(仮題)とある転生者の異文化体験 (ピッピの助)
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1話

バンドリ2次創作です。
よろしくお願いします。


「そうだ、Vtuberになろう」

 

声変わりが終わった中2の夏にふと、そんなことを思いついた。

 

男性が少ない今世では、男というだけで有利になる。前世でゲームや雑談、歌ってみたで楽しそうに配信をしながら金を稼いでいたVtuberを思い出し、結構、楽にかせげるんじゃね? と考えたのだ。

 

これが舐め腐った考えだということは、わかっている。

 

でも、今世の俺は音楽全般で神がかった才能を持っており(たぶんチート。神様、本当にありがとうございます)、作詞・作曲なんのその、何なら今世にはない、前世の曲をチートで作り上げちゃえば名曲をほいほい産み出せるのだ。

 

これは勝確だと思った俺を誰が責められようか。

 

その他にも、超やり手の実業家である母と、数少ない男性ピアニストである父を親に持つ俺の環境はとても恵まれている。東京都心に大きな庭付きの、これまた大きな家を構えていて、なんと地下には防音設計のスタジオがある。

 

母が父を喜ばせたい一心で作らせたマイホームの目玉であるこの地下室は、10人で演奏しても余裕があるほどの大きさで、収録用のスペースもある。

 

俺に買い与えた様々な楽器も置いてある。父はピアノ専門で、それ以外の楽器を引くのは俺だけ。だというのに何百万円とする楽器が選ばれ、地下室に綺麗に保管されている。

 

そんな超恵まれた環境だから、一度Vtuberになると思ってしまえば、逆に何故ならないのかとすら考えてしまうのだ。

 

有り余る小遣いにより、配信に必要な環境を整える。

 

マイクセットしてー、カメラセットしてー、ソフトをどんどん入れてってー、これを機にPCのスペックも更に上げてー。

 

こういう機材を整えていく楽しみってやばいよね。

 

にやにやしながら機材をセットし終える。地下の防音室もいいけど、どうせ家には誰もいないので、そのまま自室で配信開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日後、俺はPCの前で考えに耽っていた。

 

思った以上にチャンネル登録者が増えない。2桁に乗りはしたが、正直に言って、物足りない。男というアドバンテージがあるし、身バレにビビってボイスチェンジャーを使っているが、それでもチートのおかげで美声に変わりはない。

 

何故? と調べてみると、すぐに原因はわかった。

 

Vtuberの男率がかなり高い。少し調べると、色とりどりの綺麗な髪をした中性的な男性がズラッと出てきた。ホストクラブかな?

 

試しに動画を再生してみれば、綺麗な男性が小刻みに動きながらテンポよく話している。ただし甲高い少年ボイス。全員ネナベだった。

 

考えてみれば当然である。男が少ないだけで、男の需要はある。それなら女性を男性に仕立てあげ、そういう需要をかっさらう。実に理にかなっている。しかもVtuberは容姿を変えられるから、うってつけの事業である。

 

え、なんでもっと早く気づかなかったんだって? そんなもん勝ち確なんだから調べようともしなかったよ。リズムゲームでeasyに挑むときに練習するか? しないだろ。そういうもんだよ(違)。

 

そうして、今更ながら現役Vtuberを調べていると、驚きの事実が判明する。

 

「ゲーム実況がない……」

 

そう。この男の少ない世界ではゲームが全然、開発されていないのだ。前世みたいにカジュアルなゲーム機が発展していくには、一人用のゲームが流行る必要があるのだが、それが大ゴケしているので進化していないのだ。

 

もちろん全くないわけではない。機能的にはPS2くらいなら存在している。ただしソフトは4分の1とかそんなもん。格ゲー、シューティングはほぼ無し。RPGはFFシリーズはあるものの、何故かドラ○エは1で止まっている。不思議!

 

加えて、大多数の女性が興味のないゲーム実況は需要が少ないため、Vtuberも取り扱わないのだ。まあ、ゲームに興味がない人がレトロゲーを見るはずもないからね。そもそもVtuber自体がゲームに興味なさそうだし。

 

おかしいとは思っていたんだよ。子どもの頃、薄型の携帯電話があるのに、携帯ゲーム機がゲームボーイ(初代)ってなんかシュール! とか思っていたんだよ。

 

でも、そのころはピアノが楽しくて仕方なくて、学校から帰ってきたら、ずっとピアノを弾いてたんだよ。チートのおかげか、ぬるぬると上達していくのが分かるし、極めた後も演奏することが楽しくてしょうがなかった。

 

学校帰って、直ぐにピアノの前に行って、飯の時間にピアノから引きはがされて、食べ終わったらピアノを再開して疲れて寝落ち。そんな日も少なくなかった。そのうち、より集中力をあげるためにランニングを始めたりもしたが、それもピアノのため。前世で全く縁が無かったのに、俺はすっかりピアノに夢中になってしまったのだ。

 

ゲームはいずれPS3やDSが出るだろうから、それから手をつければいいかな、とか思っていたんだよ。

 

まあ、過去のことは仕方ない。悔やんでも仕方ないし、考えてみれば別に俺が悪いわけじゃない。世界が悪いんだ。だから気にしない。

 

また同じことを繰り返すって? うるせー知るか、だ。

 

そんなことよりも、今、重要なのはチャンネル登録者数が少ないってことだ。

 

まあ、どうするかなんて考える必要もないんだけどね。

 

残念ながら女性が夢中になるほど雑談ネタを持っているわけでもないし、数少ないゲームをやったところで需要がない。企画をするにもチャンネル登録者2桁の俺を誰が気にしてくれるというのか。そうなれば俺の武器はただ一つ。

 

そう、歌ってみたを公開するのだ。

 

本当はチャンネル登録者が3桁中盤くらいにいったら、満を持して投稿しようかなー、とかプランを立てていたのだが、甘い考えだとわかったので、惜しみなく切り札を使わせてもらう。

 

曲はもちろんオリジナル(という名の前世のパクり)。始めは男らしいロックにしようかな。

 

目指せ、登録者100人!(謙虚)

 

 

 

 

 

 

 

別視点

 

 

 

その動画を見かけたのは本当に偶然だった。

 

盆栽の世話が一段落し、自分の部屋で一息つく。半年待って、ようやく買えた老舗の茶葉を使ったお茶の味に、思わず頬が緩むのを感じながら、片手間に何か面白い動画はないかとちょこちょことPCを動かしていたときだ。

 

何の文字で検索したかも覚えていないけど、今日、初めて動画を投稿しているVtuberのチャンネルが出てきた。

 

私はVtuberが嫌いって訳ではない。一時期はその動画ばかり見ていたこともあった。だから他の人よりは理解がある方だ。まあ、顔出ししている人以上のネタもなかったから、1週間も経たずに飽きてしまったけど。

 

それ以降はVtuberの動画とは無縁だったけど、なんだかその動画が目についた。

 

「はは、なんだよコレ」

 

サムネには『初めまして』『中2男子』という文字と変な生き物が映っている。青い腰ミノ一枚を履き、がっしりとした上半身に赤い布をたすきのように緩く巻いている。顎くらいまで垂れた福耳に、鹿? だろうか、大きな対の角が生えている。額には白い突起がある。

 

「大仏、か? 渋いチョイスしてるな」

 

若い男を売りにするのはよくあることだが、ガワが人を選びすぎている。

 

そんなことを考えながら動画を再生する。

 

動画ははっきり言ってレベルが低かった。

 

緊張こそしていないものの、お世辞にも話のテンポが良いとは言えず、敬語とタメ口が入り混じっている。

 

ガワも自作なんだろうか、少ない動きの鹿男がカクついている。

 

動画の中で自己紹介内容が箇条書きで追加されていっているが、中2男子という字が気持ち大きめで、下手をすれば露骨にも見える。

 

男性を売りにする気持ちは理解できる。

 

一時期はVtuberの実に7割が男性だなんてネットニュースになったことがあった。それも80%が女性だったという落ちがついて、一気にその数を減らすことになったけど、それでも根強く女性ロール男性Vtuberは存在している(ちなみに回答は自己診断によるもので、残りの20%の本当の性別は不明)。

 

そういう人たちは企業のサポートがあったりで、凄く話が上手く、声も動画映えする人が多い。だから女性と分かっていても、ファンが生まれて、一つのジャンルとして成り立っている。

 

そんな人たちの動画に比べると、ザ・素人といったこの動画は目を覆ってしまうレベルだった。

 

「……」

 

だけど、私はそんな動画から何故か目が離せなかった。

 

セントー君と名乗る彼が、拙い話を終え、また数日後に会いましょう、と言って動画を終了させるのを見届けて、まるで自然の流れのように自分の手がチャンネル登録し、コメントを打ち終えるまで、私はほぼ無意識に動いていた。

 

そこまでして、ようやく喉が渇いていることに気が付いた。

 

「……冷めてる」

 

とっておきのお茶が冷めたのを自覚して、眉を顰めたとき、ふと思った。

 

あれが、ありのままの男子なんじゃないかって。

 

どう見ても人気になる要素がない動画だったけど、いつの日かパタッと消えるまでは追っかけてやろうかなと思った。せっかく初配信動画に一番にコメントを残したんだし、贔屓にしてやるかなって。

 

そんな、まるで連敗続きの馬を応援するかのような気持ちでいる私は想像もしていなかった。

 

まさか数日後の歌ってみた投稿でVtuber業界に激震が走るなんて。




主人公のガワは京都の鹿です。ただしMMDDFF版。


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2話

掲示板回

基本的には閑話を除いて、主人公視点、掲示板の繰り返しで進みます。


男性Vtuber総合スレ

 

 

256:

ヤバいぞこれ

【歌ってみた】鳴動【セントー君】

ttp://www~

 

257:

ブラクラ?

 

259:

ようつべって書いてあるだろ

 

260:

なにこれ、やばい

 

268:

なんの動画?

 

273:

男性Vtuberの歌ってみた動画

歌がうますぎる

 

274:

どうせ女だろ

 

276:

ネナベ乙

 

277:

もう男性Vtuberは古いって

今は隣りに居そうな女子の時代よ

へる子を見ろ

 

283:

あの子、ガチメンヘラで笑うw

 

284:

え、なにこれヤバ

 

285:

なんだこのガワ……もう少し、こう、なんとかならなかったのか

 

289:

>>285

それな

こう、その、あれするとかさ

 

294:

鹿? 大仏? 奈良……なのか?

コンセプトが分からん

 

295:

めっちゃカクカクしてるw

 

298:

私が自作したガワがこんなカクつき具合だったw

 

300:

中2とかw

今時、男がそんなことするかよw

 

302:

声太いな

男ってこんな声だっけ

 

308:

>>302

人によるけど、声変わりしたら、たぶんこんな感じ。ってかヤバい

 

310:

雑談動画と声が違いすぎるw

これボイチェン使ってるだろw

 

315:

>>310

雑談動画の方でな

 

316:

マジで男!?

なんか声が子宮に響くんだけど……

 

319:

なわけないだろ

どうせハスキーな女

 

325:

いや男だろ、こんな女の声聞いたこと無いわ

 

330:

男って精子バンクで凄い稼げるんだろ

Vtuberなんかやらんて

 

334:

求められすぎて嫌になってるらしい

出るもんも出ないってニュースで見た

 

350:

>>334

うちの近所のお兄さん

「俺は家畜じゃない!」って言ったきり行方不明

未だに電柱に捜索願の紙が貼ってある

 

352:

え、オリジナル曲?

マ?

 

356:

絶対、企業Vだって

曲の完成度がガチ過ぎる

 

362:

こんな話下手で企業付いてるわけ無いだろw 

まず、話の研修受けさせるレベルだぞw

 

364:

企業Vならガワがこのレベルなわけない。

 

365:

くっそ上手い

なにこれ

 

366:

ガチで男だろ

私のパパンもこんな野太い声だった

 

370:

>>366

ママンと呼んでもいいのよ

 

372:

>>366

お父さんを紹介してください

 

373:

ゲーム配信ってなに? 

他のVtuberと何かするの?

 

377:

いや、家庭用ゲーム機らしい

PS2とか64とかのゲーム

 

386:

え、ゲームしてるの見るだけってこと? 

それ面白いの?

 

393:

>>386

本人もリスナーの反応が薄くてびびってるらしいw

 

399:

>>393

え、需要ないの? はマジで笑ったw 

あれガチで言ってるぞw

 

403:

>>399

その後の、雑談1時間って1ヶ月後には失踪してる自信があるっての好きw

自覚してんのなw

 

405:

マジレスすると、男でも女でも、歌唱力が日本一は間違いない

こんな勢いがある声、聞いたことがない。

 

406:

チョロライブの斎藤のが上手い。

 

409:

バカ、マジでレベルが違うって

 

412:

一回聞いてこい

マジでヤバいぞ

 

416:

日本一とかw

どうせ音いじってるに決まってる

メジャーな歌手のが上

 

423:

今の時代、プロだって音いじってるだろ。

 

430:

てか音いじるだけで、こんなレベルになるなら、今まで何でこのレベルがいなかったんだって話

 

432:

現役アイドル最強の歌姫ひめちゃんには敵わない

 

438:

いや、音のレベルが違うって

 

440:

てか演奏のレベルもヤバいね

 

445:

打ち込みだろw

 

450:

>>445

だからレベルが違うって言ってんだろ

わかんない奴は黙ってろ

 

454:

ひめちゃんが引き合いに出されるレベルってだけでヤベえよ

なんでこんな人材が埋もれてたんだ?

 

458:

そういう分野には興味なかったんじゃないか

元々ゲーム実況とか雑談動画があって、それに歌ってみたを定期的に投稿する予定だったとか

 

463:

その可能性が高いのかもな

 

466:

それにしても、初っ端からオリジナルはすごいぞ

しかもガチの名曲のロック

変則的な曲調だけど、完成度が高い

 

469:

うん

私もとりあえずチャンネル登録した

 

473:

私も

マジで男性なら超すごいよね

もしかしたら、これから有名になって、私もその初期からのファンってなるかも

 

478:

それな

優しそうな感じだし、すっごい楽しみだよね!




イメージ曲
鳴動(DOKONJOFINGER)

SB69の男性グループの歌です。一人で歌う曲じゃないですけど、そこはチートとデジタルの力でなんとかしてます。良い曲です。


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3話

ノリと勢いの作品です。
動画投稿はしたことないですし、歌の種類も詳しくないです。
チートで無双するのがメインなので、そういった設定はフレーバー要素だと思ってください(保身)


歌ってみた動画の効果は絶大だった。投稿した次の日にはチャンネル登録者数が100人を超え、再生回数もどんどん増えている。

 

チート様様である。神様ありがとうございます。

 

1曲目に続いて、もう2曲ほど投稿する頃にはチャンネル登録者は1000人を突破していた。

 

これは記念配信という名の雑談動画をやらないといけないかもしれない。

 

正直、1回目の動画で自分の喋りが下手なことは理解できていたので、少し苦手意識があるのだが、前世のVtuberはこういうときは○人突破するまで×を続けるとかやっていたので、俺もそれに則って、何かしらの配信をするべきなのだろう。

 

とりあえず右も左もわからないから、前任者にならえだ。

 

 

 

というわけで、早速その日の夜に30分ほどの配信枠を取った。

 

「こんばんは。今日はチャンネル登録者1000人ということで、皆さんにお礼を言わせていただきたいと思います」

 

[始まった!]

[1000人おめでとー!]

[まじで男なん?]

 

「こんな短い期間でチャンネル登録者1000人超えるとは思っていなかったので、驚くばかりですが、これも皆さんのおかげです。ありがとうございます」

 

[歌、良かったぞ]

[マジで歌ヤバい]

[てか、もう2000人いってるけどね]

 

「2回目の雑談なんですが、1回目と違って、こう、コメントが沢山貰えるので、追っかけるのが大変ですね」

 

マジで早い。まじめにコメントを読むと、それを追っかけるので精一杯だ。それぞれに答えるなんて俺じゃあ無理だ。

 

[2回目で2000人という異常っぷり]

[まあ、個人勢だと最初は仕方ない]

[スパチャできんの?]

 

「沢山のコメントありがとうございます。全部はとても答えられないけど、出来る限り拾わせてもらいます。お、ありさにゃんZさん。来てくれたんですね。ありがとうございます」

 

1回目の動画でコメントを打ってくれた人がいた。

 

配信終了直後に、お疲れさま、と一つ残してくれたのだ。

 

短い感想だが、こうしてまた見に来てくれたのは味方を見つけたみたいで嬉しい。

 

「話し下手は承知してるんで、今日は30分ほどコメントを拾わせていただいて、お終いにさせていただきたいと思います」

 

[本当に男なん?]

[ボイチェン使ってる?]

[彼女いるの?]

 

「男です。ボイチェンは身バレが怖いので使ってます。今の時代、男にストーカーの素振りを見せただけで警察がガチ目に動いてくれるのは知ってますが、怖いものなしの無敵の人がいるかもしれないですしね。あと、彼女はいません。でも高校で絶対に作ります」

 

[男きたー!]

[まじ男!?]

[身バレ防止はエラい]

[無職で家族なしはマジで無敵すぎて怖い]

[はいはい、彼女に立候補します!]

[現役モデルです。今度遊びに行きませんか]

[ベンチャー企業の社長です。なにかプレゼントしますよ]

 

「はは、ありがとうございます。でも彼女は高校で作るのでごめんなさい。ネット経由で知り合うと怖いって学校で習ったので、リスナーの皆様はお友達ってことで」

 

[振られてるw]

[ざまあ]

[いや、一度だけでいいから会ってみない]

[中学生に粉かけると完全にアウトだからな]

[自重しろよ。マジで男なら洒落にならんぞ]

 

中学生だからか、意外と擁護コメが多い。

でも、ここはしっかりしとかないと困る。

前世の様な、女性Vtuberに粘着するファンが出たら絶対に面倒だ。

 

「ガチ恋勢は他のイケメンVtuberの方とお願いします」

 

[しっかりしてるね]

[いやでもあれ、全員女だぞ]

[金を持っていても思い通りにならないこともある。ちょっとスッキリした]

[スパチャ投げられんの?]

 

「スーパーチャットですが、収益化の申請はしていますが、まだ通ってません。それに僕は雑談より歌ってみた系がメインになると思うので、寄付サイトを使おうかなって思ってます」

 

[寄付サイト?]

[歌良かったよ!]

[あー、Donateね]

 

「別サイトになるんですが、寄付専用のサイトですね。そこに、次に投稿する歌のジャンル別で寄付先を用意するので、もし良ければ聞きたい歌に寄付してもらうって感じです。寄付が一定額になったらそのジャンルを投稿するって感じですね」

 

[なるほど]

[それって選択肢の分だけ歌を作るってこと? ヤバくね]

[なにそれ新しい]

[貴様も金の亡者か]

 

「もちろん寄付が無くても定期的に投稿はしますけどね。その場合は自分の気分で曲を作らせてもらいます。あと、お金云々は許してください」

 

[全部オリジナル予定!?]

[いやいやキツいでしょ、無理すんな]

[カバーでええんやで]

[むしろカバー曲も聞きたい]

 

「作詞とか作曲って大好きなんで、たぶん大丈夫です。でも、予定金額に達成するのが早くて投稿スパンが短くなるようなら、次からは金額を調整させてもらいます。曲作るのが忙しくて高校受験失敗とかシャレにならないので」

 

[最終学歴中卒はガチで避けろ]

[女ならマジでつむ]

[マジで中学生かよ]

[高校選びは大学の可能性にも影響するから慎重にね]

 

「カバー曲は難しいんですよね。歌いたい曲はいっぱいあるんですが、どれも女性のキーが基準なんで、僕が歌うにはちょっとキツいです」

 

まあ、歌えるけどね。俺のチートなら、本家を圧倒するレベルで仕上げられるけどね。なんなら編曲して男のキーに直してもいいし。

 

[あー、それは仕方ない]

[確かに]

 

「というわけで、大体2週間で1曲みたいなペースなら勉強も余裕かなって考えてます。まあ、寄付が無くても趣味で作ってるので投稿はしますよ。お金に余裕がある方だけお願いします」

 

[任せろ]

[毒女の財力を甘く見ないほうがいい]

[2週に1曲ってまじかよ]

[既にできてる曲を出しながらだろ。それでもいつまで保つんだってスパンだけど]

 

「なんだか割と受け入れて貰えてるのは嬉しいです。それじゃあ、次のコメントは……」

 

その後もチョイチョイ横道にそれながらなんとか時間を終わらせることが出来た。

 

強いていえば、セクハラコメントにブチギレてタメ口になったことくらいだろうか。

 

まあ、ブリーフ派かトランクス派かなんて程度の低いセクハラコメントとかを慌てること無く答えたら、何でも聞けるのではって調子に乗った奴がいただけなんだけどね。

 

下品を通り越してエグい話で反応を伺うとか、完全にラインを超えている。

 

風俗嬢に絡むオヤジかよって放っておいたんだけど、ありさにゃんZさんの[やめろよ!]コメを見たら、つい、ね。

 

まあ、彼女のためだったから仕方ない。悪いのは調子に乗ったリスナーだ。俺は悪く無い。

 

また、同じことを繰り返すって? うるせー、知るか、だ。

 

 

 

 

 

 

 

セントー君の歌ってみた動画はVtuber界隈で静かにだけど、確実に浸透していった。動画投稿の翌日にはチャンネル登録者100人を突破した。

 

始めたばっかりの素人にチャンネル登録者100人はどう考えたって異常だ。

 

でも、それに納得してしまうほどの歌だった。

 

人並みにしか歌を聞かない私だけど、それが今まで聞いた歌とは一線を画すことくらい理解できる。

 

そして、あの歌ってみたから3日後、彼はまた歌動画を投稿した。

 

今度は一転してバラードだ。1曲目のロックとは違い、包み込むような優しさに溢れた曲だ。

 

正直に言えば、歌詞の意味を完全に理解できてるわけではないけど、歌声から伝わる彼の気持ちを感じて、しばらく涙が止まらなかった。自分の部屋で聞いてたことを感謝した。

 

2曲目の登場により盛り上がる掲示板に更なる燃料が投下された。3曲目の投稿だ。

 

今度はポップス。これまでと違って軽い感じだが、聞けば聞くほど深みにハマっていく、そんな歌だった。

 

当然、掲示板が盛り上がった。

 

そうこうしているとチャンネル登録者が1000人を超えた。

 

早すぎる。でも、動画を見てる人は誰もが納得している。むしろ、これはまだ序の口で、これからどんどんファンが増えていくと確信している。その証拠にもう2000人に到達しようとしている。

 

そんななかで投稿された雑談動画は、これまた衝撃をもたらした。

 

これまでに無かった寄付の形。歌に絶対の自信を持っているからこそできる形だ。これが他のVtuberであれば鼻で笑われて終わりだったろう。でも、彼の歌を聞いて、この雑談動画に集まった人の中に、彼の説明をバカにする人はいなかった。

 

そして、それと同じくらい衝撃的なことがあった。2回目の雑談動画にして彼がブチ切れたのだ。

 

男性と称するVtuberによく起こることだが、セクハラコメントを打つ奴がいたのだ。彼も始めは適当に流していたのだが、彼が本当に男だとわかったせいか、いつもなら適当に鎮火するセクハラコメントが大いに盛り上がってしまった。

 

思わず、いつもなら放っておく私も制止コメントを打ってしまうほどだ。

 

どんどん盛り上がるコメント欄を見て、始めは彼も「そろそろ止めましょうね」と軽く注意を続けていた。でも、それで自分のコメントが認知されたと思ったリスナーが更に卑猥な質問や言葉を連発する。

 

ついには、まともなコメントの方が少なくなってしまった。そんなコメントだって、[もう無理、帰る][コメ欄、死滅しろよ][お前らさっさと消えろ!]なんてコメント同士でケンカし始めた。

 

そして、ついに彼が切れた

 

「いい加減にしろって言ってんだろ!」

 

声の圧がすごかった。

 

くらったことないけど、ゲンコツを落とされたときの衝撃って、こういうものかと思った。

 

体がビクッと震えた。

 

コメントも一気に止まった。

 

その後、彼は言葉が強くなったことを謝った。

 

「こういったコメントが出てくるのは仕方ないけど、明らかに嫌がる人がいるのに続けるのは見過ごせない。ノリが悪いとか思う人もいるかもしれないけど、俺はそういうところはしっかりしたい。もし、この考えが受け入れてもらえないなら、残念だけど、別のVtuberの動画を探したほうがいい」

 

そう語る口調はビクビクするようなものではなく、堂々としたものだった。

 

それから間もなく彼の配信は終わった。

 

コメントが少ないのを気にすること無く、次の歌って見た動画の話をする彼の姿は慌てるところはない。唯一、最後に、「もう開き直って、これからはタメ口で喋る」と言ったときは、吹っ切れたような清々しい声をしていた。

 

動画が終わったが、まだ残っていた人がポツポツとコメントを残す。怖かったとか、びっくりしたとか。

 

確かに私も怖いと思った。でも、悪いことを叱る彼の姿に、逆に私はこの人なら信じられると思った。

 

せっかく増えたチャンネル登録者がほとんどいなくなってしまうかもしれないのに、粘着質なアンチが生まれるかもしれないのにハッキリ言い放つ彼の姿を思い出しながら、私はリンク先の寄付サイトへ飛んだ。

 

別に名前を呼んでもらえたからじゃないし、同い年の男子だからってわけじゃない。あくまでもいい歌を聞きたいと思ったからだ。この人なら寄付が集まり次第、約束どおり動画を投稿してくれるはずだ。だから、5,000円だって痛くない。これはいい歌を聞くための投資だ。別に彼自身のことを応援しているわけじゃない。私はあんなヤツらと違って応援してるって伝えたいわけでもない。私はそんなチョロい女じゃないから。




イメージ曲
バラード:生きる(安野 希世乃)
ポップス:SUNRISE JOURNEY(GLIM SPANKY)

両方とも超名曲です。知らない人はぜひ聞いてみてください。知ってる人は久しぶりに聞いてみてください。
女性ボーカルな曲ですが、そこはチートで良い感じに調整してると思ってください。


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4話

掲示板回


458:

悲報 怒れる鹿、4度目の寄付金設定失敗

 

460:

マジかよ500万だろ?

達成しちゃったの?

 

465:

×3だから1,500万だね

ヤバい

 

469:

今回は初期勢の社長たちに自重しろって御触れだしてなかった?

 

475:

>>469

した

その上でこれ

 

480:

いや、だからこそ7日保ったんじゃないか

 

486:

鹿「お前らいい加減にしろよ。金をなんだと思ってんだ!」

初期勢「自分で稼いだ金の使い道に文句を言われる筋合いはない! 黙って寄付されてろ!」

この流れ好き

 

490:

>>486

なんでこいつらケンカしてるんだ(困惑)

 

494:

ド正論に反論できなかったセントー君「大金を寄付して当たり前みたいな空気を作るなって言ってんだよ! 次は黙って見とけよ!」

初期勢「仕方ねえな。でもその次は覚えてろよ。一瞬で目標金額に到達させてやる」

ケンカするポイントが間違ってるんだよなあ

 

495:

悲報 怒れる鹿、寄付に上限を設ける

 

499:

>>495

完全に初期勢対策してきてるw

 

502:

>>495

なんで寄付させにくくしてんだよw

 

503:

 

505:

でも、今回この社長勢は寄付してないんだろ。目標到達早すぎね

 

510:

チャンネル登録者5万人いったからな

1人当たり100円ずつ寄付すれば到達よ

 

515:

いや、寄付する奴なんて1割くらいじゃね?

社長勢が別のクレカ使って寄付したんだろ

 

522:

たぶん寄付者は3割はいるはず。寄付サイトに人数が出てるぞ

複数回寄付する奴がいたとしても、1割は低すぎる

 

525:

セントー君が言ってたとおり高額の寄付があるんじゃね

生活費削ってる奴いそう

 

530:

>>525

金額的にそうだと判断したんだろうね

で、流れの原因である社長勢を止めに行った、と

 

533:

相変わらず、この人の怒りのポイントがわからない

 

540:

>>533

わかりやすいだろ

>>525が言ってるとおり、歯止めが利かなくなってきた空気を止めにいっただけ。

>>530立会で大敗北したけどなw

 

544:

チャンネル登録者が増えすぎて、少しずつ制御が効かなくなってきてる状況に右往左往してるセントー君、好き

 

549:

マジでチャンネル登録者増えたよな

あそこからよく復活したよ

 

553:

2000

100

50000

数字で見るとナニコレだよなw

 

557:

こう見ると100人を初期勢って特別扱いするの納得できる

 

558:

まあ、よく残ったよ

 

560:

女が演じる理想の王子様を求めに来たヤツらが一掃された感じ

 

562:

世の中には、まだ男に理想を抱いてるヤツがいるんだよな

私にはそれがホラーだよ

 

563:

>>560

「残ったのは俺の音楽を気に入ってくれる人だけ。ようやくスタートを切ったって感じがする」

これ言われて泣いたわ

 

566:

>>563

初期勢さんチーッス

 

570:

>>563

私もメンバーシップに入れてくれるようセントー君を説得してください。なんでもしますから

 

579

>>570

無理

あれがそんな説得に応じる玉かよ

 

583:

>>579

は? 何言ってんの? もう寝たら?(意訳:黙ってろよ)

とか言われそうw

 

584:

次の曲いつ来るかな

 

587:

目標到達したから近日中には来るだろ

たぶん、まだストックがあるだろうからな

 

592:

これでオリジナル曲15曲になるのか

しかも、どれも名曲

頭の中どうなってんだ?

 

596:

>>592

同じポップでも曲風が全く違うんだよな

普通はどんなに曲調が違っても、似てる部分とか癖が出るもんなんだけどな……

作曲家に依頼してますって言われても納得するわ

 

602:

本人曰く、小説とか漫画を参考にしてるって

それをいろんな曲調と悪魔配合させるって言ってた

 

606:

悪魔配合って何?

 

610:

知らん

天才の考えは理解できん

 

613:

だけどユメ見る好き

何度聞いても泣けてくる

 

619:

>>613

間違いなく名曲

奏とこれがあるだけで、セントー君が生まれてきたことを感謝してる

 

624:

>>619

アクセンティアを忘れてますよ

 

630:

>>624

それも好き

てか本当にどの曲もヤバ過ぎる

 

635:

曲だけで100人から50000人に増やした男だからな

しかもこれから更に増えることが確定してる

 

636:

初期勢じゃないけど、マジでこんな早くからセントー君知れたのは一生の幸運だと思ってる




イメージ曲
だけどユメ見る(ロッカジャポニカ)
奏(スキマスイッチ)
アクセンティア(藍井エイル)

だけどユメ見るはFM横浜で流れた曲で、それまで全く聞いたことがなかったのに一目惚れしてしまった曲です。
奏は丸山に歌わせるために世に出す必要があった曲です。アレはガチ。
アクセンティアはデジモンからですね。歌詞もすごく良いですし、Instrumentalバージョンも幸せになれる曲なので、ぜひ聞いてみてください。


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5話

コメントありがとうございます。
この小説では主人公と原作キャラの間に、きょうだい関係も、幼馴染関係もないです。

そして、だんだんと説明臭くなってきました。偏見タグも本性を現してきます。異文化気分でお願いします。


中3になった。

 

だからといって語ることは少ない。高校受験を控えているとはいえ、前世で大学受験戦争を乗り切り、就職戦争でも勝ち抜いてきた俺にとって、高校受験なんて大したことではない。

 

そもそも、この世界では男は希望すれば受験なしで高校に入れるのだ。国や県が指定した高校なら、願書だけ出せば、試験なし、入学費用なしで入学できる。超イージーモードだ。

 

たぶん高校に行かないと、その男が中学卒業して何してるか情報が入ってこなくなるから、それを避けたいんだろうね。

 

受験をしなくてラッキーと思う反面、何だか肩透かしを食らった気持ちにもなる。でも、勉強しろ! と言われると嫌になるんだけどね。

 

Vtuberの仕事に関しても、一波乱あったものの、順調である。

 

2000人の登録者の95%がいなくなったときはびっくりした。

 

その1ヶ月後には49900%増という意味のわからない増加をしたときは目を疑った。

 

それでも日に日に増えていく寄付者を見て、ああ、これは現実なのかと納得したものだ。

 

チャンネル登録者は50万人。今やファンの名前なんて到底覚えきれない。というか、最初の方の100人くらいしか名前覚えてないけどね。

 

曲のリクエスト寄付も軌道に乗り始めた。1日の上限を2万円に設定し、目標金額は1,000万円。これで2週に1曲というペースだ。

 

しかし最近は目標達成のペースが早まってきているので、金額の引き上げを考えている。

 

曲のストックはまだまだあるけど、どうしても女性ボーカルの曲が多い。それも音程を整えれば全く問題ないけど、電波ソングは流石に歌えないから(でも一番ストック数が多い)、曲を節約するに越したことはないだろう。

 

オリジナル曲を作ることも考えているのだが、前世の名曲ばかり扱っていた手前、自分で作るとなると完成度が低くなると思い、なかなか手を出せずにいる。

 

音楽の価値なんて受けての人次第だから、どんな曲を作ったら名曲になるかはわからない。

 

でも、せめて自分が最高傑作と思える歌を作りたい。そう考えると、俄然、ハードルが上がってきてしまうのだ。

 

そうは言っても、俺には音楽全般のチートがあるから、いざ曲を作り始めれば、たぶん名曲が生まれると思うんだけどね。それでも前世の彼らの曲を使わせてもらっている以上、彼らをリスペクトする気持ちが、気軽に作曲するのを許してくれない。

 

我が物顔で稼がせて貰ってるが、お借りしてるのは確かだからな。たとえ、それを知ってるのが俺だけでも、それを忘れたらダメだと思ってる。

 

まあ、それはそれとして、これからも前世の曲をパクらせてもらうんですけどね。

 

ともあれ、元一般ピーポーとしては、なんか参考になる人がいて欲しいと思う今日このごろ。

 

同い年くらいで、作詞、作曲をして、俺の素性を知らない人がどこかにいないだろうか。好み的には、明るいぶっ飛んだ曲を作る人がいい。ピアノの音をガンガン入れてくる人でね。

 

ま、そんな都合よくいくわけ無いか。

 

今のままでも20年は戦えるし、曲のストックが尽きる頃には大金持ちになってるだろうから、無理に曲を作る必要はない。気にするだけ無駄なところもある。

 

なんてといっても月に2曲投稿すると、寄付が月2000万となり、寄付だけで年収が億を超えてしまうのだ。

 

それに再生数が乗ってくる。俺の動画は歌が中心ということもあり、再生数がアホみたいなことになってる。

 

軒並み500万再生を超えており、中には1000万再生を超える動画もある。寄付の時点でお腹一杯なので、最近はそっちの収入を数えてないが、なんか良い広告が付いたとかメールが来てた気もする。

 

そして前世では考えられない稼ぎ方をしていると、新たな問題に気づいた。

 

お金の使い道に困ったのだ。

 

これが前世であればゲーム買ったり、課金してみたり、旅行したり、女の子がいる店に行ってみたりと楽しみはあるのだが、今世ではそうもいかない。

 

前も言ったが、この世界はゲームが発展途上である。ハードはPS2とDSが最新機種で、ソフトは少ない。しかも女主人公と超イケメンヒーローものばっかり。ヒーローの性格は両極端で、女性に限りなく甘い男か、DV上等のメンヘラ男。驚くことに、今世ではDV男は前世でいうツンデレのような扱いで、大人気キャラの一角なのだ。まあ、俺様男子というのは前世でも女性の好みだったのかもしれないが……。

 

そうなると、ゲームをやるということは、真新しさのないシステムを触りつつ、虫唾が走るようなクズ男とスレンダー(笑)美女の恋愛模様をA連打で垂れ流す必要があるのだ。

 

スキップ機能? そんな上等なもん、あるわけないだろ。

 

ソシャゲも同じだ。前世で美少女動物園だったゲームが全員男になった作品ばかり、と言えばわかりやすいだろうか。キャラクターは知らん。たぶんコンシュマーと同じ感じだろう。

 

漫画だってアニメだって同じだ。男が少ない世界では女メインがほとんどだ。男が主人公の作品だってあるが、作ってるのは女である。そうなれば当然、女向けの作品になるんだ。

 

男同士でてぇてぇとか吐き気しかしない。おじさんが許容できるのは妖精三信までだ。ギャグにもならないのはノーセンキューなんだ。

 

というか男に元気がないってニュースがよく流れてるけど、もしかしなくても娯楽がないのが原因じゃないのか。この世に生まれて、くっそつまんない娯楽の中で育って、受験なしで進学できるから勉強する必要もなく、DVをしても求めてくる女が後を絶たない。学校を卒業すれば働かなくても精子バンクへの協力金で生きていける。

 

頑張る必要がなく、社会的モラルも問われない。何もしなくても生きていくためのものは与えられる。そして、俺からすれば娯楽がほとんどない生活。

 

まるで、ぬるま湯に浸かったまま死を待つ感じ。廃退的な臭いがパない。

 

これはもしや、お先真っ暗というやつなのではないか。

 

まあ、そんなのはどうでもいい。どうせ二度目の人生だ。俺は俺の好きなようにやらせてもらう。

 

この世界の未来は人生一度目のみんなで頑張ってくれ。俺は迷惑かけないようにやってくよ。

 

え? 旅行と女の子の店?

 

旅行については、男性は海外旅行が禁止されてるし、国内旅行だって任意で届け出する必要がある。任意だから届け出なくてもいいんだけど、その代わり飛行機と新幹線が使えなくなる。

 

在来線でチマチマとか地獄だ。前世みたいに椅子の座り心地は良くないし、めちゃくちゃ遅いから、東京から名古屋に行くにも1日かかる。しかも、その間、香水臭い車内で、周りの女性から動物園のパンダよろしく見世物扱いされるという始末。

 

親が忙しくて車で旅行もできないので、せいぜい近場で遊ぶしかない。

 

女の子の店なんて、もっと酷い。

 

そもそも、そんな店がないのだ。

 

現状、男だったら女を選び放題だから、そういった店の需要が全くない。男装した女性がいるホストクラブならあるよ。当然、女性向けだけど。

 

ニッチ過ぎる趣味を持つ人は苦労するんだなって、そんなことを今世では思ったね。

 

閑話休題。

 

ともあれ、そんな世界である。金が沢山あっても、使い道に困るのだ。

 

あ、税申告はちゃんとしたぞ。元サラリーマンを舐めてはいけない。俺は確定申告だって何度もしたことがあるんだ(得意気)。

 

まあ、実はこの世界では税申告は必要なかったりするんだけどね。

 

通常、こんなに稼いだら、所得税と住民税あわせて稼ぎの半分以上が持っていかれるものだが、なんとこの世界では男性の個人事業は非課税である。

 

意気揚々と税務署に乗り込んだのに、次からは申告しなくても大丈夫ですよー、とか言われた。

 

ちょっと恥ずかしかった。

 

国に一体なんのメリットがあるのかは不明だが、払わなくていいって言われてるなら払うつもりはない。

 

ありがたく懐に収めさせていただく。

 

 

 

 

 

 

別視点

 

 

 

『というわけで、金の使いみちについて聞こうかと思ってる』

 

セントー君こと鹿のメン限(メンバーシップ限定配信)では、初期勢と呼ばれる約100人を対象に雑談が開かれる。定期的に配信されるが、そこではセントー君の歌が披露されるというよりも、話がメインの限定配信である。くだらない世間話から彼の今後の方針や、最近の悩みなどが30分ほど話し合われる。

 

ときどき、鹿の作った投稿前の歌を流すことはあるが、それはメンバー限定に先行配信、なんて夢のあるものじゃない。これ、出して大丈夫? という確認の類のものだ。

 

一般公開してる雑談動画で、[歌詞の意味はわからないから、とにかくノリのいい曲を出して!]というコメントに静かに怒った鹿が、じゃあこれでいいんだろ! と作ったFxxk Your Discoなどが、公開しても問題ないかを審査したりしてるのだ。

 

正直、これに関しては私たちも怒りを感じてたから、よくやった! という気さえしてた。歌は好評だったけど、[歌詞がイミフ過ぎてツライ……]なんてコメントもあったから溜飲も下がった。

 

でも、それで終わらないのが鹿である。

 

私たちと同じく、この騒動に気をよくした鹿が、どこまでなら大丈夫なのかとスレスレの曲を作るようになった。しかも普通の歌を作る片手間にだ。

 

歌詞が意味わからないシリーズのDaylightはまだいい。けっこう過激な歌詞の蝶や聲などの零シリーズと冠した歌だって、少し迷ったが、芸術という表現と思えば、頭から否定することはできない。

 

でも、絶対に外に出せない歌だってあった。

 

一番ヒドイ歌だとSATSUGAIとか魔王などのDMCシリーズがある。さすがにこれを出されたときはメンバー全員が全力で止めにかかった。倫理的に完全にアウトだ。メス豚交響曲なんて名前だけでアウトだ。

 

なんて曲を作るんだ。こいつ放っておくと危険だぞ、とみんなが思った。みんながただのファンってだけでなく、鹿を遠慮なく、いさめるのはそんな経過があったからだ。

 

歌だけは腹立つくらい上手かったから、メンバー限定で曲データを公開させたけど、それはそれである。

 

ともすれば、保護者面してるって反感を買いそうなメンバーの態度だが、鹿も受け入れてくれている。チャンネル登録者の95%が逃げ出すという、過去に例を見ない大炎上のあと、それでも残った私たちを、彼は明らかに贔屓してくれるのだ。

 

大炎上を経て、それでも続いた鹿の歌に惹かれた人は多く、大炎上後に新規でチャンネル登録したり、寄付してくれる人はいたが、彼は明確な線引をして接してくれている。彼の歌や、その考え方に共感したからこそ応援し続けた私たちだが、こうして彼が頼ってくれるのは、まあ、嬉しくはある。

 

[貯金]

[豪遊]

[奴隷]

 

『奴隷とか……ホント社会の闇。奴隷に憧れていいのはファンタジー世界だけだから。あと、貯金と豪遊はなー。10万円とかだったら、それもいいけど。桁が3つ違うからダメ』

 

[億!?]

[まあ、そのくらい貯まるよね]

[奴隷が合法なのに人権とかよくほざけるよね]

 

男性の数が激減し、戦争がなくなった。でも貧困差はなくならなかった。女性がトップになっても自分や自国の利益を優先するのは当然だったし、むしろ女性らしく、各国は守りに入ったと言われてる。自分の国(家庭)の取り分を減らしてまで弱い国(他の家庭)を助けることがなくなったのだ。

 

その結果、弱い国はどんどん弱くなり、食べるものすらなくなった国々は、身売りを始めた。

 

これが昔の世界だったら、食べ物を得るために戦争を仕掛けたりするのだろうが、今世で武器を持ってるのは強い国だけだ。弱い国も昔は武器を持っていたが、みんなが武器を捨てて、その維持管理をしなくなり、設備や技術すらも忘れていった結果、戦争なんてできなくなってしまった。

 

いや、作ろうと思えば作れたのだろう。でも、ほとんどの国はそうしなかった。来ない助けを待って国が滅んでいく、というのはわりとよくある話だったりする。

 

強い国は人権を叫びつつも、人類の先細りを防ぐと言って彼女たちを受け入れた。

 

そして彼女たちに人工授精で子どもを作らせ始めた。

 

鹿はいつだったか、戦争がなくなったんなら経済でぶっ叩けるヤツが強い。弱い国をわざわざライバルにしようとしなかっただけと言っていた。それが正しいのか分からないけど、事実として、弱い国では餓死者がいて、強い国では食料が余っている。

 

『リアル孕むための機械はノーサンキュー。俺の嫁さんは恋愛結婚って決めてるから』

 

[純愛鹿]

[畜生ですら倫理ってのを弁えてるのに……やっぱり政治家は悪]

[恋愛結婚(ただしスタイルに厳しい条件あり)]

 

恋愛結婚……。女の子なら誰でも憧れるけど、誰もが手にできない夢。男の子と結婚できた人だって、そこに愛があるひとは本当に一握りって聞く。

 

色々障害はあるんだろうけど、男の子側がそれを望んでいるというのは嬉しい。

 

いや、もちろん一人の女の子としてだから。私情は全くないから。

 

『はいはい。政治の話はやめような。その話題で楽しく過ごせる自信がない。それと、スタイル条件は厳しいものではありませんので悪しからず』

 

[お前がネタ振ったのに……]

[マイノリティーがよく言うわ]

[「譲歩してEカップかな」全く譲歩してない定期]

[オリジナルブランドとか良いんじゃない? ワイルドスタイルとかいけるって]

 

Eカップ……。

 

スタイルは私が最近、心の中で自慢できるようになったことである。

 

世間一般的には服を着た時のラインが崩れるので、胸が大きいのはマイナス要素だ。胸は極力小さく、腰のくびれが綺麗な体こそが良いスタイルと言われている。ファッションモデルを見れば確かにそのとおりだと思う。

 

だから胸が大きいのはずっとコンプレックスだったけど、こうして好きだって言ってくれるのは嬉しい。何だか自分に自信が持てる気がする。

 

いや、一般的な話だから。こいつに言われたからとかじゃないから。

 

『オリジナルブランドって服だろ? 俺センスないから。普段着なんてTシャツ、チノパンしかない。格好つけたいときはTシャツがYシャツになる』

 

[あっ……(察し)]

[地味ー]

[んー……柄次第]

 

『柄はなし。単色。ボーダーとか変な絵とか英語はなし』

 

[良く言えばシンプルでスッキリしてる]

[悪く言えば面白みがない]

[体型とシャツのライン次第で善にも悪にもなる]

 

『買うときは店員さんに丁度いいサイズにしてもらってる。ただ、成長期だからね。もう短いかもしれない。でも俺がオリジナルブランドなんて始めたら、もちろん皆は俺のブランドから普段着を選ぶんだよな』

 

[はい、この話やめ]

[私服がモノトーンだけとか……。完全に色物キャラなんだけど]

[ふざけんな。モノトーンをオシャレに着こなすって、お前が思ってる以上に難しいからな!]

 

『わかったわかった。俺だって服は無理だって思ってるよ。じゃあ次は?』

 

[株]

[機材を買い揃える]

[ギャラを用意してアイドルとコラボするとか。白鳥ひめは鹿に興味持ってるよ。何度か動画の感想を呟いてた]

 

『白鳥ひめ? あの天使の歌声ってやつ? 興味ないかなー』

 

[鹿の歌聞いたあとだと、天使の歌声って言われてもピンと来なくなった]

[歌はマジで上手いよ。鹿と比べちゃいかんけど]

[リアルで見たことある。マジで可愛い。天使の歌声って天使が歌ってるって意味だと思ってる]

 

白鳥ひめ。誰もが知ってる歌姫。彼女のCDは私も持ってる。すごく綺麗な歌声で、彼女が目を閉じて静かに歌い始めるときは、天使ってこういう人を言うんだって強く思った。

 

そんな凄い人も鹿に注目している。やっぱり、こいつの歌はプロが聞いても違うのだろう。

 

『お前ら、それ外では言うなよ』

 

[おk]

[流石に心得とるわ]

[現役アイドル最強歌姫だからね。ファンも多いし、理由もなく敵にするのはダメ]

 

『現役最強、ね。アイドルってみんな貧乳だから見ててもつまんないんだよな』

 

[でたよ。おっぱい好きー]

[少数派だって自覚持てよ]

[胸が大きい方が好きって言ってるやつ初めてなんだよな。男性が少ないってのもあるけどさ]

[あれは貧乳じゃなくてスレンダーな。理想体型だからな]

 

なんだか照れる。

 

『スレンダー(笑)』

 

[なんだろう。世間的には巨乳なんてただのマイナス要素なのに、こいつにスレンダーをバカにされると腹が立つ]

[他の奴→ は、何いってんの(冷)  鹿→ は、何いってんの(殺)]

[うちの娘はどう? 綺麗な金髪で目がぱっちり。平均的な身長だけど胸がかなり大きい。飛び抜けて明るくて、人を笑顔にするのが大好きな子]

 

『なにその子。たぶん超好みだと思う。でも、このコメ大社長だろ? 俺、会社の将来とか背負いたくないんだけど』

 

[一人娘だから、それは、ねえ?]

[隠す気のないハニトラ]

[でも逆玉ですぜ]

 

[いや、ダメだろ]と打っておいた。

 

『だから金の使いみちに困ってるんだよ。金が増えてどうするんだよ。てか経営の才能なんて絶対ないし、やる気もないわ』

 

[自覚してるならおk]

[大社長のレベルだと経営ってよりも外交がメインになる気がするけどな。経営は別に用意するとか]

[まあ、メジャーデビューする方が現実味があるな]

[ゲーム開発とか]

 

『ゲーム開発か。面白そう』

 

[お、いいの来たか]

[かいはつ~? 人材おりゅ?]

[ついに興味がある話題が……!]

 

『人材……。俺は音楽以外ダメだぞ』

 

[プログラマーとか?]

[シナリオ、アート、進行管理、企画とかかな]

[営業は重要]

[ソシャゲから人を引っ張ってくる感じか?]

 

『いや、ソシャゲはダメだろ。似て非なるものじゃね?』

 

[そうなん?]

[違いが分からない]

[ゲームだろ?]

 

たしかに分からない。私はソシャゲに興味なかったからやってないけど、ゲーム機でやるのもスマホでやるのも同じだろ。

 

『違うって。ソシャゲはソシャゲで好きだけど、あれは金回収の過程のシステムで、俺がやりたいのは買って楽しむゲーム!』

 

[?]

[どっちもイケメンとキャッキャウフフするだけでは?]

[どっちも金を払って好きな子に会いに行くものだろ?]

 

『今度ゲーム実況あげるからな。全員参加しろよ。ソシャゲとゲームの違いを教えてやる』

 

[ついにきたか。謎のゲーム実況]

[まあ、30分ドブに捨てると思えば]

[マジレスすると、コンシュマーのゲームよりソシャゲの方が人気だろ。だったら給料もソシャゲの方がいいから、力のある人はみんなそっちに行ってるはず]

 

『う……。そう言われると、確かにそうかもしれん。てかそもそもプログラマーの人気ってどうなん?』

 

[アプリ開発は底辺がやる仕事って風潮はある。優秀なヤツらは服飾や化粧品開発、肌年齢復活の研究に行く]

[アプリなんて出揃ってるからね。せいぜい保守くらいだろ?]

[IT土方って言われるくらいだからな。最低限の需要はどこにでもあるけど、人気はない]

 

『アプリが出揃ってる? 新しいの作ったりとかは?』

 

[新しいの? なんか要る?]

[カメラもあるし、画像加工ツールもあるし、ツイッターもあるし]

[足りないものなんてパッと思いつかないけどな]

 

『ユーザーの心に刺さる新アイデアとかあるだろ。ソシャゲとか出ないか? 新しいやつ』

 

[まあ出るよ。新しく登場した声優を使ったゲームとかね]

[でもガワが違うだけで中身は同じだぞ]

[そうそう。ときどき、あれはこれのパクりだとか言ってるヤツがいるけど、それも他のソシャゲのパクりだったりしてね]

 

『マジか……。考え方が違いすぎるぞ……』

 

[?]

[ど、ドンマイ?]

[おい、流れが悪いぞ。誰か次の案を!]

 

鹿の考えはときどき私たちも理解できない。たぶん彼の中ではキチンと筋道が通っているんだろうけど、私たちには今回のようにイマイチ伝わらないことがある。

 

天才と皆はいうけど、私にはまるで別世界が見えてるんじゃないかと思ってる。

 

それが他の男の子にはない彼の魅力じゃないかって思ってる。

 

まあ、格好良いと思わなくもない。

 

『次の案……。そうだな、次にいかないと……』

 

[次、次、次]

[億だもんなあ。なんか買い占めるとか?]

[はいはい。ライブハウスとかどう?]

 

『ライブハウス? 運営ってこと』

 

[おお、なんかピッタリなの来たな]

[鹿も知ってるジャンルだし、悪くないのでは]

[これから流行りそうなジャンルだし、波が来そうではある]

 

たしか別のクラスの子がバンドを組んでるって耳にしたことがある。ドラムの子がすごい可愛くて、パン屋の看板娘だとか。

 

私の学校にもバンドやってる人がいるんだから、確かに流行ってんのかもな。

 

『マジ? 流行るの? まあ悪くないけど、やるなら全部お任せだぞ。俺は初期資金投入する感じ』

 

[店長も雇えばいけるで。ゲーム開発よか現実的]

[軌道に乗ったら上前をちょいちょいとね]

[ただし失敗したときは全額ボッシュートです]

 

『伸びそうな業種なのか。社長勢はやらんの?』

 

[うちは化粧品屋。業種が違いすぎる]

[うちは総合業者だけど、ライブハウスじゃ回収できる金額が低い。わざわざ人材回して参入するほどメリットがない]

[利益だけ見るとね。鹿の寄付の方がよっぽどエグい]

 

初期勢の社長たちは凄い。ベンチャー企業、中規模の上場企業、大企業の社長と種類豊富だ。

 

鹿に言わせると、油断すると札束で殴りかかってくる危ういヤツららしい。

 

鹿が一時期、社長勢の寄付禁止を言い渡すことがあったが、その直前までの数回あった寄付が1時間で終わり続けたのも彼女たちが競うように寄付をしたかららしい。しかも目標金額の何倍もの金額を投入したとか。

 

『はえー。もっと儲かる仕事があるってことか。俺はできるできないとか、面白いかそうじゃないかで考えてるけど、やっぱ社長ともなると見る目が違うね』

 

[そりゃあ社員食わせていかないといけないからね]

[鹿とは金を使う理由が違うから仕方ない]

[儲かることだけ考えるなら鹿の歌の露出を変えればいい。収入の桁があがるぞ]

 

『だからその使いみちに困ってるんだって。てか、桁が違うって1曲1億ってこと? 想像つかんな』

 

[鹿のレベルで1曲1000万は安すぎる。売り出してないから印税ないし]

[音楽レーベルから勧誘来んの? 来てないなら無能だぞ]

[アーティストってそういうもんだろ。売れる要素があるなら市場規模で考えても1億は不思議じゃない]

 

『勧誘は来てるよ。面倒だから断った』

 

[やっぱり来てたか]

[メーカーとの契約って喉から手が出るほど欲しいバンドがどんだけいることか……! Vtuberですら狙ってるヤツが大勢いるんだぞ]

[まあ超人気アイドルが呟いてるからね。鹿は冷めてるけど、ひめちゃんガチで大人気だからな。好きなアイドル圧倒的NO.1の口コミは伊達じゃない]

 

『出たな。推定Aカップの白鳥さん』

 

[いや、Bはあるだろ]

[ふわふわの衣装であのふっくら加減だからな。ギリギリAと見た]

[アイドルをカップ数でしか表せないなんてサイテー!]

 

『俺は胸の大きさを測るのは自信があるぞ。豊胸手術すら見破れる自信がある』

 

[ほうきょう手術?]

[ほうきょう……宝鏡?]

[法教? 法興?]

 

『豊かな胸の手術ね。ほら、シリコン入れたりするんだよ』

 

え、なにそれ。怖い。

 

[シリコン!? 入れる!?]

[おいなんだこの鹿、考えてることがエグすぎる(恐)]

[やっぱり天才は考えてることがちがうなー(震)]

 

『……なんだこれ。なんで俺がゲテモノ扱いされてんの? 白鳥さんがペチャパイだって話だろ。俺が非難されるのは違うだろ』

 

[なんでや! ひめちゃん関係ないやろ!]

[ひめちゃんのせいにするなw 人体改造の話出したのお前だろw]

[早まんなよ。コラボできればチャンネル登録者100万は絶対にいくぞ。こっちにメリットが大きいぞ]

 

『いいよ。このままでも100万人いくだろ。それにアイドルに気を使うのもなー』

 

[面倒くさがるな!]

[現役最強アイドルを気づかうのがヤダ! で拒否る鹿]

[まあ、100万人はいくな。今年中にいくんじゃないかと思ってる]

 

『いいんだよ。住む世界が違うんだから。あっちはリアル。こっちはバーチャル。お互い画面の向こうの人なんだから関係なし』

 

[言ってることは分かる]

[冷えっ冷え]

[ひめちゃんとの歌コラボ聞きたい……]

 

それは私も聞きたい。いつだったか白鳥ひめと男性アイドルのコラボがテレビのミュージック番組でやってたけど、白鳥ひめが男性アイドルにレベルを合わせたせいで、彼女の綺麗な声が台無しになったのを覚えてる。

 

彼とのコラボなら白鳥ひめも本気で歌えるんじゃないか。

 

『はいはい。この話は終わり。本題に戻るぞ。いま出た中だとゲーム開発が面白そうなんだけど、それ以前の問題だよな』

 

[正直、鹿の考えを理解できる人材がいるのかって話]

[人材育成の方が現実的なレベル。でも5、6年はかかると見た]

[片手間にできる仕事ではないよな。本腰入れて指導しないとソシャゲと同じ人材が育つ」

 

『だよな。俺も音楽の時間を削ってまで力を入れるつもりはないよ。ゲームは保留』

 

[妥当]

[それとなくゲーム業界に意識を向けとくよ]

[あんな絶望したのに、まだ諦めない鹿]

 

私も今度ゲーム雑誌でも買ってみよう。

 

『後はライブハウスかな。ライブハウスで初心者を支援するってのはどうよ』

 

[ライブハウスか……。どこまでこだわるかだな。小さいのなら楽勝]

[ほうほう。新規の取り込みか。中高生が憧れて手を出すんだろうから、着眼点はあり]

[ライブハウスきたー]

 

『こだわり? 大中小のホールは欲しい』

 

[いいね。大ホールは500人規模くらい?]

[大ホールは地下にするとスペースが確保できる]

[ホール複数は熱い]

 

500人のホールか。昔ピアノをやってたときに出た大会で、一番大きなホールがそのくらいだったっけ?

 

……結構でかくね?

 

『500人か。立ち見だろ、それくらいかな。あとは練習用のスタジオも要るな』

 

[え、500?]

[初心者支援だし2部屋くらい?]

[必須]

 

やっぱり500人規模って大きいよな。練習スタジオだって結構スペースとるんじゃないか?

 

『少ないな。4部屋は欲しい』

 

4部屋!?

 

[まってまって、ちょっとまって]

[まあ、予約が被って使えなかったら意味ないからな]

[カフェ作ろう! ライブハウスの前にオシャレなカフェ!]

 

『カフェ? まあいんじゃね? みすぼらしいのはダメだからな。あと肉料理も置いて。エキスとパウダーは許さんぞ』

 

[肉食の鹿]

[肉を好む草食動物]

[ミートエキス全否定の鹿]

[いや、ライブハウスの前にカフェってどんだけ場所が必要になると思ってんだ!]

 

そうだって! 内装でもうヤバいのに、カフェは無理だろ!

 

『だいたいこんな感じ? 後は名前だな』

 

[それな]

[超重要]

[鹿ハウス]

[ライブ鹿ハウス]

[ライブディア(鹿)ハウス]

 

『うわぁ……お前らセンスないな』

 

[うるせーよ]

[じゃあお前が出せよ]

[さぞかし良い名前が出るんだろうな?]

 

『こういうのはわかりやすい名前でいいんだよ。初めてのライブハウスとかどうよ』

 

……え、いや、それは。

 

[草]

[酷いw]

[初めてのw らいぶはうすwww]

[ダンジョン名っすか?www]

[真面目にやってくれる?]

 

『は? めっちゃ真面目なんだが?』

 

[曲名付けるの上手いのに、なんでそんな名前が出てくるんだよ……]

[鹿は音楽以外はダメなのではなかろうか(オブラート)]

[まあ、鹿だからね]

[なんか抜けてるところが鹿]

[やっぱ私らでなんとかしないと]

 

『いや、聞いたのは俺なんだけどね。なんか同情されるのは腹立つ』

 

[(無視)何がいいかな]

[(無視)初心者でも入りやすい名前がいいな]

[わかりやすい名前は悪くない。最近だと英単語とかあるのが多いかな]

 

『ああ、SPACEだっけ? 聞いたことある』

 

[ちょっと古いけど、そんな感じ]

[deer]

[animal]

 

『鹿に動物?』

 

[deer悪くない]

[響きもいい]

 

『いや、ダメだろ。意味がわかったとたん冷めるわ。あとアンチが湧きそう』

 

[お前が煽るからだろw]

[自覚してるなら自重しろ]

[「あのな、わざわざ見えるところで、そういうコメントするから、お前ら男に相手にされないんだよ」本当に笑った]

 

『あれは煽るっていうより常識を説いただけなんだけどな』

 

[だが結果としてアンチが増えた]

[私たちも怒りを覚えた]

[だから率先して切り抜き動画を作り上げた]

 

『何してんのお前ら。もういいから早く案を出せよ』

 

[こいつ(怒)]

[覚えとけよ]

[私たちが団結したらどうなるか分かってんのか]

 

こいつがメン限の雑談で話してる内容を一部でも掲示板に晒すだけで、どれだけ激しく燃え上がることか。

 

『はいはい。俺が悪かったよ。で、英語1語で、響きが良いのは?』

 

[反省してる?]

[まあ、これが鹿か]

[ねえサークルってどう?]

 

『サークル? 輪っかってこと?』

 

[そう。Circle]

[おお]

[なんか響きが]

[いい感じ]

 

『悪く無いじゃん。でもどうしてサークル?』

 

[私が昔バンドやってたときに、ライブの前はいつも円陣組んでたんだ。円陣って上から見れば輪っかでしょ。だから良いかなって]

[いい]

[マジでいいね]

 

『心を一つにして本番に望む。青春って感じ』

 

[仲間と一緒に練習して、帰りにカフェに寄って、日曜にはライブ]

[そしていつかは大ホールを満員に!]

[ライブの前にはいつも皆で円陣組んで飛び出す!]

 

いい。すっごく良い。なんか聞いてるだけで楽しいってわかる!

 

『いいじゃん。うん。それで決定』

 

[よっしゃー!]

[Circle。いいじゃんいいじゃん]

[これしかない]

[良かった。初心者ダンジョンにならなくて本当に良かった]

[何度聞いても正気を疑う→初めてのライブハウス]

 

Circle。私たちのライブハウス。

 

『よし、これでイメージは出来たな。じゃあ見積もりよろしく。予算は2億で』

 

[だから、できるわけねーだろ!!!!]

 

結局、その日は何も決まらなかった。




イメージ曲
Fxxk Your Disco(GANG PARADE)
Daylight(GANG PARADE)
SATSUGAI(デトロイト・メタル・シティ)
魔王(デトロイト・メタル・シティ)
メス豚交響曲(デトロイト・メタル・シティ)
蝶(天野月子)
聲(天野月子)

上2つはマジカミの曲です。ノリは本当に良いです。歌詞は意味わからないですけど。
中3つは有名曲ですね。よくもまあ漫画の悪ノリみたいな曲を、あんなクオリティに仕上げたなと驚きますよね。もちろん、いい意味で。検索するときは履歴に残っていい言葉か考えてくださいね。
下2つは零の主題歌です。作品に強く寄せている曲なんですが、その中でも独自の世界観が垣間見れて、一度ハマると歌詞が頭から離れなくなります。天野さんの曲はこれ以外にも名曲ばかりです。他の零シリーズの曲もそうですが、「亀」も良い曲ですよ。


僕たちが考えた最強のイケてるライブハウスは不発に終わりました。東京の地価は頭がおかしいから仕方ないね。
再生数とか費用とかは適当に書いてます。
考えるのは面白いですけど、こだわるとスピードが一気に落ちるので、正確さは捨ててます。


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6話

この物語はフィクションであり、実際のアニメ作品等の登場人物とは一切関係ございません。なんか似ている名前だなと思っても、それは他人の空似です。そういうもんだと思ってください。

感想ありがとうございます。
タグのアドバイスありがとうございます。両方とも本当は使いたいタグなんですが、微妙に世界観が違うので、それを期待して見に来てくれた方に申し訳なくて入れてません。
あと、恋愛関係はあります。むしろガンガン手を出してきます。リアルなら刑事事件待ったなしの状況が、世界観が変わるとどうなるのかを書きたいと思っています。
よろしくお願いします。


169:

激動、名曲すぎん?

 

175:

いつの話してんだよww

投稿されたの先週だぞwww

 

177:

スレで話題にするには古すぎますねw

 

183:

うるせ!

さっきまで2週間も海の上にいたんだよ!

 

191:

もしかして:マグロ漁船

 

192:

もしかして:密航者

 

193:

もしかして:魚類

 

199:

マグロじゃないけど漁船

儲かるけど、暇つぶしに困る

 

206:

海の上でもネットがつながればいいのにな

 

211:

なんだその夢の世界

早く実現させてくれ

 

216:

無理だろw

街中ですら無線は動画がちょくちょく止まるんだぞ

海の上で使うなんて夢のまた夢

 

221:

まあ、そうだよな

でも今回は大漁だった

お前ら、魚が美味しいシーズンだぞ!

 

228:

やったー

 

230:

魚って焼くと掃除が面倒で……

 

231:

ムニエル一択

 

233:

私ベジタリアンなんで

 

234:

魚っていうか、肉食は野蛮っていうか……ねえ?

 

240:

お前ら(怒)

 

246:

【朗報】現役アイドル最強歌姫 白鳥ひめ「セントー君さんと一緒に歌ってみたいです」

 

280:

「セントー君」までが商標ですw

 

281:

セントー君の動画をよく見るって、ひめちゃん言ってた

 

285:

狙われる鹿w

鹿肉って美味いんだっけ?

 

290:

さあ

マタギがいた時代はともかく、今は毒が主流だから食べたって話は聞かないな

 

293:

男アイドル以上のDV彼氏になりそう

 

295:

ちょうど雑談やってるだろ? 誰か凸って来いよ

 

314:

【悲報】怒れる鹿「アイドルのリップサービスを本気にするのはどうかと思う」

 

318:

草w

 

320:

マジレスw

 

321:

おい、言われてんぞお前らw

 

323:

流石や

普通のVtuberなら話題に上げてもらえただけで舞い上がるというのに……

 

329:

鹿だからね

感性が違うんだろ

 

330:

社交辞令を理解する畜生w

 

333:

ひめちゃんってガチ恋なの?

 

340:

>>333

ファンでも意見が割れてる

ひめちゃんは歌が好きだから、純粋にコラボしてみたいだけ派と、

鹿の歌にはまって惚れた派がある

 

345:

>>340

あの鹿、歌だけはガチだからな

 

349:

前に男のアイドルと歌ったときは酷かった

ひめちゃん本気出せないし、相手の男アイドルのファンから粘着されたんだろ

そう考えると純粋に歌ってみたいだけなのかもね

 

352:

鹿のファンならバカなことしない安心感はある

 

357:

ファンが鹿から一番聞いてる言葉が、節度を守れよ、だからなw

 

361:

初期勢が鹿の考えをよく理解してて、それを他のファンに伝えてる感じはある

 

366:

それな

初期勢って変にマウント取ってくることはないんだけど、締めるときはどこからともなく出てくるイメージある

 

369:

100人でそんな目が行き届くもんなの?

 

374:

新規ファンが初期勢の真似して治安活動してるはず

 

378:

新規ファンw

どんなに頑張っても初期勢になれないのによくやるなw

 

384:

ファンの9割強から見捨てられたら、残ってくれたファンは特別扱いするわ

だからこそ新規ファンも初期勢を受け入れてるんだろ

 

388:

ただ暇つぶしでネット見てただけのヤツらなのにね

特別扱いは草はえるw

中身はニートだろw

 

394:

ニートもいるだろうけど、会社の社長もいるんだって

 

401:

>>394

ま?

 

408:

前に鹿が寄付の目標達成が早すぎて、社長勢に自重しろって呟いてた

 

410;

知り合いの初期勢から聞いたけど、社長いるってよ

他にもファッションデザイナーやら弁護士やら医者とかもいるらしい

 

414:

初期勢の知り合いktkr

 

416:

社長っていっても、どうせ零細企業だろ

Vtuber追っかけてるのなんてその程度だろ

 

422:

規模までは聞いてないけど、初期勢って社会人が多いって言ってた

少数だけど学生もいるらしい

 

427:

まあ、若い子はいきなり怒られたら嫌になるからな

ある意味、必然

 

433:

大人でも嫌だわ

でも、よくよく聞いてみると鹿が言ってたことってド正論なんだよな

 

437:

それが分かるのが社会人ってことだったんだろ

若い子は逃げてった

 

441:

そういうことね

 

445:

いや、そういうことじゃねーから

なんで知らない奴に急に怒られんの?

こっちは時間使ってお前の動画見てやってんのに!

 

449:

うわぁ、でたよ

 

450:

はいはい、アンチはアンチスレに行ってね

 

454:

アンチじゃねーから!

他のVtuber見てみろよ!

怒るやつなんて一人もいない!

くそ鹿のがおかしいだろ!

 

459:

早くアンチスレ行けって

 

461:

お前いつの時代の人間だよ

 

463:

他のVって全員女だからな?

人気が欲しいから理想の男を演じてんの

鹿はガチの男。金に困ってないけど歌を聞いてほしいからやってんだよ

そもそもジャンルが違うわ

 

466:

お前らに媚売る必要がないってだけだろ

 

470:

こういうやつが口で勝てないからって自棄を起こすのが怖い

自傷行為なら好きにしろだけど、周りに当たらないで欲しい

 

477:

男にリアル凸とか絶対止めろよ

今のご時世、お前の家族にまで累が及ぶからな

同僚がそれで会社首になった

 

483:

ま?

 

489:

まじ。男が被害者だと、加害者は未成年だろうが実名報道される

男が貴重ってのは普通の人なら誰もが理解してるから、警察を責めるヤツはいない。関係者は洗いざらいよ

 

496:

プライバシーは?

 

501:

男の拉致が問答無用で死刑の時代に、男に危害を加えようとしたヤツにプライバシーが認められるとでも?

むしろ思想犯のしわざじゃないか念入りに調べられるわ

 

505:

まあ、男がいなくなったら国がやばいことは分かる

 

506:

中国と朝鮮がなんで自然に還ったのか忘れてはいけない

 

507:

他国で奴隷落ちして3K仕事は絶対にしたくない

 

512:

定期的に子どもを産まされるしね

産んだら土方にすぐ復帰とかただの地獄

 

514:

鹿のアンチだって、鹿が気にしてないから見逃されてるだけだからな

鹿がガチの男なら、アンチコメで精神病んだって言えば一斉検挙よ

 

520:

いやいやそんな

 

521:

それは言い過ぎ

 

524:

ツイッターは分かるけど、掲示板なら個人特定できないからセーフじゃね?

 

531:

爆破予告したヤツらが特定されるの見たこと無い?

IPたどれば身元判明するぞ

 

535:

個人情報……

 

539:

だから男関係は容赦ないんだって

掲示板みたいに証拠がはっきり残ってるなら警察は司法だって黙らせる

 

545:

IP偽装で回避余裕

 

550:

いつの話だよ

IP偽装対策なんて随分昔に完成してるわ

そりゃあ、いつかは破られるかもしれないけど、せっせとアンチコメ打ってるヤツらにそんな技術はねえよ

 

557:

え、じゃあ私のダウンロード歴も丸見えってことですか?

 

564:

誰もお前の性癖なんて気にしないから大丈夫

ただし男とかテロは別

それをやったら何百、何千って警察がお前を特定するために動き始める

 

568:

ヒエッ

 

570:

うーん、妥当!

 

576:

だから男のアンチはほどほどにしろよ

嫌いなら関わらないようにしろ

マジで良いことないから

 

584:

はえーためになるなー

 

586:

なまじガワが同じVtuberだから、扱いも同じでいいって勘違いしちゃうんだよな

もう、男性Vじゃなくて鹿ってジャンルで確立してほしい

 

592:

ジャンル:鹿w

 

593:

男、怖い……

 

599:

>>593

それくらいの考えが一番だよ

鹿のことだって気まぐれで楽しませて貰ってるくらいがいい

 

604:

私の推しが鹿のこと煽ってるですが、それは……

 

609:

宝月塚乃のことだろ

あれは無理、諦めろ

 

613:

世の女性を意味もなく傷つける君は許しておけない!

だっけww

 

617:

アンチに踊らされただけだと思うけど、完全にラインを超えてる

 

618:

初期勢が法的措置を講じるって言ってた(震)

 

624:

>>618

終わりだな

さっき言ったろ?

初期勢には弁護士がいるって

 

630:

たぶん見せしめ的な役割もあるだろうな

宝月ってそこそこ有名だから、アンチも注目してるだろうし

 

637:

待って

何がダメだった?

 

645:

許しておけない、はアウト

許さない→何らかのアクションを起こすつもり

言い逃れ出来ないやつ

 

649:

宝月って日頃から、一部のVtuberの女性への態度は目に余るものがある、とか言ってたんだろ

 

657:

そう。んで、鹿のアンチが囃し立てて、つい気分が良くなっちゃったと

 

659:

今から謝ればワンチャンない?

 

664:

>>659

ない

弁護士が法的措置を取るって言ったら、調子に乗るなって意味の脅しか、もう手は回してあるから覚悟しろよって意味の宣戦布告のどっちか

調子に乗ってるアンチへの見せしめって考えると、間違いなく後者

 

670:

マジかよ

デビュー当初から応援してたんだけど……

 

671:

流石に自業自得

いい年して、やっちゃいけないことやったんだから、大人しく結果を受け入れるしかない

 

673:

いや、ちょっと口が過ぎただけじゃん

 

681:

さっきから言ってんだろ

男相手じゃ、それは通用しない

そもそも成人してる以上、気の迷いで犯罪行為が許されると思うな

 

686:

思った以上にヤバかったわ

 

687:

掲示板でイキるのやめるわ

 

689:

マジで男に関わったらダメだった

 

690:

私も推しにマロ投げとくわ

絶対に関わるなって伝えておく

 

697:

あの……大正義ひめちゃんが自ら絡もうとしてるんですけど……

 

703:

この話聞いたあとだと茨の道だよな

 

707:

てかフォースター学園って、少し前に男アイドル絡みで事件起きたよね

 

713:

ああ、同じ学園の男アイドルが女アイドルに怪我させたやつ

 

719:

そうそう

やり過ぎて病院送りになったってやつ

 

726:

まじ?

怖っ

 

727:

美男美女のカップルで学園では有名だったらしい

まあ、その実はよくあるDV彼氏とその奴隷だったんだけどね

 

733:

奴隷っていうな

彼氏の言うことをなんでも聞いてただけで、人権はある

鹿にチクるぞ

 

737:

>>733

すまん。口が過ぎた

セントー君に言うのだけは勘弁してください

 

743:

なまはげ扱いw

 

749:

悪いことすると動画で叱られるよってかw

 

750:

あいつ圧がヤバいから想像すると怖い

 

759:

あのさぁ、言い方ってもんがあんだろ? な?

って感じ?(震)

 

764:

怖い(震)

 

765:

ごめんなさい(震)

 

766:

止めて(震)

 

769:

DVってこんな感じなのかな?(震)

 

770:

悪いことして怒られただけだからな

大したことねえよ(震)

 

792:

あの子、アイドル辞めちゃったんだよな……

 

799:

次のS4候補だって期待してたんだけどね

 

804:

ひめちゃんも入学当初から凄い気にかけてたんだって

 

806:

なんで辞めたの?

怪我酷かった?

 

812:

緊急搬送されるレベルだからね、軽くはない

何よりも本人の心が折れちゃった

人が怖くなったって呟いて、それっきり

 

816:

まじかよ

 

817:

悲惨

 

819:

フォースター学園ってアイドルの名門校だろ?

それなのにそんなこと起きんの?

 

826:

名門校だからこそ男のアイドルが在籍してた

 

834:

ああ、そういう

 

840:

女の子は引退、男の子の方は少し注意されてお終い

ファンの間じゃあ後味悪いだけの事件だよ

ひめちゃんにも怖くて話が振れない

 

846:

まあ、男が絡んでるんならしょうがない

 

850:

それを含めて男だからね

 

851:

酷だけど、男を制御できなかった、ってのが世間一般の考えだろうね

 

852:

鹿だったらどうしたろう

 

855:

あいつがいたら、ぶっ飛ばしてたんじゃね

男の方を

 

861:

ありそうw

 

863:

止まらない鹿w

 

865:

男と男のケンカか

これどうなるんだ

 

872:

大事にはなるだろうけど、最終的にはどっちもお咎め無しで終わるかな

お互いの心情は置いといてね

 

877:

警察だって巻き込まれたくないわなw

 

882:

ファンの数じゃあ鹿は不利だろ

 

888:

ファンが出たら警察も動くよ

あくまでも本人同士の決着が警察不介入の条件

 

893:

デスマッチですか?

 

894:

朗報 合法的制裁方法が誕生

 

902:

鹿の生身ってどうなん?

勝てそう?

 

906:

あいつフィジカルエリートやぞ

 

908:

中3で身長180cmの、体重80kg、体脂肪率15%

雑談で本人が言ってた

 

913:

え、巨人?

 

915:

大きそう(小並感)

 

916:

え、え?

 

918:

プロファイターより大きいんですが、それは……

 

919:

身長が止まるのが嫌だから筋トレには気を使っているとのこと

 

925:

まだ伸びんの!?

 

927:

獣じゃなくて異形種だった?

 

929:

一方、フォースター学園側は身長148cm、体重48kg、体脂肪率は目測だけど9%くらい

 

934:

いたって普通……

むしろ中学生男子としては平均より大きいくらいか?

 

935:

子どもと大人のケンカかな?

 

936:

体脂肪率はアイドルが勝ってるんだ

いい勝負するんでは?

 

941:

するかよ!

ボクサーの階級しらないの?

2kg違えば別物扱いされるんだぞ!

 

945:

いや、今の時代、格闘技なんて誰も見ないって

 

946:

ボクシングってダイエットトレーニングでしょ

階級なんてあるの?

 

951:

お前ら……!!

身長もだけど、体重差って筋力量に密接に関わるから本当に大きい

まあ、簡単に言えば、鹿がフルスイングしたら、ガードしたアイドルが吹っ飛んでくレベルの違いがある

 

956:

おお

 

957:

鹿無双

 

958:

角で突撃されたら、体を貫いてしまうのでは

 

962:

角に貫かれたまま動かないアイドル

 

967:

角にぶら下がったアイドルから滴り落ちる血をそのままに、ゆっくりと振り向く鹿

 

971:

きゃー

 

972:

殺されるー

 

973:

大惨事まったなし

 

975:

鹿さん、殺しはマズいですよ!

 

979:

やるならボディにしときましょうよ

 

986:

ボディも入り方次第じゃ生死に関わるからな

 

996:

そんな……勝ち目なんてないじゃないですか!

 

998:

麻酔銃必須

 

1003:

いざとなれば初期勢がいい感じに止めるだろ

 

1008:

初期勢の必須装備:麻酔銃

 

1016:

動物園かな

 

1023:

放し飼いにしてる分、タチ悪いわ

 

1042:

凄い勢いで脱線したな

まあ、そんなこともあって、例の男性アイドルとの歌コラボでの失敗もあったから、ひめちゃんって男の話題はしなかったんだよ

 

1049:

男にモテることはアイドルの基本的なアピールポイントなんだけどな

 

1059:

ひめちゃんレベルならそんなことしなくても大丈夫だろ

 

1065:

人気アイドルNO.1は伊達じゃない

 

1071:

そんな時に鹿の話を自分からし始めたから、ファンの間じゃあどう受け取っていいかわからず戸惑ってる

 

1076:

だから見守ろうってこと?

 

1084:

そう

ガチ恋か、純粋に歌いたいかは判断つかないけど、とりあえず見守ろうってスタンスよ

だからひめちゃんファンの私が偵察がてらにこのスレに在中してるってわけ

 

1089:

なるほどなー

 

1090:

アイドルも大変だね

 

1091:

鹿が胸の小さい人好きじゃないって伝えないの?

 

1096:

言えるわけねえだろ!




イメージ曲
激動(UVERworld)

RASはガチ。RASとどう絡むかは全く決まってませんが、この歌が生まれてないと寂しいので、無理やり入れました。
シャカビーチもいいですよね。某VTuberの朗読版も大好きです。


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6.5話

感想ありがとうございます。

主人公とDV男を絡ませるのはすっごく面白そうなんですが、どうやっても傷害事件になるんですよね。
RASの登場は本当に未定です。走り書きも高校1年の途中までしかできてないので……。
掲示板は実際の男女が見えないのでなんとも言えませんが、板によると思います。スラングを使って盛り上がるか雰囲気か、他の書き込みにどんなネタが含まれてるかとか……ですかね? 女性だって既婚女性板とツイッターだと表現が違うのと同じかなと思います。あるいは好きな表現がウケる媒体を選んでるかもしれません。でも、当作品の書き込みは、ほぼ女性と思ってください。
タグのアドバイスありがとうございます。「掲示板」のタグを追加させていただきます。
R15タグが火を噴くようになるのは原作キャラと接触後になります。パンツを脱ぐのはまだ早いです。
設定は考えてるようでガバガバです。深く表現すると浅知恵がバレるので、表面をなぞってるだけだったりします。


ある日の“宝月塚乃のナイトトーク”

 

 

[宝月さんはセントー君をどう思ってる?]

 

『彼の歌は本当にすごいと思ってるよ。僕だって歌ってみた動画を上げてるけど、彼はやっぱりレベルが違うって思う』

 

[月さんの歌好きだよ]

[月さんもすっごく上手いと思うけど、鹿は別格。ずっと言われてきてるけど、プロの歌手が公開してる動画より上手いからな]

[いやいや、鹿は音をいじってるから上手く聞こえるだけだって]

 

『月守のみんな、ありがとう。彼は歌が上手い上に、曲は全てオリジナルだからね。正直に言って、彼に歌で勝てるとは思えないよ。まあ、勝ち負けをつける必要はないとも思うけど』

 

[そうそう、少なくとも、月守には月さんの歌のほうが好きな人がいるんだから、気にせず歌ってほしい]

[月さんも音楽センスずば抜けてると思う。歌もすごいし、この前に弾いてくれたベースだってとんでもなく上手かったし]

[ベースのスラップがガチすぎる]

[比べる理由ないよね。鹿の影響で、どこのVtuberも新規さんが増えてるみたいだけど、私たちのペースでやってこうよ]

 

『そうだね。前向きの自分のペースが大事だね。月守のみんなに喜んでもらえるよう、頑張るよ』

 

[月さんについてくよ]

[私たちだって月さんを応援するから]

[でも、鹿の言動ってキツイんだよな。あれのせいで、ショックを受けた知り合いが何人かいる]

 

『うーん……まあ、確かに、彼は物事をズバッと言うからね。雑談動画を見てる分には、言葉にけっこう気を使ってる方だと思うけど、厳しい言葉が出ることもあるね』

 

[鹿はブチ切れ事件以降、気づかうのを止めた説はある]

[そうなんです。宝月さんは、あの言葉使いどう思いますか?]

[この前、鹿の動画のアーカイブ見たら、ファンが怒られてたw そのわりに気にした様子なかったんだけど、あいつら日頃からどんだけ怒られ慣れてんだよ、とは思ったw]

 

『もう少し優しい言葉でもいいんじゃないかとは思ってるよ。言う方も聞く方も、お互いを思いやれた方が楽しいと思うしね』

 

[さす月]

[同感です! やっぱり月さんは大人だなー]

[お互いに思いやれたら良いよね]

 

『なんだかんだでリアルは厳しいからね。せめて僕の動画を見てくれてるときくらい、心が落ち着くゆったりとした時間を過ごしてほしいと思うよ』

 

[女神]

[バブゥ……]

[今日もオギャリティ高いっす!]

[初見です。月さん優しいですね]

 

『初見さんいらっしゃい。みんなに優しくできたらいいなと思ってるよ。良かったらチャンネル登録お願いします』

 

[初見さん増えたよな]

[チャンネル登録者も、もうちょっとで30万人いくな]

[初見さん、仲良くしようなー]

 

『月守はみんなに優しいから、僕も誇らしいよ』

 

 

 

 

ある日

 

 

[セントー君に暴言吐かれたんで、謝ってくれって言ったら、バカなの? って返された。……マジでショックなんだけど]

 

『ええ、本当? それは酷いね』

 

[どんまい。鹿に関しちゃ、それがデフォみたいなところあるから、気にしないのが一番だぞ]

[確かに酷いんだけど、鹿が言ったんなら笑っちゃうんだよなw]

[わりと息を吐くようにバカって言われる感はあるな]

 

『セントー君って、そんな人だったかな? まあ、でも月守が言われたんだよね。……それはちょっと嫌だな』

 

[月さん優しい……]

[こっちがなんて送ったかにもよるけど、鹿だったら、そう返しても不思議ではないな]

[初期勢曰く、メン限はもっと酷いらしいから、うっかり暴言が出ても全くおかしくないw]

 

『ちょっとDM送ってみようかな。僕の名前なら、きっと返してくれるよね?』

 

[どう返されるかはわからんけど、無視はされないと思うよ]

[チャンネル登録者は鹿の方が上だけど、Vtuber歴なら月さんの方が上だからね。向こうだって認知してると思う]

[月さんが動いてくれるなら嬉しいです。ありがとうございます!]

 

『どういたしまして。月守のためだからね。確認ぐらいはするよ』

 

 

 

 

ある日

 

 

[月さん……セントー君に、つまらないコメントは時間の無駄だから止めたら? って言われたんだけど……]

 

『また言われたの? しかも、けっこう酷いね』

 

[言いそう]

[あいつなら言う]

[私も言われたよ。そんなんだから男に相手にされないんだよ、だって。なにもそこまで言うことないじゃんね……]

 

『うーん……なんとか連絡したいんだけどな。彼のDMに連絡してみたけど、返信がないんだよね』

 

[は? 放置してんの? ありえないんだけど]

[暴言のソース教えてくれん? 前のもそうだけど、鹿ってつまらないコメントは無視するヤツだから、こっちが何て送ったのか知りたい]

[調子に乗ってるよね]

 

『みんな、言葉が悪くなってるよ。落ち着いてね。……でも、連絡取りたいなー」

 

 

 

 

ある日

 

 

[月さん、セントー君と連絡取れましたか?]

 

『ごめんね。まだ連絡は取れてないんだ。あの後、何度かメールしてるんだけど、一向に返事がないんだよ』

 

[マジか……]

[DM以外で連絡取る手段ないの?]

[雑談動画でスパチャ付きのコメント投げるとか]

 

『雑談動画も考えたんだけど、今回は話題が話題だし、彼のファンがいる場所で質問するのは避けたいんだよね。問い詰めるように見えるのは、彼にとっても良くないことだと思うし』

 

[この期に及んでも鹿を気にする月さんマジ天使]

[怒りをぶつけるにも時と場所があるのはわかる]

[鹿もなんで無視するんだろうね。こっちは理由を聞きたいだけなのに]

 

『他の人からだって連絡が来るだろうから、全てのメールに対応してっていうのは無理だとはわかるんだけどね。どうしても連絡をとりたい僕からすると、やっぱりちょっと思うところはあるかな』

 

[こっちは真剣なのに、無視されるのは嫌だな]

[多忙なのは確かだよな。鹿の言うことが本当なら、学校行って、作曲して、受験勉強してだろ? この前もプログラミングの学科を調べてるとか意味わからないこと呟いてたw]

[あいつ男なのに、なんで受験勉強してんのw]

[月さん、のんびり対応しようぜ。相手は男なんだから、急ぎ過ぎるとロクな目に遭わないって]

[月さんと同じ気持です。ちょっと言葉を柔らかくして欲しいだけなのに、メール無視って酷いと思います!]

 

『みんな、ありがとう。また連絡取ってみるよ』

 

 

 

 

ある日

 

 

[また鹿に暴言吐かれた。アンチスレに行け、だって。謝ってほしいだけなのに、なんでアンチ扱いされんの? 普通のことを求めたら、みんなアンチなの? 絶対おかしいよ……]

 

『またか……』

 

[こっちだって鹿を傷つけたいわけじゃないのにな……]

[だからソース出せって。鹿に言われたのはわかったけど、どういう経緯だよ。なんでずっとソース出さないわけ?]

[なんでもかんでもアンチって、自分に都合が悪くなると、こっちを異常者扱いするんだよな。お前のほうがずっと異常だっての]

[最近、流れがおかしくない? 鹿の暴言なんて、いつものことだろ。なんで鹿のことを月さんの動画に来て話すわけ? そもそも鹿が合わなければ見なきゃいいんだって]

[月さん、連絡取れないの?]

 

『……連絡は取れてない』

 

[やっぱり、あいつ私たちのこと見下してるよね!]

[いつまで無視する気!?]

[忙しいかもしれないけど、メール送るくらいできるでしょ!]

[お前ら、やっぱりただの鹿のアンチだろ。月さんの動画に来んなよ!]

[止めろよ! お前らの私情をこっちに持ってくんなって!]

[月さん、もう放っておけって! このままじゃ絶対ダメだよ!]

 

『みんな落ち着いて』

 

[だからアンチじゃないって!]

[鹿を批判したら、すぐアンチって言うの止めて!]

[月さんは月守のことを考えて動いてくれてるんだよ! なんでお前らがそれを否定しようとしてるわけ!?]

[月さん無視しろ!]

[ヤバいって! こいつらに合わせるのだけは絶対にダメ!]

 

『みんなケンカしないで。みんなの気持ちはわかるから。セントー君だって別に悪気があってメールを返さないわけじゃないんだろうし――』

 

[私が何を言っても鹿に無視されるだけだよ。月さんだけが頼りなの……]

 

『……!』

 

[月さんお願い!]

[言われたままじゃ悔しいよ……]

[ふざけんなお前ら!]

[帰れ!]

[月守名乗ってんじゃねえよ!]

 

『……連絡が取れないから、本当のことが全くわからない。僕はセントー君は話が通じる人だって思ってるから、この件だって、ただ誤解してるだけかもしれない』

 

[月さん!]

[そんな、月さんまで私たちを見捨てるの!?]

 

『……でも、月守が言ってることが本当なら、やっぱり許せないとは思うんだ。言葉の履き違いかもしれないけど、意味もなく人を傷つけて、謝りもしないのなら、放っておくわけにはいかないとも思うよ』

 

[月さん、ありがとう!]

[良かった、本当に良かった]

[確かに、月守が被害を受けてて、無視を決め込むのもなあ……]

[月さん、それはマズいって!]

[止めろ止めろ! 一般公開動画だよこれ!]

 

『前にフォースター学園であった事件もそうだけど。理由もなく人を傷つける行為を許しちゃいけないと思うんだ。確かに男性は貴重な存在だけど、だからといって何でも許されていいわけない。同じVtuberだからこそ、どうにか彼を止めたいと思う』

 

[そうだよね!]

[誰も鹿を怒らないから調子に乗るんだよ。子どもは大人が叱ってやらないと!]

[……まあ、鹿を思っての行動なら応援するよ]

[ああ……]

[月さん撤回して、今のはシャレにならない!]

 

『反対してるみんなも聞いてほしい。僕はなにも――』

 

[あれ?]

[ん?]

[どうした?]

 

『』

 

[止まった]

[コメントは流れてる?]

[バンされた?]

[止まったね]

[月さん大丈夫?]

[バグ?]

[やっぱり鹿は許せないよね]

[ban? その手があったか]

[これ、セーフか?]

[……banされたってことは、YouTubeが問題ありって判断したんだろ。アウトだよ]

[鹿に知られなければ大丈夫じゃ?]

[掲示板でも少し前から炎上してた。同接が一時すごいことになってただろ?]

[切り抜かれるな]

[たぶんアンチスレも注目してただろうから、間違いなく切り抜かれる]

[終わったな……]

[嘘だろ]

[え、月さんなんで]

[マジかよ、こんな終わり方ないだろ……]

 

 

 

 

ある日 とあるスレ

 

 

304:

聞いた?

宝月塚乃、活動休止だって

 

306:

残当

 

307:

やっぱりね

 

308:

知ってた

 

310:

悔しい

もっと早くアンチに煽られてるって気づけてたら……

 

311:

裁判沙汰になるの?

 

315:

わからん

弁護士を交えて話し合うことになったらしいけど、警察は間違いなく動いてるよな

 

319:

見事に切り抜かれたからな

しかも思いっきり悪意のある編集で

 

322:

でも切り抜き動画も片っ端からbanされてったよね?

 

326:

警察から依頼があればYouTubeも動画提供するから

 

330

まあ、もしかしなくても刑事事件だよな

 

331:

宝月って未成年説なかったっけ?

もしマジならワンチャンあるかも

 

334:

未成年説はあった

初期は若干だけど舌っ足らずぽいとこがあったから、もしかしたら未成年では? って噂されてた

でも、あの落ち着き方は未成年には無理だろってことで、最近は20代半ば説が主流だった

……だった

 

338:

ま、そうだよな

未成年でVtuber業界に入る理由もないだろうし、無理筋か

 

341:

一方、鹿は宝月のことはおくびにも出さず、歌動画を投稿してましたとさ

 

344:

まあ、完全に蚊帳の外だったからな

 

348:

鹿からすれば、知らないところで自分にキレてた人が、知らない内に犯罪予告してたってことだろ

なんのこっちゃって話

 

331:

カゼノトオリミチ良かった

 

335:

すっげえ優しい歌だった

 

339:

宝月ってなんで鹿に絡んだんだろうな

こんな歌を歌うやつに、何を思って許さないとか言ったん?

 

343:

鹿のアンチにやられた

同情して優しくしてたら、引っ込みがつかなくなった

月守として言うけど、月さんは鹿を害する気は一切なかった。同じ歌い手として、鹿のことは尊敬すらしてたからな

 

348:

だろうな

けっこう前に宝月の動画見たけど、そんなこと言うやつに見えなかったもん

でも、アンチに同情したらダメだろ……

 

351:

世の中にはマジで話が通じないやつがいるからな

そいつらを説得しようとしても平行線だし、気分が悪くなるだけ

 

353:

一見、もっともらしいこと言うんだけど、よくよく話を整理すると世間知らずの頑固ものか、明らかに価値観の違う、自分と同じ人とは思えないナニかだからな

なんで自分たちが非難されるかわかってないし、わかろうとしない

ヤツら、区別も差別って言い張るからダメ。正直、社会の害悪だわ

 

356:

だから、わかり合えない、と

 

361:

だれうま

 

364:

別にうまくなくね?

 

365:

月守どうなったん?

 

368:

失意の真っ最中

月さんの意思で卒業なら百歩譲って許せる。泣くかもしれんが、納得してお別れできる

でも、警察沙汰で退学はあまりにも酷い

 

373:

まさか鹿に怒ってる感じ?

 

377:

月守の大半は怒る元気もない

一部は怒ってるけど、それはアンチに対して

鹿に怒るのは筋違いだし、そんなことすれば、今度はそいつらが警察沙汰になりかねない

 

381:

こう言っちゃ悪いけど、意外とまともで安心した

 

384:

月守はVtuberファンの中でも穏健派だぞ

 

388:

穏健すぎて声を上げないから、アンチの声が月守の声になったんだよ

笑っていいぞ

 

393:

笑えるかよ

 

394:

自分の推しがそうなったらと思うとマジでキツイ

 

397:

マジでお疲れさん

今はまだ切り替えることはできないだろうけど、落ち込みすぎるなよ

私は月守じゃないけど、月さん言ってたろ、前向きに自分のペースでって

 

402:

すまん、マジありがとう




イメージ曲
カゼノトオリミチ(堀下さゆり)

みんなのうたで有名な曲です。
若い子だと某有名アニソン歌手がカバーしてるので、そっちで知ってるかもしれないですね。
オリジナルは甘く優しい感じで、カバーはクリアな感じ。
どっちも味があって素晴らしいと思います。



宝月塚乃:
男性ガワのVtuber。
Vtuberを始めた理由は話が下手を直したいと思ったから。自分を出すのが苦手だったので、思い切ってロールプレイしたらいけるのではと思い、Vtuberを始めた。
個人勢なのにチャンネル登録者が30万人もいた化物。
愛称は月さん。ファンネームは月守。歌とベースがくっそ上手い。でもチートには勝てなかったよ……


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7話

多くの感想ありがとうございます。急に感想が増えて戸惑ってます。
この小説はバンドリ2次創作です。バンドリキャラが絡まない部分は世界観を見せるためのフレーバーだと思ってください。ある程度、設定は練っていますが、速度優先なのでガバガバです(保身)。
作者は圧倒的チートを持って、バンドリキャラといちゃいちゃしたいだけです。
そして今回から、作者が待ちに待ったヒロインとの邂逅です。思うままに書きなぐってたら、ダラダラと長くなってしまいました。


高校編

 

2度目の人生でも時間は同じように過ぎていく。

 

ピアノ弾いたり、歌ったり、ピアノ弾いたり、勉強したり、ピアノ弾いたりしていたら、あっという間に卒業の時期が来て、あっという間に高校入学して、あっという間にもう数ヶ月が過ぎていた。

 

当たり前だが、俺を取り巻く環境は変わった。

 

まずはVtuber活動についてだが、なんとチャンネル登録者が500万人を突破した。

 

2年目で50万人で、3年目で500万人とエグい増え方をしているのだが、もちろん心当たりはある。

 

英語の歌を投稿したのだ。

 

それまでセントー君どころか、Vtuberの存在すら認識してなかった視聴者が見に来てくれるようになり、一気にチャンネル登録者が増えた。

 

チャンネル登録者が増えると、それに比例するように再生数が伸び始め、気がつけば再生数が億に達する動画がで始めた。

 

この時点で、もう意味がわからない状態だったのだが、それだけでは終わらない。

 

海外で反響があったことで、国内の知名度も急上昇したようで、日本のチャンネル登録者もぐんぐんと増えていったのだ。おすすめに急に上がってきたとか、海外で流行っているらしいので、などの初見コメをしてくれる人がけっこういた。

 

寄付の目標金額も5,000万円を突破した。一ヶ月で1億だぞ。頭おかしい。こんな金があっても使い道ないって(小市民感)。

 

そんなこんなで、雑談動画では俺のことを世界で一番有名な日本人とかいうヤツも出てきた。

 

いや、もちろん言い過ぎだからな。現役歌手で限定しても疑わしいから。あんまり持ち上げられると恥ずかしいから止めてほしい。

 

寄付を釣り上げた以外は、基本的にこれまでどおりの活動をしているのだが、それでも変わったことはある。

 

いろんなお誘いが増えたのだ。

 

音楽レーベルのお誘いは丁重にお断りしてから収まっていたのだが、今度は海外のレーベルからメールが来た。

 

実は、動画の投稿で海外にも人気が出てきたのだが、曲自体の評価はそこまで高くない。

 

前世でJ-POPが海外であまり振るわなかったように、日本と海外では好みが違うのだ。

 

言葉が違うってのもあるけど、曲調が違う。海外の人が好む音がJ-POPではあまり使われてなかったり、純粋にリズムやテンポなどの音の魅せ方が異なることが原因だ。要は好みが違うのだ。

 

もちろん、チートで編曲してから投稿すれば、海外で大ヒットする曲を作ることは簡単だ。でも、俺は曲調を含めて、前世で俺が好きだった曲を投稿している。

 

好きな歌をそんなに好きじゃない歌に変える? 金にも困ってないのに? そんなバカなことはできない。

 

一応、言っておくと、チートのおかげで俺の声は海外でも絶賛されている。素晴らしい歌声だとか、オペラで聞いてみたいとかコメントを貰ったりする。

 

それと同時に、曲を変えれば一気に伸びる! なんてコメントも頂戴する。

 

激しく余計なお世話で、俺もそういったコメントは無視しているのだが、それでもチャンネル登録者は増えてった。

 

これにも裏があるようで、男不足は海外の方が深刻なのだ。海外では日本以上に男との接触機会が少ないらしく、男が流暢な英語で歌う、それだけで珍しいものみたいだ。

 

もちろん海外にだって男の歌手はいる。でも絶対数が足りてないし、そこまで歌が上手いわけでもないので、俺の歌声が好きでファンになってくれた人がすごく多いらしい。

 

そんなわけで海外から届くメールが、うちのレーベルに来れば売れる曲を作ってやるぞ、だ。

 

丁寧にお断りさせていただいた。

 

正直、翻訳するだけ面倒くさくなってきているので、最近はとりあえず初期勢にメールを転送して、いい感じのお断りメールを返してもらってる。

 

まあ、それでも亡命のお誘いメールに比べれば何千倍もマシなんだけどね。何が悲しくて悪いことしてないのに国外に逃亡しなきゃいけないんだよ。うちの国に来れば今より生活が良くなりますよって書いてるけど、今の生活は天国だと思ってるからな。

 

それはさておき、次に増えたのがテレビの出演依頼だ。

 

前世で○カキンさんが地上波に登場してたように、俺も番組で特集させてくれないか、というものだ。音楽番組の依頼もかなり多い。

 

ネット界ではカリスマYouTuberとして知られているが(出演依頼メールに書いてあった)、世間一般にはまだまだ認知されていない。地上波番組に出ることで再生数も増加しますよ。ってのが決まり文句だ。

 

もちろん、丁重にお断りさせていただいた。

 

今のままで充分すぎるし、テレビなんて出たら、余計にファンの手綱が握れなくなる。

 

今ですらもう、あっぷあっぷしてるんだ。

 

鹿のファンは弁えてるって評価されるけど、そのためにどれだけ視聴者を叱ってると思ってるんだ。

 

海外ファン? 知らんよ。俺は日本人だから。

 

あと、シカキンっていい始めたの誰だ。この世界に○カキンさんいないだろ。シカは分かるけど、キンはどっから出てきた。ちょっとヒヤッとするから止めてほしい。

 

意外なことにコラボのお誘いは減った。

 

まあ、そもそも件数も少なかったし、断り続けて来たから当然っていえば当然なんだけどな。

 

少し前にあった俺に絡んできたVtuberの引退事件のあとは、パッタリと止んだ。

 

いや、気持ちはわかるけどさ、あれ、別に俺が悪いわけじゃなかったよね。ちゃんとフォローも入れたんだから、腫物に触るような扱いは止めようよ。別に仲良くしたいわけじゃないんだけど、避けられてるのがわかると少し悲しいんだわ。

 

遠回しのお断りにもめげず、1年以上前から動画の感想を呟いてくれるアイドルはいるけど、申し訳ないがアイドルとのコラボなんて炎上する未来しか浮かばないんだ。

 

いくらこの世界ではアイドルが異性と付き合うことがプラスに働くとしても、前世の感覚が抜けないんだ。

 

アイドルは異性と絡むだけでも絶対に面倒くさいことになる。些細なことでも揚げ足取られて炎上するんだよ。きっとそう、間違いない。俺は詳しいんだ。

 

彼女は歌が有名なアイドルだから、きっと処女膜から声が出てないとか言われるぞ。

 

これまで何年も必死で頑張ってきたのに、そんな終わり方なんて酷すぎる。しかも相手が俺とか冗談でも笑えない。断固阻止だ。

 

あとは、ライブのお誘いが増えた。

 

ガチものの音楽フェスのお誘いだ。FUTURE何とかフェスってやつの特別枠に出ないか、とか。

 

他の勧誘メールに比べると一番嬉しいのだが、これ以上ファンを増やしたくないのでパスだ。

 

実は俺のチート、生歌の方が圧倒的にヤバいのだ。

 

何故かといえばこの世界、前世ほどデジタル音質が高くないのだ。ハイレゾなんて言うまでもなく、CDですら音質が伝えきれていなかったりする。

 

あまり興味ない歌だったけど、偶然ライブで聞いたら虜になった、なんてのは、しょっちゅう聞く話だ。

 

まあ、そういうのもあってバンドが人気なんだろうな。

 

とにかく、フェスで歌おうものなら、これまで以上にファンが増えるのは間違いない。しかもYouTubeや掲示板が活動拠点じゃない、何してるかわからないファンが。

 

そんなん、どうやって躾けろっていうんだ。

 

いつもより丁寧にお断りさせていただいている。

 

Vtuber活動はそんなところだろうか。

 

とにかく、最近は英語の感想が増えているので、四苦八苦してる。

 

いや読めるんだけどね。流石に2回目の高校生となれば、英語だってわかってくるさ。でも文化の違いがあるから、どう返すのが無難なのか調べなきゃいけないのが辛いところ。いつまでも初期勢にロハで頼むわけにもいかないし、今度、人を雇ってサポートしてもらおうか考えてるほどだ。

 

そして本題だ。

 

なんと私、高校に入ってバンドに参加することになりました!

 

いやー、これがこの1年で一番嬉しかったね。超テンションが上がるわ。

 

バンドの名前はハロー、ハッピーワールド!

 

略してハロハピだ。

 

変わってるけど、イカした名前だろ? 曲名じゃないからな。バンド名だ。

 

変わってるのはバンド名だけじゃない。歌も、演奏も、パフォーマンスも自由で、なんならバンド活動だけがメインじゃないほどだ。皆楽しく、人を笑顔にするのが目的のバンドだ。俺はもちろんキーボードをしてる。

 

ギターもベースも初心者で、ドラムも個人練習の経験しかなく、ボーカルだって専門的な練習をしたことがないメンバーだ。

 

でも大丈夫。このバンドは才能に満ち溢れてる。さっき言った初心者のギターとベースだが、始めて数ヶ月だっていうのに、もう10曲は弾きこなしている。ドラムも勤勉な性格で、ちょっと走り気味のベースや、独特な世界観を表現し始めるギターをやんわりと抑えてくれるありがたい存在だ。

 

そしてボーカルだが、彼女は頭一つ抜けている。超が付くほどの感覚派なのだが、マジモンの天才だった

 

天真爛漫、純粋無垢で朗らかな女の子。活動的でもある彼女が動くときは、その腰まで伸びる綺麗な金髪がふわっと持ち上がり、勢いよく宙を泳ぐ様子に何度目を奪われたか知れない。しかも胸が大きい。比較的スレンダー(笑)が多いメンバーの中では、ドラムと並んでトップの大きさを誇っている。純粋無垢なのに、どちゃくそエロい体つきは反則である。絶対に意図してないのに、腰つきがエロいのはどうにかならないんだろうか。

 

で、そんな超絶美少女の彼女だが、作詞作曲も務めている。いい曲が浮かんだわ、と言ってリズムを口ずさむのだが、それが本当に名曲なのだ。慌ててそれを曲に起こしてみれば、もう完成度の高いフレーズができている。

 

同じように彼女が思い立った歌詞を形にすれば原曲完成。彼女にそれを渡して、俺がキーボードで主旋律を弾いてみれば、彼女はそれを思うように、自由に歌い始める。彼女の声がずば抜けて優れたものというわけではないが(俺は死ぬほど好き)、楽しさを全身で表現して歌う姿は何度見ても素晴らしいものだ。

 

何を言ってるかわからない? 俺だってわかってねえよ、思ったことを適当に喋ってるだけだ!

 

ギター、ベースも彼女に追従するだけじゃない。彼女らが楽しいと思う演奏を表現している。ジャズってこんな感じなのかって思ってるのは俺とドラムだけだろう。

 

ドラムは少々控えめな性格だが、みんなをいつも笑顔で見守ってくれている。

 

みんな心から尊敬しているメンバーだ。少し技量に差があったとしても、そんなもんは俺がピアノで調整するさ! このメンバーの代わりなんてありえないのだ!

 

そう、俺たちはみんな選ばれしメンバー!

 

それじゃあメンバー紹介いくぜ!

 

まずはボーカル!

容姿端麗、スタイルバツグンの異色の天才少女

“笑顔の波状攻撃” 弦巻こころ!

 

ギター!

ガチの演技力に、無限の包容力

“荒唐無稽の一人芝居” 瀬田薫!

 

ベース!

運動神経抜群のそれはそれは可愛い女の子

“北沢印は元気印” 北沢はぐみ!

 

ドラム!

引っ込み思案な快楽天先輩

“迷宮のジェリーフィッシュ” 松原花音!

ちなみに俺と付き合ってます。

 

DJ!

熊の皮を被ったハロハピのまとめ役

“熊の中の常識人” ミッシェル!(奥沢美咲)

ちなみに俺と付き合ってます(2回目)。

 

そして最後にキーボード!

皆さんご存知、音楽チートの権化

“仮面を被った笑顔の横綱” ミッキー!(海堂幹彦)

 

俺たち、世界を笑顔にするバンド  ハロー、ハッピーワールド! 

 

みんな応援よろしくね!!

 

 

 

 

 

 

 

私、市ヶ谷有咲には悩みがある。

 

というのも高校になって、バンドを始めることになったのだ。

 

戸山香澄っていう同級生に強引に誘われて、成り行き上、仕方なくバンドに参加することになった。

 

まあ、別にピアノは嫌いじゃないし? 香澄を始めとするメンバーだって悪い奴らじゃないから、バンドが嫌ってわけじゃない。

 

ボーカル&ギターにリードギター、ベースにドラムそして私のキーボード。バランスのいい組み合わせで、香澄以外は楽器経験者という結構いい感じのバンドだ。

 

名前はPoppin’Party。ポピパって呼んでる。わりといい名前だと思ってる。

 

まだまだ始めたばかりで、ライブだって数えるほど参加してないけど、みんなやる気があって、着実に演奏が上手くなっている。

 

不満なんてないけど、強いて言うなら香澄が強引過ぎる。学校をサボりがちな私のために毎朝、迎えに来てくれるのだが、朝のセントー君タイムを邪魔するのは止めて欲しい。

 

セントー君といえば、一年前から、その周りは随分と様変わりした。

 

きっかけは数カ月前に投稿したI Believeという歌だ。この英語歌詞の歌を投稿したあたりからチャンネル登録者がおかしな増え方をし始めて、気づいたらチャンネル登録者500万人を超えていた。

 

彼の一般向けの雑談配信では英語のコメントが現れるようになり、彼の動画の概要欄には、英語が上手に話せません、なんて注意書きが乗るようになった。

 

他にもテレビの出演依頼が来るようになったらしいけど、全部断ってるらしい。ときどきテレビのニュースで彼が取り上げられることがあるが、一切ノータッチらしい。

 

まあ、そんな中でも彼自身は変わらない。いつものように動画を上げて、いつものようにメン限の雑談を開いて、いつものようにゲーム制作の人材育成に投資している。最近はVtuberにピッタリの簡単な作りのゲームを思いついたと言って、それに熱を上げてる。人狼ゲーム? とかいうやつ。よくわからない。

 

本当は英語喋れる(ガチでペラペラの初期勢曰く、身内贔屓して辛うじてOKとのこと)けど面倒くさいから無視してるとか、テレビや音楽レーベルからの依頼をすべて一読もせずにテンプレ回答させてるとか、内実を知らなければ謙虚なVtuberとして世間一般に少しずつ知られるようになってきた。

 

初期勢である私たちからすると、いずれこうなるとわかっていたので、ついに来たか、という感じで、心は穏やかだった。

 

では、悩みはなにか。

 

それは説明した2つが関わってくる。

 

バンド活動を始めたが、いきなり単独ライブなんて開いても何十人なんて人を集めることはできない。

 

香澄たちの友達を呼べばそれくらいは集められるのだが、チケット代を取るとなると、おいそれと友達を呼ぶことはできない。

 

そうなると合同ライブを開いて、複数のバンドが数曲ずつ歌う、というのが駆け出しのバンドが通る手段なんだ。

 

そう、この合同ライブなんだ。

 

複数のバンドが共演するってことで、事前に集まって打ち合わせをするんだけど、その中にハロー、ハッピーワールド! ていうバンドがいる。

 

なんか、そのメンバーに男がいるんだよな。

 

今、丁度目の前にいる。

 

いや、別に男がいるから嫌っていってるわけじゃないんだ。

 

なんかその男、すっげえ体格いいんだよ。あんなでかいやつ滅多に見ないからわからないんだけど、たぶん身長が180cmは超えてるんだよな。

 

横にも大きいんだけど、太ってるってのじゃなくて、ガッチリしてる。

 

その男の目線を気にしてると、自意識過剰かもしれないけど、私とか上原さん、白金先輩、大和先輩にいってる気がするんだよ。あ、3人は別のバンドのメンバーな。

 

で、私たち4人に共通してるのが、その、む、胸が大きいってことなんじゃないかなって。

 

服装でごまかしてるけど、3人は胸が大きい人特有の肩を少し前に出した、身を縮ませた姿勢をしているから、たぶん間違いない。私も前は同じ姿勢してたからよくわかる。

 

今? 今は胸が大きいってのは、自分の良いところだと思ってるからな。むしろ胸を張って歩いてるよ。

 

3人とも、その男の視線を感じてるのか、なんだか居心地が悪そうに身をよじってる。

 

ああ、ダメだって。そのよじり方だと胸が強調されるから、かえって男の視線がキツくなるって。

 

ほら。

 

男の視線は3人を順番に回った後、私に戻ってくるんだが、そのときに私と視線が合う。

 

絶対に胸を舐め回すように見てたくせに、堂々とした視線。

 

とある鹿の「いやあ、世間じゃ胸を見てもエロいこと考えてるって思われないから最高だわ。俺が凝視しても、むしろ相手が自分は何かしたのかって戸惑うだけで、俺に非難の視線がくることがない」なんて、まるで小学生の男の子を舐め回すように見る中年女性のようなことを言ってたのを、何故か、ふと思い出した。

 

ちなみに鹿はその後、女の子をビビらせるな、という初期勢からの猛攻撃に遭うことになった。最終的には女の子に興味があるのは良いことだよねって結論で落ち着いたけど。ちょっと甘かったかなって反省してる。

 

その男は、私が目線を逸らさずにいることを不思議がっているのか、私の胸と目を行き来しながら少し眉を顰めた。

 

実はファッションモデルなんですって言われても不思議じゃない絶世の美女である、おたえに視線がいかないことも私には全くおかしいと感じられない。

 

極めつけはその声だ。

 

あいつは一般向けではボイスチェンジャーを使っているが、メン限では面倒くさいって生声で配信している。配信よりもドキッとするほどよく通る声だ。合同ライブのメンバーがそろって一番最初の自己紹介の時しか声を聞いてないが、初期勢である私が聞き間違えることはない。

 

男は私の視線を訝しがりながらも、また3人に視線を戻し、よく見ないとわからないほど小さく頷きながら視姦する。

 

あ、肩が少しビクッとした。

 

どうやら両脇に座る同じメンバーに抓られたようだ。松原先輩と奥沢さんだったかな。2人は笑顔だけど、目が笑ってない。怖い。

 

たしか早速二人の女の子と付き合うことになったんだっけ。

 

デビュー当初から宣言してたけど、こうも素早く行動を起こすとは思わなかった。まあ、わかってたから驚くことはなかったけどな。次の日の朝ごはんのときに、婆ちゃんに調子悪いのかって言われたけど全然そんなことなかったし、学校休んだのだって、その頃は毎日サボってたから普段通りだし。

 

……そうすると、この2人が付き合ってる子か?

 

うん? なんだかアフターグロウの美竹さんがギョッとした顔してる。

 

ああ、その位置だと松原先輩と奥沢さんが抓ってるところが見えるのか。

 

そりゃあ、一回りも二回りも大きな男にすることじゃないよな。普通だったら何されるかわからなくて怖すぎる。

 

静かに笑みを浮かべる松原先輩と奥沢さんを見て、美竹さんは目撃したことを疑ってる感じか。

 

てか、今思ったんだけど、奥沢さん、胸、小さくね?

 

いや、世間一般でスタイル良いってことなんだけど……え、いいの? Bもないだろ。松原先輩だってDくらいじゃないか? 少なくてもEは欲しいとか言ってなかったか、お前。

 

これは報告案件だぞ。女性関係じゃあ、私も容赦する気はないからな。

 

「ねえ、有咲有咲」

 

「うん? 何だよ?」

 

どんなふうに燃料投下してやろうか考えてると、香澄がちょいちょいと服の端を引っ張ってきた。

 

「何って、移動しようよ。これから演奏するんだよ」

 

「あ、やべ、そうだった」

 

目測だが、一番立派なものをお持ちの白金先輩が所属しているロゼリアの要望で、それぞれのバンドが一曲ずつ演奏することになったのだ。なんでも、演奏レベルが低いライブには出ないとか。

 

プロ意識たけえな、と思うし、なんだか引っかかる物言いだったけど、その程度で怒るようヤツは初期勢にはいない。

 

「もー有咲、しっかりしてよね」

 

「……ああ、香澄に言われるのはマジでマズいな。気をつけるわ」

 

「えー、なにそれー!」

 

いつものように香澄と軽口を叩いていると、視線を感じた。

 

もちろん、あの男のものだ。だが、今度は胸でなく、私の目をじっと見つめてくる。

 

「……同い年、男勝りの口調、ツッコミ役、初対面なのにビビってる様子がない」

 

小さい声で呟くように、でも不思議と通る声で男は続ける。

 

「……そして胸を隠す様子がない。可愛い服だからオシャレに無頓着ってこともない」

 

完全に男から目を離せない。でも、何となくみんなが足を止めて私と男を見てるのがわかる。

 

そして男から決定的な一言が出てきた。

 

「……ありさにゃんZ?」

 

その言葉が終わる前に足が勝手に動き始めた。

 

「え、有咲!?」

 

香澄が驚いてる声が聞こえたが、答える余裕はない。

 

ズンズンと歩いて、男、セントー君の腕を捕まえる。

 

「え?」

 

呆気に取られた顔をする彼。そのまま腕を引っ張るが、根っこが生えたようにびくともしない。

 

もどかしい。

 

「いいから! こっち来い!!」

 

顔が真っ赤になってるのを感じながら、彼を怒鳴りつける。

 

彼は反論することもなく、驚いた顔のまま歩き出してくれた。

 

私がようやく落ち着いたのは、このライブハウスCircleから彼を連れだして、通りから影になっているところに到着してから少し経ったころだった。

 

ずっと息を切らしたように呼吸する私の背中を、彼は優しくゆっくりとポンポンと叩き続けてくれた。

 

落ち着くんだけど、また頭に血が上るから止めて欲しい。

 

いや、嘘。やっぱ続けて。

 

「セントー君、だよな?」

 

「そうそう。よくわかったな」

 

「いや、わかるだろ。お前みたいな男、他にいないって」

 

「マジで? あんまり喋ってなかったんだけど」

 

「喋らなくても態度でわかる。言っとくけど、初期勢だったらみんな気づくからな。あと胸見過ぎ!」

 

「いや、みんな可愛くてつい……。てかありさにゃんZ、本当にスタイルいいね」

 

嬉しそうな顔で私を見てくる鹿。

 

ほかの人に胸をジロジロ見られると居心地が悪くなるんだけど、こいつにこうも嬉しそうな顔をされると、仕方ないなって気になる。

 

「もういいから。あと、ありさにゃんZって呼ぶな」

 

「え、ダメ?」

 

「ハンドルネームをリアルにまで持ち込むな。マナーの問題だから」

 

「まあ、確かに」

 

正論には弱い彼。不満はあるけど、納得してくれる。動画で話す彼と全く同じだ。

 

「有咲でいいからさ、私のことは」

 

「了解。リアルでは有咲ね。俺のことは幹彦かミッキーのどちらかで頼む。一応、俺も身バレは避けたいからな」

 

彼がこうして名前を呼んでくれる。夢にまでみたことだけど、叶わないって諦めてた。

 

「お前、ミッキーって柄かよ」

 

顔が赤くなるのを誤魔化すように口を開く。

 

「正直に言うと、メンバーを含めて誰もそう呼んでくれないんだよ」

 

「だろうな。そう呼ばれるには、もっとファンシーな見た目が必要だったと思うぞ」

 

「カイドウとかミキヒコは強そうだろ。ハロハピには合わないって」

 

「まあ、ビビる子はいると思う」

 

「だろ? ハロハピは世界を笑顔にするためのバンドだから。怖がらせるとかありえない」

 

随分とバンドに入れ込んでいるのは雑談で聞いてる。初期勢の中では、いつまで所属バンドを隠し通せるかはホットな話題だったりする。

 

「じゃあ、幹彦って呼ぶ」

 

「ああ、よろしく有咲」

 

鹿でもセントー君でもなく、幹彦。ただ呼び方が変わっただけなのに、それで頭がいっぱいだった。

 

 

 

この出会いが衝撃すぎて、その後のことは断片的にしか覚えてない。

 

なんかポピパのみんなに質問攻めにあったり、浮かれ気分でノリノリに演奏したんだけど、他のバンドの演奏があまり記憶に無い。

 

あ、ハロハピは別。やっぱり彼の演奏はすごかった。

 

正直、彼じゃなくて弦巻さんがボーカルってところに少し思うところがあったけど、歌を聞いてみて納得した。

 

確かに自由だ。どこまでも楽しげで自分の感情を全身で表現している。ともすればバンド全体が彼女に引っ張りまわされそうなのだが、そんなことはない。

 

ギターの瀬田先輩やベースの北沢さんは、弦巻さんの声や動きを横目に自分の演奏を楽しそうに弾いていて、ドラムの松原先輩は3人を楽しそうに眺めながら演奏している。

 

DJのミッシェル? 奥沢さんはちょこちょこと音を入れつつ、弦巻さんに合わせて踊っている。

 

そしてキーボードの彼がハロハピの多種に渡る音源を担う。見るからに多機能なキーボードを2台(!?)並べて使い、そのうえで走り気味なベースや、外れそうなギターをドラムの音に誘導している。キーボードをやってる身からすれば恐ろしい運動量で、私がやったら絶対に途中で息切れする自信がある。てか、こんなマルチタスクできるかよ。

 

でも彼は、楽しくて仕方がないといった様子で演奏している。

 

彼は演奏中は笑顔の仮面を被っているのだが、その下では全力で音楽を楽しんでいると想像できる。

 

これは初期勢だからわかるってわけじゃない。誰が見たって、彼が全力で楽しんでることが理解できる。その動きや、彼の奏でる音がすべて喜んでいる。

 

そして彼の音を聞いて、弦巻さんのボルテージが更に上る。

 

ミッシェルが弦巻さんに手を取られて振り回されながら踊る。

 

釣られて瀬田先輩と北沢さんのベースもより自由な演奏をし始める。

 

松原先輩が困った顔をしながら、笑顔を漏らしている。

 

その弾み上がる演奏を、彼が高い次元でまとめて、更に音を入れていく。

 

音がどんどん溢れていき、弾けるように演奏が終了した。

 

ハロハピはまるで何曲も演奏したかのように息をついていた。

 

そりゃそうだと思った。こんな限界をどんどん引き上げてくような演奏をしてたら、体力がいくらあっても足りない。人が全力疾走できる時間なんて多くないんだ。まあ、半数がまだ余裕そうな顔してるけど。化物か、こいつら。

 

とにかく、それほどまでに圧倒的な演奏だった。完成度も高く、熱量が半端ではない。その上、今現在も急激な成長をしてるのが感じられる。

 

みんなが言葉を無くしてるのが見えたが、こうなることがわかってた私は驚かない。

 

ただ、いつか私たちもあんな演奏ができるようになりたいと、そう思った。




イメージ曲
I Believe~あたらしい予感~(Brenda)

To HeartのED曲の英語版です。当時、若かりし自分はエロゲの歌を外人歌手が歌うことが衝撃的で、混乱しながら聞いてたのを覚えてます。思い出補正が大いにありますが、名曲なのは間違いないです。
「Before my body is dry(小林未郁)」とか「BRE@TH//LESS(小林未郁)」、「Drifting Soul(ACE)」のどれかを使おうと思っていましたが、ここで使わないと、これからずっと知る機会がない人がいるんじゃないかと思い、こちらを採用しました。


変化の回でしたが、違和感を感じさせてしまうので、ノリを強めに行きました。次回からはこのノリが出せなくなると思います(恐怖)。


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7.5話(今井リサ視点)

感想ありがとうございます。全部ありがたく拝見させていただいてます。
「シカキン…鹿…課金…鹿(課)金?」 この発想はなかったw
4話の金額計算ミスのご指摘もありがとうございます。修正させていただきました。
この小説はハーレム小説になります。


最初は変わったバンドだなって印象しかなかった。

 

男の子がメンバーにいるなんて珍しい(アタシは初めて見た)とか、熊のきぐるみ着てる(奥沢さんが入っているらしい)とか、同じ学園の超有名人の瀬田薫がいる(近くで見るとマジ美形)とか、そんなところしか注目してなかった。

 

たぶん友希那や紗夜も同じだと思う。興味深そうに男の子に視線を送るけど、さっき演奏したアフターグロウのときみたいに見極めてやろうって感じがない。まったく2人とも、目標に真っ直ぐなのはいいけど、もう少し言い方や当たりを優しくしてくれないかな。その子たち、うちの学園の可愛い後輩だよ。

 

あこは純粋に楽しみだと、はしゃいでいる。アフターグロウにいるお姉ちゃんの演奏の後だから、余計にテンションが上ってるのかな。本当に可愛い子だと思う。

 

燐子の様子は……少しおかしかった。とても人見知りする子だから、初めて会う他のバンドの人に緊張してるんだろうなと思ってたけど、途中からハロハピの男の子にチラチラと視線を送っていたのだ。

 

燐子らしからぬ行動にびっくりした。

 

女の子にとって、男の子というのは、その希少さから憧れであり、恐怖を感じる相手なんだ。

 

女の子だったら、漫画や小説、ドラマや映画のように、男の子と素敵な恋愛をして、いつかは結婚して……と夢見ている。

 

でも同時に、男の子が女の子にそれを求めてないことも理解している。

 

男の子にとって結婚、子作りは義務であり、小さいころから、それをしないといけないと口を酸っぱくして言われるものだ。ちょうど勉強のようだが、これには学ぶ楽しみもなければ、受験合格のような達成感はない。子どもが生まれることにだって、特になんとも思わないどころか、これで義務は果たしたと安心する人がいるらしい。

 

そんな男性事情はわかっているけど、やっぱり男の子に憧れを持っている。みんな口には出さないけど、テレビや雑誌、漫画などの媒体が、女の子の理想像を男の子に見せつけた。アタシが生まれる前の話だけど、それで一時期は男の子の自殺者がとんでもない数になったらしい。

 

これには社会全体が大慌てで対策を始めた。

 

それが男の子の好きなように生きさせ、女性がそれを受け入れるというものだった。

 

結果、出来たのが歪な社会だった。

 

無論、制限はある。男の子に危険がありそうなことはダメだし、海外旅行だって、旅行中に拉致されたら目も当てられないので禁止。

 

でも国内では明らかな犯罪でなければ許されてしまう。物を壊しても、元々物が劣化していただけで罪はないとなり、女性を傷つけても、初めに女性が不審な動きをしたことが原因であり正当防衛となる。

 

アタシの友達だって、男の子をナンパして、歯が欠けることになった子がいる。これも当然、お咎め無しだ。それどころか、アタシの友達のほうが厳しく事情聴取されたらしい。

 

昔は甘やかしすぎだ、という意見もあったらしいけど、それも近隣国が自然に還っていく様や、外国人労働者という名の奴隷が、みんなが嫌う仕事をやらされる様を見て、声を上げる人はいなくなった。

 

みんな、ああはなりたくないって思ってるんだ。

 

男の子がいれば子が生まれるし、精子は最重要物資だ。日本が裕福なのは、余った精子を海外に高額で輸出しているから、という面だってあるのだ。人工授精の精度がとても低いので、需要は決してなくならない。あればあるだけ売れるのだ。そして経済力があるということは、日本が滅びない担保にもなっている。

 

だからみんな男の子を許してる。

 

男の子が女性を物のように見てることはわかっているけど、どうしたらいいかわからない。だから望む環境を差し出して、精子を提供してもらう。

 

そうすれば、この社会を守ることができる。

 

そんな歪みきった社会が、今、アタシたちが生きている世界なんだ。

 

中3のあこならともかく、高2のアタシたちは、そういう状況をよく習ってる。

 

燐子は別の学園だけど、花女だって同じことを習ってると思う。

 

だからこそ不思議なんだよね。

 

男の子に近づくのは、覚悟がある人か、わかってない人だけ。急に男の子が来たら、普通の女の子は近づかない。

 

ましてや燐子は極度の人見知りだ。視線を合わせただけで緊張でガチガチになると思ったんだけどね。

 

今だって舞台に上がった男の子を見ている。

 

男の子は先程まで付けていなかった仮面を付けている。顔の前面を覆っていて、立体的なディスプレイが付いている。ディスプレイには(^ヮ^)こんな感じの笑顔が表示されている。

 

配置はボーカルの弦巻さんの後ろ。弦巻さんと少し距離を置いて配置しているのか、先ほどまで大きすぎると感じていた男の子の体がバンド全体でバランスよく映ってる。

 

男の子は斜め左右にそれぞれキーボードを置いていて、軽い腰掛けに座っている。

 

変な仮面を付けてるのに、とても自然な佇まいで、思わず息を呑んでしまう。

 

ただ演奏の始まりを待っているだけなのに、なんだか圧も感じる。

 

舞台上のハロハピはそんなのを一切感じてないようで、楽しそうに準備をしている。

 

こういうところでやるのは初めてね! とか、はぐみ早く演奏したーい! などと朗らかに話している。

 

でも、観客席のアタシたちは先程までの会話もなくなり、静かに舞台上を見上げている。

 

いや、唯一、市ヶ谷さんだけは別だった。

 

彼女だけは、ほんのりと顔を赤くしたまま、ボーッとした様子で見上げている。

 

彼女もわからない子だ。

 

さっきのポピパの演奏は楽しかった。まだ合わせ方が甘いかなとか、ボーカルの戸山さんのギターがちょっとハズレ気味かなとか欠点はあるんだけど、とにかく楽しい。メンバー全員が一体で楽しそうに演奏しているのを見ると、こっちまで歌いたくなる。

 

市ヶ谷さんもキーボードが凄く上手だったけど、彼女の場合はどうしても彼とのやり取りが印象に残ってしまう。

 

みんなで曲を披露しあうことになった直後に、彼女がガシっと男の子の腕を掴んで、無理やり外に連れだしたことだ。

 

あのときは彼女が心配で、危うく後を追いかけるところだった。ハロハピのメンバーが、どうしたんだろう? って呑気に構えてたから、大丈夫かなって思い直して動かなかったけど。

 

まあ、本当にマズかったら、アタシが動いたところでどうにもならないんだけどね。市ヶ谷さんの行動だけ見れば大惨事になってもおかしくない事態だった。

 

少し経って戻ってきた二人にはおかしいところはなかった。市ヶ谷さんが何だかポケーっとしてるけど、乱暴をされた様子もなく、ホッとした。

 

男の子の方はバンドメンバーに囲まれて、何があったのか事情聴取されていた。ミッシェルの中の人の奥沢さんが呆れながら「あんたさあ、時と場所をわきまえなよ」って言ってたのと、ドラムの松原さんが「自重しよ? ね?」って言ってたのは聞こえた。松原さんは笑顔だったけど圧がヤバかった。

 

市ヶ谷さんはポピパのメンバーに心配されつつ、からかわれていたが、心ここにあらずで生返事を返していた。

 

両バンドともすぐに落ち着いたから、あまり大事にならなかったのは間違いないはず。

 

なんだか、わからないけど、無事でよかった。他のバンドと親交を深めるためにも、今度ポピパを誘って事情を聞いてみようかなって思ってる。

 

そしてハロハピの演奏が始まった。

 

 

 

 

ハロハピの演奏が終わり、アタシは忘れていたかのように大きく息を吐いた。

 

体中がドキドキしている。全身が沸き立つような演奏だった。

 

ペットボトルの水を飲み、もう一度深く呼吸をする。

 

体中の緊張がゆっくりと解けていく。それと同時にドッと体が重くなった。

 

ただ聞いてただけなのに凄い体力を使ってしまった。

 

友希那を見てみると、こちらも汗を流しながら水分補給をしていた。

 

「凄い演奏だったわ。正直、レベルが違う」

 

「ええ。悔しいですけど、私たちよりも上だと感じました」

 

紗夜がハンカチで汗を拭き取りながら答えた。

 

「ヤバかったねー。瀬田さんも北沢さんも始めて数ヶ月でしょ? それなのに、こんなに上手いんだ。アタシ、もう追い抜かされてる気がしたよ」

 

アタシの方が何年も前からベースをやっていたけど、長いブランクがあるから、あの二人と楽器を扱っている時間はそんなに変わらないかもしれない。でも瀬田さんは演劇部の超有名人だ。演劇を辞めたって話は聞かないし、この前も中庭で演技の練習をしていたのを見かけた。絶対にアタシより練習時間は短いと思う。

 

アタシはロゼリアの中じゃあ一番下手だって自覚してる。すごいすごいと飛び跳ねているあこだって、子どもっぽいが実力は本物だ。さっき演奏してたアフターグロウのお姉ちゃんにだって引けをとらない。

 

ロゼリアがハロハピに負けるとしたら、やっぱりアタシが足を引っ張ってるんじゃないかって思う。

 

「……リサ、勘違いしてるようだけど、あなたの方が北沢さんより確実に上手いわよ」

 

「ええ、今井さんが思ってる以上に北沢さんとは差があると思います。もちろん今井さんの方が上手いと思ってます」

 

「え、そうなの? でもみんなすっごく上手くなかった? 瀬田さんと北沢さんだって何かすごく気持ちが乗った演奏をしてた気がするんだけどな。アタシなんて譜面を追っかけるのが精一杯だよ」

 

アタシにはあんな演奏はできない。みんなに迷惑をかけないように、頑張って譜面通りに弾けるようになって、ようやく少しずつ周りが見渡せるようになってきたくらいだ。

 

「自由に演奏してるのは間違いないと思うわ。でも、それは演奏を壊しかねない自己表現よ」

 

「私も湊さんと同じ意見です。ドラムの松原さんがリズムを綺麗に取っていましたが、弦巻さん、瀬田さん、北沢さんたちはリズムを意識してはいましたけど、自分たちの好きな演奏をすることに比重が寄ってました」

 

「え、でもそれじゃあ、まとまらなくない?」

 

ギターが走り過ぎてもボーカルが宙に浮き始めるのだ。ましてやリズム隊のベースが和を乱したら、絶対にどこかで曲が崩れる。

 

「そうね。普通ならそんな演奏はバラバラで、とても聞けるようなものではないけれど、それが一つの作品にまとまっていた。いえ、それを一つにまとめていたのよ。それが……」

 

「……キーボード、ですね」

 

「燐子?」

 

いつものように静かに、あこを見守っていた燐子が呟いた。

 

友希那と紗夜も、燐子へ視線を向ける。

 

「白金さん、彼をご存知なんですか?」

 

「……はい。もしかして……と思ってましたが……あの演奏で確信が持てました」

 

燐子が舞台上で楽器を片付けている彼に視線をやる。

 

「昔、ピアノをやっていたときに、有名な男の子がいたんです。……とてもすごい演奏をする子で、小学生なのに大人が参加する大会で賞を取るような子がいたんです」

 

「それが彼?」

 

「……はい。私はピアノを止めてしまいましたし……彼も事件があってピアノを止めてしまったので……それっきり話を聞くことはありませんでしたけど……あんなレベルの演奏ができる人が2人いるとは思えません」

 

「そんな人がいたんですね」

 

「へえ、訳ありなんだ」

 

「あ、いえ、彼が悪いわけではないんです……どっちかといえば被害者で……。……でも、まだピアノを続けていたんですね」

 

「なんか燐子、嬉しそうだね」

 

あこに見せる微笑ましい笑顔はよく見るが、はにかむような笑顔を見せるのは珍しい。

 

「……はい。本当にすごい子でしたから。……さっきの演奏だってそうです。氷川さんが言ってたように三人の演奏が外れそうになるたびに……彼がドラムの音に誘導させていました。……三人の個性を消すのではなく、思い切り演奏させた上で……まるで迷わず家に帰れるような自然な形で」

 

「えっと、三人がそれぞれリズムがずれそうになるたびに、ドラムの元へ戻してたってことかな?」

 

そう言いながら自分だったらどうかと想像する。友希那が思いっきり歌って、紗夜のギターが友希那と噛み合わなくなって、あこのドラムが2人とは別の速さで走り始めるという感じかな。

 

ダメだ。そんなの一瞬で曲がバラバラになる。アタシのベースで三人を元のリズムに戻すどころか、アタシのリズムが崩れるほうが早い。

 

「はい……それも、ハロハピの多種に渡る音をキーボードが一括して担った上で……です。……みなさんには申し訳ないですが……今の私に、彼と同じことはできません」

 

聞けば聞くほど並外れてる。

 

友希那は燐子の言葉に、そう、とだけ返し、このガールズバンドパーティーだけど、と切り出した。

 

「私たちとは目指す形が違うと思うけど、得るものがあると思うわ」

 

初めは期待外れの顔をしていた友希那だが、ポピパで表情が変わり、ハロハピが終わった今では、まるで挑戦者のような目をしている。

 

「同感です。Poppin’Partyも気になります。彼女たちの練習も見てみたいです」

 

純粋な技術を大事とする紗夜だったが、ハロハピだけじゃなく、ポピパにも何か感じるところがあったようだ。視線は鋭いままだが、さっきと違って、今はそれに熱がこもっている。

 

「アタシもいいと思うよ。演奏もそうだけどさ、同年代のバンドと仲良くなるのって大事だと思うんだよね」

 

もちろん、アタシも賛成だ。正直、友希那たちが言っていることを全て理解できたわけじゃないけど、ポピパやハロハピがアタシたちに無いものを持ってることは分かる。

 

それに、横のつながりは大切だ。あまり他人を気にしないメンバーばかりだから、アタシがしっかりサポートしないといけない。

 

「あこも! あこもそう思います!」

 

あこはお姉ちゃんたちと一緒にライブに出れるのが嬉しいのもあるのだろう。気負った様子は全く無い。

 

「……私も賛成です。怖いですけど……ロゼリアが今以上の曲を演奏する切っ掛けが……あるかもしれません」

 

燐子の目に力がこもっている。珍しい。燐子がこうして強く自分を出すのは滅多にない。

 

同郷のライバルが登場したことで、燐子の闘争心に火がついた……ってことはないだろうけど、思うところがあるのか、いつもより頼もしく見えた。

 

「決まりね。ロゼリアはガールズバンドパーティーに参加するわよ」

 

「おっけー!」「はい!」

 

淡々と告げる友希那の言葉に、アタシとあこが力強く返し、紗夜と燐子静かに頷く。

 

なんだかバラバラなアタシたちだが、気持ちは同じだ。

 

ロゼリアが最高の音楽を演奏するため、アタシたちは貪欲に突き進む。




原作とは異なる点:
① ハロハピに主人公が加入した
② 白金燐子が主人公を意識して(同じ仲間的な意味で)、自分も頑張ろうと思ってる。


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7.6話(上原ひまり視点)

女性はみんな男性に憧れているし、怖いと思ってる。

 

前に友達に話したときは、ひーちゃんの癖に難しいこと考えてるー、なんて言われたけど、高校のカリキュラムでは男性と女性について考えさせられることが多いんだから、別におかしなことはないと思う。モカこそ少しは考えなよ! と思ってしまう。

 

だいたい、難しいことは言ってない。

 

女性が男性に憧れてるのは当たり前のことだと思う。

 

男と女は夫婦になり、やがて子どもができる。

 

それが自然なんだ。

 

事実、私たち人間以外の動物はみんな番(つがい)になって、可愛い赤ちゃんを作る。まさに生き物の本能だと思う。サルだって絶滅する直前まで雄を求めて日本中を大移動していた。

 

だから女性が男性を求め、男性が女性を求めるのは当たり前のことだと思う。

 

漫画やドラマで色んな男の人と女の人が恋愛するのだって同じことだし、スマホのゲームだってたくさんの男の人と恋愛をするゲームで溢れてるって聞く。Vtuberだって男性を演じた女性が人気だ。

 

人類のため、私たちの生活のために男性を優遇しているが、その根っこには仲良くしたいって気持ちがあると思う。

 

だって、そうじゃなかったら、悲しすぎる。

 

犬だって猫だって好きな相手と番になるのに、人だけ子どもを作るためだけに相手を求めるなんて、こんな悲しいことはない。

 

だけど……やっぱり男性は怖い。

 

ときどき目にする男性は能面を被ったように表情が動かなかったり、店員さんや、その男性が連れている女性を怒鳴りつけている。

 

偶然通りかかった店から男性が急に出てきたときに、避けることも叶わず、ぶつかって転んでしまったことがある。幸い、男性の方は少し体勢を崩すだけで済んだが、私は軽く倒れこんでしまった。

 

そのとき見上げた男性の顔、まるで邪魔なゴミ箱を蹴り飛ばしてしまったような、冷たく面倒くさそうな顔は今でも忘れられない。

 

でも、私は運が良かったほうだ。その男性は私をまたいで、そのまま去っていったからだ。

 

もし運が悪ければ、腹いせに蹴られても仕方がなかったと気づいたのは、先を歩いていた蘭たちが私に気づいて慌てて駆け寄ってきたときだった。

 

このときから、私は人の視線が怖くなってしまった。

 

私は同年代の子よりも胸がすごく大きい。このせいで服のラインが大きく崩れてしまい、流行りの服だって可愛く着こなせないほどだ。

 

でも、それは案外、着こなし方で抑えることができるので、自分に似合うようなコーデを考えるのは楽しくて好きだった。だから、それまでは胸が大きいことを気にすることなんてなかった。

 

自分で言うのもなんだけど、けっこう社交的だから、影で悪口を言われるってこともなかった。

 

でも、それが怖くなってしまったのだ。誰かが私に視線を向けるとき、どんな視線か気になってしょうがない。仲の良い人なら、だいたいどんなことを考えてるか予想できるけど、知らない人だとダメだ。

 

髪型が気になり始め、服装も気になり始める。おかしな所がないか確認したくてしょうがなくなるし、ダメだとわかっているのに胸を小さく見せようと体を縮ませてしまう。

 

悪循環だ。

 

だからライブに出る、というのも本当はもの凄く勇気が必要だった。

 

私たちがバンドを組んだだときは、蘭たちは私に気を使ってくれて、ライブは無しと言ってくれた。

 

元々、クラスが別になった蘭との時間を増やそうと思ってバンドを始めようかって話になったから、人前で演奏しないといけないわけじゃない。

 

みんなが気に入った曲を演奏してみたり、オリジナルの曲を作って演奏するだけで充分だと思ったのだ。

 

そうやってメンバーが自分の気持ちを隠したバンドが誕生した。

 

 

 

切っ掛けはみんなで流行りの動画を見ているときだった。

 

最近メジャーになった人気バンドのライブ映像だ。武道館を埋め尽くす観客の中、堂々と楽しそうに歌っている。

 

格好良くて、輝いてる。なんだか眩しいものを見るようで、少し視線を逸らしてしまう。

 

逸らした先で見えたのが蘭たちの顔。みんなの顔はキラキラしていた。

 

画面の中でライブする人たちに、みんな見入っていた。

 

バンドを始めて1年以上経つが、初めにみんなで決めたとおり、ライブをしたことがない。

 

私はそれに満足していた。蘭たちの、あの顔を見るまでは。

 

そんなことを自覚したからって、何が変わるということもない。急に私がライブしよう、なんて言っても、蘭たちに全力で止められるのが目に見えている。

 

何かの間違いでそれが受け入れられたとしても、正直、怖くてちゃんと演奏できる自信がない。

 

だから仕方ないんだ。

 

そんなことを考えながら、家へと帰宅するのだった。

 

 

 

今日は好きなVtuberの動画配信日だ。

 

このVtuberはなんと本物の男の子らしい。すごく歌が上手い人で、間違いなく日本一の歌唱力を持つと言われている。その曲もほとんどがオリジナルで、視聴者に言われて仕方なくカバー曲を歌ったりする変わった一面がある人だ。

 

動画の投稿も変わっていて、歌の寄付を募って、目標の金額に到達したら歌の動画を投下するのだ。だいたい2週に1曲投下するように寄付の金額は変動している。一度、寄付サイトに飛んでみたけど5,000万円とか書いてあって、金額を何度も確かめたのを覚えてる。

 

同い年の男の子らしいけど、絶対に嘘だと思ってる。

 

彼は歌投稿の間の週に雑談投稿をする。丁度、歌、雑談、歌、雑談となるように週に1回の配信をしているのだ。

 

前はもっと雑談の配信をしていたらしいけど、話すネタがないって言って、今の形に落ち着いたらしい。

 

でも、彼には人気がない時代から支え続けていた初期勢と呼ばれるファンがいて、その人たち限定で頻繁に雑談配信をしてるらしい。一般公開してる雑談配信で質問があり、『やってるよ』とあっさり答えていた。

 

正直、羨ましくてしょうがないけど、彼の回答に対して[やっぱりな]とか[初期勢なら仕方ない]とか[鹿が初期勢びいきなのは今更だろ]なんてコメントがあったから、みんな納得してるんだって気持ちを落ち着けた。

 

まあ、そのあと、初期勢について調べまくったんだけどね。

 

そして今日は雑談投稿の日。もちろん一般公開されるやつだ。

 

夕飯を済ませ、お風呂にも入って準備万端。本当ならデザートが欲しいところだけど、遅い時間だから我慢。これ以上、胸が大きくなったら、また新しい服を買わなきゃいけなくなる。

 

『みなさん、こんばんは』

 

動画は定刻どおり始まった。

 

ボイスチェンジャーを使っているが、他のVtuberにはない、圧を感じる低めの声。

 

初めて聞いたときは、道端で怒鳴る男性の声を想像してしまい、思わず体を縮こまらせてしまったが、すぐに彼が理性的な人だってわかった。

 

彼はアンチには“キチガイ”とか“ヒス男(ヒステリック男の略)”とか“発狂担当”とか言われている。これは、彼が他のVtuberと違って、視聴者に本気で怒ることから付けられた。

 

だけど、その元ネタの動画を見たら、確かに怖かったけど、誰だって嫌な気持ちになる内容のコメントが流れて、彼が制止してもコメントが止まらなかったから怒っただけの話だ。しかもそれ以降は怒鳴ってる動画はない。アンチコメントが溢れるときでも彼は怒鳴らない。

 

どうやら初期勢が、アンチコメントに対応するくらいなら応援してる人のコメントを読めって説得したかららしい。確かに楽しんで動画を見てる私からすると、気分が悪くなるようなコメントの対応よりも、面白いコメントを拾ってくれた方が楽しい。そうしてるとアンチコメントも自然に消えるから一石二鳥だと思う。

 

こういうところが初期勢が一目置かれている理由らしい。

 

まあでも初期勢が広めた“怒れる鹿”とか“ド畜生”とか“世が違えばマジもんの害獣”という呼び名は、どうかと思う。

 

ファンがアンチ判定に迷って、雑談動画で質問を投げたときは「この前ケンカしたから、その腹いせだろ。放っておいていいよ」なんて言葉が返ってきて、視聴者を混乱させたらしい。

 

なんだかよく分からない関係だ。

 

ともかく、彼は私が見かけた男性たちとは違う人で、理不尽なことをする人じゃない。会ったことはないけど、そう思ってる。

 

蘭たちにも今度おすすめしようって思ってる。

 

彼の配信を聞きながら、そんなことを考えていると画面のテロップが変わった。どうやらお悩み相談の時間になったようだ。

 

お悩み相談……。たしかに悩んではいる。何時間考えたって結論がでないし、何年も引きずっているトラウマだ。試しに相談してみるものいいかもしれない。

 

そんなことを考えながらキーボードを叩くと、すぐに文章ができた。

 

[バンドを組んでいるけど、人の視線が怖くてライブができません。メンバーは私に気を使ってくれてライブに出なくてもいいと言ってくれます。でもきっと本当はライブに出たいと思っているはずです。私はどうすればいいですか]

 

投稿したあと、すぐに後悔した。やっちゃったと思った。

 

なんて文を打ってしまったのか。こんなのいきなり送りつけるなんて空気が読めてないにも程がある。たしかにお悩み相談のコーナーだが、初めはもっとフワッとしたものじゃないと彼が困ってしまう。

 

しかも少額とはいえ、スーパーチャット付きだ。彼の動画では自分で稼いだ金じゃないならスーパーチャットはするな、が決まり文句だ。今投げたお金はお母さんからもらったお小遣いだ。

 

色付きの長文が流れていくのがハッキリと見えた。

 

まあ、彼の動画は人気だから、すぐにより濃い色のコメントが出てきて、私の固定コメント(チャット欄の上にアイコンと金額が固定されるやつ)も消えていった。

 

初めてのスーパーチャットだったが、これで良かった。呆気無く終わった寂しさもあったが、それよりも恥ずかしい文章が読まれなかったことに、ほっとした。

 

私が打ったコメントはもはや誰も覚えていないだろう。動画が終わった後にコメントを一つ一つ読み返すなんて酔狂な人がいれば別だが、1万以上ありそうなコメントがあり、私よりも長文を打ってる人はたくさんいる。印象にすら残らないはず。それに、私の知り合いにそんなことをする人がいる可能性なんて宝くじに当たるより低いと思う。

 

顔の熱が引いていき、完全に安心しきっていた。

 

『お、長文見っけ』

 

だから彼がそんなことを言った時も、また赤い色のコメントが流れたのかなって思ってた。

 

『えっと、バンドを組んでいるけど、人の視線が怖くてライブができません』

 

彼がそう読み上げたときも、わかるわかる~、と頷いて聞いていた。

 

『メンバーは私に気を使ってくれてライブに出なくてもいいと言ってくれます』

 

うんうんと頷いていた。

 

『でもきっと本当はライブに出たいと思っているはずです。私はどうすればいいですか』

 

うん?

