魔法使いは夜明けが見たい (あーけろん)
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寂れたお店の魔法使い

–––––––高い外壁を湛える都市、ランドソル。国の首都という事もあり多くの人々で賑わうその場所だが、光が有れば影があり、繁栄の裏には例外なく衰退がある様に、ランドソルにも寂れた場所が存在する。

そんな、ランドソルでも寂れた区画–––通称ランドソル三番街にある小さなお店に、その魔法使いは住んでいる。

 

「………うぅむ。また失敗してしまった」

 

ボンと音を立てて、ピンク色の煙が沸き立つ試験管に顔を顰める…何故だ、何故上手くいかない…。

 

『これで3回目だ。良い加減、諦めたらどうかな?』

「馬鹿を言うな。材料を集める為にどれだけ多くの苦労を背負ってきたか、貴様はそれをわかっているだろう」

『どれだけ苦労しているかわかっているからこそ、貴重な資源を廃棄物に変えないよう忠告してるんじゃないか』

「ふん。貴様は何もわかっていないな、我が眷属よ」

 

呆れた声を隠しもせずに大きな欠伸をする我が眷属–––喋る黒猫に向けてニヒルに笑みを浮かべる。

 

「見たまえよ、私が苦労して作ったこの工房を!怪しげに佇む骸骨‼︎紫色に光る蝋燭!鮮血を用いて描いた人体錬成陣‼︎一度捲れば正気を失う魔導書の本棚‼︎こう言う神秘的かつ不気味な工房で怪しげな薬を作る事こそ、魔法使いのあるべき姿なのだよ‼︎‼︎」

『他人から譲り受けた骸骨似の置物に色を変えただけの蝋燭、食紅で書いたよくわからない錬成陣モドキ、古本屋に積まれていた安本にカバーをかけた本棚に囲まれた工房でどんなご立派な薬が出来るのか、是非ご教授願いたいものだね』

「えぇい!全く口煩い黒猫だな…‼︎」

『そう思うのなら、私の首に付けたこの首輪を外せばいいだろう?そうすれば、君の望む静かな黒猫の完成だ』

「それは駄目だ。魔法使いの側には喋る黒猫、これは外せない」

『度し難いなぁ…』

 

肩を竦める眷属を片目に、黙々と煙を上げる試験管に触れて瞳を閉じる。煙を上げた以上まともな薬とは思えないが、とりあえずは鑑定しなければならない。

 

『それで?貴重な資源を、君はどんな薬に変えてしまったのかな?』

「いま鑑定している……うぅむ、これはまた微妙な…」

『どんな薬だった?』

「…薬を飲んで初めに見た異性に対して無性に母性を感じる薬、だそうだ」

 

沈黙。言い逃れ用のない沈黙が流れる。

 

『……貴重なドラゴンの爪にマンティコアの立髪、数種の薬草がこんな産廃になるのか』

「煩い煩い!全く、まさに産廃ではないか!」

『調合の方法は合っていたのかい?と言うか、どんな文献を頼りにしたらそんな薬ができるのさ』

「古書店で埃を被っていた書物だ。相当の年季物だから期待したんだがなぁ…」

 

魔法使い特有の黒いローブをはためかせ、肩を落とす。どうやら、またハズレを引いてしまったらしい。

 

『もう少しソースを確認してから調合した方が良いんじゃない?』

「駄目だ。既に既存の方法は試し尽くしたからこそ、こんな暴挙に出ているのではないか。第一……」

『第一?』

「ちゃんとソースを確認して作ってしまったら、どんな物が出来るか想像が付いてしまうではないか。それでは意味がない」

『…僕はもう何も言わないよ』

 

 

持ち上げた髭を下げると、どこか哀愁漂う背中を向けて工房から出て行く黒猫…全く、魔法使いの何たるかもわからない愚眷属め。

 

「おーい、薬屋さーん。居ないのかーい?」

 

再び実験に取り掛かろうと材料を取り出し書物を開いた矢先に、店先から老婆の声が響く。

 

『おーい店主。お客がお待ちだよ』

「えぇい、いい所に客がやって来てからに」

『早く早く。お得意さんのお婆さんだよ』

 

お得意さんのおばばという事は…腰痛の痛みを和らげる塗り薬に薬草を発酵させた薬草茶、それと月初だから包帯と消毒液だろう。あぁそれと孫が出来たと喜んでいたな、丁度良く虫除けのお香が余っていたからついでに処分を頼もう。あとは……。

 

『まだかい?あんまりお客を待たせるんじゃないよ』

「わかっている!せっかちな黒猫め…!」

 

取り急ぎ纏めた品々を紙袋の中に詰め込んでいき、工房の階段を登って店先に躍り出る。そこには馴染みの顔のおばばが木籠を持って微笑んでいた。

 

「また来たわよ、悪い魔法使いさん」

「ふん、性懲りもなく来たなおばばよ。それで、腰の調子はあれからどうなのだ」

「あんたの薬は本当に効き目が良くてね。お陰で助かっているよ」

「当然だ。私は悪い魔法使いだからな」

 

相変わらずくたばりそうにないおばばにニヒルに笑い、カウンターの上に薬が入った紙袋とその横に青銅のお香を置く。

 

「この中にいつもの薬が入っている。それと、何故か余っていたから虫除けのお香をつけて置く。要らなければ捨ててもいいが、何分今年は虫が多い。おばばは兎も角、赤子にはなんらかの影響が出るかもな?」

「…お前さんは全く、素直に私の可愛い孫の為にとは言えんのかね」

「馬鹿な事を言うな、私はそんなお人好しではない–––それと、その香は夜に焚くと効き目がいいぞ」

「はいはい。ありがとうね」

 

「しょうがない子だねぇ…」と微笑みながら紙袋とお香を受け取り、代わりにルピを置く。そのルピを受け取り、しっしと手を振る。

 

「買い物が済んだのならさっさと立ち去ると良い。何分私は忙しい。何故なら…」

「はいはい、悪い魔法使いさんだもんね」

「…なんだか癪に触る言い方だがその通りだ。早く帰って、可愛い孫にでも顔を見せると良いだろうよ」

「そうさせて貰うかね。それじゃあまた頼むよ、魔法使いさん」

 

身軽気に立ち去っていくオババに片手でひらひらと手を振る…ふぅ、ようやく立ち去ったか。さて、これで研究に没頭できる。

 

『本当に、良薬を作る事に対してなら君の右に出る者は居ないだろうね』

「良薬など私の研究の手慰みに作った、いわば副産物でしかない。そんなもので褒められたくはない」

 

全く甚だ遺憾だ。私は良薬を作るだけの薬師ではなく、魔法使いなのだ。良薬で褒められてもなんら嬉しくはない。

 

『そうかい?まぁ、君が良いなら良いんだけどね』

「私はもう一度工房に篭る。また客が来たら出迎えを頼むぞ」

『はいはい。いってらっしゃーい』

 

やたら間延びした黒猫の声に押され、私は再び工房に向かって行った––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

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–––––私の名前は黒猫。しがない魔法使いのもとで飼われている。…いや、雇われていると言った方が良いだろう。ご飯は三食におやつが付き、自分用の部屋を用意され、お昼寝の時間すら完備されている。ここまで福利厚生が整っている猫もそんなに多くは無いだろう。

 

まぁそんな環境に居る見返りに、こうして自分は店先に佇み尻尾を揺らしながら店番を行っているのであるが。

 

『…くぁ』

 

窓から溢れる温かな日差しに欠伸し、ぐぐっと背中を伸ばす。

…それにしたってうちの主人は奇想天外だ。いくら猫が人の言葉を喋れる様になる首輪を作ったからと言って、猫に店番を任せるだろうか。しかも任せる理由は「黒猫が店番をするのは魔法使いの特権であろう」と来た、変人もここまで来ると感嘆するほかにない。

 

『…おや』

 

ゆらゆらと二本の尻尾を揺らしてカウンターの上に佇むこと、柱時計の長針が45度動いた辺り。大きな窓から白髪の小柄な少女がおずおずと店の前で右往左往しているのが見て取れた。何やらメモと店の看板を相互に見ているようだが…何かお探しなのかな?

しかし困った。ここで親切心を働かせ店から出て話しかけるのも良いが、殆ど初対面の人は猫が喋った事に驚いて逃げてしまう。けど、このまま放置しておくのも…おっ、どうやら意を決して入ってくる様だ。

 

「あ、あの…薬屋さんとはここで合っているでしょうか…?」

 

おや、遠目だと分からなかったけどこれは珍しい。先鋭に尖った耳、しかも微かに土の匂いがするから、どうやらお上りさんのエルフの様だ。

 

「誰も居ないのでしょうか…おや、猫ちゃんがいらっしゃいますね」

 

おずおずと店の中に入ってくると、自分目掛けてトコトコと歩み寄る。すると小さな手で此方の首に触れる––––どうやら、猫の扱いは自分の主人よりも余程長けている様だ、滑らかな掌がとても気持ち良い。…さて、そろそろ話さなければならないか。

 

『撫ででくれてありがとう。所で、君は何をお探しにやって来たのかな?』

「……キュ⁉︎」

 

あぁ、やっぱり。自分が喋った途端、信じられない物を見た様な目をした後に口を窄めた。

 

「えっ、その、猫ちゃんが喋っているのですか?それとも誰かが…」

『いや、喋っているのは目の前の黒猫だよ。初めまして、お嬢さん』

「ほ、本当に…?お、驚きました。ランドソルには、喋る猫ちゃんもいらっしゃるのですね…」

『喋る猫は僕位のものさ。ほら、自分に首輪が付いているだろう?それについている魔石のお陰で、こうして人の言葉が喋れるのさ』

「そうなのですか…あっ。こうしている場合ではありませんでした…!あの猫さん、私は此処が評判の良い薬屋さんだと聞いて来たのですが」

『評判が良いのかは兎も角、薬屋である事は間違いないとも。腕も保証するしね』

 

するとほっとした様に胸を撫で下ろすと、手に握っていたメモを見せて来た。

 

「この胃薬を売って欲しいのですが、在庫はあるでしょうか?主さまがお腹を痛めていて、なるべく早く助けて差し上げたいのですが…』

『どれどれ…わかった。少しそこにあるソファに座って待っていてね、店主に伝えてくるから』

 

少女のメモを読んだのちに口に加え、カウンターの上から床に降りて主人のもとに向かう––––と、間がいいのか悪いのか、主人の影が店頭と工房を繋ぐ扉の小窓から見えた。モクモクと煙を立てている試験管を持っている事から、どうやら調合はまた失敗したらしい。

 

「えぇい、また失敗してしまった…!素材も尽きたからこれ以上調合も出来ん……ん?どうした黒猫、昼寝の時間にはまだ早かろう。腹が減ったのならクッキーでもやろうか?」

『眠気が来たわけでも、小腹が減ったわけでも無いよ。お客さんが来てね、この胃薬が欲しいんだってさ』

「なにぃ?胃薬など私が作るには値–––––––むむ、これは珍しい薬だな。エルフ族に伝わる秘薬じゃないか」

『どう?作れそう?』

「少し手間だが問題はない。それで、一体どんな老獪なエルフ族がやって来たのだ?」

『いや?来たのはエルフ族の幼い少女だよ』

「…なに?幼い少女が?」

 

「幼い少女がこんな薬を–––ううむ」と唸ると、翻って工房へと足を戻す。

 

「取り敢えずは胃薬を調合してくる。ほんの五分程度待って欲しいと伝えておいてくれ」

『わかったよ』

 

後ろ目に早口で要件を伝えたご主人に頷く。さて、自分も少女の元に戻って要件を伝えるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

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–––あぁ、主さま。私はどうやら、摩訶不思議な薬屋さんに来てしまった様です。

 

「主さまは、今でも胃痛に苦しんでおられるのでしょうか…」

『魔物料理を食べたんだって?随分物好きな事をするものだね』

 

ペコリーヌ様からとても腕が良い薬屋さんがあると聞いて伺ったのですが、まさか喋る猫ちゃんがお出迎えしてくるとは思いもしませんでした。それに室内の内装は薬屋さんというには些か雑多としてますし…はじめは薬屋と分からなかった程です。

 

「普段だったらなんでも無いのですが、どうやら主さまは何かに当たってしまった様子で…早くなんとかしてあげたいのです」

『今はギルドメンバーがギルドハウスで看てくれているんだろう?聞く限りそんな重症でも無さそうだし、きっと大丈夫さ』

 

随分と柔らかいソファに座り、その横に佇み猫ちゃん–––いえ、黒猫様とお話ししていると、本当に猫なのかと勘ぐってしまいます。只の猫とは思え無いほどしっかりした言葉使いに、落ち着いた態度。これなら人が猫に化けていると言われた方が、いっそ信じるかもしれません。

 

『それにしても、君は随分しっかりした子だね。その年で誰かの従者をしているんだなんて、誰にでも出来ることじゃない』

「そんな…私は寧ろ、主さまにご迷惑をお掛けするばかりで」

『そんな事はないとも。きっとその主人様とやらも、君のことを大いに助かっていると思っているだろうさ』

「そうだと良いのですが…」

 

主さまが私の事を–––もしそうだったら、何よりの喜びなのですが…。

 

「注文の薬が出来たぞ。全く、今時こんな薬を要求されるとは思わなんだ」

『おや、随分早かったね。まだ3分と経ってないよ?』

「メモの走り書きから察するに急ぎの要件だと思ったからな–––それで、君がこの薬の客かな?」

「は、はい。そうで御座います」

 

黒猫様と話していると、カウンターの奥の扉が開いて中から黒いローブを来た人が現れました。この人が黒猫様の飼い主なのでしょうか…。

 

「君がこれを–––––して、なぜこの薬を?たしかにこの薬は一種の万能薬に近いが、その分効果も高くはないぞ?」

「お医者様に一度診て貰ったのですが、その、事情が事情でして…」

「事情だと?」

『魔物を食べてお腹を壊したんだってさ。魔物を食べる人が居るなんて驚きだよね』

「魔物……もしかして……」

 

何やら考え更ける様に顎に手を添えましたが、やがて「いかんいかん」と頭を振り、紙袋を手渡します。

 

「詮索は不要だな。ほら、これが依頼の薬だ」

 

そういうと小さな紙袋を無造作に渡され、中を開けると、そこには確かに小さな小瓶が入っているのがわかりました。

 

「ありがとうございます。それで、お代の方は…」

「お代か…うぅむ、どうしたのものか」

 

すると途端に渋面を作り、首を捻る。ま、まさか…

 

「も、もしかして、異様に高かったりしますか?申し訳ないのですが、今はそんなに手持ちが無く…ですが、必ずお支払いします!それこそ、今身体で支払っても––––」

「やめろやめろ!それではまるで私が薬を盾に脅している様ではないか!」

『事実でしょ。今王宮騎士団が来たら捕まってたね』

「黙っていろ愚眷属!えぇい少女よ、そうではなくてだな…実の所、値段の付け方がわからんのだ」

「値段の付け方、ですか?」

 

心底困った様に頭を掻き、沈んだ声色で話し始める。

 

「そうとも。私は普段エルフ族に伝わる薬など作らんからな。一体如何程の値段を付ければ良いものか…」

「あの、あまり高い金額でなければお支払い…」

 

そう言ってガマ口を出そうとすると、袖を黒猫様に引っ張られます。

 

『静かに。下手な芝居だけど見てやって欲しいな、変にプライドが邪魔しているだけだから』

「えっ?あの、それはどういう…」

「そうだな。値段の付け方がわからん以上、下手な金額を付ければ王宮騎士団の奴らに罪を着せられかねんな」

 

なにやら一人で納得すると、自分の手に持っている紙袋を指差す。

 

「という訳だ。大変癪であり鼻持ちならんが、その薬はくれてやろう。値段の付け方がわからんからしょうがないな、うん」

『そうだね、変に王宮騎士団に目をつけられても困るしね』

「全くだ、忌々しい奴らよ」

 

話の意図がわからず困惑していると、黒猫様が目を細めて笑う。

 

『簡単に言うと、その薬は差し上げるってさ』

「そうとも!仕方なく、本当に仕方なくな‼︎」

「そっ、そう言うわけには参りません!薬を頂いた以上、きちんと報酬はお支払い––––」

『ご主人、どうやら可愛い少女はもう一声欲しいらしいよ」

「なんだと?この欲張りさんめ、だがまぁ今の俺は気分が良い。菓子の10や20位は融通してやろう」

「ちょ、ちょっと–––」

 

まるで予め用意してあったかの周到さで大きな紙袋を取り出すと、それを無理やり私の腕に通して、中に瞬く間にお菓子やらなにやらを詰め込んでいきます。その紙袋はしっかりと重さも感じるほどです–––って、そんな事を言っている場合ではありません!

 

「ですから、ちゃんとお金を–––!」

『さぁご主人よ、可愛いお客は今から帰宅なさるそうだ』

「そうか。そういえば急いでいるのだろう?丁度私は暇だから送ってやろう。なに心配するな、瞬く間に着くとも」

 

なんとしてもお金を払おうとすると、軽々と小脇に抱えられて外に連れ出されてしまいます。そして店を出るときに箒を手に取り、それに跨って道の真ん中に佇みます。

 

「眷属よ、少し店を頼むぞ」

『はいはい。気をつけて行ってきてね。呉々も大事なお客様を落とさない様に』

「無論だ。さて少女よ、しっかり捕まり給え。でないと落ちてしまうからな」

「な、何をなさるのですか、店主様?」

「空を飛ぶのさ、この箒でな」

「えっ、ちょっと、待って–––––––––」

 

 

––––その日私は初めて空を飛び、地面の有り難みを身に染みて感じたのでした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

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––––後日

 

 

「…それで、あれからご主人の様子はどうなのだ」

「はい。お陰様で、主さまも元気になりました」

「それはそうだろう、私が作った薬なのだから」

『そこは素直におめでとうでいいだろう?変なプライドがあるんだから…』

 

エルフ族の少女––––コッコロなる少女が再び我が工房を訪れて幾ばくか。彼女の持ってきたギルドメンバーが作ったという焼き菓子を摘みつつ、俺の淹れた美味いであろう薬草茶を飲んでいる。ちなみに猫も食べられる焼き菓子だそうで、全く気の効く少女だ。

 

「煩いな。それで、少女は何用があってここに来たのだ?言っておくが、金は決して貰わないぞ?」

「そうでした。実は、この前頂いた菓子の詰め合わせの中になにやら薬の様なものが入っていまして、何か大切な物かと思いお返しに来たのです」

「薬だと?そんな物紙袋に入れた覚えはないが…」

 

コッコロが肩掛けからピンク色の液体が入った取り出し––––あっ。

 

「えぇと、だな…それは確かに薬だが、別に薬と言うわけでもなくて…」

「?」

「つまりだな、それは俺が実験に失敗したもので、薬としての効果はあるが、その効果は大したものではないと言うか…」

「薬としての効果はある…では、どんな薬なのですか?」

「う、うぅむ…」

 

純真そうに首を傾ける少女に思わず唸り声を上げる–––これでもし「薬を飲んで初めに見た異性に対して無性に母性を感じる薬」などと言えば、飽きられる事は必然だ。

しかしそれは私の思うところではない。私は極めて有能な魔法使いなのだ、それがもしこんな幼い少女に呆れられでもすれば…。

 

『あぁ、それはね。なんでも「薬を飲んで初めに見た異性に対して無性に母性を感じる薬」だそうだよ。とんだ産廃薬だよね」

「愚眷属ぅぅぅぅ⁉︎貴様、貴様には人の心はないのか⁉︎この鬼!悪魔!」

『残念だけど私は猫だからね、人の心なんてわからないのさ』

「貴様ァ…今日の夕飯に魚が出るとは思うなよ…!」

『夕飯自体は出してくれるんだね…』

 

不味い!このままではこの少女に自分は役立たずの無能者だと思われてしまう…!しかし、なんて言い訳をすれば……「す、素晴らしい…!」

…おや?

