二人の生徒会長 氷霧の姫たちは叢雲と共に (竜羽)
しおりを挟む

一章 二人の生徒会長
双子生徒会長 二人の男子


「二人の生徒会長」に投稿していたやつとは少し変わっています。違いを探すのも面白いかも


インフィニット・ストラトス。通称IS。

日本のとある天才科学者、篠ノ之束の手によって開発された女性しか乗れないという欠陥を抱えながらも、従来の兵器を超越する圧倒的な性能を持つこのマルチフォーム・パワードスーツは宇宙開発という本来の目的を外れながらも世界に広まり、今やISに乗ることのできる女性を優遇する女尊男卑の風潮が広がっていた。

そんな中、IS操縦者を育成する世界唯一の教育機関IS学園にて、物語は始まる。

 

 

 

 

 

IS学園の中に存在する第三アリーナには全校生徒が集まり、そこで行われているIS試合に釘付けになっていた。

 

閃光が走りアリーナの中が爆炎に包まれる。

ナノマシンにより一気に過熱化された水が起こす気化爆発が空気を震わせるなか、爆炎から二人の水色のISを纏った少女が飛び出す。

二人は爆炎から飛び出て相手を視界に納めるとそれぞれその手に持ったブレードとランスを構えてぶつかり合う。

激しく火花を散らしながら鍔迫り合いを行う二人の少女。彼女たちは互いにとてもよく似ていた。

外側にはねたくせのある水色の髪。真紅に染まった瞳。整った顔立ちに、抜群のプロポーション。身に纏うミステリアスな雰囲気。精々見分けるための違いと言えば髪の長さぐらいだ。一人は肩のあたりまでのショートカット。もう一人は腰までありそうなロングの髪の先端をリボンで結われている。

そして、二人の駆るISもまた非常に似ていた。

通常、シールドエネルギーで形成される防御フィールドや、操縦者の命を守るために存在する絶対防御という二段構えの防御機構を持つISは装甲が少ない。だが、二人の水色のISは世界に発表されているどのISよりも装甲が少なく華奢な印象を与える。

だが、そんな華奢なISの周りをまるでドレスやマントのように覆うフィールドが存在する。

水だ。

それぞれのISに装備された『アクア・クリスタル』と呼ばれるパーツから展開される、ISからのエネルギー伝達で制御されたナノマシンによって構成される水のフィールドが装甲の代わりになっているのだ。

互いに似たISなのだが、流石に全て同じではない。

ショートカットの少女のISは左右と後ろにひし形のアクア・クリスタルを浮かせ、自分の周りに水のフィールドを展開し、身を護るドレスのようにしているのに対し、ロングヘアーの少女のアクア・クリスタルは背中に二基存在するスラスターに組み込まれており、水のフィールドもスラスターからまるで翼のように展開されている。

 

前者は防御的で、後者は攻撃的な印象を与えている。

 

ガキンッ!と甲高い金属音を響かせ、互いの得物をはじき二人は距離を取る。

二人のランスには四門ガトリングガンも装備されているのだが、二人とも今までの試合で全弾撃ち尽くしている。故に二人とも新しい武器を展開(オープン)する。

ショートカットの少女は水を纏った蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を展開するとそのままふるう。

通常の武器ではありえないが、ISというオーバーテクノロジーによって武器として使えるようになった蛇腹剣はその名の通り、剣を鞭のように伸ばし、蛇のような動きで相手に襲い掛かる。しかも、水を纏ったおまけつきの攻撃だ。

それに対し、ロングヘアーの少女は大鎌『マーメイル・サイス』を振るい絡め取る。

それは承知の上だったのかショートカットの少女はすぐにラスティー・ネイルを振るう。横に振るわれたラスティー・ネイルにつられて、マーメイル・サイスとともにロングヘアーの少女も引っ張られる。体勢が崩れたと思った瞬間、瞬間加速(イグニッション・ブースト)で加速。再び展開(オープン)したランス『蒼流旋』を、ラスティー・ネイルを持ってないほうの手に持って突撃する。

それに対し、ロングヘアーの少女も瞬間加速(イグニッション・ブースト)を発動。マーメイル・サイスを手放し、その場を離脱する。

体勢が崩れた状態で瞬間加速(イグニッション・ブースト)を発動させるという、一歩間違えば危険な離れ業をやってのけたことに観客が沸き立つ。もっともそれはショートカットの少女も予想していたのかラスティー・ネイルを収納(クローズ)すると一瞬で展開(オープン)する。これによってマーメイル・サイスに絡まっていた状態から、もとの剣の状態で現れるのだ。

そのまま今度は上から下にたたきつけるようにラスティー・ネイルを振るう。

 

「はっ!」

 

だが、振り下ろされたラスティー・ネイルはロングヘアーの少女がその手に展開(オープン)した二振りの水色の刀身をした刀『羽々斬(ハバキリ)』に受け止められる。そのまま背中の翼のように展開されていた水が動き、斬り刻む。

ラスティー・ネイルを使い物に成らなくすると、そのまま刀を構えて斬りかかる。

対するショートカットの少女も蒼流旋で受け止める。

 

戦いはまだまだ続く――

 

 

 

 

 

「試合時間一時間二十四分。結果は引き分け。最後の更識姉の『ミストルティンの槍』に対し、更識妹が懐に飛び込んできて暴発。その余波で『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)と『霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)』はダメージレベルCの半壊状態」

 

学園長室。そこではこのIS学園の教師の一人である織斑千冬が、先ほど試合をしていた二人の少女を正座させて淡々と手元の資料を読んでいた。内容は昨日行われた試合の結果とそれによる――被害状況だ。

 

「貴様らは馬鹿か?更識姉妹」

 

「「うっ」」

 

心底呆れたとでもいう言葉に二人はそろってばつの悪そうな顔をする。

 

「なんだあれは?モンドグロッソの本戦か?生徒たちの自信をまとめてへし折りおって。三年生など卒業前なのに何とも言えない顔をしていたぞ。つくづく規格外な姉妹だな」

 

「……織斑先生に言われたくありません」

 

スパァンッ

 

「何か言ったか?更識姉」

 

「ッッッ!!?」

 

余りの痛さに床にうずくまりもだえるショートカットの少女――更識刀奈。

彼女の双子の妹である更識流無はその様子に背筋を凍らせながら千冬のほうを見てみると、彼女の手には先ほど読んでいた資料ではなく出席簿が少し煙を上げながら握られていた。

いつの間に取り出したのだろうか?

モンドグロッソ初代優勝者世界最強(ブリュンヒルデ)は化け物なのか?

 

「なんだ?更識妹も何か言いたそうだな?」

 

「いえ、まったくそんなことはありません!」

 

「ちっ、そうか」

 

まさかの舌打ちに一言突っ込みたかったが薮をつついて鬼を出すなどという愚行を侵すつもりはない。

 

スパァンッ

 

「ッッッ!!?」

 

「今何か失礼なことを考えただろ」

 

「り、理不尽!!」

 

「ほう?もう一発くれてやろう」

 

スパァンッ

 

「ッッッ!!」

 

ゴロゴロ転がり痛みにもだえる流無。そして痛みから回復した刀奈はそんな流無を見て笑う。

 

「あははっ!馬鹿丸出し!」

 

「っくぅ、このば刀奈…」

 

流無も刀奈をにらむ。二人の間に剣呑な空気が漂うが、

 

「やめろ馬鹿どもが」

 

スパパァンッ

 

「「ッッッ!!!!??」」

 

ゴロゴロゴロゴロ。

 

しばらく、二人は今日一番の痛みに仲良く悶えたのだった。

 

 

 

 

 

「もうよろしいですか?」

 

千冬による二人の説教?が終わったのを見越して今まで三人のやり取りをほほえましく見ていた初老の女性、学園長が話しかける。

話しかけられた三人は姿勢を正し、学園長に向き合う。

 

「先の生徒会長を決める勝負。引き分けというIS学園設立以来初めての事態となりました」

 

そう、二人の試合は、このIS学園の生徒の中で最強の実力をもつ者にのみなることを許された生徒会長を決めるものであった。

 

「先代の会長へ勝負を挑み勝利を収めた更識刀奈さんと更識流無さんのうち、勝ったほうが生徒会長になるはずでしたが、お二人が引き分けたことで我々も対応を決めかねています」

 

「うちの生徒が申し訳ありません」

 

千冬が頭を下げると学園長は微笑む。

 

「いえいえ。なかなか面白いお二人ではないですか。双子の姉妹揃って自由国籍権を持ち、ロシアの最優秀国家代表候補生であり、同型の第三世代ISを学生チームで作製、完成させる。これ以上ない優等生です」

 

「それ以上に問題を起こしますがね」

 

千冬の言うとおり、刀奈と流無の二人は優秀なのだが、それ以上によく問題を起こしていた。

二人とも双子だからなのか性格がよく似ており、人をからかったり、場を引っ掻き回し騒動を大きくして楽しんだりする。二人の所属するクラス、一年一組の担任である千冬からしたら頭が痛いものなのだが、なぜか生徒たちからの支持が厚く、今回の生徒会長を決める戦いにしても、生徒会長権限を使って好き勝手やって横暴なふるまいをしていた三年生の先輩を流無と刀奈の二人が叩きのめしたことが発端だったりする。

 

「ふふふ。若い人の特権ですよ。それで生徒会長の話ですが」

 

学園長の言葉に流無と刀奈の二人は背筋を伸ばす。

 

「お二人は成績も一年生トップですし、ISの操縦も先ほどの試合から同等の実力を持っています。故にどちらが生徒会長になってもいいのですが、それだと後々禍根を残すことになります」

 

それは何も二人に限った話ではなく、二人のカリスマ性から人気を二分している二人を慕う生徒たちのこともある。

 

「ですので、お二人にはこのまま生徒会長になってもらいましょう」

 

「「……は?」」

 

学園長の言葉に、更識姉妹はそろって呆然とするのだった。

 

 

 

 

 

正史なら一人だった対暗部用暗部の家系『更識家』の長女。

しかし、この世界では双子として生まれた。

姉である更識刀奈とその妹、更識流無。

二人はよく似ていた。

だが、そのせいなのか、やることなすことがどうしてもほとんど同じになり、いつしかどちらが上か競うようになった。

それから常に互いを意識し、あらゆる物事で競い合う姉妹関係が出来上がった。

そして、その結果、二人がIS学園史上初の二人の生徒会長として名前を残してから数か月後。

世界で初めてのISを動かすことのできる男が見つかった。

 

一人は織斑千冬の弟、織斑一夏。

 

そして、もう一人……。

 

 

 

 

 

「くあぁぁー。……眠い」

 

「やはり速めに寝るべきだったのではないですか?私は何度も進言しました」

 

「あーだから悪かったって。起こす時手間かけたのは何度も謝ってるだろ」

 

IS学園一年一組の教室。そこでは異様な空気に包まれていた。

 

本来女性しか動かすことのできないIS。故にその操縦技術を学ぶIS学園も女子しか入ることはできないのだが、今年ばかりは例外だった。

 

なにせ、ISを動かすことのできる男子が二人も入学したのだから。

 

一人は織斑一夏。

最前列の真ん中という目立つ位置に座り、緊張でガチガチになっている。

 

そして、もう一人。

最後尾の廊下側に座る少年。

黒髪黒目の一夏と違い、若干茶色い髪に赤い瞳。顔はイケメンと言えるが、それはどこか悪人に近い感じで笑う顔は何やらあくどい雰囲気を持っている。

その少年は自分の後ろに座っている少女と話をしていた。

この少女も、美少女揃いのIS学園においては別格の美しさを持っており、蒼穹のごとく澄み渡った蒼い髪と瞳。そして、小柄だがまるで人形のような人離れした美しい見た目をしている。

 

そんな二人はとても仲が良さ実に言葉を交わしている。しかも、会話の内容から一緒に生活しているようだ。

 

周りの生徒は彼らの事が気になって仕方がなく、その結果、教室中が異様な空気に包まれているのだ。

そんな空気の中、教室の自動ドアが開き一人の人物が入ってきた。

緑色の髪に、メガネをかけた童顔の女性だった。背もあまり高くないので生徒と思ってしまうが服が制服で無いところから彼女が生徒ではなく、教師であることがわかる。

 

「みなさん、ようこそIS学園へ。私の名前は副担任の山田真耶です。みなさん、これから三年間IS学園で過ごすわけですが、有意義な三年間にしましょう」

 

シーン――

 

「え、ええと、それでは自己紹介を」

 

本来なら何かしらの反応があるはずなのだが、全員二人の男子に集中しているため、何の反応も返さない。

そのことに涙目になりながらも予定通りHRを進める。

そして、ついに一人目の男性操縦者、織斑一夏の番になった。

緊張のあまり自分の番だと気が付かず、真耶に注意(涙目で、なぜか謝られて)された一夏が立ち上がって挨拶をする。

 

「えっと、織斑一夏です。よろしく……」

 

「……」

 

名前だけ言った一夏に襲い掛かる無言の重圧。そして、彼は暗いやつというレッテルを回避するために、その口を開く!

 

「以上です!」

 

ガタンッ!

まさかの言葉に生徒がずっこける。

 

「はははぁつ!あっははははっ!!!くくく……」

 

いや、そうじゃない生徒もいた。

二人目の男性操縦者の少年は腹を抱えて爆笑していた。ツボにはまったらしい。そんな少年を、後ろの少女がジト目で見る。

 

そこでようやく自分以外の男子の存在を確認した一夏だが、彼の頭に強烈な一撃が加えられる。

 

「痛っ!?げ!関羽」

 

バシンッと再び頭に激痛。

 

「誰が三国志の英雄だ。馬鹿者」

 

織斑千冬。一夏の姉にして、この一組の担任。そして、IS操縦者の頂点だった。

その登場に生徒たちは歓声を上げる。

 

「騒ぐな!いいか!私はこの一組の担任だ。このクラスを学園長から任された以上、私はお前たちの指導に一切の妥協をしない。弱音を吐くのは良い。だが、途中で投げ出すことだけは許さん。わかったか!」

 

その言葉で騒いでいた生徒たちは沈黙する。

 

「クククッ……」

 

いや、一人だけ未だに腹を抱えて笑っていた。

 

「そこの男子!笑っている暇があるなら自己紹介くらいしろ」

 

千冬の言葉にようやく笑うのをやめた少年は、未だ浮かんでいる笑みを隠さずにその場で立ち上がる。

 

「あー俺の名前は八神和麻だ。歳は17でここにいるやつらより一つ年上だが、まあ、気軽話しかけてくれ」

 

へらへら笑いながらそう言う和麻。

 

「趣味はゲームや読書。実家が剣術道場をやっていたから多少剣道ができるな。座右の銘は『卑怯汚いは敗者の言い訳。勝ったやつの勝ち』だ。あ、最後に」

 

和麻は席を離れると、後ろの席に座っている少女の蒼い髪にポンと手を置く。そして、衝撃の発言をかます。

 

「こいつの名前は八神シャーリーっていうんだが、俺の専用機が人の姿になったやつなんだ。仲良くしてやってくれや」

 

「マスターともどもよろしくお願いします」

 

和麻の口から出た衝撃的な事実と、それを肯定するようにぺこりと頭を下げるシャーリー。今日一番の衝撃が生徒たちの間を駆け巡った。

 

 

 

 

 




違い分かりました?

次話は18時に投稿します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初日の授業 悪だくみ

視線地獄。

それが一限目の授業を過ごした八神和麻の感想だった。

ISなどという、女にしか動かすことのできない兵器を動かしてしまったせいで放り込まれてしまったIS学園。

学園の生徒は自分を含めた二人を覗いて全員女子。教員まで女ばかりで唯一の男が用務員の爺さんとのことだ。

何ともアウェーなところに来たものだ。

 

――人生っていうのは何が起こるのかわからない、予測不能な事象っていうのがある。

 

並行世界のもう一人の自分がそう言うのも納得だ。

 

「って並行世界のもう一人の自分ってなんだ?」

 

「マスターは何を言っているのですか?」

 

思わずつぶやいてしまった言葉に、シャーリーが無表情に、抑揚のない声で応える。

その声は和麻の真下から聞こえた。

なぜなら、和麻が彼女を抱きかかえているからだ。

小柄な彼女が椅子に座る和麻の足の間に座って、和麻が後ろから抱きかかえている。まるで年下の妹をあやす兄のようだ。

 

「なあ、ちょっといいか?」

 

そんな二人に声をかける人物。和麻と同じ男性IS操縦者の織斑一夏だ。

 

「ん?なんだ織斑?」

 

「いや、同じ男子だし仲良くしようと思ってさ」

 

「ふ~ん、仲良くね~」

 

にこやかに右手を差し出す一夏に、和麻は後ろの方に目を向ける。そこにはポニーテールの女生徒が一夏を睨みつけるように見ていた。その顔は不機嫌そうにへの字に口を結んでいる。

 

「俺よりもあっちの子と仲良くした方がいいんじゃないか?お前のことをものすごく睨みつけているぜ」

 

「ん?げっ!?箒……」

 

「知り合いだろ?」

 

「幼馴染なんだけど。あいつのこと昔から苦手で……」

 

そう言いながらも律儀なのか一夏は少女――篠ノ之箒のもとに歩いて行った。

そして、なぜか怒鳴られて教室の外に引っ張られていってしまった。

 

「マスター。あれが痴話喧嘩ですか?」

 

先ほどと全く変わらない抑揚のない声でシャーリーが和麻に質問する。

 

「いや、どちらかというと情けない男が気の強い女に一方的に怒られている感じだな」

 

「……よくわかりません」

 

「分からなくていい。これから学んでいけ」

 

「はい。マスター」

 

シャーリーが頷き、その頭を和麻は撫でる。

和麻は、目を細めながら気持ちよさそうに撫でられるシャーリーを優しげに眺めながら、周囲から注がれる視線をどうにかするために行動を起こす。

 

「はいちゅーもーく!」

 

いきなり大声を上げた和麻に教室にいた全員だけでなく、教室の外に集まっていたほかのクラスの生徒たちの視線が集中する。

 

「何か俺、もしくは俺たちについて何か質問ある人いるかー?今なら気軽に応えるかもしれないぜ。好きな食べ物から好きな映画……あとは好きなタイプとか」

 

和麻の言葉に生徒たちがざわめき始める。

ざわめきを収めるように和麻はパンパンと手を鳴らす。

 

「休み時間もあと5分。何もないなら次の休み時間は質問受け付けないぜ」

 

その言葉に生徒たちが和麻の席に群がった。

 

「はいはい!八神君ってどんな子がタイプなの!?」

 

「あ、ちょっとズルい!八神君って恋人いるの!?」

 

「シャーリーちゃんって本当にISなの!?」

 

押し寄せる生徒たちを和麻は手慣れたように一人ひとり相手していった。

 

 

 

 

 

休み時間の終わりを知らせるチャイムが鳴り、質問攻めにする生徒たちに戻るよう促した和麻は、シャーリーを膝から下ろし、授業の準備をする。

ほどなくして、授業を担当する真耶が入室してきて授業が始まった。

内容としてはISの基礎と言えるような内容で、事前に渡された参考書に目を通していた和麻は問題なくついて行けた。

ただ、一夏が参考書を紛失したせいで全くついて行けていないという事態が発生。

しかも、その紛失した理由というのが、

 

「古い電話帳と間違えて捨ててしまいましイダッ!?」

 

あまりにあほらしい理由に、和麻は笑う気も起きず、千冬の出席簿で沈められた一夏を馬鹿を見るような目で眺めた。

 

そんな授業が終わり、再びの休み時間。

 

「はいはーい!八神君今度は――」

 

「ちょっと!?あなたまた――」

 

「ねえねえ!シャーリーちゃんってどんなISなの!?」

 

和麻の席の周りには大勢の生徒たちが押し寄せていた。しかもさっきの時間よりも人数が多い。

さっきの休み時間は幼馴染の篠ノ之箒と屋上に行っていた一夏は何事かと唖然としていた。

そんな一夏に一人の女子が忍び寄るのを横目に見つつ、和麻は目の前の女子生徒の質問に答える。

 

「はいはい。次はえ~と……」

 

「布仏本音だよ~かずやん」

 

「お、あだ名つけてくれるのか?だったら俺もつけてやろうか?」

 

「ホント!わ~い!」

 

和麻の言葉に、布仏本音という少女はうれしそうにまのびした声で応える。

ダボダボの長袖を着たのんびりした雰囲気の少女だ。見ているだけでも心が和んでしまう。まるで動物園のナマケモノを見ているような気分にさせられる少女だ。

よし、と和麻は彼女に付けるあだ名を決めた。

 

「のほほんとかどうだ?苗字と名前の前二文字を繋げてみたらお前にぴったりになった」

 

「お~いいねえかずや~ん」

 

「気に入ってくれてよかったぜ。あ、シャーリーはどうする?」

 

「う~ん……しゃりりんとかどう?」

 

「どうだ?シャーリー」

 

和麻は前の休み時間同様膝の上に座るシャーリーに問いかける。

その顔には相変わらず表情の浮かんでいないが、少し考えるように首をかしげる。

 

「……どう、と言われても。私の名前はシャーリーです。マスター」

 

「あだ名だ。ニックネーム。親しい間柄のやつにしか許さない愛称のことだ。のほほんにおまえをしゃりりんと呼ばせてもいいか?」

 

しばらく和麻の言葉を吟味するシャーリーだったが、しばらくしてこくりと頷く。

 

「いいってさ。よかったな、のほほん」

 

「うわ~い!ありがとう、しゃりりん!!」

 

本音はうれしそうに袖に完全に隠れた両手でシャーリーの手を握ってぶんぶんと振り回す。

本音のいきなりの行動に、シャーリーは目を白黒させながら和麻に助け舟を出すが、和麻は意地悪そうに笑うだけだった。

そうして、また休み時間が終わった。

 

 

 

 

 

一日の授業が終わって、和麻はシャーリーの頭を撫でながら机の上で考えに耽っていた。

今彼はシャーリーを撫でながら、頭の中で今後の予定を立てていた。

目下の最大の問題。それは一週間後の模擬戦だった。

 

本音とあだ名をつけあった休み時間の次の授業。

それは千冬が教壇に立つ授業であり、生徒だけでなく副担任の真耶までノートを広げて聞く準備を整えていた。当然和麻もしかるべき準備(・・・・・・・)を用意して臨んでいたのだが、その出鼻は挫かれた。

 

 

 

 

 

クラス代表。

簡単に言えば学級委員長のような役職で、いきなりそれを決めると千冬が言い出したのだ。

クラスのまとめ役といえば聞こえはいいが、実際は生徒会の主催する会議にでたり、クラスの雑用を引き受ける存在。

しかも、このクラス代表に選ばれた者は、近くに迫っているクラス対抗戦でクラスの代表として出席しなければいけない。

ようは、クラスの顔だ。

そんなクラス代表なら話題性がある方がいいと、クラスの女子たちはこぞって一夏と和麻、二人の男性IS操縦者を推薦し始めたのだ。

 

その時点で和麻は頭の中でどうやってこのクラス代表を一夏に押し付けるか、頭の中で算段を立てていた。

何を隠そう、和麻はこう言う仕事が大嫌いなのだ。

クラスをまとめるなんて面白みの全くない立場だ。どちらかと言えば、クラスの騒動を眺め、時には悪化させて面白おかしくする方が和麻の好みなのだ。

推薦の辞退は担任である千冬が却下していたため無理。

なら一夏に押し付けるしかないなと方法を考えていたら、一人の女子生徒が机をたたきながら立ち上がった。

 

その様子を、和麻はにやりと音が付きそうな顔で笑いながら眺めていた。

 

女子生徒の名前はセシリア・オルコット。

イギリスの代表候補生で主席入学の優等生。しかも、専用機持ちのエリートのようだ。

彼女はISが現れてから広まった女尊男卑思想に染まった典型的な少女で、推薦された和麻たちを散々こき下ろした。それに対し一夏もいい返し、後は買い言葉に売り言葉。二人のIS を使った決闘が決まり、勝った方がクラス代表になることになった。

ちなみに、千冬の提案、というか命令でこの決闘とやらには一夏と同じく推薦されていた和麻も参加することになった。

それを聞いた和麻はフムと頷き、

 

「試合形式はどうするんですか?」

 

と千冬に質問した。

それに対し千冬は総当たり戦と答えたが、

 

「それじゃあ、俺達が不利すぎませんか?」

 

そもそもISでの強さとは、ISを動かした時間に比例するのが通説だ。

代表候補生として300時間は乗りこなしているセシリアに対し、和麻は一時間、一夏に至っては10分くらいしか動かしていない。

どちらが勝つのか分かりきっている。

 

「ならばどうしろというのだ?八神」

 

「三人全員によるバトルロイヤルを提案します」

 

面白そうに提案した和麻の言葉に、千冬はしばらく考え込み「いいだろう」と答えた。

 

こうして、一組のクラス代表を決めるバトルロイヤルの開催が決定した。

 

 

 

 

 

「さて、そろそろかな」

 

「何がそろそろなんだよ?」

 

右手に持った機械を(いじ)りながら呟いた和麻の言葉に、いつの間にか目の前に来ていた一夏が反応する。

 

「別に何でもない」

 

「そうか。それより和麻、なんでお前セシリアの時言い返さなかったんだよ?」

 

「ん?何が?」

 

「何がって、あれだけ馬鹿にされたんだぞ!?」

 

何でもないように言う和麻に、一夏は声を荒げる。

 

「別にどうでもいいだろ。それに俺って愛国心あるわけじゃないし……それに」

 

イギリスは結構好きだしな――という言葉は小さすぎて一夏には聞こえず、首をかしげる。

 

「それより、お前は勝算あるのか?」

 

「勝算?」

 

「決闘のだ。正直、俺達にとってはかなり厳しいぞ」

 

「大丈夫だって!俺と和麻が協力すれば勝てるさ!」

 

笑顔で言う一夏に和麻は内心ため息をつく。こいつ何もわかっていない。

協力すれば、というが一夏はわかっているのだろうか?

和麻が提案したのは一夏&和麻VSセシリアという二対一の戦いじゃない。

一夏VS和麻VSセシリアというバトルロイヤル――つまり全員が敵だということだ。

和麻がわざわざそう提案したことに気が付いていない。

何という楽天的な思考回路なのだろうか。

和麻は右手に持っている機械を再び弄びながら、一夏という少年の純粋さというか天然な頭にため息を吐いた。

 

「なあ、さっきから何を持っているんだ?」

 

「ん?これか?」

 

一夏の質問に和麻はその手に持っていた機械を見せる。

大体片手で握れるくらいの大きさの細長い機械で、ボタンがいくつか付いていて、スピーカーのような部分がある。

 

ボイスレコーダー(・・・・・・・・)だ。授業内容を録音して後で復習するときにもう一回聞くためのな」

 

「へーやっぱそう言うのって要るのかな?」

 

「まあ、必需品じゃないが有って損はしないぞ。いろいろ面白いことにも使えるしな」

 

にやりと和麻はあくどい笑みを浮かべて、そのボイスレコーダーを再生させる。そして、繋がれたイヤホンを耳に当てる。

そこから聞こえてきたのは、セシリアの声――

 

『大体、男がクラス代表など恥さらしですわ!このセシリア・オルコットにそのような屈辱に一年間耐えろとおっしゃるんですの!?』

 

『物珍しいからという理由で極東の猿にクラス代表をやらせるなど困りますわ。わたくしはこのような島国までISを学びに来ているのであって、サーカスをしに来たのではありません!』

 

『大体、文化としても後進的で低俗な国に暮らさなくてはいけないこと自体耐えがたい屈辱で――』

 

「ホント、面白いものが録音出来たぜ」

 

「?」

 

 

 

 

 

「あ、いました!織斑君に八神君!」

 

教室に入って和麻たちの名前を呼んだのは真耶だった。

 

「どうしたんですか、山田先生?」

 

一夏はなぜ彼女がここに来たのかわからないようだったが、和麻はようやくかと呟き席を立つ。

 

「寮のお部屋が決まりましたので、ルームキーを渡しに来ました」

 

「寮?確かしばらくは自宅通学と聞いていたのですが」

 

「やはり危険だということで、保護することになったんです。そこのところ、政府から聞いていませんか?」

 

「あーそういえば……」

 

「ありがとうございまーす、山田先生」

 

一夏がおぼろげな記憶を呼び起こしている間に和麻は真耶からルームキーを受け取る。

 

「じゃ、お先にな。行くぞ、シャーリー」

 

「はい、マスター」

 

シャーリーを伴って教室を後にする和麻。

放課後も相変わらず集まっていた生徒たちの中を物おじせず歩いていく。

その後ろをぞろぞろと女子たちが様子を窺うように着いて行った。

 

 

 

 

 

大名行列のようについてきた生徒たちも寮に入るとそれぞれの部屋に戻っていった。

部屋の番号は2001号室。二年生寮にある。

二年生寮に入り、寮長にあずかってもらっていた荷物を受け取った和麻たちは部屋に向かった。

和麻の持つルームキーに書かれた番号は2001号室。

とりあえず鍵がかかっていないことを確認した和麻は、ルームキーでドアを開けて中に入る。

 

中には二つのベッドが並び、壁際には勉強用のデスクと椅子。そしてソファーがある。備え付けられたシャワー室の隣には簡単なキッチンに小型冷蔵庫が置かれていて、自炊もできそうだ。

ベッドの間には小型の組み立て式簡易ベッド――和麻が頼んで届けてもらったもの――が置かれている。

 

荷物を下ろした和麻はシャーリーのための簡易ベッドを組み立てることにする。

工具もネジもいらない仕組みなのですぐに出来上がった。

シャーリーのベッドの上に布団を敷いて一息ついたところで、部屋のドアが開いた。

シャーリーはソファーの上でボーっとしている。ならばドアを開けた人物は第三者だ。

その人物は高確率で――和麻の相部屋相手だ。

 

「あら?もう来ていたの?」

 

よく通るソプラノボイスだった。歌手や声優と言われても納得するような声音だ。その声の主がほどなくして和麻の前に姿を現す。

 

動くたびに揺れる水色という珍しい色の長髪。

女性なら誰もが嫉妬しそうな見事なスタイルに、きめ細やかな肌。

顔に浮かぶ笑みは自信の表れ。

真紅に輝く瞳には何者にも屈しない強い光が宿っている。

 

「お久しぶりね、八神和麻君」

 

「ああ、久しぶりだな。更識流無」

 

更識流無――このIS学園で生徒会長の片翼として名を響かせている少女だった。

そして、和麻がISを初めてシャーリーを動かした現場に立ち会った少女でもあった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初めて出会った日

書き直しをしたらものすごく長くなってしまった。


「久しぶりね。お互いなかなか会えなかったし」

 

「そうだな」

 

和麻の目の前に座った流無はまずそう切り出した。

二人はいまソファーに座って向かい合っている。シャーリーは和麻のそばに佇んで、和麻から預かったボイスレコーダーを聞いていた。

 

「さしあたってはお互いの近況報告から始めようかしら?」

 

「そうだな。あの日以来あまり顔を合わせていなかったからな」

 

和麻はそう口にしながらあの日のことを思い出す。

和麻の人生が大きく変わってしまった、二月半ばのことを――

 

 

 

 

 

 

そして、和麻は夢を見た。初めて、シャーリーを身に纏った時の夢を……。

 

 

和麻が初めてISを動かしたのは、受験生がラストスパートをかけている二月半ばの事だった。

 

「おにーちゃん!勉強を教えてください」

 

「お前に勉強なんていらないだろうが」

 

和麻のそっけない態度にむくれる中学生の妹、八神遥香を横目に見ながら、流れた織斑一夏がISを動かしたというニュースを見る。

別段それを見てもどうでもいいことだと切り捨てた和麻は、また勉強を教えてくれとせがんでくる妹を適当にあしらながら、カフェオレを飲んだ。

 

だが、次の日に学校に行くと男子生徒だけが体育館に集められ、IS適性検査を受けさせられることになった。

急遽全国で行われることになったこの検査。和麻の通う高校は日本のIS研究施設に近いこともあり、翌日から行われることになったのだ。

 

そのあまりにも早すぎる展開に、日本の政治は大丈夫なのかと内心呆れた。こんなことよりも、行き過ぎていると問題になっている女性優遇制度を何とかしろよ。なんで女全員を優遇するんだ。IS操縦者だけでいいだろ。などと考えているうちに和麻の番が回ってきた。

周りにはISに乗って美少女だらけのIS学園に行くという夢が脆くも崩れた男子生徒が死屍累々の有様で転がっている。

あほな同級生や先輩たちを横目に、和麻はめんどくさそうに目の前に用意された日本の第二世代量産型IS『打鉄』に触れた。

 

これが人生の転換期だった。

 

別にIS学園に行きたいやら、ISに乗って空を飛びたいなんて願望はなかった。なのに幸か不幸か、打鉄は反応を示した。

 

「うそ、動いてる!?」

 

「本当にほかにもいたの!?」

 

「八神が動かしたぞ!」

 

「ということは、あいつはこれからIS学園(パラダイス)に行くのか!?」

 

「許さねえぞ、八神和麻ぁっ!」

 

周りが騒いでいる中、和麻は小さく「勘弁してくれ」と呟き、次の瞬間には黒い服を着た政府の人間に周りを囲まれてしまった。

そのまま和麻は強制的に市役所に連れて行かれ、そのまま一泊。

翌日には研究施設へ送られることとなったのだ。

制服のまま連れてこられたのは、なぜか近くにある研究所ではなく、郊外の山奥に建てられたどこからどう見ても胡散臭い建物だった。

 

中に入ってみれば、バリウム液のような真っ白な廊下が続いていた。

迷路のような通路を通り、左右前後を黒服の男たちに囲まれながら歩いていた和麻が、ふと自分の頭にズキリとした痛みを感じて、顔をしかめた。

黒服たちはそんな和麻の様子に気が付かず、痛みもすぐに治まった。

気のせいだと和麻が断じたところで、目の前に扉が現れた。

自動ドアが開き、中に入らされた和麻は多くの研究員にいろいろな計器に繋がれ検査をさせられた。

その結果和麻のIS適正値が判明した。

 

 

 

IS適性――D以下

 

 

 

考えうる限りかなり低い適正値。国家代表どころか、候補生にすらなることは不可能な数値だった。

それを見た研究員たちは口々に議論を交わし始める。

やれ、薬物を投与しろ、電気ショックを流せだの、物騒な言葉が飛び交う。それを見て和麻は理解した。

目の前の研究者や、部屋の中にたたずむ黒服たちが、自分をモルモットのような実験動物としか見ていないことを。

 

本人がいるのにそんな話をしていいのか? 人権侵害だろ?」

 

和麻が確認のために言った一言に応えたのは、研究者の中で一番多くの発言をしていた中年の男だった。

 

「人権侵害? ははは、おかしなことを言うね。君は織斑一夏と違って後ろ盾も無い。本当のところを言うと、彼も色々と実験したかったんだが……ブリュンヒルデに喧嘩を売るほど馬鹿じゃない。だから諦めたが……今こうして実験に使っても問題の無い素体が来た。これはきっと天の思し召しだよ」

 

どんな思し召しだと内心あきれ果てる。

こういう人種は厄介だ。

自分を神かなんかと勘違いしている。

 

「元のIS適正値は薬物で変化するのか? それとも電気ショック等の肉体への刺激で変わるのか? 女性では試せないが、君なら試せる。篠ノ之束や織斑千冬などの後ろ盾のある織斑一夏には手を出すことができないが、一般人の君なら問題はない。ああ、安心したまえ。君の体でISを動かすことの秘密がわかれば、しっかりと男の権利を蘇らせてあげよう。だから、我々に協力しなさい、八神和麻君」

 

まさか、目の前で堂々と言われるとは。和麻はこみあげてきた笑いを隠すことなく、嗤った。

 

それからの行動は早かった。

気が付いた黒服が取り押さえるよりも早く、手近にあった注射器を二本投擲する。

一本は目の前の中年研究者、もう一本はドアのほうに向かい、寸分たがわず中年とドアの前に立っていた黒服の目に突き刺さる。

突然の事態に騒然とする周りを無視して悶える黒服の腕を掴み、合気道の要領で放り投げる。投げられた黒服に巻き込まれて他の黒服も転倒する。

ドアを開け、研究所の中を走る。

 

「追え!逃がすな!」

 

中年とは違う研究者の声をバックに、覚えている限りの来た道を戻るために走る和麻だが、警報が鳴り響く。

 

「ちっ。ま、そううまくいかないよな」

 

出口へ向かう通路に現れた黒服たちを見て、方向転換する和麻。

後ろをちらりと見てみれば、四人の黒服がその手に警棒型のスタンガンを手に追いかけてきている。

どうするか、考えながら和麻は相変わらず真っ白な廊下を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

プロの庭師に整えられた美しい日本庭園。その庭園にふさわしい古式ゆかしい武家屋敷のような家の廊下を二人の着物を着た少女が歩いていた。

二人の顔は切羽詰っており、よほど重要なことを話しているのだろう。

 

「虚ちゃん。その情報は本当なの?」

 

「はい。マークしていた諜報部隊からのものですので。ほぼ間違いないかと」

 

水色のショートヘアに真紅の瞳をした少女の確認の言葉を、後ろを歩いていたポニーテールにメガネをかけ少女が肯定する。

彼女たちの名前は更識刀奈と布仏虚。

日本に古より存在する闇に対抗する闇――対暗部用暗部の仕事を生業とする更識家の次代を担う少女たちである。

刀奈は更識家の次期党首候補で、虚は代々更識家に仕えてきた布仏家の出にして刀奈と彼女の双子の妹、流無の使用人だ。

二人は今、さっきもたらされたある事件の対応に追われていた。

 

「仕方ないわね。ことは一刻を争うわ。今すぐ私がISで向かいます。虚はそのための根回しを」

 

「はっ。流無お嬢様にはどのように?」

 

「……万が一ってことがあるかもしれないから、あの子も呼んで」

 

「わかりました」

 

虚は前を向いたまま小さく、加えて不満げに呟かれた言葉に、素直に従った。

 

 

 

 

 

「報告は本当なんですか?二人目の男性操縦者が拉致されたって?」

 

『報告ではそのようです。どうやら反IS派の国家議員が独断で進めたようです』

 

流無は携帯端末から聞こえる、従者である虚の言葉に耳を傾ける。

まさに青天の霹靂だった。

一昨日に見つかった織斑一夏のIS学園入学の準備に生徒会長として駆り出され、奔走していた時に、本家で姉と共に暗部の仕事戻っていた虚から届いたその知らせ。

何者かが新たに見つかった男性IS操縦者の少年を無断で連れ出し、研究施設に連れて行ったというのだ。

そこは以前より違法研究が疑われていた場所で、ISがなぜ女性にしか動かせないのかを解明するために、人体実験まがいのことをしているらしい。

 

『すでに本家から刀奈お嬢様が出撃なされました。流無お嬢様も至急急行してください』

 

「分かったわ」

 

流無は現在IS学園にいるが、関係者には虚のほうから手を回してもらいISを展開する許可をすぐにもらう。

屋外に出た流無の体をまばゆい光が包み込み、瞬時に水色の装甲が装着されていく。

透き通る水色の面積の小さい軽装。背中にはまるで天使の翼のような巨大なウィングスラスターに、そのスラスターの表面を流れ、翼のように開く水のヴェール。

更識流無の駆る美しきロシア連邦の第三世代IS『霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)』がその姿を現す。

羽をはばたかせるようにスラスターを起動させ、その場から飛翔する流無。

ほどなくしてIS学園全体を見渡すことのできる高度まで達した流無は、送られてきた研究所の場所に向かって進路を取った。

 

 

 

 

 

走っていた和麻は着実に追い詰められていた。

追いかけてくる黒服の人数が、まるで増殖する黒光りするGのようにワラワラ増えてきたからだ。

さっきから曲がり角を曲がるたびに後ろを振り向くが、そのたびに増えていた。

通りすぎた部屋から飛び出してきているのだろうかという考えが浮かんできたがどうでもいいことだと、再度逃走のために思考を集中させる。

だが、その瞬間和麻の頭を研究所に入った時と同様の頭痛が走った。

思わず、歩く速度を緩めてしまった和麻はその隙を突かれて、黒服たちに大きく距離を詰められてしまう。

それでもなんとか足を動かす和麻。だが、流石に走りすぎたせいか疲労で足がふらついてしまった。

そして、ついに黒服たちに捕まってしまった。

 

「捕まえたぞこの餓鬼が!」

 

そのまま地面に叩きつけられ、両手に手錠をされる。

 

「手間かけさせやがって」

 

そのまま髪を掴まれ無理やり立たされる。

 

「ぐ、ああっ!?」

 

だが、髪を引っ張られる痛みよりも和麻はさっきから頭を痛めつける頭痛に苦悶の声を上げる。

ドンドンひどくなっていくそれはまるで、頭の中で何かが叫んでいるような感じがする。目の前がぐらぐらして、今にも吐きそうだ。

謎の頭痛に苦しむ和麻だが、黒服たちはそんなもの関係ないと和麻を無理やり立たせようとする。

そのまま元の研究施設に行かされ、今度は逃げられないように厳重に拘束されるだろう。

 

その時だった。

研究所に衝撃が走った。

 

「なんだ!?」

 

黒服の男が喚くのを和麻は朦朧とする意識の中で聞いた。

後で知ったのだが、このときにISを身に纏った更識姉妹が研究所に到着し、入り口を強行突破したのだ。

その時の戦闘の余波で施設全体が揺れたのだ。

黒服たちが慌てている雰囲気を感じた和麻は、残された力を振り絞り、抑えている黒服を弾き飛ばすように起き上がる。

 

「ぐあっ!?」

 

その時だった。偶然にも和麻が黒服を弾き飛ばしたのと、施設が振動したタイミングが重なり黒服は近くの扉に強くぶつかり、その扉が開いてしまった。

ふらついていた和麻は部屋の中に転がり込んでしまう。

そこで、頭痛は変わった。

さっきまで頭の中でガンガン喚いていただけだった音が、一つの声になった。

 

――待っていた

 

その部屋の中に、黒と蒼のISは鎮座していた。

 

――待っていた

 

基本は黒。だが、そこに何本もの蒼いラインが走っている。

 

――待っていた!

 

さながら、暗雲を引き裂く蒼雷のようなカラーリングのISだ。だが、装甲だけであとはロクな装備が無い。

 

――待っていた!!

 

周りにはよくわからない培養ケースやら、計測機器だけ。

だが、その中でそのISは、無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)は――

 

――待っていたよ!和麻!!