 

「…………あああああああああ!!」

 

読まれたと気づいたときにはベッドに転がり込んでいた。

 

恥ずかしくてしかたなくて飛び込んだけど、ベッドに転がり込んだだけじゃ彼の声は聞こえてくる。

 

『割りとヘビーだな。これ……』

 

うーん、と彼が考えこむ声が聞こえた。

 

それは、わかってました。ごめんなさい。

 

『たぶん、この人は仲間に恵まれてるんだよな。バンドを組んでるのに人の目が怖くてライブが出来ないって、こう言ったら傷つくと思うんだけど、根本的にバンドに向いてない人なんだよな』

 

はい、そのとおりです……。

 

『でも、それが原因で解散ってことになってないし、むしろ気づかってくれてるから、たぶん、ライブが出来ないって知った上でバンドを組んでくれてるんだよな』

 

のそりと起き上がり、机に戻った。

 

『だから音楽は仲間で遊ぶためのツールだった。それで満足していた、のかな』

 

エスパーですか?

 

『でも、メンバーが本当はライブに出たいと思ってるのを知っている、と。うーん、仲間の性格によるけどなあ。俺は思い切ってライブに出てみればいいかなって思うかな』

 

ドキリとした。

 

『この人は仲間を思ってライブに出たいと思ってるけど、視線が怖いから出たくないとも思ってるんだろ? その思いがせめぎ合って、迷ってるわけだ。ライブに出なければ今のまま、ライブに出るなら今とは変わる。出るって選択肢が頭をよぎるんなら俺は出たほうがいいって思う。それがいい結果になるか悪い結果になるかはわからないけどな』

 

[挑戦は若者の特権]

[チャレンジして失敗した人のことも忘れないでください]

[この相談者にはチャレンジすることのメリットがある。私ならいくね]

 

チラッとコメントを見ればそんな声があった。

 

『ただ、この人の視線が怖いってのが、どれくらいのレベルか、わからないんだよな。そうはいっても緊張して喋れなくなる人はいるしね』

 

[ガチの上がり症は過呼吸になる。マジで生死に関わったりする]

[心が怖いって思い込んでるだけって可能性もある]

[マジで病気なら病院に行ったほうがいい。自分がどこまでなら大丈夫なのか、医師がいる状況で試さないと危ない]

 

『……それなら、いっそ仲間に判断を委ねてもらうとかどうだ?』

 

[どういうこと?]

[やるやらないを?]

[?]

 

『そう、やるやらないを。こんなにいい仲間なら、ライブが失敗することよりも、そのせいで視聴者が傷付くのがいやなんだろ?』

 

ハッとした。

 

蘭たちならきっとそうだと思った。

 

[あー]

[ライブしなくていいって気づかってくれる仲間だからね、ありうる]

[ほうほう]

 

『だからさ、いっそのこと、どうすれば自分が失敗しないか考えてくれって相談するんだよ』

 

[マジかww]

[お前、それはw]

[ド畜生か、こいつ。……ド畜生だったわw]

 

『いや、ふざけてねえから。たしかに、ただの友達だったら何言ってんだこいつ、ってなるけどさ。視聴者の友達は、視聴者の弱みを知ってて、それを受け入れてくれる人なんだよ』

 

うん。

 

『たぶん視聴者が友達は気を使ってることに気づいてるのと同じように、友達も視聴者がそれに気づいてることをわかってると思う』

 

「あ……」

 

『そんなわかり合ってる友達がさ、自分たちを気づかってくれてるとはいえ、前に進もうとしてる視聴者の気持ちをバカにするか? そんなわけ無いだろ』

 

うん……きっと、そう。

 

蘭たちに相談したら、絶対にバカにしたりなんてしない。モカだって、ひーちゃんは仕方ないなーって言って、私の話を真剣に考えてくれる。

 

『きっと、それが伝われば友達がいい方法を一緒に考えてくれる。自分じゃ思いつかなかったことを考えてくれる。もし、考えつかなかったとしても、視聴者の思いは伝わるし、ただ気づかうだけの関係が変わるんだよ。それが、すぐにじゃなくても、視聴者が変わることのできる切っ掛けになるんじゃないか?』

 

ただ、気づかうだけの関係……。そんなことはないと思う。でもそうかもしれないとも思う。

 

バンド活動ではみんなは私に気を使ってくれて、私もそれが申し訳なく思うから、いろんな雑用を率先してやってる。それは別に苦じゃない。みんなの役に立つなら嬉しいって思ってる。

 

でも、それが気づかってくれることに対するお返しだとしたら。

 

きっとそんなんじゃないと思う。でも、そうじゃないって否定しきることができない。

 

気づかうだけの幼馴染。そんな関係は絶対に嫌だ。

 

『それでもダメだったら、俺みたいに動画投稿するとか。動画ならみんなが見るときは、もう演奏し終わった後だからな。せいぜい、一生ネットに動画が残り続けることくらいかな。投稿動画消しても、PCに保存してるヤツらがいるから、そいつらが良い動画って判断したら、忘れたころに投稿される可能性はある。自分がどんなに黒歴史で消し去りたいって思っても、どうしようもないってことが問題点かな』

 

[致命的なんだけど]

[落ち、入りまーす]

[ネットはマジで怖い]

 

「ふふっ」

 

ネットに残るのは嫌だな。

 

だから……何とかして頑張らないと!

 

 

 

次の日の放課後、最近できたCircleっていうお気に入りのライブハウスで練習するために私たちは集まった。

 

みんなそれぞれが楽器の準備をしている。少しだけ早くベースの準備が終わった私はメンバーを見渡す。

 

ボーカル&ギターの美竹蘭。

ギターの青葉モカ。

ドラムの宇田川巴。

キーボードの羽沢つぐみ。

そして、ベースの上原ひまり。私だ。

 

みんな私のかけがえのない幼馴染だ。大切で大切で、これからもずっとみんなとバンドをしていきたいと思ってる。

 

私はアフターグロウのリーダーだ。

 

みんなは私に気を使ってくれてるけど、それじゃあダメなんだ。みんなが私のために動いてくれるけど、それだけじゃあダメだ。

 

みんなが私のためにライブを避けてくれるのは嬉しい。正直に言えば、だからこそバンド活動ができた。

 

でも、いつまでも、このままじゃいられない。

 

我慢し続けることが前提の関係なんて絶対にどこかで壊れてしまう。これからもみんなと一緒にいるために、私も変わらないといけない。みんなのために動かないといけないんだ。

 

だったら私がやることなんて決まってる。お休みしてる時間は終わり。今は怖くても進まなきゃいけない時間なんだ。

 

「……ねえ、ライブに出てみない?」

 

私がそう言ったとき、みんな大慌てだった。

 

何かあったのか? とか、調子わるいのか? とか、ひーちゃん悪いものでも食べた? とか。

 

本当に失礼である(特に最後)。

 

何もないし、絶好調だと伝えても、みんなは納得しない。終いには今日は帰って休んだほうがいいとか言い始めた。

 

「もー! だからなんともないってばー!」

 

両手を上げて元気アピールをするが、みんなは態度を一ミリも変えてくれない。

 

心配してくれることを喜ぶべきなのか、信用がないのを悲しむべきか判断に困る。

 

「まあ、さ。たしかにちょっと怖いところはあるからさ……」

 

これは本当。やると決めたけど、怖いものは怖い。

 

でもきっと大丈夫。

 

だって私にはみんながいるから。

 

ぶつかって倒れこんで、冷たい視線を向けられたときとは違う。5人で向き合うことができる。

 

「だからみんなで考えてくれない? どうやったら私がステージで演奏できるのか」

 

ようやく笑ってくれた皆の笑顔は、いつも見ているはずなのに、何年も前から見ていなかったような素敵な笑顔だった。




原作とは異なる点:
① 上原ひまりは元男性恐怖症
② アフターグロウはガルパが初ライブ
③ 胸は小さい方がスタイルが良い。ただ、その理由が服を格好よく着れるからなので、着こなし方が上手い人ならモデルにもなれる。ただし巨乳は×


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7.7話(白鷺千聖視点)

私の親友、松原花音が悪い男に騙されている。

 

男なんてみんな悪い奴だって言われたらそのとおりだし、別に気に留めることもないのだけれど、私の親友の話だ。黙ってはいられない。

 

どこの骨とも知らない男と出会ったその日に付き合い始め、数日後には体の関係を持ったらしい。

 

初めに聞いたときは、どこで何を聞き間違えたのかわからなくて、少し混乱した。

 

事件が起きたのは、私がドラマのロケで少しの間、学校に行けなかったときである。

 

花音は同じ学園の“花咲川の異空間”と呼ばれる、悪い意味で有名な1年生の弦巻こころと、他校に通う同じく1年の男と路上でセッションをすることになったらしい。3人とも、そのとき初めて顔を合わせたとのことだ

 

正直、この時点で聞きたいところが沢山あるのだけれど、今は置いておく。

 

セッションが終わったあと、弦巻こころは、またセッションすることを約束して護衛の人が運転する車で帰ったらしい。男と花音は帰る方向が違うから遠慮したらしく、その場に二人が残されることになった。

 

急なセッションで疲れていたこともあり、近くの喫茶店で休まないかという男の提案に、花音は頷いたようだ。

 

そして花音は、その日、その男と付き合うことになった。

 

いやいや、話が飛びすぎだ。

 

途中まで理解できたのに、最後は疑問しか残らない。経過を説明してほしいのよ。

 

なんでも、その男はすごく優しいらしい。

 

……それだけなのか。

 

いや、男に優しさがあるというのは、確かにとても珍しい要素ではある。でも、出会ったその日に付き合った理由がそれだけというのは……どうなんだろうか?

 

花音はとても臆病な子で、慣れてる人の前ですら、なかなか言いたいことが言えない性格をしている。本当に言葉につまってしまい、何も話せなくなってしまうので、しびれを切らして彼女との話を終わらせてしまう人もいる。

 

話を待ってくれる人だって、早く話さないかと態度に表す。そんなことないって言う人もいるが、目は口ほどにものを言う、という言葉を知らないのだろうか。一度、鏡を目の前に置いてやりたい。それでも気づかないなら、もう行っていいわ。あなたは視力か感性が人より劣っていることだけ覚えておきなさい。

 

花音は臆病なせいで目が合うと、つい逸らしてしまう子だが、人を観察する目は優れている。話している人がどう考えているか理解し、自分が人を不快にさせてると思うと、それが更に彼女を臆病に変えていくのだ。

 

花音は仲良くなれば、こうして普通におしゃべりできるんだから、自信を持ってほしいと思ってる。でも、そう簡単にいかないことくらいは、短い付き合いだけど、よく分かっているつもりだ。

 

そんな花音だから、初めて会う人で、しかも男ということで、吃り(どもり)に吃って、ふぇぇという言葉しか出なかったらしい。

 

でも、そんな花音をその男はゆっくりと待ってくれたらしい。

 

簡単な自己紹介のあと、松原さんはドラム歴が長いんですか? という質問に、視線を泳がせたあと回答するまでの、およそ5分間、彼は静かに待っていてくれたらしい。

 

まあ、確かに5分は長い。座っているとはいえ、相手と向き合い、回答を待っての5分だ。バスを待つ5分よりも遥かに長く感じる時間ではある。

 

しかも、花音の回答は、そこそこです、とだけ。

 

思わず、花音それは……、と言葉に詰まってしまった。

 

とにかく、その後も、そこまで長くないにしろ時間をかけて回答する花音を、男は静かに待ってくれた。ようやく返した花音の言葉に嬉しそうに反応してくれて、そんな男の優しさに心を打たれた花音は、その男を好きになってしまったようだ。

 

花音のことをよく知ってる私からすれば、その気持ちはわからなくはない。

 

花音が甘いマスクの優しい男に憧れてることは知ってるし、いつか水族館デートをするのが小学生の頃からの夢だということも知ってる。容姿は聞いていないが、きっとその男は花音のお眼鏡にかなった男なのだろう。

 

でも、1日は早過ぎる!

 

しかも、体の関係に至るまでにデートをする時間は無かったはずだ。日曜日に出会って、今日は土曜日。どれだけ過程を吹っ飛ばした関係になるつもりなのか。来週には結婚したなんて報告をするつもりだろうか。

 

だいたい、本当に彼女に優しい男だったら、まずは花音とデートをしてくれるはず。何度もデートを重ねて、少しずつ花音の緊張をほぐして、私のように面と向かい合っても、花音の視線が逸れないような関係になって、そうなって初めてデート後に重なるのが普通だろう。

 

それをデートの1回もしないで体の関係になった? どう考えたって花音の体目当てに決まってるわ。

 

男性は女性の体をそこまで求めてない?

 

……あまい!

 

私は自慢じゃないけど子どもの頃から芸能人よ。芸能界には男はけっこういて。そんな中にはいるのよ。女性に優しく近づいて、女性の初めてだけを奪い、後はポイッと捨てるヤカラが。

 

女性がそれにすがってしまえば手のひらを返したようにDVが待っている。それが原因で怪我をして、CMの撮影が流れた女優だっている。

 

世間では、その女優は病気により一時休業ということになって、男はお咎め無し。男は何事もなかったように今も芸能界で仕事をしている。そんな奴らばっかりなのよ、男なんて!

 

その男だって、これ以上、近づくと豹変して手を上げてくるわよ!

 

……え、明日デート? ……ふーん。……どこに? 水族館? おめでとう。ようやく夢が叶うのね。

 

言いたいことはあるが、花音の夢が叶うのは私も嬉しい。

 

まあ、順番はおかしかったけど、ちゃんとデートをしてくれるなら、まあ、ギリギリ及第点……なのかしら。

 

花音だって、こんな笑顔で明日着ていく服を相談してくれてるし、もしかしたら本当にいい男に出会えたのかもしれないわね。

 

でも一応、私の目でも確かめておこう。彼女がこんな嬉しそうに話す男に興味はあるし。

 

……ねえ花音、その男を今からここに呼べない? 一目だけでも確認させてほしいの。

 

一目見て大丈夫と思ったら、本当に祝福してあげよう。親友が素敵な人に巡り会えたなら、私だってすごく嬉しいのだから。

 

……え、無理? 今日は別の子のところに行ってる? ショッピングモールの手芸屋さんに行って、その後はお家デート? 今日が初めての子だから邪魔はできない?

 

そんな男、いますぐ別れなさい!!




原作とは異なる点:
① 白鷺千聖は男性嫌い
② 松原花音に彼氏がいる
③ 松原花音のきょうだいは弟ではなく妹


今回の連投の中で、この話が一番テンポがよくて好きだったりします。


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7.8話(弦巻こころ視点)

弦巻家は日本有数の大財閥って言われているの。

 

お母様も、昔は私たちよりも大きな会社が沢山あったけど、みんな没落していって、今では私たちが日本一よ、なんて言ってたわ。

 

あたしはよくわからないけど、百年以上前に男の人が急にいなくなって、みんな大変だったみたい。どの会社も上手くいかなくなって、そのなかで弦巻家だけが力が衰えることなく、それどころか弱まっていく会社の力を吸収して大きくなっていったの。

 

そのことでお祖母様やお母様のことを東洋の魔女とか、魔女の子孫とか呼ぶ人がいるみたいだけど、何も悪いことはしてないのに、どうしてそんな悪口を言うのかしら。

 

お母様はすごく優しい。いつも忙しそうで家に帰ってこない日の方が多いのだけれど、家にいるときは、あたしの話を聞いてくれて、こころは凄い、偉いって褒めてくれるわ。

 

でも、厳しいところもあるの。お母様は弦巻家のことを本当に大切に思ってるから、家に関することでは、あたしも叱られることがあるの。

 

怒鳴るってわけじゃないわ。そうじゃないの、こころって怒られるの。そのときのお母様は怖かったわ。いつものような優しい笑顔がなくて、でも怒った顔をしているのでもなくて、表情がなくなるの。きっとお母様の中では怒ったり、悲しんだりって感情が渦巻いているはずなのに、それが全然見えなくなるのよ。

 

怖かった。すごく怖くて、ごめんなさいって泣いてしまったこともあったわ。

 

なぜかしら、きっとこれがお母様の“弦巻”の顔なんだって思ったの。

 

お母様はすぐにいつもの笑顔に戻って、大丈夫よ、こころって優しく抱きしめてくれたわ。

 

その暖かさが嬉しくて、余計に泣いてしまったこともあったわ。

 

でも、母の優しさを嬉しく思っているなかで、“弦巻”のお母様がすごく遠い存在に感じていたの。

 

だからお母様に、こころは弦巻家の当主には向いていない、って言われたときも全然驚かなったわ。

 

初めて呼びだされた執務室でそう言われたとき、あたしの心にあったのは、お母様の役に立てなくて申し訳ないって気持ちだけだったわ。

 

うつむいたあたしに、お母様は、だからこころには子どもをたくさん産んでもらわないといけないの、って言ったの。こころには出来るだけ早く、遅くとも20歳までには子どもを産んでもらいたいの、と言ったわ。

 

ええ、わかったわ、ってあたしは言って、執務室から出たの。

 

執務室から出ると、すぐにお母様が追ってきたわ。そしてあたしを後ろから抱きしめてくれたの。

 

ごめんね、こころって言ってくれたけど、謝るのはあたしの方だって思ったわ。

 

だってそうでしょう?

 

お母様は何度もあたしに“弦巻”を教えてくれたけど、それが身につかなかったのは、あたしのせい。

 

弦巻の関係者は日本中に何百万人といて、当主はその責任者。半端な人じゃダメなの。

 

あたしは半端から抜け出せなかった。悪いのはあたしよ。

 

だから、お母様を恨むなんてことは全然なかったわ。お母様にも、あたし絶対に子どもをたくさん産むわって伝えたの。

 

お母様はせめて高校卒業までは好きなことをしなさいと言ってくれたわ。

 

高校卒業まで、まだ4年以上もある。あたしはお母様の役に立ちたかったから、今すぐでも大丈夫よ、って伝えたの。あたしだってもう子どもが作れる体よ。人工授精だから負担だってそんなに大きくない。授精後だって、専属の医師に在駐してもらえば安全だわ。実際に、外国人労働者の人はそうやって子どもを産んでいるって聞くわ。

 

でも、お母様はそれを許さなかった。まだ、あたしのことを子どもとして接したいと言っていたわ。

 

お母様が顔を埋めた首筋に温かい水が落ちてくるのを感じたの。視界の端には背を向けた黒服の人が、背中を震わせてるのが見えた。本当にあたしは幸せものだって思ったわ。

 

それからの日々だって、それまでと同じように過ごしたわ。

 

朝起きて、ご飯を食べて、学校に行って、帰り道で探検して楽しいことを探したり、食べたいものがあれば黒服の人に送ってもらったり、夜はお母様がいればお話して過ごしたわ。

 

毎日がつまらないってわけじゃないの。でもやっぱり、お母様のお役に立てるなら、すぐにでも子どもを妊娠してもいいって思ってたわ。

 

それでこの生活が送れなくなっても、後悔しない自信があったわ。

 

でも、やっぱり変わったこともあった。

 

お母様と会話をしているとき、どんな見た目の子どもがいいかって話題が上がるようになったわ。子どもの能力は最高のものを選ぶのは当然で、そのうえで、こころはどんな見た目の子がいいの、なんて聞かれるようになった。

 

あたしはお母様みたいな子がいいわ、って言ったら笑っていたわ。笑うなんて酷いわ……。

 

そんな会話をしていたから、その数日後にお母様が急に、いい男を見つけた! と言ったときは驚いたわ。黒服の人が慌てた様子で追いかけてくるなか、数えるくらいしか見たことのない興奮した顔のお母様は、こらえきれないといった様子で話してくれた。

 

なんでも、その男の人はあたしと同い年らしい。これには、あたしもびっくりしたわ。

 

精子バンクではないってことに驚き、まだ中学2年生の男の子ってことでも驚いたの。

 

お母様は男の人が嫌いよ。あたしにお父様がいないのは、お母様が男の人と出会う運がなかったわけじゃなくて、お母様が男の人の程度の低さが我慢できなかったかららしいの。無知蒙昧で傍若無人、近くにいるだけで害悪だ、なんて言っていたの。

 

いくら男が優遇されていても、弦巻の力には到底敵わない。やろうと思えば何人もの男を囲うことはできたけど、1人たりとて近くにいることが我慢できない。

 

それが当時、小学校の5年生だったあたしに言った言葉だったわ。意味はわからなかったけど、お母様は珍しく怒っていたから、一字一句覚えてるの。間違いないわ。

 

そんなお母様が、男性自身を気に入ったことにびっくりしたの。

 

しかも中学2年生の男の人!

 

20代はまだまだガキよ。どんなボンボンだって、エリートだって使い物にならないわ。思いっきり苦労させてやらないと、すぐ調子にのる。

 

なんて、小学校6年生のあたしに言っていたのに、そんな若い男の人が出てくるなんて思いもしなかったわ。

 

どんな人なの? って聞いてみた。お母様がそんなにいう人なんて興味が有ったの。

 

やたら達観していて、男なのに女性に興味を持っている。物怖じしないのに悪いことに反省する常識も持ってるし、何より女性を気づかえるわ。喋りが下手だけど、まあ、まだガキだから許容範囲内よ。大雑把なんだけど、なんだか小賢しいところはあるわね。歌はとてつもなく上手いけど、他の能力はどうなのかしら? まあ、きっとそこは弦巻の遺伝子が勝つわ! きっと、こころの方が強いもの!

 

そんな風にお母様は勢いよく説明してくれたわ。最後の方は褒めてたのかしら?

 

なんだかお母様と前に話していた、弦巻が求める完璧な遺伝子って感じではなかったけど、あまり気にはならなかったわ。

 

あたしがニコニコしながら話を聞いていると、お母様は少し神妙に聞いてきたわ。

 

でも……もしかしたら……30過ぎのおじさんかもしれないけど……いい?

 

もちろん大丈夫よ。お母様がこの人だって思うなら、あたしはどんな人とだって子どもを作れるわ。今からだって大丈夫よ。

 

そう伝えるが、お母様はまだダメよ、と言った。

 

今はまだ会えないの。向こうもいろんな人に囲まれて警戒しているから、今はダメ。でも絶対に出会う機会を作ってみせるわ。弦巻はチャンスを見逃さないの。どんなに制限された状況でも、どんな苦境に追いやられても、僅かなチャンスを見出して、それを掴みとってきたの。それができたからこそ弦巻は日本一なの。見せてやるわ。子鹿ごときが人間様に勝てるわけがないってことをねっ!!

 

そういうことみたい。よくわからなかったけど、お母様が嬉しそうで、あたしも嬉しいわ。

 

 

 

あたしはお母様のことが大好きで、信頼していた。お母様の言うことなら間違いないし、そうすることが最善だって信じていたわ。

 

だから、高校に入って初めて好きな人ができたとき、子どもを産むなら絶対にこの人との子じゃないとイヤ! ってなったときは、どうしたらいいかわからなかったわ。

 

そう。高校に入ってから、あたしの生活は一変したの。

 

学校自体は中高一貫校だったから変わらなかったわ。

 

でも、出会ったの!

 

美咲に花音、はぐみ、薫、ミッシェル、そして幹彦に出会ったの!

 

あたしたちは7人でバンドを組んでいるの。

 

みんな予定があるから毎日ではないけど、時間を見つけていろんなところでライブをしてるの。病院や保育園、老人ホーム、路上ライブだってするわ。

 

あたしたちが演奏を始めると、初めはみんな驚くけど、すぐに笑顔になってくれるの!

 

こんなこと初めてよ!

 

中学生までは一人で探検してるときに、お年寄りの荷物を持ってあげることはあったわ。そのときに笑顔でお礼を言われたときは、すごく嬉しくて、そのときは困ってる人がいないかって探し回っていたこともあったわ。でも、困ってる人なんてそんないないから、人の笑顔なんて簡単に見れないのよ。

 

それに比べてバンドはすごいわ。あたしたちが演奏すれば沢山の人を笑顔にできる。

 

笑顔を見たいから困ってる人を探すなんて、変なことをする必要もないの。

 

いつだって困ってる人がいない方がハッピーだもの。

 

バンドならみんなを笑顔にできる。素敵なことなのよ。

 

幹彦は花音と一緒に出会ったの。

 

探検をしているときに花音を見つけて、花音とあたしで初めて演奏した時に、彼を見つけたの。

 

大きな荷物を背負った彼は、少し離れたところで、不思議そうに、あたしたちを見ていたわ。

 

そのときピンっときたの。ああ、この人だって。

 

「ねえ、あなたも一緒にやらない?」

 

そう聞いたとき、遠くにいた彼の目が大きくなったのが見えたわ。

 

同時に黒服の人が少し位置を変えたのが見えたわ。

 

たぶん、男の人だから警戒したのだと思うわ。

 

あたしはこれまで男の人と接したことはなかった。

 

男の人は数が少ないし、お母様が男の人嫌いなので、“弦巻”のパーティーはいつも女の人だけなの。探検してるときは、何人も男の人を見かけたけど、近づかないようにしていたわ。

 

弦巻が男の人よりも強いことは知っていたし、お母様も気に入らなければやりあっていい、なんて言ってたけど、それは関係ないわ。

 

男の人はみんな怖いのよ。

 

いつも鬼さんみたいに怒っているか、表情がない人ばかりなの。

 

表情がないっていうのはお母様とは違う。お母様はいろんな感情を内に閉じ込めて表情を隠すのだけど、男の人はそれが無いの。

 

まるで抜け落ちてしまったように表情がないの。

 

とても怖いわ。

 

黒服の人がいるから大丈夫なことは知っているけど、そういう問題じゃなくて、ただただ怖いの。

 

だから、これまで男の人には苦手意識を持っていたの。なんだかお母様と同じねって笑うこともあったわ。

 

でも、彼を見たときは違ったの。

 

あの男の人みたいに不気味でなければ、学校の人みたいに疎んだり、煩わしく思ってる目じゃない。

 

お母様みたいに、あたしが何をしてるのか気にしてくれている目をしているの。

 

それを感じてしまったから、声をかけたわ。

 

あたしのお誘いに、彼は「いいよ」と笑って近づいてきてくれた。

 

すっごく大きい人だった。あたしが手を上げても彼より小さいほどで、すぐそばに来る頃には見上げてしまったわ。

 

それに気づいた彼が腰を落として、あたしの頭一つ分くらい上の高さから「キーボードだけどいい?」て言ったわ。

 

あたしが「もちろんよ!」と返すと、彼はあたしの左後ろの方へ移動した。丁度、あたしと花音と彼で三角形の位置になるところで、彼は荷物を解いた。

 

出てきたのはキーボード! 近くのお店の人にコンセントを借りた彼は、ささっと準備を終わらせて、こっちに目線をくれた。

 

それに頷いて、さっきから「ふぇぇ」と言っている花音の方を見ると、驚いた顔で固まっていたわ。

 

きっと大丈夫ねと思い、あたしは歌い始めたの。

 

遅れて花音がドラムを叩く。よく分からないけど、トントントントンと一定のリズムが心地良い。

 

そこに彼の音が入ってきた。

 

その瞬間、景色が変わった。

 

あたしは、心地よい風が吹く、大草原にいた。足元で泳ぐ草の音のような花音のドラムに、優しく、時には髪を持ち上げるくらいの風が彼のキーボードから生まれる。

 

そんな大草原で、あたしは自由に歌う。いや、一人だなんて思わない。二人は確かにあたしのそばに居てくれて、こうしてあたしを素敵なところへ連れてってくれるから。

 

歌い終わったとき、魔法が溶けたように、景色が街中に戻った。

 

でも、確かにあたしはあそこにいた。その実感があったの。

 

だから思わず、演奏が終わって近づいてくる花音と彼に飛びついてしまったの。

 

あたしと花音が倒れこんで、地面とぶつかるのを防ぐように、彼は優しく抱きとめてくれたわ。その温もりを感じて、体中が熱くなって、ああ、この人だって改めて思ったの。

 

この人だってわかったから、あたしはその場で告白したの。

 

「好き。大好き。あたしと結婚してください」って。

 

 

 

 

 

 

その日の夜、あたしは彼、海堂幹彦のことをお母様に話した。

 

だって、どうしたいいかわからなかったの。

 

大好きなお母様が気に入った男の人がいて、お母様のためなら、その人と結ばれるのが一番だってわかってるの。

 

でも、どうしても彼がいいの。

 

たとえ、彼を選ぶことがあたしの不幸につながるとしても、彼しか考えられなかったわ。

 

ただ、お母様を裏切ってしまうことだけが嫌だった。

 

お母様と幹彦のどっちを選ぶか。自分で考えても、どうしてもどちらも選べなかった。だからあたしはいつもそうしているように、お母様に悩みを聞いてもらったの。

 

こころ、どうして……。

 

お母様は信じられないと首を振っていた。そして、あたしがお母様が話した男性に会えば、必ず考えが変わると思う、と言った。

 

あたしは、無理よ、と小さく返すことしかできなかった。

 

嫌な静けさが続いた。早鐘を打つ心臓を抑えようと、目立たないように必死に呼吸を繰り返したわ。

 

ようやく母が口を開いた。

 

こころの考えはわかったわ。でも一度だけ前に話した男性に会ってみてちょうだい。それでも、その海堂君が好きなら、そのときはお母さんも、その人を認めるから。

 

そういったお母様は仕方ないわねと笑ってくれたわ。

 

あたしは嬉しくて抱きついてしまったわ。これでお母様を裏切らずに済むのが本当に嬉しかった。

 

もし、ここでダメだと言われても、あたしはいつか彼の元へ行っていた。そのときは、もしかしたらお母様に嫌われてしまうかもしれなかったから。

 

本当に嬉しかった。

 

その後、お母様といくつかの約束をした。

 

1つ目はお母様が話していた男性と会うまでは清い体でいること。

 

言葉は重いから、好きって言葉もできるだけ使ってはいけないことになった。

 

キスだってもちろんダメ。一緒にいることは許してもらったわ。

 

2つ目は何人かの子どもは必ず弦巻家で育てること。

 

お母様は男の人が嫌いだから、彼のことが気に入らなければ、この家で住むことは許さないって言ってたの。

 

もちろん、住む場所や、お世話係の人は用意するけど、基本的には“弦巻”の仕事は触れさせない。

 

だけど、何人かの子どもは必ずこの家で生活させて、“弦巻”として育てるみたい。

 

3つ目は、必ずお母様が話していた男性と会うこと。

 

実際に会ってみないと、どうなるかわからないし、その人があたしを見て、どう反応するかも見てみたいらしいわ。

 

なんでも、あたしはその人の好みの外見をしているみたい。結ばれなかったとしても、その人が悔しがる様子は絶対に見たい、って言ってわ。なんだか気に入ってるのか、気に入らないのか、よくわからないわ。

 

あと、あたしが幹彦を選んだとしても、お母様が話していた男性と会うことは、あたしにも幹彦にも刺激をくれるはず、とも言ってたの。

 

……本当にお母様はその人のことが気に入ってるんだって思ったわ。

 

そして、それでも、あたしが決めた男の人を認めてくれた。

 

あたしもお母様みたいな母親になりたいって思ったわ。

 

 

 

数日後、あたしはお母様に呼び出された。

 

ここ数日、お母様はずっと忙しそうで、家にいるときも執務室にこもりきりだった。

 

あたしもお母様に報告したいことが、いっぱいあったから、急いでお母様の元へ行ったわ。

 

あれから彼と花音と、新しく集まった4人を加えてバンドを始めたの!

 

練習でうちを使うことになるから、お母様にも話しておかなくちゃ、と思った。

 

お母様はすごく上機嫌にお酒を飲んでいたわ。

 

あたしが着くと同時に、さすが私の子だわ、と褒められた。

 

なんのことかわからなかったけど、どうやら数日前に彼のことを話した後、お母様は彼のことを調べたらしいの。

 

それで、彼のことを知り、彼なら大丈夫と思ってくれたみたい!

 

お母様は、もう止めないわ。それよりもどんどん関係を深めなさい、って言ってくれたわ。

 

お母様が話していた男の人はもういいの? って聞くと、お母様はすごく優しい顔をして、もういいの、と言ってくれた。

 

それどころか、それよりも早く契りなさい、と言ったの。

 

びっくりしたわ。それまでは子作りは高校卒業後って話しだったから、なんだか急にせかされた気分になったわ。でも、今はバンドを初めてしまったから、もう少しだけ待ってほしいの。

 

わがままを言ってる自覚はあったけど、バンドはすごく素敵な活動なの。ようやく見つけた、あたしの大切な宝物なの。お願いだからもう少しだけ待ってほしかった。

 

お母様はあっさりと許してくれた。子どもは約束どおり20歳までに作ってくれればいいわ。でも彼とは早めに関係を持ちなさい。あいつのことだから、“弦巻”のことを知ったら、こころだけ連れ去ろうとするはずなの。その前に既成事実で囲ってしまいたいのよ。と言った。

 

驚いた。お母様は彼のことをどこまで知っているのかしら。

 

彼が“弦巻”の責任なんて取れないから、あたしたちのバンド――ハロハピのみんな(薫とはぐみはまだ予定だけど)で暮らせるように手を考えてみる、と言っていたことを知っていたのか、と驚いたの。

 

黒服の人にも聞かれないように、秘密の暗号でやり取りしていたのに、どうしてバレたのかしら? やっぱりお母様はすごい! と自分の母を誇りに思った。

 

でも、ごめんなさい、お母様。あたし、彼が好きだから、彼が望むようにしたいの。あたしだってハロハピのみんな一緒に暮らしていけるなら、是非そうしたいと思っているの。もちろん、お母様にだって毎日会いに行くわ。

 

だから今は清い関係を続けさせてもらうわ。彼があたしを連れだしてくれるのを待つの。

 

安心して、あたし、子どもはたくさん産むわ。彼も10人くらい楽勝、って言っていたわ。あたしと彼の子なら、きっと“弦巻”の当主に相応しい子が産まれるはずよ!

 

 

 

 

 

あたしは今、毎日が楽しくてしかたない。

 

かけがえのないバンド仲間がいて、毎日みんなを笑顔にしている。最近はほかのバンドの友達だってできた。

 

あたしが探検に出かけても、追いかけてきてくれる人たちがいる。

 

そして幹彦がいる。

 

こんな世界は終わってるって言う人がいるけど、あたしはそうは思わない。

 

一人の探検を何年も続けて、ようやく、あたしはみんなと出会った。

 

暗い顔している人たちにだって、なにかが待ってるかもしれないの。

 

でも、下を見て、暗い気持ちでいたら、それに気づかないで通り過ぎちゃうの。

 

顔を上げて、この世界を見ないと、あなたが欲しいものは手に入らないわ。

 

だからあたしは歌うの。幸せを手に入れた人も、まだこれからの人も、あたしたちの演奏で笑顔にするの。楽しかったって帰る途中に、あなた達の幸せが見つかるように……!

 

 

 

 

 

幸せな毎日を送っているけど、一つだけ言いたいことがあるの。

 

幹彦はエッチな人だから、花音や美咲とイチャイチャしちゃうのはしょうがないって分かってるわ。

 

あたしが抱きつくときに、自然を装って、お尻を強めにわしづかみにしたり、胸の感触を確かめるために強く抱き寄せるのはいいの。後ろから抱きしめてくれたときは、腕が不自然に胸に当てられていたのだって、あたしのお尻に固いものが押し付けられていたのにも気づいているけど、それもいいの。あたしもあなたに求められて、密着できて嬉しいわ。

 

そして、あなたがその後、高まった欲求を花音や美咲とエッチなことをして解消してるのも知ってるの。

 

でも、あたしの欲求はどう晴らせばいいのかしら?

 

あたしはね、これまで我慢してきたことって、あまりないの。

 

お母様と結婚相手で意見が食い違ったときも、我慢できなかったから相談したのよ。

 

今だって、あなたのために我慢してるけど、いつかは我慢の限界が来ちゃうと思うの。

 

性格だもの。仕方ないわよね。あなたも、そんなあたしが好きなんでしょう?

 

……だから、ね。……あまり焦らさないでね。

 

あたし、高校卒業まで我慢できる自信はないわ。

 

あたしの前に、あまりチャンスをひけらかさないでね。

 

弦巻はチャンスを逃さない女なのよ。




原作とは異なる点:
① 弦巻こころに結婚を誓った男がいる(秘密の関係)
② 弦巻家の母(オリジナル)がとても自由
③ 弦巻こころは一人娘(原作のきょうだい関係は不明)



千聖編の次にくらい好きな話ですが、一番読みづらい話でもあります。
最初のセッション時のこころの心境なんて読む人からすると分かり辛いと思いますが、書いてる自分はとても楽しかったりします。
好きなキャラが好きな光景で楽しそうにしてるのを想像できる。小説書く人の特権だと思ってます。


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8話

201:

今週のひめちゃん 米国グランミー賞受賞 世界が注目するインタビューで「尊敬している人はセントー君です」

 

206:

 

207:

ww

 

208:

非公式親善大使 トップアイドル白鳥ひめw

 

209:

鹿の名前が全世界に流れる緊急事態

 

211:

なお、司会者は誰の名前か分からずにポカンとしていた模様

 

213:

そこは無難な有名人上げとけよw

日本でも分かんない奴の方が多いだろw

 

217:

テレビでセントー君は誰だって特集されてんだけどw

 

222:

まあ、超有名な賞を日本人が貰ったんだからな

発言の全てが注目されるのは仕方ない

 

226:

てか、逆にこれまで鹿をテレビで見たことなかったよな

YouTuberのタイスカはけっこう出てんのに

鹿の方が認知度高いだろ

 

233:

鹿はテレビ出演拒否してるよ

これ以上、面倒くさい奴らが増えるのは嫌だって

 

237:

wwwww

 

239:

おい、言われてんぞお前らw

 

243:

なんかテレビで、京都の有名な寺に住んでいた鹿がモチーフだって言ってる!

 

249:

あいつ東京生まれの東京育ちだぞ

 

253:

 

255:

ww

 

256:

せめて奈良だろw

 

257:

どうしてそうなったw

 

258:

これは取材できてませんねーw

 

260:

え、鹿って川崎育ちじゃないの?

二ヶ領用水は?

 

265:

あの歌はマジで謎

東京うんぬんは本人が言ってるから間違いない

まあ、川崎も東京みたいなもんだしさ?

 

267:

これも全部アンチのせい

あいつらが関係ないところで暴れまわるから鹿が露出を嫌がってる

 

272:

なんか元々の性格もある気がするけど

 

273:

アンチ君、大歓喜

これまでの活動が実になったね

 

279:

いや、マジでアンチはタヒねよ

なんでVの活動を狭めてんの?

お前らがいなければVはもっと有名になるのに

 

284:

ガチ勢が来たぞ、気をつけろ!

まあ、鹿が出たほうがVtuberに興味を持つ人が増えたはずってのは同意見

これでも、すっごい人が増えたほうだけど、あいつのポテンシャルはこんなもんじゃない

 

289:

俺の推しが最近、配信が少ないのはバイトを入れてるからって言ってた

せめてVtuberだけで食ってけるくらいの視聴者は欲しい

 

296:

>>289

需要がないんだろ

 

301:

まだまだマイナーなコンテンツなんだよ。元祖のプロメアが登場したのだって5年前だろ

しかも数年はヲタ専用コンテンツだったし

 

305:

今もだろw

 

309:

今は若い子が見てるんだよな

非ヲタが実はけっこういる

 

316:

>>309

中学生、高校生も男に興味津々だからね

Vtuberは男ガワが多いから、目に止まりやすい

 

321:

クラスの子の話に付いていくために見たよ

で、自分が一番ハマった

 

323:

高校3年にもなると男性に出会うことを諦める子が増えて、Vtuberの話ばかりする子も出てくる

 

328:

>>323

高校は歴史の授業があるからね

社会を知ると絶望する子はいる

 

334:

Vも中身は30歳過ぎの人がけっこういるから、下手なYouTuberより話のネタが面白いんだよ

 

338:

>>334

それな

20歳前半って話の中身よりノリが全てって感じだからな

意外とVtuberとすみ分けができてるんだよな

 

343:

Vtuberもノリしかないやつがいます 

 

349:

そして炎上しています

 

353:

うう、どうして卒業してしまったんだマロニー……

 

358:

あれは残当

 

359:

まあ設定間違えて、リアルのご尊顔公開はもしかしなくても致命傷

 

361:

うわ、キッツってなった

 

363:

結局、Vtuberの代表は鹿ってこと?

 

368:

チャンネル登録者500万人の化物のVだからな

プロメアが250万人ちょっとだから、ほぼダブルスコア

 

374:

いや、プロメアはテレビに出てる分、知名度はプロメアの方が圧倒的に高いだろ

鹿はネット民しか知らないんじゃないか?

 

378:

ただし、海外のネット民を含む(強)

 

383:

鹿はVのガワを被った歌手だって思ってる

だからVtuberの代表ってなったらプロメアじゃない?

 

389:

>>383

たしかに

 

396:

素人の中にプロが紛れ込んでる感はある

 

402:

Vには歌メインだって沢山いるじゃん

 

409:

歌動画ってVの中の1ジャンルでしかないイメージ

Vtuberって活動の代表となると、やっぱ違うかなー

 

414:

鹿は歌か雑談しか投稿しないからな

代表ってなると違和感あるね

歌い手ってくくりなら圧倒的代表

 

416:

初めに言ってたゲーム実況ってどうなったの?

 

421:

メン限でやってるらしい

月1くらいでやるらしいけど、とても一般公開できるような動画じゃないって初期勢が言ってた

 

428:

義務的に見てる人もいるって言ってたな

 

432:

社長たちが怒ったらしいよ

私たちはそんなに暇じゃないんだから、意味不明な時間の垂れ流しはやめてくれ! って言ったとか

 

436:

ww

 

437:

逆に興味湧くわw

 

439:

初期勢冷たいw

 

441:

なお、その後、鹿がブチ切れて、初期勢とケンカになった模様

 

445:

見たいw

 

447:

頼むから1か月遅れでもいいから公開してほしい

 

452:

>>447

前に雑談動画でコメント飛ばした人がいたけど

マジで身内動画みたいだから恥ずかしいって言ってた

 

458:

だから見たいんだよ

 

463:

公開してくれたらスパチャ投げまくるからお願いします

 

469:

鹿は金に困ってないからな

 

470:

望み薄だね

 

477:

ゲームと言えば、うちの実家に古いゲーム機がある。初代のマリオがあるやつ

こないだ触ってみたけど動かなかった

 

483:

ファミコンね。レトロゲーマーの中じゃ現役のゲーム機だぞ

 

488:

え、20年以上も前の機械だぞ

 

493:

マジ

むしろ、ファミコンとスーファミより後は廃れる一方だったから、面白いゲームって言ったらファミコンかスーファミしかない説がある

 

497:

ゲーム通がきたぞ!

 

500:

解説お願いします!

ゲーム実況って面白いんですか?

 

506:

微妙だな。

プレイするゲームにもよるけど、

そのゲームにハマったことがある人なら面白いと思う。でもやったことない人が見てもたぶん、つまんない

 

511:

やっぱり?

 

514:

私が子どものころは、友達とゲームで遊ぶことがあるんだけど、マリオとかは見てても面白いんだよ

クリアとか失敗とかが分かりやすくて、友達の後ろからアドバイスしたりしてた

 

518:

ああ、そういう感じね

 

520:

スポーツ観戦みたいなもん?

 

524:

>>520

それが近いかな

自分がスポーツしたり、友達がしてるのを応援するイメージだな

 

527:

なるほど

 

529:

それならわかる

要はルールの知らないスポーツを見たって意味がわからなくて、つまんないってことだ

 

533:

そういうこと

ただ、そのスポーツが難しくてね。子どものころは結局誰もクリアできなくて諦めたんだよ

最近になって、またやり始めて、何十時間もかけてクリアした

 

539:

うわあ、つまんなそう

 

543:

実際、つまんなかったんだろ

だから人気がでなくなったわけで……

 

549:

まあ、そう

スーファミまではいろんな種類のゲームが出てたから、クリアできなくても物珍しさでプレイしてたんだけど、だんだん似たり寄ったりのゲームしか出なくなって、それでどんどん廃れていった

 

554:

人気がなくてもゲームは今もあるだろ、DSとか

 

558:

あるけど、結局マリオがメイン

マリオもマリオが好きな人がいるから売れてるだけで、似たようなゲームは全然売れてない

あとはオシャレな服屋をやるゲームとかある

 

603:

へえー面白そうじゃん

 

608:

でも、これがダサい

 

612:

え?

 

619:

デザイナーにセンスが足りてない

しかも服も20着くらいしか無いから、あっという間に飽きる

30分もあれば遊び尽くせるかな? それが定価1万円

 

624:

 

625:

たっかw

 

627:

え、それは……どうなんだ?

>>619から見て、買う価値あんの?

 

633:

>>627

あるわけないだろ。即行で売ったわ

でも、そういうハズレ作品が少なくないんだよ

 

637:

そりゃ廃れるわ

 

638:

むしろ売る気があるのか

さっきのゲームだって服を多くすれば、まだやりごたえがあったんじゃないのか?

あと高い

 

643:

ゲームやってる人はみんなそう思ってるんだけどな

開発費がないから無理っぽい

 

676:

ああ、そういう

 

678:

買う人がいないから高いわけか

 

679:

高級品のくそw

 

684:

>>679

そう言われても仕方ないわな

金に余裕がある人しか買えないし、勝っても後悔することが多い

 

689:

なんでまだ買ってんの?

マゾなの?

 

693:

マゾじゃないわw

仲間内で話すのが楽しいんだよ

あのゲームは面白そうとか、このゲームやった? あのステージクリアできた? とか話すのが楽しい

 

697:

へー

 

701:

だから、まあダラダラと続けてくんだろうけど、話す相手がいなかったらキツいかな

 

706:

鹿ってゲームの案件とか無いの?

 

710:

どうだろ

 

712:

ゲーム案件はしらんけど、ぽつぽつ来る案件は全て断ってるって言ってた

自分よりも適したVtuberが他にいるはずだって言ってたけど、面倒くさいからだと思ってる

 

717:

鹿のファンがゲームを買う層なら話がくるだろうけど、Vtuberでゲーム案件が来たのは見たことない

 

721:

鹿のファンは他のVに比べて年齢層が幅広いってのは聞いたことがある

もちろん若い子もたくさんいると思う

 

726:

マジレスすると、鹿が納得するギャラ出せないんじゃない?

あいつ2週間で5,000万稼ぐだろ。これよりも低いギャラなら、作曲してるほうが儲かるんだから無理では?

 

729:

開発費がないのに、本当に効果があるか分からない宣伝にそこまで出せないよ

 

730:

無理だな

 

732:

鹿がゲーム実況をやって、それでゲームが売れるようになればワンチャン

 

736:

鹿がインフルエンサーってできんのか?

 

741:

そもそも、あいつツイッターを業務連絡にしか使ってないから

次の動画の投稿予告とか、動画で言い忘れたこと書いたりじゃあ道は遠い

リプすら見てないぞ

 

746:

鹿の影響か

鹿の曲を歌ってみた動画なら沢山みるけどな

 

749:

そういえば、この前ライブに行ってきたんだけど、そこで鹿の曲歌ってたけど許可とってんのかな?

 

754:

鹿は著作権関係は寛大。特に素人や個人勢の使用はほとんどok出してる。ライブで使おうが、動画に上げようが好きにしろってスタンス

さすがに企業勢は少し制限があるけど

 

758:

公式のoff vocalバージョン使った歌動画で収益化を通してた猛者がいたけど、それも企業勢じゃないからセーフになった

 

763:

やってんねーw

 

767:

鹿からすれば俺より上手く歌えるんなら歌ってみろってことなんだろ

 

772:

強気だな

ま、わかるけど

 

774:

今度歌ってみようかな

 

781:

>>774

鹿の公式HPにスコアが置いてあるから参考に

ただ、女性が歌うならキー上げたほうがいいかもしれん

あるいは女性用にキーを変えた曲も掲載されてるから、それを選んでもOK

 

785:

あのHPオシャレだよな

鹿ってああいうセンスもあるんだね

 

789:

あれは初期勢が作った

鹿が作ったHPはVtuber初めて1か月くらいで初期勢からの突き上げくらって消えていった

 

793:

初期勢、万能すぎね

 

795:

初期勢厳しいw

 

802:

まあ、たぶん外注で作らせたんだと思うけど

今の鹿のガワも初期勢が用意したはずだよ

 

804:

初期勢=マネージャー説

 

808:

わりと否定出来ない

そもそもマネージャーだったのか

見てらんないからマネージャーになったのか

 

812:

後者に100万円

 

814:

絶対、後者

 

818:

あの炎上芸は綱渡りが過ぎるから後者

 

820:

信用ないのなw




イメージ曲
二ヶ領用水(manzo)

いい歌です。続・溝ノ口太陽族のカップリング曲なので、どんな変わり種が来るかと思えば、普通に名曲です。私みたいに二ヶ領用水のことを知らなくても、その場面が想像できる歌詞です。ぜひ聞いてみてください。


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8.5話

【雑談】最近あったことまったり話そうよ!【蒼黄ネコナ】

 

 

『あんたたち、あの人のこと知らないの!?』

 

[知らねえわけないだろ!]

[最近、何故かVtuberがおすすめ動画にあったから見るようになった私としては、知らない人もいると思う]

[Vtuber業界では超有名人だけど、ネット外だと一切露出しない方だから]

 

『マジですごい人なんだから、絶対に煽っちゃダメだからね!』

 

[鹿のアンチって他の男性Vtuberのファンがほとんどだから]

[宝月以降、煽るバカは激減した気がする]

[まだケンカ売るバカいるの?]

 

『いろんなこと言われてる人だけど、ネコナたちには神様のような人だからね。あの人に興味を持ってVtuberを見てくれるようになった人が大勢いて、Vtuberの視聴者人口が何倍にも膨れ上がったんだから』

 

[猫神様ってことですか?]

[ネコナがまともに食事を食べられるようになったと聞いてから、鹿のこと好きになった]

[ライバルVtuberも増えたけど、視聴者の母数が増えたのはマジで朗報]

 

『歌だってどれもすごい。ネコナも大好きな曲がたくさんあるし、あの人は女性にも歌いやすいように、自分の曲のキーを変えたものを公開してくれてるんだよ。これも公式だって一言添えてくれて』

 

[原曲キーで歌わないと本当のファンっていえない、とか言ったバカがいたんだよなw]

[「俺のキーで歌うことがファンの証ってバカなの?」は本当に笑ったw]

[パワープレイは鹿の最も得意とすることよ]

 

『しかも歌の使用は連絡一切不要で、好きにしろって、とんでもないことだから』

 

[原曲もだけど、キー変更バージョンだって単体で金取れるレベルだからな]

[キー変更の編曲版も完成度が高すぎて、鹿が原曲って知らないと、マジでそっちが原曲に聞こえるからな]

[鹿メドレーの歌ってみたはVtuberが好むよね]

[いやあ、これに関しちゃ本人が面倒くさがりなだけの気が……]

 

『ネコナみたいな企業勢だって、使っていいんだよ! 信じられる!?』

 

[初めは個人勢のみだったんだよな。あんまりにも企業勢から要望が来るから諦めたとか]

[使っていいけど、アーカイブに残しちゃダメとか、収益化はNGとかが普通なのにね]

[鹿は面倒くさいから公開したがってて、初期勢がずっと止めてたって聞いた]

 

『初期勢が止めてたの?』

 

[そうそう。本人たちが掲示板で書いてたらしい]

[あいつらは基本的に鹿に良いか悪いかで動くらしいから、止める理由があったんじゃね?]

[著作権フリーは悪手だろ。人の善意を信じるしかないのは論外]

[鹿は著作権フリーでいいやって思ってたけど、初期勢が使用許諾をねじ込ませた。だから好き勝手弄くられることはない……はず]

 

『セントー君の初期勢ってなんかすごいよね』

 

[たしかに]

[マジでオカン]

[なに、私たちじゃあ不満だっての?]

 

『違うでしょうが、不満なんてあるわけないって! なんていうか……プロフェッショナルの集まりみたいっていうか』

 

[わかる]

[鹿に常識を叩きこんでるのが初期勢とは言われてるな]

[ほとんどが社会人らしいから、他のVのファンに比べて自立してるのはたしかだな]

[宝月事件も然り、ときどき鹿以外をあっさり切り捨てにいくところがマジで怖いんだけど]

 

『普通、あれだけ有名になった人の最古参だったら、ファンの中でマウント取ったりしそうだけど、それがないんだよね』

 

[私だったら絶対にイキりちらしてるわw]

[間違いなく統率してるヤツがいると思う。鹿か、或いは初期勢の誰かなのかは知らんけど]

[確かに不思議だけど、サラリーマンが社内掲示板の注意喚起に従ってるだけって考えると、しっくりくるぞ]

 

『えっと、社会人が多いから、情報共有がしっかりしてるってこと? なんか根本的にあんたたちとは違うね』

 

[い、いや、私も社会人だし?]

[私だって、ぷ、プラダに勤めてるし]

[在宅勤務なだけでニートじゃねえから。人と会話しないのだってコミュ障だからじゃないし?]

 

『あんたたち……。ネコナも人のこと言えないけど、あんたたちも大概だよね」

 

[うるさいよ]

[重度のコミュ障のネコナには言われたくない]

[自分のこと棚に上げてて草]

[同期のVにくらい普通に話しかけられるようになってから言えや]

 

『うるせっ! ネコナのことはいいんだよ!』

 

[図星だからってすぐ熱くなるー]

[落ち着けよ]

[煽り耐性が弱いぞ。そこは鹿を見習え]

 

『ネコナもセントー君の雑談動画見てるけど、あの人って落ち着いてるよね』

 

[それに関しちゃマジで年齢詐称を疑ってるw]

[中学生、高校生があんな達観してるもん?]

[いや、しょっちゅうキレてる印象があるわ]

[宝月と並ぶ2大年齢疑惑]

 

『実年齢の話は、あまり話題にしちゃいけない気がするんだけど。……まあ次回の歌動画もセントー君の曲を使わせてもらうから、あんたたち見に来てね』

 

[おかえり歌って!]

[Jewelry Tearsお願いします!]

[いやいや、ここはDENKOUSEKKAでしょ]

 

『あんたたちも好きだねえ。まあ、考えとくよ』

 

[歌に関しちゃ信頼の鹿]

[Vtuberのファンはみんな知ってる歌だから、盛り上がるのはたしか]

[鹿に好意的なのはいいけど、近づきすぎるなよ。そんな気がなくたって事件に巻き込まれることだってあるんだから]

 

『わかってるって、セントー君にノータッチはVtuberの基本だからね』

 

[それはマジで気をつけて]

[バカなこと言うヤツは目に見えて減ったけど、ああいうヤツらは時間が立てば新しいのが出てくるもんだから]

[宝月の件は忘れるなよ]

 

『……宝月さんの件は、あれで良かったと思うよ』

 

[やややや止めたほうがいいんじゃないですかね、その話は]

[その話、しちゃう?]

[お前、どのVtuberだって絶対に避けてた話を……]

 

『セントー君が宝月さんの動画にお邪魔して、2人で経緯を説明して終わった話でしょ。これはノータッチじゃなくていいと思う』

 

[宝月さん、泣いてたよな]

[まあ、許された件だしね。いまさら宝月関係でアンチが復活するとは思えないし]

[収まるところに収まったし、引きずらなきゃ、酒のつまみにでもすればいい話だな]

 

『そうそう。宝月さんも無事だったし、更新頻度を落としたのだって別の理由があるんでしょ?』

 

[週一くらいに落ち着いたんだっけ?]

[月守はそれでも喜んでたよ。週一の経過報告でも幸せだって]

[ベースが上手いから、スタジオミュージシャンしてるんだよ。そっちが忙しくなってきたから、Vtuberの活動は少なくするって]

 

『声もいいし、歌も上手いし、楽器もできる。多才だよね』

 

[スタジオミュージシャンで忙しいってマジですごいぞ。話がマジならプロ級の腕を持ってるはず]

[小さいころの幼馴染といつか音楽を一緒にやりたいんだって。私も応援することにしたよ]

[個人的には警察がよく検挙しなかったなと思った]

 

『宝月さんが活動休止したころは警察沙汰だって騒がれてたけど、結局、逮捕にはならなかったんだよね。あれって何でなんだろ?』

 

[たしかに普通なら問答無用で逮捕案件だから、そこは気になってた]

[鹿が精力的に動いたらしい。この件は大丈夫だから、大事にしないでくれって]

[鹿が初期勢を説得したって噂は聞いたw]

 

『誤解があったとはいえ、セントー君が宝月さんを守るために動いたって変な話だね』

 

[鹿はぐう聖だから]

[あいつは優しいのか鬼畜なのか判断できない]

[いや、たぶん小市民なだけだろ。特に思うところもないのに、自分が原因で人の人生がめちゃくちゃになったら後味が悪いだろ。悪いヤツじゃないけど、優しさを振りまくようなヤツでもないと思う]

[しかも、最後は警察に感謝の言葉を述べる始末。大混乱の極みだったなw]

 

『警察の皆さんのお陰で、いつも平和に過ごせてます。今回の件についても、早急に対応していただいて、とても嬉しく、心強く思いました。ってやつ?』

 

[あったね。権力に媚び売ってんじゃねえよってアンチが吠えてたよな。それ以来、めっきりアンチが見えなくなったのは少し怖いんだけど……]

[あのあと、警視庁の公式ツイッターがお返ししてたのは本当に草。インターネット上の動画配信者って絶対に鹿のことだよなw]

[媚び売ってる感はある。でもマジで感謝してるのも伝わってきた]

 

『まあ、社会の嫌われ者を買って出てくれる人だからね。あの人たちがいなかったら日本だって無法地帯になるんだから、感謝するのは当然なことだと思うけどね』

 

[嫌われてるけど、その権力は確かなものだってアンチもわかってるからな。だから鹿の味方に回るのを必死に止めようとしてたんだろ]

[警察官ってクソみたいな愚痴にも対応しないといけないんだろ? マジでご愁傷様だよ]

[友だちの警察官があれ聞いて泣いたって。普段どれだけ過酷な環境にいるんだよって話]

[勤務お疲れ様です。でも、先月のネズミ捕りは忘れないからな]

[ネコナも駐禁とられたって言ってなかったけ?]

 

『駐禁はまあ……ネコランドで昔ね』

 

[ああ、設定がブレてるって噂の……]

[ネコランドってガソリンあるんすかwww]

[魔法の国でガソリン車ガンガン乗り回すって、ちょっとどうかと思います。設定の見直しが必要では?]

 

『はぁ!? 設定じゃねぇんですけど!』

 

[当初からブレまくってるのに、何を今更]

[お姫様が駐禁取られてる時点でアウトだからww]

[てか、お前の実家、農家だって言ってたじゃん]

 

『はい続いてのいきますよ。続いての話題です』

 

[話を逸らすなw]

[雑すぎんだろwww]

[説明を要求しますww]




イメージ曲
おかえり(薬師るり 原曲Rita)
Jewelry Tears(美郷あき)
DENKOUSEKKA(ポルカドットスティングレイ)

前2つはエロゲ出典です。おかえりはとても癒される曲です。Ritaさんの原曲も素晴らしいですが、薬師さんバージョンは甘さが増してるし、この歌に限ってはRitaさんよりも高音の伸びが好みです。唯一の欠点は試聴できるものが見当たらないこと。Jewelry Tearsはゲームは全く合わなかったんですが、曲が素晴らしくて、これだけ覚えてるくらいの名曲です。

DENKOUSEKKAはPVも面白いので、ぜひ見てみてください。かなり色気のある見せ場があるんですが、それは良い感じに男性バージョンに変えてると思ってください。


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9話

たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています。また、感想に個別にお答えできずに申し訳ありません。とにかく熱が冷めないうちに早く書かないとエタると思ってるので、走ることに力を注いでます。

世界観はその分野に所属する男女比をざっくり考えて構成してます。〇〇の業界って男ばかり見るよね→女性はその職業にあまり憧れてない→そこの進歩が遅れるってな感じです。ただ、大元の職業男女比をフィーリングで決めてるので、違和感はあるかもです。そこはフワッと書いてる部分になります。申し訳ない。
ガワはマッチョ巨漢です。MMDDFF版です。もう、懐かしいってレベルですよね。
「これはもしや、ウルトラマンもゴジラも無ければ頭文字Dやドラゴンボールも無い、ましてやゼルダの伝説やカービィなんかマリオが爆発的ヒットおよび続編作られてない(そもそも任天堂が虫の息?)ので存在してない。」 にっこり
ゲームは難しいです。流行る作品は女性が好む作品ですけど、それが男性でも楽しめる作品かって言われると……。


初顔合わせで、いきなり演奏することになったが、無事、5バンドによる合同ライブ「ガールズ(&ボーイ)バンドパーティー」略称ガルパの開催が決定した。

 

最初は俺たちの実力次第で出演するか決めると言ってたロゼリアだが、みんなの演奏を聞いて出演を決めてくれた。

 

今では元気にこちらをライバル視する視線を感じる。ロゼリアの2人はすごい美人なんだけど、残念ながらモデル体型だ。俺としては貧乳は基本的に対象外だから、熱い視線をもらっても嬉しくない。燐子先輩とかリサ先輩ならOK。あとは薫先輩でも見ててください。すっごいイケメンですから、目の保養になるんじゃないですかね(適当)。

 

このガルパは、ライブハウスCiRCLEの従業員である月島まりなさん発案のライブだ。まだ出来たばかりで利用者の少ないCiRCLEが、その存在を知ってもらい、あわよくば利用してもらうことが目標のライブだ。

 

そのため、まだ活動拠点が決まってなさそうな新進気鋭のバンドを呼んできたようだ。

 

しかし、現役アイドルでもあるパスパレをよく呼べたものだ。聞いてみると、香澄ちゃんがノーアポで事務所に突撃して、パスパレと直談判したらしい。行動力の化身である。

 

まあ、パスパレもバンドをやっている子のファンがほしいと思っていて、渡りに船だったようだ。数ヶ月前のライブで、録音した演奏を流した口パクステージで停電トラブルが起きるという、神様に嫌わてるんじゃないかって不運に見舞われ、ネットニュースに鮮烈デビューをしたのは覚えている。

 

その後、奇跡の大復活を遂げたものの、当然のように音楽経験者からは嫌われてる。

 

ま、そりゃあね。真剣に演奏している人たちからすれば、アイドルが話題性欲しさにアイドルバンドを始めて、無事ライブをすることになったから見に行ってみたら、実は楽器すら弾けませんでしたって落ち。こんなのリアルタイムで見せられたら、善良な人だってアンチになるよ。

 

そんなわけで、パスパレにはアイドルファンはいるけど、音楽ファンは全くいない状況らしい。この状況を危惧して、渡りに船とばかりにガルパへの参加を決めたらしい。

 

ご健闘をお祈りしています。

 

ガルパは約1カ月後に本番を迎えるのだが、それまで色々とやることがある。

 

まず、2週間後にミニライブをすることになった。

 

ポピパは出来たばかり、アフターグロウは結成して2年は経つらしいがライブ経験はなし。ロゼリアは湊先輩とか氷川先輩は別バンドで活躍していたが、この5人でバンドを結成してからそんなに経っていないらしい。2人の根強いファンがいるものの、バンドとしては、まだ知名度を広げている最中らしい。パスパレは音楽好きに嫌われてる。

 

そして俺たちハロハピは人前で演奏した経験では、5バンドの中では圧倒的に多い。だが、それは病院や保育園など、こちらから出向いて演奏をしているものだ。ライブハウスでやるような人を呼ぶライブをしたことがないので、わざわざ来てくれる人はいないと考えている。

 

これにCiRCLEの知名度の低さを鑑みて、ぶっつけ本番でやったら人が来ないのではと考えたのだ。

 

ミニライブで少数でも人に来てもらえれば、後は演奏で沼に引きずり込める。そういうことだ。

 

突然ミニライブの開催を告げられて周囲がザワつくなか、俺がこのことを確認すると、まりなさんが、そのとおりだよ、と答えてくれた。

 

その隣で、言い出しっぺの香澄ちゃんが、俺の言ってることが理解できないような顔をしているのは、たぶん気のせいだろう。

 

色々やることの2点目として、合同練習をすることになった。

 

みんなの練習を参考にしたい、という理由だが、これはみんな興味があったらしく、すんなりと決まった。

 

とりあえず、都合がついた他のバンドと絡めればいいねってことで実行。バンド練習がなくても、個人が参考のために練習に顔を出すのはいいけど、参加は控えるってことになった。

 

俺はポピパとやれればいいかな。他のバンドの演奏は顔合わせの演奏で充分だし。唯一演奏を聞けてないロゼリアはミニライブのときに聞ければいい。湊先輩と氷川先輩が冗談通じなさそうで、ハロハピのメンバーと相性悪そうだし。

 

いや、ケンカにはならないと思う。ただ決定的にすれ違い続ける未来が見えるだけ。美咲が怒るのが早いか、ロゼリアが呆れるのが早いか。やっぱり一緒に練習しないほうがいいと思う。

 

てか、貧乳のうえに性格がキツイって勘弁してほしい。2人とも薫先輩を見習ってもらいたいものである。あの人は本当に懐が深い。大抵のバカなことは受け入れてくれるし、悪いことしたときは、キッチリとたしなめてくれる。

 

世界にもっと薫先輩みたいな人が増えれば、この世界はもっと住みやすいものになると思った。美咲は全否定しそうだけど。

 

とにかく、ロゼリアの2人は要注意人物ってことだ。

 

美咲? 美咲はいいんだよ。たしかにツンツンしてるところがあるけど、美咲といると落ち着くんだよ。

 

一緒にいて落ち着くし、楽しいし、かわいいし、セクハラできるし、バンド活動で頼りになるし、いい匂いがするし、暖かいし。最高かよ、俺の彼女。

 

 

 

「幹彦ー、ボケっとしてないで、早く行くよ」

 

ガルパ開催の顔合わせで、思いがけず演奏したことで、けっこう時間が押してしまった。

 

細かいバンド間のやり取りは美咲がやってくれることになったが、俺もサポートに回らせてもらうことにした。そんなわけで各バンドの取りまとめ役とも挨拶をかわすことになったのだ。

 

さあ、挨拶に行こうという時に、俺がボーっと考えに耽っていたので呼びに来てくれたのだ。

 

さっきまで、その取りまとめ役の人たちの近くにいたのに、わざわざ近くまで来てくれたようだ。

 

遠くから呼んでくれてもいいのに、こうして近くに来てくれるのは嬉しい。美咲が良く見えて、それだけで気分が良くなる。

 

「……美咲はかわいいな」

 

「? はいはい、わかったから行くよ」

 

なんだか子ども扱いされてる気もするが、別にいい。

 

ペロンと美咲のお尻を触ってみる。

 

「……あんた、時と場所をわきまえろって言ったよね」

 

じと~とした目をする美咲。

 

「すまん、悪気はないんだ」

 

ちょっと構ってほしかっただけだから。

 

「どうしたら悪気がないなんて言葉が言えるのか知りたいけど、行くよ」

 

「はーい」

 

大人しくついていく。が、すぐに美咲が止まり、顔だけ振り向いた。

 

「市ヶ谷さんのことは、後でゆっくり聞かせてもらうから」

 

「はーい……」

 

今日はメン限配信があるから、その後に電話しよう。うん、そうしよう。決して言い訳を考える時間が欲しい訳じゃない。どこまで話すか少し整理したいだけだ。

 

「なに? 言い訳を考える時間が必要?」

 

「そ、そんなわけあるかよ。ただ、話が長くなるとアレだなーって思ったんだよ」

 

「へー、そう」

 

まるで、お前の考えてることは全てお見通しだぞと言わんばかりの表情で、美咲は言った。

 

「……美咲、愛してる」

 

「はいはい。それで誤魔化されるほど、あたしは甘くないよ」

 

「誤魔化すなんてそんな……」

 

「わかってるから。まったく……長くは待たないよ」

 

美咲はもう前を向いていて、どんな顔をしているかは伺いしれない。

 

でも、その声はさっきよりも優しいものだった。

 

「夜には必ず電話する。約束するから」

 

「待ってる。花音さんも混じえてだからね」

 

「もちろん。ありがとな」

 

「あんたと付き合ってどのくらいになると思ってんの。もう慣れっこだよ。さ、行こ」

 

「おう」

 

俺の彼女は慈悲深い。

 

俺がどんなにバカなことをしたって、こうやって理由を聞いてくれる。

 

大切にしないといけない。

 

当たり前だけど、そう思ってる。

 

 

 

 

 

 

 

ガルパというバンドの顔合わせで私は運命的な出会いをした。

 

正確に言うと既に出会っていた人なのだが、顔を合わせることは生涯ないと思ってた相手だ。

 

強く望めば会うことができるかもしれないけど、それはあまりに自分勝手な行いで、同じようにひと目だけでも見たいと思っている仲間を裏切る行為だから、自分がそれをすることはないだろうな、と思ってた。

 

だから淡い思いに蓋をして、大切に閉じ込めて、決して漏れ出さないようにしていた。

 

だというのに、こうもあっさりと出会ってしまった。これが運命ってやつなのか、なんて、らしくもないことを考えてしまう。

 

今だって電話であいつの声を聞いてるけど、これも昨日までは考えられなかった。

 

ネットで聞くよりもクリアで、抑揚を感じる声が私を惹きつける。その声以外が意識の外へと追いやられていく。

 

『まあ、言ったほうがいいよな』

 

電話越しに、乗り気じゃない声であいつが言った。

 

こうして話しているのは私たちのことだ。

 

セントー君の初期勢と呼ばれるファンは、当然のようにリアル接触禁止を暗黙のルールとしていた。

 

それが不可抗力とはいえ破ることになり、それが今後も続くことを他のメンバーに黙っているのはどうなんだ、ということになった。

 

言うか言うまいか。まあ言うしかないよな、と彼が決断したのだ。

 

「幹彦もやっぱりそう思うか?」

 

『そりゃあな。避けることもできるけど、ここで言わないと、後々バレたときにうるさいと思う』

 

「私もそう思うけど……でも、なんて言うんだよ」

 

筋を考えれば言う一択だ。

 

でも、じゃあ切り出せるかといえば、それは難しい。

 

いや、難しくはないな。私が避けたいだけだ。

 

『私たち、偶然リアルで知り合いました。だからなんだってことはないけど報告しときますって』

 

「それ……そのあと、ぜってー燃え上がるぞ」

 

ぜってー、[は?]とか[そのギャグ面白いと思ってんの?]とか[迷惑かけんのは無しって決まってたよね?]とか言われる。

 

考えただけで胃が痛い。

 

『やっぱり?』

 

「ぜってー燃える。てか、私が報告される立場だったら燃やしてる」

 

『あいつら気が短いからなー。すーぐ怒るんだよ』

 

「それも報告するから」

 

私だってそう思うけど、口にしちゃいけない言葉だろ。この命知らずめ。

 

『やめてくださいお願いします』

 

真剣なあいつの声に吹き出しそうになる。群れた女の面倒臭さは2年かけてしっかり学んだのだろう。

 

『怒りを逸らすために新曲を披露するのはどうだ?』

 

「新曲……!? どんなやつ!?」

 

『食いつきいいな。そうだなあ、ハイテンポな明るい英語の歌と、出会いの歌が合ってるかな?』

 

「は? 切れそうな相手に明るい歌を聞かせんの? お前、正気か? それに、その状況で出会いの曲を披露するって完全に相手を煽ってるからな!」

 

こいつはどこを見て、合ってるかな? とか言ったんだろか。

 

『……やっぱり、ダメ?』

 

「わかってんなら止めろ! ……ちなみにどんな歌だよ?」

 

『ほら、やっぱり気になってんじゃん。実は今日、披露したい歌があるんだけどって言えば、あいつらだってぶつくつさ言いながら、歌が気になって怒りどころじゃなくなるから』

 

「お前……天才か!」

 

『だろ?』

 

「そうすると歌の中身だよな。出会いの歌ってのもいい歌なんだよな?」

 

『もちろん。ちゃんと三十路にもわかるような歌詞だから安心してくれ』

 

「どうしてお前は、そんな息を吐くように煽り散らかすのか理解できないけど、その言い方を改めればワンチャンあるな」

 

『おうよ。1曲目で流れが変わらなかったら、2曲目をチラつかせるってことで』

 

「OK、それでいくぞ」

 

『よしきた任せろ』

 

「じゃあ、適当に打つコメ考えとくから」

 

『頼んだ。始まりの挨拶が終わったら、報告があるって続けるから』

 

「分かった。……煽るなよ」

 

振りじゃないから。ただでさえ、今回は私に矛先が向く可能性が高いんだ。

 

こいつに攻撃しても煽られるだけって思われたら、狙いが私に集中しかねない。

 

『煽るわけないだろ。さっきの曲だって、ちゃんと名前を言うからさ。有咲が俺に気づいたことを考えると、他にも気づいてる奴いそうだからな。下手なことは言えない』

 

「あえて黙ってるやつはいるだろうな。それに私、一人心当たりがいる」

 

『あー、アレだろ。CiRCLE』

 

「そう! 私たちが話してたまんまだぞ。ぜってー、あいつらの誰かが絡んでる」

 

まりなさんに聞いてみたけど、「え、オーナー? 普通の人だよ? あまり音楽に詳しくないし、他に本業があるから店長とか私を雇ってるんだ。これでも私、マネージャーを任されてて、ちょっとは偉いんだよ」とのこと。

 

そのあと、香澄が「まりなさんってすごい人だったんですね! 有咲は急に店長を気にしてどうかしたの?」なんて言うから、何でもないって慌てて話を終わらせるしかなかった。

 

香澄、覚えてろよ。しかも店長じゃなくてオーナーだ!

 

『部屋数もカフェも同じだからな。メン限配信だから、誰かが漏らしたんじゃなければ身内の犯行だよな』

 

「社長勢が怪しい」

 

こいつは来ないが、初期勢は登録制のチャットルームを持っている。そこでいろいろ話をすることがあるんだけど、社長勢はこいつが思っている以上にヤバい。

 

ベンチャー企業の社長は、幹彦は3、4人の大学生が卒業を機に会社を起こしたみたいなのを想像してるけど、実際は40人ほど従業員がいて、既に設立後5年は経つ、実績を持った会社らしい。

 

中規模会社の社長だって、節税のために大規模にしないだけで、そっちの方がメリットがあると踏んだら、いつでも大企業クラスに方針を切り替えることができるようだ。

 

大規模会社の社長はわからない。ベンチャー企業の社長と中規模会社の社長が言うには、とんでもなく大きな会社らしい。社長じゃなくて代表取締役では? とか言ってた。

 

まあ、あいつが言ってた「儲かってる会社なら登録者1,000人程度の弱小Vtuberなんか見てる暇ないだろうから、どうせ肩書が先走ってるだけだろ」って言葉もわからなくはない。てか、私はこいつと同じ庶民側だから、想像できないほど大きな会社の人なんて、お伽話と同じだ。

 

うちも一応、自営業の社長になるけど、歴史が長いだけの質屋だ。社長勢とは全く別物だ。

 

まあ潰す気はないし、私が上手くネットを使って繁盛させたいとは思ってるけど。

 

『あの大きさのライブハウスなら、それしか考えられないよな。一応、まりなさんにオーナーのことを聞いたんだけど、あんまり詳しく聞けなかったな』

 

「お前も聞いたんだ。私も聞いたけどダメだったな。あまり詳しく聞きすぎると、まりなさん経由でこっちの情報が漏れる」

 

『なんなら今日の報告前に手を上げさせるか』

 

「報告?CiRCLEっていう名前のライブハウスを見つけましたって?」

 

『そ。怒らないから心あたりがある人は手をあげなさいって』

 

たぶん[ノ]とか[ヘ]ってコメントが流れて、みんなでノを探すことになるんだろう。

 

ちょっと楽しそう。

 

「いいな、それ」

 

『だろ?』

 

こんな、こいつの声を聞きたいだけの雑談から、面白そうな企画が出てきたのは嬉しい。

 

思わず、ふふっ、と笑いをこぼすと、相手が無言になったのに気がついた。呼吸の音は小さく聞こえるから、いなくなったわけではなさそうだ。

 

「……なんだよ、急に黙って」

 

ネット生活が長すぎたのか、或いは性分なのかはわからないが、こういった時は人を疑ってしまう。

 

すると、こいつはなんだか楽しそうに笑った。

 

『ありさにゃんZはこんな声してるんだなって』

 

愛しむような声だった。

 

『コメントは沢山貰ってたけど、声をもらうことはなかったし、姿をみることもなかったから。やっぱり嬉しいよ』

 

「……そうだよな。お前の声しか聞こえないもんな」

 

『想像していたよりも可愛い顔してた。ツインテールにまとめてるのも可愛いし、服もすごい似合ってた。有咲ほどの大きい胸で、あんなに立派に服を着こなしてる人はいないと思う』

 

「む、胸は言うな」

 

『声もすごく可愛かった。今だってもっと声を聞きたいから話を伸ばしてるところもある』

 

「ば、バカ、あんまり褒めるなって……恥ずかしいからさ」

 

『恥ずかしくたって言うさ。俺たちの仲じゃあ、言葉にしないと絶対に伝わらなかっただろ? 顔も声も分からないんだ。だから俺たちは言葉にしてきたんだ』

 

「……私も、ネットで聞くより声が魅力的だって思った。……あと……想像よりずっと格好良かった」

 

『本当に? ゴツいとか思わなかった?』

 

「思わなくはないけど。いつもの配信聞いてて、お前が華奢な甘いマスクをしてるとは思わないだろ。方向は予想通りだった」

 

『フォローしてるようで、まったくフォローしてないな。てか、有咲の好みってゴツい系なんだ』

 

「ちげえよ、お前がそんな感じだと思ってたからだよ。……言わせんなって! 恥ずかしいだろ!」

 

『いや、素直に嬉しいよ。今まで、ゴツくてびっくりしたって言われることはあっても、予想以上に格好良いなんて言われたことはなかったから、かなり嬉しい』

 

「あっそ。……てか松原先輩と奥沢さんは? 付き合ってんだろ、お前ら」

 

『よくわかったな。でも、花音は甘いマスクが好みだから、たぶん俺の顔は好みじゃないと思う』

 

「マジ?」

 

『マジマジ。王子様セリフが似合わないゴツい彼氏でゴメンなって言ったけど、否定してくれなかった』

 

彼のトーンが少し落ちた。どうやら気にしてるらしい。

 

「へー、まあ違和感はないと思うけど、似合うかって言われると、ちょっとな。で、なんて返されたんだ?」

 

『顔の好みは確かに違うけど、それを言ったら、私の胸は好みのサイズに足りてないでしょ? それでも幹彦くんは私が好きなんだから、それと一緒だよって言われた』

 

「惚気かよ……」

 

けっこうイラッと来る。

 

『有咲から聞いてきたんだぞ。美咲は……顔の好みはたぶん無いな』

 

「じゃあ性格か? 奥沢さんはしっかりしてそうだから、常識を持った人が好みとか?」

 

『常識人は嫌いじゃないだろうな。でも、美咲は男に見切りをつけてるからなー、それが好みかって言われると違う気がする』

 

「奥沢さん、お前のこと本当に好きなのか?」

 

『最初はどうだろ? でも今は好きだって。彼氏の俺が言うんだから間違いない』

 

「思い込みじゃねーの?」

 

『悲しいこと言うな。初めて会う男に警戒しない方が珍しいだろ? そういうことだよ』

 

「ふーん、やっぱ難しいんだな」

 

『付き合うまでは気がつかないことも多いぞ。隠してるわけじゃないけど言ってないこともあるし』

 

「ああ、タイミングを逃した的なやつか」

 

『そうそう、目下のところ、セントー君について、どう説明したらいいか悩んでる』

 

「まだ言ってねえの!?」

 

『いやー機会がなくて』

 

「確かに、実はVtuberなんだ、なんて言い辛いけど……言わなきゃマズくね?」

 

『マズい。これからリアルの接触者が増えてくかもだから、その前に説明しないと大変なことになる』

 

「今からでも言っとけって」

 

『とりあえず電話しとく……あーでも、ハロハピ全員には言っときたいな』

 

「いいんじゃね。同じバンドメンバーなんだし、あのメンバーならお前が有名だから何するってこともないだろ」

 

『そこは間違いない。でも、黒服さん経由で弦巻家に知られるのは避けたい……けど、弦巻が本気ならバレてる気もするし……まあでも、調べられたところで、Vtuberとして活動してるから何? てなりそうだけど』

 

「月に1億稼ぐってヤバくね?」

 

『それはヤバいと思う。でも弦巻どころか中規模の会社になれば、そのくらい、もっと短い期間で稼ぐから大したことないだろ。へー、すごいね、くらいに思われるんじゃね?』

 

「マジか。1億をそんな簡単に稼ぐのか……」

 

初期勢の社長らも、そのくらいは稼いでいるのか。なんか、あの3人がよけいにヤバいヤツらに思えてきた。

 

『簡単じゃないと思うけど、会社としてならいくだろ。だから、別に弦巻にバレてても大丈夫。うん。きっとそう!』

 

「現実逃避を始めたな」

 

『始めてないですー。理論的な考えを元に、理想の結論へ辿りついただけですー』

 

「いや、理想とか言っちゃってるじゃん」

 

『だってさー、弦巻だぜ? 主導権を取られたら、パンピーの俺じゃあ何もできないって』

 

「それもそっか。まあ、その辺はわかんないけど、二人には言っとけよ」

 

『ああ、そうする……』

 

そんな会話をしていると、そろそろメン限配信の時間が近づいてきた。

 

『なんか、俺の相談に乗ってもらったみたいで悪かったな』

 

「いいよ。私も楽しかったし」

 

『今度、なにかお礼するよ。なんかほしいものある? 金ならあるぞ』

 

「使いみちに困ってるもんな。でも、物はいいよ。……そうだな、それなら今度うちに来ないか」

 

『え、いきなりお家デート? 俺は望むところだけど。有咲ってけっこう大胆だな』

 

「ちげーよ! おま、そんな会ってすぐ、その……アレするほど私はチョロくねーよ! また会って話したいなって思ったんだよ! でも外で会うと目立つから、うちに来てお茶でもしようかなって思っただけだから!」

 

『なるほど。そういうことならOKだ。お土産持ってくよ。和菓子と洋菓子どっちが好み?』

 

「……和菓子。でも気を使わなくてもいいから。私が誘ったんだから、手ぶらでいいぞ」

 

『そう言うなって。お土産を選ぶのも楽しいんだぞ』

 

「そういうもんか?」

 

『そうそう。それに金も使えるし』

 

「……高いのは止めろよ。私はいいけど、婆ちゃんがびっくりする」

 

常識はあると思うが、月収1億円で金の使いみちに困ってるやつが何するかは予想できない。

 

『婆ちゃんいるんだ。こりゃあいい服来てかないと』

 

「Tシャツ?」

 

『そうそう。キレイ目のTシャツ』

 

「ふふっ。期待してる。あ、お土産じゃなくて服のほうな」

 

『期待を裏切らない服装だけど、期待しててくれ』

 

「なんだよ、それ」

 

彼との楽しい時間が終わった。

 

さあ、これからが本番だ。みんなが納得するような言い訳を考えておかないと!




イメージ曲
ハイテンポな明るい英語の歌:MIND YOUR STEP!(SNAIL RAMP)
出会いの歌:ロマンスの神様(広瀬香美)

前者は、小さいころ家にCDがあって、ずっと聞いてた曲です。意味を理解してなかったんですけど、英語の歌詞はずっと覚えてるんですよね。名曲です。
後者は、語るまでもない名曲です。最近テレビ見ないんでわからないですが、作者の若いころは冬になると、この曲がちょくちょく流れてました。歌唱力は圧巻の一言。


超、難産でした。


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9.5話(奥沢美咲視点)

たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています。
タグのアドバイスありがとうございます。タグに「歪な男女比」を追加しました。
「SSなんやし好きに書けばええと思う。」 ありがとうございます。素人作品ですが、書くのが楽しくて仕方ないです。休日丸1日潰して書き溜めても全然飽きる気がしないんです。
文化の違いは難しいところです。突き詰めると作りたい小説じゃなくなりますし、普通の世界と同じだと異世界感がなくなる。適度にフワッとした感じを表現できたらいいんですが……楽しいけど、難しいです。
「大前提に文章力とバックボーンが出来てるのでもう何書いても今は面白い状態に入ってると個人的に思います。」 文章力はともかく、おっしゃるとおりです。そして調子に乗って書きまくってたら、話が全く進まなくなって危機感を抱いてます。そして、こんな連投する羽目になってます。


たしかにあたしたちの関係は特別だけど、幹彦……あいつとの間に特別な出来事があったわけじゃない。

 

バンドに参加するなんて大変なことが起きたけど、どちらかと言えば、それはこころ達との出来事って印象が強い。

 

あいつにちゃんと接したのは、無理やりバンドに参加させられることになった後だから、そんなふうに思うのかもしれない。

 

バンドに男性がいることは、もちろんわかっていたし、参加する前に話だってしてたけど、それ以上にこころに流されたって感じかな。

 

だからといって、ハロハピに参加することを決めた理由に、あいつの存在が無かったといえば嘘にはなるけど。

 

だって、今の時代、男性との出会いなんて限られているんだ。

 

普通は男性と知り合う機会なんてほとんどないし、あいつみたいに女性に優しくしてくれる男性に出会える人なんて本当に少ない。だから、その機会を逃すなんて普通はありえない。

 

あたしが3バカに振り回されていると、さり気なくフォローしてくれたり、優しい言葉をかけてくれた。男にそんなことされたら誰だって付き合ってしまうと思う。

 

キーボードを弾いてる姿はとても格好良くて見とれてしまうし、実は歌もすごく上手い。

 

男性の歌手といえば、ネットではセントー君っていうVtuberがすごい上手いらしいけど、たぶん幹彦の方が上手いと思う。まあ、Vtuberの歌は聴いたことないんだけどね。

 

体の関係になったのは付き合ってすぐだったけど、それだって、いつか来る日が早かっただけ。何年か後には幹彦と結婚して、子どもを作るんだから、知り合ってからの日数が短くても関係ないと思ってる。

 

花音さんが白鷺先輩に、関係を持つのが早過ぎるとか、花音は騙されてるのよ、とか言われたらしいけど、どうせ結果は同じなんだから、気にすることないと思う。

 

まあ、想像していた以上に激しかったし、何時間も求め続けられるとは思ってなかったから、かなり恥ずかしい姿を晒してしまったけど。

 

つまり、何が言いたいかというと、あたしはいたって普通の女子高生だってこと。

 

ハロハピはおバカな集団ではあるけど、その実は超人集団である。

 

こころは言うまでもなく、薫さんは演技が凄いし、はぐみの運動神経も、1年生ながら全学年を含めて校内一番だと思う。薫さんとはぐみは部活があるというのに、初めて触る楽器をすごい短時間で仕上げて来たりもした。

 

幹彦は音楽全般がずば抜けている。キーボードや歌の他に、周りにある楽器を全て使いこなすのだ。はぐみや薫さんの楽器指導をしているのだって、実はあいつだ。

 

唯一、花音さんだけが、あたしが理解できる範ちゅうで収まってくれている。それでも充分すごい演奏をするんだけどね……。

 

だから、あたしを他のメンバーと一緒にしないでもらいたいのだ。最近、他のバンドと絡むようになったけど、あたしにまで期待の眼差しを向けるのはやめてほしい(特にロゼリアが怖い)。

 

あたしはせいぜい裏方の仕事をしたり、きぐるみに入って音を再生するぐらいが関の山だ。

 

 

 

あいつとの関係だって、あたしは一般人枠なんだ。

 

花音先輩みたいに、あいつのためなら何だってするって感じは、あたしには違うかなーって思うし、こころみたいにグツグツとした熱い思いを持ってるわけじゃない。二人みたいに好き好きオーラ全開というのは普通の女子高生のあたしには合わないと思う。

 

落ち着いた感じで接するのが、あたしには合っているんだ。

 

ていうか、あいつはもっと、こころに気をつけた方がいい。こころが、そろそろヤバいことに気づいてるんだろうか。

 

こころの体を散々まさぐった後に放置するとか何を考えているんだ。あんたが花音先輩といなくなった後、こころがどんな目をしてるか気づいてないでしょ。あたしはそれを見るたびに、ああ次は我慢できなくなるなって思ってる。幸い、あたしの予想はまだ当たらないけど。

 

いまだ我慢しているこころはすごいし偉いよ。私だったら一発引っ叩いて、ベットに引きずり込むと思う。

 

あいつがこころに心底惚れてるのはわかってるし、こころの事情だってわかってる。今、二人がなんで我慢してるのかっていうのもわかってる。

 

でも今のままだと1年どころか半年も持たないって思う。

 

こころが我慢できなくなったら最後。あいつが無精子症でもない限り、その数ヶ月後には、こころの妊娠が発覚するって確信してる。

 

ゴム? ゴムが無くなったら止まるほど、あいつらは我慢ができる性格してないって。一度でもタガが外れたら絶対に止まらない。数カ月だけど、あいつと一緒にいたら嫌でもわかる。我慢できてる今が奇跡ですらあるんだから。

 

 

 

無精子症。その可能性は正直あまり考えたくない。

 

男性が優遇されている世の中だが、それは子どもを作れるからである。精子を作ることができるから男性は優遇される。こんなことは高校生にもなれば誰だって勉強することだ。

 

では精子が作れない男性はどうなるか。

 

簡単である。優遇されないだけだ。普通の女性と同じ条件で扱われるだけだ。まあ男性が無精子症かどうかは一目見ただけじゃ分からないから、目に見えて差別されることはないけど、補助金がでないから、生きていくために働く必要がでてくるだろう。

 

普通の女性と違って、これまで甘い環境で育てられていた男性が、それからの境遇に絶望して自殺したと言う話はときどき聞く。

 

頑張ろうって前向きになった男性だって、それまで付き従っていた配偶者が蜘蛛の子を散らすように消えていって絶望した、なんて話も聞く。

 

でも国は別に対策を取らない。

 

当然だ。国のためにならない男性を保護する理由なんてないんだから。

 

もし、あいつに子どもを作る力がなかったらどうなるだろう。

 

花音さんは絶対残ると思うが、こころは難しいかもしれない。弦巻の一人娘だから子どもを作る必要がある。たぶん、あいつとは離されてしまうんじゃないかって思う。

 

そうなると、あたしと花音さんしか残らないのか。

 

あたしと花音さんがパートで頑張って、あいつは……はぐみの家の裏方にでも雇って貰えればなんとかなるかな。幸いなことに、あいつは体格に恵まれていて、すごい力持ちだ。はぐみの家は精肉店だから、重い肉を運ぶのに力持ちは喜ばれるだろう。

 

まあ、稼ぎは期待できそうにないけど、あたしと花音さんが頑張ればなんとかなるでしょ。

 

もし、そんなときが来てしまったら、せいぜい尻に敷かせてもらおう。あたしたち以外は見るのも禁止にしてやろうかな。

 

そう考えると、ちょっと楽しみですらある。幹彦とだったら、そんな状況になっても、意外と上手くいくんじゃないかって思ってる。

 

 

 

不満? まあ、あるよ。

 

超が付くほどの優良物件なのはわかってるけど、こうして付き合っていれば不満なんて当然でてくるでしょ。

 

あいつ、女性の好みも変わってて、胸が大きいほうが好きなんだよね。

 

市ヶ谷さんとか一番狙われてる。

 

白金先輩とか大和さんとか上原さんも狙われてるけど、市ヶ谷さんはもう時間の問題だね。ほかの3人と違って、市ヶ谷さんはあいつに絶対惚れてる。もう顔が恋する乙女だもん。花音さんを見てるから、見間違いじゃない。

 

今年中には、あたしたちの仲間になるんじゃないかな。

 

そんなわけで、正直、自分のスタイルには自信があったけど、あいつが大きい胸が好きなら、それは仕方ない。それでも私を選んでくれるんだから、けっきょく胸の大きさなんて些細なものだって分かってる。

 

でも、あたしの胸を触るときにがっかりした顔をするのは止めろ。

 

どうせ大きくなくたって、いつも散々こねくり回して、舐めたり顔を埋めたりするでしょ。数時間も弄りまわして最後には満足した顔をするんだから、初めの一瞬だけだって不満そうな顔をするんじゃない。

 

花音さんみたいに揉んで大きくならなくて悪かったな。牛乳飲んだって、嘘くさいサイズアップ体操したって大きくならない人はいるんだよ。

 

あまり調子に乗ってると、こころをけしかけるよ。あたし達も困るかもしれないけど、一番困るのはあんたでしょ。

 

 

そんな過激なことを考えてしまうのが、まあ……悩みである。




原作とは異なる点:
① 美咲が男性というものを諦めてる。ただし諦めきれてない。
② 覚悟完了してる


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9.6話(宇田川巴視点)

「……なあ、なんか空気が悪くないか?」

 

「巴、私に振らないでよ……」

 

「宇田川さん、山吹さん、どうかしましたか?」

 

「なんでもないです! どうぞ、続けてください!」

 

「はい! 巴の言うとおりです!」

 

「? まあいいわ。それで、合同練習を申し込む際の手順だけど……」

 

氷川先輩があらかじめ想定してたのかってくらい、理路整然と話を詰めてくれた。なんだかんだで話がまとまらないアフターグロウとしては、やっぱり氷川先輩はすごいと思う。あこだって、ロゼリアのみんなは厳しいけど、みんなすごく格好良い先輩だって言ってた。こういうところも、あこが格好良いと思うところなんだろうなって思う。

 

そしてなにより、2人のやり取りを聞いても取り乱さないところがすごい。

 

氷川先輩の話を聞きながら、チラッと件の2人に目をやってみる。2人とも、なんでもないように氷川先輩の話を聞いている。

 

海堂(呼び捨てでいいと言われた)は、ボーっとした感じの顔で話を聞いてて、白鷺先輩は静かな微笑みを浮かべてる。

 

白鷺先輩は本当に綺麗な人だ。芸能人ってバイアスがかかってる気もするが、それにしたって絶世の美女ってやつだと思う。容姿やスタイルは言うまでもないんだけど、立ち居振る舞いが洗練されてるっていうのか? 一般人とは違うオーラが滲み出てて、思わず見とれてしまう。

 

ベースの腕はまだまだこれからだけど、それだって学校とたくさんの芸能活動をこなしているのにだ。しかも始めて数カ月でここまで弾けるんだから、白鷺先輩だってすごい努力をしてるんだと思う。

 

アイドルバンドなんて全然ロックじゃないなと思ってたけど、実際の彼女たちを見て、それが思い込みだっていうのは、よく理解できた。

 

たとえアイドル活動の一環だって、口パクライブを行ってたからって、今、本気でバンドに打ち込んでるんなら、アタシ達と同じバンドマンなんだ。

 

だいたい、それをいったら、アタシたちだってガルパが初めてのライブだ。メンバー全員で納得したことだけど、パスパレ以上にライブ経験が少ない。他のバンドを否定するほど活動してないんだ。

 

みんなに負けないように頑張って、ロゼリアにだって勝てるようになりたい。それだけでいいじゃないか。アタシだって姉の意地ってもんがあるからな。余計なことを考えてる暇はない。

 

そんなわけで、この顔合わせでパスパレの印象が180度変わったアタシだったが、ここに来て白鷺先輩と海堂のやり取りに戸惑ってしまった。

 

事の発端は氷川先輩の言葉だった。

 

みんなで今後の流れを確認しあってるとき、海堂の視線が所存なさ気に動き始めたのだ。集まったメンバーをそれとなく眺めては、また違うメンバーを見る。そんなことを繰り返してた。今、思えば沙綾に視線が行くことが多かったけど、そのときは話に集中できてなさそうだなって印象だった。

 

そこで氷川先輩が海堂に言った。大事な話をしているのだから、もっと集中してください、と。

 

海堂は急に話しかけられて驚いていたけど、それまでの会話はしっかり聞いていたみたいで、こういう流れでしたよね? とサラッと確認していた。

 

内容もバッチリ合ってたので、氷川先輩が勘違いでしたって謝ったんだけど、そこで奥沢さんの一言。

 

こいつ、みなさんの胸を見てただけなんで気にしないでください。

 

海堂が奥沢さんに、よけいなこと言うなよーって話しかけてたけど、アタシたちは胸がどうしたんだ? ってよくわからなかった。

 

海堂とじゃれ合ってた奥沢さんが、こいつは胸が大好きなんで、皆さんの胸を見てたんですよ、と言った。

 

どうやら海堂は、女性の胸に……やましい気持ちを抱くらしい。特に大きいのが好みらしく、このなかじゃあ沙綾の胸が一番好きらしい。

 

沙綾が納得した。たぶん、見られている意識があったのだろう。

 

だけど、その、胸に……やましい気持ちを抱くのか。中年女性が若い男の子を見て、息を荒げているようなものだろうか。いやさすがに、ああいう女性と一緒にするのは失礼か。

 

そんな風に考えていたところで、白鷺先輩が爆弾を投下した。

 

ひかえめに言って、最低ね。

 

さすがにこの一言にはドキッとした。

 

有咲の件もあって、海堂が他の男とは少し違うことはわかっていた。でも、いくら接しやすそうな男だからって、そこまで言うのか、と。

 

沙綾も信じられない顔をして白鷺先輩を見てた。

 

沙綾の家はパン屋をやってて、彼女も頻繁に店番をしてるから、男の厄介さをよく知っているんだとか。だから白鷺先輩の行動が正気とは思えなかったんだろう。

 

氷川先輩は表情を変えず、2人を見てる。氷川先輩がどう思っているのか全然わからなかった。

 

肝心の奥沢さんは、なぜか感心したような顔をしてる。普通、彼氏が貶されたら、彼女は怒るところじゃなかったっけ? なんで奥沢さんは、白鷺先輩よく言ってくれましたね、なんて言ってるんだろうか。

 

そして海堂はというと、少しだけ驚いた顔をして白鷺先輩を見ていた。

 

白鷺先輩はいつも微笑みを浮かべているが、目は小さく開いていて、海堂の様子をジッと伺っている。物怖じした様子はない。海堂の様子をつぶさに観察しようという目をしていた。圧もとんでもない。芸能人はやっぱり私たちと違うって思い知らされる。ひかえめに言って、メチャクチャ怖いです。

 

海堂は、そんな白鷺先輩の顔を見て、少しの間のあと、ニヤッと笑った。

 

さすがにこれはやり過ぎたか!? っと思ったところで、氷川先輩が話を再開した。

 

そして冒頭に至る。

 

 

 

「だいたい、こんな感じかしら。あとは各バンドで決めておきたいことがあったら、各とりまとめ役が他のとりまとめ役に連絡すること。必要ならどこかで打ち合わせの場を設けましょう。可能な限りロゼリアの練習を優先させていただきますが、なんとか調整できるかもしれませんので、早めに連絡を取り合いましょう」

 

「はい。ポピパは香澄たちの思いつきかもしれませんが、ライブを良くするアイデアが出たら連絡します」

 

「アフターグロウもライブは初めてなので、ちょこちょこ確認させてください」

 

「ハロハピも了解です。うちもポピパと同じで、突拍子もないことを考える子がいるんですが、奇跡的に前もってわかった場合は連絡します。当日に知らされた場合は許してください」

 

「演奏の順番とかも連絡させてもらうわ。パスパレはアイドルバンドだから、順番は選ぶと思うし。各バンドが演奏する曲の曲調は連絡してくれると助かるわ」

 

「曲順を考えるのは良いと思いますが、白鷺先輩がしっかり猫を被ってれば大丈夫じゃないですか?」

 

こいつ、仕掛けたぞ!?

 

「……どういうことかしら?」

 

白鷺先輩の笑顔が深くなった……。

 

「人を選ぶってことは癖があるってことですよね。いつものように猫被りを忘れなければ、万人受けするんじゃないかって思ったんですよ。コレ、名案じゃないですか?」

 

海堂は、ですよね? っと満面の笑みを浮かべた。

 

白鷺先輩の纏う空気がドンドン重くなっていく。

 

今度はこっちが危うい。止めたほうがいいか!? と思ったところで、奥沢さんが口を開く。

 

「幹彦、芸能人は日本中の人に見られてるんだよ。あんたの思い込みで無神経なこと言うのは止めなよ」

 

海堂が信じられないといった様子で奥沢さんを見る。

 

「美咲……お前、どっちの味方だよ……」

 

「少なくとも、他の子のことを彼女に黙ってるようなヤツの味方ではないかな」

 

「根に持ってるし!」

 

「待つとは言ったけど、不問にするって言った覚えはないよ」

 

市ヶ谷さんのことか? たしかにアレは驚いたけど、なんていうか、本当に2人の関係がわからないな。

 

ニコッと笑う奥沢さん。冷や汗を流す海堂。

 

海堂が小さく息を吐いた。

 

「……まあ、白鷺先輩、すいません。言い過ぎました」

 

「いいのよ。むしろ言葉が理解できてることに感心してるわ。海堂くんはとてもすごいのね」

 

「え、なんか、すっげえバカにされてない?」

 

一切、表情を変えない白鷺先輩から言われた言葉に、海堂がすぐさま反応する。

 

私も……バカにされてると思うぞ。

 

「気のせいだって」

 

「ええ、私もそんなつもりはないわ」

 

海堂の言葉に、なぜか奥沢さんがすぐに答え、白鷺先輩がゆっくりと頷いて、奥沢さんの言葉を肯定する。

 

どうやら2人の間で手が結ばれたようだ。

 

「そうかぁ? うーん……」

 

海堂もなにか言いたそうにしてるが、奥沢さんの笑顔を見るたび、唸って言葉を止めてしまう。

 

「どうやらバンドには関係なさそうですし、問題はありませんね。それでは今日は解散にしましょう。なにかあったら連絡をしてください」

 

さっすが氷川先輩! まったく動じる様子がないぜ!

 

未だに戸惑うアタシと沙綾を置いて、氷川先輩はサッと引き上げていった。

 

問題の3人をチラっと見る。

 

「だいたいさあ、いくら相手が気にしないからって、胸をジロジロ見るのはどうかと思うんだって」

 

「そうね。人の外見に惹かれる気持ちはわかるけど、それが露骨になりすぎるのはダメね。花音の彼氏として、それはどうなの?」

 

「いや、でもさ、やっぱ気になるものはつい見ちゃうっていうかさ……」

 

「じゃあ隣にいる彼女は気にならないってわけ?」

 

「花音がそばに居て、他の女に目がいく理由がそれだけって、どうなのかしら? 海堂くん、あなたは本当に花音のことが好きなの?」

 

「いや花音は好きだよ。でもそれとこれとは別っていうか……」

 

まだ言い合ってる。というか、2人による尋問になってる。

 

沙綾をチラッと見る。

 

沙綾もこちらを見ていた。

 

アタシたちは頷きあった。

 

「それじゃあ、アタシもこの辺で失礼するな」

 

「うん。私もポピパに合流するから、3人とも、また今度ね」

 

1人なら空気が読めないと言われるが、2人なら怖くない。

 

「待って、2人とも、このタイミングで帰らなくてもいいだろ?」

 

「幹彦は黙ってな。2人ともお疲れ様」

 

「沙綾ちゃんと巴ちゃん、また連絡させてね」

 

海堂が引き止める声が聞こえるが、あえて無視する。

 

お前の言葉が原因なんだから、きちんと責任もてよな。だいたい昼ドラみたいな痴話喧嘩は勘弁してくれ。そういうのは、ひまりみたいに恋に憧れてるヤツしか好まないんだから。

 

 

 

3人と離れたあと、アタシと沙綾はバンドメンバーの元へと向かっていた。

 

「なんか、すごかったね」

 

道中の会話はやっぱりさっきのこと。

 

「ああ、あんな男もいるんだな」

 

「ね。私もパン屋の店番をよくするけど、あんな人は来たことないなー」

 

「やっぱり大抵は怖いやつらだよな」

 

「そうそう。弟の純には絶対に見せたくない人ばっかり。海堂くんは体がすっごい大きくて強面だったけど、言葉のわかる人だったよね」

 

沙綾の家には、純という名の男の子がいる。紗南という名の妹とともに、沙綾が溺愛している姉弟だ。アタシもあこがいるから、下の子が可愛い気持ちはよくわかる。

 

「あと、元気だったよな。アタシも商店街の人と祭りでよく話すけど、商店街の男の人たちってすごく良い人なんだけど、大丈夫か? ってくらい大人しい人ばかりだから、あんな活発な男は初めてだったな」

 

「わかる! 商店街の人って良い人だよね。純もああいう人たちみたいになってくれると嬉しいなー」

 

商店街の人たちはみんな優しい。沙綾の気持ちもわかる。でも、アタシにもし弟がいたら、ああいう人になってもらいたいと思ってただろうか。

 

商店街の人たちは優しいんだけど、元気がなさすぎると思うんだ。祭りの準備とか本番に来てくれることがあるんだけど、いつも隣に奥さんとかがいて、奥さんの言うことに諾々と従っているイメージがある。

 

「海堂みたいなのは?」

 

もし弟がいたら、やっぱり海堂みたいに自分の好きなことを好きなようにやる子になってほしいと思う。それこそ、あこみたいに自由に生きてほしいとは思う。まあ、だからって好き勝手暴れるようなヤツには絶対になってほしくないけど。

 

「うーん、悪い人じゃないと思うけど、なに考えてるわからなくて少し怖いかな。それに体がすっごく大きいから、もし暴れるような人だったら、すっごく怖いし」

 

それもわかる。アタシは祭りに出てるから、他の人よりたくさんの大人と接することが多いけど、あんな大きな人は見たことない。なにもしてなくたって圧を感じた。

 

「たしかに。あの大きさじゃアタシたちが束になっても止められないよな。白鷺先輩はよくあんなこと言えたよな……」

 

「あれは怖かったよね。海堂くんが途中でニヤって笑ったときはマズいって思ったし」

 

「だよな! アタシもあのときは覚悟したよ。でも氷川先輩の動じなさはヤバかった」

 

「すごかったよね。ロゼリアの人たち、なんか高圧的だなって思ったけど、さっきの見てたら頼りになる人たちって思えてきたもん」

 

「わかる! ……バンド、楽しみだよな」

 

出会ってすぐに比べて、ロゼリアにもパスパレにも親近感が湧いてきた。

 

みんな、たぶん良い人だし、このバンドたちとならライブだって成功するように思える。

 

「そうだね。巴たちは初めてのライブなんだよね?」

 

「ああ、だからけっこう緊張してる」

 

「そうだよね。私もポピパで初めてライブしたときは緊張したなー」

 

「……怖くなかったか?」

 

「怖い、か。ちょっとはあったかな。でも、香澄が引っ張りあげてくれたからね」

 

「演奏したあとは? そのときは怖いって気持ちはもうなかったか?」

 

「え、演奏したあと? どうだったかな……あ、そうそう。友だちがみんな褒めてくれて嬉しかったな」

 

「初ライブは文化祭だったよな。友だちもたくさん見に来たんだろうな」

 

今度のミニライブは、アタシたちの友だちも誘ってみるつもりだ。だからその子たちからは感想が聞けると思う。

 

「そうそう。でも一番嬉しかったのは、それまで知らなかった人に良かったって言ってもらえたことかな」

 

「知らなかった人?」

 

「うん。上級生なんだけど、名前も知らない先輩に、文化祭の演奏良かったよって言われたのはすごく嬉しかったよ」

 

「……たしかに、アタシも祭りで太鼓を叩いたとき、知り合いに言われるのも嬉しかったけど、思いもよらない人に褒められるのは嬉しかったな。なんか、本当に自分は、人を楽しませる演奏ができたんだって気がするんだよな」

 

「そうそう! あれを聞いて、私はすぐに次のライブに出たいなーって思ったかな」

 

「……なんか、少し見えてきた気がするよ。ありがとな、沙綾!」

 

要は、友だちでもない人からも賞賛されるライブをすればいいんだ。

 

良いライブをして、観客みんなから褒められる。そうすれば、ひまりだって怖いって印象が薄まって、いい演奏するために頑張るぞって気持ちでいっぱいになるはずだ。

 

少し光明が見えてきた。これで全て解決ってわけにはいかないかもしれないけど、希望があるはずだ。

 

沙綾のおかげで、それが見えてきた。

 

「よくわからないけど、どういたしまして。これから、あの3人と一緒にやっていく仲同士、仲良くやってこうね」

 

「そ、そうだな! 2人なら今日みたいに上手くいくかもしれないしな!」

 

早速、気が重くなってしまう。

 

だけど、なんとかなるさ! あの3人もギスギスするのはよくないって思ってる(はず)だから、きっとなんとかなるだろ!

 

未だに追いかけてくる様子のない3人がいた方を見て、意識して不安を追いやるのだった。




原作とは異なる点:
① 沙綾が男性に少しうんざりしてる
② 沙綾の家庭が、弟の純がいることで補助金により家政婦に家事を手伝ってもらえてるから、原作よりも少し良い。ただ、厄介客が原作以上にいるので、結局どっこいどっこい
③ 氷川紗夜、男性である主人公に遠慮気味。本来の初期の彼女はこんなもんじゃないぜ!





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9.7話(丸山彩視点)

この物語はフィクションであり、実際のアニメ作品等の登場人物とは一切関係ございません。なんか似ている名前だなと思っても、それは他人の空似です。そういうもんだと思ってください。

前半ドシリアス、後半コメディ……かな?
過去一の長編です。


アイドルは女の子の憧れ。

 

テレビでは、たくさんの輝いている女性がいる。

 

楽しく会話をする人、料理の上手い人、スポーツ選手、歌手、女優などなど。

 

女の子はいろんな人に憧れを抱くけど、誰が一番、輝いているかと聞かれたら、アイドルを上げる子がすごく多い。

 

自分たちと同じか、少しだけ上の女の子が楽しく踊って、上手な歌を歌って、迫真の演技をして、バラエティ番組で面白い出来事を話してくれる。みんな、あんな楽しく輝ける子になりたいと思って、アイドルを目指す。

 

私が産まれるずっと前、もう何十年も前にアイドルに必要な歌や演技、ダンスなどを科目に取り入れた私立中学校が出来て、アイドル熱は更にヒートアップしたみたい。

 

似たような学校が各地にできて、地元に根づいた独特なアイドル活動を行ってたりもしてる。学校を盛り上げようと活動するスクールアイドルなんて人や、地元を応援するロコドルなんて人もいる。

 

何個もアイドル学校ができると、その中に名門校と呼ばれる学校も出てきて、それでまた学校同士の競争が生まれて、どんどんアイドルは力をつけてきた。十年くらい前は、いくらアイドルが人気だからって番組を任せられるほどの力はないと言われ、番組内の小さな枠を貰ったり、可愛らしい子役で映画デビューをしてた。

 

今では、アイドルがMCを務める番組が全国放送で流れ、映画の主役に選ばれるのも珍しくはない。歌は週間、月間、年間で一位を取り、アイドルが主催する歌やダンスのイベントが開かれたりもしてる。

 

そして、そんなふうに輝くからこそ、影もある。どのアイドル学校も学年の人数は50人から100人くらいと言われるけど、活躍できる人はその1割にも満たない。実力社会だから当たり前だけど、残りの9割は中学を卒業とともに、普通の高校生に戻っていく。こうした生徒は皮肉を込めて、自分たちのことを“出戻り”と呼んでいる。

 

私、丸山彩も実は出戻りだ。

 

これでも、超名門校と呼ばれるフォースター学園に通ってた。なんと、あの白鳥ひめちゃんと同期なんです!

 

ひめちゃんとは一緒に歌の練習をしたこともあるし、遊んだりもしてたんですよ!

 

……まあ、向こうからすると私は大勢の内の一人だったかもしれないけど。

 

私は花の歌組と呼ばれる、歌を重点的に学ぶ学科にいた。アイドルといえば歌とダンス! という気持ちが強かったので、得意だった歌を選んだ。ダンスだってもちろん練習した。放課後は別の学科の先生がそれぞれの練習場にいて、希望する学生は積極的にレッスンを受けることを推奨されてた。だから、ダンスも毎日練習に行った。怒られてばかりだったけど。

 

肝心の歌も、みんなすごく上手かった。私の成績は下から5番目くらいだけど、下から10位くらいはほぼ同じラインなので、最下位と同じだった。

 

いやあ、流石は名門校だなぁって思いました!

 

あのときは辛かったなあ。たくさん練習して自分が上手くなってる感じはするんだけど、もっと上手な人が同じように成長していたり、私よりも劇的に上手くなっていく人もいて……。

 

ひめちゃんは1年の頃から別格だった。初めてみんなで練習したときのひめちゃんの歌で、みんなが泣き出してしまうって事件も起きたくらい。

 

フォースター学園始まって以来の超逸材! って呼ばれて、1年にして学科の全学年で一番歌が上手いと言われたひめちゃんは、2年に上がるころには全学年中の学科代表生になった。

 

私は卒業のころでも、最初に聞いたひめちゃんの歌声に勝てる気がしなかった。そのくらい、別格の人だった。

 

学園を卒業すると生徒はそれぞれの進路に進む。芸能界で活躍している人は、芸能活動に集中するし、海外留学をして自分を更に磨く人もいる。有名な歌劇団に入る人もいれば、就職して企業付きのダンサーになる人もいる。

 

花を咲かせられなかった人は、普通の高校生に戻る。夢から覚めて、別の道を歩き始めるのだ。

 

そして、諦めの悪い人は、高校に通いながら、企業が運営するアイドル養成所に通う。

 

私も、その諦めの悪い人だった。

 

ひめちゃんや他の代表生を見るたびに、自分に才能がないことはわかっていた。私は思わず人が涙するような歌唱力はないし、人を魅了するダンスもできない。思わず感情移入してしまうような演技もできないし、胸が大きいほうなのでモデルにも向いてない。

 

でも、フォースター学園に通っていて、私は成長していたんです! 少しずつだけど、間違いなく歌が上手くなっていたんです! だから、諦めずに練習していたら、いつかはなれるかもって。

 

憧れてたあの人みたいにキラキラできるんじゃないかって……。そう思ったら、どうしても諦めることが出来なかった。

 

アイドル養成所には、初めは私みたいに出戻り組の仲間がいた。同じ組だった人や、別の組の人もいた。みんなできっといつか夢を叶えよう! って励まし合っていた。

 

でも、気づけばアイドル養成所に通うのは私だけになっていた。

 

考えてみれば当たり前だ。同じ出戻り組っていっても、私より成績がいい人しかいなくて、なかには上から10番目の成績だった人もいた。

 

アイドルは実力社会。チャンスが降ってきたら、より力がある人が掴み取っていく。

 

そうして何人か抜けて、だんだんとアイドル養成所に声がかかることがなくなってきた。その頃にはアイドル養成所を辞める人も出てきた。もう充分、理解できたから辞める、と言って……。

 

それでも私は諦められなかったんです。だってアイドル練習場に通っている間も上手くなってました!

 

でも、やっぱり疑う気持ちも芽生えてた。少し前に辞めた仲間は私よりずっとずっと歌が上手かったから。それこそ、初めて聞いたひめちゃんの歌と同じくらい上手かったかもしれない。

 

スカウトの人は来てくれないけど、私たちは自分たちの歌や踊りをDVDに焼いて送っていた。でも、声がかかることはなかった……。

 

私は成長している……。でも、あのときのひめちゃんに勝てるほど上手くない……。そして……もうじき、学園の卒業式が行われる。

 

そうしたら、たくさんの仲間が入ってくる。私より歌もダンスも上手い仲間が……。

 

また1年。友だちの誘いを断って、好きなテレビを見るのも止めて、どんなに暑い日も寒い日も体力作りのために走った1年をまた繰り返すのか。目の前が暗くなっていく。

 

また一人一人といなくなるのを見送るのか。悔しい思いをしながら、いつかは自分もと、自分を慰めなきゃいけないのか。またこんな孤独を味わうのか。そんな考えがぐるぐると頭をめぐり、練習に集中できなくなり、ついには足がもつれて倒れこんでしまった。

 

でも、心配してくれる人はいない。だって、この練習場には私しかいないから……。

 

もう限界だった。自分を信じるのも、自分を励ますのも、自分を誤魔化すのも。

 

本当はわかってた。今のネット社会では、動画サイトで自分の歌やダンスを投稿する人がいる。そういう人たちは専門的なレッスンを受けたことがない、趣味で投稿している人が多い。……でも、自分より上手い。

 

何十人どころか何百っていう人が動画を投稿している。それより下手な私がアイドルになれるのはいつ? 何百人がスカウトされたあと?

 

「……も、もう……無理……」

 

気がつけば目が熱くなって、涙が止まらない。まぶたに力が入り、流れ続ける涙を感じて、よけいに我慢ができなくなる。

 

顔に床の痕が付くと思ったが、どうしても体を起こすことができなかった。

 

何分、何十分経ったかはわからないけど、ようやく涙が引いたあと、のそりと体を起こす。

 

もう夕焼けの時間だった。オレンジ色の光が養成所を照らして、なんだか不思議な感じだった。

 

ボーっとした頭で、立ち上がって、練習していたステップを踏む。鏡に映る自分の顔は酷いものだったけど、体に染み込んだステップが私の体を動かしていた。

 

サイドステップ、後ろに下がって、くるっとターン。

 

キュッキュッとシューズが鳴る。

 

夕焼け色に私のステップの音だけが響く。

 

辞めたあとはどうしようかな、って考えてた。

 

まず、友だちと遊びに行きたい。美味しいって言ってたクレープを食べに行って、人気の映画も見たい。ケーキを作ってホールを全部食べてみたいし、旅行にも行きたい。休日は昼までずっと寝てたい。

 

そんなことを考えると、鏡に映る私の顔が笑顔になっていた。何度も練習した素敵な笑顔。角度もOK、口角もいい、息切れもセーフ。……でも、目だけは笑っていなかった。

 

クレープは半分サイズならセーフだよねとか。映画も何本も見れないから厳選しないととか。ホールケーキはさすがにマズいから、せめて2切れにしないととか。旅行は2泊以上は体がなまっちゃうかもしれないから1泊でいいところないかなとか。昼まで寝たら、午後は練習で一日が潰れちゃうとか。

 

いつものように自制の言葉が頭を巡ってしまった。

 

キュッという音で最後のステップを踏み終えて、休憩しようと部屋の隅の荷物が置いてある場所まで移動した。

 

スマホにメッセージが入っていたので、水を飲みながら確認すると、お母さんからだった。

 

今日は私の好きなオムライスにしてくれるようだ。これは早く帰らないとと思ってペットボトルに蓋をして立ちあがる。

 

ふと、いつもの癖でツイッターを起動すると、お気に入りの人たちのツイートを見ていく。

 

あ、ひめちゃんが更新してる。ひめちゃんは今でこそ、直接やり取りすることはないけど、大切な友だちだ。陰ながら応援していて、ときどき、そのツイートを確認している。

 

内容は『最近、勉強や部活が上手くいかなくて落ち込んでる、という悩みをよく聞きます。そんな人にはセントー君の曲とかおすすめです。少し前の歌ですが、とても良い歌です。たぶん中学生高校生に向けた歌だと思います。気持ちが沈みがちな人はぜひ聞いてみて! https://~』というもの。

 

セントー君? たしかVtuberだったかな。すごい歌が上手い人って聞いたことがある。まあ、片付けのBGMに流そうかな。

 

そんな気持ちで音量を最大にして、リンクをクリックして、モップの方へと歩き始めた。

 

モップを取り、慣れた手つきで掃除を始める。

 

丁度、広告動画が終わり、曲が流れ始めた。

 

足が止まった。

 

男性の声、すごい声の存在感、耳に自然と入ってくるテンポのいい楽器の音、なによりも、その言葉。

 

それは夢について歌った歌。

 

夢を目指した子の歌。

 

夢を諦められなかった子の歌。

 

やめてほしい。

 

ようやく諦めようとしていたのに。

 

これで終わりにできると思ったのに。

 

だって、無理だ。私の才能じゃ勝てっこない。

 

勝ち目のない戦いに一人で頑張ってどうなるのか。

 

どうせ諦めたって誰かの迷惑になることもないんだ。

 

……でも

 

「やめたくないなぁ……」

 

枯れ果てたと思っていた涙がまた流れる。

 

だって私は上手くなっているんだ。

 

1年経っても中学1年生の頃の彼女に勝てないけど。ゆっくりだけど、確かに上手くなっているんだ。

 

いつかは自分だって、と夢を見てるんだ。

 

縋り付いたモップがバランスを崩して倒れた。自分の体も同じように倒れこむ。

 

さっきと同じ。私に声をかけてくれる人なんていない。ただ、彼の歌が響き渡る。

 

焦る気持ち、悔しい気持ち、後悔する気持ち、怒りの気持ち、優しい気持ち、そして希望を抱く気持ち。声から感情が伝わってくる。自分のことを歌い、そして頑張れなくなった人を励ます気持ち。

 

私にはできない表現力。いつもなら、すごいと思う気持ちと嫉妬を抱いていたと思う。

 

でも、彼の歌は語りかけてくれる。自分を歌うのではなく、私に語りかけてくれる。

 

歌が終わって、少し余韻を味わったあと、立ち上がって掃除を再開する。

 

モップを持つ力はさっきよりも強い。

 

……まだ、私は悔しいと思ってしまう。しょうがないなんて思えない。きっとここで止めたら、私は何をしてても夢を思い出してしまう。そのとき、私は笑えないと思う。

 

だから、また明日から頑張ろう。

 

だって、私はまだ理解できてない。納得できてないから。

 

 

 

 

 

 

 

ガルパのお誘いは願ったり叶ったりだった。

 

念願のアイドルデビューを果たした私たちが初ライブでやってしまった事件はとても重く、そこから奇跡的な持ち直しをしたものの、バンドなのに音楽ファンがいない、なんていう歪な状況にいる。

 

全部、自業自得だって言われればそのとおりで、ひたすら謝ることしか出来ない。

 

事務所だって、ここから私たちが人気が出るのか疑っていて、積極的に売り出すことはしていない。

 

だから香澄ちゃんが事務所に急に来たときだって、私たちが直に対応出来たし、ギャラ無しのライブだって、まあいいんじゃないですか? の言葉で許可が出た。

 

私はライブに出れるから嬉しいけど、千聖ちゃんの圧が怖かった。マネージャーさんは千聖ちゃんの逆鱗に触れないように注意したほうがいいと思う。

 

千聖ちゃんは相当怒っていて、「アイドルとは関係ないバンドと一緒に成長していくのは、パスパレのバンドとしての成長を示すので、やらせていただきます。では、彼女たちとのバンド活動は今後、私たちの裁量で受けるということでよろしいですね?」とマネージャーさんに圧をかけていた。

 

マネージャーさんも、ようやく地雷に触れたことを理解して、慌てて、もちろんです! なんて言っていた。

 

千聖ちゃんは頼りになるなー。

 

ガルパに参加することになった私たちだが、顔合わせのときに急きょミニライブが決まった。本来ならマネージャーさんと相談して予定や契約書などを交わしたりするんだけど、千聖ちゃんのおかげでそんな必要もなかった。

 

さすが千聖ちゃん。こうなることが、わかっていたのかな?

