す。それこそが丸目で、白地に赤いストライプの入った、羽を冠した、直列4気筒のリッターバイク。王道のバイクである。
「昔から、それこそ学生の時から欲しかったんだ。卒業して生きていくために土方をやってきたが、その稼ぎじゃ、まず買えなかったからな」
横須賀の司令官、基地司令となれば、妖精が見える、艦娘が言う事を聞く人材で、戦略もたてられ、その責任、そして艦娘の重要性と相まって月の給料でそのバイクが2台は買えるであろうレベルだ。
本来であれば、Vツインの大型バイクや、スクランブラー、本家本元バイクの発祥の国のバイクなどなど、選び放題であったのだが、それでも彼が選んだのは羽のバイク。
「性能の良しあしなんて、結局バイクにとってはスパイスみたいなもんだよ。本質は気に入ったか気に入ってないか。俺にとってはコイツが一番なんだ」
そう、高浦は呟いた。
「…なるほどね。提督の熱い思いは伝わったよ。でも、判る。多分提督のバイクの方が、絶対的に性能が高いんだ。でも、でも。私にとってのバイクはやっぱり、これなんだよね」
答えたのは響である。そして、2人の前には、2台のバイク。
片方は水冷の、リッターの、丸目の、直列4気筒のバイク。
片方は空冷の、リッターの、丸目の、直列4気筒のバイク。
互いに、似て非なる一台。
「なんていうか、バイクって私たちみたいだなって」
響がそうつぶやいた。
「その心は?」
提督は響の、まるでダイヤモンドのような美しい、しかし灯のようなあたたかな笑みを浮かべる顔を見ながらそう質問を投げる。
「例えば、特型。私たちのことだけどさ、似てるけど、唯一無二なところがあるのはわかるよね」
「お前は対潜能力が高いし、ネームシップの吹雪はバランスがいい。綾波は突破力が秀逸だし、暁は野戦能力が突出している」
「でしょう?ほかの艦娘もそうじゃない?だか、そうかなって」
響はまるで自分が褒められたかのように、誇らしげな顔を高浦に向けていた。
「ああ、確かにな」
納得、といった感じの高浦。そして、その高浦に、更に響から言葉がかけられる。
「で、その。私は提督にとっての一台になれている、のかな?」
言ったと同時に、響は目線を高浦から外していた。流石に恥ずかしいのか、頬も染められている。高浦は高浦で、響から視線が外せないでいた。
「いや、なんでもない」
高浦と響は同時にふっとため息を吐いた。
「変なことを言うなよ。全く」
「ごめんごめん。提督、気にしないで」
「まぁ、なんだ。ただ言えることは、俺の艦隊で、お前は絶対に外せない、ってことぐらいだ」
響の目と顔が高浦を捉える。
「提督、それは」
「いいから行くぞ響。先導するからまずバイクになれることろから始めていけ」
「む…了解、提督」
一台の空冷バイクが、一台の水冷のバイクを伴って羽のバイクの家を旅立つ。ここに一人のライダーが誕生した。それは艦娘の響。彼女がこれからどのようなライダーになるのか、それはまだ、だれにも判らない。
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HIBIKi-0
磯子でバイクを受け取ってから暫くしたころ、丁度三浦半島の逆側の由比ガ浜まで足を進めていた。途中、赤信号でふらついたり、エンストしたりとそこそこパニックを経験した響であるが、流石の艦娘、由比ガ浜につく頃にはバイクの一通りの操作を違和感なくこなせる様になっていた。
そして、今2人は道端にバイクを止めて休憩中である。
「どうだった、響。最初の感触は」
「止まってると重いけれど、走り出すとものすごく軽い。かな。あとシートが柔らかくて良い感じだよ。もっと走りたいね」
興奮冷めやらぬ響は、キラキラとした目でバイクと高浦を交互に見ながら、いつもよりも早い口調でそう捲し立てた。
「そうかそうか。じゃあまぁ上々だな。とりあえず今日はここから三浦まで抜けて、横須賀に戻るようにするから、まぁ、落ち着いてついてこい」
「わかったよ」
