ヴァイオレットの道行きークリム・アンデルセンの課題論文ー (あじたまんぼー)
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100年後の世界(設定)
ライデンシャフトリヒ以外の関係国家


この作品を考える上でのその世界の勢力とかを妄想して書きました。考えつき次第また追加します。


扶桑国:

極東に位置する島国。世界大戦では、枢軸陣営として参戦して敗戦。一時は合衆国の傀儡になったが、連邦共和国と中華の圧力で独立。両勢力の脅威に晒されるも、ブリテン連合王国、メリン合衆国、ライデンシャフトリヒ、フリューゲル=ドロッセル共和国の支援によって不死鳥のように軍事力を立て直し、極東随一の海軍国家に返り咲いた。敗戦によって民主主義体制に切り替わっており、女性活躍の機会も順次広がっている。世界大戦と扶桑領海内での自国艦船の撃沈によって明華から、冷戦時代で戦争を行い真正面から負かされた挙句に巨額の賠償金を払わされて連邦政府が崩壊したこともありコニー連邦共和国とは常に緊張状態となっている。

軍事面では、排他的経済水域内を守って余りある程の軍事力を誇り、大陸からの不法統治や軍事侵入にたいして真正面から叩き潰せるほどの力を持つ。これには大陸の中華や連邦共和国からも非常に恐れられている

経済面においては排他的経済水域内に眠る莫大な海底資源と、戦争によって培われた基礎工業力をもって世界屈指の経済力を持つ。

 

ヒュージ帝国:

六つの主要民族と十以上の少数民族を束ねていた帝国。帝国主義の衰退と共に議会制による民主主義の道を歩んだが、そこに資本主義と社会主義の思惑が混ざったことで、潜在的にあった対立構造が一気に表面化。帝国は崩壊し、各地で独立をしては壊滅をするという泥沼の内戦が勃発する。中でも元首都ダガールでは、毎日市民が無残に殺されていく地獄と化していた。これは後に「ダガール内戦」と呼ばれ、世界的にも戦争の残酷さと無意味さを教えた歴史的な戦争の一つとなっている。尚、扶桑国の皇室よりも息が長い王室があったのだが、内戦によって一族郎党皆殺しにされて血統が途絶している。

 

フリューゲル=ドロッセル共和国:

公開恋文をきっかけとして民衆、外交レベルで親密となったフリューゲル王国とドロッセル王国が民衆と両王家の希望によって二重王国を設立。一つの国家として成り立った。世界大戦においては、連合側に立つも戦争をよく思わない世論を受けて参戦はせずに、国境線での防衛戦のみにとどめており。主に後方支援を行っていた。世界大戦以前から議会制を敷いていたが、大戦後に本格的に民主主義に転換。両王家を存続させたままの立憲君主制による政治体制で再スタートを切る。世界大戦での行動に反感を買われて、北方の元同盟国とは折り合いがついていない状態だったが、外交努力でほぼ解消できている。

 

アインツ共和国:

嘗ての名は「ベルン帝国」世界大戦において枢軸の先陣に立って連合諸国を相手に立ち回った列強のひとつだったが、世界大戦に敗北してヤーチス政権による一党独裁を廃止して民主主義の国家に生まれ変わった。

 

コニー連邦共和国:

前身の国家は社会主義共和国であり、その国は扶桑国との戦争によって政党とその当時の連邦制度を解体された挙句に、実質支配をしていた扶桑国北方の列島の支配権を講和条約によって支配権を剥奪された。そんな過去の出来事から扶桑国との外交関係は非常に悪い。対扶桑国連合で明華と同盟関係になっている。




創作、史実共に元ネタがありますので是非当ててみてください


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バーリー=キャロル研究所

クリムと同門で同級生の設定を軽く乗っけておきます。適宜更新します。


ゼミナール二年生

クリム・アンデルセン

出身:旧ヒュージ帝国 ダガール

ゼミナール論文のテーマ:ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンの路行

見た目:

髪:若干癖のある銀髪

肌:白

目:翡翠色と琥珀色のオッドアイ

顔立ち:スラヴ系

備考:ダガール内戦で難民としてライデン市に移動。後に国籍を得てライデンシャフトリヒの国民に。主席で入学し、特待生。体のところどころに戦争で受けた消えない傷を作っている。デイビッドの恋路を陰ながら応援している。

モチーフ:なし

 

デイビッド・クリスティ

出身:ライデンシャフトリヒ ライデン市

ゼミナール論文のテーマ:戦争遺跡を辿る

見た目:

髪:ワイルドに切りそろえた金髪

肌:小麦色

目:ターコイズブルー

顔立ち:ラテン系

備考:ライデン市出身のシティボーイ。非常にフランクな性格だが、恋愛ごとには非常に奥手。

モチーフ:テイルズオブジアビスのガイ

 

ジュドー・シェイクスピア

出身:ライデンシャフトリヒ ライデン市

ゼミナール論文のテーマ:フリューゲル=ドロッセル共和国の国民間の認識の違い

見た目:

髪:長くも手入れされている金髪

肌:白

目:スカイブルー

顔立ち:ゲルマン系

備考:シェイクスピア重工の社長の次男。フリューゲル=ドロッセル共和国が好きで、それを調査対象にしている。頭は廻るがかなりの道楽者でアナログゲームは全て遊びつくしている。ライデンシャフトリヒの中でも一番のチェスの腕を持ち、世界大会にも出場している。

モチーフ:FGOのキリシュタリア

 

ベルベット・アルジャー

出身:ライデンシャフトリヒ ラムダ郡

ゼミナール論文のテーマ:ラムダ郡とライデン市の民族間の差異

見た目:

髪:癖のある紺色の長髪

肌:白

目:紅

顔立ち:スラヴ系

備考:ライデンシャフトリヒの中でも「カロン」と呼ばれる少数民族の末裔。幼少期は、カロンに対する迫害によってライデンシャフトリヒを転々としていた。よく奈緒の恋愛相談を受けている。

モチーフ:テイルズオブベルセリアのベルベット

 

泉 奈緒

出身:扶桑国 紀島県呉市

ゼミナール論文のテーマ:漁師と海兵の歴史

見た目:

髪:癖のない鴉の濡れ羽色

肌:白

目:茶色

顔立ち:日本人的だが、ラテン系の血が混じっているため彫りは深め。

備考:世界的な造船会社「泉造船」の社長の一人娘。花嫁修業を受けていることもあり、家事や料理は完璧。扶桑国からやってきた留学生。色恋沙汰に慣れていないことと、純粋な恋愛から割けていたこともあり耐性はほぼゼロで、ベルベットにいつも相談している。

モチーフ:東京レイヴンズの土御門夏目

 

ロム・ブライトン

出身:メリン合衆国 サンテンダール

ゼミナール論文のテーマ:ライデン市のグレーゾーンとそれに救われている人たち

見た目:

髪:若干長めの金髪

肌:白

目:蒼

顔立ち:ユダヤ系

備考:合衆国からやってきた留学生。元々はサンテンダールのスラムで生まれ育ったが、必死に勉強して国からの奨学金で名門高校に。そしてそのままライデン大学にライデンシャフトリヒ、合衆国からそれぞれ奨学金を無償で受け取り留学した。癖が強すぎるキャロル研究室の中では常識人で、苦労人。次席入学を果たし、クリムと同じく特待生。

モチーフ:banana fishのアッシュ

 

※モチーフはあくまでも見た目と雰囲気の話。




モチーフになったのは、私が好きなキャラクター達です。


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プロローグ
プロローグ


ライデンシャフトリヒを襲った大戦から100年。平和な時が流れるライデン国立大学で頭を抱える青年がいた


「…」

 

 民を苦しめた大戦から既に100年が経ち、戦争の傷跡も数多の技術革新の下で隠れ、人々は先の大戦の記憶を忘れ去るには充分で、穏やかな時が流れている。

 

「…」

 

 ここはライデン国立大学。ライデンシャフトリヒが誇る名門大学であり、数多くの研究者を輩出する学問機関である。そこのとある研究室で静かにうなだれている青年がいた。社会学部社会学科、バーリー=キャロル教授の研究室。ライデンシャフトリヒでも有名な社会学者で歴史学者である彼の門弟である、今回の主人公、クリム・アンデルセンは未だに決められずにいるゼミナールの論文の主題について悩ませている。そんな彼の前には、クリムの師であるバーリーが静かに紅茶を嗜んでいた。

 

「先生」

「なんだね?」

 

 机に頭をこすりつけながら師に話す門弟に、師は茶菓子をつつきながら返した。

 

「これ決まってないの、マジで俺だけですか?」

「それは先週も聞いたな。」

「デスヨネー…」

 

 静かに返す師の言葉に、再び机に頭をこすりつける門弟。彼が悩んでいる論文。二年生から三年に上がるために必要な必修科目だったりする。成績優秀で特待生となっているクリムだが、この論文で何を書こうかを決められずに残してしまったながれである。

 

「ライデン屈指の秀才がここまで悩むとは…何を悩んでいるのだね。」

「…正直、何を書いてもそつなくこなせる自信があります。ですが、この論文は来年の卒業論文、ひいては修士論文や後の研究に尾を引くと考えると、どうしてもやりたいことが多すぎて…」

 

 ライデンが誇る秀才は、本気で研究をしたいものを選びかねているようだった。それを見かねたバーリーは、小さく息をついて、近くの本棚からとあるファイルを取り出して、それをクリムに渡した。

 

「これは…ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン…。ヒューマンドラマの?」

「そう、君のお姉さんが主人公の役をやっているもので間違いないよ。」

「史実を基にした作品とは聞いていましたが、とはいえ、このファイルの内容は?」

 

 クリムは、ファイルめくりながらバーリーに聞く。

 

「私の祖母が、その原作の小説を書いた人でね。それは、実際に取材に行った時にヴァイオレット本人から聞いた彼女のこれまでの人生さ。それを私の父が纏めて家宝にしたものさ」

 

 よく見ると、ヴァイオレットが歩んできた人生の略歴が書かれているようだった。

 

「そんな大事なものを、どうして俺に?」

 

 浮かんだ疑問のまま、クリムはバーリーに聞く。バーリーは、それに

 

