朝起きたら、ORTでした…… (凧の糸)
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飛来するアリストテレス
ジャンプラで10巻まで無料のときに閲覧して、見事にハマって者です……
「うーん、地球まだかなぁ……」
現在地球目掛けて宇宙空間を漂流している俺。まあこんな状況で平然としているから気付いて貰えるだろうが、俺は人間を辞めたらしい。
まさか、朝目覚めたらこんな蒼い蜘蛛みたいな身体で宇宙にいるなんて誰が思う?
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「ヤベェ、学校に……ん?」
真っ白な大地に俺は一匹だけ立つ。学校に行くことよりも黒々と広がる宇宙には星々が浮かぶ美しく、無感情な光景に目を離すことは出来なかった。
「何処だよ……ここ」
まあ、地球ではないことくらいわかる。惑星や衛星、隕石なんかが無数に存在する小惑星帯で、もしかしたら俺は転生したのかあ……とぼんやり考えていました。
なんでここにいるのか、生きているのか、死んでいるのか。俺は眠気を感じてあくびをしたくなった。でも、ここには吸い込む空気が塵ほども存在していなかった。
空気がないことに気づいた俺は、ようやく自分がどうなっているのだろうと下を向き、目玉が飛び出るかと思った。俺にはこの身体に非常に見覚えがあるのだ。
「これ……ORTだよな……」
TYPEーMOONというとある同人サークルによって生み出された世界観に登場する、最強の生物。この世の物質の中で最も柔らかく、かつ硬い上に生息地であるだろう水星の過酷な温度差に耐えられてしかも鋭い外皮を持ち、侵食固有結界という自分が存在するだけで世界そのものを変化させてしまう能力、死という概念が存在しないので物理的に破壊して止めるしかないなどのこれでもかと詰め込まれたチートっぷり。
『早くしてくれ……痛い、痛いよ……』
遠く、遙か彼方からメッセージが届いてくる。
「ああ、これが」
星が送ってきた言葉。使命感、使命感だ。猛烈な使命感が湧いてきた。
「これが、俺の使命なのだ」「やらねばならぬ」
暴君に怒るメロスのように、送られてきたメッセージの方向を向く。
俺は感覚で、体からジェット噴射を勢い良く放出した。星の重力を振り切って宇宙の彼方へすっ飛んだ。
「おおおおおおおおおおーーー」
ジェットコースターのような楽しい感覚。実際は音速を超えているだろうが、無駄に頑丈な身体に心配などカケラも無い。たまにデブリに衝突しようとしても、小刻みな噴射で小惑星を縫うように加速していく。
コンコルドを鼻で笑えるくらい速い。さっき通過したのは巨大で、真っ赤な恒星。太陽が豆粒に思えるほどの大きさだが、俺はプロミネンスすら軽々と余裕の表情でくぐり抜けた。
「ヒャッホー!!! サイコーっても誰も聞いていないけどね」
スピードがキマッた、最高にハイなコンディションでは、ついついこのORTも忘れてしまうことの一つや二つはあるものだ。恐らく、これを前世の記憶というのなら、俺はうっかり者と呼ばれていた記憶が魂レベルで刻まれていた。
「あ、やべ、通り過ぎちゃった……」
何故かルートはきっちりと決めてあり、間違うと頭の中でブーブーとブザーが鳴るのだ。これがかなりやかましく、ずっと無視していると堪えられないくらいに爆音へと変化する、悪質きまわりない代物だ。この事実を知らなかった時、死ぬほど喧しかった。まあ、俺は死なないんだけどね、だってORTだから。
小粋な大蜘蛛ジョーク。もちろん披露する相手なんていないけどね。
「よっと」
既定のルートに戻って、再び超加速。
「ヒャッハー!!! 速いいいいいぃぃぃィィィ!!!!」
声が後方へと置いていかれる。クールで、最高の気分だ。
ーー百年ほど経過した。
「ここまま飛んでいけばいいのか?」
ORTの役割はイマイチはっきりしていない。地球にいる生命を全消滅させる事が使命らしいと見た事があるが、俺にはそんな気は無い。もう百年ほど飛び続けていて、そろそろ目新しい光景が欲しかった。
そんなわがままが叶ったのか分からない。それから30年ほど経過したときにようやく変化が見られた。
「お、もうだけど……アレ地球だ」
複眼で広い範囲が遠くまで見える。メッセージは多分ここ出だな。
青々とした惑星だけど、いつか滅ぼさないといけないのかなあ……そんな不安を抱えつつ、地球に降下していった。大気と俺が摩擦で何百度も発生させている。
「ぬるいな、四十度のお湯みたい」
どうでもいいことを考えていて、俺は行きたかった日本へのルートを確実に間違えてしまった。
「あ、やべ」
吸い込まれる様に南米大陸に吸い込まれていく俺。宇宙で行っていたジェット噴射をしようとすると『頼む、マジ、マジでやめて、いやフリじゃなくてガチなんよ止めろおおおお!!!!』魂からの叫びが聞こえてきた。
「あー、うん。やめます」
大人しく、渋々従うことにした。
「よし、着いた」
慎重に慎重を重ねたのだ。多少の木々をなぎ倒して我、地上に立つ。
「アマゾン? いや、違うかなぁ?」
気温はまあまああった。水も多く、酸素が美味しい環境だ。キョロキョロしていると、思わぬものに襲われる。
「くそ……眠い……」
宇宙空間ではずっと起きていたからなんだか眠たくなってきた。俺は睡魔に襲われた。加速度的に増すばかりでとても我慢出来そうに無い。
「zzz……」
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「なんだ……これは」
南米に住む吸血鬼たちはずっと前に
「これ、生命反応を示しているぞ……生命なのか!!」
「何だと!?」
「うん。ただ、休眠状態のようだ」
事実、彼?はぐっすりと眠っていて意識は深い闇の中である。最も彼らがそれを知ることは永遠に無い。
「是非とも研究対象にしたい。早速運ぼうではないか!!」
眷属たちの力も借りて、高さ約30メートルの蒼い生きものを輸送しようとした。
ピシリ--
「ん?」
替わっていく音がする。恐ろしい力が迫っていく。恐怖がやって来る。
「ま、不味いぞ! 退避、退避だ!!!」
あの生きものから同心円状に結晶が広がっていく、いやーー世界を蝕んでいく。
「い、嫌だ! 水晶が……」
足が水晶に替り、心臓が代わり、脳髄が変わった。
「こんな時じゃなけりゃ、あの彫像を持って帰りてえんだがな!」
あちこちに人のカタチをしていた結晶の柱が乱立していく。芸術家が手がけたような美術的価値さえありそうな結晶。脳幹が見る悪夢からよじ登ってきた生きものはあいも変わらず居眠りをしている。
「ふう……もうゴメンだね」
とある吸血鬼は帰還後の報告でそう言った。あれから何度か隊を編成して遠征を行ったが、全て壊滅的な結果として記録された。
だが、全く無駄な訳では無かった。
その生きものは我々と同じく吸血を行うこと。ある一定の距離に近づけばあらゆる物体は結晶化する可能性があること。異常な硬度を誇るが、同時に異常な柔らかさを持つこと。
「名前が無きゃ不便」
ある吸血鬼の提唱により、ギリシャのとある哲学者の名前から「アリストテレス」と名付けられた生きもの。この地球で最も孤独な生きものは、その孤独を厭うから眠るといつしか言われるようになり、いつしか「眠りの獣」と呼ばれるようにもなったそうだ。
犠牲によって大切な教訓を知る事が出来た。
「あの蒼い生きものに手を出すな」
悲しい事に、それを忘れてしまった者も時折いたようで、人型の結晶は時たま増えていくみたいだった。
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(誰ぇ……? なんか取り囲んでるんだが……)
落下してから動く気もせずにずっとぼんやりしていた。能力を使うとそこそこ疲れる。ホンモノならそんな事もないのだろうが、中身が違う上、どうやら諸々の仕組みが違うらしかった。
ここは型月世界であるだろうから、俺がORTもどきである以上第5位との遭遇イベントに当たるのかも。ホンモノは数秒で瞬殺したらしいけど……何かを殺すのって、ねえ? 嫌じゃない。
一応、前世は日本生まれ日本育ちの一般男子だったんだぞ。見るからに人形の生物を「じゃ、殺すか」みたいに殺せる訳ないでしょ。ORTボデーなら出来るかも知れないけど、一線越えは不味い。
そう思っていたが、彼らは俺の身体を固定して何処かに持っていこうとしている。
(ちょ、待てよ!!)
