【完結】機動戦士ガンダム外伝 ノエル中尉奮戦記 (B.I.G)
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MISSION 1 「デルタ・チーム」※冒頭改訂

SSを書くのは初めてですが、暇潰しにでもなれば幸いです。



 「ノエル・アンダーソン中尉、ジョン・コーウェン准将の命により出頭いたしました」

 

 地球連邦軍司令本部、ジャブロー。天然の地下空洞に作られた要塞基地だが、その規模はもはや一つの都市と言っても過言では無い。基地内部は無機質で廊下や建物の構造は規格化され、防諜の為か部屋の表札すら無い場所も珍しくない。

 地図と睨めっこをしながら、やっとの思いで目的地にたどり着いたのは一人の年若い女性──ノエル・アンダーソン中尉だ。もう少しわかりやすくならないものか、と彼女は内心愚痴を吐く。

 

 ジャブローでMS訓練を受け、その際はこの施設で生活していた身ではあるが、未だにこの巨大かつ複雑な施設の全容を把握する事は出来ていない。  

 そもそも把握している人間がいるのだろうか?将軍だって完全に把握などしていないに違いない。

 

「……はい、准将。かしこまりました。中尉、中へどうぞ。准将がお待ちです」

 

 部屋の前で待機していたノエルよりも少し年下に見える女性士官がインターフォンで打ち合わせると、ノエルは奥の部屋に促された。

 何人もの女性士官が働いているのが見えるが、見事に若い女性しかいない。准将の趣味も相変わらずね、と内心辟易するが、それを顔に出さないくらいの処世術を彼女は持ち合わせていた。

 

「待っていたよ、アンダーソン中尉。まあ、そこのソファに掛けたまえ」

 

「失礼します」

 

 ジョン・コーウェン准将は連邦軍の中では比較的珍しい黒人の将官で、早くからMSの有用性を軍内部で声高に訴えており、それを認めたレビル将軍の信頼も厚い人物だ。

 

 ノエルはコーウェンの言葉に従い、いかにも高級そうなソファに腰掛ける。

 彼女とコーウェンは面識があり、士官学校時代に提出したMS戦術論に目を掛けられたのがきっかけだった。

 

 父親であり、サラミス級戦艦の艦長であったポール・アンダーソン大佐もコーウェンとは既知の中であり、そのコネもあって本来後方任務に付く予定だったノエルはジャブローのMSパイロット養成課程へ進む事が出来たのだ。

 

 勿論連邦軍がMSパイロットを喉から手が出るほど欲しており、適正のある者をむざむざ遊ばせている訳にはいかなかった、という理由もある。

 (普通はコネを使って後方部隊か、もっと言えばエアコンの聞いたジャブローのオフィスで勤務する事を願ってやまない人間が多い中、よりによって最前線を希望する辺り、ノエルも相当な変わり者だった)

 

「准将。今日私が呼ばれたのは、どこかの部隊への配属が決まったのですか?」

 

 ノエルはMSパイロット養成課程を主席で卒業した実力者であり、コーウェンは連邦軍の中でも随一のMS専門家だ。わざわざ彼のオフィスに招かれて話があると言うことは──

 

「察しが良いな。貴官にはこれからMS特殊部隊第三小隊──通称デルタ・チームの小隊長として赴任してもらう」

 

「特殊部隊第三小隊……確か、その部隊はマクダニエル中尉が小隊長の筈ですが……転属したのですか?」

 

 MS特殊部隊。連邦軍が新たに編成した、MS戦に特化した実戦部隊。ルウム戦役でジオンの新兵器であるMSに手痛い損害を与えられた連邦軍、その反抗作戦の切り札だ。

 

 とは言え、MSの運用に関しては連邦軍はまだ試行錯誤の段階である。既存の師団や軍団にどうMS隊を組み込むか、どう運用するのか。

 本来であれば様々なシミュレーションを繰り返してノウハウを蓄積させていくべきなのだが、生憎と連邦軍にその余裕は無かった。

 となれば、実戦の中からノウハウを学び実践するより他に選択肢は無い。必然的に特殊部隊は世界各地の激戦地に送り込まれる事から、"モルモット"と呼ばれていた。

 

「マクダニエル()()が上に行ったのでな。後任が必要になった」

 

「上に……?宇宙へ上がったのでありますか?」

 

「いいや?彼は名誉の戦死を遂げて二階級特進だ。まあ、詳しい命令書は彼女から受け取って確認してくれ。……また会える事を祈っているよ」

 

 怪訝な顔で前任者の転属先を尋ねるノエルに対し、コーウェンは上を指差しながら二階級特進だ、と事も無げに答える。冷たいようだが、軍隊などこんな様なものだ。

 自分が二階級特進となれば、後任者が同じようにオフィスに呼ばれるだけだろう。

 

 そんな事を考えながら諸々の手続きを終え(と言っても、ノエル自身が手続きする事など何も無く、決定事項を伝えられただけだが)コーウェンの隣にぴったりと寄り添って待機していた女性士官にブリーフケースを渡された瞬間、オフィスのドアが自動で開く。

 

 それにしてもいきなり小隊長とは……とノエルは思いながら、コーウェンのオフィスを出て案内された飛行場へ向かう。

 MSパイロット養成課程を主席卒業した自分の腕前には自信はあるが、二十歳の女性士官を小隊長に抜擢するのもどうなのだろう、と彼女は思った。

 

 新設される部隊ならまだしも、既存部隊の小隊長が殉職しての補充だ。部下のパイロットとのコミュニケーション等々は上手くやれるだろうか。考える事、やるべき事は山積みで、赴任する前から頭が痛い。

 

──ただ、准将のオフィスで侍らされるよりかはマシかな。そんな事を考えながら、ノエルは機中の人となった。

 

 

 

 

─ カナダ南西部 ノーマンウェルズ 森林地帯 ─

 

『オデッサ作戦でしたっけ?あちこちで陽動作戦を展開してるようですが、こりゃ相当大掛かりな作戦になるんじゃないですか、ねぇラリー少尉?』

 

 作戦行動中に軽口を叩くのはアニッシュ・ロフマン曹長。コールサインはデルタ・スリー。

 ジオンに制圧されたキャルフォルニアベースに所属していた61式戦車部隊の生き残りで、明るく陽気な性格のムードメーカー。状況判断力に優れ戦略眼は高い優秀なパイロットだ。

 

『まあな。この作戦が成功してオデッサを奪還出来れば、地上でのミリタリーバランスは一気に連邦軍優勢に傾く筈だ。俺たちの役割もそれだけ重要だって事さ。それはそうと隊長、どうですかその新型機の調子は?』

 

 アニッシュに応えるように通信を返してくるのはラリー・ラドリー少尉。コールサインはデルタ・ツー。

 元戦闘機(セイバーフィッシュ)乗りのベテランパイロットで、射撃の腕前は部隊の誰もが信頼を置く他、冷静沈黙かつ仲間思いの頼れる存在で信頼も厚い。

 

 通常はRGM-79[G]陸戦型ジムの三機編成の小隊だが、今回陸戦型ジムに搭乗しているのはラリー少尉のみ。

 残りの二機は今回の陽動作戦の為に、というのは建前で実際は実地テストを兼ねて配備された機体……RAG-79 アクア・ジム。

 

 次々と実戦投入されるジオンのMSだったが、水中から湾岸線の基地へ強襲してくる水陸両用MSに連邦軍は手を焼いていた。

 そこで先行量産型ジムをベースに急遽開発した、連邦軍初の水陸両用MSがアクア・ジムであった。

 

『陸上での機動性は陸戦型ジムよりも劣るけど、水陸両用機だから仕方ないわ。作戦エリアが湖や河川が多い地域だからというのはわかるけど、ろくにテストしてない機体を配備されるのも困り物ね。アニッシュはどう?』

 

『概ね同意見っすね。ま、フォローは隊長とラリー少尉がしてくれるでしょうから、安心してますけどね』

 

 アクア・ジムのコクピットの中でコンソールを操作しながらラリーの通信に返答しつつ、アニッシュに話を振るノエル。

 すっかり小隊長としての任にも慣れた彼女のコールサインはデルタ・リーダーだ。

 

『いくら俺達が実験部隊(モルモット)とはいえ、惜しげもなく新装備を優先的に配備するのも手間だろうにな』

 

『まあまあラリー少尉。それだけ司令部に評価されてるって事じゃないですか。そうっすよね、ノエルの姐さん』

 

 苦笑しながらぼやくラリーをなだめながら、ノエルに話を振るアニッシュ。真面目そうなラリーだが案外いい加減な面もあり、アニッシュの高い状況判断能力と機転に助けられる事も多かった。

 それはそれとして、ノエルにとっては年上の男性、それも部下に姐さん呼びは何ともむず痒い。

 

『アニッシュ。姐さんってまた呼んだら夕食抜きよ』

 

 とモニター越しにジト目でアニッシュを咎めるノエル。

 

『勘弁してくださいよ!隊長の作る料理は美味いんですから!』

 

 あちゃあ!と顔を顰めながら謝罪するアニッシュと、それを見て笑うラリー。

 料理が得意なノエルは、部隊員へ隊長手ずから手料理を振る舞う事も多く、それを生きがいにしているメンバーも多い。

 自分の発言のせいで部隊の夕食がレーションだけになった日には、他の連中からどんな目に合わされるかわかったものでは無い、とアニッシュも必死だ。

 

 新たに赴任してきた隊長が二十歳の女性である事にはラリーもアニッシュも目を剥いたが、作戦行動を共にする中で性別や年齢関係無く頼れる仲間であると今では認識し、強く信頼していた。

 こうして作戦前に軽口を叩き合えるのも、そういった関係の現れでもあり、絶対に生きて帰還すると強く決心しているからだ。

 

『これより作戦エリアに入るわ。各機アロー・フォーメーション!敵位置を特定した時点でデルタ・ツーは分離して、プランBへ移行!』

 

『了解。デルタ・ツー、右後方に付く』

 

『了解!デルタ・スリー、左後方を警戒する!』

 

 ノエルの指示を聞いて、スムーズな動きでラリーとアニッシュがそれぞれ左右後方に付く。

 二機のアクア・ジムは100mmマシンガン、陸戦型ジムは180mmキャノンを装備していた。

 

『良し!デルタチーム、出撃します!』

 

 武器を構えて態勢を整え、三機のジムは戦闘エリアに突入する。

 劣勢に追い込まれていた連邦軍だが、後に宇宙世紀最大規模の地上戦とも言われる"オデッサ作戦"の布石たる陽動作戦が、今まさに世界各地で開始される事になるのだった。

 




ノエルはゲーム本編や戦記の漫画版では基本的に敬語ですが、今回はオーガスタ基地所属時の二十歳設定にしているので、こんな口調です。
(漫画終盤ではアニッシュ相手にタメ口でしたけど)
気になる読者の方はガンダムレガシー2巻に収録されている『オーガスタの一番暑い日』を読んでいただければ……


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MISSION 2 「敵の哨戒部隊を叩け!」

お気に入りしてくれた方、このSSを読んでくれた方、とても励みになります!




【BRIEFING】

 

 ヨーロッパで行われる大規模反抗作戦、オデッサ作戦の陽動が今回のミッションである。

 現在、多くの友軍部隊がヨーロッパの集結ポイントに向かう為、出撃準備が進められている。

 各部隊が移動を開始した際、集結ポイント及び攻撃目標を特定されないよう、世界各地の戦線で陽動作戦を展開中である。

 

 我々はカナダ南西部ノーマンウェルズにて、敵の哨戒部隊を奇襲する。

 作戦エリアには巨大な湖や河川が多数存在しており、事前の調査で敵MSは水中用カスタマイズを施している事が確認されている。

 

 陽動が本作戦の任務の為、一定時間の戦闘後は戦闘エリアの離脱も許可されている。

 戦闘中の管制、索敵はホバートラック《ハウンド》が行い、貴官らのサポートを行う。

 戦闘の継続または離脱の判断は、部隊の損耗を考慮し、デルタ・リーダーの判断で決定する事を許可する。以上だ。

 

 

MS1 ノエル・アンダーソン中尉《デルタ・リーダー》

RAG-79 アクア・ジム 100mmマシンガン

 

MS2 ラリー・ラドリー少尉《デルタ・ツー》

RGM-79[G] 陸戦型ジム 180mmキャノン

 

MS3 アニッシュ・ロフマン曹長《デルタ・スリー》

RAG-79 アクア・ジム 100mmマシンガン

 

 

作戦成功条件:敵哨戒部隊との交戦後、一定時間の経過

作戦失敗条件:部隊の全滅

 

 

─ MISSION START ─

 

 

『きゃっ!流石に狙いが正確ね……デルタ・スリー、無事!?』

 

 敵のザクIIから放たれたバズーカの弾頭がノエル機のすぐ側に着弾し、硬い岩盤を粉々に吹き飛ばすと同時に衝撃が機体を襲う。

 アクア・ジムの装甲材はチタン・セラミック複合材で、陸戦型ジムに使用されているルナチタニウム合金よりも遥かに脆く、同じ感覚で敵の攻撃を装甲で受けるのは危険が伴う。

 衝撃と岩の破片からコクピットを左手に装備した小型シールドで守りながら、僚機であるアニッシュへ通信を飛ばす。

 

『なぁに、大したことはっ!しかしアラートが鳴りっぱなしです、包囲されつつありますよ!そろそろじゃないっすか、デルタ・リーダー!』

 

 ノエル機もアニッシュ機も直撃弾は避け戦闘を継続しているが、こちらに向かってくるジオンのMSはMS-06 ザクIIが4機。

 正面から対峙して勝てる戦力差では無いが、作戦はデルタ・チームの想定通りに進行していた。

 

『そうね、逃げるわよ!遅れないでね、デルタ・スリー!』

 

『了解!さぁて、上手く食い付いてくれよっ!』

 

 バズーカの砲撃が止んだ隙を見計らってノエルとアニッシュはペダルを踏み込んでジムを走らせ、二機の機体は巨大な湖の中へ水飛沫を上げながらその巨体を進めていく。

 

 中央部ともなれば18mのMSが完全に水没する程の深さの湖で、通常のMSであれば機動性の大幅な低下は免れないどころか、機体の状況によってはそのまま行動不能になる恐れすらあった。

 勿論、水中用の機体であるアクア・ジムであれば行動不能になる事は無く、本領を発揮出来るフィールドへ敵MSを引き寄せている事になるが、追いすがるジオンの哨戒部隊がその可能性に思い至る事はなかった。

 

 

 

 

『連邦の奴ら、慌てて逃げ出しているな?それも湖の方に』

 

 友軍のバズーカの砲撃に驚いたように機体を反転させ、よりにもよって湖へ逃げ込んでいく連邦のMSを確認し、ジオン哨戒部隊の隊長はほくそ笑んだ。

 突然現れた連邦のMSには驚いたものの、数でもパイロットの練度もこちらの方が上だと判断した。

 

『馬鹿な連中だ!こちらのMSが水中用カスタマイズをしてあるとも知らずに……よぉし!出来る限り敵MSの手足を狙って動きを止めろぉ!目的は敵MSの捕獲だ!野営地に連絡を入れて、出てないMSも出撃させろっ!』

 

 世界各地で連邦のMSが現れ始めたという情報は出回っていたが、遭遇するのは今回が初めてだ。

 ここで新型の敵MSを鹵獲出来れば大きな手柄になる、とMS隊へ指示を飛ばす同時に、哨戒に出ていなかったMSも出撃させるように通信を入れる。

 たかが連邦のMSなど恐るるに足らん、と息巻きながら、ザクIIがアクア・ジムを追って次々と湖の中へ侵入しながら、ザク・マシンガンやバズーカのトリガーを引く。

 

 ザクの関節部には水中での活動を見越してシーリング処理が施されており、ある程度の深度までは問題なく動く事が出来る。

 ネズミを追い立てる猫の様に逃げるジムを追撃するザクだったが、彼らに狙いを付けている大砲には、撃たれるその時まで気付く事が出来なかった。

 

 

 

 

《ハウンドより各機へ。ジムの機動力15%ダウンだ。湖底に足を取られるなよ》

 

 MSの状況をモニタリングしているホバートラック《ハウンド》から通信が入る。

 水上からでは湖底は目視出来ない為、MSのコンピュータには地形データを読み込ませてあるが、激しい戦闘の最中ではそこまで気を配る事も難しい。

 油断ならない状況だが、あくまで機械的にジムの状況と注意事項を伝える《ハウンド》の声色は変わらない。

 

『水陸両用機と言っても……っ!デルタ・ツー、準備は良い!?』

 

 水陸両用機であるアクア・ジムであるが、ジオンの水陸両用機の様に初めから局地戦を想定した機体では無い。

 あくまで高い汎用性を誇るRGM-79 ジムをベースにして再設計された機体であり、水中移動の要であるハイドロジェットユニットを十分に使用出来ない浅瀬での機動性は、ノーマルのジムとそう大差のあるものでは無かった。

 

 水面に着弾して上がる水柱を被りながら、100mmマシンガンを撃ち返して敵機を牽制しつつ、ノエルは対岸で待機しているラリーへ通信を入れる。

 

『デルタ・ツー、敵を捕捉してますよ。……いつでもどうぞ』

 

 陸戦型ジムのコクピットの中で射撃用スコープを覗きながら、冷静な声でノエルに返答を返す。

 スコープの照準はラリー機に横っ腹を無防備に見せながら、ノエル機とアニッシュ機に向けて射撃するザクをしっかりと捉えていた。

 ラリーの陸戦型ジムが装備している180mmキャノンの有効射程距離はおおよそ600m。

 ザクを狙うにはギリギリの距離だが、ノエルの『撃って!』と叫ぶ声を聞いた瞬間、ラリーは冷静にトリガーを引いた。

 

 

 

 

『な、なんだっ!何が起こったっ!』

 

 轟音と同時にラリー機のジムから放たれた180mmキャノンの砲弾は、狙いと寸分違わずにザクの腹部に直撃して吹き飛ばした。

 驚き慌てて周囲を索敵するザクだったが、対岸で砲撃するジムをカメラに捉えた瞬間、砲弾でメインカメラごと上半身を破壊され、黒煙を上げながら湖に沈んでいく。

 

『敵の伏兵だぞっ!このままじゃ狙い撃ちにされるっ!散開だ、散開しろっ!』

 

 狼狽えながら散開する二機のザクだったが、その動きは鈍い。

 隊長機はラリー機の最初の砲撃をまともに受けて吹き飛び、その勢いで湖畔に激突して機体が燃え盛っており、到底パイロットが生きていられる状態では無い。

 

『たかが、たかが連邦のMS如きにジオンはやられんのだ……あっ』

 

 MS戦の素人である筈の連邦の罠にまんまとハマり、一方的に追い詰めていた筈の自分達が逆に狩られる立場になっている。

 動揺を押し殺しながら背部スラスターを吹かせ、果敢にもアニッシュ機に格闘戦を仕掛けようとするザク。

 ヒートホークを白熱させながら突貫するも、二機のジムから放たれたマシンガンの攻撃がコクピットに直撃し、突貫した際の勢いのままに前のめりに水中に倒れ込んだ後、その動きを止める。

 

瞬く間に三機のザクが撃破され、残るザクは後一機。

 

 

 

 

《ハウンドより各機へ。敵の増援、恐らくグフ1機。水中を移動していると思われる》

《司令部から撤退を許可すると指示も出ている。判断はデルタ・リーダーに一任する》

 

 ホバートラック《ハウンド》から各機へ通信が入る。

 ホバートラックは高度な通信・電子戦設備を搭載しており、通信能力はMSよりも遥かに高く、管制や索敵、哨戒などが主な役目だ。

 アンダーグラウンド・ソナーを使用する事で周囲の振動をキャッチ、解析し敵機の機種特定や音紋索敵を可能にする。

 ミノフスキー粒子下かつ目視では戦況の解析が難しい地上戦に於いては、部隊の目とも言える重要な役割を担っていた。

 

『水中戦ならこちらが有利ね!戦闘続行。増援のグフは私が迎撃するわ。デルタ・ツー、デルタ・スリーは残りのザクを叩いて!』

 

 《ハウンド》からの指示を聞いて、戦闘継続を判断。

 増援のグフは戦況不利を鑑み、恐らく水中から奇襲をかける魂胆だろうが、水中戦であればアクア・ジムに地の利はあった。

 水深の深いエリアにアクア・ジムを進め、水中で敵MSの迎撃態勢に入るノエル。

 

『デルタ・ツー了解。180mmの射程距離外だ。接近して援護する』

 

『デルタ・スリー了解!任せてくださいよ!』

 

 遠距離で援護していたラリー機が距離を詰め、アニッシュ機が100mmマシンガンを撃ちながらザクへ接近する。

 友軍機が次々と撃破され狼狽るザクが投降するのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

『水中での機動性は、陸戦型ジムとは比べ物にならない……見つけた!』

 

 水中に入ったアクア・ジムは各部に増設されたハイドロジェットユニットをフルに活用する事で、汎用MSと比較すれば高い機動性を確保する事が出来る。

 水中用カスタマイズを施しているとはいえ、グフは陸戦用の機体であり、不得意な環境ではその高い機動性や格闘能力を十全に発揮する事は難しい。

 そのような意味で言えば、水中から奇襲する戦術を取った時点でグフに勝ち目は無かった。

 

『目標ロック……当たって!』

 

 ハイドロジェットユニットの機動性でグフの側面に回ると、肩部に装備されたミサイル・ランチャーユニットから魚雷型ミサイルを発射する。

 水中での機動性に乏しい機体が避ける術は無く、コクピットへの直撃弾こそシールドで防いだものの、両足を失ったグフ。

 まだ諦めないのか、ミサイル着弾の衝撃で破損し、水中故に発熱させる事も出来ないヒート・サーベルを突き出して応戦する。

 

『まだやると言うのなら……ごめんなさい、墜とさせてもらうわ!』

 

 致命的な損傷を負い、緩慢な動きでヒート・サーベルを突き立てようとするグフの攻撃を難なく避けると、腰部に装備されたビーム・ピックを装備し、コクピットに向けて逆に突き出す。

 ビーム・ピックはビームの減衰が激しい水中戦で使用する為の装備で、相手の機体に直接グリップを接触させた瞬間、ピック(針)状のビーム刃が瞬時に形成される特殊な装備だ。

 一瞬の後、ビーム・ピックの刃がグフのコクピットを貫き、ようやくグフはその動きを止めて湖底へ沈んでいく。

 

『こちらデルタ・リーダー、敵機を撃破。そちらは?』

 

ふぅ、と息を吐きながら首元を緩め、僚機へ通信を送るノエル。

 

『こちらデルタ・ツー。最後のザクのパイロットは投降しました。《ハウンド》のソナーでも周囲に反応はありません。これで終わりのようです』

 

『了解!作戦終了よ、帰投します!』

 

 最後のザクのパイロットが投降したと聞き、作戦終了の号令を出すノエル。

 鹵獲したザクと捕虜にしたジオン兵のパイロットの移送手続きは《ハウンド》に一任し、僚機と共に帰投する。

 オデッサ作戦の陽動任務は、無事に終了する事が出来たのだった。

 

 




水陸両用MSって凄く浪漫を感じます。
ジオン水泳部には質でも量でも劣る連邦水泳部、後付けでも良いから増やして?


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MISSION 3 「ミデア護衛作戦」

─ ヨーロッパ 黒海沿岸部森林地帯 ─

 

 オデッサ作戦を目前に控え、ノエル達第三小隊に下された任務は極秘の護衛任務、それもレビル将軍から要請された任務だ。

 連邦軍のMSの開発・量産・運用が決定し発動されたV作戦において開発、完成されたRXナンバーのMSを運用し、宇宙(ソラ)から地球へ降下して世界各地を単艦で転戦するホワイトベース隊。

 前回の戦闘で大破、航行不能になったホワイトベースの修復と補給物資を送り届ける為に出撃したミデア輸送隊の護衛が、今回の任務内容だった。

 

 補給物資を満載したミデア輸送隊に同行する為、第三小隊は幾度かの任務を終えた後、地球連邦軍の総司令部であるジャブローへ帰投。

 そこで二機の新型MSを受領し今回の護衛任務へ参加していたが、レビル将軍がいかにホワイトベース隊を気にかけているか、ノエル達は直属の上官であるコーウェン准将から聞かされていた。

 

 聞けば赤い彗星や青い巨星といったジオンの名だたるエース達を退け、ジオンの鉱山基地を破壊、なおもオデッサ作戦に向けてヨーロッパへ移動する最中、遂に傷付き航行不能に陥ったと言うホワイトベース隊。

 まさに孤軍奮闘という言葉が相応しい状況で戦ってきたホワイトベース隊に補給物資を届けたい、と正規の軍人であるノエル達が思うのも当然だったし、ノエル個人としても父であるポール・アンダーソンの乗るサラミスを墜とした赤い彗星を何度も退けたガンダムのパイロット、アムロ・レイなる少年にも興味があった。

 

 ジャブローを発着した後、可能な限り洋上を避けつつオデッサの森林地帯を抜けていたミデア輸送隊だったが、待ち伏せしていたドダイYSに搭乗したグフの三機小隊とドップの混成部隊に遭遇。

 緊急発進した第三小隊が応戦、撃墜こそ逃れたものの、数機のミデアが被弾した事で不時着を余儀なくされ、応急処置が終了するまで地上での警戒に当たっていたのだった。

 

 

 

 

『しかしホワイトベース隊の連中、聞けば女子供ばかりって言うじゃないか。ここは俺達がしっかり物資を届けてやらなきゃな』

 

 周囲を警戒しながらそう呟くラリーは、新しくジャブローで受領したMS、RGC-80 ジム・キャノンに搭乗していた。

 ジム・キャノンはRX-77 ガンキャノンの簡易量産型と言える機体で、ジムをベースにガンキャノンの能力を付与された機体だ。

 陸戦型ジムに比べれば機動性に劣る機体だが、一流の射撃精度を誇るラリーにとっても、高い中距離支援性能を持つジム・キャノンの乗り心地は悪い物では無かった。

 

『なぁに、ホワイトベースとの合流ポイントは目と鼻の先なんだ、心配ありませんって。しかしレビル将軍も太っ腹ですよ。ガンダムタイプのMSなんて、そう数があるものでもないでしょうに』

 

 ラリーの発言に同意するアニッシュは、以前からの乗機である陸戦型ジムに引き続き搭乗していた。

 自分だけ新型機に乗れない事にボヤいていたが、ジャブローのシミュレーターでジム・キャノンに搭乗した結果、陸戦型ジムの方がしっくりくると納得していた。

 それはそうと、アニッシュは自機の斜め前方に見える黒い機体を見て羨ましそうな声を上げる。

 

 ジャブローで受領したもう一機の新型MSが、隊長であるノエルの搭乗する機体であるガンダムFSD。

 ホワイトベースで活躍するガンダムのテストタイプとも言える機体の再設計機で、量産化を前提としているが現時点での生産数は片手の指で数える程。

 本格的な量産に向けてのデータ収集を目的とした先行量産機であり、第三小隊が世界各地で実戦データを収集する実験部隊である事を鑑みて配備された機体だった。

 

『ラリー、アニッシュ。ミデアの修理まであと30分程かかるみたい。引き続き警戒を……』

 

『ハウンドから各機。悪い知らせだ……ソナーに感有り。連中の増援のようだぞ。敵機の数と機種はノイズが強く不明。警戒態勢』

 

 ノエルがミデア輸送隊の隊長であるマチルダ中尉とのやりとりで得た情報を僚機へ共有しようとした瞬間、《ハウンド》から通信が入る。

 視界の悪い森林地帯では目視で敵機を確認する事は難しく、ホバートラックのアンダーグラウンド・ソナーが必要不可欠だ。

 《ハウンド》からの嬉しくない報告に、しつこいジオン、と歯がみしながら即座にガンダムFSDにビーム・ライフルを構えさせ、戦闘態勢を取ると同時に僚機へ通信を入れる。

 

『デルタ・チーム各機、戦闘態勢!ミデアを死守するわ!』

 

 

【BRIEFING】

 

 ミデア輸送隊の護衛が今回のミッション内容となる。

 現在我々はホワイトベースとの合流ポイントから約20Kmの地点に到達しているが、ミノフスキー粒子の影響で未だ連絡は取れていない。

 現在ミデアはエンジン部に損傷を負っており、応急処置が終了するまで離陸する事は不可能だ。

 ミデアのコンテナにはホワイトベース隊用の補給物資が満載されており、これは絶対に死守しなければならない。

 

 ミデアは動けない為、対象への攻撃を防ぎながら敵機を殲滅する事が、今作戦の目標となる。

 ミデアは連装機関砲塔での援護射撃を行うが、あくまで自衛の域を出ない程度の戦闘能力しか持たず、敵MSに対してはほぼ無力となる事を忘れるな。

 

 以上、各員の健闘を祈る。

 

 

MS1 ノエル・アンダーソン中尉《デルタ・リーダー》

RX-78-01[FSD]ガンダムFSD ビーム・ライフル

 

MS2 ラリー・ラドリー少尉《デルタ・ツー》

RGC-80 ジム・キャノン ビームスプレーガン

 

MS3 アニッシュ・ロフマン曹長《デルタ・スリー》

RGM-79 [G] 陸戦型ジム ロケット・ランチャー

 

 

作戦成功条件:敵部隊の全滅

作戦失敗条件:護衛対象の破壊、部隊の全滅

 

 

─ MISSION START ─

 

 

『ミデアはしばらく動けないわ。デルタ・ツーはミデアの直衛よ。私とデルタ・スリーはミデアとデルタ・ツーを中心に散開。各機敵を撃破!』

 

 大型シールドを展開したガンダムFSDは、ランドセルのスラスターを全開にして空中へ躍り出る。

 敵機の正確な位置と数が掴めない状況でこちらから仕掛ける事はしたくなかったが、後手に回ればミデアを守り切る事は出来ないとノエルは判断した。

 デルタ・ツーにミデアの直衛、デルタ・スリーに散開の指示を出し、自らのガンダムFSDを突出させて囮とする腹づもりだった。

 

 

 

 

『デルタ・ツー了解。ミデアの直衛に入る。隊長、空の敵は任せて下さい』

 

 デルタ・リーダーの号令と同時にデルタ・ツーは後退し、そのままミデア輸送隊の直衛に入る。

 ミデアの背後は切り立った高い崖になっており、いかにMSと言えども専用の降下装備が無ければ降りる事は難しい。

 森林地帯というロケーションである以上、足の遅いMSよりも空中を自在に移動出来る戦闘機が驚異となる事を、元戦闘機乗りであるラリーは熟知していた。

 

 ラリーの読み通り、先陣を切ってきたのはドップの編隊だ。

 航続距離こそ短いものの最高時速マッハ5を誇り、6連装ミサイルランチャーと30mmバルカン砲を主兵装とするジオン軍の大気圏内用戦闘機だ。

 まともに戦えばMSが負ける相手では無いが、うかうかしていればあっという間に接近され、ミデアを攻撃されてしまう。

 

『迂闊だな!射程圏内だ……当たれっ!』

 

 射撃用スコープを引き出したラリーが一呼吸の後にトリガーを引くと、肩部240mmロケット砲が立て続けに火を吹き、数機のドップに直撃し爆散させる。

 肩部240mmロケット砲はガンキャノンに装備されている240mm低反動キャノン砲を改良した武装で、発砲時の初速を強化した事で破壊力、命中精度共に向上した強力な固定武装だ。

 直撃すればMSでも容易に撃破せしめる威力のロケット砲と、射程距離こそ短いものの速い弾速と高い攻撃力を併せ持つビームスプレーガンの組み合わせは強力だ。

地対空の不利な状況でありながら、ミデアの連装機関砲塔の対空防御射撃とラリー機の攻撃は、迫り来るドップの数を着実に減らしていた。

 

 

 

 

『これくらいなら……見つけた!当たって!』

 

 空中へ飛び出したガンダムFSDへ向かって、森林地帯の中からザク・マシンガンの火線が集中。

 ルナチタニウム合金製の大型シールドはザク・マシンガンの攻撃を難なくふせぎきり、逆にガンダムFSDのバイザーの奥に光るデュアルアイがザクの姿を捉える。

 空中で各部スラスターを使って姿勢制御を行いながら、装備したビーム・ライフルのトリガーを引き絞ると、数発発射された亜光速のビームの一本がザクを貫き、爆散させる。

 

 亜光速で一撃必殺の威力を誇るビーム・ライフルだが、その装弾数は15発と多くは無く、単発での射撃の為にマシンガンのように面制圧が出来る武装では無い。

 ガンダムFSDの装備するビーム・ライフルはドラムマガジン式のエネルギーCAPを搭載しており、マガジンを交換する事で即座に再使用が可能になるように改良されていた。

 

『次は……あぅっ!』

 

 一機のザクを撃破して地面に着地するガンダムFSD。

 再び空中から敵MSを狙撃しようと思っていたノエルだったが、着地の隙を狙って体当たりしてきたグフを辛うじてシールドで受け止める。

 損傷こそ無いものの、着地直後の不安定な状況を狙われた為、大きくバランスを崩すガンダムFSDに向けてヒートサーベルを展開し、斬りかかるグフ。

 

『やられない……っ!』

 

 眼前に迫ったグフがヒートサーベルを振りかぶり、ガンダムFSDのコクピットに切っ先を向ける。

 距離が近過ぎてビーム・ライフルは使えず、ランドセルに装備されたビーム・サーベルを抜く時間も無い。

 瞬時に右腕をグフに向け、前腕部に装備されたガトリング・ガンから放たれた無数の弾丸が敵機のコクピットを撃ち貫いた。

 

 

 

 

─ 黒海沿岸部森林地帯 第三小隊戦闘地点から約20Km ─

 

 

 時を遡る事30分前、補給と修理を待つホワイトベースでは、一向に合流ポイントに現れないミデア輸送隊にやきもきしていた。

 ただでさえジオンの支配下にあるオデッサである。

 前回の補給の時のようにジオンに襲撃され、もしかしたら撃墜されてしまったのではないかと心配するクルー達。

 ホワイトベースが動けない以上、下手に艦の護衛機を動かす訳にはいかないが、補給物資が無ければジリ貧である事には違いない。

 敵の勢力圏内でいつまでも待ち続けている訳にもいかない状況であった。

 

『ガンダム、カタパルトスタンバイ!アムロ、行きまーす!』

 

 艦長であるブライト・ノアは高熱で寝込んでおり、艦長代理の任を任されていたミライ・ヤシマが下した命令は、ガンダム単機による偵察であった。

 カイのガンキャノン、ハヤトのガンタンクにホワイトベースの守りを任せ、早る気持ちを抑えつつ、アムロはガンダムを発進させた。

 

 

─ 第三小隊戦闘地点から約5Km ─

 

 

『やはり戦闘の光だったみたいだ……ミデアは無事のようだけど、味方機が応戦しているのか!』

 

 微かに見えた爆発の光を見て、ガンダムを最大戦速で飛ばすアムロ。

 戦場まであと5Kmと迫ったガンダムのメインカメラが捉えた映像は、ミデアを守って敵MS部隊と戦闘を行う友軍のMS隊の姿だ。

 アムロにとってはホワイトベースの艦載機以外では初めて見る連邦軍のMSだが、多勢に無勢な状況ながらミデアを守りきっているようだ、と一瞬安堵するが瞬時に気持ちを切り替える。

 

『味方をやらせはしないぞ!そこっ!迂闊なヤツ!』

 

 ビーム・ライフルの射程ギリギリの所から、迷いなくトリガーを引くアムロのガンダム。

 狙い澄ました一撃は完全に不意打ちで、放たれたビームがザクの腹部を撃ち貫き、爆散させる。

 

 対峙していたザクが突如撃破され、驚いた表情を浮かべながらビームが飛んできた方向を確認するノエル。

 ジオン軍から《連邦の白いヤツ》と呼ばれ恐れられるアムロと、後に《凶鳥》と呼ばれるノエルの初邂逅の時が近付いていた。

 

 



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Intermission 1 「流星と凶鳥」

風邪を引いて投稿が遅れてしまった……感想お待ちしてます!


 

 アムロが援軍として現れた後、程なくして戦闘は終わりを告げた。

 赤い彗星や青い巨星を退けた悪名高い《連邦の白いヤツ》に加えて、同型機に見える《黒いヤツ》を同時に相手をするのは歩が悪いと見たのか、一個小隊のMS、そしてドップ隊が撃墜されるという大損害を被ったジオン軍は慌てて撤退。

 

 激しい戦闘から一刻の後、応急処置を終えたミデア輸送隊は離陸し、無事にホワイトベースに荷を送り届ける事が出来たのだった。

 

 ひとまずミデアの危機は去ったと判断したノエル達第三小隊は、アムロと共にMSに乗ったままホワイトベースへ向かう。

 これからホワイトベースは補給作業を行うのと同時に、度重なる戦闘でダメージを負ったエンジン部の修理も行わなければならなかったからだ。

 

『デルタ・リーダー。センサーの設置完了しました』

 

『こちらデルタ・スリー。こちらもセンサー設置完了です。ジオンの奴ら、まだ来ますかね』

 

 いつ再びジオンが襲撃を仕掛けてくるかもわからない状況である為、ノエル達はホワイトベースに向かう間にセンサーを広範囲に設置していた。

 補給、修理作業中に奇襲を受けてはいかにホワイトベースと言えどもひとたまりも無いし、ホバートラック《ハウンド》のアンダーグラウンド・ソナーでもカバーする範囲に限界がある。

 

『このままこっちを見逃すとは思えない。補給、整備を終えた後はローテーションで周囲の警戒に当たりましょう』

 

 先の戦闘には勝利したが、オデッサは敵の支配地域である事を第三小隊(ノエル達)は忘れてはいなかった。

 

 

 

 

 無事にセンサーを設置し終え、ホワイトベースと合流したMS隊。

 艦長代理であるミライ・ヤシマや無事にホワイトベースへ辿り着く事が出来たミデア輸送隊の隊長であるマチルダ・アジャン中尉と会話した後、ノエルは食堂で休息を取っていた。

 MSパイロットはラリーとカイ、アニッシュとハヤト、そしてノエルとアムロが二機一組となって定期的に哨戒を行なっており、今はラリーとカイが出ている状況だ。

 

「アムロ君はMSデッキかぁ……飲み物で良いかな?」

 

 軽い食事を終えて手持ち無沙汰だったノエルはアムロの姿を探したが、周囲に彼の姿は無い。

 ちょうど食堂に入ってきたホワイトベースのクルーから話を聞いた所、恐らくMSデッキだろうと当たりを付ける。

 戦闘の後だから何か補給物資の中から差し入れを持って行こう、と考えながら、彼女は食堂を後にしたのだった。

 

 

─ホワイトベース MSデッキ─

 

 

「黒いガンダム、か……」

 

 ホワイトベースのMSデッキで届けられた物資を利用して整備されるガンダムを見るアムロ。

 

 度重なる戦いですっかり傷の増えた自身の機体の横に格納されているのは、先程の戦いで共に戦ったもう一機のガンダムだ。

 機体の大まかな形状は同じだが、右手に装備されたガトリング・ガンや真紅のクリアバイザーに覆われたツインアイ、なによりホワイトベースのガンダムとは対照的な黒い機体色が特徴的な機体に、アムロは興味を持っていた。

 

「ガンダムFSD、全規模開発(Full-Scale Development)……量産型ガンダムって事なのか?ジムはGundam type Mass-production model……?ガンダムの正式な量産型がジムになるのか」

 

 元々が機械オタクなアムロの事である。

 手に持ったタブレット端末でガンダムFSDとジムの機体スペックを調べながら、この機体がガンダムを部隊単位で運用する事を目指した機体である事を理解する。

 

 便宜上アムロの乗るRX-78-2 ガンダムは試作機という名目ではあるが、その実態は連邦軍の開発できる最高級のパーツと技術を惜しげもなく注ぎ込んで開発された、いわば特注品、ハンドメイドモデルだ。

 

 ガンダムFSDは同じガンダムタイプのMSではあるが、その性能にはある程度の隔たりがあるのは事実であった。

 

 更に詳細なスペックを調べようとするアムロだったが、ふと背後に気配を感じて振り向くと、そこにいたのはガンダムFSDのパイロットであるノエルだ。

 両手には冷えて汗をかいているパック飲料を二つ持っており、どうやら差し入れを持ってきてくれたようだった。

 

「アムロ君、さっきは助けに来てくれて本当にありがとう。凄く助かっちゃった」

 

「いえ、そんな……ぼ、僕の方こそ、ミデアを護衛して頂いて……おかげでホワイトベースも助かりました。えぇと……アンダーソン中尉!」

  

 はい、と手渡されたパック飲料を受け取りながら、アムロはノエルに感謝の言葉を伝えるが、微笑みながら「ノエルで良いよ」と返され、どぎまぎするアムロ。

 

 サイド7を出航した後、否応無しにガンダムのパイロットとして重責を感じながら戦ってきたアムロにとって、ノエルはホワイトベースのクルー以外で初めてMSパイロットとして共に戦った相手だ。(勿論ラリーやアニッシュもそうだが)

 

(ノエルさん、なんて言うか……あまり軍に入る人には見えないや)

 

 それにしても、と飲み物を口にしながら隣に座るノエルをチラチラと見つつ考えるアムロ。

 元々異性の知り合いは幼馴染みのフラウ・ボゥくらいなもので、ホワイトベースに乗ってからはセイラ・マスとも戦いを共にしていたが、ノエルはセイラとはタイプが違うとアムロは感じる。

 

 マチルダさんやセイラさんは凛としていて素敵な人だけど、ノエルさんは普通にユニバーシティに通っている方が似合っている、などと言うことを内心では思っていた。

 (ノエルからしてみれば、アムロこそまだ10代の少年であり、ハイスクールに通っていて然るべき年齢なのだが)

 

 正規軍とは言え前線の特殊部隊だからなのか、彼女自身の性格なのか……以前ホワイトベースに一時乗艦したリード中尉とは態度もまるで違い、フレンドリーな態度だった事もアムロやクルー達からすれば好感触だった。

 

 彼女自身の容姿も相まって、ホワイトベースクルーの中に彼女のファンクラブが早くも出来たのは、アムロからしても肯ける話だ。

 (カイやジョブ・ジョン達からは、中尉と写真を撮れるようにお願いしといてくれよ!と念押しされているくらいだ)

 

「それにしても凄いのね!さっきの戦い方、私感動しちゃった。アムロ君にMS戦の事を教えてもらいたいくらい」

 

「そ、そんな事……ノエル中尉達第三小隊の方々も凄いと思います」

 

 ずいっとアムロに近づいてくるノエルの匂いと、腕に当たった彼女の身体の柔らかい感触に、思わず赤くなって俯きながらやっとの事で言葉を返すアムロ。

 

 ノエルはガンダムFSDに合わせたようなダークグレーのノーマルスーツを着用しているが、非戦闘時と言う事もあって大きくスーツを開けており、豊満な胸元とそれを包む薄いインナーが見えている。

 元々軍隊では男女の垣根が極めて薄いし、ノエル自身普段は男所帯の独立部隊で任務をこなしている事もある。

 特に意識した行動では無かったが、民間人であり健康な青少年であるアムロにはいささか刺激が強い事も事実だった。

 

(俯いちゃって、嫌な事言っちゃったのかな?)

 

 俯いてしどろもどろになるアムロを見て、小首を傾げるノエル。

 彼のMS戦の技術や戦い方に圧倒されたのは事実だし、教えを請いたいと思ったのも本当なのだが……と彼女も少し悩む。

 部下であるラリーやアニッシュ、部隊の整備班等まで含めても彼女よりも年下の人間はおらず、身内に弟がいる訳でも無く……年下の少年の相手は慣れていないのも、無理からぬ事だ。

 目の前の年下の少年がこちらの仕草がきっかけで、悶々としながら苦しんでいる事になっているとは、流石に彼女も気付く事が出来なかった。

 

 

 

 

─オデッサ地区 黒海森林地帯 ジオン軍野営地─

 

 

「コイツか、噂の連邦の白いヤツは。オマケに新型の黒いヤツとは……連邦もMSの実戦投入を急いでいると見える」

 

 ノエル達が休息を取っているのと同時刻、テントの中で先程の戦闘映像を確認しているのは、黒いノーマルスーツに身を包んだ髭面の男。

 

 ルウム戦役で艦隊の総司令であった当時のレビル中将の座乗する旗艦アナンケを撃沈し、脱出を図ろうとするレビルを捕虜にした功績からその名を轟かせた《黒い三連星》のリーダーであるミゲル・ガイア大尉その人だ。

 自ら先駆けて敵機の技量や能力を分析し、瞬時に有効な手段を判断する男で、部下からの信頼も厚い。

 

「オレ達黒い三連星を差し置いて、黒いMSに乗るとは生意気な野郎もいたもんだ。このマッシュ様が叩きのめしてやりますぜ」

 

 ザクを撃破するガンダムFSDの映像を見て、血気盛んな様子で獰猛そうな笑みを浮かべるのは、隻眼のパイロットであるマッシュ中尉。

 中距離戦闘を得意とするパイロットで、《黒い三連星》のコンビネーションの要とも言える存在だ。

 彼らのMSに黒を基調としたパーソナルカラーを提案したのが彼であり、どうやら同じ黒い機体であるガンダムFSDが気に触るようだった。

 

「へっ!オレ達黒い三連星のジェットストリームアタックは無敵の戦法!白だろうが黒だろうが、まとめてオレ達の獲物よ!」

 

 《黒い三連星》最後の一人が一番の巨漢であるオルテガ中尉。

 ジェットストリームアタックのトドメ役を担うパイロットで、その豪胆な見た目とは裏腹に正確な射撃を得意としていた。

 見た目通り、部隊の中では最も短気かつ直情的な男だが、MSの操縦技術は他の二人に勝るとも劣らないベテランパイロットである。

 

 

────

 

 

『敵は《青い巨星》を倒す程のパイロットだ。マ曰く、ニュータイプかもしれんとの話だからな……油断はするなよ。機体は入念にチェックしておけ』

 

 MSのコクピットの中で調整を行いながら、ガイアはマッシュ、オルテガに通信を入れる。

 《青い巨星》ことランバ・ラルとは旧知の中であったガイアとしては、彼を倒した白いヤツは否が応でも最大限に警戒しなくてはならなかった。

 上官であるマ大佐がキシリア少将にわざわざ手を回してまで、新型MSであるMS-09 ドムをこちらに寄越してきたのも、ニュータイプと噂される白いヤツを警戒しての事だろうとガイアは見ていた。

 

 事実、マ大佐はジオン本国に貴重な資源をもたらしていた鉱山基地を白いヤツのせいで失ったと聞いている。(それも督励に訪れていたキシリア少将の前でだ)

 嫌味ばかり言う陰険な男だと思ってはいるが、白いヤツが危険な相手である事は疑う余地が無かったのだ。

 

『ケッ、あの嫌味な野郎の忠告なんざ聞きたかないですがね……』

 

『連邦のMS如きオレ達の敵じゃあ無いが、隊長が言うなら仕方ありませんな』

 

 悪態をつくマッシュとオルテガだが、彼らとて戦場を良く知るベテランパイロットである。

 整備班とチェック項目を確認しながら、手際良くドムのシステムを立ち上げていく様は流石と言った所で、数分のうちに出撃準備完了の報告が上がる。

 

『隊長ー!ドム三機の出撃準備完了です!御武運を!』

 

 三機のドムのモノアイが光り、下を見れば整備兵達が手を振って《黒い三連星》を鼓舞するように大声を上げているのが見える。

 マッシュとオルテガのドムは手に持ったジャイアント・バズを掲げてその声に応え、ガイアはスピーカーをオンにすると、部隊に向けて出撃の音頭をとる。

 

『まぁ我々にまかせろ。そこらのパイロットとはわけが違うて……黒い三連星、行くぞ!』

 

 整備兵達が退避した事を確認すると、三機のドムは脚部の熱核ジェットホバーを起動させ、一路ホワイトベースへ向けて出撃する。

 ノエル達と《黒い三連星》の戦いが目前に迫っていたのだった。

 

 




ノエルの異名は前回ラストの《黒狼》がいまいちしっくりきてなかったので、《凶鳥》に変更しています。


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MISSION 4 「ジェットストリームアタックの恐怖」

お気に入り20件、とても嬉しいです!


