戦姫絶唱シンフォギア 神装魔剣 (虚無の魔術師)
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設定ファイル

色々と重要な用語を詰め込みすぎたので設定集を出します。後々から追加するものもありますのでよろしくお願いします。


3/12 12:00 データファイル、『ロンギヌス』解放



▪『魔剣』

 

 

かつて古代───神代の時代に製造された武具。基本的に全ての武具が人類の科学力では解明できない失われた技術(ロストテクノロジー)の結晶。

 

 

とある実験で兵器や装備に、エネルギーの増幅や全体的な強化という効果作用される事が発覚する。それ以降の実験から、人間への効果が明確に大きいと判明する。

 

 

人間への効果が大きい理由として───『魔剣』はかつて英雄と呼ばれる人間達に振るわれた事が起因してると思われる。『魔剣』自体が使い手を見定め、選んでる可能性があると研究によって理論付けられている。

 

 

 

適合と呼ばれる人体との融合で絶大な力を発揮するが、大きな問題がある。適合率と呼ばれる数値によって適合者の強さが左右される点、そして何より………人体への強制的な融合を行った途端、拒絶反応によって被験者にダメージを与える。

 

 

症状としては、全身からの出血と臓器の破裂。同時に、魔剣は適正のある人物を生かそうとするので、適正者は地獄のような苦痛を味わう事になる。

 

 

要するに、強制的な融合を無理矢理引き起こすと被験者は拒絶反応で死ぬことを意味する。

 

 

 

補足:ノワール博士によって回収された第一遺物、魔剣ダインスレイブから命名されている。

 

 

 

※分かりやすく解説すると、昔の英雄とかの武具。凄い力を宿してて使うと色んな事が出来る。

 

 

 

作中ではノイズの位相差障壁すらも無効化する事が出来る。その理由は魔剣による防衛機能。使い手(宿主)と決めた相手に干渉されるのを自動的に防御し、炭化現象を防げる。

 

 

 

 

▪ロストギア

 

複数の機械技術によって構成され、『魔剣』をコアとした異端技術搭載型戦闘兵装。最新の性能を誇っており、従来の近代兵器を圧倒する戦力を誇る。その強力さは「一体だけでも大国との戦争を圧倒的な勝利で終わらせることが出来る」程であり、一つ一つが核兵器以上の価値を見出だされている。

 

 

ロストギアは魔剣士(ロストギアス)によって武装が大きく変化する。近接戦闘型もあれば、遠距離型など。

 

 

強力な戦闘力を誇るが、本来の機能は『同調』と呼ばれる力。

 

 

 

勘違いされやすいが、ロストギアは本格的な武装形態である。シンフォギア装者とは違い生身ではなくある程度改造されているので、戦闘力は一般人より格上であることには変わらない。

 

 

 

※分かりやすく解説するとシンフォギアの上位互換。歌も歌わずに鎧を纏えるし普通に強い。けど実質的に聖遺物が人体に融合してる状態なので存在自体が人命を冒涜した非人道的なものである(ロストギアの機能で抑制しているので特に負荷はかからない)

 

 

 

 

 

▪【魔剣計画】/《ロストギア・プロジェクト》

 

 

完全独立魔剣研究機関にして、彼等が掲げる計画の名称。人類の平和の守護の為、魔剣による戦力の強化を主体とした大規模な活動を行っている。

 

 

不治の病やそれぞれの事情で売られたりした多くの子供達を保護したりして、彼等の育成に尽力していたりなど、各国からも評価が高い。

 

 

設立の目的は前記の通り、「人類の平和の守護」。世界中から戦争の根絶による平和を実現する事を目的としており、世界中から知識や技術を収集し最高峰のテクノロジーによる研究で平和の為に尽くしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

───というのは全て表向きな対応。本来の彼等は前記の目的も、建前上の嘘偽りである。

 

 

 

本来の彼等の目的は─────「自分達の更なる計画の主体となる魔剣士の製造」。その為に世界中から被験者となる子供を確保し、様々な人体実験や過酷な訓練を繰り返している。魔剣士の力を試すための実戦をする為に世界中に自分達が造った兵器をばら撒き、戦争状態にさせている。

 

 

 

彼等の求める最高峰の魔剣士には、『序列』という番号が与えられており、彼等の製造───管理こそが彼等の目的であった事が分かる。尚、現存している『序列』は三位である無空剣のみ。

 

 

 

 

 

中枢総統 ヤルダバオト

 

 

 

【魔剣計画】の創設者にして最高権力者。コードやチューブのような物を操り、自身の領域を完全に支配している。

 

 

正体不明とされており、一番近いとされるセフィロトですら彼の全貌を掴めていない。

 

 

 

無空剣を含めた『序列』を失い計画が頓挫したにも関わらず未だ暗躍を続けている。

 

 

 

 

▪《セフィロト》

 

 

魔剣計画中枢総統 ヤルダバオトが特別に編制した【魔剣計画】最高機関。十人が世界中で有力な研究者であり、魔剣士を生み出す事に力を尽くしている。

 

 

 

 

その元は「セフィロトの樹」、「生命の樹」から。メンバー全員は『セフィラ』という十の名を冠しており、彼の配下として動かされている。

 

 

 

現在判明しているメンバー

 

 

 

 

『理解』 エリーシャ・レイグンエルド

 

 

第3のセフィラを冠する研究者。顔の半分を仮面のような機械の義眼で覆っており、常に白衣で生活している。

 

好奇心旺盛で多くの物事に興味を持ちやすい、研究者としてありがちなタイプ。だが、自分の好奇心や探求心────目的を果たす為ならどんな犠牲を厭わない、狂科学者(マッドサイエンティスト)でもある。

 

 

『序列』である無空剣を造ったという功績を持つが、彼が今までに実験の為に犠牲にしてきた被験者の数は、一万を越える程になる。その残虐さは無空剣や同じ研究者達からも「狂人」、「人間ではない」と断言されるほど、歪んでいる。

 

 

科学者でありながら、「奇跡」という言葉を素直に受け入れている。無空剣がシンフォギアの世界に移動したことに対しても、戦況が変わったことすらも「奇跡」としており、「奇跡」の解析と実行を企む。

 

 

自分が造り出した剣に、『無空剣』という名前を与えた本人であり、彼に執着している。

 

 

 

 

 

 

無空剣(ムソラ・ツルギ)

 

 

「『魔剣士』 、無空剣だ」

 

 

誕生日:8月4日

年齢:19歳(仮定)

血液型:A型

身長:172cm

体重:測定不可能

 

 

本作の主人公。【魔剣計画】に造り出された現時点で最強である魔剣士であり、【魔剣計画】にとって重要である序列を冠する事から、彼等からその身柄狙われていた。

 

 

基本的に冷静ではあるが、自分からそのように装っている。本来は心優しき熱血漢。自分以外の誰かが傷つくことを許さず、無関係な一般市民でも全力で護ろうとする。(尚、仲間と無関係な人間を天秤に掛ければ、仲間の方を優先する)

 

 

かつての事件───親友を失った二つの事件が原因で心を閉ざしており、他人に心を開こうとしなかった。だが、シンフォギアの世界に訪れて立花響を含む多くの人達との出会いによって心を取り戻してきている。

 

 

 

 

 

 

ロストギア:《グラム》

 

 

龍魔剣グラムをコアとして造り出されたロストギア。複数の形態変化を有するギアタイプ。コアである結晶体は喪失した右目に組み込まれている。

 

 

 

 

 

メインウェポン

 

 

▪龍剣 グラム

 

魔剣グラムの残骸から再現された無空剣の主要武装(アームドギア)。再現されてるとはいえ神々の時代に造られた遺物であるので、完全に解析不可能。どんな武器をも通じない龍の鱗を切り裂く事の出来るとして、龍殺しの武器であると同時に、最高度の切れ味と威力を誇っている。

 

 

 

 

 

▪魔剣双翼/ガードラック

 

背中に搭載された二つの翼のような剣状の武装。有線ケーブルで繋がっており、本人の意思で自由自在に操ることが出来る。

 

内部にはスラスターや小型ジェネレーターが配備されており、遠距離からのレーザー砲撃や高速軌道での移動を行える特徴がある。

 

 

 

 

『絶技』

 

魔剣士にとって最強と言える技。圧倒的な戦力の差を覆す事も出来るので、大半の魔剣士が身につけている。

 

 

欠点としては、それ相応の相手ではなければ使えない事。相手が生身の人間である場合、確実に命を奪う事になる。何より一度放てば周囲に多大な損害が生じる為、使用が阻まれる。

 

負傷が激しい時に使えば肉体に負荷が掛かり、却って反動で自壊する可能性もある。

 

 

 

『龍首斬 エクスターダンダリオン』

 

 

龍の首を切断する程の斬撃。単なる一撃ではなく魔剣グラムに内包されたエネルギーを龍剣グラムに収束させる事で、斬撃と同時にエネルギーの爆発を引き起こす。

 

 

 

 

『龍穿撃 エクスターリベリオン』

 

 

龍の胴体を貫く程の刺突技。龍剣グラムに蓄積させたエネルギーを突き出すように相手へと打ち込む。

 

 

 

強化外装【■■■■】

 

 

無空剣の強化外装。現時点ではこの情報は不足しており、何よりシステム内に情報解除の許可は与えられていない。

 

 

 

聖遺物【『聖槍』ロンギヌス】

 

 

無空剣の体内に封印されていた聖遺物。神殺しとされている聖なる槍ロンギヌスの断片。

 

 

 

 

 

量産龍魔剣(グラムシリーズ)

 

 

 

情報封鎖中

 

 

 

 

 

 

ノワール・スターフォン

 

 

「やれやれ、無茶をするね君達も」

 

「まぁいいさ。ここは私達も頑張るとしよう、大人としてね」

 

 

無空剣の行動をバックアップしている研究者の男性。彼はシンフォギアの世界ではなく、ロストギアの世界に居座っている。その理由は、【魔剣計画】の動向を探りやすいから。

 

 

『魔剣』の真価を見出だした研究者であり、【魔剣計画】の設立の一員ともなった、ある意味でいう元凶の一人。彼もそれを自虐しており、卑屈になる事が多い。

 

 

性格は大人びており、基本的に響達やシンフォギア装者達にも優しく大人として接している。風鳴司令とは非常に仲が良く、彼の考えに賛同することが多いが、冷静な判断も行える。

 

だが、剣の事を第一としており、二課との協定の時には『無空剣の過去に触れるのであれば、協定を切って君達との行動はやめる』という程である。この事から分かるように無空剣を非常に心配しており、彼の身柄を米国に要求された場合、激しく憤慨したほど。

 

 

 

当初は『魔剣』の力で病弱の娘を助けようと考え、【魔剣計画】と協力していたが、彼等の非道な行いと娘が既に実験で死んだ事を知り、無空剣と共に書類や聖遺物を破壊し組織から逃亡する。

 

 

 

アイドルが趣味であり、剣曰くオタクと呼ばれている。最近はシンフォギア世界のアイドルやライブを漁っては歓喜のあまりに号泣とかしてる。

 

 

 

 

ノエル

 

 

 

「────私達ってさ、誰かを守るために生まれたのかな?」

 

 

無空剣の数少ない親友とされている少女。とある事件に巻き込まれたことで死亡し、剣にとって簡単に癒えない心の傷へとなっている。

 

 

 

本名は、ノエル・スターフォン。ノワール博士の愛娘であった。

 

 

 

 

虹宮タクト

 

 

「考えすぎだよお前は、もう少し楽しんで生きようぜ!」

 

「相棒────諦めんなよ────────」

 

 

魔剣『カラドボルグ』のロストギアを有する魔剣士の青年。無空剣の数少ない親友の一人。

 

 

性格は活発的で元気で明るい。時期的に荒んでいた剣と『相棒』と呼び友好的に接しており、彼にとっての心の支えにもなっていた。

 

 

 

紛争地域でテロリストとの交戦中、対魔剣士用の兵器から子供を庇い、死亡した。後にその遺体は剣が集落へと埋葬している。

 

 

 

───しかし、彼がシンフォギアの世界へと行った直後、エリーシャの命令により、遺体は回収される。それからすぐに兵器として『再利用』された。

 

 

 

 

 

 

虹宮タクト (セカンドタイプ)

 

 

「─────見つけたぜぇッ!!!」

 

 

 

無空剣の親友であった虹宮タクトの死体を回収し、再運用する為に造り出された個体。【魔剣計画】が「無空剣を精神的に追い詰める為」だけに、製造した人造魔剣士。全身が機械で構成された、正真正銘のサイボーグ。

 

 

 

性格はオリジナルのタクトとは欠け離れており、多重人格に近い複数の人物像を有している。本人も自覚せずに人格が表に出てくる事もある。

 

かつての実験で自分自身を保てなくなったタクト(セカンド)が己の人格を分裂させた事で生じた。尚、全ての人格は個々として成り立っている訳ではなく、あくまで性格が変化する程度に過ぎない。

 

 

 

一つ目の人格は、陽気なタイプ。気軽そうに敵に接するが、淡々と目的を実行する相反した特性がある。戦闘を楽しんでる様子も確認されている。

 

 

この人格をタクト(セカンド)は任務として扱っている。その理由としては、「こんな風な性格だと、相手は油断する事が多くてやりやすい」ということ。

 

 

 

二つ目の人格は、機械のように無機質なもの。冷淡で機械そのもののような思考パターンを有することが多く、効率的に目的を達成することを優先している。

 

この人格はフィーネの前でしか使わないことから、マスターの前でしか限定されたものらしい。

 

 

 

三つ目の人格は、粗暴さが目立つタイプ。命令さえあれば民間人を殺す事に躊躇を持たず、オリジナルとは全く違った性格をしている。現状の彼の本来の性格はこれに近いらしい。

 

 

 

ロストギア《カラドボルグ》改造型。

 

 

このタイプは特殊で無空剣のように展開して纏うタイプではなく、常時発動している形になる。なのでここはロストギアの機能を解説する。

 

 

カラドボルグの物と思われる剣を使う絶技が多い。が、実際は徒手(無手)の方が戦いやすいらしい。

 

 

魔剣カラドボルグの効果────『射程距離の拡大』が強みでもある。解放した状態でのエネルギーの波動は五キロメートルにまで届く。

 

 

 

 




お気に入り、評価や感想、質問などがあれば気軽にどうぞ!


次回もよろしくお願いいたします!それでは!!


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無印&プロローグ
もう一つの世界へ


凄い勢いで考えてしまったシンフォギアの二次創作を書こうと思った…………。後悔も反省もしてないが、感想や評価は欲しいと思うぜ!(恥さらし)


ある日、人類は新たな技術を手に入れた。唐突で困惑するだろうが、人類の進化に繋がる未知の技術を。

 

 

事の発端はある博士による実験の最中。回収された古い時代の武器の欠片を戦車に組み込むという、話に聞けば荒唐無稽な実験だった。多くの科学者も何を馬鹿な事をと鼻で笑い、どうでもいいと思っていた。

 

 

 

しかし、実験は恐ろしい結果を見せた。欠片を埋め込まれた戦車は凄まじい力を発揮し、通常の何十倍の戦果をもたらした。それは神話で語られるような力だったという。

 

 

その実験の主導者であった、ノワール・スターフォン博士は他から回収した武器の欠片を使っても同じ事が起こると分かり、未知のエネルギーが兵器を強化させたと判断した。彼は未知のエネルギーを持つ古い時代の武器を─────『魔剣(ロストギア)』と命名した。

 

 

この事実に世界中の国が注目した。その力に魅力性を感じたのだろう。それぞれの国が代表者と高名な科学者排出し、とある計画を推し進めることになった。

 

 

 

 

 

 

────【魔剣計画】、ロストギア・プロジェクトと。

人類の科学の集合体(ナノマシンなどの機械学)と魔剣を融合させ、最強の戦闘兵器を造り出す。それにより人類から戦争を根絶し、真の平和を生み出すもの。それが計画の目標だった。

 

 

多くの人々がこれに喜び、【魔剣計画】と国々を賞賛した。その計画が成功すれば世界は手を取り合って平和に生きられる。もう何も恐れることなく、争いも起こらないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、実態は違った。

本当の【魔剣計画】の真実は、人々が知るにはあまりにも恐ろしく、人道的とは言えない所業をしていた。

 

 

人間の脳と脊髄、身体の部位にマイクロチップと欠片を接合し、適合した人材────『魔剣士(ロストギアス)』を生み出すという実験。これはあまりにも確率的にも難しく、最初の被験者であった百人全員が死亡したのだ。

 

 

これを不味いと思った国々はその情報を隠蔽し、成功の為に数十万人の被験者を集めた。戦争孤児や誘拐、世界中の人々から秘密裏に必要ない子供を高値で買い取る────『不要児童(ノッドコール)』たちを使い、ノワール博士を騙して実験を行わせたのだ。

 

 

 

 

表側には明かせないような非人道的な実験を繰り返し、多くの被験者たちは死ぬしかなった。

 

 

 

結果、成功した『魔剣士(ロストギアス)』は五十人。しかし正常に動けるのは十九人程度。その中で戦闘能力を測定しても、世界を滅ぼせる程の力を持つ個体は、三人ほど。彼等を中枢として、【魔剣計画】は次なるステップへと進む────筈だった。

 

 

 

 

その三人の内二人、序列一位と序列二位が『魔剣』を越える『聖遺物(デュアルウェポン)』の融合実験中に故意の暴走。【魔剣計画】の研究者の大半を殺戮し、世界から姿を消した。だがそれだけでは終わらない。

 

 

失敗を反省した彼等は厳重に、序列三位に『聖遺物(デュアルウェポン)』を融合させ、これに成功する。その報告の最中、序列三位に脱走された。

 

 

手引きをしたのはノワール博士だった。彼は【魔剣計画】実行に必要な重要書類を抹消し、彼と共に逃走。研究者たちと資料の喪失により、【魔剣計画】は続行不可能となり沈黙した。

 

 

 

表だって彼等を探すことは出来ない。もしそうすれば、全てが明るみになる。数十万人の子供たちを実験に使ったという事実と、世界中の国家が秘密裏とはいえそれに協力したという二つの事実。これが世間に広がれば、世界中が大混乱となり、大国の一つや二つが滅びる可能性が高い。

 

 

 

故に世界中の国々と【魔剣計画】は秘密裏に二人を捜索した。【魔剣計画】の重要人物であるノワール博士と序列三位の『魔剣士』無空 剣(むそら つるぎ)の身柄を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欧米の山奥にポツンと施設があった。

そんなに人気が無いのもあるが、簡単には行けないような道なので進むのに一苦労があったりする。滅多な事があっても立ち入ることは有り得ない、そんな場所を。

 

 

だからこそ人々はここにあまり寄り付かない。そもそも、その施設は原子力などの研究が多いので、好きで近づく人間はいないのだ。

 

 

 

しかし、その施設の入り口前の木の上に、一人の青年が潜んでいた。黒い服装に口許をマフラーで隠した、銀に近い髪。両腕にガントレットと脚も同じように固めてある、クールと言った雰囲気の青年。

 

 

彼の名は無空 剣(むくう つるぎ)。【魔剣計画】の成功体、序列三位の『魔剣士』。埋め込まれた『魔剣』は《グラム》、『聖遺物』は《■■■■■》。他にも複数システムがあるらしいが現在封印中なので使用はすることは無い。

 

 

 

 

「────施設に到達、周囲をセンサーで索敵する」

 

剣は冷静に状況を特定し、腕に取り付けられた装置を操作する。少しの間赤い光が点滅していたが、すぐに緑の光へと変わった。

 

彼は落ち着いた様子で口を開いた。周りの状況を手に取るように分かった如く、スラスラと。

 

 

「ゲート付近に警備ロボットが二体、個体名 『デトロンNr-14』。それ以外の防衛装置は無し、ゲートが施錠されてると見える。…………博士」

『─────ふむ、今から解除コードを送ろう。一般研究者のコードだ、警備員の者だとすぐに気づかれるからな』

 

博士と呼ばれる男性の声が彼の耳のイヤホンから聞こえる。少し低めで歳のいった男の声だとよく分かった。

 

 

名は、ノワール・スターフォン。【魔剣計画】に協力していたが、真実を知るや否や剣と共に逃走した科学者。秘密基地に隠れ過ごし、彼のサポートをしている。

 

 

 

 

 

周囲を動き回る二機の距離が狭まった途端、剣は枝を蹴り跳躍した。警備ロボットの不意を突くように真上から、小さなワイヤーを二本打ち込む。

 

それは首筋の駆動部に入り込み、二機の動きを抑制する。

 

 

「───!?」

 

「悪いが少し眠ってろ、ここを動き回ってるだけ夢でも見てな」

 

ワイヤーを離した途端、二機の警備ロボットは普通に周囲を回り始める。このロボットは視覚内の温度や動きに反応し敵を見つけるモノ。だからこそ先程まで動いてた時の情報を連続して流させて、反応しないように仕組む。

 

 

似たような景色だけを見続けるロボを無視し、ゲートの前に立つ。施錠されてるが、右手で電子ロックに触れてコードを送り込む。中央ゲートはすぐに開いた。

 

 

 

「博士、施設に侵入した。マップと例のモノの場所を頼む」

 

『この先を左に六メートル、一階のエレベーターから五メートルの重要書類室を右に、そこの掛けられた厳重警備の先にある』

 

堂々と廊下を進む彼に敵に見つかる心配はない。その反応はすぐに探知できるので、警戒する必要はない。何度か危ない所はあったが、人間は機械よりも死角を取りやすいので簡単に進める。

 

 

 

陰からとはいえ、世界中から狙われている彼がこの施設に侵入する理由は一つ、

 

「情報が正しいなら────今回のは『聖遺物(デュアルウェポン)』だったな?」

『運搬記録や情報からして間違いない。今回の『聖遺物』は《グロウズフィール》、コードネームは「聖杯」だ』

 

かつて実験に使われていた『聖遺物』、それがこの施設に運ばれていたのだ。目的は実験、これを子供たちに使い『魔剣士』へと作り替える。

 

 

 

彼、いや彼等はその為にこの施設に侵入したのだ。その『聖杯』を破壊し、出来る限り実験を行えないようにする為に。

 

 

最適なルートを通りながら、彼は目的の部屋の前まで来た。厳重ロックも博士によれば簡単に開く、剣は堂々と部屋に入り中央にあるものをすぐに見つける。

 

 

複雑な機械、その中心に掲げられるように設置されている───純金で作られた杯、使いようによれば世界すら滅ぼしかねないモノを。

 

 

 

「これが『聖杯』、か。話に聞いてたより小さすぎないか?」

『どうやら元のサイズを縮小させたらしい、それでも脅威である可能性は変わらない、解析したまえよ』

 

 

了解と呟き、黄金の杯に手の伸ばす。直では触れずに表面上の情報だけを脳内へとまとめる。『聖杯』のもたらす効果と力、それによる世界への弊害を。最後の情報を得ようとしてた、その時だった。

 

 

 

 

 

バギンッ!!

 

情報を入手していた(つるぎ)の腕が歪んだ。まるでPC上でのノイズのような黒い破れ目が発生する。

 

突然の事に困惑し距離を置こうとするが、それは許されない。黒い渦に動きを制限されていた。ビキビキ! と広がり始め、剣を呑み込もうとする。

 

 

「ッ!?博士!!」

『これ───は、な───だ!?─────座標、い──────空間に、多大な、───負荷、が!?』

「クソ!?空間干渉系のモノか!?」

 

自棄糞気味に叫ぶが、事態はそれだけでは済まなかった。警報が響き渡り部屋の扉が固められる。この異常現象を察した、警備ロボットたちが来るだろう。数の差では追い込まれて捕まってしまう。

 

 

 

(少なくとも───コイツだけは破壊するッ!!)

 

覚悟を決めた(つるぎ)はもう片方の腕を振るう。漆黒の金属が空中から出現し、彼の腕を纏う装甲となる。手の甲の部位から光の刃を出現させ、目の前の杯に目掛けて突き立てる。

 

 

光剣は『聖杯』を貫き破壊した。それと同時に黒い渦は激しい閃光となり、彼の視界を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十もせずに、数十機の警備ロボットが部屋に辿り着いた。対人用の武装を展開し、部屋の中へと入っていく。侵入者を排除せんと動き出したが、

 

 

 

 

中には誰にもいなかった。物音一つもしない静寂に警備ロボットたちは戸惑うが、現実は変わらない。

 

どれだけ探しても、『聖杯』の破片どころか、壊したと思われる人物も消失していた。不可解な現象に警備ロボたちの自己判断機能は困惑していたが、この事を上層部への報告を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が戻ったと思えば知らない場所にいた。的確に言い表すと都市にある建物の間にある路地裏。ゴミなどが置いてあるから確かなのだろう。

 

数秒、呆然としていた彼の思考もすぐに覚醒する。目の前の状況に困惑しながらも。

 

 

「─────っ、ここは!?」

 

慌てた様子で彼は路地裏から飛び出す。そこは近代的な街だった。それでも、人々が賑わっている平和な世界。

 

しかしさっきまでの状況とは似つかわしくない光景。文明的と言うか無機質な研究施設に侵入し、『聖遺物』を破壊した直後だったのだ。

 

 

───もしや破壊出来ていなかったのか? という嫌な予感がするが、彼はすぐさま取るべき行動を取る。

 

 

 

「…………クソ、こんなの始めてだ。博士、聞こえるか」

『─────あぁ、それと少し問題が発生した』

 

奇跡的とも言うべきか博士との通信も繋がった。よく分からない状況で孤立してるのは不味いからこそ、サポーターである彼の連絡を聞けるのは現状良い事実だ。

 

しかし博士の声も暗い。何かあった、そう察した彼は「問題?」と聞き返した。重苦しい様子で博士は答える。

 

 

『モニター上から君の位置が消失した。………魔剣(ロストギア)の状態は?』

「正常だ、小さな問題は一つもない」

『ふむ、ならばいい───にしても、これは噂に聞いてた座標転送のせいか?まさかそんなものが実在していたとはな………』

 

 

真剣に感心したといった様子の博士を放っておき、剣は周囲を見渡す。

 

建物の看板や店の名前、道を歩く人々の言語から周囲の状況を確認する。僅か五秒で確信したと言わんばかりに博士に言う。

 

 

「現在地は日本だ、何処の街かはまだ分からないな。よし、周囲にGMセンサーを使う。解析を頼むぞ、博士」

『……………ふむ、任せたまえ。今確認する』

 

 

そうだなぁ、と周りの街中を見てみる。近くの店にあった新聞の内容をチラリと目で追うが、二つ程度おかしい事があった。

 

 

【魔剣計画】の話は全く無いのだ。最近のニュースや新聞では世界規模でのデモ、『魔剣士解放』の話で持ちきりだったというのに。表記事に堂々とあった筈だが、いつの間に消えたのだろう?

 

そしてもう一つ。新聞に妙な言葉が載っていたのだ。『ノイズ』とかおかしな単語、これには剣も首を傾げるしかなかった。音楽や機械系統の言葉だった筈だが、ノイズ被災者というのは一体どういう意味か。

 

 

すぐ横を談話中の少女たちが通る。正直大した反応はしなかった、問題はその内容にあった。

 

 

「さっきの人混みの話、聞こえたか?風鳴翼…………ツヴァイウィングって言うアイドルらしいが」

『ツヴァイウィングか、私もアイドルの趣味はあるが聞いたことが無いな。先の一般人の様子から相当の人気があると見えるが………』

「ますます分からないな、ここは本当に日本か?」

 

正しいことを調べる事は出来ないので、しぶしぶ納得するしかない。

 

自分たちは知らないが、周りでは当たり前となっている常識。趣味として読んでいたライトな小説の異世界転移みたいなものを想像させてくる。

 

────実際そうだったりするのだが、それに気づくのはだいぶ時間がかかる。そう思っていた最中だった。

 

 

 

 

 

 

直後、遠くの方から誰かの悲鳴が響き渡る。更に続くように悲鳴や震動が巻き起こる。辺りの人々も喧騒をし始め、慌てて避難を行う。

 

突然の事に困惑する暇もなく、彼は通信機に向けて叫んだ。

 

「ッ!?───博士!」

『解析完了した!付近の街中の空間内に複数の反応が発生…………何だこれは?情報に無い存在だ、該当する個体が記録には見当たらない!?』

「クソッ!新種の生物兵器の実験か!一般人でも巻き込む気なのか!?」

『分からん!だが危険なのは確かだ!急ぎ現場に向かいたまえ!』

「───了解!!」

 

慌てふためく人混みの中を風のようなスピードで突っ切った。一般人たちは驚愕していたがそれら全てを無視して目的の場所へと急ぐ。

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

────Balwisyall Nescell gungnir tron──

 

 

 

「…………歌?」

 

少女の音色が風に乗って、耳の奥まで響いてきた。心が染みるような歌声は剣の考えを思わず止めるまでにいく。胸の奥から反応するように、大きな鼓動が響いていた。

 

 

 

 

意識を取り戻したのは、歌が消えた直後。少し離れた場所で何かが起きたのだ。身体の奥底にある物の破片が反応し、神経に伝達する。

 

 

(エネルギーが発生した────これは、『魔剣(ロストギア)』か!?いや、少し似てる…………どういう意味だ!?)

 

 

自分達『魔剣士』と同じ反応、それに彼は警戒する。自分が知っている情報にはない─────未知のものだったからこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───はぁぁ!!」

 

目の前に沸き上がる生命体 ノイズを殴り飛ばしたのは、一人の少女、立花響だった。しかし彼女の姿は普通のものではなく、何処かのヒーローのような戦闘スーツらしき物を身に纏っている。

 

困惑してるのは響も同じだった。心の奥底から聞こえてきた歌に身を任せた途端、この姿になり、ノイズを相手に出来るようになった。

 

 

「まだだ!まだ戦わないと!」

 

数の差に呻きそうになる響が強く声をあげる。彼女の後ろには逃げ遅れていた女の子がいるのだ。だからこそ退けない、絶対にノイズを進ませはしない。

 

 

 

 

 

直後、眼前が弾け飛んだ。まるで花火のように目の前のノイズが連続して炸裂した光景だった。

 

 

「……………え?」

 

勿論響の仕業ではない。彼女はこんな事、出来る訳がない。

 

ヒュンヒュン! と空気を切る音が続く。視線を動かすとブーメランのようなエッジが回転していた。そして、いつの間にか何処かに消える。

 

 

 

「──────よし、これで十分か」

 

 

ガッ! と少し離れた場所に瓦礫に足をかける誰かがいた。マフラーをかけ、片目に長い前髪がかかった青年が。

 

 

ノイズの群れを容赦なく排除したマフラーを着込んだ謎の青年。彼は不審そうに周りを見渡し、響を見ながらこう聞いてきた。

 

 

「─────何だ、この状況は?」

 

 

 

 

 

 

やれやれ、と言いたい感情を押さえ込んだ。目の前にある状況を理解できずにいるが、誰が敵か味方は判断できる。取り敢えず、剣は当事者らしき人間に聞いてみることにした。

 

 

「正体不明の生物兵器の所に来てみれば……………女の『魔剣士(ロストギアス)』、か。情報には載ってないな、新しい奴か?」

 

「ろ、ロストギアス……?」

 

「ん?何を呆けてる、お前自身よく知ってるだろ」

 

それでも首を傾げる少女に剣はより深く目を細めた。剣呑な雰囲気を剥き出しにしながら、彼は冷静に思考を回している。

 

 

(…………少し痛めつければ口を割るか?いや、愚行だな。この様子だと本当に何も知らない可能性が高い)

 

 

が、すぐに止めることになった。建物の影から何かが現れたからだ。それはついさっき潰したノイズと同じ姿をしたもの。一匹ではなく、複数の群体を成していた。

 

 

 

「────ノイズ!まだいる!」

「ノイズ?…………へぇ、こいつらがか」

 

改めて見ると興味深いと色々な個体の姿がよく分かる。カエルのような形をしたモノや、アイロンのような手をした人型の個体。どれも大して強そうではないが、群れることに特化したモノなのかもしれない。

 

 

ノイズ達も剣に一切に注視する。先程、自分達の仲間を殺した事に警戒でもしてるのか、全ての個体が連携をするように囲もうとしてきた。

 

 

 

「駄目!貴方も逃げて!」

 

「─────ふん、安心しろ」

 

それを見て叫ぶ響に、剣は笑いながら前髪を払う。閉じていた右眼を空気に露出させて彼は宣言して見せた。

 

 

「俺はこういう荒業に馴れてる─────最強の魔剣士(ロストギアス)だ。

 

 

 

 

 

魔剣(ロストギア)、《グラム》 起動!!」

 

 

彼の声に呼応するが如く右眼が翡翠の光をもたらす。すると彼の全身から複数の漆黒の金属が浮かび上がり、分解しながら彼の身体に纏われる。

 

 

機械のように変形しながら、彼の姿が変わっていく。背中に二本の大剣のような羽を取り付け、全身を黒い鎧が纏った─────彼女たちの言うシンフォギアとは違う、それよりも機械的で謎の力が宿っているような神秘的なもの。

 

 

 

最後に、剣の口元を装甲が覆う。まるでマスクのように装着され、両側面をボルトのようなもので固定される。

 

 

 

首元に残ったマフラーを撫でるように払い、剣はノイズ達の前に立つ。両指の骨を鳴らしながら余裕と言わんばかりの態度を見せていた。

 

 

 

 

「さぁ、覚悟しろよ。ゲテモノども、跡形もなく消し飛ばしてやる」

 

 

 

二、三歩で先頭のノイズとの距離を狭める。そのまま速さを殺さずに鋭い蹴りを打ち込んだ。バゴン!! とノイズの一体が吹き飛ばされ、そのまま灰のように消失する。

 

意外に弱いと思ったが、すぐに数が多いと考えを正した。鬱陶しさに舌打ちを隠そうとせず、聞こえの良い音で指を鳴らす。

連動するように背中の黒剣が駆動音を響かせながら動く。ズシン! と双剣が肩へと乗っかったと思うと、

 

 

 

「─────『魔剣双翼(ガードラック)』!」

 

ギャルン !! と。勢いよく二本の剣が射出された。ワイヤーに繋がれた二つは風を切るような速度でノイズたちを殲滅する。

 

 

必死に抵抗しようと弾こうとする個体も逃げようとする個体もいたが、意味を為さなかった。

 

 

弾こうとしても変則的に軌道を変え、死角から急所を穿つ。

 

逃げようとしても、より素早く距離を縮めて串刺しにする。

 

 

 

「おいお前!後ろに下がってろ!」

「お前じゃないです!私は!立花響!です!」

「そうか!立花響!さっさと引っ込んでろ!このガラクタどもに巻き込まれたいか!?」

 

 

だがそれでも圧倒的な数で迫ってくる敵ほど面倒なものはない。拳で殴り穿ったり脚で蹴り抉るが、一人では追い込まれていくのも時間の問題だ。

 

 

 

 

 

 

 

────Imyuteus amenohabakiri tron────

 

 

 

また新しい歌声が響き渡る。突然バイクに乗って現れた女性が光に包まれると響という少女と同じ姿へと変わる。

 

見事な動きで着地するや否や手に持っていた刀でノイズを斬っていく。それを見ていた剣は、先程聞こえてきていたある単語を聞いてしまって動けずにいた。

 

 

 

(アメノハバギリ…………他の魔剣(ロストギア)だと!?馬鹿な!『あれ』はあいつと適合してたはず!)

 

 

剣自身も理解が追いつかなかった。何故なら彼が知るアメノハバギリは『魔剣』の一つ、自分のよく知る後輩がそれと適合してたからこそ、他の誰かがそれを使っている光景が信じられなかった。

 

 

「………訳が分からない、何がどうなってるんだ」

 

戦いながら思わず呟く剣は、自身が混乱してるという事実を理解していた。ノイズという未知の生物兵器、そして自分の情報にも無い『魔剣士(ロストギアス)』らしき少女達。

 

 

 

しかし分からない事よりも、敵の殲滅が先と判断する。剣は思考を回しながらもノイズの排除を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノイズの排除を終えた剣達。これで平和的な解決に行くわけがなかった。

 

 

青い髪をした女性、いや少女か?その人物が刀を構えながら、此方に歩いていた。その警戒は剣へと向けられている。

 

 

 

「貴方達を拘束します、抵抗しないように」

「……………まさかとは思うが、俺が素直に頷くとでも?」

 

剣の言葉と同時に女性の刀を握る力が入る。何時でも攻撃できる構えだというのはよく分かった。

 

 

それに対して剣は構えすらしない。その気になれば逃げることも倒すことも可能なのか、冷静に周囲へ目を向けていた。何なら素手で圧倒する事も可能だった。

 

 

 

ジリッ と空気が焼ける感覚に陥る。互いに殺気を向け合う剣と剣士こ女性、二人から少しだけ離れた響は激しく困惑していた。

 

 

 

だが、その戦いが行われることはなかった。理由は止めたからだ、この場にはいない人間が。

 

 

『(………剣くん、ここは素直に受け入れたまえ)』

「(博士?何故だ、理由が不明だが)」

『(私達はあの生物についても知らない。彼女は知っている可能性が高い、知るべきことがあるなら抵抗せずに従うべきだろう)』

「(─────了解)」

 

脳内に響く通信に剣は不承と言わんばかりの様子で答える。そして女性を前に両手をあげて降伏の意を示した。その途端、近くに黒塗りの車が止まる。そこから出てきたスーツの男たちが後処理をしていた。そして、此方に近づいてくる数人を見据えながら、彼は両手を大きく挙げた。

 

 

「分かった、抵抗はしないと約束する。さっさと連れていけよ」

 

 

両手に掛けられた手錠の感覚に、剣はやれやれと息を吐く。そうして車の中へと乗せられていった。

 

 

 

この世界に来てからおよそ数十分後の出来事。あまりにも短く、物語は進み始めていた。




まずは解説。

『魔剣士』とは

無空剣の世界──仮称『L』 世界で造り出された最強の戦闘兵士の呼称。扱いはシンフォギア装者の強化版のようなもの。


超常的な力を有する神話や伝説上の武器 『魔剣(ロストギア)』の断片を体内に埋め込み、機械やナノマシンなどの現代科学の最高峰の技術を組み合わせる為に──『アビス』の力と融合させる事で造り出される。


現時点で正常と仮定されている『魔剣士』は十九人。彼等は一人だけで国同士の戦争を終わらせる事が出来ており、その情報だけで戦争をしていた国は自滅する程。



シンフォギアとの共通点は多く、同種類の可能性も高い。




ps.主人公達『魔剣士』も装者の皆に引けを取らない程凄惨な過去があるぅ…………。主に【魔剣計画】と自分が原因だけど(←諸悪の根源)


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特異災害対策機動部二課

黒塗りの高級車で輸送されている剣。久しぶりの手錠の感覚に落ち着きながらも、冷徹な目で確認する。

 

 

カシャ、と目の色が切り替わる。感情の無いガラスと化しているのに、車内の誰も気づいてない。彼もわざわざ説明するつもりもなく、手錠を詳細に観察する。

 

 

 

────材質に構造、使われた技術までも。的確に丁寧に読み取っていく。『魔剣士』として与えられた機能を使い、情報をまとめあげる。

 

 

 

(なるほど、普通の物と同じだ。この世界は特質な技術はやはりシンフォギアというものだけか。いや、他にも異端技術と呼ばれるものがあるかもしれないな)

 

 

心の中で結論付けた剣。彼はそれだけを終えると情報を機械端末へと記録しておく。

 

 

(…………そして、次に人物情報だ)

 

 

 

自分の隣に座り、手錠とこの空気に困惑する立花響。確認した性格からして相当のお人好し。扱いやすくもあり、制御しにくい人物像だと心中で述べる。

 

 

そしてもう一人、青い髪の女性。聞いていた話が正しければ、風鳴翼。『ツヴァイウィング』と呼ばれるアイドルの一人らしい。しかし立花響を見る視線には敵意らしき複雑な感情が見える。その理由を、聞こうとは思わなかった。

 

 

 

最後の一人、爽やかな笑みを浮かべる黒服の運転手の男性───緒川と名乗っていた。この男性はただの職員と判断するのは早計だと思う。しかし動きが一般人のそれと違う、軍人か格闘家かもしれない。

 

 

「あ、あの………少し良いですか?」

 

「─────俺か?何の用だ?」

 

「えっと………私、名前を聞いてなかったから……」

 

困惑して聞いてきた響にポカンとしていたが、剣はすぐに納得した。彼女から名前を教えて貰ったと言うのに、自分は伝えていなかった。

 

 

彼女からしても不服だったかと考える。だが響はそんな事は気にしておらず、ただ何を話そうか分からなかっただけなのだが、剣もやはり気付かない。

 

 

「無空剣だ、自己紹介は聞いたからいらないぞ。立花響」

「立花響って、なんか言いにくくないですか?」

「………そうか?だが名前で呼ぶのも失礼だと思うが」

 

い、いや!私は大丈夫ですよ! と答えてくる響にふぅんと剣は思い馳せる。そう言うのならば仕方ない、受け入れようかと思っていた。

 

 

 

 

直後、車が停止して外へと出る。ようやく目的の場所かと剣は思ったが、すぐに違うと判断した。

 

 

どうやら学校らしい、それも女子校ときた。同時に彼等の拠点が何処にあるのか、すぐに検討がついた。

 

 

 

「───地下施設への移動手段、その為のエレベーターか」

「はい、色々と事情があるので………」

 

 

緒川からの言葉を受けて、剣はふぅんと興味を失くす。そうして見つめていた壁に────突然、何らかの違和感を抱いた。目の前の壁や天井、エレベーターの至る所まで。

 

 

(………?このエレベーター、何か感じるな?特別なエネルギーらしき物が……………一体なんだ?)

 

 

心の奥底から膨れ上がってくる衝動。何処かで感じた事のある力らしきエネルギーに、剣は顔に出さずに静かに反応する。

 

 

そうして少しの時間が経ち、ようやくエレベーターの扉が開かれる。従わされるように続いて行き、廊下を歩いていく。

 

 

歩みが止まったのは、ある扉の手前だった。どうやらここが目的の場所らしい、そう確信した剣は両手に力を込める。何時でも手錠を破壊できるように。

 

 

 

 

(………何があるか分からない、出てきた瞬間攻撃を受けることを想定しておくか)

 

それが、彼の在り方の一つだった。『魔剣士』という戦闘タイプである以上、どんな状況でも油断せず最悪を想定しておく。

 

 

だからこそ、

 

 

 

 

 

鼓膜を叩く爆音が響いた時は、剣は思わず動きかけた。そうならなかったのは、それが何なのかすぐに気付けたからだ。

 

 

パーティー用の、クラッカーが炸裂する音。それと同時に大声が重ねられた。

 

 

 

 

──特異災害対策機動部二課へようこそ!!

 

 

 

 

「…………は、あ?」

 

一斉に声があげられる。剣が困惑したのも当然、警戒していた相手からいつの間にか歓迎されていたからだ。しかも周りを見渡すとパーティーのようになっている。

 

 

見た目からして全員が研究者や普通の職員らしい。彼が見てきた研究者や職員とは、全然雰囲気が違い過ぎて、不安に思う。彼等、本当にここで働いているのか?と。

 

 

 

ポカン………と、唖然とするしかない響と剣の二人。そんな彼等の前に一人の男性が出てきた。

 

 

引き締まった筋肉を有する大柄な男性。その体格で正装をしているが、服が破けないか心配になってくる。同時に剣は、全神経を男性の動きに向けた。

 

 

 

 

───この男は、ヤバイ。

見ただけでその危険性がよく分かる。自分の『魔剣』でも大したダメージを与えられない所か──────『切り札』にも追い付いてくるだろう。もしそうなれば、絶対に勝率は少なくなる、そう感じた剣は目の前の男を激しく警戒していたが、

 

 

 

 

「ようこそ、立花響君!そして君は………「無空剣だ」うむ、剣くん。我々は君を歓迎しよう!」

 

 

活気のある笑顔で、迎えてきた。響は勿論の事だが、剣はテンションが着いていかないと困惑する。

 

 

先程からもそうだが、何故か思い通りに物事が進まない。いや、進まなくても良いのだが…………予想と全く反しすぎて、此方が戸惑ってしまうのだ。

 

 

 

お陰で剣は既に疲労していた。ペースが上手く掴めない事を不思議に思いながらも、パーティーを行っていた。

 

途中、自分に興味津々な研究者に質問責めにされた時が一番疲れた。キチンと受け答えできた自分を褒めて欲しいと柄に無く思う。

 

 

 

 

その後、風鳴司令が事情を知りたがっていた響にしていた説明を剣は片耳で記憶していく。聞き流しているように見えて、ちゃんと読み取っていた。

 

司令達の所属する組織、特異災害対策機動部二課はノイズの討伐を目的としており活動している。それを叶える為に必要なのが聖遺物を使ったあの鎧、シンフォギアシステムらしい。

 

 

 

(歌がトリガーか。俺達『魔剣士』とは色々と違うらしいな)

 

 

魔剣(ロストギア)』と違う、この世界での技術。そう考えれば、もう一つの『アメノハバキリ』を所持している点も納得がいく。

 

 

しかし、全く別種の物とは決められない。何かしらの接点があると考えてしまう。これはやはり『魔剣士』としての性なのだろうか?

 

 

 

「響君に話は終わった………………少し良いだろうか、剣君」

 

そう考えていた最中、弦十郎が声をかけてきた。響への説明は終えたらしく、剣に用があると思われる。

 

 

大方、自分についての事だというのはすぐに分かった。

 

 

 

「我々は先程君の事を調べてさせてもらった。しかし、『無空剣』という名前は存在しなかった。過去の履歴にも、戸籍にも」

「だろうな、アンタの言う通りだ」

 

 

即答された事に驚いたのか、どういう意味だ? と聞いてくる。途端、難しそうな顔をして黙り込んだ。説明の仕方に悩んでいたのだ、どのように話せば理解できるだろうか、と。

 

 

 

 

『────ふむ、一人で説明は難しいだろう。私も手を貸すよ剣くん』

 

直後、近くにあった機材から加工された音声が流れた。それだけではなく映像を映すであろう画面には白衣の男性の姿があった。

 

 

突然現れた謎の人物にその場の全員が身構える。そうしなかったのは状況が分かっていない響と理解している剣の二人だけだった。

 

 

 

そして、剣だけは深呼吸をして声を出す。何故ならその声の主こそが、自分が唯一信頼できる大人だからだ。

 

 

「安心しろ、この人は俺の協力者だ。………訳あってこの場に姿を見せられないんだがな」

『フフフ、そういうことだ。是非とも頼むよ、風鳴司令』

 

 

肩を揺らして静かに笑う────その顔は疲労がある。どうやら何か大忙しだったらしい、大方自分の事だと剣は考えながら心の中で博士に謝罪する。

 

 

途端博士が周囲に目を配るとゆったりとした声で、

 

 

『あぁ、そこのオペレーターの諸君。この施設、内側はまだしも外部からの侵入可能ルートが僅かにある。そこを後で提示するから潰しておくといい』

 

「は、はい!」

 

『挨拶が元気でいいね、私の知る研究者は陰湿というか暗いから。そんな風に明るい声は滅多に聞かないよ』

 

 

否定はしない、剣は思ったが口には出さない。それよりもまず、重要な話をするべきだと考えていた。

 

 

 

『さて、私は何処にいるかと聞かれたら答えられない。そもそも、私は何処にもいない…………………“この世界”には』

 

「この世界、だと?」

 

 

 

 

 

「俺たちは別世界の人間だ。来たのはついさっき、あの街中だ。そこの立花響と出会う直前だな」

 

 

 

今度こそ、全員がざわめき出す。無理もない、目の前にいる学生ぐらいの年齢をした青年が、自分は別世界から来たと言ってきたのだ。普通、そう簡単には信じられない。

 

 

そう考えていた剣の懸念は、あっさりと外される。

 

 

「………別世界ってのがあるとはな、正直凄い話だ」

「信じるのか。自分で言うのもなんだが信憑性の低い話だぞ」

「しかし、君の力はシンフォギアと似ているが違う。そんな物はこの世界に存在してないだろう。それに、嘘をついてるようには見えないからな」

 

 

思わず言葉を失った。

嘘をついてるようには見えない。そんな言葉を───信じて貰えたのは初めてかもしれない。いや、例外もあったが、大人からそんな風に信じられるのが少々意外だった。

 

 

「…………俺は、いや俺たちは元の世界では逃走しててな。ある組織から追われてたんだよ」

『まぁ私たちが追われるような事をしたのは事実だ。だが、あの組織にいるつもりもなかったからなぁ』

 

 

二人して言っていると、弦十郎が眉をひそめた。

 

 

「その組織とは?」

 

「【魔剣計画】、俺たちの世界で世界的に有名なものだった。人類を守るための重要計画、それを動かす機関ってな。そして俺は、その組織によって作られた」

 

 

彼は静かにそれだけ語った。自らを作り出したと同時に────全てを奪ったあの組織の表面的な情報を。裏で行っていた非道な行いと自分達『魔剣士』についての正体を伏せる形で。

 

 

博士は一瞬唖然としていたが理解してくれたのか何も言わなかった。その優しさに躊躇しかけたが、すぐに態度を整えて説明を続ける。

 

 

『魔剣』、彼は自分にあるその力を全員に説明する。シンフォギアと同じように神話や伝承の武具を使ってるのだが、『魔剣士』は『魔剣』と現代科学の融合をしているという話を。

 

 

「俺の『魔剣』は《グラム》、神代の遺産ってヤツだ。カテゴリーは『超戦闘型』、近接や遠距離などに対応してる」

 

立ち上がり剣は手袋を脱ぎ捨てた。手の甲に浮き出た結晶が光に反射したように輝く。トントンと指で叩き、その力を示すように。

 

 

「あの時の変身は《ギアフォーム》という。一応封印が掛けられててな、ファースト、セカンド、サードってある。前に見せたのはファーストだな」

「………なるほど、だがその姿でいるのには理由があるのか?」

「段階が上がる度にその力は上昇していく。力を押さえられずに圧倒的な力で巻き込む可能性があるからな」

 

 

要するに力のセーブ。

彼等は戦闘兵器として開発されたが、決して大量は破壊兵器ではない。核爆弾のような火力を、小型爆弾のように小さくしようとするのと大して変わらない。

 

 

 

「『魔剣』の強みは他ならぬ、深域同調だ」

 

 

説明の最中、剣は自らの左顔に掛かった前髪を払う。そこにあったのは眼ではなく、義眼らしきもの。宝玉のようにキラキラと光るそれは─────魔剣グラム、そのコアだった。

 

そして何度も閉じたり開いたりする自らの右手を見下ろし、説明を続ける。

 

 

「未知のテクノロジーを中和し、その力と同調する。科学と魔剣が融合できた唯一の特徴だ」

「………それがノイズを倒せるのに関係してるのかしら?」

「さぁな。俺もそこまで詳しくはない」

 

 

適当に呟く様子から、嘘ではないのはすぐに分かる。剣自身、強化されただけの存在。研究者達のようにその構造やシステムなど分かる者なんてそう簡単にいない。

 

 

 

例外は、一人いる。魔剣士ではなく研究者で、剣の協力者である人物。

 

 

 

『………これは私の推測だが、よろしいか?』

 

画面越しからノワール博士が話に加わってきた。彼も魔剣計画の一任者だが、誰よりも事実を知っている訳ではない。『魔剣士』の秘密すらしらなかったぐらいなのだ。

 

 

 

しかし、『魔剣』の第一発見者である人物だからこそ、仮説じみた推測が為し得たのだろう。

 

 

 

『位相差障壁とやらは物理法則の枠組みを越えてると言う。それは彼の宿す魔剣も同じ、我々の技術では理解し得ない未知の法則が働いているのだ』

 

 

「つまり、剣君はノイズの位相差障壁を何事もなく貫通することが出来るのか!?」

『炭化が効かないのも、同じ未知の領域にある魔剣の力が作用してると考えるべきだろう』

 

 

事実を口にした弦十郎と他の皆が言葉を失う。

ノイズと同じ、もしくは上位の法則に存在する魔剣の力はノイズを滅ぼす為にあると言っても過言ではない。

 

 

「俺たち『魔剣士』は序列という順位をつけられた。更に序列上位にはもう一つの極秘実験が行われていた。

 

『聖遺物』又の名を《デュアルウェポン》、それと適合する実験をな」

 

 

話を聞いていた面々が考え込む中、翼が質問してきた。

 

「…………聖遺物、貴方が持つ『魔剣(ロストギア)』との違いはあるのか?」

「お前達の世界での完全聖遺物とやらが、俺達の世界での聖遺物に当たる」

「なるほど、理解は出来た」

 

あっさりと、受け答えする彼女に剣は一瞬気になった。どうやらこの堅い性格が彼女の表向きらしい、そう判断はしても口には出さない。

 

 

 

「俺は序列三位、唯一『聖遺物(デュアルウェポン)』と適合が成功している実験個体だ。

 

残念ながら、詳しく話すことは出来ない。俺の『聖遺物(デュアルウェポン)』の情報は秘匿されてる。俺の口から開示は不可能だ────■■■■■、このように言語がバグるからな」

 

会話の途中で剣の言葉がイカれた。意識的ではなく、自然に話していたがその内容は彼等には届かなかったのだ。まるで彼の中にいる『機能』とやらが、妨害しているように。

 

 

 

後、色々と『魔剣士』に関する説明をして終わった。特に聞かれる事は無かったが、最後にと言うように弦十郎は響と剣に声をかけてきた。

 

 

 

「ノイズの脅威は未だ消えていない、ノイズは俺達では相手できない。倒せるのは奏者と魔剣士である剣君だけになるだろう」

 

 

まぁ、無理もないと思う。触れた相手を炭化させる存在なんて普通の人間では太刀打ち出来ない。こういうのは本業だからこそ、十分なのだ。

 

 

 

「その力、人々の為に役立ててはくれないだろうか?」

 

 

結論から言うに、勧誘だろう。シンフォギアと魔剣を有する二人にノイズを倒して欲しい、と。

 

 

響は剣より先に答えた。誰かの助けになるのなら構わない、そう答えた少女に剣は何も口出しはしない。彼も自分の意思を伝えるまで。

 

 

 

「───分かった、貴方達と手を組む事を拒む理由は無い。ノイズ殲滅に協力しよう」

「感謝する………本来守るべき君達にこのような役割を強いるのは認められないが」

「力と意思のある奴が自ら戦場に出る。それは自然の摂理だ、誰にも否定することは出来ない。

 

 

 

最も、『魔剣士(俺達)』は例外だ。戦争や殲滅の為に生きてる存在だからな」

 

 

最後の呟きは、ものすごく小さい声音だった。蚊の羽音と同じくらいの、聞き取れない声。

 

 

それを聞き取ったのは、この場において数人。近くで聞いていた風鳴弦十郎、緒川という男性、そして櫻井了子の三名のみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、無事解散となったが、剣には衣食住の問題があった。

 

 

泊まる場所の問題は、付近のホテルに泊まるという事で解決した。資金は風鳴司令達が優遇してくれるので特に問題はない。

 

 

彼は現在、そんなに高くない普通くらいのホテルの一室に泊まっていた。ベッドに腰掛けながら彼は通信で博士と話していた。

 

 

「────ずっとここにいる訳にもいかないしな、早く帰る手筈を決めないと」

『……………本気で言っているのか?』

 

意思を表明するが、通信越しの声は重かった。警告するかのように、心配する色が滲んでいた。

 

 

 

「俺は本気だ、博士。【魔剣計画】を止めるのは俺達の最優先事項の筈。中止されてるであろう今だからこそ動くべきだろ」

 

彼の目的、彼の願いは【魔剣計画】を終わらせること。しかし中止という生半可な形は認めない、完全撲滅させなければならない。他ならぬ、自分自身の手で。

 

 

『しかし、今のところ【魔剣計画】は行われる様子は無い。あったとしても世界中が止めるだろうさ、特に君は十分に戦ったのだから休めばいい』

「しかし、博士」

『こちらでは、君の居場所はなかった。だが私は、そちらの世界なら、君は受け入れられると思っている』

「……………」

『幸せになりたまえ、剣君。君は努力のしすぎで疲れているだろう、休むと同時に君自身の未来を掴むといい』

 

 

ブツッ! と通信は途切れた。相手側が切ったと判断した剣は、深い息を吐いた。深呼吸するように息を整える青年は、

 

 

 

「……………無理ですよ、きっと」

 

窓から曇り無い空を見上げ、ポツリと言葉を漏らす。虚空へと吸い込まれる程小さな声は誰にも理解されることがない。

 

 

 

「彼女たちも俺を知ったら─────きっと恐れる」

 

どんな事にも恐怖を抱かない魔剣士、彼は心から怯えるような目をしていた。

 

 

『化け物』、自分に向けて叫ばれた言葉。心を傷つけるのには十分な力を誇るそれが、別世界の住人である彼女達からも向けられるかもしれない不安。

 

 

────それでも

 

 

共には戦う、しかし決して心を許さない。もしかすると、いずれは呼ばれてしまう日が来るのであれば、そう呼ばれる可能性があれば、心を開くことは絶対に無いだろう。

 

 

────それでも

 

 

 

 

────もしかすれば、きっと。彼女達は自分を受け入れくれるのではないか?

 

 

 

「…………笑えない話だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇の中の部屋。

個室の中で何者かがパソコンを叩いていた。画面に写るのは二人の人物の資料、それを見据えて何者かは息を漏らす。

 

 

「融合症例一号 立花響と、別世界から来た最上位の『魔剣士』無空剣か………研究対象としては興味深いが、計画の邪魔だな。早い段階でどうにかしたいが……………どうするべきか」

 

 

その二人、響はともかく、剣については情報はあまり知れ渡ってはいない筈だった。何故なら彼は秘匿された存在、彼自身の頼みで情報は上に位置する人間にも知らされていない──────最重要機密と言っても過言ではない資料を、何者は確かに所有している。

 

 

その二人に厄介だと顔をしかめる何者、何とかしようと知略を働かせていたが、

 

 

 

『───失礼、考え事の最中だったかな?』

 

パソコンの画面にそんな文字が浮かぶ。その人物は咄嗟に驚き、周りを見渡した。

 

 

しかし誰もいない、ここは個室で監視カメラのようなものは存在しない。だがこの文字は的確にその人物に反応を伺ってきている。

 

 

「何者だ?一体どうして私の事を知っている?」

『単刀直入に言う。力を貸してあげようか』

 

 

突然の事に、くだらんと吐き捨てそうになった直後。

 

 

画面に新しい何かが送られてきた。それは複雑な設計図と動画みたいなもの。再生してみると、巨大な兵器の実験が行われている。

 

ピタリと動きを止めて見入っていた。人の、いや人類の科学で生み出すには数百年もかかりそうな代物。創作上の物だと言われれば納得してしまいそうだが、

 

 

 

『我々が造り出した兵器、そちらにある完全聖遺物とやらに比べれば、まだまだ未熟であるが足止め程度には役に立つだろう』

 

未熟、足止め程度。

二つの言葉と目の前に提示された情報に、何も言えなくなった。この世界にある軍事力全てを超越している。何ならシンフォギアに近づけると言ってもいい。

 

 

 

あまりにも怪しすぎるが、乗らない訳にもいかなかった。むしろ好都合、その人物は顔も見えない何者かの誘いを受けようと考える。

 

 

 

『君にこの一式を貸そう………これの使い方は任せるよ、有意義に使いたまえ』

 

「…………何故私に手を貸す。理由があるのか」

 

 

魔剣(ロストギア)、これを聞いて分からない訳ではないだろう』

 

 

これを知るのは自分を含め数少ない。世界にすら秘匿されてる程の重要情報、それを知っている存在からの連絡。

 

つまり、自分と同じなのだろう。企みを働かせ、実行ようとしている者と。

 

 

 

『別に君の邪魔をするつもりはない。だが彼を殺すのは遠慮して貰おう─────代替わりの無い個体、次なる領域に進む為の鍵だからな』

 

ふむ、と静かに値踏みする。

正体すら分からない怪しい存在などの手助けは不要でもあるが、わざわざ敵を増やすのも良いとは言えない。むしろ悪手、ならば余計な事をしない方がいいだろう。

 

 

無言に対して、承認したと判断したのか文字は続く。カチカチと羅列が並び上がる。

 

『場所は指定してくれたまえ、「これ」はそこに配置する。

 

 

 

 

 

では活躍を期待しよう、先史文明の巫女』

 

その人物にとって重要な単語を残し、メールは消失した。逆探知は何故か出来なかった。そうしようとした時にはアドレス自体がネットワーク内の残滓として浮かぶだけ。例え、詳しく解析しても情報は見つからないだろう。

 

 

 

 

 

────-LOSTGEAR=Project-─────【魔剣計画】と。

 

 

そう残された文字がすぐさま消失する。それを目にした人物は冷静に場所の座標を打ち込む。作業を終えると誰かに連絡を送り始める。

 

 

誰であろうが、何であろうが構わない。使えるものは利用して見せる。

 

 

世界の垣根を越えた────闇の中での暗躍が、容赦なく始まろうとしていた。陰謀と陰謀が絡み合い、動き出そうとする。

 




魔剣「あ、宿主(マスター)に干渉してきたな。お前ら殺すわ」
ノイズ「ひぇ」

的な力の構図です。ノイズの位相差障壁は魔剣士にも有害ですが、融合してある魔剣が完全に無効化します。だって融合した人間が死ぬと自分も消えるので、自己防衛的なもんですよ。





…………《グラム》(剣の『魔剣(ロストギア)』)などの一部は例外ですけど。


因みに剣さんの実力は装者の方々以上です。最強の切り札に相手出来るのは───────OTONA代表格の方ですかね。今の状態なら秒で負けますが(剣の方が)





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雑音と不協和音と

タイトルからして分かる人もいると思うけど、めんどくさい時期の翼さんのお話です。


この世界に来てから翌日。

 

 

無空剣は何も変わらない生活を送っていた。自身の身体、魔剣の調整をしながら、この世界についての知識を蓄えていく。自分から調べるのは言われてやるよりも効率良く、数時間である程度の情報は分かった。

 

 

 

「───さて、次はシンフォギアの種類についてか」

 

彼自身、シンフォギアについてはあの場で教えてもらった。知りたいのはシンフォギアについてではなく、シンフォギアの種類だ。

 

 

現時点で、どんなものが実在しているのか。詳しく記されている資料を読み進め、

 

 

 

(…………『イチイバル』。第二次世界大戦中にてドイツから日本へと送り出された聖遺物。基本的に二課が管理していたが──────)

 

 

「───十年前、紛失。その責任を取る形で前任司令 風鳴訃堂は辞任し、その後釜………二代目司令として風鳴弦十郎が就任か」

 

 

ふん、と剣は資料から目を離す。彼が注目したのは失態をやらかした前任司令などではなく、何度も出てくる単語だ。

 

 

(風鳴、どうやら組織…………いや、この場合は国か。国家としても重要な立ち位置らしい。機密事項であるシンフォギアを任されるくらいには────まぁ、俺も機密なんだが)

 

 

風鳴翼、風鳴弦十郎、風鳴訃堂。

同じ家系の名が続いている以上、無関係などと決められるようなものではなかった。国に従う特別な一族かもしれない、と ある程度の推測を立てていく。

 

 

「そんな機密事項のこの俺にここまでの情報を見せてくれて良いのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オペレーターの藤尭さん」

「───えぇ?何で気付いたの?」

 

 

呼び掛けに反応したのは今扉を開けてきた男性 藤尭朔也。先日オペレーターとして挨拶をしたくらいだったが、関係者全員の名前を覚えていたのだ。

 

 

疑問の声が藤尭朔也から出たのは当然。彼は剣を呼ぶために資料室に入ろうとノックをしようとしていたが、その前に剣から名指しで呼ばれたのだ。最初から気付いてたと言わんばかりに。

 

 

 

読み進めていた二課に関する書類を片付けながら、彼は単刀直入に言う。

 

 

「廊下から反応がしてた。一応全員を認視した訳だから区別くらいはつく。何ならオペレーター室から歩いてきてるのも把握してた」

「……………君って凄いよなぁ。もうハイテクを通り越して異次元だと思う、司令も若干似たようなもんだけどさ………」

「それで。さっきの疑問だが、答えてくれるのか?」

「あぁ、司令からは特に言われてないよ。知りたいことがあるなら構わないって─────流石に漏洩しちゃいけない重要機密もあるから気を付けて欲しいけど」

「安心してくれ。貴方達の足を引っ張るような真似はしない。そう約束しよう」

 

 

剣はそう言って、

 

 

「貴方が俺の所に来たという事は、用があるんだろ?」

「あ、そうだよ。司令から呼び出しがあってね、君にも来て欲しいらしいよ。特別な用は無いらしいけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいは~いッ!響ちゃんのメディカルチェックの結果だけど、身体に異常はほぼ見られませんでした~♪」

 

 

良かったと安堵する響の後ろで、ふーん、と剣は壁に寄りかかって彼女の状態への説明を聞いていた。あんまり聞いてないように見えるが、彼は耳に入れながらも別の方を見ている。

 

 

風鳴翼。

表向きではアイドルである装者の女性、堅苦しい態度の人物を剣は目に捉えていた。

 

 

先程から響に対して否定的というか、敵意ありげな様子に彼女も気にしていた。どうやら相当敵視してるらしい、共同以前の問題だろう。

 

 

というか、ここに来る理由はあったのだろうか?と思ってはいたが、立ち去っては呼んでくれた藤尭さんが無駄骨になってしまうので選択肢から除外した。

 

 

シンフォギアや聖遺物についての話を適当に聞いていた剣はようやく本気で聞くことにした。どうやらほとんど思っていたらしく、結論を言うところだった。

 

 

 

「ガングニールの破片────奏ちゃんの置き土産ね」

「…………!?」

 

ハッキリと事実を告げる櫻井女史とそれを聞いていた顔を歪める翼の姿。あまりにも不安定な様子に、剣は観察する瞳を鋭くしていた。

 

 

 

 

施設内に警報が鳴り響く。それが何を意味しているのか、経験の浅い剣でも理解は出来た。

 

 

 

────ノイズの出現。話を聞くに場所はすぐ近くらしい。

 

 

 

弦十郎の宣言の後に二人が飛び出していく。具体的には、翼が誰よりも先に出ていき響もそれに続くように向かったのだ。一般人であったばかりの響は出るべきではないと弦十郎は進言したが、それでも行きたいと強く示したのだ。

 

 

 

周囲を見渡した剣は彼女達が出ていった扉が閉まり、離れていくのを確認すると重い息を吐いた。壁に寄りかかる青年に、オペレーターの者達と弦十郎が首を傾げた。

 

 

 

「剣君、君は行かなくても良いのか?」

「その前に済ませたい事があったからな………聞きたいことがあるが、いいか?」

「えぇ、構いませんよ。僕達に答えられる事なら」

 

 

じゃあ遠慮なく、と剣は質問をした。

 

 

 

 

「風鳴翼が響へ向ける感情は、二年前に死んだ天羽奏が関係してるんだろ?」

「────ッ!?」

 

 

息を呑んで何も言わなくなる二人。それを前に鎌をかけた張本人である剣は思わず笑いが溢れそうになった。

 

流石に分かりやすすぎではないか、と。

 

 

「………何故、奏さんの事を?」

「俺は情報を知りたがる男だからな。この世界では無知な訳だから、色々と過去の経歴を調べてた訳だ」

 

ここの資料でなくとも、新聞や昔のニュースなどを見返せば分かる。因みにそれらはテレビなどの記録を弄り、勝手に入手したのだが、やり方について話すつもりはない。

 

 

「俺が知っている情報は天羽奏がノイズ災害に巻き込まれて死んだ────というのは表側で本当はノイズとの戦いで死んだって事。そして偶然、もしくは必然かその場にいた響に天羽奏のシンフォギアが宿ったぐらいだな」

「………そこまで、調べていたのか?」

「前者まではな。後者はさっきまでの話で推測したんだが、間違いでもあったか?」

「いえ、その通りです。奏さんは数年前、絶唱を歌った事で────」

 

 

それだけ聞いて剣は もういい、と止める。誰かの死を聞くのはあまり気分が良くない、しかし話す方が一番苦痛だろう。

 

 

「奏君の事を聞いたのは、翼を気にしてか」

「………まぁな。ああいう顔をしていた奴を見たことがある。そういう奴ほど自棄(ヤケ)になって人が変わるから、少し危ないと思っただけだ」

 

 

そう、ただそれだけ。

その筈なのだと剣はそう思い込んでいた。自分は基本的に人を思いやれる性格などではない、誰にも危害を加えなければ手出しをしない─────この世界に来るまではそういう存在だったのだ、無空剣は。

 

 

 

 

「そろそろ二人の元に向かうべきか、現場には数分で着けるしな」

「あぁ、頼む。響君が心配だが、翼がいるから何とかなるだろう」

「────どうかな」

 

 

何だと? と怪訝そうな弦十郎を無視して剣はジロリと睨むように大きな画面を見る。現場に向かう二つの反応を目にした後、扉を通って外へと出ていく。

 

 

誰にも気付かれない場所へと辿り着く。静かに魔剣の詠唱式を告げると、全身をグラムの装甲が纏っていく。完全な戦闘スタイルへと変わった直後────地面を蹴る。

 

 

 

ドッッッッッッッッッ!!!!!

巨大な砲撃に見合う爆音が引き起こされる。走り出す為に動いた直後の大音響は衝撃波となり音速で駆ける青年に続くように周囲に放たれる。

 

 

 

人目など気にしない、そういうのは役割がある人間に任せる。戦闘に優れた人間は自らの仕事だけを優先する。

 

 

 

 

ある懸念を…………胸の内に抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギィィィィン! と道路に火花が散る。どうやらそれだけでは済まなかったらしく、剣が駆け抜けた道には小さな火が燃え揺らいでいた。火の原因が剣が音速スピードを緩めた際の摩擦によるものだと気付くのに時間が掛かる。

 

 

人間単体には実現不可能とも言える荒業を実現して見せた『魔剣士(ロストギアス)』 無空剣は現場の状況を確認して溜め息を隠さない。

 

 

 

 

 

「─────やっぱりか、風鳴翼」

 

向けられた張本人は何も言わなかった。ただ武装の一つである刀を仲間である少女へと突きつけている。

 

そして剣先を前にした少女は呆然としながら剣を見つめていた。正確には、物凄い音速で到着してきた青年に。

 

 

「……………え?走った跡に火が?でも、え?走っただけで?」

 

 

ようやく平常に戻って困惑する響を剣は敢えて無視する。沈黙していた翼は剣を睨みながら冷徹な声音で言う。

 

 

 

「邪魔をしないでもらえるかしら。私は彼女と戦おうとしてたのに」

「響と、ね…………ノイズを倒すのが奏者と俺の目的ではなかったか?同士討ちなど聞かされていないので妨害させて貰った」

 

気負わない様子で剣は肩を竦める。

邪魔しに来た相手がいるというのに、今もなお刀は全くブレる事無く響に向けられていた。

 

 

剣は顔色を変える。無表情に近い機械的な顔で、核心を突くであろう一言を、聞いた。

 

 

 

 

 

「その怒りも、天羽奏を想ってのものか?」

 

「…………」

 

 

一瞬だけ。

刀が揺れた、持ち主の心を意味するように。天羽奏という、かつて存在していたもう一人のシンフォギア使いの名前に大きく反応する。

 

 

 

呆れたように息を吐き、剣は腰に手を伸ばす。装甲から射出された棒を軽い動きで掴み取る。まるで一種のライトセイバーを思わせたが、ある意味では違った。

 

 

 

 

カシャン!

棒から何段階も装填された刀身が出てきた。最大まで出てきた刃はボルトらしきものに高速で固定され、漆黒の刀剣が出来上がる。

 

 

金属で構成されたブレードを試すように振るう剣に、相対していた翼は両目を細める。何かに苛立っている様子は見られず、どうやら興味を抱いただけらしい。

 

 

 

数秒で姿を現した刀剣にではなく、それを振るう剣に。使い慣れてる人物の動きを翼は見抜き、純粋に共学する。

 

 

「剣も使えるのね、意外だったわ。武器無しの体術が得意かと思ってたけど」

「そうか?仮にも『魔剣士』だぞ、剣くらいは扱える技量はあるさ。少なくとも、今のお前ともやり合えるかもしれないぞ」

「────ほざいたな『魔剣士』」

 

 

その言葉が火蓋を切ることになった。あからさまな挑発に乗ったとは思えない……………とすると。

 

 

(俺を倒してから響に集中するつもりか。前提から間違ってるな)

 

 

 

 

まず最初に攻撃を行ったのは翼。体格を低くして地面スレスレを疾走しながら、刀を振り上げる。下からの斬り上げ。

 

 

しかし剣は切り上げられた刀をブレードで弾く。刀の軌道を逸らして地面を乱雑に切り裂いた。翼の足元のコンクリートを乱雑に砕き、破片の雨を彼女に浴びせる。

 

 

 

「はぁぁっ!!」

 

何とか後退することで破片を避けた翼は怯むことなく前へと突き進む。何度も自らの剣技を放ち圧倒しようとするが、漆黒のブレードが音速の勢いで振るわれ、剣戟を永続させる。

 

 

 

「くッ───!?ここまでの実力なの!?」

「当たり前だ。雑魚相手に振るう剣で魔剣を越えられると思ったか?お前のそれにどれだけの自信があるのか分からないが言わせて貰おう─────『魔剣士』を嘗めるなよ」

 

 

剣術を熟知している翼が苦戦するのには複数の要因があった。一つ目は剣という青年の、機能の一つ。彼の神経は通常の人間よりも何十倍に優れたものとなっている。相手の動作や次の攻撃など、予測して対処するなど容易い事なのだ。

 

 

(この男相手にどんな技も通用しない。それ以上に的確な動きで私の剣を防ぎ、ただ無力化していく────)

 

 

手加減されている。

嘗められている、本能的に感じ取った翼は強く歯噛みする。今すぐ目の前の青年に向けて吼えそうになるが、彼の見せる眼がそれを押し止める。

 

 

機械のように無機質な瞳。今行っている戦闘すら流れ作業として進めているように見えてしまう。だからこそ、彼女は自らを律する事が出来た。しかし、彼女とてそこまで我慢強くは無い。

 

 

 

 

だからこそ、

 

 

 

 

 

「軽いな」

 

 

冷静に振る舞う『魔剣士』の呟きが限界を越えさせた。きっとそれは、響への苛立ちもあったからだろう。単なる呆れが嘲笑に聞こえてくるほど、彼女は追い詰められていた。

 

 

 

故に、彼女は怒りのままに技を放った。シンフォギアとして有する強力な技の一つを。

 

 

 

 

 

────雨ノ逆鱗

 

 

空へと投げたアムードギアを巨大化させ、蹴りを叩きつける。彼女の怒りから使われた技にしては全くもって因果しかない。運命というのは、実に複雑だ。

 

 

 

 

上空から飛来する一撃に、剣は息を吐き出す。地面を踏みつけると同時に、杭らしき固定器具が打ち込まれる。両足とも固定した剣は、目の前の巨大な刃を同じ刃で受け止めた。

 

 

 

たったそれだけ。彼に負傷を与える事はなく、翼の技は防がれた。それも、こうも呆気なく。

 

 

 

「───────は」

「だから言ったろう、軽いな、と。威力は十分にあるが」

 

パキ、とブレードの刀身が大きくひび割れた。明らかな損傷に剣はブレードの刃を捨てると、両腕をヒラヒラと払う。受け止めたダメージはあるらしく腕が小刻みに震えていた。だがしかし、それ以上のダメージは無い。

 

 

 

 

「俺は、『魔剣士』は戦争の為にある兵器だ。感情のままに──────それも私怨の刃が簡単に届くと思うな」

 

 

冷徹、無慈悲な言葉。

他人を責め立て批判するように近い口調に、傍観していた響も止めようとしていた。しかし片手で制した剣は、更に続ける。

 

 

 

「過去に囚われるのは勝手だ。俺自身も嫌な過去がある、それをまだ乗り越えられてないからな。共感できる伏しもある」

「…………」

「だが、その感情のままで他者に当たるのは良いと言えないな。向けるべき矛先を間違えるなよ、俺達が倒すべきなのはノイズという脅威の筈だ」

 

 

彼なりの激励だった。

無空剣本人の性格はメンバーの中でもお人好し(本人も良く分からない)らしいが、彼には彼なりのやり方がある。挫けている戦士、ましてや戦う覚悟のある人間を生半可には優しくしない。それが戦士にとってプライドに関係する問題と知っているから、敢えてそのように言うのだ。

 

 

もう何も言うまいと剣が背を向けて少し離れる。立ち尽くす翼を慰めようとしたのか、響は笑顔で声をかけた。

 

 

「あたし、自分がダメダメなのはわかってます。だからこれから一生懸命頑張って、奏さんの代わりになってみせますッ─────」

 

 

その言葉は決して悪気は無かった。むしろ自分の意思を見せようとするものなのだが、剣はそれを悪手だと思った。

 

 

───大切な誰かの代わりになんて、なれないのだから。

 

 

 

 

 

パンッ………!

 

 

翼の平手打ちが、頬を叩いた。そんな軽い音がこの場の全員の耳に伝わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翼が立ち去った後、響は二課の施設に戻っていた。休憩室らしき場所で一人、力なく座り込み、床を見下ろしていた。

 

 

そんな彼女に声をかける者がいた。ただ一人、何気ない様子で。

 

 

「響」

「あ、剣さん」

「さっきは大変だったな、色々と。これは帰り道で買ってきたオレンジジュースだ、受け取れ」

 

 

片手に持っていた缶を軽く投げ、響に渡す剣。慌てて受け止めた彼女の横に腰かけて、剣はもう一つのコーヒー缶を開けて飲み干していく。本当な絵柄からして相当苦い筈のものだが、何とも無いらしい。

 

 

 

「ごめんなさい、私翼さんに…………」

「………まぁ、あの言葉は流石に悪かった。清々するくらい躊躇なく地雷を踏み抜いたな」

 

 

あまり優しい言葉は掛けない。事実はそうだと肯定的する。そんな剣の横で、響は難しい顔をして思い悩んでいた。

 

 

 

 

「お前の家族、もしくは親友の代わりはいるか?」

「え?」

「言い方を変えよう。お前の掛け替えの無い友人、それを赤の他人が成れると思うか?」

「………いや、成れません」

「だろうな。俺も同じ考え方だ」

 

 

舌打ちをしそうになったが、剣は何とか抑え込む。他ならぬ、自分自身への怒りを。彼女にとって傷口に触れるような事を突然口走った自分の行いを。

 

 

何も話さない中、響は暗い顔で自分の掌を見つめていた。

 

 

無理もない、響は数日前まで戦いのたの字も知らない一般人だったのだ。突然戦うことになっただけではなく、覚悟や変化を求められる。

 

 

ハッキリ言って、相当過酷な現状だろう。人間、そう簡単に変われるようなものではない。

 

 

 

少しだけ黙り込んでいた剣は、ポツリと漏らす。自然と出たものではなく、自分から言いたくなった言葉を。

 

 

 

 

「お前はお前だろ、立花響」

「え?」

 

 

唖然とした顔で見上げる少女に、剣は続ける。響に目を向けることなく、何処か遠くを見つめていた。

 

 

「誰かのように成る必要も、自分を変える必要も無い。他人にどう言われようと、自分が何を望まれてようと関係ない。お前自身のやり方を貫き通せばいい────何と言われようとな。そういう奴は、強いと思う」

 

 

そう語っていた剣だったが、すぐに我を取り戻したようにハッとする。響に振り返った彼は、鼻の頭を押さえながら座り込んだ。

 

 

顔を隠すようにしながら、彼は呟く。

 

 

「…………悪い、出来すぎた言葉だったな」

「い、いえ!そんな事無いです!凄い良い言葉でした!」

「………そうか」

 

元気そうな声で答える響は剣の不安に言葉を掛ける。そうか、と納得しながらも顔は全く変わらない青年はコーヒー缶を最後まで飲み終えた。

 

 

「剣さん!ありがとうございます!私、頑張ろうと思います!翼さんにも思いを伝えてみますから!」

「いや、それはまだ止めておけ。火にも油を注いで爆発させるだけだ」

 

 

全力で引き留めることにした。あんな風に敵意マシマシだったのにまたぶつかれば、今度こそ大乱闘になる事間違いなしだ。その場合、また剣が止めなければならないので本気で勘弁して欲しい。

 

 

それでも笑顔を浮かべて手を振って立ち去っていく少女に、剣は終始苦笑いしかできなかった。ようやく姿が見えなくなった後で、彼は空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………歌、か」

 

 

 

何故か右目、《グラム》と連結した義眼と《グラム》の断片そのものが疼いた。何らかの反応かと思ったがすぐに消失したので彼も気にしなかった。

 

 

 

 

 

 

思えば、歌という単語と─────彼が思い浮かべていた彼女達シンフォギア装者の歌に反応していたようだった。それが何なのか、今に彼には全く見当もつかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………こいつが目的なのか?『フィーネ』」

 

 

暗い倉庫らしき場所で、少女は不思議そうに呟いていた。彼女はその手の中にある写真、画質は荒くも確かに青年の姿がそこにあった。

 

 

街中を歩いているであろう剣。人混みの中にいる彼の眼は真っ直ぐと此方に向けられている。自分が撮られたのにも関わらず彼はあまり大きな反応をしていない。

 

 

 

「そうよ『クリス』。彼は別世界から訪れた存在───『魔剣士(ロストギアス)』 無空剣という名前ね」

「………ロスト、ギアス………」

 

 

『フィーネ』の言葉に『クリス』と呼ばれた少女は口の中でもその名前を復唱し噛み締める。そうは言っても実感が沸かずにただ口に出していただけだった。

 

 

 

「可愛いクリス、私の願いを聞いてくれる?」

 

 

そして、『フィーネ』と名乗る女性は囁くように言葉を掛ける。

 

 

 

 

「────無空剣を連れてきなさい。可能なら融合症例一号も一緒にね。優先事項は彼の方よ、間違えないでね」

 

 

そう告げる女性は『クリス』にナニかを手渡す。受け取った彼女はそれを見て、ハッと驚愕した。

 

 

 

 

それは手に収まるくらいの端末だった。

携帯に見えるそれの画面には0~9ぐらいの数字の羅列のみという単純な形式しか写っておらず、何に使えるのか意図は分からない。

 

 

 

 

「貴方には『鎧』と『杖』…………そして『あれ』があるの。万が一も敗北は有り得ないわ」

 

 

『フィーネ』は笑みを浮かべながら、暗闇の奥に視線を向ける。明かりの無い闇色の奥にある物に、目を向けていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

倉庫の大部分を占める、格納された二つの巨大な兵器。無機質に鎮座する武力の象徴。ケーブルや鎖により動きを制限された兵器、その一機が妖しく瞳を光らせた。

 

 

 

 

 

 




オマケ(因みに司令は何をしてたかと言うと)

弦十郎「翼の一撃を軽々しく止めるとは………彼は相当な実力のようだな」
緒川(………貴方が言いますか、司令)



更にオマケの兵装紹介。


『簡易式メタルブレード』 別称 LG-SW=01(LOSTGEAR-Sub Weapon)

全魔剣士に配給されている特殊ブレード。基本的には柄の部分しか無いが、内部に組み込まれたナノマシンが自動的に金属製のブレードを展開させる事で武器として扱える。

強度は【魔剣士】の主要装甲や兵装よりも弱く脆く、対人の使用を主とされている。


量産型である為、修理や素材の摂取も必要。素材に関しては周囲の金属でも良く、修理の仕方は全魔剣士が熟知しているので心配ない。




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魔剣と鎧

前話より文字数が減りましたね。そこの所は温かい目で見てもらえれば嬉しい限りです。内容についても!内容についても!!


前回のあらすじ。

ビッキーを認められない防人さんと取り敢えず戦おうという脳筋思考の魔剣士が戦った。

脳筋(魔剣士の方)が勝った。


市立リディアン音楽院。

 

 

基本的に音楽を専門とする女子校。と言うが普通だが、それは隠れ蓑のようなものに過ぎない。地下にある特異災害対策機動部二課を隠すためでもあるのだ。

 

 

 

確認しよう。

リディアン音楽院は()()()である。全生徒が女子だからこそ、周囲に不審者がいないかも厳重に警戒されていたりする。

 

 

 

その女子校のすぐ近くで、一人の青年が悩ましいという顔で本を読んでいた。普通は女子校に近づく時点で不審者扱いされるのだが、彼の場合黙読してるだけなので疑わしい目を向けられながらも見逃されている。

 

 

 

────と、無空剣は仮定しているが現実は少し違う。あまり見られない彼の容貌に多くの女子生徒が見とれてるのだが、剣自身はそれには気付いていない。それほどまでに本に集中しているのだ。

 

 

 

さて、皆さん気になっている事だろう。この世界に来たばかりの『魔剣士(ロストギアス)』がここまで熱中する本とは何なのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あの二人を仲良くさせるにはどうするべきか」

 

 

『気難しい人と仲良くなる方法。これで貴方も陽キャの仲間入り!』────ハッキリ言ってクソみたいに怪しい本、こんなものを買う人間の方がおかしいと言わされるくらいだ。

 

しかしこの青年はそれを買ってあろう事か真剣に黙読していた。どうやら勉強になってるらしく、少しだけ満足そうな顔をしている。心底何故だか分からないが、成果はあったらしい。

 

 

 

 

 

事の発端は博士の何気ない一言にある。休んでる最中の小話の一つ、

 

 

 

『ンー、私個人として思うに………今の状況は不味いのでは無いかな?』

『何がですか?』

『響クンと翼クンだよ。あの娘達、何週間もあのままじゃないか。これは連携にも問題があると思うのだよ』

『む、それは確かに。どうするべきだと思います?』

『────フ、それは友人の少ない私に聞く事かね?』

『あ、すみません』

 

 

結果的にその後はめんどくさい方に話が逸れたが、確かに博士の言う通りでもあった。そろそろ1ヶ月が経とうとする頃合いになるが、響と翼の関係は全然変わっていない。前にあった剣の介入もあって険悪とまで言っては無いが、それでも問題とも言える。

 

 

だからこそ、剣は何とかしようと考えていた。本来なら無視しても良い事態でも彼は今後の事を思うとそうはいかない。そのままの強さで何事も無いというのは有り得ない、絶対に何かとてつもない事態が起こる。

 

 

 

パタンと本を閉じる。

読んで駄目ならオペレーターの皆にでも聞くしかないだろうと判断し、剣はリディアン音楽院────正確にはその地下にある二課へと移動する。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの………そこのお兄さん」

「ん、俺の事か?」

 

 

後ろから声を掛けられた。振り返ると四人の少女達が立っていた。どうやら校門に入ろうとしていた剣に呼び掛けたみたいだが──────

 

 

 

 

「はわわわ!?凄い格好いい人!」

「しかもメカクレ………アニメ以外で見れるとは思ってなかったわ!」

「そうですね。確かに日本人だとは思いますが、あまり見ない風貌、ナイスです!」

 

 

(なんだ、凄いのに絡まれたな)

 

声をかけたは良いものをどうやら困惑しているようだ。剣は首を傾げる。確かにあまりここの付近では見ないような姿をしているが、怪しいと言うものではない。彼も日本人(別世界の)だから何もそこまで慌てる必要は無い筈だが。

 

 

 

悩ましく思っていた剣の前に一人の少女が出てきた。彼女も後ろの三人と同じ制服を着ている事から、この学校の生徒かと認識する。

 

 

黒髪ショートの少女は、剣を見据えて問い掛けてきた。

 

 

「あの、貴方はここの関係者ですか?」

「む、そうだが………」

「良ければどういう職業の方か教えて貰えますか?ここは女子校です、普通の男性が入れるような者ではありませんよ」

 

 

中々に鋭いな、と気付かれないように感嘆する。どうやらこの少女は普通よりも聡い部分があるらしい。いや、それだけでは片付けられない。

 

 

 

 

だが今は、やるべき事がある。

懐に用意していた専用のIDと証明書を提示する。

 

 

「来賓として呼ばれた者だ。正規入館の許可は受けている。ここの職員と確認を取って貰っても構わない」

 

 

そう言うと少女はちゃんと確認して、すみませんでしたと返却してきた。どうやらIDや証明書は間違いではないと判断したらしく、納得してはいないが嘘ではないと認めたのだろう。

 

 

しかし剣の方に疑問があった。何故彼女達の接近に気付けなかったのか。普通なら反応出来た筈なのだが、

 

 

 

(センサーや視界遮断機能の付け忘れか。最近平和に過ごしてきたからか、すっかり忘れていた)

 

首元に隠してある機器をバレないように動かし、機能を付け直す。街中では多くの反応を取ってしまうという配慮があったのだが、余計な手間を招いてしまったようだ。

 

 

 

「えぇっとぉ~、少し良いですか?」

 

 

さっきまで元気そうに話し合ってた三人組の一人、リーダー格?らしき少女が声を掛けてきた。彼女は困惑しながらも続けてくる。

 

 

「出来ればですよ?出来ればですけど、腕にある物って何ですか?あまり見ないもので………」

「───あぁ、最近造られた試作品みたいなものだ。現実には出てないのも当然だろうな」

 

 

これについても何とか誤魔化す。実体化出来ない装備の一つ、前に合った警察の職務質問にもこうやって返した。

 

 

それでようやく気付いた。

彼女達の視線がジッとサブガントレットに向けられている事に。視線には興味が含まれている事にも。

 

 

 

「……………見たいのか?」

「「「是非!お願いします!」」」

 

凄い勢いで食い付いて来た事にビックリしながらもサブガントレットの機能を色々と見せることした。そうしてる内に自分のやった事に気付く。

 

 

───しまった、こういうのは見せるべきじゃなかったか?魔剣士も未だ世間一般に知られてない訳だからあまり関わり過ぎるのも………

 

 

 

 

 

(………………別に大丈夫か。隠す必要のあるものだけ隠せば良い)

 

 

それから彼女達から解放されたのは数十分後くらいだった。遅刻しそうになって慌てて学校へと入っていく少女達を見据え、疲れたと軽く息を吐いた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

それから更に数日後の話。

暇を持て余していた剣は司令室で弦十郎達と談話していた。ぶっちゃけそれくらいしかやる事が無かったので仕方ないと言えば仕方ないが。

 

 

しかし適当に話をしていた最中、弦十郎がポツリと漏らした。独り言に近い声量の言葉は疑問だったらしい。

 

 

「───君は、響君の事をどう見える?」

「どう見えるって?これまた遠回しな言い方だな、普通の人間に見えるが?」

 

 

軽口みたく言って、司令が本気だと理解した。自分の中でのその意味と合ってるか答え合わせをしようと思った。

 

 

 

「アンタの意見を聞きたい、どんな風に見えた?」

「………俺には、酷く歪に見えた。あの娘が迷わず誰かの為に戦うと答えた時に」

 

 

まぁな、と剣は否定しなかった。

誰かを助ける為に自らの命を躊躇無く危険に晒す彼女の在り方は普通では有り得ない、異常の域にある。

 

 

良く言って正義感が強い、悪く言って自分を何とも思っていない。歪に染まった自己犠牲精神が彼女の本質なのかもしれない。

 

 

 

「それでも───」

「………?」

「───俺は間違ってないと思うな。異質ではあっても、それが立花響の示した意思なら、俺はそれを尊重するだろう」

 

独り言のように、剣は呟く。他人に言うというよりも、自分自身に言い聞かせるように。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

そして。

司令室を出ていって廊下を歩く青年は終始無言だった。頭の奥、詳しく言うならば機械端末に響いてくる声が掛けられるまでは。

 

 

 

『いやぁ随分響クンを気にするなぁ。君らしくも無い』

「…………悪いですか?」

『いや、言い方がキツかったね。まぁ、あれだよ。君はあまり人を気にするような子じゃなかったから、気になった訳だよ』

 

フフフ、と笑いを溢すノワール博士に、はぁと溜め息を漏らす。通信越しの声音に含まれている好奇心から、純粋に気になっているのだろう。

 

 

「似てるんですよ。昔の相棒と」

『────「彼」の事か』

「えぇ、そうです。誰かの為に戦いたい、そんな理由で『魔剣士』になって───────アッサリと死んだ、馬鹿な奴に」

 

 

青年は思い浮かべる。

自信が失踪した事で【魔剣計画】から魔剣士達が解放されてからの日。自分を心配して付いてきてくれた一人の優しい魔剣士(同胞)を。

 

 

 

誰かの為に死地に飛び出し、ボロボロになって帰ってきた仲間を。

 

 

そして、誰かの為にテロに向かって、死体もなく殺されてしまった、大馬鹿野郎と言いたくなる青年を。

 

 

 

『思えば、それが響クンを気に入ってる理由かもしれないなぁ。』

「…………そうです、かね」

 

自信なさげに答えた。そうかもしれないと思う一方、何処か違うんじゃないかと、彼は心の奥で悩んでいた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

そして、またノイズが出てきた。

空が暗く染まった夜中の事だった。呼び出された剣と響、翼はいつも通りのノイズ殲滅に力を入れる。

 

 

 

「────ようやく仕留められたか」

 

 

黒い灰となって消える塊。ノイズの消失を前に、彼は嘆息した。あまり見られない少しの汗と苛立ちが滲んでいたのも、先程倒したノイズが原因である。

 

 

 

ブドウのような、沢山の実らしきものが付いた二足歩行のノイズ。襲い掛かろうとはせず体から落ちた実を爆破させるなどしていたが、躊躇なく掌の光剣で切り捨てた。

 

 

強さ自体は大したことない。何なら戦闘が得意ではない個体なのかもしれない。

 

 

(ノイズにも多くの種類があるようだな。今まで戦ってきたが、人間相手に逃走を図る個体は初めて…………いや、本当にそうか?)

 

 

疑惑が。

沸き上がってくる。

魔剣士として埋め込まれた機能が提示された謎を造り出す。

 

 

先程のブドウノイズは剣の元に現れるといち早く逃げ出した。そして剣は跡を追って、響達と別れた。

 

 

自然と行っていた事に、意図があると考えられる。あのノイズが逃げ出したのも、

 

 

 

 

────俺を二人から分断させるのが目的だったか?

 

 

 

 

 

 

「はっ、なんだ。いきなり大当たりじゃねぇか」

「…………」

 

 

────声は女性、しかも声音からしてまだ大人ではない。瞬時に機能によって推し測った剣は、声の主をそう断定する。

 

 

だが気を休めるつもりは少しもなかった。ノイズが出てきたこの場に現れる人間なんて、一般人ではないと言うのは理解できる。

 

 

 

 

暗闇から出てきた人影が、月の光に照らされた。露になったその姿に、剣は両目を鋭くする。それは普通の人間に向けるものではなく、本気の敵意。

 

 

 

ピンクや白っぽい銀色の鎧。何枚もの鱗が重なっているものを纏う少女の姿は、露出が多い。両手の先にはピンク色のした荊棘のムチ。

 

 

 

物騒と言える相手に、剣はその鎧が何なのかをある程度気付いていた。似たような特徴のものを、彼はよく知っている。

 

 

「…………お前は?」

「名乗る必要なんてねぇだろ。あたしの目的はお前を捕まえる事だからな─────『魔剣士(ロストギアス)』」

 

 

───『聖遺物(デュアルウェポン)』、この世界では完全聖遺物と呼ばれるそれを。たった一つでもあれば国をおも、運用の仕方さえ良ければ、世界を滅ぼすことも可能と言える最強最悪の兵器の力を。



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無機質な兵器

真夜中の展望台。

剣は自分を『魔剣士(ロストギアス)』────この世界で知る者は数少ない名で呼ぶ少女と相対していた。

 

 

露出が多い銀色の鎧を纏う少女。その姿に帯びる眼光やオーラが『裏を良く知っている』人間のものだというのも、すぐに分かった。

 

 

 

そして何より、

何故無空剣の呼び名、別称を知っているのか。彼等をカテゴリーすると同時に、普通とは違うと区別する為の呼び名を使うのか。

 

 

 

 

 

 

「…………俺が目的だと?何の狙いがあっての事だ」

 

眼を細めて剣は少女の真意を問い質す。それは情報収集でもありある種の狙いがあった。

 

 

対して少女は小馬鹿にするように笑う。嘲りという悪意が込められてない、正真正銘の笑いだ。

 

 

「はっ!あたしが答えると思ってんのかよ?」

「まさか。馬鹿正直に答えてくれるとは微塵にも」

 

 

即答された事が意外だったのか少女は少しだけ唖然としていた。そんな彼女の様子など気にせず、剣は更に言葉を紡ぐ。

 

 

「ただ数秒も稼げれば十分だっただけさ。それくらいなら間に合うだろ」

 

 

あ? と相手がそんな声を漏らした直後。真後ろから二つの人影が飛び出してきた。

 

だが彼は身構える素振りすら見せない。敵対する必要の無い相手だと理解してるからだった。

 

 

「剣さん!」

「無事か───ッ!」

 

 

月光りに照らされた二人、立花響と風鳴翼と合流する。タイマンから三対一、一気に追い込まれた少女は忌々しげに剣を睨み付ける。

 

 

 

「…………なるほど、増援を呼んでやがったのか」

「さぁ?どうだろうな」

 

そうは言うが、少女の言葉通りだ。彼女が現れるより先に剣は二人に連絡を送っていたのだ。彼女達も困惑していたが、他のノイズを殲滅して来てくれた。

 

 

 

 

「貴様………その鎧は」

「へぇ?この鎧を知ってるんだ」

「…っ!二年前、私の不手際で奪われたものを忘れるものか!何より私の不手際で奪われた命を!」

 

 

(博士、情報を)

(話によるとあれはネフシュタンの鎧。二年前翼クンがもう一人と共に起動させた完全聖遺物らしいね。もしやすると響クンがガングニールの破片と融合した時と同じかもしれない)

(なるほどな)

 

 

激しく反応する翼の気持ちが理解できる。自分が関係しているものが目の前に出てくれば感情を露にしてしまう。それは剣も同じ、だからこそ共感できた。

 

 

 

「翼さん!剣さん!待ってください!相手は人です、同じ人間ですよ!?」

「だからこそだ、響」

 

 

困惑しながらの言葉を冷徹な声で遮る。戦いというものをよく知っている戦士が、まだまだ未熟な戦士に忠告を教える。

 

 

「人間が相手だからこそ気を付けろ。機械やノイズとは違い、意識や知性を持って戦う存在だ。何なら悪意すらも想定に入れておけ」

 

 

そんな、と響は言葉を失う。覚悟を示したと言っても、同じ人間と戦うことになるとは思ってもいなかったのだから。

 

 

「で?話は終わったか?さっさとそいつを連れて来たいんだよ。出来ればそっちの鈍臭そうな奴もな」

 

「………随分と余裕そうだな。まさか私達がいるという事を忘れているのか?甘く見られたものだな」

「……………あー、そっか。三対一だと思ってのか」

 

平然とする少女は深く息を吐く。あくまでも余裕の態度を崩さない彼女の目に装者の二人は写っていない。

 

用など無いと示すように、短く吐き捨てる。

 

 

 

「悪いが、お前らの相手は既にいるんだよ」

 

それこそ嘲るように笑う少女はいつの間にか何かを手にしていた。

 

 

 

(…………あれ、は?)

 

見覚えがあった。

掌に合う大きさの端末、一瞬だがスマートフォンを疑わせるようなもの。しかしリモコンにも似ている。

 

 

一瞬だけ、剣は動きを止めてしまった。本来の彼なら何かをされる前に遠距離の攻撃で妨害を行うのだが、それが目に入ってしまった事で思考が遅れたのだ。

 

 

 

 

「どうせノイズじゃあ足止めにすらならないしな。人間と戦いたくねぇってんならコイツが適任って訳だ。さぁ!容赦なく吹き飛ばせッ!」

 

 

 

カッカッカッ! と少女の指が端末を叩く。液晶の画面を何度も滑る指が何度か連打する。端末から信号が発せられ、何処かへと送られていく。

 

 

 

 

ドォン………! と。

大きく地面が揺れた。彼等のいる場所だけではない、この付近に震動が発生しているらしい。そして、更に震動は続いていく─────少しずつ、大きくなっていた。そこで三人は、ようやく異変に気付いた。

 

 

少女の真後ろ。暗闇に溶け込んでいた木々が一際盛り上がっていたのだ。夜というのが災いしてその存在に気付くのが遅れた。巨大な影は、木を薙ぎ倒して広場へと出てくる。

 

 

 

 

「なんだ、あれは………?」

「ろ、ロボット?」

 

月の光に照らされた『影』の正体に身構える翼と響は目に見えて狼狽える。何しろ、ノイズという常識外の存在の相手をしていても、ここまでの存在は知り得なかったからだ。

 

 

 

 

それは、彼女らの予想通り機械(ロボット)

小さな二本の脚に相反するように巨大な胴体と両腕が特徴的だった。頭部らしきものは存在せず、胴体の中心にはキャノン砲のような穴とその周囲にセンサーやレンズが搭載されている。

 

それでもやはり、腕が特徴的だった。大きさは体長の何倍もあり、コンクリートを掴み砕く事も可能かもしれない剛腕は、削岩機の類いだ。

 

 

 

だが、剣は彼女達とは違う部位を見ていた。胴体部分に側面に綴られたアルファベット、機体名称だろうか。それを目で追っていく。

 

 

 

LOSTGEAR_ARMAMENT

Huge emper_Albion-markα

 

 

「────巨皇、『アルビオン』」

「へぇ、こいつを知ってんだな!お前ら用に借りた代物だよこいつは!」

 

そんな少女の真横で『アルビオン』は巨大な機械音を響かせる。巨大な重低音は兵器と言うよりもエンジンを連想させる、爆音を。

 

 

戸惑う響と翼、二人の近くで剣はただ固まっていた。それを、巨大な兵器について知っていたからだ。詳しい能力ではない、製造元についてを。

 

 

 

 

 

装甲に刻まれたあのマークを忘れるはずがない、あれは【魔剣計画】の副産物。多大な実験の果てに造られた魔剣の断片、そしてコアとなるものを埋め込まれた兵器。

 

空間そのものに振動を響かせ、衝撃波として放つ攻撃や空間振動を利用した防壁を張るなどの機能があるが、彼にとっては重要ではない。

 

 

 

 

 

あの組織───【魔剣計画】が造ったものがある、それが何より優先すべき事実だ。頭の奥が熱を帯び、炸裂する感覚が巻き起こる。

 

 

 

怒りという感情、『魔剣士』として完成した日から抱き続けた激情が、爆弾のように膨れ上がる。白熱した思考のまま、彼は吼えた。

 

 

 

「…………お前らも関わってるのか、あいつらに!!」

「知りたいならあたしを倒してみろ!まぁ無駄だろうがな!!」

 

 

その叫びにクリスは片腕を振るう。その動きに連携するように鎖状の鞭が叩きつけられる。鬼気迫る顔で剣はそれを払い除け、突貫する。いつの間にか、戦いの火蓋は切られた。

 

 

それを何とかしようと翼が動く。遅れて響も身構えて走るが、少女の方が早かった。

 

 

 

「────やれ!アルビオン!そいつらを足止めしろ!!」

 

 

端末越しに少女が命令を飛ばし、ようやくアルビオンは動き出した。ガン、ガン、と重い脚で二人の前へと出る。

 

 

「邪魔だ!」

 

 

────蒼ノ一閃

 

自らの刀剣を振り上げ、蒼ノ一閃を『アルビオン』へと斬りつける。素早く動けないアルビオンは斬撃を直撃して、ドォン! と後退する。

 

 

しかし、

 

 

「………無傷、だと?」

 

勿論これで倒せるとは思っていなかった。傷を与える事で響と連携して、動きの遅さから死角を突いて行こうと考えていた。

 

 

だが『アルビオン』には傷一つも付いていない。実を言うと直撃したと思われていた一撃は、命中すらしてなかった。

 

 

先程も解説したが、『アルビオン』の主要武装は振動衝撃波。内部で音と音を反響させ続け、強力な砲撃にも等しい透明の爆撃を放つ。それは攻撃だけに使える訳ではない、扱い方ならば目の前に振動のバリアを張って攻撃を防ぐことも可能なのだ。

 

 

だから、風鳴翼の蒼ノ一閃を防ぐことも容易い。考えようによっては、『アルビオン』が防御を実行する程の威力、そう思えれば楽観視出来るが、現状はそこまで優しくない。

 

 

 

次の攻撃に入ろうとした翼だったが、

 

 

 

ガォンッ!

 

 

「─────がはっ!?」

 

爆音と共に宙を舞っていた。攻撃の予備動作すら見えない、透明の砲撃がその本領を発揮する。一般人なら全身がグチャグチャに砕けていたであろう一撃を受けて、五体満足であるのはシンフォギアを纏っているからかもしれない。

 

それでもダメージは確かにあった。よろけながらも立ち上がろうとする翼に『アルビオン』をゆっくりと動き出す。追撃を行おうと片腕を持ち上げる。

 

 

 

 

「うぉおおお!私だってぇ!!」

 

 

背を向けた巨体に殴りかかろうと響。無謀かもしれないが、一瞬だが翼から注意が逸れた。これにより翼を追い詰める攻撃は遮断された。

 

しかし『アルビオン』は身構えるなどの反応しない。ただ振り上げた片腕を地面へと叩きつける。

 

 

ゴォォォン!!

 

 

…………世の中には空気を震わせる事で音を鳴らす楽器があるらしい。『アルビオン』のそれも似たようなものだ。しかし違う所がもう一つある。

 

 

集音機能。自身が発生させた衝撃と音を内部の倍増機器によって増幅させる為に、周囲の衝撃と音を集める機能がある。そして、近くで引き起こした衝撃も、制御下にあるという訳だ。

 

 

つまり、どういう意味かと言うと。

直接的に攻撃しなくても相手に衝撃波を飛ばせる。それは真後ろからでも変わらない。

 

 

「うわぁぁあああっ!!?」

 

突然全身に襲いかかる衝撃波に響は構えも取れずに吹き飛ばされる。空気の爆発と共に何度も地面をバウンドして、近くの木に叩きつけられる。

 

 

 

「ッ!二人とも!」

 

一瞬で追い込まれた少女達に剣は焦りの声を飛ばす。相手はあの【魔剣計画】の兵器だと思えば仕方ないが、そう楽観視してる暇はない。

 

 

「余所見してる暇があんのかよ!余裕そうで何よりだなぁおい!!」

「───!」

 

叩きつけられようとするムチに剣は何とか回避行動を取る。バク転するような形で跳ね、自らの両腕の装甲を大きく開かせると同時に、何かを射出した。

 

 

二つの刃が重なっている円形の武装。兵装名、『ディナァス・カッター』。遠距離から敵対対象を攻撃して相手を撹乱する為の軽量武装。装甲から放たれてブーメランのように空を舞った二枚の刃が少女に迫り来る。

 

 

 

「そんな見え見えの攻撃なんざ───効くわけねぇだろ!!」

 

 

両肩のムチを振るい、『ディナァス・カッター』を真っ二つに切り捨てる。それほど硬くなかったのか、あっさりと分断されてしまった。

 

 

 

しかし、攻撃を防いだ少女は怪訝そうに顔を歪めた。目の前で青年が小さく笑っていたからだ。狙い通りにいったと確信する笑みを浮かべて。

 

 

(なん────ッ)

 

そう思った直後、真っ二つにした『ディナァス・カッター』の残骸から小さな球体が飛び出す。ビー玉サイズ程のものが目の前に来た途端、勢いよく炸裂した。

 

 

そして、視界の全てを光が呑み込む。少女が気付いた時には僅かの間、視力を奪われた。

 

 

 

 

さてここで解説に入ろう。

彼が使用したのは、『目眩ましの刃(ディナァス・カッター)』という兵装。切断機のような形状と刃は全て陽動のようなもの、その真価は奥に組み込まれた照明弾なのだ。

 

 

 

そして、その照明弾で隙が出来た。少女が何とか眼を開こうとする数秒だけの猶予。剣にとって、それだけの時間はチャンス所ではない。

 

 

 

(取った────ッ!)

 

漆黒の装甲の中からカシャン! と組み換えられる。数秒の間、剣は人を越えた動きを見せた。変形した事で出現した鋭いエッジで少女に斬撃を与える。急所に入ったようで鎧に大きな傷が入り、少女の顔が苦痛に染まっていた。

 

 

 

が、しかし。

少女の顔が更に歪んだと思えば、鎧が音を立て始めた。先程斬りつけた傷痕は数秒にして完全に消え去る。

 

 

完全聖遺物、その恐ろしさは前々から聞いていたが想像以上だった。

 

 

(駄目だ!火力が足りない!あの鎧をどれだけ攻撃してもそれ以上の再生能力で上書きされる!あの全身の棘のダメージも此方に響いてくる!今以上の火力でなら何とか出来るが……………)

 

 

剣は躊躇していた。『魔剣士』としても、彼個人としても。ある事実が彼の脚を引っ張る鎖と化していたのだ。

 

 

(力の加減で相手を殺してしまう!此方は【魔剣計画】について聞き出さなければならないのに!)

 

 

この焦りは『アルビオン』の登場が起因してるだろう。少女の奥に─────彼をこんな風にした【魔剣計画】の存在がある可能性、それが彼から平常な判断を削いでいた。

 

 

 

だからこそ、目の前から飛んで来た白の球体に、対処が遅れた。膨大なエネルギーが足元に着弾した直後、大爆発を引き起こす。

 

 

 

「がッ───あああああっ!?」

 

至近距離での破壊は、『魔剣士』でもダメージは入る。何より聖遺物を越える完全聖遺物の力だ、直に受けたのなら損傷は酷いものだろう。

 

 

意識を失わずに持ちこたえたのも良い方だ。地面に叩きつけられた剣はそう思いながら、何とか立ち上がる。だがこれ以上ダメージを受けるのは危険だ、またあれを受ければ耐えられる保証は無い。

 

 

「はっ、もうそろそろ沈むか。何ならもう一発ぐらいで十分だよな」

「………っ」

「無様だよなぁ、話に聞いてた『魔剣士』がこの程度なんて。そんなんで何か出来ると思ってのか?」

 

 

『───一応聞くけど、君に何が出来るんだ?人を殺す、国を滅ぼすしか機能を持たない君に』

 

 

「うる、せぇ………」

 

 

脳裏に、声が響いてくる。それは彼の経験が蘇ってくる、走馬灯と言う現象のかもしれない。最初に響いてきた忌々しい声は少女の言葉と重なり問いかけてくるが、剣は苛立ちのままに否定した。

 

 

 

だが。よりによって。

聞こえてきたのは二人の声だった。剣の生き方に、人格に、全てに影響を与えた二人。そして、理不尽に殺されてしまった大切な仲間の。

 

 

 

『────私達ってさ、誰かを守るために生まれたのかな?』

 

 

『考えすぎだよお前は、もう少し楽しんで生きようぜ!』

 

 

「…………後悔、するなよッ」

 

奥歯を砕きかねない程の力が入る。頭の中での理性が、憎悪となって爆発した。

 

 

「魔剣!限定外装(フレームアウト)、セット!」

 

《《グラム》フレーム解除、セカンドギア解放》

 

ガシャ、ガシャン! と彼に纏われていた装甲が動く。すると全身を更なる装甲が覆い、その姿が少しだけ、変わっていく。

 

 

セカンドギア、それは無空剣の制限の一部だけを解放した形態(フォーム)。段階的に下げられていた基礎能力を解き放ち、戦闘力を向上させる手段の一つ。

 

 

それだけは終わらない。

 

 

 

「コード666────アビス・ドライブ」

 

言葉と同時に変化が起こった。全身の隅々から青暗い闇の色をした光が伸びる。彼の肉体を侵蝕するように、指先に至るまで。

 

 

────手加減をするのは止めた。目の前の少女がどうなろうが関係ない、そもそもそんな事など頭に無かった。

 

 

 

殺してでも【魔剣計画】の情報を吐かせる。彼は自らの憎悪のままに最悪の選択を決めてしまった。誰が悪い訳でも無い、全ては彼を造った者達の想像の範疇通りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、司令室。

 

 

「高エネルギー反応!剣君を中心に正体不明のエネルギーが発生中!」

「すぐにエネルギーについて解析を!」

「不可能です!解析しようとした途端、エラーになってしまいます!」

 

オペレーターのあおいの報告にそう指示を出す弦十郎だが、朔也からの叫びが意味をなくす。

 

 

引き続き調査をと指示した弦十郎はモニターを見つめる。その上で起きている説明不能な出来事に困惑するしかなかった。

 

 

「………彼の身に何が起こっているんだ?」

 

そう思う中、モニターの端にブレが走った。隅に浮かぶ四角の映像には白衣姿の男性が映り込む。

 

 

 

別世界越しから現状を観察していたノワール・スターフォンは顎を擦る。何処か落ち着きがある様子で困ったように呟いた。

 

 

『まさか、《アビス・ドライブ》を使うとは。彼にしては焦っているな、まぁ【魔剣計画】が関わってるなら仕方ない』

「ご存知なのか、彼に起こっていることを」

『…………あれは諸刃の剣のようなものだ』

 

 

真剣な弦十郎の詰問にノワール博士は皮肉るように言い、

 

 

『自らの全神経を強制的に活性化させ、一定の時間より強力な力を発揮できる…………というのは建前でね。《アビス・ドライブ》はより効率的に戦闘を行う為のもの。つまる所、本人の精神的負担を少なく敵を排除するための機構さ。どさくさ紛れにセカンドギアまで解放するとはね、出来る限り最小限の犠牲と本気で倒すつもりか』

 

彼にして早計な判断だ、と軽い声音の割には真面目な顔で漏らす。なるほど、と頷いた弦十郎は険しい顔を緩めることはない。

 

 

「それはいいが……………ノワール博士、聞きたい事がある」

『何かね?』

「あれに副作用はあるのか?自らの肉体に負荷をかけているとかの問題があったりするのか!?もしそうならば今すぐ止めさせなければならない!!」

『…………安心するといい、セカンドギアによる行使だから大した後遺症は無い。副作用は────激しい出血に数時間の失神くらいだ。それと、戦いの後に治療の準備くらいは必要だろう』

 

 

クソ! と悪態をつき自らの拳を壁に叩きつけそうになる。そうしたいのは山々だが、やるべきことがあるという事実が弦十郎を落ち着かせていた。

 

 

急いで増援に向かおうと動き出した途端、

 

 

『しかし、案じるのは彼の身では無いだろう?』

「?それはどういう────」

『ネフシュタンの鎧に守られようと、あの少女が助かる保証がない。何故なら今の彼は──────機械の命令で動く完璧な兵器だからね』

 

 

兵器は戦場に感情は持ち込まない。容赦なく敵を排除し、殲滅するのみ。博士は画面越しに見える光景、後に起こるであろう結果を想像して見据えながら告げた。

 

 

 

────少なくとも、無事では無いかもね。運が悪いと死ぬことを考慮した方が良いよ

 

 

無言が示す意味に全員が息を呑む。その視線の先で、神秘的かつ不気味な青を纏う(つるぎ)が立ち上がった。それはまるで亡霊のような動きをする────先の表現が似つかわしい兵器だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち尽くしていた剣の顔をバイザーを覆う。無機質な装甲を纏った青年は一言も喋ろうとはしなかった。

 

 

 

《アビス・ドライブ》発動時は、意識を強制的に消される。無意識かで、肉体をナノマシンや特別な機器を介した機械によって動かされる。

 

 

 

演算装置、そう例えれば分かるかもしれない。

基本的に人間は日常生活を過ごす中で様々な行動や反応を示す。それらの中には本来必要ない動きもあり、人間の能力を強化したり制限したりもする。

 

 

 

だが、《アビス・ドライブ》はそれを戦闘に特化させる機構。一時的に脳内や神経にある特定の行動や反応を限定的に切り替えて、その他の動きの補助をさせる。貧乏揺すりで行われる力を優先的に肉体の反射神経の上昇へと変換するなどが良い例だ。

 

 

 

 

情に絆されて相手を見逃す優しさや甘さは、兵器には感情など不要と認識した研究者達が仕組んだ機能。躊躇無く人を効率的に殺戮できるようにと、同じ人間の身体を弄くり回したのだ。

 

 

 

それは今の剣にも当てはまる。《アビス・ドライブ》を発動した以上、彼が正気に戻るのは敵を抹殺した後。

 

 

 

「───パワーアップか?そんなもんで何が出来る!」

 

嘲笑うように、少女はムチを振り上げる。何時ものように下ろすのではなく、そのままグルグルと円を描くように回転させていく。

 

 

 

 

───NIRVANA GEDON

 

 

 

鞭の先に集められた白いエネルギーが球体となり、勢い良く投げ飛ばされる。地面を削りながら放たれる一撃は、その威力を物語るように破壊を引き起こそうとする。

 

 

しかし『魔剣士』は躊躇しない。その球体に手を伸ばし、受け止めて見せる。特殊な防壁などではなく、ただの力技で押し潰す。意図もしない様子で破壊の力を、破格の強さで無力化した。

 

 

無論、『魔剣士』がそれだけで終わらせる筈がない。押し潰した方とは反対の片腕を持ち上げ、少女に狙いを定める。

 

 

 

 

直後、閃光が瞬いた。

何が起こったのかも分からない。少なくとも、それが先程のエネルギーを返したものだと少女は気付いた。だが気付いた所でどうにもならず、ただ薙ぎ払われるしかなかった。

 

 

 

「あ、がっ!?ぐああぁああッ!!?」

 

それでも地面を踏みつけて何とか持ちこたえる。遠くへと吹き飛ばされる事は無かったが、追撃と言わんばかりの足蹴りを打ち込まれた。

 

 

腹部に、胸元に、両腕へと、躊躇無く打撃を送り込んでいく。息のつく余裕の無い連撃に少女の体力はみるみる削られていく。

 

 

 

「テメェ!調子に乗ってんじゃ………ねぇぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

荊の鞭を振るい、『魔剣士』の片腕に巻き付く。無数の棘が圧迫する中、彼は何も答えずに力強く鞭を引っ張った。あまりの強引さに少女が引き寄せられる。

 

 

そんな彼女の顔に、重い一撃を放つ。ガントレットごとの拳、バイザーに大きなヒビを入り粉々に砕け散る。まだ幼さのある顔が剥き出しなった。

 

 

 

 

「くッ!ここは引くしか………」

 

この状況で真っ先に撤退を選ぶのは英断とも言える。今の彼相手に戦いを挑むのはどうしても戦わなければならない者か、よっぽどの愚者だろう。

 

 

 

だが、遅すぎた。今、選択をする事自体が遅かったのだ。《アビス・ドライブ》を行使した今、彼に理性と意識は欠片とて無い。

 

 

 

敵対対象を容赦なく殺す事を前提とした兵器が、わざわざ相手の逃走など許すだろうか?むしろ追跡して迎撃をするのが普通だ。故に、

 

 

 

「────」

 

少女の動きが止まった。

慌てて彼女が振り変えると、フルフェイスの『魔剣士』が両肩のムチを掴んでいた。荊を素手で握るような暴挙で今も手に裂傷が広がっている筈だ。

 

だがしかし、剣は決して手を離さない。それどころか強く力を込めて─────

 

 

 

 

 

 

───引きちぎった。

無数の棘で構成された鞭を、軽々しく。

無造作と言わんばかりの動きで少女の纏う鎧の一部を引き裂いたのだ。

 

 

 

「あっ、があぁぁあああああああ!!?」

 

両肩のムチごと鎧の一部分を強引に引き剥がされた少女の痛々しい悲鳴が響き渡る。しかし『魔剣士』の行いが理由ではない、原因である事には変わりないのだが。

 

 

 

『ネフシュタンの鎧』は半永久的な再生機能を持つ。鎧自体が壊れればすぐにでも再生しようとするだろう。しかしそれは、少女の身体をも巻き込む事になる。彼女の身体を鎧が食らうという事態に。

 

 

あまりの激痛に意識が磨耗しているのか、少女は動かなくなった。いや、再生中の鎧によって行動を阻害されているのかもしれない。どちらにしろ、ネフシュタンの鎧を持つ少女は無力化された。

 

 

 

 

 

 

 

だが、『魔剣士』は行動を続ける。

《アビス・ドライブ》を実行中の彼には敵性の排除が優先される事柄だ。もう既に相手が戦えなくても、抹殺するまで終わらない。

 

 

倒れた少女に向けて、剣は片腕を持ち上げる。装甲が蠢いたかと思えば、手の甲の部位から細長い閃光が延びる。無形状だった光は次第に整い、光剣へと化した。

 

 

 

 

 

 

すると彼の身体が吹き飛ばされた。突然くの字に折れ曲がり、地面を何度も転がる。何の力の応用なのか、転がりながら体勢を整えた『魔剣士』は攻撃をしてきた相手を見る。

 

 

 

 

────ゴォォォン!

 

 

白い巨人、『アルビオン』。響達と交戦していた兵器が自発的に動いていたのだ。それは、止めを差されそうになっていた少女を護ろうとしていると見えなくもない。

 

 

 

そして、『アルビオン』は巨大な腕を動かす。気を失ったであろう少女を鷲掴みにすると、『魔剣士』の方を見つめた。ヴォォォォォ………と何処か寂しく重低音を響かせると、そのまま周囲に膨大な衝撃波を放つ。

 

 

 

巨大な圧力の嵐が吹き荒れ、気付いた時には『アルビオン』は少女ごと姿を消していた。あの巨体で移動したとは思えない程、一瞬の出来事だった。

 

 

 

破壊の跡の中心で、『魔剣士』の動きが完全に停止した。周囲の反応を探って追跡不可能と判断したのか、ダランと全身から力が抜ける。

 

 

装甲が動く。いや、元の形状へと戻っていく。敵性の排除を承諾した《アビス・ドライブ》の沈黙、それから剣の肉体が持ち主のものへと完全に切り替わった。

 

 

 

 

が、そう簡単には終わらなかった。

 

 

 

 

「────────ごぼッ」

 

バイザーが消えた途端、その口から大量の血が落ちた。出血や吐血どころではない、普通でなら即死とも言える程の失血。少女との戦いでの傷ではない内側からの傷─────アビス・ドライブの代償。

 

 

 

アビス・ドライブ。

『魔剣士』が魔剣と融合した際に使われた『アビス』という謎の力。多くの『魔剣士』が適合出来ずに死ぬ理由の一つとして数えられている。

 

 

理由は単純、肉体がもたないからだ。人体に機械やナノマシンを埋め込んで負担を何とかしようとするが、それで叶わないらしい。それは剣でも同じだったのだ。

 

 

 

 

 

重たいものが倒れる音と、池に水が跳ねるような音が同時に続いた。

 

 

 

 

「つるぎ………さん?」

 

 

倒れた青年は答えない。立ち上がろうとしたのか、またバチャン! と音が伝わった。今度こそ意識が喪失したのかピクリとも動かなくなった。

 

 

 

こうして、戦いは終わった。あまりにもアッサリと、大きな傷痕を遺す形で。




まさかの一万字、小説を書いてきて二年以上になりますが初めての事ですね。これより沢山の文字数の小説を書けるor面白いとか他の作者様の腕前が羨ましいッ!


さて、今回の原作での違う所は、翼さんの絶唱が無くなった事ですね。代わりといってなんですが大量出血枠は剣に交代されてます。


次回は剣さんの過去に少しだけ触れていきます。



無空剣の【魔剣計画】への怒り、憎しみ、その根底にあるのは─────苦痛と悲劇という、地獄だった。



次回、【動力源】。



因みに最後の方でのアルビオンの反応に何か違和感を持った人。居れば一言、貴方の勘は間違いではないので。


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動力源

残酷描写注意ですので!それではどうぞ!


────始まりの時は、痛みがあった。

 

 

生まれた頃の記憶も、かつての記憶も残っていない。あるのはただ一つ、痛みに耐えるだけの辛い過去だった。

 

 

中でも、あの時は違った。激しい痛みの中で、『魔剣士』へとなった、あの日は───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───あ、がァああぁぁぁぁあああああああァァァァァァァァァァァァアアアアああああああッッ!!!!』

 

 

あまりの激痛に、銀色の髪をした少年は悲鳴をあげていた。いや、最早悲鳴とは言えない、咆哮と言った方が正しいかもしれない。台座に縛りつけられながらも彼の身体は大きく悶えていた。

 

 

 

現在行われているのは魔剣の同調実験。被験者の肉体の中に魔剣を埋め込むだけの作業。近くにいる科学者達は淡々と作業を繰り返している、今ある実験を成功へと導くために。

 

 

 

しかしそれでも、成功は数少ない。何百回も行われているが、無事に適合できたのはたった二人だけ。それほどまでに滅多な確率では適合は出来ない。

 

 

後で分かった話だが、『魔剣』には自我があるらしい。細かく刻まれた欠片になってもそれは健在だと思われている。そして、担い手を求めているらしい。自らを宿し、共に生きるに相応しい生涯の相棒を。

 

 

認められれば『魔剣』に力を授かる。もし認められなければ、拒絶されてしまえば、それで終わりだ。『魔剣』はすぐさま適合しようとした人間を敵へと判断する。悪意も邪気も無い子供の身体を破壊し尽くして死に追い込む。

 

 

今日も十数人、多ければ三十人近くが死んだ。無論実験による影響で、魔剣に拒絶されたのだ。今も複数の死体が別の部屋へと送られている。

 

 

 

だが成功する際も変わらなかった。現にベッドに固定された少年の全身から血が噴き出している。皮膚が膨れ上がり、血管が裂けて、肉体が破壊されていく中、死んだ方が楽になる苦痛を四時間を味わうことになる。

 

 

 

 

 

 

 

そして、数時間が経ち。

 

 

 

大きく少年の体が跳ねたと思った瞬間、肉体の裂傷が再生していく。傷口の皮膚が繋がり、何からの力を受けているかのようだった。

 

 

固定されたまま、目を疑う少年。自らの浮き上がった血管も元に戻り、肌色も良くなっている。

 

 

 

『─────成功だ』

『ようやっと魔剣士が出来た』

『彼が三人目か、三十五人も失ってしまったな』

『それに見合う成果だろう。たった一人で国と同等の戦力になれるのだから』

 

 

白衣の科学者達が興奮したように話す。今までの犠牲など気にしてない素振りで、自分達の成果を自慢する談笑をしていた。

 

 

その中の一人────やはり白衣の男が他の科学者達から離れる。どうやら普通より高い位置にあるらしく、他の者達からも気を遣われているらしい。

 

 

 

 

『少年、《カテゴリー:グラム》No.36。君は魔剣《グラム》に選ばれた。これからは最強の魔剣士になる努力をしたまえ………………が、その前に名前を与えよう』

 

 

固定器具を外しながら、白衣の男は飄々と語る。ベッドから起き上がり、呆然とするしかない少年の額に指を押し当てる。

 

 

 

 

 

『─────無空剣(むそらつるぎ)、私達【魔剣計画】の鍵になる…………君の新しい名前だ』

 

 

少年は死に、無空剣という名の魔剣士が造り出された。それが自分の生まれた日だと、彼は記憶している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、無空剣は『魔剣士』として改良を施されていった。人工物の脊髄や無数のマイクロチップを埋め込まれた。その度に身体を切り開かれ、自分の体を作り替えられていくように感じていた。それでも平然といられたのは、悲劇と苦痛しか知らなかったから、慣れてしまったのだろう。

 

 

 

融合した魔剣の力と己の戦闘力もあり、剣は序列三位として選ばれた。それ以上は難しい、そう告げたのは彼を造り上げたと同時に名前を与えた担当の科学者。

 

 

 

序列一位と序列二位。

剣が造られるより前に存在していた最強の魔剣士の男女。実力は【魔剣計画】の魔剣士の中でも頂点であり、三番目の剣は明らかに大きな差があった。

 

 

しかし科学者は問題ないと断じていた。どうやら彼等は原型(プロトタイプ)の魔剣士らしく、彼等を越えるために造られたのが後世代の剣達のようだった。何より剣は、【魔剣計画】の重要個体として認識される程の存在だとも口にしている。

 

 

 

そして剣は、その科学者に聞いたことがある。『何故、こんな実験を行うのか』と。

 

 

純粋に、いや知りたかったのだ。こんな惨劇を、悲劇を平然と行える彼等には、何の目的があるのか。何の為に、自分の仲間は理不尽に死んでいったのか。だからこそ彼はそう聞いた。

 

 

 

 

科学者は答えた。

 

 

 

 

 

 

 

『いや?魔剣の力がどれほどのものか知りたかっただけさ、私の場合はね。けど組織的にはこう言わなきゃいけないけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

“世界を、全人類を救う為”って』

 

 

平然と告げる科学者。それがさも当たり前と言わんばかりに、宣言を剣に聞かせた。呆然と固まっていた彼は次第にひきつった笑みを溢す。美形に見える顔を歪ませた剣の口の中で、小さな呟きが木霊する。

 

 

 

 

その中に、救う筈の人類の中に────自分達は含まれてないんだな、と。

 

 

 

 

────その後、俺達以外に新しい『魔剣士』が補充された。その後は序列ではなく、四位などの順位が付けられていった。序列一位曰く、序列こそが【魔剣計画】の主要個体らしい。

 

 

 

 

俺達は、必死に戦った。

 

 

 

 

 

戦争を終わらせ、テロも防ぎ、世界を何度も守ってきた。

 

 

 

 

 

どんなに苦しんでも。腕が破壊されようと、身体を抉られようと、ただただ戦い続けた。与えられた使命の為、世界で生きる人々の笑顔を守る為に。

 

 

 

 

 

 

だが、意味なんて無かった。どれだけ戦っても、理想の形は見えてこない。それどころか、同じ仲間が死んでいった。俺はそれを、何度も────目にしたのは、二度だった。

 

 

 

 

 

暴走して狂った親友を排除した。お父さんに会いたいと最後まで言ってたあの子に、泣きながら謝った。貴方は悪くない、そう言い残して死んでしまった。

 

 

 

 

 

赤の他人を守る為に相棒は至近距離で爆発された。笑顔で逝ったその姿は────絶対に忘れられない。最後まで、誰かの身を案じて、自分の身を顧みようとしなかった。

 

 

 

 

 

実を言うと、それだけではない。俺は知っていた、他の犠牲者達を。自分(無空剣)の後継個体として準備された幼い子供や少年少女達の事も。

 

 

 

 

 

フロンという男の子がいた。俺に憧れ、俺みたいになりたいと言ってくれた子が。アーミィという女の子がいた。大人しく他よりも慎ましいが、俺の背中が好きだと言ってくれた子が。雪という少年がいた。口が悪い奴だが、心配性である優しい子が。ナリミルという少女がいた。歌姫になって皆を笑顔にしたいと言ってた、元気な子が。

 

 

 

レティという子が、オーウェンという子が、ムムロという子が、椿という子が、あの子が、あの子が、あの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子が──────あ、ぁぁ あ あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

 

 

 

 

そして、全員俺の前に現れなくなってしまった。どんな風になったのか、想像できない訳ではなかった。

 

 

俺と同じ苦しみを、あのおぞましい地獄を味わった後に、全員が命を奪われたのだ。身体をグチャグチャに破壊されて、痛い助けてと叫び、全ての血を噴き出しながら。

 

 

 

精神が狂いそうになった。あまりの恐怖と絶望に吐き気を抑えながら何とか持ちこたえてきた。耳の裏に、頭の奥から消えない声は、どうやっても止まらない。

 

 

次第に、俺の中にある感情が膨れ上がってきた。本来、俺自身がどうにかなってしまったあの日に、抱くべきだった感情───────怒りと、憎しみを。それらの感情は直に、彼を突き動かす衝動の根底となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

────【魔剣計画】を滅ぼす。あれを実行したイカれた科学者とそれを束ねている者も、全員殺す。それこそが無空剣という『魔剣士』に与えられた使命。

 

 

 

それこそが、自分が生きる理由。何としてでもあいつらを滅ぼし尽くす。いや、滅ぼさなければいけない!それは皆が、殺されていった全員が望んで───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本当にそうかい?』

 

 

─────あ? と剣は大きく顔をしかめた。どうやら自分が一人でいる間に、真っ暗闇の中にいたらしい。これは何らかの夢か、そう思ってしまえば少しは楽だろう。

 

 

本来なら何者かと疑い特定に動き出していたが、今の彼はそこまでするつもりはなかった。

()()()()どうでもいいと割り切ってしまう程、彼は理由に囚われていたのだ。

 

 

どうせ話しても問題ないだろう、所詮これも夢だと決めつけて。

 

 

「───あぁ、そうだ。それこそが俺の願いであり魔剣士達の宿願なんだ。それを叶える為なら、俺は自分の命なんて投げ出してやる。彼等だって、それが本望だろう」

 

『………それは違うと思うなぁ』

 

「………」

 

顔も上げずに剣は黙っていた。否定された事に怒りを覚えている、訳でもない。妙な説得力があったからこそ、剣は何も言えずにいたのだ。

 

 

 

 

『それは違うと思う。少なくとも、あんたの前で倒れた子達は、あんたがそんな風に自暴自棄になって苦しむのを望んでなかった筈さ』

「随分と知ったような口を聞くな。まさか理解できるとでも言う気か」

『そりゃあね、実際そうだからだよ』

 

 

あっさりと、声は肯定した。

 

 

『ハッキリ言って、アンタは何かを望んでる。自分では分からなくても、確実にね。そういうのはよく分かるんだ』

 

「何故そう言い切れる。お前にはその根拠があるのか?」

 

『そうだなぁ。

 

 

 

 

 

 

アンタがあたしに似てるから、かな?』

 

 

何?と顔を上げた剣は、確かに見た。

 

 

手を伸ばせば届きそうな距離にいる少女。背中を向けていたが、その姿は何処か綺麗だった。少なくとも、剣が目を奪われるくらいには。

 

 

 

 

()()()()()をした少女は振り返り、ニヤリと笑う。その顔には邪気など無く、あまりにも元気そうな顔。

 

 

かつて『少年』だった頃と同じような、光に生きてきた純粋な笑顔と、同じだった。

 

 

 

『少しは自分に正直になったら良いんじゃないか?そんな使命だの世間体なんて気にしないでさ────』

 

 

 

 

 

 

直後、視界がブレた。

暗闇の中にあった光から一転、薄暗いものに切り替わったのだ。そこで自分は無数のコードやチューブに繋がれている事を理解する。

 

 

治療室なのか、清潔感はあるが剣以外に誰もいないようだった。そう他に誰もいないのだ、無空剣以外には。

 

 

 

さっきのは夢かもしれない。しかし夢で片付けられる程のものだったろうか?あれを夢で片付けるくらい、楽観的ではない。

 

 

 

 

では────さっきまで語りかけてきたのは誰だ?

 

 

 

「……………」

 

呼吸を整えていたマスクを剥ぎ取る。電極やチューブも引き抜いて、ベッドから起き上がる。普通の怪我人ならもう少し寝てなければならないが、彼は『魔剣士(ロストギアス)』。肉体の損傷は彼と同調している魔剣が勝手に修復するから心配ない。

 

 

よろよろ、と立ち上がって部屋から出ていく。しかし傷の修復も未だ完璧ではない。再生の途中でありながらも、彼はある場所を目指していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二課の本部。司令室で全員が集まっていた。重苦しい空気の中、弦十郎は厳かな口調で伝える。

 

 

 

「───まず皆に報告がある、剣くんについてだ」

 

 

この場に唯一いない青年について。

彼は先日の戦いで内部裂傷からの大量の出血で倒れた。あまりの惨状に医療を任された了子すら言葉を失った程の重体だった。

 

しかしそれが敵に付けられたものではなく、自分自身の力による弊害なのだから、恐ろしい事この上ない。

 

 

「検査の結果、彼の肉体は沢山の裂傷や破損が発生していた。外側も相当だが、内側の方が酷かったらしい」

「…………剣さんは、無事なんですか!?」

「あぁ、ノワール博士が力を貸してくれたお陰だ………改めて、礼を言わせて貰いたい」

『いや、その必要は無いよ。むしろ彼を助けてくれた事に感謝したいのは私の方だ』

 

彼の治療の手助けをしたノワール博士は、了子達に剣を助ける方法を教えて実践させた。その条件として体内のレントゲンを撮ることは許さない、という治療するにはあまりにも過酷すぎる要求だったが、博士の助力だからこそ成功できた案件だった。

 

 

 

「今は安静にしているから安心してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

────だが、本題はここからだ。あの時の戦いについてだ」

 

 

再び、司令室内の空気が重くなる。彼等は互いに知っている情報を口にしていき、現状をまとめ上げていった。

 

 

「ネフシュタンの鎧を有する少女は剣君を『魔剣士(ロストギアス)』と呼んでいたらしい。だが、この事を知っているのは俺達二課ぐらい」

「それではまさか…………我々の中に内通者が?彼の情報を伝えた上であの少女に捕らえさせようと…………」

『あるいは内通者以外かもしれないね─────【魔剣計画】とか』

 

 

この二課での内通者の存在を知り、引き締める翼。彼女の可能性も否定せず、博士はもう一つの可能性を提示した。

 

 

『あの「アルビオン」も【魔剣計画】が造り出した兵器だ。魔剣(ロストギア)技術の副産物。剣クンを軽々しく吹き飛ばしたんだ、あれは魔剣を組み込まれてると考えた方が良いかもしれない』

 

「魔剣が組み込まれてる…………じゃあ、あれは剣さんと同じくらいなんですか?」

 

『いいや、心配いらないよ響クン。あの威力なら剣クンでも倒せる。「アルビオン」があれしかいないのなら、楽に終わるだろう…………本当に、あれしかなければね』

 

 

含んだような独り言を漏らす博士。彼の言葉に怪訝そうにしていた面々だったが、博士は次の話題を語り始めてしまう。

 

 

そんな最中、

 

 

「叔父様、私は……」

「どうした? 翼」

「あの時…………ネフシュタンの鎧を圧倒していた彼の姿が、奏と重なりました。初めて出会った時の奏と」

「………翼もそう見えたか」

 

 

かつての話だが、翼は数年も前からある少女と共にノイズと戦っていた。名を天羽奏(あもうかなで)、翼にとって心を許せる人間であり、心の支えでもあった人物だ。

 

 

同時に彼女は、ノイズへの憎悪を抱いていた。その復讐の為に過度とも言える薬物投与や訓練を続け、限界が近かった。それでも戦い続けたのは、彼女の奥底にあるノイズへの憎悪が原因───とも言い切れないが、そうではあるだろう。

 

 

 

先日の『ネフシュタンの鎧』との抗争の際、巨大な兵器を見た剣は激しく怒りを剥き出しにした。かつての少女と同じように、

 

 

 

自らの体を傷つけてでも、障害を排除しようとしたのだ。二課の面々にとってあまりにも苦しい光景だった。かつての悲劇がフラッシュバックするようで。

 

 

 

 

弦十郎達は、無空剣という青年を疑いたくはない。()の青年はノイズを倒すことを受け入れてくれた。1ヶ月も生活してる様を見ていても、彼は悪人には全く以て見えない。

 

 

 

「…………【魔剣計画】」

 

 

 

だが、彼が何かを隠しているのは確かだ。弦十郎達にすら秘密にしたい事実があるのは、間違いない。それを力ずくで知ろうとは思わない。

 

 

しかし、彼はかつて語った自分を魔剣士に変えた組織の名前を口に出した。憎悪のままに、それは明らかな復讐者の姿だった。

 

 

同じような少女を見てきた彼等だからこそ、すぐに理解できた。

 

 

 

 

「彼があそこまで怒りを見せる組織はどういうものなんだ?一体─────彼に何をしたんだ?」

 

 

 

 

誰も答えることが出来ない。それは無理もないし、仕方ない。彼の過去を知る者はこの場にはいない。ただ一人、この場にはいないであろうノワール博士以外は。

 

 

しかしノワール博士は絶対に話さないだろう。現に話してくれないと頼んだ時、『では君達とは手を切ろう。その覚悟があるなら構わないがね』とまで断言したのだ。

 

 

 

やはり事情を話せるのは、当の本人だけしかいない。

 

 

 

 

 

独自の音がした。

自動ドアが開いた音だった。全員の視線が音の発生した場所に集中する。

 

 

 

「………………」

 

医務室から拝借してきたらしき簡素なシャツを羽織った無空剣。青年は扉の片側に寄り掛かって、周りに目線を送っていた。

 

 

 

そんな彼の前に、弦十郎は歩み出した。彼は大きく頭を下げた。

 

 

「…………俺達には、君が何を背負っているのか分からない。だがそれはきっと、普通の人間には耐えきれない過酷なものなんだろう。そんな君に、俺達は頼らなくてはいけない」

 

 

その言葉に、否定することも出来なかった。自分を隠している、普通ならば話さなければならない事を。それなのに彼等と共に戦おうとしている、傲慢というべき自分の在り方に、嫌悪しかない。

 

 

「君や装者達のような、我々大人が守るべき若者達を戦場に出しているという不甲斐なさもある。だがその上でキミに頼む!!─────俺達に、キミの力を貸してくれ!!」

 

 

強いな、と剣は思うしかなかった。彼等はノイズという人間を炭化させる存在を相手にしているのだ。力が無いと見下せるようなものではない、既に覚悟が決まりきっているのだ。感心するしかない、彼等のような大人は凄いよな、と。

 

 

 

 

 

 

「まず、謝らせてください」

 

 

何故か、自分の口からそんな言葉が漏れた。理由なんて、全く分からない。衝動的なものだったかもしれない。

 

 

だからこそ、言葉を紡ぎ出す。勢いを逃すことなく。

 

 

「俺は、今秘密にしてる事を話すことは出来ません。話したいとは思いますが…………今は、無理です。怖いんです、もし話したとして、どんな風に見られるかって。

 

 

 

 

 

だから、時が来たらキチンと話します。それまで覚悟を決める時間をください」

 

 

 

 

 

 

「そして─────安心してください」

 

 

 

 

「俺は『魔剣士(ロストギアス)』です。戦争を終わらせる為に、誰かを守る事を前提として造られたでもあり、誰かを守る為に俺はここまで進んできました。だからこそ言います。

 

 

 

 

 

────任せろ、この力はその為にある」

 

 

────それが俺の、使命だから。

 

 

結局の所、彼は自らを顧みない。あくまでも自分が兵器だと一貫し続ける。真実を知られる事を恐れ、兵器である事に躊躇をもたない。

 

 

 

 

それこそ────その恐れこそが、彼が人間であるという証拠になるのだが。果たして彼は何時になったら気付けるだろうか。




無空剣を評価するのに、他の言葉を借りるとしたら『ロボットのふりをする人間』ですね。

『魔剣士』というものにされて人間じゃないと意識的に感じてしまった彼は、いつの間にか自分を兵器として決めつけてしまうようになります。


そんな彼は仲間達の無念と苦しみの記憶から、自分の命を犠牲にしてでも復讐を果たすという使命に駆られて動いています。


正直な話を言うと、『生きるのを諦めてる』んですよ。適当な理由をつけて、死に場所を探してるだけなんです。だからこそ、復讐を果たせば満足して自殺する、もしくは世界の為に戦って朽ち果てるでしょう。





…………早く助けて貰えないかなぁ、救われて欲しいなぁ。


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絶唱しないシンフォギアみたいな幕間

モチベーションの為に書きました。本編はちゃんと書きますので許してください(土下座)


この世界に来てから1ヶ月を優に過ぎた日、無空剣(むそらつるぎ)は自らの部屋で仮眠を取っていた。

 

 

 

補足するが、彼に趣味はない。どんなものにも集中できないという意味ではなく、楽しみというものを知らない事を示す。日頃から戦闘兵器としての訓練や改造などしか時間が無かった為、他の事に費やせるような趣味を見つけられていないのだ。

 

 

仮眠とは言っても彼の意識は半ば覚醒はしていると同時に喪失状態にも入っている。脳内の機能だけは停止して休憩させる代わりに、センサーなどの索敵反応機構を動かし続ける事で問題に対処しようと考えているのだ。

 

 

そして現在、彼の意識が突然覚醒した。理由は簡単、先程語った彼のセンサーが新しい反応を補足したらしい。それも近付いてくる生体反応を。

 

 

 

(………………誰か来るな。この反応からして響か、俺に用でもあるのか)

 

 

ベッドから起き上がり、扉の前に立つ。寝起きとは思えないくらいの様子でノブに手を伸ばす。

 

それと同時に、向こう側から大声が伝わる。

 

 

 

「すみませーん!剣さーん!少し良いですかぁー!」

「あぁ、構わないぞ」

「えぇっ!?早っ!?」

 

 

すぐさま扉が開けられた事に少女、立花響は声を上げて驚愕していた。声を出してから数秒も経たずに相手が出てくれば驚くのは無理もない。

 

 

取り敢えず響を部屋の中に入れて、コーヒーを淹れる。飲めるように砂糖やミルクなどを足して渡しながら、剣は響に疑問を問いかける。

 

 

「それで?用件はなんだ」

「私に戦い方について教えてください!」

「………戦い方、だと?響は司令に修行をつけてもらってるんじゃないのか?」

「そうだったんですけど師匠から────」

 

 

 

 

『戦いに関しては彼の方がプロだろう。実戦経験があるそうだからな、聞いてみるといい!』

 

 

「…………あの人、対応に困ったからって俺に押し付けてきたんじゃないよな?流石に投げやりだぞ?」

 

可能性を疑ったがすぐに否定した。彼が知る弦十郎の人格からしてそのような事はしない……………相当面倒でなければ、しないだろう。

 

 

ただの善意ってのは余程たちが悪いと再認識し直して剣は教える事を決意する。ここまで来てくれたのに断るというのも申し訳がない。

 

 

ならば教えるべきか、そう思いながらすぐさま行動を起こす。コーヒーを飲み終えたらしき響の手を掴んで、立ち上がる。

 

 

「それじゃあ行くぞ」

「行くって………あっ!ちょっと待ってください!何処にですか!?」

「外だな」

「いやそんな簡単に言わないでくれます!?もうちょっも詳しく────」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、このくらいの場所なら十分か」

 

彼等が訪れた近くの山奥。人気が無い割には大きな空間があり、大きく動き回れるような場所が取れている。

 

 

「さて響、まずは説明から…………響?」

(は、はわわわ………手を握っちゃった!?どうしよう!?)

「おい、おーい、響?何か悪いことした……………あ、そういうことか」

 

 

やってしまったなぁ、と漏らすがあまり気にした様子ではない。興奮状態(だと思われる)の響が落ち着くまで待つ事にした。

 

 

 

十秒も経ち、何とか我を取り戻した響に剣は当初の目的を果たすことにした。戦い方について教えるということを。

 

 

「戦い方には複数のパターンがある。相手が動く前に制圧する『先制型』、相手の出方で対応を変える『相性型』、確実な一手で倒す為に工夫する『必殺型』、相手の攻撃を利用する『反撃型』、体力を削り切るまで追い込む『消耗型』、他にもあるが…………お前は何が所望だ?」

 

 

 

 

「…………えぇと、えぇっと?もうちょっと詳しく、お願いしても………?」

 

 

思わず額を押さえる。どうやら彼女には難し過ぎる言葉の羅列だったらしい。まぁ専門用語ばかりだったので仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

 

だからこそ、分かりやすく例えることにした。馬鹿でも分かるような言い方で。

 

 

 

「ゴリ押しか色んな絡め技を使うか、好きな方を選べ」

 

 

「じゃあゴリ押しにします!」

 

即決だった。あまりにも早すぎる即決。呆れよりも呆然としていた剣は数秒間沈黙する。どうやら頭を使うのは苦手なタイプだな、と彼女の欠点を記憶の片隅に書き込む。

 

 

 

「じゃあお前に必要なのは決まったな」

「あれ?もうですか?」

「あぁ───────遠距離、お前がまず対策するのはそれだ」

 

そう言うと響は疑問符を浮かべそうな顔をしていた。少しだけ思い悩んでいた剣は懐から銃弾を取り出しながら言う。

 

「お前は主武装を持たない、物理特化だろ?あるとすれば拳や脚ぐらい、そんな戦い方だと厳しいものがある」

「それが遠距離ですか?」

「例えば、だ。銃や弓矢のシンフォギアが出てきた場合、近接のお前には厄介だろ?ただでさえ同じシンフォギアだしな、俺の場合は普通に耐えられるんだが。

 

 

…………俺の魔剣が適合出来るなら、話は早いかもしれないんだがなぁ」

「で、でもそれって危険じゃないんですか?普通でも難しいって剣さんが言ってましたし」

「だが響は違うと思うぞ。見てみて分かったが、適合率が俺よりも高い─────いや、悪い。話がずれたな」

 

 

手の中でひたすら弄っていた銃弾をまた懐に仕舞い込み、広間の中央に立つ。自分の両腕をゆっくりと持ち上げながら、響に声をかけた。

 

 

 

「取り敢えず、実戦が一番だ。響、ギアを纏え」

「あの、何で両腕を変形させてるんですか?嫌な予感しかしないんですけど……」

 

強ちそれは間違いではない、と適当に付け足しながら剣は両腕を持ち上げる。その先にあるのは五本指のある手ではなく、何本もの棒らしきもので囲われた砲身だった。

 

 

それは────一般的には機関銃と呼ばれる兵装である。しかし彼に搭載された場合、一般という言葉は合わない。未知の技術と科学が融合した以上、普通の兵器よりも火力は高いはずだ。

 

 

人気の無い山奥へと呼ばれるだけではなく、実戦という一言、それに続くように展開された兵器装備。

懸命な方なら分かるだろう。これから何が起こり、どんな結末になるのか。

 

 

その疑問への答え合わせは、剣本人の口から告げられた。

 

 

 

「今から五十メートル以上の距離から弾を掃射しまくる。お前はとにかく回避してながら俺に近づけ。ただそれを繰り返す、以上」

 

 

 

最初、響は目の前の青年の言葉が理解出来なかった。だってあまりにも常識外れ過ぎる。一瞬冗談かと思ったが、平然としている顔を見て考えを改めるしかない。

 

そんな彼女の顔を見て、

 

 

「安心しろ、実弾は使用しない。全てゴム弾に切り替えてある」

 

 

ドヤ顔で告げる剣だが、甘く見てはいけない。ゴム弾と言えど弾は弾。機関銃で放たれれば人間を吹き飛ばす事なんて簡単、重傷だって有り得るのだ。現に骨が折れて死傷が出ているという話があるくらいだから。

 

 

しかし彼が所有するゴム弾はこの世界のものではなく、彼のいる科学力が発展した世界の代物。非殺傷用と名高いものであり、現実でも運用されているくらい安心なのだ。それに今現在、響はシンフォギアを纏っている以上、そう簡単にはやられないだろう。

 

 

だが、それでも。

痛いものは痛い、それは彼女でも想像出来るくらい、単純なものだった。

 

 

 

 

「な、なんでぇぇぇぇえええええええええッ!!!?」

 

 

異論も反論も許されなかった。音もなく速射された弾の雨を響は絶叫しながら避け続ける。連続して、人気の無い山奥で激しい銃撃音が鳴り響いた。

 

 

 

結果から言うと、三十分近くは回避する事が出来た。

 

 

 

 

 

 

「つか………れた………はぁぁぁぁぁ」

 

「………二十五分四十九秒か、予想よりも持ちこたえたな。やはり司令から鍛えられたのもあるか、本人の実力でもある。魔剣士じゃないのによく出来たな」

 

 

淡々と評価する剣は倒れ伏す響に激励の言葉を送る。その本人は息切れをしながら大きな溜め息と共に力無く地面に転がった。

 

 

そんな彼女を横目に、剣は考慮に明け暮れる。

 

(通常の魔剣士なら最低でも一時間、俺なら二時間以上は続けられるが…………そういう事を言うのは吝かだな。響は俺達とは違って元一般人なんだ。普通から見て賞賛するレベルの成長だろう)

 

 

だが、と付け足しもう一度響に目を向ける。

 

 

(融合症例一号、彼女はそう言われていた。ガングニールという聖遺物との融合、俺の世界でもそこまで問題なく聖遺物との融合を果たした存在はいない。つまり、立花響は二つの世界で希少な価値を有するに違いはない………いや、今は止めておくべきか)

 

 

それ以上の考えを、すぐさま切り捨てる。

何時もこんな風に合理的に考え込んでしまうのは無空剣の良い所でもあり悪い癖だ。直そうと努力はしているが、あまり上手くいかないのが現状である。

 

 

 

(…………俺もまだまだ、という訳だな)

 

 

その後、迷惑を掛けたお詫びとして食事を奢る事にした。それを聞いた途端、疲れなど吹っ飛んだというように喜んでいた響に抱きつかれた。

 

 

 

 

その数日後、響は男の人と一緒にいたのと抱きついていたとして同級生達から魔女裁判(冗談の方の過激派)に掛けられるのだが、二人はまだ知らない。というか若干一名は他人事かつ無関心なのは間違いない話だったので気にしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《アイドルの事情》

 

 

そして今日。無空剣は前とは違い、ベッドの上に寝転がっていた。適当な本を黙読して、時間を潰しているくらいしかやる事がない。

 

 

そう思っていると、彼の耳に取りつけられたイヤフォンらしき端末が起動する。何らかの電波を受けた通信……通常では電話と呼ぶ物だと理解した剣は、すぐさま通話を開始した。

 

 

 

『もしもし、剣さん。少し時間が空いてますか?』

「────緒川さんか、何の用だ?」

 

連絡をしてきたのは緒川だった。剣は当初彼の事を『見た目は良い人間だが、確実に戦闘慣れしてるというか動きが恐ろしい程精練されてる=暗殺者か工作員らしき人物』と見ていた事もあったが、この件は後に回すことにしよう。

 

 

どうやら剣本人に用がある訳でないらしい。どちらかと言うと頼み事を任せたいというものだと思う。

 

 

 

『翼さんを呼んできて欲しいんです。今は自室にいると思いますので……』

「?翼がどうかしたのか?」

『いやぁ、本来なら僕が行く予定だったんですけど、急遽用事が入ってしまったので…………どうかお願い出来ませんか?』

 

あぁ、と思わず納得する。用事という話に対して疑問はあまり持たなかった。

 

 

この世界に来てすぐに知っていた話だが、翼は歌手活動を行っているようで、緒川さんはマネージャーでもあるらしい。昔は二人だったそうだが、過去の事件があり今はソロでやっているとも聞いた。

 

 

因みに博士が『最近のライブの動画とコンビの時の動画、あったら私の元に送ってくれないか!?頼む、後生だッ!!』 とオペレーターの藤尭さんに頼み込んでたという事も少し前にあった。その際は苦笑いするしかなかった。

 

 

よくよく通話に耳を済ませてみると、誰かの声らしきものもちらほら聞こえてくる。どうやら本当に用事があるらしく、手間取ってるようだ。

 

 

「暇だから良い。やる事も無いから、むしろ任せてくれて助かる」

 

 

どうせ断っても部屋の中で本を読むか仮眠を取るかぐらしいか無いのなら、それも良いかと考えを決める。感謝を述べる緒川だったが、すぐに『あと一つだけ良いですか?』と聞いてくる。

 

 

『翼さんの部屋に関してですが………他言無用でお願いします。口外されると困りますから……』

「…………?了解した」

 

何か妙に思いながらも承諾した。通話の切れる音と共に先程の緒川の様子に首を傾げる。

 

 

あの話し方は口元に手を添えてヒソヒソと小声で話すようなタイプ、あまり聞かれて欲しくないようなものに近い。

 

アイドルの私生活はあまり語られない、という話も良く聞くし仕方ないかもしれない。しかし緒川の反応はそれとは何処か違う気がする…………そう思うが、既に切れてしまったのでどうしようもない。

 

 

 

 

 

「………ここが翼の部屋か」

 

そう呟き、扉の前に立つ。大した感傷もなく呼び鈴を鳴らし、部屋の主である翼を呼ぶことにする。

 

 

 

……………しかし、どれくらい経っても出てこない。流石に怪訝そうになった剣は扉に手を伸ばすと、あっさりと開いた。

 

 

(?鍵が掛かっていないのか?)

「翼?いるか?いるなら返事をしてくれ」

 

 

部屋の中に足を踏み入れた剣は人気の無さに確認する。それでも声をかけて呼んでいたのはもしもの事を考えていたからだった。

 

 

 

 

そして数歩だけ進んで、動きを止めた。

彼の視界には─────明らかな地獄絵図が広がっていた。

 

 

 

 

無造作に散らかった衣服や紙やティッシュの使い捨て、それだけではない無数のゴミの山。あまりにも清潔感が無さすぎる惨状。

 

 

 

凄惨と言うべき地獄絵図の光景に、剣の中で思考が完全に停止していた。コンピューターが理解不能な現象に遭遇した時の反応と似てる…………というより、同じだった。

 

 

そして、知識サポートするAIすらも困惑していたが、ようやく我を取り戻した剣の頭に、ある可能性が過る。

 

 

(────襲撃!?俺達がいない間に翼が狙われたか!?しかもこれ程の有り様…………激しい戦闘だったか、もしくは何かを探しているのか?)

 

 

ぶっちゃけ、彼自身も激しく混乱していた。難解な事象を解決してきた知識や思考をサポートしてきたAIが匙を投げてしまったのだ。無理もないと言えば、馬鹿にする事も出来ないだろう。

 

 

そして、困惑していたからこそ、常に悪い方向に考える思考パターンが発動したのだ。最善ではなく、最悪を想定する故の、答えだった。

 

 

 

 

 

「───何をしているの?」

 

だからこそ、彼の予想を越える形で物事は進んでいく。真後ろから声をかけられた事にびっくりしていたが、すぐに振り返る。

 

 

不思議そうな顔して此方を見る、翼がそこにいた。スタスタと部屋の中に入ってきて、中央で固まる剣を見つめる。

 

 

 

「翼!?お前無事だったの─────」

 

先程の疑惑もありすぐさま駆け寄ろうとした剣だったが、やはり焦りすぎていた。近くのゴミに足をぶつけてバランスを崩した。

 

何とか持ちこたえて地面に倒れ込む事はなかった。前のめりに飛び出した手が何かに当たったお陰で─────

 

 

 

(待て?何に当たった?)

 

今一度確認してみよう。剣は中央にいたままで前のめりに倒れた。壁や障害物に当たるなんて事は滅多な事が無ければ有り得ない。

 

しかし彼の手は確かに触れていた。

目の前に移動してきていた翼の胸に。普通に柔らかいであろう感触が指先から伝わってくる。

 

 

 

 

 

ピシィッ!! と二人の時間が停止した。

言葉を失い固まるしかない剣に、口を開閉ばかりしている翼。互いの心境は想像に容易いほど混乱しているのは分かる。

 

 

そして剣が手を離す前に、彼女の方が先に動いた。

 

 

 

「───何をする!?」

「ぐはぁっ!?」

 

赤面しながら翼はビンタを叩きつける。頬に直撃した剣は吹き飛ばされる最中、ただただ思う。

 

 

────響と同じく俺も(はた)かれたなぁ、と。

 

 

 

 

 

 

「…………なるほど、緒川さんの言っていた事の真意が理解できた。確かにこれについては口外出来ないな」

 

ヒリヒリとした頬を押さえながらテキパキと作業をするという荒業をする剣の視線に翼は申し訳なさそうに顔を反らす。顔は羞恥によって真っ赤に染まってしまっている。

 

 

先程目の前に現れた翼に剣は大きく困惑していたが、どうやら事実の齟齬があったらしい。あの部屋は『何者かによって襲撃及び奇襲にあった』と認識していたが、そんな事実はなかった。

 

 

 

つまる所、凄惨すぎるこの部屋の有り様を作り出したのは部屋の持ち主である翼だったという事だ。最初は理解に追いつかなかったが、段々と冷静に読み込めてくる。

 

 

因みに翼が部屋にいなかった理由は近くの部屋で二課の人の手伝いをしてたらしい。すぐに終わると思っていたから鍵は必要ないと判断したとか………………

 

 

「ったく、こんな風でよく生活できたな。今までこのままだったとか言わないよな?」

「それは違うわ。ちゃんと緒川さんがやってくれるから」

「………マジかよ」

 

冗談で言ってみたら別方向の返しをされて憧れの人の悪い所を知ったように揺らぐ無空剣。周囲に散らばっている服などを片付けている中で、ある事に気付く。

 

 

「下着もか?下着も緒川さんにやって貰ってるのか?」

「そう、なるわね」

「……………マジなのかよ。俺もあの人も男だぞ?そこは大丈夫なのか?」

「…………」

 

 

返答は沈黙だった。どうやら今指摘されて気付いたらしい。また頭を抱えてしまう。さっきも聞いたが、『私は戦いしか知らないのよ』という言葉も言い訳として切り捨てることにして、

 

 

「掃除の仕方、教えるからさ。出来るようにしよう、な?」

「…………むぅ」

 

彼女の世間体への心配と出来る限り緒川の心労を取り除く為に、剣は翼に掃除を教えることを決意した。数日後に妥協して、特徴して受け入れる事になることも知らずに。

 

 

 

 

 

 

「前々から思ってましたけど、翼さんって凄いですね」

「…………そうか?」

「だってそうじゃないですか。私よりも先輩でちゃんとしてますし、何より理想の女性って感じですから!」

「……………………」

「あれ?どうしたんですか?少し暗いですよ?」

「あぁ、ええと…………そうだ響!俺も翼に平手打ちされたぞ!これでお揃いだな!」

「剣さん一体何したんですか!?」




作中でも語られましたが、博士(43)はアイドル好きです。元々はある理由で確認してただけですが、色々と拗れてオタクになりました。


本人曰く『オタクと呼ばれようと構わない。私は応援したいから応援する。その事実に変わりは無いよ』(キリッ)


…………らしい。


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目指す先

お久しぶりです!…………数ヵ月くらい投稿できなくても申し訳ないっす。作るのに時間が掛かったのと時間が無かったのが本音です。


これ今年中には無印終わんねぇーぞ……………もういっそのこと何年掛かろうが関係ねーわ!!(吹っ切れた)


アルビオンの襲撃事件から数日が経ち。

最近はノイズの襲撃が少なくなった一方で、変化は少なからずあった。

 

 

 

一つは響と翼の関係。

あの後、互いの意見を口にしたあったらしく、前よりかは充分マシな方へとなっていた。まぁ、まだ友達未満ではあり、仲間として仲良くなっているのだが。それに関しては、まだまだ時間を掛けていく必要があるだろう。

 

 

そしてもう一つは、響を強くすることだ。

彼女自身も強くなる事を望んでおり、弦十郎の特訓へと明け暮れていた。その合間に剣も響の特訓に力を貸していたのは確かだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今現在、職員の多くが集められた大規模なミーティングが行われていた。少しばかり休暇を取っていて事情が把握できなかった剣だったが、響や翼、弦十郎から状況を詳しく教えてもらった。

 

 

 

二課、特異災害対策機動部は政府からはあまり好まれてないらしい。もっと悪く言えば、忌みもの扱いされてるのだろう。情報秘匿故に、その活動すらも明かせないから。

 

 

だが、そんな二課が上手く活動できていたのは広木防衛大臣と呼ばれる人物の助力があったかららしい。話しか分からなかったが、聖遺物を欲しがる米国を牽制したりして二課のサポートを全面的にもしてくれた、要するに協力者なのだ。

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、その広木防衛大臣が暗殺された。護衛や秘書諸とも、皆殺しだったらしい。

 

 

写真から確認するに、全員が銃殺されていた。より話を聞くと、どうやら複数の革命グループから犯行声明が出されているようだが、現状を詳しく把握できてないようだった。

 

それまでの話を聞いて、考えへと明け暮れた無空剣の意見はというと、

 

 

 

 

 

 

(……………そんな単純なものか?)

 

何処か不審な所が様々あった。

二課の協力者である広木防衛大臣が殺された後、新しい防衛大臣へと代わるとも聞いた。その次の防衛大臣が親米と聞き、最初はその大臣を疎ましく思った米国の犯行を疑っていたのだが、

 

 

 

 

 

(いいや、米国にとってこの行動はあからさま過ぎる。証拠次第で自分達が不利になる可能性が高いのに、ここまでの危険を冒す理由が無い。だとすれば、米国を利用した誰かがいるな。そいつが今回の事件の黒幕と見ていい)

 

 

そこまで考えていた剣は聞こえてくる会話に、すぐさま耳を傾け始めた。途中までは知ってることばかり、つまり広木防衛大臣の事だったので思考を続けていたが、ここからは新しい情報が教えられると判断したのだ。

 

 

その情報を入手したのは櫻井女史。国会議事堂などがある永田町に赴き、政府の面々の対応に回っていたらしいが─────そこで機密資料を持ってくると共に、新しき任務が与えられたそうだ。

 

 

 

「私立リディアン音楽院高等科………つまり特異災害対策機動部二課本部を中心に頻発しているノイズ発生の事例から、その狙いは本部最奥区画、アビスに厳重保管されているサクリストD────デュランダルの強奪目的と政府は結論付けました」

 

「デュランダル?」

 

「EU連合が経済破綻した際、不良債権の一部肩代わりを条件として日本政府が管理、保管することになった数少ない完全聖遺物の1つよ」

 

 

不思議そうに首を傾ける響に、翼は横からそう補足した。ふぅん、と剣は何も言わずにそれを聞いていた。

 

 

直後に漏らした言葉は、何処か哀愁らしきものがあった。

 

 

 

「アビスは分かるが………デュランダル、か」

 

 

「あら?少し興味湧いたみたいな反応ね。もしかして剣君の世界でもあるのかしら?」

 

 

「正解だよ。こっちの方でも『デュランダル』はある。現にその断片を埋め込まれた魔剣士を、俺は知ってる」

 

 

その話を聞いて、数人が興味深いように彼を見てきた。主に、響と翼に了子、緒川などの数人だった。響や翼からしたら、無空剣と同じような存在がどのような人物か気になるのかもしれない。了子はデュランダル関連で、緒川は何故か分からないが、単純な興味かもしれない。

 

 

しかし続きを語る前に、弦十郎が咳払いをした。話を戻したいのだろう。肩を竦めて剣は「続きを」と短く告げた。

 

 

「デュランダルの強奪、それを防ぐために急遽移送されることになった。場所は永田町最深部の特別電算室、通称、記憶の遺跡」

 

 

「それは───」

 

 

危険ではないだろうか、という言葉を呑み込む。相手はそういう移送の場合を絶対に逃すとは思えない。襲撃があるとすればその時しかないだろう。戦争特化である魔剣士(ロストギアス)なら確実に、自分ですら襲撃する場合はそうする自信はある。

 

 

間違いなくネフシュタンの鎧の少女はあの場に現れる。【魔剣計画】の兵器、アルビオンを連れて。

 

 

 

しかし、それを実際に指摘することはなかった。何故そうしたかと言われれば理由があったのは確かだ。………言った所で変わる訳がない。今回の作戦は彼等ではなく、その上からの命令によるものだ。機密組織でありながらも、国の役人である以上、従う他にない。

 

 

 

強引に取り止めたとして、この二課が解体される可能性が高い。それは剣自身も望まない事だった。

 

 

違和感に気付きながらも、手が出せない立場にいる。その事実に歯噛みしながら、剣はその後の話を聞き入れていく。

 

 

────こうして、デュランダル護送作戦は開始された。後戻りに出来ない、どうしようもない程上手く誘導された形で。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「…………よし、今のところは順調だな」

 

二課本部、大画面のモニターではデュランダルを護送する車が橋へと辿り着く。先頭車両が橋を通る最中、オペレーター達も顔を引き締めて反応を探っている。

 

 

 

「しかし、悩ましいな」

 

独りでに呟く弦十郎。彼の返答はあまりにも小さいもので、答える者は誰一人もいなかった。

 

 

しかし、そんな彼のポケットから短い電子音が鳴る。メールが来たらしい。この状況で誰から送られたのか心当たりがなく、弦十郎は眉をひそめながらも携帯を開きメールの内容を確認した。

 

 

 

 

『それは、この組織にいるであろう裏切り者についてかな?風鳴司令殿』

 

 

思わず息を呑み込む。すぐさま携帯を閉じて、近くにいたオペレーターに断りを入れて、司令室から廊下へと出る。

 

 

 

扉を閉め、誰も聞いてないのを確認すると、重たい声で問い掛けた。誰もいない廊下、話を聞いているであろう人物に向けて。

 

 

 

「…………気付いていたのか?ノワール博士」

『生憎、私は彼とは付き合いが長くてね。このような状況で、何を疑うかは分かる方だと思っているよ』

「博士の考えを聞かせて貰いたい………これらの件についてどう思う?」

『手の込んだやり方、としか思えんね』

 

 

答えたのは、携帯からの男性の声だった。ノワール・スターフォン博士。無空剣と同じく、此方ではない別世界に在中する人間。しかし彼とは違い、博士はこの世界には来てない。まぁ、別世界であるのに通信が繋がるのはおかしいと思うが、通信を繋げる為のアンテナを配置したから(剣が)問題ないらしい。

 

 

博士は端末越しにため息を漏らす。苦手なものを、やらされてるようだった。

 

 

『防衛大臣を暗殺させ、デュランダルを護送させる。その隙を狙って襲撃をしかける。

 

 

 

 

随分と遠回しじゃあないか。ノイズという大量殺人兵器を操れるなら、実際に本部(ここ)を襲撃してしまえば簡単に強奪できると思わないかね?』

「だが、敵は────ネフシュタンの鎧の少女は現に本部を襲わなかった。周囲にノイズを出現させるなどの行いは何度もあったが…………」

『それだよ』

 

突然の事に弦十郎は眉をひそめる。一部を指摘した博士は、その意味を語り始める。

 

『本部を襲わなかった。襲わないのではなく、実際には襲えないんじゃあないのかな』

「襲えなかった、か」

『それは彼女自身の意思とは考えがたい。彼女を裏から操る存在────話を戻せば、裏切り者の目論みと考慮した方が良いだろう。しかし、完全聖遺物を二つも所有する存在か…………まさか「彼等」ではないよな?』

 

 

「彼等」、については弦十郎もある程度は予想できた。彼等が逃げているという組織、名を【魔剣計画(ロストギア・プロジェクト)】。先日現れた兵器もその組織が造り出したものらしく、因縁を疑うのは無理もないだろう。

 

 

 

『ま、私にはこの程度の推測しか出来んがね。ただの科学者、探偵じゃないからそういうのを期待されても困るよ』

 

困ったものだよ、と博士は愚痴る。数秒くらい沈黙が続いていたが、端末からの声が弦十郎を軽く促した。

 

 

『あぁ、ほら。早く司令室に戻った方が良いんじゃないかな?』

「………まさか」

 

言われるがままに、司令室に飛び込む。ピッタリ同時に警報が鳴り響いた。

 

 

 

大画面のモニターにはデュランダルを護送する車が通っていく様子が写される。その最中でオペレーター達が大声を張り上げていく。

 

 

「緊急報告!進行方向の通路である橋の崩落!護衛車両の一、二台が巻き込まれました!」

「敵襲か!橋を崩した所を見るに、ノイズか!対象の数は!?」

 

画面には崩された橋が映っている。これほどの破壊は爆弾やミサイルというものではない、通常の経験からノイズの仕業だと考えていた。

 

 

しかし、他にいるオペレーターの数人が否定の声をあげた。

 

 

「いえ!ノイズの反応は確認できません!繰り返します!ノイズは橋付近にはいません!」

「馬鹿な!ノイズ無しで橋を崩すことなど────」

『出来るとも。お忘れかね?』

 

連絡が続いていたらしく、端末から声が静かに響き渡る。思わず息を飲み込む彼に、博士は達観した声音で語った。

 

 

 

『ネフシュタンの少女は中々優秀な兵器(オモチャ)を持っていただろう?』

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

クソ! と悪態をつきながら、車の扉を強引に蹴り破る。部品を散らして横に吹き飛ぶ鋼板のドアは勿論、黒服の運転手の泣き言なども気にせず、(つるぎ)は外に出て前方に目線を向けた。

 

 

 

デュランダル護送の為に通ろうとしていた橋。真ん中に来た所で、進行方向である前方が爆散した。被害にして、数十メートル規模の破損。頑張っても車での移動は不可能な状況だった。

 

 

「随分と近くから狙撃してきやがったな。バレようとお構い無しって訳か」

「………狙撃?」

 

黒服の男性は思わず剣と前方を何度も見る。これ程の惨状を引き起こしたのを、狙撃と言うのに疑問しかないのだろう。

 

 

しかし剣は自身に向けられた疑わしいような視線を無視する。歩行者専用の道、その側面に掛けられた柵から真下をゆっくりと見下ろした。

 

 

そこで、動くものを見つけた。

 

 

 

「お出ましか、『アルビオン』」

 

 

視線の先─────橋の真下にある海の水面に、何かが出てきていた。浮かぶというよりも、辺りを覗いてるのが正しいのだろう。

 

 

 

純正の金属で加工された装甲を有する大型兵器。『アルビオン mark-α(アルファ)』が、真下から狙撃してきたのだ。砲弾代わりと言わんばかりの、衝撃波の砲撃を用いて。

 

 

剣は片手で円を作り、片目の義眼を細めさせる。機能として強化された視力で『アルビオン』を睨みつけていると──────巨体の兵器が口を大きく開いた。

 

 

 

 

ガシャコン ! と再び内部から太い砲身が展開される。照準は『アルビオン』から見たら真上────自分達ではなく、橋の方へと定められていた。

 

 

 

不味い、そう思う間もなく剣は咄嗟に取り出した無線に声を荒らげた。

 

 

 

「全員聞こえるか!『サクリストD』から六番目以降の車は出来る限り前へ!それ以降は全て後退しろ!!」

『──ッ!しかし防衛の為の戦力は───』

「橋ごと吹き飛ばされる気か!?良いからさっさと言う通りに動けェッ!!!」

 

 

応じるように、後方の車両が一斉に動き出す。しかしそれでは間に合わない。水面から顔を出しているアルビオンの砲身に、()()()()()()()()()

 

 

 

(───間に合うか!?いや、間に合わせる!!)