 

ミニライブの他にも合同練習をすることになった。

 

私たちはハロハピと練習することになった。

 

ハロハピはすごい。みんな演奏がすごく上手くて、なんというか日菜ちゃんがたくさんいる感じがした。ボーカルのこころちゃんは歌が上手いのに、ダンスもすごく上手。フォースター学園で同期だった、ダンスを専門とする学科の代表生と同じか、もしかしたらそれ以上かもしれない。

 

なんというか……私よりも上手い感じがした。いや、絶対に上手いと思う。

 

で、でも大丈夫。一緒に練習して、こころちゃんのすごいところを教えてもらおう。

 

「練習? 好きなように歌って、好きなように踊るだけよっ! 楽しいって思って歌えば、みんなも楽しいって思ってくれるわ!」

 

こころちゃんは日菜ちゃんタイプだった。

 

ハロハピにはもう一つ特徴があって、なんとメンバーに男の子がいます。

 

名前は海堂幹彦くん。

 

初めて見たときは、あまりの大きさにポカンと口を開けちゃったのを覚えてる。

 

芸能界ってけっこう男性がいるんだけど、こんなに大きな人は初めてだった。スラリと高身長の女性モデルだって彼より低い。

 

モデルと違うところはもう一つあって、彼は横にも大きい。太ってるわけじゃなくて、がっしりしてるって言うのかな? ぽっちゃりじゃなくて、ムキムキっとしてる。すごい力持ちで、ライブ会場のアンプを片手でつまみ上げるように持ち上げてた。

 

アレって普通は2人でやっと持てる重さのはずなんだけどな。

 

彼には悪いけど、気安くミッキーなんてアダ名では呼べない。たぶん、みんなもそう思ってるんじゃないかな? 誰もそう呼んでないし。

 

海堂くん(名前で呼ぶのは勇気がいる)にはもう1つすごいところがあって、女の子にすごく優しいんです。

 

私がフォースター学園にいたころ、在籍していた男性アイドルと、活動を始めたばかりの1年生の女性アイドルが恋人どうしになったけど、男性の暴力で、女の子がアイドルを辞めた事件があった。

 

ニュースにもなったし、学園ではけっこう騒ぎになった。

 

女の子は歌がすごい上手い子で、ひめちゃんが自分が卒業したあとの代表生候補だって言って、すごく可愛がっていた。その子がひどい目にあったので、ひめちゃんはすごく怒って、男性に怒鳴りこみに行った。

 

これには学園が大騒ぎになった。

 

男性という価値があるので、歌やダンスの上手さは置いといて、男性アイドルは芸能界でも一目を置かれる存在だった。だからこそ先生たちも機嫌を損ねたくないから本気で怒れなかった。

 

でも、そういう意味じゃあ、ひめちゃんだって負けてない。なにせ現役最強アイドルとも呼ばれる彼女だ。その頃は、在学中ながら既にレギュラー番組だって持ってたし、彼女のCDがオリコン1位なんて、お祝いされるけど珍しくはないってくらいの人気歌手でもある。

 

しかもほかの3学科の代表生もひめちゃんに賛同して、フォースター学園の学科代表生4人が男性を取り囲む事態になった。要求は怪我をさせた女の子に謝ること。

 

これには男性もたじろいだ。でも、意地になっているのか、4人を大きく怒鳴りつけた。

 

でも、代表生たちは一歩も退かない。

 

固唾を呑んで見守っていると、男性は近くにあったペンを手に取った。

 

いくらなんでも、それはマズい。そう思ったとき先生が間に入って、なんとかその場が収まった。

 

結局、男性は謝らずじまい。なんだかホッとした顔の男性がその場を後にした。

 

代表生たちも気が緩んでいくなかで、ひめちゃんだけが険しい顔のまま男性の背中を見つめていたのを覚えてる。

 

でも、芸能界ではこういう男性は珍しくない。

 

こんなふうに女性が怒って取り囲む事態がないだけで、女優さんが暴力を振るわれて入院することもある。

 

芸能界に長くいる人ほど、男性との接触を避ける、なんて言われてたりもする。

 

そんな事情を知ってることもあって、私も男性って苦手だった。

 

唯一、Vtuberのセントー君は例外だ。

 

あの人もかなり荒っぽくて厳しいけど、あれはバカなことを言ってる人を叱ってるだけ。たくさん怒られてきた私だから、わかる。普通の男性と同じにしないでほしい。普通の男性がどうしたら、あんな歌が歌えるというのか考えてほしいと思ってる。

 

だから初めて男性である海堂くんと顔を合わせたとき、ちょっとだけガルパの参加はマズかったかなって思った。

 

でも、自己紹介で、言葉は少ないけど理性的な人ってわかったし、同じ学校の花音ちゃんも親しげにしてるし、何より有咲ちゃんが急に彼の腕を引っ張って連れてったときも、驚きながらも怒っていた様子は見えなかった。どちらかと言えば、ちょっと嬉しそうな顔をしてたから、なんだか大丈夫かも? って思った。

 

なんだか千聖ちゃんは怒ってたけど。花音以外にも付き合ってる人がいるのに、まだ手を出すつもりなの……!? って。

 

私は花音ちゃんが付き合ってるって言葉に驚いて、花音ちゃんの方を見た。花音ちゃんは有咲ちゃんの行動に少し驚いていたけど、なんでもないように笑ってた。

 

なんか余裕あるなーって珍しく思ったのは覚えてる。

 

 

 

そんな彼は、今、麻弥ちゃんと話してる。

 

私たちパスパレとハロハピが練習を開始して、すぐに彼は麻弥ちゃんと話し始めた。なんだか機材の話で盛り上がってる。麻弥ちゃんは元スタジオミュージシャンで、いろんなバンドのドラムをやっていた人だ。実は男性歌手のドラムを務めたこともある。

 

そのことを聞いてみたことがあるんだけど、「コツは、男性と極力話さないことっすかね」て言ってた。千聖ちゃんが頷いていた。

 

男性のことを知ってる麻弥ちゃんだから、初めは彼のことを警戒してるようだったんだけど、話し始めて1分も経たない内にヒートアップしちゃってた。

 

お互いの挨拶が終わったけど、千聖ちゃんが仕事で遅れてるから、どうしようかと思っていたら、スッと麻弥ちゃんと話始めたので、麻弥ちゃん大丈夫かなって見守っていたけど……大丈夫そうだ。

 

「幹彦は博識だね」

 

モデルとしても通用するほどスタイルが良い薫さんが言った。一言だけなのにすごく絵になる人だ。

 

「いや、昨日、必死に機材の勉強してましたよ」

 

同じ学校の後輩の美咲ちゃん。美咲ちゃんも海堂くんの彼女らしい。

 

「うん。明日のメインイベントだー、って言ってたね」

 

呆れた顔をしている美咲ちゃんに対して、花音ちゃんは下の姉弟を見るような優しい顔をしてる。私にも妹がいるから、なんとなく花音ちゃんにシンパシーを感じる。

 

「付け焼き刃がどこまで持つか見ものですね」

 

「だめだよ、美咲ちゃん。あんなに頑張ってたんだから、応援してあげないと。パスパレのみなさんもごめんなさい。少しだけ放っておいてあげてください」

 

「う、うん。大丈夫だよ」

 

なんだか彼女たちの関係がよくわからないけど、言われたとおり、見守ることにしよう。

 

「それよりどうするの? 千聖ちゃん遅れてるけど、練習始める?」

 

日菜ちゃんが麻弥ちゃんたちを気にしながら言った。日菜ちゃんでも男の子が気になるんだ(失礼)。

 

「あたし、あなた達のダンスが見たいわ!」

 

「私たちの?」

 

「ええ。前に歌いながら踊ってたでしょ? もう一度、見たいわ」

 

「それは顔合わせのときのことですか?」

 

イヴちゃんが首を傾げながら言った。

 

「ええ、そうよ。あたし、あなた達の演奏ですごくハッピーな気持ちになったから、また見たいの!」

 

「もちろん、いいよ。でもこころちゃんも踊ってたよね? 私たちも参考にしたいから、後で見せてくれる?」

 

「あの丸山先輩、こころたちは気分で踊ってるので、振り付けとか考えてないですよ。たぶん同じダンスは見れないんじゃないかなって思います」

 

「え、うそ」

 

「美咲の言うとおり、あれは踊りたいように踊っただけよ? 考えてたわけじゃないわ」

 

「はぐみも!」

 

「私もそうだね。可憐な妖精たちに合わせるように舞っていただけさ」

 

「それなのに、あんな息があってたんだ……すごい」

 

「あの……3人が特別なだけで、私と花音さんは普通ですからね。ミッシェルが動きを合わせるところは事前に打ち合わせしてますから」

 

「美咲、俺が入ってない」

 

「入れてないんだよ。あんたもそろそろこっちに来な」

 

「わかってるよ。……じゃあ麻弥先輩、また今度お話しましょう」

 

「はい! ぜひ!」

 

「……麻弥ちゃん、すごい馴染んでる」

 

「ね。麻弥ちゃん緊張しいなのに、自然体だね。こりゃあ千聖ちゃんが言うとおり警戒する必要があるかもよ~」

 

小さく呟いた言葉に日菜ちゃんが応えてくれた。

 

たしかに麻弥ちゃんの警戒が完全に解かれてる感じはする。

 

「パスパレの演奏見るのは俺も賛成。うちはミッシェルもいるから、パフォーマンスはけっこう大事。子どもはミッシェルがいるから喜んでるところもあるから」

 

「保育園でミッシェルはいつも大人気だもんね! はぐみもミッシェル大好きだよ!」

 

「老人ホームに行ったときも、ミッシェルはいつも人に囲まれているね。誰もが魅了されてしまう姿。ああ、儚い……」

 

「俺もそう思います。丸山先輩の踊りは一見コミカルに見えるけど、その実、女子学生が好む可愛らしさが取り込まれてる。こころもそうだけど、ミッシェルにも参考にするところがあると思うんです」

 

「こ、コミカルなんだ……」

 

自分では可愛く踊っていたつもりだったので、少しだけショック。

 

「たしかに。ミッシェルとは動きの理想が違うかもしれないけど、人の演技は一様じゃないからね。何事も挑戦だよ。結果として、より素晴らしいものが出来上がるかもしれない」

 

「さすが薫先輩。そのとおりだと思います。ついでに言うと、子どもとお年寄りの間の層にも受けるパフォーマンスは学んでおきたいですね」

 

「若い人……。これまでのハロハピのお客さんには、なかなかいなかったよね……。ライブ来るのは若い人がほとんどだと思うし、私も良いと思うな」

 

「みんなが笑顔になるなら、それが一番だわ!」

 

「う、うん。じゃあ、ベースの千聖ちゃんがまだだけど、一曲やってみるね」

 

 

 

「こんな感じなんだけど、どうかな?」

 

「すごいすごーい!」

 

「やっぱり、あなた達のダンスは素敵ね!」

 

はぐみちゃんとこころちゃんが真っ先に喜んでくれた。

 

反応は上々だ。やっぱり女の子にも喜ばれる可愛いダンスだよね。コミカルではないと思う。

 

「儚い演奏だ。みんな可憐で素敵なダンスだったよ」

 

「みんな可愛かったなあ」

 

「なるほど。意識してみるとミッシェルとは動き方が全然違いますね。これが若い人が喜ぶ感じか……」

 

薫さん、花音ちゃんもほめてくれた。美咲ちゃんは真剣にダンスを観察していたらしい。真面目だね。

 

「うんうん。前のと違って、練習着は服の締め付けが弱いね。体の揺れが感じられてすごくいい。フワッとしたミニスカートで足のチラ見せをしてくれれば完璧だったんじゃないかな」

 

海堂くんもほめてくれた……のかな? 歌でもなくダンスでもなく、服の感想?

 

「いや、幹彦、その感想はどうなの」

 

「幹彦くん……男の子をエッチな目で見るおばさんみたいな感想だったね」

 

「俺にとっちゃあ、おじさんじゃなくて、おばさんってところが闇だよ……」

 

この3人はお互いに遠慮がない。初めは男性にそんなこと言うの? ってビクッとしてしまったけど、今はなんだか気持ちのいいやり取りとも思える。

 

そんなことを考えていると、麻弥ちゃんが一歩前に出た。

 

「あ、あの! 音はどうっスか!」

 

「音? パスパレの曲ってことですか?」

 

「そうっす! 海堂さんが聞いて、曲はどうでしたか?」

 

「……へー」

 

日菜ちゃんが考えこんだ。

 

「良いと思いますよ。始めて数カ月ですよね。伸びしろもあると思いますよ」

 

「そ、そう……すか」

 

わりと好評価だったが、麻弥ちゃんの顔は晴れない。

 

聞きたいことが他にもありそうだけど、聞く勇気がでない。そんな表情をしている。

 

「うーん、麻弥ちゃんは本当のことを聞きたいんだと思うよ」

 

まるで、これで良かった、と自分を納得させるような表情で黙ってしまった麻弥ちゃんの代わりに、なんでもない感じで日菜ちゃんが続けた。

 

「本当のこと……ですか?」

 

「うん。麻弥ちゃんはバンドとしてどうかを聞きたいんだと思うよ。ね。麻弥ちゃん」

 

「……そうっす。始めて数カ月ですけど、ジブンたちの将来性をどう思うか……聞きたいっす」

 

「さっきのは嘘じゃないんだけどな。……でも、それを話すとなるとキツい話になりますよ?」

 

海堂くんが確認するようにこちらを見てくる。

 

厳しい忠告? そんなのに怖気づく人はアイドル学校を卒業することなんてできないよ!

 

「私からもお願いします。アイドルとしての頑張り方はわかってるけど、バンドとしてはわからないから、海堂くんからどう見えるか教えてください!」

 

「私も賛成です。己の実力がわからなければ戦はできません!」

 

ガバッと頭を下げた私に、イヴちゃんも続いてくれた。

 

「まあ、言うことは変わらないですよ。始めて数カ月にしては程よくまとまった演奏をしてると思います。麻弥先輩の力で、なんとかまとめ上げてる感じですね」

 

麻弥ちゃんに頼っていることは自覚してる。だからこそ、アイドルになるなんて考えたことがなかった麻弥ちゃんがパスパレ結成当初から呼ばれていたのだ。

 

麻弥ちゃんがメンバーになってくれて本当に感謝してる。

 

「ベースもキーボードも経験が浅いから、続けていけば安定した音がでると思います。……まあ、ベースは今回なかったですけど」

 

千聖ちゃんもイヴちゃんもすごく頑張っている。他の人たちに比べて楽器に専念する時間が少ない私たちだけど、これからも頑張れば、演奏はもっと良くなる自信がある。

 

海堂くんもやっぱりそう思ってくれたんだ。私たちは良い方向に向かっているんだと思った。

 

「ただ、それだけです」

 

その冷たい言葉を聞くまでは。

 

麻弥ちゃんが息を飲んだ。日菜ちゃんが真剣な顔で海堂くんを見つめている。イヴちゃんは覚悟してる面持ちだけど、不安が見え隠れしている。

 

「パスパレがどんな演奏をしたいか、わかりませんでした」

 

麻弥ちゃんが下を向いた。

 

「ポピパみたいに歌いたい、伝えたいって気持ちが溢れてるわけじゃなければ、アフターグロウみたいに格好良く演奏したいってわけでもない、ロゼリアみたいに音楽を極めたいってわけでもないし、うちみたいに聞く人を笑顔にしたいってわけでもない。パスパレの曲からは何も感じませんでした」

 

日菜ちゃんの顔は動かない。彼の言葉に全神経を集中させているようだ。

 

「演奏に必死なだけで、演奏が楽しいわけではなくて、何かを伝えたいわけでもない。ただ、失敗しないよう、無難に曲をまとめ上げてる。そんな感じがしました」

 

イヴちゃんの瞳が揺れる。

 

はっきりとした否定の言葉だったが、彼の言葉に納得している自分がいる。たしかに私たちにそんな余裕はない。ただ、ミスをしないように必死なだけ。パフォーマンスだって何度も繰り返してきた動作をミスしないように行っているだけだ。そんな失敗しないことだけを意識した演技では、何も伝えられないのだろう。

 

落ち込む私たち。日菜ちゃんだけは、なるほどー、って感心してたけど……。

 

私たち3人が落ち込む姿を見て、彼が少しだけ困ったように続けた。

 

「俺にこんなことを聞いてきたってことは、あるんですよね? パスパレの理想像」

 

「パスパレの……理想」

 

「……そんなに難しく考えないでください。彩先輩はなんで歌ってるんですか? アイドルだから、以外でお願いします」

 

「それ以外なんて……考えたこと無いよ」

 

「聞き方を変えます。なんでアイドルになりたかったんですか?」

 

「キラキラしたかったから」

 

これなら迷わず言える。何年も練習を続けてこれた理由だ。

 

これだけはブレない自信がある。

 

「……いい顔ですね。それなら歌はアイドルにとってなんですか?」

 

「輝くために歌う……?」

 

……違う、私がアイドルを目指すことを決めた、憧れのあの人は歌う姿が輝いてた。だから……

 

「輝きを見せるために歌うよ!」

 

「アイドルであるパスパレの曲は、輝きを見せるための曲ですか?」

 

「……うん、そう、そうだよ! 私は歌って、踊って、キラキラしたい!」

 

「じゃあ、それがパスパレの歌に足りないものです」

 

技術とは別に足りないもの。いや、技術も表現のために必要なものだけど、彼が言っているのはそうじゃない。

 

「俺はさっきの歌で、それを感じられなかった。だから練習して上手くなるのは当たり前だけど、自分達の輝きが見せられるように演奏するのが良いんじゃないですか?」

 

このまま、技術を高めていけば、私たちの演奏は一端のものになるだろう。でも、なんとなく、そうなっても彼は同じように言うだろう、って確信できた。

 

「メンバー全体がそれを共有して、それを伝えるために演奏するのなら。パスパレの演奏を聞いた人が、彩先輩たちの輝きに憧れるようになると思います」

 

技術の前に、歌詞の意味の前に、そもそもなんでバンドを組んで演奏するのか、演奏してなにを聞かせたいのか。その一番、大切なところ。その在処が大切だと彼は言った。

 

「それと彩先輩は自信なさげに歌ってますけど、もっと自信持ったほうがいいと思いますよ」

 

「え、私、そんな感じ?」

 

「はい。自分の歌に自信が持てなくて、サビの部分で歌よりもダンスに力を入れてますよね。アイドルとしては知りませんが、曲を聞かせるって点では見せ場で逃げ腰を晒してるようなものですよ」

 

「う、うそ……」

 

「マジです。サビの部分は特に体に力が入ってますよ。よく見ればわかります」

 

「そんなにしっかり見ててくれたんだ……」

 

「いや、胸揺れ見るついででしょ」

 

「美咲ちゃん、シー……! そうだと思うけど、言っちゃダメだよ」

 

「なんか外野がうるさいですけど。パスパレは麻弥先輩、それに日菜先輩がいますから化ける可能性はあります」

 

「あたしも?」

 

「はい。華になる演奏ができるのは日菜先輩だけです。麻弥先輩は曲を安定させる役がありますし、アイドル曲はドラム控えめでしょうから」

 

「演奏は私と千聖さん次第。そういうことでしょうか」

 

イヴちゃんが緊張した面持ちで確認した。

 

「そうだと思ってる。そこに彩先輩の歌とダンスが乗っかって、パスパレの曲が出来上がると思う」

 

「パスパレの曲……」

 

「彩先輩の歌だって悪くないって思いますし」

 

「私? でも、私ってアイドルの学校に通ってたときは落ちこぼれだったよ? 白鳥ひめちゃんが中学1年生のころだって私より上手かったし」

 

「白鳥ひめ? あの歌姫って呼ばれてるアイドルのことですか?」

 

「うん。実は同期なんだ。だからひめちゃんの歌はたくさん聞いてて、私との実力差はわかってるよ」

 

「それは比較対象が違いますよ」

 

「え?」

 

「白鳥ひめって、純粋無垢な透き通った声です。彩先輩の声質は可愛らしさ、女の子らしさ、そういう感情がたくさん含まれた声です。白鳥ひめと比べたら一生咬み合わないですよ」

 

「えっと……それはどういう……」

 

「ずばり言ってしまえば、彩先輩は白鳥ひめにはなれないってことです。でも代わりに、丸山彩にはなれます。彩先輩の輝きはどういう輝きですか?」

 

「私の……輝き……」

 

「白鳥ひめのような透き通った純白性を魅せつける輝きですか? それとも丸山彩という、あなた自身が持つ輝きですか?」

 

ひめちゃんのように歌が上手くなりたいと思ってた。いつかは輝きたいと思ってた。でも、その輝き方なんて考えたこともない。まずは輝くこと、それに必死だった。

 

「俺は丸山彩としてなら、人を惹きつけてやまない歌が歌えるようになると思ってます」

 

「私の歌が人を……」

 

「なるというより、もう素質は見えてるんですけどね」

 

そう言って彼は私たちの方へと歩いてくる

 

「彩先輩って、ずっと練習を続けてきたでしょ? 自信が無いくせに、声が安定してるんですよね。高音もいい音ですし」

 

彼は私を通りすぎてイヴちゃんの元へ行く。

 

「でも、ひめちゃんとか、他のアイドル研修生はもっと高い音出てたよ」

 

「高けりゃ良いってわけじゃないですよ。高い音はみんなが共通してわかる上手さの基準ってだけです。声域が広がるのはいいことですけど、大事なのは、人を魅了する声が彩先輩ならどの音程かってことです」

 

イヴちゃんに場所を変わってもらうようお願いすると、自分のキーボードを用意し始めた。

 

「しゅわりんどりーみん、でしたっけ? 練習はたくさんしてますよね」

 

「もちろん」

 

「歌詞の意味もわかってますよね」

 

「何度も読んだよ」

 

「それなら一度やってみましょう。俺がキーボードをやるんで、麻弥先輩と日菜先輩お願いします」

 

「えっと、ベースがないけどいいの?」

 

「さっきの演奏もそうでしたよ。まあ、必要なところはキーボードでカバーするから大丈夫です。あ、日菜先輩は隙があったらガンガン音入れていいですよ」

 

え、ちょっと待って。日菜ちゃんが自由に演奏し始めたら、みんな音が取れなくなって無茶苦茶になっちゃうよ!?

 

「ホント!?」

 

日菜ちゃんはすごい嬉しそう。

 

最近、何度も同じ練習をしていて飽きたー、って言ってたから、よけいに嬉しいのかな。

 

「はい。演奏を壊さなければ好きにしていいですよ。麻弥先輩もいけると思ったらいいですよ」

 

「い、いや、そんなことしたら演奏が……」

 

「なんとかなりますって。彩先輩、準備はいいですか?」

 

「う、うん」

 

「彩先輩は音をいくら外してもいいんで、思いっきり歌ってください」

 

「い、いいの?」

 

「どんなに外したって、次に歌い始めるころには元の音程に戻しますよ。それがリズム隊の役目です。たぶんギターがぶっ込んでくると思うんで、それに負けない気持ちでお願いします」

 

チラッと日菜ちゃんを見ると、目を輝かせて、まだ始まらないかとこちらを見ている。

 

うん。たぶんすごいことになる。

 

「じゃあ麻弥先輩、合図お願いします」

 

「わ、わかりました」

 

そして、曲が始まった。

 

彼にはああ言われたけど、私はアドリブに弱い。

 

いきなり言われたって応えられるわけがなくて、ついつい、いつものように音を外さないような丁寧な歌い出しをしてしまう。

 

けど、最初のワンフレーズが終わり、みんなの楽器が入ってくると、世界が一転した。

 

日菜ちゃんのギターがすごい。

 

ギター担当のリズムを刻みながら、どんどん音を加えていく。リズムも一定ではなく、強弱がくっきりしていて、テンポすら緩急がある。

 

私に染み付いたアイドルの癖で、後ろを振り向くことはなかったけど、絶対に楽しそうに演奏してるって確信できた。

 

私が歌い始めると、ギターは存在を抑え始めた。

 

これならいける。

 

彼に言われた、思いっきり歌うことだけを意識する。

 

意外とできるものだ。音を外さないように考えなくていいから気持ちが楽なのか、日菜ちゃんが楽しそうな音を出してるから、それにつられて声が乗ってしまうのか。

 

それとも、まごついたら日菜ちゃんの音で、私の声がかき消されてしまうことをアイドルの本能で理解していたのか。

 

ギターが目立たくなったといっても、いつもより数が多くて、音も大きい。ギターの楽しそうなリズムは、彼女がメインかと思ってしまうくらい輝いている。

 

私は自分の輝きが消えていかないためにも、思いっきり歌うしかなかった。

 

音程に気をやれない。

 

ただ、彼から言われたように、歌詞を心から吐き出すように紡いでいく。

 

1番が終わり、2番も終わって間奏に入る。慣れた歌のはずなのに、振り付けはしてないのに息が切れっぱなしだ。

 

間奏中に目立たないように呼吸を繰り返す。

 

日菜ちゃんはここに来て最高潮になった。ギターの音が練習場に満ちていく。麻弥ちゃんのドラムが、日菜ちゃんのギターに引っ張られること無く、正確なリズムを刻む。

 

キーボードが入ってきた。

 

キーボードの音は日菜ちゃんほどの存在感は見せないが、曲のアクセントを作り、日菜ちゃんのギターがそれに寄ってきた。

 

3番目の歌い出しで、ようやくわかった。

 

彼が日菜ちゃんの演奏を抑えていたんだ。

 

日菜ちゃんに自由に演奏させつつ、行き過ぎたり、歌が壊れそうになるとキーボードの音で知らせていたんだ。

 

日菜ちゃんがキーボードの音に興味を持つと、その音に従って基本のリズムに寄ってくる。

 

そうやって私の歌をフォローしてくれてたんだ。

 

彼のキーボードが耳に入る。歌いやすい。日菜ちゃんに負けないように声を出さないといけないけど、自然と声が出る。

 

歌詞に込められた思いだけを胸に、声を張り上げる。

 

がむしゃらに3番を歌いきった。

 

「はあっ……、はあっ……!」

 

演奏が止むと同時に、荒い息が漏れだした。

 

体がどっしりと重い。でもやりきった。

 

思い返してみれば、歌い始め以外はリズムに合わせられないところが多かったし、音程を外してしまうこともあった。

 

でも、充実感がすごい。

 

「……!! るんっってきたーーっ!!」

 

日菜ちゃんが文字通り飛び跳ねている。

 

気持ちはすごいわかる。私だってこんな疲れきってなければ、日菜ちゃんたちに駆け寄って、はしゃぎたいくらい気分が良い。

 

「これがパスパレの理想……完成形……! すごいっす! 他のプロにだって引けを取らないですよ!」

 

スタジオ・ミュージシャンをしていて、プロの音楽をよく知ってる麻弥ちゃんも、興奮して顔が赤くなってる。

 

「完成形かはわからないです。彩先輩と日菜先輩の今の力を出したら、こんな演奏になるってだけですよ」

 

「それでも充分すごいよ! どうすごいかはアレだけど……とにかくすごかった!」

 

自分のボキャブラリーのなさが少し悔しい。

 

「はい! 私も感激しました! 今までのパスパレの歌も可愛らしくてすごかったです。でも、今のはアヤさんとヒナさんの音が感じられました!」

 

イヴちゃんが、ずずいと近づいてきた。

 

「私が演奏できなかったのは残念ですけど……みなさんの演奏はすごいと思います! ミキヒコさん、師匠と呼ばせてもらってもいいでしょうか!」

 

「イヴちゃん!?」

 

「残念ですが、未熟な今の私では、ミキヒコさんのような演奏をすることはできません。でも、パスパレの演奏を引き立たせる、あんな演奏がしたいんです!」

 

「イヴさん……」

 

イヴちゃんの顔には悔しさがにじみ出ている。

 

そうだ。今の会心の演奏には千聖ちゃんとイヴちゃんはいなかった。日菜ちゃんと麻弥ちゃんはいるけど、海堂くんがいないパスパレのメンバーに今の演奏ができるかと言われれば、正直、今のままでは難しいと思う。

 

普通なら、私がいなくても……と腐ってしまうかもしれないが、イヴちゃんはめげない。その目に悔しさはあっても、やる気に満ち溢れている。

 

「いや、アイドルの師匠とかファンに刺されそうだからヤダ」

 

でも、そんな私たちの感動は他所に、お願いはあっさりと断られてしまった。

 

「ああ……」

 

「そうっすよね……」

 

思わず落胆の声がでてしまう。

 

「お願いします! 何だってしますから!」

 

「何だってする、って言われてもなあ。俺も嫌だけど、パスパレだってファンに誤解されるよ?」

 

「ファンに誤解ですか? ファンはアイドルと男性が仲が良かったら喜ぶと思ってたんスけど、違いました?」

 

「うん、だいたいはそうだと思うよ。それだけ魅力的なアイドルってことだからね。むしろファンを増やすために男性のパートナーを探す人もいるくらいだし」

 

男性からDVを受けてたら、そのアイドルは男性を受け止めきれなかったとなり、ファンをガッカリさせることになるけど、それでも知名度は上がるし、全体で見ればファンもたくさん増える。

 

「……そうだったな、この世界」

 

「?」

 

みんな首を傾げる。

 

「ファンが問題ないなら、教えるくらい、いいんじゃない?」

 

美咲ちゃんが助け舟を出してくれた。

 

「いや、まあ、そうだけどさ……なんか気が乗らないっていうかな。結果はそうかもしれないけど、俺の思い込みが邪魔をしてるっていうか……」

 

「なにそれ。思い込みなら受けてもいい気はするけどね」

 

「美咲は賛成?」

 

「まあね。だって、あんたイヴみたいな子、好きでしょ? 純粋無垢で、ナチュラルな色気がある子」

 

「大好き。イヴちゃんは特に後ろ姿がいいよね。腰周りの肉付きが良くて、お尻についつい目がいく」

 

「でしょ。どうせ手を出すなら、接点は増えた方がいいかなって思う。特に私たちの接点がないと、どういう風に折り合いをつければいいか判断しにくいし」

 

「なるほど。そういう考えもあるのか……」

 

なんの話だろう、と考えていたら、同じように考え込んでいたイヴちゃんが一つ頷いた。

 

「お尻、ですか? ……わかりました。いつでもどうぞ!」

 

そう言ってイヴちゃんは近くの壁際に移動して、壁に手を付いてお尻を海堂くんに突き出した。

 

「は?」

 

「え?」

 

「イヴさん?」

 

全員、イヴちゃんの奇行にポカンと口を開けた。

 

「常在戦場です。武士は常に戦場にいる気持ちでものごとに当たります。私もそれにならい、いつそうなっても迷わないと覚悟を決めています。さあ!」

 

「いや、さあじゃないが」

 

「え、これって……そういうこと!? イヴちゃん、私たちアイドルだよ!?」

 

ようやく意味がわかってパニックになる。

 

これはマズい。健全な合同練習が、一気に18歳未満お断りのただれた集いになってしまう。

 

「アイドルじゃなくても、いきなりこんなことしちゃダメですよ! ああ、下着を脱がないでください!」

 

「あはは、イヴちゃん思い切りがいいねー。まあ、るんって来たら、仕方ないよねー」

 

「アヤさん、マヤさん、止めないでください! 私も女として生まれたからには、師に求められたら拒むわけにはいきません! さあ、どうぞ! 子どもは私が立派に育てますので安心してください!」

 

「だから師じゃないって」

 

「幹彦! あんた、女の子をやり捨てするなら、さすがにあたしも怒るよ!」

 

「美咲、これ、俺が悪いってのかよ!」

 

「間違いなく、あんたが言ったことが原因でしょ!」

 

「いや、それは少し……ほんの少しだけあるかもしれないけど、やり捨てなんて、俺がそんな薄情なことするかよ!」

 

「薄情でしょ! あんた、つい最近まで、あんなこと黙ってたじゃん!」

 

「黙ってたわけじゃない! 言うタイミングが無かったんだよ!」

 

「言うタイミングが無かったけど、市ヶ谷さんに言われたから重い腰を上げたって? あたしたちには随分、薄情だと思うけど!」

 

「そんなつもりじゃないってわかってるだろ! 確かに有咲は大切だけど、ハロハピも同じくらい大切だ! どっちが上なんて考えたこともない!」

 

海堂くんが美咲ちゃんの両肩をガシっとつかむ。

 

美咲ちゃんは海堂くんの迫力に少しだけ、たじろいだ。

 

二人は荒い呼吸をして、黙りこむ。

 

すごい。生の痴話喧嘩だ。ドラマで見るよりもすっごくリアル……!

 

「でも、市ヶ谷さんにも手をだすでしょ?」

 

「あの子に手を出さないって、それはもう病気のレベルだと思ってる」

 

「真面目な顔してバカなこと言うな! 昨日、あれだけ、へこへこ腰を振ってたのに、まだ足りないっての!?」

 

「美咲と花音が魅力的なのが悪い! そもそも今は師匠になるかどうかって話だろ!」

 

「じゃあ、なんでそんなに膨らんでるわけ?」

 

確かに海堂くんズボンの一部がテントを張っている。それも、とても大きなテントだ。

 

「……そりゃあ、あんな可愛い子に、なんでもする、って言われたら……ねえ?」

 

「ねえ? じゃないでしょ! もー、花音さんも言ってやってくださいよ!」

 

「うーん。今回はイヴちゃんが暴走してる気がするしなあ」

 

「花音……!」

 

「でも、そんなに大きくしてるのはギルティだからね。それじゃあ言い訳できないよ」

 

「花音……」

 

「そんなに落ち込まないで、ね? 幹彦くんがお猿さんってことくらい、私も美咲ちゃんもわかってるから。とりあえず、それをどうにかしないとね。ちょっとだけ3人で席外そうか?」

 

「花音……?」

 

「花音さん?」

 

「イヴさん! もう隠れてないですから! 言い訳できない格好してますから! 落ち着いてください!」

 

もう大混乱だった。

 

ハロハピのストッパーである3人はあの調子だし、パスパレの頼みの綱の千聖ちゃんはまだ来ない。私がこんな状況を止められるわけもない。

 

そんな絶望的な状況で、ただ慌ててた私に、救いの手が差し伸べられた。

 

「あなたたち、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃないかしら」

 

バタバタとした熱気を持った空気が一瞬で凍った。

 

声の元を見ると、そこにいたのはこころちゃん。

 

俯いた顔が、綺麗な金髪で隠れていて表情は伺えないが、その冷たい声からは尋常じゃない様子だとわかった。

 

「……ヤバい。こころが怒った……」

 

「ふぇぇ……」

 

「これはマズいね。止めるのが少し遅かったかな」

 

「幹彦くん。大変だよ、早くなんとかしないと!」

 

ハロハピは全員、顔が引きつっている。

 

イヴちゃんの動きも止まっている。

 

「ヒエッ」

 

こころちゃんを見ていた麻弥ちゃんから小さい悲鳴が上がった。

 

あの位置からだと、こころちゃんの顔が見えたのかな?

 

麻弥ちゃんの顔が青くなってるんだけど、大丈夫かな。

 

「こころ」

 

海堂くんがこころちゃんに近づく。

 

「こころ、ごめんな。みんなを置いて、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったな」

 

海堂くんが屈んで、こころちゃんと目線を合わす。

 

こころちゃんはすぐに顔を海堂くんの胸に押し付けた。

 

そのまま、額をぐりぐりと擦りつける。ときどき、ドンっと額を打ち付けたりもしてる。

 

どうでもいいんだけど、その衝撃で練習場が少し揺れてる気がする。海堂くん、大丈夫なの?

 

海堂くんは、しばらくそのまま動かずにこころちゃんの好きにさせたあと、片手でこころちゃんの頭を抱え込んで、もう片方の手でこころちゃんの膝裏を優しく抱えた。

 

小さく「よっ」という声を出して、軽々とこころちゃんを持ち上げた。ちょうど、海堂くんが肘から直角に曲げた腕にこころちゃんが乗っかってる体勢だ。

 

海堂くんはそのまま部屋の端の方へ行くと、あぐらをかいて座り込んだ。

 

こころちゃんは彼の片方の膝に乗って向かい合うように座っている。

 

「……もう、これじゃあ周りが見えないわ」

 

こころちゃんが自分で向きを変えて、私たちを見渡す。

 

良かった。いつもの笑顔のこころちゃんだ。

 

こころちゃんは先程までの様子が嘘だったかのように、嬉しそうに彼に寄りかかったり体を起こしたりを繰り返している。

 

「こころん、いいなあ」

 

「もう片方が空いてるわ。はぐみも一緒に座りましょう」

 

「本当? 幹彦くんもいい?」

 

「はぐみなら、いつでもいいよ。おいで」

 

「わーい!」

 

はぐみちゃんが飛び込んでいった。

 

それぞれの膝に、こころちゃんとはぐみちゃんを乗せ、それぞれの腕を彼女たちの肩から足の間に垂らした彼は、満ち足りたような顔をしている。

 

2人にとって、彼は頼りになるお兄ちゃんみたいな感じなのかな? 2人ともくっつくことが嬉しそうだ。

 

まあ、こころちゃんからは尋常じゃない圧を感じたけど……。

 

こころちゃんが前と後ろを海堂くんに挟まれて落ち着くと、イヴちゃんが静々と前に出た。

 

「みなさん、すいませんでした。私、早とちりをしてしまいました」

 

「あれは、早とちりっていうんスかね。でも、パスパレが急に変なことをしてしまって申し訳ないっす」

 

「私からもごめんなさい。イヴちゃんは絶対に悪気があったんじゃないんです」

 

みんなで謝る。芸能界の一員として活動している以上、けじめは大事だ。

 

「気にしないでいいよ」

 

良かった。なんとなく大丈夫かなと思ってたけど、海堂くんは許してくれた。

 

女性が男性にエッチなことを強要するなんて、もしかしなくてもアウトだ。アイドル人生終わりどころか、逮捕されたっておかしくない。

 

イヴちゃんは求められたと思って反応したみたいだけど、傍から見れば誘ってるようにも見えた。相手が男性である以上、それだけで逃れようのないことになる。

 

イヴちゃんみたいな良い子が、自国に強制送還された、なんてことにならなくて本当によかった。

 

「ありがとうございます。でも、ミキヒコさんのキーボードに感動したのは本当なんです。私にキーボードの極意を指南してもらいたいんです!」

 

「極意って言っても、イヴちゃんがそんなに上手くなる必要ないと思うよ。本来ならここにベースも入るから、それだけで演奏は安定するもんだし」

 

「でも、私もあんなふうに弾きたいです!」

 

「褒めてくれるのは嬉しいけど、けっこう大変だよ。俺、こう見えてもプロ顔負けのピアニストだったりするから。イヴちゃんモデルやってたよね。アイドルにモデルにバンド、そこにキーボードの練習をこれまで以上に増やしてくってことだよ?」

 

「イヴは茶道部、華道部、剣道部にも入ってるよ」

 

「あと、喫茶店でアルバイトをしてるよね。ほら、幹彦くんとこの前行ったお店。外人さんがいるねーって話してたでしょ?」

 

様子を伺っていた美咲と花音が補足してくれた。

 

「そんなやってんの!? え、それなのに、そんな日本語上手くて、アイドルもやってんの? はあー……多才だねぇ」

 

「そんな、私なんてまだまだです」

 

「2足どころか、何本の足があるかわからないな。わらじは足りてるの?」

 

「えっと……人様にお見せできるものではありませんが、どれも全力で取り組んでいます!」

 

「はー、やっぱり外国の人はバイタリティが違うねー。俺なんかもういっぱいいっぱいだよ」

 

「アヤさんから教えてもらいました。アイドルは自分がやりたいこと、楽しいことを思いっきり楽しまないといけないって。結果として大失敗するかもしれないけど、それも自分の糧になって、そういう経験をしたアイドルが輝きを放つようになるんです!」

 

「イヴちゃーん……恥ずかしいよー……」

 

確かに言った。でも大部分が私のお気に入りのVtuberの言葉だから、あまり広めないでほしい。

 

アイドルになりたいけど、やっぱり友だちとも遊びたいと迷っていた時に、思い切ってセントー君の雑談動画で質問を投げてみたことがある。そのときに彼が『この世界のアイドルは、女の子の憧れって存在だから。自分がやりたいとか楽しそうって思ったらバンバンやるべきだと思う。それを全力でやって、人一倍楽しめる人が、他の子から憧れる存在になるんじゃないかな? 失敗もするだろうけど、それでも懲りずに全力で突っ込んでくくらいが丁度いいと思う』と言ってくれた。

 

その言葉が深く胸に突き刺さって、心のなかで何度も何度もセリフを繰り返して、そらんじることができるほどになった。

 

そんなときにイヴちゃんに言ってしまったのだ。イヴちゃんも感動してくれたけど、貰ってきた言葉だし、私もそれを意識するようになって数ヶ月だから、やっぱり恥ずかしい。

 

ちなみにその動画は、そのあとの『まあ深くは知らないし、スレンダー(笑)なアイドルとか興味ないけど』という言葉で炎上してた。[ひめちゃんに何てこと言うんだ]とか[草でも食ってろよ]とか[ひめちゃんがせっかくコメントしてくれたのに]とか[致命的に鹿の好みじゃないアイドル]なんてコメントが流れてた。なんだか私がひめちゃんに間違えられていて、[ひめちゃんじゃないよ]ってコメントを打ったんだけど、スルーされた。

 

こういうときは反論しても無駄って学んだ。

 

ひめちゃんとはアイドルになって、すぐに再会した。時期的には初ライブが大失敗に終わって、いつパスパレの解散を伝えられるかわからないといった時期だ。普通なら大炎上しているアイドルなんて飛び火するだけだから近づかない方がいいのに、ひめちゃんは私を心配して会いに来てくれたのだ。

 

事務所の近くに寄ったからって言っていたけど、学校卒業して1年間も連絡してなかったのに、こうして駆けつけてくれたのは嬉しかった。他にも芸能界で活躍しているアイドル学校時代の同級生が連絡をくれたりして、暖かいなあって思った。

 

今になって考えると、事務所がパスパレの解散をギリギリで踏みとどまったのは、そういった人たちが注目してくれてる、ってところもあったのかもしれない。みんなには感謝してもしたりない。

 

「なんかあたし、聞いたことがある言葉のよう気がする……」

 

「そうか? まあ同じような言葉もあるんだろ? よく使われてそう」

 

「いや、最近どこかで聞いたような……どこだっけ?」

 

考え始めた美咲ちゃん。あれはセントー君のオリジナルだから、もしかしたら美咲ちゃんもセントー君のファンなのかもしれない。

 

どこかの名言を使ったのかな? って調べたけど、どこにもなかったから、そうじゃないかな。それならあの動画を美咲ちゃんは最近見たのかな? あとで話しかけてみよう。

 

「イヴちゃんの考えは俺も好きな考え方だな。限られた時間で、いろんなことを楽しみたいなら全力じゃないと中途半端に終わると思うし。気になったら、とりあえず全力で取り組むっていうのは誇るべき点だと思うよ」

 

「では……!」

 

「まあ、アドバイスくらいなら引き受けるよ。定期的に指導するってのは俺も時間が作れるか分からないから難しいけど、月1か月2くらいで、お互いに時間があったときに、とかどう?」

 

「ぜひお願いします!」

 

緊張で顔がこわばっていたイヴちゃんが、勢いよく頭を下げた。少しして頭を上げて、彼と今後のことを話し始めた。少ししたころには、二人の顔には笑みが浮かんでいた。

 

イヴちゃんすごい。なんだかんだで男の人に約束を取り付けてる。しかも、あの様子だと仲良くなっていると思う。

 

イヴちゃんはアイドルだし、モデルもやっているから、表情や雰囲気を作るのが上手い。もちろん、本人の性格というのは大きいと思うけど、イヴちゃんはどんな人にも朗らかな笑顔で接する。たとえ、傷害事件を起こしても男性という理由で無罪放免となり、今も変わらず芸能界で活動している人とでもだ。

 

一見すれば彼と接するイヴちゃんは、その男と接するときのように笑顔だけど、一緒にアイドルバンドを組んでいる私ならわかる。

 

イヴちゃんは海堂くんを心から尊敬していて、仲良くなろうとしてる。

 

そして思ったとおり、仲良くなった。

 

私だったら、そんなお願いは怖くてできないよ。

 

いや、私だけじゃなくて、世の中のほとんどの女性がそうじゃないかな。

 

外国の文化は違うのかなあ、って思うけど、これはアイドル丸山彩に必要なことだ。行動しなきゃ何も始まらない。行動し続けたから、丸山彩はアイドルになれたんだ。

 

私が憧れる自分になるためには、まだまだ頑張らないといけない。

 

 

 

そんなわけでイヴちゃんは無事、弟子入りした。

 

唯一、問題といえば、千聖ちゃんが海堂くんをものすごく警戒していることだ。

 

あの男は危険だから、みんな近づいちゃダメよ! と言ってた。

 

お友だちの花音ちゃんが知らないうちに手を出されていて、しかも既に美咲ちゃんという二人目の彼女まで作っていたから警戒しているらしい。

 

でも、二人とも幸せそうだけどなあ。

 

そんなことを言ったら、彩ちゃん、ちょっと向こうでお話があるわ、って言われてお説教コースだから言わない。私は最近、勉強したのだ。

 

とにかく千聖ちゃんにこの状況をどう説明したらいいかが悩みだ。タイムリミットは千聖ちゃん到着まで、なんとか当り障りのない説明で、千聖ちゃんを納得させる。パスパレリーダーの腕の見せどころだ!

 

「あ、千聖さん、あと5分くらいで到着するみたいっす。メッセージが来ました」

 

「え、もう!?」

 

「はい。さすが千聖さんっす。スケジュールを調整して、こっちに急いで来てくれてるみたいですね」

 

「そうなんだ。……はは、さすが千聖ちゃん……」

 

「じゃあ、練習再開しようよ! 私、今すっごい、るんっとしてるから早く弾きたいんだ!」

 

「そうですね。とりあえず始めましょうか。ほら幹彦、こころ、はぐみ。そろそろ立ちな」

 

「わかったわ!」

 

「……」

 

「はぐみ?」

 

ピョンっと立ち上がったこころちゃん。はぐみちゃんは何も言わずに座ったまま。美咲ちゃんが声をかけても動かない。

見てみると、目を瞑って船を漕いでいる。

 

「え、寝てる!?」

 

間違いない。海堂くんの腕を両手で抱きしめながら、静かな呼吸を繰り返している。

 

「はぐみ……嘘でしょ……!?」

 

「あら、疲れていたのかしら?」

 

「今日はソフトボール部のミーティングが終わって走ってきたらしいからな。仕方ない」

 

「幹彦、あんた気づいてたなら起こしなさいよ」

 

「いや、腕がすごくいい位置にあるから動きたくないんだ」

 

はぐみちゃんが身じろぎをして、海堂くんの腕を更に胸にギュッと引きつけた。

 

「ああ、いま最高」

 

「また胸か」

 

「幹彦は本当にエッチね」

 

「こころに言われると背徳感がすごいな」

 

「まったく……幹彦は仕方がない子だ」

 

「はぐみちゃんのために動けないところもあるから……」

 

「花音さん、甘い」

 

「花音、最高。愛してる」

 

「ふふ、私も愛してるよ」

 

ハロハピは本当に賑やかだ。

 

ポピパも賑やかだけど、ハロハピの方が元気な子が多いから、美咲ちゃん(ストッパー)だけじゃ止まらないんだろうなあ。

 

「師匠! やはり胸ですか! 私ももっと薄着にしたほうがいいでしょうか!」

 

「イヴさん、だからダメですって! アイドル! ジブンたちアイドルっすから!」

 

「幹彦くん、大きい胸が好きって変わってるよねー。あたしも胸はそこそこあるけど……触ってみる?」

 

「マジっすか日菜先輩!」

 

「幹彦くんならいいよー」

 

「いやいやダメですよ! 日菜さんまで変なこと言うのやめてください!」

 

ごめんなさい。私たちも同じくらい賑やかです。

 

でも、もう間もなく千聖ちゃん(保護者)が到着するから。千聖ちゃんが来たら、こんな状況もすぐに収まるよ。

 

あ、イヴちゃんの弟子入りの件、どうしよう……。




イメージ曲
だけどユメ見る(ロッカジャポニカ)

4話に続いて再登場です。正直に言うとロッカジャポニカは見たこともないんですが、この曲だけは気に入ってるので何度も聞いてます。なにも知らなくても惹きこまれる歌。まさに名曲だと思います。


原作とは異なる点:
① アイドルは多くの女性が憧れていて、なりたいと思う人も多い
② 丸山彩の中学校はオリジナルのアイドル学校
③ 丸山彩はアイドル業界に知り合いがいる
④ アイドル戦国時代なので、原作以上にスタッフとの関係がアレ
⑤ 若宮イヴ、ワールドワイドなヤバさを理解してるので、男性の価値を一番理解してる
⑥ 弦巻こころがほんのちょっとだけ嫉妬する(原作はガチ天使)


独白では、感情が高ぶると本来の口調がでてくるように書いたつもりです。見直すたびに誤字に見えて、やり辛い……


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10話

とあるVtuber総合スレ

 

108:

推しがバンドを組むとか言い始めたんだけど、どうなん?

楽器の経験がないらしいけど……

 

113:

バンドw

歌うだけのライブで我慢しとけよw

 

117:

3Dライブならダンスもあるから、それで充分だと思うけどな

 

121:

担当がどこかにもよる

ボーカルなら今と役割が変わらないだろうから、大丈夫だろ

ただし、メンバーガチャはある

 

126:

Vtuberって20代後半が多いだろ?

今から楽器を始めるって、けっこうしんどいと思う

 

132:

ボーカルなら、まあいける

楽器やるなら趣味に留めとけって感じ

 

136:

まあ、今はガールズバンド流行ってるからな

バンド見て、自分もやってみたいと思う気持ちはわかる

 

139:

バンドか。まったく詳しくないんだよな。初心者におすすめなのってある?

 

144:

音楽は好みがあるから、誰にでもおすすめってのは難しい

強いて言うなら、合同ライブを見に行って、気に入ったバンドと同系統の人気バンドを見に行くとか?

 

149:

>>144

それだ

 

155:

そしたら、おすすめの合同ライブ教えてください!

 

159:

足を使って探せ!

 

161:

ライブハウスのHPに予定表とチケット情報があるから、それで探せばいい

 

189:

見てきたけど、ライブってたくさん開催してるんだな

 

194:

大ガールズバンド時代だからな

 

198:

>>194

都内住まい?

 

203:

>>198

23区

駅から少し遠いけど、電車通学だから学校帰りにいける

 

208:

都内のおすすめか

一番いいのは売り切れてるし……

無難にdubでやってる合同ライブでいいんじゃない?

チケット少し高いかもだけど、あそこで開催するレベルのバンドなら、そうそうハズレはないと思う

 

213:

dubかー

駅から近いし、いいんじゃね?

 

214:

dubなら間違いないな

 

216:

SPACEがあれば迷わずそこだったけどな

 

220:

SPACE(泣)

 

223:

SPACEはあの婆さんが倒れる前に終わって良かっただろ

倒れたあとの店じまいは後味悪すぎる

 

229:

そう考えると間違いなかったよな

あの婆さん杖を突いて歩いてたし

 

234:

>>208

ちなみに一番いいのって何?

 

239:

>>234

Circleってライブハウスでやるガルパってライブ

 

243:

ああ……

 

244:

あれね

 

246:

あれはガチ

 

247:

ミニライブやったって聞いたときにはチケット売り切れてた

 

251:

dubでやれよな

Circleじゃあ半分くらいしかキャパないじゃんか

 

256:

>>251

Circle肝いりのライブらしい

あれだけのバンド集めたのも、それだけ気合入れてるってことだろ

 

259:

やばいのいるの?

 

266:

いる

ロゼリア、パスパレ、ハロハピがヤバい

残りのPoppin’PartyとAfterglowも何で無名だったんだ? てくらい上手い

 

269:

ロゼリアいんの!?

 

271:

超ガチ勢じゃん

めっちゃ行きたい

 

272:

パスパレってあのアイドルバンドだろ

口パクバンドとロゼリア並べるのって酷すぎねw

 

276:

>>272

私もそう思ってたからパスパレの演奏なんて見たことなかったんだけど、ミニライブで見たら全然いけた

 

281:

>>276

演奏上手かった?

 

285:

>>281

演奏はある意味で面白い

ドラムがガチで、ギターがエグい

それなのにベースとキーボードが素人

 

289:

ベースって女優の白鷺千聖だよな

まあ、女優の片手間に楽器始めても練習時間なんてないよな

 

294:

>>276

私も前に聞いて同じ印象だったけど、そこまで良かったか?

アイドルファンを集めたライブならともかく、ライブハウスでバンド向けの演奏はできないんじゃないか?

 

299:

>>294

前は知らないけど、ボーカルが良かった

歌の熱がすごかった

次がロゼリアだったけど、ボーカルの勢いだけは負けてなかったと思う

技術はアレだけど

 

303:

丸山彩だろ?

そんな上手かったっけ?

 

308:

>>303

前は知らん

でも、ミニライブではすごかった

流石にロゼリアに勝てるとは思えないけどな

 

313:

ハロハピってのは?

聞いたことない

 

317:

>>313

一番やばいバンド

 

318:

ヤバい

 

319:

近づき過ぎると怪我をする(ガチ)

 

323:

熊がいるからな

 

327:

ライブハウスでバンドするのは滅多にないから知らない人は多いんだろ

てか初めてか?

 

331:

前に病院に行ったとき、慰問ライブっていうの? やってた

ヤバかった

 

335:

演奏が上手いの?

 

339:

上手い

好みもあるけど、ロゼリアよりも私は好き

 

342:

あれは演奏だけじゃないから

 

345:

ボーカルが瞬間移動したりする

 

346:

大きな熊のDJもいる

 

351:

なにそれw

 

355:

あとキーボードが男

 

358:

男!?

 

359:

マジで?

 

363:

マジ

ヤバいくらい上手いキーボード

ピアノやってた友達もあれはヤバいって言ってた

 

367:

さっきからヤバいしか出てきてないw

 

361:

ボーカルもいいよ

ポップ全振りの独特な世界観の歌なんだけど、マジで一瞬で引きずり込まれる

私、普段はそんなことしないのに、気づいたら大声で叫んでた

 

365:

>>361

なんて?

 

371:

>>365

すまいるいえーい!

 

375

>>371

wwwww

 

377:

>>371

マジかww

 

378:

>>371

草しかはえねえよw

 

382:

ハロハピの掛け声な

ミニライブでは掛け声を知らなかったから最初はポカンとしてた

特別に最後にやってくれたときは、会場中がそれに応えて、空気が震えてた

 

386:

>>382

なんだそのカオス空間

 

389:

地獄絵図w

 

390:

すっごく見たい……

売り切れてるらしいけど、手に入る方法ないの?

 

396:

ミニライブ後、30分で売り切れたらしい

 

401:

ミニライブも広告はライブハウス内とホームページだけだったみたいだから、客はCircle利用者がほとんどだったんじゃないかな

転売屋には期待するな

 

404:

ミニライブに行ったやつは全員、本番のチケットも買っただろうな

知り合いの分も買ったと考えれば、売り切れるわな

 

409:

あの噂もあるからな

ミニライブに行ったやつが買い漁ったなら、噂はガチだったか

 

414:

なんの噂?

 

418:

ハロハピのキーボードが鹿の本体って噂

 

423:

鹿?

 

424:

鹿ってあの鹿!?

 

425:

マジ?

 

426:

え、セントー君?

マジで言ってんの?

 

431:

元からハロハピがゲリラ活動してる時点で噂になってた

あんなバカでかくてピアノが上手い男が他にいるかって

そんときはV見てる目撃者も少なかったから、眉唾ものだったんだけどな

 

434:

鹿って歌い手だろ?

 

439:

元はピアニストだよ

歌も歌えるから、歌ってるだけ

 

443:

え、え、鹿スレのやつら何て言ってんの

 

447:

鹿スレ民は確信してる

間違ってたら訂正してくるはずの初期勢がだんまりだし、それどころか迷惑かけるなって言ってるから、たぶんマジ

 

451:

あの噂、急に広まりだしたんだよな

むしろ初期勢が意図的に広めてると思ってるわ

 

456:

意図的に広めてる?

そんなことして、なんのメリットがあるんだよ

 

462:

メリットあるだろ

お前らに、あいつは鹿だからバカなことすんなよって牽制できるし

お前らが知る必要のない情報は遮断できる

 

465:

マジか

突ろうかな

 

469:

>>465

止めろ

ネットのノリで突ったら警察沙汰になるか

東京湾に沈められるぞ

 

473:

なにそれw

 

474:

こわw

 

479:

ガチだから

鹿が男ってのもそうだけど

ボーカルは弦巻だぞ

 

483:

は?

 

487:

弦巻って弦巻財閥のこと?

あのクレーム言ってきた男を焼き土下座させたっていわれてる?

 

489:

はいやめ

この話終了

 

494:

止めておいた方がいい

弦巻なら掲示板の内容も特定してくるから絶対に不用意なこと言うな

ニートだから大丈夫って思うな

ガチで生活基盤ぶっ壊されるぞ

 

497:

男+弦巻=アンタッチャブル

 

502:

演奏聞いてるだけなら問題無い……はず

お触り絶対厳禁なだけ

 

505:

お前らも突りそうなバカがいたら止めろよ

巡り巡って、とりあえず全員検挙ってことになりかねない

 

509:

なるかよw

 

513:

>>509

なんでならないと思う?

 

518:

>>513

そんなの馬鹿げてんだろw

突したバカは逮捕だろうけど、なにもしてない私が捕まるわけがない

 

523:

>>518

いや、なにもしてなかったろ

罪だよ

 

528:

は?

 

534:

不作為罪

ほう助犯ってのもある

 

538:

要はバカを止めなかったから罪になることがあんだよ

 

543:

いや、おかしいだろ

 

547:

おかしくない

確かに普通はない

でも弦巻なら、それができる

 

551:

は?

 

554:

しかも男がいるなら余計にヤバい

弦巻の力がなくても警察が動く可能性もある

 

557:

え、なにそれ

 

559:

こわ

 

564:

そう、怖いんだよ

男も弦巻も

ネットの鹿は、実際のところ菩薩かってくらい怒らないけど、やろうと思えばそれくらいできる

現実で会おうと思うなら覚えとけよ

 

569:

怒れる鹿が怒らないってのも面白いけどな

 

573:

あれ広めたの初期勢だろ

メン限では知らんけど、一般公開の動画で鹿がガチギレしたのは当初の雑談だけ

しかもそのときの犯人探しもしてない

 

576:

畜生だけど、一番まっとうな男なんだよな

ひめちゃんが大好きなのも納得する

 

581:

けっこう外れたこと言ってるけどなw

 

584:

鹿って最近、英語の歌が多いよね

この前のBEAT OF THE RIZING SUNだってそうだし

まあ、めっちゃ良曲だからいいんだけど

 

589:

ほら、前にひめちゃんがグランミー賞のインタビューで言っちゃったから……

 

593:

あっ……(察し)

 

596:

海外からの寄付がとんでもないことになってるらしい。

 

599:

何で知らないんだよって思ったら、鹿スレじゃなかったなw

海外から、英語曲を歌えってうるさかったから、海外曲用の寄付を追加したんだよ

ちょい高めにしてるんだけど、バンバン目標達成しちゃって、海外歌がよく出てる

 

603:

え、鹿の寄付って1曲5,000万だろ? それより高いってどんだけだよ

 

607:

英語ならアメリカだけじゃなく、ヨーロッパとかの英語圏も対象になってくるから、母数が段違いだったんだろ

 

611:

鹿に一番影響与えてるのって、ひめちゃんなのでは?

 

614:

鹿に一番相手にされてない感じはするけどなw

 

618:

ひめちゃんって、ハロハピのこと知ってんの?

 

622:

鹿のファンの間じゃあ有名な話だから耳には入ってると思う

でも、ミニライブにはいなかったな

本番のチケットも手に入らないだろうから……まあ、そういうこと

 

627:

徹底的に縁がないなw

 

628:

今週のひめちゃんはスレチだぞw

 

633:

いや、パスパレがいるならなんとかなるかも

確か丸山彩と、ひめちゃんはフォースター学園の同期だったはず

 

637:

マジか

 

638:

これは逆転勝利か?

 

643:

逆転勝利(ライブに行っただけ)

 

647:

丸山、コネ持ってんね

 

651:

コネ持ってたらフォースター学園を卒業して1年も研修生やってねえよ

 

656:

まあ口パクライブは事務所の方針だろうからな

完全に捨て駒だったんだろ

 

659:

そこから奇跡の復活を遂げてるから、丸山も持ってるよな

 

663:

強運

しかも白鳥ひめが同期にいてもアイドルになることを諦めなかった不屈の心も持ってる

 

667:

学校卒業後、1年の延長戦の後、念願のアイドルに!

 

672:

めっちゃ主人公じゃんw

 

678:

しかも>>299の話じゃ、覚醒までしてるっぽい

 

682:

強化イベント済みかw

 

686:

パスパレのライブ見たくなってきた

 

691:

私もw

 

693:

次のライブいつだっけ?

 

697:

たしか来月あったような




イメージ曲
BEAT OF THE RIZING SUN(Dave Rodgers)

頭文字Dはゲームセンターで遊んだ印象が強いです。まあ、レースゲームは下手くそなんで、あんまり勝てなかったですけど。ユーロビートって頭文字Dの曲しか知らないですが、このシリーズだけで名曲はたくさんあります。「Space Boy」とか「Night Of Fire」、「Don’t Stop The Music」は言うまでもない名曲ですね。


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11話

たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています
「win-win-winでは?」  思わず吹き出しました。好きなキャラを独り占めは男の夢ですよね!
ダークな世界観って想像が捗っていいですよね。でも、引っ張られ過ぎると話が暗くなるので注意してます。
「たぶん日常的に使われてる楽曲はほぼ女性の作詞家・作曲家の上に女性向けの曲調だろうから所謂"男が好きそう"な曲ってほぼないんじゃないか?」  間違いなく無いでしょうね。ノリのいい曲はあると思いますが、熱い曲は……でも、ロゼリアがいるから……。
仕事についてですが、1月から少しずつ忙しくなって、繁忙期になると月80~100時間残業上等の、週休0~1日タイムに突入します。もう、デイリークエストこなしたら寝る時間ですよ。今年のGWは休み0でした(平日は諦めるけどGWの土日ぐらい休ませて)。さすがに半年も経てば熱が引いてしまうと思うので、一度、閉じないといけないと考えています。
「つまり年内に(仮題)とある転生者の異文化体験 1st Seasonが終わり2nd Seasonが来年中頃に始まるという理解でよろしいか?」  その発想はなかったw



ガルパも今週で一段落つきます。正直に言えば、まだまだ書き足りないエピソードがあるんですが、さすがにこれ以上、同じイベントを続けるのはアレなんで進めます。

各バンドのイメージは個人的な考えです(保身)。


ガルパ ライブ本番

 

長きに渡って準備をしていたガルパがようやく本番を迎えた。

 

本番前に、開場したホールを見に行くと客で埋まっていた。

 

ありがたいことに、ライブは満員御礼だ。

 

ミニライブのおかげか、その直後に販売開始されたチケットは購入制限をかけたにも拘らず、30分ほどで売り切れたらしい。

 

幸い、ミニライブを見に来た人で買えなかった人はいなかったらしいけど、かなりギリギリだったようだ。

 

ミニライブを見て、すぐに購入制限をかけると決めたCircleスタッフのまりなさんがいなければ、もっと混乱していたかもしれない。若いのに頼りになる人だ。

 

その後もチケットの問い合わせがかなりあったらしいけど、全てCircle側で処理してくれて、俺たちがそれに慌てることはなかった。他のスタッフさんもありがとうございます。

 

まあ、俺たちは俺たちで、ミニライブ以上のライブをするための打ち合わせで、揉めに揉めたあげく、危うく空中分解しかけたりしたんだけど……。でも、ポピパの香澄ちゃんのおかげで、なんとか軌道修正し、仲良く本番を迎えることができた。

 

そんなライブ開始30分ほど前に俺が何をしているかというと、会場の偵察に来ているのだ。

 

ピアノの演奏会からの癖なのだが、俺は本番前に、どんな人が来てるか見るのが好きだ。

 

演奏が始まってしまえば、客が多かろうが少なかろうが、どんな格好をしてようが目に入らなくなってしまう。

 

ただ全力でピアノと向き合い、全神経をそれに集中してしまう。

 

ハロハピに入ってからは、メンバーが出す他の音にも集中するようになったし、観客が笑顔かどうかとか、盛り上がり具合はどんな感じかを気にするようになったから、以前よりは観客に意識を向けている。

 

でも、演奏中はじっくりと観察することはできないし、それよりも音が気になってしまうので、今もなお、こうして開演前の会場に来ているのだ。

 

会場の隅っこ。壁に寄りかかる。

 

俺の体格は目立つけど、わざわざ隅にいる男に話しかけるようなやつはこの世界にはいない。男に不用意に近づくことの危険さは、普通の人なら理解している。チラッと遠巻きに見て、それまでだ。

 

シレッと黒服さんが一人ついてきてくれたから、それも関わりたくない雰囲気作りに一役買ってくれてるんだろう。

 

だから、俺と同じく目立たないように壁際に立つ子が、やたらと俺を凝視しているように思えるのだって気のせいだ。慣れたように周囲に溶け込んでるけど、よく見ると白鷺千聖みたいに芸能人オーラを出しているのも気のせいだし、サングラス越しに水色の綺麗な目が見えるのも気のせいだ。そもそもパスパレ以外の芸能人と接点はなかったはずだしね。

 

意識してお忍びさんを視界から外して、会場を見渡す。

 

まだホールで時間を潰している人がいるのに、会場内にも人が多い。仲間と話す人や、最前列に陣取って、ライブの開始を今か今かと待ってる人、何やらスマホをもの凄い勢いで操作している人、落ち着かなさそうに辺りを見渡している人。

 

ピアノのコンクールと違ってスタンディング席だからか、そわそわとした感じがする。いかにも楽しみな気持ちが抑えられないように見えて、俺もテンションが上がってくる。

 

ゴスロリ服の子、パンクな格好の子、サイリウムを持ってる子、オシャレな格好をしている子、ラフな格好をしている子、ビジカジっぽい格好の女性など、服装もさまざまだ。

 

パンクな格好の子は露出が高めでいいね。サイリウムを持ってる子(たぶんパスパレのファン?)は良い服着てるのだが、着こなし方が甘い。そんな甘い着方だと胸が強調されてしまうぞ。もっとやれ。

 

お、ミッシェルのキーホルダー付けてる子がいる。あの子はうちのファンだな。

 

ていうかミッシェルのキーホルダーってあるんだ。あいつドマイナーな地方マスコットキャラじゃなかったけ?

 

「頑張りました」

 

え、黒服さん? 黒服さんが作ったの? はあ、すっごく完成度高いっすね。

 

……とにかく、こうしてハロハピのファンができたのはいいことだ。

 

どこで販売したかは知らないけど、気をつけて見るとミッシェルキーホルダーを付けてる子が何人かいる。少ないように見えるが、あのミニライブ1回でファンになってくれたと考えると、とてもすごい。

 

ミニライブはやっぱり成功だったと実感できる。

 

まあ、魅力的なバンドを5つも集めたのだから、当たり前といえば当たり前だ。

 

音楽チートを持っているおかげで、俺はどんな曲でも1回聞けば耳コピできるし、上手い下手だって直感で理解できる。

 

そんな俺から見ても、ガルパのバンドはどれも個性があって、魅力的だとわかる。

 

Afterglow(アフターグロウ)。

 

幼馴染5人のバンドで、中学からバンドを組んでいる高校生のバンドとして、全体が高いレベルでまとまっている。メンバーの息もピッタリと合っていて、全員が曲の理解が深く、完成度の高い演奏をする良いバンドだ。あと、ひまりちゃんが胸が大きくて可愛い。

 

Roselia(ロゼリア)。

 

演奏技術で言えばハロハピを含めた4バンドを軽く凌駕している。ボーカルの湊友希那の圧巻の声量と声域が生み出す独特な世界観で、耳をぶっ叩かれる。

 

特にギターとキーボードの完成度が高い。燐子先輩が可愛くて胸が大きくて演奏が上手いのは言うまでもないが、ギターの氷川先輩の安定感がヤバい。難しいフレーズに入っても、一切ブレる様子がない演奏。このバンドは彼女のギターが土台にある。

 

湊先輩があんなに自己表現ができるのも間違いなくギターがあってこそ。ベースが補完して、ドラムが演奏に勢いを付け、燐子先輩のキーボードが花を添える。ただでさえ高い完成度の曲に聞き惚れるのに、さらにボーカルが畳み込みにいく。

 

まりなさんがプロも注目してると言っていたが、納得だ。明らかに完成度が違うバンドだ。

 

Pastel*Palette(パスパレ)。

 

一番歪なバンドだ。ベースとキーボードはまだまだ発展途上。麻弥先輩のドラムが要のバンド。

 

全体的にまとまった形で仕上げているが、やはり他のバンドには劣る。だけど彼女たちの魅力を演奏だけで判断するのは間違っている。彼女たちはアイドルだ。演奏を聞くだけじゃわからないが、パフォーマンスに力を入れているのだ。

 

ギターやベースはもちろんのこと、キーボードも可愛らしさを演出するためにショルダーキーボードを使い、ふりふりとスカートを揺らしながら可愛らしく演奏している。流石にドラムは据え置き型で、麻弥先輩が歌に合わせて手を上げるくらいだが、麻弥先輩はそれ以上に重要な曲の要だ。他のメンバーじゃあ代わりはできない。

 

あと、パスパレの短いスカートでドラムはけっこう勇気がいるんじゃないだろうか。いや、別に嫌いじゃないけどね。

 

え? 白の目立たない短パン履いてる? あ、そうなんですね。……黒服さん、物知りっすね。

 

ボーカルの彩先輩が一番キツいポジションで、踊りながら歌うのだ。こころが難なくやってるので、なんだそんなことかと思うかもしれないが、こころはフィジカルエリートだ。軽い散歩のノリで激しいステップを軽々と踏む。

 

彩先輩に備わっているのは、残念ながら並の運動神経なので、かなりダンスには意識を取られているだろう。そう考えると声がぶれたり、歌詞を間違えたりするのも仕方ない。個人的にはいい声してるんだから歌に専念してほしいのだが、彩先輩はアイドルにこだわりがあるので、これからもダンスを続けるのだろう。まあ、合同練習後のミニライブで歌の質が激変してたから、もしかしたら化けるかもしれない。楽しみな人ではある。

 

そして、一番の問題児、ギターだ。なんとギターの日菜先輩はロゼリアのギターである氷川先輩の双子の妹らしい。この二人はおもしろいほど性格が真逆で、方や堅物クールな女性で、方や無邪気パッションな女性って感じだ。残念ながらキュート要素はどちらにもない。

 

演奏も2人は全く異なる。ロゼリアの氷川先輩は正確な演奏により、ボーカルの湊先輩を初め、バンド全体の演奏を支える要としてギターを弾く。一方でパスパレの日菜先輩は天才的な感覚による演奏により、パスパレの音を一番盛りたてる。姉である氷川先輩とは大きく違う点は、彼女はリズムキープに向かないという点。

 

氷川先輩はその性格もあり、リズムを崩さずに整然とした力のある演奏ができ、また得意としている。日菜先輩も実力的に同じことができるのだが、その演奏は魅力に欠ける。これも彼女の性格によるものだが、日菜先輩は自由にやることが好きで、その状況下でパフォーマンスが跳ね上がる。彼女の演奏が走り始めると、メンバーがついていけない代わりに、ギターがどんどん輝いていく。俺も彼女が好きに演奏している方が何十倍も魅力的だと思ってる。

 

これでわかるとおり、このパスパレというバンド、演奏をまとめられる人が麻弥先輩しかいないのだ。ベースとキーボードは自分のことで手一杯、ギターは難しい演奏も卒なくこなすが、油断すると飛び出して行きそうになる。ドラムが唯一、安定した正確なリズムを取り続ける。

 

なんとかドラムがリズムをキープしてるなかに、忙しい彩先輩のボーカルが乗っかる。

 

正直、顔合わせをしたときの実力では、5バンドで一番下だと思ってた。

 

でもミニライブの出来は本当によかった。

 

口パクバンドという不名誉な名前が付けられていることもあり、ミニライブの始めはパスパレを鼻で笑ってる人がいたが、ミニライブ終了後はそんな人はいなくなってた。それどころか、予想以上だったとか、ダンスが可愛かった、なんて声が聞こえた。

 

……ダンス可愛かった? 胸が弾んでるのは眼福だったけど、コミカルじゃね?

 

ガルパで一番進化を遂げたのはパスパレなのかもしれない。

 

あと、今世ではアイドルの人気がすごいことになってるけど、俺としてはなんだかなあって感じ。人気のアイドルって、みんな女の子が憧れる理想像なんだよ。前世と違って男受けするっていうより、女受けする女性アイドルって感じ。

 

だからこそ成り手がたくさんいるんだろうけど、俺としては、へー頑張ってね、みたいな気持ちだ。

 

Poppin’Party(ポピパ)。

 

とにかく楽しい、キラキラなバンド。

 

いや、バカにしてるわけじゃない。それどころか、個人的に最も気に入っている。有咲がすごく胸が大きく可愛いってのはあるけど、それ以上に香澄ちゃんがヤバい。ギターの腕はお世辞にも上手いとは言えないし、声域、声量も湊先輩には及ばない。でも、表現力がすごい。

 

正直、表現力はプロの世界を含めても、こころが日本一だと思ってた(ただし特化型)けど、香澄ちゃんはこころに並ぶ。

 

こころ=香澄ちゃん>>越えられない壁>>その他

主観だが、そう思ってる。

 

曲と歌詞は他のバンドメンバーが作っているらしいが、その曲もポピパに合った曲で、香澄ちゃんが曲の良さを見事に歌い上げる。

 

演奏面でも一体感の強いバンドで、どの楽器も走ること無く正確に、でも、とても楽しそうに演奏する。彼女たちが演奏を如何に楽しんでいるかは音でわかるし、香澄ちゃんもその音を聞いて、楽しくて仕方ないと笑顔になる。

 

しかも、このバンドはまだまだ発展途上である。

 

アフターグロウみたいに自己完結してるわけでもなければ、ロゼリアみたいに高いレベルから更に+αを求める、伸び悩みの段階でもない。まさに今、急成長しているバンドだ。

 

まだ自分たちのバンドっていうのを探している最中で、ところどころで見つかる粗は、聞く人の耳に残ってしまうこともある。でも、それが無くなったとき、飛躍的に人気が出るバンドだと確信している。

 

演奏だって顔合わせの時より、明らかに厚みが増している。たぶん合同練習を通して彼女たちの意識にも変化があったのだろう。ロゼリア先輩にはずいぶんと可愛がられていたし(相撲的な意味で)、この合同練習で一番成長したのはポピパだろう。

 

パスパレが姿を変えようとしているのなら、ポピパはすくすくと育ってるイメージかな。

 

悪いバンドマンに騙されて、たばこスパスパお酒上等、乱交パーティーいえーい、みたいな育成ミスがありえないのは、この世界の美点だ。異性がいないことが良い結果になった面でもある。

 

それに香澄ちゃんも結構大きい。花音ほど大きくないのだが、香澄ちゃんは、この世界でありがちな胸の大きさを誤魔かす服は着ていない。有咲の影響だろうか。大きめのものが彼女の動きに合わせてふよんふよんと揺れるのは見ていて心地いい。まあ、あんまり見てると有咲が睨んでくるから、ほどほどに楽しんでる。

 

たぶんドラムの沙綾ちゃんも香澄ちゃんと同じか、それ以上のものを持ってると思うのだが、残念ながら彼女は見た目を気にしている。たぶんブラで抑えてるな。なんてもったいない……。

 

聞いて楽しい、見て楽しい、話しかけるとなお楽しい。俺もファンになった。マジで応援してます。

 

そんな個性的な5バンドが揃っているが、どのバンドが一番かと言われたら、間違いなく俺たちハロハピだ。

 

演奏面での好敵手はロゼリア。

 

個々の楽器で見れば、ロゼリアの技術に負けているところはあるけど、ハロハピは表現力特化だ。演奏は俺がまとめあげればいい。幸い、花音がリズムキープを好んでいるから、花音の音を目印にすれば難しいことではない。花音様々である。

 

ただ、そうはいってもロゼリアの技術力は素晴らしい。彼女らが言うように音楽には好き嫌いがあるから、ハロハピよりもロゼリアが好きっていう人は少なくないと思う。

 

まあ、ハロハピが一番ってことには変わりないけど。

 

曲調の面ではポピパが同じ位置にいるが、これはなんとも言えない。

 

ハロハピが笑顔系(新ジャンル)特化なのに対して、ポピパはロック調でもバラード調でも歌うから、厳密には同じでない。笑顔系ならハロハピが勝つし、それ以外はハロハピは歌わないから、別と言ってもいい。

 

ただ、個人的に応援しているので、お互いに刺激を与え合える関係になれれば嬉しい。

 

見ていて楽しい、という点ではパスパレと被るのだが、恐るるに足らず。

 

うちにはナチュラルパフォーマーである前衛3人がいる。いくら彩先輩が頑張ったとしても勝ち目はない。こころの無限の体力と、天性の感性は群を抜いているし、あの歌って踊っているだけなのに人の股間をダイレクトアタックするような魔性の体付きは真似できるものじゃない。こころ1人だけでも圧勝できる。

 

本当、何であんなにエロいんだろうね? まあ、俺がこころに惚れてるからだと思うけどさ。

 

とにかく、パスパレも敵じゃない。

 

満足度で言えば、

 

ハロハピ:ロゼリア:パスパレ:ポピパ:アフターグロウ=

3 : 2.5 : 2.5 : 1 : 1

 

くらいになると思う。

 

まあ、今の段階では、て話なので、この先どうなるかはわからない。1年後にはロゼリアのファンはもっともっと増えてるだろうし、パスパレとポピパの演奏はぐっと安定しているだろう。アフターグロウはよくわからないけど、彼女たちも良い感じにやっていくだろう。

 

若ければ若い分だけ成長は速い。彼女たちがこれからどんな曲を作って、どんな歌詞を歌うようになるのか楽しみだ。

 

前世では聞いたことのない曲が、希望に満ちた彼女たちから作り出される。バンドの1メンバーとして、それに関われることが、どんなに嬉しくて、かけがえのないものであるかくらい、理解出来てる。2度目の人生だ。何が大切かくらいはわかってる。

 

閑話休題。

 

 

 

改めて会場を見る。観客たちはみんなキラキラした顔をしている。ネットでは見れない光景だ。自分も主催者側として、彼女たちが楽しんでくれる演奏をしたい。そう思った。

 

考える時間が長かったせいか、ホールにいた人が徐々に会場入りしてきて、更に密集度が上がってきた。

 

どこかで時間を潰してきたのか、どことなくイベント慣れしていたり、大学生以上の人が多く入ってきた。

 

大学生といえば、年齢層が思っていたより広い。下は中学生くらいから、上は30前半くらいかな?

 

今世ではアンチエイジングが進んでいるので、俺の予想より10歳上だったなんてこともありうる。雰囲気もドシッとしているので、たぶんもっと年上なんだろうな。

 

なんで雰囲気がわかるかって?

 

ジッとこっち見てるからだよ。

 

俺が偵察に来たときから既に会場入りしてて、俺が観客の品評をしているとき、その女性は連れの女性と話しながらこちらを伺ってた。その連れの女性も同じように俺をずっと見てくるからわかったんだよ。

 

まあ、なんとなくわかるけどね。こないだ有咲と報告したから、ハロハピってバンドの一員ってことと、Circleってライブハウスで活動してることは、あいつら全員知ってるからね。

 

きっとあいつらも有咲と同じなんだろうってことは理解出来てる。

 

でもほら、俺Vtuberだからさ。中の人なんていないからさ。

 

有咲は特別だから仕方ないけど、いくら初期勢だからってホイホイ挨拶するわけにもいかないだろ?

 

「ありさにゃんZは?」

 

「……」

 

だから話しかけてくるな。ほら、隣のお忍びさんも興味深そうに観察してるぞ。

 

「いないの?」

 

「……ポピパはトップバッターだから控室」

 

短く返す。ああ、ほら、視線が集まってきてる!

 

「まあそうよね。挨拶したかったけど仕方ないか」

 

「有咲にちょっかい出すなよ」

 

「出すわけないでしょ。あの子はうちのNO.1よ。ただ話してみたいだけ。打ち合わせしておきたいこともあるしね」

 

いつからNO.1とかできたんすか?

 

まあ、手を出すなとは言ったが、有咲が初期勢でも一目置かれてるのは知ってたから心配はしてない。でも有咲は高校1年生の女の子だから、こんな推定アラフォーの女の古と接したら、本人に悪意がなくても圧を感じてしまうだろう。

 

「圧なんかかけないから安心しなさいって。ほかのファンは知らないけど、私たちは仲間よ。手のかかる畜生の飼育係を務めてきた仲間なのに、攻撃するバカがどこにいんのよ」

 

畜生でもないし、世話された覚えもないけど、含むところがないのはわかった。

 

「俺なにも言ってないけど」

 

「あんたの顔、わかりやすいわよ。隠す気なさそうだし。……でも」

 

「でも?」

 

「女性に年の話をするときは覚悟しときなさい。私はやると決めたらやるタチよ」

 

圧巻の迫力で凄んできた。俺の母(今世)も相当な迫力がある女社長なんだけど、この人の圧はそれ以上だ。

 

俺だって思わずたじろいでしまう。この人が初期勢じゃなければ。

 

「いや、してないし」

 

なんか怒ってるしー、超うけるんだけどー。なんて心持ちで答えた。

 

「心に思っただけで罪よ」

 

「キリスト教じゃないんで」

 

情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。

 

なんだよそれ。彼らの中にいたら、あまりの生きづらさに絶望する自信がある。

 

「いいわ。今回は許してあげる。……そろそろ行くわ。少し目立ってしまったみたい」

 

「まあそりゃあね。男が女に絡まれてたら普通は警察沙汰だ」

 

「あんたのガタイじゃ、逆に私たちがいじめられるわよ。顔も怖いしね」

 

「うるせー」

 

じゃあ、また。そういって彼女はステージ方面へと歩いて行った。

 

一方で、彼女の連れの女性がスッと俺の前に来た。

 

その女は、その拳を俺の胸に押し付けた。

 

「気張れよ、鹿」

 

「人間です。……まあでも、退屈はさせないって約束する」

 

その女は俺の言葉を聞いて勝気そうな笑みを浮かべると、ステージの方へ向かい、やがて人混みに消えていった。

 

残ったのは周囲の好奇の視線だけ。

 

会場内の喧騒もあるし、さっきの会話は聞こえてないだろうけど、男に拳を当てたことが衝撃だったのだろう。傍から見れば殴りかかったようにも見えたのだろうか。

 

てか、黒服さん。あいつら、すごい近づいてたけど無警戒でしたね。

 

「いえ、あの方は…………なんでもないです」

 

え、なんですか、すっごい気になるんですけど。

 

「それよりも海堂様、周りの視線が少し……」

 

もう偵察って雰囲気じゃないな。

 

気がつけばお忍びさんも少し距離を取ったところにいる。さっきまでそこにいたのに。動きが早いな。

 

最後は締まらなかったけど、やっぱり偵察はおもしろい。

 

自分のテンションが上がっていくのを感じながら、俺は控室に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、せーの……」

 

『かんぱーい!!!』

 

香澄の音頭で、Circleの一室を使った打ち上げが開かれた。

 

ガルパは大盛況のもと、無事、成功した。

 

最後のアンコール用に、5バンドから楽器1名とボーカルを出し合ったクインティプルスマイルという曲を演奏した。みんなそれぞれ自分のバンド練習があるから、そろって合わせる時間が少なかったんだろうけど、本番の演奏はみんな息が合っていて、観客の反応はとても良かった。

 

言うことなしのライブだった。

 

みんな、興奮冷めやらぬ様子で打ち上げ会場に乗りこみ、今に至る。

 

流石に27人を1つのテーブルに座らせると会議みたいになるから、5~6人ずつバンドから1名ずつ組み合うように座っている。

 

私の席は、奥沢さん、リサさん、彩先輩、巴さんが相席だ。

 

お互いを労って、ピザやポテト、エビフライなどのジャンクフードを囲んで、みんなでつつき合う。話題になるのはライブの感想だ。

 

「いやー、クインティプル☆すまいるはやっぱりアタシには荷が重かったよー」

 

「そんなことないよ。リサちゃんのベース、音がしっかり取れてたよ」

 

「ありがとね、彩。でも、いつものメンバーと違うから、勝手が違ってキツかったー」

 

「ベースがリサさん、ギターが日菜先輩とおたえ、ドラムが巴さんでキーボードが幹彦でしたね。うーん……お疲れ様です」

 

ボーカルは各バンドのボーカル全員で歌うというカオスっぷり。私がキーボードじゃなくて心底ほっとする。

 

「ほんとだよ! お客さんに影響されたのか、みんなリハとノリが違ってたし。巴もどんどん激しく叩き始めちゃうし」

 

「はは、すいません、リサさん。慣れないメンバーだったし、始めはリズム取ることを考えたんですけど、日菜先輩がノリノリで演奏している音と姿を見てたら……つい」

 

「日菜ちゃんすごかったね。歌が入るところは抑えてくれたけど、間奏は独壇場だったよ」

 

「いやー、紗夜と全然違ったね。ずっと紗夜と合わせてたから日菜とだって、なんとかなるって思ってたけど、付いていけなかったよー」

 

「ついテンション上がった私が言うのもアレですけど、ちゃんとリズムを取り続けたリサさんはすごいと思いますよ」

 

思わず、巴さんの言葉に頷く。

 

「実はあれ、何度か音に迷ったんだよね」

 

「え、そうなんですか?」

 

「うん。そのたびに幹彦の音を聞いて、なんとか持ちこたえてた」

 

「ああ、なるほど」

 

「あいつも少しはリサさんの役に立てたみたいですね」

 

日菜先輩も巴さんも走って、おたえも走りかねない状況だったのだ。最後の砦であるリサさんを助けられたのはナイスだ。

 

「少しなんてもんじゃないって。演奏前に、フォロー入れるから危なくなったらキーボードの音を聞いてくれって言われたけど、あんなに助けてくれるとは思わなかったよ。感謝してる」

 

「そうなんですか。って、奥沢さん、ごめん。奥沢さんの前なのに口が悪かった」

 

本人が気安いから油断してしまう。

 

いくら何年も付き合ってるやつでも、奥沢さんの前で彼氏の悪口は良くない。

 

「いいよ、気にしないで。市ヶ谷さんはもう、あたしたちと同じなんだからいいんだよ」

 

「え? いやいや! 私とあいつはそんなんじゃねえから!」

 

突然なにを言ってるんだ!

 

「恥ずかしがらなくてもいいって。市ヶ谷さんだって幹彦のこと嫌いじゃないでしょ?」

 

「そりゃあ嫌いなわけないけど……ほら、あいつの気持ちだってあるからさ」

 

確かに私は、この中じゃ一番付き合いが長いけど、私にも、いや、私たちにも譲れないところがある。あいつの行動は(いさ)めるけど、あいつの負担にはならないようにって決めてるんだ。

 

奥沢さんと花音先輩がいるのに、更に女性を増やすのは負担につながる。慎重になるべきだ。

 

たとえ私があいつの好みのスタイルをしてるからって、それだけで彼女面なんてできるわけがない。

 

「いや、絶対に市ヶ谷さんのこと狙ってるよ」

 

「……マジ?」

 

奥沢さんは至って真面目な顔だ。

 

「マジ。油断すると一瞬だから気をつけてね」

 

「なにをだよ!」

 

「そりゃあナニをだよ」

 

「ナニって……!」

 

ふいにベッドに押し倒される場面が浮かんだ。

 

顔が熱くなる。

 

「うわぁ……二人ともすごい会話してる」

 

「彼氏に新しい彼女ができるときって、こういう感じなんだ……」

 

彩先輩とリサさんが少し顔を赤くさせて、こちらを観察してくる。

 

それに気づくと、よけいに顔が熱くなる。

 

こんな話は終わらせたい。……でも、どうしても確認したい。

 

「奥沢さんはいいの? その……私がいることは気になったりしない?」

 

あいつが本気で私のこと狙ってたとしても、もう彼女がいるんだ。傍から見ても奥沢さんと花音先輩はあいつに愛されてて、良好な関係だってわかる。

 

そこに、実は昔からの知り合いですって割り込む?

 

そんなの気まず過ぎてできるわけがない。

 

……できるわけがないのに、もしかしたらと考える自分もいる。

 

最近の私は何だかおかしい。

 

「市ヶ谷さんはこっち(ツッコミ)側でしょ。もちろん、大歓迎だよ」

 

「え、なにそれ」

 

理由、それ?

 

そもそも、そんな役割必要か?

 

あいつはボケるってより、バカなこと言ってるやつらを叱る側じゃないか?

 

そう思って、幹彦に視線をやる。

 

幹彦は膝に弦巻さんを乗せて、その隣に座ってる白金先輩に話しかけてる。やたらと距離が近い。

 

ん? なんか弦巻さんが後頭部を幹彦の胸にガンガンぶつけてる気がするんだけど……。テーブルのコップ、振動ですっげー揺れてね?

 

それに気づいた幹彦が、弦巻さんの頭を撫でた。すると弦巻さんが大人しくなる。

 

幹彦はその間も燐子先輩と会話を続けてる。ときどき視線を下ろす。胸を見てるな。

 

燐子先輩もそれに気づいて、顔を赤くさせてるんだけど、あいつはそれが逆に良いらしく、さらに上機嫌な顔になって話してる。

 

燐子先輩に夢中になって幹彦の手が止まったので、弦巻さんがまた後頭部をぶつけ始めた。

 

これは……うん……。

 

「……ツッコミ、要るな」

 

「わかってくれて嬉しいよ。あいつ、常識人ぶっといて、あんな感じだからね。目が離せないんだよ。花音さんは一線を超えないかぎり、笑って許しちゃうし」

 

「う……なんとなくわかるかも」

 

「こないだのアフターグロウとの合同練習だって、ずっと上原さんに絡んでたし」

 

「ああ、あったな。ひまりも少し居心地悪そうだったよ」

 

「やっぱり? ごめんね、あいつには後で言っておくから」

 

「いや、そこまでしなくていいって。ひまりだって、合同練習のあと、男の子と仲良くなれたーって喜んでたから」

 

「マジ? 上原さんって意外と強いんだな」

 

上原さんも胸がすごく大きい。服で隠してるから、それがコンプレックスなんだろうなって思う。そういう人は大概、他人と接するのを嫌がるから、上原さんもそうだと思ってた。

 

「ああ見えて、ものすごい社交的なやつなんだよ。少し前までいろいろ悩みもあったけど、今は昔みたいに戻ってきてるんだ」

 

「へー。じゃあ、脈はありそう?」

 

奥沢さんって、意外と攻めるよな。

 

「どうだろう。ひまりは憧れてるアイドルがいるからな」

 

「そうなんだ。じゃあ、それは幹彦に伝えておこうかな」

 

……それはいい。

 

「なんか嬉しそうだな」

 

「そんなことないよ。彼氏に残念だね、て伝えなきゃいけないから、内心は気が重いよ」

 

「ぜってー嘘。奥沢さん、あいつが悔しがるのが見たいだけだろ」

 

「バレた?」

 

「わかるって。なんだったら私が言いたいくらいだよ」

 

あんなエロそうな目で燐子先輩を見てる顔を悔しがらせたい。やっぱり普通はそう思うよな。

 

「じゃあ、花音さんと3人で言いにいこうか。上原さん良い人だねーって切り出して……」

 

「途中で、でも好きな人いるんだって、だろ?」

 

「そう!」

 

え、なにそれ聞いてない。そんな顔で唖然とする幹彦の顔が思い浮かぶ。

 

楽しみだ。普段、調子にのって私のことをからかってるんだから、少しくらいやり返さないとな。

 

「やっぱり市ヶ谷さんとは気が合うな」

 

奥沢さんと笑い合う。私だって奥沢さんには共感してる。でも、だからこそ不思議なのだ。私がもし、もし幹彦と付き合うことになったらだ。奥沢さんみたいに新しく彼女になりそうな人を歓迎できるのかなって。

 

「……さっきの話だけど、本当にいいのか? 私が……そのあいつと付き合うっての」

 

「幹彦が完全にその気だから、あたしから言うことはないよ。それに市ヶ谷さんは常識あるし、話が合うから、むしろ市ヶ谷さんで良かったと思ってる」

 

「そっか……ありがとな」

 

納得はできてない。でも、奥沢さんが嘘を言ってるようにも見えない。

 

私も本心を言えば、あいつとそういう仲になりたいと思っているのだ。断る理由なんてない。

 

「どういたしまして。あ、でも一つだけお願いがあるかも」

 

「うん?」

 

「前だ後ろだって順番はないし、今後も作らないようにしようと思ってるんだけど……あの子は別だから」

 

あの子、と言われて思い当たるのは一人だけだ。

 

チラッと離れたテーブルに座る弦巻さんを見る。幹彦の膝の上に座って、楽しそうに話している。

 

「1番はあの子。それだけわかってくれれば、あたしはなにも言わないよ。たぶん花音さんもそう」

 

いつも弦巻さんたちに振り回されているのに、奥沢さんの顔からは彼女への信頼が見えた。

 

「やっぱり男の子と付き合うって大変なんだね」

 

しみじみとした声で彩先輩が言った。

 

「確かに大変な面はありますけど、実際はそんな気にならないですよ。あいつは好き放題してますけど、あたしだって買い物に付きあわせたり、花音さんもカフェ巡りに付きあわせたりで、やりたいことやってますからね」

 

「買い物に、カフェでおしゃべりか。いいね、まさに理想のカップルって感じがするなー」

 

「はは。まあ、あいつは特殊な人間なんで、みんなの理想と同じかはわかりませんが、あたしたちは満足してますよ。市ヶ谷さんはあいつと何がしたいの?」

 

急に話題を振られてびっくりする。

 

「……まあ、別にこれがしたいってのはないよ。家でだらだら話したり、少し遊びに行ければそれでいいかな」

 

2人でまったり動画でも見たいな、と思うけど、本人と一緒に本人の動画を見るのもなんだかなって気がする。ショッピングだって1日中、出歩くのは疲れるから、半日は家でまったりしてたい。

 

「有咲はインドアだなー」

 

巴さんは、まさにアウトドアって感じだから、私とは真逆だろうな。

 

「でも、高望みしないところが有咲って感じ」

 

「い、いいんですよ。外に出ると疲れるし、これまでは、あいつとの接点はインターネットを通してだったから、どうしても家の中で話すって感じがするんですよ。リサさんたちはどうなんですか。男と付き合ったら、やりたいことはあるんですか?」

 

「やりたいことかー。美咲や花音みたいに普通のデートができればそれでいいかなー。普通の男性だと、それも叶わないかもだけどね」

 

「アタシは考えたことなかったから、よくわからないです。リサさんが言うように普通のデートできればいいかな」

 

「私も2人と同じかな。普通のデートって憧れるよね。あ、でも、一緒に旅行とかしてみたい!」

 

「それいいじゃん。海外は無理だけど、沖縄とか北海道とか行きたいよね」

 

「いいですね。あと、祭りに来てもらいたいな」

 

「浴衣で待ち合わせとかドラマみたいだよね!」

 

3人はキャッキャとはしゃぎ始めた。

 

「……盛り上がってるね」

 

「まあ、男性と付き合うってのは憧れではあるからな。……あいつはやってくれそう?」

 

「全部、喜んでやってくれると思う。ただ……」

 

「ただ?」

 

「そのあと、絶対ベッドインが待ってる」

 

「……!」

 

「デートを楽しんだあと、さあメインディッシュとばかりに家に連れて行かれる未来が見えるよ」

 

遠い目をする奥沢さん。たぶん、同じ目に遭ったんだろう。

 

「そ、そっか」

 

「あれ? 市ヶ谷さん、もしかしてそういう話、弱い?」

 

「いや、別に弱くねーけど! ……ただ、あんまり慣れてないだけ」

 

誰だって急にそんな話を振られたらこうなる。

 

「そっかそっか」

 

奥沢さんは、わかってるから、といった感じで頷く。

 

「その顔やめてくんね?」

 

「ごめんごめん。なんなら初めてアレするとき、あたしか花音さんも付きあおうか?」

 

「よけい恥ずかしいだろ!」

 

初めてが複数プレイとかどんな罰ゲームだ。

 

「まあ、そうだよね。でも覚えといてね」

 

「な、なにを?」

 

「あいつが胸が大きい人が好きなのはわかってると思うけど、市ヶ谷さんとするとき、それがどれだけ影響するかわからないから。市ヶ谷さんのこと気づかうと思うけど、抑えが利かなくなる可能性もあるんだよね」

 

「……抑えが利かないとどうなるんだ?」

 

「まあ、朝までコース?」

 

「朝まで!?」

 

「むしろ朝までで終わればいいけどね。延長戦も覚悟しといたほうがいいかも」

 

「え、死ぬぞ?」

 

引きこもりを舐めんなよ。こっちは学校の登下校でさえ、しんどいんだぞ。

 

それに聞いた話だと、その、アレってすごい疲れるって言うじゃん。どんなに頑張っても1時間持たない自信がある。

 

「大丈夫だって。途中からわけわかんなくなって、意識が戻るころには終わってるから。……知らない間に、悶絶級の恥ずかしいセリフ言ってるかもしれないけど」

 

「大丈夫な要素が一つもない! え、マジで? そんな感じになんの?」

 

「なるなる。あいつ、意識が朦朧としてるアタシたちに恥ずかしいこと言わせて、それを撮ってるんだよね。で、時々それを見させられて真似させられる」

 

「嘘だろ。尋常じゃないくらい変態じゃん……」

 

恥ずかしいセリフを知らない間に言わされるって、もしかしなくてもヤバい。

 

顔から血の気が引いていく。

 

「なにごとも完璧な人なんていないんだよ。あたしたちが新しい女の子を歓迎してるのって、あたしと花音さんだけじゃあ抑えられないってのも大きいんだよね。こころが入れば形勢逆転するって思ってるけど、いつになるかわからないし」

 

「マジか……くそ、どうしよう。そこまでエロいとは聞いてねーぞ。なんか対策はないの?」

 

別にエロいことするのはいい。昔から女の体に興味があると言ってたあいつだ。付き合う以上は覚悟してる。でも、恥ずかしい動画を見せられるプレイは絶対に避けたい。

 

「これを聞いても逃げない市ヶ谷さんも素質あると思うけどね。まあ、3人で挑めばもしかしたら……」

 

「勝てる?」

 

「ギリギリ気絶くらいで終わらせられるかも?」

 

「3人でもそれ!?」

 

それ勝ってんの?

 

「いやあ基礎体力が違い過ぎるからね。あたしたちも体力ついてきてると思うんだけど、なんだかんだで、あたしたちも開発されちゃったから、ダウンするまでの時間が伸びないんだよね」

 

「わ、私も気持ちいいーとか、死ぬーとか言うの?」

 

ずっと前に見た漫画で、フットーしそうだよおっっ、なんてセリフを見たことがある。

 

いや、もう頭湧いてるだろ、お前。とか思ってたけど、まさか自分がそんなことを言うとか?

 

「それは相づちレベルだよ。恥ずかしいセリフには掠りもしないって」

 

「……」

 

「? おーい、市ヶ谷さーん?」

 

「悪い、ちょっと意識が」

 

「さっそく予行練習?」

 

「違うから。……人数、増やす気はない?」

 

付き合う前からこんな話をするのはどうかと思うが、自分が醜態さらすかもしれないなら止むを得ない。

 

なんだか、さっき奥沢さんに抱いてた疑問が一気に解消された気分だ。

 

「あたしたちが動くと面倒だからしないけど、あいつが増やす分には文句は言わない。あたしたちと合わない人は止めてもらいたいけど、喉から手がでるほどほしい援軍だからね、歓迎するよ」

 

「薫さんと北沢さんは?」

 

あいつは薫さんのことを尊敬しているようだし、北沢さんは弦巻さんみたいに、よくあいつに抱きついている。実は付き合ってるんですって言われても、まあ納得する。

 

「あの二人は今のところ、そんな関係じゃないよ。たぶん、いつかはそうなるけど、今じゃない。はぐみなんて兄みたいに思ってるんじゃないかな?」

 

「燐子先輩と上原さんは?」

 

「燐子先輩は人が苦手みたいだから攻めあぐねてる。上原さんは好きな人いるって宇田川さんが言ってたから……」

 

そうだった。

 

あと仲がいいのは香澄と……沙綾もいけるか?

 

いや、ダメだ。2人が望んでるならともかく、ポピパのメンバーを生け贄に選ぶわけにはいかない。

 

パスパレとも仲がいいはずだけど、あいつは何故かアイドルとの恋愛は御法度って思ってるから無理だ。

 

「……覚悟、決めるしかないか」

 

「そうだねー。まあ、なんとかなるよ」

 

「軽くね?」

 

「今だってあたしと花音さんでなんとかなってるからね。あいつは無理してるだろうけど、あたしたちを傷つけることはしないだろうから、楽しんだもの勝ちだよ」

 

「奥沢さん……」

 

そうだ。あいつは敵じゃない。私のことが、その、好きだから、そういう行為がしたいだけで、傷つけたいわけじゃないんだ。幸いなことに、先達は気が合う奥沢さんに、常識人の花音先輩だ。そう考えれば私は恵まれてる。

 

なんだか、いける気がしてきた。

 

「……いろいろ失うものはあるけどね」

 

「最後ので台無し!」

 

わざわざ思い出させんなよ!

 

少し大きな声を出してしまった。ハッとして3人を見れば、興味深そうにこちらを見ている。

 

「二人とも大人だなー。アタシ、恋愛面で二人に勝てる気がしないよ」

 

「私も。彼氏がいる女の子の話って、こんなエグい感じなんだね。ドラマとはちょっと違う……」

 

「アフターグロウにも彼氏がいる子はいないから、すごく新鮮です」

 

この流れはマズい。

 

「ああ、もう止め! ライブ、ライブの話をしましょう!」

 

「そうだね。あたしたちだけで盛り上がるのも寂しいしね」

 

「アタシは二人の話、もっと聞きたいけどな。有咲が嫌がるなら仕方ないか」

 

「リサさん、ありがとうございます」

 

無理やりの話題切り替えだったがリサさんが乗ってくれた。

 

長い時間を過ごしたわけじゃないけど、リサさんはこういう気の使い方ができる大人の女性だ。見た目のギャルっぽさに反した落ち着きは、少し憧れてしまう。

 

「いいよ。ライブの話もしたかったしね。実はさっきライブ見に来てくれた友だちからメールが届いたんだ。すごい良かったって!」

 

「それは嬉しいですね。あたしはハロハピが特殊だから、あまり友だちにバンドしてるって言えなくて、感想聞くことないんですよね。羨ましいです」

 

ポピパは香澄や沙綾に届いてるかもしれないけど、二人とも今はメールのチェックなんて出来ないだろうな。

 

「それなら、さっきエゴサしたら感想がたくさんあったよ!」

 

エゴサ?

 

彩先輩、エゴサしてんの?

 

「おお、本当ですか!」

 

「うん。……ほら、こんなに呟いてくれてる人がいる」

 

彩先輩が見せてくれたスマホには、ガルパでハッシュタグが付いてるツイートがずらっと並んでいる。

 

「おお……!」

 

「すごいじゃん! お客さん500人くらいだったのに、半分近くも呟いてくれてる」

 

「どんなこと呟いてるんですか?」

 

「えっとね……[ガルパ最高!][ハロハピガチヤバい][なんで熊がいるのって思ったら、すっごいダンスが切れてた][あの仮面の人、マジで男?]」

 

「あ、うちのだ。わりと好評かな? いやあ、あんな重いの着て踊った甲斐があったよ」

 

「お疲れさん」

 

「ありがと。市ヶ谷さんもお疲れ様」

 

今更だけど、なんか一緒にやった感があって嬉しい。

 

「あとは[パスパレ思ったより良かった][後半、マジでヤバかった][日菜ちゃんがすっごい楽しそうに弾いてて、パスパレって本当に音楽好きなんじゃないかって思えてきた][彩ちゃんどうした? 歌がめっちゃ上手くなってるよ?]だって。へへ、照れるなあ」

 

いや、彩先輩、煽られてね?

 

それとも、これが普通なのか?

 

呟いてる人は動画のコメ欄とか、掲示板とは無縁の人もいるから、わからない。

 

「彩先輩、歌に気持ちが入ってすごく良かったですよ。うちの蘭も聞き入ってました」

 

「彩だけじゃなくて、パスパレのみんながすごく上手くなってたよね。紗夜が日菜を見て、怖い顔してたよ」

 

氷川姉妹不仲説。あれマジだったのか。

 

「えへへ、あとでまた調べよ。ほかにも[ロゼリアはいつプロになるんだ?][相変わらず正確。圧のある曲。素敵でした][参加バンドに乗せられたのか、友希那の声がいつも以上に熱が入ってたな。やっぱり同年代のコラボは良い][初めはロゼリア一強だろって思ってたけど、みんなすごかった。でもロゼリア最高!]」

 

「いいねいいね。好評だよ。私ももっと頑張らないと」

 

「リサさんも充分、上手いと思います。やっぱりロゼリアの人は目標が高いですね」

 

巴さんたちアフターグロウとロゼリアは合同練習してるからか、2人はけっこう仲がいい。

 

「まあね。でも、楽しいよ。やりがいがあって、夢中になれる。彩、他にはなんて書いてあるの?」

 

「えっとね、これはポピパだね[ポピパが思ってた以上にいい][ギターの子、技術力あるし、スタイルいいし、綺麗な顔してるし、完璧すぎん?][1番手として文句なしの出来。次のライブも行けたら応援するから][ボーカルの子、楽しそうに歌うよね]」

 

「やべー……けっこう嬉しいかも」

 

ストレートな感想はくるものがある。

 

こうやって純粋な観客から感想を聞いたのは初めてだったけど、なるほど、彩先輩がエゴサする理由が少しわかった。

 

「だよね。こうしてみんなの反応に応えられたと思うと気持ちいいよね」

 

「ギターの子……花園さんだよね。確かにギター弾いてるところは格好良いよね」

 

「ああ、演奏中は頼りになるやつだよ。日菜先輩にも負けないくらい、いい音出してた」

 

私も音楽に関してはすっげー信頼してる。りみも沙綾も知識はあるけど、一番バンドの業界に詳しいのはおたえだ。

 

「うんうん。たえちゃんはモデルでも通用すると思うな。あとは[アフターグロウ格好良かった][アフターグロウ完成度高すぎ][ボーカルの子、迫力あったな][ベースとキーボードの位置、逆じゃないの? あんなに上手いのになんでベースが一歩下がってるんだ?]」

 

「……!」

 

「アフターグロウも感触バッチリだね」

 

「美竹さん、確かに迫力あったよね。ロゼリアとのバチバチがこっちまで伝わってきたよ」

 

私も思った。

 

合同練習で仲良くなったかなと思ったけど、そんなことはなかったようだ。いや、周りは仲良くなってるんだけどな。

 

「友希那もだけど、蘭も負けず嫌いなところありそうだよね。ね、巴」

 

「……」

 

「巴?」

 

巴さんは彩先輩のスマホを見たまま黙っている。

 

「すいません! ちょっとみんなに伝えてきます!」

 

「巴!?」

 

巴さんはそう言うと、少し離れたテーブルに早足で移動した。そして、そこに座っていた上原さんに自分のスマホを見せて何か言っていた。

 

「なんか真剣でしたね」

 

「美咲もそう思った? まあ、アフターグロウにもいろいろあるんだよ」

 

「合同練習で何かあったんですか?」

 

「友希那と蘭が少しぶつかったけど、それは関係ないかな。……私が軽く聞いただけ」

 

リサさんは私たちから視線を逸らして言った。

 

なんともいえない空気が流れる。

 

「……上手くいくといいですね」

 

「……美咲はいい女だねー」

 

うん。私もそう思う。

 

奥沢さんは、私と奥沢さんは似てるって言ってくれたけど、私にはこんな気づかいはできない。

 

幹彦が、美咲はちょっとスれてるって言ってたのはこのことか。でも悪い意味じゃないんだろうな。

 

「え、なんですか、急にからかわないでくださいよ」

 

「ここで慌てないところが美咲らしいね。有咲みたいに可愛く慌ててくれていいのに」

 

「私を巻き込まないでください」

 

「あたしは市ヶ谷さんみたいな可愛い女じゃないですから。それより彩さん、もうツイートはないんですか?」

 

「あ、うん。あとは[最後の歌よかった。それぞれのバンドから1名ずつ出して演奏するってエモすぎ!][クインティプル☆すまいるの日菜ちゃんヤバかった][日菜ちゃん、あれだけ好き放題やって、よく演奏が壊れなかったな][ポピパのギターの子もすごい技術高いんだけど、日菜ちゃんがガチ][パスパレって、もしかしてポテンシャル高い?]」

 

「日菜さんばっかだね」

 

「マジすごかったからな。おたえもずっと、すごいすごい言ってたし」

 

正直言うと、おたえが少し霞んでしまうくらいに目立ってた。でも、おたえは同じギタリストとして感じるものがあったらしく、ガルパが終わってから興奮しっぱなしだった。

 

「パスパレの仲間が褒められるのは嬉しいけど、日菜ちゃんが本気になったら音を取りきれるか不安だよ……。あとは……あ!」

 

「何かありました?」

 

「うん……[プライベートっぽいから名前は言わないけど、有名人も見に来てた。それだけ注目されてるってことか][あれ、ひめちゃんいた?][髪型変えて、サングラスもしてたけど、オーラが隠せてない子がいたな]」

 

「ひめちゃん?」

 

「もしかして、白鳥ひめ?」

 

ひめちゃんという名の有名人は彼女くらいしか思い浮かばないし、ステージからでも、やたら目につく女性がいたのは覚えてる。すごい綺麗な金髪してた。

 

「たぶんそうだと思う。私がチケットをあげたんだ」

 

「彩さん、白鳥ひめと知り合いなんですか!?」

 

「同じ学校の同級生だったんだ。最近はあんまり会えないけど、よく連絡取ってるよ」

 

「さすが彩だね。超有名人の名前がサラッと出てきたよ」

 

「えへへ。まだアイドルになったばかりだから、学校の同級生以外はそんなに仲良くなれてないんだけどね。でも、ひめちゃんがこうやってお願いごとしてくるのは珍しいんだよ。どうしたんだろう?」

 

そりゃあ、どうしてもガルパを見たかったからだと思う。具体的にはハロハピ。

 

「まあ、そういうこともあるんじゃないですか? 彩さんの歌を聞きたかったとか」

 

まさかそのまま伝えるわけにもいかないので、シレッと無難に答えた。

 

「そうだったら嬉しいけど、私のライブは前に見に来てくれたんだよね。そのときに、今度はもっと大きなライブをやってみせるから、次はそのとき来てって約束したんだ。だからちょっと早くてびっくりしちゃった。……まあ、今回は来てくれて本当に助かったけどね」

 

「へー、なんかいいね。友だちの約束って感じ。でも、パスパレが目的じゃなかったら他に気になるバンドがいたのかな?」

 

「そうかも! えっとポピパ、アフターグロウ、ロゼリア、ハロハピ。……ハロハピ?」

 

彩先輩が振り向いて、幹彦に視線をやった。

 

「海堂くん……ん?」

 

彩先輩が幹彦の方を向きながら、呟いている。

 

白鳥ひめがセントー君のファンってことは、ファンやツイッターを追っかけてる人なら知ってる話だ。彩先輩が知ってたっておかしくない。

 

むしろ、絶対に知ってると思う。

 

「……市ヶ谷さん、ヤバくない?」

 

「すっげえヤバいと思う」

 

「男の子で……体が大きくて……女の子に優しくて……音楽が上手……」

 

「なになに、二人とも何の話してんの?」

 

彩先輩を不思議そうに見ていたリサさんが、私たちがこそこそ話しているのに気がついた。

 

「いや、リサさん、ちょっと緊急事態っていうか……」

 

「えーなにそれー。有咲も急に落ち着かない感じでどうしたの?」

 

「え? ……いや、でも……え?」

 

「落ち着いてないわけないです。別に何か隠してるわけじゃないですし」

 

「市ヶ谷さん、全然落ち着いてないって」

 

「え、隠しごと? なになに? 私にも教えてよー」

 

「……ねえ、美咲ちゃん、有咲ちゃん」

 

「「はい……」」

 

彩先輩がこっちに向き直った。

 

「彩、どうかした?」

 

「海堂くんって、その……そうなの?」

 

はい、ダウト。

 

「そうなのか、と言われると、そのー……ね、市ヶ谷さん」

 

奥沢さんがどうしたものかと、こちらを見てくる。

 

「私に振るなよ。……まあ、そういうこともなくはないっていうかー」

 

どうする。別に隠してるわけじゃないけど、バラしていいのか?

 

いや、仮に隠すとしても、ここまで気づいて隠し通せるか。

 

無理だろ。

 

「生えてるの? 角」

 

「角!? いやいや、どう見たって生えてないでしょ。彩、どうしたの?」

 

リサさんがチラッと幹彦を見たあと言った。

 

「違うのリサちゃん。隠語? ていうやつだよ。直接言うのはどうかと思って……」

 

ほら、もうバレてる。しかも気を使ってくれてるし。

 

奥沢さんと目を合わせる。

 

もうバラそう。

 

「まあ、生えてるときもありますよ」

 

「ああ、たまに生えるな」

 

一般公開的には週一で生えたり抜けたりしてる。

 

「生えるの!? 角が!?」

 

「やっぱり……! うわあ! どうしよう、本当にいたんだ!」

 

失礼な。あいつは珍しい生き物だけど、幻じゃないですよ。

 

「そりゃあね、元気に生きてますよ」

 

「元気過ぎるくらいに人生楽しんでるよな」

 

「え、なに、話についていけないんだけど」

 

リサさんが困ったように私たちを見てくる。

 

「ああ、そうだよね。美咲ちゃん、有咲ちゃん、これって秘密にしてるの?」

 

「いや秘密ではないですよ。自分から言いふらしたりはしないだけ……だよね、市ヶ谷さん」

 

「まあ、うん。一応、中の人はいないことになってるし、公言して変なヤツが寄ってくるのが怖いから、私たちとしては隠すべきだと思ってるけど、本人はそのつもりないな」

 

普通のVtuberと違って、あいつは男だからストーカー被害でも警察がすぐに動く。警備だって付くだろうから、たぶん安全だ。

 

でも、世の中には絶対はない。悪意のあるなしに拘らず、目立つということは、それだけで不幸を呼び寄せることがある。

 

だから、私たち初期勢としては、あくまでもVtuberとしてだけ露出するべきだと主張している。

 

「私たち?」

 

「いや、あの、ファンの仲間内ってことです」

 

「美咲ちゃんと有咲ちゃん……もしかして初期の人?」

 

彩先輩、鋭くね?

 

いつももっと頼りない感じじゃなかったか?

 

「いや、あたしは違いますよ。市ヶ谷さんは……」

 

「……そんな感じです」

 

「うわあ! 本当にいたんだ!」

 

「彩先輩、声、落として」

 

「あ、ごめんね」

 

周りを見れば、幸いなことに、みんなライブの感想ツイートに夢中になっていて、こちらに気づいてない。

 

「そんなわけで、バンド仲間とかに言うのは問題ないんですけど、できれば他の人には言わないようにしてくれると嬉しいです」

 

「わ、わかったよ、約束する! ……でも、そっか、そうなんだ。お礼言いたいなー」

 

そわそわしながら彩先輩が言った。

 

「なにかあったんですか?」

 

「彼の歌で助けられたことがあったんだ。アイドル諦めようって思ったとき、偶然、彼の歌を聞いて、続けることにしたの」

 

「そんなことがあったんですか」

 

よく聞く話ではある。

 

あいつは気持ちを伝えるのを好んでる。綺麗に歌うよりも、より歌詞の思いが伝わる方が大事である。それがセントー君というVtuberだ。

 

雑談動画でもお悩み相談のコメをよく拾う。

 

だから、あいつの歌やアドバイスに共感して、お礼を言う人はよくいるのだ。

 

でも、珍しくないからといって、嬉しくないわけではない。

 

それどころか、あいつはそれを参考にして、次はどんな曲を公開するか決めてるところがある。

 

こういった悩みを持った人に刺さったのか。なら次はこういう悩みの人に刺さる歌にしようって具合だ。

 

そして何より、あいつもたぶん歌に救われた側の人間だから、同じような人の話を聞くだけで嬉しいんだと思う。

 

「それ、あいつに言ってやってください。喜びますから」

 

「本当? 言われ慣れてそうだし、迷惑じゃないかな?」

 

「おべっかならともかく、本当に彩先輩の助けになったなら、絶対に喜びます。人の気持を感じて、表現することが、あいつの好きなことですから」

 

しかもネットではなく、実際に人と向き合って感想を言われるのだ。喜ばないはずがない。

 

こういった刺激があるなら、あいつが言うとおり、中の人をバラすのもメリットがあるのかもしれない。今度みんなに聞いてみよう。

 

「さすが初期の人。信頼関係がすごい……」

 

「私はネットだけですよ。リアルは奥沢さんと花音さんの方が知ってます」

 

これはマジだ。あいつがどういう人間かはよく理解してるけど、あいつがどんな仕草をしているかとか、どんな癖があるのかなんてのは知らない。あんなに視線が素直だってことも知らなかった。

 

数ヶ月だけとはいえ、リアルのあいつと密接に関わってきたのは2人だ。

 

別に悔しくなんてない。本当だ。

 

「フォローありがとね。悔しいけど、あたしも花音さんもあいつの活動は市ヶ谷さんの方が詳しいことはわかってるから大丈夫だよ」

 

フォローって言わないでほしい。なんか恥ずい。

 

「ねえ、そろそろ教えてよー。なんの話? 幹彦と角って? 歌とか歌ってるの?」

 

アタシも仲間に入れてよー、とリサさんが少し困った顔をする。可愛い。

 

「リサちゃん、Vtuberって知ってる?」

 

「知ってるよ。YouTuberとかでアニメの画像を使って喋る人でしょ」

 

「そうそう。その中で歌がすごい上手い男性がいるのは聞いたことある?」

 

「あるよ。友希那と紗夜がこの前話してた。ネットの音声はすごい悪いのに、歌も曲もずば抜けてるって。アタシも今度、動画を見てみようかなって思ってた」

 

げっ、あの2人知ってるのか。

 

でも、考えてみれば当たり前か。上手い人の音楽を参考にしようとYouTubeで探したら、あいつの動画もおすすめで出てくるだろうからな。

 

「そのVtuberってね、鹿の角を生やした姿で、歌もなんだけど、ピアノがすごく得意なの。小さい頃から倒れるまでピアノを弾き続けてたらしいよ」

 

彩先輩、けっこう詳しいな。ピアノエピソードって一般公開してたっけ?

 

「……え? それって、え? そういうこと?」

 

リサさんも振り向いて、あいつに視線をやる。

 

呑気に弦巻さんと体を揺らしながら歌ってるあいつは、私たちの視線には気づかない。

 

でも、あいつの腕がさり気なく燐子先輩の肩に触れてるのに私は気づいてる。逆の立場ならセクハラだぞ。自重しろ。

 

そんなことを思いながら、彩先輩の言葉を補足する。

 

「ちなみに、そのVtuberには身長2m計画ってのもありまして、ファンの中では月1の定期報告があります。先月は180cm後半にいきました」

 

「それ初耳。あいつまだ大きくなるつもりなの?」

 

まあ、いくら彼女とはいえ、そんな話になることは滅多にないだろうから仕方ない。

 

「確かにあんな大きな人、今まで見たことなかったけど。……ああいうVtuberって実際は女性が演じてるんじゃないの?」

 

「ほぼ全て女です。唯一の例外があいつと思ってください」

 

9割9分女性です。

 

「……彩たちだってアイドルだし、けっこう身近に有名人がいるもんだね。友希那と紗夜に教えたら驚くだろうなー」

 

「面倒なことになります?」

 

「ならないって。せいぜい、急に押しかけて歌えって言うくらい?」

 

それを面倒なことと呼ぶんです。

 

「言葉だけ聞くと警察沙汰、待ったなしなんですけど……」

 

「だね。ま、アタシが止めておくよ。もし何かするならアタシか美咲か有咲を通すように伝えとく」

 

余裕の顔で、リサさんは任せといてと言った。

 

「リサちゃん、頼りになるなー」

 

「ですね。ほんと大人って感じ」

 

これで私とは1つしか違わないというのが恐ろしい。

 

「リサさん、幹彦に興味ありません?」

 

「奥沢さん!?」

 

気持ちはわかるけど、このタイミングか!?

 

私、まだ初体験終わってないんだけど!

 

そりゃあ、さっきは増やせないかとか言ったけど、本当に言うか!?

 

「アタシ!? いやいや、幹彦はいいなって思うけど、そんなのみんなに悪いし……」

 

「脈ありそうですね。ぜひ、お願いします」

 

「奥沢さん、暴走しすぎ!」

 

どちらかと言えば、奥沢さんは私よりも幹彦に似てるところがあると思った。



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11.5話(戸山香澄視点)

たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています。
「ベットじゃなくてベッドだと思う」 inをつなげるんであれば、確かに英語基準の方がいいですね。ご指摘ありがとうございます。修正しました。
「R18版も読みたいでござる!」  R18版は恥ずかしく無理でござる!
「某ウイルスや体調に気をつけて頑張ってください!」  来週は冷えるそうです。皆様も体調にはお気をつけださい。
「歪な男女比はハーレムやるための軽いフレーバーくらいに思ってたら」  フレーバーです(きっぱり)。まさにおっしゃるとおりのフレーバーです。


時系列としては、ガルパ本番 数日前となります。

呼び方
香澄 → 幹彦くん
たえ → 幹彦
沙綾 → 海堂くん
りみ → 海堂くん
有咲 → 幹彦


ガルパ本番を数日後に控えて、私たちポピパは有咲んちの蔵で、練習を頑張っていた。

 

「今のよかったよね!」

 

ライブのセトリを順々に演奏したあと、達成感を感じながら後ろを振り返る。

 

「まあ、悪くねえんじゃねーの?」

 

「香澄、さっき言ったところ、バッチリだったよ」

 

「有咲も最高だったよ! おたえもキレッキレだった!」

 

笑顔が隠せてない有咲、楽し気なおたえ。

 

「うん。今まで一番いい出来だと思う」

 

「香澄ちゃん、良かったと思うよ」

 

「沙綾のドラム、今日も痺れたよ! りみりん、ぽっぴん’しゃっふるのとき、フォローしてくれてありがとね!」

 

さわやかな笑顔の沙綾、優しい顔のりみりん。

 

ライブの準備は順調だし、演奏もすごくよくできた。これならきっと、ガルパで良いライブができる!

 

「うーん! 早くライブがしたいよー!」

 

「落ち着けよ。どうせ数日後には嫌でもやることになるんだから」

 

「有咲、嫌なの?」

 

「嫌じゃねーよ! ただ、また前みたいなことがあっても、もう待てないぞってだけだ」

 

「それなら大丈夫だよ。みんなの気持ちは一緒だから。きっと前みたいにはならないよ!」

 

ミニライブ後、ぶつかりにぶつかり合った5バンドだったけど、まりなさんとポピパのみんなのアドバイスで、また1つにまとまることができた。

 

お互いに譲れないところはあるけど、みんな演奏をするときは同じ気持ち。みんな音楽を楽しんでる。

 

それなら、仲良くできないわけがないよね!

 

ガルパのコンセプトは、笑顔のおすそ分け。

 

私たちが感じてる、楽しいー! って気持ちが、お客さんみんなに伝わるといいなって思ってる。

 

「これも強制連行のおかげかな?」

 

おたえが考えるように言った。

 

「本当だよ。強制連行がなかったら、どうなってたかわからないよー!」

 

「でも二度とやるなよ。みんなが連れてこられたときの顔を思い出すと、心臓に悪い。特に白鷺先輩」

 

「だよね。まさか文字通り強制連行してくるとは思わなかったな」

 

「あはは……紙一重、だったよね」

 

「えー! 有咲だって、それしかないかって言ってたじゃん!」

 

それぞれのバンドが離れ離れになったとき、私たちは各バンドをCircleへと強制連行した。

 

有咲も初めはびっくりしてたけど、このままじゃマズいと思っていたのは一緒だったので、最後は納得してくれたはず。

 

「あ、あのときはそれしかないって思ったんだよ。お前は見てないかもしれないけど、白鷺先輩、こえー顔してたんだぞ!」

 

「でも有咲、そのあと幹彦に慰められてたよね」

 

「え、おたえ、なんでそれを……!?」

 

「いや、みんな、あの部屋にいたからね。隅のほうでなんかイチャイチャしてるなーって私も気づいてたよ」

 

沙綾が少しあきれたように言った。

 

「有咲、バレてないつもりだったんだ」

 

幹彦くんって、ただでさえ目を引くのに、同じバンドじゃない有咲といたら、どうしたって目立つよ。有咲って身長が低いから、幹彦くんが巨人に見えたし。

 

「う、うるせー! あいつから急に来たんだよ! お疲れ様って! 急に来られて、こっちはビックリしてたんだって!」

 

「えー、でも有咲、笑ってたじゃん」

 

真面目な顔をしてたけど、彼と話すたびに笑顔が見えてたのを覚えてる。

 

「そうそう。そのあとの各バンドの演奏のときも、ずっと幹彦の隣にいたよね」

 

「ああ、たしかに。有咲いないなーって私も思った」

 

「優しい人だから、近くにいると、たぶん落ち着くんだよね?」

 

「そう! そうなんだよ、りみ! 別に近くにいても気にならないから、まあいいかって思っただけなんだよ」

 

「幹彦くん、すっごい優しいよね。ちょこっとしか話せてないけど、今度、香澄ちゃんとゆっくり話したいって言われちゃったよー!」

 

香澄ちゃんの歌はすごく好みだって言ってもらえた。すごく嬉しかった。

 

「優しいし、音楽にも真剣だし。これでウサギが好きだったら完璧だね」

 

「あ、あはは、確かに優しいよね。……私はそれよりも、有咲がこの前、海堂くんを家に呼んだ話を聞きたいなー」

 

「ちょ、沙綾、お前なんで今そういうこと言うんだよ!」

 

「私も聞きたい! 男の子と遊ぶってなにしたの? デートっていまいちピンと来ないんだよねー」

 

ドラマみたいにショッピングとか、水族館とか映画館とかに行くなら想像できるけど、お家でなにするんだろ?

 

「オスとメスがそろったら、やることは一つだよ?」

 

「お、おたえ、オスとメスって言い方はどうかと思うよ……」

 

沙綾が冷や汗をかきながら言った。

 

「ヤってねえから! ただ、茶を飲みながら話しただけだから!」

 

「好きな人とお茶を飲みながらおしゃべりって良いよね。私も憧れるなー。有咲ちゃん、良かったね」

 

「え、なにもなかったの? 幹彦からはモモちゃんと同じ感じがするから、そうなってるものだと思ってたよ」

 

「別に好きじゃねえって! モモちゃんっておたえんちのウサギだろ!? ウサギと同じ感じってなに!? ケモノと同レベルってことか!?」

 

「う、ウサギはよくわからないけど、海堂くんって女の子と関係を持つことに前向きで、ためらわない人だって思ってたから、なんか意外かも」

 

「私はそんなつもりで家に招いたわけじゃねーからな。それに……婆ちゃんが家にいたんだよ」

 

「有咲のお婆ちゃん、店じゃなくて家にいたの!?」

 

デートでお婆ちゃん同席ってどうなんだろ。

 

「お婆ちゃんにご挨拶済み……!」

 

「お婆ちゃんがいるのに家に呼ぶ有咲がすごいのか、お婆ちゃんがいる家に乗り込んでいく海堂くんがすごいのか」

 

「有咲ちゃんのお婆ちゃん、それでいつも以上にニコニコしてたんだね」

 

「い、いや、そんなことは……あるか? そういや婆ちゃん、あのときから、ずっと機嫌いいような……」

 

有咲のお婆ちゃんとは今日の朝もお話ししたけど、りみりんの言うとおり、なんだか嬉しそうな雰囲気だった。

 

そっか、幹彦くんと仲良くなれたから嬉しかったんだね。

 

「お婆ちゃんと海堂くんはどうだったの?」

 

沙綾が興味津々といった様子で聞いた。

 

「両方とも好印象だったよ。特に婆ちゃんは、幹彦くんなら安心して有咲を任せられるって言ってた。……てか、私なんでこんな恥ずかしいこと言ってんだ?」

 

「お婆ちゃん公認! 良かったね、有咲。そうしたら早く子どもの顔を見せてあげないと!」

 

「だから、そんなつもりはねえって! おたえはなんで、そっちに結びつけようとするんだよ!」

 

「? オスとメスが一緒になるって、そういうことだよ?」

 

「だからオス、メスって言うんじゃねえ! ウサギとはちげーから!」

 

「あ、あはは、もしそうなったら、ポピパで演奏できなくなっちゃうね」

 

沙綾の言った言葉に驚いた。

 

たしかに有咲に子どもができたら、バンドをやる時間はなくなっちゃうかもしれない。

 

「有咲、お願いだから子どもを作るのはもう少し待って!」

 

「バンドができなくなるのはダメだよ! 私からもお願い! 代わりに子どものウサギを好きなだけ触りに来ていいから!」

 

「わ、私も有咲ちゃんと一緒に演奏できなくなるのは嫌だな」

 

「だから、そういうんじゃねえって言ってんだろー!!」

 

有咲が両腕を上げて言った。

 

そして、はあ、はあと荒くなった息を整えて、椅子にドカッと座り、お茶を飲み干した。

 

「でも有咲、幹彦に強く求められたら受けちゃうでしょ?」

 

有咲が落ち着くのを見計らい、おたえが言った。

 

「ま、まあ。頭下げて頼むんなら……考えなくはない」

 

「頭を下げられたらヤラせちゃうんだ……」

 

「さすが有咲!」

 

「どういう意味だよ!」

 

再び立ち上がる有咲を、沙綾がドウドウと落ち着かせる。

 

ゆっくりと椅子に座る有咲。

 

今度はりみりんが口を開く。

 

「わ、私は薫さんとの関係が気になるかな?」

 

「薫さん? 幹彦は薫さんのことすっごく尊敬してるよ。薫さんって、けっこう意味がわからないこと言うけど、あいつは全て肯定してたな。そのとおりですとか、さすがですとか」

 

「全肯定?」

 

「……全肯定マシン?」

 

私の疑問に、おたえが疑問で返した。

 

全肯定マシン?

 

「へえ、なんか意外だね。海堂くんと白鷺先輩のやり取りを見てたけど、海堂くんって年上相手にも強気なイメージがあったなー。意外と上下関係がしっかりしてる感じ?」

 

「それはないな。沙綾が思ってるとおり、あいつは年上でも態度を変えないぞ。口調は正すけど、相手がバカなことやってるなって思ったら、容赦なく攻め立てることもあるし」

 

「ああ、うん。想像どおりだよ。じゃあ、なんで薫さんだけ接し方が違うんだろうね?」

 

「私は、わかる気がするな。薫さん、すっごく優しい人だから、きっと海堂くんも尊敬してるんじゃないかな?」

 

「まあ、私もミニライブのチラシ配りで助けられたし、薫さんがすげー人だっていうのは、わかる」

 

有咲は少し内気なところがあるから、チラシ配りが恥ずかしくて、なかなか声をかけられなかったらしい。でも、そんな有咲に気づいた薫さんが、有咲を助けてくれたみたい。

 

「有咲もファンになっちゃった?」

 

薫さんにはファンが多い。りみりんだって大ファンだ。

 

「それはない」

 

「有咲は、ほら。もう熱心な追っかけだから」

 

「セントー君のこと?」

 

ニヤッと笑った沙綾に、おたえが返した。

 

「追っかけじゃねーから!」

 

「セントー君といえば、パスパレって最後の曲に、セントー君の曲を歌うんだよね。こないだ沙綾ちゃんに見せてもらったパスパレのセトリに書いてあったよ」

 

「奏、な。良い曲だから悪くないと思うぞ」

 

「良い曲だよね。でも、カバー曲ってライブで使っても大丈夫なのかな。私、チスパの頃からカバー曲って著作権がマズいんじゃないかって思ってるんだけど」

 

「普通はライブハウスが著作権協会と契約してるから大丈夫だよ。ただ、契約してないライブハウスもあるから確認してからのほうがいいと思う。Circleはどっちかな?」

 

「契約はわからねーけど、セントー君の歌なら問題無いだろ。本人的にも、オーナー的にも絶対に大丈夫」

 

「おお、さすが有咲! おたえも詳しいね!」

 

おたえも有咲も頼りになる!

 

「そうなんだ。ま、有咲が言うなら大丈夫だね」

 

「有咲ちゃん、すごいね」

 

「有咲よく知ってるね。なら、問題ないかな。SPACEのときはコピーバンドとかもいたから、なんだか懐かしい」

 

「だったら私たちも今度、カバー曲とかやってみたいよね!」

 

セントー君の曲も歌ってみたいし、ガルパの他のバンドの曲も歌ってみたい!

 

「カバー曲か……うん、いいと思うよ。ポピパの曲も大好きだけど、チスパのときはできなかったし、みんなが知ってるカバー曲って盛り上がるから賛成」

 

「セントー君の曲、良い曲がたくさんあるから、迷うよね。お姉ちゃんもセントー君が好きみたいだから、聞いてみようかな」

 

「有咲はどの曲がいいと思う?」

 

おたえの言葉に、みんなが有咲に視線を向ける。

 

「そうだな……少し古いけど、ミュージック・アワー! とか、午後のパレードとかいいんじゃねーの?」

 

「ミュージック・アワー! いいよね。私も歌ってみたい! でも、午後のパレードは聞いたことないかも」

 

ミュージック・アワー! なら、ときどき動画を流しながら一緒に歌うこともある。

 

「わりと初期の曲だからな。でも、名曲だぞ。すっげえノリがいいから、ポピパに合ってると思う」

 

「わかった! 聞いてみるね!」

 

セントー君の曲って良い曲ばかりで、メドレーを聞くと、初めに気になった曲にハマるから、なかなか次の曲を探す気になれないんだよね。

 

「あとは、なんか作ってもらうのもいいかもな」

 

「作ってもらう?」

 

「あいつに、なんかポピパっぽい曲ねえの? って聞いてみるんだよ」

 

「ええ!?」

 

「いいの!?」

 

「それはさすがに……ダメじゃない?」

 

わたしはビックリしちゃったけど、おたえはノリ気だ。沙綾は少し戸惑っている。りみりんはビックリして言葉もないみたい。

 

「大丈夫だって。あいつ、自分じゃ歌えない甘々な曲をいくつもストックしてるから。むしろ、私たちが歌うからくれって言えば、喜んで持ってくると思うぞ」

 

「そ、そうなの?」

 

歌いたいって思う曲を作るんじゃないのかな。

 

「歌えないのに、作ったの?」

 

「音楽バカなんだよ。好きな曲を思いつくと、作らずにはいられないタチ。本人は作曲が楽しくて仕方ないらしいけど、作った曲も歌い手がいないから、結局お蔵入りしてる。後先考えない典型だな」

 

「な、なんかイメージと違うね」

 

「私も。自分が歌いたい曲を作って、なんでも歌いこなすイメージがあったよ」

 

私もりみりんと沙綾と同じだ。動画で見るセントー君は、とても余裕がある人に見える。作る歌だって、リクエストと自分が歌いたい曲を考えながら、冷静に作ってるイメージがある。雑談動画で怒るときもあるけど、それは余裕を残した怒りで、本人はたぶん後に引きずらないんだろうなって思ってた。

 

そこが批判されることもある人だけど、有咲に言わせれば、そこもたまらない、らしい。

 

「たぶん、作るのがメインだな。思いついたら、とにかく作ってみる感じがあってるかも。そのなかで、自分が歌っても大丈夫なヤツを公開してる」

 

「大丈夫って、音程的な話?」

 

おたえが尋ねる。音楽に関することなら、おたえは常に前のめりだ。

 

「いや、精神的な話。これは自分が歌うのは恥ずかしいって思ったやつはお蔵入り。だから、そんなかでいいのない? って聞くのは、あいつにとっても嬉しいことだから大丈夫」

 

「有咲、すごい!」

 

ファンって、こんなに好きな人のことを理解するものなんだ!

