生まれ変わって突然記憶を取り戻した魔導具王は後悔する~世界中に散らばった前世の魔導具や古代遺物を取り戻すために冒険する~ (空雲ゆく)
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序章
魔導具王、処刑される


 簡素に組まれた高台へと、一人の男が両腕を縛られたまま歩かされていた。男が目指すあの高台は急造の処刑台だ。

 

 男だって望んで殺されたいわけではない。

 

 正直、逃げたいところなのだが、両脇には逃亡を防ぐためか騎士が控えており、縛られ体力も魔導具もない今の自分ではこの二人の騎士を倒して逃げるなど不可能だろう。

 

 何か手はないかと最後のあがきとばかりに考えてみるもなにも出てこないまま処刑台へとたどり着いてしまった。

 

 男の両脇にいた騎士の一人が離れていき、残ったもう一人の騎士に引っ張られるように男は処刑台の中央へと立たされる。

 

 処刑台の周囲には男の姿を一目見ようと人だかりが出来ていた。最低でも数千人はいるだろうか。

 

 悪趣味な見世物だが、全員が男の処刑を期待しているというわけではなさそうだ。かといって、助ける気もなさそうではあったが。

 

 大半は男の存在そのものに興味がある者だろう。

 そんな風に男が周囲を観察している間にも着々と処刑の準備は整っていく。

 

「……なにも言うつもりはないのだな?」

 

 執行人である騎士から最後の確認と言わんばかりに問いかけられた。

 今までならば男は騎士の問いかけなど無視していたのだが、この時ばかりは違った。

 男が返事をしたのだ。

 

「一つあるぜ」

 

「なんだ? 命乞いか?」

 

「ある意味そうかもな。アンタらも気になっている物について語ろうと思うんだが?」

 

 男の言葉に騎士はチラリと視線だけで、処刑を眺めている王に確かめる。このまま男をしゃべらせても良いのか? と。

 

 無言で頷く王を見た騎士は男を一瞥すると腕を組む。

 

「好きにしろ。貴様の処刑は決まっていることだ。何を言おうとも逃れられると思うなよ」

 

「有り難いねえ……それじゃ、しゃべらせてもらいましょうか」

 

 ゴホンゴホン、と喉の調子を整えた男は最大限に笑いながら口を開く。

 

 皆が何を言う気なのか? と身構える中、男の大きく張り上げた声が響き渡る。

 

 

「俺が使っていた魔導具は捕まる前に世界中にばらまいたぁ!! 見つけた奴が好きに使うといい!!」

 

 

 

 ――……ワァアァァァァ!!!!

 

 

 一拍、無音の時をおいて、見物していた観衆から叫び声が上がる。

 

「マジかよ!?」

 

「あの魔導具を俺たちが使えるのか!?」

 

「使えなくても売るだけで大金持ちだぞ!?」

 

「でも、世界中って言ったって一体どこに!?」

 

 

 

「俺の足跡を辿れぇ!! 俺が旅した国、街、村、道、その全てに置いてきた! 世界中を探して、探して、探しまくれぇ!」

 

 

 

「何をしている!! 早くその男を! 魔導具王を黙らせろぉ!!」

 

 熱狂する見物人を見てマズいと判断した王は叫びながら手を上げ騎士に命令する。

 それを受けた騎士はすぐさま剣を抜き振りかぶるが、

 

 

(はっ、もう遅え。俺の言葉はこいつらだけじゃなく世界中に届くだろうさ。今更、俺をどうこうしたってどうにならねえよ。精々苦労するんだな)

 

 

 後ろで剣が奏でる風切り音を聞いたのが男の最後の記憶だった。

 

 

 こうして古代遺物(アーティファクト)に並ぶ魔導具の作り手であり、古代遺物コレクターでもあった魔導具王〝エヴァンジュ・ローディアス〟は処刑された。

 

 しかし、彼の最後の言葉により、国も種族も関係なく彼の遺産を手に入れるべく冒険と争いの時代が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――一〇〇年後、光歴三三四年。

 

 

「なんで俺あんなこと言っちまったんだー!?」

 

 

 一〇〇年経とうとも未だ世界を熱狂させている張本人――エヴァンジュ・ローディアスの記憶を思い出した少年が浜辺で頭を抱えていた。



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魔導具王、思い出す

「うーん、良い天気だなぁ」

 

 海上を進む大型船の甲板で一人の少年が手すりに寄りかかりながら、水平線を眺めていた。

 少年は故郷の島を離れ、本格的な冒険者として活動するため街へ向かっている最中なのだ。

 

 冒険者になる目的は当然、魔導具王エヴァンジュ・ローディアスの隠された魔導具である。

 

 この少年のように魔導具王の残した魔導具を目当てに冒険者になるものは珍しくない。

 数がある程度出回っているはずの量産型の魔導具でさえも未だ高値で取引されており、一品ものにもなると国や貴族が大金はたいて買い取っていく事さえある。

 

 そんな少年――ヴァン・フーリュアスは子供の頃からの夢であった冒険の旅へと出発したはずだったが、この後急な嵐に巻き込まれ海へ投げ出され――……

 

 

 

 

 

 

 

「……とまあ、これがヴァン少年の記憶なわけだが、このヴァンってのは俺の事なわけだ」

 

 なぜ自分が浜辺にうつ伏せ状態でいたのかを思い出したエヴァンジュ(ヴァン)は未だクラクラする頭を整理するようにしゃがみ込む。

 

「あー、少しは楽になってきた」

 

 潮だまりに映る自分の顔を確かめながら、ヴァンはエヴァンジュとは似ても似つかない顔をつぶさに観察する。

 

 短めの白金色(プラチナブロンド)の髪といい、整った柔和な顔付きといい、処刑された日の無精ひげだった黒目黒髪のおっさん顔とは全く違う。

 

「似てるってわけでもないし、ただ若返って復活したってのとは違うのな。ヴァンがエヴァンジュの記憶を持ってるってのが一番しっくりくるな」

 

 記憶を思い出した直後はヴァンの記憶とエヴァンジュの記憶が混濁して、処刑直前に言った言葉を後悔して思いっきり叫んでしまったが、今は比較的落ち着いている。

 

 未だ頭は痛むし記憶も万全とは言い難いが、自分がエヴァンジュであり、ヴァンであるということは自覚できていた。

 

「さっきは思わず叫んでしまったが、どうすればいいんだ? 叫んだあの言葉が本心だよな?」

 

 エヴァンジュはあそこで自分の人生が終わるからこそ、自分が魔導具を世界中に残したことを公表し、混乱することを望んだ。

 

 しかし、これが前世の記憶を思い出すとなると話が変わる。

 

「こんなことになるなら言わなきゃよかったな。そしたら、魔導具の隠し場所なんか自分しか分からないから、エヴァンジュ時代の力をすぐに取り戻せたっていうのに……」

 

 一〇〇年も経っているのだから、いくつかの魔導具は発見されていたかもしれないが、エヴァンジュがあんな言葉を残さなければ、世界中が熱狂し探されることはなかっただろう。

 

 ヴァンの記憶によれば、エヴァンジュの魔導具の内貴重な物は国で保管しているものも多いようだ。そんなものを取り返そうとしても、今のヴァンでは死ににいくようなものだろう。

 

(とりあえず地道でもなんでもエヴァンジュ時代の魔導具を取り返すのは確定として、問題は海に投げ出されて運良く海岸にたどり着いただけだから、場所が分からないってことだ)

 

 しゃがんだ状態のまま考え込んでいるとヴァンは背中をツンツンとつつかれる感触に煩わしそうな声を上げる。

 

「ん? 何だよ、今考え中……って、うぉ!?」

 

 ヴァンが振り返ると今まさに何かが振り下ろされる所だった。

 

 慌てて飛び退き立ち上がったヴァンの視界に入ったのは、自身の背丈の半分はあろうかという巨大なカニのような魔獣。

 

 おそらく、先ほどのヴァンの叫び声に反応してやって来ていたのだろう。考え込んでいたせいで気付くのが遅れて危うくやられるところだった。

 

「こいつは、確かシェルクラブだったか? 百年経ったからって過去の魔獣が消え去ったってことはなさそうだな」

 

 そんな風にヴァンが観察する一方で、シェルクラブはギチギチと鳴らしながら威嚇するように両方のハサミを振り上げる。

 

「ちょうどいい、この身体でどこまでやれるか試させてもらうとするか!」

 

 腰に差していたロングソードを抜き去ると正面に構える。

 

 今のヴァンの状態は前世であるエヴァンジュの記憶とヴァンの記憶が混ざった歪なものだ。若干エヴァンジュの記憶の方が強いのはおそらく生きた年数の差によるものだろう。

 

 エヴァンジュは魔導具王と呼ばれていたが、戦闘において全て魔導具頼りというわけではなく、自身の身体能力も生かして戦っていた。

 

 ヴァンの記憶の方にも戦闘経験はあるが、エヴァンジュが過去に戦った存在に比べれば遥かに弱い存在なのは間違いない。

 

 今の自分がどれ位戦えるのか把握しておくのは重要なことだ。

 

 シェルクラブは全身を硬い甲殻に覆われ防御と攻撃には秀でているが、動きが素早い魔物というわけではない。

 まさに、身体の感覚を確かめるにはうってつけの相手だろう。

 

「行くぞ――っ!? あぶね!?」

 

 一直線に地面を蹴ったヴァンだったが、初動からつんのめって転けそうになってしまう。

 

(思ったよりも速度が出ない……というより踏ん張りが効かないのか?)

 

 砂浜ということを加味しても数歩で転けそうになるということは、身体と経験(きおく)の齟齬が激しいのだろう。

 

 ヴァンはとりあえず後ろに下がって体勢を立て直す。

 

 そんな風にもたつくヴァンの姿を見て、シェルクラブはバカにしたように口から泡を出しながら接近してくる。

 

「ちょっとまだ危険かもしれないがっ!!」

 

 シェルクラブの速度は大したことない――というのはあくまで歩く速度のことだ。振り下ろすハサミの方は大人が思いっきり武器を振り下ろす速度に負けていない。

 

 ブォン! と空気を唸らせるハサミの攻撃をヴァンはステップでの回避と、ロングソードでの防御で無効化していた。

 

「どした! どしたぁ! こんなんじゃやられねえぞ!」

 

 魔獣相手に煽る言葉が効くかどうかは定かではないが、ヴァンの調子は上がっているのは間違いなかった。シェルクラブの攻撃を最初はロングソードで防ぐ回数が多かったのだが、今はステップでの回避する回数の方が多い。

 

 シェルクラブは容易い獲物と判断したヴァンの不可解なまでのしぶとさに苛立ったのか、閉じていたハサミを開きその鋭い刃を向けてくる。

 

 あれに挟まれてしまえば、ヴァンの腕や胴体など簡単に切断されてしまうだろう。

 

「それは流石に危ないからな……こっちから行かせてもらう!」

 

 上段へと構え直したヴァンはハサミ目掛けてロングソードを振りはらう。

 

 シェルクラブは開いたハサミでヴァンを捉えようとしても、ロングソードに阻まれてしまい思うようにハサミを振るえない。

 

 甲殻によってロングソードの攻撃は中まで届いていないが、自分が追い詰められているのは分かっているのだろう。シェルクラブの動きに焦りがみえる。

 

「だいぶ慣れてきたし、そろそろお仕舞いにするか」

 

 戦い初めの頃と違い、今やヴァンは自分の身体の感覚を理解し完全に馴染ませていた。

 

 エヴァンジュのような動きは完璧には出来ないが、どれが出来て、どれが出来ないのか分かればシェルクラブに苦戦するようなことはありえない。

 

「確かシェルクラブはハサミを切ればバランスを崩して柔らかい胴体が露出するんだったな」

 

 倒し方を確認するように呟いたヴァンはあえてロングソードをダラリとたらし、隙をつくる。

 

 降ってわいたチャンスにシェルクラブは両方のハサミを素早く振り回して、ヴァンを狙う。

 

「それを待ってました!」

 

 予想通りの動きにヴァンは振り下ろされるハサミの内側へと飛び込んだ。ヴァンが狙っているのは間接だ。

 

 シェルクラブは常に全身を硬い甲殻で覆われているが、攻撃する一瞬だけ関節の甲殻がズレてがら空きになるのだ。

 

 ヴァンはそのままハサミごと両腕を切り飛ばすと、続けざまに後方へとバランスを崩したシェルクラを横一線で切り裂いた。

 

 倒れ込んだシェルクラブは数秒あがくように手足が動いていたが次第にその動きはゆっくりになっていく。

 

「ありがとよ。おかげで良い練習になった」

 

 ヴァンはロングソードについた体液を振り払って鞘に収め、完全に沈黙したシェルクラブを横目に歩き出そうとして、

 

「結局、ここがどこかは分かってねー!?」

 

 自分が絶賛迷子中であったことを思い出したヴァンは、一先ず周辺の探索から開始するのだった。



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魔導具王、見つける

「浜辺ってことしか分からないんじゃどうしようもない。持っていた地図は濡れてボロボロだし、そもそも携帯食料も濡れて食えたもんじゃない。水筒はかろうじて無事だったが、このままだと最悪死ぬな」

 

 自分の状況を改めて確認したヴァンは思いっきり顔をしかめる。

 

 シェルクラブを倒し身体の確認が出来たまではよかったが、今居る場所が何一つ分かっていないのは大問題だった。

 

 シェルクラブなど浜辺であれば殆どの場所で出てくる可能性のある魔獣だ。全く参考にならない。

 

 それに今になって気付いたが食料の問題もある。食べられる木の実でもなんでも探さなければ餓死する可能性も十分あり得るのだ。

 

 ちなみにシェルクラブの身は生で食すと腹を下すので、この状況で食べるのには適していない。

 

 さらに、ヴァンは海に投げ出されたときに大半の道具を失っており、その中に着火の魔導具も入っていたため火もつけられない状況だった。

 

「せめて、シェルクラブを倒す前に気付いていれば……」

 

 そうやって嘆くも時すでに遅し、シェルクラブは見事な死体となってしまっている。

 

 今から火打ち石を探して火を起こすにしても、木を探して火を起こすにしても時間がかかるうえ、準備している間にシェルクラブの死体に寄ってくる魔獣も出てくるだろう。

 

 そんな魔獣の中でも特に厄介なのが空を飛ぶ魔獣だ。ヴァンが使える武器がロングソードだけの今の状態で、空を飛ぶ魔獣に襲われればほぼほぼ逃げるしかない

 

 一部を持ち運ぶことも考えたが、照りつける太陽と気温から考えれば食す前に痛み出す可能性も高い。

 

「とりあえず諦めて適当に歩くか……遠くに山は見えるが流石に山の形までは覚えてないな」

 

 これが雪山ならば話は別だが、木々が覆う稜線などエヴァンジュの記憶に沢山ありすぎてわからない。島から出たことがないヴァンの記憶などもっと参考にならない。

 

 海に投げ出された位置から判断すればヴァンが元々向かおうとしていた街からそう離れていないと思われるのだが、海流がどうなっているかなどどちらの記憶にも残っていない。

 

「そもそもエヴァンジュの記憶の方は全部思い出したわけでもなさそうだしな」

 

 そう、エヴァンジュの記憶は一部が霞がかっているというか、虫食いというか、全てを覚えているわけではないのだ。

 

 これから先思い出せるのか、それともこのままなのかはヴァンにも分からないが、一部思い出せただけでも有効活用できそうなので、「まぁいいか」と呑気に考えていたりする。

 

 浜辺から草むらを適当に歩いていると、何やら巨大な石のようなものが見えてきた。

 

 まだ、だいぶ離れているようだが、この距離からでも分かるということは家程度の大きさはあるということだろう。

 

「ん? あれはもしかして!?」

 

 そして、ヴァンはその石に覚えがあった。厳密にはエヴァンジュの記憶に思い当たるものがあったというのが正確だろうか。

 

 駆け足で近づいて行くに連れてその物体はどんどん大きくなっていく。

 

 ヴァンが完全に形状を認識できる距離まで近づいたときには、二階建ての住居ほどの大きさになっていた。

 

「やっぱりドクロ岩だったか」

 

 こうして近くで見たことによって、予想通りの物体だったことを確信したヴァンはグッと拳を握りしめる。

 

 ドクロ岩というのはエヴァンジュが名付けただけで正式名称は知らないが、読んで字のごとくドクロの形をした岩のことである。

 

 内部は空洞で口に当たる部分からは中に入ることが出来るのが特徴だ。

 ヴァンは中に魔獣などが住み着いていないか確認しつつドクロ岩へと入っていく。

 

「火の跡があるな。住んでいるって感じじゃないし、結構前みたいだから雨宿りにでも使ったのか?」

 

 エヴァンジュが生きていた頃はその不気味な見た目から近寄られることも殆どなかったはずだが、冒険者が増えた現代となっては一時的な休憩場所として使われているようだ。

 

「この分じゃもしかして見つけられているか? いや、とりあえず探してみよう」

 

 ヴァンがドクロ岩に来た目的は別に休憩場所を求めたわけではない。エヴァンジュの記憶にこのドクロ岩に魔導具を隠した記憶があるためだ。

 

「ここのが残っていると、これから先非常に助かるんだがあるかぁ?」

 

 内心、自分でも半信半疑のままヴァンはドクロ岩の右側から壁伝いに手をついてゆっくり歩いて行く。

 

 そのまま、四分の一ほど回ったところでヒュウと前髪を風が揺らした。入り口付近からの風ではない。風はヴァンの右側――手をついている壁の方からやって来ていた。

 

「あった。まずはここの隙間を広げて……指が入るようになったら思いっきり横に引っ張る!」

 

 ゴゴゴッ! と鈍い音を立てて岩の一部がズレていき人一人通れそうな隙間が顔を出す。

 

 この仕掛けはドクロ岩の右側が左側に比べてやや厚いことを利用して、エヴァンジュが作った隠し部屋というやつである。

 

 男なら隠し部屋は憧れだよな! 的なテンションの元、魔導具を使ってちゃちゃっと作ったので簡易的な造りだが物を隠しておくには便利な場所だった。

 

 そのため、何かあったときのため魔導具を残しておいたのだが――

 

「まさか、百年経って役に立つとはな」

 

 自分でも全く予想できない使われ方をした隠し部屋に驚きつつ、中に入っていく。

 

 隠し部屋などと言っているが半分通路に近く、このままもう少し先まで進まなくては目的の物までたどり着けないのだ。

 

 外壁と内壁の間に作られたごく僅かな隙間のため非常に暗く、肩が岩肌にぶつかる事もありかなり進みにくい。

 

「あー、やっぱりないか……」

 

 行き止まりまでやって来たヴァンは開けられた状態で放置されている岩の箱を見てポツリと呟く。

 しかしながら、その声音には特に落ち込みなどは感じられない。

 

「予想通りといえば、予想通りだ。手前にあったものは持っていかれているみたいだな」

 

 そう、ここには二種類の魔導具を隠していたのだ。手前に置いてあったのは、万が一見つけられて持ち去られてもそこまで痛手にならない魔導具が隠されてあった。

 

 もちろん手前の魔導具も残っていれば有り難かったが、ヴァンのお目当ては古代遺物を利用した奥の魔導具だ。

 

 そして、開けた状態で放置された岩の箱とこの行き止まりの状況を見る限り、ここに以前やって来た何者かはその先の仕掛けは見抜けなかったらしい。

 

「まずは蓋を閉めて、次は――」

 

 ヴァンは開けられていた岩の箱の蓋を閉じるとその箱の上に乗った。

 

 そのまま、正面の行き止まりを何かを確認するようにペタペタと触っていくと、ヴァンが触っていた行き止まりの一部がズレて奥に押し込まれていく。

 

「よし、つぎ!」

 

 ヴァンはその言葉通り、押し込まれた岩の上、またその岩の上、と押し込んでいき数分で階段が出来上がってしまった。

 

 出来上がった階段を上っていくと、そこにあったのは下と同じような岩の箱。

 ただし、こちらは開けられていないものだ。

 

「やっぱりこっちは大丈夫だったか、それで中身も――無事だな」

 

 岩の箱から取りだしたのは手に持てる大きさの四角い物体。中心には何やら黒い網状の物が存在しており、ぱっと見では何のための道具なのかわからない。

 

「すぐに使いたいところだが、まずはここから出るか」

 

 目的の魔導具を手に入れたヴァンはわざわざ狭い行き止まりに必要もないため、足早に隠し部屋を後にする。

 

 ドクロ岩の内部へと戻ってきたヴァンは隠し部屋への入り口を閉じると、早速手に入れた魔導具を使い始めた。

 

 使い方はさほど難しくない上、エヴァンジュの記憶にも残っているためヴァンの動きに迷いはない。

 

「まずは、スイッチを入れて……ん? 反応がないな? これで良いはずなんだが……」

 

 壊れた様子は見られなかったがもしかしてどこか壊れていたのだろうかと、少し不安になりつつ魔導具に向かって話しかける。

 

「おーい、聞こえないのか?」

 

 そんな風にヴァンが呼びかけた後、

 

『うえ、久々に通信魔導具が作動しやがったのです』

 

 魔導具からはかったるそうな少女の声が聞こえてくるのだった。



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魔導具王、呼ぶ

予約投稿の時間をミスしてました。ごめんなさい!