 

魔剣(ロストギア)!《グラム》 起動!!」

 

瞬時に、『魔剣』を纏いながら駆け出す。漆黒に輝く装甲が形を持って顕現した時には、剣は橋から飛び出していた。

 

 

 

 

 

 

 

─────直後、不可視の砲撃が青年の身体に炸裂する。何十にも反射と収束を繰り返した、衝撃波の爆発が。一見何が起こったのか分からないのが普通だが、一度経験している、見たことがあるものなら、よく分かる一撃だった。

 

 

幸いな事に、直撃ではなかった。そのまま橋の向こう側へと飛ばされる事なく、バウンドを繰り返してコンクリートに叩きつけられた。

 

 

その威力を物語るクレーターから起き上がり、青年は呻く。それも遠くにいる兵器に向けて、苦い笑みを浮かべながら。

 

 

「…………やってくれる、な…………」

 

彼の纏う鎧は大したダメージを受けてはいない。しかしその奥にある生身の体には、確かに痛みがあった。そんな大きな損傷ではなく、鈍痛という形だが。

 

 

魔剣士(ロストギアス)を追い込めるのは、完全聖遺物くらいだ。そうですらない、『アルビオン』は剣を殺す手段は存在しない。

 

 

 

けれども、殺す事は出来なくても、足止めは出来る。何発も真空の砲撃を連発してれば、この場に固定することも容易い。

 

 

 

アルビオン自体を潰しに行く事も頭に入れていた。しかしもしそうすれば、あの砲撃から橋を守れる者はいなくなってしまう。実際にアルビオンの元に辿り着く前に、最低二発は砲撃を許してしまうだろう。

 

 

だからこそ、剣は身構えていた。あの兵器がどのような行動を取るのか。瞬時に予測して対策し、叩き潰す策を編み出す為にも。

 

 

 

 

 

しかし、ずっと静寂が続く。先程のような砲撃音と爆発が炸裂してこない。

 

 

 

 

 

「………………あ?」

 

数分もの間、追撃が来ることはなかった。その事実に驚いたのは、他ならぬ剣本人だ。今、攻撃をしかけるのが常識な筈だ、むしろそうしないのには理由があるのか? と疑ってしまいそうになる。

 

 

何故だ? と考える最中、海面から此方を見上げていた『アルビオン』が動いた。胴体から展開した砲身を戻し、静かに潜水を行った。背を向けて、戦場からの離脱を開始したのだ。

 

 

「………」

 

力を抜くと同時に、彼はアルビオンの砲撃の惨状を見つめていた。

 

 

『アルビオン』は、何故撤退した?

海面ならば幾らでも攻撃は出来た。最低でも二発、最大でも六発は撃ち込めるチャンスを無にしたに等しい。

 

 

海中に潜って隙を伺っていると思っていたが、すぐに否定した。自身の脳内に組み込まれた高性能センサー。自動で対象を捉える事が出来る機能に、アルビオンの反応は確認出来てない。この場から離れているのは確かだ。

 

 

 

 

或いは──────

 

 

「………俺を足止めする必要が無くなった、って訳か」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

剣が『アルビオン』を発見した時、車から飛び降りした響は、襲撃者である人物を見つけることが出来た。

 

 

「………先日以来だ」

「あぁ、その通りだな。お高く止まった人気者さんよ」

 

 

杖らしきものを片手に持つネフシュタンの鎧の少女。

今はシンフォギアを纏った翼と相対しており、彼女に煽るような言葉を投げ掛ける。

 

 

対して翼は、単刀直入と言うように告げる。

 

 

「デュランダルは渡さん。そしてここで貴様から鎧を取り返す」

「ハッ!『アルビオン』に手も足も出なかったお前が、あたしを倒すだって? 笑えねぇ冗談ってのはさぁ、まっったく面白くねぇよなぁ!!」

 

先日の事を口にして嘲笑うクリスに、翼は否定することなく無言を貫く。その様子を見てクリスは挑発が効いてないと理解すると、不愉快そうに杖らしき物を取り出した。

 

 

「ゴチャゴチャ口で語るのも面倒だ。さっさとデュランダルを奪わせて貰うか!」

 

杖を掲げると同時にノイズを召喚していく。それが戦いの火蓋を切った。

 

 

翼は群がってくるノイズを切り伏せながら、ネフシュタンの少女への攻撃も忘れない。凄まじい程の再生機能を誇る鎧を有する少女は諸ともしないが、不愉快そうに顔を歪めて更に鞭を乱雑に振り回す。

 

 

少し離れた所で、響はノイズ達を倒していく。正拳突きや膝蹴りで、辺りのノイズをまとめて粉砕する。

 

 

 

そんな時、小さな音が聞こえた。

しかしそれだけの音に、響や翼、ネフシュタンの少女は意識を奪われた。全員の視線の先には、デュランダルを収納したケースがある。

 

 

「この反応………二人のフォニックゲインに反応してる?─────まさか、起動するの!?」

 

 

護衛車から降りて、戦いを見ていた了子は思わずといった様子で漏らした。彼女の目の前で、ケースが内側から吹き飛ぶ。中に収納されていたであろうデュランダルが姿を現し、固定されたように上空に浮かぶ。

 

 

「……!響!貴方に任せるわ!デュランダルを!」

「は、はい!」

 

少女との戦いをしていた翼は、響に声をかける。応じるや否や、響はデュランダルを回収せんと動く。

 

 

それを、ネフシュタンの少女が許すつもりはなかった。

 

 

「ふざけんじゃねぇ!んな真似させるわけ───」

「させないと言っている!」

「チィッ!邪魔すんじゃねぇよ!!」

 

走り出す響に追い縋ろうとするネフシュタンの少女。荊の如く鞭で縛りつけようと伸ばすが、横からの翼の一閃に咄嗟に飛び退く。

 

 

 

そして、その間に。響の伸ばした手が、デュランダルの柄を──────

 

 

「────確保!」

 

握った。デュランダルが、響の手の中に収まる。瞬間、周囲に強大な波動が発生した。

 

 

「………はっ!?」

「ッ、これは───」

 

とてつもないオーラを前に戦闘を行っていた二人も視線をデュランダルを手にした響へと向ける。

 

 

更に、天上から光の柱が伸びる。ただの光ではない、科学的には説明不可能に近い閃光。神の威光だのなんだの、そんな神秘で語らねばならないもの。

 

 

響本人の様子もおかしい。瞳孔を大きく開き、全身を震わせる。自分の意思ではない何らかの力が働いてるのか、響は剣を天へと掲げた。

 

 

錆びていた筈の刀身に、光が宿る。金属的な光沢と、黄金に輝く剣──────完全聖遺物(デュランダル)の起動が、今為された。

 

 

「───ヴ」

 

同時に、担い手である響の様子も変貌する。両方の瞳は不気味光る赤色と化し、禍々しく揺れる。

 

ガチガチと歯を鳴らしていたが、口を紡ぐと大きく開き───────叫んだ。

 

 

 

「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴァァァァァァァァ!!」

「こいつ、何しやがった!?」

 

人のものには思えない、獣の雄叫びにネフシュタンの少女は狼狽える。ハッと何か気付き、後ろにいる了子の姿を一瞥した。

 

 

それほどの光景を、何処か嬉しそうな笑みを浮かべながら見つめている。了子の様子に気付いた翼は不気味に感じてしまった。いつもの櫻井了子とは違う、異常さを見せつけられたようだった。

 

 

しかし少女は怒りを押さえられないと言うように、歯軋りして響に向き直る。腰にあった杖を手にするや否や、雄叫びに負けない声量で叫んだ。

 

 

「その力を、見せびらかすなぁぁぁぁ!!」

 

ノイズを数体召喚しようとしたその時、理性なき響の視線が少女を捉える。

 

射抜かれた途端、少女の全身に恐怖が殺到する。不味い、このままでは殺されると、鋭い直感が過った。

 

 

だが、もう遅い。

すぐさま逃げようとしても、遅い。

掲げていたデュランダルを深く振り上げて、少女に狙いを定める。人命なんて気にしてない、確実に殺す程の力を込めて。

 

 

 

 

 

 

─────しかし、その次に炸裂したのは強大な破壊ではない。

 

 

 

 

「─────響ぃぃぃぃぃぃィィィィッ!!!」

 

凄まじい程の速度で突っ込んできた青年と、腹の底から吐き出したであろう咆哮であった。

 

 

無空剣。

最強の魔剣 グラムを宿す青年が、戦場へとただ突撃していく。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

数秒前、剣はその光景を離れた場所から目にしていた。デュランダルの覚醒。それの影響か様子をおかしくさせる響の姿。

 

 

 

(あの状態も、長くは続かない)

 

カチリ、と冷徹な部分がそんな風に決定づけた。彼の脳内組み込まれた、自立的に補足するコンピューター。最適な行動を彼の脳として最適化する機能が、答えを出す。

 

あくまでも冷徹な、答えを。

 

 

(取り敢えず、時間を稼げばいい。エネルギーだって限界もある。暴れさせ続ければ響はいずれあの状態から戻る─────)

 

 

 

 

 

 

────また、諦めるのか?

 

 

 

 

脳髄に、声が響く。凛とした少女の声、それが自分の声と重なって聞こえたのは気のせいなのか?しかし、現実的に耳に入ったらしく、剣の目は大きく開かれた。そして─────、

 

 

 

 

「………いいわけ、ないだろうがァッ!!」

 

全力を込めて、寄り掛かっていた柱を殴りつける。拳の内に響く鈍痛に眉を潜めることすらせず、ただ痛みを受け入れる。

 

 

自分への、軽蔑しかなかった。あんな風な破壊を、立花響は望まない。むしろそれを行っていたと知ったら、絶対に悲しむだろう。

 

 

 

それなのに、自分は。無空剣は冷酷に、倒れるのを待とうとしていた。感情的な考えではなく、機械的な考えを優先しようとしていたのだ。

 

 

 

少女に関しても同じだ。敵だから見捨てようと、助けようともしなかった。あくまでも、被害を考えて効率的に利用しようとしていた。

 

 

 

馬鹿馬鹿しい、何が『魔剣士』、最強の兵器だ。最強の兵器である自分が、相手をすべきだろう。他人に全てを任せるなど機械の思考だ、何の為にこの身体になった?人を救う為の筈だ、人を守る為の筈だろ、無空剣。

 

 

 

最強の兵器など、もう止めだ。

そんな称号、簡単に捨ててみせる。

目の前の悲劇を止めるためなら、どんな風になったって構わない。

 

 

 

かつて捨てたと思っていた、痛みなど感じない程に乾いてしまった心がそう叫ぶ。

 

 

彼は知らない。

自身の動力源となる激情、それに起因するものが響達との出会いにあると。磨耗した心が少しだけ癒え、本来の自分の意思を抱くようになれた事を。

 

 

まるで滅多に起こらない奇跡のように、ちっぽけな意地と命すら掛ける覚悟が無空剣を突き動かした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

速度を緩めることなく、剣は響へと突撃していく。彼女もそらに気付き、激しい敵意と殺意を眼に乗せて放つ。

 

肌にビリビリと感じてくるオーラに気圧されそうになるが、何とか押し殺し─────振り下ろされるデュランダルを、漆黒の装甲を纏う腕を前に出して防ぐ。

 

 

ビギビギ! と装甲が砕かれるが、剣はニヤリと笑う。デュランダルの強度が魔剣(ロストギア)を上回っている。けれど完全に切断に至れなかった所を見ると、ギリギリに見える。

 

 

 

「……な、なんで?」

 

思わずといった様子で呟くネフシュタンの少女。剣が飛び出した事で標的だった彼女は何とか助かったらしい。確かに今の動きだと少女を庇ったように見えなくもない。……………元から助けるつもりだったからこうつごうではあるが。

 

 

 

「────翼!周囲の人の避難を!出来るだけ早く頼む!!」

「────了解した!立花を頼むぞ!」

 

呼び掛けられた翼は応じると、そう言ってこの場から離れていく。周囲には少女が生み出した?らしきノイズが在中している。もしあれが護衛達の元まで向かえば被害は増大する事だろう。

 

 

翼が行ったのを確認すると、目の前で攻撃を行おうとする響の腕を掴み、遠くへと投げ飛ばす。そして今度は、ネフシュタンの少女を見た。

 

 

「おい、お前。早くここから退け。巻き込まれて死にたくないだろ」

「な、なんであたしを………」

「早くしろ。お前を守って戦うのも大変なんだ。理解して欲しいな」

 

少女は何か言いたげだったが、すぐに背を向ける。姿が見えなくなった途端、目の前で瓦礫が大きく吹き飛んだ。

 

 

投げ飛ばしていた響が、禍々しい眼光を向けてくる。獣のような唸り声を漏らしながら、剣に本格的な敵意と殺意を滲ませる。

 

 

「ヴヴヴヴヴヴッ!!ヴヴヴヴヴヴェェェェァァァァァァァァッ!!!」

「少し、待たせたな」

 

 

何故か、そんな風な一言を口にしていた。試すような言葉を告げる彼の頭は高速の勢いで動いていた。どうやって立花響を救うか、彼女を無傷で救う方法を見つける。

 

 

(暴走の原因、それは目に見えてデュランダルだ。あれからの力が、響を暴走状態に陥らせてる)

 

 

ならば、と結論を出す。響を傷つけさせない、何より惨劇を酷くせずに平和的に終わらせる方法を。

 

 

(─────デュランダルを引き剥がす!グラムの力を使ってでも!!響を無傷であの状態から解放するにはそれしかない!)

 

「………………来い」

 

 

顔に笑みを張りつける。破壊衝動の獣でも分かるであろう、挑発的な笑みを。掌を翳し、クイクイと手招きも追加する。

 

 

「俺がお前を止めて(救って)やる。だから来いよ、お前にだってこれくらいの意味は分かるだろ?」

「ガ、ガァァァァァァァアアアアアアァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」

 

 

そして、響と剣は戦いを始めた。響自身の戦い方も、前とは桁違いだった。いや、破壊衝動に飲まれてる以上、何事も顧みずにただひたすら敵を殺すことしかないからこそ、これほどの強さを発揮するのだろう。

 

 

 

 

───俺は、誰も救えなかった!

 

 

自分と同じく魔剣士(ロストギアス)へとなる為に死んでいった同年代の少年少女。

 

 

そして─────大切な二人の親友。

 

 

知ってる者なら数十人、あの計画で死んでしまった。けれどもし、立ち向かえていれば結果が変わったかもしれない。どうあがいても、変えられなかったかもしれない。

 

 

 

だが、今は違う!

無空剣には力がある。例えそれが国を滅ぼせる程の力だとしても、それをどのように使うかは彼の手に掛かっている。それならば、少しでも、現実を変えられることが出来る筈だ。

 

 

 

───だから、伝説の魔剣(グラム)!その力を示せ!最強と謳われたお前の力を使ってでも!!

 

 

 

 

暴走する響が、片手を振り下ろす。爪が、鋭い爪が戦艦の砲撃すら耐えきれる装甲を引き裂いた。肩近くの皮膚も同じように裂け、赤い血が舞う。

 

 

それでも、剣は止まるつもりはなかった。この程度の痛みなど、全く辛く感じない。かつての実験の方が辛かった、守れなかった時、絶望した時の方が苦しかった!

 

 

 

 

 

───魔剣は破壊と殺戮の為にあるのではないと、人を傷つけるだけの力ではないという事を! 俺が、俺達が、ただの兵器ではないことを!

 

 

 

ザシュッ!! と。

 

ついに、響の爪が、剣の装甲を貫く。比較的に防御の薄い腹部を容赦なく抉っている。しかし、剣は笑みを作る。唇の端から血を流しながらも、響の腕を掴む。

 

 

「ガァッ!?」

「………これなら、確実に止められるな」

 

身体から自分の腕を引き抜こうと抵抗する響だが、それ以上の力で押し止める。例え暴走してようと、魔剣士(ロストギアス)が簡単に押し負ける訳がない。

 

 

このまま一撃で葬ろうとしてるのか、金色に輝くデュランダルを構える。勿論、全力の一撃を受ければ剣だってただで済まない。だが、ただで受けるつもりもない。

 

 

 

 

GLAM(グラム)主要武装展開(アームド・オン)──────『龍剣グラム』、抜刀》

 

片腕の装甲が複雑な機構と共に変形する。掌を覆うように、装甲以上の美しき漆黒を宿す刃。デュランダルと同じく神代の遺物の一種と言われても納得できるような、感じが内包された剣。

 

 

『龍剣グラム』

その一振が解放される。ただ敵を殺すためではなく、ただ龍を討ち滅ぼす為ではなく。

 

 

 

 

救うべき人が、今目の前にいるからこそ──────

 

 

「その力でっ!守ってみせろッ!一人の女の子を助けて!証明してみせろォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!─────ロストギアァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

 

黄金の聖剣と、漆黒の魔剣が衝突する。信じられない程の轟音と衝撃波が荒れ狂う。二つがぶつかり合った場所には尋常ではないクレーターが発生し、

 

 

 

黄金の剣が─────遠くの地面に転がる。グラムがデュランダルを圧倒した事が、証明された。

 

 

 

デュランダルが放れた事で、響の様子が戻る。先程までの破壊衝動の獣のオーラは消え、そのまま倒れ込みそうになる。その直前に抱き抱えてやると、静かに眠ってるのが分かった。

 

 

コンクリートの地面に寝かせる訳にはいかない。そう思い、彼女の頭を脚に乗せる事にした。彼は気付いているかもしれないが、この体勢は膝枕に近い。羞恥心も無いのは、そんなものを抱く余裕がないのだ。

 

 

 

「…………大丈夫かしら、剣君?」

 

眼鏡を掛け直しながら駆け寄ってきた了子はそんな風に聞いた。剣は一瞬首を傾げる。逃げたと思っていたがこの近くにいたらしい。よく巻き込まれずに済んだな、と。

 

 

…………ふん、と小さく笑う。それはそれで、どことなく満足そうな笑顔で。ボロボロとなった身体で、いつものクールさを保った様子で。

 

 

 

「─────楽勝だ」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『司令、最後にだが一つだけ教えておきたい事がある』

 

 

成功の余韻に浸る二課本部。すぐに救援を送るように指示を出した弦十郎の携帯に、そんなメールが送られてきた。

 

 

先程の会話のように音声を使わないのは、裏切り者の存在を本格的に警戒してるのかもしれない。用心深いとも言える慎重さは、彼等が組織の追手に捕まらずに過ごしてきた事を意味している。

 

 

『私としても暇でね。君達の施設回線からネットワークにハッキングをしたみた訳だ。その結果、米国の機密ネットワーク内から君達に関する警戒ランクなどの情報が見つかった。ついでに、興味深い単語も確認できてね』

 

 

…………聞きたいことが山程あるが、処理できないので止めることにした。

 

 

 

「その、単語とは?」

 

小声で呟く弦十郎。

答えるように送られてきたメールの内容が更新される。文章の羅列、その下にあるのは新しく用意した言葉であると同時に。

 

弦十郎が口にした、疑問に対する答えが記されていた。

 

 

 

Fine(フィーネ)…………気になったのだが、これは名前か何かかね?』

 




気になったんすけど、デュランダルって凄いっすよね。無限のエネルギーとか使いようによれば世界が変わるじゃないですか。まぁ聖遺物だから世間に露見する訳にはいかないですけど。


そう言えばノイズ被害者も聖遺物の正体を隠すしかないのが原因なんでしたっけ。理不尽な話ですよね、ほんとに。


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遭遇

寒い、寒い…………ただでさえ、冷えた牛乳飲んだからお腹が痛い……………。


結論から言うとデュランダル────サクリストDの移送は遂行できなかった。実際には断念したという方が正しい。

 

 

完全聖遺物は起動してしまえばそう簡単に停止することはない。だからこそ、誰かの手に渡ってしまえば危険なのは用意に分かる。

 

 

故に、デュランダルは二課本部にて保管される事になった。より正確には、『アビス』という地下領域に。無理に移送するよりもその方が良いという話になった。

 

 

 

 

 

「────剣くん、貴方ってホントに不思議な身体してるわよね」

 

デュランダル移送から数日。医務室で待機していた剣を見た了子がそんな風に言った。その理由は彼の身体にある。

 

 

今現在、彼は上着を着ていない。つまり半裸という状態だった。普通とは思えないほどの筋肉のついた上半身が露出しているが、剣は身震いすらせずに椅子に座って待機している。

 

 

彼の身体には、傷一つ存在してない。問題はそこなのだ。先日、デュランダルによって暴走した響との戦闘で彼は傷を負っていた。致命傷といったものは少なかったが、鎖骨辺りを切り裂かれたり腹部を抉られたりと軽傷とは絶対に言えない状態であった。

 

 

それなのに。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよねぇ。普通なら一ヶ月は休むほどの重傷だったのよ?」

「…………まぁな、俺達はそう簡単には死なないさ。出血多量や欠損程度は何とかなると思う」

「程度ってねぇ………ホントなら危険なのに。それも『魔剣(ロストギア)』の恩恵の一つかしら?」

 

言葉通り、剣の状態は健康以外の何物でもない。傷一つ存在しない、筋肉の整った体が確かに証明していた。何からの治療措置を取ったとか言う次元の話ではない、自動的に完治されていたのだ。普通では処置を施さなければ死ぬ可能性もある重傷を。

 

 

「あぁ、『魔剣(ロストギア)』の機能だ。自己修復(オートリヴァイブ)と呼称されているんだがな。基本的に傷や欠損を自己的に治してたり出来る。それをやるのは俺じゃなくて、『魔剣(ロストギア)』自体だ」

「…………私でも難しいわ。────ねぇ、お姉さんにちょこっとだけでも調べさせてくれない?」

「遠慮します」

 

キッパリと拒絶する剣。冷徹に言う青年に、了子は簡単に退こうとはしなかった。それは単純な好奇心、というには違うものかもしれない。

 

「ねぇお願い!これは研究者としての、いやシンフォギアシステムを作った櫻井了子としての意地に関わるものよ!!」

「止めてください」

「ちょこっと!ちょこっとだけ!何なら先っちょだけで良いわ!!」

「止めてください────遠隔でパソコンのデータを削除しますよ」

「それは止めて!?私の徹夜の意味が!!」

 

ある意味でも誰も傷つけず、ある意味では容赦の無い脅しに────櫻井了子は屈した。即座に平謝りしてくる大人に対して、青年は「冗談です」と適当に呟く。

 

 

………実際には、本気で干渉しようとしたが、プライバシーの問題もあるため、そういう事をするつもりはなかった。色々知る必要の無い情報を知ってしまい責任を取らされるなんて御免だ。

 

 

かと言ってまた巻き込まれるのも面倒だと判断し、剣は検査の礼を述べて研究室から出ていった。

 

 

 

 

廊下を普通に歩いてると、後ろから誰かが駆け寄ってくるのが聞こえた。振り替えると、そこには息切れしている少女がいた。

 

 

 

「剣さん!元気ですか!?」

「響か、どうしたそんな顔色を変えて」

「いや、言いたいことがあるんです!」

 

 

 

 

「あの時の事!すみませんでした!!」

「…………気にすることでもない、と言うのはあまりにも他人事か」

「そうですよ!だって……私、剣さんを傷つけましたし」

 

あぁ、と頷きながら納得した。

 

 

デュランダルを手にした事で暴走した響を助ける為、剣は戦い、その結果重傷となった。目覚めた後に、その事実を知った響からしたら、後悔しかないのだろう。

 

 

しかし、傷つけられた当の本人はあまり気にしてはいない。

 

 

「お前が俺を傷つけた事、誇れば良い。なんせ普通のお前なら瞬さ────秒さ─────まぁ、うん。分以内で撃沈だろ」

「言い直すなら言わないで欲しかった!あと遠回しの優しさが辛いっ!」

 

首を傾げる。どうやら図らずにも響に精神的ダメージを与えていたらしい。その理由は大体把握できてるので反省し、次に生かそうと脳裏に記憶しておく。

 

だが、このままでは響は引き下がらないというのも事実。故に剣は、別の話題にする事で気を反らそうと考えた。

 

 

「ところで響、何か悩み事でもあるのか?」

 

それを聞いて目に見えて驚愕する響。何故かと聞かれたが、勘だと適当に流した。実際に勘なので詳しく問い詰められても答えようがない。

 

「実は────」

 

 

 

…………

 

 

 

「なるほど。つまりこういう事だな?」

 

話を聞え終え、頷きながら内容を詳しくまとめる。

 

 

「お前の親友………小日向未来(こひなたみく)で合ってるな? 彼女は一般人だから、自分のしてる事を隠さなきゃいけない。だが親友に嘘はつきたくない、事実を教えてあげたい。けれど、巻き込むのはそれ以上に気が引ける………と」

「そうです……最近、それで悩んじゃってて」

 

 

困ったように笑う響だが、剣は真剣に頭を働かせる。しかし自分にとっての正解を見つけ出すのはそんなに時間が掛からなかったらしい。

 

思い悩む少女に、自らの考えを伝えるのも、同じく数分も必要なかった。

 

 

 

 

 

「俺としては、別に話しても良いと思うが」

 

 

 

 

え? と。

予想もしてなかった回答に、響は思わず呆然とする。

 

 

 

「お前の親友だ。他ならぬお前が近くで守ってやるべきだろ。距離をとっておくよりも、近くにいてやる方が俺個人としても良いと思う。大事な友情を失うより、マシな筈だ」

「で、でも………守れなかったら」

「守れない、じゃない。守るんだ。あまり弱気になるなよ、お前の自身の為にも──────だが」

 

 

指し示す。一度は響を、そしてすぐに自分自身を。

 

「どうしても駄目なら、頼ればいい」

「……、」

「風鳴翼や司令、二課の皆─────俺にも。守るためなら遠慮はするな、力くらいは貸してやるさ。自分のやりたいようにやれ、後悔なんてするなよ」

 

ま、結局は自分自身の意思だがな、と付け足す剣。そう言われた響は何処か重く考え込む。

 

 

「………ありがとうございました!」

「?」

「私!ちょっと考えてきます!」

 

 

そう言って元気そうに走り去る響の背中を見送る。ポツリと、小さな呟きが漏れた。

 

 

 

「…………礼を言うような事か?」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

その数時間後。

 

剣はリディアン音楽学院の近くにある街中を散策していた。ノイズが出てこないと基本的に暇であり、剣は何もしないと逆に落ち着かない性質を持ち合わせている。

 

 

だからこその、散策なのだ。適当に歩いていれば暇を潰せるだろうという考えもあっての事。

 

 

ふと、近くに並ぶ建物が目に入る。正確にはその建物と建物の間にある、人が通れる空間にだ。

 

 

 

(路地か………そう言えば俺がこの世界に来たのもこんな風な路地────いや、確かここだったな)

 

感慨深いと感じながらも素通りしていく。特に気にする事なんて、滅多に無かった。興味や関心、そういうものが無かった訳ではない。

 

 

 

 

「…………?」

 

そこで、剣は顔をしかめた。先程の道を戻り、横切った路地裏に視線を向ける。

 

誰かがいた気がした。そんな風に感じたのは魔剣士としてではなく、普通の直感や違和感かもしれない。気のせいと割り切る訳にはいかなかった。

 

そして、路地裏へと足を踏み入れる。堂々と歩いていた黒猫から威嚇されながらも、剣はそこにいたものを見つけた。

 

 

 

 

「………女の子?」

 

銀色の髪をした少女。何処か幼い印象が残った顔つきと今も地面に寝転んでる体格からして、年齢は十六歳程。自分より年下の少女がこんな路地裏で寝ていることすら衝撃であるのだが、それ以上に剣の視線がある部位へと固定されていた。

 

 

 

 

 

「─────大きい」

 

結論から言うと、彼の視線は少女の胸へと向けられていた。デカイ、確かにデカイ。独りでに漏らした呟きが比喩表現ではない、何ならもう少し例え方をオーバーにしても悪くない大きさだ。推定十六歳でこの大きさなのはあまり見たことがない、何なら翼は当然として響よりも大きいのではないか─────

 

 

 

 

 

そう言ってると剣は肩を震わせた。寒気だ。何処か身震いするような怖気。外に居続けてるから当然だろうと納得しているが、彼は知らない。

 

 

 

 

───誰かが自分の事を馬鹿にしていると察した風鳴翼が、無言で素振りを始めている事に。大量の爆薬を持ちながら地雷を踏み抜いた事など、知るよしもない。

 

 

ふーっ、と息を吐きながらもう一度少女に視線を移動させる。そこで、ピタリと動きを止めた。

 

 

 

(待て、こいつ。何処かで──────)

 

「ん、んぅ」

 

 

どうやら少女も目が覚めたらしい。目元を擦りながら起き上がる少女に、剣は違和感を加速させた。やはり、この少女は会った事がある。しかし決定的な証拠が見つからない以上、そう簡単には分からない。

 

 

 

そう思っていると、ぼやけた瞳で此方を見る少女の顔が変わる。緩めていた少女の雰囲気が、一気に鋭くなる。その視線に、心当たりがあった。

 

 

 

 

「ッ!?てめぇは!」

「────お前!」

 

威嚇するように吼える少女の声で理解する。こいつはネフシュタンの鎧、それを纏っていた少女だ。そして、【魔剣計画】の兵器である『アルビオン』を自由に操り────自分達を何度も襲撃してきた相手で間違いない。

 

 

ネフシュタンの鎧を着ていた事もあるからか、すぐには気付けなかった。もう少し疑り深くいくべきだっか、と考え直すがもう遅い。少女は既に臨戦態勢に入っている。

 

 

「ハッ!都合が良いぜ、ここでお前を捕まえて───」

 

 

 

 

 

ぐ~

 

 

 

 

 

「………」

「………」

 

妙な沈黙が生じる。腹がなった音が聞こえた、どうやら相当空腹に近いらしい。勿論、剣のものではない。彼自身人体の構造が複雑な事もあり、食事はあまり取る必要がない(実際は普通よりも食べられるが)

 

ならば、この音は─────

 

 

 

「なんだ、腹が減ってるのか」

「う、ぐぅ」

 

空腹とは違う理由で呻く少女。顔を真っ赤して黙り込むその姿に剣は察することが出来た。すぐさま、この光景を他人に見られたらどんな風に思われてしまうのだろうか? と考えたが、やはり止めておくことにした。

 

 

代わりに、

 

 

「……………着いてこい」

「は?」

「ちょうど食事にしようと思っていた。お前も食事時なら、一緒に取るのが都合が良いだろ」

「なッ!?てめぇ!なにふざけた事言ってやがる!?」

 

 

反発するように、強く怒鳴られた。ここで何かを言うのはかえって逆上させるかと思い、剣は何も言わない。

 

その事に業を煮やしたのか、少女は更に言葉を続ける。

 

 

 

「………あたしを騙そうとしてんのか?そうはいくか!どうせそう言って、大人の連中の所に連れてくんだろうが!」

「これは俺の気まぐれだ。二課の人達との連絡も報告もしない。利用できる相手がここにいるんだ、精々上手く利用しろ」

 

ま、信じられないなら構わないがな、と付け足しておく。彼は強制しない。元々敵同士だったのもある、好機を無駄にするのが相手の選択ならそれを優先してやるまでだ。

 

 

言われた少女は黙り込む。実際にどうするべきか悩んでいるのだろう。

 

その結果─────

 

 

 

 

「………雪音クリス」

「そうか」

「あたしの名前だ。言っとくが、お前には聞きたいことがある。それだけだからな」

「安心しろ、俺も同じことだ」

 

敵意満々の少女と、そんな鋭い圧を適当に流す青年。二人は互いの都合故に、この現状を利用することにした。

 

 

────自分にとって知りたい事、ただその答えを得るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

辿り着いたのは、一軒の店。

共に行動していたクリスは不思議そうに首を傾げる。

 

「………ここは?」

「ファミレス、ファミリーレストランだ。好きな食事をするのには困らない場所だ。ま、俺も最近はここで暇する─────大抵が少食ぐらいだが」

 

そこら辺の席につき、立て掛けられたメニューを手に取ると反対側の席に座ったクリスに軽く投げ渡した。咄嗟に受け取る彼女はチラチラと剣を見て、

 

 

「なんだ?遠慮でもしてるのか?」

「いや、お前良いのか?………食うのにもお金は使うだろ?お前ってそんなにお金持ってたのかよ?」

「安心しろ。ちゃんと落として貰うさ──────経費でな」

 

 

最後らへんは小声の早口で言う。まぁ二課に所属してるが、世間的には存在すら明かされてない以上、正規の職員とはされない為に給料などは当然ない。なので二課の経費を使うしかないのだが、彼は一応遠慮だったする。今までだって食事はずっとレーションやカロリーメイトといった少量に止めておいた。

 

………1日くらいは構わないだろう。そんな軽い感じで彼も考える。それを知ったら二課の皆の反応が想像できなくもないが、プライベートなので微塵にも興味なんてない。

 

 

その後、注文された料理が届いた。剣は炭酸飲料とアイスを、クリスはハンバーグやスパゲッティといった料理を頼んでいたのだ。それなのにクリスの方が早かったのには何らかの理由があるのかと疑ってしまったが、仕方ないと割り切る。

 

 

食事を食ってる間にもクリスのテーブルマナーが火種と化した問題が多々あったが、ここでは省くことにする。

 

 

 

 

「なぁ、もう聞いても良いんだよな?」

「元からそう言う目的だったしな」

 

 

膝をつく剣に、クリスは聞きにくそうにしていた。しかしすぐに、口を開いた。

 

 

「その………なんで()()()、あたしを助けた?」

 

 

 

()()()、に。

心当たりしかない。

 

 

先日のデュランダル輸送の際、暴走した響に狙われたクリスを庇ったのだ。その時に腕を切り裂かれた、そうまでしても止めようとしなかった。

 

 

その理由を知りたそうにするクリスに、剣はポツリと漏らす。

 

 

「……………諦めたくないと思っただけだ。本の気まぐれみたいなもんだ」

「はぁ?なんだよそれ」

「俺が馬鹿だっただけの話だ。そんくらいしか話せないな。現に、それが答えなんだから」

 

そう答えはしたものの、あまり納得はしてないらしくクリスは不満そうだった。事実なんだがな、と剣は思う。

 

一度飲み物を口の中に流し込む。ついでに入ってきた氷を頬張り、噛み砕きながら彼はクリスに聞いた。

 

 

「なぁ、何故お前は戦う?その理由は────根底にあるものはなんだ?」

「………それを聞いて、どうすんだよ」

「お前の質問に答えただろ。少しくらいは話してもいいんじゃないか」

 

挑戦的な一言に、はん! と鼻を鳴らすクリス。性格的に、やってやるという意味なのかもしれない。

 

 

「戦争や扮装をこの世から失くす、あたしはその為に戦ってるんだ」

「─────ふん、それで?」

 

 

聞いた上での、変わらない態度。それを聞いてクリスは何を思ったのだろうか。聞いてきた癖に他人事らしい様子に、腹でも立てたのか。

 

 

 

「“戦う意思と力を持つ者”、そいつらがいなくなればいいんだ!そうすれば世界から戦争は失くなる!パパやママの叶えようとした夢をあたしが叶えるんだ!」

「………パパやママ?」

 

別に、両親の呼び方に反応した訳ではない。気になったのは、叶えようとした夢という点についてだ。

 

 

夢、というのは世界を平和にする事だろうか。戦争を失くすという事とイコールに捉える者が多いからそうかもしれない。しかし、気になることが他にあった。

 

 

 

()()()()()()()、既に過去形であること。それが意味する事、そして異常に戦争を嫌うこの少女の過去に起因すること─────

 

 

「………両親を失ったか。大方、戦争に巻き込まれでもしたみたいだな」

「歌で世界を平和にする。そんな馬鹿な事をした結果、扮装に巻き込まれたよ。その国のテロで」

「捕虜にされたあたしは、何とかフィーネに助けられた。そして、フィーネが教えてくれたんだ。

 

 

 

“戦う意思と力を持つ者”、そいつらがいなくなれば争いは失くなるって」

(……………フィーネ?)

 

 

その単語に、聞き覚えがあった。

博士からの情報で、米国に繋がってると思わしき人物の名前らしい。意味は、『終わり』。音楽記号の一つであるものだと。

 

すぐに、『フィーネ』と呼ばれるその人物が黒幕なのは分かった。クリスに、『ネフシュタンの鎧』を渡していたのも、自分の事を伝えたのも、そいつが関係しているだろう。

 

 

「なるほど、それがお前の戦う理由か。戦う力や理由まで与えられて─────それで?満足したか?」

「……何が、言いたい」

 

言葉が、気に入らない。

膨れ上がり白熱する思考に、クリスは低い声を漏らす。分かりきったように、相手の真意を理解したように言う。

 

知ったように言われるのが、一番腹が立つ。癇に障る筈、だからこそ軽はずみな言葉ならば、クリスは怒りを噴出させるところだった。

 

 

 

 

相手の言葉に、全ての意識を持ってかれるまでは。

 

 

 

「簡単だ、同じなのさ」

「………は?」

「俺も、俺達も。争いや悲劇を失くすために戦ってた。その為の力も、与えられた────お前の言う苦しみや痛みを与えられてな」

 

 

 

手の形を変える。自分の体の至る所を指で示す。両腕や脚、胸元に腹部、そして頭を。

 

 

「肉体の六、七割以上」

 

 

それが何を意味するのか、クリスには分からなかった。しかし、その次の言葉がその意味を理解させた。あまりにも、残酷な答えを。

 

 

 

「機械や人工細胞、ナノマシンへと組み替えられてる。世界を救うことを望んだ結果────人の神秘を最低限まで残された兵器になった訳だ。魔剣により効率的にてきごうする為にな」

 

 

 

そんな事が、ありなのかと思っただろう。

虐待されて、兵士として教育された事なら分かる。だが、体の全てを改造され、兵器へと変えられる事などあっても良いのか。

 

 

 

 

「う、うそだ!デタラメを言うんじゃねぇ!そんな冗談、あたしが信じるとでも────」

「これを見ろ」

 

立ち上がって剣はマフラーを指で摘まみ下げる。そのまま首筋の後ろを見せるように向きを変えた。否定の声をあげていたクリスだったが、『それ』を見つけてしまい────言葉を失った。

 

 

 

人の素肌。首の裏にあるのは小さな傷、そして小さな機械があった。十字に似た形状で中心には真っ黒い結晶を嵌め込んだ装置。

 

 

埋め込まれているのは分からなくもない。しかし場所が場所なのだ。首筋は本来、脊髄が通っている場所。その機械の大きさや全長は正確に分からない以上、脊髄に重要なダメージを与えている可能性が──────

 

 

 

 

「どうだ?これで信じてくれたか?」

 

 

自分がそんな状態でいるというのに、青年は淡々としている。自身でも理解できていないのか。最悪な話、既に馴れているのかもしれない。

 

本人の性格上からして後者の方が有り得るのが酷く恐ろしい。

 

 

そんなおぞましい現実を見せられたクリスは剣を見返す。先程の敵意に満ちた眼は不安そうに染まっており、彼への心配が乗せられていた。

 

 

 

「………クリス。お前の言った話、あっただろ?」

 

 

その視線に何を感じてるのか。達観したように呟く青年。指で飲んでいた空のコップを動かしながら、続きを口にした。

 

 

「“戦う意思と力を持つ者”、そいつらがいなくなれば戦争や紛争はなくなるって」

「あ、あぁ。確かにそうだ。そうすればきっと───」

「そこまで。世界は都合良くない」

 

 

断言する。

世界に絶望した青年が。何もかもに期待することなく諦め、灰色の未来だけを見据え続けていた魔剣士が、語る。

 

 

「戦う意思が消えることはない。家族を奪われた、仲間を殺された、友人に裏切られた、願いを踏みにじられた、自分を利用された──────ありとあらゆる動機があれば意思は生まれる。意思によって人は動き、決断する。自分の保身の為に戦う権力者もいれば、クリスのように争いをなくす為にわざわざ戦争を起こす人間もいた」

 

 

雪音クリス以上に恵まれた可能性がありながらも、全てを失った。夢の残骸を抱き、崩れ落ちたモノの語る言葉には、確かな重みがあった。

 

 

「力を持つ者だってそうだ。俺達『魔剣士(ロストギアス)』も、戦いを止める為に必死に戦いを続けた。

 

 

 

けれど、終わるどころか戦火は更に広がった。犠牲は増えて、戦争はまた再開された。俺達は戦った結果、死体の数を少なくしたのと、一部の権力者達の座る椅子を守っただけだった。

 

 

 

 

 

理不尽に未来すら奪われた俺の仲間達を引き換えにな」

 

 

魔剣士の表向きな存在理由は、世界の平和の為だ。自分を兵器に変えられる事に嫌がっていた子供たちもその願いの為に、私情を押し殺していった。

 

 

体を弄くり回される苦痛、仲間を失う悲しみ、それに耐え来てきたのは────その未来があるからだ。叶えなければならない理想が、そこにあったからだ。

 

 

 

 

しかし、戦い続けた彼等にあったのは─────そんな理想ではなかった。永遠に終わりが見えない戦い。文字通り命すら差し出した者達の努力の先にあったのは、夢も希望もない現実だった。

 

 

 

 

 

遥か高き山の頂を登るのとは違う、底の存在しない深淵へと落ちて、底に着かなければならない───────すなわち、不可能を意味する。

 

 

大半の者が折れた。もう駄目だと諦めた。しかし剣は、誰よりも足掻き続けた。頼れる相棒がいたからこそ、彼は現実を否定して抗っていった。

 

 

 

しかし、その相棒すら死んだ。誰かを守る為に、戦い続けた結果だった。その時からだろう。剣は、心の底から、世界の平和という理想を諦めた。

 

 

そして、無意識に願ったのだ──────こんな世界、自分達の居場所がありもしないこの世界とは違う、居場所になれる世界が良いと。

 

 

 

 

 

 

「だが、俺は…………最近、もう一つの考えが出来た」

 

その願い故にか、彼はこの世界へと訪れた。ノイズという化け物が存在し、自分とは似てるようで違う存在。戦う力────シンフォギアと、それを振るう少女達との出会いが、彼の見ていた世界を変えた。

 

 

「世界を平和に出来るのは、俺達だけじゃ駄目だってな」

「………、」

「そりゃあ無理だ。一人で世界なんて変えられる筈がない。俺もそれに気付けば良かったんだ。守ろうとして足掻いた結果が────今の俺だ」

 

 

この世界が、素晴らしいとは言えないだろう。もしかしたらかつていた世界のように、酷い行いがあるのかもしれない。許してはいけない悪事が跋扈してるのかもしれない。

 

 

けれど、小さな希望があった。あちらの世界では微塵にも感じられなかった、優しいものが。

 

 

「人は理解し合える。響はそう言う意見を持ってた。ただの戦士には無い考え方だ。俺達にはそういうものが足りなかったのかもしれない」

「理解し合えるって………そんなの理想論って奴だろうが。話し合って終わるなら、こんな風になってないだろ!」

「そうやって否定して、戦った結果がこのザマだろ………こんな風に堕ちて、俺達と同じ末路を迎えるつもりか?」

「………………なんで、そこまでしてくれんだよ……」

 

 

俯く少女に、地獄を生きた青年は答えない。黙って彼女の言葉を聞いていた。そして静かに、一言をちゃんと飲み込んでいく。

 

 

 

「あたしは、敵だろ。あの兵器を使ってお前を傷つけた。そんなあたしに…………なんでそこまで、すんだよ!?」

「言ったろ。お前は同じだって………このままやるなら、俺よりも悲惨な末路を迎える。全てに絶望したままな」

 

 

希望的観測ですらない、それは確信的なものだろう。境遇の似通った悲劇の経験者からの、助言。

 

或いは、自分自身を戒めようとしているのか───

 

 

 

「ハッキリ言うと、そんなのご免だ。俺はもう目の前で苦しむ奴を見捨てない。二度とそんな真似をしてやるものか。何故、最強の兵器と恐れられてきた俺が、そんな律儀な事に従ってやる必要がある?」

 

 

そこまで申し立てて、言葉を閉ざす。何とも言えない空気な中で、二人は沈黙を続けていた。剣自身は好き勝手に言ってしまったなと冷静に反省していたが、

 

 

 

顔色を変えて、スッと立ち上がる。クリスの方が不安そうに見つめる中、彼は外へと眼を向けた。

 

 

 

「─────来たか」

 

突然の事に店員は伝票を持ちながら駆け寄ってくるが、彼は答えない。それより先に、いち早く動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシャァンッッ!!!! と。

 

 

窓際に並べられていたガラスが砕け散る。外からのものではない。むしろ内側からの破壊行為だった。

 

立ち上がった剣が魔剣(ロストギア)を纏っていたのだ。動いたのは本人ではなく、背中…………というより両肩に繋げられた一対の刃、『魔剣双翼(ガードラック)』。砲撃のように射出された剣がガラスを引き裂き、虚空を舞った。

 

 

 

 

 

理由はただ一つ─────窓を突き破ろうとした存在を仕留めたに過ぎない。ノイズという、人を炭化させる事の出来るおぞましい怪物を。問答無用の一撃で、葬り去った。




どさくさ紛れに剣さんが自分の事を明かしましたが補足を。

剣さんの人体六割以上機械系という事実を知るのは、こちらの皆さんでは数少ないです。博士を除くとするならクリスちゃんだけです。


ついでに、出番早々瞬殺されたフライト(飛行型)ノイズさんに合掌。


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強襲するモノ達

炭化した塊が、塵へと消える。消失したノイズの残骸を見据え、剣は眼を細めていた。

 

 

 

(………飛行型か。ただの能無し、ではない。目的があってここを狙ったな。大方、俺か………クリスか)

 

背中の有線ケーブルと繋がった黒剣が凄まじい勢いで戻っていく。肩にある接続部に機械的な音ともに繋がり、収納される。

 

 

飛び散ったガラス片を踏み歩き、近くで呆然と固まる店員に声をかけた。

 

 

「全員を避難させろ、ノイズが来る」

「はっ、え?…………で、でもさっきのは──」

「────問題ない。俺が相手してるうちに、早く避難させろ」

 

 

続くようにガラスが割れる。

先程のような一枚ではなく、連続して粉々に周囲に散乱する。勿論、今のは剣がやった訳ではない。

 

 

 

突っ込んできたのは、ノイズだった。先程のような飛行型とは違う────明らかな量産型。

 

 

ノイズという脅威を目にした他の客達も今になって自分達の危機を理解したらしく、パニックになるのはすぐだった。慌てて逃げ出そうとする客と、青ざめながらも誘導しようとする店員達。

 

 

一つの出口に殺到する彼等に、ノイズも平然と群がってくる。この状況は袋小路と言うべきなのかもしれない。別々に逃げるのが最適なのだが、今の彼等にそれを求めるのは酷だ。

 

 

「一般人を巻き込みさえすれば、俺をどうにか出来るっていう考えか。やり方はどうであれ、実行してみせた事には評価するべきだな」

 

 

だが、と剣は否定する。

 

普通ならばこの戦術は有利に働いただろう。相手が普通の警官や、特殊部隊でも変わらない。この場にいたのが自分ではなく、響や翼といった装者でも動きを制限されていたに違いない。

 

 

 

 

 

 

しかし、忘れてはならない。

唯一この場にいる、無空剣は何者か─────別世界で、何と呼ばれていたか。そもそもの話、彼がどんな存在なのかを。

 

 

 

 

「…………この程度で、俺を何とか出来るとでも?」

 

最強の魔剣士。

序列筆頭候補でありながら行方不明の一位と二位、その二人がいなくなった後も魔剣士最強という名を不動にしてきた青年。

 

 

そんな彼が、ノイズ如きに遅れを取る筈なんてなかった。たった数秒で全滅させられた灰の残滓が、それを証明することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………しまった、失策だったか」

 

 

そう呻いたのは、彼がノイズを片付けて数秒の事だった。戦い(最早蹂躙の領域だったが)を終えた直後に、よくよく考えて思い出したのだ。

 

確か、二課の存在自体が秘匿されていた事を。シンフォギアという物も同じで一般人に見られる事は禁じられているのだ。

 

 

 

数秒の間、首を捻っていたが、

 

 

 

「──────問題ないか」

 

まぁこちら側の聖遺物を露見させた訳でもないから問題ないだろ、と適当に納得する剣。それで良いのか、と響や翼、二課の面々は口にしていた事だ。

 

 

 

あくまでも二課は聖遺物関連を明るみに出すことは出来ない。『魔剣士(ロストギアス)』、無空剣はその枠組みに当てはまる事はない。

 

 

─────実際に、人命よりも聖遺物を優先することなど剣からしたらクソ食らえな考えだ。もしやれと口頭で言われたら喜んでソイツに反逆することだろう。一切の迷いも躊躇もなく。

 

 

 

事後処理に関しては後にする事にして、今はやるべきことに専念しようと行動を起こした。

 

 

「…………」

 

店の外へと避難している人々の顔を確認して、剣は顔をしかめる。さっきまで一緒にいた少女の姿が見当たらない。

 

ノイズに巻き込まれたのは有り得ない。ノイズが人を襲う前に既に殲滅を終えていたからだ。

 

 

(自分だけ逃げ出した………じゃないな。クリス自身、自分が狙われてると考えて移動したのか。向かったのは、さっきのノイズを操ってたヤツ─────フィーネとやらだな)

 

 

そもそも、彼女はそんな性格ではないだろうと確信している。僅かしか話していないが、あの子は根からの悪人ではない。むしろ利用されてる感じが見て取れた。

 

 

放っておく事など出来るはずがない。

 

 

「悪いが、少しいいか?」

 

困惑していた集まりに声をかけると驚いた声をあげられた。何でもノイズを相手に無事なことに驚きしかないらしい。

 

 

「あ、貴方はさっきの人!? ノイズ相手に無事だったんですか!?」

「まぁな。それよりも聞きたいことがある」

 

何でしょう? と首を傾げる男性店員。先程会ったばかりの人物だと気付きながらも、剣は質問をした。

 

 

「女の子を見なかったか?銀色の髪をした女の子を」

「………人混みの中でしたから、よく分かりません。もう少し、分かりやすい特徴はありませんか?」

「おっぱいが大きくてスタイルが良い」

「見ましたね、あっちに行きました」

 

 

即答だった。

一秒も掛からない程の速さ。

男性店員が真顔と共に指差した方向を確認し、彼はなるほどと頷く。何故よりによってスタイル関連で即答したのかは言わないでおく。自分も似たような事になる可能性もあるから、仕方ない。仕方ないものは仕方ない。

 

 

やるべきことを再確認すると剣は走り出した。人混みの中を縫うような、閃光の勢いで。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

森の奥へと、走る。

どれだけ走ったかクリスは把握してなかった。息切れしかけた所で、自分が広場に辿り着いた事に気付く。

 

 

彼女は呼吸を整えながら、大きな声を張り上げた。

 

 

「フィーネ!ここにいるんだろ!答えろよ!フィーネェ!!」

 

 

 

「聞こえてるわよ、クリス」

 

返答はすぐに帰ってきた。暗闇の中から、姿が浮かび上がった。

 

容姿からして金髪が目立つ大人の女性。全身を黒い帽子や黒い服にサングラス───黒一色に包み込んだ違和感しかない姿をした女だった。

 

 

その女は片手に何かを持っている。杖らしきもの。かつてクリスがノイズを呼び出す時に使用していた武装だ。

 

 

ファミレスを襲撃したノイズも、それを使って呼び出したのだろう。フィーネ、そう呼ばれた女性をクリスは見据える。

 

 

「………何で、ノイズを放ったんだ?」

「貴方の為でもあるのよクリス。魔剣士なんてものから逃げるには、ああするしかないじゃない」

「その為に?わざわざその為に、無関係な奴らを巻き込んだのかよ!?」

「別に気にする事かしら? 相手はあの魔剣士よ、普通に戦っても勝てないのは分かる話でしょう? だから、『()()』は必然な犠牲よ」

 

 

簡単に言って見せた。ノイズに人を襲わせるのが必然なものだと。

 

しかし、そんなことが、納得できる訳ない。

 

 

「あたしは、争いを失くしたかったからあんたの言う通りにしてきた! 戦うのだって歌うのだって承知だった!けど、あれが、あんな事が必要だって言うのかよ!?」

「……………そう。貴方の言いたいことは理解したわ」

 

クリスの叫びに、フィーネは静かに言葉を含む。彼女の言わんとしてることを、理解したのだろう。その上で溜め息を吐き──────一言、

 

 

 

 

 

 

「ならもう終わり。貴方は用済みよ、クリス」

 

 

さっきまでの優しく語りかける声が一変する。冷徹な声音と共に視線すらにも侮蔑が浮かんでいた。

 

 

「『カ・ディンギル』も完成間近済み。無空剣を倒す為の兵器、『アルビオン』と『カラドボルグ』も私の手にあるの。あとクリス、不安定な貴方が消えれば全部完璧なのよ。代わりである兵器は既に動かしてるからね」

「…………何だよそれ」

 

 

思わず笑いそうになるクリス。彼女にとってフィーネは恩人だ。自分に力を与え、助け出してくれた張本人。

 

まさかその人物から、こんな風に切り捨てられるなんて思いもしなかった。

 

 

 

「そうそう、貴方のやり方じゃあ争いなんて失くせないわ。精々火種を一つ潰して、二つ三つ増やすくらいよ」

「あんたが、言ってくれたじゃないか!痛みも、ギアも!あたしに与えてくれたものが───」

 

無視して、フィーネは杖を掲げた。光と共にノイズが多く生み出される。無謀であるクリスを囲むように、陣を作っていく。

 

 

「私の計画を叶える為よ。最後くらいは役に立てるんだから、喜んでも良いのよ? 憐れなクリス」

 

嘲るようにフィーネは告げる。後はノイズを襲わせてクリスを殺せばいい。抵抗しようがしまいが物量に叶うはずがない。だからこそ、彼女はクリスが死ぬのを見届けるだけにするつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

しかし実際、そうなることはなかった。

 

 

 

木々を間を、漆黒が駆け抜ける。尋常の無い速度のまま、それはクリスの周囲をただ疾駆した。それだけで、ノイズが消し飛ばされる。だが多くはそうなっているのではなく、斬撃によって無数に切り裂かれていた。

 

 

炭化した灰が消えていく中、漆黒の影はクリスの前に立つ。首に巻かれたマフラーを直し、現れたら青年は敵を見上げる。

 

 

 

「………やってくれたわね」

「───なぁ」

 

青年は嘆息し、フィーネを見上げる。不愉快そうに、腹立たしいという苛立ちと見下したような軽い失望を隠すことなく。

 

 

「これも、計画通りってヤツか?」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「えぇ!?ノイズが出現してすぐに消えたんですか!?」

『あぁ!最初はファミレスに複数の反応があったが、数十秒でロスト。更に離れた森林広場でも同じ現象が見られた。現場にいた剣くんが撃退してくれたのだろう。急ぎ彼との合流を頼むぞ!』

「合点承知!」

 

連絡を受けて、現場へと急行する為に走り出す響。道を駆けていく中、無線から端末音が鳴る。すぐに取ると連絡してきたのは意外な相手だった。

 

 

 

『もしもし、聞こえてるかね?響クン』

 

ノワール博士。無空剣の保護者(本人曰く)である科学者の男性。響も何度か話した事があるのだが、こうやって連絡をもらうことは一度もなかった。

 

 

「ノワールさん!? どうやって通信に?」

『────悪いが、あまり大きく反応しないでくれ』

 

そして、博士は囁くように言う。遮られた事など気にする間も無く、知りもしない情報を教えられた。

 

 

『君に近付いてる反応がある。なり振り構わず、君へと接触しようとする動きだ。あと少しで接触してしまうだろう』

「え!?もしかして……」

『いや、違う!違うのだ!この反応はシンフォギアでもネフシュタンでもない。だが、有り得ない!ただでさえこの世界で有り得ない、『彼』の──────ガガガガガガッ!!』

 

 

そこで通信は途切れた。壊れたというよりも電波障害で切断されたらしい。

 

 

あれ程までに狼狽える博士の様子は、初めてだった。しかも気になることを言っていた。この世界では有り得ない、反応………………それは一体?

 

 

 

「おーい!響ー!」

 

そう思ってると、突然声をかけられた。足を止めて周囲を見渡すと、ある少女の姿が見えた。

 

 

「……未来?」

 

小日向未来。

響にとって何より心を許せる、大切な親友。そして先日、真実を話すべきか悩んでいた少女だった。彼女は響を見つけると嬉しそうな笑顔と共に駆け寄ってくる。

 

響も一瞬笑顔で応えようとしたが、すぐに思い出した。

 

 

 

あまり正体が判明しない反応。

それが、あと少しで響と接触すると。

 

 

「未来!来ちゃダメだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────見つけたぜぇッ!!!」

 

声がした。

雷のように轟き、響き渡る声が。

それを耳にした響と未来は、ハッと上に眼を向ける。声がしたのは、他ならぬ─────上空だったからだ。

 

 

 

 

飛来した。凄まじい程の速度で、地面に直撃した。周囲の木々が風圧に揺れ、中には抉られるものもある。

 

 

響は何とか持ちこたえたが、衝撃波を直に受けた未来が吹き飛びそうになる。

 

 

「!未来!」

 

咄嗟に、響が彼女に手を掴み、抱き締める。それ故に、未来は薙ぎ払われる事なく無事だった。

 

 

しかし安心することは出来ない。不安そうな未来を庇うように立ち、響は爆心地のある場所に眼を向ける。

 

 

 

周囲に漂っていた砂塵が消え去る。内側からの膨大な圧力が全方位に吹き飛ばしたのだ。クレーターの中心に立つモノの正体が、明らかになる。

 

 

 

「へい!へいへいへい! 会いに来たぜ融合症例一号!その動きは『アルビオン』からの情報とは違うな!自ら鍛え上げてたってヤツか?中々に成長速度も高い!これに関してもマスターへ報告しておくべきだな!」

 

 

相手は男だった。しかし、ただの男ではない。先程の破壊行為がそれを証明している。

 

身に纏うのは純白のメタリックな鎧。中世の物とは明らかに違う、響達の纏うようなシンフォギアに近いものだ。

 

そして、響が一番注視したのは顔。元気そうな笑みを浮かべているが、翡翠の瞳は無機質な光を灯している。機械が、人間の真似事をしてるような不気味さがある。

 

 

 

同時に響にとって聞き逃せない言葉を相手は口にしていた。『融合症例一号』、確かそれはネフシュタンの鎧の少女が口にしていた─────自分の別称ではなかったか?

 

 

「ひ、響?あの人知り合いなの!?」

「………、」

 

 

知ってる訳がない。

無論、赤の他人であることには変わりなかった。なのに、青年に対する違和感が拭いきれない。

 

 

何か、似てるのだ。姿や喋り方が、ではない。雰囲気といった、上手く説明出来ないが────

 

 

(あの人、剣さんと似てる………?)

 

 

ギョロリ、と瞳が向けられる。ホログラムや何らかのグラフが浮かび上がる眼を開き、笑みを消さずにいる。機械に近い感じた人間味が入り雑じった、怖気の走る笑顔を。

 

 

「経過は良好。どうやら融合が少しずつ進んできてるようだな。このまま融合を進ませると不味い事態になると思うが──────結論、放置。その事象に関しては計画に大きな支障はないと見た」

 

機械的な言葉の羅列を口にする声に強弱はなかった。

 

 

ガシャン! と金属が擦れる音を響は耳にした。

 

 

 

男が取り出したのは巨大な金属の塊だった。サンドバッグのように背中の留め具に固定されていた重量兵器。男は金属の塊の下にある装置を踏み抜くと同時に金属の塊が大きく開き、射出された武器を手に取った。

 

 

分厚いと同時に幅が細い剣。何らかの特別な金属が使われてるのか、虹色のように光る刀身が特徴的な武器。

 

 

笑みを絶やさずに男は腰を深く落とす。しかし、それも一瞬。

 

 

「ならば、次は実力を見るとするか───────なッ!!」

 

その時、響は信じられない現象を目にした。男はたった一振、剣を振り上げた。虚空を薙いだだけで、何も起こるはずがない。

 

 

 

 

なのに、切り裂かれた。響と未来、二人の周囲に容赦のない斬撃が発生したのだ。コンクリートやアスファルトの地面に大きな切断跡が残されていく。

 

 

 

たった一撃でこれだけの連撃を与えた。それ自体が衝撃的だが、注視するべきはそこではない。

 

 

響たちと男の距離は十数メートル以上も開いている。何らかの力を用いなければこんな事は不可能な筈だ。つまり、あの男は力を有している。物理現象を歪めるほどの未知の力を。

 

 

「問題を確認」

 

ふと、男は笑みを消す。先程のような活気のある様子から一転、機械のようなものへの切り替わる。

 

そんな機械的な態度からでも分かる────落胆と疑問が響に向けられる。シンフォギアを纏わない、纏えなかった響に。

 

 

「ここまで攻撃をされていれば、シンフォギアを纏う確率が大きい。しかし現に纏おうとしない。何故?何故?何故?」

 

この男は知ってるのだろうか。響が、親友を巻き込んでいいのか悩んでいることに。ここでシンフォギアを纏えば秘密が露呈され、未来もこちら側へと干渉してしまう。それを恐れたからこそ、彼女はシンフォギアを纏うことを躊躇していた。

 

 

 

しかし、それを男が許す筈がない。意図が読めなかった男は瞬時に結論を組み上げる。

 

 

「────ああ、なるほど」

 

 

ドロリと濁った瞳が、捉える。響が何とか庇っていた未来に。機械的な眼光が注視されていた。

 

 

()()()()()()()、戦えると見た」

 

姿が消えた。そう判断してしまったのは無理もない。実際には高速で移動した事など、気付ける筈もない。

 

 

 

「………え?」

 

そして、小日向未来は目にした。自分の前に男が立っているのを。呆然とする彼女に男は持っていた剣を大きく振り上げている。

 

 

小日向未来はそれを、スローモーションで感じられていた。自分を殺そうとする刃が迫り来るのを目にして、彼女は思わず両目を塞ぎ──────

 

 

 

 

 

 

───Balwisyall Nescell gungnir tron♪

 

 

歌が響き渡る。直後、男に振り下ろされた剣が停止する。いや違う。その前に、未来の前に誰かが立っていた。

 

 

他ならぬ、立花響だ。しかし今は無防備ではない、シンフォギアを身に纏っている。だからこそ、男の振るった剣を受け止めることが出来た。

 

 

「はぁぁぁっ!!」

「っ、と! 危ない危ない!」

 

勢いよく踏み込み、殴りつける。剣で弾きながら後退した男は笑みを深める。その様子からして、口笛すら吹きかねない。

 

 

 

しかし、今の響はそんな態度を気にすることはない。それどころの問題でもある。

 

 

 

 

「…………響?」

 

呆然と、未来が見つめてくる。それは親友の姿が未知のもあるだろう。

 

 

 

────隠してきた全ての事が、露呈されてしまった。それが意味する事実は無慈悲に、響の両肩へとのし掛かってくるようだった。

 

 

「────、未来………ごめんっ」

 

そう言うしか出来ない事に、彼女は後悔する。どうやって、取り返しのつかない事に苦しむしかなかった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

(…………見られた!未来に、見られたっ!)

 

 

何とか距離を引き離そうとする響は唇を強く噛み締める。今の心境を言葉で表せることが出来ない。もし過去に戻れるなら、響はどんな苦しみだって味わえる。

 

 

『──お前の親友だ。他ならぬお前が近くで守ってやるべきだろ。距離をとっておくよりも、近くにいてやる方が俺個人としても良いと思う。大事な友情を失うより、マシな筈だ』

(ごめんなさい剣さん!意見してくれたのに、ダメでした!ちゃんと言うことも伝えることも出来なかった!)

 

 

 

少し経って走るのを止めた。十分戦えるくらいの場所のある広場に着いたのだ。他の人もいない、巻き込む心配なんてない。

 

 

 

「ハハッ! 収集された情報とは顔つきもオーラも違うな!風鳴翼と比べれば大したことのない、未熟だって聞いてたんだが!もう普通にやり合える覚悟があるのか! なら、気にすることなんてないよなぁ?」

 

「………ッ!」

 

そんな風に語りかける気軽な声で響は判断した。この男は、未来を殺そうとしていた。何てことのない、響にシンフォギアを纏わせて戦うように仕向ける為に。

 

 

 

拳を握り直す響に、男は指を鳴らす。片手に持っていた剣を金属塊に差し込みながら、やはり笑う。

 

 

「『アルビオン』からの記憶で把握してる。融合症例一号、お前はアームドギア、もとい主要武装を有していない。それをカバーする為の格闘術、近接戦闘型なのは承知してる。遠距離を用いた狙撃や射撃を扱うのが基本だろう。

 

 

 

 

だがオレは、オレ達は違う。戦闘スタイルには相性がある。銃を使って撃ちまくってたヤツも、武器もねぇ素手のヤツにボコボコにされて負けるって事例があるくらいだしな。なら取るべき手段は、同じ近接戦闘特化!知ってるか? 同じ戦い方だからこそ、付け入る隙ってものがなくなるもんだぜッ!! ハハッ!!」

 

 

武器を捨てて、響と同じく拳を握り締める男。そして彼は意気高揚と名乗り上げた。自分自身の存在を隠すことなく、むしろ明らかにする為に。

 

 

 

「オレはタクト、虹宮タクト。【魔剣計画(ロストギアプロジェクト)】によって造り出された新世代個体(リニューアルナンバー)の試作段階兵器。モデル=カラドボルグ。

 

 

 

 

 

 

 

対序列三位、無空剣の為に実現された擬似的魔剣士《リメイクロストギア》・プロトタイプだ!」




オリキャラ出てきたよ………原作から少しブレるよ……展開早すぎるだけじゃなくて、余計面倒な事にしてくれたよぉ…………。


ていうか普通に書くのが難しい。原作通り書いて良いのかと悩む一方オリジナルを増やすのは怖いことこの上ない。


因みに、このタクトさんは初登場ではありません。存在だけはだいぶ前から語られてます。


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共同戦線/想いの一撃

やっぱりオリジナルは難しいっすわ(断言)、ていうかそろそろクリスマスだ。皆さん何をする予定ですか?


因みに私はソロで一夜を迎える予定です。


フィーネと呼ばれる女性は杖を掲げ、緑色の光を発生させる。その光からノイズが出現しては襲いかかってくる。

 

 

しかし、その全てが無駄に終わる。

 

突然この場に現れた無空剣は容赦なくノイズを屠っていく。ただ腕を振るうだけで消し飛ぶように見えるが、両腕に展開された仕込みブレードによる高速斬撃によるもの。離れて見てる人間は勿論、斬られたノイズすら断末魔を残すことなく切り裂かれていく。

 

 

ノイズを淡々と呼び出していくフィーネだったが、その顔がすぐに曇る。大量に呼び出した筈のノイズがたった一人に掃討されてしまったのだ。

 

 

「それで?お前がフィーネか」

 

 

戦いの最中で乱れたマフラーを直しながら、無空剣は問いかける。

 

 

「雪音クリスに『ネフシュタンの鎧』と『アルビオン』を与えた張本人………今回の騒動の黒幕」

「だとしたら?」

「聞きたいことがある」

 

落ち着いた様子で彼はフィーネを睨む。自分の中にある激情を表面上に出さないように、或いは限界を越えた結果返って冷静になったのか。

 

 

彼が知りたいこと、それは単純な事だった。

 

 

 

 

 

「【魔剣計画(ロストギア・プロジェクト)】、奴等とどのように関わってる。『アルビオン』を送り込んだ相手は? 知ってることを洗いざらい吐いてもらう」

 

小さな笑みがあった。フィーネが行った動作の一つだ。それによって更に冷えていく空気の中で、彼女は挑発するように言う。

 

 

 

 

「果たして私が、答えるとでも思っているの?」

「───『魔剣士』は、戦争に特化した人間兵器だ。当然、尋問や拷問なども人並みの知識はある」

 

 

逆撫でするような言葉に、剣はあまりにも落ち着いていた。その静けさが余計に恐怖を掻き立てるように。彼は真顔で告げる。

 

 

「最初から喋るなら二課に連行するだけにする。だが黙ろうとするなら────両手足を二度と治らないように砕く。何ならオマケとして、生きたままお前の心臓を見せてやろうか?」

 

 

ただの冗談や脅しではないのだろう。全く笑ってない目がそれを物語っている。淡々と口にしたのは事実通告に他ならない。もし彼女が青年に対して再度断れば、凄惨な目に合う可能性の方が高いだろう。

 

 

 

 

 

「悪いけど断らせて貰うわ」

 

 

しかし、フィーネはそう答えた。今度は嘘や偽りなどではなく、紛れもない本当の答えだった。

 

 

 

 

 

 

そう言われた剣の方に、更なる変化が生じる。瞳と声から、一切の感情が消失した。護られている筈のクリスが怯える程の殺気を剥き出しにしながら、一言。

 

 

 

「─────死にたいのか?」

「馬鹿ね。実際に殺すつもりは無いというのに………けれど、確実に口を割らせようとしてくるわよね」

 

ふぅ、と両目を細めるフィーネ。彼女自身、目の前の冷徹な人間兵器への対処法を考えているのだろう。いや、既に決めているのかもしれない。

 

 

その証拠に、あっさりと口に出した。

 

 

「だから、ここは大人しく退かせて貰おうかしら。貴方相手には、『切り札』を使わないとダメみたいでしょう?」

 

 

 

 

 

 

「─────逃がすか」

 

ビュンッ!! と腕が振るわれる。装甲の隙間から展開された刃が乖離して射出された。虚空を切るように放たれた六枚の小型ブレードは放物線を描きながら、囲むようにフィーネへと飛来する。

 

 

 

しかし、彼女は掌を向ける。たったそれだけで、六枚の刃は謎の光によって弾かれた。全てが、傷すら与えることが出来ない。

 

 

 

剣は舌打ちし、片腕を持ち上げる。跳ね返された刃が自動的に収納されていく。機械の自立動作で全てのブレードが収まったのを確認し、相手をもう一度見据えた。

 

 

(………今のは何だ?聖遺物のモノでもない。センサーでも把握できない力─────俺の知らない領域のものか)

 

簡単そうに、剣は納得する。ノイズという完全に兵器とは呼べない存在などが未知の領域の正体を証明している。

 

 

 

「なら、これならどうかしら?」

 

フィーネの行いは簡単だった。手元の杖から再びノイズを生み出す。肉壁にするつもりか、それだけなら抉って突破する。

 

そう考えた剣は考えをすぐさま改めた。ノイズの狙いは自分でもなく、フィーネを護る事ではない。

 

 

 

剣を無視するように、彼の後ろにいたクリスへと飛び掛かろうとしていた。

 

 

 

(チッ! やはりそうやってくるか!)

 

自身の動きを切り替え、ノイズの一体を踏み潰す。前とも変わらないやり方だ。一般人を集中的に狙うことで戦いにくくする─────陰湿でもあるが、合理的でもあるやり方だ。最も、人を死なせることに躊躇がない時点で倫理的ではないのだが。

 

 

フィーネ、黒幕は諦める。生憎、彼はわざわざ合理的に動くつもりはない。それよりも優先するものは人命に他ならない。みすみす敵を見逃すことに心底腸が煮え繰り返りそうになるが、無空剣はそれを受け入れることにした。

 

 

そして、顔をしかめる。倒した筈のノイズが明らかに増えていた。森の奥から出現している、どうやらフィーネが呼び出し続けているらしい。目的は無空剣をこの場に固定しておく為、無抵抗な雪音クリスを狙わせているのだろう。

 

 

 

「………さっきから似たようなやり方ばかりだな。陰湿かつ性格が悪い奴だ」

 

前のレストランの件も考えた結果、やはりそう確信した。ふん、と鼻を鳴らして後ろに庇っているクリスに声をかける。

 

「おい、クリス。その調子だと、あの鎧も奪われてるんだろ。ならお前は退け、ここから離れて────二課に頼れ。あの人達なら大丈夫、お前を無下にはしない」

「お前は………お前はどうするんだ!?」

 

疑問を投げ掛けるクリスに剣はあまり大きく反応はしない。近くにいるノイズ達を背中に取りつけられた刃と共に切り裂いていく。

 

クリスをノイズから守りながら、彼は短く息を吐く。

 

 

「この程度の数は大したことない。片付けるのに大したこと事なんてない。それより、お前はどうにも出来ないだろ」

「………なるほど」

 

そこで、剣は逆に気になった。何故この状況で、彼女はしたり顔で笑えるのか。ネフシュタンの鎧やアルビオンを持たない以上、彼女は無力である事は確かだ。

 

 

「要は、あたしに戦う力がありゃあいいんだろ?ノイズ相手に戦える力が」

「おい、まさか…………」

「ならいいさ!ここで歌ってやろうじゃねぇか!」

 

 

 

 

 

───Killiter Ichaival tron♪───

 

突然、クリスは歌を口にし始めた。思わず思考が止まりかけたが、戦いを止めなかったのは魔剣士としての本質なのだろう。だが、この歌は初めてではない。訂正すると、似たような歌を聞いた事がある。

 

そして、クリスという少女が光に包み込まれた。

 

 

「この歌、そして………イチイバル?」

 

シンフォギア。そう思った直後、光が晴れてクリスの姿が見えた。さっきまでとは違う、別の姿になって。

 

 

赤と黒。その二色が特徴的なスーツと装甲。ネフシュタンの鎧とは違い、銀髪やその顔も明らかになっている。全体的に赤一色のプロテクターと先程の歌からして剣はようやく理解に至る。

 

 

 

「………イチイバル、お前が持ってたなんてな」

 

かつて書類にて確認した、失われたとされる大二号聖遺物。あのフィーネとやらが彼女に渡していたのかもしれない。大方、それまで奪わなかったのは価値が無かったのか、或いは彼女にしか使えないからか。

 

 

 

(────デカイ。やはりデカイな。初見で予想した俺の眼は間違いではなかった。あれは普通に限界を越えてる。ていうか凄い。豊かなモノとフィットしたスーツの組み合わせのレベルが半端ない。これはアレだ、眼福どころじゃない。もう普通に至宝クラスだぞ)

 

と、心の奥底で早口(これら全てを数秒以内に纏めるレベル)で巻くし立てる剣。チラ、チラと目に見えて分かるくらいにクリスの姿をガン見してる。男の子だから仕方ない、マジで仕方ないのだ。

 

 

 

「歌わせたな」

「……?」

「クソ!あたしに歌を歌わせたな!教えてやる!あたしは大っ嫌いだ!」

 

 

 

「やっぱり、お前は俺と似てるな」

 

 

世界を平和にする、そんな題目の為に改造され、その力と共に戦い続けた無空剣。

 

戦争や悲劇を失くす為に、嫌いな歌を武器にする力を与えられ、戦うことを選んだ雪音クリス。

 

 

だが、彼女は剣とは確実に違う。雪音クリスはまだ終わっていない。既に完全に失ってしまった自分とは違い、まだ未来というものがある。なら、やる事は一つ。

 

 

「手を貸してくれるか?クリス」

 

 

この力を持ってる少女に、逃げろとは言わない。むしろ、共に戦ってやるのが正しいだろう。

 

 

武器を構えるクリスに背を向けながら、剣は軽く告げた。平然とした様子で、

 

 

「背中を預ける───それで構わないな?」

「上等だッ!あたしの独壇場ってのを見せてやるよ!」

 

 

こうして、二人の共同戦線が始まった。一部が似た者同士である二人の、何故か信頼のあるコンビが。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

最初に動いたのは相手────虹宮タクトだった。ただ突っ込んだ訳ではない、そう考えれば彼の行いは普通とは桁が違った。

 

 

アスファルトを踏み抜き、勢いよく跳躍する。空中で体をひねりながら、彼は拳を握り締める。相手が何をしようとしてるのか察した響はすぐさま真横へと飛び退いた。途端、

 

 

 

 

 

グシャァッ!!! と爆音が炸裂したと同時に、響のいた場所が消し飛ぶ。タクトの拳が叩きつけられ、地面に巨大なクレーターを作り出したのだ。一撃が、重機に匹敵する威力を有していた。

 

 

飛び散る粉塵を片手で払いながら、彼は楽しそうに笑う。それはそれは、心の底から楽しいと言うような様子で。

 

 

「ハハッ!オレぁ一般の魔剣士としては格が低い!現につい最近『起動』したばかりだからこの程度の性能になっちまってる!だが気にすることはねぇぜ?ただただ互角に近いもんになっただけだしなぁ!!」

 

この程度の性能、地盤すら砕きかねない破壊が、この程度と一蹴される程。ならば、彼よりも上とされる『魔剣士』は────その頂点に君臨し続ける無空剣は、一体どれ程の強さなのか。

 

 

 

それからタクトは響を容赦なく追撃する。周りの木々を巻き込むように削り取り、薙ぎ払っていく。表現するなら、小型巡航ミサイルよりも恐ろしい。

 

 

 

だが、何より。

響はそれに対応していた。息のつかない連打に、追いつき始めていた。地面すら砕く連撃を、受け止めたり弾いたりしているのだ。

 

相手しているタクトの方が怪訝そうな顔になる。すぐさま笑みを深め、楽しそうに笑った。

 

 

 

「流石だ融合症例一号!予想より良く動くな!」

 

「融合症例一号なんて名前じゃない!」

 

 

立ち止まり、大声で叫ぶ響の声にタクトは思わず動きを止めた。空中で軌道をずらして後退した彼は、攻撃の手を緩める。響がまだ、声をあげようとしていたからだ。

 

 

 

 

「私は立花響!15歳!」

 

 

 

「誕生日は9月の13日で血液型はO型!」

 

 

 

「身長はこの前の測定で157cm!体重は、もし仲良くなったら教えてあげる!」

 

 

 

「趣味は人助けで好きなものはごはん&ごはん!」

 

 

 

「後は、彼氏いない歴は今のところ年齢と一緒!」

 

 

 

 

「───おいおい、こんな時に自己紹介か。予想以上に愉快なヤツだなぁ」

 

笑みを浮かべてそう返すタクトだが、少しだけ顔がひきつってる。ていうか、地味にドン引きしてる。それでも目に見えて反応しなかったのは、個人的にその姿勢を評価してるからかもしれない。

 

 

 

 

「タクトさん!私達はノイズと違って言葉が通じるんだから、ちゃんと話し合いたい!」

「ハッ!正気かよ!」

 

そう叫ぶ響に、タクトは軽く鼻で笑う。本気で取り合っていない。子供の話を滑稽無糖と言って馬鹿にする大人に近いものがあった。

 

だが、それでも響は諦めようとはしなかった。相手に言葉が届くと信じて、呼び掛け続ける。

 

 

「話し合おうよ!だって、言葉にすれば人間はきっと分かり合える!」

 

 

 

その瞬間、タクトは地面を殴りつけた。ドゴォッ!!! と再び地面が砕ける。全力ではなく、やはり手加減をしてるらしい。彼は両目を細めながらも、笑みを絶やさない。

 

 

 

「言葉でなら分かり合える? それは何も悲劇を知らないからこそ言えるんだぜ。世界や人間というものの定義を」

 

 

そんな風にタクトは吐き捨てる。殺気まで抱かないのは、彼がそこまで怒っていないからか。或いは興味関心がないのか。

 

 

どちらでも良いのか、タクトは響を眼にして答えを察していた。彼女は変わらない。それどころか、まだ声にして伝えようとしていた。

 

 

 

「それでも、って言うんならさぁ────」

 

 

関心と共に、タクトは単直に告げる。

 

 

「戯れ言じゃねぇってのを示して見せろよ。言葉だけじゃなくて力で!お前の理論が正しいということを!このオレに示せ、立花響!!」

 

 

彼は、虹宮タクトにとって重要なのはそれだけだ。もし自分の意思を貫き通したいのなら、実力が無ければ意味がない。何の力も覚悟もない言葉なんて軽いものだ、しかし力さえあれば全てを変えることが出来る。

 

 

 

ある種、歪んだ考え方。力さえ無ければ誰かの声も無意味と切り捨てる事を許容した、恐ろしい事だった。理不尽に大切なものを奪われた復讐者の憎しみの怨嗟を平然と聞き捨て、同情もせず無残に処刑するのと同じような─────人とは思えない程、無機質かつ暴虐な心理。

 

 

 

叫ぶと共に、虹宮タクトは片手を大きく広げる。その手の内から、凄まじい程のエネルギーが形作られる。最初はビー玉サイズの球体だったが、徐々に五十センチ程の物へと変わっていく。

 

それを強引に掴み、握り潰すかと思えば────

 

 

 

 

「─────轟け雷閃! 『雷鳴砲卦(らいめいほうか)』!!」

 

掌から閃光が放たれる。真っ白の雷を思わせるエネルギーのビーム砲。のたくりまわる龍のように捻れ狂う光が、響に直撃した。

 

 

しかし、響もそれを受け止めた。両手に形容できない程の圧力がのし掛かるも、それでも耐えていた。『アルビオン』との戦いでの時ならこうもならなかった、彼女の成長というものがよく分かる証拠だった。

 

 

だが、ここは戦場だ。何より相手は────たかが一発当てた程度で見逃すような、生易しい存在ではない。

 

 

 

 

「もう一発!『雷鳴砲卦(らいめいほうか)』!!」

 

更に、光が放出される。今度は先程のような変則的な動きではなく、まっすぐに直進していく。狙いは、ただ一つ。響ではなく、彼女が受け止めていた閃光。自らが撃ち込んだエネルギーに接触した途端、

 

 

 

 

爆発。

その場に雷が落ちたかのような轟音に続いて、周囲に複数の爆発が生じた。響は至近距離からそれに巻き込まれてしまう。

 

 

 

 

「………クチで語るなら、もう少し実力くらいはあって良かったんじゃねぇの?ま、言っても無駄か」

 

自分が巻き起こした爆風にさらされながらも、退屈そうな調子で呟く。興味なさそうに周囲を見渡していたが、すぐに何か気付いた。

 

 

 

 

 

 

「───ぉぉぉおおおおお!」

「やるじゃねぇか……」

 

視線の先、土煙の奥からの咆哮に身構えた。立花響だ。彼女の掌に橙色のエネルギーが集まっていく。それによって形成されていくものを、タクトは既に認知している。

 

 

 

「アームドギア………本来の形では無いにしろ、モノにしよォとする気かよ────ッ!」

 

青年は笑いながら、突貫する。それも雷のようなスピードで疾駆して、響の後ろを取る。無防備な背中、がら空きな少女に向けて構えた拳を放つ。

 

 

 

だが、それは受け止められた。振り返った響は地盤すら変容させる重撃をその手で止めたのだ。予想に反していたのか、タクトは眼を剥いて絶句する。それによって、隙を与えた。

 

 

 

(───稲妻を喰らい、雷を握り潰すようにっ!!)

 

師匠であり司令でもある弦十郎からの教え。それを胸に抱き、目の前の青年へと飛び出す。自らの腕を、引き絞りながら。

 

 

(最速で、最短で、真っ直ぐに!一直線に!胸の響きを、この想いを伝える為にッ───!)

 

 

 

そして抵抗するように、或いはさせないと振るわれる剛腕をかいくくぐり──────一発!

 

 

 

 

吸い込まれるような綺麗な一撃。並外れた打撃が、タクトの腹部に打ち込まれた。

 

 

 

 

「ガッ─────は、!?」

 

大きく、よろける。今までどんな攻撃も受けなかったタクトが、明らかに仰け反る。その様子が響の拳の威力を、彼の受けたダメージを物語っていた。




補足

雷鳴砲卦(らいめいほうか)

虹宮タクトが素手状態にて発動できる技。雷電エネルギーを生成して、ビーム砲のように飛ばす。詠唱なしでは直進するビームになるが、『轟け雷閃』という単語をトリガーとすることでビーム自体の動きを操る事が出来る。


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運命というもの

あと数日で今年も終わりですけど………なんか短く感じるのは個人の問題だったりするんでしょうか。時間の流れというのは意外と早いものですしね。





思わず後退した事実を、タクトは信じられなかった。彼の中にある自律コンピューターが編み出した予想と想定とは自分が味わってる現実が異なっている。

 

 

(立花響……ッ!この俺の、計算された答えの上を行く成長速度。マスターから得た情報の重さをよく理解しておくべきだったなぁ!)

 

 

全身に纏われた白い装甲。先程、立花響からの一撃を受けた腹部装甲は少しだけへこんでいた。普通なら切り捨てるような損傷だが、想定の範囲外だったのが重要なのだ。

 

 

しかし、やはり彼は兵器と称されるだけはあるのか。持ち直すのが早かった。

 

 

(損傷容量、24パーセントを突破。部位破損は確認できず、)

「敵対対象への警戒度を修正。同時に、補足を提示」

 

 

冷静に次の行動を演算してるタクトはある違和感に気付いた。立花響、彼女が追撃を行う様子が見られないのだ。流石に言葉を失うタクトだったが、その理由を答えとして出すのは簡単だった。

 

 

 

 

───まだ、思ってるのだ。互いに言葉を交わして、仲良く出来ると。

 

 

 

甘いなぁ、と笑いが溢れる。やはり何も知らない、戦いというものとその過酷さを知らない。本気で話し合って理解できると思っている。

 

 

 

よりによって、『魔剣士』という兵器相手に。戦争に役立つ為に戦いの全てを注ぎ込まれた人間だったモノ相手に。

 

 

 

「やるなぁ、立花響。さっきの一発はかなーり効いたぜ、あぁ……強かった。お前って意外にやりゃあ出来るじゃねぇか。色々とお前の事を見下してたが、取り消させてくれ」

 

 

ケラケラとそう答えるタクト。軽薄そうに笑う青年に対して響は構えていた拳を緩めながら、叫んだ。

 

 

「タクトさん!これ以上は何をやっても意味ないですよ。ノイズと違って私達は言葉を交わす事ができる。私達は、同じ人間ですから!!」

 

 

それを聞いた相手は、呆然としていた。しかしすぐに吹き出す。腹の底から、可笑しいというように笑い出した。

 

 

「は、ハッハッハッ!! お前、正気か! まぁだ俺達『魔剣士』と仲良く出来ると思ってんのかよ!よりによって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()このオレ相手に!?」

 

 

笑い、笑い、大笑いするタクト。腹を抱えて笑う青年は一体何が可笑しいのか不思議な程だ。ひとしきり笑って満足したのか目元を擦り、表面上の笑顔になる。涙すら浮かんでないが不気味だが、彼は気にしない。

 

 

笑われてもなお、話し合おうとする響に、彼は軽く付け足した。

 

 

「そういや、さっき言った事を訂正させて貰うぜ」

「え?」

「戦い方だけどよ。悪いけど変えるわ。全力じゃねぇけど本気でいくから────多分死ぬと思うけど、何とか耐えとけよ」

 

 

 

 

ガシャッ!!ガシャガチャガキン!! と大きく擦れ合う金属音が発生する。いつの間にか、彼の近くにあった鋼の塊が分解された音だった。

 

 

 

外装が剥がれたそこには先程の剣の柄が露呈していた。巨大な鞘の中に収まってるように見えるのは、その形が鞘に近いものだと思えたからか。

 

 

 

「知ってるか?『カラドボルグ』という魔剣、それが成し得た偉業ってのを」

 

 

話しながら、彼はそれを掴み取る。

 

『カラドボルグ』、それは魔剣士である彼が宿す───魔剣の名。タクトは身構える響の前で、剣を抜刀した。

 

 

刀身が煌めく、不気味な両刃の剣。何故か最初に襲いかかった時とは別種の刀剣だった。普通の金属の光沢とは違う輝きを有しているのは、何らかの力が働いているのだろう。

 

 

「『虹の端から端まで伸びて、一振りで丘の天辺を三つも斬ってみせた』。それこそが、カラドボルグという魔剣の力。このオレ、タクトもその力を受け継いでいるのさ」

 

あくまで語るのを止めないのは、余裕の表れだろう。例え自分の一撃を与えられる相手だとしても、確実に倒すことの出来る切り札を所有してる自信の片鱗。

 

 

響は拳を構え、深く腰を落とした。ふぅーっと息を整えたのも、相手の動きに対応する為だった。もしここで話し合いをしようなどと言えば、確実に不意を突かれる。

 

 

文字通り、背中を切り裂かれてそれで終わってしまうかもしれない。生半可な考えは捨てなければならない。相手は無空剣、彼と同じ『魔剣士(ロストギアス)』と呼ばれる戦士の一人だから。

 

 

 

 

 

「魔剣絶技、疑似解放。限定制限五割解放」

 

 

その瞬間、タクトの身に纏われし鎧に変化があった。無機質な声音に反応するように、純白の装甲が蠢く。内側から、何らかのエネルギーが身体の隅々へと届いていく。

 

 

その力に従うように、顔から全ての感情を消し去った青年が構える。明らかな、一撃必殺を放つように。

 

 

右手の剣を肩の高さまで持ち上げて、大きく後方に引く。左手を剣先のすぐ横、響へと向ける形であてがう。

 

 

 

それはまるで────突きのような構えだった。しかし、その剣先が響に届く筈がない。何せ、二人の間の距離は六メートルも優に越える。

 

しかし、先程の戦いでの遠くから飛ばされた斬撃もあった。だからこそ、響は何とか防ごうと構えを重くする。

 

 

 

そんな彼女の目の前で、刀身に何条もの光が生じる。剣を中心とするように巻きついた無数の光によって、剣が巨大な白い剣へと変わった。

 

 

前後に開いた両足が動く。限界まで引き絞った腕に全力の力が込められていく。爆発的な加速と破壊力を巻き起こさんとする力が、

 

 

 

 

 

「───スパイラルカノンッ!!!」

 

 

 

 

 

たった今、螺旋状の閃光が解き放たれた。技が発生しただけで衝撃波が周囲を容赦なく薙ぎ払う。地面すら抉りながら、進行方向にいる響へと迫り、衝突した。

 

 

何とか顕現させたアームドギア。彼女はそれをもって、純白の閃光を受け止めた。何とか、押さえ込もうとする。

 

 

だが、そう簡単にはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

「……ぅ、ああぁぁぁッ!!?」

 

 

有り得ない程の威力に、響は苦しそうに呻いた。ビキビキビキッ! と鳴り響く。両手に纏ったアームドギアでも完全に防ぐことが出来ない。螺旋の光は、凄まじいパワーとエネルギーを生み出し続け、響を打ち破ろうとしていた。

 

 

 

「なんのっ……………こぉれしきぃぃぃいいいいいいいいいいいっっ!!!」

 

何とか響はその状況で身体をひねった。ぐるりと横へとズレた事で、極光の方向も大いに反れる。彼女の別方向へと放たれた光が、近くの森を抉り取りながら消失する。

 

 

息切れと共に膝をついた響に、ゆらりとした人影が声をかけた。先程の一撃を放った、タクトだった。

 

 

「ハハッ、よく防いだ………いや、反らしたか。やはり勘が鋭いな。そのまま受け止めようとしていたら両腕が吹き飛んでいただろうぜ」

「……はぁっ、はぁっ………いま、のは」

「魔剣絶技。オレ達の必殺技みたいなもんさ。ま、お前らからしたら普通の技だと思って欲しいな」

 

 

ニヤリ、とタクトは響を見下ろす。彼女は今しがたの一撃を押さえようとして、体力を多く消耗した。最早抵抗しようにも出来はしない、何も出来ない。

 

それは誰から見ても明らかな事実だった。

 

 

「さぁて、立花響。今からオレは本気の一撃をお前にぶちこむ。もうある程度の情報は得たし、お前の事はもう不要ってヤツさ。

 

 

 

 

 

 

結局、お前の努力も無意味なんだ。どのみち、計画の為に装者を一人ずつ消すのにゃあ変わらねぇし。別にお前を殺してもこっちにはもう何にも損害はありゃしねぇからなぁ!」

 

剣を響へと突き付け、更なる光を纏わせる。今度は麗しい程の純白ではない───同じ白ではあるが禍々しさをも有した光だ。

 

構えなんてものはない。ただその剣を標的へと向ければいいだけ。

 

 

 

 

「死ね!───ヴァーティカルストラーダ!!」

 

 

 

 

 

ズドォッッ!!

巨大な光の奔流が、津波のように大きくなる。その目の前で動き出そうとした響を一気に呑み込んだ。更に連鎖的な爆発も広がり、剣を下ろしたタクトは爆煙を見つめる。

 

 

 

今のはやれた。確実に命中した、例えシンフォギアを纏っていたとしても、無傷は絶対に有り得ない。最低でも重傷までは削れているはずだ。

 

 

そう思っていたタクトは煙が晴れ、その先にあるものを目にする。しかしそこにあったのは自分が予想していたような光景ではなかった。

 

 

「………あん? 盾?」

 

 

 

「────剣だ!」

 

 

巨大な銀色の金属。思わず巨大な盾と誤認したが、すぐに否定の声があがる。その声が響のものではないことに怪訝そうになるタクトだが、気付いたように見上げる。

 

 

風鳴翼。巨大な銀色の剣の上に、彼女は凛と佇んでいた。

 

 

「ハハッ!おいおい、なんでここにいやがるんだ!?アンタはそこらへんのノイズを相手してたはずだろうが!」

「あれほどの数なら遅れは取らない。風鳴翼の剣はそこまで軽いものではないぞ!」

 

 

鋭い笑みを浮かべるタクトだが、両目を細めて二人を見つめる。彼個人としては翼の乱入は予想外だったのだろう。

 

 

「無事か?立花」

「翼さん……!で、でも何で?」

「周囲に発生していたノイズを倒していたの。ノイズを発生させていた相手を追うことは出来なかったけれどね」

「助かりましたっ!翼さんが来てくれなかったら私………」

「やられていたかもね。でも気を付けなさい。相手はまだ健在よ」

 

剣を振るい構える翼に、響も拳を握り締めて腰を深く落とす。互いに戦闘態勢で、何時でも対応できるように。

 

 

タクトはそれを見て、溜め息を漏らした。剣と手を下げて、やれやれと大きく嘆息する。

 

 

「立花響だけならともかく、風鳴翼も一緒とは骨が折れると判断した。それに続いて他に援軍が寄越される可能性も考慮すると…………これ以上のオレとしても戦闘行為は本意じゃあない」

 

 

ニヤリと笑い、彼は叫ぶ。

 

 

 

 

 

「てなワケでぇ!ここぁ大人しくトンズラさせて貰うぜ!悪く思うなよ!?」

 

地面を強く蹴り飛ばす。勢いに任せて後方へと跳ぶタクトは逃走へと移行する。それには響も呆気に取られ、言葉を失った。

 

 

しかし、この場にいるのは彼女だけではない。

 

 

「させないわ!」

「チィッ! やっぱそうしてくるかねぇ!?」

 

 

勢いよく突っ込んでくる翼にタクトは剣を大きく振りかぶる。疾駆する彼女に向けて斬撃を飛ばすが簡単に弾かれてしまう。翼も無防備になったタクトを無力化しようと峰打ちをしようとする。

 

 

 

 

そんな彼女の刀剣が止められた。

このまま斬り伏せられていたであろうタクトが動いたのだ。自らの手で翼の剣を受け止めていた。掌を容赦なく貫かれていたにも関わらず。

 

 

 

「な───」

「こうするとは思わなかったか?そいつはオレ達を舐め過ぎだぜー?」

 

絶句する翼を嘲笑い、彼は勢いよく身体を回転させる。気を取られた事もあって柄から手を離してしまった彼女は吹き飛ばされた。しかし響が受け止めたことで、地面に叩きつけられる事はなかった。

 

 

タクトは無視して、自分の掌から翼の剣を引き抜き、彼女の方へと放り投げる。そして、急に垂れ下がった自分の腕に眼を細める。困ったような顔で、息を吐いた。

 

 

 

「あん?あー、不味いな。腕が壊れちまったじゃねぇか。止めてくれよ、直すのに手間が掛かんだよこれ」

 

意味不明な言動に顔をしかめた翼は、更におかしな事に気付く。タクトの腕は刀を貫通している。それも肘まで貫いている程の重傷なのに、彼は顔を歪めすらしなかった。

 

 

そして何より────血が出てなかった。貫かれた筈の彼の腕から。自分の剣にも、一滴も存在しない。普通なら流れているべき赤い液体が、何一つ見つからない。

 

 

 

 

「貴方………その腕は義手なの?」

「ハハッ、浅いなぁ。そんなあまっちょろい考えじゃあオレ達にゃあ届かねーぞ?もうちょっと深く考えてみな。答えってのは、そこまでぬるーくねぇんだぜ」

 

 

そう言われてもなお、彼女達はその意味を図りかねた。片腕、両腕が機械なだけでも不自由かもしれないのに、あまっちょろいと断言されたのは普通に予想外だった。

 

 

 

そこで翼がある事に気付いた。いつの間にか、タクトが自分の腕を、正確には腕に空けられた穴。そこへと視線を向けると──────ケーブルや金属部品が露出している。

 

 

更に、青年の腕の付け根の部分。装甲の内側の腕が外れかかっている。それ自体、本来なら有り得ない。装甲ではなく、腕そのものが乖離しかけているのだ。

 

 

その隙間から見えるものに、嫌な予想というものが出来てしまう。

 

 

「全身が、機械?」

 

「ハッハァ! まぁ間違ってはねぇワケだし、一応正解って事にしといてやんぜ。元々は人間だったらしいんだよ、このオレも。つい最近起動したばかりって言ったろ?だからオレが人間だった頃とかも覚えてねぇのさ。ま、別に知った所でって話だけどよぉ」

 

 

平然と語ることだが、それがどれだけおぞましい事なのかは説明するまでもない。何も言えずに立ち尽くす二人、それは当然だろう。

 

 

 

絶句する響に、タクトは自分の腕を弄りながら鼻で笑う。一方で彼女に対してある種の想いを抱きながら、言った。

 

 

 

「なぁ、立花響。これでもオレ達が分かり合えると思ってんのか?」

「………っ!」

「人間ですら手を繋ぐことが出来てねぇんだ。人間なんてものじゃ無くなったオレ達が仲良しこよしなんて出来るワケねぇ。分かるだろ? やれるかどうかの段階じゃねぇ、最初から無理、不可能ってヤツだぜ」

 

 

そう言い残してタクトは空高く跳んでいく。

 

 

「待って!………っ」

「無茶するな立花!」

 

 

その後を追いかけようとするが、先程の戦いのダメージや疲労によって膝をつく響に、翼が駆け寄った。

 

 

結局、勝てるような相手ではない。どうしようもない無力さが、彼女達に重くのし掛かってきた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

無空剣と雪音クリス。

『魔剣グラム』と『イチイバル』を纏う二人はノイズの大群を容赦なく屠っていた。ガトリングガンやミサイルなどを連発させ、ノイズを殲滅していくクリス。そんな彼女を物量で押し潰そうとする大群を、純粋な戦闘力で排除する剣。

 

 

彼等の戦いは凄まじい程に息が合っていた。おおよそ剣がクリスに合わせるように動いていたのかもしれない。普通の戦士なら不可能な事でも、彼ならばそれを可能とする。

 

 

そして、二人によるノイズの殲滅は数分程で終わった。剣が最後の一体を屠ったことで。

 

 

 

「ノイズはこれっきりだな。意外に数が多かったな」

「………はぁ、はぁ………クソッ、フィーネも数がっ、多すぎんだよっ……!」

「このくらいしないとダメだって考えたんだろう。ま、どっちみち足止めにしかならなかったが」

 

 

舌打ちをしながら、センサーを使用するが反応は見当たらない。数分という時間を与えてしまった以上、フィーネはここから相当距離を取っているはず。

 

 

 

 

「それで、どうするつもりだ?」

「あ?何がだよ」

「お前を利用してた奴、フィーネに裏切られたんだろ。このまま一人で逃げ続けるのか?」

「………そうするしかねぇだろ」

「ま、それが普通だよな」

 

 

魔剣を解除して平常の姿になった剣は近くの鉄柵に腰掛けた。何もしようとしないように見えるが、実際には違う。むしろクリスへのアクションを行おうとしていた。

 

 

「なぁ、クリス」

「あんだよ」

「お前も二課に来ないか。俺が何とか入れて貰えるように頼み込んでみる。政府の連中にとっては俺は装者以上にノイズに対抗できる存在だ。少しぐらい要求ぐらいは飲めるだろうしな」

 

 

あっさりと言うが、そう簡単にいくような話ではない。剣の存在は政府にすら開示されていない。彼がこの世界にいるのは不定期であるのが理由なのと、それを明かせば世界中は彼を奪うことに執着する恐れがあるからだ。

 

 

だからこそ、そのリスクは相当ある。

 

 

「…………正気か?」

「俺は至って本気だぞ。嘘や冗談の類いなんかじゃないさ」

「馬鹿にすんじゃねぇよ。よりによって大人達にあたしを引き渡すって魂胆か」

「お前の気持ち、よく分かる」

「ッ!大人なんかに頼ってるような奴がほざいてんじゃねぇ!あんな奴等を信用する奴の事なんて認められるか!」

 

 

やはり、彼女は大人が嫌いらしい。まぁ無理もないと考えた。戦争地帯で親を失い孤児になれば、どうやって生き残るかなんて限られる。

 

 

既に確信の域にまで至っている。間違いなく、雪音クリスはこの世の理不尽と不条理を味わっている。

 

 

「言っただろ。俺とお前は似てると。

 

 

 

俺も、初めはあの人達を信じてなかった。あの人達も同じだって決めつけた…………あの世界での連中と」

 

 

 

────他ならぬ、無空剣(自分)と同じように。

 

 

 

 

「俺は『不要児童(ノッドコール)』と呼ばれる子供だった」

「……、」

「色んな事情で育てることが出来なかった親が、闇市に売り払った子供の呼称さ。俺の親は、育てることが出来なくて諦めたらしい」

「恨まなかったのか、捨てられた事に」

「さぁ、どうだろうな。最早家族とすら思ってない。もし俺の前に出てきたとしても、ただ血の繋がっただけの人間だ。きっと俺の事を知らずに、幸せに暮らしてるのかもしれないけど…………他の人達とは違うのかは、よく分からないな」

 

 

彼が生きていた場所、世界はあまりにも理不尽だった。平然と命が奪われるような環境で必死に、何とか生き延びてきた。自分達が苦しんできた意味を知る為に、その答えを求める。

 

 

しかし、その先にあったのは願っていたものとは欠け離れていた。

 

 

 

「俺達を同じ人間として見ないで平然と実験に使う研究者達、化け物扱いして石を投げてくる奴等、俺達に気持ち悪い笑顔で媚を売ってくる連中───────俺はそんな奴等しか見てこなかったから、諦めると同時に恐れてた。あの人達も、同じように俺を見てくるんじゃないかって」

 

 

もしそうされたら、どうすればいいかと彼は警戒していた。そんな風にされるくらいなら、人との交流など断てば良かったのだが、剣には出来なかった。

 

 

────もしかしたら、と期待していた。あの人達なら自分を受け入れてくるのではないかと。この世界ならきっと、自分にとっての居場所が見つかるのではないか。

 

 

甘い理想だと当初は嗤っていた。そんな願いもどうせ無縁だ、信じるなんてくだらないものだ。

 

そう思い、疑い続けてきた。表面上で優しく笑うその姿には裏があって、結局予想していたものと同じなんだと。

 

 

 

「けどさ、俺が隠し事をしてるのにあの人達は気付いてたんだ。その上で、信じてるってさ。本当に頭が上がらないな、裏があるじゃないかって疑ってた自分の方が馬鹿だって思えるほど、あの大人達は純粋なんだ」

 

 

そう言い終えた所で呆れ返った。不幸自慢か何かだろうか、そんな風に薄暗い事情を語ってどうする?同情でも納得でもしてほしいのか? という、くだらない考えが頭に過ってくる。

 

 

自分でも分からない温さ、かつてなら絶対に有り得ない事だが、昔の話はもう気にしない。そう言うように、剣は既に割りきっている。

 

 

 

 

「なんで、そこまで───」

「同じ質問だな。前に答えは出したぞ」

「違う、違う!あたしが言いたいのはそういう事じゃない!」

 

 

叫ぶクリスを前にしても剣は顔色を変えない。或いは、変える必要すらないのか。

 

 

「あたしに構うのは分かってる!自分と似てる、同じようになるって理由だろ!?」

「俺自身がやりたかったというのも忘れるなよ」

「そんなの今は関係ないだろ!?重要なのは、そこまでしてあたしを救おうとする理由があるかって話だ!」

「そんなものはない。第一、救う人間と救わない人間を選定するみたいなもんだろ。そういう事を言い出すと」

 

 

 

誰かを助けるのに理由なんていらない、この言葉は綺麗事として扱われてきた。しかしそれは、何の苦しみを味わってすらいない人間が語るからこそだ。無空剣は、残酷な世界の中で生きてきた。それでも彼は、人を救う事に躊躇は悩みはしない。

 

 

使命や義務という形で生かされ続けてきた彼にとって、それだけが自分自身の意思でやろうと決意した事なのだから。

 

 

「あたしは、悪いことをしたんだぞ!?ノイズを呼び出したり、あの時もお前の仲間を傷つけたんだ!?」

「ならその責任も俺が一緒に背負ってやる。お前を迎え入れる義務としては当然だ」

「………お前の事も傷つけた!前も痛めつけた事を忘れてるわけないだろ!?」

「五分五分だな。俺も同じようにお前を攻撃した。むしろ、怒りに我を忘れて殺そうとした事も考えると俺の方がやり過ぎてたな」

 

 

 

今度こそ何も言えずに言葉を失うクリスに、剣は手を向けた。より正しくは、伸ばした。一人でいようとする少女に、

 

 

「一人ってのは寂しいぞ」

 

 

かつて自分がされたように、手を差し伸べる。暗い闇の中へ沈んでいた自分を助け出した光のような人物の真似事だと理解しながら。

 

 

 

「どうせなら賭けてみろ、この後の未来ってヤツに。過去なんてものは全て無視して────正直に決めればいい。俺はその答えを優先する、否定なんてせずに認める」

 

 

 

 

 

返答はなかった。

けれど、僅かな間の沈黙の後に剣は落ち着いたように息を吐いた。緊張が解けたような、そんな感じのものだ。

 

 

 

 

何故なら、自分の伸ばした手が確かに繋がっていたからだ。届くかどうかも分からなかった、けれどそんなものを気に掛ける必要すらない。何度だって差し伸べる覚悟でいたから。

 

 

 

まさか、すぐに受け入れられるとは思ってもいなかったが。

 

 

 

「……勘違いすんなよ」

 

そう呟いたクリス。黙って見つめ返す剣に、彼女は僅かな警戒を抱きながら、

 

 

「あたしはお前を信じた、あたしを助けてくれて、そこまで言うお前を信じただけだ。二課の奴等は信じない、もし裏切られたら、あたしはあいつらを本気で殺すかもしれないぞ」

「もしそうだったら俺は止めない。好きにすればいいさ………………そんな事は有り得ないと思うけどな」

「へっ、なら勝手にさせてもらうぜ」

 

 

軽口を言って応えるクリスの態度はどこかぎこちなかった。他人からの好意に応えるのが慣れないのだろう。無理もない、自分もそうだったからこそ、少しずつ慣れていくしかない。

 

 

 

(全く、俺も変わったな。他人に手を差し伸べる事なんて昔は有り得なかったから、これも響やお前の影響なのかもしれないな────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだろ?“相棒(タクト)”)

 

 

それは──────かつて孤独で闇に堕ちようとしていた自分を救い出してくれた大切な友の一人。

 

 

その名は、虹宮タクト。

 

 

 

 

()()()()()()の事を思い、青年はこれからの未来を密かに願った。今度こそは、このまま上手くいくようにと、ただ願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、彼は知らない。

 

 

 

 

 

過去は、魔剣士という負の技術を生み出した悪意は彼を決して逃がさない。それどころか、無空剣という青年の大切なもの────願いまでも蝕もうとしていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういやだけど」

「ん?」

「あたしってどうすりゃあいい?もう夕方だが、このまま二課に行くべきか?」

「……………んん?」

 

 

 

結果、普通にホテルに泊まることにした。一緒の部屋にするかと聞いたが、真っ赤な顔で憤慨しながら断られた。




原作よりクリスが仲間になるのが早い件について。


これについては謝罪を。なんか駆け足気味で進んでますがそこは申し訳ないです。


剣さんのご親友の一人の正体が明かされました。これかも詳しく出てくるのでそこに関してはしばしお待ちをお願いします!


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闘争の後に

皆様!明けましておめでとうございます!去年は色々と大変な年でしたが、今年はそんな風にならないように祈りたいですね!


これからもよろしくお願いします!





魔剣科学者であるノワールは、珍しく外へと出ていた。

博士という役職をしている以上、運動は専門外でありマラソンなどやらされてしまえば疲労で撃沈することなど目に見えている。

 

 

しかし彼が現在歩いているのは屋外ではなく、むしろ施設の中だった。

 

 

何らかの工業施設の跡地。本来は自動車を製作する為に造られていたものだったが、ある日を境にそこを運用していた会社が潰れて以降、誰も使わなくなった。停止して動かなくなった機械の羅列を無視して、博士は巨大なコンクリートの壁の前に立つ。

 

 

 

 

「────ノワール・スターフォンが来た。『門』を開けてもらおうか」

 

音もなく、壁が開いた。隠し扉というよりも、ここを作り替えた急造の扉に近い。音声判断機能とかいうものがあった訳ではない、この扉は誰にも開けられないように仕組まれている。それはノワール博士も例外ではない。

 

 

その中へと足を踏み入れた途端、壁が音もなく閉まりノワールは閉じ込められる。そして、ズゥーーーッ という重音が鼓膜を刺激してきた。これは部屋ですらなく、遥か地下へ辿り着く為のエレベーターだった。

 

 

そして一分で扉が大きく開き、ノワールは外へと出た。上にあった工場よりも整備された通路を歩き、彼はそこに足を踏み入れた。

 

 

 

 

小国規模の広間────────『深層 ABYSS』、と呼ばれる領域だ。青白いライトで照らされた不気味なホール。魔剣士の肉体に流れる魔剣との繋がりとなる未知のエネルギーを生み出す、魔剣士にとって心地よい場所。

 

 

無論、『深層 ABYSS』はこれだけではない。地下公道のように無数の道と道に、このような広い空間が繋がっている。ここは『第十四区域』と呼ばれる、破棄された空間だ。

 

 

 

ここの事をノワールは絶対に忘れない。何故ならこの場所は、彼がある物を発見した場所なのだ。それと同時に、とある実験が実行された現場。

 

 

 

 

 

 

自最愛の娘が暴走させられ、無理やり友人の手で()()させたという────今も尚忘れられない。憎悪すら消えない、忌々しい居場所だ。

 

 

 

「計画の中心であった序列ナンバーはこの世界から完全に消失した。これで【魔剣計画(ロストギア・プロジェクト)】の目的は成功しない。計画の手中である彼はこの世界の何処にもいないのだから」

 

 

巨大なチューブに流れる深い青色の液体が、目に収める。それが流れている場所を特定する事は難しい。もしかしたら、世界中の何処にでもない────亜空間に繋がってるのかもしれない、そう思うのはこれまでの異常な超常現象を知っているからだ。

 

 

「だが、未だ【魔剣計画】は動き続けている。解体される筈の組織が、まだまだ野望を抱き、悪意を振り撒こうとしている─────微塵にも、躊躇や困惑が見られない」

 

 

一人ポツンと、ノワールは呟いているように見えるだろう。強ち、間違いではない。この空間に彼以外の人間は存在しない。こんな場所に来れる人間など、普通でなら有り得ない。

 

 

 

だが、ここにいるモノは彼だけではない。人間を除くならば、該当するモノは一つだけ存在する。

 

 

 

この『ABYSS』を掌で操るような存在が、たった一人だけいるのだ。

 

 

「彼の消失も全て、貴方の筋書き通りという訳か。魔剣計画中枢総統、ヤルダバオト」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────これはこれは。随分と皮肉を言ってくれる事だ、「魔剣の始祖」ノワール・スターフォン博士』

 

広い空間の中で何かが蠢いていた。無数の機械のケーブルやコードの集まりが、生き物のように動いていたのだ。

 

 

 

 

ヤルダバオト。

それが偽名であるのは確かだ、そんな名前の人間が普通に実在してる筈がない。だが、名前だと重要ではない。

 

問題なのは、彼が【魔剣計画】を主軸に動かす人間であるということ。数十万を越える子供を代償として、十数人の『魔剣士』を生み出したあのおぞましい計画を、引き起こした研究者達を束ねるトップ。

 

 

 

多くの魔剣士や世界中に憎まれてると同時に、畏怖されてる正体不明の人物だ。

 

 

『物事はね、何事も上手くいかないものさ。私のような男が外に出てみろ、狙撃どころか爆撃すら有り得るのだ。そこの所を、理解して貰えたかな?』

 

 

今も尚、本人はこの場にはいない。姿を現してノワールと会話しているのは機械、彼の手足の一部に過ぎない。きっと安全な施設の中でこの話を静かに聞いているのだろう。

 

 

「姿を見せないのもその一端と?君達に追われてる私もこうして会談に応じてるというのに。随分と気を張っているね、そんなに後ろめたい事があるのかね?」

『軽口は止めて欲しいね。私は意外と緻密なのだ、計画も念入りに何十年を掛けてでも実行するタイプだからこそ、細かいところにも用心してしまうのだよ。世界というものは勿論、物事は完全な数値では表せない。だからこそ私は必要以上に神経質にならねばならないのだ』

 

 

どの口が言う、と吐き捨てたかった。この男の厄介な所は、慎重でもあるのが一因だった。

 

 

あまりにも用心深く、あまりにも警戒心が強い。人間も誰も彼も信用しない。故に、彼の素顔を知る者は誰一人としていない。【魔剣計画】の主軸とされる精鋭の研究者達もヤルダバオトの正体を掴めていない。

 

 

噂によると、彼は自分の親戚を一人残らず皆殺しにしたという話もある。当然、自分の正体に気付かれない為に。

 

 

「私が世間話をしに来たのではないのは、分かってる筈だ」

 

 

しかし、博士は先程までの話をどうでもいいと断ずる。彼はあまりにも不機嫌だ。自分の心配している子が精神的に追い詰められるような事をされたかと思えば、今度は対談の場所に因縁しかない場所を用意してきた。

 

 

悪趣味な考え方に怒り狂いそうなのを我慢しながら、彼は話を続ける。

 

 

「『アルビオン』、魔剣を組み込まれた兵器の存在が確認された。ご丁寧に、君達【魔剣計画】のイニシャルまで刻まれていたようだが?」

『何が言いたい?』

 

 

だが、相手も一筋縄ではいかなかった。提示された話を聞き終えると、鼻を鳴らすように嘲った。

 

 

『悪いが、私とて完全に組織を把握している訳ではない。私の傘下にいる科学者達の事は分かってる筈だ、彼等みたいなのが私の許可を取らずに隠し事をしてるのは有り得ない事ではないだろう』

 

 

要は、不干渉を気取るのだろう。

部下の勝手な暴走で自分は何にも手出しをしてないと。それをされてしまえば何も出来ない。相手は組織のトップ、適当な人員を生け贄として処分さればそれで終わってしまう話なのだから。

 

 

「無論、私が知りたいのは貴方への責任問題ではない。あれをやった相手など、ある程度は想像できているとも」

 

 

なに? と聞き返す声を無視して、ノワールは白衣からある写真を取り出す。何者かが写ったそれを、無数の機械が目に収めようとしていた。

 

 

「貴方を除き、組織の中枢に位置する───────セフィラを冠する十人の魔剣科学者、《セフィロト》の一人に用がある」

「…………まさか」

 

 

合成された機械越しのヤルダバオトの声音が少しだけブレた。息を呑むように、ノワールからのアクションを待っている。当然だろう、今から語る相手は恐ろしく厄介な存在なのだ。上司であるヤルダバオトですら嫌と言うほど警戒している部下の一人。

 

 

 

 

「三番目のセフィラ、『理解』の魔剣創始者 エリーシャ・レイグンエルド。剣クンを魔剣士へと作り替えたあの男、数年前あの事故に巻き込まれたであろう科学者。奴の所在を教えて貰おうか、ヤルダバオト総統」

 

 

ノワールはその名を、憎々しげに噛み締める。

 

 

自分の娘や多くの子供達を死なせ、無空剣を苦しませ、絶望と憎悪という感情を植え付けた元凶の一人。何より、彼の存在に固執していたあの男なら別世界にすら干渉してくると─────ノワールは確信していた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

あの出来事、剣とクリスの和解から一日が経ち。

無空剣は何も知らないクリスを連れて、ある場所に訪れた。不安げにしていた彼女に気にするなと告げてから数十分後、集まってきた()()の面々にこう口にした。

 

 

 

「それで、俺の知り合いかつパートナーの雪音クリスだ。一応こう見えてもシンフォギアを使えるのでよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ちょっと待てぇっ!!」

 

だからこそ、叫ぶ雪音クリスの反応は間違ってない。彼等は数日前に話し合っていた。その時クリスは剣は信じるが、二課やその仲間は信じないと断言していた。

 

 

なのに剣は何も言わずにクリスを二課の皆に会わせたのだ。強引どころの話ではない、もしかして天然なのかと疑いたくなる程の事だった。

 

 

「何だいきなり。耳元で騒ぐことはないだろ」

「お、お前馬鹿か!? あたしはこいつらを信用しないって前言ってただろうが!なのに、何であたしを連れ込んでんだよ!?」

「連れ込んだという言い方は止めろ。別の意味に聞こえてくる」

「そう意味で言ってんじゃねぇよ!?」

 

 

軽く流してる所か見て、彼からしたら気にする事態ではないらしい。何とか出来る策でもあるのだろうかと思ったが、そもそもこいつが余計な事をしなければ済んだ話なのだと、果たして気付いているのか?

 

 

「ていうか、良いのかよ?」

「何が?」

「あたしは前から二課と敵対してたんだぞ?普通なら捕まって終わりじゃねぇのか?」

「そこは安心しろ、俺に考えはある」

 

 

ふん、と鼻を鳴らしドヤ顔をさらす剣。

 

 

「ネフシュタンの鎧の少女と仮定されている相手は名前を名乗っていない。つまり一々詮索しなければお前があの少女と同一人物だとまだ決まってはいない。なら問題ない………………と思ってたが、やっぱり無理だな」

「あ?何でだよ?」

「────たった今、俺が口に出した事が全員に聞かれてるからだよ」

 

 

 

ピシッ、と話を聞いてたクリスが文字通り硬直した。ていうか普通に考えたら、さっき会わせたばっかりだから近くにいて当たり前だろう。

 

 

僅かな沈黙から一転、華奢な両手が彼の胸倉へと伸びた。

 

 

「お前ッ、本当に馬鹿じゃねぇの!?前から普通じゃねぇと思ってたけど、本っ当に何してやがんだよ!?」

「気にするな、過去は振り返るべきじゃない」

「少しくらいは気にしろぉ!!」

 

 

………こんな性格だったかこいつ? と思うでしょうが、そういうところもあるのが人間なのだ。難しく考え過ぎた結果、あまりにも予想外な答えに辿り着く事があると聞く。それと同じだ(違う)

 

 

 

 

「ハッハッハッ!仲が良いな二人とも!どうやら俺達の知らない間に色々あったみたいだな」

「まぁな、察して貰って助かる」

 

端から聞いていた弦十郎に剣は軽くそう答える。それでも尚気にすることなく、受け入れる辺りこの人はやはり良い人だと実感させられる。

 

 

「なぁクリス君。君は二課に、俺達と共に動く気はないか?」

「ッ、勘違いすんな。あたしは無空剣を信じただけで、お前らを信じるなんてご免だ。認めたりなんて絶対にしねぇぞ。そもそも、敵かもしれねぇってのによくこんな風に気楽でいられるな」

「そうか、だが君は剣くんの事を信じてるんだろう?彼が君を連れてきたということは、君は良い人間さ。前から分かっていたが、俺も出会ってすぐに理解できたさ」

 

 

 

「………」

「ほら、言っただろう。この人達には敵わないって」

 

絶句するクリスの隣で剣は肩を竦めていた。彼はやれやれというように、呆れたようだった。弦十郎だけではない、ここの大人達は同じように心が綺麗なのだ。

 

 

「──────違うよな、あの世界とは」

「………」

 

小さく囁いていた独り言にクリスは黙り込む。彼女は知っている、剣がどのような生き方をしてきたかを。クリスのように他人を信じられない生き方をしてきた彼にとって、二課の大人達は眩しいくらいの存在だ。

 

 

だからこそ、見劣ってしまう─────彼が守ってきた人間達の本質というものが。

 

 

 

 

「…………む、叔父様。そう言えば櫻井女史はまだ来てないのですか?」

「そうだ。何やら問題があったらしくてな、連絡が来てないから他の職員を自宅に向かわせていた所だが」

 

 

適当にクリスを響に押しつけておいた剣は、翼と弦十郎の話を耳にしていた。途中から聞いていた彼は、徐々に眉をひそめる。

 

 

 

「本当ですよね。数年前に紛失した『イチイバル』の確認もしたがると思っていましたが………何時来るのでしょうか、不安です」

「それは無理だな」

 

 

バッサリと、剣が切って捨てた。

突然話に入ってきた事に三人が思わず振り返るが、剣は無視して達観したように遠くを見つめる。

 

 

「クリスがここに入ってきたのもあるが、俺が気付いた訳だしな。『奴』もこれ以上ここにいるのは不味いと考えたんだろうさ」

「………待て、『奴』だと?」

 

 

剣は、他人への信頼が厚い。何よりそれは仲間なら当然だ。何ヵ月か過ごしているが、彼が年上だとしても同じ仲間を『奴』などと吐き捨てることなど滅多な事がなければ有り得ない。

 

 

その理由に、弦十郎はある程度察することが出来た。前々から考えていた、嫌な可能性を脳裏に浮かべていたからだ。

 

 

「博士から聞いていただろう。この二課の中にいるであろう裏切り者に関して。俺の存在をクリスに明かして、襲わせた張本人だ」

「─────まさか」

 

 

 

 

 

 

「櫻井了子、奴が情報を流していた裏切り者だ。フィーネ本人とはまだ決まっていないが」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

街から遠く離れた森林の奥。

その景色の中に紛れ込むように、施設が用意されていた。政府や二課すら認知してない─────フィーネと呼ばれる敵の拠点だ。

 

 

勿論、ここだけが拠点という訳ではなく他にも複数ある。違いがあるかと言えば、現在使用している者がいるかというくらいだろう。

 

 

 

 

カチャカチャ、と静かな空間に金属音が響いてくる。機械を弄くるような音だろう。それが連続して、短いテンポを開けながら繰り返される。

 

 

白い装甲に身を包んだ金色染みた茶髪の青年。彼は机に並べられた無数の器具と部品の山から、ドライバーやボルトなどを取り出していく。彼はあるモノを直している最中だった。

 

 

それは────自分の腕。

生身のものではなく、全てが機械へと変化されているものだ。分解されてるのもあり、チューブや部品が露出している。

 

風鳴翼からの攻撃を防ぐためにわざと貫かせることで動きを止めたのだが、見事に肘まで貫通したのは痛い話だった。

 

魔剣士は、何より全身を機械へと変換したタイプは自分の身体を自身の手で修復する必要がある。他の医療機関に頼らないのも、専門外であるのが起因している。寿司屋に来てラーメンを注文するのと変わらないから、当然ではあるが。

 

 

そして、嘆息して次のパーツに手を伸ばそうとした所で青年が動きを止めた。何か気付いたように、ピタリと呼吸すら停止させる。

 

 

 

カツン、という後ろから聞こえてきた靴音に反応するように。

 

 

 

 

「───調子はどう?タクト」

「問題ありません、マスター」

 

青年に声をかけたのは、フィーネと呼ばれていた女性であった。今は黒服ではなく、普段過ごしている姿をしている。

 

青年───タクトは一瞬だけ唖然としていたが、すぐさま表情を整える。冷静な声音で作業を止めて、フィーネに呼び掛ける。

 

 

 

「直で来られるとは、都合が合いましたね。ちょうど質問がしたかった訳ですがよろしいでしょうか?」

「敬語の必要はないわ。素のままで話しても構わないわよ」

「───そんじゃ、そうさせて貰うか」

 

無表情から一転して、青年っぽい雰囲気へと変わった。座っていた椅子に足をかけて頬杖をかくという、あまりにも悪い態度でフィーネに向き直る。

 

 

手に握ったドライバーを手の中で転がしながら、すらすらと難しい言葉を口にしていく。

 

 

「立花響の融合現象の確認、それの結果から排除を命じられてたが、これに関しては失敗。オレのしくじりが計画に誤差を生んじまった可能性があるが、どう修正するつもりで?」

 

 

机の上に並べてある資料の数枚を目に通したフィーネはクスリと笑う。

 

 

「別に然したる問題でもないわ。立花響の融合現象について興味はあるけど、計画の方に何も支障が無い以上、気にする必要はないわ」

「なるほど」

「雪音クリスの方は?僅かにも情報を有してんなら、さっさと排除しとく方が良いと思うが」

「それもいいわ。クリスには計画の主体を詳しく教えていないしね、遠回しな例えくらいは伝えてたけど、あれだけで理解できるとは思ってないわ」

「だが、一応不確定因子の排除も検討しておくべきじゃあねぇのか?」

「むしろダメね。計画の主柱である『カ・ディンギル』は既に完成段階まで来てるの。ここで私や貴方が大暴れしてしまえば、余計に支障が出る可能性の方が有り得るわ。だから、今は大人しくしておくべきよ。あと数日の辛抱だし」

「なるほど、把握したぜ」

 

 

コンピューターよりも精密かつ高機能の演算処理機能を持つ青年はそう言って納得した。そして、再度フィーネに目を向ける。何か言いたげな顔で思い悩んでいたが、口に出す事にしたらしい。

 

 

 

「そして、これに関してはあまり必要ない質問と判断してるが……………」

「なにかしら?」

「全ての衣服や下着を排除した、完全裸体になっている理由は?」

 

 

 

それが、タクトの懸念の正体だった。今、フィーネは服も下着も着てない。何なら言うと全裸にすらなっている。相手がほぼ機械だから良いのだが、普通であれば予想外の事でもある。

 

 

 

フィーネはそう言われると あぁなるほど、と頷く。しかし身動きする様子も見られず逆に怪訝そうにする青年に向けて、一言。

 

 

 

 

「─────そう気にする事かしら?」

「………………………………………常識の齟齬を確認」

「ねぇ、タクト。貴方は知ってるかしら?人間は昔服なんてモノすら無かったのよ。あまり変わらない事じゃない」

「何故数千年前の話をされるのですか。今は現代です、原始時代でもないので露出は控えるべきかと。気品や年季を疑われても─────申し訳ありません、年季という言葉は使わないと保証します」

 

 

あまりの衝撃に敬語になるタクトに、フィーネはクスクスと(ある単語を聞いた直後に禍々しく変質した)笑みを浮かべ受け答えている直後だった。

 

 

 

壁際に並べられた無数の画面。その内の一つが急に消えたのだ。それも一つだけではなく、徐々に消えていく。

 

 

「…………」

「問題が発生」

 

青年の顔が無機質なものへと変わる。両方の瞳からも光が喪失し、流暢かつ丁寧に述べていく。

 

 

「この拠点への侵入を確認。監視システムへの干渉も発覚。再起動まで十分もかかる模様。すぐさまこの部屋に急行しております」

「何者かしら?」

「米国の特殊部隊です。明かな装備の良さから政府による差し金ではあるのは確実かと」

 

 

タクトは立ち上がり、近くにあった白衣をフィーネに差し出す。彼女がそれを着込む様子もなく、ただ羽織るのを見届け、机にあった腕を持ち上げると、肩の部位に押し当てた。

 

 

「…………どうやらそろそろ私を切り捨てに掛かったみたいね。前から強引な所はあったけど、ここまでやってくるとはね」

「如何いたしましょうか」

「結構よ、この拠点も捨てるとしましょう。『鎧』もこの手にあるわけだしね」

 

そうですか、とタクトは自らの手を見下ろす。接着したばかりだったが、どうやら普通に繋がったらしい。開閉を行い、調子が悪くないのを確認する。

 

 

「それじゃあ、エスコートを頼むわよ」

「了解しました、マスター」

 

 

 

 

直後、青年が扉を大きく蹴り破って廊下へと飛び出した。彼の目の前には複数の米国の兵士がいる。特殊な装備を身に纏って、いかにも戦い慣れしてるというような姿だ。

 

 

だからこそ、突然現れた青年への驚きも少ない。すぐさま手元のサブマシンに手を伸ばしたのは流石だろう。

 

 

しかし青年はその内の一人の頭を掴み、壁に叩きつけた。生々しい音と飛沫が舞うが、悲鳴すら出ずに力なく崩れ落ちる。─────たった一発で死んだ、それは明らかだ。

 

 

 

「───!」

 

残りの兵士三人が怒りに顔を歪めながら、サブマシンを構えて引き金を引こうとする。しかしタクトは無視して、二人の兵士をヘルメットごと掴むと強引に捻り切った。装備の繊維すら関係なく、一瞬で引き裂いた。

 

 

 

「クソ!」

 

英語で罵ったもう一人のサブマシンガンが火を吹く。至近距離(と言っても数メートル近く)からの連射は流石のタクトでも避けられず、額に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

「無駄だ」

 

だが、血すら出ていない。そもそも傷すらないのだ、戦艦を撃ったような無意味さしかない。あまりの状況に兵士は絶句する。

 

敢えて伝える為に、英語で語りかかけるタクト。浅い笑みを浮かべながら、わざと絶望させ諦めさせる為に。

 

 

 

「オレを傷つけたいなら、対戦艦貫通砲を持ってこい。確実に殺すなら核ミサイルなんてものじゃない。同じ魔剣士は連れてこねぇとなぁ」

 

「く、クソッタレがぁぁぁぁああッ!!!」

 

 

罵倒の意味合いの叫びを受けても、無限の弾丸の雨を浴びても、タクトは顔すら歪めない。彼にとって目の前の兵士は大した障害とすら認知されてない。

 

 

 

たった一振、拳を振るっただけで吹き飛び、肉片へと化したのだから。最早何も気にすることなく、彼は後ろを振り返る。

 

コートに身を包むフィーネの姿を目にし、淡々と言葉を紡ぎ出す。

 

 

 

「……………敵は分隊に分かれてる模様。その目的はマスターの無力化もしくは抹殺と異端技術の回収だと思われます」

「────そうだったわね。貴方の事を話してなかったから、対策できなくても無理もないでしょうね。」

「それで、どうしましょうか?」

 

 

フィーネは自らの髪を軽く払う。死体の数々を冷たい目で見下ろして、青年に言った。

 

 

 

「───『アルビオン』の使用も許可するわ。彼等に格の違いというものを教えてあげなさい」

 

 

 

 

了解、という声と共に。

施設内を轟かせる程の重機音が響き渡る。続くように悲鳴と銃声が木霊するが、途切れてはまた繰り返していく。

 

 

 

 

 

 

これは蹂躙だ。何より、それは奇襲を仕掛けようとしていた特殊部隊の特権ではなかった。戦力差を覆す二体の兵器、『魔剣』に選ばれたモノだけが許されたものだ。

 




───年明けとは思えないほどシリアス!!


黒幕が序盤に出てくるのに、こんなに雑とか普通にヤバイんだよなぁ。餅食ってる場合じゃねぇ!!

はー、時間と執筆力が欲しいー。神様ー、おらにやる気と時間と執筆力を分けてくれー(欲張り)


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陽の光、その影で

櫻井了子は裏切り者、剣がその事実に気付いたのはある程度の憶測からだ。その一つ一つを、順々に説明していく必要があるだろう。

 

一つとして、彼女は二課のメンバーの中で聖遺物やシンフォギアへの知識や技術に優れている。櫻井理論というものは剣もこの世界に来てから知り、自分の知る研究者に近い印象を懐くこともあった。

 

 

これだけなら疑う理由にはならない、だがここである少女─────雪音クリスの存在が関係してくる。

 

 

クリスはシンフォギア《イチイバル》を纏う事が出来る。しかし、ただの少女がそんな事を出来るだろうか?よりによって、数年前に紛失したとされる二課ですら見つけられなかった代物を。

 

 

例外はあるだろう。

シンフォギアシステムを生み出した人間なら、たった一人でギアを纏わせるようにする事など容易いだろう。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「…………それが、君が了子君を裏切り者と断定する理由だと?」

「他にもある。広木防衛大臣の殺害についてだ」

 

 

怪訝そうに聞いてきた弦十郎に、剣はそう告げる。彼の言葉に全員が首をかしげた。櫻井了子が裏切り者であるという事実の裏付けに、何故何日か前に殺された大臣が関係してるのかと。

 

 

そんな彼等の前で、剣は黙って話を聞こうとしていた二人に声をかけた。

 

 

「響、翼。二人に聞いてみたい。何故広木防衛大臣は殺されたと思う?」

 

 

 

「………二課の後ろ楯を排除しようと思ったんじゃないの?その上でデュランダルを回収しようとしたと思うけど」

「私も、そうだと思います!」

 

 

二人の答えに剣は首を振って、否定を示す。更に難しく考える彼女達に、自分の答えを提示する。

 

 

「広木防衛大臣が殺された理由はある事が関係している─────それは、今行われている二課の本部防衛システムの強化だ」

 

 

それを聞いていた二課の大人達、弦十郎と緒川がハッと顔を上げた。どうやら彼の言いたいことに気付いたのだろう。

 

 

「広木防衛大臣は防衛システム強化に反対している派閥、その筆頭だ。普通なら可笑しいとは思わないか?何故わざわざ反対している人間を殺す必要がある?相手はデュランダルを手に入れたがっているのに。何の意図が敵の本拠地の守りを固める?」

「………あれ?」

 

 

普通に考えればおかしいだろう。

それならば殺す事なんてしなければいい。放置しておけば、責め込む手間なんてものは掛からない。

 

 

「さて、質問だ。そもそも、強化システムを発案したのは一体誰だ?」

「……………そうか、そういうことか」

「あぁ。奴にとって重要なのはここ、二課の本部だ。強化案もその為に重要な手段だろうよ」

 

 

前々から、その違和感はあった。

この施設に来た際、何らかのエネルギーの流れを感じていた。きっとそれが櫻井了子、フィーネの仕組んだものだろう。

 

 

 

その話を聞いていたクリスがふと提案する。

 

 

「なら、その強化ってのを中止させりゃあ良いじゃねぇか」

「そう都合良くいかないものです。多額の資金が掛けられた案です、もし止めようとすれば私達は解雇される事でしょう」

「完璧な布陣だな。敵には相当優れた戦力がある、それを用いて俺達を排除すれば後は完璧という訳か」

 

 

フィーネという敵の存在とその目的を伝えるべきかと考えたが、すぐに無駄だと決めつけた。異端技術、聖遺物に関して情報を伝えられているのは政府の一部に限られている。もし一部が納得したとしても、何も知らない政府の多くが大きく反対するかもしれない。

 

 

 

「…………ならば俺達は事が起きるまで待つしかないという訳か」

「幸い、奴は強化を終えるまで行動を起こすとは思えない。今は動きが出るまで備えておくしかないな」

 

 

だが、幸いな事に自分達は相手が何かを行うことにいち早く気付けた。これは本当に安堵すべき事だ。相手の狙いが少しだけでも読めれば対策も何とか出来る。

 

 

 

 

 

「あ、そう言えば」

 

 

響が思い出したように剣に声をかける。怪訝そうに眉をひそめ、その話を聞く。

 

 

「剣さんに聞きたいことがあるんですけど、良いですか?」

「?俺にか?」

「実は先日、魔剣士(ロストギアス)と名乗る人に遭遇したんです」

 

 

ざわっ! とざわめくのを感じた。

それは剣も同じだ、両目を見開き言葉を失っている。彼の方が驚きは大きいだろう。自分と同じ魔剣士が、この世界に来ていたとは思えなかったから。

 

 

「………それは本当か?翼」

「間違いありません、叔父様。私も一度だけ相対しましたが、あれは私よりも格上の相手です」

 

 

彼等の話を他所に、剣はこめかみを押さえる。そして考え方を改めるようにする。

 

 

(…………またか、アルビオンに続いて。今度は何が来たかと思えば、俺の同僚かよ)

「そいつは自分を何て名乗ってた?新世代じゃないなら大体の奴は分かる」

 

 

だからこそ、だった。

 

 

 

 

「──────虹宮タクトって名乗っていました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………、は?」

 

 

剣は、自分の耳を疑った。何を聞かされたのか、彼自身が呆気に取られたように。だが、冷静な部分がその情報を受け入れてしまう。

 

 

 

 

 

「ふっ………」

 

 

思わず、笑う。

手袋の片手で顔を覆い、彼は小刻みに肩を震わせる。何だそれはと、面白おかしく大声で笑い飛ばそうとした。

 

 

 

「───────ッッッ!!!」

 

 

だができなかった。できるはずがなかった。

彼にとって、虹宮タクトは親友であり相棒だ。そしてある戦場で死んでしまった存在、死者へと区分されるべきものだ。

 

 

それが何故、生きてこの世界に現れた?

 

 

 

突然俯いた彼の様子に、響は不安そうになる。それは他の皆も同じでクリスも「………剣?」と声をかけるが、彼は反応すらしない。

 

 

 

 

しかしその直後、扉の開く音があった。

同じく心配そうにしていた弦十郎が振り替えると、黒服の一人が寄りかかっていた。

 

 

目に見えて今にも倒れそうでありながら、何とか意識を保とうとしている。

 

 

「………大変、です……司令」

「どうした!何があった!?」

 

 

駆け寄ると同時に黒服は床に倒れ込んだ。周囲の仲間達に治療の用意をするように言った弦十郎は、黒服の途切れ途切れの声を聞いた。

 

 

「本部に、侵入者が……!五分前に侵入、先程出ていきました………」

「何!?警備はどうした!?」

「全員、気絶させられています………警報システムもハッキングされたのか、完全に無効化されてしまい、連絡が届きませんでした…………だから、こうして来るしか」

 

 

その事実に、剣すら驚愕する。ここを襲い無傷で突破するなど普通に考えて有り得ない。それこそ、相当手慣れた実力者だろう。

 

 

しかし、黒服はそれでも気を失おうとしない。まだ伝えるべき事があるというように。

 

 

「それよりも………連れ拐われ、ました」

「何?」

「小日向、未来。………保護していた彼女が、何者かに拉致され………助けようとしましたが、申し訳ありません……ッ」

「そんなッ!?未来が!?」

 

 

顔色を変える響の前で、彼はようやく崩れ落ちた。気を失ったのを確認し、弦十郎は悔しそうに顔を歪める。

 

 

そんな彼等の様子などお構い無しに、剣は黒服の首に手を伸ばす。何かを掴むと、指に挟んでジッと目を細めた。

 

 

「────麻酔銃。弾はナノマシンか」

「何か分かるのか?」

「相手に傷一つ付けず、後遺症なく無力化させるものだ。弾も自然消失するから証拠は何一つ残らない。まさに犯行の痕跡すら残さない武装だ」

 

言ってる間に針のような弾丸は手の中から消えていく。分解されて自然に返っていくのだろう。剣は手を握り締め、噛み締める。

 

 

 

これもまた、こちらの世界の技術ではない。自分の知る世界での技術だ。

 

 

 

「ッ!クソォッ!!」

「剣くん!?待つんだ!!」

 

後ろから呼ぶ声を無視して、剣は二課から飛び出していた。他にも自分の名前を叫ぶ声があったが、彼は振り返らなかった。

 

 

 

彼は拒絶した、その現実を。今いる居場所から遠ざかりながら。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『───なぁ、剣!起きてるか!?』

 

 

大きな声を叫ぶ青年が一人、寝転んだ青年の名を呼ぶ。金色のような茶髪をした青年、名を虹宮タクト。彼は笑みを浮かべながら、もう一人に呼び掛ける。

 

 

『起きてる、起きてるぞタクト。あとうるさい、少し黙れ』

 

対してもう一人の青年、無空剣は顔をしかめる。寝起きというよりも、大声を鬱陶しく感じてるところだろう。嫌がる様子がない事から、彼自身それを悪くないと感じてる伏が見える。

 

 

 

 

『ほら、寝てないで早く行こうぜ。あの集落に』

『………何を馬鹿なことを言ってる?』

『馬鹿とか言うなよな。あそこは被害が大きいからな、復興にはオレ達が手を貸すのは当然だろ?』

『そうじゃねぇよ』

 

 

笑いながら言うタクトに剣は不愉快そうに舌打ちをする。ベッドに寝転がり、達観したように吐き捨てた。

 

 

『お前、俺達がどんな扱いを受けたのか忘れたのか?』

『………もしかして、あの時の事か?』

『知ってたのかよ、なら尚更理解ができないな。お前のその元気さには』

 

 

少し前まで、剣は単独で行動していた。とある集落を軍隊が襲おうとしている事を知り、タクトが本拠地を叩き、剣が集落に侵略にしきたテロリスト達を殲滅したのだ。

 

 

その際、処刑されそうになっていた少女を助けた。全てのテロリストを排除して、少女を連れて家族の元に送ろうとした時だった。

 

 

 

突然額に何かが当たった。固い石ころだ。普通の人間なら怪我してもおかしくないが、彼は魔剣士だったから傷一つも付くことがなかった。

 

 

石を投げたのは、少年だった。一瞬で顔や背丈から、少女の兄だと判断できた。戸惑う剣の前で、少年は険しい顔でこう怒鳴った。

 

 

 

 

 

────妹に近寄るな!化け物!

 

 

 

そう叫ぶ少年の顔を見て、理解した。

少年の目に写る自分の姿が、どれだけ違って見えるのかを。

 

 

 

同じく硬直していた大人たちがようやく動く。その一人…………助けた少女とその少年の父親らしき人物が凄みのある顔で少年を怒鳴りつけた。剣は何も言うことなく、黙って彼等の元から立ち去った。

 

 

 

当然だろう。

テロリストとはいえ、同じ人間を容赦なく殺せる存在が人間と同列な訳がない。そもそも、石ころを投げられても傷すら付かない─────銃や砲撃でも死なないようなモノを、人間と呼べるのだろうか?

 

 

 

『あいつらは、俺達と違う。魔剣士と人間は同じじゃない。だからあの子供も石を投げて罵ったんだろ、化け物って』

『………………』

『俺達があいつらを守るのは分かる。だがどうして馴れ合う必要がある?論理的とかじゃない、感情論的に認めてないクセに仲良く出来るって思ってんのかよ。空想論か夢物語かっての』

 

 

これが昔の、彼の考え方だった。

救うものは救う。しかし心からではなく、あくまでも作業として。自分には力があるから誰かを救う、そう願ったものですらない、どちらかという何も感じずに行う。

 

 

この彼が響と出会っていたら、きっと彼は彼女を見下していただろう。幻想と現実の区別もつかない馬鹿、偽善なら勝手にやっておけ、と。

 

彼にとって、手を取り合うというのはそれほど滑稽な話だった。

 

 

『皆、ありがとうって言ってたぜ?嬉しそうに笑ってさ』

『…………』

『オレだって力があるから戦ってるんじゃないんだぜ。オレらが戦うことで救える人がいるならそれでいい。その人達が笑える未来があるなら、オレは満足だ。最も、ありがとうって言われたらスゲェー頑張れるぜ!』

 

 

 

彼は、特殊な生き方をしていた。

魔剣士(ロストギアス)でありながら力や権利に固執せず、ただ誰かを助けようと動く。

 

 

剣の知る魔剣士の一人は、彼を《自分が人間と認めてもらう為に良い奴気取ってる偽善者》と侮蔑していた。そいつを、剣は容赦なく叩き潰した。無空剣は、その彼の考え方を悪くは思っていなかったからだ。むしろ、ある意味では憧れすら抱いていた。

 

 

──自分に為せるか分からない道を進む、凄いヤツだと。

 

 

 

『またあの人達に会ってこいよ。お前に色々しちゃった子も、きっと謝りたがってるのかもよ?』

『………………どうせ、詭弁だろ』

『素直じゃねぇーなぁ』

 

 

ケラケラ、と楽しそうに笑う。

だが、剣は対称的に暗い雰囲気だった。ベッドに身を預けながら、彼は首だけをタクトに向ける。

 

 

『どうしてオレにそこまで期待する?こんなひねくれた善人でもない奴を』

 

 

どうして、相棒と呼んでくれるのか。どうして身限ろうとせずに、共にいてくれるのか。彼は気になった、その理由を。

 

 

タクトはそれを聞かれると首を傾げた。何処か悩ましそうに考え込むと、

 

 

『お前がオレ以上に優しいから、オレが心から憧れたから────それが理由にならねぇか?』

 

 

 

 

 

 

 

(同名だ、同じ名前を使ってるだけだ!あいつは、あいつはこの世界に来てる訳がない!この世界に来たのは俺と、『アルビオン』だけだ!あいつは絶対に────)

 

 

───俺の前で死んだ、だから生きてる訳がない。

 

 

 

 

 

 

 

『───タクト!しっかりしろタクトォ!』

 

燃える戦場の中で、倒れる親友の手を掴みながら剣は叫んでいた。敵はいない、彼が全てを破壊した。十を越える兵器諸とも、全て薙ぎ払った。

 

 

 

 

『…………ご、ぶっ』

 

親友は、苦しそうに血を吐き出した。剣はその血を顔に被りながらも、何とかしようと考える。けれど、無理だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()以上、生きられる筈がない。

 

 

 

 

対戦艦貫通重装高射砲、通称『鋼の槍』。地球上の兵器の多くを貫くほどの威力を誇る砲撃。剣はそれを物ともしなかった、それどころか容赦なく破壊した。魔剣士の中で最高峰の実力だからこそ、可能な事だった。

 

 

 

しかし、タクトは───彼の親友は違った。近くにいた二人の兄弟を庇い、砲撃をその身に受けた。その結果がこれだ。身体の大半を、挙げ句には心臓すら失った。それでは魔剣士だろうと生きてることなど出来ない。

 

 

だからこそ、これからタクトが話すことは遺言だ。これから死ぬ人間が生者に遺す、最後の言葉。

 

 

 

『お前なら、やれる………俺達には無理だった、人並みの幸せってヤツを…………掴める、ぜ』

『た、たくと』

『相棒────諦めんなよ────────』

 

 

そう言って、彼は、親友は死んだ。力なく崩れ落ちて、瞳から光を喪失させて。

 

それでも、彼は笑っていた。心から、絶望するであろう剣に、心配するな、と伝えるように。

 

 

 

 

 

(─────タクト!何故だ!?お前が、あの時笑顔で、満足そうに終わったお前が─────何でだ!?何で生き返ってきたんだよ!?)

 

 

もう、泣きそうだった。

どんな苦痛や悲劇にも耐えてきた。でも、彼には耐えられないものがあった。二人の親友、彼が世界で一番心を許した少年少女。彼等の死に、剣は世界を呪い、壊してしまおうかと考えてすらいた。

 

 

そうしなかったのは、彼等が遺した言葉があったからだ。思い止まる事の出来る最後の軛があったからこそ、彼は何とか最後の琴線を踏みとどまる事が出来た。

 

 

 

だが、もしかしたらの前提が彼の心を歪ませる。最悪を予想して動く為に補強された知能が、知りたくもない可能性を提示してくる。

 

 

 

 

─────死んだ筈の親友は、一体何をされたのか。

 

 

 

 

「────クソが、クソがァああああああああああああああッッッ!!!!」

 

 

とにかく、叫ぶ。そんな事は意味がないと分かりながらも、そうするしかなかった。溜め込んでいたものを吐き出したいと、そうしなければ自分の抑え込んだものに押し潰されてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

跳んで、跳んで、跳び続けた時には、ある場所に着いていた。疲れによるものではなく、精神的な苦痛で発生した息切れを整えながら剣は周囲を見渡した。

 

 

 

(あの時の、工業地帯か)

 

デュランダル護送の際に、響が暴走した場所。自分が何とかして止めた事で被害は最小限だったが、万が一の事を案じて立ち入り禁止にされていたと聞いていてる。

 

 

 

「…………反応は、そこか」

 

近くの建物の影に目を向ける。光の当たらない場所に、人の姿が見えた。近づいていくと彼の顔は驚きに包まれた。

 

 

 

「─────お前は」

 

 

面識がない訳ではない。

少し前に、彼女とは会ったことがある。確かリディアン女子学院に通ってる女子生徒で、彼も少し話した事があった。

 

アスファルトの上で蹲っている少女に、剣は近寄る。浅い眠りらしく、すぅすぅと可愛らしい寝息が聞こえるが、あまり気にするつもりはない。

 

 

 

(眠らされてる………首筋の痕からして、麻酔銃か。しかしここまで浅い眠りをさせるなんて、普通の技術より優れた代物を持ち出したようだな)

 

思考に明け暮れていたが、すぐに我に返る。今は早く彼女を保護する必要がある。そう考えると剣は無線機に繋げ、連絡を行うことにした。

 

 

 

「剣だ、一般人の少女を保護した。響達に伝えて帰還させてくれ。俺も彼女を連れて帰る」

『─────』

「…………おい?」

 

 

無線は応答しなかった。通信が出来ない事を意味する雑音に眉をひそめる。

 

 

………こんな事は合っただろうか?二課は機密組織だ、他のものよりも整備は優れている。電波障害なんてものは特別な作戦中にあっていいはずがない。

 

 

それよりも、だ。

今は彼女を保護するのを優先し─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────調子はどうだい、無空剣」

 

 

 

 

 

信じられない声を聞いた。

それを、その声音を認知した剣は動けなくなった。喉の奥が干上がったと思ってしまう。自分自身を呼ぶその声に、聞き覚えがあったのだ。

 

 

 

苦痛と悲劇、それぞれの感覚と共に。忌々しい記憶の中に存在する声の一つだ。

 

 

(──────馬鹿な)

 

 

心臓の鼓動がおかしい。呼吸が激しくなり、肺が息苦しく感じる。ぶわっと冷や汗が滲み出て、歯を食い縛り歯軋りを大きく鳴らせる。

 

 

 

(有り得ない!【魔剣計画】が干渉してきたとか、死んだ筈のあいつが出てきたとか!到底信じられなかったが、これよりはマシだ!! こんな事は、絶対に有り得ない!!!)

 

 

彼にしては、大きく戸惑いを見せた。そして脳裏に浮かぶ最悪な予想を否定しようとする。何としても否定しようとして、必死に周囲を見渡した。そうすれば、ただの幻聴だと断定できるかもしれない。その可能性を求めていた。

 

 

 

 

だが、しかし。

 

 

 

 

「あぁ、そこの少女は眠って貰ってるよ。君を探し出す為の探知機代わりにしてみたが、成功だった。君は優秀だからね、人質の子の元に一番早く辿り着けると考えていたとも」

 

 

また声がする。

今度は、自分が助けた少女の事を口にしていた。望んでいた願いが消え去り、現実というものを叩きつけられた。彼の視線は、闇の奥へと向けられる。

 

 

 

 

 

 

暗闇の中から、人影が浮かび上がってきた。

 

 

 

清潔である事を証明するかのような白衣。それを軽く羽織るように、何らかの作業服みたいものの上に着込んでいる。

 

 

両手には手袋を纏っており、その姿からして連想させるのは科学者のそれだ。しかし顔半分を支配するのは素肌ではなく、メタリックの装甲だった。

 

 

………眼帯なのだろう。複雑な構造した機械のマスクらしきもので半分だけ顔を隠しているのは、何処か異様に見えるがまだ科学者と呼べる。

 

 

問題は、片方しかない素の瞳だ。アメジストのような輝きのある青い眼は、見た者をおぞましく感じさせる。神秘的だが、同じ人間とは到底似ていない。

 

 

 

 

その科学者を、剣は知っていた。忘れることなど、絶対に出来なかった。後悔と憎悪と共に、彼はその男の所業を胸に刻み込んだいたではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだね剣。会いたかったよ、私の最高傑作」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────エリー、シャ」

 

 

 

科学者の、男の名は─────エリーシャ・レイグンエルド。彼を、とある少年を無空剣へと変え、彼が命を懸けて殺すと誓った復讐の標的だった。

 




早速トラウマ&復讐相手が登場。

前回で名前出たばっかなのに、登場早すぎませんかねぇ………(自虐)ま、まぁ存在だけでも前から出てから大丈夫ですよね。


ていうか、剣のメンタルが凄い危ない………。自分の嫌いな組織が追ってきたり、死んだ親友が生き返ってたり。挙げ句には、自分が一番殺したかった敵が目の前に現れるとか。本当に何でここまで追い込まれてんだよ……。


感想、よろしくお願いします。


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憎悪の引き金

エリーシャ・レイグンエルド。

 

 

24歳。物理学に精通し、科学的物質の研究に名を残した有名な北欧の科学者。他にもナノマシンや人体の知識もあり、国から【魔剣計画】に派遣された科学者であった。

 

 

全ての物質に影響を与える『魔剣』、この力をより絶大に解放させるにはどうすればいいか。その実験の為に彼は多くの子供達と魔剣の中でも最高峰とも言えるグラムを授けられた。

 

 

それから数ヵ月後、彼は禁忌の実験を行った。七千を越える子供達、『魔剣』の適合者として断定されていた彼らに、『魔剣』を埋め込んだ。

 

 

 

前にも話したが、『魔剣』は人を選ぶ。古代から、担い手を選び、それ以外の者(例外を除く)を認めないという厄介な性質を有していた。適正実験には手間が掛かり、それほどの時間を要する。

 

 

 

 

 

だが、エリーシャは強引に『魔剣』を子供達に適合させようとした。無論『魔剣』はそれを拒絶し、凄まじい拒絶反応に子供達は苦痛のままに死んだ。

 

 

 

 

『失敗だね、次』

 

 

しかし、彼は顔色を変えることなく淡々と実験を続けた。共にいた科学者達も彼に恐れを抱き、明かな恐怖のままに従うしかなかった。

 

 

その結果、初めて序列という枠組みに当てはまる無空剣とその他数名の魔剣士を作り出すという偉業を実現させた。───────七千近くの被験者を死なせるという悪行をひた隠しにしながら。

 

 

 

その事実を知った【魔剣計画】はエリーシャを責め立てるどころか、同じように実験を行った。結果、十数人の魔剣士を代償に十万にも及ぶ子供達が死んだ。圧倒的な戦力を求めた世界と組織によって、殺されたのだ。

 

 

 

 

人の苦痛も何もかもを理解せず、自分の探求心の為だけに犠牲を許容するモノ。価値観が歪んだ好奇心の怪物。

 

それを知ってか知らずか、総統はエリーシャに『理解』という称号を与えた。自分以外のものを踏みにじってでも、あるものを目指そうとする狂人に。

 

 

 

彼が目指すものはただ一つ。

魔剣士の可能性、人では辿り着けない真理の解明。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

干上がったような喉から、声が漏れ出す。そうなる事自体異常だという違和感が沸かない程、剣は唖然としていた。

 

 

「…………何故、お前が」

 

 

エリーシャ・レイグンエルド。

その男を忘れたことは一度たりとてない。彼を殺すことが無空剣の使命だとも考えていたのだ、その為にこの世界から離れることも検討していた。

 

 

だが、想像もできなかった。

一番憎んでいた相手が、自分の新しい居場所にまで来ていたことに。

 

 

「何故お前が、この世界にいる──ッ!!」

「不思議か?私がここにいる事が」

 

 

義眼らしき機械の球体が蠢く。アメジストの色をした眼を伏せ、薄く笑う。

 

 

 

「それともこう言いたいのかな?─────別世界にいる人間が簡単に他の世界に行ける筈ない、と」

「…………、」

「おいおい、君にしては甘いじゃないか。私達を忘れたかい?確かに難しかったが、不可能という訳ではなかったとも」

 

 

考えが甘かった。

彼、エリーシャが作り出した魔剣士というものは、現実的には不可能とされているものだ。不可能を一時でも成功させた経験者だからこそ、なのだろう。

 

 

 

「君というアンテナを主柱にして、一時的にゲートを造り出したという訳だ。世界と世界を繋ぐ技術の作成は手強かったが、『聖遺物(デュアルウェポン)』の力でそれを実現させた」

 

 

簡単に説明してるが、実際に出来るかと言われれば不可能だろう。だが、この男はそれを実現させたのだろう。理論上ではそれ相応の条件下で無ければ不可能とされる現象を、完全に成功へと至らせた。

 

 

それでも、だ。

上手くいく事ではあるまい。世界から世界に繋がるなど、彼にそのような事をするメリットがあるとすれば限られている────────、

 

 

 

 

「俺の、せいなのか………?」

 

 

確かだが、エリーシャは無空剣を重要視していた。同じく【魔剣計画】もだ。自分が逃げ出した当初は多くの追手を差し向けて追撃をしてきたのだ。

 

ならば、奴が────【魔剣計画】がこの世界に干渉してきた理由は、

 

 

 

「俺がこの世界に来たせいで、お前らをここに連れ込んだのか?」

「そうだ─────と言いたいが、残念ながらそうではない」

 

 

 

 

「この世界を別世界と呼んでいいのか分からないのだよ、私も。気にならないのかい?この世界と私達の世界は、共通点が多い。ゲートに関してもそうだ。私が造り出したと言ったが、この世界に存在していたゲートと繋げたに過ぎない………あと気になる事があるとすれば、この世界の人類に遺伝子単位で組み込まれた概念的なシステムかな?」

 

 

何を、と剣は考えた。奴はこう言った、ゲートを繋げただけだと。繋げたという事は、こちら側の門は存在していた事になる。そうでもしなけられば、ここに来ることなど不可能に近いだろう。

 

 

 

それに、まだある。

シンフォギアとロストギア、似てるようで何処か違うもの。同じ聖遺物の欠片を使うものであるのに、何故違うと断言できるのか。

 

 

そしてもう一つ、肝心な事が奴の口から出てきた。

 

 

「概念的なシステムだと?」

「私とて気になる。調べようと思ったが、あまり時間がなくてね。調べることが山ほどあって困るよ。この世界の技術についても」

「────また手を出すつもりか」

 

 

彼が思い浮かべたのは、色んな人々の顔だった。

 

 

この世界で友好的にしてくれた人達、自分に手を貸してくれた二課の皆、雪音クリス、風鳴翼。

 

 

 

そして、立花響。

自分にとってようやく安らげる、心優しい彼女達。あの男は、そんな彼女達にも被害を与えるのか?

 

 

かつての自分達と同じように、理不尽に奪うつもりなのか?

 

 

 

「俺達を犠牲にしたにも関わらず、今度はあいつらを。無関係なこの世界の皆まで巻き込むのか」

「ふむ、なるほど。君はどうやら絆されているようだ」

 

 

全身から放たれる怒りを感じているだろうに、エリーシャは顎を擦るだけだ。短く嘆息すると、一言。

 

 

 

 

 

「─────私が、そのような無価値な事に興味を向けるとでも?」

 

 

疑問を浮かべる男の顔を見た途端、剣はその場から姿を消していた。そう思うのが一般的、普通より優れた戦闘能力を有する者だとしても彼の動きを目で追うのがやっとだろう。

 

 

 

超速。

最早、神速。

 

 

漆黒の光が不可視の速度で何度も壁を跳ねる。ただの光の屈折にしか見えない光景が、人間が音速を越えるスピードで動き回ってるなど信じられようものか。

 

 

 

(───ヤツは人間、生身の人間だ。俺達ように肉体を改造なんてしてない。拳銃一発で死ぬような存在、どの面下げて俺の前に出てきた?)

 

 

約一秒にも満たない時間の中で。

彼は思考を高速回転させ、状況を正しく整理する。相手をどのように倒すか、最適化させていく。

 

 

目で追うことも出来ない動きに、エリーシャは身動ぎすらしない。ただ両手をポケットに突っ込んだまま、小さく笑う。

 

 

その行動に怒りが再燃しかけるが、噛み締めて何とか堪えた。感情的な動きは意味がない、確実な可能性に頼るのが必然だ。

 

 

 

(構わない。例えどんな切り札を用意してようと!俺を圧倒できる兵器は在りはしない!だが念には念を入れて、一撃必殺だ!ヤツの頭を叩き潰す!!)

 

 

カシャカシャ、ガシャッ!! と、彼の腕の装甲が組み変わる。五指の代わりに出てきたのは、黒耀のような刀身───『龍剣グラム』。生身の人間を殺すには十分すぎる武装だ。

 

それを構え、移動しながら狙いを定める。

 

 

(何より────ヤツは俺の手で殺す!確実に一撃で仕留めてやる!飛び道具には頼らない!絶対な死を、あいつらの一億分の一の恐怖を味わえ!!)

 

 

側面の壁を蹴り飛ばし、弾丸のように突貫する。エリーシャは既に無防備な背を向けている、あまりにも余裕過ぎる。

 

 

深く落とした右腕の先にある剣を構え、解き放つ。あとはスピードに任せればいい。そうすれば『龍剣グラム』は忌々しき復讐相手 エリーシャを一撃で殺せる。

 

 

 

そう確信した、だから彼は相手を見据えていた。

 

 

 

 

 

だからこそ、

 

 

 

「憐れだね無空剣、私の作った作品」

 

 

頭を抉ったと思った筈のエリーシャの声が木霊する。剣は確かに刺突の剣戟を放った。だが、抉ったのはエリーシャではなかったのだ。

 

 

 

「なッ───」

 

 

黒い獣がいた。人の形をした禍々しい存在だ。全身から棘を生やしたような不気味な怪物。剣が破壊したのはエリーシャではなく、その獣だった。

 

 

ガシャンッ!! と甲高いと音が続くと、獣は崩れ落ちた。全身が黒い結晶で出来ていたらしいが、グラムで斬れないものではなく、軽々しく破壊された。

 

 

 

ただ破壊しただけなら彼は気にしなかった。だからこそ、彼はエリーシャへと目を向け、今度こそ行動に移そうとする。

 

 

 

その中、ビキビキと音を聞いた。

思わず意識を向けると、分断された黒い獣の様子がおかしかった。徐々に、その形が戻ろうとしている。

 

 

 

(再生────いや、違う!これは再生でもあり……)

 

 

切断された断面から、体が形作られる。おかしいのはそこではない、分断された体との融合もしないのは再生ではない。

 

 

そう思っていた剣が視線をずらすと、もう片方の体も同じようになっていた。真っ二つになった獣はいつの間にか──────二体に変貌した。

 

 

剣は絶句する。

目の前の現象に、でもあるが違う。彼は言葉を失ったように、エリーシャを見つめた。

 

 

「なんだ、それは」

「ふむ、何を戸惑っている?」

「お前に力はない!普通の人間の筈だ!そうでなきゃ、俺達をあんな実験に使わなかった筈だ!!」

「単純な話だとも」

 

 

バギン、バギンという粉砕音がした。

ただ満足そうに、エリーシャが砕いたのだ。気付かない間に掌に収まっていた黒い結晶の塊を。

 

 

 

地面に散らばる結晶。しかし一瞬にてそれらが膨れ上がる。暗闇に近い薄暗い建物の中で、人の形が増えていく。一から十、十から百へと。

 

 

影すら取り込んでると思われるほど、増えていく黒い闇を背中に、エリーシャは両腕を広げる。楽しそうに、自慢するように告げた。

 

 

「────『果てなき深淵』、君を倒す為にわざわざ持ってきた私の研究成果物さ。最も、これは未知の技術を用いただけなのだが」

 

 

無数の闇が、群体の怪物となって君臨する。怪物の群れに囲まれ、エリーシャは圧倒的な笑みを浮かべていた。再生と増殖を繰り返す黒い暗黒の世界。

 

 

 

剣すら知らない、未知の領域の片鱗。それこそが『果てなき深淵』、結晶で出来た怪物達の呼称であり、この光の見えない禍々しい世界の名前である。

 

 

 

エリーシャは剣を見返す。殺気のある視線を前に、退屈そうに指示を送った。

 

 

 

「やれ」

 

 

黒い獣達が一斉に動き出す。全てが同じく色をしている為、闇そのものが広がっていくような印象に見えてしまう。

 

 

 

一段踏み込むと、剣は片腕のグラムで大きく薙ぎ払う。広大な空間を一閃する刃によって、獣の群れが横に両断される。だが、剣の顔は優れない。

 

 

 

一撃で倒された筈の獣の形が直っていく。倒した数の倍へと増え始めていた。

 

 

(防御面は全くといっていいほど皆無だ。再生と分裂に特化したタイプか!コアが存在しないのに、ここまでの再生能力を有してるのか!?)

 

 

プラナリアというものは知っているだろう。

再生力が凄まじい生物で、身体が切断されれば二匹に増える程だ。細切れにしても押し潰しても意味がない、新しい脳を生み出し、分裂していく。

 

 

だが、この獣はそんな性質ではない。粒子と粒子の間に衝撃を与えられることで分裂、増殖を繰り返す特性を有する。それだけなら普通では肉体の膨大化で自滅するだけだが、黒い獣達は耐久性が存在しない。

 

 

ただ殴られただけでも粉々に砕ける。だからこそ、その特性との相性が良い。小さな衝撃でも壊れ、永久的に分裂を続ける。

 

 

 

対して、剣との相性は凄まじく劣悪だ。魔剣士とは戦闘に特化した人間兵器。特に剣は、戦艦すら砕く程の力と無敵の装甲を有する。相手を一撃で破壊できる力が、相手を無限に増殖させてしまう一手へと化してしまう。

 

 

だからこそ、剣が狙うのは────立ちながら観察しているエリーシャの方だ。両腕の装甲を大きく開き、何枚ものエッジを弾き跳ばす。変則的な動きで屈折していきながら、エッジは全方位からエリーシャを切り裂かんとする。

 

 

 

 

「あぁ、そうそう」

 

 

だが、エリーシャの前で獣達の形が崩れる。普通の結晶に戻ったかと思えば、一瞬にして他の結晶と融合して巨大な柱を何本も作る。それらは、エリーシャの盾へと早変わりした。

 

 

壊れ砕け散る欠片の雨の中で、平然とした男はクスリと微笑む。忌々しげに舌打ちする剣に、最悪な質問をした。

 

今の彼にとって地雷であり、何より触れてはいけない人物が踏み込んできたのだ。

 

 

 

 

「君の親友、タクト君は元気かい?まだ会ってないなら残念だったがね」

 

 

形容できない音が、脳内で響き渡る。

それが堪忍袋が切れた音とは思えなかった。脳髄に通る血管が引き裂けたかと思うほど

 

 

「フィーネに、『アルビオン』を渡したのはお前という訳か」

「タクト君もだ。含んであげたまえよ……………あぁ、そうか。彼を兵器として区分するのは嫌なんだったなぁ?君も気付いているだろう、この世界にいる彼が既に死者であることくらい!」

「ッ!!」

 

 

親友の存在が証明された。同時に既に死んでいることも事実。

 

 

 

 

「彼の死体を回収したのは私達だ。これ以上は分からない訳ではあるまい」

「…………きさま」

「我々には科学力があるのをお忘れかな?君達を兵器へと変えた程の叡智。死体とて有効活用できる、上はそう判断したのだからねぇ」

 

 

だから、作り替えた。

既に死した人間の身体を機械へと作り替え、新たな兵器へと改造した。今度は自分達に都合よく動けるように、機械的なシステムを人格に刻む込む。

 

 

墓から掘り出した死体だろうと関係ない、その誰かがどれほどの人から悲しまれたなど気にしない。

 

 

まだ使えるから、それだけの理由で、彼等は親友(とも)を弄んだ。死体に糸をくくりつけて動かすことが、それだけ素晴らしいことなのか。

 

 

「ついでにだが、勿論記憶を消させて貰ったよ。不要だろう?メモリーを圧迫するだけのものなんて。万が一、それで反逆されても困るものだし」

「く、そが」

「良いことを教えてあげよう。今の彼は何にも知らない、君との思い出を。だからこそ、彼は完全な兵器になったのさ!子供すら躊躇なく殺せる兵器、我等が求めていた完全な兵器にね!!」

「こ、の…………外道がぁぁああああ!!!」

 

 

 

目の前の男、その上に存在する組織への憎悪が消えない。【魔剣計画】は、彼の知る世界はどこまで狂っているのだろう。

 

 

人の命とは、そんなにも小さなものだったのか?利益なんてものに優先される程の価値だったのか?

 

 

 

「何をそこまで騒ぐんだ? 私は彼に力を与えた。死んだ後も無駄にしない、エコロジーってものだ。彼も喜んでるだろう─────最後まで私達の役に立ったいるのだから」

「黙れ!お前が犠牲にした仲間達、七千百十六人! 俺はあいつらの仇を取るためにお前の前に立っている!お前らのくだらない考えの為に、殺されたあいつらの為にだ!!」

「…………悪いが、君の言葉は少し間違ってる」

 

 

戦いながら、剣は眉をひそめた。この数は彼も忘れていない。自分と同じ、エリーシャによって殺された被験者達だ。彼等の名前も、一つたりとて忘れたことはない。

 

 

ならば、何が間違っているのか。そう怪訝そうする剣の前で、男は両手の指を動かす。

 

 

「およそ七千じゃない、一万は既に越えた筈だが」

「………まさ、か」

 

 

あくまでも無関心を貫く男の意図が、読めてしまった。最低最悪な、答えだ。

 

 

「あぁ、君の複製個体───《グラムシリーズ》だけどね、新しくNo.2からNo.6まで完成したよ。まぁ、その分、後処理が増えたがね」

「ッ!またあの実験を!?───一体どれだけの子を犠牲にしたァ!!?」

「ハハ、君は何を言うんだ?」

 

 

目に見えて激情する剣に、彼は嗤った。相変わらずどうでもよさそうに。自分の頭に人差し指を向けながら、あっさりと。

 

 

 

 

「覚えても意味のない、無価値なデータを頭に入れておく必要があるのかな?意味などない、何の役にも立たないじゃないか」

「ッーー!!どこまで腐り果てれば気が済むッ!!」

 

 

 

怒りのあまり、剣は獣の群れを容赦なく破壊していた。そこでようやくエリーシャは様子を変える。剣が獣達を粉砕しながら、彼へと少しずつ近づいていた。

 

 

面倒そうに、彼は片腕を動かす。親指と中指、二つの腹を合わせ、

 

 

「分解、そして融合」

 

 

パチンという音に、複数の獣の形が崩れる。そのまま消失することなく、変質した結晶が他の結晶を取り込み、増幅していく。

 

 

 

その結果。巨大な黒い触手が、生み出される。ただの触手ではない、攻撃に特化した結晶の塊の複合体だ。

 

 

 

ギチギチと繋がった触手が、ムチのように軽く振るわれる。剣は認識を加速させ、その触手を何とか受け止めた。しかしただ触れただけで触手は爆散し、周囲に欠片を跳ばす。

 

両腕を前に剣は攻撃を防ぐ。装甲に欠片が突き刺さるが、何とか耐えたと思えば、

 

 

 

 

 

「────再生」

 

直後。

欠片が形を成し、無数の荊へと化した。質量の法則を無視した現象は、その中心にいた剣を串刺しにしていく。

 

装甲に刺さっている欠片が膨れ上がり、青年を内側から引き裂いていく。

 

 

 

「がッ、ァアあああぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」

 

装甲など意味を成さずボロボロとなった両腕からの苦痛に、叫ぶしかない。そんな無防備な彼に、無数の獣が牙を向く。

 

 

 

攻撃にでも、殲滅にでも特化した訳ではない。傷つけ、弱らせる事に特化した怪物達。まさしく、対魔剣士用の武装とも言えるだろう。

 

 

 

 

だが剣は、折れるつもりなど微塵にもなかった。

何かを喋ろうとしたエリーシャの声を遮るように、地面を砕いた。今の彼を突き動かす動力源は、誰かを守りたいといった感情ではない。

 

 

目の前の男を殺す、怒りと憎悪に呑まれたドス黒い感情だった。

 

 

 

「黙れ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!黙れェ!!もう貴様の戯れ言など何一つ聞きたくない!!ここで死ね!俺に黙って殺されろ!!あいつらの味わった痛みの何千倍も生温い!!確実に殺す、ぶち殺してやるッッ!!!」

 

 

「ハッハッハッ!出来もしない事を口走らない方がいい!─────子供みたいじゃないか」

 

 

叫び突貫する剣だったが、今度こそ無意味に終わる。彼の装甲に突き刺さっていた欠片が一気に増幅していく。

 

 

体内を引き裂き、問答無用で裂傷を引き起こす。吐血と共に地面に倒れ込む。どれだけ強く鍛えられていても、どれだけ優秀だとしても、憎悪がそれを狂わせる。

 

 

追い込まれていく剣に、エリーシャは指を指す。罪のない人間を理不尽な言動で傷つけるような、純粋な悪意。

 

 

 

「前からそうだ。君は何も出来ない、グラムを冠するに相応しい」

 

 

ガリィッ! と爪がコンクリートを引っ掻く。何とか立ち上がろうとするが、身体が重い。元凶からの弾劾を肯定するかのように、動けなくなってしまう。

 

 

 

「数少ない親友?死なせた?馬鹿を言わないでくれ、彼等は誰のせいで死んだ。そう、君だ。君だよ無空剣!君のせいで彼等は死んだ。ノエルだったか?ノワール博士の娘である彼女に関しても、君が殺したのさ!!だってそうだろう!? 煩く泣きわめく少女を処分したのは他ならぬ君本人なのだから!!」

 

 

 

容赦なく、踏みにじる。躊躇なく、無慈悲に。

傷つき苦しんで、それでも希望を持ってきた青年の努力を嘲笑う。

 

 

───お前なんかのせいでこうなった、と。

 

 

 

「人並みの幸せ? 笑わせるな! 周囲の者を不幸にさせる災禍の魔剣グラムの真髄を忘れたのか! ハッハッハッ! 最後は君だ、君だけがこのまま破滅するのさ!より多くの人間を地獄へと巻き込み!私を殺せずに、無様に朽ちることでなぁ!!?」

 

 

 

「ッッッッ!!!!! きさま、貴様ァァァアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

改めて、無空剣は理解した。この男は殺さなければならない。自分の命に変えてでも、例え幸せになれなくても構わない。

 

 

 

 

この身を焦がす憎悪のままに、ヤツを殺せるならばそれでいい。あのゴミにも劣らない底辺のクソが、自分なんかより生きる意味のあった彼等を侮辱するのが許せない。殺さなければ、あの男の喉笛を引き裂いて、脈動を絶たねばならない。そうしないと─────無空剣は、生きる意味を失ってしまう。

 

 

 

 

 

いや、そもそも。

無空剣は死ぬべきだったのだ。あの時、魔剣に選ばれるべきではなかった。そうすれば、親友達はあんな末路を迎えずに済んだのではないか?