つい、力んでしまった。
みるみる内に水晶の渓谷が俺を中心に生み出されていく。
(あーあ、やっちまったなー)
何人か水晶塊になった。人殺しとは違うと認識しているが、こう、あっさりとした気分に自分でも驚いている。
「寝よ」
どうでもいい。人間を辞めて幾星霜、感覚だってかなり薄れてきたのだ。むしろ、
「よっこいしょ……zzz……」
もう少し、居眠りをする事にした。
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「んあ!?」
何かの大きな意思から『助けろ』『働け』と突然のお呼び出しが掛かった。星のメッセージとは違うソレは正直、肌がピリピリとする。以前の地球とは全く異なるのは確かで、大気に変なのがプカプカ浮いている。
「ウイルス……なのか」
情報もおまけして送られてくる。どうやら"人間"の大人達がバタバタ死んで、吸血鬼が台頭してきているそうだ。大きな意思は『人間を守れ』と『働け』を延々耳からスピーカーのように流してくる。
「日本で何か起きるのかあ……」
意思は色々と(一方的に)語りかけてくるが、『日本へ行け』がわりと多い。どうせ魔術師とかがヤベー儀式をやらかしたんだろう。
型月ならありえる。
「型月ならありえる」というおふざけみたいな言葉だが、これは現実であるし自分がORTの身体なのだから認めざるを得ない。選択肢をミスって死ぬことがお馴染みの主人公ズ。どの世界線か知らないが、大体ロクな事が起きてない。
そもそも話の根幹を成す魔術師が人でなしだしなぁ……
ま、大丈夫……だろう、だって俺ORTだし(クウガ感)
久々に前世の故郷に行ってみたい。そう思っていると、身体が変形してUFO、つまり未確認飛行物体と似た形をとった。
「よし、ゆっくり前進だ!」
ORTボデーを慎重に操作して、地球の反対側まで、レッツゴーだ。
「うわ、海汚くない?」
情報が送られてくる。なにやら先ほどのピリピリで汚染されたんだと。漁業は壊滅、寿司や焼き魚はもう無理そうです。
ひとりでおふざけしながら飛んでいると、気持ち悪い生物なのか怪しい奴がいる。それも山ほど。
「それ」
飛んできて取りつこうとする奴は、一部だけ腕をぬるりと4本くらい出し、パチン、パチンと撃ち落としていく。
ムチが叩きつけられると、大概は潰れて原型を留めなくなるか、とんでもないスピードで彼方に飛ばされて行った。
「あ、血を吸い忘れた」
俺にとって、血は美味しい嗜好品。モチベーションにも関わってくるのでかなり大切なのだ。俺はストローのような小さな針を出して、慎重に慎重に吸う。ミスれば相手の身体は無残でとても血を吸う気を失わせる姿に変貌する。こういうのは雰囲気が大事。ぶち壊しにして飲むほど精神は削られていない。
捕まえて血を吸おうとしたのは"ヨハネの四騎士"と呼ばれるもの。後で知ったが、あまり血の通わないバケモノなのだと。こいつに構う必要は無かったが、知らない俺は必死に
終わりのセラフなのに、吸血鬼とヨハネの四騎士くらいしか出てない……
きっと、次回こそ!
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東京が寧ろ東狂な件
よければ評価と感想をよろしくお願いします。
それではどうぞ。
「我、日本に到達す!!」
上空から確認したので、間違いなくここは東京だ。
「うおおお!!ってならんわ……」
ボロボロ過ぎてメガテン混じってない?とつい疑いそうになる。でも、今のところ悪魔らしいのは
「よっ、こ、いせ」
身体をグニャグニャさせて記憶内にある前世の自分の顔を再現していく。
「うわぁ、福笑いよりひでぇや……」
顔なんて弄り放題なので、イケメンな顔立ちにしようとしたが、勢い余ってパーツがめちゃくちゃになってしまった。顔だけカオスの変人では、怪しまれるどころの話ではない。大人しく記憶通りの顔立ちにしておいた。
「さて、人間は……あっちか?」
生物、というよりは特に霊長類の探査に向いているマイセンサー。カバー範囲はまだまだで東日本程度だが、人間の反応はまだら。一点には大量にいるけど、いない場所には黒子のようにポツンとだけある。イメージは日本列島の地図に墨汁をポタポタ落とした感じだ。
「徒歩なんて、久々だな」
蜘蛛足の歩行に慣れていたので二足は安定感が欠ける。二足歩行ってこんなにも難しかった?いやまあ、ずっとしてないのが原因なんだろうけどさ、さっきからケンケンパばっかりで移動しているのはなあ……
二時間もすれば昔の感覚を取り戻してきた。これで心配無用。ついついウキウキして、調子に乗った俺はスキップで周りの瓦礫を吹き飛ばして移動を開始した。
「お、人だ」
軍服のような頑丈そうで、カッコいいデザインの服をきた集団は変なやつらをヨハネの四騎士、そう呼んでいたので彼らに倣って俺もそう呼ぶことにした。
(うわー、誰かとコミュニケーションするの久々過ぎて忘れちゃったー!!!)
基本的には小心者で内弁慶のきらいがある彼?はマトモな会話が欠如し過ぎた弊害で、軍服たちの前に出たがらない。そのくせ、脳内では山のようにシミュレーションを行って友人となるのに成功(この場合、一般的には大失敗)させているのだからなんともマヌケな話である。
だが、腐ってもアルティミット・ワン。星の最強生物のカケラほどはある誇りを胸に、「ピンチで助ければ、仲間だと思ってもらえる」という甘ちゃん戦法でなんとかしようとしていた。本気を出せばなんとかなると思っているのが彼の良いところでもあり、悪いところでもあった。
「グッ、吸血鬼とかツイてないぜ……このやろっ……」
「人間、中々悪くないが……私がいたのが運の尽きでしたね」
人間と吸血鬼には当たり前だが、身体能力に天と地ほどの差が存在する。人間が吸血鬼を殴ってもポフ、という可愛らしい擬音さえつかないだろうが、人間が吸血鬼に殴られるとどうあがいても致命傷並みのダメージを負ってしまう。
では、吸血鬼に対抗する人間は絶滅しているんじゃないか?そう思うのが当然である。しかし、人間もまぁしぶといもので鬼呪装備という摩訶不思議な武装で対抗している最中なのだ。人間を超えた力を授ける装備を身に付ければ吸血鬼に殴られても、死ににくくなる。それと1番の特徴は吸血鬼を殺害可能になる点か。宿っている特殊能力は千差万別でユニークなものも多い。近距離、中距離、遠距離の三タイプに分かれているのだからなんとも親切な設計。お決まりのようにデメリットもある。
鬼の呪いと書いて鬼呪装備。実物の鬼が封印されているために、封じられた鬼が強ければ強いほど乗っ取られる可能性もあるのだと。最高ランクの黒鬼は今まで何人、何十人と喰われたという曰く付きの装備だそうだ。そんな装備類を使ってようやく土俵に立てるのが、今の世界。
もちろん、ORT君(仮名)が近日中に知る事は決してありません。
「うっ……刀がッ!」
連戦で消耗していた中で、もう握力は持ちそうに無かった。持ち慣れた相棒は手からするりと抜けて、地面に深く、突き刺さる。
「これで、無手だ。……私はね、ボクシングというものがずっとずっとやってみたかったんだよ」
「なにが、言いたい……」
吸血鬼の口角はますます上がっていく。
「特別だぜ。クリスマスに盆とお正月が来たって言うんだろ?君のお仲間、俺とボクシングもどきをしてくれるだけで逃してやるってんだ。これほどいい条件もない、なくない?」
「吸血鬼が……信じられない……」
「……おい、あまり調子に乗るなよ? 貴様ら人間とは違って私は必ず約束は違えん」
一際、変わり者の吸血鬼は目の前のリーダー格の男に怒気を滲ませる。
「やるか、やらないか」
「……やる」
「り……リーダー……止めろ、俺たちか……お前をにがす……」
「はいはい、下っ端くんは黙って逃げてくんさい」
どうにもならない事を悟った部下はリーダーの行動を無駄にしないためにも持てる全力で走りだした。それでも、やはり傷は深い。
「さて……闘おう、命の限り……」
逃走者が見えなくなってから、そう宣言した。
「ちょっと待ったー!!!!」
割り込みの際に使うお決まりのセリフを決めて、俺は人間態のまま飛び出した。
「なんだァ? テメェ……」
闘いに水を刺され、貴族らしい口調はすっかり忘れている吸血鬼。一方の軍服の男は突然の闖入者に淡い期待を寄せつつも、長年の戦闘経験から多分ダメそうなのは理解していた。
「申し訳ないが、割り込ませてもらうぜ!」
(うわー、やっちまったー)
飛び出したはいいが、あんまり考えていない。吸血鬼は凄まじき怒りを向けている。
「俺と、やるってんのか?人間……」
「まぁ、いいよ。どうせ俺が勝つし」
「威勢の良いガキは嫌いじゃねぇ。死ね」
吸血鬼は完璧かつこれ以上なく理想的なタイミングで不意打ちを仕掛けた。
ガシッ……!