 

「つまり、セントー君は有咲にとってのウサギなんだね」

 

「う、ウサギのくだりはよくわからないけど、さすが毎朝の日課で、セントー君の歌を聞いてるだけはあるよね」

 

「そうだね。有名人と直で交渉できるってすごいよ、有咲ちゃん」

 

みんなの言うとおり、やっぱり有咲ってすごい!

 

こんなことを言うと、恥ずかしがって否定されちゃうけど、有咲だって人一倍、情熱があると思う。そうじゃないと、毎朝その人の曲を聞いたり、その人を知り尽くすことなんて出来ないと思うから。

 

私がバンドを始められたのだって有咲のおかげ。本当に冷めてる人だったら、私がランダムスターに出会ったとき、迷わず通報されてるはず。こんな優しい友だちに出会えて、私は本当に幸せだって思う。

 

「私からすれば、面識もないパスパレに、アポ無しで突撃した香澄の方がすごいと思うぞ」

 

「えー、そう? いやー照れるなー」

 

確かに、芸能人を突然、尋ねるっていうのは勇気が必要だったけど、まりなさんが大丈夫だよって言ってくれてたからね。

 

きっと良い人だと思ったら、むしろ早く会いたくなっちゃうよ!

 

「褒めてねえからな」

 

「……あれは、すごかったよね。私、付いていくのが精一杯だったよ……」

 

「私もそのまま付いてったけど、考えてみると、すごいことしたよね」

 

「音楽は情熱。香澄は立派なバンドマンだと思うよ」

 

「おたえ……! ありがとう!」

 

「うん? バンドウーマンかな?」

 

「バンドウーマン?」

 

「うん。バンドウーマン」

 

「?」

 

「?」

 

「なんだよ、この会話!」




イメージ曲
ミュージック・アワー!(ポルノグラフィティ)
午後のパレード(スガシカオ)

前者はポピパがカバーしてる曲です。みなさんご存じですよね。本家に比べて甘さマシマシの歌に仕上がってます。本家と別物って考えれば、文句なしのカバーだと思います。
後者はとにかくPVを見てほしい曲です。歌自体も名曲なんですが、PVから楽しい感じがすごい伝わってきます。古臭い構成で、ダサ目のダンスが入るんですが、それがたまらなく良いです。


勢いで書いたエピソードでしたが、話し方に苦労しました。なにを話すかは悩まないんですが、誰が話してる言葉がわかりにくいかもです。
実力不足ですね。あとキャラの研究も足りてない感じ。でも、キャラを動かすのは楽しいので、また挑戦したいです。


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11.6話(丸山彩視点)

時系列としては、ガルパ本番 直前となります。

後半はシリアスです。


千聖ちゃんが、急なお仕事が入って、ライブに遅れそうだ。

 

その情報が入ってきたのは、ガルパ当日の最後の全体リハーサル前のことだった。

 

びっくりしたのと、千聖ちゃん大丈夫かなとか、ライブも大丈夫かなとか心配して、アワアワしてたのは覚えている。

 

これにより、本番のタイムテーブルも変更となった。

 

当初はポピパ、アフターグロウ、パスパレ、ロゼリア、ハロハピの順番で演奏する予定だったけど、ポピパ、アフターグロウ、ハロハピ、ロゼリア、パスパレの順番になった。ちょうど、パスパレとハロハピが入れ替わる形だ。

 

最初はパスパレを一番後ろに下げるだけの予定だったけど、海堂くんがハロハピと入れ替えることを提案したらしい。

 

理由はわからないけど、パスパレを最後に回してくれてよかった。

 

私たちはみんなに謝罪と感謝をしつつ、千聖ちゃんが早く到着することを祈った。

 

 

 

ポピパ、アフターグロウの演奏が終わり、今はハロハピが演奏している。次のロゼリアが終われば私たちの番だ。

 

千聖ちゃんなら、きっと間に合わせてくれるはず。そう信じながら、私たちは体を冷やさないように注意して、静かに待つ。

 

千聖ちゃんを待ってるなかで、それは突然、訪れた。

 

お客さんの歓声が、ドンッという振動となり、控室まで届いたのだ。

 

部屋全体が揺れたのを感じた。

 

歓声はそのあとも断続的に続いてる。

 

これがハロハピだ。

 

冷や汗が流れた。

 

海堂くんがあのとき順番を変えてくれたことに、今ほど感謝したことはない。

 

こんな割れんばかりの歓声のあとに、パスパレがお客さんを満足させる演奏ができるだろうか。

 

正直に言えば、ホッとしていた。

 

ふとロゼリアの方を見る。

 

ロゼリアはあまり動じていない

 

「やっぱ、ヤバいねー」

 

「いまさらですね。順番が変わった時点で予想できたことです」

 

「紗夜の言うとおりよ。みんなにも、こうなるから覚悟してって言ったわよね」

 

「そうだけどさー、実際、こうやって会場全体が震えてるのを感じると、うわあーって思わない?」

 

「あこもそう思うよ! あこたちもライブに何回かでたことがあるけど、こんな揺れを感じたのは初めてだよね!」

 

「……うん……そうだね、あこちゃん」

 

「燐子、なんか余裕ある?」

 

「そ、そんなことない、です。……ただ、海堂さんと同じコンクールに出たことがあるので……こういった状況に経験があるだけです……」

 

「彼はピアノも上手かったのよね」

 

「……はい。……圧倒的、でした。バンドのライブみたいな歓声は上がりませんが、拍手の音は控えてる人にも聞こえますから。……彼の次に演奏する子が……泣き出して帰ってしまうくらいでした……」

 

「ひえー、昔っからそんなにすごかったんだー。でも、その経験があるから燐子は落ち着いてるんだね」

 

「……はい。……それに、今は一人じゃありませんから。……友希那さん、氷川さん、今井さん、あこちゃん。……みんながいるから、あのときほど怖くありません……」

 

「りんりん……! あこも! あこだって、りんりんと一緒だから怖くないよ!」

 

「あのときは怖かったのね」

 

「今以上のプレッシャーがあったということですね」

 

「2人とも、そこは拾わないの」

 

びっくりした。この歓声を聞いても、まだそんな余裕があるのか。

 

私たちは初めのライブの事件があったから、他のアイドルとのコラボはなかったけど、もっと経験を積んでいたら、ロゼリアみたいに悠然と構えることができたのかな。

 

いや、たぶん落ち着かないだろうな。

 

ロゼリアはやっぱり、すごいって思った。

 

 

 

断続的に歓声が続いたあと、ハロハピの演奏が終わった。

 

私たちは戻ってきたハロハピに、お疲れ様と声をかけて、会場の様子を聞いてみた。

 

「とーっても楽しかったわ! まだまだ歌い足りないくらいよ!」

 

「はぐみもー! みんなが、わー! ってなって、すっごい楽しかったよ!」

 

「そうだね。みんな、とても良い演奏をしていて、儚い舞台だったよ……」

 

「お客さん……すごく盛り上がってたね」

 

「ですね。ミニライブのときよりも反応が大きかった気がします」

 

「客の人数も多かったけど、ミニライブよりも俺たちが良い演奏してたからだよ。不思議なことなんてないって」

 

「幹彦の言うとおりね! それより、ミッシェルはどこに行ったのかしら?」

 

あの大歓声の中にいたのに、ハロハピはいつもどおりだ。

 

すごく楽しそう。

 

いつもなら、みんなにつられて、私も楽しい気分になっちゃうのに、今日ばかりはそれがない。

 

落ち着こうと思うのに、落ち着かない心。千聖ちゃんが来てくれれば、どうにかなるはずという期待。

 

出番はまだなのに、気持ちばかり逸っていく。

 

軽く汗を拭きたい、と言うハロハピのメンバーに、海堂くんが控室から追い出されるのを横目に見ながら、私たちは千聖ちゃんを待った。

 

 

 

ロゼリアの演奏が終盤にさしかかった頃、千聖ちゃんが来てくれた。

 

千聖ちゃんはすぐに着替えて、私たちに合流した。

 

「みんな、ごめんなさい。準備は大丈夫?」

 

「うん。バッチリだよ。千聖ちゃんこそ大丈夫? 音を合わせる時間がないけど……」

 

「大丈夫よ。ここに向かう途中、車の中でベースの音を出させてもらったから、準備はできてるわ」

 

「さっすが千聖ちゃん! ただでは転ばないね!」

 

「でも、本当にごめんなさい。急だったんだけど、パスパレのためにも出た方が良いお仕事だったの」

 

「間に合ったんだから大丈夫ですよ。あとは落ち着いて演奏できれば、何事もなしっす!」

 

「はい。そのためにも全力でいきましょう!」

 

そのとき、再び大きな振動が来た。ロゼリアへの歓声だ。

 

「すごい歓声ね……」

 

「うん。ポピパとアフターグロウのときもすごかったけど、ハロハピからずっとこんな感じだよ……」

 

「武者震いがします!」

 

「会場の盛り上がりは最高潮っすね……」

 

「お姉ちゃんの演奏、会場で聞きたかったなー」

 

みんな(日菜ちゃんを除く)、この歓声を聞いて尻込みしてしまった。

 

もちろん、どんなに緊張したって、私たちの番が来れば全力を出す。でも、いつも以上に気持ちがついてこない。気持ちを高めないといけないのに、なかなか集中できない。

 

そんな私たちの元へ、海堂くんが近づいてきた。

 

「お、白鷺先輩、間に合いましたか」

 

「ええ、迷惑をかけてごめんなさい。もう準備はできてるわ」

 

千聖ちゃんの言葉を聞いて、彼はパスパレを見渡す。

 

怖気づいてる心情を見透かされそうで、思わずドキッとしてしまう。

 

「大丈夫ですか? みんな固くなってますけど。なんなら俺が特別ゲストで参加しましょうか?」

 

彼は笑みを浮かべながら、千聖ちゃんに言った。

 

「けっこうよ。あなたがいたら、ステージが暑苦しくなるもの」

 

「はは、それは間違いないですね。それじゃあ、健闘を祈ります」

 

千聖ちゃんの言葉も気にした様子はなく、もう一度、私たちを見た海堂くんは去っていった。

 

2人のハラハラするけど、いつも通りのやり取りに少しだけ気が軽くなった。

 

「……ねえ、もしかして、気を使ってくれたのかな?」

 

「たぶん、そうね。私たちがバタバタしてたから、問題ないか見に来たんでしょう」

 

「さすが師匠! その心遣い、ありがたいです!」

 

「男の人に気を使ってもらうなんて、今まで考えたこともなかったですけど、なんか照れくさいっすね」

 

「幹彦くんらしいねー。まあ、気を使われちゃったら仕方ない。あたしたちも覚悟を決めないとね」

 

「日菜ちゃんの言うとおりね。ロゼリアの歓声に怖気づいて実力を出せなかった、なんてなったら、あの男になんて言われるかわからないわよ。それは少し、おもしろくないわ」

 

「そーそー。失敗しちゃったとしても、思いっきりやった結果じゃないとダメだよ。ビクビクしながら演奏なんて、るんっとこないもん」

 

「そうですね。ジブンたちにできる精一杯をやりましょう!」

 

「はい! ブシドーの精神で、恐れず立ち向かいましょう!」

 

「みんな……そうだね。一生懸命、がんばろう!」

 

そして、私たちの出番がやってきた。

 

 

 

 

 

ミニライブのときを思い出す。

 

予想してたことだけど、ミニライブでパスパレが登場しても、沸き立つお客さんは少なかった。その前のアフターグロウで盛り上がってたお客さんも、心なしか冷めた顔をしていたような気がしたくらいだ。

 

でも、精一杯、全力で歌ったおかげで、思っていた以上の歓声をもらえた。パスパレだって悪くないじゃんって、そう感じてくれたと思う。

 

海堂くんのアドバイスもあったし、もっと練習して、次はこれより多くのお客さんを楽しませるぞ、って決意してた。

 

あれから数週間経った。

 

思っていた以上に厳しい形の再戦は、私の心を静かに攻め立てる。

 

ガルパ本番の私たちの演奏で、お客さんたちは確かに盛り上がってる。

 

ここにいる人たちは、他の4バンドのファンの方が多いって考えれば、充分すぎるほどだと思う。

 

でも、ロゼリアと比べたらどうか。

 

2曲目が終わり、会場の雰囲気に慣れてきたころ、そんなことを考えてしまった。

 

MCにもお客さんたちは耳を傾けてくれている。でも、ハロハピやロゼリアのときに感じた、会場を揺らすような歓声は聞こえてこない。

 

3曲目が始まった。

 

歌い出しは順調。今日は本当に声の出も良いし、体も軽くてダンスの失敗もない。

 

だというのに、お客さんは一定以上、盛り上がることがない。

 

全力の歌とダンスを披露できてると思うのに、お客さんには伝わらない。

 

やっぱり、ダメなのかもしれない。

 

私よりも友希那ちゃんの方が歌が上手いし、私よりもこころちゃんの方が人を魅了するダンスを踊れる。

 

その2人の後に演奏するなんて無理があったのかな。

 

そんなことを思ってしまった。

 

海堂くんに言われた、自信がなくて歌よりもダンスに力を入れてる、というのを繰り返してしまっている。

 

悪い考えが頭に残るなか、2番が終わった。曲は間奏に入る。

 

目立たない様に呼吸を整え、ダンスをこなす。

 

どんどん冷えていく心を隠して……。

 

そのときだった。

 

突然、日菜ちゃんのギターが弾けた。

 

あのときの合同練習の時みたいに、日菜ちゃんが全力で音を入れてきた。

 

やってはいけないのに、日菜ちゃんの方を向いてしまった。

 

日菜ちゃんと目が合う。

 

『そうじゃないよ、彩ちゃん』

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

日菜ちゃんは切り良く見せ場を作った後、いつものペースに戻した。

 

間奏はもうすぐ終わる。

 

揺れる心の整理がつかないまま、顔を正面に戻した。

 

そのとき、目に入ってしまった。

 

白鳥ひめ。

 

天使の歌声を持つ、最強のアイドル。

 

中学校のときの大切なお友だちだ。

 

さすがに変装をしてるけど、千聖ちゃんと同じくらい、芸能人オーラが隠しきれてない。

 

ひめちゃんが、じっと私を見ている。

 

綺麗な水色の瞳が私を見てる。

 

頑張れって目。

 

アイドル学校にいた頃、偶然、放課後に一緒に練習したとき、なかなか上手く歌えなかった私に、優しく付き添ってくれた目。

 

あのときは嬉しかった。こんなすごい人と練習ができて嬉しいなと思った。

 

あのときの思い出が蘇り、嬉しいという気持ちがあふれ、元気が出てくる。

 

これなら、いけるかも。

 

一瞬そう思って、耳に入るパスパレみんなの音で、目が覚めた。

 

……今は、それじゃあダメなんだ。

 

すごい周回遅れをしたけど、私だって、ようやく同じ舞台に立てたんだ。

 

実力的に、背中を追ってる状況は変わらないかもしれないけど、私はもう、同じアイドルなんだ。

 

それに、ひめちゃんは私よりもたくさんの経験を積み重ねているけど、人との出会いなら、私だって負けてない。

 

自分が楽しいと思うことをすれば、みんなも楽しくなると言った、こころちゃん。

 

仲間を誰よりも大切にする蘭ちゃん。

 

何がなんでも頂点を目指そうとする友希那ちゃん。

 

音楽は楽しいって、私たちだって音楽を楽しんでるんだって教えてくれた香澄ちゃん。

 

パスパレの可能性を見せてくれた海堂くん。

 

そして、大切な仲間たち。

 

こんなにたくさんの素敵な人たちに出会って、みんなからヒントを貰ったのに、前のままではいられない。

 

私だって、昔のままの変わらない丸山彩なんて嫌だ。

 

私だって……パスパレだってすごいんだって、思ってほしい。

 

初めて会ってから、4年もかかったけど、ようやく立てたんだ。

 

あの子と同じところに!

 

だったら負けてられない。

 

お客さんは、ハロハピ、ロゼリアよりも完成度に劣る私の歌にがっかりしてるかもしれない。

 

でも、そこで負けちゃダメ!

 

確かにハロハピにも、ロゼリアにも実力は劣ってる。

 

だけど、そんなの慣れっこだ。

 

いつだって私はみんなよりも下手っぴだった。

 

でも今はそれだけじゃない。

 

ここは練習場じゃない。私は1人じゃない。

 

たくさんのお客さんが私を見てくれてる。

 

頼りになる大切な仲間が側にいてくれる。

 

尊敬してた友だちが私を見てくれる。

 

楽しくて仕方ない。

 

自然に笑みがこぼれる。

 

私がキラキラしていくのが感じられる。

 

もっと見てほしい。こんなに輝けるようになった私を見てほしい。

 

私を――私たち、パスパレを見て!

 

 

 

3番を歌いきった後、夢中になって呼吸を繰り返す私を正気に戻したのは、万雷の拍手だった。

 

まさに割れんばかりの拍手。

 

歓声も飛び交っている。

 

私や、メンバーみんなの名前を呼ぶ声が聞こえる。

 

ひめちゃんも拍手してくれてる。その少し離れたところには海堂くんがいる。そういえば海堂くん、控室から追い出されてたね。

 

海堂くんも頷いてくれてるから、上手くできたのかな?

 

肩を叩かれた。

 

日菜ちゃんだ。

 

「やればできるじゃん、彩ちゃん」

 

「うう、日菜ちゃ~ん……」

 

「彩ちゃん、本番中よ。泣かないで」

 

「千聖ちゃん。だって~……」

 

「アヤさん、素晴らしかったです!」

 

「イヴちゃん、ありがとう……」

 

「もう……ほら、涙を拭いて。最後の曲を始めるわよ。彩ちゃん、MCできる?」

 

「うん……大丈夫」

 

マイクに近づく。

 

途中でチラッと麻弥ちゃんの方を確認する。ハンカチで涙を拭いてた。

 

目元を拭いた麻弥ちゃんと目が合った。麻弥ちゃんが頷く。準備は大丈夫みたいだ。

 

「えっと、次が最後の曲です。最後は有名なVtuberの方から借りた曲です。時期が少し違うかもしれませんが、離れていく友だちを思った、すごい曲です。私が研修生の頃、辞めていく友だちから送られた曲でもあります」

 

私よりずっと歌が上手い子から送られた歌。すごくいい歌で、思わず泣いちゃって、でもこの歌があったから頑張ろうと思った歌。その子のオリジナルだと思ってたけど、後になって調べてみれば、セントー君の歌だった。彼を知る前から、彼に助けられてたなんて変な話だ。

 

「あのときは応援されてばかりでしたが、今度は私も友だちを応援したいと思って歌います。……聞いてください。……奏」

 

ひめちゃんが驚いた顔をしてる。

 

ひめちゃんは私以上にセントー君の大ファンだから、当然、知ってる歌だよね。

 

でも安心して。私だってファンなんだから、半端な歌じゃないつもりだよ。

 

歌詞はなんども読んでる。どんな気持ちを込めて歌うかも、みんなで決めた。

 

きっと、満足させてみせるから!




イメージ曲
奏(スキマスイッチ)

前も書いたかもしれませんが、パスパレの奏が一番好きです。高音の伸びがすっごく好きです。本家も、もちろん素晴らしいんですけどね。


もうちょい控室のくだりをシリアス目にしてもよかったかもですね。特にロゼリアは緊張感を増量すれば、丸山の心情とマッチしたのかも……。でもマッチさせ過ぎると、また暗い話になりかねない。
難しくて、おもしろいです。


そしてこの後、11話本編後半へと続く。


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11.7話(青葉モカ視点)

時系列としては、ガルパ本番終了後 少し経った頃 になります。


すっかり外が暑くなってきたころの話。

 

パンに目がないあたしは、CMでやってた新商品のバーガーを目当てに一人でふらっと店に入った。

 

店内は新商品が目当てなのか、あるいは外の熱気から逃れようと避難してきたのか、テーブルがどこもかしこも埋まっていた。

 

これはテイクアウトして、クーラーの効いた家に急いで帰らないといけないかなー、とか思った。急いで帰るのは性に合わないけど、近くの公園で食べるには日差しが強い。ゆっくり帰って、冷め切ったバーガーを食べても美味しくない。

 

ちょっと失敗したかなー、なんて思いながらカウンターに行くと、なんと、その日は知り合いの先輩が注文を聞いてくれた。

 

その先輩はすごく優しくて、座って食べるなら、奥の席で相席ができるよ、と教えてくれた。

 

これはありがたい。

 

やっぱ、あたしってツイてるー、なんて思いながら奥へ向かう。

 

そこには見覚えのある大きなシルエットの男の子がいた。

 

「あ……海堂くん?」

 

あたしの声に彼は雑誌から目を離して、顔をあげる。

 

あまり抑揚のなさそうな顔だ。花音先輩たちや、ひーちゃんと話すときはすごい生き生きしているから、なんだか距離がある感じがして、少し寂しい。

 

「青葉さん? 席空いてないの?」

 

「うん。花音先輩が奥の席だったら相席してくれるはずだよって言ってたんだー」

 

「そか。俺でよければどうぞ」

 

彼は向かいの席を手で示してくれた。

 

「ありがとー。なに読んでたの?」

 

「野球雑誌。甲子園特集やってたから買ってみた」

 

ほらっ、と彼は読んでいたページを見せてくれた。埼玉県の予選大会の特集で、梁幽館高校敗れる! ってタイトルだ。見開きのページの半分は有名選手らしき人が、泣いている仲間の肩を抱いて歩いている写真が載っている。

 

「野球が好きなの?」

 

「まあ、そこそこ。どっちかって言えば、甲子園に興味があるかな」

 

「ああ、いるよね。プロは興味ないけど、学生が頑張ってる甲子園が好きーって言う人」

 

学校でも、プロ野球に興味はないけど、高校野球は好きな人がいる。トモちんも実はその口だ。

 

「俺もそんな感じだな。内野ゴロでも全力疾走する感じは好きだよ」

 

「ふーん。あたしは野球見ないからわかんないや」

 

「あんまり人気無いしな。サッカーだって部活動がない学校もあるし」

 

「うちの高校もないよ。野外競技は肌のケアが大変だからねー。でも、テニスとかは人気かな。一番人気はバレーボールとか卓球だけど」

 

ひーちゃんも実はテニス部だったりする。トモちんはダンス部に入ってるけど、野球部があったら入ってたのかな?

 

「野球もサッカーも地面に転がったりするから女子は嫌がるかもね。でも、なぜか野球のユニフォームが短パンなんだよな。いや、嬉しいけどね。みんなすっごいムッチリしてるから、グラビアより遥かに使えるし」

 

彼はさっきの雑誌で片隅に小さく載っている、新越谷高校って学校のピッチャーが投球する写真を凝視している。

 

あいかわらずエッチだなー、と思うけど突っ込まない。

 

彼の嗜好は一般的なものとは違う。あたしに全く興味がないことは彼の顔で理解できる。せっかく男の子と話せる機会だし、触れない方がいいかなーって思った。

 

「あれ? サッカーも短パンじゃなかったっけ?」

 

「サッカーはハーフパンツが短くなっただけだから、あんまり違和感ないんだよ」

 

「よくわからないけど、海堂くんが嬉しいなら、それでいいんじゃない?」

 

あたしが知ってる限り、サッカーも野球も短パンだったと思う。でも、彼にはこれが新鮮に見えるらしい。やっぱり、よくわからない人だ。

 

「まあ、それもそっか」

 

「そうそう。あ、そうだー、この前の歌、良かったよー」

 

「……」

 

彼の反応が薄い。

 

少しだけ眉をひそめながら、あたしの方をじっと見てくる。

 

「あれ? あの、裏切りは無しですって歌だよー」

 

「……やっぱり普通にバレてるね」

 

「あれ、隠してた?」

 

ガルパの打ち上げの後、トモちんから教えてもらったけど、マズかったかな。

 

「いや、そういうわけじゃないよ。あまり言いふらさないでくれれば、それでいい」

 

彼は一つ息を吐くと、いつものような抑揚のない顔に戻った。

 

「よかったー。トモちんから、美咲ちんが大丈夫だって言ってたのは聞いてたけど、何も言わないから、ちょっとびっくりしたよー」

 

「そっか。それより、歌の感想ありがとね。気に入ってくれて嬉しいよ。でも女の子には歌詞の意味わからなかったでしょ?」

 

「うーん、確かにわからないところがあったけど、曲がエモエモだったから、何度も聞いたよー」

 

それまでセントー君の歌は聞いたことなかったけど、彼が本人だってことを知って聞き始め、この歌ですっかりハマってしまった。今では、これまで公開された全曲を聴き終えて、お気に入りの曲が何十曲もある。

 

「ノリ重視のロックだからね。アフターグロウには合ってたのかな」

 

「そうそう。スッと耳に入ってくるし、DOKONJOFINGERシリーズは好みの曲だからついつい聞いちゃうんだよねー」

 

彼は自分の歌をシリーズとして分類することがある。数行の創作ストーリーを乗せて、ストーリー上の彼らが演奏する曲として発表するのだ。

 

DOKONJOFINGERシリーズはその1つで、4人の不良高校生が無理やりバンドを組まされ、ぶつかり合いながら音楽を通して絆が生まれる話だ。男の不良が殴り合いの喧嘩をするというシーンを想像できる人が少ないせいか、ストーリーは賛否両論。でも、曲は圧巻の一言。タイトル以外で曲の否定的な意見はない。

 

「いつもありがと。これからも応援よろしく」

 

「歌詞はひーちゃんが意味を教えてくれたしね」

 

「ん? ひまりちゃんのこと?」

 

彼の目つきが変わった。

 

それまでの素っ気ない反応はどこへやら。少し身を乗り出すようにこちらを見てくる。

 

「そのひーちゃんだよー。ひーちゃん、セントー君のファンだから、彼の曲には詳しいんだー」

 

「ほうほう。続けて」

 

「アフターグロウが彼の動画を見るようになったのも、ひーちゃんに勧められてだし、ひーちゃんは彼のことをたくさん調べてて、その歌詞がどういう意味で作られたのかをファン同士でやり取りしてるんだってー」

 

彼の掲示板では曲考察は日常的に行われているらしい。普通に理解できる歌詞もあれば、DOKONJOFINGERシリーズのように、男性の考えが全くわからないものもあるので、何ヶ月も前に発表された曲が、新しい曲の投稿によって解釈が変わることもある。

 

ちなみに本人に歌詞の意味を聞いても、好きに解釈して、と返されるだけで、教えてくれないらしい。

 

「なるほど。趣味の合う人と一緒に考えるってのは楽しい。そういうことかな」

 

「たぶんそうー」

 

何気ない様子だが、彼はたぶん、そうなるってわかっていて放置してるんだと思ってる。

 

短絡的だけど、その実、よく観察してる人。それがあたしの彼への印象だ。

 

「ちなみにひーちゃん、最近セントー君が胸の大きな人が好きって確信したから、有咲にファッション相談してるみたいー」

 

「え、なにそれ、俺聞いてないよ」

 

「そりゃあ女の子同士の秘密だよ。いくら彼氏とはいえ、そうホイホイ教えるものじゃないよねー」

 

「今まさにホイホイ教えてもらったところなんだが……まあいい、そういうことなら、ちょっとスマホ失礼」

 

そう言って彼はスマホをササッと操作しだした。

 

「何するのー?」

 

「有咲にメールする。たぶん写真の1枚や2枚撮ってるだろうから、参考に送ってくれって打つ」

 

「わー、彼女に違う女の子の写真送れとか、幹彦くんは鬼畜だねー」

 

「そんな言葉どこで覚えてくるんだよ……」

 

うん? けっこう漫画で使われる言葉なんだけど、彼はあんまり漫画は読まないのかな?

 

Vtuberやってるくらいだから、サブカルチャーには詳しいと思ってたけど、違うみたい。

 

「秘密ー。じゃあ、あたしもひーちゃんにメールしよっと」

 

「なんて?」

 

「海堂くんに服を気にしてることバラしちゃったって」

 

「お前のが鬼畜だよ!」

 

「いやいや、次にひーちゃんが幹彦くんに合ったときに使えるネタを提供してるんだって。二人が会話できなくて、黙っちゃったら悲しいでしょ。モカちゃんは友だち思いで優しいなあー」

 

「え、マジで言ってんの? 俺の会話デッキ、そんなに少なくないと思うけど……」

 

そんなことを話していると、彼のスマホがピロリと鳴った。

 

「ちょい失礼。……有咲だ」

 

「なんて言ってるの?」

 

「『送るかバカ! 今、練習中だからつまんねーこと聞くな!』だって」

 

「おー、辛辣ぅ。怒られちゃったね」

 

有咲の言葉はけっこうきつい。顔を合わせれば、その可愛い声や容姿で和らぐ言葉も、文字だけで見れば、ただのナイフでしかない。

 

「そんなこと言うなよ、愛してるって送っとこ」

 

「めげないねー」

 

だから、彼みたいに有咲のことを理解して付き合う人は、彼女にとってすごく大切だと思う。

 

ポピパの子たちはみんな有咲の理解者だろうけど、他の男性が彼女のことを理解するほど接することがあるのか。

 

そう考えれば、彼と有咲も運命的な出会いだなーって思う。

 

「有咲は照れ隠しが半分入ってるからな。送らないと言い過ぎたかなって気にするんだよ。これで言われたとおり黙るヤツは有咲には合わないって」

 

「さすが。よく理解してらっしゃるー」

 

「彼氏彼女だから。普通だろ? アフターグロウだって美竹さんが……いや、彼女は違うタイプか」

 

「うーん。蘭は言い過ぎたかもって後悔はしないかなー。むしろ、アレは言って当然だったって意固地になるタイプかな? だから放っておけないってところは有咲と同じなんだろうけど」

 

蘭の言葉もキツいことが多い。蘭を知らない人は、その言葉で距離を置いてしまうことがよくある。蘭も蘭で、意固地になってしまえば、自分から近づくことはない。だから、なかなかアフターグロウ以外の友達ができなかったりする。

 

「蘭と言えば、セントー君の歌、今すっごいハマってるよ」

 

「美竹さんが?」

 

「うん。あたし達の中で蘭だけ別のクラスなんだけど、休み時間に会いに行くと、いっつも聴いてるねー」

 

「ふーん。なんか意外だな。美竹さんって俺のことも敵視してるから、身バレした以上、俺の歌だって聞かないと思ってた」

 

「いやいやー、蘭のアレは敵視じゃなくてライバル視だよー。負けないぞーってやつー」

 

怖い顔で睨んでたりはするけどね。

 

あたしたちもダメだよーって伝えてるけど、ちゃんと聞いてくれるかな?

 

「……そういやロゼリア先輩と違って、俺にはあんまり突っかかって来なかったな」

 

「あたしとしては、どっちも同じだと思ってる。幹彦くんは男の子だから、蘭も遠慮してるんだと思うなー」

 

突っかかるようならメンバー全員で止めに行くし、蘭だってそこまで軽率じゃない。

 

ささやかな抵抗ってことで怖い顔してるんだと思う。

 

「でも、ライバル視はするんだな」

 

「それが蘭の可愛いところじゃないですかー」

 

「そういうもん?」

 

「そーいうもんー」

 

相手が大きいからって対抗心を抱かないのは蘭らしくない。

 

「じゃあまあ、1ファンができたことを喜ぶよ」

 

「そうそう、気にしないのが一番だよー。あ、でも、これからも蘭が怖い顔するかもしれないけど、許してね」

 

「了解。ひまりちゃんに絡みにいったときに会うだろうけど、なんか言われても適当に流すよ」

 

彼はあっさりと許してくれた。

 

うん。やっぱり優しい。それに楽しい。言葉が通じる男の子ってだけで、こんなにも楽しいもんなんだね。

 

蘭のことを聞いて、理解してくれて、こうして受け止めてくれる。

 

「……ちなみに、ひーちゃんもいいけど、蘭もいかがですかー?」

 

そう思ったら、そんな言葉を言わずにはいられなかった。

 

蘭に聞かれたら本気目に怒られるけど、言わずにはいられない。

 

だって、この先、蘭のことを受け止められる人が出てくるとは思えないんだ。たださえ男は少ない上に、普通の男性は蘭の態度に怒るだろう。

 

こんなふうに受け止めてくれる男性なんて現れないって言い切れる。

 

「いかがって、男女の仲ってこと?」

 

「うん。服で隠してるけど、蘭もああ見えて、けっこう胸が大きいんだよー」

 

フフフと笑みを浮かべながら、両手で胸を持ち上げるような動きをする。

 

彼の意識があたしの胸に行く。すぐに、なんでもないように彼の視線はあたしの顔に戻ってきた。

 

……やっぱり、あたしの胸じゃあ、ダメみたい。

 

「知ってるよ。アフターグロウの中じゃあ、ひまりちゃんに次いで大きいだろ。花音と同じくらいはあると見てる」

 

「おー、さすが。見た目と全然違うのに、大きさがわかるんだー」

 

「胸を圧迫させれば、その分の体積が別のところに出るからな。腰回りと鎖骨周辺、腕の肉付きを見ればだいたいわかるさ」

 

「普通はわからないと思うけどなー」

 

「ぴったりサイズの服でも着ないと、その辺はハッキリわからないしな。サイズどのくらいだろうって気にしながら見ないとわからないかも」

 

たしかにラインが出る服を着てればわかるだろうけど、アフターグロウの衣装って、ゆったりしたシルエットだから普通わからないと思う。

 

というか、ガルパに参加したバンドって、全体的に胸が大きめだから、体のラインが出る服はあまりないと思うけど……。

 

「よく見てるねー。ひーちゃんだけじゃなくて、蘭も狙ってる?」

 

「いや、美竹さんはないな」

 

彼はあっさりと否定した。

 

「え、ダメなの?」

 

「ダメっていうか、あの子とは合わないと思う」

 

「でも体は好みでしょー?」

 

さっきの雑誌の写真から見て、彼は胸だけじゃなくて、太ももやお尻が大きい女性の方が好きだと思った。

 

蘭もひーちゃんほどじゃないけど、けっこう大きい方だから、彼のお眼鏡には叶うと思ってた。

 

「いや、好みだけどさ、言い方ってもんが……。まあ、あの子はアレだろ。対等な関係を求める子だろ」

 

「対等……上とか下とかないってことー?」

 

「そう。俺の主観だけどさ、美竹さんは自分に素直で、人に誠実に接する人だと思ってる」

 

「うん。蘭は言葉にするのが下手だけど、優しいんだよー」

 

親友が理解されているのは嬉しい。思わず声が弾んでしまう。

 

「照れ屋だけど仲間思い。裏切りとか絶対にしない子って感じ」

 

「裏切りかー。あたし達はそんなことしないから、わからないけど、蘭は絶対にしないって断言できるよー」

 

あたし達だって軽い嘘をついたり、冗談だって言うけど、仲間を傷つけるようなことはしないし、言わない。それが裏切りって言うなら、蘭だけじゃなく、アフターグロウのみんながしないって確信してる。

 

「だろうね。……そんで、あの子は相手にもそれを求めるんだよ」

 

「それって……」

 

「自分がそうであるように、相手にもそれを求める。相手が思ってることは素直に言ってほしいし、自分に対して誠実に接してほしい。裏切りは絶対にしないでほしい。そういう相手を求めてると思う」

 

「確かにそうかもしれないけど、それって、いけないことー? 普通のことだと思うし、蘭自身がそれを守ってるんだから、いい関係になれると思うけどー」

 

昔、男性と女性が同じくらいいたときは、地球上で争いが絶えなかったらしい。男は縄張り意識が強いらしく、近くにいる男と本能的に競い合ってしまうのだとか。

 

でも、男性が少なくなっても争いは消えてない。

 

たしかに戦争や軍ってのはなくなったけど、それは男性が少なくなって、これ以上、人の数を減らしていられないっていうのが大きいみたい。あと女性は縄張り意識が男性よりも低いから、自分の国を守るために戦う覚悟がない人が多いんだとか。自分の周りとか好きなものが良ければ、それでいいって考えだから、軍に人が集まらないらしい。

 

実際、もう滅んだ国だけど、軍を維持して戦ってた国があった。被害を受けている国以外は沈黙して、唯一、次に標的になりそうな国だけが、食料とかの支援をしていたらしい。

 

結果は3国とも人がいなくなって滅んだって落ちだけど、その国の元国民は今も外国人労働者として周囲の国でこき使われてるんだとか。優しさなんてどこにもない。

 

そもそも警察がある時点で、争いがないなんて言えないと思う。

 

人は日々の文句を派出所に言いに行くし、詐欺や犯罪、事故に巻き込まれた人だって多いらしい。

 

結局、男がいなくなったって、男が担っていたことを女がするだけだから、程度は変わっても、本質は変わらないんだと思う。

 

そんな世の中だから、蘭みたいに本心を隠さずに誠実に接する人って、すごく良い子だって思ってる。

 

「俺も良い子だと思うよ。友だちとしてならな」

 

彼もそれを理解しているのだろう。返ってきた言葉はそれを連想させる温かい言葉であり、冷たい否定の言葉でもあった。

 

「……男女関係じゃダメ?」

 

「男がすごく少なくなった世の中で、しかも男がこんなに自由に振る舞ってるんだ。美竹さんの求める誠実さを相手に求めるのは無理がある」

 

「幹彦くんは違うでしょー? 花音先輩や美咲ちんとも仲良く付き合ってるし」

 

花音先輩や美咲ちんはすごく良い子だけど、蘭だって負けてない。蘭もあの二人みたいに幸せになれるはずだ。

 

「確かに2人とは、これ以上ないってくらい仲良いけど、二人に俺が誠実かって聞いたら笑顔で全否定されるぞ。考えてもみろ。複数の女性と付き合うことは誠実か?」

 

「……それは、一夫多妻が認められてるから」

 

「一夫多妻はしてもいい、であって、しなきゃいけない、じゃない。客観的に見て、自分はこんなに尽くしてるのに、相手は自分以外に何人も付き合ってる人がいて、更に好みの子にはちょっかいを出す。これってどうよ?」

 

「控えめに言って、サイテー」

 

「だろ。俺は花音たちを蔑ろにする気はないし、愛してるけど、他の子に絡むのは止めないと思うぞ。美竹さんはどう思う?」

 

考えるまでもない。

 

絶対に本気で怒る。あたしだけじゃダメなのかってケンカになる。絶対に間違いない。

 

「そんなの蘭だけじゃなくて、ひーちゃんだって耐えられないよー」

 

苦し紛れに言った。

 

嘘だ。言ってから後悔した。これはひーちゃんにもマイナスになる言葉だ。

 

ひーちゃんだったら、始めは、もー! て愚痴を言うだろうけど、すぐに慣れて、仕方ないなあって理解してくれると思う。

 

「マジかよ。ひまりちゃんもダメ?」

 

「うーん、ひーちゃんも理想が高いからなー。でも慣れれば……ワンチャン?」

 

「充分。ひまりちゃんに望みがあるならOKだ」

 

ホッとする。

 

良かった。危うくひーちゃんを裏切るところだった。

 

蘭のためだからって、代わりにひーちゃんを傷つけるなんて意味がわからない。

 

でも、このままだと蘭の目がなくなってしまうのは確かだった。

 

どうしよう。そんな焦りの考えだけが頭に浮かぶ。

 

「……蘭も慣れればいけるかもよー?」

 

「本当にそう思ってる?」

 

「……ごめん。やっぱり無理かなー」

 

なんでもないように彼はアイスコーヒーを手に取った。その表情にほとんど動きはない。

 

彼はゆっくりとアイスコーヒーを口にした。

 

そんな彼の様子を見て、あたしは頭の熱が引いていくのを感じた。

 

なんだ。彼はもう結論を出していたのだ。

 

どうしようか決めかねてるんじゃない。彼にとってはもう決まっていることで、あたしが彼の答えを聞いてるだけ。今更、足掻いたって無駄だったのだ。

 

そう思うと、どんどん冷静になっていく。

 

やがて、アイスコーヒーをテーブルに置いた彼が口を開いた。

 

「だろ。いくら歌が気に入ったからって、無理なタイプと付き合い続ければボロが出るよ。美竹さんは美人だし、別の人を探すべきだな」

 

「……花音先輩や美咲ちんは、幹彦くんのそういうところに文句言ったりしないの?」

 

少し詰まったけど、自然な口調で話せた。

 

「自重しろってよく言われる。でも、やり過ぎなければセーフだな」

 

「優しいってこと?」

 

「いや、そこについては許容してくれてるんだろうな。あの二人はそれを含めて俺のことが好きだって言ってくれてる」

 

「そうなんだー」

 

「諦めてるとも言えるけどな。特に美咲は男そのものを諦めてる節があるから、俺が何をしても、よっぽどのことがない限り認めてくれるぞ」

 

「そうなの? 合同練習したときは美咲ちんがけっこう怒ってた気がするけどー」

 

彼がひーちゃんに絡む時間が長くなると、決まって美咲ちんが怒ってた気がする。

 

「普通の感覚で、おかしいことしたら怒るさ。でも、美咲はそれを引きずらない。よっぽどのことがない限り、あいつは男だから仕方ないって自分を納得させるぞ」

 

「……それって、幹彦くんも諦められてるってこと?」

 

「鋭いね。そのとおり。俺もいろんな面で呆れられてるし、仕方ないって諦められてるところがあるな」

 

好きなのに諦めてる?

 

意味がわからない。諦めるって、もうその人とは付き合えないってことじゃないの?

 

「それって……おかしくないー?」

 

「おかしくない。人との付き合いは、何から何まで気が合うことなんて一生に一度あるかないかだ。その相手がわがまま放題の男だったら言うまでもない。今の若い子で、男と付き合ってる子は大なり小なり我慢してる。花音だってそうだ」

 

「でも、花音先輩たち幸せそうだよ?」

 

「妥協点に納得してるからだろ。これがあの二人がどうしても我慢できないものなら、俺たちは別れてるさ」

 

「別れるって……そんなに簡単なものなの?」

 

傍から見たって彼とあの二人はラブラブだったのに、こんなにあっさりとその言葉が出たことに驚いた。

 

「簡単じゃない。一番大切な部分だ。一時的な付き合いならともかく、俺たちはこれから一生共に過ごすつもりだぞ。学校を卒業して終わりじゃない。子どもを産んで、育てて、どちらかの死に際まで一緒に暮らしていくんだ。納得できない関係なら、お互いに不幸でしかない」

 

「一生……」

 

スケールが大き過ぎる。

 

あたしたちはただの学生だ。

 

他の子と違うところだって、5人の仲良い幼馴染でバンドを組んでいることだけだ。

 

そんな一生のことなんて考えたことないし、決められるわけがない。

 

この人も同い年なのに、どこまで先を見てるんだろう。思えば、花音先輩だけでなく、美咲ちんからだって他の人とは違う感じがした。

 

異性と付き合うってこんなに重いことなの?

 

「それに俺は二人に我慢させてるばかりじゃないからな。あの二人にはたくさん優しくするし、望んでることは出来るだけ叶えてやりたい。あの2人に嫌なことがあったら全力で守ってやりたいって思ってる」

 

「我慢するところもあるけど、一緒にいて楽しいからいるってこと?」

 

「もう一声だな。よく言うだろ? 結婚相手は楽しく過ごせる相手じゃなくて、この人となら不幸なことだって乗り越えられる相手を選べって」

 

「初めて聞いた」

 

「マジ? まあそうか。結婚してる人が少ないからな……」

 

「?」

 

まただ。

 

彼にはあたしじゃ見えないところから物事が見えてる。

 

そこに立ったときの彼の言葉はあたしには理解できない。

 

正直、もどかしい。

 

「まあ、ともかく。美竹さんには美竹さんが納得できる相手が現れるだろってこと。ひまりちゃんは俺が面倒見るよ」

 

「幹彦くんみたいに優しい男の人っているの?」

 

「そりゃあ探せばいるだろ。俺の父さんは一途だし、母さんにすごく優しいぞ。数が圧倒的に少ないけど、優しい男は絶対いるさ」

 

「もし見つからなかったら?」

 

「知らん」

 

バッサリと彼は切り捨てるように言った。

 

「ええー、酷くないー?」

 

「酷くない。俺は自分の好きな子を守るので手一杯だ。他の子の面倒まで見切れるか。てか、青葉さん注意しろよ。ナチュラルに俺に責任おっ被せようとしてきたけど、他の男にコレやったら逆上されても文句言えないからな」

 

言い切られたのはびっくりしたけど、ショックはない。

 

さっき彼が結論出してたことに気づいてたんだ。対象じゃないあたしや蘭が切り捨てられることだってわかってた。

 

ほんの少しだけ……寂しいだけだ。

 

「……わかってるって。男の人は冷たいもんねー」

 

「そうそう。俺だって冷たいんだから、変な期待するなよ。俺が優しくするのは、そうしたいって思える人だけだからな」

 

「はーい。気をつけまーす」

 

「……なんか調子狂うな」

 

あたしだってそうだよ。

 

ほら、せっかく楽しみにしてたバーガーが冷めちゃってる。

 

名残惜しそうにバーガーを見つめてると彼が荷物を置いたまま席を立った。

 

トイレかなと思ってたら、カウンターで追加の注文をしてすぐに戻ってきた。

 

「ほら。交換」

 

差し出されたのは、あたしが買ったのと同じバーガーだった。違うところといえば、彼が持っている方は明らかに熱々のもの、というところだ。

 

あたしは呆気に取られながら彼を見る。

 

彼はサッとバーガーを交換すると、席に座ってすぐに冷めたバーガーを口にした。

 

「早く食べないと、また冷めるよ」

 

そう言って、あたしに笑いかけてくれるのだった。

 

その時が初めてだった。

 

あたしが自分の胸が小さいことを、心から悔しいと思ったのは。




イメージ曲
裏切りは無しです(DOKONJOFINGER)

SB69の曲です。もうこいつらの歌ほんと好きです。ノリが良くて、声優だけあって声が耳に残ります。ぜひ聞いてみてください。


下げてから、上げる。上げてから、下げるも良し。メリハリが効いて落ちが書きやすいです。


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12話

314:

【今週のひめちゃん】 突如、昔ピアノのコンクールで勝てなかった男の子の話をする

 

317:

うん?

誤爆?

 

319:

ひめちゃん、ピアノめちゃくちゃ上手かったよな

 

321:

いや待て、ここのスレとひめちゃんの動向を考えると、コレはそういうことじゃないか

 

324:

そういうこと……ひめちゃんといえば、鹿?

こないだって何かあったっけ?

 

328:

Circleでライブイベントがあったろ

ガルパってやつ

 

333:

は?

ピアノで勝てなかった男の子が鹿ってこと?

面識あんの!?

 

336:

わからん

 

341:

ピアノ経験者だけど、数年前に神童って呼ばれた男の子がいたのはマジ

当時、12、3歳なのに、大人が参加するガチのコンクールで優勝しまくってた子

たぶん今頃、高校生くらいだと思う

 

344:

おいおいおいおいおい

 

345:

マジもんかよw

 

346:

それ知ってる!

日本で唯一、世界に対抗できる子って呼ばれたやつだろ

出来レースにブチ切れて引退したニュース見た!

 

349:

ww

 

350:

 

351:

ブチ切れ引退w

かぶきすぎだろw

 

355:

いや、業界としては笑いごとじゃなかったんだけどな

アレで大御所って呼ばれる先生や教授が消えてって、その関係者の立場が一気に悪くなったんだよ

出来レース側は阿鼻叫喚。人が日に日に痩せ細っていく様を初めて見たよ

 

359:

マジで出来レースだったん?

 

362:

わからん

でも出来レースだって言われても納得できるくらいの実力差があった

もちろん男の子の方が遥かに上手かった

 

367:

私もコンクール聞いてたけど、アレはありえなかった

あのコンクールは男の子と、その当時、新進気鋭の女性ピアニストの競い合いだったんだよ

男の子はダイナミックな演奏が魅力的で、女性側は正確無比なタッチが有名だった。感覚派と理論派の頂上決戦なんて言われたコンクールだったんだよな

 

370:

いま聞いても、おもしろそうなんだけど

 

373:

男の子も女性もバッチバチに意識しあってて、どちらの演奏もそれぞれ魅力的で、想像よりもすごい出来だった。演奏後も会場はどっちが好みだったかの話で持ち切りだった

 

376:

好きなアーティスト同士が同じイベントで競い合うって感じ?

だったらエモい

 

377:

ああ、うん

それは興奮するわ

 

378:

私、最近ピアノやり始めたんだけど、それ超聞きたい

 

382:

そんなコンクールで優勝したのが、全く関係ない女だった

 

385:

は?

 

386:

え?

 

388:

ああ、そういう……

 

389:

え、おま、マジかよ

 

391:

男の子が2位、新進気鋭の女性が3位

会場がザワつく中で行われた表彰式には、能面の顔した2位と3位

1位は超笑顔

 

394:

 

395:

ヤバいw

 

397:

これは……事件ですねー

 

399:

そりゃあ切れるわ

 

403:

男の子は最後に3位の女性と握手して、表彰式後の雑誌インタビューすっぽかして帰宅

で、即日、父親から引退発表

その後はさっき言ったとおり

 

407:

もし男の子が私たちが知ってるヤツだったら、そこで表彰式で怒鳴り散らさなかっただけ褒めてやりたい

 

408:

さっきまで出来レース側も可哀想だと思ってたけど、全然そんなことなかった

 

410:

子どもの引退だろ?

そんな大騒ぎすることか?

 

414:

>>410

「日本で一番上手くて」と「成長途中」と「男の」が抜けてるぞ

金の卵を逃したってレベルじゃない

ガチで次のピアノ業界を背負ってく人材を棒に振ったんだよ

 

417:

マジかよ……

 

419:

そんなに大事なら、謝って戻ってきてもらえばいいんじゃない?

 

422:

もちろん、やろうとした

だけど、男の子に強く出れるわけがないし、その親もヤバかった

 

425:

な、なんだよ

 

429:

男の子の父親が、これまた日本で有名なピアニストなんだよ

かなり権威があって、ギリギリ出来レースした側の方が偉かったんだけど、次点はその父親だったんだよな

出来レース側が消えれば、その父親が一気に頂点に上り詰めることができる立ち位置だったんだよ

 

433:

あ……(察し)

 

434:

もう嫌な予感しかしないんだけど

 

435:

出来レース側逃げてー

 

437:

千載一遇w

 

440:

お察しのとおり、父親が吠えた

息子がもうピアノは嫌だって言ってる! お前らどう落とし前つける気だ! って

 

443:

知ってた

 

445:

地獄絵図w

 

449:

これが決定打

反論しようにも父親も男だから強く言えないし、客観的に見て男の子の方がいい演奏してた。もし3位の女性が優勝したとしても、審査員の好みで通じるけど、あの1位だけは無い

本当のところはどうであれ、不正をして大事な男の子を逃したって結果だけが残った

 

452:

想像以上に波乱万丈だった

 

453:

ピアノ業界、終わってね?

 

459:

ピアノ業界はなんとか立て直し中

男の子の父親が音頭を取って、不正が無い、実力が評価されるコンクールにしようと頑張ってるよ

コネとかない人にはすごく好評。中には否定的な人もいるだろうけど、あの事件があったから表立って意見する人もいない。着々と体制が整ってきてる

 

463:

なんだか、父親の権力闘争に男の子が巻き込まれただけって見方もできるな

 

467:

実際、そういった面もあったのかもしれない

男の子が本当にあいつなら、それは大人だけのやり取りだったんだと思う

男の子は好きにピアノを弾いて、気に入らない業界だったから辞めた

それだけのこと

 

471:

はー、知らなかったわ

 

472:

鹿ってピアノが一番好きだって言ってるよな

こういう出来事があって、それでも好きだって言ってるんなら、少し泣けてくる

 

476:

いや、あいつ絶対、気にしてないぞ

 

479:

そんな弱い生き物じゃあないな

 

480:

清々したわー、くらいに思ってそうw

 

483:

たぶん、ピアノが嫌だってのも言ってないような気がするw

 

485:

例のバンドメンバーが噂通りあいつなら、むしろ審査員が始末されなくて良かったとすら思う

 

489:

>>485

わかる

アレはヤバい

私も体格いい方だけど、見上げるしか出来ないし、威圧感がハンパなかった

 

493:

私、イケイケの友だちがいるんだけどさ

あのバンドメンバーが鹿かもしれないって噂を聞いて、どんなもんだと見に行ったらしいんだわ

 

496:

挑戦者w

 

499:

だから止めとけって

男相手にストーカーはリスクが高いなんてもんじゃないぞ

 

503:

>>499

私も止めた。でも遠巻きに見るだけだって行っちゃったんだよ

 

507:

どうなったん

 

511:

次の日、感想聞いてみたんだけど、

アレは無理、ケンカ売ったら殺されるって

目を泳がせながら応えてくれた

 

514:

バカだと思ったけど、実力差のわかる子で良かった

バカだと思うけど

 

517:

仕方ないだろ

あいつの腕、私たちの首くらい太いんだぞ。勝てるわけがない

その子はバカだと思うけど

 

521:

確かにその子はバカだと思うけど、一目見たい気持ちもわかる

 

525:

お前らバカバカ言ってやんなよw

マジでバカ野郎だと思うけど(怒

 

528:

てか、会場で見たとき、普通にSPいたんだけど

 

531:

チケット取れたんか!?

 

532:

羨ましすぎる

ってかSP?

 

535:

やっぱり黒服着てんの?

 

539:

>>535

もち

しかもグラサン付きよ

 

543:

SP付きってヤバない?

そんなの昔の映画くらいでしか見たこと無いんだけど

 

547:

SPはわりといる。

総理大臣とか、セレブには付いてることが多いよ

 

551:

争いのない世界とは一体ww

 

552:

鹿もセレブってこと?

 

554:

鹿セレブ……ティッシュにありそう……

 

557:

その可能性もあるけど、たぶん弦巻家のSPじゃないか?

 

561:

弦巻か……

 

563:

そういやハロハピのボーカルって弦巻家のご令嬢だったな

じゃあ、弦巻で間違いないな

 

567:

囲いにきてね?

 

571:

>>567

きてる

なんなら、もう手遅れってレベルで鹿がSPに馴染んでた

 

575:

>>571

終わったなw

 

579:

終わりなのか望みどおりなのかは知らん

でも、余計なことは絶対するな

 

583:

さすがにみんな理解しただろ

 

586:

そう願ってるよ

 

592:

それよりライブどうだった?

ツイッターみたら大盛況だったけど、スレ民としてはどうよ?

 

596:

>>592

超ヤバかった

素人バンドがやるライブじゃない

どれも質が高すぎる

 

599:

ああ、やっぱそうなんだ

 

601:

くそっ、行きたかった

 

604:

各バンドの感想はミニライブの時と同じなんだけど、突出してるのはハロハピとロゼリアだな

その他だと、個人的にパスパレが良かった

 

607:

パスパレ?

 

609:

ミニライブの感想で、化けたって呟かれてたな

 

613:

丸山にそんな力ないだろ

 

617:

>>609

ミニライブで私もそう思ったんだけど、更に進化した感じ

なんだろ、自分のイメージを掴みかけてんのかな?

荒いんだけど、少しずつ下地が出来てきてる感じ。特に後半はガチ

 

621:

>>617

パスパレファンの友人が、運良くライブに行けたんだけど、似たようなこと言ってた

彩ちゃんとイヴちゃんの雰囲気が変わったって

 

625:

イヴちゃん?

キーボードの子?

 

628:

そう

いつも演奏は普通だけど、パフォーマンスが可愛い子だったんだって

でも、今回のライブではパフォーマンスが少なくなってて、演奏に集中してたらしい

 

632:

ふーん

他のバンドに影響受けたのかな?

 

635:

本当に鹿かはわからないけど、ハロハピのキーボードがピアノ業界ですごいヤツだったのは確定なんだろ?

その演奏聞いて、頑張ろうって思ったんじゃね?

 

639:

実はもう一人すごいヤツがいる

 

642:

まだいんの!?

 

643:

どうなってんだよ、このライブ

 

645:

だれ?

 

649:

ロゼリアのキーボード

白金って名乗ってたから間違いない

この子も数年前にピアノのコンクールで賞を取ってた子

 

652:

ああ、ロゼリア!

 

654:

なんかわかる

キーボードの子って内気臭がとんでもないのに、演奏が始まるとスイッチが入ったみたいに落ち着くんだよ

さすがロゼリアって思ってたけど、元からか

 

656:

白金さんか!

 

660:

>>656

知ってんの?

 

663:

すごい才能ある子で、その子にコンクールで負けたことがある

思えば、アレがピアノ辞める切っ掛けだったな……

 

667:

そんなヤバいの?

 

668:

鹿とどっちがすごい?

 

672:

>>668

さすがに鹿の方がヤバい

白金さんは同世代で圧倒的な才能を持ってる人だけど

鹿は子どもの癖にプロの大人をボコボコにしてたヤツだから別物

 

675:

 

676:

ww

 

678:

くそw

さっきまで白金さんすげーって思ってたのに、鹿のせいでそこまでじゃないかもって思えてくるw

 

682:

いや、すげえから

さっきの話になるけど、鹿らしき子が辞めた大会で、競い合ってた女性がいたって話があったろ

 

686:

ああ、正確なタッチの人だっけ?

 

689:

そう

白金さんは将来、あのレベルになるのは間違いないって子だからな

プロ入りは確実で、あとはどこまで伸びるかって期待される子

 

692:

あ、そう聞くとすごい

 

696:

だからすごいんだって

ただ、何故か数年前から見なくなってたんだよな

そっか、バンドやってたんだ

 

699:

ピアノ辞めたの?

 

703:

わからん

私もピアノ辞めてから、その話は避けてたから情報がない

 

708:

ロゼリアファンからすると、たぶん辞めてると思う

ロゼリアのボーカルとギターって滅茶苦茶ストイックなんだよ

 

712:

湊友希那と氷川紗夜か

あっ……(察し)

 

716:

なになに

 

722:

両名とも数々のバンドを渡り歩いてきた強者

圧倒的な実力で、どのバンドに行っても強烈な存在感を魅せつけてきた

そして、どのバンドのメンバーともケンカ別れしてきた

 

725:

ダメだろw

 

727:

マジかよw

 

731:

ファンとして擁護するけど、好き嫌いでケンカしてるわけじゃないからな

あの二人はすっごく向上心が強くて、バンドに対してストイックなんだよ

とにかく音を高めることが大切って考えてるから、みんなで仲良くしよーってのが嫌いなんだよ

 

734:

害悪w

 

736:

なるほど

とんでもないレベルで空気を読まないヤツらってことか

 

739:

クラスにいたら空気悪くなるやつーw

 

740:

あの、聞いてる限りだと、好き嫌いでケンカしてる気が……

 

744:

すっごく真面目なんだよ

真面目過ぎて、こう、自分に甘いところがある人が大っ嫌いっていうか……

ヤバい。好き嫌いでケンカしてるわ

 

747:

www

 

749:

 

751:

しっかりフォローしろよw

ファンなんだろw

 

755:

ファンだけどさ、認めるところは認めないとっていうかさ、認めざるを得ないってかさ……

なんというか、バンド以外は基本許さないぜって感じなんだよ

 

759:

いや、よく持ってるなロゼリア

 

763:

聞いてる限りだと、いつ解散してもおかしくないんだけど……

 

767:

狂犬2匹の気が合ってるからだろ

 

771:

狂犬w

 

774:

そのストイックさも人気の理由だと思うけどな

まあ、そんなバンドだから、ピアノは辞めてる気がする

 

778:

キーボードもピアノも同じだろ

息抜きでいけるんじゃね?

 

782:

ただの息抜きならいいけど、息抜きでコンクールを勝ち残れるほど甘い世界じゃねえよ

あと、キーボードとピアノは似てるようで全然違うから

 

785:

はー、難しい世界だな

 

786:

厳しい世界ってことはわかった

 

791:

全力でバンドに打ち込んでるからこそ、あの演奏だったんだろ

純粋な技術だけならロゼリアがハロハピ以上なのは間違いない

 

794:

それはわかる

 

796:

演奏技術はガチ

 

799:

曲もいいぞ

 

801:

イヴちゃんはハロハピとロゼリアに影響されたのか

 

805:

可能性はある

どっちも桁違いの実力者なのは間違いない

 

809:

イヴちゃんの母国って無事なん?

 

816:

>>809

完全に下り坂

ヨーロッパはイギリス、ドイツ、フランス、イタリアに人が集まってて、それ以外の国が軒並みヤバい

逆にその4か国は男の数も安定してる

 

820:

日本は比べるとどうなの?

 

824:

日本はそれぞれの国との比較なら、一番良かったりする。男の比率も他国の倍はあるし、精子バンク商売なんてけっこう有名だろ

 

827:

ヨーロッパの主要国家ですら男の数が日本の半分ってヤバいよな

 

832:

しかもヨーロッパじゃあ男の管理が日本に比べてキツいらしいから、街中を出歩いてる男なんてほとんどいないんじゃないかな

 

835:

アメリカは完全隔離でしょ?

それに比べたら、まだまだ

 

839:

まあ、陸続きのヨーロッパだと、他国に拉致られる可能性もあるからな

敏感になるのも仕方ないだろ

 

842:

こんな絶望的な状況なのに、終わりそうで終わらない世界だよなw

 

845:

笑いごとじゃないけどな

たしかに人口はだいぶ減ったけど、むしろ無理のない人数に落ち着いた感はある

 

849:

男が減って、その男の数に見合った数字になったってこと?

 

853:

そうそう

無理に人口を維持しようとすると、シワ寄せは男か外国人労働者に行くから、これで良かった面もある

 

857:

まあ、そう言われると確かに

 

859:

あの……外国人労働者がすでに痛い目見てるんですが……

 

863:

そこは割り切れ

外国人労働者たちも人口維持に欠かせない人たちだぞ

私たちだって、もし男がいなくなって人口維持できなくなったら同じ目に遭うんだから

 

868:

どうしても気になるっていうならヨーロッパの歴史学び直してこい

外国人労働者に情けをかけて、国自体が乗っ取られた例だってあるから

 

872:

それは知ってるけどさ……

 

875:

世知辛い……

 

879:

だな

 

883:

まあ、彼女たちも、彼女たちのコミュニティがあるんだから気にしなくていいよ

私たちは彼女たちをソッとしておくのが一番

イジメんのは論外だけど、構い過ぎも嫌がられるから注意しろ

 

887:

気にしなくていいのか、注意しないといけないのか……どっちなんだ

 

892:

可哀想だと思った友人が、彼女たちに声をかけたらしいんだけど、同情すんなって怒鳴られたらしい

それを聞いてから、私は彼女たちは仲間じゃなくて、管理すべき労働力だって思ってる

 

897:

そのくらいの考えでいいだろ

割り切らないと、苦しいのは自分なんだから

 

 

 

1093:

ところでさ、鹿、大丈夫なん?

 

1096:

なにが?

 

1099:

ほら、アメリカで著作権問題が発生したんだろ?

 

1103:

ああ、あれね

 

1105:

え、そんなことあったの?

 

1109:

鹿の曲を、私が作った曲だ! って言い出したヤツが何人かいるんだよ

鹿には何も言ってこないけど、海外で鹿の曲を歌うヤツらから使用料を騙し取ってるらしい

 

1112:

は?

 

1114:

なにそれ、フザケてんの?

 

1117:

それは通らないでしょ

え、通らないよね?

 

1122:

>>1117

もち、通らない

初期勢がブチ切れて、アメリカに乗り込んで係争中

相手の言い分も酷いもんらしいから、まず勝ち確

 

1126:

よかった

 

1129:

さすがにね

そんな言い分が通るんだったら、言ったもん勝ちになるからな

 

1133:

てか、アメリカに乗り込んでった人、初期勢だったの?

めっちゃ有名な弁護士なんだけど

 

1137:

初期勢バレ来たな

 

1141:

いや、下手な接触は刑務所行きだぞ

なんたって、相手は法律を武器に戦う人だからな

 

1145:

しかも海外相手にだって臆さない実力者

なんか初期勢が強い理由の一端が見えた気がする

 

1149:

そもそも、鹿の歌の使用料取って儲かるもんなの?

 

1153:

どれだけ取ってたかは、これから明るみに出るからわからん

 

1157:

最近、海外からの寄付の目標達成が早すぎて、英語歌詞の曲を連投してたからな

しかも初期のと違って、海外好みの曲調だし

 

1162:

Numbで本格的にぶっ叩きにいったから、海外じゃあマジで人気沸騰してるらしい

 

1165:

あれヤバすぎるよね

 

1167:

これまで名曲ぞろいだったけど、鹿自体の歌唱力がヤバいって思い出した

名曲に変わりはないんだけどさ

 

1172:

とにかく、今やってる裁判が終われば事態も収束するだろ

つまんない事件が長続きしなくてよかったよ

 

1175:

初期勢に感謝だな




イメージ曲
Numb(Linkin Park)

本当に歌唱力だけでスケールの違いを感じました。やっぱ、海外はヤバいですね。でも、曲は日本の方が好きです。


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13話

たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています。
「リステ、プロセカ、ラブライブ、アイマスetcの他の音ゲー曲が参戦してくる可能性もある・・・?」 そこら辺はフワッとです。でも、その世界の人たちもいるんなら、想像が膨らんで良いですよね。
「校正は有志の読者達が誤字報告である程度お手伝い出来ます。」  お気遣い、ありがとうございます。誤字報告はすごく嬉しいんですが、それ以上に表現の修正に気を使ってます。作者はかなり変わった表現(あまり目にしないという意味で)を好むので、走り書きの段階では、何が言いたいか分からない表現を連発しています。なので、ちょっとは校正しないとなーっと思ってます。お気遣い、本当に嬉しいです。
八百長じゃなくて出来レースのご指摘はありがとうございます。使い分けができてなかったですね。ただ、八百長の響きがいいので……。ちょっと時間をもらいますが、しれっと修正させていただきます。 → 直しました。
作者もモカちゃん大好きです。


作曲という言葉は、セントー君にはとても身近なものだが、海堂幹彦にはとても遠いものである。

 

やることだらけの日々のなかで、そんなことを思った。

 

ガルパで大成功を収めて少し経ったころの話である。

 

今年の夏はいろいろと大変だった。

 

何が大変って、イベントが目白押しだったのだ。

 

去年までの夏と違い、バンド活動もあるし、女友達だって、彼女だって出来た。ピアノを弾いたり、作曲してる時間を除けば、一人でいる時間なんて本当に限られているくらいだ。

 

慌ただしかったが、これまで感じたことのない充実感を味わえた夏だった。

 

少し思い出を振り返ってみると、七夕デートしたり、花音や美咲とにゃんにゃんしたり、海に行ったり(燐子先輩とひまりちゃん、リサ先輩がヤバかった)、こころと天体観測デートに行ったり、弦巻家のジェット機に乗ってハロハピ全員で北海道の自然豊かな地を冒険したり、有咲とにゃんにゃんしたり、豪華客船でファントムシーフしたり、海に行ったり(有咲とこころ、イヴがヤバかった)、夏祭りデートしたり、海に行ったり(八月のifでガチ泣きして有咲に引かれた)、宝島に乗り込んだり、こころの太鼓を見に行ったりした。

 

やったことが多すぎて順不同なのはご愛嬌。マジで怒涛のイベントラッシュだった。まるで2年分の夏が一気に訪れた感じだ。

 

もちろんイベント以外にも、もはや日常となっている動画投稿もしてるし、メン限の配信だってしてる。普通にハロハピのゲリラライブだって行ってる。

 

作曲だってしてるさ。とはいえ、それはもちろん前世で聞いた歌の復元だ。

 

以前から、オリジナル曲を作りたいと思うんだけど、いまいち上手くいってない。

 

身近に、こころという作詞作曲のお手本がいて、彼女が歌のアイデアを出すときは注意深く見守っているのだが、まだその感覚を物にできてない。

 

こころが出したアイデアを曲にすることは簡単なのに、一から作り出すというのは、やはり難しい。

 

あと一歩、なにか切っ掛けがあれば、その感覚を掴めそうな気がするんだが、それがわからない。

 

もどかしい日々をすごしていた。

 

そんなわけで、イヴからパスパレの曲を作ってくれないかって言われたけど、お断りしてる。

 

そりゃあ前世の電波曲ストックが豊富にあるから、パスパレに合う曲なんていくらでも出てくるけど、今の俺が作りたいのはオリジナル曲なんだ

 

電波曲を一から作り出すってのは、かなり吹っ切れないと出来ない気がする。初めて歌を作るなら、もっと無難な感じの方がやりやすいと思ってる。

 

なんか良いオリジナル曲ができたら、パスパレに合いそうな曲を思い出して、提供したい。

 

ガルパでパスパレが披露した“奏”のコピーも良かったので、パスパレ用に編曲もしたいと思ってる。

 

幸いなことに、イヴからのお願いはしつこくなかった。

 

イヴはけっこう頑固な性格で、これと決めたら譲らない。良く言えば、芯が強いのだ。

 

だから、お願いを断った時は、少し粘られるかなーって思ったが、そんなことはなかった。

 

なんでも、ちょうどパスパレ内で揉め事が起きていたらしい。メンバーがそれぞれ忙しくなってきて練習の時間が取れないから、事務所からバンド活動の休止を提案されてるんだとか。

 

パスパレはメンバーそれぞれの個性が強いので、バンドという枠に収めるより、それぞれの力が発揮できる場所で活動した方が、今以上に活躍できるだろうと判断されたようだ。

 

確かに、得意分野を伸ばすってのは良いことだと思うし、それは会社だけじゃなくて、イヴたちにとっても悪くない話なので、選択肢として有りなのでは、と思った。

 

イヴの思いつめた顔を見るまでは。

 

会社と無関係の俺にできることなんてないので、とりあえずイヴの相談に乗ってやり、イヴが本当にやりたいことは何かってアドバイスをしてやった。

 

始めは暗い顔をしてたけど、少しは顔色も晴れたと思う。

 

笑顔が似合う弟子なので、何事もなく問題が解決するよう祈っている。

 

 

 

ガルパで知り合った何人かとは、その後もメールで連絡を取り合ってる。

 

イヴと約束したピアノの特訓だってやってる。月2回ほどだが、彼女に簡単な課題を出して、それを弾いてもらい、気になったところを口にする、という簡単なお仕事だ。さっきの相談も、特訓後のティータイムに出てきた話だったりする。

 

それ以外でいえば、リサ先輩や日菜先輩、ひまりちゃんとよく連絡を取ってる。

 

リサ先輩とは、彼女の持ち前のコミュ力に流されて、いつの間にか気軽にメールを送り合う仲になっていた。

 

その伝手で、この前、海に遊びに行くことになり、ひまりちゃんとも仲良くなれた。その場には他に、あこちゃんや燐子先輩もいた。あこちゃんは、すごく人懐っこい子で、すぐに仲良くなった。逆に燐子先輩は男の俺を少し怖がっていたので、あまり距離を詰めることができなかった。

 

燐子先輩とは、ピアノのコンクールでご一緒したことがあるから、わりと親近感を持ってくれてるんじゃないかと思ったけど、全然そんなことなかった。

 

もしかして忘れられてる?

 

いやでも、男でコンクール出てたのは俺だけだから、けっこう記憶に残りやすいと思うんだけどな。やはり次は、このネタで攻めてみようか。

 

燐子先輩はすごく内気な人だけど、あのロゼリアの狂犬たちとも仲良くやってるから、警戒が解ければ仲良くなれるはずだ。怖がられない程度に距離を少しずつ詰めてくのが定石だと思ってる。

 

そういう意味では、今回は怖がられたかな。まあ、内気な面がたまたま強く出たのだろう。決して水着姿がエロすぎて、俺の目が血走っていたからではないだろう。

 

……まあ正直、かなりギリギリだった自覚はしてる。

 

いや、あれはホントにヤバかった。ひまりちゃんもメチャクチャでかいんだけど、ひまりちゃんは童顔だから、同い年の子にドキドキする感じなんだよ。

 

燐子先輩はそそるんだよ。恥ずかしがる彼女の仕草と、白い肌に艶やかな黒髪が相まって、すごい扇情的なんだよ。なんどか危なくなって、あこちゃんへ視線を緊急避難させたほどだ。

 

ひまりちゃんは言うまでもないけど、リサ先輩もけっこう大胆な水着を着てたから、油断すると一気に持ってかれる。心のオアシスはあこちゃんだけだった。

 

たぶん、前日に花音と美咲に会ってなかったら、俺の暴れん坊将軍は、もう抑えが効かなくなっていただろう。わりとマジで命拾いした感はある。もちろん、世間的にだが。

 

……まあ、その1週間後には違うメンバーで海に行って、そこで致命傷になったんだけどね。

 

メンバーはこころ、有咲、はぐみ、イヴ、花園さんだ。

 

イヴも破壊力があったけど、我慢できないほどじゃない。

 

こころがヤバかった。

 

考えてみれば当たり前だ。大好きな子が可愛いビキニ着て、抱きついてくるんだぞ。今世は胸が小さいほうが理想的だから、パッドなんて極薄だ。だから、いつもと違って胸の感触もダイレクトに感じられる。完全に殺しに来てましたよ。

 

一応、俺もこのままじゃマズいって意識はあったから、前回みたいに心のオアシスを探したんだよ。で、はぐみを見たんだけど、それが失敗だった。

 

はぐみってさ、あこちゃんと同じく小柄だけど、あこちゃんよりも良く食べるんだよ。よく動くから引き締まった体をしてるけど、出るとこ出てるんだよね。しかもソフトボールやってる。野球関係やってる子って基本的に下半身がしっかりしてるわけよ。

 

気づいたときには、もうアウトだったね。俺の将軍がものの見事に暴れてたっていうね……。

 

しかもそれを、こころに指摘される始末。

 

幹彦、ここじゃあ少しマズいと思うわって言われた。

 

もう殺してくれって思ったよ。

 

挙句の果てに、こころは有咲を呼んでくれたんだよ。幹彦をシャワー室に連れてってあげて、だって。

 

まあ、そういうことだよ。

 

びっくりした顔で俺とこころと俺(の暴れん坊将軍)に目線を行き来させてる有咲に連れられて、有咲と一緒にシャワー室入りしたって話。

 

俺の生殺与奪権はきっと、こころが握ってるんだなあって思ったね。

 

え、ゴム? 黒服さんから貰ったよ。使用後のものはこちらの袋に入れてくれって黒い袋も貰った。うん。ありがとうございますって返事したさ。お礼を言うのは大切だからね。はは。マジ死にたい。

 

なんとか30分ほどで事態を収束させて、既に疲れた様子の有咲に連れ添いながら、こころたちの元に帰った。こころは何事もなかったように、いつもの笑顔で迎えてくれた。

 

そんな、こころを見て、彼女の尻に敷かれるなら悪くない人生なんだって思った。

 

いい話だよ(無理やり)。

 

なんだかんだで幸せだったから、後悔はしてない。でも、失うものがあったのも確か。

 

もし、過去の自分にアドバイスできるのなら、そこは花園さんを見るべきだって伝えてやりたいかな。

 

……なんだか下の話ばかりだけど、普通に健全なデートもしたし、大冒険だってしたし、感動エピソードもあるからな。弦巻家の財力でぶっ叩かれた印象はあるけど、下手なドラマより刺激的な体験をさせてもらったさ。

 

弦巻家のジェット機で北海道に行ったときは、湖畔近くの林を、美咲とのんびり散歩した。途中、平坦な道では手を繋いで歩いた。のんびりした時間だった。涼し気な風が気持よくて、空気も澄んでる。美咲の機嫌も良いから、だらだらと2人の時間を満喫させてもらった。

 

夏祭りデートしたときは、花音が黄色の浴衣を着てきてくれた。なんだか花音には珍しい色だったけど、とても似合ってた。たぶん、俺のためにオシャレしてくれたんだろうって思うと、愛おしさで胸が一杯だった。お互いに体を寄せあって屋台を練り歩いた。とうもろこしの焼けた匂いと、花音から伝わる温かい熱は、鮮明に覚えてる。

 

ハロハピメンバーだけじゃない。一緒に遊んだ子たちの笑顔だって、目を閉じれば鮮明に思い出せるほどだ。本当に充実した夏だったよ。

 

夏が楽しみだっていう人の気持ちがようやく理解できた。早く、来年の夏にならないかなって、もう思ってしまう。

 

まあ、まだ1年も先の話だ。時間があるときに、次はなにをしたいか考えることにしよう。

 

今は思い出に浸ってる時じゃないしね。

 

え、今なにしてるかって?

 

弟子から事の顛末を聞いてるんだよ。

 

前にも言ったけど、パスパレが内輪もめしてたんだよ。それが結局どうなったんだって話をしてる。

 

無事、解決したらしいよ。みんな忙しいけど、個人の仕事とパスパレの仕事、両立できるように頑張ろうねってなったらしい。

 

ピアノの特訓が終わって、いつもの笑顔が戻ってきたイヴがそう報告してくれた。

 

イヴ的には最高の結果だったようだから、俺も満足だ。

 

 

 

「師匠のお陰です。本当にありがとうございました! やっぱり師匠は頼りになります!」

 

「そんな褒めるなよ。俺なんて大したことしてないんだからさ」

 

イヴの素直な気持ちが照れくさくて、そう言った。

 

俺がやったことといえば、イヴの相談を聞いて、イヴはどうしたいか聞いただけだ。それだって、別に俺が聞かなくたってイヴは自分で答えを見つけていただろう。本当に大したことしてないんだ。

 

……うん。大したこと……してないな。

 

「あれ? 謙遜とかじゃなくて、俺マジで何の役にも立ってない……?」

 

年上ぶって相談に乗ったぜ、とか思ってたけど、何の成果もなかった?

 

褒められて、ヘヘっと笑みを浮かべていたのが恥ずかしい。

 

「そんなことないです! 師匠は私の相談に乗ってくれました!」

 

イヴが何を言ってるんだ、と言わんばかりに否定してくれた。

 

「え、でも、相談しなくてもイヴなら同じ結論に辿りついたと思うけど……」

 

「そんなのわかりません! それに、たとえ結果が同じだったとしても、私の相談に乗ってくれて、一緒にどうしたらいいか考えてくれたことが嬉しかったんです!」

 

イヴは怒っていた。

 

真剣に俺が言った言葉に対して、そんなことはないと怒ってくれている。

 

他のヤツに同じことを言われたら、フォローしてくれてありがとうって気持ちになるのに、イヴに言われると、素直にその言葉を受け止められる。

 

本当にこの子はズルい。

 

なんだか、こっちまで乗せられてしまって、嬉しい気持ちになってしまう。

 

「今回の件で、私は改めて実感したんです。仲間がいるってことがどれだけ素晴らしいことか」

 

イヴは何かを思い出すように伏し目がちになった。

 

「仲間か」

 

「はい。師匠も知ってのとおり、私は一人で日本に来ました。だから家では一人ぼっちです。学校だって初めは話すことで精一杯で、仲の良い友だちは高校に入るまでいませんでした。お仕事でも、気軽に話せる人なんていませんでした」

 

前に聞いたことがある。社交的なイヴだが、日本に来た当初はなかなか学校に馴染めなかったらしい。周りが悪いってわけじゃなくて、言語の壁が厚かったって話だ。

 

イヴは他の学生に比べて、言語を習う必要がある。他の子が放課後に遊びに行ってるときだって、学校の教師に日本語の居残り授業をしてもらっていたらしい。

 

加えて、中学のころから始めたモデルの仕事も、クラスメイトが彼女を別世界の人だと意識する原因になったらしい。

 

周りの子が話しているテレビの内容もわからないし、遊びにも一緒に行けない。モデルの仕事が他の子と距離を作る。

 

ようやく友達ができたのは、学校の教師に居残り授業卒業を言い渡された高校に入ってからだとか。

 

人一倍、寂しがりやのイヴにとって、それがどんなに辛い時間だったろうか。

 

「寂しかったんだよな」

 

「はい。とても……寂しかったです。でも、高校生になって友だちができました。お仕事でもパスパレの一員になれました。気を許せる人たちとたくさんお喋りできるようになりました。人はただ言葉を交わすだけでは寂しいままなんです。その人の暖かさを感じたり、相手を思いやる言葉があって、初めて会話でつながれると思うんです」

 

その言葉を聞いて、なんとなく前世の洋ゲーを思い出した。やたら説明口調で、一方的にNPCが話し続けるゲームだ。なんだか聞く気がしなくて、読みもせずに会話を飛ばしてた。

 

ゲーム自体は面白いのに、NPCとの会話が致命的につまらない。これもイヴの言う、つながれない会話だったのだろうか。

 

だったら、俺にもわかる気がする。

 

「人の暖かさか……。そうだな、温もりがないと人はどんどん冷えていくからな」

 

「私もそう思います。冷たい時間が長くなると、人はどんどん衰弱してしまうと思うんです。本当は優しい人だって、ずっとそんな環境にいたら、どんどん冷たい人間になっていくと思います。だから私は友だちやパスパレがある今がとても大切で、幸せなんです」

 

イヴの素直な気持ちが、俺の胸を打った。

 

パスパレで一番、無邪気な可愛さがある彼女だが、人の心には敏感だ。自分の心にも聡く、知り合いのいない異国で過ごすことで、自分がどういう状況にあるか、なんとなくでも、わかっていたのだろう。

 

だからこそよけいに、出会いの大切さが理解できて、それを大事にしようとしてる。

 

「師匠に出会えて、師匠に相談に乗って貰って、師匠に温かい言葉をかけてもらえたことだって、それと同じなんです。中学のころに、ずっと欲しかったものが、また増えたんです」

 

今回の件で、イヴはようやく手に入れたものを失いかけて、必死にそれをつなぎ止めた。

 

個人的に思うのだが、もしパスパレにイヴがいなければ、今回の件で呆気無く瓦解していたと思ってる。パスパレは皆の目的が違いすぎるし、アイドルをやっているのだって、アイドルをやりたくてやってるというより、パスパレが好きだからって子が多い。

 

純粋にアイドルをやりたいのは彩先輩だけ。でも、聞いてる限りじゃあ彼女だけでは抑えられなかったんだろう。

 

イヴの絶対に終わらせてなるものか、という気持ちがあったからこそ、奇跡的な復活が合ったんだと思う。

 

まるで物語だと思った。

 

「だから、役に立ってない、なんて言わないでください! 師匠は私を救ってくれました!」

 

「イヴ……」

 

イヴは本当にすごい子だ。

 

16年しか生きてない子だというのに、その言葉にすっかり納得させられてしまう。

 

そして、すごく……眩しい。

 

「イヴはアイドルに向いてるな。もしかしたら彩先輩以上に向いてるんじゃないか?」

 

「ありがとうございます。でも、アヤさんは私が理想とするアイドルです。私はアヤさんが一番のアイドルだって思ってます」

 

「彩先輩か……本当に強い人だよな」

 

ガルパの後、他のバンドとの接点はない。個人間での付き合いは生まれたが、パスパレはアイドルということもあり、こうやってイヴとピアノの特訓をする以外は付き合いはない(日菜先輩からメールはチョイチョイ来てる)。

 

だけど、俺の生活というか、関心は少し変わった。それまで全く興味なかったポピパの動きは有咲経由で常に追ってるし、ロゼリアの動きは日菜先輩から、アフターグロウの動きはひまりちゃんから情報が入ってくる。パスパレだってイヴや日菜先輩から話を聞くし、ときどきパスパレの掲示板を見たりもする。

 

口パク事件を起こしたパスパレだが、意外と根強いファンがいる。掲示板を見ると、実際に本人と会ったことのある俺以上にパスパレメンバーの事を理解している人がいたりするのだ。

 

すごい好かれている。それが俺がパスパレに抱く印象だった。

 

でも、なんでこんなに好かれているかはわからない。

 

「はい! アヤさんはすごい人です!」

 

「歌もダンスも安定してないし、上がり症。アドリブにも弱い……」

 

「師匠! アヤさんの悪口を言うなら、師匠でも許しませんよ!」

 

男の俺にも間髪入れずに立ち向かってくるイヴ。

 

気分は悪くならない。

 

彼女がパスパレの仲間たちを思う気持ちが感じられ、心地良さすらある。

 

「ああ、違う違う。あんなに弱点だらけなのに、どうして人を惹きつけるんだろうって思ってさ。確かに成長が楽しみな人ではあるけど、やっぱり今は未熟なんだよ。数多いアイドルの中でも彩先輩を応援するファンが多いのは何故か。それがわからなくてさ」

 

「それは……たぶん、アヤさんがいつも笑顔だからです!」

 

「笑顔? 確かにそうだけど、イヴだってそうだろ?」

 

あの白鷺先輩だって、いつも微笑んでる。たとえそれが心の中が冷えっ冷えの鉄仮面だとしてもだ。

 

「アヤさんはどんなときだって、めげないし、諦めないんです。一生懸命に努力を続けてる人なんです。それがキラキラしていて、人を惹きつけるんだと思います!」

 

努力なんて当たり前だろと思ってしまう。

 

人より何か秀でた人は、ほとんどが努力してる(こころ、日菜先輩を除く)。むしろそんなの最低条件ですらある。

 

だというのに、イヴはそれこそが彩先輩がキラキラしている理由だと言う。

 

「なんで努力してるんだっけ? アイドルにはなれただろ?」

 

「人に夢を与えられるアイドルになるためです。尊敬しているアイドルの先輩に誓ったんです。いつか必ず、その人を超えるアイドルになるって!」

 

ふと、最近テレビで見た現役最強アイドルを思い出した。

 

初期勢が言ってたとおり、彼女の歌は上手かった。とても綺麗な声をしていて、これでもかってくらい容姿が整ってる。なぜか人を惹きつける立ち居振る舞いで、最強という二つ名に納得した。

 

あの子と彩先輩を頭の中で比べてしまう。

 

「先は遠いかもな」

 

少し冷たい言葉がでた。

 

「承知の上です! 実力差があるのは理解してます。だけどそれでもアヤさんはめげません!」

 

イヴはなんてことはないと断言する。その瞳には彩先輩に対する大きな信頼が見て取れた。

 

「……イヴは彩先輩のことは、なんでも知ってるんだな」

 

「尊敬してますから、当然です!」

 

実力不足を知りながら前へ進む彩先輩、彩先輩やパスパレみんなを信じるイヴ、パスパレが楽しいから一緒にいる日菜先輩、パスパレを支えにしながら、音楽でパスパレを支える麻弥先輩、キャリアが危ぶまれるも、それでもパスパレと一緒にいる白鷺先輩。

 

イヴの話を聞いて、パスパレというものが鮮明に思い描かれていく。

 

そして、心の中でさざなみが生まれる。

 

「はは、そっか。……それなら、もう一回初めから話してくれないか? 今回の騒ぎの一連を」

 

「わかりました! 今日はこの後は予定がないので、何時間だってお話しします!」

 

「望むところだ。……ああ、そうだ、一つ聞きたい」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「今回、新しい曲を発表したよな。どんな曲調だっけ?」

 

「今回のアイドルフェスティバルではパスパレらしい、かわいい曲を披露しました。すごく好評でした!」

 

「そっか……いつものパスパレらしい曲だな」

 

勘違いしないでもらいたいが、ハロハピだってメンバーの信頼関係って点じゃあ負けてない。こころや花音、美咲のことだったら何でもわかると思ってるし、はぐみや薫先輩のことだって深く理解してる自信はある。

 

でも、パスパレはまたパスパレで、俺たちとは違った信頼関係で結ばれているんだと感じたんだ。

 

だから作ってみたくなったんだ。

 

俺が考える彼女たちの絆を曲にしたいと思ったんだ。

 

これまでとは違って、何故かできる気がするんだ。

 

何かが俺を急かしてくる。それは、なんとかしないと、と焦るものではない。

 

何ヶ月も発売を待ち望んだゲームを手にして、自転車で家に帰る途中に感じるような気持ち。

 

でも焦っちゃいけない。ここで取りかかれば、きっと俺は完成するまで一心不乱に作り続けるだろう。

 

だから彼女たちの気持ちを見誤ってはいけないんだ。俺の気持ちと彼女たちの気持ちをフィットさせないといけない。

 

「それがどうかしましたか?」

 

「秘密。上手くいったら教えるよ。それより、ほら。リビング行くぞ。流石に練習室で何時間も喋るのは肩がこるって」

 

「あ、はい! お伴します!」

 

慣れた手つきでイヴをエスコートする。でも、手に汗が滲んでることは自分が一番良くわかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もういちどルミナス。

 

パスパレが発表した曲は、そのファンの中で大きな話題を生んだ。

 

パスパレのそれまでのものとは違うシリアスな曲。事務所との不仲説がささやかれ、パスパレ解散が噂される中で発表されたこの曲は、これからもパスパレが続いていくと確信させるもので、泣き崩れるファンがいたりしたらしい。

 

そんなファンに影響されたのか、ボーカルの彩先輩が初めてこの曲を公の場で歌った後、彼女も感極まって泣いてしまったことでも有名な曲だ。

 

そして、私たち初期勢にとっては、セントー君が初めて他の人専用に仕上げた曲だ。

 

大いに注目している。

 

『発売から一週間経ったわけだが、実際のとこ、どうよ?』

 

[悪くないと思う]

[ファンの反応はなんとも言えない。曲よりも、パスパレ存続に喜んでる感じが強い]

[パスパレの曲の中じゃあ間違いなく一番良い曲だと思うから、ジワジワ評価されるんじゃね?]

 

私もパスパレの掲示板を見に行ったけど、曲が良かったと言う人は少数で、大半はパスパレ存続を信じてたとか、おめでとう等の祝うコメントだった。

 

いつもの鹿の歌が投稿されたときのような、熱狂的なコメントは見られなかった。

 

『なんか微妙だな』

 

[今はまだ、ファンの中で聞かれてる曲だからな。もう少し時間が経って、一般の人の耳にも入ることがあればワンチャン]

[鹿の名前隠してるからな。無名の作曲家が作った曲を、そこそこ名が売れてる程度のアイドルが歌った程度じゃあ、そこまで反響は大きくないって]

[歌ったのが鹿じゃなくて、パスパレだからな。パスパレの歌を聞いてる層の需要と少し外れてたんだろ]

 

『うーん……難しいなあ。俺としては会心の出来だったんだけど、いつもより反応が鈍い気がするし。しかもやっぱり、パスパレの曲って感じじゃなかった?』

 

[パスパレに求められてるのはポップでキュートな曲だからな]

[名曲だと思うけど、あの曲で可愛くダンスするのは無理がある]

 

確かに、彩先輩のなかなか味のあるダンスは、この歌では披露できないと思う。

 

『だよなぁ……俺から見ると、パスパレってあんな感じのバンドなんだけどなぁ』

 

[ファンが求めてるのは少し違ったな]

[実際に彼女たちに接してる鹿がそう思うなら、たぶん彼女たちの本質はそうなんだと思うけど]

[ファンも戸惑ってた]

[私は有りだと思うけどな]

 

『曲は良かったと思うんだけどなー』

 

[今回、随分と自信ないな]

[らしくないぞ。曲の良さがわからないヤツが悪いってスタンスはどこ行った?]

[引きずるねー]

 

珍しい。いつもなら歌だけでなく、人間関係でも、ふてぶてしさを見せつける鹿なのに、この歌に限って踏ん切りがつかない様子になる。

 

『……ほら、アレだよ。この曲はいつもと違うんだよ。こう……誰かが歌うのを前提にして作った……的な?』

 

[そういうことなら、わからなくもない?]

[なんか嘘くさい]

[何か隠してる?]

[ありさにゃんZは何か知らないのー?]

 

びっくりした。

 

許可されてるとはいえ、コメントで急に呼びかけないでほしい。

 

慌てて、コメントを打とうと姿勢を整える。

 

『隠してねえから。そもそも、ありさにゃんZとはあまり歌の話はしないから』

 

[そうなん?]

[意外]

[もしや……不仲説?]

 

は?

 

『いやいや、不仲ってわけじゃ―――』

 

[ありさにゃんZ:不仲じゃねーよ!]

 

『…………』

 

コメントが止まった。

 

『……まあ、そういうことよ』

 

[ありさにゃんZ:違うから。こいつが歌の活動に関することだから、話すならみんなと一緒にって言ったんだよ!]

 

別に不仲じゃない。今日だってデートしてた。配信があるから夕方で別れたけど、そうじゃなければ今の時間だって一緒にいたはずだ。それを不仲とか適当なこと言ってんじゃねーよ!

 

[落ち着けって。何を否定してるか、わからなくなってるぞw]

[タイプ早いなw]

[愛されてんねーw]

 

[ありさにゃんZ:だから、ちげーって!]

 

愛じゃなくて、みんなのこと考えて、話さなかったんだって!

 

『ほら、歌の話に戻るぞ。いろいろと反省点はあったけど、次作るときの参考にする』

 

[はーい!]

[さり気なく彼女を庇う彼氏の鏡]

[好き勝手に歌を作ればいいわけじゃないってことだな。でも私は、鹿が好き勝手作った歌が好きだけど]

 

なんか、ドッと疲れた。

 

『ありがと。俺も自分の歌が好きだよ。まあ、そうは言っても、次に挑戦する機会があっても同じようなの作りそうなんだけどな』

 

[反省してるのか、してないのか]

[パスパレの歌って縛りがなければ、ガチの名曲だと思うから、それでいいんじゃね?]

[またパスパレに行くの? ずいぶんと入れ込むじゃん]

 

『入れ込んでるわけじゃないけどさ。……そう見える?』

 

[パスパレ贔屓してる感じはある]

[鹿からアイドルに絡みに行くとは思ってなかった]

[ガチ恋した?]

[てっきりアイドルに忌避感を持ってるのかと思ってた]

 

『ガチ恋はしてない。イヴはエロいなって思うこともあるけど、恋愛対象として見たことはない』

 

これはたぶん、そのとおりだと思う。

 

本当に狙ってるなら、2人きりになるタイミングで、こいつが動かないのはあり得ない。

 

私だって、仲良くなって初めて2人きりになったタイミングでやられた。話すのが楽しくて、ちょいちょいお互いにボディタッチしてるなぁって思ってたら、ベッドインしてた。

 

自然な流れすぎて違和感を覚えなかったんだろうけど、マジで一瞬だった。

 

奥沢さんも同じだったらしいので、間違いなくこれが、こいつの手口なんだろう。

 

[イヴちゃん弟子になったんだっけ]

[弟子をエロい目で見んなw]

[恋愛対象じゃないけど、エロい目では見るとw]

 

『いや、あんな可愛い子が師匠って慕ってくれて、無防備な姿を晒してるんだぞ。むしろエロい気分にならない方が異常だわ』

 

無防備って……。いや、確かに私が様子を見に行ったときも、イヴには丸っきり警戒心ってものがなかったけどな。スカートで椅子に座って、遮るものがないのに正面にこいつを置くのはどうかと思った。

 

[イヴちゃんのせいにしてるぞ!]

[最低]

[言ってることはわかる。でも最低]

[ありさにゃんZはそこんとこ、どうなのよ。嫉妬しないの?]

 

『バカ、お前、俺とありさにゃんZはラブラブなんだから、嫉妬なんてするわけないだろ』

 

……!

 

だから、みんなの前でそういうこと言うなよ、バカ!

 

[ええー? ほんとにござるかぁ?]

[隠す気ゼロww]

[仲良いかもしれないけど、それが嫉妬しない理由になるかって言われると……ねえ?]

 

[ありさにゃんZ:こいつ、みんなが思っている以上にケダモノだからな。また下半身で物事を考え始めたなって思うだけ]

 

こいつが海で我慢できなくなったときだって、やっぱり我慢できなかったかって気持ちだった。

 

さすがに弦巻さんに落ち着かせてきてくれって言われたときは驚いたけどな。

 

自分に興奮した好きな男を、他の女のところへ向かわせるってどんな気分なんだろうな。私だったら耐えられないって。

 

奥沢さんが弦巻さんは特別って言ってたのは、こういうところがあるからだと思う。

 

余裕があるっていうのかな?

 

いや、奥沢さんが言うには、そんなに余裕はないらしいから、純粋にこいつのためを思っての行動なんだろう。

 

なんだか格の違いを見せつけられた気分だった。

 

『おまっ、なんてこと言うんだよ!』

 

[諦められてるw]

[ラブラブとは程遠いっすねww]

[下半身エピソード詳しく]

 

『はいはい止め。今はパスパレの話だよー、お前らが大好きなアイドルの話だよー』

 

[別にアイドルが好きってわけじゃ……]

[お前が振ったんだろw]

[ひめちゃんとコラボの下地が整ってきたのでは?]

 

『白鳥ひめ……ねえ。パスパレと接して、白鳥さんがすごいアイドルってのは理解できたけど、だからって好きかっていわれるとなー』

 

[相変わらずのひめちゃんディス]

[ようやく偉大さがわかったか]

[能力は認めるけど、好きじゃないって? 調子に乗んな]

 

『ディスってはないから。それに好みでいうなら、パスパレの彩先輩の方が好みだし』

 

胸だな。

 

[胸か]

[絶対に胸]

[むしろ胸以外、見るところがあるのか]

 

『それは言い過ぎ。容姿も大事だし、ウエストとヒップも大事だから。タル体型はノーサンキュー』

 

[ありさにゃんZ:イヴの尻とかよく見てるもんな]

 

とりあえずチクっておく。

 

『ありさにゃんZー、あんまり余計なこと言うなよー』

 

[バレてんじゃんw]

[お前、これ、絶対イヴちゃんにもバレてるからなw]

[師匠のエロい目に耐えながら、懸命にピアノを練習するイヴちゃん。健気すぎん?]

[イヴちゃん応援することにするわ]

 

『大丈夫、大丈夫。イヴは純粋な子だから』

 

[? 理由になってないが?]

[素直な子だって、視線くらい気づくわw]

[イヴちゃんモデルだろ? 人の視線には敏感だって]

 

イヴはこいつの視線に間違いなく気づいてる。でも、こいつが思っている以上に強かな面もあるから、襲われたら襲われたで問題ないと考えているんだろう。聞いた話じゃあ合同練習のときに、かなりやらかしたらしいし、たぶん間違いない。

 

まあ、こいつなら酷いことしないって信頼感もあるんだろうけどさ。

 

『(無視)はい、この話題終了。次、行こう』

 

[自分から好みの話を振った癖にw]

[なんかマジでイヴちゃん好きになってきた]

[他のバンドのために卸した曲はどうだった?]

 

『まあ、楽しかったよ。俺から見たパスパレを曲にして、完成直前に詩を見てもらったんだけど、彼女らの好みのフレーズとか言い回しとかあって、何か新鮮だったな』

 

[ちゃんと打ち合わせしたんだな]

[すり合わせは大事]

[彩ちゃん、校正なんてできたっけ?]

 

『お前ら彩先輩のこと舐め過ぎだぞ。そりゃあ確かに泣いてばかりで話が進まなかったけどさ』

 

[泣いてんじゃねえかよw]

[知ってたw]

[マジで期待を裏切らない人だなwww]

[先輩って呼ぶの新鮮だな]

 

『彩先輩は俺の知り合いの中でもトップクラスに涙脆いからな。あと、他は知らんけど、パスパレはテレビで見たままの人だぞ。……白鷺先輩も見たとおり常に微笑んでる』

 

[営業妨害w]

[千聖ちゃん基本、笑みを崩さないんだよな。それなのになんか怖いっていうw]

[日菜ちゃん、マジであんな感じなんだw]

[くっそ仲良いじゃねえかww]

 

白鷺先輩はマジで圧がある。でも、気が利いて、優しい人でもある。

 

ただ、こいつとの関係で、大丈夫? 脅されてない? て聞かれたんだけど、どういうことだったんだろう。

 

白鷺先輩って花音先輩の親友だったよな。花音先輩から話は聞いてると思うんだけど、こいつ、どう見られてるんだ?

 

『基本的にみんな良い子だからな。食わず嫌いしてるわけじゃなければ、誰だって仲良くなれるだろ』

 

[一昔前ならともかく、今の時代、アイドルも裏の顔が酷ければ干されるからな]

[パスパレがヤバいヤツらだったら、ありさにゃんZから報告があるだろうから、そこは心配してなかった]

[マジレスするけど、鹿のそういう人を見てくれる姿勢はマジで好き。それをひめちゃんにも見せてくれれば、もっと好きになる]

 

ネットで好きに呟ける時代で、タバコなんて吸ってたら、すぐ密告されるだろう。女同士の嫉妬ほど、えげつないものはない。

 

あと、最近、初期勢でひめちゃんのファンになったやつが何人かいるよな。ひめちゃん推しのコメントがちょいちょい見える。

 

『白鳥さん推しの圧を感じるな……。とにかく楽しかったよ。結果は今ひとつな感じだけど、俺としてはマジで出し切った感がある。これまで発表した歌にだって引けを取らないと……いいなー』

 

[そこは自信持てよw]

[自信なさげやな]

[やり切ったかい?]

[自分が納得できたなら、それで良し。次の曲行こう!]

 

『新曲かー。俺が気分で作ったのならともかく、他の人が歌う用に作るなら、すぐには無理だな。なんて言うか、作りたくてしょうがないってならないと難しい』

 

[既に作った曲の提供はいいけど、新曲は違うの?]

[線引がわからん]

[ありさにゃんZー、通訳お願いー]

 

フィーリングじゃね?(適当)

 

『オリジナルは……オリジナルなんだよ。既存曲もオリジナルだけど、違うオリジナルっていうかさ』

 

[やっぱ何か隠してるよな]

[オリジナルのゲシュタルト崩壊]

[素直に吐けって、な?]

 

[ありさにゃんZ:隠し事してるのはわかってる。でも子どもが生まれるまでは内緒だって言われてる]

 

意味わからないけど、とりあえず今は話す気がないってのはわかったので、特に追求はしてない。こいつなら、時期が来ればちゃんと話してくれるだろうし。

 

『ありさにゃんZー、今日、暴露が多いぞー。ネットリテラシーを思い出せー』

 

[まあ、メン限なら大丈夫だって]

[ありさにゃんZのお陰で理解できることも多いし、まあ、多少はね]

[てか、子どもが生まれるまでってどういうこと?]

 

『……子どもが生まれたら、(有咲が)逃げられないだろ? 秘密を打ち明けるなら、それくらいかなって』

 

うん?

 

[?]

[え、逃げる気あんの?]

 

『? そりゃあ、反りが合わなきゃ別れることだってあるだろ? この先、どんなヤツ(男)が現れるかわかんないし』

 

[ありさにゃんZ:は? お前、あんだけ好き放題やっといて、逃げられるとか思ってんの?]

 

え、なに言ってんの? うちの家でも、ホテルでも、海でも、映画館でも、お店のフィッティングルームでも、散々好き放題やってきたのに? こないだなんて色んな衣装に着替えさせられて、有咲との思い出だって、行為の一部始終を動画に撮ってたくせに? 散々、愛してるとか、有咲と別れたら死ぬとか言ってたのに?

 

逃げるつもりなの?

 

[あっ]

[これヤバくね]

[おお、お、落ち着けって!]

 

『いや、いやいやいや違うって、そうじゃないって』

 

[ありさにゃんZ:何が違うっての? 説明しろよ]

 

キーボードを叩く音がうるさい。

 

そんなに力を入れてないのに、ミシミシ言わないでほしい。

 

『いや、誤解なんだって。てかお前らうるせーよ!』

 

[私らに八つ当たりすんなよ!]

[すっげえ動揺してて草]

[いいから早く説得しろって]

[昔、痴情の縺れで刺された知り合いがいたけど、そういえば刺される直前、こんな場面に出くわしたなー]

 

『思い出話とかいらねえから!』

 

[ありさにゃんZ:コメント読む暇があったら説明しろよ。ほら、早く!]

 

なんでこいつは呑気にみんなに返事をしているんだ。私をバカにしてるのか?

 

『ああ、もう! 今日の配信はここまで! みんな来てくれてありがとう!』

 

[逃げんなw]

[早く連絡しろ]

[なんだこの終わり方w]

 

『有咲、電話するから出ろよ!』

 

[ありさにゃんZ:でろよ?]

 

なに? 命令すんの?

 

『出てください! じゃあ、また次回!』

 

[wwwww]

[草草の草]

[死ぬなよw]

 

エンディング動画が流れる。それと同時にスマホが鳴った。かけてきたのは当然、あいつだ。

 

[痴話喧嘩するなら見せてくれw]

[DV彼氏になると言われてきた鹿の実態がこちらですw]

[尻に敷かれてるのマジで草なんだけどw]

 

動画が終わったのに、余韻のようにコメントが流れ続ける。

 

「うるせー」

 

そう小さく呟いて、通話をオンにした。




もういちど ルミナス

パスパレの歌で一番好きです。他のバンドと違って、パスパレだけは自分たちで曲を作らないので、外注でよくあんなドンピシャな歌詞が作れるな。って思ったことが、この曲を選んだきっかけです。
パスパレっぽさでは「あっつあつ常夏らぶ☆サマー!」も好きです。イベント画面でサビがずっと流れてて、気が付いたら口ずさんでました……。

出典
浴衣 花音:バンドリ! ガールズバンドパーティ!~2018 Summmer~ in渋谷マルイ


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13.5話(若宮イヴ視点)

フレーバーです(断固)。前半飛ばしてもらって、なんの問題もありません。
前半の話は世界観の核心に迫るものなんですが、それだけ扱いが難しい話でもあります。
整合性とか厳しくやってませんよ? 
これをやり始めると、マジで1カ月単位の時間が必要になるので
矛盾があっても、物語を変えるものなら完結するまでいじれません。じゃあ投稿するなって話なんですけど、作者はこういうのが大好きなので……。
俺は近代、現代に詳しいぜ! って方は、前半を飛ばすことを推奨します。
緩い感じで世界観を楽しみたい方は、ほーん(鼻ホジホジ)って気持ちでお楽しみください。


なぜ男性が減ったのか、それは今もなお研究が続けられている話題です。

 

最初はアジアの一部地域で見られる現象でした。男性の出生率が極端に減る、という現象が発生したのです。

 

当時はインターネットどころか、電話回線すら整備途中でしたので、欧州にその情報が伝わるころには、既に一部の地域では取り返しのつかない状況になっていたと言われています。

 

当時から研究者は精力的に原因の追求をしました。感染病や新種の害虫、神の呪いなど、あらゆる事象を疑い、検証を続けました。

 

なかなか成果は上げられませんでしたが、世界中の研究者が国境を越えて取り組んでいる問題です。このまま続ければ、いつか必ず解明できるはず。研究者の中には、そんな希望があったそうです。

 

でも、残念ながら、その人たちが原因を特定することはできませんでした。

 

その理由は、特定するための判断材料がないことです。

 

この現象は非常に広範囲に及んでいて、どこから発生したかがわかりません。しかも症状といえば男性が生まれにくくなったことだけ。

 

当時はいろんな仮説が飛び交い、大いに議論されたようですが、どれも科学的に肯定することも、否定することもできなかったようです。

 

神の呪いという非科学的なものですら仮説として残っているのは、当時がいかに混乱しているかを示しています。あらゆる可能性を否定しない代わりに、特定することもできない現象。それが第一の問題でした。

 

研究者たちは、それでも懸命に、全世界に広まってしまった現象を止めようと、必死になって研究を続けていました。

 

でも、その研究者たちにも不幸が訪れます。

 

時が経ち、ほとんどの国で、女性が国内人口の多数を占めるようになりました。

 

そして、男性の虐殺事件が起きました。

 

ある国では女性の身分がとても低く、女性が虐げられていました。しかし、この問題で男性の数が減り、男性と女性の力関係がひっくり返ったとき、クーデターが起こりました。

 

クーデターは成功し、その国からは男性がいなくなりました。

 

そして、その国は滅びました。

 

当たり前です。男性の根絶に成功したら、そのときから新しい子が生まれなくなります。当時は人工授精なんて技術はありません。その国は自然の摂理に則り、まるで線香花火が消えるように、フッと消えていきました。

 

当時の社会は驚きに満ちあふれたと言います。そんなことは子どもでもわかるのに、なぜ何の対策も考えないでクーデターを起こしたのかと。

 

欧州や周囲の国は、その国がクーデターを起こした後に、女性しかいない状況をどのように乗り切るつもりなのか注視していたので、こんな結末に終わったことが理解できずに悩んだと言われています。

 

そして、もっと驚くことに、こんなことをする国は他にもありました。

 

最初の国に続くように事を起こした国もあれば、最初の国の滅亡がはっきりした後に事件を起こした国もあり、何故こんなにも物事を考えずに行動するか、そのときの国際問題研究分野では何度も議論が繰り広げられていたようです。

 

一部の政治学者が、教育を受けた国ですら、こんなバカなことをするなんて! と言って、民主主義反対運動を繰り広げたことは、どの国の教科書にも載っています。

 

これらの国とは逆に、女性を優遇していた国も危機におちいりました。

 

女性は男性に優しく接しました。でも同時に、昔を忘れることができず、数少ない男性に対して以前のような扱いを求めたのです。

 

それが男性をストレスによる自殺に追い込むことになりました。

 

周りを取り囲む大勢の女性から注文を受けた男性は、初めはその期待に応えていましたが、段々と疲れを見せ、そして知り合いが自ら命を断つのを見て、自分も後に続いたと言われています。

 

この国が滅亡するときは、残った国民を欧州が受け入れました。元々、欧州の中でも平均的な国力を持っていた国でしたので、他の国も明日は我が身と思い、その国民を受け入れました。ですが、自国民と同じようにはしません。

 

一見すれば女性たちは男性たちの良きパートナーです。滅びた国の民とはいえ、男性と触れ合ってきた彼女たちは、自国の男性から見ても接しやすい相手です。でも、一歩間違えれば、自国を同じ目に遭わせかねない人たちでした。

 

結局、滅びた国の民は外国人労働者という名目で受け入れられました。

 

そうです。今も続く奴隷制度の始まりです。

 

外国人労働者には大きな制限がかけられます。

 

有名どころでも男性との接触禁止、子を産む義務、政府の指定する労働への従事義務、団結の禁止、居住・移住選択の禁止、公用語以外の使用禁止などがあります。選挙権は当然ありません。

 

男性に代わって女性が人権を持つようになったのに、その人権をことごとく否定するこの制度は、政府の奴隷になる以外の何ものでもありません。受け入れられた女性たちも、これには反発しました。

 

しかし、後ろ盾になる国を失った彼女たちは受け入れざるを得ませんでした。

 

幸いなことに、彼女たちはそこまで悪い待遇ではありませんでした。

 

受け入れた国にとっても、人口維持のためであり、ゴミ収集や屠殺場、肉体労働全般において成り手不足が深刻な問題になっていたので、滅びた国の民は大切な労働力でした。

 

外国人労働者が生んだ子どもは、生後2カ月で政府が預かり、孤児院のような政府管理下の場所で育てられます。それでも食事はしっかり与えられますし、体調が悪い場合は医師の診断があれば仕事を休むことができます。休みが続きすぎると、本国送還という名の島流しが待っていますが……。

 

ともあれ、生きていくことはできる環境です。彼女たちは不満を抱えながらも日常を生きています。

 

男性に優しくしても、厳しく接しても国は滅びました。では、今もなお存続している国はどういう国でしょうか。

 

それは、女性の教育水準が男性並に高かったり、丁度いい具合に女性に人権があった国です。

 

アメリカや生き残った欧州の国は女性の教育に早くから手を付けていました。女性の教育水準が高い国では、男性が消えて国がなくなることのデメリットを理解し、男性をより効率的に生かす方法を追求していきました。

 

ストレスの原因を徹底的に取り除いたり、人工授精を確立して精子バンクを実現したり、男性の負担を減らしつつ、精子の提供数を維持することに腐心しました。より効率的に受精まで辿りつく。それが欧州共通の目標でした。

 

こういった国は、その人口を大きく減らしたものの、ある程度、安定した国として成り立っています。

 

無論、先ほどのように教育を受けた女性がいる国が男性虐殺をしたケースもありますので、全ての国でそうだとはいえません。もしかすると、たまたま有能な人がトップに立った。それだけなのかもしれません。

 

次に、日本のような丁度いい具合で女性に人権があった国です。

 

日本は男性上位の国でしたが、女性も役割を持っていて、男女が丁度よく役割分担をしていたと言われています。

 

亭主は家では横柄な態度を取りますが、しっかりと女房、子どもの食い扶持を稼ぎます。それができない人は周りから責められますし、女房だってチクチクと責め立てます。明治時代になる頃には、一部の地域で、かかあ天下なんて言葉もあったくらいです。

 

収入の高い人たちだって、花魁と呼ばれる娼婦に熱を上げ、まるで一国の姫を相手するように貢ぎ、もてはやしました。

 

実際のところは何が良い影響をもたらしたかは、わかっていません。日本の成功例を見て、同じようにしようとする国もありましたが、どこも上手くいってません。

 

事実なのは、男性を恨むでも、以前の待遇が忘れられないわけでもなかった日本では、女性の教育水準の割には男性の維持に成功して、今では世界で一番、人口に占める男性率が高い国ということです。

 

他の国と比べて、日本は男性の割合が高いので、精子バンクに余りがあります。

 

精子は国内では広く普及させる一方で、他国に対しては高値で取引されます。

 

どの国も精子の確保には必死です。

 

一度でも人口維持の限界水準を割ってしまえば、後はもう落ちるだけです。人口減少が進み、外資だけでなく、国内資本も他国の国籍を得るために国外へと逃げ出します。

 

だからこそ、どの国も男性の確保に躍起になり、国内だけでは足りないと判断すれば、高価であっても他国の精子バンクを求めます。

 

かく言う私も、母はヨーロッパの人ですが、父は日本人です。そうです、私は日本から輸入した精子バンクで産まれました。

 

私のような存在はヨーロッパでは珍しくありません。これが原因で虐められたということはなく、普通の父親がいない子たちと同じような扱いをされていました。

 

ですが、やはり心のなかでは、見たこともない父が気になって仕方ありませんでした。

 

会ったことも、話すらも聞くことのない、遺伝子上の父でしたが、それでも父を知りたくて、私は日本に興味を持ちました。

 

ですから、自国で、男性の数が減っているとニュースが流れ、母が私に日本行きを勧めたときに、ハイと返事をしました。

 

もちろん、迷いはありました。仕事があるので母は一緒に行けませんし、友だちともお別れしないといけません。でも、このまま時が過ぎるのを待てば、私たちは取り返しの付かない状況――どこかの国の外国人労働者として、望まない仕事を死ぬまで続ける未来しか待っていません。

 

行くしかないんです。

 

一人は寂しいですが、これが私と母を守ることができる唯一の手段です。

 

留学生なら、留学先の国籍を取ることができます。

 

私のような高校生であれば、高校卒業まで優等生として生活し、国から優良であると判断されれば国籍を取得できます。国籍が取得できれば、海外から親族を1人だけ迎えてもいいことになっています。

 

ただ、当然ですが、難点もあります。

 

優良と判断される基準が複雑なんです。

 

日本語が自在に扱えることや、学校の成績が優れていることは当然です。そのうえで、どんな活動をしていたかが注目されます。

 

日本を良くする人材なのか、頭が良いからといって、日本国内の外国人労働者を扇動したりと、日本に悪影響を与える人物になることはないか、人柄は優れているのか等、客観的にわかるものもあれば、判断する側の主観に委ねられる項目もあります。

 

だから私たちのように日本国籍を取ろうとしている学生はみんな必死です。

 

成績や学校での態度はもちろんですが、それ以外にも秀でたことを見つけなければいけません。そして、それで実績を残す必要があります。

 

私の目標は、無事、高校を卒業して、母を日本に迎え入れること。

 

モデルやアイドルは人の理想となる仕事ですから、国籍取得にはうってつけのものだと思います。

 

モデルのお仕事は楽しさもありましたが、それを目標に孤独に耐えて頑張ってきたところはあります。

 

パスパレも初めはそうでした。でも、仲間と居られるのは、やっぱりいいなと思います。

 

だからでしょうか、パスパレ解散を持ちかけられたときに、優良なモデルを続けるという観点で、私は解散に反対するべきではなかったんです。私が強く出ることで、スタッフに見限られて解雇となれば、積み上げてきた可能性が崩れ落ちます。

 

だから、本来ならば黙っているのが正解でした。でも、このままだとパスパレのみんなと離れてしまうと思うと、黙っていられませんでした。

 

だけど後悔はありません。孤独な心を癒やしてくれたみんなと、どうしても別れたくなかったんです。

 

師匠だって、イヴの好きなことをやれって言ってくれました。

 

優良な学生にならないといけない以上、好き勝手やっていいわけじゃないことはわかっています。でも、譲りたくないものが出たときに、自分の納得できる選択をできたのは、やはり師匠のおかげだと思ってます。

 

師匠は、自分はなにもしてないと言います。自分がなにも言わなくたって、イヴなら同じ結論に辿りついていたと言ってくれます。

 

そうかもしれません。でも、違うかもしれません。

 

もしものことなんて、実際にどうなるかなんて、わかるわけないんです。

 

わかるのは、師匠の言葉で、自分がやりたいことを選べた。その事実だけなんです。

 

だから、私が本当に感謝していることが、どうしたら師匠に届くか悩んでいます。

 

一番わかりやすいのが、体でお返しすることです。

 

以前、合同練習のときは断られてしまいましたが、師匠が私の体に興味を持っていることはわかります。特に一緒に海に行ったときは胸とお尻に視線が痛いくらい刺さっていました。

 

アリサさんはじろじろ見過ぎだって怒ってましたが、男の方が自分に興味を持ってくれるんです。私は嫌な気持ちはしません。むしろ、それを見越して大胆な水着を選びました。

 

だから、これが一番、師匠が喜ぶと思っています。

 

私だって師匠とならば望むところです。

 

武士にあるまじき節操の無さを初めとして、誘惑に非常に弱い師匠ですが、いくつもの尊敬できる点があります。特に「仁」という点において、この世界の男性で最も師匠が優れていると確信しています。

 

師匠との子であれば、すぐにでも作りたいと思っています。

 

私だって男性と結婚できるとは思っていませんが、やはり人工授精に頼らずに子を授かることは憧れています。自分の父親が誰かわかる。それが自分の子どもに与える最高のプレゼントだと思っています。

 

さすがにモデルとアイドルの仕事には少し影響が出てしまいますが、高校生のうちから同意の元で子どもを産んだとなれば、国籍取得は確実です。

 

師匠と交わることは、お互いにメリットばかりなんです。

 

今、私は絶対に叶えたい大きな目標があります。それが達成できるまでは男性にうつつを抜かすことなんてできないと考えていました。でも、師匠と近づくことで、キーボードが上達してアイドルに磨きがかかり、もしかすると子どもを授けてくれるかもしれないとなると、師匠と私は出会うべき運命だったと感じてしまいます。

 

最近は夢で出会う父親は、いつも師匠の顔をしています。エッチですが、すごく頼りがいがあり、私が困っていると優しく寄り添ってくれます。

 

ときどき、師匠のことを、お父さんと呼びそうになるのですが、これはまだ師匠には相談できそうにありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

師匠からパスパレのための曲をもらい、私たちは歌詞の中身や、曲を演奏できるかを早急に話し合いました。

 

最初の話し合いには師匠も参加して、曲のコンセプトを説明してくれて、私たちから意見を聞いてくれました。

 

初めはみんな恐縮して、すごいという感想しか出ませんでしたが、途中で師匠から、意見が出ないとかやる気あるの? という言葉が出たのを切っ掛けに、みんなで多くの意見を出し合いました。

 

師匠はみんなの意見を1つずつ確認して、数日後には修正した曲を送ってくれました。

 

私たちパスパレはそれを元に再び打ち合わせをして、今日は3回目の集まりです。

 

「ふう……だいたい、こんな感じかしら。他になにか意見はある?」

 

チサトさんはまとめ役を買って出てくれました。

 

最初こそ、師匠とトゲトゲした空気を出していたチサトさんですが、曲に触れる度に、どんどん柔らかい雰囲気になってきました。

 

「私はありません」

 

「ジブンもです。これならジブンたちでも演奏できるようになると思います」

 

マヤさんは曲が私たちに演奏可能かを必死に探ってくれました。

 

マヤさんがいてくれるからこそ、私たちはこの曲を演奏することができると前向きに考えられます。

 

「私もないよ……」

 

「彩ちゃん、また泣いてるー」

 

「うう……だって……」

 

「もう3回目の打ち合わせなのに、1回目からずっと泣いてる気がするわね。でも、ちゃんと意見を出してくれたからいいわ」

 

「千聖ちゃんまで~」

 

アヤさんは1回目の打ち合わせどころか、師匠が曲を作ってくれたことをパスパレのみんなに報告したときから泣いています。でも、詩の意見をたくさん出してくれたのもアヤさんです。

 

ヒナさんはずっと楽しそうにしてました。ギターを持ってきて、良さそうなフレーズをサラッと弾いて、ここはこうした方がるんっとするよ! と意見を出してくれます。

 

師匠もそれを聞いて、ああ、こんな感じ? と言ってキーボードで合わせ始めたので、ヒナさんが余計に高ぶってしまい、マヤさんを巻き込んでセッションが始まりそうになりました。もちろん、チサトさんがピシャリと収めてくれました。

 

「ふふっ。とにかく、今日はここまでね。後は各自、家に帰ってもう1度なにかないか考えてみましょう。それでなにもなければ、海堂くんに返事をしましょうか」

 

「いいと思います!」

 

「ジブンも帰ってメロディをもう一度、叩いてみます」

 

「あたしは早くみんなと合わせたいなー」

 

「日菜ちゃん、数日は練習させてね……」

 

「スタッフには話は通しておいたわ。著作権は海堂くんに。ただし、使用料等は一切なし、で良かったのよね」

 

師匠が言うには、どうせ自分がでしゃばってもアンチが湧くだけだ、とのことです。

 

師匠にはファンが大勢いますが、師匠を嫌っている人も少数ですが存在しています。そういう人たちは弱い人に的を絞るので、パスパレが狙われる可能性は充分にあるそうです。それなら、師匠は一切、表に出ない方がいいと考えているようです。

 

私たちと師匠の関係は、すでに噂されているので完全に隠しきれるものではありませんが、大っぴらに公表することでもないし、会社の中だって、師匠の名前が登場するのは極力、避けたいようです。

 

今回の件だって、師匠の周りではハロハピの方たちと、いわゆる初期勢と呼ばれる師匠のファンしか知りません。

 

本当に師匠は私たちのことを考えてくれています。

 

「はい。どうせ1曲の寄付代にすら届かないだろうから、面倒なだけ、と言っていました」

 

「き、寄付ってどのくらいでしたっけ?」

 

「えっと、今は……6,000万円だね……」

 

「ろ、ろくせんっ!?」

 

「おお、すごいねー」

 

いつだったか、師匠とその話をしたことがありますが、本当に使い道に困っているようでした。

 

ライブハウスも先を越されたし、ゲームは資金よりも人が育つ時間が要る、と言ってました。

 

「……寄付の話もそうだけど、こうやって実際に歌が目の前にあると、あの話は本当だったって実感するわね」

 

「はい。海堂さんがイヴさんに話を聞いて、数日後には曲を仕上げて、しかもこの完成度。ジブンは曲作りに詳しいわけではありませんが、これがとんでもないことくらいはわかります」

 

「麻弥ちゃんの言うとおりね。私だって歌に詳しくないけど、これが名曲なのはわかるわ。……それに、本当に私たちのことを書いてくれた詩ね」

 

歌詞は、私が師匠に事の顛末を話した次の日に貰いました。まさしく、師匠が感じた私たちの印象を詩にしてくれたのだと思います。

 

「イヴちゃんが話してくれたんだよね」

 

「はい。パスパレが解散するかもしれない話が出たときに、師匠に相談に乗ってもらいました」

 

「それで、この歌詞ができたんだー。あたしたちのことが歌詞になるって、なんか不思議だね」

 

「うん。初めて見たときは実感がわかなかったよね。嬉しいけど、なんだか恥ずかしいな」

 

「ふふっ、私も同じ気持よ、彩ちゃん。……ところでイヴちゃん、その話を聞いて、彼は何か言ってた?」

 

「いえ、特別なことは言ってなかったと思います。私の悩みを静かに聞いてくれて、どうしたらいいかアドバイスを貰いました!」

 

途中、感情が高ぶってしまったときも、優しく肩を叩いて、私が落ち着くのを待ってくれました。

 

「……少し意外だわ。海堂くんが噂どおりの人なら、嫌味の1つや2つ言いそうだけど」

 

「チサトさん、師匠はとても良い人です! 真剣に悩んでるのに、そんなことは言いません!」

 

「そうよね。そんな人だったら、花音が好きになるわけないわよね。ごめんなさいイヴちゃん。失礼な聞き方をしてしまったわ」

 

「いえ、わかってくれて嬉しいです」

 

「気持ちを切り替えないといけないわね。海堂くんは私が思っているような軽薄で、無責任な人じゃないのよね」

 

そのとおりです。師匠はちゃんと物事を考えて決断します。自分の行動が引き起こす結果を想定して行動します。責任感がない人はこんなことしません。

 

パスパレに被害がでることを懸念して、自分が表に出ないようにしたのだって、きっと自分の影響力に責任を持っているからだと思います。

 

だから、話を聞いてくれたときだって軽はずみなことは……

 

「あ、でも、しきりにマヤさんの様子は聞かれました」

 

「じ、ジブンっすか?」

 

「はい。マヤさんはどんな様子だったかや、どんな服装してたのか気にしてました」

 

少し前のめりになって質問されたのを覚えています。

 

「イヴちゃん、それは……いや、でも」

 

「あはは! 幹彦くんらしいね!」

 

「あの男、やっぱり……!」

 

アヤさんがおっしゃるとおり、たぶん、そういうことだと思います。歌には直接関係ない話かもしれません。

 

でも、パスパレの歌ができるときの様子だから報告しないわけにはいきません。

 

決して私のお尻をチラチラ見てたのに、平然とマヤさんのことを聞いてきた仕返しではないんです。




諸説あり(保身)。


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13.6話(瀬田薫視点)

夏休みが終わり、半袖では少し肌寒くなってきた頃の話だ。

 

こころの家の倉庫から宝地図を見つけた私たちは、宝地図が発見された場所であるハピハピ島という南の島へ旅だった。それが大冒険の始まりだった。

 

私たちは、その島で数々の困難に遭遇した。しかし、それに臆することは無く、私たちは助け合い、励まし合って、それを乗り越えて行った。そして、ついに私たちは宝を手に入れた。

 

……古代のロマンがつまった巨大な恐竜の化石をね。

 

今はその発掘をこころの家の黒服の人に任せて、プライベートジェットに乗って家に戻ってる最中さ。

 

本当は私たちの手で発掘をしたいとも思ったけど、明日は学校がある。

 

仕方ないことさ。

 

「ああ、本当に素晴らしい大冒険だった」

 

「薫さん、まだ言ってるよ」

 

「薫の言うとおり、楽しい大冒険だったわ。あんな体験ができたんだから喜んで当然よ!」

 

「うん。確かに大冒険だったね……」

 

「薫先輩の言うとおりだと思います。あれは大冒険です」

 

「幹彦、薫さんのイエスマンも程々にしなよ」

 

「失礼な。俺は心からそう思ってるから言っただけだ」

 

「呼んだかしら?」

 

幹彦の膝の上に乗ったこころが、首を後ろに逸らすように幹彦の顔を見上げる。

 

「いーや、こころ違いだよ」

 

幹彦がこころの額に自分の額をコツンとぶつけながら言った。

 

「そう? ならいいわ」

 

そう言って、こころは首を戻して、両足をリズムよく振る。

 

今日はハピハピ島の子どもたちとも遊べたから、いつも以上にご機嫌のようだ。

 

「真っ暗な洞窟、コウモリの襲撃、先が見えない迷路、お宝へ繋がる落とし穴。どれをとっても大冒険だろ?」

 

そのとおりだ。幹彦はこの冒険をよく理解している。

 

「それはそうだけど……でも、別荘から目と鼻の先だったじゃん」

 

「美咲、たとえ結果がそうであっても、私たちの冒険は変わらないよ。みんなで力を合わせて困難を乗り越えたのさ」

 

「薫先輩の言うとおりだと思います」

 

「あんたはbotか」

 

「で、でも、怖かったよね。いつもの生活じゃ体験できないことだったから、そういう意味では冒険だったかも……」

 

「花音は優しいなあ」

 

「あんた、どっちの意見なのよ」

 

「両方」

 

「適当か!」

 

「美咲、あまり大きい声を出すと、はぐみが起きてしまうよ」

 

3席ずつがテーブルを挟んで向かい合っているなかで、向かいの中央に座る幹彦にもたれかかるように、はぐみが寝ている。こころは、はぐみを起こさないように器用に幹彦の膝の上を陣取っている。

 

「あっと、すいません」

 

「はぐみちゃん、ぐっすりだね」

 

「ジェットに乗ったときは元気だったのに、いつの間にか寝てましたね」

 

「それだけハピハピ島が楽しかったんだろ。すっごく、はしゃいでいたからな」

 

「こころと一緒になって現地の子とトカゲを追っかけ回してるのを見たときは、巻き込まれないように必死に距離を取ったよ」

 

「あれは……すごかったね」

 

「ハピハピ島にいるトカゲさんはすっごく可愛いのよ! 美咲たちも一緒に来ればよかったのに」

 

「私はいいよ。ちゃんと幹彦を差し出したでしょ?」

 

「俺はトカゲよりも子どもにひっつかれてた思い出が多いな」

 

「幹彦くん、大人気だったもんね」

 

「幹彦みたいに大きな人は島にはいなかったからね。子どもたちが幹彦に目を奪われてしまうのも仕方ないさ」

 

「薫先輩も来てくれませんでしたね」

 

「私は遠くから見守るだけで充分だよ」

 

「……薫さん、トカゲが苦手なんじゃ?」

 

美咲が目を細めて私を見た。

 

「そ、そんなわけないじゃないか。私は大冒険に思いを馳せていたから、たぶん子どもたちに集中できないと思っただけさ」

 

「そういうことにしときますね」

 

「美咲は冗談が好きだね」

 

「……まあ、いいです。それにしても本当に海が綺麗でしたね」

 

「そうだね。珍しいクラゲも見れたしね」

 

「幹彦が捕まえて来たクラゲさんね。確かに綺麗だったわ!」

 

「黄色い不思議なクラゲだったね。あの色からは儚さを感じたよ……」

 

「儚さはわかんないですけど、あんた、あんまり無茶しないでよ。クラゲだって毒を持ってるのもいるらしいんだから」

 

「現地の人が大丈夫だって身振りをしてたから、行ったんだよ。怪我してまで捕まえたって、逆に花音が傷付くだけだってわかってるさ」

 

「うん。無茶はしないでほしいな……」

 

「わかってるよ。美咲も心配してくれてありがとうな」

 

「まあ、うん。体を大事にしなよ」

 

「おう」

 

「あの珍しいクラゲの絵が書かれてる食器があったけど……、あのクラゲはこの島特有のクラゲなのかな?」

 

「どうかしら? でも別の島で見たことはないわね!」

 

「宝が眠る島の近くにだけ生息するクラゲ。とてもロマンがあって儚いね……」

 

「薫先輩の言うとおりだと思います。これはマジで儚いと思います」

 

「あんた、ディスってない?」

 

「俺が薫先輩をディスるわけないだろ」

 

「あ、あはは……水族館で見れないのは残念だけど、そういうクラゲがいるのも、なんかいいよね」

 

「まあ、南国ならではって感じは、旅行してる気分が出ていいですよね」

 

「ええ、とても素敵な島よね!」

 

「ああ。誘ってくれてありがとな、こころ」

 

「いいのよ。また一緒に来ましょうね!」

 

幹彦の言葉を聞いて、こころがすぐ横の、はぐみとは逆側にある幹彦の腕をぎゅっと抱えながら言った。

 

「そうだな。また来年、遊びに来ようか」

 

幹彦は、こころに抱えられた腕を少し動かして、彼女を抱えるように自分の方へと引き寄せた。

 

「約束よ!」

 

一際、嬉しそうなこころの声が響いた。

 

「こころー、静かにしな。はぐみが起きちゃうでしょ」

 

「あら、ごめんなさい。大丈夫かしら?」

 

「うん……、寝てる、かな?」

 

「はぐみも起きてたら、もっと楽しかったのに。残念だわ」

 

「それはそうだけど、こうやって静かに思い出を語り合うのも悪くないものだよ。私はこういう時間も好きさ」

 

「薫先輩の言うとおりだと思います。緩急があるからこそ、冒険はその色を強くすると思います」

 

幹彦の言うとおりだ。こうして穏やかな時間があるから、あの大冒険は特別なものとして輝くんだ。

 

大冒険の終わりに仲間と静かに語り合う。これがないと、せっかくの大冒険が形無しだ。

 

「ただのイエスマンのようで、自分の意見をしっかり入れてきたな」

 

「伊達に社会で揉まれてないからな」

 

「ネットを社会って表現するのはどうなのよ」

 

「一度揉まれてみ? いかに攻撃されずに自分の意見を主張するか鍛えることができるぞ。逆に攻撃されるときは予想できるから、心の準備が間に合うようになる」

 

「そんな嫌なピンポイント練習はしたくないから」

 

「まあ、そんな練習しなくても、美咲は人の気持ちを考えて発言してくれるから大丈夫だけどな」

 

「……うるさいよ」

 

「照れんなって」

 

「うるさい」

 

相変わらず2人は仲が良い。もちろん、こころと花音、はぐみとだって幹彦は仲が良い。

 

でも、美咲と幹彦のような、お互いに言いたいことを言ってるのに、不思議と仲良く見える関係というのは珍しい。私も少なくない本を読んできたつもりだけど、こういう感じかと思う物語はなかったと思う。もちろん、ドラマは言うまでもない。

 

こころや花音との関係だって、信頼を感じさせる素晴らしいものだと思うけど、役者としての私からすると、幹彦と美咲の不思議な空気に興味が尽きない。

 

その活動やメンバーが素晴らしいハロハピだけど、こうした男性を含めた人間関係を実感できる点でも、かけがえのないバンドだと思っている。

 

「そういえば薫先輩、羽女はそろそろ文化祭でしたっけ?」

 

「ああ、そうだよ。文化祭に向けてみんなで頑張ってるよ」

 

「演劇部は文化祭の華ですよね。当日はあたしも見に行きますよ」

 

「それは、いいわね! ハロハピのみんなで薫の応援に行きましょう!」

 

「……うん。私も薫さんの劇、見たいなあ」

 

「本当かい。ありがとう、とても嬉しいよ。きっとみんなを満足させる劇になると思うから、期待していてくれ」

 

今回の公演は、千聖が客演として登場する。彼女の演技は本物だ。

 

見目麗しい彼女が演じるジュリエットは、それだけで観客を魅了し、物語の世界へと導いてくれるだろう。

 

私の演技と合わせれば、きっとどんな観客だって演劇の儚さに酔いしれることになるはずさ。

 

「薫先輩、演劇の準備で力仕事があるときは声かけてくださいね」

 

「いいのかい?」

 

「もちろんです。舞台道具を動かすくらい、なんともないですよ」

 

「そうか。それなら今度、連絡させてもらうよ。うちの演劇部はとても本格的な劇をするから、舞台道具もそれなりに大きくて、いつも移動に苦労していたんだ。幹彦が手伝ってくれるのは心強いよ」

 

「任せてください。普通の人の何倍も働く自信があります」

 

「まあ音楽以外だと、それくらいしか取り柄がないからね。薫さん、せいぜい、こき使ってください」

 

「美咲ちゃん、言い過ぎだよ……。でも、確かに幹彦くんは力持ちだから、きっと大活躍できるよね」

 

「あたしとはぐみとミッシェルを同時に持ち上げるくらいだもの。きっと、みんなから頼りにされるわ!」

 

「家に帰ったら早速、麻弥に話してみるよ」

 

私たちの関係は、他の人から不思議に思われる。今回の話だって、男性に力仕事を任せることを疑問に思う人がいるかもしれない。

 

でも、私たちにとっては不思議なことなんてない。

 

男性なんて関係なく、みんなハロハピのことが好きで、ハロハピとして活動するのが楽しいんだ。

 

だから協力し合うし、協力されることに違和感を覚えることもない。

 

私だって、ハロハピのメンバーが困っていることがあれば、何だって力になってやりたいと思う。メンバーがもし道に迷うようなら、私が先を明るくしてやりたいとも思う。

 

だから、幹彦が手伝いを申し出てくれた今だって、幹彦は力持ちだから助かるな、としか思わない。

 

性別によって、対応が変わるのは仕方ない。その数の少なさを考えれば、保護しないといけない、という考えも理解できる。

 

でも、それを理由に彼を縛ることには疑問がある。

 

私たちと同じように考えた彼が、そうしたいと思って行動するのを、否定する権利なんて女性にはないはずだ。

 

シェイクスピアもこう言ってる。『自然でない行いは、自然でない混乱を生む』と。

 

つまり……そういうことさ。

 

「手伝うのはいいと思いますけど、薫さん、学校に許可とれます?」

 

美咲はとても慎重だ。

 

ハロハピの活動でも、彼女がいろいろな裏方をしてくれている。演劇もそうだけど、裏方というのは非常に大切なんだ。彼女こそがハロハピを裏で支えてると言っても過言じゃない。

 

「それは……麻弥に聞いてみるさ」

 

「えっ……」

 

花音が可愛らしい声をあげた。

 

「ごめんなさい大和さん、羽女のことは、あたしじゃあ力になれません……!」

 

「あ、麻弥先輩、演劇部だっけ。やっべ、そっちも楽しみだわ」

 

「せめて、こいつだけは大人しくなるようにしておきますから……!」

 

「幹彦くん、羽女に行く前日の夜は空けておいてね。美咲ちゃんと一緒に、幹彦くんの家にお邪魔するから」

 

「え、ああ、いいよ。唐突だな。まあ、いつでも来いって」

 

本当に楽しいメンバーだ。




今回の連投で一番好きな話です。

長さ的にも、サクッと読めて好みです。


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13.7話

オリキャラ回です。当初は書くつもりがなかったんですが、つい……。

バンドリキャラ以外、興味ないぜ! って方は次の話へどうぞ。
あと、バイオレンス描写があります。苦手な人は注意してください。タグにも追加しました。

キャラ名
男A:江井
男B:比井
男C:志井


男A

 

 

「なんだ、こいつは!」

 

退屈しのぎに、友人から勧められたセントー君という男の動画を見て、思わず叫んでしまった。

 

その雑談と呼ばれる動画では、くだんの男が端っこにいて、中央には投稿された質問が映されている。この男がその質問を読み上げ、それに回答するというものだ。無駄のない画面だが、シンプルでわかりやすいと思う。

 

では、この動画の何が腹立つのか。

 

簡単だ。この男のヘラヘラした態度だ。

 

バカみたいな女の質問に、笑みを浮かべながら真面目に答えてる。

 

まるで俺が大嫌いな漫画やドラマに登場する男のようだ。

 

声を聞く限り、明らかに男とわかる。だからこそ、ひとこと言わずにはいられなかった。

 

[お前はなんでそんなヘラヘラしてるんだ! そいつらは女だぞ!]