「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンが歩んできた道を、君の眼で見てみてほしい。私も同じことをしたが、恥ずかしながら明確に感じ取ることが出来なかった。しかし、君なら。戦争を知る君ならばなにか見えるかもしれない。」

 

 真剣な眼差しを向けて言った。そしてすぐにいつも見せる飄々とした表情になって、

 

「もうすぐ夏休みだろう。旅行気分で論文を書くのはなかなか乙だと思わないかい?」

 

 と、からから笑いながら言った。

 

 クリム・アンデルセン。二年生の課題論文の題名は「ヴァイオレットの道行き」。この質的調査は、クリムにとって人生の変わる程の体験になることをその時の彼は知る由もなかった。




こうして青年は、100年前の道へを歩むのであった


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プロローグ2

最初に、この作品の時代設定をば
端的に言えば現在だと思ってもらえれば大丈夫です。なので、現在にあるような技術とかもバンバン出てきます。


 技術革新とは偉大なもので、石炭から石油、ガス。そして電気がライフラインであることが当たり前となり、移動手段も馬どころか石炭で動く車なんてものは存在しない。それにとって変わったのは石油で動く車と、最近叫ばれている環境問題に際して普及が進められている水素で動く車やバイクである。多くの屋根の上では黒く輝くソーラーパネル。海を見れば、海風と波力で発電する発電設備が水面から突き出している。ここライデンは、今や世界でもエコロジー事業に精を出している街でもある。

 

「先ずは、ここからだな…」

 

 そんな時代において、散歩をする必要がなかった場所にクリムはいた。かつてのC・H郵便社。ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンがライデンの人々に愛される要因を作った大事なターニングポイント。100年以上経った現在は、ライデンシャフトリヒの郵便の歴史を伝える博物館となっている。

 しかし、運の悪いことに臨時休館をしていて中に入ることはできなかった。

 

「…」

 

 休館の文字を見てから、改めて右手に持っているスマートデバイスの画面を見る。よく見ると、そこにも休館という文字が躍っていた。

 

「…」

 

 そしてまた扉の文字を見やる。しかし現実は変わらない。

 

「…交通費無駄になったんだが」

 

 ようやく、彼の口から出た言葉は、そんな言葉だった。休館だったことを考えていなかったクリムが、どこで時間を潰そうか悩んでいたところで後ろから声がかかった。

 

「見知った顔と思ったら、クリムじゃない。こんなところでどうしたの?」

 

 クリムが振り向くと、白磁の肌に大きな麦わら帽子にサングラス。白のワンピースの美しい女性がそこにはいた。

 

「聞きなれた声と思ったけど、なんで姉さんがここに?博物館なら閉館しているよ」

 

 弟が、綺麗な姉に全くときめかないまま気だるげな声で聞き返す。姉、エドナ・アンデルセンは「そんなこと知っているわよ」と返しながら、サングラスをずらしてブルーサファイアの瞳を見せる。

 

「昨日、口コミサイトで評判なカフェがあるって聞いてね?気になったから言ってみようと思って。」

 

 と、言いながら彼女はデバイスの画面を見せる。そこには、落ち着いた雰囲気の喫茶店のサイトがあった。それを見て、如何にも姉が好きそうな雰囲気だなと思っていたところで、

 

「そうだ、アンタ暇でしょ?一人じゃつまらないからついてきなさい。コーヒー一杯くらいなら奢るわよ。」

 

 と、にこやかに笑いながら言った。

 

 休館していた博物館から少し歩いた裏路地。そこに隠れ家のようにたたずんでいる喫茶店。口コミサイトで評判が高いのに関わらず、店内が大盛況とは言えない程人がいないのは、予約制の喫茶店であるから。

 

「しかし、予約では一人だったのに、急遽二人オッケーとか…流石はヴァイオレットを演じたシンデレラってところ?」

「あら、そこまでいい物じゃないわよ?ある程度顔を隠さないといけないし。あることない事書かれるしで…」

「『呟きすらも大声となった』ってやつ?」

「ウイスキーのCMの言葉ね。確かにその通りよ。」

 

 半ば姉の特権で入れてもらえるようになったクリムは半分呆れ、半分申し訳なく思いながら絶品のコーヒーを嗜んでいる。姉弟揃ってコーヒー好きであるためコーヒーにこだわるのだが、前に姉が気に入っていた喫茶店は、姉が常連であるというつぶやきが拡散してことでいきずらくなってしまった。彼女が予約制の喫茶店を選んだのは、そんな呟きに対抗するために、そこにいる間は特定されないようにという考えからである。

 そもそも、エドナが何故そこまで有名人なのかというと、

 

「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンの道行きを辿る…ねえ…」

「うん、なんでかそうなった。参考までに聞くんだけど、姉さんがヴァイオレットを演じていた時。どう演じようとした?」

 

 コーヒーを楽しみながら弟の課題論文について聞いているこの姉は、ライデンシャフトリヒでかなり有名なヒューマンドラマ「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」の主人公、ヴァイオレットを初めての主演で演じるという割と出来過ぎなシンデレラストーリーを歩んだ、今や著名な女優の一人であるため。しかし、有名になったことで当然発生する世間からのやっかみ、あとは執拗なファンたちの聖地巡礼にパーソナルスペースが無くなっていっているところに辟易してきている所である。そんな姉が、初めての主役でどう思いながら演じていたのかは、弟のクリムも気になるところであるためにそう質問したところである。

 弟の質問に難しい顔で悩みながら、

 

「私…私達が紛争に巻き込まれていることが影響しているのかはわからないけど。私には普通の女の子だと思ったわ。戦場で生まれて、そして愛を知る。ストーリーもありきたりっぽいんだけどね。…アンタもそう思っているくせに何で聞くの?」

「…いや、俺も普通の女の子だとは思ったよ?なのに、うちの教授が、俺の眼で見直してほしいなんて言われたら、考えざるを得ないというか…」

 

 コーヒーに映る自分の顔を見ながら、考えるクリム。そんな弟に、姉は

 

「だったら猶更調べないとね。…まぁ、わかっているでしょうけど。で?調査の計画は決まっているの?」

 

 テーブルにやってきたスコーンをつまみながらそう言った。

 

「最初と最後は決めている。最初は、彼女が戦場でワルキューレになった転換点。最後は、彼女は行き着く終着駅。」

 

 姉の質問に、弟もスコーンにジャムを塗りながらそう答え、そして口に放り込んだ。その言葉に少し考えながら、

 

「最後は分かるけど……最初は何処の事を言っているわけ?戦場跡に行くにしてももうその痕跡を見つけるのって大変じゃない?…まって?」

 

 そこまで言って、ある考えに至った姉は困惑したように弟に目を向ける。

 

「ヴァイオレットが戦場で活躍したのは、とある陸軍将校が当時孤児になっていた彼女を兵器として使おうというところから。姉さんが演じていたものの冒頭はそこだったでしょ?」

 

 クリムは、スコーンをコーヒーで流しながら姉に目を向けた。

 

「最初は、ライデンシャフトリヒの陸軍。あわよくばブーゲンビリア家の人の話を聞ければなって思っているよ。」

 

 そう言って彼は、鞄から宛名の違う二つの手紙を出してそう言った。




呟きすらも大声になった今。
こんな時こそ、手紙という小さな声が届くと思う。
ークリム・アンデルセンー


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第零章 ブーゲンビリア
ブーゲンビリアの花言葉は


数日後、返ってきた返事には、陸軍に拒否された。しかし、ブーゲンビリア陸軍准将が是非話したいという返事が来た。


 ライデンを襲った大戦から100年。その百年は残念ながら、平穏ですぎることは無かった。大戦の後、各地で民族自決、ナショナリズムが隆盛し、ライデンシャフトリヒだけでなく、近隣の国だけではない。世界を巻き込んだ大戦争が始まる。また多くの人々が犠牲になった。終戦後もつかの間の平穏が訪れるが、その次にやってきたのが資本主義と社会主義との対立。世界大戦で使用された核兵器が使われるともいわれた次なる世界大戦と思われたが、社会主義陣営の崩壊によって冷戦は終結。ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンが生きていた時代から約100年。ようやく一時の平穏は訪れるも、世界は平和にならない。その後にやってきたのは列強たちのしがらみから解放された後の、民族と宗教間の表面化された対立である。

 クリムとエドナが幼い頃の見たのは、そんな醜い戦場(じごく)であった。

 

「おねえちゃん…」

「大丈夫…お姉ちゃんがついているから…大丈夫…」

 

 幼い少年のクリムの手を引きながら、二歳年上の姉のエドナが気丈に笑いながら、歩く。彼らがいるのは戦場。ライデンシャフトリヒを襲った大戦でもなければ世界大戦でもない。はたまた、冷戦の間の小競り合いでもない。民族と民族が殴り合い、違う宗教同士で殺し合う先祖返りした醜い戦争。そこに大義も正義もなく、ただ延々と垂れ流される怨嗟と憎悪を生みだす生産性のない地獄。幼い二人が身を寄せながら歩いていたのは、そんな地獄の最大戦線、ダカールである。世界大戦と冷戦で疲れ切っていた世界各国が助けに行けるはずもなく、戦場にいる市民たちは無残に殺されるのを待つしかなかった。この地域は、多数の宗教の施設があったこともあり、宗教間の争いも激化。武器を持たない市民の中でも神の存在に否定的になる者もいた。

 

「大丈夫…大丈夫…だから…」

 

 今尚近くで響く銃声。罵声を浴びせながら殴る音。幼き二人にしてみれば、この世の地獄とはこのことである。救いのない地獄にエドナも次第に涙を流しながら声を震わせる。本当ならば、二人を優しく抱きしめてくれる両親や優しい人々がいるはずだが、それも全て奪われた。目の前で両親が焼け果てた家屋の下敷きに、近所の隣人たちも、悪意によってすり潰された。

 目の前で見せられた容赦無い悪意によって、二人の心は限界だった。泣き疲れて尚も涙を流し、声がかれて尚も嗚咽が喉を通り過ぎる。そんな二人の目の前に、

 

 榴弾が迫っていた。

 

 

 遠い記憶に苛まれるように、クリムは目を覚ました。息も上がり、汗でシーツも濡れていた。

 