 

「素晴らしいです、店主様!是非ともこの薬を売っては下さらないでしょうか⁉︎」

「えっ、えっ?ちょ、話を聞いていたのかね?」

「勿論です!なんと素晴らしい薬!やはりペコリーヌ様の言う通り、貴方は民草を救う良き魔法使いなのですね‼︎」

 

落ち着いた様子とは打って変わってやけに興奮する少女––––えぇ、と?

 

「言っておくが、この薬には特筆する効果なんてないし、まして毒薬の様な扱い方なんて出来ないぞ?いや、君の歳で誰かを暗殺しようとするのは良くないが…」

「暗殺なんて!とんでもありません!私はその薬を少し、ほんの少し主人様に飲んで頂きたいだけなのです!」

「主人に何か恨みでもあるのか⁉︎自分でも良ければ相談に乗るぞ⁉︎」

 

おい黒猫!この客はお前が対応したんだろう⁉︎だったらお前が……あっ駄目だ、諦めた目をしている。

 

「さぁ店主様!この薬はおいくらなのですか!店主様⁉︎」

「…そ、その薬は売れん!大事な、そう、大事な研究資材なのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

凄みを感じる少女から試験管を半ば奪い取る様に受け取り、工房へと逃げ帰るのだった––––。

 

 

 

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「–––––やれやれ、とんだ苦労を背負ったものだ…」

 

大きな窓からいっぱいの月明かりを浴びながら、陶磁性のカップを傾ける––––いい茶葉だ。美食殿と言う言葉に偽りは無いらしい。

 

『そんな気取って紅茶を飲んだって味は変わらないよ』

「一々うるさい奴め。まぁいい、お前もどうだ?もらったクッキーが余っているぞ」

『温かいミルクも付けてくれると嬉しいかな』

「いいだろう、少し待て」

 

上段にある物入れから瓶に入った牛乳とクッキーを取り出し、クッキーは黒猫用の皿に盛り付け、牛乳は瓶ごと加熱した熱湯の中に入れて湯煎する。猫でも飲める様な温かさになった程度で牛乳を鍋から取り出して足のついた皿に注いで、これで黒猫用のお茶会セットの完成だ。

 

「そら、出来たぞ」

『ありがとうご主人』

「いや、良い。…何を見ていたんだ?」

 

窓の外をぼんやりと見つめるその視線を追うと、月明かりの下でも尚分かるほど綺麗な蝶々が店先の看板に留まっているのが見えた。

 

「ほぅ、随分と綺麗な蝶だな。捕まえて標本にするか?」

『辞めといた方が良いよ。只の蝶じゃなさそうだし』

「なに?」

『凄い魔力を感じる。それも並々ならない量のね』

 

黄金色の瞳を細めてそう宣う黒猫––––確か魔眼の一種だったか。それにしても凄い魔力とは…。

そうやって話している最中にもその蝶は空へと飛んでいき、直ぐに視界から消えてしまう。なんとなく気になってその後を追って外に出るが

既にその蝶は消えていなくなってしまっていた。

 

「なんだったんだ……ん?」

 

先程まで蝶が止まっていた看板に目を向けると、そこには桃色の文字でたった一言、書いた覚えのないものが記されていた。

 

『賢明な判断ですね』

 

「……ふむ」

 

その文字を一瞥した後、顎に手を当てて月を眺める。そこにはあいも変わらず見事な程丸い月が輝いていて、自分の事を照らしている。なんだか変なことが多い1日だったと思いながら、呑気にクッキーを食べている黒猫を見て再びお店の中に入っていた–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






魔法使い
ランドソルの寂れた区画に居を構える青年。黒目黒髪とランドソルでは珍しい容姿で、いつも黒のローブと黒の三角帽子を着ている事から街ではちょっとした有名人。尊大な態度とは裏腹にきめ細かい気配りに優れ、特に子供相手には滅法甘い。

黒猫
流麗な黒の毛並みに二つの尻尾を持ち、金色の瞳から構成される魔眼を保有する黒猫。ひょんな事から上述した魔法使いに雇われており、度々魔法使いに辛辣な忠告を行う。

地下室の工房
魔法使いが「魔法使いらしさ」を追求した結果作られた地下室。工房を構成する物の99%はガラクタである。

紫色に光る骸骨
とある占い師から譲られた物。時たま中年の男性の声が聞こえるとか。

首輪
装着した対象が言葉を話せるになる魔石。知性なきものに装着しても唸り声や鳴き声しか聞こえてこない。

空飛ぶ箒
魔法使いが手ずから作成した、魔力を揚力に変換する魔道具。媒体に箒を使用してしまった為に、運転は大変難しいものとなっている。作成者曰く「箒と絨毯で迷った」との事。

薬を飲んで初めに見た異性に対して無性に母性を感じる薬
文字通り。効果時間は小瓶一つにつき1日程度。

蝶々
魔法使いの店の周りを飛び回った後に立ち去った。何やら様子を見ていたようだ。



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買い出し途中の魔法使い

「いらっしゃい‼︎さぁさぁ、今日も良いお肉が入ってるよ‼︎」

「とれたて新鮮!さぁ、今限りのお買い得だよ〜‼︎」

 

多くの人々で賑わうランドソルの一画。活気溢れる客寄せの声が響き渡る中に、魔法使いとその眷属である黒猫はいた。猫は悠々と煉瓦造りの道を歩いているが、魔法使いは両手に大きな紙袋を抱えて歩いている。

 

「全く‼︎何故私がこの様な買い出しをしなければならないのだ‼︎私は魔法使いなのだぞ⁉︎」

『普段顔を出さないのに、買い出しだけで許してくれるギルドマスターこそ寛容だと思うけどなぁ』

「何を言う!私のギルドマスターであるならば、我が研究の意義を理解して援助するのが筋ではないか⁉︎」

『はいはい。所で、買出しのリストはもう揃ったのかい?』

 

魔法使いの抱える紙袋には溢れんばかりの食材が見え透いているが、それでも魔法使いは「いや、まだだ」と口を尖らせる。

 

『えっ?まだ買うの?』

「あそこは育ち盛りが多いだろう。これっぽっちでは足らんだろうさ」

『そうかなぁ…猫視点から見ると、相当買い込んでると思うよ』

「それは貴様が小食だからだ。もっと食わねば太らんぞ?」

『生憎と、僕はこの体型が気に入ってるから太る気はないよ』

「可愛げのない奴め」

 

猫の不遜な態度に鼻を鳴らすと、横から「おーい、魔法使いの兄ちゃん‼︎」と快活な声が届く。

 

「大荷物の所すまねぇが、また氷を作ってくれねぇか?今日は思ったより熱くてよ、これじゃ魚が腐っちまう」

「氷だと?そんなもの、私が一々作る訳–––––」

「もし氷を作ってくれたら特上の魚を何匹か融通するぜ?」

「氷がないなんて、それは一大事だな。どの程度の大きさが欲しい?」

 

『やれやれ、現金なご主人様だな…』と首を振る猫を横目で睨みつつ、魚屋の店主に首を向ける。

 

「バケツ二個分位の氷なんだが、頼めるかい?」

「無論だ。少し荷物を持っていてくれ」

 

紙袋を魚屋の店主に預けると、ローブの袖から不相応に大きな杖か現れる。それに刻まれた皺には途方もない年季を感じさせ、その先端に充てがわれた真紅の紅玉には一種の神々しさすら称えている––––––詰まる所、至高に近い魔法杖という事だ。

 

「それで、どこに氷を出せば良い?」

「あぁ、このタライに頼むよ」

「ふむ、任されよう」

 

杖の先をタライに向け、その紅玉から透明な雫が二滴溢れる。その雫がタライにぶつかると瞬く間に氷が出来上がる。

 

「この程度で問題あるまい。今回は魔力で作った氷故良く冷えるが、呉々も食べるなよ。腹を下しても薬は売らんからな」

「いつもすまんなぁ兄ちゃん。ほら、これが今日入った一番の魚だよ、また頼むぜ」

「そう何度も頼まれては困るぞ…それと、魚は一匹で良い」

 

店主が差し出してきた数種の魚の内一匹を無造作に指差すと杖をローブの袖の中に仕舞い込む。梱包の終わった魚を満杯の紙袋に丁寧に、けれども詰め込む。

 

「ではな店主。魚はありがたく頂戴していくぞ」

「あいよ!」

『じゃあね〜』

 

手を振る店主から少し離れると、ニヤついた声で猫が口を開く。

 

『それにしても、相変わらずお人好しだね。折角の魚だったんだから全部貰っておけばよかったのに』

「あれだけの氷なら精々一匹程度のものだろうよ。魔法使いは貸しを作るべきではないからな」

『律儀だねぇ…』

 

憮然とした魔法使いに黒猫は肩を竦め、されど微笑む。

 

「あら、魔法使いさんじゃない!今日はギルドハウスに行くの?」

「花屋の主人か。あぁ、極めて不本意ながらな」

「それなら花でも買っていったら?きっと彼女も喜ぶと思うわよ?」

「柄でもないと笑われるだろうよ…」

「おーい魔法使いよ!今日の夜飲みに来ないかい?安くしとくよ!」

「生憎先約があってな。また今度邪魔させてもらおう」

「おうよ!とびっきりの酒を用意しとくからな!」

「魔法使いさん、良かったらホットドックでも買って行かない?猫ちゃんも食べられるわよ!」

「すまんが、少し急いでいてな。暇なときには寄らせてもらう」

「魔法使いさんや、今度でいいからまた魔物の素材を下ろしてくれないかね?最近市場に出回るのは質が悪くてね…」

「良いだろう、薬草採取の手前少し調達しよう。ルピをちゃんと用意しておけよ」

「おーい魔法使いさん!浮気の証拠を消す魔法とかないかい⁉︎今女房に追い回されて困ってるんだ‼︎」

「またか…そんな便利は魔法はない。そこら辺で花でも買って誠意を見せるんだな。言っておくが、重症でも負わない限り薬は出さんからな」

「チックショー‼︎」

 

走り去っていく男性と、それをロングソードを携えて追いかける女性を魔法使いはため息混じりに見つめ「あれで3度目か…女房も人が良すぎる」とぼやく。

 

『……君、悪い魔法使いを目指しているんだよね?」

「?無論だが」

『いっそ街の魔法使いに方向を転換してはどうかな?』

「そんな街医者みたいな魔法使いはごめん被る」

『似合うと思うんだけどなぁ…』

「あれ、魔法使いさんじゃないですか。珍しいですね」

 

黒猫と魔法使いがいつものように軽口を叩き合って歩いていると、その正面に人影が立ち塞がる。

銀色の長く流麗な髪にやや不機嫌そうに口を尖らせる少女で、腰には長い長刀を携えている。そんな少女を見遣ると、魔法使いは小首を傾げる。

 

「なんだ、見習いのトモ団員ではないか。今日も巡回とは精が出るな。どれ、飴の一つでもくれてやろう」

「あのですね、僕はもう飴の一つで嬉しがるような歳じゃあないんですよ?」

「要らないのか?苺味だぞ?」

「要りません!っていうか、そうやってマツリちゃんにお菓子を山の様にあげてるの貴方ですよね⁉︎あれでお菓子くれる人はみんな良い人だって彼女が覚えちゃったら、悪い大人の人に連れ去られちゃいますよ!」

『…ご主人、そんな事やってたのか』

 

猫の訝しむ視線に魔法使いは飄々としている。

 

「別に、職務に精錬している少女に菓子の一つや二つ与えているだけではないか。そこまで問題視する必要はないと思うぞ」

「限度がありますよ限度が!全くもう…」

『悪いね、うちのご主人が常識知らずで』

「お前まで敵に回るのか…」

 

敵を見つけた様な顔で黒猫を見る魔法使いだが、やがて「それよりも、だ」と話をすげ替える。

 

「トモ少女はいつも先輩団員と一緒に巡回していた筈だが、今日は一人なのだな。出世でもしたのか?」

「いや、先輩達は最近護衛の任務で出払っているんです。なんでも、大規模なキャラバンがランドソルに向かっているからその応援としてだとか」

「ほう、大規模なキャラバンか。物品が増えるのは何よりだが、態々王宮騎士団が出張っているとはな。何か重要な品でも運んでいるのか?」

「そんな話はないですけど…」

『ご主人、長話に興じていて良いのかい?そろそろギルドマスターが痺れを切らすと思うけど』

「むっ、もうそんな時間か。悪いなトモ少女、そろそろ私達は–––––」

「トモ団員‼︎こんな所にいたのか‼︎」

 

話を切り上げようとした矢先に、切羽詰まった様子の王宮騎士団団員がトモに詰め寄る。声の荒げ具合から相当焦っていると判断し、魔法使いと黒猫は離れようとした足を留める。

 

「緊急事態だ、すぐ様装備を整えて本部まで来い!」

「ちょ、どうしたんですか藪から棒に。緊急事態って…」

「ランドソルに向かっている大規模キャラバンから、魔物の大群に襲われたと連絡が入った。駐在する王宮騎士団の殆どは、これの応援に迎えと団長から伝達があったんだよ!」

「ええっ⁉︎何で魔物の大群なんかが…」

「理由なんて知るか!報告によると、死傷者も出ているらしい。事態は一刻を––––」

 

『死傷者』という単語が団員から発せられた時、思わず黒猫は空を仰ぐ。そしてその直後、魔法使いは静かに口を開いた。

 

「失礼、大規模キャラバンは現在どの辺りまで来ているんだ?」

「…民間人には関係のない話だ、お引き取り願おうか」

『ちょっと、ご主人…』

「事態は一刻を争うのだろう。見ての通り私は魔法使いだ、戦力にはなるだろう」

「貴様…!相手は魔物の大群なのだぞ‼︎お前一人で向いた所で、碌な戦力になりはしないだろうが‼︎」

 

淡々と話す姿に激昂し魔法使いに掴み掛かる––––が、その手が魔法使いを捕らえる事は無かった。徐に杖を取り出した魔法使いが、天高く伸びる炎の柱を作ったからだ。

一瞬で空に伸び、刹那のうちに消えた火柱だったが、ランドソルの民を含め目の前の団員を硬直させるにそれは十二分な力を有していた。

 

「確かに私は一人だ。だが、魔物の大群が相手ならば10本の剣に勝ると思う」

「……ど、どうやらその様だな」

「…魔法使いさんって、本当に魔法使いだったんですね」

「トモ少女よ、それはどういう意味だ。私は一度だってその点に付いて嘘をついた事は無いんだが」

 

一つ溜息を吐いた後、再び王宮騎士団の方を見遣る。

 

「それで、キャラバンは何処に向かっているんだ?」

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

『–––ご主人は今、とんでもない厄ネタを拾おうとしているよ。その自覚はあるかい?』

「厄ネタだと?何を馬鹿な、魔物の大群風情が偉大なる魔法使いの厄ネタになる訳が無いだろう」

『そもそも魔物の大群を相手取る必要性なんて無いって言いたいのさ。王宮騎士団に任せておけば良かったのに…』

「それこそ愚かな選択だな、黒猫よ。大規模キャラバンとやらはこの広大なランドソルから離れた諸外国の品々を運んでいると聞いた。であるならば、まだ未知の薬草や素材を入手できるやも知れん」

『つまり、キャラバンに積んでいる素材を守るためにこうして箒まで持ち出してるって事で良いのかな?』

「無論だ。というか、それ以外に私が出向く理由がない」

 

眼下に広大な大陸を望む、風が吹き荒ぶ空の彼方。少しばかり傾いた日に照らされ、自分達は箒に跨って空を進んでいる。

 

『どうだか…言っておくけど、死傷者って単語を聞いた時の君の顔、あんまり愉快な物じゃなかったからね』

「––––気のせいだろうよ」

 

この魔法使い––––ご主人はどうにも甘い所がある。口では色々言っても、結局最後は自分から損を背負い込むのだからそれはもう甘々だ。勿論冷徹な人間よりは高く評価できるが、けれど、お人好しにも限度があって然るべきだ。

今回の事だって、王宮騎士団に襲われている場所だけ聞いたら荷物をトモ少女に預けて弾けた様に空に飛び上がる始末だ。魔物の大群の具体的規模や死傷者の数、それに討伐報酬の事だって何一つ聞かず飛び出してしまったことに彼は気付いているのだろうか…。

 

『大体ご主人はいつもそうだ。悪い魔法使いを目指しているとか言いながら全く善性を捨てられていない。道行く子供には飴をあげるし、重い荷物を持っている老人には必ず声を掛ける。この前だって、森の中で行き倒れていた少女の面倒を見たり、頼まれてもいないのに街中に出現する魔物を殲滅したりしただろう?いい加減、悪い魔法使いらしい所を見せて欲しい物だね』

「えぇい、小煩い奴め。いいではないか、悪い魔法使いとは小狡い悪行を為すものではないのだから、そんな事は些事だ些事」

『それじゃあ君にとっての悪行ってなんなのさ…』

「そうだな…取り敢えずは、まぁ最低限世界征服からやるだろうな」

 

などと宣っているご主人に大きく溜息を吐き、らちがあかないと話題を変える。

 

『…それで、目的地は見えたのかい?』

「少し待て、今千里眼の目薬を差した所だ–––––––見えたぞ。成る程、確かにこれは魔物の大群と言って差し支えないだろうな」

 

そう言った矢先、自分の視界にも戦場が入る。

鈍重だが一撃の重いオーク型の魔物を始め、機動力に優れた犬型の魔物や投石を行う魔物の大群が、大きな列を成すキャラバン向かって右側から侵攻している。護衛に当たっているのは王宮騎士団を始め雇われたのだろう冒険者らしき人々で、その状況はなんとか戦線を維持していると言った様子だ。お世辞にも余力があるとは到底言えない状況だろう。

