命を無視された兵隊 (901ATT)
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1話

 ロドス・アイランド。製薬会社であるのだが、同時にこの世紀末の様な世界を回る為に多数の私兵を有する民間企業だ。

 この私兵、オペレーターと呼ばれる彼らは、経歴不詳でも実力があれば入職可能であり割と洒落にならないような人物が入り混じっている事も珍しくなかったりする。

 

「…………」

 

 そんなオペレーターの一人、緑色に染まった軍服コート姿の巨漢の姿は甲板にあった。

 厚手の生地なのだろうコートの上からでも分かる丸太のように太い手足と首。軍帽を被った黒髪頭に顔には真一文字に鼻の上を通った大きな縫合痕。手には厚手の手袋が嵌められ、足元もゴツイブーツだ。

 更に目を引くのが、腰の左側に付けたランタン。

 照らす、というよりも己の位置を知らせるための代物であり、そんな物を身につけるという事は、そして戦場に出るという事は、つまりそう言う事である。

 無論、ロドスはあくまでも製薬会社。死ねと命じる軍閥ではない。

 それでも、彼はこのランタンを手放すことが出来なかった。

 人付き合いも苦手で、本職である戦闘の時を差し引けばこうして一人でボーっとしている事が殆ど。

 そんな彼へと声をかける者はロドスでも多くない。

 

「オーランド」

「…………ケルシー先生。何か、自分に御用でしょうか」

「ああ。ドクターが探していたぞ。大方前衛オペレーターを探していたんだろう。行ってやれ」

「了解しました」

 

 男、オーランドは頷きその巨体をのっそり動かして甲板の出入り口へと足を向ける。

 若干猫背なのは、彼自身の自信の無さの表れか。

 その背を見送ったケルシーは、眉間に皴を寄せる。

 ロドスのオペレーターは、鉱石病に感染した患者が多い。これは感染者の方がアーツなどの技量、威力に秀でている場合が多いから。

 オーランドもその一人だ。もっとも、彼の場合は少々入隊が特殊だったりするが。

 ケルシーは、このロドス内でも、医療関係のトップ。鉱石病患者の面倒を見る事の中には精神的なカウンセリングなども含まれている。

 だが、その中でもオーランドは難しい患者だった。

 常に、周囲から一歩引いた態度というのは珍しくはない。他にもそんな患者はいるのだから。しかし、その中でも彼は輪に掛けて他者との距離を取っていた。

 それは、このロドス内でも人望集めるドクターも例外ではない。

 

「これも、医者としての性、か」

 

 病は気から、という言葉もある。無気力になれば成る程、抵抗力は落ちていき。その結果、鉱石病を悪化させてしまう事もありえた。

 勿論、孤立、孤高、孤独を好む者は居る。対人関係のコミュニケーションを苦手にする者も居る。

 しかし、オーランドは別だ。少なくともケルシーにはそう見えた。

 孤独を嫌い、孤立を憂い、孤高を避ける。

 一人が嫌なくせに、独りにならなければいけないと自分に科している。そんな印象。

 だからこそ、彼女も気に掛けていた。

 目を離せば、死んでしまいそうだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロドスの業務には、戦闘も含まれる。寧ろオペレーターの結構な割合は書類仕事よりも荒事の方が得意な者が多かったりする。

 

「…………ふぅ」

 

 戦闘行為が終了し、ランタンを消したオーランドは溜息を一つ零していた。

 彼の得物は、珍しい超大口径の拳銃だ。

 十三ミリの徹甲弾を発射可能な中折れ式の単発銃。名称は“ドア・ノッカーⅡ”。元々所持していた“ドア・ノッカー”をロドスのマッドなサイエンティストたちが改造を施した一丁であり。単純な射撃のみならず鈍器としての強度も獲得していた。

 オーランドはこの銃を片手に戦う前衛オペレーター。理由は、その銃の名称にある。

 ドア・ノッカーなのだ。玄関扉などに取り付けられるノック用の器具の名を冠している。つまり、この銃の用途は本来の拳銃などとは違い遠距離からの射撃ではなく、敵対者に肉薄攻撃を行う事が大前提となっているのだ。

 未だに触れるだけでも皮膚が張り付いてしまう程の高熱を発する銃身を冷ますように外気へと晒しながら、オーランドは軍服の立った襟の影へと顔の半分を埋めた。帽子もかぶっている事から見えるのは目元位のものだ。

 彼から少し離れた場所では、ロドスのパーカーを羽織ってフードを被ったドクターとその側に付き従うウサミミ少女の姿。それから、二人の下へと徒歩であったり小走りであったり寄っていくオペレーターの姿がある。

 たった一人、彼だけが動かない。動()ない。

 銃身の冷却が終わり、コートの内側に提げたホルスターに収めたとしても彼はドクターの側に歩み寄ろうとはしなかった。

 そして、そんな彼は周囲からも孤立する。

 

「ドクター?」

「…………え、ああ、ゴメンねアーミヤ。何だっけ?」

「いえ、帰投の準備が整いましたから…………オーランドさんの事ですか?」

「うん……どうにかできないかと、思ってね」

 

 ドクターはそう言って、フードの下で瞳を細める。

 彼女が見るのは、たった一人自分たちに背を向けて立ち尽くすオーランドの姿。

 前衛オペレーターではあるが、その仕事はどちらかというと重装オペレーターの様であり、火力と耐久性の両立を果たした彼を、ドクターは重宝していた。

 だからこそ、その孤立っぷりは目立つというもの。

 強い。元々、兵隊であったからか、或いはもっと別の理由かオーランドはロドス内でも上位一桁に必ず名前が挙がる程度には強い。

 そして強いからこそ、彼に救われたオペレーターも少なくは無いのだ。

 ケルシーの方からも、それとなく様子を見ておくように頼まれていたドクターは、そこで一計を案じる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロドス内にて人が集まる場所といえばどこになるか。

 宿舎、制御中枢、食堂、甲板、等々。人によっても違い、そもそも絞ることなど早々出来るはずもない。

 

「し、失礼します。お呼びでしょうか、ドクター」

 

 そんな一室、執務室にオーランドの姿はあった。

 いつもの軍服コートに、軍帽姿で露出しているのは目の周り位。扉を潜る様にして入ってきた巨体にとってこの部屋の天井はやや低く感じられるらしい。

 

「ごめんね、オーランド。突然呼び出しちゃって」

「いえ、お気になさらず」

 

 執務机について出迎えたドクターに対して、オーランドは入口より僅かにずれた位置で不動の構え。

 そんな生真面目な、気まずそうな彼へと笑みを向けて、ドクターはソファを手で示した。

 

「まあ、座って座って。コーヒーは飲める?」

「は、はい……あ、アーミヤCEO、自分で淹れます」

「大丈夫ですよ、オーランドさん。あと、アーミヤと呼び捨てでも良いんですよ?オーランドさんの方が年上、ですよね?」

「いえ、自分は一オペレーターにすぎませんから。ロドスの代表を呼び捨てにするのはさすがに気が引けるといいますか…………」

「こらこら、アーミヤ。無理強いは駄目だよ…………っと、オーランドもそんな端っこに座らなくても良いんだよ」

「は、はあ…………」

 

 オーランドの対面のソファへと腰掛けるドクターは、座り心地もよく他のオペレーターにも人気のソファにどこか落ち着かない様子で浅く座る彼を観察する。

 襟の立った軍服コートに顔の下半分が、目深に被った軍帽によって顔の上半分がそれぞれ隠れてしまっており、辛うじて見えるのは琥珀の瞳と顔の真ん中を横断するような酷い傷位のもの。

 警戒しているのか、心を許していないのか。装備を解かないその姿は、人によっては不快感、ないしは警戒心を抱かせる事だろう。

 だが、ドクターはこれまでの数少ない会話と観察によって得た経験値から別の可能性を導き出していた。

 

「大丈夫だよ、オーランド。この後の時間は、お客さんの予定は無いからね。私と、アーミヤだけだから」

「!…………そ、そうですか………………………………で、では、失礼して」

 

 かなりの間を空けて、オーランドは徐に被った軍帽へと手を掛ける。

 彼が、装備を解かなかったのは他でもない、この部屋に別の客人が来た際に素早く入れ替わりで退室するため。最初にソファに座った位置が扉に近かったのもそのためであるし、そもそも入り口脇に避けていたのも通行の邪魔と逃走経路の確保の為だった。

 それほどまでの気配りと言うか、臆病性と言うか、警戒の壁によって覆い隠されていたその先に待つもの。

 軍帽の下から現れるのは、黒っぽいゴワゴワとした髪と()()()()()()()()()ウルサス特有の髪色と同じく黒っぽい丸い耳。

 次いで、コートの一番上。詰襟部分に手が掛けられ前面が開かれた。

 中は白いシャツにコート同じ深緑のズボン。左脇の下にはホルスターが提げられ、そこには化け物拳銃であるドア・ノッカーⅡが突っ込まれている。

 ベルトで固定されていたそれらを外し、自分の体格で大半が占拠されたソファの空きスペースに畳んだコートと一緒に置き、手袋も外された。

 常に完全装備で包まれた彼の体は―――――傷だらけだった。

 おさまりが悪いのか、両手を揉み合わせて少しでも傷を隠そうとするオーランドなのだが、両手は骨が折れて皮膚を突き破りそれを無視して無理して直したような傷跡が刻まれ、更に火傷の様な皮膚の変色もみられる。

 だが、そんな有様を見てもドクターもアーミヤにも動揺は見られなかった。

 というのも、今回の面談の為に二人はある程度の情報を仕入れていたのだ。その中に、オーランドの体には膨大な量の傷が刻まれている、というのもあった。それはもう、傷の見本市の様な有様である、と。