「サイアク…」

 

 これまでが、全て夢であるとわかった途端に、クリムはいつものような不機嫌そうな表情に戻って、直な意見を述べた。そして、シャツをめくり左脇腹に残る傷を眺める。その大きな傷跡は大規模な内戦が起きていたダカールで、逃げ回った末に榴弾の爆発に巻き込まれた時のもの。姉曰く「生きていたのが不思議なくらい大穴が空いていた」とのことだが、死の一歩手前で踏みとどまったらしい。あの戦場で、ライデンシャフトリヒ含めて救援をよこせる余力のあった国は非常に少なかったが、二人は運良く極東の島国「扶桑国」の医療部隊に回収されて一命を取り留めた。その後、難民を受け入れていたライデンに流れつき、そして劇団「ソレイユ」の総支配人であるフューリー・アンデルセンの養子となり、実の子のように接してくれた。しかし、あの紛争に関する記憶に関してだけは、彼にとっては思い出したくもない大きな傷跡なのだ。それが良い思い出でも、悪い思い出でも。

 

「蓋をしなけりゃ思い出してしまう。難儀だよなー。パソコンのデータのように消去できれば良いのに。」

「そんなことしたら、誤って消した時大変でしょ?」

 

 汗をぬぐいながら呟くクリムに、心配したのか部屋まで様子を見に来たエドナが言葉を投げかける。表情こそ飄々としているが、その声音には心配の色が伺えた。

 

「珍しいわね。滅多に夢にうなされないアンタがそこまでになるなんて。…今日の目的地?」

「多分」

 

 姉の心配を隅に追いやりながら、クリムは汗で濡れたシャツとタオルケットを纏めて着替える。姉も空気を読んで扉を閉めて続ける。

 

「ライデンシャフトリヒ陸軍…。その准将様の邸宅。あそこに行けば、映画や小説では見えなかった彼女の肖像が見えるかもしれない。でも、それ以上にアンタが一番嫌いなものを見ることになるのよ?」

「好き嫌いなく食べてきた俺が、何を嫌ってるってんだ?」

「戦争よ…」

 

 エドナのその言葉を聞いて、支度をしている手を止めた。そして改めてわき腹の傷を見やる。

 

「俺たちは、あの戦場を無力に逃げ回った。逃げる前は、愛を教えてくれた父さんも母さんもいた。…もう微かにしか覚えていないけど」

「そうね。」

「彼女は、ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンはそもそもの親からの愛を受け取る前に、戦争の道具になった。」

「えぇ。」

「前に言っていた「似た境遇」ってやつだけど、決定的に俺達と彼女は違う。一つは、俺たちは逃げることしかできなかったこと。そして、親の愛というものを知っていたこと。教授に頼まれて始まったことだけど、この悪夢ではっきりわかったよ。親の愛、姉さんからもらった姉弟愛。それを当時から感じていた俺が、そもそも愛を知らなかったヴァイオレットの道を辿ることに意味があるんじゃないかなって。」

 

 クリムは、そう言ってから支度を終わらせた後に扉を開ける。そこには、まだ弟離れが出来ずにいる心配性の姉が泣きそうな顔で立っていた。

 

「相変わらずの心配性だね。もうお互い酒を飲める歳でしょ?それに、俺は曲がりなりにもキャロル学派の一員だよ?今更戦争の話を聞いた所で倒れることは無いさ。」

 

 そう言って、肩を震わせるエドナの頭を撫でた。

 

「最も、必要な事とはいえ、戦争の話を聞くのは嫌だし、覚悟はいるんだけどね…」

 

 そして撫でたその手で軽く姉の頭をチョップしてから、

 

「今日オフでしょ?帰ったらサーモンのキッシュが食べたいな。」

 

 にこやかに言ってから、クリムは降りた。

 

「…」

 

 一人取り残された廊下で、エドナは佇んでいた。クリムが戦争の傷を抱えながら生きていること。そして、戦争を身近に置いていたからこそ話を聞くことすらも怖くてできなかった。それはエドナも同じこと。寧ろ、物心がしっかりしていた分、クリムよりも抱えているトラウマは大きい。だからこそ、悪夢でうなされていた弟を見て、毎晩弟を抱きながら泣いていた自分を思い出していた。そして時折思い浮かぶのだ。姉を守るために、榴弾を受け入れた弟の姿を。そして泣いてしまう。ヴァイオレットを演じていた新鋭の名女優の一人であるエドナがもつ致命的な心の弱み。クリムよりもそれに苛まれているのだ。

 

「…ったく、弟のくせに、ナマイキよ…」

 

 それなのに、恩師の背中を追って走っていく弟を見た以上は、姉がこれ以上立ち止まってはいけない。そう思いなおして、瞳にたまっていた雫を拭ってそう呟いた。

 

 

「…住所は、ここでオッケー?」

 

 家を出て一時間ほど。クリムは自慢のバイクを走らせて、街のはずれの屋敷の前に立っていた。生垣には美しいブーゲンビリアの花がクリムを出迎えていた。屋敷の入り口で少し深呼吸して、インターホンを押した。

 

「すみません、お邪魔します。ライデン国立大学社会学部社会学科二年生のクリム・アンデルセンです。エレン・ブーゲンビリア准将は予定通りにおられますでしょうか。」

 

 戦乙女の生みの親であるブーゲンビリアの屋敷に踏み入れた。




花言葉:『情熱』『あなたは魅力に満ちている』『熱心』『あなたしか見えない』

まだ続きます


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ブーゲンビリアの花言葉は2

絢爛と咲き誇るブーゲンビリアの花。その先に待ち受けるものは?


 屋敷に続く庭園。燦々と咲き誇るブーゲンビリアの花。整備が行き届いた庭園には様々な花が活き活きとしている。そんな庭園の道を、クリムは案内人の後に付いて行きながら花を眺めながら屋敷に向かっていた。

 

「この先に、主人様がおられます。ここから先はアンデルセン様が。」

 

 と、初老に差し掛かっているであろう使用人が言ってその場を離れた。その背中に、「どうも」と返してからクリムは扉の前に立つ。

 

「エピソード0。ブーゲンビリア…」

 

 ヴァイオレット・エヴァーガーデンのプロローグともいえる第零章は、北方の孤児だったヴァイオレットが、物として「鹵獲」されてから戦場で戦い、その果てにギルベルト・ブーゲンビリア少佐が頭を撃たれ、片腕をなくし、ヴァイオレットもまた両腕を失い「あいしてる」の言葉を送って別れるという話。この話の真偽は置いておいて、この作品が名作たらしめる要因の一つがこの始まりだといえる。最も、クリムの師、バーリーの祖母にして著作者であるシオン=アンデルセンが残した取材記録にはそう書いてあるため、これは事実なのだろうと定義付けている。

 して、その戦乙女が生まれる要因を作ったのがディートフリート・ブーゲンビリア大佐。ギルベルトの兄にして、後にブーゲンビリアの家督を継いだ軍人。今回奇跡的に話すことができるのは、そのディートフリートの子孫にあたる人物。

 

「ライデン大学社会学部社会学科。バーリー研究室から来ました。クリム・アンデルセンです。」

 

ドアをノックした後に自分の身元を明かす。そして、少しの間をおいて

 

「まっていたよ。入りたまえ」

 

 と、比較的に若い男の声が聞こえたのを確認してドアを開けた。

 

「お初にお目にかかれて光栄です。エレン・ブーゲンビリア准将。」

 

 そう言いながら、クリムは軽くお辞儀をした。その前には、四十代程の、藍色のズボンと白のワイシャツというシンプルな服装の男性がそこにいた。42歳という若さで准将にまで上り詰めた若き俊英は、その実績に反して柔らかい物腰で迎えてくれた。

 

「話は聞いているよ。大叔母様の話を聞きたいそうだね。」

「はい。まさか、貴方が応じてくれるとは思いませんでした。」

「俺がドラマのじーさんのように意地悪だと思ったのかい?」

「いえ…そのつもりでは…」

 

 いたずら好きな大人の意地悪な言葉に真面目に戸惑うクリムを、エレンは笑った。

 

「すまないすまない…。本当に、そんなつもりじゃなかったんだ。ここから長くなる。座って話さないか?」

 

 准将がにこやかに、扉が開いている部屋に案内した。

 

 准将に案内されて入ったのは物静かな書斎。自室の二倍ほどの高さの天井を支えるように、大きな本棚が立ち並んでいた。クリムは案内されるままに、書斎に用意されていたソファーに腰を下ろした。エレンも続くように座ったタイミングで、先ほど扉まで案内していた使用人が、紅茶を用意してやってきた。その手際のいい手つきで、あっという間に目の前に香りのよい紅茶が用意されていた。

 

「紅茶は嫌いかね?」

「いえ、好きですよ。」

 

 二人は、そう話した後に紅茶の入ったカップを口につけた。紅茶が好きで、ある程度茶葉にこだわるクリムだったが、そのおいしさに目を丸くしてしまった。

 

「これは…香りといい風味といい、完璧…」

「お気に召されて何よりだ。」

 

 そう微笑みつつも、准将は「さて」とつぶやいてカップを置く。

 

「そろそろ始めようか。君は何が知りたい?」

 

 その言葉に、我に返ったクリムが、そっとカップを置いてから口を開いた。

 

「貴方から見たヴァイオレット・エヴァ―ガーデン。そして、戦場で戦乙女と恐れられていた彼女についてです。ディートフリートさんのお孫さんである貴方は、それを聞いているんじゃないですか?」

 

 クリムの質問に、数瞬考えた後に、

 

「まずは、一つ目の質問だが。俺からみた大叔母様はとても優しくて、そして強い人だったよ。島に行った時は、よく一緒に虫を取りに行ってたよ。虫を見ても驚かなかったからつまらなかったけどね。あ、後は心の底から大叔父様を愛していたよ。リンが言うには、最後までエメラルドのブローチを握りしめて、愛おしそうにして眺めながら息を引き取った…ってね。」

「リン…」

「遠い親戚さ。そして大叔母様の孫娘。エカルテ島で教師をやっている。どうせ行くだろう?連絡をもらえば紹介出来る。」

「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします。…で?」

「で…だよなー。君が知りたいのはむしろ後者の方だろ?でも、全部じーさんからの受け売りだけど大丈夫か?」

 