 

『…凄い数だね』

「そうだな。しかし、なぜこれだけの数の魔物の混成集団が、こんなだだっ広い街道に現れるんだ…?」

『キャラバンが魔物を集めるナニかを運んでいるという線は?』

「当然考えられるだろうな。魔物寄せのお香や、それとも何か別のものか…」

 

魔物寄せのお香は普段ご主人が魔物を狩る時にも多用するものだ。けれど、たかがお香でここまで広範囲に渡りかつ大量の魔物を集める事は可能なのだろうか…。

 

「…黒猫、魔法の痕跡は見られるか?」

『–––––魔法の痕跡は無いね。と言うより、魔物を操る魔法なんて存在しないと思うけど』

「念のためだ。しかし、あまり悠長に事を構えている暇は無さそうだな」

『作戦はあるのかい?』

「作戦だと?そんなもの、決まっているだろう」

『えっ?それって––––––––––』

 

ニヤリとご主人が笑った突如、箒が一直線に下へと向かう。

今まで以上の強風に耳は倒れ、『うわわわわわわわ』と意図せず声が漏れる。

 

『ご主人⁉︎ちょっと、まさか––––––‼︎』

 

自分の叫びも届かず、遂には箒が大量の砂埃を巻き上げて地面に半ば激突した様に着陸する。あまりの砂埃に目元を擦り、涙目になって再び眼を開いたそこには、一枚の絵画の様な情景が写っていた。

 

 

 

 

「––––––––さぁ魔物共。牙を、爪を、知恵を、すべてを持って掛かって来るがいい。私はその全てを踏み越え、我が魔導の栄達を不変の物としよう」

 

傷付いた王宮騎士団や冒険者を背に、分厚い壁を為す魔物の群れを前にして不敵な笑みを浮かべて立ち塞がる。黒のローブが風に揺れ、黒の三角帽子は形を変える。真紅に輝く宝珠を湛える杖を持ったその姿は、童話に出てくる正義の魔法使いの様だった。

 

『Guuuu…‼︎』

 

突如として現れた外敵に一度魔物達が怯むとその直後、杖の先端から一本の熱線が魔法使いの背後。即ち傷付いた王宮騎士団達の前に引かれる。

 

「これより先は一歩も出るな。巻き込まれる」

「…は。あ、あんたは一体––––」

『そのまま動かないで。ご主人は最高火力を繰り出すつもりだ、無闇に近づいたら消炭にされちゃうよ』

 

混乱しているのか、ご主人に手を伸ばそうとした団員の袖を引っ張る。その直後、重い地響きと共に杖から紅い極光が瞬く。近く事すら叶わなぬ熱量に、自身の黒い毛並みがチリチリと音を立てるのが聞こえる。

 

「塵の一つも残さん––––––– 『火矢(ファイア・ボルト)』」

 

直後、極光が爆ぜた–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

「………あ、あぁ」

 

––––私は今、夢を見ているのだろうか。

 

私は、いや、私達は確かに危機に瀕していた。街道の向こうから突如として現れた魔物の大群。魔物には有り得ない統率された動きでこちらの戦力を削り、遂には戦線を崩壊せしめようとした矢先。オークの振りかざす棍棒に瞳を閉じた瞬間に、その者は空から降ってきた。

 

 

「––––––––さぁ魔物共。牙を、爪を、知恵を、すべてを持って掛かって来るがいい。私はその全てを踏み越え、我が魔導の栄達を不変の物としよう」

 

 

声の節々から感じる自負の現れ。肌にピリつく魔力の波動。黒一色に統一されたローブに、眩い程に輝く宝珠の杖。絶対絶命の状況に現れた彼は、まさに物語に出て来る主人公の様だった。

 

「あ、あんたは一体…」

『そのまま動かないで。恐らく、ご主人の最高火力だ』

「…はぁ」

 

腕を引っ張られた先には、言葉を話す黒猫が佇んでいる。正直、何がなんだかさっぱりだ。これが夢なのか現実なのか、その判断をしかねていた瞬間。正に、刹那だった。

 

「『火矢(ファイア・ボルト)』」

 

簡素な魔法名から一転。膨大な熱量に轟音、紅の閃光が響く。それに付随する様に肉が焼け焦げる異臭が一瞬にして広がり、そして灰の匂いへと変貌する。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

 

鎧の上から肌が焼ける様な感覚に襲われ、自分という存在が沸騰してしまうのではないかと恐怖し視界を閉ざす。

そうして紅の閃光と轟音が徐々に消え、閉じていた眼を再び開ける。

 

「…へっ」

 

––––そこには、何もなかった。

地面に生えた草、乱雑に置かれた岩、赤茶色の大地。無論魔物の大群は、その姿を見る事が出来なかった。肉体も、骨も、皮も、まして死骸すら残っていない。ただそこにあった景色は、黒一色に染まった大地ただそれだけだった。

 

「……ふむ、炎の錬金術師の様には行かないな」

 

否、たった一人。その黒い大地に佇んでいた人物がいる。こちらから顔を見る事は出来ないが、不機嫌そうに何かを呟き、杖を構える人物。

 

『気をつけてご主人。一帯は焼き払えたかも知れないけど、生き残りはまだいるよ』

「わかっている…だが、勝敗は決した様だぞ」

 

その声から、運良く紅の極光から逃れた魔物達を見遣る。先程まで感じていた殺気はもはや感じられず、その瞳には恐怖の色が見て取れた。

それを魔法使いも重々承知していたのだろう。杖の先から小さくない「ボン」という炸裂音を出すと、やがて蜘蛛の子を散らした様に魔物達がキャラバンから離れていく。

魔物達が逃げ去っていくのを、何処か夢見心地で見送る。生き残ったとか、助かったとか、そんな感情が芽生えたのは、魔物達の姿が完全に消えてからだった。

 

「た、助かった、のか…?」

「生きてる…俺たち…生きてる…」

 

やがてその感情は方々へと広がっていき––––––。

 

 

「「「「や、やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」」」」

 

 

そして、歓喜の渦が夕焼けの平原に巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

『–––––で?態々全力火力を使ってヘロヘロになっているご主人?今が何時かわかっているのかい?』

「……うるさい」

 

すっかり夜が更け、綺麗な星空と月が夜空を彩る中を箒がヘロヘロと飛んで行く。

 

『約束のお昼過ぎにはとうに間に合わなかったね。やれやれ、なんて言われることやら…』

「お前は死力を尽くした主人に労いの一言もないのか愚眷属…‼︎」

『勝手に死力を尽くしたのはご主人じゃないか。そもそも、かすり傷程度の軽症の人も全て治療するから魔力が枯渇するんだ。あれだけの人を殆ど一人で介抱したら、それこそ魔力の泉だって枯れ果てるよ』

「黒猫ォ…!」

『そんなに僕のことを恨めしそうに見ても魔力は回復しないよ。ほら、急がないと日付まで変わってしまう』

「おのれ…覚えておけよ…‼︎」

『今の言葉は悪い魔法使いらしいと思うよ。もっとも、三流の魔法使いだけどね』

 

疲労困憊の様子の魔法使いだが、やがてバツが悪そうに肩を竦める。

 

「…ギルドマスターはきっと怒っているだろうな」

『……どうだろうね。もしかしたらそうかも知れないし、そうじゃないかも知れない』

「曖昧だな」

『けど、怒られるときは僕も一緒に怒られてあげるよ。それだけは保証する』

「–––そうか。しかし、なにも苦労だけではなかったからな」

 

黒猫が背を向けたままの言葉に魔法使いが微笑むと、懐から黄色の扇状に広がる草を取り出す。仄かに甘い香りを漂わせるそれだが、黒猫がそれを見て『おぉ』と声を上げる。

 

『驚いた、それはクコの葉じゃないか。それだけの束は見たことがないね』

「万能薬と誉高い薬草だな。原生地域が極めて少なく、しかも栽培も出来ないこともあって貴族達で高値で取引されている物だ。キャラバンの団長から譲ってもらった」

『凄いじゃないか。それを基に研究を進めるのかい?』

 

黒猫の言葉に「…いや」と首を振ると、黒猫は目を見開く。

 

「これはメルクリウス財団を通じて貴族達に捌く。ただでさえ貴重な物だ、作れるかもわからん物にリソースを全て割くことは出来んさ」

『けど、貴族達が使っても精々が重い風邪に用いられる程度だよ。それならいっそ、ご主人が研究を進めた方が…』

「全部売る気は無いさ。少しくらい研究に使ってもバチは当たらんだろう。それにな」

『それに?』

「これを売って得た金を使ってもっと多くの薬草や材料を買う事が出来れば、そっちの方がお得だろう?亅

 

そう言ってニヒルに笑う魔法使いに、黒猫は『やれやれ』と肩を揺らすが、けれど楽しそうに笑う。

 

「なぁ黒猫。俺の目的は変わっていないぞ」

『そうだろうね』

「全ての病、怪我を退ける、神の血液にして真の万能薬である『万能薬(エリクサー)』を作り上げる。それこそが、私の目的なのだから‼︎」

 

子供が絵空事を親に語る様に、キラキラとした目を伺わせる魔法使い。その輝きは、夜空に瞬く星々よりも輝いていた––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…その前に、まずはサレンちゃんに怒られる覚悟をしないとね』

「––––憂鬱だなぁ」

 

輝いていた––––––––?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




魔法使い
多種多様な魔法を使いこなせるが、中でも炎系統の魔法を好んで使用する。度重なる薬物によるドーピングによって、人類の保有する魔力量の最高値を叩き出している。戦闘センスが乏しい故に、自らの魔力量に物を言わせた広範囲高火力魔法を短い詠唱で連発する人間戦略兵器。

魔法使いの杖
深いエルフの森に聳える御神木の枝と竜の守りし財宝を合わせて作られた至高の杖–––––と本人は言っているが、実際はどの様な素材を用いられているのかは不明。

万能薬《エリクサー》
魔法使い曰く「神の血液」「万病を退ける秘薬」。不可能を可能すると言う面では「賢者の石」に近しいと言える。それを口にした者は全ての異常から身体を克服すると言われている。

火矢(ファイア・ボルト)
火矢と呼称されるが、その実炎の柱を出現させる魔法使いの使う広範囲高火力魔法の一種。魔法に明確な温度の基準は無く、魔導書には「万象を焼き滅ぼす」と記載されている。矢の一語は神の心臓に突き刺さる炎の矢との意味合いから取られている。




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救護院の魔法使い

 

 

『お、お嬢様‼︎落ち着いて下さい‼︎』

『落ち着いてなんて居られないわ!子供達が苦しんでるの、今すぐ医者を呼びに行ってくるわ‼︎』

 

轟々と雨と風が叩きつけられる中、私と彼女––––スズメは言い争いをしていた。

 

『無茶ですよ!こんな酷い嵐の中街まで行って、それでお医者様を連れてくるなんて‼︎』

『けど!こうしている内に子供達が…‼︎』

 

視線の横にベットに横たわった何人もの子供達。額に濡れタオルが置かれ、苦しそうに息をするその姿は、見ていてとても痛々しい。

 

『それに、お医者様だってこんな嵐の中来てくれませんよ!最近は王宮からの援助も減って、医者の数だって凄い減っているのに…』

『だからって見殺しには出来ないわ!拒んだら最後、首元掴んででも……‼︎』

『お、お嬢様〜!』

 

静止させようとするスズメを振り切って、外へと繋がる扉を開く–––––––そこには、魔法使いが居た。

 

『あぁ、えぇと、突然の来訪、本当に申し訳ない。見ての通り酷い嵐でな、少しの間雨宿りさせてくれると助かるのだが…』

 

突然扉が開いた事に驚いたのだろう、少し気の抜けた声で話す。

黒一色のローブに黒のとんがり帽子がずぶ濡れで、裾からポタポタと雨水が垂れる。心底申し訳なさそうに口を開くその胸元には黒い猫がくたびれた様に収まっていて、その姿はまるで演劇の世界から飛び出た様だった。

私はその時事情があって気が焦っていたけれど、その姿を見たら思わずぽかんとしてしまったことをよく覚えている。

 

『いや、すまない。突然の事だし、見ず知らずの男性を入れる事には抵抗があるだろう。しかしどうだろう、俺はともかく、この黒猫だけでも入れてやってくれないだろうか。決して鳴かないし、家具にも傷をつけないことを約束する。だから–––––––』

『い、いえ!全然大丈夫ですよ。ただ、その、今は……』

 

私たちが少女だとわかると直ぐに言葉を変え、猫を預かるよう頼み込む。その言葉に隣にいた私の従者–––––スズメが慌てて口を開いたが、様子がおかしい事にその魔法使いは直ぐに気がついた。

 

『…何かあったのか』

『……実は』

 

気が動転していて、藁にもすがる思いだったのだろう。スズメはその魔法使いに事情を洗いざらい話した。現在の救護院の中で病気が流行っていて、子供達が苦しんでいる事。その中でも何人かの症状が悪化していて、このままじゃ命に関わる事。そして、私がこの嵐の中医者を呼びに行こうとした事。辿々しく、余り容量を得ない説明だった。にもかかわらず、その魔法使いは目を細めてこう言った。

 

『何を馬鹿な。こんな嵐の中街まで行って医者を連れてくるだと?そんなことをしている間にも子供達が死んでしまう』

『…なっ!アンタねぇ、他人事だと思って‼︎』

 

あまりに無責任な発言に我を忘れ、その首元に掴みかかる。

 

『それにな、こんな嵐の中街へ行ってお前が怪我をしてしまったら、子供達はなんと思うかな』

『…なら!他にどうしろって言うのよ‼︎』

 

子供達が不安そうに見ているのも忘れ、私は思わず怒鳴り返す。すると魔法使いは何故か微笑み、掴んでいた手からするりと抜け出す。

 

『交換条件だ。この嵐が抜けるまで俺をここに居させろ。その対価として、俺が子供達を治療してやる』

『信用しろって言うの⁉︎あんたみたいな不審者を⁉︎』

『えぇい、誰が不審者だ!どう見ても魔法使いだろうが!』

『どう見たって不審者にしか見えないわよこの不審者‼︎』

『お嬢様!言いたいお気持ちはわかりますが、今は…』

 

スズメの言葉に我を取り戻し、こほんと咳払いをする。

 

『…本当に治せるのね、子供達を』

『無論だ。何せ、私は魔法使いだからな』

 

やけに迫力のある言葉とともにその魔法使いは濡れたローブを脱ぎ捨てて––––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「–––––––んぅ」

 

ぼんやりと焦点の合わない視界に入ったのは、白色無地のマグカップだった。

 

「あれ…確か…」

 

眠い頭を無理やり働かせて身体を起こす–––すると、肩に掛けられていた何かが床に落ちる。

 

「これは…」

 

床に落ちた物に視界を向ける。それは暗いの中では殆ど見えないほど黒いローブの様な物で、そして微かに薬品の匂いがした。

 

『–––ちょっとご主人。そんな体で何をしようって言うのさ』

 

そのローブにまさかとハッとした途端、丁寧な言葉遣いの言葉が聞こえる。間違いない、あいつの黒猫だ。

 

「ブランコの紐が痛んでいたからな。少し修繕してやろうと」

(はぁ⁉︎あいつ何言ってるの⁉︎)

 

なるべく音を立てない様に1人と1匹の方を見ると、そこには薄手のシャツに工具を持って心底不思議そうに首を傾けるアイツと、それを止めようと玄関に立ち塞がる黒猫の姿が見えた。

 

『何を馬鹿な、そんな魔力が枯渇した状態でやったら怪我するよ』

「たかが遊具一つ直すのに魔力は要らんよ。お前は倉庫から手頃な紐を持ってきてくれ」

『別に急がなくたって良いじゃないか。明日のお昼にでも直せばいいだろう?ほら、今日はもう休もう?』

「ふふん、馬鹿だな黒猫。さては貴様、朝一に1人でやるブランコの楽しさを知らないと見たな。誰にも気を使わずに使えるブランコは格別なんだぞ?」

『そんなの知るわけないだろう…って、ちょっと!』

「それじゃあ俺は外に行っているから、お前は紐を頼むぞ」

 

留める黒猫の静止も聞かずに静かに戸を開けて外に出る魔法使い。それを『やれやれ…』と首を振った黒猫が見送り、ため息を零す。

 

『全く、あれで悪い魔法使いを名乗ろうって言うんだからお笑い種だ。あれじゃ精々、町のみんなから慕われる薬屋さんが精々だね。サレンちゃんも、そう思うでしょう?』

「…気づいていたのね。まぁ、床にローブを落とした音で気づくわよね、普通」

『まぁね……改めて久しぶり、ギルドマスター。元気そうで何よりだよ』

「あんた達が約束の時間に来てくれたら、私はもっと元気だったでしょうね」

『…耳と心が痛いよ』

 

耳を垂らししゅんとする黒猫に「そんなに気にしなくて良いわよ、事情は大方トモちゃんから聞いてるしね」と苦笑する。

 

『そう言って貰えるとありがたいよ…けどサレンちゃんだって、盗み聞きなんて酷いじゃないか。君が起きて説教の一つでもしてくれたらそれで事は丸く収まったのに』

「起きるタイミングを逃しちゃったのよ、仕方ないじゃない」

『本当かなぁ…?』

「本当よ、本当」

『……まぁ良いか』

 

もとよりそんなに追求する気もなかったのだろう、あっさりと引き下がった黒猫は私の前にある机に軽い足取りで登り、二本の尻尾をゆらゆらと揺らす。

 

『それで実際、ブランコに使えそうなロープや紐って此処の倉庫にあるの?』

「えぇ、確か奥の木箱にクルミの演劇の練習に使った物があった気がするわ」

『それは良かった。それじゃあ僕は急ぐけど、サレンちゃんはベットで寝る事をお勧めするよ。まだ午前を回ったばかりの夜更けだしね』

「誰のおかげで机に突っ伏して寝たと思っているのかしら〜?」

 

わしゃわしゃと両手で黒猫の顔を撫で回すと『ごめんごめん』と謝る–––とは言っても、悪いのはこの子じゃなくてあの魔法使いなのだから、あんまりからかうのも悪いわね。

 

「お陰で目も覚めちゃったし、私は外に行ってあいつにお小言の一つでもお見舞いしてくるわ。黒猫はロープを持ってきて頂戴」

『わかったよ。ご主人によろしくね』

 

地面に落ちていていた黒いローブを再び羽織る––––やっぱり、すこし薬臭い。あまり音を出さない様静かに戸を開けて外に出ると、満天に光る星と月が彩る夜空が見える。

 

