fate/stellaris 【完結】 (宇宙きのこ)
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発見

型月世界をSF的な視点から書いて見たかったので書きました。


【未知なる叡智を求めて】

 

 

 

我々の帝国は繁栄を極めた。

暗黒物質、エネルギーを支配し、大いなるシュラウドの謎も解き明かした。

そればかりか、全銀河においても類を見ないであろう偉大にして巨大な建造物を幾つも作り上げた。

 

 

だが足りない。この程度では我々は満足しない。

停滞とは衰退であり、それは死に至る病なのだ。

我々は没落しない、我らはかのものと同じような怠惰に満ちた生に堕ちない。

 

 

 

宇宙には文字通り光の数だけ星があり、その一つ一つに可能性は眠っている。

何処かにあるはずだ、我らを更なる高みへと至らせる叡智が。

理論上存在しえる、シュラウドさえも超えた大いなる座へと至る鍵を探すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

途方もなく巨大な物体が宇宙の闇夜を切り裂きながら光を超えた速度で進んでいる。

ソレが動くだけで天文単位で空間に振動が走り、星々が震撼する。

ギィィィンという甲高い波を発しながらソレは光速など遥か過去に置き去り飛翔していた。

 

 

完全に管理された重力操作の技術により本来起こりうる星系範囲規模での重力変動は抑え込まれ星々の海を支配者の如く、この馬鹿げたほどに巨大で狂気的な艦船は進んでいる。

いや、これは「船」という括りにはもはや収まり切らない。

 

 

 

要塞でもないし、ましてや移民船などという落ちぶれた者たちの棺桶でもない。

これは……星……「星系」だった。

信じられないかもしれないが、これは複数の星系を文字通り物理的に混ぜ合わせて作り出された人工物だった。

 

 

 

メインリアクターとして丸ごと放り込まれたのはO型恒星である。

直系数億キロという規模の恒星は帝国の偉大なる技術力に覆われた状態で強制的に圧縮され、たった10万キロ程度にまで押しつぶされ、更に異次元の技術によって「種火」とされていた。

いうなれば巨大な山火事を起こすための最初の一本目のマッチである。

 

 

 

加工された恒星という空前絶後の点火装置を元に内部に形成されているのはあらゆる宇宙のあらゆる法則を破綻させる特異点であった。

第18級時空特異点を形成し、内部では無数の相転移が完全に制御された状態で発生し続けている。

そこから供給される次元違いのエネルギーはこの星系全体に過剰なほどに行き渡らされていた。

 

 

捕らわれた恒星を覆うのは複数の惑星だ。

それぞれが直系1万5000キロほどの大きさの固形型惑星が7個、更にはそれらを連結させるための補助として3000キロ程度の月を13個。

それらがメインリアクターの周りに無造作に連結させられていた。

 

 

 

5次元工学という人智を超えた哲学によってそれらは重力崩壊もせず、互いに干渉することもなく纏め上げられていた。

ステラー級・星系戦闘艦。それがこの星系の名前であった。建造において無造作に星系複数を食いつぶした怪物である。

 

 

 

そんな怪物染みた巨船が、その脅威を存分に振るおうとしていた。

惑星サイズの超巨大演算装置がステラー級の脅威となる対象を認識、解析し最適解を導き出す。

内部に格納された造船施設に火がともり、護衛として展開していた艦隊を更に更に精強に補充する。

 

 

 

敵性存在を感知。

情報収集続行。

造船施設及び全武装稼働。

 

 

 

幾多の銀河を超え、宇宙を超え、シュラウドの導きによって天の川銀河にたどり着いた怪物はこの世界においても戦いという概念からは逃れられなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【文明の蒐集者】

 

 

その存在に気が付いたのは特異点を超え、この次元へと侵入して直ぐだった。

ステラー級に搭載されていたセンサーはすぐにその存在を捕捉することができた。

余りに異質なエネルギー反応、複数の種類の違うエネルギーが入り混じり、反発しあいながらも動き続けている異常な存在。

 

 

セントリーアレイが観測したソレの形状はまるで涙する瞳のようだった。

小衛星サイズの巨大な、未知の船である。

それも一つではなく、数百といる。

まるで外界からの来訪者を待ち構えているように、それらはステラー級へと群がり始めていた。

 

 

スラスターの類は存在せず、どうやらそれらは空間の物理法則を書き換えて推進力を得ているようだ。

 

 

現存する全ての技術を用いた通信は全てが無意味に終わった。

返信はなく、代わりに送られたのは膨大なエネルギー出力の上昇……戦闘態勢に入ったという事実だけ。

 

 

 

スキャンの結果、それは複数の小舟を内包した存在であることが判明した。

サイオニックな視点で見れば、それらには多種多様な種族の生体エネルギーがたっぷりと保存されている。

恐らくだが、これらは未知の文明が作り出した一種の蒐集装置なのだろう。

 

 

何も珍しいことはない。

優れた存在が劣った存在を滅ぼし、見どころのある“美味い”部分だけ奪い去るのはそう珍しいことではないからだ。

彼らの蒐集品を頂戴するとしようか、と誰かが言った。

 