─ホワイトベース ブリッジ─

 

 

『艦長!ガンダム以下、MSの補給と修理は完了しました。ホワイトベースのエンジン修理ですが、セキ技術大佐からあと3時間はかかる見通しだと』

 

 MSデッキで作業していたクルーからの報告を受け、ブリッジのキャプテンシートに腰を下ろしていたブライト・ノア中尉は頷いた。

 僚友で心の支えだったリュウ・ホセイが戦死してしまい、その動揺から心労で体調を崩していた彼だったが、マチルダが命懸けで届けた補給物資や、ノエル達第三小隊の護衛といった連邦軍からの援護に応える形で復帰を果たしていた。

 

「よし、ジオンがいつまた襲ってくるかわからん。セキ技術大佐にはよろしく頼むと伝えてくれ。コア・ブースターの状況はどうか?」

 

 常に孤独な戦いを強いられ続けていたブライトにとっても、連邦軍の正規部隊がホワイトベースを見捨てずにいてくれている事は大きな希望だったのだ。

 

 特に精密機器の修理ともなると、寄せ集めのクルー達では手が付けられない部分も多岐に渡り(ブライト自身も勿論お手上げだった)今回マチルダと共にやってきたセキ技術大佐の存在も、傷付いたホワイトベースにとっては非常にありがたいものだった。

 

 ミデアからもたらされた補給物資は多岐に渡ったが、不足していたガンダム等MSの修理パーツに加えて、ジャブローで開発された新型戦闘機、FF-X7-Bst コア・ブースター1機が納入されていた。

 

『ブライト、コア・ブースターの調整はもう少しかかりそうだけど、とても良い機体よ。エンジンの修理が終わるまでには飛べるようにするわ』

 

 コア・ブースターのコクピットに座り、セイラは機体のチェックパネルに視線を走らせながらブライトに通信を返した。

 コア・ブースターはガンダム等の機体に採用されているコア・ブロック・システムの根幹を成すコア・ファイターにメガ粒子砲等の武装を装備したブースターユニットを装備した機体で、操作系統やインパネのレイアウトには変わりが無い。

 

 技術スタッフから説明を受けるセイラだが、ふと視線を上げると、MSデッキで整備が終わったガンダムを見ながら話し込んでいるアムロとノエルの姿が見える。

 

「アムロもアンダーソン中尉と随分と打ち解けたようだけど、やっぱりパイロット同士って……違うものね」

 

 セイラもオペレーターとしてアムロやカイ、ハヤトと共に戦っていたつもりだが、やはり実際にMSに乗って背中を預けた相手というのは違うものか、と少しセイラは考える。

 (以前ガンダムに無断搭乗して出撃した時には散々な目にあったし、ガンキャノンに乗ったアムロとは一緒に戦ったというよりも一方的に助けられたと言う方が正しい)

 

 コクピットの中からでは二人がどんな会話をしているのかわからないし、盗み聞きするつもりは毛頭無かったが、一抹の寂しさをセイラは覚えた。

 

 

─ホワイトベース MSデッキ─

 

 

「えぇと……ノエル中尉!後で落ち着いてからでは良いんですが……クルーの皆と一緒に、記念写真を撮ってもらえませんか?勿論、第三小隊の方々も一緒に……」

 

 MS談義も一息付いた所で、意を決した様に記念写真を撮ってもらえないかと切り出したアムロに、くすりと笑いながら首を縦に振るノエル。

 マチルダ中尉とホワイトベースのクルー達が記念写真を撮っているのは見ていたが、まさか自分にもその機会が巡ってくるとはノエルも思わなかった。

 

 考えてみれば、アムロ達は正式な軍属ではないにも関わらず、連邦軍の最高機密であるV作戦のMSやペガサス級の戦艦に乗り込んだばかりに、過酷な戦いを強いられる事になったのだ。

 以前の戦闘では、頼りにしていた人物も戦死してしまったと聞いていたし、これくらいの協力で彼等の心が少しでも軽くなるのなら、喜んで写真くらいとってあげるつもりだった。

 

「それじゃ、皆で撮る前に内緒で1枚撮っちゃいましょ!……はい!」

 

「ち、中尉!」

 

 悪戯心を出したノエルは、手にしていた小型端末のカメラ機能を使って不意打ち気味にアムロとのツーショット写真を撮影する。

 はじめこそ慌てたアムロだったが、内心嬉しかったのかはにかんだ笑みを浮かべながら写真を何枚か撮影し、自身の端末にデータを送信してもらう事に成功。

 

(カイさんやハヤト達には絶対に隠し通さなきゃ……何を言われるかわからないぞ)

 

 心の中でガッツポーズをしながらノエルとの写真を宝物にすると誓うと同時に、仲間達に見つからないように隠し通さなければと決心するアムロだったが……直後にけたたましい警報とブライトの声がMSデッキに響き渡った。

 

 『総員戦闘配置だ!多数の敵MSの反応をセンサーが感知している!MS発進用意!パイロットはスタンバっておけよ!』

 

 

 

 

『むぅ、センサーか。流石に連邦の連中も追撃を警戒しているな?』

 

『なぁに、こっちが来る事がわかっていようが、どうせ木馬は動けないんです。このドムなら、連邦の白いヤツだろうが黒いヤツだろうが!』

 

『マッシュの言う通りでさぁ。ドムの機動性はザクやグフとは比べ物になりませんぜ!』

 

 地面に設置されたセンサーを確認し、木馬にこちらの動きを気取られている事を察知するガイア。

 別働隊のMS隊はドダイYSを利用して、空中から木馬に接近する手筈になっている為、今し方発見した対地センサーには反応しない筈だと考える。

 それにしても、マッシュやオルテガの言う通り、彼等が乗る新型MS ドムの機動性は他のMSのそれを大きく凌駕していた。

 

 ドムの特に特徴的な所は、大型の脚部に熱核ジェットエンジンを採用することによって、最高時速381km/hのホバー走行能力を手に入れた点だ。

 別働隊は空中を移動しているにも関わらず、進行速度は陸上を移動しているこちらとさほど変わらないし、この機動性は戦闘行動中であれば更に有効である事は明らかだった。

 

 『よぉし、木馬に攻撃を仕掛ける!行くぞ!』

 

 熱核ジェットエンジンの出力を全開にして、三機のドムが森林地帯を疾走する。

 通常のMSであれば、移動に多大な制限のかかるであろう生い茂った木々を物ともしない。

 あっという間にホワイトベースが設定していた警戒ラインを通り過ぎるトリプルドムが、ブリッジからも肉眼で確認出来る距離まで接近していた。

 

 

 

 

【BRIEFING】

 

 こちらは艦長のブライト・ノアだ。

 緊急事態だ。現在ホワイトベースにジオンが追撃を仕掛けてきている。

 対地センサーとアンダーグラウンド・ソナーで解析しているが、今までのジオンのMSとは全く異なる速度で接近する機影が三機、恐らく新型機がいるようだ。

 また、反対方向からは空中から接近する機影を、哨戒に出ていたラドリー少尉とカイが発見している。

 

 アンダーソン中尉はアムロと共に、ホワイトベースの正面から進行してくる新型MSを迎撃して欲しい。

 ロフマン曹長はラドリー少尉達と合流後に敵別働隊に対処し、ハヤトのガンタンクはホワイトベースの直衛に当たる為、ガンダム二機でのミッションになる。

 

 ホワイトベースのエンジンはまだ未調整の為移動する事は出来ないが、修理の完了している武装を用いてMS隊の援護を行う。

 オデッサ作戦に参加する為にも、何としてもホワイトベースを守り切らなければならない。

 厳しい戦いになるとおもうが、よろしく頼む。

 

 

MS1 ノエル・アンダーソン中尉《デルタ・リーダー》

RX-78-01[FSD]ガンダムFSD MS用100mmマシンガン

 

MS2 アムロ・レイ少尉

RX-78-02 ガンダム ビーム・ライフル

 

作戦成功条件:敵部隊の全滅

作戦失敗条件:護衛対象の破壊、部隊の全滅

 

 

─ MISSION START ─

 

 

『アムロ、ガンダム行きまーす!』

 

『こちらガンダムFSD、出撃します!』

 

 警報を聞いて機体のコクピットでスタンバイしていたアムロとノエルは、急いでそれぞれのガンダムを出撃させる。

 ガンダムに続いてアニッシュの陸戦型ジム、ハヤトのガンタンクが出撃するが、アニッシュは哨戒中に敵を発見したラリーとカイの援護。

 足の遅いガンタンクに搭乗しているハヤトは動けないホワイトベースの直衛に回り、状況に応じて援護射撃を行う指示が出ていた。

 

『こちらデルタ・スリー、デルタ・ツーとガンキャノンの援護に向かう!坊主達、ウチの隊長になんかあったら承知しねぇからな、しっかり頼むぜ!』 

 

『デルタ・スリー!良いから早くデルタ・ツーとカイ君の援護に行きなさい!』

 

 偶然にも対空性能に比較的優れた武装を持つジム・キャノンとガンキャノンのコンビなら優位に立ち回れるだろうが、数的不利の状況では早急に増援が必要だ。

 アムロとハヤトへ向けてノエルの事を頼むと言い残して、アニッシュは陸戦型ジムのスラスターを吹かせてラリー機とカイ機の援護に向かう。

 

『ハヤト、後方支援は任せた!僕は前に出る!』

 

 アニッシュの発破にアムロとハヤトが応え、ガンタンクはブライトの命令通りにホワイトベースの直衛に入る。

 アムロからの後方支援の要請に了承の意を返すハヤトだが、アムロだけに頼ってばかりはいられないとスコープを覗き、高速移動するドムを射程内に捉えた。

 

『これ以上ホワイトベースに近付けさせるものか!コイツ、当たれぇ!』

 

 脚部がキャタピラ故に機動性に劣るガンタンクだが、圧倒的超射程を誇る120mm低反動キャノン砲の威力は絶大だ。

 両肩の砲塔が火を吹き、発射された120mm弾がホワイトベースに迫り来る敵を撃ち貫くかと思われたが、まるでスピードを落とさないままに鮮やかな動きで回避行動を取る三機。

 

『は、早い……今までの敵とは違うぞ!』

 

 連続して発射される120mm弾を難なく回避する三機のドム。

 その一糸乱れぬ滑らかな動きに、並の敵では無いと察したアムロの額から一筋の汗が垂れる。

 

『アムロ君!来るわよ!』

 

 ビームサーベルをガンダムFSDに握らせたノエルの声は、緊張で震えていた。

 

 

 

 

『正確な狙いだが、それ故に読みやすい!』

 

 ガンタンクの砲撃を避け切ったドムのコクピットの中で、ニヤリと笑みを浮かべるガイア。

 キャタピラ付きの攻撃は確かに驚異だが、当たらなければどうと言う事は無いし、あの鈍重さならこのドムの敵では無いと判断する。

 あくまで白いヤツを落とせば後はどうとでもなる、が……

 

『マッシュ、オルテガ!まずは黒いヤツをやる!MSにジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!』

 

 ガンタンクの攻撃を回避した後、ガイアがターゲットに選んだのはアムロでは無くノエルのガンダムFSDだ。

 事前に敵MSの動きをチェックしていたが、同型機に見えるが明らかに黒いヤツの方が動きが鈍い事をガイアは見抜いていた。

 恐らくはパイロットの腕の差だと考えたガイアは《黒い三連星》必殺のフォーメーションであるジェットストリームアタックをガンダムFSDに向けて仕掛ける。

 

 『さあ、オレ達のジェットストリームアタックを味わってみるが良い!』

 

 サーベルを構えて迎え撃つ態勢に入った黒いヤツを見て、ガイアは獰猛な笑みを浮かべた。

 

『く、来るっ……!ひぅっ!』

 

 恐ろしい速度でこちらに接近してくる敵MSが背中に装備していたサーベルを引き抜き、こちらへ向けて振り向いた瞬間、ノエルは反射的にトリガーを引いた。

 モニターには不気味に光るモノアイが映り、ぞくり、と本能的な恐怖で彼女は背筋を震わせる。

 ノエルの恐怖とは関係無く、マシーンのガンダムFSDはビームサーベルを振り被るが、その光刃はドムを捉える事は無かった。

 

『ははは!遅いわ!!仕留めろマッシュ!』

 

 ガンダムFSDがサーベルを振り下ろすよりも早く、勢いよく振り抜かれたドムのヒートサーベルは、ガンダムの右肘関節を寸分の狂いも無く溶断していた。

 

『ノエル中尉っ!逃げて下さいっ!……こ、このぉっ!ノエルさぁん!』

 

 焦るアムロが必死の形相でビームライフルを撃とうとするが、ノエル機に攻撃を仕掛けた勢いそのままに突っ込んできたガイアのドムに阻まれる。

 咄嗟にシールドでドムの体当たりこそ防いだが、大きく態勢を崩されてしまったアムロはノエルを援護する事が出来ない。

 アムロの目には、今まさに二機目のドムに狙いを付けられたノエルのガンダムの姿が映っていた。

 

『ア、アムロ君……っ!』

 

 アムロの耳に聞こえたのは目前に迫った死の恐怖に震えるノエルの声。

そしてそれをかき消す、ドムのジャイアント・バズが彼女にむけて発射される轟音が響いた──

 

 




特殊部隊の隊長であるノエルですが、ジオンのエースと戦闘するのは今回が初めてです。
今の彼女には、まだジオンのエースと戦って一人で勝てる能力はありません……


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MISSION 5 「死闘!トリプル・ドム」

ノエルにスポットを当てると、マチルダさんを出す場所が無い……
前話のUAが他の話よりもめちゃくちゃ多くてびっくりしました。


「あの……ノエル中尉は何故軍に入ったんですか?」

 

 MSデッキで修理されるガンダムを見ながら、アムロはふとノエルに軍に入った理由を聞いた。

 マチルダ中尉が補給部隊に入った理由……『戦争という破壊の中で、ものをつくることができるから』そんな理由を聞いたアムロだったが、彼自身まだ自分が戦う理由を見つけきれていなかった。

 

「なんで軍に入ったか、かぁ……アンダーソンの家は代々軍人の家系でね。祖父も父も軍人で……だからかな。いつの間にか、立派な軍人になりたいと思ったの」

 

「お祖父さんやお父さんが立派な方だったから、ですか?」

 

「それも勿論あるけれど、戦争を早く終わらせたいって思ったから。もっとも一兵士に出来る事なんて限られてるし、アムロ君達民間人に戦ってもらってる有様だけどね」

 

 そう言って恥ずかしそうに微笑むノエルを見て、アムロも彼女に笑みを返す。

 大義や理想といった大袈裟な理由では無いかもしれないが、戦争という非日常、異常な状況の中であっても、マチルダもノエルも自分なりの戦う理由を持っている。

 そして今もまた、自分達の戦場で懸命に戦い続けている……その事にアムロは大きな感銘を受けた。

 

「ねぇ、アムロ君。戦争に勝つために必要な死者の人数って、何人なんだろうね」

 

 ジオンのブリティッシュ作戦で引き起こされたコロニー落としの直接的な人的被害は23億人。

 その後の疫病や飢餓で、総被害は40億人にのぼったとされている。

 彼らは本当にジオンが戦争に勝つために必要な死者の人数なのだろうか。

 地球人口の半数を死亡させ、それでもなお戦争は続いている。

 

 ノエルの呟いた言葉に、アムロは何も答える事が出来なった。

 

 

 

 

(下に避けて、ノエルさん!)

 

 アムロが言葉で発した訳では無い。

 コクピットにドムの構えたジャイアント・バズの銃口が向けられ、撃たれると思った瞬間にノエルの脳内に言葉が走った。

 

(アムロ君……!?)

 

 生存本能が彼女の身体を無意識のうちに動かしたのか、それともアムロの言葉に反応したのか。

 ガイア機に腕を溶断された際の衝撃で機体が倒れ込むのを利用し、左手に装備した大型シールドをボードの様に使いながらスラスターを最大噴射。

 スライディングをするように、土埃を巻き上げながらマッシュ機とオルテガ機の横を勢い良く滑り抜けるノエルのガンダムFSD。

 

『よ、避けた!?ジェットストリームアタックを凌ぎやがったのか!信じられん!』

 

 マッシュ機の横をガンダムFSDが滑り抜けた瞬間、間一髪のタイミングで発射されたジャイアント・バズの弾丸が地面を穿ち、爆炎と共に大穴を開ける。

 最後尾で追撃を仕掛ける算段だったオルテガからしても、一瞬の内に黒いガンダムが視界から消えたようにしか見えず、思わず驚愕の声を上げた。

 

『むぅっ!黒いヤツもあなどれん……!マッシュ、オルテガ、一度体勢を立て直せ!』

 

 ガイアからしても必殺のタイミングで放たれたマッシュの一撃を避けられ、絶対の自信を持っていたジェットストリームアタックを凌がれた衝撃は大きい。

 すぐさま追撃を仕掛けたいところだが、ここでドムの熱核ジェットエンジンによるホバー移動の弱点が露呈する。

 従来の機体とは違う高速移動を可能にしたドムだったが、ホバー移動はいかんせん急制動が難しく、小回りが効かない。

 

『そこだっ……ちぃっ!バ、バルカンが効かないのかっ!』

 

 ノエルがドムの攻撃を避け切った事に安堵するアムロだが、目の前の敵機が一瞬動揺した隙を見逃す手はない。

 コクピットに向けて頭部バルカン砲を連射するが、マッシュ、オルテガに指示を出しながらも、ドムの左手でそれを防ぐガイア。

 至近距離での60mmバルカン砲の威力は強力だが、ドムの重装甲を貫くには至らずにアムロは思わず舌打ちをして悔しがる。

 

(ビームライフルがさっきの突進で損傷している!ここで一機でも仕留めたかったけど……!)

 

 先程ガイア機の突進を受け止めた際に、右手に持っていたビームライフルは損傷し、遠距離から攻撃する事が出来なくなっていた。

 高速移動するドムが止まっている状況で一機でも撃墜したかったアムロだったが、結果として失敗した事に歯噛みする。

 

『抜け目の無い……!だがいけるぞ!マッシュ、オルテガ!もう一度ジェットストリームアタックだ!』

 

『おう!今度こそ仕留めてやるぜ……!』

 

『あと一息ってところを!やってやるぞ!』

 

 こちらが動揺している事を見抜き、僅かな隙を突いて攻撃してきたガンダムを突き飛ばし、一度ガンダムと距離を取るガイア。

 すぐさまマッシュ機、オルテガ機も合流して隊列を整える黒い三連星の動きに乱れは見えない。

 

 至近距離から攻撃を加えられたガイア機も戦闘に支障は無いようで、ヒートサーベルを右手に装備。

 再びジェットストリームアタックの態勢になると、加速度的に勢いを付けながら再び二機のガンダムに襲いかかる。

 

(やれるの、私に……アムロ君の声が聞こえなかったら今頃……)

 

 漆黒の暗闇の中で不気味に光るモノアイが三つ、縦横無尽に動き回りながらこちらを狙う様を見て、まるで死神が列をなしてやってくるようだ、と彼女は思った。

 あとコンマ数秒遅ければ、今頃自分はあの死神の手で死んでいた。

ノエルのノーマルスーツの下は冷や汗でぐっしょりと濡れており、今でも生きた心地がしなかった。

 

『来るのか!?ノエル中尉、お怪我はありませんか!』

 

『あ、ありがとうアムロ君……大丈夫、やれる!』

 

 それでも、アムロの気遣うような声に気持ちを切り替える。

 ガンダムFSDの左腕にビームサーベルを握らせ、ノエルは深く息を吸った。

 先程まで止まらなかった手の震えは、いつの間にか止まっていた。

 

 

 

 

「カイ達はまだ合流できないか!?ええい、ホワイトベースは弾幕を張ってガンダムを援護だ!敵MSを近づけさせるな!」

 

 ホワイトベースのブリッジでブライトが矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 別働隊に対処しているラリーやアニッシュ、カイはまだこちらに合流する事が出来無い為、連装機関砲の支援砲撃でガンダム二機が体勢を立て直す時間を稼がなければならない。

 弾幕の雨を難なくすり抜けるドムの動きに舌を巻きながら、ブライトはMSデッキのコア・ブースターに通信を送る。

 

「セイラ!コア・ブースターは発進出来ないのか!アムロとアンダーソン中尉が危ない、援護が欲しい!」

 

『ブースターユニットの出力が安定しないのよ!コア・ファイターとしてなら出れるけど、それでもよくって!?』

 

 コア・ブースターであれば強力なメガ粒子砲を装備している事もあって、対MS戦の戦力としても数えられるだろうが、コア・ファイター単体では戦闘機の域を出ない。

 セイラの腕が悪い訳では無いが、アムロをして苦戦を強いられる程の相手を前にして、不調の機体を使ってまで彼女を出撃させる判断をブライトは下さない。

 そんな事をすれば、何かあったらリュウが許してくれんだろうとブライトは心の中で思いながらゲキを飛ばす。

 

「弾幕薄いよ!何やってんの!?」

 

 

 

 

『ジェットストリームアタックを凌ぐとは、あのパイロット連中は間違いなくニュータイプだ。ここで確実に落とさせてもらう!』

 

 土埃を上げながら、ヒートサーベルを構えたドムがガンダムに迫る。

 MSと戦艦が勝手が違うにせよ、初見のジェットストリームアタックを凌いだパイロットをこのまま野放しにすれば、必ずジオンの障害となるとガイアは直感していた。

 

『来る……ノエル中尉、僕の後ろに!』

 

 射撃武器を失ったりガンダムはシールドとビームサーベルを構え、ノエルのガンダムFSDを守るように立ちはだかった。

 ノエル機は大型シールドを折り畳み、左手でビームサーベルを構えながらアムロ機の後ろで待機する。

 

(タイミングを逃すなよ、アムロ……)

 

 先程と同じで有れば、先頭のドムがサーベルで斬りかかり、次いで二番機三番機のドムがジャイアント・バズでとどめを刺しにくる筈だとアムロは考える。

 間合いを図るようなガンダムの挙動を見て、コクピットの中でガイアがしてやったりと不適な笑みを浮かべ、トリガーを引いた瞬間──

 

『し、しまったっ!』

 

『貰ったぞ、白いMS!』

 

 ドムの胸部に装備された拡散ビーム砲が輝き、ガンダムのアムロの視界を眩い光が遮った。

 完全な不意打ち、今までの戦闘で一切使用していない武装だ。

 先程のガンダムFSDと同じように、今度は確実にコクピットを貫くとばかりにヒートサーベルを突き出したドムだったが、ガンダムの姿はそこには無い。

 アムロの行動は、歴戦のエースパイロットであるガイアの想定を遥かに超えていた。

 

『俺を踏み台にしたぁ!?』

 

 空中に飛び出したガンダムに狙いをつけたマッシュのドムが、先程の攻撃の巻き戻しのように狙い澄ました一撃を放つ。

 必殺のタイミングで発射されたジャイアント・バズを躱す為、アムロはガイア機を踏み台としてガンダムの挙動を変えると、バズーカの弾頭を潜り抜けた勢いのままにビームサーベルをマッシュ機の胴体に突き刺した。

 

 『貴様ぁ!よくもマッシュを!……うぉぉっ、ば、馬鹿なぁっ!?』

 

 目の前でマッシュのドムが串刺しにされ、激昂するオルテガ。

 動きを止めたマッシュ機を飛び越えるように機体をジャンプさせてガンダムを狙うが、そのガンダムの後ろから飛び出してきたのは黒い機体、ガンダムFSDだ。

 

『うわぁぁぁっ!!』

 

黒い三連星のお株を奪う波状攻撃で、奇襲に驚くオルテガ機の胴体を横なぎにガンダムFSDのビームサーベルが切り裂いた。

 オルテガ機が切り裂かれるのと同時に、アムロも突き刺したビームサーベルを振り抜いてマッシュ機を機体の中心から真っ二つに両断し、二機のドムが同時に爆発を起こす。

 

『マッシュ、オルテガっ!!こ、この黒い三連星が、たった二機のMSに……うおわぁっ!?』

 

 マッシュ、オルテガのドムが立て続けに撃破され、驚愕したガイアは思わずドムの動きを止めてしまった。

 開戦以前の教導機動大隊からトリオを組んでいた戦友が……ルウム戦役を共に戦い、ジオン十字勲章を頂いた戦友が死んだ。

 動揺で動きをとめてしまった代償は大きく、背後から浴びせられたガンタンク、ガンキャノン、ジム・キャノンの砲撃が直撃し、僚機と同じようにガイアのドムも爆散。

 

 開戦直後から連邦軍の兵達をその恐るべきコンビネーションで苦しめ、恐れられた黒い三連星は、黒海の地で散った。

 

 戦いを終え、傷付いた船体の修理を終えたホワイトベースは一路オデッサへ向かう。

 地球連邦軍の初の大規模な反抗作戦であるオデッサ作戦が目前に迫っていた──

 



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Intermission 2 「邂逅」

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─ 南米 地球連邦軍本部ジャブロー ─

 

 

「FSWS計画?なんです、それ」

 

「一言で言えば、ガンダムの強化プラン。アムロ君や私のガンダムから得られた運用データをフィードバックして、増加装備を開発ってところね」

 

 ミデア輸送隊の護衛任務を無事に終えた第三小隊(デルタ・チーム)は、オデッサ作戦には参加せずにミデアに同行してジャブローへ帰還していた。

 オデッサ作戦は無事に連邦軍の勝利で終わり、地球上のミリタリーバランスは一気に連邦軍の優勢に傾いた事になる。

 地上戦力の約三割を注ぎ込んだ大規模反抗作戦が無事成功した事で、地球連邦軍本部であるジャブローにも安堵したような空気が流れていたが、戦争が終わったわけではない。

 ジャブローのドッグは宇宙(ソラ)への出港待ちの艦で過密状態になっており、今後は宇宙に主戦場が移る事は明白だ。

 

 もっとも、一つの大きな作戦が終わってもノエル達実験部隊(モルモット)の任務にはまるで変わりは無く、シミュレータールームで雑談をしながら三人はディスプレイに目を走らせる。

 

「フルアーマーガンダム……MS単体に戦艦クラスの攻撃力を持たせる事が目的、ね。単機で戦況を変えようとでも言うの?」

 

 開発部から渡されたディスクの中に入っていたのは、ガンダムの強化プランである「フルアーマー・オペレーション」のファイル。

 まだ実機は完成していないと聞いているが、トータルバランスに優れたプランA、単機で対艦戦闘に耐えうるプランB、重力下運用に特化したプランCの三つの増加装備を追加したガンダムFSDのシミュレーション・データが入っていた。

 

 先の黒い三連星との戦いで損傷を受けたガンダムFSDは現在修復作業中で、出撃は叶わない状態にある。

 元々がデータ収集の為に製造された先行量産機であるガンダムFSDの予備パーツの数は少なく、高品質なパーツを使用している事もあってか、ジムのパーツとの互換性にも乏しい。(とは言え、RX-78-2よりマシではある)

 

 高性能な機体である事に疑いの余地は無いし、ガンダムFSDの性能のおかげで命拾いした事は確かだが、メンテナンス面の融通の効かなさはノエルも頭を悩ませる一因だ。

 

「オデッサじゃ、アムロの奴相変わらずの活躍っぷりだったらしいですからね。噂じゃ発射されたミサイルの信管だけを空中で切り落としたとか」

 

「それが本当なら、ガンダム単機で戦況を変えようなんて思う人間がいるのも──いや、しかしなぁ……」

 

 オデッサ帰りの戦車乗りに聞いた話ですけどね、とアニッシュが眉唾物のアムロの武勇伝を語ると、ノエルもラリーもあまりの荒唐無稽っぷりに目を白黒させる。

 飛翔するミサイルを撃ち落とすならともかく、信管だけを狙って、しかも空中で切り落とすなど到底人間業とは思えない。

 思えないのだが、アムロならやりかねないと思ってしまうノエル達三人。

 

 ちょうどホワイトベースも長い旅路の末に、ようやくジャブローに辿り着いたと聞いている。

 検査や任官式等でホワイトベースのクルーと会える機会がまるで無い為に、まだアムロやブライト達との再会は出来ていないが、今度会った時には事の真偽を聞いてみようと決心するノエルであった。

 

 

 

 

─ ジャブロー施設内 シミュレーションルーム ─

 

 

『凄い火力と機動力……タイプAとタイプCはともかく、タイプBは小隊運用する設計思想じゃないのは明らかね。二人とも、新型ジムの乗り心地はどう?』

 

『この機体、陸ジムと比べても挙動が安定してて良い感じですよ!ラリー少尉はどうです?』

 

『ご機嫌だなアニッシュ。だがこのジム・スナイパーllの性能は凄いぞ。狙撃性能は勿論だが、機動性がジム・キャノンとは段違いだ』

 

 地球連邦軍初の正式な量産型MS RGM-79 ジム。

 RX-78の廉価版として設計されたジムだったが、初期生産型は数優先の粗製乱造とも言われ、カタログスペックに遥かに劣る性能しか出せなかった。

 その為に基本設計により忠実な機種の数々が開発され、主に後期生産型と呼ばれる機体や、熟練パイロットの要望を聞き入れて前期生産型をベースとしたカスタム機が生まれる事となる。

 

 ラリーが搭乗しているのがRGM-79SP ジム・スナイパーll 。

 地球連邦軍MSの中でもガンダムを超えるカタログスペックを誇り、実際に配備されれば大きな戦力になる事は間違いないだろう傑作機。

 (良くその機体名称から狙撃専用機と思われがちな機体ではあるが、正確には"狙撃機能を有した熟練パイロット向けの汎用機"が正しい)

 

 アニッシュが搭乗しているのはRGM-79SC ジム・スナイパーカスタム。

 熟練パイロット向けに少数生産された総合的な性能強化型で、その性能はRX-78 ガンダムに匹敵する高性能機に仕上がっている。

 (これまた誤解を招いている機体だが、スナイパーカスタムは狙撃を意図した機体では無く、頭部バイザーもスナイパーllの物とは違う格闘戦用の物だ。そもそも"スナイパー"はラグビー用語らしく、勘違いする連中が多いと開発班が愚痴を言っているのをノエルは聞いていた)

 

「フルアーマープランを装備したガンダムならともかく、通常装備のガンダムとならスペックは同等……大きなアドバンテージはルナ・チタニウムの装甲くらいかな」

 

 データを収集しながら、機体スペックや武装を鑑みて部隊のフォーメーションや戦術を頭の中で模索するノエル。

 既に先行量産されたジム・スナイパーll、ジム・スナイパーカスタムの二機は第三小隊に配備されており、目下調整作業中だ。

 

(高性能な新型機の配備はありがたいけど、次はどこの激戦区に回されるのかしら)

 

 ラリー機、アニッシュ機のシミュレーションデータを記録しながらコンソールを叩いていると、不意にシミュレーションルームの扉が開くと同時に男性の声が聞こえて、ノエルは首を傾げながらシミュレーターの外に出る。

 

(シミュレーションルームは予約制のハズだけど……?)

 

「まったく!いつになったら待機命令が解かれるんだ!身体が鈍っちまってしょうがないぜ!」

 

「おいフォルド!使用中のランプが付いてるのがわからないのか!ちょっと待てって……」

 

 シミュレータールームの扉を開けて入ってきたのは、二人の成人男性だ。

黒髪の若い男は威勢よく声を上げているが、どうやら使用中のランプが付いている事にも気が付かなかったようで、年上の男に窘められている。

 

 普段から男所帯の部隊にいるノエルだが、黒髪の男を見てあまり好きなタイプでは無いなと頭の片隅で思う。

 容姿云々の話では無く、こういうタイプの兵士は往々にして自己中心的で部隊の和を乱しやすいというのが彼女の持論だ。

 

「あれ、先客がいたのか?」

 

「だからさっきから何度も言ってるだろ!本当にお前は人の話を聞かない……いや、お邪魔してしまって申し訳ない。サラブレッド隊のルース・カッセル中尉だ。こいつはフォルド・ロムフェロー中尉」

 

「MS特殊部隊第三小隊隊長、ノエル・アンダーソン中尉です。こちらは部下のラリー・ラドリー少尉とアニッシュ・ロフマン曹長。サラブレッド隊と言うと、ガンダム4号機と5号機の」

 

「MS特殊第三小隊……黒いガンダムの噂は聞いてたよ。オレ達のガンダムは宇宙専用機として設計されてるからな、宇宙への出港待ちなんだが……」

 

 外の騒動を聞きつけて、何事かとシミュレーターから出てくるラリーとアニッシュをサラブレッド隊のパイロット二人に紹介するノエル。

 (ルースはともかく、喧しかったフォルドはフルアーマー・ガンダムFSDのシミュレーション・データに釘付けになっており、ノエルの事を無視したような態度にラリーとアニッシュは冷や汗をかいていた)

 

 サラブレッドは"改ペガサス級"に分類される隠密機動戦を主眼にした戦艦だ。

 艦載機のガンダム4号機、5号機はセカンドロットシリーズに属する機体で、特に宇宙での高機動戦闘に特化した機体だとノエルはコーウェン准将から聞いていた。

 実機は見た事が無いが、噂ではガンダム4号機から6号機が完成間近だと言うのがもっぱらの噂だったから、ノエル自身も興味がある話だった。

 

「なあ!これガンダムの強化プランのシミュレーション・データだろ!?実機はどこにあるんだ?いや、ちょっとシミュレーターで動かしても良いか!?」

 

「お、おいフォルド!無理に決まってるだろ!無茶を言うな!」

 

「なああんた!この部隊のオペレーター?ちょっとだけだからさ、良いだろ?」

 

「オホホ……カッセル中尉。ロムフェロー中尉は後でしっかり()()して頂くとして……まあ、シミュレーターで動かす分には構いません。データも欲しいところですし」

 

 ルースと和やかに話をするノエルを見てほっと胸を撫で下ろすラリーとアニッシュだったが、会話に入ってきたフォルドの言葉を聞いて頭を抱える。

 フルアーマー・ガンダムFSDのシミュレーション・データに夢中だった彼は自己紹介なぞどこ吹く風とばかりに聞いていなかったようで、よりにもよって隊長であるノエルの事をオペレーター扱い。

 

 (彼女自身ジャブローでの厳しい訓練課程を経てパイロットになり、今まで最前線で戦って生き残ってきた自負がある。まだ実戦経験の無いひよっこパイロットにオペレーター扱いされる筋合いは無い──その日はそんな愚痴が止まらなかったのは余談だ)

 

 ルースも青い顔をしているが、怒りをグッと飲み込みながらシミュレーターの使用許可を出すノエル。

 実戦経験が無いとは言っても、連邦の虎の子、新型機であるガンダム5号機を任せられる程のパイロットで有れば、彼の操縦データはあって損するものでは無い。

 そう自分に言い聞かせて、大人の対応を取るノエルのこめかみには青筋が立っていた。

 ──まるで敵機に撃墜される寸前のようなプレッシャーを感じた、とルース以下三人のパイロットは後に語る。

 

 

 

 

「しかし隊長、随分と喧しい連中でしたね……っと、こりゃ俺の勝ちかな?」

 

「全くだ。おかげで俺達の訓練する時間が減っちまったぜ。……ラリー少尉、イカサマしてるんじゃないでしょうね?」

 

「程々にしておきなさいよ、アニッシュも熱くならない事ね」

 

 シミュレータールームでの出来事があった翌日、データをまとめたノエル達は休息を取っていた。

 ラリーとアニッシュは昨日の出来事を話しながらトランプに興じているが、今のところはアニッシュの五連敗と旗色が悪い。

 ノエルからはラリーのズボンの後ろポケットに入っているトランプが丸見えで、()()()()()()に挑んでいるアニッシュを窘めながらタブレット端末を操作する。

 

(操作能力と反応速度がずば抜けている……流石ガンダムを任せられるだけの事はある、か。私も負けてはいられない)

 

 ノエルが分析しているのはフォルドとルースがフルアーマー・ガンダムFSDを操縦したデータで、二人とも操作能力と反応速度は非常に高い。

 あまり同じ部隊で戦いたいとは思わないタイプのパイロットである事には変わりないが、その高いポテンシャルにはノエルも舌を巻く。

 アムロは勿論、あの二人にも自分の能力が劣る事を自覚して訓練プログラムの作成を行うノエルだったが、地響きのような音と同時に地下基地全体が僅かに揺れる。

 

「定期便ですか。しかし今日のは嫌に正確な狙いだな」

 

 パラパラと埃が落ちてくる天井を見上げて、ラリーが呟く。

 南極条約で再度のコロニー落としを封じられたジオン軍は、占領地からガウによる空爆を度々実施。

 しかしながら厚い地盤と対空砲火に阻まれてジャブローが受けた被害は少なく、連邦軍兵士からは"定期便"と揶揄されていた。

 

 ノエル達がジャブローに帰投してからも何度もあった定期便だが、今日のソレはラリーの言う通りに正確な狙いだ。

 ──嫌な予感がする、とノエルは思った。

 

 



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MISSION 6 「凶鳥の鳴く時」

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「なあ、お前地球に降りてから、黒い鳥を見た事あるか?」

 

「ああ、何度もあるよ。嘴から羽の先まで真っ黒で気味の悪い鳥だろ?」

 

 二人のジオン兵は、ジャブローへ空爆へ向かうガウ攻撃空母の中で言葉を交わしていた。

 コロニーには人工的に作られた自然があるが、当然ながら野生動物は基本的にいない為、地球に降りた彼らは様々な環境の変化や動物を目にする機会が多かった。

 可愛らしい動物もいれば、摩訶不思議な色形をした虫などその種類は多岐に渡るが、彼は何度も目にしていた黒い鳥の事が気にかかっていた。

 

「そうさ。夕暮れ時になるとたまに部隊の野営地に来て、こっちを見ながら不気味な声で鳴きやがる。──あの鳥が鳴いた後に出撃すると、絶対誰かが死んでるんだ」

 

 帽子を深く被り直した彼の声は、少し震えている──怯えていると言っても良い。

 キャルフォルニアベースから出発する際に、彼は無数の黒い鳥がガウの翼部に留まっているのを見たからだ。

 まるで鳥達がむざむざ死にに行く連中の姿を見に来たかのようだ、と男は思った。

 

「……考えすぎだ。第一、連邦の例のMSは白いヤツだって言うだろ?俺達は戦争してるんだ、人が死ぬのだって日常茶飯事さ」

 

 黒い鳥と白いヤツ、色が真反対じゃないかと少し茶化したように返事を返すが、自分で思っていたよりもその声は暗かった。

 

 

 

 

 ノエルの嫌な予感は的中した。

 ジオンはジャブローの正確な位置を特定する事に成功したのか、はたまたオデッサが陥落した事で尻に火が付いたのか──真相はわからないが、彼等はガウ攻撃空母を利用した大規模空挺作戦を決行したのである。

 

 地上に設置されたトーチカからの情報では、複数のガウから相当数のMSが降下している事が確認されていた。

 まさに奇襲を受けた連邦軍本部ジャブローの基地内には警報が響き渡り、MSパイロット達が自分の機体へと駆けていく中で、ノエル達第三小隊(デルタ・チーム)は自機が格納されているハンガーへと急ぐ。

 

「私のガンダムは!?……まだ駄目ね?出せる機体はある!?」

 

 ハンガーへ走り込んだ三人だが、ノエル機であるガンダムFSDの修理はまだ完了しておらず、すぐには出撃出来ない。

 なにせまだ右腕と左脚が付いておらず、あと一日ジオンが攻めてくるのが遅ければ、とノエルは唇を噛む。

 

 ラリーとアニッシュは即座に新型機であるジム・スナイパーllとジム・スナイパーカスタムに乗り込むと、パネルに目を走らせながら機体を機動させていく。

 実機での訓練無しでのぶっつけ本番だが、泣き言を言っている暇は無かった。

 

「アンダーソン中尉!こちらです!中尉が乗れる機体をコーウェン准将がご用意してます!」

 

「ミルスティーン中尉!わかりました、すぐに向かいます!デルタ・ツー、デルタ・スリーはMSの起動後、4番のエレベーターで待機!」

 

 量産型ジムでもやむを得ない、と搭乗出来る機体を探すノエルに声をかけたのは、コーウェン准将の補佐役兼補給部隊指揮官であるレーチェル・ミルスティーン中尉。

 普段はおっとりしている彼女だが、有事の際の対応の的確さと素早さには定評があり、第三小隊の補給任務も任されている。

 数少ない同性の同僚とあって、ノエルとはプライベートでも仲が良く気の置けない人物だ。

 

「これも……ガンダム?」

 

「RAG-79-G1 水中型ガンダム──通称ガンダイバー。この状況下なら、最適な機体です」

 

 慌てふためく非戦闘員をかき分けながら、やっとの事で数ブロックを走り抜けた二人の目の前に現れたのは、かつて彼女が陽動作戦の際に搭乗したアクア・ジムの再設計機──水中型ガンダム。

 アクア・ジムより鮮やかな青色で染められたその機体は、ノエルの愛機であるガンダムFSDにどこか似ていた。

 

「武装は…… 偏向ビーム・ライフルにハンド・アンカー、魚雷にビーム・ピック。何とか行けそう!」

 

 ノーマルスーツに着替える余裕も無く、水中型ガンダムのコクピットに乗り込むノエル。

 チェックパネルに目を通して機体の武装や各部機構のチェックを手早く行うが、大まかな部分は以前のアクア・ジムとは変わっていない事に安堵する。

 

 水中型ガンダムはアクア・ジムを再設計し、エースパイロット向けにチューンナップした機体だが、その過程でガンダムFSDの原型機である局地型ガンダムの設計データを盛り込まれている。

 (型式からわかる通り、頭部こそガンダムタイプだが実際はジムのバリエーション機に当たる機体だ)

 慣れない機体での出撃は実験部隊(モルモット)としては慣れっこだが、命を預ける機体は信用出来る物が良い、と言うのは彼女ならずとも思う事だ。

 

『ノエル・アンダーソン中尉です。水中型ガンダム、出撃します!』

 

 整備兵達が退避したのを確認して、ノエルは機体を起動させる。

 デルタ・ツー、デルタ・スリーは既に地上へ向かうエレベーターで待機している為、彼女は急いで機体を走らせた。

 

 

 

 

【BRIEFING】

 

 こちらはレーチェル・ミルスティーン中尉です。

 現在ジオンはガウ攻撃空母から相当数のMSを降下させている他、水陸両用機と思われる機体が既に基地内部に侵入したとの情報も入っています。

 

 ジオンは明らかにこれまでに無い規模の大部隊を今回の空挺作戦に投入している模様です。

 敵の詳細な攻撃目標は未だ不明ですが、情報部からは宇宙港の破壊が目的ではないかと連絡が来ています。

 基地内部に侵入した敵部隊にはホワイトベース隊の他、ブランリヴァル隊のガンダム6号機、サラブレッド隊のガンキャノン隊が中心となって応戦しています。

 

 今回のミッション内容は敵MSの降下阻止、また既に降下した敵MSの排除が目的となりますが、基地内部への敵MSの侵入は必ず阻止して下さい。

 くれぐれも気を引き締めて、ミッションに当たって下さいね。

 

 

MS1 ノエル・アンダーソン中尉《デルタ・リーダー》

RAG-79-G1 水中型ガンダム 偏光ビーム・ライフル

 

MS2 ラリー・ラドリー少尉《デルタ・ツー》

RGM-79SP ジム・スナイパーll ロングレンジ・ビーム・ライフル

 

MS3 アニッシュ・ロフマン曹長《デルタ・スリー》

RGM-79SC ジム・スナイパーカスタム 二連装ビーム・ガン

 

 

作戦成功条件:敵降下部隊の全滅

作戦失敗条件:部隊の全滅、ジャブロー地下基地への敵機侵入

 

 

─ MISSION START ─

 

 

『──おいおい、なんて数だよ。ジオンの奴ら、どこにこんな戦力を』

 

 エレベーターに乗り込み、僅かな時間でブリーフィングを済ませた第三小隊だったが、地上に出た瞬間に予想以上の光景に思わずラリーが言葉を漏らす。

 無数の各種対空火器が一斉に対空射撃を行い、離陸した迎撃戦闘機から放たれた機銃の火線がガウから降下する敵MSを襲う。

 地上に降り立つ事も出来ずに空中で爆散する敵MSも数多く見られるが、それでもジオンが投入した戦力はかなりのものだ。

 

『確認出来るガウの数はおよそ十八機、MSが三機ずつと考えても五十機は下らない。デルタ・ツーはロングレンジ・ライフルでガウを狙撃!スナイパーの腕の見せ所よ、頼りにしてるわ。デルタ・スリーは狙撃中のデルタ・ツーを護衛しながら、敵機の撃破ね!』

 

『デルタ・ツー了解。残らず撃ち落としてみせます』

 

『デルタ・スリー了解!隊長、危なくなったら助けて下さいよ?』

 

 ラリーとアニッシュに指示を出すノエルだが、慌ただしい状況下でも普段通りに応えてくれる部下に感謝しながらも気を引き締め直す。

 地上に降りた敵MSの排除を速やかに行わなければ、宇宙港への侵入を許してしまう恐れもある為、いかに早く動けるかが肝心だ。

 態勢を立て直したジャブローの防衛部隊もすぐに出てくるだろうが、実戦経験の乏しい彼等をむざむざやらせるわけにはいかない。

 

『私は河川を利用して、敵MSに奇襲をかけて各個撃破するわ!──行きます!』

 

 ノエルはアクセルペダルを踏み込み、水中型ガンダムの青い巨体をアマゾンの広大な河川の水中へと踊らせた。

 

 

 

 

『なあアニッシュ、俺思うんだが……ジオンに兵無しっての、ありゃ嘘だな』

 

『ラリー少尉、レビル将軍の悪口は不味いですって!──まあ、俺も同意見ですけどね!』

 

 冗談交じりにレビル将軍の名言として知られる『ジオンに兵無し』を揶揄しながら、ラリーはジム・スナイパーllに狙撃態勢を取らせた。

 

ジム・スナイパーllは精密射撃用センサーと高倍率カメラ(精密射撃用レーザーと光学複合センサー)を備えた開閉式バイザーを持ち、頭部バイザーを下ろして頭部全体を冷却することで超長距離の狙撃を可能としている。

 装備したロングレンジ・ビーム・ライフルも通常のビーム・ライフルよりも遥かに長射程かつ高威力を誇るが、長い銃身とそれに伴う重量の増加で取り回しは悪い。

 

『本当に届くのか……?当たれよっ!』

 

 精密射撃用センサーと高倍率カメラの性能も相まって、射撃用スコープに映し出される敵機の機影は鮮明だ。

 MSの通常火器では到底届かない高度を飛行しているガウに狙いを付け、半信半疑ながらロングレンジ・ビーム・ライフルで狙撃を試みる。

 

『ガウ一機撃破!お見事、デルタ・ツー!」

 

『ああ……だがこのライフルじゃ地上の敵を相手に使うには威力がありすぎる。味方を巻き込む可能性があるぞ、迎撃は頼む!』

 

『了解!俺はやりますよ。やりますとも!』

 

 放たれたビームは狙ったガウの翼を撃ち貫き、特徴的な機影は瞬く間に黒煙を上げて墜落していく。

 予想以上の威力だ、とラリーは思うがこの威力、射程のライフルを地上で使うのは難しい。友軍機を巻き込んでは目も当てられないからだ。

 近づいて来た敵MSの迎撃はアニッシュのジム・スナイパーカスタムに一任して、ロングレンジ・ビーム・ライフルの冷却に入るラリー。

 

『言ってるそばから……!近付けるさせるかぁ!』

 

 鬱蒼と茂った木々を隠蓑にしてジム・スナイパーllに接近しようと試みたのは、両手にヒート・サーベルを装備したグフだ。

 いち早く敵機に気がついたアニッシュがラリー機を守るように立ちはだかると、二丁装備の二連装ビーム・ガンを乱射。

 近接戦闘を挑もうとしていたグフは反応出来ず、暴力的な光の束に機体を蜂の巣にされてその機能を停止させる。

 

 戦争初期から最前線で戦ってきたベテランパイロットの二人は、自分達の能力を遺憾無く発揮出来る機体(相棒)を得て、次々とガウとMSを撃破していった。

 

 

 

 

『はぁ、はぁ、はぁ……誰か、誰かいないのか!』

 

マシンガンを装備したザクIIに乗るパイロット、ジョイス少尉は錯乱したように大声を張り上げるが、その通信に応える者はいない。

 命からがら連邦軍の対空砲火を潜り抜け、地上に降り立つまでは良かった。

 ジャブローを制圧し宇宙港を破壊せよ、との命令を聞いていたが、実際に出撃してみれば情報部は肝心の宇宙港の正確な場所すら把握していなかったのだ。

 

 トーチカや高射砲を破壊しながら地下基地への侵入路を探していたジョイス達だったが、ふと目を離した隙にソラン伍長のザクIIが消えた。

 普段から血気盛んな若者だったから、もしかしたら敵を見て突貫したのかもしれないとも思ったが、それにしては様子がおかしい。

 

 一旦他の部隊と合流した方が良い──そう隊長であるタカハシ中尉に進言するが返答は無い。

 不審に思ったジョイス少尉は立ち尽くすタカハシ中尉のグフへ近付くが、その有様を見てひっ、と悲鳴を漏らす。

──グフのコクピットは何かで貫かれたのか、高熱でグズグズに溶解していた。

 

(作戦は失敗だ!いや、むしろこれが作戦だと言えるのか!?あれだけかき集めたMSが簡単に撃ち落とされて……俺達は捨て駒だとでも言うのか!)