 深い息をついてそう聞く准将に、クリムは間髪入れずに、

 

「むしろその方が良いです。ドラマみたいな脚色がないから内容が入りやすい。」

 

 と、真剣な面持ちで返した。それに対して大方予想がついたような表情で、

 

「ま、そうだよな。君ならそう言うだろうね。わかった。ここからが長くなるぞ。」

 

 と、言った後に少し間をおいて。静かに口を開いた。

 

ーこれは、俺が陸軍大佐に昇格して、それをじーさんに報告した時の話だ。確か、君が巻き込まれたというダガール内戦から帰還した時のことだよ。難民の避難誘導のために戦車大隊を指揮して最前線で応戦していたよ。もしかしたら幼かった頃の君達にも会っているかも…扶桑国の救護部隊に回収されてそのままライデンに入ったからそれは無い?それは失礼した。とにかく、その戦いが認められて少佐からの二階級特進さ。

 まぁ、じーさん。ディートフリートに報告したのは、俺の祖父であるというのもあるが、約束があったからな。「もし大佐にまで上り詰めたら、自分の過去について洗いざらい話す」っていうね。寡黙な軍人の文化なのかは知らないけど、陸軍にいた時の事、そして大叔父に当たるギルベルトのことも、そしてヴァイオレット・エヴァ―ガーデンについてすらも、この約束が無ければ聞くことも出来なかっただろう。どうしても、聞きたかったわけではないけども。それでも気になるもので、陸軍に入りたての俺が半ば冗談で建てた約束だった。でも、じーさんは話してくれたよ。それも律義に。

 まず、北方の孤児だった少女を武器として鹵獲したことは事実だ。ライデンシャフトリヒもその時は不安定な情勢の渦中にあって、人材も人員も足りていない状態だった。しかし、その事については、死ぬまで詫びていたのは覚えている。ともかく、そんな武器に名前を与えて育てたのが、ギルベルト・ブーゲンビリア。俺の大叔父。元々はギルベルトの昇格祝いとして与えられたもの。そう、物、だ。それに文字を与え、慈しみを与えて、最後に愛を与えた。

 これは、君も知っての通りだろう。何しろあの物語は脚色されているとはいえ綿密な取材の上で出来たもの。演出はあれど、嘘はついていない。だけど、それだけじゃないんだ。

 彼女は、慈しみや文字、愛を教えられたと同時に、人を殺す術も教えられた。あの極限状態ではそれを咎めることはしないけど。確かに彼女は数えきれない程の敵を葬った。それこそ味方にすら怖れられる程に。陸軍の回顧録によれば、彼女は間違いなく戦闘の天才。時代や国が違えば、それこそジャンヌダルクイスカンダルなどの一騎無双の英雄になっていただろう。いや、彼女はあの戦争では英雄のそれだった。どういうわけか、公式記録には残されていないんだけど。それを見て大叔父様はどう思ったんだろうね。俺には伺えしれないところだけど。だけど、あれが美談だけで済ませられないのも事実。市民が許しても、神や世界は許してはくれない。神はギルベルトにはヴァイオレットの両腕を、ヴァイオレットにはギルベルトそのものを奪い去った。それ以降の話は、この後君が辿るだろうし、物語を知っているから言わないが、愛というものを理解していくようになる。それは君の眼で見てほしい。

 だが、そこで俺は疑問が生まれてじーさんに聞いてみた。「どうして、孤児を武器として実の弟に与えたのか」と。それに対する答えは何だったと思う?「人員不足、人材不足というのもあったが、彼女には戦闘の才能があると直感していたから。だけど一番は、ひねくれ者の俺が俺なりに祝おうとした結果、そうなった」と言ったんだ。人が人なら逆鱗に触れるようなことを彼は言ってのけた。偏に、罪を受け入れているという側面もあったけど。父の方針に逆らい、家督を継ごうとしなかった彼が、父親の期待に応えようと自分を捨てる弟を見て、昔から罪悪感があったんだろうね。だからこそ大叔父様を自由にするために家督を継ぐことを決めたんだと思う。君が俺のじーさんをどう思っているかはわからない。でも、世間体では意地悪な役回りになっているけど。彼もまた、彼なりに弟を想っていたことだけは知っていてほしい。…すまないね、ヴァイオレットの話からそれてしまった。

 

 彼は、そう言って冷めた紅茶を流し込んだ。准将の話を聞いたクリムは、メモを取りながら少し驚いていた。あの物語の始まりは運命に翻弄されて別れるというもの。しかし、彼女はあの時から名を遺すような働きをしていたのである。齢15にも満たない年齢で。ともあれ、少なくとも彼が欲していた情報は手に入った。クリムは、話を聞く前に展開していた、音声入力デバイスを片付ける。話し込んでいた結果、既に斜陽が窓から伸びている。

 

「…もうこの時間か。クリム君、楽しかったよ。」

「こちらこそ、貴重な話をありがとうございます。」

 

 そう言うと、誰からともなく握手をした。

 

 

 夕日に照らされる庭園。そこには美しく咲き誇る花々が夕暮れに照らされて情熱的に輝いている。そんな立派な庭園がある程広い敷地であるため、エレンが出口まで送ることになった。

 

「すみません。出口までの案内なんて…」

「いいってことさ。話続けてたから体がなまってね。いい散歩だよ。」

 

 と、准将は朗らかにそう言う。そうしている内に目の前には荘厳な門が現れ。そこが出口であるとすぐにわかるようになっていた。

 

「君のバイクは門の脇に移してある。」

「移動もしてくれたんですね。助かります。」

 

 クリムがそう感謝をすると、バイクの方に歩み寄る。バイクにまたがり、ヘルメットをしたところで、

 

「そうだ、もし君が彼女の原点を知りたいなら。ヴィリア教会跡に行くといい。あそこが、大叔父様と大叔母様が一度別れた運命の場所。戦争末期の様相も色濃く残っている負の遺産だからね」

 

 と、助言を投げかけられた。クリムは、それに頭を下げて、

 

「そうします。何から何までありがとうございます。」

 

 感謝をしてからヘルメットをかぶりなおして、屋敷を後にした。心地よいエンジン音を残して、学生が去った所を眺めながら、

 

「嘗ての戦争孤児が、過去の戦争の被害者を追う…か。何かの因果かな?」

 

 と、つぶやいた後に屋敷の中に入った。




お待たせしました。これで満足するかは置いておいて、とりあえずブーゲンビリア編は終了です。でもまたあるかもしれません。


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悲劇の教会

ブーゲンビリア編は一端終了です。ここからは、公開恋文まで飛ぶか、少し牛歩するかを悩んでおります。


 ヴィリア教会跡。100年前の戦争の末期における最前線の一つ。北方の連合にとっては屈辱の地、そして南方の連合にとっては革命的な勝利を得た場所。嘗ては美しい建築様式と装飾で信者たちの心の拠り所だったが、現在では過去の戦争の傷を残す戦争遺産の一つ。心の拠り所ではなくなったものの、数多くの兵士を弔う霊地として、そして戦争の悲惨さを今に伝える観光地としての側面を持っている。

 そんな場所に、クリムは手帳とカメラを持ちながら散策していた。ブーゲンビリアの屋敷を訪ねた後日。エレンの助言を受けて、二人が離別する実際の場所。戦争の爪痕を残している過去の遺物だが、今日におけるそこは、また別の側面を持ち始めている。それは、

 

「…若い女性多くね?」

「そりゃあ、少し前の作品とはいえ熱心なファンが多いんだからなー。所謂聖地巡礼ってやつ?」

「扶桑国特有の文化だと思っていたが、オタク文化は世界共通化なのな。」

「お前それ絶対大声で言うなよ?」

 

 ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンの聖地巡礼。最近の若者達のブームであり。女性のみならず、男性の巡礼者も多いそうだ。クリムは、そんな様相に若干複雑な気持ちになるものの、それをすぐに飲み込んだ。

 

「…戦争遺跡を回って、その傷跡を辿ってレポートを取るんだろ?これじゃあ不都合じゃないか?」

「そのまま返すわ。俺に関しては写真に収めればいいんだから正直問題ない。まさかライデンの辺境までブームが及んでいるとは思わなかったけど。」

 

 今回は、クリムだけではなく連れもいる。彼の同期のこの男の名前はデイビッド・クリスティ。クリムと同じ、バーリー=キャロルの門弟であり教授と同じ戦争社会学と映像社会学を志す男である。彼の課題論文は戦争遺跡を巡り、そして戦争の記憶を集めること。やっていることはクリムと似ているが、彼よりは進捗は良いそうである。

 

「確かドラマの第一話の終わりが、この教会での離別だよな。」

「あぁ。その時姉さんは14歳で、俺が12。ダガールからライデンに移って8年経った頃さ。」

 

 クリムはそう言いながら、取材ファイルと照らし合わせるように教会跡の入り口まで歩く。デイビッドも、写真を撮りながら付いて行く。観光客の間を縫って教会の入り口の方に向かう。ライデンを襲った二度の戦争によって、この教会も基盤を残した無残な廃墟となっている。一度目は、最初の大戦。ギルベルトとヴァイオレットが離れ離れになる狙撃と強襲部隊の擲弾筒による爆撃。二度目は、ベルン帝国の大規模空襲。ガルダリクがベルン帝国に応戦した結果、多くの犠牲者を出した場所。しかし、ライデンシャフトリヒは無関係ではなく、多くの義勇兵も殉職した。そんな廃墟の、元々の入り口だったところでは、この教会で死んでしまった者達の名前が刻まれている石碑が存在する。

 ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンが大ヒットして聖地巡礼が大流行する前までは、この地は確かに世界大戦の悲惨さを世に残す貴重な遺構であるが。現在は更にその前の戦争の傷跡も残す場所となっている。

