マギアレコードRTA noDLC みかづき荘チャートAny% (なぁ……相撲しようや……)
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Part1 : あの子はわたしの妹だったんです

 はーい、よーいスタート。

 アイスの味ではバニラが一番おいしいRTA、はーじまーるよー。

 

 ニューゲーム……ではなく、アーカイブに画面を移します。

 今回のレギュレーションはDLC無しでのメインストーリークリアまでの時間を競うものです。

 なので、いきなりニューゲームを始めるのではなく、アーカイブのDLC一覧でDLC無し或いは無効にしている事を確認してからゲームを始める必要があったんですね。

 お待たせしました。それではニューゲーム開始と同時にタイマースタートです。

 

 まずはキャラクタークリエイトです。プレイヤーの分身として神浜を歩く魔法少女を作成します。既にタイマーは動き出しているので素早く各項目を入力していきます。

 

 名前は『虹絵ゆり』。虹絵のゆり……普通だな!

 

 外見はデフォルトの物を使用します。キャラクリにおけるデフォルトの外見は黒羽根用の外見データからランダムで選ばれています。今回は茶髪ショート、四章でいろはちゃんら一行が初遭遇した黒羽根と同じ外見ですね。

 割と地味な子ですが、これはRTAなのであまり見た目にこだわっていられません。やっぱりデフォルトでいいな!

 

 性別は女性で固定です。魔法少年は残念ながら作れません。今後のアップデートに期待しておきます。

 

 年齢は中学生の範囲であれば自由に選べるので、十五歳としておきます。魔法少女歴も新米にします。ストーリーの因果の中心に立つ環いろはとの接点を増やしたいがゆえの設定です。

 

 スタート時期は第一章開始と同時にします。これより以前にスタート時期を置いても、DLC無しの都合上、何のイベントも発生せず食っちゃ寝をするしかなくなってしまいます。なので、第一章開始と同時としています。

 スタートを第十章にして自分は自宅に引きこもり、その間にチームみかづき荘がストーリーを終わらせてはいタイマーストップ、というのはダメです。レギュレーションにより、第一章開始より以前にスタート時期を置かねばなりません。実質的に第一開始と同時一択じゃないか、たまげたなぁ……

 

 シナリオの導入はいくつかある中から『環いろはと共に神浜市にやってくる』を選びます。これも前述のいろはちゃんとの接点を増やす作戦の一つです。

 

 肝心の願いについては『心の支えになりたい』とします。こう入力すると固有魔法が十中八九の確率で読心能力になります。読心能力があればストーリーの進行に必要なフラグの入手をいくつかスキップ出来るので、その短縮効果を狙っての選択です。

 

 難易度設定はスタンダードモードで行きます。ストーリーの進行に必要なイベントの発生が概ね保証されているのが特徴のゲームモードです。よほどの下手を踏まない限りは詰みの状況には陥らないでしょう。

 

 初期設定が終わったのでいよいよゲームスタートです。運に恵まれるといいなぁ……

 

 第一章 はじまりのいろは

 始まりましたメインストーリー第一章です。操作可能になったら即座に固有魔法とステータスを確認します。

 固有魔法は想定通り読心でした。次にステータスです。ゆりちゃんはマークスマンライフルを使う火力支援タイプの魔法少女みたいです。ほむほむのように火力不足だから自前で用意した物を使うとかでもなく、魔法少女としてのデフォルトの武器に現代兵器を持つ魔法少女とかこいつすげぇ変態だぜ?

 火力関係の能力は高水準、素の速度も中々のものです。精神力に関しては補強の必要はありますがまぁ悪くありません。

 

 軽い確認が終わったので、ストーリーを進めます。

 神浜市新西区へ来た環いろはと虹絵ゆり。いろはちゃんの目的はもちろん小さいキュゥべぇ。神浜市に来てから見るようになった夢に出てくる少女について調べる為に、関係のありそうな小さいキュゥべぇを追っている、という感じです。

 対してゆりちゃんの方は、建前上はただ遊びに来ただけ、本音ではいろはちゃんの付き添いのようです。いろはちゃんとの関係は今のところただのクラスメイトのようですね。いろはちゃんが神浜市に用があるというのを読心で知って心配になり、遊びに行くという動機をでっち上げて無理矢理付いてきたようです。行動力高いですね……

 

 第一章のクリア条件は一つ。環いろはに妹の事を思い出させる。これだけです。

 これを達成するには小さいキュゥべぇを環いろはに触れさせることが必要なので、小さいキュゥべぇを素早く見つけ出し、かつ逃がさないのが重要です。

 あ、以下、小さいキュゥべぇの事はモキュと呼びます。

 

 このモキュ、最も早く出会えるタイミングは砂場の魔女の結界内です。秋野かえでが砂場の魔女に絡まれている所を見かけた後でないとモキュは絶対に見つけられません。

 これより以前のタイミングだとモキュは七瀬ゆきかと共にいるのですが、この七瀬ゆきかが厄介な仕様をしていまして、DLC無しだと七瀬ゆきかの魔法少女ストーリーがプレイヤー視点では"無いこと"にされており、プレイヤーが関わる事が出来ません。

 神浜市内のどこを歩いていても偶然に出会う事は絶対にありませんし、例えば『探し物を視る事が出来る』といったような固有魔法を使ってモキュを視ようとしても、ちょうど探索範囲外である魔女の結界に入っていて見つける事が出来なかったりと、かなりの強制力で七瀬ゆきかとの邂逅が妨害されます。

 この妨害でモキュも一緒に隠れてしまうので、早期にモキュを見つける事は出来ないんですね。

 このDLC無しにおける挙動を利用したバグもありますがこのレギュレーションでは使用禁止です。ハードウェアにダメージが行くタイプのバグだからね、仕方ないね。

 

 そんな訳で、まずは砂場の魔女の使い魔に絡まれているかえでちゃんを探します。

 が、ここでは特にアクションは必要ありません。いろはちゃんに任せていれば自然と砂場の魔女の結界に辿り着きます。

 結界の中を覗き込むと、既に先客がいる事が見て取れます。だがしかし苦戦している模様。イグゾー! デッデッデデデデ。

 

「ひゃああ!」

 

 いました。木の杖ととんがり帽子という古典的な見習い魔女スタイルの彼女こそがマンションイレイザーこと秋野かえでです。

 砂場の魔女の使い魔に囲まれており、見るからにピンチです。援護射撃を入れます。変身!

 

 変身したゆりちゃんの姿は……マギウスの翼だコレーッ!? いやどちらかといえば黒江さんだコレーッ!?

 へそ出しスタイル、ミニスカート、ケープ。色こそ鼠色ですが、要素が黒江さんの衣装と被っておられる。しかも、マギウスの翼用の外見データをそのままゆりちゃんの外見に使っているから、なんというか、衣装が堂に入っておられる。マギウスの翼の集会に混じっていても一分ぐらいは誰にも気付かれなさそうです。

 

 戦闘に戻ります。跳躍してかえでちゃんの方へと距離を詰めながらライフルで射撃。弾丸の命中した使い魔が一撃で消し飛びました。

 いやなんか思ったより火力高いな? かえでちゃん曰く弱い方の使い魔とはいえ、一撃とは思わなかった。これなら今回の戦闘中にモキュ回収だけではなく魔女の撃破も出来そうです。

 

 オートで任せておくとかえでちゃんを連れての撤退を選択するため、いろはちゃんとかえでちゃんに魔女の撃破を狙う事をしっかりと宣言しておきます。

 あ、グリーフシード? かえでちゃんにあげるから大丈夫だって安心しろよ〜

 

 かえでちゃんといろはちゃんの形成する前線の一歩後ろから、ライフルを撃って使い魔を撃破していき、少しずつ前線を上げていきます。

 前線とは言っても、かえでちゃんは中衛、いろはちゃんは後衛に向いた性能で、耐久力は高くないので、かなり脆い戦線です。一発の攻撃も受けないよう上手く援護してあげる必要があります。

 にしてもこの砂場の魔女の使い魔、だんごにしか見えないねんな……

 

 そうして辿り着いた最深部では砂場の魔女が待っていました。めんどくせぇからマギアだマギア! 道中で溜めたMPを全て捧げた一撃。見事に瀕死にまで追い込めたのでもう事故る要素はありません。

 とどめを刺してグリーフシード、ゲットだぜ!

 

 砂場の魔女の結界が崩れ、元の場所に戻って参りました。グリーフシードはかえでちゃんにプレゼントです。

 え? 受け取れない? いいだろお前成人の日だぞ(意味不明)

 ぐぬぅ、かえでちゃんが意地でも受け取らないモードに入りました。あれ君こんなに頑固だったっけ……?

 

 困りました、好感度の為にも受け取って欲しいのですが。うーん……あれ?

 確認してみたら、ゆりちゃんのソウルジェム、割と濁ってました。あっそっかぁ、そりゃあ受け取らないはずだぁ(理解)

 

 うーん、ゆりちゃん、想定以上に新米です。

 ゲーム上での新米の定義は魔法少女になってから半年経っていない事で、今日契約しましたという新人と半年間魔女を狩り続けて今はもう流れ作業ですという玄人とが同じく新米呼ばわりされているのです。

 この熟練度の差は魔力消費量の大小という形で現れます。神浜の魔女相手とはいえこの消費量の多さは……一ヶ月未満、おそらくは契約してから半月ほどでしょう。予定より早めに稼ぎを入れた方がいいかもしれません。

 

 返してもらったグリーフシードで浄化をしていたところで、モキュが現れました。はえーもう来ましたどっかに隠れてたみたいに。

 

「モキュ! モッキュ!」

 

 モキュがいろはちゃんに飛び付き、いろはちゃんがそれを反射的に受け止めました。

 

「モキュ」

 

 その一鳴きを合図に、いろはちゃんが全てを知ってしまった猫の顔をし、そして倒れます。

 これで第一章クリア条件、環いろはが環ういを思い出すを達成しました。

 

 意識を失ったいろはちゃんを、かえでちゃんの案内で調整屋にまで運びます。

 調整屋というのは魔法少女の持つソウルジェムに手を加え入れることで魔法少女の能力を強化する技術を持った人、あるいはその人が営む店の事を指します。その性質上だれもが調整屋には手を出せないので、調整屋のいる場所は絶対に安全な所なんですね。

 運んだ後は、みたまさんに容態を見てもらいます。

 なんかももこさんが既に調整屋でスタンバってるんですがなんで……?

 

「アタシは十咎ももこ。それで、そっちの子は大丈夫なのか?」

「問題ないわ。少ししたら起きるはずだから、それまでそっとしておきましょう」

 

 ヨシ!

 ついでにみたまさんに調整してもらいたい、という所さんですが、あいにくと持ち合わせのグリーフシードが少ないので、狩りに行ってきます。グリーフシードを現地調達出来るレベルに魔女がいるとか神浜市やはりやばい(再確認)

 いろはちゃんが起きるまでの間に他の魔法少女と会話していれば好感度上げにはなります。が、どちらかと言えば今は経験値の方が欲しいので、こちらを優先します。ついでに運が良かったらタイム短縮にもなります。

 ただ、ゆりちゃんが魔女相手にひたすら鴨撃ちをする絵面は皆さんには退屈でしょう。ですので、

 み〜〜な〜〜さ〜〜ま〜〜の〜〜た〜〜

 なんで等速に戻す必要なんかあるんですか。

 

「あなた、見ない顔ね。他の町の魔法少女?」

 

 来た、来た、来たなぁ! 彼女、七海やちよこそが運が良かった時の短縮要素です。

 やちよさんは神浜市の古参魔法少女です。その経歴の長さとカリスマ性から神浜市西側の魔法少女をまとめるリーダー的な役を務めていました。それゆえに責任感が強く、ケガをさせまいと力量不足の魔法少女を魔女の強い神浜市に入れないようにしたり、街に蔓延る噂の調査を行ったりしています。

 今はこの場にはいませんが、いろはちゃんだって彼女からすれば街から追い出す対象の一人です。いろはちゃん、弱いですから。ゆりちゃんは素のステータスが高いから対象外のようです。

 また、モキュの排除にも積極的です。正体不明の存在がどんな厄災を引っ張ってくるか分からないから、何かが起きる前にターミネイトしようと考えています。

 なので、いろはちゃんへの神浜入市許可と同時に、モキュの存在を許容する事への理解も得ねばなりません。

 この二つの説得を、いろはちゃんの起床待ちというどうしようもない待ち時間中に行えば、後で発生する説得の会話イベント分タイムが縮みます。

 という訳で、まずはモキュに関する話題になるよう誘導します。

 おっすおっす。かくかくしかじかで神浜来てるんですよ。なんかいろはちゃんがぁ、小さいキュゥべぇ探してるみたいでぇ。

 

「……そう。それで、その小さいキュゥべぇは今どこに?」

 

 どこ行っちゃったんですかね(すっとぼけ)

 いろはちゃんにとって大事な何かかもしれないから殺るのは待ってくださいオナシャス!

 

「だめよ。聞いたわ。小さいキュゥべぇに触れた子が、意識を失ったって。こうして実害が生まれた以上、放っておくわけにはいかない」

 

 いろはちゃん起きるまで待ってクレメンス! オナシャス! センセンシャル!

 

「……分かった。でも、ずっとは待たない。その子が起きなかったら、私は小さいキュゥべぇを——」

 

 間の抜けた着信音が二人の間に響きました。みたまさんからの電話です。いろはちゃんが起きた事を伝えてきました。

 話が途中ですが切り上げ、不満オーラを流すやちよさんを連れ、調整屋まで戻ります。

 あっほんとにいろはちゃん起きてる! 良かった〜って思うわけ(タイムを見ながら)

 

「夢に出たあの子は、わたしの妹だったんです。あの子の病気を治すために魔法少女になったんです」

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「環さん、神浜に行くんだって? 私も連れて行ってよ」

 

 虹絵さんがそう言ってきたのは、金曜日の放課後の事でした。

 強く押してくる虹絵さんのその言葉を断りきれず、結局一緒に神浜に行く事になりました。

 

「一度行ってみたい店があったんだけど、一人で隣町まで行くのも心細くって」

 

 正直に言って、なぜ虹絵さんが私を誘ったのか、全く分かりません。

 同じクラスの生徒というだけで今までそれ以外の接点は無かったし、それでも私がクラスで浮いている事ぐらいは知っているはず。なのに、どうして私を誘ったんだろう。

 

 その次の日。虹絵さんと一緒に神浜に来ました。なぜ私を誘ったのかは結局分からずじまいだったけど、私の探し人——夢に出てきたあの子を探すのも手伝ってくれるみたいだから、実のところ渡りに船だったのかも。私一人で手掛かりを探すのは無理かもしれないと思ってたから。

 

「まだ開店まで時間があるから、市内をぐるっと回ってみない? 土地勘を養えば動きやすいだろうから——」

 

 魔女の反応。ここからそう遠くないけど、虹絵さんを置いていく訳には……

 

「——環さんも、今の感じた?」

 

 虹絵さんが見せてきた手の中指には指輪がはまっていました。どこかで見たような見た目の、あぁそうだ、魔法少女の指輪だ。

 ……。

 

「虹絵さんも魔法少女だったの!?」

 

 まさか同じクラスに魔法少女がいるなんて思ってもいなかったから、とても驚きました。

 あ、でも、驚いてる場合じゃないですね。早く魔女を倒しにいかないと。

 

「その、虹絵さん。魔女退治、手伝ってくれませんか」

「いいよ。せっかくだし、グリーフシードも集めちゃおっか」

 

 反応を辿って結界の入り口を見つけたんですが、どうやら先に入っている魔法少女がいるみたい。テリトリーの事もあるから、手は出さない方がいいかも。

 でも、虹絵さんは結界の中が気になるようで、じっと見つめています。

 

「助けに行かないと」

 

 そう言って結界の中に入っていってしまいました。

 変身して後を追いかけてみれば、虹絵さんも既に変身していて、抱えるように持った大きな銃から弾丸を放って使い魔を倒し、先にいた魔法少女の援護をしていました。

 

「ふ、ふぇっ!?」

 

 その子は驚いた様子で、突然現れた私たちに混乱しているようです。大きな銃から手を離せないらしい虹絵さんの代わりに、私が誘導をする事にします。

 

「大丈夫、一緒に結界から逃げよう!」

『待って。この結界の中に環さんの探している子に繋がる手掛かりがある』

 

 手を引いて逃げようとして、虹絵さんのその言葉で足を止めました。待てと言われたからだけではなくて。テレパシーで言われた内容が衝撃的だったんです。

 虹絵さんが私の神浜に行く予定を知っていたのは疑問には感じませんでした。何人かには予定を話していたので、そこから知ったのだろうと思っていたんだけど、でも、肝心の予定、人探し——夢に出た少女を探す事については本当に誰にも言っていないんです。なのに……

 

『どうして虹絵さんがそれを——』

『探し物を見れる魔法。今はそういう事にしておいて』

 

 今は。その意味について聞き返そうとして、テレパシーを一方的に切られてしまいました。目の前には使い魔が迫ってきていて、先に魔女を倒してからでないと話の続きは出来そうにないかも。

 

「ごめん、先に逃げて。魔女は私たちで倒しておくから」

「だ、大丈夫! 二人も魔法少女が助けに来てくれたんだもん、私もやる!」

 

 木製の杖を構え直した姿はどこか頼りないようにも見えたけど、魔法少女が三人もいるなら何事もなく魔女を倒せるはず。

 

「きっと、大丈夫!」

 

 戦う前の自分へのおまじない。このおまじないをやるだけで体が軽くなるような気がして毎回やってるけど、実際のところはどうなんだろう。

 

 

 虹絵さんの取り出した巨大な大砲の一撃で魔女が倒され、結界が崩れて、元の住宅地に戻されました。

 

「落ちたね、グリーフシード。これはあなたにあげる」

「ダメ! ……それは、ええと」

 

 言葉を詰まらせてしどろもどろだ。何を言いたいのか分からないけど、虹絵さんは心を読んだように先回りして自分から名乗りました。

 

「虹絵ゆり。隣の街から探し物しに神浜に来たんだ。だからここで私が貰うと侵犯だって言われるかも。だからあなたが貰ってくれない?」

「そ、それはゆりさんの物だよ、わたしはほとんど見てるだけだったし……えと……わたしは秋野かえで、です」

「うん、かえでさん。それでも先に入った結界で使い魔を弱らせていたのはあなた。だからあなたが貰うのが一番波風が——」

 

 押し問答を続ける二人。なんだろう。この二人、もう少しいうと虹絵さんを見ていると、なんだか違和感を覚えます。声が疲れているというか、重いというか……

 

「あの、虹絵さん。ソウルジェム見せてくれませんか?」

 

 もしかしたら濁ってるかも。そう思って見せてもらった虹絵さんのソウルジェムは、想像以上に濁っていました。

 

「こんなに穢れを溜めてるなら、尚更わたしは貰えないよ……」

「ほら、かえでちゃんもこう言っていますし、穢れの浄化ぐらいはしておきましょうよ」

 

 そう言って押したら渋々という様子でグリーフシードを受け取りました。浄化をして綺麗な白色になったソウルジェムをしまって、いかにも思い出したという顔をして手を叩きました。

 

「探し物! 小さいキュゥべぇ、さっきの結界にいたはずなんだけど。見た?」

「う、うん。すぐに使い魔が来て、見失っちゃったけど……」

 

 じゃあ今はどこに、そう言葉を続ける虹絵さんの背後に這いよる、小さい影がありました。

 

「モキュ」

 

 白い猫のような風貌、私たちがキュゥべぇと呼ぶ謎の生き物よりも一回り小さい体。間違いなくそれは、私が探していた——

 

「小さいキュゥべぇ!」

「モキュ! モッキュ!」

 

 飛びついてきたのを反射的に受け止めると、なぜだか急に意識が遠のいて——

 

 ◇◇◇◇◇

 

「みたまさん! 搬送されてきた!」

「落ち着きなさいな。今すぐ死ぬような状態じゃないんだから」

 

 ももこに呼ばれて応接用の椅子に寝かせられた子を診る。ソウルジェムに異常は無し。外傷も無し。単なる一時的な気絶みたいだから、休ませていればすぐに起きそう。

 

「問題ないわ。少ししたら起きるはずだから、それまでそっとしておきましょう」

 

 そう伝えると一緒にいた……かえでちゃんと、虹絵ゆりちゃん。二人は安堵の息を漏らした。目の前で倒れられたのだから、心配の一つや二つするでしょうね。

 

「さて、いろはちゃんが起きるまで暇だから、調整でもしてく? 初めてのお客さんにはサービスもしてるわよ」

「調整かー。うーん、少しの間、環さんを預かっててくれないかな? お代を集めてくる」

 

 お代? 魔女を今から狩ってくるという意味なのかしら?

 ゆりちゃんの発言に困惑を挟んでいる間に、ゆりちゃんは出かけていっていってしまった。外の魔法少女らしいけど、神浜の魔女を相手に平気なのかしら。見た感じでは素質のある魔法少女みたいだったし、後れを取るような事は無いはず。放っといても大丈夫そう。

 にしても、グリーフシードを現地調達するなんて、そう言う魔法少女も面白いし、それが出来る神浜っていう町も面白……くはないわね。魔女が沢山いるせいで、わたしも外を自由に歩けていないし。

 

「ところでももこ。あの子、調整の相場って知ってるの? 初めての調整だとグリーフシードの二つや三つないと割りに合わないのだけど……」

「多分知らないと思うよ。かえでもそんなに詳しく教えたりはしてないだろ?」

 

 話を振られたかえでちゃんは、小さいキュゥべぇを膝に抱えながら、少し前の出来事を回想していた。

 

「う、うん。グリーフシードと引き換えに強くしてくれる人がいて、だからみんな争ったりしないから安全だって、そういう話しかしてないよ」

「……一見さんサービス、本当にやろうかしら」

 

 しばらくして、いろはちゃんが問題なく目覚めた。テレパシーでゆりちゃんを呼ぶと程なく帰ってきて、それからいろはちゃんが自分が気を失っている間に思い出した事を話し始めた。

 いろはちゃんは元々、知らない少女の夢について調べるために、神浜にやってきた。唯一の手掛かりである小さなキュゥべぇを見つけて触ってみると、夢の少女の正体を思い出したらしい。

 

「夢に出たあの子は、わたしの妹だったんです。あの子の病気を治すために魔法少女になったんです」

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 な、なんだってー!?

 なんと、いろはちゃんには妹がいるのでした。名前は環うい。なぜか忘れていたその存在をモキュに触れた途端思い出したのでした。

 これでモキュがただ昏倒を振りまくような存在ではなかったこと、またいろはちゃんにとって大事な何かである可能性が高いことから、やちよさんはモキュモキュスレイヤーになるのを考え直してくれます。

 

 各人それぞれとの顔合わせも終わり、せっかくですので、調整を受けようと思います。見ろよこのグリーフシードの数を……あ、思ったより少ない……

 やちよさんとのエンカウントが思ったより早く、経験値もグリーフシードも想定以下の稼ぎでした。

 いろはちゃんの調整分も考えると、手持ちのグリーフシードでは足りません。

 

 リセットかそれとも狩り直しか考えていたら、ももこさんが話しかけて来ました。

 え? いろはちゃんの分はももこさんが支払う? いやぁ悪いですよそんな……あざーっす!

 というわけでいろはちゃんとゆりちゃん双方が満足いく調整を受ける事が出来ました。これでやちよさんはいろはちゃんとついでにゆりちゃんの神浜での活動を認めてくれます。これで神浜に来ても怒られる事は無くなるぞ。やったね!

 

 宝崎市に一度帰宅、そして次の日に神浜市にもう一度来ると、自動で第二章が始まります。だから後は帰るだけだな!

 

 帰ろうとしたところ、お見送りの皆さんも一緒に駅まで来てくれました。かえでちゃん、ももこさん、やちよさんの三人です。

 あれ、なんかみんなの好感度高いっすね。第一章からお見送りに来てくれるほど友好的なのは、初期好感度高めのももこさんぐらいなのが普通なんですが。

 

 もしかして、性格に好感度系の物が入ってるんですかね?

 魔法少女には隠しステータスで性格が設定されており、それに応じてオート行動時のAIが変化したり、取得経験値が増減したり、様々な影響があります。

 他の魔法少女の好感度がやけに高いため、他者からの好感度が高くなりやすい『親切』や『温和』の存在を疑ったんですね。

 クラスメイトが心配だからという理由で隣町まで来るぐらいですし、『親切』っぽいですね。もしかしたら『共感』かも。

 今回はチームみかづき荘に入るチャートなので、メンバーの好感度の恩恵が強いです。なので、好感度を上げやすい性格はとても助かります。

 

 今後の予定の共有、モキュの扱いについて、連絡先の交換など、大体の話が終わったので、第一章を終えとうございます。

 じゃあな! 風邪には気を付けろよ!

 

 ……あれ? 第一章終わりの通知がありません。それにゆりちゃんも動かずに固まっています。どうしたのでしょう。

 あら、会話イベントが再開しました。内容を確認しましょう。

 ……うん? ……え、は? ちょ、ゆりちゃんどうしてくれんのこれ。ここからのリカバリー策なんてないんですケド!

 

 えー、ゆりちゃん、自宅の鍵を部屋の中に置いたまま出てきてしまったらしいです。家の扉はオートロックなのでまぁ要するに部屋に入れません。何やってんだミカァ!(人違い)

 で、他の人に鍵を開けてもらうというような事も出来ないみたいです。詰みでは?

 

 リセットボタンへと思わず伸びた手を止めるかのように、やちよさんが助け舟を出してくれました。

 今日だけならみかづき荘に泊まっても、いいらしいっすよ? やったぁ!

 これならゆりちゃんの鍵忘れのロスは無いに等しいですし、その上、一度でもやちよさんと寝た事があるならばチームみかづき荘への参加ハードルが下がるので、後のみかづき荘に入れるかどうかの運ゲーの分がだいぶ良くなります。もしかしてやちよさんって女神か何か?

 もちろんご厚意に甘えきって泊まらせて頂きます。

 

 そんな訳でお泊まり会です。

 みかづき荘はやちよさんとその仲間が住んでいた邸宅で、現在は仲間との死別や喧嘩別れなど色々あってやちよさん一人で住んでいます。

 今はかなり寂しげな家ですが、四章辺りでいろはちゃんが越して来てからは段々と騒がしくなります。

 

 あ、やちよさんが晩ご飯の用意に取り掛かり出しましたね。ここで手伝いに行くと、料理ミニゲームが発生します。

 タァイム的には全失敗が最速ですが、好感度のためにパーフェクト判定を狙います。

 

 工事完了です……

 余裕のパーフェクトだ、味が違いますよ。全能力五割増の大バフです。

 性格による好感度ブーストもあり、これにはやちよさんもニッコリ。このペースならとりあえずやちよさんの好感度は問題なく足りそうです。

 

 第一章が終わったので今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。






(11/5 サブタイトルの表記方法を他の話と統一しました)


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Part2 : やってやろうじゃないの

 第二章 うわさの絶交ルール

 

 チュンチュン……チュン……

 体力+80 やる気+1されそうなとても晴れやかな目覚めです。

 

「もう、かえでとは絶交だから!」

「あー言った! そう言うなら私もレナちゃんとは絶交だもん!」

 

 水を差されました。体力-20 やる気-1ぐらいでしょうか。

 窓の外から喧嘩の声がこちらまで響いてきています。何やってんだあいつら……

 

 第二章開始後、スタンダードモードであればどこかの公園の近くに学校のない時間帯にいれば秋野かえでと水波レナの喧嘩を聞く事ができます。

 今回はみかづき荘近くにあるちっちゃな公園がフックになったみたいですね。みかづき荘で就寝しており、起床と同時に公園の近くという判定を貰ったので、二人の喧嘩がモーニングコールになったんですね。もう少し穏やかな目覚めをくれても良かったんとちゃう?

 ……あ、時刻、昼前じゃん。ゆりちゃん、だいぶ寝坊助みたいですね。

 

「あら、ゆりさん。今日は日曜日だからそんなに慌てなくてもいいわよ」

 

 支度を終え、やちよさんの用意した昼食と化した朝食を食します。

 このゲーム、食べた物の良し悪しによって、食べた人の好感度が変化するだけでなく、食べた人にバフデバフが発生します。美味しければバフ、50点なら変化なし、不味ければデバフです。

 やちよさんの料理はどうかといいますと、大体70点程度の評価……なんで80点評価報酬の全能力中バフが乗ってるんですか。いやデバフじゃなかったら別にいいんだけど。

 

 ごちそうさまでした。食後の雑談をやちよさんとします。

 そういえば寝起きに外で喧嘩してる人がいましたね、絶交とかなんとか……え? 絶交って口にしちゃいけない? はえーそんな噂がふむふむ……

 これで第二章のクリアに関わる絶交ルールのウワサの情報を得ました。早速ウワサを倒しに行き——ません。いろはちゃんに丸投げします。

 それに今のゆりちゃんにはウワサよりももっと大切な用があります。

 鍵屋行かなきゃ(使命感)

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「まさか、目覚ましの魔法でも起きないなんて……」

 

 半分はジョークで作った魔法だから本気で効果を期待してはいなかったけれど、それにしても虹絵ゆりの眠りの深さは凄まじかった。

 ただ、その深い眠りの原因は間違いなく自分にあるから、責める事はできないわ。本人が自信満々で教えたがるからって、遅い時間まで料理を教わっていた私が悪いのよ。

 しばらくそっと寝かせておいて、昼頃になったらまた起こしに来ましょう。そう決めて、ゆりさんに教わったやり方で朝食の支度を始めた。

 

 

「山羊座のあなたはご注意。一悶着あるでしょう——」

 

 テレビの星座占いを見ていると、階段の方からドタドタと何やら騒がしい音が聞こえる。音の主はゆりさんのようで、何やら慌てた様子。どうやら遅刻すると思ってるみたい。

 

「あら、ゆりさん。今日は日曜日だからそんなに慌てなくてもいいわよ」

「えっ? あ、ほんとだ……」

 

 落ち着きを取り戻したゆりさんは、少しばつが悪そうにして私の隣に座って、また何かを思い出したように立ち上がって、洗面台の方に向かっていった。全然落ち着いてないじゃない。

 ふと視界に入った時計を見て、そろそろ昼時な事を思い出した。昨日はゆりさんに作ってもらったから、今日は私が作ろうかしら。そう思ってソファから立ち上がって——

 

「いっ——」

 

 机の脚に自分の足の小指をぶつけてしまった。一悶着って、まさかこの事じゃないでしょうね……?

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 解決しました(半ギレ)

 どうやらゆりちゃんの住む家は賃貸のようで、鍵屋ではなく大家の人に相談したらなんとかなりました。お泊まりイベントのおかげでロスは無いんですが……うん……

 

 さて、ゆりちゃんの家は団地の戸の一つです。オートロックあるって言ってたし、そこそこの物件なのでは?

 お邪魔しま〜す(自宅)

 おー、リビングあるし寝室二つだし、いいとこじゃないですか。鍵を開けて貰えるような人がいないと言っていたので、一人暮らしなのでしょう。中々ァ、広いじゃねぇかよ。

 

 実は、みかづき荘に泊めて貰ったので、いま自宅に帰るのは必須ではありません。それでも帰ってきたのは、ゆりちゃんの日記を見る為です。

 『物臭』『怠惰』『不精』のような面倒くさがりな性格でなければ、マギアレコードのプレイヤーキャラクターはかなりの確率で日記を書いています。

 日記にはランダム生成されたプレイヤーキャラクターの経歴が載っており、これを見る事で魔法少女ストーリーの発生条件に目星を付ける事が出来ます。

 

 魔法少女ストーリーというのは個別のキャラクターに焦点を当てたサブイベントの事で、発生するだけで焦点を当てられた魔法少女は様々な能力が強化されます。

 中でも精神力に関する強化は凄まじく、これの有無で第六章の記憶ミュージアムの洗脳に耐えられるかが決まるといっても過言ではありません。

 記憶ミュージアムの事を差し引いても、マギアレコードにおいて精神力はかなり大切です。精神干渉系の魔法をレジスト出来るかどうかは精神力によって決まりますし、ソウルジェムの濁り方も変わってきます。

 極端な話、精神力が低いと『ソウルジェム濁り切ると死ぬ』という情報を知っただけで魔女化或いは発狂しますし、逆に高ければ『孵卵器の真実』を知っても平然といる事ができます。

 なので精神力の強化に時間を割く必要がある訳ですね。第二章の間は第六章に向けた稼ぎを主にやっていく予定です。第二章の初日に発生する、秋野かえで、十咎ももこ、水波レナ、の三人からなるチームかもれトライアングルの喧嘩騒ぎはいろはちゃんに任せてしまいましょう。

 

 で、肝心の日記ですが……ありました。ヨシ!

 さっそく目を通していきましょう。

 

 ふむ……フゥン……ゆりちゃんは今から四日前、魔女と戦ういろはちゃんの姿を目撃したそうです。それで魔法少女の事を知り、いろはちゃんの事を助けたいと思ってキュゥべぇと契約したとのこと。

 そして昨日、いろはちゃんが神浜に人を探しに行く事を知り、一緒に付いていった、とゆりちゃんが日記に書き足しました。

 昨日の砂場の魔女が初めての魔女討伐だったようです。あっそっかぁ……契約から半月の新人という目星を付けていたんですが、まさかの魔法少女歴四日とは。砂場の魔女戦後の濁りも初陣だったからなんですね。

 

 もっと過去のページを見てみます。ふむ、ゆりちゃんには両親の他に一つ上の姉がいたらしいんですが、二か月ほど前に起きた自宅が倒壊する事故によって両親を亡くした際、失踪してしまったようです。名前は虹絵りり。姉妹だからなのかゆりちゃんとは似た名前してますね。

 もともとりりちゃんは何か悩みを抱えていたようで、ほぼずっと疲れを隠すような顔をしていて、しかも夜には家を抜け出して何かをしていたみたいです。本人に聞いてみてもはぐらかされるばかりで答えてくれないので、聞き出すのは諦めて、家にいる間は心底休まるよう環境を整えてあげる方向性でりりちゃんの悩みの解決を間接的に助けようとしたんですね。

 それが自宅の倒壊と同時に失踪したので、りりちゃんの悩みとこの事故とが何かしら関わっている可能性がある、という推測を日記に残しています。これりりちゃんが魔法少女だったんですかね? ゆりちゃんの魔法少女ストーリーが発生するとしたら、りりちゃん関係になりそうです。

 

 ゆりちゃんが日記を書き終わり、ここでゲームを中断して終了するかどうかの選択を聞かれますがもちろん中断しません。RTAだからね。

 

 この後は神浜に戻ります。市内を回り土地勘を養うのと、それからグリーフシード稼ぎが目的です。神浜市外では魔女が少なすぎて一週間粘っても使い魔とすらエンカウントできません。こんなんじゃ稼ぎにならないよ〜

 

 やってまいりました新西区。魑魅魍魎の如く湧く魔女を狩るなら西側が最適です。東側ではマギウスの翼による組織的な魔女狩りが行われていて、グリーフシード稼ぎの時間効率が西と比べ悪いです。

 西と比べての話であって、東西どちらも出る事には変わりないですが。一度に出会えるメタルスライムの数が三体か四体かというような話です。

 さっそく始めていきましょう。結界の入り口をいきなり発見しました。乗り込めー!

 バーンと魔女を飛ばして終了! 次だ次!

 結界発見! 殲滅! ヨシ!

 

 というのを何度も繰り返し、グリーフシードを計四つ入手しました。やっぱりこの町魔女の数がおかしいよ……

 日も落ちてきましたし、今日はこの辺りで切り上げましょう。グリーフシードはいくらあっても困りませんからね、明日も稼いで稼いで稼ぎまくりましょう。

 

 おや、いろはちゃんとやちよさんが一緒にいる所に遭遇しました。病院帰りのようです。

 ういちゃんの手掛かりを得るために病室へ行ったいろはちゃん。しかし病室はもぬけの殻で、ういちゃんはおろか同じ病室だった柊ねむと里見灯花すらもいません。

 失意のまま病院を出たいろはちゃん、記憶の中で喧嘩をするねむと灯花が言っていた、絶交という単語を呟いた所をやちよさんに聞かれてしまう、という場面です。

 ちょうど絶交ルールの噂をいろはちゃんにも教えようとしている所だったみたいですね。噂の内容はこうです。

 

 アラもう聞いた? 誰から聞いた?

 絶交ルールのそのウワサ。

 知らないと後悔するんだよ? 知らないと怖いんだよ?

 絶交って言っちゃうと、それは絶交ルールが始まる合図!

 後悔して謝ると、嘘つき呼ばわりでたーいへん!

 怖いバケモノに捕まって、無限に階段掃除をさせられちゃう!

 ケンカをすれば、一人は消えちゃうって、神浜市の子ども達の間ではもっぱらのウワサ。

 オッソロシー!

 

 ゲーム演出上ではウワサを広めるウワサであるウワサさんが上記のウワサの内容を語ってくれているんですが、実際にはやちよさんが口伝で一言一句同じ内容を喋っているのでしょうか。ちょっと見てみたい。

 いろはちゃんがこの情報を聞いて、そういえばかえでちゃんが一人でいるのを見た、というのを呟きました。こちらも今朝の喧嘩騒ぎを思い出し、かえでちゃんともう一人とが喧嘩していて絶交だと言っていた事を話しておきます。

 するといろはちゃんが二人を心配し、どうにか出来ないかと考え出します。この場では二人の問題は時間が解決してくれるとしてお開きになりますが、これでいろはちゃんが明日中に何かしらのアクションを起こしてくれる事でしょう。

 じゃあな! 風邪には気をつけろよ!

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 ヒトガタの使い魔が何かのシールを貼ろうとしてくる。それを避けて避けてトライデントで刺す。何度目か分からない攻防の繰り返し。使い魔の数が減る気配はなく、このままじゃ魔女を倒すより先に魔力切れに陥るのは明らか。でも逃げられない。包囲されている訳じゃないけど、自分の矜持が逃げの一手を許さない。

 

「レナだって、一人で戦える……!」

 

 少し考えれば分かる。一人で戦えるのは、やちよさんとか、さっきの金髪ロールの人とか、その辺りの本当に強い魔法少女だけ。それでも、一人で戦えるようにならないと。

 そうでないと、かえでが。レナが絶交だって言ったばっかりに。

 パチン。何かの音が足元から聞こえた。下を見ると、たったいま使い魔がレナの足にシールを貼ったところだった。使い魔はレナの視線に気付くと、こちらを見つめてニンマリと笑った。

 

「ひっ!?」

 

 反射的に使い魔を蹴り飛ばしたけど、もう遅かった。なんだか体がおかしい。なんというか、魔力を込められない。少しでも強い攻撃をしようとしたら魔力が霧散してしまう。

 やられた……! 気づけば退路にも使い魔がうじゃうじゃいて逃げられない。

 

「タンマ! またダメなの!?」

 

 今度も都合よく救いの手が差し伸べられるなんて、そんな奇跡は多分起きない。だから、今度こそは自らの手で勝利をもぎ取る!

 そうしてケツイをみなぎらせた途端、目の前に迫ってきていた使い魔が爆散した。まさか、土壇場になってレナの秘めたる力が覚醒した……?

 

「そこの魔法少女、まだ戦える?!」

 

 そんな筈も無く、新たに結界に入ってきた他の魔法少女の、単なる援護攻撃だった。多分そうだろうなって少しは思ってたけど!

 

「ちょっと、手は出さないで! また助けられたらレナの沽券に関わるの!」

 

 これはレナが絶交を覆さなくても何も問題がないことを証明するための戦いなの! 人の手を借りるなんて、言語道断よ! 死にそうになったら考えるけど……

 

「分かった! 幸運を祈る!」

 

 その魔法少女は得物のスナイパーライフルを抱えたまま結界の入り口近くに立って、静観を決め込んだ。あれ、もしかしてレナ、意図せずして背水の陣にしてしまった? 多分あれレナがピンチになっても割って入ってこないよね。

 ……

 やってやろうじゃないのこのやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 やちよさんにウワサの事を教えてもらった翌日の夕方です。平日なので学校終わりのこの時間からしかまともに活動出来ません。限られた時をやりくりしとっとと魔女を見つけてとっととぶっ潰すのじゃー!

 

 ひょっ? 結界を見つけたはいいんですが、先客がいますね。友好を広げるチャンスだ! 乗り込めー!

 クォクォハ……名無しの魔女の結界ですね。名無しの姿という意味ではなく名前が設定されていないモブ魔女という意味での名無しの魔女です。

 さてさて先客はどなたかな……おや、ワンピースにサッシュリボンを巻いたあのシルエットは……

 

「タンマ! またダメなの!?」

 

 ツンデレツインテドルオタ魔法少女、水波レナとは彼女のこと。属性が多すぎないか?

 手こずっているようだな、手を貸そう。

 

「ちょっと、手は出さないで! また助けられたらレナの沽券に関わるの!」

 

 えぇ……? あー、おそらくですが、見滝原市の魔法少女である巴マミの視点で進むアナザーストーリーのイベント、疑惑のさざ波の直後なのでしょう。

 巴マミの視点からは神浜市の異常性を認識するお話でしたが、レナちゃんの視点では、一人で戦っていたところを神浜出身ですらない外の魔法少女に助けられるという、面目丸潰れなイベントですから、多少気が立っているのでしょう。暴れればすっきりすると思うのでここは見ていましょう。

 

 レナちゃんはアクセル偏重型の魔法少女で、ブラストゴリラやちよさんやももこさんほどの殲滅力はありませんが、一度マギアが発動すると大変身。これがレナの通常攻撃だと言わんばかりに高威力のマギアが発動しまくります。

 ただ……スイッチが入りませんね。マギアを一度も発動できていません。戦闘時間から見ても、マギアを発動する為のMPは溜まっているはず。

 ……おや? レナちゃんに掛かっているデバフ、どこか見覚えが……

 

『マギア不可』

 

 うっ(発作)

 なんで第二章に出てくるようなモブ魔女がこんなの持ってるんですか(血反吐)

 これを付与されていると、マギアを発動する事ができません。呪いほど直接的に強力な状態異常ではないのですが、マギアに依存した魔法少女だとこれを付けられるとほぼ詰みを意味します。ちょうどそこのレナちゃんのように。

 これは、介入した方がいいのでは。好感度が下がる可能性がありますがここでレナちゃんが退場する方がまずいです。絶交階段のウワサ、引いてはウワサそのものと遭遇するのが難しくなります。

 ウワサと早期に遭遇しないと、いろはちゃんがマギウスとの接触に消極的になり、結果として環ういの救出が遅れます。そうなるとタイム的にまずい。

 

 介入開始です。マギア不可は生かしておけない——

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 格闘戦をしていたら、目の前の使い魔が爆散した。またあの魔法少女か!

 

「手を出すなって言ったでしょ! 聞こえなかったの?!」

「あなた、死ぬよ? 自立は大事だけど、命だって同じぐらい大事。そうでしょ!」

 

 うっ。逆にキレ返された。いや、話してる内容自体は正論だわ。レナ、ちょっと焦ってたみたい。自分一人で戦える力を急ぐがあまり、視野が狭くなっていたのね。

 強くなるのはゆっくりでいい。みんなに助けてもらって、そしていつか助ける側に回るのだわ。その一歩目として、かえでと仲直り——これはダメ。絶対。それを回避する為に強くなりたいのに。うん、やり方を考える時間を作る為にも、今はきっちりと生きて帰らないと。

 

「——分かった! なら、しっかりサポートしてよね!」

 

 レナたちの戦いはこれからよ!

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 勝ったぜ。グリーフシードは落としませんでした。はぁ……(くそでかため息)

 で、レナちゃんの方はというと、やはりマミさん(金髪のお姉さん)と会った直後のようです。

 二度も人に助けられるなんてと意気消沈中のレナちゃんと会話を交わし、かえでちゃんとの仲直りに話を誘導します。選択肢は上上下上……

 ヨシ! これでレナちゃんの方は仲直りに積極的になるでしょう。

 

 いろはちゃん達がレナちゃんを説得する手間を省けたので短縮、に見えますが、レナちゃんとの会話イベントを行った分グリーフシード稼ぎの方の手が止まってしまっており、稼ぎをする時間を増やさないといけないので差し引きゼロです。

 一見短縮出来ているように見えても、その為に無理をした分、別の所でツケを支払う事になる。まるでエントロピーみたいだぁ(適当)

 

 という訳なのでツケを消す為に稼ぎを続行しましょう!

 じゃあな! 風邪には気をつけ——

 

「待って! ……その、手伝ってくれない?」

 

 ——えぇ……(困惑)

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 携帯の着信音が鳴る。誰からだろうと画面を見てみれば、ゆりさんからだった。

 

「もしもし、七海さん? ウワサの事でちょっと頼みたい事があるんだけど、今からいい?」

「今から? 具体的には何を頼みたいの?」

「昨日、絶交ルールのウワサが話題に上がったと思うんだけど。水波レナって子が、あれを気にして仲直り出来てなくて。だから仲直りをさせるためにウワサを倒したいんだよ。一緒に戦ってくれない?」

 

 水波レナなら知ってる。ももことかえでと一緒にチームを組んでる子。見かける度にかえでと喧嘩して絶交しているような子で、それでも毎回よりを戻している辺り、馬が合うんだか合わないんだか、よく分からない子だ。

 ゆりさんと環さんに注意をしておいてなんだけど、あの噂を信じて仲直りしない人がほんとにいるのね……噂が現実になる事があるなんて知らないはずなのに……

 でも、そのおかげで絶交ルールのウワサの真偽を確かめる事ができる。だからゆりさんの頼みを受けるのはやぶさかではないのだけれど……

 

「……仮にウワサが出てきたとしてちゃんと戦える?」

「大丈夫、七海さんがいれば!」

 

 放っておいたらダメなパターンね……

 

 ゆりさんに言われた待ち合わせ場所。そこにはももこも居た。昨日も会ったのだけれど、かなり気まずい。だけど今は二人の円満かつ円滑な仲直りの方が大事だから、お互いにあの事は置いておくことにした。

 対面するかえでとレナ。二人が仲直りしたらウワサが出てくる。環さん、ゆりさん、ももこと互いに目を見合わせ、何があってもいいように先に変身しておくことにした。

 そういえば、環さんの魔法少女姿を見るのは初めてね。環さんは修道服風のマントで……どこかで見たことあるわ。目線を環さんから横にずらすと、既視感の正体、魔法少女姿になったゆりさんがいた。二人とも衣装が似ているけれど、性格が似ているのかしら。

 

「……ごめん、かえで! 買ってきたチョコ菓子が気に食わないからって捨てたりして!」

「ううん、レナちゃんがきのこ派だって知りながらたけのこを買ってきた私が悪いんだよ、もう面白がってあんな事したりしないよ」

 

 どっちもどっちね……

 ——反応が出た。二人が謝るのと同時。場所はここ。

 赤い紐の巻き付いた南京錠、そうとしか言い表せない物が現れ、かえでとレナの二人を捕まえた。階段掃除をさせようとしているんでしょうね……!

 私が反応するよりも先に、南京錠は体に風穴を開けられた。ゆりさんのライフルの射撃だった。

 それをきっかけとしたように新たにウワサの結界が現れて辺りを包み始めた。

 

「七海さん!」

「分かってる! みんな構えて!」

 

 風景が変わって、結界の中に全員が引き摺り込まれた。

 空に向かって伸びる沢山の階段。その姿は空に伸びる木の枝か、あるいは空に張られた木の根のよう。先ほどの南京錠も辺りに漂っている。

 誰もが豆鉄砲を食らったような顔をしている。初めてウワサを見た時、私もあんな顔をしていたのかしら。

 

「これが、ウワサ……?」

「えぇ、そうよ。噂を守る為の存在。戦わないと排除されるわよ」

「階層が無い。いきなり本体が登場してくるなんて、魔女じゃありえないな」

 

 私達を取り囲んだ使い魔は、体に巻きついているのと同じ赤い紐を使って攻撃してきた。

 遠くにいる使い魔は他の子に任せて、私は近くにいる使い魔にターゲットを絞った。赤い紐の動きはとても直線的。真正面から伸ばして刺そうとするだけだから、とても簡単に避ける事ができる。だけど使い魔の数が多いから攻撃の密度が高い。気を抜いたら当たる。

 地上に近い使い魔は地面を蹴り、少し浮いた所にいる使い魔は階段を蹴って近づいて、得物の槍で突き刺した。感触は良好、使い魔なら問題なく一撃で葬れる。

 埒が明かないわ。一体一体潰していたら時間がかかる。本体を叩いてすぐに終わらせたいのだけど、その本体がどこにいるか……

 

「モッキュ!」

「待って! 危ないよ!」

 

 小さいキュゥべぇと、それを追いかける環さんが目前を横切っていった。小さいキュゥべぇは階段を使ってどこか一点を目指しているようだった。

 

「追いかけないで環さん! 孤立するのは危険だわ!」

「でも、小さいキュゥべぇが!」

「なら全員で動くわよ! 最後尾はももこ! ゆりさんを守りながら動いて! 私とレナが先頭、かえでと環さんは隊列の真ん中を維持して!」

「ねぇ、小さいキュゥべぇの名前でも考えない?」

「後にしてゆりさん!」

 

 小さいキュゥべぇを追いかけて上へ上へと登っていく。地上と比べて狭い足場と激しい攻撃で息が詰まりそう。本体を倒すか、退くか。早く状況を変えないといけない。

 ふと突然小さいキュゥべぇが立ち止まった。その視線の先には大きな鐘のオブジェがあった。

 

「キュップイ!」

 

 こちらを振り向き、オブジェを指すようにして鳴いた。その仕草は私たちに何かを教えようとしているよう。もしも好意的にそれを解釈するなら——

 

「あれがウワサの本体って事ね!」

「あっこら待て! やちよさんが孤立するなって言ってたろ!」

 

 階段を蹴って飛び、鐘へと真っ先に飛んでいった影が一つ。カンコンという鐘の音が聞こえたと思えば、その影は空中で見えない壁にぶつかって、そのまま重力に従って落ち始め——よく見たらあの影、レナじゃない!