「––––むむ、やはり劣化が酷いな。よく遊んでいる証拠で大変結構だが、使っているうちに壊れてしまっては不味いな」

 

日中は暖かいけれど、深夜は少しばかり肌寒い。そんな中にも関わらず、シャツをまくって真剣な眼差しでブランコと睨めっこをしている魔法使いを見つける。

 

「折角だし天板も交換するか…?いやしかし、材料が無いし–––––む」

 

私が近づいてきた事に気がついたのか、ブランコを眺める手を止めて罰が悪そうな表情を浮かべる–––本当、変な所で正直なんだから。

 

「ギ、ギルドマスターか。こんな夜更に起きるなんて感心しないぞ。早くベットで休むが良い」

「そうね。あんたも早く休むって言うなら私もそうしようかしら」

「…黒猫に何か言われたな」

「さぁ、どうでしょうね?」

「おのれ愚眷属…!余計な事を吹き込みおって…!」

 

忌々しげに呟くが、それが本心からの言葉では無い事はわかる。なんだかんだって、彼も黒猫に救われている部分があると知っているからだ。

 

「それより?私に何か言うことがあるんじゃないかしら?」

「…あー、その、なんだ。つまりだな」

 

口籠る魔法使いにピシャリと口を開く。

 

「はっきり言いなさい、はっきり」

「うっ…その、約束を破ってしまって申し訳なかった。この埋め合わせは必ず–––」

「別に良いわよ。事情は荷物を届けてくれたトモちゃんから大方聞いてるしね」

「……それならなぜ謝罪を強要したのだ」

「あら、別に強要なんてしてないわ。言わなきゃいけない事があるんじゃないかって言っただけよ?」

 

飄々と笑う私に心底不服そうな魔法使いは口を尖らせ愚痴を零す。

 

「強かな女め。可愛げがないと嫁の貰い手が無くなるぞ」

「何か言ったかしら?」

「いえ何も」

 

何か余計な事を言いかけた彼の口を威圧感を出して黙らせる。

 

「…それにしたって、もう夜も更けているぞ。いい加減眠った方が良いのではないか、どうせ明日も忙しなく働くのだろう?」

「明日は休みよ。あんたが送ってくれてる仕送りのお陰で、少しは余裕が出てきたからね」

「ふん、我が覇道に金など不要だからな」

「どの口が言うのよどの口が…。言っておくけど、あんたがギルド管理協会から結構な数の依頼を受けているのは知っているからね」

「さてな。そんなこともあったやも知れん」

「あんたねぇ…」

 

知らぬ存ぜぬとしらを切る魔法使いに呆れ混じれの声が出るが、なんとなく魔法使いらしいと次第に笑う。

その言葉を皮切りに静寂と微かな夜風の音が響くのみとなる。揺られた草木がさざめき、私の羽織っている黒のローブが揺れる。

 

「…ねぇ。最近全然顔を出さなかったけど、忙しかったの?」

「うん?そうだなぁ…まぁ、色々とな」

「色々って、例えば?」

「本当に色々だ。メルクリウスのじゃじゃ馬娘から空飛ぶ箒の開発をしろとせがまれたり、エルフの幼い少女に薬を売ったり…あとはそうだな、聖テレサ女学院で臨時講師をやっていたりしていた」

「本当に色々あったのね…って、聖テレサ女学院の臨時講師ってどう言うことよ⁉︎あそこ確か女子校よね⁉︎」

 

しかも聖テレサ女学院と言えばランドソルでも有数のお嬢様学校で格式も高い。少なくとも、普段から黒いローブに黒の三角帽子と言った不審者コーデの彼と縁があるとは到底思えない。

 

「偶々縁があってな。まぁ、俺ほどの優秀な魔法使いならば当然とも–––」

『それはね、ご主人がお給金の額に目が眩んで申し込んだんだよ。面接の時に柄にもなく正装した姿は思わず笑っちゃったね』

 

鼻高々に誇ろうとした矢先、呆れ三割からかい七割と言った笑い声で紐を加えた黒猫が現れる––––なぁーんだ、そう言うことか。

 

「…黒猫。お前は明日から当分魚は抜きだ」

『それは酷い。こうなったら、当時のご主人の格好を赤裸々に語るしか…』

「–––と思ったが気が変わった。だからお前も気を変えろ」

『しょうがない。それじゃあ僕も気を変えるとしよう』

「…あんた達って本当に仲が良いのね」

「待て、その言葉には極めて誤解があると俺は思うぞ」

「とにかく、あんたも早くブランコの修理を終わらせなさいよね。じゃないと私も寝れないじゃない」

「いや、お前は寝た方が良いのだがな…」

「なんか言った?」

『ほらほらご主人、手が止まっているよ』

「ぐぬぬ…!」

 

悔しそうに顔を歪め、けれど楽しそうな彼は黒猫から紐を受け取ってブランコの修理を始める。私と黒猫はその様を眺めながら、三人で時間も忘れて話していた––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

「–––––––––うーむ…」

 

サレンディア救護院にある空き部屋の一室にて、呻き声を上げながら1人の男がゾンビ宜しく起き上がる。目の下を真っ黒な隈が走り、音もなく大きな欠伸を噛み殺すと、のそのそとベッドから降りる。

 

『おはようご主…うわ、凄い顔』

「黒猫かぁ…すまんが、いつものポーションをとって来てくれないか?」

『なに言ってるのさご主人。ここはいつもの家じゃないよ』

「…そうだったなぁ。こうなるんだったら持ってくれば良かった」

『魔力切れを起こした次の日は大体こんな感じだね。だから早く寝ればよかったのに』

「いつ寝ても変わらんよ…それより顔を洗ってくる」

『はいよ〜』

 

黒猫に見送られながら、魔法使いは外にある井戸へ向かう為に外に繋がる戸を開く。

 

「…うむ?」

 

すると、そこには金色の髪の美女が先客として顔を洗っていた。髪を後ろで一つに纏め、白の寝巻きに袖を通し朝日を背に佇むその姿は誇張なく女神の様だと、寝ぼけた魔法使いは寝ぼけた頭なりに考えた。

 

「あら?アンタも早いわね…って、酷い隈。ちょっと大丈夫?」

 

心配そうに顔を近づけてくるその輪郭をはっきり認識すると、それが女神ではなくサレンだということがわかった。

 

「ぬ…なんだ、ギルマスか。てっきり女神かと思ったぞ」

「なっ…⁉︎お、起き抜けになに言ってんのよアンタ⁉︎寝ぼけてんじゃないの⁉︎」

「そうかもなぁ…」

「っていうか、前々から言おうと思ってたんだけど、そのギルマスって言い方やめてくれないかしら?なんだが他人行儀で嫌だわ」

 

腰に手を当てて不満そうに口を尖らせる彼女に、魔法使いは寝ぼけた頭で答える。

 

「そうだなぁ…」

「…ちょっと待ってなさい」

 

ぼんやりとした様子の魔法使いにサレンは嘆息すると、徐に井戸に向かい、バケツに井戸水を入れる。それを持ち上げるとニコニコと笑いながら「いい加減に…」と構え––––。

 

「目を覚ましなさい‼︎」

 

その水を、魔法使いの顔面にぶちまけた。

 

「冷たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎おいギルマス⁉︎なにをする‼︎」

「うるさい!アンタが寝ぼけているのが悪いんでしょ‼︎」

 

顔から冷水を叩きつけられた魔法使いの意識はすぐに覚醒し、そして暴虐の限りを尽くしたサレンへと口撃を始める。

 

「だからって水をぶち撒ける事はないだろう⁉︎一々やり方が雑なんだよ‼︎」

「雑ですって⁉︎アンタねぇ…!」

 

このまま喧々諤々の言い争いが始まる–––––と思いきや、『お嬢様〜!魔法使いさーん!朝御飯ですよ〜‼︎』との声で言い争いは中断される。

 

「…折角の朝飯が冷めては勿体ない。今日はこの位にしておいてやる」

「それはこっちのセリフよ。…あと、これ」

 

サレンから白のタオルが手渡される。

 

「それで顔を拭いてから来なさいよ。子供たちがアンタを真似て濡れたままで出歩いたら大変だからね」

「わかっている。先に行っていてくれ」

 

「アンタ、子供たちにやけに懐かれてるんだから」と言いながら救護院に入っていく彼女を背にタオルで顔を拭うと、ふぅと一息つく。

 

「さて、俺も行くか」

 

拭いたタオルを肩にかけてその後を追いかける。なにをした方が子供達に喜ばれるのかと考えながら、魔法使いは救護院の戸を潜ったのだった–––––。

 

 

 

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

「–––よーし餓鬼ども!これからゴーレム鬼ごっこをやるぞ‼︎」

「「「おぉーーーー‼︎」」」

「ルールは簡単!俺が作るゴーレムから10分逃げ回った子供の勝ちだ!但し!ゴーレムの数は時間と共に増えていく!勝ち残った子供には俺特性の焼き菓子を食べる栄誉が与えられる‼︎全員気張れよ‼︎」

「「「おおーーーー‼︎」」」

「ではこれより30秒数える!全員隠れろ‼︎」

『…楽しそうだねぇ』

 

どこぞの国の指導者の様に仰々しく高らかに宣言する魔法使いを尻尾を揺らしながら見守る。子供達はそれはもう興奮して楽しそうだが、一番楽しそうなのはなんだかんだうちのご主人かもしれない。

 

「子供達が楽しそうでよかったですね。最近魔法使いさん、救護院に顔を出していませんでしたから」

『なんだかんだ言ってご主人も来たがっては居たんだよ?けどほら、彼あぁ見えて遠慮しぃだから』

「言えてるわね。どうせあれでしょう?呼ばれもしないのに行って良いのかって悩んでたんでしょ?」

『そうそう。流石サレンちゃんだね』

「あいつがわかりやす過ぎるのよ。あぁスズメ、お茶を淹れてくれる?」

「わかりました。黒猫さんもミルクは如何ですか?」

『ありがとう。温めだと嬉しいかな』

「勿論です!ちょっと待ってて下さいね」

 

パタパタと厨房へと走っていくスズメちゃんを見送り、再び子供達と戯れるご主人を見る–––––––おぉ、犬型のゴーレムなんて珍しい。という事は、この前態々ゴーレムについて夜な夜な研究していたのはこの為だったのか……なんだか、言っていて悲しくなったな。

 

『ご主人は、本当に悪い魔法使いを目指しているんだろうか…』

「…ねぇ。ずっと聞きたかった事があるんだけど」

『なんだい?』

「魔法使いの名前。本当に知らないの?」

『知らない。というより、彼が話したくないんだろうね』

 

ご主人の名前。そんなもの、自分だって知りたいくらいだ。彼は絶対に名乗らないし、誰かに聞かれても似合わないニヒルな笑みを浮かべて誤魔化す。

 

「理由は知ってるの?」

『知らない………いや、待って。興味深いことを言っていた様な気がする』

「興味深い事?」

『ずっと前に一度、酒に酔って酩酊していた時に名前を聞いたんだ。そうしたらご主人は「ロールプレイ中に本名はご法度だろ」って。それを言ったら眠っちゃったけどね』

「ロールプレイ?何かを演じているって事?」

『詳しいことはなにも。けど、演じているっていうのは何か、今のご主人に近いとは思うけどね』

 

ロールプレイ、役を演じる。お酒に酔ったご主人がぽろっとこぼしたその言葉は、今のご主人の姿の様に思える。

自らの思う『悪い魔法使い』を演じる––––まぁ演じられていない訳だが–––––のは、なんらかの理由があると言う事なのだろうか。

 

『まぁ見ての通り根っこからの善人だから、何か理由があるとしても後ろめたい理由はないと思うけどね』

「それはそうでしょうけど…まぁ、理由は話してくれなさそうよね」

『背負い込む性質だからねぇ。けど、どうしようもなくなったら話すと思うよ。潰れるようならそうするだろうし』

「結局は待つだけなのね…少し歯痒いわ」

『それより、サレンちゃんは良いの?見ての通りの善人かつ非正規とは言え、素性のしれない人間をギルドに引き入れるなんて』

「素性なんて、普段のあいつを見てればわかるわよ。無類の子供好きって事がね」

『違いない』

 

サレンちゃんの言葉にカラカラと笑い、ぷかぷかと空に浮かぶ雲を見上げる。

 

『そう言えばこれは独り言なんだけどね』

「なによ、藪から棒に」

『ご主人は今、真なる万能薬を作る為に研究を重ねているんだ。もしそれに関わるような書物や薬草があったらそれとなーく伝えれば、きっとご主人は泣いて喜ぶと思うよ』

「真なる…万能薬?なによそれ、クコの葉や不死鳥の尾羽の事を言ってるの?」

『詳しいことは何にも。只ご主人はそれを作るためにご執心だ。彼に恩を感じているのなら、そっち方面で協力してあげるのが良いんじゃないかな?』

 

『ほら、サレンちゃんって借りを作ってばかりだと落ち着かない性格でしょ?』と話せば完璧だ。ここまで言ったら、彼女は必ず動いてくれる。

 

「…成る程ね。わかったわ、少しばかり私で探りを入れてみる」

『宜しく頼むよ。ご主人1人だと限界があると思うからね』

「任せなさい……それとなんだけど」

『何かな?』

 

何やら言いにくそうに言葉に詰まる彼女を珍しいと思いながら視線を向ける。やがて意を決したのか、「あのね」と綺麗な声色で話し始める。

 

「無理をしない範囲で良いから、あいつにもっと救護院に顔を出すように伝えてもらえないかしら?」

『…それは別に構わないけど、サレンちゃんから言ったほうが良いんじゃないかな?』

「そ、それは…そうなんだけど…」

 

何故か恥ずかしがる様に口籠る彼女–––––––瞬間、自慢の二本の尻尾が何かを鋭敏に感じ取った。

 

『いや、わかったよ。皆まで言わなくて良い』

「えっ、ちょ、黒猫?」

『ご主人と会う時間を増やしたいんだろう?お安い御用さ、僕の口に任せて貰えれば、きっとご主人をその気にさせてやれる』

「いや、そうじゃなくて…!」

『なに、報酬は鰹節二本…いや三本で良いよ。ちょっと待っててね、すぐに話をつけて来るから』

「だ、だから違うんだってば!私は––––––‼︎」

 

「ぷう吉フルスイーング‼︎」「なんの!行けゴーレム兵団‼︎彼女を捕らえれば褒賞は思いのままだぞ‼︎」と、もはや鬼ごっことはいえないナニかを楽しんでいるご主人に向かうと、慌ててサレンちゃんが飛び出して来る。

そんな惨状を見て、今日はなんて平和な日なんだろうと思いながら、私は善行を為すために奮起するのだった–––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






魔法使い
サレンディア救護院に非正規として所属している。口振りこそ尊大だが、子供達に激甘な態度を見せて良くギルドマスターに怒られている。ゴーレムやお菓子作りは全て子供達の為に覚えたらしい。

黒猫
魔力の痕跡を見ることの出来る魔眼を保有している。普段は魔法使いに対して辛辣だが、それは魔法使いを想っての忠言でもある。主人が何故魔法使いらしく振る舞っているのか不思議に思っているが、絶対に聞こうとはしない。それもまた、彼の信頼の形の一つだ。

犬型ゴーレム
魔法使いが独自に研究、開発した愛玩動物型防衛機構。「おすわり」「待て」「がんがん行こうぜ」「命だいじに」等簡単な命令を遂行できる低レベル自立機構を搭載した、ある種革新的な人工ゴーレム。只、その機構の殆どは子供達と遊ぶ為にのみ使われている、極めて残念な兵器である。

ポーション
常用タイプの魔法薬–––––と言えば聞こえはいいが、実態は人間の身体に作用し本人の魔力量を底上げする薬物。味は苦虫と薬草を煮詰めた程に苦く、見た目は毒々しい程に緑色。色、味共に変えられる余地はあるが、魔法使い曰く「他者による誤飲を防ぐ為の処置」としてそのままにしている。そもそも真っ当な人間なら試験官に入った毒々しい色の液体を口にしようとは思わない…が、過去に一度例があったとか。「カービィでももう少し選り好みする」とは彼の言だ。




サレンディア救護院の人々から見た魔法使い

サレン
「はっきり言って変な奴よ、名前だって明かさないし…。けど、あいつが子供達を本当に想ってくれているのはわかるの。子供の誰かが風邪を引いたら何を差し置いてもすっ飛んでくるし、子供達の為に果物の木を植えたり、勉強を教えたり。そして、悪い事をした子供にはしっかりと叱る。これって、子供達を大切に想っていないとできない事よ。だから…その…あいつはいい奴よ」

スズメ
「初めて会った時は服装も相まってちょっと怖かったですけど…今はすごい頼りになるお兄さんって感じです!料理洗濯家事炊事、おまけに勉強まで、なんでも完璧に熟しちゃうんですよ!それに、あの人は知らんぷりしてますけど、私が割ってしまった食器をこっそり買い直したりしてるんです。口振りがちょっと変ですけど…本当に優しい魔法使いさんです。けど、あの人の名前は魔法使いさんで良いんでしょうか…?」

アヤメ
「お菓子作りがとっても上手なお兄さんだよ!…あっ、魔法使いさんって呼ぶように言われてるんだった。えぇと、魔法使いさんはお菓子作りがとっても上手な人なんだ。この前貰ったクッキーなんかすっごく美味しくて!また作ってくれないかなぁ…」

クルミ
「えぇと…その…優しい魔法使いさんです。あんまり多くは来てくれないけど、たまに来た時は私にもいろんなお話をしてくれて、演劇の練習も見てくれるんです。けど、どうしてあんなにお芝居に詳しいんだろう?」



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魔法使いの幕間:I

 

「––––––––む。またか」

 

朝日が登ったばかりの早朝。ご主人がポストの前で日課の郵便物チェックをしていると、その中の一通に目を通してポツリと独り言を漏らす。そして、自分はその手紙に心当たりがあった。

 

『もしかして、またお貴族様から薬の催促かい?』

「そうだ。なんでも、薬を献上する栄誉を賜るだそうだ。全く、あんな木っ端貴族に栄誉など讃えられたくもないわ」

 

やれやれと肩を竦めながら何通かの手紙を持って家の中に入ると、乱雑に椅子に座って手紙を机に広げる。

 

『ギルド管理協会を通した納品の依頼が3件と、お貴族様からの依頼が1件。流石ランドソル一の薬師だね』

「俺は薬師などではない!それに、ランドソルの薬師と言えば『トワイライト・キャラバン』のミツキがまず上がるだろうよ」

『彼女は薬師というより医者だからね。それにほら、あそこのギルドって色々曰く付きだろう?』

「荒事の絶えない奴らではあるからな…」

 

そう言ってため息を零すご主人。彼女らとは因縁浅からぬ関係だし、思うところも色々とあるのだろう。

 