 数年前までは、ライデンシャフトリヒと、ガルダリクを構成していたミクローシュ、ヴィシー、パリスの三国との緊張状態になっていたが、「エウロペ協定」と呼ばれる包括的な連合協定を締結したことでパスポート無しでの行き来が可能となっている。つまるところちょっとした海外であるが、大陸全土を網羅する鉄道網によって観光がしやすい状況となっている。現在ではライデン市から高速鉄道を乗り継いで三時間で到着できる場所になる。そんな戦争の遺構で、観光客が来るはずがない忘れ去られた場所であるが。前述のの通り、条件が揃って今や一大観光名所の一つになっている。

 

「ふむ…流石は原爆ドームに並ぶ戦争の遺構ねー。こっちは焼夷弾による捕虜諸共の爆撃だけど。」

「そもそも、二度の大戦でショッキングな事件が多いからな。ライデンシャフトリヒとパリス、ヴィシーが世界遺産にでもしようと動いているが…」

「まぁ…好きにしてくれ…」

 

 その石碑の前で、いるかもしれない地縛霊に報告するよう真顔で会話を交わす二人。心霊スポットとしても名前が知られているこの場所ではすこし罰当たりなことかもしれないが。そんな会話をしながら、クリムはそこから見れる範囲で廃墟の様子を見てみる。二度の戦争で標的にされた教会には、未だに火薬が爆ぜて灼けた跡が残っている。そして空襲によって灼けた人たちの跡が、未だにそこに存在するかのように横たわっている。

 

「ギルベルト少佐は、どんな気持ちで彼女に愛を教えたんだろうな。」

「どうしたクリム。」

「いや、少佐が全てだった少女に、自由になれと言った上で「愛してる」なんて言ってみろ。俺がヴァイオレットでも生涯それを引きずる。」

「…お前の言い方なら、それこそ彼女にとっては呪詛だろうな。そこらへんはナオの方が詳しいんじゃないか?その概念は(エイジア)由来だろ。」

「西側にもあるぞ。オカルトの類だけどな。」

 

 凡そ、多くの観光客が考えないようなことを話しながら二人はそれぞれやるべきことをやる。デイビッドは廃墟の焦げ跡を写真に収め、クリムも廃墟の全貌を撮っていた。

 ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン。クリムの姉のエドナが14歳という若さで抜擢されたこの作品はひとつの長編ドラマと二つの映画で構成されている。そしてこのドラマにおいて最初の盛り上がりが、このヴィリエ教会での二人の離別。片や頭を狙撃され、片やグレネードの爆風で両腕と自分にとってすべての人物を失った。そうして第零章が終わり、第一章。愛を教えてくれた大事な人を失ったまま、教えてもらった「あいしている」という意味を知っていく。そんなドラマチックなことがあったからこそ、聖地巡礼が大流行した口火になった。

 そんな場所を眺めながら、幼き日に見てきた懐かしき故郷が焼かれる様を思い出し。そして姉を守るように榴弾をその身に受けた事を思い出す。そうして、もし自分が死んでいたら姉も感情が抜け落ちていたんじゃないか。そう思いながらも100年前の戦争と、そして自らが身に置いていた地獄のような戦場に思いをはせていた。

 教会の入り口だったところでのやることが終わり、二人がそれぞれの目的を果たすために辺りを散策した後に二人の現地調査はお開きとなった。

 

「うーん…久しぶりに電車乗ったなー。やっぱバイクの方が楽だわなー」

 

 ヴィリエ教会を後にして、いくつもの電車を乗り継いだ末にようやくたどり着いた最寄り駅から出てから、凝りを解すために背中を伸ばした。丁度帰宅ラッシュに捕まったために二時間ほどたち続けることを強いられてしまい、彼自身はかなり萎えていた。そんな彼の胸ポケットのデバイスから軽快な音が鳴る。

 

「…もしもし?お前から連絡って珍しいなナオ。」

『そうね。今空いてる?』

「帰宅途中。まぁ、メモしなくていいなら話せるぞ。」

『それは良かった。』

 

 珍しい客人に、クリムは一端の興味を持ちながら、同じバーリーの門徒である(いずみ) 奈緒(なお)に話を促す。そんな彼に応えるように、扶桑国からやってきた留学生の奈緒が口を開く。

 

『ベルベットとさっき話していてね。もう夏休みじゃない?』

「まぁ、そうだな。」

『夏だから遊びたいじゃない?』

「うん。俺の状況見ていってる?」

『それでね…』

「おいコラ余裕のスルーか…!」

 

 おそらく遊びの誘いをしようとする奈緒に、レポートで切迫しているクリムが断ろうとした時に、

 

『ジュドーの家が、フリューゲル=ドロッセル共和国に別荘を持っているってね。で、そのジュドーがゼミナールの皆でその別荘でレポート合宿しないかって誘われたんだけど。…アンタ、丁度用がある場所よね?』

 

 奈緒のその言葉を聞いて、却下の言葉を慌てて飲み込む。クリムにとっても、その場所に行くことに非常に大事な意味を持つ。しかしネックとなるのが、旅費の高さだった。必要ならば、養父(フューリー)(エドナ)が出しそうなものだが、それは最後どうしようもなくなった時の切り札として残したいクリムは別の方法を考えていたのだが、思いつかずに少し途方に暮れていたところでもある。

 

「…往復の料金は安いんだろうな?」

 

 守銭奴を化したクリムは、そう代わりの言葉を奈緒に投げかけていた。




読んでいただきありがとうございます。にしてもヴァイオレット・エヴァ―ガーデンの劇場版凄いっすね。テネットや浅田家には負けてますけど、未だに上位をキープが出来ているという。鬼滅が今週金曜日に公開なので更にカオスな映画ランキングになりますね。ちなみに、テネットと浅田家も観ましたが。どうも、実写の方はアクションが無いと耐えられないようです。アニメはそうでもないのですが。テネットいいぞー…SAN値が削られそうになるけどアクションが爽快で大好物です。皆様も是非劇場で・・・!もちろんヴァイオレット・エヴァ―ガーデンも四週当たり前ですよね?(狂信者)

次回はまだ決めていませんが。とりあえずまだフリューゲルには飛ばないので安心してください。では


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第一章 公開恋文
ドールという仕事


公開恋文編突入…です。しかし今回は牛歩回です。


 教会に探索に行った三日後。ゼミナール同期組で行くことになったフリューゲル=ドロッセル共和国への論文合宿まであと四日まで控えた日。クリムは、ある場所にいた。以前行けなかった郵便局の見た目をした小規模な博物館ではなく、もっと大規模な国立博物館。それは、

 

「ライデン郵便記念博物館ね…。この前行けなかったところ」

「ダメってわけじゃないけど、ここはドールの職業の歴史と、ドールが関与した世界の歴史も細かく情報化して保存してある。ここなら彼女についての情報もたくさんあるはず。…姉さんはなぜここに?」

「言ってなかったかしら。今日からドラマのクランクアップだって。私、警部役やるのよ!すごくない!?」

「あー…確かにミステリー系の撮影にもってこいの撮影スポットこの辺りだったね。」

 

 警部役なのか、スーツを身にまとっている姉のエドナが本当に偶然通りがかったそこは、ライデン郵便記念博物館。郵便、公共電波事業の歴史が詰まっている国立博物館であり、もちろんヴァイオレットをはじめとしたドールと呼ばれる代筆屋の歴史も事細かく情報が管理されている。

 

「で、姉さんは今丁度休憩がてらこっそり抜け出した感じだけど…そろそろ戻らないと怒られるんじゃない?」

 

 おそらく誰にも断りを入れずに抜け出してきたのであろうエドナにそう言うと、彼女は静かにデバイスを見る。

 

「いやー…一応、ロザリアさんには「ちょっと息抜きしてきなさい。私が言っておくから」と言われてここにいるんだけど…」

「ロザリアさんって、ロザリア・ブルーノ!?大物女優に気を使われるなって、一体どんなミスをしたの?」

「ミスはしてないわよ!」

 

 弟のかなり失礼な言葉に流石に姉は反論をする。しかしその後。

 

「まぁ、撮影機材が故障して少し撮影時間がストップしただけよ。でも、そろそろ戻るわ。頑張りなさいよー…」

 

 エドナが、そう言いながら手をふらふら振りながら撮影場所の方に戻る。

 

「…なんだったんだ?」

 

 と、嵐のように過ぎ去った姉に少し困惑しながらも博物館の入り口に足を向ける。

 

 博物館に入ってから、クリムが真っ先に足を運んだのは郵便の歴史の最初。つまりはヴァイオレットたちが活躍していた頃のコーナーである。

 

「歴史の授業ではさわり程度だったもんな。ドールの仕事って結局何だったのかなんて教わってなかったしな…」

 

 ライデンシャフトリヒの歴史教育において、旧石器時代から、現在に至るまでバランスよく教えられている。ただし、郵便の歴史、ひいてはドールの存在が注目されたのは、エドナが主役をやっていたヴァイオレット・エヴァ―ガーデンがドラマとして大ヒットしてから。それまでは、ドールという仕事は見向きもされなかったのである。しかし、100年程前の時代ではドールという職業は、女性にとっては特別だった。何故なら、

 

「そういえば、あの時代は…女性の社会進出がようやく始まった時代だったか。」

 

 その当時の女性の社会進出には数多な障壁が存在していた。法整備をしている現在においても、女性の社会的な立ち位置が平等とは言えない状態。その100年前のであるならさらに厳しいものになる。そんな封鎖的な状態のところに現れたのがドールと呼ばれる仕事。社会的な自立を求めた女性たちにとってはこれほど目的に沿った仕事は存在しなかっただろう。

 

「…なるほど、ドールが女性の社会進出の旗印だったんだな。そういや、タイプライターを打っている人って、決まって女性だよな。…資料室?」

 

 そう呟きながら、クリムが展示を眺めていると、突如として現れた文字。その奥にはおびただしい数の資料が並んでいる。

 

「ヴァイオレットに関するものとか眠っているかな?」

 

 そう思って、資料室に足を向けた。博物館の係員に許可をもらって、資料室の鍵を開ける。なんでも、資料の保存性の問題で一般的な公開はしていない。しかし、研究目的の閲覧であるならば許可がされるようで、ライデン国立大学の学生証を見せたらすぐに許可をもらって鍵を渡された。

 

「古めかしい資料もあるが、ここにあるのは殆ど電子化されているんだったな…」

 