 

反応がない。

 

動画の男は、まるで俺のコメントがなかったかのように話を続けている。

 

またコメントを打つ。

 

[無視するな! 女にヘラヘラするんじゃない!]

 

反応がない。

 

頭にくる。なんで俺の言葉が無視されるんだ! 同じ男だぞ!

 

[俺も男だ! 嘘じゃないぞ!]

[男は女の家畜じゃない! 目を覚ませ!]

[返事をしてくれ!]

 

全て、反応がなかった。

 

頭に来て、叩きつけるようにパソコンを閉じた。

 

 

 

次の日、俺はNFOにログインして、友人と語らっていた。

 

「というわけで、あいつは俺の言葉を全て無視したんだ。腹が立つ」

 

『セントー君でしょ? 大人気だからね。無視って言うより、気づかなかったんじゃない? キミのコメントだって、一瞬で流されちゃったでしょ?』

 

「確かにそうだ。すごい勢いでコメントが流れてたな」

 

この友人――志井は俺よりも10歳以上も年下の男だ。

 

学校に行っておらず、家に引きこもっているらしい。

 

賢明な判断だと思う。どうせ学校に行ったって、俺みたいに家庭をボロボロにされて、結婚を強要されるのだ。不幸が訪れることがわかっているのに、学校に通うなんてバカげている。志井の母は学校に通ってほしいらしいが、そんな選択は志井のためにはならない。

 

志井には、もし母親から強要されそうになったら俺を呼べと言ってある。たとえ知事が相手でも、権力には負けん。一歩足りとも退いてやるか。

 

『彼の動画は人気だからね。話が上手いとは言えないけど、親身に回答してくれるからファンも多いんだ』

 

「それが腹が立つんだ! あいつはきっと、女の愚かさがわかっていないんだ! 女どもは、男のためだと言いながら、寄ってたかって自分たちの言いなりになるように圧力をかけてくる! それで俺の母が入院したことは絶対に忘れないぞ!」

 

高校の頃、結婚を嫌がる俺をどうにかしようと、教師が何度も何度も母を呼びつけたことを思い出す。

 

思い出すだけで腹が立つ。

 

母が心労で倒れたというのに、仕方ないよねと言ってきた女どもの顔が今でも忘れられない。

 

『江井の言うことはわかるよ。キミほどじゃないけど、僕だって怖い目にあってるんだ。じゃなきゃ、こうやって引きこもってないさ』

 

「ああ。俺たちは女の本性を理解してる。でも、あの男はわかっていない。俺たちのように傷付く前に、教えてやらないといけないんだ!」

 

『江井は優しいね。会ったこともないのに、彼のためを思って怒ってるんだね。彼の雑談動画は見たんだろ? 歌は聞いてないの?」

 

「雑談動画の前に歌は聞いた。……まあ、上手かったな。そこは素直に素晴らしいと思ってる。特に絆はいい。心が震える歌というのを初めて聞いた気がする」

 

『キミが好きそうな歌だもんね』

 

「だからこそ、腹が立つんだ。あんな歌を歌えるヤツが、なぜ女に媚びを売る? しょせん俺たち男は、政府や女たちに生かされてるだけに過ぎない。犬と同じだ。だが心まで折れてしまえば、俺たちは本当に家畜になってしまうぞ! あいつはそれがわかっていないんだ!」

 

男が優遇されている、と言われてる。見せかけとはいえ、確かに法律上はそうだ。だが、これがいつまで続く? 明日に政府が男性の優遇措置をやめると言えば、俺たちはすぐに女の食い物にされる。

 

実際、政策の変更は俺たちにも影響してる。

 

少し前に決まった、男子学生の大学受験免除だってそうだ。

 

大学受験に失敗して、自殺する男性が毎年いることから、新たに始まったものだ。

 

こんなの俺には関係ない。それどころか、多くの男性が興味もないことだ。なのに、女性から不公平だと騒ぎ立てられている。

 

勝手に権利を拡充されて、なんで興味がない俺たちが批判されないといけないんだ。お前たちが勝手に決めたことで、どうして俺たちが気分を悪くしないといけないんだ!

 

政府は俺たちがどう思ってるかなんて考えない。そして、俺たちはそれに逆らえない。でも、だからこそ心までは言いなりになってはいけないんだ! もしそうなってしまえば、それはもはや人間ではない。江井という名の国の犬だ!

 

『まあ、確かにネット上とはいえ、あんなに女性に囲まれて平然としていられるのは理解できないね。僕は気持ち悪くてダメだったよ』

 

志井も以前、Vtuberとして活動を始めたことがあった。

 

もちろん、俺は止めた。

 

でも、このセントー君や、他の女性Vtuberがすごく楽しそうにしているから、どうしてもやってみたかったらしい。

 

そして、今は休止中だ。

 

「お前の動画のコメントも正直、見てられなかったぞ」

 

『だね。予想以上に変なコメントしか来なかったよね。あーあ、Vtuberって、おもしろそうに見えたんだけどな……』

 

「……落ち込むな。確かに誤った選択をしたかもしれないが、この経験はきっと何かの役に立つはずだ」

 

『ありがとう。キミは優しいな』

 

「優しくなんかあるか。俺はしょせん、あの学校の女連中と同類なんだ。いや、家畜な分、それ以下だな」

 

優しいと言われて、まず思い浮かぶのは母のことだ。一時期は入院した母だが、今は元気に仕事に復帰している。

 

母はあの件で、俺を責めることはなかった。

 

むしろ、これ以上、母に迷惑をかけまいと、俺が金持ちの女と結婚したことを後ろめたさを感じているようだ。出て行った女の事で悩むのは止めてほしいのだが、俺のことを真剣に考えてくれる母らしいとも思う。

 

妻とは初めこそ同居していたが、数年前から別居してる。もちろん、俺が追い出した。

 

『……奥さんと連絡は取れないの?』

 

「取るわけないだろ。俺が殴って、出てけと言ったんだ。なんで俺から連絡するんだ? 幸いなことに、あの女は家を出た後も、口座に入金を欠かさない。金にも困らないし、よけいな人間は家にいない。言うことなしだ」

 

本当に律儀な女だ。結婚してから数年は一緒にいたが、優しくしたことはない。嫌われてたって不思議じゃないのに、どうして金を入れてくれるんだろうか?

 

裕福な家庭の女だったが、それだけで、ここまでしてくれるものなのか。

 

気にはなるが、連絡なんて取れない。しょせん、考えても無駄な話だ。

 

思い出すことと言えば……あいつの料理は美味かった。それだけだ。

 

『そっか……』

 

「お前こそどうなんだ? お前の母親からは何も言われてないか?」

 

『特にはないかな。でも来年は選挙の時期だから、政敵に付け入る隙を見せないためにも、引きこもりを卒業するか、あるいは家から一歩も出ないか、どちらかにしてってお願いされた』

 

「つまり……いつもどおりか」

 

『そうだね。いつもどおりだよ』

 

「まあ、困ったら言え。俺がお前の母親に話をつけてやる」

 

志井は唯一の友だちで、話の通じる同じ男だ。俺が出来ることなら力を貸してやりたい。

 

『ありがと。そうだ、気分転換に世界のアソ〇大全でもやらない?』

 

「いいぞ。お前はアレが好きだなあ」

 

『NFOも好きだけど、アソ〇大全も楽しいからね。そう言えば知ってる? どっちのゲームも開発にはセントー君が絡んでるんだって』

 

セントー君ってどのセントー君だ?

 

さっきとは打って変わったジャンルだったので、そんなことを思ってしまった。

 

「どういうことだ? あいつはVtuberだろ。BGMを手掛けてるとかか?」

 

『それもあるみたいだけど、彼がそもそものネタを提供したらしいよ。ほら、NFOもアソ〇大全もこれまでなかったゲームでしょ? こんなゲームを作ったらどうかってセントー君が提案したんだって』

 

「そ、そうなのか。なんか、いまいち信じられないな」

 

NFOは1年くらい前に、無名の会社から発売されたゲームだ。当初こそ、ソシャゲの亜種と言われたNFOだが、やってみると全然違う。キャラよりも圧倒的にゲーム性に比重を置いたそのゲームは、ソシャゲに飽きてきていた層はもちろん、それまでゲームをプレイしたことのない人たちまでも魅了した。

 

世界のアソ〇大全は任○堂が出したゲームだ。それまでの任○堂が作ってきたマリオとは違い、誰でも知ってるトランプやボードゲームなどを集めた作品である。一人で遊ぶと単調だが、こうして友人と話しながらプレイすると、ちょうどいいアクセントになっておもしろい。

 

最近のゲーム業界は新しい作品を連発しているが、この2作は間違いなく名作である。それにVtuberが関わってると言われても、いまいちピンっとこないのだ。

 

『まあ、急にそんなこと言われもね。他にも僕の好きなUnde〇taleとかMoo〇、キミの好きなパラッパ〇ッパーもセントー君の肝入り作品だったらしいよ。歌やBGMは全て彼が担当したんだって』

 

「ほ、本当か!? 確かにこれまで聞いたことのない楽しい歌だったが……なるほど、あいつが作ったと言われたら、確かに納得できるな」

 

『真実はわからないけど、もし本当なら、彼のおかげですごく助けられたよね。NFOがなければ僕たちは出会ってなかっただろうし、Unde〇taleとかMoo〇がなければ僕は誰かと話そうともしなかったと思うよ』

 

「……俺だって同じだ。俺はもっと頑なな人間だ。パラッパ〇ッパーをやらなかったら、NFOなんてやろうとも思わなかったし、お前と話している様に、まともに話せるのは母しかいなかっただろうな」

 

楽しいゲームをやると気分が明るくなる。普通ならやらないことも、偶にはいいかなと思ってしまう。チャレンジを恐れない主人公のゲームをやると、偶にはなにか挑戦したくなる。俺はそんなノリでNFOを始めたが、志井も同じだった。

 

『パラッパ〇ッパーといえば、今度、派生作品が出るって噂だね』

 

「ああ。今、一番の楽しみはそれだな。何があっても、それをプレイするまでは死ねない」

 

『はは、大げさだなー』

 

「そんなことはない。それだけ楽しみにしてるってことだ。漫画やドラマに夢中になる女の気持ちが、ほんの少しだけ理解できた気がするな……」

 

『……ね』

 

あんなつまらない漫画やドラマも、女から見れば楽しくて仕方ない作品だったのだろうか。

 

今もわかりあえる気はしないが、好きなものに熱中してしまう気持ちはわかった。

 

「ううん、しかし、やっぱり次回作がどんなものか気になる。そういえば、お前は以前、セントー君を見かけたって言ってなかったか?」

 

あのときは興味もなかったので、空返事をしたのを覚えている。

 

『え、うん。見たよ。たぶん、あの人だと思う。家の窓から遠目に見たから、ハッキリとはわからないけど、特徴どおりの人だったから間違いないと思う』

 

「そうか、なら会いに行かないか?」

 

『ええ!? セントー君に!?』

 

「ああ。あいつに会えるなら、動画で伝えたかったことを直接、伝えられる。ついでに次回作の話も聞けるし、一石二鳥だ!」

 

『そ、それは……』

 

「お前の母親の選挙も来年だったな。今ならまだ、ちょっと外に出ても大丈夫だろ?」

 

『それはそうだけど……僕、引きこもりなんだけど』

 

「それは知ってる。でも、気にならないか?」

 

『そりゃあ気になるよ。でも……外は恐いって。僕が引きこもりになった理由は話したろ?』

 

「それは聞いたが……。頼む。正確な場所はお前しか知らないし、俺は土地勘がないからわからないんだ!」

 

『……わかったよ』

 

「よし! じゃあ早速、明日お前の家に行くから」

 

『明日!?』

 

善は急げだ。

 

どうせ約束なんてない人生だ。話のとおり、セントー君がゲーム開発に関わっているなら楽しい話が聞けそうだし、そうじゃなくても同じ男として、女の怖さを教えてやれる。

 

悪いことなんてないんだ。

 

 

 

 

 

男B

 

 

その日、付き合って数カ月になる彼女を殴った。

 

あいつが悪いんだ。オレが求めてもないのに、よくわからないヤツの歌を聞かせてくるから。

 

ネットで有名な、セントー君って男の歌らしい。

 

テレビでもときどき聞く名前だ。オレだって名前ぐらいは聞いたことがある。

 

あまりにも彼女がぐいぐいと勧めてくるから、仕方なく歌を聞く。

 

つまんねえ。

 

なにが優しさだよ。なにが愛しいだよ。

 

バカみてえ。

 

確かに歌は上手いと思う。でもそれ以上に腹が立つ。

 

こんな歌を歌うヤツにも。

 

こんな歌を、キラキラした顔でオレに聞かせてくるヤツにもだ。

 

気がついたら、彼女の顔を殴ってた。

 

あいつは泣いていた。いい気味だ。

 

オレよりも年上のくせに、バカなこと言うからこうなるんだ。

 

だけど怒りは収まらない。

 

「おい」

 

彼女の肩がビクッと震える。

 

「お前、この男がどこの学校に通ってるか知ってるんだよな。今から行くぞ」

 

気に入らない。

 

オレがこんなムカついてるのに、楽しそうに歌ってるこの男が気に入らない。

 

どうせ、男だから何もされないって思ってんだろ。

 

でも、オレも男だ。男が男とケンカしたって警察は出てこないぜ?

 

調子に乗るとどうなるか。オレが教えてやろう。

 

彼女が止めてきた。

 

「お前はどっちの味方なんだよ? いいから早くしろ! 行くぞ!」

 

家のドアを蹴破るように開ける。

 

「痛っ!」

 

勢い良く開けたドアが反動で戻ってきて、顔に直撃した。

 

イラッとしながらドアをどける。

 

ちょうど外にいた近所のババアが驚いたようにオレを見ていた。

 

「なに見てんだよ。あ゛っ!?」

 

ババアが慌てて視線を逸らした。

 

ったく、初めからそうしろよな!

 

ババアの態度に満足したオレは、意気揚々と歩き出す。

 

この辺のヤツらはみんなオレのヤバさを知ってる。

 

オレが通ると急いで物陰に隠れるし、慌てて子どもの目を塞ぐ。

 

そうだよな。子どもがオレみたいな不良になったら嫌だもんな。

 

オレには、それが気分が良い。

 

クソッタレな女どもに、オレがただの家畜じゃねえってことを、わからせてやれるからだ。

 

思わず、鼻歌でも歌いたくなる。最近YouTubeで聞いた曲だ。

 

移動手段はバイクですって曲だ。DOKONJOFINGERってバンドが歌ってる。とてもロックで格好良い。

 

女どもが歌ってる上っ面な曲じゃない。魂が込められた曲だ。

 

あいつも、オレに勧めるんだったら、こういうバンドが歌ってる曲にしろって話だ。

 

……それでも、あんな顔で紹介されたらムカつくかもしれないがな。

 

てか、あいつ、遅くねえか?

 

立ち止まって、後ろを確認する。

 

彼女が慌てて追ってきてた。遅えんだよ。

 

あん、何だよ?

 

え、方向が逆?

 

そういうのは早く言えよ!

 

 

 

 

 

 

男C

 

 

恐怖を感じたことは、これまでの人生で何度もあった。

 

中学生に入りたての頃、学校で人気だった女子の先輩に、体育館倉庫に連れ込まれたとき。

 

翌日、その話を聞いた同級生の目つきが変わったとき。

 

決して襲ってくることはなかったけど、不自然なまでに2人きりになろうと血走った目をした小学校以来の幼馴染の顔を見たとき。

 

学校内で僕の一挙手一投足が注目されていると感じたとき。

 

偶然、空き教室でクラスメートたちが髪をつかみ合ってケンカしているのを見たとき。

 

半年も頑張って学校に通っていた僕は偉いと思う。

 

ストレスで夕飯を戻したあと、事情に気づいた母が慌てて編入手続きを取ってくれたけど、もう、僕の心は折れていた。

 

新しい学校の制服に袖を通すこともなく、僕は引きこもりになった。

 

引きこもったおかげで、物理的に女の子から恐怖を感じることはなくなった。

 

でも、世界の情勢は、家にいながらも僕を不安にさせる。

 

直近で言えば、日本政府がアメリカやヨーロッパで使われてる興奮剤を認可したことだってそうだ。

 

日本政府は認可した興奮剤に中毒性はなく、体への影響も極めて少ないと言っている。だが、興奮剤が常用されているアメリカで、男性の平均死亡年齢60歳なんて言われてるのを知らないのかと思ってしまう。日本よりも20年は早い。

 

そしてアメリカでは、男性1人当たりの精子提供率が日本よりも高い。

 

これが意味することを考えると、恐ろしくて震えが走るくらいだ。

 

こんな事実に触れないで、害はないから安心しろって言われたって、どこに安心できる要素があるのか理解できない。

 

知事をやってる母から言わせると、なかなか勃ちづらい人への負担軽減が目的らしい。男性は精子バンクに協力しないと、生活するための補助金が手に入らないから、そういった人たちのために認可したらしい。

 

言ってることは尤もだ。でも、それが僕たちみたいな金に困ってない男には使われない保証はどこにあるんだろうか。

 

正直、友人である江井が怒るのも当然だと思った。

 

外とのやり取りを断ったって、こうして僕たちは追いつめられていく。先の見えない恐怖はいつも感じていた。

 

 

 

でも、こんな命の危険を感じる恐怖は今までなかった。

 

近づけば近づくほど、その異様さがわかる。

 

僕たちの何倍あるんだってくらいの体躯。

 

肩幅が大きい。筋肉が盛り上がっている。

 

ジャケットを着てても、その腕の太さは僕の首以上に大きいことがわかる。

 

くびれもない、筋肉に覆われているであろう胴回り。

 

やたらと大きな荷物を担いでも、ビクともしない下半身。

 

そして、その顔。

 

瞬きもせずに僕たちを見ている。

 

睨んでるわけじゃない。

 

僕たちに注目しながらも、どう処分しようか考えている顔だ。

 

圧がすごい。きっと、彼がその気になれば、一瞬で僕たちはバラバラにされるって思った。

 

まだ10メートル離れているけど、これ以上は近づけない。

 

……勝てるわけがない。

 

目の前にいる江井もそう思ってるのだろう。僕には背中しか見えないが、微動だにしない後ろ姿から、江井がどう感じているか容易に想像できる。

 

天気も昼間だっていうのに、不吉なくらい暗い雲がかかっている。まるで僕たちの未来を暗示してるかのようだ。

 

ふと、彼と会ったとツイッターで呟いてた女が[ただ座っているだけの彼を目の前にした瞬間、命を諦めた]なんて呟いてたのを思い出した。あのときは大げさだとバカにしたが、もし無事に帰ることができたらイイネボタンを押してやろうと思った。

 

僕らと彼の間、少し横に逸れたところには、頭を抱えてうずくまり、小刻みに震え続けている男がいる。男に目立った怪我はなさそうだけど、男は「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」とひたすら呟いてる。

 

その男と彼の間には、男を庇うように女が手を広げて立ちふさがっている。背中しか見えないが可哀想なくらい震えてる。でも、決して逃げる様子はない。

 

僕だって、うずくまって震えたい。今すぐに家に帰りたい。でも、江井は唯一の友だちなんだ。

 

江井を見捨てて逃げるなんてできない。

 

唯一の友だちとここで死ねるなら、悪くない人生だったんだろう。

 

すっごく死にたくないけど。

 

そう思っていたら江井が膝から崩れ落ちた。

 

なにがあった!? と江井に近づく。

 

江井に外傷はない。ただ、気を失っていた。

 

どうやら、あまりの恐怖に耐え切れなかったようだ。

 

ずるい。僕だってできるなら気絶したかった。

 

こんな状況で僕一人を残してどうしろって言うんだ。

 

いよいよ進退窮まって、おしっこが漏れそうになったころ、彼は何もなかったかのように背を向けた。

 

そして、そのまま歩き去っていった。

 

去っていく彼を、僕は息を止めて見送る。無駄な音は一切、立てたくなかった。

 

やがて彼の背中が小さくなって、慌てた呼吸が落ち着いてきたころに気がついた。

 

彼の側に女の子がいた。

 

金髪ツインテールの大人しそうな女の子だ。

 

ネットで、彼は身内にすごく甘いという噂があったことを思い出した。

 

どうやら僕たちは、最悪のタイミングで出会ってしまったようだ。

 

もう見えなくなった彼の方を見て、そう思った。

 

 

 

あれから1時間ほど経って、僕と江井、それと震えていた男と、その男を庇っていた彼女はファミレスの一角を陣取って、一息ついていた。

 

「なんだんだ、あの化物は……」

 

意識が戻った後も、しばらく呆然としていた江井が言った。

 

「なにってセントー君でしょ? あなたたちも彼に会いに来たんじゃないの?」

 

本来なら、見知らぬ女性がいることで僕もパニックになるのだが、それよりもショッキングな出会いがあったので、全然気にならない。

 

「やっぱり、アレがセントー君なのか……」

 

「知らなかったの? 彼の体格の良さって、けっこう有名だと思うんだけど」

 

「知らん。正直、殺されるかと思ったぞ」

 

「江井、気絶してたもんね」

 

「志井、うるさいぞ。ただ話に来ただけなのに、あんな目に遭うとは思わなかった……」

 

僕だってそうだ。どんな人かな? って少しワクワクしてたのに、結果がアレだ。

 

ショック……ではあるが、助かったという安堵感の方が大きい。

 

「セントー君には手を出しちゃダメだって。様子を見に行った人が必ず言う言葉が、あいつに手を出したら殺される、だからね。草むらの陰に黒い服着た人も隠れてたし、噂は本当だったんだ……」

 

「優子、オレ聞いてないぞ!」

 

「だって、あなた、私の話を聞かずに出て行ったじゃない。今日は休日だから学校休みじゃないかってことも、私は言ったよ」

 

震えていた男と、男を庇っていた女性は恋人関係らしかった。

 

彼女はとてもすごい。

 

アレを目の前にしても、逃げ出すどころか男を庇うなんて。正直、実際に見なければ信じられなかった。

 

「うう……それは確かに。しかもオレ、優子のこと殴っちゃったよな。……ごめん、優子。あんな化物からオレを庇ってくれたお前に、オレはなんてことを……!」

 

「いいのよ。これからは気をつけてね」

 

「ああ……! もう絶対にお前を殴ったりしないから!」 

 

「うん。信じてる」

 

「うう……優子……!」

 

彼女にすがりつく男。彼女は優しく男を胸に引き寄せる。

 

「はいはい。大丈夫だからね」

 

背中に回した手で、男の背中をポンポンと叩いている。

 

なんだか、母を思い出した。

 

「まるで母親みたい……」

 

「ああ、そうですね。この人の母親って、あんまり子育てが好きじゃなかったから、近くに住んでる私が気にかけてたんですよ。ほら、年も6歳は離れてますし」

 

「そういう家庭があるとは聞く。でも、家政婦はいたんだろう?」

 

「はい。でもハズレを引いてしまったらしくて……。家事はちゃんとやってくれるようなんですが、それ以外のフォローはしない方だったんですよね」

 

「家政婦ガチャ……」

 

バカみたいな言葉だが、わりと使われる言葉だ。

 

政府の補助金を使って家政婦が雇われるが、家政婦の条件は家事ができることであって、男性に適切に対応できるかは含まれていない。

 

家政婦が責任を持つのは、家事や炊事、それと最低限の子守。それ以外は当然、親がやるもの、ということだ。

 

だから働かないといけない親にとっては、男性に対してどんな家政婦が来るかは大事だ。なかには、表に出さないけど男性嫌い、という人もいる。

 

家政婦選びはすごく難しいのだ。

 

「小さいころ、いつも寂しそうに1人で遊んでたんで、つい声かけちゃったんですよ。今考えると、幼いころとはいえ、ヘタすれば事案でしたね。ハハ」

 

いまだ泣きついてる男をあやしながら、彼女は懐かしそうに言った。

 

「そんなに長い付き合いなんだ。だから殴られても逃げなかったんだね」

 

「ビックリしましたけどね。ちょっと怒りのやり場が見つからなかっただけでしょうから。ほら、こうして反省してくれてますし」

 

「優子ー……」

 

「そろそろ泣き止んで。男の人と話せる滅多にない機会だよ」

 

そう言って彼女は、泣きついてる男の顔をハンカチで優しく拭い、椅子に座り直させた。

 

男の目は充血している。でも涙は止まっていた。

 

「……比井だ。よろしく」

 

ぶっきらぼうに名乗る彼に続いて、僕と江井も名乗った。

 

比井はポツポツと今日のことを話してくれた。

 

彼女にセントー君の歌を勧められたけど、比井はそういう曲調の歌は好きじゃなかったこと。DOKONJOFINGERみたいなロックな歌が好きなこと。彼女が別の男の曲をやたら褒めるのにイラッとしたこと。テレビで取り沙汰されるセントー君を見て、調子に乗ってると思ったことなどだ。

 

「なんというか……想像どおりというか、想像以下というか……」

 

「気持ちはわからなくはない。でもセントー君に八つ当たりしに行くのはちょっと……」

 

呆れたような江井の言葉に同意する。僕より年上だと思うのに、理由が単純すぎる。

 

まあ、江井もけっこう単純だけど……。

 

「うるせーよ。自分でもバカだったって思ってるよ。ちょっと頭に血がのぼったせいで、おかしくなってたんだよ」

 

先ほど彼女に謝っていたように、比井も話が通じない人ではない。

 

「もう、いいのか?」

 

「あれ見てケンカ売るバカはいねーよ。いるとしたら、ただの自殺志願者だ。もう、あいつとは関わんねーよ。あいつの動画に興味もねーしな」

 

「でもお前、DOKONJOFINGERシリーズが好きなんだよな?」

 

「いいんじゃないかな。作者と作品は別物。割り切って楽しむのは、セントー君もにっこりの対応だと思うよ」

 

「は? 何言ってんだ? DOKONJOFINGERは、あいつとは関係ねーだろ。あれは4人組の男性バンドだぜ?」

 

「え?」

 

「彼女さん?」

 

「……何度か説明しようとしたんですけど、その話になると、いつもDOKONJOFINGERはすげーぜって話になっちゃって……」

 

「なんだよ? 言いたいことがあるなら言えって」

 

江井に真実を教えてやった。

 

「え、DOKONJOFINGERって、あいつが歌ってるの!?」

 

「ちなみに、あなたが好きなレイ〇ン教授もセントー君が作ったらしいよ」

 

「え、あのゲーム作ったのも、あいつなの!?」

 

「まあ、アイデアを出したとか、プロデューサーをしてるって噂があるだけで、実際どうなっているかは、わからないんだけどな」

 

「てか、レイ〇ン教授が好きなんだ。似合わない……」

 

あれは、今あるゲームのなかで、最も頭を使うゲームと言っても過言じゃない。

 

けっして衝動的にボタンをポチポチしてクリア出来るゲームではない。

 

「うるせーな。あのゲームは崇高なんだよ。確かにオレはバカだけど、あのゲームのなぞなぞと真摯に向き合って、悩んで悩んで回答がわかったときの快感っていったらないぜ! この世のバカなことなんてどーでもよくなる!」

 

思った以上に入れ込んでるようだ。

 

「勉強とか、セントー君なんてのに関わる余力があるなら、あのゲームに全力を注ぎ込むべきだ!」

 

「でも、お前、セントー君に突撃したじゃないか」

 

江井が鋭く突っ込んだ。

 

「だってさ、もうやり尽くしちゃってさ……」

 

どうやら、やっぱりこの男はバカだったようだ。

 

「わかるぞ! 大好きなゲームが楽しく遊びまくってたら、もうやることがなくなったときの虚しさ! 日常生活にポカリと穴が空いてしまったような落ち着かなさ! それまでの情熱をどこに向ければいいのか、わからなくなる!」

 

バカがもう1人いた。

 

「そう、そうだよ! 江井って言ったよな。お前、わかってるじゃねーか!」

 

「どうにかして空虚を埋めたくて、別のゲームに手を出すけど、それが合わなければ、よけいに好きなゲームが恋しくなる!」

 

「それな! パラッパ〇ッパーって楽しそうだと思って買ったんだけど、いまいちノレなくてさー」

 

「は? なんだと貴様」

 

「2人とも熱くなってるねー」

 

まあ、好きなゲームを語れることは嬉しいよね。

 

自分の好きなゲームを語れる機会があると、ちょっとだけ饒舌になるのもわかる。

 

江井も僕と同じで、ゲームのことを語れる相手が他にいないから、嬉しくてしょうがないんだと思う。

 

好きなゲームをやり尽くしたからって、誰かに八つ当たりしにいくのは全く理解できないけど。

 

「志井って言ったよな。お前は好きなゲームはないのか?」

 

「僕はほら、アソ〇大全とか、NFOとか、ひたすら遊び続けるゲームが好きだから。ロスって感情は湧かないかな」

 

でもUnde〇taleとかMoo〇は好きだから、2人の気持ちも少しはわかる。

 

「アソ〇大全か……。いまいち楽しみ方がわからないんだよな。こいつはゲーム下手だからつまんないし」

 

比井は彼女を見る。

 

彼女はおどけたように肩をすくめるだけだった。

 

「それなら今から4人でやってみるか? 志井の家がここから近いだろ。これからみんなで志井の家に遊びに行けばいいんじゃないか?」

 

「マジか!?」

 

「ぼ、僕の家!? いやいや、汚いからダメだって! それに僕、引きこもりだよ!」

 

生活基盤が室内だけの生活が、どれだけ部屋を汚していくか理解してないのか?

 

「え、引きこもってねーじゃん」

 

「ああ、こうしてファミレスで一休みできてるんだ。お前はもう、立派に引きこもりを卒業できたさ」

 

「キミたちがセントー君にビビったせいで帰れなかったんだろ! 一人はブルブル震えてたし、もう一人は気絶してたじゃないか! それに家から出たのだって江井が無理に誘ったからだろ!」

 

「それは悪かったけどよー。正直、誰だってああなると思うぜ? それより、コントローラーは4つあるのか?」

 

ガタッと席を立つ比井。

 

「近くの電気屋に寄って行こう。ついでにつまみも買っていこう」

 

続いて江井も席を立って歩き始めた。

 

「ああ、もう! 決断早いな! 勝手に行くなよ!」

 

慌てて残ったジュースを飲み干す。

 

会計は江井がまとめてやってくれたみたいだ。さすが一番年上なだけはある。

 

ファミレスから出ると、さっきまでが嘘のように晴れ渡った青空。眩しくて目を細める。

 

こうして全身で日を浴びるのは久しぶりだ。

 

なんだか体が伸びていく感じがする。ついでに余計なものもカラッと払われてくようだ。

 

とても気分がいい。

 

先を進む薄情なヤツらを見る。

 

「たけのこの里は4つでいいか?」

 

「は? きのこの山だろーが!」

 

どうやら、何を買うか話しているようだ。

 

言い争いながら、江井、比井とその彼女の3人はドンドン進んでいく。

 

僕も急いで追いかけた。

 

「おい! アルフォートがないと許さないからな!」

 

久しぶりに走ったせいで足がもたつくが、そんなのは気にならない。

 

無理矢理うちに来ることが決まったのに、なぜか心はワクワクしてる。

 

中学生の頃に、クラスメートに押し通されたときとは違う。

 

僕自身も彼らとの時間を楽しみに感じている。

 

そんな不思議な出会いだった。




イメージ曲
絆-KIZUNA-(長渕剛)
移動手段はバイクです(DOKONJOFINGER)


前者は日本が誇る格好いいおっさんの歌です。「とんぼ」の方が圧倒的に有名ですけど、個人的にはこっちの歌詞や歌い方の方が刺さります。何年も経った今でも、たまに口ずさんだりしてます。
後者はもはや、この作品ではお馴染みのバンドから借りてます。最近、試聴開始された「OBENTO MAGNUM」もおすすめです。ぜひ、聞いてください。フルコンよゆーでしょっ。


テーマは「男性事情」と「ゲーム事情」についてでした。いつものように掲示板とか他のVの動画で描写してもよかったのですが、ついでに男性も入れよっかなと軽い気持ちで書きました。


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14話

156:

【今週のひめちゃん】最近、男性のハモり声が好きです! 男女の声をハモらせてみたいですよね!

 

159:

直球ktkr↑

 

160:

間違いなくハナミズキの感想ですね

 

162:

絶対ハナミズキ

 

163:

一体、なにミズキを聞いたんだ?

 

166:

これは腹をくくる時が来たのでは?

 

172:

【悲報】鹿「コラボは基本的にない」

 

175:

直球ktkr↓

 

176:

だから早いってw

 

178:

鹿の動画に凸するヤツもわかってるw

 

179:

安心のノーオブラート

 

180:

なんでコラボせんの?

 

184:

100%面倒くさいから

 

187:

ひめちゃんが可哀想だと思わないのかよ!

 

191:

なにを今更

 

194:

面倒とかいうわりに、女性用に歌のキーを調整したりはするんだよな

 

198:

それは苦じゃないってことだろ

 

202:

あいつは音楽に才能を全振りしてるから

 

204:

さり気なく、ひめちゃんとのコラボが苦っていうの止めろ

 

209:

言ってねえからw

 

211:

ひめちゃん、武道館ライブの開催決定おめでとうございます

 

213:

もう何回目になるかわからないけど、さすがよ

 

 

 

302:

前からスレで言われてたパスパレのライブに、ようやく行けた!

みんな、めっちゃ上手くなってた!

 

305:

ようやく行けたか

私も狙ってるんだけど、行けるタイミングが無いんだよな

 

308:

基本がどんどん上手くなってる

頑張って練習してるんだなってわかるな

 

311:

もういちどルミナス、ヤバない?

 

315:

アレは本当にガチだぞ

いつものパスパレの曲も好きだけど、アレだけ別ジャンルで、別格

 

319:

あの曲を必死に演奏してる姿を見ると泣けてくるんだよな

 

323:

丸山も泣いてるしなw

 

327:

それはいつものことじゃ……?

 

329:

もう、アイドルバンドとしては一流だろ

 

332:

最初はアレだったけど、ここまで来たら認めていいと思う

 

336:

よくまあ、あのドン底から這い上がったよ

 

339:

いずれは、ひめちゃんとも並び立つのでは?

 

344:

>>339

いや、そこまでは……

 

346:

>>339

ひめちゃんと比べるのは流石に……

 

349:

ひめちゃんは別格としても、あのガッツは素晴らしい

 

353:

ひめちゃん以外なら、近いうちに並び立つと思うな

 

357:

ひめちゃんは天使だけど、丸山は努力と根性に可愛らしさが付いた人間っていうか……

 

361:

努力と根性ってアイドルらしくないじゃん

 

365:

いや、まさにアイドルに欲しいものだよ

てか、アイドルに必須なもの

 

366:

努力と根性はアイドルの根底

白鳥(はくちょう)と同じで、外にはそれを見せないだけだよ

丸山はそれがマジでずば抜けてる

 

369:

スレで言われてるヒーロー型アイドルってそういうことw

 

372:

ヒーローは流石にアイドルではないような……

 

376:

丸山、彼氏いるんだっけ?

 

379:

いない

でもイヴちゃんが怪しい

少し前に男と海に行った話とか、男の家に出入りしてる話もあるから、彼氏がいるとしたらイヴちゃん

 

383:

マジ?

 

387:

イヴちゃんすげえ

 

391:

マジですごいぞ

モデルとして第一線で活躍して、留学生だから当然のように学力優秀、学校では剣道部を頑張ってる文武両道の人

これで彼氏もいるってなったらヤバすぎる

 

395:

単身で日本に来てるんだろ?

マジで尊敬する

 

398:

普通なら嫉妬するレベルだけど、イヴちゃん見てると努力してるのが良くわかるから応援しちゃうんだよな

 

402:

アイドル人気ランキング、丸山を抑えてパスパレトップに上りつめるのでは?

 

406:

うーん、パスパレは白鷺千聖がいるからなー

たぶん、そっちの方が人気あるんじゃないかな

 

409:

知名度がだんち

現役の女優は強いって

 

413:

この前のドラマおもしろかったね

 

417:

日菜ちゃんも根強いファンがいるんだよな

 

421:

>>417

独特な性格してるからな

目が離せなくなる気持ちはわかる

 

424:

こないだ握手会に行った友だちが、マジであのまんまの性格だって感動してた

 

428:

素でアレかw

 

432:

それは嬉しいけど、ヤバいヤツなのでは?

 

435:

いまさらだろ

 

438:

麻弥ちゃんは音楽ファンからの支持が超厚い

 

441:

パスパレの音楽って言ったら、麻弥ちゃんなしには語れないから当然

 

446:

最近、日菜ちゃんもヤバくね

 

449:

他のメンバーが上手くなってきて、ようやく自由に弾けるようになったんだろ

ライブに行くと、すっごく楽しそうに演奏するから、気づいたらファンになってた

 

453:

来年はパスパレの年になる?

 

458:

なるかよ

と言いたいとこだけど、ワンチャンある

 

462:

トップクラスと比べると少し実力は劣ってる

でも、勢いがあるのは間違いない

 

465:

バンドって考えずに、個々の能力で見るとトップクラスに上がってもおかしくない

丸山は……頑張れ!

 

468:

完成されてない分だけ、これからの成長が楽しみなアイドルだと思う

 

 

 

583:

【悲報】鹿、怒りの海外縁切り「付き合ってられるか」

 

587:

え、マジで悲報じゃね?

 

591:

え、なに?

 

593:

なにが起きた?

 

597:

例の著作権問題が発展した

 

601:

あれって全勝したんじゃなかった?

 

605:

もち、全勝

でも、ひたすら面倒くさかったらしい

そんで最悪なことに、アメリカに乗り込んでた初期勢に犯行予告が届いた

 

608:

は?

 

609:

マジ!?

 

611:

うわぁ……

 

612:

ああ、絶対ヤバい

 

614:

海外のやつら、鹿と初期勢の相思相愛っぷり知らないのか?

 

615:

鹿、ブチ切れ案件じゃないですか

 

619:

だから怒ってんだよ

 

622:

なんでこうなったの?

あの事件って初期勢が勝って終わりのはずだろ?

 

625:

意外と小さい事件が続いたらしい

大きいのは潰したけど、小さいのが思ったよりいて、それら全員に裁判を吹っかけたわけよ

そしたら、犯行予告が届いた

 

628:

初期勢、大丈夫なん?

 

633:

鹿が札束でぶっ叩いて、過剰なぐらいのSPに囲まれてるらしい

 

636:

 

637:

いや、正しい金の使い方だけど、言い方ww

 

639:

SPにとっちゃあ、降って湧いたボーナスタイムだなw

 

643:

まあ、無事なら安心したよ

あの人は知らない顔じゃないから、マジでよかった

 

647:

てか、詐欺やってるヤツが多いって、私たちが想像するより荒れてたんだね

 

651:

思った以上に鹿の歌が流行ってるみたい

初期勢がアメリカに渡ったあとも、どうせすぐ解決するからって英語曲の投下を続けてただろ?

This Is My Happinessとか、さっき話題になってたハナミズキもそうだし

それで大流行してるらしい

 

655:

今まで公開された英語曲はどれも再生数5億超え。ハナミズキだって公開されたばかりだけど、すぐにそのくらいは行く伸び方をしてた

英語はやっぱ母数が違うわ

 

658:

すごい(小並感)

 

659:

実感わかんわw

 

661:

すごいんだろうけど、すごさが全くわからないw

 

664:

で、その人気にあやかろうとしたヤツが出て、今回に至る

 

667:

外人ってバカなの?

 

671:

正確に言うと、外人の中にもバカはいる、だ

バカの多い国は軒並み滅んでるから、生き残りの国の大半は常識がわかる国と思え

 

676:

鹿の動画がリージョンロックされたぞ

国外からは見えないようにしたらしい

 

679:

マジかよ!?

 

680:

早すぎwww

 

682:

徹底的にやるつもりかw

 

685:

鹿もだけど、YouTube君、動き早くね?

 

688:

たしかに早いな

 

692:

YouTubeも今回の件は問題だって理解してたんだろ

鹿からの要請に待ってましたと飛びついたんじゃね?

 

696:

なあ、鹿って海外に知られたから、爆発的にチャンネル登録者増えたんじゃなかった?

 

699:

あっ

 

701:

ヤバくね

 

702:

もしかしてピンチ?

 

705:

それは鹿のファンも指摘してるみたい

でも、そんなの関係ねえ! って言って強行したらしい

 

708:

マジかよw

 

709:

メンタル強すぎw

 

711:

この後先、考えない姿勢、嫌いじゃないw

 

714:

鹿の体張ったエンターテイメントは、世の芸人全てが参考にするべき

 

718:

>>714

下手したら人生終わるだろwww

 

722:

海外のファンはなんて言ってんの

 

726:

そりゃあ阿鼻叫喚よ

10分前に見れた動画が見れなくなった! って

 

729:

鹿のツイッター見に行ってみたらリプ欄がすごいことになってた

 

733:

マジだww

 

736:

すげぇ、日本人のアカウントとは思えないぐらい、見事に外国語ばっか……

 

739:

ときどき日本語もあるね

 

743:

海外在住の日本人だな

頼むから早まらないでくれって書いてある

 

747:

ダメだな

あいつは、そんなお願いを聞いてくれるほど優しい生き物じゃないぞ

 

749:

歯牙にもかけないって

流し読みしてくれれば御の字ってレベル

 

754:

ついに鹿が世界の舞台に立つ時がきたか……!

 

757:

悪い意味でな

 

 

 

802:

あの……鹿といえばというか、鹿とは関係ないけどというか

なんか新聞に載ってませんでした?

 

806:

ああ、鹿とは関係ないけど載ってたな

化石のヤツでしょ?

 

809:

新種の恐竜らしき化石を発見したんだよね

鹿とは関係ないけど

 

813:

お前らw

 

815:

本当にあいつ何やってんだろうなw

 

816:

どうしたら高校生が週末に南の島で新種の化石を発見することになるんだよ

 

819:

wwww

 

823:

文字で起こすとヤバいことやってんなww

 

827:

てか、南の島って大丈夫なん?

国外に出るのは、いくら男でもマズいだろ

 

831:

>>827

ハピハピ島は数年前に日本に併合された

だからハワイと違って日本国内なんだよ

 

834:

そういやニュースになってたな

でも、南の島ってわりにバカンスツアーとかは見たことないな

 

838:

セレブ御用達の島だからな

あそこに別荘を建てると、高い税が毎年徴収されるんだよ

で、島民は漁と、その税金を使って生活してるはず

 

841:

一般客は入れないの?

 

845:

そんなことない

定期便も少ないけどあるし、チャーター便もあるはず

ただ、宿が少ないから、団体旅行には向いてない

 

849:

アメリカに併合ならわかるけど、なんで日本?

 

852:

弦巻案件

 

855:

あっ……(察し)

 

856:

それでか……

 

857:

謎は全て解けた

 

861:

弦巻があの島を気に入って、政治家を動かして併合にこじつけたって言われてる

 

864:

弦巻ヤバいな

 

869:

まあ、あくまで噂だけどな

ハピハピ島も世界の流れと無縁じゃなくて、男がいないんだよ

で、精子を買いたいと思ってるけど、外貨がないから買えない

日本に併合されれば精子を提供してもらえるから、それ目当て

 

873:

ああ、もう滅ぶまで秒読み状態だったわけな

 

877:

日本のセレブがハワイ的な島を求めてたのもあったから、日本も乗り気だったんだよ

併合条件なんて軽い税徴収くらいで、自治も認めてるんだよな

 

881:

>>877

自治認めてんの!?

 

884:

代わりに、日本の選挙には口だしNGにしてる

要は精子提供してやるから、セレブ用のハワイになれよって取引

弦巻が乗り気だったから、弦巻がまとめたとは言われてる

 

887:

待遇が良い植民地って感じか

 

891:

弦巻、ヤバいな

 

894:

弦巻以外のセレブも大喜び

それまで南の島は女性しか行けなかったのに、男性を連れていける島ができた

一般客が溢れるとリゾート感が台無しだから、セレブが一般の利用者を絞ってるまである

 

898:

島民も大喜びだって

併合と同時にベビーブーム到来して、今は子どもがたくさんいるらしい

 

903:

Win-Winなんだな

 

905:

こういうところが弦巻の上手いところ

 

908:

併合なんて角が立ちそうなものを、何事もなくまとめたのは、さすがの一言

とりあえず弦巻が生き残ってれば、日本が滅ぶこともないと思える

 

911:

怖いけどな

 

915:

マジでそれ

尊敬はしても、関わっちゃいけない的な?

 

918:

鹿も弦巻と絡んでれば大丈夫だろってのは大きいな

相手が男でもバカなことするやつは出るだろうけど、そういったのを含めて守ってくれそう

 

921:

まあ、こうして家の中から眺めるのが一番ってわけよ




イメージ曲
This Is My Happiness(Tom Jones)
ハナミズキ(Eric Martin 原曲:一青窈)

前者はスペースチャンネル5 パート2で知った歌です。アメリカの曲でポップな歌は数多くありますが、一番、心が弾む歌は何かと聞かれたら、この曲です。歌詞がちょっと世界観に合わないかもしれないですが、創作なんで、それはそれ。でもすっごく好きな歌詞です。
後者は英語版ですね。原曲ももちろん好きですが、こちらも心が震えます。ライブ映像もいいですが、CD音源の方が好きです。ハモリがガツンときますよ。



なんだかんだで、時間の進み方が緩い気がしますね。
でも書きたいイベントが多すぎるんですよね。ネタを選び放題って本当に楽しいです。


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15話

たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています。
「作者に毎回大量の予防線張らせてるのがちょっと申し訳ない感じ」 そんなことないですよ。自分が勉強不足なのは理解してますので。むしろ逃げ道を用意してるのを許してくれてることに感謝したいです。それと、温かいメッセージもありがとうございます。
「この小説を含めたこういう男尊女卑というか男女比系のジャンルは好きなのでよく読むのですが、こう細かい設定まで考えると行きたいとは到底思えない世界ですね。」 作者も全く同意見です。好きなキャラがいなければ絶対に行きたくないです。
他にも、たくさんの愛のある感想をありがとうございます。いつも励まされてます。個別にお返しできなくて申し訳ありません。


どちらかと言えば甘党の自分だが、ブラックコーヒーは嫌いじゃない。

 

甘いものを食べ続けると舌が甘さに慣れてしまうし、違うものを食べるときだって、舌に甘さが残って、なんだか味がごちゃごちゃしてしまう。

 

そんなときにブラックコーヒーを飲めば、舌がある程度リセットされるという寸法だ。

 

これをやり始めて、ずいぶん経つ。今では、ブラックコーヒー自体の味も気にするようになってしまった。フッ、味のわかる大人というヤツだろうか。

 

喫茶店に1人、メモ帳とペンを机に置いて、優雅にコーヒーを口にする。

 

まさに絵になる光景ではないだろうか。

 

たまの一人も捨てたものではない、そんなことを思いながら、自分に浸っていた。

 

「相席、いいかしら?」

 

そして、そんな理想郷は、いとも容易く外圧(白鷺先輩)によって崩壊する。

 

「……どうぞ」

 

自己陶酔しまくっていたので、急に現実に戻されて、少し憮然として答えてしまう。

 

「珍しいわね、花音はこれから来るの?」

 

「花音と行くなら、絶対に迎えに行きますって」

 

花音は重度の方向音痴だ。知ってるはずの道だって、油断すると迷う。

 

花音が迷子になっても、俺は気にしないんだけど、当の花音が一番落ち込んでしまう。なんとなく引きずってしまい、その後のカフェを楽しむ空気じゃなくなってしまうので、必ず迎えに行くことにしてる。

 

迎えに行けば、俺は花音と長く一緒にいられて嬉しいし、花音は大好きなカフェを楽しめる。良いことづくしだ。

 

「今日はたまたまコーヒを飲みに来たんです」

 

「そうなのね。ここはケーキも美味しいから、良い選択だと思うわ」

 

「イヴから甘いもののお土産をもらうんで、その辺も期待してます」

 

弟子であるイヴは、ピアノの特訓がある日は毎回お土産を持ってきてくれる。

 

留学生なんだし、もっと別のところに金を使えって言ってるんだけど、わざわざ俺の時間を割いてまでピアノの特訓に付き合ってもらっているのに、手土産の一つも渡さないなんて不義理に過ぎるとのことだ。

 

まあ、最近はパスパレの仕事も順調だから、そのぐらいの出費はあまり大きくないらしい。そう言われたら仕方ないので、とりあえず納得しておいた。

 

「なるほど。たしか今日はイヴちゃん、モデルの仕事が入ってるって言ってたわよ」

 

「そうみたいですね。たまには来てくれって言われてたから、ちょうどいいと思ったんですが、タイミング悪かったですね」

 

「それは残念ね。イヴちゃんはアイドルの仕事がないときも部活だったり、バンド練習してたりするから、事前に連絡しておいたほうがいいわよ」

 

「急に行って驚かせたかったんですが、そのほうが良さそうですね」

 

「驚かせたいって、子どもみたいね」

 

白鷺先輩は、ふふっと上品に笑った。

 

「イヴは素直に驚いてくれますから、ドッキリの仕掛けがいがありますよ」

 

きっと初めは驚いて、すぐに嬉しいですって駆け寄ってくれるだろう。

 

あんな可愛い子に嬉しそうな顔されたら、こっちだって嬉しくなる。

 

「そうね。私たちも前に怪談話でドッキリをしたことがあったけど、イヴちゃんの反応はおもしろかったわ」

 

「白鷺先輩も子どもじゃないですか」

 

「あら、あなたと一緒は心外ね。でも、そうかもしれないわ」

 

ずけずけと鋭い言葉を放つのに、彼女のゆったりとした楽しそうな表情、口調が、俺に不快感を感じさせない。

 

幼いころから演劇をやっているせいだろうか、やっぱり他のパスパレメンバーとは雰囲気が違う。

 

俺は白鷺先輩に嫌われてるはずなのに、話している限りだと、そんな風には思えない。すごい技術だと思った。

 

俺が感心していると、新たな来訪者がやってきた。

 

「お二人とも、なんか楽しそうですねー」

 

「あら、モカちゃん。それに蘭ちゃんも。こんにちは」

 

「どうも」

 

近づいて来たのは青葉さんと美竹さん。

 

青葉さんは楽しげに、美竹さんは青葉さんに無理矢理つれて来られたのか、なんだか居心地が悪そうに挨拶をしてくれた。

 

「2人とも来てたのね」

 

「はい。トモちんを待ってるんですー」

 

「そうなの。あなたは気づいてたの?」

 

「そうですね。店に入ったとき会釈しましたよ」

 

どーもって感じで2人にキチンと挨拶しましたさ。

 

「そうそう。こっちに来てくれるかなーって思ったのに、すぐに窓際の席に座っちゃったから寂しかったよー」

 

「いやいや、俺が、元気してるー? って言いながら2人のとこに行くのも変だろ」

 

「たしかに、そんな風に近づいて来られたら、少し怖いね」

 

「蘭までそんなこと言うー。ダメだよ。ガルパのよしみがあるじゃないの。みんな仲良く、だよー」

 

「ふふ、そうね。モカちゃんの言うとおりだわ。せっかく知り合えたご縁だもの。大切にしないといけないわね」

 

「別にあたしは慣れ合うつもりないから」

 

「蘭ー、ダメだよー」

 

「まあ、俺もそう思うかな。気が合うやつで絡めばいいし、全員、仲良くしないとって気持ちはないな」

 

みんなで仲良くできればいいけど、人間だもの、そう簡単にはいかないと思う。孤立してる人がいるなら別だけど、各々、バンドの垣根を越えて交流できてるんだから、それ以上は望み過ぎかな? って思う。

 

その上で、みんな仲良くできたら嬉しいけどね。

 

「海堂くんまでー。千聖さん、なんとか言ってくださいよー」

 

「さすが、人を外見だけで判断する男ね。好き嫌いが徹底してるわ」

 

いつもの笑顔を崩さず、白鷺先輩は青葉さんの期待に答えた。

 

「えー、それはちょっと言いすぎじゃー……」

 

「外見だけで判断するなら、白鷺先輩と同席なんてしませんって。好みと正反対でも、会話を楽しんでるって、今まさに証明してるじゃないですか」

 

俺もさっきまでの自己陶酔モードをオンにして、めっちゃ優雅(と思ってる)な笑みを浮かべて、白鷺先輩に返す。

 

「ちょっと2人とも、落ち着いてー」

 

「あら、奇遇ね。私もあなたの厳つい顔って好きじゃないの。花音も甘いマスクの男性が好きなのに、よくあなたと付き合えたなって不思議に思ってるのよ」

 

「ええー、そこまで言っちゃうー?」

 

「……すごい。モカちゃんがフォローに回ってる」

 

仕事中なので、少し離れたところで様子を伺っていた羽沢さんが言葉を漏らした。

 

「つぐー、見てないで助けてよー。この3人、仲良くする気が全然ないんだよー」

 

「む、無理だって! どっちか1人でも無理なのに、2人の間に入るなんてできないよー!」

 

「モカ、巴から連絡が入ってる。ちょっと用事ができたから、ショッピングセンターで合流しようって」

 

「……蘭ちゃん、マイペースだね」

 

「仕方ないかー。せっかく仲良くなれるチャンスだと思ったのになー」

 

「2人とも悪かったな。なんか気を使わせたみたいで」

 

純粋な気持ちで声をかけてきてくれたのに、俺と白鷺先輩のバチバチに巻き込んでしまった。

 

「ううん、いいよー。でも、次はもうちょっと仲良くしてくれると嬉しいかもー」

 

「善処する」

 

「そこは約束しないのね」

 

「相性の問題があるから、折り合いがつかなきゃ無理だと思います」

 

「そうね。できないことは卒なく断る。花音が言ってた、あなたのいいところね」

 

「いいところチョイス、そこ?」

 

もっとあるでしょ。こう……優しいところとか?

 

「なんか全然、仲良くする気ないって聞こえるんだけどー」

 

「悪い悪い。そんな気はなかったんだけど……」

 

ちょっと裏目に出たな。

 

千聖先輩との会話が楽しくて、つい、いつもの調子で話してしまった。

 

青葉さんの悲しそうな顔に、申し訳なく思ってしまう。

 

「そうだ。気を使わせたお詫びに、2人の分おごるよ」

 

彼女たちも学生だし、これからショッピングセンターに行くなら、小銭は多いほうがいいだろ。

 

我ながら、大人な申し出だと感心してしまう。

 

「ほんとう? やったー」

 

「この男、唐突に金で解決しにきたわ……」

 

この人は、本当に痛いところを突いてくる。

 

ちょっと引き気味な顔は止めてください。あなたは笑顔が売りでしょうが。

 

「いや、何であんたにおごられるわけ?」

 

「「「……」」」

 

美竹さんからの冷たい言葉。場が一瞬、シーンとなった。

 

「ちょっとー、蘭ー」

 

慌てて青葉さんが止めに入る。

 

「わかってるって。俺におごってもらう理由がないってことだろ」

 

付き合いが長いわけじゃないけど、美竹さんは読みやすい性格をしてるからわかる。

 

ちょっと引っかかる言い方なのは確かだが、どうして、そう言ったのかを考えれば、別に怒ることもない。

 

「ああ、そういうことなのね」

 

「おおー、海堂くん、わかってるねー」

 

「良かったね、蘭ちゃん」

 

さすが幼馴染たちは、当然のように理解してるようだ。

 

「だって、別に気を使ったつもりはないし……話しかけたのだって、こっちからだし……」

 

「照れてる照れてるー」

 

「うるさい。ほら、もう行くよ、巴と待ち合わせなんだから」

 

「はいはいー。じゃあね、つぐ、千聖さん、海堂くん」

 

「またね、モカちゃん、蘭ちゃん」

 

「2人とも、気をつけてね」

 

「青葉さん、美竹さん。また、そのうち」

 

「うん、じゃあ、行くから」

 

そう言って、青葉さんと、少しだけ顔を赤くした美竹さんの2人はショッピングセンターへと向かった。

 

 

 

 

改めて、2人に戻った。

 

だからと言って、別に話したいこともなかったので、羽沢さんにコーヒーのおかわりをもらう。

 

淹れたては熱すぎるので、温度が下がるのをのんびり待つ。

 

今のうちにメモ帳に歌詞でも書きなぐろうか、それとも甘いものでも注文しようか。どうしようか迷っていたときだ。

 

白鷺先輩がフと話しかけてきた。

 

「次の歌はまだかしら?」

 

「ド直球っすね」

 

こんな要求のされ方、漫画でしか見たことない。

 

「ごめんなさいね。こんな聞き方をするのは良くないのはわかるけど、もういちどルミナスが本当にいい歌だから……。あんな歌が増えたらと思ってしまうのよ」

 

「まあ、あの歌が褒められるのは素直に嬉しいです。でも次は未定です。パスパレから何かを感じれば作れるだろうけど、無理に作りだそうとしたら、つまらない曲になるだろうし」

 

「パスパレから感じることね。具体的にはどんな話が聞きたいの?」

 

「それはわかりません。でも、あのときと同じような話を聞いても、たぶん新作は出ないと思います」

 

イヴから話を聞いたときだって、理由はわからないけど、歌にしたいと思ったから、あの歌が作れた。

 

たぶんパスパレの話を聞いて、共感できる何かがあったから、そう思ったんだろう。でも、何で共感したかはわからない。あれからもう一度イヴに話を聞いたけど、やっぱりそこまで話に入り込むことはなかった。

 

「やっぱり作曲は難しいのね」

 

「特定のバンドの歌を作るとなると、やっぱり簡単にはいかないですね。自分が好きに歌う分には別なんですけどね」

 

「あら、そういうのでも歓迎よ」

 

「そういうのって、パスパレの歌じゃなくてもってことですか?」

 

「ええ。もういちどルミナスは本当に良い曲だと思うの。私もあの歌で、あなたのことを見直したもの」

 

「ああ、そりゃどうも」

 

歌が褒められるのは嬉しいけど、俺を見直されてもなー、なんて思い、素っ気ない返事が出てしまう。

 

「気のない返事ね。……ただ、すごい曲だと思うのと同時に、私たちの経験不足も実感したわ。練習不足だけじゃなくて、圧倒的に演奏する時間が足りてない。ロゼリアを見ると特にそう思うの」

 

「ロゼリアと比べたらダメですよ。あのバンドはパスパレの3倍くらい練習してますよ。パスパレがバンド以外に使ってる時間を、全て練習やライブに注ぎ込んでますから」

 

リサ先輩にメールを送ると、バンドで練習をしてるか、ライブ中か、自主練してるか、料理を作ってるかのいずれかだ。まあ、もっと休んでると思うけど、それだけ音楽に費やす時間が多いのがわかる。

 

「そうよね。……ロゼリアは、作詞作曲も自分たちでやってるのよね?」

 

「ですね。最近はリサ先輩も作詞の勉強してますけど、今のところ、どちらも湊先輩がやってると思います。本当にすごいですよ、彼女」

 

もし俺にチートがなかったら、湊先輩の足元にも及ばなかったと思う。ピアノは好きだから続けてただろうけど、燐子先輩にも勝てなかっただろうな。

 

昔、ピアノをやってたときにライバルがいたけど、あの人と競い合うことも出来なかったと思う。俺よりも10歳くらい年上だったけど、今も頑張ってるんだろうか。

 

「ううん。やっぱりダメね。ごめんなさい。聞かなかったことにしてくれるかしら。いつも花音から、あなたのことを聞いてるから、けっこう慣れ慣れしくなってしまったわね。ごめんなさい」

 

「いえ、ストックが山のようにあるのは事実なので、別に気にしなくていいですよ」

 

「……ストック、あるの?」

 

「そりゃあ、ありますよ。白鷺先輩は知らないかもですけど、俺は2週に1度は新曲出してますから。しかも最低1曲、です」

 

少し前に海外曲の寄付を止めたというのに、今度はそれ以外の目標金額達成スピードが上がってる。1月に3曲ペースだ。やりたいことが一杯あるんだから、勘弁してほしい。

 

「私の周りはあなたの大ファンが多いから、耳にタコができるくらい聞いてるわよ。……ちなみにどんな曲なの?」

 

「バラエティに富んでますよ。でも、これから発表する曲もあるから、どれでもパスパレに提供できるってわけじゃないですけど。パスパレに提供できるのは……かわいい系の曲かなー。もういちどルミナスみたいなバラードでパスパレに合いそうなものはちょっと……」

 

バラード系は俺が歌えるのも多いから、今後の公開候補だ。

 

かわいい曲は俺じゃあ歌えないと断念した曲なので、いくらでも提供しよう。なんなら、諦めてた電波ソングだって即行で仕上げてもいい。

 

「かわいい曲でいいじゃない。まさにパスパレの曲じゃないの」

 

「パスパレの曲っていうか……うん、まあ、そうですね」

 

俺も我が物顔で使ってるので、文句は言えない。

 

「どんな曲か聞いてみたいわ」

 

「いいですよ。今度イヴにデータ渡しておきます」

 

「今は?」

 

「は?」

 

「今から聞きに行けないかしら?」

 

「いや、データがあるの俺の家ですよ」

 

「ええ。だから、これからあなたの家に行って、聞くことはできないの?」

 

「あんた、日頃から俺のことを、すぐ女を連れ込むケダモノとか言ってたろ!?」

 

「これは私の意思で行くから大丈夫よ。それと、敬語を使いなさい」

 

「くっ……なんて自分勝手な女だ」

 

「あなたに言われたくないわよ」

 

「いいんですか? 俺、男ですよ。男の家に押しかけたなんて知られたら、芸能界的にヤバいんじゃないですか?」

 

へへ、と笑ってみせる。

 

「確かに大変なことになるわね。バレたら確実に干されるわ。たぶん、二度と舞台に立てなくなるわね」

 

「そうですよね。なら、そんな横柄な態度は控えたほうがいいんじゃないですか?」

 

別に見られたらマズいものがあるわけじゃないが、白鷺先輩に主導権を握られるのはおもしろくない。

 

例え、口では若干、分が悪かったとしても、俺には生まれ持ってのアドバンテージがある。

 

元々、君に勝ち目はないのだよ、白鷺くん。

 

「普通ならそうするわ。でも、あなたはそうしないでしょ?」

 

「は?」

 

「言ったでしょ。花音からあなたのことは、よーく聞いてるわ。それだけじゃない。イヴちゃんや美咲ちゃん、薫からだって聞いてるわよ」

 

「白鷺先輩、俺のファンですか?」

 

「求めてないのに、みんな、あなたの話をするのよ……! でも、そのおかげで、あなたの人柄は理解出来てるつもりよ。そうじゃなかったら、あんな風に曲の催促なんてできないわ」

 

「た、たしかに……」

 

ずいぶん強気だなと思った。

 

あれが読まれたうえでの行動だった?

 

それじゃあ、俺は初めっから、この人の手のひらで踊らされてたってことじゃ……。

 

「有咲ちゃんは、あまり話さないのよね。口止めでもしてるの?」

 

「……いや、たぶん有咲は初期の癖っていうか、俺の情報を外に出さないルールを徹底してるっていうか……」

 

「なによそれ。まあいいけど。ちなみに、あなたが私のことを、胸平たい族って呼んでるのも知ってるわ」

 

「美咲……!」

 

前に美咲から、白鷺先輩ってあんた好みの金髪だけど、どうなの? と聞かれたことがあって、胸平たい族には興味ないって返したことがあった。

 

あのときちゃんと、美咲だけは別だからとフォローしたのに……!

 

俺の知らないところで、俺の包囲網が築きあげられている気がする。

 

「なんでかしらね。演じる者としては、胸は小さいほうが衣装の調整ができて映えるし、それだけ観客を劇の中に引き込めるから、好ましいと思っているのよ。なのに、あなたにバカにされると、すっごく腹が立つのよね」

 

「羽沢さん、もし俺が行方不明だって花音から連絡があったら、今日の出来事を伝えてほしい。そうすればきっと、事件は解決するから……!」

 

「え、私ですか!?」

 

「なにそれ、ドラマのセリフかしら? ちょっと格好付け過ぎじゃない?」

 

「うるさいですよ。そんなこと言ってると、それ相応の曲しか提供しませんよ」

 

「それをされるのが嫌だから、あなたの家に行ってまで曲を聞きたいと言ってるのよ。いいからサッサと行くわよ」

 

苦し紛れの抵抗も、一瞬で打ち砕かれる。

 

まさか、これも読まれてた?

 

笑顔の少女が大きく見える。先ほどまで対等だったのに、なんだか、俺よりも大きく見える。

 

これが芸能人。これが白鷺千聖……!

 

「だんだん本性を現してきたな……」

 

「なにか、言ったかしら?」

 

「いえ、なにも」

 

結局、適温になったコーヒーを楽しんだ後に、白鷺先輩と俺の家に行くことになった。

 

 

 

無事、曲を聞かせたあと、ここから駅まで送ってくれない、というご要望にお答えして、駅までの道を2人で歩く。

 

「気がつけば、すごい時間が経ってたのね」

 

「それだけ白鷺先輩が真剣だったことですよ」

 

「そうかしら?」

 

「はい。途中で休憩しないかと声をかけようと思いましたが、止めたくらいです」

 

コーヒーと紅茶、どっちがいいか聞こうとしたのだが、あまりにも真剣に曲を吟味しているので、そっとした置いたのだ。

 

「気を使わせちゃったのね。ありがとう」

 

「いえいえ、それより提供した曲、大切に扱ってくださいね」

 

「ええ、もちろん。Letter……良い曲よね」

 

「最高の曲ですよ。今日、聞いてもらった曲は全て名曲です」

 

今のところ、もういちどルミナス以外は前世から貰ったものなので、全てが名曲である。

 

「充分、わかってるわ。あなたがどれだけ一曲一曲に愛情を持ってるのかもね」

 

「そうですか?」

 

「そうよ。でなけば、あんな歌詞よりも何倍も長い解釈メモが一曲ごとに用意されてないわよ」

 

「……普通がどうかはわからないですけど、俺にとっては、かけがえのない思い出ですから。少しでも記憶が風化する前に、覚えてることとか、連想できることを書きなぐってるだけですよ」

 

当たり前だけど、前世の記憶もどんどん薄れていってる。あの曲を聞いたときにどんなことを思ったのか。どういう切っ掛けで曲を聞いたのか。それがなくなってしまえば、思い出に浸ることすら難しくなってしまう。

 

「あなたって、本当に音楽に関してだけは誠実なのよね」

 

「だけってなんですか。俺は彼女にも誠実なつもりです」

 

付き合った子たちには精一杯、優しくしてるつもりだ。手癖の悪さはアレだけど。

 

「どの口がそんなこと言ってるのよ。……でも、見直したわ。花音から聞いてたけど、いやらしいことは一切しなかったわね」

 

「気がない女性に手を出すとか、なにがおもしろいんですか? 俺が今まで手を出してきた人は、消極的であっても、俺とそういう関係になってもいいと思ってくれてる子だけですよ」

 

最近はむしろ、そういった子たちでも遠慮してる。イヴに日菜先輩なんかは、たぶんいけると思うけど、手は出してない。けっこう付き合ってる子が増えてるっていうのもあるけど、そういう雰囲気じゃあなかったし、何より手を出したら激怒しそうな人が目の前にいるし。

 

「……きっと、そうなんでしょうね。そうじゃなかったら、あなたの周りにいる子たちが、あんなに笑顔を見せるわけないわよね」

 

「無理矢理で許されるのはプレイだからですよ。有咲のイヤイヤは誘い受けですけど、美咲のヤメロはやり過ぎるとマズいことになるのと同じです」

 

「あなた、有咲ちゃんになにをしたのよ……」

 

「この前ちょっと、夜にお散歩しただけです。人前だと恥ずかしいって言ってた有咲を、好き好き攻撃で突破しました」

 

有咲はなんだかんだ言いながら最後は、仕方ねーな、で受け入れてくれる。

 

本当にチョロすぎて心配になるときもある。普段はあんなに警戒心が強い子なんだけど、内に入ると甘くなるんだよ。有咲といるときは、俺がしっかりしないと、なんて思ったりもする。

 

「そ、そう。深くは聞かないでおくわ……」

 

「それがいいかもしれません。あとは、体操服でスクワットをしてもらって、それを色んな角度から眺めさせてもら――」

 

「もういいわよ! あなた、花音にも同じこと、させてるんじゃないでしょうね!」

 

「……白鷺先輩」

 

「なによ。言い訳は聞かないわよ」

 

「花音は、自分からやりますよ」

 

「……」

 

白鷺先輩がポカンと口を開けた。珍しい。この先輩は防御力が高いので、よっぽどショックだったんだろう。

 

「花音は進んで俺の性癖をダイレクト攻撃してくるんですよ。この前も2人で動物カフェに行って、俺がやたらウサギを気に入ったからって、花音がバニースーツを持参してきて――」

 

「わかった。わかったから、もういいわ。ごめんなさい。きっと聞いちゃいけないことだったのよ。話を戻しましょう」

 

「そうしましょうか。……えっと、俺が女性を無理に襲うことはないって話でしたよね」

 

「そうね。私も少し考えを改めるわ。初めの印象が悪すぎたから、ずっとあなたに偏見を持ってたけど、そろそろ切り替えないとダメよね。海堂くん、改めて、ごめんなさい。あなたには失礼なことをたくさん言ってきたわ」

 

「いいですよ。花音のためだったんですよね」

 

「ええ。花音が悪い男に騙されてるなら、私が助けてあげないとって思ったのよ。私は芸能界でたくさんの男を見てきたし、接してきたから、花音がマズい状況になっていたら、私がなんとかしないといけないって思ったの」

 

「俺の彼女を思ってくれての行動だから、むしろ感謝したいくらいです。それに、俺も白鷺先輩とのやり取りは新鮮で、楽しかったですから」

 

これは本当だ。今世の男事情を考えると仕方ないが、俺が気安く話せる人ってかなり少ない。家族と彼女と初期勢とガルパの一部メンバーくらいだろうか。面識のない人は当然だけど、学校でさえ俺は腫れ物扱いされてる。こんな巨体だから、当然って言えば当然だけど。

 

特に、白鷺先輩みたいに喧嘩上等で突っかかってくる人は貴重なのだ。

 

「そうかしら? それなら、今後もあんな感じでもいいの?」

 

「もちろん。お互い、あんな感じの方が気が楽じゃないですか」

 

「ええ、そうね。……それなら、今後もよろしくね。海堂くん」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。白鷺先輩」

 

いつもどおりだけど、いつもと違う。ちょっとだけ昨日とは違う関係。それもまた、新鮮でおもしろい。

 

「ふふ、なんだか不思議ね。私があんなに嫌ってた人と、しかも男のあなたと、こうして仲直りするなんて」

 

「誤解が解けただけですよ。仲直りついでに、一つ聞いてもいいですか?」

 

「なにかしら?」

 

「白鷺先輩、一夫多妻ってどう思ってますか?」

 

機嫌も良さそうだし、前から聞いてみたかったことを聞いてみる。

 

「唐突ね。でも、そうね、私は悪くないと思ってるわよ。確かに、男性と女性が対等に愛し合えるのが一番だけど、実際問題として、それは難しいと思うの」

 

「……へえ」

 

「男性ってみんな身勝手で、いい年して、子どものようなワガママを言うでしょ? 結婚した女性は、家事や仕事、育児をする上に、夫の面倒まで見なくちゃいけない。これって、すごく大変だと思うわ」

 

男性は遺伝子提供により、多額の補助金を手にできる。1人なら仕事をしなくても食べていけるだけの金だ。でも、豪遊なんかできない程度だ。基本的には女性と結婚し、女性が働いて男性の生活を豊かにしていく。

 

あまり多くあげすぎると、結婚に消極的になる人がいるからって理由らしい。

 

「でも、妻が複数いれば、その苦労は分散できるはず。単純に考えて、夫の面倒を見る時間は半分以下になるし、家事を妻同士で分担すれば、空いた時間も生まれる。妻は複数いればいるほど、結婚生活が楽になるって思ってるわ」

 

なんとなく、前世で見た漫画を思い出した。子どもは村全体で育てる。だから母親の負担は少なくなるって話だ。白鷺先輩の話は、村ではなく、家庭のなかでそれを起こすというものだ。

 

「ゆとりは大切よ。いつもなにかに追われているようじゃあ、日々を楽しむことだって、ままならなくなる。だから一夫多妻制は悪いことじゃないと思ってるの。もちろん、相性っていう一番大きな問題があるんだけれどね」

 

「そっか、そういうことだったんですね……」

 

この人だったか……。

 

「なにか気になることでもあるのかしら?」

 

「いや、なんでもないです。そのわりには、俺に突っかかってきたなって思っただけです」

 

思い起こせば、俺が花音以外の女の子に手を出してることに怒ってた気がする。

 

「私が警戒してたのは、あなたが花音に遊び半分で手を出したんじゃないかってことよ。正直に言って、花音からあなたのことを聞いてる限りだと、花音の体を弄んで捨てるような男としか思えなかったわ。それと、別の子に手を出すのが早過ぎる。花音が全然、大事にされてないじゃない」

 

「いやいや、大切にしてますって」

 

「それも今だから、わかることよ。あなたの人柄がわかるまでは、あなたの主張がどこまで本当なのか、わからないでしょう」

 

「まあ、それは確かに。……意外と男性について考えてるようで驚きました。てっきり、男なんて消えればいいとか思ってるんだろうなって偏見を持ってました」

 

「フェミニストでもないのに、そんな短絡的な考えをするわけないでしょ。男性と付き合って、潰れていく女優を見て思ったのよ。ああ、これは一人じゃダメだって。あのとき、他にも付き合ってる女性がいれば、あの男の衝動は分散されたはずだし、もしかしたらコントロールするやり方も女性同士で見つけられたかもしれない。でも、一人だと耐えることしかできないわ」

 

「やっぱり、芸能界は闇が深いですね」

 

「男がたくさんいる、それだけで闇は深くなるわよ。それにつられて、同じように芸能界にいる女だって汚れていくけど」

 

「千聖先輩はそうならないと思います。汚れる可能性を自覚してるなら、それを回避することだってできます。きっと輝き続けるって思ってます。……勘ですけど」

 

「あら、今度は私を狙うつもりなの? 仲直りしたけど、そう簡単にはいかないわよ?」

 

「貧乳は対象外ですって。鏡を見てから出直して来てください」

 

「本当にあなたは口が減らないわね。……そうね、私からも一ついいかしら?」

 

一瞬だけ笑顔が消えた白鷺先輩が聞いてきた。

 

「どうぞ」

 

なんだろう? と思いつつ、白鷺先輩がいつもの笑顔に戻って続けた。

 

「あなたが初めて花音と出会ったときのことだけど、喫茶店に行ったのよね……3人で」

 

「えーと、確かそうですね。俺と花音、こころの3人で近くの喫茶店に行きましたよ。周りに人集りができてて、そのまま話すのも落ち着かないって思ったので。それがどうかしました?」

 

興奮を抑えきれない様子のこころが、怒涛の勢いではしゃいでいたのを思い出す。

 

俺も完全に一目惚れしてたから、その様子が可愛くて可愛くて仕方なかったんだけど、少しだけ周りの視線が気になった(周りを取り囲むような人だかりがあった)ので、近くの喫茶店で休むことにしたのだ。

 

「いえ、大したことじゃないわ。花音がそのときのことをあまり話してくれなくて、気になったのよ」

 

「……へー、そうなんですか」

 

白鷺先輩の目つきが変わった。

 

少し、返しを間違えた。たぶん、あの回答はマズかった。

 

「……」

 

白鷺先輩は無言だ。でもその視線は俺に次の言葉を促していた。

 

まあ、いいか。

 

「……まあ……よくわからないですけど、何か理由があったんじゃないですか? 今、聞いてみれば、あっさり事情を話してくれるかもしれませんよ」

 

「……なにか、あったのね」

 

疑いが確信に変わったように、ジロリと睨み付けられる。

 

「さあ、どうですかね。ただ、あの時と事情が変わった、ていうのはあると思います」

 

全貌が見えない巨大な相手に、どう立ち向かったらいいのか。そんな周りを警戒してた頃だ。花音にはもう黒服の人は付いてないみたいだし、前とは違うんじゃないかと思う。

 

「あなたはこのことを聞いて、どう思ったの?」

 

「花音は本気だったんだなって思いました。そんな強く思ってくれてたなんて! って感動してるくらいです。それだけですよ。危険なことなんてないんじゃないですか? そもそも……」

 

「……なにかしら?」

 

そんな昔の話、花音に聞いてみないと本当のところはわからない。でも白鷺先輩の思ってるような危険はない。あるのは俺たちの約束だけだ。

 

「白鷺先輩に睨まれたら、誰だって口をつぐみますって。どうせ、あの男は! とか言って、キレ散らかしてたんじゃないですか?」

 

だから、この話はお終い。少なくとも、俺から話すものじゃない。あとは花音から聞いてください。

 

そんな気持ちを込めて、白鷺先輩を見る。

 

白鷺先輩が俺の目をジッと見つめる。圧がすごい。でも絶対に逸らすわけにはいかない。

 

やがて、諦めたように白鷺先輩が一つため息をついた。

 

そして、いつもの笑みを浮かべた。

 

「怒られる心当たりがあるのに、ずいぶんと余裕ね? なんだったら、今からあなたに、日頃の行いについてお話してもいいのだけれど?」

 

そう言った白鷺先輩は、すぐ近くにある喫茶店へ視線をやった。

 

「白鷺先輩って本当に笑顔が素敵ですよね。優しく微笑んでるところとか、マジで天使だと思いますよ」

 

「気持ち悪いから、その見え透いたお世辞は止めてくれないかしら? ……まあいいわ。今日は許してあげる。でも勘違いしないで。あなたがこれから私たちの期待を裏切るようなことをするなら、いつだって私はあなたを嫌いになるわよ」

 

呆れた顔から、真面目な顔へ。いつもの笑みは洗練された表情だけど、こういう顔も様になる。

 

「例えば?」

 

「花音を傷つけることよ。他にも、彩ちゃん、イヴちゃん、日菜ちゃん、麻弥ちゃんを傷つけるなら、また話をつけにくるから」

 

「花音については安心してください。俺が全力で守ります。パスパレメンバーは……麻弥先輩は守りたいです」

 

「他の子も守りなさい。あとは、そうね……まさかホイホイ女性の家についていくことなんて、ないと思うけど、もし、そんなことをするなら幻滅するかしら。まあ、そんなことはないと思うけど」

 

「はは、なんですか、それ。俺だって警戒心くらい持ってますよ」

 

「そういうことじゃないけど……まあ、いいわ。そんなことないと思うしね。あら?」

 

白鷺先輩の視線の先に意識をやると、制服姿の花園さんが歩いてくるのが見えた。

 

「千聖先輩と幹彦だ。こんにちは」

 

「お、おたえちゃん。こんにちは」

 

「花園さん、こんにちは。奇遇だね」

 

「偶然だね。私は買い物の用事が済んだから、軽く散歩してたんだ」

 

花園さんがぶら下げていた買い物袋を少し上に上げる。江戸川楽器店と書いてあった。小さい袋だ。ギターの弦でも買ったのかな。

 

「2人が一緒って珍しいね。どこか行くの?」

 

「いや、用事が終わって帰るところ。白鷺先輩があまりこの辺には来ないらしいから、駅まで送ってるんだよ」

 

「そうね。……あ、ここまででいいわよ。ここからなら駅までの道もわかるから、もう大丈夫。海堂くん、送ってくれて、ありがとう」

 

ずいぶんと、まくし立てるじゃないか。さっきまでの余裕はどこにいったんだ?

 

「千聖先輩、駅に用事だったんですね。それなら、この先まっすぐ行けば2分ほどで見えてきますよ」

 

「ええ、ありがとう。それじゃあ、おたえちゃん、海堂くん、また今度ね」

 

「千聖先輩、さようなら」

 

挨拶をしながら、既に体が駅へ向かおうとしてる白鷺先輩。

 

「……逃げた?」

 

「幹彦、ダメだよ。ちゃんと挨拶しないと」

 

「あ、ああ、そうだな。白鷺先輩、また」

 

「ええ。よけいなことは口に出さないことを、おすすめするわ」

 

にっこりと、今日一の笑顔を見せて、白鷺先輩は駅へと歩いて行った。

 

「……」

 

「幹彦、なんか言ったの?」

 

「……なにも言ってない」

 

なんか気になる動きをしてた。

 

まあ、白鷺先輩とは仲直りできたので、これで良しとしよう。白鷺先輩は花音の親友だ。きっと仲がいいに越したことはないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有咲視点

 

 

突然だけど、クリスマスライブをやることになった。

 

今回ばかりは香澄の思いつきってわけじゃなくて、いや、ライブは香澄の思いつきなんだけど……とにかく、ポピパで急きょクリスマスライブを行うことになったんだ。

 

Circleのまりなさんに相談して、夕方からは予約で埋まっているけど、昼間の空いてる時間ならミニライブを開くくらいはできそうなので、場所も確保できた。

 

あとは参加者を集めるんだけど、これは香澄がガルパの参加バンドのみんなにライブのお誘いメールを送ってくれた。

 

後はライブや、クリスマスライブの後にやる予定のクリスマスパーティーに向けて準備を進めるだけだ。

 

「ライブで新しい曲やるの?」

 

幹彦がそう言った。

 

「そのつもり。今、絶賛作成中」

 

「時間ないのに頑張るよなー。アレだったら俺の曲、使っていいぞ。この前ちょうどクリスマスにピッタリの曲を聞かせただろ」

 

「それはもしかして、クリスマス? なにそれ? 美味しいの? のことじゃないだろうな」

 

「逆にお前らに聞かせた曲で、それ以外のクリスマスの歌はないと思うぞ。一般には公開してないし、ちょうどいいじゃん」

 

「よくねえよ! あんな歌をクリスマスに歌えるか! しかも私、彼氏いるんだぞ! パーティなのに空気が一瞬で凍るぞ!」

 

メン限動画で公開したとき、コメント欄が一気に殺伐とした空気に変わったのを忘れたのか?

 

「まあ、独り身のための歌だから、その辺は、ねえ?」

 

「ねえ? じゃねえから。……で、お前はどうするんだよ? 参加するのか?」

 

「俺? もちろん参加するって。ハロハピは全員参加するんじゃないかな?」

 

「クリスマスだけど、大丈夫か? ほら、花音さんとか奥沢さんとか弦巻さんとデートとかは?」

 

「前に言ったろ。クリスマスはみんなで祝うって。クリスマスデートは数日ずらして、個別でやるさ」

 

「確かに聞いてたけど、本当にそれでいいのか?」

 

ハロハピの3人の方が私よりも前から付き合ってたんだから、別にクリスマス当日にデートしたっていいんだぞ。私だってそれくらい我慢できるし。

 

「いいんだって。それより有咲ともデートするからな」

 

「し、仕方ねえな。クリスマスまではライブの準備で忙しくなるから、その後だったら予定を空けてやるよ。決まったら言えよ」

 

年末の棚卸しがあるけど、たぶん1日、2日ならなんとかなる。婆ちゃんに頼んでどうにかする。絶対にする。

 

「了解。てか、今もデートなんだけどな、一応」

 

「お家デートだけどな。しかも、いつもと変わらないし」

 

「どっか行きたい? 俺たちでも入れそうなレストラン予約しておこうか?」

 

「雰囲気を味わいに行くから、落ち着かないのはしょうがない。オシャレしてその空気に酔えれば最高の思い出になるぞ」

 

「雰囲気を味わいに行くから、落ち着かないはしょうがない。オシャレしてその空気に酔えれば最高の思い出になるぞ」

 

ドレスを着て、幹彦とオシャレなレストランでディナー……たしかに憧れる。でも、オシャレなレストランに似合うドレスなんて持ってないんだよな。

 

これから買いに行くとしても、これからライブの準備で忙しくなるだろうし……。

 

「……やっぱパス。オシャレなレストランはもっと大きくなってからが良い!」

 

「OK。じゃあ、ちょっと豪華な物を出前でも頼もうか」

 

「あ、でも、デートはしたい!」

 

まるっきり、いつもと一緒は少し寂しい。

 

ちょっとだけでいいから、なんか特別感を味わいたい。

 

「はいはい。じゃあ昼間はデートで、夜は家でご飯な。夜は寝かせないぜ」

 

「いつものことだろ」

 

「はは、たしかに。どっか行きたいところはある?」

 

「任せるわ。いつもとちょっと違うところに行きたい」

 

「OK、探しとく。花音たちと行く場所が被っても文句言うなよ」

 

「言わねーよ。でも、デート当日に花音さん達との思い出話しをしたら怒るかも」

 

「いや、俺、そんなバカな事したことないだろ」

 

「忠告です。あしからず」

 

プイッと顔をそむける。

 

「こいつめ」

 

そう言って幹彦が覆いかぶさってくる。

 

こいつ、あれだけして、まだヤリ足りないのか?

 

いや、いつものことか。

 

疲れた体で、払いのける力も残ってない私は(払いのけるつもりもないが)、そのまま幹彦を受け入れた。

 

あ、ちょっと待って。

 

「そう言えば、あれから、おたえは何かしてきたか?」

 

「花園さん? いや、特に連絡も来てないかな」

 

「ふーん、そっか」

 

不思議そうな顔する幹彦。

 

「悪い。ちょっと気になっただけ」

 

「いいよ」

 

ちょっと待ってくれた感謝の印に、疲れで震える両腕を伸ばし、幹彦の顔を抱き寄せてやった。

 

 

 

数日前、ちょうどポピパの中で、クリスマスライブをしないかと話が上がってくる直前のことだ。

 

おたえがウサギを餌に、幹彦を自宅に連れ込んだことがわかった。

 

男に興味ある素振りなんて一切なかったから、幹彦から報告を受けたときも、まさか、おたえが!? と困惑してしまったのを覚えてる。

 

幹彦だって、こんな性欲の塊だけど、誰かれ構わず手を出すヤツじゃないので、このことを本人以外から聞いたら信じられなかったかもしれない。

 

なんでも、少し前に花音先輩と動物カフェに行って、ウサギとチンチラの触り心地に感動したらしい。そんで、おたえに、うちの家にはウサギが20羽もいるよ、と言われ、フラフラ~とついて行ってしまったらしい。

 

いや、ついて行くなよ! おたえが私のバンドメンバーだからって、何されるかわかんないだろ!

 

おたえは、そんなバカなことしないけど、今後、そういうヤツに出会わないとは限らないだろ!

 

……まったく、わかればいいんだよ。

 

まあ、こいつの不注意は今に始まったことじゃない。

 

奥沢さんだって、こいつは常識人ぶってるけど、目が離せないって言ってたし。

 

ネット上だと他の仲間も目を光らせてくれるけど、一人だとやっぱり大変だ。

 

リサさん……来てくれねーかな?

 

いやいや、今はおたえの話だ。

 

幹彦に話を聞いて、一応、おたえにも本当か確認してみたが、どうやら事実らしい。

 

おたえ、男に興味あったんだな、と聞いたら、メスがオスに興味を持つのは普通だよ、とのこと。

 

とりあえず人をオス、メスで表現するのは止めろ。ウサギと一緒にすんな。

 

おたえはスラリとした体型に、艶やかな黒髪、綺麗な顔立ちをしていて、そこらのモデルじゃ太刀打ちできないほど容姿に優れている。前にイヴから、一緒にモデルの仕事をしてみないかと誘われていた程だ。

 

おたえはバンドが忙しいからと断っていたが、何でもないように断る様子も格好良いなと思った。

 

でも、幹彦の好みじゃなかった。

 

家に行ってウサギを可愛がっているときに、おたえも近くで一緒にウサギを撫でていたらしい。肩がくっつく程の距離で、彼女が動くときに、その黒髪が幹彦の腕をくすぐることが何度もあったとか。

 

幹彦に、おたえの感触はどうだったよ、と聞いてみた。

 

……距離はすごい近かったけど、ララちゃんの方が可愛かった?

 

お前、さすがにそれは、おたえが可哀想だろ……! 絶対に外では言うなよ!

 

でも、まあ、いくら好みじゃないとはいえ、美人の同級生と2人きりになっても手を出さなかったのは偉い。

 

やるじゃん、と褒めてやった。

 

……俺には有咲たちがいるから?

 

ふ、ふーん……まあ彼女優先は当然だし、別に嬉しくないから。

 

今度また行為を撮影することになったけど、別に今回のご褒美ってわけじゃない。本当だ。

 

「有咲……チョロすぎ……」

 

「あん? なんか言ったか?」

 

「いえ、なにも」

 

なんか、ミニスカサンタ衣装は持ってこないほうが良い気がしてきた。

 

いや、そもそもポピパのみんなでこの衣装を着るのは危険かもしれない。

 

ええっ!? じゃないから。

 

……おたえに反応しなかったら大丈夫?

 

でも、お前、同じ状況で香澄とか沙綾と2人になったら襲ってただろ。この前、ポピパの焼き芋パーティーにお前が乱入してきたときに、沙綾をチラチラ見てたことはわかってんだからな。

 

……香澄は見てない?

 

お前! 香澄みたいな子、大好きじゃねえか!

 

おい、こっち見ろ。目を逸らすな!

 

胸は見なくていいんだって! もう飽きるくらい見ただろ!

 

……え、何度見ても綺麗?

 

う、うるせーな。……もういいから、好きに見ろよ。も、もう別に恥ずかしくないしさ。

 

「有咲、本当に可愛い」

 

だから、うるせーって!

 

え、まだヤんの!? もう無理だって!

 

奥沢さん、花音さん、助けて!! この際、おたえでも許すから!!




イメージ曲
Letter(SILENT SIREN)
クリスマス?なにそれ?美味しいの?(ヒャダイン)

前者については、確かFM横浜で「恋のエスパー」が流れてたのがきっかけで知りました。それでアルバムを買ってみたら、この曲に一目惚れしました。その後、バンドリとコラボをすることになったんですけど、このバンドのボーカルって丸山と声質が似てる気がします。だからピッタリかなって思いました。超名曲です。
後者は、うん、ネタ曲ですね。そのくせ、クオリティがすっごく高いっていうね……。たぶん、もうヒャダインとしてアレンジ曲を作ることはないんだろうけど、本当に楽しませてもらいました。一番好きだったのは「さぁ 歩き出せ!」です。


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15.5話

たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています。
「この作品の若干苦労人モカちゃんホント健気で可愛い」 自由なモカちゃんも大好きです。でも、千聖とのバチバチには勝てなかった……。

当初、15話本編として書いたものでしたが、原作キャラの出番が少なかったので没になった話です。でも内容は気に入ってるので、閑話として投稿します。時期的には15話本編より少し前の話です。
有咲視点はありません。


パスパレの歌を作ってから、あっという間に数カ月が経った。

 

気がつけば、もう12月だ。今年は例年以上に時間の流れが早い気がする。

 

この間も多くの出来事があった。

 

ハロウィンに、花女の体育祭(一番の見どころは跳び箱飛べなくて半べそかいてるアイドル)、こころが夏も終わるのでお気に入りワンピースを見せてくれたり(本当に天使だと思う)、有咲ん家で開催されたポピパの焼き芋パーティーに乗り込んだり、リサ先輩の歌詞作りのアドバイスをしたり(お礼にデートしてもらった)、羽女の文化祭に顔を出したり、美咲と遊園地に行ったり(袖口大きめのワンピース姿が清楚可愛かった)、花音とショッピングしたり(メガネを試着した花音もゆるふわ感が増していいね)、イヴのホームパーティーに招かれたり。

 

相変わらず順番は覚えてないけど、思いつく限りをあげたら、こんなところだろうか。

 

え、にゃんにゃんはどうしたって? 当然ヤッてるさ。一つの出来事の間に1~3回は入ってると思ってほしい。

 

これから1カ月だってクリスマスや正月、冬休みが待ってる。

 

昨年と違い、ハロハピのみんなや有咲がいるから、クリスマスや正月が楽しみでしょうがない

 

プレゼントは何にしようかとか、どこに行ったら喜ぶかとか、最近はそんなことばかり考えている。

 

とは言っても、別に日常を疎かにしてるわけでもない。

 

週末の今日は、いつものようにハロハピでライブをする。

 

場所は少しだけ遠い老人ホームだ。

 

この老人ホームは少し特殊で、入居者は全員、残り短い人生の方たちらしい。

 

ライブは老人ホーム側からのお誘いがあったらからなのだが、初めはハロハピには合わないかと思って、俺と美咲は否定的だった。だが、他の4人に押されて、結局ライブをすることになった。

 

黒服の人たちが、入居者の裏を確認したけど、不審な人はいないと報告してくれた。

 

嬉しいんだけど、そこじゃない。死を目前にした人間がどんな考えをしてるか想像できない。それが怖いんだ。

 

まあ、明らかにヤバかったら黒服の人も止めに入るだろうし、たぶん杞憂に終わるんだろうけど、全く読めない人というのは、それだけで警戒してしまう。

 

ちなみに美咲はこころ達が何かやらかすんじゃないかと思って反対してる。

 

そこはもう、諦めることをおすすめした。

 

あんたが言うな、と美咲に叩かれた。俺に八つ当たりするなって。

 

お返しに、こころ達に見えないように美咲を後ろから抱きしめて、体をまさぐってやった。

 

「あ、ちょっ、やめっ――」

 

と小さな声で美咲が抵抗する。

 

今度は殴られた。あ、ヤバい、花音に見つかった!

 

俺たち2人は何事もなかったかのように花音に笑顔を見せた。男女の関係だと、ヒエラルキーは花音>美咲なのだ。ちなみに言うと、こころ>花音だったりする。

 

花音は、仕方ないなあ、という顔で苦笑いして、こころ達に顔を戻してくれた。

 

俺と美咲は、危なかったと顔を見合わせて、一つ頷くと、こころ達の方へと歩いて行った。

 

 

 

老人ホームでの演奏は、決まって曲調が穏やかなものにしてる。

 

激しい歌は控えて、明るく楽しい歌で、老人たちを癒やすのが目的だ。

 

保育園や病院のように感動する人は少ないが、老人たちは俺たちの演奏に惜しみない拍手と笑顔をくれる。

 

音楽の歌詞や深みは伝わらないかもしれないけど、こうしてお互いに笑顔になるツールとなる。音楽は本当に素晴らしいと思う。

 

歌い終わった後は老人たちと触れ合う。

 

そんな長い時間ではないが、良かったよとか、どこから来たのとか、好きな食べ物はなんだとか、そんな当り障りのない話をする。

 

ハロハピはこの時間が大好きで、みんな楽しそうに老人たちとお喋りをしている。

 

いつもなら、俺もみんなに混ざって小洒落た話を披露するのだが(理解されてるかは不明)、その日はそうしなかった。

 

初めに聞いていた、この人達が残り短い人生、というのもあるかもしれないが、あの輪に入る気分じゃなかったのだ。

 

それよりも隅の席で、ずっと退屈そうに俺たちの演奏を聞いてた婆さんが気になったのだ。

 

俺のピアノ、ひいてはハロハピの演奏を聞いて、よくもまあ、つまらそうな顔ができたもんだな、という気持ちは少ししかない。

 

なんとなく気になったのだ。この婆さんが一体どんな考えをしているのか、少し興味がわいただけだ。

 

「私に気を使わなくてけっこうだよ、あっち行きな」

 

話しかけた俺に返ってきた言葉がそれだった。

 

「そんなこと言わないでください。あっちはもう人が一杯なんです」

 

明確な否定の言葉だったが、そんな言葉が響く俺ではない。

 

しれっと返してやった。

 

「……あんた、正直だね。でも私は男は大っ嫌いなんだよ、あっちへ行っとくれ」

 

わかった。

 

この人の雰囲気が初期勢に似てるんだ。

 

知的な思考をしてるけど、歯に衣着せぬ物言いで、平然とケンカを売っていくスタイル。

 

それなら扱い方はわかる。むしろ得意な方だよ。

 

「そんなこと言わないでください。せっかくこうして出会えたんだから、仲良くしましょうよ」

 

「全く心がこもってないね。それと、その気持ち悪い敬語は止めな。男に敬語を使われるなんて虫唾が走る」

 

「敬語くらい普通じゃないですか?」

 

「普通だね。常識だよ。でも、男がそれをやると気持ち悪い。止めな」

 

本当に嫌そうな顔をする婆さん。

 

まあ、そこまで言うなら俺だって気にしないことにする。

 

「……ふう。頑固な婆さんだな。人が気を使ってやってるのに」

 

「ああ、それがあんたの本当の顔か」

 

「本当の顔っていうか、婆さんにやれって言われたんだけど」

 

俺だって初めて会う目上の人に、敬意を持って接するくらいの常識はある。

 

もちろん、相手が白鷺先輩みたいに攻撃的なら、俺だって黙ってるわけにはいかないが。

 

「取り繕いが取れたって言ってんだよ。さっきの気持ち悪い、上っ面だけの言葉よりずっとマシだよ」

 

「変わってんねー。おだてられたら、適当に気分良くしておく方が楽じゃないか?」

 

自分でコントロールが効く範囲なら乗せられたっていいじゃんと思う。

 

「さっきの会話、あんた、おだててるつもりだったのかい? ……でも、この年でまた男と接する機会があるとは思わなかったよ」

 

「そういう時世だから仕方ないだろ」

 

落ち着いてきたとはいえ、この婆さんが若い頃より、世界で男性が少なくなっている。そりゃあ、前より接する機会もなくなるってもんよ。

 

「その冷めた態度。年寄りを舐め腐った態度も、何だか私の若いころに似ているねえ」

 

「止めてくれよ。俺はそんなに捻くれてないから」

 

「あたしだって、あんたら男に比べれば幾分かマシな人間だって自負してるよ」

 

「なに? 男になんか嫌な思い出でもあるのか?」

 

「人の心にずけずけと踏み入る子だねえ。……私の若いころは、年上だけど男はけっこういたんだよ。だから今以上に男と接する機会はあって、それだけみんな男の被害に遭ってるのさ」

 

「そういうもんか」

 

「そういうもんさ。ここにいる私以外の利用者だって、男の被害に遭ってない方が少ないくらいだよ」

 

「ふーん……そうは見えないけどな」

 

辺りを見渡せば、みんなハロハピを取り囲んでチヤホヤしてる。優しそうな笑顔を浮かべてて、男の俺がいるバンドだからって警戒してる様子もない。

 

「みんな、もう忘れてたり、許してるのさ。怒りを持ち続けるのが疲れるほど昔の話だからね」

 

「婆さんは違うんだろ?」

 

「違わないさ。私は嫌ってるだけ。もう怒りなんて湧かないよ」

 

確かに、この婆さんの顔からは憎しみは感じ取れない。俺に対する態度だって、ただ面倒くさいって気持ちだけだろう。

 

「何があったんだ」

 

「別に珍しいことじゃないよ。男の騒動に巻き込まれて、妹と娘を失っただけさ」

 

予想以上にヘビーだった。

 

「失ったって……」

 

「よくある話だろ。男が癇癪を起こして女が怪我したって話は。昔は今ほど医療技術が発達してなかったし、病院が少なかった時代だからね。たまたま悪い方に転がった。その結果だよ」

 

「……」

 

「ああ、気にするんじゃないよ。どうせ先のない老いぼれの戯れ言だ。あんたが気にする必要はない」

 

「……そうだな」

 

違いない。

 

別の男がやったことを俺が責任を感じるなんてバカげてる。可哀想だなって思うなら、せいぜい自分と親しい子たちだけでも幸せにしようって方が、よっぽど現実的だ。

 

少しだけ、昔を思い出させたようで、悪いことしたなって気持ちがあるだけだ。

 

「本当に図太い子だね。でも、それくらいじゃないと男だって生きづらい世界だから、いいことなのかもね」

 

「まあ、ふてぶてしいとは、よく言われる」

 

「だろうね。……とにかく、そういうことだから向こうに行きな。あっちの子たちは、あんたの大切な人なんだろ? そういう人は放っておいちゃダメだよ」

 

確かにそうだ。向こうは楽しそうに笑ってる。2人とも真顔のこちらとは大違いだ。

 

でも、俺はこの空気が嫌いじゃない。

 

婆さんは男を嫌ってるというけど、敵意は感じない。ただ、お互いに思ったことを気兼ねなく話してるだけだ。むしろ、楽しいとすら感じる。

 

「そうだけど……今回はここでもう少し話を聞くわ」

 

「は? あんた、私の話を聞いてたかい? 耳とか頭とか大丈夫かい?」

 

「大丈夫に決まってんだろ。ただ、ここのみんなは先が短いって聞いたから、婆さんの話を聞きたいって思ったんだよ」

 

ハロハピが同じ老人ホームでライブしたことはない。たぶん、この婆さんとも、また会うことはないだろう。

 

そう思ったら、この時間が惜しくなって、もう少しだけ話をしたいと思った。

 

「……やっぱりあんた、変わってるよ」

 

「俺は普通だ。変わってんのは世界の方だよ」

 

「変わってるやつは、みんなそう言うんだよ。でも話を聞いてもらっても、あんたにやれるもんもないしね」

 

「ここで物の話が出るあたり、やっぱり世界はおかしいと思う」

 

高校生と年寄りのふれあいの場だ。せいぜい菓子でもあげればいいんだよ。俺だって甘いものをつまみながら話せれば充分だ。

 

「男の時間を拘束するってのはそういうことだよ。常識だから覚えときな。……そうだね、どうせなら私の財産をくれてやろうか?」

 

「はあ? いらないよ。俺、金に困ってないから」

 

こんな提案されるくらいなら、お菓子をやろうって言われたほうが100倍嬉しい。

 

「いやいや、現金はほとんどないけど、けっこうな土地持ちなんだよ。上手くやれば10億だって下らないはずさ」

 

「ふーん、意外と持ってんね。でもいらね。10億なら1年あれば稼げるし」

 

最近はゲームに過剰投資してるけど、いつもどおりにしていれば金はどんどん溜まっていく。

 

あとが面倒くさそうな土地の譲渡なんてゴメンだ。

 

「あんた本当に何者だい?」

 

「ただのイケメンだよ」

 

「あんた、そんなにイケメンじゃないと思うよ」

 

「うるせー」

 

んなこと知ってるわ。

 

「金は便利だよ。10億あれば何だってできるさ。あんた、何かやりたいことはないのかい?」

 

「あるけどさ。もう自分の金で手をつけてるしな。一番欲しいのも、まだ時期じゃないし」

 

「何だい?」

 

「あいつらに俺の子を産んでほしい」

 

前世なら将来のことを考えて、なかなか踏み切れないことだが、今世では経済的にも問題ない。住む場所だって、うちの実家は彼女たち全員と暮らしても充分なくらい広いし、なんだったらこの前買い取った隣の家の敷地に、新しく家を建ててもいい。

 

一生をともにしたい彼女がいるんだから、子どもを産んでほしいと思ってしまう。

 

「子どもか……いいじゃないか。世のためになる真っ当な願いだ。みんながあんたを祝福してくれるよ」

 

「みんなそう言うけどさ、子どもができたら絶対に大変だろ? 学生で産むとか正気と思えないし」

 

「別におかしいことじゃないさ。私が若いころは学生で子どもができたら、よくやったって褒められたよ。子どもが産まれた後だって、親とか保育園に預ければ、学生に復帰もできるだろ?」

 

「でも、子どもと離れるのは可哀想だろ? 金銭的に余裕が有るのに保育園に預けるのも、子どもが大事じゃないのかって思われそうだしさ」

 

「変な考えだね。男の子ならともかく、女の子が産まれたなら、みんなで育てればいいじゃないか。保育士だって仕事でやってんだから、預ける理由なんて気にしなくていいんだよ」

 

「保育園は仕事と病気とかで、どうしても子どもが見れない人が、やむを得ず預けるところだろ?」

 

「違うよ。親が自由な時間を持つために作られたところだよ。考えてもみな。いくら自分の子だって、四六時中、自分の時間を拘束されたら、母親だって疲れちまうよ。子育てが大変で、辛いと思ったら子どもを産む人が減るだろ。そうなったら人口が減っちまうだろうさ」

 

「……確かに。世の中としては、とにかく子どもを産ませたいのか」

 

前世でも、子どもが4人は欲しいと言ってた人が、2人を産んで、もう限界だって言ってたのを思い出す。毎日が忙しくて、次の子なんて考えられないらしい。

 

「そうさ。どの政治家にとっても人口減は絶対に取り組まないといけない課題だ。とにかく自国民が子どもを産んで、子育ては無理なくサポートする。基本中の基本だよ。あんたが言うように仕事をするから子どもを預けるってなったら、仕事が終わったらどうするんだい。すぐに子育てに戻るってことかい? そんなことすれば、ほとんどの親が過労で倒れるよ。よしんば体力のある女が、それで乗り切れたとしても、次の子を作りたいとは思わないだろうね」

 

「ああ……父親がいる家庭が少ないから……」

 

要は産んで、預けて、即次の子を作る。それが推奨されてるってことか。

 

「今なんて、本当に少ないだろうね」

 

「俺も自分の家以外で父親がいる家庭を見たことなんて数えるくらしかないよ。……てことは、仕事が終わっても、しばらく子どもを預けてる人がいるってことか?」

 

「当たり前だろ。土日の休みに引き取りに来て、それ以外は保育園に預けっぱなしの人は多いよ。親の手助けが期待できる人は別だけどね」

 

「マジか……」

 

「男のあんたには家政婦が付くはずだから、あんたは家で見てもらったんだろ」

 

「そうそう。うちはけっこう裕福だから、それで保育園にも通わないんだって思ってた」

 

トメさん(50代)は、俺が赤ん坊の頃から面倒を見てくれている大ベテランの家政婦だ。海堂家の炊事、洗濯、掃除は全てこの人で成り立ってる。

 

……俺と有咲たちとの後始末も、トメさんがやってくれてる。マジで頭が上がらない人だ。

 

「男の子がいる家庭には家政婦用の補助金があるから、多分それだね」

 

「婆さん、詳しいな」

 

「昔、こういうのを専門にしてた学者だったからね。でも、これくらい常識だよ。むしろ、あんたは何で知らないんだい?」

 

「いや、それこそ知らないよ。どこで教わるんだって話」

 

少なくても、高校1年まででは教わってない。せいぜい、産めよ増やせよくらいだ。

 

「……まあ、女性が知ってれば、男が知る必要もないことか。男なんて勃てばそれでいいからね」

 

「うわあセクハラ」

 

「あんた、そんなこと気にするタチじゃないだろ」

 

「まあね。また言ってるよとしか思わない」

 

俺もセクハラの常習犯だから気にしてない。それ、おもしろいの? って不思議に思うくらいだ。

 

「だろうね。……ともかく、子育てがあんたの引っかかるところなら、気にしなくて大丈夫だよ。バンバン励みな」

 

「まだある」

 

「まだあるのかい」

 

「俺は今が楽しいんだよ。みんなもそうだって信じてる。子どもができたら、妊娠中は無理できないし、産んだ後だって、やっぱり休みは子どもに付きっきりになるだろ?」

 

「まあ、母親だって子どもが嫌いなわけじゃないからね。時間に余裕があるなら会いたいって思うさ」

 

「だろ。そうしたら今みたいにバンド活動ができなくなるんだよ」

 

「なるほどね」

 

「いつかは絶対に産んでほしいと思ってる。でも、それは今じゃない。だから時期じゃないんだ」

 

欲しいけど、焦ることじゃない。いつか必ず手にするんだ。

 

今はこころや花音、美咲に有咲と向き合えばいい。彼女たち自身と楽しむ時間だ。

 

「そうかい。……それなら良い案がある」

 

「マジ?」

 

「良い子、紹介してあげるよ」

 

「ふーん、興味ないけど、まあ、聞いてやるよ?」

 

興味ないけどね。お兄さん、良い子いるよ! って言われたら、え、どんな子? って気になるのと同じだ。馴れ馴れしいなあと思いつつ、どんな子が出てくるんだろうって楽しみな気持ちだ。

 

「もうちょっと隠す努力をしなよ」

 

「うるせー」

 

「あんたもアイドルくらい知ってるだろ? 現役最強アイドルって言われてる子さ。実はさっき話した妹の孫なんだよ。その子なんてどうだい?」

 

「いえ、けっこうです」

 

ドキドキが一瞬で冷めた。

 

「なんでだい!? トップアイドルだよ? いくら男でも、望んで出会える子でも、結婚したいと思ってもできる子じゃないよ?」

 

「いや、その子は、その……間に合ってます」

 

なんだろう。なんで老人ホームに来てまで、その子の話になるんだ?

 

ちょっと、え、怖くない?

 

「……あんた、無欲だねえ」

 

「初めて言われたわ。周りからは、やりたい放題やる男って言われてんだけど。てか、アイドルに手を出すのはマズい気がするんだよな」

 

「アイドルは嫌いかい?」

 

「そんなことはない。知り合いにアイドルいるし、何ならアイドルの弟子だっているし。でも、アイドルに手を出すって世間的にどうなのかなって思うんだよな」

 

「世間的? アイドルに男ができるのは、それだけ、その子が魅力的な証拠だろ。客観的な証明にもなって、言うことなしじゃないか」

 

「そうなんだけどさ。なんか、こう、それが原因で、アイドル活動に悪影響が出る気がしてさ。手を出した子が不幸になるって、なんか嫌だろ?」

 

やっぱり人の気持ちはなかなか切り替えれない。

 

そうじゃないって言われても、過去の知識が納得してくれない。

 

「あんたの言ってることが、よくわからないよ。でも、仮にあんたが言うように世間的に良くなくて、評判が落ちることになっても、その子が幸せなら良いと思うけどね」

 

「どういうこと?」

 

「アイドル活動よりも、女の幸せを選んだってことだよ。思いがけずアイドルの仕事に悪影響があるんじゃなくて、悪くなるかもしれないことを理解して、男と結ばれる。だったらそれは、その子が選んだことだ。世の中はアイドルだけが全てじゃあないよ」

 

「アイドルに手を出しても大丈夫?」

 

「だから、そう言ってるだろ。それに、その子に優しくしてやるんなら評判が落ちるなんてことはないから安心しな」

 

アイドルであるその子が好きなんじゃなくて、その子が偶然アイドルをしてただけなら、その子と幸せになった結果、アイドルを辞めることになっても問題ない。

 

確かにそうだ。男とのスキャンダルで今までの苦労が水の泡になるって考えてたけど、それでも俺を選んでくれたんだって考えれば、世間体なんて理由にならないんだ。

 

「それなら、実は気になってた子がいるんだよ。知り合いのバンドの子でさ。はにかむ笑顔がすっごく可愛い子!」

 

機材が大好きで、少し人に隠れがちの子だ。でも、俺は彼女の誠実さは知ってるし、そのバンドで、自分の好きなことを精一杯やろうとしてる姿が好きだ。

 

「あんた、私が紹介する子はどうしたんだい?」

 

「いや、その子はパス。スレンダー(笑)枠は埋まってるから。てか、親戚いるなら財産はそっちにあげればいいじゃん」

 

「あの子にはもう断られてるよ。本当に良い子なんだけどねえ。浮いた噂がないんだよ。最近の子はそうなのかい? あんたにしたって金にも興味ないし、トップアイドルにも興味ない。変わってる子だよ」

 

「金は持ってるし、いい女はもういるから」

 

「あの子たちかい?」

 

「そうそう。みんな本当に良い子。本来なら土下座してでもお付き合いさせてもらうってレベルだよ」

 

付き合って、深く知れば知るほど好きになる。

 

こんな幸せなことってないと思ってる。

 

「ふーん……でも、本命はあの金髪の子だろ?」

 

ドキッとした。

 

この老人ホームに来て、こころとイチャイチャした覚えはない。

 

「……なんでそう思った?」

 

「さあね。まともな恋もできなかった私にはわからないよ」

 

「よく言うわ」

 

体よく、はぐらかされた。

 

「みんな良い子たちじゃないか。幸せにしてやんなよ」

 

「言われなくてもそうするさ。……なあ、婆さん、この世界の幸せってなんだ?」

 

「なんだい、急に」

 

「いや、女性の幸せって、自分と子どもが幸せになることだと思ってたからさ。さっきの保育園の話を聞いて少しわからなくなった」

 

子どもとじっくり向き合って、でも夫である俺が妻も気づかうことが幸せになる思ってた。でも、この世界ではとにかく子どもを産むことが推奨されていて、たくさん子どもを作ることが褒められる。こころだって、子どもをたくさん作ることが望まれてる立場だ。

 

きっと、みんな、小さい頃から子どもを作ることが偉いことだと言われてきたんだろう。

 

俺からすれば、自分の好きなことができるのが一番だと思うが、この世界で育ってきた花音や美咲、有咲はどう思ってるんだろうか。

 

本人たちに聞くのが一番だが、このひねくれた婆さんがどんな答えを持っているのか。それが気になった。

 

「それはあんたと、あの子たちが見つけることだよ。私はあんたみたいな男がいる家庭は持てなかったし、持ってる人の話も聞いたことがないよ。あるのはせいぜいドラマの夢物語の中だけさ。それだって現実には存在しないような男を題材にした話だ。あんたに当てはめることはできないよ」

 

「まあ、ドラマを参考に家庭を作るのは俺だってヤダよ」

 

「価値観は世代を越えられないよ。若いあんたらの幸せは、若いあんたらが見つけ出しな」

 

「昔と今は違う……か。寂しい言葉だよな」

 

「それを希望の言葉にするんだよ。昔じゃ考えられないことだって、今の状況なら実現できる。そうやって幸せを探していかないとダメだ。昔の言葉を鵜呑みにするだけじゃ、必ずどこかに齟齬が生まれて、大きな矛盾になるよ。……あの子たちの幸せは、人に聞いたやり方で決めちゃダメだ」

 

「……そうだな。悪い、つまんないこと聞いた。許してくれ、婆さん」

 

「許してほしかったら。その口調を改めな」

 

「婆さんが敬語を止めろって言ったんだろ……」

 

痴呆症も入ってるのだろうか。

 

「ふんっ。あんただったらと思ったんだけど……やっぱり気持ち悪そうだね」

 

「なんなの、この婆さん……」

 

「白鳥先生って呼びな」

 

「急にマウント取ってきたし!」

 

たぶん、心を開いてくれたんだと思うけど、ノリがわからない。

 

婆さんもずっと真顔のままだ。表情筋、死んでるんじゃないか?

 

「幹彦ー! そろそろ行くわよー!」

 

こころの声が聞こえた。

 

どうやら次のライブ会場(病院)に向かう時間のようだ。

 

「……そろそろ行くわ」

 

「そうしな。大切な人を放っておくんじゃないよ。あんたが男でも、あの子たちの側にいなきゃ、別の男がなにをするか、わかったもんじゃないんだ」

 

「男の敵は男。数が減っても変わらないな」

 

「数じゃなくて、気の問題だよ。お互いに仲良くする気がなければ、ぶつかり合うだけさ」

 

「そうだな。……婆さん、参考になったわ。もう会うこともないけど、達者に暮らしてくれ」

 

「あんたもね」

 

「おう。……じゃあ、行くわ」

 

名残惜しいが、これでいい。

 

人なんて、どうせ毎日のように死んでるんだ。昨日まで知らなかった人の死なんて、いちいち引きずっていたら身がもたない。

 

「いや、待ちな」

 

「なんだよ」

 

「私ももう時期、迎えが来るだろうからやっぱり言っとくよ。最期にあんたに出会えて良かった」

 

「なんだよ、らしくないじゃん」

 

「ずっと考えてたさ。私や妹、娘の人生はずっと男に振り回されていた。一体、何のために生きて、私は頑張っているんだって。疑問だらけで、満足してるなんて到底、言えない人生だったよ」

 

嫌っていても、世界は男と女がいないと成り立たない。自分が世の中のために頑張るということは、男のためにも頑張るということ。

 

それは、この婆さんにとって、気分が良いことでは絶対になかっただろう。

 

「でも、私らが、あんたらみたいな子が生きる世の中の礎を築いたのなら、意外と悪くない人生だったんだろうね」

 

「婆さん……」

 

「せいぜい気張りなよ、男の子!」

 

初めて見る、ニカッとした笑顔を見て、俺は婆さんから背を向けた。

 

鼻が少しツーンとするが、平然とした顔で歩く。

 

振り向きはしない。婆さんがどんな顔をしてるかわからないけど、俺がこの先に思い出す婆さんの顔は、最後に見せたアレが一番いいのだ。

 

長い間、培ってきた自制心が、俺の決意を汚すことはなかった。




出典
ポピパの焼き芋?パーティー:電撃G’sマガジン 2017年12月号 イラストストーリー
メガネ花音:バンドリ! ガールズバンドパーティ!×JINS
ワンピース美咲:「富士急ハイランド」コラボ第2弾
ワンピースこころ:バンドリ! ガールズバンドパーティ!~2019 Summmer~

バンドリ! ガールズバンドパーティ! ビジュアルブック Vol.1~3 
好評発売中です。記念イラストやコラボ絵も載ってるので、ぜひ購入しましょう(ダイマ)。
惜しむらくは絵がちょい小さいのと、解像度が今一つ、という点です(特にVol.1)。もう少し、やる気を見せてほしかった。


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15.6話(今井リサ視点)

正月に、ガルパのみんなで新年会を開くことになった。

 

場所はCircle! まりなさんがオーナーに掛け合ってくれて、ホールに汚れや傷を残さないことを条件に、会場として使用することを許してくれた。

 

新年会では料理を持ち合って、みんなで楽しくお喋りをする他に、かくし芸大会が催された。

 

司会は香澄と彩の2人。なんだかドキドキする進行だったけど、みんな無事にかくし芸を成功することができた。

 

今はみんな、かくし芸大会の話題などを肴に、思い思いの人とお喋りをしている。

 

「リサさん、ダンスお疲れ様です」

 

「お、美咲じゃん。そっちこそジャグリングお疲れ様。すっごい格好良かったよ」

 

こころと美咲のジャグリングはすごかった。たくさんの数のお手玉するところも、曲に合わせてリズムを取るところもすごいけど、まさか一輪車に乗りながらするとは思わなかった。

 

「いやあ、あたしはこころに付き合わされただけですから。失敗しないようにするので精一杯でした」

 

「それをできるのが、すごいんだって。今度、どうやるのか教えてよ」

 

「ああ、はい。あたしで良ければ、いつでもどうぞ」

 

「ありがとね。代わりにダンス教えようか?」

 

「はは、それは遠慮しておきます。これ以上、新しいことやるのは厳しいかなって」

 

「そっかー。美咲はスタイル良いし、体力もあるからダンスもピッタリだと思ったんだけどな。残念」

 

友希那には、なんで誘ったんだ! って怒られるし、なかなか一緒に踊ってくれる人がいない。一緒に練習すればきっと楽しいと思うんだけどなー。

 

「あたしはそれよりも料理を教えてほしいかもです。リサさんが作った筑前煮、すっごく美味しいかったです。幹彦だって美味い美味いって、たくさん食べてましたし」

 

それはさっき見た。幹彦がたくさん食べることは知ってたけど、ああやって自分が作ったものをパクパク食べてくれるのは、なんだか新鮮だ。やっぱり嬉しくもある。

 

「もちろんいいよ! ふふ、彼氏のために料理を覚えたいなんて、美咲も女の子だねー」

 

「そういうわけじゃあ……まあ、ありますけど、将来のために覚えておきたいなって思ったんです」

 

確かにそうだ。こころとか幹彦くらいのお金持ちなら、きっと家政婦を雇うことになるんだろうけど、誰かのために料理をするっていうのは楽しい。

 

美咲が作れば、幹彦もきっと喜んでくれると思うから、良いこと尽くめだ。

 

「料理ができるに越したことはないからね。いい考えだと思うよ」

 

「そう言ってくれると気が楽になります」

 

「幹彦と言えば、バイオリン、すごかったねー。まりなさんとの息もピッタリで、あの演奏のときだけ空気が違くて、なんか別の場所に居るみたいだったよ」

 

まりなさんのギターもすごかった。あんなにギターが上手かったなんて知らなかったよ。

 

幹彦とのセッションは、かくし芸大会なんて緩い会場が、なんだかクラシックの演奏会みたいな熱を感じさせた。横で友希那と紗夜が息を飲んでたけど、きっと、このことについて幹彦と話に行くんだろうなーって思った。

 

「そうですね。かくし芸のために動いてたのは知ってましたけど、まりなさんとセッションするのは意外でした」

 

「美咲は、幹彦がバイオリン弾けるって知ってたの?」

 

「はい。演奏を聞いたのは今日が初めてですけどね。あいつの父親ってかなり有名なピアニストなんですけど、幹彦にピアノを教えるのに、ピアノだけじゃなくて色んな楽器に触れることが大切だって教育方針だったらしいです。あいつの家の練習場に行くと、色んな楽器が置いてあって、それ全部を弾けるらしいですよ。あいつの母親も小さい頃にピアノをやってたらしくて、理解があるって言ってました」

 

「すっご。音楽一家なんだね」

 

「みたいですね。普通の家で育ったあたしには、いまいちピンと来ないんですけどね」

 

「アタシも。でも友希那がちょうど、そんな感じなんだよね」

 

「湊さん、たしかお母さんが元ボーカルなんでしたっけ?」

 

「そうそう。幹彦とは父母逆になるけど、友希那も小さいころから歌の練習をしてたんだよね。やっぱり親が音楽をやってると、みんな、そうなるのかな」

 

友希那が子どもの頃から、将来はお母さんみたいになるって言っていたのを思い出す。そんな友希那にも子どもが出来て、その子どもが同じことを言うのかな? なんかちょっとおもしろい。

 

「どうでしょう。あたしは……DJですから、子どもに教えるっていうのは難しいかな」

 

「はは、たしかにね。でも子どもかー。美咲はどう? 彼氏がいると将来のことって意識する?」

 

「ええ? どうですかね。まあ、そういう行為はしてますから、意識しないってことはないですけど」

 

そういう行為……。美咲はサラッと口にするから、一瞬なんのことかな? って思ったけど……そういうことだよね。

 

「うわぁ、やっぱりそうだよね。なんだか、この話では美咲に勝てない気がするなー」

 

「勝ち負けじゃないですよ。……リサさんはどう思います?」

 

「どうってなにが?」

 

「幹彦のことです。ちょくちょく連絡取ってるんですよね?」

 

「そうだね。この前もロゼリアの歌詞を作ろうって頑張ってたことがあったんだけど、そのときに相談に乗ってもらったよ。彼、本当に優しいよね」

 

作詞の本は読んだけど、どうしても感覚? っていうのが掴めなくて、幹彦に相談したことがある。

 

幹彦は多くは語らなかった。ただ、アタシがなんで作詞したいのかとか、どんな曲を作りたいと思うのかとか、ロゼリアとかメンバーをどう思ってるのかとか、そういうことを聞いてきた。

 

幹彦の質問に答えてると、自然と自分の中のイメージが固まってきて、ぼんやりとだけど、道が見えてきたのを覚えている。

 

「まあ、優しいのは否定しないです。……リサさんは幹彦と付き合いたいって思いますか?」

 

「え、ええ!? なになに、急にどうしたの!?」

 

「ほら、リサさんと幹彦ってすっごく仲いいじゃないですか。幹彦もリサさんなら、まんざらでもないって思ってそうだから、リサさんはどう思ってるのかなって」

 

「どうって……そりゃあ、優しい男の子だし、話が通じるっていうのは、すごいところだと思うよ」

 

「うんうん。すっごいハードルが低い気がしますけど、わりとその時点で引っかかる男性は多いですからね」

 

「だね。あとは……顔が少し怖くて、体がすごく大きいけど、逆に言えば、すっごく頼りになるよね」

 

「そうですね。力仕事なんかは、とりあえず幹彦に投げとけばいいですからね」

 

「この前、演劇部の手伝いで幹彦が羽女に来たんだけど、けっこう大きな騒ぎになってたからね。薫のファンが勘違いして、薫様に酷いことしないで! って幹彦と薫の間に立ちふさがることもあったんだよ」

 

「それに関してはすみません。大和さんの負担になるとは思ったんですが、学校が違うと、あたしや市ヶ谷さんじゃあサポートできなくて……」

 

演劇で使う大道具を担いだ幹彦と、その道具をどこに置くか指示してる薫。そして、その間に立ちふさがる半泣きの女生徒が複数。幹彦の、えー……って顔は忘れられない。

 

「大丈夫だって。すぐに誤解も解けたし、幹彦が手伝いに来てくれて、演劇部はすごい助かったみたいだから、大したことないよ」

 

「あとで大和さんに改めて、あいさつしておきます」

 

「美咲も律儀だねー」

 

「もしかしたら、幹彦の彼女になるかもしれない人ですから」

 

「……ねえ、アタシに聞いてるのも、やっぱりそういうこと?」

 

うん。さすがにここまで聞かれたら気づく。

 

「はい。もう正直に言いますけど、あたしと市ヶ谷さんは、次に幹彦が手を出すならリサさんが有力だと思ってます」

 

「ええ!? アタシ!? なんで? 燐子は? ひまりや麻弥だっているでしょ?」

 

幹彦がこの3人を狙っていることは簡単にわかる。

 

まあ、あことか友希那とか紗夜とかは、本当にわかってるのかな? って思うときがあるけど……。あれ、ロゼリアってアタシ以外、鈍くない?

 

「外見だけ見ると、その3人が最有力候補なんですが、いろいろと理由がありまして……」

 

「なに? 話を持ってきたからには、アタシには教えてくれるんだよね?」

 

「もちろんです。まず上原さんですが、彼女はセントー君のファンなんです」

 

「うん。それはアタシも知ってるよ。でも、幹彦がセントー君なら、別に問題ないんじゃない?」

 

人の視線が苦手だったひまりが、意を決してライブに出ることを決めた切っ掛けが、セントー君の動画だったらしい。

 

それがなければ、アフターグロウはガルパに参加してなかったかもしれないと思うと、すごく不思議な感じがする。

 

「いえ、上原さんはセントー君のファンであって、幹彦が好きなんじゃないんです」

 

「えっと、つまり……どういうこと?」

 

「上原さんは幹彦が演じるVtuberが好きなんであって、幹彦のことが好きなわけじゃないんですよ」

 

「え、じゃあなに、セントー君じゃない幹彦には興味ないってこと?」

 

「興味がないってことはないと思いますけど、上原さんが求めてるのはセントー君としての幹彦だと思います。市ヶ谷さんが上原さんとファッションについて連絡を取ってますし、私も何度か上原さんと接触しましたが、2人とも同じ意見です」

 

「え、ええ、それってどうなの? 勘違いってことはないの?」

 

だって、ひまりと幹彦ってメールのやり取りしてるはずだよ。去年の夏に一緒に海に行って、すごく仲良くなったはずだし。

 

「勘違いの可能性はあります。勘違いじゃなくても、これから幹彦に惹かれていく可能性はあります。でも、肝心の幹彦が及び腰になってるんです」

 

「え、なんで? ひまりでしょ。幹彦は胸が大きい人が好みじゃなかった?」

 

「超がつくほど好みですよ。ただ、上原さんはあいつに、すっごく優しいセントー君って憧れを持っていて、あいつもそれがわかってるんですよ。でも一般公開動画のセントー君と違って、実際のあいつは好き放題やってる男です。近づき過ぎると幻滅されるって思ってるみたいなんですよね」

 

「意外とチキン?」

 

なんだか意外だ。幹彦は誰にだって我を出していって、相手が嫌がるようなら、あっさりと手を引くってイメージがある。だから、手を出す前から二の足を踏んでるっていうのは考えたこともなかった。

 

「基本的には図太いヤツですよ。でも、フと冷静になることがあって、そのときに、このままの戦略だとヤバくね? って思ったらしいです。上原さんには初めから良い格好しながら近づいてましたし。初めはリサさんが思ってるとおりに接して、あとになって方向性に迷いが生まれた感じです。まあ、私や市ヶ谷さん、花音さんはやっぱりねって感じで、予想はしていました」

 

「うーん、アタシは逆にわからなくなってきたよ。……麻弥は?」

 

「幹彦って何故かアイドルに手を出すのは御法度だ、とか言うんですよ。麻弥さんはアイドルだから、幹彦にしては接触を控えてた方なんですよ。でも最近、あいつがアイドルに手を出しても大丈夫だって心変わりしたんですよね。さあ、麻弥さんに手を出すぞと思ったら、もう陥落間近の人がいたんですよ」

 

「もしかして……イヴ?」

 

イヴが幹彦を師匠と呼んで、慕っているのは周知の事実だ。

 

幹彦も最初はやり辛そうにしてたけど、今ではイヴを弟子として可愛がっている。

 

イヴはああ見えて、けっこう強かなところがある子だから、いつかは、そういう関係になるんじゃないかなって思ってた。

 

「はい。それと日菜さんです」

 

「日菜!? いや、でも確かに、日菜っていつも幹彦くん幹彦くんって言ってたね。そっか、陥落間近なんだ……」

 

「けっこう頻繁に連絡が来るらしいですよ。返事が遅くなると自宅に直接来ることもあるそうです」

 

「マジ? けっこうまずくない?」

 

「幹彦が相手じゃなければ、警察沙汰もあったかもしれません」

 

「今度、それとなく注意しておくね」

 

幹彦ならそんなことはしないけど、それは幹彦だから許してることだ。たぶん大丈夫だと思うけど、他の男には同じことしないように伝えておいたほうが良い。

 

そんなことで友だちが警察のお世話になったなんて、聞きたくもない。

 

「ありがとうございます。……幹彦も同じグループのアイドル3人に手を出すのはマズいって考えてるんですよ。だから麻弥さんにも上手く接触できないようで、関係が進まないんです」

 

「そっかー。そんな状況だなんて夢にも思ってなかったよ。……でも、日菜なんだ」

 

「えっと、なにかありましたか?」

 

「いや、アタシ的には日菜よりも彩の方が、その陥落間近? のような気がするからさ。日菜のほうなんだって思ったんだよ」

 

彩だって、ひまりに負けないくらいセントー君の大ファンだ。彩もセントー君の歌に助けられたことがあるって言ってたし、幹彦だってガルパのときにパスパレに目をかけていた。

 

「彩先輩ですか? 考えたことなかったです。彩先輩にそんな素振りってありましたっけ?」

 

「うーん、あんまりコレっていうところはないけどね。……ほら、ちょうど今、見てみな」

 

さっきからチラチラと視界に入っていた彩を見る。

 

「花音さんと別れて……美竹さんと話し始めましたね。なにかありました?」

 

「花音と別れて、視線を巡らせたでしょ。目当ての人を見つけて、近くに行こうとしたところで蘭に会ったんだよ」

 

「目当て……あ、幹彦ですか?」

 

「うん。あの視線の先には幹彦と香澄が話し合ってるでしょ。香澄とはさっきまで話してたから、たぶん幹彦のところに行きたがってると思うんだよね」

 

ちょっと話したいなーって思って、幹彦の方へ行ったんじゃないかな?

 

ちょっとフラフラ~っとしながらだったから、もしかすると無意識に、かもしれないけど。

 

「うわぁ、リサさんすごいです。なんか、確かにそうかもって思えてきました」

 

「可能性があるってだけだよ。でも、そうするとパスパレ4人か……」

 

「さらに状況が悪いですね。幹彦も慎重になるだろうし、仮に手をだしたら白鷺先輩が怖いことになる気がしますね」

 

幹彦と千聖の関係は……アレだ。仲が悪いってわけじゃないと思うんだけど、顔を合わせると、お互いに憎まれ口が飛び出す。

 

でも、会話が終わった後はお互いにスッキリした顔をしてるんだよね。嫌な顔とか、腹が立つって顔はしてないから、嫌い合ってるわけじゃないと思う。……たぶん。

 

たえの話だと、前に見たときは仲良く話してたらしいんだけど……今日、2人を見た限りだと、そんな感じは全然しなかった。

 

それどころか、あなたってやっぱり最低ね、なんて言葉が千聖から出てた。なにかあったのかな?