「…………」

 

 全く予想と違う第一声にヴァンは思わず無言で固まってしまった。

 どうしたものかと悩むヴァンを差し置いたまま、声の主は面倒くささ全開のまま語りかけてきた。

 

『とりあえず出ないのはダメですね。はいはいどちら様です? この魔導具は認識コードがないと作動できないです。認識コードを言うですよ。……どうせわかりっこないのです』

 

(そういやそんな制限つけてたっけな……というか、アイツいくら何でもやる気なさ過ぎだろ)

 

 ヴァンはこの声の主が誰なのかは分かっているのだが、あまりにいい加減な対応にちょっと驚かせてみるか、と悪い顔になって魔導具に向けて声を出す。

 

「認識コード〝アリエスの頭はトンチンカン〟」

 

『誰の頭がトンチンカンですか!? って、どうして私の名前を知ってるです!? というか、このコードは使用権だけじゃなく最上位コード!? え、なんでです!? マスターはとっくにくたばったはずです!?』

 

 混乱する相手の声を楽しむヴァンだったが、最後の一言にはカチンときた。まさか自分がコイツに〝くたばった〟とまで言われるとは想像していなかったからだ。

 

 表情を真顔にしたヴァンは先ほどよりも低い声で呼びかける。

 

「聞こえてるだろアリエス。お前ならどこにいるかも分かってるだろうから、とっとと来い」

 

『こ、この容赦のない命令はまさかホントにマスター!? いや、でも……万が一本当だったらどのみち強制的に呼ばれるですよね? なら行くしかねーじゃねーですか!』

 

 何やらやけっぱちな気もするが、声の主――アリエスがひときわ大きい声で叫んだ瞬間、ヴァンの目の前には魔法陣が展開される。

 

 空中に現れた魔法陣がチカチカと点滅しながら回転していき、最後に大きく発光するとそこから一人の少女が出現する。

 

 現れたのは、紫色の髪を後頭部で一つに纏め、琥珀色の目をした少女。あどけなさを感じるやや丸みを帯びた顔つきだが、どこか勝ち気そうな印象も受ける。

 

 しかしながら、その身長はヴァンの頭ぐらいで横幅は腕くらいと明らかに小さく、背中には半透明の羽根が付いていた。

 

 そう、アリエスはヴァンのような人間ではなく妖精と呼ばれる種族だった。

 

「来たですよ、マスタぁ? ……ん? お前、誰です?」

 

 アリエスは魔法陣の先にいる人間がエヴァンジュであると思い込んで来たわけだが、そこにいたのはエヴァンジュとは似ても似つかない少年が待機していたことに目を丸くする。

 

「……………………」

 

 一方でヴァンはヴァンで悩んでいた。呼び出したまではよかったが、いきなりエヴァンジュの記憶を持っているなどと説明したところで納得するかどうか分からない。

 

 それに、アリエスは基本的には素直なのだが、変なところで疑り深いという大変面倒な性格をしていたことを思い出したヴァンは、〝さて、どうせつめいしたものか?〟と思わず答えにつまってしまう。

 

「マスター……ではないですよね。マスターほど目つきが悪くないですし、それにこんな髪の色でもないのです。ホントに誰です? なぜマスターしか知らない上位コードを知ってたですか?」

 

 ヴァンが悩んで、反応しないことをいいことにアリエスはぐにょん、ぐにょんと顔や髪を引っ張ったり、ペタペタとあちこち触りまくる。

 

 少し触れば満足するかと思い放っておいたが、ここまで好き放題されれば口の前に手が出てしまう。

 

「お前……いい加減にしろよ?」

 

 ヴァンは隙だらけだったアリエスの頭を思いっきりわしづかみにする。

 

「ひ、ひええええええええええええ!? いだだだだだだだだ!? こ、この握り方と威力はホントにマスターじゃねーですか!?」

 

「どこで確信してるんだよ!」

 

「いだいですって、マスタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!?」

 

 ドクロ岩に妖精の悲鳴が響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、ヒドいのですよ。妖精虐待で訴えてやるです」

 

「そんなヒドいことはしてないだろうが……もう何回かやってもいいんだぞ?」

 

 散々、弄くられたのはこっちだというのに一回強めに頭を握っただけで虐待扱いは納得がいかん、とヴァンが再び手をわきわきさせる。

 

「そ、それでマスターはどうしてそんな見た目になっているです? どっかの死体でもつなぎ合わせて墓場から復活したですか?」

 

 身体を大きく一回震わせたアリエスが矢継ぎ早に質問を繰り出す。

 明らかに話を変えようとしているのは分かったが、ヴァンとしても説明しておきたかったことなのでなにもしなかった。

 

「どっからそんな発想が出てくんだよ!? 死臭なんかしてねえだろうが! そもそも俺はそう言ったやべえ実験は一回もやってなかったはずだが?」

 

「なんとなくのイメージですかねー。よく自室で変な叫び声上げてたって聞いたですよー?」

 

「どいつがそんなこと言ってやがった……って、そこは別に重要じゃない。いいか、アリエス。俺がこれから話す内容はかなり荒唐無稽なうえ、俺自身も理解出来ていない話だ。しっかり聞けよ?」

 

「……そこまで前置きされると少しこえーですが、真剣には聞いて見るです」

 

 聞く体勢へと移行したアリエスを見てヴァンは自分が分かっている限りのことを話していく。 

 といっても、大まかな内容は百年後の世界に生きるヴァン少年がエヴァンジュの記憶を思い出したというだけのことなのだが。

 

「はえー、不思議なこともあるもんですねー」

 

 ヴァンの話をひとしきり聞いた後のアリエスの反応はけっこう軽いものだった。

 そのあまりの反応の薄さにヴァンは怪訝そうな表情をうかべる。

 

「ちょっと軽すぎやしないか?」

 

「そう言われても私が納得したから、それでいーんじゃねーですか?」

 

「いや、もうちょっと疑われるもんだと思ってたからな」

 

 見た目も変わってるし、とヴァンは自身の顔を指さした。

 

 処刑されてから一〇〇年も経っている状況でいきなり〝エヴァンジュの記憶を持ってます〟などと言い出したら、控えめに言ってもホラ吹き扱いは免れないだろう。最悪、狂人扱いだ。

 

 だから、アリエスも懐疑的な反応をすると思っていたのだ。先ほど、握りかと威力とか言っていたがまさかあれだけでエヴァンジュだと確定したわけではないと思いたい。

 

「そもそも昔、マスターとした契約(パス)が結び直されていますからね。今、目の前にいるのがマスターっていうのは信じるしかねーじゃねーですか。まあ、直接会うまで疑ってたのは事実ですけどね。あと、握り方も判断材料の一つには成ったですよ?」

 

 あっけらかんと答えたアリエスを見て、気にしすぎていた自分がバカらしい、とヴァンは口に手を当てて笑い出した。

 

「くくっ、くはっ!」

 

「なんで笑ってるです!? ここで笑うのはしつれーじゃねーですか!?」

 

「いや、逆だ。お前が変わって無くて笑ってんだよ、ぶくっ……これは――……」

 

 ひとしきり笑ったヴァンはアリエスへと頭を下げる。

 

「で、だ。早速アリエスにお願い……というか頼み事があるんだが?」

 

「ふっふっふ、マスターが頭を下げてまで頼み事とは珍しいですね。それは私じゃないと出来ないことですか?」

 

 エヴァンジュ時代でも滅多にないことにアリエスは気をよくしたのか、羽根がいつもより大きくはためいていた。

 

 アリエスからのその問いにヴァンは目を見て、ハッキリした声で答える。

 

「そうだ。お前にしか頼めない」

 

「わかったのです。この時空間妖精アリエスにお任せなのですよ!! マスターはこの私にいったい何をして欲しいのですか! 言ってみるがいいですよ!」

 

「お前に渡した鞄型収納庫あるだろ?」

 

「? まあ、あるですね。マスターがくれたやつですけど……」

 

 

 

「それをよこせ」

 

 

 

 

「はい?」

 

 

 

 



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魔導具王、求める

 

 思ってもみなかったヴァンの言葉にアリエスはビシリ、と固まった。

 

「あー、ひょっとして私、聞き間違ったですか? 欲しいのは私の力じゃなくて鞄型収納庫――魔導具っていう風に聞こえたのですよ」

 

「間違いじゃないな。確かにそう言った」

 

 得意げな顔から一転、頬をひくつかせ始めたアリエスに対し、ヴァンは首を傾げながら手を差し出す。言外に早くよこせと催促していた。

 

 そんなヴァンを見て、アリエスはプルプルと全身を震わせると一瞬でヴァンの耳元に転移し、大声で叫んだ。

 

「信じらんねーです、このバカマスター!」

 

「うおっ!? いきなり耳元に来て叫ぶな!? 鼓膜が……」

 

 ヴァンはキーンとなる耳を押さえながらアリエスから距離をとる。ここにやって来た時と違い短距離ならば魔法陣もなしで転移できるのは見事だが、こんなことされるとは全く想定していなかった。

 

 ヴァンは苛立っています! と言わんばかりに上下に揺れているアリエスに問いかける。

 

「何を怒ってんだよ? 間違ったことは言ってないだろ?」

 

「別に怒ってねーですよ。久しぶりに会って、あそこまで私の力が必要みたいに言っておいて、結局必要なのは魔導具だっていうマスターに呆れてんですよ!」

 

 大声出したという事は怒ったのと同義のようにも感じられたがアリエスが違うというならばそうなのだろう。

 

 どうやら少しからかいすぎたらしい。

 今回は自分が悪かったと思ったのかヴァンが素直に謝る。

 

「悪かったよ。昔の感覚のままいっちまった。お前にしてみれば、久しぶりだったな。俺の感覚じゃいまいち一〇〇年経ってる気しないんだよ……」

 

「まあいいです。大体、昔からいっつも言葉が足りないのですよ。だから、面倒事に巻き込まれるのです。少しは気にしておくと良いのですよ」

 

 いきなり始まった本気のだめ出しにヴァンは苦笑いすることしか出来ない。今回の件は甘んじて受け入れるつもりのようだ。

 

「ああー、お前らによく注意されてたのはそれが原因か。覚えてく、覚えとく」

 

 そう言って覚えてなかったから捕まって死んだのだろうな、とアリエスはため息をはく。そもそも、こんな性格だったのはアリエスも知るところであったのだ。

 

 一〇〇年ぶりにあったことで調子に乗った自分も油断していた……と、思うことでアリエスは精神の安定を図る。

 

「それで、マスターが私に渡した鞄型収納庫ってこれの事ですよね?」

 

 アリエスが指さすのは自身の肩から胸にかけてある小さな鞄。シンプルなデザインだが、アリエスの髪の色に合わせたのか紫色になっており、よく似合っている。

 

 これはエヴァンジュがアリエスにプレゼントしたもの……というか、エヴァンジュ達ならば全員が持っていたものだ。

 

 鞄型収納庫――と名付けられているとおり、鞄にものを入れられるというだけのものだが、鞄以上の大きさのものでもすんなり入れることが出来る優れもの。

 

 ただし、これは物体が鞄に直接入っているわけではなく、エヴァンジュが用意していた収納庫と繋がっているだけだ。

 鞄は倉庫の入り口だけを切り離したようなものというのが適切だろう。

 

 ちなみに、持っている人によって大きさは自在に変動するようにもなっている。例えば、今アリエスが持っている鞄型収納庫をヴァンが持てば大きくなるということだ。

 

 ヴァンはアリエスが指さした紫の鞄をみると大きく頷いた。

 

「ああ、それであってるんだが、一応、確認だ。共有鞄の方はどうなってる?」

 

「持ってはいるですけど、マスターが全部どっかに転送したので中身はからのはずです。もしかしたら誰かが何かを保管してるかもですが、なんもねーと思うですよ」

 

 共有鞄とはエヴァンジュ達が全員の共有財産や魔導具などを入れていたものだが、アリエスの言うとおり、自分で世界各地に転送したはずなのでからだろうとは思っていた。

 

 一方で今アリエスが持っている鞄型収納庫はアリエス個人のものだ。ヴァンの狙い――というか目的はアリエス個人の鞄型収納庫なので、共有収納庫の中身が空でもこれがあればそこまで問題ではない。

 

「なら、そっちはいいな。そこに入っている魔導具が欲しいんだ。記憶は思い出せても魔導具は一個も持ってなくてな」

 

 この剣以外に戦えるものがない、とヴァンは腰に差してあるロングソードをカチャリと鳴らす。

 エヴァンジュがどうやって戦っていたかはアリエスもよく知っているため、ヴァンが魔導具を求めているのは理解出来た。

 

「まあ、わかったのです。ほら、受け取るがいい――いや、ちょっと待つですよ」

 

 アリエスは肩にかけていた鞄型収納庫をヴァンに渡そうとしたところで、何かを思い出したのか急に取りやめた。

 

「ん? なんでここで止めるんだよ。別に壊したりしないぞ? 必要なものを取り出させて貰うだけだ」

 

 これはヴァンの本心だ。鞄型収納庫の素材と作り方は覚えているが、現段階では材料が手元にないため、万が一壊してしまえば修理などは出来ない。

 

 元々、自分が作った物とはいえ今はアリエスのものなのだ。壊さないように細心の注意を払うつもりでいた。

 

 加えて、理由も説明したのだから拒否されるとは思っていなかった。

 そんなヴァンの考えが表情に出ていたのか、アリエスは鞄を両手で掴みながら口を開く。

 

「ま、マスターが必要なものを言えばいいのですよ。私が取りだしてやるのです」

 

「いやいや、デカさ的にお前が出すにはつらいのもあるだろうが。いらん気遣いはまわさなくて……ん? まてよ、お前、なに隠してる?」

 

 頑なに鞄型収納庫を話さそうとしないアリエスを見て、ヴァンは流石になにかおかしいと気付く。

 

「な、なにも隠してねーです……よ?」

 

 もはやその言い方が何か隠していると言っても過言ではなかった。

 

「……そうか。じゃあ、とりあえず預けた魔導具を取りだしてもらえれば――今だ!」

 

 ホッと息を吐くアリエスの姿を見たヴァンはその一瞬の隙を付き、アリエスの手から鞄型収納庫を奪い去った。

 

 妖精と人間という大きさに差がある種族だ。単純な力比べではアリエスがヴァンに勝てるはずもない。

 

「あ!? それはズリーですよ、マスター!?」

 

「油断する方が悪い。大体、そこまでして隠したいものってなんだよ……」

 

 ヴァンの体躯に合わせて大きくなった鞄型収納庫を掲げて、アリエスに再び

 

「いやー大したものではねーですよ」

 

「大したもんじゃないなら、俺が取りだしたって良いだろう――よ!」

 

 未だ答えないアリエスに付き合っていられない、と思ったのかヴァンは鞄型収納庫へと手を突っ込んだ。

 

 それを見たアリエスは半ば悲鳴のような声で叫ぶ。

 

「あ、待つです、マスター!」

 

「だからなにをそんな焦って――〝ねちょ〟――おい、なんか今手に変な感触が当たったんだが……」

 

 あまりよろしくない感触にヴァンの顔が引きつったような笑みを浮かべる。

 

 その一方でアリエスはヴァンと目線を合わせようとしなかった。どうやら、ヴァンに隠したかったものというのはこのねちょっとした何からしい。

 

 スライムの死骸というわけでもなさそうな感触に嫌な予感を覚えつつ、ヴァンは鞄型収納庫から手を抜いた。

 

 抜かれた手を見てヴァンは思わず驚愕の声を上げる。

 

「何じゃこりゃぁあぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 手の先にくっついていたのは変色し、悪臭を放つおかしらしき物体だった。

 

 



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魔導具王、確かめる

 手の先についた物体をつけていたグローブごと投げ捨てたヴァンはアリエスに向き直ると同時に詰め寄った。

 

「お前、収納庫になに入れてるんだよ」

 

「食料的なもんですかねー。ま、マスターもよく入れてたですよね!」

 

「入れてはいたが腐らせたことはねーよ! まさかこれ以外にも変なものばっか入れてんじゃねーだろーな……なんか不安になってきたからひっくり返して全部取り出すか。たしか、最大容量はそこまでじゃなかったから、ここで出しても問題ないだろ」

 

 アリエスに渡していた収納庫は種族的な大きさもあり、家一件分にも満たない量だったはずだ。

 

 外ということもあり、最大容量まで詰め込まれていたとしてそれを全て取りだしても、ヴァンやアリエスが出てきたもので埋まるということはないだろう。

 

「あー!? 待つのですよ!?」

 

「もう待たねーよ!」

 

 焦るアリエスを横目にヴァンは鞄型収納庫をひっくり返し、中のものを全て出すイメージで上下に振る。ヴァンのイメージを感じ取った収納庫からはドサドサといろんな物が溢れるように出てくる。

 

 最終的に出てきたのはヴァンの予想よりも少なかった。アリエスならば全身が埋もれそうな小山だが、容量的には全て合わせてもヴァンの腰くらいの高さだろうか。

 

「これ以上は出てこないみたいだが……なんだよ、このおかしの数々は? しかも一部どう見ても腐ってんじゃねーか!? 一緒の場所にあった入れてるおかしは食べれんのか? これ?」

 

 出てきたものの大半がおかしだった。

 

  それだけでなく、食べかけのまましまわれ放置されたのか、先ほどヴァンの手の先に触れたようにヒドい色と臭いを発する物体がいくつか見受けられる。

 

  それに隣接するように食べられそうなおかしも存在しているのだからヴァンが不可解な面持ちをするのも無理はなかった。

 

「よく見るのですよマスター。食べられるおかしには私が一個一個結界を張っているのです。だから他の影響は一切受けてねーのですよ!」

 

「ああ、なるほど。見れば確かに……ってそういう問題じゃねー!?」

 

 無駄に高度な保護を受けているおかしを見たヴァンはこめかみを押さえて呻いた。

 

「……好きに使えって渡したが、ゴミ箱じゃねーんだぞ。もうちょいどうにかならなかったのか?」

 

 乱雑な倉庫程度の使われ方は想定していたが、まさか食いかけのものを入れられるなど想像もしていなかった。

 

「い、いいじゃねーですか。私がもらったもんですよ!」

 

「いや、確かにそうなんだが……って、お前に預けてた魔導具は!?」

 

 ひょっとしてこの中だろうか、と気付いたヴァンは目の前のお菓子の山に改めて視線を向ける。

 

「あー、多分そうですね。だから私が取り出すっていったのですよ」

 

「お前に出させるなら問題ないってわけでもねーよ。というか、こんなとこに入ってて魔導具は大丈夫なのか? ある程度頑丈に作ったとは思うが……」

 

 おかしの山に驚いて一瞬忘れていたが、ヴァンは魔導具を取り出そうとしていたのだ。しかし、この中にある魔導具が無事動くかはエヴァンジュの記憶を探ってもよく分からなかった。

 

 ただ、収納庫に入れられていただけならば動く可能性が高かったのだろうが、おかしの山――しかも一部腐っているもの混じり――に放置しておいたことなど一回もない。

 

 それに魔導具によっても強度や耐久値なんかは大分違うのだ。

 そんなヴァンの心配をよそにアリエスはどこか興味なさげにポツリと呟く。

 

「……大丈夫ですよ。魔導具の方も保護して突っ込んでいたはずですから」

 

「お前の結界って長期間だと張り直さなきゃいけなかっただろ? わざわざ張り直して保管してたのか?」

 

「う、うるせーですね!? 有り難く思っておけば良いのです! どのみち探す必要はあること変わりはないですからね! ほらやるですよ!」

 

「お、おう」

 

 急に怒鳴ったアリエスに急かされるようにおかしの山をかき分けて二人は魔導具を捜していく。

 