『それより、例のお貴族様に薬は納品するのかい?』

「しない––––と、言いたいがな…」

『金払いだけは良いからね、貴族様って』

「それに、貴族自体は語るに及ばんが、彼の取引相手である商人達や薬を欲している人達に罪はないからな。精々高くふっかけてやるさ」

『悪どいねぇ…』

 

納品書に目を通しながら紅茶に口をつけ、熱心に在庫表と睨めっこするご主人。言ったら機嫌を悪くするから言わないが、はっきり言って職人の朝の様だ。

そのままご主人が確認を終わらせるのを見計らって、自分が『ねぇ』と口を開く。

 

『それよりだけど、例の件、本当にやるのかい?』

「例の件?なんだそれは」

『惚けないでよ。この前街道で襲われたキャラバンの件、ギルド管理協会から調査の依頼を受けたんだろう』

 

街道で大量の魔物に襲われたキャラバンだったが、その理由については未だに解明されていない。魔物を刺激する様なものは運んでおらず、又、魔物の巣を悪戯に荒らしたわけでもなかったからだ。

この件は『プリンセスナイト』からギルド管理協会を通してランドソル中に周知され、魔物を討伐するギルドや散策系のギルドに対し不審点が有れば報告するように求められている。価値ありとみなされた情報には報奨金も出るというが、特にこれと言った決定的な証拠は出ていないのが現状らしい。

 

「あぁ、その件か。カリン嬢から頼まれたし、なにより俺も思う所があったからな」

『思う所?』

 

納品書を手早く一纏めにし棚の中に収納すると「あぁ」と一度頷き、カウンターにある鍵の掛けられた引き出しの一つから一冊の本を取り出す。霞んだ赤色に丁寧な装飾が施されたその本は、ご主人の調合部屋にある古本群とは一線を画しているのが一瞬で見て取れた。

 

『これは?』

「俺が真なる万能薬を探求する上で古今東西あらゆる書物を漁った事は知っていると思うが、これは集めた本の中でも特に異質を放つもの–––即ち、『奇跡の種類』を示した書物だ」

『奇跡の種類?』

 

「あぁ」と相槌を入れると、頁を捲る。

 

「この本によれば、奇跡にはいくつかの種類があるそうだ。随分と長いから端折るが、例を上げると…万物に姿を変えられるもの、万象を作り上げるもの、千里先すらも見通すもの–––まぁ、色々だな」

『随分と突拍子もない話だね–––––ちょっと待って。まさかそれって…』

「その通り。そしてこの本の中の奇跡には『魔物を操る奇跡』も記されていた」

『魔物を操る奇跡…つまりご主人は、この前のキャラバン襲撃はその『奇跡』とやらの仕業だって言いたいわけだ』

 

「そういう事だな」と淡々と話すご主人を見る。突拍子もない話ではあるが、彼の目を見てもふざけて言っている様には見えない。つまりご主人は、本当にその可能性があると思っているんだ。

 

『あまりに突拍子もない話じゃないかな?そもそも、そんな奇跡なんて存在するかもわからない–––––』

「いや、必ずある」

『–––まだ言い終えて無かったんだけど』

 

自信ありげ、というより、明確な確信を持った言葉に思わずたじろぐ。ここまで確信めいた口調で話すご主人は初めてだ。

 

『どうしてそんな御伽話のような奇跡があるって確信があるのさ』

「あんまり詳しい話は言えない。だが、その本に書かれている事は全て本当だ」

『…どうして断言出来る?言いたくはないけど、今のご主人は只信じたいものを信じているだけの愚者に見えるよ』

 

影に『あなたはそんな愚か者ではない』と匂わせるが、そんな事は露程にも関せずご主人は紅茶を口に含む。

 

「言ったろう?あまり詳しくは話せない、と。…まぁ、悪いとは思っている」

『…はぁ。言いたくないなら良いけどね』

 

居心地の悪そうに肩を竦める彼を見て、これ以上追求するのは気が引けた。前から秘密があることは知っていたのだ、別に一つや二つ増えたところで別に変わりはしないだろう。

 

『それで?今日から調査に向かうのかい?』

「あぁ。一度ギルド管理協会に顔を出してからな」

『そっか。それじゃあ今日はお休みだね』

「玄関の立て看板に既に書いてある。その前に、まずは朝ご飯を食べようか」

『そうだね、そうしようか』

「朝ご飯はなにが良い?魚の燻製かソーセージがあるが」

『今日の気分的にお肉かな』

「ん、それじゃあ少し待っていろ」

 

軽やかな足取りで厨房へと向かうご主人を見送り、くぁと一つ欠伸をする。さて、朝ご飯が出来るまで二度寝でも……。

 

–––––––ごめんくださーい。

 

『…うん?』

 

宅配の人だろうか、こんな朝から誰か訪ねてきたようだ。厨房の方へ視線を向けるが、そこからはこんがり塩味と胡椒の効いた香ばしい香りが漂って来ている。手は離せそうもないみたいだ。

 

 

–––––––ごめんくださーい。

 

『…しょうがない。僕が出るか』

 

お気に入りの座布団から身体を起こし、緑色のドアの下に作られた猫用勝手口から外に出る。

そこには大きな木箱を抱え、額に微か汗を掻いている少年がいた。淡い紺色のマントが珍しい位で、後はどこにでもいる普通の青年だ–––––にも関わらず、何故かその目から視線を外せない。

 

 

『…やぁ、配達員さん、それは荷物かな?』

 

–––––––猫さん?

 

『まぁ猫ではあるけれど…一応、ここに住んでる同居猫だよ。荷物は玄関に置いておいてくれるかな?』

 

–––––––サイン書けますか?

 

『肉球の朱印でも良い?』

 

–––––––大丈夫ですよ。

 

 

少年が差し出してくれた朱肉に肉球をつけ、受取状に押す。それを確認すると少年は満足そうに頷くと荷物を扉の前に置いて、ありがとうございましたと一礼して立ち去っていく。

 

『…なんだったんだ、彼』

 

平凡という文字が服を着て歩いているような風態だった–––けれど、何故か自分は立ち去っていく彼の姿から目を離さなかった。いや、離せなかったというのが正解だろうか。決して目を離すことのできない存在感それは、まるで–––––––。

 

『主人公、か…』

 

どこから湧いてきてたのか自分でもわからない言葉を吐いて、そこで思考を止める。考えすぎるのはよくないことだし、第一、自分の考え過ぎだろうから。

 

「おーい黒猫。朝ご飯が出来たぞ〜」

『わかった、今行くよ。それとご主人宛に荷物が––––』

 

フライパンを持って厨房から出てきたご主人を窓越しに見て、自分も家の中に入る。それは、自分にとっては何気ない日常に加わった、一抹のスパイスのような一幕だった–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

 

ランドソルにひっそりと佇む、一面を窓に据えた小さなお店。多種多様な薬草の花が軒先を連ね、寂れた感じで味のある風態を醸し出している。見苦しくない程度に錆びれた金属製のドアノブに「OPEN」と木製の札が掛けられた緑色のドアは、これまた味のある風化具合だ。周りの静寂も相まってどことなく神秘的な雰囲気のあるその扉が開かれると、中から黒のローブを着た男性が顔を出す。

 

「…よし。発注分はこれで全部だな」

 

三つの木製の箱を店先に積み上げると額の汗を拭い、手元にある書類にチェックを入れる。どこか好青年地味た働きぶりだが、その服装が不審者のようで印象が相殺されてしまっている。

 

『本当に僕は行かなくて良いのかい?』

 

そんな青年の足元で、綺麗な毛並みの黒猫が人の言葉で喋り掛ける。猫が人の言葉を話す事になんら違和感を覚える事なく「あぁ」と返し、木箱に魔法を掛けるとふわふわと箱が浮かぶ。

 

「元々俺が勝手に受けた依頼だからな。お前には店番をやってもらう」

『店番って…。そもそも、ご主人の掛けた魔法のせいで、悪感情を持った人物はここには辿り着けないんだろう?それなのに店番なんて必要なのかい?』

「黒猫が店番をする事に意味があるんだ。帰りに美味い魚を買ってくるから、今日は留守番を頼むぞ」

『…わかったよ。気をつけて行ってきてね』

 

不詳不詳と頷いた黒猫が家の中に戻っていくのを見て「頼む」と言い残すと、魔法使いはふわふわと浮かぶ木箱を連れて町を歩いていく。

寂れた街に相応しい静寂が魔法使いの周りを支配する中、彼はふぅと溜息を零す。何かに疲れた様に頭を掻くと、雲が散らつく青空を見上げて「…良く出来た世界だよなぁ」と本当に小さな声を吐き出した。

 

「–––どうして、自分だけなんだ」

 

悲観に満ちたその呟きは、誰の耳にも届かず空気中に散らばる。その言葉に意味なんかないと世界が嘲笑うかの様に、それはなんの生産性すら生み出さない。

 

「お?なんだ兄さん、ずいぶん大荷物じゃねぇか」

「そんだけあるなら一つくらい俺達に恵んでくれねぇか?実は俺達、今金に困っていてよ」

「……ついてない」

 

先程吐いた言葉の罰だろうか、魔法使いの周りにゾロゾロと風態の悪い輩が現れる。錆び付いた斧や安っぽいナイフをチラつかせ下卑た笑みを隠しもしない彼等に、魔法使いは態と聞こえるように悪態を吐く。

 

「お前達にとっては、この世界こそが現実だろうに。どうして悪事を働く?」

「あ、何言ってんだお前?」

「びびって頭おかしくなっちまったか?」

 

言っている意味がわからないと嗤う彼等に、魔法使いはどうしてこんな事を話したのかと自責する。–––もう期待なんてしないと、誓った筈なのに。

 

「…悪いけど、今は演じる気にはなれない。魔法使いにはなれないぞ」

「あぁ?何言って––––––」

『錆びろ』

 

たった一言。なんの予備動作すらなかったそれは派手な光も、わかりやすい風すら起きない–––だが、そんな言葉で、彼等の持っていた児戯のような得物の尽くは、取手を残して砂となって朽ち果てる。

 

「…えっ?」

「な、なんで俺の武器が⁉︎」

「なんだ、何をしやがった⁉︎」

 

まるで物語のように慌てふためく彼等にどこか既視感を覚えるが、彼は淡々と今使った魔法を話す。

 

言霊(ワードスペル)。予備動作こそ無いけど、強力な魔物相手には使えない産廃魔法だよ。もっとも、この世界になってから君達の様な小悪党相手には使い勝手が良いけどね」

「な、何を言ってやがる⁉︎」

「まぁわからないとは思うけどね…(チェーン)

 

紫色の魔法陣から数多の鎖が飛び出し、騒がしい金属音と共にチンピラ達の全員を瞬く間に縛り上げる。

 

「畜生⁉︎動け–––」

「悪いけど、ここでしばらくおとなしくしておいてくれ––––炸裂光(スタンビート)

 

いつのまにか取り出した杖から光の粒がチンピラ達に向かい、地面へと落ちる––––瞬間、極めて大きな光と高周波が響き渡る。チンピラ達は恐怖からか、光を注視していた為に正面に受けてしまい、悲鳴すら上げる事なく意識を手放した。

 

「さて、王宮騎士団に報告しなければ行けないが…まぁ、ギルド管理協会でやれば良いだろう」

 

一応彼等が通りすがりの別のチンピラに襲われない為に人払いの魔法を掛け、木箱を再び浮かせる。小慣れた雰囲気から襲われるのはいつもの事のようだが、それでも面倒ごとは苦手な様だ。

 

「救護院で子供たちと遊びたいなぁ…」

 

心の底から、それこそ魂からの囁きを口から吐き出すと、再びギルド管理協会へと足を進めていくのだった––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________________________

 

 

 

 

 

 

–––おぉ、神よ。貴方は死んでしまわれたのですか。

 

無神論者を自称する自分だが、思わず神様の存在を恨んでしまう程、今の状況は最悪だった。

朝から見たくも無い貴族からの手紙に目を通し、殆ど同じ格好のチンピラ共を蹴散らし––––半裸でナイフを舐めるのが流行っているのだろうか––––そして、今に至るというのに。

 

「今日こそ契約書にサインしていただきますわよ、魔法使い様!」

 

目が痛くなる様な豪華絢爛な赤色のドレスを風に揺らし、人々の往来のど真ん中で仁王達をしている非常識なお嬢様がいらっしゃる。人違いですと声を大にして言いたいが、綺麗な瞳がこちらを掴んで離さない以上どうしようもない。

 

「……人違いだ」

「何をおっしゃいますか。貴方の様な魔法使い然としたお人は、魔法使い様だけですわよ?」

 

微かに残る可能性に縋って人違いだと嘯いてみたが、結果は火を見るより明らかだった。畜生め。

 

「さぁ魔法使い様!往来の方々を邪魔してはなりません故、早くサインを‼︎」

「往来の方々の邪魔をしているのはお前だ、このじゃじゃ馬お嬢様め。それと、そのサインの迫り方はいっそ脅迫だぞ」

 

えぇい、メルクリウス財団(保護者会)の連中は何処だ。彼女を街中で放すなど、暴れ馬の手綱を放すほどに無謀だと知っているだろうに。

 

「むぅ…相変わらずいけずなお人ですわね」

「この際お前の評価はどうでもいい。それより、ユカリやミフユはどうした?」

「ミフユさんとユカリさんなら今頃ギルドハウスで商談に向けての資料を作成している頃ですわ」

「ならお前も手伝ったらどうだ。一応ギルドマスターなのだろう?」

「…私より、ミフユさんやユカリさんの方が気になりますの?」

 

不機嫌そうに頰を膨らませるが、全く可愛いと思えない。自分がどれだけ彼女に苦手意識があるのか察してしまう。

 

「別に気になる訳じゃないが…お前が一人で街中にいると災害が起きるからな」

「なっ…⁉︎心外ですわ!私は日々勉強しておりますの!そんな、何時迄も問題児扱いされては困ります‼︎」

「問題児だから問題児として扱っているんだ……全く、どうせ空飛ぶ箒を作って欲しいんだろう?」

「その通りですわ!ようやく魔法使い様も私の話を–––」

「断る。空を飛ぶのは魔法使いの特権だ」

 

取り付く島も与えないと言わんばかりに切り捨てると、「そんなぁ…」と捨てられた子犬の様にしょんぼりする。往来の人々はそれを見て「何あれ、喧嘩?」「女の子萎れてんじゃん、可哀想に…」「何様なんだアイツ」と、自分に極めて厳しい囁きをひそひそと交わしているのが分かる。

 

「…と、とにかく。ここで話すのもアレだ。話はお前のギルドハウスでゆっくり聞いてやろう」

「ほ、本当ですの?」

「あぁ、本当だ。只、今は見ての通り納品の仕事があってな。それが終わったらになるが…」

「わかりましたわ!美味しい紅茶を淹れてお待ちしております!」

 

自分が話を聞くとわかるや否や、ぱっと花が咲いた様に笑みを浮かべる。そのまま「約束ですわよ〜!」とこれまた騒がしく立ち去っていく–––––落ち着きというものを知らんのかあのお嬢様は…。

 

「あまり待たせたら何が起こるかわからんな…。急ごう」

 

街中を飛空挺で探し回る、なんて大事をやらかされた後では遅い。なるべく急いで事を済ませなければ。

…なんて、いつも通りの自分が戻っているのを感じた。

 

「–––まぁ、いいタイミングではあったな」

 

仄暗い感情が去って、見上げた空をそのまま綺麗だと感じられる。そんな自分に戻れた事を、あのお嬢様に少しばかり感謝して、自分はギルド管理協会へと足を運んだ––––––。

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

 

多くの人でごった返すギルド管理協会。人、魔族、エルフ、獣人と、種族博覧会の様相を呈している。

–––荘厳な扉を開いた瞬間、全員の目線が此方に向いたのはきっと気のせいだろう。うん。

大勢の視線を感じる中、緑色の髪で眼鏡を掛けた理知的な女性が微笑むカウンターへと足を向ける。

 

「今日は、魔法使いさん。お久しぶりですね」

「久しいなカリン嬢。薬の納品だが、今手隙か?」

「えぇ、大丈夫ですよ」

 

浮かせた木箱をカウンターの奥側に積み上げると、彼女は箱を手際よく開封し、此方の渡した納品書と照らし合わせていく–––そんな中、ふと口を開いた。

 

「…少し大丈夫だろうか?」

「はい?なんでしょう?」

「いやな、先ほどから視線を感じるのだが、何かあっただろうか?」

 

何やらこちらを見て囁いている人が多い気がする。この格好から後ろ指指される事は慣れているのだが、今日のこれは少しばかり毛色が異なる様に感じる。

 

「視線……あぁ、先日のキャラバンの件ですね」

「キャラバンの件…というと、魔物の大群を一掃した話か?」

「えぇ。随分噂になってますよ、凄腕の魔法使いがいるって」

「そうか…まぁ、それなら別に良い」

 

あれだけの魔物の大群は確かに驚異である…が、今の自分は事情が事情である。よほと強力な魔物でなければ、問題なく処理できるだろう。

 

「…意外ですね。もっと誇らしげにするかと思いました」

「失敬な。私は魔物の大群を退けた程度の栄誉など欲しくないだけだ」

「ふふっ。ならそういう事にしておきますね…はい、納品書との照合終わりました。いつもありがとうございます」

 

規定の金額が書かれた小切手が手渡され、それをローブの中に仕舞い込む。

 

「此方こそ。ギルド管理協会を通しての取引は、俺の様な一薬師にとって生命線に近しい。これからもぜひ頼む」

「勿論です。…ここだけの話、凄い評判良いんですよ。黒猫ラベルの貼られた薬は凄い効果が高いって」

「当然だ。私が魔法使いを名乗る以上、半端な物は世に出せないからな」

「流石の心意気ですね」

 

クスクスと口に手を当てて微笑むと、やがて真面目な表情となる。

 

「…それでなんですが、先の調査に加えてもう一つお願いを聞いて貰えませんか?」

「調査とは別件か?」

「はい。別件といえば別件なのですが…最近、地形が変動している地点が多々確認されているんです」

「地形の変動…」

 

その言葉を聞いた途端、脳裏に一つの言葉が浮かぶ。即ち、「万象を作り上げる」。詰まるところの奇跡……いや、『レジェンド・オブ・アストルム』にて確認された、超越者達が使う権能の一種だ。

今朝自分が黒猫に見せた書物。断崖絶壁を誇る山脈の陰に隠れた小さな祠で偶然見つけたそれは、この世界を作り上げたとされる七冠(セブン・クラウンズ)の権能が記されていた。

誰がどんな権能を用いるのか定かではないが、それが奇跡と評されてこの世界に記録が残っている。その事実だけが、自分を奮い立たせてくれる。

 