 

ただずっと、待っていた。八神和麻を。

 

閃光が走り、和麻を冷から引きずり出そうとしていた黒服たちは悲鳴を上げて目を抑える。

そこまでが和麻の覚えていることだった。

次に気が付いたとき、和麻はそのISを身に纏って瓦礫となった研究所跡に立っていた。

目の前に、水色のIS身に纏った更識姉妹が降り立った瞬間、和麻は再び意識を失った。

 

 

 

 

 

次に目を覚ました時、和麻は白い部屋にいた。

消毒液のにおいが鼻に付く。

自分が白いベッドの上に寝ていることを自覚し、何があったのか思い起こしていく。

だが、鮮明に思い出せたのは頭痛の所為で黒服に捕まった時まで。

その後のことは頭痛の所為なのかうまく思い出すことができない。

ただ、転がり込んだ部屋にあったISの姿だけは目に焼き付いていた。

あのISはなんだったのだろうかと思い、頭を押さえようと右腕を上げようとするが、

 

「ん……?腕が上がらない?」

 

何かが右腕の上に乗っている。いや、抱き着いている?そんな感覚がある。

もしかしたら、妹の遥香が抱き着いているのかと思い、右腕に目を向けると、

 

「すぅすぅ……」

 

「……はっ?」

 

蒼髪の女の子が横で眠っていた。

 

 

 

 

 

その後、病室で狼狽えていた和麻のもとに二人の少女がやって来た。

それが、今さっき和麻をからかおうとした流無と彼女の姉、刀奈の双子姉妹だったのだ。

彼女たちの話によると、和麻の拉致を企てたのは反IS派閥の国家議員で運び込まれた研究所もその議員が運営を援助していたらしい。

その議員は今回の一件で逮捕され、研究所も閉鎖された。

そして、何が起こったのかも説明された。

 

和麻がISを纏って研究所を破壊したのだ。

 

あの時、部屋の中に放置されていたのは日本の第三世代ISの試作機だった。

表向きの研究のために持ち込まれていたものだが、開発予定だった第三世代兵器を完成させることができず、お蔵入りになっていた。

そのまま初期化せず、違法研究のために使われていたらしい。二人は研究内容を話してくれなかったが、二人が口を濁したんだ。碌なものじゃないことだけは確かだった。

もはや物置同然となっていたそのISを、和麻が起動させたらしい。

そのままISを身に纏い和麻は暴走した。

 

暴れて暴れて、更識姉妹が呆然としている前で研究所を蹂躙したのだ。

しばらくして暴れるのをやめた和麻は、姉妹が見ている前でISを解除して倒れ込んだのだった。

事の顛末を教えられた後、彼女たちのことも教えられた。

日本を暗部からの攻撃から守る対暗部用暗部(カウンター・テロ)の一族、更識の宗家直系であること。

そして、和麻の身柄を更識が守ることを。

 

 

 

 

 

「あの後は大変だったわね~。ご家族の人たちが次々やってきて妹さんなんかタックルして♪」

 

「ああ、あれはヤバかったな。どれくらいヤバいかっていうと川の向こうのご先祖様が見えたぜ」

 

「頭ぶつけたもんね~。その後もまたいろいろ大変だったし」

 

兄が無事だったことに、妹の八神遥香は涙を流しながら抱き着き、その拍子にベッドに頭をぶつけて三途の川を幻視してしまった。

そのことに動揺した遥香が和麻の首を、ガックンガックン揺さぶって顔色が真っ青になってしまった。

周りが止めなかったら絶対に戻していた。

 

「ま、思い出話はここまでにして」

 

流無はそう言うと和麻に右手を差し出す。

 

「ようこそ八神和麻君。IS学園へ」

 

そう、笑顔で笑いかけた。

一切の穢れ無いその笑顔に和麻はしばらく放心してしまう。

笑顔にはその人の心が現れると和麻は思う。

下心があれば見ているだけで嫌な気分の笑顔になるし、何か企んでいれば怖い笑顔に。

だが、今の流無の笑顔にはただただ自分を歓迎してくれている気持ちが現れており、そのいい笑顔にただただ見惚れた。

 

(笑顔に惚れたのは、二人目だな)

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

「ええ」

 

その後、二人はお互いのことを話し合った。

誕生日、好きな物、嫌いな物、趣味や最近注目のアニメなど。

やがて話は二人の好きなタイプの異性という話題になった。

 

「俺は一緒に悪巧みに乗ってくれそうなやつだ」

 

「いたずらすると面白い反応をしてくれる人と一緒に悪戯を考えてくれる人♪」

 

「お、それじゃあ俺と相性ピッタリじゃん。奇遇だな」

 

「そうね、奇遇ね」

 

「くくく……」

 

「うふふ……」

 

しばらく二人は良い笑顔で笑い合っていた。が、いつまでも仲良く悪どい笑い声をあげていても仕方ないので流無が話を切りだす。

 

「で、八神君……よりも和麻君って言ってもいいかしら?あなたとは結構仲良くなれそうだし」

 

「おいおい。俺はとっくに仲良くなった気だぜ?お前は俺の好みだし、何よりこの学園で一番気が合いそうだ」

 

「ふふ、なら私のことも流無でいいわよ」

 

「おう。了解したぜ」

 

「話を戻すけれど、あなたのルームメイトは私。理由はわかるわね?」

 

「ああ、俺の監視だろ?」

 

「正解。一応護衛も兼ねているけれど、政府としてはあなたのことはかなり警戒しているみたい」

 

どこか他人事のようにさらりと言った和麻に、流無はそれを肯定する。

 

「だがちょっと語弊があるな。俺だけじゃなく、俺達。つまり俺とシャーリーの監視だろ?」

 

「まあね。何せ、人になることのできるISに、そのISを唯一制御できる男性IS操縦者。危険視するのはしょうがないわ」

 

「政治家っていうのは何でそんな臆病な奴ばかりなんだろうな」

 

「全くよね」

 

「「……」」

 

しばらく二人は見つめ合った後、再びさっきのように笑いあう。

 

「くははははっ、やっぱお前俺と気が合うだろ?」

 

「うふふふ。ええ、そうね。一か月くらい前に少しあって、10分前に自己紹介し合った仲とは思えないくらい気が合うわ」

 

二人は奇妙な一体感を感じていた。

まるでどこか、そう前世で恋人だったかのような、説明載せ出来ないつながりが存在しているかのような。

 

「そういえば、噂で聞いたけど君たちイギリスの代表候補生と模擬戦するそうじゃない?」

 

「もう二年生まで届いているのか。女子の情報ネットワークはすごいな?」

 

「そうね。和麻が利用しようとするのも納得だわ」

 

「……誰から聞いたんだ?」

 

「本音ちゃん。あの子とは幼馴染なのよ」

 

「なーる。のほほんがねえ。ホント、人は見かけによらないな」

 

和麻は素直に感服する。本音がまさか流無に通じていたとは。

そして、その情報から和麻の思惑を読み取った流無にも感心した。

 

和麻が休み時間に行った女子生徒への質問タイム。その時に和麻は自分に質問に来た生徒のほとんどと携帯のアドレスやら何やらを交換していた。

個人の間での情報のやり取りというのはなかなか馬鹿に出来ない。使い方によっては強力な武器になる。

だから和麻は昔から人脈作りに勤しんでおり、休み時間のあれもIS学園の女子連絡網に取り入るための手段だったのだ。

 

「それで、大丈夫なの?なんなら私がISの操縦を見てあげるけれど?」

 

「そうだなあ…………じゃあ頼むわ」

 

流無の提案を少し吟味した和麻はその提案を受け入れる。まだ和麻はISに完全に慣れているわけではない。

少しでも訓練ができるなら願ったりかなったりだ。

それに、もしかしたらこの事実も武器になるかもしれない。あのセシリア相手なら絶大な効果を発揮する武器に……。

 

「じゃあ、明日から始めましょうか。放課後に私のアドレスにメール頂戴。使えるアリーナを見ておくから」

 

「ああ、わかった」

 

自分の携帯をかざし、赤外線通信の準備をする流無に和麻も自分のスマホをかざす。

ほどなくして、今日だけで100件以上増えた和麻のアドレス帳に更識流無の名前が加わった。

 

「でも、作戦とかはあるの?いくら訓練しても今からじゃあ代表候補生に勝てるくらい強くなるのは難しいわよ?」

 

「ああ、そうだろうな。だがな、俺には必勝の策がある」

 

そう言うと和麻はシャーリーが聞き終わったボイスレコーダーを手に取り、イヤホンを流無につけさせて再生する。

 

「ふんふん…………へえ。なるほどぉ~。これを有効活用するというわけかあ。具体的にはどんな?」

 

「ああ、実はな――」

 

しばらく二人はバトルロイヤルでのセシリアに対する必勝の作戦を話し合った。

それはもう、そっくりな笑顔で、楽しそうに、それはそれは楽しそうに話し合ったのだった。

 

「そういえば、流無の姉さんは?あの人もてっきり相部屋なのかと思ったんだが」

 

流無の意見を参考に作戦を練り直したところで、ふと気になった和麻がそう言うと、流無は少し顔を伏せてしまう。が、すぐに顔を上げて元の調子で話し始める。

 

「ああ、刀奈ね。向かいの部屋、2000室よ。挨拶なら今のうちに行くことをお勧めするわ」

 

怪訝に和麻は思うが、流無はそのまま立ち上がりクローゼットの中からバスタオルやらパジャマを取り出す。

 

「だって私は大浴場に行くから、着いてきちゃだめだぞ☆」

 

お茶目に言うが、和麻はどこかそれが強がりに見えた。

人付き合いにたけていると自負している和麻は、些細な相手の心情の変化の機微に敏感だ。

どうやら、彼女は姉妹館に何かを抱えているようだ。

 

「…………明日でいいか」

 

流無のいなくなった部屋で和麻はつぶやき、タオルを取り出してシャワールームに入ろうとする。

が、その和麻の服をシャーリーが掴んでひっぱった。

そして、振り向いた和麻に無表情のまま一言。

 

「マスター。シャワー、お願いします」

 

「え?」

 

和麻の動きがその一言で止まった。

 

「?シャワー、お願いします」

 

「いや、大丈夫だ。ちゃんと聞こえている」

 

聞こえていないのかと再び要求を口にするシャーリーに和麻は大丈夫だと言い、目線を合わせて話しかける。

 

「あのな、シャーリー。昨日、一人でできるようにちゃんと教えたし、最後だって言っただろ?」

 

「マスターの髪洗いは気持ちいいです。私ではできません」

 

「いや、でもさすがに……」

 

「だめ……ですか?マスター」

 

「うっ」

 

上目づかいで見つめられた和麻はその破壊力によろめく。

シャーリーは小柄で何より人間のような見た目だがISだ。だが、容姿は素晴らしい美少女。しかも、和麻にとってその姿はとある少女の影を呼び起こす。

小さいころから和麻と共に育った幼馴染。何よりもかけがえのない存在と、シャーリーはそっくりかぶるのだ。

しばらくの葛藤の末、結局和麻は折れてしまい、シャーリーを伴ってシャワールームに入って行った。

 

 

 

 

 

「ふわぁ。ますたぁー。きもちいですぅ」

 

「いや、変な声を出すなよ。髪を洗うくらいで何でそんな声を出せるんだお前は?」

 

「だってぇ、ほんとにきもちいですぅ」

 

「だあああっ!!もたれかかるなあっ!!」

 

「うぅ、なんですかぁ?この固い……」

 

「はい、終わりだ!さっさと流すぞ!!」

 

 

 

 

 

シャワーを終え、ホクホク顔のシャーリーと対照的に、疲れたような顔をした和麻は出てそうそう、ベッドに倒れ込んだ。

流無が部屋に戻ったころには二人はぐっすり眠っていた。

 

ただし、和麻のベッドにシャーリーがもぐりこんでいたのはご愛嬌。流無も面白かったので、そのまま就寝した。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IFルート(セシリア激アンチ)

書き直し以前の完全アンチルートです。消すのも惜しいのでまとめました

あ、言うまでもありませんがセシリア激アンチですのでオルコッ党の方は見ないことを推奨します。


箒の手を握り、食堂に向かう一夏を眺めながら、和麻はある女子生徒をこっそりとおっていた。

セシリア・オルコット。

和麻と一夏が来週戦う相手だ。

食堂でセシリアが洋食定食を注文し、座ったところを見計らって和麻は月見とろろうどんを手に持って彼女の座っているテーブルに向かう。

後ろには和麻と同じものを持ったシャーリーもトコトコついてきている。

 

「ここいいか?」

 

和麻はセシリアの目の前の席に指をさしながら話しかける。

 

「なんですの、あなたは?」

 

「おいおい。クラスメイトに御挨拶だな。混んでいるから相席させてほしいんだよ」

 

「ふん、極東の猿風情がわたくしの優雅なランチタイムに割りこむなど許されるはずがありませんでしょう?」

 

取りつく島もなく和麻を拒絶するセシリア。彼女の眼は和麻を完全に見下している。

その様子に和麻は内心ほくそ笑む。

こう言う相手ほど、やりがいがある。

和麻はこっそりと、右足のつま先を床に二回たたきつける。

すると、それを合図に一人の女子生徒が近づいてくる。

 

「どうしたの?和麻君」

 

その女子生徒とは和風御膳を手に持った流無だった。

 

「おう、流無。お前も昼飯か?」

 

「ええ。さっきとってきたところ。でも席が空いてなくて」

 

「なっ!?」

 

いきなり現れた流無にセシリアは唖然とする。なにせ、流無は代表候補生なら誰でも知っている最年少でロシアの国家代表になった天才だ。

彼女の噂は世界中に轟いており、強さも折り紙つき。

セシリア自身も彼女については国の代表から聞かされており、IS学園での要注意人物だと認識していた。

その彼女がまさか和麻と親しげに話をするなど、露ほども思っていなかった。

 

「ねえ、セシリア・オルコットさん」

 

いきなりの事態に混乱していたセシリアはその一言で我に返る。

 

「な、なんでしょうか?」

 

「ここ、私と和麻君、シャーリーちゃんが座ってもいい?」

 

セシリアの座っていたのは六人掛けのテーブルで、片方には三人座ることができる。

 

「い、いえ、あの……」

 

「いいわよね?」

 

和麻のほうを睨みながら、否定の言葉を言おうとするが流無の威圧感に切りだすことができなかった。

それに、もし断ったら流無を敵に回すかもしれないと考えたセシリアは仕方なく「ど、どうぞ」と了承した。

 

「ありがと。さあ、一緒に食べましょ和麻君、シャーリーちゃん」

 

「おう。そうだな」

 

「はい」

 

流無とシャーリーが先に座り、和麻がセシリアの前に座る。

そのことにセシリアは不満そうな顔をするが、流無がいるせいで文句も言えない。

 

しばらく和麻たちは何事もなかったかのように食事をし始めるが、セシリアは和麻を睨んでいた。

そして、セシリアが洋風定食を食べ終わろうとしたその時、食堂に設置されたスピーカーからポップな音楽が流れ始めた。

 

『お食事中のみなさんこんにちはー!今年度最初のIS学園ラジオの時間がやってまいりました!お相手は放送部部長の大原京(おおはらきょう)と――』

 

『同じく放送部副部長の静峰京(しずみねみやこ)がお送りします』

 

始まったのは去年から始まったIS学園のラジオで、毎回寄せられたはがきを読んだり、リクエストされた曲を流したりしている。

余談だが、今放送をしている二人は姉妹でもなんでもない。偶然名前の文字が同じだけである。

 

『さて、記念すべき今年度第一回のラジオ。内容はいま学園でホットな話題にまつわるお話をしようと思います』

 

『そうですか。京さん、今一番の話題というとやっぱりあれですか?』

 

ラジオに構わず、食べ終わったセシリアは席を立とうとするが、続けられた(きょう)の言葉で立ち上がるのをやめる。

 

『はい。一年一組のクラス代表決定バトルロイヤルについてです』

 

なにせ、セシリア自身が当事者である内容だったのだから。

 

『学園唯一の男子が所属するクラスのクラス代表の決定戦。これは注目ですよ』

 

『情報では全員専用機持ちらしいですよ』

 

『かー!うらやましいねえ。私ら二年には三人しかいないのに、一年は四人!そのうち三人が同じクラスってどういうことよ!?』

 

『さあ?何はともあれ面白い戦いになりそうですね』

 

『相変わらずクールだね、(みやこ)ちゃん。実はなんと、このバトルロイヤルについて、面白そうなものを入手しちゃいました!』

 

『なんですか?』

 

そして、(きょう)はその先の言葉を口にする。

 

 

 

 

 

『なんとなんと!イギリス代表候補生セシリア・オルコットさんの宣戦布告を録音したデータの入ったUSBメモリです!』 

 

その瞬間、和麻と流無はにやりと誰にもわからないように笑った。

 

 

『大体、男がクラス代表など恥さらしですわ!このセシリア・オルコットにそのような屈辱に一年間耐えろとおっしゃるんですの!?』

 

昼時に生徒たちでごった返す食堂。そこに響き渡る甲高い声。

 

『物珍しいからという理由で極東の猿にクラス代表をやらせるなど困りますわ。わたくしはこのような島国までISを学びに来ているのであって、サーカスをしに来たのではありません!』

 

ヒステリックを起こしたように喚くその声は間違いなくセシリア・オルコットの物。

 

『大体、文化としても後進的で低俗な国に暮らさなくてはいけないこと自体耐えがたい屈辱で――』

 

内容は――ひどい。

 

『…………』

 

『…………』

 

「「「「「…………」」」」」

 

その内容のあまりのひどさに、食堂の生徒どころかラジオの二人、さらには食堂で働いていたおばさんや教師たちまでも絶句する。

そんな食堂の様子を眺めながら、和麻はちらりと自分の目の前のセシリアを見る。

 

「え……あ?」

 

彼女は一体何が起こったのか理解していないような顔をしていた。

なにせ、いきなり自分の発言が勝手に学園内のラジオ番組で流れたのだ。

 

『え、ええとこれは……』

 

『本当にセシリアさんの言葉なのですか?』

 

ようやく我に返ったラジオ部の二人。だが、未だ信じられないようだ。

 

(きょう)さん。これ偽造とかじゃないのですか?』

 

(みやこ)が冷静な口調で、(きょう)に事実確認をする。

 

『ええ。私も今聞いたばかりですが、これは生徒会に匿名で送られたものを解析し、事実だと判定されたデータを再生しましたから』

 

『生徒会が。とするとこれは事実ということですね。IS学園の生徒会がいい加減なデータを流させるはずがありません』

 

生徒会が解析したという言葉に、セシリアは目の前にいる流無を見る。その顔には驚愕が浮かんでいる。

そんなセシリアを流無は無表情で見返す。

 

『それにしても、これが事実だとすると……ちょっとカチンときますね』

 

『はい。私たち日本人を極東の猿扱いですか……』

 

スピーカー越しでも二人の声が怒りで震えていることがわかる。

いや、二人だけではない。食堂にいた日本人である生徒全員が怒りで顔を険しくしている。

 

「さて、そろそろ言わせてもらいましょうか」

 

流無は携帯を取り出し、ラジオを止めるように放送部の二人に連絡をする。

そして、静まり返った食堂で立ち上がり、まっすぐとその目をセシリアに向ける。その目には、和麻が冷や汗を流してしまうほどの怒気が滲んでおり、反射的にシャーリーを引き寄せる。

近くにいるだけの和麻がこれほどの圧力を感じているのだ。それを叩きつけられているセシリアは顔面を蒼白にしている。

 

「このデータは匿名で生徒会に届けられたデータよ。私が何度も見直したけれど、偽装された跡はなかった。つまり、あれはウソ偽りないあなたが言った言葉よ、セシリア・オルコット!!」

 

最後のほうは怒鳴り声だった。それは沈黙が支配していた食堂で大きく響いた。

その言葉にセシリアは「ひぅ」という声にもならない悲鳴を上げ、食堂の全員の視線が殺到する。

その視線が物語っていた。セシリアに対する怒りを。日本人だけでなく、同じイギリス出身の生徒まで、セシリアを睨みつけている。

 

「ずいぶんと面白いことを言うじゃないの?日本人が極東の猿?じゃあ、私も、この学園にいる日本人全員が猿だということね?世界最強になった織斑先生も、IS学園を運営している学園長も、日本の部門受賞者(ヴァルキリー)たちも!」

 

「わ、わたくしは、お、おとこを……」

 

「男?つまりあなたは日本の男を猿だというの?いえ、そう言えばあなたは日本だけでなく男が恥さらしだと言っていたわね?つまり、私を育ててくれたお父さんを、お爺様を恥さらしだと?私の家族を馬鹿にするということなのね?いいえ、其れだけじゃないわ。ここにいる生徒全員の父親や祖父、兄弟が恥さらしの猿だということなのね?」

 

「そ、それは……」

 

「しかも、日本を後進的で低俗な国と言っているそうじゃないの?じゃあ、日本を経済大国だと評したアメリカなんかの国々も後進的で低俗というわけね?日本の車を利用している諸国も後進的だと!」

 

「あ、あぁ……」

 

「そもそもあなたがその耳に付けているIS。それは誰が作ったのかしら?言ってみなさい。出身も一緒に!」

 

「し、しの……」

 

「聞こえない!!!」

 

「し、篠ノ之束!日本じ……ん……」

 

「あなたの言葉を借りるなら、その後進的で低俗な国の人間が作ったのがISということね」

 

「ち、ちが……」

 

「違わないでしょう?それとも何?イギリスは独力でISを開発。しかも発展させたとでもいうの?あなたのISがそれだと?だというのなら来週のバトルロイヤルが楽しみね。私のISよりも強力なんでしょう?それは?あれだけ大言壮語を言ったんですものね!!」

 

「…………」

 

もはや、セシリアは流無の顔を見ることができず、言葉さえも届いていなかった。

だんだんと増していく流無の威圧感に意識を保つことができずに、顔を蒼白にして気絶していたのだ。

 

「……サラちゃん、いる?」

 

「……ここにいるわ」

 

さっきまでの怒鳴り声と違って落ち着いた様子の流無の言葉に、一人の生徒が返事をする。

彼女の名前はサラ・ウェルキン。

セシリアと同じイギリスの代表候補生で、流無とも親しい少女だ。

 

「保健室に運んで行ってもらえないかしら?多分あなた以外に任せたら、この子どうなるかわからないわ」

 

周りのほとんどの生徒たちは全員セシリアに対して、敵意をむき出しにしていた。

 

「ええ。一応、私の後輩だしね。でも、その前に……」

 

サラはその場で生徒全員に深く頭を下げる。

 

「みなさん、特に日本人のみなさん。我が国の候補生が、大変失礼なことをいたしました!」

 

その謝罪は食堂にいる全員の耳に届いていく。サラはしばらく頭を下げたままだったが流無が上げるよう促す。

 

「頭を上げてサラちゃん。貴女が謝ることはないわ。私はあなたが去年からずっと学園のみんなを差別することなく接してきたことを知っているもの。みんなも、今回の事は一応この辺で手打ちとします!」

 

パンと手を大きくたたく流無。だが、大部分の生徒たちが不満げな顔をするが、

 

「セシリア・オルコットは私の生徒会長権限で来週の一年一組のクラス代表決定バトルロイヤルまで生徒指導室で謹慎とします!」

 

IS学園の生徒指導室にはいくつか種類がある。中には罰を侵した生徒を反省させるために長期間閉じ込める部屋もあるのだ。

 

「一週間後、彼女が反省し終わるまで待っていただけないでしょうか?それから彼女のことを判断してください。お願いします」

 

頭を下げる流無。流石に流無まで頭を下げられれば、全員怒りを収めていく。

サラはもう一度謝罪の言葉を口にするとセシリアを背負って食堂から出て行った。

 

「マスター。流無怖かったです」

 

「よしよし、悪かったな。怖がらせて」

 

「私もごめんなさいね、シャーリーちゃん」

 

和麻と流無は少し怯えていたシャーリーに謝罪をし、食事に戻ったのだった。

 

翌日、一組の教室にセシリアの姿はなく、千冬の口から謹慎になったことが伝えられた。

 

 

 

 

 

一週間というものは存外早く過ぎ去るものだなと、和麻は放課後の更衣室で一人呟く。

IS学園に入学してから初めての日曜日は、流無とのIS訓練に丸々一日費やして終わった。

今日にいたるまで、和麻は空いた時間にそれなりに準備を進めてきた。

授業の予習復習は当然。むしろ一年生の教科書を最後まで目を通し、ISの専門書を図書館に探しに行ったりなんかもした。

流石に全部を覚えることはできないが、自分にとって有益だと思った情報は片っ端から覚えて行った。

また、実技に関しても、できるだけアリーナの使用時間ぎりぎりまで残って、流無に指導してもらいながらISを動かした。

おかげで大分思い通りに動けるようになった。これなら明日のバトルロイヤルも大丈夫だろう。

 

「明日、オルコットがどうなっているかが鍵だな」

 

反省し、心を入れ替えたならよし。和麻としてはそれでもありだと思う。

この間の食堂でラジオで大暴露されたときのセシリアの反応で十分楽しめた。

そうなればこのバトルロイヤルも、貴重な実戦経験を積むことのできる機会だと楽しむことができる。

だが、もしもセシリアが心を入れ替えていなかったら……。

 

「確かめるか」

 

鞄の中に入っているボイスレコーダーを確認し、和麻は更衣室を出た。

 

「やあ」

 

瞬間、足を止めた。

更衣室のドアの前にいた女子生徒に話しかけられた。

流無と同じ髪と瞳。

違いは髪の長さか。

腰のあたりまで伸ばしている流無と違って、目の前の少女の髪は肩の少し上にかかるくらいのショートヘアー。くせ毛なのか外側にはねている。

実は流無の髪もくせ毛で、いつもつけているリボンを外すと外側に広がってしまう。

その少女を和麻は知っていた。流無と双璧をなすこのIS学園のもう一人の生徒会長。

 

「お久しぶりだね?八神和麻君♪」

 

「ああ、久しぶりだな。更識刀奈」

 

和麻に会えてご機嫌です、という雰囲気を隠すことをしない刀奈は、ニコニコ笑いながら『無病息災?』と書かれた扇子を広げる。

 

「入学早々さっそくやらかしちゃったみたいね~。大いに楽しませてもらったわ」

 

「おいおい?一体何のこと――」

 

「セシリア・オルコットの一件。あなたが糸を引いていたんでしょ?」

 

とぼけようとした和麻を、刀奈はそれを許さない。

 

「あの録音データを収集できるのは一組の人間だけ。しかも、それを入学して一日足らずで生徒会長である流無のもとに届けるなんて、誰にでもできることじゃないわ。せめて、流無と旧知の間柄じゃないと。とても話を持ちかけるなんてできない」

 

刀奈の言うとおりだ。

そもそも流無はIS学園の生徒会長というだけあってカリスマ性も高く、最年少国家代表として有名だ。それゆえに新入生にとって話しかけるのに勇気がいる相手であり、こんな短時間にことを計画することはできない。

 

「あのクラスには本音ちゃんっていう幼馴染がいるけれど、あの子がこんなことをするのは性格的に無理ね。流無の単独犯っていう線もなし。だったら、犯人は偶然録音機器を持ち歩いている流無と面識のある――」

 

刀奈は和麻のカバンをするりと奪い取り中からボイスレコーダーを取り出して見せる。

 

「君だけね」

 

ウインクしてみせる刀奈に、和麻は流無と出会った時のような高揚感を覚える。

流石双子の姉妹。どうやら姉のほうも自分と気が合うらしい。

 

「正解だ。刀奈って呼んでいいか?あんたとは仲良くなれそうだ」

 

「あら奇遇ね。私もそう思うわ」

 

「ほんと、奇遇だな」

 

「うふふ……」

 

「くくく……」

 

しばらく二人は、あくどい笑みを浮かべて笑った。

どうやら和麻は更識姉妹と本当に気が合うのだろう。

 

「うふふ。さて、いつまでも笑っていてもしょうがないわね」

 

「くく、そうだな。食堂まで行くか?」

 

「ええ。そういえば、あなたのパートナーは?」

 

ふと刀奈が和麻といつも一緒に居るシャーリーがいないことに気が付いた。

 

「シャーリーならいま少し外している。ちょっと汚れたから流無に大浴場に連れて行ってもらったんだ。たまには風呂に入れさせてやりたいからな」

 

汚れたというのが、訓練中に無茶な機動をして壁にぶつかったことだというのは余談である。

 

「ふ~ん、じゃあ問題ないわね。行きましょ」

 

刀奈がそう言って歩き始めるのを、和麻は少し後ろの位置を歩きながら着いて行く。

アリーナを出た二人はそのまま何事もなく寮の食堂に辿り着き、夕食を注文する。

和麻はカルボナーラ、刀奈は前に流無が頼んでいた和風御膳だった。

それぞれの夕食を手に持って席に着き、食べ始める。

半分ほど食べ進めたところで刀奈が口を開く。

 

「で?」

 

「で?ってなんだ?」

 

「まだあるんでしょ?セシリア・オルコットをはめる策が」

 

「おいおい。人聞きの悪いこと言うなよ」

 

「あらそうかしら?私としては、あなた達二人はまだ何か隠している気がしてならないのよ」

 

「女の勘か?」

 

「そんなところね」

 

くるくるとパスタをフォークで絡め取り、ソースをつけて口に運ぶ和麻。刀奈も味噌汁の残りを全部飲む。

 

「まあ、そうだな。もしもオルコットが反省していたら何もしないぜ?」

 

「ふ~んへ~え」

 

和麻の言葉に刀奈は面白そうな顔をする。つまり、もしも反省していなかったら何かをまたやらかすということだ。

 

「楽しみにしているわ」

 

「おう、楽しみにしておけ」

 

 

 

 

 

そして翌日。ついにクラス代表を決めるバトルロイヤルが始まることになった。

すでに放課後となっており、バトルロイヤルが行われる第三アリーナは観戦しに来た生徒たちでいっぱいになっていた。

一組のクラス代表を決める戦いなのだが、いろいろ注目度が高い。

 

男性操縦者の一夏と和麻がどれほどの腕前なのか?

和麻のISシャーリーはどんなISなのか?

そして、セシリア・オルコットは果たして反省しているのか?

 

一年生だけでなく二、三年生も押し寄せ、さらには教師の姿もちらほら見える。

 

ダイビングスーツのような漆黒のISスーツに着替えた和麻とシャーリーは、更衣室で最後の打ち合わせをしていた。

 

「仕込みは十分できた。あとはどこまでやれるか」

 

「大丈夫ですマスター。マスターの期待に必ず応えてみせます。私はマスターの専用機なのですから」

 

相変わらず無表情だが、どこか張り切っているように見えるシャーリーに、和麻は「頼りにしてるぜ」と一声かけて更衣室を出る。

廊下を歩き、アリーナへと飛翔するためのピットに入る。

すると、そこには一夏となぜか箒がいた。

一瞬、なぜ無関係の箒がいるのかわからなかった和麻だが、そう言えば箒が一夏のコーチをしているという話を聞いたなと思いだす。

だが、二人の間にあるのは何とも言えない気まずい空気だった。

 

「なあ、箒?ISのこと教えてくれるはずだったよな?一週間、剣道しかしなかったんだが?」

 

「しょ、しょうがないだろ!お前のISはまだ届いていなかったんだから」

 

「だとしても、知識とかいろいろあっただろ!?教科書の内容を教えてくれるとかさ!」

 

「む……」

 

「目をそらすな!」

 

何となく和麻は事情を察した。

どうやら二人はこの一週間の間、ひたすら剣道ばかりしていたらしい。

コーチにふさわしくない相手を選んでしまった一夏を哀れに思うが、そう思うならなんで自分から行動しなかったのだろうか?

和麻は自主的に教科書を眺め、図書館にまで足を運んでISのことを勉強している。何も流無に強制されたことではない。生徒会長でもある彼女は付きっきりで和麻に付き合えないため、その分は自分で何とかしようと行動したのだ。

一夏もそれくらいできたはずだ。

なのにそれをしていないということは、この少年はまだこのバトルロイヤルを舐めている。

先日協力すると言っておきながら、一度も和麻のところに作戦などの相談に来なかったのが何よりの証拠だ。

 

「シャーリー」

 

「はい」

 

「勝つぞ」

 

「はい」

 

誰にとは言うまでもない。ただ流されているやつに、和麻は負けるつもりなど微塵もなかった。それは頼れるパートナーであるシャーリーも同じである。

と、そこに千冬と真耶がやって来た。千冬は落ち着いているが、真耶は慌てて走ってきたのか息を切らしている。

 

「お、織斑君織斑君!」

 

テンパる真耶の様子を横に見ながら、和麻は千冬に近づく。

 

「織斑先生。もうアリーナに出ても構わないでしょうか?」

 

「ああ、いいぞ」

 

「では、いくぞ。シャーリー」

 

「はい。マスター」

 

和麻はシャーリーの手を掴むと、そのままISを撃ち出すカタパルトの上を走り始める。

一夏たちが慌てるのに構わず、二人はカタパルトの先端までたどり着き、走ったことでつけた勢いを殺すことなくアリーナに向かって飛び降りた。

真耶が悲鳴を上げ、観客席からも、いきなり飛び出した和麻とシャーリーに気が付いた生徒たちの悲鳴が聞こえる。

カタパルトからアリーナの地面までの高さは10メートルほどで、もしも落ちたらひとたまりもない。

だが、和麻とシャーリーは慌てない。

ただ、自分たちの信じる力を具現化させるため、その名前を呼ぶ。

 

「行くぜ、叢雲!!」

 

シャーリーの体が光に包まれ、粒子に返還される。

それは和麻の体を包み込み、彼の鎧となる。

 

シャープな曲線をした騎士甲冑を思わせる漆黒の装甲。

装甲を走る蒼いラインは爛々と輝きを放ち、機体を美しく彩る。

背中に装備された超大型スラスターが巨大な猛禽の翼を思わせる。

 

完全に展開され、その全容をあらわにした和麻の専用機IS『叢雲(むらくも)』。

地面スレスレを滑空するように飛行し、一気に上昇。

なめらかで美しい飛行で指定されていた位置に滞空する。

その姿、存在感に客席は歓声に包まれた。

 

 

 

 

猛禽類のような翼を広げた黒い騎士。それが一夏の抱いた『叢雲』の印象だった。

真耶から提示されたISデータ。

そこに記されているのは日本の第三世代ISであることと、近接仕様のISであることだけ。

待機形態のシャーリーの様子から女の子らしいISなのかと思っていたが、ずいぶんと威圧感のあるISだ。

装甲に奔る蒼いラインの輝きは脈動するように波打ち、まるで生きているかのような錯覚を与える。

 

「気分は悪くないか?一夏」

 

千冬の言葉に一夏は叢雲の機体データから目を離す。

今の彼は先ほど届いた専用機『白式』を身に纏っていた。

叢雲と同じ騎士甲冑のような灰色の機体だが、角ばっていて叢雲よりも厳つい感じだ。

 

「大丈夫だぜ、千冬姉」

 

「オルコットさんもアリーナに飛び出しました。データを表示しますね」

 

一夏の目の前に今度はセシリアのISデータが映し出される。

 

「イギリスの第三世代IS『ブルー・ティアーズ』です。遠距離型の機体ですね」

 

名称と一般公開されている情報のみだが、素人の一夏には詳細な情報など渡されてもどうしていいのかわからないので、それで十分だった。

 

「白式の一次移行(ファースト・シフト)は済んでいない。初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)は実戦で行え」

 

千冬の言葉の半分も理解できなかった一夏だが、とりあえず頷いておく。

 

「それではいきますよ」

 

真耶に誘導されカタパルトに足を乗せる。

 

「い、一夏!」

 

今から戦いに赴こうとしている一夏に対し、箒は何と言葉をかければいいのかわからなかったが、それでもどうにか言葉を告げる。

 

「勝ってこい!」

 

「おう!」

 

力を込めて返す一夏。

そして、カタパルトが起動し、一夏はアリーナへ飛び出していった。

残された三人のうち、箒は速くアリーナの中の様子を見るために開け放たれていた管制室のドアに向かう。

その様子を千冬は頭を押さえながらやれやれと首を振る。

 

「それにしても、オルコットさんは大丈夫でしょうか?」

 

真耶が心配そうに言う。

ここ一週間、学園の中でセシリアに対しての風当たりは強く、たまに小耳にはさむ話でもセシリアの悪評が多かった。

 

「この一週間の状況はオルコットの自業自得だ。原因はあいつの無責任な発言なのだからな。それに、まだこの程度で済んでましな方だぞ?本当なら日本政府から英国政府への非難が殺到し、三日と待たずにあいつは本国に強制送還。専用機を取り上げられ、候補生の肩書を剥奪される。そうなれば後は転がり落ちていくだけだ。なのに、この一週間、両政府が動くどころか、この問題が全く伝わっていない(・・・・・・・・・・・・・・)のは更識妹のおかげだ」

 

「そうなんですよねぇ……」

 

千冬の言葉に真耶は不思議そうにつぶやく。

 

「まったく。一体何を考えているんだ?去年のようにまた大騒ぎを起こすつもりなのか?いや、もう十分大騒ぎにうっ、少し胃が……」

 

「織斑先生胃薬です」

 

去年のことを思い出し、胃のあたりを押さえだした千冬に手慣れた様子で真耶がポケットの胃薬を渡す。

それを「いい、少し思い出しただけだ。問題ない」と言って千冬は断るが、一応もらっておく。

 

「あいつに何の企みがあるのかはわからん。だが、すでにあいつは英国に対する強力な外交カードを握っている。その価値はかなり大きい。……せめてそれをマシに使ってほしいものだ」

 

 

 

 

 

アリーナの中心に浮遊する黒、白、青の三機のIS。

 

叢雲

 

白式

 

ブルー・ティアーズ

 

日本製の二機に、イギリス製の一機。

しかもすべてが最新鋭の第三世代IS。現行するISの最先端だ。

 

「間に合ったのか、織斑」

 

「あ、あぁ――おっと、と……何とかな」

 

ふらふらとした飛行で自分の隣にやって来た一夏に声をかける和麻。慣れない飛行動作で悪戦苦闘しながらも、一夏はそれに返す。

 

「危なっかしい飛行だな。ちゃんと練習してきたのか?」

 

「いや、全然できなかった」

 

「おいおい……」

 

一夏の言葉に呆れる演技をしながら、和麻はゆっくりと仕込みをしていく。

 

「誰かに教えてもらわなかったのか?」

 

「いや、ずっと剣道ばっかりやっていた。和麻は?」

 

「ん?親切なルームメイトに指導してもらった。すっげぇ助かった」

 

にこやかに言う和麻に、一夏はうらやましそうな目を向ける。

そんな目を男に向けられても気持ち悪いだけだった。

一夏を横目に、和麻はちらりと二人と少し離れて空中にたたずむセシリアに目を向ける。

 

『それでは、試合を――』

 

その目を、その先を見て和麻は確信した。

 

『開始してください』

 

 

 

 

 

ダメだこりゃ――と。

 

 

 

 

 

試合開始直後。和麻は背中のスラスターを噴かせ、一気に上空に翔けあがる。

空に蒼い軌跡を残し、さながら大鷲や隼のようにスラスターを大きく動かしながらの飛翔する。

アリーナの中を縦横無尽に舞うその姿は美しささえも感じられる。

 

「……気持ちいいなあ。シャーリー」

 

『よく、わかりません。今は何も感じられませんから』

 

和麻のつぶやいた言葉に今はISとなって和麻の体を包んでいるシャーリーが答える。

ISに備わっているオープン・チャンネルやプライベート・チャンネルなどの通信回線をベースに和麻とシャーリーの間だけで使えるように設定した回線を通して二人は話している。

この内容は試合を見ている観客や管制室の千冬たち、そして戦っている一夏とセシリアにも聞こえない便利なものだ。

 

「前から聞きたかったんだが、ISを展開している時はお前どうなっているんだ?」

 

『うまく言えないのですが、空に浮いています』

 

「すまん、よくわからん」

 

『簡単に言えば夢の中にいます』

 

「もっとわからん」

 

シャーリーの言葉に和麻は首をかしげる。

その和麻のすぐ後ろを青いレーザーが通り過ぎた。

 

「おっと……!」

 

それに気が付いた和麻は視線を向ける。

視線の先には、三メートルはあろうかという長大なレーザーライフル――スターライトmkⅢを構えたセシリアが和麻に狙いを定めていた。

 

少し離れた個所には一夏の姿もあったのだが、彼は四つのフィンのような浮遊物――ビット型兵器ブルー・ティアーズに囲まれ射撃の雨にさらされていた。

本体と独立したそのビットの集中砲火に今までまともにISを動かしたことのない一夏は翻弄され、手も足も出ないようだ。

 

『いつまでも逃げられるとは思わないでくださいまし!』

 

今度は続けて三発のレーザーが撃ち込まれる。

それを上下に動くことで避けるが、その先を読んでいたかのように四発目のレーザーが撃ち込まれる。

 

「ちっ……」

 

舌打ちをしながら体をひねり錐もみ回転をするように避ける。

だが、少し掠ってしまったようでシールドエネルギーが少し減少してしまった。

 

ISの勝負というのは、ISに搭載された操縦者を守るためのエネルギーシールドを展開するためのエネルギーの削りあいだ。

どちらがより威力の高い攻撃を叩き込むか、またはより多くの攻撃を当てることができるかに焦点があてられる。

攻撃を与える場所も重要で、クリーンヒットを与えられる場所――たとえば無防備な頭部などに与えられれば操縦者を守るためにISの最後の防御システムである絶対防御が発動し、エネルギーを大きく削れる。

 

簡単で分かりやすいISでの戦い。

そして、今回のバトルロイヤルでは和麻と一夏は圧倒的に不利だった。

セシリアが遠距離型なのに対し、二人は近接戦闘型。

一夏のISに関して和麻は全く情報を持っていないが、さっき見たときブレードを一本だけ展開して振り回していたことからまず間違いない。

 

対する和麻も持っている武装は三つだけで、遠距離武器は皆無だ。

 

『先ほどから逃げるだけとは。男とは所詮そのような存在ですか』

 

セシリアからプライベート・チャンネル――個人間での通信回線で和麻に声が飛んでくる。

 

セシリアの言葉はもっともだった。

何せ和麻は開始直後からずっとアリーナの中を飛び回っていただけで攻撃を全くしない。一夏のように武器だけでも展開するそぶりもない。

高機動型ISの持ち味である速度を駆使してセシリアの攻撃を避けるしかしていないのだ。

その空中制動はISに触れて少しの素人にしては見事だが、代表候補生のセシリアからしたらまだまだ無駄のあるお粗末なものだ。

 

『言い返すこともしないとは。流石わたくしをはめることでしか勝てない卑怯者の小物ですわね』

 

和麻が黙っているのをいいことにセシリアはプライベート・チャンネルでしゃべり続ける。

 

『あなたでしょう?生徒会長にあの録音データを渡したのは?』

 

『……根拠はなんだ?』

 

『はっ!堂々とわたくしの前でボイスレコーダーを見せびらかしておきながら、よくもぬけぬけと言いますわね!』

 

今日の授業にて、セシリアの謹慎が解かれ授業に出席した。

周囲から突き刺さる敵意の視線のなか、彼女は見たのだ。

授業内容を録音するためにボイスレコーダーをいじっていた和麻の姿を。

その瞬間、セシリアの頭は和麻がすべて裏で糸を引いていたのだと理解した。

流無もデータを渡しに行った際に、口八丁で丸め込んだと思い込んだ。

その結果、ふつふつとわいてきた怒りを、今和麻にぶつけている。

 

『わたくしを貶め、試合での不戦勝を狙ったのでしょうが無駄な努力でしたわね!あなたのような人を貶める最低最悪の下郎はここで成敗します!』

 

まくしたてるように言うセシリア。

一応、オープン・チャンネルで周囲に聞かせないのは、まわりのセシリアに対するアウェーな空気を読むくらいの理性は残っているようだ。この状況で観客に聞こえるように言っても、セシリアへの印象は覆らないと理解しているのだろう。

 

『あなたの指導をしたルームメイトもどうせ脅して無理やりやらせたのでしょう!その所業も白日の下にさらします!』

 

そこまで聞いて和麻はその場で急停止する。

その隙を逃すまいとセシリアは、先ほどの四連射を超える五連射のレーザーを叩き込む。

 

両手両足そして胸を撃ちぬく五条の光弾は――

 

『射線計算完了』

 

和麻に紙一重で避けられた。

 

「なっ!?」

 

必殺だと思った一撃を躱され、セシリアに動揺が走る。

 

その隙を見逃す和麻ではない。

一瞬にしてスラスターを最大出力で噴かせ、セシリアに接近する。

 

瞬間加速(イグニッション・ブースト)ですって!?」

 

一瞬でトップスピードに乗る近接戦闘の高等技術にセシリアは驚愕する。

和麻が一週間をかけて習得した切り札だった。

元々高機動型のISである叢雲が使えば、文字通り一瞬で相手に近づくことができる。

 

セシリアの目の前に現れた和麻は、驚愕する彼女に構わず蹴りを放つ。

それはセシリアの腹の部分にクリーンヒットし、彼女を地面にたたき落とす。

スピードも乗せたその一撃は勢いよくセシリアを吹き飛ばし、落下した地面からは砂煙が立ち込める。

そして、頃合を見計らい和麻はさっきから開きっぱなしになっていたプライベート・チャンネルでセシリアに話しかける。

 

『――お前はさっきから何を言っているんだ?』

 

『げほっがはっ!』

 

綺麗に決まった蹴りと、地面に叩きつけられた衝撃でせき込んでいるが和麻は構わない。

 

『まあ、俺がデータを流したのは認めてやろう』

 

『ぐっ、やはり……!』

 

『だがな、その後の推理は大外れだ』

 

心底呆れたという風に言う和麻。

 

『試合の不戦勝?下郎を成敗?脅された俺のルームメイトを助ける?何言ってんのお前?そもそも俺が望んだのはこの試合の勝利なんかじゃない』

 

『なん、ですって?』

 

『お前さ――ノブレス・オブリージュって知っているか?』

 

ノブレス・オブリージュ――

日本語に訳すと「高貴さは強制する」「高貴なる者の務め」。

 

財産・権力・社会的地位の保持には責任が生じることをさす言葉で、貴族などの特権と贅沢を正当化する隠れ蓑にもなったことがある。

 

つまり、人よりも優れた力を持つのなら、其れゆえに生じる義務もあるということだ。

 

『この言葉の発祥地はお前の国イギリスだ。『高貴なる者の務め』とはなかなか言えているなあ。だが、今のお前って全くこの言葉が当てはまらないよな?』

 

砂煙が完全に晴れた瞬間、和麻は猛然と殴りかかる――

 

 

 

 

一夏に向かって。

 

「へ?うおおおおっ!?」

 

いきなり自分に攻撃してきた和麻に一夏は混乱する。

 

「何するんだよ和麻!?俺とお前は味方じゃ――」

 

「いや、お前何言ってんの?これつぶし合い(バトルロイヤル)だぜ?自分以外全員敵だろ。あと、お前に名前呼び許したっけ?」

 

「え?いや、ちょ!?」

 

パンチ、キックを一夏に叩き込みながら和麻はセシリアにしゃべり続ける。

 

『そもそもの発端はお前の発言だ。あの発言が果たして人の上に立つべき人間の発言か?相手のことをよく知りもしないでこき下ろし、あまつさえ生まれ故郷を侮辱する。そんな人間を周りがどう思うのか。あの食堂で思い知っただろ?』

 

『!?』

 

フラッシュバックするあの昼休みの光景。

周りの生徒たちが向けてくる敵意の込められた視線。

あれの原因となったのはラジオの放送だが、そもそも流れたのはセシリアの言ったウソ偽りない言葉だった。和麻の手の全く加えられていない。

 

『今回、俺は期待していたんだぜ?お前がまず最初に謝ることを。だったら清々しい勝負ができた。俺も最初から出し惜しみなんかしないで武装を全部使って戦っていた。だが、お前は俺達や観客の生徒たちに詫びの言葉を入れるでもなく、ただ俺を睨みつけるだけ。つまり、反省していなかったってことだ』

 

『それは……それは……』

 

『それはじゃねえよ。真っ先にしなかった時点で説得力皆無だ。そもそもなんでお前が謹慎を解かれたと思う?この試合でお前が反省したかどうか生徒たちに見せるためだ』

 

あの食堂で流無は生徒たちに言った言葉を和麻は復唱する。

 

『一週間後、彼女が反省し終わるまで待っていただけないでしょうか?それから彼女のことを判断してください。お願いします――流無がお前を気遣ってそう言ったのに、お前は謝罪をするでもなく一方的な思い込みと妄想に怒りを燃やしただけだった。

いい加減気が付け。今ここでお前が戦えているのは流無が手を回したからだ。本来ならこの発言をした時点でイギリスから日本への侮辱として国際問題に発展。三日待たずして強制送還されていてもおかしくないのに、まだ政府から何の通達も来ていないのも流無が手を尽くしたからだ。お前が間違いに気が付き、更生するようにってな』