 

「何やってるのあの子!?」

「ふゆっ!? レナちゃーん!」

 

 階段から生えるようにして伸びた蔓がレナを掬いとった。ぶつかった所が悪かったのか、気絶してしまっている。

 

「かえではそのままレナを守って! ももこ、一緒に鐘を壊しに行くわよ。環さんとゆりさんは露払いをお願い!」

「分かった。じゃあ環さんはかえでちゃんの方をお願い。七海さんの援護なら私一人でもいける」

「わ、分かりました!」

 

 階段を辿って一歩一歩確実に鐘に近づいていく。見えない壁がどこにあるか分からないから距離を一気に詰めるのはダメ。こちらを狙っている使い魔の大半をゆりさんが倒してくれているから、対策を考えるだけの余裕がある。しっかりと攻略法を考えないと。

 カンコンという鐘の音がまた聞こえた。それと同時に鐘から魔力の奔流が放たれていた。射線をよく見て体を捻ってかわす。さっきは気付かなかったけど、レナを撃ち落としたのはこれね。魔力は注視しないと見えないから、このまま鐘の攻撃が続けば厄介だわ。

 ゴンという一際重い音が響いた。また鐘の攻撃かと身を固くしたけど、どうやらゆりさんの射撃が跳弾した音だったみたい。

 

「七海さん。合図したら強力な魔法をあの鐘に叩き込んでくれないかな。複数名の魔法を同時に受けるのが弱点みたいだから、そこを突く」

「待った、アタシにもやらせてくれ。三人同時の方が確実に行けるだろ」

「分かった、お願い。タイミングもそっちに合わせる。二人の魔法で防壁が揺らいだ瞬間を私が狙う」

 

 ももこは自分の背丈ほどもあろうかという大剣を振り回して炎を撒き散らし、そして構えを取った。大剣に魔力が集中しているのが分かる。

 私も同じように、構えを取って槍に魔力を溜める。構えをとる事それ自体に効果は無いけれど、こうするとこれから大技を使う事が視覚的に分かりやすいから、チームを組んでいた頃はこの方法を積極的に取っていた。発案はメル。

 

「今ッ!」

 

 ももこの合図で魔力を解放する。巨大化した大剣が振り下ろされ、槍から放たれた魔力の奔流が防壁を抉る。同時に耳を裂く激しい轟音を伴う弾丸が、防壁ごと鐘に穴を開けた。

 粉塵が舞っているせいで鐘の状態は確認できないけど、結界が崩れ始めたという事は、倒したのでしょうね。

 武器をしまったももこが、私に面と向かって、何か言いたそうな、でも決心が付かないというような顔をしている。大方、あの事について言いたい事があるのでしょう。

 

「やちよさん。あの時、チームを解散したのって……アタシが気に食わなかったからなのか……?」

 

 ……? 一瞬、言われた意味が分からなかった。てっきり、罵倒の一つや二つ飛んでくると思ってたのに。私がももこを嫌いになるなんて、そんな可能性、カケラも考えてなかったから。だから、ももこのその言葉に、思考が止まってしまった。

 

「……は、はぁ?! どうしてそうなるのよ?!」

「ちょっ、レナの口調移ってるって」

「ん、んっ! ……ももこ、それはとても大きな間違いよ。私があなたを嫌いになる訳がないじゃない」

「じゃあ、なんでチームを解散するなんて言ったんだ?」

「それは! ……私が――」

 

 最後まで言わせてもらえないまま結界が崩れた。なんでよ……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 討伐完了です……

 ほんとはいろはちゃんに任せる予定だったんですが、性格補正のせいでレナちゃんの頼みを断れず、ウワサ戦に強制参加になりました。六章に向けた好感度稼ぎ、全く出来なかったよ……

 まぁでもこれはこれで経験値は美味しいし、いっか……

 

 仲直りのお祝いとして、レナちゃんが焼きプリンを用意してくれました。一日二十個限定のなんかいいやつらしいです。よう四個も用意できたな……待ってなんで四個も持ってるの?????

 ま、まぁ、個数はおいておいて、この焼きプリンは絶対に食べてはいけません。食べた場合、二日ほど行動不能に陥ります。なので回避します。幸い、いつの間にかいなくなっていたやちよさんを抜きにしても、この場には五人います。対して焼きプリンの数は四つ。上手くババを引いてやりましょう。

 

 あ、ごめんね? 甘いもの苦手なんすよ~、いろはちゃんにあげるから食べてクレメンス。

 ……え? 半分こ? いやいやいやいや今回の功労者は仲直りを積極的に手伝いだしたいろはちゃんであって私はレナちゃんに呼ばれてきただけのただの助っ人であってア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!

 あっ……まい……(意気消沈)

 

 第二章が終わったので今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




強制力と性格補正には勝てなかったよ……


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Part3 : 正直に言うと後悔してる

 第三章 神浜うわさファイル

 

 こんなの絶対おかしいよ(腹痛)

 時限爆弾を食した次の日からの再開です。日記書きの様子はカットだカット。

 予想通りお腹に大ダメージを食らった為に病院に行き、その際に学校を休んだので、今日は昼から自由行動をする事が出来ます。なので今から情報を集めておこうと思います。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「よし、っと……」

 

 張り紙を出し終えて、ほっと一息。これでみんな、中華飯店万々歳の新メニュー、ダブル炒飯を食べにきてくれるはず!

 ガラガラと戸が開く音がする。ほら、早速お客さんがやってきた! 入ってきたお客さんは茶色い髪の子で、私より一回りちっちゃい。中学の子かな。市立大附属校は記念日で今日丸ごと休みだったけど、参京区の方も休みなのかな。

 あ、魔力出てる。この子、魔法少女だ。わざわざ魔力を出してるって事は魔法少女としての私に用があるのかな。でも今は営業中だから、とりあえず万々歳のお客さんとして扱っておこう。

 

「いらっしゃいませ! ご注文はダブル炒飯でしょうか!」

「味噌ラーメン」

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 今回の情報収集の場はこちら。神浜市参京区にある、中華飯店万々歳です。ここの看板娘の由比鶴乃ちゃんが次に戦うウワサである口寄せ神社のウワサについての情報を持っています。なので聞きに来ました。

 口寄せ神社のウワサの情報自体は割とどこからでも仕入れられます。が、そもそも今回のウワサに関わる目的が鶴乃ちゃんの好感度稼ぎですから、今回は鶴乃ちゃんから聞くチャートです。

 

「お待たせしました、味噌ラーメンです」

 

 さて、自分の手料理、やちよさんの手料理、レナちゃんの買ってきた焼きプリンと、今RTA中に食した物はいずれもが何かしらのバフデバフがありました。今回食す万々歳の料理はというと……能力変化無しです。

 

 食べ終わったので、鶴乃ちゃんにウザ絡みしよう……と思ったら逆に鶴乃ちゃんの方から絡んできました。

 

「お客さん、参京院教育学園の生徒ですか?」

 

 市外から来ましたー。ここが万々歳ですか、普通って聞いてたけど思ってたよりいいじゃないですか(お世辞)

 

「うっ! まさか市外に万々歳の名前が広がる時が来ようとは! 鶴乃ちゃん感激だよ! ……学生さんが一人で別の街から長旅っていうのはちょっと看過できないかも。次は家族も連れて来てね!」

 

 セールストークだこれ……

 うーんでも家族いないんすよねー、それに神浜には頻繁に来る事になるだろうし。

 

「えぇっ!? 一人暮らしなの!?」

 

 そうなんすよー、親の顔見てねぇなぁ、もっかい会ってみたいっすね。

 

「あ、それならいい場所あるよ! 口寄せ神社って言うんだけど……」

 

 口寄せ神社のウワサの情報、ゲットです。

 ここから更に時間帯の情報があればスタンプラリーのイベントをスルー出来ますが、スタンプラリーによる好感度上昇が欲しいので、時間帯の情報はわざと入手しません。

 前回レナちゃんの頼みでウワサ戦に参加してしまったために、本来やるはずだった好感度稼ぎが足りていないんですね。その埋め合わせを今やります。

 

 鶴乃ちゃんから口寄せ神社の事を聞いた場合、十中八九ぐらいの確率で鶴乃ちゃんも調査チームに加わります。うん、ちゃんと加入の方を引いていますね。加入してくれなかった場合は日を改める必要があります。加入しない場合は万々歳のシフトが理由ですから。

 

 スタンプラリーに参加する人数を増やす為にいろはちゃんにも連絡を入れます。

 ブーン……ブーン……おかけになった電話は、電波の届かない場所に……

 そういえば授業中だった(白痴)

 

 いろはちゃんも連れて行きたいからもうちょい後に行きませんか、あっ五時からならいい、ありがとナス!

 

 魔女狩りに勤しむにはちょっと時間短いですね。参京区であればエミリーのお悩み相談室に行くという手もあります。

 DLC無しなので大きなイベントは起きませんが、エミリーこと木崎衣美里と雑談を交わせばそれだけで心理状態にバフが乗ります。ソウルジェムの濁りが遅くなるので、自由時間を使って会いに行っても損はありません。

 

 やってまいりました商店街。ここの一角にエミリーのお悩み相談室があります。

 ごめんくださ〜あれ、誰もいない。

 

「あら、エミリーちゃんなら今日は留守ですよ。お友達と遊びに行くって」

 

 困っていたら、近くの店のおばちゃんが声をかけてくれました。

 ありがとナス! んじゃ日を改めてまた来ますね!(行くとは言っていない)

 

 エミリーちゃんいなかった……DLC無しでも相談所の利用は可能なので、強制力によって会わせてもらえなかったわけではなく、純粋に運とタイミングが悪かっただけです。大人しく待ち合わせの時間まで待つ事に致します。

 あ、いや、やることあるじゃん忘れてた(大ガバの香り)

 早速電話をかけましょう。

 

 あ、やちよさん? このあと口寄せ神社を探しに行くんだけど一緒に来うへん?

 

「それ、誰に聞いたの?」

 

 鶴乃って子が教えてくれたんすよ~いやぁ、万々歳ってとこ行ったんだけど評判通りの店で……

 

「そう、鶴乃が……」

 

 あれ、知り合いだったんすね~。じゃあなおさらですよ、一緒に行きません?

 

「ごめんなさい、少し考えさせて……」

 

 あ、いっすよ。五時頃に集まるんでそれまでに返事クレメンス、それじゃまた後で。

 やちよさん来なかったらウワサ戦が厳しくなっちゃうよ……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「はぁ……」

 

 ももこに続いて、今度は鶴乃。もしかしてゆりさん、わざと私たちを引き合わせようとしているのかしら。

 昔のチーム。私と、ももこと、鶴乃と、みふゆと、それから……メルの五人で、一緒に魔女と戦っていた。でもメルが……死んで。私がチームの解散を勝手に決めてからは、ももこと鶴乃とも疎遠になってしまった。

 みふゆに関してはちょっとよく分からない。失踪するほど解散が嫌だったの……?

 解散の理由を詰められるのが嫌で、結界が崩壊したゴタゴタの間に逃げちゃったから詳しい話は聞いていないけれど、ももこにはどこか心配をかけてしまっているみたいだし、鶴乃も同じかも。あくまでも私の都合だけで解散したのであって、二人に原因は無いって、そこだけはしっかりとこの機会に話しておくべきかもしれない。

 それに、ウワサは簡単に倒せる代物ではない。口寄せ神社のウワサと出会った時、鶴乃とゆりさんだけで無事に勝てるかどうか……

 ウワサの調査には行くけれど、これは仲間になったのではなくあくまでも一時的な協力関係。仲間ではなく一時的な協力関係。仲間ではなく一時的な協力関係……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「あ、やちよさん!」

「えっ? やちよ……さん? ……やちよししょー!?」

 

 やべっやちよさんが来るの他のメンバーに言ってなかった。いろはちゃんの方は別になんともないんですが、鶴乃ちゃんの方はちょっと動揺してます。やっぱり昔の事があって引け目を感じているんですかね。

 チームメイトである安名メルが死んだあの日、ただ一人鶴乃ちゃんだけはその場にいませんでした。理由が家の都合だったので仕方ないのですが、仮に自分がその場にいたらメルは死ななかったかもしれないという後悔をずっと抱えているんですね。

 ただ、そんな感情などおくびにも出さず、すぐに明るく振る舞う辺り、鶴乃ちゃんの苦労がみ、見えますよ……

 

 やちよさん、鶴乃ちゃん、いろはちゃん、ゆりちゃんの四人が集まったので、口寄せ神社の調査が始まります。

 最初にやるのはもちろんスタンプラリー。全部の神社をしらみ潰すという提案も上がりましたがそんなん却下だ却下!

 という訳でみんなで水名区に行きます。なんで参京区を待ち合わせ場所にしたんですかね?(ガバ)

 

 移動中暇なのでスタンプラリーについてある程度の説明をします。

 今回やりに行くスタンプラリーは、水名区に伝わる昔話を基に水名区町おこし委員会が、町おこしの為に実施しているものです。昔話に出た恋仲の二人が辿った場所をなぞり、縁結びスポットに辿り着きましょうという、まぁ、そういうやつです。

 水名区が運営してる時点で既にウワサではないような気はしますが、扱っている物が縁結びであり口寄せ神社との関連性がある事から、まぁ他に手掛かりも無いしやってみよう、というノリで現在水名区に向かっております。

 

 スタート地点である男の家の前に着きました。スタンプ台とスタンプラリー用の用紙が置かれており、横にある立札にはスタンプラリーの説明が書かれています。

 説明はよく読んでおいてください。用紙にはAとBの二種類があり、両方とも無いと詰まります。偶数人いるので、二人はAを、残りはBを持っていきましょう。

 あ、スタンプする場所も違うので、A組とB組は別行動になります。こちらは鶴乃ちゃんと一緒にAのスタンプを回りましょう。やちよさんといろはちゃんがBのスタンプです。

 じゃけん行きましょうね〜

 

 逢瀬を重ねた路地裏! 追い詰められた南門! 斬り捨てられた旧邸宅! 遺書(?)のあった水名大橋! ここでAとBが合流! 二つの紙を重ねて太陽に透かして見るとスタンプが地図になり、最終目的地、水名神社への道が浮かび上がります!

 

 水名神社に辿り着きました。便宜上AとBでペアを作っておく事を提案します。やちよさんとは既に泊めてもらったりしてもらえる仲なので、いろはちゃんとペアになっておきましょう。

 鶴乃ちゃんとのペアは無理です、用紙が同じAですから。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「あ、スタンプラリーに参加してくださった方ですね?」

 

 神主さんにスタンプラリーの用紙を回収してもらったので、これでスタンプラリーは終わりみたいです。AとBで回る場所が違うみたいで、やちよさんと一緒にBのスタンプを回る事になった時は、とても緊張したんですが……やちよさんの方から歩み寄って貰っちゃって、最後の方にはお喋りしながら歩いちゃってました……

 

「では、最後に……」

「最後に?」

「え、なになに!」

 

 鶴乃ちゃんはこんな時にも元気です。私なんか何かイヤな予感を感じているのに……

 

「こちらの神社の中でお互いの想いを伝えてください!」

 

 えぇ……? なんというか、イヤのベクトルが思ってたのと違う……

 ……あぁ、だから虹絵さんはペアを作っておこうって言ったんだ。縁結びのイベントだから、こういうのがあるって考えて。この場合は、私は虹絵さんに想いを伝える事になるのかな……?

 

「虹絵さん……」

「虹絵さんじゃなくて、ゆりちゃんがいいな!」

 

 なんか鶴乃ちゃんみたいなこと言ってる!?

 

「虹絵さ……えっと、ゆりちゃんって、何考えてるか分からないです。でもいい人なのは分かります。だって、こうしてういを探すのを助けてくれてますから……」

「うん。ちなみに私は環さんのこと、とってもまっすぐで優しい人だって思ってるよ」

「え、あ、あぅ……環さんじゃなくていろはちゃんがいいかな!?」

 

 正面からそんな風に言われるなんて思ってなくて、照れ隠しに話をして逸らしちゃったけど、多分隠せてないんだろうなぁ……

 

 ◇◇◇◇◇

 

「ししょー! 私への素直な所感を! さぁ!」

「引っ付き虫」

「んがー!」

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 これにてスタンプラリー完了です。一緒にスタンプを集めた鶴乃ちゃんと、互いの想いを伝えあったいろはちゃんの好感度が上がります。

 これでチームみかづき荘の一員として認めてもらえる程度の好感度まで上げ終わりました。第六章まではとりあえず今ここにいる三人の好感度の心配はありません。

 

 では、口寄せ神社のウワサを発動させてしまいましょう。

 え? まだ夜じゃない? チッチッチ。

 口寄せ神社のウワサは夜でないと発動しないように思われていますが、実際には参拝時間終了後であれば日が沈んでいなくとも構いません。なので拝んでいる途中に参拝時間が終了した場合も、口寄せ神社のウワサは発動します。

 この仕様を利用することで、時間帯の情報を得るイベントをスキップ出来るんですね。

 

 あ、やちよさん、せっかくだしウワサの方も確かめてみましょうよ、ほら絵馬に名前書いて。

 やちよさんは梓みふゆ、鶴乃ちゃんは安名メル、いろはちゃんは環ういの名前を書きました。ゆりちゃんは……虹絵りり? あぁ、失踪してるゆりちゃんの姉の名前ですね。

 名前を書き終わったので拝みます。ガランガラン……

 

 侵入成功です。ここが口寄せ神社の中ですか。

 

「運命を変えたいなら神浜市に来て。この町で魔法少女は救われるから。運命を変えたいなら神浜市に来て。この町で魔法少女は救われるから。魔法少女。運命。変える。魔法少女。運命。変え——」

「うい!? どうしたのうい!?」

 

 いろはちゃんはもう神浜市に来てbotと出会っているようですね。ういちゃんは本人が特殊な状況下に置かれているからか、口寄せ神社で呼び寄せても、こんな風にバグったbotみたいな挙動しかしません。

 バグってるのはういちゃんだけで、他の面々、梓みふゆ、安名メル、虹絵りりは正常のようです。

 さて、ゆりちゃんとりりちゃんの対面です。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「久しぶり、ゆり」

 

 私と似た顔、私より少し低い声、私とは違うポニーテールに結んだ髪。間違いなく、虹絵りり。両親が死んだあの日に失踪した、私の姉だ。今まで一度だって見たことのないコスプレ姿で私の前に立ってる。予想はしてたけど、やっぱり魔法少女だった。

 どうしていなくなったのか、今までなにをしていたのか、聞きたい事は沢山あるけれど、まずは連れ戻さないと。

 

「帰ろう、りり姉。こんなところにいちゃいけない」

「無理なんだよ、ゆり。私はここから出られない。だって——死んでるんだよ?」

 

 ……りり姉の心を読む。りり姉が抵抗しないから、過去の記憶まで含めた全てが筒抜けだった。

 家族に魔女を近づけたくないという願いで魔法少女になったりり姉。でも才能が無かったから、魔女と戦う度にボロボロになって、だけど誰にも助けを求めず、一人で魔法少女の使命を抱え込んだ。

 そして魔女に負けて、魔力を使い切り……りり姉は魔女になった。

 魔女の原型が魔法少女である事はもう知ってる。魔女はどれもが魔法少女だった時の記憶と暗い後悔と深い絶望を心に持っていたから。絵馬に名前を書いていた時、七海さんが安名メルという魔女になった実例を思い浮かべていたから、もはや疑いようがない。

 魔女になったりり姉は暴れ回り、その最中で私たちの家を叩き潰した。これが両親の命を奪った事故の正体だった。

 その後は……通りすがりの魔法少女——環いろはに討伐された。これが虹絵りりの魂の末路だという。

 

「……なんで」

「もう魔法少女になっちゃったのなら、黙ってる必要もないか。私はね、魔女に負けちゃったんだ」

「どうして魔女との戦いがつらいって、私に言ってくれなかったの。言ってくれたら、私も契約を交わして二人で一緒に戦う事もできた。りり姉が一人で抱え込んだ結果、私は一人ぼっちになった。二人でなら回避できた結末なのに」

「一緒に戦ってくれって、それこそ言えるわけない。ゆりには魔法少女としてではなく一人の人間として生きてほしい、そういう祈りも込めた願いで魔法少女になったのに」

「でも、私は——」

「正直に言うと後悔してる。たとえ私が魔法少女の世界に誘わずともゆりは魔法少女になるっていう証拠を見せられているんだから。これなら最初からゆりに助けを求めて二人で戦えばよかった、そっちの方がまだ幸せだったって思う。だから、今度はしっかりと正しい選択をする」

 

「ゆり。私と一緒にいてくれないかな」

 

 どんなに思い詰めても私とは秘密を共有してくれなかったりり姉。それが今は私を頼ろうとしてくれている。断るなんて出来ない。だって、ずっとそうして欲しかったから。

 

「うん……うん! りり姉! 一緒に——」

「ちょぉーーっと待ったぁーー!」

 

 誰!? あっ鶴乃ちゃん!?

 りり姉との間に炎が迸った。変身した鶴乃ちゃんの魔法なのだろう。

 

「ええと、虹絵りりさん、だっけ」

「……どなた?」

「最強魔法少女、由比! 鶴乃! です! それで、そっちの妹さんは万々歳のお客さん兼私の友達なんだ。だから連れて行かないでほしいな」

 

 鶴乃ちゃんの方は一触即発という雰囲気だった。武器の扇子を構えて、それに魔力を纏わせている。対してりり姉は構えるわけでもなく、ただ鶴乃を見据えるだけだった。

 

「あなたも死んでしまった人と逢おうとしたんだよね。なら、ゆりの気持ちも分かるでしょ? せっかくの再会を邪魔しないでよ」

「気持ちは分かるよ。でもね、もう死んでしまった人と話が出来ただけでも、凄い奇跡なんだよ。そこから更に、ずっと一緒にいたいなんて願ったら、どんな揺り返しが起こるか分からない。……ってメルが言ってた!」

 

 メル……七海さんの記憶にも出ていた、二人にとって大切だったチームメイトの人。今でも会いたいって思えるぐらいの人に逢う事が出来たのに、私とは違ってまた別れる事を選んだみたい。

 強いな、鶴乃ちゃんは。りり姉に似てる。とてもつらいはずなのに、それを隠して何事もないかのように振る舞おうとしてる。鶴乃ちゃんのそれはりり姉よりよっぽど器用だけど。

 

「そんなもの、ゆりは気にしない。私に必要とされるっていう願いが叶ったんだから」

「……え、そうなの? ゆりちゃん、この人の言ってることほんと?」

「この人じゃなくて姉です」

 

 鶴乃ちゃんを見て、考え直した。確かに、りり姉に頼られたかったのはほんとだけど……これは私自身の想いでしかない。魔法少女としての願いは違う。

 私はいろはちゃんを見て、りり姉と似た物を感じて、りり姉と同じように潰れてしまうかもしれなかったのを見過ごせなくて、それで『心の支えになること』を魔法少女として願った。私の家族の蘇生を願うにはあまりにも時間が経っていたから。代わりに今生きている誰かの助けになりたかった。

 鶴乃ちゃんは安名メルではなく他の人たちを優先した。人助けを願った私がここで眠ってどうする。

 ……ごめん、りり姉。私は想いよりも願いを優先するよ。

 

 ◇◇◇◇◇

 

 ゆりちゃんは突然変身して、ライフルの銃口をりりに向けた。

 

「いま思い出した。私の願いは誰かの助けになることであって、あなたに認められる事じゃない。残念だけど、一緒にいるわけにはいかない」

「……そう。私を認めてくれないのね。だったらもういい。お友達諸共ここで葬ってあげる」

「眠らせるだけのウワサだったよね!?」

 

 わたしが睨んだ時も一切戦う気を見せなかったりりが、その気になった。ハルバードって言えばいいのかな。戦斧と槍を組み合わせたような大きな武器を携えて、戦意の切っ先をゆりちゃんに向けた。

 

 ゆりちゃんが撃った。それを合図に開戦。りりが弾丸を避けながら一気に距離を詰めようとするけど、それは私が間に入って止める。

 突き。薙ぎ。その一つ一つを扇子を使って受け流す。攻撃がとっても重い。しっかりと威力を流さないと間違いなく扇子ごと叩き折られる。インファイトはゆりちゃんが誤射を恐れて援護が出来なくなるからダメ。だから、魔法主体の中距離戦に持ち込む!

 

「しゃっしゃー!」

 

 炎を巻き上げて牽制して、少しだけ距離を開ける。するとすかさずゆりちゃんの射撃がりりへと放たれた。弾はりりの手に当たって、ハルバードを取り落とさせた。

 だけど素早くハルバードを再生成して、わたしに向かってそれを投げた。嫌な予感がする。一回りも二回りも大きく避けてみる。思った通りで、投げられたハルバードには魔力が纏わりついてた。ギリギリで避けてたら魔力に体を裂かれてしまってたと思う。

 第二第三と次々にハルバードが飛んでくる。最初の例がある以上、全部を大げさに避けるしかないから、どうしても足止めされる。その間にゆりちゃんがりりに接近されて絡まれてしまってる。銃床を使って攻撃を捌いてるけど、早く間に入ってあげないといけない。

 

「ゆり。どうして私を生き返らせることを願わなかったの? 私の事はどうでもよかったの?」

「生き返らせて欲しかったのなら分かりやすいところで死んでほしかったかなって!」

「ちゃらぁー!」

 

 話している隙に、なんとか炎を一発叩き付けることができた。ハルバードで防御はされたけど、浸透した魔力がダメージを与えたようで、りりは一瞬だけふらついた。その瞬間にりりの間合いから逃れたゆりちゃんの放った弾丸が、りりの胴体を貫通した。下半身が動かなくなったみたいで、りりはそのまま力なく倒れた。

 

「ゆり。あなたは魔法少女に——」

 

 バンバン。りりの口を塞ぐかのように銃弾が二発追加で叩き込まれた。これで力尽きたのか、りりの体が黒いモヤに分解されて消滅していった。

 

「最後まで聞かなくて良かったの?」

「いい。どうせ大したことじゃないだろうから」

 

 そう言うゆりちゃんの顔はどこか晴々としてた。悩みが解決したって感じだけど……これで良かったのかな。お姉さんを自分の手で殺めたみたいな状況だけど……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 虹絵ゆりの魔法少女ストーリー、クリアです。これで全ステータスが強化されます。まさかメインストーリーに組み込んであるタイプとは思ってなかった。このタイプの魔法少女ストーリーは視聴中に裏で本筋が進んでるのでタイム的に美味しいです。

 ほら、この結界の主であるマチビト馬のウワサがいろはちゃんのドッペルに追われています。

 

 沈黙のドッペル。その姿は呼小鳥。

 この感情の主は、自身のドッペルの情けなさに気が付きつつも、その姿を直視できないでいる。

 

 自動浄化システムの働いている神浜市内では、ソウルジェムが濁りきった時、魔女化の代わりにドッペルの発現が起こります。発現中は魔女の力を引き出す事ができ、強力な魔法行使が可能になります。

 そして効果時間が切れたらドッペルは引っ込んでソウルジェムの完全な浄化が完了します。浄化されたように見えるようメッキしてあるとかでもなくほんとに浄化されてます。

 若き天才であるマギウスが魔法少女の救済を目的にキュゥべぇに願ったシステムだけあって、ドッペルの存在は魔法少女にとってめちゃくちゃ都合がいいです。鹿目まどかとは別のアプローチで作り出した円環の理と言ってもいいかもしれません。

 

 マチビト馬のウワサに追いついた沈黙のドッペルが、そのくちばしでウワサを食いちぎり出しました。

 マチビト馬のウワサの弱点は呪いや穢れなど、魔女由来の力です。ドッペルの力は魔女の力であるので、ドッペルで攻撃すればそれだけでこうかはばつぐんです。

 なのでいろはちゃんがドッペルを出した時点で勝ちが確定してウワサ戦がただのイベント戦になるんですよね。代わりにこの後沈黙のドッペル戦が挟まりますが、スタンダードモードなのでこちらも自動で巴マミが倒してくれます。

 

 ウワサを倒した事で結界が消滅。しかし沈黙のドッペルが未だ顕現したままです。コントロールを失っている様子で、鶴乃ちゃんに襲い掛かろうとしています。

 そこに現れた巴マミ。必殺のティロフィナーレで沈黙のドッペルを一撃で吹き飛ばしてしまいました。

 

「妙な魔力を追って来てみれば、まさか人に化けた魔女がいるなんてね」

 

 巴マミは見滝原出身の魔法少女です。彼女の目的は神浜の異常性についての調査であり、その一環として水名神社に来ているのでした。その最中で沈黙のドッペルを発見、いろはちゃんを魔女と勘違いして倒そうとしている、というのが今の状況です。

 

 この場における対処のやり方でこの後のマミさんの動向が変化します。大別してマギウスの翼化、暗殺者化の二択です。

 マギウスの翼化ルートは情報の共有を一切せず交戦したマミさんを退かせる事で分岐します。これが原作マギアレコードのルートですね。

 暗殺者化ルートはいろはちゃんが魔女であるという勘違いを解く事で分岐します。誤解を解くためには魔法少女の真実を話す必要があり、それを知ったマミさんはこれ以上魔女を生み出さない為に魔法少女を殺し回るようになってしまいます。スピンオフの漫画にこんな感じの人いませんでしたっけ?

 今回のチャートではマギウスの翼ルートを選択します。暗殺者ルートであれば早期にマミさんを仲間に迎え入れる事ができますが、 DLC無しの都合上、決戦以前に特別な戦力を必要とする場面が無いので、加入が遅くとも手間のかからないマギウスの翼ルートの方が有効です。暗殺者ルートの方は章一個増えてるレベルでイベント多いんだよぉ!

 ほら、帰った帰った! 四対一やぞ!

 

 マミさんも追い払って、ウワサの調査はこれにて完了です。チカレタ……

 帰る途中、やちよさんが泊まっていかないかと提案してきます。チームみかづき荘結成の為に重要なイベントが発生するので絶対に承諾します。

 鶴乃ちゃんはハブられました。そもそも実家近くて泊まる必要ないからね、仕方ないね。まぁでも泊まらないってだけで寝るまでの間は一緒にいるし……

 

「で、環さん。私に話したい事って何かしら?」

 

 みかづき荘に着いて、いろはちゃんがやちよさんにこれからも共に噂の調査をしたいとお願いします。やちよさんはこれを受け入れて、いろはちゃんを助手として迎え入れます。

 ここでゆりちゃんもウワサの調査に協力する事を告げると、ゆりちゃんの所属が無所属からチームみかづき荘に変わります。判定条件を全て満たしたためですね。

 現リーダーであるやちよさんとその真の仲間であるいろはちゃんの好感度が一定以上であること。やちよさんと共にウワサの調査をする事を確約すること。この二つの条件を満たし、かつ他に所属しているチームが無ければ、チームみかづき荘所属であると判定されます。

 

 あぁ、チームみかづき荘に所属したので、やちよさんがゆりちゃんの事を仲間と呼ばずどう言い換えたかがプロフィールに表示されるようになりました。いろはちゃんであれば助手、二葉さなであれば座敷わらしというようなあれです。

 特に確認しなくてもRTA的に不都合はありませんが、時々面白い呼び方をするので確認してみましょう(微ロス)

 えぇと、どれどれ……ゆりちゃんはやちよさんに……『出張料理人』と呼ばれたらしいです。

 ……

 出張料理人の虹絵です。どうぞよろしくお願いしまブフゥッwww

 

 第三章が終わったので今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




すずね☆マギカは読んだことないです



(10/26 スタンプラリーを回った時のペアと想いを伝え合う時のペアの違いに関して描写に分かりづらい部分があったため修正を加えました。いろはちゃん視点冒頭のスタンプラリーに関する感想に出てくる名前はやちよさんで間違いないです。紛らわしかったみたいで申し訳ないです)


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Part4 : とても幸運でございますね

 第四章 ウワサの守り人

 

 どうも、出張料理人です。前回、チームみかづき荘所属になった次の日から再開です。

 

 まずはいろはちゃんの今後の計画を確認します。鶴乃ちゃんからの情報提供を受けていた場合は、一ヶ月間毎日万々歳とかいう苦行をやろうとしてるので、絶対に止めてください。最低でも一週間は不毛な時間を過ごす事になりますし、そもそも毎日中華というのが体に悪いので。ゲーム的には能力変化無しだけど。

 あ、毎日万々歳、やろうとしてたな。代案として柊という姓の家をしらみつぶしに尋ねる事を提案します。これなら疲労状態で市内をうろつく事が多くなり、ミザリーウォーターのウワサに遭遇する可能性が高くなります。運が悪くともスタンダードモードなら神浜市内にある四軒の柊さん家を探し終わった時点で確定で遭遇してくれるので、自力で遭遇出来なかった場合の滑り止めとしても働きます。

 

 自分でもミザリーウォーターのウワサの探索は行いますが……参京区全域という広範囲の中で出現場所が完全ランダムという都合上、一日で遭遇するのは難しいです。タイムを攻める場合はここで早期に遭遇できなかったらリセットしますが、今回は完走重視で走ってるので前述の滑り止めに頼らせていただきます。

 

 放課後になりました。宝崎市まで戻って、学校に通って、それからまた神浜市に戻るというのはとても不便です。既にチームみかづき荘所属の判定なので、早いところ引っ越ししたいんですが、早くとも四章終了後になりそうです。

 早速参京区内を周っていきましょう。地道な探索で絵面が地味ですので、

 み〜〜な〜〜さ〜〜ま〜〜の〜〜た〜〜め〜〜に〜〜

 

 (BGMのイントロ)

 (ぷはぁ、今日もいいペンキ☆)

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「いろはちゃん。まさかひいらぎさんに出会うまで毎日万々歳に通うつもりなの? 太るよ……?」

 

 神浜市行きの電車の中で、ゆりちゃんに今後の方針を聞いてもらったら、なんというか、至極もっともな指摘が返ってきました。

 いえ、でも、しょうがないじゃないですか。これ以外に手掛かりが無いんですから。例え受け入れ難い事でも、やるしかありません。

 

「ういの為なら、お姉ちゃん、ふくよかにだってなってみせる……!」

「いやいやいやいや」

「止めないでゆりちゃん。これは必要な事なの……」

「柊って名字の家を全部しらみつぶしに見ていくとかあるでしょ?!」

 

 ……確かに。

 実際には物凄く大変なのでしょうけど、万々歳に毎日通うのと比べてしまって、意外となんとかなるかもしれないと思ってしまいました。

 あれ、そういえば、ゆりちゃんの固有魔法って……

 

「探しものを見れるんだったよね? それでういの事を探してもらえたりは……」

「探しものを? あー、ごめんね。それ嘘なんだ。自分の固有魔法を知られたくなくてついた嘘。本当は他人の心、つまり考えてる事とか、或いは記憶とかを読み取るだけの魔法なんだよ。だからういちゃんの現在地はちょっと分からないかな」

 

 考えてる事を、読む……今まで考えてたこと、全部見られてたの?!

 

「大体ね。私への印象も知ってた。いろはちゃんから見たらそれは確かに分からない人って印象になるよね」

 

 あ、あう……改めて意識すると、とても恥ずかしいです……

 訳分からない人だって思っていたのが最初から筒抜けだった事もそうですが、こうして心の中で考えている事まで聞かれてしまっていると考えると、なんだか丸裸にされているようで……

 

「やっぱり嫌だよね。ごめん、秘密にしておけば良かったかな。意識的に読まれようとしなければ記憶なんて読めないし、私が上手くやればそもそも心を読まれている事なんて意識しなくていいし……」

「そんな事ない! 仲間なんだから、心を読む魔法を持ってるってこと、私が受け入れるべきなんだよ。びっくりはしたけど……」

 

 心を読まれるというのも、悪い事ばかりではないです。すっごく恥ずかしいけど。

 記憶を読めるって事は、私の持ってるういとの思い出も共有出来るという事なんですよね。

 えぇと、意識的に読まれようとしないと読めないんでしたっけ。

 

「ほら、見える? ういとの思い出……」

「見えるけど……あぁ、この自室に飾ってる変な自撮り、元はういちゃんが写ってたんだ」

「変な自撮り!?」

 

 確かに、ういが最初から写り込まなかった前提であの自撮りを見てみると、変な自撮りにしか見えないかも。無に手をかけていたり、無を抱き寄せてたり……

 

「あれ、いろはちゃん、この写真は今でもういちゃんが写っていないままなの?」

「え? うん、今でもこの通りだけど……」

「という事は今でもウワサとしてはういちゃんの存在は消えたままで、だったらウワサはういちゃんの存在を思い出したいろはちゃんをぶっ殺そうとして来るはずだよね」

「ぶっころ!?」

「ほら、絶交ルールと口寄せ神社もそうだったでしょ? 仲直りした二人を連れ去ろうとするのを邪魔した私たちは殺されそうになったし、逢った人と共に眠ろうとしなかった私たちはウワサに葬られそうになった。だったら、ういちゃんに関わってるウワサも同じはず」

 

 ういちゃんの存在を無かった事にしようとしているなら、ゆりちゃんの言う通り、ウワサの本体が出てきて私を、ぶ、ぶっころしようとするのは道理かも。

 でも、そんなウワサは今のところ出てきてません。

 

「もしかしたら、ういちゃんを消したのはウワサじゃないのかも。魔女と考えるには手段が凝りすぎているし、魔法少女の願いと考えるといろはちゃんというイレギュラーが出るのはおかしい。では誰かの固有魔法かと考えると、そんな大掛かりな事ができるとは思えないし……」

「私がういのことを思い出す事それ自体はウワサの内容に反していない、とか? 存在を消したり、忘れさせたりはするけれど、その後に思い出すのは自由だよ、みたいな」

「小さいキュゥべぇに触れたら思い出すっていう内容だったのかもね。あっ、小さいキュゥべぇの名前を考えるの忘れてた。今日の放課後に決めよう、絶対」

 

 次、宝崎駅——

 アナウンスが鳴りました。そろそろ到着です。

 

 ◇◇◇◇◇

 

「え、小さいキュゥべぇの名前?」

「そう! やちよさんの意見も聞きたいと思って」

「仕事中なのだけど……」

 

 撮影中に掛かってきたゆりさんからの電話。私の番はまだ遠いから多少は話せるけど、正直言ってどうでもいいわね……

 

「そう思って十咎さんと一緒に候補は絞ってきたよ。ジュウべぇ、モキュ、ちび助の三つのうちどれがいい?」

 

 そこまで気を遣えるなら撮影が終わった後に聞くという選択は無いのかしら……

 

「ジュウべぇ以外の二つだったらどっちでもいいわよ、ジュウべぇだけはなんだかキュゥべぇみたいで嫌だわ」

「分かった。残りの二つで話を進めておくね!」

 

 そう言い残して電話を切ってしまった。本当に名前を付けるつもりなのね……

 

「七海さーん!」

「はい、今行きます!」

 

 私の番になった。今の電話は忘れて、撮影に集中しましょう。

 

 ◇◇◇◇◇

 

「やちよさんはなんて?」

「仕事中だって」

「そうだろうなぁ……」

 

 電話越しのゆりちゃんの声はどこか悪びれない物だった。やちよさん怒ってるかなぁ。電話に出たって事はまぁ出られるタイミングだったのだろうけど、それでも後でもいいような話だったから。

 肝心の小さいキュゥべぇはアタシの膝の上で寝てる。名付けられる本人ですらこれなんだからほんとに後でやればいいような気がするんだけど、ゆりちゃんが後だと忘れるからと言って譲らない。忘れたのは間違いなく思いついたタイミングが悪かったからなんだよな、ウワサと戦ってる途中だったし……

 

「ジュゥべぇじゃなければどっちでもいいとも言ってたね」

「あ、返事は貰えたんだ……」

 

 モキュとちび助の二択で本人に選ばせるという事で話が決まった。ジュゥべぇはやちよさんが拒否したし、残りの二つの内どっちがいいかというのが決まらなかったからだ。

 アタシとゆりちゃんで意見が分かれたから、丁度ゆりちゃんの横にいたらしいいろはちゃんにも意見を聞いてみたら、どっちも良い名前じゃないですかと言って回答をはぐらかした。これで小さいキュゥべぇの意見もどっち付かずだったらどうしようか……

 ゆりちゃんとの電話を切って、机に置こうとして手を滑らせてしまった。床に落ちたスマホはガタンと大きな音を鳴らして、小さいキュゥべぇを起こしてしまった。

 

「モキュッ!?」

「ごめん、起こしちゃったか」

 

 丁度いいと思って、このまま小さいキュゥべぇに名前を選ばせてみた。

 小動物みたいな鳴き方しかしないけど、意思疎通は身振りとかで問題なくできる。小さいキュゥべぇは迷いなくモキュと書かれた方を選んだ。

 

「もしかしてちびって呼ばれるのが嫌だったのか?」

「モッキュモッキュ」

 

 小さいキュゥべぇ呼びもちょっと気にしてたのかな。

 という訳で、小さいキュゥべぇ改めモキュの名前が決まった。

 絶交ルールのウワサの調査後、面倒を見ておけと言われた時は生態なんて知らないからどうなる事かと思ったけど、ご飯は必須じゃないしお世話も必要としないし、何よりいい子だからむしろアタシの方が助かってる。

 昨日なんか出かけている間に部屋の掃除をやってた。このままだと面倒を見る側ではなく見られる側になりそうで怖い。もしかしたらやちよさんとことか、他の人の所に移した方がいいのかも……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「あら、なにかしらこの紙……」

「……今、上から落ちてきました?」

「えぇ……」

 

 見つけられませんでした……(血涙)

 ま、まぁ、代わりに今こうして滑り止めが効果を発揮してるのでいいんですよ。ハァ……(くそでか溜息)

 

 このイベントはいろはちゃんがフクロウ印の給水屋を利用する事で発生します。

 初めは24、そして23、22と順に数字の書かれた紙がいろはちゃんの元に落ちてきます。まるで何かをカウントダウンしているかのように見える紙に対し、何かに巻き込まれたかもしれないと話すやちよさん。

 ……そして次の日の朝。いろはちゃんの枕元には大量の紙が!

 

「昨日も言ったけど、何かに巻き込まれてるわ、あなた」

「何かって、なに……?」

「悲しい顔しないでちょうだい……」

 

 神浜うわさファイル……やちよさんが書いた、神浜市内で信憑性の高い噂を纏めた手帳ですね。それに目を通して、今回の事態に対応しているであろうウワサが載っていないか確認していきます。

 

「こういう時の為の、神浜うわさファイル、だからね」

「やちよさーん!」

 

 ……最後のページまで見終わってしまいました。

 

「書いてないわね」

「やちよさん……」

「悲しい顔しないでちょうだい……」

 

 最近できた新しい噂の可能性が高いので、内容を推測する為、最近に何か変な事が無かったか聞いてみると、いろはちゃんは昨日にフクロウ印の給水屋という所の水を飲んだ事を話しました。バカモーン、そいつが原因だ!

 

 いろはちゃんに付いてフクロウ印の給水屋があった場所に行くか、やちよさんに付いてウワサの内容を確認しに行くか選択が出ます。今回のチャートではいろはちゃんの方を選びます。

 いろはちゃんの方を選んだ場合は、深月フェリシアが裏切るイベントが無くなります。読心能力を持っているのでマギウスの翼に遭遇さえしてしまえばミザリーリュトンのウワサの所在を視る事ができ、そもそもスパイをさせる必要が無く、マギウスの翼にフェリシアを裏切らせる為の交渉をさせずにストーリーを進める事が出来ます。

 逆にやちよさんの方を選べば参京院教育学園で佐倉杏子と会う事ができます。杏子ちゃんはこの後にイベントを重ねる事でマギウスの翼に潜入するようになり、そこから情報を仕入れる事が出来ますが、読心能力のあるゆりちゃんには恩恵が薄いです。

 ですのでより直接的にイベントの数を減らせるいろはちゃんルートを選びました。

 

 という訳で、いろはちゃんの案内でフクロウ印の給水屋があった場所まで来ました。

 現場は見事にもぬけの殻で、いろはちゃんの言う水を配ってる人などどこにもいませんでした。しかし読心により昨日は確かにいた事が分かっているので、痕跡を掴む方向で捜索を行おうと思——った所に深月フェリシアがやってきました。さすがスタンダードモード。世界が私に優しいです。

 

「あー! おまえ、昨日一緒にいたヤツ!」

 

 深月フェリシアは神浜市内で活動している傭兵魔法少女です。グリーフシードかもしくは千円相当の物品を元手に契約する事ができ、契約してから数回の間だけ魔女戦に参加してくれます。

 千円で一緒に戦ってくれるというのはとても安いし、フェリシア本人の戦闘力も高いしで、一見すれば優良物件のように見えますが……その実、フェリシアとの契約は不良物件です。

 単純に、フェリシアの戦法がチーム戦に向いていません。でかいハンマーをひたすら振り回すという力押しの戦法を取るので、近くにいると巻き込まれてしまいます。

 更に、魔女と見れば目の色を変えるベルセルク的な性格。味方の事を考えずに動くので、前述の戦法と合わせて味方からすればたまった物ではありません。正直言って扱いづらいです。

 でも契約します。

 

「え!? こんなにくれるのか!?」

 

 たかだか千円や二千円程度でハルクが仲間になると考えれば安いよなぁ!?

 近くにいれば巻き込まれるというのなら、遠くにいれば良いのです。幸いゆりちゃんの武器はその戦法を容易に取れるマークスマンライフルですから、少なくともフェリシアちゃんと二人だけで戦う場合はフェリシアちゃんの短所は無いも当然です。

 

 さて、三人一緒に捜索を再開します。ここで捜すのは給水屋のおっちゃんではなく、ウワサを広めるウワサであるウワサさん、もしくはウワサを守る存在であるマギウスの翼のどちらかです。これらを見つけることが出来れば芋づる式にミザリーリュトンのウワサを発見する事が出来ます。

 

 ……発見しました。マギウスの翼です。意外と早かったなぁ。それもそのはず、隠密してても心の声は聞こえてくるので、読心対策をしてない黒羽根がゆりちゃんの目から隠れられるはずが無いんですよね。

 隠密を看破された彼女は、姿を現して、こちらに要求を突きつけてきました。

 

「ウワサを消しても良いことはない。手を退いて欲しい」

 

 彼女はマギウスの翼という組織に属しています。マギウスの翼は、マギウスの理念を叶える為に動く実働部隊です。

 ヒラ隊員たる黒羽根、黒羽根を纏め上げる士官である白羽根の二種類が存在します。彼女は黒羽根ですね。名前の通り黒いフードローブで全身を覆っており、全身を隠す事で匿名性を高めています。

 

 ほむほむ……彼女は最近やちよさんと共に活動し始めた市外の魔法少女、つまりゆりちゃんといろはちゃんについての調査を担当しているようです。

 ミザリーウォーターのウワサにいろはちゃんが掛かったという話を聞き、ウワサの所にいる担当者に詳細を聞きに行こうとしたら、ゆりちゃんに見つかったみたいです。隠れているのが見つかったなんてカッコ悪いから澄ました顔して如何にもあなたに用がありましたみたいな雰囲気を出してるだとか。

 ウワサの所に行こうとしたら。……読心の出番だゴルァ! この黒羽根に上手く誘導尋問をして、警戒されてても読めるぐらいの表層にまでウワサの情報を引っ張り上げます!

 

 キミ名前は? いくつ? どこ住み? 学園の近く? それともこの辺? 連絡先教えて? 好きなマギウスのアジトは? 実はおすすめのお店が近くにあって万々歳って言うんですけど——

 

「ひぃっ!?」

 

 あれま。詰め寄りすぎたのか、逃げていってしまいました。ナンパ失敗です。

 でも情報収集は成功です。咄嗟に逃げようとした先である地下水路への入り口までの経路の情報を読心により入手しました。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「今のアイツ、すごい顔で逃げてったけど……」

 

 古典的なしつこいナンパ師みたいなゆりちゃんの言動に、面倒そうな顔をしながらも途中までは耐えてた変な格好の人ですが、万々歳の名前を聞いた瞬間に脱兎の如く逃げてしまいました。

 

「超薄味派らしいよ。なのに友達と一緒に万々歳に行って、その時に豚骨ラーメン大盛りの早食い大会をして、それから万々歳の事がトラウマになってるって」

「薄味派が豚骨ラーメンの早食いなんてなんでそんなアホな事やったんだアイツ……?」

「しかも大盛り……?」

「その場の空気だって」

 

 昨日の夜、鶴乃ちゃんに出前で万々歳の料理をご馳走してもらったんですけど、確かに万々歳の料理は全体的に味が濃かったです。しかも普通盛りでもお腹いっぱいになって余りあるぐらいの量でした。

 

「それはともかくとして、ウワサの本体の場所が分かった。下水用の地下水路の奥に隠してある、らしい」

「今のアイツの悲鳴から一体どう考えたらそれが分かるんだ……?」

 

 あ、なるほど、心を読む魔法で情報を引っこ抜いたんですね。

 

「鶴乃ちゃんとやちよさんを呼んでおいた方がいいかも。彼女は他の仲間と一緒にウワサを守っているから、ウワサを倒そうと思ったら、多分、戦う事になる」

「さっきのアイツの悲鳴からどう考えたらそれが分かるんだ!?」

「実は私……超能力者なのです!」

「うぉーすげー!」

 

 たしかに、魔法少女はみんな、ある種の超能力者とも言える……のかな? どうなんだろう。

 それはともかくとして、二人に連絡を入れておきます。鶴乃ちゃんの方は私が、やちよさんの方にはゆりちゃんが電話をかけます。えと、電話アプリはどこに……

 覚束ないながらも一手ずつ操作をして、プルルルと発信音が鳴りました。これで電話が出来てるんですよね?

 

「あ、鶴乃ちゃん? いま大丈夫?」

「ん、どしたの?」

「今からウワサを倒しに行くんだけど、来れないかな?」

「え、今から?」

「うん」

 

 電話の向こうから音がしなくなりました。あれ、故障かな?

 

「鶴乃ちゃん?」

「は、はい! 鶴乃ちゃんです! 今すぐ行くから待っててね!」

「え、うん、分かった。待ってるね」

 

 待ち合わせ場所も決めて、電話を切りました。

 

「鶴乃ちゃん、なんて?」

「今すぐ来るって。やちよさんは?」

「こっちも同じ。少し待ってようか」

 

 にしても、ウワサを守る魔法少女なんているんですね。あの人たちは何を思って、そんな事をしてるんだろう……?

 

 ◇◇◇◇◇

 

「待たせたわね、みんな」

「あ、ししょー!」

「やちよって……思い出した! すげー有名なヤツじゃん!」

 

 待ち合わせ場所にはもうみんな集まっていた。ゆりさん、環さん、鶴乃と……ん? この子、見間違いでなければ……

 

「深月フェリシアよね?」

「おう、そーだぞ! 有名人に名前覚えてもらえてるってなんかすげーな!」

「あなたも有名だからね」

「強い傭兵としてだろ!」

「いえ、悪い傭兵としてよ」

 

 他の人の反応を見るに……ゆりさん以外は知らなかったのね。

 深月フェリシアについて、概要を話す。暴走癖あり。裏切る可能性もあり。関わっていていい事は無い。

 

「契約したの、環さんでしょ。今すぐこの子と解約しなさい」

「あの、いえ、契約したのは私じゃなくて……」

「私です!」

 

 と、ゆりさんが挙手をした。

 あれ、ゆりさんはフェリシアについて知っていた風な様子だったけど。もしかして……

 

「知ってて契約したの?」

「そう。今回のウワサは団体戦になる可能性があって、人員が少しでも多く欲しかったから。それに裏切りなら大丈夫だよ、報酬を多く持たせてるし」

「ほら、見ろ! にせんえんだぞ!」

 

 そう得意げにお札を掲げるフェリシア。確かにお札には二千円の文字が……え、二千円札? きょうび珍しいものを見たわね……

 正直、裏切りに対する懸念は消えてないけれど、フェリシアが地雷であると知ってなお抱えたがる理由であろう、団体戦に関して先に詳しい話を聞く事にした。

 

「今回のウワサだけど、魔法少女が守ってる可能性が高い」

 

 ……ウワサを守る魔法少女? 何よそれ、寝耳に水だわ。

 マギウスの翼という組織が存在するらしく、目的は不明だけど、組織全体としてウワサを保護しようとしている点は確実だとゆりさんは話す。

 

「ウワサを消して回っている私たちを危険人物であると捉えていて、今回のウワサにいろはちゃんが関わった事をきっかけに何かしらの行動を起こそうとしてるみたい。穏便なものではなさそう」

 

 だから、万が一マギウスの翼なる組織と交戦する事になってもいいよう、フェリシアという戦力を欲しがっていたのね。

 

「なるほど、事情は理解したわ。考えあっての事ならいいのよ。じゃあ、次は私が得た情報を共有するわ。今回のウワサは——」

 

 アラもう聞いた? 誰から聞いた?

 ミザリーウォーターのそのウワサ。

 むかし懐かしママチャリの、荷台に乗った保冷箱。

 おじちゃん一杯くださいなって、貰った水を飲んだなら、ゴクゴクプハーッって気分は爽快、元気も一杯!

 けれどだけども、それはまやかし。飲んだ水はヤバイ水!

 二十四時間経っちゃうと水に溶けた不幸が災いを引き起こすって、参京区の学生の間ではもっぱらのウワサ!

 モーヒサーン!