 

とにかく、幹彦が千聖以外のパスパレ全員に手を出した、なんてことになったら、絶対に怒ると思う。それも、かつてないくらいの恐ろしい笑顔が見れるんじゃないかな。ちょっと恐いね……。

 

「……うん。パスパレに手を出すのは、まだ早いかな」

 

「ですね。一応、あとで幹彦にも伝えておきます」

 

「そうしたほうがいいよ。ガルパから悲劇を起こしたくないしね。あとは燐子だけど……燐子はなんか想像できるかなー」

 

「たぶん想像どおりです。燐子先輩は急いで距離を詰めると、本当にシャレにならないことになるって思ってます」

 

「うん、私も同意見かな。燐子と仲良くなりたいなら、焦っちゃダメだよ。特に男の人はゆっくり過ぎるぐらいがちょうどいいと思うよ」

 

燐子は幹彦に悪い印象は持ってないと思う。初めにガルパで顔合わせしたときだって、あのときのピアノの子だって言って、親近感を持ってた気がする。

 

でも、元々、内気な燐子だから、いくら同郷だとしても、男性と接するのは勇気がいるんだろう。

 

「はい。私たちもそう思ってます。でも、幹彦がきっかけが見当たらないって嘆いているんですよ」

 

「普通に話しかければいいんじゃないの? ゆっくりって言っても、話しかけなきゃ始まらないでしょ?」

 

「はい。幹彦もそう思って、なんどか声をかけようとしたみたいです。でも……」

 

「でも?」

 

「燐子先輩に近づこうとすると、必ず湊先輩か紗夜先輩に声をかけられるそうです」

 

「……あー」

 

「二人との話は100%音楽の話になるので、けっこう長引くみたいなんですよね。それで話が終わる頃には燐子先輩と話すって雰囲気じゃなくなるようで……」

 

「……うん。たぶん、2人とも悪気はないと思うよ。日頃から幹彦のことを褒めてるから、話したいことが一杯あるんだと思うよ」

 

たぶん、さっきのまりなさんとのセッションについても、話を聞きに行くと思うしね。

 

「幹彦も両先輩との話は嫌じゃないらしいです」

 

「あの2人もなんだかんだ言ってセントー君のファンだからね。曲の感想なんて直接的なことは言わないけど、投稿された曲のフレーズとかが気になるんだと思うな」

 

あの2人は音楽に全力をかけてるから、音楽が優秀な人っていうのは、それだけで興味の対象だ。幹彦はVtuberだから、ネットに繋げば新しい歌を聞くことができる。新しい歌を聞く度に感想とか、質問とかしたいって思うんだろう。

 

男性ってことで遠慮してるけど、本来はもっと、たくさん話したいって思ってるんじゃないかな?

 

「ネットリテラシーも守られた、良い対応だと思います。でも……」

 

「うん。燐子とは話せないね」

 

「そうなんです……」

 

「そっか、それでアタシかー」

 

「3人がダメだからリサさんにしたってわけじゃないですよ。3人と上手くいってたとしても、私と市ヶ谷さんは面倒見が良くて、頼りになるリサさんに来てほしいって思ってました。幹彦だってリサ先輩エロいって言ってたので、時間の問題だったと思います」

 

「そ、そうなんだ。エロいって思われてたんだね」

 

なんか、すっごい恥ずかしい。

 

「はい。歌詞作りのアドバイスのお礼にデートしてもらったときは、可愛いのに色気があってヤバかったって言ってましたよ」

 

「う、うん……そうなんだ。……まあ、それでアタシに声をかけてくれたんだよね」

 

そういう意図があって、あの服を選んでるから、ちゃんと見てくれたんだって嬉しく思う。……でも、やっぱり恥ずかしい。

 

「はい。距離を縮められる可能性や、幹彦を見守ってくれる点を考えてもリサさんが一番だと思いました」

 

「うん、ありがとね。でも面倒見がいい子なら他にもいるでしょ? つぐみとかすごく面倒見がいいよ」

 

沙綾とかは幹彦に苦手意識を持ってそうだけど、つぐみは普通に尊敬してるはず。同じキーボードだしね。羽沢珈琲店に花音と幹彦がよくデートに行くみたいだけど、あんなカップルに憧れるって言ってた。

 

千聖もしっかりしてるけど、あの子は……ほら、ね?

 

「羽沢さんは……ほら、幹彦も羽沢さんって呼んでるじゃないですか」

 

「え、うん……そう、だったかな?」

 

「あいつ、自分の好みじゃない子は基本的に名字呼びなんですよ」

 

「そうなの!?」

 

「はい。たぶん胸とか性格とかで判断してると思うんですけど、あまり付き合いたいと思わない相手には名前では呼ばないですね」

 

「えっと、友希那と紗夜は名字で呼んでたよね。あこは名前じゃなかったけ?」

 

「あこは子ども枠らしいです」

 

「そんな枠もあるんだね。……あれ、蘭も名字呼びじゃない? 蘭ってアタシより胸が大きいと思うんだけど」

 

「美竹さんとは反りが合わないと思うって言ってました」

 

「全然わからないんだけど」

 

美咲のこともあるから、口で言いながらも、たぶん胸だけで判断してないってのはわかる。でも、蘭がダメな理由はわからない。

 

あの子、すっごく良い子だと思うけどな。幹彦だって、蘭の良さに気づけると思ったんだけど……。

 

「そういうもんだと思ってください。あいつに言わせれば、人の好みを全て言葉で表そうとするのはナンセンスだ、とのことです」

 

「ちょっとイラッとくるね」

 

「そう思えるリサさんだからこそ、ぜひ来てもらいたいんです」

 

美咲も同じ気持ちのようだ。

 

「……んもう、新年早々、こんな話をされるとは思ってなかったなー」

 

「なんかすいません」

 

「いいよ。先に付き合ってる人から、こうして話を持ってきてもらうこと自体が嬉しいことだって、わかってるから」

 

「じゃあ……!」

 

一夫多妻が推奨されても、男性もノリ気じゃなければ、彼女だって独占欲を発揮して嫌がる。そんなのはワイドショーでたくさん聞いてる。

 

だから、こうして仲の良い美咲から勧められることが、どんなに恵まれているかは理解してる。でも……

 

「……うーん、ごめんね。もうちょっと考えさせて」

 

「ああ……」

 

「幹彦のことは良いヤツだと思ってるし、付き合うことだって気持ち的には全然OKだよ。でも、今はバンドがあるからね」

 

「……ロゼリア、本気ですもんね」

 

「うん。FUTURE WORLD FES.に絶対出る。うちのバンドの実力は美咲も知ってると思うけど、今の実力で絶対に出れるって保証はないんだよ。もっともっと成長しないといけない。しかもロゼリアで一番アタシが下手なんだよね」

 

「そんなことないと思います」

 

元々、友希那も紗夜も燐子もあこも、アタシ以上の実力者だ。でも、みんな、今でも練習を続けている。これでアタシが他のことに目移りしたら、この差はどんどん広がっていくと思う。

 

それだけは絶対にできない。一度、音楽を辞めたアタシが、友希那を支えたいと思って、もう一度はじめたんだ。途中で投げ出すなんて、もう、したくない。

 

「ありがとう。でも一番頑張らないといけないのは事実だよ。だから、美咲たちのお誘いは本当に嬉しいけど、今はダメなんだ」

 

「……そうですよね」

 

「ごめんね。もし私たちがFUTURE WORLD FES.に出演して、そのときでも誘ってもらえるようなら、こっちからお願いさせてもらうから」

 

アタシたちの目標。そこに出演した先になにがあるのかはわからないけど、今は何がなんでもFUTURE WORLD FES.に出演したい。

 

それが叶って、友希那もまた笑えるようになるんだったら、そのときはアタシの次を考えても良いのかもしれない。

 

「……その言葉、忘れないでくださいね」

 

「いつになるかわからないよー。30代の出演者だって少なくないらしいし」

 

「出るまで、ずっと続けるんですか?」

 

「わかんない。でも、今はそうするつもりだよ」

 

「……リサさんのそういうところ、すっごく格好いいです」

 

「ありがとね」

 

可愛い後輩に言われてしまった。これは一層、頑張らないといけない。

 

「あたしも市ヶ谷さんも全力で応援しますから」

 

「うん。頑張るよ」

 

美咲は曇りない顔でそう言ってくれた。

 

でも、1つ疑問がある。

 

「でもさ、美咲は本当にいいの? アタシが新しく、みんなの中に入るっていうのは」

 

「前も言ったじゃないですか。あたしは増えるのは大歓迎ですって。人が増えないと負担が大きいんですよ」

 

「それは聞いたけどさ。てか、あのときは自分からは動かないって言ってなかった?」

 

増えるのは大歓迎だけど、自分から動くのは面倒だからしないって言ってたと思う。

 

なのに今は、まさにその面倒事をしてる。

 

「そのつもりだったんですけど。市ヶ谷さんが入ってくれて負担が減ったんですよ」

 

「う、うん。ならいいんじゃないの?」

 

思い出すのはガルパの打ち上げ会だ。

 

確か、夜がもたないって話だったよね。

 

「はい。それで少しの間は、あたし好みの間隔で、そういう行為をしていたわけなんですが、あいつが更に回数を増やしてきたんですよ」

 

「え?」

 

「どうやら、それまでは本当にあたしと花音さんに気を使っていたみたいで、市ヶ谷さんが増えたことで、我慢するのを止めてきてるんですよね」

 

「そ、それは……大変だね」

 

すごく反応に困る。

 

「はい。市ヶ谷さんが来る前以上に激しくされると、さすがに体力が持たないっていうか。最近は花音さんも、意識を飛ばしながら奉仕するって荒業を身につけましたし」

 

「なにそれ!?」

 

「あたしも実はわからないんですよね。花音さんが最後まで頑張ってるから、どうやって体力をつけたんですか? って聞いたんですけど、途中から何も覚えてないよって言われまして……」

 

「え、こわっ。花音、大丈夫なの?」

 

「花音さんは幹彦と接すれば接するほど元気になっていく人なので、たぶん大丈夫です」

 

「そ、そうなんだ。なんか花音を見る目が変わりそうだよ」

 

アタシの中の、ほんわかした緩い笑顔の花音が崩れていく。代わりに現れるのは妖艶な笑みを浮かべ、扇情的に指を口元にやっている彼女だ。

 

「でも、花音さんは相変わらず優しくて、良い人ですよ」

 

「そこはわかってるよ。……でもさ、たとえばアタシがその中に入って、美咲たちの負担が軽くなるとするじゃん。そしたら美咲はムッとしないの?」

 

「嫉妬ってことですか?」

 

「まあ、ハッキリ言うと、そうだね」

 

もしかしたら、あのときも有咲が同じ質問をしたかもしれない。

 

でも、やっぱり確認せずにはいられない。幹彦は良い人だと思うけど、アタシにとっては美咲も大事な後輩なんだ。すれ違いで仲違いなんてしたくない。

 

「うーん、難しいですね。嫉妬するかってなると……そもそも、あたしが幹彦のことが好きかって話になりますからね」

 

「え、どういうこと? 幹彦のこと好きじゃないの?」

 

「それが難しいんですよねー。嫌いってことは絶対にないんですけどね」

 

よくわからない。嫌いじゃないけど、好きかどうかわからないってこと?

 

「でも、美咲、いつも幹彦と楽しそうにしてるじゃん」

 

「そりゃあ楽しいですから。でも、花音さんたちとは違うんですよ」

 

「花音たちって、花音と有咲のこと?」

 

「それと、こころですね。花音さんに市ヶ谷さん、こころはベタぼれなんです。もう、何をおいても幹彦! って感じです」

 

「うん、なんか想像つくかも」

 

「でも、あたしは3人とは違います。あいつがバカなことを言ってたら怒りますし、言うことだって聞いてやらないですから」

 

「それはわかるけど、有咲もそうじゃないの?」

 

有咲だって、よく幹彦を怒ってる。バカヤローって声は今日も聞いてるし。まあ、すぐにイチャイチャしてたけどね。

 

「市ヶ谷さんは、口ではいろいろ言ってますけど、幹彦に頼まれたら何でもOKしちゃいますよ」

 

「なんでも?」

 

「なんでもです。私だったら絶対に断る変態プレイをするのは、いつも市ヶ谷さんですから」

 

「ああヤバい、有咲を見る目も変わりそうだよ」

 

アタシの中の恥ずかしがり屋だけど頑張り屋の有咲が崩れていく。代わりに現れるのはいじらしくも蠱惑(こわく)的な仕草をする彼女だ。

 

「でも幹彦が関わらなければ、仲間思いの良い人ですよ。特にボケ役が多いガルパの中では貴重なツッコミ役です」

 

「うん、それもわかってるから。でもそっか、確かに美咲って、好き好き大好きオーラ出さないもんね」

 

「なんですか、そのオーラ? ……まあ、本当に嫌いなわけじゃないんですよ。あいつが世界で一番良い男だって思ってますし、あいつ以外の男なんて考えられませんし」

 

「それはわかるよ。変わってるところも多いけど、やっぱり幹彦はすごいって思う」

 

さっきも言ったけど、幹彦は欠点もあるけど、それ以上にたくさんの魅力的なところがある。

 

だからアタシだって、友希那だって、紗夜だって、幹彦に惹かれているんだ。

 

「あたしも、どんなに格好良い男がいたって、それが幹彦じゃなかったら近づくのを避けて、話をすることもないと思います。男は本当にどうしようもないですからね……」

 

「まあ、嫌な目に遭うことはあるよね」

 

アタシもけっこう外を出歩く方だから、男性絡みで嫌だなって思ったことはある。

 

「はい。こういうところは市ヶ谷さんも同じ気持じゃないかなーって思ってます。でも、それ以外のところは……」

 

「有咲とは違う?」

 

「そりゃあ違いますよ。あたしはあんなに胸、大きくないですし」

 

「あれはすごいよね。たぶん燐子のほうがすごいけど、有咲もこれまで相当、苦労してきたんだろうなって思っちゃうよ」

 

アタシだって大きい方だ。ファッションでいくらでも誤魔化せるけど、着れない服だってある。それ以上の燐子と有咲は誤魔化しができなさそうだから、かなり大変だろうなって思う。

 

「ですね。髪も綺麗です。こころの髪は太陽に当たると眩しいくらいに輝くんですけど、市ヶ谷さんの髪は優しく輝くんですよね。どっちも良いなって思います」

 

「わかる。2人ともほんと綺麗な髪をしてるよね」

 

「はい。素直なところもいいですよね。なんだかんだ言って、最後は素直に自分の気持ちを言うから、幹彦にもちゃんとそれが伝わりますし」

 

美咲が明るい声で続けた。

 

でも、なんだか違和感がある。

 

目が笑ってないんだ。

 

「……美咲?」

 

「放っておけない空気もありますよね。花音さんもそうなんですけど、何か助けたいとか、構ってあげたいって思いますよね。あたしもついつい2人を見ちゃいますし」

 

「美咲……」

 

「あとは――」

 

「美咲」

 

「っと……はい、なんですか?」

 

少しだけ強めの声をかけると、美咲は我に返ったように言葉を止めた。

 

悲しそうな目をしながら、楽しそうに振る舞う美咲を見ていられなかった。

 

「……羨ましいんだね」

 

「……はい、たぶん、そうです。市ヶ谷さんだけじゃなくて、花音さんも、こころも羨ましいです」

 

美咲は少しの沈黙のあと応えてくれた。

 

「あんなに夢中になれて、あんなに好きだって言えて、あんなに自分をさらけ出すことができて……。あたしだって、ほんの少し出会うのが遅かっただけなのに、なんだか違うところに立ってるような気がするんです」

 

「……そんなことないと思うよ」

 

端から見て、幹彦が美咲だけを別扱いしてるなんてことはないと思う。

 

他の子と接し方が違うかもしれないけど、それは良い意味での違いで、美咲に合わせた、美咲のことを考えた接し方だって思う。

 

美咲は弱々しい笑みを浮かべて、頷いてくれた。

 

「本当はわかってるんです。ただ甘えてるだけだって。冷めてて、飛び込むのに一歩引いているのは自分だって、わかってます。みんなのように飛び込んでみれば、あいつが嬉しそうに迎えてくれることだって。……でも、あいつは甘えさせてくれるんです。あたしがこんな面倒くさいことを考えてるのがわかってて、あたしがあいつを否定しても、なんでもないように側にいてくれるんです」

 

花音たちと同じようにすれば、同じように受け入れてもらえる。でも、それを、ためらってしまう美咲がいて、幹彦はそれを受け入れてくれている。

 

「もし、あたしの気持ちが花音さんたちと同じ好きって気持ちなら、あいつに飛び込んだら、あたしは変わっていくと思うんです。……でも、あたしはそれが怖いです。もし変わらなかったら、あたしは花音さんたちみたいに幹彦のことが好きじゃないってことになります。あたしが打算だけで幹彦のそばに居て、同じ条件なら幹彦以外でも大丈夫なんだってことになっちゃうかもしれません。……あたしは、それを確かめるのが怖いんです」

 

話し終えると、美咲はテーブルにあったジュースを飲んで、一息ついた。

 

アタシも黙って、その様子を伺う。

 

美咲の告白は臆病なものだったが、決して美咲の想いを否定するものではないと思う。

 

美咲が打算で幹彦を選んだかもしれないってことだって、仮にそうだとしても気にする必要はないと思う。

 

「……美咲、やっぱり幹彦のこと好きなんだね」

 

だって、こんなにもお互いを想い合ってるんだ。

 

たとえ、他の人と違う形だからって、それが好きって気持ちを否定することにはならないと思う。

 

美咲は、花音たちとは違う形で、幹彦が好き。それだけでいいと思った。

 

美咲はアタシの言葉に、少しだけ驚いた顔をしたあと、小さく笑ってくれた。

 

「そんなんじゃないですよ」

 

「あー、まだ言うかー」

 

なかなか頑固な後輩である。

 

「本当のことですから。あたしは花音さんたちとは違いますから。……でも、もし幹彦といることで不幸になるとしても、側にいたいとは思ってます。どんな不幸があったって、あいつが一緒に居てくれれば、きっと乗り越えられると思いますし」

 

「そっか」

 

「はい」

 

最近、セントー君と海外が揉めているらしい。きっかけは海外の人だけど、セントー君がそれに応戦して、今やアメリカではけっこうな騒ぎになっているらしい。

 

他国で、だ。

 

いったい、日本にいる美咲たちにどんな影響があるか想像もつかない。でも、このままいけば、良くないことが起こるのは想像できる。

 

もしかしたら美咲も、そんな状況を考えているのかもしれない。

 

そして、それがどんな結末になったって、きっと乗り越えられるって美咲は言った。

 

「やっぱりさ、幹彦の女はみんな重いよね」

 

「個人的にはこころが一番重くて、次に花音さんだと思います。市ヶ谷さんはそうでもないかな」

 

「美咲は?」

 

「あたしは一番軽いですよ。軽すぎて、どこかへ飛んでしまいそうなくらいです」

 

「えー、そうかなー?」

 

「でも、あいつが紐を持って、飛んでいかないようにしてくれてます。だから、どんな状況だって付いていきますよ」

 

自信を持って、誇らしげな顔の美咲。

 

心から幹彦を信頼して、付いていくと言った。

 

「……美咲も格好いいと思うよ」

 

「ええー、なんですか急に。からかわないでくださいよ」

 

「本心だって。あんなことを言えるって格好いいって思うし、憧れちゃうよ。さっきの話だけどさ……」

 

「はい」

 

真剣に幹彦を思う美咲を見て、そんな美咲の心の内を知っても優しく受け入れようとする幹彦を見て、羨ましいって思った。

 

こんな2人みたいに、アタシもなりたいって思った。

 

「頑張って、FUTURE WORLD FES.に出るからさ。そのときは……よろしくね」

 

「……! はいっ!」

 

もちろん、美咲の様になれるかはわからない。でも、先がわからないのなんて、なんでも同じだ。

 

音楽に全力を出して、その後、幹彦にも全力を出してみたい。

 

アタシだったら幹彦とどんな関係が築けるのか見てみたい。

 

そんな風に思った。




出典
デートリサ:「バンドリ! ガールズバンドパーティ!」×「WEGO」コラボ 第1弾


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15.7話(北沢はぐみ視点)

すっかり冷えたころの話。

 

はぐみ、みーくん、日菜ちゃん、あこちん、麻弥さんに幹彦くんの6人でスキー場に遊びに行った。

 

スキーが初めての麻弥さんが雪に慣れるために、はぐみたちはゲレンデについてから、まず雪遊び広場で遊ぶことにしたんだ。

 

みんなでミッシェルの雪だるまを作ったり、ミッシェルが突然遊びに来てくれたり、雪合戦したんだー!

 

すっごい楽しかった!

 

その後は、スキーが初めての麻弥さんに滑り方を教えてあげた。

 

はぐみ、教えるのが下手だから、初めは麻弥さんにどうしたら上手く滑れるかを伝えられなかったんだ。

 

でも、なんとかして麻弥さんに伝えたいって思って、必死に考えたよ。

 

そしたら麻弥さん、どんどん滑れるようになったんだ!

 

麻弥さん、はぐみにありがとうって言ってくれた!

 

すっごい嬉しかったなー。

 

そんな麻弥さんは今、ミッシェルと幹彦くんと一緒にのんびりと初級者コースを滑ってる。はぐみと日菜ちゃん、あこちんは上級者コースで滑ってたんだけど、少し疲れたから休憩してるんだ。ちょうどいいから、ロッジで何か食べようってことになったんだ。

 

そこのロッジは店外に席があって、綺麗なゲレンデの景色を見ながら、お食事できるみたい。3人でそこへ向かったんだ!

 

一押しメニューは青空カレーだって!

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

3人とも、手が動かなくなって数分が経った。

 

「みんな、手が動いてないね……」

 

「そういう、ひなちんこそ、さっきからずっと手が止まってるよ……」

 

「……うぅ」

 

太陽が眩しい。

 

「青空が綺麗だね……」

 

「だよね、すっごくいい天気……」

 

「こんな青空の下でお食事できるなんて、はぐみたち……幸せだなー……」

 

3人で元気なく空を見上げる。青空に1匹、大きな鳥が飛んでいるのが見えた。

 

自由で羨ましい。

 

「実を言うとさ、あたし、けっこうマズいかも……」

 

「あこも。これ以上はちょっと……」

 

「うぅ、残したらもったいないのに、手が進まない……」

 

いくらトッピングが選べるからって、全部乗せはやり過ぎだったみたい。

 

一向にお皿の底が見えないし、トッピングのコロッケやエビフライ、ハンバーグも残ってる。

 

これ以上、食べたら、今日はもう滑れなくなりそう……。

 

そんな絶望的な状況のなか、救世主が現れた。

 

「お、はぐみたち、ここにいたんだ。休憩中か?」

 

「「「幹彦くん!」」」

 

はぐみたちは、声がした方に一斉に振り向いた。

 

「おわ! な、なんだよ、急にそんな大声出して」

 

「幹彦くん、お腹すいてない!?」

 

「たくさん滑って疲れたよね!? あこたちが頼んだカレー、あるよ!」

 

「ここのお店、ちゃんとお肉使ってるんだよ! 幹彦くん、お肉大好きだよね!」

 

幹彦くんは大のお肉好きだ。

 

幹彦くんちの家政婦さんは、幹彦くんがお肉料理が大好きだから、昔からはぐみの家にお肉を買いに来てくれてるんだ。

 

幹彦くんと出会うまでは、当たり前だけど、その家政婦さんが幹彦くんちの人だって知らなかったから、なんだかすごい偶然だねって話したのを覚えてる。

 

「え、え、いや確かに腹は減ってるし、肉も大好きだけど……。カレー? お前たち、もしかして……」

 

「今なら、あーんってしてあげるよっ! アイドルからの、あーんだよ!」

 

「あこも、あーんは得意だよ! お姉ちゃんの看病してるときにやってあげたんだ!」

 

「え、あーんするの!? は、はぐみも恥ずかしいけど、がんばるよっ!」

 

男の人と見つめ合って、あーんってするのは恥ずかしい。

 

こころんや、かのちゃん先輩はよくやってるけど、みーくんは恥ずかしいから断ってる。はぐみもすっごい恥ずかしいって思ってる。

 

「……はあ。わかった、わかったよ。残ってるやつは俺が全部、食べるって」

 

「ほんと!? ありがとー!」

 

「やたー!」

 

「幹彦くんがいて、良かったよ!」

 

幹彦くんは近くのテーブルから1つ椅子を持ってきた。座るとすぐに、はぐみのカレーを食べ始めた。

 

「……うん、美味いじゃん」

 

「だよね! ハンバーグも美味しいよ!」

 

「あこも好きだよ! 疲れた体にちょうどいい味だよね!」

 

「たくさんあるから、どんどん食べてね!」

 

幹彦くんは軽く手を上げて応えてくれた。

 

さすが幹彦くん。すごい頼りになる。

 

そこに、ゆったりとした風が流れてきた。はぐみたちは空を見上げる。

 

「あー、風が気持ちいいー」

 

「だよねー。空が澄み渡って綺麗だなー」

 

「こういうところで、のんびりお食事っていいよねー」

 

さっきまでとは違って、すごく開放的な気分だ。

 

こういう雰囲気ははぐみは大好き!

 

お日様がぽかぽかしていて、なんだか眠くなる。

 

「日菜先輩、皿をください」

 

「オッケー! はい!」

 

「幹彦くん、すごい!」

 

「はぐみの分、もう終わったの!?」

 

驚いて見ると、すっかり空になったお皿が1枚。あんなに底なしに見えたカレーが消えていた。

 

「まあ、腹減ってたからな」

 

「あ、そだ。あーん、してあげるよ?」

 

日菜ちゃんがイタズラそうな顔で言った。

 

「いいですって」

 

「えー、なんでー!」

 

「食べづらいですよ。腹減ってるときはガツガツ食べたいんで」

 

「えー、やりたかったのにー」

 

驚いた顔の後、すねた顔に。日菜ちゃんはアイドルをやってるくらい、すっごく可愛いのに、コロコロと表情が変わっておもしろい。

 

「それは氷川先輩にでもやってあげてください。あこちゃん、皿ちょうだい」

 

「早っ! じゃあ、はい!」

 

「幹彦くん、相変わらず綺麗に食べるよね」

 

2枚に増えた綺麗なお皿を見て、思わず言った。

 

「恥ずかしいから、あまり見るなよ」

 

「あ、ごめんね。でも、幹彦くんがたくさん食べてるところ見るの、はぐみ好きなんだー」

 

学校帰りによくコロッケを買いに来てくれる。買ったその場で、はぐみとお話しながら食べてくれるけど、美味しそうにパクパクと食べてくれるのがすごい好き。

 

あっという間にコロッケがなくなると、次の分を用意してあげたいなって思うんだ。

 

「……まあ、見ててもいいよ」

 

「わーい! ありがとう!」

 

やっぱり、すごい優しい。

 

「じゃあ、あたしも見るー! じー……」

 

「あこも! じー……」

 

「あの、さすがに凝視されると食いづらいんで……」

 

「あはは! ごめんごめん! 幹彦くんといると楽しいから、つい」

 

「あこも幹彦くん見ていて飽きないなー」

 

はぐみもわかるよ!

 

幹彦くんと一緒になにかするのは楽しいけど、幹彦くんを見ていても楽しいんだよ。動きが大きくて、なんでもないことでも、つい目をやっちゃうんだ。

 

まあ、これはハロハピみんなに言えることだけどね。

 

「はいはい、2人とも、ありがとね」

 

「んー、なんか冷たいなー」

 

「りんりんと話すときはもっと弾けてるのに、あことか友希那さん、紗夜さんと話すときはこんな感じなんだよねー」

 

「パスパレだと、麻弥ちゃんと話すときはそんな感じだねー」

 

ハロハピだと、どうかな?

 

こころんやかのちゃん先輩と話すときはイチャイチャしてる感じで、みーくんと話すときはお互いに信頼してる感じ。薫くんと話すときは薫くんを尊敬してる感じがすごいする。

 

はぐみと話すときは……どうだろ? はぐみはなんか、兄ちゃんがいたら、こんな感じなのかなーって思ってる。こんなエッチな兄ちゃんがいたら恥ずかしいけどね。

 

「そりゃあ、その2人と話すときはテンションも変わりますって。でも、今だって別に楽しくないわけじゃないですよ」

 

「それはわかるよ。幹彦くんが楽しいって思ってなかったら、あたしだって一緒にいて、るんってしないと思うし」

 

「うんうん。あこも今みたいな幹彦くん、嫌いじゃないよ。でも、りんりんのときみたいに、興味津津ですって感じもされてみたい!」

 

「あこちゃんは……望みあるかな?」

 

幹彦くんは女性の胸が大好きだ。そしてそれを隠したりしない。

 

でも、別に嫌がることをしてるわけじゃない。

 

はぐみが、そういうのは恥ずかしいことをわかっていて、はぐみには、そういうことはしないんだ。

 

はぐみのことを考えてくれるって思うと、すっごい嬉しい。

 

「あたしはけっこう大きいでしょ? こないだ触らせてあげたよね?」

 

「その節はありがとうございました。日菜先輩はけっこうなものをお持ちだと思ってます」

 

「でしょ? でも麻弥ちゃんとは扱いが違うんだよなー」

 

「ふっ、人と比べても仕方ないですよ。麻弥先輩は麻弥先輩、日菜先輩は日菜先輩。扱いは違えど、別に嫌じゃないならいいじゃないですか」

 

「そうだけどさー、なんか腑に落ちないんだよねー」

 

「その辺は切り替えです。それより、はぐみが恥ずかしがるんで、話題を変えましょう」

 

「え? はぐみちゃん、こういう話、苦手?」

 

「う、うん。だって、恥ずかしいよ……」

 

みんなすっごく大胆だと思う。

 

男の人が女の人に興味を持ってくれるのが良いことなのはわかってる。でも、恥ずかしいものは恥ずかしいよ。

 

みーくんだって、ハロハピ以外の人がいるときは幹彦くんのボディータッチを嫌がってるでしょ。まあ、かのちゃん先輩はどんな状況だって幹彦くんの近くに行くけど。

 

「はぐみは本当に可愛いなあ」

 

「み、幹彦くん! だから恥ずかしいってば!」

 

「心からそう思ってるんだよ。この恥ずかしいは慣れてくれ」

 

「も、もうー……」

 

幹彦くんはいつも可愛いって言ってくれる。

 

はぐみがソフトボールで手がゴツゴツだよって言ったときも、はぐみの手を優しく触ってくれて、すごく温かい手だって言ってくれた。ちょっと豆の痕があっても、はぐみは変わらず可愛いよって言ってくれた。

 

すごい嬉しかった。

 

「幹彦くん、あたし、あたしは!?」

 

「日菜先輩も可愛いっすよ。あこちゃんも微笑ましい」

 

「えー、なんか、はぐみちゃんと違くない?」

 

「微笑ましい? あこは格好いいと思うんだけどな」

 

「みんな同じですよー。はい、ごちそうさまっと」

 

綺麗なお皿が3枚目!

 

「おおっ!」

 

「完食だー!」

 

「幹彦くん、さすがー!」

 

幹彦くんが来てから、あっという間だった。

 

はぐみたちも、なんだかやり切った感があって、すごく嬉しい。

 

「少し冷めてたけど、美味かった」

 

「うんうん。幹彦くんも嬉しい。あたしたちも嬉しい。サイコーだね!」

 

「日菜先輩、あんまり反省してないですね。……まあ、こういうところで楽しくて羽目を外す気分はわかるので、よしとします」

 

呆れた顔もしたけど、幹彦くんも楽しそうに笑ってくれた。

 

 

 

その後、すぐにゲレンデに戻らず、少し休憩することにした。

 

みんな言葉は少ないけど、ゆったりした時間が流れる。

 

「もうすぐ冬休みだねー」

 

「あこはもうすぐ卒業式だよ」

 

「エスカレーター式の学校でも卒業式ってやるんだ?」

 

「うん! 別の学校に行く人もいるし、中学生から高校生になるからね。区切りは大切なんだって」

 

そういえば、はぐみたちも卒業式をやった。仲の良い友だちはみんな残るから、あまり覚えてないけど。でも確かに、これからは高校生だぞーって思ったのは覚えてる。

 

「ふーん。なら、卒業おめでとう、あこちゃん」

 

「ありがとー!」

 

はぐみと日菜ちゃんも幹彦くんに続いてお祝いした。

 

「はは。じゃあ、お祝いにデザートでもおごってやろうか? なんて、今は無理か」

 

おどけたように幹彦くんが言った。

 

「いいのっ!?」

 

「え、食えんの?」

 

「やたー! 実はバナナジュースが気になってたんだ!」

 

「ジュースだったら……いけるのか?」

 

確かにバナナジュースは美味しそうだった。疲れた体に甘いものって最高だよね。

 

「いいなー、あこちゃん」

 

「日菜先輩もいいですよ。はぐみも、もし飲めるんだったら買うぞ?」

 

「え、いいよ。ジュースなら飲めるけど、幹彦くんに悪いし」

 

カレーを手伝ってもらったのに、更に奢ってもらうなんて幹彦くんに悪い。

 

「そんなの気にする仲じゃないだろ? 飲めるなら行くぞ」

 

「……うん、ありがとね、幹彦くん」

 

「おう」

 

ニコッと笑う幹彦くん。

 

幹彦くんのこういう優しさを感じると、心がすごいぽかぽかしてくる。優しい兄ちゃんが出来たみたいで、すっごい嬉しい。

 

いつもありがとう。幹彦くん。

 

 

 

「ねえ、バナナジュースにアイス乗せられるんだって! るんってしない?」

 

「ほんと!? あこ、やってみたい!」

 

「はぐみも! アイス、美味しいよね!」

 

「いや、お前ら絶対それで後悔するだろ!? それは止めとけ!」

 

幹彦くんは断固としてアイス乗せは許さなかった。

 

なんだか父ちゃんみたいだなって思った。




エピソード「青空カレー」の続き話をイメージしました。
あの話の会話が好きすぎて、スラスラ書けました。去年のエイプリルフールとタメを張るカオスっぷりが大好きです。無音は本当に止めてほしい。笑いが止まらなくなるw


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16話

153:

【朗報】ひめちゃんの祖母が奇跡の復活

 

157:

祖母じゃなくて、大伯母な。祖母の姉だよ

 

159:

スレチだけどめでたい

 

160:

良かったな

 

163:

珍しく鹿に関係ないけど、マジでめでたい

 

166:

年を越せないって言われた人だろ?

良かったじゃん

 

169:

>>166

詳しいな

 

174:

ひめちゃんが子どもの頃から世話になってた人なんだって

前に雑誌のインタビューで答えてたはず

 

177:

年を越せないって判断されたのに復活したってこと?

めちゃくちゃすごいぞ

 

181:

ひめちゃんが生まれたときには祖母は亡くなってたけど、その人が祖母みたいに優しくしてくれたらしい

 

184:

マジでよかったな

 

188:

【朗報】ひめちゃん「大伯母が私の子どもを見たいと言ってたので、前向きに頑張りたい」【16歳の最強アイドル、まさかの決意表明】

 

192:

ろ、朗報?

 

193:

こうきたか……

 

194:

スレチじゃなかったわ、ごめん

 

196:

後ろの言葉が、それとなく危険な臭いを発してますねえ

 

198:

元から前向きだった定期

 

201:

ひめちゃん、武道館ライブお疲れ様!

 

205:

国内外で笑えない問題が起きてるなか、この話題は本当に朗報

ひめちゃん、良かったね!

 

208:

外は間違いなくアレのことだろうけど

内は大取り締まり大会のことだよな?

 

212:

大取り締まり大会w

 

214:

 

215:

ゴロ悪www

 

217:

アレだろ?

鹿の真似してVtuber始めた男がコメントに切れて、警察に一斉検挙させたヤツ

 

221:

……嫌な事件だったね

 

224:

あんだけ男にバカなコメントすんなって言われてたのに、調子に乗ったヤツらが悪い

まあ、あんまり気分良くないけどな

 

227:

Vtuber側の気持ちもわかるけどさ、セクハラコメントがあることくらい、興味持ったならわかるだろうに

 

231:

きっかけは、たぶん違うぞ

 

235:

マジ?

 

239:

セクハラコメントはついでのはず

たぶん男の政府批判に対するコメントだと思う

 

243:

なんて言われたの?

 

247:

[でも、男って政府の支援で飯を食ってるんでしょ? だったら全否定しちゃダメじゃない?]

だったと思う

 

251:

それは……

 

252:

うーん……正論!

 

256:

正論過ぎるからダメなんだよ

あの男は鹿と違って、政府は悪が前提なんだぞ

言わば政府アンチだ

アンチに正論言ったって逆ギレされるだけだろ?

 

259:

あー……

 

261:

政府アンチ

なんかしっくり来たわ

 

263:

さり気なく比較対象にされる鹿w

 

265:

男はたぶん、セクハラコメントじゃなくて、正論言ったヤツを釣り上げたかったはず

 

269:

さすがに正論言ったヤツはセーフ

……セーフだよな?

 

273:

たぶんセーフ

検挙された対象のコメントはセクハラに対するものだけって話だから、それ以外はセーフだと思う

名誉毀損と侮辱罪に引っかるかどうかだな

 

277:

公の場で恥をかかされたことが該当するかどうかか

微妙だな

 

281:

アウトもある……か

マジで危ねえな

 

284:

やっぱ鹿以外の男はヤバいって

 

287:

鹿もだいぶヤバいけどなw

こないだ鹿に絡んだ男3人が、鹿に睨まれただけで卒倒したって噂を聞いたぞ

 

291:

いやいや、それはいくらなんでも……ねえ?

 

294:

一方その頃の鹿は……初期勢とまたケンカしていた

 

298:

今度はなんだよw

 

299:

なにがあったw

 

303:

ようやくおもしろいゲームが出てきたから、みんなでワイワイ盛り上がれるなって言ったんだって

そしたら初期勢が[でもお前、コラボする相手いないじゃん]って言ったらしい

 

306:

wwwww

 

307:

大草原不可避

 

309:

ぼっち通告wwwww

 

312:

いや、お前、いるだろ、ほら!

 

313:

初期勢、容赦ねえなww

 

315:

友だち0人wwww

 

318:

止めろ

それは私に刺さる

 

319:

くそww

 

322:

なお、その後、クリスマス直前だったこともあり、盛大に独り身を煽る歌をメン限で投稿したらしい

 

325:

マジ!? 聞きたい!

 

327:

ああもうメン限だけの曲は止めろよ!

 

329:

てか、独り身を煽る曲ってなんだよww

 

332:

で、その後、仲直りの印に投稿されたのがチキンライスと

 

336:

あれ、そういう経緯だったの?

 

339:

鹿に合わない曲だなーって思ったけど

そうか、苦労した経験のある大人を模して歌った曲なわけね

 

343:

めっちゃ良い曲だよね

親に聞かせたら、すごい泣いてた

ついでに昔話を聞かせて貰ったけど、私ももらい泣きした

 

347:

ああ、なんか、まさに鹿って感じの経緯だな

ホッとする

 

351:

鹿の動画が安地に感じる日が来るとはな……

 

355:

つまり、政府と公安に媚を売って、身内で見苦しいケンカをしてる鹿は間違いじゃなかった?

 

358:

確かに見直したけど……

やっぱ格好悪いよなw

 

361:

それは間違いないw

 

365:

でもまあ、お上には逆らうなってことよ

あいつらは間違いなく権力を持ってるんだから、理由もなく反抗するのはコスパが悪いって

 

 

 

401:

さて、肝心の外についてだが……

 

405:

それ、話しちゃうんすか

 

408:

【悲報】怒れる鹿、海外ファンの悲痛のコメントを全無視【俺、外国語読めないから】

コレのことだよな

 

412:

ツイッターのコメントに全く触れないな

 

415:

海外曲の寄付がサイトから消えてんね

 

418:

海外曲の寄付は、前に鹿が縁切り宣言した直後に消えたぞ

 

422:

現地の著作権周りの会社が、鹿に私の会社に任せろって言ってる

鹿の権利を侵害させるようなことはしない、だって

 

426:

鹿は当然、それも無視

 

429:

徹底してんな

 

433:

てか、鹿の目的を履き違えてる

あいつは別に著作権利権が欲しいわけじゃないから

 

437:

むしろ歌うなら好きに歌えって考えだろ

そもそもを勘違いしてるんだよ

 

441:

初期勢がキレたのだって、鹿の好きに歌えってスタンスをぶっ壊されたからなんでしょ?

権利を守ってやるは片腹痛いw

 

446:

本来は初期勢がアメリカに乗り込んだとき、バカどもを一掃して、それ以降は鹿の曲に金を払う必要がないってアメリカのファンに浸透できれば終わりだったんだよな

犯行予告があったせいで、それもおじゃん

 

449:

結局、鹿はどうしたいんだ?

バカどもが一掃されれば終わりだったんだろ

今のゴールってどこよ?

 

453:

ゴールはないよ

もう海外は知らんってこと

海外で誰が鹿の歌の著作権を主張しようと、もうノータッチに切り替えた

 

457:

鹿の曲を聞くくらいなら、上手くリージョンロックをすり抜けたヤツらが別サイトに上げるから、聞けると思う

でも、英語の歌が海外勢に言われて始めたことだったから、もう新規の英語曲は無いものと考えられる

それに海外勢が嘆いてるってのが現状

 

561:

それって、お先真っ暗じゃ……

 

564:

ま、そういうことよ

 

567:

海外ファンからすれば、一部のバカが勝手やったせいで迷惑を被ってるってわけね

ちょっと同情する

 

571:

まあ、純粋に鹿の歌が好きで、もっと聞きたいから寄付してるってヤツが大半だったろうね

 

574:

でも、たとえ一部だとしても、バカが本当に犯行に及ぶんなら、初期勢を守るためにも手を引くしかないだろ

 

578:

だろうね

だから、今こうなってるんだからな

被害を受けること承知で損切りしたんだから、今更言っても仕方ないこと

 

581:

思ったよりチャンネル登録者減ってないね

元が800万人で、100万人ぐらい減か?

 

584:

そんくらいだな

海外ファンは500万人以上いたって話だったから、2割だけしか減ってないのか

 

588:

チャンネル登録したことを忘れてるのか、ロック解除を期待してるのか

 

592:

ツイッターの荒れ具合を見るに、後者だろ

 

595:

向こうの掲示板だと犯人探しが始まってるらしい

 

598:

こわっ

 

601:

情報が遅いぞ

今、向こうだと容疑者の家に火をつけた事件が起きてる

 

605:

うわぁ……

 

606:

マジ?

シャレにならなくね?

 

608:

過激すぎんだろ……

どうなってんだよ、海外

 

611:

社会問題化しとるな……

 

613:

いやー、生け贄を捧げた程度じゃあ話は収まらんと思うぞ

 

617:

もう覚悟完了してるからな

 

619:

登録者1000万人は無理か……

 

622:

今後も海外勢が減っていくことを考えると、厳しいな

夢の1000万人……

 

626:

なお、鹿は全く気にしてない模様

 

629:

鹿「日本人だし、これがあるべき姿だよな」

既に海外勢は存在しないものに……

 

633:

あいつ、本当に内向きだよな

でも、日本人らしくて好きw

 

637:

鹿「でも、残った寄付が軒並み増えるってどういうことだよ? ゆっくりできないじゃん」

 

640:

オチをつけるなww

 

642:

海外ファンがまだ寄付してるってこと?

まだ希望を持たれてる?

 

646:

まあ、鹿以外に歌が上手い男がいないことを考えると、気持ちはわからないでもない

 

649:

でも、その金で公開されたのが、よっしゃあ漢唄っていう

 

653:

 

654:

超、和風w

 

657:

これ、海外のヤツらには良さがわからんだろw

 

661:

そもそも、一応、聞けないことになってるからw

 

662:

私らもなに言ってるかわからないからな

海外勢には10年早い

 

665:

このままだと10年後には海外ファンが死滅してるのでは……

 

671:

でもさ、男が作った曲を利用しようって、思い切ったことするよな

 

674:

男についた弁護士を脅迫するのも、私たちからすると正気じゃない

海外はわからん

 

677:

アメリカってフェミの国だから

 

681:

え、あれってネット上のネタじゃないの?

 

684:

ネタだったら男を隔離してないだろ

隔離するってことは、世間と男を接触させるのはマズいって考えるからだぞ

 

687:

隔離は男をストレスから守るためだろ?

 

692:

答え言ってんじゃん

ストレス=女 だよ

日本と違って、隔離しないと男が減るって判断したからやってんの

日本と同じ生活環境では絶対にないぞ

 

696:

隔離も男が減るんじゃなかったっけ?

確か、前にどっかの国がそれで滅んだんじゃ……

 

699:

そのとおり、実際に男の数は減ってるらしい

でもヤツらは多民族国家だからな

他の国の男を呼びこんでるのよ

 

703:

いいの?

 

706:

マジで合意の上だからOK

 

709:

本当に合意ってどうやって調べるんだよ

 

713:

知らん

てか、嘘だったとしても、移民した男からヘルプがないから問題ない

そこは元母国の連中も血眼になって証拠を探ってるだろうし

 

717:

合意って、絶対に言わされてるだけだと思います!

 

721:

そこは人の良心を信じるしかない

まあ、アメリカの待遇が良いのは間違いないからな

隔離されてるけど、あの国は土地が余りまくってるから、町くらいの規模の隔離場だってのは聞いたことがある

 

724:

男からすれば、精子さえ提供してれば生活の一切を面倒見てもらえるってこと?

 

728:

そう

世界は日本みたいに男の福祉が整ってるわけじゃないからな

その国でいつ均衡が崩れて、立場が変わるかもわからないし

 

731:

だから強引だったとしても、合意で通るわけな

 

734:

日本は土地少ないからな……

 

738:

でも開放的だぜ

なんたって鹿が自由に生活してるんだから

 

741:

確かにw

 

745:

いや、おもしろくねえよ

 

747:

でも、男が自由に生活しても危害加えようってヤツはいないよね

 

751:

むしろ、被害に遭うかもしれないから避けてる

 

755:

アメリカはそんな国だから、たぶん今回の件はピリピリしてると思う

 

759:

なんで?

 

763:

男の権利や身内に噛み付いてくる国って思われたくない

そんなこと思われるようになったら移民してくる男がいなくなる

自国だけだと男が減ってるから、国の存続にも影響してくる

 

766:

めっちゃ大事になってんな

 

769:

まあ、アメリカの戦略とかち合ったからな

 

773:

アメリカ自体も犯人探しを徹底するだろうな

それで、鹿にリージョンロックを解除させて、先の件は勘違いってことにする

アメリカは男に優しい国を内外に示したいはず

 

776:

ってことは?

 

779:

鹿に圧力がかかるんじゃないかなー

 

783:

マジかよ

呑気に構えてる場合じゃなくね?

 

787:

まあ、大国っていっても国外だし、昔ほど国同士の衝突もない時代だからな

鹿からすれば相手の出方次第ってとこなんだろ

 

791:

アメリカの国自体が味方してくれるなら、裁判で争っても勝確なんじゃね?

 

794:

三権分立……

でもまあ、勝確だろ

 

797:

なら問題なくね?

 

801:

ある

問題は勝ち負けじゃなくて、裁判がアメリカで行われるってこと

 

804:

あ……

 

805:

どういうこと?

 

808:

勝ちは間違いないけど、アメリカに来いよってこと

 

812:

www

 

813:

マジか

 

814:

ダメだこりゃ

 

816:

あいつ、それで面倒くさがってんなw

 

819:

日本じゃ男の国境移動はできないから、それを理由に代理人を立てればいいんじゃ?

 

822:

たぶん、そこが落とし所だろ

でも、鹿は初期勢が国外に行くのを渋ってる

 

825:

wwww

 

826:

相変わらず愛されてんなw

 

826:

ベッタベタやなw

 

828:

そもそも事の発端は犯行予告を出されたことだから残当

でもマジで草

 

831:

おかしい

国を跨いだ大騒動だと思ったら、鹿がワガママなだけだった?

 

833:

あいつ、よくそんなんで、そっちの内ゲバはそっちで何とかしろって言えたよな

こっちはヒヤヒヤしたぞ

 

837:

>>833

マジでそれ

たまたま離れる海外ファンも少なかったけど、これで海外ファンのほとんどがいなくなったら、どうするつもりだったんだ

 

841:

どうもしないって

鹿は海外は既に切ってる

 

845:

だから、そこが怖いんだよ

思い切り良すぎだろ!

鹿のファンって何もいわないのか?

 

849:

賛否両論

でも、明らかに初期勢が絡んでるから、なんとかなるだろって思ってる

 

853:

初期勢、信頼されすぎww

 

857:

まあ、初期勢がいなかったら、こんなに上手くいかなかっただろうしな

最悪、雑談2回目の事件で動画投稿を止めてた可能性もあるし

 

861:

あと数カ月で3年経つんだよな

なんだか事件ばっかりだったけど、退屈しないよな

 

864:

ほんとそれ

今回も無事に終わってくれることを祈ってるよ




イメージ曲
チキンライス(浜田雅功と槇原敬之)
よっしゃあ漢唄(角田信朗)

前者はもう言うまでもない超有名曲です。ロマンじゃなくて、ノスタルジーが主のクリスマスソングって、当時は初めて聞いたので、衝撃的だったのを覚えてます。まあ、そんなの関係なく名曲なんですけどね。
後者は会社の先輩がカラオケで歌っていたことで知った曲です。角田さん何してるんすかw って思ったのを覚えてます。背は低いのに、まさに昭和の頑固おやじって風貌です。絶対に今も強い。


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17話

たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています。
「···アンダーテール生み出したのなら青鬼、魔女の家、id、マッドファーザー···ゲームの可能性は無限大さ」 ゲームが未熟な環境でも作れる作品を題材にしましたが、やっぱり名作ぞろいですよね。単純にゲームがおもしろい。これがすごいです。
「ヒロイン多いのに元ネタ知らねえから、画像検索とか公式HPチラ見しながら読むの大変だけどな!_(┐「ε:)_」 ギスギスOKなら超名作ですよ。特にアニメ2期がおすすめで、それを見てくれれば雰囲気はだいたい掴めます。時間がないなら2期OPだけでもどうぞ。2期を見終わった後だとマジで泣けます。なんなら曲を聞いただけでもジーンと来ます。ぜひ! ギスギス無理ならガルパピコをどうぞ。1話3分のアニメですが、バンドリ要素が凝縮されてます。ぜひ!!
「リサ姐がただただかっこいい」 ありがとうございます。キャラが好きだからこの小説を書いてるので、彼女の魅力を少しでも表現できたなら、とても嬉しいです。
「もともと4足哺乳類は普通みたいだし」 ナチュラルにケモノ扱いっていうw
「花の慶次のパチンコの曲やねよっしゃあ漢歌 他の曲も名曲揃いよ」 やっぱり他の曲もあるんですね。完結後に調べさせていただきます。ちょっと楽しみです。
白鳥婆さん、人気ですね。難しかったキャラなので、好評なのは嬉しいです。ひめちゃんは気づいたら近くにいましたw
掲示板も好評で嬉しいです。テンポ良い感じを目指してます!


今回からはアニメ2期開始です。飛ばして行きます。


春が来た。

 

春と言えば、出会いに別れ、そして新しいことに挑戦する季節だ。

 

まあ、別に大した出会いも別れもなかったんだけどね。別れはまあ、高校で見たことのある先輩が卒業してくんだなー、みたいな程度だし、出会いに関しちゃあコレと言ったものはない。せいぜいライブをしたときに、新しいお客さんと出会ったり、会場のスタッフと顔見知りになったくらいだ。

 

挑戦。これについても特筆すべきことはない。昨年度は慌ただしい中でも、やりたいと思ったことには片っ端から手を付けていったので、今また新たに始めたいことも思いつかない。

 

いろいろ誘われてはいる。花音には茶道に、はぐみにはソフトボール、イヴには剣道、日菜先輩には天体観測、リサ先輩にはダンス(!?)、変わり種としては、有咲から盆栽はいいぞーって勧められてる。

 

どれも興味はあるんだけど(ダンスは見る専)、部活としてやりたいかって言われると、そうでもない。みんながいるときに、ときどきお邪魔して、軽く楽しめればいいかなって感じ。あと、盆栽はおもしろそうだけど、たぶん枯らすと思うから却下で。

 

有咲が毎日、盆栽の世話に来てくれるならいいぞって言ったら、し、仕方ねーな……って言ってくれた。でも、有咲に家に来られると、毎回ちょっかい出して学校に遅刻しそうだし、有咲は俺の家に毎日くるほど体力がないのでお断りしておいた。

 

有咲は毎朝、香澄ちゃんと一緒に登校してるし、なんと生徒会書記に就いたから、毎日が忙しいだろう。今だけしかできないことに全力を出して、その後、余力があったら俺のところへ来るくらいで良いよ。俺はそれだけで嬉しいから。あ、でも夜は覚悟しておくように。

 

そんなわけで、新しいことないかなってぼんやり考えつつも、なにも始められない状況が続いている。

 

悩んでいると、こころに遊びに行きましょう! って誘われて、ホイホイ付いて行ってしまうのも原因かもしれない。

 

でも、これはすごく幸せなイベントなんで、問題ない。

 

あと、花見はたくさんした。

 

こころの家に見応えのある大きな桜が何本も立っていて、その下でシートを広げて、のんびりと花見をした。家の敷地内だから人目もないし、本当に見頃の桜だった。こころの家って敷地内に噴水があってさ、水面に浮かんだ桜が水面を滑るところも見てて楽しかった。ときどき水に乗って飛び上がってたしね。別日にやった香澄ちゃんとか有咲、イヴなどがいた花見は、打って変わって賑やかなものとなり、それはそれでおもしろかった。

 

あとは桜が散る間際に彩先輩主催の花見にも参加した。参加者は彩先輩、花音、麻弥先輩、リサ先輩、美竹さんだ。さすがにこの面子では花音は大人しかった。みんなで野菜スティックをつまみながら、のんびりとした時間をすごした。いや楽しかったし、悪くなかったけど、野菜スティックか……。

 

なんていうか、ガッツリしたものが食べたくなるよな。久しぶりに三郎系のラーメンが食べたいな……。

 

そういえば、有咲が生徒会書記になったんだけど、実は燐子先輩が生徒会長に就任したらしい。全く予想もしてなかった人選なんだけど、有咲曰く、燐子先輩も燐子先輩の考えがある、とのことだ。

 

よくわからなかったけど、とりあえず応援したいと思ってる。

 

さし当たっては、もうすぐ花女は文化祭が開かれるはず。それに参加して、燐子先輩の勇姿を拝みたいと思ってる。バンド活動と違って湊先輩と氷川先輩も常に側にいるってことはないだろうから、じっくり攻めてみようかな。

 

あ、ちなみに日菜先輩も生徒会長になったらしい。すごいね。

 

音楽の話をしよう。

 

と言っても、ハロハピの活動はいつもどおりなのだが、まあ、少しは珍しいこともある。

 

Galaxy(ギャラクシー)でライブをした。

 

Galaxyは100人定員ほどのライブハウスで、最近リニューアルオープンしたばかりだ。

 

それまでハロハピは全く面識がなかったんだけど、まりなさん経由でイベント出演のオファーがあった。どうやら、Galaxyのスタッフはまりなさんの知り合いらしく、そのリニューアルオープンイベントを迎えた当日になって、出演予定者にどうしても外せない用事ができてしまい、代役がいなくて困っているとのことだった。

 

ハロハピは、困ってる人がいるなら! と出演を快諾。

 

そしてGalaxyで急きょライブをすることになった

 

まりなさん経由だから当然というか、このイベントに参加するバンドはガルパと同じだった。うちとロゼリア、アフターグロウ、少し遅れてポピパの参加も決まった。

 

パスパレは彩先輩、白鷺先輩、イヴに他の仕事が入っていたようで不参加。偶然、仕事が入ってなかった麻弥先輩と日菜先輩が応援に来てくれた。最近はパスパレも大人気だから仕方ない。

 

GalaxyはCircleに比べて、こじんまりしてる印象が強い。でも、人数が少ないってことはお客さん全員との距離が近くなることなので、いつも以上にお客さんは盛り上がっていたと思う。

 

まあ、久々にポピパの演奏を見れたし、Galaxyのスタッフも大喜びだし、まりなさんの顔を潰すこともなかった。満足の結果である。

 

プログラムが全て終わり、最後に出演バンドみんなでお客さんにご挨拶ってところで、ロゼリアから発表があった。

 

今度、ロゼリアの主催ライブをするらしい。すごいね。

 

そして続いて香澄ちゃんが手をあげた。

 

なんと、ポピパもライブをするらしい。マジかよ!?

 

ステージから退出した後で有咲に聞いてみたら、どうやらその場で決めたらしい。香澄ちゃんの思いつきだとか。

 

まあ、でも、ポピパの演奏を聞けるのは純粋に嬉しい。有咲には、共演バンドが必要なら、ぜひ声をかけてくれって伝えておいた。ポピパのためなら、間違いなくハロハピも参加するだろうからね。

 

そんな話をしているとリサ先輩が悲しそうな顔で話しかけてきた。

 

ロゼリアには、そんなこと言ってくれなかったじゃん……。とのこと。

 

いや、ロゼリアの主催バンドにハロハピって……合わなくないですか? そう聞いてみた。

 

悲しそうな顔のまま、上目遣いで、ダメ? と聞いてきた。

 

そう言われちゃあ仕方ない。こころ達も俺がなんとか説得しよう。

 

なんてな。いくらリサ先輩の頼みでも、俺たちの出演はやっぱりどうかと思う。ポピパだったらアクセントになっていいと思うけど、ハロハピは別方向に全速前進してるので、さすがに噛み合わなすぎる。

 

こうしてお願いされること自体は悪くない。それどころか、あざとくても、可愛い先輩に、可愛くお願いされているので、すっごく気分が良い。

 

でも、やっぱりメインのロゼリアが輝けるライブって考えると、俺たちの参加は控えた方がいい。涙を飲んで、お断りするしかないんだ。

 

決して、有咲に睨まれてるからではない。そうだよね。今ちょうど話してたんだから、近くにいるよな。別に有咲を放っておいて鼻の下を伸ばしてるわけじゃないからな。

 

そのことをリサ先輩に伝えた。

 

リサ先輩は、そっか……、と言った。

 

そして嬉しそうな顔をして、ロゼリアのこと考えてくれたんだ、ありがと! と言ってくれた。

 

うん。悪い気しないね。

 

リサ先輩はやっぱりコミュ力が高いなと思った。

 

 

 

そして最後にVtuber関係だ。

 

これに関しては、まあ、いつも通りというか、いつも通りじゃないというか……。

 

チャンネル登録者数は一時期800万人の大台に乗った。そして、その1ヶ月後には700万人になっていた。

 

原因は明快。海外とケンカしてるからだ。

 

発端は向こうだし、許す気なんてサラッサラないんだけど、セントー君のチャンネル登録者は海外の人の方が多いから、このように目に見えてチャンネル登録者が減っているというわけだ。

 

まあ、そのわりには100万人しか減ってないってすごいと思うんだけどね。本来なら300万人くらいまで一気に下ると言われたのに、なにが良かったのか、今のところは下げ止まっている。

 

最初の1カ月以降は、海外ファンがちょっとずつ減る数と、日本ファンが増える数がいい感じにマッチして、チャンネル登録者の増減なしって状況が続いてる。

 

寄付についても、それまであった海外曲用の寄付を削除した。もう、海外に言われて公開する必要もない。海外の歌も嫌いじゃないんだけど、やっぱり日本の歌が好きだ。まあ、気分で英語歌詞の歌を投稿するかもだけど、海外限定で曲を思い返すことは、もうしない予定。

 

でもなぜか、それ以外の寄付が急増した。海外曲用の寄付がなくなって、そっちに寄付してた外人が、別のところに対象を変えたらしいんだけど、そんなことして何になるのか理解できない。一応、正規ルートだと国外からは聞けないんだけどな。

 

当然、動画投稿の頻度も上がったのだが、こいつらがいつ消えるかもわからないので、安易に目標金額の釣り上げもできなかった。

 

でも、さすがに投稿ペースが月3になると忙しいので、そろそろ値上げを検討してる。これで図ったように海外ファンが消えたら、そのときはそのときだ。一本取られたなって動画のネタにでもしよう。

 

たぶん、去年のグランミー賞の頃からだろう。セントー君の名前がテレビに出るようになり、一般にも少しずつ認知されてきた。

 

そのおかげで、セントー君へのオファーは急増したらしい。断ったはずの音楽レーベルから、再びお誘いメールが届いたり(初期勢曰く、あり得ないくらいの高待遇らしい)、テレビ番組からのお誘いはガンガン来てる。昨年末の紅白への参加依頼が来たときは、他に出すヤツいないの? なんて思ってしまった。

 

ちなみに、メールは初期勢にチェックを依頼してる。謝礼出すよって言ってるんだけど、日頃から目にする有名所の、あの手この手で気を引こうとする勧誘メールを見るのが楽しいらしい。ロハでいいから見せてくれって言われてる。しかも複数人にだ。

 

まあ、こいつらが楽しいならOKだ。ヤバそうな情報は回せよって言っておいてある。

 

あ、ちなみに紅白は断ったよ。話題性はあるだろうけど、さすがに日本全国の有名人と肩を並べるのは恥ずかしい。Vtuberの舞台は画面の中だけだからね。

 

そういえば、去年の終わりごろから、男性Vtuberを見かけることがあった。それまでと違って、中身も恐らく男性のVtuberだ。

 

昔ならいざしらず、ある程度、この業界の知識がある今では、リアル男性の参入は理解し難い。

 

前世ならわかるんだよ。好きなゲームをやって、リアクション取って、お金貰って、また次のゲームをやる。実際の苦労は計り知れないけど、ゲーム好きなら誰もが憧れる生活だ。まさに遊びながら暮らしてる感じだ。

 

でも、今世じゃ、ゲームなんて碌なものがない。最近ようやく、おもしろいゲームも出てきたが、これだって俺のところの初期勢のおかげだ。

 

きっかけは、もう2年以上前になるかな?

 

Vtuber開始当初から、おもしろいゲームがないって嘆いていた俺を見かねて、初期勢の社長の1人が、本業の片手間にゲーム会社を立ち上げたんだよ。

 

名前はディアーゲームス。略称ディアゲ

 

なんか潰れた会社のベテラン社員をヘッドハンティングしまくったらしいよ。初期勢の社長の会社から、有能な社員を1人異動させて、立ち上げたゲーム会社のトップに据えたらしい。なんとそいつも初期勢だったりする。

 

お前らの会社どうなってんだよって気もするけど、たぶん俺にとっては良いことなのだろうから、口にはしないでおく。

 

当初、俺はアドバイザーとして参加した。今あるゲームの中でも、わりとスムーズに開発に移れる楽しいゲームの案を出せって。

 

……まあ、俺が言い出したことだけどさ。お前ら、遠慮ないよな。

 

とにかく、低品質のソシャゲはあったので、ネットゲームが良いかなって思った。それで登場したのがNFO。

 

これが爆発的な人気となった。

 

それまでのNPCと恋愛するのがメインのゲームとは異なり、NFOはプレイヤーキャラ同士が協力しあって冒険するものだ。新鮮だったのか、あるいは有能社長の手腕が発揮されたのか、とにかく流行った。

 

俺はどちらかと言ったら、ゲーム内まで人間関係を気にするのは嫌なタイプなので、NFOは初めのころにプレイして、それっきりだった。

 

どちらかと言えば、そこからが本番だ。

 

初期勢と激しい交渉のもと、開発ラインの1つを得ることができた! 

 

赤字を出したら、俺のポケットマネーで全て穴埋めするって非情な条件だが、利益が出ないとダメだからね。仕方ない。

 

それに金ならある。札束ビンタは俺の得意技だ。

 

ゲーム開発の知識はないので、案だけ出して、あとは専門家に丸投げする。ちょいちょい様子を見に来て、あーだこーだとダメだしするのが俺のお仕事。

 

専門家たちには終始、理解できないって顔をされる。しかも、こうした方が無難では……、と修正案を提示される始末。

 

こいつら、自分の元いた会社が業績悪化で倒産したことを覚えてないんだろうか。そこでゲームを作ってたのがお前らだぞ? どの面下げて、こうした方が売れるなんて言葉が吐けるんだよ。

 

まあ、気持ちはわかる。巷で人気のゲームに寄せてった方が、売れる目処がつきやすいってのもわかる。でも、それは俺がやりたいゲームじゃない。

 

なあに、赤字を覚悟すれば、俺が好きなものを作っていい環境なんだ。それなら俺がやりたいゲームを復活させて、それを楽しいって思ってくれるヤツらを探すんだ。そうすれば、そいつらから、俺もゲームを作りたいってヤツらが生まれるだろ? んで、俺はようやく、その初プレイのゲームを楽しめるって寸法さ。

 

これが賢い人間のやり方よ! こんなの売れません、だって? うるせー! お前の案だと男キャラしかいないじゃねーか! それで恋愛ものとかケンカ売ってんのか!

 

真面目な顔してそんな提案してくるので、本当に人材が乏しいと感じてしまう。

 

まあ、これも予想はしてたこと。

 

当初から、経験のある人材はソシャゲ界隈に多くて、そいつらを引っ張ってくれば、似たような作品を作るだろうことは想定していた。

 

だからこそ、俺もゲーム開発を諦めて、人材投資なんてしてたんだけど、そこに社長らから一言。

 

技術は持ってるんでしょ? なら、それをトップが思うように使えばいいのよ。そいつらの意見はいらないの。ただ、私たちの思うように働かせなさい。

 

鬼かと思った。

 

一応、フォローしておくと、社長たちも、これが一時的な対応だと理解している。これが会社を発展させるつもりなら、さっきの社員とは逆の、自分で考えて、想像できる人が必要になると言っていた。でも、それは俺たちの考えを理解するだけの知識が必要。つまり人が育つのを待つしかないってことだ。

 

結局、人材育成から手を付けてると、5年単位の時間がかかると結論が出た。

 

当然、融資はしてる。

 

とはいえ、悠長に人が育つのを待っているのもつまらない。商機もあるように感じるのに、動かないのは性に合わない。なら、やろう。

 

てな感じで、さっきの案が出たらしい。

 

うーん、どちらにしろ鬼畜!

 

なんか使う側と、使われる側の温度差を感じた。経営者って恐いね(小並感)。

 

まあ、それなりの給与を出してるし、このままだとゲーム業界がどんどん衰退していくのも事実だから、早い内に対策を講じるのは間違ってないと思う。

 

だからこそ、俺の好きなゲームも何本か発売にもっていけたからね。感謝してる。

 

嬉しいことに他のゲーム会社も少しずつ息を吹き返してきたように感じる。うちのゲーム会社の有能社長が、他の会社に渡りを付けてくれたんだよ。

 

そんで、いろいろとゲームの話をさせてもらうなかで、前世のようなゲームが少しずつ出てきた。

 

まあ、売れるかはわからないけどね。

 

利益が出ても報酬とかないんだから、そこはお互い様ってことでお願いしたい。

 

だいたい近況はそんな感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学年が上がって、私の生活はこれまで以上に忙しくなった。

 

新しいクラスになったり、生徒会に入ったり、文化祭が控えていたりと、学校生活が急に忙しくなったのだ。

 

まあ、後ろの2つは自分が生徒会に入ることを決めたのが原因だから、仕方ないって言えば仕方ない。クラスが変わったのだって香澄と同じクラスになれたから、気心が知れてるって意味ではマシな方なんだろう。

 

だから、それだけだったら問題なかったんだ。

 

そう、もう1つ大きなイベントがある。

 

私たちポピパが、初めての主催ライブを行うことになったのだ。

 

ライブであれば、どこかのイベントや合同ライブに参加したり、Circleのホールを借りて、知り合いを呼んでクリスマスライブとかやったことがある。

 

でも、チケットを売るライブを主催するのは初めてだ。

 

金を払って見に来てくれるんだから、半端なライブはできない。否が応でも身が引き締まる思いだ。まあ、これまでだって半端な演奏してきたつもりはないけどな。

 

幸いなことに、ロゼリアが先に主催ライブをするので、生徒会長の燐子先輩や、生徒会役員兼風紀委員の紗夜先輩に話を聞くことができた。

 

しかも今度、ロゼリアの主催ライブに参加させてもらうことになった。実際にライブの流れを体験できるのは、本当に助かる。

 

生徒会の仕事に、文化祭の準備、バンド練習に、主催ライブの調整。まさに目が回るほど大忙しだった。

 

最近は幹彦も私に気を使ってくれて、デートも控え気味だ。文化祭と主催ライブが終わったら、たくさん遊ぼうって約束してる。

 

嬉しいけど、こいつは放っておくと何するかわからないので、少し心配である。

 

でも今日に限っては安心だ。なんと言っても今日はメン限の雑談動画の日だ。さすがにこの日ばかりは幹彦もバカなことはしないはず。

 

そんな保護者にも似た安心感を抱きつつ、放送開始時刻を待つのだった。

 

 

 

『というわけで、俺が想定したとおり、ゲームソフトの売れ行きは右肩上がりとなっています。思い知ったかお前ら。これまでの暴言を謝罪してくれてもいいんだぞ』

 

[まあ、緩やかだけど、確実に持ち直してきたな。これまでのクソみたいな実況動画に謝罪する気はないけど]

[好みはあるけど、最近、発売してるゲームは確かに楽しい。……あの時間の無駄でしかない実況動画は二度としないで欲しいけどな。むしろ、謝罪して欲しいくらい]

[鹿プロデューサー! 満を持して発売したAmo○g Usが大爆死したわけですが、そこのところは、どうお考えですか?]

 

この日の話題は最近のゲーム話だ。

 

Amo○g Usは、初期勢が設立したディアーゲームスが発売したソフトで、いわゆる人狼ゲームと呼ばれるものだ。最大10人の、全てプレイヤーが操作するキャラで遊ぶゲームで、インポスターと呼ばれる少数の人狼が、クルーと呼ばれる村人に正体がバレないように、村人をキルしていく。

 

村人は相談タイムで怪しいと思うヤツを吊るしあげて、人狼がいなくなれば村人の勝ち。逆に人狼と村人が同数になれば、人狼の勝ちというゲームだ。

 

一見するとシンプル過ぎて単調なゲームと思ってしまうが、ボイスチャットを絡めることで、その人の人間性が色濃く出て、とてもおもしろいゲームだ。

 

『わからん。なんでアレが流行らないんだ。Vtuberにはやりやすい企画になるはずだろ……』

 

[単純明快でわかりやすい。ゲームに疎い、私たちでも理解できるのはいいね]

[キャラも個性が見えてて可愛いよね]

[でも売れてないよね!]

 

『うるせーよ! くそぉ、ここで俺がプレイ動画を見せられたら、ユーザーも増えると思うのに……』

 

[お、ぼっち宣言?]

[Vtuber界一のぼっちは伊達じゃないっすねw]

[落ち込むなよ。一緒にプレイしてやったじゃん。楽しかったぞ。まあ身内ネタっぽくて一般公開できないと思うけど]

 

『それは俺も楽しかった。だから絶対に売れるって思ったんだよ。てか、動画投稿の仕方とか説明書入れてんだから、黙ってプレイしろって話だよな」

 

Amo○g Usが発売した当初、喜び勇んでコラボをしようと発言した鹿に対し、初期勢から友だちがいないことを指摘され、鹿は大いに落ち込んだ。

 

さすがに悪いと思った私たちが、仕方ないから遊んでやると言って、鹿とのプレイを申し出たのだ。

 

初期勢も慣れないボイスチャットを使って、頑張って鹿に合わせた。それが楽しかった。

 

鹿も大いに楽しんで、やっぱりこのゲームはおもしろいって結論になった。

 

ちなみに、はしゃぎすぎて、参加者を片っ端からキルしていった鹿が、他の参加者全員から警戒されて、毎度、何もしなくても人狼と疑われて、一番最初に吊られるという事件が起きた。

 

当然、鹿はブチ切れた。でも、ゲーム開始後、十数秒でキルされていた初期勢たちがキレ返すなんてこともあった。

 

[あの、いかにも動画投稿してくださいと言わんばかりの説明書、嫌いじゃないよ]

[露骨すぎて笑ったw そして誰も投稿してないっていうねw]

[そもそもゲームやるって選択肢がないからな。話題にもなってないから手を出す理由がない]

 

『そうなんだよ。全く話題になってないんだよな』

 

[なんでだろうな? シンプルだけど、おもしろいゲームだと思うよ]

[うーん、知名度が足りてないのかな?]

[広告はどんくらい力を入れた?]

 

『一時期は流行るだろうけど、そんな長生きするとは思えなかったから広告費には金かけてないよ。ゼロって言ってもいいくらいだな』

 

[え?]

[お前、それでどうして売れると思うんだよ……]

[社長勢、コメント]

 

広告が大事なのは私だってわかる。主催ライブのチケットだって、みんなが知ってくれないと売れないんだ。広告に力を入れないって売る気ねーの? って感じだ。

 

『社長、出番ですよ』

 

[ディアゲ社長:直属の上司として言うと、失敗させるのもいいかな? って思った]

 

『マジかよ!? 俺が相談したとき、それもいいかもねって言ったじゃん!』

 

[草]

[確信犯じゃないっすかww]

[鹿のラインって採算度外視だろ? 赤字が出たって鹿のポケットマネーで補填されるから、頭のリソースを別のところに注ぐのは経営者として正しい判断]

 

『いーや! 部下の失敗を黙って見てるだけなんて正しくないね!』

 

[ディアゲ社長:ちゃんとフォローする気だったよ]

 

『嘘くせー!』

 

[これは良い社長ですわーw]

[部下に失敗を経験させてあげようという上司の鑑]

[上司の心、部下知らず、ってか?]

 

『失敗を経験させようって、俺の財布で帳尻合わせする気、満々じゃん。くそ、逆転の目は……やはりコラボか?』

 

[だからお前、友だちいないだろ。今まで散々メール無視してた癖に、都合のいいときだけ相手を求めるなw]

[なぜ、そんなイバラの道を進もうとするのか……]

[マジレスするけど、今は無理だろ。巷じゃあリアル男性Vtuberのヒステリック検挙があったから、男性Vtuberにはみんな警戒してるだろうしな]

 

この事件は、一時期はテレビでも報道されてたので、ネットユーザーどころか、一般人も知ってる。Vtuber業界では、当然、誰もが警戒している。中身が女性の男性Vtuberも、ずっと肩身が狭かったと聞いた。

 

『だよなあ。あいつ、マジで何がしたかったんだろうな?』

 

[動画で楽しそうにしてるから、自分もやってみたくなったんだろ? 子どもかよって話]

[思いつきだろうけど、それで人の人生メチャクチャにするのは止めて欲しい]

[鹿も今はアメリカの問題で不安定だし、しばらくコラボは無理だろ]

 

『え、アメリカの話? もう終わったことだろ?』

 

[終わってねーよ]

[ここからが本番だから]

[放火するほどバカだとは思ってなかった。社会現象になったら、もっと広がるぞ]

 

『まあ、火をつけたのはヤバい。火をつけたヤツは、ことの重大さを理解してない感じはする。火災現場を見たことないのかね?』

 

[アメリカは広いから、日本と違ってもらい火も少ないんじゃない?]

[犯人は未成年だってよ。やっぱり若さ故かな]

[想像力の欠如って言えばそのとおりだけど、それで終わらないくらいには広がってる]

[アメリカにいる友人から、最近はセントー君絡みの話題をよく見るって聞いた]

 

この事件を知ったとき、私たちも少なからずショックを受けた。

 

家に火を放つ。そんな人として絶対にやっちゃいけない事件が起きたことで、思っていた以上にアメリカが不安定な国だとわかったこと、そんな事件が起きてしまうほどセントー君の人気が高かったことに驚いて、急きょメン限の相談タイムが設けられたほどだ。

 

そのときも結局、まあ外国の話だし、で終わったんだけど。

 

『日本もアメリカも、本人が不在でよくやるよな。他に話題がないのか?』

 

[一番、冷めてるのが当人っていうね]

[男が演じるアニメキャラのYoutuberって考えると新鮮ではある]

[国際問題、男、流行ってる歌、ファンの放火、詐欺横行、グランミー賞受賞歌手の尊敬してる人。どれを取ってもネタになるw]

[対話せんの?]

 

良くも悪くも、ひめちゃんのグランミー賞での発言がきっかけになった気はする。

 

『対話って何を話すんだよ。もう海外は知らん』

 

[頑固なんだからー]

[こいつ、へそを曲げると長いぞ]

[私のことは気にしなくていいって。鹿にSP付けてもらったらから無事だったし]

 

アメリカに乗り込んで、裁判吹っかけまくってた初期勢の弁護士は無事に帰国した。帰国時は鹿がジェット機をチャーターさせて、大量のSPに護衛されながら機上するという、一国の首相並の高待遇でアメリカの地を発った。それも現地では大きく取り沙汰されたらしい。これを知って、鹿が本気で怒ってると騒ぐヤツがいたんだとか。

 

ちなみに当事者の弁護士はと言うと、自分のためのジェット機に乗って、超ご満悦だそうだ。それだけでアメリカに渡った甲斐があったとのこと。

 

『気にしなくていいって言われても、気にするだろ。まあ、犯行予告したヤツが捕まったのは知ってるけどさ』

 

[ナイーブじゃん]

[気遣い助かる]

[明確に潰したいヤツもいないから、また同じようなことがあれば、すぐにロックかけるぞって感じで手打ちにするのがベストじゃない?]

 

『手打ちねえ。でも、どうせ次のバカが生まれるだけなんだろ?』

 

[まあ、そりゃあ……ねえ?]

[そういうことするヤツが生まれる土壌があるってことは、ホトボリが冷めたころにまた出る可能性はある]

[根本的なところを直すって、すっごく時間がかかるんじゃないか?]

 

『ここで、俺がリージョンロック解除しても、また海外で詐欺が始まるんだろ? 堂々巡りじゃん』

 

[否定はしない]

[そして片っ端から裁判ふっかけると]

[どうした? 今日、やけに頭が回るじゃん]

 

『そりゃあ、犯行予告されたら、どうしたらいいか頭くらい回すわ。海外の著作権回りの会社に頼むって言われても、どう考えたって、あいつら利益を取りに行くよな』

 

[著作権を主張するヤツは潰すけど、そいつらの代わりに使用料取ってくだろうね]

[まあ、会社として動くなら、利益を出さないといけないから]

[鹿にも著作権料が入るようになる]

 

鹿は公開している歌の使用料は求めない。むしろ好きに歌って、どんどん歌自体を広めてほしいと思ってる。これは当初から変わらない。

 

『いらねえよ。これ以上、金を儲けてどうするんだよ。結局さ、ロハで俺たちが望んでることをしてくれるヤツらなんて、海外にはいないんだよ。それなのに、俺たちが海外のために骨を折るのってどうなんだ?』

 

歌の使用料は払わなくていいと言っても、こうやって詐欺が起きる。私たちの知らないところで、アメリカ人同士が勝手に裁判が起こして争うことになれば、製作者である鹿も参考人として呼ばれる可能性がある。

 

それを裁判が行われる度に繰り返す。

 

確かにそれは手間だ。

 

[それで撤退するって頑固になってるのね]

[まあ、欲しい対価がないのに、労力使うのは無駄ってのはわかる。特に鹿はそれ以外にもやること多いだろうし]

[海外から、かなり寄付が入ってんだろ? それで現地の弁護士を雇って戦わせれば?]

 

『海外からの寄付はけっこう大きいよ。弁護士を雇っても充分すぎるくらいお釣りが出ると思う。でもさ、俺たちが弁護士を探して、報告受けて、調整してーって手間をかけるんだろ? 犯行予告するような国のファンのために? バカじゃん?』

 

[バカって言うなw]

[ファンを大切にしろw]

[こりゃあ犯行予告がトラウマになってますねw]

 

『当たり前だろ! 身内が海外で殺されるかもしれなかったのに、平然としてるバカがどこにいんだよ!』

 

[残当]

[……ああ、うん、嬉しいよ。それはマジで嬉しい]

[嬉しいけど、落ち着けよ、鹿]

 

こいつが私たちのために怒ってくれるのは嬉しい。こういう言葉を聞く度にファンで良かったって思う。私たちだって、その思いに応えたいと思ってる。

 

でも、それで下手を打つのは、巡り巡って鹿のためにならなくなる。私たちが懸念してるのが、それだ。

 

『とにかく! やっぱり海外は放置! 手打ちにして、なあなあがベストなのはわかった。でも俺が納得できない!』

 

[頑固だなー]

[私たちも腹括るしかないでしょ。こいつがここまで言うんだから。ハシゴ外しは女がやることじゃないって]

[アメリカが動く可能性もあるって聞くし、ちょっと不安……]

[いざとなったら、私たちも総力戦で戦う。それでいいじゃん]

 

私だって、他のみんなに比べればなんの力もない学生だけど、こいつの側にいるくらいはできる。私でもできることはあると思うし、なにかあったら、みんなに報告すれば、きっと良い案も浮かぶはず。

 

『大丈夫だって! いくら男が珍しいからって、国が動くわけ無いだろ。お前らは気にしすぎなんだよ! もうちょっと心に余裕を持とうぜ!』

 

イラッとくる。

 

[あ、でも、この伸びた鼻はへし折ってやりたい]

[助けるにしても、ちょっと後悔させる時間は欲しいね]

[自分がどれだけ恵まれた環境にいるかはわからせたい]

[最悪の場合、アメリカに出頭しろなんてことになる可能性はあるんだからな。まあ、そうなっても日本政府が許さないと思うけど]

 

『上等だよ。もう関わりあう気はないけど、どうしても来いってことになったら、乗り込んでやる』

 

[自棄になんなよ]

[落ち着け。いくらお前が男でも、さすがに相手が大きすぎる。有利な形を作らないと、マジで取り返しの付かないことになる。絶対に先に私たちに相談しろ。マジで言ってるからな]

[ガチの事態になるなら政府と足並み揃える必要が出てくるはず。考えんの面倒くさくなって突撃は絶対にすんなよ!]

 

『そうじゃねーって。たとえ、アメリカに行かなきゃならなくなっても、俺は負けないぞってこと。なにごとも心が大事だろ。あ、そうだ。丁度いい流れだな……』

 

[どうした?]

[流れ?]

 

カチカチとクリック音が聞こえる。何かを探しているようだ。

 

『たとえ大きな相手でも、絶対にくじけてなるものか。そんな気持ちを込めて歌いました』

 

[ん?]

[この流れ、新曲か?]

 

『聞いてください。……恨みはらさでおくべきか』

 

[おお! ……ん?]

[なんかタイトル……不穏じゃね?]

[嫌な予感がするんだけど……]

 

私も嫌な感じがする。この曲名はあまりにも不安だ。

 

『ちなみに、DMCシリーズです』

 

[ちょ、おまっ]

[ふざけんな、またこのシリーズかよ!]

[お前、だからDMCはダメだって言っただろ!]

 

やっぱりコレか。まさかまさかと思っていたが、続きの歌を作っていたのか。そんな頭が痛くなる思いと、みんなの悲鳴がリンクする。

 

まあ、もしかして、万が一、まともな歌の可能性もあるしな。DMCだからって歌も聞かずに否定するのは良くないよな。

 

 

 

……数分後、現在置かれている状況を考慮して、満場一致でこの曲はお蔵入りとなった。




イメージ曲
恨みはらさでおくべきか(デトロイト・メタル・シティ)

満を持して「スラッシュキラー」の登場だと思いましたが、話の流れ的にはこっちかな? と思い、選択しました。あの娘を〇〇〇も軽いノリで笑えますよ。絶対に外じゃ歌えないですけど。


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17.5話(奥沢美咲視点)

たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています。
「中高6年も英語勉強してまともに英会話も出来ない国の奴だから」 不思議な国、日本。
「でも、こんな事されちゃ仕方ないわな……むしろ鹿はよく我慢した方」「これで塩対応するなってする方が無理だろ。」 良かったです。このあたりが伝わらないと説得力が一気になくなるので、一安心してます。
「今更な感想ですが、設定からして色々な感想が来てると思いますけど、その賛否両論具合な内容も凄く面白いです。応援してます!」 ありがとうございます。愛のある言葉にはいつも助けられてます。
「中々なパワーワードをどうもありがとう」 現実で一度で良いから言ってみたいセリフです。ただし、そのあとは周囲から冷たい目で見られるでしょうね。
「この小説に影響されてバンドリのアニメ一期を見てアプリはじめました。」 この言葉が一番嬉しいかもしれません。ぜひアニメ2期をどうぞ。大丈夫です。ロゼリアとパスパレのバンドストーリー1章が耐えられるなら、アニメ2期のギスギスは大したことないです。むしろ、最後のライブがより感動的になります。ぜひ!
「冬場夜勤の心の潤いだわ」 お仕事お疲れ様です。寒い日が続いています。ご自愛ください。


新学期になって、なんだかんだで忙しくなったこともあり、こうして4人そろってお泊り会というのは久しぶりだ。

 

あたしと幹彦、うつ伏せで息も絶え絶えの市ヶ谷さん、今さっき意識を取り戻した花音さんの4人は、布団の上で、体が落ち着いて眠りに落ちるまで、ゆっくりとお喋りしていた。

 

いつもはベッドだが、さすがに4人は狭いので、今日はこうして布団を敷いている。規則正しく横になるっていうより、向きは同じだけど乱雑に寝っ転がるって感じかな。なんか修学旅行を思い出して、少しだけワクワクする。

 

4人で最近あったことを話し合う。

 

幹彦はラーメン作りに興味があるらしい。

 

ラーメンと言えば、醤油味のアッサリとした温かいスープに、可愛いナルトやメンマがちょこんと添えられている食べ物だ。人気があるとは聞かないが、たまに専門店を目にする。

 

でも、幹彦が食べたいのはそういうラーメンじゃなくて、もっとガツンッとしたラーメンらしい。

 

背脂、背ガラ(?)、げんこつ(?)からスープを作って、ナルト、メンマの代わりに、大量のもやし、キャベツを乗っけて、刻みニンニクを添え、最後に上から背脂を崩したものをかけて出来上がり、だとか。

 

もう意味がわからない。背脂はわかる。でも、背ガラとかげんこつってなに? そもそも背脂だって売ってるところ見たことないよ。

 

はぐみの家に特別に卸してもらったって言ってたけど、それってつまり、普通は置いてないってことじゃん。

 

もやしとキャベツはわかる。でもニンニク入れんの? それも大量に? あんた、食べるなとは言わないけど、それ食べた日と次の日は近寄らないでね。

 

だいたい背脂をかけるってなんなの? オリーブオイルをサラッとかけるのとは違うんでしょ?

 

……脂の塊を乗せて、そのまま食べたり、スープに溶いたりして楽しむ? それ、絶対に味がわかってないでしょ。

 

もう、こいつの趣味は本当に理解できない。でも、こんな楽しそうな顔で語るんだから、それだけ好きなものなんだろう。彼女として、上手くいくことを願ってる。さすがに一緒に食べることはできないけどね。

 

花音さんはいつもどおりらしい。ハロハピの活動はあたしと幹彦と一緒だし、ファーストフードでのアルバイトも順調らしい。なんでも、少し前に上原さんと宇田川さんが入ったから、知り合いが増えて嬉しいとのことだ。予定のない放課後や休日は、幹彦と一緒に喫茶店巡りをしてる。これもいつもどおりだ。

 

少し変わったところと言えば、今度の文化祭で、花音さん、リサさん、彩先輩、青葉さんと羽沢さんの5人でバンドを組むことになったんだとか。

 

羽女の生徒会長になった日菜さんに誘われたらしい。

 

なぜ、ここで羽女が出てくるのかというと、実は今度の花女の文化祭が、羽女との合同文化祭になったのだ。

 

きっかけは日菜さん。なんでも突然、花女にやってきて、花女の生徒会長の燐子先輩に共同開催を持ちかけたらしい。姉妹である紗夜先輩すら初耳だったらしく、関係者一同、寝耳に水だったとか。

 

そして、そんな急な提案がなぜか通った。羽女の文化祭って秋じゃなかったっけ? まあ、みんな楽しそうだから、これでいいんだろう。これは深く突っ込んではいけないことだ。ハロハピで培ったあたしの勘がそう言ってる。

 

そんなわけで花音さんは、文化祭に向けて、急きょ結成されたバンドで忙しいらしい。

 

花音さん曰く、突然の誘いだったけど、何か挑戦したいと思っていたので、ちょうどよかった、とのことだ。本番は必ず応援に行くと伝えた。

 

うつ伏せの市ヶ谷さんは呼吸も整ってきてるのに、体勢を変える様子がない。疲れて寝てるのかなと思ったら、しっかり起きてた。

 

胸の大きい人は、うつ伏せだと胸が圧迫されて苦しいって聞いたことがある。仰向けになったら? と市ヶ谷さんに聞いてみた。

 

仰向けになると、また襲い掛かってくるヤツがいるから嫌だ、とのこと。

 

うん、そう。あんたのことだから。反省しなよ。

 

今日はもう無理矢理、襲いかかったりしない、という幹彦の言葉に、疑いの視線を向けながらも市ヶ谷さんは体勢を変えた。やっぱり苦しかったみたいだ。

 

その間、幹彦の視線は当然、市ヶ谷さんの胸に。

 

市ヶ谷さんも、まんざらでもなさそうな顔をしてる。正直、どっちもどっちだと思った。

 

市ヶ谷さんは、新しい学年になって、4人の中で最も生活環境が変わった人だ。

 

なんと、生徒会に入ったのだ。役職は書記だけど、人数が少ない生徒会では庶務の仕事も手伝ってるらしい。ただでさえ忙しい文化祭の調整が、今年は合同になったので、夜まで会議をしていることもあるのだとか。

 

そして、前にGalaxyというライブハウスで演奏したポピパが、その場で主催ライブ開催を宣言した。

 

なんでも戸山さんがロゼリアに影響されて決めたらしいけど、市ヶ谷さんたちメンバーもノリ気で、その準備も平行して行っているらしい。

 

主催ライブでは新曲も発表するみたい。ポピパメンバーは文化祭と主催ライブの準備で忙しすぎて、バンド練習も思うように時間が取れないほどらしい。

 

そんな状況なので、今日のお泊り会だって、幹彦が気を使って、自分の家で休んでもいいんだぞって言ったらしい。でも市ヶ谷さんは、仲間外れにすんな! って言って、参加することになったようだ。

 

本当に可愛い人である。

 

まあ、なかなか会えないから、こういう機会を逃したくない気持ちもわかる。

 

幹彦もきっと同じ気持ちだ。この時間だって、いつもなら3人が疲れきって、こんな風に喋ることができなくなるのに、今日はまだ余裕がある。

 

貪り合うのもいいけど、今日はお喋りしたい。そういうことなのだろう。まだ物足りなさそうだけど……。

 

やっぱり、こいつの体力はすごい。

 

こういうピロートークっていうのは、いつも話してるときと違って、取り繕うところがない、ゆるりとした会話が楽しめる。

 

あたしも好きなんだけど、いつもは幹彦の体力に圧倒されるから、なかなか楽しめない。それは花音さんと市ヶ谷さんも同じのようだ。

 

これからも、こういう時間があるといいなって思う。

 

そうなれば話題はやはり、気になる子はいないのか、という話だ。

 

まあ、気になる子と言っても、前から幹彦が気になってる子はわかってるし、その子たちと関係が進まなくて苦労してることもわかってる。

 

だから、他に増援はいないのかってことになる。

 

「実は、リサさんに断られた」

 

正月の新年会のときの話を伝えた。

 

「……美咲ちゃん、リサちゃんにも声をかけたんだね」

 

いつの間に、といった感じで驚く花音さん。

 

「マジか。最有力候補が消えたぞ……。他に誰かいるか?」

 

あたしと同様に、最も期待していた人の不参戦にショックを隠せない市ヶ谷さん。

 

「俺は別にこれ以上、増やす必要はないと思うけどな」

 

逆にのんびりと構えている幹彦。

 

「あんたはいいかもしれないけど、あたし達はキツイんだって」

 

ジトッと睨むと、幹彦はごめんごめんと謝り、でも、と続けた。

 

「こころだって高校卒業するころには来てくれるし、美咲の話によると、リサ先輩だって、そのフェスに出れたら来てくれるかもしれないんだろ。そしたら、もう5人だよ」

 

「……薫さんとはぐみちゃんを入れれば7人だね」

 

幹彦の手と自分の手を絡めてニギニギしてる花音さんが言った。

 

「俺は女の子だったら誰彼構わず付き合いたいわけじゃない。花音、美咲、有咲だから付き合いたいと思ったんだ。そんな無理して新しい子を増やす必要ないって」

 

それはわかってる。

 

幹彦が外見だけじゃなくて、ちゃんと中身を見て付き合う子を選んでるのは理解している。

 

「でも、お前、しょっちゅう他の子見てんじゃん」

 

同感だ。市ヶ谷さんと一緒に幹彦を睨みつける。花音さんは幹彦の手で楽しそうに遊んでる。

 

「それは男の本能だって。ついつい女の子を見ることがあっても、いきなり飛びかかったりしてないだろ?」

 

当たり前だ。さすがにそれをやったら、いくら男でも刑務所行きは免れない。

 

「そうだよ、美咲ちゃん、有咲ちゃん。幹彦くんはおサルさんだけど、自制ができるおサルさんだよ。最低限の人数は集まったし、無理に増やさなくても大丈夫じゃないかな?」

 

「花音さん……あたし、花音さんが意識を飛ばしながら奉仕してるって知ってから、一番、花音さんがマズい状況なんじゃないかって思ってるですけど……」

 

あの話を聞いたときは本当に体調が問題ないか心配した。

 

「あ、あはは……大丈夫だよ。次の日はいつも調子がいいんだ。私は普段、あまり運動とかしないから、軽い運動みたいでちょうどいいのかな?」

 

軽い運動……? アレが?

 

「いやいやいや、意識飛ばすって全然軽くないですから! 私なんて花音先輩と違って、次の日は疲れが残りますよ!」

 

「あたしも市ヶ谷さんと同じ。次の日は何もできないって程じゃないけど、しんどさが残るよね」

 

「俺は花音と同じで好調だな」

 

「ふふ、おそろい……だね?」

 

「だな」

 

2人は手を絡めたまま、見つめ合って、顔を近づける。

 

「……これはアレか。花音先輩が幹彦の生気を吸い取ってる説が現実味を帯びてきたのか?」

 

「でも、幹彦も好調だって言ってるよ?」

 

「そこはほら、こいつ元から体力が無尽蔵だから、吸い取られた生気よりも回復する量が多いんだろ。欲求不満が解消されるから、むしろ体が軽くなるとか」

 

「それだ!」

 

市ヶ谷さん、天才なのでは?

 

「いや、それだ、じゃないが」

 

「ふふ、でも、幹彦くんと一緒にいると元気になるのは本当だよ?」

 

「マジか。花音、愛してる」

 

「うん、私も愛してる」

 

私たちを他所に、お互いの顔をついばみ合う2人。

 

もはや、そこだけ2人の世界になった。

 

「2人とも私らがいるのを忘れてねーよな?」

 

「そうだよ。2人があたし達を無視してイチャイチャし始めるから、ほら、市ヶ谷さんが寂しくなって、胸を強調する姿勢に変えてきたじゃん」

 

さっきまで警戒してたのに、今は幹彦の方に体を向けて両腕で胸を挟みこんでる。心なしか、挟む腕の力を強めてる気もする。

 

「ち、ちげーから! そーいうんじゃねーから!」

 

「有咲、お前ってヤツはなんて、いじらしいんだ」

 

花音さんの肩をそっと掴んで、優しく体を離した幹彦が、あたしを乗り越えて市ヶ谷さんの方へ近づく。

 

「やめ、おま、だから胸を揉むな! 今日は襲わないって言っただろ!」

 

「そうだった……」

 

すごく残念そうな顔をして、元の場所へ帰っていった。

 

「残念だったね、幹彦くん。はい、代わりになるといいんだけど……」

 

そういって花音さんが、幹彦の手を自分の胸へと誘導する。

 

幹彦はそれに逆らうことなく、すっかり定位置となった場所に手が収まる。

 

満足気な顔になって、花音さんとイチャつき始めた。

 

「まーたイチャつき始めたな、この2人」

 

「外じゃあ、こんなことできないからね。花音さんのタガが外れるのは今に始まったことじゃないよ」

 

外でもイチャイチャしてるけど、こんな露骨な真似はできない。花音さんは端から見れば貞淑な彼女だ。

 

ちょいちょい本性が見え隠れするけど。

 

「まあ、そうだけどさ。なんか釈然としない」

 

「市ヶ谷さんも素直にならないと。あたし達の前ならもう大丈夫でしょ?」

 

「そうだけどさ……やっぱ、ちょっと恥ずいじゃん? 奥沢さんはすげーよ。ちょいちょい尻を揉まれてるのに、いつも平然としてるし」

 

確かに花音さんとイチャつきながら、すきあらば、あたしのお尻やら胸やらを弄ってくるけど、外では触らせてないから、こういうときくらいは好きにさせてやろうって思っただけだよ。反応すると矛先がこっちに向くから、受け流す方が楽だよ。あー触ってるなー、くらいがベスト。

 

そんなことを思いながら市ヶ谷さんを見ると、ちょっとだけ拗ねたような顔で、口を尖らせていた。すっごく可愛い。

 

「うん。その顔は止めた方がいいかも。幹彦の抑えが効かなくなるよ」

 

「え、マジ? やべっ」

 

慌てて、幹彦の様子を確認する市ヶ谷さん。

 

「大丈夫。そんなことになるだろうと思って、見ないようにしてた」

 

花音さんを見ていた幹彦が、向きを変えずにそう言った。

 

市ヶ谷さんの行動は読んでいたようだ。

 

「さすが市ヶ谷さん」

 

「さすがってなに!? なんで私!?」

 

「今日は襲わないって本気だったんだね」

 

花音さん、それだと疑ってたように聞こえますよ。

 

「まあな。4人で集まるのも久々だし、有咲と会うのも久々だからな。いろいろ話をしたかったし。……本当にさ、お前たちがいてくれるから、俺は満足してるんだって。俺の性欲が少しだけ強いことはわかってるから、その対策としてお前たちが他の子を探してくれる気持ちはわかるし、嬉しいとも思う。でも、俺はこの時間がすごく嬉しくて、幸せな時間だって思ってる。それだけは覚えといてほしい」

 

少しだけってレベルじゃないけどね。

 

「格好良い……」

 

あ、市ヶ谷さんが完全に恋する女の目をしてる。

 

「私も幹彦くんがいてくれるから、いろんなことが楽しく思えるし、満足してるんだよ。私が感謝してること、覚えておいてね」

 

花音さんが、自分の胸にある幹彦の手を、ぎゅっと抱きしめた。

 

「まあ、手出しを推奨されるなら、手を出さないわけにはいかないけどな!」

 

花音さんの行動に嬉しそうな顔をした後、幹彦はおちゃらけて、そんなことを言った。

 

あたし達だって、少し急ぎすぎてたところがあるのかもしれない。

 

あたし達がこんなに急がなくったって、幹彦はきっと良い子を見つけてくるはず。

 

たしかに夜の生活はちょっとキツイけど、なんとかなってるし、幹彦はあたしたちを大切にしてくれる。

 

そりゃあ、しょっちゅう暴走して、被害に遭うこともあるけど(主に市ヶ谷さんが)、あたしたちが本当に嫌なことはしない。

 

幹彦は他の男とは違う。あたしたちのことが好きで、あたしたちだって幹彦のことが好きなんだ。……あたしだって、きっと、そうだ。

 

だから、ゆっくり話していこう。お互いに無理のないところを探って、リサさんたちの増援が来るまで、のんびりと構えていよう。

 

人が増えたら、こうして一緒にのんびりできる時間はやっぱり減ってしまうと思う。あたしも花音さんも寂しいし、これ以上、幹彦と会えなくなった市ヶ谷さんが、寂しさのあまり、一体どんなプレイを初めてしまうか心配だ。

 

それなら今を楽しむのが一番じゃないかって、そう思った。

 

意外と律儀な面が見えて、少しだけ見直した。やっぱり、あたしの彼氏は最高だなって思った。

 

 

 

数日後、幹彦が戸山さんに手を出したと報告してくるまでは。




手を出す相手は、決して思い付きで選んでるわけではありません。本当です。嘘じゃないです。


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17.6話(戸山香澄視点)

花女と羽女の文化祭まで、あと少し。そして、私たちポピパの初の主催ライブまで1カ月を切った。

 

ポピパのメンバーはみんな、新しい仕事や文化祭の準備、他のバンドのヘルプなどで大忙し。最近はみんなで集まれる時間も減っている。

 

私のクラスの出し物はプラネタリウム。やることはあるけど、そこまで大変じゃないから、有咲の生徒会の仕事を手伝ったりしてるんだけど、今日は会議だから手伝えない。

 

それならば、新曲作りを頑張ろうと思った。学校帰りに喫茶店に寄って、一人でうんうん悩んでたけど、結局なんのアイデアも出てこない。気分転換にお散歩しながら、家に帰ろうと歩いていた。

 

そのとき、通りかかった公園のベンチに、なにやら見覚えのある大きな人影があることに気づいた。

 

幹彦くんだ。

 

幹彦くんはベンチに座って目を閉じて、イヤホンから出る音に集中している。腕を組んで、指で小さくリズムをとっている。

 

なんだか目が離せない。そのまま幹彦くんの様子を眺める。

 

しばらく経って、幹彦くんの指が止まった。曲が終わったのかな?

 

幹彦くんが目を開く。

 

なんとも言えない目だ。良くもないけど悪くもない。そんな感じの目。

 

そして、何かに気づいたように、ふとこっちを見た。

 

目を開いた幹彦くんと目が合った。

 

 

 

幹彦くんは私の存在に驚いたけど、すぐに笑顔になって、隣に座らないかと誘ってくれた。私は2つ返事で誘いに乗って、幹彦くんのすぐ隣に腰をかけた。

 

なんだか男の人と2人でベンチに座るってドキドキするね!

 

2人の間を遮るものがないから、幹彦くんの体の大きさがよくわかる。

 

そういえば、有咲が幹彦くんのことを、すごく頼りになることもあるって言ってたけど、なんだかわかる気がする。

 

どっしりとベンチに腰をかける幹彦くんを見ると、なんだか安心する。

 

少しだけ元気が出てきた。

 

幹彦くんとの話題は最近のこと。ちょうど今日はポピパの練習がないってことを話してるうちに、今、私が作曲で悩んでいる話になった。

 

「なるほどね。香澄ちゃんは新曲作りで行き詰まってるんだ」

 

「うん。みんなから、いろいろヒントを貰ったんだけど、どうしても思いつかなくて……。幹彦くんは作曲するときってどうしてるの?」

 

幹彦くんはネットで有名なセントー君だ。セントー君は数多くの名曲を発表している男性歌手で、世界で一番有名な日本人、なんて言われてる。

 

私もセントー君の曲は大好きなものばかりだ。

 

そんなすごい人に話を聞ける大チャンス。

 

そう考えて、思い切って聞いてみたのだ。

 

「俺? 俺は……曲のイメージが降りてくるかな?」

 

「曲のイメージ? それってどういう時に降りてくるの?」

 

「うーん、別に意識してないかな。ああ、そういえば! って感じ。なんか音楽をやってるときもあるけど、一番は考えごとをしてるときに思いつくかな」

 

「考えるか……蘭ちゃんと友希那先輩と同じ感じなんだね」

 

モカちゃんとリサさん曰く、蘭ちゃんはムムムってなりながら作曲して、友希那先輩は夜中にベッドに仰向けになって祈ってるらしい。

 

「その2人とはちょっと違う気もするけど……まあ、いいや」

 

「考えごとかー、私、考えるのって苦手なんだよね。動いてる方が好きなんだ」

 

考えごとしてると、頭がごちゃごちゃしてくる。それよりかは、バーって動いて、やってみるのが好き。

 

「俺も香澄ちゃんにはそういう印象があるよ。……でも、そうだな。1曲だけは違うかな。あれは他とは違った」

 

「へー、どんな感じだったの?」

 

「アレはとにかく作りたいって思った。形は決まってないんだけど、こういうイメージを伝えたいってのがあった。とにかく、すぐにでも作り始めたい。そんな感じだったかな」

 

「とにかく作り始めたい……」

 

やりたいって気持ちのことかな。だったら、私がライブがやりたいって気持ちと同じ?

 

「そう。これまで自分が好きだったフレーズが頭の中をごちゃごちゃ駆け回っていて、どういう形にすればいいか定まってなかったんだけど、すぐにでもペンを取りたくなった」

 

なんとなく、どんな状況かは想像できる。でも、フレーズが決まらないのにペンを取っても、何も書けない気がするよ……。

 

「そうなんだ……ちなみに、なんて曲?」

 

「それは……秘密だな」

 

「えー!」

 

「これは一応、秘密の歌になってるから言えないんだ。ごめんな。でも、他の歌に負けないくらい、良い歌だって思ってるよ」

 

彼がセントー君ってことは、一応、他の人には言っちゃダメってことになってる。コレもそのうちの一つなのかな?

 

たぶん、有咲が言ってた、ネットリテラシーとかに関することだから、深く聞いちゃダメなんだと思う。残念だけど、いつかその歌も聞いてみたいな。

 

「そっか」

 

「香澄ちゃんはどっちだろうね。考えるのに慣れて作曲できるようになるのか、俺みたいに作りたいって衝動に駆られて作曲するのか」

 

「考えるのは、ちょっと……」

 

「意外とできるかもよ。まだやったことないから難しいって思ってるだけで、コツを掴むと意外と簡単だったことってあるだろ? 香澄ちゃんも1年前に比べてギターが上手くなってるように、少しずつ慣れていくうちに、すっごい曲を作れるようになるんじゃないかな?」

 

確かにそうだ。去年、有咲の家でランダムスターを見つけた。そのときは弾きたいって思っても、全然、上手く弾けなかった。頑張って練習して、少しずつ上手くなって、なんとかSPACEのライブに出ることができた。今では、あのころより絶対に上手くなってると思う。

 

だったら、作りたいって気持ちがあれば、苦手な考えることだって、なんとかなるのかな?

 

「……そう思う?」

 

「思う。俺たちは学生だよ。自分で自分の可能性を否定することなんてないって。きっと、なんだってできるようになるし、なんだってなれるさ」

 

「なんだってできるし、なんだってなれる……幹彦くん、良いこと言うねー」

 

ダメだって決めつけちゃうのは良くないよね。

 

……うん。私はきっとできる。作曲することだってできるはず。

 

「はは。照れるな。香澄ちゃんが可愛いから、つい格好つけたくなるんだよ」

 

彼は嬉しそうに言った。

 

「えー、でも私、有咲みたいに可愛くないよ? おたえみたいな美少女でもないし」

 

可愛いって言ってくれて嬉しいけど、それがお世辞だってことは私にもわかる。

 

「は? え、香澄ちゃん、マジで言ってる?」

 

「え、う、うん」

 

幹彦くんが笑顔から真顔になる。

 

なにか、おかしいこと言っちゃったかな?

 

私は漫画やドラマに出てくる主人公みたいな性格はしてない。やりたいことがあると我慢できなくなって動き始めちゃうし、周りの人をたくさん巻き込んじゃうし、失敗することもある。良く言っても、漫画に出てくる賑やかな脇役だ。ポピパだと沙綾が主人公っぽい感じかな?

 

容姿だって、おたえには全く敵わない。胸も大きい方だから、服だってバッチリ着こなせてる自信はない。

 

沙綾がスタイルは服で誤魔化せるって言うけど、私が好きな可愛い服って、どれも体のラインが出ちゃうんだよ……。

 

私も好きな服を着たい。だから、服を着こなすことはちょっと諦めてる。

 

でも、幹彦くんは胸が大きい人が好きだから良いのかな?

 

いや、有咲や花音先輩ほど大きくないと思うし……。

 

うーん……やっぱり考え事は合わないよー!

 

「マジで言ってるなら、マジで否定するよ。香澄ちゃんは可愛いから」

 

「……ほんと?」

 

幹彦くんは、前から私のことを可愛いって言ってくれる。

 

それは嬉しいけど、彼の周りにはもっと可愛い子がたくさんいるから、嬉しいって気持ちも長続きしない。今だって、ちょっと疑っちゃう。こんなこと考えちゃダメなんだけどね。

 

「本当。俺を信じて。すっごい笑顔が似合う可愛い子だって思ってる。ライブとかのシャレた格好も好きだけど、ラフな格好も似合って良いと思うよ」

 

「ほんと!?」

 

この褒められ方は初めてだ。いつも自分が好きな服を着てたから、そう言ってもらえるのは、すっごく嬉しい!

 

「ほんとほんと。この前会ったときの黄色いストライプのシャツに紺色のワンピース姿はすっごい似合ってたし、焼き芋パーティーのときのパーカーにミニスカート姿はドキドキを抑えるので必死だったよ。油断したら偶然を装って抱きしめてたかも知れない」

 

すごい。よく覚えてくれてる!

 

焼き芋パーティーなんて、もう半年くらい前の話だよ。

 

なんかちょっとエッチな発言も飛び出た気がするけど、それだけ印象に残ってたなら、本当に似合ってたのかな。

 

でも、焼き芋パーティーと言えば、幹彦くんが沙綾の方を見て、有咲に怒られてたのを覚えてる。

 

「でも幹彦くん、あの時、沙綾ばっかり見てなかった?」

 

沙綾はお店の手伝いをしてるから、男性の視線にも慣れてる。平然とスルーしてた。

 

「香澄ちゃん見てたら、ちょっとマズいことになりそうだなって思って……」

 

うん。その、すっごく恥ずかしい……。

 

「そ、そうなんだ。……有咲に怒られるよ?」

 

「だから見れなかったんだよ。……とにかく、むしろなんで自信がないのか理解できない。俺からすると、香澄ちゃん嫉妬される側だと思うのに」

 

「だってほら、自分で言うのもアレだけど、私って賑やかな子でしょ?」

 

「うん」

 

「……」

 

「え、それだけ!?」

 

驚いた顔の幹彦くん。

 

「ええー、だって騒がしいんだよ? 千聖先輩みたいな大人な雰囲気はないし、イヴちゃんみたいにビシっと決まった格好もできないし、おたえみたいに不思議な魅力もないし……」

 

千聖先輩は1年しか違わないのに大人っぽい。さすが芸能人って言うのかな。雰囲気がほかの人とは明らかに違う。イヴちゃんも私と同じで、賑やかな子だと思う。でも、イヴちゃんが格好を付けようとスイッチを入れると、雰囲気がガラッと変わる。さっきまでは同じ学年の楽しいお友達って感じだったのに、一瞬で千聖先輩みたいな高嶺の花みたいなオーラを感じる。そして、また切り替えると、いつもの元気なイヴちゃんに戻ってる。やっぱり芸能人ってすごいなって思う。

 

おたえはもう、反則って感じ。あのサラサラな黒髪に、抜群のスタイル。綺麗でも可愛いでもいける顔立ちをしていて、微笑むだけで、思わず見惚れちゃう。

 

他にも沙綾もすごい。私と同じくらい胸が大きいけど、服の着こなし方が上手い。女の子らしい性格で、明るくて優しい。みんなの人気者だ。両親の仕事も手伝っている健気なところもある。

 

「ああ、比較対象が大きかったのか……。でも、香澄ちゃんは可愛いから。他の子も可愛いけど、香澄ちゃんも可愛い。これは間違いない」

 

「う、うん。ありがと……」

 

幹彦くんは力説する。

 

顔が熱くなる。

 

思わず目を逸らしてしまった。

 

「そもそも……」

 

話を続ける幹彦くん。私も視線を戻す。

 

幹彦くんと目がバッチリと合って。彼はジッと私の目を見つめてる。

 

「初めて出会って、ポピパの曲を聞いたときから、俺はずっと香澄ちゃんのファンだよ」

 

「……!」

 

「歌はもちろん好きだ。でも、それだけじゃない。香澄ちゃんの可愛らしい顔だって、明るい笑顔だって、人を楽しくさせる声だって好きだ。そうでなかったらファンにならないだろ?」

 

「う、うん……」

 

初めてあったとき、ガルパの打ち合わせでCircleで出会ったときのことだ。あのときは有咲と幹彦くんって印象が強かったけど、確かにポピパの歌がすっごい良かったって声をかけてもらった。

 

そっか……。あのときから、ずっとファンでいてくれたんだ……。

 

「だからそんな悲しいこと言うなよ。うるさいヤツらが騒がないように謙遜するのはいいけど、自分のことを可愛くないなんて思い込むのは絶対ダメだ。香澄ちゃんは可愛い。他の誰がなんて言おうと、俺が保証する。もし、周りから冷たい言葉をかけられたら、いつでも俺に連絡してよ。俺はいつだって香澄ちゃんのこと、可愛いって言うから」

 

彼が本気だってことは、その顔を見れば充分、伝わってくる。

 

本当に私のことを可愛いって言ってくれてる。

 

「……あの……ありがと……」

 

「どういたしまして。っていうのもなんか変だけど」

 

恥ずかしすぎて、顔だけじゃなくて体まで熱くなってきた。なんだか居ても立ってもいられない。

 

「な、なんだか暑くなって来たね! もうすぐ夏だからかな?」

 

制服の胸元をつまんで、パタパタと風を送る。一向に熱は引かない。

 

「まだ夏には早いと思うけど、喉は乾いてきたな」

 

「そうだよね。どこかで一休みする? まだまだ聞きたいことがたくさんあるんだー!」

 

少し歩くけど、駅前にカフェがある。ちょっと帰りが遅くなるけど、あっちゃんとお母さんに連絡を入れれば大丈夫だと思う。

 

「うーん、それなら俺の家に来る? ここから近いよ」

 

「幹彦くんの家!? ……それってどうなんだろ?」

 

幸い、この後の予定はない。

 

文化祭もだけど、主催ライブまで1カ月を切ってるから、たくさんみんなで練習したいと思ってるけど、みんな忙しい。有咲は生徒会のお仕事、りみりんはクラスの出し物の準備、沙綾は家の手伝いをしなくちゃいけない日で、おたえは他のバンドのサポートギターで今日は集まれない。

 

今日は練習ができないので、新曲作りを頑張ろうと思っていた。

 

だから、幹彦くんのお誘いは、願ってもないことだ。

 

でも、男の人、それも友だちの彼氏の家にお邪魔するのも気が引ける。

 

「心配しなくても変なことしないって。本当にここから近いし、俺んちだったら金に物を言わせて手に入れた高いお菓子があるから、つまみにはちょうど良いかな? って思ったんだよ。香澄ちゃん、お菓子は好き?」

 

「もちろん、好きだよ! ……実は、有咲に幹彦くんの家のお菓子はやたら高くて美味しいものがあるって言われて、少し興味あったんだー」

 

いつもの和菓子もいいけど、高いものもやっぱり美味い。そんなことを言ってた。

 

「ならちょうど良い。いやあ、有名な店に行くと、ついつい大量に買い込んじゃうんだよね。花音と喫茶店巡りをすると、ついでに立ち寄った店で買い足すから、一向に減らなくて困ってるんだよ」

 

「そうなんだ。私だったら、あっちゃんと一緒にパクパク食べちゃうけどなー」

 

「そうそう。みんなで食べるなら良いんだけど、俺は一人っ子だからな。一人で食べるのは味気ないんだよ。お菓子はみんなで美味い美味い言いながら、会話に華を添える程度が一番だよ」

 

「わかる! みんなで食べると、いつものお菓子でもずっと美味しくなるよね!」

 

「そういうこと。……それに家には家政婦もいるし、花音も今日は家にくるはずだから安心だよ」

 

「そうなんだ……じゃあ良いのかな?」

 

有咲じゃないけど、花音先輩が来るなら、変な誤解もされないよね?

 

「そうそう。気楽な気分で良いんだよ。美味しいものを食べられる場所が、たまたま俺の家だった。その程度でいいさ」

 

スッと立ち上がった幹彦くん。ベンチに座る私に、幹彦くんが手を差し伸べた。

 

「……それじゃあお嬢さん、よろしければエスコートさせてください」

 

まるでドラマのワンシーンみたいだ。王子様に手を差し伸べられるお姫様みたい。

 

「え、あ、はい! よろしくお願いします?」

 

こういうとき、どんな言葉を返せばいいかわからない。

 

なんとなく、それっぽい言葉を返しながら手を取った。

 

私が立ち上がる動作に合わせて、彼はフワッと立たせてくれた。

 

すごい。なんだか体が羽みたい。

 

「はは。じゃあ、行こうか?」

 

手から温もりが伝わってくる。恥ずかしいけど、彼のおどけた動きを見てると、自然と楽しい気分になってくる。さすがハロハピだなって思う。

 

「うん!」

 

有咲は、幹彦くんに誘われたら気をつけろって言ってた。

 

でも、彼から悪意なんて感じられない。私が作曲で悩んでいることを心から心配してくれて、なんとか力になろうとしてるのがわかる。

 

本当に優しい人だって思った。有咲、こころん、美咲ちゃんや花音先輩が惹かれるのが良くわかる。

 

幹彦くんがこうやって優しく親身に接してくれると、本当に嬉しいんだ。気を使わせて悪いなって気はしない。彼自身が心から楽しんでるって感じられて、私も素直に楽しめる。もし本当に、私と一緒だから楽しいっていうのもあるなら、すごく嬉しいし……。

 

私はおたえみたいな誰もが羨む美少女じゃないし、有咲みたいに可愛くて、幹彦くん好みの巨乳ってわけでもない。

 

だからきっと、こんな風に優しくされてるのだって勘違いなのかもしれないけど、嬉しいから、それもいいかなって思う。

 

だって、彼は酷いことをする人じゃないから。これが勘違いでも、きっと優しく終わらせてくれると思うから。

 

だから、ちょっと家にお邪魔するくらい、大丈夫だよね。

 

「あれ、花音、今日は来れないんだっけ? でもアルバイトは明日だって言ってたよな……。まあ、美咲は来るだろ。いや、今日は妹の面倒を見ないといけないんだっけ?」

 

たくさん作曲のことを相談に乗ってもらって、きっと良い曲を作ろう。

 

どんな風に作るかは、まだおぼろげだけど、私ならきっと大丈夫。そう思うことが大事なんだ。

 

たくさん可愛いって言ってもらえたし、お菓子も楽しみだし、今日は本当に運が良い!

 

みんな忙しいけど、文化祭だって主催ライブだって、きっと成功させる!

 

そんな気分で胸が一杯だった。




出典
香澄 黄色いストライプのシャツに紺色のワンピース姿:電撃G’sマガジン 2018年4月号 イラストストーリー
香澄 パーカーにミニスカート姿:電撃G’sマガジン 2017年12月号 イラストストーリー


マジで可愛い原作主人公。作者はアンケートの好きなキャラ3人に必ず香澄を入れてます。これは本当です。


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17.7話

またも原作キャラ不足により本編になれなかった作品です。
有咲視点はありません。


最近、ラーメン作りにハマってる。

 

と言っても、インスタントラーメンにチキン足したり、具を追加したりなんてのじゃない。スープから作ってる。

 

だって仕方ないんだ。今世ではラーメンはあまり人気がないし、店を見つけたって、あっさり醤油か塩しかない。具だって小さいのが器の端にちょこんと載ってるだけ。ニンニクなんて当然、効いてない。

 

ラーメンっていうか、フォーなんだよ。もちろんニンニクなしの、チキン少なめのね。

 

これにいくら具を載せたところで、さっぱりした味から変化は少ない。

 

なら作るしかない。そういうことだ。

 

ラーメンの作り方は前世のYouTubeで見たことがあるので、何となく覚えてる。

 

出汁に必要な背ガラやげんこつは、はぐみの家に頼んで取り寄せてもらった。

 

けっこうびっくりされた。そんな部位は、普通は砕いて家畜の餌にされるらしいから、一体何に使うの? って聞かれた。

 

ラーメンだよって答えたら、意味がわからなそうに首をかしげられた。はぐみは今日も可愛い。

 

材料が揃えば、次は場所だ。

 

最初は家でやろうかなって思ったけど、意外とキッチンが狭い。まあ、肉も魚もあまり扱わないなら、そこまで大きなキッチンである必要もないしね。

 

うちは俺のリクエストで肉や魚を多く使ってるけど、キッチンが出来たのはその前の話だ。

 

だから他の家より広いらしいけど、いろんな材料を広げて試行錯誤できるほどのスペースはない。

 

できなくはないけど、やっぱり広い方がやりやすいだろう。うちで作るってのは、他にどうしようもない場合にしたい。

 

では、どこかいい場所があるのか。それが見つかったんだよ。

 

場所は都内のラーメン屋。店の名前は銀河。

 

メン限動画で、いい場所ない? って聞いたら、仕込みをしてる時間帯なら、うちの厨房の一角を貸してやるよと言われて、ホイホイ借りに行ったわけ。

 

そう。このラーメン屋、大将が初期勢だったのだ。

 

 

 

もう何度目になるだろうか。ラーメン銀河というラーメン屋の厨房を借りて、俺が覚えてるラーメンを作らせてもらっている。

 

「あたしの知り合いの子どもで、すっごく良い子がいるんだよ。昔、あたしがバンドをやってたときのメンバーの子でね。小さい頃から、よくうちのラーメン屋を手伝ってくれてたんだよ」

 

「へー」

 

この女性が大将。赤い髪のスレンダー(笑)な女性で、30代~40代くらい。すごくサバサバしてる性格で、こうやってお互いに、それぞれの準備をしてるときに、気軽に話しかけてくれる。

 

いつもの動画の延長みたいな感じだし、俺もそんな時間が嫌いじゃない。

 

「料理が上手くて、顔も良い、胸もギリギリあんたの基準に届いてるはずさ」

 

「続けて、どうぞ」

 

大繁盛してる、という程ではないが、ラーメン屋としては成功してる部類に入るらしい。本人もラーメンが大好きで、俺だから場所を貸してくれるってところもあるけど、新作の味が気になってる部分も大いにあるようだ。

 

「ドラムがすっごく上手い子でさ、スタジオミュージシャンやってるんだよ。音楽が大好きな子だから、あんたとも話が合うんじゃないか?」

 

「ふんふん」

 

初めこそ、背ガラやげんこつなど、大きなダンボール持参で現れた俺に驚いていたが、下手なりに形になっていくラーメンを見て、今では、2人で出来上がったラーメンの品評を行っている。

 

「しかも、恋愛マンガを愛読するくらいだから、男にだって興味を持ってるはずだよ」

 

「え、いや、ダメだろ。自分で言うのも何だけど、俺、女子が好きな男キャラとは正反対に位置してると思うぞ」

 

「……そうだったね」

 

なんだ、その反応は。表情に影が差してるぞ。ここは明るく笑い飛ばすところだろ。

 

「別にフォローしてくれても良かったんだけど?」

 

「いや、だってあんた、羽女に行ったときにガチで女子に悲鳴あげられたんだろ?」

 

「……嫌な事件だったね」

 

去年の秋だったか。あんなにガチで怖がられたのは初めてだった。

 

その後も男に絡まれることがあって、俺の体格にビビった男を守ろうとする健気な女の子がいたけど、死を覚悟した親のような顔をしてた。まあ、それも慣れっこだから悲しくなかったけどね。

 

本当だ。その後、有咲に慰められたりなんてしてないさ。

 

「あたしは羽女の子に同情するけどね。男に夢見る可愛い学生が、いきなりゴツい化物に遭遇して、これが本当の男だ、なんて言われたら、信じられなくて泣き出すって」

 

「俺が泣いてもいいくらいの言いっぷりだな」

 

「あんたがそんな軟弱かよ」

 

いつものように軽口を飛ばし合う。別に内容のない会話だ。でも、こうして料理の片手間に話すにはちょうどいい。

 

 

 

「こんにちはー」

 

「どもっす」

 

もうすぐ完成するかなってときに、一人の女性が入ってきた。見知った顔だったので、すぐに会釈する。

 

「お、藤原さん、こんにちは。例によって準備中なんで、注文は受けられないですよ?」

 

大将も、お客さんが相手となれば敬語を使う。

 

「わかってます。海堂くん、いますね。じゃあ、今日も新作ラーメン作っているんですよね?」

 

「そうですね。と言っても、今日は前に作ったラーメンの改良版ですけど。ほら、藤原さんが最初に来たときのラーメン、覚えてます?」

 

「あれですか! 私、すっごく好きだから嬉しいです! あんなラーメン、ここじゃなきゃ食べられないですから」

 

少し前のことだ。

 

このラーメン屋の準備中にラーメンを作らせてもらってるとき、この人が匂いに釣られてやってきたのだ。

 

準備中だと大将が伝えるが、匂いがどうしても気になると言って離れたがらず、大将も常連客である藤原さんに強く出ることもできなかったので、そのまま新作ラーメンを食べることになった。

 

そのときはお世辞に良い出来とは言えなかったけど、他のラーメンとは全く違う味に衝撃を受けた藤原さんは、こうして休みの日には近くに寄ってくれるようになったのだ。

 

ちなみになんと、代議士先生らしい。フットワーク軽いね。

 

俺の完成度が低いラーメンも美味い美味いと食べてくれる美女に、俺だって悪い気はしない。次はより高い完成度のラーメンを! と意気込んで作り続けている。

 

そして今日の出来は少し自信がある。

 

匂いが前世で嗅いだものに近いんだ。味見しても、それっぽい感じがしたので、たぶん上手くいってる気がする。

 

 

 

あの後すぐに完成したラーメンを3人で分けあって食べた。

 

「うーん。……前よりは良い」

 

味はするし、こってり感も出てる。……コレジャナイ感はあるけど。

 

「あたしは良いと思うよ。もう少し、量の調整とか、脂っこさの調整ができれば最高だね」

 

「私も良いと思います! 前から気に入ってた、こってり感がより洗練された感じがしますよ!」

 

2人からは合格点をもらった。うん、まあ、趣味だからね。このくらいでもいいか。

 

「ありがとうございます。まだ改良の余地はあると思うんですけどね。とりあえずは完成でいいかな? しばらくは手を付けられなくなるだろうし」

 

「え、新作作り、止めちゃうんですか?」

 

「あ、いえ、ちょっと他のことが忙しくなりそうなんですよ。俺、バンドやってるんですけど、今度、知り合いが主催するライブに出ることになったんです。だからバンドの練習で忙しくなるなって思って」

 

ポピパ主催のライブが6月最後の週末に決まった。これから、そのライブに向けて練習を頑張る必要がある。ハロハピの新曲も作りたいって言ってたから、そっちの準備もしないといけないしね。

 

「ば、バンドをやってるんですか!? ピアノじゃなくて!?」

 

「はい。ピアノはけっこう前に辞めてますよ。……藤原さん、ご存知だったんですか?」

 

「私もピアノをやっていたので。海堂くんという名字の男の子は有名でした。それこそ、あの事件が起きるまでは、ピアノ業界はあなたの話題で持ち切りだったじゃないですか」

 

「そうでしたっけ? もう覚えてないです」

 

3年? いや4年か? とにかく中学の初めの頃の話だ。

 

それにあの頃はピアノを弾くことが楽しかったから、評判なんて気にしたことがない。唯一、あの女性ピアニストと決着がつけられなかったことは気がかりだけど。

 

「ピアノを辞めたと聞いたときはショックでしたが……こうして、ラーメン屋で新作ラーメンを作ってることにもショックを受けましたね。もちろん、別の意味で、ですけど」

 

「あたしも、こいつがいきなりやってきたときは、なに考えてんだって不思議でならなかったですよ」

 

「事前に連絡しなかったっけ?」

 

「してないよ。突然来て、ラーメン食わせてって言ってきただろ? しかもその後、こんなの男が食うラーメンじゃない! とか言い出すし。正直、あんたじゃなかったら、たとえ男でも追い出してたよ」

 

「ちゃんと謝っただろ。それに、ラーメン作りたいって言ったら、準備中なら使っていいって言ったの、そっちだろ?」

 

「だから、まずは連絡しろって言ってんの! まったくお前は仕方ないんだから……」

 

「はいはい。悪かったよ」

 

「この反省しない態度。ほんっとふてぶてしいね……」

 

「今更だろ?」

 

「……まあ、違いない」

 

ラーメン作った後は、仕込みの手伝いだってしてるんだから、多少は大目に見て欲しい。

 

もちろん、こうして場所を使わせてもらえるのも感謝してる。

 

「ちなみに、なんていうバンドですか?」

 

「ハロー、ハッピーワールド! ってバンドです。病院とか保育園、老人ホームでゲリラライブをするのがメインだから、聞いたことない名前だと思いますよ。でも、演奏は超おもしろいです」

 

「そうなんですね。今度の参加するライブ、見に行こうかな……」

 

「ああ、すみません。たぶんチケットはもう売り切れてると思います」

 

「え、そうなんですか!?」

 

「はい。元々、参加バンドみんなが人気が高いんですけど、今回のライブ会場のキャパシティが少なくて、すぐに売り切れたみたいなんですよね」

 

チケットは一般購入用と香澄たちの学校の友だち用がある。前者はそのまんま。後者は香澄たちがチラシを配って宣伝した学生たち用だ。有咲の案で一般購入用に制限をかけたんだとか。

 

まあ、新規客が来ないとファンが増えないからね。それに友だちに聞いてもらいたいってのは、学生らしくていいよね。

 

「海堂くんの取り置きとかは……」

 

「取り置きなんて、よく知ってますね。でも、俺の取り置きは大将らに確保しとかないと、あとでチクチク言われるんですよね……」

 

割り当てられた分は全て献上済みだ。ちなみに有咲も、有咲の祖母に渡すもの以外は献上したらしい。それでもGalaxyのキャパが少ないので、数枚しか確保できなかった。

 

「ちなみに、今回はあたしは外れたよ。数が少ないし、1つはアメリカで大活躍したアイツのご褒美枠だったし、さすがに勝てなかった。今回は大人しく、みんなの感想を楽しみにしてるよ」

 

「へー、大将は普通に買わなかったんだ? 偉いじゃん」

 

「ポピパの子のライブを、あんたのファンで埋め尽くすなんて格好悪いマネ、あたし達がやるとでも思ってんのかい?」

 

「思ってないよ。だから俺が取り置きしたんだろ」

 

俺がファンだし、初期勢もポピパが好きなヤツらが多いから、普通に買うヤツらがいても、ポピパの主催ライブとして面子は保てたと思う。

 

でもやっぱり、ポピパが一番のファンって子が参加できた方がいい。

 

「大人気なんですね」

 

「まあ、どのバンドもレベルが高いですからね。音楽に興味がある人なら、絶対に退屈しないライブになると思います」

 

「あたし、ロゼリアも好きなんだよね。堅実な実力派って感じで痺れるよ」

 

へー、意外。

 

大将は昔、デス・ギャラクシーってバンドを組んでて、そこのギターだった。名前からしてデスメタル系かなって思ったけど、ロゼリアみたいなのも好きなんだ。

 

いや、ロックだから自然なのかな?

 

「この前、dubで主催ライブやったろ? 見に行った?」

 

少し前に、ロゼリアが主催ライブをやった。dubという1000人定員のライブハウスを埋め切るという大成功のライブだ。

 

俺も見に行ったよ。ポピパ目当てだったけど、ロゼリアの演奏も楽しかった。

 

「行った。熱が入ってて、いい演奏してたよ。若いファンの子たちにはちょっと馴染めなかったけど」

 

「ああ、あのゴスロリ隊のことだろ? あの子たちも気合入ってるよな。燐子先輩曰く、アレはたぶん自作なんだって」

 

「そうなのかい? いやー、若いってすごいねー。やっぱり勢いがあるよ」

 

ちなみに、気合の入ってるパスパレファンは髪を染めてくるし、アフターグロウのファンはパンクな服を着てくる。ポピパのファンはカジュアル服とかが多い。スカートとか短パンとかだな。ハロハピは……多種多様?

 

「だな。俺もポピパのファンだけど、さすがに格好をマネようとは思わないな」

 

「ま、まあ、あんたがマネしたら、男性で初の職務質問対象者になるんじゃないか?」

 

「否定はしない。そもそも彼女に引かれそうだから、絶対にやらない」

 

想像するだけでも吐き気がする。きっと醜悪な化物が誕生するんだろう。

 

まあ、絶対にやらないから、考えるだけ無駄だろうけど!