 

ガクリとセシリアは膝をつく。

和麻の言い分はどこまでも正しい。

 

『流無はこの先、お前がこのままだと必ず破滅すると危惧していた。国の威信を背負う代表の候補生が、それも専用機をもらうような努力を重ねた人間が、あんな発言をするのが許せなかったんだと。だから、俺が偶然録音した(・・・・・・)データを貸したんだ。そんできつい灸をすえたんだが……無駄だったようだな』

 

もはやセシリアは応えない。

自分の今までの行いにようやく気が付いた。代表候補生にあるまじき発言と態度。

反論のしようのない正論。

否定したい。

和麻が言った出鱈目だと。

だが、あの食堂での流無の目が思い出される。

浮かんでいた怒りと感じた怒気の記憶がセシリアの否定を言わせなかった。

 

ここでセシリアは戦意を喪失した。

 

 

 

 

おまけ

 

 

・バトルロイヤル前

 

「じゃあ、計画を確認しましょうか」

 

前日に迫ったバトルロイヤルのことで和麻と流無は就寝前の最後の確認をしていた。

 

「まずはプランAだな。『何もしない』だ」

 

「これはセシリアちゃんが反省していた場合ね。その場合は私もこの話を英国と日本政府に流させないようにするわ。生徒のほうもフォローは任せて」

 

親指を立てて言い切る流無。結構男前だ。

 

「次がプランB。『強制送還』」

 

「あいつが反省していなかった場合だな。その時は多分俺に突っかかってくるはずだ。作戦の開始は俺のシールドエネルギーが30%を切った。もしくはあいつが俺以外の人間を馬鹿にした時だ」

 

「分かっているわ。その時は遠慮なくこの話を両政府にばらして、ついでに英国からむしり取れるだけむしり取ってもらいましょう」

 

「くくく、いいなあ」

 

「ええ、いいわねえ」

 

黒い笑みを浮かぶ二人を眺めながら、ベッドに座ったシャーリーが一言ボソッと呟く。

 

「プランC――屠る」

 

両手を使って大きなCの字を作りながら言う。

その言葉に二人は大爆笑した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バトルロイヤル開始

窓から朝日が差し込み、和麻の顔を照らしている。

その光にゆっくりと和麻の意識は覚醒していく。窓のほうを向きながら寝るのは和麻の癖で、いつの間にか窓のある場所に向かって寝返りを打ってしまっている。

妹の遥香は、この行動の原因を究明すると言ってよく和麻の布団にもぐりこんで彼を困らせた物だ。

そんなことを寝起きの頭で思い出しながら目を開けた瞬間、和麻は柄にもなく慌てた。

何せ、目の前にシャーリーがすやすやと寝息を立てながら眠っていたのだ。

人形のような端正な顔立ちの美少女が、そのあどけない顔を向かい合わせて眠っているのだ。これで慌てない高校生男子はよっぽどの鈍感か、異性に反応しないアッチ系、そして不能になってしまっているやつだろう。

 

「な、なん!?」

 

「あら、起きた?」

 

「!?」

 

かけられた声に顔を隣のベッドのほうに振り向かせてみれば、流無がにやにやと笑っていた。

 

「昨日はお楽しみでしたね?」

 

「そう言う冗談は笑えないぞ」

 

そもそもIS相手にできるのだろうか?と言う疑問が残る。

シャーリーがどういう存在なのかよくわかっていない。人間のように見えるが、彼女はISなのだ。どこまで人に見えても、それは変わらない。

 

「うふふ。慌てる和麻君もなかなかいいわね」

 

「やめてくれ。人にやるのは良いが自分がやられるのは我慢できないんだ」

 

ぼやきながら和麻はシャーリーを起こさないように体を起こし、ベッドから出る。

和麻がいなくなったベッドではシャーリーがもぞもぞと何かを探すように手を動かし、その様子に流無が「かわいい」と顔を赤らめている。

 

「洗面所使うぞ」

 

「私はもう使ったからいいわよ」

 

「あいよー」

 

流無に返事をしながら、洗面所に入る。

そうして、歯磨き洗顔などを済ませた和麻が戻ると、流無は着替えを済ませたのか、すでに制服姿だった。

昨日会った時も思ったが。ストッキングがまた何とも大人っぽい雰囲気を醸し出している。和麻は朝から良いもの見れたと、心の中でつぶやく。

 

「朝食にはまだちょっと時間が速いわね」

 

時計を見てみるとまだ6時だった。食堂が開くのは6時半。学食としては結構速い時間なのだが、今日は起きるのが速すぎた。

 

「だったら、しばらく雑談でもしようぜ。準備はもうできているからな」

 

「いいわよ。話す話題はもちろん、あのことよね?」

 

「ああ、あのことだ」

 

にやりと二人はあくどい笑みを浮かべる。

二人が悪だくみしている横で、ベッドの上のシャーリーがころりと寝返りを打った。

 

 

 

 

 

二年生寮から出た和麻たちは、朝食を取りに食堂に向かった。

食堂は全学年共同使用なので、朝でもかなりの生徒で込み合う。

そんな中を、和麻たちは注目の的になりながら朝食をとっていた。

なにせ、一人は世界で二番目にISを動かした男子、一人はこの学園で有名な『二人の生徒会長』の片割れ、一人は世界で唯一の人の姿をしたIS。和麻とシャーリーは常に一緒なのは周知の事実なのだが、そこに才色兼備の流無が加わっていることで注目度が上がったのだ。

そんな中でも和麻は昨日と同じような調子で、アドレスを交換した生徒と出会えば気軽に声をかけ、話をしていく。

和麻の人付き合いの良さはどうやらかなり広がっていたらしく、朝食の席だけでアドレス帳にさらに15人のアドレスが登録された。

もっとも、それは流無も同じで、今の二、三年生のほとんどの名前が登録されているアドレス帳に一年生の名前がどんどん増えて行った。

 

和麻たちが朝食を食べ終えたころに、一夏が幼馴染の箒とともに現れた。

すると、和麻の周りにいた生徒たちが一斉に一夏のほうを向いたので和麻は一言彼女たちにささやく。

 

「隣のやつは織斑の幼馴染らしいぜ」

 

すると、生徒たちは箒の方にも注目し始める。

その隙に和麻は食器を片づけて、食堂を後にする。

シャーリーと流無も後をついてきた。

 

「うまく抜け出せたわね」

 

「まあな。あのままだったら時間ぎりぎりまでしゃべっていたな」

 

「女の子はおしゃべりが好きだしね」

 

「ああ、良く知っているよ」

 

流無の言葉に苦笑で返しながら、和麻は先ほどの生徒たちとの会話の中で気になったことを、スマホのメモ帳アプリに書き込んでいく。

どうやら昨日一夏の部屋で騒ぎがあったようで、ドアが壊れたそうだ。

トラブル体質とでもいうのか、織斑一夏という男は騒動の種をまいて歩いているらしい。

 

 

 

 

 

 

二日目の授業が始まった。もっとも予習をしてきた和麻にとっては何の問題もない授業で、たまに千冬に当てられたが答えられた。

逆に相変わらず一夏はついて行けてないようで、頭を抱えていた。

特に変わったことはなかったが、一夏に専用機が与えられること、それと篠ノ之箒がISの生みの親である篠ノ之束の妹であることが判明した。

 

前者は、世界中で467個しかないISコアの一つを用いて作成した専用機で一夏のデータを収集し、同時に自衛手段にするためとのことだ。

ようはモルモットみたいな扱いなのだが、一夏はいまいちよくわかっていないようだった。

余談だが、和麻のデータはシャーリーの協力なしには引き出すことができず、シャーリー以外のISでは和麻はせいぜい歩行させる程度のデータしかとることができない。

そのため、世界としては一夏のデータを何としても手に入れたいのだ。

 

後者については、それを聞いた生徒が箒に詰め寄ったが、拒絶するような箒の一喝で全員が引き下がっていった。

そのせいで昼休みになっても誰も箒に近寄らなかったのだが、一夏がそんな箒を無理やり食堂に連れて行った。

 

 

 

 

 

和麻は一夏が連れ出されていくのを横目に見ながら、食堂に向かう。

シャーリーと二人で行こうとしたのだが、

 

「あの、八神君」

 

「お昼一緒に居いかな?」

 

「かずやんもいこ~」

 

三人のクラスメイトが話しかけてきた。一人は昨日あだ名を決めあった本音であったのだが、もう二人は確か、

 

「のほほんと相川と鷹月……だったか?」

 

「うん。そうだよ!」

 

「覚えてくれていたんだ」

 

「俺はアドレス交換した相手を忘れない主義でな」

 

相川清香と鷹月静寐。

国家代表候補生などの大層な肩書は持っていない生徒だが、清香は明るく元気な、静寐はしっかり者の委員長のような感じの女の子だったと和麻は記憶していた。

 

「で、三人とも一緒に昼だっけ?いいぜ。シャーリーもいいよな?」

 

「はい。マスター」

 

和麻は三人と話をしながら教室を出る。その後ろにはシャーリーがトコトコと着いて行き、教室でそれを見ていたクラスメイト達は出遅れたことに歯噛みしていた。

 

 

 

 

 

「それでどうなの?」

 

「どうって何がだ?相川」

 

頼んだ月見とろろそばをすすっていた和麻は、正面に座る清香からの質問に聞き返す。

 

「クラス代表を決めるバトルロイヤルだよ」

 

「八神君、勝てるの?」

 

静寐も心配なのかフォークを置いて、スパゲッティを食べるのをやめる。

 

「何、いろいろ考えているさ。それに当日はシャーリーも頑張ってくれるしな」

 

和麻はそう言うと、隣で和麻と同じ月見とろろそばを食べていたシャーリーの頭に手を置いて、軽くなでる。

 

「八神君食事中に頭を撫でるのはマナー違反だよ」

 

「おっと、悪いな鷹月。シャーリーも」

 

「いえ、マスターの手は心地いいので問題ないです」

 

無表情だがどこかうれしそうに言うシャーリーに清香と静寐はメロメロになる。

 

「あ~ん、シャーリーちゃんかわいい!」

 

「本当にISなの?全然見えないわね。ただの可愛い女の子よ」

 

「はは、ありがとうな」

 

「んう?なんでかずやんが返事するの~?」

 

それまで特大パフェを食べていた本音がそう言うと、和麻もハッとする。

 

「なんでだろうな?」

 

「あれじゃない?娘を褒められて喜ぶお父さん」

 

清香は冗談でそう言うが、和麻はその言葉に少し悲しげな顔をしてシャーリーを見て、

 

「そう、かもしれないな」

 

和麻の雰囲気が少し変わったので、三人は少し不思議そうに顔を見合わせる。だが、三人の様子に気が付かなかった和麻はしばらくシャーリーに目を向け続けた。

しばらく会話が途切れたが、その様子に気が付いた和麻が再び話を再開させた。

こうして昼休みは過ぎて行った。

 

 

 

 

 

「来たわね。和麻君、シャーリーちゃん」

 

放課後、アリーナにやって来た和麻とシャーリーを流無が出迎えた。

水色の下地に白のラインが入ったISスーツを身に纏った流無は、とても魅力的だった。

抜群のプロポーションをした体が、水着と同じくらいの布地しかないISスーツに窮屈そうに押し込められている。

露出の少ないダイビングスーツのような、漆黒のISスーツを着ている和麻とは対照的だ。

 

「へぇ。こいつは眼福だな」

 

「そうでしょう~♪でも見とれるのは後々。訓練始めましょ」

 

「ああ」

 

そう言うと流無の体が光に包まれる。

そして、その身体に水色のISが装着されていく。

四基の水の翼を広げた幻想的な美しさを持つIS『霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)』。

和麻も一度見たことがあるが、あの時は薄れていく意識の中にぼんやりと目に入っただけだったので、しっかり見るのは初めてだ。

第三世代兵装であるアクア・ナノマシンで制御された水がスラスターから翼のように広がり、その身体を包み込んでいる姿は水の妖精(ウンディーネ)の名前にふさわしい。

 

「まずは基礎の飛行訓練。どう動けばいいのかわからないと戦うも何もないからね」

 

「そうだな。動かし方がわからないと始まらない」

 

流無の言葉に同意しつつ、和麻は頭の片隅で一夏のことを考える。

昼休み、和麻は少し先に来ていた一夏の様子を見ていたのだが教えを願い出た三年の先輩の誘いを断り、幼馴染の篠ノ之箒から教えてもらうそうだ。

小耳にはさんだことによると、一夏と箒は早速練習に向かったらしい。剣道場に。

 

そこで何で剣道場?と思ったが一応箒にも考えがあったのだろうと、考えるのをやめた和麻はアリーナにやって来た。

 

ちなみに一夏の逆ナンに失敗した先輩だが、今度は和麻のところに来たので和麻がその提案を快く聞き入れ、

 

「では、流無会長と一緒にお願いします」

 

と言ったら急に提案を断ってどこかに行ってしまった。

その時の和麻の様子を見ていた三人は、上げて落とすというえぐい和麻の仕打ちに(一人はパフェの中に隠されていたプリンに)戦慄していた。

 

「じゃあ、頼むぜ。生徒会長様!」

 

「任されました。後輩君!」

 

放課後のアリーナが閉まるその時まで、和麻と流無は訓練に明け暮れたのだった。

 

 

 

 

 

その様子をアリーナの観客席の影から覗く一人の影。

 

「ふーん、なかなかやるじゃない」

 

そして、別の場所にも。

 

「あれが……八神和麻」

 

 

 

 

 

そして、ついにクラス代表を決めるバトルロイヤルの日になった。

すでに放課後となっており、バトルロイヤルが行われる第三アリーナは観戦しに来た生徒たちでいっぱいになっていた。

一組のクラス代表を決める戦いなのだが、いろいろ注目度が高い。

 

男性操縦者の一夏と和麻がどれほどの腕前なのか?

和麻のISシャーリーはどんなISなのか?

イギリスの代表候補生にどう戦うのか?

 

一年生だけでなく二、三年生も押し寄せ、さらには教師の姿もちらほら見える。

 

ISスーツに着替えた和麻とシャーリーは、更衣室で最後の打ち合わせをしていた。

 

「できるだけの訓練はやって来た。大丈夫か?シャーリー」

 

「大丈夫ですマスター。マスターの期待に必ず応えてみせます。私はマスターの専用機なのですから」

 

相変わらず無表情だが、どこか張り切っているように見えるシャーリーに、和麻は「頼りにしてるぜ」と一声かけて更衣室を出る。

廊下を歩き、アリーナへと飛翔するためのピットに入る。

すると、そこには一夏となぜか箒がいた。

一瞬、なぜ無関係の箒がいるのかわからなかった和麻だが、そう言えば箒が一夏のコーチをしているという話を聞いたなと思いだす。

だが、二人の間にあるのは何とも言えない気まずい空気だった。

 

「なあ、箒?ISのこと教えてくれるはずだったよな?一週間、剣道しかしなかったんだが?」

 

「しょ、しょうがないだろ!お前のISはまだ届いていなかったんだから」

 

「だとしても、知識とかいろいろあっただろ!?教科書の内容を教えてくれるとかさ!」

 

「む……」

 

「目をそらすな!」

 

何となく和麻は事情を察した。

どうやら二人はこの一週間の間、ひたすら剣道ばかりしていたらしい。

コーチにふさわしくない相手を選んでしまった一夏を哀れに思うが、そう思うならなんで自分から行動しなかったのだろうか?

和麻は自主的に教科書を眺め、図書館にまで足を運んでISのことを勉強している。何も流無に強制されたことではない。生徒会長でもある彼女は付きっきりで和麻に付き合えないため、その分は自分で何とかしようと行動したのだ。

一夏もそれくらいできたはずだ。

なのにそれをしていないということは、この少年はまだこのバトルロイヤルを舐めている。

先日協力すると言っておきながら、一度も和麻のところに作戦などの相談に来なかったのが何よりの証拠だ。

 

「シャーリー」

 

「はい」

 

「勝つぞ」

 

「はい」

 

誰にとは言うまでもない。ただ流されているやつに、和麻は負けるつもりなど微塵もなかった。それは頼れるパートナーであるシャーリーも同じである。

と、そこに千冬と真耶がやって来た。千冬は落ち着いているが、真耶は慌てて走ってきたのか息を切らしている。

 

「お、織斑君織斑君!」

 

テンパる真耶の様子を横に見ながら、和麻は千冬に近づく。

 

「織斑先生。もうアリーナに出ても構わないでしょうか?」

 

「ああ、いいぞ」

 

「では、いくぞ。シャーリー」

 

「はい。マスター」

 

和麻はシャーリーの手を掴むと、そのままISを撃ち出すカタパルトの上を走り始める。

一夏たちが慌てるのに構わず、二人はカタパルトの先端までたどり着き、走ったことでつけた勢いを殺すことなくアリーナに向かって飛び降りた。

真耶が悲鳴を上げ、観客席からも、いきなり飛び出した和麻とシャーリーに気が付いた生徒たちの悲鳴が聞こえる。

カタパルトからアリーナの地面までの高さは10メートルほどで、もしも落ちたらひとたまりもない。

だが、和麻とシャーリーは慌てない。

ただ、自分たちの信じる力を具現化させるため、その名前を呼ぶ。

 

「来い、叢雲!!」

 

シャーリーの体が光に包まれ、粒子に返還される。

それは和麻の体を包み込み、彼の鎧となる。

 

シャープな曲線をした騎士甲冑を思わせる漆黒の装甲。

装甲を走る蒼いラインは爛々と輝きを放ち、機体を美しく彩る。

背中に装備された超大型スラスターが巨大な猛禽の翼を思わせる。

 

完全に展開され、その全容をあらわにした和麻の専用機IS『叢雲(むらくも)』。

アリーナの地面スレスレを滑空するように飛行し、一気に上昇。

なめらかで美しい飛行で指定されていた位置に滞空する。

 

「ふぅ、訓練通りできたな。どうだ?シャーリー。叢雲の様子は」

 

『エネルギー伝達問題なし。機体異常感知無し。オールグリーン。絶好調です』

 

「オーケー。なら、派手に暴れるか」

 

『見せましょう。私とマスターの力を』

 

「おう……あのデータの準備はいいな」

 

『ええ。もちろんです』

 

「『ふふふ……』」

 

二人そろってあくどい笑みを浮かべる。

どうやらシャーリーも和麻に少し影響されたようだった。

 

しばらくして目の前にセシリアが現れた。

右手に長大なレーザーライフル『スターライトmkⅢ』を持っている。

 

「あら、お早いですわね。そんなにわたくしに無様に負けたいのですか?」

 

「おあいにく様、俺にそんな趣味はないんだ。どちらかと言うと俺は虐める方が好きだ」

 

「あらそうですの?ですが、今日はあなたのご趣味にはお付き合いできませんわ。わたくしと闘う以上、無様に地面に這いつくばる以外有りませんわ」

 

「へ~楽しみにしておくぜ。お嬢様」

 

早くも舌戦で火花を散らす和麻とセシリア。

二人とも余裕の表情を崩さない。

 

(ふん、やせ我慢を。その口がいつまで続くことでしょうね)

 

セシリアは和麻の態度をやせ我慢だと決めつける。だが、試合開始から20分後。彼の余裕が本当のものだったことを悟る。

何せ、和麻の勝利はとっくに決まっているのだから。

 

 

 

 

 

猛禽類のような翼を広げた黒い騎士。それが一夏の抱いた『叢雲』の印象だった。

真耶から提示されたISデータ。

そこに記されているのは日本の第三世代ISであることと、近接仕様のISであることだけ。

待機形態のシャーリーの様子から女の子らしいISなのかと思っていたが、ずいぶんと威圧感のあるISだ。

装甲に奔る蒼いラインの輝きは脈動するように波打ち、まるで生きているかのような錯覚を与える。

 

「気分は悪くないか?一夏」

 

千冬の言葉に一夏は叢雲の機体データから目を離す。

今の彼は先ほど届いた専用機『白式』を身に纏っていた。

叢雲と同じ騎士甲冑のような灰色の機体だが、角ばっていて叢雲よりも厳つい感じだ。

 

「大丈夫だぜ、千冬姉」

 

「オルコットさんもアリーナに飛び出しました。データを表示しますね」

 

一夏の目の前に今度はセシリアのISデータが映し出される。

 

「イギリスの第三世代IS『ブルー・ティアーズ』です。遠距離型の機体ですね」

 

名称と一般公開されている情報のみだが、素人の一夏には詳細な情報など渡されてもどうしていいのかわからないので、それで十分だった。

 

「白式の一次移行(ファースト・シフト)は済んでいない。初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)は実戦で行え」

 

千冬の言葉の半分も理解できなかった一夏だが、とりあえず頷いておく。

 

「それではいきますよ」

 

真耶に誘導されカタパルトに足を乗せる。

 

「い、一夏!」

 

今から戦いに赴こうとしている一夏に対し、箒は何と言葉をかければいいのかわからなかったが、それでもどうにか言葉を告げる。

 

「勝ってこい!」

 

「おう!」

 

力を込めて返す一夏。

そして、カタパルトが起動し、一夏はアリーナへ飛び出していった。

残された三人のうち、箒は速くアリーナの中の様子を見るために開け放たれていた管制室のドアに向かう。

その様子を千冬は頭を押さえながらやれやれと首を振り、真耶と共にその後を追った。

 

その後ろに流無を張りつかせて。

 

 

 

 

 

アリーナの中心に浮遊する黒、白、青の三機のIS。

 

叢雲

 

白式

 

ブルー・ティアーズ

 

日本製の二機に、イギリス製の一機。

しかもすべてが最新鋭の第三世代IS。現行するISの最先端だ。

 

「間に合ったのか、織斑」

 

「あ、あぁ――おっと、と……何とかな」

 

ふらふらとした飛行で自分の隣にやって来た一夏に声をかける和麻。慣れない飛行動作で悪戦苦闘しながらも、一夏はそれに返す。

 

「危なっかしい飛行だな。ちゃんと練習してきたのか?」

 

「いや、全然できなかった」

 

「おいおい……」

 

一夏の言葉に呆れる演技をしながら、和麻はゆっくりと仕込みをしていく。

 

「誰かに教えてもらわなかったのか?」

 

「いや、ずっと剣道ばっかりやっていた。和麻は?」

 

「ん?親切なルームメイトに指導してもらった。すっげぇ助かった」

 

にこやかに言う和麻に、一夏はうらやましそうな目を向ける。

そんな目を男に向けられても気持ち悪いだけだった。

 

「ずいぶんと遅かったですわね。怖くなって逃げ出したのかと思いましたわ」

 

「待たせて悪かったな」

 

今度は一夏に舌戦を仕掛けるセシリア。

しばしのやり取りの後、管制室から真耶が試合の開始を告げられた。

 

『それでは、試合を開始してください』

 

 

 

 




次回、セシリアフルボッコになると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

叢雲 雷禍

お気に入り100人突破。ありがとうございます。
今回は和麻君大暴れです。おたのしみに
それでは、どうぞ!




 

「それでは、お別れですわね!」

 

開幕直後の先制攻撃を仕掛けるセシリア。

手に持っていたライフルの連射で和麻と一夏を狙い撃つ。

この一週間の間、ISの動きに慣れる訓練をしていた和麻は難なく躱すが、

 

「うわぁ!?」

 

さっき届いたばかりの慣れない専用機を操縦している一夏は左肩にまともに受けてしまう。

 

(白式の反応に俺が追いつけない!?)

 

「さあ、踊りなさい。セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

続けて発射されるレーザー。

 

「よっ、ほっ」

 

「うわっ!?ちょ?おおっ!?」

 

和麻は軽々と、一夏は必死に避ける。黒と白、どこまでも対照的な二人だった。

 

「やはり、先に狙うべきは」

 

セシリアは射撃を和麻に集中させ始める。

開始してから一分足らずで和麻のほうが脅威度が高いと認識したのだ。

 

「やっぱ俺を狙うか」

 

繰り出されるレーザーの雨。しかし、それを和麻はひらひらと舞うように避けつづける。

 

「もらった!」

 

セシリアが和麻のほうに集中した隙に、一夏がその手に近接ブレードを展開して斬りかかろうと接近する。

だが、そんな見え透いた攻撃に対応できないセシリアではなかった。

すぐにその場を離脱し、距離を取る。

和麻を射線に収めながら、一夏の攻撃が絶対に届かない距離を維持するあたり、流石は代表候補生といえた。

一夏は追いかけようとするが、レーザーで狙い撃ちされ、ダメージを受ける。

それが終わると再び和麻に向かってレーザーが雨のように注がれる。

 

「さっきから逃げてばかり。戦う気もありませんの?」

 

避けつづける和麻にセシリアがせせら笑う。

 

「あなたのような逃げ続けるだけの臆病者は、クラス代表にふさわしくありませんわ。サッサと堕ちなさいな」

 

セシリアがそう言うと、背中の部分からパーツが分離し、独立稼働し始めた。

フィンの形をした四つのパーツ――イギリスの第三世代兵装であるビット兵器『ブルー・ティアーズ』だ。

一機一機がレーザーを放つBT兵器で、IS一機でありながら、複数の相手と渡り合える。

数を増したレーザーの雨が和麻を襲う。だが、

 

「へー面白い兵器だな。だが、俺には当たらねえよ」

 

和麻は四方八方から放たれるレーザーを躱し続ける。

時に死角から放たれたレーザーも和麻は難なく回避してみせる。

 

「あなた、一体……!?」

 

いくらなんでもあり得ない。ハイパーセンサーは360°把握することができるが、それも意識を向けなければ意味が無い。なのに、和麻は意識を向けるそぶりさえ見せずに、死角からの攻撃を避けているのだ。

ビットのエネルギー補給のために一度呼び戻したセシリアに和麻は種明かしをする。

 

「お前忘れていないか?俺のISがなんなのか?」

 

小ばかにするように言う和麻にセシリアは青筋を浮かべる。

だが、次の瞬間にハッとする。

 

「まさか――!」

 

「そう。俺のISはシャーリーだ。お前がどうだか知らないが、俺は常にシャーリーが俺の周りを見張り、敵や攻撃の軌道を教えてくれる。俺たちは二人でいまお前たちと闘っている」

 

それこそが和麻がセシリアの攻撃を避けつづけられた理由。

高度な演算能力を有するISコア。そのコアそのものであるシャーリーが演算能力を駆使して和麻に回避ルートを提示していたのだ。

シャーリーという人格が発現しているIS『叢雲』を駆る、和麻にしかできない方法だった。

 

まあ、とはいえ弱点はある。いくらシャーリーが予測しようとも和麻に回避することができないルートを攻撃すればいい。

セシリアの攻撃はまるで教科書のお手本のようなワンパターンの攻撃だったからかわしやすかった。もしも、奇をてらった射撃をされたらアウトだ。

その一つが――

 

「はっきり言うが、お前の多角度射撃は通じない。レーザーが途中で曲がるなりなんなりしないとな」

 

「くっ……」

 

和麻の危惧している一つが、偏向射撃(フレキシブル)というレーザーを曲げる技能だ。だが、残念ながらイギリス唯一のBT適性Aのセシリアですら成功したことのない机上の空論だった。

そうとは知らずに言った和麻の言葉は挑発となり、セシリアの顔には悔しさが浮かぶ。

 

仕方なく、セシリアはビットを再び接近しようとしていた一夏のほうに向かわせる。

いきなり現れた四つのビットに一夏はハチの巣にされそうになり、慌てて回避を取る。

 

一夏の戦闘を横目にしながら、和麻はセシリアにプライベート・チャンネルを開く。

 

さあ、ここからが始まりだ。

 

 

 

 

 

『ところで、お前さっき俺がクラス代表にふさわしくない云々言っていたが……そう言うお前はふさわしいのか?』

 

甚だ疑問だという風に問いかける和麻に、セシリアはさっきの悔しさはどこへやら。当然だとでもいう風に言い返す。

 

『何をおっしゃっているのかしら?クラスを象徴する代表にこのセシリア・オルコット以外にふさわしい『大体、男がクラス代表など恥さらしですわ!このセシリア・オルコットにそのような屈辱に一年間耐えろとおっしゃるんですの!?』――!?な、何ですの!』

 

いきなり割り込んできた声――聞き間違えるはずのない自分の声にセシリアは混乱する。が、そのセリフは止まらない。

 

『物珍しいからという理由で極東の猿にクラス代表をやらせるなど困りますわ。わたくしはこのような島国までISを学びに来ているのであって、サーカスをしに来たのではありません!大体、文化としても後進的で低俗な国に暮らさなくてはいけないこと自体耐えがたい屈辱で――』

 

その後も続いたのは、セシリアはクラス代表を決めるときに行ったセリフだった。

 

『何って、お前の宣戦布告(笑)』

 

和麻が、それはそれはあくどい笑みでセシリアに教える。

 

『あの時さあ。俺授業を録音しようとボイスレコーダーを起動させてたんだよ。そしたら、こんなの録音出来ちまった』

 

さも偶然だという風に言う和麻に、セシリアはギリッと歯をかみしめる。

 

『それにしても改めて聞くとひどいなこれ。だってお前――』

 

――イギリスを破滅させようとしていているんだぜ?――

 

セシリアは和麻のその言葉の意味が分からなかった。イギリスを破滅?目の前の男は何を言っているのだ?

 

『やれやれわからないか。いいか?お前の発言。いきなり男性蔑視の問題発言だぜ?公にしたらイギリス候補生の品性が問われるだろうなあ?ただ男性だからと言う理由で人を見下す傲慢なやつってな』

 

その言葉にセシリアはハッとする。

如何に昨今の世界各国が女性優遇制度を実施しているとはいえ、男性を蔑にしろなどと言うことは言っていない。

何せ、それは人道に反する差別的行為に他ならない。

一昔前ならまだしも、国際社会の一員であるイギリスの次世代ISを操縦する候補生のセシリアが、その禁忌を侵したことが知られたら多大なバッシングを受ける可能性は極めて大きい。

 

『しかもその次は日本を島国。しかもそこに住んでいる俺達を猿呼ばわりとは。明らかな人種差別だ。流石は黒人を奴隷にした白色人種だな。確実なバッシング対象だ』

 

イギリスの白人がアフリカの黒人を隷属させ、奴隷として扱ってきたのは誰もが知る有名なことだ。それはとても根深く、長年国際社会で世界中が問題に取り上げつづけ、ようやく黒人たちは解放された。

セシリアの発言は、黒人を人とも思わない白人の言葉だと取られてもおかしくない。

 

『最後に日本が後進的で低俗な国だと言っているけれどさ~。じゃあ、日本人である篠ノ之束博士が作ったISを日本から分け与えられて、其れに乗って我がもの顔しているお前とお前の国は何なんだ?あとそういえばイギリスって、日本に経済方面で負けていたよな?日本が後進的で低俗ならそれに負けているイギリスってなんなんだ?なんなのか応えてくれないか?日本を低俗呼ばわりしたセシリア・オルコットさん?』

 

『…………』

 

セシリアはその言葉に応えられない。何せ、和麻の言う言葉は正しい。

続く言葉が出てこず、沈黙するセシリアに和麻は爆弾を投入する。

 

『あ、この録音データもう学園に提出したから』

 

「なあっ!?」

 

軽く言われた言葉にセシリアはオープン・チャンネルを思わず開き、悲鳴を上げる。

 

『というか、さっき流した。ほれほれよく見てみろよ。クラスメイト達がお前を見ているぜ?半分が日本人のクラスメイト達が、この場に来たほかのクラスや学年の生徒たちが、自分の国を侮辱したお前をな』

 

言われてセシリアが見回す。

 

(あ、ああ。ああああ……!!?)

 

確かに、クラスメイト達が自分を見ている。誰もかれもが自分を睨みつけている(・・・・・・・)?!

 

『ま、自分の国を悪く言われたんだから仕方ないよな。というかもう関係ないか。お前はこの後日本を侮辱したことで訴えられて国に強制送還。代表候補生の資格も剥奪されて、専用機もとられて。IS乗りとしてはやっていけないだろうからな。理解したか?お前にもう後は残っていないってことが』

 

「だ、黙りなさい!!この卑怯者が!!」

 

和麻の言葉にセシリアは我慢できなくなってレーザーライフルを撃つ。

それに対し、和麻は一切避けるそぶりを見せない。

だが、その顔は不敵に笑っていた。

 

「卑怯者?敗者の戯言だろ」

 

次の瞬間、レーザーがそっくりそのままセシリアに跳ね返った。

 

「え?きゃあああああっっ!!?」

 

自分のレーザーをまともに受けるセシリア。

何が起きたのかわからない彼女の耳、和麻の声が届く。

 

「対物理及び光学兵器用独立稼働シールド『八咫鏡(やたのかがみ)』――」

 

和麻の前に一つの楯が浮遊していた。

まるで鏡のような光沢を放つその楯こそが、叢雲に装備された武装の一つ。

三種の神器の一つで、神話では天照大神の姿を映し、岩戸の外へと誘い、世界に再び光をもたらした鏡の名前を付けられた防御武装だった。

 

「天叢雲剣――」

 

差し出された右腕に光が走り、そこに一振りの剣が生まれる。

彼の八岐大蛇の中から現れたと言われる、一振りの宝剣の名前を冠したそのブレードは、吸い込まれるような漆黒の刀身を白日の下にさらす。

 

「さあ、ここからが反撃だ」

 

右手の天叢雲剣を一振り、振るうと装甲に奔る蒼いラインが輝き始める。

 

『第三世代兵装『雷禍』発動。ナノマシン稼働開始』

 

そして、叢雲から雷撃が迸り始める。

 

「な、んですの?それは、一体!?」

 

「教えねえよ」

 

和麻は混乱するセシリアに一瞬で近づく。

 

「い、瞬間加速(イグニッション・ブースト)――!」

 

「おおおおおっっ!」

 

天叢雲剣を一閃。セシリアを斬り裂く。

 

「きゃあああああっっ!!?」

 

セシリアは斬り裂かれた衝撃と叢雲から生じている電撃の二重のダメージを受ける。

 

「悪いが休ませる気はないぜ。このまま雷禍の嵐に飲み込まれていろ」

 

そのまま連続でセシリアを斬り刻む和麻。

そこから先は一歩的な展開だった。

和麻の嵐のような剣劇に加え、電撃による攻撃が息をつく暇を与えない。

ビットを操作しようにも、電撃で操作を行うための思考を邪魔される。

時には腕を掴まれ直接電撃を流し込まれ、その衝撃に悲鳴を上げる。

しかも、先ほどの和麻の一言がセシリアの頭の中で渦巻いていた。

勝っても負けても自分には跡が無いと――。

 

 

 

 

 

「八神君一方的な展開ですね」

 

「おそらく、先ほどプライベート・チャンネルで何かを話していたのだろう。あれが原因だ。あれからオルコットの動きがどうもぎこちない」

 

管制室では真耶と千冬が戦闘の様子を見ていた。

画面には和麻の連続攻撃になす術もなくなっているセシリア。少し離れたところで、どうすればいいのか困惑する一夏が映っていた。

 

「でも、一体何を言ったのでしょうか?」

 

「それはそこの侵入者に聞けばいい!」

 

千冬はそう言うと、今まで気配を消して立っていた流無に向かって拳を繰り出す。

いきなりの攻撃に対し、流無はその手に持っていた扇子で受け止める。

バシィンと言う鋭い音が管制室に響く。

 

「あ~やっぱりばれましたか」

 

「はっ、去年散々手こずらされたからな」

 

冷や汗を垂らしながらそう言う流無に、千冬はにやりと笑って答える。

拳を元に戻した千冬は改めて流無に問いかける。

 

「お前は知っているのだろう?一体八神は何をした?」

 

「別に、これを流しただけですよ」

 

そう言うと流無はどこからか和麻のボイスレコーダーを取り出し、再生させる。

先日のセシリアの発言がしっかり録音されていた。

 

「まさか……」

 

「そう。和麻君はこれを流してオルコットちゃんにこの発言の問題点を説明しただけです。まあ、すこーし嘘をつきましたけれど」

 

「嘘だと?」

 

「ええ。この発言をアリーナの全員に聞こえるように流したっていう嘘です。問題点を指摘された後に、そんなことを言われれば観客の生徒たちが自分をどう見ているように見えるか、想像できますよね?」

 

そう、実は和麻はアリーナにこのデータを流してなんかいなかった。すべてはプライベート・チャンネルでのこと。しかし、セシリアは和麻の嘘を真に受けてしまい、観客が自分の敵だと思い込まされたのだ。

 

「そうなれば彼女は完全に動揺してしまいますよね?それがタネですよ」

 

「なるほどな。よくわかった」

 

「それにしてもだめですよ織斑先生。ちゃんと生徒の問題発言くらい罰してくださいよ。教師ならそれくらいできないと務まりませんよ?ここは軍隊じゃないんです」

 

「ちっ、わかっている。これが終わったらオルコットには特別補習だ」

 

悔しそうに言う千冬に、流無はクスクスと笑みを浮かべる。

話を終えた二人だったが、そこに一人の少女が割り込んでくる。

 

「そんな、そんなこと卑怯じゃないですか!?」

 

篠ノ之箒だった。

昔から直情的な彼女は、嘘や騙し討ちなどが大嫌いなのだ。

 

「まあ、確かに卑怯だけどさ。でもこれはオルコットちゃんにいい薬になると思うわよ?」

 

「……どういうことです?」

 

流無の言葉に箒は怪訝そうに聞き返す。

 

「もしもこのバトルロイヤルでオルコットちゃんが勝ってもクラスは歓迎しないわ。考えても見てよ?自分の国を悪く言った人が代表なんてあなたも嫌でしょ?」

 

「はい。嫌です」

 

一組には箒を筆頭に日本出身の生徒が過半数在籍している。

実はセシリアのあの発言でクラスメイト達は大なり小なりセシリアにいい感情を持っていないのだ。

 

「このまま自分の発言の問題点を教えないと、近い将来セシリアちゃんは多くの人たちを敵に回す。人っていうのは孤独に耐えられないのよ。和麻君はそれをセシリアちゃんに身を持って教えてあげているんじゃないかな?」

 

「はあ。なるほど」

 

箒は納得したのか引き下がる。

 

(和麻君、一応フォローはしてあげたわよ)

 

「では、あの雷は一体?」

 

「データでは叢雲に搭載された日本の第三世代兵器『雷禍』とのことです」

 

今度は真耶が箒の疑問に応える。

 

「装甲のあの蒼いラインの中を流れるナノマシンが発電・雷撃を巻き起こしているのです。ナノマシンをラインから放出したりして攻撃を行ったりしているんです。他にも応用すればいろんなことができるようになる万能兵器になる可能性を秘めているんです」

 

「未完成でお蔵入りしていたのだが、どういうわけか八神が起動させたときにISが自動的に完成させたらしい」

 

箒は二人の説明に納得し、再びモニターに目を戻した。

試合は終盤へ向かっていた。

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

「うぐっ……!?」

 

雷撃を纏った突きを受け大きく弾き飛ばされる。

体勢を立て直そうとするが、その前に和麻が突っ込んでくる。そのまま勢いを乗せた回し蹴りがセシリアの脇に入り、大きく吹き飛ばし地面に落下する。

 

「げほっ、がほっ!」

 

衝撃に咳き込むセシリア。

彼女の耳にバチバチという何かが弾けるような音が響き、その方に目を向けると――。

 

「さあ、これで終わりだ」

 

叢雲の雷撃が一つになって、天叢雲剣に纏わりついていた。

雷撃が剣のようになり、10メートル以上の長さになって見える。

 

「い、いやあ……」

 

それが自分に向かって振り下ろされる恐怖に、セシリアは涙を浮かべてしまう。

そんなことに構わず、雷の大剣が振り下ろされた。

誰もがセシリアの終わりだと思ったその時、

 

 

「やめろー!!」

 

 

そこに割り込む白い影があった。

 




フルボッコにできたかな。満足できた?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒雷と白光

天叢雲剣から放たれた雷撃の斬撃。それがもはやシールドエネルギーが雀の涙ほどしかなくなっていたセシリアに襲い掛かる。

その寸前で滑り込むことに成功した一夏は、セシリアを抱えて斬撃から逃れる。

 

「あ、あなた……なぜ?」

 

「いや、なんか危なそうだったから。大丈夫か?」

 

「え、ええ」

 

「よかった……」

 

セシリアは訳が分からなかった。なぜ一夏は自分を助けたのだろうか?

高圧的な態度で突っかかり一夏を侮辱し、あまつさえ生まれを貶した。

和麻に指摘された今では自分が彼に恨まれるようなことしかしていなかったことに気が付いている。だからこそ、彼女は一夏の意図がわからなかった。

 

「予想外にもほどがあるだろ……」

 

そして、訳が分からなかったのは和麻も同じだった。

和麻の作戦では、このままセシリアを倒して後顧の憂いもなく一夏を倒すつもりだった。

厄介な遠距離狙撃型のセシリアがいる状況では一夏とやりあうのは得策じゃない。まとめて落とされる危険性があるからだ。

よもや、そんな和麻の思考を読んでセシリアを助けた……

 

(訳ないよな。なんかものすっげえ睨んでいるし……)

 

一夏はセシリアを少し離れたところに運ぶと、和麻のところに向かってくる。

 

「和麻!いくら何でもやりすぎだろ!?」

 

「…………」

 

(…………)

 

その言葉に、和麻とシャーリーは沈黙する。

こいつは一体何を言っているんだ?という思いが二人の仲で渦巻く。

 

(マスター。彼は一体何を言っているのでしょうか?そしてなぜ怒っているのでしょうか?)

 

シャーリーの心底不思議だという疑問に、和麻も同意する。だが、一応聞いてみるかと、一夏に話しかけることにする。

 

「いや、お前……今何しているかわかっているのか?」

 

「何って、ISでの勝負だろ?」

 

和麻の問いに何を言っているんだという風に返す一夏。あえて言おう、お前が本当に何を言っているんだ?