 もっとも、二人は既に戦場を経験している。若干、息を呑むかもしれないが特別反応を示したりはしなかっただろう。

 そうして、三つのカップがテーブルへと置かれ面談が始まった。

 

「さて、と……今日オーランドを呼んだのは、まあちょっとした世間話でも、と思ってね」

「はあ……ですが、自分にはドクターを楽しませるような話題などは持ち合わせておりません」

「ははっ、そう硬くならなくてもいいよ。それじゃあ、無難な質問から行こうか。ここの生活には慣れたかな?」

「え?ええ、まあ……こんな自分でも、気に掛けてくれる人が居ますので」

 

 因みに、気に掛けてくれるというか、声をかけてくれる人間は通常片手で足りてしまうのをここに記す。

 戦場では別なのだが、やはり日常生活では得体のしれない相手と共に居たいと思う酔狂な者は早々居ないのだ。

 それから、穏やかな時間は続いた。

 例えば、オーランドは生粋のベジタリアンで野菜ばかり食べている、とか。酒は飲めるが飲まない、とか。一番話すのは意外にもスカジである、とか。

 決して、話が弾んでいた訳ではない。だが、この質疑応答でドクターはある種の確信を得ていた。

 それはオーランドの内側にある、鬱々とした自己肯定感の低さ。

 話題の一環として、戦闘時の事を彼にお礼として伝えた時の事だ。

 返ってきたのは、謙遜と逸らされた目。そもそも、このコーヒーが冷め切り飲み干すまで決して長くはない時間で、ドクターもアーミヤもオーランドと一度だって目線が合わなかった。

 元々、猫背な彼は縮こまる様にしてカップをその大きな両手で包み込むようにして持ち、視線は忙しなくテーブルの上や、床を這うばかり。決して持ち上げられなかった。

 コミュニケーション障害。コミュ障と縮めて言われる症状であり、悪性とは言わないが人受けは悪くなるだろう。

 オーランドは正にそれだった。

 コミュニケーション障害の根っこは、外的要因と内的要因の二つに大別される。無論例外として精神疾患などからそれらが欠如する場合もあるが、基本はこの二つ。

 前者は、抑圧された家庭環境や、劣悪な周囲環境が齎す自己の否定。後者は、元々引っ込み思案で自分の意見を飲み込んで周りに流されてしまう様な気質。

 どちらか片方でも人という存在を歪ませるには十分すぎる。それが重なる事で、人は自身を失い、自信を失い、他者におもねる。

 

「―――――私が怖い?オーランド」

 

 ドクターは静かにそう問うた。

 フードの下、静かな瞳は真っ直ぐにオーランドに向けられている。

 そして、そんな視線にさらされた巨漢はというと、

 

「…………すみません」

 

 その大きな体をこれでもかと縮こまらせて、平身低頭。

 たっぷり十秒ほど使って頭を下げ続けたオーランドは、やがて上体を起こした。そして、この時間が始まって、初めて真っ直ぐに二人を見る。もっとも、その視線は直ぐに逸らされてしまったが。

 

「…………何も、皆さんに原因があるわけではないんです。ただ自分が……その…………」

 

 尻すぼみになっていく言葉と共に比例するようにして彼の視線も下がっていく。

 必死に言葉を選んでいるのは、その動き回る視線の動きで分かりやすい。

 

「じ、自分に問題があるんです…………ドクターや皆さんは素晴らしい方ばかりですので……」

 

 何をどうされれば、ここまで自分の事を信じきれなくなるのか。

 その後も、オーランドは己に問題がある、と言葉を濁すばかりで、決してその理由を語ろうとはしなかった。

 彼が執務室をその大きな体を若干屈めるようにして出て行った姿を見送り、ドクターはソファの背凭れへと背を預けて天井を見上げる。

 カウンセリングというのは、話を聞く側も気が滅入る。

 

「あの、ドクター。オーランドさんは、その…………」

「言いたいことは何となくわかるよ、アーミヤ……オーランドの資料、もっと集めておくべきだったかな」

 

 見通しの甘さを、今回見せつけられたようなものだ。

 コミュニケーション能力に難あり、何てものではない。もっと根元、オーランドという一人の人間の形成に関わっている何かしらを解明しなければならない。

 

「…………よっし、くよくよ悩んでも仕方がないよね。トライ&エラーの精神で行こう。手伝って、アーミヤ」

「は、はいっ!」

 

 かくして始まる、オーランドのコミュ障直し隊。

 この後、ドクターの行動によりその参加人数が一気に増えることを二人は知る由も無かった。



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2話

 朝。オペレーター、オーランドの朝は悪夢より始まる。

 丸々一晩豪勢に使って、耳の奥どころか脳を犯し尽くす泥のように悪夢は容易く人一人の精神を破壊することが出来るだろう。

 

「………ッ、はぁ……」

 

 ロドス内で割り当てられた部屋。その床の上で目を覚ましたオーランドは、滲んだ脂汗をそのままに近くに用意していた水の入ったボトル、その中身を飲み込み一息吐き出していた。

 悪夢障害とは長い付き合いになる彼だが、一向に慣れる事はない。無論、慣れて良いものではないし、仮に慣れてしまえばそれは心が死んでしまったことに他ならないのだが。

 時刻を時計で確認すれば、午前四時を少し回ったところ。寝つきも悪く、オーランドの睡眠時間は基本的に三時間程度。眠りも浅く、最早仮眠でしかない。

 暫くの間、虚空を暗い瞳で見つめ続けた彼だったが、やがて軽く頭を振るうと立ち上がる。

 部屋に備えられたシャワー室にて汗を流し、いつもの軍服コートに軍帽という格好へと着替えて部屋の外へ。

 廊下は、最低限度の明かりしかなく辛うじて足元が見える程度には抑えられている。

 そんな廊下を、彼は一切の足音を立てることも無く進む。もしも曲がり角で出会えば、その巨体も相まってまるで怪物にでも出会ったような感想を味わえることだろう。

 猫背の重い足取りでオーランドが向かったのは、甲板。

 晴れていようと、曇っていようと、雨だろうと、雪だろうと、雹が降ろうと、野分の日ですらも彼は基本的にここに居る。

 理由としては、晴天ならいざ知らず悪天候でこの場所を訪れる者は先ず居ないから。

 未だに夜明けも迎えていない甲板の上。手摺に両腕を乗せて上半身を預けるようにして前のめりの状態となると淀んだ瞳を外へと向けた。

 悪夢障害に関しては、誰かに相談したことはない。何故なら、相談するという事は己の過去を誰かに話すという事なのだから。

 オーランドは、誰かと深くかかわる事が恐ろしい。もっと言うならば、己の過去を知られ糾弾されるかもしれない、という恐怖だ。

 ロドスに所属する人間の大半は、ある種の後ろ暗さにも似た思い過去を持ち合わせている者ばかり。その中でも彼の抱える闇は割と深い。

 

「…………」

 

 耳の奥で木霊する怨嗟の声を聴きながら、オーランドは身を起こす。このたった一人の甲板に客人が近づくのを感じ取ったからだ。

 目深に被った軍帽の下、チラリと出入り口の一つへと目を向ければ殆ど間を開けることなく一人の女性がやって来る。

 灰色の髪をした黒衣の女性。恐らく、このロドスに所属するオペレーターの中でも三指に入る実力者である元バウンティハンター。

 

「…………早いわね」

「……おはようございます」

 

 オーランドより二メートルほど離れた手摺に辿り着いた彼女、スカジは一瞥する事も無く手摺へと凭れ掛かった。

 元々、どちらも会話を楽しむどころか人付き合いすらも避ける二人だ。同じ空間に居たとしても、会話は弾まない。

 

「…………」

「…………」

「「…………」」

 

 前と後ろ、それぞれの方向を見ながら手摺に凭れ掛かる二人。

 ただ時間だけが過ぎて行く不毛な時間だが、そんな中でスカジは被った帽子のツバの下から隣の男へとほんの一瞬だけ視線を走らせていた。

 若干の改善を見せているとはいえ、彼女もまた他者とのコミュニケーションを避けてきた過去がある。

 今でも解決したとは言えないが、それでもドクターとの関りなどを経て鍛錬場などでの手合わせや、食堂で食事をする事もある。

 だからこそ、過去の他人を拒絶し続けた自分を見せられているような気がして、スカジはオーランドを彼女なりに気に掛けていた。

 

「……ドクターが、あなたを気に掛けていたわ」

「…………」

「アーミヤもね」

「…………自分には、勿体ない限りの話です」

 

 返答には、僅かな苦みが入り混じっている。

 スカジに言われるまでも無く、オーランドとて己の今の境遇が恵まれている事は理解していた。

 見捨てない上司。得体が知れずとも後ろから撃たれる心配のない同僚。完治するまで面倒を見る医者。

 国の軍ですらも中々見ない好待遇。戦う兵隊からすれば、命を賭すのも躊躇わない程度には今の居場所は良かった。

 だからこそ、オーランドは苦悩する。自分には分不相応であると、そんな資格は無いのだとどんよりとした暗い気持ちを抱いてしまう。

 そして負のループへと陥って、心が鑢掛けでもされているかの様にガリガリと削られていくのだ。

 濃密なまでの負のオーラを発するオーランドを横目に、スカジは再び視線を前へと戻す。

 この難儀な男が内心でぐるぐると、まるで自分の尻尾を追いかける子犬の様な精神状態に陥っている事はその様子から何となく察することが出来た。だからといって自分に何かができるなどと、彼女は思い上がったりはしない。