 腐ったものは触りたくないため基本的にアリエスに処理して貰い、ヴァンは結界が張られているものを鞄型収納庫に詰めていくというやり方だ。

 

 作業開始から小一時間ほど経つとおかしの山は全てなくなる。

 

「ふぅ、なんとか終わったか」

 

「そうですねー」

 

 予想以上に手間取ったがなんとか魔導具をおかしの山から発掘したヴァンは額の汗を拭いつつ並べた魔導具を見る。

 

「なんというか……」

 

「? どうしたです? お目当ての魔導具は見つかったのですよね?」

 

 言葉に詰まっているヴァンを見てアリエスはどこか不思議そうな声を出す。

 ヴァンがアリエスに連絡をとったのはこの魔導具が欲しかったからのはずだ。

 

「いや、そういやお前に預けた魔導具って基本補助だったなーって思い出しただけだ」

 

「そりゃそうですよ。そもそも私は基本戦わねーですよ?」

 

 アリエスは攻撃的な魔法は使えないかわりに防御や移動、補助といった魔法には優れており、エヴァンジュの魔導具研究や古代遺物の解析にも役に立っていたのだ。

 

 一つか二つでも戦闘に使えそうな魔導具があれば御の字といったところだろうか。

 

「まあ、ぱっと見どれも使えそうなのが幸いってところか」

 

 ヴァンは目の前にあった革のグローブを手に取った。手の甲に当たる部分にはキラリと光る宝石がはめ込まれている。

 

「それって確か簡単な魔法が全部使えるやつですよね?」

 

「そう、こんな風にな」

 

 捨てたグローブの代わりに左手に装着したヴァンは手をかざすと小さな火や少量の水やぬるい風を発生させる。

 エヴァンジュがこの魔導具を作ったのは単純に面倒くさかったからだ。

 

 どういうことかというと、当時、火にせよ水にせよ、単一の現象を起こす魔導具は存在したが一つの魔導具で複数の現象を起こす魔導具は存在していなかった。

 

 そこに目を付けた、というべきか、ものぐさというべきか、野営において水を出すにせよ、火を起こすにせよ魔導具を切り替えるのを煩わしく思ったエヴァンジュが作ったのがこの魔導具になる。

 

「とりあえず大丈夫そうだな。じゃあ、他のもチェックしていくぞ」

 

「おー、なのですよ」

 

 ヴァンとアイリスは残っている魔導具を確かめるべく、次々手に取っていった。

 

「マスター、この丸まった紙はなんです? 開けた箱から出てきたんですけど?」

 

「ん? ああ、これは地図だったはずだ。ちょっと貸してくれ」

 

「はいです」

 

 地図を受け取ったヴァンはアリエスにも見えるように手元で開く。

 

「これが地図ですか? 私の目には白紙にしか見えねーですよ?」

 

「起動させたばっかだからな、ちょっと待ってみてなにも起きなきゃ壊れてるってことだろ」

 

 とヴァンが言っている間に白紙の地図だったものが色鮮やかに描かれていく。

 

「おー、ここのドクロ岩まで描かれているってことは、これはこの周辺の地図なわけですね」

 

「そのとおり。コイツは所持者の周辺の地図を勝手に描いてくれる魔導具だ。さらに、移動すればその分も描き足されていく。これがあるのとないのじゃこれから先の旅で大分変わってくるからな無事で助かった」

 

 そこまで広くないのが難点だがな、とヴァンは言っていたがそれでも十分役に立つ代物だろう。エヴァンジュの記憶に大まかな地図はあれど一〇〇年前と現在では国や森、道などかなり変わっているはずだ。

 

 その後も、ヴァンとアリエスの二人は魔導具が使えるか確認していき、どれも使用できることが分かったが、いずれも戦闘用とは言い難いものだった。

 

「うーん、やっぱり戦闘用は預けてなかったか……」

 

「ですねー。でもマスターあんまり深刻そうじゃねーですね?」

 

 参ったように頭をかくヴァンだったが、アリエスの目から見てそこまで困っているようにも見えない。一体なぜだろうか、と悩むアリエスに対しヴァンは一つの魔導具を手に取った。

 

「それは、これを使うんだよ」

 

「また、その通信魔導具を使うですか?」

 

 それに対しアリエスは目を細めて見つめるのだった。

 



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魔導具王、出発する

「何だよその目は……そんなおかしなこと言ったか俺?」

 

「いえ、別にいーですけどね。管理を私に任せていた挙げ句、久しぶりに呼び出されたと思ったらバンバン使ってるですから調子いいなーとしか思ってねーです」

 

「ホントに死んでたんだからしょうがねーだろ!? この魔導具の要になっている古代遺物を任せっきりにしたのは悪かったと思ってるよ」

 

「別に、放置されてる古代遺物が反応してるかを見てるだけだったのですから、大した問題はねーです。最初の一〇年くらいはマスターの魔導具を見つけた輩がちょくちょく通信魔導具を使おうとしてきたですが、大半は認識コードも見つけてなかったから、そのまま使用不能にしてやったのです」

 

 ヴァンがアリエスに呼びかけるのに使った四角い物体は、通信魔導具というエヴァンジュ時代に古代遺物を使用して作ったものだ。

 

古代遺物が超広範囲に発生させる微弱な魔導波を利用し、遠くの場所同士であっても会話することが出来るのがこの魔導具の特徴だ。

 

 この通信魔導具はエヴァンジュであっても一から生み出すことは出来ず、魔導波の同調にはアリエスの力を借りているうえ、時折ズレることがあるのでその調整もアリエスに任せていた。

 

「いや、すまなかったな。お前が未だに管理してくれていたおかげでこうして助かってる」

 

「別にいーですよ。どうせ片手間でしたからね」

 

 死ぬ前に管理を頼む、とアリエスに伝えていたが律儀にその約束を果たしていてくれたことには感謝しかなかった。

 

「それで、だ。これを使って他のヤツらに連絡取りたいんだが……いけるか?」

 

 エヴァンジュが世界中を旅して契約したのはアリエスだけではない。全員が一〇〇年経った世界で生きているとは限らないが、寿命的に生きていそうなのに何人か心当たりがあった。

 

 彼らにも預けた魔導具は存在しており、その全てを回収できれば魔導具王エヴァンジュ・ローディアスが復活すると言っても過言ではない。

 

 そんな期待を込めてアリエスに問いかけてみるのだが、

 

「あーはい、そういうことですね。でも無理だと思うですよ?」

 

 返ってきたのは否定の言葉だった。

 

「え、何でだよ? あいつらも通信魔導具を持っていたはずだろ?」

 

 エヴァンジュはこの通信魔導具を何かあったときのため人数分作って渡していた。アリエスが未だに古代遺物を管理しているのならば、通信魔導具越しに連絡できるはずなのは間違いない。

 

「ここ五〇年ぐらい誰とも連絡とってねーです。最後に話したのは誰でしたかねー。というか、今となってはこの通信魔導具を持っているかもあやしーですね。元々、マスターで繋がっていたようなものですので」

 

「そうか、そんな感じだったか……」

 

 一緒に旅をした記憶を完璧ではないにせよ覚えているヴァンは当時のことを思い浮かべる。

 

 基本魔導具にしか興味のないエヴァンジュの横や後ろについてきてくれた記憶はあるものの、エヴァンジュが部屋に籠もっているときに、契約した仲間同士で仲良さそうな会話など少しも聞いた記憶がなかった。

 

 おそらく、特に仲が悪かったわけではないが、よくもなかったのだろう。

 

(昔の俺、ちょっと魔導具にしか興味なさ過ぎじゃないか!? いや、今もそこまで変わんねーけど)

 

 ヴァンの意識と混ざった今ではそうと思えるが、当時はこれが当たり前だと思っていたのだから中々、業が深いといえる。

 

「良くも悪くもマスターに興味を惹かれて集まった連中ですからね。マスターが死んだあの時に解散したようなもんですよ」

 

 どこか哀愁差を感じさせるアイリスの言葉にさすがのヴァンも何も言うことはなかった。

 幾ばくかの時間をおいて、ヴァンが口を開く。

 

「一先ず準備して魔導具を探しつつ、他のヤツらにも会いに行ってみるかー」

 

「マスターは再び魔導具を取り戻して、前みたいに好き放題する気なのですか?」

 

 ヴァンがこれから先にしようとしていることを聞いたアリエスは首を傾げながら問いかけた。その目には不安の色が浮かんでいた。同じようなことをすればまた処刑されるとでも思っているのだろうか。

 

 だが、ヴァンはそんなアリエスを見てキッパリと否定した。

 

「いや、違うな。今の俺はエヴァンジュ・ローディアスじゃなくて、ヴァン・フーリュアスだ。ただ魔導具を取り戻すだけじゃなくて、新しい魔導具を作り、未発見の古代遺物を見つけて使いこなし、エヴァンジュ以上の力を手に入れる。俺がなんで前世の記憶を思い出したのかは知らないが、やれるだけのことをやらなきゃ俺じゃないだろ」

 

 そう言って会心の笑みを浮かべたヴァンは残った魔導具を身につけていくのだった。

 

 そんなヴァンの表情にアリエスはどこか毒気を抜かれたようにため息を吐く。

 

「仕方ねーですねー。そんな装備のマスターだけじゃ危なっかしーですからね。暇ですし私も一緒に行ってやるですよ!」

 

 得意げな顔をしたアリエスに対し、ヴァンは信じられないものを見たかのような顔つきになった。

 

「え? お前もついてくんの? 前はついてこなかったじゃん」

 

 ヴァンが言っているのはエヴァンジュ時代のことだ。アリエスの力を求めて契約したが、召喚獣のような扱いをするつもりは全くなかった。時折、自分が必要なときは容赦なく呼ぶこともあったが基本的に契約した相手の好きにさせていた。

 

 その中でもアリエスは自分の住処やエヴァンジュが用意していたいくつかのセーフハウスを転々とする生活を送っていた。エヴァンジュが古代遺物を利用した通信装置の管理さえしていれば、保管庫の魔導具や食料、嗜好品の類いは好きにしていいと言っていたのが主な理由だろう。

 

 たまに、旅の雰囲気を味わいたかったのかエヴァンジュに合流することはあったが、総時間で言えば一緒に行動した期間の方が短かったはずだ。

 

 ちなみにエヴァンジュが処刑されたあの日もアリエスは住処でのんびりと過ごしていた。

 

 エヴァンジュ時代の事について指摘されたアリエスはプクッと頬を膨らませると、足でヴァンの頭を数回蹴る。

 

「別にいーじゃねーですか。ついていったところで迷惑にはならねーですよ。それに、たまには旅をするってのも悪くねーのです。こちとらもう何年も外に出てねーでしたからね」

 

「そりゃ構わんが……お前、自分の身くらいはちゃんと守れよ? あと、最後のは威張って言うことじゃない」

 

「誰にもの言ってるのですか? 私の実力はマスターがよく分かっているはずなのですよ!」

 

 意気揚々と腰に手を当てて上下に動いているアリエスを見ると少し不安に駆られなくもないが、一度言い出したことはてこでも動かないのがアリエスだ。

 

 別についてくること自体には問題がないのでここで拒否するのもおかしな話だろう。

 

 そう結論づけたヴァンは大きく頷くと、アリエスに向けて手のひらを見せる。

 

「よし、じゃあ行くか!」

 

「はい、です!」

 

 パチン! と軽く手を合わせてヴァンとアリエスは揃って歩き始めたのだった。



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第一章 エルヴン大森林
魔導具王、目的地を決める


「で、だ……」

 

「はいです」

 

 ドクロ岩から移動した二人は分かれ道で地図を広げて、どちらに行くべきかを話し合っていた。

 

「とりあえず道がある方に来たわけだが、ここでどっちに行くかでこの先のプランがだいぶ変わる」

 

「なるほど。わざわざマスターが聞いてくるということは、結構迷ってるってことですね?」

 

「そうだ。正直どっちがいいかわからん」

 

 エヴァンジュ時代ならばこの程度のことで頭を悩ませてはいなかったと強く言えるのだが、装備も心許ない今のヴァンの状態ではこんな分かれ道一つでも大きな決断となる。

 

「この分かれ道の先はどうなってるですか?」

 

「見れば分かるが、左に行けば三日ほどで街に着く。右に行けば一週間以上かかるが、たぶんエルヴン大森林に着くな。ドクロ岩の位置から考えれば大丈夫だとは思うが……」

 

 地図に描かれているのは左の街だけだが、ヴァンは右の道に覚えがあった。

 厳密には、右の道が繋がっているだろうエルヴン大森林を知っているというのが正しい。

 

 エルヴン大森林はエルフ達が暮らしている森でエルフの里とも呼ばれている場所だ。

 そして、エルヴン大森林にはヴァンとアリエスも知っているエヴァンジュ時代の仲間がいるはず。

 

 ヴァンの目的地がエルヴン大森林だということを聞いたアリエスは納得したように頷く。

 

「ああー、マスターはリブラに会いに行きたいわけですね」

 

「そうだ。でも問題は百年経ってるからな、森滅んでたりしないか?」

 

「……流石に森は滅んでねーと思うですけどね。転移できるなら様子を見てくるぐらいはしてもいーのですが、私はエルヴン大森林に行ったことないせいで転移も出来ねーですしね。リブラが座標軸となる通信魔導具でも持ってれば別ですけど、呼びかけても繋がんねーんですよね?」

 

「出発前にリブラだけじゃなく渡していた全員に一通り試してみたが全滅だな。お前以外は誰も出てくれないみたいだ」

 

 薄情だな、と笑ってはいるが、どこか郷愁さを感じさせる笑みだった。

 

 ヴァンとしても一度死んだと思われている以上仕方がないことだと割り切ってはいるのだろうが、まだ完全には慣れていないらしい。

 

 そんなヴァンの感情を知ってか知らずか、アリエスは何処か勝ち誇ったような顔で羽根を揺らす。

 

「まあ、私が出来る妖精だってことなわけですね! マスターはもっと感謝するといいのですよ!」

 

「それはもう分かったから……で、どっちに行くのがいいと思う?」

 

 適当な反応をするヴァンに対しアリエスは唇を尖らせながら答える。

 

「びみょーですねー。マスター的にはエルヴン大森林に行きたいのですよね?」

 

「ああ、使える魔導具をさっさと手に入れておきたい。この近くには魔導具を隠した場所もないはずだからな。リブラに渡してあった魔導具があれば戦力の底上げになるはずだ」

 

 リブラにどんな種類の魔導具を渡したのかは欠片も覚えていないが、結構な数の魔導具を渡したことだけは覚えている。

 

 エルヴン大森林の防衛用としても渡した魔導具や古代遺物があったことは確かなので、その一部でも渡してもらえればかなり有用といえるだろう。

 

「そうなると、やっぱりエルヴン大森林ですかねー……あれ?」

 

 アリエスもヴァンの意見に賛成しようとしたところで、とあることが頭をよぎった。

 

「でも、マスター食料は大丈夫なのです?」

 

「だから街に行くか悩んでいたんだよ。といっても、金もないから着いたところですぐにどうにかなるってものでもないのが困りもんなんだが……」

 

 ヴァンが旅を始めるときにあまり多くないとはいえ路銀は所持していたはずだったのだが、流された影響で全部落としてしまったようなのだ。

 

 街に着いたところで、一文無しでは食事も宿もままならない。街に着くまでの間に魔獣を狩って素材や魔石を売るか、街で日雇いの仕事でもすればとりあえずは凌げるだろうが、自分の戦力を上げるというヴァンの目的からは遠ざかる。

 

「それに一応食料はあるからな」

 

 そう言ってヴァンは鞄型収納庫からおかしを取りだした。

 おかしを見ながらため息を吐いたアリエスはどこか投げやりな声をだす。

 

「食料っていても元は私のおやつだったんですけどねー」

 

「しょうがねーだろ、ここまで全く食える魔獣が出てこないんだから。とりあえず木の実は拾ったじゃねーか」

 

 出発前にドクロ岩周辺で軽く集めた木の実を見せるヴァン。これだけでは全然足りないのでアリエスのおかしを貰うことにしたのだが、ヴァンと出会う前にアリエスが自分用に仕入れていたものなだけに少々抵抗があるらしい。

 

「金を手に入れて街に行ったときには仕入れるって言ったろ? 悪いとは思ってるから、そんなふてくされんなよ」

 

「……別にそこまで怒ってねーですし、それでいいのですよ。私の場合、栄養じゃなくて嗜好品って感じなので全部食われても最悪問題はねーのです」

 

 妖精であるアリエスにとって食事は必要なものではないらしい。

 

 とはいえ、味覚はあるようでマズいものはマズいと言うし、美味しいものを食べれば喜ぶというのはエヴァンジュの頃から分かっていた事だ。

 

 とりあえずリブラに会って魔導具を手に入れたら早めにおかしを買ったほうがよさげだな、と判断したヴァンは右の道を選択することにした。

 

「なら、このままエルヴン大森林へ向かうとするか」

 

「マスターがおかしと木の実で我慢できるんならいーですけどね。あとでお腹減ったー! とか私に泣きつかねーでくださいよ?」

 

「泣きつかねーよ!?」

 

 などと会話しながらエルヴン大森林目指し、しばらく歩き続ける二人だったが次第に雲行きが怪しくなってくる。

 

 空を見れば鈍色の雲が太陽を覆い隠し始めており、一面が雲に覆われるのも時間の問題だろう。

 元々、夕暮れに差し掛かろうという時間帯だ。

 

 そのうえ、太陽が隠れれば気温が急速に低下していくのは当然のことだ。

 ヴァンは涼しさ以上にヒヤリとする気温の低下を感じつつ、舌打ちをした。

 

「っち、一雨来そうな天気だな。雨用の装備なんか持ってないぞ……そもそも、野宿も出来るのか?」

 

 野宿することは想定内だったのだが、雨に降られるのは予想外だ。

 

 先ほどまでの天気ならばエルヴン大森林へ向かっても今日のうちは大丈夫だろうと安易に考えていたのがマズかったのか? と思考するものの、街に行く道を選んでいたとしても雨に降られていた可能性が高い。

 

 とりあえず一時的でも構わないから雨を凌げる場所を探す。

 すると、アリエスが機嫌が悪くなってきているヴァンに対してこんなことを言ってきた。

 

「私は結界張るから問題ねーですよ? 気休め程度ですが張った状態でマスターの上にでもいきますか?」

 

 アリエスの結界は自分や固定されている物体にはかけられるものの、他人にかけることは不可能な代物だ。アリエスはその結界によって雨を防ぎ、ついでにヴァンの雨避けになると言っているわけなのだが……。

 

 正直、アリエスの大きさではヴァンの頭の上に来たところで、降ってくる雨に対しての効果は薄いだろう。

 

「……気持ちだけ受け取っておく。それよりも――降ってきたぞ!」

 

 まだ休めそうな所を見つけていないというのにポツポツと雨が降り始める。

 

「マスター! あそこはどうです?」

 

「悪くないな!」

 

 小雨が降る中アリエスが見つけたのは少し先の街道沿いにある一本の木だ。大樹と呼べるほどのの大きさはないが雨宿りには使うには十分な大きさだろう。

 

 若干濡れた髪や服を整えつつヴァンは一息つく。

「ふぅ……なんとかなったが、今日はこのままここで野宿かもな」

 

 かも、と言ってはいるが高い確率でここでの野宿になるだろうと確信していた。

 雨が止んだところで時刻は夜。明かりもない道を進むのは危険しかない。

 

 エルヴン大森林へ早めに着きたいとはいっても現時点で無茶をする必要はないのだ。

 むしろ、問題は別にある。

 

「夜に活動する魔獣対策しとかないと面倒そうだな。とはいえ、二人で交代して見張るのも疲れそうだ」

 

 一部の魔獣は夜に活発になるものも存在する。そういった魔獣から身を守るには交代で不寝番をするのがいいのだろうが、二人で行うには一人一人の負担が大きくなる。

 

「マスターが前に旅してたときはどうしてたのです?」

 

 アリエスも交代で不寝番はしたくないのか自分がついて行っていなかったときのことを問いかける。

 

「確か、前は野盗とかの対策に護衛用の簡易ゴーレムとかを並べて、魔獣対策には魔獣避けの魔導具を設置していたな」

 

「……全く参考にならねーですね」

 

「手頃な魔獣でもいれば、魔石を利用した魔獣避けは作れるとは思うんだが……」

 

「魔獣はいねーって言ってたじゃねーですか。ここに来るまでに一匹も見てねーですよ?」

 

「そこは分かってるっての、だから困ってるんじゃねーか――ん?」

 