そういって響と高浦は休憩もそこそこに、公道へとバイクを進めた。平日の昼間とだけあって、観光道路である国道134号線もそこそこに流れている。初心者がバイクを走らせるには最高とまではいわずともいい環境だ。右手を見れば海岸線が続き、更に視線を遠くにやれば伊豆半島が大きく見えた。左手をみれば鎌倉の人々の営みが見えた。
響はバイクのギアを2速、3速度とゆっくりと上げていく。リッター4気筒の心臓が、空冷エンジン独特のドロドロとした音と共に、無理のない余裕のある力をもって、バイクを前に、しかし穏やかに押し出していた。手に伝わる振動が、下半身に伝わる熱が、全身で感じる風が、響の気持ちを押し上げていく。それはまるで、朝日に映えるさざ波の輝きのよう。普段見慣れているものが、バイクというフィルターを通すと、まるで物語の中の素晴らしい風景のように感じる。道の段差ですらも、楽しい。
味わったこと無い感覚に、響は酔いしれていた。
そして、暫く海岸沿いを走ったころ、船頭の高浦のバイクは少し路地へとその舵を切った。響もゆっくりとまるで艦隊運動のように、その後ろをついていく。一応は相互通行にはなっている道だが、旧道然としたその道は細かい切り替えしを響に強要する道であった。だが、不思議と響とバイクは苦も無く道をクリアしていく。そして、暫く道を行くと、突き当りへと出た。
荒崎公園。
看板には、そう書いてある。駐車場は二輪が無料ということで、そのまま入り駐車場の端へとバイクを止める。カタンというスタンドを出す音が心地よい。キーをオフにすれば、4気筒の鼓動は鳴りを潜め、代わりに、チリ、チン、カンと小気味よい、金属が収縮する音が聞こえる。ヘルメットを脱いだ響と高浦は、公園の中にあるベンチに座り、ふぅ、と長い息を吐き出していた。
「と、いうわけで、とりあえず休憩だ。今は疲れを感じていないと思うんだが、それは興奮しているからに過ぎないからな。とりあえず甘いモノと水分を取ろう」
響はまだまだ疲れてはいない。ただ、言われてみれば確かに、興奮はしていた。ここはバイクの先輩である高浦に従うと響は決めたようだ。大人しく首を縦に振る。
「わかったよ」
「ということで、だ。饅頭とポカリスエット」
高浦はバックから饅頭とポカリスエットを響手渡した。大人しく受け取り、饅頭を頬張る響を見て、高浦は笑みを浮かべる。
「うん、バイクに乗ってきたからかな?すごく美味しいね」
「だろう。だろう。またこれもバイクの魅力さ」
現地でお湯を沸かしてカップラーメンやコーヒーを食べてもまた上手いんだ、と呟く響は、生き生きとした目で高浦を見ていた。
「カップラーメンか、やってみたいな」
「いいぜ。次の休み、やりにいこう」
即答である。高浦もやりたくてしょうがないのであろう。
「でも、道具はもっているのかい?」
「もちろんだ。自宅にキャンプ道具一式を揃えているさ」
ぱちくりと響は高浦の顔を凝視する。
「意外。趣味がアウトドアだったんだね。てっきりインドアかなって」
「ああ、まぁ、普段執務室から出ないしな。ただ、アウトドアっていうよりも、キャンプツーリング専門の趣味ってところだ」
高浦はそう言いながら、右手をまるで酒を呑むときのように口にもっていく。それを見た響は、納得と、胸の前で手を合わせた。
「キャンプツーリング?ああ、だから提督、時々連休を取るんだね」
そして、胸の前に手を合わせたまま、響は高浦の顔を覗き込む。
「そういうことだ。何も考えずに山の中にバイクを走らせて、焚火を見ながら酒やコーヒーを飲む。最高だぞ?」
高浦は覗き込んだ響と目線を合わせ、そう呟いた。
「ふぅん」
にんまり。口角を上げた響は、体制を正すとポカリスエットを一口飲む。そして、少しだけ視線を上げ、提督を見る。
「じゃあ、今度一緒にいこうかな」
「おう」
2人で笑い合う。そして、高浦は更に言葉を続けた。
「じゃあ俺と響の休みを合わせるように調整するわ」
「職権乱用じゃないのそれ」
「いいんだよ。こういう時に職権はつかうもんだ」
「ふふ。わかったよ。楽しみにしてるよ」
「おう。楽しみにしておけよ。響」