 クリムは、係員から聞いた話を思い出しながら資料室の奥に進む。その先には、開いた所にたどり着き、おそらく資料室のデータを網羅しているだろうパソコンが鎮座していた。

 

「よし…やりますか」

 

 そう、気合を入れなおしてイスに座って電源を入れる。少しの時間をおいて起動してクリムはカーソルを動かす。そこには、寄贈されたドールによる代筆の手紙の数々が電子化してまとめられた。もちろん、かの有名な公開恋文や、ヴァイオレットが手掛けたことで有名な、自分亡き後に数十年の間娘の誕生日に届くようにした通称「マグノリアの手紙」も記録されている。

 

「情報の海というよりも、手紙の海だな…。これをかき集めてまとめるのにどれだけの労力が…ん?」

 

 おびただしい数のデータに唖然とするクリムだが、よく見ると所々で手紙ではないものが別枠で記録されているのを見つける。そのデータを閲覧しようと、クリックすると、

 

「これって…ガルダリクとの外交文書?まあ、ガルダリクはベルンに滅ぼされたから雑においていいのかも知れないが…なんでここ?」

 

 かつて、ライデンシャフトリヒが所属する南方の連合と、ガルダリクが率いる北方の連合との大戦争があった。血で血を洗う醜い戦場において、ヴァイオレットが英雄として活躍したことでも有名なのだが、この戦争の後にライデンシャフトリヒとガルダリクとの和平交渉、後に通商協定を締結させるまでに国交を回復させた。しかし、その通商条約の二年後に世界大戦が勃発。ベルン帝国の侵略に屈して、屈指の軍事力を誇っていたガルダリクは崩壊した。世界大戦終結後、帝国の支配から脱却したが元の鞘に戻らず。パリス、ヴィシー、ミクローシュの三か国に分裂。そして現在に至る。

 

「…あぁ、ガルダリクとの和平交渉はヴァイオレットを含めたC.H郵便社の面々が関わっていたんだっけ。しかし、通商条約の秘書もやっていたとは…ドールの仕事って代筆だけじゃないってことか。」

 

 そう呟きながら、クリムはデータの閲覧をする。ガルダリクとの和平交渉の秘書の名前が、カトレア・ボードレール。ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンにおいて、ヴァイオレットの先輩にあたる凄腕のドールであったそうだ。彼女の秘書の仕事の他に、様々なドールが多様な仕事を請け負っていたことが伺える。

 

「…本当に、あの当時の字を扱えるスキルが稀少だったんだな。扶桑国は開国以前から識字率が80%くらいって聞くし…扶桑国にはドールっていう仕事は無かったよな。通信使はいたけど。」

 

 資料を漁りながら、改めて過去の識字率の低さに驚くと共に、文字を読める女性が如何に貴重な資源だったのかというのを改めて知った。

 

 資料室から出た後、ライデンシャフトリヒの郵便の歴史の資料を眺めてから、博物館を後にした。半ば缶詰のようなことをした後で、凝った体を解すように動かしていると、デバイスから軽快な音が鳴った。

 

「おう、デイビッド。論文の調子はどうだ?」

『あぁ、順調に進んでいる。で、来週の話は?』

「あぁ、ナオから連絡が来た。お前も来るんだろ?」

『まあな…』

 

 デバイス越しにどこか上の空のデイビッドの声が響く。クリムは、それを心配しつつも笑いながら、

 

「どうした?覇気がねーな。何?せっかくの夏だから告白しようっての?」

『あぁ…』

「そっかそっかー…遂にデイブにも春が…ん?」

 

 そのまま会話が流されそうになるところに、クリムが違和感を感じて会話を止める。そこから数瞬の間をおいて、

 

「…マジ?」

『マジ』

「差し支えなければ…誰?」

 

 少しデリケートながら、わずかに好奇心が勝ったクリムが、慎重に聞いてみた。当事者でもないのに、少し冷や汗をかいている。そこから少しの間を置いて、デイビッドが沈黙を破った。

 

『…今度の論文合宿で、ナオに告白しようと思う……』

 

 そう絞り出すような声に、クリムは確信した。彼にとって、公開恋文を巡るヴァイオレットの足跡を辿る目的に、もう一つ、少々厄介だが無視も出来ない課題が増えた…と




ようやく次からクリム以外のメンバーが本格的に出てきます。しかし、この先の事はまだプロットも出来ていないため更新まで時間がかかります…


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出立前夜

即興で書きました。そして、悲劇の教会のところは若干内容を修正しました。「間違っているな」と思った段階で随時修正が入ることをお許しください。


 フリューゲル=ドロッセル共和国に論文合宿に向かう前日の夜。クリムは自室で荷物の確認をしていた。

 

「滞在期間は一週間。肌着は余裕を持って…あぁ、充電器と歯ブラシ忘れそうだったわ…」

 

 荷物の確認をしながら、一週間分の荷物を詰めている。現在、家にいるのはクリムただ一人。姉のエドナはドラマの撮影で遠方に。父のフューリーは扶桑国での劇団の興行に向かっており長期出張中である。そんな一人きりの準備の最中。

 

「…」

 

 突如、作業を止めてとあることを巡らす。これから向かう場所は、過去に戦争で対立していた場所でもあり、

 

「旧ヒュージの隣国…つまりは故郷の隣か。」

 

 ニュースで報じられていることが事実であるなら。未だに、嘗ての故郷は戦争に怯える生活をしているはずである。クリムが四歳、そしてエドナが六歳の時にライデン市に流れ着いた頃に、ようやくヒュージ帝国を構成していたそれぞれの国が講和条約を結んでいる。現在のダガールは社会主義政党「ユリウス党」が一党独裁をしている「エパルタ人民共和国」が支配しているため、クリム達は戻ることも出来ない。最も、フューリーの養子に養子になったことで二人共ライデンシャフトリヒの国籍を得て帰化しているのだが。

 二度目の戦争。世界大戦と呼ばれるこの戦いは、大陸全土のみならず、文字通り世界中を焼いた。メリン合衆国は扶桑国を。ベルン帝国は、「天民専制」思想の下多くの文化や人民を虐殺してきた。それも、アドルフ総統の荒唐無稽な思想故に。この狂気の帝国によって、ライデンシャフトリヒも大きな傷を負い、嘗て敵対していたガルダリク含めた北方の連合諸国が根こそぎ蹂躙された。そうして暴れ回った結果、戦争が終わった後に深刻な問題だけが残された。

 「総統の忘れ物」と呼ばれたこの問題は、各地に散らばった不発弾、地雷。しかし、兵器の不法投棄だけならまだかわいいものだった。本当の問題は。民族同士で、宗教同士で、そしてイデオロギー同士での対立の表面化である。総統が残した火種は今尚燻り続け、民族同士の争いに。そして宗教同士の果ての無い対立が紛争として現れてしまった。そんな地獄の中で、クリムは榴弾を受けたのである。ダガール内戦は一年という長い間続いた後に、各武装勢力同士が停戦協定を結んで一時的な平和が訪れるも、静謐な平和がやってくるはずもなく、各地ではテロ事件も頻繁に起こっている。

 その隣国に位置するフリューゲル=ドロッセル共和国はその境界線をしっかり守護している傍ら、連日やってくる密入国者の対処や、難民の保護に奔走しているようだ。中でも、人民共和国からの逃亡者が多く、故郷であるダガールは衰退の一途に向かっているそうである。

 

「…まぁ、扶桑国陸軍やブリテン連合王国の駐屯地もあるわけだし、治安的には問題ないだろうけど。」

 

 それに加えて、今回向かう場所は、そんな境界線から離れた首都であるためそこまで心配することでもない。しかし、

 

「腐っても故郷だしなー…」

 

 と、変わり果てた故郷に思いを馳せた後に、荷物の確認作業に戻る。そして荷造りをしながら、あることを思い出す。

 

「あー…クッソ面倒なものがあったわ…」

 

 デイビッドの恋路の事である。自分の恋愛に興味がないクリムは、時折彼の恋愛相談を受けていたが、まさか好意の対象が奈緒だったのは予想外だったようで、大きなため息をつく。

 

「ポリシーとしては、組織内での恋愛とか気は乗らないんだよなー…破局した時が面倒だし。」

 

 そう言って、ベッドに飛び乗る。そして再び深いため息をつく。

 

「そっかー、デイブがナオのことをねぇ…。俺言う程彼女の好みとか知らないんだけど。」

 

 そう愚痴りながらため息を三度つくが、頭の中では思考を巡らせていた。他でもない友人の恋路である。相談された以上は適当なことはできない。

 

「さて、デートプランとやらを立案しておかないといけないよな。しかし、俺はナオのことをそこまで知らない。アイツとよく遊んでいる奴ってベルベットくらいだしなー……まてよー?」

 

 あることを思いついて、デバイスを手に取る。

 

「ただ、これってデリケートなことだしなー…」

 

 と、行動に移る前に躊躇をしたところで、デバイスが鳴った。

 

「おう、どうしたベルベット。あれか?誰かから恋愛相談を受けたのか?」

『……どうしてわかったの?』

「丁度俺も、ベルに相談しようか迷ってたところ。本当にいいタイミングだわ。この際、互いに情報交換しようや。」

 

 その後、互いに恋愛の相談を受けた友人同士での恋愛成就の大作戦を夜更けまで対談をすることになる。




様々な想いと記憶が交錯する公開恋文編。
ようやく、次から本編スタートです。


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二重共和国へ

ようやく国境を越えました。


 シルヴィ国際空港。ライデン市から電車で一時間ほどの距離に存在するライデンシャフトリヒの中でも随一の国際空港。そこには多種多様の人々が行き来している。年間6000万人が利用しているこの空港の中は、様々な目的をもって忙しなく動いている。しかし、そんな流動的な流れの中である場所だけは、その流れが遅くなっていた。決して少なくない人ごみの中心からは、綺麗な音色が響き渡る。寸分狂いなく音楽として流れる。その音楽は、世界各国の民謡と、時折やってくるアニメソングの即興メドレーである。

 そして、その音楽を奏でていたのは、土地勘がなくなって迷子になった大学生。クリムである。国際空港を始めて利用するクリムは、地図アプリを駆使しても集合場所にたどり着けないと確信して、丁度近くにあったストリートピアノを見つけて、グループにはこう伝えたのだ。