「どうかしたのです?」

 

「いや、なにかが、近づいてくる?」

 

 

 アリエスと二人で雨宿りしつつ、どうするのか話し合っていたヴァンの耳に雨とは違う音が聞こえてきていたのだった。

 



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魔導具王、狩る

昨日投稿した物を誤って消してしまいました。申し訳ありません。再投稿になります。


 

 聞こえてきたのは何かが羽ばたくような音だった。

 

 ヴァンが音の聞こえてきた方向に目を向けると、そこには緩慢な羽ばたきをする生物が存在していた。

 

「あれはドラゴン……いや、翼の形や大きさが違うな。ワイバーンか?」

 

「どうやら、そうみてーですね」

 

 二人が見つけたのは、ワイバーンと呼ばれる中型の竜種。

 小雨とはいえ、雨を切り裂いて飛んでいる様は、さすが竜種としかいえないほど堂々としたものだった。

 

 上空をどこか優雅に飛ぶワイバーンを見てヴァンはなにか思いついたのか、一つ頷くとアリエスの方へと目を向ける。

 

「ん? 何か用ですかー?」

 

 ヴァンの視線が自分へと向けられたことに気がついたアリエスは身体を上下に揺らしつつ問いかけた。

 

 そんなアリエスを見たヴァンはにんまりと笑いながらワイバーンを指さした。

 

「よし、アリエス。アイツの視界を塞ぐとか、なんとかして、ここまで誘導してきてくれ」

 

「は?」

 

 ヴァンの思ってもみなかった言葉にアリエスが目を丸くする。

 いきなり囮になってこいと言われれば、驚くのも無理ないだろう。

 

「こっちに気付いていないワイバーンとわざわざ戦うってことですか?」

 

「そうだ。やっと出てきた魔獣だぞ? ここで狩らなきゃ次いつ狩れるかなんて分からないんだからいけるときにいかないとな!」

 

「ええー、いや、まあ囮ぐらいはしてもいーんですが……」

 

 嫌そうな顔はするものの、アリエスとしては特に問題はない。ワイバーンごときには自分の結界は破られないと自負しているし、魔獣を狩りたいという考えにも納得がいく。

 

 それよりもアリエスが気になっているのはヴァンそのものの方だ。

 

「でも、マスター、地上付近まで誘導したとしてアイツ(ワイバーン)を倒せるのですか?」

 そう、ヴァンがエヴァンジュと異なり、ろくな武器を持っていないのはアリエスもよく分かっていることだった。

 

「この剣ならワイバーン相手に十分戦える。固さだけなら下位の竜にも負けてないシェルクラブとも斬り合えた剣だからな」

 

「シェルクラブって……私と会う前にそんなことしてたのですか」

 

 得意げに剣を見せつけるヴァンに対しアリエスは疲れたような声をだす。

 

 エヴァンジュの頃との差異を確認していたのだろうということは理解出来るが、いきなり実戦で確認するというのはどこかイカレテはいないだろうか? とアリエスが思うのはごく自然なことだ。

 

 呆れた目で見つめられたヴァンは誤魔化すように咳払いする。

 

「んんっ、それよりもワイバーンに逃げられる前に誘導を頼む」

 

「はあ、分かったのです。じゃあ、行ってくるのですよー」

 

「おう、一応気をつけてな!」

 

「誰にもの言っているですかー!」

 

 そう言うとアリエスは一気にワイバーンの元へ飛び立っていく。

 それを見たヴァンは身体をほぐすように動かすと、雨宿りしていた木を見上げた。

 

「さて、俺も準備をしておきましょうかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 上空へと飛び立ったアリエスはワイバーンの眼前に飛び出すと、

 

「おーい、止まるですよー!」

 

 並走したままベシベシとワイバーンの顔を叩く。

 いきなり目の前に現れ、叩かれれば何かしらの反応はするものだと思っていたアリエスだったが、ワイバーンはアリエスのことなど気にもとめずに飛び続けていた。

 

「もっとしないとダメですかねー」

 

 気付いていないのか、無視しているのかは不明だがただ叩いただけではダメということだろう。

 そう理解したアリエスはワイバーンの視界に常に入るように飛び回りつつ、時折叩いてちょっかいをだす。

 

 人で言えば自身の周りを素早くて小さな虫が飛び回っているようなものだ。

 痛みは無いといえど、高頻度で何度も叩かれればウザいのは間違いないだろう。

 

「GUOOOOO!!!!」

 

 事実、ワイバーンの瞳には怒気が宿り、アリエスを完全に敵と認識していた。

 だが、そんな怒り狂ったワイバーンを見てもアリエスは至って普通――それどころか、

 

「こっちですよー、ほれほれー、捉えられるものならば捉えてみると良いのです」

 

 完全に遊んでいた。

 

「GUAAAAA!!!!」

 

 アリエスの言葉が通じたのかは定かではないが、ワイバーンは苛立つように咆哮しながらアリエスを牙で捉えよう首を巧みに動かしていた。

 

 しかし、アリエスに牙がかすかにでも触れることはなかった。

 ワイバーンの動きも決して遅くはないのだが、アリエスがそれ以上に速いということだろう。

 

 アリエスは逃げながらも高度を徐々に落としていく。ワイバーンがどこまで追ってくるかは賭けだが、あれほど怒っているならばしばらく諦めることはないと思っていいはずだ。

 

 ワイバーンに追われては避けることを繰り返し、地上付近まで誘導したところでアリエスが目を見開く。

 

「どこいったですか、あのマスターは!?」

 

 そう、ヴァンの姿がどこにもいなかったのだ。ぱっと見だが、木の陰にも道にもいる様子はない。

 

 逃げたわけはないのだろうが、ここからどこに誘導すればいいのか分からなくなったアリエスの耳にガサッと木が揺れる音と、

 

「おりゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 気合いの入ったヴァンの声がほぼ同時に耳に届く。

 

「マスター!? 無茶なことしてんじゃねーですよ!?」

 

 アリエスが驚くのも無理はない。気付いた時には飛べないはずのヴァンが自分よりも高い場所を飛んでいれば声をあげたくもなるだろう。

 

 といっても、ヴァンがしたことは単純だ。

 ヴァンは予め雨宿りに使っていた木に登っており、そこからワイバーン目掛けジャンプしただけ。

 

 ここまでくればあとは簡単だ。無防備な背中をさらしているワイバーンに持っている剣を突き立てるだけで良い。

 

「GUAOOOOOO!?!?」

 

 唐突に背中にはしる痛みと衝撃にワイバーンはたまらず体勢を崩し、地上へと墜落していく。

 

 ドドン! と大きな音が鳴り響くが、大した高さではないためワイバーンに落下によるダメージはないと言っていいだろう。

 

 その証拠に、地上に落下した数秒後にはしっかりとした足取りで立っていた。

 

「……刺さりが甘かったか?」

 

 ワイバーンが落下するのと同時に地面に降り立ったヴァンは立ち上がったのを見て、再び剣を構えた。

 

「でもまあ、一度下ろしてしまえばそう簡単に飛べないだろ?」

 

「GURUUUUU!!」

 

 ヴァンの言葉を理解しているとは思えないが、ワイバーンは苛立ったように喉を鳴らして牙を見せつける。

 

 ワイバーンに限らず飛行可能な竜種全般にいえることだが、飛び上がるまでの動作はそこまで俊敏ではないのだ。その理由は身体の大きさにあると言われている。

 

 しかし、ドラゴンの場合は全身が強靱な鱗に守られているうえ、その巨大な体躯ゆえ飛ぶときに発生する風圧で近づく事は困難だ。

 

 ワイバーンもある程度の大きさはあるため発生する風圧は決して弱くないが、ドラゴンほどではないためこの距離で飛ぼうとしてもヴァンが吹き飛ばされることはないだろう。

 

 むしろ、ワイバーンが飛んで逃げようとしたならば、それは明確な隙でしかない。

 

「で、これからどーすんですか? 地上に降ろしたのはいーですけど、完ッ全にキレてやがるですよ?」

 

「どうって……あとは普通に倒すだけだっての」

 

「ええー!? 全く考えてなかったのですか!?」

 

「うるさい、大丈夫だから大人しく見てろ」

 

 そう言うとヴァンは剣を下段に構え突撃していく。

 

 それを見たワイバーンはヴァンを迎撃すべく、尻尾を鞭のようにしならせて振るってきた。

 ワイバーンの尻尾にはトゲがありその殺傷能力は決して低くないのだが、

 

「遅い!」

 

「GUO!?」

 

 ヴァンは剣を跳ね上げるように振るうと尻尾を一振りで切断してしまった。胴体に比べると鱗の硬さが足りないのもあるだろうが、ヴァンがしっかりと見極めたことも大きいだろう。

 

 尻尾を切られたワイバーンは一旦下がるような素振りを見せた。

 

 まさか勝てないとふんで無理矢理にでも逃げる気なのだろうか? 

 

 そう考えたヴァンは再び突撃する。

 

 しかし、ワイバーンは全身を縮めたかと思うと軽く跳ねて、勢いよく跳びだしてきた。

 

「なっ!?」

 

 予想と違う動きをされたヴァンはすぐさま突撃を中止するも、気がついたときには眼前に牙が迫っていた。

 

 下段に構えていた剣を頭の上まで急遽移動させることでなんとか防ぐことに成功したものの、咄嗟の防御だったため体勢があまりよくない。

 

 今は拮抗しているもののいつ崩れてもおかしくない。

 その姿を見たアリエスが思わず叫ぶ。

 

「マスター!?」

 

「大丈夫だって、言ってるだろうが!」

 

 ヴァンはグローブをワイバーンに向けると、そこから小さな火球を発射した。そう、これはアリエスが保管していた魔導具だ。

 

 本来は戦闘用として作った物ではないが、相手の意表をつくには十分な代物といえるだろう。

 

「GUOOOOO!?!?」

 

 小さな火球とはいえ眼前に飛んで来た炎に驚いたのか、ワイバーンは怯んでしまい、一歩後ずさってしまう。

 

 そして、その隙をヴァンが逃すはずもない。

 

「そこだ!」

 

 ワイバーンの頭が上がったのを見たヴァンは喉元を綺麗に切り裂いた。

 

「GUAAAAAAAA!?!?」

 

 一際、大きく叫んだワイバーンは大地を赤く染めながら倒れ伏すのだった。



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魔導具王、作る

 倒れ伏しピクリとも動かなくなったワイバーンを見ながら、ヴァンは剣についた血を振り払うと鞘へとしまい込み、一息ついた。

 

「ふう、危ない危ない。最後に返り血浴びるとこだった」

 

「そこですか!?」

 

 てっきり戦い方について反省するのかと思っていたアリエスが反射的にツッコんだ。

 一方で言われたヴァンは何の事やら分かっていない様子で、アリエスの方へと振り返る。

 

「あんなの無茶に入らないだろ?」

 

「マスターが昔のままなら無茶の欠片もねーですけど、今の装備じゃ十分無茶に入るですよ。木から飛び乗ってたたき落とすとか、降ろした後も正面から戦うとか作戦もなにもあったものじゃねーじゃねーですか」

 

「いや、地上に降ろすにはあれしかなかったし、そもそもワイバーンだから正面から戦ったんだがな……」

 

 ワイバーンは竜種ではあるが、ドラゴンの代名詞ともいえるブレスによる攻撃手段を持っていない。そのため、体躯をいかした突撃や牙による噛みつき、羽ばたきによるふき飛ばしなどが主な攻撃手段となっている。

 

 複数人で攻めるならば、正面にいる仲間を囮にしつつ――……などといった作戦も出来るのだろうが、戦闘員がヴァンだけの現状ではそういった手段はとれない。

 

 だからこそ、攻撃を見極めるには正面にいる方が見切りやすいのだ。

 

 とはいえ、最後にワイバーンが繰り出した一撃はヴァンにとっても予想外だったのは間違いない。

 

 エヴァンジュの知識には存在していなかったので、もしかしたら見た目が変わらない魔獣もこの百年で少し進化しているのかもしれない。

 

 と、ここまでの説明を聞いたアリエスは一応納得したのか、ため息を一つ吐くだけにとどまった。やや、苛ついたように上下に身体が揺れているのはご愛敬というやつだろう。

 

 それを見たヴァンは肩をすくめると、アリエスに声をかける。

 

「いやー、食料に魔獣避けの問題がいっぺんに解決できそうだったからな、つい張り切ってしまった。けど、お前も食べるだろ、肉?」

 

「まあ、いただくですけど……」

 

 アリエスは眉根を寄せつつもヴァンの問いかけに素直に頷く。

 

 ドラゴンの肉といえば超がつくほどの高級品だ。ワイバーンの肉は最高級品というわけではないが、大量に出回ることもなく、それでいて庶民が気軽に買えない程度には高級な食材になる。

 

 そんなものが手に入るのだ。食事が不要なアリエスといえど食べないという選択肢は存在していない。

 

「で、これどーやって処理するですか?」

 

 アリエスは改めてヴァンが倒した獲物(ワイバーン)を見上げる。

 道の大半を塞ぐようにして、倒れているワイバーンは正直に言ってかなり邪魔だ。

 

「とりあえずは解体するしかないだろうな。いらない部分や使わない部分はそこら辺に捨てるか、埋めとくか」

 

 そう言ったヴァンは鞄型収納庫から筒状のものを取りだした。

 その物体に見覚えのあったアリエスが思わず声をあげる。

 

「ああ、私に預けていた魔導具の一つですね」

 

「その通り、魔力を通しやすいミスリルを利用した魔導合金製のナイフだ」

 

「確かその場で自由に形を変えれるとかいうやつですよね?」

 

「本来は武器の予定だったんだが、形状変化の特性を持たせるかわりに、剛性がやや不足することが分かったから、武器には適さなくてな」

 

 こうして解体だとか加工用の道具として使っているわけだ、と言いながらヴァンはナイフをノコギリのような形に変化させると、ワイバーンの身体へ刃を進めていく。

 

「本格的に雨が降ってくる前にさっさと解体してしまおう」

 

「はいはい、分かったのですよ。私は何をすればいーですか?」

 

「俺が切り出した部位に結界を張ってくれ。そのままそこら辺に転がしておいていい」

 

 ヴァンとアリエス二人で協力してワイバーンの解体を進めていくうちに、すっかり夜になってしまっていた。

 

 処理を終えたヴァンは雨宿りに使っていた木の元に移動すると、ワイバーンの解体した素材を並べ始める。

 

「じゃあ、さっそく始めるか」

 

「何を作る気なのです?」

 

 魔獣避けを作るとは聞いていたが、並べられたのは魔石だけでなくワイバーンの骨がいくつかと、翼の部分――皮膜と呼ばれる部位だ。

 

「作ってからのお楽しみってな。先に魔獣避けから作っちまうか。といっても、これは殆ど魔石のままだが」

 

 魔獣避けの魔導具とは、魔獣の魔石をほぼそのまま使用したもので、もっとも簡単な魔導具と呼ばれている。

 

 作り方は単純だ。魔石が反応するまで魔力を注ぎ込み、光ったら完成――ただそれだけである。

 ワイバーンの魔石が光ったのを確認したヴァンは魔石を地面に設置する。

 

 こうすることで使われた魔獣よりも弱い魔獣は魔石の周辺に寄りつかなくなるのだ。理由としては魔石が魔力と反応することで、魔獣の気配を発しているからではないか、と言われている。

 

 ただこれは無加工の魔石だから出来ることで、加工した場合はいくら魔力を注ごうと魔獣避けの機能を有することはない。

 

 魔獣避けを作ったヴァンはそのまま脇目もふらずにワイバーンの素材を手にとって、先ほど解体にも使用した魔導合金製のナイフの形を細かく変えて加工していく。

 

 何を作るのか決まっているからか、迷いのない手つきだった。

 

「ま、今の道具じゃこんなもんだろ」

 

 そう言うヴァンの目の前にあるのは、大きめの一人用テントだ。骨組みには加工したワイバーンの骨を使用しており、布代わりに皮膜を使っている。

 

 全部ワイバーンの素材で出来たこのテントは、市販のテントよりも強度は上だ。負けている点があるとすれば使いやすさぐらいだろうか。

 

 ちなみに、素材の時点で綺麗に洗っているうえ、アリエスの結界で素材となるもの以外を全て排除してから作ったため生臭さなどは一切ない。

 

「おー、早業ですね。さすが、マスター」

 

 あっさりとつくったことにアリエスは素直に感心する。

 しかし、褒められたヴァンのほうはそこまで喜んでいるように見えない。

 

「何です? 私が褒めたのが気持ち悪いとでも言うつもりですか?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだが、別にこのテントに特殊機能なんかついてないしな。これを魔導具と呼ぶには違和感があるというか、プライドが許さないというか……」

 

「めんどくせーですねー。魔獣の素材を使った道具だから、魔導具ってことでいーじゃねーですか」

 

「それじゃ魔道具だろうが……まあいいや」

 

 ヴァンはまだどこか不満げだったが、こんなことで言い争うつもりはないらしい。

 ヴァンとアリエスの二人はテントの中に入り込む。

 

「結構広いですね」

 

「そりゃ大きめに作ったからな。これくらいないとゆったり出来ないだろ?」

 

 テントの大きさはヴァンが横になってもまだ余るくらいの広さだった。詰めればヴァンくらいの人間がもう一人は入るだろうか。

 

「テントも出来たことだし、さっさと夜営の準備をするぞ」

 

 そう言うとヴァンは、雨に降られる前に集めておいた木の枝などを鞄型収納庫から取り出し、火をつけてたき火を作った。

 

 続けてその周りに串状の骨に肉を突き刺して並べていく。

 

「あとはこれで待つだけなわけだが……」

 

「カットしたとはいえ焼けるまでそこそこ時間かかりそうですね」

 

 二人で会話しながら肉が焼けるのを待つこと十分ほど。

 テントの中にはジュウジュウと肉の焼ける音と共に良い匂いが広がっていた。

 

「うまそー、ほれアリエス」

 

「いただくのです」

 

 二人は揃ってかぶりつく。

 やや焦げ目のついた肉を口に入れた瞬間、香ばしさとうま味があふれ出した。

 

「ん、美味いな。調味料がないのがちと残念だが、木の実を調味料代わりに合わせてもいけるかもしれん」

 

「これ、むぐ、美味しーですよ」

 

「落ち着いて食え。いくつか余分に焼いて明日も食うか? 生のまま保存しとくよりも持つだろ」

 

「そうでふね、干し肉にも出来ねーでしょーし、それでいーんじゃねーですか?」

 

 未だ肉を食べながら答えるアリエスに苦笑しつつも、自分も美味いのは事実なので食べ進めていく。

 

 そうこうしているうちに食べ終わった二人は就寝の準備へと入っていった。

 

「んじゃ、そろそろ寝るか。リブラに会いに行くためにも早く起きて距離は稼いでおきたいしな」

 

「それは構わねーですが、二人同時に寝ても良いのですか? 魔獣は大丈夫だとは思うですけど」

 

 アリエスが言っているのは野盗などに襲われないかということだろう。ワイバーンを超える魔獣が襲ってくる可能性もあるが、エルヴン大森林の近くにそこまで危険な魔獣はいなかったはずなので、こちらについてはそこまで考えなくてもいいはずだ。

 

「俺もお前もやばい気配には起きるだろ? それに周辺には、加工した時に出た骨の欠片を組み合わせた仕掛けが何個も用意してある。誰かが近づけばあれが鳴るだろうよ」

 

 それを聞いたアリエスは一つ頷くとテントの端の方へ移動して横になった。

 

「なら、問題ねーですかね。おやすみですマスター」

 

「おう、おやすみ」

 

 こうして、ヴァンとアリエスが再会した一日は過ぎ去っていくのだった。



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魔導具王、アズマ者と出会う①

 ヴァンがエヴァンジュの記憶を取り戻し、アリエスと合流してから一週間。

 二人の向かう先には、エルヴン大森林のシンボルと呼べる存在が圧倒的なまでの質量をもって顕在していた。

 

「大分前から見えてはいたが、ここまでくると相変わらずものすごい存在感だな」

 

「そうですねー。ここまで立派なら、マスターが懸念していた森が滅んでるってこともなさそうですしね」

 

 二人が見上げるのは、雲を貫くほどの巨木――世界樹と呼ばれる大樹だった。

 

 エルヴン大森林は世界樹とそれに連なる樹木から成り立つ森林地帯で、ここに住むエルフ達は世界樹の恩恵を受けて暮らしているのと同時に、世界樹の守護も行っている。

 