 

「お前なあ……これはISでの勝負だ!つまりISのシールドエネルギーをゼロにしなきゃいけねえんだよ!」

 

「だから、もうセシリアは戦えなかっただろ!?そこにあんなやり過ぎな攻撃を――!」

 

「いや、あいつのエネルギーまだあったぞ」

 

怒りながらどんどんヒートアップしていきそうな一夏に和麻は冷静に突っ込む。

 

「へ?」

 

「ですよね?織斑先生」

 

『そうだな、オルコットのシールドエネルギーはまだ少し残っていた』

 

毒気を抜かれた表情になる一夏に、ついでとばかりに千冬の指摘が入る。

 

「あとな、最後のあれそんな威力ないぜ?ほとんど虫の息の相手に無駄な攻撃は俺はしない主義だ」

 

実際、最後の一撃は見た目が派手に見せていただけでそんなに威力はない。

当たった個所も少し地面が凹んだだけだった。

 

「えーとつまり……」

 

「お前の勘違いだ。馬鹿が」

 

もはや呆れて何も言えないという風に和麻はやれやれと首を振る。

途端に一夏は恥ずかしさに顔を真っ赤にする。

 

「まあ、馬鹿だが――」

 

叢雲から再びバチバチと蒼雷が迸る。

 

「俺にかみついたんだ。相手してやるよ」

 

天叢雲剣の切っ先を一夏に向ける。そこから雷が撃ち出され一夏に向かう。

一瞬で届いた雷はそのまま一夏を撃ちぬく。

 

「ぐあああああああああっっ!?」

 

雷の一撃はダメージだけでなく、ISの動きそのものを数秒間鈍らせる。しかも、ISを通して操縦者にも多少のダメージが流れるため、一夏は思わずその手に握った近接ブレードを取り落してしまいそうになるが、意地でこらえる。

そこに和麻が接近し、天叢雲剣を振るう。

ガキンッという金属音を響かせてぶつかり合う黒と白のIS。

なんとかブレードで天叢雲剣を受け止めた一夏だが、纏っていた雷に再びダメージを受けてしまう。

 

「ぐっ……」

 

「手加減はしないぜ!!」

 

和麻は右手だけで天叢雲剣を縦横無尽に振り回す。

嵐のような怒涛の攻撃に一夏は防戦一方。先ほどのセシリアと同じ状況に陥る。

何とかして活路を見つけ出そうとする一夏だが、上段に振り上げられた天叢雲剣をそのまま力任せに叩きつけられ、踏みとどまることができずに地面に叩きつけられる。

 

「がはっ!?」

 

肺から空気を吐き出し、咳き込む一夏。

そんな一夏に構わず、和麻は天叢雲剣を一夏に向かって、地面に串刺しにするかのように投擲する。

 

「やばい!」

 

それを転がることで躱す一夏。先ほどまで一夏がいた場所に黒い剣が突き刺さる。

思わず冷や汗が出る一夏だが、今の和麻は丸腰だとブレードを握りしめ、今持てる全力の力を込めて斬りかかる。

 

「おおおおおおっっ!!」

 

「いや、なぜ叫ぶ?攻撃する場所とかがバレバレだろ」

 

ブレードを振りかぶった一夏に対し、和麻は何もしない。

なぜなら、彼には頼りになる相棒がいるのだから。

 

キィィンというまるで鐘を叩いたかのような音を立てて一夏の近接ブレードが弾かれる。

 

「なっ、た、楯!?」

 

さきほど、セシリアのレーザーを反射して魅せた和麻の堅牢な防護盾、八咫鏡(やたのかがみ)だった。

独立稼働するこの防御武装はシャーリーの遠隔操作(リモートコントロール)で和麻を守る。

 

「ところでさ、織斑」

 

渾身の一撃を防がれたことで動揺する一夏に、和麻は言い放つ。

 

「俺お前に名前で呼ぶの許したっけ?」

 

再び放たれた雷に一夏はなす術もなく飲み込まれ、爆発を起こして落下した。

 

 

 

 

 

「一夏!!」

 

管制室で一夏が和麻に落とさる様子を見て箒が沈痛な叫び声を上げる。

 

「あの、いまさらですが何で彼女はこの管制室にいるんですか?ここって教師と特定の生徒しか入れないはずでは?」

 

流無が扇子を広げ「疑問愚問?」という達筆の文字を見せながら千冬に問いかける。

 

「織斑のコーチだから、らしい」

 

「はぁ……?ですが彼がこの一週間訓練機を使った記録(ログ)はないのですが」

 

流無は生徒会長としてアリーナの利用状況や訓練機の貸し出し記録を把握することもできる。覚えている限りでは一夏が訓練機のISを貸し出しして、アリーナを利用した記録など皆無だった。

 

「剣道をしていたそうだ」

 

「……すみません。もう一度お願いします」

 

「剣道をしていたそうだ」

 

聞き間違いかと聞き返した流無に、千冬はもう一度はっきり聞こえるように言った。

 

「IS舐めているんですか?」

 

剣道がISの訓練になるか、そんなので強くなれたら私は今頃世界最強(ブリュンヒルデ)だ、という本音を抑え込む流無。

 

「……本人達に言ってくれ」

 

流無は箒のほうを見るが、彼女は試合映像に夢中で流無たちの会話に気が付いていなかった。

 

 

 

 

 

地面に突き刺さった天叢雲剣を引き抜きながら、和麻は一夏が落ちたところ見据える。

砂煙が巻き起こり、一夏の姿がよく見えないがあれは確実に決まった。

一夏のシールドエネルギーは残っているはずがないのだが、未だ一夏の戦闘不能を知らせるアナウンスが流れない。

和麻がいぶかしんでいると砂煙が晴れて、一夏の姿が見えた。

だが、その姿はさっきまでとまるで異なっていた。

灰色だった機体は一切の穢れを許さないとでもいうべき純白に変わり、工業的な装甲もシャープな騎士甲冑のような物に変わっていた。

スラスターも大きくなり、叢雲ほどではないだろうがスピードも出そうだ。

さっきまであったセシリアと和麻の攻撃で損傷した個所も修復されている。

この現象を、和麻は知っていた。

 

一次移行(ファースト・シフト)か。土壇場で完了したってところか。なんだその御都合主義の主人公的展開」

 

呆れながら和麻が呟くが、自分もご都合主義のような展開でこの叢雲を起動させて、シャーリーと出会ったなと思い返す。

 

「よくわかんねえけど。これで俺専用になったってことだな」

 

一夏は再び近接ブレードを展開する。

すると、さっきまではなかったブレードの名称が表示された。

 

「『雪片弐型』?雪片って千冬姉が昔使っていた?」

 

かつて、世界中の選び抜かれたIS乗り達が世界最強の称号をめざし、しのぎを削った第一回IS世界大会モンドグロッソ。

それに出場した千冬は、近接ブレード一本のみを武器にして頂点に立った。

その武器の名前が雪片だった。

つまり、今一夏の手にある『雪片弐型』はその名前の通り、雪片の後継機なのだ。

 

「俺は世界一の姉さんを持ったよ」

 

うれしそうな顔をして雪片弐型を構える一夏。

正眼に構えたその切っ先は、目の前の和麻に向けられる。

一方、和麻も天叢雲剣を構える。切っ先を一夏に突出し、柄を持つ右腕を後ろに引き絞り、左手を添えるという、鋭い突きを放つ構えだ。

黒と白。

何物をも内包する色と何物にも染まる色。

二人の向かい合わせは、一種の運命的なものまで感じられた。

 

「だけど、守られるのは終わりだ」

 

雪片弐型の刀身が開き、そこからエネルギーでできた刃が飛び出す。

それに対抗するように、和麻も機体から蒼雷を迸らせ、天叢雲剣に纏わせる。

 

「俺も俺の家族を守る」

 

地面を踏みしめ、弾丸のように勢いよく飛び出す。

 

「とりあえず、俺は千冬姉の名前を――」

 

和麻も引き絞った右手の力を解放する。

鋭く突き出された天叢雲剣からは凄まじい雷撃の槍が放たれて、一夏へ向かって放たれる。

 

「守る!!勝負だ和麻ぁっ!!!」

 

 

 

 

 

「いや、だからお前に名前呼びを許してねえよ」

 

「へ?」

 

一夏が拍子抜けしたような声を出す。なぜなら放たれた和麻の一撃は一夏にあたることなく、その向こうにいた和麻にライフルの照準を合わせていたセシリアに向かって行き、

 

『セシリア・オルコット戦闘不能』

 

シールドエネルギーをゼロにした。

そのことを一夏が気を取られていると、

 

「はい、お前も終わり」

 

和麻がパチンと指を鳴らす動作をすると、いつの間にか一夏の足元にあった黒い物体が爆発。凄まじい炎と雷の衝撃に一夏のシールドエネルギーもゼロになった。

 

八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)。叢雲の最後の武装で投擲用炸裂焼夷弾だ」

 

そう言い残し、和麻はアリーナを後にする。

アリーナには大の字で気絶した一夏と、電撃で思うように動けなくなったセシリアが残された。

こうして一組のクラス代表を決めるバトルロイヤルは和麻の勝利で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

更衣室で制服に着替えた和麻はとりあえずアリーナの女子更衣室の前で待っていた。隣にはシャーリーが和麻から借りたスマホで将棋のアプリをしていた。最高難度に設定されているが、高度な演算能力を持つシャーリーにかかればスマホアプリのプログラムなど敵ではない。順調に相手の駒を奪い、勝利に近づいていく。

 

しばらくすると、更衣室から一人の少女が出てきた。

 

「よう」

 

「よ」

 

「な!?あ、あなたたちは!?」

 

声をかけた二人に気が付き、驚くセシリア。

 

「めんどいから用件だけ済ませるぞ」

 

そう言うと和麻はポケットの中から一つのUSBメモリを取り出すと、それをグっと握りしめる。

バキバキッと言う音を立てて砕け散るUSBメモリ。セシリアは和麻の行動の意味が分からずに怪訝な目をする。

 

「ほい。これであの録音データは無くなったぜ」

 

「どういうことですの?すでにあのデータが試合中に流されているのに、いまさらこんな「ああ、あれ嘘」なんですって!?」

 

「だから、あれ嘘。プライベート・チャンネルでしか流してないから。提出したっていうのも嘘だから、お前がイギリスに連れ戻されることはねえよ」

 

「え……?」

 

「ま、これに懲りたら自分の言葉には気をつけろよ。お前は無責任に喚いてもいい子供じゃないんだからな」

 

いいたいことだけ言って和麻はその場を後にする。

セシリアはしばらく狐につままれたような顔をしていたが、和麻たちの姿が見えなくなってから和麻に感謝すればいいのか、それとも自分をだましたことに怒ればいいのかわからなくなって、とりあえず一言「性悪男!」と叫んだ。

 

ついでに偶然通りかかった用務員にUSBメモリの残骸の片づけをさせられ、再び和麻に悪態を吐いたのは余談である。

 

 

 

 

 

寮に戻ってもやることが無いので、学園をぶらぶらすることにした。後ろからはシャーリーがトコトコとついてくる。

 

IS学園は人工島に立っており、生徒が快適に過ごせるような施設が充実している。

寮や食堂、校舎とは別に売店専門の建物があり、生徒たちからは売店棟と呼ばれている。

そこで和麻はシャーリーのためにお菓子や、自分の好きな飲み物を購入する。

買い物袋を片手に下げて、公園のようになっている場所に足を向ける。

そこは、休日なんかには生徒たちが散歩をしたりする場所で、噴水のほかベンチが並んでいる。

その公園を進み、木陰の下にベンチがある場所を見つけてそこに腰を下ろそうとする。が、

 

「マスター。あそこは人がいます」

 

シャーリーが和麻の制服の裾を引っ張って制止させる。

ベンチは背もたれを前にして見えているので、ベンチで横になっていればこちらから見えない。

それでもシャーリーがそこに誰かがいるとわかったのは、

 

「専用機持ちか」

 

「はい。情報も得られますが」

 

「いや、いい。いらないだろ別に」

 

ISコアの間で情報をやり取りするコアネットワークで、その位置情報を得ることができる。だから、シャーリーは今現在学園にあるすべてのISの位置を把握することができるのだ。

 

「っていうことは、誰かが寝ているのか?」

 

和麻はそのままズンズンと進み、ベンチに回り込む。

そこには一人の女の子が寝ていた。

流無と全く同じ容姿だが、髪だけは流無と違いセミロングに切りそろえられている。

その少女を、和麻は知っていた。

 

「更識刀奈か?」

 

「そうよ」

 

和麻のつぶやきに、パッチリ目を開いた刀奈が答える。

起き上がった刀奈はうーんと背伸びをして、体をほぐす。

 

「やあ、久しぶりだね。八神和麻君。シャーリーちゃんもおひさ~」

 

「おう、久しぶりだな」

 

「ん」

 

手を上げて挨拶を交わす三人。和麻が担ぎ込まれた病院以来の集まりだった。

和麻とシャーリーは刀奈と同じベンチに腰掛け、買ってきたお菓子を食べたり、飲み物を飲み始める。

それをうらやましそうに眺めていた刀奈にシャーリーのお菓子を分けたりしながら、話しをする。

 

「君がいるってことはクラス代表決定バトルロイヤルはもう終わったの?」

 

「ああ、俺の一人勝ちでな」

 

「おお~すごいじゃない。これで晴れてクラス代表じゃない」

 

「だけど正直、めんどくさいんだよな。なんか逃げる口実ねえかな?」

 

和麻としてはクラス代表になどなるつもりはない。だが、叢雲――シャーリーで戦う以上負けたくなかったのだ。

デビュー戦を敗北など、和麻の趣味じゃない。

 

「うん、良し分かった!お姉さんが一肌脱いであげましょう!」

 

「お?マジで?じゃあまずはストッキングから頼む」

 

「ダーメ。お姉さんの生足は高いのよ」

 

刀奈の言葉に和麻は茶々を入れるが、刀奈は軽く流す。

 

「そうじゃなくて、あなたがクラス代表にならなくてすむ方法があるの」

 

「一体何をするんだ?」

 

「それはね――」

 

 

 

 

 

翌日、朝のSHRにて教卓に立った真耶が笑顔で昨日のバトルロイヤルの結果決まったクラス代表の名前を告げる。

 

「それでは、一組のクラス代表は織斑一夏君に決まりました。みなさん、拍手♪」

 

パチパチパチとクラス全員が拍手する中、一夏はうなだれ、和麻はクククッと笑いをかみ殺している。

 

「あの~何でおれがクラス代表に?和麻が勝ったんだし、和麻なんじゃあ?」

 

「それは八神が昨日生徒会入りしたからだ」

 

一夏の疑問に千冬が答える。

そう、刀奈が出した方法とは、和麻が刀奈と流無が会長を務める生徒会に就任することだった。

こうすればクラス代表との兼任は荷が重いため、辞退できるということだ。

ちなみに、役職は副会長だ。

 

(今日の放課後顔合わせに行かないとな。あの二人が会長なら面白そうだ)

 

一夏がクラスメイトからもてはやされている様子をしり目に、和麻は今日の放課後の生徒会への顔出しに思いを馳せていた。

 

生徒会と聞くと堅苦しそうだが、刀奈と流無の二人がいるのならきっと自分好みの集団なのかもしれない。下手な部活動よりも面白そうだ。

 

「クラス代表は織斑一夏。異論はないな?ではSHRはここまでだ」

 

千冬の号令で今日の授業が始まる。生徒全員が机の中から一限目の科目の教科書とノートを取り出し始めた。

 

なお、一限目の授業が始まる前にセシリアが一週間前の自分の発言について、クラスメイト達に謝罪をした。

その時、和麻にだけは睨みつけるような目を向けてきたが、当然ながら和麻はスルーした。

 

 

 

 




フルボッコというかただのギャグキャラですね、一夏。
さあ!次はお待ちかねの生徒会だ!それが終わればおもちゃの登場!

感想評価お願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IS学園生徒会

「どういうことなんだよ和麻!」

 

一限目の授業が終わってからの休み時間。和麻のもとにやって来た一夏は開口一番和麻に文句を言う。何の文句かというとやはりクラス代表の件だろう。

 

「だから言っただろ?俺は生徒会副会長になったんだ。クラス代表なんて雑用……もとい大役は兼任できない」

 

「いま雑用って言ったよな!?」

 

「ああ、言った」

 

叫ぶ一夏を鬱陶しそうな目で見る和麻。というかなぜこいつは名前呼びをするのだろうか?

 

「あの、少しよろしいでしょうか?」

 

そんな二人に話しかける声。和麻は見えていたが、一夏は後ろを向いていたので振り向いてみると、そこにいたのは昨日のバトルロイヤルで二人と闘ったセシリアだった。

 

「あの、織斑さん。昨日はその、助けていただきありがとうございました」

 

「え、いや、結局俺の勘違いだったわけだし」

 

セシリアの言葉に一夏は何とも言えない顔をする。あれは自分の早とちりだったのだし、その後も何とも情けない負け方をした。

目が覚めた時の一夏に対する、姉である千冬の最初の言葉が「みっともない姿をさらしおって」であった。

実際、かっこよく啖呵を切った割にあの負け方は情けないという他ない。

記録されたそのシーンを、何度も何度も再生して一夏に見せた千冬を、一夏は本物の鬼かと思った。

 

「正直、あの時のあなたは何をしているんだとわたくしも思いました」

 

「うぐ!?」

 

セシリアの言葉に再びショックを受ける一夏。だが、セシリアが言った言葉は、一夏が思っているような勘違いでセシリアを助けたことではなかった。

 

「なぜ、あなたを侮辱したわたくしを助けたのですか?」

 

そう、そこがセシリアのわからないことだった。

勘違いとはいえ、自分だけでなく生まれ故郷までも侮辱したセシリアをなぜ一夏は助けようとしたのだろうか?

 

「え、あ……いや。あの時は当たったらが危ないと思ったから」

 

「……それだけですの?」

 

一夏の答えに、セシリアは少し気が抜けてしまう。

 

「それだけだな。それに誰かを助けたいと思うのに理由はいらないと思う」

 

「そう、ですか……あなたはあの男たちとは違うのですね」

 

「え?何か言ったか?」

 

「いいえ。ふぅ……改めて、織斑一夏さん。先日は本当に失礼しました」

 

頭を下げるセシリア。もう彼女の中に男性蔑視の思いはなくなっていた。

 

そもそもセシリアの男性嫌いは彼女の父親が原因だった。

貴族の出で、いくつもの企業を立ち上げたやり手の母親と婿養子として結婚したセシリアの父親。

常に母親の顔色をうかがい、頭を下げてばかりいる父親をセシリアは嫌い、将来は強い男と結ばれたいと思うようになる。

そんな折、彼女に不幸が訪れた。両親が一緒に乗り合わせた列車で事故に逢い、二人とも帰らぬ人となったのだ。

なぜいつも仲の悪かった二人が一緒に居たのかわからなかったが、そんなことを気にする暇はなかった。

二人の残した莫大な遺産を狙って様々な人物がセシリアに迫った。

そのほとんどが欲に目のくらんだ男たち。

 

両親の残してくれた物を守るために、必死に勉強して今のイギリス代表候補生、第三世代ISの専属操縦者と言う地位を手に入れたセシリアだったが、彼女の中では男性に対する悪印象が決定づけられたのだった。

 

「それと八神さん」

 

「ん?なんだ?」

 

「あなたにもお礼を言いますわ。あなたのおかげでわたくしは間違いを正せました。ですが、次は負けません」

 

和麻に向かって真っすぐ放たれたその言葉に、もはや驕りも油断もなかった。

次は必ず勝つという気概がビシビシと伝わってくる。

和麻はそんなセシリアに対し、不敵に笑うことで返事とした。

次の授業の予冷が鳴ったのは、丁度その時だった。

 

 

 

 

 

 

『おにーちゃんおにーちゃん元気ですか!?遥香は元気ですよ!!』

 

「あーうん、元気だぞ」

 

昼休みの食堂で本音、清香、静寐の三人と昼食を食べていた和麻とシャーリー。そこに和麻のスマホに着信が来た。

食事中とはいえ、着信を断るのは悪い気がしたので相手を見た瞬間――速攻で切った。

何事もなく食事を再開しようとしたのだが、いきなりスマホが繋がった。

そして、勝手にスピーカーモードになっていきなり食堂に遥香の声が響き渡った。

 

全員が唖然とする中、向こう側からスマホを操作した妹に和麻が応答する。というかどうやって離れたところにあるスマホを操作したのだろうか?

 

『ひどいです!元気なら何で切るんですか?』

 

「今食事中なんだ。さっさと用件済ましてくれ」

 

机の上にスマホを置き、和風ハンバーグ定食のメインであるハンバーグを頬張りながら、スマホに話しかける。

 

『実はですね、私もIS学園に編入しようと思います』

 

しかし、次の言葉に驚いた和麻は飲み込もうとしていたハンバーグを気管に詰まらせてしまう。

もがく和麻にシャーリーが水を差し出し、それを受け取った和麻はごくごくと飲みほす。

ゲホゲホ咳き込みながらも、何とか一息ついた和麻はスマホに向き合う。

 

「お、おまっ――お前は一体何を言ってるんだ?!」

 

『なんですか?おにーちゃんは耳がおかしくなったのですか?』

 

「電源切る」

 

『わあああ!!待ってください待ってください!!』

 

和麻がスマホの電源を切ろうとすると、電話の向こうの遥香は慌てる。

その様子にフンっ、と鼻を鳴らした和麻は、電源を切るのをやめて、味噌汁をずずっと啜る。

 

『実はですね、おにーちゃんに会いたくて会いたくてIS学園に無断で行こうと思いまして、IS適性検査を受けてみたところA判定が出ました』

 

IS適性A。それは代表候補生クラスの適正値であり、一流のIS乗りになりうる才能である。

 

『そのうち編入試験を受けますので、待っていてくださいね』

 

「おい、待て。推薦はどうした?」

 

和麻は疑問に思ったことを聞く。

IS学園への編入試験には国家、または企業からの推薦無くしては受けることができない。

 

『更識さんのところの企業からもらいました』

 

「ああ、そうか……」

 

どうやって話をつけた?と和麻は思ったがなぜか聞いてはいけない気がした。

 

『フフ……話の分かる一太刀(ひとたち)、あ間違えた。人たちでした』

 

うれしそうに言う遥香の声を聴きながら、和麻はデザートのフルーツヨーグルトを口に運んだ。

 

 

 

 

 

放課後。和麻とシャーリーは、学園内の案内板に書かれていた生徒会室へ向かっていた。

何やら一夏がいろいろ話しかけてきたが、そんなものよりも和麻は生徒会への興味があったため、無視してきた。

 

「お、ここだな」

 

生徒会室というネームプレートが掲げられた部屋。果たしてあの二人が会長を務める生徒会とは、一体どんな集団なのだろうかと期待に胸を膨らませながら、和麻はそのドアを開けて中に入った。

 

「あら?」

 

中にいたのはメガネに三つ編みのいかにも委員長と言うべき容姿の少女だった。胸元のリボンを見てみれば赤色、すなわち三年生を示す色だった。つまり和麻よりも年上だ。

生徒会室の中には、他にもデスクに向かい合って一心不乱に紙にペンを走らせている金髪の少女もいた。

 

「あなたは、八神和麻君ですね?」

 

「はい。あなたは?」

 

普段は敬語は使わない和麻だが、流石に初対面の年上、しかもまともな感じの虚に対しては敬語を使う。

 

「生徒会書記の布仏虚です」

 

そう言ってあたまを下げる虚。少し硬い感じがするなと和麻は思ったが、それが彼女の持ち味なのだろう。

 

「あなたたちのことはお嬢様からうかがっていますよ。ようこそ、生徒会へ。八神和麻さん、シャーリーさん」

 

会釈しながら和麻たちに歓迎の言葉を言う虚。

彼女に促されて和麻とシャーリーは、備え付けられた来客用のソファーに腰を下ろす。

そんな二人の前に虚が紅茶を入れて持ってくる。

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう」

 

和麻は出された紅茶のカップに口をつけて、一口飲む。

うまい。茶葉のうまみが程よく出ていて、しかもお茶の温度もちょうどいい。むかし、イギリスで飲んだ本場の紅茶よりもうまいかもしれない。

シャーリーも気に入ったのか、コクコクと紅茶を飲んでいた。いや、もう飲み終わって虚にお代わりを頼んでいる。

 

「お嬢様はもう少ししたら戻ってくると思いますから……」

 

「ただいまー」

 

虚が言い終わる前に生徒会室のドアが開いた。やって来たのは流無だった。

 

「あれー?和麻君何で生徒会室(ここ)にいるの?」

 

「知らないのか?俺今日から生徒会に入ったんだぜ?」

 

不思議そうな顔をする流無に和麻が答えると、とても驚いた顔をする。どうやら本当に知らなかったようだ。

 

「ええ!?私知らないわよ!?どういうことなの虚ちゃん!!」

 

「昨日刀奈お嬢様から連絡がありまして、彼が生徒会役員になると。ちなみに、役職は今のところ副会長と庶務が開いていましたので――」

 

「俺が副会長で」

 

「私が庶務です」

 

和麻とシャーリーが補足する。

 

「あのバ刀奈。私が会長なのに知らせないってどういうことよ!」

 

うがーと怒りをあらわにする流無に和麻が一言。

 

「いや、あいつも生徒会長だろ?」

 

「私のほうが偉いのよ!」

 

ビシッと和麻に向かって宣言する流無。

 

「そもそもIS学園の生徒会長っていうのは、IS学園で最強の実力者のみが成ることを許されるの。つまり、あのバ刀奈よりも強い私のほうが真の生徒会長――!」

 

力強く断言する流無。だが、そこに声がかかる。

 

「あら?誰が私より強いって?」

 

「!?」

 

声の主は新たにドアの前に立つ、流無に瓜二つの容姿をした刀奈だった。

 

「やっほ~かずやん」

 

隣には本音がいて、余った長い袖を旗のように振っていた。

 

「な、なんでこにいるのよ!?今週は私のはずでしょ!」

 

「新役員がいるんだし全員顔見せをする必要があるでしょう?そんなこともわからないの?」

 

フフンッと笑いながら言い放つ刀奈に、流無は悔しそうに歯ぎしりをする。

実は二人の生徒会長がいるため、週ごとに交代で会長職をこなしているのだ。ここまで妥協するのに凄惨な戦いがあったと関係者は語る。もっとも、あまり守られていない時もあるのだが。

 

「はいはーい。それじゃあみんな席について。お互いの自己紹介するから」

 

「ちょっと!仕切るのは私!」

 

言い合いをしながらも二人は生徒会の上座の位置に存在する、少し大きめのデスクに向かう。

デスクの上には右側に刀奈、左に流無の名前のプレートが置かれている。

それぞれのプレートの前に二人が立つと、虚、本音もそれぞれ自分の席に向かう。

 

「それじゃあ自己紹介行ってみよー!」

 

「何であんたが仕切るのよ!」

 

刀奈の号令と流無の抗議を皮切りに、役員たちが自己紹介を始める。

 

「書記の布仏虚です。お嬢様お二人とは幼馴染ですので、たまにお嬢様と呼んでしまいますが気にしないでください」

 

「布仏ってもしかして、のほほんのお姉さんですか?」

 

「あら、渾名呼びとは仲がいいのですね。ええ。本音は私の妹です」

 

柔らかく微笑んで和麻の疑問に応える虚。

 

「和麻君が敬語って新鮮ね」

 

「相手によっては敬語を使った方が取り入りやすいからな」

 

「うんわかるわー」

 

あははと流無と笑いあう和麻。

 

「はいはい。紹介進めるわよー。次はサラちゃんお願い」

 

「分かりました」

 

刀奈の言葉に、さっきまでデスクに向かい合って紙にペンを走らせていた金髪の生徒が返事をする。

胸元のリボンは黄色。刀奈、流無と同じ二年生だ。

 

「会計のサラ・ウェルキンです。先日は私の後輩が失礼なことをしてしまいました」

 

そう言って和麻に頭を下げるサラ。和麻は何のことかわからない顔をするが、ふと思いついたことを口にする。

 

「もしかしてオルコットの事か?あいつがお前の後輩ってことは……」

 

「はい。私は専用機はありませんがイギリスの代表候補生です。私が指導したこともあるのですが、どうやら指導不足だったようで。ホント、ご迷惑おかけしました」

 

セシリアの一件は学園中にかなり広まっており、それは二年のサラの耳にも届いていた。

 

「過ぎたことだしもういいぜ。俺は気にしていない。もしもあんたがまだ気にしているのなら――」

 

「気にしているのなら?」

 

「もう一度ビシビシバシバシ指導してやれ。もう足腰立たなくなるまで」

 

いい笑顔で言う和麻。その時、セシリアに寒気が走ったとか走らなかったとか。

 

「それもそうね。やっぱり鞭かしら……」

 

ぶつぶつと呟き始めたサラをそのままに自己紹介は続く。

今度は本音だった。

 

「布仏本音~。役職は~マスコット」

 

「……マスコット?それは果たして役職なのか?」

 

「まあ、癒し存在?」

 

「愛玩動物?」

 

「目を離すとなにをするかわからない困った妹です」

 

「かわいいですね」

 

刀奈、流無、虚、サラの四人の答えに本音はてへへ~と照れくさそうにする。

 

「最後の大取は私、生徒会長の更識刀奈よ!」

 

「ちょ!生徒会長はこの私、更識流無よ!」

 

二人とも扇子を取り出し広げる。そこには二人そろって達筆で「学園最強」という文字。

 

「あら~先日私に将棋で負けたくせに、まだ最強を名乗るのかな?流無ちゃんは」

 

「その前のチェスは私の勝ちだったわよ!バ刀奈」

 

「その前の早食い対決は私の勝ちよ!」

 

「その前のマラソン勝負は私の勝ち!」

 

ぎゃーぎゃーと言い争いを始める二人を見て、虚はやれやれと首を振る。

 

「すみません。たまにお二人はこのような言い争いを始めてしまうのです」

 

「ふむ。見ている分には微笑ましいですが?」

 

「そうなのですが、適度な時に仲裁に入らないと乱闘になりかねないので」

 

「なるほど……それはそれで面白そうだ」

 

いろいろと、高校生男子的には楽しめそうな光景だ。

 

「それで、生徒会副会長の八神君の席は私の隣になります。シャーリーさんはサラさんの隣。八神君の前です」

 

「サンキュー。じゃあ、仕事とかいろいろ教えてくれ」

 

和麻は虚にそう言うが、彼女は何ともばつの悪そうな顔をして「実は……」と消え入りそうな声で応える。

 

「もう、仕事ないんです」

 

「は?」

 

「その……お嬢様がたがどちらがより多く書類を処理できるか張り合っていたら、いつの間にか全部終わってしまいまして。それも二カ月先の物まで全部、終わってしまいました」

 

「つまり、現状生徒会の仕事は全くないのよ」

 

虚の言葉にサラが補足を入れる。

 

「へ~。それは面白いことになったな」

 

「?なぜです?」

 

「だって面倒な仕事が無くなったってことはこれからいろいろ好きなことをできるんだろ?もう終わった仕事に何か付け加えるのもいいし、新しい試みに挑戦するのも面白そうだ」

 

和麻は何かそうゆうのないのかと尋ねると、虚はそう言えばと一枚のプリントを差し出す。

 

「新入生と上級生との交流オリエンテーションが来週の土曜日に行われることになっています。その企画もすでに出来上がっていて学園長からのハンコをもらったのですが……」

 

「どれどれ……」

 

和麻はしばしそこに目を通すと、プリントを手に持って未だ言い争いを続ける二人のもとに向かう。

 

「おーい。ちょっといいか?お前たちが作ったこの企画だけどさ、ほかにこういうのを入れたらどうだ?今年はせっかく男子が入ったんだし、生かさない手はないと思うんだが」

 

すると、二人はそれまでの言い争いをやめて和麻の意見に耳を傾ける。

 

「なるほど、それは良いわね。でも今から変更間に合う?」

 

「まだ一週間あるから可能だと思うわ。時間もこういう風に変更すれば」

 

「いや、この二つの企画はあえて合体させて、一つの規格にしてみたらどうだ?」

 

「「あーなるほど……む?真似するな!!」」

 

時に刀奈と流無の間で言い争いが起きながらも、それを和麻が諌めて話を進める。

その様子に、虚は目を丸くしていた。

もしかしたら、彼ならば……。

 

こうして、和麻の初の生徒会は過ぎて行った。

 

 

ちなみに……

 

「仕事ないなら、サラがさっきから書いていたのはなんだったんだ?」

 

「ああ、これ?これはお菓子のレシピよ」

 

「お菓子?」

 

「私、料理部にも入っているからね。ここのお茶請けは全部私が作ったの」

 

「おいし~よ~」

 

「はい。美味しいです」

 

本音とシャーリーはマフィンを頬張りながら幸せそうな顔を浮かべていた。

 




く、すずちゃんのところまで行けなかった。
今回話に出たオリエンテーションはオリジナル行事です。ここで簪ちゃんを登場させます。

あ、でもまだ何をするかちゃんと決まっていないので、もしも何か案があればメッセージで送っていただけると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オリエンテーション

「生徒会長集会?」

「はい。その招待状です」

ある日のIS学園生徒会。書記の布仏虚が持ってきた書状に、生徒会長の一人である刀奈が疑問の声を上げる。

「それってどんな集会なの?」

もう一人の生徒会長である流無が問いかけると、虚が書状を読み上げる。

「さまざまな学校の生徒会長が集まって交流を深めるというものです。なお、その時に役員を同伴してもいいらしいです」

「「おもしろそうねそれ!」」

目をキラキラさせて虚の話に食いつく二人。

「それでそれで?一体どんな学校の生徒会がやってくるの?」

「どんな人が会長なんだろう」

「そうですね……」





始まる生徒会長集会。
集うのは個性豊かな生徒会長たち。

「絆を深めることで、私たちはより高みに行けるのよ!」

碧陽学園生徒会長――桜野くりむ。

「アナ締めていくぞ!」

桜才学園生徒会長――天草シノ。

「どうも、よろしくお願いします」

駆王学園生徒会長――支取蒼那。

「私の土攻撃に耐えきれるやつはいないのか?」

府上学園生徒会長――烏山千歳

他にも濃いキャラの生徒会長たちが、これまた濃いキャラの役員を伴って一同に会する。

そして、始まる――交流という名の大激突!

ISが、刀が、銃が、魔力が、魔法が、ギャグと突っ込みが入り乱れる戦いの果てに現れる真の敵――その名は教育委員会!
教育員会の横暴に対抗するため、手を組む生徒会長たち。
今ここに、史上最大の戦いの幕が切って落とされる。





エイプリルフールネタですが、マジでやろうかな?





「これよりISの基本的な飛行を実演してもらおう。織斑、オルコット、八神。試しに飛んでみろ」

 

四月も下旬に入った土曜日。夜にオリエンテーションを控えたその日、一組の生徒たちはグランドに出ていた。

IS学園では土曜日の午前中にもIS関係の授業がある。少しでも多くの時間をIS学習に当てるためである。

 

「シャーリー」

 

「はい。マスター」

 

和麻の呼びかけにシャーリーが応え、体が光に包まれる。その光が一瞬で和麻の体に移動し、叢雲が装着される。

この間、わずか0コンマ1秒。熟達したIS操縦者並みの展開速度だった。

 

「速くしろ。熟達したIS操縦者は一秒と掛からないぞ」

 

中々展開できない一夏を千冬が急かす。

慌てて自分の右手に装着されているガントレットに左手を添え、意識を集中させる一夏。

 

一度操縦者にフィッティングしたISは、アクセサリーの形をした待機形態で装着して持ち歩くことができる。

セシリアは左耳につけられたイヤーカフスなのだが、一夏はなぜか防具のガントレット。だが、一番特異なのは女の子のシャーリーである和麻だろう。

 

三人全員が展開を終えたところで、千冬の合図がかかり三人が飛翔する。

その中で一番速いのはやはり和麻と叢雲だった。規格外の大きさのスラスターを全開にして、速く高く空をかける叢雲の姿は圧巻。一番早く許された高度まで到達する。

その次にセシリアのブルー・ティアーズが叢雲ほどの速度はないが、綺麗な飛行操縦と十分なスピードで和麻のいるところに上昇し、制止する。

そして、最後に一夏がふらふらしながら、セシリアよりも数段遅い速度で飛んでくる。

 

『何をしている!叢雲はともかく、白式の機動力はブルー・ティアーズよりも上だぞ!』

 

通信回線越しに千冬の叱咤が一夏に届く。

昨日、急上昇と急降下の際のイメージのやり方を教わったばかりだが、機動経験の不足している一夏ではそれがうまくできないのだ。

 

「自分の前方に角錐を展開するイメージって言われてもわからねえよ」

 

「イメージは所詮イメージ。教科書通りの方法でダメなら、自分に合った方法を模索する方が建設的でしてよ、一夏さん」

 

ようやく和麻たちのところにたどり着いた一夏に、セシリアが一言アドバイスを施す。

 

「そう言われても、空を飛ぶ感覚がまだあやふやなんだよなあ。和麻はどうやっているんだ?」

 

「俺は風に乗る感じだな。翼で風を捕まえて飛び上がる」

 

また名前呼びされたが、和麻は何を言っても無駄だと思い無視することにした。

まあ、その分のしっぺ返しは今夜のオリエンテーションでじっくりさせてもらおう。

 

和麻は内心に黒い笑みを浮かべながら、着地に失敗して地面に激突した一夏を眺めていた。

 

 

 

 

 

夜。着地に失敗して、グラウンドに大穴を開けてしまった一夏は午後の時間全てを使って勝たず気をした後、疲れた体を引きずって食堂に向かっていた。今の体は激しく食べ物を求めている、早く夕食を食べたいという思いで足を進める。

だが、食堂に着いた彼の目の前に現れたのは『本日休業』のプレートが掲げられた食堂のドア。当然ながら閉まっている。

 

「う、うそだろ……?」

 

これは夢だと何度ほっぺたをつねったり、ドッキリだと思いカメラを探したりしたが、現実は変わらない。

一夏がガックリとうなだれていると、そこに一人の生徒がやって来た。

 

「ここにいたのか一夏!」

 

「……箒?」

 

幼馴染の篠ノ之箒だった。走って来たのか彼女の息は少し上がっており、肩で息をしていた。

 

「一体何をしていたのだ!もう始まっているぞ!さあ、早く」

 

そう言って一夏の腕を掴み、問答無用で引っ張る。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!始まっているって何がだ?」

 

「お前忘れたのか?今日の夕食は体育館で新入生と上級生の交流立食パーティだぞ」

 

「ええ!?そうなのか!」

 

箒の言葉に一夏は驚く。どうやら今日の行事予定を全く知らなかったらしい。まあ、授業に訓練で忙しかったのだから、仕方ないと言えば仕方ない。

 

 

 

 

 

箒に引きずられていく中、体育館の前に二人の前に一人の生徒がいた。どうやら彼女も少し遅れてオリエンテーションに参加してきたようだ。

 

一夏はその少女の横顔をちらりと見たのだが、少し不思議な感覚を覚えた。

水色という珍しい色の髪をした、気弱そうなメガネの少女だった。

くせ毛なのか内側にはねた髪の所為で、少し暗い感じのする少女だが、どこか儚い雰囲気も持っており、今まで一夏が出会ったことのないタイプだった。

一夏は気が付かない。

箒の声に我に返る少しまでの間、彼女に見惚れていたことに。

この感情に彼が気が付くのは、もう少し先の事だった。

 

 

 

 

 

「お集まりのみんなー!食べていますかー?」

 

「ただ今より、新入生と上級生の交流オリエンテーションを始めたいと思います!」

 

体育館での立食パーティを楽しんでいた生徒たちに、壇上に上がった刀奈と流無の二人がマイクでしゃべりかける。

二人の姿に、生徒たちは目を向け、見惚れたような溜息を吐く。

何せ、二人はIS学園の有名人だ。

史上最年少で国家代表になっただけでなく、容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群の完璧超人。人を引き付けるカリスマ性まで持っているのだから、当然と言えば当然である。

上級生の間では彼女たちの非公式ファンクラブが去年発足し、一年生も二週間ほどでかなりの人数がクラブに加入している。

 

「今年のオリエンテーションは少し趣向を凝らした内容にしてみました」

 

「何と言っても今年はIS学園史上でも初の男子が入学したのです。上級生、新入生を問わず、みんな気になっているでしょう」

 

「そこで、今からみんなには」

 

「「宝探しスタンプラリーをしてもらおうと思いまーす!!」」

 

二人の言葉に、全員が首をかしげる。

そんな生徒たちのために、壇上の端から和麻が現れる。その手にはやはりマイクだ。

 

「えー生徒会副会長の八神和麻から説明させてもらいます。いいですか?会長」

 

「おっけー!」

 

「よろしく和麻君!」

 

二人に許可をもらった和麻は説明を開始する。

 

「では。今、学園にはスタンプの置かれた10のチェックポイントが用意されています。そこを巡り、スタンプを集めてもらうわけですが、それと並行して宝探しもしてもらいます。隠されているのはこの……」

 

和麻はごそごそと懐をあさり、そこから四枚の写真を取り出す。

 

「『二人の生徒会長』更識刀奈と流無、そして『男性IS操縦者』の俺と織斑(生着替えバージョン)のブロマイドだ!」

 

その言葉と掲げられた四枚のブロマイド(一夏だけ更衣室での着替えシーン)にうおおおおおおおおおっっ!!!と生徒たちが歓声を上げる。

 

「ちょっと待てええ!!何でおれだけそんな写真なんだ!?」

 

一夏は声の限り突っ込みを入れるが、女が三人集まっただけでも姦しいのに、これだけ女子が集まってほぼ全員が叫んでいる中では全く聞こえなかった。

 

「新入生と上級生が混ざった6人のチームを作り、制限時間2時間の間にスタンプ10個と校舎中に散らばったブロマイドを集めてもらいます。制限時間が終わった段階で、その手に持っているブロマイドを無償で差し上げます。そして、スタンプを全て集めたチームには、集めたブロマイドの数だけ俺たち四人に質問をする権利を差し上げます。なお、会長二人に関しては、どうぞ」

 

そこで和麻は刀奈と流無に説明をバトンタッチする。

すると、二人は妖艶で小悪魔のような笑みを浮かべながら、

 

「「あなた達のお願いをきいてあ・げ・る」」

 

その瞬間、生徒たちの雄叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

説明が終わり、生徒たちがチームを組んでゲームスタートの合図をした後、壇上の膜の裏に生徒会メンバーが集まっていた。

 

「うえぇぇ……バ刀奈とハモらせるとか、気分が」

 

「うっぷ、それはこっちのセリフよ……」

 

顔を青くして四つん這いになる二人。そこまで嫌悪感がしたのか?

 

「うまくいったじゃないか。お疲れ二人とも」

 

そんな二人を和麻がねぎらう。

 

「それにしても、よく織斑の着替え写真何て手に入れられたな?」

 

「ああ、それ?」

 

ケロっとした様子で刀奈が立ち上がる。実はあれは演技だったのかと思えるような様変わりさだ。

横にいた流無もしっかり立っている。

 

「織斑先生を買収したわ」

 

「最高級地酒でね」

 

グっと親指を立てる二人。息ぴったりの中のよさそうな光景だが、それに互いに気が付いて開いている手で指をへし折ろうとし始める。

 

「和麻くんは自分の写真はよろしかったのですか?」

 

「別に問題ないな。俺の写真って言っても証明写真や昔の学校での集合写真だ。あとは昨日二人にとってもらった写真が数枚」

 

二人をスルーして話しかけてきた虚の質問に、和麻は何でもないように話しかける。

なお、サラは生徒がほとんどいなくなった体育館で、皿を下げたりなどの片づけの指揮をしている。シャーリーはその補佐だ。

で、この四人が今から何をしに行くのかというと、校内に仕掛けられた監視カメラで生徒たちの監視だ。

 

この競技、いくつか他にもルールがあって手に入れたブロマイドの強奪を禁止している。

そんなことが行われないように教師や警備員が見回りをしているのだが、目が回らないこともあるので生徒会も独自に取り付けた監視カメラの映像を確認し、違反者を見つけたら通報するのだ。

 

「いくら織斑先生の一喝で強奪禁止を伝えたと言っても違反者は出るだろうしね」

 

「まあ、それも覚悟でこの企画を考えたんだ。学園長もOKしてくれたんだし、ちゃんと仕事しようぜ。それに、監視カメラにどんなもんが映るのか興味あるしな」

 

「「それもそうね」」

 

三人は笑いながら、監視カメラの映像を確認できる部屋に入る。その背中を眺めながら、虚はニコニコ笑っていた。

 

 

 

 

 

『あった!見つけたわよ!!』

 

『うひょおおお!!刀奈会長のブロマイド!しかも上履きを脱いで足を組んで座っているわ!』

 

『踏まれたい踏み潰されたい!』

 

『こっちは流無会長がベットの上で横になっていらっしゃるわ!』

 

『かわいらしい寝顔……ポっ』

 

『ふへへ織斑君の着替えシーン!これで今年のネタは決まり!』

 

『和×一?それとも一×和?』

 

『和麻君のは……シャーリーちゃんを肩車している写真ですって!?』

 

監視カメラに映る生徒たちの姿には今のところ異常はない。暴力沙汰も無ければ危険な行為をしている生徒もいない。一部危ない雰囲気を纏っている生徒もいたが。

 

「ぶふっ、和×一って……」

 

「やっぱり和麻君が攻めでしょ?」

 

「お前ら実は仲がいいだろ?」

 

笑いをこらえている双子をジトメで睨んでいると、あるカメラの映像が目に入った。

 

『一夏の写真は私のものだ!!』

 

『ちょ!それ竹刀!?』

 

竹刀を取り出して別のチームの生徒を脅す篠ノ之箒の姿だった。

和麻はさっそくトランシーバーでその近くにいる教員に連絡を取る。

 

『私だ』

 

「そこの角を右に曲がったところで恐喝が行われています、織斑先生」

 

『わかった。すぐに向かおう』

 

ブツッとトランシーバーの無線が途切れ、和麻がカメラの映像に目を戻すと、そこではすでに千冬の手で箒が沈められていた。

そのまま千冬に引きずられていく箒は、生徒指導室に放り込まれて説教を受けることになるだろう。

 

「順調に終わりそうだな」

 

和麻の言葉通り、これ以降はたまに小競り合いがあっただけでつつがなくゲームは終わりを告げた。

 

スタンプを全て集めたのは二チームのみで、彼女たちによる和麻と一夏への質問がその後、生徒たちの前で行われてオリエンテーションは幕を閉じた。

 

なお、12人の生徒たちがその夜に刀奈と流無を自室に招いたのだが、そこで何があったのかは誰も知らない。

ただ、次の日の彼女たちと二人の生徒会長は、それはそれはとてもいい顔をしていたそうだ。

 

余談であるが、篠ノ之箒は生徒指導室で千冬との激しい夜を過ごし、翌日の午前中はベッドに寝込み続けたという。

 

 

 

 

 

オリエンテーションの翌日。日曜日の夕方。

IS学園の前に、小柄な少女が立っていた。

 

「ここがIS学園ねえ……」

 

にやりと不敵に微笑む少女。口元から除くトレードマークの八重歯がキラリと夕日を反射した。

 

「待ってなさいよ、一夏!」

 

 

 




今回は少し短いですがキリがいいので。次回、ついにあの子がやって来ます!いやー楽しみだ。

ただ、もうすぐ大学が始まるので毎日更新が厳しくなってきました。不定期になるかもですが、ご了承ください。マジでうちの学科留年率が高いんですよ。一昨年何て半分の学生が留年を・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中国からの転校生

「八神君おはよー!シャーリーちゃんもおはよー!」

 

「おう、おはよー。今日も元気だな相川」

 

「えへへ~。元気なのが私の取り柄よ!」

 

「おはようございます、清香」

 

月曜日の朝、教室にやって来た和麻とシャーリーに清香が声をかける。二人が挨拶を返していると、ほかのクラスメイト達もやってきて口々に和麻に挨拶をする。それが終われば、和麻は彼女たちのおしゃべりに混ざる。

 

「ねえねえ、八神君は転校生の噂聞いた?」

 

「何でも二組の生徒で中国の代表候補生なんだって」

 

「転校生?中国?……ああ、そう言えば」

 

和麻は今朝、起き掛けに流無が行っていた話を和麻は思い出す。

中国から代表候補生がやって来ると。しかも、第三世代ISの専用機持ち。

この不自然な時期に転入というのは、何か裏があるのではないかということで注意するよう言われた。例えば、男性操縦者の籠絡とか。

 

和麻が今朝の出来事を思い出していると、何やら教室が慌ただしくなる。

 

「何てこというのよあんたは!?」

 

「……何だあのちんちくりんは?」

 

ドアの前で叫んでいる小さなツインテールの少女。彼女と話をしているのは一夏だった。

 

「あれが噂の転校生みたいだよ」

 

「……あれが?中国の候補生?」

 

隣にいた静寐の言葉に和麻は目を見張る。どう見ても、あれが自分たちを籠絡できるような女子には見えない。が、

 

「へーえ……」

 

今、一夏と言い争いをしている中国の候補生を見ていると何やら無性にからかいたくなってくる。精いっぱい背伸びして強気にふるまっている様が、なにやら構ってほしいのに素直に成れない子猫に見えるのだ。そういったやつをからかってしまうのが、和麻の(さが)だった。

 

和麻はゆっくりとした動作で、一夏と言い争いをしている中国の候補生に近づく。

言い争いをしている二人は近づいてくる和麻に気が付かない。

そして、ついに和麻は中国の候補生の後ろに回り込んで、右手でヒョイッとその首根っこを掴んで持ち上げる。

 