 

「そうしときな。さすがにありさにゃんZもドン引きすると思うよ」

 

「だな。俺がポピパの曲でガチ泣きしたときも引かれたから、さすがにマズいってわかる。……おっと、藤原さん、すいません。ちょっと身内ネタに走っちゃいましたね」

 

俺たちの様子を、ボーッと眺めていた藤原さんに気づいた。

 

「あ、いえいえ、気にしないでください。大将と海堂くんの会話って、なんかすっごい新鮮だから、聞いていて楽しいんです」

 

「そうですか?」

 

「はい。海堂くんみたいな人はなかなかいませんから」

 

「よく言われます。言われすぎて、もうバカみたいだと感じないくらいです」

 

初めて会う人には、ほとんど言われる気がする。

 

「おかしいと思いますか?」

 

「まあ、そうですね。え、こんなことで? ってところで珍しがられるのはビックリします」

 

わかってはいる。わかってはいるけど、そう言われると、なんか引っかかる。

 

「男性が少ないのはわかるし、政府がそれを保護しようとしてるのもわかります。女性がそんな状況を受け入れてるのもわかります。俺だって、今の状況を受け入れてます」

 

だから、ただの感傷だ。世間一般からすれば、俺が悩んでいる方がおかしいんだろう。

 

それこそが、少しだけ寂しさを感じさせる。俺がみんなと違う、そんなことを思い出させる。それだけだ。

 

「別に世の中に対して不満があるってわけじゃないですよ。俺の中では折り合いはついてますし。どちらかと言えば、藤原さんたちの方が男性と女性の板挟みにあって、やり辛そうだなって思います」

 

男性を優遇すらために女性がわりを食ってる面は絶対にある。女性の方が人数が多い分、やっぱり女性に大きな負荷をかけるのは良くないんだろうから、政治家が一番苦労してるんだろうなって思う。

 

「ここはラーメンを食べる場だと思って、こういう話はしまいと決意していたんですが、少しだけさせてください」

 

「え? はい、どうぞ」

 

藤原さんは口元をハンカチで上品に拭くと、椅子に座り直した。

 

「まず、大前提として、日本政府は男性の味方です。板挟みではなく、明らかに男性寄りです」

 

「へー……」

 

驚いた。確かに女性の扱いが雑だと感じたことはあるけど、こうもハッキリと言い切るとは思わなかった。

 

「でも藤原さん、最近は政府が男性を切り捨てようとしてるってテレビでやってましたよね?」

 

大将が、店に備え付けられたテレビに視線をやりながら言った。

 

「政府にも言い分はあります。最近、特に批判が多い、興奮剤の流通だって、本当に男性のためを思って通したものですから。中毒性や、副作用については何年もかけて国内での臨床実験をさせましたし、アメリカで問題になっているのは、効果が段違いに高いものです。日本で流通を始めたものは、健常者には少しだけ効き目がある程度の軽いものです」

 

「だけど世間では、アレが男性をより厳しく管理していくための発端となるって言われてますよね。強制的に薬を打たれて、これまで以上に精子バンクへの協力を強制されるとか」

 

それは俺も知ってる。なんかネットニュースでも、男性の評論家が、これは問題だ! って叫んでた。

 

「はい。気持ちはわかります。最悪の場合を考えれば、そういった事態へ結びつけることだってできます。でも、さっき言ったとおり、興奮剤にそこまでの力はないです。なにより、私たちがそんなことは許しません」

 

藤原さんは、いつものような、ほんわかした笑みではない。キリッとした顔で言い切った。

 

「テレビで言われてるように、これをきっかけに今後じわじわと強い興奮剤が認められるだろうっていうのも。この興奮剤を元に、精子バンクへの協力を強制させるというのも。政府がアメリカ風に方針を変えたというのも。私たちからすれば、バカげているとしか言えません」

 

「そんなことは、するつもりがないってことですか?」

 

「もちろんです。確かに男性は保護しなければいけません。でも、それと隔離したり、管理することは別物です。監禁したり、薬を使ったり、結婚を強制させたり、人としての尊厳を奪えば奪うほど、その国の男性は元気がなくなって、いずれ立ちいかなくなるんです。ヨーロッパやアメリカの男性は、日本以上に衰弱していて、効果の強い興奮剤を健常者にも使用しないと国を維持できない程です。だからヨーロッパもアメリカも日本よりも男性が少なくなりましたし、今後だって、減り続けるでしょう」

 

イブから聞いたことがある。ヨーロッパの主要国の男性比率は落ち着いているけど、みんな元気がないって。男性は移動の自由はあるけど、厳重な警護の上で移動するから、滅多に話すことはないらしい。そして、日本のように怒ってる男性というのも少ないんだとか。

 

「日本の方針は、男性の尊厳を奪うことなく、男性の負荷を減らすことです。これについては私たち与党はもちろん、野党だって変わりません」

 

「ヨーロッパとかアメリカみたいな、監禁して管理するべきって勢力はいないんですか?」

 

「とっくの昔に潰してます」

 

「潰してる!?」

 

思わず叫んでしまった。

 

「日本にもそういった人たちはいました。海外はこうしてるんだから、日本も習うべきだと。管理されてる状況に比べて、男性の自由を認めるということは、それだけ男性絡みの事件を引き起こすことでもあります。その当時は今よりも男性の数が多かったので、その分、男性絡みの事件も頻発していました。だから意見として、言ってることはわかります。……これが、他国からお金をもらってなければ」

 

「ああ、日本にもいたんですか……」

 

「どうやら、他の国から支援されて活動していたみたいです。差し当たっての目標は、海外協調の名の元で、精子バンクの輸出をより安価に行うこと。最終目標は男性の国外移動の自由化だったみたいです」

 

男性の国外移動の自由化を認めてる国はある。そして、そういった国では、男性が大国に旅行して、そのまま帰ってこなかった。なんて事件が起きている。

 

なんで規制しないんだと思ったけど、そうか、もう政府が他国の金で溺れている状況だったのか。

 

「でも、上手くいかなかったんですよね?」

 

「はい。とある筋からのリークで、彼女らの本性が明るみに出ました。他国からのお金の動きを始め、その目的、裏での活動実績など、何から何まで全て明るみに出ました。男性から被害を受けてる女性を減らす! なんて、もっともらしいことを言ってる陰で、どんなことをしていたのか知れ渡りました。それで全員お終いです」

 

「とある筋っていうのは?」

 

「言えません。でも、議員ならみんな知ってることです。アレだけは怒らせるな。怒らせれば政権だって吹っ飛んでしまうと……」

 

「フィクサーってやつですか? そんな力がある人が本当にいるんですか?」

 

「もちろん。本当にそんな力があるのかはわかりません。あのリークだって、与党と息が合ったところもあるようですし。本当に国のためを考える議員からすれば、彼女たちは国の中枢に入り込んだスパイ以外の何者でもない人たちでしたから」

 

「でも、そのフィクサーは何のためにそんなことをしたんですか? まさか善意ってことはないですよね?」

 

「はい。日本の中枢にいる人なので、日本が傾くということが、そのまま自分の不利益になると判断したんだと思います。だから今の議員で、日本に不利益をもたらすようなことをする人はいません。そんなバカなことをすれば、次は自分たちだとわかりますから」

 

日本にフェミニストはいない。今世でそんな話を聞いたことがある。

 

でも、セントー君のアンチを始め、男に批判的なヤツならたくさんいる。これでよくフェミニストがいないって言えるなと思ったけど、そういうことだったのか。

 

フェミニストはいるけど、大きくならないような仕組みが出来上がっていたんだ。匿名で呟いてる分には無視されるだけだけど、それがリアルでも物を言うようになれば潰される。

 

ともすれば言論統制とも取れる。でも、好きに言わせた結果が破滅しかないとしたら? 果たして言論統制は悪と言えるのか。

 

……いや、止めよう。確かに歪な世界だけど、俺はそれに満足してるんだ。

 

バカみたいなキレイ事を振りかざして、自分の首を絞めにいくバカにはなりたくない。俺には守りたい人たちがいるんだ。

 

「だから安心してください。今の国会にそんなバカなことをする人はいないはずですし、いたとしても私たちが潰します。それでもダメなら、あの人も動くでしょうから。政府は男性の味方です。確かに、各個人の希望は叶えられませんが、男性全体がより負担の少ない状況になるように活動していることは間違いありませんから」

 

藤原さんは静かに、しかし力強い言葉でそう言い切った。

 

この話が全て本当なのかはわからない。でも、政治家の中にはこういう考えの人がいて、本当に日本を良くしようと考えてくれる人がいる。それが少し窺えただけでも俺は運が良い男なんだろう。

 

いつだって世の中には、その行動の本当の意味を知る機会がない人がいる。知ることができたから、なんだということはない。たぶん何も変わらないんだろう。

 

向かう先はわからない。でも、少なくとも、俺の近くにいる子だけは必ず幸せにしよう。

 

それだけなら、たとえ俺だって、きっとできるはずだから。

 

そう、胸に決意を抱いた。

 

 

 

「次はいつ頃になりますか?」

 

水を一気にあおった藤原さんが、顔を崩して聞いてきた。もう、難しい話はお終いのようだ。

 

「うーん、主催ライブが終わるのが6月末で、そのあとちょっとゲーム関係を片付けたいから……8月前後ですかね?」

 

「さ、3カ月くらい休むんですか?」

 

「はい。いつ頃、落ち着くかわからないですからね」

 

7月のテストが終われば、待ちに待った夏休みだ。今年もたくさんみんなで遊びたいから、夏休みまでに溜まった仕事を片付けたい。

 

藤原さんには申し訳ないが、ラーメンと女の子たちとの約束だったら、俺は絶対に後者を優先させる。

 

「その間、このラーメンが食べたくなったらどうすれば……」

 

「大将に言ってください。作り方は教えてます」

 

「いや、レシピは聞いたけど、店で出す気はないよ」

 

「なんでですか!?」

 

「あたしは好きだけど、うちの客層には合わないですって。匂いもキツイから、本格的に始めたら、これまでの客がいなくなりそうですし……」

 

「英断だと思う。女子はオシャレ(笑)ラーメンでも食べてればいい。本格派のこってりラーメンは男の食い物だ」

 

フォーでも食ってろって話。

 

「こいつ、また言ってるよ……」

 

「あの……私も女性なんですが……」

 

「たぶん2人とも、こっち側なんじゃないですか?」

 

「こっち側!? 女子じゃないってことですか!」

 

藤原さん。燐子先輩クラスの胸をしてて、女子じゃないって口が裂けても言えないですよ。……女性だけど女子ではないか?

 

「あんた、内容次第では次の議題に乗せるよ」

 

「汚いぞ」

 

「なんとでも言いな。言っても、叩いてもきかないヤツには、これしかないだろ?」

 

「ふんっ。好きにしろ、別に怖くもなんともない。とりあえず、有咲だけは味方に付けておくしな」

 

「それでよく怖くないとか言えたね……」

 

「ちわー。大将やって――せ、セントー君っ!?」

 

「あ、お嬢」

 

金髪でスカジャンを着た、如何にも不良ですって目つきの悪い女性が、店に入ってくるなり俺を見て叫んだ。

 

なんで見たこともないヤツに一発でバレるんですかね?

 

「人違いです」

 

「セントー君?」

 

藤原さんが首をかしげる。この人、30代らしいけど、20代中盤にしか見えない。くっそ可愛いんだけど。

 

「え、いや、だって、セントー君だろ!? なんで!?」

 

「ああ、そういやGalaxyがライブ会場だもんね。お嬢も知ってるか」

 

「どうでもいいけど、俺、この後デートだから、そろそろ帰るよ」

 

「あのニンニクラーメン食べた後にデートするつもりですか!?」

 

そんな、よくわからない出会いもあったけど、やっぱりラーメンは良いなって思いました(無理矢理)。

 

まあ、最後はバタバタしたけど、きっとまたラーメンを作って、この2人に振る舞ってやろうと思う。

 

課題だった新しいこと。見つけることができて良かった。

 

 

 

ちなみに、その後、待ち合わせした美咲には、ニンニク臭いと怒られた。




本編に登場しなかったですけど、「Progress(スガシカオ)」が途中で頭によぎりました。
いや、全く苦労してないんですけどね。


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17.8話(松原花音視点)

旧19.6話(松原花音視点)を分割して、少しエピソードを加えた話です。
ちなみに分割後の19.6話(松原花音視点)は加筆なしです。


初めてテレビや雑誌以外で男性の笑顔を見た。

 

私はすっかり、その笑顔に見惚れてしまった。

 

近づくと思った以上に大きい彼に、不安と嬉しさが混じったドキドキを感じてしまい、ふぇぇ、という言葉しか出なかった。

 

ほんの少しだけ離れたところでキーボードを設置して、準備完了と佇む姿が格好良くて、ついチラチラ様子を伺ってしまった。

 

やがて、こころちゃんが歌い出した。慌てて私もドラムを叩く。ただ一定のリズムで叩いてるだけだったけど、こころちゃんは嬉しそうに歌い続ける。

 

そして、彼のキーボードの音が入った瞬間、演奏に一気に色が付いた。

 

 

 

演奏が終わった後、こころちゃんが黙ってしまった。

 

まるで、自分がどこにいるのか確かめるように、不思議そうに周りを見渡していた。

 

私と彼が、こころちゃんの様子を不審に思って近づいた。

 

こころちゃんが私たちに気づいた。

 

パッと満面の笑顔になった。そして、そのまま私たちに飛び込んできた。

 

急に飛びつかれて、私はなすすべもなく後ろに倒れこんでしまう。でも痛みはなかった。

 

彼が私を抱き寄せるように倒れこんでくれたのだ。

 

包み込まれるように抱きしめられる。初めて感じる男性の温もり。顔が赤くなる。

 

ドキドキする気持ちを抑えられない。

 

ふえぇ、という声を出しながら、彼を見る。

 

……彼は、こころちゃんを見つめていた。

 

痛いくらいに心臓が鼓動を打つ。さっきのドキドキとは違う、嫌な感じのドキドキが混ざってきた。

 

焦りも感じる。頭が少し痛くなってきた。

 

抱きついてきたこころちゃんは、まるでキスしちゃうんじゃないかってくらい彼との距離が近い。見つめ合う2人。

 

そして、こころちゃんが言った。

 

「好き。大好き。あたしと結婚してください」

 

彼は突然の告白に驚いた顔をした。

 

でも、ゆっくりと嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

今にも口を開くという、そのとき。一瞬だけ先に、私の口が開いた。

 

「あ、あの! ……ば、場所を……変えませんか?」

 

その言葉が彼――幹彦くんとこころちゃん、そして私の人生を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校3年生になり、高校最後の文化祭の準備が始まりそうな頃、急きょ羽女との合同文化祭を行うことになった。

 

正直に言うと、それがどういうことか、いまいち想像できなくて、燐子ちゃん大変だなーって印象しかなかった。でも、日菜ちゃんに文化祭合同記念バンドに誘われて、それに参加させてもらうことになり、初めて大きなイベントになるんだと実感した。

 

メンバーは彩ちゃん、リサちゃん、モカちゃん、つぐみちゃんに私。みんな良い人だし、きっと楽しい思い出になると思う。

 

今日は合同記念バンドのメンバー5人に日菜ちゃんを入れた6人で顔合わせをした。担当楽器の確認や、当日はどんな曲を演奏するか話し合った。日菜ちゃんの鶴の一声もあり、大まかな形が整い、後はライブに向けて準備を進めようという事になった。

 

その後、私と彩ちゃんはクラスの出し物の手伝いがあったので、他の4人と別れて、花女へと一緒に戻ることになった。

 

「ライブ楽しみだね!」

 

花女の最寄り駅まで向かう電車を待っているとき、彩ちゃんが楽しそうに言った。

 

「うん。……ふふ、彩ちゃんと一緒にバンドをやるって、なんか新鮮だな」

 

「私も花音ちゃんと一緒に演奏できて嬉しいよ! きっと、とびっきりの思い出ができると思うんだ!」

 

「とびっきりの思い出……なんか良いね。私もすごく素敵な思い出になると思うな」

 

何かに挑戦しようと思って誘いに応じたけど、それが素敵な思い出につながるのなら、すごく嬉しい。

 

「うん! 高校最後の文化祭だもん。一緒に頑張ろうね!」

 

「高校最後か……そうだね、いろんなことがたくさんあったけど、あと1年で卒業なんだよね」

 

1年は慣れない生活にバタバタして大変だった。2年はハロハピに出会うことができて、1年生のとき以上に楽しくも忙しい毎日を送っていた。そしてもう、最後の1年になった。

 

あっという間だったな。

 

「うん……。私ね、去年はいろんなことが充実して、すっごく楽しかったんだ! アイドルを本格的に始められて、忙しい毎日だけど、楽しくてしょうがなかった」

 

「テレビにライブで彩ちゃん大忙しだったよね。それなのに学校行事にもしっかり参加してて、すごいなって思ってたよ」

 

年度も後半になるにつれ、パスパレをテレビで見る機会がすごく増えた。それまでも練習で忙しかったと思うけど、テレビで見るようになってからは輪をかけて忙しかったと思う。でも彩ちゃんは、それに疲れる様子はなくて、それどころか毎日が楽しくて仕方ないって言ってる。

 

他にもガルパで新年会や、つい最近やったお花見の幹事だってしてるし、薫さんのところの演劇部の監督補佐もしてた。

 

素直にすごいなって思う。

 

「えへへ。忙しかったけど、楽しい楽しいイベントだもん。やっぱり両立させたいなって思ったんだ」

 

「うん。普通の人よりずっと頑張ってたと思うよ。彩ちゃん、すごく楽しそうだった」

 

「ありがと、花音ちゃん。1年の頃も頑張ってたけど、やっぱり去年が一番、充実してたなー。去年の文化祭もバタバタしながらも楽しめたし、スポーツ大会も体育祭も楽しかった!」

 

「去年は1年生の頃とは違ったの?」

 

「そうだね。やっぱりアイドルになって、自分がやりたいこと、楽しいことを、思いっきり楽しまないといけないと思ったんだ。……うん、そう思えるようになったから、2年の学校生活がみんな輝いていたんだと思うよ」

 

「そういえば、ガルパで合同練習をしたときにイヴちゃんも言ってたよね」

 

バタバタした思い出のある合同練習のとき、イヴちゃんが彩ちゃんに教えてもらったって言ってたはず。

 

「うん。実はこれ、セントー君から貰った言葉なんだ」

 

「え、それって……幹彦くんってこと?」

 

「うん。高校1年生の3月くらいにセントー君の動画を見るようになったんだけど、それからすっかりハマっちゃって、雑談動画で質問をしたこともあったんだ。そのときに貰ったの」

 

「へー。彩ちゃんが幹彦くんの活動に詳しいことは知ってたけど、そんなことがあったんだね」

 

初めて聞いた。意外と幹彦くんの活動がガルパのみんなに影響を及ぼしていることは聞いてたけど、彩ちゃんもそうだったんだ。なんだか、幹彦くんがみんなの助けになっていたと聞くと、誇らしい気持ちになる。

 

「いざ本人を前にすると恥ずかしくて言えないんだけどね。実はすごい助けられてるんだ」

 

「そうなんだ。彩ちゃんと幹彦くん、よくメールしてるんだよね。去年の体育祭あたりから、頻繁にメールするようになったって幹彦くんから聞いてるよ」

 

彩ちゃんがテレビやライブで泣いたり、変わったことをすると、必ず幹彦くんが感想を送っているらしい。

 

今日もキレッキレでしたよ、とか。彩先輩はいつも全力だから見ていて楽しいです、とか。あ、もちろん可愛いですよ、とか送っているらしい。

 

……最後のは、フォローしてるつもりなんだと思う。たぶん。

 

今度、彩ちゃんに送ってるメールの内容を確かめた方がいいかもしれない。

 

「うん。それまでも、もちろん仲は良かったんだけどね。体育祭から話すことは多くなったかなー」

 

「幹彦くん、体育祭で彩ちゃんのことを見直したって言ってたよ」

 

「それって跳び箱のことだよね……ちょっと複雑かも……」

 

思い出すのは、障害物競走で跳び箱を飛べずにショックを受けてる彩ちゃんの姿。ちなみにその姿を偶然、幹彦くんが激写してしまい、彼のスマホからPCへと移動し、現在も大切に保管されているらしい。幹彦くんはこの写真を、神が与えた最高の一枚と呼んでいた。

 

ちなみに写真は外部に出さないことを条件に、彩ちゃんから保管を許可されている。そのときの彩ちゃんはすごい複雑な顔をしていたけど。

 

「そ、それだけじゃないよ。チアガール姿も可愛くて、すっごく可愛かったって言ってたよ」

 

打って変わって、チアガール姿はまさにアイドルと呼ぶに相応しいものだった。彩ちゃんの元気な姿と、可愛くツインテールに結んだ髪が相まって、敵も味方もつい目を向けてしまう程の魅力を放っていた。

 

いつもは親しみやすくて、すごく仲の良い友だちって思うけど、やっぱり彩ちゃんはアイドルなんだって思った。

 

「うん……確か、彩先輩がアイドルだってことを久しぶりに思い出しました! って言われたよ……」

 

「み、幹彦くん……」

 

気持ちはわかるけど、それを彩ちゃんに伝えるのはちょっと……。

 

そういえば、幹彦くんが彩ちゃんと連絡を取り合ってると聞いて、彩ちゃんのことをどう思ってるか聞いてみたことがあった。

 

他のアイドルには興味ないけど、彩先輩は別だ! とか。

 

こんなおもしろ――目が離せないアイドルは他にいないって! とか。

 

そんな、思い返してみれば褒めてるのか判断に迷うことを言っていた。まあ、幹彦くんの顔は純粋な笑顔だったので、本当に彩ちゃんがおもしろいって思っているのだろうけど。

 

「で、でも可愛いって言ってくれたからね。うん。男の子にそう言われるのってすごいことだよね」

 

「うん。幹彦くんがアイドルを褒めるって珍しいんだよ。あんまり芸能人とかアイドルは好みじゃないみたいだからね。あんなに素直に可愛いってアイドルを褒めるのは初めてだったな」

 

「だよねっ! うん、ポジティブに考えることにする。体育祭はほんっとーに楽しかったし、これで良かったんだよ!」

 

「うん。私も運動は苦手なんだけど、すごく楽しかったよ」

 

競技に参加するときは楽しいというより必死だったけど、お友だちがたくさん活躍しているところが見れて楽しかった。彩ちゃんだけじゃなくて、はぐみちゃん、こころちゃんに香澄ちゃん達も大活躍していたし、どの競技もおもしろかった。

 

「そうだよね! 一つ心残りがあるとすれば、千聖ちゃんが参加できなかったことかなー」

 

「お仕事だったんだよね。仕方ないことだけど、残念だったね……」

 

千聖ちゃんは体育祭当日にお仕事が入っていて、前もって体育祭不参加が決まっていた。とても残念だけど、千聖ちゃんはアイドルであり、人気女優でもあって、ロケで1週間も学校に来ないことも珍しくないので、仕方ない気持ちもあった。

 

ちなみに、それを知って、幹彦くんもなんとも言えない顔をしていた。残念そうな顔だけど、何やら考えこむような顔だった。

 

幹彦くんと千聖ちゃんの仲は独特だ。

 

知らない人から見ると、常に一触即発の会話をしているように思える2人だが、実は仲が良い。

 

お互いを厳しい目で見てるけど、同時にお互いを認め合っている。男であることや、有名な女優という立場にとらわれず、お互いの本質を理解し合ってて、それに素直な気持ちで接している。

 

2人に言わせれば、ただのマウントの取り合いらしいけど、そんな冷めた言葉で済ませられないほどの信頼関係が2人にはあると思ってる。

 

こころちゃんや私、美咲ちゃん、有咲ちゃんを除けば、ガルパの中で幹彦くんを最も理解しているのは千聖ちゃんだと思う。

 

千聖ちゃんと仲が良い私から見れば、キツイ言葉だって、アレは千聖ちゃんが幹彦くんに少し甘えてるところだって思ってる。

 

冷たい顔で幹彦くんに当たるときだって、千聖ちゃんの目か声はいつだって弾んでいる。千聖ちゃんは本当に嫌いな人には笑わない。笑顔で接するけど、絶対に笑わない。だから一目見れば、千聖ちゃんが楽しんでいることくらい気づける。

 

まあ、本当にヒヤヒヤする言い回しをする2人だから、それでも時々、やっぱり仲が悪いんじゃないかって思うこともあるけど。

 

あんまり一緒に要る時間は多くないようだけど、そんな独特な関係の2人だから、2人にしかわからない部分もあるみたい。お互いにドキッとするほど核心を突く言葉を言ったりもする。

 

幹彦くんに至っては、千聖ちゃんに自分の行動や考えが全て読まれてる気がするとさえ言っていた。……ごめんね。幹彦くんのことはたくさん千聖ちゃんに話してるから、たぶん私のせいだと思う。

 

千聖ちゃんは幹彦くんに興味を持ってるから、世間話で話した内容だってほとんど覚えてるんだと思うな。私との会話で出た話だってそうだし、もちろん幹彦くんと直接、話したことだってそう。

 

少し前に千聖ちゃんから、こころちゃんと幹彦くんと初めて会ったときのことを改めて聞かれたけど、これも幹彦くんとの会話で確信を得たらしい。

 

もう。まだ気を緩める段階じゃないと思うな。

 

千聖ちゃんは偶然とはいえ、私たちの計画の元を考えた人だから、事情を話して相談に乗ってもらいたい気はするけど、それを誰に聞かれるかわからない。

 

確かに、今はもう黒服の人が私の行動を監視してることはないみたいだけど、私が気づいてないだけかもしれない。私から漏れるなんて、絶対にダメ。

 

たぶん千聖ちゃんとお話するのが楽しくて、つい漏らしてしまったんだと思うけど、まだダメだよ。

 

そんな変な信頼関係もある2人だから、幹彦くんが、体育祭に千聖ちゃんが出れなかったことを、あの先輩のことだから確信犯だと思う、なんて言ってたのも、きっと幹彦くんだから気づけた何かがあるんだろうなと思う。

 

……うん、やっぱり2人ともすごく相性良いよね。

 

「今年は千聖ちゃんと一緒にチアガールできると良いなー。そうだ、花音ちゃんも一緒にやらない?」

 

「わ、私!? 私は……」

 

人前で踊りながら応援するなんて恥ずかしくできない。だから断ろうと思った。

 

でも考えてみれば、ハロハピでいつも知らないみんなのことを応援してる。それなら一緒なのかな?

 

何より、私がチアガールの格好をして応援したら、幹彦くんが喜んでくれるかもしれない。ううん、絶対に喜んでくれるはず。

 

「……うん、やってみようかな」

 

「本当! やったー! じゃあ、3人でチアガールやれるね! うわー、楽しみだなー!」

 

「そうだね。ちょっと緊張するけど……楽しいといいね」

 

「絶対に楽しいよ! それに幹彦くんも絶対に喜ぶと思うよ!」

 

「あ、やっぱり、わかる?」

 

「わかるよー! だって幹彦くん、花音ちゃん達の体操服姿を見て、うんうんって頷いてたよ。すっごい嬉しそうな顔してたもん」

 

「うん。すごく幸せそうな顔をしてたよね」

 

「イヴちゃんも視線に気づいて、可愛くポーズ取ってたよ。幹彦くんもそれを見て、イヴちゃんに親指をグッと立ててたなー。私は慌てちゃって上手くできなかったけど」

 

「あはは……迷惑かけてたら、ごめんね。私からそれとなく注意しようか?」

 

私たちはいいけど、彩ちゃんたちが居心地が悪いようなら言っておかないとね。そんなことで彩ちゃんとの間にしこりが残るの嫌だし。幹彦くんもそんなこと望んでないと思う。

 

「ううん、大丈夫だよ。上手く返せなかったけど、ああやって素直に行動する幹彦くんを見てると楽しいんだー」

 

「彩ちゃんもそう思ってくれるの?」

 

「思うよ! なんていうかさ、ネット上の落ち着いた人柄も素敵だなって思うけど、幹彦くんのああいう好きなことを楽しそうにやってる姿はいいなって思うよ!」

 

彩ちゃんはセントー君のファンだけど、セントー君と幹彦くんを同じとは見ない。

 

あくまでもセントー君はセントー君。幹彦くんは幹彦くん。それぞれを区別している。彩ちゃんもアイドルだから、切り替えることに理解があるんだと思う。

 

どっちの幹彦くんも好意的に受け入れてくれるのは、すごく嬉しい。

 

「私たちはアイドルだから見られるのが仕事なんだよね。でもその視線は好意的なものばかりじゃなくて、厳しかったり、そもそも私たちに全く興味がないものだって少なくないんだ。特に男の人の視線はいつも冷めてることが多くてね。そんな中で、あんなに嬉しそうにしてくれるのは、やっぱり嬉しいよ。イヴちゃんは当然として、日菜ちゃんや千聖ちゃんもそう思ってるんじゃないかな? 麻弥ちゃんは恥ずかしがってそうだけど」

 

「そうだよね。あんなに多くの人から見られていたら、そういう視線だってあるよね」

 

目に入るということは、それだけ様々な人の視線を集めることでもある。好意の有無に関わらずだ。

 

当たり前だけど、アイドルはそんな視線に真っ向から向き合わなければいけない。やっぱり彩ちゃんはすごいなって思う。

 

「アイドルは視線には敏感だよ。いつだってどう見られてるか気になっちゃうし……。でもだからこそ、幹彦くんみたいに、私たちのことを好意的に見てくれる人は嬉しいんだ。話していても楽しいし、すごく良い人だって思うよ!」

 

そういう彩ちゃんの顔には幹彦くんへの好意的な感情が見て取れた。

 

歌や音楽に対する尊敬の念、その人柄に対する信頼と安心の念、そして、ほのかに感じる心惹かれる思い。

 

少し前に、美咲ちゃんがリサちゃんから、彩ちゃんが幹彦くんに気があるみたいなことを言われて驚いていた。私も驚いた。美咲ちゃんと有咲ちゃん、気づいてなかったんだって。

 

美咲ちゃんや有咲ちゃんはあまり彩ちゃんと話す機会がないけど、こうやって話をしていれば、彩ちゃんが幹彦くんをどう思ってるかなんてすぐにわかる。

 

彩ちゃんはすごく素直な子だから、少し仲良くなればすぐにわかる。

 

だから、2人もきっと気づいてると思ったけど、そうじゃなかった。意外と彩ちゃんは隠し通せてるのかな?

 

間違いなく千聖ちゃんも気づいてるはずなんだけどな。それについては何も言わないんだよね。

 

まあ、千聖ちゃんも幹彦くんが他の男の人とは違うってわかってるから、あえて放って置いてるのかも。アイドルにとって、彼氏がいるということは、男性も放っておけない魅力がある証明になる。

 

パスパレの話題性を考えて、もしかしたら、あえて触れないようにしてるのかもしれない。

 

さすが千聖ちゃんだなって思った。

 

みんな幹彦くんのことを考えている。正直に言えば、ムッとする気持ちもある。でも嫉妬なんてしていられない。言い出しっぺの私が、こころちゃんを置いて、嫉妬でほかの女の子を遠ざけるなんて筋が通らない。

 

こころちゃんに一生、頭が上がらないくらい迷惑をかけてるのに、自分だけ感情のまま振る舞うことなんて、できるわけがない。

 

それに彩ちゃんみたいな良い人が仲間になるなら、すっごく運が良いことだって思う。明るくて、一緒にいて楽しくて、すごく前向きで諦めない。これ以上ないってくらい、求めていた人だ。だから嫉妬をして、幹彦くんとの関係に待ったをかけるなんて絶対にできない。

 

むしろ私は、それとなく2人がいい雰囲気になれるように動かないといけないんだ。

 

少しだけ引っかかる気持ちは、今度、幹彦くんにたくさん甘えて解消しよう。最近は有咲ちゃんが忙しくて、夜は欲求不満気味だから、とことん付き合おうかなって思ってる。これまでのテクニックをフル動員しないとダメかもしれない。

 

でも、カフェにも一緒に行きたいな。ひと駅先にオシャレなお店ができたらしいから、そこに行きたいな。うん。あとで誘ってみよう。有咲ちゃんが忙しいってことは夜もだけど、昼も時間があるってことだからね。ふふ、楽しみだな。

 

そういえば、さっきの合同記念バンドの打ち合わせで香澄ちゃんが来てた。どうやら新曲作りで悩んでるみたい。

 

今度、幹彦くんに相談したらどうかって勧めてみようと思ってる。



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18話

103:

【今週のひめちゃん】家電量販店でAmo○g Usを探すも、見当たらない【健気】

 

107:

ひめちゃんw

 

108:

おば――ひめちゃん、それはネット販売限定なんだよ……

 

109:

また、ひめちゃんの家族ネタかと思ったら、本人のことだったw

 

111:

やっぱりアレ、鹿が発案したんだよな?

 

114:

まあ、間違いない

ああいうゲームって鹿が初めの頃から話してたゲームだろ

なにより、ひめちゃんが動いてる

 

117:

ひめちゃんの行動で真偽を判断するなw

 

121:

まあ、ひめちゃんってゲーム機が複数あることすら知らなそうなのに、こうやって動いてるから、そこは……ね?

 

124:

でも、Amo○g Usって、鹿が言う程おもしろいゲームでもなかったよな

 

127:

確かに

珍しくて新鮮な感じはしたけど、ディスカッションタイムで、いちいち文章を打つのは面倒だよね

時間制限があるから、何を伝えるか考える時間もないし

 

131:

そのためのボイスチャットだろ

説明書が付いてんだろ?

 

134:

知らない人とボイスチャットするって、けっこうハードル高いよね

 

138:

マジそれ

そんな芸当できるなら、ネットなんかやらないで、友だちと遊びに行ってるって話

 

141:

可能性は感じるけど、ハードルが高すぎるゲームって感じ

 

144:

それはそうだけど、私は楽しそうだなって思ったな

鹿が言ってたとおり、Vtuberがやると盛り上がりそうじゃない?

 

148:

Vtuberで、誰か挑戦するヤツいないの?

 

151:

今はみんな守りに入ってるからな……

 

154:

ああ、大取り締まり大会の名残か……

 

158:

そのクソダサネーム、なんで定着したん?

 

161:

知らん

でも、「男性ヒステリー事件簿」よりは、まだセンスを感じる

 

164:

どっちもダサいんだけど……

 

167:

昔からいる男性Vtuberも活動休止してるヤツがいるんだろ?

 

171:

少なくとも3人は活動休止してる

まあ、落ち着いたら戻ってくるって言ってくれたけど、どうなることやら……

 

174:

鹿のおかげで知名度が上がって生活が楽になったけど、同時に厄介なヤツらも引き寄せたか

 

177:

鹿が悪いわけじゃないけどな

相変わらず、あいつはノータッチだろ

 

180:

まあ、これで男もVtuberへの幻想がなくなっただろうから、これからは落ち着くんじゃないか?

 

183:

マジでそう願ってる

 

187:

VtuberのAmo○g Usが見れるのも、まだ先ってことか……

 

191:

楽しみにしてよう

自粛してるだけで、仲違いをしたわけじゃないんだから、そのうち元に戻るって

 

194:

だな

 

 

 

254:

最近、鹿が雑談動画でラーメンにハマってるって言ってたから食べに行った

けっこういけるじゃん

なんていうか、たまにはエスニックも悪くないなって思った

 

257:

エスニック?

お前、どこに行ったんだ?

 

261:

どこって、ラーメン屋だよ

近所にオシャレな店がちょうど開店したから、食べに行ったんだよ

サイドメニューで可愛い生ハルマキとかあって、それもおいしかった

 

264:

生?

それはベトナム料理なのでは?

 

267:

うん

聞いてる限りだとラーメンじゃなくてフォーだと思う

 

270:

え、でもラーメン屋だったよ

周りの人もラーメンおいしいって言ってた

楽しそうに写真も撮ってたし

 

274:

マジレスすると、>>270の食ったものはフォーだな

フォーよりラーメンの方が名前が知られてるけど、ラーメンよりフォーの方が受けがいい

だから、最近はごっちゃになった店がよくある

 

277:

マジ?

 

279:

ちなみに、鹿が言ってるラーメンは、フォーじゃなくて、マジでラーメンな

中国由来で、日本に来て改良されたヤツ

 

283:

更に言うと、鹿がハマってるのは、もっと別のラーメンらしい

私たちが知ってるような醤油ベースのあっさりとしたラーメンじゃなくて、豚骨ベースのこってりラーメンだとか……

 

287:

と、豚骨?

豚と、骨!?

あいつ、マジでどんな嗜好してんだよ……

 

291:

どんな味か全く想像ができない

でも、豚と骨を使ったこってりラーメンってのは間違いない……はず

 

294:

せあぶらが良いとか言ってなかった?

せがらも良いとかさ

 

297:

背脂ってこと?

なんで背中?

 

301:

検索してみたけど、背ガラって部位があった

昔は食べるものが少なかったから、背骨の周りの肉も煮込んだり、削ぎ落として食べてたらしいけど

今はこんなの砕いて家畜の餌だろ……

 

304:

マジで何考えるんだ?

初期勢は何か言ってないの?

 

307:

特に何も言ってなかった

またバカやってるって呆れてるのか

それとも裏で協力してるのか不明

 

311:

一般動画で話題に出してるんだから、初期勢も知ってるはずなんだけどな

話がないってのは、ちょっと不気味

 

314:

初期勢、検閲済みw

 

317:

私の知り合いに、ラーメン屋で店長やってる人がいるんだけど、とんこつラーメン食べたって

 

321:

マジ?

 

324:

kwsk

 

327:

店は教えてくれなかったんだけど、とあるラーメン屋の店主が、他のラーメン屋の店主に声をかけたらしい

珍しいラーメンがあるとか言って

それで行ってみたら、新作ラーメンを出されて、それがとんこつラーメンだったみたい

 

331:

ラーメン屋がラーメン屋にラーメンを振る舞ったってこと?

 

334:

その言い方やめろw

 

337:

感想はなんだって?

 

341:

不思議な味だって

今までのラーメンとは全く違うけど、なんか癖になる感じだとか

 

344:

へー

 

347:

ちょっと食べてみたい

 

351:

まあ、気になるよな

 

354:

どこに行けば食べれんの?

 

357:

わからん

知り合いのラーメン屋も、匂いがキツイから、とてもメニューには追加できないって言ってた

 

371:

えー

 

375:

まあ、話を総合すると、脂がすごい入ったラーメンってことだろ?

脂の匂いが充満したラーメン屋なんて、オシャレとは正反対だからな

 

378:

まあ、脂っこい場所でフォーを食べても、おいしいとは思わないかもねw

 

381:

結局、食えないってこと?

 

384:

なんか、食べられないってわかると、一度でもいいから食べてみたくなる

 

387:

わかる

私も食べたくて仕方ない

 

391:

元のラーメンを振る舞った店は、なんでそんなことしたんだ?

 

394:

他の店の様子を見てたんじゃない?

別種のラーメンだけど、ラーメン屋から見て、どんな反応なのか見たかったとか

 

398:

同じプロの意見を聞こうとしたのか

 

401:

あるいは、広めるのが目的かもな

 

404:

どういうこと?

 

407:

その、とんこつラーメンを振る舞って、これ美味いじゃん! ってなった店主がいたら、もしかするとメニューに追加するかもしれないだろ

言われてるとおり、匂いがキツくて既存客が離れかねない大博打だけど、どの道、先がない店なら賭けてみるヤツもいるって踏んだとか

 

411:

あーなるほど

受け入れの土台作りってことね

 

414:

ラーメン屋の店主だろ?

言っちゃあ悪いけど、そんな頭が回る人っているか?

 

418:

さっきのフォーをラーメンとして売ってる店もあるから、一概には言えないぞ

でも、この新規参入を前提とした地ならしは、ただのラーメン屋が考えたとは思えないよな

たぶん、バックにそれなりの経験がある経営者がついてるんじゃないかな?

 

421:

あの、さっきの私の知り合いのラーメン屋なんだけど、最近、人の入りが悪くて、店を畳もうかって考えてたらしいんだけど……

 

424:

あっ……(察し)

 

425:

確定だな

 

427:

人の入りが悪そうな店に声をかけてると

で、来てくれた店主に多くは言わないけど、もしかしたらって希望(ラーメン)を見せる

 

431:

これ、本当にバックがいるなら、かなり悪どい経営者じゃない?

 

434:

やり手だけど、悪どいとまでは言えないな

自分のために利用はしてるけど、どの道、先が見えないラーメン屋が、自分たちの判断でメニューにするってことだろ?

しかも、上手くいけば店を畳まなくても済む

 

438:

私たちだって、気になっていた、とんこつラーメンが食べられるもんね

良いことづくしなのでは?

 

441:

ああ、なんだろ、弦巻臭がしてきた……

 

445:

バカ止めろ!

 

446:

不用意にその単語を出すな!

 

447:

弦巻案件にしては、さすがに規模が小さすぎるって

たかがラーメンだろ?

大流行したって、弦巻にとっては小遣いにもならないだろうし

 

451:

それはそう

 

452:

ラーメン屋の稼ぎもバカにならないと思うけど、弦巻から見たら、やっぱりねー

 

456:

バックが誰でもいいじゃん

誰も損しないんだろ

私はとんこつラーメン、楽しみだな

 

459:

それな

ゲテモノが出てくるかもしれないけど、セントー君がこだわるラーメンだから、1回は食べてみたいよな

 

463:

なんか、来週のひめちゃん速報が見えた気するんだけど……

 

467:

私も

 

471:

わかるけど言うなよ

私も確信してるけど

 

 

 

563:

さっきニュースで、鹿と海外の話の特集やってた

 

566:

私も見た

マジで大事になってきたね

 

567:

これまで鹿を扱おうにも扱うネタがなかったテレビが、生き生きとして放送してるよな……

 

571:

まあ、ワイドショーネタなら、あいつらの得意分野だろ?

胡散臭い専門家を連れて来て、無駄に話を広げてくれるよ

 

575:

なんか、アメリカの大手著作権会社と合意寸前まで行ったんだけど、取り分で揉めて、合意できなかったとか

鹿の将来性と、これから予定しているヨーロッパでの活動を考えて、取り分が低いのは納得できないって、鹿側が啖呵を切ったとか

 

578:

 

581:

よく、そんなホラ吹けるよなw

 

585:

あいつら、無駄に不安ばっかり煽ろうとするから嫌い

 

589:

実際は著作権会社のメールにテンプレお祈りメールかまして、話し合いすらしてないだろ

英語圏だからって理由で、アメリカどころかヨーロッパも切り捨ててる状況だし

 

592:

掠りもしてないんだがww

 

595:

うん、エンターテイメントとして超一流だよw

 

599:

初期勢の弁護士に話は聞かないんだよな

唯一、身元が割れてるから、接触しやすいと思うんだけど

 

603:

私も思った

記事でしか見たことないから、どんな人なのか見れるかなって期待してたんだけど……

 

607:

あの人、めっちゃピリピリしてるらしいぞ

鹿の話になると、警戒心がマックスになるんだって

下手な話をすると、海の向こうにどう伝わるかわからないから、慎重になってるらしい

 

611:

先を見据えてんな

 

615:

間違いなく、もう一悶着あるって見てるよな

 

621:

【速報】アメリカ政府 セントー君のアメリカ議会への出頭要請について言及

 

624:

!!

 

625:

まじ?

 

625:

ついに来たか

いや、マジで来たか……

 

626:

嘘だろ、なんでアメリカ政府が出てくんだよ

 

629:

向こうじゃ完全に社会問題化してるぞ

予想はできた

本当にやるとは思わなかったけど

 

633:

向こうのファンがなんとかして鹿にリージョンロックを解除してもらおうと連絡をしてた

でも、知ってのとおり、鹿はガン無視

だから地元の議員に話を持ってたらしいよ

 

636:

議員側も初めは他国のことだからって、やんわり否定してたってのは聞いたことある

 

639:

こうなったってことは、それが無視できなくなったってこと?

 

642:

たぶんね

支持基盤からの要望が多かったんだろ

それに、アメリカってセレブの声が強いから、歌手とかアーティストが声をあげたんじゃないかな……

 

645:

それで無視できなくなったのか

 

648:

話し合おうと思ったときには、鹿は既にアメリカを切り捨てた後で、連絡はガン無視してる

でも、なにかアクションを起こさないと、政府としてマズい

そう思ったのか?

 

651:

それだな

 

654:

だからって議会に出頭はないだろ!

扱いが犯罪者じゃん!

まずはお前らが日本に来て、話し合うのが筋だろ!

 

658:

忘れてるぞ

アメリカにはフェミニストがいる

 

662:

は?

 

664:

フェミニストがいるのは知ってるけど

え、そこまでする?

 

668:

事態を穏便に片付けたいなら、>>654の言うようにアメリカが日本に出向くことだよ

でも今回は、鹿をわざわざ自国にまで呼びつけてるんだよ

明らかに格下として見てるか、騒動の元凶は鹿だって見てるかのどっちか

 

671:

ふざけんなよ!

お前らが勝手に鹿の曲を使って金を騙しとって、それを正当な裁判で解決しただけだろ!

なんで、こっちが犯罪者扱いされんだよ!

 

675:

今のフェミニストの目的は男女平等を指してないぞ

女性主権による女性優遇を掲げる団体だよ

自分が気に入らないことは、全部、差別だって騒いでるヤツらだぞ

そんなヤツらからしたら、男のために、わざわざ自分たちが出向いて頭を下げるなんて、考えられないだろ?

 

679:

ちょ、嘘だろ?

 

680:

マジ?

 

682:

いや、今の時代にそれはないだろ

アメリカのフェミニストって、男性の過剰な優遇措置を見張る人じゃないの?

男性の被害者の女性を助ける団体だって、テレビで言ってたよ

 

686:

表向きはな

でも、そんな優しい集まりなら、男性を隔離する必要なんてないよな?

 

689:

じゃあ、議会への出頭って、アメリカじゃあフェミニストの方が強いってこと?

 

692:

わからん

フェミストに押し切られたのか、それともガス抜きを兼ねて呼び出すことにしたのか

こればっかりはアメリカ政府の当事者じゃないとわからない

 

695:

思った以上にクソだな、アメリカ

 

699:

良いヤツもいるぞ

私たちみたいに鹿の歌が好きなだけっていう人もたくさんいる

今だって、チャンネル登録そのままにして、寄付し続けてるだろ?

 

702:

あいつら、鹿に拒絶されたのに、もう何カ月もずっと待ってるんだよな

 

705:

鹿の歌を楽しみにしてて、一緒にキャッキャ騒いでた人も大勢いたからな……

海外コメントに共感したことだって、たくさんあったし……

なんでこうなったんだろ?

 

708:

だな

アメリカ全てが憎いわけじゃないけど、なんか嫌だな

 

711:

……まあ、大丈夫だろ

日本じゃあ男性の国境移動は禁止されてるんだから、出頭なんて不可能だろ

後は落とし所を探すだけって話を、前にしてたろ?

 

715:

思った以上に深刻になってんだよ

裁判所への出頭だったら、他国の司法とのぶつかり合いだからいい

でも、今回は他国の立法、行政とのぶつかり合いになる

 

718:

つまりどういうこと?

 

722:

司法が相手なら、こっちも法律があるからごめんね、で済んだ

でも立法、行政が相手なら、政府間でのやり取りになる

正直、先が読めなくなった

 

725:

政府次第で、鹿がアメリカに行くことになるってこと?

いやいや、ないだろ、さすがにそんなこと

 

728:

ないな

アメリカは知らないけど、日本じゃフェミニストはみんな潰されてるはず

政府の方針から言っても、ここで鹿を売り飛ばすマネはしないはず

 

731:

売り飛ばす、か……

 

732:

日本のテレビのきな臭いヤツらだって、公安の監視対象になってるって話だしな

 

733:

こんな話を聞くと、やっぱり日本に生まれてきてよかったって思える

 

737:

わかる

なんか聞けば聞くほど、海外って文化が違いすぎるよな

 

741:

ちょっと暗い感じになったけど、焦る必要はないって

初期勢がいるんだから、鹿の思いつきだけで行動してるってことはないだろ

 

744:

うん

きっと大丈夫だって

 

747:

見守ろう

それか、その分、鹿にコメントを投げてやろう

辛い時ほど、誰かの声に助けられるもんだろうから




ゲームの話しに夢中になってたら曲が入ってなかった……。
うん、仕方ないですね。


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19話

たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています。
「最後の一文で「⁉」ってなりましたよ。」 付き合いの浅いカップルなら別れ話になりかねない蛮行です。やっぱり美咲は寛大だなって。
「そういえばバンドリってサザエさん時空に突入っぽい感じになってるけどこっちはどうなるんだろ」 モニカのお花見がどうしても書けませんでした。るいるい……
「わかる。バンドリアニメ2期面白いよね。久しぶりにギスドリも見れたし、何より後半から最終回までの流れが最高だ。」 良質なギスドリのお手本でしたね。感情移入しまくりでした。
「香澄ちゃんみたいに悩みなさそうな子がファッションとか見た目とか女の子っぽいことで悩んでるの最高に性癖です。」 ギャップ萌え、いいですよね。そして言い方w
「自作曲として出した曲の本来の作曲者とか作詞者とかが存在するか探したエピソードとかあったっけ?」 ないですね。バンドリ要素以外はフレーバーです。
「二郎系も家系もない世界とな!? 健康的だなぁ!!(錯乱)」 フォーはとても体に優しい食べ物です(にっこり)。
「100日後に姫ちゃんに食べられる鹿」 ラストシーンは満開の桜道ですね。わかります。
「地を這う鹿ごときが大空を舞う白鳥に勝てるわけないよなぁ!(錯乱)」 たとえチートでイキっても、本物の輝きには勝てません。
「この小説を読むとゲームのストーリーをどんどん読みたくなります。」 ぜひ、どんどん読んでください。会話テンポも良いし、声が付くとキャラクターの魅力が倍増するので、原作が一番だと確信してます。
「唐突に現れた対象Fに草」 原作とは関係ないですけど、彼女の魅力が書ききれなかったのが悔しいです。原作とは関係ないですけど。
「もっとはやくに読めていれば…」 あと少しですが、お付き合いいただければ幸いです。
「女性側の感覚とか、あんまり見ない世界観なので平凡な貞操逆転世界という訳でもなく面白いです。」 このジャンルってエピソードは書きやすいんですけど、ストーリーが難しいです。他の作品ほど書ききれてないと思いますが、力を入れてる部分ですので、温かいお言葉はとても嬉しいです。ありがとうございます。
「聞いたらって所 誤字ってますよ」 ご連絡ありがとうございます。修正しました。
「風呂入って寝ます。いい夢が見れそうです。」 たとえ1日でも、誰かの気持ちを軽くできたのなら嬉しい限りです。風邪をひかないよう、温かくしてお休みください。
アメリカ関係の感想もありがとうございます。うっかりネタバレが怖いんで控えますが、すべて拝見させていただいています。


今回は、みんなが大好きな女装回です。心を込めて書きました。


俺にとって“弦巻”という言葉は、愛しい人の名字であるが、警戒すべき名前でもある。

 

警戒と言っても、直接、何かアクションを起こされたわけではない。

 

あんな大財閥が、俺みたいな一般人にわざわざ接触してくることなんて普通はない。俺とこころが結婚の約束をしていることがバレなければ、彼女たちが出張ってくることはないんだ。

 

“弦巻”の俺に対する認識なんて、せいぜい、娘と一緒にバンドをやってるピアノが上手い男。その程度のものだろう。娘と仲は良いけど、その男には他に付き合っている子がいるし、彼女と変態行為を繰り返すし、有名芸能人(白鷺先輩)に暴言を吐きまくるクズだよね。それくらいの認識が望ましいのだ。

 

なぜ、“弦巻”と深く関わりたくないかといえば、それは色々ある。

 

婿という立場が、その家でのヒエラルキーの低さに直結することはわかってる。

 

だがその結果、どんな仕事をついでに押し付けられることになるか、わからないのだ。

 

なんの実績もない入婿だから、社長勢のように会社の幹部になることはありえないけど、その分、何をやらされるかわからない。

 

しょせん、一介のVtuberでしかない俺だ。ただの雑用なら御の字だが、男という性別を利用されて、面倒くさい案件の交渉役に回される可能性だってある。男相手専門の交渉役なんて真っ平ごめんだ。男=話が通じない、の方程式が成り立つ今世で、そんな仕事に就こうものなら、すぐにストレスでハゲるだろう。

 

それに、せっかく働かなくても生きていける環境、資産を手に入れたのに、また社畜に逆戻りなんて絶対に嫌だ。これはもう、ほんっとに嫌だ。

 

どのくらい嫌かと言えば、花音がいろいろ動いてくれてるのに、自分でも、ない頭を捻って、追加の策を考えてしまうくらいだ。

 

“弦巻”の責任とか俺には荷が重すぎるし、仕事に追われて余裕がない生活に戻るなんてマジで勘弁してほしい。

 

“弦巻”と深く関わりたくない理由は他にもある。“弦巻”の影響力は俺の人間関係にも影響しかねないのだ。

 

恋人がたくさんいる俺にとって、“弦巻”に主導権を握られることが、みんなとの幸せな未来を不確かにするのは、よくわかっている。

 

一夫多妻はしてもいい、であって、しなきゃいけない、ではない。

 

もちろん、政府が推奨してるので、世間的には歓迎されるだろう。当事者たちだって、心の内はともかくとして、体裁はしっかり取り繕うだろう。

 

だがこれが、大財閥の娘が相手ならどうか。一夫多妻に反対したって、あの家なら仕方ないって世間が納得する程の力を持った家だったら? しかも相手の男は一般人。

 

どう考えたって、“弦巻”側は一夫多妻をおもしろく思わないだろうし、それを隠さないだろう。

 

こころの家に遊びに行くとき、それとなく“弦巻”について意識を向けている。でも、当主は俺たちに顔を見せることはなく、屋敷にいることすら1回もなかった。

 

相手がどんな人か全くわからない。でも、誰もがわかるくらいの絶大な力を持っている。“弦巻”がどんな小さい動きをしても、こちらへの影響は計り知れない。だから本来なら、その動きを読んで、来る衝撃に備えないといけないのに、予備動作が全く見えない。

 

まるで、前後左右を爆弾の入った箱に囲まれていて、どこが爆発するのかビクビクしながら逃げ道を探しているのようなものだ。しかも、なんとか回避できても、逃げた先には次の爆弾が置いてあるというクソシステムだ。

 

“弦巻”との関わりを断てば、こんな悩みはなくなるだろう。でも、こころを諦めることは絶対にできない。

 

そこで花音とは別に俺が考えたのが、現当主の興味を失わせることだ。こころとの子どもはしっかり作って義務を果たすが、婿は取るに足らない男。会話をする価値もない男。そう思わせることだ。

 

希望的観測が強すぎるのはわかってる。でも、俺の頭じゃそれ以上は思いつかない。

 

俺が才能に満ち溢れた男だと勘違いされれば利用されることになるし、クズ過ぎる男となれば、こころとの結婚自体を反対される可能性がある。適度なクズがちょうどいい。

 

いや、俺はこころ達を一生大切にする気だけどね。傍から見て、こいつと関わったら娘が100%不幸になる。そう思われたらお終いだ。

 

そんなわけで、絶妙なバランスで綱渡りを続けないといけないんだ。正直、好き放題して生きてるので、上手くできてる気はあんまない。

 

でもやるしかない。その先にある未来のために、こころも花音も、これまでずっと耐えてきた。俺だって最後のラインだけは越えまいと頑張ってる。

 

だから、いくら海外との関係がマズい状況になったとしても、“弦巻”の力を借りることはできないんだ。

 

ここで“弦巻”の力を借りればどうなるか。

 

“弦巻”が俺に興味を持つようになり、完全に主導権を握られることになる。

 

俺に貸しを作った“弦巻”は、間違いなく俺を利用しようとする。俺とアメリカとの問題の大きさを見て、俺の利用価値をはかる。どう使えば利があるのか、計算を始めるのだろう。

 

同時に、俺はこころと一緒にはいられるが、花音や美咲との関係がどうなるかわからなくなる。まるで、当然の様に排除されてしまう可能性だってある。

 

そして貸しを作った俺は、それに強く反抗できなくなる。

 

本末転倒だ。

 

みんなとの幸せな生活を守るために、みんなとの幸せな生活の実現を不確かにする。そんなバカなことはごめんだ。

 

かと言って、妙案も浮かばない。

 

いざとなれば、俺はアメリカに行くことになるだろう。

 

そのとき、花音たちは付いてきてくれるのか。こころは付いてくることができるのか。

 

たぶん、花音も美咲も付いていくと言ってくれると思う。でも、本当にそれでいいのか?

 

2人とも日本に家族がいる。母親と可愛がってる妹だ。アメリカに行って俺と一緒に隔離されたら、もしかしたら家族とは2度と会えなくなるかもしれない。実際に、アメリカに移住した男と、元母国にいる妻が面会できた例はないって聞く。移住ならともかく、面会は難しいのではと思う。面会したヤツらが国に帰って、あることないこと喋り出す可能性を考えれば仕方ないことだ。

 

ハロハピのバンド活動もそうだ。こころ、花音、美咲が抜けたら、さすがにバンドは続けられないだろう。はぐみと薫先輩は仕方ないって言ってくれる気がするけど、それは俺が嫌だ。俺の大好きなハロハピが消えてしまうのは嫌だ……。

 

バンドが消えるといえば、ポピパだってそうだ。

 

有咲は絶対に付いてくると思う。そうなったらポピパは? 有咲の婆ちゃんは? 最近ずっと楽しそうな高校生活は?

 

俺と一緒に行くことで、好きな人たちの生活を、好きな人たちの大切なものを壊してしまう。

 

俺が彼女たちにそんな選択をさせてしまっていいのか。

 

考えたくもなかった、彼女たちを日本に置いていくという選択肢が、最も彼女たちを幸せにするんじゃないかって思ってしまう。

 

それが、俺を悩ませている。

 

……まあ、悩みすぎても仕方ない。まだ問題はどう転がるかわからないんだ。

 

よく言うだろ。最悪の事態を想定しつつ、楽観的に構えよう! って。

 

とりあえず今は、明日から始まる花女と羽女の文化祭を楽しみにしよう。

 

 

 

 

ポピパは去年の文化祭で5人そろったらしい。

 

実家の手伝いが忙しい沙綾ちゃんを、香澄がステージに引っ張り上げて、そこから5人のバンドが始まったのだとか。

 

だからポピパにとって、文化祭というのは大切なイベントだ。

 

たとえ数週間後に主催ライブが控えていても、この大切なイベントに、どうしても参加したかったらしい。

 

これだけ聞けば、感動的な話だ。ポピパは去年よりすごく演奏技術が上がってるし、メンバーの息もピッタリだ。去年の文化祭でポピパを見たきりの人がいたら、1年でこんなに成長したのかと驚くだろう。

 

ただ、問題が発生した。

 

開演前の激励に訪れた俺に、花園さんがステージに間に合わなそうだ、という情報が入ってきたのだ。

 

花園さんは主催ライブに向けた修行を行っている最中で、今は昔馴染みがいるバンドのサポートギターをしている。

 

そして文化祭当日の今日、そのバンドのライブが入ってしまったのだ。

 

予定ではギリギリ間に合う時間だったようだが、運悪くライブの開始が遅れて、今もまだアンコールに応えてる最中らしい。

 

ポピパのライブ開始時間はもう過ぎていて、今は合同文化祭記念バンドとして曲を披露した彩先輩が、惚れ惚れするような会話テクで場をつないでくれてる。

 

……たぶん、あと数分も持たないな。

 

花園さんがライブをしているdubから、文化祭ライブの会場である羽女までは、かなり距離がある。たとえタクシーを使っても、文化祭の終了までに到着するのは無理だ。

 

そう思って、花園さんを迎えに飛び出そうとしていた香澄を抑える。

 

「み、幹彦くん!?」

 

なんで止めるの? 香澄はそんな顔をするが、ここで行かせるわけにはいかない。

 

香澄までいなくなったら、さすがに手の打ちようがなくなる。

 

「さすがに間に合う距離じゃないって」

 

「で、でも!」

 

「このまま穴を開けるわけにはいかないだろ? 花園さんの代わりは俺がやる」

 

「え!?」

 

普通に考えれば無茶だろう。

 

一度も音を合わせたことがないのに、いきなり本番で演奏して、上手くいくはずがない。

 

「でも海堂くん、演奏できるの?」

 

だから、沙綾ちゃんが心配する気持ちもわかる。俺の担当はキーボードだからね。無謀な申し出に聞こえたんだろう。

 

でも大丈夫。ギターならそこそこ使えるから。俺のチートは伊達じゃない。

 

「そりゃあもち――」

 

「出来るに決まってんだろ! こいつを誰だと思ってんだよ!」

 

安心させようとした俺の言葉を有咲が遮った。

 

思わずステージを見てしまう。大丈夫だった。彩先輩がそれどころじゃないキョドり方をしてる。会場も彩先輩への温かい応援に夢中で、今の声に気づいた様子はない。

 

さすがです、彩先輩。できれば俺も客席から野次を飛ばして、慌てさせたかったです。

 

視線を戻せば、まだフリーズしてる面々。仕方ないな。

 

「……まあ、そういうことよ!」

 

胸を張って言った。

 

「有咲?」

 

「有咲ちゃん……」

 

「あ、あはは、ごめんね、実力を疑ってたわけじゃないんだ。私たち一度も合わせたことないし、出来るのかなーって思って」

 

我に返ったポピパが、驚いたように有咲を見た。

 

「それなら大丈夫。よく有咲の練習に付き合って弾いてるから。さすがに花園さんと同じにはできないけど、曲の形を保つくらいならできるさ」

 

連弾もいいけど、ギターでちょこちょこ合わせるのも良いよね。今日は新曲なしって言ってたから、たぶん大丈夫だ。

 

「さすが幹彦くん! 頼りになる!」

 

香澄からの賞賛が気持ちいい。

 

ノースリーブの衣装も似合ってる。ヘソチラもすっごく良い。さっきも可愛いって言ったけど、まだまだ言い足りない。でも今は我慢だ。

 

「いいよ、香澄には後でご褒美もらうから」

 

「ええ、私!?」

 

「そりゃあ、ポピパのリーダーだからな。責任を取らないと」

 

「……香澄、諦めろって。大人しく流れに身を任せた方が楽だぞ」

 

「有咲!?」

 

香澄の説得をする有咲。なんというか、背徳的な良さがある。

 

「それより、少しでも打ち合わせしたいんだけど」

 

妄想は膨らむけど、今はライブだ。

 

花園さんが間に合わないのは、もう割り切るしかない。

 

その上で、穴を開けたまま終えるのか、よくわからない男が代役で出てきたけど、見事に曲を演奏しきるのか。

 

どっちの方がマシかなんて考えるまでもない。

 

少しでもポピパに興味を持ってもらって、次はメンバーがそろった演奏を聞きたいと思わせる。

 

それが今日の俺の役割だ。

 

「うん、いいと思うよ。さすがに演奏を合わせる時間はないけど、確認はしたいよね。香澄ちゃん、行こ?」

 

少し意外だった。

 

まさか一番、大人しそうな牛込さんが、真っ先に返事をしてくれるなんて思わなかった。

 

彼女は今の状況を最も冷静に見てるんだろうなって思った。

 

「そ、そうだね、ご褒美について聞きたいけど……。うん、私も賛成だよ! エッチな幹彦くんは後回しにして、今はライブだよね!」

 

顔が真っ赤の香澄だが、今はライブ、と切り替えてくれた。

 

後は時間だ。どのくらい、準備に使えるか……。

 

そのとき、メガネを掛けた小柄な女の子が、ギターを背負ってステージへと走って行った。

 

「私、行ってきます!!」

 

「ロック!?」

 

ロック?

 

確か、Galaxyのスタッフの子だ。あの子も羽女の学生だったんだ。

 

女の子は彩先輩と代わった。どうやら、ギターで場をつなぐつもりらしい。

 

一人だけのギターでこの場を?

 

無謀に過ぎる。

 

驚いて、女の子を見る。女の子の必死の表情が見えた。彼女もこれが無茶なことだって理解しているのだろう。

 

でも、なんとかしたくて、無理を承知で出て行った。

 

そんな思いが伝わってきた。

 

「準備をしよう。あんな子一人に格好つけられて、俺が何もしないなんて、ありえない。少しでも精度を上げよう」

 

香澄、牛込さん、有咲、沙綾ちゃんが強く頷いてくれた。

 

「幹彦くん、あの子の後はあたし達がなんとかしておくから、準備はよろしくね!」

 

「さすがっす、日菜先輩。助かります」

 

羽女の生徒会長である日菜先輩が言ってくれた。

 

すごく頼もしい。普段はなにするかわからない日菜先輩だが、あらゆる面で実力は本物だ。彼女がなんとかするって言うなら、絶対になんとかしてくれるだろう。

 

「海堂さん……よろしくお願いします」

 

「もちろんです。燐子先輩のためにも頑張ります。無事に終わったら、ぜひ、お礼をさせてください」

 

まさかの燐子先輩から声をかけてくれた。感動した。

 

生徒会長という立場か、それとも生来の優しい彼女だからか、ポピパの危機をどうにかしたいと思ったのだろう。

 

全てが無事に終わったら、絶対にお礼をさせてもらおう。

 

「……なんか、あたしと違くない?」

 

「それじゃあ、準備してきます!」

 

時間はない。

 

ポピパと俺は、控室へと急いだ。

 

 

 

手早く準備を済ませ、簡単だが打ち合わせも行った。

 

俺は最後に用を足した後、ポピパが待っているステージ前へと急いだ。

 

その途中で、見知った愛しい顔を見つけた。

 

「お、美咲じゃん。応援しに来てくれたのか?」

 

紙袋を携えた美咲が立っていた。

 

この道は舞台袖へとつながる道だ。人通りもないし、たぶん俺を待っててくれたんだろう。

 

「うん。それもあるけど、あんたの衣装を持ってきた。さすがに私服でステージに上るわけにはいかないでしょ?」

 

「それもそうだな。美咲は気が利くなあ。で、衣装はどこにあるんだ? ハロハピで使ってるやつか?」

 

今の私服も悪くないと思うけど、確かに衣装があれば、ちょっと変わった代役って感じになる。

 

さすが美咲である。

 

「ここにあるじゃん、ほら」

 

そう言って、美咲は紙袋から羽女の制服を取り出した。

 

「…………は?」

 

「は? じゃないよ、時間がないんだから、呆けてないで着替えないと」

 

なにしてんのって感じで美咲が言ってきた。

 

「いやいやいや、おかしいだろ。なんで羽女の制服なんだよ。え、これ着ろってこと? 嘘だろ?」

 

「嘘じゃないって。ちゃんと一番大きなサイズを用意してきたんだから」

 

大きいサイズを用意した? だからなんだよ?

 

「いや、そういう問題じゃないから。なに? 美咲、彼氏を犯罪者にでもしたいの?」

 

「そんなつもりはないよ」

 

「そんなつもりはないって……これ、どう見ても俺に恨みがある仕打ちにしか見えないんだけど」

 

同い年の女の子の前で、女装をさらす? え、罰ゲーム以外の何物でもないんだが?

 

俺、さっき燐子先輩に、お願いしますって言われたんだけど? 女装した姿を見せるの?

 

「まあ、恨みはあるけどね。日頃から人前で抱きつくなって言ってるのに、こころ達の目を盗んではイタズラしてくるし」

 

「それは美咲が可愛いんだから仕方ないだろ。俺だって、美咲には遠慮してる方だぞ。花音とか有咲を見てみろって。街中でもR-15行為を連発してるぞ」

 

たまにやっても後ろから抱きついたり、軽いセクハラをするくらいだ。あの2人に比べたら、腕を組もうとしたら手が滑ってパイタッチした程度の取るに足らない内容だ。

 

「他にもあるよ。この前のデートで、ニンニクの匂いさせて来たでしょ。あれだけニンニクラーメンを食べたら近寄るなって言ったのに」

 

「それは……その、アレだよ。これから忙しくなるから、あの日を逃すと、しばらくラーメン作れなくなりそうだから、さ……」

 

まあ、確かに少し前に言われていたから、ニンニクが嫌いってのは知ってたけど、マスクをすればなんとかなるかなって思ってたんだよ。

 

まさか、匂いが服に染み付いてたとは思わなかったんだよ。

 

「それに、あたし達だけで充分だって言ったのに、すぐに戸山さんに手を出したじゃん」

 

「……ごめん。後悔はしてないけど、それはマジでごめん。あのときは3人に言った言葉は本気だった。嘘偽りのない気持ちだった。でも、ごめん」

 

これは何も言えない。

 

香澄と結ばれたことは幸せだけど、確かに美咲たちの期待を裏切ったところはある。何度だって謝るつもりだ。

 

「いいよ。つい言っちゃったけど、それに関しては、あんたを責めるつもりはないから」

 

「うん。ありがとな」

 

香澄との関係を報告したあと、美咲も盛大に呆れてたけど、最後には、戸山さんで良かったって言ってくれた。

 

申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちで一杯だ。

 

今回だって、わかってくれた。持つべきものは優しい彼女だなって思う。

 

優しさばかりに甘えてられないから、今度なにかお礼をしたい。デートにしようか、プレゼントにしようか、落ち着いたら美咲に聞いてみよう。

 

「まあ、それはわかったけど、これは着てもらうからね」

 

「わかってねーじゃん!」

 

恨みマックスのままだろ! めっちゃ責めてるし!

 

そのとき、ポピパとの待ち合わせ場所の方向から、有咲が様子を伺いながら近づいてくるのが目に入った。どうやら話を聞いていたみたいだ。

 

「おい、有咲もなんとか言ってやってくれ!」

 

「あー……なんか、他のみんなも来てるらしいぞ。お披露目にはちょうどいいんじゃねーか?」

 

「よけいダメじゃねえか! ヤダよ、絶対に着ないからな」

 

有咲の言う“みんな”は、初期勢のことだ。まあ来るだろうなと思ってたけど、今はそんな情報は求めてない。

 

「そんなこと言わないでさ。せっかく白鷺先輩が頑張って手配してくれたんだから」

 

「うん。それを聞いても全く心が揺るがないな。……え、すぐ横? うわっ、白鷺先輩!」

 

美咲の説得する気がなさそうな話に応えていると、有咲が指を差した。そちらを見ると、すぐ隣に白鷺先輩が立っていた。もちろん、いつもの笑顔だ。

 

俺と美咲のやり取りを不思議に思う様子もない。間違いなく、どこかで話を聞いていたんだろう。

 

「うわって、ずいぶんな挨拶ね? 私がいたら、なにか都合の悪いことでもあるのかしら?」

 

「いや、別に白鷺先輩に含むところなんてないですよ。ただ、俺の顔と体型で羽女の制服を着たら、絶対におぞましい姿になると思うんです。ほら、ポピパの舞台を壊すわけにもいかないし」

 

男が舞台に上がるのだって、見ていて格好がつくから許せる話であって、見るにも耐えないヤツだったら、それはただの事故だ。

 

ポピパすごかったよね!(高揚) じゃなくて、ポピパの演奏に何かいたよね?(極寒) になる。

 

それじゃあ、俺が花園さんの代役として立つ意味がなくなってしまう。

 

……うん? 嫌な思い出を残さないって意味では有りなのか?

 

「そもそも部外者がステージに立つことがグレーな話よ。だから、少し無理をしてでも羽女の生徒として格好を整える必要があるの」

 

「まあ、たしかにそうですね。だから羽女の生徒のふりをする、そこまでわかります。でも、俺がこれ着たら一瞬で男ってバレますよ。なんなら舞台袖にいる準備委員っぽい生徒に止められると思います。いくら羽女、花女の生徒数が多いからって、上着が筋肉でパツンパツンになってて、丈が短くて腹筋まるだしで、スカートの下がすね毛に覆われてる人はいないでしょ。この格好、ファッションにうるさい人がいたらクレーム待ったなしですからね」

 

この上着を着てギターを演奏したら、たぶん途中で肩の辺りが破けるだろう。上が世紀末スタイルで、下はスカート。そんな生徒がいるなら見せてもらいたい。怖いもの見たさで興味があるわ。

 

「うふふ」

 

白鷺先輩はめっちゃ笑顔だった。

 

「うふふ、て……。そうだ、有咲はそんな悪ノリしないよな?」

 

普段、ストッパーをしてる美咲が俺への仕返しで敵に回っている。同じく白鷺先輩は言うまでもない。

 

なら、残る望みは有咲だけだ。有咲なら俺に恥をかかせることは、させないはずだ。

 

「……いや、さっきさ、お前に熱い視線を送ってた生徒が何人かいたんだよな。てっきり、みんなビビるかな て思ってたけど、意外と受け入れられてるみたいなんだよ」

 

まあ、慣れてきたんだろ。

 

去年も羽女の文化祭でお邪魔したことがあるから、数人は俺が無害だってわかってくれたんじゃないか? 今年も薫先輩の手伝いをしたし、有咲の生徒会の手伝いで花女から羽女までの荷物運びをするためにお邪魔したりもしたからな。

 

「……それで?」

 

「だから、その子たちに幻滅してもらうのも有りかなって思ってる」

 

「いやいや、ないから。俺、別に新しい子を増やすつもりないから。無用な心配だよ、それ」

 

話が飛躍しすぎだ。どうして怖がられてないが、好意を持たれてる、になるわけ? 熱い視線だってアレだよ、男に対する好意じゃなくて、動物園にいる珍しい動物を見る感じだって。今世に来てから、そういう視線はたくさん浴びてきたから、俺はわかるよ。

 

しかも幻滅させるために、俺、この格好するの? 俺へのダメージが大きすぎるだろ。

 

「香澄はどうなんだよ?」

 

「いや、香澄は違うだろ。確かに増やさないって言って、あまり時間が経たないうちに香澄と関係を持ったのは事実だ。でも、それは以前から交流があった結果であって、出会ってすぐベッドインしたわけじゃない」

 

「あまり時間が経ってないどころか、1週間も経ってなかっただろ」

 

「まあ、時間の感じ方は人それぞれだから……」

 

早いと思う人もいれば、遅いと思う人もいる。仕方ないね。

 

「埒が明かないわね。ちょっと私、麻弥ちゃんに連絡するわね」

 

白鷺先輩がスマホを操作し始めた。麻弥先輩は演劇の裏方の仕事があって羽女にいたはずだから、呼べばすぐに駆けつけてくれるだろう。

 

「止めましょうよ白鷺先輩。なんで麻弥先輩の名前が出てくるんですか。今は関係ないでしょ。いいからスマホを置いてください。……わかりました。何が望みですか?」

 

白鷺先輩がにっこりと笑って、羽女の制服を指さした。

 

「ああ、やっぱり、コレを着ろですか。そうですか。……いやあ、おもしろそうだって気持ちはわかるですけどね。俺にも失うものがありますから」

 

「そうかしら? あなたって、いつも好き放題やってるじゃない。体裁なんて気にしないでしょ?」

 

まるで俺の方がおかしなことを言ってるかのような口ぶり。思わず俺も、自分、なんか変なこと言ったっけ? って気になる。

 

「いやいや、美咲に有咲、香澄もそうだけど、こころや花音だって幻滅するかもしれないですから。こう見えても俺、格好悪すぎることは控えてますよ」

 

「お前に今更そんなこと言われてもな……」

 

「あんた、これでもかってくらい、格好悪いことしてきたでしょ」

 

お前ら、うるさいぞ。

 

そんなとき、綺麗な金髪の少女が俺たちの元へと近づいてくるのが目に入った。

 

こころだ。

 

「こころー、何か俺、女装させられそうなんだけどー」

 

「……女装? 制服を着るの? だったらあたし達、おそろいね!」

 

「ああ、うん……。でもさ、もっと別のところで、おそろっちしようぜ。明るいパンク調の服でそろえて、せかいのっびのびトレジャー! とか楽しそうだろ? てか、制服だけど羽女の制服だぞ?」

 

「それもいいわね! でもあたし、幹彦と同じ学校に通ってみたいって思ってたの。なんだか夢が叶う気分だわ! 薫と同じ制服なら、一緒の学校に通ってるのと同じよ!」

 

ものすごいキラキラした笑顔で、こころはそう言った。

 

美咲が、「いや、違うと思う」なんて言ってるのが聞こえるが、仕方ない。

 

しょせん俺も惚れた側だ。こんな笑顔で言われたら断れない。

 

「……OK、わかった。でもお前ら、言い出したからには幻滅すんなよ。中性的って言葉から縁遠い俺の女装が、どんなおぞましい姿になったとしても、絶対に逃したりしないからな」

 

コレを理由に離れていくことだけは絶対にさせない。言い出しっぺなんだから、コレに関しては責任を取ってもらう。

 

「やっと腹をくくったね」

 

「ずいぶん粘ったじゃねーか」

 

「これでみんな、おそろいね!」

 

ずいぶんな言いようだ。

 

美咲と有咲は後で覚えとけよ。

 

「もう少し早く決断してもらいわね。ちょっと時間をかけすぎよ」

 

「あ、白鷺先輩はお呼びじゃないんで、観客席へ向かって、どうぞ」

 

もうヤケだ。どうせ恥をかくなら好きにさせてもらう。

 

「なに? 私は仲間はずれにするつもり? ずいぶん冷たいのね」

 

動じる様子がない白鷺先輩が、再びスマホを手に取る。そして俺に見えるように、『麻弥ちゃん』と表示されたディスプレイの通話ボタンを押そうとする。

 

「だから、なんで麻弥先輩に連絡しようとするんですか! そんなやり方で後輩を脅して恥ずかしくないんですか! それならこっちだって花音を呼びますよ! なんなら薫先輩だって呼びますから!」

 

スマホを取り出して、白鷺先輩に見せつける。

 

白鷺先輩の動きがパタリと止まった。

 

「……花音と薫は関係ないんじゃないかしら?」

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

 

いつもの重い圧が来た。でも、絶対に引かない。ここで麻弥先輩に連絡を取られるのなら、格好悪くたって2人に泣きついてやる。

 

少しの間のあと、白鷺先輩はスマホをしまった。

 

「そうそう。お互いにケンカは止めましょう。このまま続けても、きっとどちらも無意味に傷付くだけですから」

 

「もういいわよ。それより、早く着替えないと時間がないわよ」

 

「わかってます。もう着ますよ。着ればいいんでしょ。もう面倒くさいんで、ここで着替えますね。時間もないし」

 

この道は舞台袖へと続く道だから、関係者以外は通らない。見知らぬ人にギョッとされる心配はないだろう。

 

「あ、あなた! ここで脱ぐの!?」

 

「はい。もうロゼリアの演奏が終わりますよ。控室に戻ってる時間はないですって」

 

このやり取りでだいぶ時間が押してるはず。みんなのおかげで、ここまで場が整ったのに、遅れるのは嫌だ。

 

「し、下着が見えるじゃない!」

 

「はあ? トランクスが見えるってことですか?」

 

別に男が下着を見られたからってなんだというのだ。ああ、男が少ないから、そういう場面を見る機会がなかったってことか。

 

そう思って白鷺先輩を見る。白鷺先輩は初めて見る真っ赤な顔をして、焦っていた。

 

……少し、気分が高揚した。

 

上は私服、下はトランクス一丁の姿で、白鷺先輩に向かって仁王立ちする。

 

「別に男が下着を見られたって恥ずかしくないですよ。白鷺先輩、ほら、よく見てください。恥ずかしいところなんてないですから。ほら!」

 

「ば、バカじゃないの!!」

 

白鷺先輩がそう言うと、赤い顔をしたまま背を向けて、しゃがみ込んでしまった。

 

思わず楽しくなってしまって、仁王立ちのまま笑みを浮かべてしまう。

 

「ふん、たわいもない。しょせん、こじらせた処女なんて、この程度よ。これに懲りたら俺に突っかかってくるのは止めるんだな!」

 

俺がピアノ業界を引退した後、父さんが楽しそうに主催者側を追い詰めていたのを思い出した。

 

なるほど、これは確かに気持ちいい。

 

俺は、ここぞとばかりに追い打ちをかけようと、さらに一歩、踏み込んだ。

 

そのとき、ピピッという電子音が聞こえた。

 

「有咲、なんでスマホこっち向けてんだよ」

 

「いや、下着姿でアイドルに迫ってたけど、初期勢的にアウトだから、みんなに送ろうかなって」

 

冷たい目をして、動画を回している有咲。

 

楽しい気分が一瞬吹き飛んだ。

 

「や、やめろ! 女装以上に面倒くさいことになるだろ!」

 

「うーん、でも、さすがに今のはなー」

 

慌てて、白鷺先輩を放っておいて、有咲に向き直る。

 

有咲は、そんな姿もバッチリ撮り続ける。

 

「み、幹彦くん。千聖ちゃんに何をしてるの?」

 

花音がいた。

 

「か、花音! いつからそこに!? いや、違うんだって! 別に白鷺先輩に迫ったりしてないから!」

 

端から見れば、白鷺先輩に襲いかかった挙句、その現場を彼女(有咲)に抑えられて、慌てて言い訳する彼氏の図だ。

 

しかも彼氏は下半身パンいち。

 

「有咲ー、幹彦くーん! そろそろ時間だよ……え!? な、なにしてるの? もしかして、さっきのご褒美!? 今なの!?」

 

「香澄、お前、このタイミングで入って来んのかよ!? 違うって、本番前なのにおっ始めようとしてないから。ご褒美は今度でいいんだって!」

 

今度は香澄だ。

 

香澄は混乱しつつも、赤い顔で「えっと、流れ、だったよね。……私も脱がないとダメ?」とか言ってる。

 

「ああ、香澄からそんな言葉が出るとはな。なんか複雑……」

 

「だって、有咲が言ったんじゃん!」

 

「ここ、あたしの学校の生徒もたくさんいるんだけど。なに? あんた、あたしの明日からの学校生活をぶち壊すつもりなの?」

 

「海堂くん、覚えておきなさいよ……!」

 

「ふえぇ……もう時間ないよ。これが終わったら好きなだけしてあげるから、今は我慢しよ……ね?」

 

「幹彦、さすがにここじゃあマズいと思うわ」

 

「香澄ー、有咲と海堂くんは見つかった? ……え、何してんの!?」

 

やいのやいのと騒ぐみんなに、下はトランクス一丁で立ちすくむ俺。会場内からアンコールの声が漏れている。あと1曲で、ロゼリアは引き上げてくるだろう。

 

「ああ、もう着替えるから! 着替えるからお前ら、どっか行け!!」

 

もはや考える時間なんてない。急いで俺は制服に着替えた。

 

 

 

その後のことは、あまり思い出したくない。

 

舞台袖の姿見で、予想どおりの出来栄えをチラ見した俺は、無の境地で舞台に上がって、見事、花園さんの代役を勤めきった。

 

観客席の一角で、見覚えのある女性らが演奏そっちのけで笑い転げていたことだけ伝えておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、幹彦が悩んでいる。

 

原因はわかってる。思っていた以上に大きくなった海外の問題だ。

 

セントー君の歌を詐欺に使ってたバカがいて、それを初期勢が抑えたら、初期勢が犯行予告を受けた。怒ったセントー君が海外との縁切りをして、それでお終い、となるはずだった。でも、ここでアメリカ政府が出てきた。

 

セントー君としては初期勢を守るために海外を切ったのに、海外からは切った理由を説明しろと出頭を命じられる。

 

自分勝手も甚だしくて、当然、無視するべき話なんだけど、アメリカ政府が出てきた以上、それだけで終わるとも思えない。

 

幹彦はそんな、個人にとっては大き過ぎる問題を抱えている。

 

私たちといるときは、いつものように振舞っているけど、ふと一人の時間ができると、静かに考え込んでいるのを知っている。

 

というか、奥沢さんも花音先輩も気づいてる。でも、あいつが言わないから、こっちからは話さない。みんなで、たとえどんな結末になっても、幹彦に付いていこうと決意するのが精一杯だ。

 

なにか幹彦のためにできることはないか、そう考えるけど、何も案は出てこない。時間だけが過ぎていく。

 

そんなこともあるので、幹彦の話には敏感になっている。

 

文化祭ライブにおたえが間に合わなくて、ギターがいない! ってなった時に、幹彦が手伝いを申し出てくれた。そのとき、幹彦の力を疑問に思った沙綾に怒鳴ってしまったのだって、きっとピリピリしてたからなんだろう。

 

まあ、おたえにモヤモヤした気持ちを抱いてたのも事実だけどさ。

 

でも、このままは良くないよな。

 

「沙綾、怒鳴って悪かった」

 

ロックが時間稼ぎにステージへ飛び出した後、私たちは控室へ戻ることにした。

 

その途中、先を進む幹彦、香澄、りみの後ろで、私は沙綾に話しかけた。

 

「いいよ。私も有咲が海堂くん好き好きなのを忘れたし」

 

沙綾はあっけらかんとした様子で、返してくれた。

 

「……からかうなよ」

 

「本当のことじゃん。それより頑張ろう。海堂くんの言うとおり、ここで演奏に穴を開けたら、おたえが悲しむよ」

 

おたえには言いたいことがたくさんある。

 

私たちの主催ライブのために修行したいと言ってくれたことは嬉しい。でも、それに夢中になって、ポピパのライブに出演できないってどういうことなんだ?

 

ポピパが大切って言ってたのに、幼馴染とのライブを選ぶのか?

 

ごちゃごちゃとした考えが浮かんでくる。

 

これはマズい。せっかく幹彦が気を使ってくれたのに、私が引きずるわけにはいかない。

 

「ああ、おたえが悔しがるくらいに会場を盛り上げてやらないとな」

 

「うん。その意気、その意気。……なんだか、少しポピパらしくなってきたね。海堂くんのおかげかな?」

 

「そうかもしれないけど、本人には言わなくていいぞ。お礼は今度、香澄がたっぷりするから」

 

幹彦が香澄に手を出したことは、正直に言えば、ああ、やっぱりな、て感じだった。

 

ガルパの始めの頃から香澄の歌を褒めてたし、香澄みたいなタイプが好みのはずだから、ついに時が来たかって感じだ。むしろ今になって思えば、去年の焼き芋パーティーで香澄に視線をやらなかったのは、気になりすぎた裏返しだったのか、とすら思う。

 

まあ、手を出したタイミングはどうかと思うけどな。

 

「あ、あはは……それはそれで申し訳ない気もするな。でも有咲はいいの?」

 

「なに言ってんだよ。私はどうせ強制参加だよ」

 

「そ、そうなんだ」

 

そもそも香澄を一人で向かわせるなんて、見捨てるのと同じことだ。付き合って1カ月も経たない香澄に、そんな酷なことはさせられない。

 

「ここ最近は文化祭の準備で相手できなかったから、花音先輩と奥沢さんに救援に来てもらわないとマズいかもな……あれ?」

 

少し遠くの方で、知ってる姿を見つけた。

 

「美咲だね。なんかすっごい笑顔だね。なに持ってるんだろ?」

 

「白鷺先輩もいるな。あれは……羽女の制服か?」

 

2人で羽女の制服を広げて、何やら話し込んでいる。

 

「有咲ー、沙綾ー、早くこっち来てよー」

 

奥沢さんと白鷺先輩を見ていたら、香澄たちに遅れてしまった。

 

「ああ、すぐ行くー! 沙綾、行こう」

 

「そうだね。なんだか、すっごく気になるけど、今はライブが優先だね」

 

ライブは絶対に成功させる。色々あるけど、それはライブが無事に終わってからだ。

 

私たちは控室へと急いだ。

 

 

 

わかってはいたけど、その姿は酷いものだった。何も知らずに舞台袖で私たちを待っていた、りみどころか、事情を説明した沙綾までが驚いて言葉が出なくなる始末。

 

結果的に弦巻さんの一言で決まったことだが、我ながら、なんというクリーチャーの誕生に協力してしまったのかと、後悔の念がよぎった。

 

幹彦は、りみと沙綾の顔を見て、次に舞台袖の姿見を見て、正面を向く。その目に光はなかった。

 

声をかけるべきかと悩む。

 

しかし、ちょうどロゼリアの曲が終わった。

 

もう文化祭終了まで時間がない。入れ替わるようにステージへ上がらないと、曲を演奏しきることができない。

 

幹彦には後で精一杯の償いをすることを心に決め、香澄、沙綾、りみへと視線を向ける。

 

「しっかりしろよ。この姿を吹き飛ばすくらいの演奏をしないと失敗するぞ! 私たちの全力を披露する。いいな?」

 

「う、うん! もちろんだよ!」

 

「そ、そうだね! おたえちゃんのためにも失敗できないよね!」

 

「自分たちで首を締めてるような気がするけど……やるしかないよね!」

 

いける。私たちのテンションは上々だ。決して、横にいるクリーチャーから目を逸らしたいわけではない。

 

「香澄! 掛け声!」

 

「うん!」

 

「「「「ポピパ! ピポパ! ポピパパピポパ!!」」」」

 

「……ぱー」

 

「よっしゃ、行くぞー!」

 

生気のない声を放っておいて、帰ってくるロゼリアに代わるように歩き出した。

 

不幸中の幸いというか、幹彦の姿は一つの成果をもたらした。

 

うっかりしていたけど、ロゼリアに氷川先輩がいたのだ。

 

自他ともに、超が付くほど風紀に厳しい先輩だ。

 

たとえ、おたえが間に合わない状況でも、部外者がステージに乱入することは絶対に許さないだろう。

 

だから本来であれば、幹彦の参加は、氷川先輩が気づいた時点で止められていたはずだ。

 

しかし、このクリーチャースタイルが功を奏した。

 

明るいステージから、暗い舞台袖に移ると、どうしても目が暗さに慣れるまで時間がかかる。

 

ポピパが向かってくるのはわかっただろうけど、ギターを用意できたのか、という安堵感しかなかったはずだ。

 

だから一番後ろの、影かと思ってた物体が人だと気づくのが遅くなったし、ようやく気づいたときには、その姿で思考が停止して、意識が戻った時にはポピパは既にステージで準備を終えていた。

 

それでも氷川先輩が止めようとしていたのが目に入ったけど、僅差で沙綾のドラムが音を鳴らす。演奏の始まりだった。

 

 

 

結果を言えば、ライブは大成功だった。

 

ざわつく場内に、笑い転げる見知った顔、何が起きてるかわからないといった顔のアフターグロウの面々に、ちょっと違うかしら? と首を傾げる弦巻さん。いつもの笑顔だけど、目尻に涙が浮かんでる白鷺先輩。ドン引きしてる奥沢さん(コレ、お前の彼氏だからな)。

 

到底、ライブを始める空気ではない。

 

でも、そんな状況を想定していた私たちは怯まない。

 

こんな状況でも、楽しい演奏をしてみせる!

 

みんな、その一心で、全力で音を鳴らす。

 

死んだ顔をしていた幹彦も、演奏が始まれば切り替わる。

 

おたえに負けないどころか、幹彦のギターの音が、どんどん香澄の声を盛り上げる。それに釣られて、私たちの音も弾けていく。最高の演奏だった。

 

時間がないため、MCを挟まずに曲を続けて演奏する。

 

全て、歌い切るころには、お客さんは総立ちになって、会場が大きな拍手で溢れた。

 

すごい一体感だった。

 

唯一、見知った顔のヤツらが、目に涙を浮かべて、辛うじて立ち上がって拍手をする姿だけが違和感だった。

 

幹彦の様子を伺う。

 

相変わらず目に光はないが、拍手を受けるその姿は、少しだけ憑き物が落ちたような気がした。

 

その姿を見て、これならもしかしてと思った

 

私でも力になれることがあるかもしれない。

 

そう思った。




非公開のサブタイトルは“花園EX”です。


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19.5話

たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています。
「バリバリムキムキマッチョマンの女装を想像したら、流石にキモすぎて無理でした_:(´ཀ`」 ∠):」 おおむね解釈一致と思っていただけたら
「マフィア○田が女装している姿を幻視しました(ヽ´ω`)」 よりにもよって、その人ですかw
「ゆりゆらのエギルを幻視した」 また懐かしいものをw
「180越えの筋肉ムキムキが女装してんの想像したら草生えますよ」「実際に見たら腹筋崩壊しそうww」 作者の高校時代はガタイの良い野球部が新入生への部活紹介でやってました。当時人気だったアイドルの踊りを披露してくれましたよ。もちろん大受けでした。作者も涙出るくらい笑ってました。


今回は主人公の母視点です。


私の息子は天才だ。

 

幼い頃からピアノを弾きこなしていた。

 

同じくピアノを習っていた身からすると、神がかってると言ってもいい程の成長スピードだ。

 

でも、夫に言わせれば、こんなもの、らしい。

 

子どもが小さければ小さいほど、音に対する吸収力は凄まじいものがあり、大人には信じられないほど、ものすごい速さで成長する。

 

それにしたって、小さな手でこんなに上手にピアノを弾きこなす子はいないと思ったんだけど、それも夫から言わせれば、息子には私たちの才能が充分に受け継がれているから、とのことだ。

 

プロのピアニストである夫と、辞めたとはいえ、コンクールで優勝経験のある私との愛の結晶だ、と言われた。

 

嬉しかったので、納得することにした。

 

だが、息子の才能はこんなものじゃない。

 

なんと幼いながら、作曲もこなすのだ。

 

思いついた、なんて言って、既存の曲には囚われない独自のリズム、独特の抑揚がある曲を作るのだ。大人だって、そんな曲を作れる人なんて限られている。

 

でも、夫だって昔からそうだったらしい。

 

なるほど! 夫の血だったか!

 

納得した。

 

息子は少し前からVtuberなんてものを始めた。

 

私たちも動画を見るのだが、息子はピアノだけじゃなくて、歌も上手い。

 

いや、幼いころから色んな楽器を使いこなしていたので、ピアノだけじゃないことは知っていた。でも、こんな人を感動させるほどの歌を歌えるとは思わなかった。

 

でも、夫に言わせると、昔は家庭教師にオペラの専門家を呼んだことがあっただろ、とのこと。

 

そうだったね。講師が、教えることなんて何もないって泣いて帰ったことがあったね!

 

納得ー!

 

やっぱり音楽については夫に似たんだなと思った。

 

私も才能があったと思うけど、夫みたいな天才ではない。天才の理解者は天才である。夫と息子にしかわからない何かがあるんだなと思った。

 

でも、息子の外見は私似だと思う

 

厳つい顔に大きな体格。さすがに私もあそこまでは大きくないけど、他の人に比べて背丈は大きい。

 

息子は子どもの頃から肉が好きな子で、ミートパウダーやエキスは好きじゃない子だった。嫌がるというより、それを肉にカウントしないのだ。別にミートパウダーがかかっていても気にしないけど、それ以外の肉がないと悲しい顔をする、不思議な子だった。

 

私も肉は嫌いじゃないけど、肉料理のレパートリーは全くなかったので、ほとんどトメさんに任せっきりだ。

 

トメさんというのは、海堂家の家政婦だ。息子が産まれた当時、40代のベテラン家政婦で、男がいる家庭の家政婦もしたことがある人だ。

 

経験豊富なだけあって、トメさんを雇うには通常の3倍以上の値段が必要だが、この人にお世話になったことを考えれば、それだって安すぎる方だと思ってる。

 

私は仕事が忙しくて、一月に数回しか家に帰れないし、夫は作曲のインスピレーションを得るために、年中、日本各地の別荘を渡り歩いている。偶に家に帰るのは、私の休日と合わせてデートするときか、ピアノ協会の仕事で東京に用事があるときだけだ。

 

そんな家にいない私たちに代わって、息子をこんなに立派に育て上げてくれたのがトメさんだ。もう50代になる人だが、その動きは衰えるところがない。

 

最近は、毎日のようにガールフレンドを連れてくる息子がおもしろくて仕方ないらしい。

 

連れてくる子次第で、甘いイチャイチャを見たり、ドラマでも見ないような痴話喧嘩を見たり、誘い受けの如く息子のわがままに付き合うドM少女を眺めたりと、一生で滅多に見ることができない現場を日々、目撃しているらしい。

 

少し前にも、息子が悩みを抱えた少女を自宅に招待したんだとか。2人で仲良くお喋りをしたり、地下の練習場でセッションしてたみたいだ。晩ごはんもトメさんを含めて3人で食べて、気づいた時には息子の部屋から嬌声が聞こえていたらしい。

 

2人とも一切そんな素振りはなかったのに、夕食後に片付けが終わったら、そんな状況になっていたのだとか。

 

早業すぎて、さすがのトメさんでも追いきれなかったらしい。息子は将来有望だ、と言われたが、全く嬉しくない。

 

そんなトメさんの最近、一番気になることは、隔週で家にピアノの練習をしにくる外国籍の少女と息子が、どのような経緯で関係を持つのか、ということらしい。

 

性格チェックは済んでるので安心してください、と言われた。この分だと、あと数年のうちに孫の顔が見れるらしい。

 

なんだか、私以上に息子を楽しんでる。

 

ガールフレンドと言えば、さっきも言ったけど、息子にはたくさんのガールフレンドがいる。

 

世間的に素晴らしい話なのだが、私からすると不思議で仕方ない。

 

だって小さい頃から、将来は父さん、母さんみたいな夫婦になりたい! て言ってたのだ。

 

私たちはすごく仲の良い夫婦だ。私は夫を心の底から愛しているし、夫も私のことだけ一途に思い続けてくれてる。

 

だから息子だって、将来は大好きなお嫁さんを見つけて、2人で仲良く暮らしていくんだろうなって思ってた。

 

それなのに、高校に入ってすぐ、複数の女性と付き合い始めたのだ。

 

女性に興味があることは嬉しかったけど、不思議に思ったのは覚えてる。

 

まあ、どの子もすごく良い子らしいから、真剣に向き合っていくうちに好きになってしまったのだろう。

 

でも、その後も息子はガールフレンドを増やし続けた。まるで考えが変わってしまったかのような振る舞いに、正直に言うと驚いた。でも、やっぱり息子は幸せそうだし、付き合っている子一人ひとりに優しく接しているらしい。

 

どうなるかわからないけど、様子を見守っていきたい。

 

ちなみに最近、うちの会社のCMに白鳥ひめを起用したんだけど、気立てのいい、すごく可愛い子だった。厳つい顔した私にも積極的に声をかけてくれるし、こんな子が息子の嫁に来てくれたら、きっと良い関係が作れると思った。息子にガールフレンドがいなければ、試しにお見合いさせてもよかったんだけど……まあ仕方ないね。

 

 

 

息子はピアノの才能に溢れていた。でも、事件があって引退してしまった。

 

これについては、私は激怒したというよりも、悲しくて仕方がなかった。

 

あんなに好きだったピアノを、あんな形で辞めることになった息子が可哀想で仕方がなかった。

 

激怒したのは夫の方だ。

 

つまらないことで息子の未来を潰した審査員、それを受け入れたピアニスト、それに連なる派閥、全てに怒りが向いた。

 

あの様子を見たとき、私と息子は、これは大事になるって確信した。

 

この話の責任を取らせただけでは終わらない。徹底的に追い詰めるんだろうなって確信した。

 

なぜって……夫はドSなのだ。

 

今まで散々、偉そうにしていたピアノ業界の大御所たちだ。男のピアニストである夫に対しても、やり過ぎない程度に小馬鹿にしていたらしい。

 

夫は日頃から、その人たちを毛嫌いしていた。しかし、さすがに権力があった人たちなので、ケンカを売っても勝ち目がない。でも、この事件でその足場にヒビが入った。

 

息子の引退表明に悲しい顔と怒りを露わにした後、思いついたかのように見せた笑顔が忘れられない。

 

大きな問題を露見させた大御所たちだけど、やはり抵抗もあった。夫はそれを実に楽しそうな顔をしながら、一つ一つ丁寧に潰していった。抵抗していた人の、その反抗心が折れるまで、つぶさに様子を伺っていたのは覚えている。

 

夫が性癖を大いに振るわせ始めてから早4年。今ではピアノ業界は夫の手中にあると言っても過言ではない。

 

まあ、夫はとても頭が良いので、外にはそんな姿をおくびにも出さない。やってることだって、夫の性格を知らない人から見れば、音楽業界のために身を粉にして働いてるようにしか見えない。

 

実際に、息子がこんな事態に巻き込まれた怒りもあるし、いつか、息子が再びピアニストへ戻るときの足場固めをしたいという思いもあるのだろう。

 

家族にはとても優しい人なので、ただの意趣返しだけではないはず。そこは安心している。

 

夫の最近、気になることは孫がいつできるかだ。

 

たぶん私と同じことを、トメさんに言われたんだろう。

 

まあ、息子の結婚相手は私だって気になっている。なにごともなければ、今のガールフレンドたちと結婚することになるんだろうけどね。

 

トメさんが言うには、女の子同士の仲も良好で、このまま同居生活をしても上手くいくとのこと。

 

フワフワした性格なのに、ガールフレンド達をまとめ上げている女の子がいるらしくて、その子を中心に、みんな上手くまとまっているみたいだ。

 

嫁に関して問題ないのはホッとする。嫁姑(よめしゅうとめ)問題は勘弁してほしい。

 

私もあまり家には帰れないけど、息子と結婚した嫁に、家に帰るたびに嫌な顔をされるのは我慢できないだろう。まあ、最悪の場合は、息子が買い取った隣家の空き地に嫁さん宅を建てて、そこで暮らしてもらうのも有りだ。

 

これでも私は一端の会社の代表取締役だ。力関係で遅れを取ることはないしね。それこそ、弦巻でもなければ、どんな嫁が来ようと大丈夫だ!

 

弦巻にも年頃の娘がいるけど、まあ、そんな偶然あるわけないから大丈夫だろう。弦巻当主も男嫌いで有名だからね。

 

昔、息子が小さいときに、個人で弦巻のパーティーに参加したことがあるけど、そのときも男はダメっていう暗黙のルールがあったから、夫も息子も連れて行かなかった。変に興味を持たれると嫌なので、願ったり叶ったりだったけどね。

 

とにかく、トメさんに任せっきりだったが、息子は順調に育っている。

 

最近は息子のVtuber活動に対して、なにやら海外が揉めているらしい。夫がアップを始めてるって聞いた。私も手伝いたいけど、仕事が忙しいし、何より国際問題なんて、どう対処すればいいか見当がつかない。

 

でも、息子が何かされるようなら、何があっても守らないといけないと思ってる。あるいは夫がやり過ぎないように見張るだけでも効果があるかもしれないね。今度はどこに、どこまで噛みつくかわからないし。

 

とにかく、無事にこの問題が終わることを祈っている。



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19.6話(松原花音視点)

超難産回です。

2021年1月10日に初めの部分を17.8話(松原花音視点)として分割しました。


「うーん、やっぱり、なんか違うわね」

 

こころちゃんが珍しく困り顔して、言った。

 

文化祭ライブでポピパのたえちゃんが遅刻により出演できなくなり、代わりに幹彦くんがステージに立った。慣れないギターを背負っての登場だったが、目を引くのはそこではない。

 

なんと羽丘女子学園の制服を着ていたのだ。

 

明らかにサイズが合っていない。ブレザーが七分丈みたいになってるし、前のボタンはしてないのに(できない)、服が限界までパンパンに伸びて、幹彦くんの体に張り付いている。しかも気のせいじゃなければ、肩の縫い目が破れてる気がする。あのまま演奏したら、きっと途中で腕の部分が破れ落ちちゃうんじゃないかな?

 

ブレザーの下のYシャツも、第一ボタンどころか、第二ボタンまで開いていて、次のボタンが今にもはじけ飛びそうだ。幹彦くんは胴回りもがっしりしてるから、シャツがこれでもかってくらい横に引っ張られて、丈が徐々に上がっていってる。今はおへそより少しだけ上の位置だ。

 

下はスカートだった。ここはもう、言うまでもないよね……。

 

愛しい彼氏だけど、その格好だけはいただけない。似合う似合わないじゃなくて、警察沙汰かどうかというレベルの姿だ。

 

幹彦くんが必死に抵抗していたみたいだけど、きっとこうなるって、わかっていたのだろう。

 

「美咲と千聖に演劇部が持っている予備の制服を貸してほしいと言われたが、こういうことだったんだね」

 

「幹彦くん、すっごい格好してるねー」

 

「いやあ、アレはないですね。ここまで酷くなるとは……」

 

「み、美咲ちゃんが幹彦くんに制服を持って行ったんだよね?」

 

確かに酷い格好だけど、美咲ちゃんはそんなこと言っちゃダメだと思う。

 

「ちょっとした仕返しと、ライブ成立のための仕掛けと、純粋な興味の結果ですよ。あと、市ヶ谷さん曰く、幹彦に好意的な視線を向ける生徒がいるらしいです」

 

そういえば、幹彦くんと一緒に文化祭を回ったけど、確かに好意的な視線はあった気がする。

 

あこちゃんのクラスの出し物のSESSION CAFEで、幹彦くんと私とあこちゃんでセッションしたんだけど、人集りがすごかったしね。

 

一番、熱い視線を送っていたのは明日香ちゃんだった気もするけど……。

 

「ああ、もしかしたら演劇部の子かもしれないね。幹彦にはたくさん手を貸してもらったから、感謝しているんだろう。今回の文化祭だって、幹彦に手伝ってもらったしね」

 

「みたいですね。市ヶ谷さん的には、よく知らない女性が増えるのは嫌なんで、これで夢から覚めてもらおうってことらしいです」

 

夢から覚めても、幹彦くんは格好いい人だと思うけど、あまり幹彦くんのことを知らない人があの姿を見たら、ちょっと避けちゃうよね。

 

ザワつく場内を他所に、ステージ上ではポピパのみんなが粛々と準備を進める。

 

いち早く準備を終わらせた幹彦くんは、悲しげな一人立ちで会場中の視線を一身に浴びている。

 

私たちは、その姿を立見席から眺めている。

 

自分でやったことなのに引いてる美咲ちゃん。

 

珍しい姿の幹彦くんに、なんであんな格好をしているのか純粋に不思議に思ってる、はぐみちゃん。

 

あの佇まいには儚さを感じる……、と感動している薫さん。

 

こころちゃんは幹彦くんから目を離して、私の隣りにいた。

 

「幹彦は男の人なんだから、やっぱり男の人用の制服を着ないとダメね!」

 

「うん。男性用に作った制服なら、花咲川の制服の色合いでも似合うと思うよ」

 

「そうよね! なにもスカートを履かなくたって、同じ感じの制服だったら、おそろいに見えるわよね!」

 

「いいかもね。それなら幹彦くんも喜んで着てくれると思うな」

 

「今度、黒服の人に言って作ってもらいましょう! 花音や美咲、はぐみたちがいて、幹彦がいるなんて最高よ! これで薫とミッシェルがいれば言うことなしだわ!」

 

「そ、そうだね。ミッシェルなら……頼めば着てくれるかもしれないね」

 

「今度お願いしてみましょう! あたし、すっごく楽しみだわ! 一緒の学校に通えたら、みんなでたくさん楽しいことをするのよ!」

 

1年以上前の、あの出会いの告白――こころちゃんのプロポーズに今にも返事をしようとする幹彦くんを止めたあと、私たちは近くの喫茶店へと場所を変えた。

 

そして、そこで私は幹彦くんに告白した。私もあなたのことが好きですって。

 

幹彦くんは戸惑いながらも、私の告白を断ろうとしたけど、こころちゃんは乗り気だった。そして、こころちゃんが3人でお付き合いすることに賛成だったから、幹彦くんも折れた。

 

あのとき、なんでこころちゃんが賛成だったのかわからなかった。でも、そこで深く理由を聞いて、こころちゃんが心変わりするのが怖かったから聞けなかった。

 

でも、今ならわかる。

 

こころちゃんは居場所を探していたんだ。

 

楽しいことを共有できる人がいる、自分の居場所を。

 

幹彦くんはこころちゃんの大切な人。でも、私もこころちゃんにとっては大切なんだと思う。

 

たった1回の演奏を共にしただけの私だけど、こころちゃんは私と、これからも楽しいことを共有したいと思ってくれた。だから、あんな無茶なお願いだって聞き入れてくれた。

 

私が幹彦くんの側を譲れない場所と決めたのと同じように、こころちゃんは幹彦くんと私がいるココを譲れない場所と決めてくれた。

 

それなら、その場所を守りたいという気持ちは痛いくらいにわかる。

 

「私も、こころちゃんといると楽しいよ」

 

「あたしも花音と一緒にいて楽しいわ」

 

こころちゃんは、ニッコリと笑ってくれた。

 

もちろん、受け入れてくれた恩もある。

 

でも、それを抜きにしてもハロハピは楽しい。自分一人じゃできないことも、ハロハピのみんなと一緒なら初められるし、挑戦できる。

 

みんなと一緒にいるのが楽しくて、みんなと一緒になにかに挑戦することがおもしろい。いつの間にか、私はハロハピ以外の人に対しても、前向きに接することができるようになったと思う。

 

この文化祭ライブに合同記念バンドとして参加することだって、ハロハピに出会う前の私だったら絶対にできなかった。

 

彩ちゃん、リサちゃん、モカちゃん、つぐみちゃん。みんな仲が良い子たちだけど、前の私なら応援するのが精一杯だった。それを挑戦しようと決意できたのは、自分が成長しているのかなって思う。

 

もしあの日、あのまま2人が思いを伝え合うのを傍観していたら、きっと私は辛くなって、ハロハピに入ることはできなかった。

 

そうしたら、こうやって文化祭ライブに出ることも、みんなで一緒に幹彦くんたちを応援することもなかったのかもしれない。

 

IFの話だけど、そんなの考えたくもない。少しだけ身震いがする体を抑えて、悪い考えを頭の隅へと追いやった。

 

「そう言えば、有咲は他の人を増やしたくないって言ってるみたいだけど、幹彦の彼女の数はもう大丈夫なの?」

 

「うん。今、知り合ってる人で十分かな」

 

美咲ちゃんも有咲ちゃんも幹彦くんのことなら、たとえ相手が“弦巻”だって引かないだろう。まだ予定だけど、リサちゃんも芯が強いから、私たちの力になってくれると思う。ずっと気になってた香澄ちゃんとも関係を持てたみたいだし、後ははぐみちゃんと薫さんが来てくれれば言うことなしかな。

 

「そう、それなら良かったわ!」

 

私が幹彦くんと一緒にいるために始めた苦肉の策だったけど、実は千聖ちゃんの案だったりする。

 

誰から出た話か言ってしまうと、千聖ちゃんの営業妨害になってしまうみたいだから、情報源は口外禁止。心の中で千聖ちゃん計画と呼んでいるそれは、その名の通り、私のお友達の千聖ちゃんから聞いた話だ。

 

千聖ちゃんは昔から子役として芸能界で活躍している女優さんで、高校に入って知り合ったお友達だ。千聖ちゃんは芸能界で色んな男の人を見てきて、男の人を嫌っている。でも、男の人と付き合うことには一家言を持っていて、前にそれを聞いたことがある。

 

男の人はすごくワガママで子どものような人だから、一人の女性が男の人と付き合うのは、大きな子どもの面倒を急に見ることになったのと同じ。女性ひとりで子どもの面倒を見るのは疲れるけど、複数の女性がいれば、その数だけ一人の負担が減っていく、というものだ。

 

もちろん、幹彦くんと、千聖ちゃんが話していた話は違う。幹彦くんは手に負えないような男の人じゃない。

 

この話で重要なのは、分散できるのは女性への負担だけじゃないってこと。

 

1人の女性が持つ、後ろ盾の影響力も分散させるのだ。

 

こころちゃんと私の中じゃ、こころちゃんが一番なのは納得してる。私は横恋慕が叶った奇跡的な立ち位置にいるだけだから、こころちゃんが一番じゃなければ、むしろ落ち着かない。

 

でも、こころちゃんは“弦巻”だ。

 

男嫌いで知られている“弦巻”が、娘と恋仲になった男の人が、他の子にも手を出していると知ったら、どう思うか。どう考えたって、よく思われないだろう。

 

気に入らないとなれば、男の人を攻撃するか、男の人が手を出した他の子を攻撃する。男の人を攻撃しようとすれば、娘が反発するはず。そうなれば攻撃されるのは男の人が付き合ってる他の子だ。

 

これが私に対する嫌がらせなら我慢できる。私はそれだけのことを、こころちゃんにしてしまったから、その報いなら大人しく受け入れるべきだと思ってる。

 

でも、それが幹彦くんと離されるようなことなら我慢できない。幹彦くんとこころちゃん、2人の人生を変えてまでも欲しかった場所だ。絶対にここだけは譲れない。

 

とはいえ、私1人ではなにもできない。できるとしたら幹彦くんに助けてもらうことだけど、幹彦くんは本来、こころちゃんと一緒になりたかったのだ。こういう関係になったんだから、きっと私のことも守ってくれるけど、“弦巻”にあの手この手で策を打たれたら、いずれは心変わりしてしまうことがあるかもしれない。

 

だからこそ、この千聖ちゃんの手しかないと思った。

 

人を増やして、単純な力関係になるのを阻止する。“弦巻”が私を離そうとしても、美咲ちゃんや有咲ちゃんが阻止しようと動く。逆に2人のどちらかが離されそうになれば、もう1人と私がそれを阻止する。彼女が多くなり、三角から四角、五角、六角と増えていけば丸に近づいて、一角を取り除くことが難しくなる。

 

そういう計画だった。

 

私は初めて幹彦くんと一夜を共にした夜に、私が思っていることを全て、包み隠さず幹彦くんに伝えた。こころちゃんと幹彦くんと私が一緒にいるために、幹彦くんに協力して欲しいと伝えた。

 

幹彦くんは少し考えたあとに、笑ってくれた。そして、こころにも全て話さないとな、と言ってくれた。

 

そんな打算で始まった計画だったけど、出会う人に恵まれて、これ以上ないくらいの形になってきた。

 

こころちゃんに許可されたあと、元から女の子が大好きだった幹彦くんは、まるで免罪符を得たかのように気持ちを切り替えた。そしてすぐに、その後に出会った美咲ちゃんに手を出したのだ。

 

美咲ちゃんは男の人を冷めた目で見る人だから、幹彦くんにも素っ気ない感じだった。でも幹彦くんが仲良くなるために話しかけていくうちに、すっかり情が湧いてしまったみたい。美咲ちゃんも付き合うなら幹彦くんしかいないって思ったようで、すぐに2人は結ばれた。

 

こんな優良物件、他にいないですよって言ってたから、軽い気持ちで結ばれたのかなって思ってる。サバサバしてる感じは2人らしい。今では時折ドロドロしてる気がするけど。

 

幹彦くんは、その後も有咲ちゃんとお付き合いして、最近は香澄ちゃんとも結ばれた。はぐみちゃんと薫さんは、いつかはそうなるって期待してるし、美咲ちゃんが言うには、リサちゃんは確定らしい。

 

みんな個性的だけど、良い人ばかりだ。これならきっと、私たちが“弦巻”に言われるがままに離れ離れにされることはないと思う。

 

「こころちゃんに私、美咲ちゃん、有咲ちゃん、香澄ちゃん。これだけで、もう大所帯になっちゃうね」

 

「いいじゃない! みんな、あたしのお友達よ!」

 

「うん。みんなで仲良く過ごせたらいいよね」

 

「ええ! きっと、とっってもハッピーな毎日になると思うの!」

 

「私もそう思うな。……こころちゃん、まだ我慢できそう?」

 

「私たちの約束のためだもの! もうちょっとなら平気よ!」

 

「も、もうちょっとなんだ……」

 

「あと1カ月が限界だって思ってちょうだい。それまで幹彦が我慢するようなら、あたしの負けね。花音は大丈夫そう? あの作戦は上手くいきそう?」

 

「……うん。絶対に大丈夫とは言えないけど、最低限の人はそろってるし、みんな良い人ばかりだから、きっと大丈夫。……だからね、こころちゃん……」

 

「なにかしら?」

 

「我慢できなくなったときは、気にしなくて大丈夫だよ。そこからは私が恩返しする番なんだから」

 

「そう……それなら良かったわ! あら、そろそろ演奏が始まるわね」

 

「本当だ。楽しみだね」

 

「ええ!」

 

私のワガママでこころちゃんには、すごい迷惑をかけてる。

 

こころちゃんに迷惑をかけたことを考えれば、それこそ両手じゃ足りないくらいだけど、一生、頭が上がらないんじゃないかって程の恩が3つはある。

 

1つ目は私を受け入れてくれたこと。

 

2つ目は私のワガママで、こうやって幹彦くんの彼女を増やしていること。

 

最後の3つ目は、相思相愛である幹彦くんとこころちゃんの仲を我慢してくれていること。

 

演奏が始まる直前、あの日の続きを思い出した。

 

“弦巻”に3人が離れ離れにさせないために千聖ちゃん計画を実行する必要がある。

 

でも、人が揃う前に“弦巻”に動かれれば、そこで勝負は付いてしまう。

 

だから、“弦巻”が動き出すのを抑える必要があった。

 

そのために、こころちゃんには幹彦くんとの関係を隠すようにお願いした。

 

もう大丈夫って思えるその日まで、こころちゃんにとって、幹彦くんは大好きなバンド活動のメンバーの1人。すっごく仲が良いけど、恋人未満。そうでなければいけない。

 

こころちゃんは快諾した

 

でも、幹彦くんは強く難色を示した。

 

私と付き合うことも、他の女の子に手を出すことも受け入れてくれた。でも、こころちゃんとの関係を偽ることは納得できない。そんなことを言われた。

 

当然だ。幹彦くんは私のことも可愛いって言ってくれるけど、元はこころちゃんと付き合いたかったはず。あのとき私が止めなければ、きっと2人は結婚を誓い合って、順調に関係を進めていただろう。

 

それを私が邪魔をして、挙句にこころちゃんと恋人同士になったらマズいって言っている。

 

本当、自分勝手で嫌になる。

 

でも最後はこころちゃんに負けて、受け入れた。

 

幹彦くんはこころちゃんに弱い。本当の意味で惚れた弱みというのか、こころちゃんが望むことはなんだってしてあげたいと思ってる。こころちゃんが無理なことを言っても、幹彦くんにできることなら、出来る限り叶えようとする。この文化祭ライブの女装だって、こころちゃんに言われたから決心したはず。

 

幹彦くんは何度もこころちゃんに、本当にそれでいいのかって確認した。こころちゃんは、3人で一緒にいるためなら、少しの間くらい我慢するわ、と言っていた。

 

何度か繰り返し問いかけた後、幹彦くんが折れた。

 

それでも、最後にもう1度だけ幹彦くんがこころちゃんに確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、幹彦と花音と一緒にいるためには、そうした方がいいんでしょ? それなら私も我慢するわ……」

 

私はバカだ。何でもないように許してくれるから、こころちゃんを勘違いしていた。これが辛くないわけがない。ちょっと考えればわかるはずだった。

 

なのに上手く話が進むから、つい浮かれてしまった。

 

とにかく謝ろうと口を開いたそのとき、幹彦くんがこころちゃんに話しかけた。

 

「……こころ。じゃあ、我慢できなくなった方が負けな」

 

「負け?」

 

こころちゃんが首を傾げながら聞き返した。

 

「ああ。負けた方は勝った方に毎日、愛の告白をするってのはどうだ?」

 

「……! 素敵ね! 賛成よ!」

 

こころちゃんが、パッと笑顔になった。

 

会って間もないのに見慣れてしまった顔だ。でも笑顔でこそ、こころちゃんって感じがする。

 

「ああ、だから……いつでも我慢できなくなっても良いんだからな」

 

笑いながらも、少しだけ真面目な声で幹彦くんが言った。

 

「わかったわ! でも、あたしは負けないわよ!」

 

「はは。俺も負ける気ないよ。絶対に毎日、こころの方から愛してるって言わせてみせるから」

 

「ん~~~! すっごく楽しみね! 幹彦も我慢できなくなったら、すぐにあたしのところへ来てちょうだい!」

 

あんな無茶なお願いを、まるでゲームのように2人は話す。お互いに、我慢できなくてもいいよと笑い合っている。とてもお似合いの2人だと思った。

 

それを悔しいなって気持ちもある。でも、申し訳なさの方が大きい。

 

「2人ともごめんね……私、ワガママばっかりで……」

 

「いいんですよ。こころとの話もまとまりましたし、それに俺、仕事しなくていいなら、したくないですから。弦巻の責任とか取らないでいいなら、それに越したことはないですよ」

 

「そうなの?」

 

「そうなの。俺はこころを幸せにすることだけ責任取りたい。」

 

「幹彦は仕方ない人ね」

 

そんなところも好きで好きでしょうがない。こころちゃんの顔からは、そんな気持ちが読み取れた。

 

「我慢できなくなりそう?」

 

「今のじゃ、ならないわ。ねえ、花音?」

 

「ふ、ふぇぇ……さ、さっきの方が格好良かったかな?」

 

優しく笑いかけてくれるところとか、キーボードを前に佇んでいるときの集中している顔とか、すっごく格好良かった。

 

「そっか、じゃあ作戦を練らないとなー。グッと来る格好いいセリフの方がいいかなー」

 

「期待してるわ!」

 

そう言って2人は笑い合う。私も申し訳なさで、ぎこちない笑みを浮かべる。

 

「松原さん、いつまで我慢すればいい?」

 

「人がある程度、増えるまで。……あ、でも、その人の人柄も大切だよ。この関係を維持しようと考えない人だと、逆効果になるかも……」

 

「人を増やさないと行けないけど、誰かれ構わず増やせばいいってわけでもないか」

 

「難しい……かな?」

 

「難しくはないですよ。当然のことを確認するだけなので、むしろ絶対にやらないといけないことですしね。ただ、時間はかかるかな」

 

「あたし、そんなに長くは我慢できないかもしれないわ」

 

「どのくらい?」

 

「そうね、いちね……ダメよ。教えないわ」

 

「惜しい。でも大体わかったぞ」

 

「あたしだけなんて、ずるいわ。幹彦はどのくらい我慢できるの?」

 

「俺も1年って言いたいけど、どうだろう? もしかしたら1月ももたないかも」

 

「1月なんてすぐじゃない。もう少し我慢しないと競争にならないわ」

 

「言ったな。それじゃあ1年。なんとか1年は我慢する」

 

「いいわね! じゃあ1年経って、そこからが本番ね!」

 

「俺は優しいから、こころが途中で我慢できなくなっても優しく受け止めるからな」

 

「あら、あたしだって幹彦が我慢できなくなったら、なんだってしてあげるわ」

 

「え、マジ?」

 

「マジよ。でも我慢するなら何もしてあげないわ」

 

「ヤバい、我慢できそうにない……」

 

「ええ。いつでも待ってるわ」

 

楽しそうな2人につられて私も笑ってしまう。今度は自然に溢れる笑みだった。

 

2人はそんな私を見て、更に笑みを深くした。

 

「じゃあ、それまでは……」

 

不満が消えた幹彦くん。

 

「ええ、どちらかが我慢できなくなるまでは……」

 

不安が消えた、こころちゃん。

 

「このことは……私たち、3人だけの……秘密だよ」

 

その2人に不満と不安を与えた私。でも、一縷(いちる)の望みに希望を抱く私。

 

どうなるかは、わからない。でも、3人一緒にいる方法はコレしか思い浮かばない。

 

だから、このまま進むしかない。

 

「秘密……! 良いわね! あたし、こういうのは初めてだわ!」

 

「他の人には知られたらダメだよ。こころちゃんのお母さんにも、あの黒服の人たちにも」

 

チラリと少し遠くの席に座る黒服の人を見る。

 

動きはない。静かにこちらを見守っているが、慌てた様子はない。声は聞こえてないんだろう。

 

「ええ! お母様にも内緒にするわ! 幹彦、花音、なにか暗号を決めましょう! 3人で秘密のやり取りをするの!」

 

「うん、悪くないな。秘密っぽいし、上手くいけば良い連絡手段になる」

 

「でしょう! 他の人にバレたら負け! これも競争よ!」

 

「私も……絶対に、誰にも漏らさないから。約束、ね?」

 

お母さんにも、妹にも、お友達にだって絶対に漏らさない。少なくとも、もう大丈夫って思えるまでは、絶対に……。




以下、別話として投稿しようとした花音デートです。文字数制限で投稿できなかったので、こちらへ書いておきます。ただのポエムです。



今日はひと駅向こうのカフェに行く約束だ。

学校帰りに待ち合わせをして、青葉若葉の並木道を幹彦くんと2人、手を繋いで歩く。

会話はあったりなかったり。

雨上がりの香りが温かい。

時折、おもしろそうなものを見つけては、2人で立ち止まって、小さく笑い合う。

今日は、ハロハピみたいな昼顔を見つけた。

ぽんぽんぽんと、6つの花が咲いている。時折、風に吹かれては、楽しそうに揺れて、お互いの体をぶつけ合う。

はぐみがいた、はぐみちゃんはそっちだよ。それは薫先輩、薫さんはあっちじゃない? これは花音、うん、私だね。

時間なんて気にしない、なんでもない、いつもの日々。

ずっと、こうしていたいな。

それはきっと、幹彦くんも同じはず。

不思議な人だけど、この時間だけは、私は幹彦くんの最大の理解者だ。

いろんなものから開放された時間。

私の一番、幸せな時間。

でも、今日は少しだけ違う。

幹彦くんに僅かな陰りが見えた。

いつもなら、悩みなんて消えてしまうのに、今日は違った。拭い切れないほどのものが、幹彦くんの中にある。

でも、私にはどうすることもできない。

繋いだ手をギュッと握る。私の思いが届くように。

幹彦くんが私を見る。

私も幹彦くんを見る。

2人で同時に笑ってしまう。

落ち着いたころ、幹彦くんの陰りは少しだけ薄くなっていた。

どちらかともなく、歩き始めた。

今はこれでいい。ほんの少しでも、幹彦くんの重荷が軽くなったから、それでいい。

どんなことになっても、私は幹彦くんの側にいる。それが伝わったから、それでいい。


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19.7話

みなさん、もう忘れてると思うんで乗せておきます。

キャラ名
男A:江井 妻をDVで追い出した。CとはNFOで知り合った。今回はこいつ視点
男B:比井 彼女あり。バカ。AとCとはセントー君へのリア凸現場で出くわす
男C:志井 引きこもり。AとはNFOで知り合った。V活動をしていたが、現在、休止中


江井視点

 

 

 

今日も志井の家に遊びに来ている。

 

最近は俺、志井、比井とその彼女の4人で、こうやって集まって遊ぶことが多い。比井の彼女は社会人なので、参加するのは今日みたいな休日だけだ。

 

NFOとか世界のアソ○大全などのネットゲームで遊ぶことも多いが、こうやってオフラインで遊ぶのもおもしろい。

 

今日だって、パラッパ○ッパーの続編であるウンジャマ・○ミーを持ってきて、こいつらに布教していた。とくに比井はパラッパラ○パーのおもしろさがわからない哀れなヤツなので、俺が丁寧に楽しみ方を説明してやった。

 

その甲斐もあって、比井はすっかりウンジャマ・○ミーの虜になった。

 

まあ、パラッパ○ッパーとウンジャマ・○ミーは好みが分かれる作品だから、ウンジャマ・○ミーが好きだからって、必ずしもパラッパ○ッパーが好きになるとは限らないんだけどな。

 

「江井はどうなんだ。ウンジャマ・○ミーは許せるか?」

 

クリアまで漕ぎ着けた後、ウンジャマ・○ミーの正当な評価をされてないという話になり、比井にそう聞かれた。

 

「許せるに決まってるだろう。コレは名作だ。確かにパラッパ○ッパーと違ってラップバトルではなくて、ラップにギターで返すスタイルは、前作ファンがコレじゃないって評価する気持ちはわかる。でも、それはラップを期待してたからだ。このゲームの本質は優れたリズムを競い合うゲームだ。それを考えれば、前作の期待値を軽く超えてる。歌も良かったしな」

 

「へー」

 

ポテチを食べながらNFOをプレイしてる志井が気のない返事を返した。

 

「ギターで返すのは予想外だったよな。オレは前作が好きってわけじゃないし、気の抜けた声よりギターの方が好きだから、おもしろいと思うぜ」

 

「パラッパの悪口を言うと許さんぞ。だが、そのとおりだ。ラップも良いが、ギターはギターで良さがある。さっきも言ったが、本質は音に合わせてリズムを取るゲーム性だ。ラップとギターでゲーム性に違いが出ないのなら、あとは好みだけだ。ギターの音より、ラップの方が好きな音だった。評価の低い意見は、そういうものだ」

 

「評価が低い理由か……。考えたことなかったな。嫌いだってコメントを見ても、どうせ女にはわからないだろって思ってたけど、そういう違いもあるんだね」

 

志井の気持ちもよくわかる。俺たちには全く楽しめない漫画やドラマにキャーキャー言ってるヤツの言葉なんて、いつもは俺だって読む価値もないと思ってる。

 

「ただの一例だ。意味もなく嫌うヤツもいれば、そもそもゲーム性が性に合わないヤツもいるだろう。そういう感想こそ考慮するに値しない。そんなヤツらには何を言っても無駄だからな」

 

「相変わらず難しいこと考えてんなー。自分が楽しけりゃあ、それでいいじゃねえか」

 

「気になるんだ。自分が楽しくて仕方ないゲームを、なぜ嫌うヤツがいるのか。初めは女どもは理解してないと鼻で笑っていたが、本当にパラッパ○ッパーが好きな人まで酷評する。そのわけが知りたかっただけだ」

 

俺が好きな作品の話だ。怒りも覚えるが、なぜと疑問が生まれてしまう。

 

以前あった政府の問題のように、興味のない特権を与えられて、それを女に不公平だって批判されるようなものなら、特権ではなく、批判されたことに目が行く。でも好きなゲームの批判だったら、そのゲームが批判された理由に目が行く。それだけの話だ。

 

ああ、そういえば、出て行った妻が、なぜ仕送りを続けているのかも気になるな……。

 

「お前こそ、レイ○ン教授が好きなら、少しは頭を使え。慣れてるだろ?」

 

「オレは頭を使うのはゲームをクリアするためだけって決めてんだよ!」

 

「いや、もうちょっと考えなよ。彼女さん、言ってやりなって」

 

志井もずいぶん彼女さんに心を開いたな。

 

まあ、あの体験を共有したから、女っていうより、友だちって印象が強いのかもしらない。幸い、彼女さんには比井がいるから、迫られるってことはないだろうし。

 

「頭を使おうと思う場所があるだけで幸せだと思います!」

 

「それでいいのか……」

 

彼女さんの比井への評価は意外と辛口だ。いや、甘いからこの回答なのか?

 

「でも、好きな音じゃないから、がっかりした人がいるんだね。そう言われちゃうと、仕方ない気がするね」

 

「そうだな。前作は好みを含めて完璧な作品だったのに、それが崩れてしまうのは、確かに辛い点だ。いくらゲーム性が優れているとは言え、納得できないファンもいるだろうな」

 

「江井はどうなの? 好みにはバッチリ合ってた?」

 

「……正直に言えば、俺も少し思うところがある。ああすれば良いのではとか、ここは必要なかっただろとか」

 

「へー、やっぱりそうなんだ」

 

これがドラマや漫画だったらどうでもいい。興味があるゲームだからこそ、小さいところにも目が行くようになる。自分の考えが生まれるのも当然だ。

 

「だが、そんな好みを差し引いても、名作には変わりないんだ」

 

単純に、遊んでいて楽しい。これを感じるだけで、やっぱり名作なのだ。次のステージが気になって、時間を忘れてどんどんプレイしてしまう。クリアしたときは充実感がある。これは素晴らしいと思う。

 

「まあ、あれだけ楽しそうに遊んでたら、そうだよね。次回作はどんなるんだろう?」

 

「次回作か……。そうだな、たぶんギターからラップに戻すと思う。名作には違いない。だが、ギターに変えたことで受け入れない人がそこそこいて、ギターに拘る理由がなければ元に戻すだろう。またパラッパに戻って、新しいステージを作る。そんなところか」

 

「なんだよ、ギターは終わりか」

 

「だが、新しい試みというのも挑戦してほしいな。パラッパラッパーは完成度が高い。正直、システムを変える必要はなくて、楽しいステージが追加されて、楽しいストーリーが楽しめれば、ファンとしては大満足だ。だが、リズムゲームというのは、もっと大きな可能性があるとも思う。もっと多様性に溢れてて、手軽に色んな楽しさを味わえる。そんな可能性がな……。それを見てみたいとは思う」

 

「江井は本当にリズムゲームが好きだなー」

 

「だな。そんなゲームのことを考えてばかりなら、いっそのこと、ゲームを作ってみればいいんじゃね?」

 

「俺がゲームを作る? バカなことを言うな。ゲームを作るのにどれだけ手間がかかると思うんだ。比較的、簡単な構成と言われてるUnde○taleだって、一人で作るのは膨大な時間がかかるんだ」

 

「アレは神ゲーだから、当然だよ」

 

やってる側からすれば、ピコピコ単純な動作を繰り返すゲームは作るのも簡単そうだと思われるが、少しでも制作現場について調べれば、そんな妄想も一瞬で吹っ飛ぶ。

 

「別に一人で作る必要ないだろ? ゲーム会社に入ればいいんだって」

 

「ゲーム会社? 俺が?」

 

「おう! なんだったら、オレも付き合うぜ。レイ○ン教授の新作が出るまで暇だし。オレもゲーム作りには興味があるからな」

 

「考えたことなかった。ゲーム会社に入って、俺が作るのか。パラッパに継ぐ作品を……」

 

なんとなく、これまで考えていた改善点が反映されたゲームを思い浮かべる。

 

楽しいストーリーで、楽しい歌に合わせてリズムを取る。隠し要素でこれまでにない音を入れてみたり。

 

楽しそうだ。

 

「パラッパ○ッパーじゃなくてもいいと思うけどな。それこそUnde○taleの続編を作ってもいいしな」

 

「アレは完結してる作品だよ。余計な茶々はいれちゃあダメだ」

 

「はいはい」

 

「ゲームを作る……」

 

「江井?」

 

パラッパ○ッパーだけじゃない。おもしろそうなゲームを考えて、この世に誕生させる。そしてそれを、この3人にもプレイしてもらう。4人でワイワイ楽しむのもいい。

 

ああ、でも、会社に入るのか……。

 

「……いや、ダメだ。ゲーム会社といえど、中は女の巣窟だろ。俺が耐えられるとは思えない」

 

「そこなんだよなー。オレだってバカな女どもがいたら、一緒に作るって感じにはならないと思うんだよ」

 

「あっ」

 

志井が何か気づいた。

 

「なんだよ」

 

「1つあるよ。男の人がいる会社」

 

「マジか? どこだよ」

 

「君たちも知ってる会社だよ」

 

「……おい、まさか」

 

俺たち3人が知ってる男のいるゲーム会社。そんなのは1つしかない。

 

「そう、ディアーゲームス。セントー君がいるって噂の会社だよ」

 

「い、いやいやいや、無理だろ!」

 

「ゲーム作りに惹かれたが、命を賭ける覚悟はないぞ!」

 

女が相手でさえケンカしてゲームをダメにしそうなのに、あの男が側にいたら、ゲームを作るどころではなくなる!

 

「でも、有名メーカーだよ。楽しいゲームを作りたいなら、間違いなく人材はそろってると思う」

 

「た、確かに玉石の石を選ぶのは下策だな」

 

今のゲームメーカーは任〇堂とディアーゲームスの2強だ。

 

他の会社も、もちろん新作を出しているが、その2つに比べるとボリューム不足だったり、似たり寄ったりのゲームだったりする。

 

そういったゲームメーカーもいずれは人が育っていくのかもしれないが、今すぐ楽しいゲームを作りたいなら、その2社しかないだろう。

 

「それはわかるけど、オレたちセントー君に嫌われてるぜ? 処されかけたじゃん」

 

「それに、たとえセントー君がいたとしても、他の社員は女性だろ。セントー君も多忙だろうから、いつも会社にいるわけじゃないはずだ。そうなると、女性たちに囲まれてる時間が殆どになる。他のメーカーと変わらん」

 

月に何曲も新曲を出して、聞くところによるとバンド活動もしているらしい。律儀に毎日、学校にも通ってるとか。その上でゲーム開発だ。

 

歌をメインに活動してると考えれば、ゲーム開発に使える時間はそう多くはないだろう。

 

「それもそうだな」

 

「ゲーム会社に入るためには、女性と働くことを覚悟しないといけない、か。僕らには厳しいね」

 

「オレは別に女は苦手じゃねえよ。お前らと一緒にすんな」

 

「お前、年上の女性がいると、トラウマが再発する可能性があるだろ」

 

「この前だって、彼女さんに泣きついてたじゃんか」

 

「うるせーぞ」

 

止せばいいのに、少し前に大人気だった映画を4人で見ることにした。

 

そこに出てくる年上の女性が、比井に嫌いな母親を思い出させたみたいで、映画の途中で、比井が突然、泣き出して、彼女にすがりつくなんてことが起きた。

 

やっぱり映画はおもしろくなかったので、比井の醜態ばかりが記憶にある。

 

「結局、無理な話だったんだ。男が社会にでるなんて、よほどの覚悟がないとできやしない」

 

嫌いな女が相手でも我慢するという覚悟がいる。たとえ上司であることを笠に着て、理不尽を要求されることになっても、耐え切れるぐらいの覚悟が……。

 

それはたぶん、今の男に求めるのは、あまりにも厳しすぎる条件だ。

 

「……諦めるの?」

 

「そうするしかないだろ。常識に考えて、無理だ」

 

志井が問いかけてくるが、こんなの無理に決まってる。

 

「まあ、そうだよな」

 

「江井はいいの? それで」

 

「だから、諦めるしかないんだ。どうせできないことに、いつまでも拘るのは無駄だろ?」

 

「でも江井、政府には抗えって言ってたじゃん」

 

「……!」

 

「どれだけ男が政府の言いなりだったとしても、心だけは折れちゃダメだって言ってたじゃん。ゲームが作りたいと思うのに、諦めちゃうの?」

 

「そ、それは……」

 

言葉が返せない

 

確かに俺はそう言っていた。絶対に政府に屈しないと。

 

だが、最近は口にしなくなっていた。

 

それはなぜか。

 

……たぶん、それを口に出せば、心以外は政府の言いなりだって認めてしまうことになるから。ずっと仕方ないって思ってたのに、今になって自由があるんじゃないかって希望を持つようになってしまったから。

 

楽しみができて、友だちができて、手放したくない日常ができてしまったから。

 

希望が見えたからこそ、俺の心をダメにした。

 

「志井、あんまり言ってやんなよ。政府に押し付けられんのとは違うことだろ」

 

「そうだね。ごめんね、江井」

 

「……いや、いい」

 

志井に悪意がないことはわかってる。

 

最近の俺がおかしいんだ。

 

「今日は帰らせてもらう。少しだけ気分がすぐれない」

 

「江井、もしかしてさっきの……」

 

「違う。そうだけど、違う。お前のせいじゃない。整理がつかないんだ。お前の言葉を図星ととらえた自分がいて、その整理に時間が欲しいんだ」

 

志井に含むところなんてない。ただ、どうしても今はゲームをわいわいプレイする気にはなれないんだ。

 

「辛気臭えな。まあ、またすぐに会おうぜ。お前、1人だろ? 1人で居続けると気が滅入るから。整理がつかなくても顔を見せに来いよ!」

 

「母もいるが……そうだな。俺は……1人なんだな」

 

仕事が本当に好きな母は、たぶん今日も帰りは遅いだろう。

 

それまでは家で1人、ゲームをして待つ。

 

「江井……」

 

「近いうちに顔をだす。じゃあな」

 

心配気味な志井の声を手で制し、俺は自宅へと向かった。

 

 

 

その帰り道、考え事をしながら、だらだら歩く。

 

考えるのはゲーム作り、そして志井の言葉。

 

自分がもしゲームを作るなら、こんな様子を追加させたい。ストーリーはもう少しドラマチックにするのもいいだろう。ああいうカメラアングルがあれば、もっと映像がおもしろくなるはず。そんな考えが浮かぶ。

 

でも無駄なことだ。どうせ作ることなんて、できやしない。考えるだけ無駄なんだ。

 

だって俺は妻ですら殴る男だぞ?