「な……!」
蹴りを喰らわせた吸血鬼は驚きで目を見開いている。それは助けられた軍服の男もそうだった。
「な、なんて馬鹿力なんだ……」
吸血鬼の片手を潰れそうなくらいに掴んだまま、涼しい顔で重量のある肉体を持ち上げた。
「そーれ! えいッ」
冗談のような腕力で廃墟のビルを七つほど貫通させ、ようやく止まった。遠心力を加えて投げたために衝撃と合わせて気絶してしまった。身体の形を保てているのは、ORT君が手心を加えたことと、吸血鬼の異様な頑丈さの為だった。
「あ……あんたは……帝鬼軍の一員、なのか? 隊服すら着ていないが……」
「おっと、すまないすまない。忘れてたよ」
今、ここで違うと言ってもどうにもならない。どうせなら誤魔化してこっそりと付いていくことで、今の日本の文化とかを知りたいという思惑があった。あわよくば、前世で見忘れたアニメが出ていたらなんて淡い希望も雀の涙ほどは考えていた。
「はぁ……助かりました。早く帰還しましょう。危険ですし。それに階級はどれほどでしょうか?申し遅れましたが、月鬼ノ組所属、佐々木班班長の佐々木倉介です。さぞ名のある方とお見受けしますが、どちらにご所属でしょうか?」
「……すまないな、答えられない」
大体こんな世紀末な世界で、秩序を作っている集団なのだ。後ろ暗い事だってきっとある!という勝手な予想だが、事実として日本帝鬼軍は真っ黒であり、佐々木班長もその事を良く知っていたので勝手に「柊家のなんかヤバイ部署のだな」と勘違いをして追及を逃れた。代わりに少々、佐々木の態度はよそよそしくなってしまったが。
「あ、そうだ。先に行っていてくれ。用事がある」
「そ、そうですか……」
拠点に近づき、人の感覚も増えて来たのでそろそろドロンしたかった。
「ん?佐々木、隣のは……?」
「一瀬中佐!! お疲れ様です!」
多少の強さはわかるマイレーダーは周囲の者よりも段違いの強さを彼?が持っていると察知した。だが、どういう訳かレーダーの点が一つになったり、二つになったりと行ったり来たりしている。しかも、やや吸血鬼臭い。
「貴様……何だ?」
「一瀬中佐……?」
刀を抜き、俺の目の前に切っ先を突きつけて来た。
「……例のだよ。内緒の」
「ああ、柊優一郎のか」
勝手に理解したらしい。俺はとてもラッキーだと思った。
「そうだ」
無意味な沈黙が流れた。一瀬という男が、刀から抜刀し、俺の首を斬ろうとした。
「ちゅ、中佐!?」
佐々木の(一応)恩人で、しかも柊家中枢の関係者に勝手に攻撃すれば、仲の悪い一瀬家や月鬼ノ組の存続すら不味くなるのでは?と佐々木の心臓は大暴れした。
「あ、あぶなぁ……」
「言動の割には平気そうだな」
益々目つきは鋭くなるばかり。どこで間違えたんだろうなぁ……?
「あの……敵対する気は無いし、霊長類がどうなってるかだけを知りたいんで……」
「霊長類だと?」
人間ではなく、霊長という奇妙な言い回しに疑問を覚えた。だが、中佐としての思考に切り替えて、交渉に臨んだ。
「そういえば、敵対しないと言ったな?」
「ああ」
「なら、ここから去ってくれ。佐々木を助けてくれたことには礼を言おう。だが、お前のような突然のイレギュラーを受け入れらない程、この世界は寛容を失った。」
「そしてどの勢力にも属さないで欲しい。恐らく、お前は相当の強さだ。人間か吸血鬼に加われば勢力均衡が変わるだろう。それだけは今は避けたい。了承できるか?」
「いいだろう。承った」
既に崩壊している世界だが、星からのメッセージがまだ来ない。それまでは取り敢えずある程度の知的生命体がいる地球に居たかったし、一瀬グレンと呼ばれていた目の前の男からは、実に面倒くさそうな香りがするので関わりたくなかった。
「ではな。暇なら遊びに来るといい、何処にいるか俺自身も知らないが」
「そうかい、二度と会うことの無いのを期待するよ」
俺はあてもなく徒歩でふらふらと歩き出した。
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ーー京都、サンギィネム
「な、何だと……」
「嘘ではない。アリストテレスが起動して、日本に接近して来たそうだ」
日本を治める第三位、クルル・ツェペシは最悪の気分だった。
アリストテレスーーどうしようも無い絶望
いつからいるのか分からない、一応生物らしいがそれ以外に吸血することくらいしか判明していないモノ。当時の第五位始祖が数秒で死んだという恐ろしい怪物。
触れてはいけない禁忌、と呼ばれている不思議な生き物は、南米大陸でここ何千年かは休眠状態に入っていると聞かされていた。そんな禁忌がわざわざ日本にやってくる理由が分からない。
「はぁ……最悪だ」
溜息をついた彼女は、ぐいっと濃厚な血液を呷った。
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「さっきはああ言ったけど、入るのは容易いんだよねッと」
身体をセンサー類に引っかからないよう、電子的、魔術的、視覚的にもあらゆる面からステルスを行い、壁を乗り越えてこっそりと渋谷の町に入り込んだ。
「あんまり変わらないな」
大人が殆ど全滅したこの世界。とは言うものの、人間の手で守られている街は殆ど変わってない。
まあ、出歩く人間が少ないのは確かだった。
ふらり、と学校に立ち寄ってみた。こんなたちの悪い悪夢みたいな世界でも、人間の活動は続いているのを見せられるとなんだか不思議な気分にさせられた。
「おい、アンタ!! 見ない顔だけど、転入生?」
不躾な少年の声で呼び止められた。
「当たらずとも、遠からず。君は?」
見たところ、ここの制服を着ていた。知らない奴に話しかけるとは中々に度胸が座っている。
「百夜優一郎、よろしく! それで君は?」
「名前、なまえかぁ……」
そういえば、すっかり失念していた。前世の名前なんてほぼ忘れているし……
「そうだな……ヤン、ヤン・オールトでいいか?」
とある天文学者の名前を使う。ただ、今の俺はバリバリ日本人顔で、疑われそうだなと後で気づいた。幸い、彼は気づかなかったから良しとする。
「よろしく、ヤン!」
朗らかな人好きする笑顔を浮かべた。
「えっと、優一郎。優一郎か。よろしくな」
ジリリリリリリ!!!