「うぇ!?ちょちょ?一体何!?」

 

手足をバタバタさせる中国の候補生を右手一本で持ち上げる和麻に、クラス中がおおっと驚嘆の声を上げる。

そのまま和麻は中国の候補生をくるりと自分の目の前に向かい合わせる。

 

その時、和麻と目があった中国の候補生――凰鈴音は自分の体に悪寒が駆け巡るのを感じた。

目の前の男は危険だ。いくら専用機を持っている候補生だろうが、勝てるビジョンが浮かばない。自分にとって、もしかしたら最大最強最悪の相手かもしれない。

 

ニヤアァーと和麻の口が三日月型に歪む。

 

「ひぅっ!?」

 

その顔に悪寒がさらに強くなる。「あわわわ……」と言葉にならない声が口から漏れ出し、嫌な汗が噴き出す。

そんな鈴音の様子を見て満足した和麻は、彼女を教室のドアに運んでやり、そこで下ろす。

 

「ほら、もうすぐSHRの時間だ。早く戻らないと一組(うち)の担任の鬼の一撃(しゅっせきぼ)が振り下ろされるぜ」

 

「誰が鬼だ誰が」

 

和麻の言葉に続けられた声に、鈴音が恐る恐る振り向くと、そこにはいつの間にか教室の前までやってきていた千冬の姿があった。

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生だ。SHRの時間だ。早く自分の教室に戻れ」

 

「は、はい。また後で来るからね!逃げないでよ、一夏!」

 

一言言い残して教室を後にする鈴音。

 

「お前も速く席に着け、八神」

 

「了解」

 

和麻は千冬に言われたとおり、席に戻った。

 

 

 

 

 

午前の授業が終わり、昼休みに入る。

 

「お前の所為だ!」「あなたの所為ですわ!」

 

「何でだよ……」

 

昼休みが始まるなり箒とセシリアが一夏へ突っかかる。

授業中、彼女は何度も千冬や真耶に注意されていた。見ている分には面白かったのだが、それを他人のせいにするのはどうかと思う。考え事をするにしても時と場合をわきまえろと。

 

それにしても、最近セシリアは一夏への遠慮という物が無くなってきたなと和麻は思う。

あのバトルロイヤルの後、彼女はよく一夏の指導を買って出ている。そのことに箒は激しく不満を覚えており、よく二人は言い争いをしている。大抵はセシリアの理路整然とした正論に言い負かされているのだが。

 

「見ている分には面白いよな」

 

「何が~?」

 

和麻の独り言に隣を歩いていた本音が反応する。

先を歩く一夏たちを眺めながら、和麻とシャーリーは本音、清香、静寐の最近よく一緒に居ることの多い三人と食堂に向かっていた。

 

「あいつらのやり取り。見た感じ篠ノ之よりもオルコットがリードしているな」

 

「あー確かに。どちらかというとオルコットさんのほうが専用機持ちで一緒に訓練しているし」

 

「でも、今朝やって来た二組の転校生の子も織斑君の知り合いみたいだけど」

 

「それはもうすぐわかるはずだぜ」

 

ほどなくして食堂に到着。

食事のためにやって来た大勢の生徒たちにまぎれて、食券を買うために券売機の前に並ぶ。

順番が回ってくるのを待っていると、一夏たちの番のあたりで何やら騒がしくなった。

見れ見れば、食堂の職権販売機の前に噂の転校生である凰鈴音が立っており、一夏たちと話をしていた。

だが、そこで話をされると食券が出しにくい。

和麻はそれを言いに行こうとするが、その前に一夏が注意して彼女をどかせたのでやめた。

 

 

 

 

 

昼食を注文し、トレイを手に和麻たちはテーブルに腰を下ろす。

そのすぐ隣の席には一夏たちが座り、話声がはっきり届く。

 

話の内容によると、なんでも凰鈴音こと鈴は一夏の幼馴染で、箒がIS開発者の関係者として保護させるために要人保護プログラムで転校させられた直後に、一夏の通う小学校に転校してきた。一夏曰くセカンド幼馴染。ちなみに箒はファースト幼馴染。

幼馴染にセカンドもファーストもないだろうと和麻は突っ込みたくなったが、一夏がどこかずれているのは今更である。

それから、一夏が鈴の家で食事をした云々の話になってから、鈴が一夏の訓練を見るだの言いだしたり、其れに箒たちが怒って食って掛かったり、セシリアが自己紹介をしたら相手にしていない風に返されて絶句したり。

傍から見れば随分愉快な食事風景だったが、一夏が和麻の名前を呼んだ。

 

「おーい、和麻。お前もこっち来いよ」

 

どうやら一夏は、箒たちを自己紹介させた流れで和麻も自己紹介させたいらしい。

 

だが、折り悪く和麻のスマホが振動し、メールが届いた。

それに目を通した和麻は一夏の言葉を無視してさっさと食事を食べ、一言断ってから食堂を後にした。

 

 

 

 

 

「こんなところに呼び出して、どうしたんだよ?」

 

和麻はIS学園の整備室に足を運んでいた。

アリーナに併設された其処はISのパーツや工具が並べられ、いくつかのハンガーには学園に配備された訓練機ISが置いてある。

目の前には呼び出した張本人である刀奈が、扇子を開いて優雅に扇いでいた。

 

「あれよあれ。シャーリーちゃんの定期健診よ。一応あなた達は更識(うち)の傘下企業の所属だし」

 

「ああ、確か何とかグループだっけ?」

 

和麻の所属は更識家が傘下に置いている企業ということになっている。

人型ISであるシャーリーと貴重な男性操縦者を取り込んだことに各国からの避難が集中したのだが、下手なところに所属させてまたさらわれた時に対処できるのか?責任を取ることができるのか?という、半ば脅しのような交渉で跳ね除けた。

 

「あなたね。自分が所属している企業くらい覚えたほうがいいわよ。いい?あなた達の所属している企業の名前は――」

 

「――沙々宮グループ」

 

刀奈の言葉を掻っ攫ったのは一人の小柄な少女だった。

刀奈と同じ水色の髪をした小柄な少女だった。もっとも目はくりくりと大きく、あどけない顔立ちをしている。どちらかといえば本音に似た雰囲気を纏っている。

ぶかぶかの白衣を身に纏ったその姿は、人形のような愛らしさがある。

 

「あ、紗夜ちゃん。遅かったわね」

 

「お布団には勝てない」

 

ふぁ~と大きく口を開けて欠伸をする紗夜。寝不足なのか目をクシクシと擦る。

 

「刀奈。誰だこいつ?お前の妹か?」

 

和麻は紗夜の髪の色からそう尋ねる。

 

「いいえ。紗夜ちゃんは私の従妹なの。紗夜ちゃんのお母さんが私のお母さんの妹さんでね。昔からよく遊んだ仲よ」

 

「うん。ちょお仲良し」

 

「ふーん。で、その仲良しの従妹さんが何でここにいるんだ?」

 

「それは紗夜ちゃんがあなたの叢雲の整備責任者だからよ」

 

その言葉に和麻は驚いて紗夜を見る。どう見ても年下にしか見えないこの少女が、叢雲の整備責任者と言われて驚くなという方が無理だ。

 

「そうそう。紗夜ちゃんは二年前に大学を飛び級で卒業した才女よ」

 

「は?」

 

「しかも、今では沙々宮グループのIS武器開発における開発主任よ」

 

「いぇい」

 

刀奈の説明に紗夜がピースをする。

刀奈がこんな冗談を言うはずないので、本当の事なのだろう。

それにしても、更識の系譜は化け物だらけなのか?

最年少の国家代表の双子に、目の前の天才研究者。規格外ばかりだ。

 

「さて、時間が無いから早くやりましょう」

 

そう言えばそろそろ昼休みが終わるころだと気が付いた和麻はシャーリーに声をかける。

 

シャーリーがハンガーに入り、その姿が光に包まれると次の瞬間には漆黒のIS――叢雲が鎮座していた。

 

「和麻君はもうすぐ授業でしょ?放課後にまたここに来てくれればいいわよ」

 

「分かった。シャーリーのこと、頼んだぜ」

 

刀奈と紗夜にそう言った後、和麻は整備室を後にした。

 

 

 

 

 

放課後。和麻は整備室に向かうためにアリーナの近くまで来たのだが、その時アリーナの中に入る一夏とセシリアの姿があった。そして、その後ろをちょこちょこついていく鈴の姿も。

ふむ……。

和麻は少し考えると鈴の背後に回り込み、

 

「おい」

 

「ひゃ!?」

 

声をかけると鈴は驚き飛び上がる。

そして、振り返って和麻の姿を目に納めると、警戒するように後ずさる。

 

「あ、あんたは!?」

 

「何してんだ、お前?織斑のストーカーか?」

 

呆れた風に言う和麻の言葉に、自分が一夏を尾行していたところを見られたことに気が付いた鈴は顔を赤くする。

 

「だ、誰がストーカーよ!」

 

「さっきから織斑たちの後ろをこそこそつけてただろ?」

 

「そ、それは……」

 

和麻の指摘にしどろもどろになる鈴。その様子に和麻はますますこの目の前の少女をからかいたくなってきた。

だが、流石に用事があるから仕方ないとばかりに教えてやる。

 

「ちなみに、織斑は毎日このアリーナで使用時間ぎりぎりまで訓練をしている。終わったあたりで更衣室にいるあいつに飲み物でも差し入れしてやれ」

 

「え?」

 

「じゃあな」

 

そこまで言うと和麻はその場を後にしようとする。そんな和麻に鈴は慌てて「あ、ああありがと!」と言った。

 

 

 

 

 

「来たわね」

 

整備室に入った和麻を出迎えたのは刀奈だった。そばには紗夜もいる。

 

「機体に問題は無し。武器もオールオッケー。でも、新しい武器はインストールできなかった」

 

最後のあたりで肩を落とす紗夜。

ふと彼女の後ろを見てみれば、そこにはドデカい大砲が転がっていた。

 

「沙々宮式荷電粒子砲ヴァルデンホルト。紗夜ちゃんが新しく作った武器なのよ」

 

「まさか、あれを叢雲に入れようとしたのか?」

 

「……エネルギー収束率と伝導率を従来の荷電粒子砲よりも高めて、連射性能も上げた自信作。データがほしかった」

 

しょぼーんと肩を落とす紗夜。

 

「でも、流石にこれは叢雲に合わないんじゃないか?」

 

「そうよねえ。高機動近接格闘型なんだし、これはどちらかと言うと私向きの武器かも」

 

そう言うと刀奈は隣のハンガーに自分の専用機を展開させる。

 

刀奈の専用機『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』は流無の『霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)』と同じく、水を纏うISだが、その水がドレスのように装甲の少ない機体を覆っており、攻撃向きだった水精(ウンディーネ)と違って防御向きの印象を与える。もっとも、美しいという点では全く同じだった。

 

「紗夜ちゃん。その武器淑女(レイディ)にインストールしてくれない?」

 

「わかった」

 

起き上がった紗夜はトコトコと刀奈のもとに向かい、ディスプレイに何やら入力を始める。

その様子を眺めながら、さてシャーリーはどこだろうと探すとすぐに見つかった。

 

備え付けられたシートの上でくたりと横になっていた、刀奈たちよりも濃い蒼い髪の小さな体は見紛うことなき和麻の相棒だった。

 

「どうした?シャーリー」

 

「マスター……お嫁にいけません」

 

「お前に一体何があった!?」

 

柄にもなく和麻は驚きの声を上げる。

え?整備だよな?整備しただけだよな?

混乱する和麻に、作業を終えた刀奈が近づく。

 

「ねえねえ、和麻君。今から私と模擬戦しない?武器のテストも兼ねてさ」

 

「え?あ、ああ。俺は別にいいけど」

 

和麻はちらりとシャーリーに目を向ける。彼女は疲れた様子だったが、何とか起き上がって「大丈夫です」とアピールする。

 

「じゃ、決まりね」

 

 

 

 

 

二人がISスーツに着替えてアリーナに出ると、そこでは一夏を箒とセシリアが二対一でフルボッコにしていた。

一夏とセシリアはそれぞれの専用機を纏っているが、箒は学園の訓練機である『打鉄』を装備していた。

日本の第二世代ISである打鉄は量産機として、世界でも高い評価を受けている。防御を重視した安定した性能に、初心者でも扱いやすい。

両肩に装備された物理シールドに、武器の近接ブレードと鎧武者と言う言葉がぴったり当てはまる。そのため、日本好きの外国人からも人気のある機体だ。

 

「ほかの生徒は、いないな」

 

おそらくあの訓練に巻き込まれないように退散したのだろう。

セシリアのレーザー流れ弾の跡がそこらじゅうにあるし、一夏が二人から逃げるためにアリーナをあちこち飛び回っている。

 

『ちょっといいかしら?今からここで模擬戦がしたいんだけど』

 

三人に刀奈が通信回線で話しかけて、場所を開けてもらう。

流石に生徒会長の刀奈に逆らうつもりはないのか、三人はアリーナの隅に行く。箒だけは不服そうだが。

 

「さあ、やりましょうか。和麻君!」

 

ISを展開する刀奈。右手にはドデカイ突撃槍(ランス)を携えている。

和麻とシャーリーも叢雲を展開。

天叢雲剣を構える。

 

「それじゃあ、始め!」

 

刀奈の合図と同時に、和麻は雷撃を飛ばす。

小手調べにと放たれたその一撃は、刀奈の前に展開されていた水のヴェールに阻まれる。

機体の周りを浮遊するアクア・クリスタルから生成されるナノマシンで自在に操作される水は、刀奈を守るように包み込んでおり、和麻の雷撃は全く歯が立たない。

流無と闘った時と同じだ。

叢雲の第三世代兵装『雷禍』は、彼女たちのISと相性が悪い。

遠距離攻撃は水の壁に封殺されてしまうので、残された手は接近戦闘しかない。

スラスターを噴かして刀奈に迫る和麻だが、その進路上にいきなり現れた水球に回避を余儀なくされる。

 

「ほらほら。まだまだいくわよ!」

 

ドンドン水球を和麻に向けて放つ刀奈。それを必死に回避する和麻。

あの水球に攻撃力はない。だが、和麻はそれを受けるわけにはいかなかった。

なにせ、もしも水をかぶってしまえば、雷禍によって発生した電撃が自分に流れてしまい、感電する恐れがあるのだ。

流無と闘った時にいきなりそれをやられて、感電。大きな隙を見せてしまいそこから怒涛の連続斬を叩き込まれたのは苦い記憶だ。

 

「さて、どうするか……」

 

自分にどんどん襲い掛かってくる水球。それに一発も被弾せず、刀奈に接近しなければ和麻に勝機はない。

和麻はこっそりと左手の中に、小さな黒い球体――投擲用炸裂焼夷弾の八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を用意する。

そして、アリーナの上空に飛び上がり、刀奈の上を取る。

水がまるで蛇のように追いかけてくるがそこに向かって八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を放り投げる。

空中で爆発する八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)。それだけでなく、何個もの爆弾を投げて爆撃していく。

黒煙が立ち込める中、和麻は高度を下げてその中に突っ込む。

この程度の煙はハイパーセンサーの前に意味はない。すぐに刀奈の姿を見つけた和麻は斬りかかる。

 

ガキンッという金属音を上げてぶつかる天叢雲剣とランス蒼流旋。二人がつばぜり合いをする中、和麻は刀奈に水を呼び戻される前に雷禍の電撃を流そうとして、

 

「スプラッシュ!」

 

刀奈の体から飛び出した水しぶきに目を見開く。どうやら彼女は自分の体に薄い水の膜を張り巡らせていたようだ。

水しぶきを飛ばしたと同時に蒼流線を捨てて、後ろ向きの瞬間加速(イグニッション・ブースト)で一気に距離を離す。

 

「くっ!」

 

慌てて雷禍の使用をやめる和麻だが、その瞬間、体に着いた水が一気に熱を放ち始める。

 

清き熱情(クリア・パッション)

 

パチンという刀奈の指の音に、一気に起爆。

熱伝導するナノマシンによって一気に気化された水が起こす水蒸気爆発――清き熱情(クリア・パッション)。しかし、それだけでは終わらなかった。

 

シールドエネルギーを半分ほど持っていかれた和麻の目に、ロックオン警告が映る。

身体を起き上がらせてみれば、先ほど整備室で見た大型荷電粒子砲ヴァルデンホルトを構えた刀奈の姿。

 

「どーん♪」

 

可愛い掛け声と同時に放たれた光の本流に、和麻のシールドエネルギーは一撃で0になった。

 




紗夜やヴァルデンホルトの元ネタは学戦都市アスタリスクです。好きなラノベですので。

もしかしたらこれからも定期的にアスタリスクのキャラが登場するかも。

紗夜のプロフィールは作品設定に載せておきます。

感想評価お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IS学園の日常風景

「はい、お疲れー♪」

 

ミステリアス・レイディを纏った刀奈が舞い降りてくるのを、和麻はアリーナの地面に大の字で寝ころびながら眺める。

 

ヴァルデンホルトの荷電粒子砲撃を受けて敗北した後も、二回刀奈と模擬戦を行ったのだが、全て和麻の敗北。

分かりきっていた結果だが、流石は国家代表。手も足も出なかった。

 

加えて和麻がまだまだ未熟だというのもあった。

身体能力や戦闘におけるセンスはあるのだが、いかんせんISの技術が不足している。

瞬間加速(イグニッション・ブースト)におけるスラスターの出力調整に、三次元的な空中制動技術。他にもまだまだ学ぶことが多すぎる。

シャーリーのサポートがあればそれらを学ぶ必要はないが、それでは彼女に負担をかけてしまう。

和麻の技術が向上して彼女の負担が減れば、その分余裕が生まれ、さらに強くなることができるだろう。

 

技術を磨くなら学園の訓練機を使えば、機体性能に頼らずに鍛えられると思うのだが、生憎と和麻のIS適性値では起動させ歩行させるだけで精一杯。

叢雲こそが和麻が世界でただ一つ、自由自在に空を駆け抜けることのできる翼なのだ。

 

「大分動きはよくなってきたけれど、それもまだシャーリーちゃんのサポートあってのこと。最後なんか瞬殺だったわね」

 

「……言い訳はしねえ。まだまだ弱いからな」

 

三回行った模擬戦。最後の一回はシャーリーのサポートを完全になくして臨んだのだが、1分も持たずに撃墜された。

戦闘記録(ログ)を見てみると……22秒。

瞬間加速(イグニッション・ブースト)で距離を詰めての奇襲を仕掛けたのだが、刀奈も瞬間加速(イグニッション・ブースト)を使ってカウンターの一撃を加えられ、吹き飛ばされた後は連続攻撃の嵐にさらされた。

 

「ねえ、ずっと思っていたことがあるんだけど、いいかな?」

 

「なんだよ?」

 

「和麻君ってさ、剣術やっていたんだよね?しかも古流剣術」

 

和麻は「ああ」と肯定する。

 

「今じゃ身内しか門下生がいないようなさびれた道場で、妹と一緒にやっていたよ。それがどうかしたのか?」

 

「あなたの剣筋だけど、全然剣術らしくないわ」

 

「…………」

 

刀奈の指摘に和麻は黙り込む。

 

「突き、払い、振り下ろし。全部ただ振り回している感じがする。もしくは剣道の延長線。古い剣術に見られる動きが全くない。どうして?」

 

「…………言わなきゃいけないか?」

 

和麻はばつが悪そうに言う。

 

「無理にとは言わないけど、自分に合った戦い方はしたほうがいいと私は思うわね」

 

「……大した理由じゃないぜ。ただ単に俺が無能だっただけさ」

 

和麻は自嘲ように言葉を紡ぐ。

 

「詳しいことは言えないけど、俺の家の剣術っていうのは特殊でな。いろんな流派の技盗んでは、取り込んで作り上げられた唯一無二(オンリーワン)の剣術なんだ。で、その剣術を俺は習得できなかった。だから、基本的な剣の振り方以外の業は知っているんだが、使えないんだよ」

 

「そう……」

 

何でもないように語る和麻。だが、その裏にどれほどの修練を重ねたのだろうか。

もしも、大した努力をせずにあきらめたのなら蔑むところなのだが、この一か月ほどの付き合いで和麻が軽そうな言動とは裏腹に、勤勉な一面を持っていることを刀奈は知っている。

刀奈にはそんな和麻の気持ちを想像できない。

今まで勉強運動問わず、才能と努力で習得してきた故に挫折した者の気持ちがわからない。

個人的には、漫画や小説だとそういうキャラは大抵痛いしっぺ返しに合うので、内心では戦々恐々としているのは秘密である。

今度千冬に挑んでみようかなと思っているのも秘密である。

 

「さて、そろそろアリーナの使用時間が終わるわね。先に戻っているわ」

 

「ああ、分かった」

 

刀奈がアリーナを後にするのを見送りながら、和麻も体を起こす。そして、叢雲が光の粒子になり、彼の隣にシャーリーの姿となって現れる。

 

「すみません、マスター。勝てませんでした」

 

いつも通りの無表情なシャーリーだが、顔を俯かせて沈んだ声でそう言う。

そんなシャーリーの頭の上に和麻は手を置き、ガシガシと少し乱暴な手つきで撫でる。

 

「仕方ない、なんて言わねえ。お前は今何を思っている?」

 

「……勝ち、たいです」

 

ポツリと漏らしたその言葉に、和麻は少しうれしそうに小さく笑うとポンポンと頭を叩く。

 

「重畳だ。その気持ちを大事にしな。いつか役に立つぜ」

 

「はい。マスター」

 

よっと、という掛け声を出して起き上がり、和麻はアリーナを出る。その後をシャーリーが付いて行く。

 

二人の姿が見えなくなったところで、アリーナの隅で和麻と刀奈の模擬戦を見学していた一夏たちは訓練を再開する。

和麻と刀奈の模擬戦は三戦も行いながらも三十分しか経っていなかった。だが、その印象は強烈に焼き付けられていた。

候補生のセシリアを圧倒する刀奈相手に、一夏たちにとっては強者のイメージを持っていた和麻がいいようにあしらわれたその光景は、自分たちがまだまだ未熟だということを嫌が応でも叩きつけられ、三人はその後の訓練にさらに打ち込むのだった。

 

 

 

 

 

更衣室で着替えを済ませた和麻はシャーリーを伴って図書館に向かった。

いつもなら模擬戦の後もアリーナで操縦訓練に打ち込むところなのだが、今日は一夏たちがいた。

 

あの三人の騒動を見るのは面白いが、流石に一週間も同じようなやり取りを見せられていれば飽きが来る。中国の候補生が混じれば面白かったが、和麻が後で来るよう言ってしまったため、面白そうな展開はまだまだ先だろう。

だったら、一夏たちと一緒に訓練する理由はない。というか最近一夏が馴れ馴れしくて鬱陶しくなってきた。

何故、休み時間のたびにこちらに話しかけてくる?

トイレに行こうとすると一緒に行こうとする?

部屋がどこなのかしつこく聞いてくる?

一緒に飯を食おうとうるさい。

どうせなら一緒に訓練しようぜ、ISの勉強しようぜと声を掛けてくる。

段々ストーカーじみてきているのだ。

だからこれからは座学に励むことにした和麻は、図書室でIS関連――特に空中制動技術関連の専門書を読むことにする。

そこいらから引っ張り出してきた、日本神話の本を読んでいるシャーリーが隣に腰掛けた。

二人はそのまま図書館の閉館時間ギリギリまで本を読み漁っていた。

 

 

 

 

 

図書館が閉館時間になったので、寮に戻った和麻とシャーリー。

この三週間でこの二年生寮にも慣れてきた二人。

たまにすれ違う寮生たちとも挨拶を交わす仲になった。特に新聞部副部長の黛薫子や、整備科の生徒たちはシャーリーという人の姿を得たISへの興味からかよく話をする。

部屋の前まで来た和麻がドアを開けると、

 

「おかえりなさ~い♪ご飯にします?お風呂にします?そ・れ・と・も……私?」

 

純白にひらひらのフリルの付いたエプロンを着た流無が二人を出迎える。

問題なのは、彼女がそれしか着ていないのだ。

エプロンで隠された部分以外は、淡い肌色の素肌が覗いている。

俗にいう裸エプロンという格好だった。

 

「…………」

 

突然の事態に、流石の和麻もしばし思考が止まってしまうが、徐々に目の前の光景を理解する。

何の反応も返さない和麻に、流無が首をかしげていると、和麻は落ち着いた様子で部屋の中に入り、ドアを閉める。ついでに鍵もかける。

がちゃりという音がやけにはっきりと響く中、和麻は流無に近づく。

 

「そういう格好をするってことは……そういうことなんだな?」

 

右手を流無の顎に添え、クイッと持ち上げる。

 

「え、あ、そ、それは……」

 

和麻の行動に戸惑う流無。

その様子に和麻は笑みを浮かべる。彼がよく浮かべる、シニカルな笑みを。

そのまま左手で流無の体を軽く押すと、彼女の体はあっさりと後退して壁に背中を付く。

 

「ふ、ふふ。私をどうにかできるかな~?」

 

「さて、どうかな?お前こそ、俺をどうにかできるのか?」

 

なんとかいつもの調子を取り戻す流無だが、和麻には内心ではまだテンパっていることが手に取るように分かった。

おそらく、彼女はこういう色仕掛けには慣れているが、こういう反応は初めてなのだろう。

彼女のような容姿端麗な美少女に、このように迫られれば大抵の男は少しとはいえ狼狽し、その隙から突き崩されるだろう。

だが、今の和麻にはそんな様子が皆無だ。まるで、

 

「ね、ねえ?和麻君?」

 

「うん?なんだ」

 

「もしかして、刀奈に同じことやられた?」

 

その問いに和麻は応えない。代わりに流無の耳元に口を近づける。

 

「こんなことでもお前は刀奈と張り合うのか?」

 

「う、そ、それは……」

 

「大方最近俺と刀奈が一緒に居ることに、刀奈への対抗意識でも持ったってところか。お前、実は結構子供だろ?」

 

「そんな、こと……私は子供なんかじゃ…………」

 

「そういうやつほど、子供なんだよ」

 

和麻はそう言い放つと流無から離れる。

シャーリーはベッドの上で図書館から借りてきた本を広げている。和麻も荷物を自分のデスクの上に置く。荷物の中から引っ張り出した専門書を広げる。

しばし、その様子を眺めていた流無だが、バスルームに入って着替えに行く。

 

「ああ、そうそう。さっきの問いの答えだけどな」

 

かけられた言葉に流無は足を止める。

 

「確かに同じことを俺はやられたよ。もっとも、刀奈じゃなくて、幼馴染だけどな。その水着エプロン」

 

初めて聞いた、和麻の過去を懐かしむような響きを含む声だった。

 

 

 

 

 

鈴が編入した翌日から、彼女は可笑しな行動をしていた。

あれだけ一日目に一夏に対してアプローチをかけていたのに、翌日から威嚇する猫のように一夏へ敵意を向けていた。

一夏はそんな鈴に対して、話しかけようとするが、鈴はすぐに避けてしまうのでうまくいっていないようだった。

一晩のうちに一体二人の間に何があったのか、一組と二組のみんなは気になっていた。

 

「というわけでいろいろゲロっちまえ」

 

「何がというわけよー!!??」

 

暗闇に閉ざされた教室の真ん中に置かれた椅子に、縄でがんじがらめに縛られた鈴。

放課後にいきなり、拉致された彼女は目隠しをされここに連れ込まれた。

専用機持ちである彼女は、とっさに専用機を展開しようとするが、なぜかできず、待機形態の腕輪を取られ、そのまま縛られたのだ。

そして、目隠しを取られた彼女の目の前に現れたのは和麻だった。

その手に火のともった蝋燭を持って。

顔を蝋燭の炎で照らしながら現れた和麻。

真っ暗闇でそんなことをすればどうなるか?

答えは――むちゃくちゃ怖い。

実際、鈴はあまりの不気味さに「みぎゃあああああああああっっ!!!!???」と悲鳴を上げてしまった。

 

「だからさー。一体お前と織斑は何があったんだよ?ここのところ、その話題でもちきりだぜ?」

 

「何であんたに話さなきゃいけないのよ!」

 

「んなもん、決まっているだろ。面白そうだからだ!」

 

一切の迷いなく応える和麻はとても清々しい笑顔を浮かべていた。この暗闇と蝋燭の炎に照らされた空間に不釣り合いなほどに。

 

「あ、あんたねえ!」

 

「なあ、凰」

 

八重歯をむき出しにして、怒りを見せる鈴に構わず和麻はしゃがみこんで目線を合わせる。

 

「少し昔話をしてやろう」

 

「は?昔話」

 

「ああ。むかしむかーし。あるところに一人の男の子と女の子がいました」

 

 

 

 

 

生まれた時から、家が近いことと親同士が親しいこともあり、二人は一緒に成長しました。

どこに行くのも、何をするのも一緒。

お互い、何があってもこのまま変わらないのだと思っていました。

ある日、二人は喧嘩をしてしまいました。

男の子が女の子を怒らせてしまったのです。

ですが、男の子はまたいつものように仲直りできると思っていました。今まで、喧嘩しても数日すれば仲直りできたのだから。

でも、それは叶いませんでした。

女の子は突然死んでしまったのです。

それからというもの、男の子の心の中にはポッカリとした穴が開き続けるのでした。

 

 

 

 

 

「以上だ」

 

和麻はそう締めくくる。

話の内容に、鈴は今の自分と一夏の状況に似ていると思った。

そして、話をしている最中の和麻の口調が、まるで自分の過去を語るかのように流暢だった。しかも、その雰囲気までもどこか辛そうだった。

大雑把な性格をしているが、人の機微には敏感なところがある鈴(ただし、一夏が絡むとそうではなくなる時もある)は、もしかしてと思いつき、目を見開く。

 

「あんた、もしかして」

 

「どうだ?この即興で考えた作り話は?」

 

「へ?」

 

その言葉に、さっきまでの雰囲気もなく、和麻はシニカルな笑みを浮かべる。

 

「構想に10分を要した俺の作り話。気に入ってもらえたか?」

 

「あ、あんたねえ!」

 

今度こそ、鈴の怒りが爆発する。

 

「こんなことして、何がしたのよ!人を縛って嘘くさい作り話を話して!私が今どんな気持ちなのか知らない癖に、好き勝手してさあ!!」

 

それからしばらく、鈴は和麻に向かって有らん限りの罵詈雑言を吐きだし続け、和麻はそれを聞き続けた。

十数分後、鈴はハァハァと息を付きながらぐったりとしていた。

大声で怒鳴り続けたので、仕方のないことだった。

 

「どうだ?調子は」

 

「な、なに、がよ……」

 

「すっきりしたか?」

 

和麻の言葉の意味が分からなかったが、そう言えば何やらすっきりしたような感覚を鈴は感じていた。

 

「あまり不満を溜め込むのはやめたほうがいいぜ。不満っていうのは溜めずに吐きだすのが一番だ」

 

そういうと和麻はその手に持っていた。蝋燭の火を吹き消す。

同時に教室の電気が付く。

鈴がまぶしさに目を細める中、和麻は教室のカーテンを開けていく。

もう夕方になっており、夕日が差し込んでくる。

 

「お前と織斑に何があったのかはもう聞かない。というか最初から聞く気なんてなかった」

 

「なら、あんたは結局何をしたかったのよ?」

 

「最初に言っただろ?面白そうだったから。それだけだ。だからお前は俺に対して怒るなりなんなりすればいい。そうしてちゃんと織斑にぶつかりに行け」

 

そういうと和麻はさっさと教室を後にする。

残された鈴は一言「変な奴」と呟いて、それから窓から見える夕焼けを、晴れやかな笑顔で見つめていた。

 

「……って、私縛られたままじゃないの!?こらー!!ほどけええええええええっっ!!!」

 

こうして、IS学園の日常は過ぎていき、ついにクラス対抗戦の日を迎えるのであった』

 

「放置するな!というか何よ。さっき流れていたナレーションは!?」

 

鈴がそういうと教室のスピーカーから声が流れる。

 

『どうも。八神和麻の専用機『叢雲』のコア人格のシャーリーです。以後お見知りおきを』

 

「あいつの専用機!?」

 

『ついでに、あなたのISを一時的にフリーズさせたのも私です。安心してください。耐性が付いたのでもうできません』

 

方法は空気中にばらまいたナノマシン経由で電気をばちっっと。

 

「あんたのせいかあああ!!」

 

『では、凰鈴音さん。また明日』

 

ブツッ

 

「あ、ちょ!?切るなあああああ!!縄をほどきなさいよおおおっ!!」

 

ガタンゴトンと椅子を揺らす鈴。それから数分後。隠れてその様子を撮影していた和麻とシャーリーを、縄をほどかれた彼女が怒り心頭で追いかけたのは余談である。

ただこの一件以来、鈴は和麻たちとたまにつるむようになった。

 

 

 




あとがき

お気に入り200人突破。ありがとうございます。

今回は少し遊びました。最後なんか完全にギャグですね。

Z/Xのアニメを見終わって思った。

消えて行ったtypeⅡをポラリスが回収して、IS世に送ったらどうなるかな?なぜか生徒会室で楯無さんの真上。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

強襲

まえがき劇場

和麻「おい、凰」

鈴「何よ」

和麻「お前にこれを見せてやろう」スマホを見せる

鈴「誰これ?」

和麻「俺の妹だ。ちなみに去年のやつだ」

鈴「ふ~ん、結構かわいいじゃない。これが何?」

和麻「で、今年のやつ」スマホをスクロール

鈴「……え?これ、同じ子?」

和麻「ああ」

鈴「何で一年でこんなに育っているのよおおおっ!!?」

和麻「Aから一気にDになったらしい」

鈴「理不尽だああああ!!」←万年A以下


気が向いたらやろうと思います。では、本篇をどうぞ


 

 

 

 

地獄だった。

炎が燃え、瓦礫が散乱する。

人々の泣き叫ぶ声がそこかしこから聞こえる。

何が起こったのか理解が追いつかない。

ただ漠然と、そこに地獄が広がっているのだけはわかった。

それでも、彼女の姿を探した。

飛行機に乗っていた。昨日始まったばかりの春休みを利用して、彼女の故郷に遊びに行くはずだった。

自分の隣に座り、頬を膨らませてそっぽを向いていた幼馴染の少女の姿を。

謝らなきゃ。

仲直りしなきゃ。

いつもみたいに、ごめんと言おう。何でもするからって。そうすれば、きっとこっちを見てくれる。

頬をふくらましたまま、小さい背丈のせいで最近身長が伸びてきた上目使いをしながら睨みつける彼女に更に謝って。

そうして、ようやく許してくれるはずだ。

 

なのに、なのに何で――

 

 

 

――彼女は目の前で胸を貫かれて、血を流し続けているのだろうか?

 

 

 

 

 

五月の上旬。ついにクラス対抗戦の日がやって来た。

第二アリーナで行われるのは、第一試合の組み合わせは一組と二組のクラス代表の試合。つまり一夏と鈴が戦うのだ。

現在、和麻とシャーリーは、一般生徒たちが座っている観客席とは違う場所にいた。

生徒たちで混雑している観客席の少し上、アリーナ全体がよく見渡せる位置にあるガラス張りの部屋に二人はいた。

部屋はかなり広いが、中には通信機械やPC端末などが置かれており、少しゴタゴタしている。

ここはアリーナを監視する場所であり、緊急事態が起こった時に状況を把握し、事態の収拾を図る――いわば、管制室の予備の役割を果たす部屋なのだ。

この部屋は東西南北の四つが設置されている部屋の一つで、二人は南側の部屋にいる。

反対側の北の部屋には虚とサラが、東には刀奈、西には流無が待機している。

 

「凰が出てきたか」

 

丁度和麻がいる南側のピットから、赤い専用機を身に纏った鈴が飛び出す。

棘付き装甲(スパイク・アーマー)が特徴的な非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)を両肩に備え付けたISだ。

美しいというよりも、荒々しい印象を持つそのISの名前は『甲龍(シェンロン)』。

イメージインターフェースを用いた特殊兵装を備えた中国の最新型の第三世代ISだ。

中国語の読みが、日本の大人気漫画に登場するある龍を想像してしまうため、大抵の者は「こうりゅう」と読んでいる。

鈴が指定されたポイントに到達してから、少しして反対側のピットから一夏が飛び出す。

白式が受領されてから続けてきた訓練のおかげで、問題なくアリーナの指定された試合開始ポイントまで飛んでいく。

噂の男性IS操縦者の片割れと、中国の期待のルーキーという注目の試合カードに、観客たちのボルテージが上がる。

そんな中、一夏と鈴は少し言葉のやり取りを行った後、それぞれの主武器(メインウェポン)を呼び出して構える。

一夏は白式唯一の武装である雪片弐型を、鈴は名称では青竜刀となっているが巨大な両刃に持ち手が付いたようなその異形から、とても青竜刀とは思えない武器『双天牙月』を両手で握る。

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

試合開始のアナウンスと共に鳴り響く、ビーッというブザー音。

一夏が雪片弐型を上段で振りかぶって突撃するが、鈴は軽く弾き返す。

体勢を崩してしまうが、三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)で何とか立て直す。

 

「……動きに粗があります。私たちのほうがもっときれいに動けます」

 

一夏の動きを見て、シャーリーがそう零す。

普段無口な彼女がこんな皮肉を言うとは、少し和麻は驚く。

最近、シャーリーにも感情というのか、そう言った人間らしさが出てきた。

おそらく、IS学園でいろんな人たちと関わっているからだろう。和麻としてはなんだか、我が子の成長のようにうれしい。

 

『ぐわあっ!?』

 

『今のはジャブだからね』

 

気が付いてみれば、試合はかなり進んでいた。

一夏はアリーナの地面に落下しており、それを鈴が攻めたてている。

一夏を攻撃しているのは、両肩の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)から放たれている見えない砲撃――衝撃咆『龍咆』だ。

PICの応用によって生まれた空間圧作用兵器で、空間を圧縮し空間に砲身を形成。その反作用で砲身内に溜まった衝撃を撃ち出す兵器だ。

砲身も砲弾も見えないため、避けることが困難なこの衝撃咆に、一夏は一方的に追い込まれていく。

左右交互に砲撃することで、一夏に体勢を立て直す暇を与えない。

それでも、一夏は必至でアリーナの中を飛び回り続ける。

 

「何かを狙っているのか?この状況を覆すには……」

 

しばし、黙考する和麻。やがて、ある一つの手段が浮かんだ。

以前、訓練中に自分が刀奈に対して行った戦法。それは――

 

『うおおおおおおおっっ!!』

 

瞬間加速(イグニッション・ブースト)による、奇襲攻撃。

当たればほぼ一撃で相手を落とせる、雪片弐型のバリヤー無効化能力。それを最も生かせる戦い方であり、一夏が実力が上の相手に勝てるほぼ唯一の手だ。

鈴はいきなり加速した一夏に驚き、動揺している。

心のどこかで一夏を見下していたからか、それははっきりと表れていた。

そんな鈴に、刀身が割れた雪片弐型のエネルギー刃が吸い込まれる様に叩き込まれた。その寸前で、

 

ズドオオオオオオオオオンンッッ――

 

閃光が二人の間に割り込み、アリーナを激震が襲った。

 

「なっ!?」

 

思わず体をよろめかせる和麻。シャーリーも小さく悲鳴を上げる。

 

「一体、何が……!?」

 

アリーナに視線を戻すと、そこには白式と甲龍以外の別のISがいた。

全身装甲(フル・スキン)という異形な出で立ちをした深い灰色のISだ。つま先まで届きそうな手に、肩と頭が一体化して首が無い上半身をしている。体中にスラスター口が見えている。

図書館で目を通した、公にされている世界中のISが載っている専門書にもあのようなISはなかった。

そもそもISに全身装甲なんて必要ないのが、一般の見解だ。

ISの防御はシールドエネルギーと絶対防御の二段構えで成り立っており、物理シールドを装備した防御型のISでも肌が一ミリも露出していないなんてことはありえない。

つまり、あのISは世界で全く知られていないISだということだ。しかも、

 

「アリーナのシールドを抜いてきただと!?」

 

ISのシールドと同じ、アリーナの遮断シールドを貫通して侵入してきたことに和麻は事態の大きさを悟る。もしも、あのISが観客席に突入したりすれば、大参事だ。

 

「避難誘導を急ぐぞ、シャーリー!」

 

「待ってください、マスター!まだ――!」

 

シャーリーの言葉は最後まで和麻に届かなかった。

なぜなら、部屋の天井が崩れ、新たなISが現れたからだ。

 

 

 

 

 

「ふんふんふ~ん♪」

 

薄暗い空間。大小さまざまな機械がゴタゴタと転がっている研究所のような部屋にその女性はいた。

ファンタジー世界でよく描かれるようなエプロンドレスに、機械製のウサミミカチューシャを着た紫ロングヘアーの女性。

顔立ちは化粧をしていないのに整っているのだが、目の下には何日もの間寝ていないのがはっきり分かる濃いくまが台無しにしている。

だが、その顔に浮かぶのは満面の笑み。

子供が楽しみにしていた映画が始まるのを、今か今かと楽しみにしているかのような笑みだ。

 

「この日のために作ったゴーレムⅠ。さあ、いっくん。倒して見せてよ」

 

画面に映る織斑一夏を、いっくんと呼ぶ彼女の名前は篠ノ之束。

ISをこの世に生み出した天才科学者。つまり、すべてのISの創造主だ。

ただし、天才的な頭脳に反比例して、その性格や精神はわがままで気まぐれ。まるで子供のまま成長したかのような女性で、扱いを間違えればぐずって世界を滅ぼすこともあり得る。ゆえに昔馴染みや、一部の国の上層部では天災と呼ばれている。

彼女は今、世界のどの国家も作ることができなかった遠隔操作(リモート・コントロール)独立稼働(スタンド・アローン)機能を備えた無人機IS『ゴーレムⅠ』をIS学園に襲わせ、一夏に倒させようとしている。

そうすれば、一夏は学園を守った英雄(ヒーロー)になり、世間の注目をより一層浴びる。数週間前のクラス代表決定戦の敗北など帳消しにできるほどに。

 

「さてさて、こっちの方もうまくやらないと~」

 

束は別の映像を呼び出し、にやりと笑みを浮かべる。

そこには、通信機を片手に会場の混乱を収めるために動こうとしている和麻の姿。傍らにはシャーリーもいる。どうやら、束が仕掛けたIS学園へのハッキングに対抗するために、自身の演算処理能力を用いようとしているのだろう。端末を操作している。

 

「君は一体なんだろうね~。君みたいな存在は私の筋書きにない、正真正銘のイレギュラーだ。あ、言ってみたいセリフ10位が言えた!」

 

軽口を叩きながらも、その細い指を高速で動かしていく。

IS学園のメインコンピューターへのハッキングで、アリーナの遮断シールドをレベル4に設定し、一夏たちの逃げ道を塞ぎ、邪魔者が入らないようにドアを全てロックする。ついでに通信手段もジャミングする。

 

「残念だけど、君たちには解剖の材料になってもらうよ~」

 

笑顔でさらっととんでもないことを言う束。

画面の向こうでは和麻のいる部屋の天井を突き破って侵入する、別の無人機の姿だった。

その様子を見ている束の目は、すべてが自分の思い通りに動いていることを喜んでいることを物語っていた。

 

「さあ、おとなしく『ゴーレムⅡTypeα』に捕まってね♪」

 

 

 

 

 

天井を突き破って現れたのは、これまた見たことのないISだった。

今、アリーナの中で一夏と鈴に襲い掛かっているISは灰色だが、和麻の目の前に現れたのは、姿かたちは灰色のやつと同じだが、真っ赤な鮮血のようなカラーリングの機体だった。

そいつは床に降り立つと、頭の目の位置についているカメラアイを光らせて、和麻の姿を補足する。

その瞬間、とてつもない悪寒が和麻を襲う。

 

「ッ!シャーリー!!!」

 

「『叢雲』緊急展開!」

 

一瞬で漆黒のISを身に纏う和麻。制服が無くなり、あらかじめ量子化しておいたISスーツが現れる。専用機持ちだけができるパーソナライズと呼ばれる機能だ。ただし、多少エネルギーを消費してしまうので、本当の緊急時にしか使用しないほうがいいのだが、そんなことを言っていられるような状況じゃない。

和麻の叢雲が展開される。ほぼ同時に、侵入してきたIS――和麻は知る由もないが名称を『ゴーレムⅡTypeα』の拳が襲い掛かる。

 

「がっ!?」

 

まさに電光石火のごときスピードで放たれたその拳を、まともに受けた和麻は部屋のガラスを突き破り、アリーナの中に吹き飛ばされる。

 

「和麻!?」

 

「一夏!よそ見しない!!」

 

地面に激突した和麻を見て一夏は気を取られ、そこを黒いIS――『ゴーレムⅠ』の両腕に装備されたビーム砲口から放たれた赤い熱線が襲い掛かる。

間一髪のところで鈴が一夏を掴み、連射されるビームから逃げ惑う。

 

「っく、シャーリー。叢雲は?」

 

『エネルギーが100ほど削られました。パーソナライズしたせいでエネルギーも消費しています。機能に関してはさしたる問題はありません。ですが』

 

「ああ。はっきり言って」

 

和麻の目の前にゴーレムⅡTypeαが降り立つ。

 

「『最悪な状況だ/です』」

 

そして、一瞬のうちに和麻との距離を詰めて再び拳を振り下ろしてきた。

 

 

 

 

 




今回は短いですがこの辺で。さーて、次回ついに叢雲の秘密機能を披露しちゃいますよー!