 

 ジョイスが思った通り、ジオンのジャブロー降下作戦に投入された部隊は文字通りの()()()に他ならなかった。

 オデッサが陥落したのを皮切りとしてジオンは各所で敗退を重ねており、もはや地上軍は風前の灯。

 

 そのような状況で発動されたジャブロー降下作戦だが、その真の目的はジャブローの制圧では無く、宇宙港を破壊して()()()()をする事にあった。

 ジャブロー攻撃に参加した公国軍部隊の編成を見てみると、彼らは支援の航空機や潜水艦を除けばMSだけで編成されている。

 これは取りも直さず彼らが”制圧部隊”を引き連れていない事を意味していた──つまり、彼らは初めからジャブローを制圧する能力など()()()()()()()()

 

『……っ!!』

 

 背後から聞こえた()()が着地したような金属音を聞いて、ジョイスの額から汗が滴り落ちた。

 隊長やソラン伍長はきっとコイツにやられたのだと思いながら、乾き切った唇を舐める。

 敵わないまでもせめて一太刀──ザクに握らせたヒート・ホークを発熱させてタイミングを図る。

 

 彼が振り向こうと決意した瞬間、偏光ビーム・ライフルから放たれた細く収束した光がランドセルを貫通し、ザクIIのコクピットを跡形もなく焼き尽くす。

 

 

──痛みは無かった。ジョイスは最期まで、自分が死んだ事に気がつかなかったから。

 

 




パトオペ2に水中型ガンダムが実装された日に投稿するのは、全くの偶然です。
ちょっとびっくり……


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MISSION 7 「ジャブローに散る」

水中型ガンダムは前話ではプロトタイプでしたが、正式量産機へ変更しました。



『……なに?鳥、だと?』

 

 ゴッグのパイロットであるゼイガン大尉は仕留めたジムのコクピットからアイアンネイルを引き抜きながら、友軍との交信を図る。

 ジャブローに何とか降下する事が出来たMSはその半数以上が既に撃破されてしまったのか、呼び掛けても殆ど反応が無かった。

 

 ジャブロー内部に潜入したシャア・アズナブル大佐率いる特殊工作部隊も任務に失敗し、既に敗走したとの連絡が入っている。

 もはやジャブロー降下作戦の目的を果たす事は不可能と言わざるを得ない。この追い詰められた状況では、一人でも多くの兵を逃さなくてはならなかった。

 

 友軍の援護に向かう為に水中を進むゼイガンだったが、先ほど微かに聞こえた通信が気にかかっていた。

──赤い眼の鳥が襲ってくる。確かにそう聞こえた。

 鳥とはなんだ?連邦軍には羽の生えたMSが居るとでも言うのか?

 

 

 

 

『これで四機!徐々に他の部隊も地上に出て応戦してくれてる……これなら!』

 

 南米アマゾン川流域の地下にあるジャブロー基地だが、当然ながら地上はジャングルと広大な河川で囲まれた熱帯地域だ。

 鬱蒼と生茂る木々がMSの行く手を遮り、それを嫌ったとしても場所によってはMSの巨体が完全に沈む水深の河川では、陸上兵器の機動性は目に見えて落ちる。

 深いジャングルの中で友軍同士の連携もままならないジオンのMSを、ノエルは"奇襲"で確実に一機ずつ仕留めていく。

 

 (ザクが二機にドムが一機……装甲が厚くて厄介なドムを潰したいところね)

 

 水中型ガンダムの後頭部カメラには有線式潜望鏡が装備されており、水中に居ながらも水上の様子を伺う事が可能だ。

 先程一個小隊を始末した所を見られていたのか、三機の敵MSは背中を見せないように周囲を警戒している様子が見て取れる。

 幸いにもガウ攻撃空母の爆撃によって崩れた大量の土砂が河川に流れ込み、茶色く濁った水の中に潜む水中型ガンダムを目視で発見するのは至難の技だ。

 

 敵MS小隊が陣取っている陸地周りの水中でタイミングを図るノエル。

 これまでの戦闘で偏光ビーム・ライフルとハープーン・ガン、魚雷は全て撃ち尽くしている。使えるのは近接用武装のみだが、補給に戻れる状況では無い。

 ザク相手ならばこの武装でも問題にならないが、重装甲のドムはやはり厄介な相手だとノエルは考える。

 この環境であれば黒海で戦った時のような圧倒的な機動性は発揮出来ず、ドムの強みは殺しているも同然だが、油断は出来ない。

 

──じっとりと汗で濡れたグリップを握り直して、ノエルはトリガーを引く。

 

『行って!アンカー!!』

 

『な、なんだぁっ!?うぉっ!ひ、引きずり込まれるっ!?』

 

 ノエルは右腕に装備されたハンド・アンカーを発射すると、ドムの脚部をガッチリと捕らえた。

 標的を捕らえた事を確認すると、そのまま不意打ちに対応出来ていないドムを水中に引き摺り込む。

 

 ノエルが勢い良くアクセルペダルを踏み抜くと、各部のハイドロジェットが最大出力で起動。

 汲み上げた水を高圧ポンプで後方のノズルから勢い良く吐出する事で圧倒的な推進力を得るハイドロジェットシステムは、水中ならば陸戦機の追従を許さない機動性を得る事が出来る。

 

 隊長機が突如水中に引き摺り込まれて狼狽するザク二機の射程から逃れるように、ドムを捕らえたままで水中を高速で移動する水中型ガンダム。

 

(っ!レッドアラート……!耐えて!)

 

 水中内で浮力が働くとは言え、62.6tもの重量を誇る重MSを引っ張る右腕とハイドロジェットを全開で使用しているランドセルが悲鳴を上げる。

 コクピット内にレッドアラートが鳴り響くが、ノエルはそれを無視した。今止まれば体勢を立て直したドムに背後から撃たれる。

 

『くあっ!……はぁっ、はぁっ……五機目……!』

 

 ザクから十分に距離を取ると、アンカーで捕らえたドムを土手に激突させ、強いGの中で舌を噛まないように歯を食いしばっていたノエルがようやく機体の動きを止める。

 彼女以上に強い加速Gと激突した際の衝撃を受けたドムのパイロットは完全に失神しているようで、機体はぴくりとも動く気配が無い。

 

 ビーム・ピックをドムの四肢に突き立てて切断し、完全に敵機の戦闘能力を奪うと、大きく息を吐き、深く息を吸う。

 ノエルは汗に濡れて頬に張り付く髪を鬱陶しく感じながら、軍服の袖で額を拭った。

 シートベルトが身体に食い込み、鈍い痛みを感じる。軍服の前を開けて呼吸を楽にしながら、やはりノーマルスーツを着てくるべきだった、と彼女は思った。

 

 ふと空を見上げてみれば、黒煙を上げるガウを追い立てるように戦闘機がミサイルを放ち、着弾した両翼が爆炎を上げている。

 大量の爆弾を投下し、MSを降下していたガウ攻撃空母は執拗な対空砲火や迎撃戦闘機の攻撃、ラリー機の狙撃でその半数以上が撃墜されていた。

 

 

 

 

─ ジャブロー上空 ─

 

『ホラホラ、もっと良く狙いなよ!』

 

『は、早いっ!なぜ当たらないんだ!」

 

 地球連邦軍の防衛用高高度戦闘機、FF-6 TINコッド。

 ガンダムを始めとするRXシリーズの中核を成すコア・ファイターの開発母体となった機体だ。

 TINコッドは高い機動性を駆使して、追いすがるジオン軍の小型戦闘機、ドップを翻弄する。

 焦ったジオン兵がバルカンを乱射するが、その弾丸はまるで生きているかのように軽やかに空を舞うTINコッドの翼を捉える事が出来ない。

 

『あまり格好のつかない愛称だが、レディキラーの名は伊達じゃねぇ!ってか?』

 

『うわぁーっ!やられた!だ、脱出っ!』

 

 戦闘機同士のドッグファイトを制したのは、地球連邦空軍所属のパイロットであるテキサン・ディミトリー中尉だ。

 先の戦いであるオデッサ作戦ではドップ以下敵機34機を撃墜し、第一等戦功殊勲章を受ける程のエースパイロットである。

 (持ち前の甘いルックスから、空軍の仲間達から"レディキラー"の愛称でテキサンは親しまれていた。決してだらしのない女誑しという意味では無いという事を、彼の名誉にかけて記しておく)

 

 火を吹くドップからベイルアウトするジオン兵を見送りながら、テキサンは口笛を吹いた。

 オデッサでの戦闘を終え、ジャブローに召喚されたのはまだ良かった。

 しかしながら、まさかここまで大規模な戦闘に二度も続けて駆り出されるとは思っても見なかった事だ。

 

『敵の航空戦力はこれでほぼ壊滅させたな……あれもガンダムか?──やるねぇ、まるで翡翠(カワセミ)だ』

 

 眼下を見下ろしてみれば、テキサンの視界に入ったのは青いガンダムタイプのMSが水上を飛び跳ねるようにバーニアを吹かして接近し、ビーム・ピックの一突きでザクを撃破する姿だ。

 (水中型ガンダムはジムでありながら()()()()()()()()()()()()という非常に紛らわしい機体である為、テキサンが誤認したのも当然だ)

 

 オデッサでもガンダムが水爆の信管を空中で切り落とす神業を間近で見ていた彼は、自軍に頼もしい戦力がいる事に安堵しながらも、戦場の主役がもはや戦闘機では無い事に一抹の寂しさを覚えていた。

 しかし彼にも戦闘機乗り(TINコッド・ドライバー)としてのプライドがある。

 部隊の仲間が次々にMSパイロットへ転向していく中、あくまでテキサンは空を飛ぶ事に拘った。

 

 敵の航空戦力は壊滅したが、まだ地上ではMS隊が掃討作戦を継続している。

 TINコッドの武装ではMSに決定打を与える事は難しいが、援護をするだけならお手の物だ。戦闘機には戦闘機なりの戦い方がある。

 テキサンは機体を翻し、地上部隊への援護をする為にスロットルを全開にして、機体と共に風となる。

 

 いつしか日が沈み始め、ジャブローの木々や広大な河川は夕焼け色に染まっていた。

 

 

 

 

 あれほど激しく鳴り響いていた銃声は少なくなり、夕暮れのジャブローは僅かに残った敵MSの掃討へと移っている。

 オープンチャンネルでジオンのMSに投降を呼びかける声が響く中、ノエルと水中型ガンダムはゴッグと対峙していた。

 

(ドムを倒すのに無茶をし過ぎた……右腕は殆ど動かない)

 

 水中型ガンダムの右腕はダラリと垂れており、時折火花が散っているのが見て取れる。

 重MSであるドムをハンド・アンカーで無理矢理捕獲した上に引き摺り回した代償で、駆動系に深刻なダメージを負っているようだ。

 けたたましくコクピットの中で鳴り響くアラートを切りながら、ノエルは唇を舐める。この状況下で、無理に一対一の戦闘を仕掛ける意味は無い。

 

──仕掛けるか、それとも引くか。

 

 

 

『おのれガンダム……!貴様はここで足止めさせてもらうぞ……撤退の邪魔はさせん……!』

 

 一方のゼイガンが操るゴッグもまた問題を抱えていた。ゴッグの主武装である腹部に搭載されたキアM-23型メガ粒子砲はジェネレーター直結式の為、ビーム・ライフルとは違って弾切れは無い。

 しかし本体のジェネレーターを使用する為に機体への負荷は大きく、事実これまでの戦闘で酷使したゴッグは既に悲鳴を上げていた。

 

 ジリジリと間合いを図るように距離を詰めるゴッグ。ゴッグの両腕は近接格闘用装備とマニピュレーターを兼ねる巨大な爪(アイアン・ネイル)だ。

 ジムの装甲として使われているチタン・セラミック複合材程度ならば容易に貫く程の威力を誇る。

 

 ゼイガンの目的はあくまで友軍が撤退するまでの時間稼ぎだ。もはや自分が生きて帰れるなどとは微塵も思っていない。

 その意味で言えば、この膠着状態はゼイガンの狙い通りだったと言えるだろう。撤退する機体はユーコン級の潜水艦やマッドアングラーが回収する手筈となっている。

 水中戦に特化した数少ない機体である水中型ガンダムさえ足止め出来れば、それだけ多くの仲間を救う事が出来る、とゼイガンは集中していた。

 ──()()()ゼイガンは上空から襲ってきた戦闘機への反応が一手遅れた。

 

 

 

『痺れる攻防してる所に悪いが、援護させてもらう!食らいなっ!──今だぜ、ガンダム!』

 

 上空から強襲してきたテキサンのTINコッドがありったけのバルカンをゴッグに向けて放つ。

 対戦闘機相手としては十分な性能を誇るTINコッドだが、MSの装甲を貫ける武装は持っていないし、それが重装甲を誇るゴッグ相手なら尚の事だ。

 バルカンの雨を浴びたゴッグに深刻な損傷は見て取れない。しかしながら、思いもよらぬタイミングでの奇襲にほんの数秒の()が生まれる。

 

 テキサンはTINコッドのバルカン程度で敵を撃破出来るとは最初から考えてはいない。必要だったのは敵の気を逸らす事。

 バルカンの弾丸がゴッグの周囲の水面に着弾し、水飛沫が視界を遮った瞬間にテキサンは水中型ガンダムへ向けて声を上げる。

 

 その瞬間、ノエルは水中型ガンダムのスラスターとハイドロジェットを全開にして空を翔た。

 ランドセルから大量の水を()()()()()()()()()()吐出させ、水飛沫をその身に浴びながらゴッグへ向けて加速する。

 

 

 

『小癪な真似をっ!墜ちろ、ガンダムっ!』

 

 一瞬遅れて水中型ガンダムが突貫してくる事に反応したゼイガンが、まるで抜き手のようにアイアン・ネイルを突き出す。

 間違いなくコクピットを貫いた。そう確信したゼイガンだったが、ゴッグの右マニュピレーターは半ばから両断されていた。

 茫然とするゼイガンの目の前に、バイザーの下に()()()を光らせた水中型ガンダムが迫る。

 

──そうか、こいつが鳥か。俺達に死を運ぶ凶鳥か。

 

 

 

『遅いわ!──これでっ!』

 

 突き出されたアイアン・ネイルは、間違い無くコクピットを貫く軌道だった。それを躱す事が出来たのは、黒海で黒い三連星と戦った事があるからだ。

 あの時のヒート・サーベルの鋭い一撃は、こんなスピードでは無かった。ゴッグの巨大な爪を機体を捻りながら回避し、伸びきった蛇腹状の多重関節の隙間を狙って両断。

 着水と同時に、逆手に持ったビーム・ピックを胸部コクピットに突き入れる。

 

 敵を倒す事に躊躇はしない。そうで無くては、次に倒されるのは自分だから。

 

 

 

──ジャブロー攻撃を行ったジオン軍MS部隊は同日中にはほぼ壊滅、撤退を図ったMSもその殆どが撃破され、生還したMSはほんの数機に過ぎなかった。そして、作戦目的である宇宙港の破壊も果たされる事は無かった。

 

 ジオン地上軍最後の攻撃作戦は完全な失敗に終わったのである。

 

 そして、ほんの数機の生還したMSパイロットは確かに見ていた。

 赤い眼を輝かせ、まるで捕らえた獲物を引き裂くように輝く爪(ビーム・ピック)を振り下ろす“ジャブローの凶鳥”の姿を──

 

 

 

 




今回登場したテキサン・ディミトリー中尉は機動戦士ガンダム 戦略戦術大図鑑の登場人物ですね。
今後も外伝系のパイロットが出てきますが、容姿とCVが公式で決まっている人物のみ登場する予定です。
テキサンのCVは堀内賢雄氏で、ガンダムシリーズではマシュマー・セロを演じられています。

今後の展開について、皆さまからお答え頂いたアンケートを反映していく予定です。
活動報告に簡単に書いてありますので、興味が有れば是非ご覧ください。


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Intermission 3 「蒼い死神」

「ジャブローにホワイトベースが到着し、ガンダムの教育型コンピュータから得られたデータは膨大かつ良質なものだ。諸君らの本来の任務であるMSによる実戦における運用データ収集はこれで終了となる」

 

 ジオンのジャブロー降下作戦から2日、ノエル達第三小隊(デルタ・チーム)は部隊司令官であるジョン・コーウェン准将の呼び出しを受けていた。

 

 先日ようやくジャブローに辿り着いたホワイトベース。艦載機であるRXシリーズのMSには教育型コンピュータが搭載されており、度重なる実戦を潜り抜けてきた事による素晴らしいデータが蓄積されていた。

 (戦闘データは複製・共有が可能であり、アムロ・レイの戦闘データをコピーし、複数機のジムに移植する事も出来る。練度の低いパイロットばかりである連邦軍にとっては、この戦闘データは何物にも変えがたい代物だった)

 

「勿論、諸君ら程のパイロットを遊ばせてはいられん。MS特殊部隊第三小隊は実験部隊(モルモット)としての任を解き、今後は独立遊撃部隊として活躍してもらう」

 

「独立部隊ですか。そうなると今後の作戦行動は……准将?」

 

 実験部隊でも独立部隊でも、実際のところは名前が変わるだけでやる事にさして変わりは無い事は明らかだ。

 アニッシュなどは「また激戦地を転戦させられる」と後ろでボヤいているが、そう言いたくなる気持ちはノエルもラリーも同じだった。

 とは言え軍人である以上命令には従わなくてはならないのは勿論の事。今後の事を尋ねるノエルを制して、コーウェンは立ち上がる。

 

「まあ座ってばかりでもなんだからな。宇宙船ドックで見せたいものがある。ついてきなさい」

 

 

─ ジャブロー 宇宙船ドック ─

 

 

「これは……ペガサス級の戦艦ですか?ホワイトベースとサラブレッド、あと一隻は……?」

 

 宇宙船ドックに案内された三人の前に現れたのは、ペガサス級の戦艦が三隻。

 (連邦軍の戦艦で最も多く配備されているマゼラン級と比べても、ペガサス級はひどく特徴的な外観をしている。ジオンが"木馬"などという渾名を付けて付け狙うのも納得だ)

 

 宇宙への出港準備も大詰めなのか、大急ぎで物資や機体の搬入作業をしているのが見て取れる。

 以前共闘したホワイトベース、シミュレータールームで一悶着あったフォルドとルースの所属しているサラブレッド。そして見慣れない艦が一隻。

 

「ペガサス級強襲揚陸艦の五番艦"トロイホース"だ。この艦がこれから君達の母艦となる。まだエンジン周りを中心に調整中だがね」

 

 全体的なシルエットはノエルもすっかり見慣れたホワイトベースと良く似ているが、全体的に少し黒みがかった色が特徴的だ。

 ペガサス級に属する戦艦は地上でも運用できる汎用戦艦だが、基本的には宇宙艦である事に疑いの余地は無い。

 

「……詰まる所、私達は宇宙(ソラ)へ?」

 

「まだ地球でやってもらいたい事が多少はあるが、想像通りだと言っておこう。ただし現在はホワイトベース、サラブレッドの二隻を優先して出港準備を行なっている所だ。補充人員の件も含めて、今後の作戦行動については追ってミルスティーン中尉から伝えさせるとしよう」

 

 

 

 

「アムロ君!!ブライト艦長!」

 

「ノエルさん!お元気そうで!」

 

 コーウェンとのブリーフィングが終了した後、ノエルは出港前で慌ただしいホワイトベースの元へ向かっていた。(慌ただしいとは言え、実際に動いているのはジャブローの整備班や補給班であり、ホワイトベースのクルーと話す分には支障は無かった)

 

 話をしているアムロとブライトを見つけると、ノエルは二人の元へ駆け出していく。真剣な顔でチェックリストを見ていたブライトも思わず顔を緩ませ、アムロも嬉しそうに声を上げる。

 

「ホワイトベースの皆が無事で本当に良かった!オデッサでも先日のジャブローでも、随分活躍したって聞いたわ。すっかり差を付けられちゃった。ブライト艦長もね?」

 

 ホワイトベース隊のクルーはジャブローで正式に任官式を終え、アムロも少尉となっていたが、ノエルは元来そういった事(階級の差)をあまり気にしない。

 黒海での護衛任務の際もそうだったが、偉ぶらずにフランクな感じで接する彼女はホワイトベースクルーの中でも人気が高い。

 (クルーの中でマチルダ派とノエル派は半々と言ったところだ。アムロがこっそり撮影したツーショットはあえなくバレる事となり、カイを筆頭としたノエル派に吊し上げられたのは余談である)

 

「中尉こそ、先のジャブロー防衛戦での戦果は聞いています。MS五機撃墜はエース・パイロットと言っても過言では無いでしょう?アムロも負けていられんな」

 

「こ、光栄ね。アムロ君とは比べるものじゃないと思うけど……」

 

 先のジャブロー防衛戦でノエルは水中型ガンダムを駆り、MS五機撃墜の戦果を上げている。

 (一度の出撃で五機撃墜はノエル自身初めてで、大戦果と言っても良い。もっとも、その代償として酷使した水中型ガンダムは見事に()()()()になった)

 

 アムロの撃墜数は激戦地を転戦していたホワイトベース隊のパイロットの中でも群を抜いており、先のジャブロー防衛戦での戦果を加えて約99機を既に撃墜している。(ドップやマゼラ・アタック等を含む)

 

 いかにガンダムが連邦軍の技術の粋を集めた高性能機とは言え、アムロの戦果が常軌を逸したものである事は間違い無い。ノエルとて実験部隊で数多の戦場を潜り抜けて来たベテランパイロットだが、アムロと比べるのは些か部が悪すぎた。

 

「ブライト!ちょっと良いかしら?」

 

「ああ、すぐに行く。それじゃあアムロ。三十分後にはブリーフィングだから、それまでに用事は済ませておけよ。アンダーソン中尉も、ご武運を」

 

 ホワイトベースの操舵手であるミライ・ヤシマに呼ばれて、ブライトは話を切り上げてその場を離れる。お互いに敬礼して彼の背中を見送るノエルだが、ホワイトベースの今後の道のりは険しい。

 

 連邦軍司令部は討議の末、ジオンからその実力が「ニュータイプ部隊」と評されているという実体不明な期待と捨て駒にも適するという観点から、ホワイトベースを陽動に最適であると判断した。

 その結果、ホワイトベース単艦のみによる囮専門部隊"第13独立戦隊"として再編され、チェンバロ作戦の為に一路ルナツーに向かう第4艦隊からジオン軍の目をそらす役割を与えられたという訳だ。

 

 言うに及ばずであるが、囮部隊となればこれまで以上に危険な目に合うのは火を見るよりも明らかであり、連邦軍としては結果としてホワイトベースが沈んだとしても痛くも痒くも無い。あくまで本命は第4艦隊なのだから。

 

「ノエルさん、これは……?」

 

「お守り。まだわからないけど、私たちも宇宙(ソラ)に上がるの。──また無事に会えるように、ね?」

 

 ノエルはネックレスを軍服の胸ポケットから取り出すと、ドギマギするアムロにそれを付ける。

 アムロならホワイトベースを守りきって、また無事に再会できるとノエルは信じているし、それまで自分も死ぬつもりは無い。どれだけ激戦地に送られても、必ず部隊全員で生き残ってみせる。

 

──その日の夕方、ホワイトベースはジャブローを出港し、囮部隊の任を果たすために一路月へ向かう。

 

 宇宙港でそれを見送るノエルの首元には、アムロにプレゼントしたネックレスと同じものが月の光を浴びて煌めいていた。

 

 

 

 

「すげぇ……本当に勝っちまった。俺達全員、あっという間にやられちまったのに」

 

「だから言ったろ?ユウはウチの部隊のエースってやつよ。腕が違うのよ、腕が」

 

「なんでフィリップ少尉が自慢げにしてるんですか……」

 

 ジャブローのMS格納庫はいつにも増して賑やかで、第三小隊のアニッシュとラリーに加えて、第11独立機械化混成部隊のユウ、フィリップ、サマナの五人が集まっていた。

 本来であれば来るべき宇宙での戦いに向けての無重力下での戦闘シミュレーションを行う予定だったが、お互いに実験部隊(モルモット)として最前線で戦ってきたもの同士。

 仲間意識が芽生えるのは当然の事として、フィリップの「腕試しといこうじゃねぇの」の一言でシミュレーションでの模擬戦を行う事となったわけだ。

 

 とは言え隊長であるノエルが居ない為、模擬戦として選ばれたのは今ジャブローで話題の"対ガンダム"シミュレーター。

 アムロとガンダムのデータははっきり言ってあまりに強すぎるデータであり、今まで勝利出来るパイロットは一人としていなかった。

 

 パイロットの間では「いったい何分持つか」ということを対象としてギャンブルとして利用もされていた。シミュレータールーム以外にもMSに搭載されているコンピュータに各種シミュレーション用の設定を入力するだけで、簡単にアムロとガンダムに戦いを挑む事が出来たのだ。

 (中には勇敢にもガンタンクで戦いを挑み、僅か0.005秒で撃破されたパイロットもいるとの噂だ)

 

 そんな超高難易度のほとんどの者がもって1分と言われるシミュレーターで、初めてアムロとガンダムのデータに勝ったパイロット。

 

──その名はユウ・カジマ。かつてノエルの父であるポール・アンダーソン艦長の指揮するサラミス級艦サンタフェ所属の戦闘機パイロットとして戦った男である。

 

 

 

 

「全く……宇宙へ上がると言っておきながら!」

 

 不機嫌そうに足音を鳴らしながらMS格納庫へ歩を進めるノエル。その手には先程レーチェルから手渡された命令書が握られていた。

 ノエルとしてはホワイトベース、サラブレッドを追って宇宙へ上がるものと思い、部下にも空間戦闘のシミュレーターをやっておくようにと指示を出していたのだ。

 確かに「地球でやってもらいたい事が多少はある」とは言っていたが、()()は多少どころの話では無い。

 

(……蒼いジム?)

 

 格納庫に入った瞬間に目に入ったのは、鮮やかな蒼色に染められたジムタイプのMSだ。

 到底戦場で戦う兵器らしい色では無いな、とノエルは思うが、アムロの乗るガンダムなどよりにもよってトリコロールカラーなのだし、自分が乗った水中型ガンダムだって青い。

 

 蒼いジムのコクピット付近にラリーやアニッシュ、そして他部隊の兵士と思われる二人のパイロットが集まって騒いでいる様子が見える。

 おおかたアムロとガンダムのデータに挑んでいるのだろう、とため息を付きながら近づくノエル。

 (ちなみにノエルもガンダムFSDで挑戦してみたが、善戦虚しく2分で撃墜された。それを嫌味のようにアムロに話し、困らせていたのはご愛嬌)

 

(何か、私を見てる……?)

 

 ぞくり、と鳥肌が立つのを感じてノエルは思わず背後を振り向く。()()()()()()()()()

 周囲を見ても、誰も彼女を見ている様子は無い。

 気のせいか、と頭を振って再び歩き出すノエルは蒼い死神(ブルー・ディスティニー)の不気味な()()()が光った事には気がつかなかった。

 

──ノエルの受け取った命令書は二つ。オーガスタ基地でロールアウトした新型ガンダムの輸送。そして、キャルフォルニアベース奪還作戦への参加命令が記されていた。

 




トロイホースは色々設定が錯綜してる艦で、グレイファントムに名前が変わったりトロイホースとしてもう一隻ある設定があったりとハッキリしません。
今作ではトロイホースとグレイファントムは別の艦である、という設定となります。


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MISSION 8 「翠の瞳に映るもの」

─ 地球連邦軍 オーガスタ基地 ─

 

 コーウェン准将からの指令を受け、ノエル達第三小隊改めトロイホース隊は、オーガスタ基地でロールアウトした新型ガンダムの輸送任務に当たっていた。

 オーガスタ基地は旧アメリカ合衆国ジョージア州オーガスタに設置された地球連邦軍の基地で、大部分をジオン公国軍の支配地域とされた北米で,連邦軍の数少ない拠点のひとつとして機能している基地である。

 

 航空基地としての機能だけでは無く,MSの開発や研究を行う研究施設や,連邦軍におけるニュータイプ研究のための研究所も併設されている。

 今回輸送する新型ガンダムや、ジャブローから委託されていた「セカンドロット・ガンダム」の開発を担当していたのもこの基地だ。(サラブレッドの艦載機であるガンダム4号機、5号機がこれに当たる)

 

 トロイホースへの搬入準備が進む中、ノエル達は件の新型ガンダム──RX-78NT-1 ガンダムNT-1を前にしていた。RX-78 ガンダムの発展機だという話だが、外見からは特筆して特別な装備が見受けられる訳ではない。

 

 特徴的なトリコロールカラーであるガンダムと比べて、白と黒のツートンカラーであるガンダムNT-1はより洗練された印象を一行に与える。

 

「これがホワイトベース隊に届ける新型ガンダムですか、隊長。ニュータイプ専用機って聞きましたが、そもそもニュータイプってのはいったい何なんです?」

 

「ラリー少尉、ちょっとは勉強もしないと。ジオニズム曰く、ニュータイプとは"過酷な宇宙環境に進出・適応し、生物学的にも社会的にもより進化した新人類"と言ってますね」

 

「アニッシュ。それを空でスラスラと言えたら大した物だけど、こそこそと端末で調べながらじゃ駄目ね?……まあ、軍としては並外れた認識力や直感力、感応波と呼ばれる特殊な脳波を持った人間の事をそう呼ぶらしいわ」

 

 ガンダムNT-1の資料に目を通しながら、ノエルはそう答える。ジオニズムで言われているニュータイプ論は漠然としていてノエル自身ピンとくるものが無いが、アムロがニュータイプかもしれないというのは連邦軍上層部で言われている事だ。

 

 ニュータイプの本質はともかくとして、軍としては並外れた戦果を上げているアムロの実質的な専用機として調整したのが、今回輸送する新型ガンダムという訳だ。

 

(感応波……黒海で聞こえたアムロ君の声……?)

 

 ノエルが思い返すのは、黒海で黒い三連星と戦った時に聞こえたアムロの"声"だ。あの状況で彼の声が聞こえなければ、自分は間違いなく死んでいた。

 あれがニュータイプの感応波によるものだとすれば、ニュータイプは本当にエスパーのようなものなのだろうか?

 

 

 

 

「ニュータイプ論は私には良くわからないけど……久しぶり、ノエル。最前線の実験部隊に志願したって聞いた時は驚いたけど、無事で安心したわ」

 

「クリスさん!紹介するわ。こちらはクリスチーナ・マッケンジー中尉。私の士官学校時代の先輩よ」

 

 少し考え込むノエルに声をかけたのは、赤いロングヘアが特徴的な女性──クリスチーナ・マッケンジー中尉だ。ノエルの士官学校時代の先輩であり、主席卒業を果たした秀才でもある。

 見慣れないタイプのノーマルスーツの右胸には"G4"のマークがあしらわれているが、これは彼女の所属しているニュータイプ専用MSを研究、開発しているG-4部隊のエンブレムだ。

 

「中尉、ラリー・ラドリー少尉であります。質問なのですが、NT-1はニュータイプ専用機との事で既存の機体と比べて何か特殊な装備が?外観からはわかりかねますが……」

 

「よろしくお願いします、少尉。アレックス……ああ、この機体のコードネームです。アレックスはホワイトベース隊のRX-78-02の実働データをフィードバックした機体ですが、基本的にはパイロットであるアムロ・レイ少尉の驚異的な反応速度に追従出来るように仕上げた機体です」

 

「つまり……めちゃくちゃ早く動けるって事ですか?」

 

 ラリーの質問に丁寧に答えるクリスだが、アニッシュの身も蓋も無い要約を聞いてクスッと笑う。

 

 事実アレックスの出力はRX-78-2と比較し1.3倍の向上。加えてスラスターの増設・大型化による運動性の向上といった基本性能の底上げがなされ、高出力化に対応するためダクトが増設されている。

 それに加えてアムロの操縦に追従出来るように、操縦性は過敏と言える程にピーキーな仕上がりになっているのが特徴となっている。

 

 単純に機体性能が上がったと言えば聞こえは良いが、その性能を十全に発揮出来るパイロットが乗らなくては意味がないどころか、むしろマイナスだ。

 車で例えるなら、普通車に乗っている人間がフォーミュラーマシンに乗って良いタイムを出せる訳では無いという事だ。過剰なパワーと敏感な操作性は、時に重大な事故を引き起こす要因となる。

 

「私はアレックスのテストパイロット兼シューフィッターを勤めていますが、この機体は動きが速すぎて怖いくらいです。本当に実戦で使えるのか……」

 

 クリスは新米らしからぬ操縦技術を買われて試験部隊に配属される程であり、決して腕前が悪い訳では無い。

 その彼女をしてそうまで言わせる程にピーキーな機体を扱える人間が本当にいるのか。アムロとガンダムの実働データは隅々まで目を通しているが、半信半疑なんですと話すクリスだが……

 

「まあ、アムロ用だし……」

 

それが三人の率直な感想であった。

 

 

 

 

『ノエル中尉!緊急事態だ!直ぐにデルタ・チームはトロイホースへ戻ってくれ!』

 

「ヘンケン艦長!?一体何が……敵襲!?」

 

 ノエルのインカムに緊急通信を入れてきたのは、ジャブローで配属されたトロイホースの艦長であるヘンケン・ベッケナー少佐だ。

 連邦宇宙軍第7艦隊所属サラミス改フジ級輸送艦スルガの艦長を務めていたが、コーウェン准将の声かけで転属してきた男である。

 強面で豪快な性格の男で、第三部隊のメンバーとも相性が良かった。……が、顔合わせの際にノエルに一目惚れしており、そのあからさまな態度から部隊の男性メンバーからは早くも冷やかされる事が多くなっていた。

 

 突然の通信に驚いたのも束の間、基地内にけたたましい警報音が鳴り響く。──敵襲だ。

 

 

─ オーガスタ基地 管制塔 ─

 

 

「敵は新型ガンダムを狙っているのは明らかだぞ!……ヘンケン少佐か?アレックスの搬入は一時中断し、トロイホースもMS隊を出してくれ!」

 

 G-4部隊指揮官であるスチュアート少佐が吠える。本来アレックスは北極基地からシャトルでサイド6のリボー・コロニーへ移送される予定だった。

 それが急遽独立遊撃部隊であるトロイホース隊へ輸送任務が回ってきた理由は、基地内部のスパイによって移送予定がリークされた事がわかったからだ。

 

「ええい、この状況で基地を襲撃とは!ジオンもよほど切羽詰まっていると言うことか……!」

 

 本来のシャトル発射場所だった北極基地は文字通り辺境の基地で、配備されている戦力の数もオーガスタ基地とは比べ物にならない程に小さい。

 いくらジオンが新型ガンダムを恐れているとは言え、まさかこのタイミングで基地を強襲するとは思いもよらなかったのだ。

 

「スカーレット隊を出せ!敵機を直ちに殲滅するんだ!」

 

 

 

 

【BRIEFING】

 

 こちらはトロイホース艦長、ヘンケン少佐だ!現在オーガスタ基地は敵の襲撃を受けている。

 敵の狙いは間違いなく新型ガンダムだと考えられるが、我々は何としてもこの機体を守り切らなくてはならない。

 現在基地守備隊のスカーレット隊が緊急発進して迎撃に当たるように動いているが、敵機の中にはドムも確認されている他、データに無い新型機の報告も上がっている。

 

 デルタ・チームも発進し、スカーレット隊と共同戦線を張って新型ガンダムと基地の防衛に当たってもらいたい!

 

───無事に帰ってきてくれよ!幸運を祈る!

 

 

MS1 ノエル・アンダーソン中尉《デルタ・リーダー》

FA-78-01[FSD-G]フルアーマー・ガンダムFSD(陸戦型) 二連装ビーム・ライフル

 

MS2 ラリー・ラドリー少尉《デルタ・ツー》

RGM-79SP ジム・スナイパーll 75mmスナイパー・ライフル

 

MS3 アニッシュ・ロフマン曹長《デルタ・スリー》

RGM-79SC ジム・スナイパーカスタム 二連装ビーム・ガン

 

 

作戦成功条件:敵部隊の全滅

作戦失敗条件:部隊の全滅、防衛目標の破壊

 

 

─ MISSION START ─

 

 

『そこね!直撃させる!』

 

 ノエルの乗る機体はようやく修理の完了したガンダムFSDに、FSWS計画で製造された増加装備を装着した陸戦型フルアーマー・ガンダムFSDだ。本来であれば更に重装甲、高火力を追求した機体だが、地上で運用するには重すぎる重量が問題となり、機動性低下を避けるため追加装甲面積を70%に縮小し、55%までの重量低下に成功した。

 

 素体であるガンダムFSDにも新技術であるマグネット・コーティングが施された他、増加装備という特性上、損傷した装備のパージや戦場に合わせた換装も可能としている。

 

『隊長が一機撃墜、俺も負けてらんねぇ!』

 

 先手必勝とばかりにノエルが発射した肩部360mmキャノンの弾丸がザクに直撃し、構えていたシールドごと左腕を吹き飛ばす。衝撃で倒れ込んだザクからパイロットが脱出し、一足遅れて機体が炎上。

 

 遠距離狙撃用の武装を装備していないアニッシュのスナイパーカスタムは、先行しているスカーレット隊のジム・コマンドを追って敵機に接近していく。

 

『隊長、足が速い奴が接近中。スカート付きが2、青い色の新型が1』

 

 頭部光学センサーを下ろして狙撃体勢を取っているスナイパーIIから通信が入る。ジャブロー防衛戦とは違い、今回は流体炸薬を使用した75mm実弾狙撃用ライフルをスナイパーIIは装備している。

 光学照準器を装備し、ジム・スナイパーIIのコンピューターと連結して高い命中率を誇る武装は卓越した狙撃技能を持つラリーにはうってつけだ。

 

『了解、デルタ・ツー。私が前に出て迎撃するわ。後ろから援護を──なに!?』

 

 アニッシュのスナイパーカスタムに追従するように、敵機との距離を詰めようとしたノエルだったが、背後から聴こえた轟音に思わず振り返る。

 アレックスが格納してある場所では無いが、MS用の部品が保管されている倉庫が燃え盛っている──伏兵だ。

 

『ノエル中尉!基地裏手の湖からジオンの水陸両用MSが三機!こっちも新型だ!ええい!機銃を使って応戦、敵機を何としても食い止めろ!』

 

 ヘンケンからの通信を聞いて、やられた、とノエルは唇を噛む。此処オーガスタ基地はクラークヒル湖のほとりに建設されている。敵は二手に分かれ、防衛部隊を誘い出す腹づもりだったに違いない。基地外周に現れたのはあくまで陽動、本命は湖の中に潜んでいた水陸両用機だ。

 基地の背後に警戒しなかったのは迂闊だった。

 トロイホースや戦車は残っているとは言え、MS相手では長くは持たない。

 

『ガンダムの機動性なら……!』

 

 思い切りアクセルペダルを踏み抜いて、ランドセルや機体各部に増設されたスラスターを全開にして格納庫へ舞い戻るノエルとフルアーマー・ガンダムFSD。

 ラリーのジム・スナイパーIIも後に続くが、高速移動している状況では狙撃用ライフルは役に立たない。

 

 背後からの奇襲を受けて慌てて起動しようとするジムの頭部を踏みつけ、コクピットにメガ粒子砲を撃ち込む敵MS。

 

 射程外だと分かっていながら、遮二無二ビーム・ライフルを格納庫に迫る敵機に向けて乱射するノエルだが、このような状況では精密射撃など望むべくも無い。

 トロイホースも機銃を使って応戦しているが、大口径な砲台やメガ粒子砲を撃てば逆に基地やアレックスに被害を与える状況では迂闊に攻撃をする事も出来ない。

 

『間に合わない!』

 

 必死の抵抗を掻い潜り、遂にアレックスが隠されている格納庫へ辿り着く敵MS。格納庫の壁を鋭い爪で突き破り、中を覗き込んだ瞬間。

──轟音と共に無数の弾丸が敵機へ向けて乱射され、暗闇にデュアルアイの光が輝いた。

 

 

『戦わなければ、もっと多くの人が死んでしまう……イチかバチか、いけ!』

 

 




今作のアレックスは戦記の特殊カラー(νガンダムカラー)です。
アムロに届ける事が決定した際に、劇中の青と白のツートンカラーから塗り替えられたという設定となっています。


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MISSION 9 「歴戦のサイクロプス」

出来損ない(グリナス・ヘッド)が起動しただと!?俺とした事が……間抜けだな』

 

『隊長、ご無事で!まさか動けるとは……』

 

 オーガスタ基地を襲撃した特殊部隊"サイクロプス隊"

 隊長であるベテランパイロット、ハーディ・シュタイナー大尉は、アレックスから放たれた弾丸をすんでのところで回避する。

 

 本来であれば搬入時の隙を突いて基地を強襲し、電撃的に新型ガンダムを破壊もしくは奪取する作戦だったが、目標が起動した今では奪取する事は極めて困難だ。

 今は数的有利の状況だが、時間をかければ混乱した基地機能も回復し、ジリ貧になる事は明白だった。

 

『だが、戦場では経験がモノをいう!そのような拙い動きで我々に挑んでくるとは……!アンディ、ガルシア、援護しろ!出来損ないを破壊する!』

 

 シュタイナーの乗る機体はMSM-07E ズゴックE。

 統合整備計画の一環で開発された機体で、ズゴックの性能を引き継ぎつつも、同機体の地上運用後に見つかった問題点をクリアするため開発された試験機だ。

 キャリフォルニアベースで製造された機体で、水陸両用機のカテゴリでありながら陸戦用MSとしても高い性能を誇る傑作機である。

 

『へへっ!了解です、隊長!』

 

『逃がしはしないぜ!攻撃を開始します!』

 

 "サイクロプス隊"の古参メンバーであるガブリエル・ラミレス・ガルシア軍曹とアンディ・ストロース少尉がシュタイナーに応える。

 

 彼らが乗るのは、水色の流線型ボディが特徴的なMS、MSM-03C ハイゴッグ。

 ズゴックEと同じく統合整備計画においてゴッグを再設計した機体であり、主に機動性や運動性、攻撃力の向上などが図られているが、代わりに防御力が低下している。

 オプション装備として背部ジェット・パックやハンド・ミサイル・ユニットを装着可能で、強襲用MSとしても高い性能を誇る機体だ。

 

『我々も遊びで来ているわけではないのでな!早々にケリをつける!』

 

 格納庫から出てきたアレックスの動き方を見て、シュタイナーはパイロットが機体を操りきれていない事を瞬時に看過する。どことなくぎこちない動きで、慎重に操作しているように彼からは見受けられた。

 

 勿論、それを見逃すサイクロプス隊のメンバーでは無い。両腕部に内臓されたメガ粒子砲をズゴックEとハイゴッグがアレックス目掛けて乱射するが、予想以上に機敏な動きでそれを回避するアレックス。だが──

 

『避けてばかりでは勝つ事は出来んぞ!』

 

 水陸両用機とは思えぬ俊敏な動きで、アレックスに向けてバイス・クローを突き出すズゴックE。

 機体性能では劣っていても、幾度となく修羅場を潜り抜けてきた特殊部隊の実力は伊達では無い。

 

 

 

 

『マッケンジー中尉、何をやっている!アレックスは完全では無いんだぞ!それに君では……!』

 

『このままむざむざとアレックスが破壊されるのを見ているワケにはいかなかったんです!やらせて下さい!』

 

 懸命にアレックスを操縦し、ズゴックEとハイゴッグの猛攻を凌ぐクリス。スチュアートから通信が入るが、この状況で何もせずに逃げる事など彼女には耐えられる事では無かったし、G-4部隊としてもアレックスを失うワケにはいかない。

 

 一瞬逡巡したスチュアートだが、アレックスをそのままクリスに任せて敵を撃破させる決断を下す。

 アレックスが破壊されれば自身の責任追求は免れないだろうが、この状況ではアレックスだけ逃す事など出来ようも無い。彼は腹を括った。

 

『──すぐにデルタ・チームのMSが合流する!あと40秒凌いで、協力して敵を撃破せよ!……頼むぞ、マッケンジー中尉!責任は私が取る!』

 

『了解……!G-4部隊の名にかけて、凌いでみせる!』

 

 アレックスの装備は予備パーツと共に先にトロイホースへ搬入されていた為、丸腰の状態だ。

 両腕部に90mmガトリング砲が内臓されているが、手持ち武装と比べれば圧倒的に弾数が少ない。

 考えなしに乱射してしまえば一瞬で弾切れになり、残る武装はビーム・サーベルのみとなってしまう。

 

(敏感な機体だからって……耐えるくらいなら、私でも!)