 具体的な恩恵は、豊富な魔力を生み出す世界樹の影響で肥沃となった土地と、そこでしかとれない植物などが代表的だろうか。

 

 もちろん、世界樹そのものの葉や枝にも貴重な価値があるのは言うまでもない。

 ヴァンがエヴァンジュ時代にエルヴン大森林を訪れたのも、こういった特異性を求めてのことだ。

 

「とはいえ、まだもうちょっとかかりそうだな……ペースは下げないようにしたいな」

 

 世界樹があまりにも大きいためもう目的地に着いたような気さえしてくるが、二人はまだエルヴン大森林の入り口にすらたどり着いていない。

 

 気合いを入れ直すヴァンの横でアリエスはゆっくりと距離をとる。

 

「それはいいのですが、マスターくせーです。あんまり近づかねーでもらえるですか?」

 

「うるせー、最低限の洗いはしてるっての。服だってこれ一着しかないんだからしょうがないだろうが」

 

 ワイバーンをはじめとして、この一週間魔獣を狩ったり、木の実や果物を取ったりすることで食料に悩まされることはなかったのだが、着の身着のまま流れ着いただけのヴァンに替えの服などあるわけがない。

 

 返り血などは極力浴びないように気をつけた、といっても、戦っている以上完璧に防ぐことは不可能だ。それに生きている以上、汗だってかく。

 

 そのため、ヴァンの服や鎧からはすこしすえたような臭いがしている状態だった。

 アリエスがあまり近寄りたくないのもよく分かる。

 

「私は近づかなければいいとしても、エルフの里にたどり着いたとき、そんな服で迎え入れてもらえるですかねー」

 

 エルフの里はエヴァンジュの記憶に残っている限り、そこまで閉鎖的な場所ではなかったはずだ。

 

 なので、いきなり不審人物として捕まるようなことはないだろうが、薄汚れた格好の人間が入ろうとすれば、門番に止められる可能性はゼロではない。

 

「……最悪リブラに頼んで入れてもらう」

 

「他力本願ですねー」

 

 そんな会話をしつつ、歩いて行く二人だったが、エルヴン大森林の入り口まであと少しという所でヴァンの足が止まる。

 

 その理由は、どう見てもおかしな物が視界に入ったからだ。

 思わず立ち止まったヴァンは訝しげな表情で、それを見つめる。

 

「何だあれは?」

 

「マスターはおかしくなったのです? 人に決まっているですよ」

 

「そんなことは分かっている。人が道のど真ん中で、座っているのがおかしいと言っているんだ」

 

 ヴァンが見つけたのは、うずくまるように道の真ん中に座っている一人の少女だった。

 何か棒のようなものを支えにしており、ピクリとも動く様子はない。

 

「罠? にしちゃ露骨だよな。でも、それ以外にどんな可能性がある? 行き倒れにしてはしっかり座っているように見えるし……」

 

 道に人が座っている状況で一番あり得そうなのは囮として配置しておき、旅人が近寄ったのと同時に周辺に潜む仲間と共に襲いかかる、という野盗の襲撃ぐらいだが、少女の周辺には人が隠れられそうな場所はない。少し離れた場所には木々があるが、少女を囮に襲うには距離がある。

 

「アリエス、人の気配は?」

 

「特にねーですよ」

 

「だよな」

 

自分とアリエス両方が周囲を確認してなにもないとなると、本当になにもないのだろう。

とはいえ、一応、周辺を警戒しつつ近づいてみると、その少女が今どんな状態にあるのか理解出来た。

 

「……ZZZ、スピー」

 

「「………………」」

 

 ヴァンとアリエスの耳には少女の寝息が届いていた。思わずヴァンとアリエスが無言になるほど、それはもう実に綺麗な寝息だった。

 

 そう、この少女は道のど真ん中で熟睡していたのだ。

 

 一拍ほどの時をおいて、状況を認識したヴァンとアリエスは、警戒していたのがバカらしいとばかりに一息ついた。

 

「よくこんなとこで寝られるですねー」

 

「……本当にな」

 

 なぜ寝ているのかは知らないが、眠らされたにしては服や顔に汚れや傷がなかったので、おそらく自分の意思によってここで寝ているのだろう。

 

 エルヴン大森林周辺はエルフが定期的に見回りをしているため、好戦的な魔獣はそこまで多くないはずだが、魔獣避けや不寝番もなしに道の真ん中で寝る勇気など今のヴァンには存在していない。

 

 あまり関わり合いになりたくないため、横を通り過ぎようか、とさらに一歩近づいたところで、座っていた少女の瞳がパチクリと開かれる。

 

「ふわ~、誰ー?」

 

 大あくびをした少女はのんびりした動作で立ち上がると、ヴァンとアリエスを薄紅色の双眸に映す。

 

「お? おはよー」

 

「おはよーってまた呑気な……」

 

 こちらを認識してからの第一声に毒気を抜かれつつ、ヴァンは少女を観察する。

 

 少女の見た目は、短く切りそろえられた空色(ライトブルー)の髪に、上半身と下半身はそれぞれ別のヒラヒラした薄手の布のような服に包まれていた。

 

 身長はヴァンよりも少し低く、可愛らしい外見と相まって、こんな所にいるのが似つかわしくないようにも思える少女といえるだろう。

 

 しかし、彼女が手に持っている棒のようなものは、刀と呼ばれる剣の一種だとエヴァンジュの記憶に残っていた。

 

 つまり、彼女は戦闘ができる人間ということだろう――とここまで考えた所で、ヴァンには彼女の見た目に対して思い当たる節があった。

 

「その格好は確か……着物袴だったか? 服といい、腰に差してある武器といい――もしかしてアズマ者か?」

 

 少女は持っていた棒――刀を鞘ごと腰に差すと、驚いたような顔つきでヴァンをみつめる。

 

「およ、お兄さん詳しいね。ひょっとしてアズマに来たことあったりする?」

 

「前にな」

 

 行ったことあるのはヴァンではなくエヴァンジュの時の話だが嘘ではない。アズマと呼ばれる地域は独自の文化が発展した国で、服装はもちろんのこと生活様式までもエヴァンジュが旅していた中では異色で良い刺激を受けたと記憶していた。

 

「そうそう、ワタシはアズマ出身のアマガセ・ユノ。お兄さん達はこの先に用があるの? でもエルフじゃないみたいだし……観光か何かかな?」

 

「まあ、そんなところだな。この先のエルヴン大森林に用がある」

 

 本当の目的を濁して答えるヴァン。いきなりあった他人に何でもペラペラ話すつもりはない。

 

 ただ、この道を通ろうとした時点で、エルヴン大森林へ向かうのはバレているだろうから、そこについては誤魔化す必要はないだろう。

 

 そんなヴァンの返答を聞いてユノは弱った声をだした。

 

「あー、そうなんだー。でもね、ここさあー、誰も通すなって言われてるんだよねー。だから、悪いんだけど帰ってくれる?」

 

 コテンと首を傾げ、ユノはどこか困ったように懇願する。

 通行止め、とでも言うように両手を広げていることから、本気で言っているのは理解出来た。

 

 だが、ヴァンも大人しくユノの言うことを聞くわけにはいかない。

 

「それは困るな、俺たちはこの先に行く必要があるんだ」

 

「そうですよ、大体何の理由で止めているのです?」

 

 アリエスもヴァンの言葉に同意するように頷きながら、ユノに理由を問う。

 

「それは秘密でお願いねー。でもホントにだめ? このまま戻ってくれたりしないー?」

 

 一方でユノは頑なにヴァン達をこの先に行かせたくないようだった。どこかヴァン達を案じているようにもみえる。

 

 ユノがなぜここまでして自分達を通したくないのかは分からないが、ここまで来て引き返すという選択肢はヴァン達には存在していない。

 

「本当だ。悪いが先に進ませてもらう」

 

 これ以上の問答は時間の無駄だと判断したヴァンがザッ、と一歩踏み出した瞬間、

 

「じゃあ、しょうがない――一の型〝(とどろき)〟」

 

 ユノが刀に手をかけ、それと同時に凄まじいまでの殺気がヴァンとアリエスへと向けられる。

 

「っ!?」

 

「マスター!?」

 

 

 

 その直後、ユノの放った戦技(アーツ)による一閃がヴァンへと襲いかかるのだった。

 

 

 



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魔導具王、アズマ者と出会う②

 アリエスの叫び声が響く中、反射的に身体を半歩ずらしたヴァンの横を銀の一閃が通り過ぎていく。

 

 アリエスから見れば、ヴァンの身体を剣閃が綺麗に通ったように感じるのも無理はない。

 

 事実、少しでも遅れていれば、ヴァンの身体は一刀のもとに切り裂かれていたことだろう。

 

 刀を振るうのと同時に、ヴァンとアリエスの背後に移動したユノは刀を抜き身のままダラリとたらし、首を傾げていた。

 

「あり? 避けられたー? もしかして、お兄さんこの戦技(アーツ)知ってたのー?」

 

 戦技とは気や魔力を込めた技、というのが分かりやすいだろうか。誰かから教わったりした物から、自分で作った物など人によって千差万別なのが戦技だ。

 

 もっとも、騎士団や道場などの場所では、所属者に共通の戦技を教えることもあり、根底となる基礎的な技も存在している。

 

 ユノにとってあの〝轟〟という戦技でヴァンを確実に仕留める算段だったのだろうが、ユノ使った戦技はヴァンも知っているものだった。

 

「アズマ一刀流、一の型〝(とどろき)〟……確か神速の抜刀術だったか?」

 

「おおー、正解。お兄さんホントにアズマ行ってたんだねー。しかも〝轟〟まで知ってるなんて、かなり詳しいんだねー」

 

「そんなとこで嘘ついてどうすんだよ」

 

 どこか感心するように呟くユノに対し軽口を返すヴァンだったが、ユノの出した戦技の速度に驚愕していた。

 

 エヴァンジュの記憶に〝轟〟の知識がなければ、反射的だろうと回避することは出来なかっただろう。

 

(こいつ、かなりのやり手だぞ……)

 

 そんなヴァンの内心を知ってか知らずか、ユノの顔がどことなく明るい笑みで彩られた。

 

「ちょっと楽しくなってきちゃったー」

 

「こっちは全く楽しくないがな!」

 

 そう言いつつも、ユノを迎撃するために剣を抜く。

 

(だいたい、こっちは剣の戦技なんて禄に使えないってのに)

 

 ヴァンが今まで魔獣と戦うときに戦技を使ってこなかったのは、エヴァンジュの記憶には剣による戦技がほとんど存在していなかったのが理由だ。

 

 一応、ヴァンの記憶と合わせて基礎的な戦技は使えるが、一流の使い手であるユノに付け焼き刃の戦技を使ったところで隙にしかならないだろう。

 

「じゃあ、いくよー」

 

 呑気なかけ声と共にヴァン目掛けてユノが疾駆する。

 その姿を見て、アリエスが声をあげる。

 

「マスター、来るですよ!」

 

「分かってる!!」

 

 すでに〝轟〟は見極められると考えているのか、ユノは刀を上段に構えたまま、ヴァンへと斬りかかった。

 

 刀の軌道は素早く、鋭いものだったが、決して見極められないようなものではない。ユノの刀に合わせるようにヴァンも剣の柄をしっかりと握って振るう。

 

「はあっ!」

 

 気合いをいれたかけ声と共に振るわれた剣は、ユノの刀をしっかりと受け止めていた。

 

 そのまま、幾重にも剣戟の音が鳴り響く。

 

(一撃、一撃が重い!?)

 

 少女の細腕から放たれているとは思えない衝撃に押されてはいるものの、ヴァンとて負けてはいない。

 

「このっ!」

 

 ユノの振るった刀を受け止めるだけでなく、自らも剣を振るって攻め立てる。

 

 ユノの実力はすでに身にしみて分かっているため、ヴァンが選んだのは大ぶりな一撃よりも最小限の動きで隙を少なくする戦い方だ。

 

「いいね、いいねー」

 

 攻撃されているというのにユノはどこか楽しげな声をだす。

 

 その態度にヴァンは苛立ちを覚えるが、おそらくユノからすればピンチでもなんでもないのだろう。

 

 ヴァンの剣を受け流したユノは、後ろに大きく跳んで距離を取る。

 わざわざ離れる必要もなさそうに思えるのだが一体何をするつもりなのだろうか。

 

 その答えはすぐにやって来た。

 

「じゃあ、これはどうかなー?」

 

 言うやいなや、ユノは刀を大上段へと構え直し、ヴァンに一足飛びで接近する。よく見れば構えられた刀からは戦技特有の燐光が発せられていた。

 

「三の型〝烈火〟!」

 

 力強い言葉と共に振るわれたのは炎によって一回り大きくなった刀――まるで太刀のような存在となったそれを叩きつけてきた。

 

「くっ!?」

 

 これにはたまらずヴァンも受け止めるのは不可能と判断して、その場から飛ぶように逃げる。

 強大な一撃は地面をえぐり取り、衝撃とともに辺り一面に土埃が舞う。

 

 この状況では迂闊に動けないため、ヴァンが周囲を警戒していると、

 

「マスター、右から来るです!」

 

 アリエスが先にユノを感じ取ったのか大声で知らせる。

 それと同時に、土埃の中から銀の一閃と次いでユノが現れた。

 

 不意打ちになり損ねた一撃を受け止め、刀と剣が競り合う形となって膠着をみせる。

 しかし、受け止める前にヴァンの方が少し遅れたため、剣が刀にじりじりとおされていく。

 

「んー、このままだと斬れちゃうよー?」

 

 きりきりと金属同士が擦れる嫌な音をたてながら、近づいてくる刀にヴァンは――

 

「なめるな!!」

 

 ワイバーンとの戦いでも使ったグローブをかざし、ユノ目掛け火球を放った。

 

 火を起こすための火球といえど当たればやけどぐらいにはなる。それにいきなり顔面に火球が飛んでくれば普通は反射的に仰け反らせてしまうものだが、

 

「うわぁ、危ないなー。当たるかと思ったよー」

 

 ユノは火球を見た瞬間にヴァンの剣を弾くと、刀を火球に合わせ防いだ。

 その場から、ほぼ動かずに行われたユノの冴えと技を目撃したヴァンの額に汗が滲む。

 

「あっさりと見切った奴に危ないとか言われても、まるで信じられないな」

 

「いやいや、しっかり防がなかったら私の隙を付く気満々だったでしょー? それにしても、そのグローブ、面白い機能がついているんだねー……でも、もう一度はないよ?」

 

(……だろうな)

 

 ヴァンは内心で焦りながらユノの今の状態をつぶさに観察する。

 

 ユノの雰囲気が変わった。

 

 先ほどまでのぽやっとした感じが欠片もなくなっており、周りからは闘気が溢れ出ているようにも感じ取れる。

 

 ヴァンにしてやられたことに腹を立てた……というよりは、本気になったというのが正しいだろうか。最後の言葉にのせられた凄みはそう感じさせるのに十分だった。

 

 ユノが再び刀を振るうとヴァンもそれに対抗するように剣を振るう。

 

 最初の打ち合いと似てはいるが、ユノの振りは明らかに速くなっており、ヴァンとしてはなんとか食らいついているような状態だった。

 

 しかし、そんな剣戟もあっさりと終局することになる。

 

「あれだけ私の刀を受け止めてたんだ。限界がくるのも無理ないよねー」

 

 ヴァンの剣がひび割れ、そのままユノの刀に切り飛ばされてしまったのだ。

 

「マスター!?」

 

 剣の半分を切り飛ばされたのを見たアリエスが悲痛な声をあげる。

 刀自体はヴァンに当たらなかったとはいえ、もうこの剣で戦うことは不可能だ。

 

 すぐさまそう判断したヴァンは剣をユノに向かって放り投げて、僅かでも時間を稼ぐのと同時にアリエスに呼びかけた。

 

「アリエス! 結界はちゃんと張ってるな!」

 

「は、はい、バッチリです!」

 

 とりあえず返事はしたものの、アリエスはなぜ、今ここで自分の結界について確認されたのか分かっていなかった。

 

 考えられるのは、ヴァンがなにか広範囲に及ぶ技か何かを使おうとしているのではないだろうか、ということぐらいだ。

 

「何をしようとしているのか知らないけど、これで終わりだよー!」

 

 そうこうしているうちに、ヴァンが放り投げた剣をはじき飛ばしたユノが襲いかかってきていた。

 

 袈裟懸けに振るわれた刀は寸分の狂いもなく、ヴァンの身体を切り裂く――などということはなく、

 

 カキィン! と甲高い音を立ててユノの刀が停止する結果となった。

 

「!? 一体なにで私の刀を……それは!?」

 

「はっ、剣がなくても止められるもんだぜ」

 

 ヴァンは驚愕するユノを何処か勝ち誇った笑みで見つめていた。

 

 刀を受け止めていたのは紫色をした小さな人型――

 

 

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬですよ、これぇー!?」

 

 

 

 結界に身を包んだアリエスが、ヴァンに握られた状態で刀とぶつかり合っていたのだった。



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魔導具王、アズマ者と出会う③

 ユノの刀をヴァンが止めてから数秒後、このまま押し切るのは不可能だと判断したユノは一旦刀を引く。

 

「まさか、そんなもので止められるとはねー」

 

「すごいだろ? アリエスの結界は一級品だ」

 

「確かにすごいねー。でも、連続での攻撃を防げるのかなー!」

 

 ユノは刀を中段に構え直すと、弧を描くような軌道で、幾重もの剣閃をヴァンに向かって放つ。

 

 先ほどユノは実際にぶつかった結果、刀から伝わる手応えから、アリエスの結界を一撃で壊すのは無理だと悟っていた。

 

 まるでまだ見習いだった頃、わら束の途中で止まってしまった刀を力で押し切ろうとしてもどうにもならなかった――アリエスの結界から感じ取ったのはその時の感覚とよく似ていた。

 

 だが、ユノには刀を結界で受け止めているアリエスの反応は、本気で焦っているように思えたのもまた事実。

 

 その状況から、あれほど強力な結界だ、時間制限か回数制限のどちらかはあるに違いない、とユノが考えたのは決して間違いではないだろう。

 

 といっても、実際はユノの勘違いでヴァンがいきなり掴んで刀と打ち合わせたのをアリエスが本気で驚いただけなのだが……。

 

 ユノの剣閃に合わせるように、ヴァンは手に握ったアリエスをぶつけていく。

 

「防げるさ、アリエスならな!」

 

「いや、ちょっと待つのですよ、マスタッあぁぁぁぁ!?」

 

 ユノは先の連撃以上に刀を振るい、ヴァンもそれに呼応するようにアリエスを振るう。

 

 刀に対して妖精をぶつけるという酷い絵面だが、刀を完璧に防げている現状、仕方のない事ともいえる。

 

 そんな両者の間で交わされた剣閃のようなものは、あっという間に十や二十を超え、百近い数となったところで再び離れた。

 

 仕切り直しといったところだろう。

 

「うわぁ、すごい。どーなってるの、その妖精ちゃん」

 

 素で賞賛の言葉をこぼすユノ。自分が全力で刀を振るっているのにも関わらず、完璧に防がれてしまえば、相手が上だと認めるしかない。

 

「きゅう……目が回るです」

 

 一方で、ユノに賞賛されたアリエスはどこかぐったりとしていた。結界があるとはいえ、刀と百近く打ち合うはめになれば、疲弊するのも仕方がない。

 

 こんな状態であっても未だに結界を張っているのには、ヴァンとしても素直に褒めるしかない。

 

 アリエスの結界にはヴァンとしても一目置いている――というか、エヴァンジュの記憶が正しければ、エヴァンジュ達の中でアリエスが誰よりも結界を使いこなしていた。

 

 とはいえ、ヴァンとしてはアリエスの大きさでは剣と比べて、リーチが足りないため、あまりこのぶつかり合いが続くのは好ましくなかった。

 

 先ほどの百近い攻撃を凌ぐのも多大な集中力を要したのだ。

 

 けれども、ここで弱気な態度を見せてしまえば、ユノは嬉々として刀を振るってくるだろう。

 だから、それを少しも見せないようにする。

 

「さあな、知りたかったから破ってみろよ」

「破られたら死ぬですよ!? 私がどれだけ集中して結界張ってると思ってんですか!?」

 

 ヴァンの声を聞いて、目を回した状態から復活したアリエスが叫ぶ。

 結界に自信があろうとなかろうと、自分の意思でもないのに刀の前に出されれば文句の一つくらい言いたくもなる。

 

 しかし、ここで自分が逃げてしまえば、武器を失っているヴァンが斬り殺されてしまうと思い、甘んじてこの扱いを受け入れていた。

 

 そんな二人の様子を見てクスリと笑ったユノは再び刀を構える。

 

「そうだねえー、どこまでやれるのかなー。興味もあるし、ちょっと楽しくなってきちゃったー」

 

 ユノは自分とここまで打ち合える人間が、今回のような仕事で出てくるとは想像もしていなかった。

 

 持っているのが剣や刀のような武器ではなく、妖精という意味不明なものなのも予想外だったが高揚しているのは事実だ。

 

(さっきの言葉は逆効果だったか!?)