「それで、地点の変更が見られる地域の報告と観測をお願いしたいんです。調査報酬は前払いで一定額をお支払いしますが…どうでしょうか?」

「別に構わない。魔物の動向調査となんら変わらないしな」

「ありがとうございます!」

 

実際、願ってもない相談だった。今の自分の力では、この世界の人々を

治す事(・・・)は叶わない。どうあっても1ゲーマーでしかない自分には能力が、なにより知識が足りていないからだ。

このゲームの開発者である『七冠(セブン・クラウンズ)』と接触しなければならない。勿論、前世(・・)の記憶を保持している七冠と、だ。

 

「…誓約女君が記憶を持っていればなぁ」

「何かおっしゃいましたか?」

「いや、何でもない。それで、話はそれだけか?」

「大筋はそうですね。それで、今回の報酬の件ですが…」

「それは其方の言い値で構わない。金額は全てサレンディア救護院に送金してくれ」

「宜しいんですか?」

「あぁ。とは言っても、うちのギルドマスターは金に煩い。生半可な金額だとすっとんでくるからそのつもりで」

「勿論!こちらを信用しての言葉だと存じておりますから、信頼を裏切る様な事は致しません」

「ならなんの問題もない。それじゃあこれで–––あぁそうだ、先程ここに来る途中の街路で集団に襲われた。全員気絶させたが、王宮騎士団を向かわせて保護ないし逮捕させてくれ。場所は3番区に向かう大通りから一つ外れた路地だ」

 

呼び止めようとするカリンに手を振り、そのまま管理協会の荘厳な扉を開いて外に出る。…さぁ、冒険に出かけよう(現実を生き抜こう)

 

 

 

 

 

 

 

 




魔法使い
世界が改変されてしまった世界における一般人の中で、唯一完璧な記憶を保持している人物。彼が魔法使いとして最高峰である所以に、この世界がゲームである事を知っていることにある。尋常ならざる魔力、他を寄せ付けない魔法への造形の深さ、他の追随を許さぬ圧倒的な火力を持つ理由もそこにある。彼と魔法を持って正面から撃ち合う事が出来るのは、彼と同じく全てを覚えている人物だけだろう。

黒猫ラベル
巷で密かに話題に上がっている魔法薬。安価で日持ちし、そして効果もも高いと良い事尽くめの魔法薬で、特徴として黒猫をデフォルメしたラベルが小瓶に記されている。服用した際にラベルは消える為、中身をすり替える事が出来ない設計となっている。ギルド管理協会を通した取引が主な市場への流通経路であり、作成者は誰かもわかっていない。

言霊
魔力を込めた言葉であり、精霊に呼びかける類の魔法。その種類は100に収まらず、その使い方は多様を極める。しかし、前述の通りこれはあくまで精霊を介して世界に干渉するものであり、その効果は対象が高位であるほど低くなる。

とんがり帽子の魔法使い
ランドソルの郊外やギルド管理協会にて目撃される魔法使い。その風変わりな容姿と中央部ではあまり姿を見ない事、そして通りすがりの子供にお菓子を与える事から妖精と呼ばれているとか。もっともその実力は折り紙付きで、他国においても「とんがり帽子」の異名が知れ渡っている。


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お嬢様と魔法使い、ついで騎空士見習い

––––その日は、冬が明けたばかりの、まだ新芽すら芽吹いていない春先だった。

 

「失礼いたしますわよ!」

 

王都ランドソルの中では珍しい寂れた区画で、多くのゴロツキやチンピラがうろつく場所の一角。花壇に降り積もった雪がポタポタと溶けて石畳に染みを作り、春の訪れを感じさせる。

そんな冷える早朝の大きな窓を構えるそのお店に、一人の少女が声を張り上げて戸を開けた。

 

「……何用かね。こんな朝早くから」

 

お店の中は、はっきり言って雑然としていた。味のある木製のチェストやラックには色々な種類の薬草や瓶が無秩序に並び、隅にある観葉植物らしきものは眩しいほどの黄色の大輪が咲いていて、まるで別世界の様だと少女は感じる。

そんな部屋の主は暖炉の前のソファに座り、静かにマグカップを傾けている。黒目黒髪というとても珍しい風態で、さらにそれらと変わらないほど黒いローブを着ている。突然現れた来客に不躾に視線を向けた彼はマグカップを置くと、スッと立ち上がって少女の前に赴く。

 

「…随分と身なりが良いが、貴族の箱入りお嬢様か?」

「なっ⁉︎私は確かに貴族の生まれですが、別に箱入りという訳ではありませんわ‼︎」

「それは失礼。…ふむ、何処かで観たような–––?」

 

燃え上がるような赤い髪に整った顔立ち。そんな顔をまじまじと魔法使いは眺めると––––「ま、いいか」と踵を返す。

 

「寒かっただろう。そこの暖炉で暖まるといい、今お茶を淹れてくる」

「お気遣いありがとうございます。ですが、それよりも先にお話ししたい事があるのです」

「話があるなら尚更ソファに座るといい。君は見えないかもしれないが、頬が寒さで赤くなってるよ」

「えっ⁉︎」

 

ケラケラと笑った様子の魔法使いに、少女は余計に顔を赤くするが、彼の言う通りソファに座る。

 

「…暖かい」

 

外の寒さを感じたからか、暖炉がより暖かく感じる。けれどそれもそのはず、それは形こそ暖炉そのものだが、その実態は暖炉ではないからだ。

 

「…?これって…」

 

少女もそれに気が付いたのか、身体を起こして暖炉に顔を近づける。すると暖炉で燃えていると思っていたものは赤い石であり、それが暖気を放っている事がわかる。どう言う原理で暖かくなっているのかと思い、それに手を伸ばそうとすると、『危ないよ』と声が掛かる。

 

「えっ?」

 

振り返ると、そこには黒の毛並みの猫が1匹。二本の尻尾をゆらゆらと揺らしていた。

 

『それはご主人が作った魔道具の一種でね。煙突がない家でも気軽に暖炉を楽しめるように作ったんだと。彼も忠実だよね」

「な、な、な…」

『おっと驚かないでね?こんな朝から声をあげたらご近所迷惑だよ?』

 

極めて冷静な指摘に逆に頭が冴えたのか、少女は声を上げる事なく冷静に猫に話しかける。

 

「ね、猫様…とお呼びしても?」

『様はいらないよ。僕はしがない黒猫だからね』

 

喋る猫がしがない訳ない、と喉元まで声が出かかるも、それを抑える事に成功する。

 

「それで、猫さんはあの魔法使いに飼われていますの?」

『いや、一種の雇用契約みたいなものさ。だから飼われてるわけじゃない』

「はぁ…」

「待たせたな、今お茶が–––むっ。黒猫、起きたのか。猫は丸くなってる時間だろうに」

『目が覚めたんだよ。所で、僕も暖かい牛乳が欲しいな』

「しょうがない奴だな、少し待っていろ」

 

お盆とお茶をサイドテーブルに置くと再び厨房へと向かう魔法使い。そんな背中を1匹と一人が眺めると、1匹の方が口を開いた。

 

『君、ウィスタリア家のご令嬢でしょ。確か、アキノ・ウィスタリアさんだよね』

「ご存知でしたの⁉︎魔法使い様が知らないから、てっきり知らないものとばかり…」

『かの豪商ウィスタリア家のお嬢様で、今はギルド、メルクリウス財団のギルドマスターだろう?ここらじゃ有名人だよ』

「それでしたら、どうして魔法使い様は私の事を存じ上げていないのでしょうか…」

『物覚えが悪い訳じゃないんだけどね。世俗に疎いんだよ、彼』

「待たせたな黒猫、ほら、暖かい牛乳だぞ」

 

黒猫に深めの皿に入った牛乳を手渡すと、「冷めるぞ」と少女にお茶を勧める。

 

「頂きますわ–––––あら」

「どうだ、美味いだろう」

 

澄み切った色と豊潤な茶葉の香りが立つティーカップに口を付けると、小さく感嘆を溢す。

自身ありげに胸を張ると、魔法使いはマグカップを傾ける。

 

「えぇ、とても。何処の茶葉をお使いになっていらっしゃるのかしら?」

「それは秘密だ。魔法使いには秘密が付き物だと、お父上からそう教わらなかったのかな、アキノ嬢?」

「私の事をご存知でしたの⁉︎」

「お茶を淹れている時に思い出したんだ。君の父とは少し面識があってな、その時に」

「–––えぇ、存じておりますわ」

「あの時の君のお父上なんか……えっ?」

 

突然神妙な顔立ちになると、姿勢を正して魔法使いへ向き直る。

 

「改めて、アキノ・ウィスタリアです。あの時は父の事を助けて頂き、本当にありがとうございました」

「…別に、感謝されたくてやった訳じゃない。報酬は十分な程に貰った」

『そうそう。十分すぎる金額を貰ったよね』

 

彼女の言葉に魔法使いは飄々とした態度だ。その態度に対し、アキノは言葉を重ねる。

 

「父が言っていましたわ。貴方程の魔法使いは居ないと。あの時、箒に跨った貴方が来なければ生きていないと」

「そう思うなら伝えておいてくれ。目上の者が率先して動くのは感心だが、実験の際は細心の注意を払えと」

 

ウィスタリア家はランドソルの中でも有数の豪商であり、新しい技術も進んで取り入れる画期的な貴族だと言えるだろう。…だからこそ、その事故は起きた。

ウィスタリア家が開発した飛空挺の二次試験。有人飛行による高度1000mを目指したその試験の最中、突如飛空挺にドラゴンが襲来したのだ。

当然迎撃装備は整えていた飛空挺だが、相手はドラゴン。戦闘の衝撃で飛空挺の動力に変調が来たすと、計80名乗せた飛空挺はそのまま地上へと落下を始めた。

大勢の人と名家の当主の事故死。活発に進められている飛空挺開発の流れを一変しかねないその事故が起こる瞬間––––その魔法使いは現れたのだ。

 

「それで、アキノ嬢は何が目的なんだ?まさか、ウィスタリア家を代表しての挨拶などではあるまいな?」

「あら?どうしてそう思いますの?」

「お前の父から君の話は少し聞いている、好奇心が服を着て歩いてるような娘だとな」

『実際、メルクリウス財団は色々新しい事を試しているみたいだしね。ご主人に何か話があったんじゃないの?』

「話が早くて助かりますわ。では、率直に申し上げます。魔法使い様––––貴方が父を助けた時に使った魔法の箒を、私に売ってくださいませんか?」

 

その立ち振る舞いは、気品に満ちていた。言葉の一つ、所作の一つを取ってもけちの付けようの無い気高さ。彼女の顔の良さも相まったそれは、君主による勅命の様な錯覚を起こさせる。

そんな、一種の強制力を伴った言葉。黒猫も小さく目を開いてアキノを見ると、次いで魔法使いを見遣る。そして、正面から言葉を受けた魔法使いは、小さく、けれど、はっきりと宣った。

 

 

 

 

 

「断る。箒で空を飛ぶのは魔法使いの特権だからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

 

 

「–––ですから!そこを押して頼んでいるのです!貴方様の魔法の箒が有れば、この社会はもっと良くなるはずなんです‼︎」

 

そんな、場所は変わってギルド・メルクリウス財団のギルドハウス。見目麗しい少女の頼みを全く聞く耳持たない魔法使いは高級そうなティーカップを傾けて鼻を鳴らす。

 

「魔法というものは特別でなくてはならないんだ。魔法が普遍化した世界は色々と危険過ぎる。こと、この世界でもな」

「今のランドソルでも充分普遍化していると思いますけど…」

「そう。だからこそ危険なんだ。瞬間移動や高速移動系の魔法がない今だからこそ、この街は平和でいられている。魔法の箒ってのは、色々と危険なんだよ」

 

魔法使いの頭の中には一つの世界観が思い起こされていた。魔法が技術として確立され、それが軍事転用されている世界。軍人が空を舞い、鉄の鳥を粉砕し、果ては街すら焼き尽くす。魔法の箒が普及した場合、それと同じ未来がこのランドソルにおいて再現されないと断言はできない。それゆえ、魔法使いは何を言われようとも箒の技術を提供する気は無かった。

…もっとも、それをアキノが理解できるかどうかは別なのだが。

 

「むぅ〜!納得いきませんわ!そもそもずるいです!魔法使い様だけが空を悠々と飛んでいるなんて!」

「ふむ。それなら今度後ろに乗せてやろうか?」

「えっ…?よろしいんですの?」

「あぁ。といっても暇な時にな、今は無理だ」

 

ばぁ、と花が咲いた様に笑みを浮かべると「約束ですわよ!」と魔法使いに詰め寄り、それを「近い近い」と押し除ける。

 

「お前は淑女だろう…。もっと異性と距離を保ちたまえ。そんなだからいつまで経ってもじゃじゃ娘なのだ」

「…別に、誰にでもする訳じゃありませんわ」

「拗ねるな全く………あっ」

 

その瞬間、ふと魔法使いはローブの懐に収めていたとある物の存在を思い出す。

 

「そういえばアキノ。お前を見込んで頼みがあるんだが」

「頼み?魔法使い様が?」

「あぁ、これなんだが」

 

ローブから布に包まれた物を慎重に取り出し、それをアキノに手渡す。アキノはそれを手早く広げると、中に入ってる物を見る。

 

「これは……もしかしてクコの葉ですの?」

「あぁ、この前ちょっとした事情から手に入れてな。量が多いからこっちじゃ捌けないし、そっちで捌いて欲しいんだ」

「量が多いって、これ以外にも?」

「あぁ、束で保管してあるよ」

「クコの葉の束⁉︎ちょっと、それ本当なの⁉︎」

 

さらっと話した魔法使いにおかわりのお茶を淹れにきた金髪の女性––––メルクリウス財団経理担当のユカリが驚きの声を上げる。商い系ギルドの経理担当であり希少品の市場価格を熟知している彼女は、その価値がどれだけのものか瞬時に理解してしまったのだ。

 

「あぁ。ほら、この前の大規模キャラバンが魔物に襲撃された事件があっただろう?その時にな」

「相変わらず凄い事件に関わってるわね〜…。それで、具体的な量はどの位なの?」

 

湯気の経つ紅茶を二人の前に置くと、魔法使いの座るソファの横に腰を下ろす。

 

「正確にはなんとも。後日持ってくるから、その時に正確な計量を頼む」

「わかったわ。それで、クコの葉って証明できる鑑定書も必要なんだけど…あるわけないわよね?」

「鑑定なら俺が出来るが…当事者がやるのは不味いだろう。そっちに任せる」

「それじゃあそれも手配しておくわね…って、アキノさん?そんな顔してどうしたの?」

「私が話していたのにずるいですわ‼︎と言うより、いつのまにかそんなに仲良くなっていらしたの⁉︎」

 

頰を膨らませ不満を露わにするアキノだが、魔法使いはしれっと返す。

 

「この前行きつけの居酒屋で酔っ払って潰れている所を保護しただけだ。大した事はしてない」

「ちょ、それは言わない約束でしょ⁉︎」

 

頰を赤くし魔法使いに抗議するが、魔法使いはどこ吹く風と平然としている。

 

「そんなに大事な事か?お前が酒をこよなく愛しているのは有名だろうに」

「そうだけど!悔しいけど確かにそうだけど!そんな私にも一応女性として良く見られたいって思いがあるの!」

「おかしな事を言う。別に酒が好きだろうが、ユカリが良い女である事に変わりはないだろう」

「えっ」

 

「何を言っているんだか…」と紅茶を傾ける。好みの味なのだろう、上機嫌にカップを置く魔法使いだが、横に座る彼女はそれどころではなかった。

 

「え、えぇと、その…私って、良い女なの?」

「気配りが出来て、常識もあり、仕事もできる。逆に言うが、これだけ揃っていて良い女じゃない訳がない」

「そ、そうなんだ…ふーん…」

 

毛先をくるくると弄り、頰を微かに赤く染めるユカリだが、それと対照的にアキノは頰を膨らませて不満を露わらにし、魔法使いに食って掛かる。

 

「ま、魔法使い様!私は⁉︎私は⁉︎」

「お前はじゃじゃ馬娘だろうに。まぁ、そこらにいる貴族より余程親しみやすいがな」

「…そう言えば、魔法使い様は生粋の貴族嫌いと伺っておりますが、私のことはお嫌いなんですか?」

 

不安そうに口を開くが、「馬鹿馬鹿しい」と魔法使いが鼻を鳴らす。

 

「それなら態々こんな所まで来るものか。お前は知らないと思うがな、普通の貴族と取引する時、殆ど二言三言しか喋らないんだよ」

「それは…つまり?」

「えぇい、言葉にしなければわからんのか。つまりだな、お前の…なんだ、そういう破天荒な所は嫌いではない…ということだ」

「ま、魔法使い様…‼︎」

 

面と向かって話すのが恥ずかしかったのか、魔法使いの頰にも僅かに赤が差す。それを感激したアキノがキラキラとした目で見るものだから、益々居心地が悪くなる。

 

「と、とにかくだ。それでクコの葉の取引は其方がやってくれるのか?」

「勿論ですわ!私の名に懸けて、最も高い金額で捌いて見せます‼︎」

「それはありがたい。仲介料は法律通りで良いからな、金は全額サレンディア救護院まで頼む」

「全額で良いの?研究資材とか、結構掛かってるって聞いたけど…」

「構わない…と言うのも、最近救護院の方で子供達が増えていてな。俺の道楽より、子供の胃袋と寝床の方が大事なのは明白だ」

 

「魔法使いは優先順位を違えないからな」とは彼の言だが、それを二人は微笑んで頷く。子供に甘い所もまた、彼の魅力の一つだからだ。

 

「さて、私はもう行くぞ。この後フィールドワークに勤しまなければならん」

「クコの葉の件は任せて頂戴。こっちでつつがなく進めておくわ」

「魔法使い様も、最近は何かと物騒だと聞きます。どうか、お体にお気をつけてください」

「わかっている。それではな」

 

カップを置いた後に軽く手を振ると、そのまま戸を開いて姿が見えなくなる。彼の姿が消えた後に二人は小さく息を吐くと、互いに向き直る。

 

「相変わらずね、彼も」

「全くですわ。無自覚な人たらしなんですから、手に負えません」

 

ぷんすかと不満をあらわにする。魔法使いが多くの人に好かれているのは周知の事実だが、あの人の良さは甘い毒のような物である……もっとも、ここにいる二人もその毒に浸かり切っているのだが。

 

「はぁ…魔法使い様が私のギルドに入ってくれれば良いのに…」

「サレンさんの所に居る以上引き抜きは厳しいでしょう。彼もあそこを抜けるとは思えないしね」

「だからこそ、私達は彼とビジネスパートナーとしての関係を維持するのです。そうすれば、いつかは私の願いを聞き入れてくださる筈ですわ」

 