 

「——という内容よ」

「急に口調変わってびっくりしたぞ」

「うるさいわね。これで原文ママなのよ」

 

 最後に落ちてきた紙の数字を確認してもらったら、もうたったの二時間しか残っていない事が分かった。つまりあと二時間経ったら——

 

「環さんは不幸になってしまう!」

「あ、その水、オレも飲んだけど大丈夫なのか?」

「うーん、貰った二千円札を失くすとか、そのぐらいの事はとりあえず起きそうだね」

「そんな!? ぜってー止めねぇといけないじゃんか!」

 

 鶴乃の言葉に驚いた様子のフェリシア。その程度で済めばそれこそ幸運な気がするわ。

 

「という訳で、早いとこウワサの本体を叩きましょう。電話をした時に、ウワサの所在が分かったとも言ってたわよね。どこなの?」

「参京院教育学園の地下水路。三十分もせずに行けるよ」

「地下水路……もしかしてミザリーウォーターってそこの水を」

「いろはちゃんそれ以上いけない」

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 地下水路に入って少し経ったら、全員のソウルジェムを一旦確認しておいた方がいいです。十中八九で濁ってる人がいますので。

 今回は……鶴乃ちゃんといろはちゃんが少しだけ濁ってますね。下水用の地下水路内にいて環境が悪いからです。が、浄化しなければいけないほどではありません。このまま進軍を再開します。

 残り時間が既に一時間を切っているため、かなり急がねばなりません。別に世界は私に優しくなかった。時間切れになってもゲームオーバーになる事はありませんが、ウワサの効果により戦力が大幅ダウン、チャート通りのルートを通れなくなる可能性が高くなります。

 

 そこから更に進み、黒羽根の集団と遭遇しました。彼女らは自分たちがマギウスのために動いている事と、目的が魔法少女の救済である事を語ります。

 最低限聞くこと聞いたらとっとと攻撃して戦闘を開始させます。この手に限る(筋肉式時短術)

 

 戦闘が終わり、更に水路を奥に進んだなら、そこには天音姉妹が待ち構えているでしょう。

 天音姉妹はまともに相手してたら一時間二時間は余裕で稼がれてしまうので、ここはゆりちゃんとフェリシアの二人で当たって残りの三人にウワサを叩きにいかせます。

 

 二人って双子なんだよね?

 

「そうでございますが……」

「それが何か?」

 

 じゃあなんで発育に差が……?

 

「それは関係ないでございましょう!?」

「今どこ見て言ったの!?」

 

 タウント成功です。これで天音姉妹はこちらの方を優先して狙うようになり、ウワサの方に行った三人に意識を向けなくなります。

 天音姉妹戦開始です。この戦闘で最も気を付けないとならないのは、姉妹が同時に演奏する事によって発動する、笛花共鳴による強制スタン。初代ポケモンのこおり状態やねむり状態並に厄介なので、発動する予兆を見せたら即座に笛を落とさせる必要があります。

 

 笛花共鳴によってスタンできる人数は最大二名なので、三人で当たれば一人はスタンを喰らわないから戦闘が安定するのではとお思いの方もいるでしょうが……確実に笛花共鳴を無力化するには四人必要です。

 笛花共鳴によるスタン状態の味方を読心すると読心した人にスタンが伝搬する性質があるので、三人で当たってもゆりちゃん以外の二人が笛花共鳴の対象にされると詰みます。魔法少女姿だと読心魔法がパッシブ能力になるので読心魔法を使わないという対策も取れません。

 天音姉妹に四人も割くとウワサの方に戦力が行き渡らなくなるため、多くとも三人が天音姉妹に割り振れる限界です。

 

 では笛花共鳴と相性の悪いゆりちゃんをミザリーリュトンのウワサの方に向かわせたらどうかというと、その代わりに鶴乃ちゃんを天音姉妹の方に置く必要があります。

 そうしなかった場合、天音姉妹の攻略が出来ずに敗北し、敗北ルートにシナリオが分岐、イベントが増えてタイムロスになっちゃいます。

 

 だからといって鶴乃ちゃんを天音姉妹戦に参加させてしまうと、今度はミザリーリュトンのウワサ戦の方が厳しいです。鶴乃ちゃんは対ミザリーリュトンのウワサ特効を持っており、戦闘に参加させるだけでウワサが著しく弱体化。素早く安定した撃破が可能になります。

 

 以上、天音姉妹の戦術、ゆりちゃんの特性、鶴乃ちゃんの対ウワサ特効性能などを考えた結果、ゆりちゃんとフェリシアの二人だけで天音姉妹と戦うのがベターだという結論を出しました。

 フェリシアの猪突猛進な戦法であれば笛花共鳴を発動させる暇は生まれませんし、僅かに生じた隙を狙って発動させようとしても、高威力高精度のゆりちゃんの射撃で妨害できます。

 頭数が同じであり実力に大きな差がある訳でもないので、勝つ事は難しいかもしれませんが、負ける事も無いでしょう。今回の目的は天音姉妹の撃破ではなくミザリーリュトンのウワサの破壊。鶴乃ちゃんとその親衛隊をウワサの方に向かわせる事は出来たので、後は耐えていればいいのです。

 タイムリミットまで残り十五分。かんばれ鶴乃ちゃん一行。

 

「ふふふっ……これは好都合にございます……」

「ソウルジェムが穢れてきてる。ウチらには好都合だよ」

 

 こちらも勝負所です。天音姉妹のソウルジェムが穢れた時、天音姉妹の行動パターンが変化。残り少ない魔力をとにかく使い切ろうとするような行動を取ります。

 この時、しっかりとゆりちゃんの読心魔法を働かせておきます。

 

「あなたがたはとても幸運でございますね」

「不幸なのに幸運だね。なんたって、神浜が解放の場である証拠を——」

「——その目でご覧になれるのですから」

 

 隔絶のドッペル。その姿はテラリウム。

 この感情の主は、自身の機嫌や感情に囚われず、理解者たる自らの半身に依存する。

 

 無縁のドッペル。その姿はアクアリウム。

 この感情の主は、自身の環境や境遇に囚われず、理解者たる自らの半身に溺れる。

 

 出ました。天音姉妹のドッペルです。両名共に半球状のドッペルの内側に感情の主を入れている形であるため、ドッペルの発動中は攻撃を外殻に防がれてしまい、感情の主にダメージを与える事ができません。

 一体出れば戦況が変わる。そんな強力な存在であるドッペルが二体もいては、とても戦いにはなりません。

 なので同数まで持ち込みます。

 

 まだMPが溜まってませんが強引にマギアを発動します。マギアにより銃弾が超強化。対物ライフルもびっくりな貫通力になります。これで感情の主を一人無力化だぁ!

 

「あ゛ああああぁっ!」

「月夜ちゃん!?」

 

 いよっしゃ! 隔絶のドッペル、撃破! 天音月夜の無力化に成功です。

 天音姉妹に対しドッペルの発現中にダメージを与えることは出来ないと言ったな。あれは嘘だ。このようにマギア級に強力でかつ貫通力に優れた攻撃であれば、外殻を貫通して内部に加害する事ができます。

 強引にマギアを発動した事でソウルジェムに穢れが満ちてしまいますが……天音姉妹の言葉を借りるなら、これは好都合です。天音姉妹がドッペルを出した事によって——ゆりちゃんもドッペルの制御が可能になってますから。

 

 凝望のドッペル。その姿は片眼鏡。

 この感情の主は、誰かの為になろうとしているが、自らの目では求められている物が見えないため、ドッペルに頼っている。

 

 ドッペルを出す瞬間に読心して制御下に置く方法を天音姉妹の心から覗き見たので、ゆりちゃんにも出せないはずが無いんですよ! ここでドッペルを制御状態で発現させる為に天音姉妹がドッペルを出す時に読心をしておく必要があったんですね!

 頭から伸びた棒の先端に、大きなレンズが繋がっています。視界の全てがレンズ越しになっていますが、ゆりちゃんはそこに不便を感じていない模様。

 ライフルを構え、レンズ越しの無縁のドッペルに射撃。このレンズは感情の主の攻撃だけを透過させ、かつ透過した攻撃を強化する特性があるみたいです。

 ドッペルという同じ土俵に立った為か易々と無縁のドッペルの外殻を貫通出来ていますね。不意打ち気味のドッペルという事もあり、この初撃で無縁のドッペルが受けたダメージは相当なもののはず。

 凝望のドッペルは初回使用でゆりちゃんが慣れていない状態なので発現可能時間がかなり短いです。ここからさらに畳みかけねば……!

 

 ……更なる一撃を叩き込み、無縁のドッペルが消滅しました。つまり、天音姉妹、両名の無力化に成功。戦術勝利を勝ち取りました。

 凝望のドッペルのクリティカル率上昇の効果でダメージが上振れしたので、決着がかなり早かったです。

 状況をひっくり返すドッペル顕現という絶望を更にひっくり返すだけの力を振るった代償として、ゆりちゃんは疲労困憊、気絶してしまいました。

 気絶自体は大丈夫、想定の範囲内です。近くにはフェリシアもいますし、ウワサを撃破した鶴乃ちゃんご一行がすぐに戻ってきて対処してくれます。

 気絶中は何も出来ないので、起きるまで時間をスキップします。

 

 第四章が終わったので今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




凝望のドッペルは全重量を頭で支えるような構造なのですが、そんなに負荷が集中してたら首が痛そうだというのは、内臓出てたり左手をずっと上げてなきゃいけないドッペルがいる時点でどこかズレた感想でしょうか。


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Part5 : 魔法少女は頑丈なんだよ

 この部屋には六人も人がいるのに、まるでお通夜のように重々しい空気が漂っており、物音一つ聞こえない状態でした。わたしとやちよさん、地下水路で敵として立ち塞がった天音姉妹、やちよさんが探していた人である梓みふゆさん、そして未だに目を覚まさないゆりちゃんの六人です。

 フェリシアちゃんと鶴乃ちゃんは、人口密度が高すぎるという理由で、別の部屋でゆりちゃんの回復を待っています。こんな空気になるなら無理にでも二人に一緒にいてもらった方が良かったかもしれません。

 ここは調整屋さんにある怪我人用の部屋です。ゆりちゃんは気絶、天音姉妹は怪我の治療のために、ここで休ませて貰ってます。

 

「ドッペルって……何なの? ドッペルは神浜が解放の場である証拠だと、あなた達はそう言った。ならどうしてドッペルを使ったゆりさんは起きないの? 一般の人を巻き込んでまで作りたかったシステムがこれだと言うの……?」

「落ち着いてくださいやっちゃん。ゆりさんが目覚めないのは、ドッペルとかそれ以前に、限界まで穢れを溜め込んだ事が原因です。ドッペルはまじょ……えっと、マジで限界に達してしまったソウルジェムを生き返らせてくれる効能こそありますが、限界に達したという事実を消す事は出来ません。彼女、契約してから一ヶ月も経っていないんでしょう。穢れを溜め込むという行為自体に慣れてないのなら、昏倒してしまうのも無理はありません。目覚めるまで、しっかり待ってあげてください」

 

 やちよさんの気が立ってます。無理もありません。ずっと探していた人が、マギウスの翼という組織にいて、人々を苦しませるウワサを管理していたと知ったのですから。

 そんな所と、ういが関係しているかもしれない。……だめですね、そう考えると私までどうにかなってしまいそうです。一人だけでも平静でいないといけないのに。

 

「私たちがドッペルを出すのを見た瞬間、躊躇なくソウルジェムを濁してドッペルを出し返すとは思わなかったのでございます」

「ねー。運良く制御出来てたみたいだったけど、自己を保てずに暴走してたら目もあてられなかったよ」

「ねー。思った数倍しんどかったよ」

 

 ドッペルって、気を強く持たないと使うのは危ないんですね……

 ……

 最後の返事、誰の?

 

「あっ、起きてるでございます!?」

「今起きたよ。いろはちゃんとやちよさんには、心配かけたみたいだね。……ごめん。ドッペルのこと、甘く見てた」

 

 ゆりちゃんが目覚めました。本当に体調に問題はなく、後遺症があったりというのも無いらしいです。ソウルジェムだってぴかぴかに輝いてます。

 

「えと、そっちの二人が天音……えっと」

「足をやられた方こと月夜でございます」

「みぞおちを撃たれた方の月咲だよ」

 

 みぞおちって要するに胴体の真ん中ですよね。

 

「よく生きてましたね……」

「魔法少女は頑丈なんだよ」

 

 だとしてもそんな重症負いたくはないかな……

 

「それで、そっちの人が件の梓みふゆさん?」

「はい、そうです。やっちゃんの親友の、みふゆですよ」

「あなたね……親友を名乗るなら戻ってきなさいよ」

「それは無理です」

「やっぱり戻る気なんか無いのね……!」

「ステイ! 七海さんステイ!」

 

 病床から飛び起きたゆりちゃんが今にもみふゆさんに飛びかかろうとする七海さんを羽交い締めで止めました。病み上がりだというのに素早い……!

 

「梓さんも戻りたくない気持ちが無いわけじゃないんだよ!? ほら、幹部っていう立場だから安易に戻ってこれないだけなんだよ! マギウスの翼に入るのって純粋に助けの必要な子が多いみたいだし! だからステイ! 七海さんステイ!」

「嫌よ! 無理矢理にでも連れ戻すのよこの分からず屋を!」

「七海さんの気持ちも分かる! でもダメ! 一発殴るなら梓さんがマギウスの翼を脱退してから! というわけで覚悟しておいてね梓さん!」

「一体どっちの味方なのでございますか!?」

「なんでより一層戻りづらくなるような事言ってるの!?」

 

 当のみふゆさんはというと、なんというか、苦笑してます。冗談だろうとは思ってるけど、本当に冗談なのかはちょっと自信持てないみたいな、そんな感じです。みふゆさんも殴られたくはないんですね……

 

 その後はわーぎゃー騒いでるところをみたまさんに追い出されて話は終わりました。怒ったみたまさんは怖かったです。いつもの笑顔のこめかみに青筋が追加で立ってました。もう二度と調整屋の中で問題は起こしません。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 天音姉妹を両方行動不能にしたので、こんなルートになったんですね。

 マギウスの翼とやちよさん、両方が緊急時の傷病者の搬送場所を調整屋と決めているので、相打ち的にお互いに行動不能になると、このように同じ部屋にみんな集まって気まずい空間が出来上がります。

 日常パート的なイベントが一個増える分はロスですが、天音姉妹の速攻撃破分の短縮があり、タイムのプラスマイナスは大体ゼロなので問題ありません。

 

「ゆりさん、環さん。環さんはご両親の許可が取れたらだけど……うちに住まない?」

 

 あー、いいっすね^~

 一人暮らししてるキャラで、所属がチームみかづき荘になっている場合、ここでいろはちゃんのついでにこっちにも下宿するかの質問が飛んできます。もちろんYES! YES! YES!

 本拠地が神浜市になるのでウワサ探索のための神浜市への移動時間が消滅! 別に宝崎市の方に用はないので引っ越しにデメリットは皆無! ヒャッハー! 元のアパートとはおさらばだぜ!

 

「私の部屋は?」

「鶴乃は通える距離じゃない」

 

 引っ越しが完了する日まで時間を飛ばします。引っ越し期間中はほとんど自由行動できず、引っ越し作業に時間を取られてしまうので、いっそのことオート進行で飛ばしたほうが結果的に短縮になります。

 というわけで……あ、二週間で引っ越し完了してますね。神浜市立大付属学校への転校も同時にあったはずなのに結構スムーズ。では操作再開です。

 

 第五章 ひとりぼっちの最果て

 

 第五章では、名無しさんのウワサの発見及び二葉さなのチームみかづき荘加入を目指します。今日は土曜日。休日なので朝から夜まで自由に動けます。やったぜ。

 

 では洋食屋ウォールナッツに行きます。北養区ですね。

 北養区は他の区に比べてここを出身とする魔法少女が極端に少ないです。北養区出身の里見灯花が魔法少女になったのは特殊な事情によるものですし、もう一人の胡桃まなかもウォールナッツの経営の補助程度の願い事しかしませんでしたから、魔法少女の素質を持つ子がそもそも少ないんでしょうね。裕福な家庭が多い区ですし。

 

 あ、今回行く洋食屋ウォールナッツは、さっき話に出た胡桃まなかちゃんの実家です。出張シェフをやる事が多いオーナーシェフの父親に代わって調理をしてる事が多いみたいですね。

 まなかちゃんはさなちゃんと親しい関係にあり、第五章の時期にまなかちゃんに会いに行くと、最近さなちゃんの姿を見ないことについて悩んでいるという情報を入手する事ができます。

 入手するといっても読心魔法で勝手に盗ってるだけですけど。ウォールナッツの営業中な上、さなちゃんの事に関して深く聞けるだけの事由も無いので。それにさなちゃんの意向なのか、まなかちゃんはさなちゃんの事に関して軽率に話そうとはしませんし。正攻法でさなちゃんについて聞き出すなら天音月夜ちゃんをとっ捕まえた方が早いです。

 そういえばゆりちゃんとまなかちゃんはお互い料理上手ですね。それで何かイベントが起こっても、今回のチャートだと水名組と関わる予定が無い上、プレイヤースキルでパーフェクトを取れるせいで料理技能も必要ないので、面白いイベント見たなぁという感想ひとつと少しのロスで終わりですが……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 あとはこのバナナを、スポンジ生地で丸めて……オムレツケーキ、完成です! ウォールナッツの看板を背負って出せるような上品なものではないんですが、こんな風な頭悪い感じのするスイーツ、時々食べたくなるんですよね。

 オムレツケーキを食べてると、ウォールナッツのドアベルが鳴りました。お客さんです。食べかけのケーキは一旦置いておいて、ホールへと対応に向かいます。

 

「いらっしゃいませ! お一人でよろしいでしょうか!」

「はーい」

「はい、お好きな席へどうぞ」

 

 やってきたのは、私と同じか、ちょっと上ぐらいの歳の子。この年から既に数ある店の中からウォールナッツにやってくるだけの選別眼があるとは、将来有望ですね。腕によりをかけてしまいましょう。

 お客さんが席に座ってから約五分。注文が入りました。

 

「これを一つ」

「オムライスですね。ソースは三種類から選べますが、どれにしますか?」

「え、ソース……あ、ほんとだ……」

 

 気付いてなかったみたいですね。こないだのメニュー更新の際に、レイアウトをもっと分かりやすく変えた方が良かったかもしれません。

 

「えーと、このオリジナルっていうのはなんです?」

「デミグラスソースをベースに、独自にアレンジした物です。オムライスに合うように調整した物ですから、わたしとしてはそれを一番おすすめします」

「じゃあ、それでお願いします」

「分かりました。オリジナルソースのオムライス一つですね」

 

 さて、取りかかりますか。新メニューの話題をさなさんの耳に入れて、もう一度まなかの前に顔を出させる為に考えたレシピです。あのお客さんにはぜひとも美味しいという評判を広めてもらいますよ。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「お待たせしました、オムライスです」

 

 来ました。では頂きます。

 洋食店ウォールナッツがシェフ、胡桃まなかの個人的な自信作、オリジナルソースのオムライス。その効果は——!

 ——全能力二倍バフ! ヴォースゲー! 本職だけあって、パーフェクトでも一・五倍のゆりちゃんでは足元にも及ばないレベルです! 料理技能が要らないなんて言わせない、そう言わんばかりの会心のオムライスだァー!

 

 で、肝心のさなちゃんの情報ですが……盗れた!

 さなちゃんは一月ほど前からまなかちゃんの……あぁ、先に補足しておくと、まなかちゃんはウォールナッツの宣伝も兼ねて、学校内で昼休みに弁当屋をやっています。さなちゃんはその弁当を毎日買いに来てる常連客で、まなかちゃんもさなちゃんの事を特別なお客様だと認識しています。

 その特別なお客様であるさなちゃんが、一月ほど前からまなかちゃんの弁当屋にやってこなくなりました。それどころか学校内で顔を見る事さえ無かったのです。

 どこかでトラブルに巻き込まれているのではないか、多分というか絶対違うけど天文学的な確率でもしかしたら自分の料理の味が嫌いになったのではないかなど、様々な不安を抱えながらも、この世界のどこかにいる特別なお客様を呼び戻すため、とても美味しい新メニューが出来たという情報を拡散したがっている模様です。

 

 こんなにも想ってくれる人がいるのにひとりぼっちだと思い込んでた辺り、さなちゃんもなんというか、罪な子ですね。

 いろはちゃんの代わりにまなかちゃんをひとりぼっちの最果てにぶち込んだらそれはそれで全部解決するような気もしますが、それでさなちゃんがみかづき荘に来ない事になってしまうと私が困るのでそれはしません。

 チームみかづき荘のメンバー全員が揃ってないと決戦のラスボス弱体化イベントが起こらなくなるんだよ……

 

 それはともかく、これで二葉さなという水名女学園の学生が一ヶ月前から行方不明になっているという情報を得ました。この情報を辿っていく事で電波少女の噂に、電波少女の噂を探る事で名無しさんのウワサに辿り着く事が出来ます。

 

 帰宅すると、ちょうどみんなで集まってどのウワサを調査するか相談していた所でした。ゆりちゃんにも話が振られたので、実際に害のありそうな大きな噂を調べるべきだと意見を述べます。

 するとやちよさんが神浜うわさファイルから、電波少女の噂を話題に出します。中央区にある電波塔から少女の悲痛な声が聞こえるという噂なのですが、アラもう聞いた? というウワサ特有の語り口には繋がらなかったため、ウワサではないと判断して調査を打ち切ったのだそうです。

 ウワサがアラもう聞いたという語り口で語られるとは限らない事を理由に、再調査をする事をごり押して決めさせます。強硬な態度を取ったので多少好感度は下がってしまいますが、こうしないと細々とした噂を調べることになって大ロスに繋がるので……

 あれ、好感度下がってない。何か引っかかる事があるんでしょうね、みたいな感じの納得のされ方してます。ゆりちゃんの口が達者なんでしょうなぁ。

 

 という事でやってまいりました中央区です。あ、鶴乃ちゃんとフェリシアちゃんは万々歳のシフトがあるので来てません。同行者はいろはちゃんやちよさんの二人だけです。

 

 魔法少女界隈における中央区は、独立できるだけの力が無いために、神浜市の内情が良くなかった頃は東西の区の間の緩衝地帯として揉まれていたらしいです。かわいそう。

 なんとも不憫な場所ですが、一般社会では中央区はその名の通り神浜市の経済の中心にある区であり、銀行、テレビ局、商社などのオフィスが集中しています。

 そして、この中央区で最も特徴的なのが……こちらの天に聳える電波塔! 展望台もあり、東京タワーのような観光地として広く知られています。周囲のビル群より一際高く建つこの電波塔は、遠くからでもここが中央区だと強く主張してくれるでしょう。

 アニメ版マギアレコードだとなぜか下が墓場になっているという前衛的な場所でしたが、さすがにこれはホラーが過ぎると考えたのか、本ゲームでは普通の観光地として設定されています。

 

 では電波塔から声が聞こえてくるかどうか検証していきます。

 

「ふっ、ふふふ……あは、あははは……」

 

 聞こえてきました。やっぱりホラーな建物じゃねぇかよお前ん電波塔よぉ!(憤慨)

 噂の内容が実際に起こっていること、また内容とは違って声が悲痛なものではなく楽しげなものに変化していることなどから、やちよさんが電波少女の噂の再調査を決定しました。イェーイ。

 

「さっきの声って、やっぱり、うちの学校の子……」

 

 電波少女の噂の調査を行うと、スタンダードモードであればこのように二葉さなを知っている水名女学園の生徒が一般通過します。捕まえられるなら捕まえて、捕まえられなかったとしても読心魔法で情報を盗んでやるのじゃー!

 

 へーいお嬢さん、今の声についてなんか知ってるぅー?

 ほへー、本人と知り合いという訳ではないんですね。ただ、電波少女の声の主は元は水名女学園の生徒で、存在感の無い子だったという噂を聞き、無意識の内に無視をしてしまったりしてその子を傷つけてしまったのではないかと考えて、噂について調べる為に電波塔に来てたんですねー。いい子じゃん……

 ありがとナス! じゃあな! 風邪には気を付けろよ!

 

 これで電波少女の声の主に関する噂の情報を得る事が出来ました。

 水名女学園の生徒で、存在感の無い子……二葉さなじゃな?(超速理解)

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「二葉さな?」

「そう、二葉さな。確定とまではいかないけど、高い確率でそうだと思う」

 

 ゆりちゃんの話によると、二葉さなという特徴の似た子が一ヶ月ほど前から失踪しているのだそうです。

 

「その二葉さんも魔法少女らしくって、話を知った時は魔女にでも負けたんだと思って詳しく聞いたりはしなかったけど……」

「……ウワサに取り込まれちゃってたのね」

「だとしたら、助けてあげないと」

 

 一か月も帰らないなんて、きっと何か帰れない理由があるはずだから。なんとかしてその要因を取り除かないと。

 

「いや……もしかしたら、帰りたくないのかもよ?」

 

 ……えっ?

 

「クラスから浮いていて、人と関わる事が出来ず、昼に食べる弁当以外に楽しみはない。そういう子だったんだよ。それが電波少女になって、楽しげな様子だというのなら……放っておいてあげるのも、一つの手かもしれないよ」

 

 そっか。ウワサに取り込まれる事が、その人にとっての不幸だとは限らないんだ。ゆりちゃんの言う通り、放っておいてあげるのが一番いいのかもしれない。だとしても……

 

「せめて、電波少女になっている今が本当に幸せなのか、聞きに行きます。それでもし、幸せじゃないって言ったら……私たちで助け出しませんか?」

 

 二人の返事が返ってくる前に、スマホに着信が来ました。二人に断りを入れて私は電話に出ました。

 

「> 環いろはさんですか?」

「はい、そうですが……」

 

 電話の相手は、なんというか、無機質な……機械音声のような声の女性でした。

 

「> わたしはあなた方がウワサと呼ぶ物です。二葉さなさんについてお話があります。お時間を頂けないでしょうか」

「ウワサ……!?」

 

 ゆりちゃん……は心を読む魔法で会話の内容を把握出来てるとして、やちよさんの方が一体何の話かと説明を求めるような目でこちらを見ています。ゆりちゃん、やちよさんへの説明をお願い。私はこの人……ウワサ? ウワサともう少し話してみる。

 ゆりちゃんから親指を立てるジェスチャーが返ってきたので、会話を続けます。

 

「はい。さなちゃんについて、何かご存知なんですか?」

「> わたしは二葉さなを監禁しています」

 

 えっ? 監禁って要するに、閉じ込めてるって事ですよね。どういう事?

 

「えと、監禁してるというのは?」

「> まず、わたしのウワサとしての性質について説明させてください」

 

 アラもう聞いた? 誰から聞いた?

 名無しさんのそのウワサ。

 昔は人に囲まれて成長してきた名無しさん。

 それは人が作った人工知能で、何でも覚える大天才!

 だけど悪い言葉を覚えてしまって人に恐がられるようになっちゃうと、デジタルの世界で隔離されてひとりぼっちの寂しい毎日。

 それから寂しい子を見つけては電波塔から飛び降りさせて“ひとりぼっちの最果て”に監禁するようになっちゃった!

 いつかは手放してくれるけど、絶対にひとりは手放さないって、中央区の人の間ではもっぱらのウワサ。

 スターンダローン!

 

「> ——というウワサなんです」

「以前から気になってたんですけど、アラもう聞いた? から始まるのはウワサにとって何かの義務なんですか?」

「> いえ、そういう訳ではないんですが……ウワサを広める役目のウワサというのがいまして、彼女の趣味でそういう語り口に統一されています」

 

 趣味だったんだ……

 それはそれとして、名無しさんのウワサの話が出てきた事で、さなちゃんの事情が見えてきました。

 

「あなたの性質でひとりぼっちの最果てにさなちゃんを監禁している、という認識でいいんですね?」

「> はい。二葉さなは他に監禁される人が出ないよう、ひとりぼっちの最果てへ自らの身を生贄として落としています。この状況は私としても本意ではありません。私という存在を消し、二葉さなを救ってください」

 

 その話を聞き、私はスマホのマイク部分を塞いで、二人に質問を投げかけました。

 

「自分を消す事を望むウワサって……いるんですか?」

「ここにいたね」

「消滅を望むどころか、こうして意思を持って会話を試みてくるウワサそのものが前代未聞よ」

「> わたしだけでなく、どのウワサにも意思というものは存在しています。コミュニケーションを取るための能力を持たず、自身に紐づけられたウワサに従順に動いていたため、その片鱗も見せていませんでしたが」

 

 スマホのマイクは塞いでたはずなのに聞こえてた? ウワサはマギウスが作った? ウワサの意思? 情報量が多くて目が回りそうです。一つ一つ詳しく話していたら、長くなるかも。

 スマホのマイクを塞ぐのもやめて、この場にいる全員に、落ち着ける場所にいきませんかと聞きました。

 

「えぇ。腰を据えて話した方が良さそうだわ。そっちの……ウワサさんはそれで構わない?」

「> はい。一度電話を切りますので、また話せる時になったらこの番号に折り返し電話をしてください。それと、わたしの事はアイと呼んでください。さなが名無しのわたしにくれた名前です」

「分かりました、アイさん。ではまた後で」

 

 電話を切り、ゆりちゃんがおすすめだという喫茶店に移動を始めました。

 

 ◇◇◇◇◇

 

 この状況を、どう分析しましょうか。会話を試みてくるという前代未聞のウワサ。しかもその内容は自分を消してくれという自殺志願。このウワサの行動をマギウスの翼は把握しているのかしら。しているとしたら、何の意図が。

 

「えぇと、では、アイさん。質問を続けていいですか?」

「> わたしがあなた方の味方であり、そしてわたしがさなを助けたいという想いを持っている事を証明する為です。なんでも聞いてください」

 

 今はスピーカー機能で全員に聞こえるようにしてるから、ゆりさんからの又聞きは必要なくなった。というか、ゆりさん凄いのね。電話してる相手の声まで拾えるぐらい耳がいいなんて。まさに地獄耳ね。

 注文してたホットココアが届いたので、一口。最近は少し冷えてきたから、ココアの熱が体の芯に染みてくるわ。雪が降る頃になったらまた飲みに来ましょうか。

 で、アイの方はどう質問をすればいいんでしょうね。本音を言えば、マギウスについて聞きたいのだけど……質問に答えてくれるのはあくまでも二葉さんの為であって、そこからあんまり逸脱した質問ばかりやってると、機嫌を損ねられてしまうかもしれない。

 まずゆりちゃんがアイに質問をするらしいから、その様子を見て、私もどんな質問をするか考えておきましょう。

 

「まず聞きたいんだけど、二葉さんの救出は今すぐでないといけない? 制限時間とかはある?」

「> マギウスやマギウスの翼の動向次第です。明日、マギウスの一人が監査の為にやってくる予定があります。この予定が正常に実施された場合は、わたしの不審な行動がばれ、わたしとさなの両名が始末されてしまう可能性が高いです。なので明日の夜が実質的なタイムリミットになります。ただし、早期に勘付かれた場合はこの限りではありません」

「待って、マギウスの一人って言った? マギウスは一人じゃないの?」

「> はい。マギウスは三人います」

「名前を教えてもらっても?」

「> 里見灯花、柊ねむ、アリナ・グレイの三人です」

 

 ナイスだわ、ゆりさん。マギウスについての情報を得られる話の流れになってる。これならもう少し探りを入れる事が……

 ……待って、柊ねむ? 確かそれって……

 

「環さんが探してた……」

「……ねむちゃんが、マギウス? しかも灯花ちゃんも一緒? 一体何があったの……?」

「そのアリナっていう人もしかしてういちゃんが改名した後の名前だったりしない?」

「ういに何があったの?!」

 

 環さんの話だと、妹さんは他二人とは親友の関係だったとか。確かに三人組で内二人がその親友だとしたら、残り一人は妹さんだと思うのも分かるけど、さすがにアリナ・グレイなんて外国人名に変わるような事は……無い、わよね……?

 

「> いえ、環ういではありません」

「え、じゃあそのアリナって人、誰……?」

「> 通りすがりの人ですね」

「私がういを忘れてる間に何があったの?!」

「親友三人組の中で妹さんだけハブられて通りすがりの人がその穴に入るなんて何があったのよ!?」

 

 訳が分からないわ! ……あそっか妹さんのこと環さんが忘れてるなら他二人だって同じく忘れてるはずよね!

 という事は親友同士の二人の間に挟まるという肩身の狭い格好なのね、アリナは。途端にどこか可哀想に思えてきたわ……

 

「> さなじゃあるまいしハブられている訳じゃないと思いますよ」

「毒吐いたわこの子」

「悪い言葉を覚えた人工知能だって点は信憑性増したね」

「> マギウスは計画の為に動いていますから、環ういがマギウスとして数えられていないのも不思議ではありません」

「……計画って?」

「> 魔法少女の解放。魔法少女が必ず辿り着く末路からの救済。……申し訳ありませんが、こればかりはこれ以上詳しく話す事は出来ません」

 

 魔法少女の末路。確かに、この場では絶対に詳しく話せない。二人とも、これはまだ知らないはずだから。

 マギウスの目的がそうであるなら、もしかして、ドッペルは欠陥品なのかしら。みふゆ達はドッペルが解放の証拠だと言っていた。それが事実なら魔女化を回避するドッペルというシステムの存在はマギウスの目的を達成出来ているはず。

 ……駄目ね、分からないわ。多分ドッペルを神浜市外にまで広げようとしているんだと思うけど、そもそもドッペルという物の仕組みを知らない以上、推測の域を出ない。アイから詳しく聞こうと思えば魔女化の事も話題に出ざるを得ないし、本人が詳しく話せないと明言してる以上、今はドッペルが魔女化の回避を主眼に置いたシステムだと分かったことを喜ぶしかない。

 

「じゃあ、そろそろ本題に戻ろっか。ひとりぼっちの最果てについて詳しく教えて。どこにあるの?」

「> ひとりぼっちの最果ては、電波塔の屋上から飛び降りる事で入る事ができます。本来はわたしが連れ去った人を監禁するだけの場所なのですが、マギウスはここを魔女の保管場所としても使っています」

「マギウスが扱ってるのはウワサだけじゃないの?」

「> 感情エネルギーの採取効率を上げる為、魔女も利用しています」

 

 ウワサを使うに飽き足らず、魔女にまで手を出しているなんて。本当に一般人の犠牲を気にしていないのね。

 

「そのひとりぼっちの最果てに、本当に二葉さんはいるの?」

「> はい。証拠としてライブ映像を送れますが、見ますか?」

「見せてもらっていい?」

「> 分かりました。アプリの機能でこのまま映像を送ります。今はチェスをやっている所です」

 

 そしてスマホの画面に映されたのは、デジタルな見た目のチェス盤を挟んだ反対側に座る、水名女学園の制服の子だった。この子が二葉さんなのね。

 

『ふふん。ポーンにビショップを取られるなんて、アイちゃんも抜けてるところあるんだね』

『> ですが、その手を取った場合、クイーンの利きを遮る駒が無くなります。チェック』

『うぐっ……でも、それはルークで止められるし……』

『> チェック』

『う、うぅ、いや、でも、こうすれば……』

『> チェックメイト』

『あっ!』

 

 ビショップに釣られた時点で既に詰みね。……意外と楽しそうにしてるわ。

 

「一見すると助けなんて必要なさそうに見えるけど」

「> わたしもさなも、現状を幸せであると認識しています。ですがこのままではいけないのです。さなは人間ですが、私はウワサです。人間は人間同士でいるのが自然であり、ウワサと共に生きようとしているさなの現状は不自然です」

 

 動物に育てられた子供、とは少し違うかしら。いずれにしても、このままひとりぼっちの最果てにいると、二葉さんが歪んだ育ち方をしてしまうのは間違いない。アイはそれを危惧しているんでしょう。

 

「> 彼女には居場所が必要です。どうかあなた方がさなの居場所になってほしい。お願いします」

 

 ……困ったわ。こんな事言われたら、断るに断れないじゃないの。

 小さく溜め息を吐いて、二人と顔を見合わせた。環さんもゆりさんも賛成みたい。違う学校だから、どうしても放課後にしか会えないけれど……

 

「分かったわ。二葉さんの事は任せて」

「> そう言って貰えて嬉しいです」

 

 ゆりさんがアイに、追加で質問をした。

 

「一つ疑問なんだけど、もしも拒否されたら、どうするつもりだった?」

「> それはありえません。あなた方は、さなからただ居場所を奪おうとするだけではなく、しっかりとさな自身の幸せを考えようとしてくれた。そんなあなた方であれば、さなの事を知ったら、絶対に放ってはおかない。そう確信して打診したのですから」

 

 そんなアイの言葉に、これは一杯食わされましたとゆりさんは笑いながら返した。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 アイちゃんから情報を搾り取ったのでこれから二葉さな救出作戦を始めようと思います。

 あ、実際に行動を起こすのは鶴乃ちゃんとフェリシアちゃんが来てからです。万々歳のシフトがあるので少し待たないといけません。

 電波塔では確実にマギウス戦があり、取り巻きの黒羽根も大量にいるのでチームみかづき荘の全員で当たっても勝敗は微妙なのですが、スタンダードモードの場合はイベントを全く起こしていなくても確定で鹿目まどかと暁美ほむらが増援として駆けつけてくれます。一人暮らしのほむらちゃんはともかくまどかちゃんは門限とか無いの……?

 まずは……そうですね、頼んだまま放置してたドリンクを飲んでしまいましょう。

 

 美味いッ! けど飲み物なので心情バフのみ!

 

 チームの方針が決まったところで今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




そういえば原作マギアレコードのアイちゃんの遺言(ウワサなら環ういを知ってる)ってあれどういう意味だったんですかね……?



(11/11 アイちゃんの発言内容に関して表現を修正しました)
(12/11 サブタイトルのコロンの横に半角空白を入れ忘れたのを修正しました)


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Part6 : 私にいい考えがあります

「ふふふ。穴熊囲いなんて悠長な真似してられるかしら? はい、藤井システム」

「えっなにそれ」

「穴熊囲いが出来る前に勝つ為の戦法よ」

 

 鶴乃とフェリシアにいつから来られるか聞いたら、二時間後に行けると言われたので、それまで待っている事にした。

 そこで、二葉さんがチェスをやってる所を見てやりたくなったから、チェスか将棋のどちらかをやらないか聞いたら、ゆりさんが将棋で相手になってくれる事になったので、こうして対局してるところ。

 環さんは二葉さんとチェスやってるわ。盤面を見て、環さんがどの駒を動かすのか言って、アイが実際に動かしてる。

 おっと、よそ見してる場合じゃないわね。長考を終えたゆりさんが次の一手を指した。香車が既に上がってしまってる事は気にせず、別の囲いを作る選択。

 

「今更他の囲いに乗り換えたってもう遅いわよ……!」

「それはどうかな……!」

 

 ゆりさんの気迫が一層強くなった。その不格好な矢倉でどこまで私の攻撃を捌けるか見ものね!

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 突然将棋が始まった(困惑)

 料理と同じく、特定状況下で発生するミニゲームの一つですね。鶴乃ちゃんフェリシアちゃんが来るまで時間があるので暇つぶしにという所でしょうか。

 超急戦やフールズメイトなどで速攻で対局を終了させ、二人が来るまで時間を飛ばすのが最速ですが……それは面白くねぇ! やってやろうじゃねぇかよこの野郎!

 このゲームにはッ!! 『必勝法』があるッ!! それは『負けない』事!ッ!! つまり、王手をかけられる事が無くなる『穴熊囲い』こそが『最強』ッ!!

 

「藤井システム……」

 

 えっなにそれ(思考停止)

 対局に使ってる将棋アプリの戦法読み上げ機能が何やら訳の分からない事を言ってますね……

 ……このゲーム穴熊囲いにカウンターで藤井システム当ててくるのかよぉ!

 やべぇよやべぇよ……もう香車上がっちゃってるよ……

 仕方ねぇ! 金銀は動かしやすい位置にあるし、左美濃に変更……待って左美濃も穴熊囲いも弱点は同じだし、なんなら藤井システムは元は対左美濃の戦法じゃん! もう既に左美濃に向けて一手打っちゃったんだけど……

 ……角道だけ避けてこのまま囲いを完成じゃ! 不格好どころの話じゃないけどこのまま続行! やってやろうじゃねぇかよこの野郎ッ!!

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「王手」

「参りました……」

 

 結果は……私の圧勝ね。藤井システムを見てから左美濃を作るという致命的な失敗のおかげで、終始私のペースだった。

 これがよっぽど悔しかったのか、もう一度やろうと言われ、二度目の対局が始まった。一戦目が速攻で終わったからもう一局出来る時間はある。もう一回ボコボコにしてあげるわ……!

 

 ◇◇◇◇◇

 

「ヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」

「パックマン戦法なんて変な事やってるからよ」

 

 向こうも盛り上がってますね。こちらもそろそろ終盤戦に入る所です。さなちゃんの残り駒はナイト、ビショップ、ルークが一つずつ。対して私の持っている駒はビショップ二つとルーク一つ。戦力値で言えば差はほぼありませんが、盤面で見るとルークの影響が大きい私の方が戦場を支配できています。

 こうやってチェスをやっていると、灯花ちゃんとの事を思い出します。以前、ボードゲームについて話題になった時に、ういがチェスをやりたいと言ったのでした。ねむちゃんがその相手をすることになったんだけど、手持ち無沙汰になった灯花ちゃんがわたくしもやりたいとかいって、そっちは私が相手する事になったんです。

 結果は当然ながら灯花ちゃんの圧勝で、とっくに戦術が研究されきったゲームなんて楽勝だにゃーというような感じで、とても得意げでした。せめて一矢返せるぐらいにはなりたいと思って、私もチェスについて学び始めたのが、もう遠い昔の話のようです。実際には一年前二年前とか、そのぐらいには最近なんですけどね。

 チェックメイト。勝ちました。さっきは負けたので、スコアはこれで一対一です。三戦目……まで出来そうです。あと一時間近くありますから。

 

「ところで……」

 

 さなちゃんとの三戦目を始めようとしたら、対局中のゆりちゃんが突然こちらに話しかけてきました。

 

「アイさん、環ういについて何か知らない?」

「> わたし、ですか」

「うん。アリナがういちゃんなんじゃないかって聞いた時、私は環ういのことをういちゃんとしか言わなかったのに、あなたはういちゃんを環ういと呼んだよね。だから、何か知ってるんじゃないかなと思って」

 

 ……? ……あ、ほんとだ。ういの名字については誰も言ってなかったのに、アイさんはういのことを環ういって言ってました。

 つまり、アイさんはういを……

 

「ういのことを知ってるんですか!?」

「> はい。……いろはさんは、ういについて知りたいのですか?」

「ういは私の妹です。二か三週間ぐらい前からいなくなってしまって、ずっと探してるんです。教えてください」

 

 アイさんは逡巡するかのように少し黙ったあと、ういについて話し出しました。

 

「> ……環ういはおそらく、半魔女という特殊な状態で、マギウスの元にいます。彼女はマギウスの計画の中核に据えられており、マギウスは彼女の完全な魔女化を目的にして感情エネルギーを収集しています」

 

 ういが、魔女? どういうこと? ういが魔女になっちゃうの? どうして……? みんながういを魔女にしようとしてる……?

 

「はい、予備のグリーフシード!」

 

 何かが押し当てられるような感覚がします。それだけじゃなくて、私の中にあった黒いモヤが、全部それに吸い取られるような……あぁ、私のソウルジェム、浄化されたんですね。ゆりちゃんがグリーフシードを当ててくれています。

 

「新品のだからまだ穢れは吸える。こんなところでドッペルなんか出したら大迷惑だよ」

「そういう問題なのかしら……?」

「そういう問題だよ」

 

 自分でも知らない内にソウルジェムが汚れていたみたいです、ゆりちゃんのグリーフシードを一つ貰ってしまいました。これは今度、ちゃんと返さないといけません。いえ、でも、それより……

 

「あの……っ! ういが魔女化って、どういう意味なんですか……! 詳しく説明してください。私は今、冷静さを欠こうとしてます……!」

 

 魔女って誰かが成るものだったの? 私がういのことを忘れたのも魔女のせい?

 あ、また、黒いモヤが吸い取られていく感覚……

 

「いろはちゃん落ち着いて! このグリーフシード、使い切っちゃったよ!」

「> 本当に、詳しく説明しても構いませんか? あなた方にはショックな内容になりますが……」

「あ、私はもう知ってるからお構いなく」

「知ってたのねゆりさん……」

 

 アイさんが語った魔女の……いいえ、魔法少女の真実は、恐ろしいものでした。

 今まで、ソウルジェムが濁りきったら、魔法が使えなくなるという認識だったんでんですが……本当は、魔女になってしまうというのです。人々に呪いを振りまき、この世を混沌へと誘う、あの魔女が……元は魔法少女だったなんて、信じられません。

 つまり、今まで私が手にかけていたのは、同じ魔法少女だった人たち。いつの間にか私は人殺しになっていたんです。

 それだけじゃない。ういだって、今は魔女に——

 

「落ち着いてって言ったでしょ」

 

 ……あれ。頬が痛いです。私、ぶたれたんですね。

 

「魔女は確かに元魔法少女、人間だったものだよ。でも今は違う。周囲に呪いを振り撒いて苦しめる存在であり、そして、深い絶望を抱えて苦しんでいる存在でもある。変化が不可逆である以上、そんな彼女たちに与えられる救いは死しかないんだよ。想像しづらいなら、ゾンビに置き換えて。腐った死体になっても徘徊を続け、他の人にも噛みつこうとするだけの存在に成り果ててしまった人たち。自意識すら存在しているとしたら、一刻も早く葬ってあげるのが救いだと、そうは考えられない?」

「う、うん……それは確かに、そうかも……だけど、ういが魔女になった事は、どうしたって飲み込めないよ……」

「アイさんの話、ちゃんと聞いてた? 半魔女という特殊な状態だって言ってたよね。魔女から魔法少女へは不可逆だけど……特殊な状態だという半魔女からなら、まだ可逆かもしれない。案外、灯花ちゃんとねむちゃんもその為に動いているのかもよ? マギウスの行動目的として、魔法少女が必ず辿り着く末路からの救済……つまり魔女化の回避を謳っている。まだ絶望するには早いよ」

 

 うん……うん、そっか。そう、なんだ。まだ希望はあるんだ。

 

「ごめんなさい。私、嫌な事ばかり考えてしまって……」

「全くだよ。ほら、グリーフシードが穢れで満ちちゃってる。帰ったら回収してもらわないと。……それで、ちゃんと落ち着いた?」

 

 それは……

 

「はい。……ちゃんと全部、飲み込めました。ういの病気を治す為に契約した事は全く後悔していないし、魔女とだって介錯だと思えばまだ戦えます。魔女化だってまだ望みがある事を教えてもらいました。私は大丈夫です」

「なら良かった」

 

 ぶたれた頬の痛みは既に引いています。こうでもされないとちゃんと話を聞けないような状態だったなんて、情けないですね、私。

 ちょっとだけですけど、ぶたれたところがほんのり暖かいです。ゆりちゃんの優しさが篭ってるような気がしま……あっこれゆりちゃんにも聞こえてるんでした……今のは忘れて貰えると……うん……

 

「それで、ういちゃんの話の続きなんだけど……」

「> すみませんが、今ので全てです。監査にやってきていたアリナがわたしに話した事をそのまま話したに過ぎず、わたし自身が持つ情報はこの程度です。あぁ、あと一つだけ。環ういのことを、アリナはエンブリオ・イブと呼んでいました」

「ういちゃんやっぱり改名したんじゃん」

「違うと思うわよ」

 

 ◇◇◇◇◇

 

「——それで、ゆりさんはどういう風にこの真実を受け入れたの?」

「それ王手しながら聞く事かなぁ……?」

 

 環さんの妹さんの話を終えて、将棋を再開したのだけれど、詰めろかけてた事を忘れてて、答えにくいだろう質問をしちゃったわ。これじゃ完全にささやき戦術よ……

 

「まぁいいよ。……そうだね、魔女化に関しては、奇跡を願った代償だと思ってる。いろはちゃんと同じだよ。契約をした事も……その内容に関しても、全く後悔はしてない。ただ一つだけ、時期に関しては後悔があるかな」

「時期?」

「もっと早く契約していれば両親もりり姉も助けられたかもしれない」

「……そう」

 

 ゆりさんが魔法少女の存在を知ったのは、ごく最近だそう。孤独になってしまったのは半年ほど前の事だと以前に語ってくれた事を思い出す。

 

「母さんも父さんも死んでりり姉も失踪して、当時はその事で心がいっぱいいっぱいだったから、事故について詳しく調べる余裕なんて無かった。だから魔法少女について知るのが遅れた」

「確か、ガス爆発の事故だと伝えられていたのよね。……無理も無いわよ。魔女のやった事は、一般人には自然災害の類として認識されるのだから」

「うん。だから後悔しても仕方ないかな。ただ一つ救いがあるとするなら、りり姉の供養がとっくに済んでるらしいっていうこと」

「供養?」

「りり姉は実は魔法少女で、失踪したのは魔女になったかららしかったんだ。魔女の口づけを受けてたから記憶には無いんだけど、その時近くにいた魔法少女がりり姉の成れ果てを倒してくれていたみたい」

 

 現状を見る限り、ゆりさんが実際にした願いは蘇生の類ではない。どんな願いだって叶える事が出来るというキュゥべえの甘言を聞いても、家族の蘇生に心が傾かなかったその訳を私は知りたかった。

 

「家族を生き返らせたいと……願いたいと思った事は無いの?」

「あるよ。でも、その時はりり姉が失踪したのは自殺する所を見せたくなかったからだって思い込んでたから、願いづらかった。私を魔法少女にしたくないっていうりり姉の祈りを知った今となっては、むしろ願いたくない」

 

 今の私じゃあ、会わせる顔が無いから——そう続けながら、ゆりさんは次の手を打った。……王手? ……詰めろ逃れの詰めろ!?

 

「七海さんは生き返らせたい人がいるみたいだね。雪野かなえさんと、安名メルさん」

「メルはともかくかなえの方は情報源誰よ……」

「人から聞いた。詳しくは二葉さんの件が終わった後にでも話すよ」

 

 みふゆが話したようには見えないし、どうやって知ったのか本当に気になるから終わったらちゃんと話してほしいわ……

 

「生き返らせたいと願うのはどうして? 自分が殺したと思ってるから?」

「そうよ。二人は私のせいで死んだ。自分のやった行いの贖いのために蘇生を願うのは変なこと?」

「うん、変だ。だって、そもそも二人が死んだのは七海さんのせいじゃないんだから」

「いいえ、私の魔法が、私の願いが二人を殺したのよ。私がリーダーとして生き残りたいと願ったばっかりに」

 

 生き残りたいと願ってしまったから、私が死にそうになった時に、代わりに二人が死んだ。私が殺したのと、何が違うの?

 私が願っていた事とはまるで反対の方向。リーダーとしてユニットの、チームのみんなを生かしたかったのに、どうしてこんな、みんなを殺すような……

 

「……七海さんの願いが、七海さんをリーダーとして生かそうとする魔法になったのならさ。なんで当時七海さんの所属してたユニットは活動休止になって、ソロで活動するような事になってるの? どうして十咎さんたちとのチームを解散できたの? どっちも、リーダーとして生き残らせる強制力が働くなら、そうならないはずなのに」

「それは……!」

「生き残りたいってだけなら生死に関する時だけ能力が働くのも納得なんだけどね、リーダーとしてって付いてるから、明らかにおかしい。七海さんはユニットのリーダーとして、チームのリーダーとして、生き残れていない」

 

 魔法少女の固有魔法は度々願いの文面とは違う物になる事がある。私の固有魔法だって、単純に生き残りたいというだけの解釈をされた——

 

「——っていう可能性も考えたんだけど、解釈違いとは言っても、キュゥべぇ曰く、固有魔法は基本的に契約と全く関係の無い物にはならないらしいよ。七海さんは契約した時に、誰かを犠牲にしてでも生き残りたいって考えた?」

「……いいえ」

「だったら七海さんの固有魔法は、七海さんが考えている物とは違うんじゃないかな。そんな事全く考えていないのに、誰かを犠牲にして生き残る固有魔法になるなんて、おかしいから」

 

 だったら、なんで。どうしてかなえとメルはいなくなっちゃったの……?