 

 ユノの態度を見たヴァンも警戒しつつアリエスを構える。

 

 

 再び剣戟が始まる、と三人が思った時――

 

 

 ズズン! と大きく地面が揺れた。

 

 地震のような揺れではなく、何か大きな物が落ちたような音と揺れだった。

 

 それと同時に今にも飛び掛かってきそうなユノが構えを崩して、エルヴン大森林の方を一瞥するとつまらなそうにため息を吐いた。

 

「うーん、お兄さんと死合うのは嫌いじゃないしー、もう少し続けたいのも本音だけどねー、時間切れみたい」

 

「何を言っている……?」

 

 闘気が一瞬にして霧散し、最初に出会ったときのような状態となったユノだが、ヴァンはどこか寒気のようなものを感じていた。

 

 大きな波が来る前に一旦、海が穏やかになるような――そんなことを感じさせるのが今のユノだった。

 

 直感的にマズいと判断したヴァンは後ろに飛び退こうするが、それよりもはやくユノが動く。

 刀を一旦、鞘へとおさめたユノは深く腰を落とすのと同時に、闘気を解放する。

 

 

 

「秘剣〝桜花散――」

 

 

 

 ユノが必殺ともいえる戦技を放つ瞬間、エルヴン大森林の方角から何者が複数移動してきていた。

 

 全員ローブに身を包み性別、種族、年齢がまるでわからない。どこからどうみても怪しいとしか言いようのない集団だった。

 

 その怪しげな集団の一人がユノに声をかけると、そのままヴァン達を無視して通り過ぎていく。

 

「何をしている傭兵! 仕事は終わりだ、撤退するぞ!」

 

「はいはい、今行きますよー。そういうわけだからお兄さん達、じゃあねー。機会があったらまた死合おうよー」

 

 黒ローブに言われて、刀を修めたユノはヴァン達に手を振ると、集団のあとを追ってその場から離れていく。

 

 一瞬にしておきた出来事に驚きつつも、危機が去ったことを認識したヴァンはホッと息を吐く。

 

「冗談じゃない、こっちは二度と会いたくない」

 

「……ですね」

 

 その言葉にアリエスも同意するのだった。

 

 

 

 

 

 ユノ達が去った後、折られた剣を拾って鞄型収納庫へとしまい込むと、ヴァンはユノとの戦いを反芻するように呟いた。

 

「あのまま戦っていたら負けてた可能性が高かったな。全盛期の魔導具全部――とはいかなくてももう少しが揃ってれば別だったんだが……」

 

 はやくリブラに会わないと、と思うヴァンの横でアリエスがムッとした目で見つめていた。

 

「だからってふつー、私を盾に使いますか!?」

 

「ちょっとまて」

 

「な、なんです……急に見つめてくるなんて……」

 

 ヴァンの目の前で上下に揺れながら、プンスカと怒るアリエスだったが、紅玉のような瞳に見つめられ、しどろもどろになってしまう。

 

 そして、そんなアリエスの反応を知ってか知らずか、ヴァンの口がゆっくりと開かれた。

 

「盾じゃないぞ、武器として使ったんだ」

 

「……そこじゃねーですよ、バカマスター!!」

 

「がっ!?」

 

 ヴァンとしては冗談のつもりだったのだろうが、明らかに状況がマズかった。

 

 言葉の意味を理解したアリエスは、先ほど以上に顔を真っ赤にするとヴァンの鼻を思いっきり蹴り上げる。

 

 小さい妖精の一撃とはいえ、完全に不意打ちだった蹴りは鼻にクリーンヒットし、痛かったのかヴァンの目の端には涙が浮かんでいた。

 

「無茶なことして悪かったよ。お前がいなかったらヤバかった。今無事なのはアリエスがいたからだ……ありがとな」

 

「最初から素直にそう褒めてれば、良いのですよ!」

 

 思っていたよりも真っ直ぐな感謝の言葉に、アリエスはどこか気恥ずかしそうに返事をする。

 それを見たヴァンは続けざまに言葉をかけた。

 

「よっ、アリエス最高! アリエス役に立つ! アリエス可愛い!」

 

「……なんかてきとーに言っていれば、それで私が満足するとか思ってねーですか?」

 

「そんなことないぞ?」

 

 一転してジトッとした目に見つめられたヴァンはこの話題を切り上げて、ユノに呼びかけた集団へと切り替えた。

 

「それにしても、さっきのやつら何者なんだろうな。ユノに傭兵って言っていたからにはここでの足止めを依頼していたってことなわけだろ。一体なんの目的で……」

 

「というか、マスター?」

 

「ん? どうした?」

 

「揺れが段々ヒドくなってきてねーですか?」

 

「やっぱり? そんな気はしてたんだよ」

 

 揺れはローブ姿の集団が現れたのと同じ方向――ヴァンとアリエスが向かうエルヴン大森林から伝わってきていた。

 

 あのローブの集団が何をしたのかは知らないが、これと無関係だと考えるのは難しい。

 

「リブラに会うにしても、この揺れがなんなのか確かめるにしても、エルヴン大森林に向かうしかないな」

 

「ま、そうなるですよね」

 

 二人が覚悟を決めて一歩踏み出すと、それに呼応するかのように、今まで一番大きい揺れが発生し、ワイバーンの数倍はあろうかという巨大なドラゴンがエルヴン大森林から現れたのだった。

 



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魔導具王、踏み込む

「ひえええええええ!? なんかでっかいドラゴンが出てきたですよー!?」

 

「落ち着けアリエス! まだ距離はあるぞ!」

 

 そうアリエスに言い聞かせるものの、ヴァンも内心では、

 

(なんだよ、あの馬鹿でかいドラゴン……エヴァンジュの頃でも、あそこまででかいのはそうはいなかったぞ)

 

 エヴァンジュの記憶においても、かぞえる程しか会ったことがない程大きさのドラゴンと禄に準備もせずに出会えば焦るのは当然だ。

 

 あのドラゴンは別に自分達の方を向いているわけではないので、今すぐ襲われるということないはずだが、あれ程の巨体がそこにいるというだけで、二人は威圧感のようなものを感じていた。

 

 といっても、さすがに世界樹よりは小さいのだが、それは比べる対象が間違っているというべきだろう。事実、世界樹を除く周りの木々よりは明らかに上だ。

 

 唐突に現れたドラゴンだが、現れたわりになにもしない。咆えるようなこともせず、暴れ回ることもせず、ただそこにいるだけの状態だった。

 

 と、二人してドラゴンを見上げているとアリエスが首を傾げる。

 

「ん? あのドラゴンなんか変じゃねーです?」

 

「どれどれ? 確かに変……というか普通のドラゴンと少し違うような?」

 

 よく見れば、形は確かにドラゴンなのだが、ワイバーンのような竜種と比べると無機質感が強いというか……太陽の光に邪魔されないよう影を作りながら、目をこらして見るとなぜ違和感を覚えたのか理解出来た。

 

 あれは樹だ。

 

 あのドラゴンは生物ではなく、樹が集まってドラゴンのような見た目になっている――と認識したところで、ヴァンの脳裏によぎるものがあった。

 

「って、アレって〝竜樹(バームラージャ)〟じゃねえか!? なんで発動してんだ!?」

 

「〝竜樹〟ってなんです? マスターは知っているのですか?」

 

 聞き覚えのない言葉にアリエスは疑問符を浮かべながら、ヴァンへと問いかける。

 ヴァンは一つ頷くと〝竜樹〟を指し示しながら、口を開く。

 

「知ってるもなにも、あれは俺がリブラに渡した古代遺物だよ」

 

 〝竜樹〟――エヴァンジュが冒険した森の中の遺跡で発見した古代遺物の一つだ。(コア)と呼ばれる歯車のような物体を樹に押し当てると、竜のような姿になることからエヴァンジュが名付けた。

 

「でも、確か防衛用の切り札として使うって話だったが……」

 

 恩恵を受けている世界樹やエルフに喧嘩を売るバカがいるとは思えないが、大軍に攻め込まれたときや、戦乱の世にでもなれば必要かと思いリブラに預けたのを覚えている。

 

 しかし、現状何処かの国に攻め込まれているような様子もない。先ほどの怪しげなローブの集団に対して発動したにしては、遅すぎるうえ、あの人数相手に〝竜樹〟が必要だとも思えない。

 

 ここまで考えた所でアリエスがヴァンの肩をポンポンと叩いて呼びかける。

 

「ねえ、マスター?」

 

「どうした?」

 

「気のせいでなければなのですけど、あの〝竜樹〟大きくなってねーですか?」

 

 アリエスに言われてヴァンもよく〝竜樹〟を観察してみると、確かに僅かにだが大きくなっているように感じていた。

 

 微妙とはいえ大きくなっていく竜樹を見て、ヴァンは手を叩く。

 

「思い出した!」

 

「何をです?」

 

「〝竜樹〟の特徴だよ」

 

 古代遺物として〝竜樹〟の使い方が分かったエヴァンジュは戦闘で使うことを想定し、解析を兼ねていろいろな実験や実証を行っていた。

 

 しかし、自分で使うことは断念するという結果に終わっている。

 

 その理由は大きく分けて二つある。

 

 第一に、〝竜樹〟の特徴は樹がなければ、ただの歯車ということ。常に樹があるところで戦うとは限らないエヴァンジュとしては、常に持っている必要を感じなかった。

 

 第二に、樹の量で大きさと強さが変わるということ。

 

 〝竜樹〟は最初に使った樹以外にも、周りの樹を巻き込んで大きくなっていくのだ。一応、樹に直接触れるのと、命令(コマンド)として大きさを指定しておけば、大丈夫ではあるのだ。

 

 だが、そういった条件を知らずに、一度実験で使った森を壊滅させかけたのは、エヴァンジュの記憶に深く刻まれている。黒歴史としてであろうが。

 

 つまり、大量に樹を取り込ませなければ〝竜樹〟の強さを発揮できないのだ。

 

 森を壊滅させるほどの樹を取り込めば、〝竜樹〟はその能力を最大限発揮させてくれるだろうが、そんなことをすれば資源としての森や生態系が破壊されるだけでなく、近隣の街や国から恨まれることになる。

 

 ようはリスクに見合った古代遺物とは言い難いのだ。

 

 ただ、これがエルヴン大森林で使用するのなら話は変わってくる。

 

 エルヴン大森林で使った場合、大木が多いのと相まって巨大な〝竜樹〟となり、使われ分の樹は世界樹からの恩恵により、新たな樹木がかなり早く育つためデメリットが殆どないのだ。

 

「はえー、そんな古代遺物もマスターは所持してたわけですか」

 

「ここの防衛に使うならもってこいだと思ったから、リブラに渡していたわけだが、なんでこんなことになってるんだろうな」

 

 そんな風に会話しながら、エルヴン大森林の入り口からエルフの里へと向かう二人。

 

 ヴァンとアリエスがエルフの里へとたどり着くと、明らかに様子がおかしかった。

 エルフ達が右往左往しているというか、大慌てしているというか、混乱しているようだった。

 

「あの〝竜樹〟はエルフ達にとっても予想外みたいだな」

 

「そうですね」

 

 里の様子からリブラ、もしくはエルフ達が〝竜樹〟を使った可能性はない、と判断したヴァンは警護の兵がいなくなった門を抜けて、里の中へと入っていく。

 

 ヴァンと一緒に入ったアリエスだったが、これは無断侵入ではないだろうかと、声をあげた。

 

「勝手に入っても大丈夫なのです?」

 

「良くはないだろうが、この状況じゃ正式な手続きをしようったって、いつになるか分かったもんじゃないぞ? リブラにさっさと会いに行って、状況を聞いたうえで、手伝えるなら手伝う方が効率的ってもんだろ?」

 

 そう言って、里の奥へと進んでいくヴァンの後をアリエスも追うのだった。

 

「ああ、もう! しょうがないですね!」

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァン達が里の奥――世界樹の方へと歩いて行くと幾人かのエルフが集まっているのを目撃する。

 

「何か相談事しているみたいだな」

 

「この状況ですからね。これからのことでも決めてるんじゃねーですか?」

 

「リブラに会えるかと思ったが、あれだけエルフがいる場所で会うのはやめておいた方がいいかもな」

 

 ヴァンは自分の今の状態も含めて話すとなると、エルフ達は邪魔というと言い方が悪いが、あまり話したく無いのは間違いない。

 

 加えて、今この場で出て行った場合、エルフ達がどんな反応をするのか分からないというのもあった。ヴァンとアリエスはなにもしていないが、ここまで入ったことを咎められる可能性は非常に高い。

 

 そのため、二人はリブラに会うのは一旦保留とし、この場から離れることにした。

 

「じゃあ、一旦引くですよ」

 

 アリエスはゆっくりと後ろに下がっていく。

 それを見たヴァンはすぐに手を伸ばして、アリエスを止めようとする。

 

「バカっ!? そこは!?」

 

 その時、アリエスが木の枝に引っかかりガサッ! と葉が擦れる音を立ててしまう。

 

 それと同時にエルフ達の耳がピクッと動き、全員でヴァン達の方を向く。

 エルフ達の瞳にはしっかりとヴァン達の姿が映し出されていた。

 

「人間!? なぜこんなところまで……しかも、滞在許可を出している者ではないな!」

 

「あっちゃあ……」

 

「……やっちまったです」

 

 その場にいたエルフ達は各々の武器を構え、ヴァン達を半包囲する。

 

「どうするのですか、マスター?」

 

「お前のせいだろうが! って言いたいが、ここまで来たのは俺だしな。とはいえ、敵でもないのにエルフ達を倒すわけにもいかねーだろ?」

 

「それはそうかもですが、ここで捕まるぐらいなら、入り口で待って方が良かったですよ!?」

 

 コソコソと小声でやりとりする二人を見たエルフの一人が苛立ったように叫ぶ。

 

「何を話している!! こいつらを捕らえろ! 〝竜樹〟の件に関与しているかもしれん!」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 エルフ達が今にも襲いかからんとしたところで、

 

「ソノモノタチハモンダイナイ。オサメヨ」

 

 と、どこか不思議と響くような声が聞こえてきた。

 

 それと同時に、ヴァン達とエルフ達の間に木の根が飛びだしかと思うと、現れた根は人型へと変貌する。

 その姿を見たエルフ達はヴァンとアリエスの半包囲を解いて武器を下ろした。

 

「「「「「了解しました、リブラ様」」」」」

 

 一斉に人型に向けて礼をするエルフ達を見て、アリエスはホッと胸をなで下ろした。

 

「いるなら早く出てきて欲しかったのですよ」

 

「コノヨウナジョウキョウデナケレバ、モウスコシハヤクデラレタノダガナ。キュウコウトハイエナニヨウデオトズレタノダ、アリエス?」

 

「あー、それは私じゃなくてこっちというですかね」

 

 アリエスはヴァンを指さす。

 アリエスの動きにあわせるように、根の人型がヴァンの方を向く。

 

「アリエストイルトイウコトハ、モンダイノアルニンゲンデハナイトハンダンシタガ、ソノオトコハイッタイ…………イヤ、ソンナマサカ!?」

 

 

 ヴァンのことをじっくりと見た世界樹(リブラ)は驚愕の声をあげるのだった。

 



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魔導具王、リブラと再会する

 

 リブラは目の前にいる男――ヴァンから目が離せなくなっていた。

 

 最初はアリエスが連れてきた人間という印象しか無かったのだが、いざ自分の目で観察するとどこか懐かしさを感じていたのだ。

 

 この感覚はエルフの里にふらっとやって来て、世界樹である自分と契約をしたいと言ってきたあの男――後に魔導具王と呼ばれたエヴァンジュと同じ感覚だった。

 

 今、目の前にいる男と、黒目黒髪のエヴァンジュとは、見た目も歳も全然違うのにも関わらず、そんなことを考えてしまっていた。

 

 それと同時に、一度切れたはずの契約(パス)が疼くような、再び動いているような感じすらあるのだ。

 リブラが混乱してしまうのも無理はない。

 

 一方で、妖精(アリエス)と話している時は大丈夫だったのに、男の方を向いただけで固まったリブラをエルフ達はどこか心配そうに見つめていた。

 

 この空気の中、話さなきゃダメなのか……と若干尻込みするヴァンだったが、早く行けとばかり、アリエスに後頭部を軽く蹴飛ばされて一歩前に出る。

 

「久しぶりでいいのか?」

 

 どこかばつが悪そうな表情で片手をあげるヴァン。

 

 記憶と一致する仕草と表情に、リブラは自分の予想が当たっているのではないだろうか、と確信を強める。

 

「……ヤハリアナタハ」

 

「多分、その想像であってるよ」

 

 目の前の男が理屈は分からないがエヴァンジュなのだ、と理解した瞬間にリブラの契約は完全に結び直された。

 

 この男がエヴァンジュだとすれば、今の状況をなんとか出来るかもしれないと考えたリブラはアリエスとヴァンに呼びかける。

 

「スコシ、ハナシガシタイ。オクニ、イドウスルトシヨウ」

 

「あ、ああ、それは構わないが」

 

 ヴァンとしては願ってもない提案だが、それに待ったをかけたのは一人のエルフだ。

 

「お待ちください! 今は〝竜樹〟の対処を優先すべき時です。リブラ様の知り合いとはいえ、この状況において部外者と話す時間などありません!」

 

 強く止めてきたのは先ほどもエルフ達に指示を出していた女性のエルフだ。

 黄金色の髪をサラッとたなびかせ、大海を彷彿とさせる青い瞳をした彼女はこの場において一番権限がうえなのだろう。

 

 彼女が話しているせいか他のエルフ達は一言も話してはいないが、内心では同じ事を思っているのか顔の端に不満が見え隠れしている。

 

「ソノタメニモ、イチド、ハナスヒツヨウガアルト、ハンダンシタ」

 

「しかし、理由は我々にはお聞かせできない……ということですか」

 

「ソウダ」

 

 ある意味で否定のようにも聞こえる肯定の言葉に対し、少し面食らったようなエルフの女性だったが、息を一つ吐くと、

 

「……ならば! 私だけでもついていってもよろしいでしょうか! リブラ様の親衛隊長として、このフィーネ・リッターシュルト! 妖精付きとはいえ、よく分からない男と二人きりにするわけにはまいりません!」

 

 胸に手を当て一礼した彼女――フィーネはリブラに一歩も引かずにそう宣言した。

 

 心の底からリブラのことを心配してのことだと感じ取ったのだろう。

 リブラは仕方がない、とでもいうように肩をすくめると歩き出した。

 

「カマワナイ」

 

「ありがとうございます!」

 

 フィーネもリブラに続くように歩き始める。

 

 ヴァンとしては、みだりに話すようなことでもないと思っている。

 そのため、エルフに知られるのはあまりよろしくないのだが、リブラがこのフィーネという信用しているのならば、リブラを信じるしかないだろう。

 

 もしフィーネが不用意にバラすようなことがあれば、お仕置きは確定……と心の中で決めて。

 

「!?」

 

 その時、何かを感じ取ったのかフィーネは背筋をブルリと震わせると周囲をキョロキョロと見渡していた。

 

「……エルフって感受性も強いんだろうか?」

 

「急に変なこと言ってどうしたのですか? リブラと話せるのですから、さっさといくですよ、マスター」

 

「分かってるよ!」

 

 ヴァンとアリエスもリブラ達の後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 少しだけ歩いたヴァン達がたどり着いたのは、世界樹の根元と呼べる場所だった。先ほどエルフ達がいたところも大概、世界樹に近かったが、ここはそれ以上に近い。

 

 ヴァンなんかは世界樹の張り出した根に腰掛けている状態だった。

 

 それを見たフィーネのこめかみに青筋がはしるが、リブラに止められているため武器を抜くようなことはなかった。

 

 その後の流れはアリエスの時と似たようなものだ。

 

 ヴァンがエヴァンジュの記憶を思い出したことや、これまでの旅のことや、ここに来た目的などをかいつまんで話していく。

 