で、IS最新刊を買いました。

うん、楯無さんむちゃくちゃ乙女だった。そして、実はめちゃくちゃ強かった。ラウラのお株を完全に掻っ攫っていましたね。
っていうかミステリアス・レイディの衝撃の真実の所為でいろいろ設定を練り直さないと?!
なんつーチートに近い能力を持っているんだ、と思いました。AICの比じゃない。
これとミストルティンの槍の組み合わせって凶悪すぎる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オーバードライブ

風を斬り裂く鋭い音とともに繰り出される拳。

和麻は咄嗟に避けようとするが、拳のほうが速い。

 

「がっ!?」

 

和麻は顔面を殴られて吹き飛ばされ、苦悶の声を上げる。

しかしすぐさまシャーリーのサポートで体勢を立て直し、お返しに雷撃を放つ。

ゴーレムⅡType―αは雷撃を受け、スパークを起こす。

効果ありと思われたが――

 

(効いてない、だと?)

 

白式やブルー・ティアーズの動きを一時的に麻痺さる程の一撃を受けても、ゴーレムⅡType―αは動きを少しも止めなかった。どうやら雷撃に対して、高い耐性を持っているようだ。

 

「ちッ」

 

和麻は舌打ちをしながら天叢雲剣を展開して構える。

対するゴーレムⅡType―αは背中のスラスターを噴かせて、和麻に接近する。

そのスピードは叢雲と同じ。いや――

 

(叢雲よりも速い!?)

 

ゴーレムⅡType―αの予想以上のスピードに、和麻はとっさに天叢雲剣で拳を受け止める。

金属同士がぶつかる激しい音がアリーナに響き、和麻の剣を持つ手に衝撃が走る。

 

(ッ、重い……!?)

 

あまりの衝撃の強さに、和麻はおもわず剣を取り零しそうになる。

 

『マスター、接近戦は不利です!叢雲の装甲では長くは持ちません!』

 

シャーリーの警告が頭の中に響く中、追撃に左腕を振り上げるゴーレムⅡType―αの姿が目に入る。

シャーリーの言うとおり、接近戦は不利だと判断した和麻は、距離を取ることにする。

背中の大型スラスターを動かし、後ろ向きの瞬間加速(イグニッション・ブースト)を行い、一瞬のうちに距離を離して距離を取ろうとする。

対するゴーレムⅡType―はも全身にあるスラスターを噴かせて、距離を取ろうとする和麻を追いかける。

同じ高起動型。千日手の様に思われたが、しかしその実、和麻の方が圧倒的に不利だった。

それもそのはず。このアリーナには和麻だけではない。一夏と鈴も別の敵――ゴーレムⅠと闘っているのだ。

そちらの戦いも把握し、放たれる衝撃砲やビームの流れ弾を避けながら、逃げ道を選ばなくてはいけない。

一方のゴーレムⅡType―αはそんなのはお構いも無しに追いかける。

 

「なんなんだよあれは!?本当に人が乗っているのか!?」

 

瞬間加速を行いながら、急カーブして向かってきたビームの流れ弾を避けるゴーレムⅡType―αを見て、和麻は思わず声を荒げる。

あんなことをすれば、乗っている操縦者の体がGに耐えられるはずがない。

 

『乗ってない』

 

「なに?」

 

『あれに、人は乗っていません』

 

「つまり……無人機だっていうのか!?」

 

シャーリーの言葉に、和麻は驚愕する。

無人機IS何て見たことも聞いたこともない。

 

『ですが、事実です。あれからは生命反応がありません。その上でどうするか、行動を決めましょう』

 

シャーリーの言葉に同意しつつ、和麻は頭の中でどうするか考える。

こちらの手札はあまりに少ない。

メインウェポンの天叢雲剣は近接戦闘でしか使えない。

セシリアの時に使った雷撃を撃ち出す突きがあるが、雷撃の耐性があるため効果はあまりないだろう。

 

(残っている攻撃手段は八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)だけ。だが、使いどころが難しすぎる)

 

悩む和麻だが、その時間さえも相手は与えてくれなかった。

ゴーレムⅡType―αの背中の装甲がパッカリと開いた。そこから展開されたのは加速用のブースターだった。

ブースターが火を噴き、さらに加速。スピードが一気に倍以上に跳ねあがる。

 

「嘘だろおい!?」

 

そのあまりのスピードに和麻は目を見開く。

次の瞬間には目の前までゴーレムⅡType―αが接近していた。

そのままスピードの乗ったその強烈な右腕の一撃で和麻を叩き落とし、地面に向かって墜落させる。

 

「グッ……」

 

呻く和麻の視界に、空中に佇んでいるゴーレムⅡType―αがゆっくりと降りて来る姿が映る。

おそらく追撃を仕掛けてくるのだろうが、それに対して和麻は一か八かの対抗策を試みる。

 

(そのタイミングで、八咫鏡を出現させてカウンターを仕掛ける――!)

 

衝撃で痛む体を起こしながら、和麻は鋭くゴーレムⅡType―αを睨みつける。

ゴーレムⅡType―αの右腕の拳が振り上げられる。さらに姿勢を低くし、ブースターも点火する。

ゴーレムⅡType―αが攻撃を仕掛け、和麻が迎撃しようとする。まさにその時、

 

「一夏ぁ――!!」

 

アリーナのスピーカーから響くのは箒の怒声だった。

 

『マスター、中継室です!』

 

突然の場違いの様な怒声に和麻は何事かと周囲に視線を向け、シャーリーの指摘で中継室の方を見てみれば中継室でマイクを持ち、肩で息をしている箒の姿があった。

 

「男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

彼女の言葉は、鈴と共にゴーレムⅠと闘っている一夏を激励するものだった。

そのために中継室に飛び込み、そこにいた審判とナレーターを気絶させてアリーナのスピーカーを使ったのだ。

その行為が、一夏たちと闘っていた無人機の注意をひきつけてしまった。

 

「箒!逃げろ――!!」

 

一夏が箒に逃げるよう叫ぶが、無人機は両手のビーム砲を中継室に向ける。

エネルギーが充填され、無情にも放たれるビーム。

アリーナの遮断シールドを貫通する威力のビームは、中継室を一瞬で飲み込み、次の瞬間にはめちゃくちゃに吹き飛ばした――かに思われた。

ビームは中継室の手前で何かに阻まれたのだ。

川を流れる水流が置かれた大きな岩にぶつかって左右に流れていくように、中継室の前で分かれている。

ビームが途切れると、中継室の両隣のアリーナ施設は無残に破壊されているが、箒がいる中継室はそこまで破壊されていなかった。

 

「鈴ッ!今だ!!」

 

なぜ中継室が無事だったのかわからないが、今目の前にいる無人機はビーム発射後の無防備な状態だ。

好機と見た一夏は鈴に衝撃砲を最大出力で撃つように頼み、自らはその射線上に割り込み、瞬間加速の体勢に入る。

鈴は一瞬躊躇するが、一夏の「いいから撃てッ!」という声に、破れかぶれになって衝撃を撃つ。

背中に巨大なエネルギーがぶつかるのを感じながら、一夏はそのエネルギーで瞬間加速を発動する。

 

瞬間加速の原理は、スラスターから放出されたエネルギーを内部に取り込み圧縮、その後放出することで得られる慣性エネルギーで加速するというものだ。

そして、その際に取り込むエネルギーはスラスターからの物でなくてもいい。外部エネルギーであっても取り込むことができる。

 

一夏は最大出力の衝撃砲のエネルギーを吸収して、今まで以上の加速で飛び出す。

そのまま雪片弐型をゴーレムⅠに向かって振るう。

白式の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)である『零落白夜』が発動し、雪片弐型の刀身が割れてエネルギーの刃が出現する。それはISのシールドエネルギーを無効化する必殺の刃だ。

一夏はすれ違いざまに雪片弍型を振り抜き、ゴーレムⅠを一刀両断。ゴーレムⅠは崩れ落ちて沈黙した。

 

「はぁはぁ……や、やった?」

 

しばらくは実感がわかなかったが、ようやく自分が目の前の敵を倒したのだと理解する。

勝鬨を上げようとしたその時、目の前に何かが飛んできた。

 

「――え?」

 

一瞬、何なのかわからなかった。

だが、割れて砕けた装甲が白式と正反対の漆黒だったことや、放電しながら流れている蒼い光――ナノマシンの輝きから誰なのかわかった。

 

「和麻……?」

 

いつも飄々として、不敵な笑みを浮かべていた口上手なもう一人の男子。

一夏よりも年上だが、学園で唯一の男友達として接しようとしてきた和麻だが、今はぼろぼろの状態で倒れ伏している。

和麻が飛んできたほうに目を向ければ、そこには赤いゴーレムⅡType―αの姿があった。

 

「うおおおおおおっっ!!!」

 

もはや残り少なくなっている白式のエネルギーの事なんて構わずに、一夏は雪片弐型を振り上げて突撃した。

 

 

 

 

 

「ふう、危なかったぁ~」

 

篠ノ之束は珍しく額に浮かんだ冷や汗を右腕でぬぐう。

 

「まさかあんなところに箒ちゃんが出てくるなんて。ちゃんと傷つけないように設定しておけばよかったよ。急いで設定している間にいっくんに斬られちゃうし。まあ、目的は達成できたしいっか~」

 

独り言をつぶやきながら、座っている椅子をくるくる回転させる。

 

「さてさて、残りの目的も達成しちゃいましょうか。そのために遮断シールドへのハッキングに加えてウイルスも流そうっと」

 

ポチッと目の前のキーボードのエンターを押す。すると、IS学園のメインサーバに大量の未知のコンピュータウイルスが流れる。

アリーナの遮断シールドがレベル4からさらに上のレベル5。完全封鎖状態へと移行し、さらに強固になってしまった。

中にいる得物(かずま)を絶対に逃がさないために。

 

 

 

 

 

『マスター!マスター!』

 

「う、ぁ」

 

シャーリーの声が脳内に響き、和麻の意識が覚醒する。

そして、何があったのか思い出す。

 

箒のいる中継室にゴーレムⅠのビーム咆が向けられた時、和麻は八咫鏡を中継室の防御に向かわせた。

可能な範囲ギリギリで展開して、最大速度で中継室に向かわせてビームを防いだ。

だがその瞬間、ブースターを点火して加速したゴーレムⅡType―αが、スピードを乗せた拳を叩きつけた。

しかも、その後に拳と蹴りの連続攻撃を受け、大きく吹っ飛ばされたのだった。

 

『マスター!無事ですか!?』

 

「機体の、状況は?」

 

『シールドエネルギーは僅かですが有ります。機体損傷率は67%』

 

とっさにシャーリーが後ろに向かって叢雲を動かしたおかげで、シールドエネルギーが0になることは防ぐことができたが、機体の損傷は激しい。

叢雲の象徴である大型スラスターは無事だが、腹部と胸部の装甲は完全に破壊されている。肩や脚の装甲もひび割れている。戦闘はかなり無理がありそうだ。

 

「戦いは、どうなっているんだ?」

 

『敵機のうち、一体は沈黙。ですが、もう一体――私たちが戦っていた敵機はいまだ健在。今は織斑一夏及び凰鈴音が戦闘中です』

 

目を開き、顔を上げるとそこでは一夏と鈴がゴーレムⅡType―αを相手に戦っていた。

だが、二人はゴーレムⅠとの戦いで消耗しており、まるで相手にされていない。

叢雲以上の機動力と、高い近接格闘能力にあっさりと二人は投げ飛ばされる。

二人を片付けたゴーレムⅡType―αはゆっくりと和麻に近づいてくる。同じ男性操縦者の一夏には目もくれずに。

 

和麻のいた部屋に侵入してきたときから何となく思っていたが、やはりゴーレムⅡType―αの目的は――和麻だ。

理由はわからないが、ゴーレムⅡType―αが和麻を狙っている。もしかしたら、あの違法研究所みたいな碌でもないところに連れて行かれるかもしれない。また助けが来るとも限らない。

 

「ふざ、けるな……」

 

痛む体を無理やり起こす。

 

「いい加減に、しろよ。俺の人生、勝手に、めちゃくちゃにする、つもりかよ。そんなこと、認められねえ。認めるられるかぁッ!!」

 

痛みに顔をゆがめながらも、瞳に怒りの炎を宿し、ゴーレムⅡType―αを睨みつける。

だが、現実は変わらない。

満身創痍の体と機体で、無傷の相手に何かができるはずない。

 

「和麻に近づくな!」

 

倒れていた一夏が起き上がり、ゴーレムⅡType―αに飛びかかる。

二機が再び戦闘を始め、そこに鈴が参戦する。

だが、やはり分が悪そうだ。

 

『……一つだけ、この状況を好転させる方法があります。マスター』

 

「!?本当か、シャーリー」

 

『最初に私を起動した際、ナノマシンの出力が臨界点まで達していました。その時の機体スペックは今までの三倍以上まで高まります。そうすればマスターの体の中に流れているナノマシンも活性化し、以前お話ししてくださったマスターの剣術も完ぺきに扱えるほどの動きができるはずです』

 

「おいちょっと待て。俺の体の中のナノマシンってなんだ!?」

 

説明の中にあった自分の知らないことに和麻は突っ込むが、シャーリーは意に反さず話を続ける。

 

『それは今は重要ではありません』

 

「いや、かなり重要だと思うが?」

 

『説明を続けさせていただきます。これを使えばマスター次第ではあの無人機を倒せるはずです。ですが、この方法にはリスクがあります。使用できる時間は限られ、使用後は機体の機能のほとんどが停止し、マスターも極度の疲労に襲われます。つまり――』

 

「決められなかったら、終わりってことか」

 

かなり大きいリスクだが、現状ではおそらくそれしか打開策が無い。

襲撃からかなり時間がたったはずなのに、まだ救援が来ないことからも助けが来ることはほぼないと考えられる。

和麻以外の二人もエネルギーが残り少なく、これ以上戦うのは無理だ。

一夏も鈴もなんとかゴーレムⅡType―αに食らいついているが、もうすぐやられてしまうだろう。

だったら、やるしかない。

 

「シャーリー、勝てるかな?」

 

『勝算はあると思います。マスター次第ですが』

 

「厳しいこと、言ってくれるな。お前」

 

ここ最近、シャーリーもだいぶ感情というか性格が出てきたと思う。

 

「――上等だ。やってくれ、シャーリー!」

 

和麻の言葉に、パートナーであるシャーリーは応える。

 

『了解。全ナノマシン臨界点まで機動。機動(イグニッション)――』

 

「「最大出力解放(オーバードライブ)――!!」

 

刹那――

和麻の体から莫大な蒼雷が迸った。

空気が焼かれて膨張する衝撃がアリーナを駆け巡り、戦っていたゴーレムⅡType―αと一夏、鈴が和麻の方を向く。

和麻はさっきまで全身に走っていた痛みが吹き飛び、体から力が沸いてくるのを感じた。

それはいつの間にか体の中に混入していたナノマシンが、体の生体電気を増幅し身体能力を強化しているのだ。

体の中で力が湧き出るのを感じながらも、和麻は冷静に目の前の状況を見極める。

 

前方約20メートル地点にゴーレムⅡType―αと一夏、鈴。そのさらに先150メートル地点に天叢雲剣が転がっている。

和麻はまず、天叢雲剣がある場所に向かって飛び出す。

今までとは比べ物にならないほどの加速力で、天叢雲剣の元に和麻は辿り着く。

そして、剣を拾い上げるとそのまま両手に構えて、ゴーレムⅡType―αに向かう。

再びの超加速。その勢いを乗せて天叢雲剣を振りかぶってゴーレムⅡType―αにぶつける。

ゴーレムⅡType―αはとっさに両手でガードしたが、こらえきれずに吹き飛ばされる。

 

「織斑、凰。下がっていろ」

 

何が起こっているのかわからない、という顔をしている一夏と鈴に和麻はそう言うと、右手に天叢雲剣を持ち体の後ろに向けて、右足を後ろに、左足を前に出す。

 

「――行くぜ」

 

身体を深く沈め、そのままゴーレムⅡType―αに突貫する。

向かってくる和麻にゴーレムⅡType―αはカウンターを仕掛ける。

ゴーレムⅡType―αが一番よく使う右手の正拳突きだ。

それがスローモーションで和麻の目に映る。

 

「『大雷(おほいかづち)』!」

 

その攻撃に対し、右側に下げた天叢雲剣を振り上げ袈裟斬を繰り出す。いわばカウンターのカウンターである。

それは今までの数まではできなかった技だった。

だが、今の和麻には使える。

何度も何度も見てきた技。

使えないと言われても、その動きをものにしようとあがいてきた技だった。

 

「『火雷(ほのいかづち)』!」

 

そのまま振り上げた剣の勢いを保ったまま、体を一回転させ薙ぎ払う。

回転の遠心力が乗った剣先が、ゴーレムⅡType―αの胸の装甲をえぐり取る。

 

「――『黒雷(くろいかづち)』!!」

 

さらに和麻の動きは止まらず、勢いを乗せたまま天叢雲剣を手の中で回転させ、突きを放ち、今度こそゴーレムⅡType―αの胸を貫いた。

 

一の袈裟斬から、弐の回転を加えた薙ぎ払い。さらにはその今までの運動エネルギーを保持したまま手の中で剣を回転させ、絶妙なタイミングで放たれる突きの一閃。

 

一連の技の動作を繋げ、最後には雲耀(うんよう)――稲妻のごとき速度で相手を仕留める。それこそが、和麻の実家である八神家が代々受け継いできた剣術――八神雲耀流剣術だ。

なお、この名前からして雲耀という名前から、示現流の流れを汲んでいるのではないかと推測する声もある。

全部で八つある技を運動エネルギーを保持したまま繋げることで、初めて習得することができる剣術で、幼い頃から特別な修練に励むことが必要だ。

だが、幼い頃の和麻は修練を受けていなかったため、碌に技を繋げることができず、習得できなかった。

だが、今の和麻にはISという力がある。その力を使えばこの古流剣術を使うことができる。

 

「終わりだ」

 

天叢雲剣を引き抜く。

ゴーレムⅡType―αは胸に中枢機能があったのか、動きを止めてそのまま地面にどさりと倒れる。

10メートルほど下がり、天叢雲剣を振り払い、息を吐きだして力を抜く。

 

「シャーリー。ナノマシンを抑えてくれ」

 

『了解』

 

ゆっくりと叢雲の装甲を走っていた雷撃が収まる。すると、さっきまで全身に漲っていた力が無くなり、とてつもない疲労感が押し寄せてくる。

叢雲の機能も一時停止し、纏っている装甲の重みが増したように感じる。パワーアシストが無くなっているのだ

和麻は立っていられずに膝をつき、天叢雲剣を取り零す。

 

「和麻!大丈夫か!?」

 

一夏が和麻のもとに向かって飛んでくる。やや後ろには鈴もいる。

 

「はぁはぁ……名前で、呼ぶな」

 

肩で息をしながら懲りずに名前を呼ぶ一夏に文句を言うが、その声に力は無い。

とりあえず、今はゆっくり休みたいというのが和麻の本心だが事態はそれを許さなかった。

 

『マスター!まだです!』

 

シャーリーの警告に和麻は慌てて振り向くが、ゴーレムⅡType―αは胸を貫かれて沈黙したままだった。

 

『違います!上です!三体目の無人機です!』

 

上に目を向けてみれば、シャーリーの言うとおりそこにもう一機のISがいた。

先に現れた二体のような灰色でも、真っ赤でもない、真っ白な機体だ。

 

その名をゴーレムⅡType―β。

 

ゆっくりと降りたったゴーレムⅡType―βはType―αのもとに向かう。

すると、Type―βから複数の配線が飛び出し、Type―αの残骸を絡め取っていく。

そして、二機は一つになっていく。

Type―αの装甲の一部と腕がType―βの肩付近に装着される。

そして、胸の中から金色に輝くキューブが現れる。Type―αのコアだ。

それがType―βの胸にはめ込まれた。

 

「合体、しただと――!?」

 

戦いはまだ終わらない。

 




おかしい表現があれば教えていただくとうれしいです。戦闘描写はどうにも苦手で。

次回はついにあの二人の参戦です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

淑女と水精の戦舞

αとβという赤と白のISが一つとなり、より迫力を増大させた完全体のゴーレムⅡ――新星の泥人形(ゴーレム・ノーヴァ)がアリーナに降り立つ。

和麻により破壊されたαの腕が肩に装着され、四本腕となったゴーレム・ノーヴァは、まず元々あった純白の両腕を突出す。

すると、その装甲が変形し始め、砲身が現れる。

それはゴーレムⅠにも搭載されていたものと同じ、ビーム砲だった。

二つの光が一瞬煌めく。

両腕の砲口から二つの閃光が同時に放たれ、一夏と鈴が吹き飛ばされる。

今までの戦闘でエネルギーがほぼなくなっていた二人はその一撃で戦闘不能になってしまう。

ISの操縦者保護機能により、全エネルギーを防御に回すことで二人の命は守られたが、ISの補助を深く受けてしまいISのエネルギーが回復するまで意識を失ってしまう。

 

『…………』

 

二人を無力化したゴーレム・ノーヴァがゆっくりと和麻に近づく。

そして、目の前までやって来たゴーレム・ノーヴァの肩にある、紅い腕が開きそこからワイヤーネットが飛び出す。

ワイヤーネットはそのまま和麻を包み込み、絡め取る。

今の和麻にもはや抵抗するだけの力はない。

先ほどの最大出力解放(オーバードライブ)によって、機体も体もぼろぼろになっている。その手に持っている天叢雲剣を振り回すこともできない。

このまま捕まってしまうと思われた、その時アリーナの壁の一部が大爆発を起こした。

いきなりの事態にゴーレム・ノーヴァが、顔の部分を向けると、そこから二機のISが飛び出した。

 

――機体識別開始。完了。

――ロシア第三世代IS『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』。その同型機『霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)』。

――敵対行動を確認。

 

「はぁあああああっっ!!」

 

先行した『霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)』が、スラスターを全開にした猛スピードで接近し、右手に持った主武装(メインウェポン)の近接ブレード『羽々斬』で斬りかかる。

刃の部分をアクア・ナノマシンの水が高圧で循環することで、抜群の斬れ味を発揮する

その刃をゴーレム・ノーヴァは避けるが、和麻を捕らえていたネットまではそうはいかなかった。

ゴーレム・ノーヴァを斬ると見せかけて、左手に瞬時にもう一本の羽々斬を展開し、ネットを斬り裂く。

流無は解放された和麻の体を掴むと全力でその場を離脱する。

離れていく流無を、ゴーレム・ノーヴァは追いかけようとするが、刀奈が超高圧水弾ガトリングガン『バイタル・スパイラル』で牽制。そのまま戦いを引き継ぐ。

 

「大丈夫和麻君!?」

 

流無はアリーナの隅に和麻を下ろして無事を確認する。

 

「……なん、とかな。ぶっちゃけ、今すぐ寝たい」

 

「そう。安心して。あいつは何とかしてあげるわ」

 

「そう、か。……頼ん、だぜ。生徒……会長」

 

そこで和麻の意識は無くなった。

身体へのダメージと、肉体の限界を超えた力を発揮させる代わりに過度の負担をかける最大出力解放(オーバードライブ)の疲労により、意識を繋ぎ止めておく限界が訪れたのだ。

 

「……こんなにぼろぼろになって」

 

ボロボロになった和麻を見ながら、流無は呟く。

生徒を守る生徒会長の立場にあるのに、こんなになるまで戦わせてしまったことへの申し訳なさがこみあげてくるが、今はそれを抑える。

流無は今すぐにでも刀奈に加勢しに行きたかったが、まずは気を失っている一夏と鈴を助けに向かった。

 

 

 

 

 

ゴーレム・ノーヴァと闘っていた刀奈は攻めあぐねていた。

バイタル・スパイラルで攻撃するが、ゴーレム・ノーヴァは水弾をものともせずに突っ込んでくる。

接近したゴーレム・ノーヴァは両腕両肩の四本腕で刀奈に殴りかかる。

別々に繰り出される四つの拳を、刀奈はその卓越した槍裁き防ぎ、後退しながら避ける。反撃に展開したランス『蒼流旋』を突き出すが、それは機体に届く前に弾かれてしまう。

ゴーレム・ノーヴァのエネルギー・シールドだ。

しかも、通常のISより遥かに頑丈な不可視の壁だった。

さきほどのバイタル・スパイラルの水弾もこのシールドに無力化され、ゴーレム・ノーヴァ本体に届かなかったのだ。

 

(おそらく、さっき取り込んだ赤い機体のコアのエネルギーが全部回されているのね。IS一機分のエネルギーで造られた防壁……まるで砦ね)

 

内心で愚痴をこぼしながらも責める手を緩めない。

二、三度ランスを突き立ててみるがむなしく弾かれるだけ。拳による攻撃が行われるまでにその場を離脱しようとするが、そうはさせないとゴーレム・ノーヴァの両腕からビーム砲の砲身が現れる。

放たれたビームを防ぐために刀奈は水のヴェールを展開する。

だが、そのヴェールの大きさはいつも展開しるヴェールの10分の一ほどの大きさしかなかった。それは、刀奈と流無がアリーナの中に侵入するために、壁を破壊した時に『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』の最大火力攻撃である『ミストルティンの槍』を使ったからだ。

全てのナノマシンを一点集中させて放つ『ミストルティンの槍』は、気化爆弾四発に匹敵する破壊力を持っているが、防御用のナノマシンまで攻撃に使ってしまう。

装甲を薄くし、ナノマシンのヴェールがその代わりを果たしている『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』にとって致命的な弱点であるといえよう。

 

(三人は流無ちゃんが回収してくれたわね。ならそろそろ離れたほうがいいかしら)

 

和麻たちをアリーナの端に置いた流無が、こちらに向かってくるのを確認した刀奈は蒼流旋に搭載されている四連装ガトリングを発砲しながら後退する。

後退しながら、刀奈はハイパーセンサーの360°の視界で状況を把握する。

 

そして、この戦いのシナリオを構築した。

 

ガトリングの弾丸をゴーレム・ノーヴァに当てるのではなく、牽制するために放つ。

その隙に背後から接近した流無が羽々斬で斬りかかるが、エネルギー・シールドに阻まれ、羽々斬の刀身が上に向かって弾かれる。

その隙をついてゴーレム・ノーヴァの4つの拳が流無に迫る。

 

「させないわよ」

 

流無に意識を向けたゴーレム・ノーヴァの背中に蒼流旋のガトリングを叩き込む。

やはりエネルギー・シールドに阻まれるが、再びゴーレム・ノーヴァが刀奈のほうへ目標を変更する。

 

「こっちも忘れてもらったら困るわね!」

 

伸ばされた2本の腕を回避しながら、流無が細かい静止制御を繰り返し、舞うように身体を反転させながら羽々斬を振るう。

エネルギー・シールドに阻まれて攻撃は届かないが、敵と認識された瞬間に片方が攻撃し、また敵への認識が行われた瞬間にもう片方が攻撃を仕掛けるという、息の合った連係攻撃でゴーレム・ノーヴァを翻弄する。

 

((やっぱり固い))

 

攻撃を加えながらも二人は堅牢な防御力に舌を巻く。

 

「ま、そこは予想通りね」

 

刀奈は全力でその場を離脱する。

その意図を読み取ったのか、流無は両手に持った羽々斬に水を纏わせ、刃を伸ばして攻撃の手をさらに強める。

 

「『ヴァルデンホルト』チャージ開始」

 

十分な距離を取った刀奈は、手持ちの兵器の中からシールドを破壊できる可能性のある武器を取り出す。

紗々宮式荷電粒子砲『ヴァルデンホルト』。

従妹が作り上げた試作兵器の最大火力は、危険だからと使用を禁止されているが無人機相手ならば問題ないだろう。むしろ、データが取れたと喜んでくれるはずだ。

エネルギーが砲身に蓄積され、熱を放ち始める。

 

「チャージ完了まであと30秒」

 

一方、流無は両手の羽々斬から水を垂らす。その水はナノマシンの氷結能力によって、一瞬で凍りつき、無数の氷の刃を形成する。

霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)の持ち味である機動力を生かして、休むことなく羽々斬を振るい、その軌跡に沿って水の刃が鞭のようにふるわれ、瞬時に氷となってゴーレム・ノーヴァに襲い掛かる。

そうしてゴーレム・ノーヴァの注意をひきつけようとするが、流石にヴァルデンホルトの高エネルギー反応を見逃すはずもなく、すぐさま刀奈へ攻撃しようと両手のビーム砲を構える。

 

「させない!」

 

ビームの射線上に流無が割り込み、右腕を突き出す。

するとアクア・クリスタルを埋め込まれた右腕の多機能武装腕『ミヅチ』から水の楯が形成され、放たれたビームを受け止める。

そのあまりの威力に流無は吹き飛ばされるが、刀奈へ砲撃が当たることだけは防いで見せた。

 

「あと、20秒」

 

ビームを連射し刀奈の砲撃を止めようとするゴーレム・ノーヴァだが、流無がそれをミヅチの楯で懸命に受け止める。

 

「10秒」

 

ゴーレム・ノーヴァはついにじれったくなったのか、姿勢を低くすると両腕両肩の4本腕を構える。

そして、αを彷彿とされる圧倒的な機動力で流無に迫ると、4本の腕を高速で繰り出し始める。

高速で繰り出される拳の嵐は、水の楯を流無もろともで吹き飛ばし、そのままのスピードで刀奈に肉薄する。

 

「くっ、発射!」

 

エネルギーは完全にチャージできなかったが、そんなことも言っていられない。

引き金を引き、砲口から溢れた莫大な光が放たれ、ゴーレム・ノーヴァに向かって押し寄せる。あまりの反動に刀奈は吹き飛ばされそうになるが、なんとかこらえる。

放たれた砲撃はそのままゴーレム・ノーヴァに向かって突き進み、荷電粒子砲の光とシールドのエネルギーがぶつかり拮抗する。

 

「く、くぅぅぅ……!!」

 

限界までチャージしていないのにこのエネルギー量。なるほど、紗夜が使用を禁止するはずだ。

というかこんな威力の砲撃ができる武装、試合では完全にオーバーキルではないか。何て物を作るんだ。今度文句を言いに行こうと、刀奈は頭の片隅で思いながら、反動で暴れる砲身を抑え込む。そして――

 

「いっけえ!!」

 

拮抗していたシールドが砲撃に押し切られ、ゴーレム・ノーヴァは光に飲み込まれた。

光に飲み込まれながらもゴーレム・ノーヴァは、なんとか耐えていたが徐々に光の本流に押されていき――爆発した。

爆炎と爆風が吹き荒れるなか、ゴーレム・ノーヴァは――健在だった。

しかも、ほぼ無傷である。

流石に少し機能に異常が出たのか緩慢な動きだが、止まる気配はない。

ヴァルデンホルトの砲身から排熱のための水蒸気が立ち上り、しばらくの間使用不能になる。

砲口を地面に落とし、膝をついて刀奈はゆっくりと動き出したゴーレム・ノーヴァを見つめる。

 

「まさか、あれでも倒せないなんてね」

 

なんて防御力よ、とため息交じりにぼやく刀奈。

 

「ああ~。ほんと、あれで決めたかったのにな。まったく……ついてないわね」

 

一歩一歩、膝をついたままその場から動こうとしない刀奈にゴーレム・ノーヴァが近づいていく。

 

 

「今回はあなたの勝ちよ。アホ流無」

 

 

ゴーレム・ノーヴァのセンサーが自分の真上に高エネルギー反応を検出する。そちらにカメラアイを向けてみれば、そこには莫大な水を羽々斬に纏わせ、切っ先を地面に向けている流無の姿があった。

 

「私の全ナノマシンを攻撃に転用したこの一撃。耐えられる?」

 

それは刀奈のミストルティンの槍と同じ一撃。ただし流無の攻撃はブレード状になっており、技の名前もない。

 

「地獄に堕ちなさい」

 

そのまま巨大な水の剣をゴーレム・ノーヴァに向かって落とす。

避けることのできないゴーレム・ノーヴァはそのまま押しつぶされ、エネルギーを攻勢変換した爆発に飲み込まれた。

 

これが刀奈の作戦。

ヴォルデンホルトの砲撃と流無の全力攻撃の二段構えで確実に止めを刺す。

一撃でも強力無比な攻撃を連続で放つ連撃に耐えられるISは存在せず、それはゴーレム・ノーヴァも例外ではないはずだった。

 

やがて爆風が収まると、アリーナの地面が大きく陥没し、ひび割れていた。

その中心にゴーレム・ノーヴァがいた。

4本の腕がすべてちぎれてぼろぼろだが、ゆっくりと動き始めた。

あれほどの威力の攻撃でも、完全に破壊することはできなかった。だが、

 

『狙い撃ちますわ!』

 

先ほど二人が侵入した壁の穴からアリーナに入った、セシリアがブルー・ティアーズ4基による一斉射撃を放ち、シールドに阻まれることなくゴーレム・ノーヴァを撃ちぬく。

二人の攻撃はゴーレム・ノーヴァを破壊することは叶わなかったが、シールドを無力化することはできたのだ。

今ではブルー・ティアーズの通常攻撃でも致命傷を与えることができるほどにまで耐久力をそぎ落とすことができた。

そして、ゴーレム・ノーヴァはどさりと倒れ、その動きを止めたのだった。

 

 

 

 

 

セシリアがアリーナの中に入り、彼女に続いて教員たちのIS部隊も入ってくる。

教員たちが倒れていた一夏や鈴、そして和麻をアリーナから運び出す様子を眺めながら、刀奈と流無はこのあとの後始末について考える。

間違いなく襲撃してきた無人機ISについて、国際IS委員会や世界各国から説明が殺到するだろう。

刀奈はその作業に少し湯鬱になりながら、蒼流旋を展開して杖代わりにして起き上がり、流無も地面に着地する。

まあ、そんなことは後で考えよう。

今は、ここの所自分とよく関わるようになった少年の様子をもう一度見ておこうと思ったその時――。

 

『やあやあ、みんなおつかれちゃーん♪』

 

いきなりアリーナに響く、底抜けに明るくてお気楽な声。

あまりに場違いなそれにその場にいた全員が動きを止める。

 

『まさかまさかゴーレム・ノーヴァが負けるなんて思いもしなかったよ。やるねえ、そこの水色二人』

 

がばっ、と先ほど動きを止めて破壊されたはずのゴーレム・ノーヴァが起き上がる。

 

『でもでも、これ以上邪魔されるのは不愉快だからあ……消えてよ君たち』

 

その瞬間、その場のゴーレム・ノーヴァ以外のISが――停止した。

教師部隊の訓練機であるラファール・リヴァイブと打鉄も。

セシリアのブルー・ティアーズも。

そして、刀奈と流無の霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)も。

全てのISが機能を停止し、ただの鈍重な鉄の塊と化してしまった。

 

『じゃ、和麻(それ)貰っていくね』

 

ゴーレム・ノーヴァが再び、和麻を捕らえるために動き始めた。

 

「させない!」

 

それに対し、最初に反応したのは流無だった。

動かなくなった霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)から、体の関節を外すことで抜け出し、和麻のもとに走る。

和麻のもとに辿り着いた彼女は、和麻をそこから運び出そうとするが、叢雲を纏った彼は抱えることができない。

どうにかしようと四苦八苦しているうちに、ゴーレム・ノーヴァが目の前に辿り着いた。

 

『ありゃりゃ。まーだ邪魔するの?』

 

驚くべきことにゴーレム・ノーヴァの壊れた機体の一部が粒子に代わり、次の瞬間には新しい装甲が現れる。

なんと自己修復を行っているのだ。

一体どんな技術がつかわれているのか流無にはさっぱりだが、今はそんなことを気にしている暇はない。

速く速く、逃げなくてはいけないのだ。

だが、以前として流無には叢雲を解除する方法が無い。

 

『ま、関係ないけどさ。どきなよ』

 

真っ先に修復された白い右腕。それを無造作に振るい流無を殴り飛ばそうとするが、後ろからいきなり脇腹を殴られてしまい、空を切る。

 

「やらせない!」

 

その手に蒼流旋を持った刀奈だった。

刀奈はそのまま流無とゴーレム・ノーヴァの間に割り込み、蒼流旋を構える。

 

『あーあーもー!なんなのさなんなのさ!邪魔すんなあああああああ!!!』

 

駄々をこねるような声を出しながら、ゴーレム・ノーヴァは左腕も再生させる。

そして、両手をむちゃくちゃに振り回し始める。

 

「く、この!」

 

それを刀奈が蒼流旋で捌くが、IS――それも機械の塊である無人機と生身の人間では勝負にならず、蒼流旋は弾かれてしまう。

そして、ついに二人に向かってゴーレム・ノーヴァの腕がのばされた。その時――

叢雲の装甲が眩い光を放ち始めた。

 

 

 

 

 

――単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ―)絶対絆響奏(アブソリュート・シンフォニア)

 

――対象霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)及び霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)

 

――発動

 

 

 

 




この回で終わらせるつもりだったんだけどな。次話に持ち越しです。

ついに、やりたかったことへの伏線を張れる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

響き合う絶対なる絆の奏

書き直ししました。加筆部分が結構ありますので、もう一度読んでもらうとうれしいです。


「うっ……」

 

空気を揺るがす凄まじい震えに、和麻の沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。

いつもの十倍は重く感じる瞼を開けると、アリーナの光景が目に入る。

意識を失う前と違い、中心から爆炎を上げる巨大なクレーターが見える。

状況を把握するために体を起こそうとするが、アリーナの壁に背中を預けている自分の体には力が全く入らない。

叢雲の特殊機能「最大出力解放(オーバードライブ)」を使用した代償により、体はぼろぼろになっていた。

何とか動かそうとしても指一本動かない。

身体だけでなく叢雲も全く動く気配が無く、和麻の体をただ重い装甲で縛りつけているだけだ。

 

(シャー……リー…。聞こえ、るか?)

 

身体は動かなくても、少しずつ戻ってきた意識を集中させ、シャーリーに話しかける。

だが、いつも淡々とした調子で応えてくれる少女の声は無い。

どうやら、機体の破損が彼女にも影響を与えたようだ。

 

(シャーリー……)

 

シャーリーは和麻にとって深い思い入れのある存在だ。どうなっているのか?無事でいてくれるのか気になって仕方ないが、頭の隅に追い込む。

目の前の戦いが終わりに向かっていた。

アリーナには続々と何かが入り込み、せわしなく動いている。

それは教師部隊の打鉄とラファール・リヴァイブなのだが、和麻にはぼんやりしていてよく見えない。

それでも、自分の周りに自分を運び出そうとしてくれているのはわかった。

担ぎ上げられるのを感じながら、一安心して意識をもう一度手放そうとしたその時、両側から自分を持ち上げていた力が消失し、再び地面に叩きつけられた。

 

(な、何が……?)

 

両隣で自分を持ち上げようとしていた二人の教員が、機能停止したISの重みに押しつぶされている。

二人は急いでISから抜け出すが、悲鳴を上げてその場から逃げる。

なぜなら、ボロボロの機体を少しずつ再生させゆっくりとこちらに近づいてくるゴーレム・ノーヴァの姿があった。

地面に落とされた衝撃で覚醒した和麻はその姿に息をのむ。

 

和麻はついこの間はそこら辺にいる一般的な高校生だった。

少々特殊な家と、少し普通ではない経験をした過去があったが、どこまでも普通の少年だったのだ。

だからこそ、湧き上がる感情を抑えられなかった。

恐怖という感情を。

さっきまではよかった。

自分を強くしてくれるIS(よろい)があった。傍らで支えてくれるシャーリー(パートナー)がいた。

それがあれば、和麻は剣を握り、敵に向かって行くことができた。

 

だが、今はそのIS(よろい)は動かず、シャーリー(パートナー)も応えてくれない。

和麻という人間の尊厳がボロボロと崩れていく。

ガチガチと歯が鳴り始める。口の中が乾く。うまく息が吸えない。

みっともない喚き声が出そうになる。

 

だがそれは寸前で、和麻とゴーレム・ノーヴァの間に割り込んできた二人の少女の姿に止められた。

 

流無だった。

彼女は教員が逃げ出す中、和麻を助けるために駆け付けたのだ。

必死で和麻を叢雲から引きずり出して運び出そうとするが、流無を振り払うためにゴーレム・ノーヴァが腕を振り上げる。

だが、その腕が流無に振るわれることはなかった。

今度は刀奈がISの武装である蒼流旋を手にゴーレム・ノーヴァに挑みかかってきた。

後ろからゴーレム・ノーヴァの脇腹を殴り、バランスを崩させ、流無の前に立つ。

刀奈は流無を、さらには流無が助けようとしている和麻を守ろうと蒼流線を構える。だがゴーレム・ノーヴァの前では生身の人間では無力に等しく、あっけなく蒼流旋を弾き飛ばされる。

 

それでも刀奈は諦めず、二人の前に立ち続ける。

流無も必死で和麻を助けようとあの手この手を尽くそうとする。

 

その二人の姿に、さっきまで恐怖に駆られていた心が無くなっていく。

変わりに過去の記憶が蘇る。

 

 

 

 

 

幼少期の和麻は無口で人付き合いを避けるという、今とは180°異なる性格をしていた。

運動よりも読書が好きで、学校の休み時間でも宿題をした勉強に集中する。元気な遊び盛りの小学生にしては少し浮いていた感じの少年だった。

それには八神家の事情が関係しており、八神雲耀流剣術の才能が無いことと、妹の遥香が才能を示したことが原因だった。

妹に劣るなら、妹とは違う分野で才能を示そうとしていたのだ。

だが、勉学においても遥香は才能を見せ始めており、和麻は必死に兄の尊厳を守るために勉学に励み周りのことなんて無視していた。

そんな和麻に話しかけようとする同級生は皆無であり、たまに虐めにあうこともあったが、和麻は周りに無関心を装い続けた。

だが、そんな和麻に話しかけてきた少女が一人いた。

 

『ねえねえ。君何を勉強しているの?』

 

金髪碧眼の小柄な少女で名前をシャノン・リーフレットといった。

外国人の血を引いているが、日本で生まれ育った彼女はクラスで和麻と同じくらい浮いていたが、持ち前の明朗快活な性格のおかげでクラスの中心にいた。

 

『まーた幼馴染を放っておいてこんな昼間から部屋にこもっているの?外に出るわよ、和麻!』

 

気が付けばシャノンは和麻の隣にいた。

妹以外に関心を持とうとしなかった和麻の前に現れた彼女は、あろうことか和麻の自称幼馴染を名乗り、和麻に付きまとい始めた。

 

『あなた達、和麻を虐めるんじゃないわよ!!』

 

頼んでもいないのに、今ほど気が強くなかった和麻を引っ張り、虐めから守った。

 

『もっと愛想よくしなさいよ。人付き合いが下手だとこれから苦労するわよ。特に、女の子相手だとね』

 

おっ節介なことを口にしては鬱陶しく思ったことは一度や二度じゃない。

だというのに和麻はいつの間にかシャノンに魅かれて行った。

 

『和麻。あなたは私が守ってあげる。だから――私を守ってね』

 

和麻が初めて恋い焦がれたシャノン。

彼女とのかかわりが和麻を少しずつ変えて行った。

クラスメイトとも話ようになったし、遥香に変な対抗意識を持つこともなくなり、少しギクシャクしていた兄妹関係も解消した。

いつの間にか和麻はシャノンが隣にいることが当たり前だと思うようになり、そんな日々がずっと続くと思っていた。

 

だがそれはあっけなく崩れ去り、彼女は和麻の目の前で無残な最期を遂げた。

 

中学生になって最初の夏休みに、シャノンの母親の故郷であるイギリスへの旅行に向かう途中で、和麻とシャノン、遥香の乗った飛行機が墜落事故を起こした。

遥香は奇跡的に無傷だったのだが、和麻とシャノンはそうはいかなかった。

今でも和麻ははっきりと覚えている。

ぐしゃぐしゃになっていく飛行機の天井から飛び出した鉄柱が和麻に向かって飛んできて、それをシャノンが身代わりとなって心臓を貫かれたときの光景を。

次に気が付いた時、病院のベッドの上で、自分の横に顔の上に白い布をかぶせられたシャノンの姿を。

心臓の近くを鉄柱に貫かれ、病院に運び込まれたはいいものの、ほとんど助かる見込みのなかったシャノンは、事故で臓器が傷ついてしまった和麻に、自分の臓器のいくつかを和麻に授けて逝ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

過去の記憶を垣間見ながら、和麻の目の前でゴーレム・ノーヴァの拳が二人に向かって振り上げられる。

刀奈はそれから目をそらさず、二人を守ろうと一歩も引かない。

流無は気にもとめず、ただ和麻を助けようとする。

二人の姿が、鉄柱から自分を守り、新たな命を与えてくれたシャノンに重なる。

そして、シャノンの最後の姿がフラッシュバックする。

あの後、叩き落とされた深い絶望を思い出す。

このままでは二人はゴーレム・ノーヴァに殴り飛ばされ、最悪死んでしまうかもしれない。

シャノンのように。そうなったら、もう――

 

(……るか)

 

機械の拳が刀奈の華奢な体に迫る。

 

(……せるか)

 

それでも刀奈は逃げない。気が付いた流無が振り向く。

 

(……させるか)

 

再び心に宿る激情。声には出せないが、心の中で行き場をなくして激しく荒れ狂う。

 

(させるか!!)

 

――動けよ叢雲俺の体!

 

――目の前で殺されそうになっている知り合いがいる。

 

――自分を守ろうと必死に戦ってくれている。

 

――彼女たちが死んでいいわけがあるものか!!

 

――頼む、動け。動いてくれ!

 

――二人を死なせたくないんだ!もうシャノンを失った時みたいな思いはしたくないんだ!

 

――叢雲ぉっ!!

 

心の中で叫び、願う。

目の前で、危機に瀕する少女たちを救いたいと。

 

(俺は手を差しのべてくれる者たちを、もう二度と失いたくない!)