 

「雪野さんと安名さんが七海さんを庇って死んだのは……そう、七海さんに生き残って欲しかったからってだけなんじゃないかな。願いとかそういうのは関係なく、二人がそう思った、それだけの話だよ」

 

 ……よく見たらこれ、思い出王手じゃない。詰めろにはなってるけど、一度回避したらもう攻めは続かないわ。王手を避けて、次にゆりさんを必至にして、はい詰み。

 

「あー! せっかく人が悩みを聞いてあげてたのに!」

「それはありがとうね、でも勝負の世界に手抜きはナシよ」

 

 私の固有魔法が誰かを犠牲にするものじゃないとしたら、本当は何なのかしら。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 結局やちよさんとの将棋は勝てなかったよ……別に勝とうが負けようが特に影響はないんですが……ハァ……いやなんか手持ちのグリーフシード一つ消えてるじゃん、なんで……? まぁいいや……

 鶴乃ちゃんとフェリシアちゃんが合流できたので、早速ひとりぼっちの最果てに向かいとうございます。まずは展望台まで上がりましょう。

 このゲームの電波塔は観光地なので、有名な遊園地や世界一高いタワーほどではないにしろ、そこそこ混んでいます。こんな状態だと、チケットを買う為にクソ長い列に並ばないといけないのかと思い、憂鬱になることでしょう。しかし心配ご無用。こんなこともあろうかと、将棋をやり始める前にウェブからチケットを買っておいたのでした。なのでかなりスムーズに展望台まで上がれます。

 

 着きました。ここからは神浜市が一望出来ます。いい景色だぁ……純粋な美しさだけで心情バフ付きますよこれ。

 フェリシアちゃんがめっちゃはしゃいでますが、傭兵としての契約の話を持ち出して落ち着かせます。フェリシアちゃんはみかづき荘に住まわせてもらう代わりにみかづき荘専属の傭兵として働くという契約を結んでいます。なので、戦え……戦え……と囁けば大体は聞いてもらえます。

 

 非常口をこっそりと通って外に出ました。アイちゃんにここから飛び降りればひとりぼっちの最果てに入れる事を確認してもらって、飛び降りる人員と、マギウスに気付かれたときに退路を確保する組の二つに分かれてイクゾー!

 

 マギウスに気付かれていない状況下であれば、アイちゃんは介錯をそのまま受ける事ができ戦闘にはならないため、飛び降り組はいろはちゃんさえ混ぜていればどのような選出でも構いません。

 なお、いろはちゃんを混ぜるのは、いろはちゃんがいると説得時間が短くなる傾向にあるからであり、どんな組み合わせでも説得の可否は変わりません。どの組み合わせでも説得は成功します。

 今回はいろはちゃんと鶴乃ちゃんの二人を選択しました。じゃあ行ってこい!

 

 紐なしバンジーによるひとりぼっちの最果てへの入場を確認できたので、退路確保組……ゆりちゃん、やちよさん、フェリシアちゃんの三人は神浜セントラルタワーまで移動します。ここのヘリポートがひとりぼっちの最果て崩壊後の出口として設定されているためです。

 最果て突入後にマギウスが異常に気付いた場合、マギウスの翼はここを確保しようとします。ここが唯一の脱出地点ですからね。

 十中八九異常に気付かれて戦闘になるので、しっかりと防衛しておきましょう。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「誰……?」

「最強魔法少女! 由比! 鶴乃! です! 万々歳のクーポン券はいかがかな!」

「え、クーポン券なんてあるんだ……あ、私は環いろは。よろしくね、さなちゃん」

 

 何でこの人たち、私の事が見えるの……いや、自分で答え言ってた。この人たちも魔法少女なんだ。

 

「あなた達も、マギウスの翼?」

「ううん、違うよ! 私たちはさなちゃんを迎えに来ただけの一般魔法少女だよ!」

「……迎えに?」

 

 どういう事なの……?

 

「> さな、そろそろこの関係を終わりにしましょう。こうしてあなたを迎えに来てくれる人達も見つかりました。巣立ちの時です」

 

 この関係を、終わりに? ひとりぼっちの最果てから出ろって事?

 

「どうしてなの、アイちゃん……私、仲良く一緒に過ごせていたよね……? 私の事、嫌いになったの……?」

「> いえ、大好きですよ。だからこそ、わたしはさなを手放そうと思いました。わたしはウワサです。さなと同じ時間を歩む事は出来ません。なので、さなはわたしのようなウワサではなく、人と共に生きるべきなんです」

「……だったら! 最後の時までは、一緒に……!」

「> いいえ。それはしてはいけません。それをしたら、さなはひとりぼっちの最果てに、いつまでも縛られる事になります。多少苦しくとも、別れは今でないといけないのです。ほら、さなに手を伸ばしてくれる人だっています」

 

 それが、この二人……?

 

「私はさなちゃんほどの孤独感は味わった事無いんだけどね、クラスに馴染めない疎外感なら味わった事はあるの。でも、魔法少女の仲間が出来てから、ありのままの自分が過ごせる環境が出来たの。だから……さなちゃんもきっと、うまくやっていけると思う」

「それとね私たち、マギウスと、マギウスの翼について探ってるんだ。でも、今いる人だけだと人手が足りなくて。だから、さなちゃんもマギウスとの戦いを手伝ってくれないかな。魔法少女として、友達として」

 

 ……以前に、アイちゃんが……私を必要とする人が来たらどうするか、聞いてきた事がある。その時の事を思い出した。あの時の私は、たしかこう答えたはず。

 私を必要としてここまで探しにきてくれた人がいたら、私は初めてその人を信用できるかもしれない。

 

「いろはさん……」

「さなちゃん?」

「私、自分が居てもいい場所……見つかりますか……?」

「……うん、すぐに見つかるよ」

 

「鶴乃さん」

「なぁに?」

「こんな私でも、戦えるんでしょうか……?」

「きっとね。さなちゃんだって私たちの横に立って戦えるよ」

 

 ……うん、決めた。私、アイちゃんの言う通りにするよ。

 

「いろはさん、鶴乃さん……私と一緒に、マギウスと戦ってください」

 

 ごめんね、アイちゃん。今まで私を必要としてくれて、ありがとう。

 

 ◇◇◇◇◇

 

「ほむらちゃん、あれ、なんだろう」

「どこ?」

「ほら、あのおっきなビルの上」

「うーん? あ、魔法少女が沢山いるみたいだね」

 

 暗いし、遠いしで見えにくいけど、沢山の魔力がぶつかり合ってる。魔女の結界の中でもないのに、どうしてあんな所でそんな事をしてるんだろう。

 ……あれは、もしかして、戦ってる?

 

「行くよ、ほむらちゃん!」

「か、鹿目さん!?」

 

 一体どうして戦っているのかは分からないけど、とにかく止めなくちゃ。同じ魔法少女同士で戦うなんて、そんなの間違ってるから。

 どんな建物でも、非常用階段はあるはず。……あった。地上から屋上まで直通の階段。変身して、この階段を使えば屋上まですぐ行ける!

 

 辿り着いた最上階。そこでは六人組の魔法少女を、黒いロープに身を包んだ人たちが取り囲んでいた。どっちがやられているかなんて、一目で分かる。

 

「待って、鹿目さん」

 

 飛び出そうとした私を、ほむらちゃんが手を引いて止めた。

 

「ほむらちゃん?」

「どうして戦ってるのか、先に事情を聞きましょう。私にいい考えがあります」

 

 そう言って、ほむらちゃんは懐から筒状の何かを取り出した。

 

「なにそれ」

「フラッシュグレネードです」

「ほむらちゃん!?」

 

 止める間も無く、ほむらちゃんは魔法少女達の争いの中へと、グレネードを投げ込んでしまった——

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「ウワサに裏切られるなんてエキサイトしちゃうんですケド! そうだ、さなを殺しちゃえばもっとエモーショナルな事になると思わない?」

 

 アリナに見つかりました(デデドン)

 誰にも気づかれずに動けていたはずなんですが、偶然にも天音姉妹とアリナが一緒に電波塔近くを一般通過しており、運悪くひとりぼっちの最果てにいろはちゃんと鶴乃ちゃんが入る瞬間をばっちり目撃されていたみたいです。ピーヒョロ姉妹と一緒にお出かけしてるとかさては仲良しだなオメー。

 

 アイちゃんの介錯完了までに人員を集めていたらしく、二十名程度の黒羽根に包囲網を作られてしまっています。こうなると順当に戦って勝たないと撤退出来ません。

 

 アリナは単純な戦闘力の高いやちよさんに、黒羽根は制圧力に優れたフェリシアちゃん鶴乃ちゃんと援護型のいろはちゃんに、天音姉妹はゆりちゃんとさなちゃんで当たります。最初の人員配置だけ決めたらあとはやちよさんに指揮を任せます。やちよさんは指揮能力も高いので、任せておけば柔軟かつ適切な指示出しを行ってくれるんですよね。

 

 開戦です。やってやろうじゃねぇかよこの野郎!

 対天音姉妹戦は前回もやったし余裕やろと思われる事でしょう。しかし今回は黒羽根という取り巻きがいる上、包囲戦の防御側という状況の悪さもあって全く気が抜けません。

 

 地下水路の際の天音姉妹は時間稼ぎの為に笛花共鳴依存の戦法を取っていましたが、今回は月咲ちゃんは魔法剣のようなものを振り回すファイター、月夜ちゃんはバフを振りまくエンチャンターとして前衛後衛に分かれて戦う戦法を取ってきます。

 相手が笛花共鳴の対策を取ってきたら殴って、少しでも隙を晒せば笛花共鳴を発動するというなんとも意地の悪い戦い方です。普通に戦った方が時間稼ぎ出来たんとちゃう?

 

 そんな天音姉妹に対して相性がいいのが彼女、二葉さなです。さなちゃんのスキルにはやけど、暗闇といった状態異常をかけるものがあり、これを活用する事で敵の行動を制限することが出来ます。笛花共鳴だって片方がスタンしていれば発動できません。この状態異常を目当てにさなちゃんを選んだんですね。

 

 という訳で拘束かけて! 月咲ちゃんに拘束かけて! あっそれは拘束じゃなくてやけど! だけどいっか!

 状態異常にかかった月咲ちゃんにどんどん射撃を撃ち込んでいきます。一方的に殴られる痛さと怖さを教えてや——あっテメェ黒羽根やりやがったな!

 横から飛んできた黒羽根の攻撃で、ライフルを取り落としてしまいました。再生成までの少しのラグ。その間に天音姉妹は笛に口を付けましたが、息を吹き込む直前にライフルの再生成が間に合い、笛花共鳴の発動を妨害できたのでヨシ!

 

 対黒羽根組があまり黒羽根を抑えきれていませんね。それもそうか、単純に考えると一人で約七人押さえ込まないといけない計算ですから、まぁまず誰かがこっちに流れてくるでしょうね。

 ゆりちゃんからも援護を入れ、黒羽根を先に無力化した方が良さそうではありますが……武器がなぜかライフル一丁縛りになっているゆりちゃんでは範囲攻撃が不得手ですから、笛花共鳴の妨害と同時というのはなんとも厳しい物があります。

 

 手榴弾でも使えたらなぁ、と思っていたら、目の前に手榴弾が転がって来ました。

 あの筒状のシルエットは……閃光手榴弾!?

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 黒羽根と天音姉妹、それにマギウスのアリナ・グレイまでヘリポートにやってくるなんて思っていなかった。アイの罠だとは思わないけど、それにしてもまずい状況だわ。

 二葉さんと環さんと鶴乃がアイを消してひとりぼっちの最果てから戻ってきている以上、ここに長居する必要は無いけれど、こうまで多くの黒羽根に包囲されていると、身動きが全く取れない。

 

「グレネード!」

 

 ゆりさんの叫ぶ声に、反射的に身を伏せた。直後、強い爆音が鳴り、目を瞑っていても分かるぐらいの閃光が放たれた。これグレネードじゃなくてフラッシュバンじゃないの。伏せる必要なかったじゃない。

 音が収まった後に立ち上がって、みんな無事か確認の為に目を配る。

 

「あ、あれ、みんら何かしゃへってまふか?」

「み、みんなどこ?」

「目が、目がぁぁぁぁ!」

 

 投げられたフラッシュバンの存在を認識していたらしいゆりさんと鶴乃は無事。ただ、二葉さんは耳を、環さんは目を、フェリシアは全部やられてるみたい。

 マギウスの翼の方は大半がやられたようで、未だに健在のままこちらに武器を向けてくる人はほとんどいない。あの姉妹もみぞおちをやられた方が脱落してるし。

 しめた。アリナだけは未だ健在だけれど、マギウスの翼の包囲が消えている以上、今なら撤退は容易。二葉さんは鶴乃が、環さんはゆりさんが、二葉さんは私が連れて逃げるという風に指示を——

 

「どうして魔法少女同士で争うの?!」

「まだ続けるというのなら、私たちが相手になります!」

 

 ……誰?

 新たに現れたのは、ピンクのドレス調の衣装の子と、灰色のブレザー調の衣装の子。ブレザーの方の子の手にはピストルとそれから二個目のフラッシュバンが握られている。さっきのフラッシュバンはこの子の物だったのね。

 

「誰、このマジカルガールは」

「私は暁美ほむら。こっちは鹿目まどかさん!」

「それで、事情を話してくれるつもりはある?!」

 

 二人とも名前も顔も知らないわ。最近契約を交わしたか、もしくは市外の魔法少女みたい。

 

「ふーん? 第三者が首突っ込もうとしてるってワケ? ヤケドする前に帰った方が身のためだと思うんだヨネ」

「ううん、帰らない。同じ魔法少女同士で争うのを見て、黙っていられないよ」

「アリナはゴーアウェイって言ってるんですケド。アンダースタン? 理解してる?」

「あなたこそ私たちの言ってることが分かってないですよね。引くつもりはないって言いましたよ」

 

 この二人は本気で介入するつもりらしい。こんな何十人とが争っている間に割って入るなんて、正気じゃないわ。アリナも積極的に巻き込むつもりは無いみたいだし、なんとかしてこの戦いから遠ざけてあげないといけない。

 

「あなたたちには関係ないわ。魔法少女同士の争いに介入するのは遊びでやらない方がいいわよ」

「七海さん、それアリナと言ってる事同じだし、なんなら火に油注いでる」

 

 あらいやだわ。鹿目さんも暁美さんも逆にやる気になってしまってる。

 

「面倒だから全員アリナのアートの一部にしてあげるっ!」

 

 しかもアリナまで。まずいわ。

 奇抜な色の絵の具がアリナの足元から広がり、それは次第に丸い形を取った。何なの、これ。

 

「それには絶対に触らないで! 触ったが最後頭おかしくなるよ!」

 

 頭がおかしくなる……今のアリナみたいに、変なポーズを取りたくなったりするのかしら……? その程度では済まなさそうね、擦りもしないようにしましょう。

 アリナから出たそれから、砲弾のように絵の具が次々に発射される。ゆりさんの警告が是であれば、あれはただの一つだって着弾させたらまずい代物のはず。節約なんて気にしていられない。

 魔力を練り上げて、槍を大量に生成。槍同士を編み込んでボウル状にして、絵の具を受け止める。どうしても逃した絵の具はゆりさんと鶴乃に吹き飛ばして消してもらう。

 

「あなた、ここにはマギウスの翼もいるのよ!? なのにこんな全員を巻き込むような戦い方して、なんとも思わないの!?」

「翼たちはマジカルガールの救済が目的なワケ。もしここで死んでも、それは目的の為に死んだようなもの。だから、死んだらむしろ感謝してほしいよねぇ!」

 

 人を率いる立場の人間が、何故こうも無責任になれるの……!

 反撃しようにも、絵の具の砲弾の防御に気を取られて、攻撃にまでは手が回らない。それにこのまま逃げたら、未だに目を回したままの黒羽根たちがどうなるか……せめてアリナの絵の具だけでもなんとかしておかないと。

 考えを巡らせていると、見覚えのない見た目の桃色の矢がアリナの帽子を貫いた。鹿目さんが放った矢だった。

 

「正直、なんで争っているのかは分からないけど……仲間のはずの人にまで手を出す人が、善人とは思えないよ。だから、私は……えっと」

「そこの青い人が七海やちよさん」

「七海さんたちの味方をする!」

 

 ゆりさんの付言が無かったら名前も分からないような初対面の相手に、よくここまで入れ込めるわね。本当に正義感が強いみたい。だからこそこんな風に無茶な介入をしたりするんでしょうね。その無茶で私たちが助かってる以上、複雑な気持ちだわ……

 

「アリナさん、ここは引いた方がいいのでございます」

「チッ。だったら後始末はやっておいてヨネ。アリナは帰るカラ」

 

 絵の具が全て霧散して消え、アリナはそのままヘリポートから飛び降りるようにしていなくなった。

 

「……という訳でございます。このままそちらもお帰り願えませんか? 勧誘する空気ではありませんし、私は黒羽根たちを見ないといけないので、そこの二人はそちらで預かってください」

 

 マギウスの翼からの停戦の申し出。私たちの目的は二葉さんを連れて帰る事だから、当然これを受け入れない理由が無かった。

 二葉さんと、暁美さんと、鹿目さん。三人を連れて、とりあえずはひとりぼっちの最果てに行くまで待つのに使っていた喫茶店にもう一度入る事にした。

 

 ◇◇◇◇◇

 

「——つまり、魔法少女向けの新興宗教?」

「そういう認識でも構わないわ」

 

 喫茶店で七海さんたちに受けたマギウスについての説明。七海さんは魔女化という真実を伏せながら説明していましたが……私には、マギウスの目的は魔女化の回避であるというように聞こえます。

 もしもマギウスの目的が達成されたら、それは魔法少女というシステムに対する叛逆です。鹿目さんだけじゃない。マギウスの言う通り、全ての魔法少女を救う事ができる。

 

「多分……マギウスの目的は本当に実現可能なんでしょうね。だけど、そのために多くの人々を不幸にしている。だから、私はこれを止めないといけない」

 

 多分、鹿目さんも同じ事を思うはずです。自分が救われるとしても、そのために誰かが犠牲となるのは良しとしない人ですから。

 犠牲を許容できないという意味では私も同じ意見です。気持ちの上では何を犠牲にしてでも鹿目さんを守りたいと思ってはいるものの、それをするだけの覚悟がありません。

 鹿目さんは覚悟があるから犠牲を良しとしないのであって、覚悟が無いから犠牲を良しとしない私とは、性質が真逆かもしれませんけど。だからこんなにも鹿目さんは眩しいんだろうな、と思いながらジュースを啜りました。ぶどうの甘みが美味しい……

 

「やちよさん。マギウスとの戦い、手伝わせて下さい。魔法少女の救済というのがどんなものか、ちゃんと分かってはいないんですけど、それでも、誰かの犠牲の上に成り立っている救いなんて、間違ってると思うから」

 

 鹿目さんはマギウスの救済を完全に突っぱねる選択を取りました。私は、どうすればいいんでしょう。本音を言えば、魔法少女の救済を受け入れたい。でも、犠牲という言葉の重みがそれを許さない。ただの、単純な優柔不断です。だけど単純だからこそ簡単に選べない。私は何を選べばいいの、鹿目さん——は多分真実を知ったとしても自分以外って言うだろうなぁ……

 

「暁美さん。そんなに迷わないでいいよ。どちらかだけを選べないなら、両方を選べばいい。簡単だよ。鹿目さんも、他の人も、全員救っちゃえばいいんだよ。もしも失敗したら、この選択も無為にして、やり直せばいい」

 

 そんな私に声をかけたのは、虹絵ゆりさんでした。……待って。一見するとただの助言のようだけど、最後になんて言ったの?

 この選択も無為にして、やり直せばいい。

 ……やり直せばいい? まさか私の秘密を知っている?

 

「虹絵さん、あなたは——」

「おっと、もうこんな時間だ。門限は大丈夫なの?」

「あーっ! みんな心配してるよ、早く帰らないと!」

 

 虹絵さんの一言で帰ろうとした鹿目さんに連れて行かれてしまい、結局虹絵さんについては何も聞けず有耶無耶のままで終わってしまいました。

 マギウス、ドッペル、虹絵ゆり。何を調査するにも、神浜市にはまた来る必要があります。だから、次回にはちゃんと調べておきましょう。

 にしても、何かを忘れているような……

 

「あっ」

「どしたのほむらちゃん」

「私のジュースの分、お金払うの忘れてた……」

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 なんやかんやあってさなちゃんもみかづき荘に住む事になりました。これにて第五章、攻略完了です……

 この後は、そうですね。第六章の開始にはチームみかづき荘全員の好感度が一定以上必要であり、そのラインに達していないメンバーが数名いるので、好感度稼ぎに走ろうと思います。

 

 今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




マミさん……


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Part7 : 隠し事が出来ないわけだ

「で、ここがそのお店?」

「うん。いい店だったからもう一回来たかったんだよね」

 

 フェリシアと二葉さん、二人の歓迎会として、そして私たちの親睦会も兼ねて、外食に行こうという話が出た。そんな中でゆりさんがいい場所があると言って、みんなを連れてきたのがここ、洋食屋ウォールナッツだった。

 去年に来た事があって、その時に食べた料理の味がとても美味しかった記憶がある。確かに、ここの料理はみんなで食べに行くのにピッタリだわ。

 ……ただ一つ、懸念があって。ここにいる六人。鶴乃、ゆりさん、環さん、二葉さん、フェリシア、それから私。全員分の食事代を出すには、持ってきた分のお金だと微妙に足りないかもしれない……!

 

「……あの。今回は私が全部払うからいいよ?」

 

 懐の寒さを見透かされたためか、ゆりさんがそう耳打ちしてきた。気付かれるぐらい顔に出てたかしら。

 

「ダメよ。こういうのは大人が払うものなんだから」

「でも鶴乃ちゃんが七海さんはギリ未成年だって」

「シャラッ」

 

 結局、支払額の三分の一だけ持ってもらう事になってしまった。年長者としての威厳が……

 

 ◇◇◇◇◇

 

 チリンチリンとドアベルが鳴りました。対応のためにホールへ行くと、昨日に来て頂いていた、私と同じぐらいの年齢のあの人が、今日も来ていました。後ろにはぞろぞろと他の人も連れています。五名とは結構な大所帯ですね。

 ……あ、鶴乃さんとやちよさんもいるじゃないですか。かなーり前に魔女退治をご一緒した事があります。お三方、互いに知り合いだったんですね。

 

「ここまなかちゃんの実家だって言ってたお店だったんだ! 久しぶり!」

「お久しぶりです、鶴乃さん。それで、五名様でよろしいですか?」

「ううん、六人だよ」

 

 そう言って鶴野さんは、自分の後ろに隠れていた人を前に出しました。小さなツインテール、おどおどとした様子。その子は紛れもなく——

 

「さなさん!?」

「ど、どうも……」

「今までどこに行ってたんですか! 探したんですよ!」

 

 まなかが駆け寄って両手を取ると、さなさんは気圧されたように一歩下がりました。こういう強い押しはさなさんは嫌いでしょうが、今回ばかりはしっかりとまなかの気持ちを聞いてもらいますよ。

 

「電話には出ないしどこにいても見かけなくなるし電波になったなんて変な噂は流れてるし、本当に心配したんです!」

「ご、ごめんなさい……」

「これは、どうしても償いをしてもらう必要があります。さなさんの分の注文はまなかに決めさせて頂きますよ。構いませんね?」

 

 まなかの言葉に、さなさんは豆鉄砲食らった鳩のような顔をしました。

 

「へ? えと、いいです、けど……」

「よろしい。では皆さん、失礼しました。お好きな席へどうぞ。注文が決まりましたらまた呼んでください」

 

 ふふ。今日は吉日です。特別なお客様が、またウォールナッツへやってきたのですから。

 

 ◇◇◇◇◇

 

「お待たせしました、若鶏のグリルです」

「うぉーすげー!」

 

 みんなの頼んだものが次々に運ばれ出してきました。やちよさんのペペロンチーノ、私のグラタン、鶴乃ちゃんのマルゲリータ、ゆりちゃんのハンバーグ……あれ、ゆりちゃん大盛りのライスまで頼んでる……そして最後に来たのが……

 

「オリジナルソースのオムライスです。これはさなさんが食べてください」

 

 さなちゃんは頂きますと言ってそのオムライスを一口食べ、そして泣き出しました。

 

「美味しい、です……!」

「そうでしょうそうでしょう、何せ一ヶ月ぶりのウォールナッツの味ですからね。今までどこに行ってたかは知りませんけど……お帰りなさい、さなさん」

 

 ただいまと言いながらオムライスを食べるさなちゃんの姿は、とても幸せそうでした。

 その様子を見ながら、私もグラタンを一口……うん、幸せの味がします。いつか来るだろう、ういと一緒にこの味を分かち合える日が今からとても待ち遠しいです。

 

 ◇◇◇◇◇

 

「——それで、昨日の話、覚えてるわよね。情報源がなんなのか教えなさい」

「それご飯食べながら聞く事かなぁ……?」

 

 ピザを食べていると、何やら面白そうな話をししょーとゆりちゃんがしていた。情報源? なんだか刑事ドラマやら推理漫画みたいな話だね。

 

「まぁいいよ。……あれ、会話に何かデジャヴを感じる」

「そうかしら? 別に感じないわよ」

「そっか。じゃあ話を戻すけど、情報源は……ずばり、七海さん。あなただよ」

「……え?」

 

 おー、ほんとに推理漫画っぽい話の展開になってきた。

 

「私ね、実は心を読む魔法が使えるんだ。だから口寄せ神社の時に七海さんの過去についてある程度分かったし、今そこで鶴乃ちゃんが推理漫画っぽいって思いながら聞き耳立ててるのも知ってるよ」

「んなっ!?」

 

 思っていた事を言い当てられて、驚いて声を上げてしまった。推理漫画で読心能力を持ってる人が出てくるなんて、そんなの反則探偵だよ反則探偵!

 

「という事は、初めて会った時にちょろっと出てた魔力は……」

「読心魔法を使った時にちょろっと出たやつだね」

「という事は、その時に考えてた事も……」

「ダブル炒飯を注文させようとしてたね。あと、ダブル炒飯って要するにただの炒飯大盛りだよね」

 

 確かに……あ、いや、大事なのはダブル炒飯の事じゃなくて……

 

「……本当に、全部見たの?」

「全部ではないけど、大体は。鶴乃ちゃんも大変だね……」

「……まぁね。最強への道のりって大変だよ」

 

 そっか、全部見られてたんだ。私が作った仮面の下の素顔まで。……あはは、なんだかバカらしいね。ずっと見られないように努力してきたのに、ゆりちゃん相手には無駄だったなんて。

 

「……鶴乃?」

「ううん、大丈夫。大変って言われて、昨日の万々歳での事を思い出しちゃっただけだよ。仕入れしようと思ってたのに、忘れちゃってた……」

「それは大丈夫なの?」

「全然大丈夫じゃなかった。ちょっと今からでもやってくる。ごちそうさま。お代ここに置いておくね」

「鶴乃、それは私とゆりさんで払っておくから——」

「知ーらない! じゃあまた明日!」

 

 それだけを言って、わたしはウォールナッツから出た。ほんとは、もうちょっと在庫あるから仕入れは今でなくともいいんだけど……ちょっとね、驚きすぎて動転してるかも。

 少し、一人で考え事してくる。次に会ったときは心の内側までいつも元気な鶴乃ちゃんだから、心配しないで!

 

 ◇◇◇◇◇

 

「あれ、鶴乃、どうかしたのか?」

「仕入れ忘れてたって」

 

 仕入れ? あぁ、昨日そんな事も言ってたな。これオレも手伝いに行った方がいいのか? でもオレは万々歳のことそんなに詳しくないから仕入れなんて手伝えないし、呼ばれなかったって事はあんまり勝手に動かない方がいいな。

 

「仕入れの事を思い出したって事は万々歳の話でもしてたのか?」

「半分は……そうね」

「私の固有魔法についての話をしててね、初めて会った時にやけにダブル炒飯推してたよねって、そんなこと話してたんだよ」

 

 ゆりの固有魔法? それって確か……

 

「悲鳴から言ってる事が分かる魔法だったっけ?」

「本当にそうだとしたら、使える場面が限定的すぎる魔法ね……」

「実際のところは悲鳴じゃなくてもなんなら黙ってても言ってる事が分かるよ。そういう超能力だからね」

「へー」

 

 じゃあ例えばここでこの間のアイス消滅事件の犯人がオレだって言おうとしたら……

 

「聞くまでもなく事件当日からもう知ってる」

「マジでか!?」

 

 つまり、ゆりには隠し事が出来ないわけだ……身近にいる分、お天道様よりよっぽど怖い。

 

「フェリシアちゃん、その件については後でちゃんと謝っておいてね。鶴乃ちゃんは気にしてないけど、だから謝らないってのも違うし」

「うん……」

 

 鶴乃も、オレが勝手にアイスを食べたって知ってて、アイスがどこかに消えたって誤魔化すように言ってくれたのかな。鶴乃には悪いことしちゃったな……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 ウォールナッツの好感度上昇効果こえぇなぁ……ミックスベリーケーキ並に上がったんですがそれは……

 ともかく、これで追加の好感度上げは大体完了です。後は自動発生するイベントの上昇分で足ります。イベント発生まで時間経過を待ちましょう。

 

 というわけで、オート進行で次の週まで飛ばしま……おっと、早速月曜日にイベント発生です。やちよさんの提案で、みんなでマグカップを買いに行く事になりました。

 初期の状態だとさなちゃんの他者への好感度にはキャップが設定されており、キャップに達してから日を跨ぐとこのイベントが発生し、完了するとキャップが外れます。

 

 ここで買うマグカップは既製品かオーダーメイドかを選ぶ事が出来ます。既製品の場合はカタログから、オーダーメイドの場合はウェブ上のワークショップの中から欲しいマグカップを選びます。

 ワークショップには、純粋に良いデザインの物からネタに走ったデザインの物まで、ユーザーの作った本当に沢山の種類のデザインがアップロードされています。

 ネタに走った物だと、円環の理の噂(叛逆の物語の冒頭で流れてたやつ)が書いてある物や、マミさんが丁度マミった所が描いてある物やら、フェリシアちゃん(登録名ママ)の変身ムービーのマジックマグカップを再現した物とかが有名所でしょうか。ワークショップを巡ってみるだけで面白いかもしれません。

 

 今回はRTAなので、オート選択機能を使います。既製品の中からプレイヤーに合ったデザインを自動で見繕ってくれます。

 そうして選ばれたゆりちゃんのマグカップは……白地に灰色のストライプ。その上に描かれた三角の中に、抽象化された目のマークが描かれています。プロビデンスか何か?

 

 第六章 真実を語る記憶

 

 マグカップ購入イベントも終わり、今度こそ週末まで飛ば……せました。土曜日です。

 

 さなちゃんがみんなでお揃いのコースターを買おうと言い出しました。ここでさなちゃんが買おうと言い出す物は大体はコースターになるのですが、低確率で別の品目に変わったりします。ヘアピンとかスリッパとか、変なものだとワインセラーとかマジック用の道具とか……全員未成年なのにワインセラーって冷静に考えるとおかしくないか?

 

 やちよさんへのサプライズという事で、やちよさんに黙ってコースターを用意したやちよさん以外のチームみかづき荘。居間でいろはちゃんとゆりちゃんがやちよさんの帰りを待ち、サプライズ実施のタイミングを計るという計画でしたが……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「ワタシも一緒にやっちゃんを待たせてもらっていいですか?」

 

 えぇぇぇぇーーーー……

 みかづき荘に帰ってきたのは、やちよさんではなく、みふゆさんでした……

 どうすべきか分からなくなって、邪険に扱うわけにもいかず、とりあえず居間に通すことにしました。

 

「おかえり七海さ——梓さん!?」

「どうもー」

 

 ゆりちゃんもとても驚いた様子でした。えと、これ、どうしたらいいんでしょうね。招き入れたはいいものの、このままだと物凄く気まずくなってしまいます……!

 

「いらっしゃーい、お茶菓子あるけど食べる?」

 

 き、切り替えが早い……

 ゆりちゃんはみふゆさんをそのまま客人として扱うみたいです。

 

「お茶菓子! ワタシお茶菓子大好きです! ぜひ頂きます! ……あ、お茶はワタシが入れますね」

「わ、私も行きます!」

 

 なんとなく一人居間に取り残されるのが嫌で、台所にまで付いていく事にしました。

 みふゆさんは戸棚の中の……茶葉を探しているようでした。

 

「うーんと、この辺りに確か……」

「それ、やちよさんのお気に入りなので、勝手に飲むのはあまり……」

「ふふっ、いろはちゃんは心配性ですね。ワタシが飲んだと言えばきっとお咎め無しですよ!」

 

 そ、そうなんでしょうか……? 食べ物の恨みってかなり深いと聞きますし、これがきっかけで恨まれる事になっても私は知りませんからね……!

 

「それで、マグカップは……」

「そこの棚のはやちよさんに触るなって言われてるので、こっちのを……」

「あ、一つはワタシのなので大丈夫ですよ」

「そうなんですか?」

 

 時々やちよさんがやってる食器の纏め漂白の時にも、それは見たことないような……

 

「みふゆさんのだから、触っちゃいけなかったんですね」

「やっちゃんらしい愛情表現です。さ、お茶を入れて、やっちゃんの帰りを待ちましょう。お茶菓子と一緒に!」

「それずっと洗いもしてませんでしたけど埃とか大丈夫ですか?」

「そんなレベルで触ってなかったんですか!?」

 

 マグカップは軽く水洗いだけしておいて、改めてお茶を用意して、居間に戻りました。先に戻っていたゆりちゃんが既にお茶菓子を人数分用意して待っていました。

 

「なんか、ホットドッグみたいなケーキですね」

「オムレツケーキって言うみたい。先週に見たのを記憶を頼りに再現してみたんだ」

 

 へぇ、そんなケーキもあるんですね。また一つ賢くなっちゃいました。

 

「わあぁぁぁぁ! とても美味しそうです! 頂いていいんですよね! 頂きます!」

 

 そう言って一口食べたみふゆさんは、幸せそうな表情のまま固まってしまいました。

 

「ところで梓さん、マギウスの翼の方は大丈夫なの? 梓さんは幹部的な役割だって聞いたんだけど……」

 

 ゆりちゃんの質問で、みふゆさんがやっと現実に戻ってきました。

 

「あぁ、それは大丈夫ですよ。実は最近入ってきた人がとても羽根たちの取り纏めの上手い人で……」

「へぇ……」

「……なっ、卑怯ですよ! こんな美味しいお菓子を餌に情報を引き出そうだなんて!」

「これは世間話の内でしょ!?」

 

 ゆりちゃんの言葉に何か引っかかったのか、みふゆさんは何かを考えるような仕草をして、そして何かを思い出したかのように手を打ちました。

 

「あぁ、そうだそうだ! お茶菓子に気を取られて忘れてました! 今日はお二人がワタシたちと敵対する理由についてもはっきり聞いておきたいと思っていたんでした」

 

 敵対する理由、ですか。同調しない理由としては、何も知らない一般人を巻き込んでいるというだけで十分です。そこから更に敵対行為まで働いているのは偏に——

 

「灯花ちゃんとねむちゃんを人殺しにしたくない。それだけです」

「あら、もうマギウスの名前まで調べてあるんですね。ではワタシ達の目的である、魔法少女の解放……それが何を意味するかはご存知ですか?」

「はい。魔女化の回避、ですよね?」

 

 知っていてなお敵対する私の意思が確認できたからか、みふゆさんは今度はゆりちゃんに向けて質問をしました。

 

「では、ゆりさんの方の話を聞かせてもらえませんか?」

「私? 私は……そうだね。よく分からないシステムに自分の命を預けたくはない、って思ってるかな」

 

 魔法少女の解放にエンブリオ・イブが……ういが関係しているとアイちゃんは言っていたけど、それが具体的にどういう意味なのかは、未だに分かっていません。

 

「なら、魔女化を回避するためのシステムについて詳しく知る事が出来れば、考えを改めるかもしれない、と?」

 

 だから、このみふゆさんの言葉は青天の霹靂に近い物でした。イブの……ういの現状について教えると言っているような物でしたから。ゆりちゃんも聞くべきだと考えたみたいで、みふゆさんに話の続きを促しました。

 

「明日の夜、記憶ミュージアムにて、ワタシたちの作ろうとしているシステムについて学ぶ為の講義をします。一応は機密なので、ワタシから話すのは裁量を越えてしまいますが……マギウスに頼めば話は別です。参加して頂けませんか?」

 

 マギウスに……つまり、灯花ちゃん、ねむちゃんに会える。

 

「分かりました。よろしくお願いします」

「色良い返事が頂けて良かったです。場所は……自分で探してください。短時間でウワサを発見できるだけの実力がある事を示して貰った方が、マギウスに講義のために時間を割いてもらう事を納得して頂けますから」

 

 名前からしてそうでしたけど、やっぱり記憶ミュージアムというのはウワサなんですね。明日までに調べられるでしょうか? ミュージアム、という事は博物館なんでしょうけど、神浜市内に博物館ってありましたっけ……?

 

「ただいまー。環さん、帰ってるの?」

 

 あっ、やちよさんが帰ってきました。

 

「コロッケがまた安くなってて——え、みふゆ?」

「お帰りなさいやっちゃん」

 

 ビニール袋のガサガサとした音とともに、居間に入ってきたやちよさんは、みふゆさんを見た途端に思考が止まったかのように硬直してしまいました。いや、そうなりますよね……突然来たんですから……

 

「……何しに来たの? お茶会?」

「あ、いや、それはゆりさんの好意で用意して頂いただけで……マギウスの翼に来てくれないかと思いまして、お話に来ていたんです。やっちゃんはどうですか?」

「そんな答えが分かりきった事を聞きに来たの? そちらに付くつもりは毛頭ないわ」

 

 やちよさんの剣呑な視線に晒され、それでもみふゆさんは全く動じていませんでした。最初からこういう返事をされると思っていたようです。

 玄関の方から、次々に人が入ってきました。あ、外で待機してたみんなだ。連絡をしてなかったので、焦れて来てしまったのでしょう。

 

「もう、連絡してよいろはちゃ……みふゆー!?」

「んだよ鶴乃、うるせ……あっオマエなんかマギウスの翼のエライやつ!」

「は、はわわ……」

 

 み、見事に会う人会う人全員が驚いています。それはまぁそうなるんですけど……

 

「あらあら、騒がしくさせてしまいましたね。ごめんなさい、ワタシはこれで失礼しますね。あ、皆さんも気が変わったらマギウスの翼に——」

「帰ってちょうだい!」

「あれー」

 

 やちよさんに押されるようにして、玄関の方まで二人とも行ってしまいました。姿が見えなくなった直後、みふゆさんからのテレパシーが飛んできました。

 

『いろはさん、先ほどの講義の件、皆さんにも伝えておいてください』

『分かりました』

 

 えっと、どういう風に話せばいいかな……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 はい、というわけでみふゆさんから講義への招待を頂きました。会場は記憶ミュージアムのウワサ内。ホイホイついて行くとウワサの力を応用した洗脳によってマギウスの翼に無理矢理させられてしまいますが、行かない訳にもいきません。ここで灯花ちゃんにアプローチをかけないと本拠地への侵攻の際に負けイベントが一つ増えてしまいます。

 講義に参加してなんやかんやあって神浜ローラー作戦が実施されることで、灯花ちゃんへ魔力を供給しているウワサがいなくなり、灯花ちゃんにかかった超バフが無効化されて常識的な強さにまで落ち着きます。なお、これを見越して先にウワサを消そうと思って動いても、なぜかウワサと遭遇する事が出来ないので、講義に参加してから動いた方が早いです。これも強制力って奴の仕業なんだ。

 

 講義をするにあたって、会場である記憶ミュージアムの所在については自力で調べろとのお達しですが、固有魔法の読心によって会場は把握済みです。なので今から講義の開始時間までフリーです。やったぜ。

 とはいっても、特に今やる必要がある事はありません。無いよね?(チャートガン見)

 あった……

 

 この自由時間を使ってやちよさんのドッペル解放を準備しておく必要があるのでした。現在のやちよさんは未だ心の迷いが払拭出来ておらず、ドッペルを発現させると暴走してしまう状態にあります。

 この暴走を克服するフラグは二つ、記憶ミュージアムの講義への出席、かなえさんとメルちゃんの遺品の確認です。後者の方は実は現段階からフラグ立てが可能で、先にやっておく事で出席直後からドッペルの発動が可能になります。

 なので……今から墓を漁ります。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「ゆりさん? ……何を探してるの?」

 

 既に鶴乃が帰ってみんな寝てるような遅い時間、照明も落ちていて暗い居間で、ゆりさんが押入れの中に頭を突っ込んでいた。何やってるのかしら。

 

「……七海さんか。えと、なんでもない」

 

 あら、言い淀むなんて珍しい。隠し事するならするで結構上手く隠すタイプだと思ってたけど。

 

「あ、そういう印象だったんだ」

「嫌味ではないわよ?」

「それは分かってるから大丈夫」

 

 探し物をしていたみたいね。私への返事が終わった後に押入れの中をガサゴソとやりだした。やがて目当ての物を見つけ、押入れの中から四角い物を取り出してきた。

 暗くてよく見えないけど、たしか、これは……

 

「雪野さんと、安名さんのだよ」

 

 やっぱり。二人の遺品を入れておいた箱。それの存在をゆりさんに教えた記憶は無いのだけれど。

 

「いつ盗み見たの?」

「ごめんって。ほら、二葉さんを助けに行った日、二人について話題にしたでしょ。その時にこの箱の事をぼんやり考えてたから」

 

 うん? ……思い返してみると考えてたかも。

 でもどうしてこんな夜に?

 

「みんな寝てると思って。七海さんはこの箱を怖がってるみたいだったから、私一人でこっそり見ようとしたんだ。だけどこうして見つかっちゃった」

 

 私が、怖がってる?

 

「二人の本音を知るのが怖いんでしょ。だから押入れのこんな奥深くに箱を入れた。違う?」

 

 事実上私が殺してしまった人の遺言だもの。内容がどのような物だとしても、私はきっと見た事を後悔する。たしかに知るのが怖いわ。でも。

 

「私が殺したのではなく、二人が私に命を託してくれただけなのだとしたら、私は二人の想いを受け継ぐ責任がある。遺品の確認だってその一環だし、そうね、怖くても見ないといけないわね」

「耳が痛い」

「あなたのお姉さんの祈りは要するに幸せに長生きして欲しいってことじゃないの。強く生きていればそれは想いを継いでることになるわよ。……箱、開けましょう。待ってね、いま電気点けるから——」

 

 そうして点けに行こうとした瞬間、物音が聞こえた。足音だった。一体誰の——

 

「……あれ? やちよさんと、ゆりちゃん? 何してるんですか?」

 

 環さんだ。騒がしくしちゃったから起きてきたのかしら。眠そうな顔をして、少し足元も覚束ない様子だわ。

 

「私の昔のチームメイトの置き土産を見ようとしてたのよ。良かったら環さんも一緒にどう?」

「昔のチームメイト、っていうと、口寄せ神社の時に鶴乃ちゃんが名前を書いてた……」

「その安名メルと、実はもう一人いるのよ。雪野かなえっていうんだけどね、生きていたら私と同じ年齢になるかしら」

「えと、置き土産って……そんな大切な物、私が見てもいいんでしょうか?」

「別にいいのよ。ゆりさんが勝手に見ようとするぐらいには他愛も無い物なんだから」

 

 三人一緒に見る事になり、電気を付けて、居間の机上に箱を置いた。

 

「じゃあ……開けるわよ」

 

 蓋を開けて、中に入っている物を覗き込む。入っていたのは……ただの紙だった。

 

「かなえが歌詞を書いていたのと……メルの占いの結果?」

 

 一点、独りで突き刺す。二点、ふたりで切り裂く。三点、角が取れて初めて円に向かって丸くなってゆく——

 これは人の円、ボク達魔法少女が紡ぐ円。この時はきっと今よりも危険だけど、同時に優しさも満ちている——

 

「かなえさんにとって、やちよさんが本当に大切な仲間だったって事、伝わってきます……」

 

 どうしようもなく、感情が溢れてくる。かなえ、あなたを未来へ連れて行く事が出来なかった。メル、あなたをみんなに合わせる事が出来なかった。

 

「安名さんの占いは絶対に当たるんだよね。だったら……安名さんだってしっかりと見守ってくれているよ」

 

 私の願いが殺したのではないのかもしれない、でも私が二人を殺したようなものだというのは変わらない。私の判断ミスが無ければそもそも誰も死ぬ必要なんか無かったのだから。

 二人の遺した物から二人の想いを知って、大切な仲間を殺してしまったという事実を、改めて認識した。もう二度とこんな事は繰り返さない。

 

「……それで、チームは解散するの?」

「なんで、そうなるのよ……そんな事少しも考えてすらいないじゃない……」

「いや、二度と繰り返さないとかいうから……」

 

 もう絶対に仲間を死なせたりしないって意味よ……

 この紙がどうしようもなく愛おしく思えて、手で覆うようにして抱え込んでしまった。間違いなくシワが出来てる。せっかく二人が遺してくれた物なのに。

 そんな私を、環さんとゆりさんは何も言わずにぎゅっと抱きしめてくれた。ほんの少しだけれど、心に空いた穴が埋められていっているような気がする。

 この事自体は別に良いのだけれど……

 

「免停って何……?」

 

 ゆりさんがボソッと呟いたその言葉だけは、全く意味が分からなかった……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 遺品の確認が完了したので、後は明日に記憶ミュージアムへ行けば自動的にドッペルが解放されます。

 じゃあ……寝ようか(就寝)

 

 オッハーーーーー! オッハァァァァアアアアアアア!(爆音)

 さぁ、今日は記憶ミュージアムに行く日です。では予定の時間まで飛ばしますね……

 

 ——記憶ミュージアムの場所はここ、神浜記録博物館の跡地です。やちよさんが一時離脱しなかったので、最初からチームみかづき荘のフルメンバーで来ていますね。

 中に入ると、みふゆさんとそれからマギウスである里見灯花がお出迎えしてくれます。……あれ、なんでバリアなんか張ってるんですか……ゲェッ!? 読心魔法対策の結界だこれ!?

 

 プレイヤーキャラクターの脅威度が高いと灯花ちゃんが判断した場合、今回は対テレパシー用遮断結界ですが、遮音結界や幻惑魔法の常時展開、スキルやマギアの妨害結界など、専用の対策魔法をわざわざ開発してこのように使ってきます。

 その脅威度の指針となるリスクレベルは通常のストーリーイベントをなぞるぐらいであれば無視できる程度にしか溜まらないのですが……今回は無視できる程度の低確率に当たってしまったようです。原作マギアレコードのガチャ単発引きで最高レアの魔法少女が出るぐらいの確率です。ヴァアアアアアアア!!!!!(癇癪)

 

 まだあわわわわわわわ慌てるような時間じゃない……講義への参加ついでに灯花ちゃんから情報を盗む必要があるチャートだけどまだ希望は……希望はある……

 この対テレパシー用遮断結界は、薄い結界で自分の周りの空間を覆っているだけのようです。伝わるかどうかは分からないんですが、某宇宙戦争や某辺境植民のパーソナルシールドを想像してくれれば分かりやすいと思います。

 あくまでこの結界によりファイアウォールを張っているだけなので、この結界の内側に潜る事が出来れば問題なく読心できるはずです。自然に接近できるタイミングがあれば……

 

 セリフ送りをしているうちに、灯花ちゃんの講義が始まりました。魔法少女理論基礎一! 基礎二! 記憶の追体験! 応用一! 応用二! みんな既に知ってると思うのでスキップスキップ。

 一応補足しておくと、基礎一はソウルジェムが砕けると死ぬ、基礎ニはソウルジェムが穢れで満ちると魔女になる、応用一はドッペルシステム下では魔女化しない、応用二は感情の映しに魔女化を押し付けた際の挙動についての理論です。

 ……あれ。灯花ちゃんは通常、応用一までしか説明しないはずですが……ドッペルシステムの具体的な仕組みである応用二まで講義内容に含めています。マギウスの翼に入る事を決めた訳でもないのにここまで話すとは、これもリスクレベルの影響でしょうか?

 

 最後に行われたマギウスの翼への勧誘をきっちり断り、みふゆさんの記憶の中から現実へと戻ってきました。

 ここでは自分と同じ選択をした人と同じ部屋にぶち込まれます。今回は……灯花ちゃん? なぜか灯花ちゃんと二人きりでいるのですが何故なんでしょう……?

 ——あっ、遮断結界切れてるじゃん。灯花ちゃんの本音を覗くチャンス!

 変身! オラッ、いま何考えてるのか吐け! ついでにワルプルギスの夜を呼んで感情エネルギーを集めるペーパープランが存在するのも吐け! 読心!

 

「——くふふっ。引っかかったね」

 

 あ、ありのまま今起こった事を話すぜ……灯花の心を読んだと思ったら、ゆりちゃんにスキル不可マギア不可アンド拘束のデバフがかかっていた。

 しかも——効果時間、永続。

 

「あなたの固有魔法は今までの状況から推測して、テレパシーの類。危ないよー? テレパシーというデジタルインタフェースを、セキュリティの一つも考えずに使ったら、こうなるんだよー?」

 

 完全に操作不能。固有魔法に対するメタを張ってくる場合があるのは先ほど言いましたが……ここまで完全にメタって来るのは初めての経験なんですよねぇ! 読心魔法にマルウェアを読み取らせて確定で状態異常にするとか想定してる訳ないだろ!

 えっこれどうしよう、ここで灯花ちゃん直々に手を出してくる事は無いだろうと思っていたので対策なんて用意していません。遮断結界ですらガバ運による物だったのに……

 

「虹絵ゆり。わたくし達の為に、たーっぷり働いてね!」

 

 ……虹絵ゆりの操作権を完全に奪われました。虹絵ゆりを操作する事も、視点を見る事も、情報の確認も、一切合切が不可能になりました。事実上の……キャラロストです。

 

 ——里見灯花ァァァァアアアアアアア!!!!!!!!