 

『とりあえず音楽鳴らしておくから迎えに来てください…迷子でたどり着けません…』

 

 と、いうメッセージを残してからピアノを弾いていたのだ。フューリーからピアニストの才能があると、その道を勧められたほどにはピアノの熟練度は高いが、あくまで趣味であり、一度習い事でオペラのピアノの練習をしていた時に、演奏中に寝落ちをするという珍事が起きてからは、自分には絶対向いていないと思って、あくまでも趣味という形で時折ピアノをいじっている。そんな中で、ジュドーに勧められて町中のストリートピアノでの演奏を撮影して時々動画投稿している。

 そんな話もあって、ピアノを弾いているクリムであるが、フリューゲル=ドロッセル共和国行きの飛行機が飛び立つまであと二時間ほど。余裕があるとはいえ、迷子にとってはそこまでの余裕がない状況。しかし、クリムは方向音痴なため、動けば動くほど迷うことを知っているために動かずにピアノを弾いているというのが現在に至るまでのクリムの行動である。

 そんな情けない理由で始まった一人の音楽会は、そんな実情を梅雨知らずに大好評で、周りからは驚きの声と拍手が時折聞こえる。そしてクリムもそれをいいことに段々とテンポを上げていく。

 

「こんなところにいたのか?」

「おう、これで終わらせるから待ってて」

 

 メッセージを見て、やってきた合衆国からの留学生、ロムが声をかけてきた。半ば、計画通りに事が運んだクリムは生返事をしつつ、今やっている演奏を終わらせるように更にテンポを上げていく。それに比例するように周りのボルテージが上がっていく。そしてそこからの数十秒。一曲弾き切ったと同時に、割れるような拍手が鳴り響いた。

 

 

「…音楽鳴らしておくって、ストリートピアノかい…」

「悪い。あれが一番しっくり来たんだ。」

 

 音楽会の後、観衆の視線を誘いながらも所定の集合場所に連れていかれていた。ちなみに、クリムがいたのは国内線エリア。集合場所は国際線ターミナルであるため、少々歩くことになるが、どうやら間に合いそうである。クリムはロムの背中に付いて行った。その先には見知った面々。ゼミナールの同期組がそこにはいた。大半は苦笑いしている。

 

「本当にすまん…なんか奢らせてくれ。あぁコーヒー限定な。」

 

 と、クリムは謝罪しながらそう言った。

 

 

「おー…」

「ここが…!」

 

 飛行機に乗って四時間。チェックインを済ませて出口を出た所で、一行がいた。クリム、ロム、奈緒といった海外出身以外の面々は、初めての異国に興奮していた。

 

「そーいえば、クリムの故郷はここから近いだろ?」

「近いと言っても帰れないけどね。今はコミ―の残党が支配してるから…」

「なるほどなー。お前も大変なんだな。」

「お前には負ける。合衆国で手ひどく差別されたんだろ?」

「あれは合衆国のデフォルトさ。白人が全ての人種を迫害し、迫害された者達はこぞってエイジアの人間を蔑む。出来ることならもうあそこには戻りたくないな」

「気の毒なこった。」

 

 帰りたくても帰れないクリムと、帰れるが二度と帰りたくないロムがそう愚痴を言う。そんな中、ジュドーは、使用人を呼んで不要な荷物を運んでいて、そろそろ移動しようというところである。

 

「さて、荷物を運んでもらったからね。少し遊ぶかい?」

 

 ジュドーがそう言いながら通りの方に向かう。その浮足立った足取りに、それぞれが少し苦笑いしながらも彼の後を追うのであった。

 

 

 国際空港のあるメディチから鉄道で一時間。彼らが降りたのは、フリューゲル=ドロッセル共和国の首都、ノエル。フリューゲル王家とドロッセル王家の宮殿が存在する地域の間に形成された行政特区にして共和国の中枢。議会制に移行する際に、王家に忖度せず、立憲民主制を確立させるために形成されるために、フリューゲル側に存在した行政権力を移植して作られたというもの。そのため、世界的にも「自由の街」として有名である。

 自由の街に流れ込むのは人だけでない。限りなく自由に近い不自由な土壌には、多くの芸術や文化も流れ込む。音楽、絵画、小説。様々なものが交じり合う魅惑の街だが。その街に一層の魅力を持たせる要素が、手紙の使用率。市民一人当たりに送る手紙の量が多いフリューゲル=ドロッセル共和国においても、首都ノエルは格別で、ペーパーレスを推進しているものの、手紙の文化だけは廃れなかったのは、フリューゲル、ドロッセル両王家の間を取り持ち、両国が互いに手を取り合った要因を作ったヴァイオレットの影響力に他ならない。その証拠に、ヴァイオレットの終着駅であるエカルテ島に大規模な地震災害に見舞われた時も、ライデンシャフトリヒとほぼ同タイミングで支援の手を差し伸べたこともある。

 

「ライデン市とはまた違うな。」

「そりゃあそうだろ。ライデンは航路を中心に発展した港町。ノエルは前提として陸路の中枢で形成された宿場町からきたもの。そもそもの…」

「ジュドー、そこまでは求めていない。」

 

 一行は、商店街を歩きながら、様々な場所から集まった商品が並んでいる。暫く一緒に行動した後に二時間ほどの自由時間となった。

 クリムは、それより以前に計画していたことを行動に移す。

 

「ロム、一緒に行こうぜー」

「じゃあ、行きましょうかナオ」

「デイブ、あっちに南方の骨とう品があるからついてきてくれるかい?」

 

 クリムがロムを、ベルベットが奈緒を、ジュドーがデイビッドを誘って二人で行動をとることにする。クリムの目的はロムにデイビッドの恋路に関する作戦の概要説明、ベルベットとジュドーは二人をクリム達に会わせないため。ちなみに、クリムとベルベット以外は作戦を知らず、ジュドーは何となく察している。二人で立てた作戦だが、立てた時に気づく。「なんで二人のためにここまでやっているんだ?」と。そこで、クリムが考えついたのが、「二人以外」を共犯にすること。そうすれば幾分楽になると踏んだ二人は、夜中にジュドーとロムに連絡。事情までは話さず「あとでしっかり話す」という条件で、この状況に持っていけるようにしてもらったのだ。ちなみに、ロムは眠っていて連絡が取れなかったためにこの状況にせざるを得なかったともいえる。

 

「ロム、すまねぇ。喜々として面倒ごとに巻き込むかもしれない」

「おい、聞き捨てならない言葉を聞いた気がするが…」

 

 一行から離れたロムとクリムは、カフェに入る。

 

「あんな示し合わせるように動くなんてな。お前、ベルベットとジュドーと何企んでるんだ?」

 

 席について紅茶を頼んだのちに、ロムが当然の疑問を投げかける。どうやら、何かを察したようである。

 

「話が早くて助かる。流石は特待生。」

「お前もだろうが特待生。」

 

 と、軽口を叩くクリムに真顔で返す。それに苦笑いしながら、

 

「さて、これから話すのは…二人を惹き合わせる作戦『公開恋文作戦』を説明しよう。」

 

 事の元凶が少し真剣になりながら口を開いた。




オペレーションkoibumiの始まり。公開恋文と、クリムの過去を巡る話が本格的に動きます。前半は、公開恋文と二人の恋路を巡るドタバタコメディになる予定です。

ちなみに、クリムがピアノを弾いていた時のイメージメドレーは
軍艦マーチ(軍歌)→イエヴァンポルカ(フィンランド民謡)→ジョニー、あなただとわからなかった(アイルランド民謡)→カントリーロード(ウェストバージニア州歌)→加賀岬→バナナチョモランマの乱→紅蓮華→炎→宇宙戦艦ヤマト→MEGALOVANIA
です。趣味全壊ですはい


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恋文見学Ⅰ

手紙と恋路を巡るドタバタ珍道中スタートです。ここから、正直内容というよりもジャンル的に書くのが不得手な所になるため、温かい目で見てください。


 ノエルでの散策を終えた夜、屋敷の庭園に四人の人影がいた。

 

「クリム、デイブは?」

「ぐっすり。そっちは?」

「こっちもよ。余程疲れたんでしょうね。」

 

 クリム、ベルベットがそれぞれの相棒の様子を見た後に来たため、その様子を報告していた。先に待っていたロムとジュドーは、それを黙って聞いていた。

 

「悪いな、事情も話さずに協力させて…」

「大丈夫だ。何となく察していたし、大体の事はロムから聞いた。」

 

 クリムの共犯者達は、主犯に目線を向ける。主犯のクリムは、庭園の椅子に座りながら、

 

「よし、これで君達も共犯者だ。夏休み後に、教授を驚かせてやろうぜ」

「「「そっちかよ」」」

 

 真面目な顔でそう言った後に、三人から一斉にツッコミをされた。

 

 

 翌日、クリム達一行は鉄道に乗ってノエルから離れた。目的地は旧フリューゲル首都に位置する大都市「ブリュン」。フリューゲル王家の宮殿のあるお膝元である。

 

「いいのか?俺の研究に付き合う形になっちゃって。」

「気にするな、俺らも予め行きたいところだったしな。」

 

 クリムは、他の五人に少し申し訳ないと思いつつも、他の五人もまた宮殿に行きたかったために笑顔で返した。ブリュンにあるフリューゲル王家の宮殿に向かうべく、一行は宮殿への道を歩いていた。

 公開恋文。ヴァイオレットが代筆屋として仕事を始めて数か月後に請け負った大仕事であり、物語としては序盤である。その仕事の内容は、当時のドロッセル王国の王女、シャルロッテ・エーベルフレイヤ・ドロッセル王女の公開恋文の代筆。その相手は、フリューゲル王国の王子、ダミアン・バルドゥール・フリューゲル王子。後に、フリューゲルの国王になった後に、二重王国になった時には初代国王になった男である。そんな二人の距離を縮めるように始めた公開恋文は、文字通り公式で公開しており、当時普及しつつあった新聞によって瞬く間にその熱は伝播するようになる。もはや国民の大半の話題をさらったこの公開恋文を更に歴史的にも有名にしたのは、途中から代筆屋を使わずに、それぞれ直筆で恋文を交わしていたこと。それを勧めたのは、他でもなくヴァイオレットであるのはとても有名である。