 

その時、和麻の頭に声が響いた。

 

『いいわ。力を貸してあげる。――和麻は私がいないとほんとダメダメなんだから』

 

一瞬、和麻の目に一人の少女の姿が映った。

蒼天と夜天を中心とした様々な色に染まった天空の中に浮かぶ、光の鎖で拘束された誰かの姿が――。

 

 

 

 

 

――単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ―)絶対絆響奏(アブソリュート・シンフォニア)

 

――対象霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)及び霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)

 

――発動

 

眩い光を放ち始めた叢雲。まるで小さな太陽のようになった機体から、何かが飛び出す。

それは光の鎖だった。

鎖は瞬時に伸びていき、強制的に機能を停止させられた霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)に繋がると、そのまま二機のISは一瞬で量子化する。

 

「え?」

 

「な、なに?!」

 

次の瞬間には刀奈と流無の体に装着される。

ゴーレム・ノーヴァの拳はいきなり現れた霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)に阻まれ、通常よりもエネルギーの増大したシールドによって守られた刀奈に、傷一つ負わせられずに弾かれる。

 

『そんな!?確かにコアは停止したはず。それになんなのそのエネルギー!?』

 

停止させたはずの霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)が起動し、さらにはエネルギーを増大していることに、ゴーレム・ノーヴァの主は混乱する。

 

「エネルギーが――増大している!?」

 

「これなら!!」

 

何が起こったのかわからないが、自分たちに戦うことのできる力が戻った。

刀奈と流無は蒼流旋と羽々斬を構えてゴーレム・ノーヴァに突撃する。

まずは刀奈が蒼流旋を円運動で取り回し、ゴーレム・ノーヴァの機体を吹き飛ばし、斬り裂く。

遠心力の乗った槍の攻撃はゴーレム・ノーヴァの装甲を斬り裂き、破壊する。

 

『なんなのさ一体!?』

 

「今度は私!」

 

ゴーレム・ノーヴァから響くマシンボイスが喚くのにも構わず、今度は流無が両手に構えた羽々斬で斬りかかる。

同時に振り下ろされた刃が、再生途中だった腕を根元から断ち斬り、屈んで横薙ぎに刃を振るい足を斬り落とす。

バランスを崩したところで、刀奈の蒼流旋が胴体を貫き腰のあたりに大穴を穿つ。

不思議だった。

堅牢なはずのISが、まるで濡れた紙みたいに斬り裂き、貫くことができる。

ISの性能が今までよりも数段パワーアップしている。

それこそが、叢雲の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)絶対絆響奏(アブソリュート・シンフォニア)の力だった。

「響き合う絶対なる絆の奏」はコアネットワークを通じて他のISに干渉し、コア同士を共鳴させ、互いの能力を爆発的に上昇させるその能力は、停止させられたコアすらも呼び覚まし、覚醒させることができる。

 

「せええいっ!」

 

ゴーレム・ノーヴァを貫いたまま刀奈は蒼流旋を振りかぶり、投げ飛ばす。

二人はとどめを刺そうとするが、その前に飛び出す機体があった。

未だ眩い光を放ち、光の鎖で二機のISと繋がっている叢雲だった。

その手には天叢雲剣――神話の時代から存在する神剣の名前を冠する剣が握られており、刀身から激しい紫電が迸っている。

 

『そんな、何で――お前までぇ!?』

 

「これで――終わりだァ!!」

 

和麻が最後の力を込めて振り抜いた天叢雲剣が、ゴーレム・ノーヴァの胸のコアを正確に斬り裂く。

中枢であるコアのある部分を真っ二つにされたゴーレム・ノーヴァは、そのままアリーナの地面に落下していき再生できず爆発四散した。

 

「……ざまあ、みやがれ」

 

そこで和麻の意識は再び闇に沈む。

落下していく和麻を優しく受け止めながら刀奈と流無は、戦いがようやく終わったことに安堵した。

 

 

 

 

 

 

「山田先生。解析はできたか?」

 

IS学園の地下50メートル。

レベル4権限を持つ者にしか立ち入りを許されていないその空間に、千冬と真耶はいた。

すでに事件が収束して2時間がたっている。

未だ職員や生徒会の面々が事後処理に奔走しているなか、二人は報告書作成のために襲撃してきたゴーレムたちを解析していた。

 

「解析結果出ました。無人機で間違いありません」

 

「そうか。システムの中枢は?」

 

「織斑君たちが戦っていた機体は、織斑君の最後の攻撃で破壊されています。八神君たちの方も同様で修復はおそらく無理かと」

 

「コアの方はどうだ?登録されていたものだったか?」

 

「いいえ。未登録のコアでした」

 

真耶の言葉に千冬は眉間にしわを寄せる。

現在、世界に存在するISのコアは467個。そのすべてが国家や企業に登録されている。未登録のコアということは468番目の全く新しいコアということだ。

 

「未登録のコアが三つか。頭の痛いことだな」

 

「いえ、織斑先生。発見できたコアは一つです」

 

「なんだと?」

 

「実は、八神君が倒した機体からはコアの破片も発見されませんでした」

 

千冬は真耶の言葉に眉をひそめる。

もしも跡形もなく吹き飛んだのなら余計な問題が無くなって丁度いい。

なにせ絶対数の決まっているISのコアに、どこにも登録されていない新規のコアが加わったとなれば世界各国による醜いコアの奪い合いに発展しかねないのだ。

だが、もしそうでなければ――?

一抹の疑問を覚えながらも、千冬は引き続き真耶と共に無人機の解析を行い続けた。

 

 

 

 

 

同時刻の生徒会室。

生徒会書記の虚は会長席で今回の事件の事後処理を行っている流無に、先ほど言い渡された事情聴取の要請を伝える。

先ほどの事件で戦闘をこなしながらも、その疲れを全く感じさせずに手を動かし続ける流無に話しかけるのは躊躇われるが。

 

「お嬢様、先生方からの取り調べが――」

 

「後に回して!今はこの書類の処理が最優先。取り調べで聴かれることの予測返答はまとめてあるから!」

 

「ええっと、では各国代表からの今回の事件の詳細を求める要請は私が――」

 

「それは私がやっておくわ。虚ちゃんはこの書類を職員室と理事長室に持って行って!」

 

話しかけるも一蹴され書類を押し付けられ、別の書類の処理を買って出ればそれを刀奈に取られ、更なる量の書類を持たされる。

両手いっぱいにあふれる書類を抱えながら虚は生徒会室を後にする。

 

(はあ。やはり優秀ですねお嬢様方は。私のお仕事が全くありません)

 

更識家の使用人の家系である布仏家の長女の虚。本来ならいずれ主となる刀奈と流無の補佐をしなければいけないのだが、優秀な二人は虚の助けなんて必要ないとばかりにあらゆる作業をこなしていく。

主が優秀なのはうれしい。だが自分の存在意義まで無くなってしまうのは辛い。

 

「ままならないものですね」

 

両手の重い書類を抱え直し、ため息を漏らしながら、虚は職員室に足を進めた。

 

 

 

 

 

虚が出て行った生徒会室には流無と刀奈の二人だけが残り、生徒会長の椅子に並んで座りながら書類にペンを走らせ続ける。

冷静に書類をさばいていく二人だが頭の中は事件の後に意識を失い、学園の医療室に運び込まれた和麻のことでいっぱいだった。

 

戦闘終了後に意識を失った和麻。沙夜が主導となって叢雲から体を解放された彼の体の状態はかなりひどかった。

ゴーレムに浴びせられた強烈な打撃と叢雲の禁じ手ともいえる特殊能力「最大出力解放(オーバードライブ)」で肉体への過度な負担があったにもかかわらず、無理に動いてしまったせいで体はボロボロ。今は医療室に運び込まれ治療を受けている。

 

守るべき対象だった和麻に怪我を負わせてしまったことに、二人の心は申し訳なさと後悔の念でいっぱいだった。

守れなかったことだけじゃない。

ゴーレム・ノーヴァの拳が和麻を守ろうとした二人に向かって振り下ろされた時、叢雲の力で再起動した霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)霧纏の水精(ミステリアス・ウンディーネ)が装着されたときに二人は和麻の力を感じた。

光の鎖を通して、和麻の力が流れ込んできたことに後になって気が付いたのだ。

和麻に与えられた力で二機のISは再び息を吹き返し、二人の身を守った。

いわば、和麻が二人の身を守ったのだ。

 

(守るために我が身をささげる。体も魂も)

 

(それが更識の家に生まれ、『楯無』の名前を受け継ぐ者の資格にして運命)

 

((なのに……守られた))

 

不甲斐ないことなのになぜだろうか。

 

((誰かに守られたことなんて、初めてかも……なんかうれしい))

 

今まで二人は人に頼られ、守ってきた。逆のことなんてありえなかった。でも今回の事件で初めて守られ、それにうれしさを感じていた。

後悔と申し訳なさとうれしさが吹き荒れる心を紛らわすために、二人は追加で寄せられた書類の束に二人同時に手を伸ばす。

 

「「あっ」」

 

両手がぶつかり、真紅の瞳が交差する。

いつもなら言い争いや挑発合戦、肉弾戦に発展するのだが、二人は少し目を合わせただけで次の書類の処理に移る。

和麻の手術の無事を祈りながら――。

 

 

 

 

 

蒼天と夜天に紫天。さらには暁。

様々な色の天空が上下左右に広がり、無数の雲が浮かぶ不思議な世界の中心に彼女はいた。

金髪碧眼をした小柄な少女。

その姿は叢雲のコア人格であるシャーリーに瓜二つであった。

さらに驚くべきことに、彼女は空中で光の鎖に固定されていた。

全身を雁字搦めに戒められながら、しかし彼女は笑顔を浮かべる。

 

「ふふ。単一仕様能力(ワンオフアビリティー)絶対絆響奏(アブソリュート・シンフォニア)』は兎さんにとっても予想外だったみたいね」

 

笑いながら彼女が両手に力を込めると、拘束していた鎖が千切れる。

自由になった両手を掲げると、そこに赤と白の球体が現れる。

 

「君たちもうれしいんだね。兎から離れることができて。いつか君たちと話ができることを待っているよ」

 

球体は少女の声にこたえるように、グルグルと飛びまわり始める。

 

「ねえ、和麻。必ずまた会いましょう。今度は彼女さんを紹介してね」

 

少女は天使のように笑う。

叢雲が漂う天空の世界で。

 

 

 

 




次話も現在書き直し中ですので、お楽しみに


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

叢雲の秘密

書き直し終了。

所々変更点があるので目を通していただけるとうれしいです。

お気に入り300人になりました。今後もこの作品をよろしくお願いします


ミーンミーンというセミの泣く声が聞こえる。

夏の風物詩と言われるその声だが、部屋の中で横になって睡眠をむさぼっている和麻にとってはただの騒音だ。

部屋の中に敷かれた布団の上で大の字になっている和麻は、その騒音に眉を顰めながら、うだるような暑さに玉のような汗を浮かべている。

そんな和麻の様子を、和麻は客観的に眺めていた。

そして悟る。

これは夢であり、自分の過去がまるでビデオテープのように再生されている。それを自分は見ているのである。

なんとも懐かしい。

数年前の自分に自分の部屋。おそらく小学校最後の夏休みの様子だろう。そしてシャノンと過ごした最後の夏休みだ。

その年はエアコンが壊れていたのによく昼寝をしていた。

何せ、大体この時間になると彼女がやって来るのだ。

 

「和麻ー!起きろー!」

 

ほら来た。

窓から部屋に侵入してきたシャノンが、和麻を起こそうとしてきた。

和麻の体をゆするシャノン。その瞬間を狙って、小学六年生の和麻は寝返りをうつと見せかけ、手を伸ばし――。

 

もにゅ

 

シャノンの真っ平らな胸に手を当てて揉みしだく。真っ平らだが微かに膨らみ始めている感触があった。

 

「うっきゃああああああっっ!!??」

 

シャノンが混乱する様子に夢の中の和麻は内心でにやりと笑っていた。

ああ、懐かしい。

シャノンに付きまとわれたおかげで前向きに生きられるようになったお礼と称して、よくこんなセクハラ紛いのことをしていた。

また見ていたら、無性にやりたくなってきた。

無理だとわかっているのに、夢の中の過去のシャノンに向かって和麻は両手を伸ばし――

 

もにゅもにゅ

 

二つの感覚が返ってきた。

その瞬間、一瞬で夢から目が覚めた。

ゆっくりと目を開けると、白い天井が見えた。

身体は横になっている。どうやらベッドに寝かされているようだ。

 

もにゅもにゅもにゅもにゅ

 

夢から覚めたはずなのに、なぜか両手に夢で感じた感触がある。

どうゆうことなのかと目線を下げてみるとそこには――。

 

「「……………」」

 

左右からこちらを見る刀奈と流無の顔が見えた。

ただし、二人の顔は真っ赤に染まっており、驚きと羞恥と怒りがごちゃ混ぜになったような複雑な表情を浮かべていた。

一体どうしたのかと気になった和麻は、さらに目線を下げてみると理由が分かった。

 

和麻の左手が刀奈の、右手が流無のその豊満な乳房をがっつりと掴んでいたのだ。

 

どうやら夢の中で伸ばした腕が、現実の体も動かしてしまい、見舞いに来ていた二人の胸を掴んでしまったようだ。

何とも言えない空気が漂う中、とりあえず和麻は口を開く。

 

「……刀奈はボリュームがあってモチモチとした餅のような弾力があるな。流無は大きさは刀奈に少し劣るが瑞々しい張りのある水風船のようなぶふっ!?」

 

胸を触った感想を述べる和麻に二人は同時にビンタをかました。

 

 

 

 

 

「信じられないわよ!起きてそうそう胸を揉むなんて!?」

 

「いや、それはすまんって何度も謝っているだろ?」

 

詰め寄ってくる流無を和麻は謝りながらなだめる。

少し流無の後ろに目を向ければ、そこには刀奈が胸を押さえて和麻を恨めしそうに見ている。

普段は似たような感じの二人だが、刀奈は静かに、流無は激しく怒るようだ。

 

「それでさ、あの後どうなったんだ?」

 

なんとか二人に許しを貰った和麻は、自分が気を失った後どうなったのか尋ねる。

 

「あの後、和麻君に真っ二つにされた無人機は完全に破壊されたわ。後は君が医療室に運び込まれて治療されていたの」

 

刀奈があの後どうなったのか言うと、それに続けるように流無が口を開く。

 

「叢雲のほうもハンガーで修理されているわ。ただ何の反応を示さないで沈黙しているから、シャーリーちゃんがどうなっているのかわからないの」

 

「そうか」

 

二人の報告に、速く叢雲のところに行かないとまずいなと和麻は思う。

 

「そういえばあれから何日たったんだ?長い間寝ていたからか体に力が入らないんだが……」

 

和麻が何気なく口にした疑問。それに対し、更識姉妹は意図せず同時に応える。

 

「「一週間」」

 

「……は?すまん、聞き間違えたかもしれないからもう一度頼む」

 

二人の言葉をすぐに信じられなかった和麻は、もう一度聞きなおす。

 

「だから一週間よ。和麻君は一週間もの間ずっと寝たっきりだったの」

 

どうやら、聴き間違いではなかったようだ。和麻は一週間もの間、意識を失ってベッドに寝ていたようだ。

 

「あの後アリーナからこの医務室に運び込まれて重度の疲労に肋骨の骨折だったんだから。まあ、意識が戻らなかったのは心配だったけど、医療用ナノマシンとずっと寝ていたおかげでもう治っているけどね」

 

刀奈の言葉通り和麻の体には怪我一つない。

あれだけ痛めつけられたのになんと悪運の強いことかと和麻が感心していると、流無が眉尻を少し吊り上げながら、怒ったような、いや実際怒っているのであろう顔で詰め寄ってきた。

 

「それでもたまたまなんだからね!何であの時敵に立ち向かったの!?たまたま無事だったけど何かが少し違えば和麻君はここにいなかったかもしれないんだから!ちゃんと反省うきゅっ!?」

 

「やめなさい、この愚妹」

 

和麻の患者服の胸元に掴みかかりそうな剣幕の流無の襟首を刀奈が引っ張る。

流無は少し間抜けな声を上げながら後ろに引き戻される。

 

「和麻君はあなたに言われないとわからない愚鈍じゃないわ。あの時は責任を持って自分の判断で行動した。そうでしょ?」

 

「……正しかったかはわからない。だけど、俺はあの時そうするしかないと思った。今から思えばもっとましな選択もあったかもしれないけどな」

 

最後に少し自嘲するように締めくくる。

 

「そう。自分で分かっているなら私からは何も言うことはないわ。反省して次に生かしなさい」

 

「ああ、わかっている」

 

「ん、よろしい」

 

和麻と刀奈のやり取りに、しゃべり始めたのは自分のはずなのに蚊帳の外にされた流無は不満げに頬を少しふくらます。

 

「ところでさ、刀奈、流無」

 

「何?」

 

「何よ?」

 

保健室のベッドの上で上半身を起こしながら和麻は目の前の二人に向かって、深刻そうに話しかける。

そんな和麻に、二人も佇まいを直す。

 

「…………すまん。腹減った。何かくれ。マジで死ぬ」

 

が、和麻の腹部から響くグゥゥ……という音に直した佇まいは一瞬で崩れ落ちた。

一週間も横になっていた和麻は、その間点滴での栄養摂取だけだったので胃の中には何もないため空腹になるのは仕方ないだろう。

苦笑しながらも、二人は何か食べられる物を取りに行くために医療室を後にする。

二人が出て行ったあと、和麻は再びベッドに横になり、湧き上がってくる空腹感に耐えるのであった。

 

 

 

 

 

和麻は意識を取り戻したその日のうちに、刀奈が持ってきたカロリーメイトを口にしながら精密検査を受け、どこも異常がないことを認められると退院(退室?)を果たした。

ただ、一週間も動かしていなかった身体は動けないというほどではないが鈍っており、松葉杖を借りることになった。

松葉杖をつきながら、更識姉妹に先導される形で和麻が向かったのはIS学園の整備室にあるISハンガーだった。

 

「悪いな、わがまま言って」

 

「しょうがないわよ。シャーリーちゃんのことが気になるのは私たちも同じだもの」

 

向かう途中で詫びる和麻に、刀奈はそう返す。

検査が終わった和麻はまず最初に叢雲のあるハンガーへ行きたいと言い、安静にしていることを勧めていた和麻の治療を担当した学園医は渋ったのだが、更識姉妹が付き添うことを条件に何とか許可してくれた。

三人は整備室の片隅に鎮座している一機のISのもとに向かう。

漆黒の機体に蒼いラインが刻まれたIS。特徴的な大型スラスターを折り畳んでいる叢雲だった。

その傍らには小さな青髪の少女が寝息を立てていた。

 

「紗夜ちゃん。和麻君が来たわよ」

 

刀奈に肩を揺らされて少女、沙々宮紗夜がゆっくりと眠たげな眼を開く。

シュボシュボと目を擦りながら、その小さな口で小さな欠伸をする。そうして幾分か眠気がとれた紗夜の目のくりくりとした目が和麻に向けられる。

 

「起きたか、八神」

 

マイペースな調子の言葉だった。和麻が目覚めたことに何の気概もないのだろうが、それが紗夜という少女なのだ。

 

「叢雲を見に来たのか?」

 

「ああ。……紗々宮が叢雲を直してくれたのか?」

 

「そう。でも直せたのは見た目だけ。起動はできない。無念」

 

小さな右手で拳を作ってぐぬぬとうめく紗夜。もっとも感情がこもっているように見えない。

 

「紗夜ちゃんがこんなに悔しがるのは久しぶりに見たわね」

 

「あの夏休みの自主作成ポスターで金賞を逃した時以来だわ」

 

訂正。付き合いの長い二人には伝わっていた。

ちなみに、流無の言う夏休みの自主制作ポスターとは、紗夜が小学生のころ書いたゴミ捨て禁止を訴えるポスターで、あまりにリアルすぎる絵で小学生が描いたと審査員に信じられなかったものだ。

 

「とりあえず八神。叢雲に乗ってくれ。もしかしたら動くかもしれない。初めて叢雲を動かした時みたいに」

 

叢雲は和麻が触れた時に勝手に起動した。今回ももしかしたらそうなるかもしれないと紗夜は考えていた。

和麻は紗夜に促されて叢雲に近寄る。

そして、その装甲に右手を置いてみる。

――瞬間。叢雲から何時かと同じく猛烈な閃光が放たれ始める。

あまりの光の量にその場にいた全員が目を抑える中、和麻だけは叢雲から目を離さなかった。

不思議なことに叢雲から放たれ続ける光は、和麻の目を傷つけなかった。

光はその強さを増していき、やがて一つに収束していき……弾け飛ぶ。

衝撃がハンガーを駆け抜け、整備室全体が鳴動する。

 

「きゃあっ!?」

 

「ちょっ?!」

 

「わ」

 

三人は思わずたたらを踏むが倒れ込むようなことはなく、ふらつきながらもしっかりと踏ん張る。

そして光が収まり目を開けると……目の前の光景に息をのんだ。

 

『天使』がいた。

 

整備室の中を燦然と照らしながら蒼く煌めき。

蒼穹のごとく済み割った瞳と髪はより強い輝きを放つ。

頭上には、幾何学的な模様を描きながらゆっくりと回る光輪。

その小さな体を超える大きさの翼を広げる。

叢雲が消え、代わりに光とともに現れた蒼い簡素なワンピースに包まれた天使のような少女――シャーリーはどこまでも神秘的で、可憐で、優美だった。

シャーリーは和麻の目の前にゆっくりと床に舞い降りると、小さく微笑む。

 

「シャーリー……」

 

「はい、マスター。お目覚めになられて何よりです」

 

優雅にお辞儀をし、和麻の前に跪く。まるで神話の一ページのような光景に、マイペースな紗夜まで目を奪われる。

 

「ああ。ありがとうな」

 

和麻は松葉杖を床に置き、屈んでシャーリーと目線を合わせて礼を言う。

朦朧とする意識で記憶もはっきりしないが、和麻が今ここに無事でいられるのは間違いなく叢雲――シャーリーのおかげだ。

唯一無二の相棒にして、和麻の幼馴染によく似たこの少女が守ってくれたのだろう。

和麻の感謝の言葉に、シャーリーは――首を小さく横に振る。

 

「違います。マスターを助けたのは、私ではありません」

 

「……どういうことだ?」

 

「それは……」

 

「それは?」

 

「……秘密です♪」

 

シャーリーは今まで見たことのないような笑顔で、右目を閉じてウィンクした。

 

「おい。この流れでそれは無いんじゃないか?」

 

「ふふ、申し訳ありませんマスター。私にも事情というものがあるのですよ」

 

コロコロと笑いながらそう言うシャーリー。なんというか、性格変わった?

 

「シャーリーちゃん、ちょっとキャラ変わった?」

 

流無が問いかけると「そうかもしれませんね♪」と笑いながらシャーリーは応えた。

その後、シャーリーも加えた五人は、先ほどの衝撃に何事かと様子を見に来た整備室の管理を任されている教員に説明という名のごまかしをして、落ち着いて話ができる場所に移動することにした。

今は平日でしかも授業時間だったため、移動中は誰とも出会わなかった。

それをいいことに、シャーリーはその背中の翼でふわふわ飛んでいた。

やがて目的地であるIS学園生徒会室に辿り着いた。

生徒会室は生徒会役員しか入ることができないし、防音設備や盗聴対策も万全なので密談をするのに最適なのだ。

とりあえず五人は備え付けられているソファーや椅子に腰かける。

だが、そこで流無はふとしたことに気が付いた。

 

「シャーリーちゃん、その翼って邪魔じゃないの?」

 

なぜか背中から生えているシャーリーの翼。ここまでは特に問題なかったが、座るとなると少し邪魔だ。

 

「それもそうですね。……えい」

 

かわいらしい掛け声を出すと、翼は蒼い粒子となって霧散する。ついでに頭の上に回っていた光輪も消えている。

今のシャーリーは初めて和麻の前に現れた時と同じ姿だ。だが、雰囲気というものが違うのだろうか、小さな微笑を浮かべる彼女は別人に見える。

 

「さて、とりあえず改めてお話ししましょうか」

 

刀奈が仕切るように言うと、刀奈に仕切られるのが不服なのか流無が少し不満げな顔をして頬を少しぷくーっと膨らませる。

 

(やっぱ流無の方が少しガキっぽいな)

 

「まずはみんなが一番気になっていることよ。シャーリーちゃんあなたに何があったの?なんで一週間の間あなた、というより叢雲は何の反応を示さなかったの?

あとあの翼とか天使みたいな輪っかは何?」

 

「いきなり容赦ないですね。う~ん」

 

シャーリーは右手の人差し指を唇に当てて少し考えをまとめる。

 

「何と言いますか、すべては叢雲が完全な(・・・)二次移行(セカンドシフト)を果たそうとしていたからですね」

 

『はぁっ!?』

 

シャーリーの言葉に全員が驚愕する。もっとも紗夜は首を少し傾げているだけだが。驚きよりも疑問に思ったことの方が大きいらしく、マイペースに話を促す。

 

「それはどういう意味?」

 

「もともと『叢雲』とは日本製第三世代試作型IS『雷禍』がマスターと触れ合った時に二次移行(セカンドシフト)を果たした名前なんですよ」

 

ISには自己進化機能が搭載されており、一定の経験値を積むと形状や性能を変化させる形態移行(フォームシフト)を行う。

専用機が初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)により操縦者に最もふさわしい形態になるのが一次移行(ファーストシフト)

二次移行(セカンドシフト)とは一次移行(ファーストシフト)のさらに上の進化のことだ。

 

「ちょちょ、ちょっと待って!叢雲が二次移行(セカンドシフト)形態ってそんなのおかしいわよ!稼働時間も戦闘経験も全然足りていないじゃないの!」

 

流無が思わず立ち上がって叫ぶ。

もっともそれは流無以外の全員が思ったことだ。

二次移行(セカンドシフト)には膨大な稼働時間と戦闘経験が必要だ。それがない叢雲――正確には雷禍が二次移行(セカンドシフト)するなんてありえないのだ。

 

「勘違いなさっているようですが――二次移行(セカンドシフト)に必要な条件は稼働時間や戦闘経験などではありませんよ」

 

シャーリーの言葉にまたしても四人の間に衝撃が走る。

 

二次移行(セカンドシフト)に必要な物。それは――コア人格である私たちが操縦者を認めることです。私たちが力を貸したい。操縦者を助けたい。操縦者にふさわしいと認めた時、二次移行(セカンドシフト)、いえ一次移行(ファーストシフト)以降の形態移行(フォームシフト)は起こるのです。ただ、叢雲は少し特殊でして、私が認めてもすぐに完全に二次移行するわけではないんですよ」

 

「どういうこと?」

 

「叢雲はコア人格以外にもう一つ、第二のコア人格と呼べるような何者かの意志を持っているちょっと特殊なISなんです」

 

「はーい。もう驚かないわよー」

 

「やけっぱちになるなよ、流無」

 

さっきから止まらない衝撃の事実の連続発覚に、流無はなんだか投げやりになり始める。

 

流無(あほ)と違って和麻君は落ち着いているわね。自分の専用機のことなのに」

 

「刀奈。実は俺もいっぱいいっぱいだ。だがそれが事実なら受け入れないといけない」

 

「それもそうね」

 

「というかさらりと私を罵倒したわねバ刀奈」

 

「続けますよー。私が認めてもその何者かの意志が完全な形態移行を邪魔していたんですよ。でも今度の事件で完全な二次移行ができるようになったのです。あ、理由はさっきハンガーでマスターに行ったように秘密です♪私にもいろいろあります。大事なことなので二回言いました」

 

「なるほど。わかった。つまり八神が叢雲、いや『雷禍』に触れた時、お前は八神をすぐに認め機体を『叢雲』へ移行させた。そして今回の事件を経て、完全体な二次移行を果たした」

 

「ええ。あの無人機、登録名『ゴーレム・ノーヴァ』との戦いに加え、最大出力解放(オーバードライブ)の使用経験によって叢雲はマスターを真に認め、完全な二次移行を果たしました!単一仕様能力(ワンオフアビリティー)も発現し、機体はさらに使いやすくなりました。きっとマスターの更なるお力になれるでしょう」

 

「理由は分かった。だが、疑問が残る。なぜシャーリーはすぐ出会ったばかりの八神を認めた?」

 

「申し訳ありませんが、それはまだ言えません。ただ、私はずっとマスターを求めていました。マスターに会いたいと。ただそれだけなのです。……いずれお話しできる時が来たら、必ずお話しします。ですので、今はこれでご容赦ください」

 

言葉は短いが、とても深い重みがあった。

それは相手を求める狂おしい愛情とでもいえるような、強い思いが込められていた。

とちょうどいいタイミングで、生徒会室のスピーカーからチャイムの音が流れた。

時計を見てみれば昼休みの時間だった。

 

「もうこんな時間なのね」

 

「時間が過ぎるのは早いな。昼食べるか」

 

「じゃあ、食堂から出前でもとりましょうか。病み上がりの和麻君に無理させるわけには行かないし」

 

そう言うと刀奈は生徒会室に備え付けられた通信機器で食堂に連絡を取った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

騒がしい日々

食堂から生徒会に運ばれてきた昼食、いわゆる出前を生徒会室に備え付けられていた机の上で食べる。

メニューは食堂の日替わりランチだったが、国立のIS学園では日替わりのメニューと言えども食材は一級品であり、食堂の料理人は元三ツ星レストランのシェフである。絶品だった。

食事を終えて虚の入れた紅茶で一息ついたころ、再びシャーリーへの質問タイムが始まった。

 

「叢雲のあの能力ってなんなの?」

 

流無が言う能力とは、ゴーレム・ノーヴァに刀奈と流無が攻撃されそうになった時に発動した光の鎖のことだ。

 

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)絶対絆響奏(アブソリュート・シンフォニア)』ですね。コアネットワークを介して接続された他のISコアと自身のコアの間で音叉のようにコアを共鳴させることで互いに活性させ、エネルギーを増大させます。その力は緊急停止させられたコアでさえもパワーアップさせて再起動させます」

 

サラサラと応えるシャーリーだが、その内容の凄まじさはとても無視できることではない。

 

「……後方支援としては破格の能力ね。コアネットワークを介しているから距離なんて関係ない。望んだときに、好きな相手を強化できる」

 

「いえ、そうでもありませんよ。この能力は極めて限定的で誰とでも使えるわけではありません」

 

顎に指を添えて思案する刀奈に、シャーリーの補足が入る。

 

「周知のとおり単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)とは、操縦者とISが最高状態の相性になったときに自然発生する固有の特殊能力です。操縦者の願いを叶えるためにISが生み出す力が単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)。ならばそれは操縦者の願いを叶えるために存在します」

 

例えば、白式の『零落白夜(れいらくびゃくや)』。

かつては織斑千冬の、今は一夏の手にあるあらゆるエネルギーを無に帰す必殺の刃は家族を守りたいという思いのもとに出現する。ならば、『絶対絆響奏(アブソリュート・シンフォニア)』は――。

 

「マスターの思いが引き金となるのですが……」

 

シャーリーと三人の目線が和麻に向けられるが、本人は無駄に優雅な仕草で淹れ直された紅茶を啜って一言。

 

「全く分からん」

 

ふーやれやれとそう言う和麻に、全員がため息を吐く。

 

「クスクス♪」

 

シャーリーだけはそんな和麻(あるじ)を見て笑っていた。

 

「もう質問は終わりですか?」

 

「そうね。今聞きたいことは聞いたし、また何かあったら聞きに行くけどいいかしら?」

 

「マスターがいいというのなら」

 

「別に俺良いぜ」

 

「最後に、さっきシャーリーちゃんが話したことだけど、コア人格のことや単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)のことは無暗に話さないほうがいいわ」

 

刀奈の言葉に沙夜と流無も同意する。

 

「確かに、知られればどうなるかわからない」

 

「欲の強い人間は、何をしでかすかわからないものだもんね。やれやれ」

 

首を振って呆れたように言う流無の言葉は確かにその通りだ。

和麻もその欲の強い人間のせいで危うく研究用のモルモットにされそうになった。その可能性がまだ残っているのに、さらに狙われる危険性を高めるのは得策ではないだろう。

和麻もそれには同意するように強く頷く。

これで話は終わりだと全員が席を立とうとしたその時、

 

「更識姉妹はいるか!」

 

生徒会室のドアを職員が持つ特別キーでロックを解除して入ってきたのは、黒いスーツをビシッと着こなした織斑千冬だった。

生徒会室に足を踏み入れた彼女は、和麻の姿を見つけると眼を見開いた。

 

「八神、目を覚ましていたことは聞いていたがここにいたのか」

 

「ええ。ちょっと話がありまして」

 

「なんの話かは聞かないが、大事無いようで何よりだ。だが後ほど私との事情聴取も受けてもらうぞ」

 

僅かに千冬がほほ笑んだように和麻に見えた。肩の荷が下りたとでもいうような笑みだった。

 

「どうしたんですか、織斑先生?」

 

そこに刀奈が千冬がここにやって来た理由を尋ねる。

 

「そうだった。更識姉。お前たちの仕業なのか、整備室のあれは」

 

「整備室?」

 

不思議そうな顔をして首を傾げる刀奈。

他の面々も同じような反応をする中、シャーリーが「あっ」と声を上げる。

 

「整備室の叢雲が置かれていたハンガーの天井がぽっかり抉れている。整備室を管轄にしている先生や整備科の生徒たちから苦情が来ているのだぞ!」

 

全員の視線が原因であると思われる存在――シャーリーに集中する。彼女は申し訳なさそうな顔をしながら理由を話す。

 

「それはおそらく私の体を構築するときに天井の物質を吸収したからです。申し訳ありません」

 

シャーリーは整備室の天井を量子化し、吸収。肉体を構築するための材料にしたのだ。

なお、最初に肉体を持って現れた時は研究所の一角を材料にしていた。

 

「はあ。後で直すよう手配しておきます」

 

刀奈は本当に疲れたと溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

生徒会室での話し合いが終わった後、刀奈は整備室の修理の手配に、沙夜は自分にあてがわれた自室(IS学園に整備士として在籍する沙夜は自分だけの研究室とでもいうべき部屋を与えられている)に向かった。

そして、和麻とシャーリー、流無の三人は寮の三人部屋へと足を進める。

ほどなくして二年生寮に到着。そのまま2001号室に向かう。

相変わらず豪華な部屋だが、ここ一週間は流無しか寝泊まりしていなかったせいか、部屋の半分が不自然に片付いていた。

 

「あー疲れた。今日はこのまま寝たいぜ」

 

ベッドに手足を広げて横になる和麻。病み上がりの体はまだまだ休息を欲しているのか、倦怠感が体を包み込んでいた。

 

「寝るのは良いけどちゃんとシャワー浴びてよね。今まで濡れたタオルで体拭いていただけなんだし」

 

「わかっているさ。お前やシャーリーに体が臭うなんて思われたくない」

 

「では、マスター。準備は私が整えておきます」

 

シャーリーがクローゼットからタオルと和麻の服を出し始め、体を起こした和麻はそれを受け取ってシャワールームに入る。

熱いシャワーを浴びていると、血行が良くなっていくのか体が温かくなっていき、疲れが取れて行った。

シャワールームから出て、ドライヤーで髪を乾かし、体を丹念に拭いて水気をとる。

シャツと短パンという薄着に着替えて部屋に戻ると流無とシャーリーがなにやら話をしていた。

 

「上がったぞ。何話しているんだ?」

 

「あ、マスター。もう上がられたのですか」

 

「もうちょっとゆっくりしていてもよかったのに。はい、和麻君。牛乳」

 

流無がどこからか差し出した牛乳を和麻は受け取ってグイッと飲む。

 

「ん、さんきゅ。それで何を話してたんだ」

 

「和麻君の事情聴取の予定よ。明日いっぱいを使って行うみたい」

 

流石に今日くらいは休ませようという配慮なのだろう。

 

「そうか。聞いたほうがいいのかもしれんが、少しきついからまた後でいいか?」

 

「ええ。ちょっと早いけどおやすみなさい」

 

「早すぎるけどな」

 

時計はまだ15時。確かに早いが、ベッドに横になった和麻の意識はあっさりと遠のいて行った。

 

 

 

 

 

ベッドに横になった和麻は夜に一度目を覚まして夕食を食べた後、再び就寝。

再び目を覚ました時にはもう体の調子はほとんど元に戻っていた。もっとも、なぜか体の上にシャーリーが乗っていたせいでとても重かったが。

 

「またかよ」

 

以前も似たようなことがあったなと思い出しながら、和麻はシャーリーを起こさないように下から抜け出す。

部屋のデジタル時計を見てみれば6時45分と表示されていた。

 

(自分用の簡易ベッドがあるんだからそっちで寝てもらいたい。というかシャーリーはISなんだし、眠る必要なんてないんじゃないか?)

 

疑問を覚えながらも和麻は洗面台に向かい、歯を磨き顔を洗う。

部屋に戻って隣の流無のベッドを見てみるともぬけの空だった。

代わりに『ちょっと用事に行ってくるわね。朝ごはんはキッチンの方に用意しておくわ。た・べ・て♪』という書き置きが残されていた。

キッチンの方に向かってみると、二人分のサンドイッチが用意されていた。

和麻はシャーリーを起こし、二人で流無特製のサンドイッチを頬張る。

ハムやチーズにレタス、卵といったスタンダードな具が挟まれたものだったが、塩コショウによる下味の加減や、うっすらとパンに塗られたマスタードなどの隠し味がおいしかった。

食べ終えてこれから授業に出るべきかどうか和麻が悩んでいると、ドアがノックされた。

 

「はい?」

 

ドアを開けるとそこには一組の副担任、山田真耶がいた。

 

「八神君、もう大丈夫ですか?」

 

「はい。ご心配をおかけしました」

 

頭を下げる和麻に、真耶は「ご無事で何よりです」と言い和麻の無事を喜んだ。

 

「それで何か俺に用でしょうか?」

 

「あ、はい。八神君とシャーリーさんに今から事件のことについて事情聴取を受けてもらいたいんです」

 

真耶は和麻に申し訳なさそうにそう伝える。

今日やると聞いていたがまさか朝からやることになるとは思っていなかった和麻だが、事件の詳細を国際IS委員会などの上層機関に迅速に伝えるためには、自分の証言が必要なのだろうと察しを付ける。

和麻は一言「わかりました」と伝えると、真耶に部屋の前で待ってもらい制服への着替えを手早く済ませると、同じく制服に着替えたシャーリーと共に部屋の外に出た。

 

 

 

 

 

 

真耶に案内されて事情聴取が行われる取調室に向かった和麻とシャーリーは、そのまま事件の時のことを話した。

ただし生徒会室で取り決めた通り、コア人格のことについてや単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)のことに関しては話さなかった。

そして、事件における犯人について、執拗に狙われた和麻には知らされた。

 

無人機に関してはどこから送り込まれてきたものなのかは全く分からず、捜査をしていた人間の音声データはどこにも残っていなかったらしい。ハッキングされデータが破壊されたのだろう。

 

あの時、機能を停止したISについても外部からのハッキングでコアを強制停止させられたという見解だった。もっとも一時的なことで、停止させられたISはどれも今では普通に動いている。

 

結局、犯人はわからずじまいとのことだった。

 

事情聴取が終わったのは昼前だった。

二人は午後の授業に出席することを許され食堂で昼食をとることにした。

 

もっとも、すぐにそのことを後悔したが。

 

 

 

 

 

食堂は昼食を食べに来た生徒たちであふれており、ほとんどの席が埋まっていた。

食券売り場のところに向かうと、そこには袖の長い制服を着たのほほんとした生徒――布仏本音がいた。

相変わらず眠そうな顔をした本音の隣には出席番号一番のスポーツ少女、相川清香とクラスのしっかり者である鷹月静寐がいた。

顔見知りの姿を見つけた和麻は声をかける。

 

「久しぶりだな、のほほん、相川、鷹月」

 

和麻の声に三人がバッと振り向く。

動きの遅い本音も素早く振り向いたので、和麻は少し驚きながらも手を上げて自分の存在を示す。

三人は和麻の姿を確認すると、

 

「「八神君!?」」「かずやん!!」

 

三人揃って驚愕の叫びをあげる。

三人の声に食堂の生徒たちも反応し、こちらの方へ目を向ける。

 

『『『『『きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!???!!!』』』』』

 

食堂にいた生徒たち、特に一年生たちが一斉に歓声を上げて和麻とシャーリーに突撃し始めた。

 

「ぎゃあああああああっっ!!!??」

 

「きゃあああああああっっ!!!??」

 

いきなりの事態に二人は悲鳴を上げる。だが、そんなことには構わず生徒たちは二人に殺到し、次々に質問を口にし始める。

 

「八神君もう大丈夫なの!?」「私心配していたんだからね!」「襲撃犯から学園を守ってくれたのってやっぱり八神君だったってホント!?」「シャーリーちゃんも無事で良かった!」「相変わらずキャワイイ!」「くんかくんか!!」「お見舞い行ったよ!私!」「千羽鶴折ったよ!」「メロン持って行ったよ!」「バナナもってった!」「私なんかココナッツを!」「ハワイ産ヤシのみおいしかった!?」「蝮ドリンク飲んだら元気百倍さー!!」

 

「ちょ、ま、まってくれえっ!?」

 

群がってくる一年生たちにもみくちゃにされる和麻とシャーリー。

二人が四苦八苦している様子を偶然食堂にいた刀奈たちは眺めていた。

 

「まあ、女子のネットワークと関わりを持った弊害よね。何だかんだで人気だったし」

 

一夏と違って初日から積極的に女子と会話し、彼女たちの話に入っていた和麻は何気に人気が高くなっていた。しかも、世にも珍しい人格を持ったISの担い手だ。そんな彼が襲撃事件で一週間も寝込んでいたとなれば、何かしらの憶測が飛び交い、気にしてしまうのは女の子の性だ。

そんなところにひょっこり和麻たちが現れれば、こうなるのも仕方がない。

女子たちの勢いは昼休み終了まで止まらないだろう。

その後もしばらく和麻とシャーリーは生徒たちにむちゃくちゃにされながらも、何とか昼食の注文をもらうことに成功したのだった。

食堂のテーブルに座った後も質問攻めにあったのだが。

 

 

何はともあれ、IS学園に騒がしい日々が戻ってきたのだった。

 

 

 




つぶやき

簪魔改造で刀奈さんのプライドがズタボロになる作品をほかのサイトで見つけました。

そこでオリ主に共感して、少し闇落ちした簪に更識を追放された刀奈さんという小説が思い浮かんだ。

たまに見かける簪妹改造物を見て思ったありえた展開です。ぶっちゃけ刀奈さんの立場がなくなってしまい、居場所をなくす感じです。

そこで彼女は呆然自失になって更識の敷地内の樹海に入り、その祠の中で・・・


千年竜王――キングギドラの亡骸を見つけます。そしてその幽体である三人の幽霊の少女と出会った刀奈は導かれて・・・・・・盟約を結び、竜王への道を歩む僭主(テュラノス)へとなる。

カンピオーネ作者の丈月城さんのライトノベル「盟約のリヴァイアサン」とISのクロスですね。
何となく思いついたけど、絶対書かないかな。よくてIS書庫で不定期連載。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二章 過去と決着を
夢現……後に嵐の前触れ


えー一か月以上も放置しすみませんでした。
これから更新速度を上げていきたいです


夢を見ていた。

ひどく鮮明で、夢を夢と認識する、明晰夢といわれるものだ。

目の前で振るわれる刀が空気を斬り裂く音。その刀を振るう人物の息遣い。それらがはっきりと聞こえる。

振るっているのはひどく見覚えのある少女だ。

物心ついた時から、もしかしたらこの世に生まれ落ちた瞬間から、常に傍らに在り続けたその少女のことを、更識流無は知っている。

双子の姉、更識刀奈。

10歳くらいの幼い頃の姉が、生家である屋敷の裏の山の中で、鍛錬用の刃を潰した刀を振るっているのを、同じく幼い頃の流無がこっそり覗き見している――過去の出来事を夢としてみていた。

 

『はっ!せいっ!』

 

普通の同い年の女の子が振り回せば、まず間違いなく体が引っ張られてしまう鋼鉄の塊である刀を振るう刀奈。

まるで舞うようなその動きは、華の上を飛び回る蝶のようで、時折大空を翔る隼のような力強さも垣間見せる。

腰まで伸ばしたロングヘアがふわりと広がり、綺麗に元にまとまる様は

とても普通の小学生ができる動きではない。

 

『やあっ!』

 

それを早朝から、家族にも隠れて続ける彼女の姿を、流無はずっと見続けた。

努力を続ける姉の姿に幼い日の流無は尊敬と憧れを抱き、今の二人が見れば首をかしげてしまうほど、愛していた。

 

(幼き日の思い出とは何とも美しいものだな)

 

 

 

 

 

知らない声が聞こえたと思えば、唐突に場面が切り替わる。

今度は屋敷の中央にある大広間だった。

そこでは更識家に連なる親戚一同が集まる年に数回ある集会が行われており、強面をした更識に先祖代々から使える家の当主や、協力組織の代表者たちがずらりと並んでいる。

全員が一筋縄ではいかない者たちばかりで、とてつもない威圧感を放っている。その中でも一番桁外れた存在感を持っているのは上座に座る父、更識家当主である更識楯無だった。

更識家の当主となるものは『楯無』の名前を襲名することが習わしとなっており、父で十六代目だ。

楯無から見て右側の更識本家の者が座る席に刀奈、流無の順に座っており、さらに流無の

隣には一番下の妹の簪の姿もあった。

もっとも簪は緊張しすぎてその小柄な体をプルプル震わせている。

姉二人と違って内側にはねたくせ毛の髪とたれ目が相まって、まるで猛犬の前にさらされたチワワの様だ。

こんな時は姉である流無が手を握ってあげるべきなのだろうが、流無も緊張しており刀奈の手を握り絞めてしまっており、そこまで気が回っていない。

 

『そろそろ皆に紹介しようと思う。私の娘たちだ』

 

楯無の言葉に大広間に座っている全員の視線が姉妹三人に向く。

ますます緊張してしまう二人とは対照的に、刀奈はしっかりと背を伸ばして大広間にいる全員の視線を受け止める。

 

『皆も知ってのとおり、今世界はISを巡って大きく動いている。これからIS中心の世の中になるだろう。私は今後十年を目途にこの娘たちを中心に更識を動かしていきたいと思う』

 

楯無の言葉に誰も異論をはさまない。

全員、二年前に突如として現れた女性にしか動かすことのできないマルチフォーム・スーツ『インフィニット・ストラトス』が世界を大きく変えるという楯無の言葉に同意しているからだ。

 

『表も裏も、いい意味でも悪い意味でもISによって変わる。我々が今後も日の本の守護を担う一柱であるため、娘たちに力を貸してほしい』

 

そう言って楯無は頭を下げる。

全員、そんな楯無に頷いたり、言葉を出すなどの程度の差はあるが同意の意思を示していく。

 

『ありがとう。最後に娘たちの実力を見てもらいたい。刀奈、流無やれるな?簪は今日は見学していてくれ。お前はまだ修行中の身だ。二人をよく見て参考にしなさい』

 

『はい!』

 

『は、はい!』

 

『はははは、はいッ……』

 

刀奈、流無、簪の三人はそれぞれの緊張具合から三者三様の返事をする。

そして、楯無の言葉の意味を理解していた刀奈はすぐにその場を立ち上がり大広間から出ていき、少し遅れながら流無も立ち上がってその後を追う。

行先は屋敷の武道場。

今から二人は、全員の前でその実力を見せるのだ。

 

『ま、待ってお姉ちゃん!』

 

すたすたと先を歩く刀奈に流無は駆け足で追いついて手を握る。

すると刀奈は『ひぅ!?』というすっとんきょうな声を上げる。

どうやら流無のことに気が付いていなかったようだ。

 

『なんだ……お姉ちゃんも緊張してたんだ』

 

『ま、まあね』

 

恥ずかしそうに刀奈はそっぽを向いて小さく答える。

流無はそんな刀奈がとてもかわいく見えた――。

 

(お姉ちゃん……大好き。もう――見せてもいいかな?きっと喜んでくれるはず)

 

そして、流無はこっそりとある決意を固める。

大好きな姉を驚かせて、そして褒めてもらうために今まで隠してきたものを見せることを。

それが、刀奈の心にどんな影響を与えるのか気づくこともできずに……。

 

――この日この時を、私は忘れない。この日から、今の私たちの姉妹喧嘩は始まったんだ。

 

(もう少し見てみたいが、時間のようだ。そろそろ眠りから覚めるぞ)

 

また声が聞こえた。

 

 

 

 

 

夢は何かの前触れと言われる。

迷信かもしれないが、それに人は意味を見出したがるもの。

故に流無もいつもの時間よりも少し速く目が覚めたのにもかかわらず、過去の記憶を夢で見たせいで、二度寝という至福の時間を過ごせず、寝起きの頭でぼんやりと見た夢の内容を思い出す。

 

(もう、七年も前なのね……)

 

10歳の時の記憶。

更識家という組織の重鎮たちの前で刀奈と試合をした出来事。

あの日までは、どこにでもいる仲のいい姉妹だった。

あの日までは、いつも一緒だった。

あの日までは、大好きだった。

 

(あの日から、変わった)

 

あの日の刀奈が忘れられない。

あの日の言葉が忘れられない。

あの日の刀奈が……理解できない。

 

(私は……間違っていない。間違っていないんだ)

 

柔らかいベッドと布団、枕の感触に体を埋めながら心の中で呟く流無。

そうしていると、

 

「ひ、やぁ……うあ」

 

「感じているのか?シャーリー」

 

「ま、ますたぁ……ご、ごえんなさあい」

 

「ふ、いい声で鳴くじゃねえか。どれ次はここだ」

 

「ひゃふあああああっっ!!?」

 

隣のベッドから聞こえた声に目が覚めた。

女の子の艶っぽい声に、男の子のいじわるな声だ。

 

(な、ななな何が?!)