強かに微笑むアキノにユカリが苦笑する。ウィスタリアの血がたしかに引き継がれている事を感じると「それじゃ、わたしは手続きを済ませちゃうわね」と告げ、クコの葉の取引の準備を始めるのだった––––。

 

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

『………暇だ』

 

窓から差し込む光に、ゆらりゆらりと二つの影が踊る。心底退屈そうに欠伸をしたその猫はぼんやりと外を眺め、ひらひらと飛び交う蝶々の数を数えていた–––––言うまでもないことだが、魔法使いの黒猫である。

 

『こんな事ならご主人について行けば良かったよ…』

 

好奇心は猫を殺す、とは有名な格言であるが、どうやら退屈もまた猫を苦しめるらしい。魔法使いが家を発ってから早5時間程度。朝日は昼の光へと変わり、もうじき西日へと変わりそうだ。それだけの時間だが、特に変わった出来事はなく、ただ平穏な時間が流れているのみだ。

気まぐれを売りにする猫であるならば悠々と外に出て散歩にでも興じるのであろうが、この黒猫も飼い主…ではなく雇い主と似て律儀な所がある。一度店番を任された以上、役目を放棄する事は良心が咎めるので出来ないのである。

 

『ふぅむ……』

 

しかし、いくら黒猫が叡智に富んだ賢い猫であっても、退屈はその精神を害する。いよいよ痺れを切らした猫がカウンター上に置かれたクッションから立ち上がってぴょんと小さく跳ねた。

そのまま外に繋がる猫用勝手口へと脚を向ける…が、その足を途中で止める。なぜなら、その優れた聴覚がコツコツと石畳を叩く音を掴んだからだ。

 

『…おや?』

 

黒猫はその明晰な頭脳からか、この店を訪れる人間の足音を記憶している。そしてその足音の人物が足繁く此処に通う少女の物だと察すると、再びクッションの上に居住まいを正し、ゆらりと尻尾を揺らす。

そうして、その人物はすぐに扉を開いた。

 

「こんにちはー!魔法使いさん居ますか……って、アレ?」

 

短く揃えられた金髪が微かに揺れ、綺麗な黄金色の瞳がキラキラと輝く。快活で凛々しいけれど、どこか愛らしさを兼ね備えたその少女は元気な声と共に扉を開くが、後ろに行くにつれ窄んでいく。

 

『やぁ、いらっしゃいジータちゃん』

「こんにちは黒猫さん。魔法使いさんは今工房?」

『いや、生憎と出掛けてるよ。今頃はフィールドワークに没頭してると思うけど』

 

ジータと呼ばれた少女はその言葉に「えー⁉︎」と声を上げ残念そうに肩を落とす。

 

「そんなぁ…。飛空挺のアイデアを思いついたから、魔法使いさんに話に来たのに…」

『それは残念だったねぇ。まぁまぁ、座りなよ』

「うん…あ!それとこれ、近くで美味しそうだったから買って来ちゃった!」

 

少女の腕には紙袋が抱えられ、その両手にはたっぷりのクリームと果物が載せられたクレープが鎮座している。ちなみにだが、数は二つである。

 

「せっかく魔法使いさんと食べようと思ったのに…黒猫さん食べる?」

『そんなもの食べたら僕はご主人に看病される羽目になるから、辞めておくよ』

「だよねぇ…、流石に二つ食べたら太っちゃうし、そうなったら魔法使いさんから…‼︎」

 

さめざめと顔を青くする彼女に一つ嘆息する。今でも細過ぎるくらいだと思うんだけど…。

 

『その分いっぱい働いてるんだからいいと思うけど。評判良いみたいだし、君の活動は』

「知ってるの⁉︎」

『勿論さ。僕は情報通だからね』

 

寂れた三番街のこんなお店にも、ジータの噂は届いていた。腕利きで愛想も良く、良心的な金額で依頼を引き受ける可憐な少女の噂だ。

もちろんそれは魔法使いも知っており、その噂を聞くたび鼻を鳴らして当然だと言わんばかりの態度だったが、それを聞いた日は決まって少しお酒を嗜む事を黒猫は知っていた。

 

『とにかく、クレープは二つともジータちゃんが食べて良いと思うよ。どうしても食べたくないんだったら、厨房にある「レイゾウコ」なる冷たい倉庫にでも入れておけば良いと思うし』

「……あむ」

 

まるで大罪を犯そうとしているような思い詰めた顔をしながらも、彼女は二つのクレープにそれぞれ齧り付く。なんだかんだ言って甘いものが好きなのだ、彼女は。

 

『所で、その抱えている紙袋はどうしたんだい?』

「これはシチューの材料だよ。今日は魔法使いさんと一緒に食べようと思って」

『シチューかぁ…。僕も食べれる?』

「勿論!黒猫さん専用のやつを作るからね!」

『ありがたい。ジータちゃんはきっと良いお嫁さんになるね』

「そ、そんな…お嫁さんだなんて…」

 

頰を赤らめる彼女を見て『チョロ過ぎる』と黒猫は危惧を覚える。しかし、ここまでわかりやすい方がご主人の特攻になり得るのか…?とも考えていた。物事を表面のみで捉えない、最も叡智に優れた黒猫の異名は伊達ではないのだ。

 

「所で、黒猫さんはどうしてお留守番をしているの?いつもは魔法使いさんに引っ付いているのに」

『店番を任されたんだよ。全く面倒だよねぇ』

「そうなんだ。けど、大丈夫なの?ほら、ここって色々と貴重なものだってあるし、強盗とか…」

『その点については心配ご無用だね。そもそもここら一帯はご主人によって結界が張られているし…もしもの時はこれがあるしね』

 

そういうと右手で首輪にある小さな結晶を見せる。別段変わりない首輪にジータが疑問符を浮かべると『これはね』と黒猫が口を開く。

 

『言葉を話せる様になるのと同時に、一種の通信魔法装置でもあるのさ。いざという時は、これでご主人の助けを呼べば大丈夫ってわけ』

「はぁ…すごいなぁやっぱり。なんでも作れちゃうんだね」

『けどこれは他言無用でお願いね。ほら、通信魔法関連の技術は規制が厳しいから』

 

事実、魔法使いは極めて高度な技術を持っており、それを惜しげもなく使って様々なものを作っている。それこそ、一度公表すればひと財産を築くことすら可能な物をだ。

…にも関わらず、彼はそれを公表しようとしない。黒猫は当初、俗世に関わるのが嫌いが故の行動だと踏んでいたが、どうにも事情があるらしい。

 

「魔法使いさんは今日は帰ってくるの?」

『間違いなくね。そろそろ僕のお腹が空く頃だから、もうじき帰ってくるはずだよ』

「自分のお腹の空き具合で判断してるんだ…。けど、なんか良いな、そういう信頼関係って」

 

クスっと口元を綻ばせる後、羨望の感情を隠しもせずに言の葉を紡ぐ。

 

『羨ましがるようなものでも無いと思うけどね。ほら、彼って色々面倒だし』

「そうなの?」

『そりゃそうさ。口を開けばやれ悪い魔法使いだの、魔法使いの矜持だの言ってるけど、実際のところは只のお人好しだし、自由にやれば最も楽に生きられるのに変な縛りを自分に課したりするし。他にはね––––』

 

 

 

「––––––ほう、これは珍しい。今日はいつになく機嫌がいいと見えるな、黒猫よ」

 

 

その声を聞いた途端、黒猫は瞬間的に不利を悟った。まずい、気が付かなかった、どうして背後から、玄関から入ってきたんじゃないのか、そんな思考が一瞬にして脳裏を過ぎるが、まず取った行動は一つだった。

 

『…やぁ、ご主人。帰ってきてたのに何も言わないなんて酷いじゃないか』

 

バツの悪そうな笑みを浮かべた黒猫に対し、黒のローブを来た男––––魔法使いは大きく肩を落として嘆息する。

 

「採取してきた薬草をしまう為に裏口の倉庫から帰ってきたんだ。全く、不在のうちに主人を語るとはいい度胸しているな」

『…別に良いじゃないか。だって事実なんだし』

「事実では無い。全く、俺の事をお人好しって吹聴するのは辞めろと、何度も言っているだろうに…」

 

「次やったら当分魚は抜きだからな」と念を押し、小さく振り返ってジータの方を見やると、今度は魔法使いの方がバツの悪い表情を浮かべた。

 

「悪いなジータ。黒猫の面倒を見てくれていたのか」

「い、いえ!むしろ私が話し相手になって貰っていたと言うか…」

「そうか?それなら良かったんだが……ところで」

「はい?」

「ほおに赤いソースが付いているが、クレープでも食べていたのか?」

 

頰に付いた赤いソースを指摘すると、みるみるジータの顔が赤くなって行き、「あ、えぇと、これは…」と視線を泳がせる。

 

『やれやれ、ご主人。そんなにストレートに伝えるなんて紳士としてあるまじき所業だよ。もっとスマートかつユーモアに伝える事はできなかったのかい?』

「無茶を言うな。俺にそんな気遣いができる訳ないだろう…ほら、拭ってやるから動くな」

「だ、大丈夫ですよ!自分で拭けますし!」

「自分じゃよく見えんだろう。すぐ終わるから、あまり動くな」

「ひゃ、ひゃい…」

 

余計頬を赤くして固まったジータの頬をハンカチで拭うと「よし、取れた」と小さく頷く。それを見た黒猫は心の中でジータに黙祷を捧げる。憧れの人に頬を拭ってもらうなんて、心中穏やかじゃ無い事は明らかだ。

 

「それで、ジータはどうして此処に?何か用事でもあったのか?」

「えっと、新しい飛空艇ならアイデアを思いついて、それを伝えに来たんですけど…」

「そうか。なら聞かせてもらおう…といっても、もうこんな時間だ。折角だし、夕飯でも食べながら聞かせて貰うとしよう」

「はい!それだったら私、実はシチューを作ろうと思ってて…」

「シチューか。それだったら良い鶏肉をこの前貰ってだな…」

 

ジータと魔法使いが二人で話し込みながら台所に向かう様を黒猫は眺め、首を傾ける。

 

『あれで悪い魔法使いを語ろうって言うんだから、お笑い種だね』

 

そんな黒猫の一言は、誰の耳にも届かず部屋の中に溶けていくのだった–––––。

 

 

 

 

 

 

 




魔法使い
とんがり帽子がトレードマークの青年。顔つきは若く、年齢は二十代前半とされるが詳細は不明とされる。多くの商家や貴族と魔道具や薬品の取引を行なっており、その人脈はランドソルでも有数。中にはその優秀さに惹かれ手練手管を使い一族に加えようと画策する者もいたが、現在はなりを潜めている。なんでも大商家が睨みを効かせているとかなんとか。

黒猫
夏毛はすっきり、冬毛はもこもこの毛並みを持つ。

飛空挺
ランドソルで使われる移動手段の一つ。専ら貴族の御用達として用いられており、一般庶民では乗る機会すら無いとされる。魔法使いも密かにこれを作っているが、その全貌は明らかになっていない。彼曰く、少女の夢を叶えるのも魔法使いの仕事の一つとの事。



魔法使いへの反応

アキノ・ウィスタリア
「あのお方は、私の事を色眼鏡なく見てくれる数少ないお人です。ウィスタリア家の令嬢としてではなく、一人のアキノ・ウィスタリアとして扱ってくれるのです。たまに意地悪な事を仰る方ではありますけれど…それも、私を思っての事だと信じております。ただ一つ愚痴を溢すのであれば、最近の彼は少し節操無しだと思います。サレンさんだけでも強敵ですのに…」

ユカリ
「最初に会った時は変な格好の人って印象しかなかったけど…何回か付き合う内に、あれは只の趣味で本当は根が優しい人なんだってすぐにわかったわ。…別にお酒を奢ってくれたから良い人扱いする訳じゃないのよ?ほんとよ?」

ジータ
「魔法使いさんは、私の夢と真剣に向き合ってくれる優しい人ですよ。騎空士になるって言う私の夢を聞いて笑う人たちの前で、あの人は言ってくれたんです。その夢は絶対に笑われていいものじゃない、俺がその夢を手伝うって。それからあの人は、私にとって本当に尊敬すべき人です‼︎…まぁ、尊敬以外の感情も、なくはないんですけどね」


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象牙の塔の魔法使い

 

 

 

「––––うぅむ。この格好で大丈夫だろうか」

 

壁に立て掛けられた鏡は、普段らしからぬ自分の姿を投影している。黒を基調とし襟元に銀糸で描かれた菫の花が光るコートに袖を通し、癖の強い髪を整髪剤で整えた自分だ。はっきりいって気味が悪い。

 

『似合ってるよ。さすが、カルミナの服飾担当さんは腕が違うね』

「彼奴の腕が良いのは周知の事実とは言え、これは些か華美に過ぎるのではないか?」

『何言ってるのさ。ご主人位の年齢ならそれくらい格好の良いものを着るのだよ。それに、街中を歩く若者はもっと派手な格好じゃないか』

 

ゆらゆらと尻尾を揺らし、お気に入りの座布団の上で佇む黒猫は何処までも他人事のようで無性に腹が立つ。今度あいつにも服を作ってやろうか、そうすれば俺の気持ちも欠片程は理解するに違いない。

 

「あれは髪色が豊かで尚且つ瞳も目立つ奴らだからだ。俺の様な黒目黒髪がやって良い服装じゃあない」

『それじゃあ髪を染める?』

「その手の話は救護院でしたんだがな、有無も言わさず辞めさせられたよ。「今後一切髪を染めない」などと言うふざけた契約書まで書かされた」

 

あの時のサレンやスズメ、子供達の反応は極端に悪く、「どうしてそんな事を言うの」と言わんばかりだった。自分としてはあくまで冗談のつもりだったこともあるが、あそこまで言われると自信も無くすと言うものだ。

 

『それには同感かな。黒い髪のご主人以外考えられないし』

「俺にお洒落は似合わんと言うのだろう。別に良いがね、俺はそれでも」

『そう言う訳じゃないんだけど…それに、黒目黒髪なんて珍しいじゃないか。魔法使いとして、個性を活かさなくてどうするのさ』

「…まぁ、それもそうか」

 

なんだか上手いこと丸め込まれた様な気がしないでもないが、別に重要なことでもないので端に置いておくとする。目下の課題は、何故こうして自分が服装を変えなければならないのか、と言うことだ。

 

「それにしても、また声が掛けられるとは…。そんな立派な御高説を説いた覚えはないのだが」

『良い事じゃないか。名誉な事だと思うよ、僕はね』

 

整えられた毛並みの、これまた綺麗な肉球が一通の便箋に置かれる。流麗というより、高貴さを感じさせる筆跡で「魔法使い様へ」と記されているそれには、かの有名な名門校からの誘いであった。

 

「聖テレサ女学院か…二度と校門は潜るまいと思ったのだがな」

『前は臨時講師だったよね、確か魔法学の』

「あぁ。正直ダメ元で応募したものだから、採用の通知が来たときは心底驚いだものだ」

 

聖テレサ女学院とは押すに押されぬ名門校であり、貴族や豪商の娘が多く通うお堅い学校である。今時「ご機嫌よう」を挨拶に使い、如何にもお嬢様然とした立ち振る舞いをする生徒達に、思わず目を見開いたものである。だからこそ、自分の様な何処ぞの馬の骨とも知らぬ者が、臨時とは言えそこの教壇に招かれた事実が不可解なのだが。

 

『その事なんだけど、この前お喋りな生徒さんが噂してたよ。なんでも、あの学校近々共学化するらしいって』

「共学化?あの聖テレサ女学院がか?信じられない話だな…」

『あくまで噂だけどね。けど、共学化において男性への免疫皆無なお嬢様達に、若い男性を慣れさせるというふうに考えたら、ご主人が採用された理由にも説明が付くんじゃないかな?』

「嫌な想像を働かせるな。俺は別に、客寄せパンダとして学院に赴く訳ではないのだからな」

『はいはい。それより、そろそろ家を出なくて良いのかい?今日は顔合わせだけだろうけど、遅刻は不味いよ』

「む、もうそんな時間か。良し、行くか黒猫」

 

服装についてはこれ以上どうしようもない。事前に準備していた鞄を肩に掛け、少し慌しげに扉を開けて外に出る。

 

『それにしても、かの名門校の特別講座にお呼ばれするなんてご主人も名前が売れたね。僕としても鼻が高いよ』

「悪の魔法使いとしてはあまり良い事ではないのだが…まぁ、将来への世界征服の布石としては悪くはないだろう」

『まったくもう…。それで、ご主人はなにを教えるつもりなんだい?向こう曰く、何を教えるのも自由みたいじゃないか』

 

黒猫が言う通り、今回の講座は自分が専門とする分野で開いて欲しいと向こうから要請されている。その分野は自由であり、生徒に危険が及ばないのであればなにをしても良いとお墨付きだ。

 

「正直、あまりの厚遇に怪しさすら感じている。いざ尋ねてみれば、女子校に侵入した罪で王宮騎士団が待ち構えていたとしても驚かんな」

『捻くれもここまでくると一種の個性だね…おや?』

 

もうすぐ大通りに差し掛かる手前。建物の塀の上を悠々と歩いていた黒猫がピタリと脚を止め、正面を見据える。

 

「なんだ黒猫、まだ目的地は遠いぞ」

『いや、珍しい気配を感じたんだよ』

「珍しい気配?なんだそれは–––––む、あれはコッコロ少女ではないか」

 

そこまで言いかけた直後、目の前の大通りを二人の男女が揃って歩いていくのが見えた。一人は少し前にウチで薬を買っていた少女で、もう一人は知らない男性だ。

 

「隣に居る男はランドソルで見た事がないな…新顔か?」

『彼は配達のお兄さんだよ。この前うちにも荷物を届けに来たからね』

「配達員か。それは、随分大変な仕事をしているのだな…。して、その配達員とコッコロ少女とはどう言う繋がりなのだ?」

『さぁねぇ…もしかしたら恋人とか?』

 

半分茶化した様な黒猫の首元を掴み「そう言う事はあまり関心せんな」と小言を呈し、そのまま大通りに出る。二人は共に笑みを浮かべて談笑しており、その後姿からは恋人というより家族に近いと感じた。

 

「もしかしたら、コッコロ少女が言っていたあるじ様とは彼の事なのかもしれんな」

『えっ?そんなお貴族様には見えないけど…』

「あくまで思っただけだ。さぁ、先を急ぐぞ」

『ちょ、ご主人降ろしてよ!ご主人〜〜‼︎』

 

 

 

 

 