「……いいのか?」
始業のベルの音じゃないか?あれ。
「あ……ヤベ」
そして、見事に俺の予想は当たり、優一郎は冷や汗を垂らし、みるみる顔が青く染まっていく。
「俺はいろいろあるからさ、先に行ったら?」
本当はないが、そう言うことにした方がなにかと都合が良かった。
「あ、ああ! それじゃあ、また今度ッ」
彼が校舎内に消えるのは、まさに一瞬だった。
「嘘だろ? あんな少年が?」
ORTになってから動じることはないだろうと思っていたこの頃。突然のメッセージがやってきて、「彼は……危険だ」と一際大きな警告を発しているのには驚かされた。
「運命的だねぇ」
一陣の風邪が吹くと、つぶやきと共に彼の姿は何処かへと消え去っていった。
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そうだ、京都いこう! ついでに東京も
よければ高評価、感想をよろしくお願いします!
それではどうぞ
「何故……あんな事をしたんだ……?」
一瀬グレンは部屋で一人首を捻った。彼の頭脳を持ってしても、その謎は解けない。
あの、怪しげな吸血鬼でも無くかと言って人間でもない者。恐らく俺か、俺以上の強さを持つ彼を仲間に引き入れるのも吝かではなかったはずだ。
だが、彼が何を言おうと、何をしようとどうしても『彼を仲間にしてはならない』という考えが無意識に浮かんできてしまう。
「ヤン・オールト……ふざけた名前だ」
オールトの雲ーー太陽系のはるか外部をすっぽりと球体状に覆う、理論上の天体群。隕石などもそこから来ると言われる場所の提唱者と全く同じ名前。
「自分が宇宙人だとでも?」
グレンは自分でも馬鹿馬鹿しいと思える呟きをした。あまりにも荒唐無稽でクスリと笑ってしまうほどだ。だが、その馬鹿馬鹿しい呟きこそが最も真実に近いことを知ることはこれから先、永遠に訪れることは無かった。
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「うーん、どっち……いや、どっちでも無いのか?」
「……」
目の前のボロ切れーー吸血鬼だ。渋谷から離れてウロウロしていると突然襲いかかってきたので返り討ちにした。ちょっぴり焦りすぎて瀕死の状態にしてしまったが為に、これ幸いと気になっていた検証をする事にした。
検証は簡単。吸血鬼は霊長か、そうでは無いか。
崩壊前の世界は、地球にやって来た時と同じで人間がその時の霊長だった。だが、崩壊した世界では人間はその数を大きく減らし、吸血鬼なんて生物が台頭してきて人間を飼っている吸血鬼がいるほどなんだとか。
こんな世界の現状を鑑みて、「もしかしたら、吸血鬼に霊長の権利が移行しているのでは?」と考えた俺は、早速行うことにした。
「やっぱり……分からんなぁ……」
ぼんやりとしていてる。霊長だと認識できる時もあれば、そうで無い時もある。はっきりとするのにはまだまだ時間がかかるだろうが、元々のスペックから見ると、運が良ければ吸血鬼がいずれ人間にとって変わるのでは無いかと思った。
どんぶり勘定では、人間:吸血鬼は4:6ほどだと思われる。
「型月の吸血鬼って……こんなんだったか?」
改めて、この吸血鬼を見てそう思った。型月ファンを前世で名乗っていたが、まあライトユーザーだった上にパソコンも無いような田舎住みだったので、月姫もアルクェイドルートくらいしかしてない。おまけに気の遠くなるような時間が経過しているのでかなりうろ覚えだ。
「ん? でもこいつ日光の下にいるぞ?」
そういえば、今日は雲一つない青空という珍しい天気だった。人間や俺からすれば窓からはさんさんと日光が注いで暖かいが、吸血鬼にとっては死の光線に他ならない筈なのだ。
「どういう事だ?」
ますますORT君の中で謎は深まっていくが、考えてもどうしようもないので、床にごろんと寝転がって、目を閉じた。
懐から覗く、形を留めた機械には少しも気づかない。彼が居眠りをしてしばらくすると、パチッと火花が散って何か壊れる音がした。
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「あ"…… ああ"…………」
「うぅん?」
耳障りなうめき声がしたもので、ゆっくりと身体を起こして音の方を向いた。先程まで声が出ていたが、ぴくりとも動かない。
「あれ?」
恐らく昨日は日光の下でも死ななかった吸血鬼が死にかけである、というより今死んだ。よく見ると足元に変な機械の部品が粉々になっていた。
「あの機械が日光から守ってたのか?」
そのような考察を打ち立てたのはいいが、肝心の吸血鬼が死んで仕舞えば元も子もない話。起きるのが遅すぎた。
「あー、どうしようなぁ……」
現在の霊長を確認しておくのは、いずれ出される任務の為にも必要事項だろう。
「いやだけど……ちょっと齧るよ」
がじりと噛み付いて、吸血鬼の大まかな味と匂いを覚える。
「ヨイショっと」
廃墟の外に出た後、本来の30メートルほどの肉体を引っ張りだした。余波でバラバラと前いたビルを倒壊させてしまう。
「ま、いいか」
気にせずに日本列島の本州が全て見える高度まで上昇する。
「えっとー、どこかな……?」
うろうろと頭を右往左往していると、似た気配が特に集まっている箇所がいくつかあった。
「京都か……悪くないな」
前世では修学旅行で行った覚えしかない。この機会に行くのもいいな。
努めてゆっくりしながら、具体的には飛行機程度のスピードで京都、吸血鬼からはサンギィネムと呼ばれる街にステルスしながら飛んだ。
いきなり巨体が現れたら嫌だろうなぁという配慮で飛んだORT君だが、その行動が裏目に出てしまうのは当然といえば当然で、仕方のないことでもあった。
ーー京都上空
「着いたけど……そりゃあボロボロよね……」
ある程度予想できて、覚悟もしていたが美しい古都がこんな有様なのは少しだけ悲しくなった。
「さあ、気を取り直して行きますか!」
周囲を壊せば揉めそうなので綿のように音もなく完璧に降下した。
「地下だけど……まずいよなぁ」
無理やり穴を掘ってお邪魔するのも出来るのだが、初対面はなるべく温厚に行きたいので渋々ながら諦めて、正規の入り口から堂々と入ることにした。
ところでだが、ORTの能力には擬態がある。前世の姿を取れるのもまさにこの力のお陰であり、大変に便利だ。ここに来る前に齧った吸血鬼の姿も一応擬態は可能だった。捕食した生物の記憶も見ることができるらしいと昔聞いたことがあったが、記憶ばかりはどうにもならず、姿だけのコピーのみを使用できた。
「こんな、具合かな」
グニャリと顔が歪むと、齧った吸血鬼の姿になる。顔に手は加えていない。前回それで手痛い目にあったし、そもそもコピーのモデルとなった彼は顔立ちが整っていた。
「よし、問題なし!!」
実際は問題大有りなのだが、能天気に地下都市へと歩き始めた。
@@
「なぁ、俺は最近来た新参だろ、一番ここで偉いお方は誰なんだ?」
「お前……そんなことも知らずに来てるのか……」
知り合った吸血鬼、ゴルドは俺に呆れ返っていた。呆れてはいつつも教えてくれるあたり、いいやつなのだろうと思った。
「仕方ないな、教えてやる。まず、ここの、というよりは日本のトップはクルル・ツェペシ様だ。第三位始祖にして、サンギィネムの女王であられる。次に位が高いのは……フェリド・バートリー様、第七位でとても変わり者と言われている。決まった場所には殆ど居られないだろうからな。まぁ、コンタクトは無理だろう」
「ありがとう、助かる」
「いいってことよ」
クルル・ツェペシがだいたいいる場所も教えてもらった。別れたあと、誰も見ていないところでステルスを使い、透明人間ーーもとい透明吸血鬼として歩きだした。
「誰だ、貴様……」
玉座で憂鬱な顔をして座る、美しき女王。女王と言っても少女の姿であった。まあ、こういうのはかなり歳を食っているのが相場である。
「どーも。聞きたいことがあるんだけど」
物陰でステルスを解除し、女帝の眼前に出た。
「ずいぶんと不遜な物言いだな」
不愉快そうに顔が歪んだ。
「お前らってさ……今は霊長にあたるのか?」
「?」