 

 

 

 

 

ならば殺そう─────目の前の害悪な存在を。自分の先にある未来なんて、どうでもいい。ただ敵を一つ残らず排除すすれば──────────そうだ、兵器になろう。兵器になれば悲しみを感じない、憎しみと怒りで動く今の自分は、ソレと何の違いがある?

 

 

 

 

立ち上がろうとした、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぅぅ」

 

小さな声に、ふと剣は振り返る。建物の影で、一人の少女が起き上がる。

 

 

 

小日向未来。

そうだと思われる少女が目を覚ましたのだ。麻酔が軽かったのは分かっていたが、今この場で目覚めるとは思ってもいなかった。

 

 

 

彼女は目元を擦り、周囲を見渡すと小さな悲鳴をあげた。血塗れの剣を見て、思わず駆け寄ろうとする。しかし、一瞬に足を止めた。

 

 

 

 

 

黒い獣の軍勢と、それを束ねるエリーシャの視線も、彼女に向いていた。

 

 

 

「あー、そうだったねぇ」

 

剣を誘き寄せる為に彼女を拐ってきたエリーシャは困った顔をする。彼が命令を出さない以上、黒い獣も彼女を見つめるだけで動こうとしない。

 

 

 

「………に、逃げろ────」

 

 

必死に、少女に呼び掛けた。

彼女は民間人だ。シンフォギアのような力も、魔剣士のような力もない、か弱い人間だ。エリーシャが指示を出せば、一瞬で獣の群れに八つ裂きにされてしまう。

 

 

 

だが、彼女の反応は違っていた。

背を向けて逃げようとせずに、倒れ込む剣とエリーシャを見返していく。その反応に、剣の方が悲惨そうな顔になる。

 

 

 

殺されてもおかしくないのに、自分自身を助けるようとしている。何の力も持ってない筈なのに。

 

 

絶句する剣を無視して、エリーシャはフーッと息を吐き捨てる。両目を細めながら、片腕をゆっくりと振り上げた。

 

 

「彼も既にこの場にいる以上……………あの少女も、必要ない訳だしねぇ」

 

 

 

───駄目だ、と思った。

奴を殺して、全ての敵に復讐するのはいい。このまま死ぬのだって、一億歩妥協したって許せるかもしれない。

 

 

 

だが、それは駄目だ。

死ぬ直前に、他の誰かが道ずれにされてしまうのは駄目だ。地獄に落ちるのは自分や奴等だけでいい。ただ平和に生きていた彼女のような善良な人間が、悲惨な末路を迎えていい訳がない。

 

 

 

 

 

「────させる、かぁッ!!!」

 

 

腕が振り下ろされる直後、アスファルトの地面を蹴り跳ばした。引き換えに生じた爆発的なスピードで、少女の元へと移動する。

 

 

 

「この場から離れる!舌を噛むなッ!」

「えっ──きゃっ!?」

 

そう言ってすぐに少女を抱き抱える。出血で服が濡れてしまうのを心の中で謝り、急いで退こうとする。

 

 

「そういう訳にはいかないのだが?」

「ッ!させるかって言ったのを、忘れたかぁッ!!」

 

黒い結晶の異形を差し向けるエリーシャに、剣は吼えながら建物の壁に手を突っ込んだ。より正確には、その中にある建物を支える柱を、強引に引き剥がし────

 

 

 

 

巻き込まれる天井ごと、黒い獣の群れに叩きつけた。その先にいるエリーシャも、それに巻き込まれる。一瞬で建物を崩壊させて、剣は小日向未来を抱き抱えながらこの場から立ち去った。

 

 

 

一瞬で作ることの出来た隙を無駄にしない為に、一刻のこの場から早く立ち去ろうと。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

直撃だった。

瓦礫の山の中にエリーシャはいる。しかしあれほどの一撃を受けたのだ。相当の手負いだと考えるのが普通だ。

 

 

「…………ハッハッハッ、危ない危ない。今のは死ぬかと思ったよ。まぁ、ここで死なないのは私の悪運ってヤツか」

 

 

パラパラと、エリーシャは肩の粉塵を払っていた。血すら出ていない、全くの無傷だ。

 

 

それも当然。

彼の前で黒い獣が盾となっていたのだ。肉体の大半を抉られた獣はその場で絶命するが、同時に分裂して再生していく。

 

 

そして彼が指を鳴らせば、獣達が周囲に向けて攻撃を放っていく。壁や地面、天井を削っていくが、すぐに動きを止めた。

 

 

手応えがない、それが意味することを伝えるように。

 

 

「逃げたか、復讐より人命を優先するとは。非効率かつ感情的じゃないか」

 

呆れたように呟くエリーシャはどこか嬉しそうだった。彼はこの力を使うのは随分と久しぶりだった。だから、わざわざ余計な手間を増やして(人質を連れて逃げて)くれた剣にある意味で感謝をしたいのだろう。

 

 

 

 

この力を試す口実が出来るから、何よりこの世界で。

 

 

 

「負傷した君を回収するなんて簡単だ。精々逃げたまえ、君がどこまで足掻けるかレポートを取る必要がある訳だしね」

 

 

ニタニタと笑いながら、途切れた血痕を見下ろす。跳んで逃げたのは分かっている。だが、自分達から逃げられる筈がない。

 

 

何より、戦う事の出来ないお荷物を片手に背負っているのだ。追いつくのにさほどの時間はかからないだろう。

 

 

「詰め将棋だ。最早君に逃げ切れる選択肢はない。このまま狩られる獲物でしかないのさ、君は」

 

 

白衣を広げ、エリーシャはただ歩く。黒い獣の群れにより形作られた禍つ世界が、彼を中心と言うように追随する。

 

 

 

未だ有利な状況である彼は、相手を追うだけでいい。彼が命じずと、手を出す必要はない。闇の異形達は、敵を殺す為に暴れ、その為だけに死ぬのだから。

 




機密ファイル


『セフィロト』

魔剣計画(ロストギア・プロジェクト)】の最高機関。【魔法計画】の長たる中枢総統 ヤルダバオトが編成した、魔剣に関する実験を行う十人の魔剣科学者のグループの呼称。

それぞれが様々な分野に優れた科学者や研究者であり、魔剣士の製造は彼等を主体として行われている。十人は個人で『セフィラ』という特殊な二つ名が与えられている。




…………今回どうしてでしょうか?エリーシャ、割と性格歪んでると思います。多分どこぞの英雄マニアよりも狂ってるでしょうね…………タチが悪いのはあちらの方ですが。



次回も感想や評価、お気に入りよろしくお願いします。


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選択

「未来っ!剣さんっ!何処ですかぁーーっ!?」

 

 

 

完全に崩壊した工場施設。その残骸の探す少女達がいた。響と翼、そしてクリスの三人は突然崩壊したこの施設へと急いで向かった。この場で何かがあったのは確かだ。行方不明となった小日向未来、そして彼女を探していた剣も、きっとここで何かがあったのだろう。

 

 

 

「………クソッ、何がどうなってんだよ!」

「ノイズではない。なら、これは何が起こったのだ?話に聞いていたフィーネの切り札、『アルビオン』とその『魔剣士』か?」

 

困惑して吐き捨てるクリスの横で、翼は冷静に考えてそう答えた。クリスの方は、信頼している剣の安否が不明である事に焦りを覚えて始めている。同じように翼も、一見落ち着いて見えるが、自分の口にした予測が違うとは気付いている。

 

 

彼等のような圧倒的な破壊が少ない。どちらかと言うと、彼等よりは被害が少ないのだ。魔剣士である彼と戦っていた割には、建物が一つだけ失われただけなのだから。

 

 

 

『───彼等の反応が不明だ。響くん、連絡は出来るか?』

「はい!今やってみます!」

 

通信に答えると、響は無線機とは違う、携帯電話を取り出した。無線機を近くにいた翼が受け取り、自分の親友へと連絡を取ろうとする。

 

 

二課に保護されていた未来は所持品を回収されていたが、何者かが襲撃してきた時には携帯電話も失くなっていたという事実は確認できている。なら、もしかすれば未来が持っていたのでは、と淡い期待で電話を描ける。

 

 

だが、それから十秒ほど経つが、電話は反応しない。

 

 

 

 

「…………駄目、()()()()()()()()()! 剣さんの方もですよね!?」

『あぁ、何故か分からないが彼からも連絡が来ない。民間人である小日向くんの身柄の何処かは分からない。その中で、一つだけは確信できる』

 

 

 

重苦しい声で、弦十郎は告げる。

 

 

『二人は意図的に狙われている。しかも俺達に手を出せないようにこのような妨害工作までしてだ。彼等は俺達に合流しようにも出来ない状況下にあるのかもしれない』

「それじゃあ……未来は」

『剣くんといるのならば、無事だろう。だが少しずつ追い込まれていくのは確かだ。彼も逃げに徹するという事は、相手は彼すら手に負えない可能性がある』

「ならばこそ、やるべき事は決まっています」

 

 

そう答えると、翼は腰にかけた無線機をクリスへと手渡す。突然の事に目を見開く彼女に、淡々と話した。

 

 

 

「立花は東方面を、私は西、雪音は北を頼む。何かがあればこれで連絡しろ」

「っ!何であたしが────」

「無空を探すのなら、それが最善な手段だ。例え私達を信用できなくても、無空の為に手を貸してくれ。助けたいのは、私達も同じだ」

 

覚悟のある言葉に、クリスは沈黙して頷いた。不服ではあるが、賛成であるのは確かなのだろう。

 

 

それぞれの考えのもと、立ち去っていく二人の姿を響は見つめる。未だ刺々しいが、クリスとの距離を縮めたいと純粋に考えているのだろう。

 

だが、それは今重要な思考ではない。

 

 

「じゃあ、私も早く探しに行かないと────」

 

 

マイナスな考えをしないように、と。響はそう言うとすぐさま東方面の場所を捜索することにした。

 

 

しかし、東方面といっても彼等の隠れる場所など見当がつかない。手当たり次第に探そうかな、と考えていると。

 

 

 

 

 

 

────こっちだよ

 

 

 

 

 

「………え?」

 

思わず動きを止めた。声は自身の真後ろから響いてきた。しかし、人の気配は周囲からは確認できない。誰も、この場にいない。

 

 

 

 

「今のって…………」

 

困惑しながらも、響は後ろを振り返る。建物ばかり並ぶ街中だが、逃げ込んだりするのに使うとは思えない。どちらかと言えば、人気の無い森林地帯か、山奥とかだろう。

 

 

しかし響は、街中へと歩みを進める。

先程囁いてきたと思われる声、その指示に従うように。

 

 

 

その声の主が誰なのか響は分からない。いや、翼やクリス、二課の皆が聞いても同じ結果になるだろう。ただ一人、この世界の人間ではない者はその声の主を知っている。

 

 

無空剣、その声の本人こそが彼にとって重要な人物でもあるからだ。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

剣が逃げ込んだのは、街中にある廃ビルの中だった。使われてないのが理由でもあるが、周囲には人も少ない。だからこそ、彼は少女を連れてここに隠れていた。

 

 

灯台下暗し、と言う。隠れるのなら森ではなく、人混みの中だ。被害を被らない相手なら駄目だが、エリーシャはそういうのを把握する人間だ。

 

暴れれば自分の居場所を増やしてしまう以上、彼は他の誰かに気付かれないように剣達を追跡しなければならない。

 

 

 

 

「───ッ、ぐ」

「大丈夫ですか!?今すぐ手当てを──」

「必要ないッ、下手に触るな!かえって怪我するぞ!」

 

腕の装甲を解除すると、黒い結晶でズタボロだった。肌を傷つけ、肉にまで食い込んだ棘の鉱物は小さいながらも、凶器として特化した鋭さがあった。

 

本来なら、すぐに取り除くべきだ。しかし、彼は裂傷した腕を見つめ、

 

 

(奴はこれを無限に再生すると言っていた。だとすると、俺から引き剥がすと再生する可能性も有り得る。だが、逆も然り。可能性としては半々か)

 

 

これが剣の懸念だった。破片は今、彼の体内に食い込んでいる為、脅威である再生は行えない。もし体の外へとこの欠片が出てしまえば、瞬時に再生して黒い獣へと戻ってしまう恐れがある。

 

 

 

 

(────取らなければ治らない!)

 

ポケット、正確には用具入れからピンセットを取り出す。そして、肌から突き出た破片を摘まみ────強引に引き抜いた。

 

 

 

ブチィッ! と生々しい音と共に、破片の一つを取り出す。強引に取った為、少しばかり肉片が付いた乱雑な処置になってしまった。小さい悲鳴が聞こえるが、作業中であった剣は意識から反らしておく。

 

 

そして、今度は腕ではなく、破片へとピンセットを伸ばす。慎重な手付きで、結晶の断片に付着した自身の肉を剥がす。

 

 

今度こそ綺麗になった結晶を見下ろし、剣は警戒しながらもピンセットで摘まみ上げる。

 

 

 

(再生は…………しない。確信した、奴の『果てなき深淵』にはコアが存在する。それも特定の範囲内に限定された機能か。なるほど、ミクロサイズの破片から再生する事はある)

 

 

性能としては不足してる、と言えばそうだろう。しかし『果てなき深淵』はそれ故に再生に特化したタイプだ。

 

 

範囲内だけの増殖と再生を繰り返す機能。屋内など制限されてしまう環境下───所謂このような場所では、余計に戦いにくくなる。

 

 

そう考察していると、剣はある事に気付いた。

いつの間にか何処かに移動していた少女が帰ってきたのだ。手に入れてきたであろう包帯を伸ばし始めて。

 

 

「……何をしている?」

「包帯は何とか見つけてきました。消毒は出来ないですけど、これで今は何とか出来ます」

「不要だ。俺だけで出来る」

「手伝わせてください!怪我してるのに無茶ばかりしないで………私も出来ますから!」

 

 

凄い気迫で押し通してくる少女に気圧され、剣は承諾した。今は大人しく強引な治療を受けることにする。

 

 

時間は掛からなかった。包帯に包まれた自分の片腕が普通に動くことに安堵し、

 

 

 

「悪い………助かった」

 

 

少女に軽い感謝を述べながら、剣は包帯の片腕をコンクリートの石材にゆっくりと置く。ふっー、と力を抜いて呼吸を落ち着かせる。

 

 

そして、近くで何をするべきか悩む少女に剣はちゃんとした形ではないが頭を下げた。

 

 

「…………悪かったな」

「え?」

「俺のせいだ、俺が巻き込んだ。あいつがお前を連れ拐ったのも、俺を誘き寄せる為だった。だから───悪い。全部俺の責任だ」

「そんなの………」

 

困ったように言って、ハッと彼女は顔を上げた。そしてポケットから携帯電話を取り出すと何処かへと電話をしようとする。

 

 

 

だが、小日向未来が番号を打ち込む前に、剣がそれを止めた。怪我をしている腕を庇い、窓の外を覗き込みながら。

 

 

「連絡は止めておけ」

「どうして、ですか?」

「奴は俺達と他者の通信を意図的に阻害させる。一度でも連絡すれば奴は俺達の場所に当たりをつけて、本格的な数で追い込んでくるぞ」

 

 

思えば、彼女を保護しようとした時もそうだった。エリーシャは連絡網から標的である自分達だけを阻害させ、集団から孤立させる。孤立した彼等が、誰かに助けを求めようとした痕跡を探し出し、そこを隙へとする。

 

 

他者に助けを求めようと連絡したとしても、返ってくるのはノイズ音だろう。そして一時期でも連絡を行おうとすれば、エリーシャは反応を読み解き、場所を的確に編み出していく。

 

 

 

(今はジッとしておこう。奴の『果てなき深淵』とて完全じゃない。大暴れしないのはそれが理由だろうからな)

 

 

そうして二人は向き直る。体育座りをする少女の前で膝を立てて座っていた剣は少しだけ思い悩む。

 

 

静寂が続くのも困ると判断し、声をかける事にした。

 

 

 

「無空剣だ。あの時以来だな」

「ええっと、小日向未来です。あの時はどうも」

 

 

その発言から、ようやく剣は確信を得た。彼女は響の親友である人物なのだ。あの心優しい少女の支えとなってきた、とても必要な意味を持つ少女。

 

 

「小日向未来、お前が響の親友で合ってるよな?」

「ど、どうして分かったんですか!?」

「響から聞いた。あいつも少し悩んでいたらしくてな」

「………じゃあ剣さんも」

「あぁ、機密とされている二課の協力者だ。正規のメンバーじゃない。響や翼と違って、実際に所属してる訳でもないからな。………そもそも、もう無関係だ」

 

 

それだけ言うと、そうですかと笑って納得してくれた。ある程度気になる事があった筈なのに、何も聞かずにくれたのは素直に助かった。

 

 

だが、このまま黙っていれば良かったのに、

 

 

「悩みがあるなら話してみろ。溜め込んでおくよりかは、楽になるかもしれないぞ。だが、無理強いはしない。自由に決めればいいさ」

 

 

もう無関係だと言ったのに、何故こう言ったのか。それは剣本人も理解が出来なかった。ただの気紛れ、気の迷いの一つだろう。最近こういうことが多いな、と思うが、無駄に考えるのは止めた。

 

 

 

「私の話、少しだけ聞いてくれますか?」

「────もとより、そのつもりだ」

 

 

その後、小日向未来は吐露した話を黙って聞いていた。彼女と響は二年前にあったコンサートでの事件のより前から親友だった。生存者の一人として迫害されていた響を、傍らで支え続けていたらしい。

 

 

 

それで、自分も同じような扱いをされる恐れもあったのにも関わらず。彼女はそれでも懸命に、努力し続けていた。

 

剣には、真似できるだろうか? ただ人間と違うと石を投げられただけで疑心暗鬼になり、勝手に見捨てた気になっていた愚か者。救うことも出来ず、ただ周囲に悲劇をばら蒔くだけの────どうしようもない、最低な存在。

 

 

 

きっと、自分には出来ない。その点で言えば、彼女は無空剣よりも強いのだろう。

 

 

 

「私…………響の友達でいられないっ」

「…………、」

「頑張ってる響が好きで、真っ直ぐな響が好きで……なのに、私は今の響を応援できないっ!」

 

 

だが、彼女はあまりにも優し過ぎた。親友を想うがあまりに、自分の知らない間に命の危険の狭間で戦うことが怖かったのだ。

 

 

人助けという立花響の在り方を望まない自分は、もう仲良くなんて出来ない。一緒にいることが出来ない。

 

 

 

 

 

そんな彼女の想いを聞いて、剣は溜め息を漏らした。呆れるような一息。しかし、目の前の彼女に向けてではない。

 

 

 

 

どちらかと言えば、自分自身に向けた自嘲の意味合いを。

 

 

 

「ったく、響といい小日向といい………どうしてこうも擦れ違うんだ。これが一般的な親友の関係なのか?俺にはよく分からないが」

 

こめかみを押さえながらそう呟くと、未来は不思議そうに首を傾げた。そして、気になった事を口に出す。

 

 

「友達と喧嘩したりしないんですか?」

「普通の環境じゃなかったからな。一般的な友情ってのと同じかは俺にも分からない」

 

 

自分達が普通とは欠け離れた環境下だった事もあり、剣は自分独自と思っている考えを口にする。

 

 

「意見が食い違う事はあった。けどあいつは自分のやりたい事を貫き通すってばっかで…………俺の話を聞きやしない。何なら俺の方がガキみたいに我が儘ばかりで、あいつに迷惑をかけてな──────その度あいつは、ゴリ押ししてきた」

 

 

嘘ではない。

彼にとって、親友────虹宮タクトはそういう人間だった。自分の衝動で人を助け、ボロボロになっても笑顔でいる。自分が助かったことより、他人を助けられたことに心の底から喜ぶ本質。

 

 

 

「一回、話し合ってみたらどうだ?」

「えっ!?」

「自分の気持ちをぶつければいい。俺達もそんな感じだ。配慮なんかせず遠慮もせずに、自分勝手な奴等ばかりだしな」

「……………」

「………まぁ、人の事を言えない奴の戯れ言だ。適当に流してくれればいい」

 

 

え? と今度こそ気になったように未来は顔を上げた。先程の意味合いを聞こうと口を開こうとした。

 

 

 

直後、爆音が響き渡る。

予想からして、車両の爆発だろう。しかしあまりにも大き過ぎる。距離からして遠くではない、むしろここから近すぎるくらいだ。

 

 

 

「つ、剣さん!」

「………」

 

不安そうに声をかけてきた未来に、彼は静かにするように目線を送る。剣はすぐさま顔を険しくすると、近くに立て掛けられていた鏡を砕き、その破片を窓に調節して設置する。真下、ビルの入り口を覗き込めるように。

 

 

わざわざこうするのは、自分自身で姿を現さない為だ。様子を伺う為に隠れ家から姿を出すのは外法だから。

 

 

 

剣がその鏡の破片に目を向けると、ちょうど真下が綺麗に見えた。そして、そこにいる人影も目に映った。

 

 

 

 

 

 

「────エリーシャ」

 

 

入り口に立ち塞がる白衣の男は、屈折した視線に気付いていない。それどころか、堂々と廃ビルの中へと足を踏み入れていく。

 

その周囲には、黒い獣が駆け回っていた。多分予想だが、このビルの周囲に配備されているのかもしれない。普通なら人が気付いて騒ぎになるかもしれないが、奴の事だから何らかの処置はしているのだろう。

 

 

 

「あの野郎、ここに当たりをつけたか。さっきの爆破も、ここを塞ぐバリケードを破壊する為だったんだろうな」

 

 

『果てなき深淵』はともかく、エリーシャは生身の人間。しかも彼は非戦闘員であり、バリケードを突破する力はない。故に、強引なやり方を使うことにしたのだろう。

 

 

居場所がバレようと問題ない。後は袋小路となった無空剣を抑えればいい。そういう自信が垣間見えてくる程のやり方だ。

 

 

「────音がしなくなったら、ここから離れろ。それまではここで待機していろ」

「剣さんは?」

「…………ケリを着けてくる」

 

 

 

 

返事を聞かずに、剣は部屋から出ると、床を容赦なく踏み抜く。コンクリートの床を一瞬で崩落させ、上階から一階へ落下していく。

 

 

 

 

 

 

 

トッ……、と着地した剣の目の前には、目的の相手が立っていた。因縁の敵である白衣の男、エリーシャは小さく笑う。自身の周りに、蠢く闇の大群を侍らせながら。

 

 

 

「─────随分とまぁ、平然と出てくるとはねぇ。私の狙いが君だと理解してないのかな?」

「───────お前を倒す、その為に来ただけだ」

 

 

それを聞いたエリーシャは、顔を僅かにしかめる。ポケットから出した片手で頭を掻きながら、彼の発言を嘲笑う。

 

 

 

「私を倒す?殺すの次は倒すときたか。前にも言ったが、君には出来ないよ。なんせ私には君を殺す『武装』がある。どう足掻いても無意味、無価値なのだよ。理解が出来ないのかな?」

「少なくとも、この世界の皆を巻き込むつもりはない」

「へぇ、覚悟を決めちゃったのか。まあそれも僥倖」

 

 

言葉にする挑発に応じる様子は見られない。

そこまで聞いていたエリーシャは笑みを消し、無表情へと化す。

 

 

冷徹、無感情で目の前の()()()を睥睨し、つまらなそうに命じた。

 

 

「ならばここで挫けろ、成り底ないの兵器。貴様にはそれこそが相応しい末路だろう?」

 

 

目の前の相手を嬲り殺しにしろ、無言の命令を伝えようとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

────Balwisyall Nescell gungnir tron──

 

 

歌が聞こえた。

何度も聞いてきた歌が、耳に入ってくる。鼓膜を叩いて響いてくる音色や歌声に、思わず聞き入っていた。敵と相対している中、それは戦闘中の対応としてはいけないが、彼にとっては

 

 

 

まず最初に飛び出したであろう、黒い獣も怪訝そうになる。感情など感じられるようには見えないが、首を傾げている途端。

 

 

 

一撃が、炸裂した。

容赦ない拳が、黒い獣の顔に命中する。結晶で出来た頭は薄氷のように砕け、胴体は勢いに乗せられるように吹き飛ばされていく。

 

 

 

エリーシャは眼を剥く。

自分の獣、『果てなき深淵』の耐久力は弱い方に部類する。しかし今の一撃は一般人のものではない。鍛え上げられたものだ─────魔剣士のように。

 

 

剣は振り返らない。

先程の一撃を穿った相手が誰だか理解してるからこそ、彼はニヤリと薄く笑う。待ちわびていたというように。

 

 

 

 

 

立花 響。

ガングニールを纏い、彼女は魔剣士の初めての窮地を救ったのだ。何の因果か、最初の出会いと関係があるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………なんだそれは」

 

 

響の姿を見て、エリーシャは瞠目して硬直する。唖然としていた片方の瞳が徐々に光を帯び始める。

 

───自分の知らない、未知の物への好奇心へと。

 

 

「歌を、歌っているのか?それでエネルギーを生じさせて、聖遺物を────いや、見ただけでは分からないが、これは素晴らしい!魔剣士と似て非なるもの、これは素晴らしい!あぁ、データを取りたい、あれを調べてみたい!!今すぐ精密機器を用意して、あれの基本構造や他の物質への影響について!詳しく解析してみたいッッ!!!」

 

 

狂喜に身を震わせるエリーシャ。恍惚と言った、シンフォギアへの興味が尽きない様子で、彼は笑みをより一層深める。

 

 

彼にとって、魔剣こそが至上である。それ以外のものは魔剣の価値を優れさせるものに過ぎない。だが、エリーシャは魔剣士創造者である以前に科学者だ。

 

 

 

 

「…………」

 

剣は自分の隣に駆け寄ってくれた少女の顔は見ない。見る資格はないと感じているのもある。責任があるからこそ、

 

 

 

 

「…………奴はエリーシャ。俺の世界の人間で、俺を追ってここまで来た。小日向未来を連れ拐ったのも奴だ」

 

目の前の仇敵を睨みつけながら、そう告げた。内容に彼女は驚いたようだった。けれども、剣は無視して言葉を続ける。

 

 

 

「俺は、誰にも頼るつもりはなかった。自分が巻き込めば、お前らが不幸になるかもしれない。そんな戯れ言を信じて、自分だけで出来ると傲慢に決めつけた」

 

 

響が倒した獣は、すぐに再生していく。他の獣達も群れを成して、二人を囲んでいった。

 

 

「このビルの中に小日向未来がいる。俺一人じゃ奴の操る武装には有効打になれない。助ける為には、助力が必要だ」

 

 

自分勝手だとは思っている。我が儘だとは理解している。いつもそうだった、自分が強いからというのを理由に他人を守り続けていた。

 

 

魔剣士という強い存在であるからこそ、他人を守るべきであると。他人に頼るなんて有り得ないと、独自の考えを持って生きてきた。

 

 

 

だが、現在は違う。

 

 

 

 

 

「悪い。あいつを倒すために、お前の力を貸してくれ」

「───────はい!」

 

 

心なしか、答えてくれた声は嬉しそうだった。

相手はノイズというよく知る脅威ではなく、未知の敵だ。なのに響は恐れることなく、共に戦うことを快諾してくれた。

 

 

 

 

初めて、人を頼った。

共に戦ってほしいと、口にしたのは初めてかもしれない。過去でなら絶対に有り得ない事に、剣は僅かに微笑んだ。

 

この状況では許されないことだと理解しながら、確かに。




………構成能力が雑すぎるかもしれない………。どうしよ、どうしよ………。特に普通の会話シーンの表現とかどうすればいい!?どうすればいいんや!?



オリジナル展開って難しいなぁ───(何度目かの挫折)まぁ、ちゃんと原作には沿ってくのでご安心を。


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深淵の一端/大人

「────ッ!」

 

 

黒い獣の群れが、一斉に動き出す。

群体性を利用した、物量による圧倒。しかも硬さを捨ててまで他者を傷つけるのに鋭利に特化させた全身が、凶器そのものへと様変わりする。

 

 

さしずめ、裂傷の津波。あの中に飲み込まれただけでどれだけ強固な鎧を纏っていたとしても、切り裂かれ続けるだろう。

 

 

 

 

「───!」

 

しかし、そんな怪物達の進軍を剣は認めない。勢いよく地面を踏み抜き、地盤を揺るがせ、周囲の建造物に影響を与えない程度に大地を変動させる。持ち上げられたコンクリートが壁となり、怪物達の進行を防ぐ壁となった。

 

 

それによって生じた瓦礫の崩落に巻き込まれた個体もいたらしく、金切り声のような悲鳴が響き渡る。

 

 

 

何時でも戦えるように身構えている響に、剣は声をかける。どちらかというと、これらかの戦いに向けたアドバイスをかけた。

 

 

「響!こいつは破損した場所から再生し続ける!粉々に粉砕するな!数を増やすだけだ!やるなら動きを止めるようにするか、生半可に二つに分けないようにしろ!」

「はい!なるべく粉々にしないように、ですね!」

「────来るぞ」

 

 

持ち上げられたコンクリートの地盤の壁から回り込むように、黒い獣達が飛び出してくる。そこで二人の姿を目にすると、高揚の悲鳴をあげながら襲いかかってくる。

 

 

 

「はぁぁあッ!!」

 

ドンッ!! と踏み込んだ響の拳が、一体の獣の腹を捉える。悲鳴をあげることも出来ずに吹き飛ばされた獣が後方の同族と衝突し、軍隊の歩みを崩していく。

 

 

しかし、そんな彼女の左右から黒い獣が哄笑らしき声と共に現れる。両方からの不意討ちに反応しようとする響に、鋭利な爪を伸ばして引き裂こうとした。

 

 

 

が、剣はそれを容赦なく叩き潰した。

自身の拳ではなく、背中に展開された『魔剣双翼(ガードラック)』の一対によって。体を串刺しにされた獣をそのまま突き立てながら、ガードラックは響を不意打ちで襲おうとする獣を、問答無用で排除する。

 

 

再生するなら少なくとも、八つ裂きなどにしないように倒していく。体を分断すればする程分裂してまで再生をし続ける怪物も、再生機能には制限があるらしい。

 

 

何度も攻撃し続けると、再生のスピードが遅くなっていた。再生しなくならない所から、修復機能は中々に優秀らしい。

 

 

数分くらい戦っていると、段々と機能している数が少なくなっていた。響も一緒に戦ってくれたのもあるだろうが、明らかにダウンしている敵の数が増えていく。

 

 

この調子ならやれる、そんな自信がついてきた。そう思っていると、いつの間にか拍手が聞こえてくる。

 

 

 

「頑張ってるようだね、君達。半永久的に再生を行う『果てなき深淵』相手に、こうも努力してるとは」

 

そう言ってくるエリーシャに剣は舌打ちをしかけた。何をする気だ、と言おうとする。こんな時に出てくる以上、絶対ロクな真似をしかしない。

 

その予想は、やはり最悪の形で当たった。

 

 

 

「私からのプレゼントだ。景気よく受け取りたまえ」

 

 

エリーシャは笑いながら、白衣から何かを引っ張り出す。取っ手に繋がった複数の球体が何個も出てくる。すぐさま彼は剣達の真上へと放り投げた。

 

 

 

「ッ!響!身構えろ────!」

 

 

目の色を変えた剣が叫ぶと、取っ手に蛇のように繋がっていた球体が一斉に弾け飛ぶ。それらが近くの壁や天井にぶつかり跳ねた直後。

 

 

 

 

 

 

爆発が生じた。それも一つではない。全ての球体が破裂し、周囲の至るところに衝撃が撒き散らされた。

 

 

 

「拡散式連結爆弾………ッ!あの野郎、あんなゲテモノ兵器を使うとはな!」

 

 

拡散式連結爆弾、様々な種類があるが、先程のものは『ペンドラー』と呼ばれている。屋内など、限れた範囲内でまとめて吹き飛ばす構造になっている。ワイヤーから飛び出したのも、周囲に破片を飛び散らせるように仕組まれた故だ。

 

 

 

 

「無事か?響」

「だ、大丈夫です!いや、少し痺れますけど………」

 

 

シンフォギアを纏ってた事もあり、響には大した傷はなかった。一瞬直撃した事での負傷を心配したが、どうやら予想以上にシンフォギアの耐久力が強かったらしい。

 

 

 

「────ふぅむ」

 

 

 

 

「傷一つ、ない。あれもシンフォギアとやらの防護機能かね。やはり対人程度は大したダメージにはならないか」

 

 

 

 

 

辺りには黒い結晶片────黒い獣を形作る物質が、散乱していた。エリーシャの放った『ペンドラー』による連鎖爆発に巻き込まれたらしく、粉々に砕けていた。

 

 

 

何より重要なのはそこではない。

散らばっていた結晶に禍々しい光が宿る。膨れ上がっていき、どんどんと数を増やしていく。少なくとも、先程の数の二倍は遥かに越えている。

 

 

 

「───貴様!」

「ハッハッハッ!理解してくれたか!あれだけの数じゃあ封殺されてしまうのも目に見えてるのでね!増援という奴だ、気にしないでくれ。………それじゃあ、私は安全な所で見学しておくことするから頑張ってくれたまえ」

 

 

軽く笑い、暗闇の奥へと消えていくエリーシャ。剣がその名を叫ぶが、返ってくる声はなかった。

 

 

代わりに完全に増えた『果てなき深淵』、その軍勢が勢いよく襲いかかってくる。先程よりも大きな、巨大な壁となって。

 

 

 

「剣、さんっ!」

「ッ! 分かってる!」

 

二人はまだ折れていない。どれだけ総力の差があっとしても、突破できる事を信じて身構える。

 

 

怪物の軍勢はそれを蛮勇と認識した。愚かと嘲笑い、憐れみの色の籠った咆哮をあげる。自分達は無限に増え続ける、どんなに小さな傷だろうとどんなに大きな傷だろうと、そこから再生して元に戻っていく。最早無意味に近い。

 

 

 

黒い獣は仲間達と共に進軍する。深淵と呼ぶに相応しい無限性を力につけて。巨大な真っ黒の津波となって、今度こそ二人を飲み込もうとした。

 

そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───Imyuteus amenohabakiri tron

 

 

───Killter Ichaival tron

 

 

奏でられた二つの歌と共に、複数の光が炸裂した。

光と形容したのは少し誇張し過ぎたかもしれない。だが光なき深淵の中では、それらは光と呼んでもいいのものだった。

 

 

飛来したのは、何本もの銀色の剣。そして、ミサイルや銃弾の嵐。侵攻を開始していた獣達の前列がそれだけで粉々に玉砕される。結晶全てを消し飛ばされ再生できずに消滅した個体も、剣によって串刺しにされて身動きの出来ない個体もいる。

 

 

 

それらの光景に、二人は思わず声をあげる。覚えがあった。さっきのような攻撃が出来る人間を、彼等は知っているからだ。

 

 

「無事か無空!立花!」

「翼さん!」

「………それにクリスも、来てくれたか」

 

 

シンフォギアを纏った翼とクリスの姿を見て剣は心から安堵したように息を吐く。彼女達がここに来た理由など単純だ、戦いの反応を目指してきたに過ぎない。

 

 

ったく、と呆れたような目を向けていたクリスはすぐさま顔色を変える。正確には、剣の片腕に巻き付けられた包帯。少しだけ滲んできていた赤の色を見て。

 

 

「お、おい!?大丈夫なのかよ!その腕の傷!」

「平気だ。戦いに支障はない………それに、無理のないように戦うだけだ」

「………お前なぁ」

「それよりも。奴等に集中しろ」

 

 

ブチィッ、という音が聞こえた。

何かを引きちぎるような音だ。その音の源は、すぐに見当がついた。

 

 

翼が作り出した刀剣によって、串刺しにされた獣。奴等の一体が、自分の体を傷つけていた。自身の首をもいでそこら辺に放り投げると、首の部位から結晶が増長していく。

 

 

『──!──!』

「…………自壊させたという事か。奴等には理性があるのか?」

「大したことない。敵を見掛けると襲いかかる、自分が再生できる事ぐらいしか思いつかない筈だ。そうだとしたら、もっと賢いやり方で来る」

 

 

他の個体も、串刺しにされて仲間の元へと移動し、その体を崩していく。そうやって数を増やし、どんどんと失われた軍勢の数に戻していく。いや、もっとそれより上になるように。

 

 

 

 

「───しゃらくせぇ!ならまとめて再生出来ねぇように吹き飛ばしてやるッ!!」

 

 

 

―――MEGA DETH PARTY !!

 

 

 

歌を奏でるクリスの腰部アーマーから、無数の小型ミサイルが一斉に放たれる。連鎖的な爆発を前に獣達は回避を行おうとするが、無駄に終わってしまった。

 

 

直撃し、獣達の動きが停止した途端。

軍勢の動きも一斉に止まった。カチカチと、顔のない口が小刻みに鳴るだけで。

 

 

 

『──ギ、が』

「本当に追い込まれてる!?クリスちゃん凄い!!」

「待てよ馬鹿!様子がおかしい事くらい気付け!」

 

 

黒い獣達が大きく震え出す。身動きもせず、ただただ硬直して。そして一瞬にして、結晶の体が崩れ落ちた。結合が緩み、結晶の塊へと戻っていく…………だけではない。

 

 

 

黒い結晶は他の結晶と融合しながら、一つに集まっていく。それを止めようと翼が動く直前に、剣が片手で制した。驚いて見返してくる翼に、彼は何も言うことはなかった。

 

 

 

 

『果てなき深淵』。

そう呼ばれていた『何か』が、姿を現す。そう確信したからこそ、剣は静止を選んだのだ。コアとなるものが剥き出しになるのなら、それを止める理由はないと。

 

 

 

 

 

 

 

出てきたのは──────一本の剣だった。

真っ黒な刀身の刃。見るだけでも禍々しい。漆黒の鋭利なフォルムだが、何処か異質な感覚がある。その原因となるものは、響達もすぐに理解できた。

 

 

 

あまりにも、不完全なのだ。剣と言ってもその体積の多くが欠けており、折れそうな不完全さを持っている。最早武器の部類ではない、古い時代の遺産に相応しいだろう。

 

 

 

 

だが、彼は…………無空剣だけは違った。

 

 

「────────────そうか」

 

茫然としたような調子で、呟く。

見るとその顔には様々な感情が滲み出していた。それをどう受け取ったか少女達によって違った。

 

 

翼は驚嘆と。クリスは悲痛と。響は────噛み締めるような後悔と、何とか受け入れるような納得。

 

 

 

「『お前達』、だったのか。『果てなき深淵』の正体は」

 

無空剣は、その剣を知っていた。彼にとって、その剣を見た時に感じたのはどんな感情なのか分からない。他の人間には当然だとしても、たとえ本人だろうと。

 

 

彼が何を見たのか、それは形だけではない。最奥にあるものを、無空剣は簡単に理解できた。否、それは彼にしか出来ないだろう。

 

 

 

「……なんだ?もしかしてあれを知ってるのかよ?」

「あぁ、あの剣は忘れない。それと正確には、あいつらだ」

「…………………あいつら?」

 

 

思えば、前々から剣はその可能性を脳裏に抱いていた。エリーシャは死んだ親友を改造して敵対させようとする程悪質な男だ。なら、そういうこともするだろう。

 

 

無空剣に対抗する為の武装。余程の自信で、エリーシャがそう呼んだもの、『果てなき深淵』の根底にあるものを、酷く冷静な様子で剣は看破した。

 

 

 

 

「『果てなき深淵』、その正体は魔剣グラムのレプリカ。そしてそのコアとなってるのは、かつての俺の同胞────『魔剣士』に選ばれずに死んでいった皆の死骸、その残滓だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフフ、よく戦っているなぁ。『果てなき深淵』の最終段階を相手に」

 

 

上階へと移動したエリーシャは、真下で行われている剣達の戦闘を観察していた。五メートル以上もある高さから覗き込んで落下しないかと思うが、心配ないらしい。

 

 

 

(フェルステーオール。人間の細胞の修復機能を再現した人工物質。同じ物質と結合させることで結晶化する。私のあれは、それを活性化させたものに過ぎない。余分として残っていた『残骸』を使った結果、あんなものが出来るとはね)

 

 

フフ、と笑みを溢してエリーシャは首を振った。今はあの性質など、気にすることない。どうでもいい課題だ。

 

目にするべきものを目にしない事に意味などあるか。今ある、素晴らしい事象を前に。

 

 

 

「アメノハバキリ、イチイバル。あれもシンフォギアと呼ばれる兵装の一種。それが、この場に三つも揃っているとは───これは奇跡に近い!記録機器を用意してなかった事が実に悔やまれる!」

 

 

彼にとって、シンフォギアとは未知のものだった。魔剣士とは似てるが、少し…………いや、ある部位が明確に違う。それが何なのかエリーシャには理解できないが、時間を掛ければ分かるだろうし、気にすることはない。

 

 

ただ、彼は歓喜した。この世界は、自分達より科学文明が遅れてると思ったいた。それを知った時はどれだけ落胆しただろうか。

 

 

しかし、それを上回る程の非科学的文明が発展してると気付いた時は、呆然とした。素晴らしいと、未知に触れられる事に心の底から喜んだ。

 

 

 

 

だがしかし、懸念すべきこともある。

 

 

 

 

 

 

 

「個人的に一番不可解なのは…………あの黄色の少女が纏うシンフォギア、『ガングニール』だったかな?」

 

 

ギョロリ、と機械に埋め込まれた義眼が光景を確実に捉える。立花響(名前など知らないが、今はあまり覚える必要のない)の纏うシンフォギア、それに関する謎が、エリーシャを歓喜と驚嘆の海から引き上げた。

 

 

謎が出た以上、解き明かす必要がある。科学者であるなら尚更だ。

 

 

「ガングニールという聖遺物、それは私も記憶内には存在しない。ならば、あれは概念の変質した原型というものか?………………待て、ガングニール?」

 

 

 

ガングニールという聖遺物は知らないが、もしかしたら他の名称なのではないか? 伝説的な聖剣 エクスカリバーも、地域ではエクスキャリバーやエクスカリボールなど呼ばれているのだから、それも有り得るだろう。

 

 

ならば、ガングニールはなんだ?ガングニール、ガングニール、ガングニル…………………グングニル?

 

 

 

 

違和感というものが、明確な形の答えとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────まさか、あれは主神の槍(グングニル)なのか!?」

 

 

瞠目して、思わず仰け反ってしまう。

アメノハバキリ、イチイバル。それらも無視できないものだが、エリーシャにはどうでもよかった。

 

 

ただ、自分が編み出した計算式───その再奥に位置する結果に、頭の中の計画が一瞬で吹き飛ぶ。

 

 

それ程の高揚が彼を、エリーシャを襲った。

 

 

 

「ああ、何て事だ!!私すら想像できんぞ!あの、『北欧の隻神の槍』を完全に纏わせるとは!我々【魔剣計画】を持ってしても制御下に置けなかったあの『聖遺物(デュアルウェポン)』を、あんな少女が纏えるようになっているとは!! あぁ、資料や研究結果は!? あれを生み出した全ての知識を知りたい、理解したい!! いや訂正しよう、そんなもの不要だッ!あれを自力で解析することに、真価がある!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしてもこれは何の因果だ!?最強の魔剣グラムを宿した無空剣に、北欧の神の槍を宿す少女とは!!運命というものがあるならば、この奇跡に感謝するッ!!この私をこの場に立ち会わせた事にッッ!!!」

 

 

ガングニール、又の名をグングニル。そしてグラム。それらは北欧神話に存在する武器。それも最強格と呼ばれる聖遺物、それを宿した少女に────グラムを宿した青年がこの世界で初めて遭遇したと聞けば、エリーシャは『奇跡だ』と、どれ程狂喜するだろうか。

 

 

 

 

科学者は奇跡なぞを信じない。そんなものを頼りにしていては研究など成り立たないからだ。だがエリーシャは彼は奇跡という未知の法則を信じてる。有り得ないと除外しては研究など意味がない、その奇跡を枠組みに入れて調べるからこそ──────意味というものがある。

 

 

 

だから、エリーシャは考えていた。

『奇跡』を実現させようと。人には実現不可能とされた神秘の領域を、自らの手で成功させよう。それを行うことで、自分はこの世の最果てたる真理を理解できるのだ。

 

 

その為なら、どんな事も厭わない。多くの子供の身体を切り開き、魔剣を埋め込んだのもその一端に過ぎない。まだやれる。真理を解明出来るなら躊躇なんてものはしない。

 

 

例えそれで死んだ人間を兵器に作り替えるような事になったとしても────世界に在中するとされている七十億人の総人口を、殺し尽くす事になったとしても。

 

そんなもの、あの時の感覚に比べれば────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────あー、無駄だよ、お嬢さん」

 

 

未だ高揚が抜けきらない声でエリーシャは呼び掛ける。息を飲むような声が聞こえた、それも自分の真横にある階段の奥から。エリーシャは首を向けようとせずにクスリと笑う。その義眼が怪しく光った途端、

 

 

 

 

彼が纏う白衣の背中膨れ上がると同時に、爆ぜた。

中から飛び出してきたのは、金属のアームだ。勢いよく伸びると声のした方の壁へと突っ込み、問答無用で破壊した。

 

 

「きゃああああっ!!?」

 

 

吹き飛んだ瓦礫と共に女性の悲鳴が聞こえる。ふぅむ、とエリーシャは不思議そうに首を傾げた。一撃で仕留めたかと思ったが、どうやら予想より回避行動を取るのが早かったらしい。

 

 

気にすることでもないか、と小さく笑うエリーシャの背中には何本ものアームが伸びていた。鋼鉄盤のような装甲の鉤爪、機関銃が搭載されたアーム、掴む為のものと思われる指のあるアーム、そして背後に伸びた脚のようなアーム。

 

 

それぞれが二本ずつ。合計八本のアームが背中から生えた姿は、蜘蛛のような造形を連想させる。

 

 

「駆動鎧の一種だよ。私はとても用心深くてね、こういう風な装備をしてなくちゃ安心も出来ないのさ」

 

 

自慢するような言葉だった。

彼自身、そういう性分だったのだろう。それを見て驚く少女の顔を見て、満足そうに笑う。

 

 

 

「言っておくが、君一人にどうか出来る範疇ではないよ。それでも聞こう─────何故、わざわざ私に近づいたのだね?狙われてる以上、無意味だとは分かるが」

 

 

理由を聞いたが、彼自身あまり興味はなかった。聞いておこうと思ったのは、個人的な見解知りたかったからだ。

 

 

 

「響やあの人や、皆が戦ってる………」

 

 

なるほど、と呟いた。

彼女が自分に近づいたのは、『果てなき深淵』を止めたかったのだろう。その制御装置を持っていると思ったからこそ、何とか奪おうとしたのだろう。

 

 

命の危機があるというのに、そこまでさせた理由は何か。

 

 

 

「私も!あの人達の力に、なりたい………っ!」

「そうか。なら君の死体で彼女達を激情させて見よう。シンフォギアというものが、感情によってどう変化するか。それを観察する結果としては悪くないかもね」

 

 

カシャン、と指のある二本のアームを動かした。その内の一本を大きく持ち上げて、指を開かせる。掌から鋭く尖った槍を放出し、倒れ込んでいる未来へと狙いを定めて─────解き放つ。

 

 

ドゴシャァッ!! という爆音が響き渡る。伸びたアームが、容赦なくアスファルトを破壊したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………?」

 

そこで違和感に気付いた。アームは確実に叩きつけられた。なのに手応えがない。避けたとは思えない、あの少女はそこまでの動きが出来るとは思えなかった。

 

 

 

 

 

「何とか、間に合いましたね」

 

 

真後ろから、そう言う声が聞こえた。

ハッ! と顔色を変えてエリーシャが振り返ると、小日向未来を抱えていたスーツの男性がいた。

 

 

いつの間にと言葉を失う彼を他所に、男性は未来を安全な場所に連れていく。おおよそ戦闘のない場所へと避難させていたかと思えば、瞬時に目の前に立っていた。

 

 

 

「…………今の動きは?常人には出来るものとは思えないが、シンフォギアでもない……………なんだそれは」

「強いて言うなら、近代忍法ですよ」

「…………忍法?」

 

 

怪訝そうにするエリーシャにスーツの男性────緒川は拳銃を引き抜くと、エリーシャへと向けた。チラリと真下に目を向けながら、彼は告げる。

 

 

「下のあれを操ってるのは貴方ですか?」

「そうだと答えたらどうする?」

「────少なくとも、それを止めてもらう必要があります」

 

 

眉をひそめて、緒川を睨みつけるエリーシャ。八本のアームの全てを彼に向ける。微塵も油断することなく、何時でも殺せるような構えを取りながら。

 

 

「たった一人で私を相手取ると?シンフォギアやロストギアならいざ知らず、それは少しばかり自惚れが過ぎるなぁ」

「えぇ、勿論理解しています」

 

 

断言された事にエリーシャは固まる。けれど、そんな彼を無視して緒川は的確に事実を告げる。

 

 

「だからこそ、僕はあの人と来たんです。貴方の対処に」

 

 

何?と聞き返してからすぐに。

 

 

ドォォンッ!! という轟音を伴い、壁が吹き飛ばされた。遠からずそれを視認したエリーシャの義眼がギョロリと砂塵に集中する。

 

 

(ッ!もう一人か!だが、もう一人いた所で何になる!?)

 

 

先程のスーツの男よりも、大柄な男。同時に、何らかの未知の技術を感じられなかった。それがエリーシャの自信を加速させた。故に、彼は動き出す。

 

 

 

───この男をまずは先に排除しよう。

 

全てを指を開き、アームを男へと叩きつけようとする。それに気付いた男が身構える動作を取る。それが殴り飛ばそうとする動きだと理解した時、失笑が漏れそうだった。

 

 

 

(無駄だ!このアームは鋼鉄を潰す程の握力を有してる!誰が来ようと薙ぎ払える力はあるのだよ!無防備な人間なら屠れる程はね!)

 

 

勝利を確信した。

相手が先程の男性のように特殊な技能があっとしても、使い慣れたからこそ確信する武装の一撃に耐えきれるとは思えない。

 

 

だからこそ、エリーシャが予想したのは目の前の男の末路だ。粉々に粉砕されるか、全身の骨が砕けるか。どのようになるかだけを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、男は─────風鳴弦十郎は死ななかった。何故だか一瞬、エリーシャは分からなかった。理解できたのは、目の前にパーツや部品が散らばっていたのだ。

 

 

 

 

 

────相手の拳を受けた自身のアームが破壊された。そう気付いた時には、手遅れだった。少なくとも、今になって思考が遅れているエリーシャには。

 

 

 

「────馬鹿、なッ!?」

 

 

絶句するエリーシャに、弦十郎はもう片方の拳を握り締める。この隙にアームを動かして攻撃する事も出来たが、動転した故にすぐさま後退を選んでしまう。

 

 

 

 

 

 

直後、自分のいた場所に鉄拳が叩き込まれる。アスファルトが粉々に砕ける光景に彼は喉を干上がらせながら、大きく距離を取る。自分が取った回避が英断だと理解したエリーシャは起き上がる。異常なものを見る目で、弦十郎を睨み付ける。

 

余裕など微塵にもない様子で、警戒しながら。

 

 

 

「なんだ、それは………?私の、駆動鎧の一撃を防ぐなど…………生身の人間には、不可能な筈っ」

「────ノイズでなければ、俺達大人だって戦えるさ」

 

 

ゆっくりと、弦十郎は歩みを進める。我に返ったエリーシャはすぐさま攻撃を行おうとするが、その前に止まった事ですぐさま止める。

 

 

「今、真下で彼等が戦ってる。本来俺達が守るべき子供達が、だ」

「?」

「だからこそ、貴様のような大人は俺達が相手するべきだろう。本来守るべき子供を傷つけて、それを見下ろして滑稽だと嘲笑う相手にはな」

 

 

それだけ言うと、弦十郎は顔を険しくする。本格的な戦いに赴く武人そのもののオーラと共に構えを取る。慌ててエリーシャは義眼を動かし、把握させる。

 

 

自身が信じる機械による解析の結果、それが拳法の構えだと出てきたのを初めて目を疑った。駆動鎧相手に、素手で挑むなど有り得るのか? と。

 

 

 

「俺達が来たからには、もう好き勝手はさせん!!少なくとも、二人を巻き込んだ分は叩きのめすっ!!」

 

 

エリーシャは知らない。

彼等、二課が子供達を率先して戦わせるような人間ではないということを。何より、剣達を心から思えるほどの優しい大人だということを。

 

 

助ける事もせず、ただ平然と眺め続けてきたエリーシャは知らない。いや、知る機会があったとしても、彼は絶対に認めないのだろう。




………片方の勝負決着のお知らせ。


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たった一つの事実

魂というものは存在するのか、それは科学上でも定義が難しい話だ。

 

 

実際、魂は科学的には証明など難しい。形の存在しないものなど科学で表現できる訳がない。それに魂が実在していたとしても、その魂が『人体のどの部位』に存在するかが不明なのだ。

 

 

どれだけ人間の脳味噌を切り開いても、決して確かめられない事象。難題の一つとして、先送りされてきた問題だった。

 

 

 

 

 

 

しかし、それもたった一つの計画によって歪められる。【魔剣計画】、その副産物となる研究によって。

 

 

魔剣の断片を被験者に埋め込み、そして死なせる。そのような実験を繰り返していたある男はある事に気付いた。被験者と一時期適合させた断片を兵器に搭載させると通常の何倍もの動きが出来るようになったのだ。

 

 

 

………それが被験者の戦闘時行動パターンとほぼ一致してるという事実が、ある男を確信に導いた。

 

 

魔剣は人の魂を引き寄せる。ただの人間の魂ではない。その多くが【魔剣計画】の被験者達だった。

 

 

この実験で死んだ被験者の魂は、どういう訳か魔剣の断片にスレーブされる。容量は百人程、それ以上はあまり変動はないとも実証して調べた。

 

 

 

 

 

その性質を男は利用し、ある兵器を作った。倫理的にも人道的にも外れた、最低最悪の所業によって。

 

 

 

自分が実験で死なせた『魂達』の宿る魔剣の断片。それを永久再生をする結晶物質に組み込み、たった一人の魔剣士を追い詰める為、そして────彼を導く為、ある兵器を作り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「─────え」

 

 

 

果たして、誰が声をあげたのだろうか。ただ真っ直ぐ前を見据えている剣には何故か把握が出来なかった。小さい呼吸の音と誤認したからこそ、誰の声だか判断できなかったのだろう。

 

 

 

 

魔剣士達の成り損ない達の残骸、残された残滓───ある意味で言うと魂。それによって構成された『果てなき深淵』のコア。その事実はそう簡単に受け入れることが出来ない。あまりにも、残酷すぎるだろう。

 

 

 

当然の反応だ、と剣は理解していた。

確かに今までも人の命が関わってる事など少なくはなかった。けれども、人の命を救えない…………もう既に魂までも弄くられた状態のものなんて、今回が初めてだ。

 

 

 

「あれが、人だと……!?」

「─────実体は無いがな。あれは魂の集合体、それを運用したも兵器だ。俺を追い込む為にわざわざ仲間たちを利用したのは、エリーシャのヤツの性根の悪さが理由だろ」

 

 

ふざけた話だ、と吐き捨てる。しかしそれだけだ。激情する訳でも絶望する訳でもない。ただ落ち着いた様子で、剣は仲間たちの残骸を前に向き合っていた。

 

 

 

今やるべきことは、嘆くことでも怒り狂う事ではない。解放せねばらない、兵器へと変えられた仲間たちの魂を。

 

 

自分の名前を呼ぶ声を聞いた。しかし剣は振り返ることなく手を向け、制止するように促す。何も反応がない事から、指示に従ってくれたらしい。黙々と前へと進み、ついに漆黒の剣の前に立つ。

 

 

そして、片腕を持ち上げて、手を伸ばした。自分の力でなら、あれを砕くことな難しくない。触った後、力を入れるだけで充分なのだから。

 

 

掴んだ直後──────一瞬で世界が反転した。周りから人の反応が消え、完全な真っ暗闇へと変貌する。

 

 

そんな黒の世界に、複数の光が浮かび上がる。光は徐々に形を変えて、人の姿へとなっていく。

 

 

 

剣が良く知る姿だった。

魔剣士(ロストギアス)』になる事を前提とされていた少年少女達。そして、剣のような『魔剣士』になる為の実験で死んでいった者達だ。

 

 

 

『…………』

「お前らに会えるなんてな…………正直な話、思った事もなかった」

 

 

人の形は答えない。沈黙して、此方を見続けるだけだ。何も言わない事に、剣の方が口を開いた。

 

 

「恨んでないのか、何にもやれてない俺を」

『……』

「俺だけが生き延びて、俺だけが幸せを得る事が出来る環境にいる。許せないのが普通だ。お前達は苦しんで、誰よりも生きたかった未来を奪われたのに。俺だけが、それを謳歌する事が出来る………………不条理だ、理不尽だこんなの!俺は、俺が幸せになっていいとは思えないッ!!」

 

 

幸せに生きたくなければ、事実を告げれば良かった。自分が魔剣士が─────肉体の多くを機械やナノマシンに置き換えられた人間にして不完全な、中途半端なものだと。

 

 

それを知った彼等から拒絶され、ただ孤独に生きれば良かった。人ではない魔剣士らしく、感情のないままに戦い続けられれば良かったのだ。

 

 

「だから命じてくれ、言ってくれ。あいつらを許すな、仇を取れと!そうすれば俺は魔剣計画を滅ぼす為に命をかける!全てを差し出す!!それが自分の意思で復讐を選べなかった俺が出来る償いだ!救えなかったお前達への贖罪なん──────」

 

 

 

『違います』

 

 

 

否定してきた言葉は優しかった。けれどそれが、余計に心を引き締める。罵声ならば良かった、普通に恨み言を吐いてくれればいいのに。何故か彼等は、そうしてくれない。

 

 

代表して伝えたのは少女だった。剣は知ってる、アーミィという子だ。誰よりも優しかった子供。家族に会う、それが願いだったのにも関わらず、目の前で血を吹き出して死んでしまった。その光景は、決して忘れられない。

 

 

『私達は死にました。そしてこの中に魂を詰め込まれて、あの兵器の核として運用され続けました。その間も私達は皆と話し合いをしましたよ─────誰も貴方を恨んでません、復讐して欲しいとは誰一人も期待してはいません。優しい貴方が得られる幸せを、願っています』

 

 

 

正しい言葉だ。優しい答えだ。

これが正論なのは分かっている。こう言われたのなら救われたのだと、考えてもいいだろう。

 

 

 

 

 

それでも、無空剣は簡単には頷けない。分かったと言える訳がない。

 

 

彼が生きてきた環境は歪んでいた、歪み過ぎていた。そこであった大きな犠牲が、人の心を縛りつける楔になっていたのだ。

 

 

とある親友に『優しい』と形容された青年なら、尚のことだ。苦痛や後悔が、今ある世界への執着を引き留める。

 

 

頭を押さえながら、剣は叫んだ。どうせなら裁いて欲しいと、自らの傷口を抉るように───過去の痛みに触れていく。

 

 

 

「俺は、そんなものじゃない。自分のやり方も決められないような、中途半端な『魔剣士』だぞ!?優しかったら、あの時お前達を助けようとした!だが俺はしなかった!!恐怖に怯えて震え上がって、大丈夫としか言わなかっただろ!?死ぬのに、殺されるのが分かってたのにそんな綺麗事しか言わずに…………俺だけが生き延びた!そんな奴が幸せになれると?有り得ないだろ!誰かを救えなかった奴が、お前達の仇も満足に打てなかった奴が──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──────いい加減にして!!』

 

 

そんな彼の慟哭を、たった一言の叫びが遮った。剣は思わず言葉を失って硬直する。そして、瞠目してしまう。少女の叫び声が、今までの声量より大きかったのは違う。あんなに怒ったのは初めてだったのも、正しくはない。

 

 

 

 

 

泣いていたからだ。死ぬ直前でも泣かずにいた気丈でもあったあの子が。ポロポロと、水滴を瞳から流していた。

 

 

頬を伝う涙を無視して、剣に声をかける。震えながら、泣くのを押さえようとして。

 

 

 

『満足なの……?復讐すれば、満足なの?自分が傷ついてもお構い無しで、最後に死ぬのが良いの? 違うよ!ノエルも皆、そんな事して欲しくない!!そんな風にして欲しくなかった!私を元気づけてくれた時のように、貴方には笑って欲しかった!!』

 

「─────ッ」

 

 

アーミィの言葉は、重かった。剣が抱き続けてきた【魔剣計画】への憎しみや犠牲者達への後悔と同じく、いやそれ以上に。

 

 

そんな彼女の頭を、横から伸びた優しく撫でる。高身長の青年だった。同時に、剣の年下の魔剣被験者だった。

 

 

フロン、剣と名付けられる前の青年に憧れていた人物だった。

 

 

『……………まぁ先輩の気持ちも分かりますよ。僕も同じ立場だったら復讐を選びたくなります。奴等を地獄の底に突き落とす為に、どんな非道な真似もしますよね』

 

 

けど、と彼は悲しそうな顔で告げる。

 

 

『先輩は違うでしょう。貴方はあの世界に縛られてる訳じゃなかった。解放されたんだ、地獄のような楔から。そして、手を差し伸べてくれる人達がいた。なら掴んでくださいよ、その救いくらい。僕だってそうしますから』

 

 

分かっていた、それが彼等の為になることぐらいは。復讐の為に命を削って無様に死んだ所で、それは自分自身を押し殺すだけの行為だ。意味なんてない。なのに、そうする事が彼等の為になると正当化していた。

 

 

 

『誰かを愛して、誰かに愛されて───私達の出来なかった幸せを、君が代わりに生きて欲しい』

 

ナリミルという少女は落ち着いた声音だった。何時ものような元気さは鳴りを潜めているが、それでも此方の事を気にした様子であるのは確かだ。

 

 

『それが俺らの望む事だ。どうしても出来ねぇってんなら、アンタは俺らの願いを踏みにじることになる。それでもいいんなら好きにしろよ、先輩』

 

雪という少年はつまらなさそうに答えた。口が悪く態度も悪い、早くどっかに行けとでも言うように鬱陶しそうに手を払っている。

 

 

 

それだけではない、他にも色んな子供達がいた。けれど彼等は恨んでいる様子など一ミリも感じられなかった。それどころか、案ずるような声すらかけてくる。

 

 

何故、と呟きそうになるがそれを抑え込む。分かっていたからだ。最初から、何がどうなっていたのか。全ての事実を。

 

 

 

『私達は願いました。ただ一つの願いを、魂だけでもその願いが叶いますようにと。皆で、祈りました』

 

 

 

 

『“あの人が苦しまなくてもいい世界になりますように、受け入れてくれる人達と出会って、心から生きられるようになりますように”』

 

 

 

 

 

『───どうかあの人に、「奇跡」を』

 

 

 

思い出されるのは、あの時の事。剣がこの世界に訪れる直前、あの世界であった最後の出来事。研究施設であった『聖遺物(デュアルウェポン)』の破壊を実現しようとした直後、───『聖杯』と呼ばれるそれは、剣だけを此方の世界へと導いた。

 

 

その後、ノワール博士もあの『聖遺物』の力を調べてみたが、詳しい情報は分からなかったらしい。あれを有していた【魔剣計画】からも何の詳細をも掴めない、ブラックボックスとして、辺境の場所で扱われていたとも。

 

 

そんな代物が何故自分を導いたのか、その答えは今になって明白になった。

 

 

 

 

 

 

他ならぬ、彼等全員の願いだったのだ。『聖杯』は、それを受け取り、『奇跡』を叶えた。

 

 

 

無空剣にとっても───彼女達にとっての願いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────そう、か」

 

 

膝ついて、崩れ落ちそうになる。だがそうはしない。そんな事は絶対にしない。ただ、受け入れるべきなのだ。

 

 

 

「そう、なのか。皆が、祈ってくれたんだな。俺の為に、それを俺は………ただの現象だと、あれの力だったんだって、決めつけて…………馬鹿だよな」

『───』

「あぁ、もう大丈夫だ。迷惑をかけて悪かった」

 

 

それをどう呼ぶのか。

きっと『成長』と言うのかもしれない。

自らの押さえ込むものから開放されたような、晴れた顔をして────『彼』は告げる。

 

 

「ありがとう、俺をこの世界に導いてくれて。俺を、彼女たちと出会わせてくれて。俺は少しだけ────いや悪い、嘘だ。この手で護りたいものが、自分自身の為にやりたい事が出来た。何年振りか、久しぶりにな」

 

 

自分は多くの思いの上に立っている。ならばやることは彼等の思いを代弁した気で、復讐などに浸る事ではない。彼等の思いに答えるより………自分自身のやりたい事を叶える為に生きるのだ。彼等が最後に導いてくれた、新しい出会いを大事にして。

 

 

 

「────さようなら、俺の大切な同胞(仲間)達。

 

 

 

 

 

 

 

安心してくれ、俺はもう迷わないから」

 

 

 

 

 

彼女達は────今度こそ、嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

現実に戻り、目の前の不完全な魔剣を握る指に力を入れる。それだけだった。

 

 

黒い刀身の剣はヒビと共に砕け散り、周囲に散乱した。しかし自然に消滅する事はない。代わりに、辺りに舞う黒い破片の多くが剣の身体へと集まっていく。より正確には彼の右目の部分にある結晶に溶け込んでいった。

 

 

ドクン、と彼の中にある『グラム』が脈を打つ。断片の一つを取り込んだ事で、魔剣が力を増幅させたのだろう。あまり大きな症状はなく、普通にする事にも影響はなかった。

 

 

 

 

「………終わった、のか?」

「あぁ」

 

 

無空剣は頷く。

憑き物が落ちたような顔で。さっきの居た場所を一度だか見て、もう二度と振り返らないように。

 

 

 

「俺が終わらせてきた。馬鹿みたいな考え方も一緒にな」

 

 

 

ここからでも、始めよう。

差し伸べてくれた手を掴み、理解し合おう。

 

その為にも、まずは話す必要がある。自分がひた隠しにしてきた、忌々しい真実を。一つ残らず。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「終わりだっ!!」

 

 

グシャアッ!! という轟音と共に、金属部品の数々が床に散らばる。エリーシャの纏っていた駆動鎧、その最後のアームが破壊されたのだ。弦十郎の振るった、素手の拳によって。

 

 

弦十郎ただ一人だけではない。共に戦っていた緒川も三本のアームを破壊していた、エリーシャの駆動鎧の精密な攻撃を率先的に撹乱させながら。

 

 

 

普通の人間なら軽々と殺せる凶器の武装。それを彼等は圧倒したのだ。魔剣士とは明確に違う、人の身でありながら。

 

 

そして、唯一抵抗できる最後の武器を破壊されたエリーシャは肩から力を抜く。首を左右に振りながら溜め息を漏らし、呆れたように言う。

 

 

「………ったく、君達は化け物か?私の造った駆動鎧を、あんな簡単に壊すなんて。魔剣士なら当然、シンフォギアならいざ知らず────君達は一体どんな体をしてるんだ?」

「その疑問に答えるのは、貴様を捕らえてからだ」

「それは困る。私はまだ研究したい事が山程あるんだ。シンフォギアのデータも解析したい、何より私の計画がまだ残ってるからねぇ……………………む?」

 

 

そこでようやくエリーシャは下へと目を向ける。真下で何が起きてるのか、見ないでも把握できた。自分がどうのような状況に置かれてるのか、理解し始めているのかもしれない。追い詰められた結果、暴れないようにと二人は即座に構える。

 

 

 

 

 

そこで、思わず動きを止めてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「───ふ、ふふ。『果てなき深淵』も壊されてしまったかぁ。なら、あの断片も彼が………………ふふふっ」

 

 

あまりにも。

様子がおかし過ぎる。

エリーシャにとって、『果てなき深淵』は無空剣を倒す為の切り札である筈だ。その切り札が失われたという事は、もうエリーシャに対抗手段はない。

 

 

 

それなのに、彼の顔は嬉しそうだった。弦十郎は即座に理解した。これは喜びだ、自分の目的が上手くいった時のものと同じなのだ。

 

詰まるところ、エリーシャにとって『果てなき深淵』は倒されるべきものなのか。

 

 

「無空剣、彼は性格的に追い込まれててねぇ。現存する魔剣士としては最強格なのだが…………それでは駄目なんだよ、我々【魔剣計画】からしたらね。()()()()の段階では、満足していられないのだよ」

「何を、言っている……?」

「必要なのさ、彼が。彼は唯一現存している最後の序列、【魔剣計画(ロストギア・プロジェクト)】の要なんだ。キチンと成長してもらう必要がある。だが、捕らえることが出来ても問題ないという事でもある──────どちらでも良かったのさ、勝っても負けても。あぁ、私個人では勝ってくれて良かったのだよ!」

 

 

改めて、二人は再確認する。

この男は危険だ。いや、それどころではない、放置すれば世界に影響を与える。

 

だからこそ、いち早く拘束する事が重要だった。しかし彼はニヤニヤとした笑みを消すことなく、両手を振る。

 

 

「おいおい。この私が何の保険も用意しないと思ってるのかい?」

「……なに?」

「注意、というやつだね。そこから離れた方が良いよ」

 

 

意味不明な発言であることには変わりなかった。けれどもエリーシャはひょいっと、目の前で少しだけ後退した。

 

 

 

 

直後の話だった。

アスファルトの壁が吹き飛んだ。いや、正確には激突してきたものにより、勢い良く破壊されのだ。

 

 

その正体は、無人のトラック。それが彼等の目の前に叩きつけられたのだ。

 

 

「なッ!?」

 

 

緒川や弦十郎の驚きも無理はない。現在自分達がいるのは廃ビルの五階よりも上だ。そこにトラックが突っ込んでくるなど普通に考えても有り得ない。誰かが飛ばしてきた以外なら。

 

 

 

「────ふんッ」

 

 

そして周囲に漂う砂塵の中から、青年が出てきた。あまりにも異様、この場にはいなかった筈なのに、一瞬で現れたのだ。

 

 

下に着ているものが何なのか分からない………足まで届く灰色のロングコートに身を包んだ、金髪の青年。目つきも鋭く、目にしただけでどんな人間も怯えさせるような眼光をしていた。

 

 

弦十郎はその瞳が肉食獣よりも鋭いものだと理解する───あれは容赦も躊躇もない。その気になれば人一人を殺すことすら平然と行える戦闘兵器とは違う、越えてはならない一線を越え、慣れてはいけない事に慣れてしまった者だ。

 

 

 

 

「コイツは貰う。とっとと消えろ、雑魚が」

 

 

響いてくる声音は低い。男性特有の声には重圧というものは感じられない。弦十郎達に対して、殺意を抱いていない………抱く気がないのかもしれない。片手で軽々とエリーシャを掴むと、背を向けて立ち去ろうとしていた。

 

 

だが、納得できる筈がない。相手はこの騒動の元凶、しかも目に見えて反省などが見えない所か、楽しんでる素振りすら見える。そんな奴を放置していては、きっとまた他人を巻き込むと大勢の人間が答える筈だ。

 

 

 

「させんっ!少なくとも、その男だけでも捕まえさせてもらう!!」

 

 

「────じゃあ死ね」

 

 

ゾクリと震え上がる程冷徹な声で、青年は宣告した。空いていたもう片方の手を弦十郎へと向け、ぐんっと強く握り締めた。

 

 

 

 

 

音もなく、弦十郎の体から血が噴出した。一筋の刃で切り裂かれたように、赤い服が切り裂かれていた。全く動きが見えなかった。一体何の力を使ったのか、想像が難しい。

 

 

自らの鮮血と斬られたと思われる痛みに思わず仰け反る弦十郎の様子に、それでも青年は不服そうに顔を歪める。

 

 

「…………殺したと思ったが、予想よりも頑丈みたいだな。お前」

「止めておきたまえ」

 

 

もう一度手を動かし、先程の攻撃を行おうとする青年。そんな彼を止めたのは────掴まれたままエリーシャだった。

 

 

「意外とその男、強いよ。これは予想だが、全力の無空剣と殴り合えるくらいには上手(うわて)だとも。あれは、軽々しく語られる存在じゃないね」

「………………ほぉ?」

 

 

科学者からの純粋な評価を聞き、青年が興味深そうな眼を向ける。どちらかと言うと、エリーシャの下した評価───強いという言葉に意識が向いていた。しかしそれも一瞬。

 

 

数発の銃声が鳴り響く。

同時に飛来してきた弾丸を青年は片手で平然と弾き飛ばす。緒川はそれでも退くことはしない。弦十郎の前へと飛び出しながら、青年に何発もの銃弾を撃ち込んでいく。

 

 

何度も手で弾いていた青年だったが、鬱陶しく感じたらしく、一瞬の隙をついて外へと飛び出した。慌てて崩落した壁に走る緒川だったが、青年の姿は見えない。

 

 

 

「司令!」

「っ!大丈夫だ!皮一枚だけで済んだ……それより彼等は!?」

「…………見失いました。どうやら逃げられたみたいです。あの不審な科学者も連れていかれました」

 

思わず拳を壁に打ちつけてしまう。ドゴォッ! という轟音と共に壁に大きなクレーターのようなものが出来て、崩れていく。

 

 

だが、それでもすぐに気を取り直して動き出した。まだやるべきことが残っている。民間人である少女の保護と、真下で戦いの終えた後の彼等との合流だ。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「おん?」

「………どうした、何があった?」

「んいや。何か変な感じがしたんだよ。何だ、この感覚。懐かしい感じだ、オレは………………喜んでんのか?──────ま、新しいバグかもしれねぇな。後で調整しとかねーと」

「………………」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

町外れの森の前。

エリーシャを掴んだ青年はトン……っと軽い動きで着地した。まるでそれまでのビルを飛び越えていた俊敏な動きが嘘かのように、重力など気にしない程、ゆっくりと。

 

 

そして片腕を乱雑に振り上げる。手に掴んだ白衣の襟を、そこら辺に放り投げた。

 

 

「ぶへっ!!?」

 

 

顔から地面に激突したエリーシャは呻き、そのまま転がる。沈黙して動かなかったが、数秒もしない間に上半身だけを持ち上げて起き上がった。

 

 

砂や泥に汚れた白衣を手で払い、それでも汚れが消えないことに不満そうなエリーシャ。彼は適当に頭を掻きながら、隣に立っている青年に声をかけた。

 

 

「やれやれ、もう少し丁重に扱っても良いんじゃないかい?」

「─────────あ゛?」

 

 

 

彼はエリーシャの戯れ言を耳にすると、眉を一層しかめる。不愉快そうに、それはそれは不機嫌というように、青年はエリーシャを睨みつける。

 

 

「勝手に暴れまわって、勝手にピンチになりやがった馬鹿が。どの面晒して偉そうに抜かしてやがる。文句を言う前に、テメェには言うべき事があるだろうが」

 

 

その詰問に関してエリーシャは軽く笑う。息を吐きながら、

 

 

 

 

 

 

「───いやぁ助かったよ。この世界に君を連れてきて良かったと思うよ、うん」

「………………随分と減らず口が上手いな、狂人が」

 

 

本人は感謝しているのだろうか、逆に青年の機嫌を悪くさせている。まぁ、他人から見れば感謝してるように見えてこないのが普通だ。青年の感性の方が正しい。

 

 

 

 

 

「本当ならテメェを切り刻んでヤルダバオトのクソヤロウの元に送り返しても良かった。だが、そうならねェのは『取引』が理由だ。忘れんじゃねぇぞ」

「勿論だとも。私と君はこの為に手を組んだ。だからこそ、後数ヶ月は私の身はキチンと守ってくれ」

 

 

チッ! と青年は忌々しそうに舌打ちをする。エリーシャの方は友好的に接しているようだが、青年からは生々しい敵意を向けられている。何時でも殺せると言わんばかりの殺気と共に。

 

 

 

「それで、俺はいつまで静観してりゃあいい?」

「おや?何もしないのは流石に退屈かな?」

「違ぇよ。分かってるだろ、俺の『目的』、その一つくらい」

 

 

告げる青年の言葉、『取引』『目的』。それは彼等の関係を証明する重要な言葉だ。エリーシャと青年は好きで一緒に行動している訳ではない。言うなら寧ろ、一時期の同盟関係に似ている。

 

 

互いの利益の為に手を組み────互いを利用する事も打算としておく、二人はそんな関係でしかない。青年がエリーシャを助けたのも、まだ価値があると判断したからに過ぎない。もし本当に無価値であれば、見捨てはしなかったものの…………情報を語らせない為に、自分の手で殺していたのだから。

 

 

 

そんな青年の言う『目的』を、エリーシャは知っているらしく、小さく笑う。

 

 

「無論、理解はしているさ。今の君では彼には勝てない。だが、『あれ』が手に入れば例外ではない。君は彼に近づく事が出来る」

「…………勝てるとは言わねぇんだな」

「生温い謙遜など不要だろう? 私は子供のように君をもてはやすつもりはないよ。だがまぁ、今は動く必要などあるまい。大人しく静観しておこう」

 

 

軽く言うエリーシャは白衣を整える。街から背を向けると、暗闇の中へと歩んでいく。青年は苛立たしそうにエリーシャの後へと着いていくように立ち上がる。

 

 

完全に暗闇に入る前に、エリーシャは振り返る。視線の先にいるであろう青年を思い、ニタリと口を不気味な程に引き裂く。

 

 

 

宣誓するような言葉を遺す形で、反対側に照らされた世界に向けて。

 

 

 

 

 

「今回は君の方が上手(うわて)だったよ、無空剣。しかし次はそう簡単にはいかない。この失敗は必ず、100%の絶対な成功の為に役立てる。君は自分が守った一時期の平和の楽園で、ただ平穏を謳歌するといい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その間、私達は野望を企ませて貰おう。悪役らしくね」

 




今回は最初の話の真実が明らかになった話です。剣を此方へと導いたのは、魂だけとなった魔剣計画の被害者(剣の仲間たち)の願いを投影した『聖遺物』の力でした。

少なくとも、沢山苦しんできたんだから………救われてもいいよね。


まぁ、そう簡単に見逃さない奴がいますけどね。


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悪くない

先日の謎の二課襲撃事件はアッサリと幕を引いた。

襲撃した張本人であるエリーシャ・レイングンエルドが姿を消している以上─────何より、連れ拐われた小日向未来と間接的に標的とされていた剣が無事だった事もあり、事件について詳しいことを調べる必要はないと言うことになったのだ。

 

 

 

そして、変わった事が他にもある。

 

小日向未来、彼女が二課の一員となった。………一員とは言ったが、正規のメンバーではなく、どちらかと言えば協力者のような関係だろう。これも親友である響への思いがあってのことだろう。

 

 

 

もう一つ、これでついでのようなものだが、ノワール博士との連絡が繋がった。エリーシャの襲撃事件の間、連絡が取れなかったが、どうやら何処かへと向かっていた最中だったらしい。詳しい話を聞こうとしたが、『何、大人の用事だよ。気にしないでくれたまえ』と圧殺された。

 

 

 

 

そして、最後に一つだけ。

 

 

 

 

 

 

無空剣が二課の全員を呼び出したのだ。『話したい事がある』と付け足して。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「………よし、全員集まってくれたか」

 

急がしくて来れないであろうメンバーを除き、全員がこの場にいる事を確認した。装者達は勿論、司令や緒川、オペレーターの藤尭さんや友里さんまでもが集まっていた。

 

 

ただ一人、無空剣の呼び掛けに対して────。

 

 

 

『………剣クン』

「大丈夫だ、博士」

 

不安そうに聞いてくるノワールの声に、剣は落ち着いた声音で告げた。至って冷静、そう見えるが、内側では恐ろしい程の怯えと怖気がある。ノワールの考え通り、少しだけ身体が震えているのも確かだ。

 

 

今まで隠してきた事実を開示する。それがどれだけ恐ろしい事かは分かっている。もしかしたら、これで二課との関係にヒビが入るかもしれないし、どんな風に扱われるかも分からない。

 

 

しかし、それら全ては可能性に過ぎない。可能性だからこそ、起こり得る事象であるのは確かだが、何もそれらだけが絶対ではないのだ。

 

 

なら、全てを話そうと思った。例えどんな扱いをされようが、少しでも良いから正直になろうと思った。例え一歩だろうと歩み寄ろうと、僅かにもそう決意させられた。

 

 

 

「忙しい中、時間を作ってくれて申し訳ない。俺から皆に──────隠し事を話したかったからだ」

 

 

 

無空剣は落ち着いた声でそう宣誓した。この場の全員が気を引き締めるように感じられる。まぁ、当然と言えば当然なのかもしれない。今まで秘匿された情報が開示されるのだから…………いや、これは少し違うのかもしれない。

 

 

 

「まず─────俺は人間と定義される存在ではない。生物学的にも倫理的にも、その道から外れたものだ」

 

 

 

冷え始めた室内の中で、剣は口を開く。まだそれだけでは終わらない。話すべき事は沢山あるのだ。

 

 

 

「魔剣、それに適合できた俺を【魔剣計画】はそれだけで済ませなかった。当初の奴等の目的は魔剣を有効的に使える兵器を作り出す事だ。その為には、ただ適合させただけでは駄目だった。もっと強い力を得る必要があった」

 

 

 

全てを語り、一つずつ説明する。かつて話したであろう自分の素性や生き方、一部ひた隠しにしていた真実を。

 

 

自分がどのような経緯を経て魔剣士になったのか。

 

 

自分や仲間達が大人達の手によって、実験体として悲惨な扱いをされたこと。

 

 

そして、自分が本当は─────こんな風にした【魔剣計画】への復讐を抱いていて、この世界から離れようと考えていたことも。

 

 

そして何より、小日向未来を連れ拐った男は、自分を魔剣士へと変えた憎むべき敵、エリーシャだということも。

 

 

全ての事実を話した。本来、自分がどのように言われるのかを恐れたから。そんな小さな恐怖を、無関係だからという詭弁で隠蔽してきたのだ、無空剣という魔剣士は。

 

 

 

「体の六割以上が、金属端末やナノマシンにサイボーグなどといった、科学テクノロジーで補われている。骨や脊髄に脳、体の多くが既に弄くられたものだ。その為に、何度も切り開かれて埋め込まれて、切り開かれて埋め込まれて─────それを何度も何度も繰り返してきた」

 

 

最早生身である部分を数えるよりも、機械やナノマシンなどの影響を受けた部分の方が遥かに上回っている。言葉で表現するものとしてはサイボーグに近いのかもしれない。人間としての在り方を残しながら、人体を人工物に変換した存在。

 

 

まあ彼は、そんな軽々しく表現できるものではなく、もっと複雑だ。よりにもよって科学的な常識を逸脱した『魔剣(ロストギア)』という代物を埋め込まれてる時点で。

 

 

 

「元の世界でも、『魔剣士』にも人権を与えるべきだという政治的運動が起こされている。抗議デモやクーデターと、国際問題にもなっている。この根幹にあるものは分かるか?…………俺達が人と認められてないからだ。法律的にも人間としてではなく、兵器として扱いを受けてる」

 

 

多くの人が抗議をしていたのを端から聞いていたことがあった。“彼等も人間と認めるべきだ”、“兵器扱いをしている各国には然るべき対処を”などと。

 

 

───気にしてくれるのは嬉しいが、彼等はどのように思って行動していたのだろうと思う。口では正しい事を言いながらも、心の奥底ではあまり良い感情を抱いてないのかもしれない。多くの魔剣士達もそう思っている事だろう。

 

 

かつての自分も、そうだったから。

 

 

 

「だから俺は人間と言うかは分からない。あちら側だと一応確定はしていたが、此方だとどう判断されるべきかは難しいだろうしな」

 

 

話し終えて一息つく。それから両目を伏せ腕を組みながら、黙り込んでいた。相手からの反応を待つスタンスだ。どう言われようとも剣は素直に受け入れているつもりなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………やはり前から思ってましたが、剣君達の世界では科学が発展してるんですね」

「まぁ剣君も『アルビオン』も見た後ならあまり驚かないどころか、納得できるんだけどね」

「だがそれにしても、司令はその科学よりも強いからな。少なくともあの人との次元が違うのは確かだ」

 

 

 

…………予想していたが、それでも唖然としてしまう。オペレーターや職員達が話しているのは剣への悪態や罵倒ではなく、彼の話した事実への驚愕が大きい。決して彼に対して責めようとする気概が見られなかった。

 

 

だがそれでも、瞬時に平静を保ったのは剣という青年の胆力だろう。前から鍛えられていた精神的な強さというものが出てきた。それ故に、ずっと呆然とする失態はせずに済んだ。

 

 

 

「……………何故だ?」

 

 

不安な声音で彼等に問いかける。

自分自身の罪を告白するように、重苦しい言葉が続く。

 

 

「俺はそんな事を、信頼を紡ぐ上では大事な事を貴方達に隠していたんだぞ。自己の保身の為だ。軽蔑されるかもしれない、そんな風に勝手に決めつけて、怯えてたんだぞ。人間扱いされなくなるのを恐れて」

 

 

兵器としての前提故に、人権の限定されない存在。当然だ、他者からしたら簡単に人を殺し………戦争を一体だけで終わらせるような存在などに人権など与えたいとは思わないだろう。それなら兵器として扱って疎遠させてたいのが普通だ。

 

 

だから、彼等も兵器として見てくれれば良い。そうすれば納得できる。心から諦められる。

 

 

 

 

「………私からどう言えば良いかはよく分からないな。かつて自分も(つるぎ)であればいいと望んだ身。このような言い方は相応しくないだろうが…………己が人ではなく、兵器だと決めるのは良くない。無空が人でなければ、お前の仲間である彼等も人ではないと言うのと同じだ。自分の為にも」

 

 

「あたしは………前から教えてもらったから大丈夫だが、それでもお前は人間だと思うよ。普通に人間らしいと思うな」

 

 

「安心してください。ここは貴方の知る世界とは別の世界です。兵器などの法律はありますが、決して人を兵器と決めるようなものは一つもありません。そもそも、恩人である貴方をそんな風に扱わせる事は、僕達が絶対にさせませんよ」

 

 

 

なのに、そうは言ってくれない。人として見て、人として受け入れてくれる。かつての自分なら、どのようにしていただろう? 馬鹿にするな、と。理解できるものか、と彼女達を頭越しに否定していたかもしれない。

 

 

 

それでも無空剣は、『彼』は変わった。多くの言葉や願いがあったからこそ、それを踏みにじる訳にはいかない。

 

 

この優しさを拒んではいけない。それだけは良く理解できた。

 

 

 

 

「────(エリーシャ)は、【魔剣計画】はきっと俺を狙ってくる。この世界…………皆にも確実に迷惑をかける事になる。それでもか?」

 

「…………それは違うぞ、剣くん」

 

 

近寄ってきた弦十郎が言う。

 

 

 

「君をノイズとの戦いに、俺達の世界の事情に巻き込んだ。辛かったであろう君を卑怯な言い方をしてな。今まで君には多くの迷惑を掛けてきたんだ。それなのに自分達だけ厄介事は嫌だなんて思わんさ。もしもの時に、俺達も力になるのは当然だ」

「…………っ」

 

 

崩れ落ちそうになる剣だったが、まだ終わらない。まだ伝えたい事がある少女が居る。受け入れようとしてくれる子がいる。

 

 

 

「………剣さん」

 

 

そうして、立花響は歩み寄ってくれた。かつて自分の救いとなってくれた、二人の親友のように。

 

 

「私や翼さんもクリスちゃんも師匠や緒川さん、藤尭さんもあおいさんも!剣さんと一緒に居たいと思ってます!だから……………駄目ですか?」

 

「────」

 

 

 

もう、これで良いだろう。

ここまで言われて答えないのは、最早人どころか魔剣士としても問題だ。彼女達は受け入れてくれる。その事実は簡単だが、後少しだけ知りたい。自分の心を突き動かせるには、後少し。

 

 

 

 

「─────あー、なんだ。こういう時は何て言えばいい?………………あまり苦手で、よく分からないな」

 

 

困ったように無空剣は頭を掻く。しかしその後の言葉はすぐに出てきた。

 

 

「これから貴方達の仲間として世話になりたい。それでも良いのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────もちろん!」

 

 

響は快く、答えてくれた。

 

彼女だけの意見であるのは間違いないが、皆も響と同じ答えであるのは確かだ。

 

 

肯定という、意味。当たり前に見えるそれは、数少ない経験しかなかった。出自や正体で拒絶されてきた数が多い中、こうして受け入れられたのは三回目だった。

 

 

それでもやはり、前と似た感じなのは変わらない。

 

 

 

 

 

 

「───────ふ、そうか」

 

 

 

息を呑む音が聞こえた。

通信越しのノワールからだ。彼は画面越しに見たものに驚愕してるようだった。数ヶ月か数年間、無空剣を見てきた博士は───────目の前で起きていた事に、眼を奪われる。

 

 

 

 

笑っていた、小さくだが。

口角的には仮定できないかもしれない。それでも少しだけ、小さく上がっている口が笑ってるように思えた。

 

 

 

今まで見たこともない─────綺麗な笑み。青年らしさのある顔で、彼は呟いた。望んでいたものを目の前にした、嬉しさの含む声で。

 

 

 

 

 

「悪くないな、こういうのも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

それから紆余曲折を経て、パーティーを始められた。新しく協力者として入った小日向と装者のクリス、そして改めて一員になる事の決まった剣達のお祝いの催しだ。

 

 

大袈裟と言うか、元気で何よりだなと思いながら剣はパーティーを過ごしていた。食事を頂きながら、心から楽しむとまではいかないが、それでも満喫しているのは確かだった。

 

 

 

「一応気になったんだけどさ」

 

 

そんな最中、隣にいた藤尭が気さくな様子で剣に声をかけてきた。因みに元気だが、お酒は呑んでないので安心してほしい。そもそも子供のいる場では酒は遠慮してるのがマナーなのかもしれない。

 

 

彼が聞いてきたのは、普通の疑問だった。

 

 

「剣君ってどのくらい強いんだい?」

「……どのくらい?定義が分からないな」

「いやぁ、普通に動きも素早かったし、何より強いって印象が大きかったからね。魔剣士の中では何番目の強さなのかなーって」

 

 

何だそんな事か、と剣は納得する。

確かに【魔剣計画】の存在とそいつらに狙われてるのは計画の要だとは説明していた。しかし魔剣士の中でどれ程なのかは話してすらいない。それなら藤尭の疑問も素直に頷ける。

 

 

 

別にもう隠しておく事でもない。もう仲間であるのなら話しても問題ないだろう。そう判断した剣はあっさりと答えた。

 

 

「序列三位。昔で言えば上から数えて三番目、だが今は俺が魔剣士としては頂点。つまり『今現在』は俺が最強という事になる」

「何々?“今現在は最強”だと?」

 

 

話そうとした話題が興味を引いたらしく、何処からともなく翼が近付いて来ていた。驚愕する事なく見返した剣だったが、他にも皆が近くに来ていたことに気付く。

 

どうやら全員の興味を引く話だったらしい。そんなものかと、彼は思っていた。

 

 

「序列三位ってことは、他にも二位と一位が存在してるんですか?」

 

 

その見解に剣はあぁ、と頷く。彼等の前で人差し指と中指だけを見せる。ピースしてるように見えるそれは、数を表す動作だ。

 

 

それを目の前でゆっくりと戻しながら、彼は説明していく。

 

 

「序列二位 セカンド、序列一位 ロストワン。俺を含めて【魔剣計画】の要として重要視されていた魔剣士だ。同時に俺ですら相手できない怪物でもあった」

「………それって実名ですか?」

「コードネームだな。セカンドは“二番目の存在”、ロストワンは“絶対の一”を意味してる。つまる所、最強という事だ」

 

 

自信のある言葉だった。

無理もない、剣は上位に存在する二名と対面した事がある。純粋にレベルが違う、格上の存在達であった。

 

 

無空剣のクローンが百体造り出された所で、彼等には敵わない。そう確信させる程には。敵として現れたら、どう戦うのかではなく、どうやって戦わずに生き延びれるか、その段階を想定する必要がある相手なのだ。

 

 

剣以上の剣の実力者。二課でも相当優れた彼が勝てないと断言する二人の存在に、全員の顔が険しくなる。

 

 

 

「その後、あの二人は『聖遺物』の適合実験で暴走している。そして、その場にいた研究者達の大勢を殺した後、複数の『聖遺物』を強奪して何処かへと逃亡した」

「………仲間を殺され、所有物を奪取されて逃亡か。彼等からしたら良い話ではないな」

 

 

無論、同情なんてしてる筈がない。

子供を人と思わない非道な実験の数々、被験者である序列一位と二位が不満を抱き、離反するのも頷ける。彼等だけで済んだのが奇跡なくらいだ。本来なら十数人も越える魔剣士達が反乱を起こしてもおかしくない程の悪列な環境だったのだから。

 

 

自業自得と言えばそれだけで済む。しかしそんな連中が、自分にとって価値のある存在を二人も逃がす訳がない。

 

 

「勿論、【魔剣計画】は大勢の追手を送ることで二人を探そうとしたが、たった数日でそれを止めた。反撃を食らったのもあるが、奴等は都合上諦めるしかなかった」

「?それは何故だ?」

『私達が脱走したからさ』

 

 

ノワールは軽く言う。感傷らしきものは感じられない。おおよそ気にしてすらいないのだろう。

 

 

『二人の暴走により警備はある程度緩くなった。私は最初から無かったが、剣クンの方は厳重でね。序列二人の逃走は彼等を戸惑わせる程だったらしい。その隙をついて彼を連れ出し、重要書類の全てを燃やして逃げてきたという訳だよ』

「俺がいなくなれば【魔剣計画】の要は完全に失われる。つまりあんな実験を起こせない、起こす事が出来なくなる」

 

 

 

 

「それでは、無空と小日向を狙い、叔父様や緒川さんが接触した男…………エリーシャでしたか?奴は【魔剣計画』の遂行の為に無空を狙ったのですか?」

『いいや、彼は違うようだ』

 

 

優しい言い方でノワールは即答した。

 

 

『奴、エリーシャは独断行動に走っているらしい。【魔剣計画】も、彼を追っているようだが見つかりはしないだろう。何せ彼がいるのは、この世界なのだからね』

「追われてる?仲間なのにですか?」

『………黒幕である人物は、彼の事を警戒していたよ。まぁ、あんな被害を沢山出したのだから当然と言えば当然だがね。だから利用できるだけ利用した後は処分する、蜥蜴の尻尾切りとはよく言うものだ。

 

 

 

 

きっとあれだろうね。エリーシャ本人もそれを理解していたから、こちら側に来たのかもしれない』

 

 

利用して、利用される。

【魔剣計画】を束ねる存在にとって、自分の配下などそんなものだ。何より、魔剣士を作るために数万人の子供を平然と殺すような男だ。上からしたら今すぐにでも処分したい案件でもあったのだろう。

 

 

すぐに排除しなかったのは、エリーシャの才能と研究者としての腕が優秀だったからだと思われる。

 

 

 

 

 

「…………なら、逃走したとされる彼等は何処に行ったのだろうか」

「さぁな。あの二人が何を考えてるのかなんて理解できない。だが、もしかしたら────」

 

 

ヒッソリと。

それ以降はあまり聞こえないように、小さな声で囁いた。現に誰の耳にも入らないような言葉を。

 

 

「俺のように、あの世界から逃げ出したかったのかもな」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

そして、彼等とは違う別世界では。

 

 

「…………ふむ」

 

研究室の中でノワールはコーヒーをゆっくりと飲んでいた。熱かったようですぐに口を放すと、難しく悩んだ顔でコップを持って椅子に腰掛けた。

 

 

一応食事代わりにパンを何枚か口の中に放り込み、今度はミルクを僅かに入れたコーヒーを味わう。冷たいミルクと混ざった事もあり、今度は飲めなくない温さだった。

 

 

「さて、始めようとするかね」

 

 

飲みかけのコップを何もない机に置き添え、ノワールはもう一つの卓上に眼を配る。沢山の資料の山を背景とした空間。博士の目の前には複数に並んだキーボードと三つの画面─────その奥にあるのは何台も連結したコンピューターだ。

 

 

 

カタカタカタカタカタッ!

無言でキーボードを打ち込み始める。ただの遊び等ではない、むしろ重要な作業の一つだ。

 

 

(シンフォギア─────シンフォニー、交響歌という意味を有する。歌を力とした兵装であるのは確かだが………)

 

 

試しに『シンフォギア』と検索エンジンで調べてみたが、一つも関係してる情報は見つからない。当然と言えば当然だろう。

 

 

だが、情報が出てこないのは気にしてない。一番重要なのは一つの事実だ。

 

 

シンフォギアとロストギア、それぞれ別世界で造られた兵装には共通する点が多い。基礎的な部分が似通り過ぎている。違和感など無いと普通の科学者なら言うかもしれないが、ノワールはやはり不審な所しか感じなかった。

 

 

「シンフォギアとロストギア。片方は歌を奏で鎧を纏い、片方は魔剣からの力で鎧を纏う武装……………この構造は一体何だ?何故ここまで類似している?」

 

 

ノイズというこの世界で共通の敵。シンフォギアはそれに対抗して造られたのは分かる。しかしロストギアもどういう訳かノイズの炭化を無効化させている。

 

 

 

それは、元からノイズを相手にすることを考えていると取ってもおかしくない。他にも、気にする所が多く存在している。

 

 

「これを造った櫻井了子、フィーネは何を考えていた?偶然シンフォギアシステムとロストギアが同じ構造だった?─────それは有り得ない。かと言って、フィーネがロストギアを真似たとは思えない」

 

 

考えられる可能性は、“【魔剣計画】がシンフォギアシステムを利用して魔剣士を造った事”。本来なら有り得ない、此方の世界に来たのは剣とエリーシャ、そして数体の兵器だけだ。

 

 

そしてエリーシャはこうも言っていた。『世界と世界を繋ぐゲート』だのなんだの。

 

 

つまり、此方と彼方を行き来する方法があると思われる。それも相当前から、シンフォギアというものが造られる同時期にロストギアを造り出す事も有り得るのだから。

 

 

 

 

 

もし本当にそうならば、自分達の敵は未知の領域に位置しているのかもしれない。こうも自分達を翻弄する程に。

 

 

 

「やれやれ、私もまだまだ未熟という訳か。理解はしていたが、こうも無力を感じさせられるのは辛いものだ」

 

キーボードを叩く手を止め、椅子から立ち上がる。余っていたコーヒーを飲みながらノワールは机に立て掛けられていたものを手に取る。

 

 

写真掛けだ。

一枚の写真が大事そうに、厳重そうに保管されている。ノワールはそれを、懐かしそうに………そして悔いるように見つめていた。

 

 

 

 

 

「願った通り、『彼』は居場所を得られたよ────ノエル」




無空剣、『彼』が本当の意味で二課の一員になった話と魔剣士の順位についてや【魔剣計画】へのある程度の補足でした。


一応更に補足ですが、魔剣士はロストギアを纏わなくても頑丈です。普通に全身がサイボーグに近い状態ですし、ただの銃弾や機関銃程度なら何とか防げます。ロストギアを纏うことで全身の機械系統が強化され、倍以上の強さになります。


でも性質的に完全聖遺物やロストギア、もしくはシンフォギアの攻撃は通用します。完全聖遺物の場合は容赦なく通用するので。何話か前にあったデュランダルの攻撃を受けたのも、それが理由です。


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決戦前夜

………ダメだ、ダメだ。上手く書けてる自信がしねぇ!


─────前からずっとこういう事言い続けてる気がする。どんだけメンタル弱いんだ自分。


「─────はぁぁッ!!」

 

 

全速力で突貫してきた響が拳を打ち込む。普通の人間が振るえるとは思えない一撃受けるその相手は、無空剣。シンフォギアと同系統であるロストギアを纏った彼は響に放つストレートを難なく受け止めて見せた。

 

 

「まだまだぁ!」

「───ふ!」

 

 

一歩退く剣に追撃を行おうとする響。腰を低くして放たれる拳を、剣は身体をコマのように回転させる事で回避する。更にその遠心力を利用した形で彼女の横から蹴りを叩き込んだ。

 

 

ドガァンッ!! と、最早砲撃と取れる爆音が生じる。何とか片腕を身構えて防いでいた響は、それに大きく吹き飛ばされる。それでも壁に叩きつけられる事なく、踏ん張ったのは彼女の努力の賜物だろう。

 

 

 

「うっ、くぅ!!」

「────後退だ!立花!」

 

 

横からの声に、響は力を緩める。

剣は顔色を変える事なく、タンッ……! と僅かに跳ね、その場から数歩だけ距離を置く。

 

 

 

その場所を、刃が切り裂いた。

途中から剣へと斬りかかった翼は、剣に見極められた事に悔しそうな顔を浮かべる。しかしすぐさま動くと、後退した剣へと接敵していく。

 

 

刀剣を振るう翼、対称的に剣は籠手のみ。

見た目で不利なのは明確だが、実際に不利なのは───得物を有している翼の方だった。

 

背を向ける事なく、剣は高速移動を行っている。何度も何度も地面を蹴るように翼の剣戟を避けきっていく。その眼、片方を除く単眼は忙しなく蠢き、翼の剣の軌道を的確に見切っているのだ。

 

 

機械の性能、そう言ってしまえば終わりだろう。しかし彼はただ機械を使ってるだけではない。戦闘に特化した人間兵器、『魔剣士(ロストギアス)』の中でも最高峰である彼は、どんな戦闘にも適応できるのだ。

 

 

「やはり通じないか………ならばっ!!」

 

 

今度の翼の動きは勢いがあった。しかし後先を考えてないような突貫としたものだ。何があった? と観察しながら、剣は鋭い突きや一閃を両腕の装甲で防いでいく。

 

 

先程よりも派手な斬撃。しかし明らかにその一撃一撃に先程よりも強い力が込められている。このままでは不味いと判断した剣はすぐさま距離を取ろうと翼が大きく構え放ってきた一閃を回避して、後退しようとする。

 

 

「ち─────ッ!?」

 

 

 

 

そこで、動きがピタリと停止した。

自身の力ではない。何らかの力が作用していると瞬時に看破する。目線を足元に向けると、自身の影───そこにあるのは、小さな短刀だった。

 

 

 

影が固定された、そう思える異変を理解するのは遅くなかった。

 

 

 

(これは───!?影縫いってヤツか!?)

 

 

前から話で聞いていた。二課の一員であり翼のマネージャーである緒川は忍法という日本特有の技術のエキスパートだと。

 

忍法の中でも『影縫い』とか言う、相手の動きを止める技があるのもその時に聞いた。そして翼も、緒川からある程度教授されているとかも。

 

 

翼が、瞬時に形成した短刀を投げてきたのだろう。先程の勢いある連撃も、それを最善に行えるように誘うためのものか。

 

そして、作られた隙を逃さないように、翼は刀剣を構えて突っ込んできた。

 

 

 

「ッ!侮るなッ!!」

 

 

動けない最中、剣は鋭い叫びを喉の奥から放った。その直後、彼の身体の装甲がガシャンッ!と展開される。その中にあるのは複数の装置。

 

 

それを目にした翼は追撃する事なく、後ろへと飛び退く。それは正解だったのかもしれない。胸元や肩、脚部から剥き出しになった装置は一斉に輝くと、

 

 

 

 

 

 

──────ッ!!! と。

 

凄まじい高音を響かせる。

視認する事も出来ない高音波が影を射止められた剣の全身を包み込む。たった数十センチの範囲で覆われた半透明な圧力は自身の影に刺さった短剣を弾き飛ばす。

 

 

 

 

「…………拘束への対処はしている。だが、こういうのは初めてで驚いたな」

「それでも、簡単に引き剥がすとは………私も未熟、緒川さんのようにいかないか」

「いや、さっきのでも十分だろう────さ!」

 

 

刀剣を構える翼を前に剣は脚に力を入れて跳躍する。バネのような勢いで一瞬でその場から姿を消した。

 

 

 

しかし、剣と翼が接的する事はなかった。それも当然、彼が跳んだのは翼のいる前方ではなく、後方。敢えて距離を取るようなやり方を選んだのだ。

 

 

翼の数メートル前、剣が前へと進んでいたら到達していたであろう場所に複数の爆炎が炸裂した。それらが飛んできたミサイルだというのはすぐに分かる。空中でそれを見届け、離れた場所に着地した剣はミサイルを放った相手を視界に捉える。

 

 

 

「くそ!やっぱり簡単に避けられちまうか!」

「まだだ雪音!弾幕ならば無空の動きも制限される!当たらなくても良いから頼むぞ!」

 

 

重火器に換装される魔弓イチイバルを纏うクリス。先程のミサイルも彼女からの遠距離砲撃。翼からの呼び声に応えるように、クリスは全ての武器を展開して乱射し、撃ち放っていく。

 

 

近接特化、戦闘経験深い翼と相手しながらの、遠距離からの攻撃は普通に考えても厳しいだろう。しかもシンフォギアだ。どんな兵器も通用しない耐久力のある剣も直撃すればダメージを免れない。

 

 

だが、しかし。

 

 

 

 

「───本当にそうか?」

 

冷えきった声で、無空剣はそう問う。今もなおクリスが飛ばしてきた無数のミサイルに晒されている現状の中、大声でもない落ち着いた言葉が何故か彼女達の耳に入ってきた。身体に組み込まれた機械の機能の一つか、そんなものはどうでも良かった。

 

 

 

────事実、無空剣は爆炎の中を突破してきた。ただぶち抜いてきた訳ではない。背中に展開された二枚の羽を思わせる刃、『魔剣双翼(ガードラック)』を交差させ、盾のように前に構えている。自分に被弾する弾幕を防ぎながら、並々ならぬスピードでミサイルの雨を何とか抜け出したのだ。

 

 

 

「はぁ!?んな使い方があんのかよっ!?」

 

 

目を見開くクリスはミサイルを放つ手を止める。無空剣が大分距離を近づけていた。ミサイルや爆発物を使うには、相手から離れていた方が効果的である。それは高威力故に相手に反撃の隙を与えないというものある。

 

 

だが、難点としては────敵に近づかれると、簡単には使えない点にある。無理もない。至近距離で使えば自分を巻き込む可能性もある。何より『魔剣士』、無空剣相手にそんな事をしても、煙幕の中に隠れて不意を突かれる可能性を増やすだけになる。

 

 

急いで機関銃を向けようと、照準を構える。が、剣は急に動きを変えた。直進するような形から、急ブレーキしてスピードを緩めることなく曲がったのだ。

 

勿論、比喩などではない。

文字通り、床を蹴り飛ばして軌道を普通とは思えない方へと修正した。そんな事は生身の人間が鍛えた所で出来はしない。肉体を機械と同化させたサイボーグに近い存在だからこそ、為し得られる所行だろう。

 

 

 

構えて撃つ前からの回避行動だが、クリスは狙いなど気にする素振りすら見せずに機関銃を乱射していく。しかし彼女を中心とした円を描くような走り方で剣は銃弾の雨を抜けていく。

 

 

そして、その最中で────スピードを殺すことなく、跳躍する。今度は後退する事なく、前へと突き進む。冷たい単眼が捉えているのは、一瞬の出来事に此方を見失っているクリスだった。

 

 

まずは遠距離を潰す。普通の戦い方では上等とも言える戦術だ。

 

 

無論、それを許さないのも普通だ。戦い馴れている人間なら当然。

 

 

 

「させないっ!!」

「そうやるのは、最初から分かっていた!」

 

割り込むように歌を奏でながら、刀剣を振り下ろそうとする翼。そんな彼女の攻撃に対しても、剣は平坦と対処していく。

 

 

軌道を変え、動きを予想し得るものから別のものへと変換する。それはクリスを狙おうとしてた動きから、乱入してきた翼への迎撃体勢へと切り替わっていた。

 

 

グルグルッ! と、スケートのスピンのように高速回転をする剣は両腕の装甲を大きく構え、翼の一振を弾き飛ばす。普段なら弾き返され仰け反るなど有り得ないだろうが、相手は『魔剣士』という尋常なき人間兵器だ。更に追加として下から上への回転により、彼女に大きな隙を与える形になってしまった。

 

 

「────!」

 

当然ながら、そんな隙をわざわざ見逃す剣ではない。右手を握り締め、拳を打ち込む構えを取る。殺すつもりは無いにしろ、この戦いには参戦できないように軽めの威力の一撃を放とうとする。

 

 

 

 

その瞬間。

義眼である片眼が急接近してくる反応を捉える。続いて、腹の奥から吼えるような叫び声が聞こえた。

 

 

 

「─────てぇやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!!」

「ッ!響か!」

 

振り返ると、いつの間にか復帰していた響がそこにいた。突然来た彼女に、剣は翼への追撃を中断させ防御を取ろうとするが────、

 

 

 

 

 

響の放った鋭い一撃が、無空剣へと直撃する。鋼を揺らすであろう強固な一撃が、だ。

 

 

「─────」

 

しかし、彼は応える事はなかった。胴体の前に出された片手がアームドギアを纏う響の拳を受け止めていた。やはりダメージはあるらしく、彼女の一撃を防いだ腕は小さく震えている。

 

 

ふぅ、と息を吐くと、彼はすぐに響から手を離す。そして自分と相手していた三人に軽く声をかける。

 

 

「…………よし、模擬戦はこれで終わりだ。三人とも、休憩をしてくれ」

「………分かった、そうするとしよう」

 

 

それを聞き、少女達もギアを解除する。剣も漆黒の鎧を四散させ、彼女達に続くように休憩室へと移動する。

 

 

予め用意されていたタオルで汗を拭う響達。剣は汗一つかく様子もなく、壁に寄りかかってスナックバーらしきものを囓っていた。

 

 

「ふはぁーっ、全然歯が立たなかったー!」

「立花の言う通りね。三人で挑んでもこれが限界、不甲斐ないわ」

「だが、これも経験になったのも事実だ。あまり悲観的にならないでくれ」

 

 

心から思い悩むような二人に、剣は軽く気配りをする剣。食んでいた菓子らしき物を食べ終え、その袋をゴミ箱へと捨てている。更にポケットからゼリーを取り出し、飴のように口へと放り込む。

 

 

「それで?どうなんだよ」

「ん?」

「虹宮タクト、フィーネの最後の味方だ。そいつにあたしらは勝てると思うか?」

「…………今のままなら、大丈夫だろう。そもそも、俺が加わる時点でタクトへの心配ない」

 

 

虹宮タクト。

元々は二課の一員であった櫻井了子────彼女の正体と言うべきものか、最近のノイズ騒動の元凶と思われる人物 フィーネに付き従う『魔剣士(ロストギアス)』の青年だった。

 

 

かつては無空剣の親友の一人として、彼を導き───無意味な復讐に走らぬように支えてくれた、心優しき青年だ。

 

数ヵ月も前、彼がこの世界に訪れる前に死んでしまった。その遺体を回収した、憎むべき【魔剣計画】は親友を─────心無き、正真正銘兵器として生き返らせた。

 

目的は分からない。だが、在り方を形成するであろう記憶を消してるのに人格を残してる事から、悪趣味な事しか考えられない。

 

 

話が脱線したが、タクトはフィーネの配下として今後二課や周囲の街を襲う事だろう。その場合、剣だけが相手していては意味がない。剣が封殺されてしまえばタクトに抵抗できなくなってしまう、そういう心配もあり、剣は今回の訓練を三人に行うことにしたのだ。

 

 

 

だが、と区切りを付け、剣は話を続けていく。その顔は至って真剣だった。自分の親友を倒す───最悪殺すことを視野に入れながら、冷静に語る。

 

 

「その事実はフィーネも承知な筈だ。ただ一人で戦わせるとは思えない。何より………」

「あの大型兵器 『アルビオン』。あれが現存という事ね」

 

 

思い浮かべるのは、純白の装甲した大型兵器。大きさからして六メートル。球体のような丸みを帯びた小型潜水艦に巨腕と細脚を取って付けたような見た目。しかしその破壊力と性能はシンフォギア装者すらにも届く程の域にまで到達している。

 

 

タクトと同様、懸念すべき敵であるのは間違いない。

 

 

「………クリスちゃん、何か分からないの? 動かしてたのはクリスちゃんだったから。弱点とかコアとか」

「いや、あたしは知らねぇよ。フィーネに渡されたのは確かだけど、あたしにゃ何にも教えてくんなかった。自動で動くから気にすることないって」

 

 

疑問が生じる。

【魔剣計画】は何故フィーネに『アルビオン』、そしてタクトを与えたのか。科学というものの発展と恐ろしさを現実に浮かび上がらせたあの()()()()()、それを与えるなんて、正気だとは思えない。

 

 

────性能を試したかっただけというのも有り得ないだろう。考えられるとすれば一つ、

 

 

 

 

(………俺の力を引き出す気か?だが、タクトはともかく、何故『アルビオン』なんだ?他にも魔剣士を用意すればいいだろうに。何らかの共通点、俺を倒す要素があるとは思えないが………)

 

 

そう考えて、すぐに止めることにした。

こうやって思考に至るのは癖になってきている。自分は戦うだけの兵器ではない、これからは普通に日常を謳歌しても良いのだ。

 

 

 

 

「あ、響、訓練終わったの?」

「うん!もう終わった所だよ!」

 

 

入ってきた小日向未来を、剣は片目で観察していた。エリーシャに連れ拐われていた一般人の少女。何より立花響の心の支えになっていた、普通の女の子だ。

 

 

剣としては、彼女に心配や不安などではなく、自分の事へ巻き込んでしまった罪悪感の方が強かった。先日、その事への謝罪をしたが、彼女は快く受け入れてくれた。

 

 

(響を支えている訳だ。やはり芯の強い、良い子であるのは確かだな)

 

ゼリーの容器を片手で潰し、箱の中に捨てる剣。そのまま部屋から出ることなく、静かに壁に寄りかかっている。全員が動いてから自分も行動しようと考えていた。

 

 

 

すると、何事かを話していた響が声を出してきた。

 

 

 

「剣さん!翼さんとクリスちゃん!実はこれから未来と一緒にご飯食べに行くんですけど、一緒にどうですかー!」

「お昼?私は構わないわ、今後の用事は無い訳だからね」

「なんだなんだ? もう昼飯か? 少し早すぎねぇか?」

 

 

どうやら、昼食の誘いのようだ。

元気そうな響に、翼は年長者のように大人びた様子で返答をし、クリスは何処か呆れたように響を見つめる。しかし首を横に振る様子が見られない事から、二人は同じくOKという意味なのだろう。

 

 

そして、最後に残るのは剣だが………、

 

 

 

 

「いや、俺はいい。食事は既に終えた後だしな」

「……え?」

 

 

と、冷静に答える剣に響は疑問を浮かべる。それは未来も、端から聞いていた翼もクリスも同じだった。全員からの不思議そうな視線が剣から別のものへと移る。

 

 

不要なものが沢山詰まっているゴミ箱。その上部にある菓子の袋らしきものとゼリーの容器。全て剣が食していたもののゴミだ。

 

 

…………よくよく見てみると、菓子だと思っていたものは全く別種の物だった。袋にあった文字は『カロリーメイト』、と短く記されてる。

 

 

 

言葉を失う少女達。

彼はこれを食事と言って、自然と済ませていた。つまり、()()()()()()()。こういう風に食事を軽く終わらせる事が。

 

 

ということは、つまり。

 

 

 

「剣さん、もしかして今までずっと………?」

「それは違うぞ、小日向未来」

 

 

断言する剣に、未来は………後ろで聞いていた響達は心から安堵する。まさか数ヵ月もの間、カロリーメイトとゼリー、飲み物だけで生活してきた訳ではあるまい。

 

 

そう思っていた彼女達は次の言葉を全く予想できなかった。何故ならそうだとは思わえなかったからだ。

 

 

「先日は栄養ドリンクとゼリーだ。流石に同じやつばかりじゃなくて、別々の味に変えてるさ」

「………だ、だけですか?」

「? 何を言う? これくらい問題ないだろう。そもそも栄養には何の不足はないぞ」

 

 

全員が全員、言葉を失ってしまう。

もしこの事実が本当なら、無空剣はどんな料理を食べた事がないのかもしれない。よくよく考えると、彼は戦争でも勝てるような兵器として改良されている。なら、食事や栄養などにも何らかの複雑な仕組みがあるのだろう。

 

 

 

「…………」

 

そこで、言われた本人である未来は笑顔である。それでいて、声を全然震わせることなく平静だった。

 

 

「剣さんも行きましょう?とっっっっっっっても美味しいお店ですから、きっと喜んでくれると思いますから。遠慮しないでください」

「だがな、この後は自由時間として武装のメンテナンスをしようと──────ッ!!? ……………なるほど分かったすぐに行こう」

 

 

 

やはり不服な剣だったが、静かに振り返ってきた未来の顔を見た途端、急に態度を変えた。何処か顔を青ざめさせ、小刻みに震えているのも分かる。

 

 

 

少女が向けたのは、やはり笑顔だった。満面な、心から笑ってるように見える。普通に笑ってる、感の悪い人間や一般人ならそう思うのが普通だろう。だがこの場にいる面々────主に無空剣は、気負されてしまう。ていうか、普通に怯えている。

 

 

背筋が凍りそうなほどの笑み。だが凄まじい殺気を纏っていた訳ではない、むしろそれらとは無縁に見える笑顔だ。それでも純粋に恐怖を抱いてしまうのは、彼等が洗練された結果故にか。

 

 

 

どんな相手にも怖じ気を抱くことなく戦う事を専念された魔剣士は、一人の少女の圧力に屈した。彼は素直に思う。この笑顔を見れば自分以外の魔剣士も大人しくなるかもしれない、と。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

そうして、全員で昼食をいただく事になった。次なる問題はどの店を選ぶのかという話だが、響や未来はあまり問題ない様子だった。行きつけのお店を知ってるらしい。

 

 

 

「この店か…………“ふらわー”? なんだ、花屋か?」

 

 

悩ましそうに剣が店を見て怪訝そうになった。“ふらわー”という店名をそのままの意味で受け取っている青年に、未来はクスリと小さく笑う。

 

 

「違いますよ。ここは私と響のいつも通ってるお好み焼き屋です」

「「?」」

 

 

二人程、剣に次いでクリスも首を傾げていた。二人は互いの顔を見合い、

 

 

「お好み焼き……んだそりゃ?」

「さぁ?調べてみたが、どうやら料理の一つらしい。実物を見てみない以上、どういうものかは判断しかねるが」

 

 

そう言って更に不思議そうに思っている剣とクリス。そこで響はある事が気になったらしい。

 

 

「剣さんって日本人じゃないですか?名前からしてそうだと思ってましたけど」

「さぁな、名付け親であるエリーシャ曰く俺は日本で確保したらしいからな。だからこの名前になったのも理由の一つらしい」

 

 

見た目や髪色からしてクリスは外国人に近い印象がある。雪音という名字は日本人の父親のものだというもの、前の話で分かっていた。

 

しかし、剣もクリスと似た銀髪だ。その顔立ちは日本人か外国人とは一見分からないが、名前から日本出身だと響は考えていた。だからこそ、日本の料理である「お好み焼き」を知らない剣が不思議だったのだろう。

 

 

そこで、更に思うことがあった。

剣が自分の出生に対しても適当だったという事だ。家族とはどのような関係を送っているのだろうか? と。

 

 

「…………食事をするんだろ?店前で話してるのも野暮だ、さっさと店に入ろう」

 

 

そう急かすと響も考え事を止めてすぐに着いてきてくれた。先頭して入っていく響と未来の後から、剣は翼達と一緒に着いていく。

 

 

「いらっしゃ────あら、響ちゃんに未来ちゃん。今日は二人じゃないの?」

「はい!今日は色んな人にも来て貰ったんですよ!おばちゃんのお好み焼きを皆で食べようと思って!」

 

 

笑顔で受け答えする響に、この店の店員(一瞬店主(マスター)と言いそうになった)であるおばちゃんも嬉しそうに喜び、剣達は五人ぐらいが座れる座席に案内された。

 

 

その後メニューで何を頼むか考えていたが、剣は普通のお好み焼きにする事にした。理由としてはお好み焼き自体が初めてなので、どんな味なのかを知りたいという気持ちがあった。

 

 

 

 

そして少し経って、注文したお好み焼きが届けられてきた。作り立てというのがよく分かるような、熱そうな感じでだ。

 

 

 

「──────」

 

 

一瞬、面食らって固まっていた。情報や画像で見たことがあったが、実物として見ると想像以上の料理だった。初めて食べる栄養食品以外の料理。唖然というよりも、感動。テレビや写真で見ていたものと実際の秘境の景色の違いに似ている。

 

 

箱の中に並べられている箸を二本ほど取り出し、適当にお好み焼きを分解する。一口サイズほどに分けた後にその一つを口に入れた。

 

 

何度か噛み締め、ゴクリと飲み込む。数秒もの間沈黙していた剣はお好み焼きを見下ろして呟く。

 

 

 

 

「……………美味しいな」

 

驚愕したように、剣はそう漏らす。初めて食べる料理、簡素なものではなく、人が心を込めて作ったであろうものは、自然と美味しく感じられた。

 

 

もう一度食べようと箸を進めていると、いつの間にか皿の上は綺麗に無くなっていた。食べきってしまったと気付くと、剣は更にもう一回お好み焼きを頼むことにした。

 

 

横をチラリと見ると、箸の使い方に悪戦苦闘するクリスに響や未来があれやこれやと教えていた。途中ドヤ顔で自慢する翼にクリスが一言言って掴み合いになりかけていたが、剣は思うところがあった。

 

それは、あまり悪い感情ではない。寧ろその逆だ。

 

 

 

 

(───懐かしいな)

 

 

かつての、仲間達との生活を思い出す。過酷な環境であったが、それでも悪くない生き方でもあった。それを思い出してしまったのは、今ある光景を“楽しいもの”と捉えられたからだろう。

 

 

こんな風に楽しくする事など駄目かもしれない。フィーネやタクトという脅威が実在している以上、気を緩めているなど許されないのかもしれない。

 

 

 

だが今は、今だけはこの瞬間を満足に受け止めよう。剣はそう思い、暗い思考を閉ざすことにした。代わりに楽しそうに談笑する少女達を眺め、密かに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

ノイズの出現も全くなく日が過ぎていった。二課本部のシステム強化が終わった後も、変化は起きることはなかった。

 

 

 

 

 

とある日────敵の狙いである日を除いては。

 

 

 

「マスター。予定通り、今日だろ?計画の遂行は」

 

 

虹宮タクトはリディアン音楽学院の前に立っていた。口笛すら吹きかねない程の上機嫌な声音でタクトは耳元に押し当てた携帯に問いかける。

 

 

『えぇ、そうね。そろそろ潮時よ、当初の目的通り仕掛けなさい。物的被害は勿論、人的被害は問わないから、無空剣と装者達を足止めしておきなさい』

「了解りょーかい…………ついでだけど、本部はマスターが制圧して、「カ・ディンギル」を起動させるから、オレが守ってくって感じでおけすか?」

『そのつもりよ。心配する必要はないわ、此方にはネフシュタンの鎧にソロモンの杖があるの。人間相手に遅れは取らない。タクト、不覚は取らないようにしなさい』

「安心してくれよ。オレにも切り札の一つはあるし、まぁ勝てなくても少なくとも体力は削っといてやるからさ。後はマスターでも何とか出来るように」

 

 

携帯電話の通話を切り、タクトはもう一度校舎へと目を向ける。パチン! と指を鳴し、背中へと手を伸ばす。リュックサックのように背中に装着させていた鋼の塊。飛び出したように存在してある束を掴み、一本の剣を取り出す。

 

 

 

その剣を持ち上げ、空へと掲げる。自然と光を帯び始める刀身。機械の腕から伝わっていくエネルギーを剣へと充填し、タクトは気軽な声で告げた。

 

 

 

 

「─────さぁ、始めっか」

 

 

直後、一条の閃光が剣先から解き放たれた。天空へと至った途中で膨らんだ光は雨のように分裂して─────リディアン音楽学院を貫く。爆炎と悲鳴、それが周囲の空間を支配した。一瞬で膨れ上がり、広がっていく深紅の光景をタクトは平然と見つめる。

 

 

 

 

マスターからの指示は受けた。暴れろ、と。それによる被害は気にする必要はないと。

 

 

ならば、存分に暴れてやろう。タクトは何の感慨もなく、そう考えていた。

 

 

例えるとしよう。思考内に選択肢が複数ある。これが普通の人間である事だ。しかし、タクトは何故か選択肢が限られていた。

 

 

邪魔をする人間がいる、ならば殺す。殺すべき対象を庇う子供がいる、ならば子供も殺す。殺された人間の仇として他の人間に現れた、邪魔だから殺す。

 

 

他の選択肢があるのは事実だ。しかし彼にはその他の選択肢を選ぶことが出来ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが、彼はあまり気にしていないのだろう。

 

 

何故なら、人を殺す事への躊躇が存在しないから。人としてあるべき性質を、完全に奪われているのだから。

 

 

 

「少なくとも、敵性の殲滅は確実。マスターの計画の邪魔になる因子は全てオレが排除する。手始めにリディアンの生徒を殲滅し、舞台を掃除する所から始めてやるぜ」

 

 

 

かつては人を救う事に、助けられる事に喜びを抱いていた青年。しかし今の彼は多くの人間を躊躇なく殺戮兵器でしかない。心優しかった時の記憶(メモリー)は、悪意ある者達に消去されてしまっている。

 

 

 

 

誰も望まない悲劇が、記憶を喪失した兵器によって引き起こされる。




剣「栄養食品だから栄養は問題ない」


とか言って1ヶ月ぐらい栄養食品やゼリーばっか食ってきた主人公。魔剣士としての機能でそれだけでも普通に動けるようになってます………よくぶっ倒れなかったなって我ながら思う。


因みに次回は原作と異なって最初からリディアン襲撃です。襲撃するのはノイズではなくタクト一人だけです。


…………やっぱり駆け足過ぎるか?


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襲撃、魔剣兵器

区切りどころが!分からねェ!!どこで切れば話が上手く続くか、分からねェッ!!!(迫真)


「タクトがリディアンを襲ってるだって?」

 

 

ホテルの室内で。

冷静に、片耳を押さえていた剣は呟いた。彼に無線機は必要ない。耳の一部分は小型のスピーカーとなっていて、通信を行う際の音声などは自然と耳の中に届いていく。盗聴を防ぐための技術の一つだが、今はそんなものを気にしてるつもりはない。

 

 

すぐ真横で、買ってきていたアイスクリームを頬張っていたクリスは剣の呟きに目を見開く。驚きながらも問い詰めることなく、剣の反応を伺ってる。

 

 

───助かる、と心の中で礼を述べ、剣は通信の声を耳にする。連絡してくれた弦十郎は自分の問いにちゃんと答えてくれた。

 

 

『あぁ、先程大規模な広範囲攻撃がリディアンに直撃している!何より彼だけじゃない!ノイズの反応も数体確認されている!全てがリディアン周辺を攻撃している!』

 

「チィッ!ノイズもタクトも総戦力か!ここまで出し惜しみをしないとなると、俺達を誘き寄せる気なのは確かみたいだな!」

 

 

すぐ向かう!とだけ伝え、通信を切る。隣にいるクリスに声をかけながら、窓を開け放つ。

 

 

「着いてこいクリス!奴が、タクトが動き出した!複数のノイズを連れてな!」

「あぁ!分かってる!」

 

共に外へ飛び出す二人。それぞれ別種のギア、シンフォギアとロストギアを纏い、並ぶ建物の上を跳んで進む。

 

 

 

「フィーネが、動いたのか」

「だろうな。大方ノイズも動いてるって事は、『あれ』も使ってるんだろう」

「…………『ソロモンの杖』」

 

 

コードネーム サクリストS、ソロモンの杖。

クリスが起動させた完全聖遺物。それ自体に相手を殺すような破壊能力は存在しない。剣からしても、完全聖遺物の中で一番自分を傷つけることの出来ない物だと考えている。

 

 

しかし、厄介なのはその能力───ノイズを召喚する力だ。複数のコマンドを打ち込むことで難解な仕組みも行える、魔剣士以外の人間全てに特化した殺戮兵器。

 

 

魔剣士(ロストギアス)タクトに、統率の取れたノイズの大群。十中八九ソロモンの杖、それを扱うフィーネの仕業であるのは間違いないだろう。

 

 

 

そして、リディアンに向かう道中で悲鳴を聞いた。二人が思わず屋上で足を止めると、周囲の光景を目にした。

 

 

 

燃え盛る街。

そこら一帯を逃げ惑う人々の姿。

そんな彼等を追うように迫る────複数のノイズ。

 

 

司令は言っていた。リディアン周辺をノイズが襲っていると。自分達を封殺するだけでなら当然の所業だが、到底納得できるものではない。

 

 

顔を険しくしてその場に向かおうとするクリス。しかし、そんな彼女を剣が止めた。振り返る直前に、彼はこう叫んだ。

 

 

 

「行けクリス!リディアンに!」

「……っ」

「一般人を助けながらノイズを倒すのは俺の方がやりやすい。何より、響と翼の二人でタクトを倒すことは難しい!だがお前がいれば拮抗するのは確かだ!」

「………でもよ」

 

 

言い淀む少女の肩に拳を当てる。任せる、とでも言ってやるように。

 

 

「すぐに合流する!響と翼、他の皆も誰一人として殺させるな!」

 

 

そう告げ、彼は建物から飛び降りた。降りる最中、壁を蹴り跳ばし、弾丸のような勢いで群衆へと襲いかかろうとするノイズへと突っ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

踏み潰し、薙ぎ払う。たった二つの行動で人々への脅威は一瞬で排除された。灰と化し、消失するノイズに逃げ惑っていた民衆は困惑を隠せない。

 

 

自分が助かったのかも分からずに、突然現れた青年を見つめていた。

 

 

 

「あの……」

 

その中で一人、女の子が声をかけてきた。どこか不安そうになりながらも、剣に近づいてこう聞いてきた。

 

 

 

「おにいちゃんは、だれ?」

 

 

自分の名前を、何者かを聞いてるのだと思い至った。口元に展開された装甲を解除して、小さい笑みを作る。

 

 

ゆっくりと背を向け、ふーっと息を吐く。まだ終わってない、他のノイズが此方へと近づいてきていた。そいつらの排除に取りかかる必要がある。

 

 

しかし動く前に、女の子の疑問に答えることにした。

 

 

 

 

「────魔剣士(ロストギアス)、無空剣だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

そして、騒動の中心となるリディアンにて。

 

 

悲鳴が響き渡る校内で、三人の少女達が廊下を走っていた。安藤創世(あんどうくりよ)寺島詩織(てらしましおり)板場弓美(いたばゆみ)、響や未来と友達である彼女達は何が起きたのかも分からず逃げていた。

 

 

 

 

「君達!大丈夫か!?」

 

とにかく走ろうとしていた三人の前に、誰かが飛び出してきた。思わず顔を青くして足を止めてしまう彼女達だったが、その姿を見てすぐさま安堵した。

 

 

───二人の自衛官だ。

リディアン内の避難者を探していたのだろう。ふとした安心感から落ち着きそうになるが、二人に強い声で急かされ、慌てて着いていく。

 

 

「この騒動、一体何があったんですか!?」

「分からない!だが襲撃されてるのは確かだ!敵は一人、ノイズと共にこの学校とその周辺を襲ってるらしい!」

 

 

自衛官はアサルトライフルを両手にそう叫ぶ。明らかな武器を持つ彼等の様子は険しかった。例えそれだけの武器があろうとも、ノイズという脅威には敵わない。出会ってしまえば自分を盾にするしかないのだから。

 

 

 

「どうなってるわけ……!?学校が襲われるなんてアニメじゃないんだから!」

 

 

必死に走りながらも弓美の言葉に、誰もが答えられない。何故リディアンを襲撃したのか、この場にいる面々では分かる筈がない。

 

 

 

 

「取り敢えず君達はこの先に行くんだ!地下へのエレベーターを使ってシェルターに避難すれば、ノイズに襲われずに─────」

 

 

声が途切れた。

同時に彼女等を先導していた自衛官がピタリと足を止める。

 

 

壁が、廊下の壁が外側から吹き飛ばされていた。何か削岩機を打ち込まれたような、瓦礫が沢山飛び散っていく。

 

舞い上がる粉塵が強引に払われる。ゆっくりと浮かび上がった人影が吹き散らし、その姿を現した。

 

 

純白の鎧に身を包んだ、後ろにいる女子学生達よりも少し歳上に見える青年が。

 

 

 

 

 

 

「………見つけたぜ、生存者」

 

ギョロリと、眼球だけが動き弓美達に視線が向けられる。人を人として見るモノの眼ではない。楽しみながら人を追い回す殺人鬼でも、相手を人として認識してる。だからそれとは違う、全く別のベクトルの感情。

 

 

少女達の中で弓美という少女は、アニメを愛する少女はその青年を、『機械』だと錯覚してしまった。普通に見れば人間に見えるのに、得物を障害物として認識するその価値観から、同じ人間には見えなかった。

 

 

 

何の偶然か、彼女の咄嗟の考えは強ち間違ってはいなかった。笑みを浮かべているその顔も、元気そうな声音も、全てが機械的に入力されたパラメーター。『虹宮タクトという故人』から抽出された性質を表側に出し、機械で構成された内側を隠す…………『擬態』という言葉が合うようだ。

 

しかし、普通に考えてみても正気ではない。

 

 

何故なら使われているのは元人間。改造されて死んだ人間を更に改造し、死んでも役立てるというおぞましい思想から生み出された、負の遺産。同じ人間であったものを、何の躊躇無く歪めた悪意の行く先。その一つが今この場にいる青年の姿をするモノの正体だった。

 

 

 

ニタニタと笑うタクトの不気味さに隊員達は不審そうにしていたが、彼の持つ得物を見て顔色を変えた。警戒というものに。

 

 

 

西洋の物と思われる両刃のある剣。

その刀身は濡れていた、生々しい赤い液体が少しずつ滴っている。同じように、青年の顔には同じ色の液体が飛び散っていた。当然ながら、平然と突っ立っている青年のものではない。

 

 

目の前に提示されたその事実が二人の自衛官の認識を改めさせた。女子だけの学校に普通はいないであろう不審者から、この襲撃に関係している明確な犯罪者へと。

 

 

 

「───武器を捨てて両手を上げろッ!さもないとここで射殺するぞ!!」

「ハッ!このオレが、んな真似をするとでも?」

 

 

アサルトライフルの銃口を向けながらの警告にも、青年は応じる様子は見られない。それどころか小馬鹿にしたように、手元の剣を軽く振り回す。

 

 

それだけで液体が周りに飛び散る。後方の少女達が後ずさる最中、彼女達を守ろうとする自衛官は逆に一歩、前に踏み出した。

 

 

「………貴様、一体何人の民間人を襲った?」

「十一人教師や用務員七人、そしてお前らの仲間四人程。生徒の方は全然殺せなかったな、教師とかお前らに邪魔されたし………あっちにあるから見てみる?」

「ッ!!」

 

 

歯軋りを、怒りを抑えられない。仲間を殺された、何より多くの人が犠牲になった事に怒りを燃やしながらも、二人の自衛官は目の前の青年を見据える。激昂して攻撃する事などせずに、ただ牽制しておく。

 

 

やはり笑いを止めることはない、なのにおぞましい事実を淡々と語っている。その様子は喜んでる様子も楽しんでる様子もなく、ただただ冷徹だった。

 

 

彼等は、自衛官達は確信する。

この青年は同じように人を殺していたのだ。感情もなく、工場で何度も行われる作業のように淡々と。楽しんでいるよりもある意味では悪質で、手の着けようがない。

 

 

 

だからこそ彼等は、まず民間人だけでも逃がそうとした。一人が後ろに目を配り、大きな声で叫ぶ。

 

 

「君達!何をしている!今すぐ逃げるんだ!!」

「は、はい───」

「いや、まぁ逃がさねぇよ? だって人的被害に関しては問題ないし」

 

 

あっさりと言ってタクトは一歩踏み込む。それが確定的な引き金となった。

 

 

 

 

二人の自衛官は向けていたアサルトライフルを乱射する。相手が人間であるという考えは頭から消えていた。

 

目の前の青年は何人も人を殺してる。何より自分達が殺されてしまえば、後ろにいる少女達も同じように手に掛けられる。

 

 

彼等はそんな所業を許すわけにはいかなかった。何故なら民間人をこの手で守る為に自分達から自衛官へと志願したのだから。相手を殺してしまってもいい、ただそれで他の人が犠牲ならずに済むなら………自分達が手を汚す意義はある、と。

 

 

 

 

 

 

が、しかし。

 

 

 

 

 

 

 

「少し、嘗めすぎじゃねぇか」

 

 

青年────虹宮タクトは容赦しない。目の前の自衛官達を敵へと見定め、刀剣を引き抜く。何十発をも越える銃弾を直に浴びるが、傷一つ付かない。全くの無傷という状態だった。

 

純白の鎧が理由ではない。それでは素肌に直撃してるのに弾かれてるのが説明できない。自分達では説明できない常識を越えた力の一端かと彼等は考えしまう。

 

 

 

「んな豆鉄砲を乱射しただけで俺が殺せるかよッ!自惚れんなァ!!」

 

 

が、流石に面倒だと感じたらしく、乱雑そうに剣を大きく振るった。自衛官達はそれを見て警戒するが、すぐに安堵の表情を見せる。数メートルも距離が開いてるから、近接武器である刀は何の意味も為さないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スパァンッ! と。

 

 

 

小切れの良い音と共に、血飛沫が舞った。

自衛官の一人が音を立てて崩れ落ちる。しかし地面に転がる音は二つ。これが何を意味するか分かるだろうか?

 

 

 

体を文字通り、銃弾を防ぐための防護服ごと分断された自衛官。上半身と下半身が床に転がり、赤色の池を作る。

 

 

 

「────────え?」

 

 

少女達は、唖然とする。

さっきまで話していた大人が殺された。身体が切断されるという、現実離れした殺され方で。

 

 

ノイズによる炭化。それがおぞましい事だと言うのはよく分かる。目の前で人が灰になる光景なんて想像もしたくない。だから殺されるだけならマシ。

 

 

 

そう思う事実が、一転する。

やはり死は死。目の前で人が惨殺される光景に、人が死ぬ環境から欠け離れていた者が堪えられる筈がない。

 

 

 

 

「きゃぁあぁぁぁああああっ!!!」

「き、貴様ァッ!!」

 

 

悲鳴をあげて蹲る弓美という少女。そんな彼女に二人が駆け寄り、落ち着かせようとしていた。だが、彼女達も凄惨な人の死を簡単に受け入れられそうではなく、怯えるように顔は青くなっていた。

 

 

そして、仲間が目の前で殺された事でついに自衛官は激情する。とにかくアサルトライフルを撃ち続けて目の前の青年を殺そうと、引き金を全力で押し込んだ。

 

 

 

「無駄だってのに」

 

自分の身体を叩く弾丸を無視して嘲笑う。タクトは笑みを浮かべたままで滑るように歩いていく。その動きが止まることも制限されることもなく、ゆっくりと銃弾の雨を押し流して突き進む。

 

 

そして、ある程度近づいた所で青年は手を伸ばした。鋼のような金属質な掌に顔を鷲掴みにされる自衛官。(だい)大人(おとな)が持ち上げられる異様な光景が広がるが、更にその状況は変わってしまう。

 

 

 

 

ズドォッ!!!! と。

抵抗をしようとする自衛官をタクトが床へと叩きつけた。それだけだった。弾切れのアサルトライフルが転がり、頭が潰れた死体が崩れ落ちる。

 

 

 

そして、タクトは今度こそ歩みを始めた。血濡れの剣を軽い動作で構えながら、三人との距離を縮めていく。ビクッ! と震える彼女達は逃げることが出来ない。このままだと殺されてしまうのが分かっていても、動くことができなかった。

 

 

 

 

が、しかし。

何歩か近づいたタクトが足を止める。射程距離に入った、という訳ではない。ジロ、と眼球が綺麗に横を向いた。

 

 

廊下の窓ガラス、そこから見える───飛び込んでくる人影に。

 

 

 

 

 

 

そして、窓から校舎へと突っ込んだ響は全力でタクトの顔面に拳を叩き込んだ。

 

 

「せぃぃやぁぁぁあああああッ!!」

 

ただ殴るだけでは終わらない。拳に全身全霊の力を送り込み、ありったけ力をぶつける。相手は何かを言おうとしたが、それは出来なかった。

 

そのまま勢いに任せて横へと吹き飛ばされたからだ。壁をぶち抜き、教室の奥へと転がっていく。机や椅子など、キチンと並べられた物に突っ込んで破壊する。

 

 

…………起き上がってくる様子はなかった。さっきの一撃は思いの外タクトに効いていたらしい。けど、響は安堵することはなかった。

 

 

 

────まだ終わってない。()()()はまだ暴れられるんだ。

 

 

 

「び、ビッキー!?その姿は何なの!?」

「皆!ここは私が何とかするから早く避難して!」

 

 

叫ぶように言うと、彼女達は困惑しながらも走っていく。普通ならまだ止まっていたが、先程の惨状に精神が追い詰められていたのと、響の今まで見たことないような剣幕に気負されたのだろう。

 

 

その背中が角を曲がって見えなくなった所で、瓦礫が崩れるような音がした。教室の中を眼にした響は思わず息を呑み、目を見開く。

 

 

タクトはゆっくりと起き上がっていた。しかしその起き上がり方が不気味かつ異様だった。

 

 

まるでマリオネットのように、糸で操られた人形みたいな動きで立ち上がる。しかし全身の接続部を組み直される事で常軌を逸した動きが、人間のようなものへと戻る。

 

 

彼は口を開いて大きく笑っていた。しかしその瞳は笑わずに忙しなく蠢いている。矛盾という違和感の中で、彼は楽しそうな声を出した。

 

 

あまりにも普通な、表情と一致するような。それすらも模造されたものかもしれないと思わせる声音で。

 

 

 

「ハハァッ!綺麗な一発食らっちまったなぁ立花響!不意打ちなんて良い趣味してくれるじゃねぇか!」

「……っ!タクトさん……!」

「再開のついでだ!あの時の続きといこうぜ!付き合ってくれるよ、なァッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

響と別れた後、板場弓美、安堂創世、寺島詩織の三人は廊下を走っていた。向こう側、自分達がいた場所から激しい轟音が何度も響いてくる。

 

 

戦っているのだ。響が、あの冷たい機械のような青年と。

 

 

「な、何が起こってるの……!?大人の人が殺されて、それで響が戦い始めて!」

「分かんない!けど今は避難するのが一番でしょ!?」

 

 

そう言い合いながら、何とか走っていく。何処に逃げれば良いか、彼女達にも分かっていない。けれど逃げなければいけないのはよく理解している。

 

 

一刻も早く、あの無機質な敵が此方を狙ってこないように逃げなければ─────

 

 

 

そう思っていた彼女達に再度悲劇が訪れる。先程と同じくどうしようもないほど過酷な状況が。

 

 

それは、角を曲がった瞬間に姿を見せた。

 

 

「の、ノイズ!?」

「嘘………こんな時に」

 

 

廊下に彷徨いていた四体のノイズ。

それぞれ別の形状をしている、けれども脅威である事には変わりない。

 

この場にいるのは三人、そしてノイズは四体。しかも全部の個体が廊下の真ん中を陣取っているのだ。どうやってもこの先を進むことは出来ない。

 

 

 

 

だが。

 

 

彼女達はまた脅威から救われる。前回のが友人の手助けなら、今回は本当の運だろう。

 

 

 

 

複数のノイズが一瞬で崩れる。

何が起こったのか、具体的には分からなかった。何か光のようなものが煌めいた瞬間だったので、言葉に表現することが出来ない。

 

 

 

「───あ?生存者か」

 

廊下の角から声が聞こえてきた。炭化したノイズの残滓が消える最中、その声の主はゆっくりと歩いてきていた。

 

 

全身コートの青年だった。足元までもを覆ってしまう程の面積の厚布。両手には何本もの白い筋が浮かぶ黒い手袋をしている。しかし先程彼女達が出会った敵とは何処か違う。

 

目つきは鋭く威圧ような感じがあるが、それでもあの青年よりは人間味が強かった。

 

 

その青年はジロリと創世達を睥睨する。それぞれ互いに寄り添っている彼女達に手を差し出す事もせず、自分の来た方向を指で指し示す。

 

 

 

「この先に地下施設へのエレベーターがある。そこにいる連中に保護して貰え。どうせシェルターとかを用意してるだろうし、テメェらを助ける事は出来る筈だ」

「で、でも貴方は………?」

 

 

最後まで聞こうとしたが、意味がなかった。

不安そうに声をかける寺島の声は空気を焼くような音に遮られる。数秒して真後ろの廊下が爆発した。

 

 

慌てて振り返ると、背後から近づこうとしていたノイズが消し炭になっていた所だった。消えかけていた形から見ると胴体に大きな穴が開けられていたのだ。それも一つではない、穴だらけの塊はオーバーキルと喚ぶべき程に蹂躙されていた。

 

 

実行したと思われる青年はつまらなさそうだった。掌を見下ろしながら鼻を鳴らすと、今度こそ腰を抜かしかけていた創世達を睨みつける。

 

射抜くような鋭い眼光を向け、強めの声で告げる。

 

 

 

「早くしとけ、俺だってテメェらを好きで守ってる訳じゃねぇ」

 

 

それを受けて、創世達はわたわたと走り出す。もう大丈夫かと青年は思う。あの先のノイズは既に排除している、何より近づく反応があれば自分に理解できている以上、彼女達は無事に地下に着けるだろう。

 

 

 

どこまで甘いものだ、と青年は吐き捨てる。八つ当たり気味にノイズであった灰を蹴り飛ばす。塵となって消えていくそれを眼にすることなく、廊下を歩いていく。

 

 

 

 

歩きながら、青年はポツリと声を漏らす。独り言と言うよりは、誰かに話す事だと思われる様子で。

 

 

「───エリーシャ、これはどういうつもりだ?」

『どういうつもりとは?質問の意図が読めないね』

「奴等のやり方だ。何故わざわざここを襲撃する?欠陥品とノイズで民間人を襲わせるのは、あまり得策には思えねぇが」

 

 

苛立ってないと言われれば嘘だ。

こんなような惨劇、普通に考えても容認できるものではない。現に彼はここら辺でノイズに襲われそうな人々を何人か助けている。

 

間に合わなかった人間がいたわけではない。普通に動いていた二課の面々が助けてる状況だったので、手助けは不要と判断したまでに過ぎない。

 

 

だが、通信を繋いでいるであろう男───エリーシャは落ち着いていた。無関係、自分には被害を被らないからか、気にする素振りが微塵にもない。

 

 

『無空剣が相手なんだ。彼の巫女殿も遠回しな時間稼ぎは無意味と理解しているのだろう。何なら自分で何とか出来る範囲で足止めさせておきたいのかもしれんよ?そもそも、私も彼を殺すなと忠告してるしね?』

「………それでも笑える話じゃねぇのは確かだ。戦いのたの字も知らねぇガキ共を襲う時点で反吐が出る」

『その方が良いからだよ。彼等、二課は人々の人命を優先する。仲間や民間人を狙えば彼等は必然的に戦わざるをえない。それが仕組まれたモノだとしても、ね?』

「流石外道。クソの考え方をクソなりに良く理解してるようだ」

『頭脳明晰、と言って褒めてくれても構わないよ?』

「死ね、気取って死に晒せ」

 

 

これは手厳しい、と相手は小さく笑う。真に受けてる訳ではない。六割以上は子供の戯れ言と取っているだろう。四割は自分は死なないという余裕か自信か。

 

 

ふと、青年は真後ろを見返す。

先程女子学生達が向かった地下のエレベーター。その最下層に彼が求むものがある。

 

 

『者』ではなく、『物』でもない。あれは『モノ』と表現するのが正しい。青年にとって『アレ』さえ手に入ればどうでも良かった。

 

 

しかし、

 

 

『あぁ、そうそう。二課に攻め込むのは後にしてくれよ』

「あ?テメェ、一体何抜かしてやがる?」

『少し面白いものが見れるからね。大人しくしていた方が良い。何より、君の求める「アレ」は後でも手に入るだろう?』

「…………………」

 

 

首の骨を鳴らし、青年は考えに耽る。優先するべきはどちらか、どのようにするのが効率や自分にとって都合が良いのか。

 

 

 

考えて考えて────エレベーターのある通路に背を向けた。そして、校舎の外へと続く道へと進んでいく。

 

 

「───見れなかったら、適当にぶっ潰して奪わせて貰うからな」

『ふふ、ならば期待して見ておくといい。君がこれから越えるべき敵というものを』

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

拳と拳のぶつかり合い。

格闘漫画や映画でもよく語られる手法だが、この現状はそれよりも激しく、戦況は進んでいく。

 

 

響は何発もの打撃を叩き込む。それら全てが相当の威力を有している。両腕に展開されたアームドギアを用いて、勢いを押し殺すことなく拳を放つ。

 

 

 

「ハハッ!ハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 

対するタクトは異様だった。片手に剣を持っているのにも関わらずそれを使うことなく、片方の素手で響の拳を受け止め、弾き返している。

 

 

遊ばれてる、そう思ってしまうが違う。相手にとっては本気であるのは間違いない。それでも響を押しきれないのは、彼女が成長した証拠だった。

 

 

「立花響ィ!見間違えるように鍛えたな!計画の邪魔をする為か!?このオレとマスターを殺す為かァ!?」

「違う!私は了子さんとタクトさんと話し合いたい!その為に戦うんです!!」

「ハッ!なら殺されそうになっても、そう言えるかよォ!!」

 

 

片腕の剣で校舎の壁を破壊し、外へ飛び出すタクト。わざわざ逃げ出そうとするタクトを追うように、響もそこから校庭へと移動する。

 

 

広大な場所へと線上を移したタクトは、ニヤリと笑いながら両目を細めて静かに観察している。

 

 

(オレの動きに僅かな遅れだが着いてきている。鍛えたのは伊達ではない、か。まぁ、まだまだ余力の範囲内だがな……………って、油断した方が返って危ねぇ訳だし)

 

 

 

 

(いっそのこと、絶技で決めるか。この分だと半分というよりも七、八割が妥当だな。下手に経験積まれても面倒この植えねぇから)

「…………出し惜しみ不要!そんじゃ、前回の続きとして一発叩き込んで────────」

 

剣を持ち上げ、突きのように水平に構える。自らの切り札である絶技、それを放とうとエネルギーを全身から回したその時だった。

 

 

 

 

 

ゾンッ!! と。

鋭い速度で飛んできた何かがタクトに直撃し、今にもエネルギーを収束させた剣を放とうとした肩を容赦なく貫通した。

 

 

「あ!?」

 

避けることも叶わなかったタクト。彼の片腕が力なく垂れ下がる。接続部ごと破壊されたのか小さな火花を散らしていた。

 

 

突然の不意打ちに怪訝そうであった彼は明らかに笑みを消す。そして片腕からその剣を引き抜き、ある方向へと投げ飛ばした。

 

 

 

「不意打ちってぇ、やるようになったじゃねぇか。風鳴翼ァ!!」

 

 

校舎の上に立つ人影────『アメノハバキリ』を纏う翼の姿。彼女を認視したタクトは嘲笑のような言葉を投げ掛け、垂れ下がった片腕を掴み彼女の方へと向ける。

 

 

力など流れてない手には剣が握られている。このまま放っても当てることなど出来ないが、それはもう片方の手で照準を補える。

 

 

しかしそこで、タクトはハッと振り返った。新しい反応を会得したのだ。自分のすぐ近くに向かってくる、もう一つのシンフォギアの反応を。

 

 

『イチイバル』。

赤いシンフォギアを纏い、銃火器の全てを展開して此方に向けてくる少女─────雪音クリスを。

 

 

 

 

「そいつだけじゃねぇッ!どこに注目してやがる!」

「ッ!おいおいまさかてめぇもかよ!?」

 

 

自分を狙ってるであろう銃弾の雨に、タクトは行動を中断し地面を砕いて回避する。その様子に先程までの余裕さは見られない、目に見えた動揺が明らかだった。

 

 

マシンガンを防いだ事で安心しきっていたタクトだったが、すぐに真上に視線を向ける。自分のいる場所が影に覆われたからだった。

 

 

 

 

大型ミサイル。電柱よりも太く巨大なミサイルが間近に接近していた。直撃すれば、無事では済まない程の大きな爆発物が。

 

 

 

 

「嘗めやがってェェェェェッ!!」

 

 

初めて相手への悪態をつき、タクトは垂れ下がった自分の腕を強引に掴む。全力の力で引っ張り────肩の接続部位ごと、強引に引き千切る。

 

 

ブチブチブチィッ! と機械の部品と共にケーブルが何本も切断される。尋常ではない激痛に顔を歪めながら、タクトは分断した腕を迫り来るミサイルへと放り投げた。

 

 

先端の部分を投擲された腕がへし折ったと同時に、大規模な爆発が生じる。直撃しないにしろ、真下にいたタクトは爆風と衝撃をその身に受けて、爆炎に呑み込まれた。

 

 

大きくないにしろ、クレーターのように抉られた校庭の中に白煙が漂う。霧のように散布されている為に相手がどうなったのかすら窺えない。

 

 

 

しかし、動く影が見えた。

煙の中で確かに、立ち上がるような人間の影模様が存在していた。

 

 

「………っ!」

「あれを受けて、まだ動くのかよ」

 

 

だが相手も、無事という訳ではなかった。

顔以外の全身を覆う純白の鎧には煤や傷跡がつき、片腕は完全に失くなっていた。後ろ側には腕だったものと思われる残骸が転がっている。

 

 

もう修復できない。既存であれば片腕を接続させていただろうが、それ自体が破壊されてしまった以上、タクトの戦闘行動は大きく制限されてしまった。

 

 

「……………ぎぃ、ぐっ」

「ようやく腕一本。それでも、押せているのは確かね」

「………互角、だろ?よく余裕でいられるな。それと、誰を押せてるって?」

 

 

異変が起き始めた。

背中に装着されていた金属の塊が分解される。機械のアームが動き出し、塊の奥から何かを取り出した。

 

 

 

腕だった。

先程彼が分断したものと、瓜二つの腕。

白い装甲を纏う機械の腕。背中の複数のアームがその腕を彼の肩の部位に近づける。

 

千切れていたケーブルが、息をしたかのように動き始めて、用意された腕の中へと入り込んでいく。そして、内側から再接続された。

 

 

戻ってきた腕を振り回し、馴染ませるように動かす。彼女達の咄嗟の連携すらも嘲笑うような、あっさりとした結果だった。

 

 

 

「お前らには、オレを倒せない」

 

 

息を呑んで此方を見据えてくる少女達にタクトは言う。笑顔を浮かべる様子もなく、本当に機械のような、冷たい表情で。

 

 

「オレはそのように、どんな敵をも倒すことを前提として設計された魔剣士。人間というものの限界を科学という領域で突破した存在だ。てめぇらみたいに、仲良しこよしで倒せる相手じゃあねぇんだよ」

 

 

 

 

 

 

「───それは、三人だけならだ」

 

 

短い声と同時に、新しい人影が着地した。それを目にしたタクトは、逆に笑みを浮かべていた。

 

 

余裕とは欠け離れた、どちらかと言うと達観に近いように見える。

 

 

相手はそんな事を気にしない。

周囲の惨状に目を細め、冷静に事実を口にしていた。

 

 

「例えお前がどんな切り札を有していたとしても、関係ない。響達と俺が同時に相手すれば、今のお前を倒せない訳ではないだろう」

 

 

そう言った無空剣は疲れすら見せない様子で、小さく息を吐く。溜め息に近いものだ。

 

 

「剣さん!」

「剣!襲われてた奴等は!他のノイズは!?」

「全て始末してきた。民間人をシェルターに連れていくのに大分時間を掛けた。だが、タクトの方は何とか止められてたようだな………特訓の成果はあったか」

 

 

簡単に言うが、現実はそう上手くはいかないだろう。

リディアン周辺の人々を地下のシェルターへと避難させる。ノイズと戦いながら、短時間でそれを実行したのだ無空剣は。

 

魔剣士の中でも最高峰と呼ばれるその強さ。シンフォギア三人とその一人がこの場に訪れた。もうこれで、虹宮タクトの勝つ確率は最低のものへとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────本当に、そうかァ?」

 

 

しかし、純白の魔剣士は笑っていた。

追い込まれている筈なのに、ピンチである筈なのに、確かに笑みを浮かべていた。自暴自棄ではなく、自分の思い通りである事への喜びを示すような、違和感しかない笑顔を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────タクト」

「よぉ、お前が無空剣か。始めまして、いや久し振りか?話に聞くんならなぁ」

 

 

 

 

ここで久しく─────この世界では始めて、無空剣と虹宮タクトは相対した。かつての世界では親友同士であった二人が、今度は敵同士として。




人が死ぬ!描写的に二人だけど!良いOTONAが!!


それに名前すら無いキャラクターを登場させてるし!原作と路線がズレたり戻ったりしてるよぉぉぉぉぉ!!!


………………ふぅ。



ついでですけど、剣さんが序盤で名乗り上げてましたけど、あれノリで動いてたんですよね。まぁそのノリのせいで後々色んな事があるですが………




感想や評価、お気に入りして貰えないかなー。やる気が出るんだけどなぁー(情緒不安定)


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『強化外装』

唐突ですけど、爆死って最悪ですよね(真顔)


リディアン内にあるエレベーター。

地下にある二課本部へと通ずるそこに、小日向未来と彼女と合流していた緒川が逃げ込んでいた。その付近には沢山のノイズだった灰が残っており、誰かが居た痕跡があったが、周囲に人は見られない。

 

 

 

そしてすぐさま地下へと降りていた所で、新たな脅威に襲われた。ノイズではなく、ある意味では厄介な存在。

 

 

 

 

「────どうやらタクトも暴れているようだな。あまり大きな被害を出すとは思えんが………」

 

 

緒川の首元を掴み、軽々しく持ち上げるフィーネ。高速で進んでいたエレベーターの天井をぶち破り参入した彼女は黄金のネフシュタンの鎧を纏っていた。

 

 

彼女の目的は、エレベーターシャフトの保護。二課本部内部に厳重保管されている完全聖遺物を自分の手に確保することにあった。タクトを向かわせることなく自分で動いたのは、彼が無空剣とシンフォギア装者の足止めに徹することが理由だった。

 

 

本部についた直後、緒川はフィーネの手から離れて抵抗を示した。何発もの銃弾をしつこく撃ち込んでくるが、フィーネに傷一つつかない。今の彼女は完全聖遺物との融合を果たしている。再生し続ける力を手にしたフィーネは難なく緒川を倒し、その場から離れようとした。

 

 

 

「………っ!」

 

 

そんな無防備なフィーネに未来は後ろから体当たりをした。効くとは思っていない。それでも、抵抗しない訳にはいかなかったのだ。

 

 

興味など抱かずにいた相手からの攻撃にフィーネは鬱陶しそうだった。しかし小さく笑うと、彼女に意識を向け始める。

 

 

「麗しいな………そうやったとしても、奴等が勝てる訳でもないのに。無駄な足掻きをする」

 

 

未来も、フィーネの言うことは分かっている。

戦う力のない自分にはどうしようもない、と。あの場に居たとしても、この場に居る状況下でも、小日向未来には誰かを守れる力はないと。

 

 

 

「それでも!私は諦めない!諦めたくない!皆が、自分の命を懸けて頑張ってるんだから!私も信じて戦いたい!」

 

 

そう叫ぶ未来に、フィーネは大きく顔を歪めた。その顔に浮かび上がるのは激しい怒り。激昂しそうな勢いで彼女は未来に平手打ちをしようとする。

 

 

 

 

 

 

しかし、その直後。

フィーネの真横から爆発が生じた。何らかの爆発物が炸裂したのだろう。が、あまり大きな爆発ではない、現に爆風や衝撃は近くにいる未来には届かないのだから。

 

 

 

思わず目を伏せてしまう未来だったが、すぐ近くから呆れたような声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『────やれやれ、何故最近の子は何故こうも無茶をするのか。まぁ、あの響クンの親友なら当然かもしれないが』

 

そこで彼女はあることに気付いた。いつの間にか自分がエレベーターから、怒りの顔をしていたフィーネから離れている事に。そして、自分の体が少しだけ浮いてる事に。

 

 

 

 

小型のドローンのような機械があった。しかしその姿はドローンというよりもマスコット染みた造形をしている。二つのレンズに横直線にある溝が、顔のように見えるのは、意図的なものか。

 

丸いとは言い難い小さな胴体の下から出した二本の仕込み腕で未来の肩を軽く掴んでおり、浮いていたのはそれに持ち上げられてたからだ。

 

 

ゆっくりと下ろされ、腰をついてしまう未来にドローンが声を発する。

 

 

『無事かね、小日向クン。………いや、無事ではないか。すまないね、遅れてしまい』

「え、何!?ドローン!?」

『………ドローンか、まぁ似たようなモノだ。だが一般的に出てきている物よりは優秀だとは思っているんだがね』

 

 

そのまま思い悩んでしまいそうな男性の声に、未来は聞き覚えがあった。声は何度も聞いていたが、本人とは会ったことがない。

 

 

無空剣と言う青年の保護者を名乗る人物。そして、この世界ではない別世界の住人。

 

 

「ノワールさん……ですか?その機械は一体………」

『私の自信作さ。「ユニオン-A1」と呼んでくれたまえ。この世界に来れない私の代わりさ。マスコット代わりに愛でてくれても構わんよ?』

 

 

そう声を発する小型ドローン────『ユニオン-A1』は未来の前に移動した。そして、目の前で煙を払ったフィーネが殺気を纏わせて睨み付ける。

 

 

「ノワール・スターフォン、貴様が出てくるか。しかし………その機械は、この世界で調達したものか?」

『正解だとも、流石はシンフォギアシステムの創設者。君の頭脳も伊達ではないね。これは風鳴司令や二課の皆に頼んで造って貰ったものさ。設計図を渡したのも前だから昨日完成したばかりだが、やはり上手く動けるようだ』

「…………小賢しい事だ。この場に出ることも出来ない癖に、策謀だけは優れているようだな」

『お互い様じゃないか。それに、自分勝手な怒りのあまりに子供に手を出すような誰かと私は違うとは思っているよ。言葉にしないが、誰かとはね』

「………………貴様」

『おや、怒るのか。さっきから思っていたが、君は意外に沸点が低いのだな』

 

 

挑発を吐く『ユニオン-A1』、ノワールに、フィーネの殺気が膨れ上がる。だが小日向未来の時のように暴発しないのは、指摘されていたからこそだろう。

 

 

それでも手を出そうとはせず、目の前にふわふわ浮かんでいる目障りな機械に対して嘲笑を向ける。

 

 

「だが、そんな物でどうする?この私を止められてるとでも?シンフォギアでもロストギアでもない、小型の機械如きで」

『無論、思っていないさ』

 

 

即答にフィーネが怪訝そうになる。

だが声の主であるノワールは答えることはない。代わりというように『ユニオン-A1』が仕込みアームを上へと向けた。

 

 

自分が知っているであろう誰かの居場所を伝えるように。

 

 

 

 

『しかし、君を止めるのは私だけではない。もう一人、素晴らしき協力者がいるのだから』

 

 

 

 

ドォォォォォォン!! と、天井が崩れ落ちた。

『ユニオン-A1』ではない、それが行ったのはただ指し示しただけ。何よりその機体には二課の壁をぶち抜く程の高火力を用いる事など不可能だ。

 

 

粉塵が舞い上がる中、そこから姿を現したのは風鳴弦十郎だった。何の武器を用いる様子もなく、彼は静かにフィーネを強い眼光で睨み付けていた。

 

 

 

「久しいな、了子君」

「………まだ私をその名で呼ぶか」

 

 

目を細め、そう吐き捨てるフィーネ。

裏切られた筈のなのに、彼女を櫻井了子として接する弦十郎に『ユニオン-A1』こと、ノワールが横に移動して囁きかける。

 

 

 

『風鳴司令、フィーネの纏うネフシュタンの鎧はクリスクンの時のような状態とは違う。おそらく肉体との融合を行ってると思われる。再生能力も通常とは比較にならない、何なら剣君相手にもやり合えるかもしれん』

「難しい事はいい、言いたいことは?」

『ノイズ以上の脅威であるのは確かだ。相手するからに勝率はあるのかね?』

「思いつきを数字で語れるかよッ!!」

『───ふむ、それもそうか』

 

 

その言葉を聞いて小さく笑った弦十郎は、フィーネを相手に構えを取る。チラリと隣に目を配るが、小型ドローンは軽くアームを振るう。

 

 

心配するなとでも言うように。

 

 

『援護はしよう。全力で殴り飛ばして来るといい』

「あぁ!────全ての話は君を倒した後で聞かせて貰うぞ了子君ッ!!」

 

 

怪訝そうになるフィーネだったが、身構えていた弦十郎の姿がその場から消えた。

 

 

いや、消えたのではない、自分の目の前にまで迫っていた。彼女ですら自身の目を疑う。何か特別な力を使ったわけでもなく、ただ此方へと突っ込んできただけなど、どうやって初見で理解できるだろうか。

 

 

思わず絶句してしまうフィーネ。咄嗟に肩の装甲から伸びる鞭へと手を伸ばすが、そんなチャンスを彼が許す訳がない。

 

 

 

───容赦の無い一撃が、叩き込まれる。

下手をすれば装者達すら一撃で沈め、ロストギアを纏う無空剣でさえ大ダメージを負うことは間違いないであろう拳が、腹にめり込む。

 

 

 

「ぐ────がっ!?」

 

比喩抜きで、鋼を砕きかねない一撃に呼吸が難しくなる。凄まじい威力によって彼女は吹き飛ばされ、激突した壁が大きく砕けた。

 

 

立ち上がろうとして、フィーネは瞠目する。ネフシュタンの鎧、完全聖遺物にヒビが入っていることに。すぐにそれは再生されるが、問題はそこではない。

 

 

ギアを纏わない人間がこれを成した、その事実が問題なのだ。

 

 

 

「ば、馬鹿な………完全聖遺物を、圧倒するだとっ!?なんだ、その力は!」

 

 

異常なものを見るような目を向けるフィーネ。そんな彼女の言葉に弦十郎は答えた。

 

 

当たり前の事だと言わんばかりの顔で。大声を轟かせ、教えてやることにする。

 

 

 

「知らいでかッ!飯食って映画見て寝る!男の鍛練はそれで充分よッ!!」

 

 

 

 

────いや、それは司令だけに限られると思うがね。

 

端から聞いていた『ユニオン-A1』、もといノワールはそう心の奥で呟いた。普通に鍛えただけで完全聖遺物を凌駕する肉体など手に入るなど有り得ないと思っていたが、そういえば彼の特訓で(剣の手助けもあったが)響も並外れた戦闘力を得ていた事を思い出した。この時だけはフィーネに同情するノワールだった。

 

 

しかし、ただ殴られるだけのフィーネではなかった。両側の壁を鞭で破壊し、突っ込んでくる弦十郎の前に瓦礫を飛ばす。それら全てを素手で叩き落とすという有り得ない所業を行う弦十郎だったが、その間にフィーネは距離を取っていた。

 

 

 

「その肉、削ぎ落としてくれるッ!!」

 

 

忌々しそうに叫び、両腕を振るう。厳密には肩の鎧から伸びる鞭を。近付く前に仕留めるというように、鋭利な鎖を打ちつけんとする。

 

遠距離でなら、どうにかなると考えたのだろう。

 

 

 

 

『悪いが、そうはいかんね』

 

 

割り込むように飛び出してきた『ユニオン-A1』。気安い声を告げ、胴体から仕込み腕を展開する。しかし先程のようなアームではない、腕の先にあるのはピンク色に光る刃だった。それはネフシュタンの鞭、蕀のように棘を生やした武装と同色だった。

 

 

フィーネがそれに気付いた時には襲い。

ネフシュタンの鞭と『ユニオン-A1』の振るう刃がぶつかり合うと同時に、それぞれの武器が弾け飛ぶ。

 

 

ぶつかり合った部位に大きなヒビが入り、砕けたのを見てフィーネは声を荒らげる。その現象は、彼女だからこそ見覚えがあった。

 

 

 

「完全聖遺物同士の………対消失ッ!」

『ふむ、成功という訳か。君の鎧に対抗する武装としては有効だね。聖遺物に博識な君でも思いもよらなかったな?』

 

 

自分の武装が消失と言うのに、『ユニオン-A1』は戸惑う様子すら見せなかった。人間のような動きでアームを動かし、考えるような素振りを取る。

 

 

あの刃、ピンク色のブレードはネフシュタンのものだ。しかしフィーネの纏うネフシュタンは今ここにある。普通に考えて、彼等にそれを手にするチャンスは存在しなかった筈だが──────

 

 

 

『二課本部内に保管されていたネフシュタンの鎧の欠片さ。かつて剣クンの体内に食い込んでたものを、秘密裏に回収させていたのさ。そして今、君の為に使っている。無論、再生力が売りのネフシュタンだ。刃は何回も使えるぞ?』

 

 

そう言い、他の仕込み腕を一斉に動かす。計六本の腕全ては同じようにネフシュタンと同等の性質の欠片であるブレードだった。

 

 

普通でなら、完全聖遺物の欠片を兵器の装備にしようなどと思う人間はいない。人間の技術では手の出しようがないから、聖遺物として扱われているのだ。

 

 

だが、彼、ノワールはこの世界の住人ではない。魔剣(ロストギア)という叡知の結晶を発見した科学者だ。言うなれば、彼にとって魔剣と同じようなものである聖遺物を兵器に組み込む事は難しい話ではない。

 

 

 

 

「化け物どもめ……っ!人の身で完全聖遺物を上回ろうとは!」

 

 

 

『司令の御言葉を借りるなら…………これが大人だよ。子供達ばかりに苦労させる訳にはいかんからね』

 

 

自ら鍛え上げてきた、人並外れた戦闘能力を誇る風鳴弦十郎。科学という分野に特化し、完全聖遺物の欠片を武装へと用いるノワール・スターフォン。

 

 

住む世界は違えど、彼等は似たような大人であった。子供達だけが戦う事を良しとせず、自分も戦場へと踏み込む。立場と振るう力は別だとしても、その身に宿す思いは同じなのだ。

 

 

「だが!所詮は人の身!」

 

 

立ち上がり、手を伸ばす。

彼女が掴んだのは何らかの武装─────そう、ソロモンの杖だった。人を炭化させる事に特化したノイズならば『ユニオン-A1』は無理だとしても、自分を圧倒している弦十郎を無力化できる。

 

 

だが、弦十郎はその場で踏み込んだ。先程までの戦闘の際に割れた地面が衝撃によって宙を舞う。前方に浮かぶ幾つかの瓦礫を見定め、サッカーのような応用で蹴り飛ばす。

 

 

フィーネがソロモンの杖の効力を発動しようと直後に、瓦礫が杖を弾き飛ばす。天井へと突き刺さった杖を回収せんと鞭を伸ばそうとするが、

 

 

 

『させると、思うのかね!』

 

鎖のように伸びる鞭に、ピンク色の刃が衝突した。慌てて振り返ると、遠方から『ユニオン-A1』が腕を振るっていたのが見えた。武装であるブレードを、ブーメランのようにして飛ばしたのだろう。

 

 

お陰でネフシュタンの鞭は触れた部分が消失してしまった。完全に消えている訳ではないので、再生させることは可能だが、

 

 

 

「これで終わりだ!」

 

そんな隙を見逃す弦十郎ではない。拳を握り締め、全力を叩き込もうと迫る。

 

もう、フィーネにどうする事も出来ない。お得意のノイズも呼び出せない、ネフシュタンの攻撃は決して通じない。

 

ここで倒される。それが目に見えた事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──弦十郎君!!」

 

 

瞬間。

フィーネはそう叫んでいた。顔も声も、さっきまでのものと違う。櫻井了子としての顔で、突然の事に怯えるような声音で、仲間であった人の名前を声にしていたのだ。

 

 

そして、機械越しに見ていたノワールもその行為に目を見開いて絶句する。不味い、そう思った。

 

 

風鳴弦十郎は強い、だがどうしようもなく優しかった。良く言えばそうなる、しかし厳しい言い方をするとそれは甘さだ。保護者としてノワールは美徳だと考えていたが、この場でそれは大きな欠点となってしまう。

 

 

 

何故なら目の前にいる彼女は櫻井了子であるのは確か。しかし同時に、それはフィーネでもあるのだから。

 

 

 

戦場で油断を見せればどうなるかは分かるだろう。怪物のいる暗闇の中で、何故か無傷の子供に不用意に近寄ればどうなるか。

 

 

 

人が死ぬような状況下で甘さを見せればどうなるのか。ノワールは良く知っていた、それで───守るべき子供が、あの青年の、親友の命は同じようにして奪われたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

『────風鳴司令ッ!!』

 

 

叫ぶのも遅い。ノワールは『ユニオン-A1』を駆り、何とかしようとするが、今すぐ向かったとしてもどうしようもない。

 

 

 

 

 

蕀の鞭が、動きの止まった弦十郎の腹部を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「─────タクト」

 

 

静かに向き合う青年、無空剣。彼は今、自分の目の前に立つ存在を見据えていた。かつてなら現実を受け入れられなかっただろう、限界の余り折れていたかもしれない。しかし自分の後ろには、その背中を見守る三人の少女達がいる、自分を受け入れてくれた大切な仲間達が。

 

 

だからこそ、現在自分の前に立つ過去───その姿をしたモノに、立ち向かえるのだ。

 

 

 

「無空剣か、()()()()()()()()()()ぜ」

 

そう告げたのは、虹宮タクトという青年だった。しかし彼は響達のような人間でも、無空剣のような魔剣士(ロストギアス)でもない。

 

 

サイボーグというのが近いだろう。人体を機械に、魔剣士(ロストギアス)よりも兵器へと特化された個体。

 

 

 

その人体こそが、かつての旧友 虹宮タクトだった。

 

 

「【魔剣計画】から脱走した序列三位。そして、前のオレと仲が良かったってのもな」

「…………あぁ、そうだ」

「───悪いけど、アンタの事は覚えてねぇ。話から聞くに昔のオレとアンタは相当仲の良かった親友らしいな」

 

 

やはり他人事。

自分に非があると理解してるように、申し訳なさそうな顔をするタクト。しかし、そこに込められた彼の感情は─────何一つない。

 

 

悪意を抱いてる訳でも、本気で心配してる訳でもない。本当に無関心なのだ。

 

 

 

「けど、今のオレは違う」

「………」

「例えこの姿がアンタの親友のものだとしても、中身であるオレは全く別の存在だ。肉体の話じゃなくて、オレという人格的に」

 

 

 

例えるとしたら。

特定の容器から発生した気体Aと同じ容器で発生した気体B、厳密にはこれらを同一の物と断定できない。

 

 

同じ肉体から生じた魂は、皆同じ人格を持つわけではない。環境、時期、人間関係、境遇───様々な要因が絡み合う事で人格とは形成される。しかし全てが全て、正しいわけではない。

 

 

無空剣もそうだ。彼と同じ生き方をすれば彼のようになれるとは言えない。僅かに違うところがあれば、人の在り方は変質する。

 

立花響も風鳴翼も雪音クリスも小日向未来も、誰であろうと同じだ。例えその人本人だとしても、必ず類似するとは限らない。並行世界の自分が別人に思えると言う意見も、それが起因している。

 

 

 

「だから殺すさ、子供だって大人だって。止めてきたアンタが誰だろうと関係ない。邪魔する敵は一人残らず殺す。だってオレはそんな風に調節されてる兵器なんだ」

 

 

だからこそ、今いる虹宮タクトは、無空剣の親友ではない。有効利用されて動かされた屍から発生した、全く別の魂。

 

 

同じ虹宮タクトでありながら、発生したその魂はかつてと同じものではない。

 

 

故に『彼』が苦手としていた人殺しに躊躇しない。『彼』が喜んで行っていた人助けの意味を見出だせない。故に、今ある存在は無空剣の知る親友ではない。

 

 

彼の身体をして、彼を名前を持つだけのナニかだった。

 

 

 

 

 

そして───無空剣は、彼の言葉を黙って聞いていた。親友の姿をした者から事実通達。大切な人間だからこそ思う、酷く理不尽な運命。

 

彼の言葉を最後まで聞き負えた青年は、

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

静かに嘆息するだけだった。現実を受け止める者にして、あまりにも軽い様子。ショックを受けて絶望するようなものとは、どうしても違っているのだ。

 

 

それは相手をしていたタクトの方が怪訝そうな色を浮かべていた。首を傾げ、不思議そうに見つめる。

 

 

「あれ?傷ついたりしねぇの?予想では普通にショックを受けるって思ってたんだが」

「………安心しろ。前々から理解していた、お前が俺の知るタクトでない事くらい。ただ、俺の考えが甘かっただけだ。

 

 

 

 

もしかしたら、今のお前と分かり合えるんじゃないかってな。親友として、また笑い合えるんじゃないかってな」

 

 

だが、それは幻想に過ぎない。

死んだ人間は既に死んでいる。かつての過去を、今ある現実に重ねるつもりなど今の無空剣には毛頭無い。

 

 

 

代わりに、やるべき事が出来た。そう言うように、剣は目の前の青年に堂々と突きつける。

 

 

 

「俺達はお前を止める。それは決定事項だ」

「………殺すんじゃねぇのかよ?お前は最強の兵器、魔剣士(ロストギアス)だろ?」

「知るか。奴等のつけた枠組みなんぞどうだっていい。俺は俺のやりたいようにやらせてもらう。だからこそ、お前をぶちのめした後に話し合うのも、俺が決めた事だ。抵抗するのは良い、だが腹を括って受け入れろ」

「自分勝手だな!それは力の持つ者の特権───傲慢って言うんだぜ!?」

「────それが?理解してるさ」

 

 

あっさりと言い切り、剣は何歩か後退した。恐怖を覚えてしまったのではなく、もう言いたいこと全てを伝えたと言うように。

 

 

代わりと言うように、響が前に歩み寄る。

 

 

「………話してくれませんか?」

「おいおい」

「タクトさんの目的を。そこまでしてやりたい事も、了子さんに従う理由も、全部───教えてください」

 

 

こんな状況下でも、響は対話を望む。困惑してしまうタクトだったが、すぐさま顔を変える。明らかな嘲笑で、彼女に向かって吐き捨てた。

 

 

 

「バァカ!そう簡単にマスターの計画を話す訳がねぇだろ─────あん?マスター?…………良いって?了解りょーかい」

 

 

………どうやら通信でフィーネがそれを許したらしい。何の意図があるのか、もう止められないからという自信からかもしれない。

 

一転して、笑みを浮かべたタクトは楽しそうに笑う。子供のような無邪気な顔で、高めの声で彼女達に告げた。

 

 

「喜べよ!マスターから許可が与えられた!お前らにマスターの計画、それが何なのかを教える事のな!」

 

 

そこまで言ったタクトは、ピシャリと表情は無機質なものへと変える。違和感を覚える面々の前で、静かに語り出した。

 

 

「かつての話だ。何千年もの昔、創造主であった神はこの世界全ての人類に呪いを掛けた」

「の、“呪い”?」

「『バラルの呪詛』、我がマスターはそう呼んでいる。人類の意志疎通や相互理解を妨げ、共存してきた人類に争いと殺戮を行わせるように仕向けた呪いだ!てめぇらも理解できただろ、これが人類が争い合う理由だってな!我がマスターは、その呪いを解くつもりだよ!」

 

 

唐突な事だった。

あまりにも急過ぎる話に響は困惑を隠しきれなかった。それは翼も、クリスも同じだ。

 

 

例外は、剣だけ。彼だけはその話に少しだけ聞き覚えがあった。それはかつて────とある騒動の際に、ある男の口から出た言葉だ。

 

 

 

───この世界の人類に遺伝子単位で組み込まれた概念的なシステムかな?