「……ソノヨウナコトガ。マスターモズイブント、スウキナタイケンヲ、シテイルナ」

 

 ヴァンとアリエスから話を聞いたリブラはどこか感慨深そうに頷いた。

 もう会えないと思っていた存在が再び現れれば、こういう反応になるのも無理はない。

 

 むしろ、おかしいのはリブラ以外のもう一人の方だ。

 

「つまり、この方が魔導具王、エヴァンジュ・ローディアスということですか。正直、信じられませんが、リブラ様がマスターと認めたからにはそうなのでしょうね」

 

 この話を聞いたフィーネはそう言って頷くだけで、ヴァンやアリエスに特に何か言ってくることはなかった。

 

 久々に〝魔導具王〟なんて呼ばれたな、などと思う間もなく納得されてしまい、ヴァンはどこか拍子抜けしてしまう。

 

 普通こんな話、信じられないと切って捨てられるか、疑われて当然だからだ。

 そんな考えが透けていたのか、フィーネは苛立ったように腕を振るって力説する。

 

「なんですか? その表情は? リブラ様が言っているからにはそれで間違いないのです! たとえそれが荒唐無稽の話でも私は信じます!」

 

「あ、うん。わかった」

 

「……リブラもとんでもねーのに好かれてるですね」

 

 先ほどまでは職務に忠実な親衛隊長の印象が強かったフィーネだが、これは狂信者一歩手前のヤバい奴だと理解する。

 

 このままでは話が逸れていきそうだとリブラも感じていたのか、話題はヴァン達がここにやって来た目的へと移る。

 

「マスタータチハ、マドウグヲ、トリニキタノダナ?」

 

「そうなるな。それで残ってるか?」

 

「ウム、タイハンハ、モテアマシテイルジョウタイダ。モッテイッテモラッテ、カマワナイ」

 

 リブラの答えを聞き、とりあえず目的は達成できそうだとヴァンとアリエスはパチンと手を合わせる。

 

 リブラに預けていた魔導具を回収できればかなりの戦力増強になるだろう。もしユノと戦うことになっても優位にたてる可能性が高い。

 

 とここまで考えたヴァンはリブラに気になっていたもう一つのことを聞く。

 

「あの〝竜樹〟ってどうなっているんだ? リブラが発動させたとは思えないんだが?」

 

「マスタートハ、ソノハナシガシタカッタノダ」

 

 今度はヴァンとアリエスがリブラ達の話を聞く番だった。

 といっても、リブラ達も〝竜樹〟が発動した具体的な理由は知らないらしい。

 

「キュウニ、ハツドウシタトシカ、イイヨウガナイ」

 

「おそらく、何者かが〝竜樹〟の古代遺物に何らかの細工をしたとは思われるのですが……」

 

「それをしたのは、ユノが一緒について行った黒ローブの連中だろうな」

 

「そうだと思うです」

 

 あの怪しげな集団に、邪魔が入らないよう足止めしていたユノ。物証はないが、状況が整いすぎている。

 

 だが、リブラ達としては犯人をどうこうするよりも竜樹〟を止めたいようだった。

 

「ソコデダ、マスターナラバ、トメカタガ、ワカルノデハナイカ、トオモッテナ」

 

 リブラに問いかけられたヴァンは困ったように首を横に振る。

 

「期待されてるとこ悪いが、自分の意思で発動させた〝竜樹〟の止め方ならともかく、勝手に発動した〝竜樹〟の止め方なんぞ分からないぞ……〝竜樹〟の核を壊せば止まるのは間違いないがそれくらいだな」

 

「そうですか。我々も最悪にそなえ破壊を試みているのですが、現在核の位置すら掴めていない状況です。せめて大きくなるのだけでも止められないかと、拘束はしているのですが……芳しくありません」

 

「拘束っていってもあの大きさじゃ顕界があるわな。よし、俺も手伝おう。まずは魔導具の所に案内してくれ」

 

 残念がるフィーネを見たヴァンは自分から〝竜樹〟を止めることに協力を申し出た。

 

「どうしたのですか、マスター? 今回はかなりやる気に見えるですよ?」

 

「お前失礼だな!? まだ〝竜樹〟が動いていないのは起動準備が完全に終わっていないからだろう。止めるなら急いだ方が良い」

 

 一方的な借りを作る気はないのか、ヴァンの目には力強い輝きが宿っていた。

 

「分かりました。私が案内します。よろしいですか、リブラ様?」

 

「ウム、コチラハ、コウソクヲツヨメテオコウ」

 

 と、リブラが返事をした瞬間、爆発的な魔力の奔流とともにグラグラと地面が揺れる。

 

「なっ!? この揺れは!?」

 

「ヤバくねーですか!?」

 

 揺れがおさまるのと同時に、ドォン!! と大きな音が鳴り響く。

 

「遅かったか……」

 

 ヴァンの視線の先には、〝竜樹〟がその巨体を揺らしながら、一歩踏み込んだ姿が映っていたのだった。

 



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魔導具王、〝竜樹〟を止める①

「リブラ様、これは!?」

 

「ウム、ドウヤラウゴキダシタ、ヨウダナ」

 

 見れば〝竜樹〟が一歩、また一歩と動いている。

 しかし、その動きはヴァンの記憶にあるものよりも、どこかゆったりしているように感じられた。

 

「なんか変だな? 取り込んで大きくなるのを待っていたり、動きだしたかと思えば遅かったり、改めて考えると〝竜樹〟ってあんな古代遺物だったか?」

 

「久々の起動で調子が出ていねーとか、そういう理由じゃねーですか?」

 

 〝竜樹〟のことをよく知らないアリエスはありそうな理由を並べる。それに一瞬、納得しかけるも、すぐに否定する。

 

 確かに古代遺物は現代だろうと、エヴァンジュの時代だろうと、完全解析に成功したものは多くない。

 

 だが、ヴァンにはわかるのだ。古代遺物と魔導具に人生をかけた、エヴァンジュの記憶を持つヴァンには今の〝竜樹〟が本来のものと異なっていると感じていた。

 

「いや、そんな理由とは思えないな」

 

「マスターがそう思うならそれでいいですよ。でも、考えるのは後にしたらどうですか?」

 

「そうだな。〝竜樹〟の核を調べれば分かることだ。それで、俺たちはどうすればいい?」

 

 アリエスとの話を終えたヴァンはリブラとフィーネの方を向く。先ほどまでの予定では、フィーネが案内をするとの事だったが、〝竜樹〟が動きだした以上、状況は変わっている。

 

「リブラ様、どうなされますか?」

 

「フィーネニマカセル。コチラハ、サトノモノトトモニ、フタタビコウソクヲ、ココロミル」

 

「了解しました!」

 

 リブラは人型の根を解除すると、何処かに行ってしまった。

 

 言葉の通りならば、歩き始めた〝竜樹〟を止めようとしているのだろうが、あれ程の巨体だ。

 止めるのにも一苦労しそうなものだが……とここまで考えた所で、〝竜樹〟の周りから根っこが大量に現れ、雁字搦めにしていく。

 

「あれはリブラの根ですか!?」

 

「ええ、厳密には先ほどまでいらっしゃったリブラ様と同様、本体と直接繋がっている根ではなく末端との事ですが」

 

 あっけらかんと答えるフィーネだが、地面から飛び出た巨大な根っこが、巨大な〝竜樹〟を拘束している様はかなりの迫力だ。

 

 と、この光景を見たヴァンはふと疑問をこぼす。

 

「最初からあれで拘束していれば〝竜樹〟が動き出すこともなかったんじゃない?」

 

「負荷がかかるとのことで、あまり好まれていないようです。それと〝竜樹〟の特性上、リブラ様であってもあまり触れたくないのだそうで」

 

 理由としては納得のいくものだった。負荷がかかるというのはよく分からないが、リブラが好ましくないと思っているからには何らかの問題やデメリットがあるのだろう。

 

「こちらも急ぎます、ついてきてください!」

 

 フィーネの先導に従って、エルヴン大森林を駆け抜けていく。魔導具の場所はエルフの里の中でも離れた場所にあるらしく、少し時間が掛かるとのことだった。

 

 移動の最中、視界に必ず映っている〝竜樹〟を気にしつつも、ヴァン達は魔導具が保管されている場所へとたどり着こうとしていた。

 

「見えました! あそこにリブラ様がエヴァンジュ殿から預かったという魔導具が保管されています!」

 

 フィーネが目を向けた先にあったのは一つの小屋。

 

 小屋の大きさは小さめの一軒家と同じ程度だろうか。見た目はエルフの里の家と同じような木製の作りだが、こちらの方が幾分か簡素に思える。

 

 入り口には魔石を利用した結界が存在していた。

 

「よし、これで戦力も上がる」

 

「安心するのは、はえーですよ、マスター」

 

 ヴァンとアリエスがそんな会話をしたときだった。

 ブチブチィ!! と嫌な音が響いたのは。

 

 音のした方を見れば、〝竜樹〟を拘束していたリブラの根っこが何本か引きちぎられていた。

 

「なっ!?」

 

「これヤベーやつです!?」

 

「リブラ様!?」

 

 三人が驚愕の表情でそれを目撃する中、いち早く気付いたヴァンが叫ぶ。

 

「危ない! 伏せろ!」

 

 ヴァンが見たのは〝竜樹〟が身体を回転させ、周辺を薙ぎ払おうとしている光景だった。

 

 声を出しつつ、ヴァンも反射的に身を屈める。

 アリエスも地面につくまで高度を落とし、フィーネもヴァン同様、身を屈めた。

 

 三人と〝竜樹〟に当たることなくやり過ごすことには成功したのだが、ある意味で無事とはいえなくなってしまった。

 

 その理由は〝竜樹〟の一部が小屋へと命中し、バゴォン!! と大きな音を立てて、小屋が崩れていくのを見てしまったからだ。

 

「アリエスぅ!? お前があんなこと言うから小屋がやられたじゃねーか!?」

 

「私のせーじゃねーですよ!? 責任転嫁するの止めてもらえねーですか!?」

 

「それよりも〝竜樹〟の動きが変です!」

 

 フィーネの言葉にヴァンとアリエスは揃って、〝竜樹〟を見上げる。

 

 回転した〝竜樹〟はまるで本物のドラゴンが咆哮するように体躯を動かす。ドラゴンの咆哮は威嚇や牽制の意味があると言われているが、それを模した存在である〝竜樹〟の行動も威嚇だとすれば、その対象はいったいなんなのだろうか。

 

 〝竜樹〟の視線の先にあるものといえば世界樹ぐらいだ。

 

 その一連の行動を見て、『まさか!?』とだれもが思った瞬間――

 〝竜樹〟は世界樹目掛けて突撃を開始した。

 

 少し前まで、ゆったりとしか動いていなかったのが嘘のような速度で疾駆した〝竜樹〟は世界樹に思いっきりぶつかっていく。

 

 一度ならず、二度、三度と続けざまだ。エルフ達が止めようとしているのか魔法らしき攻撃も見えるが、〝竜樹〟は止まらない。

 

 大きさは世界樹の方が圧倒的に上なためか、どれだけ体当たりされても少し揺れるだけで、すぐにでも倒されるようなことはなさそうだが、見ていてあまり気分の良い物ではない。

 

 特にリブラを崇拝しているように感じられたフィーネにとっては、衝撃が大きかったのか声も出ていない。

 

「っち、こうなったらこの壊れた小屋のなから魔導具を探すしかない。アリエス、お前も探してくれ!」

 

 そう言うと、ヴァンは小屋の跡地へ駆けだしていく。

 

「それは分かったですけど、壊れたのばっかりですよ?」

 

「それでも探すんだよ!」

 

 〝竜樹〟の一撃を食らったせいか、小屋があった場所には、ぱっと見では無事な魔導具が存在しているとは思えないほどボロボロの状態だった。

 

「あの私も、お手伝いを……」

 

 探す二人を見てフィーネもここに来た目的を思い出し、協力を申し出たが、

 

「こっちは俺たちだけで十分だ! リブラの親衛隊長なんだろ! あっちに行った方が良い!」

 

 ヴァンが断った。明らかにフィーネの意識はリブラの方へと移っていたからだ。未だに世界樹に突撃している〝竜樹〟を意識するなと言う方が無理だろう。

 

 ヴァンの熱の籠もった言葉を聞いてフィーネはハッと身体を震わせ、一礼する。

 

「分かりました! 私はこれより元の任務に戻ります! そちらも気をつけてください! ――風よ!」

 

 そう言い残し、フィーネは風魔法をその足に纏うと来たときの倍近い速度で〝竜樹〟の元へと駆けていった。

 

 ヴァンとアリエスはフィーネを見送りつつ、小屋の跡地で無事な魔導具を探していた。

 

「まさか、ここに来て魔導具を手に入れられないとは……くそっ、こっちは今、碌な物がないってのに」

 

「武器も折られてやがるですしね」

 

「ホントにな」

 

 ヴァンは鞄型収納庫に保管してあるユノに折られた剣を思い出しながら同意する。

 

 あの剣は大量生産の品としてはよい物で、駆け出しとしては十分に上物と呼べる剣だったが、一流の武芸者と業物を相手取るのには流石に力不足だったらしい。

 

 だからこそ、ここで魔導具を手に入れておきたかったのだが、この有様ではどうなるかわからない。

 

 魔導具を探し続ける二人だったが、あまり成果は芳しくない。

 

「使えそうな魔導具は……ないな」

 

「こっちもねーですよ……ん? これ魔導具だったりするですか?」

 

 そんな中、アリエスが何かを見つけたのかヴァンを呼ぶ。

 

「どれどれ……ってこれは!? 俺が作った禁忌の魔導具の一つ〝カラミティ〟じゃねえか! 使えるなら、当たりも当たりの魔導具だぞ」

 

「カラミティ? これがそんな大層なものなんですか?」

 

 そう聞くアリエスが指さした先には、銀色に光る腕輪が存在していたのだった。



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魔導具王、〝竜樹〟を止める②

「特に変なところもない、ふつーの腕輪にしか見えねーですよ?」

 

 ヴァンとアリエスの目の前にあるのは銀色の腕輪だ。

 

 装飾などは特に取り付けられておらず、至ってシンプルなものだった。強いていうのならばアクセサリーにしては大きいということぐらいだろうか。

 

「よく見ろ、腕輪の側面に細かい穴が空いているだろ?」

 

「んー……ホントですね。でもこの穴がどう関係してくるのですか?」

 

 ヴァンが指し示した腕輪の側面をよく見てみると、確かに細かい穴が無数に空いていた。

 だが、この穴が空いていることによって、この魔導具――〝カラミティ〟がどんな効果を発揮するのかは想像もつかなかった。

 

「どれ、確認も兼ねてちょっと試してみるか、目標アリエス」

 

 腕輪を右腕に装着したヴァンはアリエスへと〝カラミティ〟を向ける。

 その妙に物々しい雰囲気にアリエスは顔を引きつらせ、首を横に振った。

 

「いやいやいや!? なにも私で試す必要ないじゃねーですか!? ここら辺に落ちてる端材でも何でも使えばいいですよね!? ちょっと、マスター聞いて――」

 

「――行け〝カラミティ〟!」

 

「ひゃあ!?」

 

 アリエスの言葉など意に介さずに腕輪に魔力が注ぎ込まれ、腕輪の側面から何やら細い糸のようなものがアリエスへと絡みついていく。

 

 といっても、アリエスは結界で守られているため、アリエスそのものには何の影響もないのだが、結界ごとシュルシュルと包み込まれていく。

 

「いい加減にするですよ! 試運転ならもう十分なはずですよ!?」

 

 半分ほど包み込まれた状態でアリエスが叫んだ。

 

「スマンスマン、もうちょっと出しておきたかったんだが……一応、大丈夫そうだな」

 

 手を合わせて謝りつつ、ヴァンはアリエスを包んでいた物体を腕輪に回収する。

 

「で、これは一体何なのですか?」

 

 解放されたアリエスはジト目でヴァンを睨みつつ、先ほど自分を包んでいたものの正体について尋ねる。見た限り糸のようにも見えたが、糸にしては結界に対して、やけに強く締め付けていたように感じていた。

 

「簡単に言うと綱糸の一種だな」

 

「綱糸っていうと金属を糸みたく細くしたものですよね?」

 

「その通りだな。こいつはミスリルのような稀少鉱石をふんだんに使った綱糸の一種だ。ただ、普通の綱糸と違って、切断力を低くするかわりに強度と捕縛力に全力を注ぎ込んだ魔導具だな」

 

 とここまで説明したヴァンは少量の綱糸を腕輪からだすと、星の形にした。

 

「こんな風に魔力で操れるんだが、作ったばかりのころは上手く操れなくてな。自在に操る練習をしていたら、自分に絡まった挙げ句、解除も出来なくて、研究室で三日三晩誰にも気付かれることなくとらわれ続けた経験から〝カラ()ミティ〟と名付けた!」

 

「それって、ただマスターがバカってだけなのではないです? しかも、くだらないシャレじゃねーですか!?」

 

 あのヴァンが禁忌の魔導具とまでいうから、どれほどヤバいものなのだろうか!? と考えていたアリエスは呆れたのか、肩を落とした。

 

 いや、確かに性能はエヴァンジュが生み出した魔導具と呼ぶにふさわしいものだが、それを無に帰すほどのくだらない理由に疲れるのも無理はないだろう。

 

「もういいですよ、さっさと他に魔導具が残ってねーか確認するですよ。一個あったってことはまだあるかもしれねーんですから!」

 

「そんなにダメかなぁ? この名前」

 

「どうでもいいから手を動かすですよ!!」

 

 そんなやりとりをしながら、二人は魔導具を捜していくのだが、

 

「やっぱりねーな。奇跡的にこれだけ無事だっただけってことか」

 

「ですね。近くにでかいのがあったので、それが盾になった可能性が高そうですね」

 

 結局、先ほど見つけた〝カラミティ〟以外に無事なものは存在していないようだった。

 

「なら、さっさと戻って、〝竜樹〟を止めるぞ!」

 

「分かってるですよ!」

 

 ヴァン達は破壊された小屋を後にして、世界樹(リブラ)達の元へと急ぐ。

 

 フィーネをはじめとするエルフ達が奮闘しているのか、〝竜樹〟が世界樹に突撃する回数は明確に減っていた。

 

 とはいえ、最初よりも頻度が落ちているだけで、未だに突撃をしていることには変わりない。

 

「見えた! 世界樹の近くにエルフ達だ!」

 

「フィーネもいるみてーですよ!」

 

 ヴァン達が見たのは世界樹の前に陣取り、竜樹を囲むように存在している多数のエルフ達だった。

 

 その大半は杖を構えており、土での拘束を基本に水や風で〝竜樹〟を押し返そうとしているようだった。

 

 〝竜樹〟に一番効果的であろう火を使わないのは、森に火が移るのを防ぐためだと思われた。

 そもそも、あの巨体に対し小さな火では、どこまで役に立つのか分からない、というのもあるかもしれない。

 

 幾人かは魔力切れなのか、肩で息をした状態で膝をついていた。

 そんなエルフ達の中でも、先頭に立ち目立っていたのは、フィーネだった。

 

 フィーネは短杖を二本構えると、その両方から同時に魔法を放たれる。

 

「とまれぇえぇぇぇぇぇ!!! 索敵班! 核の位置はまだ掴めないのか!?」

 

「申し訳ありません! ですが、〝竜樹〟を止めるためとはいえ、索敵班をこれほどまで減らされては……」

 

 攻撃や防御以外の魔法を放っているのは三人ほどしか存在していなかった。〝竜樹〟の巨大さに対して人数が少ないといえるだろう。

 

「っく、減らしすぎたか? だが、この人数で当たっても、完全に止められていないのだぞ。しかも、リブラ様の根も段々本数が少なくなってきている。このままでは!?」

 

 最悪、暴れ回る〝竜樹〟に自分が無理矢理にでも乗って、核を探すべきだろうか? と中々に危険なことを考え出したフィーネの元にヴァンとアリエスがやって来たのだった。

 

「待たせたな!」

 

「ようやく合流できたのです!」

 

「あなた達は……早めに来てくれたことには感謝しますが、状況は芳しくありません」

 

 この状況で二人増えたところで、改善するとも思えないフィーネは複雑な表情を浮かべる。

 しかし、ヴァンは自分に任せろとでも言うように胸を叩くと銀の腕輪を〝竜樹〟に向けて構えた。

 

「どこまで持つかは分からんが……縛って縫い付けろ〝カラミティ〟!」

 