「いや、言い方が悪いよな。でも、なぁ……お前たちは人類とは決して相容れない筈だし……」
「急に何をブツブツと……」
「ブツブツブツブツ」
「!? ふざけ」
ふざけるな。彼女がそう言おうとすると、目の前の男から吸血鬼の身体のバランスとは圧倒的に異なる青い脚が現れた。ガサゴソと異形の恐るべき怪物が這い出てくる。
「どうも、吸血鬼。」
「アリストテレスだと……?」
冷静だった姿は一変、彼女はたらり、と冷や汗を垂らした。
「聞きたいことがある」
「……南米にずっと篭っていると聞いていたが、どういう件だ?」
「ま、まぁ俺だって仕事がある。そうやってここまで来たんだが……この世界で危ないものとかないの?」
ORT君はどうやら自分のことを知っている人を見つけてちょっぴり嬉しくなったらしい。ただ、篭っているが少しだけこたえたようだ。
「……お前は、滅ぼすのか」
「どうだろう。助けてくれーって聞こえたから、ここまで来た。場合によるとしか言えない」
「過去に第一始祖ーーつまり私の親から聞いた事だ。『いずれ、気の遠くなるような先に恐るべき怪物がやってくる』お前が、そうなのか?」
疑わしい目でジロリと見られる。背筋が凍りそうだ。
「多分そうかもしれないけど……俺じゃない場合もあるよ。気をつけたら?」
「ああ、忠告ありがとう。出来るだけ早く遠くへと消えてほしいな」
「うーん、辛辣」
女帝の不興を買うのは趣味じゃないし、直に始祖と呼ばれる者の中で位も高く強い者を見て分かったが、彼らは霊長では無かった。
あくまで、現在は吸血鬼が優位なだけ。代理みたいなモノだ。
「渋谷に帰ろうかなぁ……」
彼女の部屋から離れ、入り口まで戻ってきた。元の借りた吸血鬼の姿のまま、何食わぬ顔でここを去ろうとしたが……
「ねぇ、君?」
吸血鬼の中でも一段と綺麗な身なりをした男が俺に話しかけてきた。
「な、なんでしょうか」
「あ、そういうのいいから。さっきの見てたし」
「あー、そっかぁ……」
どうやらバレてたらしい。
「先ずは自己紹介といこうか?アリストテレス。私はフェリド・バートリー」
優雅な所作で降りてきた吸血鬼は、恭しく、わざとらしい態度でそう名乗った。
「俺か……俺はORT。遠くから来た、君みたいな王子様ってガラじゃあないけどね」
快楽主義者と大蜘蛛はついに邂逅を果たすーー
まあ、ロクなことは起きないよね……
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青かった星
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それではどうぞ
「へぇー君、宇宙から来たのか……」
「場所によるけど、ほとんど何もないぞ。星を眺めるのも悪くはないが、地球みたいな緑ある星はレアなんだ」
フェリドの面白がりな性格でついペラペラと話してしまう。反応もいいのだから暇を持て余している俺は宇宙の様子や、途中で見かけた星についても面白おかしく話した。
「ベテルギウスってあるだろ?デカいんだよこれが。気の遠くなるくらいに遠くなのにそれでもデカいからね。」
「ベテルギウス……オリオン座か……天体観測はまだした事がないなぁ。そうだ!宇宙に連れて行ってくれよ。月だ。月面着陸とやらをしたい」
興奮した口調のフェリド。宇宙開発なんてこの世界じゃゴミ以下の価値しかない、というよりもそもそも人間側に余裕は無いし、吸血鬼(ただし、フェリド以外の、が頭に付く)は宇宙に微塵も興味が無い。無人のISSやスペースデブリは未だに地球に縛り付けられて、グルグルと衛星軌道上に浮かんでいる。
「うーん、他人なんて乗せたことないからなぁ……ちょっと待ってよ」
「流石に本体も大きいじゃないか」
背中のUFOをそれっぽい部屋にした。そして、足と身体をUFO内に引っ込めるとその姿はいよいよ未確認飛行物体だ。もっとも、エイリアンが中にいるのではなく、エイリアンそのものだが。
「乗らないの?」
フェリドが険しい顔をして、周囲をうろうろしていた。
「……どこから?」
「あ、入り口作ってなかったな」
UFOモードは久々な上に他の生き物を乗せることを考えていなかった。俺は急いでスペースを作った。
「出来たよ」
「じゃあお邪魔するよ」
急ごしらえのドアは悍ましさを少々含む、かなり有機的な動きで開いた。それに彼は特に気にする様子もなく、優雅に乗船した。
「中々悪くないが……キミの貴族イメージの悪さに驚くよ」
「初めてなんだ、手加減してくれ」
なんだかんだでワイワイしながら直ぐに地球を旅立った。
「おお、速い」
窓から見える光景は目まぐるしく変わる。「早送りの映像を見ているようだ」フェリドはそう評した。
「……早いな」
「割とゆったりのつもりだけど、思ったより早かったわ。」
ほんの数分で着いてしまった。
「そっか。にしても、吸血鬼になってからこんなにも間近で月を見るとは思わなかったな……」
「月面に降りれるのか?」
「いいや、無理だね。こっから眺めておくのが楽しいさ」
「へー、そうか」
静かな世界では、俺が動き出すたびに砂がフワリと舞う。
「相変わらず青いな……」
「ユーリ・ガガーリンが『地球は青かった』と言ったのも分かる。こんなにも美しいとは……」
暗い海にポッカリと浮かぶ船のようで、孤独な船はどこまでも美しかった。
「さっさから、何探してるの?」
俺がキョロキョロと探し物、いや、探し者をしていることに気づいた。
「王さま」
俺は片手間にそう言った。アルティミット・ワンの知覚能力をフル活用しても痕跡すら見つけられない。
「誰だい?」
「月の王さま。いると思ったんだけど……もう居ないか……」
朱い月のブリュンスタッド。アルクェイドなどの真祖のオリジナルである生命体。さすがに宝石翁に倒されているから、もう居ないみたいだった。
「そもそも月に生物がいたのかい?」
「居たかもね」
「曖昧だなぁ……」
「俺も記憶が曖昧なんだよ」
ひとしきり月の裏側も覗いたあと。今度はゆったりと時間をかけて地球、京都の第三都市サングィネムへ帰還した。
「いやー、楽しかったねぇ!」
うきうきとした様子で周りの吸血鬼は気味悪そうにチラチラ見ていた。
「暇だったら名前を呼んでよ。空いてたら直ぐに行くから」
「りょーかい」
「ああ、おぶざけで呼ばないでよ? めんどくさくなるから」
「わかってるわかってるって!!」
へらへらした顔で笑っている。約束を守りそうにない顔だ。
「まあ、いいや。ちょっと渋谷の方にふらっと行ってみるよ」
「そうかいそうかい。百夜優一郎君ってのがいるだろうから見てみると良い。面白いだろうよ、彼」
「お前に目をつけられるの、運悪いな」
「それを言うなら、私も運が悪いな。なんせ君に目をつけられた」
「うわー、言うねえー」
「ハハハ! お互い様さ」
「それじゃあな」
本体をUFOから出して、一気に加速した。
「ま、頑張れよ、優一郎君?」
にやりと悪い
__________________________________________
渋谷に向かって飛行中、突然にラッパのイメージが流れ込んできた。
「む……これは……」
地球や人間への害が強くあるのは分かった。
「だるいなぁ……」
怠けよう。そう思っていると『早くしろ』『働けニート』と根も葉もない罵声に近しいものを浴びせてきた。
「うえぇ……なんだよ……」
業を煮やしたのか、無理やり身体のコントロールを奪ってきて、加速を始めた。ソニックブームで地上が少しずつ破壊されている。
「うわ、やべぇよ」
どうせ大した事は出来ないだろうと呑気な気分に浸っていたら、とんでもなく突拍子の無いことを起こした。
「おいおいおいおい!!! いや、ぶつかるぞ!」
建物に突っ込もうとするのはまずい。とっさに身体を小さくしたが、よく分からない建物に衝突した。
痛い。めちゃくちゃ痛い。
「いてぇ……何だよ、頑丈だからって痛いんだからな……」
意思に向かって怒っていると、崩れた建物から誰かが出てきた。
「……貴様、何者だ?」
「話すときに剣を出すのって若者の流行なのかね? 危ないし、かっこ悪いよ?」
若く、目つきの鋭い男は静かに怒っていた。
「……」
黒い刀を出して、目の前の男が襲いかかる!