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ランドソルの中に居を構える、名門中の名門聖テレサ女学院。その荘厳であり歴史を感じさせる正門を前に、魔法使いは感嘆の混じった息を吐く。

 

「あいも変わらず、ご立派な門構えだな…」

『一度は講師として門を潜ったんだし、そんな緊張しなくとも良いんじゃない?』

「ここを潜ればそこは女子学生の花園だぞ。何度来ても慣れる事は無いさ」

『そんなものかねぇ?ま、早く行こうよ』

「今だけはお前が羨ましいよ…」

 

先を行く黒猫に悪態を零すと、自分もそれに続いて敷地に脚を踏み入れる。整理された校舎への道、流麗な噴水、形の整えられた木々。至る所に金が掛けられている事をひしひしと感じていると、一人の老婦人が姿勢正しい姿で近づいてくる。その姿に魔法使いは「うげ」と小さいうめき声を上げた。

 

『おや、あれはマザー・ヒルダだね。ということは、今回の案内も彼女がやってくれるのかな?』

「冗談じゃあないぞ…。俺は臨時講師をしていた時、彼女から100は下らない杞憂とお気持ちとお小言を拝聴したのに、またあれが始まるのか…」

『どうする?今から逃げる?』

「魔法使いに退却の二文字はない…が、正直帰りたい」

 

そう言っている間にもヒルダはズンズンと近づいて来て、ついには魔法使い達の前に佇み一瞬の沈黙が訪れる。こちらから言葉を掛けた方が良いのかと魔法使いが逡巡し、黒猫は呑気に欠伸をする–––その直後だった。

 

「お待ちしておりました。さ、早く中へご案内致します」

「–––––へっ?」

『–––––えっ?』

 

とても人当たりの良さそうな笑みで、彼女はそう口を開いた。

 

 

 

 

 

………

 

 

 

 

 

 

(ちょっとご主人⁉︎これは一体どういう事さ⁉︎もしかして洗脳でもしたのかい⁉︎)

(戯け‼︎俺がそんな低俗な魔法を使う訳がないだろう‼︎)

 

魔法使いと黒猫の一行はヒルダの案内に従い、歴史を感じるけれども清潔感溢れる校内を歩いていた。もっとも、そんな歴史的建造物には目もくれず一人と1匹で念話を使って言い争っているのだが。

 

「態々ご足労頂き、感謝しかありません。それにしても、魔法使い様もお人が悪いですわ」

「は、お人が悪いとは…?」

「我が校が誇る天才を育ててくれたのなら、最初から仰ってくれれば良かったのに。そうすれば、私もあのようなお小言を言わずに済みましたのに…」

「あ、あははは…所で、我々はいまどこに向かっているのですか?」

 

「おほほ」とお上品に口元を隠して笑うヒルダに、魔法使いは苦笑いを浮かべざるを得ない。頭の中は疑問符で埋まり切っており、やはりこれは罠なのでは?と勘繰る次第だ。

 

「象牙の塔と呼ばれている、旧図書館棟です。そこでユニ博士が貴方をお待ちになっています。講師としての詳しい話は、彼女との話が終わった後にと学長も仰っておりますので」

「旧図書館棟…えっ?今なんて言いました?」

 

すっかり聞き流していたが、何かとてつもない違和感を覚える単語がヒルダの口から飛び出して来た様な気がする。

 

「え?旧図書館棟に向かっていると…」

「そこじゃなくて、もっと後です」

「えぇと、ユニ博士が貴方のことを…」

「いえ、大丈夫です。どうやら聞き間違いではない事が分かったので」

「?それなら良いのですが…」

 

首を傾げた後に再び前を向いて歩き出す彼女を余所目に、聞こえない様な小さなため息を零す。

 

(おい黒猫。どうやら今回の一件の下手人が割れたぞ)

(みたいだね。それにしたって、まさか彼女が博士なんて呼ばれてるとは…)

(全くだ)

「さ、着きましたよ。この扉の向こうにユニ博士がお待ちです」

 

年季の入った木製の扉に、擦れて鈍く光る金属製の取っ手が見える。まるでこの先に賢者がいるとでも言わんばかりの雰囲気だ。

 

「それでは私はこれで。お話が終わりましたら校長室までお越しください」

「えぇ、わかりました」

 

軽く会釈して立ち去るヒルダを見送ると、「さて」と扉に視線を向ける。

 

「さて、この場合俺はなんと言うべきだろうな。俺を学舎に招いてくれてありがとうと謝辞を述べればいいのか、それとも余計な事をしてくれたと怒れば良いのか」

『ご主人の好きなようにすれば良いんじゃない?』

「それもそうか。それじゃあ、行くとするか」

 

金属製の取手に手を掛けて、魔法使いは大きな音とともにそれを開け放ち、声高々に言い放つ。

 

「邪魔するぞ、ユニ」

 

 

 

 

 

 

 

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「––––––––– 邪魔するぞ、ユニ」

 

 

そんな声と共に、僕の世界が開かれる。そうか、彼が来るのは今日だったか。

 

寝転んで読んでいた書物を頭の上の高く聳える本の塔の上に積み上げ、ソファから身体を起こす。

 

「やぁ魔法使い。僕はほとほと待っていたよ。こんなれでぃを待たせるなんて、君も随分偉くなったものだ」

「この戯け者が。貴様がレディを名乗るのであれば、もう少し縦と横に身体を伸ばすんだな」

「ふっ、やれやれ。君と言う賢者であっても人を見た目で判断するとはね。ランドソル一の魔法使いの名が廃るじゃあないか」

「そんな大仰な通り名を名乗った覚えはない。というか、実際貴様は外見だけ言えば幼女ではないか」

「たしかに今の僕は身長が低くきゅーとな分類に属するだろう。けれど、君は芽吹いてもいない大樹を見てこれは大きくないと馬鹿にする愚を起こすのかい?」

『それは後10歳ほど前に言うべきだったねユニちゃん』

「なんだとこの黒猫‼︎」

 

はっ。僕としたことが、あんな獣畜生の低俗な煽り文句に乗ってしまうなんて。

 

「ごほん。そこの獣は置いておくとして、適当に寛ぎ給えよ。なに、今日の僕は久方振りの来客に心が躍っている。少しばかりの無礼なら笑って許そうではないか」

「無礼な事など何一つしていないがね…。ま、適当に座らせてもらうとしよう」

『お邪魔するよ。それにしても埃っぽい部屋だね、ちゃんと掃除はしてるのかい?』

「そんな事は時間の無駄さ。それに、埃にも歴史がある。そんな事もわからないなんて、所詮は獣だね」

『…ご主人』

「耐えろ黒猫。ここではあいつが目上だ」

 

シャキンと鋭利な爪を伸ばす黒猫に魔法使いが静止を掛け、その後に「まぁ、確かに埃が多すぎるな」と嘆息する。

 

「ちょ、何をする気かね」

「少し埃を取り除くだけだ––––––『集まれ』」

 

刹那、部屋の隅から隅に点在していた埃という埃が魔法使いの前に集積し、成人男性の顔程の大きさに纏まる。

 

「『燃えろ』」

 

そんな歴史の塊–––いや、埃の塊は瞬く間に炭も残さず燃え切って、後には少し空気が綺麗になった書庫のみが残った。

 

「驚いた、それは言霊だね。文献で見た事があるけれど、生で見るのは初めてだよ」

「そんな高等な魔法ではないがね。精々が使い勝手の良い道具だ」

 

なんて事はないと頭を振る彼を見て、僕は内心舌を巻いていた。

 

言霊–––––それは確かに効果こそ高い魔法ではない。しかし、その本質は声だけで大気に溶けている精霊を従わせる事にある。

 

精霊、しかも知覚できないほど極小の彼等に干渉して望む現象を起こさせる。それがどれだけ高等な技術であるかは、学問に精通していなくとも理解が及ぶだろう。

 

ましてや、言霊なんて魔法はよっぽど魔法学に精通していなければ知る事すら出来ない魔法だ。それを完璧に使い熟すなんて、やはり彼は特別だ。

 

「ヒルダ女史から名のある男性講師を紹介して欲しいと頼まれた時、君の名前を挙げて正解だったよ」

「やはりお前が指名したのか…。まぁ、なんとなく予想は付いていたがな」

 

簡素な椅子に腰掛けて嘆息する彼に、僕は「ふふん」と上機嫌に鼻を鳴らす。

 

「やはり僕たち程の天才となれば、言葉など交わさずとも意思疎通が出来ると言うものだね」

「俺は天才ではなく魔法使いなんだがなぁ…」

『ふん。君みたいな引きこもりとご主人を一緒にしないで欲しいものだね』

「君こそ、彼の与えられた魔道具がなければ人の言葉を喋れない獣の癖に彼を語るべきではないと思うがね」

『…ほう?たかが18程度の幼人が語るじゃないか。君が僕とご主人の何を知っているのか、是非ご教授願いたいものだね』

 

二本の尻尾と毛を静かに逆立て、金色の瞳が怪しく光る。不味い、煽りすぎた。

 

助けを求める様に魔法使いに視線を送ると、彼はがっくりと肩を落とした後に「そこまでにしておけ、黒猫」と頭部に優しく手を置く。

 

『けどご主人。いい加減このエセ幼女にはキツいお灸を据えるべきだと思うよ。この前だって、ご主人が主催した子供会の中に混じってお菓子を強奪して行ったじゃないか』

「そうだな。なんなら一番お菓子を食べていたし、しかも、そのあとキョウカ達と一緒におままごとをして、自ら率先して赤ん坊役を引き受けていたな」

「待ち給え。その言い方には著しい語弊がある」

 

なんだか雲行きが怪しくなってきた。

 

『控えめに言っても王宮騎士団案件じゃないか。どうして彼女は捕まらないんだ』

「そこはユニだから、の一言で済ますしかない。あれだ、彼女は彼女で寂しいのだよ。普段はこんな埃の被った書庫で独りぼっち、本が友達と言わんばかりの生活を送っているんだ。俺だって、そんな状況に置かれたら奇行の一つも取りたくなるさ」

「おい、僕にそんな慈愛に満ちた視線を送るんじゃあないよ」

 

そんな笑顔、子供達にも向けてなかったじゃないか。

 

「そう思えばこそ、彼女の癖のある言動も可愛げのあるものと思わないか?黒猫よ」

『…確かに、それもそうだね。ごめんご主人、僕が間違っていたよ』

「謝るのは俺にではなく、そこにいる少女にだろう?」

『そうだね–––––––ごめんね、ユニ。僕が軽率だったよ。その、上手く言語化できないけれど、良かったらこれからも仲良くしてくれると嬉しいな』

「よしいい度胸だ。二人とも表に出ろ、僕の溢れんばかりの青春のリビドーを叩きつけてやる」

 

どうやら普段は飾りと思っていた戦斧が役に立つ時が来たようだ。精々華々しい初陣を飾ってあげる事にしよう。

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

「––––で、俺を特別講師に呼んだと言う事は、お前の研究が行き詰まったと考えて良いのかな?」

 

冗談抜きで、危うく幼女の戦斧の錆になる所だった。室内でしかも書庫と言うこともあって炎魔法は勿論、捕縛魔法すら使えないのは余りにキツすぎた。黒猫も流石に疲れたのか、草臥れた様子でソファにもたれかかっている。 

 

「––––うぅむ。君相手には隠し事は出来ないな」

『ご主人は特別講師として聖テレサからお給金が貰える。ユニはご主人の知識を存分に借りられる。どちらもWin-Winの関係になるからね』

「そう言う事だ。まぁ、いつかはこうなると思っていたがね。何せ研究対象が研究対象だ」

 

ユニが現在行なっている研究–––––––それを一言で表すのであれば「世界を取り巻く虚構を証明する」事だ。

 

あまりにスケールの大きい研究対象。ゲームの登場人物が、同じ世界の住人に向けて「これはゲームである」と証明する様なもので、はっきり言って無謀だ。

 

––––––しかし、それは事実なんだ。この世界は虚構に満ちていて、何一つとて本物は存在していない。

 

「資料ならいくらでも貸してやるが、俺から意見を言う事はないぞ」

「それで全然構わないとも。むしろ僕からお願いしたいね。僕は自分の力でこの研究を成し遂げる、君の力を借りて、ズルをしてまで正解を求めようとは思えない」

「…お前は生粋の研究者だよ。それは保障する」

 

はっきり言って、このユニという少女は鬼才だ。天才という陳腐な言葉では推し量れないからこそ、鬼才なのだ。

 

ゲームに囚われた存在でありながら、この世界が虚構に満ちていると察しそれを証明する。はっきり言って異常だ、並の頭脳ではない。

 

「しかし、だ。俺が此処の特別講師になった以上、お前には色々とやって貰う事がある」

「やって貰うこと…?さては君、僕の魅力あふれる肢体に欲情したのかい?正直そう言う行為に知的好奇心はそそられるけれど、そう言うのはもう少し段階を踏んでから…」

「えぇい、そんな訳ないだろう!そうではなく、お前の生活環境を整えるというのだ‼︎」

「僕の生活環境になんら不備があるとは思えないけど…」

『そこらにサプリメントの空袋を転がしておきながらよく言うよ…』

 

黒猫が肩を落としてそう言う様に、書庫中にはサプリメントと思しき空袋が散乱している。おおよそミツキが作った物だろうから副作用は心配していないが、そもそもサプリメントに頼った食生活は健全とは言い難い。

 

「と言う訳だ、これからお前には健全な食生活を送って貰う。朝昼晩きっちりかっちりと食べて貰うからな。精々、俺を此処に招いた事を後悔しろ…‼︎」

「えぇ……食事という行為になんら合理性は見出せないんだけど…」

「反論は受け付けん‼︎食事とは合理性を求める物ではないのだ!ということで、まずは昼食からだ!お前も手伝え‼︎」

 

ソファに倒れている彼女を肩に担ぎ上げ、そのまま象牙の塔の扉へと向かう。丁度調理室があった筈だ、そこで簡単なものを作ってこいつの口の中に突っ込まなければ。

 

「ちょ、黒猫君!僕を助けたまえ!」

『残念だけど、僕はご主人の味方だよ。諦めてご飯を食べるんだね、大丈夫、味は保障するよ』

「そうではなく、僕は普段サプリメントばかりで胃が小さいから…!」

「案ずるな、最初はサンドイッチ等の軽食から慣らしていく。いつかは巨大ステーキもぺろりと平らげる様な体にしてやるからな…」

「あぁ––––」

 

「くくく…」と底意地の悪い笑みを浮かべ、抵抗を続けるユニを抑え込む。さぁ、楽しい昼食の始まりだ…!

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

「–––––こっ酷く怒られたな、黒猫よ」

『–––––そうだね、ご主人』

 

大きく輝く月を背に、1匹と一人が肩を竦めて寂れた街道を歩く。

 

「烈火の如くだったな、ヒルダ女史。あれは恐ろしい」

『長年教師をやってるだけあって、凄い迫力だったね…。ユニちゃんが庇ってくれて助かったよ』

「あぁ、あいつに貸し一つだな」

 

既に当たりは夜の帷が落ち切っていて、家の灯りがぽつぽつと光って人の気配は感じるが街を歩くものは二人を除いて他にない。

 

『そうだね…。さ、早く帰ってのんびりしよう。今日は夜の散策も無しにしてさ』

「そうするか……」

『そうそう。今日くらい……?』

 

ふと足を止めた黒猫の耳が微かな音を拾う。人間では決して聞き取れない微弱なそれだが、黒猫はそれが何かが砕けたような音と感じ、『ご主人』と声を挙げる。

 

「どうした?」

『何か異音が聞こえたんだ。そんなに近くからじゃないんだけど…』

「異音だと?具体的にどんな音かわかるか?」

『うん。何かが砕ける音––––例えるならそう、壁や重いものが砕けた音だと思う』

「––––物騒だな。音の鳴った方向は?」

『あっち側だよ、あっち』

 

黒猫が尻尾で方向指し示すと、魔法使いは訝しげな顔を益々深める。

 

「獣人達の区画だな。荒くれ者が暴れでもしたのか?」

『さぁ?詳しいことはわかんないけど、普通の音じゃないのは確かだね』

 

そういう黒猫に「うぅむ…」と首を跨げると、苦々しげにつぶやく。

 

「怪我人が居たら放置するのは気が引けるしなぁ…」

『気が引けるんだ…』

「それはそうだろう。大人はともかく、子供が巻き込まれていたのでは余りに酷だ」

『僕はご主人が本当に悪い魔法使いを目指しているのか時々不安になるよ……それで、どうするの?聞かなかった事にして帰る?』

 

黒猫は敢えて試すような口振りでそう宣うが、しかし、魔法使いがなんと答えるかなんて容易に想像が付いていた。

 

「……知ってしまった以上やむを得ん。様子くらい見てやるとするか」

『そう言うと思っていたよ。流石ご主人』

「言っておくが、お前の好奇心に付き合う訳ではないからな。そこは重々承知しておけよ」

『わかってるよ。さ、早く行こう』

 

呆れ顔の魔法使いの持っていた杖が消え、代わりに魔法の箒が瞬時に現れる。周りは未だ静かな雰囲気を保っているが、その最中一人と1匹は魔法の箒に跨り颯爽と空へと躍り出る。

 

しかし、黒猫は知るはずがなかった。この時疼いた好奇心は一日二日では終わらない厄介事を引き連れてしまう事を–––––––。

 

 

 

 

 

 

 






魔法使い
現職の聖テレサ女学院魔法学の非常勤講師。黒目黒髪と非常に珍しい外見で、喋る黒猫を引き連れている事から生徒からの覚えは良い。教本を元に実際に魔法を披露する講義形式を取っており、幅広い魔法への教養が伺える。独特の口調や常にお菓子を持ち歩いている事から、生徒達からは妖精と呼ばれている。

黒のローブ
魔法使いのトレードマークの一つ。一見すると只のローブだが、その実魔力の籠った糸によって編み込まれた一級品。袖を通した人間の魔力伝達を補助する役割をも担っており、魔法使いたらしめる要因の一つとも言える。

黒猫
二本の尻尾を持つ知性溢れる猫–––––––––の筈である。



魔法使いへの反応

ユニ
「彼を端的に語るのは不可能と言って良いだろう。膨大な魔法学への知識とそれを実演できる能力、はっきり言って化け物だ。それこそ魔法だけで一財産築けるものだが…何故か彼はそれをしようとしない。魔法を便利な道具としてしか扱っていないんだ。それが僕は不思議でならない。しかし、悪戯に能力を奮わない所が彼の良いところでもある。自らの力の幅を自覚しているのは賢者の証拠だ。たしかに彼は昼過ぎの中紅茶を啜っているのが性に合っているというか、子供達と戯れているのが似合っているというか–––えっ?喋り過ぎ?いやいや、ちょっと待ってくれ給え、僕はまだ……」


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