 

 それでもあと数十秒凌げれば良い。

 90mmガトリング砲を牽制に使いながら、アレックスの圧倒的な機動性を出来うる限り使って、クリスは敵の攻撃を躱しきる。

 

 

──"凶鳥"が降り立つまでの時間を、彼女は耐え抜いた。

 

 

『──クリスとアレックスはやらせない』

 

 アレックスに迫るズゴックEの前に、赤い目を光らせたフルアーマー・ガンダムFSDが降り立った。

 

 

 

 

『連邦のヒヨッコどもが……さぁ来い!戦い方を教えてやる!』

 

 コクピットで酒の入ったスキットルを呷りながら、ミハイル・カミンスキー中尉は遠巻きにこちらを包囲するジム・コマンドを威嚇する。

 既に何体ものジムが彼の駆るMS、MS-18E ケンプファーによって撃破され屍の山を築いていた。

 

 ケンプファーは大推力のスラスター及び姿勢制御用バーニアを全身に装備した強襲用MSで、ショットガンやバズーカなどの実体弾系統の武装を全身にジョイントパーツで保持する事が可能となっている。

 ジオンのMSとしては珍しく近接武装としてビーム・サーベルを装備しており、その性能はガンダムタイプにも匹敵する高性能機だ。

 

『調子に乗りやがって!これでも食らいな!』

 

『おっと!シロウトばかりの連邦でも、少しはマシな奴もいるらしいなぁ!?』

 

 随伴機のザクIIこそノエルに続いて撃墜していたアニッシュだが、それ以降は相手のペースに乗せられている。

 

──早くガンダム二機の援護に向かわなくてはならない。

 焦るアニッシュだが、目の前の相手はそれを簡単に許してくれる程優しい相手では無い事は痛い程分かっていた。

 

 膠着状態に焦れたアニッシュのジム・スナイパーカスタムが単機でケンプファーに突貫する。

 足元に転がっていたジムのシールドをケンプファーに向けて放り投げると、避ける隙を狙って二丁装備のビーム・ガンで射撃戦を仕掛けた。

 

『ちぃっ!こうも速いかよ!スカーレット隊、援護してくれ!』

 

『りょ、了解!……う、うわぁっ!』

 

 大出力スラスターを吹かして強引に光弾を回避するケンプファーのスピードは、強化されているスナイパーカスタムのソレを遥かに上回っていた。

 

 ビーム・ガンを連射するが、あっという間に有効射程外へ逃れるケンプファーに舌打ちをするアニッシュ。

 スカーレット隊のジム・コマンドが100mmマシンガンで援護するが、回避しながらケンプファーが放ったショットガンで機体を穴だらけにされて沈黙する。 

 

 ケンプファー一機に手を焼いている状況だが、敵はそれだけでは無い。二機のドムがまた一機、基地守備隊のジムにヒート・サーベルを突き刺して撃破しているのが見て取れる。

 

『こちらデルタ・スリー!少々まずい事になってる。デルタ・ツー、援護は出来るか?』

 

 

 

 

『──こちらデルタ・ツー、任せておけ。まずはスカート付きを仕留める』

 

 一旦はノエルのフルアーマー・ガンダムFSDに追従して引き返したラリーだったが、戦況を鑑みて独自の判断で行動を変更。

 長射程狙撃に優れたスナイパーIIと75mmスナイパー・ライフルの性能を最大限に活かせる場所──トロイホースの()()()にラリーは自機を移動させていた。

 

『………………』

 

 アニッシュからの通信に返答を返した後、ラリーは無言で射撃用スコープに表示されるレティクルにドムを捉え、狙撃するタイミングを図る。

 ターゲットはホバーで縦横無尽に移動する相手だ。狙撃する相手としては非常に難度が高い。

 

 ジャブロー防衛戦で使用したロングレンジ・ビーム・ライフルは貫通力と直進性に優れた武器だった上に、ターゲットは複雑な回避行動を取らないガウ攻撃空母だった。

 それに引き換え、今回装備している75mmスナイパー・ライフルは実体弾を使用する狙撃銃で、ビームとは違い実弾は風速、気温、距離、湿度等の影響を受ける。

 

 勿論、精密射撃用センサーとスナイパーIIのコンピューターが細かい計算を行うが、トリガーを引くのはパイロット自身だ。コンピューターの指示通りに撃って百発百中ならこれほど楽なものは無いが、最後に狙撃手(スナイパー)が頼るのは自分の経験則に他ならない。

 

『────っ!』

 

 狙い澄ました一撃は、寸分の狙いの狂いも無くドムの腹部に直撃する。重装甲を誇るドムと言えど、高初速で発射される狙撃銃の一撃を耐える事は難しい。

 

 一機目を仕留めても、ラリーは表情を緩めない。

 

 僚機が狙撃でやられた事に気付いたもう一機のドムが、基地防衛隊のジムを無視してこちらに向かってくるのが見える。

 不規則な機動でこちらに狙いを付けさせない腕前は大したものだ、とラリーは思うが、あくまで冷静にトリガーを押し込むと、ジム・スナイパーIIの手がボルトハンドルを回転させながら後方へ引かれる。

 巨大な薬莢が排莢され、続いてハンドルを前に押し出して回転させる事で弾薬が装填された。

 

 モーゼル・ボルトアクションライフル"Kar98k"をベースに開発された75mmスナイパー・ライフルは、原型の銃と同様に回転式ボルトアクション方式を採用している。

 

 信頼性の高い構造だが、連射が効かない。

 ドムの機動性なら、次の一発を仮に外せば一気に距離を詰められる。──ラリーは外した後の可能性を頭の中から排除する。

 

 ドムがジャイアント・バズを発射してくるが、ラリーはレティクルから目を離さない。射程外の攻撃だ、恐るな。

 そう自分に言い聞かせる。通信でヘンケン艦長が懸命に指示を出しているのが微かに聞こえる。

 

 

──トリガーを引く。

 

 

 ドムが続いて射撃しようと構えた瞬間に、ラリーは引き金を引いた。

──刹那、放たれた弾丸はドムの右脚部に着弾し、膝から下を吹き飛ばす。

 最高速度時速381km/hものスピードで移動するMSが、突然片足を失ってどうなるかはいうまでも無い。

 

『艦長、こちらデルタ・ツー。スカート付きを二機撃破。引き続きデルタ・スリーの援護に向かう』

 

 

二極化した戦いは、まだ終わらない。

 

 



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MISSION 10 「戦士達の意地」

挿絵にitaco様に描いていただいたイラストを掲載しました。
是非小説と一緒にご覧ください。

皆様のおかげでUAが10000を超えました!ありがとうございます。
評価、感想もお待ちしてます!


「戦況はどうなってる!艦砲射撃で援護は出来んのか!」

 

「無理です艦長。この状況では」

 

 トロイホースのキャプテンシートで、ヘンケンが焦れたように声を上げるが、オペレーターに冷静に返される。

 

戦況としては、奇襲を受けて総崩れになりかけていた状況を何とか持ち直したと言って良い。

 それでもオーガスタ基地の守備隊の被害は少なくなく、トロイホース隊がいなければアレックスは難なく奪取されていた事に間違いは無いだろう。

 

 MSをトロイホースの砲で援護したいところではあるが、北米での重要拠点であるオーガスタ基地の施設を無闇矢鱈に破壊する訳にもいかないのが辛いところだ。

 

「ええい、ノエル中尉達を信じる他無いと言う事か……!」

 

 

 

 

『私が敵を引きつける!隙があればっ!』

 

 陸戦型フルアーマー・ガンダムFSDの圧倒的な火力は、他のMSとは比べ物にならない程に高い。

 

 右肩部360mmキャノン砲に加えて、左肩部スプレー・ミサイル・ランチャー。右腕部にはガトリング、左腕部には二連装ビーム・ライフルを装備した重装備の機体だ。

 本来のフルアーマー・ガンダムと比べれば妥協案とも言える仕様ではあるが、それでもMS一機が持ち得る火力としては十分すぎた。

 

 中距離でこちらの隙を伺う様子の敵機を前に、ノエルは積極的に攻撃を仕掛ける。この機体の火力が有れば、多少の数的不利は問題にならない。

 面制圧をするようにスプレー・ミサイル・ランチャーで段幕を張り、土埃を貫いて飛んでくる敵機のビームをステップを踏んで回避する。

 

『馬鹿みたいに撃ちまくるだけなら!やらせてもらう!』

 

『待てアンディ!焦るな!』

 

 ノエルがビームを回避した隙を狙って飛び込んできたのはアンディのハイゴッグだ。

 功を焦ったのか、それとも時間が無い事を理解して捨て身となったのか……隊長であるシュタイナーの制止を振り切って、二機のガンダムに突撃してくる。

 

ハイゴッグはゴッグが腹部に搭載していたメガ粒子砲を腕部に移設し、ジェネレーター直結方式ではなくECAPを採用。連射性能を高めたビーム・カノンを装備している。

 

 ビーム・ライフルよりも威力は劣るものの、まるでマシンガンのようにビームの粒子をばら撒き、牽制しながらFA・ガンダムFSDに肉薄するハイゴッグ。

 コクピット目掛けて右のバイス・クローを突き出し、至近距離でビーム・カノンを発射しようと目論むものの──

 

『このフルアーマー・ガンダムを火力だけだと思ったら……大間違いよ!』

 

『な、何だとっ!ぐおっ……!?』

 

 脚部に増設されたスラスターを全開にして、その勢いを利用してFA・ガンダムFSDはハイゴッグに強烈な膝蹴りを見舞う。

 新技術であるマグネット・コーティングを関節部に施されたガンダムの動きは滑らかで、増加装備で重量が増していながらもノエルのイメージ通りに機体が動く。

 

 予想だにしていなかった格闘攻撃に面食らったハイゴッグの腹部に膝蹴りが直撃。あまりの衝撃に一瞬水色の機体が宙に浮いた後、仰向けに力無く機体が転がった。

 ハイゴッグの腹部装甲は無惨に凹み、動力の伝達回路に何かしらの損傷を負ったのかモノアイが点滅を繰り返す。

 

 動く度に軋むような異音を立てるハイゴッグだが、まだ立ち上がろうとしている。ノエルは自分で驚く程に冷静にガンダムのガトリング・ガンを横たわる敵機へ向けた。

 

 

『──悪いけど、やらせてもらうわ』

 

 

 轟音と共に発射される無数の弾丸が、ハイゴッグを無惨にも穴だらけにしていく。

 腕部に外付けされたガトリング・ガンと言っても、その口径は通常の手持ち武装であるマシンガンとさほど変わりは無い。至近距離で撃たれれば、装甲が厚くないハイゴッグならずとも致命傷になる事は間違いなく──

 

『こちらデルタ・リーダー。敵機を一機撃破。戦闘行動を継続します』

 

 一斉射の後、そこに転がっていたのは胴体部を蜂の巣にされたハイゴッグの姿だ。

 完全に機体が破壊され、もう二度と動く気配は無い。

 

──残り二機の姿を捉えたままのFA・ガンダムFSDのデュアルアイが、血のような赤色に輝いた。

 

 

 

 

『これが、実戦……』

 

 容赦無く敵機を破壊したFA・ガンダムFSDとノエルを見て、クリスは思わず呟く。

 クリスとて軍人であり、敵を倒す事に躊躇いは無い。躊躇すれば、その間にもっと多くの人が死ぬ。

 彼女は今まで実験部隊として働き、テストパイロットとは言っても実戦に出た事も無ければ敵と戦った事も無い。

 

──それでも、クリスはそれを理由に臆するような人間ではない。

 ノエル達に元実験部隊(モルモット)として戦い、生き残ってきたプライドがあるのなら、クリスにも実験部隊(G-4)としてのプライドがある。負けてなどいられない。

 

『私だって、やってみせる!』

 

(敵の練度は高い……だったら反応してくれる筈!)

 

 僚機を失って動揺しているように見えるもう一機のハイゴッグに、アレックスが仕掛ける。

 両腕の90mmガトリングは既に弾切れになっているが、それを敵は知らない。

 ハイゴッグに左手のガトリングを向けると、危険を察知したガルシアはスラスターを吹かせて右へ機体を滑らせるように動かして回避行動を取る。

 

 当然だ。左手側には燃え盛る倉庫があるのだから、避けるなら右しかない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『な、なにぃ!?オレの動きを読みやがったのか!?冗談じゃねぇ!』

 

 ガルシアが()()()()には、ビーム・サーベルを構えたアレックスが恐ろしいスピードで移動していた。

 

 これまでの戦闘で、敵の部隊が恐らく特殊部隊の類である事をクリスは理解していた。それも相応の経験を積んだ手練れだ。そうでなくては、奇襲とは言っても数機のMSで連邦軍の基地へ仕掛けては来ない。

 

 ()()()()()()()()()()()、こちらのフェイントに敏感に反応してくれる筈。──クリスの読みは当たった。

 アレックスのバケモノ的な推進力と敏感すぎるまでの反応速度を、クリスは痛い程知っている。

 半ば強引に機体を操作し、ビーム・サーベルを突き出したまま突撃するアレックスと、咄嗟にバイス・クローを突き出したハイゴッグが交差する。

 

『はぁっ、はぁっ、はぁっ……て、敵は……』

 

──生きている。

 そう実感したクリスは無意識のうちに止めていた呼吸を再開し、何度も荒い息をつく。

 

 後ろを振り向けば、横一文字にビーム・サーベルで両断されたハイゴッグの上半身がグラリと傾き、そのまま落ちて地面に転がる光景。

 

 ほんの紙一重。少しでもズレていたなら、死んでいたのは自分。──これが、実戦。

 

 

 

 

『アンディ、ガルシア……!』

 

 一回の攻防で二人の部下を失い、シュタイナーは慟哭しそうになる衝動を抑えて歯を食いしばる。

 陽動部隊もミーシャのケンプファーを除き、全て撃破されている。ミーシャにしても手練れのジム二機を前にして、倒されないまでもこちらを援護出来る状態では無かった。──こうなれば、せめて出来損ない(グリナス・ヘッド)と相打ちにでも持ち込まなければ、死んだ部下に申し訳も立たない。

 

『滅び行くものの為に、か』

 

 覚悟を決めたシュタイナーが、ズゴックEの姿勢を低くして突撃体勢を取った。

 こちらの狙いを把握しているのか、出来損ないを守るように黒いガンダムタイプが立ちはだかる。

 アンディのハイゴッグを手玉に取ったガンダムを突破して、出来損ないを破壊する──割に合わない仕事だと、コクピットの中でシュタイナーは笑った。

 

 

 

 

『──来る』

 

 戦闘の趨勢は決まった。残るジオンの襲撃部隊のMSは二機。まだラリーとアニッシュは戦闘中だが、あの二人を突破してこちらに援護しに来る気配は無い。

 目の前の機体も撤退や投降する気配は無く、むしろ捨て身でこちらに特攻してくる様子だ。

 

(そこまでの覚悟で……)

 

 所属は違えど、同じ軍人としてノエルは名も知らぬ敵機のパイロットに想いを馳せる。

 例え刺し違えてでも任務を果たす。軍人として覚悟はあるが、自分に同じ事が出来るだろうか?

 

『──中尉!ノエル中尉!聞こえているか!()()!』

 

『っ!?アラート!』

 

 目の前の敵機に集中し過ぎていたのか、ヘンケンからの幾度かの呼びかけでようやくノエルは反応する。

 やかましく音を鳴らすアラートが示すのは、飛来するミサイルの存在だ。躱す事自体は造作もないが、ミサイルを発射したのは?

 

『ノエル!上空にドダイを三機確認!MSが乗ってるわ!』

 

『このタイミングで……!?迎撃を!』

 

 アレックスのセンサーが捉えたのは、基地上空からミサイルを放った爆撃機、ドダイYS。

 三機のドダイが確認出来るが、MSが搭乗しているのは二機。伏兵にしてはおかしなタイミングだし、なにより数も少ない。

 

 疑問を抱きながらも肩部360mmキャノンで迎撃するが、ドダイは見事な操縦テクニックで飛来する弾丸をかわし切る。

 敵の意図が読めないが、かかる火の粉は振り払わなければならない。ノエルは操縦桿を握る手の力を強めるが──

 

『煙!?スモーク・ディスチャージャー!──クリス!』

 

『了解……!』

 

 ドダイに乗るMS──旧型ザクが射出したのは弾丸では無く、スモーク・ディスチャージャー。即ち煙幕である。

 レーダーの効かない有視界戦闘において、煙幕は古典的だが有効な戦術だ。ただし、お互いに視界が利かなくなる以上、()()()()()()を取った上で使用してきたと考えるのが妥当だ。

 

 反射的にクリスに呼びかけるのと同時に、自分もペダルを踏み込んでトロイホースが待機している方向へガンダムを走らせる。一刻も早く煙幕から抜け出さなければ。

 

──このままでは、自分達が狩られる。

 

 

 

 

 そうしてノエルとクリスが煙幕を抜けたのと時をおなじくして、シュタイナーのズゴックEを回収した三機のドダイは空の彼方へと飛び去った。

 ラリーとアニッシュが対峙していたMSも、一連の混乱の流れに乗じて撤退。

 

 "アレックスの護衛"という任務こそ達成したものの、オーガスタ基地の受けた被害は少なくない。

 敵部隊の大半は撃破したものの、生き残った二人は再び仕掛けてくるだろう。

 

 コクピットハッチを開けたノエルの目には、闇夜の中で燃え盛るMSの残骸が映っていた。



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MISSION 11 「キャルフォルニア・ベース奪還作戦」

 オーガスタ基地襲撃作戦から数日経ち、トロイホース隊に下った命令は北米大陸沿岸地帯に存在するジオン軍の大規模拠点、キャルフォルニア・ベースを奪還する作戦への参加命令だ。

 

 キャルフォルニア・ベースはそもそも、地球連邦軍本部ジャブロー防衛の要だった場所だ。ジオン軍の第二次降下作戦で抵抗虚しく占領され、以後はオデッサと並ぶジオン地上軍の最重要拠点となっている。

 (実際にはキャルフォルニアにある本部だけで無く、本部から南西部までの一帯に存在する二十近い基地の総称こそが、キャルフォルニア・ベースだ)

 

 先のジャブロー降下作戦で大量に投入されたガウもこの場所から飛び立っており、降下作戦の失敗で戦力が枯渇。

 オデッサ作戦とジャブロー降下作戦に勝利を収めた地球連邦軍は、その勢いのままにキャルフォルニア・ベースの奪還を目論んだ。

 

 襲撃を受けたオーガスタ基地だが、基地守備隊はともかく大部分の設備は無事だった事が幸いした。

 ジャブローに戻る事なく、そのままオーガスタ基地で機体の整備と補給を終えたトロイホース隊は、命令に従って現地へ向かう事となった。

 

 

 

「聞きましたか、隊長。ジャブローで見た蒼いジムの話」

 

「特に聞いていないけど……そもそも蒼いジム自体、連邦軍のデータベースを調べても出てこないのに」

 

「なんだ、また噂話か?」

 

「まあまあ。ちょっと知り合いのヘリ乗りから聞いた話なんですが……」

 

 トロイホースのブリーフィング・ルームに集まっていたデルタ・チームだが、アニッシュがいつものように噂話から仕入れた話題を切り出す。

 情報源はイマイチ胡散臭いのだが、今までの噂話で全く見当違いなものは無かった。まさかアニッシュが実は諜報部所属だった、なんて事もあるまいし、仮にそうだったとしても特に問題があるわけでも無いのだが。

 

「なんでもキャルフォルニア・ベース近郊にジオンのミサイル基地が確認されたらしく、その破壊に例のジムが駆り出されたらしいんです」

 

「ミサイル基地?……確かにキャルフォルニア・ベースに侵攻する部隊が狙われたら厄介だけど……一機で?」

 

「そりゃそうですが、ミサイルですよ?ピンポイントでこちらだけを狙える訳じゃ無い。残ってる友軍部隊まで巻き込む可能性があるだから、そうそう撃てるもんじゃない。それに一機で基地を破壊するなんて出来るもんか」

 

 ミサイル基地がある事自体はさほどノエルにも驚きは無い。旧世紀から存在していた基地をジオンが占拠し、本部の防護を固める為のものだろう。

 

 だがラリーの言う通り、仮にミサイル攻撃を行うにしてもその攻撃はジオン軍側にもかなりの損害を与える事になる。いくら追い詰められているとは言え、そんな事をするだろうか?仮に司令部がミサイル基地を危険視したとしても、今は一機でも多くのMSをキャルフォルニア・ベース奪還作戦に送り込みたい時だ。

 

 だからと言って本当に一機で基地破壊任務など論外だ。成功する筈が無いどころか、作戦と言えるものではない。

 あの蒼いジムのパイロットがシミュレーションとはいえ、アムロを倒す程の手練れである事を差し引いても、あり得ない話だ。

 

「……成功したそうです。配備されてたMSは勿論、地上要塞のダブデまで破壊して、基地の破壊もやり遂げたって話です」

 

「そんなバカな事……」

 

 確かに不気味な気配を感じた機体ではある。

 だがMSはただのマシーンであって、そこにオカルトな要素が介在する余地は無い。そう考えた時、オーガスタ基地に併設されているニュータイプ研究所にあった書籍のデータをコピーしていたのをノエルは思い出した。

 

「Do Human Evolve Into "EXAM"──人類は"EXAM"になれるのか?なんですか、これは?」

 

「ニュータイプ研究所にあった書籍のデータよ。ニュータイプ論が書いてあるからって研究所の……ええと、ローレンさんに聞いたの。それにこのEXAMってワード。例の蒼いジムの右肩にマーキングされていたのと同じよ」

 

「EXAMになれるのかって言われてもな……大体EXAMってのは?」

 

(EXAMination──裁く?誰を裁くの……ニュータイプを?)

 

 不穏な空気を感じたままで、トロイホースは戦闘空域へ侵入する。ブリーフィング・ルームに艦長であるヘンケンの声が響いた。

 

 

 

【BRIEFING】

 

 ジオン掃討作戦の一環である、キャルフォルニアベース奪還作戦への参加命令が正式に下った。

 我々トロイホース隊は基地中枢部から離れた宇宙基地を制圧する。現在マスドライバーにて、ザンジバルが打ち上げ態勢に入っている事が確認されている。

 

 これほど切迫する状況下で打ち上げを強行する事から、このザンジバルには何かしらの重要物資が搭載されている可能性がある。

 今回のミッションは、ザンジバルの打ち上げ阻止が第一目標となる。撃破では無く足止めが目標となるので、船体や後部ブースターユニットへの直接攻撃は避け、ブリッジ部分のみを破壊してくれ。

 

 難しいミッションだが、十分注意して欲しい。

 なお、アレックスはホワイトベースへ移送する機体の為、出撃は出来ない。機体のシューフィッターであるマッケンジー中尉も同様だ。

 敵部隊からの苛烈な抵抗が予想される事から、トロイホースは後方の司令部でビッグトレーと共に待機する事となる。こちらの防衛は考えず、ザンジバルへ急いで向かってくれ。

 

 各員の健闘を祈る!

 

 

MS1 ノエル・アンダーソン中尉《デルタ・リーダー》

FA-78-01[FSD-G]フルアーマー・ガンダムFSD(陸戦型) 二連装ビーム・ライフル

 

MS2 ラリー・ラドリー少尉《デルタ・ツー》

RGM-79SP ジム・スナイパーll ビーム・ライフル

 

MS3 アニッシュ・ロフマン曹長《デルタ・スリー》

RGM-79SC ジム・スナイパーカスタム 二連装ビーム・ガン

 

 

作戦成功条件:目標のブリッジ破壊

作戦失敗条件:部隊の全滅、目標の破壊

 

 

─ MISSION START ─

 

 

『ザンジバルの打ち上げを阻止しろと言われても、こうも乱戦じゃあ!』

 

『デルタ・スリー!フォーメーションを崩さずに防衛戦を突破します!後続部隊の露払いもするのよ!』

 

 キャルフォルニア・ベース奪還作戦の先陣を切って、デルタ・チームは先頭に突入する。

 目的はマスドライバーで宇宙に射出されるザンジバルだが、それを簡単に許すジオン軍では無い。今基地防衛に出ている部隊は決死隊だ。艦長はザンジバルに重要物資が搭載されている可能性があると言っていたが、宇宙に逃げる為に乗り込んでいるジオン兵も多い筈。

 

 このキャルフォルニア・ベースを失えば、ジオン地上軍は宇宙へ帰る手段を失う。間違いなく、今戦っている兵士は宇宙へ帰れない。

 それでも、一人でも多くの兵を宇宙に上げる為に彼らも戦っている。だが、それを黙って見逃すわけにはいかない──そう呟いてノエルはトリガーを引く。

 

『こちらデルタ・ツー、敵機発見。──いや、友軍機の砲撃で敵機の撃破を確認した。ガンダムタイプだ』

 

『──ガンダム6号機!』

 

『すげぇ火力だ!ウチのガンダムと良い勝負だぞ』

 

 ラリーが発見したザクの小隊を一瞬で破壊したのは、ジャブローで開発された六番目のガンダム。通称マドロックと呼ばれる機体だ。

 

 マドロックは固定武装の強化をコンセプトとして開発された機体で、ランドセルに300mmキャノン砲を装備した他、砲撃時に発生する衝撃波や電磁パルスの影響を防ぐ為に装甲を強化。

 増加した機体重量で機動性の低下を防ぐ為、脚部に可変式スラスターユニットを増設する事によってホバー走行を可能とする事で、高い機動性と攻撃力を両立する事に成功した。

 

『ジャブロー防衛戦で損傷したって聞いていたけど、完成していたのね。デルタ・ツー、スリー!今のうちに突破よ!アロー・フォーメーションを維持!』

 

『デルタ・ツー、了解』

 

『デルタ・スリー、了解!』

 

 意図してやっているのか、それとも実戦の空気に興奮して歯止めが効かなくなっているのか……手当たり次第に敵機に撃ちかかるマドロックだが、敵がそのまま放っておく筈が無い。

 グフやドムといったザクよりも機動性に優れる機体が率先してマドロックに仕掛けるが、アニッシュが感嘆するように馬鹿げた火力で強引に敵機を撃破する。

 

 後々の事を考えれば基地施設を過度に破壊する事は避けるべきだが、戦闘中にそんな事を気にかける余裕がある筈も無い。マドロックが勢い余ってザンジバルを破壊する事が無ければ良いが、とノエルは思いながら、僚機と共にマスドライバー周辺へ機体を走らせた。

 

 

 

 

「こいつは……MAか?」

 

「いえ、こいつはゾック。こんなデカさですが、れっきとした水陸両用MSです。合計9門のメガ粒子砲を装備した色んな意味で重量級の機体ですよ、シュタイナー大尉」

 

 防衛に出撃するMSやザンジバルに乗り込む負傷兵でごった返す基地内部。格納庫に鎮座する大型の機体の前で話すのは、サイクロプス隊の生き残りであるハーディ・シュタイナー大尉と整備兵だ。

 

 MSM-10 ゾック。頭部含め合計9門のメガ粒子砲を搭載し、ズゴックのものよりも更に高威力かつ連射も可能。搭載された大型ジェネレーターの出力はザクIIの実に4倍を誇る超重量級の機体だ。

 

「この機体なら、例の"凶鳥"を仕留められるか?あの黒いガンダムを」

 

「"ジャブローの凶鳥"……大尉ならやれますよ!」

 

 基地に設置されたカメラや、既に出撃した兵士達からの報告で"ジャブローの凶鳥"と呼ばれる機体がいる事は確認出来ている。オーガスタ基地で辛酸を舐めさせられた"黒いガンダム"がそのような呼び名で恐れられている事をシュタイナーは初めて知ったが、散った仲間達の為にも二度は負けられない。

 

 キャルフォルニア・ベースは海に面している為、基地内部にもMSが通れる水路が何本も通っている。

 機体を冷却しながらメガ粒子砲を連射出来れば、いかにガンダムが重装甲だろうと必ず勝てる。

 

『ハーディ・シュタイナー、ゾック出るぞ!』

 

 四脚を備えた異形の大型MSのジェネレーターが唸りを上げ、激戦が繰り広げられる戦場へ現れる。

 ジオン決死の防衛戦はまだ始まったばかりであった。

 

 

 




今作に出てくるMSのデザインは、PS2版戦記に出てきた際のデザインを踏襲しています。
ブルーの肩のロゴや、四脚のゾック等はゲーム版だけなので。


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MISSION 12 「タイム・リミット」

『ひるむなぁっ!少しでも多くの部隊を宇宙(ソラ)へ上げるんだ!ジ、ジーク・ジオン!』

 

『往生際が悪いんだよ!宇宙人どもを一匹残らず始末しろ!……くそっ!こんなに敵が強いなんて、聞いてないぞ……うわぁっ!』

 

 キャルフォルニア・ベースに連邦軍の本隊が到着し、オデッサ作戦以上に激烈な戦闘が繰り広げられる。

 もはや後が無いジオン兵が戦う原動力は、一人でも多くの仲間を宇宙へ。そして祖国(サイド3)へ返すという想い。その強い想いこそが、追い詰められたジオン兵に限りない力を与えていたのだ。

 

──しかし、それだけで戦況が覆る程戦争は甘く無い。

 数で劣るジオン軍がなんとか持ち堪えられているのは、連邦軍MS隊の戦い方が稚拙だったからだ。

 まとめて戦力を投入すれば良いものの、逐次兵力投入しかしていない。杓子定規に三機一隊を投入し、ジオンのベテランパイロットが操縦する最新鋭機と対峙。

 応援を送ったのは良いものの、到着する頃には部隊は全滅……結果として、戦力の逐次投入になる、という悪循環が起こっていた。

 

 詰まるところ、ジオン軍と同じくらいに連邦軍も多くの混乱を抱えながらの戦闘となっていたのだ。

 

 

 

 

 『デルタ・ツー、スリー!マスドライバーと発進前のザンジバルを発見したわ。ルート上の敵機を排除しつつ、目標に接近!』

 

『デルタ・ツー了解。上の連中め、これのどこがキャルフォルニア・ベースの戦力が枯渇してるって言うんだ。これだけの抵抗は予想してなかったぞ』

 

『デルタ・スリー了解!デルタ・ツー、あまり文句ばかり言ってると碌でも無い事がおきますよ?』

 

 最も重武装かつ重装甲なFA・ガンダムFSDを先頭にして、デルタ・チームは基地の中心部に座する巨大な打ち上げ施設であるマスドライバーに接近する。

 各機に目立った損傷こそ無いものの、これだけ両軍のMSが乱戦を繰り広げる戦場は経験豊富なデルタ・チームと言えども初めてだ。流れ弾に当たって二階級特進など、笑い話にもならない。

 

 侵攻する連邦軍に抵抗するジオン兵の士気は高く、ジャブローで大量に生産されて作戦に投入されたジムも至る所で撃墜されている。ザクIIを上回る性能のジムではあるが、キャルフォルニア・ベース防衛戦には高性能なグフやドムに加えて、強力なメガ粒子砲を備えたズゴックやハイゴッグといった水陸両用機も多数出撃していた。

 

 いくらアムロの戦闘データをコピーしたジムとはいえ、搭乗しているパイロットの質はジオンに比べて劣る者が多い。一対一で戦えば、撃破されてもおかしな事では無い。

 

『──おい、デルタ・スリー。碌でも無い事ってのは、4本脚でビーム垂れ流すデカブツが出てくるって事か?』

 

『まさか。こっちだってあんなのが出てくるなんて、思っても見ませんでしたよ……っとぉ!どうします、デルタ・リーダー!』

 

『無駄口を叩かない!固まっていれば狙い撃ちにされるわ!各機散開!デルタ・スリー、後ろに!』

 

 追い縋るザクの小隊を退けたデルタ・チームだったが、彼女達の前に現れたのは4本脚に巨大な鉤爪を持った異形の機体だ。こちらを確認したかと思えば、肩部に装備されたメガ粒子砲で攻撃を仕掛けてくる。

 

 連邦軍のようなビーム兵器の小型化こそ遅れているジオン軍だが、ゴッグやズゴックのように機体に内蔵されたビーム兵器を持つMSは多い。(その殆どが水陸両用機なのは、メガ粒子砲の使用に耐えうる核融合炉を積載するためには、水冷が不可欠だったからだ)

 

 実弾兵器に対しては圧倒的な防御力を誇るルナ・チタニウム合金と言えども、ビーム兵器の前ではさほど意味を成さない。

 ノエルの号令を聞くや否や、ラリー機とアニッシュ機が散開してゾックを包囲する。見るからに鈍重な機体である。強力なビーム兵器を有していても、当たらなければ意味が無い。

 

『これだけのデカブツだ!その遅い動きでこっちについてこられるかよ!……何っ!』

 

 ノエルの意図を瞬時に把握したアニッシュは、スナイパー・カスタムの高い機動性を発揮させてゾックの背後へ回る。スナイパー・カスタムもビーム・ガンを装備しているから、いかに重装甲といえどもポイントさえ間違わなければ撃破は可能だ。

 

──普通のMSやMAが相手だったなら、の場合だが。

 

『デルタ・リーダー!こいつは()()()()()()()()()()!』

 

『つくづく妙な機体ばかり造る!ジオン技術者の頭の中は一体どうなってるの!』

 

 背後に回ったアニッシュが見たのは、全面から見た敵機と全く同じ姿。同じように装備された四門の砲塔から放たれたメガ粒子砲を、すんでのところで回避したスナイパー・カスタム。

 メガ粒子砲が掠めたシールドがグズグズに融解し、アニッシュは慌ててシールドを切り離して体勢を整える。

 

──どんな考え方をしていれば、こんな意味のわからないMSを造れるのか。理不尽な怒りを感じながら、ノエルはFA・ガンダムFSDの二連装ビーム・ライフルの銃口を敵機へ向けた。

 

『デルタ・ツー、スリー!()()を狙って!』

 

 ノエルの命令を聞いて、ラリーとアニッシュは敵機の足元に向けてビームを連射する。目的は敵機を直接破壊する事では無く、地面を破壊する事で敵機のバランスを崩し、動きを阻害する事だった。

 ゾックのメガ粒子砲は前後の肩部に計8門、頭頂部に1門存在しているが、その欠点はゴッグと同様に射角が制限される点だ。まして動きが鈍重なゾックで有れば、その欠点はより致命的と言える。

 

『いくら装甲が厚くたってっ!』

 

 足元のコンクリートが破壊され、各坐したゾックの無防備な側面に回ったノエルはトリガーを引いた。

 数発連続して発射された光弾がゾックを貫く。致命傷を負いながらも、断末魔のように数発ビームを放った後に巨大な異形はその動きを止めた。

 

『時間が無い!急いで戦線を突破するわ!』

 

 

 

 

──連邦軍のMSは強い。

 MS特務遊撃隊──通称外人部隊の隊長であるケン・ビーダーシュタット少尉は、次々と現れる連邦軍のMSをそう評価していた。

 

 ケン・ビーダーシュタットは元々コロニー公社の人間だったが、開戦前に軍事機密を見てしまった事で軍に拘束。妻と娘を人質に取られ、ジオン公国の国民権を得る為にやむなく戦争に参加する事になった男だ。

 戦術的な思考のみでなく、戦略的な広く戦局を見渡す才能も持ち合わせており、高い操縦技術を持つ事も相まって、的確な行動を取る事が出来る人物である。

 

 ケン達外人部隊にとって幸運だったのは、彼等が搭乗しているMSがドムだったという事だ。

 

 今打ち上げ待ちしているザンジバルがキャルフォルニア・ベースから宇宙へ上がる最後の一隻となっていた。

 キャルフォルニア・ベースにいたジオン軍人達はあらゆる手段を駆使して脱出を試みようとしたし、それを拒む人間もいなかった。(あれこれと文句を付ける上級士官殿は、我先にと逃げ出した後なのだから当然だ)

 

 そうして人間の打ち上げを優先した結果として、MS等の重量級資材は残されていく事になったのである。

 その結果、基地内にはパイロットのいないMSが溢れていた。大半はザクだったが、ドムやズゴックといったMSもそれなりの数が残されている。

 (つまり、ノエル達デルタ・チームの任務であるザンジバルの発射を阻止したとしても、得られるのは大量の捕虜だけという事だ)

 

 残されるMSが宇宙では運用出来ない陸上専用機、または水陸両用機とはいえ、今もアフリカ戦線や地球各地で戦っているジオン地上軍からしてみれば、喉から手が出る程に欲しい貴重な戦力だ。

 しかし、無謀なジャブロー降下作戦でガウの殆どを失ったジオン軍に各地の戦線へMSを輸送する余裕がある筈もなく、皮肉な事に貴重な機体を自らの手で爆破する羽目になっていたのだ。

 

 外人部隊がドムに搭乗していたのも、爆破するよりかは外人部隊に渡してザンジバルを守らせた方がマシと判断されたからで、それによってケン達は命拾いしていた。

 (外人部隊は主にジオン国籍を持たない者で構成されており、ジオン上層部からは半ば捨て駒として扱われ、他部隊の兵士からも「金目当ての傭兵部隊」と冷めた目で見られ、冷遇されていた)

 

『ザンジバルの打ち上げまであと五分です、レッド・リーダー!』

 

『了解、レッド・ゼロ!』

 

 外人部隊の任務はザンジバルの打ち上げ支援だ。各機のコクピットにタイマーが表示され、打ち上げ予定時間が残り五分に迫る。搭乗しているMSがドムとはいえ、連邦軍の物量は圧倒的だ。

 それでもレッド・チームが僅か三機でこの防衛ラインを維持できているのは、外人部隊の腕前の賜物だった。

 

『全く、連邦軍の攻め方ってのは素人丸出しだねぇ。一気に戦力を投入すればいいってのに。なぁレッド・スリー』

 

『けっ、ノロマな連中が多いんだよ。味方がやられてからおっとり刀で戦場に出てくるもんだから、ろくな抵抗も出来ずにやられんだぜ。そうだろ?レッド・ツー』

 

 撃破したジムの残骸を前にしてそう軽口を叩くのは、レッド・ツーことガースキー・ジノビエフ曹長と、レッド・スリーことジェイク・ガンス軍曹だ。

 ガースキーとジェイクは開戦直後からコンビを組んで戦ってきた間柄で、戦場では抜群のコンビネーションを誇るベテランパイロットだ。口は悪いが腕は良い。

 

 事実、レッド・チームは既に四つの部隊を撃破して、防衛ラインを維持する事に成功していた。連邦軍のまずい攻め方があるにせよ、そうそう出来る事では無い。

 

『レッド・ゼロからレッド・チーム各機へ!十二時の方向から敵機接近!一個小隊と思われますが……速い!あれは──ジャブローの、凶鳥……!』

 

 レッド・チームのオペレーターであるレッド・ゼロ、ユウキ・ナカサト伍長から入った通信を聞いて、ケンは思わず息を呑んだ。彼女の言う通り、敵小隊の接近するスピードはこれまでの小隊のそれとは明らかに違う。()()()だ。

 

 "ジャブローの凶鳥"はジャブロー降下作戦に参加したパイロットから伝えられた、連邦軍のエースパイロットの異名だ。黒い機体色に赤い眼のガンダムタイプを駆り、無慈悲に獲物に襲いかかる"凶鳥"。

 

『ここに来てガンダムが相手とは……!レッド・ツー、レッド・スリー!あと四分、この防衛ラインを守り切る!』

 

 ケンはこれまでとは違う相手を前にして、思わずレバーを握る力を強める。必ずザンジバルを守り、レッド・チーム全員で生還する。

──愛する家族の為、彼はこんな所で死ぬ訳にはいかないのだから。

 

 

 

 



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MISSION 13 「打ち上がる光芒」

『まずいぞ、連中の狙いはザンジバルだ!』

 

 予想以上の速さで進行してくる敵小隊を見て、ケンは慌ててアクセルペダルを踏み込んでドムの熱核ジェットホバーを全開にした。黒いガンダムは勿論、僚機のジムも見た事の無いカスタムタイプのようだった。

 事実、レッド・チームが撃破したジムとは姿形がまるで異なっているし、ガンダムの機動性に追従出来ている事からも性能が優れている事は明らかだ。

 

 ジオン軍のザクを鹵獲、解析してMSを後から開発したにも関わらず、この短期間で様々なバリエーションを生み出す連邦軍の底力は如何程のものか。

 ともかくレッド・チームが乗るドムも他のMSと比較しても、その加速性能は段違いだ。そう簡単に突破を許すわけにはいかない。

 

『このザンジバルだけはやらせねぇ!あと四分なんだ!』

 

 ケンとジェイクに先んじて攻撃を仕掛けたのはレッド・ツー、ガースキー曹長だ。

 既に装備していたジャイアント・バズは弾切れになっていたから、撃破したジムが装備していた100mmマシンガンを装備して射撃戦を仕掛ける。

 

『レッド・ツー、焦るな!レッド・スリー、援護するぞ!俺に続け!』

 

『ガースキーのおっさんめ、先走りすぎだ!レッド・スリー了解!』

 

 先程のジム小隊ならともかく、この小隊は単機でどうにか出来る相手では無い。ケンはジェイクを率いて、ガースキーの援護に機体を機動させる。

 コクピットに表示しているザンジバルの打ち上げタイマーの数字は減っているが、残り三分半を凌がなくてはならないし、何よりその後に全員で撤退しなくてはならない。

 

 レッド・チームにとって、ザンジバル打ち上げ支援作戦最後の正念場だ。

 

 

 

 

『こいつ、結構やる!こちらデルタ・ツー、ビーム・ライフルをやられた!』

 

 ガースキーのドムが放った弾丸がジム・スナイパーllの装備しているビーム・ライフルを貫き、慌ててラリーはライフルを手放した。

 ビーム・ライフルに内蔵されたエネルギーCAP内のメガ粒子が飛び散るものの、辛うじてシールドで防いだ為に機体本体の損傷は無い。しかし物凄い勢いでこちらに迫るドムを見て、一瞬ラリーは気圧される。

 

『ぐぅっ!なんて奴だ!』

 

 頭部バルカンポッドから弾丸を乱射して牽制するが、それをものともせずに突進してくるドム。弾切れなのか、手にしたマシンガンを投げ捨てたその手には発熱したヒート・サーベルを装備している。

 腰部に装備してあるビーム・サーベルを握らせて切り結ぶが、重MSのドムを受け止めるのは機体に深刻な負荷がかかる。ギシギシと機体が軋み、サブモニターには右腕と下半身のメカニズムに異常が発生しているアラームが点灯していた。

 

『絶対にザンジバルは守ってやる!』

 

 鬼気迫る声が聞こえた。

 機体同士の距離があまりに近い為に、レーザー通信波が同調している、とラリーは気付いた。

 敵兵の声を聞いた事が無いわけでは無いが、敵が同じ人間である事を否が応にも思い出させる。それでも、ザンジバルの打ち上げ阻止がデルタ・チームの任務だ。

 

『デルタ・リーダー!こいつは俺が抑える!早くザンジバルの()()()()を狙え!』

 

 ザンジバルの打ち上げ阻止が任務であって、撃墜する事が目的では無い。ブリッジにいる兵士は犠牲になるだろうが、無差別に殺戮するわけじゃない。

 酷い詭弁だな、と思いながらもラリーはノエルに向けて叫んだ。

 

 

『どうします?ここからブリッジを狙撃するのを許してくれる相手じゃありませんよ』

 

『背中を向ければバズーカで撃たれるし、加速性能じゃドム相手には分が悪いわ。──ここは命を賭ける場面じゃない。デルタ・スリー、これは私の指示よ』

 

『心外ですね、デルタ・リーダー。軍事法廷に立つ時は、全員一緒です』

 

 単純にザンジバルを破壊するだけならば、ここからキャノン砲のありったけの弾丸を大気圏打ち上げ用ブースターに撃ち込めば良い。そうすれば誘爆した燃料がザンジバル本体を巻き込んで大爆発を起こす事は間違いない。

 

 しかし、ブリッジを破壊しようと思えば立ちはだかる二機のドムを突破した上で精密射撃を行う必要があったし、キャノン砲をここから撃つにしても一瞬とはいえ敵機に無防備な姿を晒す事になる。

 アニッシュがフォローするにしても、下手をすればザンジバルの破壊と引き換えに部隊が全滅する恐れも捨てきれない。

 

 ザンジバルの破壊を諦めこの敵小隊だけを殲滅するという手もあるが、それにしてもリスクは高い。なにせ新米ばかりとはいえ四つものMS小隊を屠った相手だ。そう簡単に倒せる相手では無いことは、ラリー機と相対しているドムの動きを見ても明らかだった。

 

 仮にザンジバル本体を()()()()()()したとしても、自身が咎められる可能性は低いとノエルは思ったが、彼女の決断は任務の断念だった。決して名も知らぬジオン兵に同情したわけでも、まして怖気付いたわけでも無い。

 

──キャルフォルニア・ベースの奪還自体は目前となっている。命の賭けどころはここじゃない。

 

 

 

 

『引くのか!?いったいどういうつもり……!』

 

『タイマーゼロ!ザンジバル、離昇します!』

 

 ジリジリと間合いをはかっていたケンとジェイクだったが、突如として敵機が引いた事に困惑する。

 ガースキーが抑えていたジムもそれに気付き、追従するようにこちらと間合いを取った瞬間、コクピットにユウキの声が響き、彼らの周囲を眩い光芒が包んだ。

 

 大気圏打ち上げ用ブースターから伸びる光芒は、ザンジバルが上昇するのに従って短く、そして徐々に薄くなっていく。僅か数分と経たない内に、光芒は彼方に見える星と見分けが付かない程に小さく見えるだけになった。

 

 ふとケンが周囲を見渡してみれば、ザンジバル離昇の隙に撤退したのか連邦軍の小隊は既に姿を消していた。

 僅かな間に剣を交えただけだったが、リスクを天秤に掛けた判断は敵ながら見事だ、と彼は思う。

 あのような状況で強行するのは勇気ではなく蛮勇だ。もし戦場以外で会えたなら、気が合う人間かもしれない。

 

『ご苦労様でした!凶鳥の小隊を退けてのザンジバル打ち上げ成功、とても感動しました!』

 

『うおっほん!レッド・チームの諸君、任務の遂行、ご苦労だった。直ちに現場から撤退し、予定していた集合地点へ急ぎたまえ。脱出の準備は既に整えてある』

 

 感極まった様子のユウキ伍長の通信に割り込むようにしてコクピットのモニターに姿を表したのは、外人部隊の指揮官であるダグラス・ローデン大佐だ。

 彼は極めて優秀な軍人であったものの、所謂ダイクン派の人間だ。本来であれば軍の将官となっていても不思議でないエリートだったのだが、ザビ家がサイド3の実権を握った結果、ダイクン派の人間は次々と排除されていった。

 

 その多くが粛清という形でこの世を去る事となったが、優秀な軍人や官僚に関して利用できるものは利用する。そんな極めて現実的な対応をザビ家は取った。

 そうした紆余曲折があった後、ダグラス・ローデン大佐は外人部隊というジオン正規軍としては決して数えられない部隊を率いる事となったのだ。

 

『しかし連中、いやにあっさりと引きやがったな。中々判断力のある隊長だったってところか』

 

『ガースキーのおっさんがあまりに必死だったからビビったんじゃねぇのか?にしても、知り合いでもザンジバルに乗ってたのかよ』

 

『ああ?まあ……愛する女に約束してたプレゼントがな。それだけさ』

 

『ガースキー曹長、それってPXでようやく手に入れていた可愛いクマのぬいぐる……』

 

『ユウキ!お前なぁ……プライベートだぞ!』

 

 困難な任務を終えた達成感からか、集合地点へ向かう隊員の顔は明るい。普段大人しいユウキもガースキーを少しからかうように会話に混ざっているが、ガースキーの声も弾んでいた。軽口を叩くのは毎回ジェイクの役回りだったから、いかにも新鮮だった。

 

『それで、レッド・リーダー。俺達はどうやってキャルフォルニア・ベースから脱出するんだ?』

 

『ローデン大佐から連邦軍の潜水艦を拿捕したと連絡を受けているんだ。海路でここを脱出する事になる』

 

『潜水艦を拿捕したって言ってもなぁ。一体どうやってやったんだ?俺達以外にMSを操縦出来る奴なんて……』

 

『レッド・スリー。一つ、俺達が出撃前に受領したMSの中にはズゴックもあった。二つ、MSを操縦出来るのはあと一人しかいないだろ』

 

 

 

 

『ザンジバルの打ち上げを確認……任務失敗か』

 

 ノエル達デルタ・チームのコクピットモニターには、遥か上空へ打ち上げられたザンジバルの姿が映し出されていた。打ち上げ用ブースターが点火した際の眩い光芒と轟音に乗じて戦線を離脱したデルタ・チーム。

 周囲を見てみれば、他の部隊も戦闘を終了したようですっかり静かになっていた。今彼らの目に映るものは、激しい戦闘があった事を示す両軍のMSの残骸だけだ。

 

『ザンジバルを守りながら四つのMS小隊を倒した連中が相手だったんだ。上の連中だって、命と引き換えに船を墜とすべきだった、なんて言いやしませんよ』

 

『ああ、連中の腕前も気迫も相当なもんだった。早々にライフルをやられちまった俺が言うのもなんだが……』

 

『……彼らがどこに行くのかわからないけど、また会う事になるかも知れないわ。その時こそ、決着を付けたいものね』

 

 予定通りなら、デルタ・チームはトロイホースと共に宇宙へ上がる。名も知らぬジオンの部隊に、ノエルは奇妙な確信を抱いていた。──きっと私達は再び戦場で彼らと会う事になる。どのような状況かはわからないが、決着をつける事になるだろう、と。

 

『まあ、それはさておき!デルタ・ツーとデルタ・スリーには帰ったら私からビールを奢らせてもらうわ』

 

『えっ、どうして?』

 

『どうしてって、私が命令違反で営倉に入れられたら数日は飲めなくなるじゃない。奢ってあげるんだから付き合いなさい?これは命令です』

 

『デルタ・スリー、喜んでデルタ・リーダーの命令に従います!営倉の中までご一緒させていただきます!』

 

『アニッシュ、お前は軽いなぁ。デルタ・リーダー、俺にも責任の一端はあると思ってる。だから、デルタ・ツーからはツマミを奢らせてもらうぜ』

 

 任務を失敗したとはいえ、努めて明るい声でビールを奢ると宣言するノエル。一見して深窓の令嬢といっても通用する容姿の彼女だが、酒には滅法強い。

 彼女がジャブローで訓練している時は酔いつぶしてやろうと試みる不届き者も多かったのだが、その悉くが撃退されていた程だ。

 作戦が終了した後はビールで一杯やる事が許可されているのだが、この分だと相当量のビールをPXで買い込む気に違いない、とラリーとアニッシュは笑みを浮かべ、三人の笑い声がコクピット内に響く。

 

──彼女達の戦場は宇宙へ。戦争の終わりと激戦の予感を、ノエルは同時に感じていた。

 

 



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Intermission 4 「混迷の宇宙」

─ 地球連邦軍 宇宙要塞 ルナツー ─

 

 ルナツーは小惑星ジュノーを地球連邦軍が軍事基地化した連邦軍唯一の宇宙要塞である。

 地球を挟んで月の反対側に位置しており、月の裏側に存在しているサイド3からは最も離れた拠点となっている。

 菱形状の外観を有し、その全幅は180kmにも及ぶ月以外では地球圏最大の天体だ。

 

 かつてサイド7を出港したホワイトベースが立ち寄った場所であるが、実際の所ルナツーはジオン軍からは完全に()()()()()()()要塞だ。

 かつてマ・クベ司令の指揮の元で資源を採掘していたオデッサであるが、打ち上げられた資源を満載したパプア級輸送艦がよりによって護衛機も無しでルナツー近辺を通っていた。(戦闘能力の乏しい輸送艦にも関わらず!)