「いや、謝るよ。ごめん、俺のせいだけども俺の意思じゃないんだよ……」
回避、回避、回避。
「……」
電撃を帯びた剣撃。躱したとしてもびりびりと痺れる。
「よっと」
離れて体勢を整えた。
「刀には、刀といこうか!」
瞬時に人間形態へ擬態し、自分の外殻の一部を使用した蒼い刀を振った。
カキン!カンッ!
「うおっ! 強!!」
かなりの技量があるようで、力は圧倒的に高い俺と言えど、積み重ねられた技には分が悪い。切り結ぶのは良くなさそうだ。
「刀の振り方も知らんのか……」
「……俺、最強だからさ。君から面倒なニオイがするのも分かるんだよねぇ」
「ほぅ……最強の割に、雑だな」
「恥ずかしいな、バレてたか」
誤魔化しても情けなくなってくるから、開き直ることにした。
大振りや力の入れ過ぎなど、自分自身の力に引っ張られ過ぎていた。
「あー、もういいや。これ以上教えてくれないなら、無理やりだ」
得物を変えて、戦いながらも話しかけたが、全然反応もしないし、勿論ラッパについても教えてくれない。流石にもうだるくなってきた。さっさと終わらせよう。
ズドン!!
「な……」
すました顔が驚愕に変わるのは心底気分が良いが、眉がピクリと動いただけだった。建物に大穴、地下に向かって開けて、匂いのする方へと穴掘りをする事にした。
「穴掘り〜お前のせいだ〜」
瓦礫を増産していく。頑丈なシェルターをゴツゴツと叩いて壊し、研究者と鎖に拘束された少女がいた。
「い、いや……助けてお兄ちゃん」
小うるさい研究者をペチペチと跳ね除け、少女へ視線を投げかけた。
「じゃあ、元の場所に帰れ」
ぐしゃり。少女に眠るコアだけを完全に破壊した。中に眠る天使は空に登っていく。ムカつくのでぶん殴ってやろうとしたが、登るスピードの方が早かった。
「貴様……なんてことを……!」
目つきの悪い男は憤怒に塗れていた。怖い。
「危ないことをするからだ。あと、ここにぶつかってこんな成り行きになったのは俺のせいじゃないからな」
通らないだろう言い訳をし、逃げるように空を走って逃げた。
「う、嘘だ……」
「残念ながら……」
「未来ー!いるんだろー、なぁ、早く出てこいよ。兄ちゃん心配だぞお!!」
「……っ」
憔悴して、あてもない希望にすがりつく一人の少年を周りの人間は見ていられなかった。
がらっ……
「未来ッ!?」
瓦礫に反応して駆け寄った。
「あ……あ……ああああ!!!!」
そこには、若く白い少女の首がーー真っ赤な血の華を咲かせていた。少年の大事な何かはひび割れて、粉々になった。
「少年……こうなった原因を知っているか」
「……ッ! お、教えてくれ!なんだってする。だがら……妹を苦しめた奴を……」
ビクン!と身体が痙攣した。ツノが少し生えている。
「鬼か……」
柊暮人は鯉口を切り、雷鳴鬼で斬りつけようとした。
「……?」
鬼のツノが自然と収まっていく。
「ふむ……?」
珍しい現象を見た。そして、正気を保っている少年、君月士方に威圧的に話しかけた。
「なんでもするか?」
天使ではなく、悪魔は傷ついた少年に微笑んだ。
「ああ、なんでもしてやるよ、その代わり……教えろ」
「いいだろう、ついて来い」
少年は、悪魔との契約を結んだ。そして、少年は鬼になった。
__________________________________________
「ヤン! 久しぶり!!」
「ああ、久しぶりだな。優一郎」
「にしても、ヤンは第一の方なのに。間違えるなんておっちょこちょいだなぁ」
「ハハ、まあ、焦ってたんだよ」
「にしてもだ。君は帝鬼軍の組に正式に入ったのか?」
「ああ。ようやくだぜ。グレンの野郎がまた酷くてな……」
優一郎の楽しかったこと、疲れたこと、嫌だったこと。大袈裟で稚拙なのかもしれないが、ワクワクに溢れている彼の口調は間違いなく面白かった。
「そういや、君月ってやつがいるんだけどな、最近はこねぇのよ。どっかに移動になったらしいし、最後に見たときのあの目……」
「目がどうしたって?」
「……あ、いや、ちょっと不安に思っただけ。元気にしてっかな?」
「してるんじゃない?」
「そう、だよな」
「あら、優さんと……どなたでしょう?」
「シノアか。こいつはヤン。第一の方に通ってるんだ。おっちょこちょいだけど、いいやつだな」
「おい、おっちょこちょいは余計だ。あ、これはどうも、シノア……さん?」
「……初めまして、柊シノアと申します。」
「ヤンって言います。どうぞよろしく、同級生かなんか?」
「はい! 優さんとはとってーも仲良くさせてもらってますよ」
ニコッと蠱惑的な微笑み、優一郎は真っ直ぐ過ぎるから好かれるんだろうな。
その時、突然にサイレンが鳴った。
「外敵が侵入しました。市民の皆様は外出を控え、避難誘導に従って下さい。繰り返しますーー」
「シノア」
「ええ、出番です。ヤンさんは、あちらの方にシェルターがあるので避難を」
「うん、気をつけて」
どうやら敵が市街地へ侵入したらしい。帝鬼軍所属の二人は仕事をするべく、現場へと走った。
「暇だなぁ……」
面白そうな二人が居なくなって毎日が日曜日状態の俺は、娯楽に飢える。ごろんと芝生の上に寝そべった。
「うるさくて目も閉じられないよ。暇だ暇」
サイレンは相変わらずウーウー!!と耳障りな音を流している。
「やっぱり、京都の方にいればよかったかな……」
特別変わり者の友人の顔を思い出し、俺は居眠りを始めた。
____________________________________
「何ですかな、暮人殿。我々も決して暇では無いのですよ」
「貴方のことだ。無駄な事は無いと分かっているが、もう少し早めに通達してくれ。こちらにも色々とあるのだ」
なんだかんだと文句を言いながら彼らは席についた。
「では、始めようか」
一人の男が言うと、柊暮人の従者、三宮葵がパネルを操作した。
「これは、この間の病院倒壊事故の際の映像です」
ギリギリ残っていたかなり荒い映像には、柊暮人ととある少女、青い異形が居る。
青い異形は身体が縮んでいき、身長170センチほどの人型へ変態した。
「な……」
「いや、どうなっている!?」
「計画はどうされるおつもりか!!」
ダンッ!!