 直筆で書かれた恋文は、当時の国民たちを大いに興奮させて、酒の肴にその新聞を読む者もいたそうで、実際にそのような絵画も散見されている。

 そんな件の恋文を見学をすべく、宮殿に向かっているのだが、その宮殿には公開恋文の半分しか展示されていない。これから向かう宮殿には、シャルロッテ王女からダミアン王子に向けての恋文しか展示されていない。

 

「だから、目的地はもう一つあるんだよな…マジでお前ら観光気分じゃん。」

「そりゃあ、アンタ以外は半分以上は出来ているわけだし、当然よね。」

「やめろベルベット。その言葉は俺に響く…」

 

 合宿とは名ばかりの観光気分の一行をみて苦笑いをするクリムに、ベルベットが茶々を入れる。クリムのその後苦い顔をしたところでみんなに笑われることとなった。

 

 宮殿への道のりを歩いた末に、ようやく宮殿にたどり着いた。行楽シーズンということもあり、多くの観光客もいる。クリムは、目線だけをベルベットとロム、ジュドーに向ける。三人はそれぞれ小さくうなずく。

 

「さて、そろそろ始めますか…」

「なんだ?」

「課題が進んでいる奴には関係ない事ですよー。デイブ。…それよりも」

「お、おう…本当に大丈夫なんだよな?」

「知るか。ちょくちょく二人で遊んでるんだろ?そのノリでやれよ。色々考えたが結局お前がどうにかするのが最善だろ。俺達がやるのは、あくまでもセッティングだけだ。」

「いや、セッティングだけでもありがたいが…お前らが無策で大丈夫かって話だ」

「問題ない。勝利の鍵は、お前だ。頑張れ」

 

 クリムは、そう言ってデイビットから離れた。

 

「お前ら、一度散策するだろ?俺はとっとと課題終わらせてくるわ。」

 

 そう言って、クリムは宮殿の入り口へ足を向けた。

 

 

 一行から離れたクリムは絢爛な宮殿内の廊下を歩く。途中展示される、王家の歴史の品物を見物しつつ、目的の部屋にたどり着いた。

 

「ここまでの多さになると、壮観だな…」

 

 クリムは、そこに並ぶ公開恋文を眺める。送られた恋文を時系列順に並べており、それを順番に見る。この部屋の恋文は、聖地巡礼としてもかなり人気な所であるが、運よくクリムが一人。それに少し安心しながら、恋文のないようを読み進めていた。

 

「確かに、最初の方はドールが書いたのが分かるくらいには綺麗すぎる文章だな…こりゃ、王女様も不満になるわけだ。」

 

 クリムは、姉が主演をしていた物語を思い出しながら序盤の手紙を読み進める。それは奇麗に纏められた文章は、憲章や法典に収められるほどのものでありながらも、情熱的な部分も殺さないような内容であったが。

 

「文章が綺麗すぎると、ここまで人柄が分からなくなるものなんだな…お、ここからか。」

 

 そう、読み進めていく内に、おそらくこの国の運命すらも変えた手紙が出てくる。

 

「私の泣き顔を見て笑いましたね…、ねぇ?しかし、目的の一通はあっち側か…まぁ、当然だよなー。あの手紙は、ダミアン王子からの手紙だし。」

 

 そう呟きながら、そこからの手紙を読み進める。何よりもどかしいのは、ここに両家の手紙が無い事だが、

 

「まぁ…。同じ国家だけど、王家は別だもんなー。よく二重共和国で成り立ったよなー。本当なら、市民革命が起きてもおかしくないのに…それ程親密かつ平等な関係性だったんだな。」

 

 手紙の総数の半分であるが、この宮殿で大事に管理されているものは、シャルロッテ王女からのもの。そして、もう半分。つまり、ダミアン王子から贈られた手紙は、ドロッセル王家の宮殿で展示されている。両国の平和と親愛の象徴であると共に、両家共に新たな歴史の礎となった歴史的な側面があるため、それぞれの宮殿で丁重に管理を行うことになったらしい。それ以前に、宝石にも勝る宝物であるため手放したくないのが本音である。一時期は、首都ノエルの博物館に両家の手紙が並んだことがあるが、それも一時的なものである。いずれにせよ、クリムの目的を果たすためにはドロッセル王家の宮殿に向かう必要がある。

 

「まぁ、そもそも明日か明後日行く予定だったしそこは問題ないんだけどな。」

 

 その後、手紙に関するメモを取ってから部屋を後にした。そして、こちらに向かっているであろう一行と合流するために展示品を眺めながら来た道を戻っている所で、デバイスから軽快な音が鳴る。表示を見ると、そこにはベルベットの名前があった。

 

「どした?そっちはうまくいっている?」

 

 おそらく、進展したことを報告する連絡であると思っているクリムは、少しテンションを上げて話す。そこから、数瞬の間を置いた後に、電話越しから小さなため息が聞こえた。

 

『こっちも、奈緒に色々アドバイスしたから大丈夫だとは思ったけど…』

「…あー、まさか?」

 

 何となく察してしまったクリムが、聞くところで、ベルベットが続ける。

 

『…大喧嘩』

 

 その言葉を聞いたクリムは、自分の考えの甘さを呪いつつも、とはいえ降って湧いてしまった問題に頭を抱えるのであった。




次回、友人の恋路のアクシデントに頭を抱える回です


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恋文見学Ⅱ

おおさぼりしました…やはり色恋ものは書くのがむずい。更新頻度は下がりますが、どうぞよろしくお願いします。


 ノエルの郊外にあるジュドーの別荘。手入れの行き届いた庭園を臨むバルコニーには、クリムはグラスの中のカクテルに浮かんでいるロックグラスを眺めながらため息をついた。

 

「あーあー…だから嫌なんだよ。同じ組織での恋愛なんて…」

 

 と、若干酔いが回りつつある状態で愚痴をこぼした。それは少し前の話になる。

 

 

「…で?どっちを先にするかで喧嘩になったと?」

「…くだらねぇ……」

「くだらないとはなんだ!」

 

 ノエルの繁華街にある有名なパブで、クリムは心底くだらないという表情をし、それにデイビットが苦虫を潰したような顔で返す。互いにそこそこの酒が入っている状態。それでも、サークル内でも酒豪の二人は理性を保ちながらも話している。

 

「俺が嫌いなもの三つ挙げてみ?」

「戦争と難民いじめ。…あとは?」

「同一組織内での恋愛…今回はどっちも友人だからいいけれど、友人じゃなかったら目を合わせてねぇ。」

 

 ストレートのウォッカに浮かぶ氷を揺らしながらクリムはそう言う。そんな天才を、苦笑いをするしかないデイビットは、コップの中に残っているウイスキーを飲み干す。

 

「…で?俺は喧嘩をした後の仲直りプログラムなんて考えてないぞ。」

「協力させといてあれだけど、無責任過ぎない?」

「俺は神でも仏でも、ましてやヴァイオレットでもないぞ。だから極論言ってしまえばお前らの恋路がどうなろうと知ったことではないが…破綻したらゼミ室に行きづらいだろうが。」

「うん。そうだろうなと思ったけど、やっぱり理由それか。」

「当ったり前だろ。金と色恋の縁の切れ目程質の悪いものはねぇよ…」

 

 互いに度数の高い酒を飲みながら、話し合う。

 

「明日は、確か俺以外はノエルの散策だろ?どうにかして仲直りしてくれ。でないと俺のか弱いメンタルが死ぬ。」

「どの口が言ってるんだ、大学きっての変人が。」

 

 と、互いに言いながらも、先刻やってきたカクテルグラスで乾杯をした。

 

 

「あー…明日は論文を書き進めないとな…。」

 

 翌日、皆とは別行動をすることが決まっているクリムは、アルコールを入れ過ぎた体を引きずりながら自分の寝室に歩みを進めた。

 

 

 その次の日の、10時を過ぎた頃。ジュドーの屋敷にはクリムしかいなかった。論文を進めることと、二人の恋路をどうにかできないかと考えるためである。

 

「明日は…確かドロッセル側の宮殿に行くんだよな。」

 

 明日向かう場所を検索しながら、自身が追っている相手であるヴァイオレットについて思い返す。

 自分の姉であるエドナが、芝居をしてきた中で、厳しすぎて一度だけ泣いたことがあることで有名なパート。ドロッセル王国と、フリューゲル王国で交わされた恋文。嘗て大戦でいがみ合っていた勢力同士の急速な関係改善は、両国のみならず世界的にも注目された。その、ドロッセル王国側のドールとして派遣されたのがヴァイオレット。この両国間の試みは、後世に渡る平和な国が作られる要因として語り継がれる。

 

「姉さんは、改めてすごい人を演じたんだよね…おかげで偶に声をかけられるけど…たしか、二人が結ばれたのって…いい事思いついたかも。」

 

 彼女の物語を思い返す内に、クリムはある案を思いついた後に、無邪気に笑った。

 

 

 12時を過ぎた頃。クリムは、グループチャットで合流すると送ってからノエルの街を散策していた。ノエルは広く、どれだけ急いでも合流までは一時間はかかる。それを確認をしたクリムは、あらゆる文化が交じり合う街の匂いを感じながら一行に合流しようとゆっくりと歩く。

 

「恋は現実の前に折れ、現実は愛の前に歪み、愛は恋の前では無力になる…」

 

 歩きながら、どこかで聞いて強烈に覚えている言葉を無意識に呟いた。それは誰から聞いたのかも忘れた。だけど、どうしても忘れられない言葉。

 

「本当に、どこで聞いたんだろうな。ここまで 特徴的な言葉なら覚えているはずなんだが…」

 

 そう悩みながらも、歩みを進める。そんなクリムの耳に、綺麗な音色が入っていった。突如としてやってきた刺激に、クリムは好奇心のままに音のなる方へ足を進める。そして見たものは。

 

「…」

 

 ストリートピアノの前で流麗な讃美歌を歌う盲目の少女がそこにいた。




盲目の少女は、一体何者でしょうか。


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