他愛もない話がとりとめもなく続く。高浦と響は、まるで昔からの幼馴染のように、お互いに柔らかな笑みを浮かべ、身振り手振り、当たりが夕闇に溶け込むその時まで、話を続けていた。
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Type-akatuki(no Bike)
横須賀、駆逐艦寮。第六駆逐隊にあてがわれた部屋に、2人の艦娘の影があった。
「最近どうなのよ。響」
そういうのは、布団から頭を出している暁だ。響に諭されていらい、趣味に余念がない。
「ん?何がどうなんだい」
そう返すのは、同じように布団にくるまり、頭を出している響だ。響としては明日、早番なので早く寝たいのだが、姉に話しかけられれば寝るわけにもいかない。
「バイクよバイク。夜も乗りにいってるでしょう?」
何がどうなのか、と響が思っていると、そう答えが返ってきた。そう、暁は響のバイクがどうなのか、それこそ乗っていて楽しいのか、そう聞いているのだ。意図を理解した響は、暁の顔を見ながら口角を上げる。
「あぁ、うん。最高だよ。こう、思い通りに走れる足っていうだけでも最高だし、しかも自分のお気に入りのバイクときてる。言うこと無しだよ」
そう響が答えれば、暁はむすっと頬を膨らませた。
「いいわねぇ。私もあれから趣味を色々探してみているんだけど…なかなか無くて」
「そうなの?姉さんだったらお菓子とか作るイメージを勝手にもっていたけど」
意外といったふうに響は言葉を返した。実際、暁はよくお菓子を食べる艦娘である。提督である高浦にからかわれるたびにもうお菓子を食べない!とかいうのだが、翌日にはまた懲りずにお菓子を食べるあたり、相当なもの好きである。
「私は食べる方専門なの。私が作るよりもその道のプロが作ったほうがおいしいにきまってるでしょ?」
「それはそうだけどね。でも、姉さんのお菓子も食べてみたいね」
「むー。ま、気が乗ったらね」
取り留めなく続く会話。ふと、響は暁を見ながら上半身を起こした。暁も何事かとつられて上半身を起こす。
「ねぇ。街中で何か気になったものとかはないのかい?」
「特に無いわね。なんで?」
暁は首を傾げた。それを見た響は、苦笑しながら言葉を続ける。
「私の趣味のバイクはさ。街中で気に入った奴がバイクだったから趣味になったんだよ。気にって、手に入れたくて免許取って、手に入れたからさ。何かこう、気になったものがあればそれを趣味にすればいいんじゃないかーって思っただけだけさ」
なるほど、といったふうに暁は手を合わせる。だが、思い返してみても。
「気になった物、やっぱり無いわね…」
それが暁の答えであった。響は口に手を当てて苦笑する。
「ま、仕方ないんじゃないかな。今まで趣味なんて気にしてなかったんでしょう?」
「ええ」
「気長に探せばいいと思うよ。趣味は逃げるもんじゃないし」
その言葉に暁は少し安心する。
「確かにそうね。趣味は逃げないわよね!」
暁がそういったと当時に、夜の12時を意味する鐘が鳴り始める。
「いけない。じゃあ、姉さん。あした早番だからそろそろ寝るね」
「あ、うん。おやすみ」
「おやすみなさい。姉さん」
そういって布団に入った響を、暁はぼんやりと見つめていた。そして翌日、のそりと暁が起床したとき、その背中に、小さく声がかかる。
「響のバイク、大きいのです。暁、知ってましたか?」
艦娘の電だ。夜間の哨戒から戻ってきて、今から寝るのであろう。制服ではなく、緩やかな私服に着替え、髪を解いている。見た目では髪の色が違うものの、なるほど暁の妹かと思うぐらいに瓜二つだ。
「知っているわ。まったくもう。まったくもう!私はまだ趣味を見つけていないのに、響ったら楽しんでいるんだもの。嫉妬しちゃうわ」
むすっと顔を膨らませる暁を見て、電はどこかのバイク乗りの艦娘と同じような苦笑を顔に浮かべていた。
「お姉ちゃんはまだ目覚めてから1か月とたっていないからしょうがないのです」
「それもそうよね。響からも同じような事を言われたわ」
ふふ、と同じような笑みを浮かべ。笑い合う。