柊暮人は壁を叩いた。頑丈なはずの壁には大きな亀裂が走る。
「あのバケモノが去った後、非常に面白い物質が落ちていた。持って来い」
合図と共に厳重な密閉を施された透明なカプセルが運ばれていた。
「これは……何かね?」
「あの蜘蛛は、人型へと変化する際に言わば老廃物に似た物質を残しています。その老廃物を使用した実験映像をご覧ください」
ピ!とパネルのボタンをを彼女が押す。2番目の実験映像が流れ始めた。
「……柔らかいだと?」
「しかし、先程は異様な頑丈さを見せたのでは無いかね?」
今はブニョブニョとしている状態だが、先程見た物は異様な頑丈さで、低級の鬼呪装備では歯が立たないくらいの硬度だった。男たちの目には未知の物体への好奇心に溢れ、目を子供のようにキラキラと輝かせていた。
「調査によると、この物質は地球上には存在しない未知の有機体で、計算上では本体の外皮はどんな物質よりも『柔らかく』そして『硬い』そうです」
「素晴らしいな、転用の目処は?」
「既に」
「なら良し、我々も協力する」
会議はお開きとなった。そこから出て行った男たちは、上機嫌な者ととても不機嫌な者の二種類に分かれていた。
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名古屋に降りる大蜘蛛
高評価、感想をよろしくお願いします。
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「名古屋ねぇ……」
俺は現在、日本帝鬼軍の部署に紛れ込んでいた。
あまりにも暇だったので、壁の外に出る人間たちを徹底的に見張りを続けて追跡を何度も重ねた。そうすると時には一人だけ残されて死にかけの人間がちらほら居た。
「嫌だ……死にたくない……」
「うっ……ううっ……」
ただ、死を待つだけの者たちは壊れ切った建物の中で息を殺して、さめざめと泣くか、ヨハネの四騎士に見つかって惨殺されるか、誰かに発見されるかというかけらも無い希望に縋るか。
詰まるところ、どうあがいても苦痛に満ちた終わりだ。遅いか早いかだけの違いしかない。長く観察していても、数日で冷たくなってしまう。冷たい顔は、どれも安らかで無く阿鼻叫喚。地獄のような場所にでも太陽の光が燦々とさしていた。
「……こいつでいいか」
飢餓を訴え、涙すら出ないほどに渇いた男は身を小さく抱えて死んでいた。
「いただきます」
本体の口を一部だけ出し、ごくんと一飲みした。一瞬で飲み込むので喉越しを感じることもない。しばらくするとその者の記憶や情報が流れてきた。
「灰土範理か……」
帝ノ月所属の男のようだ。記憶内には優一郎やその友人の姿を目撃したものも存在する。弱い自分に嫌気がさしていたらしく、鬼呪装備の位が高い物に挑戦しても失敗したことがあるらしい。その時は運良くなんとかなったそうだが、余計にコンプレックスを抱き、死んだほうがマシとさえ思ったようだが、死ぬ勇気すら無かった。
「さあ、帰ろうか」
借り物の身体を纏い、足を引きずりながら、息も切れ切れに壁へ走っていった。
「たっ、助けてくれ!!」
__________________________________
「では、名古屋行きの日程について発表する……」
前にいた隊は、かなりの数が死亡して解散となったために別の隊に再配属された。片山隊のメンバーは気のいい奴が多く、着いた1日目からとても良くなじむことができた。
「ハイドは不安じゃないのか?」
「そりゃ、不安だよ」
特に仲良くなった香山とともに食事をとっていた。だが食事と言えど、栄養を取るためだけに味覚的な要素を徹底的に排除したレーションは朝だろうが夜だろうが変わらない味。4本ほど食べるとすっかり口の中はパサパサで、持っていた冷たい水を一杯飲んだ。
「でも、これで何か変わるかもしれないんだ。命令ってこともあるけど……行くしかないだろ?」
「……」
朝日がさして、香山の顔は見ることができなかった。白んでいく空を眺めて、一つ大きなため息を吐くと、すっくと立ち上がってこちらを向いた。
「やるか、生き残るために」
「だな、帰ったらうまい飯でも食おう」
「久しぶりに餃子あたりが食べたいな」
隊で集まる集合地点まで歩いていった。隊の皆は既に集合して冗談を言い合ったり、ぼうっとしている者もいた。
「よし、覚悟は出来たな。片山隊、乗り込むぞ」
車へ搭乗し、長くて短い旅路は始まった。昨日まで暗かった空は、皮肉気に蒼く、実に清々しい晴れ方をしていた。
「ハイド、俺と前衛、桐谷と香山で支援、浦田と霞でバックを頼む」
日本中どころか世界中でウロウロうじゃうじゃ徘徊しているヨハネの四騎士に遭遇した。東京にある人間の居住圏の1キロ先から急激に強くなるので、決して気を抜く事が出来ないのである。今までの道のりでは会わなかったり、全力で追い抜く事で戦闘を避けたが、こうも堂々と居座られると避けることも叶わず、やむを得ない戦闘を開始してしまったという訳だ。ヨハネの四騎士の急激な力の変化を全員が知っているので、緊張に包まれている。香山はじっとりと湿った手をズボンで軽く拭いた。
「宿禰、出番だ」
日本刀の太刀を顕現させた。元々のハイドとは違うために初めは驚かれたが、鬼には愛着というものが存在しないそうで、渋々俺の言うことを聞いてくれている。
「先は俺が!!」
宿禰で斬り込んでいく。しかし、硬くて刀は肉まで通らず、弾かれてしまった。
「硬いです、後方お願いします!」
瞬時に敵の肉体を貫通する弾丸と弓矢が放たれた。
「よし、ハイド、やるぞ! 支援組はそっちの頼む!」
「「「了解」」」
香山と桐谷は新手の対処をしている。あちらに突然現れたが、二人して一気に攻める事で、もう倒したようだ。
「おらっ!!!」
「決めるぞ」
俺と片山隊長は狙撃によって脆くなったヨハネの四騎士の硬い装甲を破壊し、一気に切断した。
「ふぅ……いつもの奴よりも硬いですね。壁から離れたとは言え、特別に硬すぎませんか?」
「コイツらについては分かって無いことも多いらしい。特殊な個体なのかもな」
隊長はポケットから飴を取り出して口に放り込んだ。
「アメちゃん食うか?」
「食べますけど……いつも持ってますよね?」
袋に手を突っ込んで飴をガサゴソと漁って取り出した。赤色で、太陽に透かすと、ルビーような小さな飴だ。彼は少しだけ舐めたあと、ボリボリとかじった。
「婆ちゃんがな、いつも持ってたんだわ。それに糖分が美味いからな、戦いで熱くなりすぎた頭にはピッタリだ」
懐かしそうに遠くを見る目になった。飴を取り出した袋は、パッチワークで出来ており、とても古めかしく、味のある仕上がりをしていた。
「甘っ……」
隊長の真似をして口に放り込むと、ぼってりとした重たい甘みが口の中に広がった。欲を言えば吐き出してしまいたかったが、貰った本人の前でする勇気はとてもじゃないが無かった。隊長に倣ってボリボリと噛み砕いて胃の中へと流し込んだ。
「あ、そういえばそれかなり甘いぞ。赤色は通常の二百倍くらい甘い」
隠しているつもりなのか知らないが、口角がやや上向きに歪んでいた。
「先に言って下さい……」
ははは!!と大笑いをしながら、みんながいる車に戻り、再び走行を始めた。
_________________________________
「にしても始まりませんね」
一瀬グレンはピリピリしていた。不運なことにヨハネの四騎士とやたら遭遇したために集合時間ギリギリで間に合った。ギリギリ間に合った時に一瀬グレンの目つきはぎらついて、間に合った俺たち片山隊にもおそろしく鋭い目つきで威嚇していた。片桐や霞は縮み上がり、他の隊員もぐっと気分が下がった。
さて、これで始まるのか。と皆が思ったが、全然始まらずに緊張感に包まれる。
何故か?