 

 

(奴は、エリーシャは確かそう言っていた。この世界の人類に遺伝子構造的に存在する呪い。それが“バラルの呪詛”ってヤツなのか?)

 

 

「さて、てめぇらに問題だ!マスターが忌々しく思う『バラルの呪詛』、それは何処から発生してると思う?」

 

考え込んでる最中、タクトはそう聞いてきた。『バラルの呪詛』、人類にいがみ合うように調整された大規模な呪い。

 

 

だが遺伝子に組み込むだけなら、自然に途絶えても可笑しく無いだろう。だが、タクトとそのマスター───フィーネが動いている以上、『バラルの呪詛』はそう簡単には消えないと思われる。

 

 

剣はある程度予想はする。数千年も続くのならば、それはきっと長い間存在し続けていたのだろう。誰にも違和感を持たせず、ただあるだけで呪いを与え続ける。

 

そんな長い時代から存在する呪いの根源とは、一体何処に──────

 

 

 

 

「月だ」

 

指先が、天へと突き立てている人差し指が、答えを示していた。

 

 

あるのは、夜空に浮かぶ満月。暗闇の世界を照らす、空の光源だ。彼が示しているのは、それしかなかった。

 

 

 

「あれこそが『バラルの呪詛』の発生源!長きに渡り人類に呪いをかけ続けてきたものさ! 何故昔の連中が月を恐れてたか分かるか? あれこそが!呪いの根源って訳だからなぁ!!」

 

 

「月が………」

 

「争いが、戦争が起きてた理由なのかよ!?」

 

 

語られる月の真実に言葉を失う響とクリス。剣も驚きはしていたが、すぐさま冷静に戻ることが出来た。そして、瞬時に考えついてしまう。敵が目的を果たすために、何をする気かを。

 

 

同じくそれに気付いた翼が顔を上げる。険しい顔のまま、真実を告げた青年を問い詰めようとした。

 

 

 

「だが、貴様は先程呪いを解くと言った!それはまさか─────」

 

 

「大正解、だッ!賞賛してやるぜ風鳴翼ァ!!

 

 

 

 

 

そう!マスターは今日、月を穿つ!その時の為に用意した、『カ・ディンギル』によってな!『バラルの呪詛』の根源たる月を破壊することで、人類の相互理解を妨げるものはなくなる!我がマスターの長年の悲願が果たされるってぇ訳だッ!!」

 

人差し指をその他の指ごとまとめて握り締める。満月に翳した掌で掴み取るように。彼は最早何も見ていない、見ているのは未来だ。月を破壊した後の、計画を果たした後を思い浮かべていた。

 

 

 

 

「笑わせるな!それはお前らが世界を支配することだろ! 安い!安さが爆発し過ぎてる!」

 

「何とでも言えよ、雪音クリス」

 

 

挑発的に言うクリスに、タクトは目に見えた様子で嘲笑う。どう言われようと、気にしてすらいない。既に何人も殺害してる相手だ、言われて止まるような生半可な覚悟ではないのだろう。

 

 

だが、

 

 

「彼等はどうなる」

 

無空剣は、そう口にしていた。彼は、コンピューター以上に優れた演算能力が、月の破壊の結果を何十回も編み出した。

 

 

その答えは────どれも一つだった。

 

 

 

「月が破壊されれば、この世界の人達はどうなると思ってる。それで争いをしなくなったとしても、大勢の人間が死ぬことになる!何回計算しても人類の総人口八割は、それ以上は確実に死ぬのは確かだ!」

「関係あるかよ!元より勝手に争いあって互いを傷つけ合ってた連中じゃねぇか!死ぬなら自業自得だ!まぁ無関係の奴等に関しては………………仕方ないって奴だ、分かるだろ?誰が死のうと、オレもマスターも止まるつもりはねぇのさ!!」

 

 

「どうして……?」

 

咄嗟に声に出す響。その言葉の意味合いは、彼の動機だろう。何故そこまでするのか、そうまでして、何を求めているのか。

 

それを聞いたタクトは笑みを浮かべると、口を静かに閉ざす。

 

 

 

 

 

「………てめぇらには分からねぇだろ」

 

 

低い声で、彼は呟く。噛み締め、歯を砕きかねない程に力を入れて。ここでようやく機械的な表情が剥がれた。その中から姿を現したのは、不愉快と表現するしかない感情だった。

 

 

「自分を受け入れてくれる連中がいるてめぇらには、オレの気持ちは理解できない。何者にもならずにいるオレの気持ちなんて」

「…………タクトさん」

「分からねぇよな!分かって良い訳がねぇ!お前らは個人として在るんだ、在れるんだ!けどオレは違う、番号でも個体名でも別けられてすらいねぇんだ!虹宮タクトっていう、昔くたばった奴として扱われる!!」

 

 

初めて出会った時、羨ましいと思った。

彼女には、立花響には掛け替えのない友達もいる。他とは違う家族もいる、他とは違う環境にある、他とは違う力を持っている。

 

 

誰かと違うと、ハッキリ区別できるものがある。それが『彼』にとって死ぬほど羨ましかった。何故なら、自分にはそんなものは存在しないから。友達もいない、家族もいない。力はある、肉体もあるし名前もある。だがそれは、故人の持つべきものだ。

 

 

真に『彼』を、一人として区分できるものは何一つない。

 

 

「うんざりなんだよ!オレは奴とは違う!オレは奴のように優しくない!オレは奴のように上等な存在じゃねぇんだ!なのに、連中は、どいつもこいつも平然とオレを『虹宮タクト』って呼ぶ!オレをオレとして見てくれない!

 

 

 

オレはオレになれないんだ!この身体の、この肉体のせいでッ!!」

 

 

自分が特別になりたい、というのとは違う。彼は死んだ人間の以外の誰かへとなりたいのだ。『虹宮タクト』ではなく、全く別の人間へと。

 

 

世界でただ一人しかいない、同じ人間なんて存在しないような────彼はそのように生きたかった。

 

そうなれるなら、ごく普通に生きるだけでも良い。どんな環境にいようと、どんな地獄にいようと、自分が自分であれるなら、救いがあるだろう。

 

 

だが、亡骸から作り出された『彼』にはそんなものは無かった。面倒だからという理由で『彼』を作った科学者達は『彼』を故人そのものへと生きるように調整した。

 

 

 

───『彼』は、強くなかった。例え仮初の名前を、身体を与えられても自分を保とうとすることが出来なかった。

 

 

絶望して、泣き叫び、怯えて。

自分が自分で無くなってしまうのが何時になるのか、それだけが恐怖でならなかった。身体を切り刻まれる事も、人を殺すことも辛かった。

 

でもそれ以上に、『自分』という存在が上書きされてしまうことが、恐ろしいほどに怖かったのだ。

 

 

どうしようもなくなって、『彼』は変わるしかなかった。優しかった故人とは違い、冷徹非情に。人を殺すことを望まない誰かと比較するように、人を殺す事への躊躇を捨てた。

 

 

そうすることで、自分は違うと思っていたから。嫌がる心を殺し、引き裂き、潰すことで、『自分』という聖域を守りたかった。

 

 

でも、それでも変われなかった。

だからこそ、

 

 

 

「邪魔なてめぇらを叩き潰す!このオレの存在意義!

 

 

 

 

 

 

機械として、兵器としてじゃねぇ!このオレが、オレとしてなれる事だ!これだけは譲れない、誰かの役に立ってオレは!オレの存在を残せる、証明になれる!そこでオレは、『虹宮タクト』以外の─────誰かにとって『特別な人』になれるんだ!!」

 

 

彼にとってフィーネは、マスターは自分を自分として見てくれる人物だった。兵器として扱われたとしても、道具として扱われてたとしても、あの人だけが『自分』を『自分』として認めてくれるのだ。

 

 

そして、そのマスターの臨むことの為なら『彼』は何だって出来る。

 

 

 

例え世界中の全てから呪われるようになっても、満足してあの人の元に下るだろう。だって、自分を受け入れてくれるのが、あの人だけだから。

 

 

地面に拳を叩きつける。轟音と共にひび割れる地面。機械には到底出来ないような感情────怒りと敵意に満ちた顔で、彼は吼える。

 

 

 

 

「マスターの願いを叶える!それがオレの悲願!!それを、お前らに!正しい事を言える立場にいるてめぇらには邪魔させる訳にはいかねぇんだよっ!!!」

 

 

同時の事だった。

ひび割れた地面から、何かが飛び出してきた。あまりにも巨大すぎる白い塊だ。タクトの纏う鎧と同じような、純白の機械。

 

 

 

「アルビオン!?」

「ここに来て動き出したか!」

 

 

二本の剛腕を持ち上げ、『アルビオン』は重機のような爆音を轟かせる。近くにいるだけで鼓膜が引き裂かれるような騒音が、周囲に響き渡る。

 

 

耳を押さえる少女達の横で、無空剣はそれに大きな違和感を抱いていた。『アルビオン』とタクト、この二体がフィーネの持つ兵器。しかし、それでも二対四になった事に代わりはない。

 

 

 

(………だが、本当にそうか?)

 

それだけならば、タクトは今勝ち誇ったような笑みを浮かべる理由が分からない。

 

 

LOSTGEAR-ARMAMENT、アルビオンに付けられていた呼称の一つだ。要約すると、魔剣武装となる。兵器ではなく、あくまでも武装。

 

 

 

 

 

そこで、無空剣は言葉を失う。

あるのだ、その違和感に該当する答えが。自分が一番早く気付くべきだった、恐るべき可能性が。

 

 

 

「まさか─────『強化外装』!?」

 

 

しかし、やはり気付くのが遅すぎた。声に出した時にはタクトは笑みを浮かべ、自らの手に握る剣を空高くへと掲げる。

 

そして、後方に鎮座する兵器に向かって、大声で叫ぶ。

 

 

「アルビオン!オレの鎧となれ、マスターの障害を打ち砕き、捩じ伏せる力を──────!

 

 

 

 

たった今、オレは兵器になる!マスターの為に、『オレ』の為に!!」

 

 

 

 

そう叫び、彼は自らの胸元に────剣を突き立てた。ズドッ! という音と共に、口から少なくない鮮血が溢れる。だが、力ずくで心臓を貫いた訳ではない。剣先は背中から飛び出さずに、彼の肉体の中に収まっていく。

 

 

よろける青年は、それでも立ち上がる。キッ!と目の前に立つ敵を睨み付けながら、タクトは天へと自らの右腕を伸ばした。

 

 

 

握り締め、そして叫ぶ。

敵を殺す為の、兵器と化すための呪文を。

 

 

 

 

 

 

 

「『外装接続(オーバーフレーム)────強化装着(アーマード)』ッッ!!!」

 

 

 

 

直後、アルビオンの体が崩れる。いや、分解されていく。細かいパーツや部品が乖離して、その中心から巨大なケーブルが出現する。

 

 

同時に、タクトの背中の装甲が展開し、そこから接続部位と思われる穴が現れる。巨大なケーブルは生き物のように先端を開き、

 

 

 

ガゴンッ!!

 

と、タクトの背中にケーブルが連結した。その途端、タクトが両目を見開き、大きく身震いを起こす。ガクガクと震える彼の身体を、光のラインがケーブルからアルビオンへと流れ込んでいく。

 

 

そして、アルビオンの装甲や部品が動き出し、タクトの身体へと纏われていく。ただ纏うだけではない、部品や装甲が大きく変形していき、その大きさも『アルビオン』の何倍も越えていこうとしていた。

 

 

今もなお変異していく『それ』の本来の名前は。

 

 

 

 

 

─────【アルビオン=カラドボルグ】。

一人の魔剣士の亡骸から造り出された、新世代の魔剣搭載兵器。人為的な力で、圧倒的な破壊をする為だけに設計された()()()()の怪物。

 

 

 

 

 

兵器を鎧のように纏った魔剣士は、純白の巨体となりその場に君臨する。その大きさは六メートルを優に越える。本気で測定するなら、八メートル以上の大きさ──下手しなくても、リディアンの校舎を遥かに越える程だった。

 

 

胸元の部位に収まったタクト。全身を無数のケーブルで繋がった青年を白い装甲が覆い隠す。そして巨体の変形が完全に止まったかと思えば、竜の頭部と思われる細い前面装甲に、二つの光が生じる。

 

 

 

翡翠の双眼が煌めくと同時に、融合は完了した。異様な変形は急に停止し、残ったのは地上を睥睨する真っ白な巨神だけ。

 

 

目の前にいる少女達、そして此方を見据える魔剣士(同族)を鋭い目で射抜く。

 

 

 

『さぁ来いよ!マスターの敵は一人残らず、このオレが叩き潰してやるッ!! 誰だろうと、何であろうと、どんなものだろうとォッ!!!』

 

 

機械越しの声を響かせ、内部にいるタクトはそう吼えた。白い巨龍も両腕を地面へと叩きつけ、同じように咆哮を轟かせる。

 

 

目の前の障害となる敵を皆殺しにする。やはり『虹宮タクト』が選択しない決断を選び、『彼』は今までと同じように抹殺を行う事にした。

 

 

 

 

白き龍の、禍々しき雄叫びが夜空を引き裂いた。




見た目が白き龍というところよ。まぁアルビオンって名前だしね、仕方ないよね!


……真面目な話をしますと、タクトもとい『彼』は割と残酷ですよね。『自分』として見られず、『虹宮タクト』として区分されるのは、精神的に苦しいですし。



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白き巨龍

昨日というか一昨日地震酷かったですけど大丈夫でしたか!?自分は無事でしたが、強すぎて死ぬかと思ってしまった。


予定では昨日投稿するつもりでしたが、部屋が荒れてたので掃除していました(汗)もう足の踏み場がねぇほどの惨状でしたし…………。




巨大な震動。地震と思われるような轟音を聞き、弦十郎は目を覚ました。視界に映ったのは先程までの二課の廊下ではなく、見慣れた本部内のものだとすぐに理解する。

 

 

「司令!」

 

『目が覚めたか、風鳴司令』

 

 

そう声をかけたのは、横にいる二人だった。厳密には一人と一体────オペレーターの友里あおいと、『ユニオン-A1』を操るノワールだ。

 

 

起き上がろうとして、僅かな痛みを感じる。痛覚の生じた腹部を見やるとそこには何重にも包帯が巻かれていた。それでも血が滲み出しており、応急処置であるのには代わりない。

 

 

 

「………博士か、すまない」

 

『別に気にする事ではない。 どちらかと言えば、私よりも緒川クンを労うべきだよ』

 

「いえ僕は…………肝心な時に動けなかったんですから。博士の助力があったからこそです」

 

 

時は少し、二課本部まで侵入してきたフィーネの策で弦十郎が腹を貫かれた時にまで遡る。一気に形勢逆転したフィーネは確信の笑みを浮かべながら、弦十郎から鞭を引き抜いた、直後。

 

 

 

『────緒川クン!』

 

『ッ!』

 

自らの名を呼び掛けに、倒れ伏してた緒川は飛び起きる。気絶させられていたにも関わらず、目覚めてすぐに装填をし終えた拳銃で何発か銃弾を撃ち込む。

 

 

フィーネ本人にではなく、彼女達が暴れていた廊下の天井を。

 

 

そこに『ユニオン-A1』は追撃というように榴弾を撃ち込み、大規模な爆発で廊下に巨大な瓦礫の山という臨時のバリケードを作ったのだ。

 

 

「………しかし、それで彼女もそう簡単に諦めるとは思えないが」

『現に諦めたよ、いや見逃されたと言うが正しいか。君の腹を貫いた時に制御装置を奪われてね、止められなくて申し訳ない』

「………………いや、全ては俺の責任だ。肝心な所で躊躇ってしまった。了子君、いやフィーネは俺達が止めるべきであったのに」

 

 

悔しそうに呟く弦十郎。同じように一同は顔を俯かせていた。しかし、機械越しに聞いていたノワールは一息をつく。

 

 

 

 

(─────確かに甘いのは事実。だが、そういうあなた方だからこそ、彼を託せられた。理解をしてくれると私個人としては嬉しいね)

 

 

ノワールにとって、弦十郎達────二課は感謝してもしきれない程の恩人の集まりだ。無空剣という青年を心から受け入れてくれたのだ、しかも同じ人として。

 

 

 

 

 

「それよりも………そこの子達は」

『リディアンの生徒だろう。二課の本部内に避難しようとしていたのを見掛けて保護してきたのだよ。それでも凄いものだな、ここまでノイズに襲われずに来るとは』

 

 

彼の視線の先にいるのは、リディアンの生徒安藤創世、寺島詩織、板場弓美の三人だった。今は同級生である未来の近くで不安そうに此方の様子を窺っていた。

 

 

 

 

強い子達だ、とノワールは『ユニオン-A1』を手繰り、感心したような動作をする。しかしその話を聞いていた三人の中でリーダーのような立ち位置である創世が手を上げてこう伝えてきた。

 

 

「あの……私達、助けられたんです。男の人に」

『─────何だって?』

「えぇ、確か不思議な人でした。寒いのか分かりませんが、分厚そうなコートを着込んだ………私達と同じくらいの人でした」

『分厚いコートに、君達と同年代くらいの………男?』

 

 

 

覚えがあるのか、『ユニオン-A1』はピタリと動きを止めた。それからして、機械の合成音声が小さな言葉を作り出す。ノワール博士の真剣な考え、その呟きをだ。

 

 

 

『………まさかとは思わんが、ノイズを倒していたのか?武器や、装備は?』

「は、はい!どんな風に倒してたかは見えませんでしたが………素手、でした」

 

 

思い当たったらしく、今度こそ言葉を失うノワール。彼はこの世界とは離れた自分の研究室で、激しく困惑していた。

 

 

『……………『彼』、までも? いや、そんな筈は………いや、エリーシャまでも来ているのだから可能性は。だがしかし、『彼』はそんな性格では無いと聞いていた。あのエリーシャと手を組むなど────』

 

 

様子の変わってしまったノワールの様子に怪訝そうな顔を浮かべる弦十郎。彼女達を助けていたのは一瞬無空剣だと思っていたが、ノワールの様子から違うとは判断できる。

 

 

それなら、彼女達を助けた人物とは一体誰の事なのか────

 

 

 

 

 

「モニターの再接続完了!こちらから操作出来そうです!」

『………う、うむ。すまない、少しだけ取り乱した』

 

 

作業を行っていた藤尭が報告を口にする。二課の端末をモニターへと接続させ、大画面に映像が移される。

 

 

 

映し出されたのは、すぐ真上での光景だった。山かと思ってしまう程、巨大な体躯を有した何か。月明かりが当たっていないのか、その全貌が見えずにいた。

 

 

相対するようにしているのは、それぞれのギアを纏った、剣、響、翼、クリスの四人。

 

 

「響!剣さん!」

「ビッキー!?………それに、あの人は!」

 

親友の名を叫ぶ未来に釣られ同じように画面を目にした創世は、かつて出会った事がある剣に瞠目していた。二課の大人達も最初は彼等の姿を目に通していたが、もう一つの存在に意識が向いた。

 

 

 

満月の光に照らされ────巨神はその姿を見せる。全身が純白で包まれた大型の怪物。人型に見えるが、上半身しか存在しない。それに頭部の造形からして、どちらかと言うと竜に近かった。

 

 

 

 

「な、何あれ!?あんな、アニメみたいなの!?」

 

 

困惑するような叫ぶ弓美。彼女の反応は最もだろう。自分の知る同級生と知人、そして有名人も何らかの鎧のようなものを纏っている。更に敵対してるらしいのは、巨大な竜のような怪物。現実には到底存在しないような異形なのだから。

 

 

 

 

「竜……?でも、それにしては……機械にも見えなくないですけど……」

「な、なら…………いや、そもそも、ビッキー達が相手してるアレは」

 

 

 

 

 

 

 

 

『────強化外装』

 

 

 

ポツリと、ノワールの呟きだけがその場に浸透した。全員の視線が、声を発した『ユニオン-A1』に集中する。だが、小型ドローンは気にした様子ではなかった。

 

 

 

『………ヤルダバオトめ、あんな物を実用化させていたか!剣クンですら扱えない、じゃじゃ馬だぞ!私達のいない間にそこまで進めて────クソ!やはりあの連中の事など信用出来ん!!忌々しい!想像するだけでも不愉快だ!!』

 

 

勝手に脱線して、勝手に怒りに悶える博士の様子を、『ユニオン-A1』は動きで表現していた。他の物に当たろうとはせずに、ジタバタと腕を振り回すその姿は小柄故に可愛く見えるが、動かしてるのは大人なのでそんなに特別な事ではない。

 

 

 

あまり動けない弦十郎は、困ったように息を吐く。普通ならそのままにしておくのが一番だが、博士の口から出た『強化外装』について知りたかった。

 

 

「博士、詳しく説明を」

『…………あれは「強化外装」。魔剣士(ロストギアス)専用の駆動鎧(パワードスーツ)のようなもの、ある種のブースターとも言え、 魔剣の力を何十倍も引き出す性能がある』

 

 

魔剣士は魔剣(ロストギア)の力を最大限に引き出す為に造られた存在。ならば、『強化外装』は外側から魔剣士を強化する為の装備。

 

 

『しかし、現存する魔剣士の誰もが制御できた訳ではない。剣クンの「強化外装」も、今の彼には手に負えない程強力すぎる……………機械が人間を振り回す、その言葉を実現するほどには、ね』

 

 

画面に映る巨体を見据えたノワールの説明は続く。とあら青年と共に保護していた青年の変わり果てた姿に、思うところがあるのだろうが、それをひた隠しにして。

 

 

 

『あれは、ほぼ機械と化したタクトクンだからこそ出来たものだよ。普通なら出来はしない、そもそも危険すぎて実用化不可能とされ封印されていた筈だが……………なるほど、剣クンに対抗する為の切り札というのも頷ける』

「それじゃあ、響達は…………」

 

 

相手が凄まじい、異様なまでの実力があると。その事実に不安げな表情を浮かべる未来。安全な場所からでも、この重圧だ。近くで戦ってる彼等は、どれ程の緊張感と覚悟でいるのかなど、普通に考えて想定も出来ない。

 

 

『────魔剣とは、英雄と共にあるとされている。伝説の武器に選ばれた者達だ、英雄に相違はあるまい』

「……?」

『分からないか?なら分かりやすく説明すると、

 

 

 

 

 

 

 

英雄達は、そう簡単に負けない。何より、仁義や守る者のいない敵にはね』

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

白い巨神は、ゆっくりと動き出す。胴体だけしか存在しない【アルビオン=カラドボルグ】は、その場で片腕を大きな動作で振り上げた。

 

 

目視で確認した剣は振り返ることなく、鋭い声をあげる。

 

 

「────散開しろッ!」

 

 

そう言った時には、それぞれの動きで距離を取っていた。剣自身も既にその場から離れていた。それを、

 

 

 

 

『──まとめて、砕けろォ!!』

 

 

寸前の地面を、剛腕が薙ぎ払った。それだけで発生した強風が、周囲の建物を吹き飛ばし、破壊し尽くす。数メートルなんてものではない、人が避難したとは言え、周囲の建造物の多くが蹂躙された。

 

 

 

───腕を振るっただけでもこの惨状。何よりあれはまだ魔剣の力を完全に引き出してない。ただ巨体による利点を利用しただけの破壊に過ぎない。

 

 

 

 

「ちくしょうっ!あの野郎、ここまでやるかよ!?」

「これ以上、奴を暴れさせる訳にはいかない!」

「ッ!待て!!」

 

 

目を見開き唖然とする雪音。翼は激励でも投げ掛けるような強めの声を放ちながら、飛び出していく。咄嗟に剣が制止しようとするが、彼女達は既に動いていた。

 

 

自らの歌を口にしながら、刀剣を振るう翼。巨大な体躯を駆使して【アルビオン=カラドボルグ】の頭部へと斬撃を叩き込む。

 

 

一発だけでは終わらせず、更には。

 

 

 

 

──【蒼ノ一閃

 

 

巨大化させたアームドギアによる、刃の形状をした青色のエネルギーが直撃する。持ち上げられた顔、白い装甲に包まれた龍の頭部に狙いを定め、命中する。

 

 

 

直撃だ。

翼の本気の一撃。防御すらする事なく、あれはただ攻撃を受けた。

 

なのに、

 

 

「何……っ!?」

『ハハッ、流石はシンフォギア』

 

 

龍の双眼が光を灯す。白い装甲には傷がつけられていた。しかし、予想よりも小さな傷だ。掠り傷程度の、技を叩き込んだように思えない程の。

 

 

【アルビオン=カラドボルグ】は首を動かし、駆動音を鳴り響かせる。

 

 

 

 

 

『だが───効かねぇんだよ!今のオレにはなぁ!!』

 

 

笑い声と共に、内部にいるタクトは嘲り笑う。直後に、宙にいた翼は吹き飛ばされた。白い巨龍が何かをした訳でもない、実際巨龍は身動きすらしなかった。

 

 

だからこそ翼も見切る事が出来ず、避ける間も無く、不可視の攻撃を受けてしまった。

 

 

砲弾のように、勢いよく校舎へと叩きつけられそうになる翼を、剣が身をもって止めた。背中に展開されている二本の剣翼をアンカーのように射出し壁に突き立てるようにし、この場から離れないようにする。

 

 

 

それでも、不可視の攻撃を受けたのは変わりのない事実。彼は自分が何とかして庇った翼の身を案じた。

 

 

 

「翼っ!」

「……ぐっ、平気だ……無空は!?」

「生憎、そんな柔な作りはしてないから大丈夫だ」

 

 

それよりも、と剣は翼に目を向ける。無言で頷く彼女と剣は、既に不可視の攻撃を理解していた。

 

 

 

 

何故なら、何度か目にしていたり、直に味わっていたのだから。

 

 

 

 

 

「『アルビオン』の、衝撃波……」

「合体したからには特性を受け継いでるのは理解していたが、想像以上に威力が上昇しているな」

 

 

『アルビオン』に搭載された主要武装。反響させた音波を特別な機器で衝撃へと変換するという、科学技術による兵器の力。

 

 

本体であるタクトと接続、融合した事により、その武装はタクトの力となっている。魔剣、【カラドボルグ】の力で強化されている事には変わりない。

 

 

 

その間も、響とクリスは【アルビオン=カラドボルグ】相手に立ち回っていた。大振りで放たれる巨大な腕、それに一撃を何度も叩き込んだり、無防備となった顔面にミサイルをひたすら撃ち込んでいく。

 

 

そんな最中─────巨体故に、翻弄されている巨龍の中から、苛立つような声が聞こえてくる。

 

 

 

 

『────小賢しい歌だなぁ』

 

 

同時に白き巨龍の装甲が展開され、内側にあるものが露出する。───────スピーカー、それが八基程。丁度両肩の部位に武装として組み込まれていた。

 

攻撃に使えるとは思えない装備。しかし明らかに起動して、効果を発揮しようとしているのは確かだった。

 

 

 

 

『そんなもん、オレに聞かせるんじゃねぇッ!!』

 

 

耳障りな高音。思わず耳を塞ぎたくなるような、高い周波数を極めきったような音が。展開された複数のスピーカーから巨龍の周囲に、見えない空気の波となって生じていた。

 

 

 

異変は明らかだった。歌を奏でていた少女達にだけ、明確な変化が明らかになる。

 

 

───弱くなっている。歌う事で得られるフォニックゲインが、減少しつつあった。

 

 

 

明白な変化に戸惑う響。しかしクリスは───遠くから認視していた剣と翼も、その現象に気付いていた。

 

 

 

「その音波っ!微弱な波で、歌に干渉して………ッ!」

『対策くらい、講じてるってんだよ。間抜け』

 

 

歌というものは、数式に似てる。一つ一つの節を組み合わせることで一つの歌へとなるが、そうなる為には完璧でなければならない。

 

その間に、全く合わない数式が組み込まれてしまえば、それだけ歌というものは歪んでしまう。微弱な波で歌自体を揺らし、既存の力を引き出せないように。

 

 

 

『オレのマスターが一体誰だか忘れたか?────シンフォギアシステムの開発者!あの人に従ってるオレが、シンフォギアへの対処法を用意してねぇ訳もねぇよなぁ!?』

 

 

更に、剛腕が振るわれる。彼女達はすぐさま回避して攻撃に転じるが、全く効いてる様子は見られない。

 

 

どれだけ歌を奏でても、割り込まれるように高音が、歌を変質させる。純白の装甲に小さな傷を与える程度の威力へと貶めて、自分の好き勝手に暴れ、暴力を乱雑に振り回す。

 

 

状況の不利が、どこまでかは、誰でも理解できる。

 

 

 

だが、

 

 

「───シンフォギアを弱めてるだけなら!」

 

地を蹴る影があった。尋常じゃないスピードで残骸から残骸へと跳び、砲弾のように疾駆する人影。

 

 

視界の隅にそれを捉えた巨龍が腕を持ち上げる。下からゆっくりと振り上げ、自分の前へと突っ込んできた無鉄砲な相手を叩き潰さんとして────タクトは気付いた。

 

 

無空剣。

自分よりも遥かに格上。この鎧を纏ってなければ、近づく事の出来ない存在。青紫色に光る義眼を輝かせ、もう片方の眼で相手を射抜く。

 

 

 

魔剣(ロストギア)は届く筈だっ!!」

 

 

回転しながら、剛腕を蹴りつけた。ただ脚力を込めた一撃は【アルビオン=カラドボルグ】の腕を大きく後ろへと弾く。

 

 

一瞬、無防備になった巨竜の顔に狙いを定める。首の部位に装着された小型の武装、機関砲台が此方に向くが、その横を、縦横無尽に舞う『魔剣双翼(ガードラック)』がぶち抜いた。

 

今度こそ、竜のような頭部に拳を打ち落とす。メギャッ!! と凹む音が響き、後方へとその体が弾かれる。

 

 

 

最強の魔剣士の一撃を受けたタクトは、巨龍は口を震わせて────

 

 

 

 

 

 

『───気持ち良いぜ、この感覚って奴ァ』

 

 

心地良さそうに笑う姿に、剣は舌打ちをしてすぐさま距離を取る。ダメージは与えられた。だが、奴にとってまだまだ許容範囲に過ぎない程だ。

 

 

倒すには、まだ決定打となる一撃が必要だった。

 

 

 

『そうだ、そうだよ。これだ、これがオレの求めてたものだ!絶対的、敵はこの世界全て!マスターの邪魔をする連中!そいつらを皆殺しにする、誰だろうと殺してやる!爽快だァ、満足そのものだぜェ!!』

「………ッ!」

 

 

誰かに必要とされたい。

それが現在(いま)のタクトを動かす動力源となるもの。ここまでくれば執着どころではなく、まさしく執念、狂気に違いない。

 

 

 

 

───本当にそうか?

 

無空剣は咄嗟にそう思ってしまった。あれが彼の思考そのもの、それは間違いないだろう。だが、それが純粋なものだと決定出来るだろうか? 何かが関係してるとは、言えるはずだ。

 

 

 

(まさか………)

 

 

嫌な予感が、脳裏を過る。

【魔剣計画】がタクトを復活させたのは、自分を狙わせる為。ならばただ復活させ、この力を与えるだけに止めるだろうか?

 

 

どれだけ力を与えたとしても、次のタクトが無空剣と殺し合う事など確実に有り得る筈がない。むしろ一度親しくしていた親友なのだから、友好的になる事を警戒するだろう。

 

 

ならば、殺し合わせるにはどうするべきか。

 

 

 

 

 

(奴等、その為だけに?オレを殺す、オレと戦わせる為だけに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていうのか───────)

 

 

『だからよぉ』

 

 

白き竜の内部に、コアとしての役割を担う青年は笑う。

 

 

『どの道全員殺すんだ。まとめて消し飛ばしてやる、地下の連中も生き埋めになるくらいにはなぁ』

 

 

二本の巨腕が、地面を掴む。踏ん張るように、背中から射出したアンカーを、周囲の地面へと突き刺し、固定する。

 

 

何をする気か、そう思っていたが、答えは奴の本体が口にしていた。

 

 

 

 

 

 

『─────魔剣、絶技』

 

 

 

ガシャコン、と内部で何かが装填される。白い龍は口を開く、より大きく、盛大に。顎が外れたと思える程にして展開されたのは──────一本の虹色に光る剣と、それを囲むように並ぶ四つの砲門だった。

 

 

ゾワリ、と剣の中で嫌な感じが増幅していく。発生源は片目、グラムの残骸にして欠片の一部が大きく震えている。ズキズキと疼き始める義眼を押さえながら、彼は目の前の巨龍を睨つける。

 

 

 

『魔剣絶技』

魔剣士にとっての必殺技。ただの攻撃でしかないものもあれば、それだけで戦況を揺るがしかねない強力なものもある。

 

が、それは一般的な魔剣士だからこそ。『強化外装』を纏った魔剣士なら、その一撃がどれほどのものかは、想像するにも易い。

 

 

 

莫大なエネルギーを前に、剣は思考を加速させる。この場を、この状況を乗り越える最適解を答えとして出す為に。

 

 

(避けるのは不可能ではない…………だが、)

 

 

今の自分には、守るべき仲間と、人々がいる。ここで戦ってくれている大切な仲間が、地下で懸命に現状を変えようとしてくれている二課の皆が、同じように避難している一般人がいるのだ。自分だけ回避など断固として有り得ない。

 

 

 

ならば、どうするべきか。

選択肢に迷うことなどなかった。

 

 

 

「───絶技には!同じ絶技をッ!!」

 

 

 

つまり────相殺。

 

 

 

GLAM(グラム)主要武装展開(アームド・オン)──────『龍剣グラム』、抜刀》

 

 

腕の装甲を組み換え、漆黒のブレードを展開する。『龍剣グラム』、人類ではなく、形の無い脅威を討ち滅ぼす為に実装された魔剣を。

 

 

 

 

剣が身構えた時には、【アルビオン=カラドボルグ】も、既に準備が出来ていた。

 

 

ここら一帯を吹き飛ばす、高火力かつ広範囲の殲滅攻撃を。

 

 

 

『───────カラドボルグ・ゼストッッ!!!』

 

 

龍の息吹のように、開かれた口から四つの光が生じる。膨大なエネルギーの塊。魔剣カラドボルグから最大限に引き出した力の奔流だった。

 

 

球体状にまで膨れ上がったエネルギーは耐えきれずに、爆散する。無論、四の砲門の中央に位置する、剣から放たれる虹色の極光によって。

 

 

同時に、五つの光が螺旋となる。捻れ、捻れ、捻れながら、一つの極光になろうと回転を繰り返す───剣の波動。

 

 

絶大な光の奔流が、街や周囲ごと敵となる障害を排除せんと迫り来る。あらゆるものを呑み込み、食い潰そうとする純粋でいて、禍々しくも感じられる光の波が。

 

 

 

 

「───魔剣絶技ィッ!」

 

 

そうはさせないと剣が一歩前へと踏み込む。右腕に展開された『龍剣グラム』を大きく振り上げ、深く、更に深く腰を落とす。

 

義眼が、紫色に妖しく輝く。同じ色のラインが彼の身体を走り、右腕の『龍剣グラム』へと収束する。ビキビキ、と血管が浮き出し、筋肉が増強され、右腕に全ての力が込められていく。

 

 

シィィィーーーンッ!! と紫光を纏いし剣が、黒曜石のような色合いへと変じる。刀身も通常の数倍、二メートル以上へと伸びて、横から何枚もの刃が展開される。

 

 

踏み込んだ地面が爆発し、地盤を揺るがす。それでも止まらず、限界にまで振り上げた『龍剣グラム』に全ての力を入れる。

 

 

 

目の前にまで迫ってきた光の奔流。視認出来る程のエネルギーの波を、

 

 

 

 

 

────【龍首斬(りゅうしゅざん)・エクスターダンダリオン

 

 

たった一振で、薙ぎ払う。

真上からゆっくりと下へ。それだけの動作でも、伴われる力に比例はない。

 

虹色に輝く光を黒耀の剣で斬り伏せ、エネルギーの波に絶大な力を衝突させる。

 

 

魔剣と魔剣。

分類的には同一とは言い難い威力の攻撃が激突し、大地を、世界を震動させる。

 

 

その結果─────

 

 

 

 

 

 

 

 

───相殺。

 

それぞれの一撃は互いの威力を削り合い、それぞれのエネルギーと力を相手へと叩き込んだ。

 

 

 

『バッ………ガゴァ!!?』

 

白い巨体が大きく後退する。仰け反り、そのまま倒れ込みそうになる。強力な虹色の光を放っていた口内の砲門に、力の波動が叩き込まれ、防御不可能の衝撃に身を揺るがせた。

 

内側にいるタクトも、神経的なダメージを受け、小さな呻きを漏らす。だが、彼はまだ終わってはいない。

 

 

 

対して。

 

 

「───ぎ、」

 

凄まじいエネルギーの圧を浴びた剣も、無事ではなかった。一振を解き放った腕は引き千切れんばかりに押し戻され、形容しがたい痛覚が剣の脳髄に響いてくる。

 

【アルビオン=カラドボルグ】のような巨体ではない故に、その身体は勢いよく吹き飛ばされる。地面に叩きつけられ、そのまま建物の残骸へと転げ落ちた。

 

 

だが、その直後で。

自分を何とか引き留める手があった。お陰で壁に叩きつけられる結果は防がれる。

 

 

「助かった、響。ありがとう」

「は、はい!でも、腕が……」

「───あぁ、悪いが限界だな」

 

 

彼の右腕はまだ健在だ。しかし、それは時間の問題。肩の接合部は乖離しかけており、装甲も剥がれそうになっている。現に、今も神経経路が負傷しており、鈍痛が連続して響いてくる状態だ。

 

 

次あの火力の一撃を放てば、片腕を喪失することは間違いない。確信的に、今までの戦いで養われてきた勘というものが、そうだと理解していた。

 

 

 

 

瓦礫の山を盾のように隠れていた剣と響に、翼とクリスが合流する。【カラドボルグ=アルビオン】は追撃をしてこない。あれも、『魔剣絶技』を放った代償として、動きを大きく制限されている。

 

 

もう一度起動するには、それなりの時間が必要な筈だ。

 

 

「あたしの『イチイバル』や先輩の『アメノハバギリ』が全く効いてねぇ! 何なんだあの機体!」

「それが『強化外装』だ。少なくとも元のタクトの三倍はいってるだろう…………無闇に挑んだ所で、どうしようもない」

 

 

「ならば、『絶唱』しかない────」

 

 

全員が言葉を失い、翼に視線を向けた。この場の誰もが、その言葉を知っている。それがどれだけ強力で、危険性を秘めているのかも。

 

 

 

『絶唱』は、シンフォギアによる切り札。しかし魔剣士の絶技とは比べ物にはならない、命を賭けなければならない。適合率が高い人間でも、それを使えば死ぬとさえ言われる程。

 

 

…………かつて、風鳴翼と共に戦っていたという少女。天羽奏は薬物を使い何とかギアを纏っていた。その彼女が『絶唱』を歌った結果が──────死体を残さず、塵と消えた。

 

 

そんな危険なものを、使うわけにはいかない。だが、このまま【アルビオン=カラドボルグ】を放置していれば、地下で見守っている二課の皆を生き埋めにしようとするだろう。それだけは、何としても阻止しなければならない。

 

 

 

険しい空気の中で、剣が彼女達の名を口にした。突然の事に振り向く少女達の顔を見据え、彼は告げた。

 

 

 

「俺に、奴を倒す策がある。代償は軽いもんだが、失敗するとチャンスは無くなる。お前らに俺の命を賭ける───────だから、お前らの命を俺に賭けろ」

 

 

 

仲間の命と勝利。

天秤に賭けてどちらかを優先するなど有り得ない。どちらも掴みとって見せる。それが、無空剣という青年のやり方だ。

 

 




取り敢えず!お気に入り、感想評価!よろしくお願いします!




所で思うんですけど、フィーネといい後々の皆さん(ネタバレ防止)といい、何でまぁ面倒なまでに吹っ切れてんですかねぇ。まぁ、言葉や正論で止まらない敵達ですからね。伊達に何百年も生きてるBBAではな(殴殺



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純白の魔剣士(虹宮タクト)

作者「いやー、朝眠いなぁー。取り敢えず小説書こうかー」

小説確認。

評価オレンジ色。

作者「ふぁ!!?」


…………くだらない話は止めておくとして、改めて皆様にお礼を。この小説を読んでいただきありがとうございます!これからも小説を書いていきますので、どかよろしくお願いします!






巨大化は負けフラグ。前々の話から言うべきでしたよね(バッサリ)




────一方で。

 

白い巨神は倒れたまま、起き上がろうとはしてなかった。無空剣からの一撃に応えたのはあるが、限界という事ではない。

 

 

内部、コアに当たる所で────彼、タクトは頭を抱えていた。背中や腕、ケーブルに接続された身体を乱雑に振り回しながら、顔を歪めて呻く。

 

 

「…………が、ァ………ぁあ、アァッ!」

 

見開かれた瞳孔が、何処かを見詰める。本来、彼の視界は【アルビオン=カラドボルグ】と同調している為に、映る光景は、巨龍の見渡す全てだ。

 

 

だが、今彼が視ているのはそんなものではない。頭の中に直接叩き込まれる映像。それは、記憶と呼ばれるものだった。

 

 

 

 

 

場面は、一つの集落に移り変わる。夜中の集落の外れ、そこで『彼』は小さな男女と話していた。

 

 

『───なぁ、兄ちゃん』

 

少年と少女、兄弟というのは何故か理解できる。少女は目尻に涙の跡を残し、少年へと寄り添う。対して少年は両拳を握り締め、泣きそうな顔をしていた。

 

 

 

その理由は、瞬時に光景を視ていたタクトの頭に入ってくる。

 

 

『あの時、あの人に酷いことを言っちゃった。妹を助けてくれたのに、傷つけた。謝りたい、ごめんなさいって伝えたい…………どうしても』

 

 

少年は、ある人物に心無い言葉を浴びせた。その人に助けられたという事を知らず、妹に手を出されたと思った故に、全てが勘違いであり、家族を守る為の行いだった。

 

 

しかし、ある人物は妹を助けていただけだった。何より、自分の事をよく理解していた。咄嗟に少年が吐いた言葉は、彼の心に深く突き刺さった。

 

 

 

 

────妹に近寄るな、化け物

 

 

少年が今も話している『彼』にとって、ある人物は親友でもあり、相棒でもあった。心無い一言は、自分達『魔剣士』にとって、人間とは違うと示す証明だった。

 

 

 

───馬鹿馬鹿しい、タクトはそう切り捨てた。今、自分が表情を浮かべてるとしたら、きっと明らかに顔をしかめていただろう。

 

 

無関心、興味のない────既に理解している旧知の事実故に。

 

 

 

しかし、この光景を覚えている『彼』は違う反応を示した。しゃがみこんで、少年の顔に目線を合わせる。その光景を視て、タクトは言葉を失った。

 

 

自分と同じ顔をした青年────彼は、心の底から嬉しそうに笑っていた。それも純粋に、自分には到底真似できない程に。

 

 

『大丈夫。相棒はオレよりも優しいんだ。きっとちゃんと謝れば許してくれるさ』

『………本当に?』

『あぁ、約束するさ。兄ちゃんに任せてくれ!』

 

 

これは、魔剣への同調による副作用。タクトは魔剣カラドボルグを一定のラインまで使い続けると、このような記憶を見る事が何度もある。

 

 

記憶と言っても、本人のであって本人のものではない、何とも曖昧な判定だ。しかしただ視るだけなら彼にとって何ら影響はない。ただの記憶でしかない、映像媒体なのだから。

 

 

 

「───違うッ」

 

 

しかしタクトは、その光景を否定する。それが自分なんて、この記憶の持ち主が、自分と同じなんて肯定したくなんてなかった。

 

 

 

受け入れてしまえば、自分が惨めに見えてしまうから。何者かに拘って、それ以外の事を考えられないタクトが憐れになってくる。

 

 

「これはオレのものじゃねぇ。オレじゃあねぇんだ!死人、故人!オレの前に死んだ奴の記憶だろうが!抹消された記憶が、何も為せなかった奴の思い出が、未練がましいメモリーが!このオレを惑わせてくるんじゃねぇよッッ!!!」

 

 

ただ別の魔剣士(ロストギアス)なら無視していた。ある程度の嫉妬はしていたとしても、ここまで激情に駆られる事はなかっただろう。

 

 

だが、この景色を視ていた青年は───自分だ。虹宮タクトという名前を持つ個体であり、前のタクト。他ならぬ自分自身であり自分自身ではない存在、

 

 

 

 

 

 

────羨ましい、そう思った。思ってしまった。自分という在り方を気にする事もなく、ただ善性を信じて、誰かにその手を差し伸べる事が出来る。

 

 

 

何故、ここまで歪んでるのだろう。同じ名前を有して、同じ姿をしているのに、人格は、心は───『彼』の比にはならない。

 

 

『自分』を求め、渇望する………何とも浅ましい自己顕示欲でしかないのだ。

 

 

 

「………………落ち着け、落ち着けよ虹宮タクト。お前は誰だ?マスター フィーネの、唯一にして忠実な(しもべ)だろうが」

 

 

自分に言い聞かせ、落ち着こうとする。

 

 

「全てを潰すそれが、オレの──────?」

 

 

言って、タクトは目を細めた。自分の目の前に360度、全方位に浮かぶ画面。【アルビオン=カラドボルグ】の展開された視界だ。まだ何とか形を残したリディアンの校舎の残骸、その屋上に青年の姿があった。

 

 

 

無空剣でも、シンフォギア装者でもない。

ロングコートに体を包み隠した青年は素手で、何の武器も鎧も纏ってはいない。だが、機械的に示される画面は、その青年と捉えた途端に、けたたましい赤色へと変化した。

 

 

 

つまり、重要警戒のセンサーを。最も注意すべき障害であることを。

 

 

 

 

 

 

 

「──────────アイツは」

 

 

自らの思考が加速していき、相手の情報を正確に知る。その瞬間、タクトも巨龍の体躯を動かしていた。口を大きく展開して、『魔剣絶技』の用意をしておく。

 

 

相手は、タクトにとって最重要に警戒すべき力を有する。それもシンフォギア以上に…………或いは、無空剣以上に。

 

そのタクトの警戒を機械越しに受け取ったのか───青年は巨龍の方を見上げてきた。

 

 

 

「───っ」

 

それだけで、気圧される。引き締めていた全身が、圧倒的な敵意によって、更に固く締まる。言葉を返すことも出来ずに、乾上がった喉を振るわせることしか出来ない。

 

 

しかし青年は鼻を鳴らすと、タクトから視線を変えた。そして、最早原型のない屋上の瓦礫に背を預けている。無関心な様子、興味など微塵も見られない。その動作に、タクトは彼が何を言いたいのか、その意味を理解した。

 

 

 

(…………“好きにしろ”、見学のつもりか?脅威にならないのなら、構わないが)

 

勿論、鵜呑みにする気はない。油断した隙に後ろから攻撃をされる可能性も考慮している。そうされた場合、対処する用意はしておく。

 

 

 

そして意識を青年から外した途端、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 

 

「…………なんだ?」

 

 

歌が、聞こえてきた。周囲に並ぶ瓦礫の山から。歌を奏でて自分の力を上げてる、タクトは瞬時にそう判断してかかった。

 

 

だが、その歌詞は聞き覚えがあった。何より、わざわざ隠れたのに歌を歌う理由が分からない。自分が魔剣士(ロストギアス)だと言うのは理解している筈なのに…………。

 

 

その疑惑は、次の歌詞を聞いた時に晴れた。いや、より分かりやすく言うと、気付いた。

 

 

 

 

 

───Emustolronzen fine el baral zizzl

 

 

 

「まさか─────絶唱!?」

(しかもこの波長や声音…………風鳴翼か!?)

 

 

脳内から、その情報をピックアップする。かつての『ガングニール』適合者 天羽奏が最後に使ったわざであり、彼女の命を奪った直接的な理由でもある。

 

絶唱は、あまりにも強力すぎる技。絶大なエネルギーの放出によるバックファイアで、装者本人を殺す刃にも成り得る。

 

故に。命を使う程の技だからこそ、タクトはシンフォギアを警戒していた。万が一、絶唱を受けてしまえば、どうしようもないから。

 

 

 

(だとすれば不味い!あれだけは、一撃でも喰らえない!!)

 

 

【アルビオン=カラドボルグ】はシンフォギアへの対抗策を用意していた。歌に干渉し力を軽減する超高周波、音を震動させ衝撃へと変換する装置。しかし、それも『絶唱』を使われてしまえば意味を為さない。

 

 

たった一人の『絶唱』でも、装甲を引き剥がされる可能性がある。そうなってしまえば、タクトは完全に敗北してしまう。それはシンフォギアの適正のある翼のものだから、敗北の可能性が一段と増えてしまう。

 

 

(ならばッ!歌う猶予すら残さず─────一撃で仕留めるのみ!!)

 

 

決意を固め自らの腕を───ケーブルを介して、巨神の右腕を動かす。歌の響く方向、発生源を特定して、震動を集中させる掌を翳す。音波や衝撃を大きな掌へと収束させ────

 

 

 

 

 

歌の発生源を、吹き飛ばす。シンフォギア装者に大ダメージを与えられるように、最大限にまで高めた衝撃波を、瓦礫の山を巻き込む形で放つ。

 

 

白い巨体が大きく揺れる。自らの放った衝撃波に圧倒されたのではない。【アルビオン=カラドボルグ】の衝撃収束砲による反動。機体全体が大きくブレるからこその震動だった。

 

 

 

 

 

 

そう想定していたからこそ、気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザンッ!! と。

【アルビオン=カラドボルグ】のうなじが、一瞬で切り裂かれた。

 

 

 

「な、にィ───!??」

 

 

巨体と神経をリンクさせているタクトは、目を白黒させた。首を斬られたような激痛が脳にガンガンと響いてくる中、彼は攻撃をしてきた下手人を慌てて見つけ出そうとする。

 

 

時間はそう掛からなかった。相手は巨体のうなじの部位に立ち、此方を見下ろしている。

 

 

問題は、自分に傷をつけた相手の正体だった。

 

 

 

 

「──ようやく、一撃が効いたな」

 

(風鳴…………翼!!)

 

 

剣先を向ける彼女に気圧されるように息を飲むタクト。何故近づけた、と疑問を抱いたが、瞬時に答えを得た。

 

 

衝撃波を放った直後、巨体の全てを揺るがす程の反動によって、認識機能が接近してくる彼女を確認できなかった。だが、同時に新たな謎が生じる。

 

 

「馬鹿な!?奴は今しがた絶唱を歌っていた!オレの後ろに回り込むチャンスなど無かったはず!」

 

そう、タクトは間違いなく彼女の絶唱を耳にした。間違いなどある筈がない、彼は敵対する装者三人の声音やシンフォギアの能力などを脳内にインプットしてある。一番速く、彼女だと気付けたのもそれが理由だ。

 

 

 

だが、風鳴翼は【アルビオン=カラドボルグ】の首を取ろうとしていた。瞬時に後方に回って死角を取るなど、今の彼女の身体能力でも不可能に近い。

 

 

そう思っていた矢先。

自分が吹き飛ばした瓦礫の山から、出てくる影を見た。

 

 

 

 

 

「無空、剣……ッ!?」

 

出てきた青年の姿に、タクトは更に困惑を大きくする。彼が出てくるのはまず有り得ない。絶唱は装者でしか使えない。認めたくはないが………百歩譲って、タクトが他の誰かの歌と聞き間違えたとして、それは女性であることが大前提だ。男である無空剣が彼女と瓜二つの歌を歌えるなど─────

 

 

だが、彼の視界は彼の姿や状態を、より正確に映し出す。そこに浮かび上がる彼は─────自らの喉に手を添えていた。自らの声の調子を整えるように。

 

 

 

 

「まさか───シンフォギアの絶唱を真似たのか!?」

 

 

通常であれば。

どれだけ練習しても、他者の声を真似ることなど出来ない。それを聞き取るのが機械ならば尚の事だ。機械は人間よりも精密かつ厳重だ、どんなに似せていたとしてもすぐに違和感を理解する事など容易い。

 

 

 

ただし、例外が一つ。

同じ───より高性能の機械ならば、誤魔化し切れるのではないか?

 

 

 

 

 

(まさか、奴等は『アレ』を─────ッ!?)

 

 

気付いた時にはもう遅い。

 

 

 

 

 

フッ……と。

彼の全方位にある光の画面が消失した。視覚、巨龍と接続している神経の一つが強制的に断絶された。戦闘では重要とされる『視力』を、彼は失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────奴の視覚、それを潰す事が出来れば、奴の行動を制限する事が出来る』

『視覚………目って事ですか?それなら何とか出来るかもしれませんけど』

『あの巨体の目を潰すのは無理だ。それに、潰した所で予備の眼がある可能性が高い…………だが、唯一の例外が一つだけある』

『例外?あんなバカみたいにデカイ化け物にか?』

『あの巨体でも、構造は魔剣士と………人間に似せているのは大体把握している。

 

 

 

 

狙うのは首筋のケーブルだ。巨大な脊髄ごと切り捨てろ、そうすれば奴の視界は完全に遮断される。何より、鎧との接続も弱まる』

 

 

 

 

 

 

 

翼の振るうアームドギアによって首筋を切り裂かれた巨体は前屈みに倒れ込んだ。脚は無く、上半身しかない体型だが、完全に倒れずにいる。

 

 

それでも、動きは鈍い。翼によって視覚を潰されたのは、充分効いていたらしい。

 

 

「───やった!」

「いや!まだだ!タクトはまだ動いているぞ!」

 

 

計画通りに動きを制限出来た事に喜ぶ響だが、剣や他の二人も同じように警戒をしていた。

 

 

相手の視覚は遮断した。奴はもう、自分達を捉える視力を得ることが出来ない。万全な状態で戦っていた兵士も、自らの眼を潰されれば相手を狙いようがないから。

 

 

『視覚を、どうにかしたから………なんだ』

 

 

ユラリと、巨龍は身体を揺らしながら起き上がった。

 

 

『見えなくても……ッ!てめぇら全員をブチ殺してェ、木っ端微塵にしてやる事も出来んだよクソがァ!!』

 

 

怒りの声と共に、双対の砲撃。

機龍の両腕、その掌から放たれた白き極光は、分裂し、分裂し、分裂する。

 

 

光の雨が、周囲の瓦礫諸とも消し飛ばしていく。だが、狙いである彼等を捉える事が出来ない。分裂して迫る閃光は徐々に増え続けていく。

 

 

それでも、彼女達に当たることはない。飛来する光を切り捨て、撃ち抜き、ただひとすら打倒していく。

 

 

「出し惜しみをするな!全力をぶちかませッ!!」

 

 

迫りくる弾幕の全てを撃ち落とした剣が、そう叫ぶ。彼の声を聞き届けた二人は、迷うこと無く各々の武装を身構える。

 

 

 

「覚悟しろ!貴様をその鎧から引きずり出す!!」

「正真正銘!全力で全部のミサイルだぁっ!歯ぁ食いしばって噛み締めやがれぇっ!!」

 

 

剣戟と、爆炎が炸裂する。至近距離から、巨龍に集中砲火を浴びせていく。

 

 

抵抗は出来ない。したとしても、相手が見えないから攻撃のしようがない。歌を妨害できない。先程の翼の奇襲で首の回路諸ともスピーカーへの接続も途切れてしまった。

 

 

 

つまり、ジリ貧。

タクトは、【アルビオン=カラドボルグ】は、彼女達の全力の猛攻を、その身を呈して受けるしかなかった。

 

 

 

 

『ぐがァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!』

 

 

本体である青年の、苦痛の声が響く。今、彼を襲うのは肉体を破壊されるような想像を絶する痛みだ。例え魔剣士と言えど、機械の身体があったとしても、その痛みは本物だ。制限できる筈も、遮断できる筈もない。

 

 

 

そもそもの話、【アルビオン=カラドボルグ】の構造に関して話しておく必要がある。

 

奴はあの巨体と神経を接続している。意識も痛覚も、人体に備わっているであろう仕組みの多くを、機体に繋げているのだ。

 

だが、もしも。

想定範囲とされているダメージが蓄積されれば、機械で判断できる損傷を受け続けてしまえば、機械は痛覚を与える処理を出来なくなる。つまり、

 

 

 

「──奴は鎧を剥がさざるを得なくなる!」

 

 

直後、白い巨龍に変化が生じた。装甲を照らしていた純白の発光が消えたかと思えば、鋼の装甲がカシャカシャと戻っていく。巨体がみるみると削られ、小さくなっていく。

 

 

巨体を作り出していた無数の鋼鉄の残骸は地上に落下していく。残ったのは、自律起動する『アルビオン』と、それと繋がっていたタクト本体だ。

 

 

 

纏っていた鎧を引き剥がされ、生身となってしまったタクト。もう、彼は【アルビオン=カラドボルグ】を纏えない。彼を、強力たらしめていた鎧は、限界となったダメージにより分離されてしまっている。

 

 

空中に解放されたタクトは気を失ったように身動ぎはしなかった。しかしそれも一瞬。瞳に翡翠色の光を宿した青年は、大きく歯を噛み締める。

 

 

 

 

 

 

「──────ッッッ!!! むかつくンだよォ!!綺麗事ばかりの、正論ばかりの、くだらねぇ常識しか言えねェ!!偽善者どもがァ!!!」

 

 

 

お前らはそうやって、否定する。

自分達の望む考えを、思想を認めようとしない。だからこそ、分かり合う事など出来ない。遺伝子単位で生じる拒絶と否定で、他者を認めない。

 

 

 

それが歪みだと何故分からない?手を取れば、言葉でなら受け入れられる。それがかつては出来た、そうならなかったのは───創造主が与えた呪いのせいだ。

 

 

それが、それのせいで、どれだけ世界が歪んでることか。それのせいで、あの人がどれだけ苦悩した事か。決して理解できない、自分にも、敵であるお前達にも。

 

 

 

 

 

理論的にはそういう意味合いがあるのは事実。だが、その叫びには私情があるのは否定できない。ある、ほんの一つだけの、私情が。

 

 

 

───単純に、気に入らなかった。

 

 

自分と生い立ちの違う人間が、認められなかった相手がいた人間が、元々敵であった人間が────そして、人間とは決して言えない構造の存在が、互いに手を取り合って、今自分に立ち向かってきてる事が、無性に気に入らなかった。

 

 

自分は、そこに居られないというのに─────

 

 

 

 

 

「か゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああ!!!」

 

鉤爪のように開いた手で、自分の胸を貫く。部品やパーツが散らばるのを無視して、内側に取り込んだ剣を引き抜いた。

 

 

その剣を───握り潰す。

残骸を手の中に取り込むと、片腕が肥大化していった。いや、違う。巨大化した巨龍の骸、既に乖離して離れた『アルビオン』を除く、機械と鋼の残骸。

 

 

 

そして、彼の腕が巨大な剣へと化す。虹色の光を放ちながら、様々な鋼で形成された、禍々しい刃。【カラドボルグ】という名には相応しくない、

 

 

 

 

それの姿こそが『魔剣』と呼べるという、おぞましい程の狂気と憎悪を体現した最後の武装。内側から虹色の光を放出し続ける巨大な手のような狂刃を振るい、タクトは喉の奥から吼える。

 

 

 

「オレの前から消えろォォォォォォオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

乱暴に、タクトは肥大化した片腕を振り回した。消し飛び、切り裂かれ、薙ぎ払われる。今までの戦い方とは違う、暴走したようにタクトはとにかく暴れ回る。

 

 

そんな彼の暴虐に乱入するように剣は、彼の顔を蹴り飛ばした。

 

 

「ぎぃ……ッ!」

 

 

しかし、タクトは仰け反る事無く迎撃に躍り出る。巨大な凶刃をとにかく叩きつけるようにして振り回して、破壊を引き起こす。直撃しなくても良い、何せ衝撃波を起こせば相手は離れなくてはならないのだから。

 

 

眼が、合う。

吹き荒れる砂塵を間に、視線を交差させていた───かつての親友同士。けれどそれは肉体の話、その中にある魂は既に他者となっている。故に、彼等は別人でしかない。

 

 

それなのに、或いはだからこそか。

 

 

 

「「魔剣絶技」」

 

二人は同時に構えを取っていた。

魔剣士にとっての切り札。全力の必殺にして、戦況を反転させる程の強力無類の技を。

 

 

右腕に『龍剣グラム』を展開した剣は、ダァン! と前に踏み込んだ。黒耀の刀身から、神秘的な紫色の閃光が煌めく。魔龍を殺したと言われる魔剣、グラムの真価を示すように、刃そのものが唸りをあげていた。

 

 

禍々しい刃からは、虹色の光が灯る。けれど、それは人の心を暖かくするような光ではなく────全てを飲み込む、純粋な火力としての光だ。

 

 

二人は片腕に光を溜め込み、抑え込む。莫大なエネルギーを、それぞれの腕へと収束させ、相手へと狙いを定め

 

 

後は、解き放つだけ。

その合図は、瓦礫の山が崩れ落ちた音となった。

 

 

 

 

 

「《龍穿撃(りゅうせんげき)ッ!!エクスターァァァァァァァァリベリオォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!」

「カラドボルグゥ!!ZEST(ゼスト)ォォォッ!!!」

 

 

黒耀の紫閃と、虹の狂刃が衝突する。

弾け、食らい、抉れる。ぶつかり合う直前、エネルギーの奔流はあらゆる障害物全てを薙ぎ払い、相手を殺そうと迫り、同等の力と衝突した。

 

 

無空剣は、黒耀の龍剣を貫くように放ち、タクトはそれを喰らうように凶刃を敢えて正面から叩きつける。火花と同時に果てしない程の力が生じる。

 

 

ビキ、ガキンッ! と。

刀身にヒビが入り、右腕が軋む。限界だ、これ以上力を出すと剣は片腕を失うことになる。

 

 

だが、そうしないとタクトを押し返せない。親友の姿をして、自分を求めなければいけなかった『彼』を止められない。

 

 

────守りたいと思った人達を、今度こそ守れなくなる。

 

 

「はぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」

 

 

 

 

そして─────剣の刃の方が打ち勝った。

双方に起きた効果としては、破壊。タクトは片腕に纏った鋼の凶刃を失い、剣は右腕を喪失した。

 

 

両方の片腕を分解された破片が飛び散る中、彼等の行動はそれぞれ違った。

 

 

片腕を押さえた剣は苦痛に顔を歪めながらも、剣は口を開く。そこから大きく叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「今だぁ!響っ!!」

「────っ!!!?」

 

今度こそ、タクトは慌てて距離を取る。すっかり忘れていた。本来何より警戒すべき相手だった、自分を一番不愉快だと思わせた相手だったのに。

 

 

彼女は無空剣の後ろから飛び出してきた。まるで彼から、最後にやる事を託されたように。

 

 

 

 

「立花、響!!」

 

主神の槍、ガングニールを纏いし少女。タクトはその名を叫ぶ。後退したが、それでも今の自分が無防備な状態だと気付く。

 

 

鎧から引き剥がされた時、無空剣との魔剣絶技、今のタクトのダメージは限界まできている。彼女の拳を受ければ、ここで倒れてしまうのは確かだ。

 

 

 

(どうする!?どうすればいい!?コイツを、この女から気を反らせる!?)

 

 

命乞いも駄目だ。彼女は覚悟が決まっている、そんな事をしても彼女は武装解除するだろう。自分を無力化させるのが先かもしれないが。

 

 

 

(一瞬で良い!立花響を油断させ、奴等全員を勝たせない手段は─────

 

 

 

 

 

 

 

─────ある)

 

 

そこで、脳裏に浮かんだ勝率を吟味した。誰もが想定できない、出来たとしても止められない確率での勝敗。

 

 

彼はそれを選択することを決めた。躊躇いもなく。

 

 

 

 

「アルビオォォォォォンッ!!一撃だ!一撃でも良いからとにかくぶちかませ!最大出力の砲撃を地面に!地下の連中を巻き込む形でなァァァ!!!!」

 

 

そう叫んだ瞬間、目の前の少女の動きが止まった。ハッとした様子で視線をタクトから、『アルビオン』という兵器に向けようとする。

 

 

 

それ自体がタクトの策であった。そして既に、響はその策略に陥ってしまっている。彼女の動きに、タクトはニヤリと口角を緩めた。

 

 

(意識が向いた!───もう遅い!てめぇはオレの仕留める隙を失ったァ!今、左腕は既に武装を展開している!)

 

勿論、例の指示は嘘ではない。彼の命令を受けたアルビオンは最大出力の砲撃を地面へと放つ。それで全員は倒せなくても、地下への損害は大きくなる。

 

 

地盤が崩れ、彼等は地中に生き埋めになる。例えこれでタクトが負けても問題ない。タクトを倒したとしても、守るべき人達を守れなかった時点で、彼等にとって勝利ではなくなるのだから。

 

 

(誰も防げねェ!アルビオンは地下の連中を生き埋めにしてェ、オレは立花響を確実に殺す!これで良い!全員は無理だが、マスターの邪魔者は死ぬ!喜べ立花響!てめぇも大事な奴等と同じ………あの世行きだァ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、

 

 

「…………………………………………は、?」

 

いつまで経っても、目の前の光景は変わらない。予想していた惨劇は、何故か幕を開けない。想定通りなら地盤が砕けている筈なのに。

 

 

一瞬の隙を狙い、響を殺そうとしたタクトはその猶予を無視してしまう。最大のチャンスを、自分が作り出した好機を、失ってしまった事も頭にはない。

 

 

 

 

 

『アルビオン』は、動いてない。

確かに命令は下した、あの兵器はそれを聞いていた。間違いのない事実。ならば、何故あの兵器は命令を実行していない─────?

 

 

「────そうか」

 

 

諦めたように、笑う。今度こそ、呆然としてしまったタクトに、響は動き出し、拳を握り締める。

 

 

タクトは『アルビオン』を見て、響は見る。そうして、ただ笑う。笑うしかなかった。

 

 

その瞳は、何を視ていたのか────彼しか知らない。

 

 

 

「『貴様』までも………、このオレの邪魔を────」

 

 

鈍い音が響き渡る。鼓膜に、そして彼の脳内に。自分に叩き込まれた一撃に、タクトは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

 

部品が飛び散り、身体が軋む。地面に激突した衝撃ではなく、自分を殴り飛ばした感覚を受け、虹宮タクトは今度こそ意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………終わったか」

 

 

片腕を紛失した剣がそう呟いた時には、響達が駆け寄って来ていた。

 

 

「剣さんっ!」

「ばっ、おい!本当に腕が無くなってんじゃねぇか!?何、平然としてんだよ馬鹿!」

 

響とクリスは心配そうな声をあげる。気にするな、とは言っても通じないと思い、悪いなと謝礼を述べる。

 

三人の中で特段に冷静な翼に、声をかける。

 

 

「………タクトの方は?」

「意識はないな。騙してるようにも見えない、少なくとも今のところはあのままだろう」

 

 

倒れたタクトの姿を横目に、剣は語る。

シンフォギア三人の本気の猛攻、そして無空剣の魔剣絶技。あれを受けても尚タクトはまだ動いていた、強化されていたからか。或いは、それを上回る程の執念か。

 

 

 

「それじゃあ早く司令と合流──────」

 

 

ジロリ、とタクトは隻眼を動かす。唯一健全な瞳で、何処かを睨み付けた。

 

 

「───とは、いかないな」

 

 

三人もそれに続いてその場所を見ると、新しい人影があった。肩の接合部位をもう片方の手で押さえる剣は、相手の正体を口にする。

 

 

 

 

 

「櫻井了子…………………いや、フィーネ」

 

黄金の鎧、ネフシュタンを纏う女。タクトを配下として動かしていた、今回の騒動の全ての元凶。彼女は四人の視線を受け、ただ妖しい笑みを浮かべるだけだった。




次の話は山場、この章で本気の山場だぞ!!


……………胃が痛ェ、死ぬほど辛いぃぃ…………所詮はオリジナルだから原作のあのシーンには届かない。それは想定済み!だけどさぁ……………(悩ましい溜め息)


あの人、無茶しすぎだな。自分が魔剣士だからってボロボロになり過ぎてるよなぁ。


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シンフォギア/ロストギア

あぁー!!疲れたよぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!(自暴自棄) 原作には届かないのは分かってるけど、どう思われるか気になるよォ!!誰か慰めてよぉぉぉぉォォォォォォォォおおおおおおおおおっっ!!!


「─────タクトは敗れたか」

 

 

激しい戦場の跡地。倒壊しかけたリディアンに背を向けるように立つフィーネが、剣達を見下ろしていた。その視線はすぐに別のものへと代わり、離れた場所に倒れているタクトに移る。

 

 

彼は、剣達との戦いの故に────敗北した。しかし、何とか時間を稼ぎ、剣の片腕を喪失させる成果を勝ち取った。

 

 

そんな彼に、フィーネは嘆息するように息を漏らす。

 

 

「まぁ、仕方あるまい。『アルビオン』を纏うあの形態はタクトも精神的な問題があると前々から口にしていた。その隙を狙われたのならば、どうしようもないのは必然だろうな」

「…………それだけ?」

 

 

戸惑いながらも、響は眼を見張る。呆然と聞き返す彼女には理解できなかった。

 

 

虹宮タクト、その身体を有する彼は、どんなに弁明しても無実の人間ではない。兵器である事を良しとして、リディアンの生徒を殺そうとして───彼女達を守ろうとしていた自衛官達を数人以上殺していた。

 

 

しかし、それでも。

彼のフィーネへの忠誠心は、嘘偽りではなかった。自分がどうなってでも良い、その覚悟の元にタクトは全力で戦っていた。

 

 

最後の最後で行おうとした暴虐も、自分の勝利ではなくフィーネの勝利を望んでの事だ。彼は、タクトは、フィーネに最後まで従った唯一の人間だった。

 

 

 

「あの人は…………タクトさんは、最後まで了子さんを勝たせようとしてた。その為に一人で、私たちを倒そうとしてたのに…………それだけしか言わないんですか!?」

「笑わせるな小娘。あの男は私の為に命を賭け、殉じたに過ぎん。己の目的────私の役に立つ事を果たせたのだ、死んだ所でそれを喜んでいる事だろう」

 

 

 

「………っ」

「何たる非道───自らの為に生命を賭けた仲間に!」

 

 

だが、フィーネにとってそれは鼻で笑うような些事であったらしい。現にタクトの事を軽く言う、感謝などは見られない様子で。

 

 

あまりにもな扱いに響は言葉を失い、翼がその行いを批判する。何も言わずに黙り込むクリスも、フィーネに対する怒りを滲ませていた。

 

 

そんな最中、片腕を失った剣が彼女達の前に出る。冷静沈着といった様子、いつもと変わらない落ち着いた態度で剣は、フィーネに対して質問する。

 

 

「聞いておきたい事がある」

「ほう?なんだ?ここまで努力してきた褒美として、答えてやるのも吝かではない」

「…………フィーネ、お前は何者だ?」

 

 

その一言には、剣の様々な考えが詰め込まれていた。

 

 

 

「二課にいた時の櫻井了子は、お前ではなかった。機械的にも、そして俺個人としても櫻井了子がフィーネ本人だとは到底思えなかった。フィーネが櫻井了子を演じてるというより、二人の人格があるように感じていた。違うか?」

「………ふ、流石だな。最強の魔剣士(ロストギアス) 無空剣。そこまで自分の力で解き明かしていたとはな。一番警戒すべきだったのは、貴様だったようだ」

 

 

納得したように笑うフィーネ。剣は沈黙を浮かべながら顔をしかめた。早くしろ、と言外に急かす彼に、フィーネは自らの正体を語り始めた。

 

 

「確かに、私は櫻井了子ではない。この肉体は櫻井了子のものだが、今ある意識はこの私だ。あの時、十二年前からな」

「十二年、前? どういうことですか!?」

「フィーネは先史文明の巫女。お前達が知る時代より昔の、人が相互理解を獲得していた時代にいた、人と神を繋ぐ巫女、それがこの私だ」

 

 

 

…………話を聞いていた響は、どういう意味かと困惑していた。スケールというものが普通ではない。自分達が知るより前の時代、人と神を繋ぐ────通常では信じられない事を話すフィーネ。

 

他の二人も同じように、訳が分からないという顔をしていたが、剣だけは不愉快そうに顔を歪めていた。舌打ちと共に、彼は低い声を漏らす。

 

 

「………自らの意識を、肉体に寄生させた訳か。わざわざ何千年も生き永らえる為に」

「良い線だ、が正確ではない。私の血を継ぐ子孫達の遺伝子に、私の意識を刻み込んだのだ。そして、彼等がアウフヴァッヘン波形に干渉したその時、私の意識が目覚め、記憶と能力を再起動するように仕組んでいた」

 

 

話を聞いて、剣も少なからず驚きはした。自分により濃い血を継ぐ人間の意識に、何度も生じていく。つまる所、擬似的な不老不死という事になる。フィーネという存在は、誰もが目指して挫折した偉業を為していたのだ。

 

 

しかし、その代償はあまりにも許されざるのだ。人の意識を乗っ取り生き永らえるなど、剣の言う『寄生』という言葉が相応しい。

 

 

 

「それ程までにお前を突き動かすもの─────『バラルの呪詛』はそこまで消したいのか」

「あぁ、その通りだ。全ては人類の相互理解を取り戻す為、あの方へこの想いを伝える為に────!!」

 

 

 

高揚したようなフィーネが高らかと宣言した直後に、大きな地震が生じる。突然の事に眼を剥く彼等だったが、その揺れの発生源が自分達の真下だという事を理解する。地下から何かが、動き出すようだった。

 

 

そして、まだ形を保っていたであろうリディアンの校舎が、今度こそ崩れ去る。地震によるものではない、真下から出てきた何かが、校舎を下から突き破ってきたのだ。

 

 

────塔。そう形容すべきもの。古代的な羅列や外見のした、不気味そのものを身に纏う建造物。見た目だけならそうだと判断できる。

 

 

しかし、義眼は──魔剣の欠片の埋め込まれた機械の瞳はその塔の異常性を即座に見抜いた。莫大なまでのエネルギーの総量、タクトの放つ魔剣絶技の何倍もの火力。

 

 

 

(……………これが奴の切り札。なるほど、エレベーターシャフトそのものだったとはな。あの時、俺がエレベーターで感じていた違和感の正体はこれだったという訳か)

 

 

更に見開かれた義眼が、塔の構造を明らかにする。その一部を、理解した。

 

動力源となっているのは、完全聖遺物であるディランダル。無限のエネルギーを生み出すあの剣は二課の本部に保管されていたのは前々から知っていた。月を破壊する、そんな戯れ言のような言葉も事実になりかねない。

 

 

もしフィーネが、この時の事を想定していたのなら、純粋に尊敬に値する。遥か最古から生き続けてきた者の執念というものは、案外馬鹿に出来ない。

 

 

 

「────荷電粒子砲 カ・ディンギル」

 

 

その塔の名を、歌うような声音でフィーネは口にする。心奪われるかのように、今目の前にいる剣達には目もくれずに。

 

 

「これこそが私の願いを叶える兵器。これをもってあの忌まわしき月を穿ち、バラルの呪詛から世界を解き放つ!」

 

彼女が伸ばした掌を握り締めた途端、カ・ディンギルに変化が生じる。内部にあるエネルギーが一気に増幅し始めたのだ。このままだとフィーネの目的である、月の破壊が実行されるのも時間の問題だろう。

 

 

だが、そんな事を見過ごせる訳がない。

 

 

 

「ざけんじゃねぇ!そんな真似誰がやらせるか!」

「貴様の野望も、そのカ・ディンギルが無ければ意味がない!私達がここで破壊すれば!」

「破壊するだと?…………ならばやってみるがいい。それ程の力を引き出せるのならば、な」

 

 

意気込むクリスと翼。同じように響も身構えるが、フィーネはそれを前にしても余裕を崩さない。シンフォギア装者が三人、そして彼女達よりも格上である魔剣士もいる。

 

 

 

それほどの戦力を前にしてもフィーネには勝機があった。勝機とは言っても自分が用意したものではない、自分の配下として戦っていた青年の力で作り出したものだが。

 

 

「タクトとの戦いで貴様らは消耗している。無空剣はまだ戦えるみたいだが、シンフォギアを纏う貴様らはもう限界だろう?満足に歌を歌い、戦うことも出来ん筈だ。今も、シンフォギアを纏うだけしか出来まい?」

 

 

言われて、響は戸惑い、翼とクリスは息を飲んだ。響は大体そんな感じを把握していたが、他の二人は既にそうだというのを理解していた。

 

 

「───三人とも、下がれ」

 

 

だからこそ、剣は片手でそう促した。少女達は信頼する青年の言葉を信じるように素直に何歩か離れる。逆に前へと踏み込んでくる剣を見て、フィーネは含み笑いを浮かべる。

 

 

「ふっ、やはりお前が相手か。しかし分かっているのか?右腕の欠損、そして話に聞く魔剣絶技によるエネルギーの消耗。そこの小娘どもとは違うにしろ、明らかに弱っているのは事実だ。その体で、まさか私を倒そうと?」

 

「………やれやれ、全く理解してないな」

 

 

何? という怪訝そうな顔をするフィーネに、剣はやはり呆れたままだった。そして、

 

 

 

「お前を倒すのに───この状態で充分という事だ」

 

余裕そうに啖呵を切り、足の裏を蹴り飛ばし、全力で跳躍する。何とかその動きに気付いたフィーネが、鞭を振り回すが、剣はその間を難なく───普通で考えられない動きで掻い潜っていく。

 

 

片腕で地面を叩きつけ、反動を起こし、フィーネの真上を軽く跳ぶ。

 

「ふッ!!」

 

片脚を持ち上げ、全員を回転させながらフィーネへと叩きつける。肩を砕かれた事による苦鳴が聞こえるが、無視して追撃を叩き込む。

 

 

 

「無駄だ!この私は今やネフシュタンと一つになった!貴様がどれだけ攻撃しようと何度も再生し続け───」

 

 

鞭を振るい、距離を取った目の前の相手を嘲笑おうとするフィーネ。しかし既に相手は視界から消えてしまっている。

 

 

 

探そうとした時には────喉元を貫く感触があった。いつの間にか懐まで迫ってきていた青年が、自身の首を貫いていたのだ。

 

 

 

「ごっ……!?」

「何回だ?」

 

 

口から血を吹き出すフィーネに、剣は躊躇しない。幾つも携帯できる武装、『簡易式メタルブレード』 を喉に突き立て、柄を握る力を強める。

 

その動きには、容赦が一つも見られない。

 

 

「お前の鎧は何回再生する?十回か?百回か?千回か?ならば結構、ネフシュタンが逆にお前を食らい取り込むまで削り取れば良い。幸い、ただ傷つけるだけのと殺す威力とでは全然差があるからな」

「──き、さまっ!」

「少なくとも時間は掛けられない。五分でケリをつけたいんだがな、お前を倒し────カ・ディンギルをぶち壊す時間も必要だ」

 

 

殺意を膨らませるフィーネが、剣に手を伸ばす。しかし彼は滑るような動きで避け、逆に彼女の手首を掴んで瓦礫の山に叩きつける。

 

 

コンクリートの残骸が砕け散り、起き上がろうとしたフィーネの腹に鋭い蹴りが食い込む。蹴り上げられ、宙に浮かぶ彼女に、追撃と言わんばかりに肘が打ち付けられる。

 

 

吹き飛ばされるフィーネは何とか動きを止めた。肩の装甲に繋がった鞭を両手で握り、地面へと打ち込む。杭のように突き刺さった事により、何とかその場に止まることが出来た。

 

 

ダメージは回復していく。しかし状況は有利どころか劣勢である一方。再生時にあるタイムラグを無視し、剣は再生を上回るダメージを与えていく戦法を選んでいる。

 

 

破滅を望まない鎧を、敢えて正攻法で捩じ伏せんとしているのだ。常人の相手では不可能な事だが、彼ならばそれを実現し得るのは、簡単に予想できる話だった。

 

 

だからこそ、

 

 

「…………ふふ、ふふ」

「何が可笑しい」

 

フィーネが笑みを浮かべるのは、普通に考えておかしかった。無空剣は明らかにフィーネよりも有利であるのは変わりない。単なる笑い、達観であるのなら彼も気にする事はなかった。

 

 

彼女の顔の笑みは────勝利を確信したそれと変わらなかったからだ。

 

 

「私を倒す、倒すか。無空剣、貴様の敗因はやはり甘さだろう。それを今証明してくれる───」

「────それはッ!」

 

 

飛び掛かるよりも先に、フィーネはそれを取り出した。ノイズを無制限に呼び出して制御することが出来る『ソロモンの杖』と呼称される、完全聖遺物を。

 

 

コマンドと思わしき部分を指先で操作し、沢山の緑色の光が放たれる。自分の前に着弾するより先に手打ちをして、姿を現そうとするノイズ達を消し飛ばしていく。

 

 

そうしてすぐに気付かされる。別の方向に幾つもの光が飛ばされたことを。その先にいたのが、自分よりも消耗していて────ギアを纏うのもやっとな状態の響達が。

 

 

 

「まず───」

「確かに、貴様が戦えば何とかなるかもしれんな」

 

 

駆け出そうとして、フィーネはソロモンの杖で地面を叩く。カァン! と甲高く響くその音に剣は動きを止める、止めなくてはならなくなった。

 

 

 

「だが、その間に小娘どもが持つかな?貴様が私を倒そうとする間、歌も満足に歌えない程に消耗したあいつらが、ノイズ相手に立ち回れるかどうか…………さぁどうする?無空剣?」

 

 

余裕綽々のフィーネから、チラリと響達に視線をずらす。放たれたノイズは十体を越える。それも個体は別々で倒すにはどうやっても手間がかかる。

 

 

響達が戦って────途中でギアが解除される可能性もあった。現に、今でも纏うのが限界に近い。そんな状態で戦えば、無防備な姿になってノイズに狙われてしまうだろう。

 

 

ならば、無空剣が選択すべき事は一つ。

 

 

 

「…………俺はどうなってもいい」

「剣さん!だめ───」

「響達には手を出すな。俺を人にしてくれた、大切な人達だ……………もし手を出すなら、俺は自分の命を使ってでも、あの塔を破壊する」

 

 

ふむ、とフィーネは口の中で吟味するように考える。

 

 

「………良いだろう。貴様が本気で暴れれば私にとっても痛手でしかない。大人しくするのならば、小娘達には何もしない」

 

 

剣の取引きに大人しく応じる。まぁフィーネからすれば、無空剣に暴れられるのはあまり良い事ではない。現状で本気がまだ読めない程の存在の暴走は、カ・ディンギルすら破壊する可能性すら有り得てしまう。

 

 

「だが、それは小娘達にだ」

 

 

ギラギラとした敵意。それに応じるように、ピンク色の鞭が容赦なく振り回される。命を刈り取る凶器のように見えるのは、気のせいではないだろう。

 

 

「貴様だけはある程度痛めつけておこう。最低でも死なん程度に、最早邪魔立て出来ないようにな」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

─────なぁ、本当に良いのか?オレはあの人に──

 

 

 

 

─────………何度も言わせんな。もうオレの及び知る所じゃあねぇよ。オレはマスターの為に戦って負けた。それだけだ。忠誠があるのは確かだが、それとこれとは話は別だ。てめぇには一応『果たすべき借り』があるんだしな

 

 

 

 

─────悪いな。オレの我が儘を通すことになって。お前のマスターって人の邪魔をするってのに。

 

 

 

 

 

─────本当に悪いと思ってんなら、あの時邪魔しないで欲しかったくらいだぜ。だが、一応最後に聞いときたい。

 

 

 

 

 

─────ん?どうしたんだ?

 

 

 

 

 

─────てめぇがそこまでする理由は?あいつらを助ける為に、自ら危険に飛び出す事になる。マスターは、確実に邪魔立てしたてめぇをぶち殺すだろうな。それを分かってて、何故そうする?

 

 

 

 

─────んなもん、決まってるさ。

 

 

 

 

 

 

 

─────()()とその友達を助けるのに理由なんていらねぇだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………チッ。何を平然と、あんな(ツラ)で言えるのやら』

 

揺らぎの中で、腹立たしそうに吐き捨てる。しかし本心からではなく、毒気が抜かれたような様子だった。今の彼に、肉体の感覚はない。しかしそれでも『彼』は、自分の話していた相手の去った方に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

『敵わねぇなぁ………チクショウ』

 

 

意識だけの今の自分に体があれば、顔があればきっと笑っていただろう。あの少女に毒された事に気付かされ『彼』、タクトはただ羨ましそうに、視線の先を見つめるしかなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

身体が引き裂かれる。装甲越しに鋭利な鞭が剣の皮膚を削り、肉を抉る。機械に置き換えられた部位も容赦なく貫かれ、脳裏に走る激痛を剣は感じ取っていた。

 

 

「────ぐッ」

 

 

血が飛び散り、パーツが転がる。それでも相手は攻撃の手を緩めること無く、全力でいたぶってくる。

 

 

「フハハハハハハッ!!どうした!?どうした魔剣士(ロストギアス) 無空剣!抵抗出来ないでいる気分はどうだ!? どうしようもないだろ!なぁ!?」

 

偉く上機嫌な様子で謳う声が鼓膜に響く。視界が曇り気味で全然見えてこないが、その姿形や声からして、フィーネだと確信する。

 

 

だが、気付いた所で手出しは出来ない。そんな真似は剣には許されていない。

 

 

 

「───来るなっ!!!」

 

咄嗟に叫ぶと息を飲むような声が聞こえる。視界の一部は既に見えていない、だが剣はある程度は察していた。

 

 

響が、彼女達が此方に近づこうとしていたのだ。自分達の消耗を無視してまでも。

 

 

 

「お前らが来れば………俺がこうしてる意味がない!我慢してくれれば、それでいい!!」

「で、でも!」

「それがお前を見捨てる理由にはならない! 仲間が傷つけられているのに、何もせずに耐えることが正しい事とでも言うのか!」

「そうだ!んな事黙ってられるかよ!あたしらが──」

 

 

 

「───耐えろ!!頼む!!」

 

噛み締め、怒鳴る。その声に気圧され、彼女達は立ち止まる事を余儀なくされる。見ないでも、その顔が思い浮かび──────

 

 

(………最低だ)

 

心の中で吐き捨てた。何も出来ずにいる自分自身に。

 

 

(最低だ俺は!何も出来ずに、あの子達を泣かして、悲しませて!)

 

 

何が魔剣士(ロストギアス)だ、何が最強の魔剣士だ。黙って聞いてても尚反吐が出る。そんな称号を与えられても結局、誰かを悲しませているのには変わりない。

 

 

決意を漲らせた直後、何とか起き上がった自分の身体に激痛が走った。見ずとも感覚で理解できる。ネフシュタンの鞭が、腹部を貫いていると。

 

 

 

「あ─────が」

「やはり完全聖遺物の力でなら貴様の肉体を穿つことが出来るらしいな……………頑丈なその体が返って自分を苦しめたという訳だ」

 

視界が薄れていても、神経はまだ現存している。今までは切り裂かれてきたが、今味わっている痛みはその比ではない。

 

 

久しぶりに、いや初めてかもしれないが────身体に穴を開けられた。引き抜かれた途端に血が滲み出すが、肉体に組み込まれた機能がそれを強制的に抑える。

 

 

それでも苦痛が───思考を燃やすような熱が消えることはない。

 

 

「───これでも動けるとは。その不死身さ、貴様は十分に兵器だな。人の姿をした魔剣の力で動く兵器───貴様の世界の人類も、腐り果ててるなぁ?戦争の為に人間を改造し、わざわざ効率化させるとは」

 

 

呆れたような声にも、反応する余裕はない。だが、次の言葉だけは耳を貸した。

 

 

「少なくとも。貴様には同情するぞ、無空剣」

「………情けの、つもりか?こんな風に痛めつけておいて………何を─────」

「まぁな。だが、それは私の計画の邪魔をさせぬ為だ。だが、意味がない事は私もしない。しかし、お前を作った【魔剣計画】は違うのだろう?

 

 

 

 

 

 

お前一人や他の人間を───適正のある者だけを選び抜けば良かったものを、わざわざ数万人も殺してまで魔剣士を作り出し続けた。肝心の貴様はその目的すらも明かされず、兵器として扱われ続ける。つくづく人間は、愚かしいものだ」

 

 

思わず笑いそうになる。ここまでの事をしてきたフィーネにすら唾棄される程、自分達を作り出した組織は歪んでいたらしい。自覚はしていたが、他人に言われると思うしかない。

 

 

 

自分達は誰から見てもどうしようもない被害者であり、救いようのない惨めな存在だと。

 

 

 

「ふんっ。何とでも、言えっ」

 

 

確かにそれは否定しない。

あの連中、【魔剣計画】の人間どもの多くはクソッタレだ。救いようのない、本物の外道の集まり。下っ端がそうでなくても、上は確実だろう。

 

 

 

だがそれでも、少しだけ取り消すべき事がある。

無空剣が出会ってきた人々は、全員が全員、クソッタレの人間ではなかった。ノワール博士に、ある親子、そして集落にいた兄妹、それ以上の多くの人々。

 

 

 

何より────タクトとノエル。剣を何度も支えてくれた親友達。

 

 

そして、響に翼、クリス、小日向未来。風鳴司令に緒川、藤尭さんに友里さんなど、この世界で出会った多くの人達。

 

 

彼等に出会えたからこそ、無空剣の見る世界は変われた。その先の未来を見ることが出来たのだ。

 

 

 

「────お前なんぞに憐れまれる生き方はしてない。それだけだ」

「……………ふん、兵器なりのプライドか。下らんな」

 

 

目に見えた嘲りを向けるフィーネに、悪態の一つをつきたくなったが、実際にはそうしない。下手に刺激して機嫌を悪くするのは得策ではない。現状、響達の安全は奴の手にあるのだから。

 

 

鞭の先、鋭利な部分を叩く カァン! という音が響く。刃を整えるような行為をしながら、フィーネは邪悪そうに笑う。

 

 

「首を切り落とせば、頭を潰せば流石の貴様も生きてはいるまい」

 

 

────ふん、どうやら殺す気か。

 

 

 

────だが、ただで死ぬつもりはない。

 

 

 

────最低でもお前だけは殺すぞ、フィーネ。

 

 

 

自爆、或いは特攻。魔剣士にはその機能がある、体内に埋め込まれた魔剣のエネルギーの多くを叩き込めば、ネフシュタンの再生を凌駕する程の破壊力を使える。

 

 

 

 

 

 

「─────死ね、無空剣」

 

 

(死ぬのは俺だけじゃない、お前もだ!フィーネ!)

 

 

互いに殺意を抱き合う。フィーネが鞭の先で貫こうとし、剣が全霊の力で立ち上がろうとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

直後───フィーネの視界はいつの間にか変わっていた。

 

 

 

「は、?」

「…………え?」

 

殺そうとした相手も、殺されかけていた張本も、二人して疑問を漏らしていた。唖然としていたフィーネはようやく、自分が吹き飛ばされていた事に気付く。困惑しながらも起き上がろうとして、

 

 

 

 

ッッッッドッ!! と。

更に深く、地面に叩きつけられた。抵抗する余裕もなく、何度も衝撃を与えられ地に沈んでいく。攻撃は何度も続いている、しかし行っているであろう者はその場にいない。

 

 

まるで透明な力で叩きつけられてるかのように、圧倒的な力が動いているようだった。その攻撃には、見覚えがあった。

 

 

 

 

『───ゴォォォォォォォォォォォォォ!!!』

 

 

巨大な重機の轟音が響き渡り、剣は視線を向ける。そこにいるのは大きな白い体躯を持つ兵器───『アルビオン』だった。彼が驚愕したのはその兵器が動いた事ではない──────その掌を、攻撃を行う武装をフィーネに向けていたことだった。

 

 

 

そして、『アルビオン』の動きはそれに止まらない。轟音を噴かしながらゆっくりと動き出し、響達の元へと近付く。そして、拳を地面に叩きつけた。

 

 

 

 

「………え?」

「なッ───」

「ノイズが………!?」

 

 

それだけで、半透明の砲撃───音波を最大限まで収束させた衝撃砲が、待機していたノイズ達を薙ぎ払った。攻撃を受けてようやく明確な敵へと立ち向かおうとするノイズだったが、魔剣の力を有する巨体によって難なく殲滅された。

 

 

全てのノイズを片付けた『アルビオン』はノイズによって動きを制限されていた三人を見る。突然の事に困惑しているが、少なからず警戒している視線を理解してか、ゆっくりと後退する。

 

 

 

その動きは、機械というよりも人間味があった。実際に動かしているのが人間と言われてもおかしくない。何より、その行動に感じられるものがあった。

 

 

 

『─────』

 

「…………まさか」

 

 

ゾワリ、と。

自らの背筋に過る冷たい感覚。ある可能性が、脳裏に浮かび上がったのだ。でも、普通に考えて有り得ない。こんな事は、起きて良い訳がない。

 

 

だがしかし、そう考えれば納得がいく。あの時、自らが暴走していた際、『アルビオン』がクリスを連れてその場から撤退したのも。タクトの殲滅の指示を、受けなかったのも。

 

 

 

 

帰結するのは────ただ一つの事実だった。

 

 

 

「お前、なのか?タクト?」

『───』

 

 

その疑問に、白い兵器は答えない。無視したように両腕を地面へと押し付け、自らの口を大きく開く。内側から砲頭が飛び出し、ゆっくりと狙いを定める。

 

 

照準は巨大な塔 カ・ディンギルへと向けられていた。そう思った途端には────閃光が煌めく。

 

 

一発、二発、三発。

禍々しい紋様の建造物を透明な砲撃が抉る。轟音を放っていた白き兵器はそれ以降、攻撃の手を止めた。三発目が塔を穿った時には、大規模な爆発と共に崩れ始めていたからだった。

 

 

天へと聳え立つ巨塔の末路を見届けた後、全員の視線が『アルビオン』へと向く。ゆっくりと後退し『アルビオン』は会釈をするように、身体を下げた。

 

 

 

その様子を見て、剣は内側から溢れてくるものがあった。ボロボロになった自分を忘れて、彼は全ての可能性を無視して確信する。────ただ一つ、己の心を信じて。

 

 

 

やはり間違いない。『アルビオン』を動かしているのは、タクトだ。先程まで戦っていたタクトではなく、無空剣にとって掛け替えのない親友の方のタクトだ。

 

 

「───タクト!!」

 

負傷した身体を動かそうとしながら、彼は親友の名を叫んだ。片腕を失っているので、這うようにしか進めない。

 

それでも良かった。どうして生きているのか、そんな理論はどうでもいい。あいつが生きているならば、また会えるのならそれで良かった─────

 

 

 

 

「………よくも」

 

 

しかし、再会が許される事はなかった。

崩落する巨塔の末路を見届けた者が、瓦礫の山からユラリと起き上がってきた。響達はその姿を見て───言葉を失った。全身から表現しがたい殺意を剥き出しにし、その顔も憎悪に歪め、瞳すら狂気に光らせ、

 

 

 

「よくも、よくもよくもよくもォ!!長年待ちわびた私の好機を、想いを!よくも踏みにじってくれたなァァァああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」

 

 

憎悪を、言葉にして吐き出しながら、フィーネは自分の目の前の全てを睨み付けた。相手が誰だかなんて彼女には見えてすらいない。宿願に届く手段を、呆気なく壊されたのだ。彼女を支配するのは、消えようのない衝動だった。

 

 

フィーネの企みは、幾つも月日を要した。月を破壊するために、魂が薄れそうになるほどの時を生き続けてきた。この計画を思いつき実行するまでの間、彼女は何とか自我を保ちながら、他者の身体を転々としてきた。

 

 

 

───全ては呪いを解き、かつての言葉を取り戻す。

その為のシンフォギア、その為の聖遺物、その為のカ・ディンギルだった。

 

それらを利用してでも、フィーネは─────

 

 

 

「私は、あの方に並びたかった────それだけで良かった」

 

 

たった一人の、届かぬ恋慕を叶えようとしていた。

彼等は知らない、フィーネがバラルの呪詛を破壊する本当の目的を。その内容を知っているのは、数少ない人間────あの鋭い性格の方のタクトも、それを知っていたからこそ、フィーネに従っていたのだ。私情、互いにその果てを求めていたからこそ、彼等は仮初めではない信頼関係を築き上げていた。

 

 

だが、ようやくの手段も奪われてしまった。目の前にいる出来損ないの兵器─────いや、何よりの元凶はシンフォギア装者、そして自分が痛め付けていた魔剣士 無空剣。

 

 

奴等が邪魔立てしなければ、こうも計画は破綻することはなかったのだ。奴等が何も出来ないのは理解していたが、自らの思いがそれを否定せざるを得なかった。

 

 

この衝動を─────消える事のない怒りを、とにかく当たり散らさなければ気が済まない。

 

 

「貴様らだッ!全て貴様らがいなければこうはならなかった!全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ッ!!貴様らのせいだァァァァァァァァ!!!」

「────ッ!」

 

 

咄嗟に、剣の脳裏に悪寒が走る。不味い、このままでは不味い。フィーネは我を忘れている、心境は激しい怒りに支配されている。剣ならともかく、響達に牙を剥く可能性すらある。

 

 

現に、フィーネは両腕を振るった。その手にいつの間にか鞭を掴み、乱雑に振り回す。凄まじい長さを増幅させていくピンク色の鞭は次第に長蛇と化し、周囲を削り取って暴れ回る。

 

 

 

それは響達へと接近してくる。身構える彼女達だが、避けられるとは思えない。今の彼女達にそこまでの体力は残されていない。

 

 

 

逃げろ、と剣は叫ぶ。それが出来ないのにも関わらず叫んだのは、自分では間に合わないと悟ったから。でも、遅い。彼女達に迫る凶器の刃は止まることを知らずに──────

 

 

 

 

 

 

 

 

─────飛び出してきた、白い巨体を。守るように立ち塞がった『アルビオン』を容赦なく貫いた。その姿が、別の光景と幻視してしまう。

 

 

 

 

あの時死んだ、親友の末路と、同じものを。

 

 

 

 

 

 

「────────────、あ」

 

 

瞠目して剣は、固まるしかなかった。

目の前で白い巨体は、力なく崩れ落ちる。装甲が破壊され、中身の部品や金属機器が飛び散った。中でも異色と思えるものが、彼の目に止まる。

 

 

 

棺桶だ。真っ黒なもので作られた物を、そうとしか表現出来ない。それは沢山のケーブルで繋がれており、エネルギーを供給────或いは吸収してるのかと思ってしまう。その棺はネフシュタンの鞭で引き裂け、その中身が露出しそうになる。

 

 

 

─────ケーブルに繋がれた、青年だ。当然ながら、息はない。全身を機械のような装備を纏わされているが、露見している素肌は冷たい色をしている。冷凍保存されていたものが何か、剣は理解した。

 

 

 

タクトの、親友の死体だった。先程戦ったタクトと名乗る敵は剣の親友を元として、かつての人格をベースしただけの存在。その死体は、『アルビオン』という兵器のコアとして運用され続けていた。

 

 

 

「…………は、は」

 

その時、剣は理解してしまった。あの『アルビオン』に、何故タクトの意識があったのか。当然だ。あるに決まってるだろう。何故なら『アルビオン』の動力源は、タクトの死体だったのだ。そこから魔剣の力を吸い上げて、あれを動かし続けていた。

 

 

 

昔の自分なら、絶望していただろう。親友の死と同じ光景に、心が折れていたかもしれない。

 

 

 

だが──────今は違う。懐かしい声が聞こえた気がしたからだった。

 

 

 

 

 

『────後は任せたぜ、相棒』

 

「……………あぁ、分かった」

 

 

『アルビオン』が、親友(タクト)が残した最後の好機。

 

 

それを無駄にする訳にはいかない─────!!

 

 

 

「なっ───!?」

 

 

立ち上がってきた剣の行動に、怒りに囚われていた筈のフィーネが言葉を失う。

 

片腕を失い、腹部を刺し貫かれ、ボロボロになっていた青年は、少女達の前へと飛び込んできたのだ。

 

 

飛び退くフィーネに、剣には何の打算もない。これは賭けだ。が、やってみる価値のあるものでもある。

 

 

 

魔剣(ロストギア)は、過去の残骸にして可能性の塊。その力は研究者達にとって未知数と呼ばれていた。しかし、ある種の力だけは確認されている。

 

 

 

───未知のテクノロジーとの同調。それが魔剣士という存在の生まれた理由の一つ。

 

 

 

ならば、だ。

()()()()()()()()()()()()()()、それとの同調は不可能ではないはずだ。

 

 

 

 

 

「俺に、俺達の意思に応えろッ!!ロストギアァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」

 

 

疼く義眼を無視して、剣はとにかく叫んだ。その直後だった。右目の結晶、魔剣グラムがそれに応じるように輝きを強くした。

 

 

 

《LOSTGEAR 機能解放───UNKNOWN ARTIFACTとの同調────開始》

 

 

ガシャガシャガシャンッ! と、剣の纏う漆黒の鎧が変わっていく。身体の一部に纏われていた軽装が展開されていき、前よりも鎧と言えるように厳重に、まともな形に変わっていく。

 

 

その中心に組み込まれた結晶体が、無機質な音声を出し続けていた。

 

 

 

《────エネルギー解放。限定機構、装填承認。

 

 

 

 

『GUNGNIR』───融合、承認

 

 

 

 

 

『AMENOHABAKIRI』───融合、承認

 

 

 

 

 

『ICHAIVAL』───融合、承認

 

 

 

 

 

魔剣グラム、三種の力と統合。完全融合、独立コアとして顕現。同調完了、新形態変化開始》

 

 

完全に姿を変えた剣、その胸元から装甲が飛び出す。胸元の漆黒の球体を囲むように出来た窪み。そこに3つの球体が力と共に装填される。

 

 

黄色、青、赤。彼女たちシンフォギアを表す色を体現するようだった。その光が設置された途端、鎧はすぐさま開閉して更に形を変えていく。

 

 

そして変化は、それだけには止まらなかった。

 

 

 

「きゃっ!?」

「っ!ギアが!?」

「クソッ!何だこりゃ!?」

 

 

彼の後ろに立ち尽くしていた響達を、突然発生した光が包み込んだ。突然の事に戸惑う彼女達だったが、すぐに変化を理解した。

 

 

自らが何とか纏っていたギアが、別の形へと変わっていこうとしていた。白く、同時に紺色に近い黒のような装甲が、彼女達の身に纏われる。

 

 

(これは───剣さんの………魔剣?)

 

 

流れ込んでくる神秘的な力が、ある青年に宿るものと同じだった。彼が言う魔剣グラムが、その力を貸し与えようとしているのだ。

 

 

 

そして、四つの光が激しく────大きく輝き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その変化を目にしていた者達もそれに気付く。

 

 

 

 

「何が、どうなってやがる………?」

 

校舎の上で退屈そうに見ていた青年も、顔色を変える。元々はいたぶられている剣に対して最早呆れを覚え、さっさと死ねばいいとまで考えていたが………これは流石に予想外だった。困惑を隠せずに、目の前に生じる光景に瞠目している。

 

 

 

 

 

 

 

「ふははははははははははははははははははははははっ!!! 最高だ! 素晴らしい! 実にぃ素晴らしいっ!!こんな奇跡が見れようものか!!感謝しようフィーネ、君のお陰で! 最高の奇跡が目に出来たのだから!!」

 

何処かの場所で、エリーシャは楽しそうに笑っていた。心からの歓喜を隠すことなく、ただ笑みを溢す。興奮のあまり大声で捲し立てているが、彼は気にする素振りはない。

 

 

ただ自分が作った最高傑作の成長と、予想すら出来なかった異端技術による覚醒。それに歓喜し、ただただ心踊らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なんだ、それは」

 

 

有り得ない変化に、フィーネはたじろく。自分が後退りしてる事実も気にすることなく、ただ叫んだ。

 

 

「なんだそれは!貴様らの力はタクトが、私が削った!今やもう纏えるのも限界だっただろう!?だが、何故貴様らは纏っている!!?その力は、貴様らの纏うそれは────なんだ!!?」

 

 

 

光が晴れた直後、四人の姿が出てくる。白と黒、二つの色のギアを纏う少女達。そして、全身に纏われる黒い鎧纏う青年。

 

 

 

彼等は互いの顔を見合うことなく、小さく笑っている。決まっている、この身に纏う力は─────

 

 

 

 

 

 

「「────ロストギア/シンフォギアだぁぁぁぁああッ!!!」」

 

 

 

 

剣は、響は、己の内側に宿す力を叫ぶ。暗き世界から切り開かれた青空に轟くような思いを乗せ、彼等は言葉に馳せた。




まずは一言─────シンフォギアァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!



確認の為にアニメのこの回見たけど………強すぎる。勝てる訳ねぇよ!!やっぱり一期は伝説だよォ!!泣きすぎて小説書く手が止まるし………あぁもうメチャクチャだよ!!


小難しい説明は次回へ!疑問とかも次回まで待ってください!!お願いします!!!


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手を繋いで

「あー!あの時のお兄ちゃんとお姉ちゃんだ!カッコいいー!」

「すごいすごいー!“ろすとぎあす”のおにいちゃん!すごくつよそう!」

 

 

地下シェルター内で光の中から姿を現した剣や響達に興奮を隠せない者達。子供達、特に一人は響やこの世界に来たばかりの剣に助けられていた女の子であった。もう一人も避難してる最中に剣によって助けられた子だ。純粋に喜ぶ二人の様子を皮切りに、避難していた人々も希望を持ち始める。

 

 

「………今、何が起こったの?ビッキーや剣さん達が光に包まれて……………姿がまた変わったよね?」

「確かに、何がよく分かりませんが………」

「それでも!今は良い感じじゃない!アニメみたいな、覚醒の!」

 

 

困惑していた創世と詩織も、興奮した弓美の言葉に少しずつ明るくなっていく。

 

 

追い詰められた彼等が立ち上がった事に喜ぶ面々。その中にはオペレーターの藤尭や友里も、無力そうに見ていた緒川も含まれていた。

 

 

その中でも────弦十郎はチラリと横に視線を配る。浮遊する小型機体『ユニオン-A1』、それを操るノワール博士に声をかける。

 

 

 

「博士、彼等の身に起こった事………貴方には分かるか?」

 

 

『…………剣クンの方は、シンフォギアの力を取り込んだ………というより同調したのかもしれない。響クン達はロストギアによってシンフォギアを補強された────と、現時点ではそれしか言えない』

 

 

 

いや、違うな とノワールは思う。きっと詳しく調べたとしても自分では知り尽くす事は出来ない。魔剣の格としたロストギアは、ブラックボックスの技術も多い。シンフォギアも同じだ。今回の件も、そもそもの話それらの基となったものすら分からないだろう。

 

 

 

(待て─────ロストギアは未知の技術との同調が可能だと?)

 

 

そこでふと、前に聞いた言葉を思い出した。自分が前に説明していた事の、一部分。

 

 

 

(未知の技術。あの世界での未知の技術とは何だ?まさか『聖遺物(デュアルウェポン)』? 違う、あれならば未知とは断定しない。ならばまさか──────)

 

 

 

────彼等の言う未知の技術とは此方の世界の技術───────シンフォギアの事だったのか?

 

 

 

有り得ない…………とは言い切れない。剣は、彼は前に言っていたではないか。前に出会ったエリーシャが、“此方の世界の事を前から知っていた”みたいな事を話していたと。

 

 

 

(…………全て、貴様達の掌の上という事か?エリーシャ────【魔剣計画】)

 

 

 

真剣に、事の重大さに気を引き締めようとするノワールだったが、それに気付いたでろう弦十郎が口を開く。

 

 

しかし、その後から出てきたのは───批判の言葉でも、懸念でもなかった。

 

 

 

「確かに、貴方の懸念は理解できる。だが」

『………?』

「あの力は彼が………彼等が自らの手で掴み取ったものだ。今は彼等のやる事を見届けよう」

『…………その通りだ。全くもってその通りだとも』

 

 

感慨深そうに、二人の大人はモニターに映る彼等の姿に眼を向けた。何も出来ない、それだけは確か。

 

ならば、この戦いを最後まで見届けよう。彼等の勝利を祈り、信じよう。それが大人として、無力な者として、託した者として、唯一行える事なのだから。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

晴れ渡る空にの下で四人、歌姫のような姿へと変わった少女達と全身に漆黒の鎧を纏う青年がフィーネと相対する。

 

 

光の中から出てきた青年は首を傾げ、周囲を見渡す。どちらかと言うと自分のすぐ近くにいる響達に視線を向けているようだった。

 

 

 

そして、気になったように一言。

 

 

「…………皆、なんか姿が変わってるな」

 

「それはお前もだろうが! なんか前よりもゴツくなってねぇか!?」

 

「そう言えば………装甲が増えた感じはある。だが、あまり動きには変わりない」

 

 

それどころか、むしろ軽々しく思えてくる。今の剣の状態(フォーム)はサード、通常より一段階引き上げられている。

 

 

その状態に近いが、厳密には違う。胸元に組み込まれた───三つの色、黄色と青色、赤色の光の球体が輝きを見せる。自分の中に流れる謎の力がロストギアのエネルギーと中和している事も理解していた。

 

 

驚いたのは、その謎のエネルギーが─────フォニックゲインだったからだ。剣は歌を歌わない、何より魔剣に選ばれているのでそんなエネルギーとは無縁だとは思っていたが、自分に流れる力になるとは思わなかった。

 

 

 

 

(さしずめ…………『Mode:Symphogear(モード・シンフォギア)』という事か)

 

 

勿論、完全に受け入れてる訳ではない。この形態についての謎も多くはある。むしろ警戒心しか沸いてこないのが普通なくらいだ。いつの間にか、失われた筈の片腕が繋がっているのも………何かの冗談を疑ってしまう。

 

 

だが、今はそんな事に思考を預けてる余裕もなく───

 

 

 

 

「よもや、私も知らぬ力を得るとはな………これもロストギアの影響という訳か」

 

 

クツクツと、抑え切れないような笑みを漏らすフィーネ。視線は響達、そして剣へと向けられていた。最初はある程度の興味だった。彼女からしても予想外のギアの姿、製作者であるフィーネの想像の域を越えた力に気になるものがあるのだろう。

 

 

しかしすぐさま瞳の色を強い敵意へと切り換える。

 

 

「だが!所詮は力を得ただけの事!この私が計画の為に産み出した副次品に過ぎん玩具の力を引き出した程度で!この私に勝てるとでも思ったか!!」

 

 

怒鳴り、フィーネは『ソロモンの杖』を起動させる。先端から放たれた光が地に落ちて、複数のノイズが生まれ出でる。

 

 

 

「いい加減! 芸が乏しいんだよっ!!」

 

「無理もないだろう!奴にとってノイズこそが増え続ける戦力だからな!的や物量には持ってこいなのだろう!」

 

 

だが、侮ってはいけない。

呼び出されたノイズの総量は今までの比とは思えない程の数。それは地上を街全てに至るまで増え続けていた。それでも増殖は止まることを知らず、市街地を埋め尽くしていく。

 

 

今度こそ、本気の物量で押し返そうというゴリ押し。もうこの現状では軍隊などでは止められないだろう。

 

 

 

「櫻井女史!世界中で起きてるノイズによる侵略!あれは貴様が起こしたものなのか!」

「…………正しくは違う。ノイズとは、バラルの呪詛により相互理解を失った人類が、同じ人類を殺戮する為に作り出した兵器」

 

 

地上から距離を取り、ビルの上へと移動した四人は先程からヒットアンドアウェイを繰り返す飛行型ノイズをそれぞれの手で片付ける。

 

 

「そういうことか、道理で人間に特化してる訳だ」

「………ほぅ、気付いていたのか」

「あくまで推測は範囲内だ。自然発生するにしては妙に人間相手に優れてると思ったが…………まさか人工の兵器だとは、思わなかったけどな!」

 

 

前々は生物兵器だと感じていたが、その見解が強ち間違いではなかった事に複雑な気持ちになる。剣は冷静さを保ちながら、目の前に迫るノイズ達を高速で殲滅していく。

 

 

 

触れれば人間を炭化させる能力。まさしくどんな武装や兵器にも負けない強力な力だ。遥か昔の人間が、そんなおぞましい考え方に躊躇いを持たなかったと言う事実が、正直恐ろしい話だ。

 

 

 

「バビロニア宝物庫は未だ開いたままでな。そこから十年に一度の、滅多にない偶然を私は必然へと変えた。それを力として行使してるに過ぎん」

 

「………どういうことですか!?」

 

「ソロモンの杖、それはノイズを生み出すのでなく呼び出す物という訳か。自然現象を道具で自由自在に出来るように改良した、そうだろう?」

 

 

返答は更なるノイズの増援で返された。

それが示す意味は、剣の推測が正解という事だ。

 

 

 

 

ソロモンの杖のコマンドらしき物は命令式を与えるだけではなく、呼び出すノイズの種類や数などを制御するのだろう。フィーネにとって『ネフシュタンの鎧』がシンフォギアやロストギア対策ならば、『ソロモンの杖』はそれ以外の人間達への対抗策となる。

 

 

 

ある意味では、ノイズに既視感を覚える。

魔剣士とノイズ、同じ人間が作り出した───人殺しを最適化させた兵器であるのだから。

 

 

 

しかし違うことはただ一つ。

 

自分達は────それだけの為に生きてるのではない。現に自分自身は、生きる理由を見つけているのだから。

 

 

 

フィーネからのノイズを片付けている間に、三人と離れていることに気付いて不安になったが………それはあまりにも杞憂だった。

 

 

 

響は拳を振るい、拳圧でノイズ達を吹き飛ばしていく。同じく翼も巨大化させたアームドギアで容赦なく斬り払い、クリスは腰部アーマーを飛行ユニットへと切り替え、空からの大量のレーザーで撃ち抜いていく。

 

 

 

少女達の明確な努力に、剣も頬を掻く。そして、満足そうに両頬を緩めた。

 

 

 

(俺も見てるだけにはいかないな……)

疾走(はし)れッ!【漆墜ノ魔剣双翼(ペイルブラック・ガードラック)】!!」

 

 

背中の武装、巨大な刃が花のように展開して、複数の剣へと形を変える。アンカーと接続した刃がビルや建物の隙間という隙間を掻い潜り、ノイズ達を一匹残らず串刺しにしていく。

 

 

ビルの壁を足場として駆け降りていく剣は両腕の装甲を開閉し、フルフェイスを纏う。数秒後には何十階層から地上へと辿り着いており、地上に群がっていたノイズ達を着地と同時に────風圧で薙ぎ払う。

 

 

 

(数が多すぎる。素手じゃあ対応しきれない)

 

 

《───イチイバル:コア、装填。武装換装開始》

 

内側から響く機械音声に片腕を伸ばすと、装甲が変形し始めていた。手首の部分を装甲が覆い、巨大な銃が腕の先に取りついたような形へとなる。

 

 

 

「ッ!」

 

間髪入れずに、迫り来る巨大ノイズに銃口を向けた。オレンジ色の閃光が瞬き、後ろにいるノイズを容赦なく削り取っていく。

 

射撃というよりも、ビーム砲撃の方が明確に近い。迸る閃光はまるで垂直に伸びる剣のように一直線に、ノイズ達を掃討していく。

 

 

 

彼等四人の戦闘によって、街を覆い尽くす数のノイズは数を減らしていく。もう既に半分も満たない数が削られていき、このまま全滅させるのも時間の問題だった。

 

 

 

しかし、だ。

ある程度は分かっていただろう。追い込まれた相手がどんなことをするか。答えは予想外の事、勝利を掴むためなら相手の考えを上回る手を取らなければならない。

 

 

 

 

だからこそか────フィーネはソロモンの杖で、自分の腹を貫いた。ネフシュタンの再生能力があったとしても、身体は強固ではない。皮膚や肉を破った杖からおびただしい量の血が溢れだしていた。

 

 

「ノイズよ!我が元へ集え!」

 

 

腹にソロモンの杖を突き立てたフィーネは不敵な笑みを浮かべ、掌を空へと向ける。するとその身体が色を変えていき、生き残ったノイズ達がフィーネへと群がっていく。

 

 

形の変わっていくフィーネにノイズが取り込まれていき、次第にその姿が完全に見えなくなる。だが、剣はすぐにその違和感に気付いた。

 

 

同時に、フィーネの企んでいるその意図に。

 

 

 

「地下だ!まさか奴、本部から─────」

「もう遅い!来たれデュランダル!!」

 

 

フィーネの声が響き渡ると同時に、地上にまで光が溢れ出してくる。更に地面が砕け、内側から赤紫色というグロテスクな色合いのナニかが姿を現した。

 

 

大きさ的にはカ・ディンギルや【アルビオン=カラドボルグ】よりも小さいが、それでも巨大である事には変わりはない。

 

 

蛇のような姿の竜が頭部を剣達に向ける。それだけで、粘りつくような殺気が肌を突き刺す。

 

 

声に出す必要はなかった。全員がその場から散開して回避行動を取る。直後に、激しい烈光が解放された。

 

 

 

狙いから外れた閃光はそのまま街へと突き進み───一瞬、強大な爆発を引き起こした。ビルも建物も、そこにあるもの全てが破壊エネルギーによって灰塵と化す。

 

 

 

絶句してその光景を見る三人、その横で剣は誤魔化すことなく舌打ちを吐き捨てる。自暴自棄ではない、あれがフィーネの最後の手段なのだろう。

 

 

覚醒した自分達を倒すことを可能とした圧倒的な力。それに身を纏うフィーネは、勝利の確信を顔に刻み込み、激しい敵意をオーラとして解き放つ。

 

 

 

「逆鱗に触れたのだ…………相応の覚悟は出来ているだろうなッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

その光景を、地下のシェルターの中で二課の面々も目にしていた。モニターに浮かぶ画面の赤い竜にノワールは呆れたような声を漏らす。

 

 

『おいおい……彼女はまた完全聖遺物を取り込んだのか?一つでもまだ恐ろしいのに、二つや三つも。そう簡単に融合出来るとは思わないのだが…………』

 

 

しかし、完全に不可能とは言い難いだろう。聖遺物による拒絶反応、もしくは暴走は命を奪いかねないものだ。だからこそ、一番先に半永久的な再生能力を有するネフシュタンの鎧との融合を決めたのだろう。

 

 

土壇場の切り札とは言え、完全聖遺物三つを取り込むとは畏れ入る話だ。

 

 

「───黙示録の赤き竜」

『ヨハネに記されし獣の一端か、まさかあんなモノになるとは。意図しているのかね、彼女も』

「……………分かっているのか、それは滅びの聖母の力だぞ………了子君!」

 

 

聖書の中で神や天使の敵として描かれている想像上の怪物。いつの間にかそれと同じことになった事への不安を口にする弦十郎。敵として名乗っていた名ではなく、今まで仲間だった時の名として呼ぶ彼の様子から、心配が見てとれる。

 

 

だが、ノワールの態度は変わらない。機械を動かす彼の中にあるのは、呆れそのものだった。強大な怪物の姿を目にしても、それは何一つ変わらない。

 

 

 

────ノワールは知っている。彼が、彼女達が、その程度強くなっただけの相手に、わざわざ負けるような子供達じゃないと。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

赤い竜に四人でそれぞれが攻撃を仕掛けるが、有効打にはならない。翼の蒼ノ一閃────通常よりも威力が上がっている斬撃を以てしても、あの竜は傷すら無かったことのように瞬時に再生させていた。

 

 

 

気負されていた全員。今の自分達では完全に倒しきれないのか、そうすら思っていたが…………無空剣だけは口元を押さえながらボソボソと呟いていた。

 

 

 

「─────今の奴をどうにかするには…………やはりネフシュタンを引き剥がすしか方法がないか」

「………出来る、みたいな言い方だな。櫻井女史からネフシュタンの鎧を分離できるというのか」

「あぁ、やれるさ」

 

 

即答し、彼は自らの腕を撫でる。より正確には自らの肉体に宿る武装を。

 

 

「魔剣グラムのエネルギーを叩き込む」

「魔剣、グラムを………」

「何も殺す気じゃない、目的はあの鎧を剥がすことにある。俺のグラムは聖遺物の中では上位に位置する存在だ。人体にではなく、聖遺物だけを破壊するように放出する。そうすれば」

 

 

一息ついて、明確な事実を告げる。

 

 

「フィーネとネフシュタンの鎧、それらを完全に引き剥がせる。そしてネフシュタンとの融合が解かれれば他の二つの聖遺物も同時に手放される筈だ」

「それは構わないが………確証はあるのか!?」

「ある。俺もそうやって、奴との相討ちを考えていたくらいだ。ネフシュタンの鎧を乖離させれば、全ての完全聖遺物も気にする必要はない」

 

 

前にも考えていたが、魔剣(ロストギア)のエネルギーならばネフシュタンを破壊する事が出来ると。相性や効果が理由である。

 

 

難しい話は後にして…………グラムの力ならばネフシュタンだけ破壊することも出来るという訳だ。

 

 

 

「それで?無空は何を要求する?」

「あの竜にデカイ風穴を開けてくれ。なるべく胴体を、フィーネのいる場所をな」

「なるほど、任された。防人の本気、今ここで示そう!」

「………おい剣!さっきの話、相討ちとか!後で詳しく聞かせてもらうかな!」

 

 

分かってる、と頷くと二人は背中のスラスターを噴出し、飛び出していく。響も慌てて二人に続くように向かう。

 

 

一人になった剣は片目に手を伸ばす。何も抉ることはしない。ただ義眼として埋め込まれてある結晶、グラムの残骸に…………聞こえるように、一言を告げる。

 

 

 

 

「───俺に力を貸せ、グラム」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

何度も続く戦闘によって更地にされた街中で、再び赤い竜と変じたフィーネと歌姫達が激突する。

 

 

 

 

初めに動いたのはクリスだった。背中のスラスターから発生したスピードを保ち、それよりも加速していき赤い竜へと突貫していく。

 

 

 

無鉄砲な行為。

そう判断したであろうフィーネ。しかし今の際何もしてこないはずがないとも考え、迎撃を選択する。彼女の命令を受けた赤い竜は無数のレーザーを放とうとしていた。

 

 

それよりも直前に。

クリスの後方から翼が飛来して、アームドギアを身構える。大剣へと形を変えていたアームドギアは、更にその大きさを何倍も巨大化させる。

 

 

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

巨大化した刃を、蒼と黒のエネルギーを帯びた大剣を、赤い竜の胴体に向かって振り下ろす。蒼ノ一閃に似た一撃、しかし威力までは同じとは言えない。

 

 

 

離れた斬撃状のエネルギー波は赤い竜へと向かっていたクリスの間近を通り過ぎて、狙いであった胴体へと直撃した。

 

 

命中した所で、激しい爆発が起こる。一閃のエネルギーが赤い竜の体を抉り、更に大規模な破壊を引き起こしていた。

 

 

 

だがしかし、それだけでは終わらない。赤い竜に空けられた穴はすぐさま再生を始める。

 

 

だがしかし、その間をクリスが飛び込んでくる。内部へと入り込んだクリスの視線が、フィーネの眼と衝突する。

 

 

 

 

「ッ!クリス!!」

「フィーネ!あたしからの全力だぁ!改めて受け取りやがれぇぇぇぇッ!!」

 

 

非行ユニットを解除し、展開された八つの砲身から真紅のレーザーを放射する。乱雑、正しく乱れ撃ちとも呼べる攻撃は竜の内部を削り、穿ち───主であるフィーネに大ダメージを与えていく。

 

 

 

 

「きっ、キサマらァァァァアアアアッ!!!」

 

 

苦悶を無視して、喉の奥から咆哮をあげる。フィーネは片手に掴んでいた完全聖遺物─────デュランダルを持ち上げて、構える。

 

 

 

無尽蔵を誇るデュランダル。

月を穿つ荷電粒子砲 カ・ディンギルの動力源として用いられた代物だ。赤い竜の放つ破壊の閃光も、デュランダルの力によるもの。

 

 

もしこの場でそれが放たれればクリスも無事では済まない。こんなに狭い閉所であるなら当然の事だ。すぐさま他の銃を展開し、フィーネの攻撃を止めようとするクリス。

 

 

だが、既に黄金の剣からエネルギーが溜め込まれている。今にも解き放とうとしていたフィーネは、照準を向けるだけで良かった。

 

 

 

 

 

 

─────突如飛来した光線が、フィーネの腕を削り取り、吹き飛ばすまでは。

 

 

 

「ッ!?」

 

銃を身構えていたクリスと、デュランダルを行使しようとしたフィーネが驚愕する。つまり、それは目の前にいるクリスのやった事ではなかった。

 

 

 

見ると、ロングコートの青年が立っていた。しかし足場はない、彼は何事もなさそうに浮いているではないか。片手でデュランダル………を掴むフィーネの腕を持っていた。が、その生々しい腕を握り潰す。

 

 

潰された腕は灰塵と化し、デュランダルを掴む手も消えていく。黄金の聖剣は物理法則に従った落ちようと──しない。その場にただ漂い続けていた。 まるで、青年を主と選んだかのように、側に寄り添っている。

 

 

輝かしい光を横に、ロングコートの青年は顔色を変えない。まるでそれが自分にだけ適応するとでも言うような堂々とした態度を一貫とする。

 

 

 

「悪いな、先史文明の巫女」

「貴様、エリーシャの────」

「これは誰にも相応しくない。聖剣を振るう事が許されてるのは、俺のみだ」

 

 

デュランダルを軽々しく手にし、青年はすぐさまこの場から距離を取った。デュランダルを取り替えそうと、追ノイズによる触手を伸ばすフィーネだったが、

 

 

 

青年に近付いた時点で、触手が切り裂かれる。いや、何かが削り取ったようだった。自分に攻撃を仕掛けて来たフィーネを、青年は睨みつけながらもう片方の空いた掌を向け、

 

 

 

 

 

「置き土産だ─────受け取れ、亡霊」

 

 

特大の閃光を叩き込んだ。どういう原理かは分からない。近くにいたクリスは慌てて回避しながらも、そのおかしな現象に眼を疑った。

 

 

───掌から光を放った、というのは少し違った。何もない空間から光が生じた、それがクリスに言える事だった。

 

巨大な光を直撃したフィーネの身体の大半を消し飛ばし、竜の身体にも風穴を開けていた。だが、これで死ぬようであれば彼女は既に生きていない。すぐに肉体と竜そのものを再生させ、下手人を探す。

 

だが、

 

 

 

 

「クッ!よくもデュランダルを!」

 

 

青年は既に姿を消した後だった。完全聖遺物を勝手に持ち去ってしまった。追跡しようにも、状況が状況である為に諦めるしかない。

 

 

三つの完全聖遺物による布陣、その一つが奪取されたことにより、最強の力が失われてしまった。無限の再生能力、それをノイズによって強引に補強した状態。不死身にも近い身体も、デュランダルという無尽蔵のエネルギー源が無ければ彼等を倒す有効打とはならない。

 

 

 

 

翼とクリスの猛攻、それによってデュランダルも手から離れ、再び追い込まれてしまった。勝利を確信していた三位一体の陣形が破られたことで。

 

 

 

 

 

「………それが、どうした」

 

自らの肉体も修復し、風穴の開けられた竜の胴体も戻しながら、フィーネは呟く。

 

 

 

ゾワゾワッ!! と。

 

彼女のオーラが、殺意が膨れ上がる。彼女にとって、こんな所で諦める訳にはいかない。何千年も望んでいた事を叶えるチャンスなのだ。これしきの事で折れるのなら、自分の子孫達の身体に乗り移ってまで生き永らえようとはしない。

 

 

 

 

 

 

だが、フィーネは気付かなかったのだろうか。竜へと化した自分の因果に。

 

 

ネフシュタンの鎧と融合するのも、ソロモンの杖によってノイズを纏ったのも、デュランダルを引きずり出したのも、関係ない。ただ一つの事実が、追い込まれたフィーネにとって最後の猶予が失われた。

 

 

 

無空剣という青年が宿し、その身に受け入れた魔剣。その魔剣はどんな名前だったのか。どんな偉業を成し得ていたのか。

 

 

 

 

二人の真後ろから、飛び立つように空へと飛来している剣の姿。開けられた穴から、フィーネは刮目した。

 

 

 

 

《龍剣グラム────魔剣解凍、実体開始》

 

 

掌から、黒曜の剣を顕現させる。実際は人間の技術で再現した太古の時代に造られた神の遺物。

 

 

 

───魔剣グラムは、北欧神話から存在していた魔剣である。その魔剣は親子代々に引き継がれてきたという経歴や折られた剣から新しく作られたという話もある。が、一番有名な話は当然限られている。

 

 

魔剣グラムは英雄シグルドの武器として振るわれていた。彼の宿敵とされている─────魔竜ファフニールを殺す要因となったのだ。それ故に、こう言う二つ名が与えられている。

 

 

 

 

 

────最強の竜殺し(ドラゴンスレイヤー)、と。

 

 

 

 

 

「──はァァァあああああああアアアアアアァァァァァァァァッッ!!!」

 

 

両手で黒耀の魔剣の柄を触れ、握り締める。背中のブースターからエネルギーを放出し、自らに掛かる力と速度を高めていく。

 

 

複数の触手が迫り来るが、それを回避───分離している【魔剣双翼】で打ち破り、躊躇いもなく突破する。

 

 

本体であるフィーネの強張る顔が見えてくる。そのまま掴む魔剣を前に突き出し、刺し貫く構えを取った。彼女本人にグラムの魔剣を突き刺さなければ、ネフシュタンの不死性はどうしようも出来ない。

 

 

後少し、フィーネの胸元へと迫ろうと。赤い竜に空けられた穴を突破した直後だった。

 

 

 

 

 

 

カァァァン────ッ!!

 

 

金属に金属を打ち付けるような、甲高い音。それと同時に武器から腕へと流れ込む衝撃に、剣は大きく顔をしかめる。

 

透明な、障壁のようなものが、漆黒の剣先の前に立ち塞がっていた。『アルビオン』の使うような衝撃波とは違う、何らかの力が働いていた。

 

 

 

「………こんな所で」

 

 

ボソリ、と。

呪詛が漏れる。

最後の最後まで抵抗を止めず、自分の邪魔しかしない相手への恨みが。言霊のように乗せられる事で、執念という禍々しい気が膨れ上がる。

 

 

 

「こんな所で…………私の想いが!貴様らなんぞに!破られてなるものかぁぁぁああああああああッッ!!!」

 

 

赤き竜の内側で、フィーネが憎悪に満ち足りた声をあげる。その形相は正しく鬼そのもの、無空剣を憎い相手かのような眼で睨み付けていた。

 

 

そして、フィーネの彷徨に答えるように竜の肉体が増幅していく。それと同時に障壁も厚さを増し、龍剣グラムを少しずつだが圧倒する。

 

 

 

 

 

「ッ!!まず─────」

 

 

押し返される。

そう思い力を入れ直そうとしたその時、ようやく自分の状態に気付いた。片腕が、大きく後ろへと弾かれてしまったのだ。

 

 

既に、肉体的には限界でもあった。オーバーヒート、彼は短期間で魔剣の力を解放し過ぎていた。この戦いで、どれだけ魔剣の力を連続して行使した事か。

 

 

その反動が、今現在の好機に掛かってきた。こんな所で! と剣は噛み締める。それでも限界を乗り越えようにも、今の自分にそんな余裕はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな時、だった。

 

 

 

 

 

自分の掌、最後まで龍剣グラムを掴む手に温かい感触が触れる。人の手が、自分の手に重なるように添えられたのだ。

 

 

思わず呼吸が止まりそうになる。この激しい衝突下で、自分の隣に誰かがいた。その相手を見て────剣は更に、衝撃を叩きつけられた。

 

 

 

 

 

「…………ひび、き?」

 

 

自らの隣で、龍剣グラムに手を添えた少女がそこにいた。しかしその顔は険しい。今にも押し返されそうな状況下、疲弊してる無空剣ですら圧倒されそうな力の圧を、響は何とか耐えようとしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

────ったく、何ぼぉーっとしてんだよ。

 

 

 

 

 

────その子が精一杯頑張ったんだ。他の皆も、翼も。皆が皆が、誰かを守る為に戦って、全てをあんたに託してるんだ。

 

 

 

 

 

────ほら、最後に一発決めてやりなよ。最強の魔剣士なんだろ?

 

 

 

 

「…………好き勝手、言ってくれるな」

 

 

チラリと視界の隅に、赤い髪が映った気がした。そして自分にだけ聞こえるように告げる人物の声に、剣は本心では思ってない悪態をつく。

 

 

突然の独り言に首を傾げながら此方を見やる響。心配そうな視線を受け、大丈夫だと目配りをする。

 

 

 

少しだけ考えて、彼は響の名前を口にした。更に不思議そうになる彼女の顔を見据え、彼は自らの思いを吐露する。

 

 

 

「俺は、お前に会えて良かった。この世界で初めて出会えたお前に出会え(救われ)て、本当に良かった」

「……剣さん」

「だから、今は無理を通そう。─────手を、繋いでくれるか?」

「………はいっ!!」

 

 

 

剣は引き離されていた右手をゆっくりと、響の左手に重ねる。温もりを感じながら優しく、互いの手を握り合った。

 

 

左手で、右手で───竜殺しの魔剣をもう一度、握り締める。隣にいる青年(少女)達は自然と笑い合う。

 

 

 

 

 

 

 

黒星龍歌METEOR BURST

 

 

 

 

スラスターとブースターが火を噴き、障壁を穿った。薄氷のように砕け散る透明な物が、辺りに散らばる。

 

 

そして凄まじい勢いを殺すことなくフィーネの胸元へと迫り─────深々と、その中心を突き刺さった。

 

 

 

引き裂くような絶叫が、フィーネの喉から溢れ出す。同時に剣と響も、全力を振り絞るかのように、大きく吼える。

 

 

竜と同化しかけたその肉体が、貫かれた部分から細い光のラインを生じさせる。放射線状にフィーネの肉体へと浸透していき、フィーネはある事実に気付いた。

 

 

 

貫かれたのに、苦痛はない。心臓を抉られ、肉体を破壊される感覚が来ない。それなのに、今ある身体は砕けるかのようにヒビが入っていく。

 

 

いや、壊れているのは身体ではない。自分が融合していたモノであった。

 

 

 

(────馬鹿な!?ネフシュタンの鎧が引き剥がされているというのか!?完全に融合したこの私から!?それも私ではなく、ネフシュタンだけを破壊するというのか!?)

 

 

彼女がそう思ったのも一瞬。

一泊遅れたタイミングで大きな爆発が、二人とフィーネを飲み込む。爆発を直に受けたことが理由か、そもそも主であるフィーネからネフシュタンが失われたからか、竜の身体は朽ちていき────すぐさま、完全に崩壊していく。

 

 

 

 

地上で倒れていたタクトは、僅かに意識を取り戻す。崩れ去る赤い竜、そこから離れる複数の人影を眼にして、彼は口元を薄く緩めた。

 

 

 

 

 

─────ようやく、終わったのか

 

 

悠久を生き続けた巫女の願いの終わり。その事実を受け止めながらも、白き青年は何処か満足そうな顔で再び意識を失った。




割と考えてみましたけど………白い竜(タクトINアルビオン)と赤い竜(フィーネ&三つの完全聖遺物)


これって何の神話なんですかねぇ………?まぁ、片方はアルビオンという白い竜のモチーフでもう片方は黙示録の獣つーヤベー奴versionなんですが。




さて、それでは次回もよろしくお願いします!



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終幕/予兆

戦いは終わった。カ・ディンギルも崩れ去り、呼び出されたノイズもフィーネに一体残らず吸収され、赤い竜が倒された以上、残ってる個体はいない。

 

 

しかし、それで全部が綺麗に終わったとは言えない。街のほとんどが更地となっており、至るところでは黒煙が漂っている。街中の住人を地下シェルターへと避難させていた甲斐があったのは事実だ。

 

 

何より、まだ彼等としてはやるべき事がある。

 

 

 

「………おい、生きてるよな」

「……………」

 

 

瓦礫の山を片手で押し退けた剣が、その中にいた人物に声をかける。そこの中にいたのは、剣達の一撃で鎧を失った────白い服のフィーネだった。

 

 

瓦礫に押し潰されていたかもしれなかった女性は、既に意気消沈とした様子だった。自分の願いを、何千年もの間叶えようとしていた望みを叶える機会を奪われたのだ。

 

 

きっとこのまま瓦礫の中に埋もれて死ぬ事にも何とも思わなかったのだろう。今を生きたいという考えすら、頭にないのかもしれない。

 

 

 

「───行くぞ」

「……………何?」

 

 

それだけ言って、剣はフィーネに肩を貸して歩いていく。どういうつもりだ、と聞き返そうにとしようにも剣はそれ以降何も言わない。フィーネに合わせるようにゆっくりと歩いていき、その場に辿り着いた。

 

 

 

────響達シンフォギア装者、二課の面々に、安藤達リディアン生徒も複数人いる。どんな風に言われようが受け入れるつもりだったが、誰も悪感情を向けてくる様子がない。居心地の悪そうなフィーネだったが、集まっている人の中で異質なものを眼にした。

 

 

響に担がれていた、今は地面に下ろされているタクト。瓦礫に背中を預けながら、眠るように硬直している魔剣士の青年の姿が。

 

 

「…………タクト」

『心配しなくても構わんさ。彼は生きてるよ、外傷は酷いが幸いにもコアは破壊されてないらしくてね。命に別状はない事だけは確実だと保証しよう』

「………………そうか」

 

 

小さく息を吐き、両目を伏せるフィーネ。その様子は、何処かタクトの無事に僅かながらも安堵があるように見えてきた。

 

 

そんな彼女に、剣は質問をする。

 

 

「それで?フィーネ、お前はこれからどうする気だ?」

「これから、だと?まさか貴様………」

 

 

眼を剥いて、振り返る。一度、復讐の相手を知る者として追い、瀕死になるまで追い込まれた青年はあっさりと告げた。

 

 

「勿論、俺達はお前を殺す気はないな。少なくとも、俺は自分自身の意思で決めている」

「何を馬鹿な事を………お前を殺そうとしたのは私だぞ?そこにいる小娘達を人質にとって────」

「奇遇だな、俺も神風特攻でお前を殺そうとしていた。どっちもどっちだろ、結局は」

 

 

大して気に止める事ない言動。普通に受け答えする青年が嘘をついてないという事に気付き、フィーネは言葉を失う。

 

 

だが、彼女は認めない。そう簡単に信じる訳にはいかなかった。忘れてない、自分がどんな凄惨な光景を見てきたのか。

 

 

「俺としては、いやこの場の全員がお前やタクトの事を許す気だ。櫻井女史だからじゃない、フィーネ個人を」

 

「分かっているのか………私は先史文明期の人間、ノイズを造り出した時代から人を見てきた者だぞ。他者を恐れ、拒み、理解できないと決めつけた……………だからこそ何千年も、人の善意などを理解せずに、ここまで来た」

 

「まぁ、それは簡単に否定できる話じゃないな」

 

 

この世界の………先史文明の人間がノイズを生み出した。それも同じ人類を殺戮する為に。

 

 

ある意味では、剣も似た環境を生きていた。人類の為、世界の為、そんな謳い文句を聞かされながら彼を含む多くの子供(仲間)達を死なせ、兵器へと作り替えた。そしてそんな彼等に媚びるような態度を取る大人達、人殺しの化け物などと罵る者も多くいた。自分達が世界の為に戦っても、彼の護ってきた人が良かった人間ばかりではなかった。

 

 

だからこそ、統一言語なるものを失った彼等がノイズを作り出してまで他者を排除しようとした理由も、ある程度は理解できる。

 

 

根底にあるのは、恐怖だったのだろう。統一言語ならば言葉や心が通じ合える。しかし他者の考えを理解し、自分の考えを伝えられる言葉を失ってしまえば、後に残るのは不理解のみ。

 

 

────数千年という長い時を生きてきたフィーネ、彼女は一時期人の善意を信じようとして来たのだろう。だが、悪意ばかりが彼女の眼に止まってしまった。そして少しずつ積もっていき……………人を傷つける事しかしない人類が、互いを理解など出来る筈がないと、そんな風にまで思わせてしまったのだ。

 

 

 

 

だが、剣は絶望しきったであろうフィーネに言葉を投げ掛けた。

 

 

 

 

「なら────今回くらいは信じてやれよ。響達の、この世界の人達の善意ってのを」

 

 

思わず、フィーネは剣の顔を見つめる。戦いでボロボロになっているその容貌、片目のある場所は魔剣の欠片を埋め込まれ、普通では見られない、一般人からしたら、恐怖を抱かれてもおかしくない。

 

 

 

そんな彼は、前見たよりも心からの笑顔を浮かべていた。感情があるのを装っていた当初を知っていたフィーネは言葉を失い、絶句する。

 

 

 

「確かに、お前の言う事は事実だろうさ。この世界も俺達の世界も、人間は悪意のある存在だ。今更取り繕うつもりはない」

 

 

 

「だが、決して人間の心ってはそれだけじゃないとも俺は思っている」

 

 

 

「真っ黒な悪意と同じように、温かくなるような善意だってある。少なくとも…………俺みたいに自分を兵器だと信じて生きてきた奴にも、側に歩み寄って、人間として見て、手を取ってくれる人達だっているんだ」

 

 

 

────彼は、変わっていた。

心の中でフィーネは剣の事を憐れんでいた。人の心を信じた結果、人の愚かさを知り、大切な仲間を失った結果、人を心から信じることのなくなった青年。自分よりはマシとは言え、信じた結果挫折したのだと櫻井了子として振る舞っていた時はそう見えた。

 

 

しかし今の彼は、過去を乗り越えた。自分が受けてきた傷を癒し、その先の分からない未来を信じようとしている。

 

 

 

 

「───だが、それでも私は」

『素直に認めたまえ生娘。君は彼等に負けたのだ、敗者なら敗者らしく勝者の意見を呑むのが筋だと思わないかね? あまり我が儘を言わず、今はそれを受け入れる時だ』

 

 

配慮の欠片もない言葉を言い放つノワール。しかし彼の本心ではない、むしろそれは優しさを向けられたフィーネへのもう一つの激励でもある。

 

 

 

その言葉に唇を噛み締めたフィーネは、少しの間黙り込んでいた。その後すぐにノワールが操る小型機械を睨み付ける。

 

 

 

「…………生娘という言い方は気に入らんな。私の方が年上だぞ」

『マウントを取るみたいで好きではないが………私は既に妻子持ちだったぞ?恋心も親心も、この場の誰よりも会得してる自信があるね』

「おい、博士。アンタの言葉で大人達が凄い顔してるぞ」

「………そういえばオペレーターの人達独身だったな。まさかここで流れ弾が直撃するとは」

 

 

ノワール博士の容赦ない言葉(この場の誰よりもという発言)に藤尭さんと友里さん達と言った二課の大人達が崩れ落ちる。少し不安そうなクリスの声と、呆れたように呟く剣に、次第にこの場の空気は弛緩していく。

 

 

 

フィーネもいつの間にか微笑みを浮かべていた。人類への理解を諦めていた彼女の中で、少しずつだが芽生えてきたのかもしれない。

 

 

彼の言うように────この人達を信じてみるべきかもしれない、そんな思いが。

 

 

 

「無空剣」

「なんだ?」

「お前は知りたがっていたな、私に手を貸した【「魔剣計画《ロストギア・プロジェクト》】について」

 

 

何処かこの光景を嬉しく思っていた剣はフィーネの言葉を聞き、顔色を変える。

 

 

虹宮タクト(後続機)と『アルビオン』、フィーネはそれらの戦力を【魔剣計画】から仕入れたのは予想するに容易い。

 

 

問題はその内容についてだ。奴等は自分達とは何故無関係なフィーネに兵力を与えたのたか。剣を狙ったのは分かる、そうする理由が一番気になっていた。

 

 

 

「ある程度知っている訳ではないが、貴様に関する事について見過ごせない情報がある」

 

 

「それは………なんだ?」

 

 

「エリーシャ、あの男は既に【魔剣計画】から貴様の──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────ふむ、ここら辺で終幕という訳か」

 

 

 

パチン! と指を鳴らす音がする。剣は何か気付き声をあげようとする。しかしそれよりも先に、動く物があった。

 

 

 

ズドッッ!!!! と。

上空から飛来した槍がフィーネを貫く。胸の中心、心臓のある部位を軽々と突き破り、背中へと届く。

 

全長二メートルに至る長さの白い槍だった。しかし槍と言うには先の部分に大きな突起や刃の部位が存在しない。槍と言うよりも、杭の方が合ってると言われればその通りだ。

 

 

 

「フィーネ!」

 

クリスが、咄嗟に叫ぶ。他にもオペレーター達が駆け寄る最中、剣はハッと振り返った。さっきの声は真後ろから聞こえた、何より剣はその声の主を忘れてはいない。

 

 

 

相手は隠れることなく、その場に姿を現していた。研究者の着込む白衣を着た────眼帯の男。

 

 

 

 

エリーシャ・レイグンエルド。

無空剣の倒すべき敵にして彼を追う魔剣科学者。彼は心の籠ってない拍手をしながら、剣達に賛辞を述べていく。

 

 

「お見事お見事、消耗してるのにも関わらず迅速に対応するとは。君達には実に畏れ入───」

 

 

饒舌に喋り散らしていたエリーシャの言葉がピタリと止まる。喉元に向けられた剣先、刀がその理由だった。

 

 

「貴様、櫻井女史に…………いや、フィーネに何をした」

 

 

スラスターを加速させて接近した翼がアームドギアをエリーシャに突きつけていた。その動きと構え方に微塵の躊躇は見られない。あの槍の攻撃に近いタイミングでこの男が現れた。ならば関係してるのは明確である。

 

 

何より、翼はその男がどういう人物なのか伝えられていた。当事者である剣や彼の知り合いが、どれほどの扱いを目の前の男にされてきた事か。

 

 

だからこそ、翼は迷いなくエリーシャに剣を向けていた。下手な真似をするのなら今すぐ斬り捨てるのも辞さない覚悟で。

 

 

 

しかし、エリーシャは自分の命を奪いかねない刃をあまり気にしていなかった。いや、気にしてはいたが、自分の身を心配していない。

 

 

翼の纏うシンフォギアと彼女の振るうアームドギアへの興味しかなかった。少なくとも、自分が置かれてる状況には意識すら傾けない。

 

 

 

「なるほど、これが『雨羽々斬(アメノハバキリ)』、君のシンフォギアか」

「ッ!」

「近くで見てみてると中々だ。もう少し近くでその切れ味を見学したいのだが…………おっと」

 

 

異質、不気味。

身を震わせた翼はアームドギアを切り払い、エリーシャから距離を取る。その瞬間、刀に手を伸ばそうとしていたエリーシャの腕を軽々しく通り過ぎた。

 

 

 

……………何も起こらない。切り払われた筈のエリーシャの腕はまだまだ現存だった。そもそも腕すら切り落とされた事実が、最初から無かったことのように平然と笑う。

 

 

「安心したまえ、ホログラムだよ。この場には残念ながら挨拶できなくてね、申し訳ないがこのような形で挨拶させて貰う事にした……………しかし」

 

 

周囲を見渡すエリーシャ。全員が戦闘態勢を取っている状況だった。響やクリス、剣、弦十郎に緒川までもがエリーシャに対して身構えている。

 

 

 

「随分と嫌われたものだ。無空剣はともかく、君達にまで嫌われるような事をした覚えは無いが?」

 

「ごちゃごちゃうるせぇ!人を何とも思ってねぇゲス野郎が何抜かしてやがる!」

 

「無空や博士から聞いたわ…………貴方の所業。最早人ではない正真正銘外道の行いをね」

 

「おや、実に酷い言われようだな。それも全て事実であるから否定のしようがない」

 

 

激しい敵意を周囲から向けられても尚、エリーシャは余裕を崩さない。遠隔で対峙しているのも理由ではあるが、それでも発言の節々に罪悪感や後悔なんてものが見えてこない。ある訳がない、最初から存在してないのだから。

 

 

かと言って、心がないのも違うだろう。自分の知らないものを知れば彼は喜び、興奮に満ち溢れる。

 

 

 

それが、エリーシャ・レイグンエルドという男だ。歪みに歪みまくった────本物の狂人。非人道的な研究をしてきた【魔剣計画】からも忌み嫌われた科学者なのだ。

 

 

が、そこで変化が起きた。

フィーネの胸元に突き刺さる槍が塵となって消える。見ると傷跡はそこには残っていない。血すら出てこなかった。

 

しかし、フィーネに起こっている異変は収まるどころか悪化すらしている。

 

 

「ぐっ…………ガハッ、ゴボッ!!」

 

「了子さん!しっかりしてください!」

 

 

「ふむ、良い代物だろう? 残念ながらコイツは聖遺物ではなくてね、人工的に造られた対不死用の哲学兵装だ。核として『ハルパーの大鎌』などと言った聖遺物を据えていてね。悲しいことに試作段階だったが故に今現在のフィーネを殺すだけ、完全に魂だけを殺しきる事は出来ないらしいが…………まぁ性能としては充分か、なるほどなるほど」

 

 

苦しむフィーネを何とかしようとする友里達。そんな彼等に対してエリーシャは淡々と説明をするだけだった。が、結局その内容は自分の造り出したであろう槍の改善点などぐらいだ。

 

 

憐れみの眼を向けようとしていた白衣の男だったが、僅かに眼を見張る。苦痛に喘いでいた筈のフィーネが治療しようとする手を制し、ゆっくりと立ち上がってきた。

 

 

「エリーシャ……ッ、貴様……!」

 

「残念だよフィーネ。君には願いを叶えて幸せになって欲しかったんだがなぁ。虹宮タクトもその為に戦ったんだ。犠牲を無駄にしないで、君には報われて欲しいと思っていたよ…………あぁ、残念だ」

 

 

心の底から、エリーシャは悲しそうな表情を顔に示す。声音も少し震えており本気で悲しんでいるように聞こえてもおかしくない。

 

 

しかしその場の数人は最初から気付いていた。その内の一人であるフィーネは吐血しそうになりながらも吐き捨てる。

 

 

「───最初から、私の敗北を……考えてた奴が、何を今更────その取って付けたような気色悪い態度は、止めておけ………」

「…………………くく」

 

 

そこでようやく、エリーシャは何時ものようなにこやかな笑顔を崩した。そこから浮かび上がるのは未知への興奮と探求に満ち溢れた研究者の顔ではない。

 

 

 

純粋に、嘲笑うかのような醜悪な笑みだった。

 

 

 

「クハッ!ハハハハハハハハハッハッハーッ! その通りだ馬ァ鹿め!何故私が、この世界が滅びるのに手を貸さなければならない!? 彼ならともかく、私や貴様のような者がこんなに素晴らしい世界を滅ぼすなど!断じて有り得んだろうさ!!」

 

 

エリーシャはフィーネの目的を知っていてもタクトと『アルビオン』を譲り渡した。彼女が剣や響達に負けるという考えが合ったにも関わらず、いや最初から知った上で手を貸していたのだ。

 

 

何千年にも至る彼女の努力や願いを────いとも簡単に踏みにじった。敵であったとしても、そんな事は到底許せるものではない。

 

 

「この世界を見ろ、無空剣!聖遺物、ノイズ、完全聖遺物、シンフォギア。何ともまぁ私達の知らぬものばかり!それにまだまだ、この世界には未知が隠されている!! 私はそれを知りたくて、『理解』したくて堪らないのだよッ!!! 全ての神秘を解析して!調査して!探求して!分解して!──────そして、『理解』するのが!!私の在り方なのさ!!!」

 

 

狂ってる。そんな者、誰から見ても分かる。エリーシャの探求心、好奇心は人としては当たり前の機能かもしれない。しかし、問題はその行程だ。奴はきっとその結果を知る為なら誰かを生け贄にする事も躊躇いもしないだろう。

 

 

例えそれが…………誰にも愛されなかった子供だろうと、産まれたばかりの幼い赤子だろうと、エリーシャはその犠牲を喜び、賞賛するに違いない。

 

 

恍惚とした瞳を宙から剣へと向ける。今にも歌い出しそうな程上機嫌な様子で、エリーシャは彼に指を差した。

 

ただ示しただけなのに、本人はともかく周囲にも気持ち悪い空気が重みを増した。今から自分の死んでもらう人間を指定するような、下劣な悪意しかない。

 

 

 

「その後で、君だ。無空剣。私の最終目的は、君を最強の魔剣士へと昇華させる事だ。魔剣士最強の序列が為しえる事の出来る偉業─────世界を滅ぼす、神ですら不可能な事を達成することで」

 

「………いつまでも、お前の目的通りになると思うなよ」

 

「まぁ好きにするといい。どうせ君の意思など関係なく行うつもりだからね。…………それでは、嫌われた者は嫌われた者らしく、大人しく退場するとしようか」

 

 

体がブレる。

電子で構成されたホログラム、既にこの場から去るつもりなのか空気に透過していこうとしていた。

 

 

消える間際、エリーシャは突然振り返ってくる。下半身が消え、胴体も霧散していく最中、彼は不気味な笑みを浮かべながら、

 

 

 

「あ、言い忘れていた。これから月を使って面白い事をしようと思う。期待して待っててくれたまえよ?」

 

 

 

────弾けるように、男の残影は消えた。悪意ばかりの饗宴は幕を下ろし、あの男の遺したものは跡形もなく消えてしまった。

 

 

 

 

しかし、一つだけ奴が遺した傷痕があった。理不尽にも奪われてしまった、とある命が。

 

 

「…………これが、今回の最後か」

 

空を見上げる巫女 フィーネ。その体からは光の粒子が舞い始めていた。

 

 

エリーシャの放ったであろう槍は、魂を蝕む毒となってフィーネの魂を死に追いやろうとしていた。何とか持ちこたえていたが、限界というものはどうしようも出来ない。

 

遺伝子単位で永続してきたフィーネ、この時代の彼女の命が、今尽きようとする。

 

 

 

「了子さん………いや、フィーネさん」

「やっと、呼んでくれたな。私の名を」

 

 

心配そうな響の声に、何故か彼女は落ち着いていた。急いで手当てをしようとする者達が駆け寄ろうとするが、剣がそれを制する。

 

 

もう彼女は助からない。あの槍を受けた時から、それは明確な事実だった。

 

 

彼女(櫻井了子)の身体は無事だ、だがあの力による副作用があるかもしれん。その時は貴様らに任せるとしよう」

 

 

自分の胸を撫で下ろし、フィーネは自分の体───いや、本来の持ち主である櫻井了子の事を気遣う。

 

 

近寄っていた響の胸の中心を人差し指で突く。櫻井了子として、いや改めてフィーネ本人がいつか前に抱いていた笑みを浮かべ、

 

 

「響ちゃん────貴方の胸の歌を、信じなさい」

 

 

 

そう残して、一つの魂が消えた。身体を動かしていた魂の消失を受けて、フィーネの姿から櫻井了子へと戻り、彼女はそのまま地面へと倒れ込む。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

フィーネが消失してからすぐ、気絶していたタクトが目を覚ました。彼は自分が大勢のいる場所に集められている事に一瞬困惑していたが、弦十郎達の近くにいる櫻井了子の姿を眼にして、

 

 

 

 

「…………マスターは死んだか」

 

 

達観したような呟きを、口に出す。誰もそうだとは言わなかった、簡単に言える訳がなかった。

 

 

だが、タクトはその沈黙によって自分の言葉が正しい事を理解する。それに気付いた彼は何もしない。嘆くことも泣き叫ぶことも憤ることも。

 

 

ただ近くにいた響に、質問をするだけだった。

 

 

「…………何を言われた?」

「…………自分の胸の歌を信じなさいって」

「ふん、そういう事か」

 

 

小さく笑うその姿に今までのようなタクトの信念はなかった。自分の存在証明、それと同時に彼は自分を必要としてくれたフィーネへの忠誠があった。

 

並々ならぬものだ。

彼女が望むなら文字通りタクトは命を捧げるとも口にしていた。しかし目的は叶わず、今のフィーネを護る事も出来なかった。意識を失っていたとは言え、タクトは激しい自責があるだろう。

 

 

ふと、彼は集まっていた人々の中にいる数人に気付く。そして、通常よりも遥かに元気の無い様子で口先を歪めた。

 

 

 

此方を不安そうに見る安藤達に向かって、頭を下げた。ニヤリという笑いとは裏腹に無機質な表情で口から謝罪を述べる。

 

 

 

「悪かったな。あの時は殺そうとして」

「………っ」

「マスターの命令とか言い訳しねぇよ。元からオレがクソだったのが事実だ。だからお前らをオレの事を恨む理由がある。殺された連中の事を、弾劾する権利がある。

 

 

 

 

 

 

勿論、ここでオレをぶっ殺す事もな」

 

 

 

両手を広げる青年の言う事は、あまりにも異様すぎる。自分を殺せばいいなどと言えるのは覚悟のある者か、よっぽどの自殺志願者か、完全に生きる気力の失った者だろう。

 

 

タクトもそれと同じだった。自分が負けたことよりも、フィーネが死んだことを知った時、彼の顔から全ての色が抜け落ちたようだったのだ。

 

 

「それか立花響、てめぇがやるか?今のオレなら消耗してるてめぇでも殺せるだろうさ。まぁマスターをぶっ倒したくらいだ。簡単にやれるのは確かだろうな」

「───そんな事はしません」

 

 

響に対しても挑発的な事を宣うタクト、暗に殺せと告げるような言葉。

 

 

しかしそれでも、響は首を振るった。自分の掌を握り締め、決してやらないと宣言する。

 

 

「私、タクトさんを殺したいとは思いません。そんな事の為に戦ったんじゃない。………話し合いたかったから、フィーネさんとも、タクトさんとも」

 

「………誰もがてめぇの期待する善人だと思ってんじゃねぇぞ」

 

 

どろりとした、粘着的な言葉だった。

タクト自身の顔も諦めから一転、本心から怒りが沸き上がってきた。

 

 

 

立花響の生い立ちを、タクトは知らない訳ではない。無空剣や三人のシンフォギア装者、彼や彼女等を倒すために全ての情報を脳内にインプットしている。

 

 

その中でも響も満足にも幸せな生き方をしている訳ではない。どちらかと言えば他の装者、剣やタクトにも匹敵する程の────残酷な人生だった。

 

だからこそ、タクトは信じられなかった。それでも、今まで傷つけられてきたのにも関わらず、手を取り合えるなどと信じてる目の前の少女が。

 

 

「言っといてやる。てめぇのそれは幻想だ。バラルの呪詛があるから人間は理解し合えないって本気で思ってんのか? んな訳ねぇだろ、じゃなきゃオレ達の世界の人間は何だ!?子供(ガキ)を兵器に変えて!世界の為と宣ったクズ共戦わせて! その果てに実験道具としか思ってねぇフザけた奴等だぞ!!クソ中のクソだ!!

 

 

 

 

相互理解を拒む呪いがねぇ奴等でアレなんだ!それなのにこの世界の連中が!

 

 

 

オレみてぇなそんなクソ共と変わりねぇクズが!!