 

 しかしながら連邦軍でもMSの生産ラインが確立され、ジャブローとは別にルナツーでも様々なMSが設計、生産されていた。

 オデッサ作戦が成功した際は、敗北したジオン軍の一部がHLVで地球軌道上へ敗走。これ幸いとばかりに出撃したジムとボールの混成部隊がHLVを多数破壊する戦果を上げている。

 (最終的な結果としては、救援に来たジオン軍の第603技術試験隊の前に全機撃墜という手痛い損害を被った)

 

 戦争の大勢が連邦軍に大きく傾き、主戦場が宇宙へ移った事でルナツーの重要度は加速度的に増していた。ジャブローから打ち上げられたサラミスやマゼラン等、各部隊の集結地となった他、急ピッチで大量生産されたジムやボールが戦艦へ搬入されていったのである。

 

 今やルナツーは大反抗作戦の一大拠点となっており、基地の内外に連邦軍の戦艦やMS、そして兵士達がごった返している。そして地球から宇宙へ上がったトロイホースとデルタ・チームの姿も其処にあった。

 

 

 

 

「ちょっと!丁寧にパーツは扱ってよ!こいつはガンダムFSDの為の大事な武装なんだからね!」

 

 クレーンに吊り下げされたパーツを見て、丁寧に扱うようにと指示を飛ばすのは、健康的な小麦色の肌にボーイッシュな短髪の女性、アニー・ブレビッグ上等兵。

 宇宙へ上がるトロイホースへの人員補充で配属された叩き上げの整備兵で、その腕前は愛機の整備にうるさいエース・パイロット連中が「彼女に任せれば問題無い」と太鼓判を押す程だ。

 

「わかってるさアニー!それはそうと、仕事が終わったら一杯やらないか?俺が奢るぜ!」

 

「そういう台詞は整備で私を唸らせてから言うんだね!」

 

 ルナツーの工廠(こうしょう)で行われていたのは、ノエルの乗機である陸戦型FA・ガンダムFSDの換装作業だ。

 汎用型MSであるガンダムだが、原型機の局地型ガンダムは地球での対環境試験の為に試作された機体である。

 宇宙での空間戦闘を行うには、ランドセルを中心とした各部の換装作業を行う必要があったのだが、その()()()とばかりに新装備をトロイホース隊は受領していた。

 

「アニー!ガンダムの換装作業の進捗はどう?」

 

「順調順調!換装作業も後は武装の調整だけだし、クリスが機体各部のバランスやOSの調整は進めてくれてるよ。アレックスと陸戦型フルアーマーの戦闘データも入れてあるから、最高の機体になるように仕上げてみせるさ」

 

 工廠にやってきたノエルが見上げるガンダムのシルエットは大きく変化している訳では無いが、各部に増加パーツが取り付けられていた。

 

──高機動型ガンダム。それが換装作業を終えた彼女のガンダムの新しい姿。FSWS計画のスピンオフとして設計された機体で、ガンダムの背部及び脚部に補助推進装置を装備した宇宙空間専用機である。

 

「ベース機のRX-78と比較して出力は約10%増し。大型スラスターを装備したランドセルと脚部補助スラスターによる運動性の向上による基本性能の向上……機体各部のバランスも良好よ。これならいつでも出撃出来るわ」

 

 高機動型ガンダムのコクピット内で調整作業を行っていたクリスがノエル達の前に降りてくる。

 G-4部隊ではテストパイロットも務めていた彼女だが、あくまで本職はコンピュータ関連の技術屋だ。

 ハードウェアはアニー達メカマンが仕上げ、ソフトウェアはクリスを中心とした技術者が仕上げる。

 

──このガンダムと一緒なら、宇宙(ソラ)でも私は戦える。

 ノエルが見上げた愛機は、どこか誇らしげに見えた。

 それは良いのだが、彼女には気になる事が一つだけあった。愛機の肩に燦然と輝くパーソナルマークである。

 

「アニー……あのパーソナルマークって……」

 

「せっかく格好良い異名があるんだからってヘンケン艦長が考えたのさ。"ジャブローの凶鳥"っていうからには、やっぱり鳥のマークが良いって言い出してさぁ。なんでもジャパンの伝説に出てくる鳥らしくて……ええと、八咫烏(ヤタガラス)だったかな。足が三本あって、あんた達デルタ・チームみたいで。三位一体!とかなんとか」

 

 強面のヘンケン艦長がペンを握って一生懸命パーソナルマークを考えている光景を想像して、思わず三人の顔に笑みが浮かぶ。

 せっかく考えてくれたものを無碍にするのは気が引けるし、何より八咫烏のデザインはとても良く出来ていた。

 

──今度、お菓子でも作って差し入れに行こう。

 ヘンケンはいつも食堂で何を好んで食べていたか思い返しながら、そう考えるノエルであった。

 

 

 

 

「戦略物資輸送艦の護衛任務でありますか、ワッケイン司令」

 

「ああ。二日後に旧サイド1方面に戦略物資を積んだコロンブス級輸送艦を向かわせる事となっている。貴官ら第十八独立部隊はこれを護衛し、無事に送り届けて欲しい」

 

 ルナツーの司令部では、基地司令であるワッケイン少将と第十八独立部隊、トロイホース隊のヘンケン少佐の姿があった。

 コロニーの残骸で満ちた旧サイド1暗礁宙域は、ジオン公国の本国であるサイド3を守る重要拠点の一つである宇宙要塞、ソロモンにほど近い。

 

 戦略物資の中身は何なのかとヘンケンは疑問に思うが、わざわざ敵から捕捉され難い暗礁宙域を抜けるルートを取る事からも、相当に重要な代物である事は間違いない。

 

「護衛は我々だけで?我が艦には自慢の精鋭が揃っておりますが、万が一接敵した場合の数的不利は如何ともし難いと思われますが」

 

「ふっ、少佐も部下を自慢したくてたまらんらしい。……シャトルで地上から優秀なパイロットが上がってくる手筈になっている。道中でシャトルを回収し、そのまま旧サイド1方面へ向かってもらう。彼らのMSもコロンブスに搬入してあるから、万が一の際には戦力となるだろう」

 

 コロンブス級輸送艦は船体の両舷に大型のカーゴスペースを配置しており、弾薬や食料をはじめとする補給物資、更にはMSを多数格納する事も容易な構造となっている。

 コロンブスには既に戦略物資の積み込みが行われている他、ルナツーの工廠で製造されたMS──ジム・スナイパーllやジム・コマンドといった後期生産型ジム──が次々と搬入されていた。

 

「チェンバロ作戦が成功してソロモンが墜ちれば、この戦争も一気に終わりへ近づくだろう。戦略物資はその為に必要不可欠なものだ。必ず無事に届けてくれよ」

 

 これは責任重大な任務だ、と内心冷や汗をかきながら、ワッケインとのやりとりを終えて司令室を出るヘンケン。甘い物が食べたいと思いながら、彼は無重力の基地内で床を蹴ってトロイホースへ向かう。

 

──チェンバロ作戦の発動まで、あと五日と迫っていた。

 

 

 

 

 連邦軍の潜水艦を拿捕してキャルフォルニア・ベースから脱出した外人部隊は、カザフスタン共和国にあるバイコヌール宇宙基地を目指して陸路で移動していた。

 脱出する際にキャルフォルニア・ベースで受領したドムを彼らは継続して使用しており、ユウキ伍長やダグラス大佐は装甲カーゴ・トラックに乗っている。

 

「それで、メイが言ってる連邦軍とジオン軍のMSの違いってのはどういう事なんだよ。お前の言ってる事は良くわからねぇ」

 

「私がこんなに丁寧に説明してあげたのに!ジェイクったらノーマルスーツを脱がないものだから、耳が悪くなったんじゃない?」

 

「ノーマルスーツは関係ないだろ!」

 

 通信でジェイクと喧嘩しているのは、外人部隊のエンジニアであるメイ・カーウィンだ。

 メイはジオンの名家カーウィン家の令嬢で、わずか14歳にしてエンジニアとして天才的な才能を持ち、ジオニック社の一員としてザクの開発にも関わっていた。

 

 父親が親ジオン・タイクン派であった為、父の同志であり外人部隊司令でもあるダグラス・ローデン大佐の計らいで外人部隊に配属された少女である。

 

 事の発端は、ケンが連邦軍MSのバリエーションの話をメイに振った事だった。僅かな期間でザクを上回るMSを開発、量産した連邦軍だが、彼が見るからにジオン軍のMSとは根本的な考え方が違うように思えた。

 

 それは紛れもない事実だったのだが、メイの説明は些か専門用語が多かった事もあっていまひとつ(特にジェイクには)伝わっていなかった。

 

「要するに、設計思想が違うのよ。連邦軍のMSは例の白いMS──ガンダムを原型として、用途に合わせて派生させる設計思想。それに対してジオン軍のMSは、用途に合わせて完全に新規で開発する傾向が強いの。ザクの派生機と言えばせいぜいグフくらいで、ズゴックやゾックといった水陸両用機なんかはザクの技術的経験を多少は生かしてるくらいなものよ」

 

 助け舟を出したのは、ダグラス大佐の秘書官であるジェーン・コンティ大尉である。

 実はザビ家から派遣されたダグラス大佐の監視役なのだが、彼女自身もザビ家を好ましく思っておらず二重スパイ的にレッド・チームに協力していた。

 

 連邦軍の潜水艦を拿捕した際にズゴックに搭乗していたのは彼女で、護衛機のアクア・ジムの土手っ腹をアイアン・ネイルで貫く腕前は、レッド・チームの面々からしても逆らわない方が良いと思わせるに足るものだった。

 

「だから、水中戦のような局地戦ではジオン軍のMSは連邦軍のそれを凌駕する。でも汎用性とトータルバランスでは連邦軍のMSの方が優れているから、全体で見れば連邦軍の方が優秀……そんなところかしら?」

 

「へぇ〜、コンティ大尉ってMSの事にも詳しいのね。でも彼女の言う通りよ。鹵獲した連邦軍のMSを調べたけど、凄く余裕のある作りになってたの。初めから拡張性にゆとりを持たせた設計だから、基本フォーマットを大きく変えずに様々なバリエーション機を作れるのよ」

 

 成る程、とケンはジェーンの説明を聞いて納得する。

 確かにジオンのMSは良くも悪くもバリエーション豊かで、どこで使うのか理解出来ないMSも現場には送り込まれてきた話も聞いている。

 (アッグガイやゾゴックといった名前だったと彼は記憶していた。ジャブロー降下作戦に投入されたという噂を聞いたが……)

 

「そうなると、宇宙での戦いはかなり厳しくなるということだな……」

 

 ケンの呟きを聞いて、返事をするものはいない。

 オデッサに続いてキャルフォルニア・ベースを失い、地上での大勢は完全に連邦軍優勢である。

 今後の主戦場が宇宙になる事は間違いないが、圧倒的な物量と汎用性の高いMSに太刀打ちする事が可能なのか。

 

一抹の不安を抱えながら、一行はバイコヌール宇宙基地へ向かう。──彼らもまた、宇宙へ上がる為に。

 



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MISSION 14 「宇宙の墓場」

本格的な宇宙編の開始です。
いつも見ていただきありがとうございます!評価、感想お待ちしております!


 戦略物資と新型MSを積載したコロンブス級輸送艦を伴い、トロイホース隊がルナツーから出港して二日。

 道中で地球から打ち上げられたシャトルを回収しつつ、一行はL5近傍軌道上に到達していた。

 

 かつてサイド1"ザーン"とサイド4"ムーア"というスペースコロニー郡が存在していた場所だが、今やジオン軍の攻撃によって破壊されたコロニーや撃沈された戦艦の残骸が無数に漂う暗礁宙域と化している。

 無数のデブリ同士がぶつかり合い、航行するには危険が伴う宙域だ。

 

 だからこそジオンのパトロール艦隊と遭遇する可能性も低いと考え、チェンバロ作戦の指揮を執るティアンム中将はあえてこのルートでの戦略物資輸送を指示したのである。だが──

 

 

 

 

 ノエル達デルタ・チームは全速力で格納庫を目指していた。暗礁宙域に突入し、まもなく抜けようかという場面。艦内に第一種警戒警報が出ていた。MSパイロットは搭乗機のコクピットで待機し、いつでも出撃出来るようにしなければならない。

 

「無重力ってのはどうにも慣れませんね!走れればもっと早く格納庫まで行けるのに」

 

 艦内は当然の事ながら無重力の為に、走るという動作は出来ない。平時であれば壁に取り付けられたリフトグリップを握って宙を滑るように移動するのだが、今はそんな悠長な事をしている暇は無かった。

 アニッシュのぼやきを聞き流しながら通路の壁を勢い良く蹴り、宙を飛びながら先を急ぐ。

 

「各員、MSに搭乗して起動後、出撃命令が出るまで待機よ!空間戦闘は初めてなんだから、気を引き締めて!」

 

 幾度かの角を曲がったところで、彼女達はMSが格納されている第一デッキへ到着した。

 第一種警戒警報が出ている事で、メカニックマン達も声を張り上げながらMSの出撃準備を行なっていた。

 

 メカニックマン達の声に負けないようにラリーとアニッシュに指示を飛ばして、ノエルはハンガーにその背を預けている自らの愛機である高機動型ガンダムのコクピットへ向かう。

 開戦以来地上で戦い続けてきたデルタ・チームにとって、空間戦闘は初めてだ。勿論ルナツーでの待機時やトロイホースの艦内でシミュレーターで訓練は行なっているが、やはり実戦とシミュレーションは違う。

 

 何度出撃しても感じる緊張を飲み込みながら、コクピットに乗り込んだノエルはシートベルトを締め、コクピットハッチを閉じると同時にガンダムを起動させる。

 コクピット内部の機器が光を放つと同時に、モニターに格納庫の映像が映し出される。

 メイン・モニターの片隅にウィンドウが開くと、艦長であるヘンケン少佐の顔が現れた。──ブリーフィングだ。

 

 

【BRIEFING】

 

 デルタ・チーム各機、スタンバイはできたか?よし、それではブリーフィングを始める!

 現在我々はL5暗礁宙域を航行中だ。

 敵に見つからない為の航路だったが、運の悪い事に敵のパトロール艦隊を発見した。本来であれば隠密に輸送任務をこなしたいところだったが、そうもいかない状況だ。

 

 現在、ザンジバル級機動巡洋艦1隻、ムサイ級軽巡洋艦3隻が確認されているが、敵艦隊がこちらに気付いた様子は見受けられない。

 そこで我々はコロンブスのMS隊と協力して敵パトロール艦隊に奇襲をかけ、これを殲滅する!

 

 ただし、この暗礁宙域では無数のデブリが浮遊している他、高濃度のミノフスキー粒子が滞留している為にコンパスやレーダーも機能しにくい危険な宙域だ。

 

 敵艦隊やMSだけで無く、周囲のデブリにも十分に気を付けて任務に当たってくれ。幸運を祈る!

 

 

MS1 ノエル・アンダーソン中尉《デルタ・リーダー》

RX-78-01[FSD-HM]高機動型ガンダムFSD 二連装ビーム・ライフル

 

MS2 ラリー・ラドリー少尉《デルタ・ツー》

RGM-79SP ジム・スナイパーll R-4ビーム・ライフル

 

MS3 アニッシュ・ロフマン曹長《デルタ・スリー》

RGM-79SC ジム・スナイパーカスタム ビーム・ライフル

 

 

作戦成功条件:敵艦隊の殲滅

作戦失敗条件:部隊の全滅、コロンブス級輸送艦の撃沈

 

 

─ MISSION START ─

 

 

『MS各機、出撃態勢!デルタ・リーダーから順にカタパルトへ移動せよ』

 

 オペレーターの声に合わせてMSハンガーが稼働し、ノエルの高機動型ガンダムから順番にMSが格納庫の中心へ運ばれていく。

 デッキのハッチが中央から割れ、外へ向かってゆっくりと開き始めると、その隙間から覗くのは宇宙という無限に拡がる漆黒の世界だ。

 

 デブリの無い宙域であれば星の散らばる美しい光景だろうが、暗礁宙域は巨大なコロニーや戦艦の死骸が漂い続ける宇宙空間の墓場。

──その一つにならないように、ノエル達は戦わなくてはならない。

 

『高機動型ガンダム、ノエル・アンダーソン、出撃します!』

 

 デッキに取り付けられているランプが点灯し、ノエルが感じたのは圧倒的な正面からのGだ。

 カタパルトから猛烈な勢いでMSが射出され、シートに押し付けられそうになるのを渾身の力で堪える。下手に口を開けば舌を噛む。コクピットの中にノエルの微かな呻き声が響いた後、高機動型ガンダムは漆黒の宇宙(ソラ)へ放り出された。

 

(怖い場所。踏みしめる大地が無いという事に、これほど恐怖を感じるのね)

 

 空間戦闘用のシミュレーター・マシンで何度も擬似的な宇宙空間を体験したし、ルナツーでの待機時には実機での訓練も数時間は行なっているが、未だにこの上下の概念の無い広大な宇宙空間に放り出される感覚に慣れない。

 無重力化での姿勢制御や真空状態の特性は理解している筈だったが、本能的な恐怖をノエルは感じる。

 

『デルタ・ツー、スリー。機体コンディションに問題は無い?』

 

『デルタ・ツー、問題無し』

 

『デルタ・スリー、こちらも異常無し。いつでも行けます』

 

 順番に射出されたラリーのジム・スナイパーllとアニッシュのジム・スナイパーカスタムがノエルの高機動型ガンダムに追従する。

 サイドモニターの片隅に映るトロイホースの姿はあっという間に遠ざかり、その特徴的な外観の全容を見る事が出来た。宇宙空間では当然の事ながら酸素が無い。

 

 地上戦ではMSを破壊されても脱出する事が出来るが、ここではそうはいかない。少しの間はノーマルスーツに備え付けられた酸素発生器で耐えられるだろうが、それも一時間も持たない。

 そういう意味でも、トロイホースはデルタ・チームの帰るべき家なのだ。地上での戦い以上に、母艦を守る事も念頭において戦わなくてはならない。

 

『コロンブスからMS隊の出撃を確認。アフリカ戦線で名を売ったらしいですよ、あの黒いスナイパーllのパイロット。同じスナイパーとして負けてられませんね、デルタ・ツー』

 

『全くだ、しかも元戦闘機乗りだって言うしな。だが、俺達はチームだぜ、デルタ・スリー。個人の戦果に拘る程子どもじゃあない』

 

 トロイホースの後方につけているコロンブスからも、MS隊の出撃を確認する。無数の青白いバーニアの光がまるで流星のように煌めく光景には、美しさすら感じる。

 彼等は主にアフリカ戦線で活躍したエース・パイロット達なのだが、その中でも有名なのが先頭を飛ぶ黒いジム・スナイパーllのパイロット、リド・ウォルフ中尉だ。

 

 ジオン軍には"赤い彗星"や"白狼"と呼ばれるエース・パイロットが存在するが、彼等はその異名通りのパーソナル・カラーを持っていて、自らの愛機を染め上げる権利を持っていると言う。

 敵を畏怖させ、味方を鼓舞する効果があるのだろうが、連邦軍にパイロットにパーソナル・カラーを持たせるという考え方は存在しない。

 にもかかわらず、知る限りでは唯一パーソナル・カラーを与えられた彼の腕前には、ノエルも興味があった。

 

『デルタ・チーム各機、攻撃目標ポイントに接近。二十秒後にトロイホースから援護射撃を行います。コロンブス隊の各パイロットも含め、射線上から退避されたし』

 

 オペレーターの声に合わせて、サブモニターに表示されたカウント・ダウンの数字が減っていく。

 デルタ・チームは敵艦隊に対してY座標を大きくプラスに取り、逆にコロンブス隊は大きくマイナスに取る。

 即ち、デルタ・チームは敵艦隊の上部から。コロンブス隊は下部から接近し、挟み撃ちにする構えだ。

 

『援護射撃開始!MS隊は戦闘を開始しろ!速やかに仕留めろよ!』

 

 ヘンケン艦長の号令に合わせて、トロイホースから放たれたメガ粒子砲の白い輝きが宇宙の漆黒の闇を切り裂いた。大小無数のデブリを消し飛ばしながら、敵艦隊へと襲いかかる。

 

『見えた!中央は火線が集中するわ!デルタ・ツー、スリーは左から!私は右から行きます!』

 

『了解!ジオンめ、対応が早いぞ!』

 

『奇襲にも慌てていない!気を引き締めていきますよ!』

 

 トロイホースの援護射撃で敵艦隊の周囲にあったデブリが破壊され、艦隊の姿が映し出された。

 それを確認して艦隊の上部から接近しようとするデルタ・チームだが、敵艦隊の動きは素早い。

 不意打ちだったにも関わらず、ザンジバル、ムサイ共にすぐさま主砲のメガ粒子砲を放って反撃を行なってくる。

 

 MS運用と一体となって設計されたジオン軍の戦艦は、基本的には艦体正面、もしくは上部にしか砲台が付いておらず、正面以外への攻撃能力は低い。

 特に下部からの攻撃には無力と言ってもいい極端な構造をしており、これはMSが有れば艦隊が接近戦に巻き込まれる事は無く、それに対応する為の武装は不必要だという考え方に起因していた。

 

 事実、まだ連邦軍がMSを持っていなかったルウム戦役時には、そういった思想で設計されたジオン軍の戦艦は極めて強力な戦力であり、連邦軍は多大な損害を被る事となった。──しかし、今は状況が違う。

 

 敵艦の対空砲火を掻い潜り、ノエルはアクセルペダルを踏み込んだ。敵艦隊からはMSが次々と発進しており、その対応の素早さは宇宙がジオン軍のホームグラウンドである事を実感させられる。

 

『こちらデルタ・リーダー!敵艦隊からMSの出撃を確認、数は十六。これより交戦します!』

 

 高機動型ガンダムのメイン・カメラが捉えたのは、こちらに向かってくる二機のMSの姿。

 機体のコンピューターがメイン・カメラから得られたデータを解析して、コクピットモニターに対応する機種が表示される筈だ。──しかしおかしい。

 

『Unknown!?こんな所に敵の新型が二機……!』

 

 モニターに表示されたのは、機種不明を示すUnknownの文字。一瞬故障かと疑ったが、ラリー達に相対している機体"ザクII"の機種名はハッキリと示されている事から故障では無いとノエルは判断する。

 パトロール艦隊とすれば、殆どの艦載機がザクII、もしくは空間戦闘用に改修されたというリック・ドムだと考えていたのだが、まさか新型機が二機も現れるとは思っても見ない事だった。

 

 出撃した敵MSの半数以上は、下部から艦隊に接近するコロンブス隊の迎撃に向かっているのが見てとれた。

 無防備な下面を襲われてはたまらないと考えるのは当然だが、それにしては戦力配分が極端に思える。

 まるでこちらは()()()()()()()()()()()と言わんばかりなのが気にかかるが、敵Unknownの姿はまだ肉眼では見えない。──刹那。

 

(ビーム兵器!!どうして!)

 

 ぞくり、と背筋が粟立つような、妙な不快感を感じたノエルは反射的に操縦桿を手前に引き、高機動型ガンダムの軌道を咄嗟にずらす。

 瞬間、コンマ数秒前にガンダムがいた空間を()()()()()()()()()()()()()()光弾が貫いたと同時に、敵機がその姿を表した。

 

 ノエルの眼前に現れたのは()()()()()()()機体。

 "赤"をパーソナル・カラーに持つエース・パイロットはもう一人いるが、この淡い赤色が象徴するパイロットは一人しかいない。

 ノエルの父が乗るサラミスを沈め、幾度となくホワイトベース隊を追い詰めたジオン屈指のエース・パイロット。

 

『──赤い彗星……!!』

 

 

 

 




この辺りか独自展開が多くなるかなぁと思っています。
それはそうと、動くガンダムは素晴らしいですね!
是非自分も見に行きたいと思いますが、早くコロナが終息してほしいですね……


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MISSION 15 「彗星と稲妻」

『ここで墜ちてもらうわ、シャア・アズナブル』

 

 目の前に現れた"ザクもどき"の機体色からして、敵は"赤い彗星"──シャア・アズナブルに違いない。

 父の仇だから墜とすのでは無い。恨みが無いとは言わないが、これは戦争なのだ。年若い彼女であるが、数多の戦場を生き抜いてきた立派な戦士だ。

 内心の激情を押し殺し、あくまで冷静に"赤い彗星"と対峙する。

 

『弾幕を張れば……!』

 

 ガトリング・ガンの照準を()()()()()()()()ノエルはトリガースイッチを押す。

 無数の弾丸が横に薙ぐように連射されるが、滑らかな動きで機体の軌道を変化させ、その攻撃を避ける敵機。

 

 避けられる事は想定通り。照準を合わせずに弾丸を放ったのは、敵機の進路を限定させる事が目的だったからだ。

 普通のパイロットであれば、横に薙ぐように放たれた弾丸を躱す時には機体を上下のどちらかに移動させる。

 それがわかっていれば、避けた所をビーム・ライフルで狙い撃ち出来れば撃墜する事は難しく無い。

 

(やる……!他の相手とは明らかに違う!)

 

 しかし敵機は上下のどちらに避けるでも無く、螺旋の軌跡を描くように機体を回転させて、ガトリング・ガンの無数の弾丸を難なく躱したのだ。

 こちらの意図を見透かしたような回避を見せつけられ、無意識のうちに舌打ちしながらノエルは操縦桿を引いて機体を沈ませる。

 "ザクもどき"が手にしたビーム・ライフルから放たれた光弾を紙一重のところで躱すが、機体表面に掠めたようでコクピットに警報が鳴り響く。

 

 圧倒的に物量、資源共に連邦軍に劣るジオン軍は、開戦当初から兵器の高性能化を図る事で対抗してきた。

 即ち"量より質"の考え方だ。

 事実、科学技術においてジオン軍は連邦軍の十年先を行っていると科学者の間では言われているのだが、連邦軍がジオン軍よりも先んじていた数少ない要素の一つがビーム兵器の小型化だった。

 

 ノエルが地上で戦ったゴッグやゾックもビーム兵器を内蔵していたが、その動きは鈍重で内蔵された武装故に射角も制限されていた。

 それに対して、目の前の"ザクもどき"が手にしているビーム・ライフルの性能はこちらが装備しているものと遜色無いとノエルは判断した。

 

『射撃戦が駄目なら……!』

 

 右マニピュレーターにビーム・サーベルを装備させると、ノエルは操縦桿を前に倒しながらアクセルペダルを踏み込んだ。機動性を生かした格闘戦だ。

 高機動用バックパックに装備された大型スラスターを全開にして、高機動型ガンダムが一気に前に出る。

 

 圧倒的な機動性をフルに活用してビーム・サーベルを突き出し、"ザクもどき"をくし刺しにしようと突貫するが、サーベルの鋒は胸部装甲の表面を掠りながらも空を斬る。

 明らかにザクとは次元の異なる機動性で機体を回転させ、突き出されたビーム・サーベルを紙一重で避ける"ザクもどき"。

 

 いつの間に装備したのか、右マニピュレーターには刃を灼熱させたヒート・ホークを握っており、回転して避けた際の遠心力を利用しながらガンダムの胴体目掛けて切り上げられる。

 

(速い!)

 

 ぞわり、と悪寒を感じたノエルは咄嗟にもう一本のビーム・サーベルを抜き放ち、二本の光刃でヒート・ホークの灼熱の刃を受け止めていた。

 ビーム・サーベルとヒート・ホークの刀身が干渉し合い、二機の間にプラズマの閃光が迸る。

 

『フフ……中々やる。アムロ・レイほどでは無いにしてもな。ガンダムに乗るだけの事はある!』

 

 コクピットに同年代と思われる男性の声が響いた。レーザー通信波が同調しているのだろうが、これが"赤い彗星"、シャア・アズナブルの声か、とノエルは唇を噛む。

 メインモニターに大映しになる"ザクもどき"のモノアイが不気味な輝きを増すが、呑まれないようにノエルは四肢に力を込める。一瞬たりとも油断出来る相手では無い。

 

『この機体の慣らし運転として丁度良い相手だ。ここで私に出会った運命を呪うがいい!』

 

『何を!その傲慢さ──後悔させてあげるわ』

 

 操縦桿を引き、思い切りアクセルペダルを踏み抜くと胸部に増設されたバーニアが火を吹いた。

 一瞬の目眩しを行うとともに、強大な推力を用いて強引に鍔迫り合いの状況から脱出するが、シャアと"ザクもどき"の反応は俊速を極めていた。

 

(デブリを蹴って加速してる!)

 

 モニターの光度補正を瞬時に終え、ガンダムの姿を捉えて"ザクもどき"が飛翔する。

 単純な推力では高機動型ガンダムは"ザクもどき"のそれを上回っているが、その差をシャア・アズナブルは技量で埋める。ノエルが見たのは、浮遊する無数のデブリを次々と蹴る事で加速する敵機の姿だ。

 

 これだけのデブリが浮遊する暗礁宙域でスラスターを全開にして戦闘機動を取る事は、一歩間違えればそれだけで死に繋がる。にも関わらず、デブリを避けるどころかそれを利用して加速までするとは。

 

『三倍のスピード──赤い彗星は伊達じゃないのね』

 

 高速で宙域を飛び回るうちに、二機はトロイホースたちのいる宙域からいつの間にか遠ざかっていた。

 自分がシャアを引き付けなければ、ジオンの艦隊を殲滅するどころかそのままコロンブスを撃沈されるかもしれない。その危惧からノエルはあえてシャアを釘付けにする為、単機で囮を勤めていたのだ。

 

 しかし、彼女の想定外が一つあった。ガンダムのコンピューターが"Unknown"判定した機影は二機。

 ──ジオンのエース・パイロットはシャア・アズナブルだけでは無かった。

 

 

 

 

 MS-11 アクト・ザクはジオンを象徴する名機であるザクIIの総合性能向上を目的として、軍事計画《ペズン計画》によって開発されたMSである。

 ザクIIをベースとしながら、機体の関節駆動にフィールド・モーター及びマグネット・コーティングを採用。

 

 ジェネレーター出力の強化によってビーム兵器の携行も可能となっており、その機体性能はジオン公国の工業力の全てを注ぎ込んだと言われるMS-14 ゲルググをも上回るハイスペック機だ。

 完成した試作機がキシリア・ザビ少将の名によってシャア・アズナブル大佐の専用機として調整され、テストの名目でパトロール艦隊に同行していたのだ。

 

 ──フィールド・モーター及びマグネット・コーティングは連邦系の最新技術であり、何故それがペズン計画で設計されたアクト・ザクに採用されたのか。

 何故軍の上層部しか知らない輸送ルートに()()()()ジオン軍のパトロール艦隊が網を張っていたのか。

 

 それを知るのは、月面基地グラナダに居を構えるキシリア・ザビ少将だけだ。

 

 

 

 

『デルタ・ツー!敵艦隊への直接攻撃にいけるか?』

 

『デルタ・スリー、目の前のコイツをお前だけで捌けるか?俺は厳しいと思うがな!』

 

 ノエルがシャアと対峙しているのと同じ頃、ラリーとアニッシュもまた難敵と相対していた。

 もう一人の"赤"。ジオン突撃機動軍所属のエース、ジョニー・ライデン少佐。搭乗する機体を真紅のパーソナル・カラーで塗装し、"真紅の稲妻"の異名を取る男だ。

 

 彼の乗る機体こそ、ガンダムのコンピューターが捉えたもう一機の"Unknown"。真紅に彩られたMS-06-R2 高機動型ザクIIこそがその正体である。

 《ザクの皮を被ったゲルググ》とまで謳われる性能を誇る一方で、量産機としてのコストパフォーマンスは劣悪。加えてピーキーな操作性故にコンペティションに敗れ、僅か四機しか製造されなかった"幻のザク"。

 

『赤い色のMSってのは厄介な奴だって相場が決まっていますよ!デルタ・ツー、俺が仕掛けます!援護を!』

 

『わかった!焦るなよ、デルタ・スリー!』

 

 アニッシュのスナイパーカスタムが頭部バイザーを降ろし、頭からぶつかる形で敵機に向けて突入する。

 高機動型ザクIIが持つザク・マシンガンの銃口から光が瞬く。飛来する弾丸を左マニピュレーターに装備したシールドで逸らしながら、敵機へスナイパーカスタムが肉薄し、右前腕部に装備されたボックスタイプ・ビーム・サーベルを横なぎに振るう。

 

 高機動型ザクIIが大型化した脚部スラスターを吹かせて回避した隙を狙って、ラリーはトリガーを引いていた。

 真紅のMS目掛けて白光が走る。スナイパーllの装備したR-4ビーム・ライフルが火を吹いたのだ。

 

 R-4ビーム・ライフルはRX-77向けの武装として開発されたXBR-L-79をベースとして、狙撃用MS向けに再設計されたビーム・ライフルだ。

 中・長距離からの精密射撃に特化する為に、従来のビーム・ライフルと比べてビーム弾の収束率は極めて高い。

 大気や塵によるビームの減衰率が大きくなる大気圏でも狙撃用ライフルとして使用出来る武装で、殆どビームが減衰しない宇宙空間での威力は絶大。

 

 MS配備当初からコンビを組み、連携を磨いてきた二人の攻撃には一部の隙も無い。

 しかし敵もさるもので、右肩のシールドを犠牲にしながら二機の連携攻撃を凌ぎ切る。高出力のビームがシールドを半ばから溶断するが、機体本体への損傷は見受けられなかった。

 

『やるな!だが、これで真紅の稲妻を止められると思ってもらっちゃ困る!──受けてみるかい?閃光の一撃を!』

 

『こいつ……!だがまだ!』

 

 高機動型ザクIIの加速性能を十全に発揮し、スナイパーカスタムの死角へ機体を躍らせるジョニー。

 その動きに反応するアニッシュだったが、スナイパーカスタムのボックスタイプ・ビーム・サーベルの欠点が露呈する。前腕部にあらかじめ装備された故に瞬時にビーム刃を展開出来るのだが、手持ちに比べて稼働範囲が狭い。

 

 そしてその欠点を先程の攻防で見抜いていたジョニーは、隙とも言えない隙を突いてスナイパーカスタムの右腕をヒート・ホークで両断する。

 瞬時に脚部にマウントしているビーム・スプレーガンで牽制しながら距離を取るアニッシュだが、有効打を与える事は叶わない。

 

 本来であれば、自分がシャアを抑えている間にラリーとアニッシュが艦隊上部から直接攻撃を仕掛け、コロンブス隊のMSと協力して敵艦隊を殲滅する。それがノエルがあの一瞬で描いたプランだった。

 しかし、艦隊へ攻撃を仕掛ける筈だったラリーとアニッシュはジョニーに抑えられ、攻撃に転じることが出来ないでいた。

 

 最初の艦隊射撃で何箇所かを被弾しているものの、ザンジバルとムサイは全て健在だ。

 コロンブス隊が艦載機のザクとリック・ドムの混成部隊と戦闘を行なっているが、時間をかけていれば更に追い詰められる事は明らかだった。

 

 もう一手必要だ。ジオンの艦隊を退けて、コロンブスを無事に送り届ける為には。

 部下が命をかけて戦っている今、それを無駄にする事だけは避けなくてはならない。

 ──ブリッジで戦況を見守るヘンケンの視界に映るのは、一辺が数十メートルはあろうかという、巨大なコロニーの残骸だった。

 

 

 

 




シャア専用アクト・ザクは股間に2と書いてあるタイプでは無く、マレット機をシャアカラーにしたものを想像していただければ……
感想、評価切にお待ちしております。


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MISSION 16 「悪夢の記憶」

皆様のおかげで先日は日間ランキングに載る事が出来ました!
読んでいただける事が自分の原動力です。
評価、感想切にお待ちしております!


─ 地球連邦軍第三艦隊 旗艦マゼラン級レナウン ─

 

「囮!?トロイホース隊とコロンブスが、でありますか?しかし、あのコロンブスには重要な戦略物資が積み込まれていると……」

 

「本来はな。ティアンム提督すら作戦開始の前日に変更を伝えられたとの事だ。本来の戦略物資は今頃本隊の連中の元に届いているだろう」

 

 レナウンのブリッジで話しているのは、第三艦隊の司令でありこの艦の艦長であるワッケイン少将と副官だ。

 

 チェンバロ作戦は連邦軍が所有する十三個の艦隊から、レビル将軍直率の第一連合艦隊と、ティアンム提督指揮の第二連合艦隊で行われる手筈となっていた。

 

 レビル将軍率いる第一連合艦隊は予備として後方に控え、第二連合艦隊がソロモンの攻略に向かう事となったのだが、宇宙要塞ソロモンは衛星ミサイルと浮き砲台を全方位に張り巡らせた鉄壁の防衛ラインを築いており、正攻法での攻略が困難な事を悟った連邦側は一計を案じた。

 

 太陽光を反射させた膨大なビーム束を放つソーラ・システムの投入を決定したレビル将軍だったが、ここにきてエルラン中将に続く軍上層部に蔓延るスパイの存在を疑わざるを得ない証拠が浮上する。

 

 それが、最新技術である筈のマグネット・コーティングを施した試験機が、月の裏側に位置する月面第二の都市──キシリア・ザビ率いる突撃機動軍の本部としてジオン本土最終防衛ラインの一角を占める重要拠点、グラナダに運び込まれた形跡有りとの情報だ。

 

 万が一にでもソーラ・システムを輸送中に失う事があれば、負ける事は無いにしてもソロモン攻略の代償は大きくなり、残るア・バオア・クーを突破してサイド3へ侵攻する事は困難を極めるとレビル将軍は判断。

 

 急遽トロイホース隊とコロンブスを囮とし、敢えて情報を流す事で安全にソーラ・システムを輸送する作戦を立案、決行したのである。

 

「その事はトロイホース隊の面々は……」

 

「知る筈が無い。私とてそれを知ったのはつい数時間前の話だ。命を賭して艦を守ろうとする味方を騙して囮にするなど……」

 

 内心憤りを感じるワッケインであるが、軍隊という組織に所属している以上は上官からの指令は絶対。

 彼に今出来る事は、せめてもの増援として一隻の艦を差し向ける事だけだ。──そう、第三艦隊に編入された第十三独立戦隊を。

 

 

 

 

「アレックスの出撃準備を急ぐよ!ボサッとしてるんじゃないよ!武装はハイパー・バズーカとシールドだ!」

 

ルナツーの工廠で最終調整を行い、後は第十三独立戦隊のアムロ・レイ少尉に引き渡すのみと言うところまで仕上げた機体であるが、状況を打開出来るのはアレックス以外にないとヘンケンは即座に決断した。

 

 第一デッキではヘンケン艦長の名を受け、アレックスの出撃準備を急ピッチで行うメカニックマンの声が響き渡る。パイロットのクリスは既にノーマルスーツに着替え終わり、コクピットの中で確認作業をしている最中だ。

 

 アレックスの腰部ラッチに強力な実弾兵器であるハイパー・バズーカ。左腕マニピュレーターに高純度のルナ・チタニウム合金製のシールドが装着される。出力調整を行う時間は無いが、今回の作戦に関してはそれで問題は無い。

  

『マッケンジー中尉、頼むぞ!』

 

『了解。必ずやり遂げてみせます。──各部チェック完了。クリスチーナ・マッケンジー、ガンダムアレックス!出撃します!』

 

 カタパルトから勢いよく宇宙へ飛び出したアレックスとクリスの目的は、シャア・アズナブルと戦うノエル機の援護でも、ジョニー・ライデンと戦うラリー機、アニッシュ機の援護でも無い。

 

『これね。お願い、アレックス……!』

 

 アレックスが向かった先にあったのは、一辺が数十メートルに及ぶ巨大なコロニーの外壁、その残骸だ。

 クリスはアレックスを残骸に取り付かせ、バーニアの出力を一気に向上させる。メイン・モニターをふさぐ巨大な鋼鉄の塊に向かって、操縦桿を力一杯押し込んだ。

 

 たかだか外壁の一欠片と言っても、その大きさはガンダムの機体と比べても圧倒的な質量を誇る。宇宙空間とはいえ、()()()M()S()()()()()動かす事など出来はしない。

 

 ガンダムNT-1 アレックスをロケットエンジンに見立て、その常軌を逸した推力を使って巨大なコロニー片を移動させる。それがクリスがヘンケンから聞かされた作戦の第一段階。

 

(動け動け動け……動いて!みんなを助ける為にはこれしかないの!)

 

 歯を食いしばったクリスが更にアクセルペダルを踏み、アレックスのバーニア出力を最大まで上げる。バーニアから噴き出す青白い炎の輝きが一際強くなり、クリスの願いに応えるようにアレックスのデュアル・アイが眩く光る。

 

 アレックスのスラスター総推力は174,000kg。

 ガンダム2号機の総推力55,500kgの三倍以上の推力を誇り、セカンド・ロットかつ宇宙空間で高機動戦闘を行う事を想定して設計されたガンダム4号機、5号機の総推力70,500kgすら上回る。

 

『動いた!これならいける!』

 

 びくともしなかったコロニーの巨大な破片が、アレックスの力でゆっくりと動き始める。一度動いてしまえば、空気抵抗の存在しない宇宙空間であればその移動速度は加速度的に増加していく。

 

 これほどの大質量な物体をどうするのか?ヘンケンが思いついたのは作戦は単純明快だった。──即ち、コロニーの破片をジオン艦隊にぶつけて殲滅する。

 

 それは皮肉にも、ジオン軍が宣戦布告直後に行った"ブリティッシュ作戦"で行われた人類史上最悪の行為である"コロニー落とし"からヒントを得た作戦だ。

 

『狙いは端のムサイ……!頑張って、アレックス!私たちがみんなを助けるのよ!』

 

 ハイパー・バズーカを放ってコロニーの破片に着弾させ、微妙に角度を変えながらいよいよクリスはジオン艦隊の直上に到達した。コロンブスのMS隊も流石は地上でエースとして鳴らしただけの事はあり、初めての空間戦闘にも関わらず戦闘を継続している。

 

 ザンジバルは戦闘宙域を離脱しようとしているようだったが、ザンジバル程足の速く無いムサイはこちらに機首を向けて迎撃を行う態勢を取っていた。

 

『座標計測、突入角度を再計算……スラスター全開!』

 

 クリスが狙うのは、艦隊の一番端にいるムサイだ。地上とは違い、宇宙空間では敵は同じX座標(横軸)にいるわけではない。狙いを付けたムサイは近くの艦に対して斜め上に位置しており、計算通りの角度で突入する事が出来れば一気に艦隊を殲滅する事が可能だった。

 

 メイン・モニターがコロニー残骸で覆い尽くされている中、情報はモニターに表示された宙域をスキャンした擬似的なデータを見て行わなければならない。

 

 微細な調整が必要な作業であるが、クリスの本職はパイロットではなく技術屋である。特にコンピューター関連の調整作業はお手の物だ。

 

 不規則な振動に機体ごとシートを揺さぶられながら、クリスはアクセルペダルを緩めない。おそらくジオンの艦隊が()()()()()コロニーの破片を破壊するべく、攻撃を仕掛けているのだろうと彼女は推測する。

 

 こちらに注意を向ければ、艦隊下部で戦闘を行なっているMS隊に無防備な底面を見せると分かっていながらも、迎撃せざるを得ないのだ。

 

 ──だが、それが無駄な抵抗であり事を一番理解しているのは、他ならぬジオン軍だろう。ブリティッシュ作戦の折に数百からなる大艦隊で連邦軍はコロニー落としを阻止しようとしたにも関わらず、まるでそれを意に返す事もなく──コロニーは落ちたのだから。

 

 

 

 

『撤退信号だと!?ええい、一体何があったというのだ!──なに、ムサイが三隻とも墜ちる!?』

 

 突如として旗艦であるザンジバルから打ち上げられた信号弾を見て、シャアは歯噛みする。

 視線を艦隊がいる筈だった宙域に向けてみれば、その目に映るのは光り輝く巨大な球体。真空状態での爆発は音もなく、炎がただ丸く広がるだけだが、MSが爆発した規模でない事は明らかだった。

 

(まさか私が敵の戦力を見誤るとは……やむを得んか!)