 そもそもスカジは、カウンセラーではない。傭兵、バウンティハンター、オペレーターと戦う事がその仕事なのだから。

 もしもその足が戦場で止まってしまった時、その背を守る。

 彼女はその在り方こそ、仲間というものだと考えるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼。ロドス内でも最も活気を見せるのは、食堂だろう。

 優秀な各国より集められた調理スタッフと、それから料理自慢のオペレーターたちが切り盛りする厨房からは常に良いニオイが漂っておりオペレーター、スタッフ問わずに賑わっていた。

 ただ、やはりオペレーターの中には、賑やかな状況を苦手としてあまり食堂には居つかず購買所などから適当に買って済ませてしまうものも少なくない。

 そうなってくると問題なのが、栄養バランス。特に不足しやすいのがビタミン系だ。

 ロドスは製薬会社。複数の医療スタッフが居り、ドクターやケルシーも居る為、医療機関といっても差し支えない。

 要するに、示しがつかないのである。

 そこでドクター並びに代表者たちは一計を案じる事となった。

 

「~♪」

 

 銀のバットを片手に掲げ、鼻唄を歌い廊下を行くウルサスの少女が一人。

 幼げながら笑顔眩しく、スキップするような足取りで向かうのはロドス甲板。

 

「こんにちは!オーランドさん!今日もお昼を持ってきたよ!」

「…………」

 

 喜色満面な彼女が声をかけるのは、最も避けられている巨体のウルサス。いや、もしかすると大半のオペレーターやスタッフは彼の種族を知らないかもしれない。

 そんな彼、オーランドは手摺にもたれていた上体を起こすと声をかけてきた少女、グムへと目を向けた。

 

「ふふん!今日はアスパラサラダだよ!ドレッシングのお陰で栄養バランスもバッチリ!」

「あ、あの、グムさん」

「ん?なあに?」

「いえ、その…………自分は大丈夫ですから、無理に毎日作る事は…………」

「それはダメ。だって前にオーランドさんがそう言った時、乾パンしか食べてなかったもん!お肉やお魚食べられなくてもちゃんと食べないと倒れちゃうんだから!」

 

 二メートルを超える巨体の大男が、百五十センチと少しの少女に説教される図。

 情けない事この上ない見た目ではあるが、それもこれもオーランドが食堂に立ち寄らず、購買でのレーションなどで全ての食事を済ませてしまう事に原因があった。

 とはいえ、オーランド含めてそんな者が少なくない現状。改善といえないまでもある程度の補填の為に、ドクター達はデリバリーサービスの様なモノを始めた。

 一応、立候補制であり強制ではないのだが元々不治の病の様な鉱石病を治療や改善、支援しようとやって来るようなお人好しや、情熱を燃やすような者ばかり。食わない相手に対してお節介を焼いてしまうのは半ば当然の事でもあった。

 そして、そんなデリバリーの対象の一人として、オーランドも該当していた。先日は、マッターホルンが、精進揚げの天丼を差し入れていたりする。

 因みに、オーランドは料理を持ってきてもらう度に調理担当へと断りを入れていたりする。結局押し切られて成功したことは無かったが。

 今回もそうだ。笑顔で突き出される特大サラダボウルを前にすれば押しに弱い彼が断われるはずもない。

 大きな体を縮こまらせてモソモソと葉物野菜を食べ始めたオーランドを見て、グムもまた己の昼食へと口をつける。

 サーモンサンド。全粒粉のバゲットを用いたそれはかなり大きいが大きく口を開けて食べ進めていく彼女にはあまり関係ないらしい。

 時間にすれば、十五分ほど。それだけあれば、二人揃って完食するにも十分すぎる。

 

「ぷはーっ!ごちそうさま!今日のサラダはどうだったかな?オーランドさん?」

「………とても美味しかったですよ、グムさん」

 

 人間食べねば生きていけない。そして、せっかく食べるのだからやはり美味しいものが良いというのは当然の帰結という訳で。

 返されたサラダボウルは綺麗さっぱり、ほんの少しだけドレッシングの脂が残っている程度で空っぽとなっていた。

 いつも断るオーランドへと差し入れが絶えないのは、この様に出されたものは綺麗に食べ尽くしてくれるからだろう。

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 

『第一部隊のオペレーターは、至急執務室への集合をお願いします。繰り返します、第一部隊オペレーターは、至急執務室への集合をお願いします』

 

 突然のアナウンスが響く。

 ロドスの実働部隊は幾つかに分かれており、ドクターが指示を飛ばす部隊もあれば各隊長が主軸となって指揮を執る部隊も存在する。

 その中で、第一部隊はドクターが指揮を執る部隊だった。

 そして、オーランドもそのメンバーの一人。

 

「呼ばれちゃったね、オーランドさん。いってらっしゃい!」

「…………はい」

 

 グムに送り出されるようにして、オーランドはその鉛のように重い足取りで集合場所へと向かう。

 その内心は、暗澹たる有様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロドスの戦場。それは基本的に、防御が基本で自分たちから攻め入る事はそれほど多くは無い。

 

「…………」

 

 通路の一つを塞ぐように、鬼が立つ。これは種族ではなく、相手側から見ての感想。

 濃緑の軍服コートの襟と軍帽によって影となった隙間から覗く怪しい眼光と、その腰のベルトに提げられた深青(ナイトブルー)のランタン光。

 右手には一発食らうだけで人間など容易く吹き飛ばしてしまうだろう超大型拳銃。

 単発式のソレは、裏を返せば恐怖を刻み込むようにして襲いかかってくることに等しい。

 高台から遠距離攻撃を行う術師や、射手、回復役のオペレーター達には、その姿がよく見える。

 迫りくる敵をたった一人で押しとどめ、その銃口を機械的に向ける。引かれる引き金には一切の躊躇は無く、そして如何なる手傷を負おうともその膝をつくことはない。

 

「治療します!」

 

 サルカズの医療オペレーター、ハイビスカスは治療の光をオーランドへと差し向ける。

 最小限の回避行動しかとらない彼は、相手が予想以上の動きをすれば直ぐに重傷をおってしまう。その上、真面に止血もせずまるで痛みなど感じていない様に動くのだから、医療オペレーターたちは気が抜けないのだ。

 ハイビスカスもその一人であり、彼が手傷を負えば直ぐにでも回復させていく。

 敵からすれば、どれだけ攻撃を受けても倒れない前衛であり、尚且つあと少しで倒せそうなところで回復させてくるのだ。悪夢と言う外ない。

 離れた通路では、重装オペレーターである鬼の女性、ホシグマが敵を受け止め、そこを狙撃オペレターのエクシア、術師オペレーターのアーミヤが叩いている所。そちらの回復役は、ナイチンゲールだ。

 何度目かのリロード。顔面目掛けて飛んできたアーツの光弾を僅かに、首を捻る事で頬を掠める程度に抑えてお返しの弾丸を見舞う。

 ただ弾丸を押し出すだけの狙撃ではなく、銃身内部に刻まれた螺旋の溝が回転を生み、射出された勢いを持って空気の壁を突き進み、突き刺さるのは敵術師の脳天だ。

 まるで内側に炸薬でも仕込んでいたかのように、鎖骨から上が消し飛び首なし死体は膝をつく。

 相手が仮に肉体の強靭なサルカズや鬼などであっても間違いなく即死。頭に当たらずとも、体のどこかしらに当たれば、その点を中心とした広い範囲が抉り抜かれる事だろう。

 そんな拳銃を、オーランドは片手で撃つ。そして、命中させる。

 今まさに、伐採者の斧を紙一重、と言うかほとんど掠めるような距離で銃口を密着させその引き金を引けばこの戦場最後の生き残りが崩れ落ちた。

 トリガーガードに設けられたもう一つの引き金を引く事で、彼の拳銃は薬莢を排出する。

 いつもの戦闘だ。凄惨な現場も、血のニオイも、全てがいつも通り。

 

「…………ふぅ」

 

 ランタンの明かりを落とし、未だに皮膚が張り付く程の熱気を発している銃身を風に当てて冷ましながらオーランドは空を見上げた。

 明確なリミットである鉱石病に感染していなければ、今頃どうなっていたのか。彼は時々、そんな事を考えて空を見上げる。

 きっと、ここ(ロドス)には居ないだろう。それだけは確かだ。

 もっと暗く、静かで、惨めで、惨く、悲惨で、鮮烈な、そんな世界に身を浸らせてその両手は愚か全身を朱に染めていたはずだ。

 良い事か悪い事かと問われれば、恐らく極悪。しかし見方によればそれは、どちらにも翻るのだからこの答えに意味は無いだろう。

 悩みがドツボに嵌り、思考が堂々巡りしていくオーランド。

 そんな彼の背後より掛けられる声。

 

「―――――迷うぐらいなら、いっそ全部壊しちゃえば?」

「…………何か用ですか、ラップランドさん」

 

 白い二刀使いのループス、ラップランドは掴みどころのない笑みを浮かべそこに居た。

 恐らく、ロドス内でも屈指の実力者。その二刀を持って迫られれば並大抵の実力者では直ぐにでも骸を晒すことになるであろう人物。

 そんな彼女だが、意外にもオーランドとの関りがあったりする。

 元々、ラップランドは戦闘狂の嫌いがあるのだ。それこそ、強いと己が察知した相手には誰彼構わず喧嘩を売りに行きかねない程に。無論、常日頃がそういう訳では無いのだが、少なくともオーランドの初対面は殺気を叩きつけてしまっていた。

 だが、彼女の望んだ通りにはならずオーランドが逃げ回り今にまで至る。

 

