君と私のなんでもない特別な関係 (しづめそら)
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第一話 特別な私の一般論
夏休みが明ける。待ちに待った高校1年生の夏休みは、中学生以上に楽しく感じられた。何をしたかと問われれば、暫し返答に困る程度には暇を持て余した一ヶ月だったのだけど、友達と県外に出たり、少し離れた海で行われる県で最大規模の花火大会に行ったり、ひとつひとつのイベントが濃密だった。高校生活の良さをひしひしと感じていたのだけど、また別のイベントによってその考えは打ち砕かれた。
「ん〜………」
私はシャープペンシルの後ろをこめかみに当てて、一枚のプリントに立ち向かっている。
進路調査書
将来の夢がない。というか、未来のことを考えることが苦手なのだ。今の私がやりたいこともよくわからないし、それすら叶えられないものが多いのに、数年後、数十年後の未来を考えるなんてできやしない。強いていうなら遊び続けたい。花火をいっぱい見て、遠くに買い物に行って、友だちといっぱい遊びたい。それを伝えるべく、将来の夢に「遊ぶ人」と書いたら担任の先生からすごく怒られた。
「なにしてんの」
何者かが机上に置かれた紙を覗き込むように私に覆い被さってきた。この声は神田鈴音。中学以来の友達で、何かと人当たりがいい万能女子。しかし運動音痴。ボールを投げるときに、右手と右足が同時に出てしまう方面の人だ。
「進路調査のアンケート」
顔を向けることなく返事をする。
「まだ書いてなかったの。期限先週じゃない?」
「一回出したけど、書き直せって言われた」
「なに書いたの」
「遊ぶ人」
ボソッと答えると鈴音は爆笑しはじめた。
「遊ぶ人ってなに?遊んで暮らしたいってこと?」
目に涙を浮かべ、声を上擦らせながらきいてくる。
「そうだよ。今……はそうでもないけど、夏休みがいつまでも続けばなって思う」
「子どもだな〜。そろそろ遊ぶだけじゃなくて将来を考えて動かないと」
"子ども"という言葉に内心ムッとする。
「鈴音は遊んでいたいって思わないの」
「そりゃ思うけどさ。遊ぶだけじゃ生きていけないじゃん」
「そうなの?」
「たぶん?お父さんも毎日働いているんだから、そういうことだよ」
鈴音の言っていることはおそらく正しい。それでもなんだか腑に落ちないのは、私が子どもだからなのだろうか。
来週の予定を立てることはできるけれど、五年、十年先の未来なんて、想像できるはずもないし、ただの理想論になってしまうのは当然だと思う。理想を振りかざすだけなら、やっぱり私は遊んで暮らしたいって思ってしまうのだけれど、どうして鈴音は働く方に考えているんだろう。
「ん〜〜」
机におでこを当てる。思ったより勢いがついて強めの衝突音が鳴った。
「働きたい人だけ働いていたらいいのに」
とにかく、高校一年生の私にとって、社会に出るということを想像することはとても難しいということがわかった。なおさらこの紙切れは、私にとって必要なのかどうかわからなくなってしまった。
なんとなく、自分が周りとズレているなと感じたのは中学二年生に上がる直前の頃だった。友達に日曜日朝の子ども向けアニメの話を振ったところ、『まだあんなの見てるんだ』と一蹴された。女の子はみんな見ているものだと思っていたし、実際、私の周りは見ていた。ただ、その"周り"が小学生の頃から止まっていることに気がついたのはそのときだった。気がつけば私の好きなアニメや動物観察バラエティを見る友達は少なくなり、みんな恋愛やYouTubeの話をしていた。あの俳優がかっこいいだとか、別のクラスの誰が好きだとか、クラスメートの誰が誰と付き合っただとか、私以外のみんなはそういった話で盛り上がっていた。私は色恋沙汰にあまりにも興味がなくて、だからといってアニメのキャラクターに恋をするようなこともなかった。幸いにも会話に入れないから孤立するということはなかったが、私が振る話は、他の子にとってはつまらないようで、肩身の狭さを感じていた。今もその傾向がなくなったわけではない。
夏休みはみんなはしゃぎ回って遊んだ。まるで小学生のように笑い、走り、楽しんだ。しかし学校が再開するとみんな人が変わったように"大人"になった。あぁしよう、こうしよう。○○がこう言っている。これが普通。それが好きなんて変わっているね。好きなことを好きと言うのって、こんなにも窮屈だったっけ。
キーンコーン……
授業終了のチャイムがなる。次は体育なので、みんな一斉に準備をして動き出す。私も同時に動き出す。違和感なんてない。こうして動く私は私なのか。
「穂凪さん、何そのタオルー」
クラスの女子が、私が首にかけているタオルを指す。
「これね!マジカルももかの限定タオルなんだよ!ずっと欲しくって、夏休みに東京で買ってきたの!かわいいでしょ!」
ついつい一人で盛り上がってしまった。やはり好きなものについて聞かれるのは嬉しい。
「へぇー。穂凪さんやっぱり子どもだね」
こういった反応が返ってくることは織り込み済み。ただやっぱり……隔絶されているようで息苦しい。
「時代はEXALでしょ!」
「わかる!とくにSHöTAがかっこいいよね!」
「そうそう!やっぱ楓はわかってるな〜!」
EXALは今をときめくダンスグループらしい。クラスの話題をさらっているのは恋愛かこのグループのことといっても過言ではない。
「穂凪さんは、EXAL見ないの?」
「あんま見ないかなぁ。バンドとかの方が聴くかも」
「そうなんだ…。少し見てみなって!みんな見てるじゃん!」
みんな見てるから見るのか…?
「いやまだ穂凪さんには早いって」
早いってなんだろう。昔はみんな、マジカルももかみたいな魔法少女に憧れていたはずだし、動物番組を楽しくみていたはずなのに。いつか好きなものから離れなければ、大人にはなれないのかな。子どものままでいたらいけないのかな。
初めは背景に焦点を当てています。
プロローグみたいな感じです。
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