 

 おおよそ部隊の三割(戦闘担当の六割)の喪失で全滅として見做される事を考えると、ジオン軍艦隊の被った被害は甚大だ。ガンダムさえ抑えれば、後はどうとでもなると考えていたシャアの目論見は大きく外れた。

 

 不幸中の幸いとでも言うべきか、いち早くコロニー片を利用した攻撃に気付いた旗艦ザンジバルに損傷は無く、宙域の離脱には支障が無い。

 

 ノエルの駆るガンダムとの戦いに夢中にならなければ、このような失態を犯す事も無かっただろうが、それを言っても後の祭りだ。残存戦力がザンジバルに集まるのに続いて、アクト・ザクのスラスターを全開にして高機動型ガンダムから離れるシャア。

 

 シャアにとっては、アムロに続いて仕留め損なった相手である。つくづく"ガンダム"に対する因縁を感じつつ、彼は操縦桿を握りしめた。

 

 

 

 

『敵が撤退していく……』

 

 モニターに映る球体を拡大して見れば、そこに見えるのはコロニー片を受け止めて爆散するジオン艦隊の姿だった。懸命な迎撃も回避行動も間に合わず、巨大な鋼鉄の塊をその身に受けたムサイの艦体は簡単に引きちぎられる。

 

 クリスの計算通りの角度で突入したコロニー片は、初めに犠牲となったムサイの斜め下に位置していた残り二隻を巻き込むだけでは飽き足らず、艦隊の側で迎撃していたMS隊をも無惨に破壊して、物言わぬ宇宙に漂う残骸へと変えたのだ。

 

 三隻の艦と多数のMSを巻き添えにして破壊したコロニー片もまた炎に包まれ、ムサイに搭載されていたミサイルの誘爆でその巨大な鋼鉄の身体に亀裂が入る。

 

 宇宙空間で無ければ、耳をつんざくような轟音が響いているだろう光景を見て、ノエルは無意識のうちに固く握りしめていた操縦桿から手を離した。聞こえない筈なのに、脳内に見知らぬジオン軍人の悲鳴が聞こえるような感覚。

 

 たかだかコロニーの破片だけでこれ程の被害が生まれる。コロニー本体が落ちた後の地球の状況と、それを決行したジオンの神経が彼女にはわからなかった。

 

(──こんな戦争は、早く終わらせなきゃ)

 

 不意に感じた吐き気を抑えつつ、トロイホースから打ち上げられた信号弾を確認して艦に帰投するノエルの胸中にあるのは、早くこの戦争を終わらせなければならない、その想いだけだ。──この戦争は、生命を殺しすぎた。

 

 暗礁宙域を抜けた先に微かに見える、懐かしく感じる白い艦体……ホワイトベースの姿を確認して、思わずノエルの唇が緩む。ジャブローで出港を見送ってから、もう随分経ったように感じたのだ。

 

 ──ノエルは無性にアムロに会いたいと思った。それが何故なのかは、彼女自身にもわからなかった。




今回はクリス&アレックスの活躍回でした。
スペックを詳しく調べ直しましたが、アレックスだけおかしいスペックをしてるので、こんな芸当も可能かな、と。
次回からソロモン戦に突入しますが、年末年始は仕事が忙しいので投稿が遅れるかもしれません……


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MISSION 17 「ソロモン攻略戦」

「スナイパーカスタムの右腕マニュピレーターの交換は間に合わない!予備機のジム・コマンドの出撃準備を急ぐよ!」

 

「ビーム兵器を使えるようになるのは、防衛ラインを突破してからだぞ!実弾兵装の用意をするんだよ!」

 

 MS隊が帰投したトロイホースのMSデッキの中に怒号がこだまする。先の戦闘で損傷したアニッシュのジム・スナイパーカスタムの修理が間に合わないと見るや、予備機として配備されていたジム・コマンドの調整作業が進む。

 

 精密機器の塊であるMSの調整作業に関して、パイロットが関われる分野は多くない。餅は餅屋と言うが、デルタ・チームの面々は部隊の整備チームに全幅の信頼を置いていた。彼らがいなければ、自分達は出撃する事すら叶わない。

 

「しっかし、この土壇場で乗り慣れた機体から乗り換える度胸は凄いですよ。俺ならいくら高性能のMSでも躊躇しますね」

 

「使えるものは何でも使う。ホワイトベースの連中はそうやって生き残ってきたのさ。ま、あのピーキー過ぎるMSをまともに操縦出来るのはアムロくらいのもんだろう」

 

「……そりゃそうだ。普通のパイロットはMSでシャドーボクシングなんて出来やしませんからね」

 

 ラリーとアニッシュがMSデッキを見ながら補給食を口にして、軽く言葉を交わす。

 

 デッキにはデルタ・チームの機体とアレックスに加えて、アムロのガンダム2号機も格納されていた。チェンバロ作戦の決行に向けて、アムロ・レイにガンダムNT-1 アレックスが渡される事が決定したからだ。

 

 アレックスのコクピットにはアムロとクリス、そしてノエルも乗り込み、急ピッチでソフトウェアの調整と機器の説明が行われていた。──その筈だが、二人の目の前でアレックスはまるでボクサーのような滑らかな動きでシャドーボクシングを繰り返していた。

 

「す、凄い……全天周囲モニターとリニアシート!機体の反応速度もガンダムとはまるで違う……!凄いですよ、ノエル中尉、マッケンジー中尉!」

 

「ア、アムロ君?感動するのは良いけど、MSデッキでシャドーはちょっと……ね?」

 

 まるで人間のような滑らかな動きを見せるアレックスとそれを難なく操縦するアムロを間近で見て、クリスは口をあんぐりと開けて驚愕する。

 

 ノエルのこめかみには青筋が立っており、口調は柔らかだがやんわりと嗜める。(あくまでアムロがMSデッキでアレックスを動かした事を咎めているだけで、ようやく再会出来たにも関わらず、挨拶もそこそこにMSに夢中になっている事に嫉妬している訳ではないのだ)

 

 アレックスの操縦システムとコクピットの構造は、他の機体とは一線を画する新技術が惜しげも無く投入されている。コクピットはガンダム2号機のコア・ブロック・システムでは無く、脱出機能を有する球形の物を採用した事に加えて、初の全天周囲モニターを採用。

 

 パイロットの視認性の向上に加えて、閉所に長時間閉じ込められる事によって生じるストレスの軽減効果も確認されていた。(実際には水平・垂直360度が網羅されておらず、死角が存在する。もっとも、通常のコクピット・モニターとは比べ物にならない視認性を誇る)

 

 操縦システムにおいてもナビゲートシステムはプロセッサを3基搭載し、NTの人並外れた反応速度に対応出来るように新規開発されたソフトウェアを採用。

 

 それに加えて、ガンダム2号機のそれよりも更に高性能・高速・大容量の教育型コンピューターを搭載する事で、機体各部のシステムをより効率的に統括出来る様になり、結果的にパイロットと機体間の反応速度も極めて向上している。

 

(まさかここまで簡単にアレックスを動かせるなんて……)

 

 確かにアレックスにはガンダム2号機の教育型コンピューターから抽出したデータを移植し、彼の操縦データから得られた数値を参考にしてソフトウェアも一から組み上げ直した。そうして出来上がった機体が"化け物しかまともに操縦出来ない代物"となった事は理解しているが、それをここまであっさりと……。

 

 開発チームとしては、ようやく手塩にかけた機体の本領が発揮される事に対する喜びを。テストパイロットとしては嫉妬すら感じられない程の、どこか清々しい敗北感を同時に味わって、クリスは笑った。

 

 

 

 

 シャア・アズナブル率いるジオンのパトロール艦隊を退け、ホワイトベース隊と合流したトロイホース隊はワッケイン少将率いる第三艦隊に編入された。

 

 ソーラ・システムでソロモンの誇る鉄壁の防衛ラインに大きな穴を開け、そこから一気に全軍を突入させる作戦を立てたティアンム提督だが、ソーラ・システムのパネルを組み立てる時間を稼ぐ必要があった。

 

 そこでティアンム提督は第三艦隊にMS隊を集中的に配備させ、彼らを陽動部隊とする事を決定する。第三艦隊が敵の注意を引きつけている間に、本隊が素早くソーラ・パネルを組み立て、照射準備を終える算段だ。

 

「パブリク突撃艇部隊の損耗大。しかしビーム撹乱幕の敷設に成功したとの連絡です」

 

「よし、艦隊から実弾兵装にて防衛ラインに向けて艦砲射撃後、全MS隊を全面に押し出せ!防衛ラインに突入させ、ソーラーパネル展開までの時間を稼ぐ!ホワイトベース隊からの連絡はどうか?」

 

「アムロ・レイ少尉はトロイホースにてガンダムNT-1の調整を終えたとの報告がありました。少将の命令が有れば、いつでも出撃可能です」

 

「そうか……MS部隊はガンダムを中心として展開させろ。必ず三機一体の体制を厳命して、敵MSと対峙させるように再度通達!……艦砲射撃、てぇっ!」

 

 ワッケイン少将が初めに出撃させたのは、ビーム拡散用大型ミサイルを二基搭載したパブリク突撃艇部隊だ。ソロモンの防衛ラインに配備されている浮き砲台の長距離ビーム攻撃をビーム撹乱幕で無効化し、それを確認してからMS部隊を突入させる。

 

 実戦経験の少ないパイロットが大半を占める中で、ワッケイン少将が厳命したのは必ず三機一体で行動する指針だ。未熟なパイロットとはいえ、三機でかかれば実戦経験豊富なジオンのベテランパイロットにも対抗出来る。

 

 ソロモンが陥落すれば戦争が終わるわけでは無い。次に続くア・バオア・クー攻略の為にも、貴重な戦力であるMSをむざむざと使い潰す訳にはいかないのだ。

 

 

【BRIEFING】

 

 トロイホース隊の諸君、第三艦隊司令のワッケイン少将だ。コロンブスの護衛任務ご苦労だった。

 

 貴官らは我が第三艦隊所属のMS隊の主力として、ホワイトベース隊と共にソロモンの防衛ラインへ先行して突入して欲しい。パブリク突撃艇のおかげでビーム撹乱幕の展開に成功している為、防衛ラインに配備された砲台からの攻撃は無力化出来ている。

 

 おそらくソロモン要塞司令官ドズル・ザビもモビルスーツ部隊を出して迎撃に来るだろうが、我々の作戦目的は本隊がソーラ・システムを展開し、照射するまでの時間稼ぎとなる。──最低でも十五分、我々は敵迎撃部隊を食い止めなければならない。

 

 ホワイトベース隊のガンダムNT-1と協力して、出来るだけ多くの敵を引きつけて欲しい。頼んだぞ。

 

 

MS1 ノエル・アンダーソン中尉《デルタ・リーダー》

RX-78-01[FSD-HM]高機動型ガンダムFSD ハイパー・バズーカ

 

MS2 ラリー・ラドリー少尉《デルタ・ツー》

RGM-79SP ジム・スナイパーll R-4 ビーム・ライフル

 

MS3 アニッシュ・ロフマン曹長《デルタ・スリー》

RGM-79G ジム・コマンド ブルパップ・マシンガン

 

 

作戦成功条件:十五分以上の敵軍拘束

作戦失敗条件:部隊の全滅

 

 

─ MISSION START ─

 

 

『ビーム撹乱幕の範囲から出るまではビーム兵器は使えないわ!デルタ・ツーを殿にして、ブイ・フォーメーションを維持したままで防衛ラインに侵入!進路上にある衛星ミサイルは私とデルタ・スリーで落とすのよ!』

 

『デルタ・ツー了解。撹乱幕から出るまでは世話になる』

 

『デルタ・スリー了解!スナイパーカスタムとはちょっと勝手が違いますが、やってみせますよ!』

 

 ソロモンの防衛ラインは三段階に分かれており、第一ラインが浮き砲台による長距離ビーム攻撃。第二ラインが衛星ミサイル(小惑星にロケット推進装置を取り付け、質量兵器としたもの)

 そして第三ラインがドズル・ザビ率いるジオン宇宙攻撃軍MS隊による直接迎撃である。

 

 浮き砲台による長距離ビーム攻撃をビーム撹乱幕によって無力化する事に成功した今、次の脅威は衛星ミサイルによる迎撃だ。MSにとってはさほどの脅威になり得ない衛星ミサイルであるが、戦艦にとっては十分な脅威となる。下手に直撃すれば、それだけで轟沈は免れない。

 

 宇宙要塞"ソロモン"がこの時点で用意できた戦力は戦艦3、巡洋艦48、空母1、突撃艇88、MS約3400、戦闘機約580、他に輸送艦や少数のMA。

 それに対する連邦軍の戦力は戦艦24、巡洋艦121、輸送艦(改装空母含む)580、突撃艇280、MS5200、戦闘機880、他にミサイル艦や砲艦などで構成されていた。

 

 通常であれば負けることの無い戦力差だが、攻城の原理から言えばこの数字はさほど楽観視出来る程大きな差では無い。城を攻めるには籠城軍の三倍の兵力が必要だということになっているのだが、両軍のMSの性能差を考慮しても三倍とまではいかないだろう。

 

 いかに優れた戦闘力を持つ人物がいたとしても、一人で城は落とすとまではいかない。

 ──()()()()()()M()S()()()()()()()()()()()

 

『艦隊に近付けるわけにはいかない!……墜ちろっ!』

 

 先行して第二防衛ラインを突破したアレックスとアムロに襲いかかったジオンMS部隊のザクIIだったが、正確無比なビーム・ライフルによる狙撃でコクピットを撃ち抜かれ、一発の弾丸を放つ間もなく火球へと変わる。

 

 宇宙へ戻って覚醒したアムロのNT能力と彼専用にチューンされたアレックスのマッチングは、ノエルやクリスが考えていた以上のものだった。

 敵が攻撃の意思を見せた瞬間に反応しているような異次元の反応速度で、次々にMSを撃墜していく。

 

 敵MSの爆発の光に照らされる白と黒のツートンカラーで染められたアレックスは、"白い悪魔"とジオンから呼ばれるに相応しい活躍だ。

 

(凄い……まるで次元が違うみたい。アレックスが開けた穴目掛けて艦隊が突入すれば、敵軍に大打撃を与えられる!──警報!)

 

 アムロとアレックスの活躍をみて息を呑むノエルだが、突如鳴り響いた警報を聞いて反射的に操縦桿を引いた。そのまま進んでいれば、高機動型ガンダムがいたであろう空間を太いビームの閃光が貫く。

 

(敵機直上!──違う、急降下して回り込んでくる!)

 

 ビームが放たれたであろう場所を見上げたノエルだが、既にそこには敵機の姿が無い。攻撃すると同時に機体を機動させ、三次元的な動きで既にこちらの横まで敵MSは回り込んでいた。

 

 空間戦闘を熟知した動きで()()()()()()()()リック・ドムがヒート・サーベルを閃かせて襲いかかってくる。手にしたハイパー・バズーカでは近接戦闘には対応出来ない。ノエルは一切逡巡する事無く、バズーカを敵機に向けて投げるとそのままガトリング・ガンを放った。

 

『デルタ・ツー、スリー!そのまま進んで敵迎撃部隊を攻撃しなさい!こいつは私が引き受けます!』

 

 ガトリング・ガンの弾丸が着弾して誘爆したバズーカに巻き込まれて、損傷を負っていればと思ったノエルだが、爆炎を切り裂いて現れたリック・ドムに問題は見られない。──間違いなくエースだ。

 

『スペースノイドの真の解放の為……地球からの悪しき呪縛を、我が正義の剣によって断つ!忌まわしきガンダムめ……覚悟!』

 

 

 




いつも見ていただき、ありがとうございます!
ソロモン攻略戦の始まりの回でした。今年はあと一回更新出来るかな……?
感想、評価切にお待ちしております!


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MISSION 18 「覚醒」

今年最後の投稿となります。
後書きまで読んで頂ければ幸いです。



『くっ!速いけど……避けれない程じゃない!』

 

 アナベル・ガトー。

 それがノエルの対峙しているパイロットの名だ。宇宙攻撃軍302哨戒中隊長であり、エース・パイロットとして連邦宇宙軍から恐れられた男である。

 

 パーソナル・カラーの青と緑に塗り分けられたMS-09R リック・ドムには試作段階の大型ビーム・バズーカが装備されており、ビーム・ライフル程の連射性能は無くともその攻撃力は絶大だ。 

 

 加速と減速を繰り返して浴びせられるビームを躱しながら、左腕マニピュレーターに装備された二連装ビーム・ライフルのトリガーをノエルは引く。──酷く頭痛がする。帰投した際に薬を服用したおかげで治っていた筈なのに、まるで戦場で人が死ぬ度に痛みがぶり返すようだ。

 

『腐った連邦の犬が……!貴様らのような信念なき有象無象共の弾が、この私に当たるものか!』

 

『犬呼ばわりされる筋合いなんて無い……!同じスペースノイドを虐殺しておいて、何を言う!』

 

 ビーム・ライフルの光弾を難無く躱したリック・ドムのヒート・サーベルと、高機動型ガンダムのビーム・サーベルが交錯し、閃光が迸る。

 よほど自信過剰な性格なのか、どこまでも自分の義を信じ切っているのか。傲慢とも言える物言いのガトーの言葉にノエルが声を荒げた。

 

『──女だと!?まさに連邦の脆弱さを象徴しているようなものだ。貴様のような愚かな女が戦場に出てくるなぞ……恥を知れ!戦場は女の出る幕では無い!』

 

『っ!女で悪いのっ!!』

 

 ガトーの言葉に思わずカッとなったノエルが思い切り操縦桿を押し込み、強引にガンダムのパワーでリック・ドムを押し切ろうとする。だが、逆にガトーは操縦桿を引いてリック・ドムを慣性のままに宙返りさせると、見事にガンダムの勢いを利用して攻撃をいなした。

 

 すぐさまノエルもガンダムのAMBCシステムを稼働させて、機体の姿勢をコントロールする。コクピットの中に聞こえる自分の荒い呼吸が酷く煩く感じられる。

 いくら頭痛が酷いとは言っても、女である事を揶揄されて怒る程自分は短絡的では無かった筈だ、とノエルは違和感を感じるが、その思考をかなぐり捨てて操縦桿を操る。

 

 目の前のリック・ドムの頭部は十字型の独特のモノアイ・レールを備えていて、爛々とそこに輝くモノアイがガンダムを捉えているのがわかる。人間に近いデュアル・アイを持つガンダムとは違い、ジオンのMSが備えるモノアイはどこか怪物じみた印象すら与えるものだ。

 

 じっとりと嫌な汗をかいている事に不快感を感じ、ノエルはヘルメットのバイザーを上げた。

 ──この宇宙は酷く息苦しい。

 

 

 

 

『おい、デルタ・スリー!デルタ・リーダーはああ言ってたがどうする!艦隊が衛星ミサイルに襲われてるが?』

 

『冗談でしょう、デルタ・ツー。俺達がデルタ・リーダーの背中を守るって決めたんじゃなかったんですか?命令違反上等ってやつですよ』

 

『勿論冗談だ。危なっかしくて放って置けないんだよなぁ、あの隊長は』

 

 ノエルに敵迎撃部隊を攻撃しに行くように命じられたラリーとアニッシュだったが、その命令には従わずにガトーの部下と思わしきMS隊と戦闘を続けていた。

 

 ソロモンの第二防衛ラインに達した艦隊には衛星ミサイルが襲いかかり、艦載機のジムやボールの迎撃をすり抜けた衛星ミサイルが着弾したサラミス級の戦艦が、巨体を真っ二つに折りながら爆炎を上げる。

 

 本来ならば艦隊の先頭で戦っているホワイトベース隊に合流すべきだっだが、デルタ・チームの二人は敢えてノエルの命令を無視した。

 

 初めは二十歳の、しかも女性の新人士官になにがわかるものかと馬鹿にした。どうせすぐに最前線で戦う事が嫌になってジャブローに逃げ帰るか、それとも戦場でパニックになって死ぬか。──勿論、死なれるのは目覚めが悪いとは思っていたが。

 

 それでも彼女は腕自慢で鳴らしたエリート・パイロット様が次々と根を上げるような環境で戦い続け、いつの間にかラリー達も彼女を認めていたのだ。過酷なミッションを終えた後にも関わらず、後方支援部隊の連中と一緒に握り飯を振舞う姿を見て、部隊の全員が手伝いを志願するなどという一幕もあった。

 

 ──デルタ・チームの隊長に相応しいのは、ノエル・アンダーソン以外にはいない。そう彼等は信じていた。

 しかし、両軍合わせて数千機もの機体が入り乱れる戦場において、感傷に浸る暇などありはしない。 

 

『──デルタ・ツー!後ろだ!』

 

 アニッシュの叫び声に反応して、ラリーの身体は頭が考えるよりも早く反応した。操縦桿を引き、ブレーキペダルを踏み込む事で機体を半身にする。

 

『ぐっ!──何だ、コイツは!』

 

 ジム・スナイパーllの背後から突如として現れた巨大な影から振るわれたクロー攻撃をすんでのところで躱したラリーだが、左腕マニピュレーターに装備していたシールドが完全に破壊されていた。

 

『MAだぞ……こいつ、ホワイトベース隊の戦闘記録にあった奴だ!』

 

『高機動型MAだ!平面での戦闘は不利だぞ、デルタ・スリー!コイツに奇襲でもされれば、デルタ・リーダーが危ない!俺達で仕留めなきゃならん!』

 

 MA-05 ビグロ。宇宙戦用に最初に実用化されたMAで、推進器に2基の熱核ロケットエンジンを用いたことで機動性が非常に高く、高速で移動できるためパイロットはGに耐性のある者でなければならない程。

 幅広の本体に接近戦用のクローアーム2基を装備している他、メガ粒子砲やミサイルも装備しており、高火力、高機動を実現した強力な機体だ。

 

『ところでデルタ・スリー。絶体絶命な状況だが、俺を信じるか?』

 

『愚問ですね、デルタ・ツー。──来ますよ!』

 

 一度目の攻撃に失敗したビグロが大きく距離を取った後、旋回して再びラリー機とアニッシュ機に向けて加速する。熱核ロケットエンジン二基から生み出される推力は莫大で、MSとは一線を画する機動力だ。

 

 あの大型のクローで攻撃されれば、MSといえども簡単に機体を引き千切られる事は目に見えている。一言二言、ラリーとアニッシュが言葉を交わした。綿密な打ち合わせなど出来る余裕は無いが、二人にとってはそれで十分だ。

 

 ビグロから数発のミサイルが立て続けに発射される。迎撃にアニッシュのジム・コマンドがブルパップ・マシンガンを放つが、その全てを撃ち落とす事は出来ず──ミサイルが着弾し、ジム・コマンドとジム・スナイパーllが一瞬炎に包まれてその姿が消える。

 

『二機とも仕留めたか!多少は腕に覚えがあったようだが……何ぃ!?』

 

 ビグロのパイロットであるケリィ・レズナー大尉は、放ったミサイルの爆発に二機のジムが飲み込まれた時、完全に仕留めたと判断した。数発は撃ち落とされたようだったが、あの爆発なら生きてはいまいと。

 

 だが、新型MSを撃墜したと思った瞬間に感じた高揚感は一瞬にして霧散した。

 

 ──半壊状態のMSが一機しかいない。もう一機は跡形も無く爆発したのか?そんな筈は無い、確か青い機体は後ろにいた筈……!そこまで考えた瞬間に、ケリィはビグロのコクピットの中でラリーの声を聴いた。

 

『悪いな。これでジ・エンドだ!』

 

 ケリィの失敗は二つあった。一つはミサイルの爆炎で二機のMSの機影を一瞬見失った事。もう一つは一瞬とは言え、アクセルペダルを緩めてビグロの速度を緩めた事。

 

 二人のとった手段は単純で、ミサイルを迎撃しつつシールドが残っているアニッシュのジム・コマンドを囮にして、油断したビグロをラリーのジム・スナイパーllで仕留めるというものだ。

 超高速で移動するビグロだが、相対速度を合わせてしまえばその巨体は丸見えで、かつビグロの上部には武装が無く、無防備となる。

 

 ガンダム2号機をも凌駕する推力を最大限に発揮したジム・スナイパーll。ほんの一瞬の隙を突いてビグロの上を取ると、軋む機体を動かして構えたR-4ビーム・ライフルの銃口から一筋の白光が走り、緑色の異形を貫いた。

 

 

 

 

『デルタ・ツー、デルタ・スリー!返事をしなさい!早く、早く返事を……ラリー、アニッシュ!』

 

 ノエルの眼下に映るのは、()()の爆発だ。

 ミノフスキー粒子が濃くなっている状況では、離れた場所で戦闘していた二人との通信が繋がらない。だからきっと、ノイズまみれになりながらも微かに映るレーダーから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()その所為だ。

 

 息が苦しい。暗礁宙域で感じたような声が聴こえる。密閉されたコクピットにいるにも関わらず、ノエルは裸で宇宙空間へ放り出されたような恐怖を感じた。

 

(──撃たれた?)

 

 下腹部にずん、と圧力を感じてノエルは思わず下を向いた。まだ撃たれたわけでは無い。マシンガンを構えたザクIIが二機、スラスターを吹かせて接近していた。

 その銃口はガンダムに向けられ、ノエルが撃たれたと感じてから数秒経ってから弾丸が発射された。

 

 避ける事は容易かった。数秒前に撃たれる事を知っていたからだ。敵が驚愕したような気配を感じると共に、ビーム・バズーカを構えたリック・ドムから感じるプレッシャーがまるで化物のように大きくなるのを感じた。

 

 敵から感じるプレッシャーは酷く不快なものだ。まるでねっとりとした手が自分の身体を無遠慮に弄られるような、そんないやらしい感触を感じる。敵機から伸びる手が絡み付いてくる不快感に耐えかねて、ノエルは叫ぶ。

 

『私に触るな!』

 

 モニターを見るまでも無く、自分を狙う敵の存在を感じる。まとわりつく手の先にある気配を感じて、トリガーを引くだけで良かった。

 ビーム・ライフルの光弾がザクのコクピットを貫き、機体が炎に包まれた球体と化す。一つの手が消えた瞬間、他の手から伝わる力が強くなったように感じる。

 

 無意識のうちに噛んだ唇から血を流しながら、ノエルは操縦桿を押し込んでガンダムを飛翔させ、追い縋ってくるMSのコクピットに向けて正確に銃口を向けてトリガーを引き絞る。──敵機が爆散すると共に、機体から伸びていた手が霧散する。

 

『これ以上はやらせん!我が友ケリィ・レズナーを良くもやってくれた……この屈辱、報仇雪恨の念を持って晴らさせてもらおう!』

 

『この……っ!コロニー落としであれだけ殺しておいて、まだ足りないとでも言うの!?』

 

『我々の受けた屈辱を知らぬ賢しい女が何を言う!戦いの始まりは全て怨恨に根ざしているのだ!地球に蔓延る悪を根絶やしにする為ならば、私は何度でもこの正義の剣を振るうだろう!』

 

 二機の機体が螺旋を描くような軌跡を描きながら、無数のMSが混戦状態で戦い続ける戦場を駆ける。

 ビーム・サーベルの刃がリック・ドムの左腕マニピュレーターを肩口から両断し、ビーム・バズーカから放たれた閃光がガンダムの頭部を消し飛ばす。

 

 ガンダムの頭部が消滅した瞬間、思わずノエルは声を上げた。まるで自分の頭がなくなったような感覚を覚え──彼女は正気を取り戻した。

 コクピットのサブ・モニターに表示されていたカウント・ダウンの数字は0になり、警告音を発していた。警告音は、主力艦隊が展開しているソーラ・システムの照射時刻を知らせている。

 

 鍔迫り合いをしていた敵機を蹴り飛ばし、ノエルは主力艦隊がいる宙域を振り返った。──小さな光と悪意が生まれている事を、彼女は感じた。

 




今回の展開は、この作品を書こうと思った時に考えついた事でありつつも最後の最後まで悩んでいた展開です。

そもそもノエルをニュータイプとして覚醒させるべきか、そうでないか。
単純にデルタ・チームとしての物語としてなら、彼女はオールドタイプのままでも良かった。
それでも彼女を主人公として一年戦争を生き残らせる話としてなら、これはこれで良いのではないか、と悩みながらも決断しました。

……ガンダム戦記をプレイした事のある方ならわかると思うのですが、ラリーとアニッシュ(ガースキーとジェイクもですが)は機体が大破しても絶対に脱出するエキスパートです。この作品はノエルの笑顔で締めくくります。
来年もまた、この作品の完結までお付き合い頂ければ幸いです。

暗い事ばかりの世の中ですが、良いお年を迎えられる事をお祈りいたします。


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MISSION 19 「理想と現実」

『飛んで!』

 

 連邦軍主力艦隊が展開している宙域から微かに見えた光点を確認した瞬間、ノエルは反射的にアクセルペダルを踏み抜いて、一気に高機動型ガンダムを上昇させた。

 機体各部への負荷が跳ね上がり、レッドゾーンへ突入した事を示す警告音がコクピット内部に鳴り響くが、彼女はそれを全て無視して操縦桿を力一杯押し込む。

 

 微かにしか見えていなかった光点は、既に右側のサブ・モニターを埋め尽くす程に巨大に成長していた。

 

(間に合って……!)

 

 ティアンム提督がソロモン攻略の切り札として投入したソーラ・システムは多数の小型ミラーパネルをもって巨大な凹面鏡を作り、太陽エネルギーを集中して目標へ照射する兵器だ。

 

 原理は原始的な太陽炉を大型化したようなものだが、ミラーパネルの枚数を増やすだけで容易に出力の増大を図ることが可能で、適切な制御がされた場合は、岩をも溶かす高熱が、目標の広範囲に襲いかかることになる。

 

 ソーラ・システムの照射に巻き込まれてしまえば、ルナ・チタニウム製の装甲すらなんの用も成さない。

 照射範囲から逃れる為にガンダムを上昇させるが、それによって発生した強烈なGがノエルの身体を真上から押さえつけてくる。

 

 耐G性能を持つノーマル・スーツを着用していても、身体が悲鳴を上げているのが理解出来る程の痛みが襲ってくるが、歯を食いしばってノエルは耐えた。

 身体全体がシートに押し付けられ、ベルトが身体に食い込む。酸素を十分に得られなくなった脳がエラーを起こし始め、ノエルの視界が激しく明滅するが──彼女は決して操縦桿を緩めない。

 

 操縦桿を緩めてしまえば、生き残る可能性は完全にゼロになる事は間違いないからだ。

 

 自分でも無意識のうちに叫び声を上げた瞬間、サブ・モニターからメイン・モニターまで侵食してきた閃光でコクピット内部が真っ白に染まった。

 目も開けていられない程強烈な光を瞼越しに認識するが、苦痛は感じなかった。

 

(──生きてる)

 

 ゆっくりと瞼を上げると、サブ・モニターを埋め尽くす程の警告が示されたコクピット内部の光景が目に飛び飛んでくる。身体全体を襲う酷い痛みも、今は生きている事の証明として嬉しく感じられた。

 ふとガンダムのサブ・カメラが捉えた映像を見て、ノエルは思わず息を呑む。

 

(ソロモンが……焼かれているの……)

 

 ソーラ・システムから放たれた膨大な太陽光線ビームは、艦隊の針路上に存在していた衛星ミサイルと浮き砲台を呑み込みながら、ソロモンのスペースゲートを粉砕しながら繋留艦隊もろとも一瞬で蒸発させた。

 

 ソーラ・システムは焦点をずらしながら、要塞本体を抉るようにして照射を継続しており、宙域にいた守備部隊・要塞設備の双方に甚大な被害をもたらしたのだ。

 

『うっ……!?──貴方、まだ……!』

 

 鋭い殺気に反応して直感的に構えた大型シールドにビームが着弾し、左腕マニピュレーターと共にシールドが砕け散る。ノイズが走るメイン・モニターに映るのは、ビーム・バズーカを握る右腕マニピュレーター以外の手足を失った青緑のリック・ドムの姿。

 

 ノエルとガンダムがかろうじてソーラ・システムの太陽光線ビームから逃れたように、リック・ドムも同じように撃墜を免れていた。しかし、高機動型ガンダムよりも推力の劣るリック・ドムの限界を超えた代償なのか、熱核ロケットを搭載していた脚部は喪失している。

 

 右腕以外を失った機体ではAMBACシステムを使う事も出来ず、ビーム・バズーカを放った際の反動を制御する事も難しい。──それでも爛々と輝くモノアイは、パイロットの狂気を宿しているかのように感じられた。

 

『諦めなさい。要塞本体と部隊にあれだけの損害を被ったのよ──ソロモンは陥ちる。投降しなさい』

 

『黙れ……!連邦という看板が無ければ何も出来ぬ有象無象どもが……!ソロモンは決して陥ちんのだ!ジオンの理想を理解せず、ただ歯車となって戦うだけの女には分かるまい……!』

 

 リック・ドムのパイロットに向けて投降勧告を行うノエル。リック・ドムの機体各部からは火花が散っており、機体の損傷は見るからに深刻な状態だ。

 もはやビーム兵器のドライブも出来ないのか、手にしたビーム・バズーカを撃ってくる様子も無い。

 

 それでも、通信機に届いた声は頑なものだ。ジオンの勝利を信じて疑わず、決して投降勧告に応じようとする気配すら見せない。──もはや、狂信的とも言える。

 

『今こうしている間にも、お互いに多くの人間が死ぬ!こんな戦争が間違っている事が、なんでわからないの!?』

 

『我々は義によって立っているのだ!今更命を惜しむような兵など、ジオンの中にはいない!我々の後に続く者達の為にも、戦い続けなければならない!腐った連邦の捕虜になるような恥ずべき行為こそ、唾棄すべきもの!』

 

『そんな考えだから、いっぱい人が死んだの!人だけじゃ無い!貴方達は地球すら殺す気なの!?』

 

『重力に魂を引かれた俗物の戯言など、聞くに値しない!我々の真の戦いの後に残る結果として地球が滅びるならば、それも良い。どちらが正しかったのかは、後の世に生きる者が判断するだろう!』

 

 ニュータイプして覚醒したノエルだが、自分でもニュータイプが何なのかという事を理解出来ているわけでは無いし、アムロ・レイすらそうだろう。

 それでも()()()()()()()()事が一つだけ。この男は決して止まらない。自分達の行為が善だと疑わず、それによって引き起こされる結果に責任を持とうという考えも無い。

 

 ──この男を生かしておけば、いずれもっと多くの命を奪うだろう。軍人だけではなく、それに関係ない命すら。

 

『目の前の現実も理解出来ない男が!』

 

『我らの大義を理解出来ぬ女如きが!』

 

 押し寄せる激情を抑えきれず、ノエルは叫びながらトリガースイッチを押した。右腕に装備されたガトリング・ガンが炎と弾丸を吐き出し、青緑に染められたリック・ドムの機体に、一瞬で無数の風穴が空いた。

 

 まるで断末魔のように、一本だけ残った右腕がビクンと動いた後に、狂気じみた輝きを放っていたモノアイが黒く染まる。──もう、男の声は聞こえなかった。

 

 

 

 

バイコヌール宇宙基地から射出されるHLVで宇宙へ上がったジオン軍MS特務遊撃隊──レッド・チームの面々は事前にダグラス・ローデン大佐の()()で待機していたムサイ級戦艦に回収されていた。

 

「無事に艦隊に回収されたのは良かったですが、我々は一体何処の戦場に回るんです?連邦軍に攻められてるっていうソロモンの援軍ですか」

 

「万が一ソロモンが陥落したら、次の目標はグラナダかア・バオア・クーだろう?それにしたって、今更ムサイ一隻で増援に行ってどうにかなるとは思えないがな。コンティ大尉。俺達はどこに連れていかれるんです?」

 

 連邦軍の主力艦隊は軒並みソロモン攻略に出向いている事もあって、道中で攻撃を受ける事も無い。現在の主戦場はケンの言う通り宇宙要塞ソロモンだが、ガースキーの言う通り今更援軍に行く意味があるとは思えない。

 

 行き先を知っているのは部隊の総司令官であるローデン大佐とコンティ大尉だけで、現状安全なのは良いものの、目的地がはっきりしないのはどうにもすっきりしない。

 

 あまりコンティ大尉を好いていないガースキーが、ストレートに行き先を尋ねる。どうにもこの二人は相性が悪く、ケンとジェイクは毎回居心地の悪さを感じざるを得ないのが悩みだ。

 

「そうよ、コンティおばさんも知ってるなら教えてくれたって良いじゃない!格納庫にあったの、新型MSのゲルググよ。それも初期型の欠点を洗い出してブラッシュアップした高機動型。そんな貴重品をただのパトロール艦が載せてるなんておかしいわ」

 

 メイの着眼点はメカニック特有のもので、ザクIIに続く本来の次期主力量産機であるゲルググがこのムサイに載っている事に注目していた。

 ゲルググは高機動型ザクII後期型をベースに開発された機体で、カタログスペックではRX-78-2をも上回る性能を有しながらも、ザクIIの生産ラインを転用する事で高い量産性をも併せ持つ機体だ。

 

 量産が急ピッチで進められている機体ではあるが、メイの言う通りたかがパトロール艦に配備される機体では無いし、まして彼女が一目で看破したように高機動型ともなれば尚更だ。

  

「コ、コンティおばさん……?」

 

「大尉は美人だが、メイからすればなぁ……痛ぇ!」

 

 ボソリと呟いたジェイクの足を思い切り踏んだコンティ大尉の鬼の形相を見て、ユウキとケンは顔をしかめる。

 ジェイクへの八つ当たりでおばさん呼ばわりされた鬱憤も多少は晴れたのか、息を整えたコンティ大尉がレッド・チームの面々に向けて話し始める。

 

「ケン少尉の言う通り、この艦はソロモンへ向かっています。ですが、それは援軍の為ではありません……ソロモンは陥ちるでしょう」

 

 ソロモンが陥ちる。コンティ大尉の言葉を聞いて、レッド・チームは息を呑む。

 ガースキーの言った通り、ソロモンが陥落すれば次の目標はグラナダかア・バオア・クーとなるし、そうなれば、サイド3での本土決戦すらありえない話では無い。

 

 ケンはサイド3にジオンに人質にされている妻子がいるし、ガースキーも同様だ。彼らにとって、サイド3に攻め込まれる事だけは避けなくてはならない事態だった。

 

「我々はソロモンでサイド3から出港してくる予定のダルシア艦隊と合流。その後は、()()()()()()()と共に月面のグラナダへ向かう予定となっています」

 

「待ってくれ、コンティ大尉。いきなり過ぎて頭が追いつかないんだが……俺達は一体何をさせられるんだ。連邦軍の護衛艦というが、ダルシアとはジオン公国のお飾りの首相だろう?それをなんで連邦軍が護衛するんだ」

 

 まるで予想していなかったコンティ大尉の言葉に混乱したケンが、矢継ぎ早に質問を投げかける。ジオン公国はその名の通りの公王制(君主制)を敷いており、権力を手中に収めたザビ家によって意思決定が行われている。

 

 ダルシア・バハロはジオン公国の首相ではあるが、実質的な権限は殆ど無く、ケンの言う通りにお飾りに等しい存在だ。とても連邦軍が護衛しなくてはならないような人物とは思えない。

 

()()()()()()ですわ、ケン少尉。ダルシア首相はデギン公王の意を受けて、地球連邦との和平交渉を行う為にグラナダへ向かうのです。もはやギレン総帥は公王の言葉すら聞き入れません。──これ以上、戦争を続ける余力は人類には無いと言うのに」

 

「し、しかし……どうして我々がそんな重要な任務に?」

 

 コンティ大尉の言葉に驚かされるのは、部隊に所属してから何度目になるのか。彼女から聞かされた寝耳に水の和平交渉の話を聞いて、流石に狼狽えるケン。

 

 戦争が終わり、家族の元に帰る事が出来るなら、それ以上に望む事は彼にとって存在しないが、それにしても何故外人部隊と呼ばれて蔑まれている自分達が選ばれたのか釈然としない。

 

 ──もっとも、その問いに対しての答えは簡潔だった。レッド・チームの面々が見た事の無い笑顔で、彼女はこう答えたのだ。

 

「だって、私達は全員ザビ家が大嫌いなんですもの」

 

 




少々遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!
新年初めての投稿となります。

完結に向けてあと少しとなりますが、ソロモン攻略線はガトー達との戦いに焦点を当てて書く事を決めていたので、このような展開となりました。
(ちょっとガトーアンチみたいな書き方になってしまいましたが……)

アムロとアレックスを描写してしまうと、全部あいつ一人でいいんじゃないかな状態になりそうなので……


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Intermission 5 「希望の光」

 ──結果から言えば、ソロモンは陥落した。

 

 ソーラ・システム照射によるジオン側の被害は甚大で、連邦軍のMSに要塞内部まで侵入された事によって指揮系統が寸断。

 組織的抵抗が不可能なまでに追い詰められた宇宙攻撃軍総司令官であるドズル・ザビ中将は、ソロモンの破棄を決断。残存艦隊及びMS隊にア・バオア・クーへの総退却を命じるに至る。

 

 しかし、ア・バオア・クーへ撤退するソロモン残存艦隊を確認したティアンム提督の決断により、二度目のソーラ・システムの照射が決定。撤退中の艦隊の大半を蒸発させる結果となったのだ。

 

 ここまではティアンム提督の作戦通りとも言える結果だったが、猛将ドズル・ザビ中将自らが駆る規格外の大型試作機、MA-08 ビグ・ザムが殿として出撃。

 

 圧倒的な火力を誇るビグ・ザムはメガ粒子砲を乱射しながら連邦軍艦艇を次々に撃沈し、あわやティアンム提督の乗る旗艦タイタンもその餌食になろうかという瞬間、救援に現れたホワイトベース隊のガンダムNT-1 アレックスが先んじて攻撃を開始。

 同部隊のガンキャノン二機とコア・ブースターと連携する事で、孤軍奮闘するビグ・ザムを撃破する事に成功したのである。

 

 しかしながら、ドズル・ザビ中将が自ら囮となって連邦軍艦隊とMS隊を引きつけた結果、ソーラ・システムの照射からかろうじて逃れた残存艦隊は戦闘宙域を離脱する事に成功。ジオン軍にとって貴重な戦力がア・バオア・クーへ合流する事となった。

 

 陥落寸前まで追い詰めながら、ビグ・ザム決死の反撃で戦艦の三分の一を喪失する被害を出した連邦軍。

 占領したソロモンを《コンペイトウ》と名を改め、艦隊の戦力再編成を行うと同時に、予定されていた星一号作戦の足掛かりとして活用する事となる。

 

 ──そして、激戦を終えたトロイホース隊の面々もまた、僅かばかりの休息の時を迎えていた。

 

 

 

 

「アニッシュ!ラリー!もう……心配かけて……!」

 

 第三艦隊のジムに救助され、トロイホースに帰還したノエルを出迎えたのは撃墜されたと思われていたアニッシュとラリーの姿だ。

 アニッシュのジム・コマンドが撃墜されたのは事実だが、アニッシュ本人は機体が爆発する前に脱出に成功。 

 ビグロを撃墜したラリーのジム・スナイパーllに救助され、無事帰還していたのだ。

 

「アニッシュ・ロフマン曹長、無事帰還致しました!隊長、命令違反をしてしまった事を謝罪致します!申し訳ありませんでした!」

 

「隊長。命令違反を犯したのは俺も同じです。申し訳ありませんでした」

 

 感極まって思わずアニッシュに駆け寄ったノエルだったが、姿勢を正して謝罪する二人を前にして踏み止まる。

 

 二人がMAを撃破していなければノエルは死んでいたかもしれない。それでも命令違反をした事は紛れも無い事実で、軍隊では上官の命令は絶対だ。

 それが正しいか正しく無いかは関係なく、規律は守られなければならない。

 

 ──ノエル・アンダーソン中尉は、アニッシュ・ロフマン曹長とラリー・ラドリー少尉に営倉入りを告げた。  

 

 二人ともそれを当然のように受け入れ、彼らは重営倉で一日を過ごした。それと同時に、ノエルも二人に命令違反をさせた自分の判断を恥じ、自主的にトロイホース艦内の清掃業務に従事する事となる。

 

 立て続けの戦闘から一変、静か過ぎる重営倉から出た二人の前には、両手いっぱいにビールとつまみを抱えたノエルが立っていたのであった。

 

 

 

 

─ 《コンペイトウ》作戦会議室 ─

 

 

「ジオン艦隊の護衛任務、でありますか?」

 

「そうだ、ヘンケン・ベッケナー艦長。現在ダルシア首相を乗せたチベ級と護衛艦二隻がコンペイトウに向けて移動中だ。貴官のトロイホースは、これを月のグラナダまで護衛してもらいたい」

 

 コンペイトウで各部の大規模な修理や補給を受ける事となったトロイホースだが、その艦長であるヘンケン少佐は司令室で次なる任務の司令を受けていた。

 ア・バオア・クーを攻める星一号作戦への参加が命じられると思っていたヘンケン少佐だったが、言い渡されたのは予想外の任務だ。

 

 先のコロンブス級輸送艦といい、今度はダルシア首相を乗せたチベといい……どうにも自分は護衛任務に縁があるらしい、と思いながら帽子を被り直すヘンケン少佐。

 

 しかし、事もあろうに護衛するのは敵であるジオン公国の首相であるダルシア・バハロであり、行き先はジオン公国軍突撃機動軍の司令たるキシリア・ザビの本拠地であるグラナダである。怪訝な顔を見せたヘンケンだが、答えはすぐに与えられた。

 

「君の懸念ももっともだ。──グラナダで終戦協定調印式が行われる事になっているのだ。ダルシア首相はデギン公王の意を受けてグラナダへ向かう」

 

「終戦協定調印式──ついに、この戦争にも終わりが」

 

「その通りだ。この戦争の行く末を左右する重大な任務だという事を、肝に命じてもらいたい。後でブリーフィングする時間も設けてある。──頼むぞ、ヘンケン艦長」

 

 ジオン公国は、宇宙要塞ア・バオア・クーに戦力を結集し、決戦の準備を調えつつある。

 ギレン・ザビ総帥を筆頭とする主戦派は、ア・バオア・クーで連邦軍主力艦隊を壊滅させる事が出来れば、返す刀で戦争に勝利出来ると考えている、と推測されていた。

 

 その一方で、もはやジオンに戦争継続する力が残っていないと判断し、極秘裏に終戦協定を結ぶ工作を続けていたのが、他ならぬデギン・ザビ公王とダルシア・バハロ首相であったのだ。

 

 デギン・ザビ公王が和平を望んでいても、実際に実権を握っているのはギレン・ザビ総帥であり、キシリア・ザビ少将配下であるグラナダの戦力も侮れない。

 

 地球連邦軍司令部としては、グラナダの戦力も決戦の地であるア・バオア・クーに回される公算が高いと見ているが、それでももぬけの殻になる訳では無いだろう。

 

 ──厳しい任務になる。ヘンケン少佐は確信していた。

 

「言い忘れていたな、ヘンケン艦長。中破した機体の補充要請だが、地球から輸送した機体が届いている頃だろう。有効に活用してくれ」

 

 

 

 

 連邦軍主力艦隊はすでにコンペイトウを発ち、次の攻略目標であるア・バオア・クーに向けて進撃を開始。

 ホワイトベースを含む第13独立戦隊もそれに続いてコンペイトウを発ち、トロイホースからはクリスチーナ・マッケンジー中尉がアレックスと共に転属していた。

 

 新たな拠点となったコンペイトウにおいて、トロイホースも豊富な資材と設備によって十分な補給と修理を受ける事が出来たのだが、唯一元通りにならなかったのがノエルの愛機である高機動型ガンダムFSDである。

 

 ソロモン攻略戦での戦闘において頭部と左腕を失い、ソーラ・システムの照射範囲から逃れる際に限界まで酷使したせいで、増加装備である大型バックパックも丸ごと大規模なオーバーホールが必要な有り様。

 

 メカニックのアニー曰く「作り直した方がマシ」との事で、早々に修理を諦めて機体の補充申請をヘンケン艦長に依頼していた。

 

 既にラリーのジム・スナイパーllとアニッシュのジム・スナイパーカスタムの修理と整備は完了しているのだが、トロイホースのMSデッキに整備班がごった返しているのは件のMSが届いたからだ。

 

 われ先にとシートを剥がすメカニックマン達だが、機体の全貌が明らかになった瞬間に思わず声が上がる。

 

「これ、キャルフォルニア・ベース奪還作戦の時に暴れてたガンダムじゃないですか?確か……」

 

「ガンダム6号機。チーム内での愛称は"マドロック"。上からの命令で、コイツを貴女達に届けに来ました」

 

 デッキの上で到着した機体を見たアニッシュが記憶を手繰り寄せながらノエルとラリーに話しかけるが、それに答える声が背後から聞こえる。

 思わず振り向いたデルタ・チームの前に現れたのは、ボサボサの頭が特徴的な一人の男性士官だ。

 

「貴方は?」

 

「失礼。自分はエイガー少尉です。マドロックの元パイロットであり、開発責任者でもあります……自分では、この機体の性能を引き出す事が出来なかった。中尉なら、必ずやれる筈です」

 

 エイガー少尉は砲撃戦のエキスパートで、MS配備以前に61式戦車でジオン軍のザクⅡを撃破する戦法を編み出した事で一躍名を上げた男だ。

 戦車隊隊長を務め、その経験を元にマドロックの開発責任者兼パイロットになった変わった経歴の持ち主である。

 

 本来はペガサス級5番艦であるブランリヴァルの艦載機だったマドロックだが、ジャブロー防衛戦の折に"闇夜のフェンリル隊"の攻撃で中破。

 修理と改修を終え、満を持してキャルフォルニア・ベース奪還作戦に投入されるも、再び"闇夜のフェンリル隊"に撃破された機体だ。

 

 本来であればそのまま地上に残される機体だったのだが、幸いにもパワーユニットの破損のみで、機体本体は修理可能だった事に目をつけたのがコーウェン准将。

 トロイホースの後を追うようにエイガーと共に宇宙へ上げられた本機は、ルナツーの工廠で再度の修理と空間戦闘用の改修を終え、コンペイトウへ輸送されてきたのだ。

 

「失礼します、エイガー少尉!アニー・ブレビッグ上等兵です。ガンダム6号機の設定にお付き合い頂きたいので、是非機体まで!現在、アンダーソン中尉の戦闘データを6号機の教育型コンピューターに移植中です」

 

「了解しました、ブレビッグ上等兵。中尉、後でシミュレーターを利用してマドロックの乗り心地を仮体験して頂きます。それでは!」

 

 デッキから上がってきたアニーがエイガーに声をかけると、彼も嬉しそうな顔をしながらガンダム6号機の元へ降りていく。開発者として、自らが手掛けた機体が理想に近付くのが嬉しいのだろう、とノエルは思った。

 

「アニー、6号機の仕様は?」

 

「隊長達がキャルフォルニア・ベースで一緒に戦った時と大きく変わってるのは、仕様書を見る限りでは武装かな。元々汎用機だったみたいだから、機体そのものは各部のスラスター出力向上、後は同じセカンドロットのガンダム4号機、5号機用の予備装備が転用されてるね」

 

 ガンダム6号機の一番の特徴は、両肩に2門装備されている300mmキャノン砲だ。

 開発当初はビーム・キャノンを想定して開発されていた武装だが、ジェネレーター出力の不安定さを解消出来ず、実弾兵器を採用した経緯を持つ。

 

 ルナツーの工廠では、開発が中断していたFA-78-2 ヘビーガンダムのパワーユニットを組み込み、メイン・ジェネレーター直結式ビーム・キャノンの安定化に成功。

 ガンダムFSDと同様にデュアル・アイを保護する為のバイザーが追加された他、ガンダム4号機、5号機用の装備である大型プロペラントタンクが増設された。

 

 武装面ではヘビーガンダム用に開発された4連装ミサイルランチャーと大型ガトリング砲が一体になった複合火器システム「フレーム・ランチャー」を装備する他、完成が遅れていたブラッシュ社のカートリッジ式新型ビーム・ライフルも装備可能だ。

 

「何と言うか……この機体は……」

 

「一言で言えば、火力お化けってところだね。データを見た感じだと、主武装のビーム・キャノンのエネルギー配分は安定してるし、カートリッジ式の新型ビーム・ライフルのおかげで継戦力も高い。フレーム・ランチャーも火力は高いけど、重量がかさむのが難点かな」

 

「つまり、基本的には遠中距離戦で真価を発揮する機体って事ね。これはアニッシュに頼る場面が増えるかしら?」

 

「任せてください!俺のスナイパーカスタムも新品同様になったし、隊長とラリー少尉が後ろから守ってくれるとなれば百人力って奴ですよ」

 

「おいおい!俺のスナイパーllが狙撃しか出来ないなんて思ってないだろうな?デルタ・チームの次席指揮官としちゃあ、デルタ・スリーに手柄を持っていかれるのは承伏しかねるぜ」

 

 知らず知らずのうちに、四人の顔に笑みが溢れる。

 次の任務はジオン()()()の首相、ダルシア・バハロの護衛任務で、厳しい任務になる事が予想されるとヘンケン艦長からも連絡があった。

 

 終戦協定調印式が無事に終われば、長かった戦争がようやく終わるのだ。死ぬつもりは勿論無い。

 だが、今この瞬間も戦い続けている両軍の兵士達の為にも、いざとなればこの身を犠牲にしてでも、ダルシア首相はグラナダへ送り届ける。──その覚悟はある。

 

 決して一人の力でここまで来たわけではない。皆に支えられて、ようやくここまで辿り着く事ができた。

 支えてくれた皆、死んでいった仲間達の為に。揺るぎない決意と覚悟をノエルは誓った。

 




今回は最終戦に向けての箸休め回です。
ルナツーを発ってから戦闘ばかりだったので、デルタ・チームもようやくの小休止。

高機動型ガンダムが壊れたので、新しく配備されたのはアレックスよりも酷い負け方をしたガンダム6号機、マドロック。
自分が戦記のゲームで一番好きだった機体、満を持して登場となります。

感想、評価、お気に入り……全てとても励みになっています。
最終回まであと少し、最後までお付き合い頂ければ幸いです!