 

 

 

 

てめぇが命賭けて手を伸ばしてやるような、価値のある奴等ばっかだとでも思ってんのか!!?」

 

 

それは地獄を知るような言葉だった。地獄を実際に見て、経験してきた者でしか出せない覇気が、彼からは放たれていた。

 

 

生まれてから自分を既に存在しているモノと同じ扱いを受けてきた魔剣士。虹宮タクトという原形とは違う、自分自身を欲していた青年は次第に多くの悪意によって磨耗していった。

 

 

タクトは、いやそれ以外の誰かは自分の知る世界というものを叫ぶ。優しくも温かくもない、歪な世界の在り方を、まるで呪うかのように。そんなものなど、救う価値などないと。

 

 

 

だけど。

少女は決して、それだけでは諦めない。

 

 

「………思ってるよ」

 

 

響はただ、そう返した。

何も言わない彼女の代わりに、タクトは自分自身で考える。

 

 

………嘘ではないだろう、彼女はきっと本心から自分とも手を繋ぎたいとも思っている。敵としての側面しか見せてない筈なのに、彼女はそれでも手を伸ばすだろう。

 

 

 

───あぁ、彼女はなんて─────

 

 

 

 

 

「────馬鹿が」

 

 

告げられた罵声。

立ち上がり、自分の体を軽く払う。破損しているであろう機械の体が軋む音を漏らす。タクトはめのまえに立つ少女を睨み、続けて口の悪い言葉を放つ。

 

 

「ナニ偉そうに語ってやがる。それで他の奴等が納得するとでも思ってんのか」

「タクトさん……」

「あぁ、ムカつくよ。こう言ってんのに平然とした面してるてめぇみたいな馬鹿が」

 

 

しかし、彼は静かに響の肩を掴む。ただ掴むだけだ、力を入れて押し退けたり、そのまま握り潰すような様子も見られない。

 

 

「それ以上に………」

 

 

戸惑う響。その横でタクトは視線すら合わせず、俯いたままブツブツと呟く。

 

 

「それも悪くねぇって思っちまった………オレの馬鹿さも、腹の底からムカつく。てめぇなんかの言葉に耳を傾けて、そうかもしれねぇって思うなんてよ」

 

 

 

そう言って、響の肩から手を離す。彼女の横を通りすぎて、二課の大人達の顔を見ながら両手を挙げた。

 

 

「投降する────元よりフィーネの配下、凶悪な犯罪者だ。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「………良いのか?」

「覚悟の上だ。マスターがいなくなった以上、今回の騒動の責任を取る奴が必要だろ。それはオレで充分、元より罪は償うつもりだ」

 

 

それでも、弦十郎は簡単には答えられなかった。しかしタクトは早くしろと強制するような鋭い目つきを向ける。彼の覚悟を受け取ったのか、弦十郎はそれ以上何も言わなかった。

 

 

代わりに黒服達が駆け寄り、タクトの両手に手錠を掛ける。そんな最中、タクトは先程自分が声をかけた少女達の方を見た。

 

 

 

「お前ら、名前は?」

「……安藤創世」

「寺島詩織ですわ」

「板場弓美だけど………」

「そうか、覚えとく。命奪おうとした借りは、いずれちゃんとした形で返してやるよ」

 

 

素直に答える者はいない。

一度殺そうとした相手なのだ、怯えても無理はない。タクトはあまり気にしてないのか、「悪いな」と軽く言って手錠にかけられた片手を何とか振るう。

 

 

「それとだ、無空剣」

「…………何だ?」

 

自分で人混みの方へと向かおうとするタクトが止まり、剣に声をかけた。不審そうに眼を細めながらも、手を出そうともしない青年。そんな彼の姿に、

 

 

 

「変わったな、アンタは」

「………」

「前まで聞いてたデータとは明らかに違う。アンタは自分の望むものを見つけられたんだな」

「…………そうかもな」

「────なるほど。羨ましいぜ、本当に」

 

 

最後だけは本当に、本心から言うような声だった。それだけが言いたかったのか両手に手錠を掛けられた青年は二課の職員であろう黒服に同行されるように歩いていく。

 

 

背を向けて瓦礫ばかりを押し退けて進む。障害物すらない晴れた場所で、剣はある物を見つけてしゃがみこんだ。

 

 

 

破壊された『アルビオン』の残骸。棺桶のような物、その中にある────純白の結晶だった。魔剣カラドボルグの欠片、タクトのコアとして使われていたもの。

 

 

 

───こんなになるまで、俺の事を助けてくれるとは

 

 

「ありがとな、相棒」

 

手の中で収まるそれを握り締める。そう簡単には壊れない。感謝の言葉が通じるとは思ってないが、それでも伝えておきたかった。

 

 

二度も、剣は親友の終わりを見届けた。しかし違う所は明確だろう。その死を嘆き絶望していたか、その死を受け止め乗り越えたか。

 

 

今は後者、それ以外に代わりはない。

 

 

 

フィーネを黒幕とした様々な影響が起きた騒動────後にルナアタック事変と呼ばれる事件はこれで終わった。平和になったと言うには大きな傷痕を残しながらも、それでも多くの者達がこれからの平和の為に前を見て、進んでいこうとしていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

山奥にある建物。

元々はフィーネの隠れ家として重宝されていたが、米国の特殊部隊の襲撃とタクトと『アルビオン』による容赦のない破壊行為によって既にもぬけの殻とされていた研究施設。

 

 

それでも戦闘があったのは廊下やホールといった場所だけで、何よりフィーネが証拠隠滅の為に爆破で吹き飛ばしていた。

 

 

しかし、それは地上だけに限られる。調査に来ていた二課の目を掻い潜るような高度な隠蔽技術で、地下の研究所への部屋が隠されていたのだ。

 

 

 

そして、その場所を探し出したとある青年はそこへと隠れる事にした。彼は完全聖遺物 デュランダルを片手に、使われもしない部屋に踏み込んできた。

 

 

青年以外誰も人はいない。しかし彼はその部屋に用があった。より正確には、その部屋で対話をする相手に、だ。

 

 

 

 

 

 

「やぁやぁ、調子はどうだい」

 

 

モニターの前に配置された椅子に腰掛ける白衣の科学者、エリーシャの姿があった。しかしそれも本人ではない。ただの電子体、単なるホログラムだった。

 

 

青年は鋭い眼を更に鋭くする。一瞬だけ人を殺せそうな圧力を向けようとしていたが、すぐに感情を落ち着かせる。

 

 

「…………まぁまぁだな。お前の顔を見せられて気分が悪くなったが、『コイツ』を手に入れる事が出来たし問題はない」

 

 

手の中にある黄金の聖遺物を見て、満足そうに笑う。デュランダルという聖遺物、今も光を放ち続ける剣に

エリーシャも興味深そうな眼を向けた。

 

 

「無限、無尽蔵、それを体現する完全聖遺物 別称サクリストD デュランダル────世界が違うからこそ効果も違うとは理解していたが、何とも素晴らしい物だ。これ一つで全てのエネルギー源の問題を何とか出来るのだから。実に…………素晴らしい……っ!!」

「…………おい」

「あぁ、分かっているさ、安心してくれ。興味はあるが手に入れるつもりはないよ。君の方が、私よりも使えるだろうしね」

 

 

高揚とした様子を隠すことないエリーシャに、青年は低い声で一喝。ホログラムのエリーシャは降参するように両手を挙げて何もしないという意思を表明する。

 

 

 

しかし、その眼はやはり正直だった。心底残念そうに伏せられているが、その瞳は煌々と感情の炎を燃やし続けていた。

 

 

彼が手にする黄金の剣への興味関心、飽きない探求心が芽生えていたが────同時に、先程までの自分の発言、それが示す答えを理解している為に、エリーシャは大人しく引き下がる。

 

 

青年はデュランダルの柄を掴み、剣を持つようにぶら下げる。ジロリと、黄金の刀身からホログラムを睨み付ける。

 

 

「それよりも、お前何処で何をしてる?デュランダルを手に入れた直で見たがるような性格のクセに。わざわざホログラムで挨拶するのも普通じゃない」

 

 

あぁ、とエリーシャが何度か頷く。彼は片手で真上を指差した。しかし、その先にある────エリーシャが示しているのは、地上ではなく、それよりも遥か上にある物だった。

 

 

 

 

 

「月の遺跡────正式には、『バラル呪詛』発生装置にハッキングを仕掛けている最中でねぇ。中々厳重だが、中枢にまで届くのは時間の問題かな」

 

 

とんでもない事実を口にするエリーシャ。この事実、『バラルの呪詛』については知るものは世界中でも数少ない。

 

その一人であったフィーネは『バラルの呪詛』を解除するべく月を破壊しようとしていた。だが二次災害で世界が滅びる事は確実だったので、剣達に止められたことになる。

 

 

だが、エリーシャにとっては人類全ての相互理解を拒絶する呪いなんて解くつもりなんて微塵もない。彼からしたら、遺伝子レベルに刻み込まれたその呪いはあまりにも面白い物だった。

 

 

少なくとも────解析してみたい、利用してみたい、と考えるくらいには。

 

 

「…………連中とて馬鹿じゃない。お前のハッキングは月の異変を引き起こす。いずれ混乱を引き起こすぞ」

「構わないよ。むしろそれが目的なんじゃないか。混乱は激しい戦いを生む根源となる。それで面白い結果になるなら、私はそれを期待しようと思っているとも」

「………ふん、まぁいい。………それで?お前の見解だと次は何処を利用するつもりだ?」

「米国さ。彼等は既に人材の有り余っている日本と違い、シンフォギアを有しようと必死さ。何より、今回の件で無空剣の存在は世界中に明かされるのは間違いないから…………彼等はきっと焦るだろうね、だからこそ足元を崩させて利用させて貰う事にするよ。私にとっても都合良くねぇ?」

「そんなくだらない御託は良い、前々から聞き飽きた」

 

 

ダンッ! と。

机に脚を掛け、青年は吼える。金属の塊が軋む音と同時にこの部屋の空気も歪んでいく気がしなくもない。

 

 

そこまで青年を不快にさせるのはただ一つ、エリーシャという男の存在そのものだ。だが、一つの疑問が浮かび上がる。そこまで嫌いならば、何故青年はエリーシャと行動しているのか、というものだ。

 

 

「心ッ底不愉快だったが、お前の駒として俺は動いた。その間にあった約定、とっととそれを終わりにする時だ」

「あぁ………あぁ、そうだそうだ。ちゃんと分かっているさ」

 

 

答えは、あっさりと告げられた。しかし明確な部分は明かされず、数少ない意味合いしか伝えられてない。話の内容を理解できるのは、当の本人達のみ。

 

 

 

「契約は果たされた。これにより、完全聖遺物 デュランダルは君の物だ。私は後数ヶ月、君が敗れた後に目的に取りかかろう」

「───」

「契約通り。一ヶ月後、だ。君はそれから自由に暴れるといい。無空剣を殺すなり、この世界を滅ぼすなり、ね」

 

 

そう言って、白衣のホログラムはかき消えた。虚空に電脳の残滓が薄れたことでその形も跡形もなく空間に溶けていく。

 

 

 

青年は一息つくと、自分の横にあった机と椅子を蹴り飛ばす。鉄の塊が一瞬で粉砕され、破片が壁や床を切り刻む。力と同時に感情を暴発させ、破壊を巻き起こす。

 

 

部屋にある物全てを破壊し尽くした青年は凄まじい怒気を一言に乗せる。

 

 

「精々ほざいていろ、狂人が」

 

 

最早その言葉は誰にも届いていない。が、どうでも良かった。そんな事は知ったことではない。ただ怒りを発散させたかっただけに過ぎない。

 

 

何より、青年は身を焦がす程の怒りを我慢していた。そんなもの、いずれは気にする必要もなくなると。

 

 

「今度こそ俺は─────何者をも越える。絶対的な力を手に入れる。もう俺は誰にも止められない、圧倒的な、絶対的な、力を得ることで、だ。

 

 

 

 

 

 

 

格上気取ってるお前も、いずれはこの手で殺してやるよ。序列三位」

 

 

 

獰猛な笑みを浮かべる青年は、黄金の聖剣を片手に思いを馳せる。

 

 

彼が目指すものはたった一つ────■のみ。

その為だけに全てを切り捨ててきた青年は、いずれ果たされる未来を見据えていた。




大幅なストーリーの変化について一つ。


フィーネはカ・ディンギルを使う前にアルビオンに破壊された事で月は破壊されてません。なので月の欠片が落ちてくることはありませんでした。今後の展開的にはエリーシャとか謎の青年が色々悪巧みするとかでしょうから、ある程度はオリジナルです。


そしてフィーネも魂だけ消えた状態なので、了子さんは生きてます。今は起きてないだけで。



無印はこれで終わり………というより、「絶唱しないシンフォギアみたいな幕間」を投稿しようと思ってます。



PS.タクト(後続機)もあだ名か別名を考えとかねぇとなぁ…………(分けるのがめんどくさい)


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絶唱しないシンフォギアみたいな幕間 2

一週間過ぎてて謝罪します。言い訳しますと何書こうか考えてたのと遊んでました。番外編にしてはギャグ要素が少ないですけどよろしくお願いします!!!


先史文明の巫女フィーネが起こした月を破壊しようとした大規模な騒動────白と赤、二体の怪物が出現した事から双竜事変等と呼ばれ掛けていたその事件は、各国の談話によって“ルナアタック”と呼ばれることなった。

 

 

 

一般的にはその事件は()()()()()に繋がるだけで済んだが、国際的にはそうは留まらない。

 

 

 

日本国内で引き起こされた事件。その全貌はあまりにも規格外、常識など遥かに越えていた。

 

 

フィーネの配下であった魔剣士(ロストギアス)虹宮タクト、彼の纏う【アルビオン=カラドボルグ】という、理論上の兵器を超越した存在。想定では日本国の戦力では勿論、米国の軍事力を以てしても脅威と呼ぶしかない敵だった。

 

 

それを打ち倒したのはシンフォギアという、ノイズという自然災害への対抗策とされていた兵器を纏う少女達。そして、敵と同じ魔剣士(ロストギアス)の一人である青年。

 

 

 

米国を主体とした各国は日本に対して────日本が秘匿してきたシンフォギアシステムの完全開示と同じく黙秘されている青年についての情報を要求してきた。しかし、それだけでは終わらない。他の国とは違い、米国は更に要求を増えそうとしていたらしい。

 

 

もしその要求を聞き入れなければ、日本に対する対応も考えるという─────明確な脅しをかけ、日本はどうしようもなくその要求を認めるしかなかった。

 

 

そんな風な政治的な陰謀が動く以上、“ルナアタック”の立役者である四人には命の危険がある。それ故に、だろうか。彼等の身柄は今現在、行方不明とされていた。………………実際の所は、全ての問題が解決するまで自粛という事なのだが。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

───一つの惨劇を見た。

 

 

普通では有り得ない────しかしこの世界ではそうではない、特殊ではない悲劇を。

 

 

少なくない人間の集まりが、ノイズに襲われている光景。塵となって消えていく大人の残影に、最後までその場にいた一人の少女が手を伸ばす。

 

 

 

思わず、その手を掴もうとした。何の躊躇も迷いもない。少女の泣き顔、絶望した顔を見て、咄嗟に大丈夫だと励ましてやりたかった。

 

 

しかし、その手を掴んでやることも許されない。今の自分には体がない、だからこそ動いても意味がなかった。大切な人を失い泣き叫ぶ少女を、どうしてやる事も出来なかった。

 

 

 

そして、世界が暗転する──────

 

 

 

 

 

 

『あたしの家族の仇は、あたししか取れねーんだ!あいつら───ノイズは全部!あたしがぶち殺してやる!』

 

 

『…………例え、地獄に堕ちることになってもか?』

 

 

『奴等を皆殺せるのなら!あたしは望んで地獄に堕ちる!』

 

 

 

───何だこれは、と思う。誰かの記憶が、思い出が、映像として頭の中に叩き込まれる感覚。

 

 

 

(あぁ、そうか)

 

 

これは彼女の、■■■の生き様なんだ。自分が知る中でも数少ない英雄─────様々な人の心に意思を与えてきた少女。その覚悟と決意は、少なからずだが理解はしている。それでも、絶対とは言えないが。

 

 

 

色んな光景が焼き付けられる。ノイズへの復讐の為、ギアを纏う為、文字通り血反吐を塗れてまで進もうとする痛々しい姿。

 

 

多くの戦いの中で、復讐以外の何かを見つけ────本当の笑顔を取り戻し、共に戦っていた相棒との幸せそうな生活。

 

 

 

 

 

だが、それは終わりを迎える。

当然の帰結であった。彼が知る少女は既にこの世にいない。つまりこの物語には終わりが存在する。少女の進む人生には、唐突な幕切れが存在していた。

 

 

 

 

 

暗転したその先で、明かされる光景────

 

 

 

『───おい!死ぬなぁ!』

 

 

物語の主である少女は武器を放り捨ててまで、誰かに駆け寄る。それを見て、呼吸が止まりかけた。少女が声をかけている相手は本人からすれば知らない人物だったが、この場に於いて無関係である自分は知っている。

 

 

相手は、今にも死にそうだった。胸元にナニかが突き刺さり、溢れ出る血が止まらない。今にも死にそうなのは目に見えていた。現に、相手の眼から光は消えていき、力尽きそうになっているのが分かる。

 

 

 

 

『─────生きるのを諦めるなぁ!!』

 

 

だが、少女は諦めていなかった。死が間近であろう相手に強い活力に満ちた言葉を投げ掛ける。

 

 

 

そして、彼女は最後に歌を歌った。

死にかけた自分よりも年下の少女を助けて、かつこの場を乗り越える事が出来る────胸に浮かび上がる歌を。

 

 

 

 

それこそが──────少女、天羽奏(あもうかなで)の結末だった。誰かを助ける為、彼女は心の底から歌を歌うことにした。

 

 

しかし彼女が歌ったのは、『絶唱』だ。シンフォギア装者の命を賭けた切り札。適合率が高くても、『絶唱』を歌えば死ぬ可能性が高いくらいだ。元々強引にシンフォギアを物にしていた彼女の体は、跡形もなく消え去った。

 

 

 

 

とてつもない情報量、しかし限界を迎えることもない。脳が焼き切れる痛みや感覚も何時まで経っても来ない。代わりに訪れたのは─────自分の意識が暗闇に染まっていく、何度か感じた事のある喪失感。

 

 

 

───戦姫の朽ち果てる光景だけが、その内側に深く浸透していた。染み着くように、沈むように。本人の意図とは関係なく、心の奥底へと─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───無空剣の意識は、真っ白な世界にあった。それ以外の色は何一つ存在しない、正直な話眼に悪いとは思うだろうが、実際にはそうではない。そもそも、この世界であるのは意識のみだ。彼もある程度はそれに気付き、深い考えに囚われないようにする。

 

 

 

(夢、いや違うな。魔剣による…………深層世界への干渉か)

 

 

深層世界への干渉、より正確には自己意識の浸透化──死んだ同胞との魂と遭遇するという事案。魔剣士の中では、少なくない話でもある。

 

 

 

しかし─────

 

 

(さっきまでのは、何だ?)

「………記憶、か。前の俺の時みたいに………一部を再現して見せたのか?俺に、見せる為だけに?」

 

 

だが、あの記憶に覚えはない。あんな過去、悲痛にも思えるような物語は、無空剣の脳内メモリーに存在していないのだから。

 

 

何より、あの記憶には自分の見知る人が少なからずいた。司令や二課の面々、何より共にいる事が多かった少女────風鳴翼の存在が、この記憶の持ち主の正体を理解させた。

 

 

 

 

 

「─────“天羽奏”」

 

 

彼が口にしたのは、一人の少女の名だった。風鳴翼の相棒……………二人だけのアイドルグループの一人という事ぐらい、そしてシンフォギア装者である事が、剣の知る天羽奏だ。

 

それ以外の話は剣も知らない。そもそも、彼は天羽奏に会ったことがない。──────この世界に来る二ヶ月前から、彼女は亡くなってしまっていたのだから。

 

 

ならばこそ、抱くべき疑問が脳裏に浮かび上がってくる。

 

 

「何故、この記憶が出てくる?俺にこれを見せる理由は…………なんだ?」

 

 

意図が、理由が、答えが分からない。こういう事をするのには何か訳が、意味がある筈だと、青年は結論を決めるしかない。何故なら意味がない事をやるなどとは想像もできない。

 

 

しかし、彼がその理由を知るよりも前に、誰かの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────やぁ、久しぶりだね。こうしてアンタと話すのは」

 

 

真後ろからの声に、剣は即座に反応した。声の主は、あまりにも目立っている。真っ白な空間の中には見られない、そんな大胆な色合いが彼の目に止まる。

 

 

 

腰まで伸びたボサボサとした赤い髪………寝癖や整える気がないと言うよりも、そういう髪型なのかもしれない。年齢は剣と同年代くらい、それにしては元気そうな風貌の少女。

 

 

服装は普通のものではない。オレンジ味た赤色と白、黒の三色で構成されたギアインナー。その姿には違和感どころか、既視感しかなかった。

 

 

響の纏うガングニールと同一。それらの特徴を踏まえて剣は確信した。目の前にいる少女はあの記憶の持ち主である、“天羽奏本人”だと。

 

 

しかし、彼は普通に穏和な人間ではない。突然現れた天羽奏に対して、並々ならぬ警戒を注ぐ。この場所が何処かも頭に入れずに、戦闘態勢を取っていた。

 

 

 

 

「待て待て、あたしは何かしに来た訳じゃないよ。どちらかと言うと、話したかっただけさ」

「………」

 

 

そんな彼の敵意に対して、両手あげながら言う天羽奏。警戒しながらも、その言葉が本気であると理解した剣は少しずつ気を緩めていく。

 

 

「………話って?」

「普通の話だよ、ほら例えば……………翼の事とか、詳しくさ」

 

 

嘘、とは思えない。

そんな風に考えても警戒を解かないでいる自分にどうしようもない程の呆れが込み上げてくる。だが、実際に表面上に出す事のないように、そんな重い気持ちを振り払う。

 

 

 

「別に構わないが………それで?具体的に何を聞きたいんだ?風鳴翼に関する事なら、特に大きな事は無いが」

 

「いやぁ…………翼、元気にしてるかなぁってさ」

 

「?」

 

 

 

「ほら、翼。アタシのこと信頼してたから、ちゃんと友達作ってるのかなーって……」

 

「………………………」

 

 

 

これは、この話聞いてはいけない事だったかもしれない。だって今現在剣は、あの生真面目な少女に明らかな憐憫を抱いている。彼とて鈍感ではない、隠された言葉の真意を察することは出来る。

 

 

天羽奏の言い方は心を気遣っていて、同時に抽象的だ。彼女からしたら大切な親友の事を想っての事だろう。故に、だからこそ、意図を隠した言葉を使ったのだ。それに対して剣は「なるほど」と、神妙な顔つきで指を鳴らし─────、

 

 

 

 

 

 

「つまり天羽奏、お前は翼が独りぼっちになる事を懸念しているんだな?」

 

「おぉいっ!!? 今アタシが遠回しに伝えた意味がなくなったぞ!?」

 

「確かに翼は何処か拗れてる所がある。『だからとてッ』とか『防人』とか、稀にそういう事を聞く。他の皆も特に言わないからそんなものかと考えていたが………」

 

「いやいやいや!そういうのは言わんでもいい!!」

 

 

それに対して、剣は気遣いも糞もない真面目な言葉……捉えようによっては辛辣としか言い様のない言葉をさらっと吐く。

 

 

自分の知っていることを詳しく伝えようとして………ん? と剣は怪訝そうになった。何処かおかしいと感じた所があった。

 

 

 

「お前、魂だけなら色々と見れるんじゃないのか?翼や他の人達の様子とか、幽霊と同一の状態と言っても過言じゃないんだろ?」

「…………それが出来たら苦労はあまりしないんだよなぁ………」

 

 

言い淀む奏に、今度こそ剣は顔をしかめて(いぶか)しむ。彼女の言い方には、やはり引っ掛かる所がある。

 

 

「いやぁ…………あの時、覚えてる?あんたに初めて声をかけた時」

「そう言えば会ったな。俺が自分自身を追い込んでた頃だったか、あの時は迷惑をかけたな」

「気にすんなって、アタシとしても好きにやった訳だしさ─────まぁ、話を戻すけど。おまえに声をかけようと少しだけ近づいたんだよ。心の中に出てくるように、さ」

 

 

なるほどな、と思った。どうしてあの時、無関係な彼女が剣の夢に現れたのか理由が明確になった。

 

 

「それで意識朦朧としたおまえと出会って色々言って帰ろうとしたら…………」

 

「したら?」

 

 

「────何故か、離れられなくなった」

 

 

 

 

黙り込むしかなかった。

簡潔に告げられた後に語られた話を分かりやすく要約すると─────。

 

 

 

あの時、自分を追い詰めてた剣を見てられなかった天羽奏はある程度言いたいことを言って帰ろうとした。けど魔剣が、魂である天羽奏を「戦い馴れた戦士(魔剣士)」として勘違いして、彼女の魂を勝手に取り込んだらしい。

 

 

普通ならそのまま魂は消失し、その力は無空剣へと受け継がれるのだが…………天羽奏は普通とは違う。同じ力ではない───そもそも魔剣士ですらない────彼女は異物としてその魂が何故か、無空剣の中へと残り続けてしまったのだ。

 

 

魔剣や魔剣士(ロストギアス)に詳しい剣からすれば、これは明らかにイレギュラー───バグの一つだ。そもそも無空剣が別世界に来てることもイレギュラーだろうと言われてしまえば反論のしようがなくなってしまう。

 

 

ともかく、剣にとってこの事態はあまり重要視すべき事ではないと分かった。元に戻りたいか? と天羽奏に聞いたが、別にいいやと返ってきた。

 

 

曰く、そんなに悪い事がないならアタシは問題ない。むしろそっちは良いのか? と。剣も別に大した事ではないと考えていた。

 

 

自分の体に別の人間の魂があるのは面倒な事だろうが、それに対するデメリットも今のところは存在しない。ならばあまり気にするのは不要だろう。

 

 

故に、剣はあっさりと心を許すことにした。そう簡単に納得して良いものではないかもしれない。彼女が敵である可能性も頭に入れておくのが普通だ。

 

しかし、そんな気難しい生き方はもう止めている。これからはそんな心の無い薄情なやり方は、この世界の人達に受け入れられてから──────改めようと、決意したから。

 

 

 

「当初の頃は険しかったな。俺に対しても………特に響には当たりが強かった。やっぱり天羽奏、お前のガングニールを引き継いでたのが理由だと思うが」

「…………やっぱそうかぁ」

 

 

額に手を添え、溜め息を漏らす奏。その後の剣が知る、『お部屋』(意味深)の話をした時には更に深い溜め息を吐き出していた。

 

 

色々、彼がこの世界に来てからの出来事を話してからどれくらい経っただろうか。話を聞き終えた奏は満足に笑う。最初対面した時よりも────あの時の記憶よりも心のからの笑顔だった。

 

 

「────久しぶりに、誰かと話せたなぁ。こんな体になってなら他人と話すのは、何時ぶりだったっけ」

「………まるで俺以外にも話した事があるみたいな言い方だが」

「まぁね。一人だけだけどさ、似たようなもんだから何度か話したりしてたよ」

 

 

それについては驚きはした。しかしそれと同時に大きな疑問が脳裏に浮かび上がる。

 

彼女が話したのは一人、()()()()()だ。その相手が普通の一般人ではない可能性もある。有り得るとしたら、天羽奏と似たような環境下の存在。

 

 

───亡くなったシンフォギア装者。その確率の方が高いと見れるだろう。

 

 

 

「────今度はその子、連れてきてあげよっか?」

「………………手間にならないなら。それと、本人の許可を取っておけよ」

「分かってるって。アタシはそんな風に自分勝手じゃないしね…………ま、連れてくるって言っても。アタシはあんたから遠くまで離れられないけど!」

 

 

ひらひらと手を振るい、彼女はやはり楽しそうに笑う。何かを言うつもりもなく、剣も小さく口先を緩めた。

 

 

───最中、剣は変な感覚に陥った。自分の意識が途切れ欠けて、すぐに戻るという違和感が。

 

 

 

 

 

「時間みたいだね………いや、寝てる現実のあんたが起きようとしてるのかな? 早く起きても良いんじゃないの?」

 

 

彼女の言葉に、ここが何処なのかを再認識する。自分自身の精神世界のようなもの、つまり現実の剣が意識を失っている状態─────例えるなら睡眠中の時とか。

 

 

彼女の言葉通りなら、無空剣はそろそろ目覚める時なのだろう。だが、それよりも先に、目覚めを押し退けてでも、知りたいことがある。

 

 

 

「お前…………いや、奏は大丈夫か?このままでも」

「アタシは心配ないね!何ヵ月あんたの中で過ごしてたと思ってんのさ!消えたりしないから安心していいよ」

 

 

彼女の魂の消失の可能性を懸念したが、本人からは心配いらないらしい。それなら構わないだろうと、剣は自分の意識が戻るのを待つ。

 

 

 

自分がこの意識世界と共に消えていく感覚を味わいながら、そこでふと、思い出した事があった。

 

 

「天羽奏」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────ありがとうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

瞬時に意識が覚醒する。普通の睡眠とは違う、倦怠感のようなものがあった。通常よりも遅く、寝起きから立ち直る。壁に寄り掛かり、しゃがむようにして寝ていた剣は体勢を気にすることなく、パチクリと眼を見開いた。

 

 

その後に映り込んできた光景は───────

 

 

 

「「………っ!!?」」

「む、起きたな無空」

 

 

至近距離まで近づいてたから一転、驚愕して硬直する少女二人、響とクリス。彼女達から少し距離を置いてた所で座禅をしていた翼だった。

 

 

絶句しているのか動けずにいる二人、そして座禅を解いて剣達の方を見つめてくる。

 

 

言葉にし難いような空気の漂う中、剣はやはり疑問を口にした。

 

 

「これは…………どういう状況だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《とある時の話》

 

 

 

まずは現状について説明するべきだろう。ルナアタックという事件から二週間が経っている現在、無空剣とシンフォギア装者の四人は二課の仮説本部の個室で過ごしていた。

 

 

それも、二週間も前から。理由は上の話で説明しただろうから、ここでは簡潔に伝える。物事の処理が終わるまで、彼等の身柄は安全な所にあるべきだ。故に、表側では彼等は行方不明という事にして、自粛…………悪く言えば軟禁されていた。

 

 

 

これは、そんな最中の小さな事の話である。本当に小さな、ぶっちゃけどうでもいいような。

 

 

 

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

全員が、沈黙を貫き通す。しかし、誰もが同じ理由ではない。青髪の凛々しい顔立ちの少女、風鳴翼。彼女は両目を伏せて座禅を組み、心構えを整えている。しかし真剣故に話に入ってこないので今回の彼女に関してはあまり気にすることはない。

 

 

 

問題は他の二人、立花響と雪音クリスだった。彼女等は黙り込んで、互いを見ていたりもする。凄い集中してる。音すら立たないのはむしろ褒めるべき事なのかもしれない。

 

 

 

そんな彼女達が、息を殺している理由とは…………。

 

 

 

 

 

 

 

「………寝てる、よね?」

「……あぁ、あたしらがここまで近付いても反応しないんなら本気で寝てるさ」

 

 

さて、ここでもう一人、沈黙を貫き通している人間について話そう。

膝を立てて、壁に背を預けるような形でいる青年 無空剣。頬杖をかきながら座っている彼は一言も発さない。それも当然、今の彼は睡眠中だった。

 

 

 

申し訳ないが、時間を少し巻き戻す。ちょうど三、四分くらい前に。

 

 

 

『五分くらい寝る。何かあったら起こしてくれ』

 

 

それだけ言って剣は睡眠状態へと入った。一見疑っていた響達だったが、こうして近付いても手を出されないのなら本気で寝てる。前回の時とは違う、響はそう判断した。

 

 

 

前、似たような事があったのだ。仮眠中の剣の姿を見て、響は駆け寄って起こそうとした。そこまでは覚えてる。

 

 

 

だが一瞬、記憶がぶっ飛んだ。

気付いた時には響の前で剣は綺麗な土下座をしていた。訳が分からなかったが、彼から短く説明を受けて理解した。

 

 

 

───駆け寄ってくる響にカウンター(手刀)を打ち込んでしまった、と。

 

 

曰く、彼は元々から仮眠中でも攻撃されたら対応できるように訓練されているらしい。響が無傷だったのは、無意識に非殺傷に定めたからだ。

 

 

しかし、今の剣は接近されてもカウンターをかましてくる様子はない。つまり、本当の意味での無防備を晒しているのだ。それが信頼してくれてると思うと、胸が痛いことこの上ないが。

 

 

 

さて、何故彼女達が理不尽な反撃を食らう事を危惧してるのにも関わらず剣に近付こうとするのか。理由は至極単純にして難解でもある。

 

 

 

 

────無空剣の寝顔を近くで見てみたい、まぁそんなものでもある。そもそも彼は普通の人間とは違い、短い時間でしか睡眠を取らない。兵器であることを前提とはいえ、あまりにも非人道的なやり方だ。だからこそ、彼が本気で寝てる顔なんてレア所の話ではない。

 

 

考えても見るべきだ。普通なら攻撃してくるが、ちゃんと睡眠しているのが少ない。何ならこのチャンスが何時来るかなんて分からない。少女達の好奇心を刺激するには十分な事だ。

 

 

後少し、ジッと見いるように顔を覗き込む二人。距離の事が頭になかったのは、彼の寝顔に対する興味であるだろう。

 

 

 

「……………」

 

 

しかし、彼女達も気付くのが遅れた。真剣に見つめていたのが仇になったのだろう。

 

 

銀色の前髪に隠れた瞳。結晶の義眼とは違う、片方の瞳が開かれていた。その中に映された自分達の顔が目に入り、

 

 

 

「「………っ!!?」」

 

 

そして、今に至る。

戸惑って言い訳をする二人に当の本人である剣と無関係な翼が不思議そうにしていた。




剣と奏さんって意外と共通点が多いんですよね。


▪当初は復讐を目的として戦ってた
▪掛け替えのない相棒と共に過ごす
▪親はいない(奏さんはノイズに殺されて、剣は親に売られた)

他にも大分似てる伏が多い………相性いいんじゃない?


次回、ちょっと番外編らしくしましょうか。


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絶唱しないシンフォギアみたいな幕間 3

おい!しないシンフォギアとか書いてるのに日常みたいなの書かない奴がいるらしいぞ!見つけ出して石投げてやれ!!


───え?あ、私!?いや、違います!止めてください!……あ、すみません!石投げないで………待って、止めて──────



…………アホみたいな事は止めて、本編に入ります。


軟禁生活から数週間、微妙な空気(前話を読むことを推奨)の中、突如弦十郎からの呼び出しがあった。すぐさま部屋へと向かう響だが、その足取りは何処か嬉しそうに感じられる。

 

それも当然か、と剣は思っていた。何故なら行動制限とされていた部屋から解放されたのだ。それが意味する事実には、ほぼ全員が気付いていた。

 

 

 

 

軟禁生活の解除、つまりようやく日常に戻れるらしい。喜ぶ響と冷静ながらも嬉しさを見せる翼。後、剣は前と同じくクリスと同じ家に済むことになった。もう何故!? とか言うのは止めた、素直に受け入れようと思う。

 

 

 

「司令、それよりもだ」

「む、どうした剣君」

「聞きたいことがある。俺達が行動制限中にあった出来事について、詳しくだ」

 

 

その場の空気を一閃するように、剣が切り込んできた。それについて、映像越しのノワール博士も同調する。

 

 

『まぁ君なら知りたがっていたと思っていたさ。まずは何を知りたい?』

「────櫻井女史と虹宮タクトの状況と、その後の()()について」

 

 

剣の言葉に、響達が息を飲む。無理もない、彼は何の躊躇いもなく核心に触れようとしているのだ。

 

 

櫻井了子と虹宮タクト、片方はフィーネに身体を乗っ取られ、もう片方はフィーネの共犯者として少なからずの人間を殺戮した。

 

 

だからこそ、敢えて()()という言い方をした。フィーネという存在がいない以上、誰かが罪を背負う必要がある。それはきっとあの二人の方がいい、何故なら彼等に死んでほしい人間もいる筈だからだ。

 

 

どんな残酷な答えも受け入れるといった様子の剣に、弦十郎は顔を引き締める。司令官として冷徹に、事実を伝えることにした。

 

 

 

「了子君は未だ意識がない。あの槍による副作用……哲学兵装の影響だろう。手は尽くしているが、目覚める見込みは今は見られない」

 

「博士、あの槍に使われたのは…………」

『「ハルパーの大鎌」、不死殺しに使われたとされる大鎌。フィーネの魂だけを殺戮する力を助長していたものの筈だ。他にも、概念的に魂を殺戮する機能が仕込まれていた』

「それじゃあ、了子さんは──!?」

 

 

あの正体不明の槍─────面倒なので魂殺しの槍(ソウル・ブレイカー)とでも呼んでおこう。剣は視認した時からあの槍を情報としてコピーしていた。博士や二課にそれを全面的に提供し、櫻井了子の治療に使わせた。

 

 

しかし、それでも状況は変わらない。

それは当然だと、自分自身があっさりとしていた。あの槍に関するデータ、表面上の情報を基づいたものだ。きっとその中身はパラドクスのような構造を読み解けないものの筈だ。

 

 

ならば────表面から分からないのであれば、内部構造をよく知る者から聞けばいい。

 

 

 

『───エリーシャ、奴の研究資料があれば解析は難しくない』

「…………なら好都合だ。奴をころ───倒すついでに目的が出来た。無力化して、奴の持つ研究データを抜き取るだけだ」

 

 

剣からしたら積年の仇を追う理由が出来たのだが、そんなに満足している訳ではない。あくまでも、奴を殺すのが目的ではない。奴の持つ秘密のファイルを奪うのが、櫻井了子の治療を早く済ませる方法だ。

 

 

だが、同時に懸念を口に出す者もいる。

 

 

「そう簡単にいくでしょうか?もしエリーシャ博士が資料を抹消していたら………」

「いや、それは有り得ない。あの男は全てのデータを確保して自分の手元に置いている。その方が、安全だからな」

 

 

そう、不安を述べる緒川だったが、剣はエリーシャの事を知っている。奴に育てられ、奴によって兵器へと改造させられたのだ。奴が────全ての研究を無駄だとは思わず、研究データを暗号化させて保存したICチップを─────大事そうに自分で持ち歩いている事くらい。

 

 

これから明確にやる事が出来た。

そう思えば楽だろうが、相手は仮にも大勢の子供を人体実験に使い平然としている怪物だ。自分達が普通に追いかけて捕まえられるのであれば苦労しない。

 

 

だが、此方もそう簡単に諦めるつもりはない。奴が何かをするとしても、それを叩き潰して、簀巻きにしてでも捕らえておく。その事を脳裏に入れて、次の話に耳を傾ける。

 

 

 

 

「タクト君についてだが、少し面倒な事があってな」

「……………」

 

 

虹宮タクト。無空剣の掛け替えのない親友……………ではない、もう一人の方だ。離反した剣を相手にするべく【魔剣計画】に造り出された人工魔剣士。人格は別種のものだが容姿は彼の知る親友と瓜二つ、相対しただけで無空剣を追い込む為の姿形ちをした機械兵器。全くと言って、その話に笑える要素は存在しない。

 

 

問題は、彼がこの世界で起こした問題だ。フィーネの配下としてリディアンと二課を襲撃し、数十人の死傷者を生み出した。それが全員自衛官等だったから良いという事はない。それでも罪は罪。人を殺しておいて裁かれない事など有り得ない。

 

 

 

………だが、そんな事は他の連中からすれば建前に過ぎないだろう。彼等が本気で思うのは、タクトへの恐怖。たった一人で国を滅ぼせるとされる魔剣士の真価は(手加減していたとはいえ)地上の街を、壊滅状態にまで追い込んだ。

 

 

和解したからといって、その力が実在してるのならば、破壊を望むのが普通だ。処刑、いや死刑にされてもおかしくはない。

 

 

 

が、弦十郎の告げた言葉は少しばかり予想外ではあった。

 

 

 

 

 

 

「─────彼の身柄は我々が預かることになった。特務二課は彼、虹宮タクトを拘留する事を義務付けられた」

 

 

 

「………………何?」

 

 

一瞬だけ、耳を疑った。今までの彼の考えを覆すような事実。しかしすぐさま有り得ないと首を横に振った。そんな事を日本政府ならまだしも、各国が認めるはずがないと。

 

 

その答えも、大人達は簡単にに答えた。

 

 

「実は俺の兄貴が手回しをしてくれてな。タクト君に罪を償わせるのは当然として、死刑にまではさせないようにしてくれた。その後は彼の入るべき刑務所なんだが………」

『彼ほどの実力を有する者は、どんな監獄だろうと意味を為さない。脱走されて被害を増やしたくないから、彼を倒せる────私達に身柄を拘留させる事にしたらしい。

 

 

 

 

実際は脱走されたら自分等の面子が汚れるから、押しつけてきたというのが正しいがね』

 

 

剣からすれば、やはりかという感じだった。まぁよくよく考えれば街一つを吹き飛ばした人間兵器を好き好んで捕縛したいとは誰も思わないだろう。そう考えれば、この件は最善とも言える。

 

 

 

しかし話を聞いていた少女────響だけは曇った表情を浮かべていた。

 

 

『本来なら、まだマシな方だよ』

 

 

そんな彼女に、ノワール博士は諭すように言う。

 

 

『米国にとって彼はフィーネの忠実な配下、彼女の情報を詳しく知っていると見られるのが普通だ。勿論、米国との取引の内容も。……………そんなものが露見したら、米国は確実に混乱状態に陥る。だからこそ、最初は米国は彼の死刑を求めていたさ』

 

 

その事実は、拘留していたタクトの口から話されたものだ。ノワール博士は秘密裏に米国に対してその情報を用いてタクトの死刑を取り止めるように脅し………交渉したのだ。

 

 

『そんなに気にかけるなら後で会いに行くと良い』

「えぇ!?良いんですか!?」

『構わんさ、幸いにも彼の拘留から二週間経っている。その間も彼は何も抵抗はしなかった。だからこそ、面会しても文句は言わんさ。むしろ会ってくるといい、きっと面白い事になるよ』

「…………凄い顔をするよなぁ、アイツ」

 

 

態度の悪い青年の不機嫌な顔を脳内に思い浮かべ、面倒そうに呟く。彼の知る親友と同じ姿なのに、性格は相反するような感じだ。だからこそ凄い複雑になってしまう。

 

 

 

「問題はそれだけじゃない」

「どういう事ですか?叔父様」

「米国の要求はタクト君の死刑だけではなく、他にもあった」

「それは?」

 

 

躊躇いもなく、剣はその内容の開示を求める。弦十郎は渋りながらも、その事実を口にすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「米国の要求は────剣君の身柄、そして彼の持つ技術だ」

 

 

 

少女達の言葉を失う横で、剣は静かに眼を伏せた。やはり、これも予想の範疇であった。自分の正体が明かされれば、その力を欲しがる者も現れる。

 

 

 

が、こうも大々的に身柄を求めてくるとは思わなかった。どさくさに紛れて魔剣士の技術すらも欲しがっていると見える。

 

 

 

「彼等の主張曰く『シンフォギア装者ならまだしも、彼女等を軽々しく圧倒できる存在を、一国が管理して良いものか。彼の価値はこの世界を揺るがすと言っても過言ではない。シンフォギア装者と共に彼を戦力とする日本には、平和への懸念がないのか』………と」

「んな事!単なるこじつけだろうが!! 」

 

 

米国の言い分に激しく憤るクリス、他の二人も同じような考えらしい。正論ではあるが、本心からの言葉ではないだろう。

 

 

要するに日本が強い力を手に入れる事を恐れていると思われる。だからこそ、シンフォギア装者ではなく、無空剣の身柄と彼に関する知識について要求していた。

 

 

「それじゃあ、剣さんは………」

『心配いらないよ。そこは私や色んな大人達が頑張ってくれてねぇ?彼と君達も、普通に生活できるよ』

 

 

 

心優しく微笑むノワール博士から、詳しい話を聞かされた。

 

 

 

今回の米国の要求、無空剣と魔剣士(ロストギアス)のデータについては、様々な外的影響によって取り消される事になった。

 

 

 

一つは、無空剣の存在が世間に明かされた事。彼が“ルナアタック”の直後、一般人からノイズを護った事。に情報統制がされていたが、それでも世間一般では全ての事を上塗りする程、有名になった。

 

 

 

────ノイズを倒せる、『魔剣士(ロストギアス)』という存在。多くの人々は彼を新たな英雄と呼び、ネット上で物議を醸した。日本政府も隠蔽しようとしたが、誤魔化しきれないと判断し─────結果的に聖遺物関連を秘匿した状態で、彼を公認することにした。

 

 

日本中から、ノイズを倒し───“ルナアタック”を終わらせた英雄とされた剣は、民衆から支持を受けることになった。それにより、米国の要求が通りにくくなったのは当然だろう。

 

 

もし、米国が彼の身柄と力を強引にでも奪おうとすれば、日本中や他の国が黙ってはいない。日本へ抗議していた国々も、米国への不満を剥き出しにするであろう。

 

 

 

 

 

二つ目は、日本内部にいた有力な政治家や二課の『後ろ楯』の努力らしい。多くの政治家や先程司令の話に出てきた『兄貴』…………翼の父親である人物も助力していたらしい。

 

 

無空剣を奪われる訳にいかない、そんな風に日本国内が何とか米国の要求に抗議を続けていたらしい。

 

 

 

そして、終いにはノワール博士の脅し。もしそれ以上要求をするのならば、フィーネと米国の取引の全貌を明かすと脅迫を仕掛けたらしい。

 

 

その間、ノワール博士を暗殺しようと米国は動いていたが、見つかるはずもない。そもそもノワール博士はこの世界ではなく、全く別の世界にいるのだ。結果的に、米国は大人しく自分達の要求を取り下げるしかなかった。

 

 

 

 

そうして、剣達は何とか平和な未来を掴み取れた───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────それで?詳しく聞いても構わないか、司令」

 

 

その後、軟禁生活から解放された少女達が一足先に外を向かうのを見ながら、剣は弦十郎と共に廊下を歩いていた。

 

勿論、話しているのはただの世間話ではない。むしろ真剣な話だ。これからの事に成り得る、とてつもなく重要な。

 

 

 

「………やはり、君も勘づいていたか」

「普通に考えておかしいと思った。米国が日本の政治家の発言をそう簡単に聞き入れる筈がない。何十人が動いていたとしても、戯れ言として無視することも出来るんだからな」

 

 

自らの持論から、彼は疑いをもって一つの疑問を提示する。

 

 

「俺が知りたいのは、米国を牽制できる存在についてだ。この国の総理大臣………いや、影の支配者か?奴等相手に対等に動ける奴がいるんだろ?」

「それを知って………どうする気なんだ?」

「世界中全部が味方だなんて、楽観視はしてない。怪しい相手を警戒するのは当然の事だ」

 

 

彼は、人を無闇に疑うことは止めようとしていた。しかしそれは、善意を疑う事を諦めたのであって、善意の中に紛れ込む悪意を疑うことは止めてはいない。

 

 

「確かに、君の懸念通りだ。君を庇ったのは兄貴達だけではない。むしろその相手が頼りでもあるが、同時に厄介でもある」

「────ソイツは?」

 

 

 

 

 

「風鳴訃堂。俺達風鳴一族を束ねる長であり、日本を裏で動かせる人物だ」

 

 

風鳴という名。それを聞いても剣は驚きはしなかった。むしろ、その名前は聞き覚えが………というよりも、見たことがあった。

 

 

 

「知っている。二課の初代司令だった筈だ、イチイバル喪失の件で辞職した筈だが……………」

「それでも権限は簡単に失われんさ。現に今でも俺達二課や国としての権威を軽く動かせるんだからな」

 

 

厄介だな、と息をつく。この言い振りからして風鳴訃堂には最大限の警戒が必要だろう。まぁ政治的や軍力的に国を動かす力があるのならば、きっと剣の弱点を狙ってくる可能性の方がある。

 

 

その老人が何を望んでるかは知らないが、無空剣やタクトを保護した理由に検討は………………すぐに、判明した。

 

 

 

「───魔剣士(ロストギアス)の力か」

「厳密には、魔剣士最強である………君の力だろうな。ただの魔剣士ではなく、その中で最強クラスの君を求めている。その力を手にする為なら、何だってするぞ。『日本の守護』と題目を打ってな」

 

 

要するに、無空剣達を日本を護る戦力としたいのだろう。自分達、魔剣士(ロストギアス)は一人で国を滅ぼせると称される───それを複数、味方につけられるならどれだけ価値があることか。

 

 

 

 

「関係ない」

 

 

しかし、それを踏まえて剣はアッサリと吐き捨てた。弦十郎の言葉から、風鳴訃堂という老人は只者ではないと思うが普通だ。しかも言葉を濁している彼の様子から、因縁というものがあるのは確かだろう。大方、同じ風鳴の名を冠する翼とも。

 

 

 

 

「今現在は俺の身柄を日本に置かせるのに助力するんだろ?なら勝手に利用させるさ、権力が強い奴が勝手にしてくれれば、不都合は特にないしな」

 

 

 

だが、と彼は付け足した。

相手が司令や翼の家族であろうと関係ない。自分を戦力として付け狙うだけなら精々利用させて貰う。だが、自分が守るべき居場所にまで手を出そうとするのであるのならば─────

 

 

 

「─────その時は、遠慮無く叩き潰す」

「………………その必要はないさ」

 

 

冷徹な青年の決意を、弦十郎は呼び止めた。青年は少しだけ振り返り、近くの壁に背中を預ける。弦十郎はそれに対して両目を伏せ、自らの拳を握り締める。

 

 

 

強い決意を漲らせ、一人の大人が覚悟を決めていた。

 

 

 

「あの人が手を出すのなら─────まず俺が止める」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

二課の仮設本部。地下に用意された部屋の一室。

 

 

仮設本部ではあるが、設備は充実している。一般的に住めるような個室もあれば、犯罪者を捕らえておく為の個室も用意されている。

 

 

今回、響達がそこに訪れていたのは、そこに拘留されてる事になっている青年との対面に来たのだ。

 

 

 

「…………チッ」

 

 

部屋の中に閉じ籠っていた相手は、誰かが来たのに気付きベッドがら起き上がる。そして部屋の内部を公開するように並べられた鉄格子越しに訪れてきたであろう客人達を目にして、舌打ちを放つ。

 

 

 

立花響は気になったように、部屋の中にいる相手に声をかけた。

 

 

 

 

 

「タクトさん、元気ですか?」

「…………何でお前らが来てやがる、特にそこの馬鹿が」

 

 

不愉快そうに、純白の身体を持つ魔剣士 虹宮タクトは吐き捨てる。しかしその四肢も体格も全てが機械で補われた義肢や義体に過ぎない。サイボーグ、人型自立魔剣兵器、それが彼の正体であった。

 

 

 

 

「ええっと………お見舞い、だったり?」

「違ェわ馬鹿。一応こんな待遇だがオレは犯罪者だぞ?何でお前らが簡単に会いに来てんだよ」

 

 

部屋の中を見渡して、彼は不機嫌そうに呟く。鉄格子のある個室ではあるが、普通の刑務所よりも遥かに充実している。何ならプライベートルームという、犯罪者には相応しくないような部屋までもが用意されてるくらいだ。

 

 

 

「で?オレについての話は詳しく聞いたろ、それについて不平不満でも宣う気か?」

「タクトさんは………それで、良いですか?」

「良いもクソもあるか。オレが何人の人間をこの手でぶち殺したと思ってやがる」

 

 

問い掛けてくる響に、タクトはやはり棘のある口答えだった。彼からすれば、彼女の事を敵としていた為、どのように振る舞えば良いか分からないのだろう。だからこそ、敢えて突き放すかのような事を言う。

 

 

しかしそれでも、立花響は簡単に離れようとはしない。

 

 

 

「………分かりました。じゃあ私、何度も会いに来ます。今度は未来や、皆と一緒に」

「…………好きにしろ」

 

 

顔を見ることなく、吐き捨てる。響もそれなのに、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

 

それから、響の横から入った剣は、タクトに処分の事などを詳しく話した。自分が拘留されるだけで済んだことには、明らかに不快そうにだった。

 

 

だが、彼ははぁーっと溜め息を漏らすとどうでも良さそうに話を切り換えてきた。本人としては一々他の事に頭を使うつもりはないのかもしれない。

 

 

「そういやだが、お前ら今シンフォギアを纏えるか?」

「あ?なんだよ突然」

「気になったことがあんだよ、とっとと歌え。歌って変身しろ」

「全く、好き勝手言ってくれるわね」

 

 

ほらほら、と急かすタクト。因みに剣には「邪魔だから此方来い」とか言われたから、鉄格子を軽く蹴り飛ばした。近くに立っていたタクトが吹き飛ばされたのを見て、少しだけスッとした。

 

 

そんな事をしてる間に、三人がシンフォギアを纏い終わったらしい。インナー姿の三人に、タクトは「へー、間近で見るとそういう風なんだな」と変な所に興味を抱いていた。

 

 

「よし、横に並べ。風鳴翼に立花響、雪音クリスにだ」

 

 

そうして、三人を横に並ばせる。左から翼で、響、クリスという順番だ。

 

 

「ふーん、なるほどね………」

「?なるほどって何が──────」

「シンフォギアつーもんについてのデータだよ。やっぱこうして見ると、俺達と普通に似てるんだよな………まぁ、ついでに面白いネタが見つかったがなぁ」

 

(ネタ?─────あ)

 

 

そこで剣は全ての意図に気付いた。タクトが何故わざわざギアを纏わせたのか、そして何故彼女達を並ばせたのか。

 

 

直接言うのは気が引けるので、比喩として言うと身体の部位の問題だ。左から順番に、どんどんと大きくなっててる。

 

 

そしてタクトは左から右へと視線を向け、左側に立つ翼に眼を向ける。他の二人もそうされてる間に完全に理解したらしい。翼も一瞬首を傾げていたが、横の二人を見返して、ようやく気付く事が出来た。

 

 

「こう見て思うんだが…………可哀想だな先輩」

「…………………おい貴様何処見て言ってる」

「いや、ねェ? ほら? 後輩達ばかりだし、お辛いかなァーって…………………………フハッ」

「───ッ!!」

「待て待て。冷静にれ翼」

 

 

最後の嘲笑を受け、翼は鉄格子に掴みかかる。剣は肩に手を置いて落ち着かせるが、今の彼女にはあまり通用しない。

 

 

流石にタクトの言葉は残酷すぎた。アレはもう、火に油を注ぐに十分だ。まぁ、それ以上の火力を上げそうになる事も考えられるが。

 

 

剣が取り抑える中、響とクリスが翼を励まそうとする。

 

 

「落ち着いて翼さん!タクトさんなりの心配ですよ!」

「立花こそ止めないで!私はあの男を斬らなければならないわ!あんな風に馬鹿にされたのよ!ここで引き下がる訳にはいかないのよ!?」

「ま、まぁ仕方ねぇよ先輩……………元気出せって」

「それは侮辱と取るぞ雪音ぇぇぇぇ!!!!」

 

 

…………(かえ)って火力が大きくなった。剣は頭が痛くなる中、牢獄の中でニタニタと嫌な笑みを浮かべる青年を少しだけ睨み付ける。

 

 

「タクト、翼に謝れ。流石に言い方が悪いぞ。事実だとしても、それを煽るように言うとは…………」

 

 

「あん?オレは胸の事なんて一言も言ってねェんだが」

 

 

そう言われて、翼はハッとしたようだった。確かにタクトは胸の事だと言明していない。つまり、確実にそうだとは言えない。

 

 

 

…………と、本人は言いたいのだろうが、剣からしたら『何を言ってるんだお前は』という気持ちだった。視線も明らかにそこを見てたし、含みのある言い方をしたのも彼だ。

 

 

 

しかし翼はどうやら信じてるらしく、明らかに狼狽えていた。それを見て、タクトは嫌らしく笑う。最早その顔からは悪意しか感じられない。

 

 

「あのさぁ、オレだって割とマシな人間性はしてるんだぜ?人の事を気遣う事だってちゃんとさぁ。けどよぉ、何もオレだって人のことを馬鹿にするような性格はしてねぇんだぜ?」

「クッ…………そうね、考えすぎたようね。勘違いしてしまってすまなかったわね」

「気にすんな、事実だし」

「────やっぱりそうではないかっ!!?」

 

 

 

あーぁ、やっぱりだよ(呆れ)最初からコイツ、この為の事を考えてた。ふと、今更剣は疑問に思った。

 

 

────コイツ、こんなに感情豊かだったか? と。

 

 

 

「表出ろ貴様!そのふざけた口を聞けんようにしてやる!」

「じゃあこの鉄格子を通ってこいよ。入れるだろ?立花響や雪音クリスと違って、うっっっっっっっっすーい装甲盤が特徴的な風鳴翼さんなら、鉄格子だって難なくスーッと抜けれるしなァー?」

「貴様ァァァァァァァッ!!この部屋諸とも叩っ斬ってやろうかァァァァァァァッ!!」

「翼を煽るなタクトォォォォォォォ!!!…………ってぇ!?待て待て待て待て待てぇ翼ぁ!ギアを纏うな解除しろ!!ここで解き放つ気かぁぁぁあああッ!!!」

 

 

慌てて全員で翼を取り抑えた。それでもがむしゃらにギアを纏い、怒りの籠った歌で相手を切り捨てようとする翼。が、流石に三人相手(一人は格上)に抑えられては攻撃できないらしく、すぐさま翼を連れてこの場から離れることにした。

 

 

その光景を見てケラケラと腹を抱えて笑うタクト。剣は彼の姿を見て、本気で殴り飛ばしてやろうかと考えた。

 

 

結局この後、剣達四人は騒ぎを起こした事で司令から説教を受けることになった。理不尽だったが、まぁその場にいたので大人しく受け入れていた。

 

 

 

 

ついでに元凶であるタクトも司令から締められた。本人は返り討ちにしようとしたが、ボコボコだったらしい。後で「アレは人間じゃねぇ」と愚痴ってたのを聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

『…………君はこれから、鉄格子の中で過ごすつもりなのか?』

『……………聞いてどうする』

『俺達は、君を犯罪者にしたくて捕まえた訳じゃないぞ』

『ハッ!面白い綺麗事だな!あの馬鹿と同じだ!……いや、そういやアンタはあの馬鹿の師匠だったか。そりゃあ似たような事言うのも無理はねぇか』

『………』

『オレは別に仲良しこよしなんてするつもりねぇよ。やりてぇならやりてぇ奴等だけでやりゃあいい、ともかくオレはご免だ』

『…………』

『───まぁ、オレは所詮存在意義を失った兵器だ。お前らにとって捕虜であり、もしもの時に使える兵器でもある』

『…………君は』

()()()()()()()()()使()()。アイツらが動けねぇ時とか、戦わせる訳にはいかねぇ時、オレを兵器として動かせ────例えば、アイツらには出来ねぇ事、「()()()」とかな』

『ッ!』

『分かるだろ?アイツらは綺麗な奴等だ、腐った闇や悪意に触れてたとしても、人の命を簡単に奪おうとは思わねぇ。だが、この先の敵は人間だったりする。アイツらが出来ねぇならどうすると思う?─────アイツが、無空剣がそれをやるぞ。汚れさせねぇようにな』

『────』

『分かってんのかは知らねぇが、無空剣なら絶対やる。アイツは前よか救われたみたいだが、まだ完全じゃねぇ。アイツはまだ、過去に囚われてる。アイツらが血に汚れるくらいなら、自分が兵器である事を選ぶだろうよ。

 

 

 

 

 

忘れんなよ、人間が不完全じゃねぇように、無空剣(アイツ)も完璧じゃねぇ。いずれ限界が来て、ブッ壊れる時がくるかもしれねぇ。そうならねぇようにするのは、オレでいい。血に汚れた、オレだけでいい』

『─────強いな、君は』

『………………ンな訳あるかよ、馬鹿が』




…………色々と雑かもしれませんが、土下座するしかない。これ以上書いてると何時に出せるか分からなくなると思ってしまった。



“ルナアタック”ですが、ノワール博士の手によって元凶はエリーシャだという事にしました。端的に言うと擦り付けです。恨みとかありますので。


タクトは二課に拘留という事になりました。まぁ、出てくるとすれば適当な話し合いとか、人手の足りない時とかですね。


そろそろ、次章 G編へと移行しようとします。色々と原作とは違うところが多い二次創作ですが、これからもよろしくお願いします!!



あと、感想や評価、お気に入りなども!是非!!


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G編
次なる脅威


ようやっと投稿できた………っ!

一週間以上も待たせてしまい申し訳ございませんでした!これからも投稿を続けていこうと思いますので、どうかよろしくお願いします……ッ!!


所でですが、コーラとフライドチキンって一緒に食べてると最高の感じしますよね(唐突)


燃える。炎が、全てを焼き尽くすように辺りに燃え広がる。けたたましく鳴り響く警報の音も、炎や破壊によって途切れ、静かに消えていく。

 

 

 

【──────ッ!!】

 

 

ユラリ、と。

地獄のような光景の中で、人間よりも一際大きな影が動いた。真っ白な、アルビノのような怪物。二本の脚で立ち上がるその怪物には顔と判断できる部位────目や鼻が存在しない、あるのは獣のような牙を剥き出しにした大きな口。

 

 

この地獄を体現するに相応しい怪物は、誰かと相対していた。

 

 

 

少女、どちらかと言えば未だ幼い女の子だろう。怪物の相手になるとは思えない。むしろ今すぐ殺されてもおかしくない。そうならない理由は、少女の纏うモノにあった。

 

 

白と銀色の衣装。少女らしきドレスのようなそれは一つの兵器であった。その名をシンフォギア────歌を力とする、此方の世界で生み出された武装。

 

 

 

 

 

「────」

 

少女は静かに、そして心からの唄を歌い出した。こんな状況で子供の歌が何の意味になるのか。そう思うのは普通の一般人か、この世界ではないもう一つの世界の者達だろう。

 

 

しかし、この場にいる者の誰もが…………少女ですら知っている事実がある。

 

 

歌には力がある。それは戯れ言ではない、確固たる事実として証明されてるではないか。シンフォギアという、兵器に運用されてる時点で。そう言えば単純だ、簡単だろう。しかし少女の歌に心が、願いが乗せられていた。

 

 

忘れてはならない事が一つある。人の想いは弱くはない、少女の願いの籠った歌には、確かな力と想いが込められていた。

 

 

 

 

─────ここにいる人達の命を護りたい、と。

 

 

幼い少女が願うには、途方もなく大きく、年相応ではない願い事。だが、少女は確かに、それを力としてこの場に立っていた。

 

 

だからこそ、歌を歌える。

 

 

 

 

例えそれが、命を削る唄─────『絶唱』だとしても。

 

 

 

 

「────っ!!」

 

 

誰かが、唄を歌う少女と似たようなもう一人の少女が叫ぶ。後ろから呼ばれた少女は振り返ることなく、歌い続けていた。燃え盛る地獄の中で、幼い少女の歌声が響いていく。

 

 

 

変化はすぐに現れた。

謎の力が白い怪物を押し潰し、叩きつけられる。苦悶に呻くような咆哮があげられるが、その力に抗いきる事が出来ないらしい。

 

 

歌声が途切れたが最後、怪物の雄叫びと共にその姿も失われた。残されたのは、拳サイズの塊。本来の怪物のモノ、動物で言うなら冬眠のような状態。

 

 

 

歌い終えた少女は自分の名を呼んでいた少女の方に振り返る。それを見て、見届けていた少女は言葉を失った。

 

 

生気の失われたような青白い顔。目や口から止めどなく流れ出す血。将来美人になると思える端正な顔つきは、変貌していた。今にも死にそうな、もうどうやっても助からない。そう確信する、してしまう。

 

 

 

そして次の瞬間───天井のヒビが大きくなり、ついに崩れ落ちた。人間を潰せる程の瓦礫が雨のように、降り注いでいく。

 

 

 

それを見て、動けずにいた少女は何とか駆け出そうとした。逃げるためではない。炎の中心で『絶唱』を歌い、動けないであろう少女────自身の妹を助け出そうと、走り出そうとする。

 

 

 

 

しかし、少女は駆け寄ろうとしてくる自分の姉を見て微笑み────何事かを呟いた。その内容は、誰にも分からない。向けられた本人である、姉以外には。

 

 

 

更に姉は横から突き飛ばされ、バランスを崩した。同時に誰かが瓦礫に巻き込まれた事に気付き、自分が庇われたことも理解する。

 

 

 

もう間に合わない。足を止めてしまった以上、彼女には手を伸ばしても、妹は助けられない。それでも、何とかなると願い──────姉は、手を伸ばした。

 

 

 

 

が、現実は変わらない。

願っただけで変わるのならば、誰も苦労はしない。

 

 

 

 

降り注ぐ瓦礫に妹が押し潰される光景を前にし、姉は慟哭をあげ、世界に、全てに絶望した。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「─────立花と雪音は来れない、ということ?」

「そうだ。どうやらノイズが出現したらしくてな、今それを何とかしてるらしい」

 

 

一室、有名人が本番前にいるような部屋の中で、二人の男女が話していた。

 

 

一人は、風鳴翼。日本国内が誇る歌姫、アーティストであり、極秘とされている─────シンフォギア装者の一人。その中でも戦い慣れた歴戦の人物である。

 

 

しかし今、彼女の姿は髪と同じような青の衣装に包まれていた。今回の彼女はシンフォギア装者としてではなく、アイドルとして重要な事をしようとしているのだ。

 

 

 

そしてもう一人─────無空剣は銀色の髪を軽く弄り、そう話した。

 

 

彼の正体を知る者は数少ないが、短く説明するなら、シンフォギア装者よりも改造人間に近い存在だ。体内に旧世代の遺物────『魔剣』を宿し、適合した兵装 ロストギアの使い手。

 

 

無論、この世界の住人ではなく、彼はもう一つの世界出身だ。自分のいた世界から離れて何ヵ月も経っているが、無空剣は昔よりも充実として────人としての生活を得られていた。

 

 

一応補足しておくが、ここは風鳴翼専用の控え室だ。当然ながら、無関係な人間としているのではない。彼も風鳴翼の関係者─────表面上としてはボディーガードとして通している。

 

 

 

勿論、正式に公表などしてる筈がない。

無空剣は多くのノイズを殲滅し────“ルナアタック”という大規模な事件を解決したのではないか、と世間から信じられてる人物だ。もし彼が風鳴翼と共に行動してる事が知られれば、問題が広がることなど目に見えている。

 

 

「ノイズの出現………やはりあの事件と言い、まだソロモンの杖が使われてるのかもしれないわね」

「まぁな、ただでさえ行方不明でもある訳だ。そう疑うのも無理はない」

 

 

冗談めいたような発言に見えるが、二人はどちらかと言えば真剣だった。

 

 

ソロモンの杖。

ルナアタックの際、何者かに奪取された『デュランダル』。剣と響の全力の一撃で破壊された『ネフシュタンの鎧』という、痕跡すらない完全聖遺物の中で、唯一無事だったもの。

 

 

その能力は、ノイズを召喚し、自由自在に操ることが出来る。唯一シンフォギアやロストギアの敵ではない代物。かと言って厄介な事には変わらず、対人に激しく特化した聖遺物だ。

 

 

米国から要求され、護送されていたが突如としてノイズの襲撃にあい、行方不明になったらしい。同時に、同行していた米国の研究者が巻き込まれたとも。

 

 

今も捜索中らしいがら結局見つからないのが現状だとの事。後忘れていたが、響達がこの場にいないのにはさっきの話は関係していない。むしろ偶々発生したノイズの排除の為、ノワール博士引率(巻き込み)の元、向かわされているのだ。

 

 

 

「………やはり私も動くべきか」

「止めろ。わざわざ響やクリス、ノワール博士も動いているんだ。翼が向かった所で過剰な事には変わりはない」

「しかし………」

「翼、今回のステージは世界中に配信される大型ライブだ。お前の歌を聞きたいと、多くの人が楽しみにしているんだ。勿論、俺もな」

 

 

口ごもる翼は投げられた言葉を、黙って受け入れる。

 

 

「そう言えば、今回はコラボレーションライブだったな。確か相手は────」

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ。デビューしてから二ヶ月だが、そう甘く見てはいけないようね」

「あぁ、今や世界中でも有名だからな。今回のコラボライブではどれ程の視聴率になるのか、俺も少しは興味はあるぞ」

 

 

そう言いながら、剣は持っていたビニール袋の中に手を伸ばした。当然ながら、翼の持ち物ではない。掌に収まる袋を開き、中身の肉に食らいついた。

 

 

ほんの一部だけを口に()んで、すぐにビニール袋から何かを取り出した。ペットボトルの蓋を開け、口に含み────

 

 

「─────あ゛ぁー、上手いっ。フライドチキンを食いながら飲むコーラって美味しいんだよなぁ。何時食っても飽きない」

「…………無空、貴方はもう少し食生活を気にするべき…………」

「あ、翼の分もあるぞ。戴くか?」

「────戴くわ」

「流石に今は()めてくださいね?」

 

 

目の色を変えて手を出してくる翼。どうやら彼女もフライドチキンという、あまり食べたことのない物に興味があるらしい。

 

 

だが、フライドチキンの入った袋を手渡そうとした所で、部屋に入ってきたスーツ姿の緒川に止められた。因みに今の彼は翼のマネージャーとして動いている。どうやら眼鏡のあるか無しかで意味合いが違うらしい。

 

 

「どうした?緒川さんの分もあるぞ?」

「後で戴きます。もうすぐライブなので、それが終わるまで控えてください」

 

 

分かってる分かってる、と剣は袋詰めされたフライドチキンをビニール袋の中に戻す。それを見て翼が心底怨めしい視線を向けてきたが、緒川から色々言われるのも面倒なので翼には諦めて貰う。

 

 

フライドチキンを食い終わり、指についた油を軽く舐め取った所で、剣はふと顔を上げる。片目を細め、扉の方を睨みつけた。

 

 

 

「────何者かが、この部屋に近づいてきている」

「敵………という訳ではないか」

「ですが、警戒をお願いしますよ?」

「あぁ、分かってる」

 

 

一応、センサー上にあるのは女性の反応だった。何らかの凶器は携帯しているようには見えないし、その反応はない。

 

 

しかし僅かにも警戒を緩めることなく、扉を開けた。するとそこに立っていたのは────やはり女性で間違いなかった。

 

 

 

背丈は剣の少し下。しかし低いという訳でもなく、170近くはあると判断できる。ピンク色にネコミミ風の長髪の、白や銀に近いドレスを身に纏った女性。剣や翼、この場にいる全員は彼女が何者かを理解していた。

 

 

 

マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

今回のコラボレーションライブの目玉の一人、二ヶ月で成り上がってきた歌姫が、今この場にいた。

 

 

翼のように、凛々しい顔立ちをした彼女は部屋に入るや否や扉を開けた剣の顔を見る。するとその顔がみるみる驚愕に包まれていく。

 

 

 

「──────貴方は」

「……?」

 

 

しかし彼女はとやかく言うつもりはなかったのか。すぐさま顔を引き締めると、翼に視線を向け、髪をかきあげた。

 

 

「今日は宜しく、風鳴翼。この後のライブで精々私の足を引っ張らないように頑張ってちょうだい」

 

 

堂々と、挑戦的な言葉を贈るマリア。普通ならばそれを受てしまいそうだが、翼は不敵に笑い返す。

 

 

「えぇ。今日は共に、最高のステージを飾りましょう」

 

 

そう言うと、二人は互いに握手して笑みを返した。先程の感じは見られず、こらからのライブを楽しませようとする気概がよく分かってくる。

 

 

やはり、アーティストや歌姫というのはそういうものかと剣が思案に暮れていると─────

 

 

 

 

「───貴方、無空剣(むそらつるぎ)よね?」

 

 

いつの間にか話を終えていたマリアが、そう声をかけてきた。剣は一瞬だけ翼や緒川に視線を送るが、彼等の反応を気にすることなく、素直に頷いた。

 

 

 

「あぁ、俺が無空剣(むそらつるぎ)本人で間違いない。この世に俺と同じ名前を持った人がいなければな」

 

 

彼なりの皮肉。

その意図はこの世界の中でも限られた者しか知らない。彼が別世界から来た人間という事実は、世界にすら露見されていない。

 

 

だからこそ、マリアはそれをただの皮肉として取ったのだろう。小さな笑みを浮かべながら剣を見つめる。

 

 

「…………驚いたわね、ルナアタックの英雄とここで出会えるなんて。もっと別の場所で会えると思ってたけど、対面できるなんて光栄ね」

 

「謙遜痛み入る、俺はそこまで偉大な存在じゃないさ。ただノイズを倒せるだけの力を持った()()だ。それに、出会えただけでも幸運なのは此方も同じだ。何せ世界で有名なアーティストの一人が相手だしな」

 

「それでも、貴方が出てきてからノイズの被害が格段に減ったと聞いているわ。ノイズを生身で倒せるなんて人間なんて、滅多にいないからね」

 

「…………まぁ、そういうものだしな」

 

 

話の途中、剣は目を細めながらもちゃんと話を聞いていた。それに対して、マリアは調子が良いのかどこか満足そうな笑顔を浮かべていた。

 

 

「それで、貴方も今回のライブを見るつもりなの?」

 

「あぁ、そのつもりだ。ボディーガードとは言え、誘われて来たから」

 

 

剣がそう言うと、マリアは微笑みを浮かべる。そして挑戦的に近い様子で告げた。

 

 

 

 

「────なら、楽しみにしてちょうだいね。私達のステージを」

 

「あぁ、是非とも楽しみにするさ」

 

 

部屋から立ち去っていくマリアに、剣は軽く手を振った。その後、何故か不満そうな翼に脚を軽く蹴られた。首を傾げていると凄く不服そうに顔を反らされたので、剣は申し訳ないと謝罪を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、翼はステージへと赴いていた頃。

緒川はマネージャーとして翼のライブを見守ろうとしていた所、横に移動してきた剣から、小声で告げられた。

 

 

 

「───マリア・カデンツァヴナ・イヴ。彼女に最大限の警戒を」

 

 

驚いたりはしなかった。

自然とした動きで黒縁の眼鏡を外した緒川は姿勢を崩すことなく、同じように小声で聞き返した。

 

 

「………理由を聞いても良いですか?」

 

「『ノイズを生身で倒せるなんて』………おかしいと思わないか?まるでノイズを生身じゃなければ倒せるとでも言えるような言い方だ」

 

「…………それは」

 

「何より、歌姫。歌と来る訳だ。キナ臭い以外じゃあ表現できないな」

 

 

ただの勘違いならそれでいい。

だが、当たっていたとしたらロクな事にはならない。無空剣の予感や勘というのは、嫌な事を的確に当てられる。

 

 

今回のライブ、何かあると見た方が良い。無空剣は自身の勘に従ってそう結論付けた。

 

 

「分かりました。僕も事前に警戒をしておきます」

 

「だが、何も起こらない可能性もある。それも考慮しておくさ」

 

 

緒川と短く話し合い、各々のやる事を優先して別れた。緒川は翼のマネージャーとしてこのライブが無事に終わることを期待し、剣はこの会場に来ている自分の知り合い達に忠告をしておこう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ライブは無事に始まった。

翼とマリア、二人の奏でる歌と旋律は会場に集まった多くの人々の心を暖かくした。それも当然、世界最高峰の歌姫が二人で、二つの全く違う歌で、一つの歌へとしていたのだ。

 

 

鎮魂歌にして、応援歌。

理不尽に命を奪われた者達への弔いと安らぎの歌であり、挫折しそうになりながらも今を生きようとする者達への歌でもある。

 

 

 

無空剣も、その歌を会場の隅で静かに聞いていた。隻眼でもある瞳を閉ざし、今ある二人の聖歌を耳に、安らぎを感じさせられる。同時に、胸に沸き上がってくる高揚も。

 

 

 

(───響やクリス、博士には悪いが……………今回ばかりは、俺も楽しませて貰おう)

 

 

入り口の壁に背中を預けながら、満足そうにステージを見届けた。マリアが翼と握手をし、会場は衰えることのない熱に帯びている、このライブを。

 

 

 

 

しかし、その一瞬。

 

 

 

 

「…………?」

 

 

自分のいる入り口の向こう側。もう一つの入り口がある場所に、自然と目線がいった。疑問に思いながらも、剣はそこに誰かがいる事に気付く。

 

 

 

 

白衣を着込んだ男性だった。

顔は良く分からない。暗闇に人影が浮かび上がっている、そう思えるような光景だったが、剣はその人物が何かを持っている事に気付いた。

 

 

 

棒というよりかは、槍に見えるモノ。しかし武装にしてはあまりにも貧弱にして脆弱。当然ながら、それは武器として使うというのが本来の扱い方ではない。それは、『杖』と呼ばれているからだ。

 

 

その先から翡翠の光を生じさせるそれを、剣は良く知っていた。同時にその名称をも。

 

 

 

 

 

 

 

 

───『ソロモンの杖』

 

 

完全聖遺物でもあるそれは、この場に存在してはいけない代物だった。少し前に、響達が米国基地に護送しており、ノイズの大量発生により紛失してしまったと聞いていた。

 

 

 

「─────マズいッ!!」

 

 

動き出そうとした時にはもう遅かった。

ソロモンの杖から放たれた緑色の光は周囲に散開し、地面へと着弾する。その瞬間、光の中から様々なノイズが這い出てきた。

 

 

直後、会場に響いていた歓声が一転し、悲鳴や絶叫に切り替わる。既に無数に発生したノイズが観客席にも発生し、人々はノイズから遠ざかろうとして更に大きな困惑に支配される。

 

 

 

「クソッ!見境無しか!!」

 

 

何時ノイズが人を襲うか分からない。咄嗟に駆け出そうとした。ロストギアを纏わなくても、ノイズ相手に遅れは取らない。

 

 

しかし、彼が動くより先に────ステージ上で、歌姫の一人が動いた。この場の状況にギアを纏おうとした翼ではなく、コラボレーションライブとして参加してたもう一人が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────狼狽えるなッッ!!!」

 

 

突如マリアが放った大声がマイクを通して、会場中に響き渡る。それによって喧騒と混乱に包まれていた観客達の多くが悲鳴をピタリと止めた。

 

 

 

そして、飛び出そうとしていた剣の動きも停止した。壁に手を掛け、深呼吸をする。冷静さを欠きそうになった。たった今飛び出した所で、ロストギアを纏う時間もない。何より、相手の動きがどう出てくるかも分からないのだ。

 

 

だからこそ、今この瞬間、あのように大声で怒鳴ってくれたマリアには感謝しかない。まぁ、おおよそ敵であるのが剣としては心苦しいものではあるが。

 

 

(ノイズが動いていない………マリアの指示か?もしくは人質だとでも?)

 

 

 

ならば好都合、と考える。

相手は何らかの要求を通したいが為にノイズを使い、観客を人質に取った。この会場にいる人々をノイズに襲わせるような真似は、そう簡単にしたくはない筈だ。

 

 

すぐさま剣は背を向け、廊下へと飛び出す。少しだけ離れることに耐え難い激情を抱きながらも、自制してこの場から距離を置く。人気がないのを確認すると、全速力で廊下を疾駆しながら、二課との連絡を取ることにした。

 

 

 

「司令!聞こえているか!?応答をッ!!」

『あぁ!此方も把握している!会場内に発生したノイズの姿は既に確認済みだ!』

「そうじゃない!『ソロモンの杖』だ!会場内でそれが使われた!!」

『何だと!?どういう事だ!?』

 

 

驚愕しながらも疑問を口にする司令に剣は首を振るう。

 

 

「詳しい事情は後で話す!会場内に『ソロモンの杖』を所持している者がいる!多分、予想からして今回の襲撃は一人じゃなくて複数犯と見ていい!」

『分かった!今から響君とクリス君を向かわせている!君は観客の避難を…………難しければノイズの掃討を頼む!』

「了解した!今からノイズを片付けてくるッ!!」

 

 

通信を切り、剣は脚を止めた。反動で床から火花が散ったが、この際は特に気にしない。会場へと続く入り口はすぐ近くにある。そこに向かおうとして、壁に掛けてあったテレビ画面を通り過ぎようとした─────

 

 

 

 

 

 

───その時だった。

 

 

 

 

───Granzizel bilfen gungnir zizzl(溢れはじめる秘めた激情)

 

 

 

「……………ッ」

 

 

思わず、呼吸が止まりそうになった。

ある筈がない聖詠、ある筈のない単語。それらを歌う者が、いる筈がない。何故なら、彼女が口にしたのは『シンフォギア』、その中でも特別なもの。それは彼が知る中でも一人、故人を数えるなら二人だけしか、纏えない物であった筈だから。

 

 

 

目線を向けたテレビ画面の中で、歌姫マリアの姿が変わる。ドレス姿の彼女は一転して、黒い鎧を身に纏っていた。鎧と同じく黒に染まったマントを翻し、彼女はステージに堂々と降り立つ。

 

 

 

そのシンフォギアの名は─────既に聖詠の中に存在していた。

 

 

 

「ガング、ニール………ッ!」

 

 

自分の知る少女と全く違い───同じガングニールを纏う歌姫の姿に、剣は両目を開き絶句してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しく配備される事になった二課の本部。その部屋の一室でタクトは身動ぎせずに腰掛けていた。瞑想するように、拘留されている事を当然と受け入れていた純白の青年は──────突如、両眼をゆっくりと開いた。

 

 

 

「────何だァ、この感じ」

 

 

脳内やセンサーが微弱な反応を捉えた。普通なら、有り得なかった。しかし彼等、魔剣士の有するセンサーは特筆優れている。

 

何より、タクトはその反応をよく知っていた。だからこそ、間違えではない事を理解し、瞠目する。一瞬だけ、ほんの一瞬だけだが、己の信念を歪め、この部屋をぶち破りそうになった。

 

 

無空剣と同じ場所、その付近から感じられる反応。その一部から確かに─────、

 

 

 

 

 

「……………………フィーネ(マスター)?」

 

 

 

────殺されていた筈の、己の主(マスター)の反応が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ライブ会場にて。

複数のノイズを操り、黒きガングニールを纏った歌姫 マリアは槍を掲げ、高らかと声を張り上げる。

 

 

 

 

 

 

「私達は【フィーネ】!終わりの名を持つ者だ!!」

 




という訳で、G編始まります。原作とは色々と違う点が多いですが、温かい眼で見て貰えると助かります。


原作沿いって簡単に見えるけど、あまり同じ過ぎるのは難しいし…………オリジナルってのも、凄い大変だし…………。


結論、小説は書くのは凄い大変で難しい(私だけ)!!




感想や評価、お気に入りなどよろしくお願いします!!


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戦線集結

遅くなりましたぁ!!多分二週間以上空いてたけど申し訳ないですぅぅぅぅぅ!!!!!


全世界中の人間が、その放送を聞いていた。

 

 

或る者は静かに見いっており、或る者は電話を片手に怒声を響かせ、或る者は祈りを捧げていた。

 

 

 

 

そして─────或る者は、ニタニタと笑みを浮かべながら、横の映像を見つめていた。両手に収まった資料の束をまとめながら。

 

 

 

 

 

「フフフッ………。彼女達も遠慮なく動いているね。世界中継で、よりによって『Fineフィーネ』との名乗るとは。……………面子ばかりを気に掛ける米国は黙っていないだろうなぁ」

 

 

 

部屋の主にして、白衣の男─────エリーシャは、やはり楽しそうだった。頬杖をついて、今現在も騒ぎ立ててる各国………主に米国の偉い方の反応を、少しだけ愉快に思っていた。

 

 

 

彼は、今回の騒動には直接的に関係はしてない。そう、直接的には。しかしながら、間接的には原因である事は事実。が、どうせ反省などしてないだろう。多くの子供を実験で死なせておいて、

 

 

 

顔色を変えることなく、エリーシャはニタリと笑みを深めた。自分の背後、部屋の片隅で退屈そうにしている人物に目線を軽く送りながら、映像に映る複数の男女の姿を確認しながら、

 

 

 

「─────折角私が引き起こした騒動なんだ。もっと大きく、壮大に世界を巻き込んでくれたまえよ?そうではないと興が乗らないから、ねぇ?」

 

 

何処か試すように告げると共に、エリーシャは自分の真下を見下ろす。隔離された部屋に、円を描くように配置された六つの棺桶と──────1つだけ開いているので、結果的には五つだが──────その中心にある巨大な黒い塊。

 

 

 

『────No.2、No.3、No.4、起動準備完了。これより外部出力を接続し、各種装者の戦闘データと同期を開始する』

 

 

─────『強化外装』、剣やノワールから評されていた因縁ある兵器が無機質な音声を響かせる。本来の機能を果たせずにいる巨大装置を近くに置き、エリーシャは今後の展開に期待するように、映像の映る画面に目を光らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

ステージ上で、風鳴翼は相対するように堂々としているマリアを睨み付けていた。現状、相手はシンフォギア───『ガングニール』を纏っている状態である。勿論、翼も何も対策をしていない訳ではなかった。今、彼女はギアペンダントを身に付けている。この場で自身のギア───『アメノハバキリ』を纏えば、ノイズを掃討する事も不可能ではない。

 

 

 

しかし、今の彼女にはそれが許されなかった。

今もステージを複数のカメラが凝視して、その映像を世界中に届けている。ここで風鳴翼が秘匿されているシンフォギアの力を使えば、彼女は『歌姫』として終わってしまう。

 

 

それだけは合ってはならないと、すぐさまギアを纏おうとした翼を、無線越しに緒川が止めた。風鳴翼の歌は戦いの為だけではなく、傷ついた心や人々を癒す歌でもあるのだ。それをこの状況でも失う事は出来ない、と。

 

 

 

何より、この会場には()()()()()()()()()()である青年が待機している。この状況に、不器用ながらにも翼の夢を応援していた彼が動かない筈がないのだ。

 

 

 

 

だからこそ、翼はギアを纏えない。

自分の願いに多くの人が期待と想いを乗せてくれてるからこそ、彼女はそれを切り捨てる事が出来ない。

 

 

 

 

 

「────どうした?貴方のシンフォギア、纏わないのかしら?」

 

 

何時までもシンフォギアを纏わない事に、マリアは余裕の笑みを浮かべる。レイピアのようなマイクを翼へと向け、ギアを纏おうとしない彼女に言う。

 

 

 

 

「それは無理よね?何故なら今、ライブの模様は世界中に中継されているのよ。日本政府はシンフォギアについての情報を公開しても、その装者についての情報は秘匿したままじゃなかったかしら? ねぇ、風鳴翼さん?」

 

 

「────甘く見ないで貰いたい、その程度の脅しで私が鞘走る事を躊躇うとでも思っているのか」

 

 

牽制でもない、威嚇に近い言葉。

しかしそれが単なる脅しや牽制でもないのは相手もよく分かっているはずだろう。もしこの状況が良い方に傾いても悪い方に傾いても、風鳴翼は守る為に戦おうとする。

 

 

純粋に尊敬する。マリアはそうてでも思うように翼に向けていたマイクの先を静かに下げた。余裕という表情を変えずに、彼女は翼を見つめ返す。

 

 

「貴女のそういう所、嫌いじゃないわ。貴女のように誰かの為に戦える人がいたなら───」

 

 

 

ボソリ、と。

呟くような声音の言葉は、あまりにも小さかった。それは近くにいる翼ぐらいにしか聞き取れない程に。

 

 

 

「────世界はもう少し、優しく出来たかもしれないのに」

「何………?」

 

怪訝そうに顔をしかめる翼は確かに見た。一瞬だけ、何かを思う表情を浮かべたマリアを。しかし、やはり一瞬。

 

 

 

 

マイクを手に取り、堂々と宣告した。この場の者達ではなく、この光景を見ている各国に向けて。

 

 

 

 

「我々が世界の各国に要求するのは国土の譲渡!」

「ッ!何だと!?」

「私が王道を敷き、私達が住まうための楽土にするのだ。素晴らしいとは思わないか?」

 

 

勿論、そんな要求が簡単に通る筈がない。テロリスト相手に、国土を明け渡すとなればどれだけの損害になるだろうか。…………まぁ一部の国の偉い方からすれば、プライドや面子の事の問題になるのだが。

 

兎も角、世界中の各国がその要求に応じるとは思いがたい。何なら人質を見殺しにする可能性すら有り得る。

 

 

 

 

しかし、相手には要求を通せるだけの力を有している。『ソロモンの杖』、ノイズを呼び出せる聖遺物。その力さえあれば、米国だって落とすことも不可能ではない。通常兵器も通用しないノイズという存在はそれだけで、充分兵器に相応しい。

 

 

 

マリアの要求、そしてノイズによって人質にされた観客達。どうにかすべきだと、翼は決心した。ペンダントを手に掛け、シンフォギアの起動式である聖詠を口にしようとする。

 

 

 

 

 

 

しかし、彼女が動く前に、状況は一転した。たった一人が、明確に動き出したことによって。

 

 

 

直後、会場の入り口の一つから凄まじいスピードで何かが飛び出してきた。弾丸というよりも、何らかのミサイルかと思うような速度で空中に現れたのは────一人の青年。

 

 

 

「な───」

「………ようやく来たか」

 

 

人間離れした動きの青年の登場に、ステージ上の二人はすぐに気付いた。

 

 

ガングニールを纏うマリアは突然の事に驚愕し、翼は青年を見て、安堵したように一息つく。

 

 

しかしその姿は生身ではない。

全身に漆黒の鎧を纏い、背中には翼のような剣を二本携えている。それは正しく、無空剣の戦闘形態───ロストギア:グラムであった。

 

 

 

 

 

「────」

 

 

剣は会場全体を一瞬で見渡すと、一瞬で動いた。背中の剣の片方をアンカーのように、通路に立ち往生しているノイズを穿った。それだけで終わることなく、剣翼に接続している有線ワイヤーを巻き取り、その場所へと移動する。着地すると同時に、胴体を貫かれていたノイズを踏み台として、衝撃を緩和させる。

 

 

一秒以内に動き出した剣は、そのまま通路を疾走した。マラソンのように見えるが、実際には通路を防ぎ逃げられないように配備されていたノイズを容赦なく切り伏せ、叩き潰し、消し飛ばしている。

 

 

円周を回るように通路にいるノイズを走りながら、排除していく剣。会談や他の道、自分がいる所とは違う場所にいるノイズ等を、背中から展開した自由自在に動く剣翼(ガードラック)で突貫し、一匹残らず串刺しにしていく。

 

 

高速で移動する本体から何キロもの長さのワイヤーを伸ばしながら、剣翼(ガードラック)は観客達の間を縫うように、滑らかかつ迅速な動きで空を舞う。ノイズを切り裂き、どんな兵器でも防げないであろう剣翼は、観客達を守るように、ノイズを殲滅した後も、彼等の周囲を漂っていた。

 

 

そして、剣が出てきたから一分以内。

全てのノイズが会場から殲滅された後、彼は弾かれるようにステージへと、翼の隣へと降り立つ。

 

 

ガシャァンッ───!! と。

足元に軽くヒビを入れ、着地地点を中心として突風が吹き荒れる。

 

 

 

「────悪いな」

 

 

 

 

 

「お前達の独壇場など、存在しない。ノイズによる観客の人質は、どうやっても無意味だ」

 

 

 

 

 

「────戦いを望むなら、俺が相手してやる。魔剣士である俺がな」

 

 

 

魔剣士(ロストギアス) 無空剣。

現時点最強の魔剣士の名を冠し、思いのままにする青年は軽々しくそう告げ、新たなる戦場へと降臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────無空、剣ッ!!」

 

 

改めて引き締めた表情で、マリアは突如として現れた青年の名を叫ぶ。会場内に放たれたノイズの数は、そう簡単に対処できないようにしている。それはシンフォギア装者でなら当然だ。三人居たとしても、あれだけの数を倒すのには大分の時間は掛かると想定していた。

 

 

なのに、突如出てきた青年はそれを諸ともしなかった。マリアも知らない事実ではあるが、剣は魔剣士最強とされる人物。通常の魔剣士でも軍隊を相手取れるのであれば、彼は国を─────本気となる要素を整えれば、世界すら圧倒できると言われるくらいだ。

 

 

対人類特化であるノイズ。それがどれだけ数を為していても意味がないのはそれが理由である。

 

 

 

「悪いな、動くのが少し遅れた」

 

「………いや、礼を言うのは私の方だ。今の私ではギアを纏う事も出来ないからな」

 

「────なるほど、中継カメラか」

 

 

上方に配置されたカメラを忌々しそうに視線を送る。今現在も世界中に、無空剣がノイズを掃討した映像が生中継されている。こんな非常事態でも放送が止められてないのは、世界中に対する宣告の為に必要であるのか。

 

 

 

静かに、隣に並ぶ翼に声をかける。此方を険しい顔つきで見据えてくるマリアを前に、剣は翼の前へと歩み出す。

 

 

 

「翼、観客の避難を先導してくれ。俺よりもお前の方が手は空いてるだろうし────何より、他の人達からしたら、知ってる人の言葉に従いやすい」

 

「だが、無空………お前は?」

 

「中継カメラは博士や緒川が何とかする。その間は任せておけ」

 

 

分かった、と翼はマイクの音を切り替え、周囲の観客に避難を促した。剣の乱入に困惑していた彼等も、歌姫である翼の言葉を聞き、すぐさま避難をし始めた。

 

 

尚、この場に来ていた剣の知り合い────小日向と安藤達は剣が事前に連絡していた事もあり、今は会場から離れているだろう。或いは、今も出口で避難の手伝いをしてるか。

 

 

人質としていた者達に逃げられている中、マリアは何も言う様子は見られなかった。突如出てきた剣にどう行動すべき考えるように見えるが……………何故か一瞬だけ、彼女の顔に安堵が浮かび上がる。

 

 

 

「さっき以来だな」

 

「…………えぇ。そうね」

 

 

気さくな声に、マリアは警戒を緩めない。ジリッと踏み込む足に微力ながらも力を込める。対する剣は力なく肩を下げていた。

 

 

 

「一応聞きかせて貰うが、投降する気はあるか?」

 

「残念ながら、それは無理ね。私にはやるべき事がある。その為にここに立ち、ガングニールを纏っているの」

 

「そうか」

 

嘆息し、剣は困ったように肩を竦める。そのまま、彼は気軽とでも言う様子で告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「────ならここで捕まる理由を与えてやる。俺を相手にした、なら言い訳ぐらいにはなるだろ?」

 

 

 

瞬間、剣は床を蹴り飛ばし、マリアに接近する。その歩幅は計算にして二歩。大分距離が空いていたにも関わらず距離を詰めてきた相手にマリアは咄嗟に片手を虚空に伸ばした。

 

 

光と共に、マリアの手には一本の槍が握られていた。彼女の纏うガングニールと同じ黒色、黄色で構成された刃と矛先。

 

 

馴染ませるように再度強く握るマリアは流れるように、向かってきている剣に突っ込んだ。槍をそのまま目の前にまで迫り来る青年の腹部へと突き立てようとする。

 

 

しかし、直後に剣は地面を蹴り、軽く宙へと舞う。自分を狙っていた槍の矛先に手をおき、そのまま彼女の真上を過った途端────

 

 

 

二、三発程。鋭い蹴りが振り返ろうとしたマリアに叩き込まれた。鈍い衝撃に苦悶の声を漏らすマリアだったが、すぐさま槍を横に薙ぎ払った。

 

 

それを剣は避ける気もないのか、左腕を顔の前に構え、ガングニールによる攻撃を防ぐ。カァンッ! と甲高い金属音が響き──────左腕を下ろすと同時に、無空剣は右手を掲げていた。

 

 

 

「愚策だな」

「ッ!?」

「────槍の持ち分はリーチだ。接近したままで戦わせるのは得策じゃないだろ」

 

 

マリアの使う槍は刃の部分が大きいが、本来の槍としての扱い方は間違いない。槍とは、本来中距離型として使われる武器だ。剣など、接近して攻撃しなければならない武器に対抗できるような。

 

 

だからこそ、剣はあくまで接近戦に準ずるマリアの戦い方を愚策と評した。槍を使うのであればもう少し距離を置いた戦い方をするべきだと。

 

 

振り上げた右手を叩きつけ、マリアの意識をそのまま刈り取ろうとする。

 

 

 

 

「ッ!!」

 

しかし、戦い馴れてきた戦闘センスが何かを捉えた。

その行動を強引に止め、跳び跳ねるように後退する剣。彼が回避行動を取った時には、元いた場所に黒いナニかが叩きつけられた。

 

 

砕け散る舞台の一部を脚で踏み潰しながら、剣は突然攻撃してきた何かについて確認した。目視ならば分からないものではないが、少しばかり驚愕が心を支配する。

 

 

 

 

 

「なるほど………そのマント、まさか武器でもあるとはな」

 

 

マリアの纏っていたガングニールのマント。ただの演出や外装の布だと思っていたが、ステージの床を貫いた所を見るに硬さはギアにも劣らない────まさしく彼女の有するもう一つの武装だろう。

 

 

 

(槍を主軸とした中距離型……………に見せかけた防御特化型か。あのマント、俺の足蹴を防ぐぐらいには頑丈だな)

 

 

瞬時に相手のパターンを推測し、それらがブラフである可能性も計算式として組み込む。同じように周囲の環境、状態、変化、全てのデータを戦術的な対応の為に確認し、解析する。

 

 

 

そして───────人間のものよりも発達した義眼と隻眼が、会場の変化を捉えた。

 

 

理解した剣は構えを解いて、

 

 

「さて、そろそろか」

 

「………?」

 

「俺相手に、気を引き締め過ぎたって事だ」

 

 

返答にもなってない答えにマリアはやはり怪訝そうであった。何かをしたのか、と槍を彼に向けながら周囲に目線を送ろうとした──────その時だった。

 

 

 

 

 

─────Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

 

 

 

「っ!?聖詠だとッ!?」

「俺相手に気を取られ過ぎたな。もう既にこの会場にあるカメラは全て切断された─────これで、思う存分戦える」

 

 

それだけ言って、剣は少しの間沈黙する。そして、次の言葉を口にした。当たり前というか、言ってどうするのかと思うような事を。

 

 

 

「言っとくが、俺じゃないぞ?」

 

 

 

彼が理解した事は二つ。会場内にいた観客の全てが今の間に避難を終えたこと。そしてもう一つは中継カメラの停止───これは緒川や博士の手助けがあっての事だが。これによって人の目は会場から消え去った。つまり、シンフォギアを纏える状況になった訳だ。

 

 

 

 

光から飛び出してきた人影───青いシンフォギアを纏う翼。巨大化させたアームドギアを振り払い、蒼の斬撃を放つ。

 

 

 

「無空………すまない、助かった」

「気にするな、礼を言われる程の事じゃない」

 

会場内部を占拠するように群がっていた無数のノイズを殲滅し、シンフォギア装者との相手をしたのにも関わらず、その落ち着いた様子からは疲れすら見えない。

 

 

 

隣に立つ翼に、剣は前々から抱いていた一つの疑問を口にした。

 

 

「翼、お前から見てあのガングニール………どうだ?」

「…………間違いなく本物のガングニールだ。奏のを模した偽物ではない、あれはシンフォギアの一つだ。」

「俺よりも前からガングニールと近くあったお前が言うなら事実か」

 

 

二種類のガングニール。その実体は剣はある程度は把握している。かつては天羽奏の手に槍として────立花響にはアームドギアの無い、無手として使われている。

 

 

だが、それらは受け継がれたものであり、元々から一つだと剣達も考えていた。ならば、マリアの纏うガングニールは剣達も知るよりも前から存在していたと考えるべきか。

 

 

そう思っていると翼の斬撃によって出来た砂煙を払い、マリアが踏み出してきた。彼女は翼と話す剣を見て顔を険しくする。

 

 

 

「余裕ね、流石はルナアタックの英雄。余所見をしながら戦うなんて…………私程度ではまともに相手する価値は無いのかしら?」

 

 

「そうだな、俺相手に全力で来ない()()()には期待外れだ」

 

 

 

何…………? とマリアと翼が声を漏らした。特に気にすること無く、剣は落ち着いた様子でマリアに問いかける。

 

 

 

 

「────別に、お前一人じゃ無いだろ?お仲間を呼んでみても良いぞ。お前らにとって国家に対する抑止力にして対人戦力である『ソロモンの杖』を使え、とな」

 

「………ッ」

 

「やはり、あのノイズは『ソロモンの杖』の────という事は!米軍基地をノイズが襲撃したのも!!」

 

「大方、協力者だろうな。マリアと違い堂々と出てこずに会場内に隠れてるのを見るに、シンフォギア装者じゃない非戦闘員だ」

 

 

ここでもノイズを出さないのを見るに、あまり場所を特定されたくないと見る。今は前と場所を変えてる可能性はあるが、それはつまり戦う手段を持たないという事になる。

 

 

 

ならば、次にやる事は簡単だ。

 

 

「────それもこれも。詳しい事を吐いて貰うぞ」

 

 

事件の主犯。ソイツを捕まえれば、後々の事件を防ぐことに近づく。何より彼女達はただ無意味に行動を起こした訳ではない、剣も会ってすぐに分かったが───マリアは善人だ。そんな彼女が、こんなテロを起こすのには明確な理由があるだろう。

 

 

 

 

そして、薄ら笑いを浮かべるマリアの意識を刈り取ろうと剣が腕を振るった刹那(せつな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【α式百輪廻】

 

 

 

上空から無数の何かが飛来してきた。空気の振動からそれに気付いた剣はその場から距離を置くことはせず、

 

 

 

 

「────【魔剣双翼(ガードラック)】ッ!!」

 

 

背中に展開された二対の剣翼を前方に弾き飛ばす。しかしその動きは通常時のような、自動的に相手を狙い、殲滅するのとは違う。

 

 

二本の剣は柄の部位を接続させ、薙刀のように連結させると剣の目の前で大きくブーメランのように回転して暴れ回った。それによって、飛来してきた物体の多くは打ち落とされていく。

 

 

それらでも落とせなかった物は剣の手で弾き、掴み取る。切れ味は中々にあるが、剣のアームドフレームを切断できる程ではなかった。

 

 

 

手に取ったそれは、ピンク色の刃をした黒い円盤だった。これもシンフォギアのものかと考えていると、

 

 

 

 

「────行くデス!!」

「っ!!」

 

 

今度は目に見えて分かる年下の金髪少女が飛び出してきた。緑色の魔女帽子を着込んだ全体的に緑と黒の混じったシンフォギアをその身に纏い、剣に向かって身の丈よりもある長さの大鎌を振り上げていた。

 

 

あの攻撃を見れば誰もが回避行動を取るだろう。それが普通だ。しかし、無空剣は魔剣士、普通ではない人間兵器だ。

 

 

金髪の少女が払ってきた鎌の先を片腕で受け止める。カァァァァァンッ!! と甲高い金属音が響き、大鎌が剣のアームドフレームによって防がれる。

 

 

「えぇっ!?イガリマを受け止めるんデスかぁ!?」

(イガリマ………女神ザババの武器の片割れか)

「悪いが、このままへし折らせて貰う」

 

 

もう片方の手でイガリマと呼ばれた大鎌の持ち手を押さえ、防いでいた腕を動かし今度は鎌の刃を掴む。抵抗しようと鎌を振り回そうとする少女だったが、剣は力で鎌を押さえつけ、そのまま大鎌の刃を真っ二つに叩き割ろうとしたが─────────

 

 

 

 

「切ちゃんっ!!」

(ッ!もう一人!あの円盤の使い手か!?)

 

 

飛び込んでくる────あの黒い円盤、丸鋸の使い手かと思われるピンク色の少女に、剣はすぐさま距離を置く。大鎌をへし折る事への躊躇もない。少女は追撃というように、無数の丸鋸を乱発するように放ってきた。

 

 

それら全てを構えてたアームドフレームで弾く。だが切れ味があるらしく、漆黒の装甲に傷がつく音が耳に伝わってきた。

 

 

チッ! と舌打ちを隠さず、自分が弾き落とした丸鋸を掴み取り、ピンク色の少女の近くの地面に投擲した。削り取るというよりも、単なる砲弾でしかない威力は小さな瓦礫を生み出し、ピンク色の少女へと牽制へとする。当然それを受けた瞬間、少女の攻撃の手は止まった。

 

 

 

「やらいでか、デェェェーーーースッ!!!」

 

 

しかし今度は緑色の少女。振り上げられた大鎌に剣は両腕を交差させ、刃の部分を止める。金属というよりも、それぞれ違うギア同士の衝突に激しい火花が散った。

 

 

彼は両腕を勢いよく上にかち上げ、緑色の少女を仰け反らせると、追撃をかますことなく距離を置いた。

 

 

いつの間にか、マリアと交戦していたであろう翼も剣の様子を横目にすると、すぐに戦いを切り上げるように後退してきた。そんな彼女の目の前で、剣は目の前に並ぶ二人の少女を見据え、短く息を吐く。

 

 

「………鎌に丸鋸、どっちも斬撃系統。中々に相性もコンビネーションも良いな」

 

「無空!無事か!?」

 

「問題ない。大したダメージでは無いしな」

 

 

とは言っても、無傷ではない。剣は何とか防御を行った両腕の装甲を確認する。先程の放たれた鎌と丸鋸による斬撃痕が、幾つも残ってしまっていた。

 

 

(───セカンドとは言え、俺のフレームに傷を付けるとは。あのピンク………それよりも深い切れ味の、緑も警戒すべきか)

 

 

考えながら、剣は組み込まれた機能を使い、損傷の多いアームドフレームを解離した。引き剥がされ地面に転がる装甲を他所に、剣の両腕には新しいアームドフレームが生成された。

 

 

 

 

 

「ヤベェデスよ調!アイツ、アタシのイガリマを砕こうとしやがったデス!!何者なんデスか!?」

 

「………切ちゃん、あいつが無空剣だよ」

 

 

攻撃の効いてない様子に困惑する少女達。剣としては充分効いてた(装甲に傷を付けるだけでも)とも言えるのだが。

 

 

少女達二人の近くに歩み寄ったマリア。あの様子からして仲間であるのは最早確実だった。

 

 

「切歌、調。マムからの指示?」

「そうデス!無空剣の乱入で色々面倒な事になったデスけど!」

「このまま続行するって」

「………そう、分かったわ」

 

 

納得させたよう頷くマリアはすぐに不敵な笑みを浮かべ、槍の矛先を剣と翼に向けてきた。しかし、向けられた言葉は翼だけだ。

 

 

「さて、これで二対三。数では明らかに有利になったわ。無空剣だけならともかく、貴方は彼の足手まといになるんじゃないかしら?」

 

「フッ………そうか」

 

 

だが、翼は刀剣状のアームドギアを手にしながらも、逆に笑みを浮かべる。流石におかしいと感じたのか不審そうな視線を向ける彼女達だが、

 

 

 

「ならば此方も───」

「数の差では有利になるという訳だな」

 

 

二人が顔を上がると、ヘリから飛び降りてきた二人の姿があった。響とクリス、それぞれのシンフォギアを纏う少女達も戦線に参戦してくる。

 

 

 

武装組織『Fine(フィーネ)』と二課のシンフォギア装者と唯一と言っていい魔剣士(ロストギアス)。ライブ会場を中心とした戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

轟く爆音。

大規模な施設に炎が広がり、悲鳴や轟音が続いて響き渡る。世界中に公開されたライブで、マリアが宣戦布告をし始めた頃だった。

 

 

 

自動で開く機械的な扉。中にあるのは一つの椅子、それ以外は存在しない。全てが暗闇に包まれた空間に、一人の青年が入り込む。

 

 

彼の顔には血が飛び散っていた。本人には傷がなく、返り血としか言いようがない。それを軽く拭い取り、青年は座席に ズカッ! と腰を掛ける。

 

 

「『フルメタル・エクステッド・アグレッサー』、【魔剣計画】の副産物。魔剣士よりも非効率的だが、強大な火力を有した、新世代の超巨大破壊兵器」

 

 

扉が閉まり、目の前に出てきたコンソールを弄りながら、青年は両眼を細める。が、すぐに鋭い笑みを作り、独りでに呟いた。

 

 

「お手並み拝見といこうか────序列三位とシンフォギア装者」

 

 

 

 

 

 

直後の事だった。

火災に見舞われていた施設が内側から吹き飛ぶ。あるのは建物の残骸の数々。そして、まるで隕石でも落ちたかのように残る────大規模な大穴だった。

 




強いなぁ剣さん(真顔)

こんなに強すぎるのは普通にボスキャラと言ってもおかしくはない。まぁそれよりも格上なOTONAとかが数人いるんですけどね、シンフォギアには(戦慄)


因みに初っぱなからあんなに暗躍してた感じのエリーシャは今回の章では特に活躍しません。うわー、怪しいことしてるなー、ぐらいで見てくれればありがたいっす。




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偽善、そして襲来

一週間は優に過ぎたよね…………大丈夫?大丈夫?


響とクリス、戦場へと降り立った少女達はすぐさま戦いへと参加した。シンフォギア装者とシンフォギア装者、味方と敵ではあるが、これで数としては互角───無空剣を入れれば相手側、武装組織フィーネの方が不利だろう。

 

 

 

マリアの相手は翼が、緑色の大鎌使いの少女はクリス、そしてピンク色の丸鋸使いの少女は響が相手する中、無空剣は彼女達の戦闘を横目に会場全体へと目を光らせていた。

 

 

彼女達の協力者、『ソロモンの杖』の使い手の動向を確かめるのが理由でもある。『ソロモンの杖』に関して剣や響達からすればあまり驚異はない。しかしアレは対人に対して絶大な程の効果を発揮する。

 

 

だが、それも剣が動けば意味をなさない。もし敵がノイズを生み出し騒ぎを起こそうものなら剣がその場所を特定して無力化すればいい。相手もそれを危惧して、そう簡単に『ソロモンの杖』を行使できない。

 

 

何より戦闘に参加しない理由としては────今も戦っているマリア達への牽制でもある。

 

 

無空剣、その戦力は絶大なもの。この戦場内に置いては、彼を上回る者は存在しない程に。ならば戦いに参戦しない間にこのまま押し切ろう………等と考える程、マリア達は敵を甘く見てない。

 

 

 

もし彼が今も戦っている中に乱入してくれば、間違いなく一人は押し負ける。だからこそ、警戒を緩めることは許されない。例え他の相手とも戦っている最中でも、彼女達は無空剣の事を意識しておかなければならない。

 

 

 

(戦っても戦わなくても厄介……ッ!これが無空剣、最強の魔剣士という事ね。私達との格の差があまりにもつき過ぎてるッ!)

 

 

現状をよく理解していたマリアは強く歯噛みするしかない。参戦してくればアッサリと蹴散らされ、参戦していなくてもその脅威への対抗策を考えることで、戦闘中の思考が鈍ってしまう。ノイズに対して警戒を向けているのも、運に救われたのではなく、全て彼の策略通りなのではと思うくらいに──────。

 

 

 

 

 

そんな最中、ピンク色のギアを纏う少女と戦う響が、止まるように声を投げ掛ける。

 

 

 

「止めようよ!こんな戦い!今日出会った私達が争う理由なんて─────」

 

 

「ッ!黙れ偽善者ッ!!」

 

「……え?」

 

 

しかし、相手から向けられたのは拒絶の言葉だった。それも、並々ならぬ憎悪を乗せたような。

 

 

それを理解してしまったからこそ、響は言葉を失う。今まで彼女は敵対していた者にも話し合いを語りかけてきた。クリスやタクト、それを甘いと言われようとここまで憎々しいような敵意を、向けられた事は始めてだった。

 

 

 

「この世界には!貴方のような偽善者が多過ぎる!!貴方のように他人の痛みを知らない偽善者がッ!!」

 

「そ、そんなっ!私はただ、困ってる人を助けたいだけで………っ!」

 

「それこそが偽善!!」

 

 

糾弾するような少女の言葉に、響はどんどん悲痛そうな顔へとなっていく。言葉にしたくても、言われた言葉によって心を打ち付けられる。

 

 

だからこそ、言葉に詰まる響に、少女は容赦のない言葉は叩きつける。

 

 

「痛みを知らない貴方に!誰かの為なんて言って欲しくないッ!!」

 

 

 

 

────その時の事だった。

 

 

 

空をかっ切るような速度で漆黒の剣が飛来した。ワイヤーの接続されたそれは、響の援護の為に放たれたものだ。

 

体勢の崩した響の後ろから突っ込んできたそれは、直進して響に追撃をしようとしていたピンク色の少女に狙いを定めている。

 

 

 

「ッ────!!」

 

当初は驚愕していた少女もすぐに動きを改め、ヘッドギアから一際大きな丸鋸を展開すると、突撃してくる黒剣の刀身に左右から叩きつける。

 

 

激しい火花が散るが、止められている様子は見られない。それどころか速度を緩めず、強引に刀身ごと少女を無人の観客席へと激突させた。

 

 

何とか立ち上がる響、ふと自身の頭に誰かが手を置いた事に気付く。優しく撫でるような感じに次いで、僅かな呆れと理解に満ちた声が聞こえた。

 

 

 

「───あまり耳を貸しすぎるな、他人を思いやるのはお前の美徳だが、今は捨て置け」

 

「……剣、さん」

 

「選手交代だ。俺が代わりに相手をしてこよう」

 

 

響が何かを言う前に、彼女を撫でていた剣が前へと踏み出す。背中の装置がワイヤーを巻き戻し、ピンク色の少女を吹き飛ばした剣翼の一本が背中へと再び繋がる。

 

 

吹き飛ばされていた少女は近くまで剣を見ると、大きく息を呑んでいた。彼の強さを一度見たからか、畏れとどうするべきかという不安が滲んでいる。

 

 

 

「………っ。貴方の相手をするつもりはない」

 

「ほぉ、逃げるか。それでいいぞ、逃げても。他人の事を偽善者と揶揄しておきながら、都合が悪くなるとそう言い訳するんならな」

 

「────ッ!!」

 

 

無表情に近い少女の顔が、激しい敵意に歪んだ。彼への警戒と他の二人への対応を無視して、少女は歌を歌い始める。

 

 

そして直後に、無数の円盤状の丸鋸を放ってきた。軌道は複雑、しかしそれら全てが無空剣を敵として、刈り取らんという意思が見え透いてくる。

 

 

 

(引っ掛かってきた、やはり子供か)

 

 

右腕を虚空へと薙ぎ─────組み変わる装甲の中から黒耀の刀剣を展開する。それを振り払い、敵を切り裂こうと丸鋸を纏めて両断していく。

 

 

他にも飛来してくる円盤の一部を手で鷲掴み、その刃を砕き潰す。破片を地面に溢しながら、達観したように息を吐き、剣は言う。

 

 

 

「偽善者、偽善か。少なくとも、罪のない一般市民にノイズをけしかけるテロリストの言い分には思えないな」

 

 

「ッ!貴方に何が分かる!」

 

 

「さぁ、知らないな。お前達の事情など」

 

 

否定も出来ず、感情巻かせに吼える少女。彼女の言葉を剣は切って捨てた。怒り巻かせに放たれる丸鋸を叩き潰しながら、彼は告げる。

 

 

 

「俺とて全能じゃない。相手が何を抱えてるかやどんなに苦しんでるかなんて、分かるはずもない。お前に立花響がどんな風な生き方をしてきたか分からないように、俺もお前達の事情は全く頭に浮かんでこない」

 

 

普通の攻撃が通じないと悟ったのか、ヘッドギアを丸丸鋸へと変化させ、青年にダメージを与えるべく、遠慮なく叩きつける。

 

 

しかし当の本人は刃の部分を掴み取り、丸鋸を受け止めた。今にも砕きかねない程の力を込め、低い声で言う。

 

 

 

「だが、そう言えば満足か?自分達は不幸だった、それよりも幸せな立場にいるであろうお前達は偽善、語る言葉は偽善だと。──────傲慢だな、お前達は過去を盾に被害者気取る気か?ノイズを出し、民衆を人質にしておきながら、自分達のように虐げられてきた者の言葉が正しくて、それ以外の言葉は綺麗事だとでも?」

 

 

 

正直な話、剣からすれば不愉快この上なかった。

怒りを抱いてなかったかと言われれば否定せざるを得ない。望まぬ環境で、望まぬ力を与えられて、守りたかった居場所を踏みにじられた。それが許せない事だというのは、よく分かる。

 

 

 

それならば、何をしても許されるとでも?自分達が何かをされたなら、無関係の相手を責めることも、人の命を奪おうとすることも。

 

 

 

そんな事は、絶対にない。

この力が望んでいなかったものだとしても、それを使うこと自体に何の躊躇いも迷いもない。この身とこの力は、自分のいるこの世界の為に使うと誓った。

 

 

復讐の為に使おうとは考えていた事もあったが、決して無関係な人を傷つけるために使うつもりは一つもなかった。

 

 

 

「貴方なんかに…………ッ!何も苦まずに、そんな強い力を手に入れて、大勢の人を救える英雄のような貴方なんかに私達やマリアの気持ちが────」

 

 

 

「──────まるで自分達だけが地獄を見てきたような言い方だな」

 

 

 

少女の言葉に、呆れたように呟く。

自分達が悲劇にあった被害者だというのならば、自分も教えてやるべき事がある。

 

 

「地獄を見ているのはお前達だけじゃない。響や翼もクリスも、誰もが地獄を見て来てる─────勿論、この俺もな」

 

 

脳裏に過るのは様々な光景。彼が体験してきた、地獄のような悲劇の数々。思い出すだけでも怒りが滲み出てくる、負の思い出の数々。

 

 

 

 

 

しかし、それを頭に浮かべていた途端。脳裏に更なる変化が起きた。

 

 

 

「?───ッ!?」

 

思わず額を押さえ、よろけてしまう。鈍痛がした訳でもなければ、体調不良という訳でもない。

 

 

脳内に緊急のアラートが鳴った、そんな感じが的確だろう。その感覚を想像できる者は希少で、限られてるだろうが。

 

 

(今のは────)

 

直後に、通信が繋がる。

確認する暇もなく通信を聴くと、そこから聞こえたのはオペレーターの二人、藤尭に友里さんであった。

 

 

 

『───東の方角から高熱源体反応!会場に接近中!』

『サイズにして戦艦以上の炉心!想定される全体像は会場内のステージに匹敵する大きさと思われます!』

「分かってる!今確認した!」

 

 

脳内に自動的に可視化されるマップ。自分達のいる場所から少し離れた場所に赤い光点が生じる。それはゆっくりと、この場所へと近付いている。

 

 

彼等から伝えられた通り、全体像は相当大きい。このまま居ては自分達も巻き込まれる。そう思った剣は他の三人に大声で呼び掛けた。

 

 

「三人とも!警戒を怠るな!敵性は西方から移動してきてる!数分もしない内にここまで到達するぞ!」

「そうは言ったって…………何処にもんなもん見えないぞ!?」

「…………何?」

 

 

クリスに言われてその方角の方を見るが、確かにそんな巨大な影は何処にも見えない。しかし、脳裏には確かにその反応が浮かび上がっている。故障という線は有り得ない、自身の肉体内の金属パーツやナノマシンは自動的にメンテナンスを図る。バグがあるならば、もっと前から彼自身がよく分かる。

 

 

正常ならば、敵は今も迫ってきている。ならば一体何処にいるのか? そう考えていた剣だったが、その光点が自身の近くにまで接近した所で─────ようやく、答えに気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「下だ!!全員離れろォッ!!」

 

 

 

響き渡る剣の大声。それに釣られて響達も動き出そうとした、その時だった。

 

 

 

亀裂。地面に走ったそれは徐々に広がっていき、次第に分断された地面を持ち上げた。全員がその場から距離を取ることで巻き込まれずに済む。

 

地震かと思ったが、違う。真下から何かが這い出ようとしているのだ。地面を砕き、破壊しながら。

 

 

「…………あっ」

 

しかし、先程まで硬直していた黒髪の少女だけは遅れた。気付いた時には自分のいて地面が傾き、そのまま足を滑らせそうになり、

 

 

 

 

「───ッ!」

 

 

弾かれたように剣が地面を蹴り砕き、少女の元へと飛び掛かる。地割れのように空いた穴に落ちそうになった少女の手を掴み取り、無事な場所へと移動する。

 

 

「………おい、無事か?」

「な………なんで?」

「────温くなったんだよ、俺は」

 

 

損害のある所から離れた観客席の方に少女を座らせてやると、呆然としたまま疑問を口にしてきた。 短く言い切り、その場から離れた途端────更に地面が砕け、大きく吹き飛んだ。

 

 

 

 

砕けた地面の間から出てきたのは────機械の腕だった。甲虫の脚のような、鋭利な先端のある棒状の何か。

 

 

 

関節を三つも有した複雑な骨格の腕、振り上げられたそれは未だ残っていた会場の床に鋭い爪を突き立て、固定する。

 

 

しかも、同じような腕が複数、地面から生え出てくる。そして、合計八本の脚に支えられた巨大な機械の塊が姿を現す。

 

 

六本の武装した腕を展開した胴体を持ち上げ、全長十メートルに値する巨体が会場内に顕現する。闖入者でありながら堂々と、戦場の中を突き破ってきたのだ。

 

 

退避した一同は困惑しながらも、警戒を緩めない。それも当然だ。戦場に現れたのが無関係なものではない、自分達の敵である可能性も有り得るのだから。

 

 

「何だよアレ…………あんなテガブツも連中のモンって事かよ!?」

「いや、そうじゃなさそうだぞ」

 

戸惑いを隠せずに叫ぶクリス。しかし油断もせずに銃口を向ける少女の横から、剣は軽く制して、ある箇所を睨み付けていた。

 

 

響達がその視線の先を見ると、複数の腕のついた頭部………いや、胴体と呼ぶべき部位。そこの中心に堂々と、見たことのあるイニシャルが描かれていた。

 

 

 

円に突き立てられた剣。その中心にアルファベットの羅列────【LOSTGEAR-PROJECT】と冠された紋様。

 

無空剣がかつて、自分達を追っている組織のものだと、教えてくれた。という事はつまり、これはこの世界には存在しない【魔剣計画】の製作した兵器という事になる。

 

 

しかし、そのイニシャルを細かく見通していた剣だったが、怪訝そうに顔をしかめた。その口から、疑問混じりの言葉が出てくる。

 

 

 

「データに………無い?─────いや、新世代個体(リニューアルナンバー)か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───その通りだ、序列三位』

 

 

 

突如、エコーの掛かった声が、見るも無残な会場内に響き渡る。周囲を見渡すが、声の主はいない。分かりきっている、声の主は目の前─────巨大な鋼の塊の中にいるのだ。

 

 

 

 

声の主は大して気にした素振りをしない。まるで自然な動きで、そもそもその巨体自体が生き物であるかのような人に近い動きを、複数の手足を有する兵器にさせている。

 

 

『コイツを知らないお前らに紹介してやろう────大規模殲滅特化型多脚機動兵器「フルメタル・エクステッド・アグレッサー」、【魔剣計画(ロストギア・プロジェクト)】が造り出した兵器の一つ』

 

 

二つの腕、物を掴み取るようなアームを振り回し、演説でもするかのように語り出す。その声音は誰かに話しているようだが、相手を見ていない……………ある意味での独り言だった。

 

 

 

『「大規模な戦争で核兵器を使用せず、敵国を一掃する為の効率的かつ人道的な兵器」だとさ。………笑えるよな。この兵器は街ごと敵を踏み荒らすように造られたクセに、人道に配慮してますだってよ。一応量産型の一つだし、世界中にばら撒きゃあ文句は言われないって寸法らしいぞ? 無茶苦茶だな、汚い大人共の言う事は』

 

 

話を終えた巨体の中にいるであろう声の主、それを見据えた様子で、前へと踏み込んだ剣が険しい声を投げ掛ける。

 

 

「…………【魔剣計画(ロストギア・プロジェクト)】は中止されてる筈だ。本筋の序列、いなくなった以上」

 

『俺達を造った【魔剣計画(ロストギア・プロジェクト)】は、な。あれを動かしてる連中────セフィロトだったか?奴等とヤルダバオトは今でも活動している。こんな代物を副産物として造り出すくらいには、色々とお盛んだ。今も昔も変わらないさ、俺達の命の価値もな』

 

 

フッという小さな笑いを漏らす声の主。剣は顔色を変えなかった。ただ分かるのは、声の主の言った事は自虐であり、無空剣に対して傷口を抉るような事でもある。

 

 

言葉から、その声音からでもよく分かる。他者に対する悪意を隠す事なく、陰湿に滲ませているのが。

 

 

 

 

 

『そもそもの話、お前も分かってるだろうが。あのプロジェクトは次の段階まで進んでるんだ』

「…………何?」

『存外に浅いな。あのプロジェクトの本当の目的は、魔剣士を造り出し、最強の戦闘兵器へと昇格させる事にある。─────そう、お前ら「序列」をな』

 

 

複数あるアーム、刺股状の腕が格納されていたであろうブレードを展開させ、掴み取るとそれを剣へと向けた。相手に指を差して糾弾するように。

 

 

形状は普通のカッターの刃を何百倍にもしたような大きさをしたブレード、その先には生々しい悪意が溢れていた。動かしている張本人の心情を明らかにするであろう、深い悪意が。

 

 

 

『その時点で、既に連中の思惑は別の起点へと動いていた。知ってるか?【魔剣計画】はお前を取り戻すつもりは無いらしいぜ?お前にご執心なあの狂人(エリーシャ)は例外中の例外らしいがな。と言っても、お前に価値がない訳じゃ無いらしいが。

 

 

 

 

 

 

 

ま、そんなお前を奴等に引き渡せば首を縦に振るうだろうな。計画の続行に対して』

 

 

 

剣は気負わない。

凶器を向けられても尚、敵を射抜く鋭い視線を、兵器の中に住み着く『誰か』へと向けながら。

 

 

魔剣士として生きてきた青年は、『誰か』の話の内容から、ようやく確信を得ていた。

 

 

 

 

 

「そこまで知ってるって事は─────お前も魔剣士(ロストギアス)の一人か」

 

『───ご明察。流石は序列三位。最強の立場から逃げた小者と思っていたが、少しはやるようだな。その勘の鋭さに免じて、俺の事を教えてやろう』

 

 

僅かに機体越しに強まる視線。それに乗せられた嫉妬心と見下すような醜悪な感覚。決してその感情を緩めることなく、機体を操る青年は告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『─────俺は、如月刹那(きさらぎせつな)。魔剣士の順位は四位。知ってるだろ? お前とは違い、後天的に魔剣士へと至った男だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

───基本的には、正規の魔剣士に順位がつけられる。総合的なステータス、戦闘力、様々な戦場への適応能力、人格、破壊力、そしていずれどれだけ強くなるかという期待を持たれる形で。

 

 

その中でも『序列』という枠組みはある意味では通常の魔剣士から外れる。彼等は【魔剣計画】から強くなる事を結論付けられ、計画の主柱として大事に扱われている。だから、『序列』一位から三位以降の魔剣士は精々おまけ程度の価値しかない。

 

 

だが、剣が【魔剣計画】から抜ける前にある話を聞いた事があった。偶然戦場で捕虜にした青年が魔剣士になる事を望み、彼等はそれを受け入れたという事を。

 

 

結果はあっさり成功。問題は適合した青年がすぐさま順位を上げていった事にある。数年前から己を鍛え上げていった上位の魔剣士達を越え、ついに序列を除いた中で最強と呼ばれるまでに至ったという話を、彼は知っていた。

 

 

 

 

 

 

その青年こそが、如月刹那(きさらぎせつな)。今、あの巨体を操っている魔剣士────恐らくだが、風鳴司令と緒川や、安藤達が遭遇した青年で間違いないだろう。

 

 

 

チッ、と舌打ちを隠すことなくしてしまう。

こんな状況下で魔剣士が現れた理由なんて目に見えている。混乱に乗じた襲撃。だが、その為だけにこんな兵器を動かしてくるのは大方予想外すぎた。

 

 

どうするべきかと、巨体を前に立ち尽くす剣達。そこから少し離れた場所で、マリア達は動きを見せた。

 

 

 

「────了解、マム。二人とも、撤退するわ」

「………待ってマリア」

「あんな馬鹿デカイロボットが動き出したらえらいこっちゃデスよ!?」

 

 

通信か何かを受け取ったマリアの言葉に、二人の少女達は抗議の意思を示した。流石に彼女達からしても、あの兵器は見過ごせないのだろう。

 

 

しかしマリアは確信に近い自信のある瞳を剣達に向け、少女達に言い切った。

 

 

「……………だからこそ、彼等に任せるわ。彼等の力ならアレを止められるかもしれない─────何より、私達の目的も果たせる」

 

 

そう言うと、マリア達は背を向けて会場から撤退を始める。どうやら、これ以上自分達が居座る理由がなくなったらしい。だが、わざわざこんな大事を起こしといて、自分達だけ逃げるというのはどう考えても割に合わない。

 

 

 

胴体部位に接続された頭部らしき部位。眼球のように設置されたレンズが、彼女達の姿を凝視するように拡大する。

 

 

僅かに持ち上げられた複数のアーム。しかしそれらが、実際に動き、逃走する彼女達に追撃をする事はなかった。

 

 

『ふん、逃げたか。…………まぁいい、俺の目的は別に連中でもない。最も、米国の連中からすれば血眼になってでも殺しておきたいらしいがな』

 

「米国………?何故彼の国が出てくる!!」

 

 

言葉の中に入っていた意味のありそうな単語に、全員が耳を疑う。それを聞き逃せなかった翼は《エクステッド・アグレッサー》に対して、アームドギアを向けて問い質す。

 

 

下手すれば機嫌を損ねても可笑しくないのに、それを操る如月刹那の声音は全くと言っていい程、変動しなかった。

 

 

『そりゃあ当然。自分達の不始末は自分達で済ませたいらしいしな。この鉄屑も、元々はその為に動かそうとかしてたらしいしな』

「…………?」

『分からないか?────武装組織フィーネは!米国が秘密裏に用意していた聖遺物研究機関 F.I.S.から独立した反乱分子って事だよ!』

 

 

響達は理解できなかったようだが、剣だけは少しだけ眉を動かした。ほんの少しだけだが、驚愕が彼にはあった。

 

 

聖遺物研究機関 F.I.Sという組織。その名称と存在は、ノワール博士から耳にしていた。米国の極秘ネットワークに侵入し、フィーネの事を調べていた際、そこと取引をしていたという事を。

 

ならば、あの黒いガングニールも、今は亡きフィーネが関わっていてもおかしくない。

 

 

 

「マリア達が米国から離反したテロリストというのは分かった。だが、お前の話からするとまさか────」

『そうだ。この鉄屑は米国の奴等がエリーシャとの取引で引き渡してた兵器だ。数ヶ月前、フィーネに与えた「アルビオン」とそのコアと同じようにな。知らないってのは当然だろ─────何故なら米国の連中はエリーシャとの取引について一言も明言してないからな』

「んな事じゃねぇ!自分等の不始末は自分等でやるってぇ事は…………」

『そうさ。このデカブツをフィーネの連中にぶつけるつもりだったようだ。最も、この俺が勝手に使わせて貰った訳だが』

 

 

 

如月刹那の口から語られる事実は、あまりにも衝撃的だった。

 

 

要するに、《エクステッド・アグレッサー》は刹那本人が持ち込んだ物ではなく、エリーシャが米国との秘密裏の取引で受け渡していたものらしい。勿論、秘密裏だからこそ、世界中には明かされている筈もない。

 

 

そして、この会場ごとテロリストである武装組織フィーネにこの兵器を送り込むことで殲滅しようとしていた。自分達の後始末の為に、暴れるだけで民間人すら巻き込みかねない凶悪な兵器を。

 

 

敵の言葉を鵜呑みにし過ぎるのは良くはないが、ここで刹那が嘘を言うメリットはない。彼は頭は回るが、決して集団行動や誰かの命令で動くような人間ではない。ならば今の彼には後ろ楯はいない─────つまるところ、刹那は何の躊躇いもなく、他の国の秘密を明かせる立場にいるという事になる。

 

 

そんな最中、一歩前に出た響が声を上げた。剣達にではなく、巨大な機体を手繰る青年に向けて。

 

 

 

 

「───あのっ!刹那さん!どうしてこんな事をするんですか!?」

『…………あぁ?』

 

機体越しに、呆れたような声が聞こえてきた。何言ってんだ、コイツ? みたいな感じの様子に、響は更に声を投げ掛けた。

 

 

どうしてわざわざこんな事をするのか、自分達にこうも色々と教えてくれる人が、何かあるなら教えてくださいと。響は出会ったばかり、顔も知らない相手から小さな善意を感じ取ったのかもしれない。

 

 

 

勿論、剣はどういう相手かは分からない。正直な話、理解したいとも思いたくない。好き好んで魔剣士になるような奴だ、正常である筈がないから。

 

 

 

 

 

《エクステッド・アグレッサー》、それを手繰る刹那は沈黙を通していた。しかし、彼はあっさりと響の疑問に答える。

 

 

 

『─────そうだな。この鉄屑を壊せたら教えてやるよ、俺の目的を』

 

 

 

親切心からではない。相手を馬鹿だと嘲笑うような、悪意のある言葉だ。それは誰でも、刹那に対して声をかけた響にでもよく理解できるのだろう。

 

 

 

 

 

『話は終わりだ』

 

あらゆる善意を拒絶する言葉と共に巨体がゆっくりと動き出した。瞬時に全員が身構えるが、それは無意味に終わった。

 

 

 

巨体は、八本もある脚を上げただけだった。体勢を変えると、そのまま力を抜いて堂々と立ち尽くした。無防備、攻撃を受けることを望んでいるかのように。

 

 

そして、それが実際にそうだという事を、彼の口から語られた。

 

 

『一発だけ、お前達の本気で来い。一撃でこの鉄屑をぶち壊せる技でな。さもないと俺はこの会場を飛び出して外で大暴れしてやろう。人的被害に関して躊躇すると思うなよ。それまで、一発までは黙って見ててやる』

 

 

自信あるように言うと、巨体は静かに直立する。眼を細めて監視してみるが、大きな変化も少しの変化も見られない。

 

 

嘘ではない、刹那の挑戦的な言葉が事実だと改めて理解する。

 

 

「クソッ!あたしらに先手を譲るってことかよ!?嘗めてやがるのか!?」

「だが、幸運だ。もし奴が言葉通りにするのならば、この場で無力化し、観客達への被害は失くすことが出来る。力ずくで暴れる奴を倒すよりかは、指示に従うのが効果的だ」

 

 

甘く見られてると感じるクリスだが、翼はこれをむしろ好機と見ていた。アレは暴れることで効果を発揮する兵器。もしそれがわざわざ周囲に被害を出さないで、一撃で仕留められるのなら此方としても悪くはない。

 

 

 

だが、勿論問題がある。

 

 

「無空、何か手はないのか?」

「……………」

「絶技では無理なのか?あの時の、【アルビオン=カラドボルグ】の時のような」

「悪いが火力が足らない。俺達はフィーネの時のように特別な状況下ならより力を解放できる。だが、あの装甲を剥がして、無力化するのに何発分撃てばいいと思う?その間に奴が暴れまわる方が先だ」

 

 

あの機体を破壊し得る程の力。魔剣絶技、それを使えば可能ではあるが、それで倒すのには想定しても最低四発は必要。その間にアレが会場から出て被害を増大させる方が明らかに早い。

 

 

だが、お手上げと言う訳ではない。まだ一つ、彼女達シンフォギア装者の切り札が残されている。

 

 

 

「………絶唱。絶唱です!」

 

 

咄嗟に声を上げた響、その内容こそが答えだった。絶唱。シンフォギア装者にだけ許された、命を掛けた必殺技。場合によっては─────いや、ほぼの確率で、魔剣士すら重傷に追い込む諸刃の刃。

 

 

それであれば、もしかしなくても──────、

 

 

「………確かに。それなら上手くいくかもしれん。絶唱であれば、あの装甲を破壊ふるのも容易い」

「だが、あのフォーメーションはまだ未完成なんだぞ!?」

 

 

 

「────なら俺も加わろう」

 

 

 

 

 

「魔剣士である俺がお前達の絶唱の負荷を打ち消す。理論上なら不可能ではない筈だ」

 

 

 

 

「やるからには成功させる。俺達の力を、見せようじゃないか」

 

 

 

 

今、響達が行おうとしているのは彼女達なりのフォーメーション。ルナアタック………双竜事変を経て、彼女達も多くの事を理解した。本来であれば、無空剣がいない場合を想定した時のコンビネーションアタック。彼だけに頼らずとも、自分達の手でいずれ出会うかもしれない敵を止める為の連携技。

 

 

だが、今だけは例外中の例外。成功した事はない、下手すれば失敗した時のバックファイアで自滅してしまうかもしれない。しかし、それだけの絶唱の負荷をどうにかする手はある。

 

 

無空剣が、その負荷の多くを相殺する。

彼の中に宿る魔剣の力。そして誰にも口にすることの出来ないもう一つの力、その一部をも解放し、絶唱による負荷の多くを剣へと集め、それを何とか無力化する。

 

 

勿論、試したことなどない。

これは元々シンフォギア装者だけのコンビネーション。それを成功させると共に出来るだけ威力を向上させる為に、剣もこのコンビネーションに加わっているのだ。何なら失敗しても仕方ないとすら言われるかもしれない。

 

 

 

 

三人の装者が、一人の魔剣士が。互いの手を繋ぎ、歌声を奏で、生じる力をコントロールし、少女達の力へと変換する。

 

 

激しい程のエネルギーに、流石に痛みが走った。だが、所詮は肉体の痛みだ。止める事もなく、彼は思考を加速させ、絶唱の力をより濃密に、そして少女達への負担を消すために脳を高速回転させる。

 

 

 

「スパーブソング!」

 

 

 

「コンビネーションアーツ!」

 

 

 

「セットハーモニクス!」

 

 

 

「チャージシフト!オーバーブースト!!」

 

 

 

 

 

 

「「「「S2CA(エスツーシーエー)!!フォースアタックフルバースト!」」」」

 

 

 

 

 

そして、四人を中心に膨大な光が吹き荒れた。虹色に包まれた光、神秘的にも見える光景に周囲の人々が言葉を失いながらも、その光景に見入っている。

 

 

 

 

対面していた青年も、機体越しにその力の恐ろしさに息を呑んだ。

 

 

『───ッ!!なんてエネルギーだ!!たかが数人の歌程度でこれ程の力が出るのか!!』

 

 

正直、軽く見ていた。

シンフォギア、歌う音色を力に変える武装。だが、所詮はノイズとか言う雑魚に特化した程度のもの。そんなものでこの兵器をどうにか出来るわけないと。

 

 

 

だが、その歌が、刹那をも予想だにしなかった力を生み出した。認めたくはないが、これが現実だ。今、こな機体でアレを受ければどうなるか─────

 

 

 

「─────ッ!!」

 

 

瞬間、刹那の身体は動いていた。コントロールする為のモジュールに手を伸ばし、脇に接続された二つの装置に両手を押し込み、接続させる。

 

 

手先から装置へと、装置から機体へと。神経を伝うように、《エクステッド・アグレッサー》の制御を可能にした。そして、一秒の時間も逃すことなく、青年は機体を動かす。

 

 

 

ゴォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!

 

 

地の底から響く怪物ような、巨体の咆哮。その瞬間、連結したアームが有する赤熱したブレード、鋼鉄をも融かし斬り捨てる為の武装が展開される。それも全ての腕に。

 

見せびらかす余裕もなく、容赦せずに彼女達の元に刃を振り下ろした。

 

 

 

しかし、青年と少女達と包み込む光がそれを許さない。最初に触れた赤熱の長刃は虹色の光によって熱を失い、消え去った。他のブレードも同じような末路を辿る。

 

 

更に彼等の中心とした光が会場に広がることで、《エクステッド・アグレッサー》は莫大な力と光に当てられてしまう。通常兵器では傷を通さない筈の装甲も、虹色の光によって分解され、消し飛ばされ、破壊されてしまう。

 

 

巨体を支えていた多脚すらも削ぎ落とされてしまい、ついに逃げることすら敵わなくなる。絶叫のような爆音を響かせた巨体が身を振るわせると同時に、《エクステッド・アグレッサー》から全ての装甲が消失した。

 

 

光に包まれながらも起きた変化を見逃すことなく、翼が皆にも聞こえるように叫んだ。

 

 

 

「見えたッ!あれが奴のコアだッ!!」

 

 

胴体部位、胸元らしき所にある巨大な球体。深紅に光りながらも鼓動を続ける心臓に似た何か。無数のケーブルに直接繋がってる光景はグロテスク以外の何物でもないが、アレを倒せば《エクステッド・アグレッサー》が止まることは明らかだ。

 

 

しかしながら。

そう簡単に快進撃を許すほど、敵は弱くも甘くもない。

 

 

 

 

 

 

グゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンンッッッッ!! と。

 

 

装甲を失い、金属の骨格が露出した《エクステッド・アグレッサー》はボロボロになった身体を無理矢理にでも動かす。自身の身体が朽ちようと関係なく、破損した腕の一振を振るった。

 

 

《エクステッド・アグレッサー》の全ての腕は破壊された。無事なものでも、間接からその先は存在してはいない。しかし、それは生命体ではなく機械だ。機械は生命体とは違い、部品によって修復すれば問題ない。

 

 

 

全ての腕が、互いの破損を結合することで補い、たった1本の剛腕をすぐさま造り出す。そのアームが装填されていた巨大な高熱ヒートブレードを展開する。

 

 

そこまでして敵を駆逐しようとする兵器の動力源は何なのか。単なる命令を実行する為のものか、そうしなければならない脅迫概念でもあるのか。

 

 

魔剣士を造り出す計画のオマケ程度に造られた兵器、《エクステッド・アグレッサー》は紅蓮の断頭を天へと翳し、振り上げる。己に下された天命、敵対する者達をまとめて踏み荒らす事の邪魔になる敵を、文字通り高熱の刃で切り砕き、焼き尽くす為に。

 

 

 

そこでようやく、《エクステッド・アグレッサー》は違和感に気付いた。内側に内蔵されていたカメラのような眼光が、とある事実に気付いたのだ。

 

 

 

光の中で歌を歌っていた少女達、その中にもう一人の少女と青年の姿が見えなかった。何処に消えたと、白熱した思考を停止させ、処刑の一撃をも止めてしまう。

 

 

 

困惑していた兵器には、気付くのが遅れる。そもそもの話、関係なく振るっていればどうとでもなかったしれはい。機械として性格に仕留めるという思考パターンが遅れをとった。

 

 

 

 

兵器が気付いた時には、件の二人は─────既に懐まで迫っていた。

 

 

 

「これが!俺達の!!」

 

 

「絶唱だぁぁぁぁあああああああッッ!!!!」

 

 

無空剣と立花響。二人は一寸も違わない動きで迫り、それぞれの拳を、アームドギアを────遠慮もなくぶちかますッッ!!

 

 

 

二人の拳がコアへと叩きつけられ─────一気にガラスのような球体にヒビを入れ、崩壊させる。巨体を動かしていた大規模なエネルギーが爆発する直前に、虹色の光に呑まれ、そのまま消失する。

 

 

 

直後に、行き場を失った虹色の嵐は《エクステッド・アグレッサー》の機体の内部からたった一振の巨腕へと渡っていく。灼熱の刃すら呑み込みながら、空へと昇っていく。

 

 

 

こうして、全国中継されていたコラボレーションライブは波乱と共に幕を終え、これからの戦いの狼煙があげられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場から出ていく際に、響達のコンビネーションを見て唖然とするマリア達。彼女達の跡を追う存在がいた。彼は気付かれぬように建物の屋上に居座りながら、深い息を吐く。

 

 

 

「………………アレがシンフォギアの絶唱、序列三位が加わっていたとは言え、あの鉄屑を簡単に打ち破るとはな」

 

如月刹那、そう呼ばれていた青年は自身についた埃を軽く払う。彼はとある段階────虹色の光が《エクステッド・アグレッサー》を破壊する際に、逃げ出していた。その後、あの機体に『奴等を殺せ』と命令を組み込んでおいたが、結果無意味だったと理解したが、特段気にしてはいない。

 

 

絶唱の力を見て気を引き締めるマリア達。それと対称的に、如月刹那は薄く笑みを浮かべた。挑戦的な、強大な何かに挑むようなやる気に満ち溢れた顔つきへとなる。

 

 

「ま、そうでなくては。この俺が越える障害にすら値しない」

 

 

立ち上がり、ロングコートのポケットに両手を突っ込む。この隙にと、何処かへと退避していくマリア達を視線の中に入れ、刹那は軽く鼻で笑った。

 

 

 

 

 

「─────俺が序列を越える為だ、精々利用させて貰うぞ」




兵器紹介

《フルメタル・エクステッド・アグレッサー》

分かりやすく纏めると被害なんて関係なしのヤベー兵器。敵地に投入すれば民間人も負傷者も敵ごと皆殺しに出来るよ!! あと辺りの地面と一緒に踏み潰すから死体はあんまり残らない!やったね!処理が楽だ!


とか言う、頭可笑しい兵器です(笑)某メタルギアとかもそうだけど、こんなゲテモノ兵器を作る人ってロマンに生きてるんだろうなぁ、って思います。


感想や評価、お気に入りなど是非是非お願いいたします!!





───大体察してるかもしれませんが、今回出てきた魔剣士の方が今回の敵です。何を使うのか、についてはヒントを出しときます。


前から出てた聖遺物が、彼のロストギアです。



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日常、非日常

遅れたけど問題ねぇよなぁ!!(震え声)


『集まってくれてご苦労様だね、君達。折角の休日だと言うのに』

 

 

 

コラボレーションライブで発生したテロ───マリアを筆頭とした敵組織 Fineと、乱入してきた魔剣士 如月刹那による大事件から数日が経った後。

 

各々が普通に日常を過ごしながらも、マリア達と如月刹那の動きに警戒をしていた所、彼等を収拾する連絡があった。

 

 

相手は ノワール・スターフォン。

魔剣の第一人者にして、遠因とはいえ魔剣士を生み出す事になってしまった人物。しかし今現在は────無空剣の保護者代わりとなっている。

 

 

 

二課の施設─────ではなく、剣(とクリス)の自宅に響と翼を呼び出したのだ。勿論、全員が問題なく集まってくれた。

 

 

ノワールはそんな彼女達に詫びるように謝礼を口にする。剣の用意した機械から発現しているホログラムのような映像体の男性は、困ったように複雑な笑みを浮かべていた。

 

 

そんなノワールに、椅子に座っていた翼が立ち上がり、真面目な対応を取る。

 

 

 

「博士、ご心配にはいりません。事前からの連絡で緒川さんに予定のない日にしていただきましたので………」

『だがねぇ………彼女達からの宣戦布告から未だ数日が経っている。休める時は休ませたいのだが、今後の事に関わることなのでね。本当にすまない』

 

 

………普通ならば、ここまで気を張るような事ではないかもしれない。だが、ノワール博士からすれば、彼女達は前線で戦い馴れてるとはいえ、まだこれから未来がある少女達。彼女達には平和な生活を謳歌して欲しいという考えがあるのだろう。

 

 

 

────黙って聞いていた剣は、あまり自分よりも年下の子供達への対応が苦手な博士の戸惑いとか、そんな感じのものが滲み出ているのがよく分かる。だからこそ、助け船を出すついでに、この話の本題に触れることにした。

 

 

 

「それで?何か分かった事があるのか?」

『────ふむ、まずは武装組織Fine(フィーネ)についてだが……………』

 

 

 

顎を撫でるように、黙り込む。しかし数秒後、彼は口を開いた。そこから出てきたのは、乏しくない成果だ。

 

 

 

 

『これと言って、詳しいことは不明だね。分かるのは、彼女達が米国の有していた組織からの反乱分子のようなものだと』

「それに関してですが………米国からの反応は?」

『これがね…………知らぬ存ぜぬで通されてるよ。証拠はあるのか、言い掛かりも甚だしい、とね。運が悪いことに、中継が途絶えていたのでこの事を知ってるのは我々のみになる。─────だが、我々の立場上、その事を明るみには出来ないだろう?』

 

 

 

突如乱入してきた如月刹那の話……………マリア達、武装組織 Fineは単なるテロリストではなく、米国の組織から発生した反乱分子のような存在であるということ。

 

 

これが実際に世間に公開される事はない。米国からすれば自分達の失態をわざわざバラしたいとは思わないだろう。どうせこのまま勝手に隠蔽して、その事実であるマリア達ごと真実を抹消しようと企んでいてもおかしくない。

 

 

「じゃあ、あたしらがブッ壊したあのデカブツはどうなったんだよ?」

『無論、米国に回収されたよ。テロリストの持ってた兵器として、ね。全く、大国というのはズルいものだよ。情報統制も早めにしてる、お陰で此方も手の出しようがなかった』

 

 

忌々しく吐き捨てるノワールの言葉通り、先日剣達が破壊した大型兵器────《フルメタル・エクステッド・アグレッサー》の残骸は、日本政府が確保しようとしたが、それよりも先に米国政府によって回収されてしまった。

 

 

その行動の理由としては、『この兵器の情報は未知数だ、科学力も技術力も我々よりも最先端をいっている。だからこそ、我々の有する最先端の技術での解析を行ってみる』との事らしい。同じように刹那から明かされた事実を知る自分達からすれば、どう考えても自分達の不手際を誤魔化すための言い訳にしか見えない。

 

 

外務大臣や防衛大臣が動いてくれてはいるらしいが、未だ大きな進歩にはなってないらしい。

 

 

『ま、あの兵器は君達のコンビネーションで全ての回路を含めてまとめてオジャンになってるんでもう二度と使い物には出来んし、分解も意味がないのだが。そこだけは実に痛快な話だ』

「は、はぁ………」

 

 

随分とトゲのある言い方だ。まぁ、ノワール博士からすれば米国は何の活躍もしてないのに勝手に戦利品を奪った挙げ句に自分達の不始末を誤魔化してる連中だ。そもそもの話からすれば、剣の身柄やシンフォギア装者の個人情報を要求してくる位だ。博士からすれば、物凄く不愉快な存在なはずだ。少しだけでも彼等にとってミスがあれば、スッとする気持ちなのだろう。

 

 

 

『話を戻すとして………私個人が気になる事は少しだけある。彼女達の組織名、フィーネについてだ』

 

「………」

 

『君達の懸念は分からない訳ではない。何故、彼女達がフィーネと名乗っているか、だろう?まぁ、名は体を表すと言う。彼女達にとって、フィーネという名前は重要な意味合いを持つのかもしれないんだがね』

 

 

しかし、それだけでは役には立たないだろう。名前からだけで相手の目的や計画が分かるというなら苦労はしない。何故フィーネにしたのか、それが分かれば苦労はしないのだが。

 

 

そうしてる間に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────ハン、どうやら手詰まりのようだな」

 

 

何処かから、小馬鹿にするような声が響く。その声に心当たりがある全員が、その方に視線を向ける。

 

 

部屋の出入り口である扉。そこに背を預けながら、此方を見据えてくる白一色の青年─────虹宮タクトがそこにいた。

 

 

 

「なっ!?タクト!?」

「てめぇ!何しに来やがった!?」

 

 

「安心しろ、別に勝負かましに来たんじゃねぇよ。そこの博士から呼び出されたに過ぎねぇよ、このオレもな」

 

 

立ち上がり、ペンダントを手にする翼とクリスを片手で制する。だが、二人は大人しく引き下がる所か息を呑み、冷や汗を流していた。

 

 

虹宮タクト───セカンドタイプである彼は全身が機械で構成された新世代のサイボーグ。その実力は剣程とはいかないが、恐ろしいのは人間離れしたサイボーグとしての戦闘能力だった。

 

 

ロストギアを纏う必要の有する剣とは違い、彼はロストギアなど必要ない。魔剣カラドボルグの残骸をコアとして動いてる彼は、謂わば常にロストギアを装着してると言ってもいい。

 

 

そんな彼相手に、生身で対応していいのかと二人は考えていた。改心した、もう何もしないと言われても一度は命を賭けて戦った身。何より彼は二課の本部で拘置されていた、そう簡単に信じられるなら苦労はしない。

 

 

翼達とは違い、それぞれの考えでタクトを信用していた剣と響はタクトの姿を見て驚愕しながらも、彼に声をかける。

 

 

 

「外に出ていいのか? よく司令が許可を出してくれたな」

「───まぁ、今回は少し話すだけだ。さっきの話、テメェらの敵である連中について」

「マリアさん達、ですか?」

 

 

不安そうに聞いてくる響を横目で見据え、そうだ、と答えた。いつも響に刺々しい(本心ではないのは確かだが)彼にしては、少し優しめな感じが受け取られる。

 

 

 

その理由は、すぐに明らかにされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先日、あの会場での事件の際、微弱だがマスターの反応を察知した」

 

反応は様々だった。呆然とする者、明らかに驚愕する者、言葉を失う者、冷静ではあるものの明らかに動揺を隠せずにいる者。

 

 

そんな彼等の反応を見ても、ノワールだけは身動ぎすらしなかった。まぁ話の内容を分かっていたからこそ、タクトをここに連れてきたのだ。最初は驚きはしただろうが、今は納得しているのだろう。

 

 

「誤認かと疑ったが、嘘じゃねぇ。アレは確実にマスターの反応だ。ほんの一瞬だけだが、あの会場内でマスターの存在が確認できた、これだけは間違いじゃねぇと保証する」

 

「………でも、フィーネさんはあの時………私達の目の前で……………」

 

 

 

否定したいと言わんばかりに首を振るう響。だが、その横で剣が重く閉ざしていた口を開いた。

 

 

 

「────いや、フィーネはあの時言っていた。自分の意識を先祖のDNAに刻み込んでいる、アウフヴァッヘン波形を感じ取る事で目覚める、と」

 

 

あの事件、フィーネが消失してからもう1ヶ月も経つ。その間に次の器にフィーネが宿っている可能性もある。

 

問題は、マリア達との関係性だ。

ただ会場にいた一般人を、フィーネとして覚醒させる事が目的か。或いは既に仲間の一人にいるのか、フィーネの器たる人物が。

 

 

ならば、納得は出来る。連中があの会場内でテロを仕掛けたのが、フィーネを目覚めさせる為ならば、何故わざわざ人質に固執しなかったのかも。

 

 

いや、そもそもの話、彼等の目的がフィーネを目覚めさせる事ではないと思われる。あの場で放たれた絶唱、大量に放出されたフォニックゲインが起動させるのはフィーネの意識だけではない。

 

 

────完全聖遺物、その可能性も有り得るのだ。

 

 

「ま、フェイクの可能性もある。そう難しく考えるんじゃねぇよ。気休め程度、一応警戒しとく位に考えとけ」

「………貴様はどうするつもりだ?タクト」

「あ?」

 

 

翼の詰問に、タクトは眉をひそめる。何を言っているのかと呆れるように感じに近い。

 

 

「フィーネは、貴様にとって主だろう。彼女がもし復活していたとして、貴様はすぐさま────」

「──────行ってどうなる、役立たずのオレが」

「ッ…………すまない」

 

 

吐き捨てるような一言に、翼は自分が言い過ぎた事に気付き、謝罪の言葉を述べる。しかし気を遣われた事自体気に入らないのか、隠すことなく舌打ちをするタクトは黙って部屋から出ていこうとする。

 

 

『おや、もう帰るのかね?』

「………元より、この事を伝える為だけに来ただけだ。アイツらと温い馴れ合いするつもりじゃねェよ」

『やれやれ、困ったものだね。これが俗に言うツンデレとい──────』

 

 

瞬間、タクトは無視して出ていった。扉を強く閉めた事から分かるように、あれは明らかにキレてた。ノワール博士なりの冗談だったようだが、タクトからすれば気に食わない所か不愉快だったらしい。

 

 

その場の空気が絶妙になる。そうしてくれた当の本人は、全く………困ったものだね、と嘯いている。割と困ってるのは此方の方だと理解して欲しい。

 

 

 

『さて、武装組織 フィーネの話は後回しにしよう。分かった事があれば君達に報告をする次第だしね。我々が気にするべき次の問題は─────』

 

 

 

 

 

 

「────如月刹那、だな」

 

 

そう名乗る青年の声音を思い浮かべるが、剣はその青年の実際の姿を知らない。同じ魔剣士ではあるが、同じように活動していた訳ではない。刹那本人からすれば無空剣は有名人だからこそ知っててもおかしくはないが、剣は刹那の事を全く把握してない。

 

 

唯一知ってるのは、彼が全ての魔剣士の中でも四位という、自分に食らいつく実力を有する者だということ。

 

 

それ以外の情報は、残念ながら剣は知らない。自分よりも詳しく知っているのは、ノワール博士位にはなるのだが─────

 

 

 

 

 

『すまないが、彼について詳しい事は私にも分からない。元々専門外のモノだったからね』

 

 

やはり博士としてもお手上げに近いらしい。

 

それも当然だろう。【魔剣計画】はあの世界で最高峰の技術を有する組織化。大切な情報を他に漏洩しない為の情報統制は厳重にされており、同じ組織の一員ですら情報の全貌を知らないことなど普通にある。

 

 

しかし、詰みという訳ではない。

 

 

『分かるのは、彼のロストギアスが何なのか。彼はその身に何を宿しているか、くらいだね』

 

「…………」

 

『彼はロストギアス、魔剣士だが……………魔剣を宿している訳ではない。彼が宿してるのは、「()()」だ』

 

 

それを聞いた途端、響達三人が耳を疑うように首を傾げた。

 

 

「え?じゃあ何で魔剣士なんですか?」

 

「魔剣とは、絶大な力を有する過去の武具の事だ。剣である事や魔の力を持ってることが前提じゃない。一々魔槍士とか、聖剣士とか、分けるのも面倒だろ。そういう話だ」

 

 

へー、そうなんですか、と響が納得したように頷く。要するに区分の問題だ。一々別々の名称をつけるより、一括りの名称にした方がまとめやすい。

 

あの青年、刹那自身も己を魔剣士と名乗っていた。そういう拘りなどはあまり持ってないのだろう。

 

 

『自分に相応しき適性を有する者を複数人選ぶ魔剣とは違い、各々に見合う適合者をただ一人しか認めない聖剣。彼はその聖剣の中でも特殊とされている、異端なロストギアの使い手さ』

 

 

そして、と博士は続ける。

 

 

 

 

 

 

 

『彼がその身に宿す聖剣の名は───────デュランダル』

 

 

思わず、三人の少女達が息を呑む。無理はない。剣も、彼女達が何を思い浮かべているのかはよく分かっている。

 

 

数ヵ月前、ルナアタックの際に、とある青年が乱入してきたらしい。その場にいたクリスは、その青年の声が、如月刹那と同じだったらしい。つまり如月刹那は前からこの世界に来ており、あの戦いに参戦してきた。

 

 

 

その狙いは、ただ一つ。

 

 

無限のエネルギーを有する完全聖遺物。かつて響が起動させ、二課にて保管されていたが、最終的にフィーネに利用されてしまった代物。

 

 

その名前は、デュランダル。彼 如月刹那の狙いは、此方の世界のデュランダルを確保すること。そして自分自身との融合───所謂、デュランダルとの同化だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

人気のない工業施設。

鉄材に腰掛けて、ロングコートを着込む如月刹那は静かにスマートフォンを弄っていた。勿論、それは彼のものではない。

 

 

 

「………ひっ、ひぃぃ」

 

ガタガタと震える若者はそんな青年に対して頭を下げていた。目すら向けられていない、眼中にないとしてもそうするしか助からないと直感的に理解していたからだ。いや、そうした所で助かるとは言えないのだが、可能性には縋るしかない。

 

 

その若者は、犯罪手前の事をしている人間だった。

ノイズ生存者を迫害し、イジメ紛いの行いが続いている世の中。彼等は一際法律を破るような事をしていた。

 

 

生存者達を捕まえ、リンチにする。金目のものを奪い、好き勝手して暴れるような犯罪者達だ。それなのに、彼等のやる事には正義の大義名分がついてしまう。

 

 

国が取り締まった所でそれは消えることがない。国からすればノイズ被害者は秘匿されているシンフォギアに関する情報を隠蔽する為、そしてノイズに対処しきれなかった事への賠償金。

 

 

生き残った者達への権利が、いつの間にか不満へと変わる。そして不満は、過剰な差別へと変化してしまう。そうして、ノイズ被災者達は迫害のような扱いを受けるようになってしまった。

 

 

生き残る為に他の人間を踏み落とした。極僅かな人間の行い、それ自体が本当にあったのかも分からないのに、彼等に対する非道な扱いが行われる。過去に浸透していた正義という名前の理不尽な暴力、今回もその一端だった。

 

 

 

 

しかし、そんな簡単に彼等の自由が続く訳がなかった。法律で取り締まられた、という事ではない。いや、それならどれだけ幸せだったことか。

 

 

 

彼等の前に現れたのは、法に縛られぬ存在だった。この世界ではない、もう一つの世界から訪れた────力の体現者とも言える存在。

 

 

 

突如として現れた如月刹那に、彼等は蹂躙されてしまったのだ。文字通りの意味で。

 

 

 

 

「─────ノイズ、ノイズ被災者。ルナアタックの英雄、無空剣か…………まさかヒーロー扱いされるとはな、アイツが。随分とまぁ、都合が良いもんだ」

 

 

 

スマートフォンからのニュースや新聞を見て鼻で笑う刹那と震える若者、端で怯える二人の少女の周りは、凄惨な光景だった。

 

 

生存者は彼等以外存在しない。皆、物言わぬ肉塊へと成り果てている。腕が無いだけでもまだマシな方、最悪の場合生きたまま大型ゴミを処理する装置の中へと放り込まれていた。

 

 

刹那としては、何も遊んでいた訳でも、いたぶってた訳でもない。最初は見逃そうともした。単に話が聞ければ良かっただけなのに、相手が勝手に喧嘩を吹っ掛けてきた。

 

 

だからこそ、容赦なく全員殺して見せた。一人だけ残してたのは、生かしておく事に価値があったからだ。逆に言えば、価値さえ無くなってしまえば、この男は何時でも殺せるという事になる。

 

 

 

「もう許してくれよ。何でもするさ、金も出すよ……。だからさ」

「まだだ。何の為にお前を生かしたと思ってる。俺が言う情報の正誤を確かめるためだ。グダグダ抜かすと片腕を使えなくするぞ」

 

 

ひぃぃぃっ!? と情けない叫び声を無視する。スマートフォンを弄っていたが、何も成果が無かったのか舌打ちして遠くへと放り投げる。

 

 

ジロリ、と刹那は自分よりも歳上かもしれない若者を見下ろす。鉄材の上に腰掛けながら、彼はゆっくりと口を開いた。

 

 

───言って聞かせるように、しかし冷徹さを保ちながら。

 

 

 

「シンフォギア、聖遺物。知ってるならさっさと場所を吐け。それに関する人間を見かけただけでも構わん、一つも残らず喋れ」

「………し、知らない。そんなの俺は知らな───」

 

 

嘆息し、刹那は指を振るう。

たったそれだけの行動だった。それ以外に何をしたのか、若者には何一つ分からなかった。

 

 

 

 

ザシュッ! と。

切れるというよりも溶接のように切断されるような嫌な音が鼓膜に残る。そして視界の中に、何かが飛ぶのが見えた。

 

 

 

それは確か、二本分の指─────確認してみて分かったが、自分の右手の指が欠けているらしく、飛んだ指が自分の物だと───────

 

 

 

 

「……………あ、え?」

 

呆然としてからすぐに、脳髄に激痛が走った。そして同時に、脳が現実を処理できずに痛みと恐怖に襲われる。

 

 

 

 

何が起こったのか分からない。ただナイフで切られただけならここまで怯えることはなかった。だが、自分が何をされたのかも分からなかった。未知という名前の、異質な恐怖。

 

武器や刃物で脅されるのとは違う恐怖に、最早何事も考えられない。

 

 

そんな不可思議な現象の原因と思われる如月刹那は顔色を変えない。変える価値すらないと言うように、言葉を紡ぐ。

 

 

 

「次は完全に切り落とす。一瞬じゃ済まさない、ジックリと時間をかけて、骨ごと切断する。腕一本だけでも十分に苦しめることは出来る。それを理解して質問に答えろ」

 

 

しかし、金髪の若者は答えない。

涙ながら呻くだけだ。痛ぇ………痛ぇよ………と、己の手を大事そうに抱え、情けない声を必死に漏らす。

 

 

 

だが、それは逆効果だった。

不愉快に感じたのか、刹那は躊躇なく若者の腕を踏みつける。

 

グシャリ、と。骨が折れたのではなく、完全に粉砕された。悲鳴というよりも金切り声のような絶叫。しかしやはり機嫌を悪くさせたらしく、刹那は黙らせるように若者の目の前の地面を踏み潰し、砕く。

 

 

───思わず、恐怖を押し殺し、ようやく声を押さえ込む。そんな若者に刹那は地面を踏み抜いた右脚をゆっくりと下げ、指先を顔へと向ける。

 

 

苛立ちを隠さないような声音で、彼は自分達の立ち振る舞いを間違えた愚者を見下ろす。今度こそ静かに言って聞かせる、暗に次は無いとでも言うように。

 

 

「────話を遅らせたら次は顔の皮膚を削ぎ落とすぞ。とっとと答えろ───────シンフォギア、聖遺物、完全聖遺物。これについて情報を残らず吐け」

 

 

 

ガタガタと、震えを止めない若者の顔は涙と鼻水で汚れてしまっている。そのまま、必死に彼は青年に向かって叫んだ。

 

 

「本当ですぅうっ!じ、じらないっ、じらないんでず!聖遺物とか、よく分からないんでずぅ……!一度も聞いたこと、ありませんっ!!」

「…………」

 

 

今度は嘘ではないと気付き、スッと指を下げる。代わりに刹那はふぅん、と呟き、思考に明け暮れることにした。

 

 

(なるほど、国が隠蔽してる訳か。それもそうだな。聖遺物、悪用される可能性の高い代物だ。下手に露見したらテロリストに使われる可能性も高い…………ま、現に使われてるみたいだが)

 

 

「ふん、無駄な手間だって事か。それにしても」

 

 

ジロリと、視線を若者から隅の方で互いを抱き合っている二人の少女に移す。

 

 

その姿は、あまりにも痛々しかった。

髪は引っ張られたのかボサボサになっており、顔には殴打の痕が残っている。ただ殴られただけではないらしく、もう片方の少女の顔には切られたような痕が残されていた。

 

 

服もはだけ、破れ欠けているのは彼等にやられたからか。何をしようとしていたのか、想像もしたくはない。

 

 

「無抵抗なガキ二人を痛めつけるとはな。ノイズから生き残っただけであの扱い。純粋にあのガキ二人の運が良かっただけだろうに……………馬鹿しかいねぇのか、この世界の一般人(モブ)どもは」

「……す、すみません……すみませんっ」

「馬鹿以下のクズには期待すらしてねぇよ、少なくとも役に立ったから構わねぇが」

 

 

刹那自身、分かってはいる。

空気というものは、簡単に人を変える。一般人であろうと戦場の空気になれば戸惑う者が多いが、最適化して生き残ろうとする者もいる。他の人間を殺してでも。

 

 

彼等はそれが悪い方に傾いた結果だ。元々はただ悪ふざけをして笑いあってる悪ガキ達だったとしても、環境や空気というものがそれを変質させた。社会の空気というものは、人を簡単に悪い方へと落とす事が出来る。

 

 

適当な人間を必要な悪として、大勢で叩くのその一つでしかない。結局は、彼等だけが全面的に悪いという話ではない。

 

 

 

だが、そもそもの話。

空気や環境に流されたからと言って、コイツらが元よりまともだったなどと信じるほど、如月刹那は甘い夢を見た生き方はしてない。

 

 

「俺が嫌いなのは何かに分かるか?─── 弱者をいたぶる事だ。言っとくが、別に闘争自体にあーだこーだ言うつもりはない。むしろ戦いとはそういうものだ、勝者と敗者、それが出来るのは当然の摂理だ。それに文句を言うつもりはない」

「………っ?」

「だが、そういう意味じゃないのはよく分かってる筈だ」

 

 

周囲に意識を向けず、刹那はゆっくりと語り出す。

 

 

「弱者が同じ弱者をいたぶる。社会的な立場や集団としての力を利用して、特定の個人や少数を責め立て、自分が上だと、強いと勘違いしてしまう。…………全く以て反吐が出る」

 

 

差別や迫害、多勢による言葉の暴力。

それら全てが、如月刹那にとって地雷となっていた。魔剣士とて人の悪意に触れ続けた結果─────己の在り方を歪めてまで、何かに拘る青年は沸々と感情を煮え滾らせる。

 

 

 

 

「笑わせるな!力も持たない雑魚が、都合の良い相手を踏みつけ、罵倒し、貶す程度のゴミクズの分際で!いつの間に強者の立ち位置に立ってる!?図に乗るなよ有象無象!お前らは一体どの面で!相手を自分の手で倒せるような力を持った強者だと、俺達と同じ立場にいた気でアホみたいに自惚れてんだ!?あ゛あ゛!?」

 

 

 

 

怒りのままに吼えていた刹那。連動するように周囲の空気がピリつき出し、軋むような感じへとなっている。下手すればこの威圧感だけで人を押し潰し、恐怖によって死なせかねない程だ。

 

 

 

最早、怒号でしかない声音は張っていた彼は、すぐに何かに気付きハッとした顔を浮かべる。悲鳴すらあげられずに硬直している若者と少女達を見て────、

 

 

 

 

「─────悪かった。少し頭に血が(のぼ)った」

 

 

本心から言うように、申し訳なさそうな様子で謝ってきた。彼自身想定していなかったものらしく、先程までの過激さが鳴りを潜めた感じだった。その様子は、異常の一言でしかない。

 

 

まるで、人格に歪みでもあるかのように。

 

 

 

 

「さて、もう十分だ。お前から聞けることはもうない、十分役に立った。受け答えしてくれた事には感謝する」

 

「へっ、へへ…………それなら、もう俺は────!」

 

 

────助かるんだ。

不器用に見える笑顔で答えた刹那に、若者の心は安堵に包まれた。安心しきったことで身体から力が抜けきる。

 

 

そんな彼に刹那は、静かに頷いた。

 

 

「あぁ、安心しろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

────()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そう言って、刹那が指を鳴らした直後の事だった。

 

 

 

暗闇の中から一筋の光が飛来する。直線のまま飛び出してきた閃光は、若者の頭部を容赦なく貫通した。許されたと勘違いして無防備だった────それ以前に戦いなんてものに無縁だった若者の頭蓋を簡単に打ち破り、そな中身までも光は削り取り、生命活動を停止させる。

 

 

 

 

ボトリと崩される亡骸。彼は最早に一瞥すらしない。死者に対して何も抱くつもりはないとでも言うように、真横を通り過ぎていく。

 

 

彼の目には、既に別の者達へと意識がいっていた。

 

 

 

「───おい」

 

声をかけたのは、二人の少女達だった。彼女達は刹那の声を聞くとビクッと一際大きく震える。その顔は刹那への恐怖に満ち溢れていた。

 

 

 

無理もない。

自分達に暴行してきた相手とはいえ、彼等を躊躇なく殺害するような相手だ。警戒するなと言うのがおかしくない。

 

 

しかし刹那がした事は─────彼女達に布切れを投げ渡す事だった。突然渡されたことに困惑する二人に、刹那は声かけを続ける。

 

 

「後処理はしといてやるから、とっとと帰れ。一応分かってると思うが、この事は他言無用にしとけ。………お前らだって巻き込まれたくはないだろ?」

 

 

 

────如月刹那は、己自身に一つのルールを強いている。それは、“弱者もとい、一般人には極力手を出さないこと”だ。状況によっては変わるが、刹那は滅多な状況でなければ一般人を進んで傷つける真似はしない。

 

 

先程のような若者達は、多勢で少女達をなぶっていたのを刹那に見られたことで彼の怒りに触れただけの事だった。強さの底にある矜持、プライドなどのある刹那からすれば、殺してでも許せないものだったのだろう。

 

 

兎も角、刹那はこの場から立ち去っていく少女達から目を離すと、自身の胸元に手を当てた。より正確には胸元に埋め込まれた──────翡翠色に輝く結晶体を。

 

 

 

「─────悪くないな、流石は完全聖遺物デュランダル。無限にも等しい力、これで俺はようやくあの『序列』へと近付いた」

 

 

魔剣士の中でも最上位の存在。本気で動けば、【魔剣計画】を滅ぼせたであろう最強の三人の魔剣士達。前の刹那ではどんなに取り繕うと『序列』には敵わない。彼等を打倒することすら出来ない。

 

 

だからこそ、完全聖遺物という圧倒的な力を狙った。何よりデュランダル、刹那のロストギアと同じ名を冠する遺物。当初の予定よりも簡単に、彼の肉体に馴染んできている。

 

 

 

「だが、まだ足りない」

 

 

しかし、この程度のレベルには満足してない。当然、満足など出来るものか。

 

 

 

「今の俺はデュランダルの力を、ロストギアの力を完全に引き出せていない。30%程の出力、まだ身体に上手く馴染んでないからかもしれないが、こんなものじゃあ俺は序列三位にも序列一位にも──────忌々しい序列二位すらも殺せない」

 

 

ならば、どうするべきか。

如月刹那は冷静に考えを進める。

デュランダルの膨大なエネルギー、生憎だが、心底認めたくはないが…………今の自分には余りあるものだ。完全に制御しきれない故に、下手に力を解放しすぎると反動によって此方も大ダメージを負ってしまうことになる。

 

 

 

 

なら、如月刹那に必要なのは─────更なる聖遺物の力。

 

 

 

「……………まぁ、今後の事に一々頭を回す必要はないだろうな。気を張り詰めなくても、好機は俺の元に必ず訪れる。後はそれを利用するだけのこと」

 

 

忌々しいエリーシャも、武装組織Fineも、二課の連中も、シンフォギア装者も────そして、忌々しい『序列』を冠する一人、無空剣が相手だとしても。

 

 

 

それら全ての要因を利用して見せる。どんなに苦しもうが、最終的に自身の目的が果たせればそれで良い。勝つのは一人だけでいい、それは無意味な友情ごっこしてる序列三位やシンフォギア装者どもではない。

 

 

 

 

「まずは──────連中の企みに乗るとするか」

 

 

 

この如月刹那ただ一人だと、彼は不気味なくらいの笑みを浮かべていた。




博士『最近思うのだがね、孫の顔が見たいとね』
剣「はぁ」
博士『そういう訳で楽しみに待ってるよ剣クン!』
剣「言いたいことが山程あるんですが、もう少し自制してください博士」

とかいう日常を想像しましたね!残念!そんなのを書けるなら苦労はしないッ!!



ていうか、刹那のロストギアはデュランダルでした。本編で語った魔剣という一括りについてはご理解してください。どっかのゲームでもあるじゃないですか!ロンギヌスとかゲイボルグとかも魔剣とかに例えられてましたし!まぁ、重要な理由があるんですけど!あるんですけど!!(大事なことなので二度ry)


どういう武装してるのかは後少し待っていただければ分かるかと思います。割とロマンあると思いますけど。


お気に入り、評価や感想、質問などがあれば気軽にどうぞ!


それでは!次回もよろしくお願いいたします!


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真夜中での戦闘

ウマ娘楽しい(遅れた理由)


────深夜帯。

付近が何とか見える程の暗闇に包まれた中、町外れにポツリと大きな建物が見えてくる。

 

 

見てから分かるように、それは病院だった。だが人気は勿論、使われてる形跡すら見られない。当然の話、ここは昔に多くの問題で封鎖されている場所だ。

 

話を聞くと、前々からも不良やカップル同士が利用しているらしい。まぁ彼等からすれば人気のない場所に溜まりたがるのは当然だが、話はそれだけではないらしい。

 

 

 

そんな廃病院の入口を通り過ぎ、ボロボロになった内装を見つめ────無空剣は静かに息を吐いた。

 

 

 

 

「────一人で動くのも新鮮だな」

 

 

懐かしいと思う一方、少し寂しいと感じる自分に苦笑いしそうになる。最近というか、この世界に来てから響達と話す事や行動することが多かった。慣れてきた一方、単独行動になると少しだけ心残りが出来てしまうのは、問題かもしれない。

 

 

 

 

『そうだね、二手に分かれるのなら、響クン達三人と、

剣クンに分けた方が良かったんだ。すまないね』

「謝る必要はない博士、俺とてそれは理解してる。だから、不満なんてないさ」

 

 

 

話の経緯を伝えると、少し前の間に遡る。

 

武装組織フィーネの宣戦布告から一週間、普通に日常を過ごしていた中、ついに彼等の拠点らしき場所を発見したと連絡が来たのだ。

 

 

特定された場所は二つ。剣が今いる廃病院と、同じく町外れにある廃工場。どちらも連中がいても可笑しくないという状況情報が入っている。

 

 

 

 

だからこそ、二手に分かれて行動することにしたのだ。もしかすれば、片方は陽動かもしれない。だが、もう片方が彼女達の拠点という事実はほぼ正解に近い。一々一つの場所を全員で向かうのは、非効率的過ぎる。

 

 

 

『それにしても…………こんな所にいるのかね、マリアクン達は』

 

「どうだろうな。確率としては五分五分だと思うが、俺としては当たりと踏んでる」

 

『ふむ、その理由は?』

 

「水も通ってる、医療設備も寝具も十分、普通に人気は少ない。連中にとっては素敵な場所だろうな」

 

 

戦い馴れているというよりも、戦いに特化する為に訓練と強化された無空剣。彼からしても、ここは格好な標的だ。設備が十分すぎるからこそ、ここを拠点にしていても可笑しくない。むしろ、自分と同じ魔剣士ならその考えを利用して裏を取ってきたりもするが、相手がそこまでの厄介さを有するとは考えられない。

 

 

 

『しかし、心霊スポットか………』

 

「?どうした博士?」

 

『いやぁね、私達からすれば心霊現象など非科学的なものだしね。………正直な話、あまりそんな半端な夢は見たくないものだよ』

 

 

なるほどな、と考える。

ノワール博士達からすれば、非科学に分類される心霊などは眉唾物なのだろう。死者が霊になって彷徨うなど有り得ない。─────もしそれが本当にあるのなら、甘い期待を抱いてしまいそうになるから。

 

 

 

「────そうか」

 

『む?剣クン、君の方がどうしたかね?』

 

「いや、博士………俺は霊がいるとは思うぞ」

 

『………ふむ?まさか君がそれを信じるようになるとは。何か特別な理由でもあるのかな?』

 

「………まぁ、色々と」

 

 

───霊というより、魂に近いんだが。

そんな風な呟きを漏らそうとして、口の中で呑み込む。

 

この現場で色々と重要な話をするのはよくない。何より彼が知る事実は博士に話したとしても、今の所はどうしようもない。下手に話して、事情を混乱させるのは得策ではない。

 

 

 

そうやって言葉を濁した剣だったが、ふと眼前の暗闇に眼を向ける。静寂に包まれていた空間だったが、向こう側から擦るような音が聞こえてくる。

 

 

少しずつ、その音が近づいてきてるようだった。しかもその音が一つだけではなく、複数へと増えていく。

 

 

 

「博士──────やはり当たりだ」

 

 

暗闇の中から這い出てきたのは、極彩色のノイズ達だ。造形や大きさなど様々なタイプだが、一つだけ類似している特徴がある。

 

 

知能が無いにも関わらず、統率の取れた動き。人の手によって制御されているという事。つまりこの場にソロモンの杖が存在しているという事。そして、武装組織フィーネがここを拠点にしているという事、一つの答えから連鎖して確定した結論が出来上がる。

 

 

 

───わざわざノイズを呼び出したのは、マリア達を集める為の時間稼ぎのつもりか?