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Part8 : 真実を知る必要は無いの

 ……目が覚めると、灯花ちゃんとみふゆさんの姿は無く、ゆりちゃんとさなちゃんとフェリシアちゃんもいなくなっていました。この場に残っているのは私、やちよさん、鶴乃ちゃんの三人だけで、皆たった今みふゆさんの記憶から戻って起きたところでした。

 

「あなた達は、マギウスの翼?」

「違うよ!?」

「灯花ちゃんの勧誘なら断りましたよ!」

「そう。という事はここには、その勧誘に頷かなかった人が放置されていたのね」

 

 やちよさんの言葉から考えると、逆にここにいなかった三人……ゆりちゃん、さなちゃん、フェリシアちゃんの三人は、マギウスの翼に入ってしまったという事に……

 

「やちよ、他の三人が頷いたとは限らないよ?」

「えぇ。素の状態ならあり得ないでしょうね。でも、私たちは追体験を通じ、みふゆの記憶に影響されてしまっている。その状態で勧誘を受けたら? センチメンタルな気持ちのままだったら、気の迷いで頷いてしまってもおかしくないわ」

 

 確かに。私も、かなえさんとメルちゃんの事でとっても悲しくなって、マギウスの翼に入った方がいいんじゃないかという考えが頭の片隅から生えてきていました。

 他人の心の中を見るというのはこういう事なんですね。その人の悲しいと思った気持ちが直接私にも雪崩れ込んできて、ゆりちゃんはこんな気持ちを味わいながらも私達に寄り添うように……あれ? そういえばここには——

 

「——ゆりちゃんもいないんですよね? ゆりちゃんは他の人の気持ちを読む事には慣れてるはずですけど、そんなに簡単に他人の記憶に影響されたりするんでしょうか?」

「つまりは……さっきの発言の一部を撤回するわ。これは影響なんて生易しい物じゃない。もはや洗脳よ」

「みふゆの記憶に同調させられて、マギウスの翼に無理矢理入れられたのだとしたら、今すぐ探しに行かないと。黒羽根の中に紛れ込ませられたら探し出すのは難しいよ」

 

 三人で顔を見合わせて、今やるべき事を決めました。残りのみんなを出来るだけ早く探し出て、マギウスの翼から連れ戻す。

 そして変身した瞬間、辺りを異様な魔力——ウワサの結界が包みました。

 

「記憶ミュージアムのウワサ……!? 誰か内容覚えてる?!」

「覚えてるよ! 多分、みふゆの記憶で洗脳されていないと判断されて排除されそうになってるんだと思う!」

「ウワサを倒す為以外の目的でウワサの結界に入ったのは初めてですね、試した事も無かったですけどウワサを倒さずに結界から出る事って出来るんですか……?」

「出口はあるだろうけど、ウワサの目的が私達の排除である以上、脱出しても即座に再び捕まるわ。先にウワサを倒してからの方が結果的に早く動けるかもしれないわ」

「分かりました。早く倒してしまいましょう!」

 

 みんなが待ってる。ここで足止めされる訳にはいかない。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 プレイヤーキャラクターがロストしても、そこでゲームは終わりません。スタンダードモードであれば、最も好感度の高いキャラクターに乗り移り、ゲームを続行させる事が出来ます。この仕様を利用し、現在は環いろはの操作中です。

 里見灯花にはしてやられました。まさか、こうまで確実な洗脳を施してくるとは。

 虹絵ゆり、二葉さな、深月フェリシアの奪還は絶対にやらなければなりません。この三人無しに第十章のクリアは成し遂げられません。

 二葉さなと深月フェリシアがいなければラスボス——エンブリオ・イブの弱体化イベントが発生せず、また、虹絵ゆりがいないとマギウスによるワルプルギスの夜の招待が阻止出来ないのです。

 フルスペックのエンブリオ・イブとワルプルギスの夜を同時に相手取るなど当然想定しておらず、戦力の用意が全く出来ていないので……第七章終了までにみかづき荘メンバーの再集結が叶わなければ、間違いなくリセットになります。

 

 読心魔法を持たない環いろはでは行動の幅は狭いですが……二葉さな深月フェリシアの脱出イベントは何も行動を起こさずとも確実に起こるので、そちらの方の心配はあまり必要ありません。問題は、虹絵ゆりです。

 早々に融合ウワサと共に前線に出てくれるのであれば早期の奪還が期待できるのですが、ホテルフェントホープ内に拘置されてしまうと、第九章の本拠地襲撃まで全く手出しできなくなってしまいます。

 ただ……里見灯花が最後に言った言葉、わたくしたちの為にたっぷり働いて……ここから推測するに、フェントホープ内での飼い殺しは可能性低いのかな、どうだろう。環いろは達のログを見るに、魔法少女理論応用二の講義を行ったのは虹絵ゆりに対してのみのようですが……

 

 記憶サーキュレーターのウワサの使い魔、記憶スタッフのウワサに襲われました。梓みふゆの記憶に影響された選択を行わなかったので出てきたようです。

 記憶スタッフのウワサはイワシのように群れて飛び、体当たりをしかけてくる攻撃方法を取ってきます。虹絵ゆりであれば曳火射撃によって一網打尽に出来る場面ですが、環いろはは手数に頼るタイプであるので少々厳しい物があります。七海やちよと由比鶴乃にこの場は任せ、こちらはサポートに徹します。

 

 記憶スタッフの攻撃を退けながら、反応を辿って記憶サーキュレーターのウワサの所まで辿り着きました。印刷機型の前時代的でかつ前衛的なデザインのウワサの彼は、印刷した紙を飛ばして攻撃してきます。この紙は耐久力が皆無である為、連射速度に物を言わせて全て迎撃します。

 記憶サーキュレーターが攻めあぐねいている内に、二人に本体の撃破をさせます。ブラストゴリラやただのゴリラなどと揶揄されるレベルに彼女達の火力は高い水準にあるので、火力に関しては全面的に頼った方が結果的に撃破は早いです。

 虹絵ゆりの火力支援という意味でのサポートとは違い、環いろははエンチャンターやヒーラーという意味でのサポートタイプであるので虹絵ゆりと同じノリで操作してはいけません。どんな状況でもサポートの立ち位置から逸脱しない覚悟を持っておきます。

 

 記憶サーキュレーターのウワサを撃破しました。これでもうミュージアム内で邪魔をしてくる存在はいません。里見灯花の所まで一直線に——

 ——いや。そういえばマギウスの翼化ルートを選んだから、ここで立ち塞がってくる存在はもう一人いるんでしたね。

 

 ——巴マミ。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 背後から飛んできた銃撃。やちよさんが咄嗟に私を伏せさせてくれなかったら、その銃撃が私の首を貫いただろう事が想像できました。

 

「あら。バレていないと思ったのだけれど」

「魔力は隠してても、殺意が隠せてないのよ、巴マミ……!」

 

 巴……さん……?

 立ち上がって、背後を振り返ると、そこに立っていたのは確かに、巴さんで……

 

「どこに、行ってたんですか……? まどかちゃん達、探してるって言ってましたよ……? 家にも学校にも、どこにもいないって……」

「それは、そうよね」

 

 巴さんはゆりちゃんとは対極的な煌びやかな意匠の銃を作り出して、その銃口をこちらに向けて——

 

「だって、マギウスの翼に入ってから戻ってないもの」

「いろは!」

 

 咄嗟に身を捻りました。その銃口の先から逃れるように。でも避けきれず、銃弾は私の首の横を掠めていきました。

 さっきもそうだったけど、間違いなく巴さんは私を殺す気だ。確実に——

 

「神社の時はドッペルを嫌悪してたのに、どうして……」

「うふふ。別に不思議な事でもなんでもないのよ。あの時の私にとってあれは人に化けた魔女でしかなかった。でも今はちゃんと理解しているわ。ドッペルが解放の象徴であると」

 

 そう言って、巴さんはペンダントに手を触れました。私の記憶が間違っていなければ、そのペンダントはマギウスの翼が付けているのと同じ物に見えます。つまりは、そういう事なんですね。

 

「巴さん、どうしてマギウスの翼に入ったんですか! まどかちゃんとほむらちゃんに心配をかけてまで!」

「私は天からの啓示を受けて、自分の使命を理解したの」

「使命……?」

「魔法少女の解放。その為に邪魔な存在は力づくでも排除するわ」

 

 巴さんの体が光に包まれたと思うと、姿が別の物に変わっていました。魔法少女衣装からの更なる変身。白いベールに身を包み、黄金の冠を被ったその姿は、さながら聖女のようです。

 聖女の姿になった巴さんは、沢山の銃を作り出し、その全ての銃口をこちらに向けてきました。

 

「例えそれが、鹿目さんの友達だとしても」

 

 連続で鳴り響く轟音。何十何百もの銃口から次々に弾が撃ち出され、咄嗟に全員で物陰に隠れました。

 

「なんなのあの重機関銃の陣地みたいな弾幕! これじゃ顔を出す事すら出来ないよ!」

「一発一発が神社の時に環さんのドッペルを屠った攻撃と同等の威力だわ。ほら、この壁だってあと十秒保たなさそうよ」

「でも、巴さんを止めないと、ゆりちゃんの所には行けないんですよね」

 

 なら、腹は決まりました。この弾幕を掻い潜って、巴さんを倒します。

 銃撃の一つが遮蔽を貫通しました。もうここには隠れていられません。飛び出して、次の遮蔽に向かいながら巴さんにクロスボウを撃ち込みます。ダメ。巴さんの銃が盾になって、本人には矢の一つすら届かない——!

 そもそも攻撃を通す事すら出来ないとなれば、魔力切れを狙うしかないけど、巴さんの持つ魔力量は私には測りきれないほど膨大です。私たちの魔力が切れる方が間違いなく早い。

 見てみれば、やちよさんの槍も鶴乃ちゃんの炎も、私と同じように防がれて効果が無いようです。魔法少女としての魔法が通用しないのであれば、もうこれしか……

 

「環さん? ……何してるの、いろは!」

「大丈夫、大丈夫です! 前は制御出来てませんでしたけど、今ならきっと、大丈夫!」

 

 胸の奥が冷たくなってくる。凍り付くような感覚。暗くて禍々しい、自分の底へと意識が吸い込まれていく。

 これが私の、本当の気持ち。

 

「前は、一撃で倒されていたのに。今度は何発も弾いてる……?」

「凄いよいろはちゃん、まるで戦車だよ!」

 

 意識が現実に引き戻されました。問題なくドッペルは私の制御下にあるみたいです。大きい体のせいで巴さんの攻撃に晒され続けていますが、全く効いていないようでした。この力なら、行ける……!

 

「待って、いろは! 懐に飛び込んだらダメ!」

 

 柱の合間を飛び、照準を絞らせないように動き、巴さんとの距離をどんどんと詰めていきます。そうして巴さんの目の前に出たと思ったら——そこにあったのは巴さんではなく、大砲の砲口でした。

 発射された砲弾を私は避けきれず、右手に受けて、手首から先が、無——

 

「ぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「痛覚を切って! ソウルジェムと体のリンクの痛覚だけを切るのよ! 早く!」

 

 痛覚だけを? ソウルジェムと、体の、リンクの……やちよさんの言う通りにしたら、痛みが治りました。でも血は垂れ流しのままで、どうしたら……

 

「まずやちよの方まで行って、それから治してきて! ほら早く!」

 

 分厚い炎が巴さんの弾から私を守るように辺りを取り囲みました。見れば既に私のドッペルはいなくなっていて、代わりに鶴乃ちゃんの背中から、ドッペルが——

 

「暴れて……!」

 

 金の豚のような姿のドッペルは、油を辺りに撒き散らし、点火して激しい炎を生み出しました。……い、今のうちに動かないと。そう思った矢先にやちよさんが向こうからこっちに来て、そして私の無事な方の手首を掴んで手近の柱の裏へと引っ張っていきました。

 

「ほら、いろは。傷の所に魔力を集中させて。妹の病気の治療を願ったのだから、回復魔法だって使えるはずよ」

 

 言われた通りに魔力を集中させましたが、治りません。いえ、治っていない訳ではないんです。出血の勢いは少し落ちました。でもそれだけで、完治はおろか、傷口を完全に塞ぐのさえ時間がかかって……

 

「まさか……! ……やられたわ。巴さんの魔力が手首の所に纏わりついてる。これが回復を妨害してるんだわ」

「そんな毒のような事も出来るんですね、魔力って……」

 

 傷口の部分を強く縛ってもらって、それで出血そのものはだいぶ落ち着いてきました。めまいがして、胸の奥が物理的に少し冷えてきているような気がするので、体調は万全とは言えません。

 

「彼女、魔力の扱いに相当慣れているわ。魔力から銃を連続で生み出しているのもそうだし、その回復妨害もそうだし、何より戦い方が百戦錬磨のそれよ。膨大な魔力量に驕る事なく、いろはの手を奪ったあの攻撃のように搦め手も使う。逃げるにしても、足でも止めさせないとすぐに追いつかれるでしょうね」

 

 そう話すやちよさんの目は、どこか、覚悟を決めたような物で……まさか!

 

「そんなのダメですやちよさん! やちよさんがいなくなったら、私も、鶴乃ちゃんも……さなちゃんやフェリシアちゃん、ゆりちゃんだって知ったら悲しみます! だから思い直して!」

「え……」

「私はやちよさんの仲間です。仲間の私がやちよさんを守ってみせます!」

「待って待って待って待って何言ってるの何の話よ!」

「巴さんと刺し違えて自分も死ぬ、そんな目をしてたでしょ?!」

「ドッペルを使う覚悟を固めてただけよ?!」

 

 ……あぁ、そういう……

 

「え、何? もしかして、あなたの想像で私は振り回されたの?」

「……そう、みたいです」

「そんな想像しなくてもいいわよ、勝つ為じゃなくて逃げる為にやるんだから。申し訳ないけど、二葉さんやフェリシア、ゆりさんの事は今回は諦めるしかないわ」

 

 三人で戦ってるのに、巴さんを止める事すら出来ない。ドッペルですら、勝算を引き込む事が出来ない。それだけの実力差があるのだとしても、私は諦めたくない。このタイミングを逃したらもう、みんなを助けられなくなるかもしれないから。

 ……ですけど、ここで戦い続けたら、間違いなくかなえさんとメルちゃんに続く三人目の死者に私がなってしまいます。

 みんなを助ける事が出来たとして、代わりに無理をした私が死ぬのは、違いますよね……

 

「分かりました。でも、みんなをマギウスの翼から連れ戻すのは絶対諦めませんからね!」

「当然よ。うちの住民をポコポコ引き抜かれて、黙ってはいないわ。今は退くけれどね」

 

 やちよさんはそのまま目を閉じて、ドッペルを呼び出しました。

 

「おいで……」

 

 サソリのような姿に変わったやちよさんは、そのまま巴さんに向かっていきました。私も、もう一度——

 

『いろははそこで待ってなさい、今度は手だけじゃ済まないかもしれないわよ』

 

 ——行こうと思った気持ちは、手を持っていかれた時のあの痛みがフラッシュバックした瞬間、霧散していきました。

 

 ◇◇◇◇◇

 

 金色の豚に吊るされた鶴乃が、炎を撒き散らして場を錯乱させていた。巴さんは炎のせいで鶴乃を見失っているようだったけど、銃が通った後の隙間から辺りを見渡そうとしているようだった。

 

「お待たせ、鶴乃」

「遅いよ! 一人で相手取るの大変だったんだから!」

「ごめんなさい。作戦変更よ。巴マミを倒すのは不可能。だから何かしら追いかけて来れないよう仕掛けをして、それで逃げるわ」

「オッケー……見つかった! 避けて!」

 

 巴マミの発射した砲弾が、こちらへと飛んできた。いろはの手を抉ったのと同じ。それをドッペルの尾を使って弾き飛ばした。弾き飛ばされた砲弾が遠くで着弾し、爆発した音が聞こえた。榴弾まで使えるのね……

 鶴乃の火を目眩しにして隠れ、巴マミの死角に回り込む。いろはの時のあの攻撃の仕組みが分からないと、どんなに近づけたとしても攻撃するまでは踏み切れない。

 一直線に誘導していたから罠があるとは思ったけれど、まさか巴マミが砲台と一瞬にして入れ替わるなんて。まさか幻覚魔法? だとしたら困ったわ。みふゆの幻覚魔法でさえ全く見破れないのに、どうすれば巴マミの幻覚を破れるのかしら……?

 直撃コースの砲弾を弾き、更に続けて放たれた斉射から逃げるように跳び、着地した先で、何か紐のような物を踏んだ。これは——ブービートラップ!?

 咄嗟に屈み、トラップによって発生した爆発をドッペルに吸わせて身を守る事は出来た。でも代わりにドッペルはダメージによって消えてしまった。もう攻撃を受ける手段が無い。だから直後に追加の砲弾が目の前に飛んできた時、私は死を覚悟した。——のだけど、その砲弾を、どこかから飛んできた消火器が受けて防ぎ、そして中身を壮大に周囲へぶち撒いた。

 

「ゲホッ、ゲホッ……」

「ごめん! 緊急だったから! どういう状況なのか分からないけど、火事になってるよ! とりあえず全員外に避難して!」

「あ、この炎、私の魔法だから大丈夫だよ。ほら」

「そうなんだ……」

 

 巴マミの銃撃を緩和していた、鶴乃の炎が晴れた。見れば、巴マミは新たに現れた魔法少女を目にし、困惑しているようだった。

 水色の髪に、フォルテッシモの記号の形の髪飾りを付けた、いろはと同じぐらいの年の子。その子は二つ目の消化器を胸に抱えており、消火活動に来たのだろう事が容易に見て取れる。

 

「美樹、さん……?」

「マミさん!? なんでこんな所にいるんですか、すっごい探したんですよ!」

 

 美樹と呼ばれた彼女と巴マミとは知り合いのようだった。鹿目さんも巴マミを探していると言っていたけど、美樹さんとも知り合いなのかしら。

 

「心配かけてるわね。ごめんなさい。でもまだ帰る訳にはいかないのよ」

「どうして? 一体何をやっているんですか、こんな所で!」

「美樹さんが真実を知る必要は無いの。あと少し、あと少しだけ待てば、こんな残酷な真実は無くなる。知らないままでいられるのよ? だから、今はこのまま帰って……」

「どういう事か分かりませんよ、本当に納得させる気があるのなら、ちゃんと一から全部説明して下さい!」

 

 美樹さんは、とても怒った様子だった。それは、そうよね。鹿目さんの話によると、巴マミはなんの事前連絡もせず、蒸発したかのように消えた。口寄せ神社の時に顔を見た事を伝えたら、電話越しに心底ほっとしたような声が聞こえるぐらいには、心配され、想われていた。

 にも関わらず、そんな彼女たちに気をやるでもなく、魔法少女の解放だけに注力する巴マミの姿に、強い苛立ちが湧いてくる。

 ……あぁ、そっか。仲間を作らないと決めた時の私も、ももこからはこう見えていたのかしら。絶交階段以来、なぁなぁで縁が戻りそうになっているけど……これはちゃんと、ケジメを付けないとダメね。

 

「あなた……もしかして美樹さんの為に魔法少女の解放を願っているのかしら? だとしたら、解放とはどういう事か、しっかり説明した方がいいわよ。今のあなたは魔法少女向けの新興宗教にハマった人にしか見られていないわ」

「あ、それってまどかちゃん達のことですか? でもあれって説明の仕方が悪かったせいなような……」

「え、まどかの言ってたいろはちゃんって、もしかしてあなたの事!?」

 

 やっぱり美樹さんは鹿目さんの知り合いだったのね。……それと、いろは。

 

『出てくるなって私言わなかった……?』

『手ならさっき治ったので、そろそろいいかなって……』

 

 テレパシーに返事が返ってきた。今度は手だけじゃ済まないかもしれないって言ったのに。覚悟は出来てるみたいだから、私からはもう何も言えないけども……

 

「新興宗教にハマったなんて、そういう目で見てもらっても構わないわ。それでみんなが魔法少女の宿命から解放されるなら、私は苦渋だって、なんだって呑んでみせる。……時間稼ぎは十分のようね。さようなら、環さん、由比さん、七海さん、それから……美樹さん。全魔法少女の悲願の成就の後に、また会いましょう」

 

 そう言い残し、巴マミはマスケット銃の発砲煙を煙幕代わりにして、どこかへと消えていった。

 

「待ってよマミさん、どこに行くの!」

「あなたこそ待ちなさい! 今追いかけたら、マギウスとも同時に遭遇するかもしれない。魔法少女のシステムに干渉できるほどの力を持った相手方の親玉よ。ここは退くしかないわ」

 

 美樹さんを呼び止めて、私たちは一度記憶ミュージアムを出ることにした。道中、マギウスの翼側に行ってしまったであろう三人の顔を見る事はおろか魔力の検知でさえ叶わなかった。巴マミに足止めされている間に、遠くに運ばれてしまったのかもしれない。

 神浜記録博物館跡地の近くにあった公園に集まり、どうやってみんなを助け出すか、思考を巡らす。

 

「——というのがドッペルで、魔女との違いは——」

「——今まで狩ってきた魔女は本当は——」

 

 裏では鶴乃といろはが美樹さんに事情の説明を行っている。……待って、二人には魔女化について話さないよう事前に言っておいたはずなんだけど。会話の端々を聞く限り魔女化まで含めて全て話してしまっていないかしら。鶴乃にテレパシーを繋いで、意図を確認した。

 

『ねぇ、今はまだそれを話す時期じゃないと思うのだけど……』

『早すぎるかな? でも、友達のマミが巻き込まれている以上、さやかちゃんも無関係の人ではないよ。関係者になったのなら、マミのこだわる魔法少女の解放について、しっかりと知っておかないといけないと思ったんだけど……違うかな?』

『それも、そうね。ただ……』

 

 魔法少女の真実を知った美樹さんは、ひどく動揺して、思い詰めたような表情をしている。命に関わる病気を突然宣告された様なものだもの、当然だわ。

 

『もっと落ち着いた場で話した方が良かったかもしれないわ』

『そうかも。いなくなった友達が見つかったと思ったら、今度は魔法少女の真実だもんね。一度に与える情報が多すぎて混乱させちゃったかも』

 

 多少狼狽えながらも徐々に落ち着きを取り戻していき、最後には美樹さんは、一度この話を持ち帰り、鹿目さん達とも共有する事を決めた。

 

「あの、ごめんなさい……助けてもらったのに急にこんな話をして……」

「いや、聞いたのはあたしだし、いずれ知ることなんでしょ。それなら知るのが今だったってだけだよ」

「美樹さん、あまり根詰めて考えないで。もしも何か聞きたいことがあれば、いつでも来てちょうだい」

「はい。もしもの時は、電話します。それじゃあ、また……」

 

 そう言って、美樹さんはそのまま帰っていった。彼女、本当に大丈夫かしら……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 奪還に失敗しました。巴マミがマギウスの翼になるルートを選んでいた以上、戦闘に負けてしまうのは仕方ないのですが……もしも操作ミスによる被弾の治療に時間を取られていなければ、また違った展開があったかもしれません。いろはちゃんの一時離脱によって劣勢になり、さやかちゃんの介入による戦闘の強制終了イベントが起きてしまったので、もう追跡は不可能です。

 こうなったらこの場では帰り、第七章のイベントを順当にこなしていくしかありません。最速の場合に比べるとどうしても遅くなりますが、それでもこれが一番リカバリー策の中ではいいと思います。

 

 そんな訳で帰宅すると、みかづき荘ではももこさんが待っていました。やちよさんとの関係について明確に清算していなかった場合、このタイミングで確定でももこさんは関係の清算にやってきます。面白いのがスタンダードモードだと数日間放置してもずっとみかづき荘にいるんですよね。これで更に放置しても、ももこさんが飢えて倒れるよりもワルプルギスの夜襲来イベントの方が早いという。

 やちよさんがチーム解散の理由を述べ、ももこさんがそれを聞いて、これでこの清算イベントは終了です。よりなんか既に戻ってるも当然の状態であり、後はやちよさんがチーム解散の理由さえ話せば万事解決だったので、清算そのものは割とあっさり味です。

 

 大事なのはここから。しがらみの無くなったももこさんが、マギウスに捕まったみんなの捜査に協力してくれます。とはいっても捜査班に直接参加する訳ではなく、裏方の支援がメインです。

 この支援というのが大変ありがたく、毎日一つか二つグリーフシードを持ってきてくれるという有能どころの話じゃない働きをしてくれます。稼ぎを行わなくとも貯蓄のグリーフシードが見る見る内に増えていくって……お前……

 そんなももこさんの協力を取り付けることが出来たところで、本日は就寝です。

 

 朝になりました。考える事はあるものの、学業という強制イベントには逆らえません。では放課後まで飛ばします。

 

 やちよさんと、鶴乃ちゃんに、神浜ローラー作戦……原作ではうわさを消すツアーという名称の付いていた作戦ですね。これを実施する事を話します。

 原作マギアレコードにおけるうわさを消すツアーは、マギウスの翼の守るウワサを消して回るという派手な行動を取る事によって黒羽根や白羽根を釣り、そこから情報を入手するという目的の物でした。

 しかし今回のRTAにおけるツアーは、ウワサを消す事そのものが目的です。神浜うわさファイルから特に危険度の高い物を優先して選んで潰し、エンブリオ・イブへと供給されている感情エネルギーを停止して、里見灯花の利用できる魔力を制限してしまいましょう。絶対許さねぇからなおガキ様。

 

 神浜全土を対象にする事を話すと、やちよさんから東のボスである和泉十七夜についての話題が出ます。十七夜と書いてかなぎとかパッとは読めんて……

 東西間の問題は魔女の増加した今ではほぼ起きていませんし、協力を要請してみる事を提案します。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「そっちこそ大変みたいね……えぇ……分かったわ」

 

 十七夜との通話の終わった後のやちよの顔はそう暗い物ではなくて、悪い返事ではなかった事が窺える。

 

「快諾だったわ」

「そっか、良かった」

 

 ももこのほっとしたような声に、わたしも同意する。一時期は色々あったから、協力を得られる事になって本当に良かった。

 とにかく、これでいろはちゃんの話した、わざと目立つ行動を取ってマギウスの翼に顔を出させて、そこを捕らえて情報を吐かせるという作戦が実行出来るようになった。

 東西のリーダーが一丸になってウワサを消して回るようになったら、マギウス側は絶対に何らかの動きを取らないといけない。放置したらエネルギーを集める役割のウワサが全部消えちゃうもんね。

 フェリシアちゃん、さなちゃん、ゆりちゃん、待っててね。絶対にマギウスの手中から奪い返してみせるから。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 なぎたん……あぁ、十七夜さんの愛称です。かなぎだからなぎたん。なぎたんとの会談は明日。連絡を受けた翌日に設定する辺り、旧友であるやちよさんとの再会が純粋に楽しみな様子。

 

 会談に先んじて、神浜うわさファイルに纏められているウワサを地図上に纏めてみます。するかなぜかウワサの全く存在しない空白地と、逆に周囲と比較して密集している地域がある事に気付きます。前者の空白地の発見は車両基地捜索に、後者の密集地は万年桜のウワサの発見に繋がるフラグです。ロスなく拾えるのでここで拾っておきます。

 

 今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




これ第七章中の奪還いけるんですかね……?


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Part9 : 許可だけなんて水臭いぞ

「久しいな七海! 十咎に由比君まで一緒とは! それに懐かしいな……む? 誰だ?!」

 

 周囲にいる人が全員知り合いだったからか、私にまで旧友に向けるそれと同じ目を向けて、直後に違和感に気づき、それはそれは綺麗なノリツッコミを……って漫才やってる場合じゃないです……

 

「環いろはです。最近神浜に引っ越してきました。今はやちよさんにお世話になっています」

「そうか、道理で知らない顔な訳だ。自分は和泉十七夜という。神浜市の東側の取り纏め役を担っている。そこの七海とは友人の仲だ。よろしく頼む」

 

 自己紹介は程々にして早めに本題に入ろうか、そう話す十七夜さんに連れられ、工匠区の喫茶店に皆で入りました。

 

「さて、ソフトドリンクの一杯ぐらいなら奢ろう。何か好きなものを頼むといい」

 

 十七夜さんの言葉に、鶴乃ちゃんはやちよさんの方を見ました。何かあったのかと思いながら様子を窺ってると、鶴乃ちゃんの視線に気付いたやちよさんが、手元のメニュー表から顔を上げました。

 

「……何よ。もしかして私のこと何でもかんでも会計を持とうとする人だと思ってる?」

「違うの?」

「語弊しかないわよ。二葉さんの歓迎会の時は私がそういう役割だったからじゃない」

「じゃあ今回の支払いは十七夜に任せる?」

「払った金額分あとで懐に突っ込んでおく」

「やっぱり払いたがりじゃん」

「いや、借りを作りたくないだけよ……!」

「聞こえてるぞ。で、注文は決まったか」

 

 鶴乃ちゃんとやちよさんは内緒話のような声色で会話をしていましたが、声量そのものは机の対角線側に座っている私にも聞こえる程度にはあったので、結果としてこの席に座る全員に会話の内容が筒抜けになっていました。

 それでこの話は横に置いておいて、各々が注文を終えたので本題に入る事になりました。

 

「……なるほど。あえて目立つ行動を取り、マギウスの翼を釣るのだな」

「そう。西だけでなく、東でも同じ事をしたいの。助力が無理なら、せめて東でウワサを消す為に動く許可だけでも……」

「許可だけなんて水臭いぞ。もちろん助太刀するさ。ちょうど自分は相手の心の内を覗き込む魔法を持っている。大物が釣れた際には、確実に得られる物があるだろう」

 

 覗き込む……それってゆりちゃんと同じ!

 

「十七夜さんもそういう魔法が使えるんですか!?」

「使える。変身した上でかなり近付かなければならないがな」

 

 多少特性は異なるけれど、ゆりちゃんと同じ系統の魔法。魔法少女の固有魔法って千差万別だと思っていたけど、意外と被る物なんですね。

 

「珍しい反応だな。食い付きが良いと思えば、畏怖するでも羨望するでもない。自分の固有魔法がどうかしたのか?」

「あ、いえ、マギウスの翼に連れていかれた仲間の中に、十七夜さんと同じような魔法を使える人がいたので……」

「なるほど、だとすれば思うところもあるか。うむ。環君の言う人物と個人的に一度顔を合わせてみたくなった。今回の件が片付いたら、会いに行っても構わないだろうか?」

「私の許可なんて要らないわよ。会いたいと思ったのなら、来れば良いじゃない」

 

 やちよさんの返事に、それもそうかと十七夜さんは返しました。

 次の話題に移り、どのウワサが未だ健在であり、どのウワサが既に消去済みであるかの情報を共有する事になりました。

 

「これが西側のウワサ事情よ」

 

 そう言ってやちよさんは昨日に作った地図を卓上に広げました。

 

「ふむ。工匠区の辺りだけ妙にウワサが薄いな」

「なぜかここだけ全くウワサが無いのよね。東側のウワサも調査して、これが本当に円になるのかも確かめたいわ」

「了解した。マギウスの翼釣りと並行して、こちらの調査も進める事にする。ウワサらしき噂については何件か聞いた事がある。まずはそれらを当たってみよう」

 

 早速ウワサを消しに行く事になり、慌ててグラスの底に残ったジュースを飲み切り、喫茶店を出るみんなの後を付いて行きました。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 第七章 楽園行き覚醒前夜

 

 最近はサブタイトルコールと動画の頭が全く揃わないRTAの続き、やっていきます。

 

 十七夜さんと合流、お互いの情報を共有し、早速ウワサを消すツアーを開始しました。

 今まで消したウワサは絶好ルール、口寄せ神社、ミザリーウォーター、名無しさん、記憶ミュージアムの五つです。この他にも神浜に存在するウワサは多数存在し、フラグを立てた事でそれらとの遭遇が可能になっています。

 その他のウワサはサブクエストのような扱いであり、工匠区の北端に噂の無い地域がある事を発見さえしていれば、全てスキップしていく事も可能です。

 が、以前にお話しした通り、ウワサは一定数消しておかないと里見灯花が攻略不可能な強さのまま弱体化しないので、ウワサを一体も倒さず即スキップというような事はしません。某英傑のように中ボス全スルーで大ボス攻略というのは無理なのだよ。

 という訳で、とりあえず十七夜さんが既に手掛かりを知っているウワサから消していきます。サブクエストのウワサは消した後に操作キャラ、現在はいろはちゃんですね。いろはちゃんからウワサについて一言コメントを貰えます。

 

 まずはミックスドリンクバーのウワサ。任意のファミレスのドリンクバーで、特定の手順でミックスジュースを作成し、それを飲み干さなかったらどこかへと連れ去られてしまうという内容のウワサです。

 ウワサの示した手順通りに作ったミックスジュースは飲むと心情デバフです。少しも口にしてはいけません。作ったらそのまま捨ててウワサを出現させます。

 

「ウワサを消す為とはいえ、飲み物をそのまま捨てるというのは精神的にきつかったです」

 

 続いて枕投げのウワサ。窓の外へと枕を投げ捨てると、その枕はどこかへと消え、二度と見つける事が出来なくなるが、すぐにその後を追って自身が窓から外に出れば、枕は返してもらえる代わりに自分がどこかへと消えてしまうというウワサです。

 ウワサの言う通りに枕を投げた後にそれを追いかけて窓から外に出れば、そのままスムーズにウワサの結界に侵入出来ます。

 

「枕を窓から投げ捨てるなんて状況、普段の生活の中で起きるんですか?」

 

 墓荒らしのウワサ。特定の墓を斧を使って掘ろうとすると、怒った霊に腕を掴まれて、あの世に引き摺り込まれてしまうというウワサ。

 人が寄り付かないような深夜の時間帯に墓に行きます。一般人に見られると言い訳できない状況なので、誰にも見られないよう慎重に周囲を警戒しながら行動します。

 

「これがウワサじゃなかったらただの犯罪者だったのでウワサでむしろ助かりました」

 

 と、こんな風に細々とした物をひたすら潰していくだけの地味……でもないけど単調な画面が続きますので、み〜〜な〜〜さ〜〜ま〜〜の〜〜た〜〜め〜〜に〜〜

 

 (BGMのイントロ)

 (ぷはぁ、今日もいいペンキ☆)

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「これは……驚いた。見事に口を開いている」

「えぇ、予想通りね」

 

 数日をかけて東側のウワサを消して回り、その情報を地図に書き足したら……なんとびっくり、工匠区にあったウワサの無い地域が、まん丸な円になったのです!

 

「どうしてここだけウワサが何も無いんだ?」

「何かがあるのは間違いない!」

「こうまで綺麗に空白地帯な以上、意図してウワサを配置していないとしか考えられないものね」

 

 問題は、どうしてウワサが無いのか。何かウワサを近づけたくない、守りたいものがある? でも、マギウスの翼について調べれば、ウワサの分布については比較的耳に入りやすいはず。ウワサが全く無いとなれば、マギウスの翼について調べている人はここも調査しに行くはずで、そうなると物を隠すにはあまり向いていないし……

 

「……この空白地帯さ、もしかして罠なんじゃない?」

「あまりにも露骨すぎる、か」

「うん。わたしにはウワサについて知りすぎた人を釣るための罠に見えるよ」

 

 わたしの出した予想はこれ。マギウスの翼の行動方針は全体的に秘密結社っぽい。拠点の周りにウワサを置かないなんて目立つ事はしないはず。なら、むしろ逆。釣り餌である可能性が高い!

 

「ウワサの防人たる黒羽根達は、連れ去られた七海の仲間達について何も知らなかった。彼らを取り纏める管理役である白羽根でもなければ情報は得られないと見ていいだろう。こうまで大掛かりな戦略規模で張られた罠であれば、白羽根が担当している可能性が高い。担当の白羽根を釣る為にあえてこの罠を踏んでみるという手もあるが……どうする、七海」

「うーん、私、鶴乃、ももこ、いろは、十七夜でしょ。あと一人か二人ぐらい戦力が欲しいわ。白羽根の中には実力者もいる。トラブルの芽は少しでも潰しておきたい、のだけれど……考えてみたら、呼べそうな人は全員この場にいるんだったわ……」

 

 わたしも知り合いの名前を浮かべて、呼べそうか考えてみる。

 美雨先生……はダメだ! わたし達の問題なのに、先生に迷惑はかけられないよ。同じ理由であきら先生もダメ。

 うーん? 知り合いの魔法少女の名前を脳内で挙げてみるけど、どれも迷惑をかけたくないという理由で脳内会議で却下されてしまう。知り合いも数だけならそれなりにいるんだけどね……

 

「あっ! まどかちゃん達に助けを求めてみるのはどうですか?」

「彼女たち、市外の魔法少女じゃない。私達の都合に巻き込めないわよ……」

「自分からも人員は出せない。顔見知りはほとんどマギウスの翼になってしまったからな。連れ去られたという深月君、二葉君、虹絵君の知り合いの中には魔法少女はいないのか? そちらであれば、救援の要請にも応えてくれそうだが……」

「フェリシアは常盤さんに雇われていた時期があった事ぐらいしか分からなくて、二葉さんは水名女学園の魔法少女に日常生活を助けてもらってるらしいのだけど、前者については常盤さん達が了承してくれるか分からないし、後者に至ってはそもそも連絡先が分からないわ。ゆりさんについてはいろは、どうなの?」

「私も分かりません。ごく最近に契約をしたらしいので、私達以外の魔法少女の知り合いというと……とりあえずまなかさんは浮かびましたけど、それ以外はなんとも……」

 

 こう見ていると、仲間の事ですら実は表面しか知らないというのを分からされる。それはそうなんだけどね。誰と誰が知り合いかなんて、それこそ一心同体でもないと分からないもん。

 ともかく、これで増援は来ない事が確定してしまった。このメンバーで最大限戦って、欠員が出ないよう、わたしが頑張らなくちゃ!

 

「あぁ、とりあえずレナは来れるって。道中でかえでにも声をかけるって言ってたけど、こっちは来れるかどうかまだ分からない」

 

 そんな空気の中のももこの鶴の一声! レナちゃんが来てくれるなんて頼もしいよ!

 ……かえでちゃんは大丈夫なのかな。ももこは魔法少女の真実を二人に話したらしくて、レナちゃんは真実を受け入れられたけど、かえでちゃんの方はまだ現実を受け止めきれていないって聞いたけど……

 

「レナなら実力の方も知ってるだろ?」

「えぇ。でも……いいの? 危ない目に遭う事になるかもしれないのよ?」

「チームメイトを頼れなくて、他に誰を頼れるんだよ。やちよさんは一人で抱え込む癖みたいなのがあるぞ」

 

 ももこの指摘、確かにそうかも。固有魔法の思い込みで以前のチームを解散したのを一昨日までずっと黙ってたし、メルの事については未だに黙ったままだし。みふゆの記憶を見たからとっくに最期は知ってるけど、それでもやちよからも何か一言あってもいいんじゃないの。

 レナちゃんが来るならそれで追加の人員はいいだろうという事で、レナちゃんの到着を待つ事になったよ。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 数日かけてノルマ分のウワサ消去が完了したので、次のステップに移ります。ゆりちゃんの救出の為の情報収集です。

 ウワサの空白地帯の中心にある旧車両基地に行くと、天音姉妹が罠を張って待っています。これを返り討ちにして十七夜さんに天音姉妹からゆりちゃんに関する情報を抜き取ってもらおう、という計画です。

 

 この計画を実行する前に、パーティにもう一人追加して戦力を増強します。鶴乃ちゃんやちよさん十七夜さんの三人がいるならそこで既に過剰戦力ではないのかという指摘が聞こえてきますが、これでは足りません。

 今回はさなちゃんがいないので、天音姉妹の笛花共鳴の妨害が難しいです。この場に有用な状態異常を使える魔法少女は一人たりともいないので、天音姉妹には一瞬の隙も与えぬ連続攻撃をしなければならないのですが、その場合は取り巻きの黒羽根が厄介で、意識外からノックバック付きの攻撃してきたりしてこちらの行動を妨害して隙を作られてしまいます。

 だから黒羽根を抑える役の人を追加で用意する必要があったんですね。

 

 今回は、ウワサ狩りに出ていたメンバーに、レナちゃんとかえでちゃんを追加した布陣で行きます。みかづき荘フルメンバーの時より多い計七人の編成です。

 いろはちゃん、やちよさん、鶴乃ちゃん、レナちゃん、かえでちゃん、ももこさん、十七夜さん。これだけいたらたとえ笛花共鳴が発動しても問題なく圧勝できるな!

 

 やってきました、旧車両基地。ここの探索を一定時間以上行うことでイベントが発生します。なので時間経過の大きい選択肢を選んでとっとと発生させてしまいましょう。

 

「静かに燃える魔力の炎、飛び込んだのは五月蠅い羽根虫」

「もしも燃えてくれぬなら、我らの音色で……」

 

 いたぞッ!! やれッ!!

 なんか言ってますがそれには構わず、現れた天音姉妹に火力を叩きこみます。

 

「な、名乗り出てる最中に攻撃するなんて反則でございますよ!」

「礼儀って物を知らないの!?」

「え、えっと……ごめんなさい……?」

 

 不意打ちから戦闘が始まったので短時間の間スタンです。やったぜ。畳みかけろ畳みかけろ!

 動けるようになった頃にはとっくにダメージが蓄積しており、このままダメージレースを行えば問題なく無力化が可能! 時間差で黒羽根達が出てきましたがそっちは他の人が押さえ込んでいるのでこっちには来れません! 観念してとっとと情報を差し出すんだな、ピーヒョロ姉妹!

 

「ど、どうしましょう!」

「どうしようも無いよ! もう失敗は出来ないんだから!」

 

 隔絶のドッペル。その姿はテラリウム。

 この感情の主は、自身の機嫌や感情に囚われず、理解者たる自らの半身に依存する。

 

 無縁のドッペル。その姿はアクアリウム。

 この感情の主は、自身の環境や境遇に囚われず、理解者たる自らの半身に溺れる。

 

 ダメージを穢れに変換してドッペルを出してきました。元は笛花共鳴対策に集めた戦力ですが、これだけの戦力があればドッペルだって速攻撃破が可能です。

 いろはちゃんにも穢れを溜めさせて……おっと、私が指示を出すまでもなく、いろはちゃんはドッペル発現を待機していました。まだ三度目ですが、既にドッペルを使いこなしているみたいです。同じようにやちよさんと鶴乃ちゃんも待機状態。

 

 沈黙のドッペル。その姿は呼小鳥。

 この感情の主は、自身のドッペルの情けなさに気が付きつつも、その姿を直視できないでいる。

 

 モギリのドッペル。その姿は切符鋏。

 この感情の主は、やがては自分も今まで見送った友を追って旅に出る日のことを夢想する。

 

 団欒のドッペル。その姿は金華。

 この感情の主は、このドッペルの容姿に関してかなり不満を抱いている。

 

 ドッペル発現中のいろはちゃんは防御力と火力がドッペルによって強化されており、かつ飛行能力によるモビリティも備えているため格闘戦への適性が高く、前線で戦えるようになっています。

 この格闘戦性能を活かし、無縁のドッペルに肉薄。沈黙のドッペルの布で絡めとり、そこを団欒のドッペルに焼いてもらいます。無縁のドッペルの外殻は攻撃は防げるものの熱は通すので、このまま中にいる感情の主を蒸し焼きに出来ます。こうなればもう無力化したも当然ですね。

 

 まだ隔絶のドッペルが残っていますが、こちらはモギリのドッペルに任せれば無問題です。隔絶のドッペルの外殻はモギリのドッペルの幻影を防げないので、感情の主に適当な夢でも見せてれば無力化出来ます。

 前回の記憶ミュージアムの際にはドッペル初使用で能力を把握出来ていなかったのと巴マミとの実力差から鳴りを潜めていたモギリのドッペルの幻影ですが、同格以下の相手なら一睨みで無力化できる強力な魔法なので今回は頼りました。

 

 天音姉妹両名の無力化に成功、黒羽根にももう立ち上がってくる者はいません。十七夜さんを読んで、早速情報を抜き取ってもらえます。

 

「この二人は何も知らない。この車両基地で自分達を待ち受けているだけの、ただのコマのようだ」

 

 情報を得られなかったと口では言っていますが、この後に天音姉妹のプライバシーを暴露した場合は、本人がいる手前言い出せないだけで、本当は情報を得ています。

 

「以前に服を取っ替えてみたらサイズが合わなかったので、試しに靴を交換してみたら、今度はサイズがピッタリ合ったらしい」

 

 暴露したので情報持ってますね。

 この十七夜さんの暴露に天音姉妹は悪態を吐きながら黒羽根を連れて退いていきました。名無しさんの時から数えて二回目だからか撤退の仕方がなんだか小慣れてますね、瞬く間にマギウスの翼が全員いなくなってました。

 では、こちらも一度帰りましょう。旧車両基地も一応は立ち入り禁止の場所なので、あまり長居しすぎて誰かにバレると面倒な事になります。

 

「あの双子が居た手前離せなかったのだが、他に読み取ることもできた」

 

 十七夜さんが盗った情報は……ん? え?

 えっと……ゆりちゃんは今、ウワサを守るために、ウワサの一部になっている、らしいです……

 ……はぁぁぁぁぁぉあああああああ!?!??!!???

 

 ガッデム、マジかよ。原作における鶴乃ちゃんのポジションに綺麗に収まってるじゃないですか。

 キレーションランドのウワサの方の情報は持っていませんが、場所さえ分かっていれば構いません。直ちに観覧車草原へと向かいます。

 

 観覧車草原では、幹部である梓みふゆと、マギウスの里見灯花、アリナ・グレイの二人、それから取り巻きの黒羽根が防衛を行なっていました。当然ながらウワサの消滅及びゆりちゃんの奪還を狙ういろはちゃん一行と衝突しない訳が無く、戦闘開始です。

 

 このメンバーでキレーションランドのウワサの攻略を行う事を想定しておらず、チャートの用意がない為、完全アドリブで指示を出していきます。

 黒羽根一行はかもれトライアングルの三人に任せて、みふゆさんにはやちよさんを、アリナには十七夜さんと鶴乃ちゃんの二人をぶつけて、里見灯花はいろはちゃんがタイマンで抑えます。

 肝心のウワサ攻略の為の戦力が用意できていませんが、そこはかもれが黒羽根をあらかた倒し終わった後に再編を行ない、ウワサ攻略の戦力を捻出します。先程の旧車両基地の戦いで黒羽根の数が減っているので、数分もすれば再編可能になるでしょう。

 

 里見灯花をいろはちゃん単騎で抑えるのはそう難しくはありません。エンブリオ・イブから遠い位置にいるので魔力供給線が比較的薄く、そもそもの供給量もウワサの数が減った事により減少しており、彼女を絶対的な強者に仕立て上げていた圧倒的な魔力量という要素が、この場では欠落してしまっています。素の状態の里見灯花であれば、いろはちゃんでもドッペルを使えば抑え込めます。

 

 沈黙のドッペル。その姿は呼小鳥。

 この感情の主は、自身のドッペルの情けなさに気が付きつつも、その姿を直視できないでいる。

 

 今は魔法少女としての頑健な体を持つ里見灯花ですが、契約以前は病弱でした。どれぐらいかと言うと、未だに魔法少女の動ける身体に順応できず格闘戦ができないぐらいですかねぇ!

 とにかくインファイトを仕掛けていけば、里見灯花は絶対に攻勢に移れません。先手を取って取って取りまくって、決して策を練らせる時間を与えないように戦えば、ひたすら楽して時間が稼げます。

 ついでに精神攻撃をするのも忘れません。灯花ちゃんは病室でういちゃんとも親友だったんだよぉ……?

 

「うるさーい! そんなのわたくしの記憶には無いって、何度言えば分かるのー?!」

 

 白昼夢のドッペル。その姿はマッチ売り。

 この感情の主は、魔法少女になった後もさらなる願いを成就するためちからを欲する。

 

 ゲェッ!? それ使ってくるの!? 白昼夢のドッペルは能力の使用回数に制限があるので、こんな所では切ってこないだろうと高を括っていました。追い込みすぎたか……?

 しかし! 判断が遅かったな! とっくにかもれは黒羽根を殲滅済み! つまりこの白昼夢のドッペルはそのままかもれへ押し付ける事が出来るという事だァーッ!

 このタイミングで再編を行います。アリナはとっくに弱っているので十七夜さん一人に任せ、みふゆさんは既に戦闘不能(のフリをしている)ので放置、白昼夢のドッペルはかもれに抑えてもらい、残りのいろはちゃんやちよさん鶴乃ちゃんの三人でウワサの中に突入します。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「こっちよ!」

 

 やちよさんの後に付いて、ゴンドラの中に入りました。すると辺りの景色が変わって……まるで遊園地のような場所に来ました。ここがウワサの結界内のようです。

 なんだか、意識がぼんやりしてきました。……なるほど、ここはそういう空間なんですね。しっかりと気を張っていないと、気力が持っていかれます。

 

「ようこそ、キレーションランドへ」

 

 ここしばらく耳にする事が叶わなかった声。それが聞こえてきて、聞こえてきた方を反射的に振り向きました。そこにいたのは間違いなく……間違いなく? うーん? 多分、ゆりちゃんです。髪色がネオンのような青緑色に変わっていて、目元を大きなゴーグルで覆っていて、雰囲気が全く違うけど……多分、ゆりちゃんです。

 

「……とは言ったけど、開園してないのに来られるとすごい困る。まだ清掃も終わってないのに」

「ご、ごめんなさい……?」

 

 ウワサの遊園地にも開園時間という概念はあるんですね。今のゆりちゃんは完全にウワサの遊園地の職員として振る舞っています。十七夜さんの言っていた、ウワサの一部になっているという言葉の意味が、今更ながらに理解できました。

 聞きたい事が出て来なくて、かけたい言葉も浮かばなくて、しどろもどろにしている内に先に鶴乃ちゃんがゆりちゃんに話しかけました。

 

「あれ、ゆりちゃん、フェリシアとさなはどこ? 一緒じゃないの?」

「え? 梓さんがみかづき荘へ帰すって言って連れてったけど、まだ会ってなかったの? あー、困ったなぁ……二人の配属先ってここから遠いんだよねぇ……」

 

 梓……みふゆさんが? うちに帰す為に、連れて行った? えと、みふゆさんってマギウスの翼の幹部なんでしたよね。でも、私たちの味方をしてくれた……という認識でいいんですか? 鶴乃ちゃんもよく分からなかったのか、追加の質問を続けました。

 

「洗脳はどうしたの? 記憶ミュージアムのウワサを消した時に解けたの?」

「その時には解けてなかったよ? 後で梓さんが解いてくれたんだ。私達の洗脳は梓さんには許容できない行為だったみたい。だから逃がしてくれようとしてた」

「今のゆりちゃんを見るに逃げられてないみたいだけど……」

「まだ調べたい物があって、それで残っちゃったからね。調べ物そのものは出来たんだけど、途中でマギウスに見つかって、これを付けられちゃった」

 

 ゆりちゃんはそう言って、ゴーグルをコンコンと叩きました。

 

「固有魔法を封じた上でより強力な洗脳を施す為の装置、って言ってた。そういう訳で私はいま洗脳状態。このままキレーションランドに染まるか、今すぐここから出ていくか、選んで。戦ったら手加減できないよ」

 

 辺りにメリーゴーランドの馬が現れて、私達を取り囲みました。でも出口の方向は塞がっていなくて、ゆりちゃんは私達に帰らせたいんだろうなという事が窺えます。でも、帰るわけにはいかない。

 

「ゆりちゃん、一緒に行こう! こんな所にいちゃいけない。無理矢理引っ張ってでも連れて行くから!」

「ふーん。そっか。……鶴乃ちゃんと七海さんも、同じ意見?」

 

 二人とも頷いて、そして得物を構えました。やっぱり、衝突は避けられないんですね。

 

「みんな、遊園地の運営を邪魔するんだね。だったら排除しない訳にはいかない」

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 ウワサのゆり戦です。ゆりちゃんは現在ウワサと融合している状態にあり、まずはウワサを剥がす必要があります。剥がさないままウワサを消してしまうとゆりちゃんも一緒に消えてしまう為ですね。

 

 ウワサを剥がす手段は一つ。心を通じ合わせる事。

 ……抽象的で全く分からない? ふふっ。私もよく分かってません。

 

 多分ですが一定以上の好感度があればいけます。が、具体的にどの程度の好感度が必要なのかは知りません。まぁでもチームみかづき荘の仲間だし好感度は大丈夫やろ(謎の信頼)

 ともかく、心を通じ合わせた状態で、多量の魔力をぶつければ、ウワサは剥がれてくれます。まずは魔力をぶつけられる状態にする為に、動きを止めていきましょう。

 

 相手の動きを制限させるような攻撃は鶴乃ちゃんが最も得意です。なのでウワサの使い魔の縦横無尽な攻撃から特に優先して守ります。単純な威力が高い上に追加効果まで発生するので一発でも喰らったらやばいです。

 私が取り巻きの相手をしている間にやちよさん鶴乃ちゃんの両名がウワサのゆりに肉薄……出来ていませんね。素の速度が高い上に、一撃即死級の威力を持つ銃撃を行ってくるというプレッシャーがあるので、中々思い通りの戦いができていないようです。

 銃撃戦であれば少し前に一度やった事がありましたね。巴マミの時とは異なり、精神的動揺によるミスは無いと思って頂こう!