「キミにはそれだけできる、力があるじゃないか。理性で縛ろうとするから、そうなる」

「…………」

「簡単な事じゃないか。ボクの力も、キミの力も突き詰めれば暴力。だろう?」

「…………だからといって、無秩序に振るって良いものではないでしょう」

「詭弁だよ、それは」

 

 クスクスと嗤いながら、ラップランドは軽い足取りでオーランドの目の前まで進むと胸を突き出すようにしてにんまり笑みを浮かべた。

 

「戦いってさ、結局のところ暴力をぶつけ合う場でしか無い訳だよね。そして、その場に臨むボク達は、言うなれば暴力のエキスパートの訳だ。違うかい?」

「…………」

「意味も、意義も、善も、悪も!結局のところは、後付けの理由なのさ。最初の一回を皮切りに、ボク等は魅入られるんだ。戦闘に、戦場に、戦争に。生き残るって事は、殺すって事さ」

 

 まるで、魅入られたかのようにオーランドはその笑みから目を離せなかった。

 ラップランドが語る理は、正解のように聞こえるかもしれないがあくまでも彼女の思想でしかない。

 

「…………それでも、自分がこれ(理性)を手放す気はありませんよ」

 

 飲まれかけた彼は、しかし不意に左手に触れた感触で現実へと戻ってくる。

 腰に提げられたランタンは、呪いであると同時に繋がりでもあり、彼にとっては枷でもあった。

 理性を捨て去り、獣となって楽になる事は許されない。

 軍帽の下、瞳に宿る理性の光を確認し、ラップランドは目を細めた。

 

「ふーん…………まあ、構わないけどね。キミが全てを捨てるのを楽しみに待つことにするさ。テキサスでも弄りながら、ね」

 

 それだけ言って、ふらりと踵を返して離れていくその背中。

 自分よりもはるかに小さいであろう背を見送り、オーランドは一つ息を吐き出す。

 気付けば、その手にあった拳銃は熱を失っており、黒鉄の輝きを持って静かにその場に在り続けていた。



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3話

 戦闘を主とするオペレーターは武器を扱うものが大半だ。

 中には、その強靭な肉体や、鍛え上げた武威を遺憾なく発揮して戦う者も居るが大半は何かしらの装備がある。

 それは剣であったり、槍であったり、斧であったり実に様々。遠距離ならば、弓矢、弩、アーツユニット等々。

 その中でも、銃は希少だ。失われた技術を用いた代物であり、基本的にラテラーノがその技術を独占しており、扱うにはアーツの適正を求められるから。

 話を戻そう。己の得物は、己で整備する。これは武器を扱う人間としては基本だ。

 何故なら、武器を持つ人間は武器こそが生命線であるから。自分の生殺与奪の権利を見ず知らずの他人に握らせるなど馬鹿のする事。

 

「なあ、オーランド。もっと改造しちゃダメか?」

「…………勘弁してください」

 

 ロドスの一室。工房のようになったその場所で、オーランドは大きな体を縮こまらせて懇願する。

 彼の前では、彼の使う拳銃をバラシて中身を改める女性鍛冶師、ニェンの姿があった。

 彼女こそ、オーランドのドア・ノッカーにライフリングその他諸々を仕込んでドア・ノッカーⅡへと改造を果たした張本人。

 その在り方から胡散臭いとも言われるニェンだが、オーランドは割と彼女の部屋を訪れている。

 これは定期的なメンテナンスの為だ。もしもこれを怠ってしまうと、彼は拳銃を放棄しもっと猟奇的な戦法を取らなければならなくなるだろう。

 精神的にも、肉体的にも追い込まれること間違いなし。だからこそ、オーランドは拳銃のメンテナンスを買って出てくれるニェンに感謝していた。

 もっとも、その改造癖ともいえる趣味趣向は受け入れがたいというのが現実なのだが。

 一方、ニェンはというと彼女としても珍しい代物を弄れるのは面白いらしい。

 改造に関しても、拒否されてばかりだがオーランドの押しへの弱さは彼女も確認済み。いずれは押し切ろうかと考えていたりする。

 銃の整備が終われば用件は終わり。弾丸の補充を行い、受け取った拳銃はホルスターの中へ。

 

「他に、武器を持ったりしないのか?お前の体格なら、長物だって余裕で扱えるだろう?」

「…………いえ、自分は長物の扱いは―――――」

「元軍属だろう?何だったら私が斧か槍、矛でも拵えてやろうか?習うにしても、ここには腕利きが多い。指導者には事欠くまい?」

「…………」

 

 話が通じない雰囲気を受けて、オーランドは閉め口するしかない。

 前にも再三書いたが、彼は体格が良い。その身長は二メートルを超えているし、体重も筋肉によって百キロオーバー。ぶっちゃけ、本人の闘争意欲が薄くなければラップランドの様な戦闘狂になっていたかもしれない。

 そんな彼は、角材を一つ持つだけでも凶器になる。

 当然だ。彼の筋肉はボディビルダーの様な見せる筋肉ではなく、戦闘で生き残る為についた筋肉なのだから。

 そこに彼専用の振るえる武器など手に入ってしまえばどうなるか。戦場はより苛烈に、鮮烈に、凄惨なモノへと変貌を遂げる事だろう。

 ただでさえ、オーランドのメンタルはガタガタなのだ。武器の必要以上の所持は、その均衡を破壊してしまいかねない。

 迷うのは断り方。どうしても、相手の事を一番に考え、自分の事は二の次三の次であるせいでオーランドは煮え切らない事が多かった。

 傍目にも分かりやすい挙動不審。当然ながら相対しているニェンにも分かる。

 

「…………まあ、無理にとは言わないが。だが、覚えておけよ。お前にはまだまだ可能性があるって事をな。そして、その時はこの私が直々に武器を打ってやろうじゃないか」

「…………」

「そう複雑そうな顔をするな。お前の悩みは、ありふれてはいるが決して蔑ろにして良いものじゃない。答えは自分で出せ。そして、周りに同調するな。良いな?」

「…………はい」

 

 年長者としての矜持か、彼女の瞳は射抜くように真っ直ぐとオーランドへと向けられる。

 危うさは、脆さだ。もしもを考えるのも、大人の務めだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニェンの工房を後にしたオーランドは、気配を消したまま廊下を行く。

 ブーツが僅かに軋みを上げるがそれだけで、衣擦れの音一つしない。

 目指すのは自室。オーランドの得物は拳銃だけではなく、尚且つそちらの方はメンテナンスはしているモノの実戦投入はしていない代物。

 理由は単純明快で、グロテスクな事になってしまうから。それはもう、一昔前のスプラッター映画も裸足で逃げ出すほどの、猟奇的で、サディスティックで、破滅的な救いようのない光景が作り出される事だろう。

 それが分っていながら、手放せないのはソレが腰に下げたランタンや脇下の拳銃と同じく自分の過去の証であるから。

 

「…………はぁ」

 

 徐に左手をランタンに伸ばし、その指先が触れたところでオーランドはため息をついた。

 過去へと思いを馳せる度に情けない自分が嫌になる。

 どんよりと重たくなった空気を纏ったまま、運よくと言うべきかその足は誰にも出会うことなく自室へと辿り着いていた。

 殺風景な室内。纏っていたコートを脱ぎ、帽子をラックに掛けてオーランドは使った形跡のほとんどないベッドの下へとしゃがみ、手を伸ばす。

 引き出すのは、銀の外装をしたアタッシュケース。

 ダイヤルロックとシリンダー錠によって閉じられたその中身こそ、彼が今まで封印してきた武装の一つが収められている。

 鍵は彼の手の中にある。開けるかどうかの決定権も彼にある。

 決めるのは、オーランド自身。これから先の戦いを生き残っていくために、周りを生き残らせていくために、戦力の強化は必要となるのは明らかなのだから。

 首から下げた鍵へとシャツの上から触れる。

 開ける()()なら簡単だ。ダイヤルを合わせて、鍵を開ければいい。それだけで、中身を外気へと晒すことが出来る。

 その手を押し留めるのは、彼の弱い心。

 ただ只管に怖かったのだ。自分が、昔に立ち戻ってしまうのではないか、と。

 鍵は揺れるばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の男が苦悩に苛まれたころと、時を同じくしてロドスの頭脳は執務室に集まっていた。

 

「ドクター。何故、お前はあの男を重用しているんだ?」

 

 静かな声で切り出したのは、黒衣に身を包んだフェリーンの男性、シルバーアッシュ。

 この場に居る、他の面々の視線も執務机についたドクターへと集まる事から、少なからずこの話題には関心があるらしい。

 そして、見られる当人はというと、

 

「…………そんなに、贔屓してるっけ?」

 

 誰とは言われずとも分かったのか、その上で首を傾げていた。

 この反応にシルバーアッシュは、目を細める。

 

「私が、誰の事を言っているのか分かったのか?」

「え?オーランドの事でしょ?シルバーアッシュって、彼の事を話す時には眉間に皴が寄るからさ」

「…………」

 

 思わず、シルバーアッシュは眉間を揉んだ。完全な無意識であったらしい。

 割とキリッとして、大人な男性といった雰囲気を常に放つ彼にしては珍しい仕草というか反応だ。だが、そんな無意識の反応が出てしまう程度には彼は、オーランドというオペレーターを懸念事項として注目しているらしかった。

 黙ってしまった彼に変わり、次に声を上げたのは龍の女性、チェン。

 