一瀬グレンがついに明確な苛立ち方を始めたからだ。ここではしゃごうものなら、彼や彼の従者に首を撥ねられそうだなぁと皆が思った。最強生物な俺でもそう思ったのだ。他のメンツは言うまでもないだろう。
「黙れガキがっ!!今回の任務は遊びじゃない!!軍規を守れない奴は帰れ!!」
最後に来た隊には、彼の怒りが噴出した。
数十分後、決意表明が終わった後……
「うわ、気分下がるなぁ……」
「そうか? 遅れてきた彼らもまあ大概だな。にしても若い衆だ」
「よおあの時に噛み付けますなぁ、度胸があるのかないのか……」
ポイントに集まり、貴族の吸血鬼を殺す。大量の吸血鬼を葬る作戦はとんでもなく難度が高いどころか自殺モノだ。参加なんてしたくも無いが、どのみち諦めるしか無い。それが軍隊という集団に入った責任である。
「さあ、程々に適当に生き残りましょうや」
早速、作戦は開始された。
_______________________________________
「おい、人間が何のようだ?」
移動中に何故か見つかった。事前に行動なんかは予測されて、出会わないと出ているはずなのに、嗅覚が鋭いのか知らないが集団で動いている事がバレた。
「マズイ、逃げるぞ」
吸血鬼どもの大群だ。まあ、大群と言っても20ほどだがそれでも脅威的な事に変わりはない。そして流石にこれを相手にするのはとてもマズイ。作戦の遂行もままならなくなるし、最悪の場合は全滅するという。
「くっ……重い」
「さよならだ」
吸血鬼の一人は槍のようなものを出し、片山隊長の胸を突いた。
「ガハッ……!」
「隊長!!」
「い、いいから……ゴホッ……いけっ!!!」
心臓を破壊され、口からは止めどなく血が溢れてくる。最後の力を振り絞り、吸血鬼を掴んだ。
「何!?」
火事場の馬鹿力で吸血鬼を掴み、決して離さない。逃してなるものか。と意思に満ち溢れた目は黄金の輝めきを放った。
「人間、クソ、なんて力だ……」
「食らえ……」
至近距離から鬼呪装備の槍を吸血鬼の頭に串刺しにした。
「……!!」
互いの力が抜けて倒れた。しかし、もう駄目そうだ。手に力が入らない。
「くっ、逃すなァ!!」
仲間がやられて焦る吸血鬼。片山隊は既に遠くまで行っている。そう簡単には追いつくことの出来ない距離だ。追跡をしようにも牽制で放たれた大量の矢が襲いかかってくる。
「ごぼっ……たのむ……しぬなよ……」
だんだんと体から出ては行けない物が抜けていく。温かい身体にはどんどんと死が満ちていく。少しでも足止めをしたいが、身体はちっとも言うこと聞かず、目の端が段々と暗くなってきた。
「つめ……たいな……ア、メたべたいなあ……」
隊員が遠くに逃げていることを確認した片山は、安堵から目を閉じた。先程まで感じていた痛みはもう何処にも無く、ただ安らかな気持ちだった。疲れきった人間には、深い眠りが必要だ。片山はゆっくり、ゆっくりと意識を沼の中に沈めていくのだった……
一方、片山隊残党。隊長を失いながらも意志を受け継ぎ、全力で逃走していた。
「頼む、もう一発……」
遠距離に放つ攻撃にも精彩を欠いてきた。疲労がピークなのは皆同じこと。足を止めることは許されない。
「おや、今日は珍しいね。入れ食いだ」
帝鬼軍のメンバーが地面にごろごろと転がっていた。
ぐわっ!!!
眩い閃光が走った瞬間、片山隊全員の意識は一瞬で消え去られた。
「おい、こいつらを縛ってくくりつけといて」
「はっ!」
合流した吸血鬼は命令のままに、五人の人間を運び、太い丸太に磔にした。
「う、ううん……大丈夫だな」
手頃なタイミングで起きようとしたが、目をつぶっている間に本当に居眠りをしてしまった。しかも、どうやらみんなや他の隊の者も磔にされているようだった。
助けることは簡単なのだが、俺の正体を怪しまれて裏切り者扱いされそうなものだし、全員を助けるには吸血鬼の数と時間と何よりも力加減が足りなかった。それと、この片山隊の暖かい関係を壊してしまうのは怖かった。
「でも、助けたいなぁ……」
アメちゃんをくれたり、太刀のいい使い方を教えてくれる片山。お調子者だけど意外と真面目な香山。いろんなことに細かいけど、気配りが上手い桐谷。寡黙だけど、さりげない優しさが分かる浦田。のんびりとしているけどちゃっかりして憎めない霞。人間の持っている暖かみを捨てるには、彼らに関わり過ぎた。
「2時20分か……あいつらを笑えんな」
ふと腕時計を覗くと集合時間はとっくに過ぎていた。最初に遅刻した彼らは生きているのだろうか。強い装備を身につけていたし、なによひラッパみたいな匂いだってした気がするから問題はないだろう。
相変わらずムカつくほど空は晴れていた。
「おーい!!起きてる?」
浦田を大声で起こしてみた。
「あ、ああ……痛えけど……」
「お前ら、助けるからな」
「何言って……!?」
拘束を俺は無理矢理引きちぎった。
「人間が……引きちぎっただと!?」
騒ぎを聞きつけてやってきた吸血鬼は人間如きに出せる力ではないと目を丸くしていた。
「おら、潰れろ」
「ぐびぃ……」
メイスを振り下ろし、文字通りに吸血鬼はペシャンコになった。頭蓋を砕き、脳を粉砕し、骨格と内臓を圧倒的な暴力の塊によって不細工で汚い板に変えた。
「え……つぶ……れた?」
寡黙な浦田が驚愕で顎が閉まらなかった。それは、周囲でこの悍しい光景を見ている者全員の意見を代弁していたと言っても過言でなかった。
「はい、二匹目」
メイスを横に振ることで直撃した上半身は背骨が砕け、肉が千切れる不快音を血と共に撒き散らしながら大きく吹き飛ばした。「ホームランだな」という(ORT君から見れば)小粋なギャグも、あまりに意味不明過ぎて全ての者の恐怖を増大させた。
「ほらほら、大蜘蛛がやってきたぞ?」
アルティミット・ワンの身体能力で1分以内に周りの吸血鬼は虐殺された。肉が飛び、血が舞う。骨は砕け、悲鳴はちぎれた。人間ではなく吸血鬼から出た死臭が辺りに漂い、ハイドの服は血しぶきと体液で黒い制服は汚れている筈だが、不思議なことに少しの汚れすらも付着していなかった。
いくら耐性がある帝鬼軍の隊員でも、同じ隊員が起こした人間とは思えない悪魔の所業に吐き気をもようしたり、気絶している者すらいた。
「終わったぜ」
浦田達の拘束を解きながらそう言った。
「……お前、ハイドじゃないな?」
かたかたと震える浦田から絞り出すようなか細い声が漏れた。
「そうだな。ハイドを借りてる」
「……そうか、化物め……」
浦田はもうどうでも良くなった。吸血鬼の貴族を倒すだとか、生き残るだとか、片山隊だとか。もうどうでも良くなった。吸血鬼に抱いていた復讐心すら、塵以下の価値すら無くなった。失禁していることにすら気づかず、股の部分が妙にじんわりと暖かく感じた。
「はぁ……ばからしいな」
自分の役割を脳内で素早く整理して、未だに混乱している者たちを集め、こう言った。
「とにかくだ。俺たちの役割は分かってるな!」
こくこくと全員が肯く。
「さあ、行くぞ! 生きて帰るんだ!!」
体の節々に痛みが残るが、空元気でそれぞれが一歩を踏み出した。
灰土くんの名前の由来はジキル博士とハイド氏から。
ヘンリー・ジキルとエドワード・ハイドを合体した名前。
範→ハン→範理→はんり→ヘンリー
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