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MISSION 20 「紫の毒蜘蛛」

 まるで幻を見ているかのようだ。

 

 コンペイトウを発ったトロイホースと二隻のサラミス級宇宙巡洋艦にゆっくりと接近してきたのは、ジオン共和国のチベ級巡洋戦艦だ。

 赤い艦体色が特徴的な戦艦で、こちらと同様に二隻のムサイ級軽巡洋艦を伴っている。

 

 チベとムサイのブリッジには、連邦軍の艦とMSに向けて敬礼を送るジオン兵達の姿が見える。

 チベの艦体上には武装を解除しているサンドブラウンの機体──MS-14B 高機動型ゲルググの機影もあり、ゲルググもまたジオン兵と同じように敬礼を送っていた。

 

 つい数日前に殺し合っていた筈の敵同士であった両軍が銃口や砲口を向け合う事なく、敬意を持ってお互いを出迎える光景は、信じ難い程に美しい。

 あれほど望んだ戦争の終結が目前に迫っている事を実感して、ノエルは熱くなった胸を思わず押さえた。

 

『一同、ダルシア艦隊に向けて──敬礼!』

 

 オープンチャンネルで発せられたヘンケン艦長の声に応じて、連邦軍の兵士達も敬礼を返す。

 ガンダム6号機に搭乗してトロイホースの艦体上に待機していたノエルもまた、ゆっくりとジオン共和国の面々に向けて敬礼を返した。

 

 儀礼的、形式的なものだとしても、戦ってきた相手が同じ人間である事をノエルは実感していた。

 ソロモン攻略戦で戦った相手は、言葉を交えても理解し合う事は出来なかった。それでも、今こうして共に和平を望む者同士が肩を並べる事が出来る。

 

『敬礼止め!各員持ち場に戻れ!』

 

『艦長。チベからの通信、入ります。メイン・スクリーンに映します』

 

 ヘンケンの言葉に従い、立ち上がって敬礼を送っていたクルー達が持ち場へ戻っていく。

 それと同時にチベから通信が送られてきた事をオペレーターが告げ、メイン・スクリーンにスーツ姿の男性の姿が映し出された。

 

(彼がダルシア・バハロ首相……)

 

 ガンダム6号機のコクピットで、ノエルは初めてダルシア・バハロの姿を見た。

 

 デギン・ザビ公王の後ろ盾を得たダルシアは、疲弊しきったジオン公国には既に戦争継続をする力が無い事を議会に訴えた。その説得を議会は受け入れ、ダルシアはジオン共和国の首相の地位に就くこととなった。

 

 ザビ家の独裁国家たるジオン公国の首相としては、首相の地位も名ばかりのもので何の権限も存在しない。まさしくお飾りの首相だ。

 しかし、地球連邦とジオン共和国が終戦協定を結ぶ──即ち国家間での協定を結ぶ為には、その首相という立場が何よりも重要だったのだ。

 

 コンペイトウを出撃した連邦軍主力艦隊だが、先日ジオン軍の秘密兵器であるソーラ・レイによる攻撃を受けた。

 

 密閉型コロニーを丸ごと巨大なレーザー砲として改造したソーラ・レイの破壊力は絶大で、僅か数秒間の照射だったにも関わらず、連邦軍の三分の一の艦船──更には総大将であるレビル将軍の乗る旗艦フェーベを蒸発させた。

 

 ダルシアの後ろ盾となり、ジオンの共和国化と和平に尽力していたデギン・ザビ公王もまた、ギレン・ザビ総帥の企みによって、旗艦グレート・デギンと共にソーラ・レイの禍々しい光の中でその命を散らしていた。

 

 残された連邦軍主力艦隊は、チェンバロ作戦に引き続いて九死に一生を得たマクファティ・ティアンム提督の指揮の元で部隊を再編し、進軍を継続。

 トロイホースを初めとする護衛艦隊が出撃するのと時を同じくして、宇宙要塞ア・バオア・クーへの総攻撃を開始していたのだった。

 

「両陣営の人間を救う事が出来ると信じて、私はグラナダを目指します。どうか無事に辿り着かせてください」

 

「──今も戦い続ける同胞達を助ける為にも、必ず!」

 

 トロイホースへ降り立ったダルシア首相と艦隊の指揮権を譲渡されたヘンケンは、お互いに固く握手を交わした。

 宇宙要塞ア・バオア・クーでの戦いは激戦を極める事は確実で、ここで終戦協定を結ぶ事が出来なければ、間違いなく戦争は泥沼と化すだろう。

 

 この終戦協定が救うのは連邦、ジオンの両軍だけで無く、この世界に生きる全ての命を救う事と同義である。

 

 この和平を望む一幕が後世の歴史でどう記されるのか、それを知るものはいない。世界を救った勇気ある行動と捉えられるのか、無謀な行動の結果、逆賊として処刑された無惨な失敗として記憶されるのか──。

 

 

 

 

『なぁ、そこの青いジムのパイロット。少しばかり聞きたい事があるんだが』

 

 グラナダへ向かう道中では、両陣営のMSがそれぞれ交代で艦隊の護衛に当たっていた。

 主要な戦力はア・バオア・クーに回されている筈だが、月からの情報ではグラナダに残った艦隊も少なくないとの事だ。用心するに越した事は無い。

 

 ダルシアの乗るチベの護衛として合流していたレッド・チームのパイロットであるガースキー・ジノビエフ曹長は、キャルフォルニア・ベース防衛戦で戦ったカスタムタイプのジムを見かけて、思わず通信を入れた。

 

『なんだ?ドムのパイロット。ウチの隊長に確認をしなきゃならん事以外なら答えるが、俺よりもあっちの緑色のジムの方が情報通だぜ』

 

『いや、あんたで構わないんだが……キャルフォルニア・ベースの戦いでも出会った事を覚えてるか?あの時、なんでザンジバルを撃たなかった?』

 

『──お前、あの時のドムのパイロットか!』

 

 横を飛んでいるリック・ドムIIから通信を入れられて、ラリーはおや、と思った。どこかで聴いたような声だったが、どうにも思い出せなかったからだ。

 

 茶化した返事を返したラリーだったが、キャルフォルニア・ベース奪還作戦時のザンジバルの事を問われて、思わず声を上げた。只者じゃないとは思っていたが、まさか味方として再び出会う事になるとは思ってみなかった。

 

 キャルフォルニア・ベース奪還作戦時の目標だったザンジバルだが、後の調査で乗っていたのは負傷兵ばかり。

 司令部が危惧していた重要物資などカケラも無かった事が明らかになっており、デルタ・チームの面々もその事は聞き及んでいた。

 

『期待してる答えと違うだろうが、俺達はあのザンジバルが実質病院船だったから撃たなかった訳じゃない。そもそも戦闘中は知らなかった事だしな。──あんたらの気迫に負けたってだけのことさ』

 

『──そうかい。俺はガースキー・ジノビエフ曹長だ。あんたは?』

 

『そうさ。ラリー・ラドリー少尉だ。一緒にこの馬鹿げた戦争を終わらせよう』

 

 

 

 

 トロイホースを先頭にした和平艦隊は、いよいよ月の間近まで迫っていた。かつて遥かな昔、宇宙へ進出した人類が初めて降り立った惑星である月。

 地表には大小様々な大きさのクレーターや谷、山脈が点在し、人類の母なる星である地球とは対照的な淡い灰色が無機質さを感じさせる。

 

 月面都市グラナダは地球から見て、ちょうど月の裏側に位置している。グラナダはかつてサイド3建造の際に、必要な物資を供給する為に建造された月面第二の都市だ。

 

 グラナダは直径二キロメートルのクレーターを利用して建設されており、ウラン鉱山やジオン公国最大の軍事会社、ジオニック社のMS開発試験場も存在していた。

 

 現在ではキシリア・ザビ少将率いる宇宙突撃機動軍の本部として、ジオン本土防衛ラインの一角を担う重要拠点となった。また軍事拠点だけでなく、兵器工場やテスト場などが建設されており、アナハイム・エレクトロニクスの支社も基地内に入っている。

 

『艦長!超々度望遠カメラで敵艦隊を確認!メイン・モニターに映像を回します』

 

 ここまでは順調な航行を続けてきた和平艦隊だったが、トロイホースブリッジが俄に騒がしくなる。

 グラナダよりジオン艦隊が出撃してきたのだが、それ自体は想定していた事だ。素直にグラナダに降り立てるとは思ってはいなかった。──問題は、敵艦隊の中央だ。

 

『バカな……!』

 

 艦隊中央には、船体をパープルに染め上げられたチベ級重巡洋艦の姿が見える。それは此処にいる筈の無い存在。それを見て、ヘンケン艦長は思わず呻いた。

 

 ア・バオア・クーに向かったはずの突撃機動軍司令官、キシリア・ザビ少将の座乗艦──パープル・ウィドウ。

 

 パープル・ウィドウを取り巻くムサイ級やチベ級、ザンジバル級の数は二十隻。対して和平艦隊の数は僅か六隻と、ジオン艦隊の三分の一にも満たない。

 まだ接触するまでには幾ばくかの時間があったが、どのような進路を取ったとしても、敵艦との戦闘を避ける事は出来そうに無かった。

 

 キシリア・ザビが何故決戦の地である宇宙要塞ア・バオア・クーに出向かず、グラナダに留まっていたのか。

 簡単に言ってしまえば、彼女がグラナダを出るのを恐れたからに他ならない。

 

 ア・バオア・クーへの大規模な支援艦隊を送ったキシリアだったが、サラブレッド隊のガンダム4号機が放ったメガ・ビーム・ランチャーの閃光で艦隊は全滅。

 一切の痕跡を残さずに支援艦隊を殲滅した見えない敵。嫌っていたとは言え、キシリアも認めざるを得ない戦力を有していたドズルの戦死とソロモンの陥落。

 

 ア・バオア・クーでギレン・ザビ総帥自らが指揮を執るとはいえ、キシリアはもはやジオンの勝利を信じる事が出来なくなっていた。

 結果として、キシリアはシャア・アズナブル大佐の艦隊のみをア・バオア・クーに派遣し、自らはグラナダに留まる選択を取ったのである。

 

 ジオン公国が負けても、ジオンのシンパが多い月に身を隠して再起を待つ事は容易だ。

 しかし、地球連邦軍とジオン共和国の和平が成立すれば、身を隠し通せる保証はどこにも無い。仮に捕らえられれば、戦犯として裁かれる事は間違い無いのだ。

 

「艦長!敵艦隊から通信の模様!発信源は艦隊中央のチベ級のようです!」

 

 ヘンケンがダルシアに通信を入れようとした瞬間、オペレーターからグラナダ艦隊からの通信が入った事が報告され、メイン・スクリーンに妙齢の女性が映し出された。──キシリア・ザビ少将だ。

 

『私はジオン軍宇宙突撃機動軍司令官、キシリア・ザビ少将である。艦隊長は貴君か?』

 

「地球連邦軍独立遊撃部隊隊長、ヘンケン・ベッケナー少佐です。単刀直入に言わせていただきます。我々和平艦隊は、地球連邦とジオン共和国の終戦協定調印式の為、貴国のダルシア首相を護衛しております。道を開けてはいただけませんか」

 

 眼光鋭いキシリアから目を逸らさず、ヘンケンが言い切った。キシリアもまた一歩も引く気配が無く、硬い声でヘンケンに向けて言い返す。

 

『ジオン共和国などという国は聞いた事が無い。我々ジオン公国が地球連邦と和平を結ぶなど、到底あり得ぬ話だ。──我々は地球連邦軍独立遊撃部隊と、逆賊ダルシア・バハロの艦隊に対し、攻撃を仕掛ける事を宣言する』




最終決戦に向けての準備、説明回。
いよいよ次回からキシリア率いるグラナダ艦隊との戦闘が始まります。
本当は今回から戦闘に入る予定だったのですが、キリが悪くなるのでキシリアの宣戦布告で一旦締めとなります。

皆様の感想、評価、閲覧全て感謝しています。
ノエル達の物語の完結まであと少し。最後までお付き合いください。


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MISSION 21 「決死の突撃戦」

「気に食わねぇな……」

 

 ジオン公国軍突撃機動軍特別編成大隊──通称《キマイラ隊》の第一中隊長、ジョニー・ライデン少佐は、今回の任務にきな臭さを覚えていた。

 

 本来であれば、宇宙要塞ア・バオア・クーに入って直接指揮を執っているギレン・ザビ総帥の命令によって、進軍を続ける連邦軍主力艦隊を背後から奇襲する「クラリオン作戦」が決行され、キマイラ隊が主力として参加する予定だった。

 

 これによって連邦軍の進行速度を低下させる事により、ア・バオア・クーの防衛態勢を整える。そう説明されていたにも関わらず、彼らに下された命令は待機。

 

 先のソロモン防衛戦にも出撃を許されず、機を逸した上に僅かな増援を送るのみだったキシリア・ザビ少将に対して、ライデンは不信感を募らせていた。

 

 ア・バオア・クーでの決戦に備えて士気を高めていた彼らがグラナダで燻っていた最中、新たに下されたのが月・グラナダ上空に進行してきた艦隊を殲滅せよとの命令だったのだ。──しかも、連邦とジオンの連合艦隊だ。

 

 彼等には連邦と行動を共にするジオンの船には裏切った逆賊が乗っており、攻撃を躊躇する必要は無い、とだけ伝えられていたが、それにしてはあまりに様子がおかしい。

 

 レーダーに映る艦隊の数は合わせて僅か6隻で、グラナダを攻めるにしては明らかに数が少なすぎる。

 まだ連邦から亡命してきた艦を伴って、グラナダに逃げ込んできたと言われた方が説得力があると言うものだ。

 

 真紅に染め上げられた真新しいMS-14B 高機動型ゲルググのコクピットの中で思案に耽るライデンだったが、ふと鳴り響いた電子音で現実に引き戻される。

 初めは旗艦キマイラからの通信かと思ったが、どうも違うようだと首を傾げるが──

 

(暗号電文だと?一体誰が……)

 

 

 

 

【BRIEFING】

 

 艦長のヘンケンだ。これより我が艦隊は、前方のグラナダ上空に展開するキシリア艦隊の防衛線を突破する!

 

 これは決して失敗の許されない任務である。今も各地で戦い続けている仲間達を救う為にも、必ずやダルシア首相をグラナダに送り届けなければならない。

 彼がグラナダに降り立った時こそ、哀しみと苦痛に満ちたこの戦争が終わる時だ!

 

 志を同じくする和平艦隊の諸君、これが我々の最後の戦いとなるだろう。各員の奮闘を期待する!

 

 

MS1 ノエル・アンダーソン中尉《デルタ・リーダー》

RX-78-6 ガンダム6号機 フレーム・ランチャー

 

MS2 ラリー・ラドリー少尉《デルタ・ツー》

RGM-79SP ジム・スナイパーll L-3ビーム・ライフル(先行生産型)

 

MS3 アニッシュ・ロフマン曹長《デルタ・スリー》

RGM-79SC ジム・スナイパーカスタム 二連装ビーム・ライフル

 

 

作戦成功条件:ダルシア首相の乗るチベのグラナダ入港

作戦失敗条件:部隊の全滅、チベ級重巡洋艦の撃沈

 

 

─ MISSION START ─

 

 

『こちらブリッジ。デルタ・チーム各機の出撃準備完了を確認。これより艦長から作戦の伝達を行います』

 

『デルタ・リーダー了解。ツー、スリーも準備完了。いつでもどうぞ、ヘンケン艦長』

 

 コクピットの中でヘンケンの話を聞いていたノエルだが、自分が知らず知らずのうちに高揚している事に気がついた。心臓の鼓動が聞こえるようで、これではいけないと被りを振る。──戦場に出るのに、興奮してはいけない。

 

 一瞬ごとに生と死が入れ替わる場所が戦場だ。興奮しすぎても怯えすぎてもいけない。あくまで意識は平静に保ちながら、オペレーターの声を聞いて返答を返す。

 

『デルタ・リーダー。キシリア艦隊は我が艦隊に対して部隊を三つに展開し、包囲殲滅する構えのようだ。戦力差が大きい為、我々は正面からの一点突破を強行する。トロイホースを先頭にして、正面に展開するキシリア艦隊への突撃戦を仕掛ける』

 

『となると、私達は艦隊の護衛に当たれば?』

 

『セオリーとしてはそうだが、デルタ・チームのMSは艦隊の進路方向へ突出し、敵艦隊から出撃するMS隊の対処に当たってほしい。特にガンダム6号機の火力ならば、多対一の状況であっても弾幕を形成して優位に戦闘を進められる筈だ』

 

『私達で艦隊に近づく敵機の露払いをする、という事ですね。ダルシア艦隊のMSは?』

 

『そういう事だ。ダルシア艦隊のMS隊は、諸君らと同様に先陣を切って敵MS隊との戦闘に当たってもらう。艦隊の直衛は、マゼラン級の艦載機であるジム・キャノンとエイガー少尉のガンキャノンIIが務める』

 

 船にとっての一番の天敵は、言うまでもなく高機動かつ高火力を誇るMSだ。高火力を誇る戦艦とはいえ、多数のMSに群がられれば撃沈は免れない。

 

 それは開戦当初、ジオン軍のMSに連邦軍の艦隊が痛い目を見せられた事からも証明されている。

 それ故に、艦隊戦ではいかに敵のMS隊を船に取り付かせないかが勝利の鍵となる。

 

(ダルシア艦隊のMSと共同戦線か。わかっていた事だけど、ザクやドムと一緒に戦うのは少し変な気分ね)

 

 和平艦隊のMSのコンピューターには、連邦軍、ジオン軍それぞれの兵器情報をデータとして組み込んである。

 敵味方の識別は目視ではなくコンピューター識別で行う事になる為、いつも以上に冷静に判断する事が必要だ。

 ザクやドムを見た際に反射的に攻撃を仕掛けて、誤射する事は許されない。

 

『パブリク部隊によるミノフスキー粒子の散布、及びビーム錯乱幕弾の発射完了。ガンダム6号機からカタパルトへ順次移動せよ』

 

『──了解。ガンダム6号機、カタパルトへ移動します』

 

 オペレーターからの指令に従って、ノエルはガンダム6号機を起動させた。コクピットのコンソールは乗り慣れたガンダムFSDと同様のもので、違和感は無い。

 優しく操縦桿を撫でると、ゆっくりと6号機をカタパルトへ移動させた。

 

 ゆっくりと格納庫のハッチが開かれると、無限に広がる宇宙の片隅に青く輝く惑星──地球を見る事が出来た。

 ヘンケンの言う通り、トロイホースから出撃するのもこれが最後になるだろう。どのような結末を迎えるかはわからないが、ノエルは一人で戦うのではない。

 

 ──共に戦った仲間とこれから分かり合える相手、そしてこの世界に生きる全ての命の為に。

 

『ガンダム6号機、ノエル・アンダーソン、出ます!』

 

 

 

 

 ノエルは操縦桿を握りしめ、アクセルペダルを踏み込んだ。ガンダム6号機は整備班の総力を上げて万全に整備され、ノエルの細かい操作にも正確に追従する。

 今回の戦闘では長時間の戦闘を想定しており、6号機には持たせられる限りの武装を装備していた。

 

 右マニュピレーターにはフレーム・ランチャー、左マニュピレーターにはハイパー・バズーカを装備した上で、シールドを前腕のハード・ポイントに固定。

 腰部マウントラッチにはカートリッジ式の新型ビーム・ライフルを保持させてあり、まさにフル装備と言うに相応しい様相だ。

 

 母艦に補給に戻る余裕も無い可能性が高く、トロイホースの格納庫には弾薬を装填済みの武装が用意されている。いざとなれば、武装をカタパルトから直接射出して受け取る手筈も整えていた。

 

 6号機の左右には護衛艦から出撃してきたジオン軍のMS──高機動型ゲルググとザクIIF2型の機影があった。それに続いて複数のリック・ドムやザクII、そしてジムが出撃してくるのが見える。

 

 ザクとジムが6号機に向けて敬礼を送ってきたのに対し、ノエルもハイパー・バズーカを掲げてそれに応える。

 

 顔も名前も知らない相手だが、連邦とジオンの間にあった高く深い溝が確かに無くなっているのをノエルは感じていた。──それが、瞬き程の一瞬で消えるとしても。

 

『敵艦隊の有効射程範囲に突入するぞ。艦砲射撃で落とされるなよ』

 

 オペレーターからの通信が入った瞬間、グラナダ上空で待機しているキシリア艦隊から膨大な量の閃光が迸る。

 無数のメガ粒子砲が暗黒の宇宙を白く染め上げ、こちらのMSを破壊せんと殺到するが、その程度の攻撃で落とされるノエルでは無い。

 

『6号機、先行して敵MSに攻撃を仕掛けるわ!ついて来れる機体は私に続いて!』

 

 絶え間無く放たれるメガ粒子砲を掻い潜り、ノエルは6号機を飛翔させる。重装備な機体だが、マグネット・コーティングを施された機体は、滑らかな動きで敵艦隊に接近していく。

 

『お供しますぜ、ノエル・アンダーソン中尉!』

 

『噂の凶鳥さんに、ジオンのベテランパイロットの実力を見せてやるよ!』

 

 味方機であるザクIIとリック・ドムが機敏な動きで砲撃を避けつつ、6号機に遅れる事なく後に続いてくる。

 機体性能が劣るにも関わらず、一切の無駄のない動きで追従してくる二機の機体は、歴戦の強者を思わせる。

 

 この乱戦ではフォーメーションを組んでいる余裕は無い。その場その場で臨機応変に対応せざるを得ないが、頼もしい援軍の存在に思わずノエルの口元が綻んだ。

 

 キシリア艦隊からの砲撃を凌いだMS隊だったが、艦隊から次々と青白いバーニアの光を煌めかせ、無数のMSが出撃してくるのが見えた。

 一隻の船に三機のMSが配備されていると考えれば、最低でも六十機。まともに戦える戦力差では無いが──

 

『こちら6号機、敵MS隊の出撃を確認。──数秒後に射程圏内、私が先制して攻撃を仕掛けます!各機追撃を!』

 

 敵機の機影を捉えた6号機のコンピューターが、瞬時に機種を割り出す。和平艦隊に属するジオン軍の機体はその殆どがザクIIとリック・ドムだが、キシリア艦隊は最新鋭機であるゲルググタイプを多数配備していた。

 

 ゲルググはジオン軍の量産機で初めて携帯式ビーム・ライフルを標準装備した機体で、ダルシア艦隊から提供されたデータを参照すれば、アムロ・レイの搭乗していたガンダム2号機に匹敵する性能を誇る。

 

 ──だが、性能だけで全てが決まるわけでは無い。

 

『6号機の火力、甘く見ないで!──そこっ!』

 

 小刻みに加速と減速を繰り返して、敵MSから放たれたビームを全て避け切ったノエルは、6号機が右マニュピレーターに装備している重装備、フレーム・ランチャーを起動させる。だが、狙いをつける必要はない。

 

 フレーム・ランチャーのガトリング・ガンの銃身が回転し、毎秒五十発もの弾丸を発射する。

 地上とは違い、真空の宇宙空間で放たれた弾丸の速度は永久に落ちる事は無い。広範囲に無数の弾丸をばら撒く事が可能なガトリング・ガンは、敵の動きを止めるのに最適な武装だ。

 

 ノエルの意図通り、数機の敵MSが高速で飛来する弾丸にたじろいだようにその動きを止めるが、それは絶対にやってはいけない行為だ。

 ミノフスキー粒子が散布されレーダーや誘導兵器が無効化された戦場において、最大の防御手段は動き続ける事に他ならない。

 

 ガンダム6号機のバイザーの下に隠れるデュアル・アイが輝き、改良されて本来の性能を引き出されたビーム・キャノンが二機のゲルググを消し飛ばす。

 

(僚機は──)

 

 一旦スラスターを吹かせて距離を取るが、6号機に付いてきていた僚機は一切の躊躇いも見せずに、ガトリング・ガンの弾幕にたじろいだ敵機へ一直線に突撃していく。

 

 敵機の接近に慌ててビーム・ナギナタを振るうゲルググだったが、味方機のザクIIは左マニュピレーターに装備したヒート・ホークでそれを難なく受け止め、右マニュピレーターに装備したヒート・サーベルでゲルググを両断。

 

 リック・ドムもAMBACシステムを巧みに使い、まるで踊るような動きでマシンガンを躱しきると、ジャイアント・バズの一撃をお返しとばかりに直撃させる。

 

 しかし、優勢な味方ばかりでは無い。元より数でも機体の性能でもこちらは負けているのだ。

 

 出撃した際に敬礼を送ってくれたジム。ザク二機を相手取りながら互角に戦っていたが、強襲してきたリック・ドムIIの放ったジャイアント・バズがランドセルに直撃し、機体が爆散してその命を散らしている。

 

 両手をゲルググに両断されたジム・キャノンを庇いながら戦っていたザクII改もまた、ゲルググ・キャノンの狙い澄ましたビーム・キャノンに撃ち貫かれて、ジム・キャノンと共に宇宙の藻屑と化していた。

 

 一機あたりの撃墜数は勝っていても、このままでは戦力差をひっくり返せずに押し潰されるだけだ。

 艦隊同士が射程圏内に入る前に、何としてでも敵MS部隊の数を減らさなくてはならない。

 

 どうするの、ノエル。──そう彼女は自問する。

 きっかけが必要だ、敵の前線を崩すきっかけが。捨て身になって勝てるような甘い戦いでは無いのだから。

 

 



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MISSION 22 「60セカンドの攻防」

 シーマ・ガラハウ中佐はジオン公国軍突撃機動軍、海兵隊の代理司令官である。

 

 シーマ艦隊は主に公に出来ない汚れ任務の実行部隊として使われており、グラナダに残されていたのも捨て駒として、アサクラ大佐及びトワニング大佐がキシリア・ザビ少将に上申した結果だ。

 

 突撃機動軍司令官であるキシリアとしては、スペースコロニーへの毒ガス注入や破壊活動に従事していたシーマ艦隊に生き残られては都合が悪い。

 しかしながら、過酷な環境で戦い続けてきた海兵隊の技量は高く、高性能なMS-14F ゲルググM(マリーネ)を有する戦力を無駄にするのも惜しかった。

 

 グラナダに進行してくる和平艦隊を始末してしまえば、仮に戦争が泥沼化しても、自分が月に身を隠す時間は十分過ぎる程あった。それ故、キシリアは捨て駒としてシーマ艦隊を和平艦隊との戦闘に前衛として出撃させた。

 

 和平艦隊との戦闘で敵と相打ちになってくれればそれで良し。運良く生き残ったとしても、その場で全員始末してしまえば良い。

 キシリアは自身の私兵部隊である屍食鬼(グール)隊に、密かに命令を下していた。

 

 しかし、蛇の道は蛇。裏工作を得意とするシーマはキシリアの意図を把握していた上に、月面都市アンマンで行われていた和平工作を嗅ぎつけていた──

 

 

 

 

『こちらデルタ・リーダー!ヘンケン艦長、艦隊に大至急要請があります!』

 

『こちらトロイホース、ヘンケンだ!どうした、デルタ・リーダー!』

 

『現在敵MS隊と交戦中ですが、予想以上に敵機の数が多い!こちらのMS隊の被害も増えてる……このままじゃ、物量差で押し切られます』

 

 フレーム・ランチャーに内蔵されたミサイルを乱射しながら、ノエルはトロイホースに通信を入れた。

 ノエルの言う通り、冷静さを取り戻した敵MS隊は物量を生かした戦術を取り始めていた。即ち、陣形を整えて突撃の構えを見せている。

 

 圧倒的な物量で敵を圧倒するのは戦術の基礎基本であり、皮肉にも連邦軍が最も得意とする戦術だ。

 単純故に強力で隙も少ない戦術だが、弱点が無いわけでは無い。長所が有れば短所もあり、それは表裏一体。

 

『これから私はデルタ・ツー、スリーを伴って、敵MS部隊を押し留めます。要請したいのは、敵MS隊への一斉掃射です。あれだけの大部隊が密集していれば、上手くすれば一気に数を減らせます!』

 

『敵MS隊への一斉掃射だな!?だが、君達はどうなる!艦隊の砲撃に巻き込まれる事になるぞ!』

 

『大丈夫です、ヘンケン艦長。こちらは最小単位、一個小隊で敵部隊に攻撃を仕掛け、カウントゼロと同時に離脱します。こちらは少ない機数だからすぐに射線を外せますが、相手はそうはいかないでしょうから』

 

『うぅむ……わかった。デルタ・リーダーの要請を受け入れよう!艦隊はデルタ・チームが接敵してから60セカンド後に、敵MS部隊へ向けて一斉掃射を行う!』

 

 ノエルがヘンケン艦長に要請したのは、和平艦隊から敵MS隊への一斉掃射。接近戦に持ち込まれればMSに対しては無力に近いとは言え、遠距離からの一斉掃射で有れば少なからず敵の数を減らす事は可能だ。

 

 和平艦隊のMSとは違い、数でこちらを押し潰そうとしている敵MS隊は、おあつらえ向きに密集陣形でこちらに向かってくる。とは言え、無作為に撃っても避けられるだけで意味は無い。

 

 だからこそデルタ・チームの三機が突撃し、敵をギリギリまで引きつける事で、艦隊からの一斉掃射に可能な限り敵MSを巻き込む算段だった。

 

 彼女達の乗る機体の性能であれば、カウントゼロからでも射線から離脱する事は可能だ。それでも、未だ50機を超える敵MSに対して60セカンド──つまり一分、デルタ・チームは持ち堪えなければならない。

 

 冷静に考えば、デルタ・チームの三機が無事に離脱出来る可能性は極めて低い。だが、今のうちに敵MSの数を減らしておかなくては、遅かれ早かれ和平艦隊が全滅する事は目に見えている。ヘンケンは軍人として決断を下す。

 

『こちらはカウントゼロと同時に、デルタ・リーダーの機体信号が確認できる座標に向けて、艦隊の総力を上げた一斉掃射を行う。──頼むぞ、デルタ・チーム』

 

『了解。──必ず帰ります』

 

『こちらは艦隊長のヘンケン・ベッケナーだ!和平艦隊の全MSパイロットへ告ぐ。これより我が艦隊は、60セカンド後に敵MS隊へ向けて一斉射撃を行う!直ちに射線から離脱せよ!──ん!?あの三機の機体はどこの部隊だ!』

 

 和平艦隊に向けて号令をかけるヘンケンだったが、デルタ・チームのMSを追いかけるように飛ぶ三機のMSを見て、オペレーターへ照会するように指示を出す。

 

『照会完了!ジオン共和国軍MS特務遊撃隊です!』

 

 

 

 

『……付き合わせてごめんなさい。でも──』

 

『おっと、それ以上は言いっこなしですよ、デルタ・リーダー。俺達は何があってもあんたの後ろを守るって決めてるんです。もし一人で行くなんて言ってたら、無理矢理にでも付いて行きますよ』

 

『デルタ・ツーの言う通りですよ!もうすぐこの戦争も終わるってのに、こんなところで隊長を死なせてたまるかってんだ。嫌と言われても聞けませんね!』

 

 黙ってヘンケンとの通信を聞き、何も言う事なくピッタリと付いてくるデルタ・ツーとデルタ・スリーに向けて通信を入れる。もしノエルがアムロほどに戦えたなら、二人を伴わなくても良かったかもしれない。

 

 軍人として、過度に部下の命を惜しむべきでは無い。

 しかし、新米の小隊長である自分をいつも支えてくれた二人を死地に連れ込む事はしたくは無かった。

 

 ぽつりと消えいるような声で謝罪しようとするノエルの声を、ラリーが努めて明るい声で遮った。

 アニッシュもラリーに続き、ジム・スナイパーカスタムにサムズアップをさせながらノエルを叱咤激励する。

 

『──そうね!デルタ・チーム、行くわよ!』

 

『デルタ・ツー、了解!連邦軍MSパイロットの腕前を見せつけてやるさ』

 

『デルタ・スリー、了解!デルタ・ツー、危なくなったら俺が助けますよ!』

 

 デルタ・チーム以外の友軍機がヘンケンの号令に従って射線を外す中、ノエルはアクセルペダルを踏み込んで一気に敵の射程圏内へ突入する。

 コクピットのサブ・モニターにはタイマーカウントが表示され、刻一刻とその数字を減らしていく。

 

『これだけ敵が多ければ、適当に撃っても当たるってもんだ!──デルタ・ツー、一機撃墜!』

 

『さすがデルタ・ツー!俺も、と言いたいところですが、デルタ・スリーはちょっと敵に囲まれて……ひゅー!流石隊長!』

 

 R-4ビーム・ライフルの性能を引き上げた先行量産型L-3ビーム・ライフルを連射して、ジム・スナイパーIIが一機のリック・ドムを仕留めた。

 

 敵の攻撃は苛烈を極め、ラリーの言う通り正確な射撃を行える状況では無い。三機のMSは決して動きを止めずに射撃を続けるが、三機のザクに包囲されたアニッシュが冷や汗を流しながらバズーカの波状攻撃をなんとか躱す。

 

 反撃に移ろうとしたアニッシュだったが、ガンダム6号機から放たれたビーム・キャノンとグレネード・ランチャーの弾丸が一瞬で三機のザクを爆炎に変える。

 

 6号機は既にフレーム・ランチャーとハイパー・バズーカの弾丸を使い切り、右手マニピュレーターには腰部ラッチに取り付けていたビーム・ライフルを装備していた。

 

『これで5つ!──そこっ!盾で防御したって無駄よ!』

 

 これまでに無い程に危機的な状況に追い込まれて、ノエルのニュータイプ能力は冴え渡っていた。

 ビーム・ライフルの火線を小刻みなアクセル操作で加減速を操作して躱すと、シールドを構えて突撃してくるゲルググをレティクルに捉える。

 

 ゲルググの大型シールドは耐ビーム・コーティングを施されており、ジムのビーム・スプレーガン程度なら容易に防ぎ切る事が可能だ。しかし、6号機のビーム・キャノンの威力は、戦艦の主砲並みと言われるガンダムのビーム・ライフルの威力を優に超える。

 

 構えたシールドを簡単に融解させ、二発目のビームがゲルググの胴体を貫いて火球へと変える。これで6機目。

 

 息つく暇無く、背後から飛来する光弾を6号機の機体を捻って躱すノエルだが、その瞬間を狙って放たれたのはゲルググ・キャノンのビーム。

 咄嗟に構えたシールドで防御するが、予想以上の威力にシールドごと左腕マニュピレーターの前腕部を失う。

 

『くぅっ……!機体のバランスが……!』

 

 前腕部に装備されていたグレネードの誘爆に巻き込まれないように咄嗟にスラスターを吹かすノエルだが、重装備のガンダム6号機は機体バランスを取るのが難しい。

 その隙を狙って、ヒート・ホークを振りかぶったザクが迫るが──

 

『私がそう簡単に殺られるわけにはいかないのよっ!……あうっ!』

 

 脚部の可変式スラスターの出力を最大にして、その勢いで思い切りザクの横っ腹を蹴りつけるガンダム6号機。

 吹き飛んだザクにビーム・ライフルを撃ち込むが、上から強襲してきたザクのバズーカが右側のビーム・キャノンの砲身に着弾し、小爆発を起こす。

 

『くそっ!デルタ・リーダーがヤバいぞ!デルタ・ツー!狙撃出来ないか!』

 

『無茶を言うな!ちくしょうめ、お前ら!そんなに和平が結ばれるのが嫌なのか!』

 

 リック・ドムと鍔迫り合いをしているアニッシュがラリーに狙撃を要請するが、ラリーもまた敵機と交戦中でノエルを援護する事が出来ない。

 二人の声に焦りが見えるが、ラリーが吠えた瞬間に目の前のリック・ドムの動きが僅かに鈍る。──何かに動揺したかのようだったが、その隙を見逃すラリーでは無い。

 

(チャンスだ!)

 

 リック・ドムに体当たりをして距離を取ると、ノエルに襲いかかるザクにL-3ビーム・ライフルを向けた。敵機に無防備な姿を見せた自分が数秒後にどうなっているか、それは言うまでも無い。

 

 だが、ラリーは背筋が凍る程の恐怖感を抑え込み、スコープの先にいるザクに全神経を集中した。息を止めているからか、頭の中がチカチカと明滅しているようだ。

 

 この狙撃を外せばノエルは撃墜され、勿論自分も死ぬだろう。大きな戦力を失った和平艦隊はグラナダ艦隊に包囲され、和平を結ぶ事なく全滅する。

 

 ──かつてない程に追い詰められた状況で、ラリーの集中力は極限まで研ぎ澄まされていた。ほんのコンマ数秒の時が永遠に感じられ、敵機の動きがスローに見える。

 

 まるで自分と機体が一体となっているような──奇妙な感覚を感じながら、ラリーは笑う。

 こちらにマシンガンの銃口を向けるザクを意に介さず、彼はトリガースイッチを押し込んだ。

 

『──当たれぇ!』

 

 放たれた閃光はラリーの狙いと寸分違わず、ガンダム6号機に迫っていたザクを貫く。

 サブ・モニターに目をやれば、ザク・マシンガンのトリガーを引かんとするザクの姿が見えた。致命的な隙を見せたのだから、当然の事だ。

 

 アニッシュのジム・スナイパーカスタムがボックスタイプ・ビーム・サーベルを展開して突貫しているのが見えるが、到底間に合わないだろう、とラリーはまるで人ごとのように捉えていた。

 

(悔いは無いか?)

 

 目前に迫った自分の死を感じて、ラリーは自問した。

 悔いは無いかと言えば、勿論無いとは言えない。

 このクソッタレな戦争の終わりを目前にしながら、最後まであの隊長を助ける事が出来ないのは、悔い以外の何物でもない。アニッシュだけではあまりに心配だった。

 

 ──それでも、ラリーは笑った。笑うことができた。

 



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MISSION 23 「狂気の胎動」

「存外に連中も粘るものだな」

 

 パープル・ウィドウの艦橋に座るキシリア・ザビは不機嫌そうにそう呟いた。敵は僅か7隻の艦隊である。

 グラナダの戦力を持ってすれば圧倒出来ると踏んでいたにも関わらず、和平艦隊を殲滅する事が出来ていない。

 

「はっ……申し訳ありません。報告ではガンダムタイプのMSに与えられた被害が甚大だと報告が来ておりますが……現在、我が方のMS隊が完全に包囲したとの事」

 

 苛立ちを隠さないキシリアを宥めるように、彼女の腹心であるトワニング大佐が戦況を報告する。

 ガンダム6号機を始めとする敵MS隊からの被害は無視出来るものでは無いが、所詮は僅かな数のMSだ、とトワニングはタカを括っていた。

 

「またしてもガンダムか……忌々しいものだな、ガンダムとは。──トワニング、例の被験体の様子はどうか?」

 

 キシリアにとって、ガンダムとは凶報の象徴だ。

 

 弟であるガルマ・ザビの戦死に始まり、突撃機動軍のエースであった黒い三連星、地球侵攻作戦の重要拠点であったオデッサ基地、部下のマ・クベに至るまで、ガンダムにいいようにやられているのだから、当然とも言える。

 

 そんなキシリアの前に、再びガンダムが現れたのだ。

 違うタイプの機体とは言え、彼女はガンダムを排除するのに手段を選ぶ気は毛頭なかった。

 

「はっ!被験体253ですが、フラナガン機関のスタッフによる調整作業中であります。MT-01を連続投与した事で著しい人格崩壊の兆候が見られるそうですが、サイコミュとの同調率は良好との事。肉体強化の成果もあり、例の機体のパーツとしての運用は問題ないかと」

 

「よし、フラナガンのスタッフには調整を急がせるように指示を出しておけ。出撃のタイミングは私が下す」

 

 キシリアの持つ端末には、年若い金髪の少女の実験データが映し出されていた。フラナガン機関の提唱した強化人間計画の被験者253番。それが今の彼女の名前。

 ■■■・■■■■■■──彼女の本当の名前は、もう存在しないとばかりに黒く塗り潰されていた。

 

 

 

 

(俺は、生きているのか?)