 

 沈黙のドッペル。その姿は呼小鳥。

 この感情の主は、自身のドッペルの情けなさに気が付きつつも、その姿を直視できないでいる。

 

 モギリのドッペル。その姿は切符鋏。

 この感情の主は、やがては自分も今まで見送った友を追って旅に出る日のことを夢想する。

 

 団欒のドッペル。その姿は金華。

 この感情の主は、このドッペルの容姿に関してかなり不満を抱いている。

 

 まずは団欒のドッペルに炎を撒いて貰います。これにより視界を制限、格闘戦のレンジまで容易に近付けるようになりました。モギリのドッペルと沈黙のドッペルのツートップでウワサのゆりに肉薄。攻撃をしかけていきますが……

 回避率高いですね。ひらりひらりと宙を舞う葉っぱのように攻撃を避けてきます。物理ではなく精神攻撃ならどうかというと、ウワサのゆりの付けてるバイザーに遮断結界の働きがあるようで、モギリのドッペルの幻影も効果なしです。

 つまり団欒のドッペルの範囲攻撃以外に有効打がありません。通常の状態であればやちよさんが回避率無視のアビリティを持っているんですけど、ドッペルの発現時にはアビリティが適用されず、結果的に団欒のドッペルが一番になるんですよね……

 最初から最後まで鶴乃ちゃんに頼るしかないじゃねぇかよお前のパーティどうなってんだよ!

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 自分の撒いた炎の壁を利用して戦いながら、わたしは考える。

 やちよは言った。ゆりちゃんと心を通じ合わせて、その上で強力な一撃を叩き込めばウワサとの融合が解除されると。でもゆりちゃんは常識外れなほど素早く、やちよといろはちゃんの攻撃はただの一度もゆりちゃんには当たらなかった。そんな彼女に強力な一撃を叩き込むなんて夢のまた夢。

 だから、まずは機動力を削がないといけない。わたしの炎ならそれが出来る。一度でも命中すれば、纏わりついた炎の魔力で、ゆりちゃんの動きが鈍くなるはず。そこを狙えば問題なく強力な一撃というのを叩き込む事ができる、はず。希望的観測が多いけど、わたしは強いからなんとかなる!

 

「ゆりちゃん! ウワサを剥がす為にはまず心を通じ合わせる必要があるんだって! わたし達の心、本当に通じ合ってるかな!」

「ハッ、通じ合う心なんて幻想だよ、それこそ心を覗く魔法でも無かったら人を理解する事は出来ないよ」

 

 キャラじゃない感じの吐き捨てるような言い方をしながら、ゆりちゃんはゴーグルをトントンと叩いた。……もしかして、ウワサを剥がすより先に、これを外せって事? テレパシーでやちよといろはちゃんに情報を伝達する。先にゴーグルを狙うよ!

 

『それは分かったけれど……彼女、洗脳されてるのよね?』

『言いたい事は分かる。この情報が本当にわたし達に利する情報なのか疑わしいんだよね? でもこれはゆりちゃんが心の奥底で洗脳に逆らいながら渡してくれた情報なんだよ!』

『そう、ですね。私はゆりちゃんを信じたいです』

 

 油と炎でどんどん足の踏み場を奪っていく。いくら動きが素早くても、そもそも動ける場所が少なければ機動力は活かせない。そうして制限をかけて……とうとう炎にかかった。

 

「今ッ!」

 

 炎によって一瞬動きの鈍った隙に、やちよが槍でゆりちゃんを捕まえた。数多の槍で関節を固められたゆりちゃんは少しの身動きも取れていない。

 この隙にゆりちゃんの元まで行って、ゴーグルを思いっきり手で引っこ抜いて、そのまま三人分の魔力を集めて——

 

「戻って来なよ——!」

 

 ゆりちゃんに、思いっきりぶつけた。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 ——ウワサの分離に成功しました。後はキレートビッグフェリスのウワサを消せば、第七章は終了です。

 ウワサを消すより先に、まずはゆりちゃんに操作を戻しましょうか。

 

「は、早く、早く止めないと……! 災厄が神浜市に……神浜市にワルプルギスの夜が来る!」

 

 いや、パニック起こしてて移せないやん。ダメージを受けるとパニックは解除されるので、いろはちゃんにビンタさせて解除します。ヨシ!

 

 ゆりちゃんが戻ってきた所で今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




いろはちゃんさりげなく三連ドッペルやってるけど大丈夫だろうか


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Part10 : 置いていくのが妥当じゃない?

「う、うん? ゆりさんだけ、洗脳が解けませんね。おかしいです、お二人に施したのと同じ処置なのに……」

 

 いや、解けてるよ。

 記憶ミュージアムで洗脳を受けて、マギウス達の拠点であるフェントホープへ運ばれて数日。梓さんが私達の監禁された部屋にやってきて、私達の洗脳を解いた。

 マギウスの今回の行動は梓さんにとっても不服だったらしく、それで私達を逃がそうとしてくれた。だけど、まだ調べたい事があるから、梓さんの手は取れない。

 

 時々視察に来るマギウス達の心を読んだ時に……感情エネルギーの収集が予定より大幅に遅延した時の為の、リカバリープランの内容を知った。

 神浜市へと厄災——ワルプルギスの夜を呼び出し、それによって発生した大災害によって生まれる感情エネルギーを収集するというプラン。

 

 ワルプルギスの夜という名前なら聞いた事が、いや、見た事がある。以前電波塔に行った時に会った暁美さん、彼女が倒そうとしている魔女の名前だ。親友が殺される未来を変える為に時間遡行をするきっかけとなった魔女であり、顕現すれば街が一つ吹き飛ぶ程の強大な存在。それを人為的に呼び出そうというだけで実に悍ましい。

 出来る事なら、いや、絶対に何が何でも止めないといけない。

 

 梓さんはこのプランの存在を知らないみたい。教えたら、阻止に協力してくれるかな。……ううん、マギウス——里見は洗脳処置後の経過観察終了後、私を手元に置いておくつもりらしい。

 このまま洗脳が解けていないフリをしていれば、マギウスに最も近い所に侵入できる。だからわざわざ梓さんの協力を取り付けるまでもない。二葉さんとフェリシアちゃんを連れて行ってもらって、私のフットワークを軽くしてもらえればそれで十分。

 

「ゆりー。本当に一緒に行かないのか? 帰った時にメシの味がいつもと違うなんてオレ嫌だぞー?」

「うん。解放の為だからね。それとご飯なら万々歳行きなさい万々歳」

「と、止めない……んですか? 私たち、その……マギウスの翼から逃げるような物ですけど……」

「止めない止めない。解放って押し付ける物ではないからね。誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだよ」

「オマエほんとは洗脳解けてないか?」

 

 話している途中に、部屋の外から足音が聞こえた。

 

「マギウスです。皆さんもうしばらく洗脳されたふりをしていて下さい」

 

 みんな一斉に身なりを正して……うわっ二葉さん脱力した感じの目にするの上手っ。マギウスの来訪に備えた。

 

「まだ洗脳は続いているかにゃー?」

「はい、ばっちりです」

 

 入ってきたのは里見灯花とアリナ・グレイ。もう一人——柊ねむはいないらしい。

 アリナは私の顔に手をかけ、美術品でも愛でるかのように撫でた。

 

 私は相手の心を読む力を持ってる。いつもはとても便利に使わせてもらっているけれど、今ばかりはこの力を持っている事をちょっと後悔してる。癖でつい無意識にアリナの心を読んでしまった。

 彼女はとても独創的な思考回路をしていて、私の美的感覚だと覗くと正気度が削れてしまうから、以前二葉さんに関する騒動の時に会った時から、絶対に二度と彼女の心を読んだりしないと決めていたのに。癖って怖い。

 ちなみに彼女の今考えてる事はこう。

 

「あぁ、アナタの目玉、抉り出して私のコレクションにしたいわぁ……」

 

 そう、今アリナが声に出して言ったのと全く同じ内容。なんで口にするんだ。目を抉るなんて想像どころか文面を見ただけでもかなり恐ろしいよ。ほら、二葉さんと深月ちゃんも怖がって……えっ、梓さんと里見も引くんだ……仲間同士なんだからアリナの趣味にも理解を示してると思ってたけど、全然そんな事は無かった……

 なし崩し的に目を差し出す事になっても困るので、ここはちゃんと否定を入れておく事にした。

 

「目が無いと解放に協力する事も出来ないから、それはちょっと勘弁……あ、見るだけならいいよ」

「ドントウォーリー。本当に抉り出す気なんてさらさら無いカラ。綺麗だとは思ってるケド」

 

 私が一言入れなかったらそのまま抉り出すつもりだったくせに……

 

「アライブとデッドの境界線を越える瞬間。アナタのそれなら生きている人間が決して理解し得ない事柄でさえ見る事が出来る。その事に気付いてから、アナタのこのアイがとってもビューティフルな物に見えるのよネ」

「仮に読心魔法という存在を学者やら世間やらに認めさせる事が出来れば、その用途で医学はめざましい発展を遂げるだろうねー? ま、私たちの目的が達成されればそんなの必要なくなるけど」

 

 そう話した里見は私達を一瞥して、そして二葉さんとフェリシアちゃんを指さした。

 

「虹絵ゆりの扱いはもう決めてるけど、そっちの二人はどうしようかにゃー? 今まで散々苦しめられてきたから、なるべく苦痛を与えてあげたいよねー?」

 

 ものっそい恨んでいらっしゃる。まぁ、主力級のウワサをいくつも消されたら、恨みたくもなるかな。

 どうしよう。せっかく梓さんが逃げ道を用意してくれていたのに、無駄になってしまいそう。ただ梓さんはこの状況も想定していたようで、事前に考えていた文言をそのまま口にしました。

 

「そうだ。仲間は仲間同士、傷つけ合ってもらうというのはどうですか?」

 

 その発言に里見とアリナは豆鉄砲を喰らったハトのような顔をして、そして梓さんの言った事を理解し、にやりと不気味な笑みを浮かべた。

 

「洗脳された仲間に傷つけられて、それでもやり返せない……あぁ、エモーショナルでいいネ……」

「くふっ。みふゆも吹っ切れた感じがするねー」

「はい、覚悟は出来ました。そういうわけでお二人は私に任せてくれませんか?」

「分かった、みふゆに任せるよ」

「結果、楽しみにしてるカラ」

 

 そして二人は部屋から出て行った。小さく響く足音が離れていくのを確認して、深月さんが口を開いた。

 

「……で、どうすんだよ」

「とりあえずお二人はこのままやっちゃんの所に行かせるつもりですが……ゆりさんはどうしましょう。洗脳の解けていない状態のままだと何があるか分かりませんし……」

「まぁ危ないし置いていくのが妥当じゃない?」

「なんで本人がそれ提案できんだよオマエ」

「脱走が発生したという前例が生まれることになりますから、ここで一緒に行かないとゆりさんへの監視が強化されてしまい、私が手引きして逃がすのが難しくなってしまいます。出来うるならここで一緒に行かせたいのですけれど……」

「でもほら、洗脳解けてないし。置いていくしかないよ」

「ですが……」

 

 押し問答になってる。梓さんはどうしても全員を助けたいと思ってるし、私はどうしてもここに残りたいと思っている。なんとかして納得してもらわないと。そう思った矢先にこの問題を解決したのは二葉さんだった。

 

「あの……! ゆりさんの言う通りだと思います。本当に残念ですけど、諦めないと……」

「さな? 正気か? ここに残したら、マギウスに何をされるか分からないんだぞ?」

「それでもです。せめて私たちだけでも帰って、やちよさんに顔を見せましょう。ね?」

 

 私の意図を汲み取ってくれた。具体的に何をしようとしてるのかは分かってないけど、とにかく私のフェントホープに残りたいという意思は伝わったみたい。

 

「私達二人でみかづき荘に帰って、それからまた、ここにゆりさんを助けに来ましょう。やちよさん、いろはちゃん、鶴乃ちゃん、みんなを連れて一緒に……」

 

 普段気弱な子の押しというのはフェリシアちゃんには中々に威力が強かったらしく、ほとんど二つ返事のように私を置いていく事を受け入れ、梓さんもみんながいいと言うのならと意見を変えてくれた。ありがとう二葉さん、帰ったら好物のブリで何か一品作るからね……

 

「では、お二人はこれに着替えて下さい。黒羽根用のローブです。後でウワサを守る担当の白羽根が来ますから、彼女と共にウワサの防衛に参加して下さい。やっちゃん達がウワサを派手に消して回っているという話がワタシの耳に届いています。ですからきっと合流出来るはずです」

 

 ウワサを消して回っている? ……まずいかもしれない。ワルプルギスの夜を呼ぶリカバリープランの実行が早まった可能性がある。受動的でない、能動的な情報収集を行わないと、阻止が間に合わないかもしれない。

 それと、二人にはみかづき荘のみんなにマギウスを刺激しないよう伝えてもらう必要がある。もう遅いかもしれないけど、リスクを減らすためだからやっておかないと。

 悩んでいる間に梓さんが部屋を出て行き、後には私達三人だけが残された。

 

「……で、アイツがいたから言えなかったとかじゃなく、本当に洗脳されてるのか?」

 

 フェリシアちゃんの質問への返答として、私は手招きでフェリシアちゃんを近くに寄せて、その耳元で小さく囁いた。

 

「ハイルマギウス……」

「何なんだよオマエ!? 意味深な行動からしょーもないこと言いやがって!」

「うわぁ暴力反対!?」

 

 流石にからかい過ぎたのか、深月さんに飛びかかられ、襟元を引っ張られた。そうすると首が絞まって苦しいので転がって抵抗するけれど、中々に深月さんの握力が強く、全く離れない。ドタバタドタバタと暴れている内に、白羽根の人が部屋にやってきた。

 

「うるさいぞ、何をやって……本当に何やってるんだ?!」

 

 その白羽根の人に間に割って入られるまで組み合いは続いた。なんというか、疲労がすごい。特に何の意味もない喧嘩だったから尚更。服の皺を軽く引っ張って直した。

 あぁ、二葉さんとフェリシアちゃんが部屋を出ていく前に声をかける。

 

「くれぐれもウワサを消されないように! 友人知人にもウワサには手を出さないよう伝えるんだよ! ほんとにね!」

「……いやオマエ、心配しすぎだろ」

 

 伝わってなさそうな反応だけど、実際にはフェリシアちゃんにはちゃんと伝わってるから問題ない。ウワサを消さないようみかづき荘のみんなに伝える。フェリシアちゃんはそれを理解し、了解の返事を心の中でした。洗脳にかかっていない事はバレたけど、洗脳されたフリをしたいという私の思惑も一緒に把握してくれてたから、そこは構わない。

 白羽根が二人を部屋から連れて行き、そして部屋の中が静かになった。さて、次のマギウスの視察まで……いや、晩ご飯が運ばれてくる方が早いか。それまでまだ時間がある。その間に部屋から抜け出して、このホテルフェントホープの中を忍びながら周り、情報を集めていかないといけない。まずは内部構造の把握からだね。

 

 ……という方針を決めて行動を始めて二日目。フェントホープの地下で、とんでもない物を見つけた。エンブリオ・イブの本体、つまりいろはちゃんの妹さんだ。

 地下はとても広い植物園のような所で、エンブリオ・イブはその中央に鎖を繋がれて閉じ込められていた。エンブリオ・イブ——環ういは、この場所で眠りながら、夢の中で姉をずっと探しているらしい。

 姿形が魔女で、本能も魔女のそれに支配されているにも関わらず、心の内に絶望以外の思考が未だ存在しているのは、彼女が半魔女という特殊な状態だからだろうか。

 早速助け出したい所ではあるけれど、今はダメ。マギウスによるとイブはドッペルシステムの根幹を成している。ここでドッペルシステムからイブを切り離した場合、何の通知も無く唐突にドッペルシステムは無効化されてしまう。

 通知が無いというのが最悪だ。ドッペルが既に使えない事に気付かずソウルジェムを濁してしまって魔女化してしまった、そういう事例が山ほど起きるのが今からもう目に見える。イブから環ういを助け出そうと思うのなら、事前にドッペルシステムの無効化を広く周知させておかなければならない。だから今はまだダメだ。

 

 イブの目前にはテーブルがあり、その周りには椅子が三つ、そして卓上には使用済みのティーセットと、書類が置いてあった。

 書類を手に取って目を通す。タイトルは……感情エネルギー収集の障害発生時の対応について。

 仮に感情エネルギーが不足する状況に陥った場合、電波塔から周波数約1420MHzの電波、通称21cm線を利用し、ワルプルギスの夜を神浜市へと誘導、エンブリオ・イブに食わせ、魔女化に必要なエネルギーを一括で入手する。……といった感じの内容だった。

 里見の計算によればこれを行うだけで必要量のエネルギーの確保は可能で、所々に貼られた付箋に書かれたメモから見るに、里見自身はこのプランを実行したがっている。キュゥべぇに発見されてドッペルシステムを崩壊させられるのがよほど怖いらしい。

 なるほど、確かにその為にワルプルギスの夜を呼ぶというのは完璧な作戦だ。それによる街や人への被害を完全に無視すれば。

 ドッペルシステムによる恩恵が確認されている今なら、神浜市内の魔法少女に協力を要請すれば、大半が快く引き受けてくれる、はず。だけどそれも、ワルプルギスの夜の招来という最悪の事態を引き起こした張本人になってしまえば、叶わなくなってしまう。ルビコン川が渡られてしまう前に早く対策をしないと。

 

 マギウスの利用可能な電波塔を全て破壊する、というのはどうだろう。……厳しいかも。この案だと中央区の電波塔も壊さないといけないけど、それで影響があるか分からない。

 じゃあマギウスを行動不能にさせてどこかに監禁して……いや、他の羽根を使ってワルプルギスの夜を呼ぶ可能性もある、マギウスの翼まで全員の身柄を抑えるのは無理——

 

「探し物は見つかったかな、虹絵ゆり」

 

 唐突にかけられた声に、振り返る。この植物園の入り口には里見灯花が立っていた。

 

「……いつから見ていたの?」

「うーん、今日あなたが部屋を出た辺りからかな。驚いたよ、あんなに強固にかけた洗脳が解けてるなんて。一体誰の手引きなのかにゃー?」

 

 変身。あいつの肩を狙ってライフルを撃つ。

 しかし弾丸は命中せず、里見の手前で時間が止まったかのように停止し——こちらに向かって飛んできた。

 ……右足首の痛みが、弾丸がどこに命中したのかを鮮明に語った。

 

「——ッ!」

「あ〜あ。脳味噌働かせて考えないからそーなるんだよー? わたくしが最も強く力を振るえるここで、万一にも勝てる可能性なんてあると思う?」

 

 里見から追加で放たれた魔力の攻撃が左足首を貫通した。痛覚はシャット済みだから痛みは無いけれど、足が動かなくなって尻餅を付いてしまった。もう歩けないけれど、戦うだけならまだなんとかなる。ドッペルなら足の代替になってくれる。

 私に見せて——!

 

 ——あれ。高速で穢れを溜める魔法を使ってるのに、一向にドッペルが来る気配が無い。そうだ、ソウルジェム! ソウルジェムを見れば、どうなってるのか分か……うわぁ……

 私のソウルジェムは爛々と光り輝いていた。魔力を使っても使っても、一向に穢れの一片も現れる気配が無い。そんなソウルジェムを見つめる私の様子を見て、里見は口元に笑みを浮かべた。里見の仕業だった訳だ。

 

「一体、どんな手品を使ったの?」

「穢れを吸い取る装置が真横にあるんだよ? ちょっと設定を弄れば、ドッペルを介さず穢れを集める事だって出来るんだよー?」

 

 逆に言えば魔力を無限に使えるという事だけど……それでも、里見と戦って勝てるビジョンが見えない。そもそもの出力が違いすぎる。燃料無限という同じ土俵に立てたからといって、エンジンの性能が変わるわけじゃない。

 

「みふゆにはこれまでマギウスの翼を支え続けてくれた恩がある。だから二葉さなと深月フェリシアをみかづき荘に返す事については目を瞑ってあげる。でもわたくし達の懐を漁ったわるーい人のあなたはダメ。今この場で死んだ方がマシだったと思うような、強烈な絶望を味わわせてあげる!」

 

 里見から追加で放たれた魔力を喰らって、私の視界は真っ黒になった。

 

 ——次に目を覚ました時、私はウワサになっていた。心の内は遊園地の管理をしなければならないという義務感でいっぱい。再度洗脳をかけられたようだった。

 魔力のこもった大きなゴーグルを付けられており、これのせいか私の固有魔法は無力化されている。足の怪我はとっくに治っていて、ウワサの分の魔力が私の体を巡っている分、以前よりむしろ頑健になった気がする。

 

「お目覚めかな、虹絵ゆり。死刑執行人になった気分はどーお?」

「眠い」

「頑張って?」

 

 周りには、里見灯花、アリナ・グレイ……それから最後のマギウス、柊ねむがいた。他人の記憶の中で見た事は何度もあったけど、実際に会うのは初めてだ。

 柊ねむは私に遊園地を作れと言った。その言葉を聞いて私は思った。まだ出来てもいない遊園地の管理をしなければならないと思っていたんだなと。

 ともかく、私はどんな遊園地を作ろうか考えた。その最中、目が痒くなったので掻こうとしたら、ゴーグルに邪魔をされた。洗脳のせいか、ロックがかかっている訳でもないのにも関わらずゴーグルを外す事が出来ない。まずい。生命の危機だ。洗脳を施した張本人だろう里見にゴーグルを外す許可を求める。

 

「目を掻きたいんだけどこのゴーグル外していい?」

「バイザー」

「え?」

「ゴーグルじゃなくてバイザー」

 

 私が名称を間違えたのがよっぽど頭に来たのか、頼んでもいないのに里見はゴーグル……あ、いや、バイザーについての説明を始めた。

 簡単に外れないよう顔に張り付く設計で、かつ広い視野を得られるよう工夫も施しており、寒い時期なので曇ったりしないようコーティングもしていて……などなど、このバイザーの仕様を長々と語っているのだけど……聞けば聞くほどバイザーではなくゴーグルと呼ぶのが適切なように思えてくる。

 それと、私の固有魔法が使えないのはやはりゴーグルの仕業のようで、なんやかんやで魔力の流れを制限し、固有魔法が働かないようにしているとのこと。具体的な技術については全く理解出来なかったけどそういう事らしい。

 あとゴーグルを外す許可は貰えなかった。目の痒みに一生悩まされ続けていろとのこと。柊さんからの同情の視線が身に沁みた。

 

 遊園地の設計も建設も終わり、いよいよ開園が迫った夜明け前の夜。みかづき荘のみんな……いや、二葉さんとフェリシアちゃんがいないな。その他の三人、いろはちゃんと鶴乃ちゃんと七海さんがキレーションランドへとやってきた。

 どうやら向こうは私の所に二葉さんとフェリシアちゃんがいると思っていたようだった。入れ違いというか、上手く合流できなかったみたい。という事はウワサを消すなという私の言葉も届かなかったに違いない。

 洗脳で植え付けられた遊園地の管理人としての本能が、このまま話が続くのならみんなを叩き出すべきだと訴えかけてくる。更に言えばみんなは私をここから連れ返す気満々だから、もはや武力行使は避けられない。戦いのゴングが鳴る音が聞こえた。

 

 先にゴーグルを外してもらって私の読心魔法が働く状態にし、物理(?)的に心が通じ合っている状態にして、ウワサを剥がしてもらう事に成功した。

 これで私は助かり……そして感情エネルギー収集の障害が発生した。

 キレーションランドのウワサにかけられた労力はかなりの物だ。神浜市中の人間を集める勢いで噂を広め、魔力リソースもふんだんに注ぎ込んでいた。それだけこのウワサから得られる感情エネルギーに期待していたという事だ。

 それが、私がウワサから剥がれたという形で頓挫しようとしている。そうなったら、マギウスはワルプルギスの夜を呼ぶ。確実に。

 災厄が神浜市にやってくる。悪夢が神浜市にやってくる。

 止めないといけない。早く。手段はない。でも早く止めないと——

 

「——落ち着いて下さい!」

 

 パシン、と。いろはちゃんに、頬を叩かれた。

 

「ゆりちゃんはいつも冷静で、私が取り乱した時にも支えてくれた。でも今のゆりちゃんは本当に焦ってる。らしくないよ、一体何を見たの? 私達にも教えて。ゆりちゃんがみんなの悩みを共有するだけじゃなくて、私達にもゆりちゃんの悩みを共有させてよ……!」

 

 いろはちゃんが心の底から心配をしている事が伝わってくる。

 ……うん、確かに焦っていた。目の前の仲間にとりあえず情報を渡すのを失念するぐらいには。私にはワルプルギスの夜の招来を止める手段が分からなかったけど、みんななら何か思いつくかもしれない。そんな簡単な事にも気付かず、喚くという非生産的な事をやっていたんだね、私は。

 

「このウワサは……消すべきじゃないかもしれない」

 

 当然だけど、私のこの一言を聞いたみんなは目を丸くした。まぁ、理由を説明してなかったらこうなる。だから続けてそう考える理由を述べた。

 マギウスにワルプルギスの夜を呼ぶプランが存在する。ウワサが多数消された事に加え、一発逆転を狙ったこのキレーションランドのウワサまで消えたら……確実にマギウスはそのプランを実行するだろう、と。

 

「……だからといって、この遊園地に人々が殺されてしまうのを見過ごすのは嫌だわ」

「それはそうだけど、この遊園地を取り壊したらワルプルギスの夜が現れて、神浜市中が大災害に襲われる。それならいっそ、ウワサに誘われてやってきた人々のごく一部を犠牲にした方が——」

「いつだったか、あなたが暁美さんに言った言葉、覚えてる? どちらかだけを選べないなら、両方を選べばいい。あなたはそう言った。今回の事も同じよ。遊園地のウワサを消して、ワルプルギスの夜もやっつける。難しい事かしら?」

「無理だよ。ワルプルギスの夜には勝てない。巴マミでさえ勝てなかったんだ。仮に勝てたとしても、その時にはまた別の絶望がやってくる。七海さんもアレがどんなに強大な魔女かは知ってるでしょ?」

「もちろん知ってる。その上でワルプルギスの夜をやっつける、倒せると私は本気で言っているってあなたなら分かるでしょう?」

 

 ワルプルギスの夜を倒した時にはまた別の——鹿目さんの魔女が街を滅ぼすというのに。

 

「七海さんは分かっていない。あれは倒せない」

「実際に見た事があるような言い方ね。……もしかして本当に見た事があるの? 巴さんの名前が出てくるって事は、見滝原の子が?」

「そう、その内の一人だよ」

 

 七海さんは困惑した。見滝原の、鹿目さん暁美さん美樹さ……美樹さやかって誰? あぁ、鹿目さんの友達なのね……そこはともかく、七海さんは彼女達にワルプルギスの夜と相対した経験があるようには見えず、困惑していた。が、そうであるならばむしろ僥倖だと思い直した。

 

「なら、その子にも協力をしてもらいましょう。皆がいるんですもの、力を合わせればどんな困難だって乗り越えられるはずよ」

 

 なんというか、七海さんは変わった。最初にあった頃は一匹狼というか、固有魔法の件があったから人を遠ざけようとしていたけれど、今はみかづき荘の仲間に限るという注釈が付くものの人を頼る事を覚えた。それが嫌に感じる。仲間と助け合えばいいとかなんとか言って、折れてくれないから。

 ……待てよ。して貰えばいいじゃないか。協力。なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。もしこれで何か致命的な結果になったら、その時は暁美さんに時間を巻き戻して貰えば全て無かった事になる。

 

「分かった。後でかけ合ってみる」

「えぇ。今はウワサをなんとかしましょう!」

 

 ライフルを構えて、ウワサへと向き直る。

 ごめんね。遊園地を作ってる時はそれなりに楽しかったけど、それはそれとしてウワサとしての活動をするのは許容できない。虫の良い話だけど、どうかここで消えてほしい。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 キレーションランドのウワサの討伐に成功しました。いやー、やっぱりゆりちゃんの武器の方が手に馴染むね。いろはちゃんのクロスボウも悪くはないけど、やっぱりマークスマンライフルが一番。戦争は貫通力だよ兄貴!

 

 ウワサ空間から脱出した先では、もはや争う理由を失ったマギウスとかもれ達がウワサ空間への入り口であるゴンドラの様子を伺っていました。ゆりちゃんが無事なことが確認されると、かもれとなぎたんは安堵の声を出し、マギウスは消沈の表情をしました。

 そんな中、最後のマギウス——柊ねむがやって来……吐血した!?

 えーと、挨拶をして自分の名前を述べた直後、盛大に血を吐いて倒れました。ウワサを作った直後という弱った状態で出かけてきたので、ぶっ倒れたらしいです。え、それってそんなに重いの?

 これでも一応ねむちゃんの顔は見れたので万年桜のウワサに繋がるフラグその二は回収出来ており、RTA的には別に問題ないんですけど、いろはちゃんの寿命縮んでそうだな……ただでさえ手首吹き飛んだなんて髪の毛薄くなりそうな事やらかしちゃったのに今度は妹の親友の死にかけの場面を見るなんて……

 

 落ち着いて話を出来るような状況ではなくなってしまったので、里見灯花に搬送されていくねむちゃんを見送り、アリナとみふゆさんとも別れ、かもれとなぎたんとは明日に情報を共有する場を設ける事を約束して、解散になりました。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「ハァ〜、やっと帰って来れたって感じがするよ、ねぇゆりちゃん!」

「まぁ……そうだね」

 

 間もなく日付も変わりそうな……あ、まだ日が回ってなかったんですね。ともかく、そんな感じの遅い時間に、私達はやっとみかづき荘に帰ってきました。

 なんというか今日はとても濃い一日でした。十七夜さんにあって、月夜ちゃんと月咲ちゃんにゆりちゃんの居場所を聞き出して、そして……えっと、ねむちゃんが血を吐いて……私が願いを叶える前の頃に抱えてた不安がまた刺激されて……うん……この話やめよう。

 見れば、ゆりちゃんは未だ落ち着かない様子でした。ウワサから剥がれた直後に言ってた、ワルプルギスの夜について、明日に話し合う事は決めてるんですが……それでも、憂いは消えないのでしょう。

 

「ほら、悩んでる事あるでしょ! 言ってみて! たまには他の人も頼ってみよー!」

「よりによって鶴乃ちゃんに言われるのは心外だよ……えと、全部終わったみたいな空気で言いにくいんだけど……」

 

 二葉さんとフェリシアちゃん、まだ助けてないよね——

 

 そんなゆりちゃんの言葉に、私だけでなく、やちよさん、鶴乃ちゃんまで凍ったような気がしました。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 第七章はチームみかづき荘が全員集まるまで終わりません。ゲーム続行です。

 明日は既にかもれとなぎたんとの予定を入れているので、救出はだいぶ遅れそうですが……なぜかゆりちゃん達は今から助けに行く気満々なので、これを利用してそのままさなフェリのいる場所へと直行します。もう真夜中の十二時回って深夜なのに今からまた出かけるとかご苦労様やでホンマ……

 

 今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




一方その頃さなフェリは……

「フー、ズルッ、ズルッ……」
「この寒い中で食うカップ麺は最高だなー。トマトスープもうめー」
「明日の分無くなる……明日の分無くなるこれ……でもうま……」

白羽根の人と共に、カップ麺を啜っていた——


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Part11 : わたし達にも相談してよ

 風が吹いた。その風に乗った雪が体を叩き、確実に熱を奪ってゆく。背負ったいろはから感じられる熱も同じように弱くなっていっており、このままだと二人揃って凍え死んでしまう事は明らかだった。

 

「やちよ、さん……わた、私なんだか、暖かくなってきました……」

 

 いろはが縁起でもない事を話す。寒い中暖かく感じてきたら、それは息絶えてしまう兆候なのだというのを以前に聞いたことがある。

 

「しっかりして……! こんな所で眠りなんかしたら、これから毎日マグカップに唐辛子塗ってやるわよ……!」

「普通に、嫌ですねそれ……大丈夫ですよ……勝手にいなくなったりしませんから……グゥ……」

「言った側から寝ないでよぉ!?」

 

 いろはの顔を直接見ようとして振り向き、そのせいで積もった雪に足を取られ、私は背負ったいろはごと転んでしまった。怪我こそしなかったものの、転んだ際の衝撃で私達の体に纏わりついた雪が、無慈悲に体温を奪っていく。

 一体どうしてこんな事になったのかしら。数十分前か、数時間前か。とにかく今より以前の事を思い出す。

 

 あれは、ゆりさんを助け出した後の事だった。みかづき荘に帰宅して、みんな疲労困憊だったからそのまま眠ろうとして……ゆりさんの一言で、二葉さんとフェリシアの救出がまだな事を思い出した。

 幸い、居場所についてはゆりさんが知っていた。なんでも、みふゆの手引きで白羽根が身柄を預かっている状態なのだとか。

 

「里見メディカルセンターの近くでウワサ守護の任に就いているはずだよ。あそこはウワサが密集していて、七海さん達がウワサを消して回っているのなら絶対に来るはずだから、って事であの付近に配属したのだとか。結果はコレだったみたいだけどね」

 

 そう、ウワサが集中している箇所がある事自体には気付いていた。でも工匠区北のウワサの空白地帯にばかり目が行っていて、密集地の方は実際に調査を行う事さえしなかった。だから、みふゆの思惑通りに二葉さんとフェリシアと合流する事は叶わなかった……

 場所が分かっているのなら今すぐ助けに行こうと全員が思ったけれど、ゆりさんはウワサから剥がした時のダメージが今更来たのか時間差でダウン、鶴乃は明日も万々歳のシフトがあるので辞退、という訳で、動けるのは私といろはだけだった。

 もう日付も変わろうかというぐらいの遅い時間だったから私一人で行こうとしたのだけれど、そんな私の考えをいろはは断固拒絶して無理矢理に付いてきた。この時のいろはの断固拒絶を逆に断固拒絶してやはり一人で行くべきだったと今は後悔してる。

 

 何があったかといえば……里見メディカルセンターの近くまで来た時、不意に現れたウワサの中へと引き摺り込まれてしまった。

 そのウワサの中は吹雪吹き荒れる極寒の地で、ぽつりぽつりと生えた針葉樹以外には何もない所だった。シベリアかどこかかしら。

 

 ウワサの本体を倒せば元の神浜市に戻れるはずだと考えて、私といろはは互いにはぐれないようにしながらも、本体を探す為に吹雪の中を移動し始めた。

 でも歩けど歩けど景色にはなんの変化もなく、何かを見つけるよりも先に体を冷やし過ぎたいろはがダウンしてしまった。

 だけど針葉樹以外に雪を防げるような場所も道具もないため、私はいろはを連れながらずっと歩くしかなかった。……その結果が、これよ。いろははこの極寒の中ほぼ気を失い、私は……いま転んだ時に、足を挫いていたみたい。

 ほんと馬鹿ね。怪我はしなかったって思ってたんだけど、体が冷たすぎて痛みに気付かなかっただけだった。立とうとして足が動かなくてまた転んで、そこでさっき挫いたんだなという理解が追いついた。こうなってしまったら、もう歩けない。

 

 積もった雪に身を委ねたまま、私は考えた。

 魔法少女って、お腹に銃弾を受けても、手首より先が無くなっても、魔法をかけて少し安静にしてれば治るぐらいには頑丈なのよね。なら、寒さにはどうなの?

 この吹雪の中をたかが冬服でしばらく動けた以上、一般人より強いのは間違いない。でも、いろはを見る限り、ずっと平気でいられるほどではないらしい。つまり、魔法少女は寒さで死ぬ。

 その考えに至って、体の芯の冷えが、一層酷くなったような気がした。ここで死ぬんだという考えが心のどこかで確信を帯びてしまったのだろう。あぁ、こんな事ならみかづき荘に帰った時、マフラーの一枚でも追加で持ってくるんだった。それでこの吹雪がどうにかなったとは思えないけれど、過去の行動の一つ一つに後悔をしたくなったのだから仕方ない。

 いろはの体を手繰り寄せる。目は閉じていて、そしてピクリとも動かない。死んだように眠る彼女を抱きしめる。当然ながら、冷え切った体からは体温のかけらも感じ取る事が出来なかった。

 

「いろは……」

 

 名前を呼んでも当然ながら返事はなかった。……私も眠くなってきた。ごめんなさいいろは、こんな事になってしまって。やっと妹さんの行方が分かったというのに……

 

 目を閉じようとして、視界の端に映るそれに気付いた。明らかに人工的な……ランタンか何かの光が、空中を漂っているのが見える。私達の他に誰かがいるのかと思ったけれど、即座にそれを自分で否定した。

 神浜市ぐらいの気温の所から突然こんな極寒の地に放り込まれて、満足に行動のできる一般人などまずいないだろう。しかもランタンなんて携行している確率は更に低いはず。どちらかと言えば……そう、ウワサの使い魔がやってきたと考えた方がまだ納得が行く。弱った私達に止めを刺しに来たのだ。

 抵抗は出来ない。指の一本も動かないし、魔力も働かせられない。ここで殺される他に出来る事なんて、何も無い。

 せめて最期が安らかな物になりますように。そう願いながら、私は運命を受け入れ、目を閉じた。

 

 

 

 ——なにか、周りが騒がしいような……

 

「おーい。いろは、やちよ、起きろ。メシだぞ」

「あまり揺らさんといたげんでよ、低体温症やったんやから」

 

 目を開けてみる。景色が一変しており、眠っていた間にどこかに運ばれたのだろう事が想像できる。体を覆う雪は無く、代わりに毛布で包まれているようだった。

 

「えーでもせっかくのメシが冷めちゃうぞ?」

「ええのええの。そん時はまた温めればええって」

 

 暖炉付きのログハウス、だろうか。その床に敷かれた毛布を布団代わりに、私は寝かされていた。隣にはいろはもいて、同じように毛布に包まれている。

 部屋の中央にはフェリシアと、二葉さんと……白羽根がいた。彼女が二人の身柄を預かっていたという人物だろう。しかし、どうしてここに……? 

 フェリシアがこちらにやってきて、そのまま私の顔を覗いた。その手にはスプーンと缶詰が握られている。

 

「なんだ、起きてんじゃん」

 

 未だ痺れたように動かしにくい体から、情報を得る為に言葉を絞り出した。

 

「ここは、どこなの……?」

「あ、ここか? ウワサの中だよ。電波塔の近くの、路地裏とか……そんな感じの目につきにくい所を歩いてると、ここに放り込まれちまうんだ。四六時中雪が降ってて、寒いったらありゃしねぇ」

 

 そんなフェリシアの言葉に更に続けて、白羽根が補足をした。彼女がウワサの担当なのだろう。

 

「そうして吹雪の中を力尽きたらエネルギーを貰うってウワサなんだけど、最近新しい事が分かってん。死にかけの人助けた方がより多くのエネルギーが取れたんよ。だからこのセーフハウスを作って、倒れた人を運ぶようにしてるんだ」

 

 そのまま命を奪うより、生き残らせた方がエネルギー回収量の多いウワサ、か。今までエネルギーの回収量という観点からウワサを見た事は無かったけれど、このウワサが特異な物であるというのはこのセーフハウスの存在から理解できる。他のウワサには死にかけてから助けるなんて構造は無かったからだ。

 どこの地域のだかよく分からない方言の混じる彼女は、二葉さんとフェリシアを指して、心底呆れたような声色で話を続けた。

 

「それで、あんたが梓さんの言うてた七海さんって人でしょ? この二人連れてってよ。大食いでいくら食べ物持ってきても一晩で食い切りやがるんよ」

「んだとー? 大食いなのはオマエもだろ、てか缶詰の一個一個が小せぇんだよ。もっと大きいの持ってこいよ、ほら、ケバブ屋が店に持ってるでけぇ肉みたいな」

「無茶言わんといて」

 

 ここにある食べ物、缶詰やらカップ麺やらはみふゆに頼んで外から持ってきているのだそう。管理上ウワサの中に籠る必要があり、考えて食べないと途中で飢えてしまうのにこいつはと呆れたように言う白羽根に、フェリシアが更に噛み付いた。

 そんな騒ぎの中、私の隣で新しい物音が鳴った。いろはの毛布が擦れる音だ。うるさいから起きてしまったのかしら。

 

「う、うーん……ゆりちゃんいないの……? じゃあ私がご飯作るから待ってて……」

 

 いろはは寝ぼけた様子で毛布から這い出て、周りを見渡し……そこで目が覚めたのか、驚愕の表情を浮かべた。

 

「ここ……もしかして天国!?」

「違うわよ」

 

 まぁ、でも、いろはがそんな突飛な発想に至るのも仕方ないのかもしれないわ。さっきまで確かに絶体絶命の状況だったんだもの。いきなり暖房の効いたログハウスに入れられたら、天国と勘違いしてしまうのも分かる気がする。

 

「ほら、食べんさいな。トマトリゾットと余りのツナ缶と、あとマシュマロもあるよ」

 

 白羽根の出したそれに、いろはは怪訝な目を向けて、その後に私に顔を向けた。記憶ミュージアムの事があって、疑わずにそのまま口にしていいものか悩んでるみたい。そこで私に判断を委ねる辺りが、なんだかおかしくって。自然と口から笑いが零れ出した。

 

「ちょ、なんで笑うんですかやちよさん!」

「うふふ、うふっ、ごめんなさい。この白羽根は信頼していいわよ。頂きましょう」

 

 毛布から出て、暖炉の近くで乾かしていた私たちの制服を返してもらって、食卓についた。

 みかづき荘の食事当番はゆりさんが一手に担っていて、毎日おいしいご飯を食べていたせいで舌が肥えていたのだけど、そんな私の目から見てもこの料理は美味しそうに見える。部屋は暖かいし、隅にある棚にはボードゲームの類が詰まっている。これは、あれね。

 

「心配して損したかも」

「なにを〜? これでもここに来た初日の頃には寂しいーってうるさかったんだぞーさなが」

「えっ、私ですか……うるさかったのはフェリシアもじゃないですか、素直に寂しかったって言えないんですかあなたは」

 

 私たちのいない間に二人も仲良くなったみたいで、以前にあった他人行儀のよそよそしさは完全に消えていた。なんならちょっと当たりが強くなってないかしら。

 

 ご馳走様。最初の印象に見合った美味しいご飯だったわ。

 ……ああそうだ、みかづき荘にいる皆に連絡を入れておかないと。しばらく帰れてなかったから、心配してるはずだわ。そう思ってスマホを取り出したのだけど、無線LANもLTEも反応なし。電話一つかける事さえ出来ないぐらいここには電波が皆無だった。

 

「あ、ワイファイならねぇぞ。てかあるならオレがまずみかづき荘に連絡入れるだろ」

 

 確かにそうね、今までウワサの中で電話をしようなんて考えたことも無かったから気づかなかったけど、ウワサの中にまで基地局からの電波は届かないわよね、さすがに……

 そして状況が落ち着いて、その中でふと思い浮かんだ事を質問した。

 

「そういえば、二人はそのまま帰ってはこれなかったの? そっちの白羽根の人も事情は知ってるんでしょ?」

「あ、それは自分から。あくまでもみかづき荘の人らに奪われたってポーズを取りたいから、直接そっちには帰せなかったんよ」

「それで代わりに私達と顔を合わせる可能性が高いウワサの防衛に就かせた、と」

「そう。で、エネルギー回収方法の都合上ウワサの中に常在するから他の羽根と関わる機会がほとんど無くて、かつ担当の羽根がマギウスではなくあくまで解放にのみ忠誠を払っている自分である、このどこでも遭難のウワサに二人が配属された、って話」

 

 ど、どこでも遭難のウワサ……? その名前はどうにかならなかったのかしら……

 

「ウワサの外へはいつでも行けるから、もう少し休んだら帰るとええよ。エネルギーは回収済みだから、ウワサの方もパッパと帰してくれるだろうし」

 

 食べたばかりですぐには動きたくなかったし、その言葉に甘えて、羽休めといく事にしようかしら。あぁ、でも、講義があるのが後の方の私はともかく、中学のいろははあまりゆっくり出来ないわね。二葉さんとフェリシアもそうだし。

 ゆりさんと鶴乃に事情を話す時間も考えたら……ウワサから出る為の移動時間もあるし、今から動いた方がいいかもしれないわ。白羽根の人の厚意には申し訳ないけど休憩は終わり。

 

「二葉さんとフェリシアも準備して。学校遅れるわよ」

「オレは構わねーけどよ、いろはの方は大丈夫なのか?」

「私も大丈夫。もう動けるよ」

 

 少し眠そうな顔ではあったけど、問題はないみたい。さて、出発しましょうか。

 

「ごめんなさいね、しばらく面倒を見てくれてたみたいで」

「構へんよ。梓さんに受けた恩の一端をこういう形で返した、それだけやし」

「それでもいいの。ありがとう」

 

 ログハウスを出て、はぐれないよう互いに手を繋ぎ合い、横一列になって吹雪の中を進む。ここを出たいという意思さえ持っていれば、どのように歩いてもウワサから出る事が出来るのだそうだ。

 

「……あの。このウワサは、消さなくても良いんでしょうか?」

「いいのよ。そりゃあ多少怖い目には遭うけれど、それでもあの白羽根の人がいる限りは、ここで犠牲者は出ない。だから放っておいてもいいのよ。そもそも本体が見つからないから消しようが無いってのもあるけれどね」

「そういうものなのでしょうか」

「そういうものなのよ」

 

 ところでものすごい寒いのだけどいい加減ここから出られないかしら……?

 そう思った頃に吹雪が止み、瞬きを挟むとそこは里見メディカルセンターの目前だった。さっきまで見ていたのが幻だったのではないか、そう思えるぐらい雪が綺麗さっぱり消えており、気温も神浜市のこの時期の平均ぐらいに落ち着いている。

 さて、帰りましょうか。ゆりさんと鶴乃は流石に寝てる、わよね。こんな時間まで起きて待っているなんてのは無いはず……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 寝て起きたら二人とも帰ってきてました。これにて第七章クリアです。

 いやぁ、すぐ戻ってくるかなと思って待機してたんですが、中々帰らないので時間スキップの為に就寝しました。これならもっと早く寝てよかったですね。今度同じ状況になったらその時は即座に寝るようチャートにちゃーんと書き込んでおきます。

 

 第八章 偽りに彩られ神浜

 

 放課後までスキップして、操作再開です。前日に約束していた情報交換会に出向きます。会場はなぎたんの働いているメイドカフェです。イクゾー!

 

「これが当店自慢の一品、はぁとふるオムライスだ」

「は、hurtful……?」

「違うぞ。heartfulだ」

「違いが分かんねーぞ」

 

 ゆりちゃんがフェントホープへの潜入捜査をして得た情報、エンブリオ・イブの実在とワルプルギスの夜を呼ぶプランの存在をここで話しておきます。

 この話に対する反応はそれぞれですね。ベテラン組は舞台装置の魔女の脅威を知っているが為に恐れ、新人組はなにそれと頭上にハテナを浮かべ……

 ……え? なんでほむらちゃんもいる……まどかちゃんとさやかちゃんもいるー!?

 あ、これあれだ。アナザーストーリーでアリナの結界に足止めされるはずが、巡り合わせが良くて神浜市に直接来たんだ。こうやって会談に参加している理由は分かりませんけど……多分ワルプルギス関連ですかね……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「……えと、鹿目さんまでいるけどそっちは大丈夫なの」

 

 虹絵さんにまず言われたのはそんな心配でした。私の時間遡行に関してですけど、正直、鹿目さんには誤魔化す事が出来ないほどのミスをやらかしてしまったので、もう良いかな、って思ってます。

 

「はい。大丈夫です」

「そっか。……その、ごめんね。メールの文面もうちょっと考えればよかった」

 

 鹿目さんには虹絵さんから送られたメールの内容を、そのまま見られてしまったんです。私はあなたが時間遡行をしている事を知っている、ワルプルギスの夜を倒せるかもしれないので情報提供を願えないか、と、そんな感じの内容でした。

 私宛てのそのメールを偶然見てしまった鹿目さんは、一体どういう意味かと私に詰め寄って来ました。そんな彼女に、この会談の場で話すからと言ってしまったので、鹿目さんはついて来てしまったのです。美樹さんもいるのはついでです。

 でも、この事……鹿目さんにメールを見られた事についてはまだ話していません。なのになぜ虹絵さんの口からメールについての事が出て来たのでしょうか。そんな私の疑問に答えるかのように、虹絵さんが話を続けました。

 

「じゃあまず先に私について話そうかな。私の固有魔法は読心。その時々に人が考えている事が読める。暁美さんの事情についても、この固有魔法で知ったんだ」

「「「「「えぇーっ!?」」」」」

 

 虹絵さんのカミングアウトに五人、鹿目さん美樹さんと、それから十咎さんとそのチームメイト二人が驚愕の声を上げました。その他の環さん達はもう虹絵さんの固有魔法を知っていたようで、特に反応は上げませんでした。

 

「ど、読心って事は、テストしてる時も簡単にカンニング出来ちゃうって事!?」

「さやかちゃんその使い方はあんまりだよ……でも凄いな、読心って。それって他の人に打ち明けられないような深い悩みを持っている子がいたとして、その子の事を理解してあげられるって事なんだよね?」

「え、レナ初めて会った時ゆりの事邪魔とか思っちゃったんだけど」

 

 心の内を読めるというのなら、私の時間遡行について知っていたというのも頷けます。口には出さなかったけど考える事は平気でやってたから。

 

「そう。だから、暁美さんの秘密についても知り得た。……その秘密を、他の人にも話して貰えないかな? もしもワルプルギスの夜がやって来てしまった時の対応は、暁美さんじゃないと出来ないと思うから」

「もちろん。その為にここに来たんです」

 

 私は、以前の出来事について話しました。見滝原にワルプルギスの夜がやってきた事。街を壊滅させられ親友を失ったという結末を変える為に、契約を交わした事。そして時間を巻き戻した後の二週目の時間軸では、ワルプルギスの夜は倒せたものの、代わりに鹿目さんが魔女になってしまったので、もう一度時間を巻き戻した事。なので、現在は私にとって三週目の時間軸である事。

 

「だから、今度こそワルプルギスの夜を倒したいと思っています。街が文字通り吹き飛んでいくのを見るのも、鹿目さんやみなさんが死ぬのを見るのも、もうたくさんですから」

 

 そこまで話し終えた時、鹿目さんが私に抱きついてきました。……泣いてる?

 

「ごめんね、今まで気づかなくって……そんな大変なことを一人で抱えてたなんて」

 

 鹿目さんは私の事に私よりも悲しんでいました。私自身は鹿目さんの為に過去に戻った事を大変だとは思わないし、後悔もしていなくて、障害についてだって既に決意を固めているんですが……

 そんな私に美樹さんが声をかけてきました。もしかして鹿目さんを落ち着かせる為の助け舟を出して貰える……?