「そういえば、電も休みは何かしてたわよね?」
「お酒の勉強とお料理の勉強なのです。オフの日は適当に作って楽しんでいるのですよ」
電はそう言いながら、レシピブックを自分の机から取り出していた。そこには多数の付箋とコメントがかかれていて、本当に好きでやっているんだなと感心させられるものであった。
「ふぅん…ねぇ、今度、お相伴に与ってもいいかしら」
「大丈夫なのです。お姉ちゃんなら、今度と言わず、今晩からでも」
「ありがとう、楽しみにしているわ」
暁はそう言いながら、布団から体を完全に出し、背伸びをする。その姿を見た電は逆に、自らの布団へと体を沈めていた。
「それじゃあ一旦仮眠を取るのです」
「ん。お休み、電」
「おやすみなさい。お姉ちゃん」
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HIBIKI-0
あくる日の朝。日が昇る前の横須賀。
響は白いラインが入ったヘルメットを片手に持ち、ジーンズパンツ、パンチングレザージャケット、ファイブのグローブ、そしてアヴィレックスの編み上げのロングブーツと言った出で立ちで、駆逐艦宿舎から自らのバイクが置いてある駐輪場へと向かう。
「あれ、響じゃーん?これからお出かけー?」
そこで出会ったのは、艦娘の鈴谷だ。ちょうど遠征帰りなのか、潮の香りを漂わせている。
「うん。鈴谷は遠征帰りかい?」
「そ。定期便のお届けよー!って感じー。伊豆の大島ですら私たちの護衛が必要ってのも考えようだと思うんだけどねー」
やれやれと手を肩をすくめた鈴谷だが、その装甲や艤装に一切傷やほつれがない。
「その様子だと大成功かい?」
響がそう聞いてみれば、鈴屋はピースサインを作り、笑顔で口を開いた。
「もっちろん!駆逐2杯に強襲されたけど、しっかり砲弾に熨斗をつけて返してあげた」
ニシシ、と笑う鈴谷。思わず響も笑顔になる。
「流石だね」
「それほどでも~。っていうか響も昨日戦艦2杯堕としてるじゃなーい。謙遜はよくないぞー」
わしゃわしゃと響の頭をなでる鈴谷。響も特に手を跳ねのけるわけでもなく、身を任せている。
「じゃ、ひとっぷろ浴びてゆっくり休むから。またね~」
「うん、ごゆっくり」
ひらひらと手をふりながら去る鈴谷の背中を見送る。そして、改めて自分のバイクへと歩みを進めた。
2台のバイクが駐輪場に並ぶ。そのうちの黒い方のCBへ近づくと、バイザーの閉じたヘルメットをミラーにかけて、外見を一周ぐるっと確認する。
2本のリアショック、2本のフロントフォーク、2本の排気管を揃え、丸目のヘッドライトと、ライトの下にマウントされた2個のクラクションが特徴的な、夢が詰まった、タイヤが2本の乗り物。4本のシリンダーを備えた心臓のバイク。そして、響はスタンドを出したまま跨り、ヘルメットとグローブを装着する。
キーを差し、右に回す。2眼のメーターに火が入り、タコメーターの針が上がり、下がる。燃料噴射装置の動作音が小さく、高く聞こえる。そして、響はハンドルの右側にあるスターターを押した。
モーターの少し低い音が聞こえると共に、4本のシリンダー火が入る。低い、しかし静かな音でアイドリングが始まる。
「よし、調子いいね」
オートチョークで回転数が上がり、暖機運転を勝手にしているバイクを横目に、ヘルメットとグローブを再度確認し、遊びを調整する。その間に暖機運転が終わったのか、回転数が1000回展前後で安定する。響はサイドスタンドを払うと、左手のクラッチを握り、ギアを1速へと入れる。カタンと小気味の良い音が響き、2眼メーターの間にある液晶に『1』と表示が現れる。そして響はヘルメットのバイザーを開け、右手のアクセルをゆっくりと開けていった。
「さてさて、今日は何処にいこうか」
そういいながら響は、ウインカーを右に出す。だが、その実行先は決めていない。着の身着のまま、道のまま。一人のライダーはのんびりと世界へ走り出すのだ。
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