「シルバーアッシュに同調する訳では無いが、私としても少し気にかかるな。君はなぜ、オーランドというオペレーターに信を置ける?」

「チェンさんも?うーん…………でも悪い人じゃ、無いから…………」

「確かに、彼の基地内での行動は荒れていない。寧ろ、私たちに対して一線を引き世話を掛けないようにしているのは、知っている。だが、戦場でのあの男はどうだ?最早、兵士ではなく兵器と呼ぶ方が正しいんじゃないか?」

 

 チェンが指摘するのは、二重人格ともいえるオーランドの戦闘スタイル。

 チェンもシルバーアッシュも、どちらもそれぞれの陣営で上に立つ人間だ。不確定要素と言うか、不透明な人間をおいそれと重用できるはずもない。

 彼らはそれぞれ、ドクターに対して一定の評価をしている。しているからこそ、こうして会談という形で忠告しているのだ。

 だが、当の忠告を受ける側のドクターの反応は芳しいとは言えない。

 

「うーん……でも、オーランドは変わろうとしてるから、ね」

「変わる?あの男がか?」

「そう。時間はかかりそうだけどね。だから、そんな時だからこそ側に居たいと私は思うんだ。贔屓してるように見えたら、ゴメン。でも、ね?」

 

 フードの下困った様に微笑むドクター。

 ここでは言っていないが、もう一つの理由としてはオーランドというオペレーターの戦闘能力も加味しての擁護であった。

 前衛オペレーターでありながら、重装オペレーター顔負けの高耐久に相手重装オペレーターの防御を撃ち抜ける攻撃力。メタい話、医療オペレーターとセットで通路を塞げば早々抜かれないポテンシャルの持ち主なのだ。

 ただ一方で、ドクターもオーランドの二面性に対して何も心配していない、何てことはない。彼女は戦場で轡を並べるチェンやシルバーアッシュとはまた別の視点からの情報を持っていた為だ。

 その視点というのが、ロドスの医療関連トップであるケルシーからの資料。

 鉱石病は源石融合率と血液中源石密度、それから造影検査によって診断を下される。

 そして、オーランドの融合率は18%。血中の密度は0.31u/Lと周りと比べても比較的高かったりする。

 本題はここから。オーランドの体は、()()()()痕が残っていたのだ。それも一度や二度の話ではない、傷の処置などの手術痕とは違う明らかに別の目的をもって開かれた痕。

 彼を第一部隊で運用し続けるのは、その実力と同時に他の部隊では万が一があったときに対応しきれないから。もしもがあれば、制圧するのも已む無しという事。

 

「とにかく、オーランドに関してはもう少し、時間を貰えないかな?」

「…………ふぅ……考えがあるのなら、私としてもこれ以上の追及はしない。だが、肝に銘じておけ盟友よ。あの男はいずれお前に牙を剥きかねないという事をな」

「その時は、貴方に助けてもらうかもねシルバーアッシュ」

「人たらしだな、お前は…………」

 

 呆れたようにため息をつくシルバーアッシュは、自分と同じくその手の期待をされているであろう同僚をチラリと見る。

 上からの命令であれ、自分の目的であれ、利用しようと思っていても手を貸してしまう。そんな素養がこのロドスのドクターにはあった。

 もしも彼女が本気で助けを求めるならば、このロドスのオペレーター達は我先にと馳せ参じ、その力を発揮する事だろう。

 それが分かるからこそ、二人は忠言を行ってしまったのだろう。本当に危険視するならば、秘密裏に相応の処理も可能であったのだから。

 これがロドス。たった一人を起点として広がった繋がりこそが、彼らの武器なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 光ある所には、必ず影がある。

 

「―――――漸く見つけたわ。まさか、あんな場所に居るだなんて」

 

 ツンと鼻につくアルコールのニオイと、それに負けない、いや人によっては嗅ぎ慣れないそのニオイが充満した暗室。

 蛍光灯の冷たい光が照らすスチールデスクの上には、何やら数字が文字、グラフがびっちりと書かれた数枚の紙。それから、数枚の写真が広げられていた。

 

「貴方は、私のモノなのよ。血の一滴、毛筋の一本に至るまで、何もかもが私の物。フフフ…………」

 

 蛍光灯の影となった場所に佇む誰かの、恍惚とした笑い声が響き渡る。

 資料の一つ。光の下、一枚だけ綺麗に見えた写真があった。

 証明写真のように、肩より上が写った写真だ。

 

 そこに写るのは、ウルサスの青年。その顔には真一文字に鼻の上を通る、縫合痕が刻まれていた。

 

















ふと、鉄血のミカみたいなループスかリーベリをペンギン急便にぶっこむ話が読みたいなと思う、今日この頃です


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4話

 『殺せ』と頭の中で木霊する

 

 目を瞑れば、その先に待っているのはいつだって脳梁にこびり付いた紅い景色だ

 

 両手は真っ赤で、どれだけ洗ったって落ちやしない

 

 こんな汚れ切った自分が、平穏を求めていいはずがない

 

 こんな汚れ切った自分が、安息を求めていいはずがない

 

 こんな汚れ切った自分が、幸福を求めていいはずがない

 

 求めていいのは、惨めな死だけ

 

 誰にも看取られず、知られず、一人ぼっちで終わらなければならない

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の作戦は、ここ最近の中でも最も苛烈で、尚且つ慌ただしいものだった。

 

「ホシグマ!もう少し耐えて!ガヴィルお願い!サリア!オーランドと交代!シルバーアッシュはフォローに回って!」

 

 忙しなく指示を飛ばしながら、ドクターはフードの下で歯噛みするしかない。

 敵の攻勢は熾烈にして苛烈だった。術師と狙撃のオペレーターは、空から襲来してくるドローンなどに手を取られ、地上では重装オペレーターですら止めることが厳しい程。

 撤退も視野に入れて、ドクターは思考を回す。

 彼女は決して勝利至上主義ではない。寧ろ、如何に自分たちの被害を抑えて尚且つ効率よく勝ちをもぎ取れるかを考えるタイプだ。最終的に勝てるならば、一旦引く事も厭わない。

 刻一刻と変わる戦場。些細な変化も見逃さない様に、彼女は注視し続ける。そして、注視()()()()いた。

 

「―――――ッ!ドクターっ!」

 

 切羽詰まった様な悲鳴が前線より上がった。

 岡目八目により、視野狭窄。その影響が最悪の瞬間を生み出してしまったのだ。

 

(不味―――――ッ!)

 

 声も出ない。気付いた時には、敵方から飛んできた幾本の矢が眼前にまで迫って来ていた。

 ドクターの戦闘能力は、お世辞にも高いとは言えない。寧ろ低い、皆無、いや絶無と言って良いだろう。

 それはつまり、戦闘面の技術がないという事。

 これは何も相手を打倒するというだけではない。逃げたり、避けたり、抗ったりする防御面にも言える事なのだ。

 時間が圧縮されスローモーションに見えるこの状況。ドクターは、少し離れた位置から懸命に自分を守ろうとするオペレーターたちの姿を捉えていた。

 間に合わないだろう。少なくとも、空を切り裂く矢の方が先に、ドクターの体を貫く方が圧倒的に速いのだから。

 

「ッ!………………………………?」

 

 咄嗟に体を小さくし、的を小さくするように抗ってみたドクター。

 だが、異変に気付く。

 痛みが来ないのだ。それどころか、自分に刺さらないであろう軌道の矢も近くに刺さる気配も、音も無かった。

 恐る恐る目を開けて、前を見る。最初に視界に入ったのは、大きな濃緑の背中。

 

「ッ、オ、オーランド………?」

 

 掠れ切って絞り出された様な音量で辛うじて紡がれる名前。

 ドクターを守る為に、その大きな体を盾としてオーランドはそこに居た。

 左肩や、右太ももに刺さった矢はまだマシだ。機動力は落ちるが、そもそも彼の戦闘スタイルは走り回る事を想定していないから。

 問題なのは胴体。左胸部、右脇腹にそれぞれ一本ずつ突き刺さっており、現在進行形で彼のコートの赤い染みを広げていたのだから。

 しかし、痛みに膝をつくわけにはいかない。何故なら次が迫っているのだから。

 オーランドには見えていた。ドクターの危機で空いてしまった隙間から漏れる形でアーツの光弾とドローンからの射撃が抜けてきている瞬間を。

 既に矢によって機動力が削がれたオーランドにそれらをドクターを伴って躱す術はない。であるならば、この場の最善を尽くすしかない。

 

「ッ……!」

 

 歯を食い縛って来るであろう衝撃を覚悟する、それだけだ。

 果たして、直撃は容易くその巨体を揺らしてくる。帽子が吹き飛ばされ、上体に無数の穴をあけるようにして射撃が突き刺さり、直後の光弾が炸裂する事で爆発。その体は大きく後ろへと仰け反っていた。

 崩れ落ちる体、その光景を前にして漸くドクターは現実へと帰ってくる。

 

「オーランドッ!!!」

 

 悲鳴の様な呼び声。その声が響いたその瞬間、倒れそうだったオーランドの体が止まった。

 体を支えるようにして後ろに伸びた右足に力が戻り、傷口からの出血も厭うことなく倒れかけた状態を押し戻していく。同時に、爆発によって発生した白煙を突き破る様にして体が起き上がってくる。

 白煙から現れたオーランドの体は酷いものだ。

 上半身は細かな穴が開き、そこからは血が流れる。光弾が直撃したであろう部分は、コートが吹き飛んでおりその下の皮膚も赤黒く変色、半ば抉れてしまっていた。

 だが、それでも彼は倒れない。肩に矢が刺さり上がらない左腕を肘から先だけ動かして、触れるのは腰に下げるランタン。ブラインドが開かれ、鬼火が輝く。

 変化は劇的だった。元より淀んでいるといってもいい瞳からは完全に理性の光が消え去り、残るのはどす黒く機械的な殺意だけ。流れ落ちる血も、傷口から訴えてくるどうしようもない痛みも、その全てが彼の足を止める理由にはなりはしない。