 

 

この場に出てこない敵の少女達を思い浮かべながらも、剣は近くの担架────ストレッチャーと呼ばれる簡易ベッドのような物を掴み取ると、ノイズの群れの先頭へと投擲する。

 

 

ゴシャァッ!!!

 

 

先頭の人型(ヒューマノイド)ノイズに直撃した時には、ストレッチャーは砕け散り、最早がらくた崩れになっていた。金属の塊を叩き込まれた人型ノイズが地面に殴打され、他のノイズも動きを止めざるを得なくなる。

 

 

その瞬間に、準備が終わっていた。

無空剣はロストギアを纏い、臨戦態勢に入る。口元をフェイスアーマーで隠した事で、ようやく漆黒の鎧は完全な形として姿を見せる。

 

 

 

「─────雑魚に時間は掛けない、1分で終わらせる」

 

 

宣誓と共に、剣は背中の魔剣双翼を射出しながら、ノイズの群れへと突貫する。病院の床を破壊し、目の前のカラフルな生物の壁を遠慮無く打ち破り、殲滅していく。

 

 

 

そして、三十秒にもならずに、ノイズは残り一体へとなる。相手はそれを理解してるのか、力量も分からずに、無空剣へと襲いかかるのを止めようとしない。

 

 

 

(なら結構。とっとと終わらせて─────ッ!?)

 

 

 

 

 

 

────直後に、鋭敏な五感と周囲に張り巡らされたセンサーが何かを捉えた。自分が相手していたノイズの奥から、此方へと突っ込んでくる。

 

 

剣が殴り潰そうとしていた最後のノイズを蹴り飛ばし、その場から回避するとそれはノイズを踏み潰し、彼の前へとその姿を露にした。

 

 

 

それは、黒い色をした小さいな生物だった。四足で動いていると思われるそれは、眼も鼻もなく、代わりに剥き出しの口を大きく開き、不気味に笑っている。他のノイズとは、明らかに違う。

 

 

 

 

 

「コイツ─────ッ!」

 

 

違和感に眼を細めると、それは勢いよく跳躍してきた。馬鹿正直に突撃してきた訳ではない。壁や、天井に露出した配管などを蹴り、先程のような俊敏さを押し殺す事なく、バックリと開いた口を此方へと向けてくる。

 

 

 

 

が、それよりも前に、剣の脚が怪物の顎をかち上げる。凄まじい打撃に、怪物は大きく後ろへとよろけてしまう。だが、そんな無防備な姿を許す事もなく、剣は身を捩り、胴体を薙ぐように脚を叩きつける。

 

 

 

 

ドグシャッ!!! と、体内を砕くような蹴りと地面に叩きつけられた二つの音が入り雑じったような爆音。怪物は苦しそうに呻くと、ピクリとも動かなくなった。

 

 

 

しかし、剣の顔は険しくなる。その理由が小さな怪物の様子にあったからだ。

 

 

『炭化────してない!?馬鹿な、剣クンの攻撃が直撃したにも関わらず!?』

「いや、アレはノイズじゃない。反応からして………生きた聖遺物かッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────フッ、中々敏いじゃないですか」

 

 

パチパチと、賞賛するような乾いた拍手と共に声が響いてくる。それもやはり、ノイズの現れた暗闇の方向から。

 

 

そして、姿を見せたのは銀髪眼鏡の白衣を着た男だった。初めて見た印象は、物静かそうというよりも優しそうな感じだった。しかし常に白衣姿からして、良い人間だとは考えつかない。

 

 

だが、剣はこの男を知っている。対面した事があるという訳ではなく、一度資料で見たことがあるのだ。

 

 

名を、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。通称Dr.ウェル、ウェル博士。

 

 

米国に所属する聖遺物研究機関 F.I.S.の一員であり、ソロモンの杖の輸送の際に行方不明になっていた人物だ。

 

 

その彼がソロモンの杖を手にしてこの場にいるということは─────フィーネ一党の一員という事なのだろう。口振りからして、間違いはないと見える。

 

 

 

「Dr.ウェル………。なるほど、ノイズによる米軍基地襲撃はお前の自作自演か。そして急いで会場に着き、観客を人質に取ったという筋書きか?勤勉な奴だ」

「流石はルナアタックの英雄。その通りです、あの時のノイズもこの僕が生み出したものですよ。このソロモンの杖でね!」

 

 

謎の黒い怪物を小さな檻の中に収めたウェルが、してやったりという笑みを浮かべながらソロモンの杖を見せつけてくる。自分の気に入った玩具を見せびらかす子供のように。

 

 

 

────最も、相手は子供ではなく、持っているのは玩具所ではない。下手すれば大勢を虐殺できる兵器だ。シンフォギアやロストギアよりも、人間を殺すことに特化した凶悪な聖遺物。

 

 

 

「バビロニアの宝物庫よりノイズを召喚し、それを意図も簡単に制御する力。全くもって、素晴らしいものですよ」

「………それは人の手に余る物だ」

「えぇ、知ってます。 これは確かに、人の身には余りある。世界などに手渡せば、それだけで平和に影響が及ぶでしょう。─────ならば!為すべき事を為さんとする自分にこそ!このソロモンの杖は相応しい! そうは思いませんか─────ねぇッ!?」

「理論が、破綻している───!!」

 

 

杖の先から緑色の光が飛来する。それが地面へと落ち、ノイズへと形作る前に振り下ろした拳でぶち抜く。

 

 

やはりノイズは一撃で沈んだ。動かなくなると同時に全身が炭化していき、灰へと散る。

 

 

それを見ていたウェル博士が、興味深そうに頷いている。剣がノイズを倒したことに、ではないようだ。

 

 

「おや、全然効果がないみたいですね。折角貴方の為に調整したというのに」

「ッ!」

(さっきからの違和感────何か仕掛けられている!?だが、それほどの負荷ではないが─────)

 

 

前々から感覚としてはあった。ノイズに襲撃された際、空気が何処か普通よりおかしかった。それからか何故か身体に少しだけの重さを感じていたのだ。が、しかし自分自身にはあまり影響が少ない。普通に戦う分にはあまり問題はないが、何かを仕込まれていた事に気付き、自分の甘さを咄嗟に後悔する。

 

 

 

 

 

 

 

『────なるほどね、そういう事か』

 

瞬間、近くの壁際に掛けられていたスピーカーからノワール博士の声が生じた。ウェルも興味ありげに反応する中、剣が声をかけた。

 

 

「何か分かったか?博士」

『空気に妙な感じがあると思えば、ガス状の薬品を空気に混ぜてみたいだ。解析してみたが………どうやら聖遺物と生体の繋がりを阻害するような性質らしい。大方、シンフォギアに特化したものを改良した物だろう────違うかね?ウェル博士』

 

 

ノワール博士の詰問に、ウェル博士は笑みを深める。暗に正解と言いながらも、彼はスピーカーの声に意識を向ける。

 

 

「へぇ、貴方が話に聞くノワール博士ですか。米国政府からよく聞いていますよ、あちら側でも有名な研究者だと」

『───そこまで有名とは、嬉しいね。君にも私の研究について詳しく教えたいと思うよ。大人しく投降してくれたらの話だが…………どうかね?』

「それは興味深いですが、御免被らせていただきます。ここで捕まるのは私としても困りますからね!」

 

 

瞬間、ウェル博士が前から呼び出していたであろう大型ノイズが剣の前に飛び出してくる。このまま押し潰そうとしてくるデカブツを避け、高速軌道で暴れまわる魔剣双翼で頭を貫通する。

 

 

倒れ込んで消えていく大型ノイズを無視して、ウェル博士へと歩み寄ろうとする。困ったように肩を竦めながらもウェル博士は両手を挙げて降参といった風に見せる。

 

 

 

────だが、そこで気付いた。

先程までウェル博士が近くに置いていたケージが無くなっていた。すぐに周囲を見渡すと廃病院の外、海の方へと移動するノイズの姿が見えた。その手には………先程のケージがある。

 

 

してやられた! と舌打ちをしながらも、剣は目の前の相手を睨み付ける。当の本人は不思議そうな顔をして、疑問を口にする。

 

 

「おや、行かないのですか?」

「────優先してでも無力化すべき相手が目の前にいる。アレが危険なのは分かるが、それ以上にお前の方が危険だ」

「…………やれやれ、こういうのは私の性分ではないというのに」

 

 

そう言うと、ウェル博士はソロモンの杖でノイズを召喚し始めた。それも一匹に留まらず、さっきまでの群れを上回る数を。病院の廊下を圧迫し、ついに崩壊させてでも止まらないノイズの大群。

 

 

結果的に五十をも越えるノイズ。まるで日本で語られている妖怪の進行、百鬼夜行をも思わせる絵図の中で、それらの支配者たるウェル博士は杖を振るい、まるで試すかのように高らかと告げた。

 

 

 

「さぁ!これだけのノイズを捌ききれますか!?無空剣!ルナアタックの英雄よ!!」

 

 

そう叫ぶと同時に、ソロモンの杖越しに命令を下し、全てのノイズを無空剣へと襲いかからせる。最早ノイズである事など意味はなさない。まさしく質量の暴力。自分の前に迫るモノを無視し、相手だけを殺し続けるノイズの特性を生かした強引な力業。

 

 

 

しかし。

それでは意味がない。

 

 

群生を成して突撃したノイズの一陣は、一瞬で薙ぎ払われた。先頭にいた個体はどれだけ防御に特化した個体だとしても、真っ二つに切断され、硬さが意味を成さないことを知る。

 

 

 

 

「たかが数十のノイズ程度で────」

 

 

 

そして始まったのは殲滅だった。無空剣は冷静に、増え続けるノイズの大群を、たった一人で減らし続けている。

 

 

 

「この俺を─────」

 

 

縦横無尽に暴れまわる剣翼によって貫き、人間離れした力の込められた格闘術。孤軍奮闘、という言葉は絶対に合わないだろう。その意味は、たった一人で一生懸命強大な相手に挑むことである。が、この状況はピンチという程でもない、むしろウェル博士の方が追い込まれている。

 

 

 

 

 

「─────止められるとでも?」

 

 

その結果、ウェル博士が召喚した五十以上のノイズは1分以内に掃討された。本人は息切れすらしてない。ただ短く呼吸を整え、呆然としているウェル博士を睨み付ける。

 

 

 

「…………どうした?ウェル博士?もう仕舞いか?」

「────」

「だとすれば幕引きだ。大人しく杖を渡せば、手荒な真似はしない。大人しく渡せば、だが」

 

 

抵抗すれば、迎撃することも厭わない。剣としては冷徹すぎる言葉を受け、ウェル博士は肩を震わせる。その様子を見て剣はジッと眼を細める。ウェル博士は怯えてすらいない、むしろ笑いを堪えていたのだから。

 

 

 

「………すみません、少々貴方を甘く見ていました。確かに貴方は─────英雄に相応しい」

「何を今更」

「だからこそ!越え甲斐(かい)があるという事ですよ!僕が全てを以て貴方を倒すことで、世界に名を轟かせる英雄になれる!! その障害として!貴方程適任、最高なくらい適役な存在は他にいませんよ!!」

「ごっこ遊びなら獄中でやって貰おうか。一々構ってる暇は俺にはない」

 

 

御託と切り捨て、剣は歩み寄っていく。ソロモンの杖を取り上げ、Dr.ウェル本人も捕縛するために。

 

 

「今のお前に俺をどうにかする手はない。シンフォギア装者も近くにいないようだしな」

「…………へぇ?そういうの、よく分かるんですか?」

(…………?)

 

 

少しだけ食いついてきたウェルに、剣は不信感を抱く。何かおかしい。ここまで追い詰められている筈なのに、Dr.ウェルの顔には余裕が消えない。

 

 

 

念の為にセンサーを起動させる。生体反応を捉えるとついでに、シンフォギアの反応も捉える高性能センサーを百メートル規模に展開した。目の前の非戦闘員への警戒を緩めずに、それでも正確に周囲への確認を行う。

 

 

 

 

─────反応は、なかった。つまりこの付近にはシンフォギア装者は勿論、他の生体反応からして誰もいない。この場にはDr.ウェルだけしか存在してない。ならば好都合、このまますぐにこの男を無力化して──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(────待て。誰もいないだと?)

 

 

それはおかしいと、すぐに気付いた。

Dr.ウェルを含む武装組織フィーネは、この廃墟の病院に拠点を構えていると思われてる。ならば、何処かに反応はある筈だ。数人だけでも人間の反応がないのは流石におかしすぎる。

 

 

 

地下にいる可能性は有り得ない。地中からの奇襲も考慮して、そこも範囲内に含んでいた。なのに、センサーは誰も捉えなかった。誰かがいてもおかしくない、いやいなければならないにも関わらず、誰一人も発見できなかったのだ。

 

そして、違和感に気取られてた瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────なんと、イガリマァーッ!!」

 

「っ!?何ィ!?」

 

 

背後からの声に剣は耳を疑った。自分の周囲には誰もいなかった筈なのに、イガリマという鎌を振るう緑のギアを纏う少女が背後から現れたのだ。

 

 

振り下ろされる大鎌の刃を爪先で蹴り飛ばし、その軌道を何とかずらす。お陰で少女の振るった鎌は真横の医療器具を分断するに止まった。しかし、それだけの隙があれば十分。その少々の意識を刈り取る事など容易いのだが────

 

 

 

 

 

───瞬間、暗闇の中から複数の金属特有の光を眼にする。

 

 

 

「やはり、そう来るよな!」

 

 

 

後退しながら、背中から肩へと展開した魔剣双翼(ガードラック)を解き放つ。暗闇から出てきた金属の円盤────丸鋸の多くを、双翼は回転しながら弾き落としていく。

 

 

ある程度距離を置くと、それ以上の追撃はなかった。その代わりにウェル博士の前に、ギアを纏う少女達が立ち塞がるのが見える。

 

 

「…………チィッ!クソ!」

 

 

ソロモンの杖を取り損ね、ウェル博士も無力化出来なかった失態に舌打ちを漏らす。僅かな怒りを表面上に出しながらも、彼の内心にはある疑問が浮かんでいた。

 

 

 

 

(アイツら────一体どうやってセンサーを誤魔化した?)

 

無空剣、彼の有する魔剣士としての五感は常人のそれを上回る。この世界で無空剣を越えられる程の索敵能力や検知能力を有するモノは、決して存在しない。無空剣は、あの世界での最新鋭の技術を埋め込まれている。だからこそ、その彼の五感でも見つけられなかった事が、何よりも衝撃を与えていた。

 

 

 

(あの鎌使いの言ってたイガリマやあの丸鋸使いのギアとは、明らかに違う。もう一つの聖遺物か…………厄介だな、相手方の手数が幾つあるかも分からないのは)

 

 

聖遺物ならば有り得る。いや、そうでなければ説明のしようがない。聖遺物は科学でも説明できない超常的な力を持つ代物。その力ならば、彼の脳内にあるセンサーや五感を越えても可笑しくはない。

 

 

 

「おやおや、もう少し遅くても良かったのに……。それで?ネフィリムはどうしました?」

「………ネフィリムはマリアが回収してる。だから私達も」

「へぇ?まさかお相手さんが見逃してくれると思います?」

 

 

撤退するつもりの二人の少女に、ウェル博士はニタニタと笑いながら剣の方を示す。勿論、剣もその通りだ。

 

 

 

彼等をそう簡単に逃がすつもりなどない。況してやソロモンの杖を手にするウェル博士。彼は今現在、武装組織フィーネの中で一番優先する度合いが高い。もしソロモンの杖を使われ続ければ、おぞましい死が増えていってしまう。

 

 

ノイズに襲われた結果、炭化してしまう死に方。当初はあまりにも悪趣味という考えだけだったが、今は違う。アレは人の死の尊厳すら奪う。炭化させられ、残るのは人だった灰だけ。そんな事を増やすモノを、放置していい筈がない。

 

 

 

 

「─────ソロモンの杖を渡せ。そうすれば今のお前達は見逃す。これは警告だ」

「だから渡しませんよ。これは私にこそ相応しい代物なんです。まだまだ役立たせていただきますので」

「ッ!……………ソイツを使われると、俺の大切な仲間が悲しむ」

 

 

剣がここまでソロモンの杖に固執していた理由。それはもう一つあった。ソロモンの杖によるノイズの襲撃、何の罪のない筈なのに、彼がよく知る人物はそれを激しく後悔している姿があったのだ。

 

 

 

 

『───アレがソロモンの杖のせいなら、全部あたしが何とかしなきゃならないんだ。ソロモンの杖を起動させた、あたしが────!!』

 

 

人知れず、自分だけで罪を背負い込もうとする少女──雪音クリス。自分の手で止めようとする彼女のやり方に不満を持つことなどない。当然だろう、自分が関係するモノは自分で終わらせなければならない。その考えは剣も昔抱いていたし、今もそれは変わらない。

 

 

この世界に居座るあの悪意の具現化した狂人。エリーシャ・レイグンエルド、奴がこの世界で命を奪う前に、剣の手で殺さなければならない。それと同じだ。

 

 

 

だからこそ、怒りが沸き上がってくる。

そんなおぞましい兵器を解放した事を後悔する彼女の苦しみも悲しみも知らず、平然とその兵器を使う目の前の男が。

 

 

 

為すべき事を為そうとしている、とか言うくだらない持論でそれの力を振るうのが───無性に気に食わない、無性に腹立たしい。それでも剣は、その怒りを剥き出しにすることはない。胸の中で静かに怒りの炎を燃やすだけ、あくまで冷徹に彼は告げることにした。

 

 

 

「力ずくで奪わせて貰う─────ついでにお前達も無力化しておく。手加減はする、だから死ぬなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………みたいですねぇ。ま、頑張ってくださいねー。私は手を出しませんので」

 

 

「こんのぉ!!他人事みたいに!!アッチのやる気を煽ったのはそっちだってのに!!」

「切ちゃん、今は無空剣を何とかしなくちゃ」

「──そ、そうデスね!マリアが出る前に私達で何とかして見せるデス!」

 

 

無関係そうに言うウェル博士に、憤りながらも無空剣に接敵する二人の少女。やはり大人しく引き渡す気も投降する気もないと理解した剣は、彼女達を制圧しようと動き出した。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

その一方。

無空剣が廃病院でウェル博士と対面した直後というか、直前。

 

 

 

武装組織フィーネの拠点とされる二つの場所の捜査の為に別行動していた響達は、目的とされる場所に足を踏み入れていた。

 

 

 

 

 

「………やっぱり、少し暗いですよね。この工場」

「確かにそうだな。ここは前に作業中に人身事故が多発した事が理由で閉鎖されていたらしいが……」

「じ、人身事故────」

 

 

無数の大型機械などが並ぶのを見て、響が思わず息を飲み込む。人間の何倍もあるような機械での作業中に人身事故。どんな事があったのか想像は出来るが、あまりしたくはない。

 

 

 

「人身事故ったって、そんな昔の話だろ?別に怖きゃねぇさ」

 

 

「まぁ、そうだろう。今は動いていないから気にする必要もない。我々は奴等の拠点があるかを確かめ─────む?」

 

 

ふと、会話を止めた翼がスタスタと先へと進む。そこは大広間だった。元々は何か巨大なモノでも作る為のものらしいが、暗すぎて全貌が見えてこない。

 

 

だが、翼は部屋の端の方に何かを見つけたらしく、しゃがみ込んだ確認する。スマートフォンのライトをつけながら、それを見て眼を細めた。

 

 

「これは……………?」

「あんだ?どうし────た……」

 

彼女の様子に何があるのか気になったクリスと響も背後から覗き込むが、すぐに呼吸が止まりそうになる。

 

 

 

壁の一部。古臭いコンクリートの一部に何か、少なくない赤い塗料が染み着いていた。だが、塗ったというよりは、意図もせずに飛び散ったという印象に近い。何より、実際に確認してみて理解したが、そもそも赤い塗料ですらない。

 

 

 

 

 

「────血?」

 

それを聞いた響やクリスの顔が真っ青に染まる。ここも人身事故があって閉鎖されたと聞いていたが、この部屋の中には事故になるような機械は一つもない。

 

 

嫌な事を想像してしまったとしても仕方ない。という、そうなってしまうのが普通だろう。

 

 

 

「つ、翼さん!止めてくださいよ!こ、こ、こここ、こんな所でそんな風に言うのは─────」

 

 

「いや、違う。これは出来てから新しい。数日前のものだ」

 

翼に言われてよく見てみると(あまり凝視したくはないのだが)それは、少し色鮮やかに見える。数年前とかについたのなら、もっとシミのようになっている筈なのに。翼の言ったように、最近ついた感じがあった。

 

 

 

「─────じゃあ、一体誰がこんな事を…………」

 

 

 

 

 

 

 

そう言っていた瞬間、空気が明らかに変化した。空気自体が変わったというよりは、何か変なモノに覆われた感じだった。

 

 

薄気味悪い感覚を味わったのは響一人ではないらしく、翼もクリスも顔を歪めていた。この変化を受けて翼が無線を取り、連絡を行おうとするが、

 

 

 

 

 

「─────無駄だ。ここら一帯に『アスガルドの結界』を張った、閉じ込めるよりも隠すことに特化した特殊な結界だ。この結界内でどれだけ暴れようと別の場所にいる無空剣も、二課の連中も気付く事はない。何せ外から見て何一つも異変は見られないんだからな」

 

 

 

カツン、という靴音が響き渡る。咄嗟に全員が、その方向に意識を向ける。相変わらず暗闇に包まれているが、彼女達の視線の先に、誰かがいるのは確実だった。

 

 

 

「それにしても、五分五分の確率で当たりを引けるとは。序列三位と殺し合う可能性も考慮していたが、今回の俺も存外に運が良いらしい」

 

 

 

パチン、と軽く指を鳴らす音が聞こえた。瞬間、連動するように廃墟の中に薄暗い光が射し込んできた。上を見上げると、球体サイズの穴が複数も空けられている。月の光も、そこから入ってきてるのだろう。

 

 

さっきまで、あんなものはなかった。つまり誰かが意図的にやって見せたものだろう。それは少しだけ月光に照らされた事で判明する。

 

 

 

 

組み上げられた鉄骨の山。その上に堂々と立つ姿のは、ロングコートを着込んだ金色に近い短髪の青年だった。仄かな月光によって先程よりも見えやすいが、まだ暗さが残っている。

 

 

そんな宵闇の中で──────青年から発せられる三つの光が輝きを衰えさせずにいた。

 

 

蒼の双眼。見れば美しいと感じる程、濃い色合いをした青色。まるで海のような深さを感じさせ、魅力的に思えてくるが、それらの穏やかさを台無しにするような、何物をも破壊するというような鋭さが確固として存在している。

 

 

それらの光に威圧されながらも、最後の一つの光に目線がいく。それは彼の胸元────ロングコートで隠されていない、翡翠の色をした結晶だった。

 

 

その形、色、内包する力を、三人は知っている。特に響は、その身に染み付かせるように理解していた。何故なら、彼女は一度『()()』を手に取り────その力に囚われ、暴走した事があったからだ。

 

 

 

その名は、完全聖遺物 デュランダル。しかし、それはある人物によって奪われていると聞いた。そして、その目的がデュランダルの力を自分の物にする為だとも。

 

 

 

その青年の顔や姿は初めて見た。だが、声は前にも聞いたことがある。だから、何者かはすぐに分かった。

 

 

 

 

 

 

「………刹那、さん」

 

 

「久しぶりだな、無空剣の歌姫ども。生身で対面するのは初めてだったよな」

 

 

 

 

思わず気を引き締める少女達を前に、黄金の聖剣を取り込んだ魔剣士はそう言って笑う。無空剣とは違い、全てのモノを喰らい殺すような、禍々しいオーラを纏わせながら。

 




今の状況は、


無空剣VS二人の装者


立花響、風鳴翼、雪音クリスVS 如月刹那


みたいな感じです。



如月刹那は割と人を殺す事に躊躇はないタイプですが、外道とか悪党とは違います。本人なりのプライドや矜持もあり、非戦闘員は勿論ですが、自分の目的と無関係な相手には手を出しません。

まぁ前回もあったように、差別やいじめなど、弱者が同じ弱者をいたぶる行為には嫌悪感があり、場合によっては殺すことも厭わないです。


一見見れば普通に善人に見えますが、そういう綺麗事も嫌いですね。まぁ悪人の考えもやり方も嫌いですけど。要するに凄い面倒くさいって奴です。



お気に入り、評価や感想、質問などがあれば気軽にどうぞ!


次回もよろしくお願いいたします!それでは!!


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閃滅の光

遅くなってすみません、許して………許して……!ゲームなんてやってないから!!(暴露)


「────刹那、さん」

「………如月刹那、まさかこの場にいるとはな!一体何のつもりだ!?」

 

 

呆然としている響の隣で、翼がペンダントを握り締めながら、そう声を荒らげる。対して彼女達を見下ろす立ち位置にいる刹那はふん、と鼻を慣らしながら告げる。

 

 

「何って、用はお前達だよ。より正確には、お前達と戦う事だ」

 

「私達、だと?」

 

「どうせ理解してるだろ?この俺が、完全聖遺物と同化している事くらいは。ただ肉体に慣らすだけでは上手く適応しない、より適応させる為には戦いでより適応を深める事だ。だからこそ、誰でも相手をしたかった。実力的には格上の序列三位が良かったが…………まぁお前達でも十分な実力はあるだろう」

 

 

やはり、彼がデュランダルと同化したのは間違いではないのだろう。そして響達を相手にしたいのは、デュランダルによって強化された実力を確かめるためか。

 

 

「───ギアくらい纏えよ。別にお前達を殺すのが目的じゃないんだ。それくらいは許容してやる」

「っ」

 

 

あくまでも余裕の態度。

翼とクリスも警戒を緩めようともせずに、響も戸惑いを隠しきれていない。先程の発言全てが嘘で、隙を見て不意討ちするつもりではないかという可能性が浮かび上がるからだ。

 

 

だが、刹那は騙し討ちするような動きは見せていない。そもそもする必要すらないのか。

 

 

「いいから早くしろよ。俺だって我慢は出来るが、聖人じゃあない。それとも、無防備のまま殺して欲しいか?」

 

 

「………先輩」

「……もとより、戦うことには変わりない。猶予をくれるのであれば素直に受け取ろう」

 

 

下手に拒否するような話ではない。相手が待っていてくれるのであれば、響達は遠慮なくシンフォギアを纏うことが出来る。

 

 

 

 

─────Balwisyall Nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

 

 

─────Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

 

 

─────Killter Ichaival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

 

 

 

 

 

「…………ふぅん、前々から見てたが、実際に見てみる珍妙なシステムをしてるな。シンフォギアってのは。3億もの封印だったか?それでもしなければ人間は纏えないらしいが、人体に負荷を掛けすぎない為か、或いは制作者にもどうしようもないものか。…………惜しいな、それさえどうにかすれば俺達とも渡り合えるというのに」

 

 

まぁいい、と刹那は吐き捨てる。両手を握り、開き、調子を確かめるように見つめる。そうして、万全の状態であるのか、満足したように響達を見下ろした。

 

 

 

そして、告げる。

 

 

 

 

 

「──────完全聖遺物の試運転だ。少々不足しているが、妥協してやるから感謝しとけよ」

 

 

如月刹那が軽く、指を弾いた。瞬間、彼の周囲から神々しい閃光が生じる。迸る純白の閃光は響達のいる場所へと炸裂した。

 

 

 

咄嗟に回避した響は拳を握り締め、刹那へと向き合う。しかし、そこで異様なものを眼にした。

 

 

閃光の直撃した場所。コンクリートの地面が抉られている所に、何かが落ちていたのだ。もしかしたら、それが着弾したのかもしれない。

 

 

 

それは銀色に輝く鋼で構成された─────

 

 

 

「────球?」

 

 

「……ようやっと気付いたか。まぁ、魔剣士でもなければそれも当然か」

 

 

呆れたように嘯く刹那が人差し指を動かす。すると球体が凄まじい速度で飛来し、彼の元へと向かう。顔にぶつかる、直前にその動きを止めて、ゆっくりと距離を置きながら漂う。

 

 

刹那という青年が球体を重力で操ってる、そうでもなければ説明がつかない現象だ。

 

 

魔剣士(ロストギアス)には主要武装(メインウェポン)があるのを知っているな?お前達が知ってる範囲でなら、無空剣の龍剣グラム、みたいな感じだ」

 

 

一つだけではない。刹那を中心に銀色に光る球体が、円の形を成していた。先程、響の眼前に突っ込んできた物も含めて、合計十個のソフトボール程のサイズをした鋼球。

 

 

不思議な事に、全ての鋼球が統率の取れたような同じ動きで刹那の周囲を回転していく。その速度は全部が常に一定。

 

 

 

「────エクリプス・オールビット」

 

 

パッ、と刹那が振り上げた両手を開く。瞬間、円を描いていた鋼球達がピタリと動きを停止させる。しかしすぐに動き出すと刹那の背後へと移動し、円陣を作り出していた。

 

 

 

「俺が魔剣士として搭載された唯一の武装だ。攻守一体、それら全てに特化した対人対軍特化兵装。まさに無敵とも言える力だろ?」

 

 

クイ、と指を弾くように振るう。

直後、鋼球────オールビットがの一部が、射出された。変則的な軌道をしながらも、三人へと迫り来る。

 

 

その一つ、直進してきた鋼球と響が肉薄する。速度を押し殺す所か、複雑な軌道で突っ込んでくる鋼球を───響は、叩き落とすことを決意した。

 

 

「ていやぁっ!」

 

正面から殴りつけたアームドギア越しに、衝撃が伝わってくる。ただの鋼球だというのに、まるで砲弾を受け止めたかのような一撃。今にも押し返されそうになりながら、響は腕から拳へと力を込めていく。

 

 

 

─────しかし、ふと腕の先から響いていた衝撃が消失した。突然の事に響は前のめりに倒れそうになる。

 

 

 

「あ、あれっ?」

 

「立花!後ろ─────」

 

 

翼の助言を聞き、行動に移すよりも先に。

 

 

振り返ろうと動く響の背中に、視認出来ない程の速度で、鋼球が打ち込まれた。初めて肉体に(ギアを纏ってるとはいえ)直撃した響は、激痛に呻くことも出来ずに工場の壁の向こうへと吹き飛ばされる。

 

 

 

立花、響、と彼女を呼ぶ二人の声が聞こえるが、応答はない。代わりに、オールビットの二基が崩壊した壁の方へと向かっていく。大方、響への追撃狙いだろう。

 

 

「無論、欠点がない訳ではないさ」

 

 

鉄材の上から降り立った刹那は、まだ話を続ける。そんな彼に、走り出した翼が距離を詰めていく。無防備な彼へと躊躇うことなく刀剣のアームドギアを振るう。

 

 

「俺の《デュランダル》は、膨大なエネルギーを費やす。数時間も戦えない、全力を出せば十分が限界だ。だからこそ、四位という枠に居座っていた」

 

 

しかし、彼女の放った斬撃は刹那の操るオールビットの一基に難なく受け止められてしまう。更に斬りかかってくるが、それら全ての攻撃をオールビットが弾き返す。

 

 

「此方側のデュランダルという、完全聖遺物を取り込んだ俺は最早制限など何一つないッ!!」

 

真下からビットが刀剣へと突撃し、上から叩き下ろそうとしていた翼は後方へと仰け反ってしまう。その隙を逃すことなく、刹那は自分を囲むように回転していたオールビットから凄まじい火力を収束させた光線を解き放った。

 

 

左右から迫り来る二つの光に、彼女は勢いよく剣を地面へと突き立てながら跳躍する。直進していく閃光は翼が跳んだ後の場所の壁を削り取るだけに終わってしまう。

 

 

 

距離を置いて着地した翼に、刹那は二基のオールビットを手で軽く撫でる。鋼球に自我は無いのだろうが、彼からすれば自分の身体の一部といっても過言ではないからこその扱いなのだろう。

 

 

 

「俺のオールビットは自由自在に操作する事が出来る。感覚、聴音、触覚、俺の手足や眼や耳のように扱える……………この俺の指先のように。何故だか分かるか?」

 

 

答えない翼。いや、初めて知った事実を聞かされた所でそう簡単には分かる筈もない。何より、翼からすれば相手の言うことに耳を傾けておく必要はないと感じていた。

 

 

「────切り分けた神経の断片を埋め込んであるんだよ。遠隔で作用させる為に、脊髄を切り分けてこの腕とビットの内部に組み込む事で、あらゆる状況や戦況にも適応できるようにな」

「………!人工脊髄か………ッ!」

「正解だ。俺達魔剣士に補強された機械のパーツ、それと機械によって拡張した脳波でビットを完全に制御させる────無空剣の魔剣双翼も似たようなタイプだが、俺の方が明らかに優れている」

 

 

魔剣士には人工脊髄が組み込まれ、様々な改造が施されている。そんな風に話してくれた青年の事が思い浮かび、思わず口に出してしまう。

 

答えてくれた事に満足しながらも話を進める刹那は、自分の両手を────十本の指を開き、見せつけながら言う。

 

 

「俺が十本の指で操れるのは十基が限界。だが、一々全てを操作する必要はない。自動防御用の演算も組み込んでおけば、勝手に俺を守る」

 

 

こんな風にな、と刹那が言うと、彼の横で火花が散った。オールビットが何かを撃ち落としたのだ。見ると、ボウガンを構えたクリスがそこに立っている。自分の攻撃を簡単に受け止められた事にクリスは苦々しく顔を歪める。

 

 

その様子を見て、金髪の青年は嘲笑を浮かべる。

 

 

「豆鉄砲だな。幾ら撃った所で俺には届きもしない。お前のような飛び道具系統なら当然の事だ」

 

「なら───こうしてやらぁ!!」

 

 

勢いよく上へと跳躍したクリスのアーマーの一部が変形していく。背中に取り付けられた大型ミサイルが、目標へと向けられる。

 

 

 

 

【MEGA DETH FUGA】

 

 

 

「まだ分からないのか」

 

 

放たれた一発のミサイルを前にしても、刹那は顔色を変えずに掌を向ける。瞬間、彼の手元に集まった四基のオールビットが回転を繰り返しながら、膨大な熱量を蓄積させた光を放出していく。

 

 

結果、クリスの放ったミサイルは刹那に届く前に刻まれた。直撃することもなく、外れた軌道で着弾した地面に爆発を連鎖させる。巨大な爆発音が複数、廃工場の内部に響き渡った。

 

 

当然、近場にいた刹那も巻き込まれ、爆炎に包まれている。どれだけ強力な防壁に包まれようと、あれ程の炎に呑まれてしまえば無傷では済まない───────

 

 

 

 

「幾ら撃った所で俺には傷一つもつかない。この攻守一体の布陣を破らない限り、な」

 

 

それでも、如月刹那には届かない。オールビットでその身を守っていたのか、四つの鋼球が高速回転をして、周囲の黒煙を吹き飛ばす。

 

 

自分の攻撃を難なくいなされたクリスは、何故かニヤリと笑みを深めていた。怪訝そうになった刹那は目を細めるが、すぐさま何かに気付き真上を見上げる。

 

 

巨大なヒビが入った天井。どうやら彼女の放ったミサイルの一発が天井付近で爆破したのだろう。本来なら違和感に早く気付けたのかもしれないが、刹那がミサイルを切断したからこそ、爆破音が増えてしまっていた。

 

 

如月刹那のあらゆる物を分断する程の光線の火力。それを信じた戦法という事になる。

 

 

「無数の瓦礫で押し潰すか────くだらない」

 

 

腕を振るうと、全てのオールビットが刹那の元へと戻る。上空に降り注ぐ瓦礫の数々を見上げ、分断されている神経回路の一部に脳波を送り、操作を行う。

 

 

 

瞬間、刹那のオールビット十基全てが、閃光を射出する。今までの威力とは変わらない、だがその密度が明らかに違うのが明白だ。そしてもう一つの違い、十本の極光は捻れ回るような軌道をしていた。

 

 

刹那を軸として、オールビットが先程と変わらぬような回転を繰り返している。それによって、直進するしかない光の束は更になる広範囲の殲滅を実行できる。

 

 

飛来する瓦礫を消し飛ばし、散乱する閃光が廃工場の壁を穿ち、細切れにしていく。壁や柱を削られた結果、既に使われてすらいない廃工場は轟音をたてて崩れ去る。

 

 

 

 

完全に崩落した後、瓦礫の山を内側から閃刃によって切り裂いた刹那が出てくる。瓦礫に呑まれて無傷なのもそうだが、埃一つもついてないのは明らかに彼の異様さを示している。

 

 

 

 

 

────【千ノ落涙】

 

 

瓦礫に呑まれずに崩落から離脱していたであろう風鳴翼。彼女は滑るような動きで此方へと近付きながら、無限の短剣の雨を降らせてくる。あの程度は恐れる事ではない。だが、仮にもシンフォギアの技であるのならば、多生のダメージは有り得るかもしれない。

 

 

そう判断した刹那はオールビットの二基を操り、高速で回転させて短剣を弾き落としていく。防ぎきれなかったのか、オールビットの隙間を縫うように飛んできた一本の短剣は片手で払い除けた。

 

 

足元に転がったであろう短剣に意識すら向けず、刹那は翼の行う短剣の雨が途絶えたのに気付く。すぐさま目の前まで迫ってきている翼に、嘲笑を投げ掛けた。

 

 

 

「小細工を!!その程度で俺を捉えきれれるとでも─────」

 

 

ギチリッ! と。

身体が軋むような感覚と共に、1ミリも動きが取れなくなる。その変化に余裕を保っていた刹那が、明らかな動揺が浮かぶ。しかし今自分に起きている現象が、先程弾いたと思っていた短剣によるものだと確信した。

 

 

動けずの刹那は、オールビットに脳波を送る。例え動けずとも、分離された神経回路越しにオールビットを操ることは可能だ。すぐさまの四基の鋼球を操り、翼へと攻撃を放つ。

 

 

 

「嘗めるな!その動きは既に見切った!!」

 

 

遠距離からの閃光、近距離からの高速軌道での突撃。それら全ての攻撃は、風鳴翼によって迎撃されてしまう。高速移動と反射機能による屈折した閃光も、刀剣で打ち払われたり、身軽な動きで避けられ。鋼球の激突も、やはりいなされたり、叩き返されたりする。

 

 

 

すぐさま近くにあった二基のオールビットを動かすが、それでは風鳴翼の動きを止めることは出来ない。どれだけ速く動こうと、オールビットは彼女に攻撃を当たることは出来なかった。

 

 

 

 

「─────覚悟ッ!!」

 

そして、彼女が放った一閃が、無防備な如月刹那へと迫る。斬撃が直撃した瞬間、全ての戦況が一転する。

 

 

 

 

 

 

苦悶の顔を浮かべる者と、確信した笑みを浮かべる者。それら二人が、先の攻防の勝者となる。それは、

 

 

 

 

 

 

 

 

前者が風鳴翼で、後者が如月刹那だった。

確かに翼の刀剣は問題なく届いていた。オールビットの全ては翼の一閃を捉えきれない。

 

 

だが、彼女の一撃を止めたのは───紫色の障壁だった。制止していた刹那のオールビット、それら二つが分解しながら、四角形状に展開した防壁。

 

 

「……………流石だな、まさか俺を出し抜くとは。その珍妙な技も想定外だ」

(斬れて────ないッ!?この光の壁、いつの間に─────)

「残念だったな、小手先は俺の方が上だ」

 

 

もう一基のオールビットによって影へと刺さる短剣を弾いた刹那は、翼の首とアームドギアを掴み取った。回避することも出来ず、持ち上げられる翼は、アームドギアに力を込めるが、それでも刹那の方が上らしく、どうしようも出来ない。

 

 

 

「実際に戦って分かった。お前達三人はどいつも特筆した強さだ。その中でもお前は経験と技術は一番優れている。戦争兵器である俺達に次いでな」

 

 

刀剣の刃の部分を掴んでいた刹那は、軽々しくそれを放り投げる。片手の指を弄ぶように動かしながら、持ち上げた翼に告げる。

 

 

「だが─────実力不足に変わりはない」

 

 

首元を掴む手に力を入れると、彼女の顔が苦しそうに歪んだ。武器を失った翼は刹那の拘束から逃れようと両腕を使い引き剥がそうとするが、それ以上の力によって不可能になってしまう。

 

 

 

「先輩!くそォ!!」

 

 

翼の状態に、クリスがアームドギアを変形させる。とにかく弾幕を当てて、彼女を解放させようと考えているのだろう。

 

 

そんな彼女に、刹那は鬱陶しいと言うようにオールビットを差し向ける。無数の小型ミサイルを放とうとしたクリスは、迫り来る鋼球の対処に迫られる。

 

 

 

「大人しくしていろ。そんなに相手して欲しいならすぐにしてやるから─────」

 

 

 

 

 

「───翼さんッ!!」

 

 

勢いよく跳んできた響。彼女は翼の様子に目の色を変え、刹那へと迫り来る。

 

 

遮られた事に少々の苛立ちを感じたのか不快そうな顔を浮かべる刹那。しかし自分の差し向けたオールビットを掻い潜ってきた事に感嘆すると、空いていた片手を響へと向ける。

 

 

先程と同じように二つのビットを使い、紫色の防壁を張る。それを前に、響は自身のアームドギアである拳を叩き込んだ。

 

 

 

 

「無駄だ。例えお前がどれだけ挑んだ所で───」

 

 

───俺の防壁を破れない。そんな風に嘲笑おうとした途端だった。余裕のあまりに視線すら向けていなかった刹那の耳に、小さな音が反響した。

 

 

 

 

ピシリ、と。

少しだけ動かした視線の先には、オールビットが張った紫色の障壁がある。その向こう側では、障壁に拳を叩き込んでいる立花響の姿。

 

 

彼女が打ち込んだ部分に、僅かな亀裂が入っていた。

 

 

「………何?」

 

 

思わず全ての意識を向ける。風鳴翼の首を締め上げていた力も、それのせいで弱まってしまう。だが、意識を向けずにはいられなかった。

 

 

しかし、その直後。

 

 

 

防壁を砕き打ち破った響の拳が、刹那の顔を叩き込まれた。衝撃によって吹き飛ばされ、風鳴翼もようやく解放される。

 

 

「ゴホッ、ゲホッ……」

「大丈夫ですか!?翼さん!?」

「……えぇ、問題ないわ………ありがとう」

 

 

二人の会話は、瓦礫へと倒れた刹那の耳には入ってない。彼は、呆然と顔を押さえていた。

 

 

 

(────殴られた?俺が?)

 

 

冷静に考えるが、それでも理解が間に合わない。如月刹那の操るオールビット、それによる防壁は強力だ。一番弱い段階のものだろうと、一般兵器の攻撃は受け止められる。例え戦車の砲撃だろうと、爆弾による至近距離の爆発だろうと。

 

 

(あの女…………一体何をした?ただ殴ったように見えたが─────試してみるか)

 

 

クイ、と指を動かす。雪音クリスに向けていたオールビットを操り、合計四基の力で立花響を囲むように防壁を張った。

 

 

しかし彼女はパワージャッキを引き戻し、最大限の力を込めた拳を防壁を打ち付ける。強固である筈の防壁も、次第にヒビが入り、粉々に砕け散った。

 

 

 

(間違いない。やはり立花響は────)

「俺のデュランダルの防壁を破れる、という訳か」

 

 

刹那の防壁はシンフォギア装者には破れない、それは彼自身がそう確信していた。爆発的な火力であれば自分達をも倒せるシンフォギア、しかし制限や安全を考慮した形故に、全力を出しきれない。そして前に話した通り、この世界の兵器では刹那の防壁は破れない。

 

 

 

例外はある。それはたった一つ。この世界にはただ一人しか存在せず、もう一つの世界では十数人しかいない存在。

 

 

 

────自分と同じ存在である、魔剣士しかない。

 

 

 

 

「──────面白い」

 

 

 

何が原理なのか、彼女の身に何が起きているのか、大方予想はできるが、今の際はどうでもいい。

 

 

 

自分に傷を与える可能性を持つ相手、それがまさか自分が小馬鹿にしていた相手だとは思いもしなかった。

 

 

「単なる実力試しの範疇かと思ったが、予想外にも天敵とバッティングしたもんだ。俺としては風鳴翼が一番警戒すべきかと思っていたんだがな」

 

 

 

刹那は宣言すると、十基のオールビットを自分の元へと集める。一斉に集合した十の鋼球、それらの神経回路にとある命令を組み込む。

 

 

 

『機体のエネルギー残量の多い四基は回路を繋げたままに。残る六基は回路を分断すると同時に自律思考パターンを起動、与えられた命令を遂行せよ。各三基へと分かれ、風鳴翼と雪音クリスの足止めを。邪魔はさせるな』

 

 

命令を終えた瞬間、六基のオールビットはそれぞれの相手である二人へと迫る。二人もそれに気付いたのか即座に迎撃し、オールビット達による激しい戦闘へと入る。

 

 

 

「翼さん!クリスちゃん!!」

 

「気にするな。単なる足止めだ。この俺の邪魔をさせないようにな」

 

 

刹那が声をかけると、響は拳を握り締めながら此方へと向き合ってきた。言葉を掛けようとする素振りは見えるが、それよりも刹那の敵意に応えるしかないと感じたのだろう。

 

 

 

 

「────来い、俺とお前。サシでやり合ってやろう」

 

 

 

そして、二人は激突した。

 

 

まず最初に先陣を切ったのは響だった。彼女はすぐさまパワーパーツを押し戻し、拳を叩きつけてくる。

 

しかし刹那は後方へと後退し、回避を取る。そして身体を捻ると、響へと向けてカウンターのように腕を飛ばしてくる。

 

 

響はそれを避けることもせず、受け止めた。衝撃を緩和させる事もなく耐えた少女に、刹那は少し感心したのか唇を緩める。

 

 

ならば、と刹那は地面を蹴り、踵落としを決めようとした。しかし響はそれを一歩下がることで避ける。地面にヒビをいれた刹那の足蹴りに、響は構えを取った正拳突きを打ち込んだ。

 

 

 

胴体に直撃した一撃に、刹那は顔を歪めながら引き下がった。苦痛、というだけではないらしい。

 

 

 

「チッ、んだその戦い方。………拳法か?くだらない技術だな、それで実力差を縮められるとでも?」

「っ!これは師匠から教えて貰ったものです!くだらなくなんかない!」

「教えて貰ったね、無駄には変わり無いだろ…………拳法一つで世界を救えるか?巨大な怪物を倒せるか?─────そういう事だ」

 

 

吐き捨て、響に向けてビットを叩きつける。凄まじい速度をもった金属の突撃。生身の人間ならば肉を抉り、骨を砕く程の一撃となる。

 

 

「剣術も格闘術も、人間が積み重ねた技術は何の意味も成さない。人知を越えた圧倒的な力の前にはな。俺もそれを理解したからこそ、魔剣士へとなる事を選んだ!一国の軍隊も、無数の戦艦も、全てを上回る事の出来る────最強の、この力を!」

 

 

後方へと跳躍し、目の前にオールビットを配置する。円状の形で高速回転を繰り返すビットが放った光線を一点へと収束させ────一つの極光を解き放つ。

 

 

響は手を伸ばして、その光を何とかして受け止めようとする。しかし、内包された熱量と質力から止めきれる事は出来なかった。勢いに任せて横へと腕を弾くと、閃光も其方の方へとズレる。何とかいなすことが出来た響は、今も腕を押さえながら刹那へと声をあげる。

 

 

 

「どうして、ですか!?」

「───」

「刹那さんは何がしたいんですか!?私達やマリアさん達と一人で戦ってまで、何が目的なんですか!?剣さんや色んな人を苦しませた、魔剣士になった理由を!せめて教えてください!」

 

 

言葉を紡ぐ。話を求める。魔剣士であろうと、同じ人間なのだ。きっと分かり合えると、思いを秘めながら。

 

 

「…………あぁ、そう言えばそうだったな。前に教えてやるとか言ってた気がする────まぁいい、別に誤魔化す事でも無いしな」

 

 

前のコンサート会場で話した事を思い出したのか、億劫そうな刹那。それでも問題ないのか、彼はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の目的は─────絶対的な力を手に入れる事だ」

 

 

 

…………え? と響は、唖然とする。それを理解しているのか、知らずか、刹那は高揚とした様子で上空に手を伸ばした。

 

 

夜空に浮かぶ月を掴み取るように、手を握り締めて笑みを深める。

 

 

 

「序列三位である無空剣や忌々しい序列二位(セカンド)、俺や無空剣すらも足元に及ばない絶対の名を冠する最強の存在 序列一位(ロストワン)。奴等をこの手で倒せる程の、無敵の力!神なんてものが存在するとしたら、ソイツも恐れ、恐怖するような絶対的な力が! 一人で世界を滅ぼすも生かすも決められる! 何もかもをこの手で決められるほどの強さがッ!! 俺は欲しいんだよッッ!!」

 

 

狂ったように叫び続ける刹那。いや、実際に狂気に囚われているのだろう。何かの理由で力というものを求めた彼は、実際にその力を手に入れて、壊れてしまったのかもしれない。だからこそ、力や強さに酔いしれているのだろう。

 

 

無空剣も、前に同じような事を言っていた。現存する魔剣士の一部は完璧に歪んでしまっていると。仲間の犠牲や度重なる改造を経た結果、人格に支障をきたすこともあるらしい。

 

現に虹宮タクト(セカンドタイプ)も劣悪な環境下によって人格が変容してしまい、ついには複数の人格を作り出すにまでなってしまったのだから。

 

 

 

「お前も分かるだろ?強さがこの世界にとってどれだけ意味を成すか。強さがなければ誰も倒せない、誰も守れない。誰も救うことが出来ないんだからなァッ!!」

 

 

「ッ!!そんな事ないですよ!強くなくたって!手を差し伸べる事も、話し合える事も出来ます!………それに、この力は───シンフォギアは誰かを助ける力のはずなんです!だから!」

 

「……………フッ、誰かを助ける力か」

 

 

口に含む笑みは、失笑に近いものだ。いや、見た感じはそう見えても、内側にあるのは嘲りに過ぎないのだろう。彼からすれば立花響の言っている事は馬鹿らしいと言うべきものだ。何故なら、それが彼の理念に従うことなのだから。

 

 

力を全てとする刹那にとっては、弱者を助けることはあまり望ましい行為ではない。弱者は卑怯だ。自分達の弱さを正当化して、あろうことか弱さを盾にして堂々と生きている。そんな連中を助けるという考え、くだらんと吐き捨てるべきだ。そうしなければならない。

 

 

 

なのに、刹那はそうはしなかった。

響の言う、『誰かを助ける』という事に、秘かに納得しているようでもあった。明らかに彼女の言葉を否定しなかったのは、何の意図があるのか。それは彼にしか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

だからなのか────刹那が口にしたのは否定の言葉でもなく、とある疑問だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────その誰かは、お前を()()()と罵った連中も含まれてるのか?」

 

 

ビクッ、と。

気を引き締めていた筈の響は、全身に怖気が走る感覚に陥った。握り締めていた拳から力が抜け、足に震えが生じ始める。

 

 

そこまで────如月刹那の触れた話は、響にとって無視しがたいものだった。彼女の語られていない過去に、踏み込まれたのだから。

 

 

 

「………な、なんで?」

 

「俺は用意周到でな。相手のことは事前に調べておくタイプだ、その時にお前の事も知ったよ。中々に面倒な環境なんだろ」

 

 

如月刹那を含む魔剣士は基本機能として通常のスパコン並みの知識量と情報回収能力を有する。後者に関しては機械端末を使った裏技のようなものだが、インターネット機器さえあればそこから膨大なインターネットから目的の情報を手に入れることなど容易い。

 

 

 

正直な話、この件を進んで口にするつもりはなかった。だが、刹那がその考えを拭い捨てる程、目の前の少々はあまりにも善性が強く出ていた。

 

 

────それが、昔の事を思い出させて、心底不愉快になった。

 

 

 

「ノイズ被災者現象。ノイズ災害から生き延びた人間は聖遺物の秘匿の意味合いも兼ねて補償金が支払われた結果、善良な一般市民はノイズ被災者を弾劾した。人殺し、税金泥棒と。少なくともお前には同情するよ、何とか生き残ったのにも関わらず、何も知らず安全圏にいる連中から心無い罵声を投げ掛けられたんだからな」

 

 

 

 

 

「─────なぁ、お前の善意(ソレ)は本当にお前のものか?」

 

 

容赦のない言葉の刃が、響を切り裂く。違う、と否定の言葉を口に出そうとした響だったが、刹那はそれを許さない。違くないだろ? と、彼女の言葉を先読みし、嘲笑いながら続ける。

 

 

 

「─────人助けなんてものは全て、お前が自身を擁護する為の綺麗事じゃないのか?」

 

 

刹那は言葉を紡ぐことを止めない。響への追撃を続けながら、彼女を心身共に追い詰めていく。

 

 

 

それでも拳を握り締め直す響、彼女の姿に感心したらしく刹那も軽い口笛を鳴らす。だが、見ているだけは有り得ない。彼は知ったような口で、知ったような言葉を吐く。

 

 

それは更に、無視できない内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────自分の護りたかった人を失っても、そこまで言えるのか?」

 

 

今度こそ、響は明らかに動揺した。

反論しようとした喉が干上がり、口が震えるだけで何も言えなくなる。

 

 

 

「小日向未来だったか?ソイツを顔も知らない誰かが殺しても、許せるのか!?憎むことなく、他の誰かの為に戦えるのか!? 無理だろ!? 無理なんだよ!! 奪われたものは何一つ取り戻せない!

 

 

 

 

 

自分の掲げてた善意が、どんなに脆弱なものかを!どれだけ善意が集まろうと、たった一人の悪意によって全部奪われる! 同じく善意を掲げた仲間達を失い、一人になった時にようやく理解する!!

 

 

 

 

 

 

強さこそが全てだ! 憎い奴を殺すのも、誰かを護るのも、強さが無ければ何も出来ない!!力によって全ての物事が決まる、それこそがどの世界も変わらない、唯一の真理だとな!!」

 

 

歪んでいる、狂ってすらいる。

だが、彼がここまでになってしまった要因は何なのか。たった一人の青年が、狂信的な程に力に、強さに固執する様は見ていられない。

 

 

彼の言葉が本当であれば、話した内容が真実であれば、如月刹那はある意味で言う被害者だ。立花響のように、ノイズ被災者というだけで、生き残っただけで迫害されたように。彼も周囲の環境によって狂ってしまった。虹宮タクトという誰かの名を与えられ、その模造品として扱われ続けた結果、自分を保てなくなってしまった青年。彼のように、何処か大切な所が壊れて、考えがずれてしまったのだ。

 

 

 

そこまで、なのか。

【魔剣計画】とは、自分達の大切な人を道具としか見ずに、彼の保護者である人が激しい憎悪を向け、彼等の安寧を崩そうとする男が与する組織というのは。

 

 

こんなにも色んな人に影響を与え、呪いを刻み込んでいるというのか。

 

 

 

「同情なんていらない。そんなものは俺達に不要だ。まぁ、哀れまれたい、傷を舐めて欲しい、そんな風にお前達に近付いていった臆病者もいるがなぁ?」

 

 

誰の事を言ってるのか、すぐ分かった。すぐさま立ち上がり、向き直ろうとする響。しかし刹那は響を蹴り飛ばすと同時に、その首を掴む。

 

 

 

「良いな、その顔は悪くない」

 

 

響がまだやる気があると気付いた刹那は少しだけ賞賛するが、それだけだ。口に出した言葉とは違って、刹那に執着するほどの興味なんてない。

 

 

「エリーシャの奴がお前の事を研究したいとか抜かしてたが、あの野郎の事は知った事じゃない。俺は自分が強くなれればいい。いずれ序列を越える為の踏み台となって貰おうか。お前を殺せば、無空剣も本気で俺を殺しに来るだろうしな」

 

 

嘲りを顔に刻み込み、刹那はオールビットを操る。鋼球に意思を送り、標的を立花響へと定める。今までとは違う。明らかに本気の殺意の一撃。今も刹那に首を捕まれ、持ち上げられている響にはどうしようもない。

 

 

 

閃光を蓄積させ、今にも解き放とうとする瞬間、刹那は短く言葉を投げ掛けた。

 

 

 

 

 

「じゃあな立花響」

 

 

────何処か懐かしむような、そして哀れむような表情を浮かべ、

 

 

「少しだけの間は覚えていてやるよ。ちっぽけな善意の語ってた偽善者ってな」

 

 

唾でも吐き捨てるように言うと、彼は指を弾いた。それはやはり、処刑の一振でもある。

 

 

 

 

 

ビチャッ!! と。

地面に飛び散った少なくない液体の音。その色は、鮮やかな赤であった。




刹那の武装スペック。


ロストギア:デュランダル

不明。


エクリプス・オールビット


刹那が制御する十基のビット。脳波や指先に組み込まれた遠隔操作式神経回路に操ることが出来る。神経回路の力によって、ある程度の五感(痛覚や嗅覚は除く)を再現されており、偵察や情報収集も可能。そもそも自律思考パターンもあるので基本的に刹那自身も勝手に守れる。

本来はエネルギー消耗が激しく、数十分しか本気を出せない形だったが、完全聖遺物デュラダルとの融合によって無限のエネルギーによる永久機関を手に入れた。



────化け物スペックだなぁ。でも、これで四位なんですよねぇ。序列ですらなく。



刹那の話を聞いてれば大体の人は察すると思いますが、彼も被害者です、【魔剣計画】の。あいつら色々とやりたい放題で被験者達の人生を狂わせてるからなぁ。本当に諸悪の根源でしかない(真顔)




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次回もよろしくお願いいたします!それでは!!


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龍殺しの魔剣/不朽の聖剣 ◆

無空剣の立ち絵です。下手くそな挙げ句配色も上手くないですが、載せときます!!


【挿絵表示】



………忘れてたとかじゃないヨ?


廃病院跡地。

 

激しい戦闘に巻き込まれた建物のあった場所は、更に凄惨とした状況になっていた。無数に残されたクレーターと、上塗りするような切り裂かれたような跡。

 

 

突如、爆煙が生じる。

周囲に停滞する砂塵の中から、二人の少女が飛び出してくる。丸鋸を巨大化させ、中心に収まりタイヤのように回転させて移動するピンク色のギアを纏う黒髪の少女と、彼女の手を取る大鎌を有した緑色のギアの金髪の少女。

 

 

 

 

「「はぁぁぁッ!!」」

 

 

二人は、漂う煙から距離を取ると、それぞれのギアを振るう。黒髪の少女は丸鋸を、金髪の少女は鎌を振るい小さな鎌状のエッジを。

 

 

 

─────煙の中にいる相手に、直撃した。ギャリギャリッ! という音と共に砂塵を呑み込む程の爆発を引き起こす。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「うっ………もう限界、デスか。大丈夫デスか、調」

 

「平気だよ、切ちゃん……それより、無空剣は───」

 

 

 

 

 

 

────ガゴォン、と独特の機械音が二人の鼓膜に入り込む。同時に砂塵が振り払われ、相手が姿を現す。

 

 

 

 

「────もう終わりか?」

 

 

無空剣。漆黒の鋼の装甲、ロストギア=グラムを纏う青年は、冷徹な声で二人を捉えていた。彼の装甲には傷があるが、それでも倒せるほどのものではない。何なら本気すら出していないだろう。

 

 

現に、二人の全身全霊の渾身の一撃を受けても、平然としているのだから。

 

 

 

「私達のコンビネーションが………通用してないっ」

 

「アレが魔剣士の片鱗ってヤツデスか!?前にマムから見せて貰ったタクトってヤツよりも何倍も強い!!あんなの無茶苦茶デス!」

 

 

此方を睨み付ける二人の反応を無視して、剣はゆっくりと歩み寄る。これ以上抵抗されないように。迅速に意識を刈り取り、本命の聖遺物を破壊するために。

 

 

 

しかし、二人の少女に迫ろうとした瞬間、剣は歩みを止めた。

 

 

新たに、人の反応が増えた。そして同時に、人影が二人の少女と剣の間に飛び立つ。

 

 

 

「…………そうだった。まだお前が残っていたな、マリア」

 

 

黒いガングニールを纏うマリアは言葉を返さなかった。槍を握り締める手は汗が滲み、緊張してるようにも見える。一度戦った相手だからこそ、その力量がよく理解できる。倒せる事は不可能だとマリアもよく理解している。けれど逃げ切る事も難しい場合はどうするべきが最適なのだろうか。

 

 

 

 

当然、このまま逃がす気もない。

そう決意し動き出そうとした直後、眼鏡を押し上げたウェルが自信に満ちた笑みを浮かべながら、マリアに言葉を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

「来ましたか───────『()()()()』」

 

 

 

「………何?」

 

 

 

思わず、複雑に考えていた思考が途絶する。

そこまでウェルの放った言葉の意味は絶大だった。脚を止めて、その言葉の意味を聞き返してしまう程には。

 

 

「どういう事だ? マリアがフィーネだと?ならお前達の組織名は…………」

 

「『終わりを意味する者(フィーネ)』とは、我々組織の象徴でもあり、彼女の二つ名でもある。

 

 

 

 

 

もうお分かりでしょう!彼女こそが、新たに最誕したフィーネなのですよ!!」

 

 

 

流石の剣も、驚愕を通り越して絶句するしかなかった。彼女が、マリアが、フィーネ本人だと?では、マリアという少女の人格はどうなる?彼女はそれを良しとしてあの組織のリーダーとしているのか?

 

 

 

それは、単なる生け贄ではないのか────?

 

 

 

疑惑が脳裏をよぎるが、剣は何とか落ち着かせる。冷静に、機械的に、彼等の言葉の内容の信憑性を計算し、確かめていく。

 

 

 

「…………冗談を抜かすな。マリアがフィーネである証拠は?まさか私がフィーネ本人です、とでも言われて信じたとでも?」

 

「知らないようですが、マリアは元々フィーネの器として集められていた子供達───レセプターチルドレンの一人なのですよ。まぁそれはそちらの二人も同じですが……賢明な貴方ならば、マリアがフィーネである事実を、嘘と断定はできないでしょう?」

 

 

チッ、と正論を突かれた剣は不快そうに顔をしかめる。強ち間違いではない。彼女がフィーネである可能性は、剣も理解しているのだ。

 

 

リインカーネーション、フィーネが自分の野望の為に立案させた半不死のシステム。自分の子孫の遺伝子情報を基とした刻印により、納戸も人格を上書きして永久を行き続ける輪廻転生の力。

 

 

もし、マリアが、本当に、レセプターチルドレンの一人であるのならば、彼女がフィーネである可能性は事実へと近くなる。否定要素どころか、信憑性を高める情報しか此方側には存在しない。

 

 

 

「貴方はご存知ですか?この世界に起きている異変に」

 

「………異変?」

 

 

突然、妙な話を振ってきたウェル博士に無空剣は何を言ってる?と訝しむような眼を向ける。ウェル博士はその視線すら気にせず、スラスラと語り続けていた。

 

 

 

「数週間前、とある人物からコンタクトを受けました。その内容は月に発生した異常事態についてです」

 

 

「かつてフィーネと敵対した貴方なら知っているでしょう。月はバラルの呪詛発生装置でもあり、常に人類全体に呪いを発し続けていると」

 

 

「その月の、バラルの呪詛発生装置たる月の遺跡に何者かからのハッキングが確認されたんですよ。大方、バラルの呪詛を解くための」

 

 

…………どうやら、御大層な事をやっている奴がいるようだ。フィーネが何千年もやって出来なかったことを、たった数ヵ月で成そうとするとは。彼女本人がこの事実を知ればどう思うのだろうか、あまり知りたくはないと思う。

 

 

 

「だが、バラルの呪詛は解けてないんだろ?」

「えぇ。伊達に数千年も掛けられてきた呪詛、そう簡単に解除するなんて難しいです。…………相手もそれを理解したのか、やり方を変えてきました。呪いの解除ではなく、月の軌道を地球へと引き寄せ始めたんです」

 

 

上空にある月を見上げる。眼を、組み込まれた機械構造を利用して、眼を凝らして見れば、確かに少しだけ、ほんの少しだけ違和感がある。月の大きさが増長しているように見えるのだ。いや、より正確には近付いていると言うべきか。地球側へと。

 

 

「相手の目的は知りませんが、後に訪れる結末は分かります!落ちるんですよ!月が!!この地球に!!その場合、どれだけの人類が死に絶えると思います!?」

「全人類が死んでも可笑しくない、人為的な災害か」

「そう!もうお分かりでしょう!?我々の目的は、人類の救済! いずれ来る滅びの運命から、可能な限りの命を救う事ですよ!

 

 

 

その為のフィーネ!悠久を生きた巫女の知識を借りるのです!世界中に生きる人類を、救うためにもねぇ!!」

 

 

(…………どうやら俺達が思ってるよりも、大事(おおごと)みたいだな)

 

 

相手の言葉を信じてはいない。むしろ嘘で騙そうとしているのかとも考えている。だが、月が此方に近付いてきているという事実とマリアをフィーネとして目覚めさせようとしている事からしても、その話は無視できる内容ではない。

 

 

そう考えていると、ウェル博士がマリア達の後ろへと隠れながら退こうとする。ソロモンの杖を此方に見せつけるようにしてきながら。

 

 

「さて、フィーネからのお迎えも来たところで、我々もここで退却させて貰います。ネフィリムも回収完了しましたので、お相手する必要もありませんので」

 

 

 

「───嘗めるな、お前達を見逃すなど────」

 

 

するものか、と口に出そうとしたその時。耳元に取りつけた装甲ユニットから機械音が鳴る。二課からの連絡だ。つい先程から確認が取れるようになったが、何かあったのだろうか? と思いすぐさま連絡を繋げる。

 

 

 

『剣君!聞こえているか!?』

「………司令か、悪いが今戦闘中だ───」

『響君達の反応が廃工場で途絶えた。今現在も見つからない!君からは確認できるか!?』

「…………何?」

 

 

言われて、剣は廃工場の方角へ眼を向ける。同時に、センサーを広範囲へと広げ、響達の存在を特定する為に拡大していく。

 

 

 

すると、廃工場にて突然反応が浮かび上がってきた。一瞬で出てきた四つの反応は今まで何かに隠されたように音沙汰もなかった。

 

 

三つの反応は分かる。響達で間違いない、彼女達の事をセンサー越しでも間違えるわけがない。ならば、もう一つの特定できない反応は何か──────

 

 

 

「─────まさか、刹那か!?」

 

 

それが、ミスだった。無空剣は相手に意識だけを向けていればよかった。大切な人が出来てしまった事は問題ではない、彼女達を心から心配してしまったことが、今際のミスであったのだ。

 

 

 

 

 

瞬間、膨大な突風が剣の全身に叩きつけられた。

 

 

 

「─────がッ」

 

どうしようもなく、吹き飛ばされた剣だったが、すぐさま脚の装甲の一部の刃を地面へと突き立て、完全に飛ばされないように止める。体勢を立て直して立ち上がると、目の前の光景を疑った。

 

 

 

二つのプロペラを回転させた、大型ヘリ。輸送ヘリに近い大きさのソレが目の前にある事に、疑問しか沸いてこない。

 

 

先程まで、このヘリの反応はなかった。隠れていたとしても、起動した時の反応が確認できなかったのは可笑しい。

 

 

だが、様々な謎への疑問よりも目に止まるモノがあった。大型ヘリに乗っているのは、マリアと二人の少女、そして此方を見下ろしてくるウェル博士。

 

 

 

「それではさようなら、無空剣。次こそは証明して見せましょう、僕がどれだけ英雄に相応しい逸材かを」

 

 

 

「ッ!逃がすかァッ!」

 

 

ソロモンの杖を軽々しく見せびらかすウェルに、激しい怒りが膨れ上がる。激情に駆られるままに、地面を蹴り、飛び立とうとする大型ヘリへと迫る。しかし、それでも距離が届かない。

 

 

だからこそ、せめて傷だけでも与える、と。剣は背中の射的装置に取り付けた魔剣双翼を勢い良く解き放った。勝ちを確信して誇った笑みをしていたウェルも、それを見てすぐに焦りを表情に出す。

 

 

 

しかし、無空剣の思惑通りにはいかない。放った魔剣双翼の一振は、大型ヘリを標的として放たれていた。なのに、魔剣双翼が金属を穿つ感触が感じ取れなかったのだ。

 

 

ハッと空を見上げると、単なる夜空が浮かんでいるだけ。大型ヘリの姿は何処にもない。障害物もない夜空に、何も見えてこないのだ。

 

 

 

「────消えた、だと?」

 

 

そんな事は有り得ない。剣は自身に組み込まれた様々な機能を用いて、大型ヘリの痕跡や現在地を捉えようとした。

 

 

 

だが、どうやっても見つけることが出来ない。空間の振動、音、風、気配、機体の反応、全ての情報を重ね合わせ見つけ出そうとしても、浮かび上がってこない。

 

 

違和感はあるのだが、実際に証明できない。この異様さに、無空剣は瞬時に気付くことが出来た。

 

 

「────聖遺物か」

 

 

隠すことのない舌打ちを漏らすと、彼はすぐさまこの場から背を向けて立ち去った。逃がしてしまったのであればこの場に居座る理由はない。

 

 

少女達の無事を祈りながら、剣は廃工場へと走る。何とか、間に合わせるように全速力で。文字通り、障害物となる建物を飛び越えていきながら。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ビチャッ!! と地面に飛び散る血。少なくない量の液体は、人の肉体から流れ出たものだ。

 

 

 

しかし、それは立花響のものではない。眼を閉じていた響は、何時まで経っても来ない痛みに困惑しながら眼を開ける。

 

 

そこで──────彼女は眼にしてしまった。

 

 

 

「…………え?」

「─────あ?」

 

 

響と、彼女の首を掴んでいた刹那の二人が、自然と声を漏らす。刹那は、何故彼女を殺せなかったという疑問を。響は目の前に映る驚愕の光景──────、

 

 

 

 

 

 

 

口から血を流した刹那の姿を。彼女の視線に、刹那自身も自分が吐血した事に気付く。足元の血と、自分の口を拭った手を見つめ、理解できないのか呆然とする。

 

 

そんな最中、変化は更に生じる。

 

 

ドロリ、と。

刹那の眼から、血が垂れてきた。同時にビキビキビキ、と顔中の血管が皮膚上に浮かぶ。

 

 

 

「───グッ、」

 

呻いた刹那は、唇を噛み締める。響を掴みあげていた腕に血管が浮かび上がり、それに気付いた刹那は思わず響から手を離す。

 

 

首を締め上げられる力から解放された響はすぐさま呼吸を整える。一気に酸素を喉へと通し、何とか息を正常に戻している。

 

 

 

そんな響の前で、刹那はよろけると、ガクン! と跪いた。そして、

 

 

 

 

 

「ゴボッ!ゲフッ、ガッ…………ゴェェッッ!!?」

 

 

ビチャビチャビチャッ!! と。

口から大量の血を吐き始める。苦しそうに、激痛に悶えながらも。腕や顔に浮かび上がった血管が限界を迎えたのか張り裂け、皮膚からも血が噴き出す。

 

 

それでも何故か、刹那が死ぬことはない。いくら頑丈に造られている魔剣士だとしても、ここまで強固なのは有り得ない。

 

 

地面を握り締め、肉体から増幅する力を抑え込もうとする刹那だったが、それが上手くいかずにギチリ、と奥歯を合わせる。

 

 

(クソッ────もう限界か)

 

「な、何が………」

 

 

突然の事に困惑する響。血を吐き続ける刹那への心配が勝ったのか、すぐさま駆け寄ろうとするが、そんな彼女の肩を後ろから掴む者がいた。

 

 

「立花!無事か!?」

 

「翼さん!クリスちゃん!大丈夫だったんですか!?」

 

「あぁ。先程、如月のオールビットの動きが停止してな。立花の方へ救援に行こうと思っていたが………」

 

「あいつ………一体何がどうなってんだ?急に苦しみ始めてよ」

 

 

警戒を忘れずに銃を構えていたクリスだったが、膨大な血を吐いたり噴き出す刹那の様子に、流石に戸惑いを隠せなくなる。

 

 

しかし、その刹那の変化に気付いたであろう翼が、眼を細める。

 

 

「なるほど、そういう事か」

 

「あ?どういう事だよ?」

 

「如月はこう言っていた、『エネルギーの浪費が激しいからこそ、デュランダルを求めた』と。デュランダルは無限のエネルギーを内包する聖遺物。エネルギーの消費の激しい如月にとって見逃せないものではあるが、同時に爆弾でもある。

 

 

 

 

流れ込んでくるデュランダルの膨大なエネルギーに、如月の肉体が適応しきれなかった。だからこそエネルギーの消費が間に合わず肉体に負荷が生じた、という事だ」

 

 

要するに、エネルギーの配分が容量を越えてしまったのだ。刹那自身の容量を百、消費するエネルギーを五十として、完全聖遺物デュランダルから供給されるエネルギーを六十とする。例え五十消費したとしても、十のエネルギーが残ってしまう。常時供給が続くので、完全に消費しきれずに結果的に容量を越えてしまう事になる。

 

 

つまるところ、刹那はデュランダルのエネルギーを過度に使い過ぎたのだ。そのせいで、限界を超えて肉体の方が悲鳴をあげた状態へとなっている。

 

 

「………そう、だッ……!」

 

パシャン! と水を踏みつけるような音が木霊する。

溢れ出る血の池、それを生み出した刹那が全身を震わせながら立ち上がろうとしていた。

 

 

「情けない事だが………これが、俺の最大限の問題でなッ、エネルギー容量が小さすぎて…………こうも軽く本気を出すだけで、身体に………限界が、来る訳──ガボッ」

 

 

悔しさに満ちていた声が、途切れる。

顔や首に血管を浮かび上がらせた刹那の口から、致死量に近い血が吐き出された。どうやら自壊のダメージは内側の方が酷いらしい。現に、それは刹那の口から溢れた赤の量によって明確である。

 

 

今も、刹那の身を襲っているのは身に余った『無限』のエネルギー、それによって引き起こされた肉体の自壊効果。激痛どころの話ではない、死にたいと願ってしまうのも仕方ないかもしれない。

 

 

 

 

「─────だが、()()()()()

 

 

溢れ出る血を抑え込んでいた手から、スルリと違和感しかない声が漏れ出した。当然だ、何せ刹那の声音に含まれているのは、苦痛に強いたげられている時点では有り得ない感情が乗せられていた。

 

それは────刹那の緩んだ口元が作った、笑みの形が証明している。彼にとって、自身を苛む痛みすら単なる障害でしかない。

 

 

 

強さという、絶対にして確実たる真理を前にすれば。

 

 

 

「やっぱり、そうだよなぁ!努力もせずに簡単に得る力になんて意味はない!それで得た力なんて、所詮チート!ガキが遊ぶために使うモノ! 俺のやろうとしてることは近道、裏技だ!ならせめてこのくらいの壁はないとなぁ!?

 

 

 

 

この苦しみが、この痛みが、俺の強さを確信させてくれるんだッ!!」

 

 

 

高揚としたように、高らかと歪んだ笑いを響かせる刹那。あまりにも異様、あまりにも異質、あまりにも異常な存在に、翼もクリスも思わず気圧されてしまう。

 

 

次第に自壊も何とかなったのか、ゆっくりと立ち上がる刹那。痛みなど何一つ感じてないように青年は、気軽な動きであった。

 

 

口の端に流れる血を拭い取った血濡れの刹那は、己の髪を軽く整えながら、少女達を冷たい瞳で睨み付ける。

 

 

「いずれは、お前達も殺す。俺の目的を果たし、無空剣を殺してからな」

 

 

本物の殺意。殺せる力を持つ者ではなく、実際に殺した事があるような、刃物のように冷えきった鋭い殺気だった。先程までの自壊効果によって弱ってる筈なのに、響達全員を殺せるような『ナニか』があるの。

 

 

 

 

「ま、最も────」

 

 

 

しかし、殺意を消失させた刹那。何故、という答えは、彼が次に放った言葉によってかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────お前は俺が殺さなくても、もうそろそろ死ぬんだがなぁ?立花響?」

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

突然の宣告に、響は呆然とするしかなかった。お前は俺が殺す、ならば分かる。だが、殺す必要もない。もうそろそろ死ぬだろう、とはどう意味か。

 

 

何故それを、刹那が確信したように言えるのか。

 

 

 

「どういう、事だ? 立花が死ぬとはどういう事だッ!!」

 

「そう焦るな、すぐに分かるさ………すぐに、な」

 

 

クックッ、と嫌な笑みを刻む刹那。彼だけが知る事実、刹那だけが独占した情報。それは響達を不安とさせていく。実際に語るつもりはないのか、刹那はそれ以上この話を口にしようとはしなかった。

 

 

 

「これが、お前達のように、誰かの為に戦った者の末路だ。己の無力さを呪い、いざという時に全てを失った哀れな偽善者の末路」

 

 

血に濡れた刹那が、演説するかのような大振りで宣う。自分自身が偽善者だとでも言うような言葉だが、彼からすれば事実なのかもしれない。

 

かつては響のように、誰かを助けることを良しとしていた。きっと何人も救い続けてきたのだろう。

 

 

 

だが、その果てにある未来で絶望した。力が無ければどうしようもなかった障害によって全てを失い、挫折から立ち上がった彼は強さを求めるようになった。

 

 

 

「お前はどうかな?立花響─────」

 

 

濁った瞳を妖しく輝かせ、刹那は血を吐きながらそう聞いてくる。答える事も出来ない少女に、刹那は精一杯嘲るような嘲笑を浮かべ、喉を潰すかのように叫んだ。

 

 

「人として破滅するか、人を辞めてでも己を通すか。────精々努力することだなッ!!」

 

 

同時に、刹那が手を振り上げる。集まったオールビット、9基の鋼球が刹那を中心に円陣を作ると、チャージした閃光を解き放った。しかし、狙いは響達ではなく、地面の方だ。

 

 

通常の兵器でなら貫通できる程の光線は地面に着弾すると激しい爆発を引き起こした。砂塵が周囲に漂い、響達の視界を遮る。

 

 

 

砂煙が完全に消えきった時には、刹那の姿はこの場から消えていた。彼が吐いたりした膨大な血の痕跡を残して。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

海の上を移動していく大型ヘリ─────エアキャリア内部。

 

 

 

ドガンッ! と壁にぶつかるような音が機内に響き渡る。打ち付けられたであろうウェル博士は苦痛に呻くような声を漏らす。

 

 

「………ぐっ」

 

「下手打ちやがって。折角のアジトを失ったら計画遂行まで何処に身を潜めれば良いんデスか!!」

 

明らかに憤慨する金髪の少女。彼女がウェル博士を殴り飛ばしたのだが、その行為を率先して止めようという者はいない。

 

 

無理もないだろう。彼女達の隠れ家は絶対に見つからないように工夫を重ねて存在していた。なのに、二課──そこに所属する無空剣がすぐ近くまで迫ってきたのだ。

 

 

このエアキャリアに搭載されている隠蔽機能は無空剣でさえ誤魔化すことが出来るのだ。彼がそれに気付いたとは思えない。なら、何故拠点に近付かれたのか、彼女達には安易に予想できる。

 

 

ウェル博士、拠点の隠蔽や設備を整えていたこの男がわざわざ誘き寄せたのだろう。大方、戦力調査とやらの為に。

 

 

 

「お辞めなさい。そんな事をしても、何も変わらないのだから」

「………胸糞悪いデス」

 

 

そんな少女を制止したのは、車椅子に腰掛けた老齢の女性。顔半分を覆うような眼帯をしているが、弱々しいどころかその眼に宿るのは強い意思の光だ。

 

 

現に、老女の制止を受けた金髪の少女は、不服そうではあったが、すぐにウェル博士から離れた。それほどまでに、彼女の言葉は強く、少女達にとっても重要人物である事は確かだった。

 

 

操縦席で操縦していたマリアが、ふと声を上げる。

 

 

「………マム、『協力者』から通信が来ているわ」

「分かりました、すぐに応じましょう」

 

 

マム、そう呼ばれた老齢の女性の答えを聞くとマリアは頷き何らかの操作盤を弄る。すると、操縦席の後ろ側にホログラムのような四角形の映像体が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

『────ふむ、こんな時に連絡してお邪魔だったかな?』

 

 

「いえ、問題ありません─────()()()()()()()()()

 

 

老女や少女達、ウェル博士の視線の先にいるのは、白衣の男。研究者というよりも、博士という名称の方が合う人物。顔に機械のような眼帯を装着した男─────エリーシャ・レイグンエルド。過去、別世界で最悪とも呼べる実験を繰り返し、数万人の犠牲者を出した狂人であった。

 

 

勿論、その事実を彼等は知らない。この情報は世界的に露見されてすらいない。魔剣士の製作法方に関わる以上、エリーシャの名前は明かされていても、彼の所業だけは広まってはいないのだ。

 

 

 

『その様子だと、厄介な敵とバッティングしたのか?大方逃げ切れたみたいだけど……』

「………先程、無空剣を迎撃していました。切歌と調も、その直後でしたので」

『ほー、そうだったのか』

 

 

気を遣ってるようだが、何処か興味なさそうな声音。彼女達は気付かない、その声音に含まれてるのが『当然だろう』という感情だということに。

 

 

だが、二人………切歌と調と呼ばれていた少女達だけは悔しいというべきか、申し訳ないのか、顔を伏せていた。

 

 

『別に気負わなくてもいいさ。無空剣と相手して、助かっただけでも儲けものさ。何より、持ちこたえていた君達のコンビネーションに評価するべきものがある』

 

 

そんな二人を案じてか、エリーシャはそんな言葉を投げ掛ける。

 

『彼を無力化したいのであれば────君達程のシンフォギア装者を六人、そして無空剣の動きを制限させると同時に弱体化させなければ無理だ。つまる所、正面切って彼に挑まないように』

 

「………随分と詳しいのですね。そこまで分かるとは」

 

『当然。何故なら「彼」は、私が造ったのだから』

 

 

その言葉への反応は様々だった。切歌と調は表に出さなかったが、疑問を。マリアは意味を理解して息を呑み、マムは僅かに眉を動かす。そしてウェル博士はへぇ? と興味深そうにエリーシャへ目線を向ける。

 

 

 

『彼に苦戦するようであれば、私が手を貸そうかい?厳密には少しだけ兵器を貸すとかという話になってしまうが』

「その場合は、事前に連絡させて貰います」

 

 

そっかぁ、とエリーシャは呟く。特段気にしてない様子で話を続ける。

 

 

『そうそう、月の軌道についてだが………』

「やはり、変化は変わりませんか」

『うむ、やはり近付いてきているよ、地球へとね。時間にしてもう1ヶ月近くなんだが、まぁそれよりも早い可能性もある。一刻も早く手は打つべきだろうさ』

 

 

ヘリ内に緊張が走る。まぁ僅か一名はさほど気に止めてない感じであったが。

 

 

エリーシャは彼等を見渡すと、軽く手を振り労りの言葉を送った。

 

 

『それでは、君達の計画が無事に終わることを祈ろうか』

 

 

ブツン、と通信画面が途絶えた。あちら側が通信を切ったらしくホログラムは虚空へと消える。

 

 

機内に沈黙が広がる中、操縦中のマリアが振り返りながらマムへと疑問を投げ変える。

 

 

「………マム、あの男。本当に協力してて良いの?」

「……………貴方の考えは分かります。ですが、彼や結社が月の異変を教えてくれなければ、我々はこうも行動できなかったでしょう」

「彼の事よりも、我々は今の課題を考えるべきでは?」

 

 

クイ、と眼鏡を軽く押し上げるウェル博士。

 

 

「次の課題はネフィリムの餌たる聖遺物の確保です。今の我々の備蓄たる聖遺物では、ネフィリムを成長させるに至りません。

 

 

 

ま、聖遺物の欠片ならば三つくらいありますけど」

 

 

考えつくのであれば、シンフォギア装者のペンダント。あれも聖遺物の欠片の一部であり、ネフィリムの餌としては十分。

 

 

だが、そう提案したウェル博士はあまり乗り気ではないようだった。それも当然かもしれない、

 

 

「僕としては無空剣のロストギアが最優先したいですよねぇ」

 

 

彼からすればネフィリムの餌に相応しいのは、シンフォギアよりも上位とされる魔剣兵器の方だからだ。

 

 

 

「お二人とノイズとの戦闘で確信しました。彼のロストギアをネフィリムが喰らえば、ネフィリムはより成長を遂げることが出来る。オマケに無空剣も無力化出来ますしWin-Winですね」

 

 

「じゃあ無空剣からロストギアを奪えば………!」

 

 

切歌も調も、納得というような声を漏らす。確かにそうすれば、戦力的に不利な此方でも、有利に傾くかもしれない。

 

 

「ですが、今の彼相手にそのような隙があるとは思えませんよ。下手にネフィリムをけしかけて、倒されてしまえばそれで終わりです」

 

「…………まぁ、別にロストギアが先でなくても良いですがね。先に装者のペンダントでもパクらせて、後でロストギアを戴ければいいので」

 

 

ま、別にペンダントだけでは意味がないでしょうけど、と心の奥底で付け足すウェル博士。大人勢は今後の計画を練るのに考えに没頭している。

 

 

邪魔してはいけないか、と思い二人は離れようとする。しかし立ち去ろうとした途端、調という黒髪の少女がふとヘリの床下を見た。何か、感じ取ったのか、自分でも分からないと不思議そうに。

 

 

 

「…………?」

 

「調、どうかしたデスか?」

 

「………いや、何でもないよ。切ちゃん」

 

 

 

 

彼女達は気付かない。いや、この場にいる誰もが気付かない。無空剣の追跡すらも困難とする聖遺物の力によって護られている今、誰も自分達を追う事が出来ない。確かな実績が、彼女達の心に明白な安堵を生み出す。

 

 

そして、僅かな安心は隙となる。あらゆる追跡を拒む聖遺物の力、しかしそれには唯一とも言える欠点があった。

 

 

 

─────エアキャリアの内部。普通ならば手を加えないような機械が沢山組み込まれた床の小さな隙間。そこに、一つだけ異物が存在していた。

 

 

 

鋼のような光沢をした球。如月刹那の操るオールビット、表面の鋼を展開するその様は、まるで聞き耳を立てているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────なるほど、良いことが聞けたな」

 

 

そしてニヤリと、刹那は予想外の収穫に喜びを隠せずに笑う。全身を血で濡らした彼は、真夜中のショッピングモールへと侵入していた。出血していながらも、血の痕跡は残さないように。

 

 

監視カメラやセンサーの全てを遮断させ、必要な物を調達していく。ある程度の食料や医療用品などをかき集め、再び外へと出ていく。

 

 

辿り着いたのは、人気の無い湖だった。昼間ならば誰かが遊んでいてもおかしくないが、今は夜中の遅い時間帯だ。ここに来るのは余程の物好きか、運が悪い人間だろう。

 

 

周囲に気配がないのを確認し、刹那はロングコートや自分の下着も全て脱ぎ捨てた。自分の身体を睥睨すると、湖の中へと入り込んだ。

 

 

「…………」

 

一応補足しておくが、刹那はそんな人に言えない趣味がある訳ではない。出血によって汚れた自分の身体を洗いたかっただけだ。外の水を使って大丈夫か、悪化しないかと思われるだろうが、魔剣士は肉体の構造的に問題はない。何ならもう毒ガスだろうと無効化する程の頑丈なタイプだ。外の水でも大した問題ではないだろう。

 

 

 

何より、傷口から染み込むと言う懸念は既に不要だ。

 

 

 

 

水辺から上がった刹那、水を浴びた彼の姿は普通の青年のものだった。人間に見える肌色と、やはりうなじに剥き出しの金属の脊髄。その肌色は綺麗なもので、()()()()()()()()()()

 

 

 

そう、先程まで自壊した肉体からの出血が激しかったにも関わらず。

 

 

 

(───完全聖遺物 デュランダルの無限の力。やはり自己修復にも回せるようだな。今回の戦闘で俺はデュランダルの使い方に少しずつ慣れてきた。大した土産物だな)

 

 

 

デュランダル、表向きな形で語られるのは不壊という意味。刹那のロストギア《デュランダル》の性能は、お世辞にも不壊の名を冠するには相応しくない。

 

 

だが、今回の件は刹那へ成長をもたらした。前から有していた圧倒的な高火力と機動性と精密さ、それに無限のエネルギーとそれによって効果を増した自己修復能力。無空剣でも重傷の再生は数時間、長くても1日未満はかかる。しかし刹那の自己修復は数分もあれば完全に傷を癒すことが出来る。

 

 

最後の序列をも上回るポテンシャルに刹那は興奮を押さえきれない。今にも奴を倒して、自分の強さを証明したい。そしていずれは──────

 

 

 

「───まだだ。こんなものでは序列は越えられない」

 

 

甘い考えを振り払い、奥歯を強く噛み締める。越えられるかもしれない、では無理だ。絶対に、もしくは確実に。そう思えるぐらいにまでならなければ、序列を倒す事が出来ない。

 

 

それは、序列の強さを知っている刹那だからこそ分かる事実だ。実際にその片鱗を見せつけられ、絶望にうちひしがれた事のある刹那だからこそ。

 

 

 

(結論から言って、奴等を利用するのは悪くない。むしろ利用しない訳にはいかない)

 

 

武装組織 フィーネは、刹那にとって都合が良い。なんせ連中は聖遺物を複数手にしているのだ。その聖遺物全てが絶大な可能性を秘めした代物、正直言って刹那もそれらを取り込みたいと考えている。

 

 

あの隠蔽技術も、多少厄介だがやりようはある。なんせ一度マーキングしておけば、何回透明になろうと意味がない。なんせ内側にマーキングしてあるのだから、すぐに奴等の同行など分かる。

 

 

(ひとまず今は落ち着いておこう。下手に俺が動けば状況は混乱へとなる。面白い事実も手に入った────)

 

 

「生体聖遺物 ネフィリム、そしてシェンショウジンか。この二つが連中の有する鍵。今後の計画の為のものか」

 

 

途中、無空剣のロストギアもネフィリムに喰わせると聞こえたが、思わず失笑が漏れる。ドイツもコイツも馬鹿だ、大切な情報が不足している。

 

 

如月刹那を含む魔剣士、その最上位たる『序列』に組み込まれる存在が、そう簡単にロストギアを餌にさせるとでも思っているのか?そもそも、ロストギアを喰わせると言う事は、無空剣を喰わせる事になる。

 

 

その方が絶対に有り得ない。何より、奴は誰にも譲らない。序列を殺すのは、後に最強へと至る自分なのだから。

 

 

感傷を抱いていた刹那は彼らの話から、奇妙な単語を耳にする。それが武装組織フィーネにとって重要な意味合いだと、すぐに分かった。

 

 

 

「……………『フロンティア計画』、ね」

 

 

聞いただけでその単語が、どれだけ緻密で壮大な計画かは分からない。だが、先程の二つの聖遺物、それが計画の鍵であることには変わらないだろう。ならば、やる事は一つに過ぎない。

 

 

 

 

利用できる者は利用すれば良い。

例え少々厄介な二課だろうと、自分に対して甘い心持ちをするシンフォギア装者だろうと、そんな馬鹿どもと馴れ合う無空剣だろうと、自分達が正しいと自惚れてるフィーネの連中だろうと──────何一つ関係ない。最後に笑うのがこの俺、刹那であればそれでいい。

 

 

 

 

 

「もっと強さを─────もっと、力を……!」

 




駆け足気味ですけど、今回の話も終わりました!



刹那の自壊の説明ですが、あれで良かったのか凄い不安。………ま、大丈夫か!


ていうか、彼の言ってた響の死に関しては………特に言及はしません!すぐに分かると思うので!


そして───武装組織フィーネの協力者はエリーシャでしたぁ!!…………いや、コイツロクな事考えてねぇだろって思うでしょ?私もです。



何なら今回の騒動の元凶って疑っても良いレベルで害悪だから仕方ない。仕方ない。



お気に入り、評価や感想、質問などがあれば気軽にどうぞ!


次回もよろしくお願いいたします!それでは!!


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非日常の裏側で

…………後少しで1ヶ月やんけ!ちゃん小説書けよ自分!ちゃんと投稿しろよ自分ッ!!(土下座しながら)




────誰かを助けたいという想いに、間違いはない。

 

 

 

『彼』は、そんな風な願いを秘めて生きてきた。どちらかといえば、『彼』は善人と呼ばれる側の人間だっただろう。困っている人がいればすぐに駆け寄り、泣いてる子供がいれば付きっきりで慰めて────どうしようもない程に、お人好しで、優しかった。

 

 

それは、『彼』の両親が警察官や医者という、人を助ける仕事をしていた憧れが理由かもしれない。誰かの役に立ち、誰かの生命を救ってきた両親の子供だったからこそ、強い正義感を持っていたのだろう。

 

 

だからこそ、それ相応の道を進むことを『彼』は選択した。それが過酷だろうと、誰かを助けられるなら本望だと信じて───────

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ぇ、────ぁ──────ねぇってば!」

 

 

気付けば、『彼』は徐々に近付いてくる大声に反応した。ゆっくりと、閉ざされていた目蓋を開き、声の方を見ると、そこには少女が立っていた。

 

 

 

赤い髪にツインテールをした少女、彼女は眠りに更けていた『彼』に厳しい眼を向けていた。が、嫌っているのとは違う、生真面目さ故の厳しさだ。明らかに起こっている彼女の様子に、『彼』は戸惑いながら声をかける。

 

 

「ご、ごめん………どうしたの?」

 

「もうっ!今からミーティングがあるってのにグウスカ寝てないでよ! …………そりゃあ確かに、忙しいのは分かるけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

けど!これからがもっと忙しくなるんだから!しっかりしてよね、『セツナ』!」

 

 

「ごめんって、これからはちゃんと気を付けるから」

 

 

『彼』────『セツナ』は、慌ててツインテールの少女へと頭を下げた。それでも少女───リィンはふん!と鼻を鳴らし、不服そうにしている。周囲にいる者達、自分と同じような少年少女達もその様子を見ると様々な反応を示す。

 

またか、と興味なさげに武器らしき銃を弄る者、何が面白いのか少女に向けて野次を飛ばす者、苦笑いするしかない者も。

 

 

そんな感じの集まりだが、険悪という空気は感じられない。むしろ一つの家族の集まりみたいな、和やかな印象すらある。

 

 

それも事情を知る者達からすれば当然かもしれない。何故なら彼等は、唯一共通する一つの事を果たすために出会い、共に過ごしているのだから。

 

 

 

 

「─────フハハハッ! 皆元気かー!?私は元気!チョー元気よっ!」

 

 

そして、更に。

扉を開け放ち、一人の少女が声高らかに入ってきた。リセリア・オールスファルツ、それが少女の名前だった。そして、彼女が入ってきたことにより、周りにいた仲間達も元気そうに挨拶を返す。まるで、一つの家族のような温かさを残して。

 

 

 

まずは話す必要があるだろう。

『セツナ』がいるこの組織は通常の組織ではない。少数であるが、その影響力は確かなものだ。

 

 

 

─────『星の歌(スターライト)』、それが『セツナ』の所属する組織の名前だった。

 

 

立ち位置としては非公式の自治体。戦争地帯などで一般人が巻き添えになる事を防ぐために保護を行う為に結成された組織だ。元々、連合国や国が編成したような組織ではないが、多くの活動を認められ、今は世界での活動許可を与えられている。

 

 

 

今回集まっているのも、その活動の為によるものだ。

 

 

「アルワーデル紛争地帯。私達の目的はこの地帯にいる現地民の保護ね!魔剣兵器が運用されてる可能性もあるから気を付けて!」

 

 

公にはされてないが、【魔剣計画】の一部の人間………裏切り者と呼ぶべき存在が自分達の開発した兵器を世界にばらまいているらしい。多くの国家や、テロリスト集団へと。その結果、世界中では様々な戦争が引き起こされているのだ。

 

 

その度に、事態を把握した【魔剣計画】が自分達の有する魔剣士を戦場へと放ち、それらを制圧しているのだが。それでも被害が簡単に収まる筈がない。

 

 

その為の、自分達だ。

戦う術を持たない弱い人達が傷つくのを黙って見ていられないからこそ、自分達はこの組織へと集まったのだ。

 

 

 

『セツナ』自身も、そうだった。

両親が人助けをするような優しかったからこそ、『セツナ』も同じように誰かを助けたかった。だが、まだまだ大人ではない自分がどのように人助けをするべきか、具体的に決まってはいなかった。

 

 

 

その時に彼女に、リセリアに出会った。彼女は『セツナ』気に入ってくれたようで、組織へと勧誘してくれた。何故、と思っていたが、いつもはぐらかされた。

 

 

 

「自覚してるだろうが…………セツナ、カナタ、ミリアム。お前達は戦場に出るな、あくまでも人命救助をしておけよ」

 

 

ふと、話している最中、目つきの悪い青年───ダグマがセツナ達を見据えながら言う。

 

 

「お前達はあくまでも非戦闘員。多少なりはやれるだろうが、それでも不足には変わりない。極力戦闘は避けろよ、ただえでさえ足手まといなのに、面倒にされるのは困るからな」

 

 

 

「ダグマ!アンタねぇ!!」

「待って!落ち着いてリィン!」

 

 

ダグマの配慮の無い言葉にリィンが怒鳴り声を放ち、掴みかかる。慌てて『セツナ』が抑え込むが、それでもリィンの怒りは収まってないようだった。

 

 

『セツナ』もリィンも分かっている。ダグマという青年はああいう言い方ながらも自分達の事を気遣っているのだと。ただ口が悪いだけで、本気でそう思ってる訳がない事くらいは。

 

 

 

結局は、リセリアの介入によってその騒動は沈静化した。明るく元気でありながらも問題を容易く解決するリセリアは、やはりこの組織のリーダーに相応しいだろう。この組織に所属する誰もがそう確信している。

 

 

 

 

「それじゃあ皆!早く行くよっ! 」

 

 

駆け足気味で部屋から出ていくリセリアに、皆が着いていく。遅れるように立ち上がった『セツナ』も彼女達の背中を追うように走っていった。

 

 

皆の背中、大切な仲間達の後ろ姿。笑って歩んでいく彼等の未来を──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────待って!」

 

 

伸ばした手は、夜空に向けられていた。

そこで、如月刹那はようやく。自分が過去を夢として見ていた事を理解する。

 

 

 

星空に伸ばされた掌を握り締めようとして────結局、それを止める。集まるように黒い夜に浮かび上がる星々を眺め、刹那は密かに呟いた。

 

 

 

「─────皆」

 

 

星空に見とれるように、刹那は眼を凝らし続ける。頬に伝う涙の存在すら気付かない程に。

 

 

ふと、刹那を護るように浮かぶ鋼球の一つが彼の頬に寄り添う。静かに涙を拭い取りながら、円を描く形に戻っていく。

 

 

 

たった一人、如月刹那は夜の世界を孤独に生きていた。無自覚にも、泡沫である過去の物語を夢想させながらも。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

二課の予備施設である潜水艦。その廊下を歩く剣は浮かない顔をしながら、資料を手にしていた。束になった資料の頁を捲り捲るが、彼にとって何かを掴めた訳ではないらしい。

 

 

「チッ………厄介だな」

 

 

不愉快極まれりの様子の剣。しかしどうやら機嫌が良くないのは手に持つ資料が理由ではないらしい。

 

 

 

ふと、何かに気付いたように顔を上げる剣。誰かが廊下の向こう側から歩いてくるのに気付いた。彼等が反応するよりも前に、剣の方から動く。

 

 

 

「友里さん、藤尭さん。こんにちは」

 

 

「あ、剣君。こんにちは」

 

「そんな顔してどうしたんだ?」

 

来たのは、オペレーターの藤尭と友里であった。練も交流はある人達で、たまに暇な時には世間話をしていたりもする。

 

 

だが、今回は世間話をしている暇はない。

 

 

「先程、司令との連絡があったんだ。『例の件』について」

 

「『例の件』…………月の落下、ね。どうだったの?」

 

 

先日、剣が武装組織フィーネと相対していた時、その一員となっていたDr.ウェルから告げられた事実。

 

 

 

いずれ、月が落下して多くの人類の命を奪うと。米国はその情報を隠匿している。誰もがその危険を救うつもりがないからこそ、自分達が月の落下を止める、と。

 

 

まず大事なのはこの事実を確かめる事だ。その話を伝えた後、司令や緒川、ノワール博士達がすぐさま日本国内でその情報を伝え、月の落下の確認を取らせるようにしていた。

 

 

 

「駄目だな。上の官僚は全く気にしてない、それどころか司令達を小馬鹿にまでしてる。月の軌道の観測は米国に頼む方が良いだろう、ってさ」

 

「…………そもそも米国が隠匿してるって話なのに。お偉いさん方も頭が堅いわね」

 

 

政治的に言うと、二課の立場はあまり高くない。かと言って低いわけでもない。ある程度の発言力はあると思ったが、司令曰く自分の存在があるからだろう。しかしそれで何でも出来るという事ではないらしい。

 

 

────馬鹿な上の連中は放っておくとして、今考えることが少しだけある。

 

 

「……………」

 

「どうしたの?」

 

「………いや、一つだけ気になることがある」

 

 

前々から、というか。その話を聞いていた後からよく考えた時に思ったことがある。

 

 

 

 

 

 

 

「────何故、米国は月の落下の事実を隠匿すると思う?」

 

 

ポツリと呟かれた言葉に二人は首を傾げる。どうやら言葉通りに考えてくれているらしい。

 

 

「何故って………混乱を防ぐ為じゃないの?間違いなく騒動にはなるだろうし」

「隠すだけなら一般市民にすればいい。対策を取るために各国と情報共有するのが一番だろ。だが、米国はそうはしなかった」

「情報の漏洩とかを心配してるんじゃないのか?大勢に知られると漏洩の危険があるだろうし」

「それでも、だろ。ただ一国が知ってるだけの事態じゃないんだ。せめて他の大国にでも伝えて、協力を仰ぐのが普通だと思うが………」

 

 

月の落下なんて大国とはいえ、一国が隠蔽するには大きすぎる事実だ。もし米国が影で何とかしようとしているのであれば、情報共有は必要だと思う。

 

 

どうして隠すのか、その疑問についても推測は出来ている。

 

 

「もし米国が、自分達だけでも助かる手段を持っているとしたら?」

 

 

 

 

 

「そんな手段───」

「無い、とは断言出来ないよね」

 

 

二人もどちらかと言えば肯定的だ。

そうかもしれない。月の落下を密かに止めるのであれば、日本────二課に所属するシンフォギア装者や無空剣に協力を要請するしかない。米国が保持するシンフォギア装者を運用するつもりだった、とは言えそうにないだろう。

 

 

ならば各国にまで隠すのは、秘密の手段があるからだ。もし知られれば助かる方法に殺到した人々による混乱が生じる。或いは、その手段を奪うために世界中が戦争を起こすかもしれないだろう。

 

 

だが、それは一体何なのだろうか─────?

 

 

そう疑問に思っていた剣の脳裏に、とある単語が過った。

 

 

 

 

 

 

「ノアの方舟、とかか?」

 

 

ノアの方舟。

人類の愚かさに怒りした神が引き起こした世界を呑み込む大洪水。心優しき青年 ノアと彼の家族や動物達だけが乗ることを許された、神の遣わす巨舟。

 

 

聖書上によくある善性ある者こそ救われるという話だが、本題はノア本人ではなく、その方舟にある。

 

 

大洪水から逃れることが出来た代物、もしそれが───それと似ているものが太古に存在しており、それが聖遺物として遺されていたとしたら。

 

 

 

全人類とは言わずとも、ある程度の人間は助け出せるのでは?だからこそ、今の内はその情報を隠しながらも一部の人間を選定している可能性はなくはないか?

 

 

 

 

「…………いや、こうやってても答えが出る訳じゃ無いな。色々と自分から口出した手前、申し訳ない」

 

 

 

「別に気にしないで。確かにそうかもって考えちゃったし……」

 

 

これ以上の憶測は何も変わらないとして、迷惑をかけたと謝罪する剣に、友里さん達は大丈夫だと言う。それなら良かったが、と引き下がった剣に、ふと藤尭が声をかける。

 

 

「あぁ、そうそう。剣君が別の話をしたそうだから聞くけどさ」

 

 

「?」

 

 

「剣君って学校行かなくていいのかい?ていうか、行きたいって思わないの?」

 

 

「…………?何故急にその話を?」

 

 

「響ちゃん達も学校行ってる中、剣君って一人でいることも多いって思ってさ。少し気になったんだよ」

 

 

言われてみれば、そうだなと思った。

戸籍上では(と言うが普通に)クリスと同居している剣だが、彼女が学校に行っている間は特にすることがない。

 

 

あるとすれば、自主訓練か、ロストギアスの武装確認、こうしてオペレーターの人達と談笑するぐらいだろう。

 

 

 

「俺は19歳だ。年齢的にあの学校には入れないさ。そもそも、リディアンは女子校だろ?特別とかいって、入れるようなもんでも無いしな」

 

 

 

─────それに、響達以外の子とも馴染める自信も無いしな。

 

 

 

心の奥底に留めた言葉だ。決して誰にも届いているとは思えない。そうだ、きっと誰にも気付かれてないだろう。少しだけ、不安そうな顔をする二人の様子も、きっと気のせいだ。

 

 

 

「………暇って言う話なら問題はない。少しくらい、楽しめる催しがあるらしいからな」

 

 

強引に話を逸らした剣。オペレーターの二人は不思議そうにしていたが、すぐに気付いた様子だった。なんせ彼等、二課はリディアン音楽院の地下に存在していた組織だ。少なからずリディアンについて認知しているだろう。

 

 

いや、例えそうではなくても。多くの者が知っている。最近にある大きな催しは。

 

 

 

「文化祭………リディアンからすれば、秋桜祭か。丁度良い暇潰しにもなるから行こうと思っている」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「─────あぁは言ったものの。………やはり彼等では不足だよなぁ」

 

 

 

真っ暗闇の空間。深海の奥深くを思わせるような虚構の中で、エリーシャ・レイグンエルドは嫌そうというか、面倒そうな溜め息を漏らす。真っ赤に染まった手袋を脱ぎ捨てながら。

 

 

 

彼の懸念は、武装組織フィーネの集まり。彼女達の戦力は普通に遜色ない。エリーシャが知る限りの全ての情報を基にすると────唯一、あらゆる戦況に対応できる烈槍ガングニール。縦横無尽に動き回り相手を追い詰める事の可能な鏖鋸シュルシャガナ。下手すれば防御すらも貫通する凶悪性を誇る獄鎌イガリマ。無空剣やエリーシャの有するハイテクノロジーを以てしても追尾不可能なステルスを作り出せる聖遺物 神鏡獣(シェンショウジン)、それと同等に並ぶとされる程、これからの計画にとって重要なネフィリム。

 

 

オマケにソロモンの杖を含めれば、それら全てが彼等の戦力。これだけ述べれば不足なんてある筈がない。むしろ圧倒的なまでの力の差が理解できるだろう。

 

 

 

────それら全てを打ち倒しかねない漆黒(くろ)の魔剣士、無空剣の存在がなければ。彼がいるからこそ、武装組織フィーネの勝率は格段に低い。

 

 

 

たった一人でも戦況を変えられる。世界に影響を与える程とされた『序列』を冠するだけはある、彼がいるかいないかで彼女達の計画を果たすための難易度が不可能の域にまで変わるのだ。

 

 

 

(無空剣相手ならば当然とは言え、彼を抑えるのに必要になるシンフォギア装者が最低でも三人。相手方にも立花響を含む三人の装者がいる以上、数と戦力的に不利なのはマリア達になる。別に今の彼女達にそこまでの関心はないが、捕まってしまうのはあまり好ましくない)

 

 

エリーシャの思うところは、他にもある。ギア装者であり戦力であるマリア達三人は、人を殺すという事に慣れてないのだ。それもその筈。生易しい大人に囲まれた施設で過ごして、事故で身内や仲間が死んだ()()で世界に絶望してる位の子だ。

 

 

そして何より、世界を救うというお題目を信じてあの組織の一員として立っているのだ。悪趣味だが、エリーシャとしては笑いたくなってくる。()()()()()()()から得た覚悟で、自分が丹精込めて造った無空剣と相対できると思っているのか、と。

 

 

だが、妥協してやるしかない。エリーシャとて人の不幸を比べて馬鹿にするような趣味はない。彼女達があの程度で絶望してるなら、それでいい。

 

 

ただ、それで負けるのは此方とて面白くない。だからこそ、ある程度の助力は必要だろうと彼は考えた。

 

 

 

 

「しょうがない─────助け船を出そうか」

 

 

パチン! とエリーシャは指を鳴らす。自分の元に来い、と言う簡単な命令だ。暗闇に反響した音は、木霊になって響くこともなく、闇とへと溶ける。しかし、闇から姿を現した影は、エリーシャの元へと降り立つ。

 

 

義眼使いの科学者は、人影を見下ろして、薄ら笑いを見せる。

 

 

 

 

 

「─────シオン・フロウリング」

 

 

 

ゆっくりと、立ち上がったのは漆黒と蒼銀の鎧を纏う人物だった。機械染みた装甲を全身に纏い、顔もフルフェイスで包み込んでいるので、そもそも性別すら把握できない。分かるのは、フルフェイスの装甲の後ろから伸びる結ばれた青い髪。

 

 

 

「無空剣を模した、予備の序列を造る為の計画 『量産龍魔剣(グラムシリーズ)』のNo.1にして、唯一無空剣を越える可能性を得た個体」

 

 

シオン、そう呼ばれた魔剣士にエリーシャはなにか向ける。小さな携帯端末。かつてフィーネがアルビオンの操作に使用していたような物。

 

カチカチと画面を滑るような動きで、複雑な命令を打ち込んでいく。

 

 

「今回の戦いで、『グラム』の他に、『アメノハバキリ』のみの使用を許可する。武装組織フィーネへと所属し、彼女達の補助を。最優先命令許可対象をマリアとナスターシャ教授へ、次点命令許可対象はDr.ウェルへと設定。命令許可対象の命令は()()()()確実に、迅速に遂行するように」

 

 

口頭では、飽きるくらいに長く。しかし実際には単直な命令式を打ち込まれた魔剣士の反応は薄い。いや、そもそも人間染みた反応は一つも見られない

 

 

立ち上がった魔剣士、シオンと呼ばれたモノは無言でその場から飛び去った。暗闇の天井へと跳躍し、外へと出ていく。与えられた文章状の命令を、確実に遂行するべく。

 

 

 

─────ギィォンッッッッ!!!!! と。

 

空気を熱し、焼き尽くすような轟音が響く。まるで戦闘機が全速力で飛び立っていくような勢いが、上空を駆けていく。赤熱の軌跡を青空に残し、飛び去っていく。

 

 

 

エリーシャはふーっと短く嘆息すると、制御端末を手から落とし────粉々になるように踏み潰した。その破片をゆっくりと蹴り、奈落へと落としていく。

 

 

ニヤリと、不気味な笑みが浮かぶ。これでもうシオンという魔剣士を外的作用、遠隔のハッキングで操る事は出来ない。ノワール博士ならば(多分出来たとしてもしないだろうが)その可能性も有り得るので、唯一の操作機能を封じた。

 

 

これでシオンを止めるためには、戦って倒すしかない。情に訴えるのは当然として、運悪く制御端末を奪われて戦いを止めるようにと命令されたら、此方が面倒だ。

 

 

………エリーシャがそれを持って隠れてれば良いだろうと思うだろうが、最悪の場合もある。自分が自制を忘れるまでに興奮するようなものが見られるのならば、油断くらいはしてしまうだろう。その際に奪われてしまえば目も当てられない。

 

 

さて、殺すか殺されるかという話になるが、あの無空剣に出来るか興味が湧いてくる。自分を慕っていた後輩を───自我を失った魔剣士というには失敗作でしかない、残りカスとはいえ──その手で殺せるのか、甚だ疑問だ。

 

 

 

「感情のない、いや人格の消失した魔剣士。度重なる苦痛と絶望に、魂の内に宿る精神と心を喪失させたモノ。それがシオン・フロウリング、アレを動かすのは己の自我ではなく、既に自我の失われた肉体そのもの」

 

 

 

 

だが、興味は無空剣だけではない。この世界の存在の多くは無視できないものだが、今現在一番興味があるのは、全能の主神の槍。名は違えど神槍をその胸に宿す少女。

 

 

 

武器を持たず、他者との絆を求めるあの少女。自分という存在の証明を欲しがっていたタクト=セカンドタイプすらも懐柔した彼女の人徳には、個人的な興味がある。

 

 

 

 

「立花響は敵味方問わず、相互理解を求める。ならば、感情のない、心の失ったモノにはどうしようもあるまい。

 

 

 

 

 

 

────或いは、彼女の目の前で自殺でもさせてみようか。クククッ、ククククククッ! 手を差し伸べようとした相手が自ら命を断てば、彼女の志は折れるかどうか。いや、そもそもの話だ。彼女にとっての大事な人間を殺せば、彼女の性質は何処まで変生するか────どうやら私は自分が考えてる以上に性悪らしいなぁ?」

 

 

 

狂人は、深淵の奥底で歪に嗤う。彼にとって世界は自分の実験場であり、そこに生きる人々やノイズ、神すらも実験生物でしかない。不遜かつ傲慢、一人の人間には出来すぎた考えであろう。

 

 

 

それが彼、エリーシャ・レイグンエルドという存在の本質だろう。たった一つの目的の為であれば、全てを踏み台にしてでも果たそうとする狂気の信念。大勢の、世界中の人間からの怨嗟すら向けられようと、止まらない。止まることが許されてはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────『奇跡』を『理解』する、ただそれだけの為に。エリーシャは世界の果てとも呼ぶべき深淵の奥底で人知れず、純粋な悪意を漲らせていた。




お気に入り、評価や感想、質問などがあれば気軽にどうぞ!


次回もよろしくお願いいたします!それでは!!





…………因みに話に出たと思いますが、剣はクリスとさらっと同居してます(爆弾投下)今後のストーリーからして、同居人は増える予定です(更に投下)


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秋桜祭/飛来

1ヶ月以内に投稿してるからセーフなのでは?


秋桜祭。

リディアン音楽院にとっての文化祭である。規模としては街中の人は勿論、遠くの方から来る人までいる位だ。どちらかと言えば街の大行事みたいな盛り上りなのだが、その理由はリディアンが国家が保証している学校だからだろう。

 

 

今現在、大勢の人々がお祭り騒ぎで楽しんでいる秋桜祭。その人混みの中で静かに、嘆息する青年が一人。

 

 

 

「………人が多い」

 

 

いつもの服装とは一転して、黒っぽいフード付きのパーカーを着込む無空剣。顔を隠すようにフードを覆う姿は流石に怪しいが、これも仕方ない。

 

 

世界中に顔を露呈させた有名人────ノイズを倒せる英雄と称されている以上、簡単に顔を出して問題にしたくもない。ただでさえ、人混みに飲まれそうになり苦手になってるのに。

 

 

そんな最中、自分の名を呼ぶ声を剣は耳にした。

 

 

 

「剣さぁーん!此方ですよー!」

「ちょっと響!そんなに叫んだらバレちゃうよ!?」

「………あっ!!?」

 

 

近付いていくと二人の少女───制服姿の響と未来が、狼狽えてるのが見える。まぁ、わざわざこうやってあまり人に気取られないようにしているのに、正体をばらすような発言をしてしまったのだから。無理もないのは確かだろう。

 

 

 

「気にするな。今のところ誰も反応はしてない。翼の“無空”呼びならともかく、“剣”って呼び方なら他の名前と間違えるさ」

 

 

対して、無空剣本人は二人に比べて特に気にしてはいなかった。前髪や目元を隠しそうな程にフードを下げながら、剣は落ち着いたように二人に言う。

 

現に、誰も剣達に反応していない。響が剣を呼んだ時の大声も、喧騒によってかき消されている。不審に思って此方を見てきた者も、すぐに興味を失くしているので問題はない。

 

 

「あはは……ごめんなさい」

 

「もうっ。剣さんも有名人なんだから気を付けてね、響。もし皆に気付かれちゃったら、お祭り以上の騒ぎになっちゃうから」

 

「………やはり名前や顔を晒すのは不味かったか?」

 

 

───百合に似た、というか最早そうかもしれない位の夫婦(女性同士とか言う指摘は受け付けない)みたいな感じの二人。そして彼女達を見つめながら、剣は割と真剣に自分の数ヵ月前にした事を思い悩んでいた。

 

 

 

 

そもそもの話、何故響と未来が待ち合わせを────何より、無空剣としていたのか、それについて説明する必要があるだろう。

 

 

 

リディアン音楽院で行われる秋桜祭。年に一度という程の学校行事なのだ。楽しみたいのは響達も同じだろう。人の多いところは個人的に好きでもなかったので自宅で待機することも視野に入れていた剣だったが、響から直接誘われたのだ。

 

 

 

当初は目立つから難しいと断りを入れていた剣だったが、通り掛かった風鳴司令から、難しく考えずに楽しんでこい! と元気そうに笑いながら背中を叩かれ、言われるがままに承諾した、というのが事の経緯だ。

 

 

(………別に響が嫌だから断った訳じゃない。響には小日向未来や翼やクリスがいる。あまり俺に関わらなくても………なんて言うと、怒られるな。間違いなく)

 

 

軽く頬を掻きながら剣は困ったように息を吐く。正直な話、他人から向けられる善意というものにあまり慣れてない。それが仲間からのものであれば、尚の事だ。

 

 

 

………今ばかりは難しい事は考えないようにしよう、と剣も途中で考えると響と未来に連れられるがままに、校内を散策していた。色んなクラスの催しである屋台に参加したり、売り物を買ったりしながら、三人で楽しんでいく。

 

 

 

 

 

 

「────剣さん、楽しいですか?」

 

「………あぁ、そうかもな。こういう風なのは始めてだしな」

 

今もてんやわんやに騒いでいる人混みから外れた所で、響と剣はベンチに腰掛けてたこ焼きを食べていた。熱がるようにふぅふぅと息を吹き掛ける響の横で、剣はパクパクと食していく。熱さを感じてないように見えるが、単に余裕なだけだ。

 

 

因みにだが、小日向未来は今別行動をしている。今は少しゴミを捨てに行ってくると離れていった。だからこそ、今は剣と響の二人っきりだ。

 

 

たこ焼きを頬張っていた剣は、ふと薄い笑みを消す。そして隣にいる響へと声をかけた。

 

 

「………響、どうした?」

 

「……え?な、なんでもないですよ!ただちょっと熱いなぁって!」

 

 

両手を振って誤魔化そうとする響。露骨な態度を見せてしまう彼女に、剣は溜め息を吐いて────一言。

 

 

 

 

「…………アイツらの事か?」

 

 

その意味が何なのか。それは二人にしか分からないだろう。響が何に悩んでいるのか、剣には見当がつく。嫌という程に。

 

 

一週間前の武装組織フィーネの宣戦布告の件。その際に敵対した装者から言われた、『偽善者』という言葉。響の考えや思いを知らないからこそ言えるであろう敵意のある言葉だ。

 

そして、もう一つ。数日前にあった武装組織フィーネの拠点襲撃の際。響達の向かった場所にいたのは彼女達ではなく、もう一人の魔剣士だった。

 

 

如月刹那(きさらぎせつな)

前々から存在の確認されていた青年。聖剣デュランダルを宿し、無空剣の一段落下に位置する四位に与する魔剣士。何の目的かは知らないが、奴は響達との戦闘を目的としていたらしい。

 

 

その時に、何かは知らないが、刹那と響は言葉を交わしたのだろう。そして、彼女を追い込むような言葉を投げ掛けた。それぐらいは予想できる、出来てしまう。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

そして、響は今思い悩んでいるんだろう。自分がしようとしてる事は、誰かに手を差し伸べる事は間違っているのだろうか、と。他人から見れば偽善と思われてしまうような事なのか、と。

 

 

少々、キツい言葉も必要かと、剣は両眼を細めた。

 

 

「別に、俺はとやかく言うつもりはない。響のやってることを間違ってるとか誰かが言おうと関係ない。言われてショックを受けるのは良いが、どうするか悩むようなものなら、止めた方が気楽だろ」

 

 

───最低な発言だろう。最後まで口にした剣は自嘲と嫌悪のあまりに、脳の奥が激しい熱を帯びて痛むのを感じた。

 

 

冷徹な言葉に、響は唇を噛み締めていた。剣はその事にやはり罪悪感と後悔が過る。だが、彼は知らないだろう。彼女が言葉に出来ない理由は剣の発言に傷付いたからではなく、彼自身の変化を理解したことには。

 

 

 

だが、そんな辛そうな感情を彼は押し殺し、響に微笑みかけた。

 

 

「だけど、お前はそういう奴じゃないだろ?」

 

 

自分が知る立花響は、そんなような人間じゃない。彼女の想いは、誰かを思いやれる気持ちは、そう簡単に折れたりはしない。現に、無空剣の心も救った。敵として拒絶していた虹宮タクトも、彼女のやり方を認めたのだ。

 

 

偽善かどうかの話であるならば、響のやる事は決して偽りではない。何故なら彼女は多くの人を助けてきたのだ。その想いに、実績に、偽りの正義と呼ばれる謂れなどありはしない。

 

 

「他の装者が言ったように、痛みを知らない訳でもない。どうせ刹那も言っただろう…………その道を選んで絶望するのはお前だってのも、全部お前を知らない側の人間からの言葉だ。否定して、正面するんだ。俺や皆が知ってる、誰かを傷つけるよりも手を伸ばすことを選んだ、立花響の想いをな」

 

 

それに、と。剣は彼女の頭に手を置き、優しく撫でた。

 

 

「─────俺は、お前のやり方は好きだ。俺達魔剣士にはない、敵味方を思いやれる心と想いがあるからな」

 

 

そう言うと、響は少しだけ頬を赤くしたように見えた。俯いてしまったので、よく見えなかったので、少しだけだ。

 

何で顔が赤くなったのか、多分恥ずかしかったのだろう。人混みから離れていても、ここはやはり外だから。そうだろうな、と黙って剣はやりすぎたみたいだ、と反省することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね響……………あれ?どうしたの?」

 

「ううん!何ともないよ未来!」

 

 

いつの間にか、三人分の飲み物を買ってきてくれた未来が戻ってきた。響の様子が変だと思っていたのか声を掛ける彼女に響は誤魔化すように慌てて答えた。

 

 

途中、トイレに行ってくるとそのまま走り出していった響。その結果、小日向未来も剣の二人だけがこの場に残されていた。

 

 

未来は落ち着いた様子で、この場から立ち去った親友を心配しながら、率直に剣へと問い掛けた。

 

 

「………響と何を話してたんですか?」

「迷った事についてだな。今回の任務の件で色々と」

「隠さない………ですね」

「別に、な。お前も無関係という立場じゃないしな」

 

 

とはいえ、だ。事の経緯を粗方話すことは駄目だろう。司令に怒られるだけならまだしも、今後の戦いに巻き込まれてしまえば、剣も平静を保てなくなるかもしれない。

 

非常に不本意だが、簡潔に纏めることにした。分かりやすく、かつ機密情報を伏せた形で。

 

 

「内容は色々と省略するが………そう言えば、少しだけ赤かったな」

 

「…………何をしたんですか」

 

 

声音が一瞬で下がった。

なんか冷たいを通り越して、絶対零度にまで至ったのはすぐに分かる。というか分からない筈がない。

 

歴戦とまで言われてきたからのだからよく分かる。返答次第では殺されるかもしれない。相手は一般人の女の子だから、ではない。人間の感覚というものは、死に敏感になることが多い。殺気に気付いて己の死を予感する場合もあるのだ。ここは、答え方に気を付ける必要がある…………。

 

 

 

 

ので、本当の事を言うことにした。

 

 

 

「いや、な。さっき響の頭を撫でたんだが………それが理由かも、しれない」

 

 

「……………剣さん」

 

 

正直な回答に、未来が呆れたように溜め息を吐く。なんか誤解を解こうとしたら、別の方に誤解されてると思った。咄嗟に、言い訳みたいな発言も出てしまうのも仕方ない。うん、仕方ない。

 

 

 

「正直、響はシオンに似てるんだよな。俺を慕ってくれてるみたいだし」

 

「………シオン?」

 

「俺の後輩だ。臆病で他人と話すのを怖がってるような奴だが、確かに良い奴だよ。出来ることなら、アイツも連れてきたかった。今も元気にしてると良いが……」

 

 

何とか話を逸らせたと思いながらも、剣はかつての知り合いを思い浮かべていた。自分よりも年下、響よりも一つ年下になる少年だ。かつて自分が魔剣計画から逃走する際、巻き込むことを恐れて離れることを選んだ経歴があり、今は大丈夫か心配はしている。

 

 

そう言ってると、剣はピクリと眼の色を変えた。未来は剣の耳元に装着されている黒い大型イヤホンのようなギアが短く点滅してるのが見えた。

 

 

同時に、脳内に情報が伝達する。電気信号のように、彼はそれが何なのかをすぐに確認できた。

 

 

「悪い。電話が来た。少し対応してるから、先に回ってきてくれ」

 

「あ、えっ?剣さん!?」

 

 

すぐさま顔色を変えて、人混みの方へと向かう剣。後を追いかけようと立ち上がる未来に悪い、と返すと駆け足で蠢く人の波を、スラリと通りすぎていく。

 

 

剣がこの場を後にした理由。一瞬だけ此方に向けられてきた電話、誰からのものか詳しく確認しようとして、異様さを感じて、すぐさま別の場所へと移動したのだ。

 

 

分かりやすい話………電話番号が原因であった。

 

 

 

 

(非通知………登録してない番号から?)

 

 

知人の多くは登録している筈だ。この連絡先を知ってるのは、二課に所属する人間だけだ。確か、響達、風鳴司令、櫻井了子女史やオペレーターの皆と。

 

 

耳に装着されたギアを操り、着信を繋げる。どちらにしても、連絡を聞いてみるに越したことはない。

 

 

 

「もしもし、悪いが誰だ?」

 

『────やっと繋がったわね』

 

 

警戒を緩めること無く単刀直入に相手の名を聞く剣。しかし相手(声からして間違いなく女性)はあまり気にした様子ではなかった。むしろ剣が連絡に出てくれた事に、何処か安堵していたようだ。

 

 

 

その声の主を、剣は知らない訳ではなかった。いや、むしろ忘れてすらいない。だが同時に、多少の困惑が沸き上がってきた。

 

 

相手が相手だから、そう言うしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

「────────フィーネ、なのか?」

 

 

フィーネ。

櫻井了子という人間の身体を乗っ取っていた人物でもあり、ルナアタックの騒動を引き起こした元凶である女性だ。

 

 

かつて剣も色々と辛酸を舐めさせられた。というよりも、回数としてならばフィーネの方が多いのだが、此方は半殺しにされてるから五十歩百歩だ。

 

 

対して連絡相手は、自分がフィーネである事を否定しない。つまり確定なのだろう。彼女は剣の態度に、意外そうであった。

 

 

『あら、予想よりも反応が薄いわね。まぁ私が事前に目覚めてるって話を聞いていたのなら当然かもしれないけどね』

 

「………だが、実証はなかった。連中の戯れ言かと思っていたがな。本人から連絡を受けるまでは、疑ってたんだがな」

 

『気にする必要は無いんじゃない?貴方の考えは間違っていないようなものだし』

 

「………?」

 

フィーネの言い回しに疑問が浮かぶ。もしかすると互いの認識に齟齬があるのかもしれない。だが、今はそんな事を考えてる暇もなく、

 

 

 

「…………何故俺に連絡してきてる?」

 

『事情が事情なのよ。本来なら何もせずにあの子達を見守っておこうと思ってたのに…………相手が相手だから、文句は言ってられないわね』

 

「要するに、今回は味方って事で間違いはないのか」

 

 

その解釈で問題ないわ、とフィーネは呟く。声が抑え目に聞こえてるのは、他の誰かに聞かれたくないからだろう。今代の器であるマリア本人とのコンタクトはしてないのか、と半ば自分の意思で納得する剣。

 

 

その間にも、フィーネは小声で、捲し立てるように話す。

 

 

『現状で私が知ってる情報を伝えておくわ。これは二課にも伏せて欲しいのだけれども』

 

「何がだ?」

 

『武装組織フィーネの協力者はエリーシャよ』

 

「なっ!?エリーシャが!?」

 

 

告げられた名前に、思わず剣は大声を上げてしまう。すぐさま周囲を見渡すが、人から離れた場所だからこそ、大して気にした者は解くにいなかった。

 

 

だが、それでもピリつきが収まらない。エリーシャという男が出てきた時点でこの事件はロクなものにならない。そう確信される程の凶悪さと不快さが、経験によって補われているのだ。

 

 

「………なるほどな。それで?奴の行動は?」

 

『それが分からないのよ。マリア達に月の落下を教えて、テロリストへと行動させた事は確実なのだけど』

 

「月の落下を教えた?あのエリーシャが?」

 

 

普通に考えれば、有り得ない。

むしろあの男ならば、月の落下を密かに利用して計画を起こすか、或いはそのまま落として状況を観察したりするだろう。

 

 

何故気付いたのかは良いとして、教えるメリットがない。月はエリーシャにとって未知のもの、バラルの呪詛という謎が存在するアレを解析したいと思うのが、奴の思考パターンな筈─────

 

 

 

 

 

───あ、言い忘れていた。これから月を使って面白い事をしようと思う。期待して待っててくれたまえよ?

 

 

(そういう事か………ッ!)

 

 

数ヵ月前のエリーシャのあの言葉は、きっと今回の事件の事を指していたのだろう。だとすれば、大方月の落下の原因は間違いなくエリーシャ本人。

 

 

何をどうやったのかは不明だが、あの男が今回の事件の裏で糸を引いてると思うのは確かであった。月の落下をマリア達に伝えたのは、その通過点にある目的を果たした後の、後始末を任せるためか。

 

 

月の落下の阻止が、エリーシャの思惑通りであるならば、望み通り従うのは心底業腹だ。

 

 

『それで?一応聞きたいのだけれども………貴方、月の落下を止めるつもりなのよね?』

 

「当たり前だ。そうしない理由はない」

 

『そう。なら止めはしないわ。………でも、忠告しておくけど、月の落下を止めるにはマリア達の有する聖遺物が必要不可欠よ。何とか協力するのをオススメするわ』

 

「勿論、そのつもりだ」

 

 

───連中が協力を受け入れてくれるか疑問だがな、と剣は冷徹な発言を口に出さず呑み込むことにした。

 

 

こういう誰かを疑う事ばかりを覚えてしまった自分には嫌気が差してくる。まぁ、そんな自分だからこそ、誰かを守ることは出来るのは確かだ。

 

 

 

『時間が無いからもう切るけれど………その前に一つだけ、聞かせてくれない?』

 

「何だ?」

 

『─────タクトとクリスは、元気にしてるかしら?』

 

「…………まぁ、多少は元気だと思う。クリスは馴染めてるんだが、タクトはまだまだ難しそうだな」

 

『そう………なら良かったわ』

 

 

心の底からの安堵の声と共に、フィーネからの通話は切れた。かつてフィーネが利用していた二人の様子を、彼女本人が気になっているのは、柔らかくなった証明かもしれない。

 

 

連絡を終えた剣は、溜め息を漏らす。少しだけ冷静になる必要がある。今回の事件は、予想よりも警戒と覚悟を決めておく必要があるかもしれない。

 

 

そう思っていた矢先、剣は人混みに眼を向けていた。当初は考え事の一環で視線を固定していただけだったのだが、人の波の中に…………見覚えのある少女が二人見えた。

 

 

知人、というよりは他人だ。だが、少女達の顔は鮮明に覚えている。二度も戦ったのだ、忘れる筈がない。

 

 

 

思考を白熱させていたのが一転、剣は逆に冷静になってきた。驚こうにも驚けない。エリーシャの存在感が強すぎて、霞んでしまったのも事実だ。

 

 

 

「こんな日だってのに、色々と事が起こり過ぎだろ………」

 

 

呻くように愚痴を漏らしても、何も変わらない。剣は短く息を吐くと、人混みの中へと突き進もうとする。しかし、すぐに足が止まった。

 

 

悩むような、沈黙が続いた。だが、何かを決心したように剣は、申し訳なさそうに謝罪を口にする。

 

 

 

「…………悪いな、響に未来。折角の機会だってのに」

 

 

 

そう言って、彼は先程見かけた少女達の跡を追うように、駆け出し気味に歩み出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

迫る、迫る、迫る。

 

青空に浮かぶ白い雲の塊を突き破り、青い光が大空(ソラ)を翔ける。夜空に落ちる流星のように、瞬く間に通り過ぎる。

 

 

日本圏内に配備された索敵レーダー。領域内に入るあらゆる外敵を察知して対応するためのもの。国内に存在するそれら全てでも、上空を巡るモノを捉えきれなかった。

 

 

僅か0.0001秒の超加速と、自身を中心とした周囲に放つ電波妨害波(ジャミング)機能。それによって防衛機能を無視して、それは日本の国内へと踏み込んできた。

 

 

その目的はただ一つ。同じように索敵から逃れ、隠れているであろう者達だ。装甲越しに見える景色、機械による演算機能で設立した視界が────すぐさま対象を発見した。

 

 

目視や対空センサーに捉えられない速度と異端技術で旋回を続けていたその戦闘機も、狙いを定めたかのように突撃を開始した。

 

 

 

同じように、異端技術を用いて隠れていた武装組織フィーネの拠点である、エアキャリアへと。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「マリア、どうでしたか?」

 

「切歌達は無事リディアンに潜入出来たみたいよ。無空剣のロストギアか二課の装者のペンダントを手に入れるって、やる気があったわ」

 

「………現状、我々に打つ手がない以上、あの子達が成果を持ち帰ることに期待するしかありませんか」

 

 

ドアを閉じて入ってきたマリアとナスターシャ教授が会話を交わし合う。どうならマリアは先程まで連絡を取っていたらしい。今はいない、自分達の仲間………彼女達の関係から言えば、家族と。

 

 

 

「それとマム、ドクターは?」

 

「完全聖遺物ネフィリムの調子を確認してます。現在は休眠中らしく大人しいですが………」

 

 

 

静かに現状の確認をしている二人だったが、ビーッ!という高い機械音を耳にすると、すぐに動き出した。咄嗟に、飛び込む形でマリアが、操縦席の前方にある機械を視認する。

 

 

 

「────何者ッ!?」

 

 

「不明反応が一つ…………急速に此方へと接近しています。二課や米国の追っ手の可能性があります。マリア、迎撃の用意を」

 

 

「分かったわ!マム!!」

 

 

普通の技術よりも段階的に上である高精度のセンサー上に浮かぶ謎の反応。画面上で、機能とは思えない異質な点滅を繰り返すその反応に不気味ではあったが、追っ手であれば迷っている時間はない。駆け出すようにマリアはエアキャリアを飛び出した。

 

 

 

上空を見上げると、金属の塊が此方に迫ってきていた。凄まじい速度と赤熱、そして蒼光を空に引き起こしながら、マリア達のいる場所へと確かに向かっていた。

 

 

その金属体、あまりの速度に何なのかよく視認出来なかった。しかしマリアは、何故か似たようなものが脳裏に浮かんだ。

 

 

(─────戦闘機、いや(ドラゴン)?)

 

 

蒼い光を溜め込んだ翼を大きく広げた黒き金属に覆われたモノ。伝承に存在する生き物にしてはあまりにも小さすぎる、戦闘機にしてみてもあまりにも小型だろう。

 

 

だが、そう感じてしまったのだ。あの金属に宿るエネルギーを直感的に読み取ったマリアが、そんな風に。

 

 

戦闘機は、隠されたエアキャリアから出てきたマリアに気付いたようだった。翼を広げ、微光を撒き散らしながらマリアの方へと速度を上げて突っ込んでいく。

 

 

二課に存在する戦力は既に把握している。無空剣とシンフォギア装者の三人、アレはそれら全てに該当しない。未知の存在だ、ならば。

 

 

 

「ッ!やはり米国の追っ手か!!」

 

 

そう言い、ペンダントを手に取ったマリアは歌を歌う。瞬時に己の身に黒きシンフォギア───ガングニールを纏い、臨戦態勢を整える。

 

 

向かってきた戦闘機はマリアの方へと直進し、後数メートルの所で旋回し、勢い良く直角といわんばかりの角度で真上へと飛び立つ。

 

困惑するマリアだが、更なる変化は彼女の上で生じていた。

 

 

 

ガチャガチャ、ガチャ!! と、機械音が何度も響く。上空へと戻ったと思われた戦闘機はマリアの真上で自らの体躯を折り曲げ、変形を始めたのだ。

 

 

 

蒼光で構成された翼が折り畳まれると同時に腕が飛び出す。戦闘機の首の部分と思われていた部分は縮小して位置を移動させると、人間の体で言う背中の部位に装填される。ブースターの役割をしていた部分は変形し、2本の脚へと変換される。

 

 

そして─────鎧に包まれた人間が、マリアの前に降り立った。

 

 

 

実際に言うと、マリア達の纏うシンフォギアでも無空剣のようなロストギアにも見えない。全身を機械の鎧で覆った何者か。いや、中身が本当に人間なのかもマリアには分からなかった。

 

 

だが、それが味方であるかも敵であるかも分からない以上、警戒するのは当然だ。そう判断し、マリアはガングニールの槍を全身鎧へと突きつける。

 

 

 

何者だ、と問い詰めようとしたマリア。しかし彼女が口を開き、言葉を発しようとした瞬間。全身鎧の顔の部分、眼の意味をしていると思われる光のラインがカチカチと点滅した。

 

 

そして、マリアに対して言葉を投げ掛けた。

 

 

『警告、当機体は敵ではない。ギアを纏うことは不要だ、マリア・カデンツァヴナ・イヴ』

 

 

声は、青年のものだ。しかし実際には装甲に覆われていた為に、どんな人物かも把握することは難しい。それを聞いていたマリア本人は、どちらかと言うと合成音声に聞こえて、不気味に感じた。

 

 

 

「敵じゃない………?なら貴方は何者なのかしら?」

 

 

 

警戒を緩めることなく、質問を続ける。全身鎧はすぐに答えた。

 

 

『────解答、当機体はシオン・フロウリング。武装組織フィーネの援護と助力の為にこの場にいる』

「私達の………援護ですって?」

 

肯定、とシオン・フロウリングは無機質に告げる。目の前にいる者が助力に来たとは思えず、マリアは困惑しながらも1ミリも気を緩めることはない。

 

 

信じることも出来ない間、マリアの後方から静かな声が発せられた。

 

 

 

 

「………ならば、貴方に聞きたいことがあります」

 

「マム!?」

 

車椅子に乗ったままエアキャリアから降りてきたナスターシャ教授に、マリアは驚愕を露にする。

 

 

「待ってマム!まだ味方だとは限らないわ!」

 

「なら何故貴方に話掛けてきたのですか。敵であるならば、貴方の存在を確認すると同時に攻撃が出来た筈です。このエアキャリアごと、私達を吹き飛ばせたでしょう」

 

 

確かに、それは事実であった。

否定しようもない事実にマリアは突きつけていた槍を少しだけ下げる。何時でも対応できるように、全身の神経に意識を向ける。

 

 

その際にも、ナスターシャ教授による質疑は行われていた。

 

 

「つまり、貴方は魔剣士(ロストギアス)という事で間違いはありませんか?」

 

『解答、貴方達が仮定するものであれば、間違いはない』

 

「ではもう一つ────我々への助力はエリーシャ博士の命令ですか?」

 

『解答、その通り。今より当機体は貴方達の所有する戦力。武装組織フィーネの目的達成のために従う。全命令権限はナスターシャ教授とこの組織のリーダーたるマリア・カデンツァヴナ・イヴの二人に適用される』

 

 

的確に、本当に機械かのように淡々と答えるシオン。

 

 

「どうするの?マム」

 

「………エリーシャ博士との確認を取ります。彼を完全に味方と信用する訳にはいかないのも事実です。マリア、出来るだけ彼の監視を頼みます」

 

 

ナスターシャ教授からの言葉を素直に聞き入れるマリア。話しさえしなければ、生きてないかのように硬直しているシオンを見つめているが…………アクションがない。

 

 

警戒してる意味があるのかと思ってしまいそうになるが、教授がそんなマリアに向かって言う。

 

 

「マリア、何をしてるのです。早く戻りましょう」

 

「………彼も中に入れていいの?」

 

「この場所ではエアキャリアの隠匿技術は届きません。下手に居座れば察知した二課や米国に追い詰められるでしょう。彼が例え味方ではなく敵であったとしても、この場に居座り続けるのは得策ではない………違いますか?」

 

 

分かったわ、とマリアは頷く。自動で動く車椅子による移動で、エアキャリアの奥へと進んでいくナスターシャ教授。

 

 

後ろに棒立ち、というよりも猫背で立っているシオンに、マリアは鋭い声を放つ。威嚇というより、警告を兼ねて。

 

 

「───言っておくわ。もし、マムに手を出すなら私は容赦はしない」

『確認、それは命令か?』

「命令って………貴方、何か聞かれる度にそんな風に返すの?」

『解答、それが当機体の機能』

 

 

やりにくい。それがマリアの率直な感想だった。人との対話はレセプターチルドレンの中で慣れてる方のマリアだが、世間的に見ればあまり得意ではない方かもしれない。精神的に不安定な面も含めれば。

 

 

それでも、対応を任されたのであれば、こなすべきだとマリアは決意を胸に秘める。そして、余裕さを崩さないようにしながら、シオンに言葉を掛ける。

 

 

 

「じゃあ、私に着いてきなさい」

『承諾、今より追尾行動を開始する』

 

 

エアキャリア内へと入るマリアに続き、シオンはカシャンカシャンと音を立てながら彼女の後に着いていく。

 

 

………なんか白鳥とアヒルみたいとか思っても言ってはいけない。片方はアヒルとかに似合わないくらい物騒だし。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「………エリーシャ博士、何故彼を我々の元に?」

『あぁ、シオンが着いたのか。彼は実力者だからね、無空剣の相手には十分だとは思うが?』

「貴方の考えは分かりました。少なくとも、事前にお伝えして欲しかったのですが」

『それは申し訳ない。だが、私も急な思い付きだからさ。動員出来る戦力で君達に任せられるのが彼しかいないから、仕方ないだろう?』

 

 

 

「………何故、彼しかいないのですか?」

『へぇ?どうしてその質問を?』

「個人的な興味です。貴方が彼を率先させて遣わせた理由を」

『あぁ、それは簡単だよ。

 

 

 

 

 

 

 

「アレ」が邪魔になるかもしれないからさ、今後の事にさ』

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「と言っても、教授はまだ信用してないみたいだしなぁ。いや、良い顔が出来ないのが正しいか。彼女はああ見えてもまだ甘いみたいだしね」

 

 

やはり前と同じ。

光無き深淵の奥底。

エリーシャは巨大な金属塊に背を預ける形で、端末を弄っていた。

 

 

ナスターシャ教授との連絡を終えた後、彼は面倒そうに首を動かしていた。勝手な思い付きではあったが、あくまで問題のない範疇だ。だと言うのに、教授は随分と苦言を呈したい様子であった。

 

 

 

感性のイカれたエリーシャとは違い、ナスターシャ教授はあくまでも人としては優しいに部類される。彼女も、言いたかったのはエリーシャの突然の思い付きへの苦言ではなく、先程エリーシャが話したシオン・フロウリングの扱いと、その全貌についてだろう。

 

 

しかし、もう興味の無い事は気にしないのか、エリーシャはその話の事を考えてはいなかった。今彼が考えてることは別の事だ。

 

 

一人の科学者が最も必要としている兵器。未だ人間に憧れ、人間として生きれることを期待している哀れで滑稽で、愉快なモノ。

 

 

それを利用することがエリーシャにとって必要な課題だ。アレを造った者として、最後の最後まで完全な兵器へと至らせるのが仕事なのだ。

 

 

 

「…………よし、仕方ないか」

 

 

科学者は、予定を少し先に進めることにした。醜悪かつ極悪な彼の嫌がらせを、少しだけ早く。

 

 

端末を弄くり回しながら、エリーシャは何かを起こそうとする。狂っていると言われたのだ。強ち否定するつもりはない。とっくの昔に、魔剣計画に踏み入ってから、人として、科学者として、生物として狂っていたのだ。

 

 

 

そして、狂っている事を止めるつもりもない。

 

 

 

 

 

 

「舞台くらい調整はしてやるとしよう。彼の性能(価値)を見せてやれる戦場(舞台)をね」




シオン・フロウリングの絵(また色無し)は此方です。


【挿絵表示】



【挿絵表示】



剣さん「シオンって後輩がいるんだけど、良い奴なんだよな」

シオン「シオン、デス。ヨロシク」


…………懸命な読者の皆様なら大体理解できるだろうと思う。



お気に入り、評価や感想、質問などがあれば気軽にどうぞ! 次回もよろしくお願いいたします!それでは!!


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殲滅のシークエンス

書き終わったーーーー、相変わらず長ぇぇー。


久しぶりの戦闘描写だー、や っ た ぜ !!!(大寒気)


未だかつてない盛り上がりを見せる秋桜祭。校内で無くとも人の数は多く、校内で催しがあったとしても人混みの数は衰えることはない。

 

 

だからこそ、紛れるには充分かもしれない。監視の眼から隠れ、行動することも難しいことではないだろう。故に、この祭りの中にテロリストの一員が紛れ込んでいるとは、誰一人思ってもいないだろう。

 

 

 

 

 

「いやぁー、この祭りは楽しいデスね!美味しいものも沢山あって、どれを選ぶべきか迷うデスよ!」

 

 

その一人、暁切歌という少女は楽しそうに秋桜祭を堪能していた。一応言うが、彼女はテロリストの一員である。世界を救うために暗躍しているという点を甘味してもあまりにも無防備過ぎるとは思う。オマケに申し訳程度の眼鏡を掛けているが、果たして変装のつもりなのだろうか。

 

 

「……………じーっ」

 

「な、何デスか?調」

 

「切ちゃん、私達の目的忘れてない?」

 

 

そんな楽しんでいる切歌を、ジト目で見つめる少女 月読調が一人。割と本気で楽しんでいる切歌とは違い、至って真面目に潜入しているのだが、彼女も彼女でまた眼鏡だ。どうやら彼女達にとってその眼鏡で変装しているらしい。その自信は一体何処から来るものなのか…………。

 

 

ぐうの音も出ない事実を指摘されて、焦りながらも切歌は答える。

 

 

「だ、大丈夫デスよ!私達のやるべきことはちゃんと分かっているデス!」

 

 

 

 

 

 

 

「────そうか。なら、その任務について是非とも聞いてみたいな」

 

切歌の言葉に対し、そう投げ掛けた声に二人は咄嗟に声の方に振り向く。人の波の中で孤立するような、フードの人物。そこから覗く顔に、彼女達はすぐさま相手が何者か気付いた。

 

 

 

「無空剣!!」

「なんでコイツが────けど!」

 

 

突然自分達に近付いた無空剣に戸惑う切歌と調であったが、二人は予想に反して落ち着いていた。

 

 

(好都合デスよ調!無空剣が一人でいるんなら、何とか出来るかもしれないデス!)

 

(………切ちゃん?でも私達二人だけじゃきっと勝てないよ?)

 

(実力で勝てなくても、やりようはあるってヤツデスよ!他に装者が集められるよりも先に、デス!)

 

 

 

 

(…………丸聞こえなんだが。これって言うべきか?いや、下手に口を滑らせないでおこう。ここでやりあうことになるのも面倒─────正直、やる方が手っ取り早いが)

 

 

まぁ、これも魔剣士としてより優れた聴力があるからこそなのだが。だが、用があるのは此方も同じだ。

 

 

「落ち着け。別にこの場でやりあうつもりはない。まぁ、それもお前達次第だがな」

 

「────それは此方の台詞。ここで戦えば困るのは貴方の筈」

 

「戦力的な差を埋めるためなら民間人がいる場で戦うか?その場合は失望するな、お前達の言う目的もその程度のものだと。人を犠牲にする癖に、世界を救う────その行い自体がヒーローとしてもてはやされてるとでも?」

 

 

その言葉に自分が当てはまるのは当然理解している。響達や彼がよく知る大切な誰かを守る為であれば、剣はどんなに手を汚す事も厭わない。元より血で汚れきった手だ、今更殺すことに迷うことなど有り得ない。

 

 

だが、それをしないのは響達がそれを知った時の反応を見たくないからだ。勿論、そんな事をするならばバレないように仕込むが、彼女達がどう思うか、その姿を見たくもない。だからこそ、殺すことは極力控えている。

 

 

「そもそもの話、お前達二人を無力化することは難しくない。お前達がこの場で聖詠を歌う時間を、俺が律儀に待ってやるとでも思ったか?」

 

 

だが、カマを掛けるのは別だ。

彼女達は剣の観点から見れば、善人だ。月の落下なんて大規模な災害を止めようとしている時点で、相当のお人好しなのだろう。だからこそ、無実の人が犠牲になるのは彼女達の方が嫌な筈だ。

 

 

現に剣の言葉に二人は苦い顔をしている。否定できない、出来る筈がない。

 

 

 

「当ててやる。お前ら二人は俺に用があるんだろ?それか、響達か。まぁ、当てると言ってもそれしか見当が付かないんだがな。ここに来る理由は」

 

「………っ!」

 

「もし、俺に応じるのであれば、お前達の話も聞こう。互いの目的達成の為に、お互いの知りたいことを答える。Win-Winの関係だが、どうだ?」

 

 

勿論、彼女達が素直に応じるとは思ってはいない。一度や二度戦った敵同士、理解し合えないというのが考えなのだろう。

 

 

だが、剣も馬鹿ではない。彼女達の行動は少し前から観察していた。故に、どうすればいいかは大体分かる。少々卑怯とは思うが、作戦達成の為であれば仕方ないと思い、密かに動く。

 

 

 

 

 

 

「わ、笑わせるなデス!敵の施しなんて受ける訳ねぇデ───」

 

 

「そうか───────もし応じてくれるのであれば、先程買ってきたこのチョコバナナを無料で譲ってやろうと思ったんだが…………いらないという事なら仕方ない。責任を取って俺が一人で食べるとしよう」

 

 

スッと、先程からずっと書くし続けていた四本のチョコバナナをちらつかせる。勿論、屋台で買ってきた。当初は二本注文したのだが、もう二本オマケで来たのは流石にビックリした。普通に二本分の代金だったが、アレで本当に良かったのだろうかと思う。

 

 

そして、反応はどうかと伺うと──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────調!ここは仕方ないデスがアイツの誘いを受けるしかないデスよ!その方が良いに決まってるデスッ!」

 

「…………切ちゃん」

 

 

金髪の少女は陥落させた。食べ物をダシにすればアッサリと引っ掛かってくれたのだ。案外チョロかったとか言う小言は心の奥底で呟く事にする。

 

 

呆れたように呟く黒髪の少女であったが、彼女もあっさりと引き下がり、剣の提案に乗った。

 

 

 

 

 

こうして、敵同士による交流が始まった。無空剣は敵勢力の目的を少しでも知るために。装者である二人、暁切歌と月読調は無空剣の有するロストギアと彼の仲間のシンフォギアを。互いにそれぞれの思惑を秘めた、密かな取引が。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

エアキャリアの一室。

両腕を組み、壁に背を預けたマリア。彼女は警戒とは欠け離れた不安と心配に苛まれていた。いや、少し前までは警戒していた。そう、少し前ではだ。

 

 

 

困ったように、マリアは視線を向ける。部屋の片隅に大きな塊が鎮座している。だが、あんなに大きな物体は元々はなかった。そもそも、その物体は人間なのだ。

 

 

 

────シオン・フロウリング。

自分達の手助けに来たらしいその存在は、部屋の隅で身動ぎすらせずに固まっている。そうなってから十分も過ぎているのに体勢を崩さずにいるシオンの存在が、マリアは凄い心配だった。

 

 

眠っている………そう思うが、否定したくなった。彼はまだ敵味方か詳しく判明した訳ではない、本当にエリーシャ博士が導いた援軍である可能性の方が高いのだが、まだ疑われている身には違いはないだろう。

 

 

 

それなのに寝てたとしたら、どこまで度胸があるのだろう。呼吸の音すらもせず沈黙しているのは流石に不安がピークに達していた。胸の内に一杯になった心配に駆られるように、マリアはシオンへと声をかける。

 

 

 

「────ねぇ、少しいいかしら?」

 

 

反応されなかった、本当に寝てるのかもしれない。そう考えていたマリアだったが、反応はすぐにあった。ピクリと、全身鎧が身動ぎすると、首をマリアの方へと持ち上げ、カクリと傾げる。

 

 

 

『疑問、何か?』

 

 

…………ずっと同じ体勢でいるのに寝てなかったのか、とマリアはその事実に驚愕する。だが、言葉を掛けたのに、何も用事が無いというのは、場合にとっては嫌に感じる筈。

 

 

何とか話を続けようと、思い立ったマリアはさっきから思い悩んでいた疑問を、本人に聞くことにした。

 

 

「貴方………シオンは、魔剣士で合ってるのよね?」

『解答、その通り。当機も、グラムのロストギアを纏う魔剣士で間違いはない』

「………グラム?それは無空剣のロストギアじゃないの?」

 

 

シオンの発言にマリアは思わずそう問うが、彼は的確かつ丁寧に答えを述べた。

 

 

 

『解答、無空剣のロストギアはグラムで間違いない。当機体は無空剣を模す為に製造された、量産龍魔剣(グラムシリーズ)のNo.1タイプ。故に、無空剣と同じ龍魔剣グラムを宿している』

 

「…………グラム、シリーズ」

 

 

要するに、マリアのガングニールと似たものか。このシンフォギアも自分が持つものと、二課にいる装者が纏うものとで、二つ存在する。同じガングニールを纏う者がいるのだ。彼方の世界にも似通った事があっても、何ら問題ではないのだろう。

 

 

「そう。…………少しだけ気になったから良いかしら。どうして貴方はその鎧を解かないの?その鎧もロストギアの装備なのは分かるけど、常に纏い続ける必要はないでしょう?」

 

『否定、これを解除することは不可能。当機体 シオン・フロウリングには、この装備を解除する事は許されていない。この事実は、最重要命令システムによって確約されている』

 

「命令って…………そこまでする理由があるの?」

 

『肯定、当然。当機体にはそのように調節されている。厳密に語るのであれば、当機体は単なる処────────』

 

 

 

そこまでシオンが言葉にしていた、その時であった。

 

 

 

 

激しい警報の音が鳴り響く。それが敵の接近を示しているのは、旧知の事実であった。確認すると、マリアは飛び出そうとして立ち止まり、シオンに意識を向けるが、彼は挙動すらしない。

 

 

ここに居続ける訳にはいかない、そう判断したマリアはすぐさま部屋を出ていく。ナスターシャ教授のいる部屋へと入ると、彼女から一言告げられた。

 

 

 

「マリア、本国から追っ手です」

 

「………もうここが嗅ぎ付けられたのね」

 

「異端技術を手にしたと言っても、私たちは素人の集団。訓練されたプロを相手に立ち回れるなどと考えるのは、虫が良すぎるというもの」

 

「…………それでも、異端技術は異端技術。それを打破しただけではなく、この数とは…………米国のお偉いさんも随分と本気のご様子で」

 

 

入り口の近くでウェル博士が肩を竦め、言う。どうやら彼等は何としてでも自分達の過失であるマリア達を排除したいらしい。彼女達のやるべき事ではなく、彼女達の存在自体が邪魔なので仕方はないが。

 

 

 

「マリア、排撃の用意を」

 

「排撃って…………相手はただの人間、ガングニールの一撃を喰らえば─────っ!!」

 

「そうしなさいと言っているのです」

 

 

悔しそうに、マリアは顔を歪める。確かにマリアがガングニールをもって戦うことが今出来る最善の事だ。だがしかし、それは自身の手で彼等を殺めることになる。

 

 

 

世界を、多くの罪の無い人々を救う、彼女達の目的はそれに一貫している。誰かが苦しまないようにするために、マリア達はテロリストへとなる事を選んだ。だが、それでもだ。

 

 

敵の命を奪う事までは、求めてはいない。自分が手を汚す事への躊躇いは、フィーネを名乗った日から消えることはなかった。だが、そうしなければ、今も迫ってくる彼等に殺される事になる。

 

 

決断することも出来ないまま、悩むしかないマリアであったが、

 

 

 

 

 

 

 

 

『────推奨、命令を』

 

 

真後ろからの声に、思わず振り返る。入り口の扉を開いた黒い鎧────シオンがその場にいた。無機質な兵器の青年が、機械に包まれた声音で答える。

 

 

『解答、当機体 シオン・フロウリングは魔剣士の一人。戦闘に対しての腕は問題ない。取得した情報が正しければ、マリア・カデンツァヴナ・イヴはフィーネの器。あまりギアを纏うのは得策ではない。ならば当機体が殲滅するべきかと』

 

 

突然の事に迷うマリアであったが、

 

 

「別に僕は良いと思いますよ?」

 

 

ウェル博士はそう言って、シオンの提案に賛成の意思を示した。

 

 

「彼がエリーシャ博士から送られてきた援軍であるのは確固たる事実、使える駒は使うのが是非。何より魔剣士(ロストギアス)ですから、シンフォギア装者や無空剣の相手にはなり得るか、この目で見ておく必要もありますからねえ」

 

 

了解、とシオンは背を向けて部屋から離れようとする。しかしすぐに首だけを動かし、一つの疑問を問う。

 

 

『疑問、捕虜の有無は?』

 

「その必要あると思います?」

 

『了承』

 

 

そう言うと、シオンはすぐさま扉を開けて去っていく。その様子を見届けたウェルは、「それじゃ、僕も少し出張りましょうか」と呟きながら、部屋から出ていく。

 

 

 

ついに、部屋に残ったのはマリアとナスターシャの二人だけになった。行き場もなく、ただ拳を握り締めているマリア。彼女はナスターシャへと言葉を掛けようとするが、

 

 

「…………マム」

 

「マリア、お願いがあります」

 

 

遮るように、ナスターシャが言った。先程の、自身の甘さを指摘されると思っていたが、その内容は予想に反したものであった。

 

 

 

 

 

「少しでも良いです。彼を、シオンを気に掛けてあげてください」

 

 

「…………え?」

 

 

突然の事に、マリアは呆然と硬直してしまう。その次に困惑という感情が彼女の中に生じる。唐突な事で、意味が分からなかった。

 

 

「それは、どう意味────」

 

 

「エリーシャ博士は自慢気に私達に教えてくれました。彼がどのような魔剣士なのか。どのようにして、彼を()()()のか」

 

 

それが何なのか、そう聞こうとしたマリアだったが、ナスターシャは両目を伏せると共に無言を貫いた。話す事を躊躇ったのだろう、マリアの事を案じて。

 

 

 

だが、それが余計に彼女に重石となってしまう。

さっきもそうであった。マリアは米国の追っ手を倒すことに迷いを持っていた。肝心な時に、覚悟を抱くことが出来なかった。シオンが動いた事で、自身の手が血に汚れずに済むかもしれないと─────思ってしまったこと。

 

 

 

拳を強く握り締め、マリアはそんな自分を嫌悪する。こんな筈じゃなかった。そういう言い訳を最初に抱いてしまう事が、どうしようもなくなってくる。

 

 

 

戦場に向かうことも出来ず、マリアは歯痒そうにその場に居続けた。これからどうなるか明確である米国兵士の姿を画面越しに見つめながら。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

建物の影や遮蔽に隠れながら、米国から派遣された特殊部隊の面々は武装組織フィーネが隠れていると思われる場所へと近付いていく。

 

 

彼等は目的の建物へと踏み込んでいく。人の気配は存在しない。無人の空間の全包囲に銃口を向け、彼等は少しずつ奥へと進む。

 

 

そうして、一番奥にある扉へと辿り着いた。どうやらこの先の倉庫に、彼等の拠点があるらしい。それが分かると、兵士達はすぐさま行動に移った。

 

 

一人の兵士が壁の方へと近寄り、バッグから取り出した四方形の物体を壁へと押しつける。手に持っていた携帯端末の電源を付けると共に、貼り付けられた物体に赤い光が点滅し始める。

 

 

 

『───爆弾を設置した。遮蔽物に避難後に五秒後に起爆する』

 

 

そう示す無言のジェスチャーと共に兵士達全員が物陰や柱へと移動する。全員が隠れたのを確認した兵士の一人が、手の内に収まるスイッチに指を添えながら、時間を脳内で数えようとする。

 

 

 

…………1、2、とまで数えていたその時、盛大な爆音が響き渡った。爆弾の取り付けられていた壁が凄まじい爆発を引き起こしたのだ。

 

突然の事に、兵士達の空気に戸惑いの感覚が漂う。しかし、爆弾のスイッチを持っていた兵士の隣にいた兵士は怒った様子で、英語を捲し立てた。

 

 

 

『おい!まだ配置についてないぞ!何故勝手に爆発させた!?』

『違う!まだスイッチは押してない!アレは爆弾によるものじゃない!』

 

スイッチを持つ手ごと両手を上げる兵士に、彼も確かにそうだと理解する。スイッチは起動した時のような反応になってない。言われてみれば、そもそも壁を吹き飛ばした爆発と言えば、実際の爆弾よりも火力が強かった印象がある。

 

 

 

じゃあ、何が起こった?と疑問が生じていたが、それはすぐさま解消された。

 

 

ザン、ザン、と。

粉砕された瓦礫を踏み抜き、堂々とした態度で何かが姿を現したのだ。先程爆破で破壊された壁の向こうから。

 

 

 

シオン・フロウリング。

全身が機械の鎧に包まれたモノ。壁に手を掛け、ユラリと砂煙から歩み出したそれは、彼等の前へと進んで出てくる。その存在の登場に米国の特殊部隊の隊員達に僅かな戸惑いが停滞した。

 

 

 

『何だアレは!?情報にないものだぞ!!』

 

『事前に伝えられていたシンフォギアでもない!奴等の隠した手札か!?』

 

 

予想されていたのは、自分達よりも年下の子供達。シンフォギアという武装を纏う少女達であった。だが、目の前のそれは彼等が事前に確認していたシンフォギアのどれにも一致しない。

 

 

それどころか女性ですらない。いや、彼等はそれが人間なのかも疑問であった。人間というには、あまりにも機械的すぎる。顔が見えないせいで感情が読み解けないのが理由だろうか、まるで人形と相対しているようで、原始的な恐怖が彼等の心にあった─────。

 

 

 

だが、彼等も選りすぐりの兵士達だ。突然の出来事に困惑はすれど、そう簡単に遅れを取ることはない。

 

 

 

『怯むな!奴とて生きているのは確かだ!生きているのならば殺せはする!シンフォギアもそれは同じ───』

 

 

叫びながら、サブマシンガンの銃口を向けた直後に、乱射を叩き込む戦闘員。彼の言葉に応じるように、彼等はすぐさま動き出す。流石は米国の特殊部隊。多くの特訓や戦場を潜り抜けてきたであろう彼等は、今回もそうだと決意を改める。

 

 

 

 

だが、現実はそう甘くない。

 

 

 

 

ザシュッ!! という小切れの良い音と共に、サブマシンガンが宙に舞う。引き金と重心に触れていた両手諸とも。

 

 

そして、バシャバシャッ! と溢れ出した血が滝のように地面を濡らす。先程声をあげた兵士は、それを見て現実を理解できないようであった。

 

 

 

『…………え、あ……?』

 

そして、それが最後であった。視界を包み隠す粉塵から伸びた鋭い腕がその兵士の切り裂き、首を吹き飛ばす。肘の奥から伸びた蒼き光、レーザーエッジによって、防弾装備ごと、肉や骨ごと綺麗に切断されていた。

 

 

 

『通達、これより戦闘シークエンスに入る。目標対象、確認。対処、殲滅。結論、殲滅。一人残らず、殲滅する』

 

 

ブォン、と光の刃を放出しながら、シオンは真上へと跳ぶ。文字通り、背中や腰の部位から噴出したエネルギーを以て加速し、縦横無尽に飛び回る。壁や天井、床や柱へと跳び移る。

 

 

銃弾の嵐でありながら、シオン・フロウリングを的確に狙い、捉える弾丸はない。全ての弾が高速で動き回るシオンの影へと当たるだけであった。

 

 

 

当然の事ながら、そんな速さで翻弄されてるのだからすぐに見失ってしまった。何処にいるのか、困惑して辺りを見回す彼等の背後で──────蒼き光が輝いた。

 

 

『何処だ!隠れてい─────』

 

 

真後ろから、背中を貫かれる。光刃が心臓ごと抉り、防弾装備ごと軽々しく引き裂いた。悲鳴を上げることも倒れる兵士を持ち上げ、追い討ちと言わんばかりに、此方を狙う兵士達へと叩きつけた。

 

 

仲間が飛んできたことに一瞬だけ気が緩む兵士達。しかし彼等が銃を下げた秒にも取られない隙を、シオンは逃さない。

 

 

高速で彼等の前へと移動すると、全身を激しく捻った。360度所ではない、上半身を四回転させる形でシオンは両肘のレーザーエッジを振り回す。胸元を容赦なく切り刻まれた兵士達の生命活動は完全に停止する。

 

 

直後に動きを止め、自身が投げ飛ばした兵士を片手で受け取るシオン。まだ生きてはいるらしい、弱々しい呼吸の音がマスクから聞こえている。背中を抉られた傷は深かったのは間違いない、このまま放っておいても死ぬのは事実だろう。

 

 

 

『───システム、報告』

 

 

しかし、シオンは見逃すことはない。首の骨をへし折り、確実に息の根を止める。動かなくなった骸をゴミのように放り捨てる。

 

 

それから、銃撃が止んだ事に気付いたシオンも動きを止める。どうやら彼等はシオンへどう対抗するかを策略しているらしい。或いは無視してこの先へと進み、武装組織フィーネだけでも倒すべきか、と考えているのだろう。

 

 

同様に、シオンは困り事があった。

相手の数が多い。いや、このくらいならば大したことはない。だが、六人は屠った筈なのだが、二十人くらい存命しているのだ。

 

 

────今の武装では全員殺せるが、手間が掛かる。そう判断したシオンは迷うことなく次の行動へと移る。

 

 

『敵性対象の個体数が予想より多い。迎撃に時間が掛かる。更なる武装の展開を求める』

 

 

 

 

『────自律演算機能による承諾を確認。これより主要武装「接続甲鐵(サブデバイス)自律戦尾(オートディステール)」を展開します』

 

 

ガシャン、と。

シオンの背中の部位から、小型の金属具が勢いよく乖離した。同時に背中の大きな金属の塊が背中から剥がれ落ちるように、ゆっくりと動く。

 

 

塊だと思われていたそれは、宙に浮かんでいた。当然だ、何故ならそれはシオンの肉体の部位である腰から繋がっていたからだ。まるで尻尾のような、大きな金属腕とその先にある金属塊が、パックリと開いた。

 

 

 

生物のような、開いた口のような形をする尻尾の先。座右の口元に組み込まれている金属の刃が合わさり、四対の爪のように見えるが、実際にはそれよりも凶悪かもしない。

 

 

 

銃弾の嵐が止まらぬ中、シオンは冷徹に周囲を見渡す。同じように、尻尾もグルリと周りに意識を向けていた。一つの生物というよりも、二つの生物が一つの個体として共存してるかのようにも思える。

 

 

そして────シオンはすぐさま動いた。

 

 

 

遮蔽に隠れていた兵士の一人へとシオンは飛び掛かり、マスクごと顔を切り刻む。その際にも、シオンを狙う兵士達の動きがあった。しかし、すぐに狙いが切り替わることになる。

 

 

 

シオンに接続されている金属の尻尾が、兵士の一人に噛みついたのだ。勿論、歯がないので兵士を噛み千切る事は出来ない。しかしあまりにも強靭な力であったせいか、グシャリ、と防弾装備と共に胸部が骨ごと粉砕されてしまう。

 

 

尻尾の近くにいた兵士達も、すぐさまシオンから尻尾へと銃撃を即座に変える。しかしシオン同様、金属に包まれた尻尾には通じる筈もない。悲しいことに、傷一つも付けることが出来ない。

 

 

その間、無慈悲に尻尾は狙いを定めたように一人、また一人と葬っていく。それでも、特殊部隊の兵士達は目の前の敵に果敢に対抗しようとしていた。

 

 

その一人が、手榴弾のピンを引き抜く。危険物を察知したシオン自身が、他の兵士を地面に叩きつけながら、腕を振るう。

 

 

飛ばされた蒼き光刃が、振るわれる瞬間に肘から外れるように分離する。ブーメランのように回転しながら飛来していき、投擲せんとして兵士の腕を両断した。

 

 

 

『──────ァッ!!』

 

 

激痛に呻く兵士。しかし、彼の絶叫は足元で炸裂した爆発によって、あっさりと途絶する。近くにいた兵士達も爆風と飛び散る破片によって被害を被り、更に戦況が混乱する。

 

腕と両足を吹き飛ばされ、苦痛に呻く兵士の首を爪で引き裂き、一撃で仕留めるシオン。

 

 

 

『全員避けろォ!!』

 

そんな最中、一人の兵士が英語で怒声を放つ。思わず意識を向けた兵士達であったが、ヘルメット越しにギョッと顔色を変える。そしてすぐさまシオンから距離を取るように、蜘蛛の子を散らすよう離れ出した。

 

 

 

ロケットランチャー。

対聖遺物用、或いはエアキャリアごと敵を消し飛ばす為に用意していた武器を、彼等は惜しみ無く使うことにした。

 

 

トリガーを引くと同時に、砲身から榴弾の如くのミサイルが飛び出した。後方から火を噴き出しながら、シオン・フロウリングを標的と定め、直進していく。ヘリや戦車を破壊できる火力を前にしても、シオンは逃げる素振りすらない。

 

 

『───』

 

 

顔前へと辿り着こうとした所で、ミサイルが突然停止した。機械の尻尾が、軽々とロケットランチャーの砲弾を掴んでいた、いや噛みついていたのだ。そして一瞬で粉々に潰したかと思えば尻尾ごと地面へと強く押し付けた。

 

 

 

ドゴォン!!