 

寝起きの頭がパニックになりながら、流無は顔を声のする隣のベッドのほうに向ける。

そこには……、

 

「ま、マスターって、意外と、きちくなのねぇ……ッ!?」

 

「毎朝勝手にベッドに入ってくるお前が悪い」

 

ベッドの上で和麻にうつぶせにされて、両足をくすぐられて息も絶え絶えになっているシャーリーの姿だった。

 

「ん?起きたのか流無」

 

流無が見ていることに気が付いた和麻が振り向く。

流無は顔を上げると「お、おはよう」と朝の挨拶をする。

 

「おう、おはよう。待っててくれ。もう少しで仕置きを終わらせる」

 

「仕置きって、シャーリーちゃん何かしたの?」

 

「こいつまた俺の布団に潜り込んできたんだよ」

 

和麻は呆れたように言う。

この和麻と流無の相部屋には二人のベッドの間にシャーリー専用の簡易ベッドがあり、そこで寝ることになっているのだが、彼女はよく和麻のベッドに潜り込んでくる。

そのことを流無もよく知っており、和麻の困った顔を面白がったりもした。

 

「流石に俺もそろそろ我慢の限界だったからな。今日はこいつにたっぷりとお仕置きをしてやる。クククッ」

 

黒い笑みを浮かべながらそう言う和麻は、そのままシャーリーへのくすぐりを再開する。

再び呂律のまわらない悲鳴を上げるシャーリーを視界に収めながら、流無は和麻をあまり怒らせないようにしようと心に決めた。

 

 

 

 

 

クラス対抗戦から数週間が過ぎ、六月に入った。

この頃になるとIS学園の生徒たちも新しい生活に慣れて、生活にも一定のリズムが生まれる。

シャーリーへのお仕置きといういつもとは違った出来事はあったものの、時間通りに教室にやって来た和麻は自分の机に座る。そしてその後ろの席に和麻の後をついてきたシャーリーも座る。もっともすぐに机に突っ伏してしまったが。

そこに二人の生徒がやって来る。

 

「おはよー八神君」

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?ってシャーリーちゃんどうしたの?」

 

話しかけてきたのは相川清香に鏡ナギ。ともに明るく活発的なスポーツ少女で、清香はハンドボール部、ナギは陸上部に入っている。

 

「シャーリーは気にしなくていいぞ。問題ないからな。それでなんのようだ?」

 

「そ、そう?えっとね、八神君のISスーツってどこのやつなの?」

 

「ISスーツを選ぶ参考意見にしたいのよ」

 

ナギがその手に持っていたISスーツのカタログを広げてみせる。

この時期になると一年生は学園から支給された物ではなく、自分専用のISスーツを用意する。

十人十色の仕様に変化するISに合わせて、固有のスタイルを確立するためだ。

あとはお洒落を楽しみたい乙女心とかもあるのだろう。

そのため、ISスーツには多くのIS企業がデザインしたさまざまな種類が存在している。

 

「俺のは紗々宮グループの特注品だからあまり参考にならないぜ。男の俺専用にいろいろカスタマイズされているし、データ取るために全身タイツみたいな感じになっている試作品だからな」

 

ちなみに普通のISスーツはタンクトップにスパッツを合わせた物がスタンダードとなっている。

 

「でもさ、紗々宮グループのやつって結構評判良いんだよね。日本の代表や候補生には愛用している人が多いっていうじゃない?そこのところどうなの?」

 

「まあ使いやすいのは確かだな」

 

「やっぱそうなんだ」

 

「十分参考になるよ」

 

「だったらよかったよ」

 

和麻が申し訳なさそうにそう言うと教室のドアが開き、一組のもう一人の男子である一夏が入ってきた。

一夏のところにも他の女子が向かい、和麻と同じことを聞き、そこに一組の副担任である真耶も現れて生徒たちに補足説明を披露する。

山田先生の説明に生徒たちは感心したり、真耶をいろんなあだ名で呼んで困惑させたりしていると、担任の千冬がやってきて、SHRの時間となる。

 

「諸君、おはよう」

 

教室に入ってきた千冬の声に教室中から私語は消え去り、生徒たちは姿勢を正して着席する。シャーリーは突っ伏したままだが。

千冬は出席簿を片手に持ちながらゆっくりと教壇に上る。

 

「今日から本格的な実戦訓練を行う。訓練機とはいえISを使う以上ISスーツは必須だ。それぞれ注文したISスーツが届くまでは学園指定の物を使うように。もしも忘れた場合は学園指定の水着で受けてもらう。それすらも忘れた者は下着で授業を受けてもらうから覚悟するように」

 

『はい!』

 

千冬の言葉にハキハキとした返事を返す生徒たち。

男子がいる前で下着にはなりたくないという思いがひしひしと伝わってくる。

ちなみに、学園指定の水着というのは今はコスプレショップでしか置いていないだろう旧型スクール水着だ。

 

「では、山田先生。続きを頼む」

 

「は、はいっ」

 

千冬とバトンタッチした真耶が教壇に上がる。

 

「えー今日はなんとみなさんに転校生を紹介します!しかも二名です!」

 

「え……」

 

「「「ええええええっっ!!!???」」」

 

不意打ちの転校生紹介に、千冬がいるのにも関わらずクラス中がざわめく。

和麻も自身が取り入った女子の情報網にかからなかったこの不意の一報に目を見開く。

 

「では、入ってきてください」

 

「失礼します」

 

「……」

 

真耶に促されて、教室のドアが開き二人の転校生が入ってきた。

その二人を見て、ざわめいていた教室が一気に静かになる。

 

「え……?」

 

「お、男……?」

 

誰かが呟いた通り、転校生の一人は和麻や一夏と同じ制服を着た男子生徒だったのだ。

 

 

 

 

 

そんななか和麻は――バタンッと机に倒れ伏した。

 

 

 

 

 




遅れた理由としましては大学のテストや帰省に伴うゴタゴタや、急な大学の呼び出しやらで忙しかったことがあげられますね。うん。

これから少しずつ更新速度を上げていきたいです。

さて、二巻に入りました。
シャルルとラウラ登場ですが、ぶっちゃけあまりクローズアップしません。
ここからついに刀奈と流無の関係に踏み込んでいきたいと思います。こうご期待!

次話でみんなをびっくりさせるぜ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シスターストライク

日本語に直すと「妹の襲来」


「シャルル・デュノアです。フランスからやって来ました。この国では不慣れなことが多いと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

そう言い足を一歩後ろに引いて一礼するシャルル。

背中まで伸ばした黄金に輝く金髪を結わえ、中性的な顔立ちをしている。男にしては華奢な体つきだがシュッとした四肢は美しくも見え、シャルルはその礼儀正しい仕草と身に纏う紳士のような雰囲気も相まってまさに『貴公子』だ。

クラスのほとんどの女子はシャルルから目を話すことが出来なくなっていた。

 

「お、男?」

 

「はい。IS学園に僕と同じ境遇の方がいるので、遅ればせながら本国から転入を――」

 

笑顔を浮かべるシャルルからは一切の嫌味は感じられない。

 

「きゃ……」

 

「はい?」

 

「「「きゃあああああああああああ!!!!!!!!」」」

 

一斉にクラスのほとんどが歓声を上げる。

それは音響兵器もかくやといわんばかりの衝撃を伴っていた。

 

「男子!三人目の男子!!」

 

「しかもうちのクラス!」

 

「織斑君や和麻君と違って守ってあげたくなる系の男の子!」

 

「今年IS学園に編入できて本当によかったぁ!」

 

「騒ぐな馬鹿者ども!まだ自己紹介の途中だ!」

 

口々に騒ぎ始めるクラスの女子一同。それを千冬は面倒くさそうにしながらも一喝して収める。

 

「そ、それではもう一人の転校生さんに自己紹介を――あれ?」

 

シャルルの隣にいたはずのもう一人の転校生に自己紹介をしてもらおうとした真耶だが、肝心のその転校生の姿が無かった。

どこに行ったのだろうと教室を見回すと――いた。

いつの間にか教室の廊下側の最後尾の席、つまりさっきから机に顔を突っ伏している和麻の前に、小柄な少女が立っていた。

艶やかな黒髪は夜の様な優しい雰囲気を連想させ、その金色の瞳は見る者すべてを虜にするような輝きを放っている、全体的にはおっとりとした印象を与える可愛らしい少女だ。

自由に改造できるIS学園の制服を、ノースリーブにして、羽衣のような純白のケープを羽織っている。

雰囲気はまるで春の木漏れ日のような暖かな美少女。

彼女はその小さな蕾のような唇で笑みを作り――

 

「お久しぶりでございます、お兄様。あなたの妹、八神遥香。まいりました」

 

そう言って和麻に向かって優雅に頭を下げた。

八神遥香。

苗字からわかるとおり八神和麻の一つ年下である実の妹。

以前、和麻に電話で話した通りに世界で最も難しいと言われるIS学園に編入してきたのだ。

 

「ああ、まさか本当に、しかもこんなすぐにやって来るなんてな……」

 

机に顔を突っ伏したまま、遥香の顔を見ようともせずに言う和麻。

実の妹に対する態度ではないが、遥香は全く気にせずニコニコと笑ったまま、座っている和麻に目線を合わせるために屈みこむ。

 

「当然ですわ。お兄様のいる所へ行くためならば、どんな困難も私にとっては困難たりえません。というわけで……」

 

遥香はそう言うと和麻の頭に手を伸ばす。

嫌な予感を感じた和麻は、咄嗟にその手から逃れようとするが、その動きを読んでいた遥香が制服の胸元を掴むと、合気道の要領で和麻の体勢を崩して自分の方に引き寄せる。

あまりに鮮やかなその手際に、和麻はなす術もなくそのまま遥香に向かって倒れる。

そして、和麻が倒れていく先には微笑みを浮かべたままの遥香が待ち構えていて、

 

ちゅ……。

 

「は?」

 

「え?」

 

「へ?」

 

「「「な、なにいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!!!???」」」

 

倒れてきた和麻の顔、正確にはその口に向かって遥香は立ち上がりながら唇を突き出す。そうなれば自然と二人の唇は一つに重なる。

唇を絡めあう二人の姿に、一夏も箒もセシリアもシャルルも千冬と真耶も、他のクラスメイト達も唖然とし、絶叫した。

そんな周囲の混乱にも構わず遥香は唇を動かし、さらに深い口づけをしようとする。が、その前に和麻は慌てて遥香を引っぺがす。

もっとも、それでも周りは静かにならない。

 

「ええええっっ!!?あの子妹だよね!?」

 

「ま、まさか義理の妹だから……」

 

クラスメイト達の言葉に、

 

「何を言っていらっしゃるんですか?わたくしとお兄様はれっきとした実の兄妹。義理などという無粋な言葉はやめてください。不愉快です」

 

ちょっと不機嫌そうに遥香が応える。

その答えを聞いてさらにクラス中は唖然とする。

 

「お、お前は、じ、じじじじ実の兄に向かって口づけなどというふしだらなことをしたというのか!?」

 

顔を真っ赤にしてポニーテールを振り乱しながら立ち上がり、遥香を非難したのは箒だった。厳格な性格をした彼女にとって、実の兄に対して口づけをした遥香の行為は目に余ることのだ。

そんな箒に対して、遥香はまるでかわいそうなものを見るような目を向けながら、

 

「はあ……。いいですか。口づけとは親愛の証。恋人などという浅く脆く粗末な間柄の男女ですら行う程度の行為です。ならば、同じ血と骨と肉と魂を分けた、例え天変地異が起きて世界が滅亡しようとも消えることのない、世界の理でさえも超越してしまうほどの固い絆で結ばれた兄と妹が口づけを交わすことなどごくごく自然なことなのです。いえむしろしなければ不自然なほどで、それを非難するなど……あなた頭は大丈夫なのですか?」

 

「えあ、そ、そうなのか?セシリア?」

 

「ちょ!?そこでわたくしにふるんですの!?……た、確かに我がイギリスでも親愛の証としてキスはしますが、ご兄弟で唇同士にすることなんてわたくしは知りませんわよ!」

 

「ふん、所詮それはあなたたちの愛がその程度だということ。どうせ恥ずかしいなどというくだらない世間体を気にし、縛られていることしかできない愛ということです。でも私とお兄様は違います。世間などという人の批判しかできない、愚かな者たちの目など私たちの前ではゴミ屑同然。さあ、お兄様。今一度、今度はもっと深く私と口づけを」

 

「しねえよ!!」

 

再び遥香の白い腕が蛇のように和麻の首に回され、口づけを交わそうとするが、和麻は身をかがめてそれを躱す。

 

「あら?お兄様ったら恥ずかしがらなくてもいいのに」

 

「恥ずかしいとか、そうゆう次元を超えているんだよお前は!久しぶりに会ってもお前は変化なしか!?」

 

「たかだか二カ月程度会っていないだけで私のお兄様への思いが揺らぐことなんてありえません。それこそ、神様が死んだとしても」

 

「できれば揺らいでいて欲しかった……」

 

疲れたように肩を落とす和麻。

久しぶりにあった妹は相変わらずの様子で喜ぶべきか、嘆くべきか分からなくなってしまう。

遥香は昔から、正確には和麻がシャノンと付き合いだした時からこんな調子だった。

なぜか恋人ができたと言ったら、大いに取り乱し、挙句の果てにはシャノンから和麻を解放する、自分こそが和麻にふさわしいと人目もはばからず公言していた。

簡単に言えば、八神遥香という少女は空前絶後の、ブラザー・コンプレックスを超えた愛情を兄に抱いているのだ。小学生のころから。

 

「とりあえず、自己紹介の途中だろ?さっさと前に出て挨拶しろ」

 

「挨拶なら先ほど「やったら後で好きなところを撫でてやる」了解しましたお兄様」

 

遥香は笑顔の輝きを三割増しにしながら教壇に戻る。

 

「みなさん初めまして。本日からIS学園一年一組でみなさんと一緒に勉学に励むことになりました八神遥香と言います。専用機はありませんがお兄様と同じ紗々宮グループのテストパイロット兼IS開発室にも所属しています。この中にお兄様に寄りつく害虫はいないと思いますので、みなさんとはよろしくしていきたいです」

 

遥香はにこやかな笑顔で自己紹介を終えると、先ほどと同じ優雅な一礼をした。

内容と、先ほどの行動によりショックでクラスメイト達はどういう反応をしたらいいのか分からず困惑するばかりだったが、そこに朝のHRの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

「……そうなのか?兄妹で接吻が普通なら姉弟でも……はっ!これでHRを終える。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合するように!」

 

何事かをぶつぶつと呟いていた千冬はチャイムの音に我に返ると、連絡事項を告げて行動を促す。

和麻と一夏だけは空いている第二アリーナの更衣室に行こうとするが、

 

「織斑と八神。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろ?」

 

千冬にそう言われる。

二人のもとにシャルルが近づいてくる。

 

「君たちが織斑君に八神君?僕は――」

 

「ああ、いいから。とにかく移動しないと、女子たちが着替え始める」

 

「先に行くぞ」

 

シャルルの手を握って引っ張る一夏に構わず、和麻は教室から全力で飛び出す。

和麻が一組の廊下を駆け抜けたその直後、ほかのクラスの女子たちが現れて出遅れた一夏とシャルルを包囲する。

 

「ああっ!転校生発見!」

 

「しかも織斑君と一緒!」

 

「織斑君の黒髪もいいけど金髪もいいわあ」

 

「八神君がいないのは残念だけど、二人っていうのもそれはそれで……」

 

そんな声を横耳に、和麻は更衣室に急いだ。

 

一方、一組ではクラスメイト達が着替えている中、

 

「はっ!私は一体何を?ってマスターいません!?」

 

ずっとダウンしていたシャーリーが置いてきぼりにされたことに騒いでいたりした。

 

 

 

 

 




はい、もう一人の転校生はラウラじゃありませんでした!

遥香は協奏曲からこんな感じのキャラになる危険性があったんですよねー。いや、もう遅いか。

今回は短いので、もしかしたらあとで加筆して投稿しなおすかもしれません。

あとしばらくは他の作品のストックチャージなどをしたいので、また投稿が遅れる恐れがありますがご容赦ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八神遥香

一か月もかかった割にあんまり進んでいません。でもお楽しみください


「納得できません」

 

第二グラウンドに一組と二組の生徒たちが整列する中、一夏たちよりも一足早く到着した和麻の後ろに立っていた遥香が不機嫌そうな声で呟く。

その身に纏っているのは他のクラスメイトと違い、和麻たち専用機持ちと同じ特注のISスーツだ。

 

「約束は守っただろ?何が不満なんだ?」

 

「ええ。確かに約束通り、好きな部分を撫でてもらいました」

 

自己紹介を渋った遥香に和麻が言った「好きなところを撫でる」という約束を和麻は履行した。もっとも撫でたのは――シャーリーの頭だった。

 

「俺は遥香の好きな部分とは言っていない。だから別に約束は破っていない」

 

と涼しい顔でのたまう和麻に、遥香は頬を膨らませてむくれる。

もっとも二人の間に険悪な空気は流れていない。二人にとってこの程度の事は兄妹同士のコミュニケーションの一つ。甘えてくる妹を嘘と舌先三寸であしらう兄という、お約束のような物なのだ。

ちなみに頭を撫でられたシャーリーは、朝のお仕置きでダウンしていたのが嘘のようにご機嫌な様子で和麻の隣で鼻歌を歌いながら立っている。

 

「そういえば、お久しぶりですね。シャーリーさん」

 

「ええ♪お久しぶりね、遥香さん」

 

「……しばらく見ないうちに雰囲気変わりましたね」

 

「いろいろあったのですよ。いろいろ。ふふっ」

 

「いろいろ、ですか」

 

口に手を当ててコロコロ笑うシャーリーに遥香は探るような目を向けるが、やがてあきらめて目を前に向ける。

いつの間にか遅れていた一夏とシャルルがやってきていて、授業が始まろうとしていた。

 

「では、本日からISを用いた格闘及び射撃の実戦訓練を始める!危険の伴う訓練のため気を引き締めるように!」

 

「「はい!」」

 

千冬の声に一組と二組の生徒全員が返事を返す。

 

「ではまず戦闘の実演を見てもらおう。オルコット、凰!専用機持ちならばすぐに始められるだろう?前に出ろ」

 

「こういうのは見世物のようであまり気が進みませんわね……」

 

「めんどくさいなあ」

 

千冬に呼ばれた二人は前に出るが、不満だという本音がありありと出ていた。

 

「お前ら少しはやる気を出さんか……あいつにいいところを見せられるぞ?」

 

後半の言葉は二人にしか聞こえておらず、それを聞いた二人からはさっきまでの態度がうそのように消える。

 

「やはりここは栄えあるイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットの出番ですわね!みなさんが見惚れるような華麗な戦いぶりをとくとご覧あそばせ!」

 

「まあ、実力の違いを見せつけるいい機会よね!私たち専用機もちの実力ってやつをしっかり焼き付けなさい!」

 

「何で二人はやる気になったの?」

 

「さあ?」

 

やる気MAXで宣言する二人。それがある一人に向けられているのだが、その本人である一夏は気づかず隣にいたシャルルと小声で話をしていた。

 

「それでわたくしのお相手はどちらに?まあ鈴さんとの勝負でも構いませんが」

 

「ふふん。私もいいわよ?返り討ちだけどね」

 

「慌てるな小娘ども。対戦相手は――」

 

千冬が言いかけた時、キィィィン……という空気を斬り裂くような甲高い音が響く。

 

「あああああぁぁぁっっ!!どいてくださあ~い!」

 

そんな情けない悲鳴交じりの声が空から聞こえ、生徒たちがそちらを向くと、なんとISを身に纏った真耶が涙目になりながらこちらに落下してきていた。

纏っているのは学園に配備されている第二世代型IS『ラファール・リヴァイブ』。

豊富な拡張領域(パススロット)による後付装備の汎用性と安定した扱いやすさから世界で第三位のシェアを持つ量産型モデルだ。

それを纏った人間がまるで以前の授業での一夏の地面大激突並みの速さでこちらに向かって落ちてきているのだ。

生徒たちは我先にと逃げ出すが、運悪く咄嗟に動けなかった一夏は逃げ遅れてしまった。

 

ドカーン!

 

盛大な激突音と砂埃を起こし、誰もが一夏がどうなったのかと見つめる中、徐々に砂埃が晴れていき、

 

「あらまあ?」

 

「……こいつは本当によくやるぜ」

 

白式を緊急展開した一夏と真耶がくんずほぐれつの体勢になっている様子が顕わになった。

一夏の右手は真耶の特注サイズを注文しなければいけないほどの乳房を鷲掴みにしており、真耶は顔を真っ赤にしながらも、まんざらでもないという顔をしている。

一夏のラッキースケベを始めて見た遥香は、珍しいものを見たと目を丸くし、和麻は呆れてしまう。

 

「ん?」

 

和麻はふと自分の右手が誰かに捕まれるのに気が付く。

 

「何をしている遥香?」

 

掴んでいたのは案の定遥香だった。

 

「いえ、山田先生が気持ちよさそうだったので。少し試してみようかと」

 

そう言って和麻の手を徐々に自分の胸に近づけようとする。

遥香のそれは真耶ほどではないが、日本人の同年代の少女としては平均的な大きさだ。

それを手で揉めばそれは良い感触だろうが、和麻は妹に手を出すような異常性癖は持っていないため掴まれた手を振り払う。

 

「馬鹿なことを言うな。この馬鹿妹」

 

「まあ、二回も馬鹿と言いましたねお兄様!いくらなんでも私でも怒りますよ?」

 

「はいはい」

 

不満げな遥香を適当にあしらっていると、いつの間にかセシリア・鈴VS真耶の実技演習が始まろうとしていた。

空に浮かび上がる三つのISの動きを和麻は目に焼き付けることにした。

 

 

 

 

 

模擬戦はあまり時間をかけることなく終わった。

訓練機である真耶の操るラファールよりも、専用機として本人に合わせた調整が施された最新鋭の第三世代ISであるセシリアと鈴のISの方が性能は遥かに上だった。

しかし、二人のコンビネーションの無さを巧みに突く真耶の技量によって、終止二人は翻弄されてしまった。

最後は誘導されてぶつかり合ってしまった二人に向けて、投擲されたグレネードの爆発に巻き込まれて落とされてしまった。

結果的に実演は真耶の教員としての実力を知らしめる結果に終わった。

訓練機であっても専用機を技量で打倒することができる。

生徒たちはこれから始まる訓練に向けてのモチベーションを最高潮にして意気込み始める。

そんな生徒たちの様子に、千冬は狙い通りに事が運んだことに満足しながら、教員の仕事をする。

 

「諸君にも教員の実力が理解できたことだろう。これからは敬意をもって接するように。ではこれから実習を行う。織斑、オルコット、八神、デュノア、凰の専用機もちをリーダーに八人のグループを作れ」

 

「八神君手取り足取り教えてねっ!」

 

「織斑君!一緒にやりましょう!」

 

「デュノア君の操縦技術見てみたいな~」

 

生徒たちはすぐに全員和麻たち三人の男子生徒たちのところに集まり始める。

その光景に千冬は頭を痛そうに抑える。

 

「馬鹿者どもが。出席番号順にさっさと並べ!出遅れた者はパワーアシストを切ったISを着たままグラウンド100周だ!」

 

千冬の言葉に騒いでいた生徒たちは言われたとおりに整列する。

そうしてようやく訓練が始まった。

 

途中で一夏たちのグループが、打鉄をしゃがませずに装着を解除してしまい次の人が乗れなくなってしまったので一夏がお姫様抱っこをして次の子を運んであげたり、それを見たほかのグループが騒いで千冬に制裁を受けたり等々、騒がしい授業は続いたのだった。

 

 

 

 

 

時間は進み、昼休みになった。

和麻とシャーリーの二人は生徒会室に向かっていた。和麻の手には購買で買ったパンやお弁当がある。

いつもなら食堂で昼食をとっているのだが、今日は転入してきた『三人目の男子生徒』であるシャルル目当ての生徒たちで込んでいると考えたのだ。

なお遥香も誘ったのだが、

 

『私はクラスの皆さんとご一緒します。人付き合いというものは最初が肝心です。お兄様にも教えたでしょう?お兄様がお世話になったという二人の生徒会長さんには後ほど。ふふふ……』

 

何やら計り知れない凄みを感じる笑みを浮かべながら、遥香はそう言ってクラスのみんなと食堂に行ったのだった。

生徒会室に着いた二人は、役員が持つ鍵でドアを開けて中に入る。

会長の椅子には今日は刀奈が座っており、書記の虚と会計のサラもいた。

どうやら三人も食堂の混雑から逃れてきたようだ。流無がいないのは今週は刀奈が会長職をする週だからだろう。

 

「やっぱり二人とも来たわね」

 

「流石にあそこまで混んでいるのは勘弁だ」

 

刀奈の質問に応えつつ、和麻は自分の副会長席に座って買ってきた弁当を食べ始める。

 

「そういえばシャーリーちゃんってISなのに食事するんですね」

 

サラがサンドイッチを頬張るシャーリーを見ながら、ふと疑問に思ったことを尋ねる。

確かにシャーリーは見た目は小柄な女の子だが、中身はISというこの世界の超最先端機械技術の塊である。

そんなシャーリーが食べ物を食べても大丈夫なのだろうか?

 

「特に問題はないですよ。食べたものは私の中で分解されてエネルギー源になりますから」

 

「有機物を分解して無機物のエネルギーにするって、ほんとISって凄いわねえ」

 

「凄いの一言で済ませられることではないと思いますよ、お嬢様」

 

シャーリーの答えに刀奈が感心したかのような反応をするが、虚はまたISの常識が覆ったことに疲れたような顔をする。

 

「虚ちゃん、ISの事はもういちいち驚いていたらきりが無いわよ?」

 

「ちなみに私はもう割り切りましたよ、虚先輩」

 

二年生二人が虚にそう言う。が、三年の整備科主席であり、ISの内部について扱うことを専門にしている虚にはそうそう割り切れることではない。

ちなみに和麻は結構前から知っていたので今更驚かない。三人が話している間に黙々と弁当を咀嚼している。

 

「あ、和麻君にも聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

和麻に刀奈が質問を投げかけると和麻は箸をいったん置く。

 

「なんだ?」

 

「和麻君の妹さん、確か遥香ちゃんだっけ?今日一組に転入してきたんでしょ?どうだった?」

 

刀奈は和麻が違法研究所から助け出されたときに、八神家とも顔を合わせている。その時に言葉は交わしていないが遥香とも顔を合わせていた。

 

「驚いたよ。前にスマホで編入するだの言っていたが今日何の連絡も無しに来るなんて……」

 

その時、和麻は刀奈がニヤニヤしているのを見た。

 

「お前まさか……知ってたのか?」

 

「まあね♪」

 

バッと扇子を開く刀奈。そこには「ドッキリ大成功」の文字。

言われてみれば、生徒会長である刀奈が遥香の編入のことを知らないわけがない。

 

「編入試験には私も立ち会ったんだけど、遥香ちゃん凄かったわよ?試験は全問ほぼ満点で、実技試験も教官の先生相手に完勝。代表候補生じゃないのがおかしいくらいの逸材よ?なんで普通の学校に進学していたの?」

 

「遥香は俺と同じ学校に通いたくて、俺と同じところを受験したんだよ。わかりきっている過去問を何度も俺に聞きに来たりして、構ってほしがったけどな」

 

ちなみに、和麻とのじゃれあい以外に遥香は受験勉強なんて1分たりともしておらず、そのまま入試を受けて全科目満点で主席入学していたりする。

さらに補足すると、和麻の通っていた学校は地元という制限が付くがそれなりに名の知られた進学校であり、倍率は毎年県内トップ。尋常ではない才能だ。

 

「遥香ちゃんの頭の中は和麻君でいっぱいなのね」

 

「限度があるだろ、流石に」

 

疲れたように言いながら和麻は弁当に再び箸を動かし始める。

 

「あいつは昔からそうだった。俺より頭よくて要領もいい癖に俺の後ろを付いて回ってきやがる」

 

「いい妹さんじゃないですか。私なんて妹にはいつも心配ばかりさせられますよ」

 

「虚先輩の妹ってのほほんのことですか。まあ確かにあんなにマイペースだと心配だよな」

 

和麻はポワポワした笑顔を浮かべる本音を思い浮かべ、虚の気持ちを察する。

 

「そうなんですよ。あの子のマイペースぶりは見ているこっちがはらはらさせられるばかりで……」

 

それからしばらくは虚の本音への愚痴が続いた。

もっともたまに本音を褒める言葉が混じるのに、虚は気が付いておらず全員が温かい視線を向けていたが。

 

「妹と言えば……」

 

虚が全員の視線に気が付いて、顔を赤くしながら俯いてしまった時、シャーリーが口を開く。

 

「刀奈さんは妹の流無さんのことをどう思っているのですか?」

 

その瞬間、生徒会室の空気が変わった。

 

 

 




あとがき
ストック溜めたかった。でも溜められなかった。
この話も短いし。でも区切りがいいから勘弁してください。

今回はちょっと遥香ちゃんのハイパースペックが公開されました。多分IS学園の入試を受けてもセシリアに変わって主席になるでしょうね。

次話では更識姉妹に踏み込んでいこうと思います。おたのしみに。


あと、ちょっと別の作品のリメイクも書いてます。どの作品かは来年あたりにでも。

ヒント

名探偵コナンと怪人二十面相が今のマイブームです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺達と違って……

お待たせしました。さあ、どうなるかな?


IS学園校舎の屋上には広場がある。

綺麗に配置された花壇には季節ごとの花々が咲き誇り、欧州風に設置された石畳が風情を醸し出す。晴れた日の昼休みになると少なくない生徒たちがこの広場で持参した昼食を持ち寄り、賑やかな声を醸し出す。

 

「はずなのに今日はがらーんとしちゃっているわね」

 

サンドイッチをパクリと齧りながらベンチに座った流無が言う。今週は刀奈が会長職を行う周のため、生徒会室で昼食は取らない。というか取ろうものなら、あの憎らしい双子の姉と顔を合わせることになるのでご免だ。なので、同級生のフォルテ・サファイアと黛薫子を誘って屋上で手作りしたサンドイッチを食べているのだ。ちなみに彼女たちの反対側では、一夏たちが噂のシャルルと共に昼食を食べていたりする。

 

「それは仕方ないッス。みんな噂の貴公子君を見に行っているんスから」

 

「貴公子君ねえ……」

 

 フォルテの言葉に薫子が食べていたお握りを頬張りながら、何か含むことがあるように返す。

 

「どうしたんッスか?薫子」

 

「いやね。あの貴公子君なんだけどさ、どうにも変なのよ」

 

「変ッスか?」

 

 薫子の言葉に首をかしげるフォルテ。その一方、流無は薫子の発言に「へぇ」と感心したような声を出す。

 

「流石は新聞部の裏の支配者と言われている薫子ちゃん。真実を見抜く目を持っているってことね」

 

「ふふん。まあね。これでも代々報道に携わってきた家系ですから」

 

「むぅ~。なんか二人だけ通じ合っているッス。除け者はズルいッスよ!」

 

 何やら仲間外れにされたように感じたフォルテがぶーぶー不満を言う。その様子を見て、流無と薫子の心は一つになった。

 

――ああ、やっぱりフォルテちゃんは弄りがいがあるわ。

 

フォルテ・サファイア。カナダの代表候補生である彼女は周囲から「弄られキャラ」として親しまれている。

 

 

 

 

 

 屋上でそんなきゃきゃっとした空気が流れている頃。生徒会室では真逆の重苦しい空気が室内を支配していた。

 例えるならば、超巨大企業の会長がとんでもないミスを演じた部下を役員たちの前でさらし者にし、「弁解があるなら言ってみたまえよ君」と言う時のような。そんな空気だ。   

その大本である刀奈は、「刀奈さんは妹の流無さんのことをどう思っているのですか?」と聞いたシャーリーに向かって物凄い威圧感を放っている。

 

「今なんて言ったのかしら?シャーリーちゃん」

 

「ですから、刀奈さんは妹の流無さんのことをどう思っているのですか?」

 

 シャーリーにとっては純粋な疑問だった。彼女のマスターである和麻の妹の遥香は兄である和麻のことをかなり好いている。和麻はそんな遥香をなんだかんだ言いつつも嫌ってはいない。

 一方、刀奈と流無は二人と違って顔を合わせれば罵り合い、ひどいときは殴り合いまで繰り広げる。

 なぜ八神兄妹と更識姉妹にこんな違いがあるのか、シャーリーにはよくわからないのだ。

 

「私が、あの流無(アホ)のことをどう思っているか?ですって……」

 

 刀奈はどこからか取り出した扇子で口元を隠し、冷ややかに言う。もっとも怒気がにじみ出ているが。

 

「ええ。私はこのように一人で動けてしゃべることができますし、先ほども言いましたが物も食べることができます。でも結局はIS……機械なんです」

 

 物憂げに語るシャーリー。今度はさっきとは別の意味で重い空気がシャーリーを中心に広がる。

 

「あ、別に人間になりたいとかそう言うことじゃないんですよ?まあ人への憧れが無くもないですが」

 

 その空気を払しょくするようにシャーリーは朗らかに笑う。

 

「そういうことで、私は疑問なんです。性別の違いはあっても同じ血の繋がった親類なのに、全然違うのが。そしてその理由が気になるんですよ」

 

 機械ゆえに分からない人と人の関係。分からないからこそ、シャーリーは知りたいのだ。

 なにせシャーリーが明確な自我を持ったのはここ数カ月の事。つまり彼女はまだこの世界に生まれたばかりの、赤子のようなものなのだ。人間なら様々なものに触れて、自分という存在を形作る段階なのだ。

 

「刀奈さん。教えてもらえませんか?流無さんのことをどう思っているのですか?」

 

 再三問いかけるシャーリーを見て、それを察した刀奈は怒気を収める。そして、いつしか生徒会室にいる全員が注目する中、自分の中で慎重に言葉を選び、シャーリーの疑問に答えることにする。

 

「更識流無は私の双子の妹。一卵性の双生児で物心つく前から一緒にいたわ。物心ついた時からはもっと一緒にいた。自分で言うのもなんだけど姉妹仲もいい方だったと思うわ」

 

 刀奈の独白に二人の過去を知らないサラは少し意外に思う。サラが初めて会った時から、刀奈と流無は顔を合わせば喧嘩ばかりしていたから、てっきり昔からなのだと思っていた。

 

「でもあの日から変わった。あの子への思いが、愛情から憎しみに。ただただあの子のことが憎くなった。私はあの子が間違いに気が付くまで――絶対に許さない」

 

 

 

 

 

「絶対に許さない……か」

 

 放課後。今日はアリーナが使用できない日だったので、和麻は図書館での勉強を終わらせ寮への帰路についていた。その途中でふと昼間の刀奈の言葉を思い出して呟く。

 あの後、刀奈は口を固く閉じて沈黙。シャーリーが深く聞こうとしたが和麻が釘をさすことで止めた。

 

(姉妹と付き合いの長い虚先輩は何かを知っている感じだったが、何も言わないということはそれほどの事だ。それに多分だが……虚は刀奈の肩を持っているだろうな)

 

 和麻が聞いた話では、虚は姉妹二人の従者の立ち位置らしいのだが、どちらかというと流無よりも刀奈と一緒にいることが多い。少なくとも和麻にはそう見える。

 

(あと紗夜も刀奈の味方だろうな。紗夜の造った武装はレイディにばかり搭載されているし)

 

 沙々宮式荷電粒子砲『ヴァルデンホルト』を始め、刀奈のミステリアス・レイディには紗夜の造った武装がたまに搭載されることがある。大抵の武装は試作品だが、出来のいいものはそのまま専用装備になる。

 

(この二人が刀奈の味方になっているってことは、流無の方に非があるってことだ。なんだ?一体あの二人の間に何があった?情報が少ない……って)

 

「何あの二人の事情に踏み込もうとしているんだよ」

 

 そこまで考えて和麻は自分が知らず知らずのうちに、更識姉妹の問題に首を突っ込もうとしているのに気が付いた。

 

(こういう問題は当事者本人じゃないとどうにもならない。他人が首を突っ込んでもたいていの場合は碌なことにならない)

 

 和麻の脳裏に過去の記憶が蘇る。

 生まれた時から天才的な頭脳と能力を発揮していた遥香に対し、出来損ないの兄の烙印を周りから押された和麻は、遥香と会うたびに遥香を避けた。

 もしも長い間顔を合わせていれば、そして話をしていれば、遥香への憎しみが湧き上がるかもしれない。

遥香がその身に宿した才能と能力は本人の誇るべき素晴らしい財産だ。それを穢したくないという思いから、周囲からの侮蔑に耐え、遥香の才能を憎まないようにしていた。そのために過剰ともいえる勉学と鍛錬に臨み、遥香と接することを拒絶した。

そんな和麻の姿に、遥香も何もできず、ただ冷え切った兄妹関係が続いていた。

 

(あのころの俺は、他人の言葉なんて信用していなかった。クラスメイト、学校の先生、隣の家の人はもちろん親父にお袋の言葉も……)

 

 一種の人間不信。誰もが自分と遥香を比べ、遥香への憎しみを募らせる言葉をささやく悪魔に思えた。

 たまに自分をほめる言葉を言う人間がいても、とても信用できなかった。それくらい和麻は追いつめられていた。

 今思えば極端だったと、我ながら思う。喧嘩できるだけ更識姉妹のほうはまだましだ。

 

(そうあの二人はまだましだ。シャノンが間に入らないとまともに喧嘩できなかった俺達と違って…)

 

 ふと空を見上げる。もう太陽はすっかり水平線に隠れ、空に星が輝いている。

 

「喧嘩の後には仲直りってのが相場が決まっているんだぜ。刀奈、流無」

 

 

 

 

 

 IS学園一年生寮の寮長室。そこは千冬の自室であり、学園内で千冬が自分の本性をさらけ出せる場所だ。

 世間一般では世界最強のIS操縦者として凛々しく、美しく、厳格で完璧な女性のイメージを持たれており、それは学園でも変わらない。生徒たちは世間のイメージ通りの千冬を見ることで、千冬の授業に真面目に取り組んでいる。

そのことをわかっているからこそ、千冬もおいそれと気を抜くことができない。

 

「ッ~~くぅ~!!」

 

 だからこそ、自室では思いっきり自分らしく振る舞うと千冬は決めている。

 缶ビールの中身を一気に飲み干し、喉を流れる酒ののどごしを存分に堪能する千冬。上唇には少しビールの泡が付いてしまっている。

 この姿だけでも、世間一般の千冬像を信望している物が見たら呆然物だ。加えて、今の千冬の恰好がまたすごい。

 普段着ているビシッとしたスーツは部屋の片隅にぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てられている。代わりに今着ているのは、そこら辺のコンビニで売っていそうな無地のTシャツに黒のホットパンツ。片手には缶ビールを握り、もう片方の手は机の上に置かれているつまみのあたりめを掴もうとしている。

 そこに、凛々しく、美しく、厳格で完璧な世界最強のIS操縦者の面影は欠片もなかった。これが本来の千冬なのだ。

 

「今日はなかなか考えさせられる日だったな……」

 

 千冬は今日の朝のSHRを思い出す。あの八神和麻の妹、八神遥香のことを。

 実の兄と、衆人観衆の中にも関わらず口づけを交わし、平然としていた。その行為を咎めようとした箒に対し、超然とした態度で反論を展開した。

 

「まさかこの私があんな小娘を羨むとはな……」

 

 感慨深げに缶ビールを揺らす。あそこまで兄への好意を示すことは千冬にはできない。

周りに世間通りのイメージを示さなければいけない千冬は、弟である一夏へ家族のように接することがなかなか出来ない。

だからこそ遥香がうらやましい。

本当なら自分も一夏ともっと触れ合いたい。堂々と姉弟の時間を過ごしたい。

世界最強のIS操縦者になどならず、IS学園の教師にもならず、一夏がISを動かしていなければ、もっとそんな時間を過ごすことができたのだろうか?

缶ビールを煽りながら、そんなことを取り留めもなく考えていた時だった。寮長室のドアがノックされた。

 

「誰だ?こんな時間に……」

 

 気だる気味に零す千冬。時刻は既に22時を過ぎている。生徒はまずないだろう。だとすると同僚の教師。一組の副担任の真耶あたりが連絡忘れでも知らせに来たのだろか?

 ビールのせいで少しぼうっとしている頭でそう考えていると、ドアから声がかかった。

 

「夜分遅くにすみません、織斑先生。……更識です」

 

「はっ?」

 

 訪ねてきたのは真耶ではなかった。そのことを理解した千冬は慌てて自分の恰好を整え始める。脱ぎ捨ててあったスーツ…・・だめだ。皺だらけになっている。せっかく一夏にアイロンかけてもらったのに。

 代わりに部屋の隅にハンガーにかけてあった白いジャージを掴み、パパッと身に着ける。そしてドアを開ける。

 

「何の用だ?更識。もうとっくに消灯時間は過ぎているぞ。生徒会長と言えど、規則違反は見逃さんぞ」

 

 部屋を出た先には思った通りの生徒会長の姿。去年からかなり手を煩わされた双子の片割れだった。

 

「分かっています。それでもどうしても織斑先生に用件があってきました」

 

 そう言うと更識は千冬に向かって頭を深々と下げた。

 

「お願いします、織斑先生。私と――戦ってください」

 




短いなあ。やっぱスランプなのかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 40~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。