 取り出すのは、ドア・ノッカーⅡ。右の袖を噛んで引き上げ、その下に仕込まれていた弾丸を噛んで引き出す。

 器用なモノで、右手だけで薬莢の排出まで終えて口で装填を済ませてその銃口は前へと向けられた。

 放たれる一発。決して狙いが良いとは言えないが、弾丸は真っ直ぐに空気の壁を突き破っていきドローンの一つ、そのローターによって回る羽を貫いた。

 そして、この瞬間から怒涛の展開を見せる。

 まず医療オペレーターが数人がかりで傷だらけのオーランドの治療に当たった。その間に、まるでドーピングでもしたかのように敵を殲滅していく前衛、重装オペレーター達。

 先程までの苦戦は何だったのかと言われそうなほどの、撃滅っぷり。

 程なくして安全が確保できた。

 

「ッ…………」

 

 その瞬間に、ランタンを消したオーランドはその場に崩れ落ちる。

 膝をつき、熱を発する拳銃を地面において徐に太ももに刺さっていた矢へと手を掛けた。

 何度かの深呼吸の末、勢いよく引き抜く。返しが付いていたせいで、肉が抉れ血が溢れるがこれをあと三回繰り返さなければならないのだから泣き言など言っていられない。

 次に手を伸ばすのは左肩。そして、左胸、右脇腹、と引き抜くたびに刺さっていた時以上の気絶しそうな激痛が三度襲い掛かってくる。

 明滅する視界、傷口からの出血は止まらない。

 そんな彼を見咎める者が居た。

 

「無茶してんじゃねぇよ!抜くのだって、アタシらに頼めばいいだろうが」

 

 緑の髪を揺らし、眉間に皴を寄せたガヴィルは治療を施していく。

 彼女は戦場で戦ってきた実績があり、今は医療オペレーターとして治療を施す側へと回っている

 当然ながら、手傷に対しても知見があり、それらに伴う痛みに関しても実際の経験として知り得ていた。

 そして、当然ながら出血を伴う痛みの鋭さも然りだ。並大抵の精神力の者ならば気絶している事だろう。

 それを四度、立て続けに行う。最早正気の沙汰ではない。

 ガヴィルの治療により、どうにか血が止まったオーランドは、頭を一度振ると冷えた拳銃を手に取り立ち上がる。

 

「…………ありがとうございます、ガヴィルさん」

「気にすんな、って言いたいところだけど、お前もさっきみたいなのは二度とするなよ?当たり所が今回は良くても、次は無いかもしれないからな」

「そう、ですね…………」

 

 ガヴィルにそう言われ、一旦は納得の態度を示すオーランド。だが、もしも同じような状況に陥れば、彼は躊躇うことなくその体を盾とする事だろう。

 たとえその結果、命を落とすことになろうともこの事実だけは変わらない。

 理屈や理性の話ではないのだ。咄嗟に体が動く、本能や心の問題。馬鹿は死んでも治らない、という言葉そのままという事だ。

 ただ、今回の一件悪い話ばかりではない。少なくとも、オーランドに降りかかっている一定の不安の種をある程度払拭する事には繋がっているのだから。

 かくして、今回の一件は幕を下ろす。ロドスに戻ってから、オーランドはしこたまケルシーにぐちぐち言われるのだが、それは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――アレが、ロドス・アイランドのオペレーターね」

 

 薄暗闇、眼鏡にブルーライトを反射させながらその瞳は画質の荒い画面へと向けられている。

 画面の向こう側では、高い位置から撮影されているのか一団を高い視点から俯瞰するような視点の映像が流れていた。

 

「はぁ…………認めましょう。粒揃いだわ。でも、()()の運用向きじゃないわね」

 

 第三者視点から見るからこそ、いやそれ以上により()()を視点に見るからこそ分かるものもある。

 指揮官というのは、時に非常、非道な選択を強いられることが珍しくない。

 当たり前といえば、当たり前で。戦場で、戦争で第一に求められるのは自国の勝利。敗者には何も残らないのだから。

 その点で言えば、この画面の指揮官は出来る限り兵隊(オペレーター)を生き残らせようと動いているのが分かった。

 勿論、いたずらに兵力を消耗するのは三流以下の指揮官だ。だが同時に、兵隊の命を重視しすぎてその結果勝利が危うくなれば本末転倒というもの。

 

「あなたには過ぎた兵器(玩具)よ―――――返してもらおうかしらね」

 

 暗闇に響く小馬鹿にしたような嘲笑。

 僅かな光の中、紅い唇が弧を引いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全治二週間。それが、オーランドがケルシーより下された診断だった。

 元々頑丈な体と、処置が早かったお陰。ついでに、体格上多かった血液の量にも助けられたりしていた。

 

「…………」

「…………」

 

 頬にガーゼを当て、頭に白い包帯を巻いて帽子を脱ぎ穴だらけになってしまったコートを新調したオーランドは、現在進行形で気まずい空気の中に居た。

 それもこれも、ケルシーに全治二週間を言い渡されてからついて回る追跡者が居るから。

 その追跡者というのが、彼の後をまるでカルガモの雛のようについて行く紅いパーカーを纏ったループス、レッド。

 元々彼女は、暗殺などが得意なため気付かれる事無く対象の後をついて回るなど造作もない。無いのだが、今はわざと自分の存在をアピールしながらついて回っていた。

 というのも、これはケルシーからオーランドに向けての釘刺しの様なモノ。常に彼女の懐刀が監視しているから無茶をするなよ、という無言の圧力なのだ。因みに、日ごとに監視は変わっており、その度に彼は気まずい気分を味わい続けていたりする。

 だがそれもこれも、オーランド自身が蒔いてしまった種だ。無茶をすれば、相応の代償を払う事になるのは当然の事だろう。

 とはいえここまでピッタリついてくるのはレッド位のもの。どの方向を見ても、視界の端を掠めるような監視の仕方も精神的に来るものがあるが、この四六時中追い回されるのも結構辛いというもの。

 何より、

 

「…………」

「ッ、ど、どうしましたレッドさん」

 

 レッドは監視であるはずなのだが、コートの裾をつまんで引く姿は子供そのもの。

 

「お腹、空かない?」

「え?…………ああ、良い時間ですからね……食堂へ、行かれては?」

「一緒。オーランドの監視、ケルシーとの約束」

「そ、れは…………」

 

 たどたどしい言葉遣いながらも、その目は真っ直ぐにオーランドを掴んで離さない。

 その目が、彼は苦手だった。

 脳裏をよぎるのは、昔の記憶。今の体格など夢のまた夢の様な、小さな小さな子供の時の事。

 血のニオイが鼻の中へとこびり付き、真面に寝る事すらも出来なかった。今もそうだが。

 

「…………」

「行こう?」

「…………」

 

 袖を引くレッドに、オーランドは完全に沈黙してしまう。

 彼女の誘いを無下にしたくない気持ちはある。だが、それと同じぐらいに人の多い場所に行きたくないという気持ちもあった。

 血生臭さでは、彼に勝るオペレーターも居る。目の前のレッドも、相当なもの。

 オーランドが気にするのは、その質だ。浴びてきた血の質。

 考え過ぎであると言われればそれまでであるし、事実彼は深く考えて、考えて、考え過ぎて、結果ドツボに嵌って人との関りを避けるようになった。

 

「―――――大丈夫」

「ッ!」

 

 不意に、分厚い手袋に包まれた手が掴まれる。

 

「レッドも、一緒。大丈夫」

「ッ、あっ…………」

 

 簡単に振り払えるようなそんな力で、掴まれた手。

 手を引かれて歩く。迷子のように。

 それは、実に久しぶり。懐かしく、苦く、そして抗いようのない甘さがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校だろうと、会社だろうと、軍だろうと。人の集団というのは、存外自然と規律の様な、模範の様な、恒例の様な、ルールの様な、いつもの光景というものが存在する。

 晴れた日に人の集まる場所。反対に雨だからこそ集まる場所

 時間によって集まる場所、疎らになる場所。

 ロドスの食堂は、時間によって人の集まりにバラつきがある場所だった。そして今は昼時。厨房は戦場と化して、場所取り戦争は加速する。

 だが、今日はほんの少し空気が違う。例えるならば、陸上に魚が泳いでいるようなそんな違和感とでも言うべきか。

 その原因は、この空気を受け自然と小さくなっていた。

 滅多に、どころか恐らく加入して初めてオーランドは食堂へと足を踏み入れていた。その巨体も相まって自然と周囲の視線を独り占めである。嬉しがるのは、余程の変態だろうが。

 首筋がムズムズとするような居心地の悪さに、しかしオーランドはどうすることも出来ない。その手は未だにレッドに掴まれたままなのだから。

 渋った割にアッサリと彼はここまでやって来たように見えるかもしれない。だが、それは誤りだ。

 今までオーランドの手を取ってまで無理矢理どこかへと連れて行こうとする者は居なかった。それは、気に掛けていたドクターも同じくであり。彼女の場合は、自発的に彼が変わる事を待っていた為に無理強いはしてこなかった背景がある。