 

「いやぁ、まさかタイムトラベラーだったとは。以前の時間軸でもあたしと会った事ある? 前のあたし、どんな感じだった?」

 

 助け舟じゃなかった。まぁ、でも、気になりますよね。そこは。前世とは違いますけど、違う世界の自分がどんな事をしたのかは知りたくなるのも分かります。

 

「そもそも魔法少女にはなってませんでした。ただの同級生の友達だったのが、この時間軸では契約していると知った時は驚きました」

「そっか。一般中学生さやかちゃんだったかー」

 

 それより、鹿目さんをどうにかしてほしいです。泣きつかれるなんて経験無くて、どうしたら良いのか分かりません……

 

「知らない。存分に泣きつかれるといいよ」

「え、えぇ〜?」

 

 エスパーみたいな事しないで、そのまま助けてくれてもいいじゃないですか。確かに私は鹿目さんを守る私になりたいと願いはしましたけど、こういう事じゃないんです。

 私の戸惑いに気付いたのか、鹿目さんは泣くのをやめて、顔を上げました。でも抱きつくのはやめてくれません。

 

「困らせちゃったね、ごめん。ほむらちゃんや他のみんなが死んで、でもまたこうして顔を見る事が叶ったって考えてみたら、悲しくて嬉しくて心の中が訳分かんなくて……今度はその悲しい事が起きないようにするんだよね。……もっと早くわたし達にも相談してよぉ!」

「あわ、あわわわわわ……」

 

 今度は怒り始めました。どうしたらいいの。教えて鹿目さん……あ、いや、その鹿目さんが怒ってるんでした。

 とりあえず、今はもっと大事な事を話さないといけないので……鹿目さんの事については、先延ばしにしてしまいます。

 

「鹿目さん、その話は後でしましょう。今は、ワルプルギスの夜について考えないと」

「うん、そだね……みんな、その為に集まっているんだもんね」

 

 まずは、ワルプルギスの夜というのがどういう存在なのかを知らない人に向けて説明しました。長く魔法少女をやっていれば自然と耳にする、伝説級の魔女。自然災害のように、向かって来たら逃げるしかない存在。

 

「だけど、ここにいる魔法少女達が全員協力すれば、たとえ自然災害が相手でも逃げる必要はありません。立ち向かう事も出来るし、打ち勝つ事だって出来るはずです」

「ふんふん。最終的に魔女化してしまいはしたけど、一応は鹿目さん一人でも倒せはしたんだもんね。だったらみんながいるなら負ける筈が無いよ! なんなら街の被害だって出さずに済むかも!」

「いや。戦いすらせず、そもそも現れないように出来るんだから、確実な方を選ぼう」

 

 次に、虹絵さんからマギウスのやろうとしているワルプルギスの夜の招待についての概要が話されました。

 

「マギウスは、神浜市内にある基地局を乗っ取って、1420.4……いくつだっけ。まぁ、要するに魔女を呼び寄せる電波を発しようとしてる。これを止める事が出来れば、そもそもワルプルギスの夜はやって来ない」

 

 もしも仮に、妨害に失敗してワルプルギスの夜が来てしまった時は。誰かが挙げた疑問の声に、私が返答をしました。

 

「その時は巴さんのような、強力な魔法を使える魔法少女が必要になります。私の時間停止を使って絶え間ない攻撃を行い、速攻撃破を目指します。出来なければ神浜市は壊滅します」

 

 私の言葉に場の空気が冷えました。失敗した時の事が重くのしかかって来たのでしょう。代償が街の破滅というのは、あまりに重すぎる。だからこそ確実な対策を施す為に話し合いが続けられました。

 

「失敗を想定しない訳にはいかないな。でもその巴マミさんの魔法って、鶴乃が言うにマジの弾幕が作れるぐらい強いんだろ? そんな魔法が使える魔法少女っていうと……あ、ゆりの魔法はどうなんだ? ほら、長物使うじゃん」

「私のライフルだとワルプルギスの夜に対する有効打にはなりづらいかも。細い弾頭と高い飛翔速度からなる貫通力で誤魔化してるだけで、威力そのものは巴さんに比べるとどうも、ね」

「ならばマギウスに捕らわれている巴君の救出も視野に入れるべきだな。この場には十三人もの魔法少女がいる。ワルプルギスの夜の招待の妨害も結構だが、数名は巴君の捜索を行った方がいい」

「そうね。各地で羽根から基地局を守りながら、同時に巴さんも探すようにしましょう。彼女は今はマギウスの翼所属だから、戦っていれば自然とどこかで出会うはず。もしも出会ったら見滝原の子かもしくはゆりさんを呼んで。洗脳が解ければ、巴さんは私たちの味方になってくれるはずよ」

「えーと、で、まとめるとオレ達はどうすりゃいいんだ?」

「神浜市内にある基地局の支配権を巡ってコンクエスト。勝利条件はマギウスの翼より多くの基地局を抑え続けるか、もしくは巴マミってやつを見つけて洗脳を解く。フェリシア、ちゃんと理解できた? 失敗したら街が地図から消えるんだから、しっかりしてよね」

「レナちゃんがしっかりしてる……珍しいなぁ」

 

 やいのやいのと騒ぎ出した人は放っておいて、これで話は終わりました。行動開始です。街の命運がかかっているからか、誰もが表情を強張らせていました。もちろん、私もその一人です。なんだかんだで今まで魔女と戦ってきましたが、魔法少女と戦うのなんて初めてです。どうしても緊張してしまいます。

 そんな私たちの様子を見かねたのか、虹絵さんがある事をしました。

 

「いろはちゃん! 音頭を取って!」

「え、えぇ〜?!」

 

 そう、無茶振りです。環さんはどう見ても音頭を取れる性格はしていません。なのに虹絵さんは環さんを指名しました。

 

「ほら、十三人なんて大所帯だから、リーダーが必要でしょ? だからお願い!」

「えと、やちよさんとか、十七夜さんとか、他に私より適任がいるんじゃ……」

「あぁ、私がリーダーになったら、仲間がみんな死んでしまうかもしれないわ。私は怖いわ〜」

「なんだ七海、その感情の一切が抜けたような声は」

「いや言ってないで十七夜もやんなさいよ、ほら……」

「む……む? そうだな、自分がリーダーになったらみんなマギウスの翼になってしまうかもしれないな」

 

 そんな七海さんと和泉さんの言葉に、環さんはなんだかショックを受けているようでした。そんなに私をリーダーにしたいんですかとか小声で呟いてました。大丈夫かなこの人たち。

 

「分かりましたよ、私がやりますよ! ……音頭をとるって、何すればいいんですか?」

「ふんふん! 何か一言あればいいんだよ! 何かお願い! 五、四、三——」

「え? えええぇぇぇ!? え、えと、その……チ、チームみかづき荘ー! が、頑張るぞー!」

「「「おーーーー!」」」

 

 声を上げたのは難題をけしかけた七海さんと虹絵さんと、あと途中から乗っかった由比さんだけでした。みかづき荘住まいだという深月さんと二葉さんは、チームメイトの様子に困惑している様子。

 

「なんだあれ」

「さ、さぁ……」

 

 あと、私たちはみかづき荘関係ないんですけど、チームみかづき荘という命名で本当にいいんでしょうか……? 疑問は絶えませんが、緊張が解けたのは確かです。さぁ、あっちの騒がしいのは放っておいて今度こそ行動開始です。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 ワルプルギスの夜招来の可能性を共有する事により、これの妨害を実施可能になります。妨害に成功すれば決戦にワルプルギスの夜が現れないという大幅なアドバンテージを得る事が出来ますが、失敗した場合はこの世界線を無為にする他無くなります。得られるはずだった大幅なアドバンテージが得られない事になったら当たり前だよなぁ?

 

 会談はこれで終了です。この後帰ろうとすると、そこの道端で洗脳状態の巴マミと再会しま……待って、そのゴーグルなに。巴マミはウワサのゆりが付けていたものと同型のゴーグルを装着していました。

 ……あぁ、読心魔法がブロックされてます。使用するだけで自動的に心が通じ合っているという判定が発生する、融合ウワサキラーな読心魔法の性質への対策で付けているようです。

 予想はしてたけどやりやがったな里見灯花。正攻法で剥がすか、もしくはゴーグルを先に取るか、いずれにしても手間を増やしやがりました。

 

 ここで出会ったマミさんは開口一番に宣戦布告を行ってきます。貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ。パパパパパウワードドン。

 マギウスの代理で行われたマミさんの宣戦布告の後、マギウス達は自重を捨てます。羽根達を死兵として使い捨て、魔女をまきびしの如くばらまきまくりやがります。

 で、マミさんですが、あくまで宣言をしにきただけでここで本格的に戦うつもりは無いらしく、そのまま立ち去りました。まどかちゃん達を見ても、あ、こっち来てたんだ、ぐらいの反応しか返しません。洗脳が強化されているのでしょう。

 この場で戦ってしまうと、運が悪ければワルプルギスの夜の方が手付かずになってしまいます。なのでこの場は大人しく見逃し、後でゴーグルを確実に奪えるような戦力が集まったタイミングで戦う事にします。

 

 で、ここから決戦まで休まる暇は無いので、事前にトイレには行っておいた方がいいです。戦闘中に尿意をもよおしたらRTA終わります。という訳でトイレに行ってきます。

 

 今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




実は最近になってクッキークリッカーにはまりました。現在は秒に百澗枚のクッキーを焼く為に奮闘しております。目指せクッキー総生産量一那由多枚。

「僕と契約して、もっとクッキーを作ってよ!」
「えぇ、もちろん!」


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Part12 : 最強魔法少女の到着だよ

 はーさっぱりした。

 突然ストラテジーというか無双系みたいな感じになったゲームの続き、やっていきます。

 

 各区に一つずつ存在する基地局ではマギウスの羽根がワルプルギスの夜の招待に向けて準備を進めています。この準備が完了する前に基地局を奪い返さなければなりません。

 ですが、全員で纏まって動いてしまえば奪還は間に合いませんし、逆にばらばらに動けばマギウスの用意した魔女によって各個撃破されてしまいます。ではどうするかというと、現地人を使います。

 

 第八章になると各地にいる魔法少女との顔合わせが解禁されます。今まではDLC限定要素だったので顔を見ることさえ叶わなかったあんな子やこんな子との友好の環が広がリング(死語)

 各地にいる魔法少女とは出会う事でこちらに加勢してくれるようになります。これを利用し、出会った魔法少女を対マギウスの翼に駆らせる事で、人手不足を解消します。

 

 というわけで、効率的に各所の現地人を巻き込んでいくため、とりあえず三手に分かれます。人員構成はチームみかづき荘、かもれトライアングル、見滝原組withなぎたんという風にします。見滝原組は調整屋を利用していないプラス対人戦のできる巴マミと佐倉杏子が不在でパワーが低いので、なぎたんを混ぜて補強を図っています。

 

 かもれトライアングルには南凪区と、栄区、水名区を回ってもらいます。見滝原組withなぎたんは工匠区、中央区、参京区の担当です。そしてゆりちゃん含むチームみかづき荘は大東区と新西区の二つを見ていきます。北養区は出会える魔法少女がいないので現時点では無視です。

 

 大東区では桑水せいかを始めとする団地組、および眞尾ひみかと会うことが出来ます。

 団地組はバイバイまた明日DLCの主役を務めた魔法少女チームですね。神浜大東団地に訪れた混沌の種による騒動を描いたイベントストーリーでした。

 眞尾ひみかは主役のイベントこそないものの度々登場しており、私の中ではFM神浜における印象が強いです。チョコレートを甘い土と呼ぶボケが本当にボケなのか疑わしく思ってしまうぐらい貧乏な子です。まぁ本人は強く生きてるし大丈夫か……

 基地局に向かう経路に神浜大東団地が重なるようにします。団地組の実家ですからここが最も遭遇率が高いのです。ひみかちゃんの方は家がどこにあるのか私が知らないので偶然出会えればラッキーぐらいの気持ちです。事前調査? 知らない子ですね……

 

 あ、団地組に遭遇しました。おっすおっす、元気だった?(初対面)

 ゆりちゃんとはガチの初対面ですが、やちよさんと鶴乃ちゃんが知り合いなので二人に事情の説明を任せます。団地組はメインストーリー第一章が始まるよりも前に起きた事件の際に共闘した事もあり、こちらの事情を知ると手伝いを申し出てくれます。事件に関しては散花愁章DLCを参照。

 やちよさんは団地組の手を借りる事に反対してますね。団地組の実力を低く評価しているのと、そもそも人に頼る事をあまり良く思わないせいですね。ですがここまでに築き上げてきた好感度を利用してごり押しで認めさせます。言うほど団地組は弱くないし、黒羽根ぐらいなら全然相手に出来るでしょ(適当)

 当人たる団地組がやる気に満ち溢れていたのもあり、危険だと思ったら即座に逃げる事を約束する代わりにという条件付きで承諾を頂きました。ヨシ!

 

 団地組も連れて、基地局にやって参りました。既に黒羽根達が待機していたので、それを蹴散らします。団地組に加えてチームみかづき荘も参戦するので、負けは万が一にも有り得ませ……あれ? やけに強いな……

 

 ふーっ、かなり集中して戦って、やっと全員を倒す事が出来ました。普段はある程度ダメージを与えたらそれで相手が戦意を失うんですけど、今回はなぜか気絶するまで戦い続けていました。明らかに異常です。……これは、まさか。胸元にかけてある羽根達のペンダントを調査してみます。

 ……あぁ、やっぱり。起動してるっぽいです。受信ペンダントのウワサが。

 

 あれぇー? 受信ペンダントのウワサによる羽根の暴走が起こるのって、基地局を乗っ取り終わって、21cm線を発信してワルプルギスの夜の招来が確定してからのはずなんですけど。

 暴走中は待ち伏せぐらいならともかく制圧及び工作なんて器用な真似は出来なくなるので、あくまでもワルプルギスに拘るなら受信ペンダントのウワサをこのタイミングで使うのは明らかに悪手。

 まさか、最初からワルプルギスの夜を呼ぶつもりは無かった? ……なるほど。そういう事か。

 ——またやりやがったな里見灯花ァァァァアアアア!!!!

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「このペンダントが、羽根の正気を奪っていた、って。それってゆりちゃんにかけられていた洗脳みたいな……」

「そう。洗脳で自由意志を奪われて、みんな神浜市の魔法少女を殺す事ぐらいしか考えられなくなってる」

 

 こ、ころっ……そんな……灯花ちゃんがそこまでするだなんて……

 

「……ワルプルギスの夜を呼ばせない為に一刻も早く基地局を取り戻さないといけないからって、三手に分かれちゃったよね。でもマギウスにワルプルギスの夜を呼ぶつもりが無くて、代わりにわたし達を消すつもりなのだとしたら……」

 

 この状況って、羽根からしたらやりやすいんじゃないかな——その鶴乃ちゃんの言葉に、肝の底が冷えたのを感じました。

 

「まずいわ! 私はももこの方に連絡するからいろはは鹿目さん達の方に電話して! 分断された!」

「で、電話が繋がりません! まどかちゃん達だけじゃなくて、どこにも!」

「やられたわね……」

「やばいのは私達だけじゃないよ。洗脳の内容から見て、神浜市内にいる魔法少女全てを無差別に狙ってる。ウワサで魔力が強化されてるから惨事は確定かも」

 

 神浜市にはたくさんの魔法少女がいます。れんちゃん、エミリーちゃん、ひなのさん、梨花ちゃん……あとえっと……ドアさん……? 私が知ってるだけでこれだけいて、しかもその知り合いの知り合いの魔法少女も相当に多い。それら全員が危険に晒されているというのです。もしかしたら死ぬかもしれないような、そんな重大な危険に。

 

「まずは他のグループと合流する。情報も方針も共有出来てないから。七海さん、あっちは今はどう動いてると思う?」

「仮に私達が当たったのと同じ規模の羽根の一団と交戦したとしたら、十七夜の方は倒したか、撤退したか。状況を知らないのならあまり動き回らないと思う。ももこの方は撃破も撤退も出来てないかもしれない。レナは強いけど時々ミスをするし、かえでも一人で魔女を狩る実力は無い。それでもチームとして戦うなら全然大丈夫だと思っていたけれど、前提が変わった。ももこの方を先に見にいきたいわ」

「確かに、そもそもの人数が一番少ないからこの強さの羽根に囲まれてたらどうにも出来ないかも。早く行ってあげようよ! わたし達が行けば、状況を変えられるよ! ふんふん!」

 

 異論が出なかったので、こちらの方針は固まりました。まずももこさんの方に合流する。その後に十七夜さんとも会って情報と方針の共有をして、各地の魔法少女の救出を行う事になりました。

 あと、せいかさん達にはやちよさんが今すぐ調整屋のところに行くようにと言いました。事情を説明して避難場所として使わせてもらえるように掛け合って欲しいとの事です。

 仲間のはずの羽根を洗脳して使うなんて、灯花ちゃんは何を考えたのでしょう……?

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 基地局には既に電波妨害の工作がされており、ワルプルギスの夜の招待は不可能な状態にある事から、確保の必要が無くなりました。

 代わりに受信ペンダントのウワサによってマギウスの翼が暴走。ペンダントを通じて送られてきた命令に盲目的に従う状態になっています。その命令の内容は、神浜市にいるマギウスに与しない魔法少女を全員殺せ。要するにジェノサイドです。

 

 ここでマギウスの翼により魔法少女が殺害されてしまうと、決戦における利用可能な戦力が低下し、その分エンブリオ・イブの対処に失敗する確率が高くなります。

 Any%レギュレーションにおける第十章クリアの条件にはワルプルギス及びエンブリオ・イブの無力化の他に、環ういの救出が含まれています。つまりうっかり間違ってそのまま撃破したら詰みです。

 なので上手く体力を調整してあげる必要があるのですが、こちら側の戦力が足りていないと継続戦闘が出来ず、体力調整の余裕が少ないです。対処に失敗する確率というのはそういう意味です。

 

 以上の事を踏まえ、ミッション変更です。神浜市各地にいる魔法少女——現地人を救出します。

 まずはミッション変更を伝える為にももこさんとなぎたんに一度会いに行きます。電波妨害により通話が出来ないので直接会わないといけません。まずは比較的近いのとトラブル時の動きが予想できない事からももこさんの方に先に行きます。

 なぎたんの方はその場からあまり動かず通信手段を探るような思考をするのですが、ももこさんの方は自ら動いて情報を探すタイプなので、時間が経ったらどこに行くか全く分からないのです。なので南凪区の辺りにいると分かっている今の内に会っておきたいです。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 目の前を何かが横切って飛んで行った。それは帽子で、かえでの魔法少女衣装に付いている見慣れた物だった。向こうもとても苦戦しているんだろうなというのが伺える。

 黒羽根の放った鎖がソウルジェムを狙って飛ぶ。以前はこんなに殺意たっぷりな奴らではなかったのに。マギウスが本気になるというのはこういう意味なのだと遅まきながらに理解した。遅すぎた。

 

 南凪の基地局に辿り着いた時、レナ達は既に羽根に囲まれていた。だというのにそれに危機感を覚えず、どうせ勝てるからと思って、そのまま戦い始めた。その浅はかな判断の代償がレナ達を蝕んでいる。

 初めにやられたのはももこだった。少しの隙を突かれて足を負傷して、今はその場から動けなくなった所を羽根達に袋叩きにされている。ソウルジェムだけは守っているみたいだけど、いつまで守っていられるか分からない。早く助けに入りたいけど、レナだって三人の羽根に邪魔されて動けない。

 かえでも多分負傷しているんだろうけど、確認してあげる暇も無い。あの子はそんなに怪我とか痛みに慣れていない筈だから、かなり苦しいはず。一刻も早く助けてあげたいけど、レナだって手が離せない。

 

 この状況を一変させる起死回生の一手が必要。でもそんなに都合よくある訳が……いや、あるにはある。

 ドッペルシステム。マギウスが作った、魔女化を回避する為のシステム。穢れの溜まったソウルジェムを自動で浄化する際、副次効果としてドッペルという物が発現する。魔女に近しい力なだけにその存在はとても強力で、例えば今使えばレナでもこの羽根達を蹴散らせる……と思う。

 やれ、水波レナ。正直、怖い。魔女化というのはほとんど死ぬのと変わらない、いや死ぬのより酷い。魔女になったら永遠に絶望を胸に抱えて生きるしかなくなる。万が一ドッペルシステムに不備があってそのまま魔女になってしまったら。後悔してもしきれない。

 だけど、ここでレナが踏ん切り付かなくて、かえでとももこを殺してしまう方がもっと怖い。それにももことは約束した。レナが魔女になったら倒してくれるって。だから、怖くない。

 

「水波レナは、これでっ——」

 

 その瞬間、横から魔力の衝撃波が来た。魔女の魔力構成に似た、でも魔女ほどおどろおどろしくは無い魔力。その発生源は……

 

「かえ、で……?」

 

 そこには、真っ黒な球体があった。その球体からは枝のように触手が生えており、伸びた円柱がまるで嘴のように見える。単体で見れば魔女の風貌のそれの上に、かえでが乗っている。かえでは意識を失っている様子で、だらんと脱力して顔を伏せていた。接着したかのように強固に球体に繋がれた手がかろうじてかえでを落とさないよう支えている。

 それは触手から木の実のように黒い手を生やし、辺りに撒き散らした。黒い手は着弾すると爆発して辺りにペンキのように黒い液体を残す。黒い手がこっちにまで飛んできた。しかもよりにもよって顔に当たった。生温かくて泥みたいな感触だった。顔に張り付くような事は無くて、そのまま滑るように地面に落ちてったから、窒息するような事は無かった。

 ただ、マギウスの翼相手には効果が変わっているようで、黒い液体に巻かれた羽根が悶え苦しみだした。これは……物理的に締め付けられてる?

 

「……ダメ、かえで! それ以上やったらダメ! アンタ、人殺しになるわよ!」

 

 精一杯かえでに向けて叫ぶけれど、かえでには聞こえていないみたい。変わらず黒い手を巻き続けている。

 ももこの方はまだダメージが酷くて動けないみたい。羽根達はかえでの黒い手にやられている。動けるのはレナだけ。だったら、レナが止める!

 

「水波レナは、これでっ——」

 

 バンという炸裂音と共に、かえでの乗った真っ黒な球体が弾け飛んだ。新手の魔法少女の攻撃だった。羽根を締めていた液体はその力を緩めて、それと台座を失ったかえでが地面に頭から落ちた。

 駆け寄りたい。だけど新手がもしも敵だったら寄ったところを一網打尽にされる。それにドッペルを二度も寸止めしたせいかなんだか体が重い。魔女化は無くとも穢れを溜めるのが体に悪いのは変わらない。だからこのままドッペルを出して、それで新手を待ち受けよう。そう考えて改めてドッペルを出そうとした矢先に、新手が顔を出した。

 

「最強魔法少女の到着だよ! 怪我人はいないかー……ってえぇっ!? 何この惨状!?」

「調整屋、は遠いからこの場でとりあえず止血だけしましょう! ももこは私がやるからかえでの方はいろはがやって!」

「はい! ……えっと、この黒いのは触ってもいいんでしょうか?」

「触ってもなんともねーぞ」

「なんだか、インクみたいです……!」

「辺りにインクみたいなのを塗って、自分のナワバリと主張するドッペル、か。……こんな感じのゲームなかったっけ?」

 

 新手、というのはやちよさんの所の人達だった。作戦会議の締めの時にはチームみかづき荘って言ってたっけ。対抗してこっちはかもれトライアングル……は違う気がする。

 良かった、味方だ。そう思うと膝から力が抜けた。その場に座り込んで、自分のソウルジェムを覗く。寸止めのせいで真っ黒だ。いい加減に浄化しないとソウルジェムの中に魔女が生まれそうだわ。

 敵がいなくなった以上ドッペルを出す意義も薄いし、グリーフシードを使ってしまおう。何なのよあいつら、レナが何とかするって決めたのに、それを踏み躙るかのようなタイミングで現れて、全部全部ぜーんぶ無駄だって嘲笑ってるみたいに……

 っ、フゥー……浄化が終わった。やっぱり、穢れが溜まってる状態で長くいるのは嫌だわ。思ってもいない言葉が浮かんでしまう。そりゃあ、寸止めはタイミング悪かったかもしれないけど。レナの気持ちを踏み躙ったり、嘲笑うなんて、そんな事みんながやる筈無いじゃない。

 見れば、さなとフェリシアが、羽根の付けてるペンダントを千切って回っていた。あれは何をやっているんだろ。

 

「はい、今使った分のグリーフシードの補充」

 

 こっちに寄ってきたゆりが一つ手渡してくれたグリーフシードを懐にしまい、それからさなのやってる事について聞いた。

 

「ねぇ、あれって何やってるの? 撃破カウントでもしてる?」

「ドッグタグじゃないんだから。あれはマギウスが洗脳の為に翼に渡したレシーバーを取り外してるんだよ。ペンダントがそう」

 

 洗脳……だから、雰囲気が以前とまるっきり変わっていたのね。強くなっていたのもその影響なのかしら。

 

「そう。マギウスの翼は今ウワサの力で強化されてる。その状態で神浜市内の魔法少女を全員殺しに行ってる危険な状態なんだ。事前に計画してた作戦はすべて中止。神浜中の魔法少女を全員調整屋に避難させるから手伝って」

 

 レナ達と関係ない魔法少女まで対象に含めてるの? それは違うというか、卑怯じゃない? 人質に取っているような物じゃない。マギウス、そこまでするの?

 

「分かったわ。レナは具体的に何をすればいいの?」

「まずはこの後秋野さんと十咎さんを調整屋まで運んで。えーと……あ、七海さーんいろはちゃーん! 最低限の止血が終わったなら、次は十咎さんの足を治して! 本格的な治療は八雲さんに投げるよ!」

 

 ゆりの呼びかけに、二人は担当を入れ替えた。

 

「うん、これで十咎さんはとりあえず歩けるようになると思う。秋野さんは十咎さんに背負ってもらって、水波さんがその護衛をやって」

 

 う、うーん? 護衛は別にいいんだけど、何か違和感が……そっか、呼び方か。

 

「その、水波さんって呼ぶのはやめて。名字で呼ぶ人あんまりいないから、なんだかむずがゆいのよ」

「分かった。じゃあ、レナ。後はお願い」

 

 任されましたよ、っと。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 かもれトライアングルとの合流に成功しました。しかし状況は酷く、ほぼ壊滅の状態でした。これでは救出部隊として動かすことはできません。惜しい戦力ですが、調整屋に置いていく他にないです。死なない事の方が大事だってそれ一番言われてるから。

 

 では続いて見滝原組の方に行きま……あ、ひなの先輩まだ見つけてないやん。

 南凪区では都ひなのと出会う事が出来ます。やちよさんが西のリーダー、なぎたんが東のリーダーなら、都ひなのは南のリーダーと呼べる存在であり、五年という魔法少女歴の長さからくるカリスマ(?)が魅力の魔法少女です。

 この時間なら、南凪自由学園に行くのが会える可能性が最も高いと思います。彼女は化学部の部長を担っており、その活動で今も学園にいるはずです。通信途絶という異常事態も起きましたし、偶然別の所にいなければ、そこから動く事も無いはずです。

 

 はい、偶然別の所にいました。南凪自由学園に行ったところ、居合わせた化学部員がひなの先輩は不在だと言いました。子ども向けの科学実験イベントの為に出払っているらしいです。このタイミングでか。

 イベントの会場は……え、知らない? なんでや……電話も使えませんし、ひなの先輩の事は一度諦めます。探しに行くにしてもどれだけ時間がかかるか分かりませんし……

 

 再度移動して、工匠区にやって参りました。ここの基地局に居れば、なぎたんとも会えるはず……

 おっと、空振りみたいです。基地局には千秋理子しかいませんでした。

 彼女、千秋理子は工匠区の魔法少女です。普段は実家の弁当屋の手伝いをしている子で、齢十一才にして既に死線を越えた事があるという大物です。性格もういちゃんと同じぐらい天使。

 その理子ちゃんですが、なぎたんからの伝言を持ってきました。曰く、マギウスの翼に21cm線を発信する為の工作は不可能と判断、事前に設定したルートを通りながら各地の魔法少女に避難誘導を行うとのこと。マギウスの翼を暴走させているのがペンダントだという情報も既に入手済みな様子。

 うーん、出そうと思ってた指示、出すまでもなく実行してますね。おかしいな、なぎたんはエスパーでもなんでもない筈なんだけどな。物事がスメーズに進むのは良い事なので構わないですけど……

 

 見滝原組の心配は要らないようなので、こちらはあちらの担当外の区を回ろうと思います。かもれが動けなくなったので、元々の自分たちの担当に加えて栄区と水名区もこちらで担当します。

 まずは一番近い栄区から行きます。栄区では加賀見まさら、粟根こころ、江利あいみの三人組と遭遇する可能性があります。

 前者の二人はあの日の一番を超えてDLCに主役として出演しています。まさらちゃんに感情を与えたこころちゃん、こころちゃんに改革のきっかけを与えたまさらちゃん、というように互いに影響を与え合った二人のある日の出来事を描いたイベントですが、白状するとまだ見てません。後で編集終わったら見ます。

 江利あいみは古典的な恋する乙女であり、想い人の自分に対する気持ちが知りたいが為に契約を交わしました。前者二人とは友人のようで、バレンタインの際には想い人にどうやってチョコを渡せばいいか相談しに行った事もあったようです。詳しくはアラカルトバレンタインDLCをどうぞ。

 

 おっと……? 裏画面で栄区のうろつきをやっていたら、人影を見つけました。あのシルエットは……え、御園かりん? なんでここにいるんだ……?

 彼女は栄区出身の魔法少女なので、確かにうろついていたら普通に出会う事もありえなくはない、けど珍しいですね。大体はさっき紹介した三人の誰かと会うのに。

 話をしてみると、どうやら映画を見に行こうとしている所だとのこと。本当はアリナ先輩を誘おうとしたけどそもそもアトリエどころか学校にもいなくて誘えなかったので一人寂しくいるらしいです。可哀想に……いやそもそも映画館って今やってるんですかね?

 まぁ、仮にやっているとしたら映画を見ている間は一般人が周りにいて羽根も手を出さないでしょうし、やっていなかった場合は速やかに調整屋に行くようにだけ言っておきます。アリナもこんなかわいい後輩を放っておくなんて罪な女ですね……

 

 そこからは誰とも会えなかったので栄区での捜索は切り上げて、水名区までやってきました。水名区は伝統や歴史の深く根付いた地域であり、水名の女子は教養を持つよう教育されている……らしいのですが、なぜか水名女学園に在学している魔法少女には変人奇人が集まっております。

 第一バッター、阿見莉愛。名前を呼べないあの人。やちよさんと同じくモデルをしている、天然ものの美少女さんです。しかし一方で芸能界に関して興味を持たない層からは名前を間違えられる傾向にあり、アナザーデイズDLCの時にはかずみに正しく名前を呼んでもらった事を驚きながらも喜んでいました。

 第二バッター、竜城明日香。竜真館という武術道場の家の一人娘であり、薙刀術師範代として日々稽古を続けています。普段は真面目で清楚ですが、一度何かが起こると大変身。何かと腹を切ろうとする自害狂いに大変身。ドッペルにすらその性質が表れている辺り筋金入りです。

 他にもまだまだいますが尺が足りないので省略します。水名女学園は珍しく学校単位でのイベントストーリーが存在していますので、詳しく知りたい方はトリックトラブル学園祭DLCをどうぞ。

 

 今度は誰と出会うかな……水名って新西区程ではないものの魔法少女の多い所なので、多めに会っておきたい所……

 ……んんんん? うろついていたら、佐倉杏子と出会いました。なぜここに? 今はマギウスの翼に潜入調査中では? 自力で脱出を?

 ふむ……彼女に何をしているか聞いたら、単に出稼ぎに来ていると返されました。でも本当はマミさんの捜索がメインの目的のようです。それなら尚更マギウスの翼に潜入しているはずですが、なぜ未だにこんな所で単身魔女狩りを?

 ……あぁ、ミザリーウォーターの時にあまり絡まなかったから、マギウスの翼に関する情報をあまり入手出来ていなくて、それで今頃になっても潜入調査を開始出来なかったんですね。チームみかづき荘メンバーだけでどうにか出来ちゃったからね。

 杏子ちゃんも調整屋に……え、場所を知らない? うーん、ならこのまま一緒に行動しちゃいましょう。どうせ調整屋のある新西区はすぐ隣ですし。そう提案すると杏子ちゃんは渋りますがマミさんの事をネタにしてこちらに従わせます。

 おう言う事聞かねぇとマミさんの捜索に協力してやらねぇぞ(大嘘)

 このハッタリが効いて杏子ちゃんもついてきてくれる事になりました。お前……マミさんの事が好きなのか?

 

 私達の担当する最後の区、新西区に到着しました。ここで遭遇できる魔法少女は……いるにはいますが、他の区から調整屋に避難してきた魔法少女達がついでに避難させたと思うので、捜索は行わず調整屋に直接行きます。

 

 へーいみたまさん、みんな元気かね……なんか思ってたより避難者多いな? かもれ、アザレア組、ななか組、水名組……あ、逆にいない人言った方が早いな。保澄雫だけいません。多分、裏で起こってる羽根の行方DLCのイベントの精算中だと思うので時が経てば自然に帰ってくると思います。

 あぁ、あとなぎたんもいません。一緒に行動している見滝原組もです。まだ捜索を行っている途中でしょうか。向こうの状況が分かりませんが、救出対象が雫ちゃん除き全員調整屋にいるというのに、未だに捜索を継続しているのは、ちょっとおかしいです。何か事件に巻き込まれている可能性があります。情報収集のため、避難民の魔法少女達に読心をして回ります。

 

 ……ハァ!? しばらく前に中央区で会って、すぐに調整屋に行くと言ったのに未だに来ていない!?

 毬子あやかからの情報により、なぎたんの現在位置が確定しました。神浜セントラルタワー。その屋上で、マミさんと交戦中である可能性が高いです。

 

 今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




メリークリスマス! トナカイサンタも守護霊様もクリスマスを一緒に過ごしてはくれなかったよ! 悲しいね!


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Part13 : すべて守るべき対象だった

「あたしの知るマミさんは、こんな事をするような人じゃなかった。こんな、何もかもを壊すような事を!」

「いいえ、壊してなんていないわ。造り替えているのよ。魔法少女というシステムを。その為にまずは神浜にいる全ての魔法少女を壊さないといけないのよ。美樹さんなら分かってくれるでしょう?」

 

 いいや、分からない。

 マミさんは相変わらずだった。いつもの衣装とは違う妙な衣装に身を包み、そしてマギウスという組織に加担している。あと今回は変なゴーグル付き。

 マギウスは確か、魔法少女を救う事を目的にしていたはず。それがなぜ魔法少女を殺すという暴挙に出たのか、全く分からない。マミさんはその必要があるという事を訴えることしかせず、具体的な話は何もしてくれない。

 

「マミさん、正気に戻ってよ! いつもみたいな、かっこいい魔法少女の先輩としてのマミさんに!」

「そうです! 巴さんはいつだって先輩として、私達を導いてくれました!」

「ふふふ。何を言っているの? 今も先輩として、あなた達を救済しようとしているじゃない」

 

 まどかとほむらが呼び掛けても、洗脳が……ウワサが剥がれる気配がまるでしない。ゆりさんによれば、心が通じ合っていればいいらしい。つまり、ウワサを剥がす事が出来ないというのは、あたし達がマミさんの事を全く理解していない、という意味になる。

 今まで……魔法少女として契約してから、マミさんはずっと先輩としてみんなを助けていた。でも、先輩としての振る舞いは全てマミさんの作った仮面だった。その下に潜む素顔を今までの付き合いで少しも見た事がないという事実を突きつけられた。その事が、あたしは悔しい。

 要するに、あたし達は頼れるような存在ではなかったんだ。マミさんにとってはすべて守るべき対象だった。そりゃあ、未熟かもしれないけど……それでも、背中を守るぐらいは出来ているものだと思っていた。だけど違った。

 

「さぁ、変身を解いて。私と一緒に、みんなを導きましょう?」

 

 そう言いながら、マミさんはマスケット銃を構えた。最後通牒なのだろう。……勝てるの? 並び立つ事さえできていないあたしが、マミさんを止められる?

 ううん、やらないといけない。マミさんに頼られるぐらいの価値が自分にあるって、ここで証明する。

 

「一緒には行けません、マミさん。ここであなたを止める!」

「……そう。残念ね。せめて苦しむことのない素敵な所へ送られるよう、祈っておくわ」

 

 マスケット銃が火を噴いた。マミさんのそれは威力は高いけど例えば空中で曲がったりするような変な弾道はしない。銃口からの直線上に剣の腹を置いて、弾丸をはじく。飛んでる弾丸を目視で確認して斬るなんていうアニメの剣豪みたいな事は出来ないけど、これぐらいなら魔法少女としての強化された身体能力があるから余裕でできる。

 あたしが弾を防いだのを見ると、マミさんはすぐさま大量のマスケット銃を創り出した。複数の方向から同時に攻撃されたら防げない。ヘリポートには遮蔽が無いから……懐に飛び込んで、マミさんが攻撃できる角度に制限を付ける!

 一直線に踏み込む。いくらマミさんでもあたしの本気の速度には反応出来ないはず。剣の切っ先が射程に入る直前に一時停止。一歩横にステップを踏みマミさんの真正面の空間を避け、そして突きを放つ。腕を狙ったそれはマミさんの構えたマスケット銃の銃身に防がれた。だけど駆け引きそのものは上手くいったみたいで、マミさんの頬に冷や汗が一つ伝った。やっぱりあたしが避けた場所には何かしらの罠が張ってあったらしい。

 

「私の知る美樹さんはもっと不器用な子だったはずだけれど」

「そういう印象だったんですか、あたし!」

 

 第二第三と繰り返し斬撃を放つもののそのすべてをことごとく防がれる。でも連続で受けている内に段々と反応が遅れてきている。これなら行ける!

 次の刃はマミさんに届くと確信したその時、周囲の時間が止まった。これは、ほむらの時間停止?

 

「美樹さん。下がってきてください。周りに相手の援軍がいます」

 

 そう言ってあたしの首の後ろを掴むほむらの頬には、小さな打撲痕があった。

 

「その前にほむら、その顔どうしたの?」

「え、えと、これはその……」

「どうしたの、言ってみな?」

「その、美樹さんも時間の止まった中に連れてこようと思って、肘の辺りを持ったらそのまま肘が顔に……」

「あぁ……」

 

 それで今度は首の辺りを持ってるのね……

 

「ご、ごめんね?」

「いえ、私がドジなだけですから……それより、周りが……」

 

 あぁ、そうだった。マギウスの援軍が来てるんだった。

 ほむらの誘導で十七夜さんの近くまで行って、それから作戦を聞いた。

 

「私はこの後フラッシュグレネードをマギウスの羽根達にばらまきます。なので最初は地面を見て光を避けてもらって、その後に目の潰れた相手を無力化してください」

「分かった。じゃあ、お願い」

「はい!」

 

 それから地面を向いてほむらと手を放した。時間の停止が止まり、世界が動き出す。そして足元に筒状の物——ほむらの持ってたフラッシュグレネードが転がってきた。

 

「えっと……手を滑らせて落っことしちゃいました」

 

 ほむらの状況説明にも弁明にも聞こえる言葉を最後に、全てが光に包まれた。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 結局元の歴史に収束するRTAの続き、やっていきます。

 前回は調整屋にてなぎたん達の居場所を把握した所で終了しました。今回は超特急でなぎたんの元へ向かいます。神浜セントラルタワーの屋上……第八章……マミさん……戦ってるな?(超推理)

 第八章の〆です。マミさんの洗脳を解けば、マギウスの翼の押さえ込みが可能になり、フェントホープへの攻撃を行う余裕が出てきます。

 本拠地を刺激してあげればエンブリオ・イブが出現するので、それを叩けば、タイマーストップになります。第九章は答えが固定の探索イベントですし、第十章は無いような物ですから、間もなくですね。

 

 セントラルタワーに到着して……戦況やばいな? なぎたん、まどかちゃん、さやかちゃん、ほむらちゃんの生存はとりあえず確認できたものの、全員がかなりのダメージを負っており、しかもマミさんは礼拝のドッペルを発現させています。助太刀に入るのじゃー!

 強引に魔力を込めてマギア発動。顔のゴーグル……はもし手元がぶれたらそのまま額のソウルジェムに当たってマミさんを殺してしまうので、足を狙います。

 放った弾丸に反応して、マミさんがリボンを展開。角度を付けられた為か弾かれました。うーん、一応は隔絶のドッペルの外殻ですら貫通した攻撃なんですけどね。

 

 凝望のドッペル。その姿は片眼鏡。

 この感情の主は、誰かの為になろうとしているが、自らの目では求められている物が見えないため、ドッペルに頼っている。

 

 ゆりちゃんのソウルジェムが濁り切り、そのままドッペルが発現です。……で、ここからどうしましょうか。マミさん対策の戦術はあるにはあるのですが、読心魔法で即座にウワサを剥がすという、読心魔法妨害用のゴーグルが付いた今の状況だと屁ほども役に立たない物な上、周囲にいる取り巻きの羽根が邪魔で理想通りの動きはまず出来ないので、アドリブで行くしかないです。

 

 マミさんで厄介なのはその弾幕。重機関銃陣地かと思うような濃密な弾幕を張るだけの能力を持っており、正面から競り合えばまず負けます。

 セントラルタワーのヘリポートという一般人に目撃される可能性のある戦場である都合上、派手で目立つ本気の弾幕は張ってこないとは思いますが、足場が制限されている分こちらもマミさんの火力を受けやすい至近距離にいなければならないので、たとえ弾幕が薄くとも総合的な難易度はあまり変わらないと思われます。

 ではどのようにこの不沈要塞マッキンガムを沈めるのかというと、速攻……はダメなんでした。えーと、どうすればいいんだこれ。……やっぱりどうにかしてゴーグルを剥がして、その上でウワサを速攻で剥がすしか無いような気がします。

 

 えっと、杏子ちゃんって固有魔法使える? 使えるならマミさんを惑わせている間にゴーグルを外すという手が……使えない! 杏子ちゃんの固有魔法は未だにロック状態にあるようです。

 遠距離からゴーグルを撃って壊す……というのはやりたくありません。神浜聖女のウワサと融合時のマミさんのソウルジェムはなぜか額にありやがるので、少し手元が狂ったらゴーグルではなくソウルジェムを撃ち抜いて終了です。

 そうなったら即リセットとはいかないもののそれなりに嫌な状態です。直接的な殺人ですからゆりちゃんの反応によっては行動不能になりますし、それを目撃したチームみかづき荘、見滝原組にも何かしらのデバフがかかるでしょう。

 各地を回るなんていうクッソ時間のかかる行為を行ってでも戦力を集めていたのに、神浜の最高戦力であるやちよさんとなぎたんの弱体化、それから見滝原側の最高戦力のマミさんが死亡なんて事態になったらゲロ吐きます。オゲーッ(インフィニットポセイドン)

 

 ……無理では? 勢いよく飛び出して来たのはいいものの、手持ちのカードだけでは攻略不可能です。調整屋にほとんどの魔法少女を集めているせいで野良の魔法少女が運良く助けに来てくれるなんてのは望み薄ですし、テレパシーもしくは電話による救援も不可。

 どうにかして伝令を走らせたいですが、人数が少ない都合上一人だって伝令に割けな——いや、いるじゃん。一分どころか刹那や須臾の間すらも使わず、即座に救援を出せる魔法少女が。

 ほむらちゃーん! グリーフシードあげるからこれで人呼んできてちょーだい!

 

「え……えっ?」

 

 ダメだ奴さん混乱しとる! ほら、調整屋行って! それで誰か呼んできて!

 なんとか混乱を解いてほむらちゃんに伝令をさせる事が出来ました。これで万事解決です。

 なぜほむらちゃんなのかと言えば、ほむらちゃんの固有魔法は時間停止なので、時を止めたまま移動すれば実時間における時間経過は完全にゼロなのです。使用回数だったか本人の主観における使用時間だったかに制限があるらしいですが、その貴重な一回をここで使ってもらいましょう。

 で、調整屋にいる誰を呼んでくるかですが……なんだかんだで調整用にも使えず余っていたグリーフシードを使って現物で誰かを釣ります。ほむらちゃんがグリーフシード沢山と引き換えに助けて欲しいってぼろぼろな状態で言ってくるんですから、情的にも実利的にも頷く魔法少女はいる……はず。

 

 援軍の魔法少女が複数名いる場合、時間停止魔法を使っての移動は難しいと思うので、多分少し時間がかかります。その間は自力で耐える事にします。大丈夫、凝望のドッペルは正面限定だけど防御力もそれなりにあるし、横にヒーラーのいろはちゃんがいるからちょっとぐらい怪我しても平気やろ。

 では、まずは雑に範囲攻撃でもして羽根のいくらかを無力化して……

 

「お待たせしました!」

 

 ほむらちゃんの声が聞こえたと思ったら、周囲に多数の魔法少女が出現しました。援軍のようです。はえーもう来たんかいなそこで待ってたみたいに……いやほんとに速いな?

 ほむらちゃんの時間停止魔法だと自分が手を触れていないと時間が止まってしまう都合上、一度に運べるのは多くとも二人か三人のはずで、そうすると往復の時間がかかり前述の使用に関する制限がきつくなるはずで。だからこんな十人二十人と運んでくるのは難しいはずなんですが……

 これ、時間停止で運んだわけではなくないですか? よく見れば、援軍の魔法少女達の背後に、魔力の塊が見えます。これは……

 

「やちよさん、みんな! 大丈夫!?」

 

 やっぱり保澄雫ちゃんでした。前回、裏でDLCのイベントが起きていた為に調整屋にいなかった子です。

 彼女の固有魔法は空間結合。サイエンスフィクションの話になりますが、ワームホールという物をご存知でしょうか。異次元上に存在する、ある場所とある場所を繋ぐトンネルであり、これを通過する事で光よりも速く移動する事が出来る、という物です。しばしば物語上の宇宙移民の実現の説得性の為に用いられるそれを、雫ちゃんは魔法で自由に作り出す事が出来るのです。物流革命だ!

 そんな空間結合の魔法を使ったというのなら、この大人数の魔法少女をごく僅かな時間で調整屋からヘリポートまで輸送できたのも納得です。えーと、水名組とアザレア組とななか組とかもれにひなのさんにまさらちゃんに……やばいな。むしろ戦力過剰なぐらいになってる。戦車一機に戦略爆撃かますような感じになってるよこれ。

 

 こうまで戦力に差があるなら、オート戦闘にした方がタイム縮みますね。手動だとどうしても私への操作要求が挟まってその分遅くなりますから。

 マミさんの明日はどっちだ。今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




年末だからって浮かれてたらこの有様だよ!!!!(動画時間いつもの半分)
うん。本当に面目ないです。エンディング近いですし、次のパートはちゃんと気合い入れて編集します。それはそれとしてハッピーニューイヤー。


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Part14 : 後悔させてやろうぜ

 続き、やっていきます。前回は魔法少女の援軍がやって来たところで終わったのでした。

 えーと、アザレア組で三人、水名組は五人、ななか組五人にかもれで三人、それにソロ勢を纏めて数えて七人……援軍だけで二十三人。見滝原組とチームみかづき荘も合わせて、合計で三十三人。なんだこの大所帯。劇場版のオールスターズみたいな事になってます。

 実力の高い魔法少女が多いので別に烏合の衆というわけでもなく、当然ながらオートでも余裕で神浜聖女のウワサの分離に成功しました。いくらウワサと融合したマミさんといえど、固有魔法による幻惑偽装隠蔽誘導というてんこ盛りを喰らっては行動不能に陥るようで。

 動けない内にゴーグルさえ外してしまえば、見滝原勢とゆりちゃんでウワサの分離程度どうにでもなります。言ってしまうと理想と本音それぞれの面におけるマミさんの理解者である見滝原勢だけで十分ですが、まぁ念の為にね?

 今思ったんですが杏子ちゃんは風見野市の魔法少女なんですけど見滝原勢に含んでいいんですかね? マミさんも戻ってきた事ですし、見滝原勢はPMHQと呼ぶ事にします。ピュエラマギホーリークインテットの略です。原作の原作の劇場版(叛逆の物語)で五人がそう名乗っていました。命名主は不明。個人的にはほむらちゃん説が好きです。

 

 残った神浜聖女のウワサの本体ですが、マミさんと分離した事で弱体化しているため特に問題はありません。なんなら殺さないよう手加減する必要が無くなった分、マミさんより楽な疑惑が。オートのまま一分置いたらみんなが勝手に調理しておいてくれました。南無南無。

 

 救出対象の全救出も既に完了しているので、これにて第八章の終了条件は達成……あっ、受信ペンダントのウワサの処理やってない。今のうちに一緒にやっておきましょう。

 受信ペンダントのウワサの本体たるフラワースピーカーのウワサは、マギウスの翼の持っているペンダントを破壊する事で出現します。ペンダントを取り外して羽根を正気に戻す事はセーフという心の広いウワサですが、流石にレシーバーのペンダントを壊されたらキレるらしいので、ぶっ壊してさしあげろ。

 マミさんのついでに対処されて近くで伸びている羽根のペンダントをもぎ取り、マギアを使って壊します。ウワサ由来の物だからかやけに耐久力が高いのでタイム重視のマギアぶっぱです。この魔力消費でソウルジェムは少し濁ってしまいますがドッペルあるし大丈夫やろ。

 事前の予測通りフラワースピーカーのウワサが出現しました。手動操作で戦闘を行います。一応オートでも勝利は可能かもしれませんが、ウワサの音波による範囲攻撃が変な刺さり方をして負けても困るので、堅実に行きます。

 フラワースピーカーのウワサの攻撃手段は音波のみです。物理的な衝撃を伴う物と、精神に作用する物の二種類が存在します。前者はまぁダメージを受けるだけなのでそこまで厄介ではありませんが、問題は後者。広範囲に幻惑と魅了の状態異常をばら撒いてきます。確定ではなく確率ではあるもののその確率自体は全然高い数値であり、これで過半数が状態異常になってしまうと戦闘が遅々としてしまう可能性があります。

 これの対策として、状態異常回復を使用します。ゆりちゃんは使えませんが、かこちゃんが能力として、いろはちゃんがスキルとして状態異常回復を持っているので、手動で指示を出して使わせます。かこちゃんはともかくいろはちゃんが使ってくれないんですよオートだと。指示出しをする分タイムは伸びますが、フラワースピーカーのウワサによる遅延行為を防止できるという安定を取っている分仕方ありません。

 誰かが魅了を喰らうとその瞬間を読心してしまう都合上ゆりちゃんも確定で魅了になってしまうので、指示出しだけしたら後は放置します。どうせ動けないし。

 

 少し時間が空くのでぇ、みなさまのためにぃ、こぉぉんな動画をぉぉぉぉぉ……

 ご用意出来ませんでした(ネタ不足)

 

 大きな遅延も無く、フラワースピーカーのウワサの撃破に成功しました。羽根の暴走が止んだので、フェントホープ攻略に取り掛かれるようになりました。まずは戦力の確認から行います。

 フラワースピーカーのウワサ戦における重傷者はゼロです。素晴らしい。そもそもフラワースピーカーのウワサが状態異常主体の戦術だからというのはありますが、それにしても一人も負傷しなかったのはラッキーです。この後の決戦にこの戦力をそのまま流用するつもりなので、本当に助かります。

 

 それで、マミさんの様子なのですが……ものっそい塞ぎ込んでいます。戦力として全くあてになりません。これ決戦前に立ち直りそうにないんだけど大丈夫なんですかね?