 

どうしたら女ばかりの会社で働けるというんだ。

 

バカな女に癇癪を起こして、首にされるのが関の山だ。

 

いや、それだけならいい。そのせいで、新作ゲームが止まるなんてことになれば、志井や比井たちにとっても不幸だ。

 

妻が去ったような、俺だけに影響する問題じゃないんだ。

 

……妻。あの料理が上手かった妻を思い出す。

 

また、食べたいと思うこともあるが、それだって、どうしようもない。

 

志井は、奥さんに連絡しないの? なんて聞いてくるが、なんて無茶なことを言うんだと思う。

 

散々、妻を傷つけて、俺が出て行けと言ったんだ。

 

それなのに、俺から連絡する? そんなのできるわけがない。

 

今更、どうしろって言うんだ。

 

結局、ずっと前から、この堂々巡り。

 

しょせん、変わらないんだ。俺が妻にやってしまったことだって、俺が女と働くのが生理的に無理なことだって、男が女の家畜であることだって。

 

抗おうとすれば疲れるだけ。いっそ、現状を心から受け入れた方が楽なんだ。

 

少し前までは、何がなんでも戦ってやる、そんな気持ちに満ちていたが、最近はすっかり萎れ気味だ。

 

原因はたぶんアレだ。セントー君の歌だ。

 

世界が終るまでは・・・。

 

その曲が耳から離れない。

 

大好きな歌ってわけじゃない。いい曲だと思うけど、お気に入りってわけじゃない。

 

でも、つい再生をしてしまう。

 

そして、再生するたび、自分が手放したものに思いをはせてしまう。

 

思い返しては諦めて、思い返しては諦めて。それを繰り返している。

 

そのせいで、最近は妻の顔がちらついて仕方ない。

 

だからこそ、ゲームなんて全く関わりがなかった妻の顔が、チクチクと思い出されるんだ。

 

そういえば、セントー君も今、大問題に巻き込まれているらしい。

 

自分とは規模が違う大問題にだ。でも、彼も俺と同じように悩んでいるのかと思うと、不思議な気持ちになる。

 

言われてみれば確かに、前の雑談動画では、少しだけ元気がなかったようにも見えた。

 

あの男ですら、女に左右されるのか。

 

もやもやする。

 

俺より圧倒的に強いであろう、あの男でも、女に負けるのか。

 

だったら、俺が勝てるわけないじゃないか。

 

セントー君みたいな有名人が女に屈したらどうなるのか。

 

もしかしたら、セントー君は何もかもが嫌になって、全ての活動を止めてしまうのかもしれない。

 

「セントー君がいなくなったら、ゲームの続きは出なくなるのか……」

 

もちろん、セントー君が辞めたからって新作ゲームは出続けるだろう。でも、彼が生み出す刺激的なゲームはもう楽しめなくなるかもしれない。

 

「はは……」

 

乾いた笑い声がでる。

 

結局、どこまでいっても、俺たちは飼われてる存在だ。圧倒的多数である政府に、何を言っても変わらない。

 

ヤツらの気分次第で、蹂躙されるだけの存在。

 

でも、それでも、もしかしたら、あの屈強な男が、睨むだけで人を気絶させるあの男が、政府の圧力を跳ね飛ばすことができるのなら、それも変わるのかもしれない。

 

男は女の言いなりじゃない。男だって、少数だって、何かを心から願って、そのために全力を出すなら、自分の意見を通すことができるかもしれない。

 

……俺にだって、できるかもしれない。

 

政府の言いなりにならない生活。自分の好きなゲームで遊んだり、ゲームを作ってみたり。志井や比井にその彼女と遊んだり。母が仕事を楽しんで、……妻がいる生活。

 

「なんだそれ……」

 

笑ってしまう。

 

バカみたいな夢物語だ。

 

ちょっと前の俺なら、こんな夢は見なかったのにな……。

 

楽しい毎日に接して、もしかしたらって思ったのかもな。

 

志井や比井たちと接して、彼に夢を見せてもらった。そのせいなのか。

 

「馬鹿野郎。今は変わらないだろうが」

 

聞いてる相手はいない。でも吐かずにはいられなかった。

 

自分に現実を直視させる。教えるために、独りごちる。

 

帰ろう。

 

もうすぐ日が落ちる。

 

まだ明るい時間帯なのに、帰り道はやけに心細く感じた。




イメージ曲
世界が終るまでは・・・(WANDS)

言うまでもないですが、SLAM DUNKです。漫画は大人になって見ても発見ばかりの超名作です。歌も全く色あせないです。もしかしたら思い出補正があるのかもしれませんが、それも含めて良い思い出です。


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20話

367:

【速報】白鳥ひめ 男性戦略に関する専門家と面会【行動力の化身】

 

371:

これはもう、アレだな

 

373:

なにを考えて勉強してるかわかる分、茶化せない……

 

374:

マジでそれ

ひめちゃん、居ても立ってもいられないんだろうな

 

375:

少し前まで、いかに綺麗にラーメンを食べるかって呟いてたのにな……

 

377:

やっぱ、ひめちゃんはすげーよ

アイドル活動で忙しいのに、こんな専門的なことを学びに行ってるなんてさ

私なんて、何事もないように祈るしかできない……

 

379:

くそっ

マジで腹が立つ

なんだよコレ!

 

383:

落ち着けって

気持ちはわかるけど、今はどうしようもないんだから

 

386:

今日、政府が見解表明するはずだろ

それまではゆっくりしようぜ

 

389:

私、仕事が手につかなくて休憩中

今日はダメかもしれない

 

393:

おかしな話だよな

こんな要求なんて真っ向から否定すればお終いなのに、なんで回答を先延ばしにしてるんだよ

 

397:

先月もさ、南米の男性がアメリカに移民したらしいね

 

401:

男性の家族がアメリカを糾弾してたヤツだろ

あの人は目先の利益で、私たちを捨てるようなことはしないって

 

404:

そうそう

でも男性からは助けを求める声はないんだよな

移民を決めた声明を出して以来、全く表に出なくなったけど

 

408:

絶対にやってるだろ、コレ。

 

411:

不自然すぎるよな

確かに南米に比べれば天国みたいな環境かもしれないけど、数日の滞在で考えが変わるもんか?

 

414:

変わらないとは言えない

でも、親族からすれば、ありえないことなんだろうな

 

418:

元母国の政府はなんて言ってるんだ?

 

422:

だんまり

ってか、その国の男性が移民を決めたのも、これが初じゃないはず

 

425:

ああ……もう政府が腐ってんのか

 

426:

終わったな……

 

429:

一応、アメリカで産まれた外国人労働者の子どもが南米に送り込まれてるはず

だから人口が減りすぎて消滅ってのは、直近では起きない

現地に住むアメリカ人の農園で働かされてるはずだよ

当然、現地人より扱いは下

 

433:

プランテーションかよ

 

436:

形を変えた奴隷貿易だよな

 

437:

骨までしゃぶる気か

 

442:

そんな時代を逆行してる国が、自分たちが気に入らないからって、他国の男をわざわざ自国まで呼びつける

そんで、何をするかと言えば、その男を公の場で叱りつけたいだけ

しかも無事に帰ってこれる保証はない

アホかと

 

445:

そうなんだよ

普通に考えれば、鼻で笑ってお終いなんだよ

それなのに即答しないって異常過ぎるだろ

 

449:

あ、おい!

テレビで中継始まるぞ

 

451:

マジかよ

 

452:

ちょっと見てくるわ

 

 

 

512:

【悲報】日本政府、男性の海外への一時出国は現行法上、可能と解釈

 

515:

嘘だろ

 

516:

おいこれは……

 

518:

事実上、鹿の出国許可ってことか

 

521:

なんでだよ

なんでそうなるんだよ!

 

523:

アメリカに屈したな

 

525:

マジでわからん

なんでここで折れた?

確かに向こうの言い分もわからなくはないけど、それが男性を手放す理由にはならないだろ

 

529:

鹿が黙っていたことで騒動が収束しなかった面があるのは、わかる

でも元はといえば、お前らが鹿の歌を悪用したからだろ

それで鹿に見放されて、残り火を自分たちで消火できないからって、それを鹿のせいにすんなよ!

 

532:

ちょっと官邸に苦情いれてくる

 

535:

そもそも越境は、旅行に関する法律で禁止されてんだろ?

 

539:

されてる

「国の利に資する又は緊急を要すると判断される場合は、この限りではない」って、ただし書きがあるけどな

 

543:

緊急じゃないよな

 

547:

鹿をアメリカに飛ばすことが国の利益になるってことかよ!?

 

551:

え、ありえんだろ、え?

 

554:

男性を手放して、国になんの利益があるんだよ!

 

557:

まあ、あるだろ

アメリカと仲良くなれんじゃん

 

561:

仲良くなるのはいいけど、そのために男を手放すのは違うだろ

明らかに長期的に損だろうが!

 

564:

向こうの議会に出頭して、説明をして帰ってくるだけだから

周囲もアメリカ政府が守るだろうから、危害は加えられないだろうし

 

567:

そのアメリカ政府が危険なんだろ!

お前、さっきの見てねえのかよ!

こういうパターンだと、アメリカに永住させられて、もう戻ってこないんだぞ!

 

571:

それは私たちの想像だろ?

アメリカに旅行したけど、普通に国へ帰ったやつもいるって話じゃん

 

574:

ただの旅行者ならな

どう考えても鹿は狙い撃ちにされてんだよ!

鹿がアメリカに呼びつけた後もリージョンロックし続ける気なら、日本に返したらアメリカの負けなんだよ!

 

578:

それこそリージョンロックを解除すればいいだけだろ

毎回、あいつは人の話を聞かないから、こうなったんだよ

調子に乗らないで大人しくしてればよかったんだ

いい気味だよ

 

582:

>>578

てめえ、アンチだろ!

そのID、アンチスレにあったぞ!!

 

585:

通報するから

覚悟しとけ

 

589:

いや、私は事実を言ってるだけだから

 

593:

その言葉が男相手に通じると思うなよ

鹿が気に入らなければ、侮辱罪は余裕だぞ

せいぜい身辺整理でもしとけ

 

596:

だから違うだろ!

別に鹿を侮辱するつもりなんてないって!

私はただ思ったことを書いただけだよ!

 

599:

書いたじゃんか

お前がくだらない妄想を日記帳に書き記すなら誰も文句は言わねえよ

でも、掲示板に書き込んだらアウトだよ

 

602:

大取り締まり大会から1年も経ってないのに

本当に学ばないよな、お前ら

 

606:

なまじ反応するヤツらがいるから受け入れられてるって勘違いしてんだよ

特に今回は鹿がマジで絶体絶命の危機だから、アンチも大盛り上がりしてんだろ

見えないところで

 

609:

バカが全員検挙されたと思ってたら、頭が回るヤツは隠れてたのか

で、今回は祭りだと思って、巣から出てきちゃったと

まあ、残念だったねw

 

613:

大取り締まり大会はムダじゃなかった?

 

616:

とりあえず、そのクソダサネームを変えるところからスタートしようぜ

 

619:

んなことより、マジで利益になるってことで売られたのか?

やっぱり男性を手放す理由としては釣り合いが取れてないよな

 

623:

噂ならあるぞ

 

626:

なに?

 

628:

やっぱ、まだなんかあるのか

 

632:

あくまで噂だが

今回の件って、鹿にとっちゃあ、どうでもいい事件なんだけど、アメリカに取っては死活問題なんだよ

 

635:

あの、アメリカは男性に優しい国って思われないと、男性の移民が減るからヤバいって話だろ?

 

639:

そうそれ

アメリカはこっちが思っている以上に危機感を覚えてる

だから、アメリカの最先端技術の情報公開を取引材料にしたんじゃないかって話がある

 

642:

最先端技術?

 

643:

……人工授精技術か

 

647:

その手があったか

 

651:

は!?

それってアメリカの虎の子中の虎の子技術だろ!?

 

654:

え、なに、どういうこと?

 

658:

人工授精なら日本もやってんじゃん

今更、その技術公開ってどういうこと?

 

661:

アメリカは日本より人口に占める男性割合が低いんだよ

 

665:

うん

それで海外から男性をつれてきてるんだよな

 

669:

そうなんだけど

それだって、どの国も警戒してるから、そんな大量に確保できてるわけじゃないんだよ

 

672:

元の国に取っても死活問題だから、当然だな

 

676:

でも、アメリカは不思議と人口が安定してんだよ。普通なら男性比率にあった人口割合へ、少しずつ人口が減っていくはずなのに

ヨーロッパはそれに抗って日本から精子バンクを輸入してる

でも、アメリカは全て自国内で賄ってるんだよ

 

679:

だから、なにか理由があるはずって言われてるんだよな

 

682:

それが人工授精技術ってこと?

 

686:

一番有力視されてるってだけ

でも、実際の男女比と人口を考えると、日本に比べて何割も成功確率が高いやり方が確立されてるはず

それか、日本以上に男性1人当たりから絞りまくってるかだな……

 

689:

アメリカから精子バンクの輸出はされてないから、そこまで桁違いな技術ってわけじゃないはず

でも、アメリカの男性比率であの人口を維持できるなら、日本の人口は一気に増やせる

人口を増やさなかったとしても、男性1人に対する負担が減るだろうし

 

693:

たとえ人口維持に他の秘訣があって、人工授精技術が大したことなかったとしても、各国が気になってる情報だから高値で売れる

んで、実際に日本がそれに食いついた可能性はあるな

 

697:

要は男性が1人消えるけど、次からはより効率的に人工授精ができるようになるから、鹿を売ったほうが国の利益になるってこと?

 

701:

たぶん、そうだと思う

 

704:

なんだよ、それ

それが本当なら、政府もマジじゃん

 

705:

え、Win-Win成り立っちゃうの?

 

706:

おおよそ考えられる最悪の事態だな

 

709:

マジでそのとおりなら、政府内では鹿を売ることが確定してる

ちょっとやそっと騒がれたくらいじゃあ方針は変えないぞ

 

712:

詰んでね?

 

714:

マジで今回はヤバい

 

716:

男の人権は?

女に比べれば、超優遇されてるだろ?

 

720:

男の優遇は国益につながるからだよ

1人の男の人権を無視したほうが、他の男の利益、国益につながるんだったら、当然、無視する。

 

723:

ヤバいってこれ

 

725:

初期勢はなんて言ってんの?

 

729:

一応、政府への署名活動を始めたらしいけど、それ以外はだんまり

たぶん、情報収集で忙しいんじゃないか?

本当のところが読めないと動きようがないし

 

733:

そうだよな

さっきの人工授精の話だって、そういう噂があるってだけだもんな

 

737:

それ以外となると、政府の動きが読めなくて恐いんだが

まあ、そうだな

 

741:

鹿のネットでの活動を知れば、前言撤回する可能性はある

 

743:

何かできることはないの?

 

746:

嘆願書に署名するとかかな?

初期勢がやってるやつ

本当はリアル署名の方がいいんだけど、鹿はリアルの知名度が低いから仕方ない

 

749:

メディア嫌いがここで仇になるのか

 

753:

効果は薄くても署名しようぜ

結果がどうなるかわからないし

最悪の事態になって、あとで後悔するのも嫌だろ?

 

756:

まあ、確かに

 

757:

私も署名してくる

 

760:

私も

 

763:

本当にさ、どうなっちゃうんだろうな

 

766:

わからん

でも今回ばかりはマジでヤバいぞ




次話は、できれば「キズナミュージック♪」の音源をご用意ください。FULLなら尚良です。作者の力量不足で、音源がないとちょっと……。


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21話

たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています。

作者のおすすめする読み方:
①キズナミュージック♪を用意します
②本編を読み始めます
③作中でキズナミュージック♪が登場します
④用意していたキズナミュージック♪の1番を聞きます
⑤泣きます
⑥本編の続きを読み始めます
⑦読み終えたらキズナミュージック♪に浸り続けます

それでも「?」ってなるなら、全て作者の実力不足です。

各ライブのイメージはアニメ2期最終話とFILM LIVEからです。


文化祭の後、有咲と香澄が落ち込んでいた。

 

理由はきっと、花園さんのことだ。

 

2人が落ち込んでるなら、俺も何かできることをしたかった。

 

たとえ、俺がシャレにならない状況にあるとしても、可愛い彼女が悩んでるなら力になりたいと思った。

 

とは言っても、バンド内での話なら俺ができることなんて限られている。有咲と香澄の話を聞いて、少しでも前向きになれるように接するくらいだ。

 

俺にはそれくらいしかできなかった。

 

幸いなことに、ポピパは仲直りできた

 

いや、仲直りできたというのも、おかしな話だ。

 

花園さんは当初の予定通り、ポピパの主催ライブのために修行に出て、その修業が終わったからポピパに戻ってきた。

 

そこに、いろんな人の感情が渦巻いただけで、結局、予定通りに事は進んだんだ。元に戻るのだって当たり前の流れだった。

 

有咲や香澄が悩んでいたような、花園さんが別のバンドへ行ってしまうなんて心配は、ただの考えすぎだったんだ。

 

イヴのときもそうだったけど、俺ができることなんて大したことない。俺の周りの人は本当に優しい子ばかりなので、きっと俺が何もしなくたって上手くいくんだ。

 

……だから、きっと俺がいなくなっても、有咲も香澄も仲間と元気にすごせるはずだ。初めは2人とも落ち込むかもしれないけど、いずれ仲間が傷を癒やしてくれて、いつかは今回みたいに笑えるはず。

 

そう信じられる。みんな、それだけの優しい仲間に囲まれていることは、よくわかっている。

 

今日はポピパの主催ライブの日だ。

 

ポピパがたくさん頑張って、開催までこじつけた。楽しみな日だ。

 

そして、初期勢の話では、そろそろ政府から通知が来る頃らしい。

 

もちろん、アメリカ議会への参考人招致の件だ。

 

参考人招致というくらいだから突っぱねることはできる。だがそれは、明らかな悪手だ。

 

噂話だが、日本政府とアメリカ政府でなんらかの取引がされるようで、日本はそれによって大きな利益を得るらしい。だからこそ、男を他国へ移動させるなんてことが通っている。

 

そんな重要な判断をした以上、政府も本気だろう。俺とアメリカが仲直りするとか、アメリカ議会の出頭を断固として拒否するなんて結末は望まれていない。

 

アメリカは俺を動かすために日本政府を頼り、取引を持ちかけた。これで俺が駄々をこねれば、日本は面子を失うし、アメリカだって実行力のない相手を頼ったという見る目のなさ、アメリカ政府の力不足が露呈する。

 

そうなれば、両国は失態を帳消しにするために、何としてでも俺を動かそうとする。それこそ、俺の事情は関係なしの手段を使ってくるのだろう。

 

そんなのはごめんだ。

 

こう見えて、俺はけっこう弱点が多い。

 

初期勢とか、母親の会社とか、ゲーム会社とか、バンド仲間とか、そして彼女とか。直接、俺に手は出さないけど、関係者に圧力をかけるのは難しくない。

 

男が優遇されるこの世界では、普通なら、それだってアウトになるんだが、今回は政府が相手だ。遠回しの圧力なら、いくらでもお目こぼしされるんだろう。

 

知り合いが被害に遭ってから動くのは後味が悪い。だったら、相手が本気だって確認できた段階で、潔く従った方が格好付くってもんよ。

 

大丈夫。腹は決まってる。

 

俺の大切な人たちの、今この瞬間を守る。そう思えば、俺が進むべき道なんて一つしかない。

 

それに、これが最後の演奏になるかもしれないんだ。俺の精一杯を演奏して、観客をたくさん盛り上げてやろう。

 

みんなに残る最後の俺の姿が、悲しい演奏をする男だなんて真っ平ごめんだ。

 

ハロー、ハッピーワールド! は世界を笑顔にするバンド。それなら最後まで楽しもう。

 

……幸いなことに、表情は仮面が隠してくれる。

 

 

 

ポピパの主催ライブが始まり、ハロハピの出番が来た。

 

パッとライトが点く。

 

黄色のサイリウムが揺れている。

 

サイリウムの光とスポットライトを浴びた、こころの姿が輝く。はぐみ、薫先輩も同様だ。両脇を見れば、花音とミッシェルだってそうだ。

 

チラッと後ろを見る。

 

後ろに映しだされるのは、見慣れたハロハピのバンドロゴに、ポピパへの応援メッセージ。

 

『スマイル!! こころ』

『おめでとう! がんばってね 花音』

『かーくん おたえ りみりん さーや あーちゃん 大好き! はぐみ』

『主催ライブおめでとう。いつも心に儚さを。 瀬田薫』

『平常心でがんばろー ミッシェル』

 

さすがハロハピ。素直な言葉が微笑ましい。

 

『思いの集大成 全部ぶつけていこう ミッキー』

 

そういえば結局、最後まで俺のことをミッキーって呼んでくれる人はいなかった。ミッシェルと名前の感じが似てるからかなー、なんて考えてしまう。

 

でも他にいい名前も思いつかなかったし仕方ない。俺だってミッキーって呼ばれるより、セントー君とか鹿って呼ばれる方がしっくりくるから、別に愛称はいらなかったのかもな。

 

そんなことを考えてると、こころの掛け声が始まる。

 

「ハッピーー」

 

『ラッキー!!』

 

観客もわかってる。

 

黄色のサイリウムが高く掲げられる。

 

「スマイルーー」

 

『イエーイ!!!』

 

黄色い光の波が、観客の顔を照らしだす。

 

みんな笑顔だ。

 

……うん、俺も負けてられないな。

 

「それじゃあ、いくわよ! とびっきりの笑顔で! えがお・シング・あ・ソング!」

 

うん? それいくの? それ3曲目に披露する新曲だよ?

 

……全く、うちのお姫様は本当に自由だ。

 

いいよ。最初から、全力でいこう。

 

 

 

俺のキーボードの音で演奏が始まる。

 

花音のドラムが入る。音に厚みが増す。

 

こころの歌が入る。世界が変わった。

 

はぐみのベースが楽しそうに駆けまわる

 

薫先輩のギターがアクセントを付ける。

 

ミッシェルが演奏に合わせて踊り、観客を楽しませる。

 

前衛3人はいつも楽しそうだ。

 

体がはずみ、音がはじける。アドリブばっかだ。

 

花音も大変だけど、それでもしっかり3人に付いていく。笑顔がこぼれている。

 

ミッシェルは……精一杯だな。楽しんでいると思うけど、中の人は必死だろうな。そこもまた可愛いところなんだけど。

 

みんなの姿を確認した後、演奏しながら目を閉じる。

 

音に意識を集中させる。

 

この瞬間が大好きだ。

 

みんなの生きてる音が混じり合う。今日の音は決まってるなとか、少し音を外したとか、アドリブ入れてきたとか、また自分の世界を表現してきたなとか。

 

それを含めて大好きだ。

 

それがみんなの個性。他の誰とでもなく、ハロハピで演奏してることを実感できる個性。

 

一人ひとり、かけがえのないメンバーとの演奏。

 

これが最後かもしれない演奏。

 

音楽は素晴らしい。

 

あれだけ引きずっていた悩みが、今は嘘みたいに軽くなってる。

 

まるで悩みが消えたみたいだ。

 

花音の優しいリズム、はぐみと薫先輩の楽しそうな音、ミッシェルの精一杯の踊り、そして、こころの声。みんな音に惹きこまれる。

 

目を開けば、みんなの姿が楽しく踊っている。

 

ここしか見えなくなる。

 

大切なメンバー。

 

自分は思っていた以上に、この生活に満足していたようだ。

 

未練がないと言えば嘘になる。

 

でも、今だけは忘れられる。

 

この楽しい演奏が続いている限り、俺は世界を笑顔にできる。それだけに集中できる。

 

2番が終わり、間奏が入り、3番に入る。

 

紐をお腹に巻きつけて、こころがミッシェルに吊るしてもらって会場の空を飛び回る。

 

とんでもないパフォーマンスだ。

 

でも、こころ達の顔は本当に楽しそう。

 

俺も楽しい。心からそう思う。

 

やっぱりハロハピは最高だよ。

 

 

 

 

 

 

 

有咲視点

 

 

 

 

幹彦の協力の甲斐あって、文化祭ライブをなんとか乗り切ることができた。

 

だけど、おたえが遅刻してライブに出れなかったことには変わりない。

 

私たちは関係者へお礼を言いに回った。幸いなことに、みんな暖かく許してくれた。

 

それ以降も、ギターが好きなおたえは、ポピパじゃなくて、ヘルプをしに行っていた幼馴染がいるバンドRAISE A SUILEN(RAS)で活動した方がおたえのためになるんじゃないかって、私たちが聞いちゃったりして、一悶着あった。

 

でも最後はみんな、ポピパが大好きで、ポピパで演奏したいってお互いの気持ちを確かめ合えた。

 

私たちは再び一つになることができた。

 

その後は大忙しだった。文化祭が終わったから、いよいよ主催ライブまで時間がない。会場であるGalaxyとの打ち合わせ、出演バンドとの調整、自分たちのセトリ作成、新曲練習などなど。

 

息をつく暇もない。

 

そして同時にセントー君……幹彦がかなり危ない状況にいる。

 

アメリカとの確執が、その政府を動かして、日本の政府までもアメリカの立場に理解を示した。

 

初期勢が言うには、もうじき幹彦の元に政府から通知が届くらしい。

 

そこにはきっと、アメリカへの渡航を許可すること、アメリカ議会に参考人として出席し、アメリカで起きてる社会現象の解決への協力をすることが書かれている。

 

事実上の出国許可証だ。

 

意外なことに、その通知には強制力はないらしい。でも、ここでもし幹彦がそれに応じなければ、次はどんな手を使ってくるかはわからない。

 

幹彦はそれがわかっていて、この通知が届いたら、大人しく指示に従うつもりだ。

 

もう帰ってこれないかもしれないのに、バカげてる。そんなヤツらのことなんて放っておけばいい。

 

幹彦にそう伝えたけど、悲しげな笑顔で、ごめん、とだけ言われた。

 

なんとかしたい。でも、なにをしたらいいか、わからない。

 

幹彦に、私でもできることはないかって聞いてみた。

 

そしたら、有咲は主催ライブだけに集中してくれって言われた。俺のせいで主催ライブが不完全燃焼に終わることだけは絶対に嫌だ。そう言っていた。

 

文化祭でおたえが遅刻したとき、幹彦は代役を勤めてくれた。そのときも文化祭ライブに穴が空いたら、おたえが悲しむからって理由だった。

 

自分のせいで誰かが頑張ってやってきたことがダメになる。そんなの嫌だもんな。

 

幹彦のためにも、私は私たちポピパがやりたいこと、主催ライブの成功に全力を尽くすことにした。

 

そして今日は、いよいよ主催ライブの日だ。

 

 

 

ぽぴぱパピポぱーてぃ。

 

最初に見たときは、なんて書いてあるのか理解できなかった名前だが、今になって見れば、この数カ月の苦労が思い出されて、なんとも言えない味がある。

 

香澄の思いつきも、偶には悪くない。

 

最後の確認で忙しくて、昨日の夜は寝ていない。ポピパのメンバーみんながそうだ。やることがありすぎて、とても寝てなんていられない。

 

会場入りしてきたハロハピの中に幹彦がいた。

 

幹彦は私に近づいてくるなり、お疲れさんって言って、頭をポンポンと叩いてくれた。

 

別に大したことねーよって返した。

 

でも、精一杯がんばったんだろ? って言われた。

 

当たり前だ。絶対に最高のライブにしてやるんだ。この数週間、全力でやってきた。そんなことを伝えた。

 

幹彦は、偉いって褒めてくれた。いつもの笑顔。でも、なんだか眩しそうで、安心した顔。いろんな感情がごちゃ混ぜになっていて、それが私に違和感を覚えさせた。

 

お前は大丈夫なのかよ。その言葉をすんでのところで飲み込んだ。

 

今日は楽しいライブの日だ。お客さんにとっても、私たち出演者にとっても。だから、そうじゃない話はダメだ。せめてライブが終わるまでは楽しい話じゃないとダメだ。

 

そう思って、幹彦を見つめる。

 

幹彦は私の顔を困ったように見つめ返すと、今日は頑張ろうと言い残して、先に楽屋入りしたハロハピの後を追っていった。

 

 

 

進行はお世辞にも上手くいったとは言えない。

 

トップバッターの私たちが、セトリを無視してReturnsというクライマックス用の曲を、開幕曲に持ってきてしまった。香澄が緊張のせいでReturnsの順番を間違えて、おたえが間髪入れずにためらうことなく音を鳴らした。もうどうにでもなれって気持ちで、演奏に集中した。

 

お客さんの反応は上々。立ち上がりにしては、すごく良いとも言える。でも、この後どうしようか。これマズくね? て空気だった。

 

そんな状況も、次のハロハピの演奏で吹っ飛んだ。

 

ハロハピも私たちに続いてセトリを無視して、新曲からスタート。スタッフのロックが、無茶振り連発にもかかわらず、スポットライトや音響調整を見事にこなす。

 

会場は大盛りあがり。ライブが軌道に乗った。そう確信した。

 

それなら、ようやくハロハピの演奏に集中できる。

 

幹彦はいつもどおりだ。いや、いつも以上に楽しんでる。ハロハピの演奏を楽しもうって感情が、控室に映る画面越しからでも伝わってくる。

 

『思いの集大成 全部ぶつけていこう ミッキー』

 

ハロハピが演奏するバックスクリーンには私たちへの応援メッセージが表示されている。

 

はは。お前がミッキーって呼ばれてるところ、1度も見たことないんだけど?

 

ハロハピは本当に楽しいバンドだ。歌や踊り、アッと驚く仕掛けなど、あらゆるものを使って会場を笑顔にする。演奏だって1年前よりも上手い。

 

北沢さんや薫さんの技術力は目に見えて向上してるし、花音さんも難しそうなフレーズを笑顔でこなす。奥沢さんの踊りも迷いがなくなってる。吹っ切れたって感じなのかな。去年から異彩を放っていた弦巻さんは、全てがより魅力的になっている。

 

そして幹彦は、メンバーの技術が上達するに合わせて、本来の実力を発揮していく。

 

キーボードが上手い、それだけじゃない。幹彦がふとメンバーを見ると、メンバーも気づいたように幹彦へと振り返る。すると、その担当楽器の音が爆発的に存在感が増すのだ。

 

ただ目立つための演奏じゃない。自由な演奏で、不思議と人の心を惹きつける音が広がるんだ。楽しい音が広がると弦巻さんのボルテージが上がる。声の張りもそうだけど、めちゃくちゃ声が伸びてお客さんを熱狂させる。ダンス1つ1つのキレが増して、目が離せなくなる。ミッシェルと合わせた踊りでは、まるで会場全体が示し合わせたかのように手を上げる。

 

すごい一体感だ。

 

ハロハピはその後の演奏でも、会場を充分過ぎるほど盛り上げてくれた。

 

私たちのReturnsで、お客さんの熱気が最後まで持つか心配だったけど、やっぱり杞憂だった。

 

いや、それどころか盛り上がりすぎてね? 次のバンドは大丈夫か?

 

次のバンドはパスパレだ。そちらを伺う。

 

「やっぱりハロハピはすごいね」

 

「はい。プロだって、このレベルは滅多にいませんよ!」

 

「さすが、師匠です!」

 

「本当にすごいよね! るんってする!」

 

「花音、立派になって……」

 

準備完了しているパスパレが、画面越しの演奏に臆することなく話している。

 

「でも、私たちだって1年前とは違うよ。私たちの輝きだって負けてない!」

 

「はい! ハロハピの皆さんに負けない演奏をしましょう!」

 

「師匠への恩返しです!」

 

「あたし達の演奏が、あの合同練習でやったとき以上のものだって、見せてあげないとね!」

 

「ええ。目にもの見せてやりましょう」

 

パスパレの熱は、アフターグロウ、ロゼリアにも伝わっていく。

 

最高のライブにしたい。ガルパから1年経って、私たちの気持ちがまた一つになった。

 

 

 

それから、みんな最高の演奏を繰り広げた。

 

ポピパの最後の曲、Dreamers Go! が終わった。

 

やっぱりライブは楽しい。

 

お客さんの声援。

 

ピンク色のサイリウムの奥に、幹彦たちの姿が見える。腕を組んで、笑顔で頷いてる。お前、彼氏面かよ。……彼氏だったな。

 

アンコールの声が広がる。

 

ピンク色の輝きと、お客さんの熱い声。会場を震わせる手拍子。香澄が肩で息をしながら、それを呆然と見つめている。

 

もしかして、これが香澄の言ってた、星の鼓動ってヤツなのか?

 

それなら良かった。やっと感じたんだな。……私にも少しだけ、わかった気がするよ。

 

みんなへ視線を向ける。みんな笑顔だ。たぶん、私も笑顔。

 

香澄は息を切らしながら私たちを見て、そしてお客さんに向き直った。

 

「アンコール、ありがとうございます!」

 

アンコール曲はもちろん決めてある。少しだけワガママを言わせてもらった。

 

「それじゃあ、もう1曲!」

 

私があいつにできる唯一のこと。それが音楽だ。

 

なにがあっても私たちは音楽でつながっていける。

 

別に悩む必要なんてないんだって。

 

我慢する必要もねーよ。お前がどう足掻いたって私は付いていくだけだしさ。

 

素直になって、感情のままに行動しろって。最近は後のことを考え過ぎなんだよ。

 

気に入らないから、関係を断つ。やりたいから、やる。欲しいから、求める。それがマズいことになるなら、いつだって私たちが止めてきただろ。

 

今回だって、私たちの反対を押し切って意地を張ったお前だけど、私たちだってそれを認めてただろ。

 

だから、お前だけが悩む必要なんてないんだよ。

 

特に、私とお前は一蓮托生だ。

 

もしかしたら、私がポピパで演奏する最後の曲になるかもしれない。でも、たとえアメリカに渡ることになっても後悔なんてしない。

 

ポピパとの出会い、思い出、経験。全てを出しきろう。

 

思いの集大成。全部お前にぶつけてやるよ!

 

「キズナミュージック!」

 

それできっと、あいつには伝わるから。

 

 

 

 

 

 

 

海堂幹彦視点

 

 

 

みんなに気づかれないよう、一歩だけ離れた。

 

せっかくの歌なのに、空気をぶち壊したくなかった。

 

涙が止まらない

 

さっきからずっとだ。

 

こんな楽しい歌なのに、楽しい気分のはずなのに、涙が止まらない

 

香澄の歌声が、牛込さんのベースが、沙綾ちゃんのドラムが、花園さんのギターが、そして、有咲のキーボードの音が重なりあう。

 

彼女たちの音を一身に浴びる。

 

有咲のバカ野郎。俺が足掻けば足掻くほど、大切な人たちに被害がいく。もう、そういう状況になってるんだよ。

 

だから腹を決めてたんだ。

 

それなのに、今更そんなこと言うなよ。

 

お前たちは、本当に俺の大切な人たちなんだよ。俺が原因で、お前たちを傷つけたくないんだ。

 

香澄、お前もだよ。そんな目で俺を見るな。止めろよ。俺はポピパが大好きなんだ。これからだって、ずっと活動してほしいと思ってる。たとえアメリカで暮らすことになったって、お前たちの音があれば、やっていけるって思ってるんだ。文化祭が終わって、やっとみんなの気持ちを確認できたんだろ。

 

それなのに、そんな顔をして見るなよ。そんな決意、俺は望んでないんだって。

 

大切な人たちの思いに感情が渦巻く。

 

そんなことを決意させてしまった罪悪感。

 

こんな結果をもたらしてしまった後悔。

 

どうしようもない悔しさ。

 

……そして、嬉しいと思う気持ち。

 

それを認めてしまえば止まらない。

 

余計な考えが、涙とともに流れ落ちる。

 

足掻くことで生じる被害、大切な人を守るためにできること、大切な人たちの願い、アメリカでの生活。そんな考えが払われていく。

 

残ったのは俺の心だけ。

 

ピアノが好きだという気持ち。

 

みんなといたいという気持ち。

 

音楽が楽しいと思う気持ち。

 

何かに気づいたわけでも、考えが変わったわけでもない。

 

ただ、涙が止まらなかった。

 

純粋な願いだけが残る。

 

俺がやりたいこと。それは……。

 

ふと左手を取られた。

 

涙でぼやける視界で見る。

 

こころが笑っていた。

 

あのときと同じ顔だ。初めて出会って、一緒にセッションして、プロポーズをされたときと同じ顔。温かいお日様のような顔。

 

あのときは言えなかったけど、伝えないと。

 

ぐしゃぐしゃの顔のまま、こころに顔を近づける。

 

鼻がぶつかり合うくらいまで近づく。

 

こころが待っている。

 

キラキラ輝く金色の瞳が、俺の言葉を待っている。

 

1年以上も待たせて、ごめん。

 

花音もごめん。俺、もう我慢できないや。

 

もう難しいことはいい。俺はこころが欲しいんだ。

 

「俺と結婚してください」

 

演奏と、歓声で大音量のライブ会場。俺の小さな声なんてかき消されたかもしれない。

 

でも、こころは笑ってくれた。

 

涙を浮かべながら、嬉しそうに笑ってくれた。

 

そして、背伸びしたこころと、俺の距離がなくなった。



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21.5話

ポピパ主催ライブの後、打ち上げの誘いを断って、俺はある場所に来ていた。

 

そう、弦巻家だ。

 

こころに思いを伝えた後、近くにいた黒服さんに弦巻家当主へのアポイントをお願いした。

 

なにがあっても、こころは離さない。花音や美咲、有咲、香澄だって離さない。ほかのことがどうなろうと、それだけは譲らない。たとえハロハピやポピパが解散することになっても、もう我を通すって決めた。

 

アメリカで新生バンドを結成させて、俺がベースをやる。土下座して、みんなにはそれで許してもらう。

 

だから後は、こころの実家に話を通す。子どものノルマは何人だっていい。アメリカで産まれた子どもであっても、必ず弦巻家へ送り届ける。必ずだ。

 

それでなんとか、こころを連れ出すことを納得してもらう。

 

そんな意気込みに溢れていた。

 

こころに、一緒に行くわって言われた。

 

でも断った。

 

これは俺のワガママ。最後くらい、俺に格好を付けさせて欲しい。将来できる子どもに、お前の父親は母親を奪うために、日本一の実力者に殴り込みをかけたんだって言ってみたい。

 

もしかしたら焼き土下座させられんのかな? まあ、それぐらいならいいや。うん。絶対に泣くと思うけど、少しの間だけ我慢すれば終わるしね。焼け爛れた皮膚だって、きっといつかは再生するだろう。手が動けばベースなら弾けるはず。

 

そんな思いで、黒服さんに話かけたのだ。

 

そして、その数時間後に、こうして弦巻家当主の部屋の前にいるって話だ。

 

うーん、フットワーク軽いね。

 

でも望むところ。俺だって、今が一番やる気に満ちている。

 

やろうじゃん。最後の戦いってヤツを!!

 

 

 

弦巻家当主は、とても迫力のある女性だった。

 

広い部屋。重厚感のある焦げ茶色の大きなデスク。左右に広がる書棚。絶対に高いシックなカーペット。そんな圧を感じる部屋に彼女はいた。

 

机の上には開いたままのノートパソコンと湯気の出てるコーヒーカップ。そのほか、小さな字がかかれた紙が広げられている。

 

椅子に座り、両ひじを机の上に乗せて、口元が手で隠れている。その目はまっすぐに俺に注がれる。

 

かつて感じたことのない程の圧力を感じた。

 

いつもなら面倒くさくて絶対に近寄らない類の人。でも今日は違う。

 

こんな圧に負けてられない。俺は心を新たに、女性に向かって歩き出した。

 

近くに来ると、その異常さをハッキリと感じる。

 

俺より明らかに体が小さいのに、座ってこちらを睨みつけるだけで、まるで巨人に観察されているようだ。

 

なんとなく、白鷺先輩を思い出した。彼女もいずれはこんな風になるのかな。それは、おもしろそうだ。間近で見れないのは残念だけど、いつか彩先輩に写真でも送ってもらう。

 

当主の顔つきは、こころに似ている。こころをずっと冷たくした目に、こころよりも少しだけ、くすんでいる金髪。でも面影がところどころにある。

 

なんだか、前にどこかで会ったような気さえしてくる。

 

当主と見つめ合う。目で、先にそっちが話せと言ってきた。

 

いいぜ、始めようか。

 

「今日はお願いがあって参りました」

 

当主は微動だにしない。

 

予想してたことだ。俺がアポイントをお願いした時点で、俺がこころにキスしたことは黒服さん経由で伝わっているだろう。

 

俺が何を言うかだって予想しているはず。

 

「単刀直入に言います。こころさんを嫁にください!」

 

バッと頭を下げる。

 

静かな時間がすぎる。

 

当主の言葉はない。

 

どんな刑に処すか考えてるんだろうか。

 

上等だよ。なんでも来いや。あの子たちと一緒になれるなら、なんだってしてやるよ。

 

少し経って、頭を上げなさいと、当主の声が聞こえた。

 

言われたとおり、姿勢を戻す。

 

「あなたのことは、いろいろと調べさせてもらったわ」

 

こころに似てるけど、深みと重厚感のある声。姿勢はそのままで、表情も変えることなく当主は言った。

 

「去年から娘と出会ってバンド活動をしてたこと。娘以外にも関係を持ってる女性が多くいること。実に自分勝手に振舞っていること。そして、海外と揉め事を起こしていること」

 

当主は机に広げた資料に、少しだけチラリと視線を落とした。

 

「このタイミングで娘が欲しいって言うことは、海外に娘を連れていくつもりなの?」

 

「はい。仰るとおり、アメリカで暮らさないといけない可能性があるので、最悪の場合はこころさんを連れて、アメリカで暮らすつもりです」

 

「自分勝手ね。初対面で会って早々、娘を海外に連れて行く? そんな勝手が弦巻に通ると思ってるの?」

 

「思っていませんでした。でも、もう絶対に認めてもらうと決めて来ました。非常識なのも、無理を言ってるのも承知の上です。でも自分はどうしても、こころさんが欲しくて仕方ありません」

 

なんとでも言って、いくらでも睨んでくれ。そうされて当然なことを俺はしてるんだ。

 

「……娘以外にも関係を持っている子がいるのよね」

 

「はい。他に4人います。みんなアメリカへ連れて行くつもりです」

 

「4人、ね。どうしても、こころが欲しいってわりに、ずいぶんと気が多いのね。本当にこころが好きなの?」

 

「はい。でも誰1人として諦めるつもりはありません。みんな愛してます」

 

始まりは計画的なものだったかもしれないけど、1人1人を愛してる。それに、みんなの気持ちは伝わったし、俺もみんなに迷惑かけることに納得してる。だから俺は引かない。

 

「ふーん……。でも、大切な娘をアメリカに連れて行かれるのは困るのよ。弦巻家ってね、そんな簡単な家じゃないの。あなたがアメリカに娘を連れて行って、娘の身の安全は誰が確保するのかしら?」

 

「もちろん、自分が守ります」

 

「あなたが? あなた、自分の身が守れないからアメリカに行くんでしょ? 冗談は止めてくれる?」

 

「それでも守ります」

 

「どうやって?」

 

「わかりません。でも、もうやり切るって決めました。何がなんでも守ります」

 

「ふん。話にならないわね」

 

「……」

 

目は逸らさない。俺だって無茶を言ってることは承知してる。だから最初はみんなを置いていくつもりだったんだ。でも、有咲たちに俺の好きなことをしろって言われた。こころも俺に付いていくと示してくれた。だからもう、理屈は関係ない。

 

「あなた、インターネットでVtuberをしているようね」

 

「……はい」

 

「セントー君だったかしら。彼にはたくさんの頼りになるファンがいるって話だけど、その人たちには頼らなかったの?」

 

「はい。これは自分が始めた問題ですから。あいつらは自分を止めてましたけど、自分はそれを振りきって我を通しました。これ以上、迷惑はかけられません」

 

適当に手打ちにして、なあなあで済ませようって言われたのに、俺の感情が納得しないから突っ切った。

 

「そうなの。……熱心なファンだったら、それでも相談して欲しいと思ってるんじゃないかしら?」

 

「そうかもしれません。アメリカへ連れて行くファンの女性に、自分一人で悩むなって怒られましたし」

 

ライブ後に、有咲と香澄にも弦巻家に行ってくることを伝えたんだけど、そのときに泣きながら言われた。

 

次は必ずそうするさ。まあ、人生は長いんだ。きっとまた悩むことがあるだろうから、そのときは必ず相談しようと思う。

 

「そう。ならなんで相談しないの?」

 

「いくら彼女たちだって、もうどうすることもできない状況になっています。ここで無理して被害を受けるより、このまま終わったほうがいいです。俺はもう、覚悟は決まってますから」

 

悩みはもうない。後に背負うものも、みんなと共有し合うって決めた。

 

「そう。つまり、あなた一人で勝手に決めて、勝手に出て行くつもりってことね。それは少し薄情なんじゃないかしら?」

 

「そうかもしれません。でも、もう決めたことです。それに、あいつらなら、いずれわかってくれると思います。これがセントー君にとって、有終の美なんだって」

 

ベストじゃないけど、ベターな終わり方なんじゃないかな?

 

生活全ては守れなかったけど、俺は大切なものを手放さなかったんだから。

 

「そうかしら。激怒してるかもしれないわよ」

 

「慣れっこです。いつも怒ってたし、怒られてましたから」

 

たぶん、最後のお別れ動画をするときも怒られるんだろうな。ちょっとだけ気が重いけど、最後くらい全て受け止めてやるつもりだ。

 

「……そう。彼女たちに言い残すことはないの?」

 

「……あるとすれば、感謝、ですかね。彼女たちがいなければ、自分はこんな決断をすることができなかったと思いますし。本当に心から頼りになる人たちでした」

 

こんなワガママなヤツに、よくもまあ、ここまで付き合ってくれたもんだよ。……本当に心の底から感謝してる。俺はすごく運が良かったって思うよ。こんな恵まれた環境に出会えたんだからな。

 

「そう。……こう言ってるわよ、みんな」

 

当主が目の前のノートパソコンの画面を俺の方へ向ける。なんだろうと覗き込んだ。

 

「……は?」

 

そこには、なにやら見覚えのある名前のヤツらのコメントが大量に流れていた。

 

[いえーい! 鹿、見てるぅー?]

[水臭いぞ、鹿ぁ!]

[ガチの敬語って久しぶりだよな。てか、娘を嫁に欲しくて頭をさげる男って新鮮……!]

[先に相談しろって言ったよね? なに、耳が聞こえてないの、お前?]

[社長、ノリノリ過ぎてほんと草]

[先月に発表したゲームが30%しか開発が進んでないじゃん。え、ディアゲに後ろ足で砂をかける気なの?]

[マジで社長の貫禄がヤバい。やっぱ弦巻は恐いんだなって]

[鹿もさ、自分に素直になるのはいいけど、もうちょっと理由を考えようぜ。具体的なことは一切考えてないけど、とりあえず頑張りますが許されるのは中学生までだぞ]

[鹿も結婚する歳になったのか……]

[今度、弦巻令嬢とありさにゃんZを連れて、うちに来な。美味いラーメン食わせてやるよ]

[てか、マジで弦巻が初期勢だって気づいてなかったの? 節穴では?]

[予定通り鼻はへし折れたかな? 泣きついて来なかったのは残念だったけど]

 

「え、なにこれ、どういうこと?」

 

間違いなく初期勢のコメント。なんで当主が見てんの?

 

「どうもこうもないわよ。私もいわゆる初期勢よ。あなた、本当に気づいてなかったのね」

 

「いや、だってそんなの……マジ?」

 

確かにコメントでも、そう言ってるけど……いや、でもそんなこと言われたことなかったよな?

 

「マジよ。そもそも、1年前のガルパのライブで声をかけたじゃない。覚えてないの?」

 

「覚えてるわけないだろ! 完全に初対面だと思ってた……」

 

確かにガルパのライブ前に初期勢らしき女性2人に絡まれた覚えがあるけど、普通は顔まで覚えてないだろ。その後のライブでも2人を見かけることはなかったし……。まあ、弁護士の方はテレビにも出てたから覚えたけどさ。

 

てか、こころの母親が初期勢なの?

 

マジで?

 

……花音よ、どうやら計画は最初っから破綻してたみたいだぞ。これは俺のせいじゃないからな。

 

「ライブに初期勢っぽいヤツがいないと思ってたけど、お前らずっとネットに張り付いてたのか」

 

[何も言わないお前の尻拭いのためにな!]

[せっかく勝ち取ったチケットを棒に振ったんだから、埋め合わせは期待してるぞ]

[今度、文化祭スタイルで演奏してもらおうか?]

 

ふざけんな、女装なんて二度とやるか。

 

このコメントはきっと、文化祭ライブの映像を初期勢に公開したヤツだろうな。お前の顔は覚えてるからな。

 

そんなとき、見覚えのある名前が出てきた。

 

[ありさにゃんZ:悪い、遅れた。今どういう状況?]

 

「あ、有咲! お前、知ってたのか!?」

 

[ありさにゃんZ:さっき知った。弦巻さんから、お母様からお話があるみたいって電話を渡されたんだよ]

 

「これから打ち上げだったろ?」

 

[ありさにゃんZ:そんなもん、これが無事に解決すれば何回でもできんだろ。弦巻さんから伝言がある。これはお母様や有咲たちの戦いだから、あたしは動いちゃダメらしいけど、頑張って。だってさ]

 

「そうか。……それなら、よけいに頑張らないとな」

 

笑顔のこころが思い浮かぶ。うん。もっと元気が出てきた。

 

[熱いねー!]

[イチャイチャすんな!]

[表は弦巻令嬢。裏はありさにゃんZってこと? 果報者め!]

 

「うるせーよ、わかってるよ」

 

他にも花音に美咲、香澄がいる。本当に俺は幸せものだ。

 

「話は終わってからにして。とりあえず、今の状況よ」

 

当主がそう言うと、茶化すようなコメントがピタリと止まった。そして次々に報告が流れてくる。

 

[とりあえず、アメリカ内の中立派の株を抑えたぞ。過半数にはいかないけど、敵に回らないように圧力かけるには充分だ]

[アメリカの男性擁護団体へ情報を流した。あとは敵対議員の事務所にスキャンダル資料を匿名で送りつけるだけ。鹿のファンが合流するだろうから、さぞ燃え上がるだろうな]

[アメリカのフェミ団体にも情報流しといたぞ。フェミを弾圧する動きがあって、そのためにデモを起こさないといけないから、今すぐ協力者の議員に連絡を取れってな]

[ツイッターの方でも急速に広がり始めてる。アメリカのファンを上手く焚き付けてきた。すぐにトレンド入りするぞ]

[ネット上のニュースサイトの買収が終わった。ネットはもう大丈夫]

[南米の男性擁護団体にも、さっき情報を流した。アメリカで使われてる興奮剤の強度の情報だ。今なら、それだけで炎上するはず]

[伝手のある日本の業界人には話は振ってある。味方につかなくてもいいけど、敵になるなって言っておいた]

[ヨーロッパの男性人権団体への話もついた。積極的な支援は行えないけど、メディアで広く遺憾の意を表明するってよ]

[公安はさすがに無理だった。でも、積極的関与はしたくないって言ってもらった]

[裁判所はいつでもOKよ。むしろ、政府の通知が遅くてイライラしてるくらい]

 

「お前ら、なにやってんだよ……」

 

話が大きすぎて思考が追いつかない。

 

なに? 国内外の団体とやり取りしてたの? それに株とか買収ってどんだけ金をつぎ込んだんだよ……。

 

俺のポケットマネーで補填できる? 3桁億円はさすがにキツイぞ……。

 

「物事にはね、勝ち方ってものがあるのよ。この件を乗り越えて、その先に私たちが望む未来があるのか。結果として、アメリカには少し荒れてもらうけど……仕方ないわよね。彼女たちから仕掛けてきたケンカだもの」

 

やり過ぎじゃないかって顔の俺に、当主が言った。

 

[ここでヤツらとの因縁は断ち切らないと。次の手なんて打たせないように、もう私たちとは関わりたくないって思わせないと]

[私たちは初めから穏便に済ませようとしてきた。それでも噛み付いてきたのは向こう。因果が巡って来ただけのこと]

[ただの自業自得]

 

言ってることはわかる。より強固な次の一手が出てくる可能性を潰すってことだろ。それができないから、俺だって足掻くのを止めたんだ。

 

これを潰さないと、何をしたって、その場しのぎにしかならない。

 

「それに……“弦巻”がいるって言うのに、私を無視して話が通ると思われているのにも言いたいことがあるしね。ふふっ、楽しみだわ……」

 

[魔女の子孫が、本物の魔女になったな(恐]

[私たち味方だからね。矛先を向けないで……!]

[頼もしいのに、めっちゃ恐い(震]

 

はい。私怨、入りました。

 

やっぱり初期勢はこうじゃないとね! マジ鬼畜!

 

「さあ、海外は時間の問題よ。仕掛けた爆弾が爆発するまで待てばいいわ。残すは日本国内だけ。……覚悟はいい?」

 

「……覚悟なんて、何時間も前にできてる。俺が何をしたら、どう変わるのかはわからないけど、やるさ。徹底的にいこう。それで生活が変わったとしても、そこにあの子たちがいるなら、あとで居心地が良いように変えていけばいい」

 

正直に言えば、まだ当主が初期勢ってことが信じられないんだけど、それも受け入れるさ。当主だけならまだしも、初期勢が俺を騙そうなんてしないだろうし。

 

それに、さっきも言ったけど、今の俺はやる気に満ち溢れているんだ。失敗に終わっても、こころは奪っていけそうな流れだし、それなら少しだけ引っ掻き回してやろう。

 

俺だって、やられっぱなしは嫌だからな。

 

「いいわ。それじゃあみんな……」

 

当主と目が合う。頷き合う。

 

[[[[[[「「反撃開始だ」」]]]]]]



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22話

話の途中から、ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルドの「発動! 英傑の力」をリピート再生しながら書きました。ゲーム終盤に出てくる激アツ曲です。


302:

【速報】ひめちゃん 政府の方針に反対声明【アイドル生命を賭けて】

 

305:

やっぱりやったか……

 

307:

ダメだよ、ひめちゃん

気持ちはわかるけど、政治に関わったら本当に立場が危うくなるんだって

どの立場に立っても、必ず反対意見を持つヤツは存在してるんだよ……

 

311:

聡い子だから、リスクは承知の上だろ

その上で、今、動かないと取り返しがつかないことになるって思ったんだろうな

 

314:

とりあえず、私は何があっても、ひめちゃんを応援するから

 

318:

私だってそうだよ

好きな人を守るために、自分が積み重ねてきたものを捨てようとしている子がいるんだ

しかも私たちと同じ鹿のファン

知らん顔なんてできないだろ

 

321:

ちょっとリアルの知人に嘆願書に署名してもらえないか聞いて来るわ

 

324:

どこまで効果あるかわからないけど、それくらいしかできないよな

 

328:

政府は粛々と手続きを進めてるって聞くけど、鹿は何もしてないよな

 

332:

鹿はライブしてるはず

 

335:

こんな状況なのにライブなんかしてんのかよ……

 

339:

させてやれよ

これが最後かもしれないんだぞ

 

342:

なんかさ、鹿がもう受け入れてんだよな

 

345:

もしかしたら、それがわかってるから初期勢たちも動いてないのかもな

 

349:

ライブ行って来た

 

352:

あの倍率で引き当てたのか

どうだった?

 

357:

最高だったよ

本当にすごい

ハロハピが演奏してる間、もうずっと涙が止まらなかった

 

361:

鹿はどうだった?

 

367:

あいつ仮面付けてるから表情はわかんない

でも、楽しそうだったよ

メンバーたちと笑い合って、すっごい演奏しまくってた

 

370:

そっか

楽しそうだったか

 

372:

それなら良かった

 

377:

これが最後なのかなって思ったら、涙が抑えきれなくてさ

涙流しながら笑って、鼻が詰まりながら歓声あげてたよ

 

381:

元気出せよ

 

387:

>>381

ありがとう

今はダメだけど、数日経てば元気も出てくると思う

とりあえず寝るよ……

 

391:

マジでなんかできないのかな?

署名はもう終わったし、政府に苦情も入れたけど、それ以外でできることってないの?

 

394:

わからん

 

397:

ツイッターで拡散するとか?

有名人の目に止まって、それがバズれば、もっと大きな話題になると思う

 

401:

それ、たぶんダメだ

 

404:

なんで?

 

408:

やっぱりメディアに手を回されてる気がするんだよ

ひめちゃんが反対声明を出したのに、ニュースで全く取り上げられてないだろ?

トップアイドルが男に関する異例の発表をしたんだから、それなりに取り上げられるはずの話題なんだよ

 

411:

そういえば、一部のテレビ局でしか放送されてないよね

 

414:

一部は報道してるから、報道規制って程じゃないかもしれないけど、間違いなく圧力がかかってるはず

 

417:

政府にそんな力あんの!?

 

421:

政府だからな

国益のために自粛しろって脅すことならできる

 

424:

政府って言うより、与党だからだろ

与党には各局もお世話になってるから、機嫌を損ねると今後の番組出演交渉が面倒くさくなるんじゃないか?

 

428:

確かに、野党だけが参加する政治番組なんて偏りが半端ないしな

 

431:

与党だってテレビ局から出演依頼があれば突っぱねないだろうけど、塩対応になるだろうな

 

434:

いくら有名人が呟いても、テレビでは報道しないから、大きな問題にはならないってこと?

 

438:

端的に言えばな

 

442:

ネット上ではこんだけ問題になってるのに、世間が静かな理由はそれか

考えてみればアメリカで社会問題化してるのだってネット以外だと、あんまり情報を見ないもんな

 

445:

アメリカ政府が初めて鹿のことを言及したときは、日本のワイドショーでも大きく取り上げられてたのに、なぜか続きの情報が全く入らなかったもんな

 

448:

やっぱり計画的じゃん

 

451:

くそ、なにかできることないのかよ!

 

 

 

489:

あれ、これ?

 

492:

どうした?

 

494:

おい、テレビ見てみろ!

議員が鹿の件で会見してるぞ!

 

497:

マジ?

 

498:

議員がこのタイミングで?

なんで?

 

501:

ひめちゃんの非難声明を唯一、報道してたあのテレビチャンネルだよ!

 

―――――――――――――

 

都内某所、記者会見用フロア

 

『こちら中継です。現在、与党○○党の西住衆議院議員、藤原衆議院議員、そして野党△△党の島田衆議院議員の合同記者会見が行われています』

 

「今の世の中に奇策はいらない。正攻法あるのみ。それこそが男性と女性の信頼関係を取り戻します」

 

「常道に頼った結果が今の世の中。妙策なくして、現状の打破はありえない。男性と女性の失いつつある信頼関係を取り戻すためにも、今後の展望を改めるほうが優先です」

 

「西住さん、島田さん。2人とも、ケンカしないでくださいよ。せっかく党派を越えて会見してるんですから。……とりあえず、他国が男性の渡航を要請するといった、日本の男性施策に関与することは内政干渉もいいところです。今回の件で、内閣の方針は我が国の男性政策と相反するものであり、我が国の政策変更は一切不要と意思表明するために、今回は皆様にお集まりいただきました」

 

「同じ党として、総理の力に疑うところはありません。ただ、今回の件はアメリカ寄りが過ぎます。経済面で協力などのメリットがあるのかもしれませんが、根本的な国の存続に関する問題を軽視しすぎている。国民を他国との取引対象として引き渡すなんて言語同断です」

 

「平時なら及第点を差し上げたい方ですが、今回の件はあまりにもお粗末過ぎます。党を超えて意思表明するに、やぶさかではありません」

 

―――――――――――――

 

551:

西住と島田?

バッチバチにやりあってる敵同士じゃんか!

 

553:

え、なんで共同会見?

 

554:

マジかよ!?

 

556:

記者会見場でケンカすんなw

でも、この2人が同じ席で、同じ意見って初めて見る……

 

559:

与党の西住と藤原がなんで?

与党内でも意見が割れてんの?

 

563:

この分だと内閣の独断っぽいな

 

565:

総理ってアメリカ寄りって聞いてたけど、それで無理に進めていたってこと?

 

567:

確かに法解釈だけど、男性を他国に送るには議論が足りてないだろ

 

568:

他局も慌てて速報入れ始めたぞ!

 

 

 

602:

おい、別のところでも会見が始まってる!

 

605:

また!?

 

606:

次は誰だよ?

 

608:

場所は……ピアノ協会本部!?

 

―――――――――――――

 

ピアノ協会本部 記者会見用フロア

 

『ピアノ協会本部より中継です。ピアノ協会の海堂会長、日本音楽コンクールで最年少優勝記録を持つピアニストの澤部さんによる記者会見が行われています』

 

「私人としてはもちろん、ピアノ協会代表としても、国家による横暴を許す訳にはいかない! 息子はどこまで世間に翻弄されなければならないんだ! この件について、政府から納得のいく説明を求める!」

 

「政治の詳しいことはわかりません。でも、いつか必ず、あの日の決着を付けたい。今度こそ邪魔を入れず、正々堂々とピアノの腕で競い合いたい。それが、何年もずっと思っていることです。だから、彼をアメリカに行かせるわけにはいきません! もう2度と、他の人の都合で私たちのコンクールは汚させない!」

 

―――――――――――――

 

653:

鹿の親父が来たぞ

 

656:

会長、相変わらずキレてんな

 

659:

大人の都合で勝負を取り上げられて、今度は政府の都合で住む場所を追われるのか

自分の子どもがそんなことされたら、誰だってキレるだろ……

 

664:

あれから4年か

そうだよな、今回はまだ間に合うんだもんな

 

667:

澤部さん、私も付いてきます!

 

 

 

712:

また来た!

 

715:

誰?

 

717:

白鷺千聖と……ひめちゃん!

 

720:

マジかよ!?

 

722:

ひめちゃん、2回目!?

 

723:

白鷺千聖?

バンドつながりか!

 

―――――――――――――

 

都内 某テレビ局前

 

「日本では、芸能人が政治に口出すのは歓迎されるものではないと知っています。でも、今回ばかりは黙るわけにはいきません。形は違えど、彼も同じ芸能に生きる人。同じ国の芸能人が、過失もないのに圧政されるところを見過ごすわけにはいきません! 微力ではありますが、このたびは白鳥ひめさんと相談し、一緒に声を上げなければと思い、こうしてお時間をいただきました」

 

「――」

 

―――――――――――――

 

769:

【速報】ひめちゃん 2回目の記者会見直前で映像が途切れる【天使の怒りは映せない】

 

772:

 

774:

ひめちゃんw

 

775:

白鷺千聖は怒ってる姿も様になるけど、ひめちゃんはアイドルだからね

さすがに天が許さなかった

 

776:

神様による検閲アウトw

 

779:

あの、パスパレもアイドル……

 

782:

白鷺千聖は天使っていうより、女神とか女帝だろ

 

785:

白鷺千聖はマジで様になるよな

怒ってるのに、ずっと見ていたい気分になる

 

789:

人気こそ、ひめちゃんの方が上だけど、白鷺は去年までずっと演劇一筋でやってきた実力者だぞ

人を魅せる技術じゃあ、ひめちゃんにも引けを取らないって

 

 

 

826:

どんどん来てる!

 

829:

本当にどうなってんだよ

まだ議員たちの記者会見すら終わってないぞ

 

830:

次は?

 

833:

白鳥名誉教授

それに弁護士……初期勢だ!

 

―――――――――――――

 

○○大学 小ホール

 

「死に損ないの年寄りが、また公の場にでることになるとはね。しかも画を描いたのはあの女かい……。まあでも、冥土の土産にちょうどいいか。……私だって男は大嫌いだよ。男から、これでもかってくらい被害を受けてたさ。でも、それは未来ある若者を潰す理由にはならないよ。次の時代を作る政治家が、進んで未来を潰してどうするんだい。ここで不確かな技術を手に入れたとしても、それで日本中の男性から信用を失ったらどうなる? 今はなんの力もないババアだけど、声は上げさせてもらうよ」

 

―――――――――――――

 

―――――――――――――

 

都内 裁判所前

 

「確かに法律は絶対です。法に則った通知が届くなら、国民はそれを守らなければならないでしょう。でも、なんのために最高裁があると思っているんですか? 私の目が黒いうちに、そう簡単に事が運べると思わないでほしい……!!」

 

―――――――――――――

 

921:

ひめちゃんのお婆ちゃんキター!

 

925:

ひめちゃんのお婆ちゃんってこの人だったの!?

すっげー血縁関係だな……

 

927:

この人、昔テレビで何回も見たことあるんだけど……

 

929:

渋い

声にめっちゃ厚みがある

 

933:

わかる

なんていうか、ずっと聞いていたい

 

937:

どうでもいいけど、祖母じゃなくて、大伯母な

 

941:

初期勢、めっちゃキレてるw

 

944:

そうだよな!

お前たちが怒ってないわけないよな!

 

947:

やっぱり初期勢はガチ

 

950:

単身でアメリカに切りかかる猛者ですから

 

954:

言ってることが恐いし、目がマジすぎて恐い

 

957:

アメリカ人も、よくこの人にケンカを売ったよな

 

961:

ほんとそれ

敵として会ったら、私だったら即座に降伏するね

 

 

 

1034:

まだやってるな

 

1037:

マジ?

 

1041:

男3人組が国会議事堂前でデモやってるみたい

取材されてるのかな?

 

―――――――――――――

 

国会議事堂前

 

「政治の詳しいことはわかんねーけど、あいつがいなくなったら俺たちの楽しみがなくなるんだよ。せっかく楽しいことができたのに、また女どもに奪われるなんて許せねーよ!」

 

「しょせん、俺たち男は女や国の言いなりだ。何でも許されてるように見えても、ヤツらのさじ加減で明日には刑務所行きだ。今回もそうだろ? 国に言われたから、日本を追い出されて、アメリカで一生を過ごすことになる。国が相手じゃ、どうすることもできない。そんな政府の身勝手で、男は何もかもがダメになる。……でも、も、もし! もしもあいつが、こんな状況をどうにかできるなら! 俺たちがただの家畜じゃないって証明できるなら……男がやりたいことを……夢を叶えることができるなら、俺はもう一度……もう一度、やり直せるかもしれない……!」

 

「……落ち着きなよ。僕たちはわかってるからさ」

 

「くそ……、くそぉ……!!」

 

―――――――――――――

 

1096:

誰だよ?

 

1099:

マジで誰?

 

1103:

男が情緒不安定になって泣くところは見たことあるけど

なんだか今回は違うね……

 

1107:

うん

なんか苦しんでたね……

 

1112:

わからん

でもセントー君を応援するために行動してることは伝わってきた

とりあえず、私は応援するよ

 

1115:

まあ、男だけど今回は味方だからな

 

1119:

私、家が近いから差し入れ持って行くよ

女から施しは受けないって怒鳴られるかもだけど

 

1123:

そんなの慣れっこだろ

なんなら、私も行こうか?

私も家から近いからちょうどいいし

 

1126:

>>1123

マジ?

頼むわ

 

1134:

私も行きます

 

1137:

>>1134

助かる

人数が多い方が、いざってときに対処できるもんな

 

1144:

構えなくても大丈夫ですよ

今の彼なら、きっと受け入れてくれます

味の好み、変わってないといいですけど

 

1147:

>>1144

もしかして知り合い?

 

1155:

>>1147

ええ……そんなところです

 

1161:

おい、また会見が来たぞ!

次は東京都知事だ!

 

1164:

祭り、始まったな!

 

1168:

都知事って与党が推薦した人だろ?

やっぱり内閣の独断じゃねーか!

 

1171:

とりあえず私も集まるよ

国会議事堂前で良いんだよな?

3時間かかるけど、これから行くわ

 

1174:

居ても立ってもいられない

私も行くよ!

 

 

 

 

 

 

 

首相官邸 総理執務室

 

 

「総理、各所からの連絡が途絶えません。海堂幹彦への通知も、このままでは時間稼ぎをされてしまいます。長引けば長引くほど、状況は不利になります」

 

「……やむを得ないわね。出頭命令を出しなさい。強制よ」

 

「ダメです。例の弁護士が裁判所と話を進めているようです。海堂幹彦に出頭命令を出せば、行政処分の一時停止が行われます」

 

「出頭命令と同時にアメリカへ向かわせなさい! 裁判所から通知が届く前に事を終わらせれば間に合うわ! 職員を派遣して、通知を渡すと同時に、空港まで護送させなさい!」

 

「それは難しいかと。通常であればそれも可能ですが、ここまで大事になった今では、その手を使えば政府に非があることを認めるようなものです。国民も納得しません」

 

「白鳥ひめに白鷺千聖の芸能業界、ピアノ協会が声を上げて、カリスマデザイナーのAOBAや○○大学の白鳥名誉教授、東京都知事に日本医師会に有名企業の社長まで。昨日まで何もなかったのに、一体どうなってんのよ……!」

 

「総理、国会議事堂前でデモを行っている3名の男性もいます。当初の3名に多くの女性が合流し始めています。もう1000人を超えてると情報が入ってきています。公安からは、無許可のデモだが、男性がいるから不用意に手出しができないと、事実上の容認表明が出ています」

 

「わかってるわよ! 時間が経てば経つほどマスコミが騒ぎ立てるわ。とにかく迅速に行動するのよ!」

 

「すでに事態は最悪に近い状況です。マスコミへの事前の口止めが切れかけていて、徐々に報道を開始しているようです。それにネット上では政府への批判が連日、叫ばれてます。大量の嘆願書が送られてきているのはご存知かと思います。このまま海堂幹彦のアメリカ行きを強行すれば、最悪の場合、私たちは与党の座を明け渡すことになります」

 

「くっ! ……これも全部、あいつらのせいよ! 西住と藤原に連絡して! 早く! なんで与党の2人が島田と結託してるのよ! あいつらが動いたおかげで、今回の件は内閣の独断で動いた形になってるじゃない! あんた達にも分前は与えたでしょうが!」

 

「総理」

 

「とにかく西住と藤原を黙らせて、幹事長から事態の説明をさせて与党の施策にする。マスコミにはアメリカ渡航が交流によるものと放送させて、アメリカ議会へ出頭する件は陰謀説として扱わせる。急ぐ理由は、アメリカの直近の記念日への参加でいいわ。後は司法省経由で裁判所に圧力をかければなんとか……」

 

「総理」

 

「なによ! 見てわからない!? 今忙しいの!」

 

「弦巻家当主からお電話が入ってます……」

 

「……つ、弦巻? なんで? い、いや、とにかく出るわ。電話を回してちょうだい!」

 

 

 

「終わりましたね」

 

チラリと見れば青ざめた顔の総理。電話は切れたはずなのに、受話器を耳に当てたまま微動だにしない。完全に呆けている。

 

「超党派の議員連盟ができた。しかも西住と島田が手を結んだ。西住だけなら同じ党だし、良いポストを与えればなんとかなるけど、島田は他党だから、そうもいかない。すぐにあの2人の派閥の連中が合流するわよ。遅かれ早かれこうなっていたわ」

 

「仲介したのは藤原議員ですか?」

 

西住議員と島田議員の仲の悪さは本物だ。今回はお互いの政治思想が合ったとはいえ、2人がこうして同じ席に座ることは容易ではない。さかのぼれば、2人は旧日本軍の将を代々勤めてきた家系らしい。カリスマの権化として存在感を表す2人をまとめ上げられる人は限られてる。

 

「でしょうね。あのタヌキ女、やってくれたわね。でも、弦巻がどうして……」

 

「弦巻が男のために動くとは考えづらいです。純粋にアメリカに主導権を握られるのが嫌だったのでは?」

 

「確かにそうね。ここで見返りのために譲歩をすれば前例ができてしまう。アメリカ政府が動けば日本はそれに従う。それは彼女のお気に召さなかった。まあ、筋は通るわね」

 

「はい。本当のところはわかりませんが、今は……」

 

「ええ。後処理をしましょう。手早くまとめ上げて、私たちの汚点を少なくするわよ。なあに、またすぐに返り咲けるわ」

 

「はい。総理には申し訳ありませんが、残りの期間だけでも心安らかにすごしてもらいましょう」

 

総理は決して無能な人ではない。日本を上手くまとめ上げていた。

 

かねてから議論が繰り返されてきた興奮剤も、数多くの試験を重ねて、国内流通を達成させた。これがあれば、精子バンクに協力の意思があっても、年齢や気分が乗らずに実行できない人たちの負担が少なくなるだろう。精子バンクによる補助金は、男性の唯一の収入源であることが多い。精子バンクへの協力がよりスムーズになれば、男性の経済状況も更に良くなるだろう。

 

男性の大学入学における試験免除についても、実際に自殺者が出ている現状を止めるための有効な施策だ。受験勉強を経ないと学力に差がでるという意見もあるが、やる気があれば大学入学後でも勉強して追いつけるはず。別に男性の受け入れを増やしたから、女性の門戸を小さくしたわけではないのだ。女学生から出てくる意見も見当違いだ。

 

そして、今回の海堂幹彦の件は言うまでもない。アメリカの人口維持の大きな要因となっている人工授精技術。これが手に入るはずだった。総理だって、初めにアメリカから話が来たときは、鼻で笑って、すぐに私に丁重なお断り文書を考えろと指示してきたほどだ。だが、アメリカから件の技術を提示されたときから、流れが変わった。日本の男性比率に、アメリカの人口人数を当てはめたときのメリットが魅力的すぎた。人口を増やすのはもちろん、人口をそのまま維持すれば、それだけ男性1人の負担が減る。まさに国益に適う一手だった。

 

それが、男性を売り飛ばすことが条件でなければ。

 

総理が日本を良くするために尽力されていることはわかっている。だが、アメリカと仲が良すぎるのはいただけない。アメリカとどんなに仲良くなったって、しょせん他国だ。国内移動の延長線上ではない。国民を守る義務を放棄し、自らの主権を譲り渡すような今回の対応は、国の総理として決して許されるものではない。

 

そして、○○大学の白鳥名誉教授が反対に回った。これまで歴代首相のご意見番として活躍してきて、我が国の男性事情を熟知している彼女がいる以上、このアメリカとの取引で生じる男性へのデメリットは全て明るみに出るだろう。まだ若手である西住議員、藤原議員、島田議員が取りこぼした点を、漏れなく拾い上げるはず。まるで若きカリスマ達に老獪なアドバイザーが付いたようなものだ。

 

事の着地点は見えた。

 

結果として、世間的には無能な総理となじられるだろう。

 

これまでの功は認められるが、決して明るくない未来が待っている。

 

せめての手向けに、後顧の憂いはないように奮闘させてもらおう。

 

それが長年、秘書として側に控えていた私の最後のご奉公だ。




次回も掲示板回です。


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23話

153:

結局さ、あの騒動はなんだったんだろうな

一方的に難癖つけられて、日本がバタバタして総理大臣が変わっただけで、なにも変わらなかったってこと?

 

157:

全然違うな

アメリカは今すごい厳しい目で見られてるぞ

男に関して他国に過剰な要求をしてことがバレて、アメリカの男性擁護団体がブチ切れて他国に協力要請するくらい

 

161:

過剰な要求がバレたって、アメリカは隠してたの?

 

164:

日本政府を買収しようとしていたことが、なぜか明るみに出た

 

167:

なぜか、な……

 

171:

アメリカ政府の鹿への言及が、ただの遺憾の意じゃなくて、ガチでアメリカに呼びつけるものだってバレたってこと

しかも商談として扱ってたことまでバレた。

そうなると、これまでの男の移民も同じような取引があったんだろって大騒ぎになってる

 

175:

諸外国もみんな非難声明を出してるよな

アメリカって思った以上に恨まれてたんだな

 

179:

あいつら、ヨーロッパが日本の精子バンクのお得意様だってこと忘れてるんだよ

 

182:

あと南米からも恨まれてる

政府は癒着してても、その国の人には、ほとんど旨味がない話だからな

一般人から見れば、アメリカは男性をさらっていくギャング

 

185:

男性の引き込みが、なまじ上手くいってたから歯止めが効かなかったんだろ

まあ、やりすぎたんだよ

 

188:

また鹿が騒動の責任だって言われんの?

 

191:

たぶん大丈夫じゃないかな

もう、それを気にしてる場合じゃなくなってる

火消しどころか、自分たちの足元を安定させないとマジで崩壊の危機にいるから

 

195:

きっかけは鹿だったけど、燃えてる原因は自分たちがこれまでやってた悪行がバレかけてること

普通に考えれば、これ以上、事態が悪化するのは避けたいはず

鹿側がアクションを起こさなければ、もう関わりたくないって思ってるだろうよ

 

199:

取引はなかったって世論を持っていくために、これ以上、日本とイザコザはやってられないってことか

 

202:

アメリカ全土で起きてるデモが一段落して、男性擁護団体が全滅するような事態になったらワンチャンあるかも?

 

205:

たとえ、そんなことになっても、さすがに次は政府だって守るだろうから平気

堅調な支持率だった内閣が、一瞬で吹き飛んだことは忘れないだろうしな

 

208:

アメリカ国内が安定したからって、また問題を再燃させるリスクを取ってまで、鹿に接触はしてこないって

鹿がアメリカに行ったから、何が変わるわけでもないしな

リターンが小さすぎる

 

213:

いずれにしろ、アメリカが安定するのはずっと先の話だよ

今回の件でフェミの実態が明るみに出たから、国内外から突き上げは受けるはず

アメリカのフェミも、アメリカ国内でけっこう浸透してるはずだから反抗はあるだろ

ただ制圧して終わりには絶対にならないって

 

216:

今後の心配がなくなったって考えれば得るものはあったんだろうよ

 

219:

ちなみに、今回の騒動では例の企業がけっこう大掛かりに動いていたらしい

 

222:

あの企業だろ?

そりゃあ婿養子のためなら本気出すって

 

226:

それもあるけど、あそこはしっかり利益を出しに行ってたぞ

 

229:

マジ?

 

233:

アメリカの優良企業の株を、いつの間にか弦巻が過半数持ってた

 

236:

 

238:

やってんねえw

 

253:

どこかなって思ったら、お前コレ生命科学分野の医療技術屋じゃん!

仕返しってレベルじゃないぞ!

 

257:

なになに、どういうこと?

 

261:

例の人工授精技術の実際を、企業買収して確かめに行ったってこと

普通ならアメリカが戦略上、死守すべき企業なんだけど、このバタバタで後手に回ったみたいだな

 

264:

マジかよw

 

267:

今度は弦巻がアメリカに勝負ふっかけたってことかw

 

271:

たぶん勝負にはならないよ

さすがにアメリカの方が経済力高いし、アメリカだって弦巻に安易に手を出したら火傷じゃ済まないことは理解してるはず

 

275:

弦巻って以前からアメリカの優良会社を傘下に収めてたから、ケンカするならマジで身を切る覚悟が必要になる

しかも国が傾きかけるほどのな

 

278:

でも、アメリカ怒らない?

 

283:

怒りはする

でも弦巻がそんなヘマをするとも思えない

たぶん、喉元に包丁突き立てたけど、実際は技術をぶんどったりしてないと思うよ

建前上はね

 

286:

新たな弱みを握ったってことね……

 

291:

そのとおり

弱みを握れば、別のところで融通が利くようになるから、そんな火薬庫でタップダンスを踊るようなマネはしないはず

荒れまくってるとはいえ、アメリカが経済大国なのは変わらない

せいぜい、別のところで儲けていくんだと思うよ

 

294:

アメリカは他にも色々と技術を持った国だから、代わりに別の情報をくれってのもできる

 

297:

ジョーカーを得たってことか

弦巻、めっちゃ得してね?

 

302:

してるけど、驚くことじゃない

弦巻が土壇場に強いのは昔から

弦巻はそれで、ここまで大きくなった

 

305:

弦巻はチャンスを逃さないって言うだろ

この事件、弦巻にとってはチャンスでしかなかったんだよ

 

308:

ついでに優良な婿養子も手に入れたしねw

 

312:

それはほんと草

 

314:

記者会見場所が弦巻の本社って、もう言い訳できないよなw

 

317:

完全に取り込まれましたねw

 

321:

さすがに顔とかは映されなかったけど、あの体格やっぱりヤバイよな

 

324:

椅子が小学校の椅子かってくらい小さく見えたよなw

 

328:

そこ以外にも色んなところの株を手に入れてるね

過半数には到達してないけど、どこもアメリカにとっては嫌なところだよな

 

332:

弦巻にとっては莫大な利益を上げるための足がかりだろうな

またなんかエグいシステムを構築するんじゃねーかな?

 

335:

じゃあ日本って括りだと、ちゃんと儲けがあった会社もいたんだな

 

339:

初期勢の弁護士は弦巻の顧問弁護士に収まったらしいね

 

342:

まあ、間違いなく実力者だし、この騒動で矢面に立ってた人だから、スカウトするのは当然

弁護士も弦巻付きとなれば将来は安泰だろ

 

346:

あの逆転劇に参加した人たちは、明らかに周りから一目置かれるようになったな

 

349:

カリスマデザイナーのAOBAが仕事が急に増えて、現在パンク中らしい

日本国内はもちろん、ヨーロッパからの注文が増えてるんだって

 

353:

与党内で西住と藤原の派閥が幅を利かせるようになったってな

元総理の派閥から鞍替えする議員もいるんだろ?

 

357:

島田が次の野党党首に内定したって話もあるしな

 

361:

箔が付いたよね

 

364:

いち早く勝ち馬に乗ったわけだから、そのくらいのメリットは当然

 

369:

むしろ、失敗したときのことを考えれば、利が少なすぎるくらいだろ

 

373:

逆にひめちゃんと白鷺千聖は静かだよな

 

376:

あの2人はアイドルが政治に口出すべきじゃないってわかってるからな

今回の件も、むしろ何事もなくて良かったと思ってるんじゃないか?

 

379:

2人ともマジで芸能界を干される可能性があったんだもんな

マジ天使

それと女帝

 

382:

女帝って言うなw

 

386:

確かに天使って言うには貫禄あるけどさw

せめて女神って言えw

 

389:

でも、私は今回の件で2人がもっと好きになったな

 

393:

わかる

味方だったってのも大きいけど、こんな大きな賭けに出てまで、おかしいって思うことに声を上げたところはすごい

正直、憧れる

 

396:

2人ともアイドルだからな

憧れるのは当然

でも、マジで格好良かった

 

399:

なんにせよ、私は2人をずっと応援するよ

それだけのことを2人はしてくれたんだから

 

404:

良かったことは、まだあるぞ

鹿が達成したじゃん、例のアレ

 

407:

アレか!

 

409:

一時期はもう無理だって諦めたのに、よく達成できたよな

 

411:

チャンネル登録者1,000万人!

超めでたい!

 

414:

まさかVtuberがチャンネル登録者1,000万人に到達する日が来るとはな……

 

418:

感動したよな

 

422:

海外のファンは戻ってきてないんだよな

なんで増えたんだ?

 

426:

例の一件で鹿の日本でのリアル知名度が爆上がりした

各界の著名人が声を上げるから、気になって試聴したヤツらで一気に増えた

 

429:

メディアの露出がほとんどなかったから、その分、潜在的なチャンネル登録者が控えてたってことか

 

433:

本人は相変わらずメディア嫌いだけどなw

 

436:

去年の紅白の誘いも断ってたんだろ?

徹底してますわ……

 

439:

初期勢曰く、ただの頑固

 

442:

 

443:

身も蓋もないw

 

445:

本当に辛辣なんだよな、あいつらw

 

446:

ノーオブラートが初期勢らしいわw

 

449:

あんな大問題があったのに、結局あいつらは変わらないんだよなw

 

454:

鹿と言えば、コラボ相手もできたじゃん

 

457:

ああ、それがあったね

 

459:

念願のAmo○g Usコラボもできたしな

 

463:

あれは神回だった

 

466:

正直、Amo○g Us舐めてたわ

 

469:

Vtuberの動画であんなに笑ったのは初めてだったかも

 

472:

3連続インポスターの鹿w

 

475:

3回とも社員Aさんに吊られてたのは草

 

478:

プロデューサー、さすがにそれは通らないですよ……

低姿勢なのに意思を曲げないのは気持ちよかった

 

482:

どんだけ疑われてんだよw

 

484:

宝月も冷静に鹿を追い詰めてたなw

 

487:

大きな恩はありますけど、勝負は別ですよね? 

ほんと草

 

491:

月守としては、月さんが楽しそうだからOKです

許せよ、鹿

 

497:

んなことより、ひめちゃんだよ!

まさかの、ひめちゃん参戦!

これに尽きるだろ!

 

500:

念願の初コラボ兼、初会話!

 

503:

2年近く経って、ようやく会話できたのか(泣)

 

507:

ひめちゃんが毎回、鹿を庇ってたのが健気だった

 

510:

そのあと鹿にヤラれるっていうねw

 

513:

 

516:

丸山の、ひめちゃん、私たち友だちだよね!? → ぐさぁ!

これ最高に草

 

518:

わかっていたネコナの挙動不審さといったらw

 

521:

最後は吹っ切れて大虐殺してたじゃんw

 

525:

社員Bさんの、あのクソ猫、やりやがったな!

はマジで必見

 

528:

同じくインポスターの彩ちゃん、何もしてないのに勝利したのは草

 

532:

鹿「彩先輩は……大丈夫だな」

草草の草

 

536:

キル数0とか……丸山が天使だった?

 

539:

ただポンコツなだけだろ

 

542:

てか、ネコナはどんなツテがあって、このコラボに参加したん?

 

545:

Cさん、ああシトラスさんのことね。彼がVtuberを始めた切っ掛けが鹿とネコナだったらしい

 

549:

ネコナとシトラスさん、今度またコラボするって

アソ○大全?

 

552:

なにそれ

どんなゲーム?

 

555:

わからん

でも、シトラスさんが社員Aさん、社員Bさんといつも遊んでるゲームだって

 

559:

わからんけど、社員Aさんたち3人は絶対に応援する

あの国会議事堂前のデモ仲間だしね

 

563:

社員Aさん、社員Bさんはディアゲに入社したから中々お目にかかれないのが難点だよな

シトラスさんがゲーム普及のためにVtuberに戻ってきてくれたのが救い

 

566:

だね

まあその分、私はシトラスさんを応援するよ

 

569:

鹿と比べて実況が上手いから、ゲームの内容がよくわかるんだよな

ゲームの反応も見てて楽しいし

 

571:

絶対にリアタイ視聴する

 

575:

私はやっぱり彩ちゃんがおもしろかった

もうすぐ第2回のガルパもやるし、今回はパスパレ推しでいこうかな

 

578:

だからチケットが取れないんだって!

 

581:

いい加減、Circleは止めてくれ……

マジでチケットが取れないんだよ……

 

586:

パスパレは単独ライブやってるからいいだろ

ハロハピなんて、Circle以外じゃあゲリラライブしかないんだぞ

ハロハピを知ってから1年は経つのに、未だに1回も見れてないんだけど(怒)

 

590:

Circle以外は基本ムリっぽいぞ

噂だけど、Circleのオーナーが初期勢らしい

 

593:

は? マジ?

 

595:

なにそれ初耳

 

598:

じゃあバンド活動でも初期勢が場所を用意してやってるってこと?

どんだけ過保護なんだよw

 

602:

だから鹿も応援じゃなければCircleでしか演奏しないのか

 

605:

相変わらずベッタベタだなw

 

621:

【超絶朗報】ひめちゃん 鹿との歌コラボ決定!!【あれから2年】

 

624:

きたー!!!

 

625:

おめでとう!

マジでおめでとう(泣)

 

626:

ktkr!!!!!

 

627:

なんでだろう、ここ最近の出来事でマジで一番うれしいんだけど

 

634:

見てきたけど、ひめちゃん嬉しすぎて改行なしの長文ツイートしてる

マジで可愛い

 

638:

ほんとだ

可愛い!

 

645:

みなさんにお届けできる情報はまだ少ないですが、とにかく嬉しくてたまりません!

だって!

 

648:

超かわいい

 

652:

圧倒的なカリスマ性に、この少女性よ

やっぱり、ひめちゃんは最高だなって

 

661:

一方、鹿「今度、アイドルの白鳥ひめさんと歌コラボをすることになりました。精一杯頑張ります」

 

664:

事務連絡ww

 

665:

感情が伝わってこないんだけど

 

667:

社交辞令と、どう違うんですかねえ?

 

671:

まあ、紆余曲折あったけど、鹿もようやく本領を発揮できるってことだろ

めでたいことだ

あのコメントはどうかと思うけど

 

674:

日本一歌が上手い男と、日本一歌が上手い女

どんなコラボになるか楽しみで仕方ない

 

679:

鹿は世界一だよ

ひめちゃんだって、世界トップクラスなのは間違いない

 

683:

ひめちゃんだったら鹿に遅れは取らないはず

 

686:

マジで楽しみ!

 

689:

例の事件が終わって、ようやく音楽を楽しめる感じになってきた感じがする

 

692:

ちょっと前にあった、鹿の感謝の曲連投も良かったよな

 

695:

マジで名曲のオンパレードだった

 

699:

I am Dandy

最高でした

あれが鹿の世界観ってことなの?

 

703:

わからん

濡れひよこはワンチャンあるけど、I am Dandyは昔の男ってイメージがあるかな?

 

707:

そっか

でも良いよね、ドラマとか漫画よりもリアルな感じがする

ありえないとはわかってるけど、そういう人がいたらいいなって思った。

 

711:

ダンディーって日本で言う伊達男だっけ?

昔はいたんだよな、そういう人が

 

714:

社員Aさんたちは、濡れひよこを超絶賛してたね

 

717:

ゲームが楽しみすぎる気持ちがマジで理解できるって言ってた。

 

720:

さすプロは名言

 

722:

私は、大人になったら、かな

マジでノスタルジー曲の最高峰だと思ってる

 

725:

わかる

マジであれは心に来る

 

729:

後悔してるんじゃないのが良い

名曲中の名曲

これで次の紅白出ろや

 

734:

あの……Take Your Wayは?

 

737:

名曲に決まってんだろ

 

738:

普通に格好いい

 

741:

声が透き通ってて気持ち良かった

 

742:

安定のクオリティーで大満足です

 

743:

マジで最高!

 

746:

また、みんなでこんなバカみたいな話ができると、本当にあの事件を乗り切れたんだなって実感するよな

 

749:

ほんとにな

もう2度とこんなこと起きてほしくないけど、終わってみれば何事もなくて良かったよ

 

753:

鹿がデビューして、もうじき3年か

本当に退屈しない時間だった

 

757:

これで終わりじゃないだろ

鹿のことだから、またすぐにバカなことやらかすぞ

 

761:

ほんとそれ

あいつが反省して大人しくなる感じが想像つかない

 

764:

間違いなく、また問題起こすだろうな

 

768:

そのときはまた、こうやって取り上げてやろうぜ

 

772:

だな

ひめちゃんとの関係は追跡しないといけないし

 

775:

ここの板で知らない情報が知れるのは、いつも助かってる

毎日、必ずこの板で情報確認してるよ

 

779:

私も

裏がわかるし、楽しいしね

 

783:

次はなんの話題になるかな?

 

787:

さあな

ライブ、ラーメン、ゲーム、新曲、ひめちゃん、弦巻、鹿以外のVtuber、ピアノ

どれが来てもおかしくないし、新しい話題がでるかもしれない

 

791:

どれも楽しみすぎる

早く時間が経たないかな

 

794:

おい!

鹿がチャンネル登録者1,000万人記念に歌投稿を始めたぞ!

しかもまた連投!

 

797:

マジかよ!?

 

798:

すぐ行くわ!

 

799:

あいつストックどうなってんだよ!

でも嬉しい!

 

801:

次は何系だ?

くそ、早く仕事終われよ!

 

803:

私、電車の中だけど意を決して聞きに行くわ

バラードでないことを祈る

 

807:

安心しろ

私も電車の中だから、泣くなら1人じゃないぞ

 

811:

あの……既に私の隣の席の人がイヤホンしながらスマホを見て泣いてるんですが……

 

814:

 

817:

電車率高えなw

 

819:

すげえ名曲来たぞ!

 

824:

もう、どうせ帰る途中だからいいや

私も聞く!

 

827:

覚悟はできた

今日は厚めの化粧だから、デスメタルみたいになったら、ごめんね

 

831:

私も今トイレに避難した

15分くらいなら同僚も許してくれるはず!

 

834:

いや、お前は仕事しろよ

 

838:

やべー、楽しいー!!




イメージ曲
I am Dandy(MANNISH BOYS)
濡れひよこ(槇原敬之)
大人になったら(GLIM SPANKY)
Take Your Way(Fukase)


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24話

エンディングのイメージ曲は「Congratulations(ママトトED曲)」です。エロゲ曲です。


アメリカとの例の事件が終わってから1月ほど経った。

 

俺は1人、Circleの控室でライブ開始時間を待っていた。

 

そんなときに軽快なノックの後、お客さんがやってきた。リサ先輩たち、ロゼリアだった。

 

簡単に挨拶を交わしたあと、リサ先輩が控室を軽く見渡して言った。

 

「あれ、幹彦ひとり? 他のメンバーは?」

 

「会場にこころの母親が来てるんで、みんなで挨拶に行ってますよ。実はハロハピメンバーと弦巻家当主が会うのって初めてなんですよね」

 

今日はお母様が来てるのよ! そう言って、こころが飛び出して、みんな後を追っていった。花音なんて、珍しく険しい顔をして付いて行った。

 

「幹彦は行かなくていいの?」

 

「俺はもう何度も話したことがありますから。それに控室を空にするわけにはいきません」

 

おかげで、楽しみにしてた会場視察は今日は中止だ。まあ、見に行ったら行ったで、面倒くさいことになるのは目に見えているから、今日に限ってはこれでいいんだろう。

 

「そっか。そだ、はいコレ。差し入れのクッキーね!」

 

「おお、ありがとうございます。リサ先輩のクッキーは美味しいから楽しみです」

 

狂犬も和らぐ今井印のクッキーは、俺もすごく好きだ。リサ先輩の料理はなんでも美味いから嬉しい。

 

「喜んでくれて嬉しいよ! ……それじゃあアタシたちは会場に向かうね」

 

「もう行くんですか?」

 

「うん。本番前の時間を邪魔できないって。差し入れだけ渡したいなって思っただけだから」

 

別にゆっくりしてくれても良いんだけど、ロゼリアは演奏前は静かに集中するバンドみたいだから、俺にも同じように気を使ってくれているのだろう。

 

先輩からの気づかいだし、ここは素直に言うとおりにしよう。

 

「あの……頑張ってください」

 

「ありがとうございます。燐子先輩、今度、前に言ってたお礼させてくださいね」

 

「文化祭ライブについては、風紀委員として言いたいことがありますが、それは今度にしましょう。海堂さん、ライブ開催おめでとうございます」

 

「いや、文化祭ライブの話を蒸し返すのは止めましょう。本当に反省してるんで、これ以上は勘弁してください……」

 

「幹彦くん、頑張ってね!」

 

「あこちゃんもありがとう。また遊びに行こうな」

 

「世界一と呼ばれる、あなたの歌……ようやく直接、聞くことができるのね。期待しているわ」

 

「はは、世界一かはわからないですけどね。でもきっと、退屈はさせません」

 

湊先輩が声をかけ終わると、ロゼリアのみんなはスッと去って行った。

 

後を濁さぬ立ち居振る舞い。本当にクールな人たちだと思う。

 

 

 

「お邪魔しまーす。アフターグロウでーす」

 

独特なリズムのノックで青葉さんたち、アフターグロウが入ってきた。

 

「お、青葉さんたちも来てくれたんだ」

 

「せっかくお誘いいただきましたからー。それはもう、第一優先で駆けつけましたよー」

 

「はは、それは嬉しいな。ありがとね」

 

どこまで本気かわからない青葉さんだけど、実際にこうして来てくれたのは嬉しい。

 

「ハロハピ、なんか会場で騒いでたけど大丈夫なの?」

 

青葉さんの隣にいる美竹さんが、ツイッと視線を逸らしながら言った。

 

「まあ、たぶん。あと5分経っても戻ってこなかったら探しに行くよ」

 

「一応、あたしからも声かけとくよ」

 

「美竹さん、ありがと」

 

「……いいよ、ついでだし。じゃあ、頑張ってね」

 

「もちろん。楽しんでって」

 

ロゼリアと同じく、俺の顔を見ると一安心したような顔して言った。色々と突っ込みたいところはあるが、ハロハピがいつも好き放題やってるところを見られてるので、心配だったのかもしれない。

 

さしずめ何を仕出かすかわからないバンド、とでも思われてるのだろう。

 

まあ、気持ちはわかる。

 

「海堂くん、また花音さんとお店に来てね。今日は応援してるよ!」

 

「羽沢さん、いつも賑やかにしてごめんね。悪いと思うんだけど、羽沢珈琲店はおもしろい人たちが集まるから、ついね」

 

「頑張れよ。ライブが無事に終わったら、今度、美味いラーメン食べに行こうぜ。最近、良い店を見つけたんだよ」

 

「マジ? 俺、ラーメンにはちょっとうるさいよ。楽しみにしてる」

 

「幹彦くん、頑張ってね! 終わった後にツイートできないのは残念だけど、その分、全力で応援するから!」

 

「ひまりちゃん、本当にありがとう。今度、良ければ宇田川さんと3人でラーメン屋に行こう」

 

「えー、あたしはー?」

 

「もちろん、青葉さんも一緒に行こう。アフターグロウと絡むことって、あんまりなかったから交流も兼ねてね」

 

ひまりちゃんとのデートにならないのは残念だけど、ハロハピも呼んで、みんなでラーメンを食べに行くのは楽しそうだ。

 

先に出て行った美竹さんを除いて、アフターグロウは笑顔で去って行った。

 

あんまり接点がない子が多いのに、こうして仲良くしてくれるのは嬉しいものだ。

 

社交辞令じゃなくて、本当に一緒にラーメンでも食べに行って、交流を深めたいと思う。こうして一緒に食事ができるってのも、やっぱりすごいことだと思うしね。

 

 

 

「こんにちはー……あ、幹彦くん!」

 

「彩先輩。それにパスパレのみんなも」

 

トントンとノックの後、彩先輩たちがひょっこりと顔を出した。

 

「えへへ、応援に来たよ」

 

「ありがとうございます。今日はなんだか千客万来ですね。わざわざお集まりいただいて、ありがとうございます」

 

「今日は畏まる日なのね」

 

「今日はそういう日ですから」

 

なんたって、パスパレをお客さんとして招いている側だ。今日くらいは白鷺先輩の皮肉にも寛容でいるつもりだ。

 

「まあ、そうね」

 

「ふ、2人とも、今日はケンカは……」

 

彩先輩が恐る恐る声をかけてきた。

 

「しませんよ。白鷺先輩とはいつもこんな感じじゃないですか。別に仲が悪いわけじゃないですよ」

 

「ええ、そのとおりよ。それより彼は大丈夫そうだし、会場に行きましょうか。もうすぐ開演だから、あまり彼の時間を拘束してるのもマズいわ」

 

まさかパスパレにまで危なっかしいと思われてるのかと驚いたが、どうやら時間の問題だった。時計を見れば、開演15分前。

 

ああ、そりゃあ気を使うわな。

 

「あ、そうだね。それじゃあ幹彦くん、頑張ってね!」

 

「彩先輩、ありがとうございます。頑張ります」

 

「今日はるんってする演奏を期待してるよ!」

 

「それくらい朝飯前ですよ。るるるんっくらいは、いけるはずです」

 

「師匠! ご健闘をお祈り申し上げます!」

 

「うむ、弟子よ、ご苦労である。正直、もう免許皆伝でも良いかなって気はするけど、素直に気持ちは受け取っておくよ」

 

「アフターグロウが会場のハロハピに声をかけるって言ってたので、もうじき来ると思いますよ。演奏、楽しみにしてます!」

 

「麻弥先輩。今度、一緒に楽器屋に行きましょう。気になる機材が入荷したらしいんで、良かったら解説をお願いします」

 

この1年ですっかり場慣れしたのか、彩先輩たちはこなれた様子で去って行った。

 

なんだか1年前のガルパで緊張しっぱなしだったパスパレが懐かしい。文化祭では満足に楽しめなかったし、なんかまた無茶振りしたいなって思う。まあ、今日は出演はないから、気楽に構えてるだけなのかもしれないけど。

 

 

 

「幹彦くん、いるー?」

 

「お、香澄たち。入っておいで」

 

景気のいいノックの後、ポピパが元気よく入ってきた。

 

「お邪魔しまーす。あれ? ハロハピは?」

 

「今こっちに向かってるところ。それより応援に来てくれたんだよな。ありがとな」

 

「えへへ、楽しいライブだもん。当然、駆けつけるよ。ほら、有咲」

 

香澄に促されて、後ろの方にいた有咲が前に出てきた。顔が少し赤い。

 

「……これ、公演祝いの花」

 

綺麗だけど、可愛らしさのある花束だった。

 

「おお、マジか。ありがとう!」

 

「あの、エントランスに飾ってある豪華な花に比べたら大したことねーけどな」

 

「あれは、金が余ってるヤツらが面白半分で買ったものだから気にするなって。ポピパのみんなが選んでくれたことが嬉しいよ」

 

さっきだって、ここは赤色の花が良かったとか、もう少し束に厚みが合ったほうが全体の調和がとか、ライブのイメージ的にも明るい色のほうがとか、みんなで花束の品評をしてた。

 

ライブのためってのもあるけど、基本的にはあいつらが楽しむためのものだから、放っておいていいんだよ。帰りに持ち帰らせるつもりだし。

 

ポピパからもらった花束は俺が家に持って帰ろうと思う。

 

「ふ、ふーん、そっか」

 

「そうそう。お礼は今度たっぷりするから」

 

「ば、バカヤロー! 沙綾たちの前でそういう話はすんな! からかわれるのは私なんだからな!」

 

「ごめんごめん。嬉しくてつい……」

 

付き合って1年経つのに、相変わらず有咲は照れ屋だ。その反応がおもしろいから、ついつい、こういう言葉を選んでしまう。でも、やっぱり反応が良いね。

 

「ふんっ、もう行くからな!」

 

「え、もう!? 幹彦くん、それじゃあ頑張ってね! ……有咲ー、待ってよー!」

 

香澄が有咲をパタパタと追いかけていった。

 

「騒がしくしてごめんね。私たちも応援してるから頑張って。もう開演しちゃうけど、差し入れのパン。良かったら食べて」

 

「山吹ベーカリーのパンは俺も好きだよ。あとで、みんなと一緒に食べるよ。ありがとう」

 

「海堂くん、頑張ってね」

 

「牛込さんもありがとう。前のライブじゃあ、何か気を使わせちゃってごめんね」

 

「幹彦、今度一緒にセッションしようね。幹彦がギターも上手いって聞いて、一度やってみたいと思ってたんだ」

 

「夏休み中に一度やってみようか。ポピパの練習日を教えてくれたら、ギターを持って有咲んちの蔵に乗り込むよ」

 

最後に出て行った花園さんが、笑顔で手を振りながら去って行った。

 

うん、やっぱり綺麗な子だよな。何気ない仕草が様になる。

 

ポピパのイベント事には何度も乗り込んでるけど、練習に顔を出しことはなかったな。一緒に練習したら楽しいと思うのになんでだろう。なんか損した気分だ。この夏は有咲の婆ちゃんに挨拶を兼ねて、必ず顔を出そう。

 

 

 

「幹彦ー! 戻ったわよ!」

 

「遅いぞ、こころー」

 

愛しのメンバー達がバタバタと控室へ雪崩れ込んできた。

 

「あら、ごめんなさい。お母様との話がつい長引いちゃって」

 

「こころんちのお母さん、すっごい格好良かったよー!」

 

「正に、女傑といった風貌だったね。しかし佇まいには儚さも感じたよ……」

 

「薫さんにも全く動じないところはすごいって思いましたよ。弦巻家当主はやっぱり肝が据わってますね」

 

「……すごかったよね」

 

相手の感触を思い出すように、難しい顔をする花音。

 

「花音、大丈夫そうだったろ?」

 

「……うん。あの感じだったら、きっと大丈夫……だと思う」

 

「お前たちは誰1人として離さないって伝えてあるから大丈夫だよ。後は俺に任せとけ」

 

「……うん。そうするね」

 

花音はちょっとだけ寂しそうな顔をした。

 

「でも、悩むことがあったら相談させてくれ。俺だけじゃあ見落とすこともあるだろうしさ」

 

「……! うん!」

 

たとえ例の計画が終わったとしても、俺は花音のことを頼りにしてるさ。これからもずっとな。

 

そんな気持ちが伝わるといいなと思う。いや今度はっきりと伝えよう。これまでのお礼にデートに誘って、感謝の気持ちもたくさん伝えたい。

 

でも、今はとりあえずライブだ。

 

「さて、みんなが戻ってきてくれて嬉しいけど、もう時間だ」

 

「あら、もう?」

 

「もう、だよ。こころ達、ずっと会場にいるんだもんなー」

 

ガルパのみんなが激励に来てくれたから退屈しなかったけど、1人でポツンと待っていたら寂しかっただろうよ。

 

「ごめんなさい。今度たっぷりお詫びをさせてもらうわね!」

 

「楽しみにしてる」

 

にこ×にこ=ハイパースマイルパワーの衣装が気になってるから、今度はそれを着てもらおう。

 

頭の中のこころが、パトカーの上に乗って決めポーズをしてる。

 

「でも今日はこの後、お披露目パーティーがあるからダメよ!」

 

「そっちは楽しみじゃない……」

 

頭の中のこころが、パトカーに乗り込んで去って行った。笑顔パトロール隊の出動かな……。

 

「諦めなって。なんかすっごい会場が用意されてるらしいよ。主役のあんたが不在は絶対に通らないから」

 

「だよな……」

 

「こころちゃんの家のパーティーって、現役の大臣さんとかが来るんだよね……」

 

「気のせいですよ、花音さん。気のせいということにしておきましょう」

 

以前の記憶を思い出して恐々とする花音と、現実逃避をする美咲。2人も準主役だから、その大臣に挨拶される立場なんだけど……まあ、いいか。

 

「また、みんなで歌いましょうね! きっと、すっごくハッピーになると思うわ!」

 

「はぐみも楽しみ! 今日も美味しいものが、たくさん出るんだよね!」

 

「ええ! はぐみと幹彦が好きなお肉料理も出るわよ!」

 

「……主役って料理を食べてる暇ってあるのか?」

 

美咲に聞いてみた。

 

「あの当主がそれを許してくれるなら、いけるでしょ」

 

「ムリってことじゃん……」

 

聞いてみただけで、笑顔で説教される気がする。

 

「幹彦、悲観的になってはダメだよ。たとえ素晴らしい料理にありつけなくても、まばゆく光る天使たちが、キミの心を満たしてくれるはずさ」

 

「薫先輩の言うとおりですね。みんなの綺麗な衣装が見られるチャンスですからね。今日はそれを楽しみにします。リサ先輩のクッキーと山吹ベーカリーのパンで腹を膨らましときます」

 

夏だし、きっと開放的なデザインのドレスが多いんだろうな。これに関しては本当に楽しみだ。

 

はぐみが、沙綾んちのパンあるの!? て言ってたので、テーブルの上にあるから好きなだけ持っていきなって言っておいた。

 

「噛み合ってないよね」

 

「美咲、うるさいぞ。それより今日の夜に着たドレスは、ちゃんと持ち帰ってくるんだぞ」

 

ドレスは弦巻家が用意するらしいけど、借りるんじゃなくて、もらえるはず。娘の友だちに着させたドレスを使い回すなんてことは、あの当主はしないだろうからな。返しても陽の目を浴びることはないだろうから、必ず持ち帰らないと。

 

「……あんた、プレイに使うつもりでしょ?」

 

「そうだけど。それが何か?」

 

「こいつ、開き直ってる……!」

 

「あ、あはは、幹彦くんは相変わらずおサルさんだね。こころちゃんに絞られたから、最近は落ち着いたのかなって思ったけど、やっぱり変わってないね」

 

例の事件が解決してから、こころが晴れて参戦してきたわけだが、現在なんと連敗中である。

 

技術や慣れは圧倒的にこっちに分があると思うんだ。体力だって俺も並外れてあるはずなのに、こころが止まらない。俺の方が先にダウンするという屈辱的な結果がずっと続いていた。

 

「昨日は、今日のライブのためにお預けしてましたらからね。きっと、その分が溜まってるんですよ」

 

「大丈夫。こころの攻略法は見えたから、そろそろ俺の時間が来るはず」

 

思い返してみれば、こころの動きが少し鈍くなる瞬間はたくさんあった。そのたびに花音たちが代わるように攻めてくるから何もできなかったけど、活路はきっとそこにある!

 

「あんた、そう言って、この前すっからかんになるまで絞られてたじゃん。こころの性欲はヤバいって話、忘れたの?」

 

「……覚えてない」

 

「うそつけ」

 

「あ、あはは……あ、時間は大丈夫?」

 

「おっと、そうだった。そろそろ行かないとマズいな」

 

もう開演時間になる。

 

最後に、みんなの顔を見渡す。

 

「……じゃあ行ってくるわ」

 

「行ってらっしゃい! はぐみ達もすぐに会場に行くね!」

 

「ああ。戻ってきてくれてありがとな。お陰で気合が入ったよ」

 

「今日のステージは幹彦が1人で立つが、心の中には私たちがいる。それを忘れないでくれ」

 

「薫先輩、ありがとうございます。俺はいつだってハロハピと共にありますよ。今日だって、楽しく歌って来ます!」

 

「頑張りなよ。あんたの歌は、あの人たちより詳しくないけど、あたしたちも楽しませてもらうから」

 

「おう。彼氏の勇姿、目に焼き付けとけ」

 

「幹彦くん、頑張ってね。上手くいったらご褒美あげるからね」

 

「花音のその言葉にはいつも助けられてるんだよな。頑張って終わらせるぞって気分になる。今回も楽しみにしてるよ」

 

「幹彦! 本当はあたしも歌いたいけど、今日は我慢するわね。その代わり、会場でいーっぱい、楽しむわ!」

 

「ああ。ハロハピから教えてもらった楽しい演奏ができるように全力を出すよ。期待しててくれ!」

 

ステージへ続く道への分岐路まで、ハロハピのみんなが送ってくれた。

 

別れた後も聞こえる応援の声に手を振って応えながら、俺は舞台袖へと向かった。

 

 

 

ハロハピのみんなと別れて、すぐに舞台袖にたどり着いた。

 

ステージのすぐ横に来ると、ざわつく場内の声が聞こえてくる。

 

なんか視界に違和感を感じる。

 

ああ、今日は仮面をしてなかったな。どうりで明るいわけだ。

 

チラリと会場を覗き込む。

 

招待状を送った200人弱の人が集まっていた。

 

呼んだのは、例の事件の関係者。

 

今日はお礼のライブの日だ。

 

会場に対して人数が少ないから、自由席ってことでパイプ椅子を適当に並べておいた。みんなそれを思い思いに動かして、なんだか会場内でおもしろい光景が広がっている。

 

Vtuberの宝月が花園さんと話してる。初めて会ったという感じには見えない。あいつら、知り合いだったんだ……。前にゲームコラボをしたんだけど、幼馴染と再会できたって言ってたよな。もしかして、そういうこと?

 

有咲は年上の女性に囲まれてる。たぶんアレ、初期勢に囲まれてるんだろ。なんか有咲の顔が照れくさそうで、やり辛そうだ。まあ、有咲はNO.1らしいから仕方ない。弦巻家当主に認められてるんだから、自信持っていいと思うぞ。でも、俺は巻き込まないでくれよ。

 

俺の母さんと、花音たちの母親が弦巻家当主と話をしてる。すごい、母さんがあんなに恐縮してるところ初めて見たよ。父さんは……外側にいるな。たぶんアレだ。被害が来ないように気配を消してるんだよ。俺と父さんって似てるところがあるから間違いない。

 

燐子先輩とピアニストの澤部さんが話をしてる。そういえば、燐子先輩が今度ピアノのコンクールに出る予定だって聞いたんだけど、その件についてかな。そのネタなら俺も自然に入り込めるから、できれば俺がいるところで話をしてほしかった。

 

彩先輩は……白鳥ひめと話しをしてる。そういえば同窓らしいね。今度、白鳥さんと歌コラボをすることになったし、あとで話しかけておこうかな。

 

江井と比井は……ああ、ディアゲの社長と話してるね。少し前から俺の開発ラインに参加させてるんだけど、どうやら自主的に女性とも仲良くなろうとしているみたいだ。うん、いい心がけだ。一部の天才や努力家を除いて、ゲームなんて1人で作れるものじゃないんだから、女性とだって折り合いを付けられるようにならないとな。じゃないと、肝心のおもしろいゲームが作れなくなる。数年後、こいつらから新しいゲームが生み出されたら良いなって思ってる。

 

その後ろにいるのが志井……だっけ? あいつは女性がまだ苦手っぽいけど、それでも近くにいるあたり、やっぱりゲームに興味があるんだろうな。Vtuberもやってるらしいからバンバン配信して欲しい。今はとにかく知名度を上げないと行けない時期だから、ゲーム実況は正直、助かる。

 

隅の方では、議員3人と、老人ホームで出会った婆さんが座ってる。真面目な顔してるけど、なんか難しい話でもしてるのかな。てか、婆さん生きてたんだな。もう会えないと思ってたから意外だったけど、なんかすっごく嬉しかったよ。でも、白鳥ひめを嫁に勧めてくるのは勘弁してほしい。俺、この後、婚約披露パーティーが控えてるんだからさ。

 

その他にも、楽しそうな集まりはたくさんあるが、そろそろ行かないとマズい。ちょうどハロハピも会場入りしたから、もう全員いるだろうしな。

 

俺は深呼吸を一つしてから、ステージへと歩き出した。

 

ざわつきが少しだけ大きくなり、やがて静かになった。みんなの視線が俺に注がれる。

 

あの事件で、みんなにお世話になった。

 

みんなの力がなかったら、あそこから逆転なんてできなかった。本当に感謝してもしたりない。

 

なにかお返しがしたいと思ったけど、俺には音楽しかない。歌を投稿することはできたけど、それじゃあ、なんか違うなって思った。

 

でも、俺には音楽で返すしかない。だから、ライブをやろうと思った。ご尊顔を公開したリアルライブだけど、セントー君の曲で構成された、俺の全力ライブ。

 

それで、感謝の気持ちを乗せて歌おう。

 

歌はいつだって、自分の思いを伝えるために歌われてきた。

 

とんでも文化なこの世界だけど、歌は前世も今世も関係ない。

 

「まずは聞いてください。――」

 

だから歌おう。みんなにありがとうの気持ちを込めて。

 

この世界で、みんなに出会えたことを感謝してるんだって!

 

 

 

 

 

 

 

 

数年後 有咲視点

 

 

 

ある日の昼下がり、質流れの品をネットに乗せ終えて、私は一息ついていた。

 

この前、幹彦がどこぞのお偉いさんから貰ったと高級な茶葉を持ってきたので、その香りを楽しんでいた。甘い羊羹をつまみながら、ボーッとテレビを見る。

 

『不動のトップアイドル白鳥ひめの引退宣言から一週間。関係各所の反応、そして、弦巻幹彦氏との電撃入籍についても、次のニュースで取り上げたいと思います』

 

もう1週間も経つのに、まだこの話題やってるんだな。

 

この思いっきり関係者であるニュースだが、ひめちゃんの婆さんが、いつまで待たせる気だ! ってキレたことが、きっかけらしい。ん? 婆ちゃんの姉だっけ? まあ、どっちでもいいか。

 

そんなわけで、ケジメをつけるためにアイドルを引退すると宣言し、少し遅れて結婚を発表した。

 

リアルでもこんな感じで大騒ぎになっているけど、ネット上も、それはそれは大盛り上がりだった。

 

あの事件から数年が経って、セントー君としての活動は、今やメン限雑談と歌投稿だけになっているので、以前ほど掲示板でネタにされることはなかったんだけど、さすがにこの話題は盛り上がった。

 

といっても炎上ではない。祝福の嵐って感じだ。数年前の歌コラボ動画をマラソンして、当時の思い出を語り合うスレが乱立したってだけの話。

 

まあ、久しぶりにセントー君のネタで盛り上がるための良い燃料になったのかもな。

 

幹彦が“弦巻”の仕事を手伝っている以上、雑談動画でうっかり企業秘密を漏らすわけにはいかないってことで、一般公開の雑談動画はずっとやってない。寄付と歌は継続してるけど、寄付の上限を更に低く設定して、今では月に1回投稿するくらいの頻度で落ち着いている。

 

あとは初期勢に名誉メンバーが追加された。まあ、誰かは言うまでもないけど、あの事件で世話になった何人かだ。3年ぶりの新規メンバーだったんだけど、恐ろしいくらい馴染むのが早くて、3回目くらいのメン限配信では、古参メンバーの如く振舞っていた。やっぱりコミュ力がある人は凄まじいと思った。

 

海外のリージョンロックは、あの事件の1年後くらいにひっそりと解除された。もう、著作権の支払いは不要と知れ渡ってるし、どうせ寄付枠の追加もしないから、好きにしろって感じ。ときどき気が向いたときに、寄付とは関係なく、英語の歌を投稿してるから、海外ファンも満足の結果だったんだろう。

 

リアルの生活では、弦巻家の当主になるのでは? なんて噂が一時期ネットで流行ったんだけど、さすがに一般人の幹彦にそんな大役は任せられないということで、それは回避できた。こころさんと幹彦の子に“弦巻”としての教育をして、最も素質があった子を次の当主に据えるらしい。

 

でも、幹彦が“弦巻”の幹部に就くのは避けられなかった。“弦巻”案件として、ちょいちょい面倒な役回りをさせられてる。相手がそこそこの規模の会社の男役員だった場合は、高確率で幹彦が駆りだされてる。基本的に男同士では威圧感を隠さないヤツなので、交渉もスムーズに運んでいるらしい。弦巻家当主がホクホク顔だとか。

 

あとは、ピアノ協会に泣きつかれて戻ることになった。例の事件での借りもあるから断れなかったようだ。でも、元からピアノが好きだったヤツなので楽しそうだ。来月は因縁のピアノコンクールを開催するらしい。一応、家族全員で応援に行く予定。私もピアノをやってたから、けっこう楽しみだったりする。

 

ゲーム開発も頑張ってる。例の事件で一躍有名になった江井さんと比井さんって人がいるんだけど、ようやく使えるようになってきたとか。初めは他の女性社員とケンカばかりしてたんだけど、その度に幹彦が顔を突っ込んで、お互いに腹を割って話させたらしい(強制)。

 

それを何度も繰り返す内に、江井さんと比井さんも徐々に同僚を仲間と思うようになって、今ではケンカすることはあっても、幹彦がいなくても、なんとか解決できているらしい。

 

この2人は幹彦が待望していた、ゲームの好みが似ている製作者になる人材ということで、そろそろラインを任せてみようか考えているんだとか。よくわからないけど、幹彦が楽しそうだから良いのかなって思う。

 

パーティーゲームは家族でやってても楽しいし、そういうゲームを作ってくれると嬉しい。

 

江井さんと比井さんとは1度会ったきりだから、どんな人か、よく知らないんだけどな。

 

壁にかけてある写真に目をやった。

 

セントー君の初ライブのときの写真だ。Circleをバックに、200人近くの参加者みんなが集まって撮った写真だ。おもしろい組み合わせが見れるし、いい思い出だから、こうして飾っている。ちなみに幹彦は真ん中にいて、右隣がこころさん、左隣は私だ。初めはもう少し離れたところに立とうと思ってたんだけど、初期勢に後ろから押されて、幹彦に寄りかかってしまったところを撮られた写真だ。おかげで顔が正面を向いてないけど、これはこれで……うん、良いんじゃねーかなって思う。

 

やめやめ。なんか恥ずかしい。

 

気を取り直して、ズズッとお茶をすすっていると、テレビに赤いテロップが出た。

 

『緊急速報です。人気女優の白鷺千聖さんの熱愛が発覚しました! お相手は……え? こ、この人ですか? 放送しても大丈夫ですか? 本当に?』

 

ああうん、コレか。知ってるよ。

 

けっこう前に、花音さんが時間の問題だと言ってたのを思い出した。そんなバカなと思ってたけど、そんなバカなことが現実になった。

 

おめでとう。これでハロハピに続いて、パスパレ制覇だな。アイドルに手を出すのはどうかと思う、とか言ってたのに、6人も手を出してんじゃねーか。あの時のお前に、今のお前の姿を見せてやりてーよ。

 

てかお前、ひめちゃんの話題どうするんだよ。まだ騒ぎが収束してないのに燃料を投下すんなよ。

 

……まあ、“弦巻”がなんとかするか。

 

また当主に借りを作ることになるけど、何も言うまい。手を出した人を数えたら、両手じゃ足りなくなるしな。せいぜい、こころさんとの子作りを励んでくれ。

 

そのとき、バタバタという足音と共に、香澄が部屋に飛び込んできた。

 

「有咲ー、子ども達が泣きやまなくて大変なことになってるよー! 助けてよー!」

 

今日の子育て当番の香澄が、困り顔で言った。まあ、さっきから泣き声がここまで響いてたから、状況はわかってた。

 

「たく、仕方ねーな。彩さんと花音さんは? 今日は3人が当番だったろ?」

 

椅子から腰を上げて、一つ伸びをした。

 

「花音さんはうんちで汚れちゃった子をシャワーに連れて行ってる。彩さんは私と一緒にみんなを、あやしていたけど、収拾がつかなくなっちゃって……」

 

まあ、10人を超える子どもを香澄と彩さんで面倒見るのは無理だな。仕方ない。ちょっと我が子たちの顔を見に行くとするか。

 

仕事に集中できるように、子育て部屋は別棟にある。香澄と2人でそちらへ向かう。

 

「そう言えば、モカちゃんがそろそろ勝負をかけるって言ってたぞ」

 

ガルパ仲間とは、ときどき連絡を取り合っている。

 

ついこの前、モカちゃんから蘭ちゃんとひまりちゃんを巻き込んだ、なし崩し作戦を実行するつもりだと連絡があった。

 

「へー、モカちゃんが? でも幹彦くんって、ガルパの人たちには、なんだかんだで甘いから大丈夫じゃない?」

 

「まあな。それに……今、誰もお腹が空いてないからな。あいつも色々と限界だろうし」

 

私と香澄のお腹には2人目がいるし、こころさんの3人目が再来月に生まれる予定だ

 

「抱きしめられて寝るのは好きだけど、そろそろ爆発しちゃうかもね……」

 

「ひめちゃんと白鷺先輩の2人じゃあ長くはもたないだろうしな」

 

「まだ増えそうだね……」

 

「それが幹彦だろ。香澄もちょっとムッとするなと思ったら、思いっきり、あいつにワガママ言えよ。すっきりするくらい言わないと、怒りがどんどん溜まっていくから注意な」

 

香澄は嫁の中では独占欲が強めの方だ。状況はわかっているけど、心が納得してないんだろう。

 

気持ちはわかる。だけど、幹彦との関係で溜め込むのは禁物だ。ガンガン言っていかないとよくない。あいつだってワガママ言ったほうが喜ぶしな。

 

「はーい! 今度、みんなで一緒にライブしたいと思ってたから、それをお願いしてみるね!」

 

「ライブか……悪くねーな。私もピアノを弾き続けてるから、いつでも問題ねーぞ」

 

私の息子もピアノの音が好きだから、よく子守唄代わりに弾いてやってるしな。

 

「やった! じゃあ、おたえ達にも連絡しておくね。後は彩さんも参加できるか聞いてみようよ!」

 

「いいんじゃねーの。場所はCircleで良いよな。久しぶりだからファンも少なくなってるだろうし。500人キャパでも十分だろ」

 

「まりなさんにも言っとくね! あ、それなら友希那先輩とか蘭ちゃんにも声かけない?」

 

「だったら私は蘭ちゃんに声かけとくよ。友希那先輩には香澄から言っといて。ロゼリアは現役の超人気プロバンドだから参加できるといいけどな」

 

一応、リサさんが帰ってきたらスケジュールを聞いておこう。

 

「わかった! 久しぶりのバンド活動だー! 楽しみー!」

 

「最近はバンド活動もできなかったからな」

 

「子育てがあるから、みんなで顔を合わせるのが難しかったよね。でも久しぶりにみんなで集まれるんだ。わくわくするよ!」

 

子育て当番が回ってくるのは3~4日に1回くらい。何人もの家政婦さんがちょくちょく来るので、用事があるときは、いつでも免除できる。それに、嫁さん達は子どもが好きな人が多いから、当番じゃなくても面倒を見に来る。だから集まろうと思えば集まれるけど、なんとなく子どもを優先してしまう。でも、ライブがあるなら、それを目標に練習しようって集まれるはずだ。

 

「ライブ名は決まってるよな」

 

「もちろん! アレしかないよね!」

 

数年しか経ってないけど、なんだか懐かし名前が思い浮かぶ。

 

あの頃とは状況が違うけど、あの頃に負けないくらいの楽しいライブがしたい。別に子どもができたからってライブをしちゃいけないことはない。そんなこと言ったら、プロで活躍してるリサさんはどうなるんだって話。

 

むしろ、子ども達に音楽は楽しいんだって教えるための、いい機会になるんじゃないか? いや、まだ小さくてわからないか。

 

だったら終わったあとに写真を撮ろう。壁に飾ってある写真のように、ずっと残り続ける思い出を作ろう。それで子どもがわかるようになったら、お前が小さい頃にこんなすごいライブをしたんだぞって楽しかった思い出を語ってやろう。

 

それになりより、私がライブをしたい。せっかく日本で暮らせて、ポピパのみんなが近くにいるんだ。また、あの楽しいパーティーを始めたい。何度だって、何年経ったって。

 

だから、みんなでライブをするなら、これしかない。

 

「「ガールズ(&ボーイ)バンドパーティー!」」

 

始めよう。次の物語を!




これにて完結です。
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。


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あとがき ※誤字報告者の方々へのお礼を追記しました

誤字報告をいただいた皆様にお礼申し上げます。
てにをは に始まり、ら抜き言葉、い抜き言葉、初歩的な漢字誤り、そもそも誤用であるなど、多くの誤字・脱字を修正させていただきました。
誠にありがとうございました。


@ケンケンコーコム様、+0様、244様、346628791様、a092476601様、CURURU様、Darkstar様、KAKE様、kamuiro様、kuzuchi様、liol様、MAXIM様、N-N-N様、nekotoka様、Nonasura様、null_gts様、orione様、proxyon様、Qzya様、txz様、Windowegg様、アイエエエエエエエ様、あのときの様、イレブン様、ヴワル魔法図書館様、おのぶ様、ガイド様、かまぼこ豆腐様、かもそば様、カモメ99様、くらねす様、くろーろ様、クロスオーバー大好き侍様、シキ様、シモンver.1.20様、じゃもの様、ゼーロー様、ソーシロー様、そうたそう様、たいがあ様、たけもこ様、チルッティドラグーン様、ノノノーン様、パオパオ様、ひね様様、ヒロシの腹様、フリーク様、ホイミソ様、まるぷるえ様、モグモグ様、ゆあここ様、ルナリア様、三成様、不死蓬莱様、仔犬様、全肯定ぺんぎん様、兵とる様、夜刃神 雪様、天の川(・・?)様、太鼓様、寒河江椛様、影舞様、春雨17号様、楽時様、氷花様、洋上迷彩様、燃えるタンポポ様、爆祭様、獅子満月様、白崎望様、神楽 光様、紅 零様、緑黄青汁様、芝 ロク様、読む専用様、豚バラ煮込み様、迷子様、鈴鳴荘様、闇影 黒夜様、阿久祢子様、雨雫様、雪凪K様、霧玖様、鬼灯 白夜様、鳥の人様、黄色のイカ様、黒祇式夜様
公式並べ替え:報告ユーザ(A→Z)順です。

確認作業にお時間を頂戴いたしまして申し訳ありませんでした。
そして繰り返しになりますが、誠にありがとうございました。


初投稿から3カ月。無事、投稿し終えることができました。

 

ラノベで換算すると2冊弱、ですかね?

 

これも、みなさんのおかげです。本当にありがとうございました。

 

 

・ この作品について

・ 登場した音楽について

・ 感想について

・ 参考作品について?

 

 

・ この作品について

 

この作品を書きたいと思ったきっかけは、似たような作品がなかったからです。こういう男性が少ない世界で、好きなキャラといちゃいちゃする。一夫多妻もバッチコイ。最高ですよね。でも、小説とか二次創作だと数が少ないです。バンドリに至っては作者が知る限りは記憶にありません。

 

だから、自分が好きなものを作ろうと思って書きました。

 

手前味噌にはなりますが、作者はこの作品が大好きで、最高におもしろいって思ってます。めちゃくちゃ楽しく書かせてもらいました。

 

批判が多い最終章ですが、個人的には大満足の出来だったりします。21話もキズナミュージック聞いたら、そりゃ泣くわって思って書いてたほどです。てか泣いてました。バンドリに興味がなかったり、キズナミュージックに思い入れがない人が読んだら、全然、感情移入できないだろうなってのは薄々感じてましたが、作者が納得しているので、これで良いかなって思ってます。

 

下手だったり、才能なかったりしますけど、ギャグだってシリアスだって書きたかったですから。

 

 

 

・ 登場した音楽について

 

登場した音楽については、少し昔の曲を重点的にチョイスしました。もちろん最近のメジャーな曲も大好きなんですが、そういったのは他作品で登場しています。なにより、新しい世代の人たちが知らないまま消えていくのが惜しいなと思う曲がたくさんありましたので、あえて、あまり使われない曲を選ばせてもらいました。本当はもっとエロゲ曲を使いたかったんですが、偏りすぎもアレですし……。

 

一応、絶対に使いたいと思ってたエロゲ曲を書いておきます。

 

「get the regret over(片霧烈火)」

「nikoensis ~追憶~(KIYO)」

「just now(Clap)」

「Wind of Cronus(麻理絵)」

 

アリスソフトは全曲おすすめです。

 

本当はまだまだあるんですが、万人受けしそうな曲だけ選出です。トーマスを上げないだけの分別は作者にもあります。はむはむソフトだって我慢してますとも。戯画はもうちょっと推しても良かったかも……いや、それを言ったらWitchもいけたかな。

 

結果として、その場面にマッチした曲が使えなかったのは、小説としてはマイナスでしたね。まあ、目的は果たせたので良しとします。

 

 

 

・ 感想について

 

感想は本当にありがたかったです。

 

感想にたくさん助けられましたし、こんなに閑話が増えたのは感想のおかげです。

 

みなさんが楽しかったとか、これが気になるとか書いてくれたおかげで、自分もそれについて想像が膨らんで、たくさんの閑話が生まれました。

 

本当に感想は嬉しかったです。

 

だったら、感想に個別で返せよって話なんですが、それをやるとすごい時間がかかります。

 

1つ1つの感想に向き合いすぎると、作風が大きく変わってしまい、先が書きづらくなります。そうなれば、作品が完結せずにエタることになります。ネタバレにもつながりますし。

 

それは、作者にとってもですが、読んでくれた人が一番悲しい結果になるものだと思ってます。

 

なので、感想はありがたく読ませていただきますが、それに影響され過ぎないように個別の返信は控えさせていただきました。

 

その分、続きや閑話を書くことに集中させていただきました。

 

重ねて言いますが、みなさんの感想は本当に嬉しかったです。

 

 

 

あとは色々と厳しいご意見をもらうことが多い作品となりましたが、自分が楽しく、好きなことを書くことを優先させていただきました。様々なご意見があると思いますが、それに悩んで物語を作るのが嫌になった人をたくさん見てきたので、絶対に流されないぞって気持ちで書いてました。

 

そのため勝手ではありますが、自分のモチベーションを下げたり、いまいち納得できないご意見は全てスルーさせていただきました。

 

どんなに薄情でも、自分が楽しく書けない要素は取り除くべきだと思ってます。就職をすれば、どんなに嫌なことでも笑顔で受け入れないといけないことは、たくさんありますからね。ロハでやってる趣味くらい、好きにやらせていただきました。

 

やっぱり、どんなに下手でも書き続けないとおもしろくないですしね。

 

バンドリの小説だって、展開がすごく気になる作品があったのに、愛のない言葉でやる気を無くしてしまって作品を削除された方もいます。個人的に大好きな作者さんが作品を全て消してしまったときはショックでした。

 

まあ、この作品は好みが分かれることは理解してますけど。

 

 

 

ここからは、ちょっと説教臭くなります。そういうのが苦手な人は飛ばしてください。

 

どうやら、この作品はそこそこアクセス数が多いようなので一応、書いておきます。

 

本当に善意で、自分の気持ちを吐き出すためでなく、この作品を良くしたいと思って厳しい感想を書いてくれた人がもしいるのなら(たぶん、いないと思いますが)、言葉の伝え方を学ばれた方がいいのではないかと思っています。そうでないと、本当に好きな作品に対して、あなたが書いた感想がきっかけで、その作者が投稿を止めてしまう可能性がありますので。

 

自分を正当化したいために、この作品が良くなると思って、などと言ってる人は、自分が書いた内容を見つめ直した方が良いと思います。わかってて書いてる人には、伝える言葉はありません。

 

ただ自分の気持ちを吐き出したいだけの人は、できれば作者の目に入らないところでやってもらいたいですけど、まあ、あなたが心から楽しいと思える作品に出会えることを祈っています。そして、その作品を嫌う別の誰かが出ないことを祈っています。

 

説教臭くて申し訳ありません。こんなこと言っても効果がないかもしれませんが、誰かがこういうことを言わないと、自分が何をしているか気づかない人もいるので、書かせてもらいました。たぶん、コレもすっごいコメントが書かれるんだろうなって覚悟はしてます。

 

もう、この作品は完結するんで好きにコメントを書いてもらって良いんですが、他の作者さんの作品に感想を書くときは、一瞬だけでも手を止めてくれたらと祈っています。

 

 

 

・ 参考作品について?

 

項目を立てといてアレですが、参考作品は紹介は控えさせていただきます。

 

この作品、悪い意味で目立ったようで、嫌な人たちに目をつけられたみたいです。ここで名前を出して、作者の好きな作品が荒らされるのは絶対に避けたいと思いました。

 

10年以上前に、当時2次創作で一番勢いがあった、とある掲示板を衰退させた人たちがまだ活動してたみたいなんで、本当に残念ですけど紹介は控えます。

 

大好きな小説や動画紹介を兼ねていたので、本当に残念ですけど、仕方ないですね……。

 

最近の数話は感想のお返しができなかったので、感謝の意を込めて、あとがきと同時に短編IFルートネタも投稿したいなと考えていましたが、予定を切り上げて、この作品はさっさと閉じさせていただきます。たぶん、これ以上この作品を書いても、ただ荒らされるだけになるでしょうから。

 

 

みなさんも、この作品が嫌いだから批判するのは仕方ないですが、自分の気持ちを吐き出すために人を傷つけることを正当化する人にはならないよう気を付けてください。これは本当に若い芽を摘む行為なので、その分野がどんどん先細りします。

 

批判に折れるヤツが悪い、この考えは趣味でやってる素人、特に若い人には通じません。肝に銘じてください。

 

ほとんどの作者さんは、同じ趣味の人に見てもらいたいけど、楽しく書きたいって思ってます。

 

 

逆にもし二次創作を書いてる人とか、書いてみたいと思っている人がいたら、感想に影響されすぎないことを強くおすすめします。

 

若い子とか、書き始めの子とかって素直な人が多いので、感想に書かれた批判も真摯に受け取ってしまうと思います。でも、自分が楽しく書けないなと感じたら、無視した方が良いです。でないと最悪の場合、その作品自体に嫌な思い出ができて、大好きだった作品を見たくなくなったりしますから。実際、そういう人を何人か見てきました。

 

原作がすごく好きで書き始めたのに、原作が嫌いになったなんて不幸な結末は自分のために良くないです。作品の発展にもつながらないですしね。

 

 

 

というわけで、本当は楽しく、この作品の思い出をたくさん語りたかったんですが、そうもいかないみたいです。大人しく、この3カ月の間、ろくに楽しめなかった大好きな小説の続きや動画を見て、年末年始をすごさせていただきます。ドーナドーナもやりたいですしね(嫌な予感はしてます)。

 

それでは、みなさん本当にありがとうございました。もう1年が終わります。体調を崩されないよう、お気をつけください。また、来年はみなさんにとって、良い年であることを心から祈っております。FILM LIVEの新作も出ますしね!

 

では、失礼いたします。

 

 

 




明日28日の午前中くらいまでの感想は、できるだけ返信させていただく予定です。例によってスルーさせていただく感想もありますので、ご了承ください。

2020年12月28日 たくさんの感想、ご意見をありがとうございました。


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