 

 危機に瀕していたノエルを救ったラリーだが、自分を襲うであろうマシンガンの弾丸が発射される事は無かった。何故なら、ラリーを狙っていたザクの頭部には、深々と青白く輝くヒート・サーベルが突き刺さっていたからだ。

 

 急死に一生を得たラリーの耳に聴こえてきたのは、決戦前に戦争を終わらせる事を誓い合った男の声。

 

『よぉ、ラリー少尉!随分と元気そうじゃないか。俺達の加勢は必要かい?』

 

『ガースキー曹長!……生憎ちょっとはしゃぎすぎてな!あと10秒、時間を稼がにゃならん!手を貸してくれ!』

 

『任せろ!俺達からすれば、その程度朝飯前だな!』

 

 ザクに向けてヒート・サーベルを投擲したのは、リック・ドムIIを駆るガースキー・ジノビエフ曹長だ。

 艦砲射撃の為に敵機を引きつける役目を担ったデルタ・チームの援護をする為に、ヘンケンの命令を無視して馳せ参じていた。

 

 ラリーを救わんとジム・スナイパーカスタムを駆けさせていたアニッシュも合流し、サブ・モニターに表示されるカウントが0になるまで、苛烈な敵の攻撃を耐え続けた。

 いつしかノエルのガンダム6号機の隣には、MS特務遊撃隊の隊長機である高機動型ゲルググが駆け付けている。

 

 機体各部には避けきれなかった攻撃による被弾の跡が残り、スナイパーIIのシールドも既に喪失している。それでも、機体の稼働には支障が無い事は幸いだった。

 

『カウントゼロよ!各機、上空へ退避!』

 

 タイマーの数字がゼロになった瞬間、恐ろしく長い一分を耐え抜いた6機のMSは、敵機を尻目にスラスターの出力を最大にして上空へ離脱する。

 操縦桿を押し込み、身体に襲いかかるGに耐えながら雄叫びを上げ、思い切りアクセルペダルを踏み込んだ。

 

 艦隊の全砲門から放たれた、恐ろしい程のメガ粒子の光の奔流が漆黒の宇宙を白く染めるのを感じながら、ラリーは改めて自分が生き残った事を実感する。

 

 眼下では、メガ粒子砲の破壊の光に飲み込まれた敵MSの爆発が何個も起こっているのが見える。あの時ガースキーが間に合わなければ、宇宙の藻屑となっていたのは自分だった、とラリーは震える手を握りしめた。

 

 死を前にして悟った気になるなど、絶対に生きて帰ると誓ったにも関わらず、恥ずべき事だとラリーは自戒する。

 極限状態だったとは言え、自分がそんな考えを持った事に彼は腹を立てていた。

 

 ──格好付けて死ぬ事など、真っ平ごめんだ。生き汚いと言われようが、必ず生き残って隊長を支えてやる。

 

 

 

 

『ふふ、随分と無謀な策だと思ったが、まんまと成功させるとはねぇ……伊達に修羅場は潜っちゃいないさね』

 

 自らの愛機であるMS-14Fs ゲルググM指揮官機のコクピットの中で戦況を観察していたシーマ・ガラハウ中佐は、敵艦隊からの一斉射撃で味方のMS隊が甚大な被害を被ったのを見て思わず笑みを溢した。

 

 月面都市アンマンで行われていた秘密会談の内容を突き止めたシーマは、裏工作で得ていた非合法のルートを通じて連邦軍の高官と接触。

 好き勝手にこき使った挙句、シーマ艦隊を使い潰そうと画策するキシリア・ザビの裏をかく為に、グラナダの情報を流していたのだ。

 

 和平に協力した見返りとして、シーマは部下であるシーマ艦隊の乗組員全ての地球連邦への亡命と、戸籍の作成を要求していた。連邦としても、戦争の泥沼化を避ける為に和平を結ぶ事は最重要案件として見ていた為、彼女の要求を受け入れていた。

 

 しかし、彼女にとって誤算だったのがキシリアがグラナダへ抱え込んだ戦力の殆どが彼女の私兵だった事だ。

 正規兵とは違う独自の行動を取っていた私兵の動きは掴み辛く、結果として想定以上の戦力が和平艦隊を阻む事となってしまった。

 

 いくら連邦に取引を持ちかけたとは言え、寝返った結果として、あっさりとグラナダ艦隊に殲滅される事だけはシーマは避けなくてはならなかった。

 

 だからこそ、艦隊の一斉射撃でグラナダ艦隊のMS隊が被害を受けた今こそが好機──そこまで考えた瞬間、シーマのゲルググMの隣に居たリック・ドムから通信が入る。

 

『なにをぶつぶつ言っているんですの。さっさと海兵隊を引き連れて、ガンダム共を始末しなさい』

 

『……アンタ、確か屍食鬼(グール)隊のフローリアっていったかねぇ。なんでアタシがアンタの命令を聞かなくちゃならないんだい?』

 

 唐突にシーマに通信を送ってきたのは、キシリアの私兵である屍食鬼隊のメンバーであるフローリア曹長だ。

 階級が比べ物にならない程高いシーマに対しても尊大な態度を崩さないフローリアだが、シーマはあえてそれを咎めずに彼女に問う。

 

『ふん、中佐とはいっても、所詮汚れ仕事専門。それに、私達屍食鬼隊はキシリア様直属の部隊。貴女は仮にもキシリア様の配下なのでしょう?ならば私の命令に従うのは当然なのでは?』

 

『アンタはキシリアじゃないだろうに。なんでアンタの言い分がキシリアの命令になるのか、アタシには理解できないねぇ』

 

『キシリア様を呼び捨てにするな!……屍食鬼隊の命令はキシリア様の命令と同じなのよ!私達に逆らうのは、即ちキシリア様に逆らうのと同じ事よ!』

 

 まるで話が通じない、とばかりにシーマはかぶりを振った。屍食鬼隊はキシリア・ザビ配下の特務私設部隊で、そのいずれもが驚く程の美形だった。

 

 美形の少年少女を集めて、フラナガン機関で何かしらの処置を施しているとの情報はシーマも得ていたが、その結果がこのキシリアを崇拝する人形の出来上がりとするならば、酷く不健全で薄気味悪い。

 

『小娘が何を言うかと思えば……まぁ、アンタも頭をいいように弄られてそうなったんだとしたら気の毒だ。一思いに楽にしてあげるよ!やりな、ジョニー!』

 

『──了解、姐さん!』

 

 シーマの言動に不信感を抱いたフローリアが激昂し、ジャイアント・バズの銃口を向けた瞬間に、彼女のリック・ドムは背後から放たれたロケット・ランチャーの弾丸が直撃して火だるまと化した。

 

 その弾丸を放った人物こそ、彼女が戦闘前に暗号電文を送りつけていた相手──真紅の稲妻、ジョニー・ライデン少佐だった。クリムゾンレッドに染め上げられた高機動型ゲルググのモノアイが勇ましく輝く。

 

 元々キシリアに不信感を抱いていたライデンだったが、シーマから受け取った暗号電文に記されていた地球連邦とジオン共和国が結ぼうとしている終戦協定の事を知り、全ての合点がいった。

 

 スペースノイドの独立を目的として戦っていたにも関わらず、未だア・バオア・クーで戦う友軍を見捨てて、自らの保身に走ったキシリアを守る道理無し。

 

 ライデンはキマイラ隊の中でもザビ家のシンパでは無く、自分の信頼出来る人物に限ってシーマから送られた暗号電文を転送していた。──もはやザビ家には、スペースノイドの独立を成し遂げる資格も力も無い。ならばせめて、一刻も早い戦争の終結を。

 

『よぉし!派手にいくよ、コッセル!リリー・マルレーンの主砲をキシリアの取り巻き共の横っ腹に、ありったけ撃ち込んでやりな!』

 

『合点ですぜ、シーマ様ぁ!リリー・マルレーン、砲門開け!──撃てぇ!』

 

 余裕の戦いだと思っていたにも関わらず、手痛い反撃を食らったグラナダ艦隊の動きは鈍い。

 この機を逃すシーマでは無く、柔らかい横腹を食いちぎる獣の如く、シーマ艦隊の旗艦であるザンジバル級リリー・マルレーンの主砲が火を吹いた。

 

 

 

 

『和平艦隊の各員、聞こえるか!先程敵の一部部隊から、終戦協定締結に協力すると連絡が入った!これはチャンスだ。彼等と協力して、敵艦隊を突破する!』

 

『了解──!ケン少尉、行くわよ!』

 

『了解した!MS隊、俺達に続け!』

 

 シーマ艦隊から連絡を受けたヘンケンが、船とMS隊に向けて連絡を入れる。先程の一斉射撃と友軍からの攻撃で、グラナダ艦隊が大混乱に陥っている今こそ勝機と見たヘンケン達の行動は素早かった。

 ノエルのガンダム6号機とケンの高機動型ゲルググを先頭にして、一気に敵艦隊の懐へMS隊が突撃していく。

 

『迂闊な!戦場で動きを止めるなんて、甘いのよ!』

 

 敵艦隊に対して大きくY軸──即ち上部から攻撃を仕掛けるMS隊。余程混乱しているのか、マシンガンを持ったままで動きを止めているザクをビーム・サーベルで両断すると、そのまま速度を落とす事無くムサイ級に照準を合わせるノエル。

 

『これくらいの相手なら!落ちて!』

 

 一門になったとは言え、ガンダム6号機のビーム・キャノンの破壊力は健在だ。ムサイの主砲を次々と撃ち抜き、最後にブリッジを閃光が貫いた。

 対MSとしては過剰な火力だが、対戦艦用の武装としてはこれ以上のものは無い。重砲撃戦用MSであるガンダム6号機の本領発揮だ。

 

 一隻のムサイを落とすにとどまらず、文字通り戦艦並みの火力でグラナダ艦隊の船にビームを浴びせるガンダム6号機だが、敵もいつまでも混乱している訳ではない。

 

 ガンダム6号機の横っ面を叩こうと強襲してきたのは、ザクに酷似した黒い機体だ。肩には屍食鬼のエンブレムが施されており、二刀流のヒート・ホークの刀身を白熱させ、6号機に迫るが──

 

『させるかよ!ジェイク・アタァァァック!』

 

 恐ろしい速度で突撃してきたのは、ジェイク・ガンス軍曹の駆るMS-13 ガッシャだ。

 右手のコンバット・ネイルに装備した特殊ハンマー・ガンが撃ち出され、巨大な質量兵器であるトゲ付きの鉄球がアクト・ザクの胸部に直撃する。

 

 極めて原始的だが、それゆえに物理的な破壊力は恐ろしい武装だ。わざわざ宇宙空間でハンマーを使う必要があるのかは不明だが、ともかくハンマー・ガンの直撃を食らったアクト・ザクはピクリともせずに、慣性に従って吹き飛んでいく。

 コクピットハッチが無惨にひしゃげており、機体は原型を保っていても()()が駄目になっている事は明らかだ。

 

『なぁ、ズゴックもどき!前々から思ってたんだが、お前らのMSの設計思想ってのはどうなってんだ!?』

 

『なんだと!?誰がズゴックもどきだ、このジム野郎!MSに馬鹿げたハンマーを持たせたのは連邦が先だろ!──ちぃ!甘いんだよ!』

 

 ガッシャが4連装ミサイル・ランチャーで弾幕を張り、怯んだ敵機を二連装ビーム・ガンで立て続けに撃墜しながら、思わずアニッシュはジェイクに向けて叫ぶ。

 

 内心ではアニッシュの言葉に深く同意していたジェイクだったが、それを簡単に認めてしまっては面白くないとばかりに怒鳴り返す。

 悪態をつきながらも、ジム・スナイパーカスタムを狙うゲルググに向けて突貫し、左のコンバット・ネイルでコクピットを貫いて撃墜。

 

 アニッシュとジェイクの即席コンビが奮闘し、ガンダム6号機に迫る敵機を次々と撃墜するのに合わせて、後方に控えていたトロイホースを先頭とする和平艦隊もグラナダ艦隊へ接近。

 ここを勝負所と見たヘンケンが短期間で決着を付けるべく、電撃戦を仕掛けた形だ。

 

 このまま目論見通りに敵艦隊を突破出来れば良いが、とヘンケンは思案する。

 しかし、最大の脅威がパープル・シャドウの格納庫の中で胎動している事を──今はまだ、誰も知らなかった。

 




盛大にフラグを立てながらもラリー生存と、妙なMSに乗ってジェイク・アタックを披露するジェイク回。
おそらく次回が最終回となると思います。
最後までお付き合いいただければ幸いです!


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MISSION 24 「悪意の具現」

『こちらは地球連邦軍第十八独立部隊所属、ノエル・アンダーソン中尉です!我々はジオン共和国と地球連邦の終戦協定調印の為、貴国のダルシア・バハロ首相を護衛しています!道を開けて下さい!』

 

『聞け!俺はジオン共和国軍MS特務遊撃隊、ケン・ビーダーシュタット少尉だ!逆賊、キシリア・ザビはア・バオア・クーで奮戦する同胞を見捨てたばかりか、君達にこの戦いの真の目的を隠蔽していた!自らの保身の為に両国の和平を邪魔する者こそ、我々が討つべき者だと知れ!』

 

 和平艦隊に届けられるア・バオア・クーの戦況情報では、ティアンム提督の指揮の元でホワイトベース隊のガンダムNT-1が獅子奮迅の活躍を見せ、ドロス級大型空母を二隻撃沈した他、続けて未確認の新型MSを撃破。

 

 サラブレッド隊のガンダム4号機、5号機に率いられたMS隊がア・バオア・クーに取り付いた事で、一気に戦況は連邦軍優位に傾いていた。

 

 キシリア率いるグラナダ艦隊から離反したシーマ艦隊とキマイラ隊第一小隊と合流したノエル達だったが、知らされたのはグラナダ艦隊の殆どがジオン共和国と地球連邦の和平協定の事を知らされていないと言う事実だった。

 

 グラナダ防衛戦と信じて戦う彼等はア・バオア・クーの戦況も知らされず、キシリアの保身の為の捨て駒として扱われていると言う事実を、ノエルとケンはオープン回線で必死に訴える。

 

『和平協定だって……!?そんな話、聞いてないぞ!』

 

『ア・バオア・クーが攻められているのに、なんで俺たちは救援に向かう事を許可されなかったんだ!奴らの言っている事は、本当なんじゃないのか!』

 

 海兵隊のみならず、ジオン公国軍の中でも指折りのエースである真紅の稲妻までもが離反し、和平へ協力するように訴える様を見て、グラナダ艦隊に動揺がさざ波のように広がっていく。

 

 苛烈を極めていた攻撃が弱くなっていき、戸惑いながらも手にした銃を降ろすグラナダ艦隊のMS達だが──

 

 

 

 

『キケロガの出撃準備を急がせい!ダルシアの乗るチベを墜とせば後はどうとでもなる!』

 

 格納庫で出撃準備を進めるスタッフの元に、マスクの下に隠れる顔を怒りで歪ませたキシリアからの指令が届く。格納庫にはフラナガン機関とグラナダ工廠のスタッフが揃っており、急ピッチで機体の出撃準備が進められていた。

 

 MSN-01 キケロガ。

 ジオン公国軍が開発したニュータイプ専用MSで、MSN-02 ジオングのプロトタイプにあたる機体である。両腕と両肩にサイコミュシステムで有線で遠隔操作可能なメガ粒子砲を装備した機体だ。

 

 ジオングとは異なり、通常サイズのMSに多くの機能や装備を搭載した事が問題となり、試作段階で開発が凍結されていた機体だったが──

 

「被検体253番、MSN-01のコクピット・ブロックに収納完了。脳神経とBDIシステムの接続──問題無し。MT-01は当初予定の1.25倍を投与。サイコミュ・システムとの同調率の向上を確認」

 

 一旦は開発を凍結されたキケロガだったが、パイロットの四肢を義肢化してコクピットに接続する技術である「リユース・サイコ・デバイス」が実用化された事で、凍結を解除。キシリアの指令で開発が再開された経緯を持つ。

 

 しかしながら、リユース・サイコ・デバイスの性能に満足しなかったグラナダとフラナガン機関がリユース・サイコ・デバイスを発展させたのがBDIシステム(Brain Direct Image System)で、パイロットの脳と機体を接続する事で、思考のみで機体を操作する事が出来るシステムだ。

 

 加えて■■■に投与されている飴色の液体"MT-01"は、グラナダで研究開発されていたMSパイロット用の強化薬だ。強力な精神高揚効果に加えて、服用した被験者は脳が覚醒状態を保つ事で、五感と全神経が研ぎ澄まされる。

 

 BDIシステムは-01を使用し、パイロットの脳を強制的に常時覚醒状態に保つ事でようやくその運用が可能になる。それはパイロットを半ば使い捨て──MSの生体パーツとして活用する、悪魔のシステム。

 

『敵MS部隊はガンダムタイプを先頭にして、本艦に接近中。各員MSN-01の最終チェックを急げ!』

 

『────ガ■■■』

 

「核融合炉の出力安定。MSN-01の出撃準備完了──なんだ?被検体253番の心拍数が異常値を示しているぞ!」

 

『ガン■ム、■■ダム──マ■■ト様の仇、ガンダム!』

 

 管制室から格納庫に響いた「ガンダム接近」の声に反応したのか、出撃準備を終えたキケロガがまるで人間が悶えているような不気味な挙動で、その巨体を捩らせる。

 

 パイロットの状況をモニターしている研究員が慌てて、ノーマル・スーツに備え付けられた鎮静剤を注入するようにコンソールを操作するが、グラフに表示されている心拍数は極度の興奮状態を示すように、激しく上下していた。

 

 レッド・アラートが鳴り響く格納庫でスタッフと研究員が逃げ惑うが、モノアイを不気味な紫色に輝かせたキケロガはその両腕を閉じたままの格納庫のハッチへ向けた。

 

「止めろ、被検体253番!こちらの指示を聞け!253番!──リリア・フローベール中尉!うわぁあっ!」

 

 必死に被検体253番──リリア・フローベールを制御しようとするフラナガン機関のスタッフだったが、濁りきった瞳で譫言(うわごと)を呟き続けるリリアは止まらない。

 

 両腕の指に内蔵されている5連装メガ粒子砲を何の躊躇も無く発射すると、半分融解した格納庫ハッチは簡単に吹き飛び、大きな穴を開けると共に避難し損ねたスタッフ達を漆黒の宇宙へ吸い出していく。

 

『必ず殺す──ガンダム!』

 

 未成熟な強化処置とMT-01の過剰投与で自我が崩壊しかけているリリアの脳裏に映るのは、ガンダムの放った極大の閃光に飲み込まれた敬愛する隊長──マレット・サンギーヌ大尉の幻影だ。

 

 彼の幻影が囁くのに従って、リリアは数秒毎に命の輝きが消える暗黒の世界へその身を躍らせた。

 

 

 

 

 ノエルは戦場を見渡した。

 ケンと共にオープンチャンネルで停戦を呼びかけた効果があったのか、こちらに対する攻撃は先程に比べれば弱くなっているが、それでも戦力差は歴然。

 

 停戦の呼びかけを徹底的に無視している部隊も多く見られるが、ライデン少佐のキマイラ隊第一小隊とシーマ艦隊の協力で、なんとか艦隊の防衛には成功している状況だ。

 

 トロイホースを先頭にする艦隊もいよいよ月に近付き、艦隊同士の近距離戦に入ろうかという距離となった。

 7隻の船はいずれも健在だが、無傷でいるのはダルシア首相の乗るチベ級巡洋戦艦だけだ。これほどの戦力差を前にして、未だ脱落した船がいないのは奇跡に近い。

 

(何か──このザラついた不快な感覚は──)

 

『おい、アンダーソン中尉!こちらは武器の補給の為に一旦船に戻るが……どうした?』

 

 左腕マニュピレーターを損傷したガンダム6号機の代わりに、ビーム・ライフルのエネルギー・パックを交換するケンの高機動型ゲルググ。

 艦隊同士の接近戦になる前に、これまでの戦闘で消耗した武器弾薬の補給をするべきだと話していたノエルが、急に黙り込んだ事を怪訝に思うケン。

 

 一方でノエルが感じていたのは、酷くザラついた不気味な気配が近付いてくる、今まで感じた事のない感覚。

 ──ノエルがその攻撃を回避する事が出来たのは、単に覚醒したニュータイプ能力だけが理由では無く、これまで戦場で生き残ってきた経験の賜物だった。

 

『敵は何機いるの!いつの間にか囲まれてる!?──いえ、違う!敵意が繋がってる!』

 

『アンダーソン中尉!ちぃっ!』

 

 不意に感じた敵意に反応して、思い切り操縦桿を押し込んだノエル。一瞬前にガンダム6号機がいた空間を、5本の強烈なビームの閃光が貫いた。

 ケンの高機動型ゲルググもすんでのところでビームをシールドで防いだが、耐ビーム・コーティングしてある筈のシールドがたった一撃で使い物にならなくなっている。

 

『ガンダムゥゥゥッ!』

 

 とても正気とは思えない絶叫と共に放たれたのは、5連装メガ粒子砲を内臓した両腕だ。サイコミュで有線制御を利用した遠隔操作が可能で、強制的に覚醒状態を保っているリリアのニュータイプ能力をフルに活用する事で、オールレンジ攻撃を可能とする。

 

 並のパイロットであれば、何が起こったのか理解出来ないうちに撃墜されている事は間違いない。ノエルはガンダム6号機を限界まで酷使して、キケロガの両腕から放たれるメガ粒子の雨を躱し続ける。 

 

 6号機の装甲表面には、メガ粒子砲の熱線で灼かれた後が無数に残っているが、機体の動作に深刻な影響を及ぼす損傷は受けていない。

 

『避けるくらいならっ!』

 

 ガンダム6号機のコクピットにはレッド・アラートが鳴り響いているが、ノエルはそれを意に返さない。

 絶え間なく位置を変え、正確無比な射撃精度でこちらを狙ってくるキケロガの攻撃を躱すには、モニターで位置を確認していては遅いのだ。

 

 操縦桿を思い切り引き、6号機を後ろへ倒れ込ませた。その瞬間、ビームの閃光が目の前を通り過ぎていく。

 ノエルはアクセルペダルと操縦桿を微妙な力加減で操作して、各部のバーニアを連動させる。6号機は見事にその場で宙返りをして、キケロガの連続攻撃を躱しきる。

 

 機体が綺麗に一回転を終えた時、6号機のメイン・モニターに映るのは、展開していた有線制御式5連装メガ粒子砲を戻したキケロガの姿だ。

 

『そこっ!──ちぃっ!』

 

 小さな両腕に動力炉を内臓しているのでなければ、長時間展開している事は出来ないとノエルは判断していたし、それは間違っていなかった。

 両腕を戻した瞬間にビーム・ライフルを放ったノエルだったが、その光はキケロガの両肩に装備されている大型メガ粒子砲の光芒に飲み込まれ、かき消された。

 

 艦隊同士の接近戦が迫る今、一機のMSに時間を割いている余裕はノエルにはない。ノエルの任務はあくまでダルシアの乗るチベをグラナダへ送り届ける事であり、敵機を殲滅する事では無いからだ。

 

 だが、目の前の敵機から感じるプレッシャーは今まで対峙した相手の比では無い。暗礁中域で戦った赤い彗星──シャア・アズナブル以上の威圧感を感じるのは、狂気に堕ちた存在を相手にしているからか。

 

(艦隊の援護に行けないのなら……!)

 

 ガンダム6号機の火力さえ凌ぐこの敵機を艦隊に近付ける事は、絶対に避けなくてはならない。

 幸いにも敵機はこちらに執着しているようで、ダルシア首相の乗るチベには見向きもしていない。

 

 ノエルはアクセルペダルを踏み込んで、ガンダム6号機をグラナダ艦隊の旗艦、パープル・ウィドウへ向けて飛燕の如き速度で飛翔させる。

 ジオン軍から離反者が出てもなお埋まらぬ戦力差を覆すには、指揮を取っている大将を討ち取る他に手段は無い。

 

 そしてこの敵機を振り切れないならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ガンダム6号機を追いながら、狂ったようにメガ粒子砲を乱射するキケロガのプレッシャーを感じながら、ノエルは操縦桿を押し込んだ。

 

 

 

 

『アンダーソン中尉!くそっ!レッド・ツー、スリー!俺はガンダムの援護に向かう!艦隊の護衛は任せたぞ!』

 

『了解!デルタ・チームの連中が煩くってたまらないから、無事に連中の隊長を連れ帰って下さいよ!』

 

 キケロガを連れてグラナダ艦隊の中心部、旗艦が鎮座する宙域へ飛翔したガンダム6号機を追って、スラスターを全開にするケンの高機動型ゲルググ。

 シーマ艦隊とキマイラ隊第一小隊と共に艦隊の護衛に回っている僚機に通信を入れるが、返事をする余裕はケンには無かった。

 

 ──恐ろしい加速性能で、突如として強襲してきた新型MSのビーム・ランスを、ゲルググのビーム・ナギナタで切り払った瞬間だったからだ。

 

『外人部隊か。キシリア様の崇高なお考えを理解せぬ輩なぞ、ジオンには必要無い。ア・バオア・クーが陥落し、サイド3が失われようとも意味は無い。キシリア様さえご存命ならば、新たなジオンはそこで生まれるのだからね』

 

『貴様……!』

 

 ガンダム6号機とキケロガを追う高機動型ゲルググを強襲したのは、MS-15KG ギャン・クリーガー。

 西洋の騎士を模した外観が特徴的な機体だが、纏う雰囲気には一切の高潔さも感じられない。

 そこにあるのは、ギャン・クリーガーの肩部に印された屍食鬼のエンブレム同様の醜悪さのみ。

 

 屍食鬼隊の隊長を務める少年、クロード中尉。

 キシリアの元で徹底的な教育を受けた後、フラナガン機関でニュータイプ研究の人体実験の被験者となった者。

 

 ──リリア・フローベールとはまた別の、悪意の具現。

 

 




今回が最終話予定だったのですが、収まりが悪いので次回最終回となります。すみません!
BDIシステムはマクロスプラスから設定を拝借しています。
リユース・サイコ・デバイスはどうも納得いかないので……


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LAST MISSION 「閃光の果て」

「足の止まっている敵艦は無視だ!こちらに向かってくるやつだけを狙って撃ちまくれ!」

 

 トロイホースのブリッジで怒号まじりにヘンケンが命令を飛ばす。MS隊の呼びかけに応じた船もあるが、殆どの敵艦がこちらに向けて攻撃してくる状況は変わらない。

 

「各艦、トロイホースに進路を合わさせろ。キシリア艦隊の包囲網をすり抜ける!──ぐぅっ!被害報告知らせ!」

 

 トロイホースを先頭にして、和平艦隊はキシリア艦隊が敷く包囲網を右斜めに横切る形で進行していく。

 戦闘をMS隊に任せていた先程までとは違い、既に敵艦隊との距離は目と鼻の先と言って良いほどに近づいており、攻撃の応酬の激しさは比べ物にならない。

 

 一際大きな衝撃がトロイホースのブリッジを襲い、キャプテン・シートの手摺りを握りしめたヘンケンが大声で報告を求めた。

 

『報告!報告!第一デッキに敵の攻撃が直撃!現在緊急消化作業中ですが、死傷者多数!』

 

「第二デッキから人員を回す!なんとか火を消しとめて、使えるように応急処置をしてくれ!」

 

『やってみます!』

 

 敵の放った攻撃がトロイホースの第一デッキに直撃し、大きな被害が出ていた。ヘンケンが横を見ると、一隻のムサイに敵のMS隊が集中攻撃を仕掛けており、火柱を上げながらも懸命に主砲を撃って抵抗している。

 

 エイガー少尉のガンキャノンII率いるキャノン隊が援護射撃を行うが、損傷は甚大。隊列から遅れながらも、決して諦めた様子は見せていない。

 

「デルタ・リーダーはどうした!ガンダム6号機の機体信号は健在か!?」

 

 デルタ・ツーのジム・スナイパーIIと、デルタ・スリーのジム・スナイパーカスタムがトロイホースの直衛に回っており、彼らがジオン共和国のMS隊と連携する事で、どうにかトロイホースは致命的な損傷を免れている。

 

 一方でその周囲にガンダム6号機の姿は確認出来ず、矢継ぎ早に命令を下しながらもヘンケンはオペレーターにノエルの所在を確認する。

 6号機が単身で敵のど真ん中に飛び込み、敵を引きつけていたところまでは確認出来ていた。

 

 軍人として、それも艦隊を預かる者として、私情を挟む訳にはいかない。それでも、ヘンケンはノエルの無事を願わずにはいられなかった。

 

「艦長!ガンダム6号機の信号健在!無茶だ……!未確認の敵機と交戦しながら、敵艦隊の旗艦に接近中の模様!」

 

「──!トロイホースのみ進路変更だ!12時の方向!他の船はダルシア首相のチベを護衛させながら、同一進路を取らせろ!本艦はMS隊と共に、敵の旗艦を取る!」

 

 希望は消えていない。戦意も失われてはいない。

 自分達は負けを認めていない。

 

「ジオン軍を恐れさせたペガサス級の力を見せてやれ!ホワイトベースに出来て、我々のトロイホースに出来ない事があるか!勝機はここしか無い!」

 

 触れるもの全てを破壊する光の奔流が満ちる宇宙(ソラ)を、傷だらけのトロイホースが突き進む。

 

 

 

 

『全く……凡人の分際で良くも抵抗してくれるものだ。スペースノイドが下等なアースノイドと手を組むなど、僕には理解出来ないな』

 

『貴様がどれほどの人物かは知らないが、スペースノイドもアースノイドも同じ人間だろう!キシリアの操り人形が傲慢な事を良くも言う!』

 

 ケンのゲルググが振るうビーム・ナギナタとクロードのギャン・クリーガーのビーム・ランスの光刃が交錯する。

 お互いに駆るのは最新鋭機、スペックの差は殆ど無い。スラスターを全開にしながら、縦横無尽に戦場を駆けながら幾度も機体をぶつけ合う二人。

 

 待ち望んでいた戦争の終わりを目前にして、感情を剥き出しにして戦うケンとは対照的に、苛烈な攻撃を受け流すクロードの声は冷静そのもの。

 彼は孤児であり、クロードという名前も本名では無い。単純に"名無し"では不便だったから、そう名付けられただけの事だ。

 

 サイド3には、フラナガン機関というニュータイプ研究所が存在する。"人類の革新"と呼ばれたニュータイプだが、その定義は難しい。

 だが、ニュータイプの傾向の一つとして、ニュータイプ同士では非常に強い共感が起こる事が解明されていた。

 

 だが、共感──即ち、お互いの事を理解し合う事──が一体何かというのが問題だった。それは科学の分野では無く、心理学や哲学の範疇だったからだ。

 

 ニュータイプを解明し、あわよくば人工的にニュータイプを"生産"する事を目論んでいたキシリアとフラナガン機関が行ったのは、「人間から他者に対する共感能力を取り払う」実験だった。ニュータイプを理解する手掛かりになると考えたのだ。

 

 結果としては全く無意味な人体実験だったのだが、その被験者として選ばれたのが、クロードをはじめとする孤児達だった。──そして、この非人道的な人体実験は、思いもよらぬ成果をもたらした。

 

 他者に共感する能力を失った少年少女達は、恐ろしい程に冷徹冷酷な兵士となるということがわかったのだ。

 他者の痛みや苦しみ、悩みを理解出来ない彼ら彼女らは、他人には幾らでも残酷になる事が出来た。

 

 そうしてキシリアは、かき集めた孤児達の中で自分の好む容姿を持つ者を選別し、共感能力を取り払うと同時に自らを崇拝するように"処置"を行い、自らの手駒として使える『屍食鬼隊』を結成するに至ったのである。

 

『操り人形とはまた失礼な事を言う。僕はフラナガン機関のおかげで超人になったのだよ。下等なアースノイドとも、凡庸なスペースノイドとも違う超人だ。キシリア様と僕らがいれば、それが新しいジオンだ』

 

『そんな世迷言を!』

 

 操縦桿を引き上げて機体を上昇させ、ギャン・クリーガーのランチャー・シールドから放たれたビームの光芒を交わすケン。目の前の相手がどのような実験で"超人"になったのか、それをケンが知る由もない。

 

『いちかばちか……!やらせてもらう!』

 

 ケンは大型ビーム・ライフルをオーバーヒート寸前まで連射しながら、シールドを構えて待ち受けるクロードのギャン・クリーガーに向けて加速する。

 小刻みに動いてビームの閃光を避けながら、ランチャー・シールドでゲルググを迎撃するクロードだが、ケンはそれを意に返さない。

 

 急所のみを半ば融解しているシールドで守りながら、迎撃のビームが止んだ瞬間に右マニュピレーターの前腕部に装備したミサイル・ランチャーを発射した。

 

 思いもよらぬタイミングで放たれたミサイル・ランチャーの弾丸を迎撃しようとビーム・ランスを横凪に振るうクロードだったが、撃ち漏らした弾丸から自らを守る為に、彼は反射的に腕でそれを防ごうとした。

 

 そして、固定武装を持たないギャン・クリーガーでは、両腕を防御に使ってしまえば、ゲルググを迎え撃つ手段は無い。一瞬の隙を突いて、レッドゾーンに踏み込む程に加速した高機動型ゲルググが、ビーム・ナギナタを一閃しながら駆け抜ける。

 

 『──トロイホース、聞こえるか?こちらレッド・リーダー。敵部隊の隊長機と思われる機体を撃破した。これより艦隊の援護に向かう!』

 

 ビーム・ナギナタの光刃は、ギャン・クリーガーの胴体を真っ二つに切り裂いていた。力無く虚空に浮かぶ機体が再び動く気配は無く、クロードは末期の言葉も言わぬまま──漆黒の宇宙に散った。

 

 

 

 

 リリアの世界は、マレットが死んだ時から粉々に砕け散っていた。ガンダムの放った閃光に飲み込まれ、遺体も残す事無く消えてしまったマレット。

 

 彼に依存していたが故に、戦う理由も生きる意味も同時に失った彼女は、自ら進んでキシリアが推し進めていた強化人間計画の被験者となった。

 自分がすべき事は、マレットを殺したガンダムを倒す事しか無い──そう思ったからだ。

 

 ──薬物と外科的処置、そして強力なマインドコントロールを施されたリリアは、彼女をパーツとして使用する事を前提として開発を再開されたキケロガに組み込まれた。

 何故自ら実験動物に身をやつしたのか、その思いを強制的に封じられたままで。

 

(ザラついているんじゃない……擦り減ってるんだ。無理矢理抑え込まれて──リリア?それが、貴女の名前)

 

 キシリアの乗る旗艦、パープル・ウィドウに向けてガンダム6号機を疾走させるノエル。敵の攻撃は無視して、最小限の攻撃で陣形を崩しながら、敵の陣形を突破する。

 

 自機を後ろから追ってくる機体から感じるのは、激しい怒りと深い悲しみの感情だ。意図して感じようとしなくても、痛い程に共感してしまう。

 それでも、ノエルは被りを振って同情的な感情を振り払う。軍人として、やるべき事を成さなくてはならない。

 

 少しでも長く敵陣中央で()()()()()()暴れる事で、ダルシア首相の乗るチベをグラナダへ向かわせる時間稼ぎを。

 

『ガンダム……ガンダム!逃げるな!私からマレット様を奪ったガンダム!』

 

『──そうよ、撃ってきなさい!私は貴女もマレットも知らない。だけど、最期に受け止めてあげる事は出来る!』

 

 両腕の5連装メガ粒子砲だけで無く、両肩の大型メガ粒子砲をもサイコミュで制御して、圧倒的な火力で暗黒の宇宙を白く染め上げるリリアとキケロガ。

 

 同士討ちを恐れてこちらへ攻撃しきれない敵部隊だが、半ば暴走しかけているリリアは、それを意に返さずにメガ粒子砲を乱射し、結果として友軍のMSや船を撃墜する。

 

 擦り減り、崩壊しつつある自我を必死に保つリリアが思うのは、マレットの仇であるガンダムを倒す事のみ。それを邪魔する者は、全てが敵。

 

 

 

 

「──アレは制御出来ないのか?全く……多額の金を使って作った()()()だというのに、碌に命令も聞けぬとはな」

 

「はっ……デッキに居たフラナガン機関のスタッフも、全員が殉職しております。ガンダムを仕留めた後に、機体ごと処分もやむなしかと」

 

 パープル・ウィドウのブリッジでガンダム6号機とキケロガの戦いを観戦していたキシリアが、横に控えるトワニングに向けて不満そうに声をかける。

 

 ガンダムと互角以上に戦える戦闘能力は魅力的だが、こうまで自軍に被害が出るようでは使い物にならない。

 精々、特攻兵器のように敵軍に対して単騎で突撃させるくらいしか役に立たないが、そうするにはあまりに金がかかりすぎる。──キシリアは、そう冷めた考えをしながら戦況を見つめる。

 

 パーツ(リリア)の整備を受け持っていたフラナガン機関のスタッフは全員が殉職し、暴走が止まる気配も見えない。

 トワニングの提案に意を唱える事無く、キシリアは黙って頷く。──パープル・ウィドウの主砲砲塔が、螺旋を描きながら何度もぶつかる二機のMSに向けられる。

 

 

 

 

(速い!──彼女を墜とさなくては、旗艦はやれない!)

 

 照準が定まる前に、ノエルは反射的にビーム・ライフルのトリガーを引く。勘とも閃きとも言えるものに従って、幾度もメガ粒子の塊を敵機に向けて発射する。

 リリアの操るキケロガは、おおよそ人間が乗っているとは思えない加速で強引に回避行動を取った。

 

 旗艦を含め、敵部隊はこちらの攻撃に巻き込まれるのを恐れてか遠巻きに見守る程度で、攻撃を仕掛けてくる様子が無い。キケロガの攻撃は徐々に苛烈さを増し、ターゲットがノエルに絞られた事で鋭さも増してきている。

 

『ガンダムは私が絶対に倒す!マレット様の為に!』

 

6号機の上に回り込んだキケロガが両腕部の5連装メガ粒子砲を有線式サイコミュで展開し、肩部の大型メガ粒子砲と合わせてオールレンジ攻撃を仕掛ける。

 人間の死角から放たれる、必殺の一撃だ。

 

『くぅっ!』

 

 咄嗟に操縦桿を操作して、ガンダム6号機をその場で捻らせるノエル。何本ものメガ粒子の閃光を回避するが、鈍い衝撃と共に彼女の身体がシートに押し付けられる。

 有線制御されている右マニュピレーターを使って、メガ粒子砲を躱した直後の6号機を殴り付けたのだ、とノエルは気付いた。

 

『良いようにやられてばかりじゃ!』

 

 体勢を立て直した6号機がグレネード・ランチャーを放って敵機を牽制しながら、ビーム・サーベルを抜いて接近戦を仕掛ける。

 キケロガは遠距離から、サイコミュを用いた武装の大火力で敵を殲滅する事をコンセプトとした機体であり、ノエルの読み通り近接格闘用の武装は無い。だが──

 

『遅いのよ、ガンダム!この程度じゃないでしょう!マレット様を倒したガンダムは、もっと強くなくちゃ駄目なのよ!』

 

 BDIシステムで機体と繋がっているリリアの反応は、異常なまでに速い。

 多大な犠牲を払って実現しているBDIシステムで操縦しているキケロガは、操縦桿やペダルを使う事が無い。

 

 文字通り、思考するだけで機体を制御出来るリリアと、ニュータイプ能力があっても従来通りの操縦システムを利用しているノエルでは、僅かながらも機体の挙動速度に埋められない差が存在する。

 

『マレット様がそんな弱い存在に負ける筈が無いの!──私を、失望させるなぁっ!』

 

『くあっ……!振り解けないの……ぐうっ!』

 

 ビーム・サーベルを握った右マニュピレーターを恐ろしい反応速度で掴むと同時に、スラスターを全開にして蹴りを見舞うキケロガ。

 これまで以上に激しい衝撃に、ノエルはシートに身体を強く打ち付けられる。金属と金属が激しくぶつかり合い、6号機の機体内部のコンピューターが悲鳴を上げる。

 

『止めよ、ガンダム──!』

 

 両腕の有線式5連装メガ粒子砲を射出したキケロガ。

 先程の蹴りで機体、そしてパイロットである自身もダメージを負っていたが、ノエルが待っていたのはこの瞬間。

 

『──そこっ!』

 

 これまでの戦闘で、ノエルは敵の有線制御された腕や肩部メガ粒子砲がどのように配置されるのか、パイロットの癖とも言えるものを掴んでいた。

 有線制御である以上、極端に遠くまで伸ばす事は出来ず、なおかつ()()()()()()()()()()()()()()

 

 脳裏に閃いた感覚そのままに、何もない空間にビーム・ライフルの銃口を向けて、ノエルはトリガーを引いた。

 

『そんな──!?ぐぁうぅっ……頭が、割れるぅっ!』

 

 6号機が放った光弾は、寸分違わず射出されたキケロガの腕を捉えていた。ちょうど光弾が撃たれたところに、キケロガの腕が飛び込んできたかのように周囲からは見えたに違いない。

 

 驚愕するリリアだが、直後に思い切り頭を殴られたような痛みが彼女を襲う。MT-01で強制的に覚醒させている脳と、それに直接接続しているBDIシステム。

 更にはサイコミュ・システムからの逆流が起こり、リリアの脳は過負荷に耐えかねて断末魔の悲鳴を上げていた。

 

 自分の頭部を抑えて、まるで人間のような動きで苦しむキケロガ。射出された肩部メガ粒子砲は完全にその動きを止めており、攻撃を仕掛けてくる気配は無い。

 

(リリア──貴女は何故戦うの?)

 

 ノエルはその隙を見逃さず、6号機をキケロガに組み付かせると、その勢いのままでパープル・ウィドウに向けて突進していく。6号機の青白いスラスターの光が尾を引いて、美しい軌跡を描く。

 

(そんなのは愚問よ。私はマレット様の理想の為に戦っている。私は一人でも戦い抜いて、マレット様の考えが正しかった事を証明しなくちゃいけないの)

 

(理想?他人や死者を見下して、自らを選ばれた存在だと驕る事は正しくなんてない。それは貴女もわかっているでしょう?エゴよ、それは)

 

 感応し合い、一才の雑音が消えた空間でノエルとリリアは邂逅する。ニュータイプと強化人間であっても、お互いが共感した今なら、互いが考えている事は全てわかる。

 

 驕り高ぶり、自らを選ばれた人間として周りの人間を見下し、選ばれた人間が支配する世界を作るなど、絶対に間違っている。

 そして、それをリリアは分かっていた。それでも、彼女はこの道を選んでしまった。──理屈では無かったから。

 

 いつしか6号機は組み付いていたキケロガから離れ、二機は揃ってパープル・ウィドウへ向けて飛んでいた。

 

 迫るキケロガと6号機を迎撃せんと、パープル・ウィドウの砲塔からメガ粒子砲が絶え間なく撃ち続けられる。

 二機のMSはまるで何かに導かれるように、光線の雨を縫うように飛び続けた。

 

『リリア!?貴女、もう──!』

 

 キケロガが被弾し、ノエルは現実に引き戻される。グラナダ艦隊の旗艦、パープル・シャドウは目の前だ。

 旗艦さえ墜とせれば。だが、彼女もMSもとっくに限界を超えている──そこまで考えた時、通信が入る。

 

 ジオン共和国のMSとの通信の為に改良した為か、規格の違うシステムでもしっかりと通信を繋ぐ事が出来たが、モニターに映るリリアを見て、ノエルは息を呑む。

 

 ──もう、助からない。

 

 医学の知識の無いノエルが見ても、リリアがもう余命幾ばくも無い状態である事は、一目瞭然だった。

 キケロガ自体も先程の被弾で各部から火花が飛び散り、モノアイが不規則に点滅を繰り返しているのが分かる。

 

『あの……死んだら、人はどうなると思いますか?マレット様は死ぬとは負ける事。負けるとは劣っている事だと仰いました。貴女は、どう思いますか?』

 

 ノエルに通信で問いかけながら、リリアはキケロガを駆って単機でパープル・シャドウに突貫する。霞む目を必死で開き、襲いくるメガ粒子の光と無数のミサイルをガタの来た機体で躱しながら、ノエルの返答を待つ。

 

『──私には仲間がいる。名前を知る仲間も、名前も知らない仲間も。彼等がいたから、私はここまで戦ってくる事が出来たわ』

 

『────』

 

『救えた仲間もいる。志半ばで倒れた仲間もいる。だけど、死してなお、仲間は私達を支えてくれているの!たとえ……たとえ肉体が滅びても、魂が導いてくれている!』

 

 両足が吹き飛び、頭部にもミサイルが直撃してモニターの光が消える。機体が損傷する度に悲鳴を上げそうな程の痛みを脳は訴えるが、もはやリリアの痛覚は機能していなかった。

 

 たとえモニターが映らなくても、倒すべき相手がそこにいる事は分かっていた。ノエルが言う通り、死者の魂が生者を導いてくれているとしても。

 きっとマレット様は、キシリアを殺した私を許してくれないだろうな、とリリアは思った。

 

『願わくば、今度は救いのある世界に──』

 

 まるで我が子を抱く母親のように、傷付いたキケロガがパープル・ウィドウの艦橋を抱きしめるように抱え込む。

 ノエルとリリアの呟きが重なりあった瞬間、ノエルはビーム・キャノンのトリガーを引いていた。

 

 放たれた閃光は吸い込まれるように、キケロガとパープル・ウィドウを貫き、紅い輝きが虚空へ突き抜けた。

 機体と艦体に一斉に火花が弾け、次々に火柱が上がっていく。パープル・ウィドウの巨大な艦体全体に、炎が亀裂のように何本も走っていく。

 

 光が膨張し、キケロガとパープル・ウィドウは巨大な爆炎の中に飲み込まれ──閃光の中に消えていった。

 

 

 

 

 6号機のコクピットハッチを開き、ノエルはゆっくりと外へ向けて足を踏み出した。

 

 先程まで行われていた戦闘は、キシリア・ザビの死によって終焉を迎えていた。偶然にも、キシリアの乗るパープル・ウィドウが轟沈したその時、ア・バオア・クーもまた陥落していたのだ。

 

 ザビ家が滅び、母国であるサイド3を守る力も最早ジオンには残っていないと判断した、グラナダ艦隊司令官ノルド・ランゲル少将の勇気ある決断だった。

 

 コクピットを出たノエルの目に映るのは、負傷した兵士達を救助する為に、両軍のMSが協力して作業にあたる光景だ。先程まで殺し合っていた相手を助ける為に、人はこれほどまでに懸命になれる。

 

 ふと視線を下に向けると、呆れる程にボロボロになったデルタ・ツーとデルタ・スリー、そして帰るべき家であるトロイホースの姿が見えた。

 

 不意にどうしようもない衝動に襲われて、ノエルの瞳から涙が溢れた。仲間達にみっともない顔を見せる事は出来ないと思っていても、溢れ出した感情を抑える事は出来そうに無かった。

 

 コクピットに戻ると、やかましくこちらの安否を問う通信がひっきりなしに入ってくる。

 

『こちらガンダム6号機、デルタ・リーダー』

 

『うるさいぞ!静かにしていろ!……こちらトロイホース、ヘンケンだ。どうぞ?』

 

 ヘンケンをはじめ、ブリッジクルーやデルタ・チームの僚機、そしてジオン共和国軍のパイロット達からも、一斉に返答が返ってくる。

 ノエルは言いようの無い暖かさを胸の内に感じながら、何を言うべきか暫し逡巡するが──結局はいつも通りが一番だ、と平凡な事を口にした。

 

 

 

 

『任務完了!ノエル・アンダーソン中尉、これより帰還します!』

 

 

 

 

 ──この日、宇宙世紀0080.01.01。

 地球連邦政府とジオン共和国の間に、終戦協定が無事に締結された。

 

 

 

 




『機動戦士ガンダム戦記 ノエル中尉奮戦記』これにて完結となります。

昨年10月から連載を始めて約三ヶ月、私の拙い小説を読んでいただいた方々、本当にありがとうございました!
割と行き当たりばったりで思い付いた展開を書いてしまっていたりして、連載開始当初に思い描いていたものとはだいぶ違う物語となりましたが、それでも書きたいと思ったものは書けたかなぁ……と思っています。

皆様のお気に入り登録や感想、評価にはとても勇気づけられ、感想と評価を始めていただいた時の嬉しさは今でも覚えています。

他の素晴らしい小説が多数ある中で、時間を割いてノエル達の物語を読んでいただいた事に、再度の感謝を。
もしよろしければ、最後まで読んでいただいた感想と評価をいただければ幸いです。

それでは読者の皆様方、本当にありがとうございました!


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