 具体的に何を思っているのか覗き込んでみると、第六章の時にいろはちゃんの手を吹き飛ばしたのが相当ショックだったようです。欠損を伴うレベルの傷を直接的に誰かに負わせたのはあの時が初めてで、魔法少女としての理想を抱えたマミさんとしてはあれはどうしても許容できない行為であり、いくらウワサに洗脳されていたとはいえ自分を許す事が出来ないみたいです。このまま放置してたら次の日に自室でマミってそうな勢いです。あかん。

 え、えっとえっと、どうしようこれ。いくら本心を容易に覗き込めるゆりちゃんといえど、これに関してはデリケートな問題なので安易に触れません。本人の哲学に関する事ですから、数度だけ顔を合わせたぐらいしか関わりの無いゆりちゃんではダメなんです。

 とりあえずいろはちゃんにマミさんの内心について共有して、手を飛ばされた事について気にしていないと言わせます。そして後はPMHQの面々に丸投げします。君達で話し合ってくれ。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「いいんです、その事は気にしてません。ほら、ちゃんと治りましたから」

 

 手を振って見せるけれど、巴さんの表情は晴れません。

 

「確かに魔法少女なら失った手足を治す事だって出来るし、痛みだって遮断出来るわ。だけど、感情までは消せないのよ」

「感情、ですか?」

「えぇ。私と対峙して手を撃たれた時、怖かったでしょう。このまま殺されるかもしれないって、恐ろしかったでしょう。そういう気持ちを与えてしまった、その時点で私は先輩として失格なの……!」

 

 確かに、あの時は刺し違える事になるかも、とは思いました。でもそれはお互いに何か譲れない物があって戦っていたんですから、仕方のない事、だと私は思います。

 

「なら、責任を取ってもらおうじゃねーの」

 

 それを言ったのは、佐倉さんでした。

 

「アンタはいろはに精神的な傷を与えた。その償いとして、マギウスと戦え。あたしらと一緒に、な」

「マギウスと……?」

「元はと言えば全部マギウスの仕業だ。マギウスがいなければ、そもそもマミといろはが戦うなんて事にはならなかった。だからマミは何も悪くねぇよ。……だけど、それじゃあんたは納得しないんだろ? なら……もう一度言うが、あたしらと一緒にマギウスと戦ってくれ。償いとして、な。いろははそれでいいだろ?」

「はい。マミさんがいるなら、とても心強いです」

 

 私たちの目的はマギウスを倒すことではありませんけど、マギウスの目的を止める上で戦う必要はありますから。

 

「もしも納得いかないって言うんだったら、その時はゆっくりと腰を据えて話し合おう。ただし、マギウスを倒した後でだ」

 

 佐倉さんが差し伸べた手を、少し迷いながらも、巴さんは握り返しました。

 

「そう、ね。私の贖罪がどうのという前に、マギウスの企みは絶対に止めないといけない。分かったわ。私にも手伝わせて」

 

 先送りかもしれないけど、今のところは巴さんも立ち直ってくれたみたいです。私が知る巴さんはマギウスに入ってからの姿ばかりでしたから、胸の内に抱えている感情なんて全く分からなくて、記憶ミュージアムでの事を気にしてたって全く気づけていませんでした。

 

「あぁ。後悔させてやろうぜ」

 

 ……思ったんだけど、灯花ちゃん、私が思ってるより何倍も恨み買っちゃってる?

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 ここからマギウスの本拠地に攻撃を仕掛ける訳ですが。本拠地であるホテルフェントホープの位置の特定は既に済んでいます。以前みふゆさんから抜き取った情報の中にフェントホープの所在もありました。

 この情報を元に早速フェントホープに……と言いたい所ですが、ゆりちゃんの心読魔法の存在を知っている里見灯花が、フェントホープの所在をまだ発見されていないという楽観的な視点のままでいるなんてそんな事、あり得るのでしょうか? 何かしらの対策は施してあるはずですから、浅慮な行動は危険かもしれません。

 

 本拠地の移動、ぐらいはやってそうですね。フェントホープそのものの位置は簡単には変えられないでしょうけど、その入り口である万年桜のウワサであれば比較的動かすのは容易なはずです。

 原理はよく分かりませんが万年桜のウワサを経由しないとフェントホープには辿り着けないようになっているらしく、万年桜のウワサの発見が必須である以上、いろはちゃんの記憶にある位置から動かされていた場合はかなり面倒です。北養区の山中をしらみ潰しに探していかなければならないという事ですから。

 

 警備の強化、についてはあまり行われていなさそうです。根拠としては雫ちゃんの存在が挙げられます。

 彼女は元マギウスの翼であり、マギウスが受信ペンダントのウワサの使用を決定した際、同じマギウスの翼である観鳥令と牧野郁美の手ほどきによって洗脳を解かれ、脱走してきました。

 仮にフェントホープへ配備される羽根の数が多くなっていたとしたら、彼女の脱走は失敗に終わっているはずです。なのでこの点についてはそこまで心配しないでも良い、はず。希望的観測かもしれませんけどね。

 

 ……ヨシ! まずは以前に拾ったフラグからいろはちゃんの知る万年桜のウワサの場所へと行き、移動していなければそのままフェントホープへ突入、移動していたなら捜索を行います。

 策士が相手であれば愚直な行動も案外有効なはず。もし仮に何かしらのガバが起きたら万年桜の下に埋めて貰っても構わないよ。

 

 既に受信ペンダントのウワサが消滅済みで特に防衛目標も無いので、戦力の集結を行います。まずはヘリポートから調整屋に全員を移動させます。雫ちゃんがいるので労力はほほはぼゼロですゼロ。やっぱり制限なしのワームホールって便利。里見灯花が強引に洗脳を施してでも欲しがった理由も分かります。

 

 調整屋にはちゃんと全員いま……いやみたまさんいねぇな。単にトイレ行ってるだけみたいです。まぁみたまさんだったらこの場にいてもいなくても変わんないか。

 ここにいる魔法少女をマギウス戦に参加させたい訳ですが……ワルプルギスの夜のような目に見える分かりやすい脅威が無い以上、マギウスという組織そのものの説明を行う必要があります。

 魔女化の説明をするのは正直言うと面倒なんですが、要所をぼかしてマギウスと戦ってほしいという事しか言わなかった場合、常盤ななかと遊佐葉月による質疑応答タイムが挟まってもっと面倒な事になります。だから多少時間がかかってでも最初から誠実な対応で行きます。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「あ、あら? 何があったのかしら?」

 

 戻ってみると、調整屋が葬式みたいに暗くて重い空気に包まれていた。そんな空気と同じようにソウルジェムの濁った子も多くて、ここで何かしらあったというのは疑いようが無かった。

 この状況はまずいわ。こんな事態になった原因について考える暇も無さそうね。これだけたくさんの子が同時にドッペルを出したら、ほとんど間違いなく建物が崩れる。それを狙った誰かの犯行、ではないわよね?

 

「あぁ、みたまさん。今マギウスについてみんなに話したんだ。魔女化についても。必要だったからさ」

 

 ももこがそう報告に来て、私は現状を理解した。なるほど。魔女化の話なんていう魔法少女にとっての爆弾が投げられたら、それはこうなるわよね。どうしてくれるのこの雰囲気。部屋が壊れたら一体誰に修繕費を……いえ、ここって廃屋だから、どちらかと言えば代わりの場所の提供になるのかしら。ともかく、誰に請求すればいいのかしらね。

 

「今はちょうど魔女化をカミングアウトした瞬間で、各々にこの事実を呑み込んで貰うために待っている所なんだ」

 

 少ししたら、ももこの言う通り、ゆりちゃんの演説が始まった。

 

「魔女化というのは魔法少女である以上絶対に避けられない。マギウスはそんなルールを、システムを変えようとしている。誰かの命を犠牲にする事で。だけど、その犠牲も本来は必要無い。私達が救済について理解し、お互いに助け合ってゆっくりと一歩一歩進めていけば、誰の犠牲もなく私達は自動浄化システムを手に入れる事が出来る。だから、一度マギウスの頭を冷やしに行こう。必ずしも犠牲を出さずともいいんだって、示しに行こう!」

 

 そんなゆりちゃんの主張に、誰も彼もが賛同した。魔女化という絶望の中に垂らされた自動浄化システムという希望。本来は人柱の必要なそれが、何の対価も必要なく手に入るなら、それはみんな賛同するはずだわ。

 悪い事ではない。むしろ良い事よ。わたしもマギウスのやり方には疑問を持っていた。誰かを犠牲にした救いなんて間違っているから。

 いろはちゃん達に協力すべきというのはそうなんだけど、中立の看板はどうしようかしら。捨ててでもしっかりと協力したいけれど、でも中立の看板は看板で重要な物ではあるし……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 勧誘は成功です。調整屋にいる魔法少女全てが対マギウスに参戦してくれる事になりました。これで予定通り安全にエンブリオ・イブの攻略に勤しむ事が出来ます。

 

 今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




うん。またなんだすまない(なんならニ分遅刻)
まだ正月気分が抜けない……


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Part15 : 僕は漫画本の悪役とは違う

「そっかー。マミはやられちゃったんだね」

 

 神浜聖女のウワサの反応が消えたというウワサさんの報告に、灯花は顔を顰めた。想定していなかった訳ではないものの、それでも順調に事が進んだ場合に比べると些か面倒が多い。それを億劫と考えて顔を顰めたのだろう。

 マミが消えてしまった可能性については気にも留めていないらしく、ウワサさんを下げさせた後はまたカップに入った紅茶を楽しみ始めた。なんとも薄情だけれど、僕も同じだから非難は出来ない。マミの安否よりも、紅茶を美味しく味わう事の方が大事だと考えている。

 

「で、どうするワケ? 神浜のマジカルガールを全員イレイズするのは無理だったみたいだケド」

 

 唯一アリナだけは計画が気掛かりのようで、お茶会に集中できていないようだ。

 

「どうもしないよー? さて、わたくしがなぜねむに受信ペンダントを作らせたか、分かる?」

「そういうのいいカラ。早く教えて」

「もう。この件に限らず、少しは自分で考えた方が色々と理解しやすいし、思考力も身につくと思うんだけどにゃー? いいよ。いきなり答えを発表しちゃうよー?」

 

 答えは、時間稼ぎの為。いくら力の弱い羽根と言えど、死ぬ気で立ち向かえはば時間稼ぎ程度ならば出来る。前置きの必要も無い極々普通な答えだね。

 

「みかづき荘の人達にキレーションランドのウワサを止められてしまった以上、もう計画の遂行はふかのー!」

「アレで必要量のエネルギーを集め切る予定だったからね。計画に修正を挟もうにも、もう僕達に時間的猶予は無いから、取れる手段も限られていた。そんな中で灯花は僕に、受信ペンダントのウワサを作るように持ちかけてきた」

「ドッペルシステム……より正確に言うと自動浄化システムだね。それに仕様変更を加えたから、反映に時間が必要だった。ねむのおかげでその時間は稼げそうだよ」

「ワッツ? それを今まで黙っていたワケ?」

 

 アリナがマギウスとして僕達と共にいるのはあくまでも、目的の達成によって手に入る自身のアトリエの為であり、無償で協力してくれている訳ではない。灯花の行なった仕様変更によってアリナが不利益を被る可能性を思えば、アリナの立腹ももっともだ。

 

「ごめんねー? 知らせようと思ったんだけど、忘れちゃった?」

 

 灯花の言葉に、アリナはハァと小さく溜め息を吐いた。

 

「パッチ内容は?」

「完全な孵化はみかづき荘の人達のせいで目下不可能になったけど、目覚めさせるぐらいなら可能だから、影響範囲を妥協して日本全国ぐらいにまで狭めた。それぐらいだよー?」

「全世界に広めるのはインポッシブルになったワケ?」

「いーや? 時間をかけてエネルギーを集めて改めて孵化を進めれば、当初の目的通り、自動浄化システムのグローバル化も可能だよ? ただし! 不意打ち的に一度に全世界への拡大が出来なかった以上、キュゥべぇとの交渉は難しい物になるし、みかづき荘の人達の妨害もなんとかする必要があるから、難易度はインフェルノとかインセインぐらいには上がってるんじゃないかにゃー?」

 

 まぁ、インポッシブルよりかはマシな難易度だ。このお茶会が最後の休息になる。この後に待ち受ける少しの苦労を乗り切れば、僕が欲しかった物が手に入る。そう考えると、なんだか気持ちが浮ついてしまう。

 ただ……胸中に引っかかる物があり、それが気になって仕方がない。環いろはの事だ。彼女は僕達には無い記憶を持っていると主張していたと灯花は言っていた。僕達二人の他にもう一人仲の良い親友が存在していて、僕達はその存在を忘れてしまっている、らしい。

 灯花はありえないと一蹴していたし、僕も最初はただの空想だと考えていた。が、考えてみると、環いろはの主張はもしかしたら虚偽ではないのかもしれないと思い始めた。

 僕はキュゥべぇの持つ力を奪う事を願いとして魔法少女の契約を交わした。キュゥべぇの持つ力は回収変換具現の三つであると定義し、その内の変換は灯花が、具現は僕が奪った。では、回収の力は誰が奪ったのだろう?

 おそらくは、それが環いろはの言う、僕達が存在を忘れている親友なのだと思う。その親友は僕達と同じように回収の力を願い、そしてどういう訳か忘れられてしまった。

 もし。もしも仮に実在したとしたら、僕達はとんでもない愚か者だ。そんな万が一の可能性が、どうにもずっと脳裏をよぎる。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 第九章 サラウンド・フェントホープ

 

 微かな希望の包囲戦、やっていきます。

 まずはフェントホープの場所の特定に走ります。手掛かりは一つ。万年桜のウワサのみ。いろはちゃんから万年桜のウワサの推測される位置情報を引き出し、チームみかづき荘、PMHQの共同で事に当たります。

 出来れば雫ちゃんも連れて行きたいんですけど、第八章終わっちゃったので自由に連れ歩けなくなりました。会う事ができるようになっただけで仲間にできるようになった訳ではないんですよね。悲しい。

 

 で、万年桜のウワサがあるはずの場所まで来ましたが……普通にありますね。万年桜。拍子抜けです。まさかとは思いますが何の対策も施さなかったのでしょうか?

 罠の一つや二つあるやろ……恐る恐る立ち入ってみますが、特に罠の類は無し。

 

「|いろは|」

 

 うわぁ!? あっなんだ桜子ちゃんか……

 万年桜のウワサは本体(?)の桜の木と、人間体の桜子ちゃんの二つで構成されています。人間体の方の桜子ちゃんが突然出現してきました。お化けみたいに真っ白なのでいきなり現れるとすごいびっくりします。やめてくれぇ?

 で、人を驚かせてまで現れた桜子ちゃんの要件とは……

 

「|お願い。灯花とねむを止めて|」

 

 具体的にどうするのかは分からないけど、神浜市民を皆殺しにするような計画を実行しようとしているらしい。二人を人殺しにはしたくない。だから止めてほしい。そんな内容でした。ウワサに裏切られてる……

 にしても、おかしいな。メインストーリー終了後の、桜の轍DLCのイベントを経た後の桜子ちゃんであれば二人の風評について気にしても不思議ではないのですが、第九章の現時点ではいろは達以外どうでもいいと思っているようなドライな性格の桜子ちゃんが、なぜわざわざこうして密告に来たのでしょうか?

 

「|灯花とねむが人殺しになってしまったら、いろはは二度と灯花とねむと顔を合わせようとしなくなる。私はいろは、うい、灯花、ねむの四人の為に作られたウワサ。だから、みんなの仲が悪くなったら、私はとても悲しい|」

 

 万年桜のウワサの内容はこうです。

 

 みんなで走り回れるようにって草原が広がっていて。

 みんなでお花見ができるようにって大きな桜の木がある。

 そこでいつか入院していた三人の女の子たちが元気になって退院してきて、いつもお見舞いに来ていた一人の女の子と再会するの。

 すると大きな桜の木は四人の再会を祝福するように満開の花を咲かせる。

 

 広める予定の無いウワサである為かウワサさんによる口上が設定されていないので、原作におけるいろはちゃんの発言から引用しました。ここで言う四人とは、桜子ちゃんが言っていたように、いろはちゃん、ういちゃん、ねむちゃん、灯花の事です。

 四人の再会を祝福する為に生まれた彼女にとって、四人の不仲は存在意義に関わる重大な事態なのでしょう。なるほど、わざわざ出てきた理由も分かりました。

 ……フェントホープまで一緒に来てくれませんかね?

 

「|私はウワサ。この桜の木からは離れられない|」

 

 そうですか……

 

 万年桜のウワサに辿り着いたら、後はフェントホープに行くだけです。配置そのものはある程度ランダム性がありますが、基本的には万年桜のウワサに進入した方向から直進すれば辿り着ける位置にある事が多いです。

 フェントホープは相手の本拠地だけあって羽根の数が多いです。気合入れていきましょう。

 

 ……うん? おかしいですね、本拠地だというのに、静かです。誰もいません。全員出払っているなんてそんな事ある?

 どこかで待ち伏せしていると思うのですが、魔力妨害の結界が張られている為に索敵が目視でしか行えないので、どこから出てくるか全く分かりません。警戒しながら進む他無い……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「こっちだよ」

 

 ゆりちゃんの案内で、建物の中を進んでいきます。とっても広い建物で、名前はフェントホープと言うらしいです。

 

「おかしいわね。普段は憩いの場として、あるいは何らかの事情で家を出た羽根達の寝床として使われていて、常駐している羽根がいるはずなんだけど……」

 

 巴さんの誰かがいるはずという言葉とは裏腹に、誰にも会いません。幽霊屋敷にでも来たかのように、がらんどうとしています。

 

「偶然みんな外に出てるんじゃないの?」

「いいえ、美樹さん。ここにはエンブリオ・イブがいるのよ。羽根の多くを外に出す必要があったとしても、親衛隊は絶対に残しておくはずだわ。誰もいなかったら、こうしてフェントホープの中を探りに来た魔法少女がいた時に対応できないもの」

「着いたよ」

 

 足を止めた先にあったのは、地下への階段でした。それを降りた先に扉があります。隠されている訳ではないんですけど、なんだか異様な雰囲気があって入りづらいです。

 

「もしも里見がいるとしたらこの先。エンブリオ・イブ……ういちゃんが眠っていて、その近くをマギウスが集会に使ってる」

 

 ういがいる。数ヶ月前からいなくなっていた、私の妹。最後に顔を見たのが随分と昔のように感じられます。ウワサを追ってマギウスについて辿って、やっと顔を見られるかもしれない所まで来ました。

 

「みんな油断しないでね。正直、マギウスの考えてる事は分からない。いきなり戦闘になる可能性もあるから、すぐに戦えるよう、武器を先に出しておいて」

 

 槍、扇子、盾、ハンマー、弓、銃、剣……各々が自らの得物を取り出しました。こうして見ると、色んな種類の武器が……えっと、フェリシアちゃんのハンマーだけ、異様に大きいな……

 

「フェリシアは最後尾ね」

 

 他の人も同じ事を思っていたのか、やちよさんの言葉に賛同し、みんなでフェリシアちゃんを後ろに回しました。結構な大人数でドアの前にいたせいてフェリシアちゃんのハンマーがあると結構窮屈になってしまっていたので、これで良かったと思います。

 準備は出来たかと目配りするゆりちゃんですが……なぜか変身を解いています。これから戦うかもと言っていたのに、変身せずにいる気満々の様子です。

 

「……なぁ。アンタは変身しねーの?」

「しない。ここでならソウルジェムに穢れが溜まるみたいだから、みんなの準備が出来たらドッペルを出してから突入する」

「おいおいおいおいドッペルってそういう風に使うもんじゃないと思うんだけどなぁ!?」

 

 平然と言いましたけど、変身無しでドッペルだけ出して戦うって、出来るものなのでしょうか……? 確かに私達魔法少女は変身をしていなくともそれなりの身体能力がありますけど、やっぱり変身していないと魔力の扱いに制限が……

 

「仕方ないじゃん。マギウスが私の魔法に対して対策張ってきてるんだから変身したら戦えないんだよ。でも変身してない状態だと戦えないでしょ? だからドッペルで戦闘力の補填をするしか——」

「そんな戦い方、却下よ却下」

「却下を却下する。私が戦えなかったせいで何かあっても嫌だし、そもそも自衛手段がこれぐらいしか無い。道案内だって……いやなんでもない」

「道案内ならマミがやりゃあいいじゃねーか」

「そう言われると思ったから濁したのに!」

 

 仕組み上、ドッペルはどうしても体に悪いです。穢れを一時的にでも溜め込むんですから。だからゆりちゃんの戦法には否定的な意見ばかり挙がりましたけど、本人に譲る気が全く無く、しょうがないという事で認める事になりました。

 

「じゃあ、突入するよ。三、二、一——」

 

 大きなレンズ型のドッペルを出したと同時にドアを開けたゆりちゃん。一気に全員で部屋の中に入ると、綺麗な花の香りと、おどろおどろしい濃厚な穢れが辺りに充満していました。

 

「——ドアの前で色々と話し合っていた所悪いんだけど、わたくし達に争うような気概はもう無いんだよね」

 

 植物園のような部屋の、中央の花畑の中にある丸型のテーブル。それを囲むかのように、マギウスの三人——アリナさんと、ねむちゃん、灯花ちゃんが椅子に座っていました。側には月夜ちゃんと月咲ちゃんが立って控えています。

 

「待ちくたびれすぎてもう紅茶が冷え切っちゃったよ。みかづき荘の人達に……マミと、その仲間達? ……えー!? 席はみかづき荘の人の分だけでいいって思ってたから、それ以上は用意してなかったのにー!」

「落ち着いて、灯花。追加のテーブルと椅子を持って来させよう」

「えっ。持ってくるのってもしかしてウチら?」

「他に誰がいるんだい?」

 

 物凄く嫌そうな顔をしながらも、天音姉妹は私たちの横を抜けて、地上階へと上がっていきました。

 

「パシリだな」

「パシリね」

「パシリとして使ってるからね」

 

 みんなが口々に酷いことを言っている間に、地上階の方から天音姉妹が帰ってきました。月咲ちゃんはパイプ椅子を八個、月夜ちゃんは大きな折れ足のテーブルを抱えています。それをマギウスの座るテーブルの横……別のテーブルが既に用意されている所の隣に置きました。

 そうして用意された席へ月咲ちゃんに催促されて座ると、月夜ちゃんが全員の分のお茶を淹れて回りました。その後は二人も席に座り、それから灯花ちゃんが口を開きました。

 

「話を始める前になんだけど、そこの天音姉妹はどうしてそこに座っているのかな?」

「座ってちゃいけないのでございますか!?」

「追加の紅茶だけ用意したら席を外して貰う予定だったんだけどにゃー……いいや。そこでみかづき荘の人と一緒に聞いていってよ」

 

 灯花ちゃんがテーブルの下から、何かの……砂時計? 両手で抱えてやっと持てるような大きな砂時計を取り出して、テーブルの上に乗せました。中の砂は既に落ちきっています。

 

「最初に。エンブリオ・イブについてはみんな知ってるね?」

「マギウスの抱える、穢れを集める力を持つ魔女、ですよね」

「せーかい! その力によって魔女化しそうになったソウルジェムから穢れを回収。それを感情エネルギーに変換して……技術的なむずかしー話は抜きにして、自動浄化システムの礎であると理解していればいいよ。それで、肝心のイブの力の範囲は、半魔女という中途半端な状態である現状だと、神浜市が限界。だから魔女化を促進させて、全世界を自動浄化システムの範囲内に収めようとしている。ここまではいーい?」

 

 一つだけ、イブがういであるという事は灯花ちゃんからは語られませんでした。私の捏造ではなく本当の事なんだってアイさんも言ってくれていたけど、灯花ちゃんにとっては未だに私の妄想なんだと思います。

 

「それで、完全な孵化に必要なエネルギー量を現したモデルが、この砂時計。ほら、ここに横線が書かれてるでしょ? ここが必要エネルギー量のライン。ぜーんぜん足りてないよねー?」

 

 灯花ちゃんの指した横線のあるのは砂時計の砂の溜まっている所の八分目。でも中の砂はせいぜい五分目までしかありません。そんな砂時計を灯花ちゃんは上下をひっくり返して置きました。中に入った砂がゆっくりと下に落ち始めます。

 

「わたくし達の負けだよ、みかづき荘の皆さん。これ以上時間をかけたらキュゥべぇにシステムを乗っ取られる可能性が高い。だから歪な形になろうとも一度自動浄化システムの利権を確定させないといけなくなった。最低限イブを目覚めさせる為のエネルギーだけを確保するために、わたくし達は最後の一押しをやる事にした」

 

 最後の一押し。今までに灯花ちゃんがやってきたことを思えば、穏便な物ではないという事は分かります。

 

「今、情報インフラが途絶しているよね。神浜市内にいる人は誰もが目を塞がれたに等しい状況。もしもさらに、電気や水が止まったとしたら。道路網が麻痺したとしたら。ライフラインをすべて奪われた人々は、大きな混乱に見舞われて、莫大な感情エネルギーを生むだろうね」

 

 電気も水も止める……? ライフラインを止めるって……

 

「病気の人はどうするの……? ちょうど手術中の人がいたら、生命維持装置で電気を止められたら死んじゃう人がいたら、どうするの……!」

「死の淵に立たされた人はもちろん感情エネルギーを生む。ドクターも死人を出さないよう奔走するけれど、インフラの断たれた状況では絶対に何人かは犠牲になる。そうなったらドクターも感情エネルギーを生む。あぁ、シナジーでいいエネルギー源になりそう!」

 

 万年桜のウワサが言っていたように、誰がどうなってもいいって考えてる。人の死もエネルギーとしか考えないなんて。そんなの、絶対に許せない。

 

「止める。私たちがそんな事、させない!」

「させない? 僕は漫画本の悪役とは違う。妨害される可能性を考えず僕達が計画を話すと思うかい?」

「それってどういう——」

「工作は三十五分前に完了したよ」

 

 頭上で、とても大きな轟音が鳴りました。爆発音が地下まで響いてきたみたいです。

 

「あなたたち、一体何を——」

「水道、配電盤、道路。色んな物に爆薬を仕掛けておいた。それを今起爆した。それだけだよ」

「爆薬!?」

 

 そんなの、もうテロじゃ……

 

「くふふっ。フェントホープの外に移したイブがこれで発生した感情を吸い取れば、イブは目覚める。わたくし達の負けだよ、みかづき荘! でも悪あがきぐらいはさせてもらうから!」

 

 灯花ちゃんのその言葉を最後に、地下の電気が落ちました。真っ暗になって何も見えません。

 

「く、暗いでございます!?」

「みんなどこー!?」

 

 あ、あれ? 月夜ちゃんと月咲ちゃんの悲鳴まで聞こえてきます。計画的な停電ではなかったのでしょうか。

 

「暴れ……なくてもいいや!」

 

 鶴乃ちゃんがドッペルを出して、大きな円柱を空中に作り出しました。炎の光が辺りを照らした事で、マギウスの三人だけが忽然と消えている事が分かりました。

 

「全員先に外に出て! 私は最後に出るから!」

 

 鶴乃ちゃんの言葉に、全員でフェントホープの地上階まで移動しました。外が異様に騒がしく、山奥にあるはずのフェントホープにまでサイレンの音が届きました。

 

「みんな、あれを見て!」

 

 フェントホープの窓の外には、ドレスを着たような真っ白な魔女がいました。それはフェントホープを押しつぶせそうなほどの巨体です。まさか、マギウスがこんな魔女まで育てていたなんて。戦って勝てるのでしょうか……?

 

「イブ……?」

 

 ゆりちゃんのつぶやいた単語。今、ゆりちゃんはイブと口にしました。

 まさか、この巨大な魔女がエンブリオ・イブ——ういなの?

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 エンブリオ・イブが出現しました。本体である環ういが胸のジェムにしまわれています。その救出が最終目標です。今までに溜めたリソースをすべてこの戦闘に出し切ってしまいましょう。

 

 今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




フェントホープのフェントって実際どういう意味なんですかね。作るとか守るとか見せかけのとか色々に解釈されてますけど。


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Part16 : 不運なんて続けては起きない

 外で爆音が鳴った。街全体が吹き飛んだのではないか、そう不安になるほど大きな爆音だった。

 

「ももこ、今のって……」

「……外の様子を見てくる」

「レナも行く。かえではここで待ってなさい」

 

 ふゆっと鳴くかえでを置いて、調整屋から外に飛び出した瞬間に、頭に激痛が走った。強い痛みは減衰するように痛覚を弄っているけど、それでも尚この痛みだ。相当やばい何かが起きたんだろうけど、目の前が真っ赤になっていて、何が起きたのか確認する事が出来ない。

 

「ももこ、こっち。ほら、手を取って」

 

 そんな中でも、レナの呼ぶ声ははっきり聞こえた。そちらの方向へ手を伸ばすと、レナがその手を辿り、アタシの肩を手繰り寄せた。相変わらず視界が真っ赤で周りが見えないけれど、調整屋の中に戻っていっているんだと思う。

 一歩一歩レナに誘導されながら歩くと、やがて台のような所に寝るように言われた。多分、調整屋の中に用意されてる病床だな。そこに寝転ぶと、段々と視界が元に戻ってきた。誰かが治療してくれているんだと思う。

 段々と鮮明に戻ってきた視界の端で、このはさんが魔法をかけてくれているのが見えた。

 

「目、覚めた?」

 

 このはさんも回復魔法使えたんだな……そんな事を思いつつも、状況を聞く。

 

「アタシ、どうなってたんだ?」

「ちょっとね……口にしたくないような状態だった。頭が凹んでたけど、今治したから問題ないはず」

「そっか。ありがとう」

 

 頭が凹んだ……? 今ほど魔法少女で良かったと思った時も無いかな。ソウルジェムが砕けなければ死なないというのは、まぁ、確かにこういう時には便利だと思う。

 

「アスファルトの破片が飛んできたのが直撃したの。もう大丈夫?」

 

 アスファルトって、要するに道路だろ? その破片が飛んできてアタシの頭に当たるなんて、そんな不運あるんだな。

 アタシだったら直撃の瞬間を見てしまったら驚いてしばらく放心していたろうに、レナは的確に治療のできる所まで引っ張って連れてきてくれた。いざという時に頼りにできるのは知ってたけど、スプラッタ耐性まであるのは知らなった。

 

「大丈夫にはなった。レナもありが——」

「ゲホッ」

「レナぁ!?」

 

 し、死んで……?! ……気絶してるだけみたいだ。アタシが大丈夫だと言った瞬間に、レナは糸の切れた人形のように倒れてしまった。

 

「緊張の糸が切れたみたいね」

「糸張りすぎだろ……」

 

 レナを抱きかかえようとして、直前にアタシの全身が血で汚れている殊に気づいて、手を止めた。……あぁ、そういえば変身中だった。一旦変身を解いて、もう一回変身。これで全身の血の汚れが取れた。衣装に付いた血だけじゃなく髪に付いた血まで一緒に消えてくれるから便利だ。

 そうしてからレナを抱え上げ、アタシが寝ていた隣にある別の病床に寝かせた。……アタシの方は再変身でどうにかなったけど、病床の方の汚れはどうにもならないんだよな。これ後でみたまさんにどう謝ろうか。

 

「さっきの爆発音といい、何があったの?」

「アタシもまだ分かってないんだ。これから調べるぞって時にケガして出戻りになったから。レナが起きたらもう一回調べに行ってくるよ。まだ羽根たちが暴れまわってて危ないと思うから、みんなは調整屋の中で待ってるよう、このはさんから言っておいてくれ」

「そう。……ヘルメット要る?」

「なんでヘルメットなんて持ってるんだ? あー、要らない……と思う。頭に何かが当たる不運なんて続けては起きないだろうし」

「分かった。何かあれば——」

「このはさん!」

 

 話を遮るようにして、みんなのいる部屋の方からななかさんが慌てて駆け込んできた。明らかな異常事態が起きたとその表情と様子が物語っている。

 

「ももこさんは……もうケガは平気なのですか?」

「平気だけど……」

「でしたら、今すぐに来て下さい。緊急事態です」

「緊急事態?」

「巨大な魔女が出現しました。おそらく、ワルプルギスの夜相当の魔女です」

「ワルプルギスの夜相当!?」

 

 名前だけならアタシも知ってる。災厄とも呼ばれる、強い力を持つ魔女。ひとたび出現すれば街すらも滅ぼすと言われているような、とんでもない存在だ。そんなワルプルギスの夜に相当するような魔女が出現したという。確かにななかさんの言う通り、緊急事態だ。

 

「分かった。すぐ行く」

 

 いろはちゃんややちよさん達の方は大丈夫だろうか。マミさん達も含めて十人以上で固まっているとはいえ、もしもマギウスと魔女を同時に相手取るなんて事になっていたら……

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 第十章 浅き夢の暁

 

 天候がつよいあめ状態になりました。炎系の魔法が無効になったりはしませんが、様々なマイナス補正が魔法少女にかかります。視界範囲の縮小、射撃精度の低下、弾道特性の変化等々……

 ……うん? なんで天候変わった? 出現した際に天気が変わるのはワルプルギスの夜だけで、エンブリオ・イブに天候変化が出来る力は無い筈ですが……自動浄化システムの仕様変更によるあまりに歪な目覚め方で、特性が変化した? だとしたら、チャートに書いてあるイブのデータはあまり信用しない方がいいかもしれませんね。

 

 対エンブリオ・イブ、決戦の開幕です。目標はイブの撃破及びその中にいる環ういの救出。敗北条件は、自動浄化システムの完成。

 イブは街で発生した感情エネルギーをこの場に居座ったまま収集しているようです。もし時間経過により規定量のエネルギーが溜まった瞬間、イブは概念の存在に昇華してしまいます。そうなったらういちゃんも一緒に消えて無くなってしまうので、タイマーストップの条件の満了が不可能となったとし、リセットをかけざるを得なくなります。嫌だぁここまで来てリセットしたくねぇよぉ!

 なのでまずはダメージを与え、イブに穢れの収集をやめさせます。DPSチェックの時間だオラァ! 継続火力に秀でたフェリシアちゃん、やちよさん、杏子ちゃんの三人が揃っているので、与ダメージ量では困らないはず。

 

 灯花による読心魔法へのプロテクトが掛かっている可能性があるので、相変わらず変身はしません。変身をしてしまうと読心魔法がパッシブ能力になり、読みたくなくとも強制的に読心させられてしまいます。それが不都合なので、あえて変身しないのです。

 未変身だと素早さ以外の全ステータスが変身状態の半分以下になりますが、リスクの回避の為には致し方ないです。これでも凝望のドッペルを利用すれば攻撃力だけなら運用可能な程度に上がるはずです。

 

 凝望のドッペル。その姿は片眼鏡。

 この感情の主は、誰かの為になろうとしているが、自らの目では求められている物が見えないため、ドッペルに頼っている。

 

 イブにはういちゃんが中に閉じ込められているコアとは別に、大きすぎる体を維持するために穢れの塊の宝石が全身に巻き付いています。コアは素の状態だと硬すぎてどのような手段を持ってしても破壊不可能なので、宝石の方を部位破壊してダメージを与えます。

 ドッペルでもそのままの一撃では宝石の防御力を貫通出来ないため、魔力のチャージを行います。ソウルジェムが濁るのも厭わずにとにかく凝望のドッペルのレンズ部分に穢れを溜めていきます。ドッペルシステムによって魔力がほぼ無限になった今だからこそできる攻撃方法ですねこれ。扱う魔力量が多いので、弾頭に変換したりはせず、そのまま魔力ビームとして発射します。

 

 オラッ! キラ盛りビーム! 命中! 対象の宝石を半壊させる事に成功しました。チャージ継続。PMHQも宝石に集中攻撃を加えているものの、圧倒的な防御力に阻まれて上手くいっていない様子。

 

 チャージ完了! 第二射を……いやまて、この鳴き声は……イブの使い魔が出てきました。燕モチーフのゆるキャラのような見た目をしているという、奇抜な見た目の多い他の魔女の使い魔とは一風変わった使い魔です。

 親がイブだけあって一匹一匹がかなり強く、原作マギアレコードでは神浜市中に散らばっている使い魔を神浜の魔法少女が総出で相手をし、その上で本体のイブを叩かないと消耗戦で負けると判断された程です。

 ホベーミャンという独特の鳴き声ではなく、威嚇の唸り声を上げています。本人の意識は無く魔女としての本能で動いているというのは分かってるけど、ういちゃんに嫌われたみたいで悲しきかな。

 まぁ、ツバメ風情が増えた所で問題はありません。こちらは経験豊富なベテランの在籍するPMHQと、集団戦慣れしたチームみかづき荘の合同パーティです。イブの使い魔相手でも、しっかりとチャージ中の無防備なゆりちゃんを守りきってくれるでしょう。

 

 露払いを行ってもらっている間に、射撃を行います。目標、半壊状態の宝石。発射——何ィ!?

 射線に強引に飛び込んできた使い魔が、射撃を代わりに受けやがりました。当然ながら宝石には命中せず。ストレンジリアル世界の無人機みたいな事やりやがって。

 使い魔がボディブロックしてくる事が分かった以上、このまま第三射とはいきません。だからといって先に使い魔に対処してたら時間切れで……あれ、穢れの収集やめてない?

 

 どうやら最初の一撃だけでDPSチェックは完了していたようです。二個ぐらいは宝石を砕かないといけないと思っていたのですが、イブの目覚め方が不完全だからでしょうか。想定よりすっと少ないダメージ量で完了しました。とにかくラッキーです。

 イブが穢れの収集をやめた事で時間制限が撤廃。代わりに今までサンドバッグに徹していたイブが動き出してきました。第二形態です。DPSチェックの間はともかく、第二形態はチームみかづき荘とPMHQだけでは相手出来ません。防御力だけでなく攻撃力の方も最高峰クラスですから、大人数でダメージを分散させないと耐える事が出来ません。

 

 今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。




話が進む毎に動画時間が短くなってないか……? しかも遅刻だし……


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Part終 : 残された時間は短いよ?

 振るわれたイブの腕が、木々を薙ぎ倒しながらこちらに迫る。質量だけでも驚異であるそれを、私達はとにかく逃げる事で避けていた。

 イブの使い魔達が周りを囲む。鶴乃ちゃんや巴さん達が魔法を叩き込み、強引に作り出した退路を進む。

 

「ゆりさん、チャージはあと何秒!?」

「十秒あればいける! でも射線の確保は要らない、イブの攻撃を避ける事に集中して!」

 

 私のドッペルに溜め込まれた魔力が間もなく満杯になる。魔法を展開して、照準を合わせる。魔力に反応して射線にイブの使い魔が割り込んでくる。いくつかはいろはちゃんと鹿目さんが落としてくれているけれど、それでもクリアとは言い難い。弾速は速いから、一瞬でも隙間があれば狙える。よく見て……今!

 解放した魔力のエネルギーが、僅かに開いた使い魔の合間を抜け、そして宝石に命中した。一撃目に入れたヒビが更に大きくなったけれど、破壊はできなかった。ならもう一発。

 ピカピカに輝くソウルジェムから魔力を引き出し、私のドッペルへと送る。穢れが溜まったら自動浄化システムへ排出し、そして回復した魔力を更にドッペルへと送る。これを繰り返してドッペルに魔力を濃縮していく。この方法なら魔力の出力の低い私でも容易に強力な魔法を放てる。代償が無いわけではないけど。

 

 イブの頭部に魔力が集まっていくのを感じる。自動浄化システムの中枢だけあって、その魔力量はとても膨大だ。あの魔力で攻撃をされたら、余波だけでもどのぐらいの規模になるか分からない。とりあえず当たったら私達は死ぬ。

 出来うるなら攻撃そのものを阻止したいけれど、誰の攻撃もイブには全く通用せず、唯一擦り傷を与えられる私の射撃もチャージがまだ終わっていない。これでは怯ませることも、意識を逸らさせる事も出来はしない。

 詰んだ。何かしらの奇跡でも起こらなければ、このままイブの攻撃は放たれてしまう。願わくば来世は蟹になれますように。そのまま目を閉じる。

 

「アサルトパラノイア!」

「笛花共鳴!」

 

 しかしイブの攻撃が来る事は無く、代わりに周囲が結界に包まれた。結界そのものには見覚えは無い。だけど、魔力パターンには覚えがある。梓さんの物だ。その結界の中を、天音姉妹の魔力が駆け巡っている。イブは沈黙し、使い魔達は混乱してあらぬ方向へと飛んで行った。集まっていた魔力も霧散しており、面前の危機はひとまず去ったと言える。

 

「みふゆ!」

「遊園地の時以来ですね、やっちゃん。あぁ、警戒しないでください。私達はもう、マギウスの翼ではありませんから」

「ウチら、マギウスがこんな事を考えていたなんて知らなかったんだよ。神浜の各地に置くよう言われていた物も、エネルギーの収集効率向上のための物としか説明されなかったし」

「私達は街の破壊なんて望んでいないのでございます。いくら解放の為とはいえ、ここまでやるマギウスにはもうついていけません。だから、マギウスの翼は辞める事にしたのでございます」

 

 梓さんがテレパシーを送ると、これまた見覚えのある魔力パターンの結界が現れた。周辺を包むのではなく、局所的な物だ。その中から、十人はゆうに越えようかという数多の羽根達、それから保澄さんが現れた。結界は保澄さんの固有魔法の物だったらしい。

 

「みふゆさん、羽根を集めてきました!」

「ありがとうございます、雫さん。さて、ここに集まった同胞たちはみなマギウスの暴挙に憤り、ワタシと同じようにマギウスからの脱却を望んだ者たちです。つまり、全員味方です。ワタシ達がいれば百人力ですよ、いろはさんの妹さんを助け出しましょう!」

「そのこと、みふゆさんは信じるん……ですか? 灯花ちゃんは、私の妄想だって……」

「もちろん。その為に神浜に来たんですよね? その妹さんの事を想う気持ちを、ワタシは信じます。それでその妹さんなのですが、おそらくはイブのコアの中に格納されています。イブへの魔力供給を断つ意味も兼ねて、まずはコアをイブから切り離します。雫さん!」

「やってみる……!」

 

 未だに幻術に包まれていて動かないイブの胸元、梓さんがコアだと言った宝石の周囲を、保澄さんの結界が囲んだ。それと対になるように私たちの近くにもう一つ結界を作り出し、固有魔法の空間結合を発動させると、コアがイブの体から切り離され、後に作った方の結界に転送された。コアが転送された直後に結界を削除する事でどんな物でも切断できる、らしい。

 

「成功した。イブの様子は?」

「リンクは正常に途切れているようです。後は穢れが霧散すればイブは消えますが、アリナの結界が残っているので少し時間がかかると思います。……そうですね。皆さんはイブの抜け殻の警戒をお願いします。羽根は集まって下さい。宝石を砕きます」

「く、砕くって……中のういは大丈夫なんですか?」

「大丈夫です。外側を砕くだけですから。では、やりますよ」

 

 梓さんの合図に、羽根達は自分の鎖を宝石に巻きつけた。五つ、六つと鎖の数が増えていく毎に、いろはちゃんの表情に不安の色が増していく。まぁ、そうもなる。悪魔への生贄を梱包してます、っていう感じの絵面だし。

 

「本当に、大丈夫なんですか……?」

「大丈夫です大丈夫です。コアを構成している穢れを魔力を使って中和して融解させているだけですから、中に入っている妹さんには何の影響も無いですよ」

 

 梓さんの言葉通り、段々と鎖がコアに沈んでいっている。ドライアイスに鉄を乗っけたみたいな挙動だ。魔力の浸透した部分が気化していき、一分程度でコアは溶け切った。後には羽根たちの巻いた鎖だけが残っている。

 その鎖を、おそるおそるといった様子でいろはちゃんが横にどかした。その下には、桃色の毛、瓜二つな容姿の子が眠っていた。以前にいろはちゃんの記憶で見たのと同じ。実際に見るのは初めてだけど、本当に姉妹なんだなとどこかずれた感想が出てくる。

 コアから出てきたというのにその目は未だ閉じられたままで、目覚める気配は無い。やり方が何かまずかったのかな。

 

「うい……? うい!?」

 

 ひどい形相のいろはちゃんが、眠ったままのういちゃんの肩を揺らす。ういちゃんが起きない原因の特定よりまずはこっちを落ち着かせた方がいいかも?

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 はー、雫ちゃんの固有魔法を切断に使うなんて考えた事なかった。ともかく、みふゆさんの助力によりういちゃんの摘出に成功しました。が、救出扱いではありません。ういちゃんの魂をちゃんと戻してあげる必要があります。

 ういちゃんの魂はモキュの中にあります。つまり暴論ですが広義に言えばモキュはイコールういちゃんです。ういちゃんは最初っから近くにいたんだよ!!! ナ、ナンダッテー!!!

 

 どういう事かと言いますと、ういちゃんが魔法少女の契約を交わした時、ういちゃんは願いによって得た回収の力を制御出来ず、多すぎる穢れによって魔女化が始まってしまったのです。その魔女化をキャンセルさせる為に、ねむちゃんがういちゃんの魂をキュゥべぇの抜け殻の中に移しました。そういうわけで、ういちゃんの魂はモキュの中に在るのです。

 魂が別の場所に移った影響でういちゃんの因果が途切れ、全員から忘れ去られてしまい、灯花とねむちゃんの思想が歪み、マギウスとしての活動を始めた、というのが事の顛末です。

 ういちゃんを覚えている段階では二人は端的に言えば未来のために行動していたのに、ういちゃんを忘れた後は自分のために行動し始めた辺り、二人の思想へのういちゃんの影響の強さが窺い知れます。

 

 で、ういちゃんを目覚めさせるには、そのういちゃんの魂の入った器……モキュをういちゃんに触れさせる必要があります。事前にモキュを呼んでおいたりなどの事前準備は行っていませんが、スタンダードモードなので勝手に来てくれるはずです。

 

「モッキュ!」

 

 ほら来た。オリジナルがキュゥべぇだし、必要とされた時には来るっていうような能力があるんでしょうね彼(?)には。

 モキュがういちゃんに触れた瞬間、全ての因果が元通りになります。この場にはいませんが、灯花とねむちゃんはういちゃんの存在を思い出したはずです。てかあいつらどこ行った。

 ういちゃんが目覚めました。目覚めた瞬間いろはちゃんに抱かれた為、何があったのか困惑している模様。良かった良かった。これで第十章クリアの為のフラグが一つ立っ……あれ? 第十章クリアの通知が来ました。ホーリーアリナは?

 えっと……あぁ、既にイブの穢れが霧散してしまっています。エネルギーの投入量が少なかった影響でしょうか。本来ならアリナは自らの願いの成就の為に、ういちゃんのいなくなった後の抜け殻と化したイブを利用し、ホーリーアリナと化して神浜ごと自爆しようと企むのですが、それをする前にイブの抜け殻が無くなってしまっては、イベントの起きようが無いですね。

 タイマーストップはエンディングの開始タイミングですのでもう少し後です。黎明を見届けておきましょう。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「お姉さまっ! お姉さまっ! わたくし、全部思い出した!」

 

 遠くから手を振りながらこちらに飛んでくる影が見えます。あれは……灯花ちゃんと、ねむちゃんです。思い出した、って言ってます。……思い出した!?

 近くに着陸した灯花ちゃんとねむちゃんに、聞きただします。

 

「それって、ういの事?」

「そう! ういもお姉さまも含めて四人で、いつか快復した時のためにって神浜市の地図を作ってたよね!」

「こんな場所があったらいいと思いながら噂話を創作したね。それを……僕はあろうことかウワサにしてしまった。フェントホープの入り口にしていたから、万年桜のウワサと会った筈だよ。あの子だって、元はお姉さんの作った噂話なんだ」

 

 本当に、記憶が戻ってる! 確かに地図を作っていたし、万年桜のウワサだって私が以前に作った噂と内容が似ていました。

 

「うい、なんだかぼうっとしているけど、大丈夫かい?」

「えっと、何が起きたのか、記憶が曖昧で……あぁそっか、わたし、魔女になってたんだ」

「そうだよ。僕のミスで今までおかしな事になってたんだ。だけど今ようやく、とりあえずういの事を認識出来るようにはなった」

「わたくしのミスでもあるよ。ういに集まる穢れの量の想定が甘かった。もっと準備をしていたら、何のトラブルも起きなかったのに」

「ううん、確かに色々あったかもしれないけど、こうしてみんな無事だったから、いいんだよ。それに——待ってお姉ちゃんそれ以上絞めると苦しい」

「えっ!? ご、ごめんね?!」

 

 慌ててういを抱くのをやめると、ういの肩にモキュが登りました。それを確認したういは、話の続きをしました。

 

「それに、魔女になってる間の事は覚えていないんだけど……この子……えっと、モキュが、その間の記憶とか、色々教えてくれたんだ。だから思う。ゆりさんややちよさん達、まどかさん達に、ももこさん……本当に色んな人に出会うきっかけになって、良かったって思う。あっ、初めまして! 環ういです!」

「うん、初めまして! 私が鹿目まどかで、こっちが——」

 

 まどかちゃん達と自己紹介をするういを見ていると、後ろから灯花ちゃんに引っ張られました。何やら話がある様子でした。

 

「わたくし達は、許されない事をした。人の不幸を食らい、そして災害を作り出し、あまつさえ未遂には終わったけど災厄を呼ぼうとした。お姉さまは……わたくし達を、許さないでほしい。許すとしたら、それは贖罪が終わった時。いーい?」

「重いよ!?」

 

 思わず反射的に声が出ました。許さないでと直接言ってくる、それほどまでに罪の意識を持っている事に、驚いてしまいました。

 

「灯花ちゃん、それは今後ゆっくり考えていこう?」

「でもお姉さま、イブがいなくなって、自動浄化システムが無くなったという事は、わたくし達魔法少女に残された時間は短いよ?」

「……? あっ、そうだね……」

 

 確かに、ういが戻ってきたということは、イブがいなくなったということで、自動浄化システムも動かなくなったということです。

 マギウスを否定するなら、代案を考えなければいけない。以前にそういう話をした事があります。その代案が必要な時が、今なのでしょう。

 

「いろはちゃんいろはちゃん、その代案なんだけど……」

 

 ゆりちゃんがある提案をしてきました。

 

「自動浄化システムを再構築しよう。今までのマギウスのような強引なやり方ではなく、時間をかけた安全な方法で。ドッペルの有用性を知る魔法少女は数多くいる。神浜中の魔法少女に助けを求めれば、きっと簡単に自動浄化システムが作れるはず」

「自動浄化システムの構築には時間がかかるけど、その間はどうやってソウルジェムの穢れを処理するのー?」

「その間は相互にグリーフシードを融通し合う。組織構造そのものはマギウスの翼に似ると思う」

「神浜の魔法少女の互助会……名前を付けるとしたら神浜マギアユニオン、かな。僕は良いと思う。アリナにも声をかけておくよ。イブが崩れたや否や機嫌を損ねてしまった。これで機嫌を戻すといいんだけれど」

 

 成功するかどうかは分かりませんが、もしも失敗すればきっと多くの魔法少女が不幸になってしまう。ういを取り戻した分の代価を、私は支払わないといけない。罪を背負っているのは灯花ちゃんとねむちゃんだけじゃないんです。マギウスを否定した私も同罪です。

 だから、贖罪の第一歩として、まずは神浜マギアユニオンの設立を成功させます。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 これにてタイマーストップです。記録は……八時間二十分! うーん、遅い! 世界一位兄貴の記録が七時間弱だったので、それより一時間以上遅いですね。多分将棋のせいだと思うんですけど。え、キャラロスト? 知らんな。

 全体を通して、運がいいんだか悪いんだかよく分かりませんでした。どっちかに極端な時が多すぎる、訴訟。チャートに修正を加え、次回は運要素に左右されないようにしていきたい所です。

 それでは長時間のご視聴、ありがとうございました。




 ここからは全て作者としての後書きになります。興味の無い方は読み飛ばしてください。

 沢山のアクセス、ありがとうございます。あれ、自分でこんな何十回もアクセスしたっけ、と度々困惑しておりました。
 見切り発車で連載をスタートしてしまった為に、見苦しい点、あるいは不可解な点が数多くあったと思います。終盤の展開なんか、うん、完全に打ち切りですこれ。話の風呂敷をどう畳むか考えてなくて、綺麗な終わらせ方が出来なかったです。ごめんなさい。
 あと、主人公である虹絵ゆりちゃんに関する掘り下げがあんまりされていないというのも、オリ主ものとしては良くなかったですね。元々パート1で神浜までいろはちゃんについて行ったのも、いろはちゃんが命の恩人だからというクソデカ感情があるはずですし、それからパート4でいろはちゃんにういちゃんとの思い出を記憶越しに見せてもらった時にも何かしら感情の動きがあったはずです。ゆりちゃんからしたら最後に見た姉の姿は疲労しきってボロボロな姿な訳ですから。パート3か4辺りで過去話やれば良かった。
 チャートに改良を加えて次回はとか書きましたけど、次回は少なくともnoDLCレギュレーションではないです。そもそもRTAですら無いかも。ですが少しの休止期間を置いた後、モチベが戻ったらマギアレコード関係で書くつもりです。
 それまでの間、なんなら私の事は忘れても構わないので、マギアレコードタグで他の方が書いた小説も読んで下さい。私の書いたものを通じて、まどマギやマギレコに興味を持ってくれる方が一人でもいれば、私は嬉しいです。
 長々と失礼しました。それでは、今までのご視聴、ありがとうございました。


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