と、それだけだった。ロケランの爆発を押さえ込んだ尻尾には、やはり大した損傷はない。あるのは単なる火で微かに燃えた痕のみ。

 

 

 

唯一倒せたかもしれない手段を、難なく無効化されてしまった特殊部隊の面々に絶望が浮かぶ。銃も効かない、手榴弾も、ロケランも通用しない。数で向かってもあっさりと対処されてしまう。

 

 

ゆらり、と。足元から僅かに舞った砂塵をかき消すように、シオンはゆっくりと前に歩み出した。

 

 

冷徹に、冷酷に、感情もなく、性格すら見せず、淡々と抹殺を開始しようと。獲物ですらない、単なる動くだけ的を破壊するために、彼は当初の任務を問題なく続けた。

 

 

 

 

 

 

一方で、マリアはその光景に言葉を失っていた。米国の特殊部隊とシオンの戦闘─────いや、これは戦闘とも言えない。単なる追い込み漁でしかない。確かにシンフォギアを前にすれば、鍛えられた軍人も相手ではない。だが、ここまで手も足も出ない状況はあるのだろうか。

 

 

「────あれが、シオン・フロウリング」

 

 

震える声音で皆殺しを続けるシオンの名を呟くマリア、隣で見ていたナスターシャは息を呑み、目の前の状況に険しい顔をする。

 

 

「………エリーシャ博士が造り出したという魔剣士。人間としての枠を越えぬように、限界だけを超越した人間兵器。凄まじい、としか言い様がありませんね」

 

 

同時に、彼女達の中にある事実が浮かんできた。

協力者であるエリーシャが前に語った事実。魔剣士達は様々な実力とそれを甘味した危険性で順位分けされているという話を。そのトップである序列三位は、国や大陸、世界すらも滅ぼすとすら言われていたのだ。誇張であると信じたいが、もし真実ならば、そのトップに位置する彼等はシオンの何倍の強さで、どれほどの実力なのだろうか。

 

 

─────少なくとも、相手にはしたくないとマリアは思う。だが、その一人がこの世界にいるというのが事実だ。月の落下という世界の危機が救えたとしても、もし無空剣以外の序列がこの世界に来るとすれば、どれだけ激しい戦いになるのだろうか。想像したくないし、実現して欲しくもないと、願うばかりだ。

 

 

 

その最中、兵士の一人が何か気付いたように大声を上げると、近くにいた兵士達がシオンを無視して銃を撃ち始める。勿論、彼のいる方向にではない。マリア達からは映像越しであるので、何がいるのかは最初は分からなかった。だが、すぐに画面に移った『それ』が何なのか、すぐに判明した。

 

 

 

「ノイズ!?何故あの場に────いや、まさか!」

 

 

自然発生したノイズではない。そんな都合の良い現実

じゃないのは誰でも分かる。召喚されたものだ、あのノイズは。

 

マリアが近くに目を配ると、やはり居なくなっていた。武装組織フィーネで非戦闘員でありながら、ノイズという対人特効の存在を呼び出し操ることの出来る人間が一人。

 

 

 

戦場にて、爆破によって燃え盛る空間の中に、場違いと言うべき白衣の男性が踏み込んでくる。ソロモンの杖という、人間への過剰とも言える程の戦力を有した科学者────ドクターウェルが。

 

 

「…………彼の実力を見るのも事実ですが、この程度の敵には僕でも充分でしょう?」

 

 

眼鏡を押し上げたウェル博士は、薄ら笑いを浮かべながらもソロモンの杖を用いてノイズを呼び出していく。殲滅行動を繰り返していたシオンがそれを確認すると動きを止めて、ウェル博士へと視線を送る。

 

 

 

「例え貴方達がどれだけ鍛えられ、戦場を歩んできた兵士であろうとも、ノイズには敵わないのは事実。シンフォギアやロストギアが無い限り、ノイズ太刀打ちできる人間は────存在しません」

 

『─────』

 

「ただまぁ、僕も生身ですし。彼等の流れ弾が当たるのも嫌ですから………………そこは任せますよ?シオン・フロウリング」

 

 

 

了解、と短い掛け声と共にシオンは戦術を切り替える。ドクターウェルへ流れ弾が届かないように、かつノイズを利用し的確に相手を必ず殺す戦い方へと。

 

 

 

ノイズと魔剣士。最悪の組み合わせが、生き残った米国の兵士達を葬らんとする。ドクターウェルへと向けられて放たれる銃弾をシオンが弾き返し、生き残った兵士の一人を切り刻んだり、ノイズへと叩きつけて灰へと変える。

 

 

効率だけを優先した戦術で、シオンは生き残りの兵士達を葬り去っていく。次第に兵士達から戦意というものが消失していく。五体満足の者ですら絶望してしまったのか、先程まで見えた抵抗の意思は弱まっている。

 

 

殲滅、皆殺しまでは時間の問題であった。

 

 

 

『─────』

 

「おや、どうしました?」

 

 

突如、シオンが行動を切り替えたようにウェルの元へと引き下がる。超越した反射神経に、ウェル博士も密かに感嘆する中、シオンは建物の外へと意識を向ける。

 

当然の事ながら、今のシオンには米国の特殊部隊など眼中に無い。あるのは新たに生じた、一つの問題である。

 

 

 

『───報告、周囲に生体反応を確認。付近に人間が存在している』

 

「人間…………もしや民間人ですか。騒ぎを嗅ぎ付けて来たのかもしれません」

 

 

ここに拠点を置く際に、人気の無い場所を選んだ。近くに人のいる住宅などは無いというのは分かりきっている。大方、偶々通り過ぎた時にここの騒動に気付いて、興味を持ってしまったのだろう。

 

 

それが、触れ無ければ良かった類いのものだとは知らずに。

 

 

「まぁ………貴方の事ですから、どうするかは分かってますよねぇ?」

 

『解答、勿論。言われるまでもなく』

 

「では、始末を完了したら後で向かいますので。その間、キチンとした処理を任せますよ」

 

 

二人の話には優しさなど到底感じられない言葉が交わされる。今もノイズをけしかける彼等の会話には互いの考えが含まれている。それを言葉に乗せることなく、すぐさま動き出した。

 

 

 

 

シオン達が気付いたのであれば、映像で見ていたマリア達もすぐに気付いた。

 

 

 

「………あれは、子供?」

 

 

画面に写るのは、建物へと近づいていく自転車を引いた少年達だ。野球などをしているのか、ユニフォームを着込んだ彼等は複数人で他愛ない会話を交わしている。

 

 

「………どうやら、シオン・フロウリングと米国の特殊部隊との戦闘に気付いたのでしょう」

「ここまで来てるの……?それは────」

 

 

不味い、と口走ろうとした瞬間。マリアの予想は、現実になってしまった。無論、最悪という状況に。

 

 

 

建物の中から、人影が出てきた。

暗闇から光に照らされ、子供達もその相手を理解する。マリアも、カメラの移す映像によって、ようやく視認できた。

 

 

 

シオン・フロウリング。

血に濡れた鎧に全身を覆った魔剣士。米国の特殊部隊を蹂躙していたであろう人間兵器が、何故か外へと出てきた。視線なんてものは分からない。けれど、何を狙っているかは簡単に読めた。

 

 

「………待て」

 

 

その後が嫌にでも思いついてしまったマリアが、震えた声を漏らす。だが、ここで言っても言葉は聞こえていない。いや、言ったとしても変わらないだろう。

 

 

シオンはゆっくりと、子供達との距離を縮める。ガシャン、ガシャン、と金属装甲を揺らす音が響く中、両肘から蒼き光が吹き荒れた。

 

 

それは形を成して────刃と化す。米国の兵士達を軽々と切り裂き、殺害して回ったシオンの武装。肉を削ぎ落とし、骨を切断し、命を刈り取る、圧倒的な殺意へと。

 

 

 

「待ちなさい!シオン!その子達は関係ない!!」

 

 

思わず操縦席の画面に食いかかるが、それでもどうしようもない。今更向かった所で何一つ変わらない。

 

 

マリアの脳裏に、最悪な展開が浮かぶ。止めようと、それでも動こうとするが、彼女がそうした時には、事は終了していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしたんですか………?」

 

 

突然現れたシオンに、少年達は困惑する。それもそうだ。全身に着込んだ金属の鎧は、どう見ても現実離れしている。心の中ではきっと映画の撮影の為の特殊メイクかスーツかと思っているのだろう。

 

 

 

だからこそ、少年達は逃げることが出来なかった。これがノイズという驚異であれば、彼等も動くことが出来たかもしれない。だが、実際にそうはならなかった。それが予想された結末を迎えるのは、変えようのない現実だ。

 

 

 

 

 

シオンは無言で─────両腕を大きく振るった。肘から伸びた蒼き閃刃が、空を描く。それだけであった。シオンは変わらない態度で刃を収納した。瞬間の、事だ。

 

 

 

 

 

────無音。

風を切るような音すら鳴らず、刻み込まれた斬撃の痕跡は消え去る。続くように響いたのは、噴き出したような液体の音。そして、ゴトッ と地面に幾つかの塊が転がった。

 

 

「─────っ!!」

 

「…………」

 

 

画面上に見えた光景に、マリアは言葉にならない悲鳴を押し殺す。隣で見ていたナスターシャは少しだけ目を伏せるが、悲痛そうなマリアの様子を目にすると何も言わずに押し黙っていた。

 

 

 

 

 

 

「随分とまぁ、荒れてますねぇ。これは」

 

 

シオンが作り出した惨状に、苦言を呈するように呆れるウェル博士。既に生き残りを始末してきたのであろうか、彼が出てきた建物の中からは人の気配は存在しない。

 

 

しかしそう言う彼は、子供達の死自体は気にしていない様子だった。ただ、首と肉体を分断された数人の少年達の死体、そこから噴き出した血の汚れを気にしてるようだった。

 

 

その場から動くことなく、シオンは首だけをウェル博士へと向けながら、告げる。

 

 

『提案。ウェル博士、ノイズによる死体の抹消を』

 

「………やれやれ、最初からノイズをけしかけた方が早いと思いますがね」

 

『意見。確実に殺すのであればこの方が早い。恐怖もなく殺したので問題はない』

 

「まぁ、僕も鬼じゃあありませんよ。一般人ならそれくらいの慈悲もあって構いませんか…………最も、貴方のそれは、感情的ではなく、合理的みたいですが」

 

 

一般人だからこそ、ノイズによって消されてしまう恐怖も、命尽きる間の死の感覚。それに飲まれないよう介錯した、訳ではない。

 

 

意識しない間に殺した方がいい。抵抗もされないし、逃げることもしないのだから。それだけの理由であった。ノイズにより遺体を残さず消す事をしないのも、容赦なく攻撃を行わず、ただ彼等の首を切り落としたのも。

 

 

ウェル博士がソロモンの杖で呼び出したノイズで遺体を炭へと変換する最中、シオンは子供の遺体を見つめていた。

 

 

自分でしたにも関わらず、その指は震えていた。が、彼のものではないみたいだ。指の震えは少しずつ強くなり、手を動かすにまで至ろうとしていた。

 

しかし、そこでシオンの鎧の、フルフェイスから光が生じる。光は鎧を伝い、全身に行き渡り、指の震えを停止させた。

 

 

『───異常発生。シオン・フロウリングの精神が微かにも浮かび出した。結果、強制精神封印により鎮静化。更に封印を強め、精神を封鎖させる』

 

 

独り言のように呟き、歩き出すシオン。建物の中へと入っていき、エアキャリアの内部へと戻る。何の感傷も抱いた余韻すらなく、彼は先程まで戦場であった場所から離れていく。

 

 

 

 

 

 

「─────アレが失敗作、ですか。エリーシャ博士の考えも分かりませんねぇ、彼も充分兵器に相応しいのに」

 

 

或いは、エリーシャはシオンという戦力すら霞む程のものを知っているのか。あの青年が手も足も出ないほどの兵器の存在を。

 

 

理解していたとしても、相手にしたくはないとウェルは困ったように笑う。杖を懐へと収納し、倉庫の中へと戻っていく。

 

 

 

 

こうして、彼等による殺戮は一時期幕を下ろした。無関係の者まで殺されるという事態になったのだが、彼等は気にしないだろう。最も、気にしてはいないのは実行犯の二人だけなのだが。




オマケ


剣「ところで…………何だその眼鏡」

切歌「これは変装デス!存外にバレないんデスよ!」

剣「…………ん?変装?」

調「潜入美人捜査官メガネ。これで任務の成功率がアップ」

剣「多分だが…………それ意味ないぞ?俺だってすぐに分かったからな。後一言、もう少し大人になってからにしておけよ」


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教室モノクローム

お久し振りです(サッと投稿)


「ここなら話を聞かれる事はないだろ」

 

 

喧騒から欠け離れた校舎の日陰。ここならば人の気配は存在しない。日常とは別離した闇に潜む者達が話すには妥協すべき所だろう。

 

 

そう納得した剣は振り返り、二人の少女───切歌と調に声をかける。

 

 

「さて、話をしようか。まずはお前達の番からだ。………何の用だ?」

 

 

わざわざ、何の意図もなくこの学校の祭りの中に来るとは思えない。何より彼女達は任務だの目的だの呟いてるのを剣は耳にしていた。その目的が、自分や響達に関することだという事も理解している。

 

 

二人は互いの顔を見合うと頷き合い、切歌という少女が剣に向けて指を指して告げた。

 

 

 

 

「─────決闘を、申し込むデス!」

 

 

自信満々に言う切歌の言葉を聞いた途端、剣は呆然としていた。当初は何を言ってるのか分からない、というよりも。正気か、と疑っていたのもかもしれない。

 

補足するように、彼女は言う。

 

 

「然るべき場所での決闘デス!けどやり合うのはお前とじゃなくて、その仲間とデス!」

 

「………俺とじゃ勝負にならないからか」

 

「ぐっ…………そうデス!お前相手にはマリアもいないと手強いデスからね!けど、倒せないって訳じゃないから勘違いするなデスよッ!!」

 

 

 

(────別に、アレがまだ全力じゃないんだがな)

 

 

 

負け惜しみのように言う切歌に、剣は口に出そうともせずに事実を思い浮かべていた。無空剣のロストギアには、強化形態が存在している。かつて見せたような【アビス・ドライブ】でもない、誰にも見せたこともない姿を。勿論、剣はそれを使うつもりはない、今のところは。

 

 

二人の少女は自信満々と言った様子で、続きの言葉を口にした。

 

 

 

「もし、私達が勝ったら─────」

 

 

「無空剣!お前のロストギアを渡して貰うデス!」

 

 

 

 

 

「……………はぁ?」

 

 

思わず、呆れてしまう。

本気で言ってるのか、そうとでも言いたげな眼で二人を見据えるが、彼女達に当たっても意味がないのは明白だ。

 

 

そんな最中、切歌という少女は剣を指差しながら、その要求の理由らしき事を述べる。

 

 

「『博士』が言ってたデス!聖遺物としての性質はロストギアの方が上だって!なら私達の計画にも使えるのは間違いない、デス!」

 

 

(…………『博士』)

 

 

その単語を耳にした途端、剣の脳裏からあらゆる感情が排斥される。すぐさま浮かび上がったのは、『博士』と該当されるのが何者か。彼女達の言う、計画の内容すら頭から抜けていた。

 

 

 

Dr.ウェルなどではないだろう。彼女達の呼び方も少し違うと思われるし、何より彼は自分のロストギアにそこまで詳しい訳ではない。むしろ、より詳しい人間ならば、予想できる者は、一人しかいない。

 

 

 

 

「どうしたデス?ロストギアを渡すのが怖いんデスか?」

 

「………それなら、貴方の仲間のペンダントでも良い。強制はしないから」

 

 

どうやら、自分が力を手離したくないからどうすべきか悩んでる、と思われたのだろう。挑発をしてくる少女達に、剣は一々食いかかる事なく、フードを脱いだ。

 

何をしているのか、と怪訝そうな二人の前で、剣の右目を覆う銀髪を内側から撫で上げた。当然覆われていた前髪が上がり、そこに隠されていた右目が露になる。

 

 

 

 

 

「───っ!?」

 

「…………え?」

 

 

途端、二人は思わず仰け反った。目を見開き驚愕している彼女達は、何を言うべきか分からないように絶句している。当然だ、誰だってこんなものを見れば驚くだろう。

 

 

なんせ、前髪に隠されていたのは右目なんかではないのだから。前髪をかきあげた剣は、それだけではなく自身のガントレットを外し、その手を見せつける。黒いグローブに包まれている彼の手だが、手の甲の部位に右目と酷似するものが存在していた。

 

 

 

 

 

 

「────これが俺に組み込まれた魔剣の断片、ロストギアのコアだ」

 

 

漆黒、黒曜石のような光を灯す結晶。それは右目の存在すべき眼窩と右手の手背部分に、それが埋め込まれていた。縦に伸びたひし形の形状のそれは人が作るものとは思えない程の美しさと異様な力を宿している。

 

 

 

「俺達とシンフォギア装者の違い、単なる性能差だとでも思ったのか?それもあるだろうが、前提が違う」

 

 

ガントレットを装着し直した剣は、落ち着いた声で話す。

 

 

「俺達魔剣士は魔剣との融合が行われている。その証明として、肉体の一部分に魔剣の断片が結晶として浮かび上がる。俺の場合、右目と左手の甲みたいにな」

 

 

融合の証であるこの結晶は、シンフォギアにとってのペンダントだ。だが、ペンダントのように聖詠は必要ない。

 

 

意思さえあれば、魔剣は適合者に力を貸すのだ。故に、ロストギアを纏うのは、シンフォギアよりも面倒ではない。

 

 

「ロストギアを纏うには魔剣をコアとして力を発動させる必要がある。お前達のペンダントのように聖詠を歌うことで纏うシンフォギアとは違う。この身体は、ロストギアという武装の組み込まれた肢体。つまり、俺の身体はロストギアそのものという訳だ」

 

 

だが、難点もある。それは魔剣、聖遺物との融合する事だ。魔剣士として戦うのであれば大前提として、聖遺物との融合が必須となる。認められるのは至難の技、大抵の者は魔剣から拒絶される。魔剣士としての及第点をクリアした融合症例である響を除いたシンフォギア装者は、その必要もなく戦えるからこそ、コストや扱いとしては魔剣士よりも人道的なのは間違いない。

 

 

 

 

人として扱うのならば、の事だが。

 

 

 

「さぁ、どうする?これでも俺のロストギアを望むか?まぁ、欲しいなら俺ごとやるさ………捕虜って形になるが、俺みたいな爆弾は好きで欲しいとは思わないだろ?」

 

 

先程の挑発の軽いお返しと、剣も皮肉を口にする。ほんの少しの意趣返しのようなものだ。

 

 

 

対して二人は、剣から少しだけ離れ、小声で話し合う。

 

 

(………し、調、どうするデス!?ロストギアって私達みたいなペンダントじゃないんデスか!?)

 

(…………でも、あいつ嘘ついてないみたいだし………きっと本当に融合してるのかもしれないよ)

 

(じゃあロストギアをネフィリムの餌にするには────アイツごと喰わせるって事、デスか?)

 

 

切歌と調の間に、長い間の沈黙が過った。ネフィリムの餌となる聖遺物、ネフィリムを成長させるのに純度が最も高いのは無空剣のロストギア。しかし彼の魔剣が、肉体に融合してるのであれば、どうやっても手に入れることは出来ない。

 

 

同時に、ネフィリムを成長させる為には、無空剣を餌として喰わせなければいけない、という事になる。世界を救うという大義名分があるとはいえ、誰かを好きで傷つけたいとは思っていない。ましてや喰わせるなど、絶対に有り得ない。たとえそれが自分達の敵であっても。

 

 

 

 

「…………お前達の話は充分に聞いたし、答えた。今度は此方の話に答えて貰うぞ」

 

 

少女達の密かな話し合いも一段落といった所で、剣がそう呼び掛ける。二人が振り返る瞬間に、核心とも言える事を問い質した。

 

 

 

「─────お前達の協力者は、エリーシャ・レイグンエルドという男で間違いないな?顔の半分を機械の仮面で覆った、科学者のような奴だ」

 

 

心当たりがあるどころではないのだろう。二人は合っていると言うように頷いた。剣の言った特徴は、映像越しであったが全て類似していたので間違いはない。

 

 

 

 

「悪いことは言わない────奴と手を組むことは止めておけ」

 

「………どうしてデスか?」

 

「ロクな事にならないからだ。少なくとも、お前達にとっても」

 

「悪いけど、敵である貴方の言葉だけじゃ判断できない。実際に、納得できる証明がないなら、私達も聞き入れられない。さっきの話もそう、だから証拠があるなら見せて欲しい」

 

 

断固として敵の虚言を疑わない少女達に、剣は数秒も睨みを効かせていた。しかし、すぐに溜め息を漏らすと、突然フード付きのパーカーを脱ぎ出した。

 

 

背を向けて、首筋を見せるように立つ剣。彼女達も、剣の首にあるものを眼にした途端────絶句してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「─────これが、証明だ」

 

 

うなじに埋め込まれた人工脊髄。表面、肌から露出した金属部品を指で撫でながら、剣はふと思う。かつて自分の正体を疑ったクリスにも、同じように見せたな、と。

 

 

そして、これが明白な証拠だ。

剣という魔剣士が魔剣と融合した存在であるということと、エリーシャという狂人とそれを御する黒幕による狂気の計画の。

 

 

「肉体の七割以上が元のものじゃない、身体の大半が切り開かれて臓器や神経を抜き取られ、改造された部品を組み込まれた。今の俺は定義上では人間に定義されるが、身体の全部を見ればサイボーグと言われても文句は言えないくらいだ。これも全部、奴によって行われた所業だ。勿論、俺もこうされるとは知らなかった」

 

 

「………………博士は」

 

 

ポツリと、調が呟く。思い当たる事があるのか、彼女はかつての話を思い浮かべていた。

 

 

「エリーシャ博士は、貴方を造ったって言ってた。なら造ったというのは、ロストギアじゃなくて────」

 

「俺という魔剣士を造った、という話だ。人間だった『俺』を素体としてな」

 

 

少女達の顔も真っ青へとなる。まさか自分達に協力してくれていた人が、そんな事をしていたなんて。怪しい人だとは思っていた、胡散臭いとも思っていた。

 

 

あの笑顔の裏に、そんな悪行があったとは思えなかった。だが、二人の考えはまだ甘かった。それだけが、エリーシャの悪行ではないのだ。

 

 

 

「…………およそ一万人以上」

 

 

噛み締めるようでありながら、冷えきった声で剣は言い切る。その人数は、どんな意味であるのかは彼女達には分からない。いや、分からない方が良いに決まっている。

 

 

自分とは違い、まだまだやり直せる立ち位置にいる。そう思った剣は、続きを最後まで述べた。

 

 

「奴が魔剣士を造り出す実験で消費した被験者の数だ。あくまで俺が確実に知ってるのは七千人程だが」

 

 

眼を細め、剣は何処か遠くの空を見上げる。何かを見ている訳だが、それが存在しているものではない。

 

 

忌まわしき宿敵、奴が隠れているであろう場所を見据えて。

 

 

「これは俺の予想だが、奴はこの世界でも何人もの命を脅かしている」

 

「…………」

 

「奴の目的、奇跡の解析の為ならば人殺しも辞さない男だ。老若男女を殺すどころか、国一つを滅ぼすことも気にしないだろう。どうせこの月の落下も、奴が仕組んだ作戦の一つなんだろうな」

 

「奴が、仕組んだ?」

 

「奴の事だ。どうせ月を落としてみて、どうするかを見たかったのかもしれないな。或いは、わざと人類を滅ぼすのも奴ならやりかねない」

 

 

より近くで、奴に造られた剣だから分かる。アレは単なる悪人や外道とは比べ物にならない。精神が人のそれを超越している。そんな輩が、世界を救うなどと言っても信じるわけがない。

 

 

 

「………意図が分からない、私達に教える意味が分からない」

 

「そう………デスよ!!エリーシャ博士は私達に月の落下を教えてくれたんデス!米国がその情報を誤魔化して、自分達だけでも助かろうとしてるって!それを教えてくれたから─────」

 

「─────なら、だ。俺みたいな魔剣士を造って、一万人の被験者を軽々と死なせた男が、善意で世界の終末を教えたとでも思うか?お前達の存在を利用したいと考えてるに決まってるだろ」

 

 

人々を救う?世界を守りたい?それはそれは綺麗な言葉だ。誰もがよく使うだろう。無論、奴も。同じような言葉を用いて、似たような煽動を彼女達にしたのだろう。

 

 

 

────同じような事を吐かれて、騙された剣だからこそ確信的に分かる。

 

 

だからこそ、被害者として出来ることはある。彼女達に、今も奴に乗せられて巻き込まれそうになっている彼女達を、少しでも奴から遠ざけることが。

 

 

「悪いことは言わない。奴から離れろ、奴の行動や言動全てを疑え。そうしなければ、全てが無意味になる。俺を疑うのなら、疑ってくれていい。だが、奴も同じように疑ってくれ。決して信じるな。

 

 

 

 

 

 

俺みたいになるな。大切な仲間を、失いたくないだろ。自分自身の手で──────」

 

 

 

剣がそれ以上言わずに、顔を伏せて口を閉ざす。彼の真剣な説得や発言に、二人は今度こそ否定的な事を言うことが出来なかった。

 

 

 

 

瞬間、大きな電子音が鳴り響いた。それは剣の所持するあらゆる電子機器からではなく、切歌達が所持していた通信機からであった。

 

 

 

「………っ!マム!?」

 

『アジトが襲撃されました』

 

「……………!!」

 

『幸いな事に、襲撃者は撃退できましたが、居場所を特定された以上、長居は出来ません。此方も速やかに移動をしますので、指示した場所で落ち合いましょう』

 

 

何とか聞こうとしたが、それより先にナスターシャ教授からの連絡は途絶えた。どうやら一々長話できない程の事情らしい。互いを見合っていた切歌と調であったが、剣の方に視線を向けると、彼はあからさまに肩を竦めた。

 

 

 

「…………決闘の場所はお前達に任せる。どうせ今は詳しく話してる暇もないみたいだしな。校舎の裏側かではなく、人混みを利用した形で行けば、難なく逃げられるだろう」

 

「……………切ちゃん」

 

「分かってるデス、癪デスけど今回は感謝するデスよ」

 

 

慈悲をかけた訳ではない。彼女達にはまだ無事でいて貰う必要がある。剣としては、今現在の二課の戦力では月の落下という事態は防ぐことは難しい。ならば考え得る範囲での策は、マリア達と手を組んで月の落下を止めることだ。

 

 

だが、その為にもマリア達を力ずくでも止めて、説得をする必要がある。彼女達の仲間も無事に、傷つけることも避けておきたい。

 

 

 

「────忠告したからな、気を付けろよ」

 

 

すぐさまこの場から離れる少女達から背を向け、剣もこの場から急ぎ足で立ち去る。こうして敵同士の密談は互いの仲間に覚られることなく、密かに幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

そして、密かな語り合いが終わってから少し経った後。

体育館程かそれ以上ホールにて、秋桜祭の催しとしてカラオケ大会のようなものが行われていた。

 

 

立候補する少女達が、自身の歌を歌っていく、単純だがそれでも盛り上りの大きいものだ。因みにこれは余談だが、響達の友人である安藤達も参加したらしいが、結果は以下略しておく。

 

後日にそれを見たタクトが呆れきった様子で、「何でこれでいけると思った?」と聞き返すくらいの結果だったと、付け足しておく。

 

 

 

「さぁーて!次なる挑戦者の登場です!」

 

 

司会者の少女がマイクを片手に、乗り気マンマンながら声を上げる。そう言われるがままに、挑戦者となる少女がゆっくりと舞台へと姿を現す。

 

 

 

 

 

 

その名は、雪音クリス。

当初は乗り気ではなかったものの、多くの人からの推薦や話を聞き、とある相手との話にて、このステージに立つことを決意した一人の少女であった。

 

 

 

しかし、そんな彼女に一つだけ憂いてる事があった。

 

 

 

(…………ホントに来てるんだろうなぁ、アイツ)

 

 

クリスがやる気になった一因、彼女が歌う歌を、聞いて欲しい相手が、この会場にいるのか。不安になって周囲を見渡していた。暗転した客席に、自分が探している相手がいなくて不安になったが──────

 

 

 

 

「……………あ」

 

 

客席の一番後方にて、彼────剣はいた。椅子に腰掛けることなく、彼は扉の近くの壁に背中を預けている。

 

 

暗闇の中で、彼の口が動いた。集中して見つめていたクリスは、何を言おうとしているのか、すぐに読み解けた。

 

 

 

『────お前の歌を、聴かせてくれ』

 

「…………………あぁ、分かった」

 

 

瞬間、嬉しさが沸き上がった。恥ずかしいと思っていた感覚が和らぎ、結んだ口元が自然と緩まる。

 

 

彼の言わんとする言葉に応えると、クリスはそれからすぐに歌を口にした。

 

 

 

 

「─────誰かに手を差し伸べて貰って」

 

 

 

本当の歌よりも遅れた、途中からの歌であった。だが、誰もがそんなことを気にしようとも、指摘しようとも、しないだろう。

 

 

 

「─────傷みとは違った痛みを知る」

 

 

彼女の歌が響いた瞬間、誰もが心を奪われたようであった。魅了されたように、クリスの奏でる音色と歌に、聞き惚れている。

 

 

 

「─────モノクロームの未来予想図」

 

 

 

歌う前に、少しだけ羞恥に染まっていた筈なのに、歌い始めてからはそんなものが消え去ったように、歌う事が出来た。

 

 

 

「─────絵の具を探して──────でも、今は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『学期の途中ですが、新しく編入してきた生徒を紹介します』

 

『雪音………クリス』

 

 

始まりの記憶は、この学校に編入された頃の思い出。自分に向けられる視線、それら全てが悪意なんてものが何一つない、好意のものばかりであった。

 

 

 

 

─────何故だろう、何故だろう?

 

 

 

─────色付くよ、ゆっくりと───花が、虹に!

 

 

 

─────誇って、咲くみたいに!

 

 

 

 

 

『雪音さん!』

『一緒に食べませんか?』

 

 

昼休み時に、同級生の数人がそう声をかけてきた。彼女達の事は知っている。クリスが紹介された際、彼女に好意の視線を向けていた少女達であった。

 

 

 

それが善意だと、優しさだと言うのはよく分かる。純粋無垢なものであることは、尚更。

 

 

 

『………悪ぃ、用事があるんだ』

 

 

だが、その善意を振り払うように。居心地が悪かったクリスは、逃げ出すようにその場を離れていく。

 

 

 

 

 

──────放課後のチャイムに、混じった風が吹き抜ける

 

 

 

 

 

『───一人で食事かい?こんな離れた場所で』

 

 

一人で、離れた場所で食事をしていたクリスは、自身を案じるような男性の声を聞いた。周囲には誰もいない。クリスはポケットの中から携帯を取り出す。声の主は、そこから通信を掛けてきていた。

 

 

 

『何してんだよ、博士』

 

『ふふふ、君の調子を見にきたのだよ。なんせ私からすれば君は三人目の子供のようなものだからね』

 

『………私情じゃねぇか』

 

『まぁね。剣クンの事だから今も暇してるから、気にするべき子が君だけだし──────どうせなら、私のことを義父(パパ)と呼んでくれても構わないよ?クリスクン』

 

『…………』

 

『冗談だ。そんな眼で見ないでくれ、それだけで泣きそうになってくる』

 

 

この人、そういうところがあるのだ。

剣の方ならともかく、クリスや響達にもそんな風に言ってくる。冗談めかしてくる割には少し寂しそうだし、本心なのかよく分からない。

 

 

ただ、彼も大人の一人だ。自分の心境を、見透かすのなど容易いことなのだろう。

 

 

『どうせなら、さっきの子達と食べても………と言うのは(やぶさ)かかな?』

 

『…………』

 

『君からすれば、どうすればいいか悩むのは分かるさ。自分がこんな風に幸せになって良いのか、と思ってるんじゃないか?まぁ、単純に慣れてなかったのかもしれないが』

 

 

ほぼ、ノワールの指摘は間違いではなかった。雪音クリスは、ちゃんとした人付き合いが少ない。剣や響達と出会う前は、孤児として酷い扱いを受け、フィーネに手駒として回収されてきた。だから、日常や学園生活…………皆と共にある当たり前が、彼女にとっては不馴れなのだ。

 

 

 

何より、もう一つだけ、彼女の胸の内にある思いがある。

 

 

 

自分が、かつてフィーネに与して、被害を生み出した自分が、こんな風に平和に過ごして良いのかという疑問が。

 

 

 

『その考えも悩みも不要だよ』

 

 

そんなクリスの自問に、ノワールはキッパリと言い切った。言葉に出来ないクリスを気に掛けるように、ノワールは続ける。

 

 

思い耽るように、そして悔いるように。そんな風な感情をひた隠すように笑いかけ、クリスに語りかけた。

 

 

『幸せになって良いのかじゃない、なるべきなんだ。キミも、剣クンも。こういう日常を当たり前として受け入れて、現在(いま)を笑って生きる……………簡潔に言うと、好きに楽しむといい、という事だよ!』

 

 

 

 

──────感じたことない居心地のよさに、まだ戸惑ってるよ

 

 

 

 

 

秋桜祭が始まる数日前。

同じ家で、クリスは自分の在り方を変えてくれた青年と過ごしていた。他愛もない世間話から、ふととある疑問を告げられる。

 

 

『────クリスは嫌なのか?皆の前で歌うのが』

 

 

『…………』

 

 

事の経緯は単純だ。あの時雪音に声を掛けてくれた女の子達から、ステージで歌うことを誘われたらしい。

 

 

嫌かと聞かれたクリスは、即答することはなかった。押し黙る彼女の本意は、安易に分かる。その真意を見抜くように、剣は話を続ける。

 

 

 

『嫌いではないだろ?歌は…………まぁ、俺もだ。何というか、心が落ち着くんだ。初めてこの世界に来た時、歌を聞いた時には──────心を奪われた』

 

 

少なからず、その本心を吐露するのは滅多にない事だ。仲間であった、信頼した人間でなければ、たとえ何より信頼していたノワールにも、この事を話した事はない。

 

 

落ち着きながら告げる剣に、クリスは驚愕したようであった。剣本人は知らないが、当然だろう。今の彼は、子供のような、純粋な笑顔を浮かべているのだから。

 

 

『荒んでた心が、俺自身が、ほんの少しだけ報われたように感じた。それからだ、自分のやりたいようにやろうと思い始めたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がやりたいように、俺が好きな人達を守ろうって。自分の意思で誰かと共にいたいと思ったのは、久しぶりだったな』

 

 

それだけ言うと剣はハッとしたように顔色を変える。余計な事を言った、と彼は逸れた話を戻す。

 

 

『だから、もしクリスが歌いたいなら、歌うのが良いと思うぞ?正直、俺も興味がないという訳じゃないしな』

 

 

 

『…………分かった。けど、その前に聞いてくれるか?』

 

 

少しの間の沈黙の後に、クリスがそう聞いていた。剣も彼女がすぐに答えを出したのには驚いたが、彼女の言わんとすることに耳を傾けた。

 

 

 

『明日、大会の時に、歌おうと思うよ』

 

『あぁ』

 

 

そうか、と頷く。それから、恥ずかしそうに顔を俯かせていたクリスだったが、深く息を吸い込むと、大声で剣に向けて告げた。

 

 

『だから!聴いて欲しいんだ!アタシの歌を!』

 

『………分かった』

 

 

当然だ、等と宣うつもりはない。ここは素直に、純粋に受け入れよう。何より、クリスの歌う歌ならば、聴いてみたいとも思う。

 

 

『────お前の歌を、聴かせてくれ。心からの歌を』

 

 

 

 

 

─────ねぇ、こんな、空が高いと

 

 

 

─────笑顔がね、隠せない─────

 

 

 

 

 

「───────あぁ」

 

 

 

言葉が、出なかった。

 

しかし、彼の内側にあるのは落胆や失望などと言った負の感情ではない。そんなものは、決して生まれる筈がない。むしろその逆の想いが、彼の心に浸透していた。

 

 

 

 

 

魅了された。隻眼となった視線が釘つけになる。明かりに照らされた世界で一人、歌う白雪のような少女の姿が。彼女の心からの笑顔が。

 

 

 

 

 

──────笑ってもいいかな?

 

 

 

 

──────許してもらえるのかな

 

 

 

 

 

その笑顔を目にした途端、瞳から生じる違和感に気付いた。隻眼から流れる、一筋の涙。自身が泣いてる事にすら気付かず、剣はただ少女の歌に聞き惚れる。少女の笑顔に見惚れる。

 

 

 

 

どれだけ、自分の心が荒んでいたのかよく分かる。この歌に瞳を輝かせてる一同とは違い、心奪われた挙げ句に、言葉にも出来ない激情に駆られている剣には。

 

 

胸の内が、妬けるように熱くなる。心が、想いが、張り裂けそうになる程に高鳴っている。だが、それは苦しく感じない。この思いが、激情が、それを証明する。

 

 

「──────」

 

 

何事も口にすることなく、かと言って聞き逃している訳でもない。頬に伝う感涙の雫を拭うことなく、彼はただ立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────あたしは、あたしの

 

 

 

歌い出した歌が、止まらない。

胸に秘めていた想いが少しずつ溢れ出し、クリスにも止められない。でも、それでいいとも思えた。

 

 

この歌を歌えている間、この気持ちを解き放っても良いと。

 

 

 

──────せいいっぱい、せいいっぱいっ!─────心から、心からっ!

 

 

 

最初は迷っていた。

皆に勧められたとはいえ、自分がこのステージに立って、歌を歌っても良いのかと。

 

 

でも、剣の話を聞いて、決意が出来た。自分の望むように生きることを選んだ彼。ならば、自分も同じようにしようと。

 

 

 

剣が、あの青年が、好きだという歌を歌おう、と。彼が、それを聴いて、どんな風に喜んでくれるか。どんな風に聞いてくれたのかが、知りたいと思った。

 

 

 

 

 

何故なら、雪音クリスは、あの青年に─────

 

 

 

 

 

──────あるが、ままに!歌ってもいいのかな────!

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、想いが一気に解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

──────太陽が教室へと、さす光が眩しかった

 

 

 

 

笑顔を輝かせるクリスの歌によって、周囲の空間を別物へと幻視させていく。

 

 

 

藍色に染まる大空の下で、幾千も咲き誇る花に覆われた草原。まるで、人の世とは欠け離れた、楽園の光景であった。

 

 

 

 

──────雪解けのように何故か涙が溢れて止まらないよ

 

 

 

 

彼女の心の世界。そこにいるのはクリスだけではなく、彼女にとって親しい者達がそこにはいた。

 

 

 

響、翼、未来。そして、いつも自分に親しくしてくれた三人のクラスメイト。

 

 

 

──────こんな、こんなっ!暖かいんだ!

 

 

彼女達に手を引かれるように立ち上がるクリスは、もう一人の人物に眼を向ける。

 

 

クリスにとって、変わる切っ掛けを与え、共に歩もうと言ってくれた青年。この世界とは違う世界から来た、自分と同様に、それ以上に傷つき、挫折を味わってきた────だというのに、あのお人好しと同じように心優しい青年。

 

 

 

そう、彼等と一緒にいられるこの場所こそが────

 

 

 

 

──────あたしの帰る場所

 

 

 

 

 

 

 

──────あたしの、帰る場所

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………本当はアイツに向ける為だけだったのに、こんなに喜んでくれるか………)

 

 

歌い終えた直後に、爆音のような歓声と喝采に包まれ、クリスはあまりにも落ち着きって、余韻に浸っていた。

 

 

クラスメイト達に応えた、たった一人に向けた歌であったが、大勢の人が嬉しそうなのが見えて、気持ちが高鳴ってきた。

 

 

(あたし、こんなに楽しく唄えるんだ………)

 

 

ふと、歌ってる最中の自分を思い出し、彼女はそんな風に考えていた。

 

 

 

その後、熱唱の余韻から一転、新生チャンピオンとして抜擢され、物凄い羞恥に晒されるクリスなのであった。当然ながら彼女は、数秒後先の未来なんて読めないので既にどうしようもない、詰みの状況だと後々理解させられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスの歌が終わった直後、歓声が鳴り止まない座席の一番奥、出入り口の方に立っていた剣。彼は歌い終わった後も、クリスのよう余韻に飲まれていた。

 

 

 

ポツリと、呟きが虚空へと漏れ出す。

 

 

「良い歌、だな。…………クソ、もう少し言い方があるだろ」

 

 

そんな自分の単直な感想に、自分自身で呆れたように吐き捨てる。片目をステージの方にいるクリスへと向ける。

 

 

僅かな時間。黙り込んでいたが、ふーっ、と深呼吸をする。

 

 

 

「感想、ちゃんと言わないとな。………きっと、上手い事は言えないかもしれないが」

 

 

くしゃくしゃと髪を乱雑にかきながら、彼は自嘲するように呟く。そうやって影から踏み出そうとして、

 

 

 

 

足を止めた。踏み込むことも出来ず、彼はその場から背を向けて立ち去ろうとする。躊躇うように、踏み出そうとする足があまりにも重かった。それが自分の意思によるものだというのは、言うまでもない。

 

 

「…………………悪い」

 

 

背を向け、入り口から出た扉の横に背中を預ける。扉が閉まっているにも関わらず、未だ中から歓喜の声が聞こえてくる。

 

 

あそこは、光の世界だ。あのまま進んでしまえば、剣も更に皆の方へと歩み寄ってしまうかもしれない。それは嬉しい、望んでいることだ。

 

 

だが、まだ駄目なのだ。

 

 

 

 

「──────皆と笑い合う事は、俺にはまだ出来ない。まだ、やるべき事がある」

 

 

 

瞳に、隻眼に、憎悪が滲み出した。チリ………ッ! と空気が軋む最中、剣は己の決意を口にした。

 

 

 

 

 

 

「エリーシャを、奴を殺す」

 

 

しかし、その決意は憎悪によるものではない。いや、語弊がある。無空剣のエリーシャへの殺意は、未だ衰えていない。むしろ対面したらすぐに暴発しようになるほどに燻っている。

 

 

だが、エリーシャを殺すという意思は、単なる憎しみだけではないのだ。もう一つだけ、重要な理由がある。

 

 

「また俺の大切な人を奪われる前に、奴を必ず殺す。それから俺は、一人の人間として皆と共に生きることが出来る」

 

 

過去の因縁はどうなっても途絶えることはない。自分から奪い続けてきたあの狂人の猛威が、自分の大好きな人達に振るわれる可能性も少なくはない。

 

 

 

 

ようやく、確信した。

彼女達こそ、自分にとって最も大切な存在なんだ。いつの間にか、仲間以上の想いを秘めていることに気付いたが、その事実は、今はどうでもいい。

 

 

あの娘達と同じ世界で笑い合う事は、出来ることならしたい。だが、その前に。自分の大切な彼女達を奪い取ろうとする狂気を、自分達の世界から出てきた悪意の権化を、断ち切らなければならない。

 

 

 

確実に、自分の手で。奴の息の根を止めて、ようやく無空剣は人として笑うことが出来るのだ。

 

 

 

「──────俺が傷付こうが構わない。だが、あいつらだけは何としても奪わせない。護ってみせる。俺の大切な、世界よりも護るべき仲間を─────」

 

 

 

────例え、魔剣士という枠組みを越えた怪物に成り果てたとしても。

 

 

どす黒い激情と負の決意を胸に漲らせ、彼は顔色を切り替える。よく顔に出ることが多い。自分の事だ、皆を不安がらせてしまうだろう。そうならないようにするのが、剣のやり方だ。

 

 

そう考え、彼は入り口から静かに中へと戻っていく。そんな彼の抱える闇など知らない、少女達の元へと。

 

 

 

 

響達が知らぬように、無空剣も知らない。いや、知っていたが、予想の遥か上を越えることを。自分が宿敵として、怨敵として定めている男が、悪辣なんて言葉で止まる程度の男ではないと。

 

 

 

 

いずれ、身を以てその事実を知らされる事は。彼はまだ知らない。

 




コイツ面倒くせぇな(どの面下げて)



要するにエリーシャを狙う理由が増えた訳です。コイツ自分の望んだ通りにやるってクリスに宣言したから、「いや、これが俺のやりたい事だ」って言い訳つくからセコい。流石魔剣士。


それはそうと、クリスの回の奴は頑張ったよ!?僕は、僕達は頑張ったよ!?(某エミール風)なので少しは褒めてください(無茶振り)



ノワール博士については、言わないであげてください。最近、出番無い癖に女子にパパ呼びを求めるとか。何処のアラフィフですかね(知らぬ存ぜぬ)





お気に入り、評価や感想、質問などがあれば気軽にどうぞ! 次回もよろしくお願いいたします!それでは!!



…………こんなテンションなのは徹夜したからです。眠い筈なのに、何故かやる気があるわーー!!!


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望まぬ再会

刹那「最近出番がない」(尚、これからも出番は先のようですね)


「クリスちゃん!本当に良かったよ!」

 

「~~ッ!うるせぇ!あんまり掘り返すな!」

 

「うむ、とても良い歌だった。雪音の歌う姿を見ることが良かった」

 

「せ、先輩まで……!止めてくれよ!」

 

 

コンサートも終わりを迎え、全員が帰ろうとする最中、一人で歩いていた剣は響と翼と、二人から賞賛を投げ掛けられ赤面しているクリスを見つけた。因みに未来は何も言わないが、響に同調するように頷いていた。

 

 

「お疲れ様、チャンピオン。綺麗だったぞ」

 

「剣!?ちゃんと聞いてたんだよな!?」

 

「勿論」

 

 

軽く声をかけると、クリスは顔色を変えて食いかかってきた。即答したが、クリスは口を一文字にして此方を見つめていた。

 

 

彼女が自分の歌の感想を求める、というのはすぐに分かった。少し前までその事を考えていたから、言葉が詰まるという事はなかった。

 

 

「…………良かったな。歌も、クリスも。本心からの歌だって、心からの歌だってのがよく分かった。だからこそ、見ていた間はずっと見惚れてた。とても………素敵だった」

 

 

言い終えた後、返答が来ない事を不思議に思った。が、すぐに判明した。

 

 

口をパクパクと開かせ、顔が真っ赤に染め上がったクリス。どうやら凄い照れてるらしい。茹で蛸みたいだな、と思ったが、実際に口に出すのは止めた。流石にぶん殴られる。そんな愚行は容易くしない。

 

 

 

 

「あれ?クリスちゃん照れてる?」

 

「なッ!?ばッ………!てっ、照れてねぇよ!これは、色々と……っ!!」

 

 

そんな最中、響がクリスの顔を覗き込むように聞き、クリスは慌てて否定していた。上手く言葉に出来ない彼女を、ニヤニヤと面白そうに見つめる少女達。

 

 

 

 

───少しの間、大丈夫だなと判断した剣が静かに動く。

 

 

「…………翼、耳を貸せ」

 

「無空………?」

 

 

突然の囁き声に翼は怪訝そうにしながらも、すぐさま違和感を見せないように剣の近くへと歩み寄る。心の中で感謝を述べながら、彼は簡潔に事実を告げる。

 

 

(────この会場に敵の装者が来ていた)

 

(ッ!?それは(まこと)か!?)

 

(あぁ、この眼で確認した。実際に対話もしたから間違いはないだろう。狙いは、俺やお前達のギア………お前達はペンダントらしい)

 

 

健気に頑張っていたあの少女達、彼女達には悪いが今回の件で得られた情報は無駄ではなかった。彼等が最近動きを起こさなかったという事から、彼等の目的とやらは達成できない状況下にあるらしい。

 

 

その為に必要なのは、ロストギアかシンフォギア。厳密には、その核として利用されている聖遺物の欠片だろう。世界を救う、と豪語したのだ。彼等もそれが必要だと分かっていた筈だろう。相手の装者や自分から奪わなければならないということは、何かに消費しているのだと思われる。そして足りない現状だからこそ、新しいものを調達したいと。

 

 

だからこそ、彼女達を使ったのだ。ペンダントやロストギアを手に入れてこい、と。

 

 

 

 

(ペンダントを………?何故それを求める必要がある?)

 

(そこまでは分からない。後で響達や司令とも共有はしておくが、その前に伝えておきたい事があった。他の皆よりも、経験や実力があるお前に)

 

 

これはあまり隠す必要もないかと考え、剣はその次の言葉を口に出す事にした。

 

 

「つい先程、俺の魔剣(グラム)が共鳴した」

 

「グラムが………共鳴?」

 

聞き覚えのない単語に、翼は疑問を表面に浮かべる。

左目に埋め込まれたグラムの欠片を指差しながら、剣は簡単に説明した。

 

 

 

曰く、共鳴とは同じ魔剣を宿す者に発生する現象だ。同一の物質、同一の性質、同一の欠片である魔剣は互いの発するエネルギーに反応する。その効果は通常のエネルギー反応とは違い、眼窩や掌に埋め込まれた欠片が激しく反応するのだ。

 

 

魔剣が一つに戻ろうとしているのか、或いは主に伝えたい事があるのか、それは未だ定かにはなっていない。だが、明らかな事実が一つだけ目の前に呈示されている。

 

 

「基本的に、魔剣が共鳴する原因は一つしかない。同じ性質の欠片─────つまり、別のグラムの欠片がロストギアとして起動されたことを意味する。この世界では、一度も感じたことがなかった」

 

「まさか─────」

 

言わんとする事を理解した翼が眼を見開き、剣に注視する。そして、あぁと頷き、剣が答えを口にする。

 

 

 

 

 

「俺と同じグラムを宿す魔剣士──────量産龍魔剣(グラムシリーズ)がこの世界に来ている」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「マリア!マム!大丈夫デスか!?」

 

 

リディアンから離れ、すぐ近くの人気のない場所で、切歌達はマリア達と合流していた。ナスターシャ教授とマリア、家族のような存在である二人が無事であることに安堵する二人の少女であったが、彼女達はすぐに何かに気付いた。

 

 

 

自分達の知らない何者か、蒼黒の鎧に包み込まれた誰かが、マリア達の近くに立っているではないか。

 

 

 

「…………っ!?」

 

「マム!ソイツは───!?」

 

 

「安心しなさい二人とも。彼は我々の味方、エリーシャ博士から送られてきた援軍です」

 

 

車椅子で二人の前に出てきたナスターシャの言葉に、彼女達は不承ながら警戒を解いた。

 

 

しかし、当の本人────敵意を向けられたシオンは、相変わらず反応はない。直立のまま、自分に与えられる命令を常に待っている。

 

 

何事も発することのない彼に、ナスターシャは

 

 

「シオン、二人に挨拶をお願いします」

 

『………確認、それは命令か?』

 

「命令ではありません。自主的なものです」

 

『了承』

 

 

ナスターシャとの短い会話を経て、シオンは無機質な仮面を切歌と調に向ける。警戒されるのは当然だろう。そんなことを気にせず、シオンは淡々と口にした。

 

 

 

『当機体は、シオン・フロウリング』

 

 

 

 

 

たった、それだけだった。

蒼き魔剣士は一言も発することなく沈黙を貫く。話すことが嫌、という訳でもない。むしろ返事や反応を待っているようであった。

 

 

人間らしい素振りが見られず、不気味であることは変わらないのだが。

 

 

 

「………それだけ、デスか?」

 

『確認、気になる点があれば、問いがあれば即座に対応する。何一つ、支障はない』

 

「…………マム?」

 

「……………彼は色々と問題を抱えています。ですので、普通に接してあげてください。実力に関してはエリーシャ博士が勧めるように、遜色はありませんので」

 

 

切歌が不安気に聞いてみるが、本人は特に問題とすら思っていないらしい。ナスターシャは額に手を置き、溜め息を吐く。最初からずっとこの調子だ。実力や戦闘センスは遜色ない、この一同の中では最強の戦力だ。

 

 

しかし、著しくコミュニケーション能力が欠けている。それこそが、シオンの唯一の短所だろう。だが、シオンについてある程度教えられたナスターシャからは、それを強く否定することは出来ない。故に、少し諦めかけてはいた。

 

 

 

「………時間を掛けましたね。追手が来る前にこの場から離れましょう」

 

「待ってマム! 私達、ペンダントを取り損ねてるデス! このまま引き下がれないデスよ!」

 

「決闘すると、そう約束したから─────」

 

 

 

 

必死に呼び掛ける言葉は出なかった。話そうとしていた調だったが、彼女の頬に平手打ちが飛んだのだ。「調!?」と前に出た切歌であったが、彼女も頬を叩かれることになる。

 

 

 

「いい加減にしなさい!マリアも、貴方達二人も!この戦いは遊びではないのですよ!?」

 

 

二人を叩いたナスターシャ教授はそう彼女達を叱咤した。無理もない。自分達がやろうとしているのは世界を救うという事、しかしそれは命に直結するような危険なものだ。勝負事などをしている場合ではないという、ナスターシャからのある意味での心配だ。

 

 

 

『まぁまぁ。そこまで責め立ててやる事はないだろうよ、ナスターシャ教授』

 

 

響き渡る声音に、切歌と調は顔色を変えた。自分達が顔を青くしてるのを悟られないように、声のする方にあまり目を向けないようにする。

 

 

そんな彼女の達の様子に違和感を抱きながらも、ナスターシャは声のする方を見る。そこに立っているのは、エリーシャ本人であった。

 

 

しかしその姿は何処か異様だ。微かに薄く、虚像に思えるそれは、ホログラムか何かなのだろう。彼は軽く庇い立てるような態度で、心にもないような言葉を口から出していく。

 

 

『むしろ、私としてはよくやったと褒めてあげたいね。彼等と決闘を行えるんだ。そこに無空剣もいるなら、大喜びだ』

 

「…………あの娘達、二課の装者と決闘するって話みたいでしたけど?無空剣も着いて来るんですかね」

 

『────無空剣はねぇ、警戒心が高いからねぇ。相手を疑うことはなくとも、乱入や私達は間違いなく警戒してるだろうさ。

 

 

 

 

純粋なこの子達の誘いであったとしても………ほら、今みたいに我々が知謀を働かせてるのも計算の内だろう。ならば敢えてその通りに動くまで』

 

 

ウェルの意見を飲みながらも、エリーシャはそう断言した。彼をよく見てきた者としての判断だ、疑うことは愚かに等しい。

 

 

 

ただ、それは善意で。彼という人間性を心から信じている訳ではない。ケースの中の生物を観察し続け、この生き物はこういう風に行動するだろう、という冷徹な感傷に過ぎない。

 

 

最初はそうは思わなかった調であったが、剣から真実を教えられてからはようやく理解する。この男は本物だ。自分達が嫌悪する卑怯な大人達どころではない。そう思わせるナニかがひしひしと感じられる。

 

 

 

確めてみよう、と。

調は心の中で、一つの覚悟を決めた。

 

 

「…………エリーシャ博士」

 

『?何かな?』

 

「少し教えて欲しい事がある………」

 

『ふむ、疑問かい。まぁ君達のような年代では分からぬ事も多い、好きに聞くといい』

 

 

寛容さを見せつけるように、微笑を浮かべるエリーシャ。彼の言葉に、調は核心に踏み込む一言を投げ掛ける。

 

 

 

 

 

 

「────魔剣士の為に一万人の被験者を死なせたって話は、本当なの?」

 

 

調の問いに、周りの反応は各々であった。

は?とマリアは耳を疑ったかのようにエリーシャと調を何度も見返す。切歌は調が確信を突いた事を聞き凄い慌てていた。ナスターシャ教授は何ですって? とエリーシャに疑念の視線を集中させ、ウェル博士は詳しく聞いてみたいのか二人の話に密かに耳を傾けた。

 

 

 

自分の経歴を告げられたエリーシャ。彼がどのような対応に出るか問題であったが、今更気にしても意味はない。エリーシャは調に眼を向けると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『─────あぁ、知っていたのか。…………で?()()()()()()()()()()?』

 

 

アッサリと、自身の所業を肯定した。それどころか、大した問題ですらないと公言までしたのだ。何なら悔やんでる様子も、恐れている様子すらない。

 

 

この場にいる者達、ナスターシャすらその言葉を疑った程だ。唯一、ウェル博士は興味があるという様子で話を聞いている。

 

 

思いの外饒舌に、凶人は語り口を始める。

 

 

『ふむ、ヤルダバオトや同じセフィロトからもよく言われたね。「やりすぎだ。もう少し出来るだけ犠牲者を減らすようにしろ」と。だが、犠牲なくして進歩はない、そうは思わないかい?』

 

「っ」

 

『いかにも違う、と言いたげな顔だ。…………君達も知っているだろうが、科学の発展は人の命を冒涜する事で発展したものだ。世界中にある毒ガス兵器や戦車とて、人の命を奪う為に造られ、世代を越えてきた。それは必然なんだ。人類は成長と進化を遂げる課程で、多くの同族の命を奪い、奪われ続けてきた……………それが何故だか分かるかい?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

極論、と言えばそれまでだろう。

エリーシャもかつて同じように聞かされた際に、暴論だと吐き捨てられた事がある。

 

 

 

 

正義感が強いからこそ、自分達を止めようとした勇敢な勇者(無謀な愚者)に。無論、ソイツは結局エリーシャを止められなかった。最後の最後まで圧倒的な力に踏みにじられ、彼は敗者へとなった。

 

 

勿論、エリーシャがそれを見過ごす筈もなく、キチンと再利用させてもらった。彼が偶々求めた、目の前の都合を叶える為の兵器として。

 

 

 

そんな風に、世界は成り立っている。誰かが誰かを踏みにじる事で、誰かを傷つけることで成り立つ。人類とは、世界の仕組みとはそのようなものなのだ。

 

 

無論、人が人を思う善意が存在しないという考え方はしてない。むしろ、善意などあるに決まっている。

 

 

だからこそ、世界を救うという妄言を信じ、必死に努力する。かの、魔剣士の青年のように。

 

 

『だから私は魔剣士を造り出す事に集中し、犠牲などに眼を向けなかった。何故ならその程度の犠牲に怯え躊躇うような者に、何も出来ない、何も為せないからだ。その多くの犠牲と幾つかの不良品の果てに─────私はアレを、無空剣を造り出す事に成功した!!』

 

 

そこまで口走ると、エリーシャが感情を爆発させる。電子によって構成された白衣の男が高らかと声を荒らげ、立ち上がる。

 

 

調達に諭すように話していた様子から一転、エリーシャは自分に酔いしれるように、高揚としながら身を悶える。

 

 

 

『私は彼を見て確信した!震える程にね!彼が、彼こそが全てを変える存在だと!砂粒の中にあったダイヤの原石なのだ、とね!ヤルダバオトの発足した【魔剣計画】が、私が造り出した最強の魔剣の一振だと!我等に必要な、いずれ来る破滅へ対抗する為の切り札である神殺しの力と()()へと至りし魔剣!その二つの資格を同時に達成する者を手にする為に、無空剣は、序列は造られたのだ!!

 

 

 

 

 

 

アルシャータやデオルス、他のセフィラが造った序列よりも、私の造った無空剣こそが!破滅を覆す事の出来る真の「()()()()」であることを!私はこの世界で証明するッ!!同時に奇跡も見たい!彼を追い詰めれば、彼を苦しめれば、彼を喪失させれば、彼の仲間である少女達は、私に奇跡を見せてくれるだろうか?いや、そうでなくては困る!私はずっと前から知りたかったのだ!!奇跡を!!あらゆる不可能を叶える奇跡をっ!!語られているのならば、実現はする!実現するのならば、体験できる!体験できるのならば、解析できる!!解析出来るのであれば!私は奇跡を手に入れることが出来るッッ!!!そうすれば私は、あの()の為に──────────あ、の、()?』

 

 

途端、エリーシャからあらゆる感情が抜け落ちた。ポツンと、身体の動きを止め、首だけをカクリと傾げる。まるで電池の切れた人形のように。自身が呟いた単語の意味を求めようとしているようであった。

 

 

そして、マリアは異様なものを眼にした。エリーシャの顔半分を覆う義眼。機械に組み込まれた仮面らしきものが無機質に蠢き始め、エリーシャの身体が小刻みに震える。

 

 

 

色の喪失した瞳に、活気が取り戻されていく。しかしそれは自力で立ち直ったというよりも、何かによって強制的に戻された感じであった。

 

 

 

 

『…………失礼、取り乱したね。少し興奮してたよ』

 

少しだけ顔を青くしたエリーシャは、自身のそんな状態を気取られないように一息吐き、マリア達に目を向ける。何も言えずにいる彼女達に興味など失せたのか、今度はウェル博士に視線を配る。

 

 

顔に刻まれた不適な笑みとは裏腹に、冷徹極まりない声音で、釘を刺す。下手な真似をする事は許さないとでも言うように。

 

 

『────話した通り、無空剣は必要なんだ。私自身もだが、【魔剣計画】からもね。ネフィリムの餌に出来るならやればいいが、もし出来る事なら腕とか脚にしてくれ。まぁ、彼じゃなくて装者達を使ってくれると良いけどね』

 

 

「…………まぁ、貴方からの忠告なら聞き入れますよ。無空剣でもお腹一杯だってのに、これ以上敵を増やしたくはありませんしね。あっちの装者で妥協しましょうか」

 

 

『当然。その為に送ったシオンなんだ』

 

 

 

ナスターシャ教授とマリア達を静かに見据え、エリーシャは口元を歪める。彼女達は知らぬが、彼の眼は既に彼女達を捉えていない。見ているのは、その先の未来。

 

 

 

 

その光景が、あまりにも面白いのか。

頬を緩ませるエリーシャは、愉快そうに肩を揺らした。彼の異常性に戦慄する少女達を無視し、悦に浸り続ける。

 

 

 

『今現在の君達の目標と私個人の目標、今回の戦い両方とも達成しようじゃないか。大人らしく卑怯で、悪辣で、残酷なやり方でねぇ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二課の仮設本部にて。

何度も耳にしてきたノイズ発生を示すアラートが本部内に鳴り響いた。

 

 

「ノイズの発生パターンを確認!座標を割り出します!」

 

 

 

 

「────どうやら、これが彼等なりの決闘の合図、という訳か」

 

『まぁ、ノイズを自由に呼び出せるのは彼等しかいないからね。…………だが、一般人を前にノイズを出す連中が、正々堂々と決闘をするつもりかは疑問だがねぇ』

 

 

両腕を組み剣からの話を聞いていた弦十郎の言葉に、ノワールはそう付け足した。子供達を案じる大人は敵のやり方をまず一番に警戒している。

 

 

 

「…………4対3、か。数的には此方側が有利だが、相手はノイズを有している。無空がいたとしても、簡単に事は進まないのだろうな」

 

 

他の誰よりも先に剣の説明を聞いていた翼は、気を引き締めるように拳を握る。しかし、そんな彼女の言葉に、剣が軽く首を横に振った。

 

 

「いや、俺が決闘に参加しない場合を考慮しても、3対2の筈だ」

 

「2………?二人ってことか?でもよ、あっちにはマリアがいるんだぞ?」

 

「そのマリアは、戦いに参加しないと見ていい」

 

 

 

そう言う剣に、全員が不思議そうな視線を向けてくる。疑問を投げ掛けられる前に、剣が片目を細め、的確に語り出す。

 

 

「マリアはフィーネの器だ。奴等がフィーネを目覚めさせるのではなく、記憶を求めているのであれば、フィーネの完全覚醒は避けたい筈だ。数少ない戦力を減らすことにもなる。だからこそ、無理にシンフォギアを纏う事はない」

 

「………もし、奴等がマリアをフィーネにする事も厭わなければ?」

 

「────それは無いな、確実に」

 

 

先程のような憶測とは違い、これについては断言できる。彼女達からすれば、フィーネは爆弾のような存在。その存在は彼等の力になるかもしれないが、武装組織フィーネには悠久を生きる巫女を止める手立てがあるとは思えない。

 

 

自分達の思うように動かない駒を放置するどころか、好きにさせるなど有り得ない。だからこそ、彼女達はマリアを進んで洗浄に出さない筈だ。

 

 

─────それに、

 

 

「アイツらが、他の装者がそれを許容するとは思えない。俺も人を見る眼はある方だ…………片方しか無いがな」

 

「……………」

 

「ジョークだ。少しは笑ってくれ」

 

『─────ククク、君も言うようになった』

 

 

何も言わない一同に、剣は弁明というよりも切に願うように言う。その様子に、ノワールは博士は嬉しそうに喉から溢れる笑いを押さえていた。

 

こういう事は俺には似合わないか………と剣が少し落ち込んでいると、

 

 

「位置情報出ました!─────っ!ここは!?」

 

 

オペレーターの藤尭が咄嗟に報告するが、彼の顔がすぐさま驚愕に包まれる。しかし、彼は動揺を振りきるように「映像出します!」とキーボードを素早く打ち込んでいく。

 

 

そして、大画面に一つの光景が浮かび上がった。

 

 

 

廃病院同様、人気の感じられない場所。しかし廃病院とは違い、ここには誰も訪れる事はない。何故なら政府によって封鎖された区域なのだから。

 

 

薄暗い夜明かりによって見えるのは、廃墟と化した半壊状態の建物。そして、それを破壊するようにそびえ立つ巨大な柱のようなもの。

 

 

かつてのような神聖さを失われたものの、宗教的な雰囲気の残されたそな全体像は、古代の遺物のような存在感がある。が、それは強ち違ってはいないのかもしれない。

 

 

なんせ、過去に存在したものを再現したものだからだ。悠久の時を過ごしてきた、巫女が。

 

 

そして、それらがあるその場所こそ。月の破壊を引き起こそうとしたフィーネ、彼女との決戦の場所。

 

 

 

 

「────カ・ディンギル跡地、か」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「…………また、この場所に来ることになるとはな」

 

 

あまりにも廃れた果てた休日リディアンの跡地に剣は達観するように漏らした。響達も、かつての校舎、そして戦場に思うところがあるようであったが、すぐに剣が片手を前に出した。

 

 

一段開くなった空間。そこに存在する筈のない反応と気配が確かに在った。

 

 

 

 

 

「────ウェル博士」

 

「えぇ、お久しぶりです。二課の装者の皆さん、そしてルナアタックの英雄たる無空剣」

 

一度ソロモンの杖警護の際に面識があった響が改めてDr.ウェルの裏切りを再確認する。それに対してウェルは薄ら笑いを浮かべながら挨拶を浮かべ、最後に剣に執着するようなギラギラとした視線を向ける。

 

 

そんなウェルを無視し、周囲に眼を向ける剣。そしてすぐに、睨み付けるように隻眼が細められる。

 

 

「…………あの二人はいないみたいだな」

 

「彼女達なら謹慎中ですよ。お友達感覚で計画をめちゃくちゃにされたら困りますからね」

 

「────なら、やることは簡単だな。お前を倒せばそれで済む」

 

 

嘆息し、切り替える。響達が聖詠を歌う横で、剣も左手を握り締める。掌と手の甲に組み込まれた黒耀の結晶を光らせ、告げる。

 

 

 

「────グラム、装填」

 

 

そして、全身を黒き鎧が纏う。グラムのロストギア、最強の魔剣の装備は問題なく展開できた。後は、敵を容易く倒せば良いだけの話。

 

 

無空剣が動き出した事に、Dr.ウェルは少しだけ眼を見開く。しかし嫌らしい笑みを浮かべながら、剣に声をかける。

 

 

「おや、貴方も動くんですか?あの子達の話ならば、貴方は決闘に参加しないと思われたのですが…………」

 

「黙って見ておくつもりだったんだがな。……………ドタキャンもされた挙げ句に当人達を出せないのならば、約束もクソも無いだろう……………まさか、俺達だけ約束を守れとは言わないよな?自分達の方から勝手に破っておいて」

 

「これは、これは。耳が痛い」

 

 

肩を竦める白衣の男は、それでも焦ってすらいない。まだ余裕があるとでも、暗に言ってるようだ。

 

 

早く無力化させるか、と踏み込むと、ウェルは芝居が掛かったように声をあげた。

 

 

「ですが、これは流石に私も厳しいですねぇ。装者三人と最強の魔剣士。このままでは負けてしまいますので…………助っ人を呼ぶとしましょう」

 

「……………?」

 

遠回しな言い方に、今度こそ眉をしかめる。助っ人という戦力が、彼等にあるのか?と。

 

 

だが、すぐさま改める。たとえ奴等が誰を味方に付けようが関係ない。もしかすると、それがエリーシャの可能性もあるが、奴なんぞ戦力と数える必要もない。

 

 

 

 

しかし、ウェルの続け様に放った言葉は、彼にとってあまりにも予想外であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お出でませ!僕達の新しき戦力!魔剣士 シオン・フロウリングッ!!」

 

 

 

 

 

「……………………は?」

 

 

だからこそ、思考が鈍った。

ギチ、と。歯車が噛み合わないような雑音が静かに響く。何故、奴がその名前を口にする?何故、その名前が今この場に出てくる?自分を慕っていた後輩が、この世界にも来ているのか?

 

 

 

それは、それだけは有り得ない。シオンは、自分を殺しに来るような奴ではない。こんな事を言うのは筋違い、おかしいのは分かってる。だが、シオンをよく知ってる自分なら分かる。アイツが、シオンが、敵対する筈がない。

 

 

 

あらゆる疑問が、彼を支配した。動きが鈍った彼の様子に、響達は戸惑いを浮かべていた。しかし、すぐさま現れた変化に顔色を変える。

 

 

 

ウェルの真横に、ナニかが降ってきたのだ。周囲の砂煙を散らしたそれは、一瞬で煙を振り払う。

 

 

 

蒼と銀の装甲に包まれた魔剣士。ゆらりと立ち上がったそれを目にしてたから、剣は魔剣の欠片を埋め込まれた眼窩に響く痛みと反応を感じる。

 

 

 

 

グラムの反応。目の前のそれは、シオンと同じような反応を有している。

 

 

刹那、彼の装っていた全ての警戒は振り払われた。目の前の魔剣士が何者か。それを確めるのに全てを優先する。

 

 

「─────シオン、シオンか!?」

 

『───────』

 

 

必死に声を荒らげる剣の声音に、シオンは僅かに反応した。小刻みに揺れる青年の身体。しかし無機質な仮面に浮かび上がった紋様が輝くと同時に、シオンと思われる魔剣士は答えを返した。

 

 

 

『解答、当機体はシオン・フロウリング。量産龍魔剣(グラムシリーズ)のNo.1、貴方の為に調整された個体だ───原型個体(オリジナル)、無空剣』

 

「………ッ」

 

 

機械的な反応。声音の変わらない言葉。それだけで、剣は金槌で叩かれたような衝撃が頭に響く。視界が揺らぎ、足元がふらつき、膝をつきそうになる。

 

 

 

「剣さんっ!!」

 

「おい!剣!大丈夫か!?」

 

 

しかしそれよりも先に響とクリスが剣に寄り掛かる。あまりにも様子が変貌した剣に不安の眼差しを向けている。本当に、心配させて申し訳がない。

 

 

 

「…………あぁ、大丈夫だ。悪い、取り乱したな」

 

「無空、奴が何者か知っているのか?いや、無空の知り合いなのか?」

 

 

深呼吸をすると、少しだけ落ち着けた。だが、それでも心の中にある動揺と困惑は未だ取り除けない。

 

 

相手が誰だか分からない翼が、剣にそう聞く。何と説明するべきか悩んだ剣は首を振る。今ここで、躊躇う理由は存在しない。彼女達は信頼できる仲間だ。ならば、隠す必要もない。

 

 

「アイツはシオン・フロウリング。数少な親友を除いて、俺に慕ってくれた魔剣士の後輩だ」

 

「…………後輩」

 

「あぁ、だがあの様子は明らかに変だ。多分だが、操られると見ていい。それにあの装備、俺がいなくなった後に製造されたもの………シオンをあんな風にするなんて、一人しか思いつかない─────」

 

 

 

 

 

「…………エリーシャ、アイツが何かをしたって事か」

 

 

忌々しいと言わんばかりに吐き捨てるクリスに、同意する。思い浮かべるだけで脳細胞が焼き切れそうな、不愉快な男の顔が脳裏に過る。

 

 

奴ならば、絶対やるだろう。無空剣の後輩であるシオンを駒として、剣に敵対させるということは。あの悪辣で下劣な男ならば、平気でやる。

 

 

 

立ち上がり、シオンに向けて構える。敵意を感じ取ったのか、言葉も発することなく、シオンも身構える。

 

 

しかし、そんな剣の前に、翼が飛び出してきた。

 

 

「無空!シオンの相手は私達に任せろ!お前はウェル博士を!」

 

「─────!?」

 

同じように、響とクリスも。三人で並ぶように、剣に背を向け、シオンの前へと立ち塞がる。何故、と聞き返そうとする剣に、翼はアームドギアを持ち構え、叫ぶ。

 

 

「奴が何故、シオンを連れて来たのか!無空への対抗策と考えるのが妥当だろう!かつての仲間や後輩であれば隙を突けるという悪辣な考えがあっての事に違いあるまい!」

 

 

否定できなかった。

もしかしたら、戦いの際にシオンへの攻撃を躊躇ってしまうかもしれない。その隙を、今のシオンは無感情に狙うことだろう。

 

 

何より、響達がそれを望まないのだ。剣が、かつての知り合いと戦うということが。それが彼の心をどれだけ苦しめるか分かるから。

 

 

 

 

気を使われた。そう思うだけで奥歯を噛み砕く程の力が込み上げてくる。彼女達に怒っている訳がない、怒りはそうさせてしまった自分に向いているのだ。

 

 

本来ならば、シオンを止めるのは自分がすべきだったのだ。だが、それら全ての言葉を口に出そうとして、一気に飲み込む。今ここで、彼女達に応えるべき言葉は、

 

 

 

 

「─────すまん、任せた」

 

 

絞り出すように告げた剣の言葉。即答するように応じるような一言が、重なって聞こえた。

 

 

 

響達から離れるように少しだけ歩くと、同じようにシオンから離れていたウェル博士と相対した。

 

 

ウェル博士は、眼鏡を軽く押し当てる。もう片方の手を白衣の中に入れながら、皮肉るような笑みを作る。

 

 

「残念ですねぇ。折角、知人との再開の場を設けたのに……お仲間に任せてしまうとは。酷い御方だ」

 

「…………アレを、俺に当てるつもりだったか」

 

「えぇ、まぁ否定はしませんよ。エリーシャ博士から、彼が無空剣への対抗手段になると言われてましたので」

 

「──────そうか」

 

 

やはり、あの男だったか。

あまりにも単純な答えに、予想よりも早く納得できた。もとより、そうだろうと考えていたのだ。答えが当たった達成感など、微塵も感じられないが。

 

 

 

「こうなったら仕方ありません。貴方にはノイズの相手をして貰いますよ?役不足でしょうが、英雄の貴方ならば、この程度の障害は乗り越えられるでしょう?」

 

 

 

「────ほざけ、英雄のなり損ない」

 

 

たったそれだけの言葉で、ウェルの全身からドッと冷や汗が溢れた。今まで向けられた敵意が嘘であったかのような、濃厚な怒気が、鋭さを増したように向けられている。

 

 

 

それは殺気だ。

彼がこの世界に来てから、数人にしか向けたことのない本気の殺意。しかし、これでもまだ制限されたものだろう。何故なら、彼はただ怒りと殺意を向けているだけなのだから。もしここに憎悪が加わろうものなら、殺気だけで人を殺せるようになるかもしれない。

 

 

 

目の前ですぐさまソロモン杖を光らせるウェル。周囲に発生する無数のノイズに、剣は全身を低く落とし、両手の指をバキ、と鳴らす。

 

 

喉の奥から、ドスの効いた低い声が漏れる。自分でも、驚くような殺意と共に。

 

 

「─────これは八つ当たりだ。悪く思うなよ」

 




剣「お前らぶちのめすわ」(ぶちギレ)


尚これで70%のキレ具合の模様。何が言いたいかって?もっとキレますって事ですよ(笑顔)



お気に入り、評価や感想、質問などがあれば気軽にどうぞ! 次回もよろしくお願いいたします!それでは!!




さらっとタイトルや核心に触れるような事を書けて満足です(満面な笑み)


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魔剣戦戟

ちゃんと投稿したからノーカン、ノーカン(真顔)


カ・ディンギル跡地。

幾つもの星と欠けることのない満月に照らされた夜空に覆われたその場所で、激しい戦闘の音が響き渡る。

 

 

鮮やかな色合いのノイズ達。緑の光から召喚されたそれらは、数秒で灰へと還っていく。灰はその場に残ることなく、凄まじい風圧と黒紫の光により、かき消され、散らされる。

 

 

 

「─────っ、──ッ!!」

 

 

凄まじい速度で周りを走り抜き、ノイズの一群を斬り伏せる無空剣。彼は少しだけ足を止めて呼吸を整えるように、短く息を吐く。それだけで、彼は顔色を変え、すぐさまノイズの群れを排除しに迫る。

 

 

 

粘着質な液体を放ち動きを止めようとするダチョウ型の個体も、ノイズを砲弾のように飛ばす建築物の個体も、抵抗も意味なく斬り伏せられる。あらゆる防御をものともしない斬撃は、何者であろうとも止められない。

 

 

 

龍剣グラム。

彼が今現在振るっている黒耀の魔剣の銘。彼の肉体に融合している魔剣グラムを完全に再現したアームドギアである。その剣に、何一つ特別な力は存在しない。カラドボルグのような遠距離を攻撃する力も。

 

 

あるのは、人類が造る物質を越えた強度と龍の体を切り裂く切れ味、そして────邪龍を殺したという、龍殺しの概念である。

 

 

何より、彼は躊躇もなくその剣を引き抜いた。

その理由は限られたものだ。挙げられるものとしては、本気を出す程の強敵が相手か。それか──────、

 

 

 

 

無空剣の怒りを買うか、それだけに限定される。今回は、後者でしかない。

 

 

 

 

そして、いつの間にか。

山のように溢れていたノイズの大群。ソロモンの杖により大量に呼び出されたノイズは、一体片付けられた。最後の一体、一際大型であったノイズが細切れとなり、崩れ落ちる。

 

 

頭部に突き立てた龍剣を抜くと、灰へと変わるノイズから飛び降りる。降りる瞬間まで、龍剣の軌道は途絶えること無く、巨体を躊躇いなく切り刻み、叩き伏せる。

 

 

ゆっくりと歩き、龍の魔剣を軽く振るい、剣は無表情で吐き捨てる。

 

 

「─────次」

 

 

龍そのものと言える鋭利な眼光を向けられ、ウェルは顔をヒクヒクとひきつらせる。咄嗟に、後ろに退こうとしてしまうが無理もない。

 

 

呼び出されたノイズの数は、多いどころの話ではなかった。

 

戦闘が始まる際に呼び出した個体と、事前に周囲の森に隠していたノイズ。それらを含めても千は軽く越えるだろう。シンフォギア装者が三人いようと、流石に厳しいはずだ。

 

 

それなのに、あの魔剣士はたった一人で全滅させた。少し息があがってるようだが、それでも疲れてる様子はない。まだまだ余力を残しているのは間違いなかった。

 

 

 

ライブ会場の件といい、最強の名は伊達ではなかった。甘くは見てなかったが、どうやら予想よりも遥かに上の実力であったらしい。少なくとも、Dr.ウェルの想像の範疇に収まらぬ程に。

 

 

 

 

「────本っ当に化け物ですね!貴方は!!」

 

「まぁ、否定はしない」

 

 

杖を突き付けるウェル博士の言葉に、あっさりと言い返す。無視したように踏み込み、前へと突き進む。小型の飛行タイプのノイズを召喚してくるが、龍剣やもう片方の腕で対処できる。

 

 

脳裏の奥で、ナノマシンによって補強された頭脳が高速で回転する。

 

 

(……………勿論、分かっている)

 

 

距離を詰められたウェルの様子は変わっていない。余裕は衰える所か、むしろ期待を押し殺したような嫌らしい笑みが隠せていない。まるで自分に近づかれることを望んでいるように。

 

そして、もう一つ。彼は違和感に気付いている。

 

 

 

(────真下、地面から俺を狙ってる気配が丸分かりだ)

 

 

最後の一歩、気配のする場所に踏み込もうと────足を地面に置いた瞬間、すぐさま後方へと飛び退く。

 

 

 

直後、隙を狙ったであろう何かが地面から飛び出してくる。それは真上に突っ込む事はせず、避けられた事を理解したような動きで、剣に意識を向ける。顔の存在しない、代わりに剥き出しの口を勢いよく開いて、食いつこうとしてくる。

 

 

 

しかし、剣はそれよりも先に身体を高速で捻る。回された脚に力を込め、何かに向けて盛大に叩きつける。確実に狙い通り。敵の弱点に直撃したのは間違いなさった。

 

 

短い呻き声を漏らし、何かはウェルのすぐ隣に吹き飛ばされる。砂塵が吹き荒れる中、必死に払い除けるウェルは舌打ちを隠そうとしない。

 

 

「チィッ!相変わらず勘の鋭い奴ですねぇ!あと少しでパクつけたのに………!」

 

 

「ふん、やはりお前のやり口か。入れ知恵にしては浅いやり方だな」

 

 

呆れたように言う剣は、視線を吹き飛ばした何かに移す。そこで、少しだけ驚いたように目を開いた。

 

 

 

 

それは、生物であった。

剣の記憶上、脳内に組み込まれたデータホルダーにも存在しない未知の生命体だ。しかしそれは、剣が前にいた世界での記憶で、だ。

 

 

ブヨブヨとしてそうな黒い肌に、身体の至るところに浮かぶエネルギーの光。有り得ない骨格をした長い頭部に、不細工に並んだ鋭い歯。四足歩行で起き上がり、苛立たしそうに唸りながら、口から大量の涎を垂らすそれには、剣も見覚えがあった。

 

 

 

「コイツは………廃病院の時の奴か。前よりも、成長してるな」

 

「────ネフィリム」

 

 

ポツリと呟くウェル。

鋭い眼を向ける剣に高揚とした笑顔を浮かべながら、彼は杖を向ける。

 

 

 

「人を束ね、組織を編み、国を立てて命を守護する!ネフィリムは、その為の力ァ!!さて!お聞かせ願いましょうか!ルナアタックの英雄!世界を救わんとする私達に仇なし、貴方はその力で何を守るというのですか!?」

 

「決まっている────守れる者全てだ」

 

 

龍剣の剣先を突きつけ、剣は覚悟のある声で言う。

 

元より、自分はその為に生きてきた。ただそれが、使命だからと言い聞かせていた事から、自分自身の意思で。

 

 

 

 

「───これ以上、無駄口は結構だ。ネフィリム諸とも切り伏せてやる。俺も、ちゃんと話さなきゃいけない奴がいるからな」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

一方で。

蒼銀の装甲を纏うシオンが勢いよく駆け出す。腰を低く落としながら、両腕の爪を鋭く尖らせる。

 

 

そんなシオンに、響と翼は突っ込もうと身構えるが───すぐさま横へと跳ぶ。突然の行動に、シオンは疑問を抱いたが、すぐに気付いた。

 

 

 

「大人しく!食らいやがれッ!!」

 

 

二人の後ろにいたクリスが2門のガトリング砲を構え、弾丸の雨を撒き散らす。回避しようにも、ガトリングガンの範囲が広すぎて逆に隙になってしまう。

 

 

演算機能が導き出した最適な行動に、シオンは従う。

 

 

 

両腕を前に交差させ、乱射される弾丸の雨に突っ込んでいく。流石に衝撃を受けるのか、一瞬だけ仰け反ったが、やはり一瞬。

 

 

その僅かな時間を利用し、シオンは脚部に組み込まれたブースターを起動させる。しかしやるのは右脚だけで、左脚で地面を蹴る。

 

 

爆音を響かせながら、滑るようにしてシオンがガトリングの射線から反れる。身軽になった身体に、シオンは体勢を切り替える。

 

すぐさま此方に銃口を向けようとしてくるクリスよりも先、脚部と背中のブースターから炎熱を一気に噴き出させ、空中を跳躍する。

 

 

ここまで射角を上げられない。そう判断したシオンは爪を構え、隕石のように彼女に突撃することを決定する。彼女は銃を使うシンフォギアの使い手、ならば確実に自分に有利な近接戦に強制的に連れ込む。その上で、シンフォギアの無敵を破れるまで殺せばいい。

 

 

 

そこでようやく、仮面越しに見通して、異変を感じ取った。自分の攻撃を当てられなかったクリスという少女、彼女の顔は笑みを浮かべているではないか。悔しさや焦りではなく、予想通りと言ったような。

 

 

そして、もう一つの異変は─────

 

 

 

「そんなら!コイツも出し惜しみだ!!」

 

腰部のアームユニットから、大掛かりな仕掛けと共に、大型ミサイルが展開される。空中で面食らうシオン目掛け、ミサイルは容赦なく発射される。

 

 

 

『ッ!!』

 

 

既に特効の構えを取ったいたからこそ、下手に逃げることは出来ない。だからこそ、だろう。シオンは回避することもなく、クリスを切り裂こうと狙って隠していた左腕をミサイルの頭部へと叩き込む。

 

 

金属の板面を引き裂き、シオンは誘爆したミサイルの爆炎から退避する。空中で体勢を立て直し、次にどう動くかを観測する。

 

 

 

何とか地面に着地しようとした、数秒。あと、十センチ程の距離で踏み締められるまでいった所で、シオンは気付く。

 

 

 

 

左右から、同時に此方に切り込んでくる二人の姿を。

 

 

 

 

「立花!合わせるぞ!!」

 

「……はいっ!」

 

 

片や拳のアームドギア、片や刀のアームドギア。下手に受ければ損傷が大きいのは後者の方だが、前者の方───響の方も、シオンからすれば侮れなかった。

 

 

中国拳法に由来した動き方。構えや、呼吸、力の込め方などが優秀だ。これを独学で極めたのであれば天才。もし教えた者がいれば、それは卓越した実力を有する偉人であろう。

 

 

対処しようとするシオンだが、自身の身体が動かない事に気付く。そして、真下の地面に残る影に打ち込まれた────一本の短刀の存在も。

 

 

『影縫い』

忍法の一種であり、相手の動きを封じる事の出来る技だ。これを使えるのは緒川と、彼から伝授された翼のみ。実力者にとっては僅かな時間だけだが、戦場においては一秒も無駄に出来ない。

 

 

 

同時に────拳が、刀剣が、無防備になったシオンの脇腹へと吸い込まれるように放たれる。そして、直撃した音が、周囲に響き渡る。

 

 

 

 

 

鋼鉄を打つような弾かれる音。

似通ったそれは、シオンが翼に斬られ、響に殴られたものではなかった。

 

 

 

『─────』

 

 

響の拳はシオンの脇腹ではなく、彼の手に収まっていた。骨折してるかのように折り曲げ、一撃を掴んで防いだのだ。そして、もう片方も────翼の刀剣も、同じであった。

 

 

 

しかし、刀剣を受け止めていたのは手ではない。腕から伸びる蒼き光の刃、レーザーエッジによって。

 

 

その光刃に、翼は目を細める。自分のアームドギアでも斬れない、そして斬られることのないその光に、確信したように告げる。

 

 

 

「────やはり斬れないか、()()()()()()()()()ッ!」

 

『…………』

 

 

瞬間、シオンが明らかに動揺したようであった。先程まで意識すら向けていなかったのに、フルフェイスを翼へと向けていた。仮面に浮かぶ紋様のような光が強くなるそれは、まるで驚きを示しているようであった。

 

 

 

 

 

 

────少し前まで、話は遡る。

 

 

『───ようやっと、通信が繋がったね。早速だが、剣クンから伝えられたように、シオンクンについて補足する事がある。これは相手に聞かれてないが、悟られないようにしたまえ』

 

 

戦いが始まる直前、ノワール博士からの秘密通信があった。現場の状況を剣からでも聞いたのであろう。こんな短時間でそこまで出来るとは、二人がどれだけ経験豊富かが目に見えて分かる。

 

 

『彼は多重魔剣適合者(マルチプルロストギアドライバー)だ』

 

「………マルチ、プル?」

 

『厳密に言えば、彼はグラムとは違い、もう一つの魔剣と適合している。その魔剣の銘は─────天羽々斬(アメノハバキリ)

 

 

ハッとしたように、響とクリスが翼を見る。翼本人も、その反応に戸惑うことはないものの、博士の話に驚きを隠せずにいた。

 

 

 

天羽々斬は、翼の纏うシンフォギアの中核である欠片しか現存していない。つまり、この世界ではもう天羽々斬という聖遺物は確保できない。この世界、ではの話だが。

 

 

激しく類似した特徴の世界────剣達のいた世界ならば、話は別だ。多くの遺物を回収し、それを人体に組み込んだ人間兵器を造る連中の蔓延る世界であるならば、シンフォギア装者と同じ聖遺物を宿すも者がいてもおかしくはないだろう。

 

 

『彼の天羽々斬(アメノハバキリ)の効果は、変化自在の刃だ。今は両腕から刃を出してるだけだが、その気になれば全身から刃を伸縮させる事が出来る。今は操られてるからこそ弱体化はしてるようだけど、油断はしない方がいいね』

 

 

 

 

 

 

 

 

『理解、不能───何故、認知を────』

 

 

戸惑うように、機械的な音声がそう漏らす。しかしすぐさまシオンは口を閉ざすように、響と翼を払い除けるように腕を振り回す。

 

 

彼女達が離れた事を確認すると、シオンは身動きを停止させた。その間も、フルフェイスの紋様は妖しく蠢く。

 

 

『………演算完了、ロストギアの情報が漏洩してる事実を確認。対処法─────結論提示、連携を諸ともせぬ勢いで攻める事である。

 

 

 

 

 

 

 

自律演算機能による承認を確認。これより主要武装「接続甲鐵(サブデバイス)自律戦尾(オートディステール)」を解放する』

 

 

がぱっ、と。

シオンの背中を覆う鎧が、剥がれる。接合部であった左右の金具が外れると共に、分離した金属の塊が反れるように離れていく。

 

地面に落下したそれは、数秒してすぐに動き出した。大きな金属塊に隠れるように伸びる太いアームが変形し、背中に隠されていたとは思えないような長さにまでなる。

 

 

獣のように、態勢を低くするシオンの横で金属の塊である尻尾の頭部の瞳が怪しく光る。バクリと大きな口を盛大に開き、独特な機械音を周囲へとけたたましく響かせた。

 

 

 

【グオォォォォォォォォォォォォンッ!!!】

 

 

「野郎!尻尾を隠してやがったのか!?」

 

 

更に警戒を高める三人。

武装型の尻尾まで展開してきたシオンがいかなる行動を取るか身構えていた彼女達であったが、それを嘲笑うようにシオンが動く。

 

 

尻尾の無機質な頭部が口を大きく開き、此方に向ける。それだけだった。

 

 

「──────え?」

 

 

凄まじい爆音と風圧が隣に過った。

咄嗟振り返る響と翼だが、その場にいるのは何ともないお互いの姿だ。

 

 

 

そう、翼と響だけしかいない。

さっきまで一緒にいた少女、雪音クリスの姿がその場から消えていた。

 

 

 

「クリスちゃん!?」

 

「雪音ぇッ!!」

 

 

見ればクリスのいた場所には、地面が削れた痕だけが残されていた。なんらかのビーム砲で吹き飛ばされたのだろう。

 

 

だが、見えなかった。攻撃の予兆は分かっていたが、ビームや砲撃自体は何一つ視界に映らなかったのだ。まるで透明な何かに攻撃されたと言っても可笑しくはなかった。

 

 

戸惑いながらもすぐにクリスの吹き飛ばされた方へ向かおうとする二人だが、それをシオンは遮るように前に歩み出る。尻尾は睨むように響達を見つめていたが、クリスの吹き飛んだ方に頭部を向け、すぐさまそちらへと向かっていく。

 

 

直後、ノワールからの通信が鳴り響いた。

 

 

『翼クン!クリスクンの援護を頼む!』

 

「っ!」

 

『あの尻尾!人工知能が搭載されているとみていい!クリスクンを狙ってるのも、そうする事でシオンクンへの戦力を分散できるという思考からだ!それに、あの尻尾は遠距離と近距離も得意だ!クリスクン一人では持たない!!

 

 

 

 

響クンは………すまないが、シオンクンの相手を頼む!無傷が第一!忘れないように頼むよ!』

 

「はい!分かりました!」

 

 

クリスを助けに向かう翼。そんな彼女の背中を、シオンは狙おうとはしなかった。いや、狙いはしていたが、手は出さなかったのが正しいか。

 

 

戦力の分散という目的は果たした。これで厄介な連携は意味を成さない。後は一人ずつ、的確に追い詰めて、狩り殺すだけであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「くそっ!何だよ今の!?」

 

 

少し離れた場所まで吹き飛ばされたクリスは立ち上がる。幸い、大したダメージはなかった。しかし、先程の攻撃自体が見えなかったのも事実。

 

 

 

『────クリスクン!敵が来るぞッ!!』

 

 

鼓膜に響く男性の声に、クリスは即座に反応した。すぐさまクロスボウを発現させ、手にすると同時に、それは森を抉るようにして現れた。

 

 

 

接続甲鐵(サブデバイス)自律戦尾(オートディステール)』。シオン・フロウリングの武装にして、鎧の部位の一つ。双対する瞳と鋼の装甲に覆われた尻尾は、機械仕掛けの竜そのものであった。

 

 

「やっぱりあたしを狙ってんのかよっ!」

 

 

クロスボウに装填された矢を放ちながら、後ろへと跳ぶ。尻尾の機竜はイチイバルの矢を避けようともせず、ひたすらクリスへと襲いかかろうとしていた。

 

 

あまりにも考えがない、本能的過ぎる。

シオン・フロウリングが理性的に狩りをする個体であるなら、この機竜は本能で相手を狩るような個体だ。本体とは違い、まるで本物の獣のようだ。

 

 

飛び退きながら迎撃するクリスに、尻尾は物ともしない。最早クリスを獲物として認識して、頭から離れてないのだろう。我武者羅に暴れ回りながらクリスを追い詰めていく。

 

 

ついに、足場のバランスを崩し、倒れそうになる。その隙を逃さず、尻尾の頭部は大きな口を開き、クリスへと食らいつこうとする。

 

 

 

しかし、尻尾の側面目掛けて鋭い大剣の一振が打ち込まれる。無防備かつ無抵抗であった尻尾はその一撃を直撃してしまい、地面へと切り伏せられる。

 

 

 

すぐさま離れたクリスの隣に、飛び立つ者がいた。

 

 

「雪音ッ!無事か!?」

 

「ッ!嗚呼!何とかだよッ!!」

 

 

翼の援護が無ければどうなっていたか、クリスはあの尻尾の忌々しいくらいしつこい執着に辟易したように息を吐く。

 

 

だが、これで終わりな筈がない。

叩き斬られた機械の尻尾がゆっくりと持ち上げられる。唸りながら身体をしならせる尾に、二人が硬直した。

 

 

「………なぁ、先輩」

 

「何だ、雪音」

 

「あの尻尾は、一体どんくらい延びてるんだ?流石に長すぎるだろ」

 

「─────シオン・フロウリングからここまでの距離は500メートル程だったな。だが、あの尾の長さからして………1キロはあるのだろう」

 

 

ここから倍以上離れた異様な長さを持つ尻尾。最早竜そのものと同化していると言っても遜色はない。

 

 

尻尾の頭部が、独特の金属音を咆哮のように響かせる。そした間髪入れず、二人目掛けて突貫する。回避する二人だが、そこで翼はあることに気付いた。

 

 

あの尻尾の狙いは、未だクリスだった。翼など敵と見ていないのか、或いは確実に一人を先に減らしたいのか。

 

 

 

「───ならばその尾!切断するまで!!」

 

 

獣畜生のような本能的な怪物に侮られた怒りはある。だが、今はそれを抑えて、この好機を狙わぬ訳がない。

 

 

 

 

 

───蒼ノ一閃

 

 

 

大剣へと化したアームドギアによる斬撃を放つ。今度は確実に切断を狙うように、全力を込めて解き放てばいい。

 

 

しかし、その瞬間。大剣を振り抜く直後であった。

 

 

 

 

尻尾がグルリと振り返る。不気味な機械音を鳴らすと共に、側面の部位────両面の牙が、更に乖離したのだ。分離したその牙は、尻尾と同じようにアームが伸びており、それを翼目掛けて打ち込んできた。

 

 

「ッ!?」

 

 

咄嗟に斬撃を放ち、牙による串刺しを回避する。睨み返すように見ると、尻尾の頭部は鋼鉄の口と歯を軋らせていた。まるでそれが嘲笑と挑発を浮かべているように。

 

 

そこで翼は、改めて確信した。

 

 

 

「───やはり!博士の言う通り、自我を持っているのか!!」

 

 

独立した自我を持ち、目の前の敵を狙う尻尾。それこそがシオンの主要武装(アームドギア)の一つであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「ていやぁっ!!」

 

『!』

 

 

切りかかるシオンに、響が拳で迎え撃つ。最初の衝突は響の勝ちであった。シオンの刃が、薄氷のように砕け散る。

 

 

シオンの天羽々斬は、縦横無尽と凄まじい切れ味の刃である。人間の肉体など、最早木の葉のように軽く、綺麗に切り裂ける。だが、唯一とっていい欠点がある。

 

 

 

それは、耐久性。

攻撃に特化した代償か、蒼き光刃は打撃や衝撃に滅法弱い。紙屑のように、ガラスのように簡単に粉砕されてしまう。無論、あくまでもロストギアの武装の中では弱いだけだ。幾ら人間が努力しようと、蒼き光刃を破壊していくことは出来ない。

 

 

しかし、同じように聖遺物の力を使うシンフォギア装者相手だと、薄氷も同然である。何より、立花響のアームドギアは文字通り腕や脚の装備そのもの。

 

 

人間の頂点とも言うべき、弦十郎の修行を受け、徒手空拳を学んだ彼女は、シオンにとって厄介な敵であった。

 

 

『────ィッ!!』

 

 

両腕を交差させ、刃の体積を増幅させる。怪鳥の翼までに肥大化したそれを腕から乖離させ、響へと叩きつけるようにして放つ。

 

 

ブーメランのように空中を旋回する二つの蒼き刃は、人ならば確実に切断し、物体であろうと両断する切れ味を誇る。それに対して、響は弾くことも避けることもしない。

 

 

 

「───ハッ!てぃやァッ!!」

 

 

勢い任せるように、シオンの刃を打ち砕いていく。どれだけ 強靭であろうと、壊せるのであれば意味がない。

 

 

至近距離まで接近されたシオンは片腕に天羽々斬の刃を瞬時に生やす。

 

 

今まで放った刃は、天羽々斬そのものではない。天羽々斬という聖遺物の力を引き出しただけの、エネルギー武装に過ぎない。幾ら破壊されようと、瞬間的に展開には然したる問題はない。

 

 

そして、響のアームドギアとシオンの蒼き光の刃が衝突する。

 

 

 

無論、シオンのアメノハバキリは簡単に砕け散った。しかしその刃が薄氷のように砕けた瞬間───────響の脳裏に、何かが流れ込んできた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『─────あの、貴方は』

 

『俺は、無空剣だ』

 

 

崩れ落ちるようにして膝をつく青い髪の青年。彼の前に立つのは隻眼の魔剣士────無空剣。

 

 

何処かの施設だろうか、二人はどちらも血に汚れていた。だが、二人は血を流していない事から、彼等が何をしていたかは明白だろう。

 

 

青年は戸惑いながらも、立ち上がる。そして心優しい、穏やかな笑顔を浮かべた。

 

 

『ぼ、僕は…………シオンです。シオン・フロウリング』

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「っ!?今のって────!」

 

『──────ギ、ギ』

 

 

猛攻が止まった。

即座に響の隙を狙うように反撃を放ってくる筈の、シオンはその場でピタリと停止していた。まるで、シャットダウンしたように。

 

 

しかし、その瞬間。

蒼黒の鎧の青年は目に見えて苦しみ始めた。

 

 

『ロストギアに───干渉ッ!!シオン・フロウリングの精神に微弱な反応!─────が、ガガガガガガガガ!!グラム、アメノハバキリとの適合率、変動ッ─────制御装置起動!沈静機能発動、戦闘の────か、回避を、を、を、ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ、オッ!!?』

 

 

フルフェイスを抑えながら、悶えるシオン。機械の音声が響くと共に、シオンの装備に不気味な光の(ライン)が走る。

 

その瞬間、シオンの鎧から無数の蒼き刃が飛び出す。しかし刃は伸び続けることもなく、淡い光となって砕けていく。踠くように、その場で悶える彼の様子から見て──異常が起きてるのは間違いなかった。

 

 

戸惑い、立ち尽くしていた響を突き動かしたのは、突如繋がった通信からの声であった。

 

 

『響クン!何が起こったか分からないが、今のシオンクンへ迎撃を!』

 

「っ!でも博士!」

 

『案ずる必要はない!彼の鎧を壊せればそれでいい!装甲を壊せるほど本気で殴ろうと、中のシオンクン本人にダメージは届かない!今この期を逃してはいけない!』

 

 

強く言われて───響も、気を引き締めた。

がむしゃらに暴れるシオンへと走り出し、周囲に放つ光刃を回避しながら、拳を打ち込んだ。

 

 

 

『が、か ガガガ───ガガガガガ─────ッ!』

 

 

シオンは後ろをへと下がりながら、自身の腕を振り払った。今度は蒼き刃ではなく、白い光の軌道であったが、大した変化はなかった。

 

 

後少しで決める。

次の一撃で、シオンを何とか無力化させる。そしてあの鎧を剥がせれば、剣の言う青年も、記憶に映った青年も助けることが出来る。

 

 

あと一歩、フラフラと不安定な動きでよろけるシオンに、響は拳を構えながら駆け出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────駄目だ!響!!それ以上シオンに近付くなッ!!」

 

 

必死に叫ぶ声が、聞こえた。

僅かに響の視界の隅に、ネフィリムを殴り飛ばした剣が血相を変えて叫んでいるのが見える。

 

 

 

しかし、もう遅い。その声を響が聞いた瞬間、既に手遅れであった。彼女は既に、前へと踏み込んでいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『────ロストギア、装填───大典太光世(オオデンタミツヨ)

 

 

 

 

 

バシュンッ!! と。

 

響のいた場所に凄まじい光が弾ける。

光自体は小さかった。眩しいと思う事もないものだったから、響は眼を瞑らずにいれた。

 

 

 

 

「──────え?」

 

 

 

 

だからこそ、何が起こったのかよく見える。

真下から発生した光が弧を描くように伸びて、響の腕を貫通する。それまではなんともない。痛みも、全然感じはしない。

 

 

 

その光が更に強く輝きだした瞬間。凄まじい衝撃が発生し、近くにいた響は大きく吹き飛ばされた。ゆっくりとした動きの中で、彼女は見てしまった

 

 

 

宙に舞うガングニールを纏った左腕が。

 

 

 

ふと、自分の左腕を見る。しかし、腕は途中で喪失していた。宙に舞う腕と同じように綺麗な断面から、血が噴き出す。

 

溢れ出す真っ赤な血液と自分に起きた事を理解して、ようやく痛みが走った。今まで受けてきた戦いの痛みを越えるものが。

 

 

「あ、ああ、あああああああああああッ!!?」

 

 

彼女は、気付かなかった。

その場所が、自身の腕が斬られた場所が、先程までシオンが腕を、刃を振るった場所であることを。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を持つことを。

 

 

 

 

そして、その好機を逃さぬ者はいない。何せそれが目的だったのだから。

 

 

「今だネフィリムッ!!新鮮なご馳走だ!食らいつけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

ウェル博士の命令に応じるように、殴り飛ばされたネフィリムが走り出す。そして、跳躍して────響の左腕に食らいついた。

 

 

 

「いったぁ!パクついたぁぁぁぁぁ!!やりましたよエリーシャ博士ッ!!これでネフィリムは覚醒し、フロンティアの要へと至るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!!」

 

 

興奮状態のウェルを他所に、腕を咀嚼していたネフィリムに変化が現れる。それは、ネフィリムの進化の兆候。

 

 

言葉通り、フロンティアへと繋がる鍵。あらゆる聖遺物を喰らうことで成長する完全聖遺物が、今覚醒へと至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「響ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいイイイイイイイっっッッ!!!!」

 

 

絶叫が、怒号のように響く。

腕を喪い、崩れ落ちそうになる少女へと駆け出し、その手を伸ばす剣。

 

 

その瞬間、自分の中の引き金が壊れるような違和感を感じ取った。

 




主人公心身ボロボロになりそうだなぁ(他人事)


ま、もっとボロボロになるんですけどネ(鬼畜)


因みに原作との違いはシオンが響の腕を斬ってネフィリムの餌にした事ですが、本当は響を殺してその死体を喰わせようと考えてました(Dr.ウェルやエリーシャが)


お気に入り、評価や感想、質問などがあれば気軽にどうぞ! 次回もよろしくお願いいたします!それでは!!


次回、多分間違いなくエリーシャのヘイトが増える。剣、キレる。デュエルスタンバイッ!!


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最悪

誕生日だから祝ってくれ(無理矢理)


「─────響ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいイイイイイイイっっッッ!!!!」

 

 

 

敵を無視して、倒れ込む少女へと駆け出していく。最早今、剣の脳内には冷静さは存在しない。彼女の腕が斬り飛ばされた瞬間に、全てが吹き飛んでいた。

 

 

駆け寄った直後、思わず言葉を失う。

 

 

 

「つるぎ……さん………」

 

「───ッ」

 

片腕を押さえ、力なく座り込んでいる響。その手の、指の隙間から止めどなく血が溢れ落ちていく。噴き出す鮮血は足元に大きな血の池を作り出していた。

 

 

ピチャリ、と水の跳ねる音は、それほどまでの出血なのだと理解させる。その瞬間、剣には形容しがたい感情の渦が巻き起こる。

 

 

混乱、不安、心配、怒り、憎悪、殺意、あらゆる激情が脳裏を支配し、白熱し脳髄が焼き切れそうになる。

 

 

 

「待ってろ響!必ず助ける!」

 

 

脚部のユニットが展開するようにスライドし、内部に配備された装備が露出する。その一つ、半透明な液体の詰まった注射器を取り出し、響の腕に押し当てた。

 

 

カシュッ! という軽い音がすると、注射器の中身は響の身体へと打ち込まれていく。途端に、怯えていた響が少しずつ力が抜けたように倒れそうになる。そしていつの間にか、彼女の腕から出血は止まっていた。

 

 

 

あの注射器の中身は麻酔と鎮静剤、止血剤の複合薬だ。5分の間、自分自身の意思では動けなくなるが、その倍の時間は出血を抑えていられる。無論、この世界の物ではなく、自分達の世界の物だが、この世界でも新しいものを調達すればいいだけの話だ。

 

 

 

(血は止まったな!だが、これでは駄目だ!あくまでもこの問題を長引かせるだけに過ぎない!今の内にでも、響を二課のメディカルルームへ連れていかないと──────)

 

 

意識の落ちた響を抱き抱え、その場から少しでも離れようとする。その時に、木々の間から二つの影が飛び出してきた。翼とクリス、荒い息を整える間もなく彼女達は剣へと駆け寄っていく。

 

 

 

「無空!立花は───ッ!?」

 

「お、おい!大丈夫かよ!!」

 

 

近付いてすぐに、抱き抱えられた響に起きた異常を察する。困惑しながらも気を保つ二人に、剣は大声で呼び掛けた。

 

 

「響!クリス!この場は任せる!俺は響を──────」

 

 

 

その最中に、剣は強制的に言葉を止めた。

迫る凶刃を飛び退きながら避け、回避し切れない一撃は脚で受け止める。

 

 

受け止めて、すぐに気付いた。

不意を突くようにして自分を狙ってきた下手人の正体を。

 

 

 

 

 

シオン・フロウリング。

かつての親しき後輩であり、今の厄介な敵だ。彼は両手の蒼き刃を鋭く、強靭に展開させながら、剣へと向き直る。

 

 

明らかに敵意を向けている。しかしそれは人間特有のものではなく、淡々と始末を繰り返す殺戮人形のソレだ。感情の籠っていない殺意、それでありながら見る人を威圧する無機質さ。

 

 

ドンッ!! と剣が先に動き出す。

しかし彼は前へと、シオンへと突っ込むことはしない。逆に後ろへ、後退するように明確に距離を取った。

 

 

不気味に首を捻ったシオンは、追撃するように突撃してくる。直進を確認した剣は、瞬時に着地すると、すぐさま横へと跳び、勢いを崩すことなくそのまま駆け出した。

 

 

しかし、シオンの方が一回り速かった。

負傷者を抱えた剣では、純粋に身軽で問題なく加速を行えるシオンの俊敏さには勝てない。

 

 

 

回避行動を取ることも許さず、シオンが剣への攻撃を開始する。両手の爪と両腕から生える刃による斬撃。相対、合計四つの攻撃手段に、剣は片腕と脚で対抗する。

 

 

 

「クソ!邪魔だ!!」

 

 

押すことも出来ずに、攻めることも出来ない。もどかしいと思いながら、剣はシオンの放つ連打の嵐を的確に弾き跳ばしていく。

 

 

 

 

その最中、気付いた。

シオンの攻撃の仕方が、何処かおかしい。違和感を感じ取る。攻撃と呼ぶには、あまりにも杜撰すぎる。ふと、油断しかけた瞬間、胸元へと滑り込むように振り下ろされる爪で確信した。

 

 

 

(───この動き、俺を狙ったものじゃない。さっきまでの攻撃は────)

 

「……………クソが………狙いは響という訳か!!」

 

 

先程までの攻撃方法を演算した結果、間違いない。

シオンの狙いは最初から響だ。不規則な形で剣の致命傷を与えんとしていたのも、がむしゃらに思える動きも、全ては腕の中にいる響へと向けられた殺意の刃であった。

 

 

 

片腕だけでは、四方向からの攻撃を全てはいなしきれない。対応するには余裕がない。今の剣には、戦闘に思考を回しきれるほどの落ち着きが存在しないのだ。

 

 

 

だからこそ、一時的に戦い方を切り替える。

迎撃の手を緩めることで、全ての攻撃を敢えて受ける。確実に無防備になったシオンのフルフェイスを殴り、腹部を蹴り飛ばして大きく仰け反らせる。

 

 

その隙こそが、切っ掛けであった。

 

 

疾走(はし)れ!!『魔剣双翼(ガードラック)』!!」

 

 

背中の留め具を強引に飛ばし、二本の魔剣の翼が飛来する。有線に繋がれた対なる剣は剣の真横を通り抜け、シオンへと襲いかかる。

 

 

不規則にして精密。

不正確にして苛烈に。

 

三次元的とも言える双翼の舞踏(ロンド)。二振りの魔剣は自我を持ったようにうねり狂い、死角という死角を突いていく。

 

 

先程まで、容赦なく攻め立てていたシオンも、明らかに攻撃の手を緩める。二対の龍剣を掻い潜り、本体である剣を叩くことが難しいと判断したのだろう。彼はまず、双翼の破壊を優先し始めた。

 

 

今の戦況に、純粋な舌打ちが口に出る。苛立ちを隠さぬまま、剣はガードラックの制御に意識を移す。

 

 

(クソッ!!片腕じゃシオン相手に攻めきれない!!幾ら魔剣双翼があっても決定打に掛ける!!それに、今無理に動けば響に負荷を与えてしまう!!)

 

 

ガードラックは広域殲滅型の兵器であり、擬似的なオールレンジ攻撃は可能だ。しかし、それではシオンを打倒するまでには至らない。

 

 

何より、この場から離れる必要がある。

響の腕は止血できているが、それでも今が危険な状態であるのは変わりない。一刻も早く逃げ出したいが、そうすればシオンは剣を追いかけ続け─────二課の面々と接触するだろう。それは無意味な被害を増やすことを意味する。

 

 

 

かと言って。

翼やクリスの手助けも、無理であった。彼女達もいつの間にか、シオンの自律戦尾(オートディステール)との戦いを始めていた。助けに行こうとしているのは分かるが、それを尻尾に妨害されているのだ。

 

 

双翼から避け続けるシオンの胸元に視線が向く。胸部の装甲には、リボルバーのように複数の球体が組み込まれている。それら全てが、別種類の魔剣であるとすぐに気付けた。

 

 

 

 

(─────シオンが宿すロストギアは、グラムと天羽々斬だけだ!それは記憶通り、間違いなかった!!)

 

 

なのに、シオンは全く別の魔剣の力を使った。僅かに聞き取れたのは大典太光世(オオデンタミツヨ)という言葉。それは日本でも有名な天下五剣の銘だ。そんな魔剣をシオンが宿しているという話は、聞いたことも見たこともなかった。

 

 

間違いなく、()()()()()()()()()()だ。何故そんな事をする必要があるのか、誰がそんな事をしたのか、分からないほど愚かではない。

 

 

ギリィ!! と歯を噛み砕き、張り裂けん程の大声で叫ぶ。

 

 

「エリーシャ!出てこい!これもお前の筋書きだろう!!出てこいよッ!エリーシャァぁッ!!!」

 

 

 

言葉に応じるように、異変は起きた。

シオンのフルフェイスが怪しく光る。無言のシオンの動きには、何一つ変化はない。だが、フルフェイスの内側から今までとは違う声が発された。

 

 

 

『───ふぅん、随分と不機嫌だな。まぁ、それも当然か』

 

 

相手こそ、エリーシャ・レイグンエルド本人。

遠隔通信でシオン越しに応じたその男が、この現状を作り出した真の黒幕だ。

 

 

怨敵の声音に、剣は並々ならぬ怒りを燃やす。しかし、彼はエリーシャへの怨みや憎悪を無視して、激しく怒鳴る。

 

 

「エリーシャ!お前シオンに新しい魔剣を適合させたな!?それも一つだけじゃなく、複数も!!」

 

『正解だ。物分かりが良くて助かる』

 

 

対して、エリーシャは鼻で笑うように返した。その上で、嫌らしい悪意を機械越しに滲ませながら、告げる。

 

 

 

『観客も増えたようだし、ここで話しあげようじゃないか。種明かしって奴を』

 

「…………」

 

『君があの世界からいなくなった後、シオン・フロウリングが行動を起こしたんだよ。たった一人で複数の魔剣士と共にクーデターを実行した。目的は魔剣計画の壊滅だったらしいが、まぁ失敗に終わったのは見れば分かるだろう?』

 

 

クツクツ、と。

抑え込むような笑いを漏らすエリーシャ。あまりにも愉快なのか、不快な様子を隠そうともしない。

 

 

 

『まぁ、シオン以外の魔剣士は逃がしてしまったさ。どうやら『セフィラ』の一人が裏切ったらしくてね…………その後、総統閣下たるヤルダバオトは鹵獲したシオンをどうするか確認してきた。他の面々は処分という意見だったが、私だけは別の提案を思いついた。

 

 

 

 

どうせなら有効活用しても良いか、とね』

 

 

「有効……活用?」

 

 

人を人とも見ない言い方。最早エリーシャには、人間は研究の対象の一つとしか見えていないのかもしれない。だが、その言葉の裏にはもう一つの意味があることも、分かっている。

 

 

剣への嫌がらせ。無空剣の精神を傷つけ、少しずつ摩耗させていく為の悪意の策略だ。だからこそエリーシャは、シオンを利用しようと画策したのだ。

 

 

 

『シオン・フロウリングは同時に魔剣を取り込める体質があった。まぁ反動や負荷はあるが、死にはしない程度だったからねぇ。だからこそ、シオンに更なる魔剣を組み込んだんだ!八本以上の魔剣を!!』

 

 

耳を、自身の聴覚を疑ってしまつ。

更なる魔剣との融合、それも八本以上も。

本気で何を考え、実行したのかが理解できない。正気とは思えない。

 

 

魔剣との同調には、代償や負荷が大きいものだ。負担無しに魔剣に選ばれる者もいるが、無空剣ですらその多大な負荷を味わったのだ。

 

 

肉体を破壊し、同時に再生させる最悪の拒絶反応。それは耐え難い痛みで、その苦痛と恐怖のあまり、適合できた後もトラウマを負う者もいる。

 

 

それはシオンも変わらない。

なのに、連中はシオンに無理矢理魔剣を適合させたのだ。それも複数も。

 

 

『その結果さ!シオン・フロウリングは無事に全部と同調したよ!だが、度重なる魔剣による同調の負荷を繰り返し受け続けたせいで、三本目くらいで意識がブッ飛んでねぇ。全部終えた時にはもう、精神が粉々に壊れてしまったのさッ!!!』

 

 

言葉が出ない。

説明が出来ない。ならば、今いるシオンは何だ?自我も失い、精神も壊れたままで戦っているというのか?

 

 

そんなの、人間ですらない。最早機械の領域だろう。そう思う剣だったが、予想違いだったらしい。

 

 

 

『そのお陰でシオンは他の魔剣の力も自由に使えるようになった。が、心が壊れては魔剣の力を使える意味がない。しかし、彼を有効活用すると言ったのだ。最後まで使ってやるのは私の義務だとは思わないか?

 

 

 

 

───故にこの装備、ロストギア:グラム自律制御型装備を造ったのさ』

 

 

 

それこそが、シオンを動かす全ての元凶。心も意思も砕かれた青年を操モノの─────鎧の名前だ。

 

 

 

『この装備はシオンの肉体の神経に接続し、その肉体を操っているのさ。操り人形のように、だがそれよりも精密に。この鎧は戦闘の為でもあり、同時にシオンを自由に操る制御装置そのものなんだよ』

 

 

正しく、悪魔の発想とはこの事だ。

身動きも取れない人間、自我も失い、心の欠けた人間に魔剣は更なる力を与えない。廃人化した者が、英雄になれる筈がないのだから。

 

 

ならば、自我が無いのを利用すればいい。意識のない人間に人工知能を搭載した強化型ロストギアを纏わせ、ロストギアに神経を接続することで、本人の意思も関係なく動かすことが出来る。

 

 

 

『だからこそ、どんなダメージに応えることもない!相手を、子供も、躊躇なく殺せる!なんせ自我が無いからねぇ!痛みなんてものに悶えることもない!感情が人殺しを留める事もない!実に最高の考え、殺戮人形としては及第点とは思わないかな!?』

 

 

 

 

「心の壊れた廃人を、戦闘に使っている……だと!?」

 

「クソ野郎が!!どこまで腐ってやがる!!」

 

 

『ははははははははははッ!!褒め言葉だ!素晴らしいだろう、私のこの発明は!?元々はかつての私の研究の妥協点…………身体の動かない人間を補強するための代物だったが、こうも面白い使い道があるとは思わなかった。そうだろう!?無空剣!!』

 

 

絶句する翼と憤慨するクリス。彼女からの罵倒に対しても、エリーシャは気にするどころか嬉しそうに笑うだけであった。

 

 

ふと、名前を呼んだエリーシャは呟く。言葉も出ない、感情の生魚が出来ない青年に。

 

 

 

『気を反らし過ぎたな────隙だらけだぞ?』

 

 

「─────ガァッ!?」

 

 

瞬間に。

凄まじいダメージを受けた剣が大きく吹き飛ばされた。何が起こったのか分からない、訳ではない。

 

 

激しい剣舞の嵐の最中、シオンが双翼の一振を破壊したのだ。砕かれた漆黒の魔剣のダメージは有線を伝い、無空剣本人へと届く。

 

 

何度も地面に叩きつけられ、木に打ち付けられる。身体全体が軋むような痛みに顔を歪めながら、剣は何とか起き上がる。

 

 

 

それと同時に、見えてしまった。

 

 

自分が吹き飛ばされる瞬間に、意図せず手を離してしまった響が、地面に転がる姿を。

 

 

そして、意識もない彼女に向けて。躊躇無く、天羽々斬の刃を振りかざすシオンの姿を。

 

 

「ッ!!!」

 

 

その光景を眼にした剣は、迅速に行動する。

音速、音すら無視する程の速度で駆け出し、その場へと飛び込む。

 

 

 

 

 

蒼き光刃は───響には届かなかった。彼女を庇うように抱き締めた剣によって防がれた。背中を切り裂かれた剣だが、血は流れない。幸いな事に、強固な装甲がその身を守ってくれたとも言える。しかし、それでも。痛みは、斬られた痛みは電気信号となり、彼の脳を強く刺激する。

 

 

「ぐ、グゥ……ッ!」

 

 

奥歯を噛み砕くように、痛みを押し込む剣。咄嗟に抱き抱えた響が無事なのに安堵するが─────更なる痛みが続いた。

 

 

標的を身を呈して庇われた事に、シオンは激昂するように攻撃を繰り返していた。それらの攻撃全てが自分を狙うように、見せ掛けて響を殺そうとしているのはすぐに分かった。

 

 

だからこそ、剣には避けられなかった。無理に避ければ、間を掻い潜り、響の命を刈り取る連撃を、その身で受け止めるしかなかった。

 

 

 

 

「無空ァ!?」

 

「剣!!───クソォ!邪魔だぁッ!!」

 

 

二人がその現状を目にし、剣の援護へと向かおうとする。それを遮るように、妨害するのはシオンから伸びる尻尾だ。独立した生物のように自意識を持つ鋼鐵の蛇は、シオンの戦いを的確にサポートしていた。

 

 

 

『やれやれ、庇うとは馬鹿な真似をしたね。一か八かでシオンを叩き潰すことも出来たろうに。…………立花響を守った所で、君が死ねば彼女も死ぬというのに』

 

 

言葉も発する事はないシオンから、エリーシャの嘲りが聞こえてくる。だが、彼は知っていた。

 

 

無空剣は、確実に響を庇うだろうと。自らの身を呈して。

 

 

その上で。エリーシャはそんな風な言葉を投げ掛けるのだ。盛大な悪意を込めて。

 

 

 

『さぁ、選ぶといい』

 

 

狂人は、追い詰める。的確に、彼の心をへし折っていく。

 

 

『君の力ではシオン・フロウリングを助けることは出来ない。今護っている立花響もねぇ、出血した身でどのくらい持つかな?早く医療機関にでも連れていかないと駄目じゃないかなぁ?でも、シオン・フロウリングは立花響を狙ってる以上、どうにかしなきゃならない筈だ』

 

「…………エリーシャ」

 

『さぁ!早く選べよ!シオン・フロウリングを殺せずに、君を助けた立花響を見殺しにするか!彼女を助けるために、大切な後輩を半殺しにでもするか!殺した方が面白いと思うが、それだけに妥協しておこう!どっちにしても愉快だからさ!

 

 

 

 

 

 

君が絶望するって展開は、何一つ変わらないのだからなぁ!!!』

 

「エリィィィィィシャァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

 

 

守り続ける事しか出来ない青年が、血走った眼で睨みつける。喉の奥が裂け、血の味がする口の中から、迸るような怒号を響かせる。

 

 

 

選択が、迫られる。

 

同胞か仲間か。どちらを助け、どちらを傷つけるか。片方を選ぶことで片方を見捨て、片方を救うか。

 

 

絶望と怨嗟が渦巻く中、無空剣はどうする事も出来ずに、怨敵とあらゆる理不尽を呪うことしか出来なかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「───あんの奇天烈ども!何処まで人の道を外れてやがるんデスか!!」

 

 

戦場から離れた場所に隠れるエアキャリアの内部。そこで現在進行形の状況を見ていた切歌は、壁を殴り付けながら叫ぶ。

 

隣では、顔を真っ青にしている調。彼女にとって、今ある光景が恐ろしくてたまらない。

 

 

彼等の所業が、残酷過ぎる。人はここまで他者を傷つけられるのかと。

 

 

 

「────何処へ行こうというのですか?マリア」

 

「………悪と呼ばれる事も、悪を為す事も受け入れられる。でも!アレは、アレだけは見ていられないッ!!あんなやり方を、人の命も心も弄ぶことを!黙って見てはいられないッ!!」

 

「では、今を除いて。無空剣を倒せる機会がありますか?」

 

「……ッ!?」

 

「非道ではありますが、このままであれば無空剣を排除できます。貴方や切歌、調の三人でも勝てない彼さえここで倒せれば、我々の障害は限られることでしょう」

 

 

冷徹な意見を述べるナスターシャに、マリアは否定をすることが出来ない。現に、今の自分達では無空剣を倒すには至らなかった。今この場で倒せれば、どれだけ楽になることだろうか。

 

 

それでも、それは果たして正しいことなのか。

 

 

 

「…………あたし達、正しいことをするんデスよね……」

 

「…………間違ってないとしたら、どうしてこんな気持ちになるの……」

 

 

今も、無空剣は欠損した少女を庇うようにして動かない。下手に抵抗すれば、腕の中に眠る少女は殺されてしまう。だからこそ、剣は抵抗しない。抵抗することすら許されない。感情の無いシオンはそんな彼の、かつて尊敬していた者の背中を容赦なく切り刻む。

 

 

彼は敵だ。

今現在もその事実は変わらない。だが、あの時、リディアンの祭りの際に出会った時、彼女達が思い描いていたような偽善者ではなかった。

 

 

自らの肉体を改造され、兵器と変えられ、仲間も奪われてきた。度重なる絶望の果てに、彼はこの世界で新しい仲間を得て、ようやく幸せを謳歌していたのだ。

 

 

なのに、またそれを奪うのか。今度は自分達が、世界を救うという大義名分で。

 

 

どうすることも出来ない。彼女達は何もすることも出来ず、黙ってこの地獄を見届けることしか許されないのだ。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

─────クソだ、どれもこれもクソだ。

 

 

耐え難い位の熱を帯びる怒りと世界すら呑み込むと思える程の憎悪に焼かれながら、剣は耐えていた。シオンからの攻撃を、その身を以て。

 

 

やがて、装甲を破った蒼き刃が皮膚へと届く。ナノマシンで細胞単位まで強化されてようと、人体であることは変わりない。切り裂かれた肉片や、血が飛び散り、剣の口からも欠損の証拠である出血が溢れ出してきた。

 

 

 

もう限界だ。

無空剣はあと少しで瀕死に至るだろう。だからこそ、もう決めなければならない。誰を殺すか、誰を助けるか。

 

 

 

「──────響」

 

 

胸元に抱き締める少女の顔を見下ろす。彼女の頬についた血を、優しく拭い取る。静かに眠り続ける彼女を前に、剣はようやく覚悟を決める。

 

 

 

「ガードラック」

 

 

短い一言であった。

背中に繋がれた有線を伸ばし、ガードラックの片割れが横からシオンを打ち込んだ。猛攻に夢中であったシオンは反応することも出来ず、その場から吹き飛ばされる。

 

 

ゆっくりと、響をその場に寝かせる。

壊れたガードラックの断片、傷も棘もなく、綺麗な鋼の板を背に預けるように。

 

 

向き直り、剣は立ち上がる。そして少しずつ、歩み出した。

 

 

「魔剣───限定外装(フレームアウト)、解除」

 

 

そう告げると、剣の纏っていたロストギアが剥がれ落ちていく。ボロボロの装甲が辺りに散乱するようになり、剣はその場を中心に立ち尽くしていた。

 

 

 

「解除コード──────『ノエル』」

 

 

言葉と共に、全身から紫色のラインが生じる。禍々しく輝く光を余所に、剣は深い息を吐く。左手の甲と右目に位置する龍剣グラムの欠片を重ねるように、かかげる。

 

 

 

 

「─────フォース・ギア、解放」

 

 

紡がれた言葉。無空剣の力を解放する引き金の一つ。纏うことをしなかったその力を顕現させる。今護りたい者を護るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禍々しい闇が、顕現する。

外装の剥がれ落ちた青年の足元を、淀むような闇が溢れ出す。それら全てが、先程まで無空剣の纏っていたロストギアであったものだ。

 

 

その瞬間、闇が一気に噴き出した。螺旋のように吹き荒れたそれは次第にその姿を、竜のものへと形作っていく。

 

 

それを竜と表現できるのは、その姿だけだ。目も鼻も顔もない、あるのは尖った歯が並ぶ口だけだ。

 

 

それが何体も、闇の中から姿を現す。

色のない、光なき闇の竜が九体。剣を囲むようにして現れたそれらは、ただ彼を見つめているようであった。

 

 

ふわり、と。

剣の身体が、その場から浮かび上がった。九つの竜に並ぶような位置までに達すると共に─────竜は動いた。

 

 

一体が、剣に大きな口を開いたまま食らいつく。それは他の個体も同じであった。残りの八竜も同じように、剣へと群がっていく。青年の姿が見えなくなり、完全に闇へと呑まれるのは数秒も掛からなかった。

 

 

 

誰もが、言葉すら挙げられない。翼やクリスも、ウェルもシオンも────この場にいない二課の皆も、マリア達も。

 

 

 

その光景が、あまりにも異様で、恐ろしかったのだ。

 

 

 

「グッ、が」

 

 

竜が混じりあった闇に、変化が生じる。突如発生した赤黒い雷が、闇から周囲へと放たれる。それと同時に、闇の形が胎動するように変化していく。

 

 

 

「オォォォォォォォ、オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッッ!!!!」

 

 

 

そして─────怪物のような咆哮と闇が吹き荒れる程の衝撃が、世界を揺らした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「─────ついに、纏ったな。フォース・ギア。いや、通常の魔剣士の中では魔王剣装と呼ぶべきだったか」

 

 

深淵の奥底で、誰にも気付かれぬ闇の中で、元凶は嗤う。

 

 

「仲間の血と記憶を吸ってきた魔剣士の進化形。同族殺しのその力を、是非とも披露してやるといい」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

歪みつつある闇の流れが、一瞬にして変貌する。細かく胎動を繰り返していた闇の繭はズズズと、縮小していく。いや、小さくなっているのは事実だが、消えているのではない。

 

 

その闇は、取り込まれているのだ。あの蛹の中にいる、魔剣士の青年へと。

 

 

 

闇が晴れた瞬間、そこには何かがいた。しかし、それは普通の剣ではなかった。

 

 

 

全身がゴツゴツとした厳つい鎧に包まれた姿。その色は、光なき真の黒。しかし、何時も纏うようなロストギア形態とは違い、それは正真正銘鎧であった。

 

 

 

 

 

魔剣士の更なる段階。

本格的な強さを解放した、非現実的な領域のもの。元から魔剣士は非常識の塊のような兵器だが、あの姿はそれをはるかに上回る。

 

 

 

エリーシャの言葉を借りるなら──────あの姿こそ、『魔王剣装』。又の名を、魔剣深化。

 

 

 

魔剣との融合を強制的に深めることで、更なる力を引き出す形態。その禍々しい姿に、朦朧としていた響はふと思ってしまった。

 

 

鎧で見えないはずの青年の顔が。何故か、狂ったように嗤っているように、幻視してしまったのだ。




フォースギアの画像は此方。色ありと色無しがあります。



【挿絵表示】



【挿絵表示】



無空剣のフォース・ギア、もとい『魔王剣装』。

本格的な無空剣の最終形態。序列の魔剣士と相対する事を想定された戦闘フォーム。基本的な弱点は存在しない。


最大の欠点は、安全装置が存在しないこと。なので、魔剣からの浸蝕を防ぐことが出来ず、無空剣の怒りや憎悪を増幅させ、暴走させてしまう。


お気に入り、評価や感想、質問などがあれば気軽にどうぞ! 次回もよろしくお願いいたします!それでは!!



…………エリーシャ書いててコイツクソかな?って思ったゾ。


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フォース・ギア

多分出来は良くないかも(いつも通りの不安)


禍々しき魔王が、立ち尽くしている。

おぞましきオーラと威圧感を滲ませながら、それはその場に君臨していた。

 

 

 

 

「…………なん、何ですか、その姿は」

 

何も聞かされてなかったであろうウェルは呆然と、変貌した剣に驚愕していた。ネフィリムの覚醒によって染まりきっていた興奮も覚め、目の前の異様な存在への警戒しか湧き上がらない。

 

 

 

少し離れていた翼とクリスは、ふと何かに気付いたようであった。彼をよく知る彼女達だからこそ、いや誰であっても分かることであった。

 

 

「………無空」

 

「アイツ、様子が……?」

 

 

あの鎧から感じられる禍々しさが、普通の比ではない。それに、だ。他にも、あの剣から彼女達が感じられる刺々しい気が存在していた。

 

 

憎悪と殺意。それぞれが入り交じり、一つになったような鋭い感覚に気圧される中、無空剣に変化が生じた。

 

 

 

漆黒の重々しい鎧に紫色のエネルギーが走る。それは全身に行き渡り、頭部の横に伸びる筋にまで至る共に、弾けるように輝き出した。

 

 

メキメキと全身を軋ませながら、魔王は動き出す。力を溜め込むように深く構えた瞬間に、

 

 

 

 

「────ォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオッッ!!!!」

 

 

爆音のような咆哮を、周囲に轟かせた。凄まじい衝撃と音の暴風に、翼とクリスの思わず仰け反りそうになる。

 

 

それは相手方も同じだ。

凄まじい圧に怯えるウェルは、起動された聖遺物を喰らい成長した筈のネフィリムも同じように怯んでいることに気付いた。

 

グッと飲み込み、ソロモンの杖を剣へと向けながら叫ぶ。

 

 

「っ!い、今更変身してどうなるって言うんですかぁ!!さぁ!シオン・フロウリングぅ!!今こそ無空剣をぶちのめしてぇ!!」

 

『ッ!』

 

 

命令に従うように、シオンがいち早く動き出す。先程の間に、尻尾を格納したらしく、俊敏な身軽さを取り戻していた。突っ込むような挙動も、音速に近いものだ。

 

 

 

そのまま正面から挑む、事はない。

目の前で垂直に曲がると、かつてと同じように周囲を凄まじい速度で跳び回っていた。

 

 

全方位を縦横無尽に動き回るシオン。その姿は最早残像すら捉えられない。今更視認しようとしても、数秒後には全く反対の方へと移動していることだろう。

 

 

俊敏さを最大限にまで利用したシオンの技術の一つ。複数人の相手だろうと有効であるこの技術は、幾ら格上と言えど無空剣にも通じる筈だ。

 

 

 

が、しかし。

肝心の無空剣は反応すらしなかった。自分の周りを過ぎ去っていく蒼き光の軌跡に意識すら向けず、ただその場に棒立ちでいた。彼にとって追いつけないものだからこそ、敢えて無視しているのかと思ってしまう。

 

 

 

しかし、だ。

 

 

 

 

 

 

 

─────ズパァンッ!!!

 

 

『グガァッ!?』

 

ぶっきらぼうに伸ばされた腕が、シオンの首を掴んだのだ。一瞬で捕らえられたシオンも、驚愕を隠せない。

 

 

単なる偶然ではない。無空剣は、シオンの動きを既に読みきっていたのだ。アレ程の速さでの高速移動を、いとも簡単に。

 

 

首を掴まれ、体重など関係ないと軽く持ち上げられたシオンは、何とか抵抗を試みる。腕を掴み、殴りつける。それでも力は緩まないどころか、更に強くなっているらしい。

 

 

がッ!! と、シオンが爪を鋭くする。そのまま無空剣の顔の装甲へと振り下ろす。しかし引き裂かんとする一撃は、傷一つ残せずに終わる。

 

 

「…………」

 

鬱陶しいのか、剣が首を動かす。

宙へ吊り上げていたシオンから手を離した瞬間────彼の腹に、パイルバンカーのような一撃を放つ。

 

 

 

『ギッ、ガ!!?』

 

 

衝撃で、シオンの後方の地面が砕ける。木々が粉々にへし折られ、完全に塵へとなった土や砂の煙が辺りへと沸き立つ。

 

 

凄まじい速度で吹き飛ばされたシオンのダメージは相当高いらしい。ギギギ、と全身の装甲が軋んでおり、シオン自身もふらつきながらも立ち上がろうとしている。

 

 

しかし、何か気付いたシオンが動きを止める。

禍々しいオーラを放ちながら真後ろに立つ存在がいるのだ。すぐさま真後ろ目掛けて刃を生やした腕を振り払おうとする。

 

 

だが、それよりも先に。

シオンの顔を、真下から蹴り上げる。大いに仰け反る青年に躊躇いなく、剣はその腹を踏みつける。

 

 

巨大なクレーターが生じる。それほどの力を受けたシオンは機械が発するような金切り声のような残響音を響かせた。

 

 

 

「は、は」

 

 

それを無視するように、いや或いは聞こえていて尚、剣は止まらない。何度も深く、同じような力でシオンを踏み潰さんとする。

 

 

バギン! メギン! と砕け始める装甲を無視して、更に潰していく。悲鳴すら途絶え、抵抗する意思すら弱り果てているのに、全く止めようとする意思は見られない。

 

 

「はははは!はははははははは!!ギャハハハハハハハハハハハハハハハハァッ!!!」

 

 

それどころか、楽しそうな狂笑を高鳴らせながら、シオンをいたぶっている。いや、本気で殺そうとしている。その異様な姿は、かつての暴走とは比にならない。

 

 

何度か繰り返している最中、剣はようやく止まった。足元にいるシオンが既に物言わぬ状態であることを理解すると、

 

 

 

「もう、終わりか──────次」

 

 

 

次なる獲物を求めるように、別の方へ意識を向ける。その場から姿を消し、次の標的──────完全成長を終えたネフィリムへと襲いかかった。

 

 

「ッ!─────!!」

 

自身に向けれらる殺気に応じるようにネフィリムは吼える。食欲に駆られる完全聖遺物は、餌である聖遺物でも最も純度が高い状態にある魔剣士へ嬉々として突撃した。

 

 

目の前の異物への恐怖を上塗りする為か、或いは食欲の方が勝ったのか。ネフィリムは涎を垂らした口を大きく開き、無空剣を喰らおうとする。

 

 

 

だが、そんなネフィリムに対して、剣は正面から殴り付ける。凄まじい一撃に怯むネフィリムであったが、仮にも完全聖遺物。退く事はせず、そのまま向けられた腕へと噛みついた。

 

 

歯を立てて剣の腕を引きちぎろうとするが、漆黒の鎧に歯が食い込むことはない。噛みきれない事に気付くネフィリムであったが、噛まれてない方の剣の腕に禍々しい紫の光が収束する。

 

 

そのまま振るわれた腕が、ネフィリムを殴る。腕を吐き出しながら倒れ込むネフィリムを踏みつけ、ネフィリムの腕を掴む。

 

 

「どうせいらないんだ────」

 

 

そのまま、凄まじい膂力で引っ張る。苦痛に呻きながらジタバタと暴れ出すネフィリムを脚で押さえながら、

 

 

「────千切っても良いよな?」

 

 

ブチブチッ! と。

その手でネフィリムの腕を軽く捥いだ。獣の雄叫びと共に、噴水のように噴き出した緑色の血が剣に浴びてしまう。

 

 

しかし、剣は何故か楽しそうに笑っているようだった。シオンやネフィリムをいたぶる事で何かに満たされているようであった。喉の奥から滲み出る小刻みな喜びを抑え込みながら、剣はネフィリムへ攻撃を続ける。

 

 

「やめろぉ!やめるんだぁ!!」

 

 

血と肉が飛び散る光景を前に、ウェルは青ざめながら叫ぶ。

 

 

「ネフィリムは!覚醒したネフィリムはこれからの新世界に必要不可欠なんだ!月によって滅びる人類を救う、フロンティアの唯一の鍵!それを!それをぉぉぉ!!!」

 

「ゴチャゴチャ煩ぇぞ─────耳障りだ」

 

 

更にネフィリムのもう片方の腕を引き千切る剣。激痛に悶えるような咆哮をあげるネフィリムをひたすら無視して、痛めつける。

 

 

その光景に絶望の表情を浮かべ、甲高い悲鳴と共にソロモンの杖からノイズを呼び出し始める。今まで同様、フルパワーを引き出しているようだ。

 

 

溢れ出るノイズはそれぞれ複数の個体に群がっていき、次第に無数のノイズで形成されたギガノイズが姿を現した。

 

 

「────また敵か」

 

ネフィリムへの攻撃の手を止め、無空剣がギガノイズへと歩み寄る。ゆっくりと、片腕が胸元の装甲へと伸ばされた。より正確には、露出した魔剣グラムの結晶体へと。

 

 

掌に力を込めた瞬間、結晶体から棒が出現した。剣はそれを掴むと、躊躇いなく引き抜き、振り払う。

 

 

 

 

抜刀されたのは、漆黒の刀剣───龍剣グラムであった。黒耀の光以外にも、龍の力を内包する龍殺しの剣。その龍の力が、一瞬にして増幅する。

 

 

 

瞬間、魔剣の刀身が肥大化した。

二、三メートルに到達する長さと、盾としての役割を補える横幅の広さ。龍剣の状態よりも、禍々しく魔龍の存在感を放つその姿は、圧倒的な力を証明している、

 

 

禍々しき大剣───龍王剣を振るい、魔王と化した青年は告げる。

 

 

「群がろうが関係ない───全て殺し尽くす」

 

 

 

 

 

 

 

ギガノイズへと飛び掛かると共に、龍王剣が振り下ろされた。たった一撃でギガノイズは左右綺麗に分断され、大量のノイズへと戻ってしまう。

 

 

宙を舞い、周囲に降り注ぐノイズの雨に、剣は対応を急がれる。彼は率先して動くことない。だが、変化は彼の背中に起きていた。

 

 

黒い液状のものが、背中から溢れ出す。鎧から垂れ流れた泥のようでありながら、自我を持った生物のようであった。ギュルル、と互いに同化していきながら、形へと成っていく。

 

 

────それは、竜の頭であった。目もなく、鼻もなく、耳もない。剥き出しの歯が特徴的な口だけが残った竜の頭部。問題は、それが一つではなく、二つへとなっているのだ。

 

 

二体の竜は、口内にエネルギーを溜め込んだ。粒子エネルギーを噛み砕くと同時に、周囲へとブレスのように放った。

 

 

一体が極太のレーザーを。落ちてくるノイズ達を光線によって薙ぎ払い、跡形もなく消し飛ばす。天空の夜空を穿ち、月明かりを隠す雲を切り裂いていく。

 

 

もう一体は蓄積させたエネルギーを、拡散させて解き放つ。レーザーから逃れたノイズを一体残らず撃ち抜いていく。地上からの閃光の雨から、逃れられたノイズはいなかった。

 

 

唯一、飛来する中で体を半分消し飛ばされたノイズが地面に落ちる。起き上がろうとするが、それは許されず。近づいてきた無空剣が止めを差すように大剣で貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間。

 

 

『ジ、ジッ…………!ガガガガガ!!ガガッ!!』

 

壊れ欠けた鎧を纏うシオンが、滑る込むようにして突撃してきた。剣がノイズを仕留めた一瞬を利用して、腕を蹴り上げる。僅かに仰け反り、大剣から手が弾かれた剣に、シオンは天羽々斬の刃を展開して斬りかかる。

 

 

今度は、ロストギアの力だったからか。あらゆる攻撃を何ともしなかった無空剣の鎧に傷が入った。頭部の甲冑、禍々しい眼のラインに刻まれるような刃の痕。傷つけられた事に怒りを感じたのか、獣の唸るような声が響いてくる。

 

 

 

 

更に反撃をしようと動くシオンだが、剣が先手を取った。頭部を鷲掴みにして、シオンを軽々と持ち上げる。

 

 

 

『ギ───ギギッ、ギ!!』

 

 

フルフェイスを掴み取られたシオンは、ジタバタと抵抗する。自分を押さえる腕を引っ掻き、引き剥がそうとするが、地力では敵わない。

 

 

ビキビキ、メキッと顔部の装甲にヒビが入る。剣は力を弱める事はせず、更に腕に力を込めた。その証拠か、ヒビが次第に大きくなっていく。

 

 

最悪の展開が、脳裏に浮かんだ。これから何が起きるのか、予想できない事はない。

 

 

「………やめろ」

 

 

翼が、ボソリと呟く。

しかしすぐさま、暴れ回る青年に向けて叫んだ。

 

 

「止めろ無空ぁ!そのままだと本当に死んでしまうぞッ!!」

 

「お前の後輩だぞ!?それ以上やったらッ!!」

 

 

聞こえていないのか、反応すらしなかった。更に力を強めて、シオンの頭部を圧迫する。彼の抵抗も小さくなり、弱り果てていた。

 

 

 

パキン、と顔の装甲の一部が剥がれる。剥がれたフルフェイスから覗いたのは、瞳だった。色のない、濁ったその眼に、一瞬だけ光が灯る。

 

 

彼は────鎧に操られていた何者かは、禍々しい魔剣士を見て、悲しそうに告げた。

 

 

 

『────────せん、ぱ───』

 

 

バギッ!! という砕ける音と共に、シオンの身体から力が抜けた。砕け散った兜の残骸が消し飛び、青髪の青年の顔が露になった。しかし彼の顔に生気はなく、両目や口から血を流しているにも関わらず、何の反応もせず、地面に倒れ伏せた。

 

 

 

 

龍王剣を手に取り、無空剣はシオンから離れていく。慈悲などない、見逃した訳でもない、もう相手する必要はなくなったからだ。

 

次に眼を向けたのは、ネフィリムだ。両腕を引きちぎられ、痛め付けられたネフィリムには反抗の意思はなかった。それどころか恐怖に怯え、背を向けたまま逃走を図った。

 

 

 

しかし、剣はそれを許さない。

ネフィリムに飛び掛かると、ネフィリムを嬲り始めた。大剣で斬り伏せ、細切れに斬り刻まんとする。

 

 

「ひいぃぃぃやァァァァァァアアアアアアアアアっ!!?」

 

 

ネフィリムを圧倒される絶望に、ウェルが耐えかねた悲鳴をあげる。ノイズを使ってもどうしようもない相手に、彼はネフィリムを救い出す手段が思い浮かばなかった。

 

 

肉を裂く大剣を振るい続けていた剣だが、何かを見つけたのかネフィリムの体へと腕を突き立てた。

 

 

ブチィッ! と肉体から引き剥がしたそれは、ネフィリムの心臓であった。血管の繋がったそれを、剣はどうでもよいと投げ捨てる。

 

 

 

最後に残るネフィリム。心臓を失った事で、ネフィリムは力なく崩れ落ちる。最早屍になり欠けた完全聖遺物を前に、剣は大剣をゆっくりと掲げる。

 

 

 

『龍王剣グラム───オーバーエナジー、バースト』

 

 

カシャン! と刀身が変形し、中心の球体の宝玉が一回転する。すると、隙間が広まった大剣から膨大なエネルギーが生じた。

 

 

その力の根元は、他でもない魔剣グラム。適合者にして担い手である無空剣に、遠慮なく魔剣は力を引き出させる。凄まじい力は光柱となり、天へと至る。強大すぎる故にか、彼の周囲で空間が音をあげて歪み始めた。

 

 

 

「魔剣、絶技ッ!」

 

 

天地を揺るがす力を帯びた龍王剣を、強大な握力で握った無空剣が叫ぶ。

 

 

 

 

「───魔龍堕天(クロム・ヴォルン)!!」

 

 

大剣の一振と共に、膨大なエネルギーが一塊となり叩き込まれた。圧倒的な破壊を前に、音すら存在しない。既に事耐えたネフィリムの亡骸は、その場の地面ごと完全に消し飛んでいた。

 

 

 

凄まじい轟音が、続いて響く。彼の放った強大な力を纏った斬撃は、カ・ディンギルの残骸すら一刀の元に分断していた。ガラガラと破壊が激しかった部位から瓦礫が飛来していく。

 

 

 

 

 

言葉も出ない翼達とDr.ウェル。

たった一人で、操られたシオンと成長したネフィリムを排除し、これだけの損害を作り出した存在。最強の片鱗ばかりを見てきたが、これが本来のものだとは予想出来る筈がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────こんなもので、足りるものか」

 

 

 

独り言が、煙の向こうから響いてくる。重たい足音と共に、黒い影が揺らいでいた。呪詛に満ちた言葉に、全員が身震いをしてしまう。

 

 

「こんなものでは足りない、足りるものか。俺達が味わってきた痛み、苦しみ、絶望に比べれば」

 

 

姿を現した無空剣は、硬直しているウェルに眼を向ける。彼を見た剣は、龍王剣を構えながら、あらゆるものを憎悪した呪詛を吐く。

 

 

 

「皆殺しだ。俺達を利用した魔剣計画の連中も、俺達を兵器として利用した奴等も、俺達を否定する奴等も、一人残らず────殺してやる」

 

(まさか────我を失ってるのか?)

 

 

異様な言葉に、翼はそう勘繰る。

暴走、その言葉が一番近いが正しくはないだろう。あの姿は間違いなく知性がある。しかし通常の剣のような性格ではない、それにあんな支離滅裂な言葉を吐くのは異常でしかない。あの鎧を纏った瞬間から異変が起きていたのは分かっていた。そして、一つの憶測が過った。

 

 

 

 

あの姿は────負の感情を倍増させているのか、と。

 

 

 

 

 

「ひっ、ひぃぃぃッ!?」

 

 

向けられた殺意に、ウェルは腰を抜かしたように倒れ込む。ソロモンの杖という唯一の抵抗手段がある事も忘れ、恐怖に唖然としていた。

 

 

そんなウェルに歩み寄ろうとする剣。しかし、彼はすぐに足を止めた。

 

 

 

 

─────ザンッ!!

 

 

上空目掛けて振るわれた斬撃は飛来した緑のエッジとピンクの丸鋸を両断する。至近距離で破壊された二つの刃が爆発し、爆風に剣は巻き込まれた。

 

 

 

 

「よし!一先ずドクターは無事デス!」

 

「なら早くドクターを連れて戻らないと…………」

 

 

跳躍から着地した緑とピンクのシンフォギアを纏う少女達、切歌と調がウェルを庇うように前に出る。しかし、爆煙を振り払い、不快そうな声を漏らす魔王が歩み寄る。

 

 

 

「………邪魔をしやがって、お前達も敵か」

 

「………アイツ、どうしたってんデスか」

 

「気を付けて切ちゃん。今の無空剣は───正気じゃない」

 

「俺達が殺すべき敵、倒すべき敵、滅ぼすべき敵!お前達がいなければ!俺達はァッ!!」

 

 

憎悪を剥き出しにしながら怒号を響かせる。彼の怨嗟は、彼女達へのものではない。しかし矛先は、彼女達へと向けられている。

 

あまりある憎悪の前には、理性すら消える。今の彼には、誰が敵で誰が味方かなんて分からない。目の前の全てが、敵に見えているのだから。

 

 

 

「ひぃぃっ!!ひゃぁぁあああああッ!!?」

 

 

「あ、馬鹿!勝手に逃げんなデス!そっちは違うデスよ!」

 

「駄目だよ切ちゃん!今は無空剣の相手をしないと!」

 

 

身構える二人に、剣は言葉にならない咆哮を轟かせ、がむしゃらに突撃する。あらゆる攻撃を無視してでも、相手を殺すという殺意にまみれた動き。

 

 

しかし、

 

 

「……ッ!!」

 

突如、強引に地面を踏みつけて留まる。瞬間、目の前の地面をミサイルと刀剣の雨が抉り飛ばした。

 

 

戸惑う切歌と調だが、すぐにその攻撃が誰のものだか判明した。少しだけ離れた場所にいる翼とクリス、本来敵対関係にある筈だが、今のは明らかに庇うような攻撃だった。

 

 

「な、なんのつもりデス………?」

 

「……無空は私達が止める。その代わり、シオンを頼む。彼も重傷なのに変わりない」

 

 

警戒しながらの疑問に、翼は毅然とした態度で言う。二人はハッとしたように別のことに意識を向けた。

 

 

「シオン!そうデス!早く助けないと!!」

 

「一緒に運ぼう!切ちゃんは右肩を!」

 

 

翼から言われ急いで二人はシオンの元へと駆け寄る。悲惨な状態と息があるかも分からない様子に、絶句していたが、すぐにも彼を運び出した。面識は少なく、仲が良いとはいえないが見捨てることなんて絶対にしない。同じ仲間だ、助ける理由なんてそれだけでいい。

 

 

二人はシオンを担ぎながら、森の奥へと進んでいく。少しずつ、ズルズルと引っ張った形だがエアキャリアへと近付いていた。

 

 

だが、大剣を振り払った魔王が離れていく彼女達に向けて吼えた。

 

 

「逃がすか!一人残らず殺すと言った筈だ!!」

 

 

「んな真似させるかよっ!」

 

「そこまでにしてもらうぞッ!無空!」

 

 

 

「────チッ、何度も邪魔を」

 

 

飛び掛かろうとするが、目の前に飛び出してきた翼とクリスに苛立ちを覚えながらも向き直る。撤退していく二人から、彼女等へと標的を選んだらしい。

 

 

大剣を引きずるように持つ無空剣はすぐに攻撃をしては来ない。その様子に、先程までとは違う違和感を感じると、

 

 

 

「───声が聞こえるか?」

 

 

ふと、そう呼び掛けてきた。龍王剣の柄から手を離し、頭のフェイスアーマーに手を押し当てた。まるで見たくないものを見せられているように、口からはボソボソと呪いを吐くように呟いている。

 

返答は求めてないらしい。何も言えない二人に、剣は無視するように溢していく。

 

 

「俺は声が聞こえる、俺達の苦しみを、憎しみを、憎悪を、怨嗟を紡げとなぁ……………あぁ、そうだ。分かってる、分かってるさ。()()()()()()()、全部壊して殺すんだッ!! くハッ、クハハハ………そうしなきゃいけねぇんだよォ!!!!」

 

 

罪悪感、後悔、絶望。口々に吐く言葉には、憎悪以外にもそれらが込められていた。不気味な様子から一転、狂喜に満ちた笑いが喉の奥から響く。

 

 

更なる憎悪と狂気に囚われた魔王が龍大剣を片手に、叫ぶ。

 

 

「ブッ壊す!ブッ殺してやる!!何もかも!この俺がなァ!!!」

 

 

暴虐。

そうとしか呼称出来ない程に、ひたすら破壊の限りを尽くす。大剣を振り回すだけで地面が砕け、木々がへし折れるのだから笑い物ではない。

 

 

二人は面と向き合って対抗する……………事はせず、距離を離すことを優先した。逃げることに徹して、何とかなる程度だ。下手に挑めば圧倒的な力で打ち倒されることは決定的だった。

 

 

僅かな時間が過ぎた後に、突如無線から連絡が入った。

 

 

『二人とも!聞こえているかね!?』

 

「遅いです!もう少し早く連絡をしてください!」

 

『無茶を言わないでほしいね!こっちは突然ジャミングされたんだ!これでも頑張った方だよ!誉めて欲し───いや!もう少し頑張れるから後で褒めてくれたまえ!』

 

 

そう捲し立てるノワール博士は、すぐに現状を伝える。

 

 

『二課本部とは情報を共有している!彼等も剣クンの状態を確認し、対処の為に動いてくれているから心配しなくて良い!』

 

「なら!今の剣の状態を!」

 

『通常のセーフティーが全て解除されて、魔剣グラムからの影響を直に受けてしまっている!相性が良すぎるせいで、彼の意識も呑まれているようだ!このままでは、完全に魔剣グラムに取り込まれるよ!!』

 

「分かっています!ですが!今のままでは………ッ!」

 

 

逃げるだけでは意味がない。しかし、戦っても勝てるような相手ではない。そんな翼達にノワールが出した解決法は、単純にして困難なものだった。

 

 

『彼を止める方法は一つ!全力で攻撃して、鎮圧することだ!無力化しない限り、魔剣グラムの侵食は進んでいくからね!』

 

「冗談じゃねぇだろ!?今の剣を倒すなんて、あたし達じゃあ火力不足だろうが!」

 

『ウン!そうだろね!知ってた!多分絶唱歌わないといけない案件だが─────その必要はないし、そんな真似はさせないさ』

 

 

自信満々に言い切る博士に、二人が疑問符を浮かべた瞬間、

 

 

 

足場が吹き飛ぶ。振り回されていた大剣からの斬撃が届いたのだ。走り続けていた脚を止め、武器を構えながら振り返る。

 

 

ズルズル、とゆっくりと歩み寄る。大剣を地面に突き刺すように引き摺りながら、フェイスを掴み呻く剣。指の隙間から覗く紫色のラインからは、禍々しい殺気が放たれていた。

 

 

「………殺す、殺す………殺す」

 

 

強大な大剣を軽々と振りかざし、彼は敵を睨む。見据えているのが、仲間であるとは彼は気付かない。今の彼からは理性や冷静さ、判断する力が、復讐に塗り固められた怨恨に塗り替えられているから。

 

 

 

 

「殺す…………クカッ、クヒヒヒ! 死゛ィィねェェェエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェッッッ!!!」

 

 

躊躇うことなく、彼は仲間を殺すための一撃を放った。凄まじいエネルギーを、そのまま一つの力へと叩きつけるという、暴力的にして原始的な技。

 

 

圧倒的な破壊の津波に、翼とクリスは防御を一心にその身に受け止めることを決意する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────あ?」

 

 

しかし、どれだけ経っても破壊の惨状は変わらない。戸惑った二人は──────目の前の光景に驚愕を示した。

 

 

 

最初は怪訝そうにしているが、直後に苛立ちを隠さない無空剣。彼の振るわれていた筈の龍王剣の一撃は、止められていたのだ。

 

 

漆黒の光沢に照らされた龍王剣。龍殺しという、強固な龍の鱗すら切り伏せる魔剣を止めたもの──────それは砂塵から延びる、生身の人間の手であった。

 

 

殺意を増幅させた無空剣は唸ると共に、片腕に力を込めてその手を斬り払おうとする。尋常ではない膂力が増し、大剣の重みも倍増するが、切断することが出来ない。

 

 

 

「あ………」

 

 

凄まじい力の圧に、砂煙が飛び散った。そして、剣の一振を受け止めた者の姿が、露になる。

 

 

 

「叔父様!」

 

「おっさん!?」

 

「………すまん!二人とも!よく耐えてくれた!後は俺に任せてくれ!」

 

 

振り返ることなく、弦十郎は翼達に言う。そして視線を戻し、禍々しい鎧の魔王────その内側に囚われている青年へと、口を開く。

 

 

「────剣君、無理をさせてすまない」

 

「………ッ!」

 

「奴等の悪辣な企みを読みきれず、君を暴走させてしまったのは俺の責任だ。………………だが、その責任を取る前に、今の君を見て見ぬふりは出来ん!!」

 

 

険しい表情と、決意の漲った瞳で、剣を睨み付ける。全身の筋肉に力を込め、弦十郎は強い声で告げた。

 

 

「いくぞ、剣君。俺は、俺達は君を止める─────そして君をその怨嗟から助け出すッ!!」

 

 

「うルセェぇ!!!邪魔だアぁ あ ァァア ッッッ!!!」

 

 

 

瞬間、大剣を振り払った魔王と人間が、衝突した。絶大な力と憎悪によって自身を見失い、怨恨に囚われた青年。彼を救うための戦いが、始まりを迎えた。

 




多分剣が正気に戻ったら絶望のあまり塞ぎ込みそう。そりゃあ自分が無意識に暴走して、後輩を半殺しにして瀕死にまで追い込んだり、翼達まで殺そうとしたとか知ったら精神的にキツいと思う。


───ま、無意識だけど目覚めた後も、暴走時の記憶は全部残る訳ですが(ド畜生)



全く、酷い事をやらせる奴もいたもんだな!!(頭部にブーメラン)



p.s.言葉失ってるマリア達一同の横で、目的達成って高らかに言いながら嬉しそうなエリーシャ。もうコイツ化け物やろ()


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暴走する魔王

最後の最後で投稿できたぜ…………(疲労困憊)


「……………うぅっ」

 

 

鼓膜に伝わってくるのは、凄まじい爆音。薄らいでた意識の中、何度も続く音に立花響の意識は少しずつ覚めてきた。

 

 

「あれ………?私、何を────」

 

 

まるで熟睡中に叩き起こされたように身体が重い。いや、思い出した。これは剣が自分に投与してくれた麻酔の効果だろう。響の片腕からの出血を止めるために─────

 

 

 

「─────あ」

 

 

思い出した。

自分の身に何があったのか、先程までの戦いの結果を。

 

 

シオン・フロウリング。彼を止めようと戦った響は、未知なる力で腕を切り落とされた。そして意識の落ちかけていた響を守るために剣は更なる魔剣の力を解放した。

 

 

ふと、轟音のする方向へと振り向く。衝撃と風圧の嵐の中心で、二人の姿が目に写った。

 

 

「…………師匠」

 

 

赤いシャツを着た、風鳴弦十郎。彼は今までにない険しい顔で、全力で相手に挑んでいた。通常時や修行の時のように、手加減はされてない。するような状況ではないからだろう。

 

 

そして、もう一人。

 

 

 

「剣、さん?」

 

 

禍々しい全身鎧。最早魔剣士としての側面は見られない。通常纏っているサードギアはあくまでも自分達と同じであった。しかしあの姿は、完全に違う。兵器として造られた怪物、そんな印象が過る。

 

 

黒き異形は、紫に染まった燐光を激しく輝かせながら、形容しがたい絶叫を放つ。ただの人間や何も知らぬ者ならば、相手を震え上がらせる為の咆哮ととるだろうが、彼を知る者は、答えは違った。

 

 

 

あの絶叫は、彼の憎悪と悲劇を帯びたものだ。

善意を信じ、顔を知らない人の為に努力し続けた結果、仲間も奪われた挙げ句、自身も人ではない兵器へと変換された。

 

 

その後も何人もの仲間を殺されていき、彼は胸の内に元凶への怨恨を募らせていった。そして、今この時に暴走として倍増した憎悪が彼を狂わせた。

 

 

 

止めなければ、その思いが響を動かしていた。片腕を喪ったという事実すら脳裏から消え去る。あの人が、あの優しい人があんな風に暴れるのは、誰も望まない。きっと本人ですら。

 

 

立ち上がり、その場へと向かおうとする。しかし起き上がる際に伸ばした手が、何かに触れた。土でもない、金属だというのはすぐに分かる。それが何なのか、振り返った直後に把握した。

 

 

 

「────アルビオン?」

 

 

かつての戦いで、朽ち果てた筈の魔剣兵器 アルビオン。それが何故か、響の後ろに座していた。

 

主であったフィーネを敵に回し、剣を庇うように戦ったそれは最早半壊という状態で動けない筈であった。現に剣も、アルビオンの残骸を親友の墓標としてその場に置いておくことにしていたのだ。

 

 

だが、あの戦いの場所から離れているここにあるのはおかしい。それに後方の地面には、引きずったような跡が残されていた。

 

 

アルビオンは、片腕の巨腕を差し出すように向けていた。手の中にあったのは、ひし形の結晶。自然から発生した純正そのものの光と材質の塊であった。

 

 

「これは…………」

 

響も、知らないわけではない。ある程度は把握できる。これは魔剣だ。魔剣カラドボルグ。アルビオンのコアへと組み込まれていた聖遺物であったが、まだ現存していたのかと思う。

 

 

何故、そんな事をするのか。一つだけ分かるのは、この魔剣の欠片を、響へと託そうとしているという意思だけだ。誰のものかは分からない。

 

 

「─────ありがとうございます、アルビオンさん」

 

 

しかし響は、この兵器そのものの意思だと読み取った。だからこそ深く頭を下げると、その欠片を手にして、戦場へと向かっていく。

 

 

 

駆け出していくその後ろ姿に、鎮座した兵器は黙っているだけだった。ただ少し、変化があった。ギチギチ、と錆びた部位を動かすように、アルビオンが僅かに動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

空間が、弾ける。

カ・ディンギル跡地、表向きには旧リディアン跡地を揺るがす程の衝撃が、何度も響いていた。天地を揺るがすそれは、後に地震や異常現象として伝えられる。

 

 

その方がいい。一般人が知るべきではないのだ。それらの現象が、人間離れした存在達によって引き起こされている、戦いの余波であることなど。知られれば、どれだけの混乱を引き起こすことか。

 

 

 

 

 

 

 

「「オォォォォォォォォォォッッ!!!」」

 

 

殴り、殴られ。

吹き飛ばし、吹き飛ばされる。

そして二つの影は、幾度もなく衝突を繰り返していた。周囲の被害など、彼等は意識すら向けてない。

 

 

 

無空剣と風鳴弦十郎。

二人は全身全霊の戦いに力を入れていた。一人は、自我や意識すら呑み込む程の憎悪と怨嗟に身を動かされ、一人は戦場に出させている少女達と、今も復讐に囚われている青年を救い出すために。

 

 

 

 

 

 

「…………す、凄ぇ」

 

「叔父様もだが………無空も凄まじいな」

 

『───いや、私からしたら司令の方がおかしいのだがね。………………え、何あれ?何で剣クンと殴り合えてるの?現時点で最強の姿だよ?生身だよ?あの人?えぇ?』

 

 

呆然とするクリスと翼、そんな彼女達よりも困惑のあまりに動転しているノワール博士。前々から強さの片鱗は分かってはいたが、これは流石に正気ではないと思う。

 

 

あの姿、フォース・ギアは表向きな意味で無空剣を序列へと格上げさせた形態でもある。あくまでも、一因に過ぎないが、それでも強さに遜色はない。最強の名を示す一端であるのだ。

 

 

なのに、生身で相手してるとか正気だろうか。そう思うノワールだが、冷静なるように努める。もう気にしないとこう。司令は司令だ、あれが普通なのだ、と。………ふと、翼に疑問を投げ掛けた。

 

 

 

『………翼クン、質問なのだが』

 

「……何ですか、博士」

 

『今現在、どちらの方が優勢と見る?インドアかつ非戦闘員の私より、この場で誰よりも経験に優れている君の意見を聞きたい』

 

「それは────」

 

 

視線を戻したと同時に、二人は再び衝突を始めた。裏拳によって龍王剣を遠くへと弾かれた剣は、そのまま弦十郎へと牙を剥く。対する弦十郎も退くことはなく、逆に剣へと向き合う。

 

 

 

二つの拳が、互いの顔を打ち抜く。双方に生じる衝撃波が地面を抉りながら、二人に叩かれる。しかし、どちらが深いダメージを負ったか、目に見えて明らかであった。

 

 

 

「───むんッ!!」

 

「ギ、がッ!?」

 

 

 

「叔父様が───押している!!」

 

 

 

 

地面に踏み込み、更に力を込めて拳を解き放つ弦十郎。彼の一撃を受けた剣は、地面を跳ねながら吹き飛ばされる。何度かして気を取り戻したであろう彼は、地面に杭を打ち込むように、腕を突き刺した。それでようやく、絶大なスピードと力は消失した。

 

 

「クソッ!」

 

 

体勢を立て直した剣は、左手に凄まじい程のエネルギー、魔剣の力を集中させる。禍々しいまでに増幅していく紫の力の渦を、掌で押し潰す。異常なまでに引き出された膂力は、本来変化させることの不可能な力の流れを、問答無用で圧縮する。

 

掌に浮かぶ────小規模の魔力の渦が形となった。軽々と扱える程の大きさと形状へと。

 

 

 

「───ッ!死ねェッ!!」

 

 

ソフトボール並みのサイズになった球体を、剣は弦十郎に向けて投げつける。ズン! と地面に亀裂を増やしながら、投擲された魔玉は望まれた破壊を実現するために、弦十郎目掛けて突き進む。

 

 

迫り来る魔球に、弦十郎は退くことも防ぐこともしなかった。それどころか──────

 

 

 

「はぁァッ!!」

 

 

 

蹴り返した。

放たれた破壊のエネルギーを、弦十郎はサッカーの試合のように、脚で打ち返したのだ。弾かれるように、全速力で無空剣の方へと戻っていく。

 

 

 

「………なッ!?」

 

 

これには流石に剣も唖然とする。予想外の事に意識を反らしてしまい、その僅かな隙が油断となってしまう。飛んでくる魔球への対応が遅れ、すぐさま打ち落とそうとするが───間に合わない。

 

 

胴体に直撃した瞬間、魔力の球体は爆発を引き起こした。苦痛に呻く声はしない。いや、したとしても連鎖する爆撃によってかき消されているのかもしれない。

 

 

どちらにせよ、あの攻撃は剣を完全に追い詰める一手となった。砂塵が晴れた先にいる────全身鎧が所々砕けた剣の姿が、それを証明している。

 

 

「───────あ、が」

 

 

バチ、バチ! と鎧の隙間から火花が飛び散る。金属や機械で構成された装備が、弦十郎との激戦によって破損していき、先程の攻撃を返された事でガタがきたらしい。

 

意識も朦朧としているのか、或いは失神寸前なのか、彼の眼から生気が消えていた。

 

 

「ッ!」

 

 

彼の様子を理解した弦十郎が前へと飛び出し、剣へと接近する。もし彼が限界まで追い詰められているのならば、助け出す好機は今しかない。あの鎧を完全に破壊すれば、剣は憎悪の衝動から解放される。

 

 

近付いても、反撃はない。

チャンスを無駄にしない為にも、弦十郎は動く。まずは剣を鎧から引き剥がす事を優先する。そうして、無防備な青年の肩へと手を伸ばした。

 

 

 

 

後少し、指が、手が、届く───────その瞬間。

 

 

 

 

 

 

「─────しつこい、ものだ」

 

 

ギョロリ、と。

見開かれた瞳が、弦十郎の姿を捉えた。声も、異様に冷たい。それに、明らかな変化があった。

 

 

人が変わったように睨みつける剣に、弦十郎も僅かに意識がそちらへと向いてしまう。

 

 

 

『アームユニット、変換』

 

 

片腕が跳ねるように持ち上げられる。しかし黒い装甲を纏った腕から放たれるのは、打ち上げるような拳ではなかった。

 

 

漆黒に染まった、鋭い針。個体としてではなく、液状となりながらも形成された武装。槍のように伸びる凶器が、弦十郎の腹を刺し貫く。

 

 

「ぐぅッ!!?」

 

 

肉を抉り、削ぐような感覚が脳を刺激する。

脇腹を軽く抉られた弦十郎は苦痛に顔を歪めるが、すぐさま拳を握り締め、放たれた黒い槍を殴り、何とか距離を置いた。

 

 

 

「叔父様!!大丈夫ですか!?」

 

「ああ!問題ない!掠り傷だ!!」

 

『いや脇腹を抉られたよね!?今!!それで掠り傷とか大分イカれてるね!!』

 

 

脇腹からの出血を力ませることで止めた弦十郎に絶句するクリスとノワール。翼だけあまり驚かないのは、同じ風鳴の血統故にか、或いは弦十郎の人外さに慣れているのか。

 

 

しかし、ノワール博士もすぐさま何かに気付いたように黙り込む。唖然としたような一息に次いで、

 

 

『…………魔剣グラムからの供給エネルギーの増大を確認。フォース・ギアの破損を完全修復している。どうやら、彼の内に宿る魔剣が、彼の敗北を許さないらしい………』

 

 

腕を鋭い槍から元に戻した剣。彼の全身鎧が再生を始める。この間にも先程の戦いで生じた傷は跡形もなくなり、新品同然の光沢を有するフォース・ギア。

 

 

弦十郎は脇腹の止血を確認すると、両手を握り締めながら向け直る。険しい顔つきで、彼は剣を睨み付ける。そして、鋭い声で問い掛けた。

 

 

 

「何者なんだ?」

 

「───」

 

「剣君ではない、彼の体を操っているお前は、何者だ」

 

 

無空剣────その皮の奥底に蠢く何か。異様な敵意と殺意から、弦十郎は僅かな変化からその存在を感じ取っていた。人類最強、その名は伊達ではないのだろう。

 

 

指摘された剣、その中に居座るモノは、無視する。話す必要などないと断言するように、両腕を広げた。

 

 

機械的な、無機質に彼は告げる。

 

 

DW(ドラゴンウェポン)ユニット展開」

 

 

言葉と共に、鎧が一瞬にして膨れ上がる。背中の装甲がはち切れんばかりに膨張し、黒い何かが突き破ってきた。真っ黒の粒子が数を成し、少しずつ一つ一つの形を作っていく。

 

 

形となって姿を見せたのは────竜であった。少し前の、無空剣のフォースギアの際に現れた竜と同じようで、別種の存在が。

 

 

 

今度は機械、金属で構成された竜であった。漆黒の色合いに金属特有の光沢を宿した装備。それは生物ではなく、明らかに武装として組み込まれたものだった。見覚えがある、あの時のDr.ウェルが呼び出したノイズを撃ち落とした装備だ。

 

 

 

ガコン! と、竜の頭が動く。

剣の腰に並ぶように展開されたそれは口を大きく開くと、口内に力を溜め込んでいく。

 

 

紫の閃光が、地面を削り飛ばし、彼女達へと迫る。咄嗟に避けるよりも先に、弦十郎が動く。

 

 

彼は前へと踏み込み、拳を打ち込んだ。それによって、あらゆる破壊を為す閃光が、真っ二つへと割れる。生身の人間の拳圧によって極太ビームが弾かれるように周囲へと飛び散った。

 

 

「叔父様!」

 

「………ぐぅっ!流石に無茶だったか!?」

 

しかし弦十郎も無事で済んではいない。彼の拳は熱に晒されたように真っ赤に染まっていた。ビームの火力では弦十郎を吹き飛ばせなかったが、それでも腕1本分使い物にならないようにしていた。

 

 

それだけでは済まない。攻撃の手は緩まることはないのだから。

 

 

『気を付けたまえ!DWユニットは合計9つ!あらゆる状況での戦闘に特化した装備が充実している!特に妨害電子波(ジャミング)ユニットには警戒したまえ!使いようによればシンフォギアの歌に干渉する!………最悪の場合、ギアが解除されるからね!!』

 

 

「くそッ!タクトの時みてぇな事かよ!!」

 

 

次々と無空剣の背中からユニットが収納され、次のユニットが展開されていく。その合間にも拡散レーザーや極太レーザー、キャノン砲などあらゆる弾幕が空間を支配する。

 

 

近接戦闘で弦十郎に追い込まれたからこそ、誰にも近づけさせずに一方的に相手を倒す戦術。感情論などでない、極めて合理的な思考だ。正しく、兵器と言えるだろう。

 

 

 

確実に追い込まれていく翼とクリス。彼女達も受け止めてはいられてるが、徐々に圧倒されている。弦十郎も何度も防ぐことは出来ない。

 

 

勝ちを確信したであろう、止めと言わんばかりにDWユニットを構える。レーザーキャノンユニットの力を蓄積させ、解き放つ用意をする。

 

 

 

 

しかし、圧倒的に有利な状況で。

無空剣は突然、猛攻をピタリと止めた。レーザーキャノンユニットの照準を、一瞬にして別方向へと切り替える。

 

 

 

ズドォォンッ!! と。

禍々しい光の熱線が森の木々へとぶちこまれた。次々と連鎖する爆発、それは森の一帯をほぼ焼き尽くすまでに至る。

 

 

 

煌々と燃え盛る爆炎。それを突き破るようにして、『彼女』は飛び出してきた。

 

 

 

立花響。

欠損した方とは反対の腕を構え、彼女は剣を見据え走り出す。

 

 

「立花!?」

 

「あの馬鹿!腕を切られてんだぞ!?なんて無茶をしてんだ!!」

 

 

二人も彼女の参戦に戸惑いを隠せない。なんせ欠損してる負傷者には変わりはないのだ。弦十郎も彼女を止めるべきと判断したのか、声に出そうとする。

 

 

しかし、噛み締めたノワール博士が他の意見を聞かないという意思の籠った声音で、彼女達に向けて叫ぶ。

 

 

『───全員!突撃したまえッ!!』

 

「博士!?正気かよ!?」

 

『何と言われようと構わない!この好機を無駄にはできない!全責任は私が取ろう!!』

 

 

捲し立てるように博士は続ける。

 

 

『侵食率が既に規定数値を越えている!このまま放置すると彼は魔剣グラムと完全融合してしまう!次こそ鎧を破壊すれば助けられる!何としても止めるんだ!!』

 

 

あと5分未満。

それこそが無空剣を助け出すためのタイムリミット。一刻の猶予もない。この場の全員が、彼を助ける為に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」

 

 

獣のような咆哮を轟かせる無空剣が、展開したユニットから弾幕を放つ。今まで同様、質量を全てとした攻撃方法だ。紫に染まり上がった絨毯爆撃。地上の全てを焼き払う光の雨だ。

 

 

「さっきから!嘗めてんじゃねぇッ!!」

 

 

左右にガトリングガンを展開した雪音クリスが吼える。地上から放たれる弾丸の雨が、降り注ぐ光の礫と相殺し合う。しかし、それだけでは終わらない。

 

 

「ありったけだ!!受け取れ!!」

 

小型ミサイルを発射させ、無空剣へと集中させる。彼は舌打ちをしながら、両腕でミサイルを潰し、砕き、叩き落としていく。

 

 

群がるミサイルの全てを破壊し、爆煙が視界を遮る。両腕を大きく振るい、煙を払い除ける剣。

 

 

 

 

その瞬間、ようやく気付く。

巨大な狙撃銃を展開していたクリスの姿を。その照準が此方に向けられていることに。

 

 

「そんなもんに振り回されてんじゃねぇよ!剣ッ!!」

 

 

銃口から赤い光が放たれる。突き進む極光に、無空剣は避けることなく逆に受け止めた。手で光を押し潰し、消し去ろうとする。

 

バシュンッ! と、赤い光の残滓が散る。全部の光を受け止めた、そう判断した剣は確信と共にクリスを睨もうとする。

 

 

 

だが、直後に。

無防備となった胴体を更なる赤い光が撃ち抜く。予測不可能の攻撃、その仕組みはすぐに分かった。

 

 

(第二射撃ッ!?第一射撃に隠れるように狙ったのか!!)