 ヴァンが付けている腕輪から大量の綱糸が放たれ、まるで生き物のように〝竜樹〟へと襲いかかっていく。

 

 〝カラミティ〟が纏わりはじめた最初こそ、〝竜樹〟も動く余裕があったが、次第にその動きを鈍くしていく。

 

 〝カラミティ〟が出きったところで、ヴァンは小さく舌打ちをした。

 

「っち、小型のドラゴンなら丸々一体は包み込める〝カラミティ〟を使い切っても、この程度の拘束しか出来ないか!」

 

 すでに並みのドラゴンよりも大きくなった〝竜樹〟に対しては〝カラミティ〟の全力を持ってしても完全拘束は難しいようだった。

 

 とはいえ、〝竜樹〟も暴れて抜け出そうとしているものの、簡単に抜け出すことは出来ないらしく一応拘束には成功している状況だ。

 

 それを確認したヴァンはアリエスに呼びかける。

 

「アリエス、探査はできるか?」

 

「〝竜樹〟から放たれる魔力が多くて正確な位置はきびしーですが、やってみるですよ」

 

 索敵もお手のものであるアリエスが厳しいというからには、よほど〝竜樹〟からの干渉が強いのだろう。

 

 とはいえ、さすがアリエスと言ったところだろうか、探査を開始してから数分で大まかな位置を特定してしまった。

 

「んー? 下の方にはなさそーですね。あるなら上の……あの辺りですかね?」

 

 そう言うとアリエスは〝竜樹〟の頭から胸にかけてをなぞるように指さした。

 

「よし、ならあとはフィーネやエルフ達と一緒にそこまで行って、核の破壊なり、確認なりを――」

 

 とヴァンが言ったときだった。

 〝竜樹〟が全身を身震いさせたのは……。

 

 今までと違う動きに全員が注目する中、思わず絶句してしまいそうになる光景が広がっていく。

 

「小型の……」

 

「〝竜樹〟です?」

 

 ヴァンとアリエスが見たのは、〝竜樹〟の身体から生み出されるように湧いてきた小さな〝竜樹〟の群れだった。



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魔導具王、〝竜樹〟を止める③

「ま、マスター!? どうなっているですか!?」

 

「自己修復の機能は持っていたはずだが……自己増殖まで? それにしては大きさは本体の数十分の一程度と小さい。発動の条件は本体が危機に陥ったときか? それならばリブラの根による拘束の時はなぜ発動させなかった?」

 

「分析している場合じゃねーですよ!? 来るです!」

 

 小型の〝竜樹〟は動けない本体に代わるかのようにエルフ達へと襲いかかっていく。

 

「この! 風よ敵を吹き飛ばせ! エアロバースト!」

 

 フィーネが風の魔法で数体の小型〝竜樹〟――〝小竜樹〟を纏めて吹き飛ばすも、一部が欠けただけで、再び起き上がり襲いかかろうとしていた。

 

「思ったよりも硬いな……総員! 注意しろ! だが、倒せないほどではない! なんとしてもこれを突破して核へたどり着くぞ!」

 

「「「「はっ!!」」」」

 

 フィーネのように魔力が残っているエルフは〝小竜樹〟に対して、続けざまに魔法を放っていく。硬いといっても、流石に複数の魔法をくらった〝小竜樹〟は為すすべもなく消滅していった。

 

 魔力を消耗したエルフ達は弓や槍を使用して、少しでも仲間の援護をすべく〝小竜樹〟の進軍を食い止めていた。

 

 フィーネやエルフ達の奮戦もあり、〝小竜樹〟の勢いは最初ほどはない。本物のドラゴンのように、飛行能力をもっていないことが幸いしているのだろう。

 

 しかし、逆にいえば飛べない限り、〝小竜樹〟をどうにかしないと〝竜樹〟に近づけないということでもあった。

 

 エルフ達が優勢とは言い難い様子をみて、アリエスは心配したように言葉をこぼした。

 

「マスター、これ以上〝竜樹〟が変なことしてきたりしねーですよね?」

 

「おそらく、動きを止められた〝竜樹〟の最後の手段だとは思う。目的は自身が再び大きくなるまでの時間稼ぎ。それが終われば〝カラミティ〟を外す気だろうな」

 

 ヴァンは完全に射出して、地面に縫い合わせるように〝竜樹〟を固定している綱糸を見つめる。

 

 〝竜樹〟を抑えつけている綱糸の一部はカタカタと震えており、これ以上、巨大化されればリブラの根のように、引きちぎられる未来が容易にうかがえた。

 

「じゃあ、私達も協力しねーと、ヤベーんじゃねーですか!?」

 

「これ以上、俺たちに何が出来るんだよ」

 

 焦るアリエスとは対照的にヴァンはどこか冷めた態度で答えると、続けざまに吐き捨てるように言い放った。

 

「アリエスは戦闘が苦手だし、俺に至ってはまともな武器、魔導具、古代遺物、何もないぞ? 魔法だって基礎しか使えない。素手での戦いなんて対人戦ならともかく、〝竜樹〟相手に戦えるとは思えないな」

 

「それはそうかもしれねーですけど、そんな冷静な……」

 

 とそこまで言ったところでアリエスは口を閉じた。ヴァンが思いっきり拳を握りしめていたからだ。

 

 どうやら、悔しさや非力さを感じているのはアリエスだけでなく、ヴァンもだったようだ。

 

 過去の力がもう少しあれば……という思いはエヴァンジュの記憶を持つヴァンならば、より強く感じるのも無理はない。

 

 このまま、見ていることしか出来ないのか、と両者が思ったときだった。

 

「ブキナラバ、アルゾ」

 

「「リブラ(です)!?」」

 

 声と同時に、地中から根が飛び出して以前と同様に人型をとる。

 リブラの名前が聞こえたのか、それからほどなくフィーネも後方のヴァン達の元へと、一時的にやって来ていた。

 

「リブラ様! ご無事でしたか!?」

 

「ウム、イマノトコロハナ」

 

 フィーネのこの反応を見る限り、リブラは根の拘束をふりほどかれてから、エルフ達に対しても連絡を取っていなかったようだ。

 

「モウイチド、コウソクハ、デキソウニナイガナ」

 

 どこか申し訳なさそうに言うリブラだが、そんなリブラに対してフィーネは頭を下げた。

 

「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。リブラ様への直接攻撃を許してしまうなど、痛恨の極みです。しかもそれだけにとどまらず、現在も続いているという失態を……」

 

「キニスルナ、フィーネハ、ヨクヤッテイル」

 

「はっ!」

 

 美しき主従のやりとりだったが、それよりもヴァンが気になったのはリブラが言った武器についてだ。

 

「それで、リブラ、武器があるって話だが?」

 

「ソウダ、マドウグトハベツニ、マスターニ、ワタシテオキタイ、モノガアル」

 

「案内してくれ」

 

 その言葉を聞いたヴァンは大きく頷くと、駆け出す準備をする。

 

 アリエスもヴァンとリブラについて行こうとしたところで、自身の感知に引っかかる存在を確認し、警告する。

 

「来るですよ!」

 

 アリエスの言葉どおり、数体の〝小竜樹〟がヴァン達の行く手を塞ぐように現れた。前線を抜けてきたのか、それとも別方向から近づいてきていたのかは分からないが、今のヴァンにはかなりの強敵といえるだろう。

 

 走り抜けるしかない、と考えた所で、

 

「――タービュランス!」

 

 フィーネが放った魔法によって小型の竜巻が起こされ、巻き込まれた〝小竜樹〟同士がぶつかり合いながら、地面に叩きつけられる。

 

「行ってください! リブラ様があなたに渡すものがあるというなら、それは絶対に必要です!」

 

「わかった!」

 

 ヴァンはリブラの先導に従って、駆けていく。

 吹き飛ばされた〝小竜樹〟は未だ活動は可能なようだが、傷は浅くないようで動きが鈍い。これならば簡単に突破できるだろう。

 

 突破した後でチラリと後ろを確認してみると、フィーネが追加で現れた〝小竜樹〟を全て撃破し終える所だった。

 

 フィーネはヴァンが見ているのに気付いたのか、一礼すると短杖を持ち直し、前線へと帰って行く。

 ヴァンはそれに対し心の中で感謝し走り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 リブラがヴァン達を案内した場所は、そこまで遠い場所ではなかった。位置的には〝竜樹〝と戦っている反対側の世界樹の根元だった。

 

 世界樹自体が大きいため、短いとは口が裂けても言えないが、この程度の距離であればヴァンもアリエスも疲れることはない。

 

「ここでいいのか?」

 

「な、なんか身が引き締まる感じですね」

 

 世界樹の周りの森でも神聖さは感じ取れたのだが、この場はそれ以上のように感じていた。エルフ達ですらあまり来たことがないのか、人の気配や息吹の残滓のようなものさえないのだろう。

 

「ココハ、ワタシガ、カンリシテイル」

 

「なるほど」

 

 リブラのその言葉を聞いて納得がいった。この神聖さもリブラ本人が整備していたのならば、理解出来る。

 

「アレダ……ウケトッテクレ、マスター」

 

 そこにあったのは台座に置かれた棒。中心には小さな宝石のようなものが埋め込まれていた。

 

「お前、これは……」

 

 それを見たヴァンは言葉を失った。それはヴァンとしてもよく知っている――エヴァンジュが愛用

していた武器だったからだ。

 

「ソウダ、マスターガマエニ、ツカッテイタブキダ」

 

「いや、確かにそうだがこれは世界樹(リブラ)の一部だからせめて森に返す、って渡したやつじゃないか。てっきり森の養分にでもなってるかと思ってたのに……」

 

 そう、この棒は中央にある加工された小型の魔石を除いて、全てが世界樹で出来ていた。

 

 別の武器を手に入れてしまってからは使用する機会も少なくなり、このまま収納庫で死蔵するのももったいないと思ったエヴァンジュがリブラに返還したものだった。

 

「ステルノハ、ハバカラレテナ」

 

 どこか郷愁さを感じさせる物言いだった。

 綺麗に置かれていた時点で想像はついたが、リブラはこの武器を手厚く管理していたのだろう。

 

 また、こうして使われるとは思っていなかっただろうが、今ヴァンに渡るのをリブラはただ黙って見ていた。

 

 ヴァンは台座から棒を掴むと、確かめるように棒を振るっていく。

 

 最初はぎこちなかった動きも、段々と洗練されていきヒュンヒュンと自在に回したかと思うと、突きや薙ぎ払いなどの一通りの動きを確認していた。

 

「悪くない……というより、元々使っていた剣よりもしっくりくるな。前に使っていた記憶が残っているからかもしれないな」

 

 ヴァンが幼少から練習してきた剣よりも、上手く使えることに少しだけ複雑な気持ちを抱くが、

 

「また頼むぞ、ユグドラ……」

 

 ヴァンは世界樹から作られた棒――ユグドラを強く握りしめるのだった。いた。



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魔導具王、〝竜樹〟を止める④

 ユグドラを手に入れたヴァンはフィーネ達と〝竜樹〟が戦っている場所に戻るべく、元来た道へと踵を返す。

 

「行くぞ!」

 

「待つですよ、マスター!」

 

 先行するヴァンを追いかけて飛ぶアリエスだったが、この場にいるはずのもう一人がついてきていないことに気付いて、台座の方を振り返った。

 

 そこには、リブラが動く素振りを全く見せずに立ち尽くしていた。

 

「リブラは来ねーのですか?」

 

「アア、モウスコシ、ヤルコトガ、アルノデナ」

 

「そうなのですか? 何をするのかは知らねーですが、気をつけるのですよ!」

 

 リブラに対して軽く手を振るとアリエスは羽根を素早く動かして、ヴァンを追っていった。

 そんなアリエスの後ろ姿を見ながら、リブラは世界樹(自分)をジッと見上げていた。

 

「……ゲンカイガ、チカイヨウダナ」

 

 漏れ出た言葉は誰にも聞かれずに、根で作った仮初めの身体は崩れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリエス! フィーネ達と〝竜樹〟の様子はどうだ?」

 

 森の中を駆けながらヴァンはアリエスに状況を尋ねた。

 

 未だ〝竜樹〟の拘束が解かれていないのは見れば分かるが、〝小竜樹〟とエルフ達の戦いがどうなっているのかはヴァンの目からは分からない。

 

 戦闘音が聞こえてきてはいるので、無事なのは分かるがそれだけだ。

 

「んー、どうやら、一進一退を繰り返しながら、ちょっとは進んでいるって感じですね」

 

「そうか。なら、早いとこ援護に向かいたいところだな」

 

 そのまま、駆け抜けていくとフィーネ達の姿が視界に映る。

 

「――タービュランス! 巻き上げたぞ、撃ち落とせ!」

 

 フィーネの魔法によって空へと放り出された〝小竜樹〟が、後方のエルフ達の矢に撃ち抜かれ消滅素する。

 

「全く、キリがないな……っ、このっ!?」

 

 周囲の状況を確認していたフィーネの元に、二体の〝小竜樹〟が別々に襲いかかってきた。

 魔法を発動させている暇はない、と判断したフィーネは片手を短杖から剣へと持ち替えると、正面の〝小竜樹〟をはじき飛ばした。

 

 続けざまに、後方から飛び掛かってきていた、〝小竜樹〟もはじき飛ばす。

 

 連続して対処したことにより、張っていた気が少しでも緩んだからだろうか。フィーネはもう一体の〝小竜樹〟が、自分を狙っていることに気付いていなかった。

 

 横の茂みから飛び出してきた〝小竜樹〟は、フィーネのがら空きの背中目掛け一直線で突っ込んでいく。

 

「っ!?」

 

 フィーネも突っ込んでくる〝小竜樹〟に気付いて剣を構えようとするが、完全にがら空きの背中側に回すには体勢が悪すぎた。

 

 軽鎧とはいえ、鎧で保護されているから即死はないだろうが、怪我は免れないだろうと覚悟したその時、〝小竜樹〟が横合いから突き出された棒によって貫かれ、消滅する。

 

「ふう、久々に使う武器の一発目がこれっていうのはちょっと緊張するな。手元が狂ったかと思った」

 

「いや、でも十分上手いですよ? ワイバーンのときよか安心して見てられるです」

 

「マジか……」

 

 フィーネの視界に映ったのは、何やら長い棒を持ったヴァンとアリエスの姿だった。

 

 リブラに呼ばれて武器を取りにいっていた事を考えれば、あれが武器なのだろうが、あの棒は確かリブラが大切に管理していたことをフィーネは知っていた。

 

 まさか、それがエヴァンジュの武器だったことに内心で驚きつつも、助けられたことに感謝を述べる。

 

「すまない、助かった」

 

「いや、これを取りに行くときにこっちも助けて貰ってるからな」

 

 ヴァンが言っているのは、リブラに呼ばれたときに現れた〝小竜樹〟をフィーネが魔法で蹴散らしたときのことだ。

 

「さて、いくとするか」

 

 ヴァンはユグドラを弄ぶようにクルクルと数回、回転させると、構え直し、〝小竜樹〟目掛け疾駆する。

 

 手始めに、フィーネがはじき飛ばした二体を先ほどと同様に一突きで消滅させたかと思うと、〝小竜樹〟の群れに突っ込んでいく。

 

 そのまま、ユグドラを身体の周りで吸い付くように振り回し、飛び掛かってくる〝小竜樹〟を吹っ飛ばし、消滅させていく。

 

「すごい……魔導具王、エヴァンジュ・ローディアスは武の方もあれほどまで凄かったのか……」

 

 〝小竜樹〟を次々と撃破していくヴァンの姿を見て、フィーネは呆けたように呟いた。

 

 魔導具王という二つ名と過去の噂から、厄介な魔導具を使う戦い方に特化していると思っていたが、今、目の前で起きている光景から考えれば、それは否定されたと言っていいだろう。

 

 だが、そんなフィーネの考えを否定するように、アリエスはどこか白けた声を出しながら、〝小竜樹〟を屠るヴァンの姿を見ていた。

 

「別に強かねーですよ。あのユグドラを持っていようと、今の状態のマスターとフィーネが戦ったら、九割方フィーネが勝つはずですよ」

 

「えっ!?」

 

 アリエスが話した内容にフィーネの顔が驚愕に染まる。

 

 苦戦……とまではいかないが、フィーネは〝自分が小竜樹〟相手にヴァンのように一撃で葬る姿を想像出来なかった。

 

 だから、魔法もなしに屠っていく姿からヴァンの実力が高いものだと判断したわけだが、アリエスはそんなフィーネの内心を見透かしたように言葉を続ける。

 

「マスターは前に自分で言ってのですよ。『多分、俺は武力に関しちゃ一流には届かないだろうな』って。マスターはギリギリ一流に届くかどうかですね。その程度では、本物の一流には敵わねーでしょう」

 

 事実、超一流とでも言うべきユノにヴァンは押されていた。

 

「じゃ、じゃあなぜあんな簡単に小さい〝竜樹〟を倒しているのですか?」

 

「あのちっこい〝竜樹〟の外皮は硬いですが、無理矢理生み出されているせいか、存在自体が凄く不安定なのですよ。だから、魔力の流れを見ると弱点みてーな、歪な綻びが存在しているのですよ」

 

 ここで一息ついたアリエスは再び続ける。

 

「私は、戦いが得意じゃねーですけど、こういうのを見破るのは得意ですからね。マスターも私程じゃないにしても見えてんですよ。まあ、今回はマスターの方が先に見つけて、倒してるですけど」

 

「な、なるほど……」

 

 分かったような、分からないような。フィーネもエルフだけあって、魔法を使った探査などは得意なうえ、感覚は鋭いはずだが、アリエスの言うような〝小竜樹〟の特性は認識できていなかった。

 

 〝竜樹〟からあふれ出る膨大な魔力と存在感から思うような探査が出来ていないためだろうが、この状況であっさりとそれを成すアリエスとヴァンの能力の高さに素直に感動していた。

 

 とはいえ、ヴァン一人が〝小竜樹〟を屠っても、戦況が劇的に変わったわけではない。

 

 全体的な状況は良くなっているが、〝竜樹〟の拘束は今にも解かれそうな状況だ。このままのペースでは間に合わないだろう。

 

 そう考えたヴァンはアリエスの名を呼ぶ。

 

「アリエス、頼む!」

 

「この人数にかけるのは正直疲れるんですけどね。でも、マスターのおかげで弱点も分かったことですし、私も頑張って見るのですよ!」

 

 アリエスは自身の周囲に魔法陣を発動させると、フィーネをはじめとしたエルフ達を柔らかな光が包む。

 

「これは……!?」

 

「ただ同調させているだけですよ。私の事はいいから、よく見るのです」

 

 アリエスに促され、フィーネは〝小竜樹〟を見つめる。

 すると、そこには〝小竜樹〟の一部にひび割れのようなものが見えた。

 

「一体一体、場所が微妙にズレているのが厄介ですけど、〝竜樹〟の魔力に妨害されていたとしても、一度認識すれば、魔力操作や魔法に長けたエルフなら、個人でも出来るはずです」

 

 ひとしきり説明したのと、大人数を同調させたことに多少疲れたのか、アリエスは肩を落とした。

 

「た、確かに、見える! 私にも見えるぞ! 総員、今見たのが弱点だ! アリエス殿から受け取った感覚を忘れるな!」

 

「「「はっ!」」」

 

 フィーネはエルフ達に簡単な説明をすると、近くにいた〝小竜樹〟の弱点を突いて一撃のもとに切り裂いた。

 

 他のエルフ達もフィーネと同様に〝小竜樹〟を倒していく。

 流れは完全にこちらに傾いてきていた。

 

 そのまま、全員で襲い来る〝小竜樹〟を撃破していき、ある程度数が減ったところで、ヴァンは前線から離れ、〝竜樹〟の元へと駆けていく。

 

「よし! 大体小さいのは片付いた、アリエス! 上に行くぞ!」

 

「分かったのですよ!」

 

 〝小竜樹〟の大半が消滅したのを確認したヴァンはアリエスと一緒に〝竜樹〟を駆け上っていく。

 

 それを一瞬固まったように見ていたフィーネだったが、

 

「はっ!? 私も行きます! 私はこれより彼らとともに〝竜樹〟の核を狙いに行く! 残存戦力の排除と新たに出現した敵性体の撃破及び〝竜樹〟の拘束に全力を尽くしてくれ!」

 

「「「はっ!」」」

 

 矢継ぎ早に指示を出すと、自身もヴァン達の後を追って〝竜樹〟の上を駆け上がっていくのだった。



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