 一方、レッドは歳の割に情緒が幼く、良くも悪くも純粋で直球だ。裏に色々と思惑も無く、自立を促すような視点も持ち合わせていない。

 今回の行動も、ケルシーにオーランドを見張るように言われ、そして四六時中共に居る事を求められた。

 そして、そんな中でお腹が空いたのだ。でも、監視対象は昼食を食べることが可能な食堂や購買に近寄ろうともしない。

 という訳で、別段接触禁止も言い渡されていない。寧ろ、常に自分たち(監視)の存在をアピールしろとお達しが出ていた為、こうして引っ張ってきたのだ。

 

「あっ、オーランドさん!」

 

 レッドに引かれるまま、辿り着いたカウンターで今日の当番なのかグムが喜色の滲んだ声を上げる。

 彼女につられる様にして厨房担当のオペレーター数人の顔がカウンターに向けられた。彼らの表情は、驚いていたり、喜んでいたりといった様々なモノだが、その中にはマイナスの感情は見受けられなかった。

 

「お肉」

「レッドさん!いつもので良いんだよね?オーランドさんのもいつも通り作っちゃうよ!」

「あ、はい…………」

 

 鼻唄を歌いながら厨房の奥へと戻っていくグムの背中を見送り、オーランドは所在無さげに視線を走らせる。この時ほど、いつもの軍帽を被っていない自分を恨めしく思ったことはない。因みに、今被っていないのは、被ると怪我に響くからだ。

 程なくして、湯気の上がる二つの皿が差し出される。

 

「レッドさんが、リブロースのサンドイッチで。オーランドさんは、野菜たっぷりスープだよ!」

「ん」

「…………ありがとうございます」

 

 それぞれ、礼を言ってお盆を受け取り次の問題は、席。

 レッドは別にしても、オーランドは人の目が集まりすぎるのは苦手としている。既に集めてしまっているがソレは置いておこう。

 とにかく、食堂の隅の席に腰を落ち着ける。

 

「ん、美味しい」

「…………」

「オーランドも、美味しい?」

「…………ええ、優しい味です」

 

 向かい合って対照的なモノを互いに食べる二人の会話は、それほど弾んでいないが空気は悪くない。

 そうして半分が食べ進められた頃。二人の座る席に近づく一つの影があった。

 

「やあ、お二人さん。ここ相席良いかな?」

「ん」

「…………ど、どうぞ」

 

 それは、フェリーンの女性。黒猫の自由さを感じさせながらも、その瞳には確固たる覚悟が見て取れる。

 

「レッドちゃんと、オーランド君……君で良いのかしら?何と言うか、“さん”って感じの見た目よね?」

「あ、えっと…………お、お好きにどうぞ……自分は気にしませんので」

「そう?それじゃあ、オーランド君私の事は知ってるカンジ?」

「…………ブレイズさん、ですよね?ここロドスのエリートオペレーターの」

「あ、知ってたんだ。でも一応、自己紹介しとこうか。私はブレイズ、ご存知の通りここ(ロドス)のエリートオペレーターなんてやらせてもらってるよ」

 

 そう言ってニコニコと笑う彼女、ブレイズはオーランドへとその右手をテーブル越しに差し出した。

 

「よろしく、問題児君?」

「は、はあ…………」

「ありゃ、納得いかない感じ?結構有名だよ、キミ。二重人格、だなんて言われてるぐらいだし」

「…………」

 

 快活に笑う彼女に対して、オーランドの頬が若干ひくついた。当人も自覚は一応あったのだが、改めて言われると来るものがあるらしい。

 ただ、誤解がない様に明記するが、ブレイズには彼を責めるような気は毛頭ない。今回の接触も偶々食堂に来て珍しい顔が居たから声を掛けただけなのだから。ついでに付け加えるならオーランドに対する好感度も低くはない。身を挺してドクターを守ったという話は、戦士としては赤点でも人ととしてくるものがあったから。

 

「そういえばオーランド君。君ってかなり大きいけど、肉は食べないの?」

「あ、その…………自分、肉は苦手で…………」

「…………ああ、そういう」

 

 戦場経験者には珍しくない事。ブレイズも聞き覚えがあり、一つ頷いた

 最初はどうあれ、ファーストコンタクトは存外滞りなく、恙なく過ぎて行く。

 だが、忘れる莫れこの世界は荒れている。そして、ロドスはその中心を驀進していくのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、御昼時の少し前の事。

 

「ふぅー………ねえ、アーミヤ。そろそろお昼だしこの辺で…………」

「ダメです、ドクター。昨日もそう言って、結局ノルマが終わったのが夜遅くだったじゃないですか。今やっておかないと眠れませんよ?」

「アーミヤの鬼ぃ…………うん?」

 

 たれパンダの様に机に突っ伏していたドクターは、急に泣きわめく回線に顔を上げた。ついでに、その胸の内に仄かな嫌な予感ともいえる暗澹たる靄の様なモノが湧き上がり始める。

 先程までのフザケタ雰囲気を払拭し、意を決して通信が開かれた。

 

「はい、こち―――――」

『ドクターッ!』

 

 応答を遮り、響く男性の声。その声色には、尋常ではない焦りが滲んでいた。

 

「ノイルホーン?いったい何が―――――」

『襲撃だ!ヤトウとドゥリンがやられた!』

「ッ!?ど、どういう事!?状況を―――――」

『あの野郎、俺の盾溶かしやがったんだ!今はどうにか逃げ回ってるが…………とにかく、応援頼むぞ!』

 

 そこで一方的に途切れる通信。沈黙の流れる執務室。

 

「ッ、アーミヤ!直ぐに先遣隊と、救助隊を組織して!」

「え……は、はい!」

「ノイルホーンの盾が溶かされたって事は、酸か炎か……先遣隊は、攻勢よりも防御と回復を優先に。もしもの事も、考えておかないと」

 

 嵐は目前にまで迫って来ていた。



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5話

もう、スランプに陥る位ならストレート勝負で行っちまいましょう、という事で書き上げました。












 慌ただしく人の行き交うロドス甲板。

 急遽飛ばされ、そして戻ってきたヘリからには群がる様にして医療スタッフ、オペレーター達が忙しなく動き回っている。

 本来なら、ここまで騒がしい場に居合わせたくないオーランドとしては直ぐに離れたい状況だろう。

 だが、不意に風に流れて漂ってきたとあるニオイがその足を引き留めていた。

 独特なニオイ。焦げた様な、焼けた様な、煤の様な、油の様な、それら全てが入り混じった様なニオイだ。

 自然、オーランドの足はそのニオイの下へと向けられる。周りの目など一切気にする事のない足取りだ。

 辿り着いたのは、乗っていた患者を下したヘリ。その開けられた扉からその巨体を屈ませた彼はソレを見つけその目を僅かに見開いた。

 ソレ、は盾だ。装甲が改良され、簡素ながらも廉価品の様でありながら担い手の技量を十全に発揮できるようなそんな長方形。

 そんな盾が、溶けていた。

 表面は完全に融解。先端は愚か、元の大きさの三分の一程にまで面積を減らし場所によっては大きな穴をあけた、最早盾とも言えない鉄屑がそこには転がるばかり。

 盾ばかりではない。原型を留めていない剣や、杖、果ては弓。殆ど炭化してしまったであろう、ロドスのパーカー等々。ヘリに積まれた遺留物の大半は酷い有様だ。

 それらを一通り確認したオーランドは、ヘリより無言で離れる。

 だがその変化は劇的だった。

 

 オーランドは、()()()()()。この惨状を生み出したであろう相手を。

 

「…………ふぅ」

 

 昂った身の内に宿った感情を沈め、一つ息を吐き出す。

 ゆっくりと歩を進めながら、意識だけを奥へ奥へと沈めていく、そんなイメージだ。

 時間にして、数秒。廊下一つの半分も進まないぐらいで、彼は意識を浮上させていく。同時に、頭に巻かれた包帯へと徐に手を伸ばす。

 手袋を着けたまま、器用に解かれたその下の皮膚には―――――()()しかない。出血する事も無いであろう引き攣った皮膚がそこにあるだけだ。そしてそれは、次に伸ばされたガーゼの下も同じ事。

 この変化が起きたのは、頭部だけではない。胴体などにも刻まれていた未だ痛々しい傷、その全てが古傷となって、出血と痛みを失ってしまったのだから。

 解いた包帯と外したガーゼをコートのポケットへと突っ込み、そうして辿り着くのは自室。

 荒れるロドス。一人が消えたとしても、気づくのは少し先の事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ヤトウ、ドゥリン、レンジャーの処置は終わった。しばらくすれば目を覚ますだろう」

「ッ、ありがとうございますケルシー医師」

 

 深々と頭を下げてくるノイルホーンの頭を見やり、ケルシーは認めたカルテへと視線を落とした。

 治療した三人はいずれも、広範囲に火傷を負っていた。深度はそれほどではないが、後少し酷ければ消えない傷を負う事となっていただろう。

 今は同僚の回復を願い、側についているノイルホーンも三人に比べれば軽度だが火傷を負っていた。

 これらの情報から導き出されるのは、相手が超高温の炎を用いたという事。

 思い浮かぶのは、現在ロドスと正面切って事を構え、尚且つ世界そのものに喧嘩を売っているような集団の首領。だが、その考えは実際に敵と相対したノイルホーンによって払拭された。

 

(新たな敵、か…………)

 

 情報が少なすぎた。その数少ない情報も強力な()()()()()?を用いるという事、そして何かを探していた位のもの。

 今回の襲撃が偶然でないのならば、ロドスを狙った事になる。

 なまじ、様々な勢力からオペレーターが集まっている事から、誰が恨まれているのか、狙われているのか分からないのが実情だ。

 ケルシーが頭を抱えていたころ、執務室でもまた今回の一件の対応に追われていた。

 