 

 

「さっさと正気に戻れ!!この馬鹿!!」

 

 

吹き飛ばされた剣は、背中から新しいユニットを出現させる。名称を飛空ユニット。空中を自由自在に飛ぶ機能を実現させた武装ユニットの一つ。

 

 

内部に搭載されたブースターを加速させ、超速で空中へと飛び立つ。上空へと辿り着いた瞬間、背中から更なる兵装ユニットを解放する。拡散レーザーユニットと集中レーザー主砲ユニットの二つを。

 

 

やり方は変わらない。安全圏内からの集中砲火だ。それこそが最善。一番効率的かつ勝算の高い手段だ。

 

 

 

 

そう思い、地上目掛けて狙いを定めた瞬間、彼は眼にした。此方に迫ってくる二つの大型ミサイルを。

 

 

危険度を確認し、警戒を高める。一つは大した問題ない。単なる陽動なのか、二発目を隠すようにして。つまり、これはダミー、二撃目を当てるためのものだ。

 

 

だからこそ、敢えてその一つを無視する。爆発させたとて視界を遮る要因にしかならない。そしてもう一つを拡散させたレーザー粒子によって誘爆させる。

 

 

 

これでようやく隙が出来た。無空剣は二つのユニットからエネルギーを溜め込み、地上に向けて解き放とうとする。

 

 

 

 

 

「無空────お前に、そんな言葉は、そんな姿は似合わないだろう」

 

 

信じられない声に、剣の思考が停止する。

次に驚愕が脳裏を支配する。有り得ないのだ。声がしたのは真下ではなく、その逆の真上からなのだ。

 

 

 

風鳴翼。

ミサイルの内部から飛び出してきた彼女が、アームドギアを構えて此方を見据えていた。

 

 

「お前の力は!誰かを、大切な仲間を守る為のものだと言っていたはずだッ!!」

 

 

振り下ろされた翼のブレードが、黒き鎧のユニットを斬り刻む。拡散レーザー砲ユニットと集中レーザー主砲ユニット。そして、空戦を可能とさせる飛空ユニット。それらが完全の元に根本ら切り落とされ、無力化される。

 

 

「ガァァァァアアアアアッ!!!」

 

 

空を飛行する機能を失い、落下する無空剣。為す術もなく地面に叩きつけられた剣は、地面に巨大なクレーターを生み出すことになる。

 

 

 

「…………ア、グガぁ……………っ」

 

 

半端ではないダメージが、鎧に蓄積されている。これ以上攻撃を受けるのは得策ではない。だが、剣は、暴走していても尚理解できることがある。

 

 

これはチャンスだ。ここまで弱っている相手を見逃すことはないだろう。よく分かる、誰にでも分かる。自分も同じだからだ。

 

 

立花響。

シンフォギアを纏う彼女は、健在な片腕で剣の鎧を破壊しようと駆け出している。

 

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

「…………!」

 

 

そんな彼女の動きを誘うかのように立ち尽くす。真後ろから密かに、別のユニットを鎧から展開していた。

 

 

攻撃に運用される武装の無い竜の頭部。開かれた口にあるのは拡声器のような電気装置。高周波のような不快な音を流すそれに、ノワールが反応した。

 

 

不味(まず)い!妨害電子波(ジャミング)ユニットだ!君の旋律に干渉してくる!今の君ではどうなるか分からない!!』

 

 

言われるが走り出してる以上、どうしようもない。何より、時間が無いのだ。例えどうなろうと、響は直進するしかない。そんな彼女に向けて、ジャミング波が放たれようとしていた。

 

 

しかし、突如ユニットが弾かれる。まるで砲撃でも食らったように身体が跳ね、電子波が発動されることは無かった。

 

 

「───ッ!?」

 

 

見えなかった。全方位に警戒をしていた。この場全員から意識を外してはなかった。それなのに、不可視の一撃を受けた。当然だ、なんせ予想すらしていない相手からの攻撃だからだ。

 

 

 

アルビオン。

半壊しかけた体を動かした兵器は、残存するエネルギーの全てを衝撃波の狙撃へと変換させた。この時のために、あの少女を暴走する魔王に届かせるために。

 

 

「ッ!壊れかけの鉄屑がッ!!」

 

 

憤怒に塗り替えられた剣が、片割れのDWユニットの砲身を向ける。ユニットから黒紫の閃光が放たれ、半壊のアルビオンを貫く。

 

膨大な熱が、装甲を焼き尽くし、破損していたコアを消し飛ばす。連鎖するように、エネルギーが膨れ上がり、アルビオンを内側から爆発させた。

 

 

 

「っ!てぃやぁッ!!」

 

 

しかし、その隙を無駄にはしない。響は片腕に全力を込め、剣の頭部を殴り飛ばす。無論、怒りのあまりに意識を反らしてしまった剣は避けられず、直撃であった。

 

 

ピシッ! と。

鎧にヒビが入る。漆黒の外装に傷が入り、所々が破損していく。

 

 

彼のフルフェイスも、同じであった。

響が殴った直後に、目の部分が覗くように露出する。しかし光の宿らない瞳が、敵意を剥き出しにして響を睨む。

 

 

「舐めるなァッ!!」

 

 

『アームドフレーム、オーバーアップ』

 

 

片腕が、膨れ上がる。黒い鎧がメキメキと肥大化し、巨人のような腕へと変わった。片腕を振り抜いた響へと構えるように振り上げられる。

 

 

最早響には何も出来ない。今の彼女は先の一撃に全力を込めてしまった。対応には時間が足りない。何より、隻腕である以上これが限界なのだ。

 

 

 

「まだ、だ」

 

しかし。

 

「まだだァァーーーーーーーッ!!」

 

 

響は諦めてはいなかった。そんな彼女の意思に答えるように、全身に熱が帯び始める。そして変化は、すぐに明らかになった。

 

 

喪失した筈の片腕の先から、光が生じる。それはまるで腕のように形となる。叩き潰さんと振り下ろされた巨腕を、確かに受け止めた。

 

 

光が晴れた先にあるのは、シンフォギアを纏った響の腕。それは機械などではなく、正真正銘人の肉体の一部であった。

 

 

「馬鹿なッ!?再生だと!?」

 

困惑する剣を無視して、響の更なる一撃が打ち込まれる。再生した腕によって止められていた巨腕もガラス細工のように砕け、元の腕へと戻っていた。

 

 

「あと、一発ッ!!」

 

 

それで、鎧は完全に壊せる。狂気による支配から解放できる。

 

 

だが、剣はまだ諦めない。彼の内側にいる者の意思であろうか。腕を刃へと換装させ、響に狙いを定める。最後の最後まで、憎悪のままに敵を滅ぼそうとしているのだ。

 

 

 

 

 

 

「───ッ!?」

 

 

何故か、それは叶わなかった。

ピタリと、鎧の動きが停止する。本人も意図しない事のようだ。響は戸惑いはするが、迷わずに剣の胴体に最後の一撃を入れた。

 

 

ピキビキ!

 

鎧のヒビが大きくなり、完全に壊れ始める。呆然と立ち尽くす剣に駆け寄ろうとした瞬間、

 

 

『…………なるほど、そういうこと』

 

 

竜の頭部から、声が発される。突然の声に、響は周囲を見渡すが、声の主はやはりユニットで間違いなかった。

 

 

機械で合成されたような音声だ。単調な波長で放たれる言葉はあくまでも感情が感じられない────ものの筈だ。

 

 

 

『勝手に繋がった魂風情が、余計な真似を』

 

 

漲るのは、敵意と憎悪だ。向けられていない響ですら悪寒を感じる程の怒りが、それからは発せられていた。

 

 

粒子へと分解されていくユニットは、響に向けて口を開く。

 

 

 

『ガングニール、今回の勝利は譲る。だけど、これだけは覚えておくといい』

 

 

 

 

 

─────無空剣は、私のものだ

 

 

 

その一言と共に、フォース・ギアは消失した。黒い粒子はその場に留まっていたが、直立の剣へと収束していく。狂気に囚われていた青年は意識を失い、地面へと倒れ込む。その彼を支えるように、響が下から抱き抱える。

 

 

「────剣さん……………良かった」

 

 

肌に感じられる温もりと鼓動に、響は静かに安堵する。駆け寄ってくる皆の事を見つめ、彼女は嬉しさを噛み締めた。

 

 

────自らの身に起きている変化に、気付かずに。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「フォース・ギアが敗れたか」

 

 

光の届かない深層の奥深く。

全ての元凶であるエリーシャ・レイグンエルドは薄ら笑いを浮かべていた。

 

 

「ま、それは当然だろう。エラーが発生した不完全な姿だ。パーフェクトではない以上、敗北は必然。いや、負けなければ困る。私の為にも」

 

 

嘲り笑うように、狂人はほくそ笑む。自分の掌で物事を動かし、策謀を最後まで達成させられたのだから。

 

 

「その点で二課は、シンフォギア装者達はよくやってくれたよ。お陰で私の計画は無事達成。これでもう余計な小細工をしないで傍観してられる」

 

 

もう片方の掌に、彼は何かを有していた。ホログラムとして存在する電子の塊。無空剣の内部に組み込まれていた鍵の一つ。

 

 

「強化外装のマスターキー」

 

 

それこそが、彼の求めていた代物であった。魔剣士をコアとして更なる力を引き出す強化外装。わずかにしか制御出来ないその兵器を完全に操る為にはそれが必要不可欠だった。

 

 

「これを手に入れる為にも無空剣のセーフティを解除する必要があった。だからこそ、全ての制限が解除されたフォース・ギアへとさせた。その為に、無空剣を追い詰めた」

 

 

カツン、カツン、と。

エリーシャはゆっくりと歩く。巨大な金属の塊を前に、両手を大袈裟に広げ、興奮を隠さずに叫んだ。

 

 

「────これでまた一歩近付いた!後は時間と計画の段階だ!この事件さえ終われば、私の計画が始められる!!

 

 

 

 

 

 

この世界を舞台とし、歌姫達による旋律と憎悪と怨嗟を以て!全てを滅ぼす最強の龍を目覚めさせる!!その時が、待ち遠しいものだッ!!」

 

 

無空剣の強化外装。無数のケーブルに吊るされた無機質な鋼の蛹。それは今も僅かにだが起動していた。咲き誇る花のように、天に位置する月へと赤き光の柱を放ちながら。

 




書くことが思いつかねぇ……………()

来年もよろしくお願いします…………で、ええんかな?


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傷痕

遅くなりましたが、皆さん明けましておめでとうございます!そして何より、シンフォギア十周年おめでとうございます!これからも神装魔剣も続いていきますので、どうぞご愛読よろしくお願いします!


────映る光景を見て、どうしようもない怒りが沸き上がった。

 

 

世界を、全てを憎悪する程の、怒りが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を、少し前に遡る。

 

 

 

────ここは?

 

 

無空剣の意識が、覚醒する。

何が起きたのか覚えてない。思い出そうにも、過去を巡ろうとすると頭痛が響く。兎に角、彼は無視したように周囲を見渡し、現状を確認する。

 

 

そこは、薄暗い学校の教室だった。

詳しく把握すると、どうやら授業時間はとっくに終わったらしい。そして、この空間に雰囲気を感じ取ってすぐに、とある事実に気付いた。

 

 

────これは、天羽奏の時と同じ────誰かの記憶だ

 

 

かつての体験、自分のロストギアに繋がった天羽奏の魂から読み取った過去の記憶と同じである。つまりこれは、誰かの過去を振り返っている状況なのだ。

 

 

ならば、一体誰のものか、と悩んでる最中、

 

 

 

 

 

 

 

『────へいき、へっちゃら』

 

 

声を聞いて、心臓が止まりかけた。

そもそも全身を改造されており、強化人間の彼の機械心臓は簡単には止まらないが、無論比喩だ。それほどまでに、彼は耳にした声に驚愕したのだ。

 

 

「…………響」

 

後ろの方、教室の隅にある机で何かをしている少女がいた。背を向けているので顔は見えないが、声やその姿からでも誰なのか判断できた。彼女は響、立花響で間違いない。

 

 

見た限り、少し幼いように見える。これは過去、昔の記憶だから仕方ないだろう。

 

 

だが、何かおかしいことに気付く。

 

 

 

「………?響、何をして──────は」

 

 

 

近寄り、よく確認したことで彼は絶句した。

響は先程から此方に背を向け、何かをしていたのは分かっていた。だが、その何をしていたかが剣の予想を遥かに越えていたのだ。

 

 

 

 

彼女は涙ぐみながらも、必死に机に書きなぐられた落書きを拭き取ろうとしていたのだ。しかし、消えない。油性のペンで書かれた落書きは消えること無く、残り続け、無空剣の眼にも入った。

 

 

 

『人殺し』、『消えろ』、『死ね』、等、見ていた剣すら言葉を失う、人の心を傷つける罵倒や悪口の数々。それが机一面を覆うように書きなぐられていたのだ。

 

 

「…………何だよ、これ……」

 

 

 

直後に、金切り声のような大声が頭に響き渡る。それと同時に、体験してきたような記憶が、第三者視点で流れ込む。

 

 

 

 

『何で!何でアンタなんかが生き残ったよぉ!?あの人が死んだのに!何でなの!!』

 

 

 

『よぉ!人殺し!どんな気分だよ!他の奴等を殺してまで生き残った気分は!!国に守られてるからって調子に乗るなよ!!ガキはガキでも犯罪者だ!!』

 

 

 

『立花さん!どうかお聞かせください!!あのライブでの真実を!!亡くなられた12874人の事実を、遺族に、

世界にお伝えする為にも!!彼等の気持ちを汲んではくれませんか!?』

 

 

 

────何だ、これは

 

 

頭痛が、酷い。

込み上げてくる吐き気が抑えきれない。吐瀉物を吐いたかと思ったが、口からは何も出てこない。この身体すら意識体であるからか。ならば即刻、この光景を、記憶を閉ざしてほしい。

 

 

だが、流れ込む記憶は止まらない。

複数人での様々な罵倒、不良らしき男達に痛めつけられる光景、そして母親らしき人物に連れられる彼女を追い回す無数のカメラと点滅。

 

 

 

最後に、悪口や罵倒をありったけ書き尽くしたような紙とスプレーでの落書き。石を投げられ、割れた窓ガラスやボロボロの家。

 

 

 

そして、彼の中で様々な感情が膨れ上がる。

 

 

 

侮蔑、嫌悪────そして、怒りが。

 

 

 

 

────こんな奴等の、為にか?

 

 

 

ふと、自身の手を見つめる。組み込まれたように肉体に刻まれた魔剣の欠片。エネルギーを注ぎ込む事で機械と神秘の力の融合した鎧 ロストギアそのもの。

 

 

人を救うため、その言葉を信じてこの力を得た。奴等の企みが違うものだと知り失望はしたが、それでも人を救えると信じていた。

 

 

だが、この光景を見せられて迷いが生じる。誰かの為という意志が、揺らいでしまう。信念が、かつては間違いないものと認識していたものが、薄氷のように砕け散る。

 

 

 

────こんな連中の為に、あの娘達は戦って、あんなに傷ついたのか?

 

 

かつての自分なら、この世界に訪れた時の無空剣ならば、こんな感情は抱かなかっただろう。唾棄すべき物して、当然のものと切り捨てていた。

 

期待すらしていなかったから、失望していたから。彼等を守る事を義務として割り切り、興味すら抱かないようにしていたからだ。

 

 

 

だが、しかし。

彼は心を取り戻した。取り戻してしまったのだ。人の心に触れる優しさを知り、心を癒す温もりを知り、人を傷つける意味を理解した。

 

 

だからこそ、彼は疑問に思う。目の前の光景を、狂ったような景色を。

 

 

 

────こんな、自分勝手に他人を傷つけ、その痛みすら知らない、感じようとしないような奴等のために

 

 

 

掠れた笑いが、喉から漏れる。否定したい、拒絶しなければならない。この事実を肯定してはいけない。

 

 

してしまえば、無意味になる。今までの犠牲が、悲劇が。全てが跡形もなく崩れ落ちてしまう。自分達の信じたものが無かったという、事実だけは認めてはいけない。

 

 

 

 

 

 

だが、それでも。

 

 

そんなボロボロの家の中で、母親と祖母らしき二人に抱き締められる少女の瞳から流れ落ちる雫を見て、思考が反転する。抑え込もうとしていた怒りが膨れ上がり、どうしようもないくらいに膨張する。

 

 

 

────こんな奴等を守るために、俺達は未来を捧げたのか?

 

 

 

 

耐えきれず、叫ぶ。

獣のように、声帯など潰してしまえという程の咆哮が発せられる。この怒りを、激情を何処かにぶつけなければならない。

 

でなければ、壊れてしまう。無空剣が、この名を与えられ、人としての全てを踏みにじられた青年が、限界を迎えてしまう。

 

 

しかし当たるものはない。この世界は記憶で、自らは思念体だ。故に何も出来ない。何もすることは出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『─────不服ならば、滅ぼせば良い』

 

 

凛とした、麗しい声があった。

 

無空剣は声の方へと振り返る。黒い闇の中に一人立っていたのは、少女であった。

 

 

黒いドレスに同じように黒い長髪。全てが漆黒に染まったような雰囲気の少女。黒曜石のような光沢の宿る瞳を此方へと向け、彼女は唄うように言う。

 

 

『気に入らぬのなら皆殺せばいい。不愉快ならば一掃すればいい。貴方にはその資格がある。権利がある。それを為す力がある。貴方のその力は、貴方の為のもの。有象無象の人間如きの為に尽くす為ではない』

 

 

少女は、有無を言わさぬような強さで話す。自身の言葉が確実に正しいと、間違っていることなど有り得ないというように。

 

 

 

『そうした所であるのは破滅。貴方が望まぬ事を続けても、貴方が救われる訳ではない。塵芥のような人間どもは、貴方をいずれ恐れ、排斥する。かつての主、シグルドのように』

 

 

否定しない、否定できない。

この光景に怒りを燃やした剣には、彼女の言葉を拒絶することはできない。

 

 

 

『────今一度、貴方に問う』

 

 

疑問が生じる。

 

 

『この世界は、貴方が護るべき価値があるのか?貴方が命を賭けて、人ではなくなってでも護る価値が?』

 

 

ならば、俺は────何の為に、あの世界から逃げたんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が暗転する。

どうやら現実へと戻ろうとしているのだろう。黒き少女の姿が闇へとかき消える。そして無空剣の意識も消えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、見えた。

暗転する闇の合間。音楽に刻まれた雑音のように、世界と世界の狭間、その中に居座るモノが。

 

 

 

暗闇の中に隠れる、禍々しい龍。見覚えのある魔剣グラムを胸に突き立てられた異形のドラゴン。それは六つの赤光を輝かせながら、此方を見据えていた。

 

 

 

────待っているぞ、と邪気を隠すこと無く嗤いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────は、っ」

 

 

飛び起きた時には、全身から汗が噴き出していた。あまりにも異様な出来事だった。現に剣の顔は真っ青で、今にも気を失いそうな程に不安定だった。

 

 

顔を覆う手に力が入る。握り潰さんとまで腕に力が込められたが、自身がいる場所がメディカルルームのべっどであることに、現実に戻ったことに気付く。

 

 

「…………落ち着け、冷静になれ。まずは状況を整理しろ」

 

 

深呼吸を繰り返し、気分を静める剣。次第に平静へと戻り、密かに安堵した剣は────すぐに脳を回転させる。

 

 

 

響の過去、黒き少女、そして禍々しき龍。

 

響の過去については後で考える。問題は彼女が一体何者なのかという事。あの少女は無空剣の意識内に存在していた。そんなものが人間である筈がない。

 

 

一番重要なのは、あの龍だ。

アレを見た瞬間、ようやく思い出した。前に剣の意識が途切れる瞬間、あの龍の存在があったのだ。そして何故かその間、意識が響の記憶を彷徨っていた。

 

 

 

何より、アレは危険なものだ。

存在自体が災いそのもの、ノイズと同じ────純粋な破壊ならば、それよりも上だろう。何故、剣があの龍を眼にしたのかは分からない。

 

 

だが、何が原因かは大体予想はつく。

 

 

 

「『魔剣計画(ロストギア・プロジェクト)』、奴等は何を企んでいる……?俺は、魔剣士は何だ?序列は、何の為に選び抜かれた?」

 

 

既に離反したとされるエリーシャの反応からして、奴等はまだ活動している。表向きには沈静化しているが、エリーシャや刹那の発言からして、本命の組織が裏で糸を引いていたのだろう。

 

 

エリーシャが本来の復讐目標であるが、奴等も倒すべき敵には変わりはない。いずれ現れればこの手で滅ぼすことは決定事項だ。

 

 

やる事は多いな、そう思っている瞬間、うぅん………と声が聞こえた。

 

 

「………響」

 

「…………あれ、剣さん………?」

 

振り向くと、横のベッドからゆっくりと響が起き上がっていた。彼女も自分と同じ、手術服な事から安静にしてるように休まされていたのだろう。

 

眠気を覚ますように目元を擦っていた響だが剣の姿を見ている最中、あ、と声を漏らした。

 

 

「剣さん!大丈夫ですか!?えっと………背中の傷とか!」

 

「?背中の傷か?」

 

慌てて飛びついてくる響を制しながら背中を確認する。傷はない。跡すら残らないのはロストギアの自己治癒能力の賜物だろう。

 

だが、響の言う『背中の傷と』いう言葉から、薄らいでた記憶が鮮明になり始めてくる。覚えているのは、シオンから響を庇っていた時のものと、覚悟を決めてフォース・ギアを纏った瞬間までの記憶。

 

 

「俺は、あの時─────」

 

 

 

その時、存在しない筈の記憶が流れ込んできた。

 

 

 

 

『────────せん、ぱ───』

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 

込み上げる吐き気に、剣は自分の喉を強く掴む。本気で引き裂く事も厭わない程に力を強める。むしろ、そうしてしまいたい。

 

 

本来、暴走した時の記憶がないのが当たり前だ。かつて、響がデュランダルによって暴走した際、その時の意識も記憶もなかった。

 

だが、剣の場合は違う。

フォース・ギアの暴走は膨大な力による強制的な暴走ではない、魔剣グラムからの膨大なエネルギー供給の負荷として精神が狂化される。本人の心の内の負の感情が増幅させられ、意識自体を暴走させる事なのだ。

 

 

故に、記憶は残る。

一時覚えてはいなかったが、響の言葉から剣は暴走時の記憶を思い出した。

 

 

暴走した自分が、シオンを殺し掛けた事、そしてあろうことか響達にすら手を出した事を。

 

 

「剣さん!?」

 

酷く追い詰められた様子の剣に、響は声を大きくして叫んだ。そして困憊したように異様な状態の剣を宥めるように、彼女は話す。

 

 

「大丈夫です!剣さんは誰も殺したりしてません!シオンさんは傷つけちゃってましたけど!あの時の二人が連れていってくれたから、きっと助かってますよ!だから───」

 

 

 

「………違う、違うんだ。響」

 

 

弱々しい声で否定する。顔を覆う手が、自身の弱さを仮面のように。

 

 

「あの時の俺の言葉は、憎悪は全て本物だ。俺が心の奥底で、抱いていたものだ」

 

「そ、それって………」

 

「フォース・ギアは俺の負の感情を増幅させた。だが、無いものは増やせない。増幅できたのは、確かに存在していたからだ。あれは、俺の本心だった」

 

 

支離滅裂な言葉の数々。あらゆる全てを殺し尽くさんとする怨念。それら全て事実、無空剣が生じた想いだ。

 

 

負の側面だけを倍増されたとて、それを眼にした本人からすれば現実を見せつけられたようなものだ。

 

 

「昔の俺は、この世界に来る前の俺は荒んでいた。自分や同じ魔剣士以外の全てが憎く、そして嫌いだった」

 

 

それは独白であり、告白でもあった。

 

己の愚かさを嘆き、後悔を残した者が懺悔室で伝えるような、罪を自覚したような話。

 

 

「ある集落でテロリストから子供を助けた時、その子の兄弟から石を投げられた。『妹に触るな、化け物』と。それを聞いた時、俺はなんて思ったと思う?」

 

「………」

 

「失望だよ。俺はお前達を助けたのに、何でそんな風に言われなきなゃならない?と。また集落が襲われた時、俺は無視しようとした。あんな奴等、好きにすればいいと」

 

 

そのせいで、親友は死んだ。

彼等の持つ対魔剣士兵器によって、殺された。だが、真に殺したのはその兵器ではない。駆けつけることが出来ながら、またそんな風に思われるならと見捨てた剣本人なのだ。

 

 

「タクトが死んでから、心を入れ換えた気でいた。今度こそ人の、己の善意を信じると、俺自身の意思で人を守ると。だが、これが俺の性根らしい。この期に及んで証明されたよ」

 

 

全部が憎い。

『魔剣計画』の人間が、総統も幹部も、研究者も下っ端も、その関係者すら、ただひたすら憎かった。

 

あの暗い檻の中で無空剣は全てを殺し尽くすと憎悪を剥き出しにしていた。『魔剣計画』に関わる全てを、この手でぶち殺すと。

 

 

その中に、彼が殺そうと思っていた全てに、何人無関係な人間がいたのだろうか。その家族すら殺そうと考えていた自分は、どれだけ堕ちた存在なのか。

 

 

だからこそ、魔剣士と名付けたのか。魔の側面にいる、堕ちた者だから。

 

 

「何が、使命だ。結局俺は、自分勝手だった。復讐を、仲間を殺された怨みを、彼等の望むことだと決めつけて正当化していた……………俺の復讐を、俺だけが望んでるものじゃないと否定していた。

 

 

 

本当は自分が奴等を許せないから、全てを恨んで、全てを殺そうとしていた。それなのに────」

 

 

自分の掌を、肉体に組み込まれた欠片を見下ろす。この力は、きっとそんな剣の本心を見抜いていたのだろう。だからこそ、あのように言ったのだ。己に従い、全てを殺せと。

 

 

己の失望が、ひきつった笑いとなって溢れる。しかし、自身の手を見下ろしていた剣の前で、響が両手を伸ばす。彼の手を優しく包んだ。

 

 

「…………響?」

 

「……剣さんの事は、よく分かりました」

 

 

彼の想いを知った響はそう答える。しかし彼女の顔に無空剣への軽蔑や失意は存在しない。むしろそんな彼を受け入れるような慈愛が溢れていた。

 

 

「誰かが憎いのも、許せないのも悪いことじゃないと思います。けど、剣さんの怒りは…………自分勝手なものじゃないと思います」

 

「…………違う、そんなの」

 

 

あの憎悪は本物だ。あの激情は本物なのだ。

自分勝手でなければ何なのだ。死者の気持ちを理解した気で彼等の意思を代弁したつもりで、怨讐を口にしていた自分は。

 

 

確かにそうかもしれない。しかし、響に言える事実がある。

 

 

 

「────だって、剣さんは道を踏み外さなかったじゃないですか」

 

 

 

そうだ。

どれだけ自分以外の全てが嫌いでも、憎くても、彼はその怒りに食い尽くされることはなかった。あらゆる者に向けたかった怒りを、憎悪を、他者に向ける事はせず、守り続けてきた。

 

亡くなった親友の願いを、意思を引き継いだ彼は、ずっとそれを貫き通してきた。本気で怨嗟のままに暴れる事はなかったのだ。

 

 

「自分以外の誰かが嫌いになっても、剣さんは人を傷つけようとしなかった。それどころか、皆を助けてくれたんですよ。私や未来や、翼さんやクリスちゃん、皆を」

 

「───それでも、この憎悪は消えなかった。どれだけ人を助けても、どれだけ正しくあろうと、奴等への憎しみが消える筈がない。もし、また暴走したら────」

 

「その時は!私達が止めます!!何度でも!今まで剣さんに助けて貰ったようにッ!」

 

 

強い、決意の表情を浮かべ、そう告げる響に、剣は思い知らされたようだった。両目を閉ざし、自身の考えを改める。

 

 

 

──俺は響に、ここまで言わせているのか。そう思うと、自身への呆れが浮かぶ。弱気になっていた自分の愚かさが、嫌になる。

 

 

どうやら自分では気付けないほどに精神的に追い詰められていたらしい。だが、自覚さえすれば問題はない。

 

 

 

「…………すまない、迷惑をかけた」

 

 

頭を下げる剣。最近は醜態ばかりだ、と自嘲しそうになるが、今はそんな気持ちなど捨てておく。

 

 

「お陰で、気が楽になった。ありがとうな、響」

 

 

少しばかり吐き出したことで、落ち着いた。全部を飲み込めたわけではないが、響達にこれ以上迷惑をかけるつもりは更々ない。

 

 

響は大丈夫、と笑顔で答えてくれた。そんな彼女の優しさに弱気だった心が晴れていく。

 

 

だが、その瞬間。普通の人よりも優れた剣の眼が、何かを捉える。思わず、口に出ていた。

 

 

「───響、胸の傷」

 

「え?こ、これですか?どうしたん────あれ?」

 

 

胸元にある傷痕に触れた響だが、傷痕から何かが剥がれ落ちた。拾い上げた時には、それがかさぶたである事に気付く。

 

 

「あはは、かさぶたですね。綺麗に取れてますよ────」

 

「悪い、響。少し触るぞ」

 

「え────ひゃっ」

 

 

安堵したように笑う響だが、思わず可愛い声を漏らす。忠告した剣が、響の胸元に触れていたのだ。より正確には、ガングニールの傷痕に触れているのだが。

 

 

「…………あの、剣さん…………少し、恥ずかしいですよ?」

 

頬を赤く染めながら、戸惑う響は言う。剣の指先が傷痕をなぞるように彼女の肌を伝う。くすぐったいのか、彼女は口から漏れそうになる声を抑えるので必死だった。

 

 

 

一方で、剣の顔は険しくなる。深刻そうに、傷痕に指先を添えた。指先から肌の奥側に感じ取る波動、心臓の脈動とは違う、伝播してくる力の波。

 

 

「─────やはり、これは」

 

 

 

 

 

その瞬間、扉が開く。それと共に駆け込んでくる足音が聞こえてくる。焦ったような声と共に。

 

 

 

 

「無空!立花!目覚めたか──────」

 

「やっと起きたのかよ!心配させやが─────」

 

「響!剣さん!大丈夫ですか──────」

 

 

しかしその声は途中で途切れた。ん?と振り返ると、入り口からすぐの場所で翼達が立ち止まっていた。呆然と、硬直する彼女達の様子を怪訝に思っていたが──────

 

 

 

「─────あ」

 

全てを理解した剣の顔から生気が抜ける。今、剣は響の胸元の傷に触れていたのだ。しかしその状況は、別の光景に見えないか。

 

 

そう、響の胸元に指を突っ込もうとしている姿に。何処から見てもセクハラでしかない。

 

 

 

「…………全然目が覚めねぇから心配してたのに、馬鹿相手に何をしてやがんだ…………?」

 

「─────響に、何をしてるんですか。剣さん」

 

 

 

 

 

あ、これは不味い。全身の神経が悲鳴をあげ、警戒信号が凄まじい勢いで鳴り響く。だが、既に手遅れであった。

 

 

 

 

 

「ま、待て!三人とも!これには事情が────」

 

 

「問答無用ッ!!そこに正座(すわ)れ無空ァ!!!」

 

 

弁明の余地すらなかった。修羅となった翼を筆頭に、クリスと未来が剣へと凄まじい剣幕で詰め寄る。最早どうしようもない、完全な詰みを理解した剣は口を閉ざし、数秒の時間で床へと正座をして待ち構えた。

 

 

 

 

 

 

三人の少女達からの説教から数十分。

後から駆けつけてきた弦十郎が状況に困惑していたが彼女達を宥めてくれたことで何とか事は収まった。

 

 

事情を話した際には、困ったように笑われ、『あまり誤解させるなよ』と軽く注意を受けた。この件に関しては純粋に反省する。

 

 

その後、すぐに剣は司令に申し出た。今回の件でミスを起こしたのは自分だと、エリーシャを図り損ねた事、あろうことか暴走して迷惑をかけた事、その責任は取ると。

 

 

 

だが、司令と通信に出てきた博士の返答は彼の意向に応えるものではなかった?

 

 

「いや、君のせいではないさ。むしろこれは俺達の責任だ。エリーシャ、奴の悪辣さを読み違えていた!奴の悪意を理解した気でいた結果、君を追い詰めるような形になってしまった!」

 

『………悲嘆する必要はないだろう、風鳴司令。あの男は人でなしだ、ちゃんとした人である貴方にそこまでの責任はない。化け物の心など人には読めまい?人の心から外れたあの男が全ての元凶、悪いのは全部あのクソヤロウだよ、オーケー?』

 

「───だが、責任を取らない訳にもいくまい。博士も承諾してくれていたからな。ならば腹を決めるのみだ。俺は今月の給料を全カット、博士は今月の趣味の自粛でどうだろうか!!」

 

『え』

 

 

心の底から絶望したような一言が漏れる。アイドルやライブを趣味として好む博士としては地獄のような決断であった(自分から言い出したので悪いは博士だが)しかし博士も責任を感じていたのか、………腹を括るかと諦めたように受け入れた。

 

 

最早自分が責任を負うという話ではない。潔く諦めた剣は深く溜め息を吐き、

 

 

「………いや、そこまでしなくて良いですよ。それよりも、この場に来たのは責任追求の話じゃあ無いでしょう。最も重要な話があるからでしょう」

 

 

そう言いながら、チラリと小日向未来を見た。彼女自身に何かある訳ではない。ただ彼女が呼ばれていること自体が重要なのだ。

 

 

「ああ、この話は他でもない、響君の状態についての話だ」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

それから、数時間後の話。

 

 

 

夜の街。

人の気配が少なくなった町中を、見つからないように配慮しながらも駆け出す者がいた。

 

 

 

小日向未来。

シンフォギア装者を親友に、最強の魔剣士を知り合いに持つ彼女は夜闇の中を必死に走っていた。誰にも悟られないように警戒しながらも、急ぐ気持ちを焦らせながら。

 

 

経緯は、少し前の話になる。

二課の基地から出たあと、寮へと戻ろうとした彼女の元にとある事が起きたのだ。

 

 

『………?メール?』

 

携帯を開くと、一件のメールが残されていた。未登録の番号、そもそも携帯の番号ですらない、複雑な数字の羅列。

 

件名には、たった一つの単語が記されていた。

 

 

─────『立花響』

 

 

 

『っ!!』

 

瞬間、あらゆる不安と警戒が消えた。躊躇いはあったが、すぐにメールの中身を確認した。中にあったのは長文ではなく、むしろ内容として少ないものだった。

 

 

 

【今日の0:00、南方面のコンビナートに来い。立花響を助けたければ】

 

 

たったそれだけであった。

時間と場所を復唱する未来の目の前で、突如メールが消去される。慌ててゴミ箱や他のフォルダを確認しても、そのメールは存在すらしていなかった。証拠を自動で消すように、跡形もなくなっていた。

 

 

 

普通ならば無視してもいい事であった。だが、状況が違う。小日向未来は少し前に、ある事実を知らされていた。だからこそ、この件に干渉することを選んだのだ。

 

 

一抹の希望、可能性を願いながら。

 

 

 

「はぁ……っ、はぁ………っ、着いた………」

 

 

目的の、コンビナートへと辿り着く。無数の機械や建物が並ぶ場所とは違い、大きな広場へと踏み込む。

 

 

 

 

その瞬間。

暗闇の中から声が響いてきた。何処からか分からないが、声音の大きさからすぐ近くにいるようであった。

 

 

「─────15.06秒早い。まぁ、この話を無視は出来ないよな。急くのも当然か」

 

 

声の方向を見ると、積み上げられたコンテナの上からしていた。何もないと思われていた暗闇の空間が、霧のように歪む。

 

 

現れたのは、ロングコートの薄い金髪の青年であった。

クルクルと、彼を中心として円を描いていた十個の球体。それは青年のロングコートの両肩にあるアーマーに格納されていく。

 

 

青年は未来を見ると、ふんと鼻を鳴らす。地上から十メートルもあるコンテナから飛び降り、難なく着地する。

 

高所から降りたのに怪我すらしてない。何より、あの装備。普通では有り得ない未知のテクノロジー。

 

 

「…………貴方は───」

 

「如月刹那。無空剣と同じ魔剣士、今はそれで充分だろ」

 

 

如月刹那という名前は知らない。それでも、無空剣と同じ人間離れした魔剣士である事は教えられた。そして、彼がルナアタックの際に、創世達を助けた青年であることにも気付いた。

 

 

しかし、今言うべき事は決まっている。小日向未来は戸惑いながらも、覚悟を決めたように問うた。

 

 

「響を助けられる話は、本当なんですか?」

 

「そう急ぐな。すぐにどうにか出来る話じゃない」

 

 

否定することなく、刹那は軽く諌める。

つまり、だ。この男は知っているのだ。前々から立花響が死ぬと気付いていたからこそ、彼女を救える方法を知っているのだろう。

 

 

 

 

「まずは確認だ────お前は知ってるな?立花響がもうすぐ死ぬことを。かつて胸に受けたガングニールの欠片と融合が進んでいることを」

 

「………ッ」

 

「そして、立花響を救う方法があることを。先程メールで伝えたようにな──────そして、重要なのがお前であることも」

 

 

息を呑む未来に、刹那は平然と告げる。指を突きつけられた彼女は不快感を示すこと無く、ただ両目を閉ざした。

 

 

 

思い出されるのは、少し前の過去の話。二課の本部で告げられた残酷な事実。

 

 

 

立花響。彼女の親友の身を蝕む状況についてだった。




無空剣の中にいる人達


歌姫No.1

剣さんの魂に定着してる歌姫、シンフォギア装者 天羽奏の魂。通常の魂とは違う異物判定をされており、普通に存在してられる。一話前の剣さんを止めたのもこの人。


黒き少女

無空剣の中にいる謎の存在。彼に呼び掛け、彼に自身の力の使い道を問い質している。剣に会えて嬉しそうだったが、その後の現実の展開を見せられて絶賛不機嫌。



禍々しき龍


───『情報規制中』────






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蝕む欠片

多分クオリティが下がってるけど許して………許して………他のネタが降り注いでくるの………(必死の言い訳)


『それでは、このノワールから話をさせて貰おう』

 

 

特異災害対策機動部二課のメディカルルームにて、ベッドに座る響と剣、そして翼とクリス、未来、司令に緒川────最後に、ノワール博士その人であった。

 

 

まずはこれを見て貰おう、と博士は画像をモニターに展開する。体内にある異常を示したであろう響のレントゲン、彼女の胸元に画面は固定されており、そこから伸びた複数のラインには様々な映像が提示されていた。

 

 

『戦闘データと響クンの身体検査から確認するに、響クンの融合症例が進行してるね。危険までとはいかないが、それでも見過ごせないラインまで』

 

 

誰もが息を飲む最中、未来だけが詳しい話を理解できずにいた。無理もない。彼女は二課の協力者だが、あくまでもサポートする側だ。何より、専門的な話など最初から聞かされていなかったのだろう。

 

 

最初は長々と説明しようと考えていたノワールだが、そこまでしている余裕も時間もないと判断したのか、簡潔に言う。

 

 

『分かりやすい所、剣クン達魔剣士と同じ感じさ』

 

「………剣さんも、響と同じなんですか……?」

 

「まぁな」

 

 

否定せず、彼は右目と左手の甲を見せつけた。肉体の一部として存在する濃い紫色の結晶───魔剣グラムの欠片を。

 

 

 

「だが俺達はあくまでも魔剣に選ばれている形だ。魔剣自身が望んだ担い手にして、ある種の器だ。魔剣は俺達適合者を生かし続けなきゃいけない、人として、担い手としてな」

 

「魔剣が、人を選ぶ………」

 

 

まるでファンタジーそのものだろう。だが、それが理由で何万人も死ぬ理由になったのは誰でも察せられるだろう。無理矢理の適合実験とそれに対する魔剣の拒絶、仲間達を殺したのは奴等【魔剣計画】でもあり、無空剣の体内に組み込まれた魔剣でもあるのだ。

 

 

 

「それに、魔剣士は融合を高めることで強さを発揮している。一時的に融合深度は深まれど、人体に大きな負荷はない。ロストギアは戦闘兵装でもあり、魔剣の融合を制御する装備でもある。人体改造も、それが理由だ」

 

 

『だが、響クンは違う。響クンは生身の人間であり、剣クンのように人工脊髄や金属骨格を組み込まれている訳でもない。だからこそ、魔剣士でも制限された以上の融合を行えてしまった』

 

 

それ故に、肉体を蝕んでいく融合を止めることは出来ない。人の身を兵器として定められるまでに改造された事が、人を止める程の融合を押さえる役割になっている。

 

 

何て話だ、と剣は思わされる。

非道を通り過ぎた悪逆の組織の所業により、自分は魔剣との融合から救われていた。そして、彼等の悪意とは無関係である少女が、聖遺物に飲まれていく事になるとは。

 

 

それでも、彼等の事を赦すつもりはない。

 

 

『聖遺物との融合は強力な力を解き放つ。それは魔剣士がよく示している。だが、彼等でも今現在の響クン程の力までは設定していなかった。理由は明白だ。

 

 

 

彼等でも、深層融合の効果は未知数であった。未知数だからこそ、彼等は深層融合を不要だと断じた。何が起こるか分からない、そんなものは兵器に必要ない。確実な強さと安定さを求め、不確実性を恐れた』

 

 

奴等がそのように仕組んだのは、あくまでも魔剣士という兵器の安定さを求めただけに過ぎない。暴走や副作用、予測できないものに期待などかけない。

 

 

どれだけ強くなろうと確実な強さでなければ意味がない。未知数な効果を有した力など、兵器には無意味だ。そんなもの、誰も使わないだろう。暴走するかもしれない、数字で説明できない代物なぞ。

 

 

 

『つまり今の響クンは、瞬間的な火力であれば魔剣士すら凌駕する状態という訳さ。ただし、聖遺物との更なる融合を以てね。今はまだ大丈夫だが、また莫大な絶唱クラスの出来事があれば彼女は死ぬか或いは聖遺物へと─────』

 

「───ッ!博士!」

 

 

死ぬ以外に響に起こる異常。

鮮明にされていないその言葉が何を意味しているのか、分からない者はいない。

 

それ以上言ってはならないと、翼が鋭い声で張り上げる。博士もすぐさま気付き、『………すまない』と口を閉ざす。

 

 

言葉にもならず、胸元に手をなぞらえる響に、未来が寄り添う。どうにもならない怒りを何処にも向けることができず、クリスは近くの設備を蹴る。そんな最中、ベッドに腰掛け、額を押さえる剣はずっと俯いていた。

 

 

首を上げることもなく、俯いたままの剣がノワール博士へと問い掛ける。

 

 

「博士、響を確実に助ける方法は?」

 

『────現状、確実性のある対抗策はない。私がやれると言っても、治療くらいだ。必要なのはあくまでも融合を引き伸ばす……………つまり、響クンにこれ以上シンフォギアを纏わせない事に限る』

 

「……なるほど、な」

 

 

何を思ったのか、剣はそれだけで引き下がった。口元に込めていた力を僅かに緩め、落ち着きを取り戻したように気を静める。

 

 

博士はふむ、と呟きながら、司令へと告げる。

 

 

『風鳴司令、それで構わんね?』

 

「…………ああ、無論だ。響君を無理に戦わせるつもりはない。危険であるなら尚更だ」

 

 

弦十郎も、当然という風に言い切る。

それでも現状を長引かせるだけに過ぎないのは事実。だが、彼女を助けるにはそれしかないのだ。

 

 

「響も、問題はないな?」

 

「…………はい、分かってます。けど………」

 

 

声をかけられた響は、迷ったように自身の掌を見つめる。剣は僅かに微笑みながら、彼女の頭を軽く撫でる。

 

 

「安心しろ。武装組織Fineの奴等も、響の事も、俺達が何とかして見せる。だから、今はゆっくりと休んでてくれ」

 

 

響は恥ずかしそうにしながら、確かに頷いてくれた。そして横に座る少女に視線を向ける。

 

 

「小日向未来、済まないな。俺が、俺達がいてこんな事になって」

 

「………」

 

 

深く頭を下げる青年に、未来は文句すら言わない。絞り出すように出てきたのは、心配の言葉であった。

 

 

「剣さんこそ、大丈夫なんですか……?背中の傷も、シオンさんの事も………」

 

「────聞いてたのか」

 

 

誰が話したのか、と細めた眼で周囲を見渡す。犯人はすぐに分かった。映像に浮かぶ博士が『すまんね』と肩を竦めていた。過去の事など気にしている場合ではないか、と剣は頭を掻く。

 

 

「傷は大丈夫だ。まだ少し跡は残っているが、治癒するから問題ない。─────シオンも、覚悟は決めた。大丈夫だ」

 

「…………」

 

「響は必ず助けてみせる。俺達の手で」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

『さて、ここからは真剣に今後の話としようかね』

 

 

小日向未来がいなくなり、少し経ってから。

ホログラムの博士はしたり顔で二課の面々にそう告げた。

 

 

やけに余裕な博士の一言に、翼は疑問を投げ掛けた。

 

 

「今後の話………?それは一体」

 

「響の胸のガングニールを何とかする方法、だろ?博士」

 

 

そう答える剣に、響達が驚いたように振り返った。一人だけ博士の真意を汲み取っていた剣は博士に次の対応を求める。博士も、同調したように口を開く。

 

 

『まぁね。私は言ったろ?確実性のある対抗策はないと、それは事実さ。だが、可能性を信じた対抗手段ならあるがね』

 

 

言うや否や、博士は大型モニターの画面を別のものへと切り替える。無数のデータファイル。その中から抜き出したのは、とある山の写真であった。

 

では、始めるよ? と博士が言う。

 

 

『十年前、皆川山にて活動していたとある聖遺物採掘チームがノイズによって殲滅された。生き残りはただ一人、採掘チームの家族として同行していた少女だ。名を、天羽奏という子だね』

 

 

ノワールの発言に、響と翼、弦十郎達、そして剣が反応する。響と翼は息を飲み込み、剣は誰にも悟られないように眼を画面へと向けた。より正確には、画面の映る少女の姿に。

 

 

『この事件の結果、彼等が発掘した聖遺物は行方不明。現場の状況報告から彼等が発見した聖遺物は存在していた事は明らかだね。綺麗さっぱり、その情報は消し去られていた』

 

 

無空剣の脳裏には、記憶がある。

己が体験したものではなく、そもそも別の人間の記憶。その記憶の最初の方に、未だ幼かった天羽奏とその家族が存在していた。

 

 

 

『しかし私が米国の機密ネットワークにハッキングした時、面白いデータを確認したので引き抜いておいた。何故か分からないが、その採掘チームが採掘した筈の聖遺物があったのだよ。不思議だねぇ?』

 

「………」

 

 

大方、奪われたのだろう。

ノイズによる襲撃はソロモンの杖である可能性が妥当ではあるが、その時にはソロモンの杖はまだ起動してすらいない。つまりその事件は人為的な事故であったことを意味する。

 

 

人の命が失われた事よりも、聖遺物を手に入れる事を優先させる。命を軽々と扱うそのやり方は、どの世界でも変わらないのか。

 

 

問題は、その奪われた聖遺物だ。

無関係な代物を、今掘り返す意味があるとは思えない。その聖遺物が、響を助けることが出来る以外には。

 

 

 

モニターの画面に、その答えが映し出される。

 

 

 

『その銘を、「神獣鏡(シェンショウジン)」』

 

 

太古の遺物のような鏡。

しかしあらゆる光景を照らし出す鏡としての反射面は存在しない。はるか昔の人々が、その名の通り神に関する儀式で使うようなものだ。

 

 

何より、割れたように砕けている。それでも尚、保管されている事は、まだ効力が健在であるという証明か。博士はそれを指差しながら、自信満々に告げた。

 

 

 

『それこそが、今回の目当て。響クンを助けることの出来る最後のキーでもある』

 

 

 

 

「質問、良いですか?博士!」

 

『うむ、病み上がりなのに元気だね響クン。ではどうぞ』

 

「そのしぇん………何とか?って聖遺物はどんなものなんですか?」

 

 

響の疑問に、よくぞ聞いてくれたと微笑みかける。数字の羅列やグラフが適用されたデータを映し出しながら、博士は説明を続ける。

 

 

『「神獣鏡(シェンショウジン)」の効力としては、分かりやすい話、ステルスだね。我々の索敵にすら反応しなかったのもこの聖遺物が理由だろう』

 

 

 

「────あの時のステルスか」

 

 

剣自身、何度も体験はしている。

二課の索敵や無空剣の高性能のセンサーすら掻い潜る程の隠密、透過は───やはり推測通り、聖遺物によるものであった。

 

 

(だが、聖遺物だと分かれば対処は容易い)

 

 

第二、第三の可能性────エリーシャの手によるものか、聖遺物でもない異端の力ではなくて安堵した。聖遺物よる能力ならば、どうにかする事も難しい話ではない。

 

 

 

現に、あのステルスを突破する方法が思い付いた。

 

 

 

『「神獣鏡」の真の強さは─────凶祓いにある』

 

 

思案していた剣も、博士の言葉によって意識を戻される。それを知ってか知らずか、聞き逃す事が出来ない話が流れてくる。

 

 

『日本でも昔からあるだろう?鏡は神聖な儀式に使われる代物、魔に由来するものもある中で、「神獣鏡」は最高の対魔と言うべきものだ』

 

 

『詳しく説明するのであれば、聖遺物の無力化。「神鏡鏡」は魔を祓う鏡、その光はあらゆる魔を、聖遺物の力を打ち消すらしい』

 

 

────ようやく求めていた希望が、明かになった。まさか今まで上手いこと自分達から逃げ続けてきた聖遺物が、今になって重要になるとは思わなかった。

 

 

だが、そう理想的な話ではない。

 

 

 

「となれば、奴等から『神獣鏡』を譲渡して貰う必要がある、か──────」

 

「………率直に言って、期待は出来ん。連中にとっても『神獣鏡』は大事な代物だろう。それが無くば俺達や米国に見つかるだろうからな」

 

「じゃあ!奴等をブッ飛ばして手に入れるって話か!」

 

 

顔をしかめる剣と眉間の皺を深める司令に、分かりやすいとクリスがやる気を漲らせる。沈黙を貫く翼も覚悟を決めたようであった。

 

 

 

「…………………」

 

「剣さん……?どうしたんですか?」

 

 

対して、未だ鋭い目つきの剣に、不安そうに響が顔色を伺う。何かを睨み付けているように見えるが、実際に何があるのかは分からない。

 

 

響からの声に剣は………いや、気のせいだ、と返す。

 

 

「………そうだな。だが、気を付けるべきだろう。奴等にはまだシオンと、エリーシャの存在がある。前者は俺がどうにかするにしても、後者は難しい」

 

 

そう言いながらも、彼は眼に宿る敵意を完全に消し去らなかった。彼の視線の先、部屋の天井近くにある排気ダクト。生き物すら入り込めないであろう空間の奥底に、彼はあるものを見つけていた。

 

 

 

───此方を覗き見る、金属の眼を。

 

 

 

◇◆◇

 

 

そして、今に至る。

 

 

「────それが奴等の目標だ」

 

 

刹那の口から語られたのは、未来にとっても信じられないようなものだ。なんせそれが二課の今後の目的に関する話だったからだ。

 

 

何故、自分にその話が伏せられたのかと思う。

もしかして単なる協力者として区別され、未だ認められてないのかという不安も過る。だが同時に、彼等はそんな風な人達じゃないという気持ちも湧き出る。

 

 

内側に増幅し出す様々な不安を隠すように、未来は刹那へと聞く。

 

 

「どうして、その事を………?」

 

 

「生憎、眼と耳の代わりがあるからな」

 

 

彼はアッサリとそう答えた。両手の指をパキパキと鳴らし、そう呟くが、詳しいことを話そうとはしない。己の力までは軽々しく話すつもりはないという事だろうか。

 

 

 

 

 

「だが、奴等の目論みは叶わない。『神獣鏡』を用いたとしても、立花響の身を蝕むガングニールを取り除くことは出来ない」

 

冷徹に、達観した第三者として刹那はそう嘲笑する。刻まれた笑みには他者を侮蔑するような負の感情はない。全てを理解した者の、諦めたようなものだ。

 

 

 

「どうして、そう言えるんですか」

 

「出力不足だ」

 

 

答えはやはり、一言で説明できるような単純なものだった。

 

 

「あの鏡単体は当然として、機械で補ったとしても聖遺物を取り除くまでには至らない。至ったとしても、それは不完全なものだ。お前とて分かるだろう?シンフォギアやロストギアが良い例だ。いくら効果があれど機械で引き出せる力には制限がある」

 

「………それじゃあ、響は」

 

「言っただろう、お前がキーだと」

 

 

助けられない、と絶望を前にする未来に、刹那がそう言い指を突きつける。

 

 

それだけで、未来は動けなくなった。死を錯覚させるような威圧感が彼から発されている。普通であれば呼吸も干上がってしまうような感覚。

 

 

身動きも取れない未来を、更に困惑させるような事を刹那は告げた。

 

 

 

 

 

 

「『神獣鏡』のシンフォギア、お前がそれを纏え」

 

 

息が止まる感覚であった。絶句して言葉も出ない未来に、刹那は余裕の笑みのまま話し始める。

 

 

「単なる聖遺物本体で無理ならば、歌を力としたシンフォギアならば可能だろう。簡単な話だが、これが一番効果的だ」

 

「……でも、私はシンフォギアを……」

 

「纏えない、か?どうだろうな。お前はリディアンの真実は知らないだろう────あそこの生徒は、シンフォギアの適合者を選ぶために政府が引き抜いた奴等だ。引き抜かれたからには適合率は僅かにもある……………無論、お前にもな」

 

「…………」

 

「それだけじゃない。かつて二課にいたシンフォギア装者 天羽奏、奴もお前と同じ適合率が低い人材だった。しかし特殊な薬品───『LINKER』を用いた結果、命を削りながらも装者へとなった。…………どうだ?これが俺の考える、お前が装者になれる理由だ」

 

 

どうやら、刹那は本気で未来を装者にしたいらしい。

余裕に満ちた笑みの割には真剣かつ鋭い眼光を向けながら、未来の返答を待っている。

 

 

噛み締め、迷い────ふと、未来はある疑問を投げ掛けた。

 

 

 

「私が、この情報を、貴方の事を二課に話すとは思わないんですか?」

 

 

言われた刹那はピクリと動きを止める。怒りに触れたのかと警戒し身を引き締めた未来だったが、

 

 

 

 

 

 

 

 

「────お前に、それをするメリットはあるか?」

 

 

まさか、と刹那は鼻で笑う。未来本人がそんな真似をしないと確信しているように。

 

 

「『LINKER』は命に関わる。過剰接種は死に近づくことを意味する。それは立花響の前で死んだ天羽奏本人がそれを物語っている」

 

 

ならば、それをよく知っているのは二課の一同であろう。かつてその光景を眼にした者達だからこそ、そんな真似を黙って見ているとは思えない。

 

 

 

「生優しい奴等に、お前を装者にする程の決断が出来るか?」

 

 

その優しさのせいで全てを失った者が叫ぶ。誰かを思う心を甘さとして切り捨て、一つの道へと突き進む修羅が。

 

 

「立花響を助けたいというお前の思いを優先してくれるか?………そんな筈はない。連中は甘い、優しいんだ。だからこそ、命を掛ける真似を、お前一人にやらせる筈がない!」

 

 

言い切った刹那は、自身が余裕を失いかけた事に気付き冷静さを保つようであった。

 

 

「これは提案だ、脅迫じゃあない。お前の好きなようにすればいい。お前がどう選択しようと俺は攻めることなどしない。必要ないし、その権利などない」

 

 

ならば何故自分を選んだのか、そんな問いを口にする事すら出来ない未来。彼女の心を読み取ったのか、刹那は確かに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

「大切な親友が、大切な仲間が、命を賭けて戦う姿を見て、お前は思うだろう?自分にも力があれば、と」

 

 

否定できない。出来る訳ない。

それが確かな事実、明白な答えだったから。親友の戦う姿を初めて見た時、迷っていた最中に脳裏に過ったのが、先の言葉であった。

 

 

 

───『自分にも力があれば』

 

 

 

「そう思える時点で、お前は俺の話に乗る。無視など出来ない」

 

 

あぁ、それとと、刹那が言う。

 

 

「俺がお前を選んだ理由はもう一つある。………俺は弱者が嫌いだ。弱い人間は卑怯かつ悪辣だ、法律を盾にして己の弱さを正当化するからだ。何より弱者は弱い、何も出来ないのを受け入れるしかない。強者に全てを奪われようと、それが弱さが理由になる──────だが!お前は違う!!」

 

 

拳を張り裂けんまで握り締め、刹那は吼える。己の意思を、隠すことなく解放するように。

 

 

「お前のように誰かの為に戦いたいという強い心を持つ弱者だけは別だ!そういう奴は嫌いじゃない!むしろ俺はお前を一目見た時から気に入った!だからこそ、お前にもチャンスを与える!かつての俺のように、己の手で未来を切り開く覚悟があるのならば、な!!」

 

 

盛大に情動を口に出したことで落ち着いたのか、刹那は深呼吸をする。未来に信頼と……僅かに籠められた羨望の眼差しを向け、

 

 

 

「悔いのない選択をしろよ、小日向未来。同じ力を求める弱者として、お前には期待しているんだ」

 

 

その言葉を最後に、刹那はその場から消え去った。跳躍した事はかろうじて分かったが、その姿までは認識できなかった。

 

先の話を噛み締めた未来はこの場で結論を出そうにも出せず、早い足取りで立ち去っていった。その背には、明かな迷いが浮かんでいる。

 

 

 

 

 

積み上げられたコンテナの上で、刹那は憐憫の視線を未来へ集中させながら、独りでに呟く。まるで己に向けるように。

 

 

「───お前はまだ取り戻せる。全てを失い、残された正義すら棄てた俺とは違ってな」

 

 

夜空を見上げる刹那。薄暗い夜闇に照らされるのは幾つもの星の光。かつての記憶を連想させ────未だ過去に囚われている自分に呆れながらも、それを当然として受け入れるように闇夜へと溶け込んでいった。

 




刹那が393を誘った理由は、393の心境をある程度察してたから。393本人の意向と自分の目的のためにも利用しようと考えたのでした。



ま、信じてるのは確かですけどね。


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策略のブラックナイト

森林地帯に潜むように隠れているエアキャリア。

聖遺物 『神獣鏡(シェンショウジン)』によるステルスが機能しており、彼女達の存在を完全に隔絶させている。故に、追跡や奇襲の恐れはない。

 

 

その内部で、マリアは静かに壁に寄りかかっていた。

 

 

「─────♪」

 

 

両目を伏せながら、彼女は優しい音色を歌声として響かせる。それは、彼女のよく知る子守り歌であった。自分自身を落ち着かせるためでもあり、隣のベッドで静かに眠る女性────ナスターシャの為のものでもあった。

 

 

 

ふと、壮年の女性の片眼が開く。

ゆっくりと身体を持ち上げる女性に、マリアはすぐに駆け寄った。

 

 

「──マム!目が覚めたのね……!」

 

「えぇ、心配をかけてしまいましたね」

 

 

涙を眼に含ませ、無事を喜ぶマリアに、ナスターシャは優しく微笑む。しかしすぐさま何かを思い出したように、顔を俯かせる。

 

 

「…………私は、あの時倒れてしまったのですね」

 

 

先の戦い、ウェル博士とエリーシャの二人の悪意により、無空剣が暴走した事件。あの戦いの直後、切歌と調をウェルの護衛に向かわせた途端、ナスターシャは血を吐き倒れてしまったのだ。

 

どうしようもない、自身を蝕む病が実に歯痒い。ナスターシャは病気に伏せている身であり、医療も携われるウェルがいなければここまで来れなかった。

 

 

脳裏に過る不安に、ナスターシャは首を振るう。そして、近くの機器を起動させ、通信を行う。

 

 

「聞こえますか、私です」

 

『ま、マム!?もう大丈夫なんデスか!?』

 

「えぇ、今は何とか落ち着いています」

 

 

通信に応えたのは、切歌であった。驚きの反応からして、調もすぐ近くにいるのはよく分かる。彼女達はナスターシャの声を聞き、驚愕から安堵へ………そしてすぐさま焦りの色を見せ始めた。

 

 

『………マム、私達が外に出向いてるのは───』

 

「分かっています、マリアの指示ですね」

 

 

説明をしようとする切歌に、ナスターシャは認知してると答えた。あの戦いの結果、ウェルが何処へと逃げ出したのは覚えている事実だ。彼がいなければ、ナスターシャの容態を安定させることはできない。

 

そして。

一息ついたマリアは意識のない青年に視線を向け、彼の名を呟く。

 

 

 

「……………シオン」

 

 

 

ナスターシャ同様、ベッドに寝かせられた青年。深く濃い色合いをした青髪と幼さの残った美麗な顔つき。そして、金属で形成されたスーツ。それを外すことは出来なかったのか、そのままにされている。

 

 

まるで人形のように、意識すら出さずに静まり返る青年の姿に、マリアはふと呟きを漏らした。

 

 

「助け出した時にはあんなに重傷だったのに………」

 

 

切歌と調が彼を助け出した時、凄惨な状態であった。全身の骨が鎧と共に砕け、頭部の頭蓋骨も破壊されていた。検査の結果、体内の臓器すら破損しているという事実が明らかになり、瀕死に近かった。

 

 

唯一、医療が得意なウェルは現場から逃げ出し、打つ手無しかと思われていたが、不可思議な現象が起きたのだ。

 

 

 

────壊れた筈の鎧が、再生を始めたのだ。何度も見た蒼銀の鎧は完全に修復させると、変形していき瀕死のシオンを治療し始めた。

 

 

助かる見込みがある事に、マリアの中で確かな安堵があった。そして、もう一つ、ある可能性がある。

 

 

シオンが兵器としての制御から解放された事だ。彼をこんな目に遭わせた間接的な元凶は、自我の無い彼を制御装置で操っていると口にしていた。あの戦いの際、シオンの意識が一瞬だけ浮かび出た事も、マリア達は確認していた。

 

 

 

ならば、だ。

無空剣は彼の支配を強制的にだが、破っていたことになる。これでもう、この青年が兵器として利用されることは────

 

 

 

 

 

 

 

『────残念ながら、それは的外れの意見だ』

 

 

人間の放つ声音でありながら、あらゆる感情が抜けたような声が、マリアの背後から響く。その声は、いつものような通信ではない。むしろその場にいる本人が声を出しているようであった。

 

 

振り返ったマリアの眼に、一人の男の姿が映る。科学者であることを示す白衣と、顔半分を占める機械の義眼。軽薄そうに見えるが、その内すら見えない程空虚な笑み。

 

 

 

それら全てを携える男の名を、マリアは敵意を以て口にした。

 

 

 

「………エリーシャッ!」

 

『おや、敵意なら慣れているが………少し驚いたよ?まさか君からもそんな眼をされるとは。まぁ時間の問題なのはよく分かってた』

 

「ふざけないで!的外れな意見とはどういう意味!?」

 

『言葉通りさ』

 

 

凄まじい怒気で迫るマリアはエリーシャの胸ぐらを掴もうと腕を伸ばすが、彼女の腕はその身体を通り抜けた。戸惑うマリアだが、目の前の男の姿が残像のように揺らいでいる事に気付く。

 

これはホログラムだ。エリーシャ本人はここにはいない別の場所で、この残像を実現させているのだ。

 

 

『あの戦いでシオン・フロウリングの鎧が破壊された。私の発言からすれば、これで彼は制御から解き放たれた………それが君の考えだろう?』

 

「…………」

 

『正解ではあるが、不正解でもある。確かに、あの戦いでシオンの制御装置は破壊された。一時的にだが、彼も支配から解き放たれた。

 

 

 

 

しかし、何時から制御装置が一つだけと言った?』

 

 

思わず息を飲むマリア。彼女の様子にエリーシャは不気味な笑みをより一層深める。彼は自身の頭に指を押し当てながら、嘲るように言い放つ。

 

 

『もう一つ、彼を操作する制御装置があるのだよ。無空剣はあの戦いでそれを破壊できなかった。…………残念だったと思うね。あと一つ装置を壊せば、彼は救えていたのに』

 

「────」

 

『まぁそもそも、制御装置を破壊したとしてもシオンは助からないがね。鎧を破壊したとしても、シオン本人の自我も元に戻らなければ意味がない。あの鎧は生命維持装置でもあるんだ。自我の消し飛んだ廃人があの鎧を失えば、呼吸も出来ずに死ぬ。…………要するに、彼等の努力も完全に無駄骨って訳さ』

 

 

どう足掻いてもシオンを助けられない。それはあまり醜悪で、悪意しかない秘密であった。一体どんな考えや思考があれば、このような残酷なやり方を思いつくのか。

 

 

マリアは唇を強く噛み締めながら、エリーシャに問い掛ける。

 

 

「そうまでして、彼を戦わせる意味があるというの……?」

 

『ふむ、君は肝心な事を知らないようだ』

 

 

エリーシャは呆れたように、溜め息を漏らす。そして、平然と己の理由を告げる。凡人が聞けば耳を疑い、世間では絶対に有り得ないであろう答えを。

 

 

 

 

『兵器とは、壊れる最後まで役に立つものだよ?それが彼等、魔剣士の本懐というものさ。その用途を果たしてあげたんだ、むしろ感謝して欲しいよ』

 

「…………ッ!!」

 

 

人の命を、命として見ない。

あくまでも兵器、消耗品としか見ないこの男に、マリアはようやく実感した。

 

 

あの青年の考えは正しかった。この外道は存在してはいけないモノだ。いずれ多くの生命を弄び、多くの悲劇を生み出す。たとえ幾千、幾万の命を犠牲にしてもこの男は顔色を変えないだろう。……………かつて、別の世界でも行ったように。

 

 

味方に向けられるものではない敵意を向けられるエリーシャは不気味な程痛快な笑みを浮かべ、背を向ける。

 

 

『ククク、どうやら相当嫌われたようだ。ここは大人しく私事に戻るとしよう────それでは』

 

 

その姿は欠き乱れると同時に、空間へと溶け込んだ。ホログラムが完全に消え去ったのを確認した直後、マリアはどうしようもない感情の波に襲われる。

 

 

 

「クッ!あの外道!!」

 

 

躊躇いなくマリアは怒りを拳に乗せ、壁を殴り付ける。単に自らの身体を痛めつけるだけだが、その痛みで怒りは少しだけ和らいだ。だが、あくまでも気休め程度だ。

 

 

膝をついて行き場の無い感情に囚われるマリアの姿に、ナスターシャは自身の胸が締め付けられる感覚を味わった。

 

 

 

(───私はこの優しい子達に、一体何をさせようとしていたのか)

 

 

ナスターシャは思い出す。

世界を救う、そう決意させて皆を引き連れたが、もう一つの真意が存在していたことを。

 

 

ずっと暗い施設の中で居続けた少女達。せめて自分が死ぬ最後までに、彼女達に外の世界を見せてあげたかった。あの時────エリーシャの誘いを受けた時は、是が非でも応じるしかなかった。それしか、チャンスがなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

挙げ句に、だ。

どんな人物かも知らぬ少年を、兵器として利用している。死ぬことも許されず、恩人である青年を苦しめる為に利用され────彼の手で瀕死に追い詰められた。

 

 

あまりにも、人道から離れた行為であった。

自分にとって大切な者を手に掛けねばいけなかったあの青年の表情や絶望の叫びは、今になっても忘れられない。

 

 

そんな事、望んではいなかった。

だが乗り越えねばならない苦行と受け入れていた。そうすることで、いつか笑える未来が見えてくると信じて。

 

 

 

 

 

(もう───潮時かもしれませんね)

 

 

 

 

その瞬間、けたたましいアラームが鳴り響く。

 

 

「ッ!何事なの!?」

 

「これは………敵襲です」

 

「そんなッ!?今もステルスを張っているというのに!?」

 

 

それは、神獣鏡によるステルスが破られたことを意味する。自分達が二課や米国からの追跡から逃げ切れていたのは神獣鏡の力が発揮されていたからだ。

 

 

マリアはペンダントを握り締め、外へと駆け出す。そんな彼女の背中を見つめていたナスターシャは、画面に映る景色に眼を見開くと、続くように照らし出されたものに息を呑んだ。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

エアキャリアから飛び出し、警報が示した場所へと向かっていたマリア。相手は自分達の痕跡に気付いているらしく、直進するように進んできている。

 

 

唯一の幸運は、相手が単独であるという事か。複数人相手では、ガングニールを纏うマリアも対処は厳しい。だが、一人であるのならば倒すことも出来るし、最低でも足止めはできる。

 

 

だが、予想はマリアが思い描く最悪の結果を的中させた。

 

 

 

 

 

「───待ってたぞ」

 

 

周囲一帯に生い茂る木々が消えた先に、少しだけの更地に、その男は堂々と立ち尽くしていた。攻撃を仕掛けてくる様子は見られない。敵襲、というよりもこの場に誘き寄せる事が目的のようにも思えてくる。

 

 

両腕を組み、待ち構えていた男は顔を上げ────隻眼を向ける。その顔や姿を、マリアはよく覚えている。

 

 

「────無空、剣ッ!!」

 

 

黒いジャケットと黒いズボン。髪以外を黒ずくめに染めた青年、無空剣が言うと、彼の隣に球体らしき浮遊体が現れた。

 

 

 

「………久しぶりだな、マリア・カデンツァナ・イヴ。そして────」

 

『ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ。聖遺物研究の専門家、米国の特殊機関 F.I.Sでも重要な立ち位置のご老人だね』

 

 

ドローンのように見えるそれは左右にアームを取り付けており、眼のようなカメラアイはマリアを────彼女の後ろに集中している。

 

 

何のつもり、と問い質そうとするマリアであったが、遮るように静かな声が後ろから響く。

 

 

 

「そこまで知られているとは……」

 

『言ったろう?貴方は重要な立ち位置にいる、と。米国は貴方達の事を血眼で追っている。ならば、そのデータくらいは所持しているだろう』

 

 

自動で動く車椅子に腰掛ける老女、ナスターシャ。木陰から現れた彼女は驚いたように言うが、ドローン───より正確にはノワール博士が遠隔操作する『ユニオン-2』は冷静沈着に答える。

 

 

突然現れたナスターシャに戸惑いながらも、マリアは庇うように飛び出す。ペンダントを強く握り締め、彼女はナスターシャに向けて叫ぶ。

 

 

 

「マム!下がって!私が足止めをするから────!」

 

「不要です。彼が出てきた時点で、私達に勝てる可能性はゼロに近しい。下手に荒事に持ち込むのは得策ではないでしょう」

 

『なるほど、どうやら我々に応えてくれると見ていいのだね?』

 

「そうするしか、他に手はないでしょう」

 

 

俯くように眼を細めるナスターシャだが、すぐさま鋭い目つきで二人を見返す。

 

 

「………私達は未だ姿を隠していました。普通の機械では存在すら探知できないでしょう」

 

「『神獣鏡』のステルスか。確かに最初は逃げられたが、種さえ分かれば対処のしようはある。例えるなら、お前達も知らない俺の切り札だ」

 

 

そう嘯きながら、自分自身を指差す剣。マリア達は図りかねたようだが、ノワールは既に知っていた。

 

 

彼に隠された切り札───『聖遺物(デュアルウェポン)』、この世界での完全聖遺物。敵味方問わず、名前を明かすことも出来ないそれは、無空剣だけが知り得る逆転の一手である。

 

 

現に、それを使ったことで、マリア達を探し出すことが出来た。そして、彼がそこまでして彼女達を追っていた理由、それはただ一つ─────、

 

 

 

 

「────取引をしようか、マリア、ナスターシャ教授。俺達とアンタ達の、今後の為にもな」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

カ・ディンギル跡地。

先日の戦場近くで、一人の男がふらふらと歩いていた。

 

 

 

Dr.ウェル。

顔をやつらせたウェルは一時も休んでいないのか、ソロモン杖を文字通り杖として使いながら彷徨っている。

 

 

脳裏に写るのは、禍々しき黒き怪物の存在だ。

自分が原因とはいえ、あんな化け物がいるとは思わなかった。アレを倒せば、自分も英雄と呼ばれるかもしれないと少しは考えが過った。

 

 

だが、瞬時にその考えを改める。

あんな怪物を、どうやって倒せばいいのか。どれだけ必死に頭を回しても、答えが見出だせそうにない。いや、人質を取れば勝てるかもしれないが、あの化け物の怒りを買う行為など恐ろしくてしたくもない。現に、気付いた時には奴から逃げ出していたのだ。

 

 

夜道など恐ろしくて歩ける筈がない。暗闇を見てるとあの怪物を連想させて気軽に休めない。だから日が明けるまでずっと走り続け、弱り果てた今も必死に動いていたのだ。

 

 

恐怖と絶望に怯えていたウェルであったが、地面が崩落してることにも気付かず、足を滑らせる。

 

 

情けない悲鳴をあげながら、白衣を汚して崩落した場所へと転がっていく。ううぅ、と呻き顔を上げたウェルを────深紅の光が照らした。

 

 

 

「───────あ、あぁ……っ」

 

 

 

それは、目の前で触れずにも分かる程に脈動を響かせていた。鼓動を高鳴らせるそれは、小さな内部に膨大な力を蓄積させている。

 

 

希望もなく、当てもなく彷徨いていたが────ついに希望が目の前に降り注いできた。

 

 

 

「見つけた、ようやく…………見つけたぞぉ!」

 

 

あらゆる不安と恐怖が消え去り、ウェルは狂ったような笑みを浮かべる。這いずるようにそれを手にしたウェルは、ソロモンの杖を片手に立ち上がる。

 

 

これでもう、恐れるものはない。

あの怪物も………人間もどきの兵器も、倒すことが出来る。忌まわしき男の姿に恐れを抱きながらも、微かな希望にウェルは不気味に嗤い声と共に呟く。

 

 

「これさえ……っ、あれば!僕は英雄にぃ………っ!!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「手を組む、ですって?」

 

 

「より正確には協定を組もうという話だ、俺達とお前達で」

 

 

睨み合うマリアと剣。

 

警戒を緩めぬまま、ペンダントを強く握るマリアに対し、剣はあくまでも警戒の素振りすらない。余裕、というにしては慣れたような立ち振舞いであった。

 

 

「数日前、司令からの情報を得た─────月の軌道が僅差で外れていき、いずれは地球へと落ちるという話を。そして、その情報を米国が機密のものとして隠していることを」

 

「………」

 

「一ヶ月程先の話だが…………安心は出来ない。俺個人の見解だが、この件はお前達の協力者 エリーシャが一枚噛んでるだろう」

 

 

確信に近い言葉に、マリアとナスターシャが反応を示す。何故、という疑問を表情に浮かべる二人に、剣は証拠を提示する。

 

 

 

 

『────あー、言い忘れていた。これから月を使って面白い事をしようと思う。期待して待っててくれたまえよ?』

 

 

作業用ドローン『ユニオン-2』から、聞き覚えのある男の声が響く。それはかつて、ルナアタック事変の最後に現れたエリーシャの残した言葉であった。

 

 

その内容を耳にしたマリアとナスターシャの二人が、各々の反応を浮かべる。エリーシャからの協力を受け入れた当初は警戒はしていたが、まさか最初から全て仕組まれていたとは思わなかった。

 

 

「………どうだ?これだけでも、俺達が組むべき話だと思うが」

 

「…………」

 

「協定を結ぶためにも、此方から要求がある」

 

 

落ち着きながらも、有無を言わさないような剣幕が見てとれる。最初から怨敵に好き放題されていた事に、苛立ちと怒りを感じているらしき剣は、冷静沈着に人差し指を伸ばす。

 

 

「一つ、エリーシャとの完全な別離だ。奴に関する情報も貰えれるのなら、貰いたい。だが、奴に何かしらの脅迫で話せないのなら仕方ない」

 

 

それに関しては、納得しかなかった。

無空剣が、エリーシャを憎んでいるのはよく理解している。

 

 

自分自身を兵器として改造され、同じような仲間を無理矢理痛めつけるような真似をさせられたのだ。もし、自分が同じ立場だとしたら、奴を許すことなど有り得ないだろう。

 

 

 

「二つ、お前達の持つ『神獣鏡』を貸して欲しい」

 

 

折り曲げた中指を伸ばし、二つ目を提示する。その内容を聞いたマリアがハッと息を呑み込む。怪訝そうに隻眼を向けるナスターシャに、隠す必要もないと判断し、理由を口にした。

 

 

「俺の仲間の聖遺物との融合が進んでいる。このままいけば俺と同じ…………いや、それよりも最悪な、人ですらなくなってしまう。何とかできるのは、お前達の持つ『神獣鏡』だけだ」

 

「………ッ。立花響、彼女の融合症例ですか。まさかそこまで進んでいるとは…………不躾ながら、彼女の状態は?」

 

「今はまだ、大丈夫だ。だが、悪趣味な性格の『奴』が何もしないとは思えない」

 

「………それも、そうですね」

 

 

一人の科学者の、悪魔のような所業を目にした者達同士、同じ意見であった。奴にとって、人の命は利用するべき資源だ。それは誰であろうとも変わりなく、躊躇なく実験に使うだろう。

 

 

だからこそ、出来る限り早く、彼女を蝕むモノを取り除きたい。それが剣にとっての最大の懸念と目的であった。世界を救うのも、エリーシャを殺すのも、二の次だ。

 

 

「これらさえ呑んでくれれば、俺としては問題はない。お前達と敵対行動を控えるし、言ってくれれば力にもなる。どうだ?返答は早めにして欲しいが、強制はしない」

 

 

そう言って後ろに下がり、木に寄り掛かる剣。少しの間、沈黙が続く。だが、静寂はあっさりと破られた。

 

 

「─────なら、一つだけ。私から要求、いえ協定を結ぶために必要な条件があります」

 

 

スッと、車椅子を動かし前に出たナスターシャ教授。突然の事に戸惑うマリア、そして剣は気になったように聞いてきた。

 

 

「その条件は?」

 

「簡単です。この一件が終わって以降の、マリアを含む三人の装者の安全な生活を保証して欲しい。それさえ呑んでいただければ、全てを受け入れましょう」

 

「っ!マム!?」

 

 

自らに全ての責任を押し付けることで、自分が連れてきた少女達だけは守る。それは世界を救うという簡単には叶わぬ大義を利用した後悔か、或いは子供達に罪は背負わせないという大人としての覚悟か。

 

 

食いかかるマリアだが、ナスターシャは片腕で制した。その様子を見た剣は溜め息を吐き、一言。

 

 

 

「悪いが、その条件は必要ない」

 

 

断言する剣に、ナスターシャとマリアは戸惑う。

協定を無視して襲いかかるかと思い身構えるが、剣が次に話し始めたのは、彼女達の予想とは正反対のものであった。

 

 

 

「当然、言われなくてもそのつもりだからだ。アンタ達の身柄は絶対に保証する。…………無論、ナスターシャ教授、貴方もだ。この件が終わってからの事は俺が何とかしてみせる、それが協定を結ぶ者としての覚悟と義理だ」

 

『…………フッ、こちとら米国の機密情報の一部を握っているんだ。文句を言うようなら機密データで平手打ちして黙らせてやるさ』

 

「………あまりやり過ぎない方が良いですよ、博士。逆上してくる可能性がありますから」

 

 

世間話のように話し出す二人。彼等の様子から、自分達の話を受け入れてくれる事は確かであった。つまり、互いに協定を結ぶには十分であることが判明した。

 

ふと、安堵するナスターシャであったが、

 

 

 

「────少し良いか」

 

「……えぇ、何かありますか?」

 

 

少し、険しい顔で剣が声をかけてきた。不安そうに聞き返すと、剣は何処かを睨むように告げた。

 

 

「一つだけ、徹底しておきたいことがある。エリーシャや刹那を出し抜くためにも、な」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

数日が経って現在。

未来の脳裏から未だ迷いが消えずにいた。どれだけ心を落ち着かせようとしても、あの話が記憶に強く残っている。

 

 

 

『────悔いのない選択をしろよ、小日向未来』

 

 

無空剣とは違う、もう一人の魔剣士の誘い。

ただ利用しようとする悪意はなく、純粋に意見を尊重した物言い。

 

 

確かに、力を求めていたのは事実だ。その力があれば響を助けられるのであれば、尚更だ。しかし、その誘いに頷くわけにはいかない。如月刹那、彼は響達の敵であり、最終的に戦うことになるかもしれない相手だ。

 

 

その相手にとって、都合が良い事をしてしまうかもしれない。自分が意図しない最悪な事を起こすという可能性がある。何より、響達を、大切な人達を裏切るような真似はしたくない。

 

 

そんな矛盾が、彼女の内で渦巻いていた。どれだけ悩んでも答えを出せそうにない。

 

 

 

「───未来、大丈夫?」

 

「……え、あ、何でもないよ!少し考えてただけ!」

 

「それにしたって、ボーッとしすぎじゃない」

 

「未来さんだけじゃなくて、響さんも心がここにあらずみたいな感じですね………」

 

「んー、ビッキーもヒナも暗い!これから『ふらわー』に行くんだからそこで色々話し合えば良いじゃん!」

 

 

学校からの帰り道を歩いていた未来は、同行していた響や弓美達に心配されていた。話を聞いていた創世が叫び、響と未来以外の二人もそれに賛成していた。

 

 

そう言い、先に進もうとした彼女達であったが───突然、爆発音が響き渡った。

 

 

 

「今のって!?」

 

「事故じゃないの!それに、すぐ近くだし!」

 

「っ!」

 

上空へと上がる黒煙と先程の爆音からして、現場が近くだと分かった瞬間、響が飛び出した。同じように、少女達もついていく。

 

事故に巻き込まれた人がいるかもしれない。そんな人達を助けようと走り出したが、単なる事故ではないとすぐに分かった。

 

 

 

まるで横から薙ぎ倒されたように横転する黒い装甲車。そしてその周囲に群がるノイズと、地面に散らばってる複数の灰の塊───ノイズにより命を奪われた、人であったものの成れの果て。

 

 

 

「ふひッ、ふひひひひひひ…………!誰が来ようと、『コイツ』を渡すわけにはぁ………ッ!」

 

「…………ウェル、博士」

 

そんな地獄の中心にいるのは、あまりにも変わり果てた人物。前に出会った時のような落ち着きが見られず、その姿はやつれ果てていた。布切れで包み込まれた何かを大事そうに抱えながら、彼は杖を辺りへと向け、不気味に笑っていた。

 

 

咄嗟に身構えた響の声が聞こえたのか、ビクッと肩を震わせたウェル博士は響へと視線を向ける。

 

 

 

「お、お前!?何でお前がここに!?ま、まさかもう探知されたって言うのか!? あ、あの化け物も────ッ!?」

 

 

(化け物………?もしかして────剣さんの事!?)

 

憧れている人を侮辱するような言い方を理解し、すぐさま響は否定しようと思っていた。しかし彼女が口を開くよりも前に、恐怖したように錯乱したウェル博士がノイズを呼び出し、響達へと差し向ける。

 

 

 

「ッ!未来!皆!下がって!」

 

「───駄目!響!もうシンフォギアを纏っちゃ───」

 

 

前へと踏み出していく親友を止めようと、未来は叫ぶ。しかし、響は止まらない。この場にいる皆を守るためにノイズへと駆け出し、胸に刻み込まれた歌を歌おうとする。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その一瞬。

 

 

 

目の前を、天から降り注ぐ凄まじい光の雨が焼き尽くした。響達へと飛び掛かろうとしていたノイズは避けることもできず、膨大な光の柱に呑まれ────灰すら残らず消し飛ばされる。

 

 

聖詠を歌おうとした響は驚きによって遮られ、その場に立ち尽くす。熱い熱を帯びた胸が、少しずつ鎮静していく最中、呆れ果てるような声が響き渡る。

 

 

 

 

 

「────まさか、本気で歌おうとするとはな」

 

 

光の柱が消失していき、その内側から何者かの姿が見える。無数の光を、ノイズという不浄を許さない聖なる光を束ねる王とでもいうように、光の粒子の渦の中で、誰かが立っていた。

 

 

全身をコートに包む青年。普段はサナギのように閉ざされたコートを開き、戦闘態勢を剥き出しにした彼は、振り返り様に、見下すような眼を向けてきた。

 

 

 

「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが………ここまで来ると筋金入りだな」

 

 

 

「────刹那さん」

 

 

魔剣士 如月刹那。

兵器としての名とは違い、不朽の聖剣をその身に宿す青年が、たった今光臨した。




解説

ブラックナイト→黒い騎士→黒い甲冑→黒いロストギア→無空剣


剣さんがヒッソリと隠れて、マリア達と協定を組む話です。因みにこの事は二課の皆さんは誰も知りません、独断行動です。まぁ、情報漏洩を防ぐためなんですが…………。

剣の意図は後々に書いていきます。



ここまで遅れたのは仕方なかったんです!スランプと原神が面白かったからなんです!!許してください!何でもしますから!!



刹那が現れた理由は、響がシンフォギアを纏おうとしたから。それを止めるために(優しい)


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聖剣と神槍/聖槍

デュランダルとガングニール、そして■■■■■。


封じられし聖遺物は、魔剣士の手から離れる。


「────刹那、さん」

 

 

シンフォギアを纏おうとした響を止めようとした小日向未来は、新たに現れた青年───如月刹那に戸惑うしかなかった。

 

彼は響を敵として戦闘を行ったと聞いていた。前に話を聞いた時も、それは間違いない筈であった。なのに、何故、響を守るようにして姿を現したのか。少し考えようとしても、思考がまとまらなかった。

 

 

唖然としている未来に、創世が話しかける。

 

 

「………ヒナ、あの人の事知ってるの?」

 

「え、……う、うん。だけど、どうして?」

 

「だって、前にあの人が助けてくれたから………ノイズに襲われた時」

 

「………っ、そうなの?」

 

 

その話に思わず聞き返す未来。確かに頷く創世に、弓美や詩織も賛同していた。驚愕を隠せない未来は、刹那を見つめる事しか出来なかった。

 

 

 

 

「……………」

 

「刹那、さん──どうして?」

 

「────」

 

 

自分を見つめる視線を感じ取り、未来の方を見返していた刹那。突然現れた刹那に戸惑う響が疑問を口に出すが、刹那は答えず彼女に振り返る。

 

 

興味のない瞳が、驚きに染まる。その次に、一瞬だけ怒りを浮かべ────全ての感情を隠すように、呆れを見せた。

 

 

「馬鹿が。お前、ギアを纏おうとしたな?」

 

「…………はい」

 

「…………チッ、どうしてこうもまぁ馬鹿なのか。俺の忠告を忘れたのか?あぁ?」

 

 

ロングコートに身を包む青年は腕をさらけ出すこと無く、蓑虫のような格好のまま、ゆっくりと響に詰め寄る。不愉快という意思を隠すこと無く剥き出しにする刹那に、響は逆に聞き返した。

 

 

「刹那さんこそ………どうして私を、助けてくれたんですか?」

 

「勘違いするな。俺は弱者は嫌いだ、弱さも、弱い奴も同じくらいに嫌いだ。信念のない雑魚もだ」

 

 

だからこそ、刹那はこの世界を見た時も、殺意に匹敵する怒りを覚えた。

 

 

ノイズという脅威に対抗できず逃げ惑うしかない人間と、様々な影響を恐れ、隠された真実の奥底で戦う子供達。まるで自分達、魔剣士のように利用されている者達────自体は特に問題はない。

 

彼女等自身、不平不満はないようだから第三者がとやかく言う必要はない。

 

 

─────問題は、護られる側。弱者達によりノイズ被災者への差別であった。幸運にも生き延びた者達を徹底的に追い詰め、自死にまで至らせる状況もある。その事実を知った時、刹那は怒り狂った。その現場を目にした瞬間も、我慢の限界により殺しすらした。

 

 

大した力も持たないクセに、自分よりも下の立場の者達を寄って集っていたぶり、自己の立場がどれだけ強いのかを自覚する。自分達が大いなる力により救われて、護れている事も知らず、護っている側の望まぬことを平然と行う。あの世界も、そうであった。

 

 

 

だから、刹那は弱者が嫌いなのだ。

あまりにも醜く、あまりにも愚かしい。こんな奴等を護って傷つく者がいるという事実が、こんな奴等のために命を捧げた者がいるという事実が、本当に許せない。

 

 

故に、刹那は弱者を徹底的に嫌悪する。救う価値がない、と。弱さにすぐりつく事でしか生きられないのであれば、いっそのこと殺し尽くしてしまうべきだと考える程に。

 

 

正義を信じ、大勢の人々の笑顔を守ると誓ったあの時とは違う。絶望を経験した刹那にとって、強さこそが全てなのだ。

 

 

 

「だが、お前は強者だ。俺達ほど強くないにしろ、お前独自の強さを持っている。俺は弱者であろうと強さを持つ者は、強者として認め敬意を評する。───これは」

 

 

パチン! とロングコートの留め具が外れる。

内側からコートを腕で振り払い、高らかとなびかせる。それとほぼ同時に。

 

 

 

激しい光が、不意を突こうとしたノイズの体を消し飛ばす。凄まじい必殺の一撃に仰け反るノイズに、追撃と言わんばかりに光の連射が繰り出される。

 

 

一瞬にして、ノイズは全身穴だらけにされ、灰として散る。

 

 

ようやくロングコートの拘束を解くように、自身の体を外へと解放した刹那。自身の掌を閉じたり開いたりをして、調子を確認していた彼は不適に笑う。

 

 

「その餞別だ、甘んじて受け入れろ」

 

 

そんな彼の背中に浮かぶ銀色の球体が、十基。神仏のように円状に回転させたビットは、ピタリと止まる。刹那の意思に従うように、いや刹那の指先同然のビットは彼の指示を待つのみであった。

 

 

あっさりと、自分が呼び出したノイズを瞬殺した刹那に、ウェルは顔を更にひきつらせる。ソロモンの杖を突きつけながら、刹那へと怒鳴り散らす。

 

 

 

「……な、なッ、なァんで!!今、貴方が出てくるんですかァ!?」

 

「…………不愉快な言い方だな。俺が自由に動くことが許されないとでも?」

 

 

敵意を返され、慌てたウェルはすぐに杖を下げる。及び腰になっていたが、我を取り戻すようにハッとするとすぐさま言葉を返す。

 

 

「いや!いやッ!そもそも、何故貴方が立花響を庇い立てするんですか!?貴方が彼女達と敵対しているのは此方も知っています!なら、向き合う相手が違うでしょうがッ!!」

 

 

「何度も言わせるな、俺はコイツを倒す理由も意義もない。どうせ死ぬ奴を、進んで殺す必要はない」

 

「分かりませんねぇ!!立花響がもうすぐ死ぬってんなら!さっさと殺せば良いでしょう!!どうせ最後まで邪魔するのは目に見えているハズ!貴方が何を考えてるのかは知りませんが、どうせ最終的に倒すなら!ここで潰しておくのが定石でしょうッ!!?」

 

「……………コイツと戦う理由はない、それで十分だ。だが、お前を倒す理由は出来た」

 

 

相手を見据える眼を細め、冷徹になっていく声のまま、刹那は指を突きつける。よろけるように後退るウェル博士に対して、

 

 

「不愉快なんだよ。お前みたいな眼鏡は」

 

「は、はぁッ!?」

 

「スカした面して上から目線の科学者が。…………俺達を魔剣士にした、性根の腐った屑どもを思い出す」

 

 

指を指した手の形を崩し、掌で握り潰す。不愉快な記憶と、不愉快な相手を消し去る。そう明言するかのように、握った拳を振り払い、宣言する。

 

 

 

「お前は有害だ、生かしておけば必ず大勢の人間を殺す。俺が前に皆殺しにした連中と同じくな」

 

「──ッ!?」

 

 

言葉にならないままソロモンの杖から、無数の光を解き放つ。緑の光が天へと伸び、そして雨のように辺りへと降り注ぐ。

 

 

着弾した光から、姿を現すのはノイズ。しかし巨大な個体であったり、何らかの力を持つ特殊な個体ではない。むしろ力で言えば雑魚に匹敵する。問題は、その数だ。

 

少しずつ、一塊となっていくノイズの群れ。刹那自身は気にする必要はないが、問題は自分の真後ろにいる生身の少女達だ。

 

 

 

「刹那さ────ッ!」

 

「下がっていろ、邪魔なだけだ」

 

 

心配の声をあげる響にそう言い、刹那は掌を向ける。改造に改造をしつくされた機械の指先に光のラインが伝わっていき、その瞬間─────刹那の周囲に漂うビットに、神経が連結される。

 

 

軽く指を動かす、それだけでビットが意思を持ったように動き出した。変則的な動きで、ビットは周囲の空間を縦横無尽に移動していく。斜線上にノイズを削り取り、叩き潰しながら。

 

 

消し去っていくノイズ達を前に、ウェル博士は憤怒の色を露にした。ノイズを召喚し続けながら、怒鳴り散らす。

 

 

「ふざけるなァ!魔剣士が!何だって話ですかァッ!!いつもいつも!人様の都合を考えずに、めちゃくちゃにかき回してくれるッ!!お前も、無空剣もォ!!別世界で造られた兵器のクセにィッ!!」

 

 

その叫びを無視したように、刹那はもう片腕を空へと振り上げる。先程まで暴れまわっているのは、刹那の左手の指から神経と回路が連結した五基のビットだけ。もう片方の腕と、残りの五基は、未だ繋がってすらいない。

 

 

 

「──────デュランダル」

 

 

告げるのは、自らの心臓として組み込まれた聖剣に刻まれた銘。彼の一言に答えるように、呼応するように、胸の内側から聖剣の放つ光が膨れ上がる。

 

 

腕から手へと、手から指へと、指先から回路へと、エネルギーが流れていく。そして────エクリプス・オールビットへと完全に繋がった。

 

 

瞬間、溜め込む暇もなく。

 

 

 

 

────五つの球体から、凄まじい熱量の閃光が放たれた。

 

 

 

 

鳴き声をあげる事も許されず、ノイズの群れは消し飛ぶ。あの光は、(エネルギー)の奔流であった。不朽の聖剣(デュランダル)により圧倒的な力と、もう一つの完全聖遺物(デュランダル)が生み出し続ける無限のエネルギー。

 

 

二つの、同じ名を冠する聖遺物の力が一つとなり、最強の破壊力を披露する。それはあらゆるものを貫き、斬り伏せる真の刃。

 

 

しかし、その力を持っているのに、それだけの強さを得ているのに、刹那の顔は優れなかった。自分の掌、光のラインが生じた腕を見下ろし────、

 

 

 

「……………()()()()()()()()

 

 

期待よりも下回っている、或いはもっと上の力を求めていたのか。刹那の漏らす一息は、何処か嘆息に近いものだった。

 

 

「────だが、充分だ。研究ばかりしか脳のない、日陰者相手にはな」

 

 

感情を切り替えた刹那の瞳が、戦意に染まる。未だ増え続けるノイズに向けて、指先を動かし、オールビットを操る。

 

 

まるで演奏をするかのように、一つの指を折り曲げ、一つの指を伸ばす。それだけでオールビットは縦横無尽に空間を駆け巡り、光の刃が辺りの建物をノイズごと刻んでいく。

 

 

離れた場所からノイズを呼び出していたウェルだが、そんな彼にデュランダルの閃刃が迫る。慌てて目の前にノイズを呼び出すが、一瞬で斬り裂かれた。

 

幸いにも、ウェルには当たらず、その横を通り過ぎる。アスファルトを大きく削り、後方のビルに斬り込みを与えた刃は空間に溶けて消失する。

 

 

呆然と、地面につけられた痕を見つめるウェル博士を、刹那は嘲笑う。

 

 

「ノイズで守ろうが無駄だ。俺のデュランダルは誰にも防げない。『序列』ならともかく、ノイズ程度など壁にもならない。

 

 

 

 

俺の目的のためにもお前を殺すつもりはない────だが、その杖を使う腕くらいは削いでおこう」

 

 

「ヒィ………ッ!?」

 

 

喉を引くつかせ、思わず後ろに仰け反るウェル博士。それを無視して刹那は人差し指を彼へと差し向ける。連動するように、オールビットの一基が動き、ウェル博士へと照準を定める。

 

 

「っ!ダメだよ!刹那さ────ッ!」

 

 

刹那のやろうとする事を理解した響が、止めようと駆け出す。しかし彼女が止めるよりも早く、刹那の放つ光が、解き放たれる。

 

 

 

他者を傷つける光の奔流が、響の目の前で炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、刹那の凶行が果たされることはなかった。

彼の放つデュランダルの閃光は、ウェルの目の前で受け止められたのだ。その証拠に、光が周囲へと分散させられていた。

 

 

「盾?いや、これは────」

 

 

 

 

「─────なんと、ノコギリ」

 

 

目を細める刹那に、シンフォギアが纏った調が不敵に言い切る。ヘッドギアに格納された丸鋸を巨大化させ、刹那のレーザー砲撃からウェル博士を守っていた。

 

未だ放たれる閃光に押し返されそうな彼女だが、その背中を同じようにシンフォギアを纏う切歌が支えていた。複数のアンカーを地面に突き立て、何とか拮抗している様子であった。

 

 

「調ちゃん………切歌ちゃん」

 

Fine(フィーネ)の装者どもか…………俺ならば、二人でどうにかなるとでも?」

 

 

「…………この身を纏うシュルシャガナはおっかない見た目よりもずっと汎用性に富んでいる。────防御性能だって、勿論不足無し」

 

「それでも、二人がかりの全力で、どうにかこうにか受け止めてるんデスけどね!」

 

 

「答えになってないな────二人程度で、俺をどうにか出来るとでも、と聞いているッ!」

 

 

人差し指だけではなく、中指と薬指も広げ、三本の指を突きつける。その動きに応じたビットが二基、形を描くように一基のビットに並び、閃光を撃ち放つ。

 

 

一筋の光に、二つの光が重なり、その威力を増長させる。ズンッ! と気圧されていく二人だったが、互いの全力を合わせ、放たれた極光を弾き返す。

 

 

距離を取る調と切歌、そんな二人を見定めるように睨む刹那。各々の構えを取りながら、二人は隣に立つパートナーに目配せをする。

 

 

「…………どうするデスか?調、アイツ簡単には勝てそうにないデスよ?」

 

「…………それでも、ここで逃げ出せる訳じゃない。何より、ここで倒せる敵は倒さないと………」

 

 

話の内容に失笑を隠せない刹那。怪訝そうな顔を向ける少女達に、刹那は指で軽く促し、挑発する。カッとなりそうになりながらも、落ち着いて対処しようとする切歌と調。

 

 

目の前に警戒している二人だからこそ、真後ろからの事に意識を向けれなかった。

 

 

 

 

 

 

「─────頑張る二人に、プレゼントですッ!」

 

突如、真後ろにいたウェル博士が戦闘態勢であった二人の首に手を伸ばす。彼女達が次に感じたのは、何度か受けたことのある感覚。

 

 

 

「な、何しやがるデス!?」

 

「これは………リンカー?」

 

 

振り返った切歌と調が目にしたのは、ウェル博士が両手に持つ注射器であった。中身が空だが、何が入っていたか分からない程ではない。

 

 

「まだ効果時間はあるデス!それに私達はまだ安定しているデスよ!?」

 

「だからこその連続投与ですッ!あの化け物に、魔剣士に対抗するには今以上の出力でねじ伏せるしかありません、それは貴方達自身がよく分かってる筈。その為にもまず無理矢理にでも適合係数を引き上げる必要があります!」

 

 

ゴリ押し、という事を言いたいのだろう。相手がどれだけ強かろうが瞬間的にそれを上回ることさえ出来れば勝ち目があると。

 

しかし、納得できる話ではない。現に彼女達にはすぐさま反論の意思を示す。

 

 

「ふざけんな!そんな事すればどうなるか何て目に見えて分かるデス!何でアタシ達がアンタを助ける為に─────」

 

 

「するデスよッ!」

 

 

怒鳴る切歌の言葉を遮り、ウェル博士は狂ったように笑う。いや、既に狂気を通り越してるのかもしれない。或いは、これが彼にとっては正気なのか。

 

 

硬直する二人に対し、ウェル博士は勢いよく捲し立て始めた。

 

 

「いいえ、せざるを得ないのでしょうッ!あなたたちが連帯感や仲間意識などで私の救出に向かうとは、到っ底考えられないことをッ!大方あのオバハンの容態が悪化したからおっかなびっくり駆けつけたに違いありませんッ!!

 

 

でもでもぉ!それは私の身が五体満足でなければならない!あの男は私の腕を削ぎ落とすつもりですからねぇ!そんな事になったらオバハンの治療どころじゃないでしょうよッ!」

 

 

彼女達にとっては大切な親でもあるナスターシャ教授。病弱で体調の安定しない彼女の病態をどうにか出来るのは、ウェル博士ただ一人。彼女達がこの場に訪れたのも、ナスターシャの為にウェル博士を連れ戻しに来たからであった。

 

 

事実である故に何も言えず、苦い顔をする二人は決意をせざるを得なかった。

 

 

シンフォギア装者の上位互換とも言える魔剣士。彼らに匹敵する唯一の切り札──────『絶唱』を使うしかない、と。

 

 

「そう、Youたち歌っちゃえよッ!適合係数がテッペンに届くほどのギアからのバックファイアを軽減できることは過去の臨床データが実証済みッ!いかに化け物クラスの魔剣士と言えど、絶唱受けて無傷なんて有り得ない話!可能性は十分にある!だったらLiNKERぶっ込んだばっかの今なら!絶唱歌い放題のやりたいほうだーいッ!!」

 

 

 

 

「やらいでか───デェスッ!」

 

 

奥歯を砕かん程の力を込めながらも、意を決した二人が立ち並ぶ。息を飲み込み、呼吸を合わせた二人が────音色を重ねる。

 

 

 

 

────Gatrandis babel ziggurat edenal♪

 

────Emustolronzen fine el baral zizzl♪

 

 

 

「まさか………この歌って────絶唱ッ!?」

 

 

驚愕する響を他所に、刹那は戦意を滾らせるような笑みを浮かべる。いや、実際にやる気に満ちているのだろう。

 

 

「──────ふん、絶唱か。面白い」

 

 

聞いたことがある。

シンフォギアによる最大最強の攻撃手段。実際に見たことはないが、一時期行動を共にしていたエリーシャがその危険度を口にしていた。

 

 

命をかなぐり捨てた諸刃の刃。可能性の話だが、無空剣も絶唱を受ければ無事は有り得ないとまでされている。たった一つの命で、全ての兵器を超越した魔剣士を殺せる一撃だと。

 

 

「それが最適解だ。絶唱を喰らえば俺でも無傷では済まない。一か八かに掛けるのが最もなものだろう─────その覚悟に評して、お前達の絶唱だけは受けてやる」

 

「なッ!?」

 

「正気、デスかッ!?」

 

 

絶唱を止めるつもりすらなく、その身で受けると宣う刹那に絶句を隠せない。ロングコートをマントのようにたなびかせ、両腕を広げながら彼は高らかと告げる。

 

 

「単純な話だ、俺がそれを耐えればいい。俺を殺しきればお前達の勝ち────単純だろ?だが、俺が耐えれば弱ったお前達を殺せる。それだけの事だ。どっちにしても、俺にデメリットは存在しないからなぁ!

 

 

 

さぁ歌えよ!命を燃やす絶唱(最強の技)をッ!それを打ち破ることで俺は更に強くなる!!無空剣に匹敵するほどになァッ!!だが、ただ黙ってみてる程馬鹿じゃない!生半可な一撃ならお前達ごと消し飛ばすのみッ!!」

 

 

そう言って、刹那もデュランダルから力を引き出し始める。並外れた力が刹那の身体から溢れ出る。

 

 

対して、二人も絶唱を歌うのを止めない。膨大な量のフォニックゲインに包まれ、ギアを強力なものへと変形させていく。

 

 

増幅し始める二つのエネルギーの塊を前に、響はただ叫ぶしかなかった。

 

 

「ダメだよ!Linker頼りの絶唱は、装者の命をボロボロにしてしまうんだッ!!」

 

 

脳裏に過るのは────自分の命を救ってくれた恩人の最後。Linkerにより、何とか戦えていた彼女が歌った最初で最後の絶唱。その果てに、死体すら残らず灰塵と消え去った。

 

 

その光景を忘れられないからこそ、どれだけ恐ろしいことか理解できる。

 

 

 

だが、それだけではない。

 

 

如月刹那も、安全という訳ではない筈だ。その理由を、響は実際に目の当たりにしている。

 

 

此方の世界の完全聖遺物 デュランダルのエネルギー供給。如月刹那はその力を無制限に引き出せるが、限度はある。どれだけ調整された器であれど、膨大なエネルギーに耐えきる事は出来ない。

 

その代償は、彼の身体をグチャグチャに引き裂くものだ。血管は沸騰し、オーバーヒートを越えた神経は破裂し、内蔵も内側から変質していく。

 

 

なのに、刹那は死なない。

魔剣士としての機能が、完全聖遺物であるデュランダルの力が供給された半永久生命維持機関が、刹那を瀕死の状態に留める。

 

 

器の大きさを変える。その方法はただ一つ、()()()()()()()()()ことだ。常に限界を超えるエネルギーを器に蓄積させることで、少しずつ最大容量を増やしていく戦法だ。

 

 

その間まで、刹那はそのエネルギーに全身を引き裂かれる。現に、響は目の当たりにしたのだ。全身から血を噴き出し、激痛に呻きながらも、再生を繰り返すおぞましい光景を。

 

 

 

だからこそ、刹那は絶唱を直撃させることで、自らを死の淵にまで追い込もうとしているのだ。更に強くなる事の為だけに、己の命を度外視してまで。

 

 

 

────どうすればいいのか、悩む時間はいらなかった。

どうにかする方法は、手段は、彼女の胸に刻まれているからだ。

 

 

 

「シュルシャガナの絶唱は!無限軌道から繰り出される果てしなき斬撃ッ!これでナマスに刻めなくとも、動きさえ封殺できればッ!」

 

 

「続き刃の一閃で!対象の魂を両断するのがイガリマの絶唱ッ!そこに物質的な防御手段などあり得ないッ!まさに絶対に絶対デェスッ!!」

 

 

「笑わせるな!いかにお前達の絶唱がどれだけ強かろうが!俺のデュランダルは打ち砕けない!不朽不壊の聖剣が、たかだかガキ二人の命を賭けただけの歌で補われた刃で斬れるものかッ!!」

 

 

「やってみなきゃ───分からないッ!」

 

「アタシと調のコンビネーションならっ!そんな小賢しいビットごと切り刻んでやれる────デスッ!!」

 

 

「なら、その希望も斬り伏せてやる。絶対無敵の閃刃でな!!」

 

 

戦意は上々。

退くつもりも、相手を考える余裕すらない。自分達の命を掛けた自滅覚悟の戦い。二人と一人の帯びるエネルギーが限界にまで至った瞬間、全てが始まりを迎える────筈であった。

 

 

 

 

 

 

────Emustolronzen fine el zizzl♪

 

 

 

 

「────────あ?」

 

 

凄まじい力の奔流の中、刹那は信じられない歌を聞いた。ふと、意識が揺らぐ。それは二人の少女達からすれば決定的な隙だ。なのに、攻撃の手は来なかった。

 

 

「エネルギーレベルが、絶唱数値まで上がらない……!?」

 

「減圧してる……ッ!?」

 

 

「そんな、まさか!これは────!?」

 

 

三人は気付いた。

この現象に覚えがある。

各々が危険なものとして把握していたからこそ、記憶に残っている。

 

 

 

「───セットッ!ハーモニクスッ!!」

 

消えた絶唱のエネルギーが、一つに集まっていく。胸を押さえながら、その身に蓄積されていく力に耐える少女の姿が。

 

 

いつの間にか歌ったのか、シンフォギアを纏った響が、二人の絶唱によるエネルギーを束ね上げていた。

 

 

膨大な力の塊に、刹那は高めていたデュランダルの機能を低下させる。周囲の空気を焼くような熱に顔を隠し、すぐさま響へと叫んだ。

 

 

「馬鹿がッ!自分が何をしているのか分かっているのか!?お前がその状態でそれを使えば!融合は進む!!お前自身が人じゃなくなるかもしれないんだぞ!?」

 

 

「…………それでもッ!」

 

 

熱量だけでも、デュランダルを越える程のもの。そんなものに曝されているのだ。どれだけ苦しいか、どれだけ辛いのか、語るまでもない。

 

なのに、彼女は、立花響は───自分の事など考えていなかった。

 

 

「二人に、絶唱を歌わせないッ!刹那さんを!戦わせないッ!!──────絶ッ対にィッ!!!」

 

 

拳が、放たれる。

膨大な力を帯びた一撃は刹那や切歌や調を狙ったものではない。狙いは、上空。行き場のない力を、誰も傷つけない場所に解放する手段であった。

 

 

 

 

そして────鮮やかな虹の竜巻が、天へと伸びた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

そして、現在。

 

凄まじい速度で辺りのビル群を駆け抜け、場合によっては足場にして移動する者がいた。その速度は超速、生身の人間ならばそのまま肉塊になる程のスピードである。

 

 

近くのビルに飛び乗った青年はすぐさま足を止める。ビリビリと感じる力の余波。目の前に見えるのは虹色の力の渦。天へと伸びるそれが何を意味するのか、一瞬で理解させられた。

 

 

「───S2CAッ!響が無茶を押し通したのか!?」

 

 

理解するや否や、無空剣は怒りを抑える事も出来ず、脚に力を込めてビルに亀裂を入れる。しかしどれだけ激怒しても彼は正気を失っていない。アスファルトを砕く程の蹴りと共に、再び空中へと飛び上がった。

 

 

 

空に舞い上がる中、剣は少し前の出来事を思い返していた。

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

マリアとナスターシャ教授と同盟を結び、少しばかりの話をしていた矢先であった。

 

 

 

「ッ!?───今の反応は!?」

 

 

第六感が反応したことに戸惑いながらも、すぐさま警戒を行う。ノワールの操るドローンが剣の様子に戸惑っていたが、すぐにその理由を判明させた。

 

 

『剣クン、ノイズが発生したようだ。自然発生ではないところを見るに…………』

 

「…………ドクターでしょう。彼が防衛のためにソロモンの杖を行使したのかもしれません」

 

 

何処かへと行方が知れずのウェル博士。確かに彼しかノイズを呼び出せる者はいない。今すぐにでも対処するかと思った瞬間、ノワール博士の慌てる声が聞こえた。

 

 

 

 

『───な!?ま、不味い!剣クン!大変だ!響クンが、ウェル博士と接触している!』

 

「ッ!?何だと!?」

 

 

その事実に剣は驚愕を隠せない。響は現在、戦闘に巻き込まれないようにしていたが、まさか自由にしていた時に敵と接触するとは。

 

 

「響は!?無事なのか!?」

 

『あ、あぁ………喜ぶべきなのか、如月刹那が乱入したことで彼女は何とか無事だ。シンフォギアも纏っていないね』

 

「刹那が………?響が無事なら良かった、とは言ってられないな」

 

 

安堵するが、簡単な話ではないと首を振るう。

どんな物事も自分の都合よく行くはずがない。響が無事でいると信じていても、そうならない可能性もあり得る。

 

 

実際に、自分が動かなければならない。それだけは確かだ。

 

 

 

「マリア、ナスターシャ教授。俺達はここから離れる、貴方達も急いだ方がいい」

 

「えぇ、その方がいいでしょう。ですが気を付けて、あの外道も貴方の行動を狙っているかもしれません」

 

「言われずとも、そのつもりだ…………そうだ、マリア」

 

 

互いに離れる直前に、剣がマリアに何かを放り投げた。受け取ったマリアはそれが何らかの金属片であると、無空剣のロストギアの装甲の一部であると気付く。

 

 

 

「こ、これは?」

 

「…………俺の装備の欠片だ。()()()として持っておけば役に立つ。肌身離さずに持ってくれ」

 

「分かったわ……………無空剣」

 

 

言わんとすることを理解したマリアはその欠片をポケットへと納める。そして、去ろうとする剣に一言。

 

 

 

「気を付けて」

 

「────そちらもな」

 

 

 

◇◆◇

 

 

力の渦を解き放つ響の姿を見つめる刹那。信じられないものを見るかのような眼は揺らいでおり、同様を隠せずにいた。

 

 

 

「アイツ…………助けたのか……?俺を、あいつらを────」

 

 

瞬間、ズギンッ! と、頭痛が響いてくる。

思わぬ激痛に刹那は顔を歪め、頭を手で強く押さえる。それでも痛みは消える事なく、もう一つの現象が生じた。

 

 

それは、一つの記憶を振り替えるものであった。

 

 

 

『刹那!逃げ────!』

 

 

叫ぶ声は途絶え、爆音が轟く。隣にいた筈の仲間は縦に両断され、赤い光景が視界に広がる。

 

 

悲鳴と轟音、各々が響いて途絶え、それを繰り返す。真っ赤に染まっていく視界が、すぐに切り替わる。

 

 

 

『アンタだけでも逃げなさい!リセリアやアンタさえ生き残れば、私達の意志は途絶えないの!』

 

『さっさと行け!足手まといの貴様にしか出来ない事だ!生涯を掛けて彼女だけは護り通せ!』

 

 

ガチガチ、と歯が鳴り始める。何も見たくない両目を閉ざそうとする刹那だが、記憶そのものであるため無意味な行為であった。

 

 

 

 

『─────刹那、星の光を信じて────』

 

 

 

 

 

 

「────やめろ、やめろ────やめろォォォォォォォォオオオオオオオオオオ─────ッッ!!!」

 

 

突如、刹那が発狂した。顔を引き裂きかねない程の力を両指に込め、喉が潰れ破裂する程の怒号が響く。錯乱した刹那は全身を震わせており、我を失ったようであった。

 

 

自暴自棄になり果てた青年を、オールビットが一斉に囲む。狂ったように、何かを否定し始める刹那であったが、一瞬で光に包まれ─────その場から消え去る。

 

 

 

それに入れ替わるように、ビルからビルへと飛び乗っていた剣がその場に辿り着いた。クレーターの中心から立ち上がり、彼はすぐさま少女を見つける。

 

 

「…………響ッ!」

 

 

声を掛けるが、返事はない。響は物言わずに、その場で立ち尽くしていた。駆け寄ろうとした剣だが、凄まじい熱気に思わず後退る。

 

ただの熱気ではない。生身の人間だと火傷ではすまないだろう。

 

 

「いやッ!響ぃッ!!」

 

「止せ!焼かれちまうぞ!」

 

「でもッ!響が!!」

 

 

向こう側から聞こえる声に視線を向けると、シンフォギアを纏うクリスが未来を押さえていた。どうやらついさっきここに着いたらしい。が、そんな事は重要ではない。

 

 

クリスもいるのならば、翼も駆けつけている筈だ。そう考えた瞬間、すぐさま声をあげた。

 

 

「───翼ァ!真上の貯水タンクをやるぞ!」

 

「無空ッ!?────いや、承知したッ!!」

 

 

 

近くの高速道路をバイクで走っていた翼が反応し、剣は動き出す。右腕のフレームを展開し、アンカーをタンクへと突き立てる。全身の力で振り切り、貯水タンクをビルから引き剥がし、上空へと吹き飛ばす。

 

 

それを翼が一閃を放ち、タンクを切り開く。大量の水が響へと降り注ぎ、彼女から発せられる熱を冷やし尽くすことが出来た。

 

 

「響ぃ!!」

 

「響!?しっかりしろ!!おい!?」

 

力なく倒れ込んだ響を抱き抱え、必死に声をかけ続ける。それでも返事は見られない。意識を完全に失ったのだろう。

 

 

だが、安心できる状況ではない。

一瞬だけ、ギアを纏っていた響の胸元を見た。内側から複数の黄金の欠片が生え出ていた。あれが、人体と聖遺物の融合の先だと言うのか。

 

 

だとすれば、響の状態を優先的にどうにかするべきだ。その手段が、自分の手にあるのなら─────

 

 

(─────今更、躊躇う理由はないか)

 

 

 

 

「─────俺の中の聖遺物、デュアルウェポンを使う」

 

 

「無空………?」

 

「デュアルウェポン、だって?」

 

 

突然の一声に、無力感に苛まれていた翼とクリスが振り返る。剣は意を決したような顔で響を見つめ、二人へと視線を配る。

 

 

「これを使えば、俺は一定の間戦えなくなる。厳密には、ロストギアを纏えなくなる。その責任は俺にある、だからそれだけだ」

 

 

瞬間、剣のロストギアが一瞬で解除される。魔剣の欠片が埋め込まれた手とは違う、左手を胸へと伸ばす。

 

 

「───封印、強制解除─────聖遺物(デュアルウェポン)、起動───開始」

 

 

ズブリ、と左手が胸の奥へと入り込む。それと同時に、無空剣の全身から禍々しい雷が生じ始める。雷は少しずつ実体を伴うように、剣を囲む意味不明な文字の羅列となる。

 

 

その変化を知らぬまま、剣は落ち着ききった声で胸から左手を引き抜く。それと同時に、彼は告げた。名を封印され続けてきた、聖遺物(デュアルウェポン)の名を。

 

 

 

 

 

「──────ロンギヌス。神の子の血を帯びた神殺しの聖槍よ。あらゆる不浄を癒す全能の血を流せ」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

─────統括機関中枢総統へ報告、統括機関中枢総統へ報告

 

 

 

 

 

─────統括機関中枢総統より繋げる。報告を述べよ

 

 

 

 

─────無空剣のデュアルウェポンの起動を確認。驚異対象 S-S No.3 立花響による使用を確認。

 

 

 

 

 

 

『─────なるほどな、やはりシナリオ通りだ』

 

 

暗闇に包まれた無数の機械と、それに繋げられたチューブによって出来上がった鋼の山。その上で、玉座に腰掛ける者は不適に笑う。

 

 

 

魔剣計画中枢総統 ヤルダバオト。

別世界で起こった出来事を耳にした彼の反応は、あくまでも予想したものであった。

 

 

 

「………シナリオ通り、か。無空剣や如月刹那を見逃し、別世界へ送り出すことがかね?」

 

 

鋼の山の玉座の隣。

ただの空間であったそこに、一人の男が姿を現す。老人、というよりは若すぎるが、若者というには貫禄がある白衣の科学者だ。

 

 

怪訝そうな男の疑問に、ヤルダバオトは満足そうに答える。部下や格下の相手をするのとは違い────もっとも親しい友と話すように。

 

 

『そうだとも。この世界は彼等を造る為の箱庭だ。育てることに適してはいない。故に、彼等があの世界に渡るように仕組んだ。そして、あの世界が次の計画の場所だ』

 

「そうすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

『その通りだが、まだ早い。未だ計画の主柱である「神装魔剣」と「神殺し」が揃ってはいない。あれらが確実にない限り、我等の理想は果たされない』

 

 

余裕に満ちたヤルダバオトに、男は画面に映る光景を見つめる。

 

 

────無空剣が、『聖遺物』である『聖槍』を用いて、ある少女の命を救おうとしているもの。

 

 

彼の覚悟には個人的に賞賛を送りたい。無空剣の『聖遺物』は封印を施されている。無理矢理に使用すれば、ヤルダバオトが仕組んだ呪詛により一定の期間、ロストギアを纏えなくなる。その上で、彼は少女を助けることを選んだのだ。

 

 

だからこそ、哀れに思う。その封印こそ、常に誰かに使うことのないようにする為のものだったのであること。そして、封印を破ってまで『彼女』を助けることも、全てがヤルダバオトの思い通りなのだから。

 

 

「………無空剣のロンギヌスを使い、『彼女』を『神殺し』へと変生させる。本当に叶うものなのか?」

 

『人の歴史を嘗めてはいけないよ、概念というのは移り変わり、変化をするものだ。何より、聖槍(ロンギヌス)は彼女を選ぶよ。神槍(ガングニール)が認めたのだから』

 

 

「────もし、『カタストロフ』が来る前に、『彼』や『彼女』が至れなかったらどうする?」

 

『何、次があるさ。時間と世界は有限だが、 駄目にならば切り替えるまで。何千年もの間、我々は計画を練り続けてきたんだ。たとえ何万、何億が経とうとも、我々の計画を果たすまで続けるのみ』

 

 

流石だな、と肩を竦める。ヤルダバオトならそうすると、男はよく知っている。何故なら、長い付き合いだからだ。

 

だからこそ、問題も一つある。

 

 

「なら、『彼女』を『神殺し』と定めるのは早計かもしれないぞ」

 

『ほお?』

 

「現時点で、『聖槍』が『彼女』に馴染んでいるかも疑わしい。そもそも、選ばれていない可能性もあるだろう」

 

『ならば、手を打てばいい』

 

 

ヤルダバオトの足元から、複数のケーブルが蠢く。不気味な金属音の中で、総統は告げる。

 

 

『「クリファ」を動かす。最適な者を当てるさ』

 

「………『クリファ』、『クリフォト』を動かすというのか?彼等は『セフィラ』とは違い、代替えが効かない。今後の計画に重要なピースだ。ここで出すには厳しいのではないか?」

 

『心配はいらない。あの世界で真相に到達する者はいない。危険分子は複数存在するが、神が居ない世界だ。()()()()()()()()()()()()()さ』

 

 

画面に映る少女の顔を眼に入れ、ヤルダバオトは口の端を歪め、不気味に嗤う。

 

 

『さぁ、立花響────我々の計画のために、生き残れ。我々の計画のために、強くなれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

でなければ、君の世界が滅びてしまうぞ?』

 

 




データファイル、更新

無空剣の聖遺物(デュアルウェポン)

■■■■■


真名封鎖解放


『聖槍』ロンギヌス





以上で、今回の話は終わりになります!初めて登場した無空剣のデュアルウェポンですが、もう出番は終わりです(無慈悲)厳密には、無空剣のデュアルウェポンとしての出番ですが。


??「ヤルダバオト、最近作者の投稿が遅いぞ?このままだとストーリー的に完結に十年はかかるぞ」

ヤルダバオト『何、シナリオ通りだ』


とか言われたら泣く自信ある。でも!他の事で!遊んでしまうんですよ!!まぁ頑張りますけども!!



お気に入り、評価や感想、質問などがあれば気軽にどうぞ! 次回もよろしくお願いいたします!それでは!!


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封鎖されたロストギア

めちゃくちゃ久しぶりに更新しました。書きたいインスピレーションがあって他の小説を書いてました(すんません)



出来ることなら、この小説も書き続けていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします!


「────信じられん」

 

 

二課の医療室にて、弦十郎が唖然と呟く。その様子は他の皆も同一らしく、彼等の意見を代表したものに近い。ただ一人、納得したように大人しい剣を前に、再び画面に視線を送る。

 

 

 

 

「────ガングニールの侵食が、前よりも抑制されている………ッ!?」

 

 

響の体内を示した写真が二つ。胸元を中心に形成される黒い影、響と融合したガングニールによる侵食、そして増殖を意味している。一つ目の写真からして、本来ならば深刻な状態であった─────筈なのだが、

 

 

 

 

 

 

 

二枚目の写真では、黒い影が明らかに縮小していた。その変化は誰でも分かるようなもので、外部の協力者である未来や当の本人の響を含める全員が驚愕している理由でもあった。

 

 

 

「………だが、融合が完全に治った訳じゃない。だからこそ、響を戦わせる訳にはいかない…………そうだろ?」

 

 

ただ一人、その異様な変化を驚くことのない剣はそう言葉を投げ掛ける。冷静沈着な彼の一言に、皆の反応は喜ぼうとはしなかった。いや、出来なかったのだ。

 

戸惑いながら、響が剣に声をかける。頬杖をついてる方とは違う、もう片方の腕を直視しながら。

 

 

「そうですけど…………剣さん、その腕は───」

 

 

 

 

────キチ、キチキチ

 

 

 

 

 

「仕方ない、封印を無理矢理解いた『罰』………ってヤツか」

 

 

机に置かれた腕、グラムの欠片が埋め込まれた右腕に、真っ赤な紋様が刻み込まれていた。より正確には、上から張りつけたように見える。それだけではなく、三つの輪が歯車のようにキチ、キチ、と鳴らしながら回転していく。

 

 

術式をより深く注視すると、謎の文字が無数に記されている。文字の並びからして、文章や単語があるのは分かるが、まるで普通では読み解けないような不可思議なものばかりであった。

 

 

時は少し前、三人分の絶唱のエネルギーを束ね上げた結果、更にガングニールの融合を深めた響。彼女を助ける為に、剣は体内に封印された『聖遺物(デュアルウェポン)』を解き放ち、ガングニールの侵食を押し止めることに成功した。

 

 

これは、その代償であった。

彼女を助けたその瞬間、剣の全身から赤色の楔が打ち込まれるように出現し、ロストギアを強制的に解除させられた。これは、その時に腕に刻まれたのだ。

 

 

何故か脳内に響いてきた────『罰だ』という、不愉快なな声と共に。

 

 

 

「この呪詛のせいで俺のロストギアを纏えない。どういう原理か分からないが、ロストギアは起動出来るんだが………」

 

 

 

自身の腕を見下ろしながら、「グラム、装填」と告げる。瞬間、彼の掌に埋め込まれた黒耀色の結晶が紫色に光り輝き、黒の装甲が実体化し始める。

 

 

 

 

しかしその瞬間、赤の術式が蠢き、装甲をかき消す。ガチャガチャと、まるで歯車でも回転させるかのような動きを繰り返し、グラムの欠片から光を奪っていく。

 

 

鮮やかな光を灯しながら、赤の刻印は剣の腕を縛り付ける。彼の宿す魔剣の力、それを帯びた鎧 ロストギアを制限するように。

 

 

「…………こんな風になる。俺や博士にもどうにも出来ない」

 

『その通りだ、私も解析してみたが…………すまない、お手上げだった。何らかのシステムではあるのは分かるが、途中で上手くいかなくなるんだよ』

 

 

通信から聞こえる博士の声は、無念を押し殺したようなものであった。博士は無能ではない。むしろ研究者としての素質と頭脳は随一であり、その才能を求めた【魔剣計画】に利用されてしまったのだから。

 

 

その博士ですら、この仕組みを解き明かす事は出来なかった。それが現す事実は、ただ一つ────、

 

 

 

「………我々も知らない未知の法則が使われている、という訳か」

 

 

聖遺物や魔剣ロストギアとは違う、異端技術。一般的な現実では眉唾とされている科学とは別物の力。それこそが、ロストギアという兵器に組み込まれているナニか、と定義すべきものか。

 

 

「だが、宛がない訳じゃなかった」

 

「え………?」

 

「先程試してみた結果、俺の聖遺物に掛けられた封印。情報封鎖が解除されていた。今なら、封じられてきた()を明かすことが出来る」

 

 

皆が、息を呑む。

その名は誰もが知ることも出来なかった。無空剣という魔剣士に課せられた封印は彼の中に宿す聖遺物の使用を封じるだけではなく、その情報を明かすことすら許さなかった。

 

 

 

 

だが、今なら出来る。

その事実と共に、剣は長年語れずにいた()を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「『聖槍』ロンギヌス、それが俺に組み込まれた聖遺物だ」

 

 

 

 

 

「………ロンギヌス、それは───」

 

「数百年も前の話、神の代行者とされていた『神の子』イエス・キリストの死を確かめたとされる槍。その槍は聖人の血と過ぎ去りし刻の流れによって、在り方を昇華させた。

 

 

 

神に等しいとされた聖人の死────『神殺し』へと」

 

 

剣の説明は、彼が詳しく知る話ではない。この聖遺物を組み込まれる際に、教えられた言葉をそのまま覚えていたにすぎない。

 

 

アレはエリーシャでもない、かといってただの研究者ですらない。あの声は────あの組織の重要な人物、恐らくは黒幕のものだ。

 

 

聖なる遺物でありながら、神殺しとされる槍。

それを魔剣計画という、魔に属する武具を集め───人の生命を弄ぶ組織が使うなど笑えた話ではない。いや、そもそも。聖剣デュランダルでも言えたことだろう。

 

 

 

 

 

 

しかし、だ。

これだけの説明をし終えた直後、話を聞いていた弦十郎の一言が、落ち着き払っていた剣の思考を一瞬だけ遅らせた。

 

 

 

「………なるほどな、そういう聖遺物も君達の世界ではあるのか」

 

「……………?」

 

『(……何を、言ってるのだ………?司令は)

 

 

異変を感じ取ったのは博士も同じだった。まるで初めて聞いたような感覚。この槍の名は自分達の世界では有名だ、世界中の全員が知ってるというのは流石に大袈裟だが、それでも知らない人の方が少ない程に、伝説として遺されている。

 

 

なのに、だ。

誰もがそれを知っているとは答えない、他の全員も同じように首を傾げているばかりだ。本当に、ロンギヌスという槍の名すら聞いたこともないのか。

 

 

しかし、剣はそこで思考を取り戻す。

ここでその違和感に頭を悩ます意味はない、話せるだけのところまでは話そうと言葉を続ける。

 

 

「ロンギヌスの能力の一つ、『聖人の液血(キリエス・ドロップ)』。人体に生じたあらゆる傷や病、現象を治す力だ。これで響の融合を何とか遅らせた」

 

 

S2CAを行使した響の融合深度は凄まじい程に進んでいた。それは新しい臓器を生成し、彼女の肉体を本格的に蝕んでいく状態にまで。

 

 

だが、彼の解放した槍の一滴により、その融合を浅くする事に成功した。形を成していた臓器は分解され、ガングニールの結晶は少し前までの状態─────ネフィリムと無空剣の暴走の時と同じ状態へと戻っていた。

 

 

 

「本来なら、響の事も治せたかもしれなかったんだがな………」

 

「………何故、それを使わなかったんだ?」

 

「適正がなかったからだ。俺が出来るのは、重度の傷を治す程度。人体を蝕む聖遺物の力にまでは干渉できない。何より、副次的効果が分からない以上、無理に使えなかった」

 

 

だからこそ、奴等は含んだ言い方で説明をしたのだろう。ロストギアが使えなくなるとは言わずに、深刻な代償を受けるとだけ。

 

 

未知こそ、最大の不安だ。使った場合何が起こるか分からないものなんて、そう簡単に使いたくない。使う度に命を削るなんて仕組みがあれば、どうしようもない。

 

 

もし、自分が聖槍にさえ認められていれば、何か変わっていたかもしれない。

 

 

そんな淡い可能性すら過ってしまう。思わず自嘲してしまう剣だが、ふとクリスが何かに気付いたように顔を上げた。

 

 

「待てよ、剣はロンギヌスって奴の適正が無かったってのか?」

 

「………?あぁ、そうだが?」

 

「じゃあ奴等は何で、剣にロンギヌスを適合させたんだよ」

 

 

あ、と博士と剣が声を漏らす。

その考えは思い付かなかったのか、或いは可能性の低いものだと切り捨てていたのか。

 

 

『魔剣計画』にとって『序列』は最も強力な魔剣士のランク付けでもある。無空剣が知る中では、奴等は『序列』を造るために魔剣士を量産していたのだ。

 

 

No.3である彼は『序列』の中で一番弱い位置にいる。だが、彼等には無空剣をもっと強くすることも出来た筈だ。

 

 

「奴等にとって、聖遺物は無価値な物ではない。それは承知の筈。無空を強くしたいのであれば、より適正のある聖遺物を与えていただろう…………そうしなかったのは、出来ないのではなく、するつもりがなかったからなのか?」

 

 

妥協ではなく、放任。

無空剣を最強の魔剣士にするするために多くの技術を投与し、完全に人間を止めさせる事は不可能ではない。何故、それを実際にやらなかったのか。もしそれが出来ていれば、今の無空剣はいない。奴等にとって従順かつ無敵の駒を手に入れることが出来ていたはずだ。それをしなかったのは、彼等の思惑故にか。

 

 

どうせ答えなど出ないと、考えるのを止めたクリスが首を傾けて聞いた。

 

 

「それで?ロンギヌスに変化はあんのかよ?」

 

「…………分からない」

 

 

首を横に振り、俯いた剣。様子が変であることに気付き口に出そうとするが、彼の続けた言葉に耳を傾けることにした。

 

 

「俺はロンギヌスと適合してた訳じゃないんだ。その力を借りてただけに過ぎない。だから、分からない。グラムのように肉体的や精神的に繋がってすらいないから…………」

 

 

そこでついに、剣の様子の変化を全員が理解した。自分にも責任があると思い、深く考え込んでいるのだろう。もし自分がロンギヌスという聖遺物を完全に扱えていれば、こんな面倒ごとになる前に響を助けることが出来た、と。

 

 

とにかく、と弦十郎が言い放つ。重苦しい空気を切り替え、剣と響に向けて諭すように続けた。

 

 

「剣君と響君、君達はとにかく休んでいてくれ。響君がウェル博士と接触した事例から、今後も同じような事が起こり得る可能性がある」

 

『故に、自宅待機で頼むよ。君達二人に無茶をして欲しくないからね』

 

「………はい、分かりました」

 

「了解した」

 

素直に頷く二人、今回の話は終わりだという全員が各々の持ち場に戻ろうとする。

 

 

『あ、そうだ。思い付いたのだけども』

 

 

途端、ノワール博士が口を開いた。

足を止めるのが殆どであり、全員がホログラム状の博士へ視線を集中させている。

 

 

何を言うのか、と気になった剣も聞き耳を立てていたが、次の瞬間。予想外すぎる事を言われた。

 

 

 

 

『いっその事だ。響クンも剣クンの家で過ごせば良いのではないかね?』

 

「は?」

 

 

 

 

地雷、というか爆弾を直接ぶち込まれた。よりによってこの場にいない最も安全な味方から。信頼していた人からの言葉に衝撃が大きい剣はおろか皆が愕然としていた。

 

 

『いや、だって………ほら、ね?私としては理知的な考えでもあるんだよ?響クンと剣クンが一緒に行動していれば警備もやりやすいだろうし、わざわざ別の場所にいる二人を警護するのも手間が掛かるだろう?』

 

「そ、それはそうと────あ、悪意を感じるんですけど」

 

『気のせい、気のせい。ホラ、少しくらい同じ屋根の下で過ごせば、関係くらい出来るよね、なんて思ってないから安心しなよ』

 

「まさかの悪意100%ッ!!?」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

二課仮設本部から離れ、寮へと戻る未来の足取りは重い。響の体内にある聖遺物の融合状態は軽減したが、素直に喜べる話ではない。

 

それをするために、無空剣が戦う力を奪われてしまったのだ。一時的にとはいえ、他人がこうして無茶を被ってしまった。響がどれだけ思い込んでいるのか、未来には考えるのも辛かった。

 

 

そんな帰り道だったが、突如周囲の電灯の一つが消える。壊れたのかと思ったが違う。その上に、人が乗っていたのだ。

 

 

 

「────覚悟は出来たか?」

 

 

全く知らない赤の他人、ではなかった。むしろ何度も話してきた、二課にも明かしていない秘密の協力者だった。

 

 

「刹那………さん」

 

「奴等の企み、それを利用する時が来た。お前自身が望めば、その力に手が届く。友を救い、あの男を助ける為の力がな」

 

 

タンッ! と、電灯から飛び降りる如月刹那。コートに全身を包んだ青年が浮遊するように、無音のまま着地した刹那は、冷徹な視線を未来へと向け、告げた。

 

 

「今一度聞く─────お前は力を、強さを求めるか?」

 

「…………はい、やります。だから、力を貸してください」

 

「ふん、そうか」

 

 

満足のいく答えを聞いたであろう刹那は、笑ってすらいない。それどころか不愉快と言わんばかりの様子だった。実際、気分が悪かったのだろう。力を持たない人間を自分の打算のために利用すること自体が。

 

 

「あの、刹那さん」

 

「何だ」

 

「────ありがとうございます」

 

「…………礼なんて言うな、俺はお前を利用してるんだぞ」

 

 

深く頭を下げる未来に、刹那はそう言うだけだった。横を通り過ぎる刹那は暗闇に溶け込む前に、囁くように呟いた。

 

 

「状況を把握出来次第、報告をする。その際、お前にも動いて貰う。それまでは大人しく待機していろ」

 

 

未来がそれを聞いた瞬間、刹那の姿は世界から完全に消失した。

 

 

◇◆◇

 

 

「───暫くの間、無空剣は脅威ではない?どういう意味でしょうか?」

 

『ああ、先程。無空剣が制約を破るのを確認した。ヤルダバオトにより掛けられたプログラムを無視した結果、無空剣を最強たらしめる力は封じられた。今後の作戦に、彼が干渉するのは厳しいだろうねぇ』

 

 

Fineの移動する大型ヘリの中で、疑問を抱くナスターシャ達にエリーシャが淡々と事情を説明した。大まかな事情を知ったナターシャは僅かに苦い顔をし、マリアも何も言わずに唇を噛み締め、黙っていた。

 

切歌と調も複雑そうにしている。無理もない。敵だと、偽善者だと嫌っていた相手が敵である自分達の為に無茶をする光景を目の当たりにしたのだ。子供である彼女達には、自分達の信じていたものに戸惑いすら覚えている状態なのだから。

 

 

ただ一人、ドクターウェルだけは違う意味での心配をしていた。

 

 

「それでは?無空剣はどうするべきで?」

 

『相手にする意味はない。ロストギアが封印されたからと言ってノイズが通じる訳でもない。相手にするよりも此方の作戦を優先させた方が都合がいいんじゃないかな?』

 

「………甘いです。甘いですよ、エリーシャ博士」

 

『ふぅん?』

 

 

眉をしかめるエリーシャ。決して良い感情を抱いてはいない。明らかに態度が変わった様子に気付かないウェルは、一気に捲し立てる。

 

 

「無空剣を相手にする必要はない?その逆です、むしろ今だからこそ彼を始末するべきでしょう?貴方の言う封印とて完全ではないのなら、無空剣が復活する可能性は無視できない!ならばこそ!今弱ってる奴を殺しておくことが、一番の最善ってヤツでしょう!!」

 

『なるほど、それが君の意見か。間違ってはいない』

 

「そうでしょう!?なら今すぐに!ヤツをブチ殺して───」

 

 

 

 

 

 

『────少々、度が過ぎるよ?ドクターウェル』

 

 

真顔で告げるエリーシャ。その顔からは激しい怒りと無意識の殺意が滲んでいた。日常に溶け込んだ殺人鬼が自分の機嫌を悪くする相手と対面した時のような、違和感の強いもの。人間を見るというよりも、それ以下の虫を見下すような冷酷さが滲んでいる。

 

 

『君が無空剣に恐怖し、怯えているのは理解している。だがね、彼の抹殺だけは許可できないなぁ。そんな真似を勝手にされると思うと、私もねぇ────そこまで我慢はできない』

 

 

はじめて向けられた強烈な殺意に、ドクターウェルは今にも倒れそうになっていた。近くにいたマリア達もその強い殺気を受け、愕然とする。人間が、狂人とはいえ研究者がこれだけの気迫を出せるとは思えなかった。

 

自分達とはそもそも違う、全く別物の化け物のようであった。

 

 

しかし、それも一瞬。怒気を消したエリーシャは薄ら笑いを浮かべながら、話を切り替えた。

 

 

『安心したまえ。万が一に無空剣が復活しようと、対抗策はまだ現存している。シオン・フロウリング、そして我々の敵に成り得る存在、如月刹那。この二人ならば、無空剣を止める事が出来るさ』

 

 

それでも、マリア達は未だエリーシャへの警戒を緩められずにいる。元から信用できないというのもあるが、あそこまでアッサリと切り替えられても、どうすればいいのか分からない。

 

 

『さ、本題に入ろう。フロンティア計画の調子は如何かな?』

 

「………安心してください。計画は順調、むしろ最終段階に入ったと言っても過言じゃあない!」

 

 

エリーシャ程ではないとはいえ、この男 ドクターウェルも切り替えは早い。流石は天災、流石はマッド、流石は自称英雄。常人よりもメンタルが強いのは、既にありあまるメンタルを無空剣に砕かれまくった結果か。

 

 

興奮を取り戻したドクターウェルがモニターを動かし、別の場所で保管されているモノを映した。

 

 

『これは、ネフィリムの心臓かい』

 

「────えぇ、そうです。無空剣にネフィリムそのものは破壊されましたが、心臓だけは覚醒したこともあり、無事残っていました。これさえあれば、フロンティアは完全に我等の物となった言ってもイイ!!」

 

「そして、フロンティアの封印されたポイントも、先だって確認済みです」

 

「確か、マムと一緒にあたし達が行ったところデスね」

 

「そうです!既に出鱈目なパーティーの準備は整っているのですよ!後は私達の奏でる協奏曲に全人類が踊り狂うだけ!!」

 

 

恍惚とした顔で奇声を響かせるドクターウェル。他全員からドン引きされている(エリーシャからは面白そうに笑われている、多分馬鹿にしているという訳ではなく、同調という意味だろう)のも知らず、思い浮かべた未来図に歓喜を隠せぬ様子であった。

 

 

それを適当に見ていたエリーシャだったが、

 

 

 

『─────ッッ!!?』

 

 

胸を押さえ、モニターの向こうで倒れそうになる。ガシャン!!と、近くにあった器具を倒し、書類の数々をばらまいた。それすら気に掛けられないのか、エリーシャの顔には冷や汗がびっしりと滲み出ている。

 

 

明らかに見たこともない様子に、Fineの全員が驚愕を隠せなかった。唯一、声をかけたのは、ドクターウェルだけであった。

 

「エリーシャ博士!?どうしました!?」

 

『────く、フフフ。いや、何でもない。少し、気分が悪くなっただけさ…………私も休ませて、貰うとするよ』

 

そう言ってエリーシャは無理矢理通信を切る。何が起こったのか分からない全員が、その場に取り残されていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────クフ、フフフフフフ!!今のは、世界の歪み!そして、それに呼応したようだな!この身体が!」

 

 

一人、研究室で笑うエリーシャは誰かに語りかけていた。無論、この場にいるのはエリーシャだけ。しかし、彼は確かに、自分以外の誰かへと意識を向けていた。

 

 

「今の隙を狙っていたようだなぁ?残念、残念。私の事を少々甘く見ていたようだ!もう君に私の意識を抑え込むチャンスはない!精々絶望しているがいい!」

 

 

いつもの調子とは違う様子で叫ぶエリーシャだったが、次の瞬間に元の調子を取り戻したように身体が跳ねる。汗を拭い、彼は笑いを隠さぬまま空を見上げた。

 

 

「────とうとう動いたか。ヤルダバオトめ」

 

 

挑戦的な笑顔を浮かべながら、エリーシャは凶笑を響かせ続けるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

誰も知らぬ世界の隅で、変化が生じた。

 

 

 

それは些細な異変だ。世界の仕組みや構造をよく知るモノ、旧世代の神々や最も法則に近付いた者達でなければ気付けない反応。

 

 

それに気付けたモノは────この世界でただ三人、いや一人と二つしかいない。

 

 

人混みの多い街中から離れた裏路地で、空間が歪む。世界と世界、二つの異空間が衝突し合う事で生じる狭間から、ナニかが這い出る。

 

 

 

『─────ァ、ァァァァァァァァァ』

 

 

ソレは狭間から出た瞬間、形容できない声で叫びを放つ。分かるのは、ソレが苦しそうに呻いている事だけだ。ナニかにとって、この世界の空気が肌に合わないかのように。

 

 

声自体は、誰にも届かない。天空に張り裂けるように共鳴する異音に対し、世界の変化はない。

 

 

しかし、すぐに。

理解不明な存在の、形が変容していく。本来存在も出来ないような環境に、少しずつ適応していくように。

 

 

 

『────言語機能、習得』

 

 

ナニかが、影へと溶け込むように形を変えていく。いや、実際には違う。()()()()()()()()()。黒い影に波紋が伝わっていき、影の全域まで届いていく。

 

 

大きな波紋が、今度はナニカに向けて伝わる。その瞬間、ナニかは姿を完全に形成した。

 

 

 

『───実体投影、完了』

 

狩人のような、黒装束。しかし貴族のような気品さも備えた異様な姿。それだけに止まらず、コートと帽子の間から覗く瞳は二つだけではなく、八つ。蜘蛛のように辺りを睥睨するかのように、横に並んでいる。

 

 

腰から生えるのは、爬虫類のものと思わしき長い尻尾。尻尾の先からは蒸気が絶え間なく噴き出していた。

 

 

黒、いや色という概念すら持たぬ闇、その貴公子は不機嫌そうに短く唸る。

 

 

『……………ヤルダバオト、この世界は居心地が悪い───神の時代と神秘の時代が未だ現存し、一つの時代として混合している。何より、神の存在を感じる。

 

 

 

神秘と相反する我等にとって、これ程までに生きにくい世界は存在しないだろう』

 

 

貴公子は周囲を、そして空────に浮かぶ月を睨み、苛立たしそうに呟く。その声音は単なる不機嫌なものではなく、憎悪に近いものだった。

 

 

しかし、貴公子はすぐに首を横に振った。気品を保った様子で取り繕う。

 

 

『────分かっている、目的は果たすとも。この世界も悪意が無いわけではない。

 

 

 

 

どんな理由や舞台装置があろうとも、人間の本質は変わりはしない。善意と悪意は表裏一体、それこそが途絶えることのない純粋な人類の本質。そして、悪意がある限り、我等は世界に存在し続ける』

 

 

 

 

 

そう、全ては─────

 

 

 

『────これも、神と神なるモノを殺す為に、我等が「計画」の為に』

 

 

────ドポンッ、と。

 

 

水の中に重いものを落としたような音が木霊する。

貴公子はその場から姿を消し、静寂が世界を包み込む。

 

 

 

ただ一つ。

影から影へと渡るように潜航するナニか。建物の影へ、人々の影へと溶け込むモノに、誰一人として気付くことはない。

 

 

 

世界に侵入してきた異物。魔剣士や狂人科学者とは全く違う、正真正銘の異端そのもの。

 

 

 

【魔剣計画】の総統が送り込んだ尖兵が、人知れず世界を蝕もうとしていた。




シンフォギアの世界って神はいるけど、明言されてない存在もあるよね?


お気に入り、評価や感想、質問などがあれば気軽にどうぞ! 次回もよろしくお願いいたします!それでは!!


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エインヘルヤル

お久しぶりッス(小声)


「…………暇だなぁ」

 

 

ソファーの上でテレビを見ていた響が呟く。片手のリモコンでニュースや番組を切り替えるが、面白いものが無かったのか、溜め息を漏らす。

 

 

そしてすぐに、悔しそうにジタバタし始めた。

 

 

「あー!もう!ずるいなぁ!私も未来と一緒にスカイタワーに行きたかったのにー!」

 

「…………悪いが、今度にするんだな」

 

 

そう言って、白いエプロンを着た剣がキッチンから出てくる。両手に中身の入った容器を持つ彼は、近くの机に並べながら、項垂れる響へ優しく諭す。

 

 

「今のお前はただでさえ安静なんだ。先日みたいにノイズに対面するなんて真似、させる訳にもいかないからな。納得はしてくれ」

 

 

最近、趣味としてやるようになった料理の準備をしながら、言う剣が諭したことで、響は大人しくなる。彼の言葉も事実だ。前みたいに、外を出てノイズと遭遇してしまうなんて事は二課や剣達からしても望ましいものではない。それ故の、自宅待機なのだ。

 

まぁ、学園の寮ではなく、自分の家なのは納得いかないものがある。オマケに翼やクリスからの「手を出すなよ」と警告つき……………そこまでふしだらな男だと見られているのは流石に心外だと思う。

 

 

「………でも、気になるんですよね」

 

「何がだ?」

 

 

不平不満を心の中で愚痴っていた剣だが、思わず響の呟きに耳を傾ける。そこまで気にしてはいなかったが、次の言葉を聞いた途端、確かに疑問が過った。

 

 

 

「未来、知り合いの人とスカイタワーに行くらしいですけど、どんな人かなぁって」

 

 

 

◇◆◇

 

 

スカイタワーの入り口前で、緊張したように一息つく小日向未来。本来はここで響と一緒に休みを過ごすつもりであったが、とある事情で一人で来る事になっていた。

 

そんな彼女が探していた人物は、人込みから外れた柱の影で立っていた。

 

 

「────待っていたぞ、小日向未来」

 

 

ロングコートで身を包んだ金髪の青年、如月刹那。彼は未来の姿を見た途端に目を細め、静かに動く。大勢の人の隙間を縫うように歩いてきた刹那は、未来の目を見る。

 

 

「今一度、言っておく」

 

「…………」

 

「俺はお前を、利用する。お前も俺を利用する。そうすれば、互いにメリットがある。俺は更なる強さを求めることが出来、お前も戦う力を────守る力を手にすることが出来る」

 

その為に、如月刹那と小日向未来は共にいる。刹那は奴等の計画を押し進める為、未来は立花響を助ける力を、無空剣の敵を倒せる力を得る。その一点のために、この協力関係を結んだ。

 

あくまでも、二人の間には利害しかない。それ以上の信頼関係があってはならない。何故なら、自分達は本来敵であるのだから。

 

 

「だからこそ、利用される気でいろ。お前がこれから進む先は、他人に望まれぬことだ。お前自身の選択ではなく、俺に背負わされたものだと」

 

「…………でも、私は」

 

「間違えるな。お前は、何のために戦う。居場所があるのなら、そこは守り通せ。手段と目的を履き違えるな。お前が力を得たのは、守りたい奴等がいるからだろう」

 

 

小日向未来は、敵に利用された被害者でなくてはならない。一部の連中から『如月刹那に与した不穏分子』と見られてはいけない。そうなってしまえば、彼女は多くの人に迷惑を与えてしまう。

 

だからこそ、刹那が加害者になれば良い。友達を、恩人を助けたい純粋無垢な少女を利用した、手段を選ばない悪党へと。

 

全ての責任を受けるのは、ただ一人でいい。無関係な少女を巻き込んだ男だけが、それを背負うに相応しい。

 

 

「────行くぞ」

 

 

それが強者としての、力を求める者の義務だ。何もかも失った者だけが、背負える重みなのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「……………マム、此処で良いの?」

 

「ええ、この階層。この先で間違いありません」

 

 

同じスカイタワーの中層。企業の人間くらいしか入れないエリアを通る二人。ナスターシャの車椅子を引きながら、マリアは不安そうに問いを漏らした。

 

テロリストとして指名手配されている彼女達だが、堂々と歩けているのは、この一帯が人払いされているからである。彼女達が極秘に対話を繋げた相手の計らいであった。

 

 

「─────マム、本当にこれで良いのかしら」

 

「マリア、分かっているでしょう。これしか方法がありません。彼等を出し抜くためには、我々も手を打つ必要があります。それは、彼との話で決めたことでしょう」

 

「…………ごめんなさい、マム。軽率だったわ」

 

 

彼女達がふと、とある部屋の前で歩みを止める。軽くノックをすると、どうぞと淡々とした声が響く。部屋へと踏み入ると、部屋の中央で待っていた相手が此方に視線を集めてきた。

 

 

「待っていましたよ。ナスターシャ教授」

 

 

数人の大柄な黒服と、その内の一人。指示役と思われるインテリ系の黒服は会議室の中央の机の前で、ナスターシャとマリアを待ち構えていた。

 

 

「さて、それでは。お話をしましょうか、教授。我々を内密にお呼びした一件、改めて確認しますが、間違いありませんね?」

 

「ええ、間違いはありませんよ」

 

「それでは、貴方達が申し出た我々との交和。その為に提示した、フロンティア計画のデータを。此方に引き渡していただきたい」

 

 

◇◆◇

 

 

「────武装組織Fineが、米国と交和を………?」

 

「ああ、俺が得た情報でな。今頃この上でその話し合いとやらをやってる」

 

 

スカイタワーの広間にあったスイーツ店。外の景色を見ながらスイーツを食べれるという事もあり人気であったその店で、刹那と未来は密かに話していた。

 

パフェの口にしながら会話の合間に聞こえた情報に驚きを隠せない未来。そんな彼女の前で、同じサイズのパフェをちびちびとスプーンで取りながら食べる刹那。スプーンを指でくるくると回しながら、刹那は外の景色を尻目に一息漏らす。

 

 

「でも、どうしていきなり交和を?Fineもそこまでする理由がないんじゃ…………」

 

「理由は二つ、一つは奴等自体現状が手詰まりだからだ」

 

「手詰まり、ですか……?」

 

「────フロンティア計画、それが頓挫したからだ」

 

 

机の上にあった自分のコーヒーの上から、スプーンに乗せた砂糖を落とす。コーヒーをスプーンで混ぜながら、どうでもよさそうに語る。

 

 

「奴等は元々、フロンティアという聖遺物を起動させることを目的としていた。徐々に地球へと寄っていく月の軌道を元に戻すために、フロンティアを使おうとした。だが、それを起動させるための鍵が────一つ、足りない」

 

「その鍵って────」

 

「お前だ、小日向未来。奴等の持つ聖遺物、『神獣鏡(シェンショウジン)』の力を倍増させる鍵が、お前なんだ」

 

 

それが俺達の狙いだ、と刹那は断言する。

その力を手に入れれば、二人の目的は果たされる。その為だけの協力関係。表向きにはそうだが、実際はそんな荒んだものではない。

 

未来は刹那のことを気にかけているし、刹那自身は未来のことを案じている。彼女が知らなくても良い現状を全て明かそうとしている時点で、刹那がどれだけ彼女を認めているか分かる。

 

如月刹那は、一度認めた相手には甘い。口では悪く言おうとも、彼は強く優しい者を無下にはしないのだ。

 

 

「二つ目だが、組織自体に亀裂が入ったんだろうな。Dr.ウェルや、エリーシャ。あのクソどもに付き合いきれないんだろうな」

 

「エリーシャ…………やっぱり、あの人が」

 

「人の良い奴等だ。あの狂人どものやり方には付き合いきれ無かったんだろ。他人を、一般人を平然と巻き込むクズどもだ。背中を預けられないのも、無理はない」

 

 

刹那自身、小悪党を潰したり、殺しはする。自分が正義側の人間だと自負しているつもりは無いし、罪悪感はない。他人を食い物にするような、強さも信念もない下衆を殺すことへの迷いはない。

 

だが、奴等は違う。己の野望の為だけに、殺す必要もない人間を意味もなく殺す。Dr.ウェルはまだしも、エリーシャはその極致を越えている。人の命を、数字でしか認識しないような外道なのだから、当然か。

 

 

「だが、馬鹿な奴等だ。自分達が裏切った米国に助けを乞うとは、思いの外、世界を知らないらしい」

 

「…………刹那さん」

 

「言い方が悪いとでも言う気か?だが事実だ。相手側の目的すら理解できず、米国に助けを求めることが愚行に違いはない」

 

 

どういう意味かと、未来は戸惑っていた。まるで武装組織Fineの行いが愚かだと言いたい言葉に、彼女は分からなかった。少し前までの話で、Fineが世界を救おうとしているのは聞かされていた。自分達の力では世界が救えない、だからこそ米国と協力して世界を危機から救おうと言うのだ。

 

 

だが、刹那は嘲笑を込めて吐き捨てた。純粋に世界を、相手を信じている彼女達を、かつて誰かと重ね合わせ、忌々しそうに顔を歪める。

 

 

「米国の連中は最初から、奴等と交和を結ぶつもりはないのさ」

 

 

◇◆◇

 

 

「─────これが、データチップですか。成る程、確認した限り、不備は無いようですね」

 

「えぇ、ですので約束を果たしていただきたい」

 

「…………そうさせていただきます。多少の約束は、ね」

 

 

インテリの黒服がデータを保存したチップを受け取った瞬間であった。彼が手を上げた途端、周囲の黒服達が拳銃を向ける。周囲から銃口を向けられたマリアとナスターシャは表情を険しくさせた。

 

 

「っ!これは、どういうつもり!?」

 

「…………最初から、話し合いに応じるつもりはなかったのですね」

 

「とんでもない。話し合いには応じていますよ、応えるとは言っていませんがね」

 

 

高級そうな椅子の上に腰掛けていたインテリ系のような黒服が不敵に笑う。片手に拳銃、もう片手にチップを指で弄びながら、ナスターシャとマリアに向けて笑みを向ける。

 

 

「そもそもの話、貴方達は我が国から離反したテロリストです。我等の資源を強奪し、あまつさえ世界に宣戦布告までしてくれたではありませんか。それなのに、都合も良く貴方達の話に従うと?残念ながら私とは違い、上はそんな優しい考えはしておりませんよ」

 

「…………貴方自身は、我々の話を受けてもいいと言っているように聞こえますが」

 

「─────失礼、口を滑らせました。しかし残念ながら、今は貴方達を処分するしか道がない。なんせ貴方達は、米国の闇を知っていますからね」

 

 

咄嗟にマリアがペンダントに手を伸ばそうとする。そんな彼女の前で、リーダー格の黒服が拳銃を真上に向けて撃った。

 

 

一発の銃声は、威嚇を伴ったものだ。それを理解したマリアはその場に立ち尽くし、動きを止める。リーダー格の黒服は肩を竦めながら口を開く。

 

 

「懸命な行いとは言えませんよ、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。いえ、フィーネ。どちらでも構いませんが、シンフォギアを纏うのはオススメしない」

 

「っ」

 

「確かに貴方の纏うシンフォギアは強力だ。異世界からの兵器、魔剣士にも匹敵する技術には私達も太刀打ち出来ない。だが、正面からであれば話は違う。貴方が聖詠を歌うより、我々の銃弾の方が早く届く」

 

「……………っ!」

 

 

周囲の黒服が撃ってこなかったのは、聖詠を歌い始めた直後を狙えと言われているからか。徹底されている。彼の言う通り、それぎシンフォギアの唯一無二の隙と言って過言ではない。

 

 

「ご安心を。貴方と後のお二人、シンフォギア装者は生かしておきます。それが約束ですので──────しかし、貴方の身柄は保証できません、ナスターシャ教授」

 

「国を裏切った私の処刑………それが上層部の求める代価ですね」

 

「ええ、一度裏切った者は何度でも裏切ると言っていましてね。…………正直、この言葉は間違っているとは思います。愛故の裏切りは真の裏切りとは言えない、そう思いません?」

 

 

黒服の数人が、チラリと視線を向けた。リーダー格の黒服が細めた眼で何か指示を送るだけで終わる。はぁ、と溜め息を漏らしたリーダー格の男が立ち上がり、ナスターシャへと銃口を向けながら、告げる。

 

 

「まぁ、仕事ですので早めに済ませます。再三言いますが、約束は違えませんので」

 

「…………感謝します」

 

「その割には、残念そうな顔だ」

 

 

同じように、複雑そうな顔をした黒服が引き金を引こうとした直後。

 

 

 

 

 

『──────困るなぁ、そんな真似は。彼女達は、私達の同盟相手なんだから』

 

「ッ!誰だ!」

 

 

突然現れた声に、黒服の一同が即座に反応する。行き場のない銃口の矛先は────会議室の窓際に浮かぶ、小さな物体に集まった。

 

小型のドローン。左右に機械的なアームを繋げたドローンはプカプカと浮遊している。ジジ、と電気のような音を発すると、遠隔からの音声を送り始めた。

 

 

 

『やぁ、君達。米国のエリート諸君と言い直すべきか。取り敢えず銃口を下ろしたまえ。これからは責任のある大人同士の話し合いだ。正々堂々、ちゃんとした形でやろうじゃないか』

 

 

ノワール博士。

かつての事件で米国を一方的に牽制した、無空剣の保護者。現場に立ち入れない自身を恥じ、子供達を全力でサポートすると誓った大人が、武装組織Fineと米国の合間に取り入ってきた。

 

 

◇◆◇

 

 

「────フン、そういうことかよ」

 

「………どうしたんですか?」

 

「無空剣の奴、武装組織Fine(奴等)と手を組んでたって訳か」

 

 

◇◆◇

 

 

「ノワール博士………まさか貴方という人物が出てくるとは」

 

 

冷や汗をかきながら、リーダー格の黒服が苦笑いを浮かべる。彼が周囲の黒服達に視線を向ける。恐らくは、「余計な真似をするな」という指示だろう。大人しく従うように見えるが、彼等は拳銃を下げるつもりは無いらしい。

 

 

『おや、これはこれは。米国の皆様には、私の名前もご存知かな』

 

「えぇ、まぁ…………厄介な人って扱いですよ、貴方。米国にとって優先したい無空剣の身柄とシンフォギア装者を三人、その権利を手に入れるチャンスを、貴方に邪魔されたんですから」

 

『なるほどねぇ。彼等とは十分公平な取引をしたと思ったんだが、随分と我が儘な事を言うようだ。もう少し、やり方を変えてみるか』

 

 

淡々と答えるノワール博士に、黒服が顔色を変える。緊張した様子を見せるのは彼等だけではなく、リーダーも同じようだ。

 

単身で米国相手に脅して見せた人物、肝が据わっているどころの話ではない。平然とした口振りだが、躊躇いなく実行してみせる決断力がある。

 

 

『私が君達に求めるのは、正式な取引さ。彼女達がテロリストとして活動したのも事実。しかし、是が非でも通して貰いたい。米国としては面子が立たないだろうが、そこは妥協して欲しいね』

 

「…………米国とって、無益な話だ。我々がそのような話を受けるとでも?」

 

『無益?────フム、まさか今更損益を気にするのか?』

 

 

ふざけているのか、という言葉に、リーダーは口を閉ざした。逆鱗に触れているようで、声の波長は変わっていない。一応世渡りを得意としているリーダーだが、この博士との相手は厳しい。底が見えないし、掴めないのだ。

 

それに、とノワール博士は付け足す。

 

 

『君達にとって都合の良い情報で誤魔化せば良いだろうに。いや、そもそもの話。君達米国にとって、真実を明るみにされるよりはマシな話ではないかな?』

 

「…………真実?」

 

『米国、その一部が考えたフロンティア計画────その内容についてさ』

 

 

空気が変化した。困惑を見せた黒服一同、リーダーすらも明らかな迷いを見せていた。そんな彼等に更に言葉を失わせる事実を、ノワールは口にした。

 

 

『米国の本来のフロンティア計画────月の落下、人類にもたらされる厄災から人類を生き残らせる為の福音。人類救済のための方舟。そこはいいが、問題はその次。

 

 

 

米国の一部、選ばれた人間の選別。方舟に一部の人間だけを乗せ、月の落下から生き残るという計画なのだから』

 

「──────聞いていませんね、そんな話」

 

『末端である君達に教えるはずがないだろう?そんな話、世界に広がれば米国の権威失墜どころではないからね。なんせ自分達と選ばれた人間だけしか救おうとしないんだから』

 

 

ザワザワ、と黒服達が慌て始めた。そんな喧騒を静めたのは、リーダーの無言の視線であった。即座に言葉を止めた一同を尻目に、リーダーは口元を押さえている。

 

 

「………その話が、事実であるという証拠は?」

 

『純粋に世界を救おうとする彼女達が米国から離反したという時点で、十分な理由になると思うがね』

 

「上へ、確認を取ってみるのはどう思います?」

 

『止めときなさい。君達の方が処分される可能性もある。なんせ、自分達が助かるための計画、しかも極秘だからね』

 

 

 

はぁ、という深いため息が漏れた。

リーダーが諦めたように座席に背中を預け、こめかみを指で揉んでいた。黒服の一部が戸惑ったようにリーダーへと確認を取り、リーダーは先程までの丁寧な口調とは正反対な言葉で黒服達に話す。

 

 

 

「…………どうなったのかしら」

 

『少なくとも、君達が撃ち抜かれるような事態では無さそうだ』

 

「助かりました、ノワール博士。貴方の力がなければ、我々は手詰まりでした」

 

『何、協力関係の仲間を助けることに理由は────』

 

 

呑気に話しているノワール博士だが、ピタリと言葉を止めた。直後、警報のようなアラートがドローンから響く。その場の全員の視線が、一斉にドローンへと集中する。

 

 

『ッ!何かが接近している!このスカイタワーに、特殊な反応を有したものが──────いや、これは────馬鹿な!そんなはずが、有り得ない!』

 

「何!?一体どうしたって言うの!?」

 

『─────()()の反応だッ!来るぞ!』

 

 

直後、近くのガラスを突き破り、何かが会議室へと入ってきた。床に接触し、バウンドした塊は近くに転がり────ゆっくりと、動き出した。

 

 

「─────」

 

 

それは、黒いヒト型であった。

全身を黒曜石のような金属で構成された鎧。頭部は目もなく鼻もなく、あるのはギザギザとしたトラバサミのような口だけ。胸元には紫色に近い色の小さな結晶が内包されている。

 

その姿は無空剣の魔剣士としてのフォームと、魔王と呼ばれた姿と類似しているではないか。

 

 

「アレは………魔剣グラムと同じ」

 

『まさか─────量産龍魔剣(グラムシリーズ)の新型か!?』

 

 

人間とは思えない動きで立ち上がったそれは、不思議そうに首を傾ける。そして、口を開いた。

 

 

「─────Aa?」

 

 

◇◆◇

 

 

 

『────ナスターシャ教授が我々を裏切るようだが、どうするつもりかな?Dr.ウェル』

 

『どうするも何も、どうせ裏切るのなら利用させていただきますよ。危機に瀕した彼女達を助け出して、私が率先して動くようにします』

 

『なら、私も出来る限りサポートしよう。彼女達が、米国と和平を結ぶべく、スカイタワーを会合の場にしたようだが、どうするべきだと思う?』

 

『それは助けなければ。大切な彼女達を米国の手から助け出す為にも、ノイズを使うしかありませんね』

 

『─────なら、少し試したいことがある』

 

『試したいこと?』

 

『正確にはモノだがね。私が新しく造り出した新兵器を使いたい。中々に、面白いものが見れるよ?』

 

『へぇ、どんなもので?』

 

『「量産龍魔剣(グラムシリーズ)」No.7───エインヘルヤル。ある意味で量産型という機能を達成している、魔剣士(ロストギアス)モドキさ』

 

 

◇◆◇

 

 

 

量産龍魔剣(グラムシリーズ)………!?シオン・フロウリングと同じ!?」

 

『いや、彼と同一と言うのなら否定するべきだ。アレは通常の魔剣兵器と変わりは────いや、待ってくれ』

 

ドローンから響くノワールの声が、震え始める。何かに気付いた博士が頭を振るい、叫ぶ。

 

 

『嘘だ、そんなはずは…………馬鹿な、馬鹿な!エリーシャ・レイグンエルド!貴様はどこまで人の道を!』

 

「ノワール博士!どうしました!?」

 

『気を付けてくれ!それは兵器じゃない───魔剣士だ!』

 

 

直後、漆黒の全身鎧が飛び出した。

全身の力を抜いた姿勢で突貫した黒い影は、近くにいた黒服へと狙いを定めている。

 

それに気付いた黒服が慌てて拳銃を向ける。何発も銃弾を撃ち込むが、全身の装甲に貫通することすらない。飛び付いた黒い鎧は口を開き─────

 

 

 

 

 

────黒服の首に、噛みついた。

 

 

 

「────────は」

 

 

誰が声を出したのか、分からない。

全員が、目の前の光景に呆然としていた。全身黒鎧、エインヘルヤルは黒服の首を噛み砕き、更に咀嚼を続ける。

 

その行為は、あまりにも原始的なものであるが、見る者に嫌悪と恐怖を与えるものであった。

 

 

「…………人を、食べている?」

 

「…………うっ」

 

 

信じられないものを見るように片目を見開くナスターシャ。彼女の隣でマリアは口を押さえ、吐き気を堪えていた。

 

他の黒服達も言葉を失い、恐怖のあまりに茫然としている。目の前で、殺した生命を貪るエインヘルヤル。そんな彼等の前で、新たな動きがあった。

 

 

周囲の窓ガラスが割れる。再び外から、エインヘルヤルが投げ出されてきた。どうやってエインヘルヤルが飛んできたのか、疑問を持ったノワール博士だが、それは外にあった。

 

 

『─────アレは』

 

 

大型の飛行物体。戦闘機というには小型化された、謎の飛行艇。装甲から伸びるアームが、内部に溜め込まれたエインヘルヤルを掴み、打ち込むように投擲していく。

 

その機体の側面にある文字を見た博士は、新たな事実を理解する。

 

 

『No.5────メタルエッジもいるのか!?』

 

「No.5………!?それって───」

 

『アレもグラムシリーズだ!だが、メタルエッジ本人がいないのに、何故アレだけを………』

 

 

ブツブツと呟いていたノワール博士の声が途切れる。何かを悟った博士の声は、近くにいたマリアへと呼び掛けられた。

 

 

『マリアクン!急いでシンフォギアを!』

 

「ッ!?何を───」

 

『これは実験だ!奴が、エリーシャが新たに開発した量産龍魔剣の実験を、このスカイタワーで行うことにしたのだ!早くしなければ、タワーの中にいる人間が巻き込まれる!?』

 

「馬鹿な………!無関係な人も犠牲にするというの!?」

 

『人命を尊重するような奴ではないさ!アレは!』

 

 

噛み締め、マリアは聖詠を歌い───黒いガングニールを纏った。彼女が武器を構えた時には、会議室の一帯は数体のエインヘルヤルに蹂躙されていた。

 

 

エインヘルヤル達は、まるで狩りと捕食を両立しているかのように、暴れていた。まず相手をなぶり、動けないようにする。生死も気にせず、生きていようが死んでいようが、人の肉を貪り食らっていた。

 

 

「────クソ!クソ!クソォ!」

 

 

彼女の視界の先で、リーダー格の男が拳銃でエインヘルヤルに応戦していた。壁際に追い込まれ、口元を血で汚したエインヘルヤルに迫られている。

 

喰い殺される光景を脳裏に浮かべたリーダー格の男は絶望に染まった顔で笑い────拳銃を頭部に押し当てた。せめて楽に死にたいという祈りからか、胸元から取り出したペンダントを握り締め、何事かを呟いた。

 

 

────許してくれ、ミーナ

 

 

 

それを耳にした瞬間、マリアは迷うことなく槍を投擲した。今もリーダー格の男に食らいつこうとした、エインヘルヤルを打ち砕く。

 

ガングニール、否、シンフォギアの攻撃は通じるらしい。魔剣士と同じ性質だからか。装甲を破壊されたエインヘルヤルの一体はその場に崩れ落ちた。

 

 

「…………な、なんで?」

 

「………………」

 

 

助けられたことに疑問を覚えたリーダー格の男、マリアも自分達の命を奪おうとした敵を助けたことへの自分自身への疑問はあった。

 

だがやはり、自然と言葉にしていた。

 

 

「────生きたければ来い!」

 

「は、はぁ!?冗談だろ!?テロリストに同行するって、俺の立場が失くなるに決まってる!この立場になるまでどれだけ頑張ったと────」

 

「………来ないのなら好きにすればいい」

 

「─────あああッ!こんな状況で一人とか生き残れないに決まってるだろ!分かった!着いていけば良いんだろ!」

 

 

リーダー格の黒服は髪をかきむしると、サングラスを投げ捨て、マリア達の方へと駆け寄ってくる。槍を構え、周囲にいるエインヘルヤルを薙ぎ払うマリアの代わりに、ナスターシャの車椅子を押して走る。

 

 

『フム、唐突だが、君は何て呼べば良いんだい?』

 

「ガブリエル・マックススターだ!お前らホント覚えとけよ!というか、絶対に助けろよな!?」

 

『君さっきまでと口調違うね。あとヤケクソみたいな感じじゃないか』

 

「ヤケクソなんだよ!」

 

 

そんな会話をしながら、三人と一体のドローンは離れていく。しかし、地獄はこの場だけではない。スカイタワー全体に広がっていることには、まだ気付かなかった。

 




インテリらしく振る舞ってたのにたった一話で素を露にしたガブリエル・マックススターさん(23)。


エインヘルヤルはエリーシャの悪意しかない疑似魔剣士です。多分内情を知ったらまた剣はぶちギレると。


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