「目的は、ノイルホーン達じゃなかったって考えるべきかな」

「恐らくな。ロドスその物への攻撃、或いはロドスに現在籍を置いているオペレーターへの襲撃だろう。盟友よ、心当たりは無いか?」

「そう言われてもね…………」

 

 相談役としてあつまってもらったシルバーアッシュの言葉を受けて、ドクターは考え込む。

 お偉いさんを狙った襲撃ならば、目の前のシルバーアッシュや、チェンなどが。その他にもバウンティハンターとしてあちこちの勢力とぶつかったこともあるスカジや、ヴィクトリアのギャングだったシージ等も居る。その他にも、後ろ暗い経歴のオペレーターは少なくない。

 

「とにかく、対策は考えておかないと。炎のアーツを使って、更にその威力は重装オペレーターでも止められない。とするなら、遠距離から射撃や術師で抑えるべきかな」

「いや、壁役は必要だろう。術師が相手となるならば、マッターホルンはどうだ?」

「うーん…………そもそも、相手が分からないから。とりあえず、先方隊を組織しようかな。遠くから様子を―――――」

「ドクターッ!!」

 

 とりあえず、安全策を講じようとしたところで乱入者。

 入口に集まる視線。見れば、肩で息をするアーミヤがそこに居た。

 

「アーミヤ?そんなに急いでどうし―――――」

「オーランドさんが、居なくなったんです!」

 

 彼女の言葉に場が凍った。タイミングがあまりにも悪すぎると言わざるを得なかったからだ。

 正体不明の襲撃者と、そのタイミングで姿を消したオーランド。余程の馬鹿でも関係がないと考える方が難しい状況証拠が揃い過ぎていた。

 自然、部屋の視線はこの場での最高責任者に集まる。

 

「…………オーランドには、ケルシーが監視を着けていなかったっけ?」

「それが、場が荒れた時に一時的に引き上げさせてしまったみたいで…………かなりの怪我でしたから、早々動き出すとは思わなかった、と」

 

 これは本当の事。如何にアーツで治療を施していても、オーランドの怪我は決して軽くはなかった。未だに包帯やガーゼの下では傷から血が滲むこともあったし、動き回るだけでも並大抵の人間ならば蹲りそうなほどの痛みも合ったはずなのだ。

 だが、彼はこうして姿を消した。疑われることを分かっているだろうに、態々そんなタイミングで尚且つ監視を撒いた上で、だ。

 

「どうするつもりだ、盟友よ」

「…………」

 

 シルバーアッシュの視線を受けて、ドクターは思考する。

 十中八九、オーランドは襲撃者の下に居るだろうと彼女は考えていた。タイミング的にも、それしかない。

 本題は、その目的。

 ノイルホーン達の仇討。接触、及びロドスからの離脱。それ以外。可能性というのは第三者の思考ならば幾らでも数が出てくる。

 そもそも、彼に関する情報が少なすぎるほどに少ないのだ。彼自身も過去を語らず、尚且つオペレーターの中で彼の過去に関係のある者が居ない為にどうしようもない。

 少しの思考を挟み、ドクターは顔を上げた。

 

「部隊を編成します。第一部隊を主軸に、回復と遠距離主体のオペレーターを何人か。向かうのは、ノイルホーン達が襲撃された地点。そこにオーランドが居るなら、直ぐにでも回収。戦闘行為は避ける事。アーミヤ、行くよ。シルバーアッシュもついてきて」

 

 事態は一気に動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去の清算。それは永遠に、オーランドには訪れる事のない言葉だろう。

 硬い地面を踏みしめながら、軍帽のツバに上部分を隠された視界の中で彼が考えるのはノイルホーン達を襲ったであろう相手の事。

 心のどこかで、期待していた。あの日、あの瞬間、自分の他にも()()()()()者がどこかに居てくれることを。自分だけが、()()()()ではないことを。

 ロドスへは治療の為に訪れたことになっている彼だが、本当の所は目的が違う。

 今回の様な出会いは、完全に予想外だがどこかで平和に生きている誰かに出会いたかったのだ。仮に戦場であったとしても、手を差し伸べるつもりでもあった。

 果たして、現場へと辿り着く。

 既に時間が経過している為か、油臭さなどは殆ど残っていない。しかし、この場所が戦場になった事を吹き荒れた風によって運ばれた砂によって隠れた焦げ跡が声高に主張してくる。

 不意に、オーランドの鼻がとあるニオイを嗅ぎ取った。

 熊というのは、人間よりも遥かに鼻が良い。その分目が悪いが、嗅覚は人間の凡そ百倍とも言われている。

 ウルサスは熊の特性を持ち合わせた種族だ。ループスやペッローには劣るかもしれないがそれでも鼻が良い事には変わりなかった。

 その鼻が嗅ぎ取ったのだ。

 戦場のニオイを。

 

「…………」

「…………やっぱり、お前か」

 

 砂塵の中、現れた相手を前にしてオーランドはそう呟いた。

 奇妙な風体だ。

 まるで防護スーツの様な、全身を覆う白いでっぷりとした防護服。肩パットに、頭部は金魚鉢をひっくり返して被った様なヘルメット。

 何よりその手に携えるもの。

 銃の様にも見えるが、持ち手の先端辺りから管が伸びており背中には酸素ボンベの様なタンクを背負っていた。

 

「901……カウプラン 探シテル…………オレ オ前、連レテ行ク」

「ッ、俺はもう兵隊じゃない…………!」

 

 殆ど反射的に抜かれた拳銃(ドア・ノッカーⅡ)。だが、その銃口はブレており真面に狙えるとは思えない有様。

 脳裏を過るのは、地獄の様な光景。血と薬品のニオイ。断末魔、呻き声。皮膚を貫く針の感触。

 最早、トラウマというにも生温い体験の数々は容易にオーランドの精神をグズグズに破壊していった。

 

「フーッ……!フーッ……!」

 

 荒れる呼吸の中、無意識の内に左手は腰のランタンへと伸ばされる。

 一応、オーランドはランタン無しでも戦える。だがその戦闘能力は容赦の無さを含めても、ランタン点灯時と比べれば雲泥の差があると言わざるを得ない。

 何より、オーランドは()()()()()のだ。

 目の前の相手が、救えるかどうかの瀬戸際などとうに超えてしまっているという事を。

 だからこそ、銃口がブレる。如何に()()()を有していようとも彼の扱う凶器(拳銃)は貫きかねないから。

 だが、相手にとってその揺らぎは付け入る隙でしかない。

 アクションスライドが引かれ、銃口の部分より炎が揺らめく。

 

「寒イ……寒イ…………」

「ッ…………!」

 

 ぶつぶつと呟かれる声と共に引かれるトリガー。銃口より吐き出されるのは、極大の火焔だ。

 半ば無意識の内に、オーランドは横へと跳んでいた。コートの裾が炎にまかれて焦げてしまったが全身巻き込まれるよりは幾分かマシというもの。

 そのまま転がるようにしてその場を離れた彼は、近くの大きな瓦礫の影へと飛び込んだ。

 ほとんど間髪入れることなく、炎が隠れる壁を焼き始めるが、そこは火炎放射の弱点。即ち貫通力の無さのお陰で壁を挟んで反対側のオーランドが焼かれることは無かった。

 ()()()()()

 状況が、状況であるから致し方ないとはいえオーランドは失念していた。相手は単なる炎を吐き出すだけの相手ではないという事を。

 

無駄(ムダ)…………」

 

 黒く焼け焦げた壁へと炎の発射口を向けて、襲撃者は力を籠める。

 噴き出していた炎が不自然に揺らぎ、そして内へ内へと圧縮。やがて、発射口の前には真っ赤な火の玉が浮かび上がっていた。

 

「燃ヤセバ、少シ…………心 温カイ」

 

 放たれた火球は、真っ直ぐにオーランドが盾としているであろう壁へと突き進み、()()()()

 それは、いわば必然。引っ張ったゴムが、反動で元の大きさに戻る様に。水を出しっぱなしにして口を絞ったホースの封を開いた時の様に。

 圧縮された火焔は、まるで炸薬の様に着弾と同時に大きく一気に広がりを見せた。

 火であれ、水であれ、一ヶ所に押し留められ続ければエネルギーが嵩んでいく。そして、どこか一ヶ所、アリの開けた穴ほどの小さなものがあればそこから蓄積したエネルギーは放出、拡散されるだろう。

 

「ガッ…………!?」

 

 暴力的な広がりで瓦礫を粉砕し、熱波と熱気によって一部コンクリートを融解させるほどの波が辛うじてその場を逃れようとしたオーランドの背中を、全身を焼いてくる。

 転がりながら吹き飛ばされた巨体は、数度バウンドして転がり、やがて別の瓦礫に背中からぶつかって崩れ落ちた。

 

「ゲホッ!がほっ!……ッ、はぁ……そうだった…………」

 

 震える手で体を支えながら、どうにか上体を起こしたオーランドは思い出す。

 自分を含めて、既存の兵隊とは一線を画す。それこそが、()()()の目的であり、同時に国上層部の思惑だった、と。

 痛む体に鞭打って、目をつむり立ち上がる。

 焼かれたコートは無惨にも破れ、その下のシャツや更にその下の皮膚など火傷で水膨れや爛れが起きて酷い有様に陥っていた。

 だが、次の瞬間には奇妙な事が起こった。

 何と火傷が見る見るうちに塞がっていき、後に残るのは引き攣った皮膚の痕だけ。

 そして、左手はランタンへと伸びる。

 灯される青い鬼火。同時に、兵士は甘さを失いそこに在るのはただの殺戮兵器。

 

 単眼の火葬兵と不屈不断の歩兵が干戈を交える。



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