 

 

 

戦術分析・当該敵対存在及び創造文明の予想値算出。

 

 

 

敵勢存在 暫定名称「コレクター」予想数値算出完了。

 

 

艦隊戦力 現状 劣等 現在確認できた限りではコレクターの戦力は我々と比較して劣等である。

 

技術段階 暫定予想中 現状 劣等 同上。

 

経済数値 予想不可能

 

 

 

最終通達。

サイオニック・リンクによる通信接続を試行。降伏勧告を行います。

 

 

 

ステラー級から放出されたサイオニック・リンクがコレクターの艦隊へと通信を繋げようとしたときにソレは起こった。

けたたましく響く警告音。コレクターの艦隊の内側に存在するナニカは、伸ばされた念力による精神接続を触媒とし、ステラー級の、正確にはソレを運用する乗組員へと浸食攻撃を試みたのだ。

一気に流し込まれる凄まじい量の汚染ミーム、それは今まで彼らが蒐集してきた夥しい数の星の悲鳴。

 

 

 

数百億、いや、数兆、数京にも及ぶ生物種の断末魔とお前も我々に加われという地獄からの呼び声が濁流の様に注がれる。

 

 

悲鳴が溢れ、苦痛と絶望の声が漏れ出るが、こういった攻撃に対する対処など、彼らが物質や法則による支配を超越した時点で検討されつくされている。

演算装置は淡々と過去の事例を参考にし、今起きている現象を分析しながら自らの札を切っていく。

 

 

リンク切断。

ファイアー・ウォール展開。

バックアップ起動。

防御プロトコル「ゴースト・エコー」を開始。

 

 

不可視の壁により浸食は食い止められ、残留した浸食カ所は速やかに修復、または隔離、もしくは物理的にパージが行われる。

お返しと言わんばかりにカウンターのウィルス・ミームがコレクターたちへと送り込まれれば、甲高い女性の様な悲鳴が虚空を揺らした。

流し込まれた膨大な自壊/自殺/自滅ミームは速やかに効力を発揮したらしくコレクターの艦隊の一部が砕け、爆散を開始していく。

 

 

 

 

 

コレクターの戦闘能力数値上昇修正。最適な攻撃を算出完了、実行。

製造及び起動が完了した艦隊がステラー級から次々と発艦し、この途方もなく巨大な母船の周囲をまるで虫の群れの如き規模で飛び交い、キラキラとしたイルミネーションを宇宙の闇へと付け加えた。

 

原始文明でよくみられる武器───「弓」にも似た形状をした小型のエスコート級は小型という名前に反する様に、全高2キロはある。

 

 

それらに取り囲まれた戦闘艦も順次発進され、後詰として巨神級とも称される一隻で星系を支配さえ可能な怪物までが展開された。

 

 

 

星系戦闘艦の内側に展開される特異点がその規模を膨らませていく。

戦闘状態へと移行したソレは第20級にまで規模を増大させた特異点である。

彼らの元いた世界で最もよく行われた挨拶であるタキオン・ランスの一斉掃射から始まるコンタクトはここでも変わらない。

 

 

まずは様子見として今なお増殖を続けるエスコート艦隊の洗礼が始まる。

「弓」の上下の淵が一瞬だけ瞬いたと思えば、青白い「槍」が秒速数十という欠伸の出るような遅さで吹き荒れた。

小さな衛星程度なら容易く球体から輪っかへと変貌させられる規模のエネルギーが湯水の如く放出され、一斉にコレクター艦隊へと突き刺さらんと迫った。

 

 

 

青白い光の「槍」は超光速で飛翔し、一瞬で星系複数分の距離を詰め、当然の様に展開された防御壁によって阻まれる。

十、二十と防がれるが、やがては彼らの張る「膜」が撓み始め、一部だけではあるが、小さな穴が開き始めた。

もちろんコレクターの艦隊もただで攻撃を受け続けているわけではない。

 

 

彼らには彼らの戦い方がある。

既にコレクターの艦隊は眼前……数十万キロほど離れた位置に座するステラー級を中心とした艦隊を敵だと認識していた。

同時にかつてない程に得難い、貴重で重要な蒐集物になるということも。

 

 

数百の船が同時に戦闘態勢に入る。今まで蒐集した品を全てここで使ってもいいという気概さえそこにはあった。

 

 

 

彼らの展開したシールドは守る為のものではない。元よりこの船に直接戦闘能力は皆無である。

こういった周囲に「餌」がなく、なおかつ戦闘になった場合、効率的に食事を行うための蜘蛛の糸のようなものだ。

防御膜に触れたエネルギーが瞬時に彼らの活力へと変化し、それらは圧縮された後に内部に格納した尖兵たちへと注ぎ込まれる。

 

 

子宮とも、四次元を立体化させたキューブとも見える摩訶不思議な物体が発光し、休眠状態であった尖兵たちが目を覚ました。

 

 

動き出したのは巨人たちだった。

それらはガイア型惑星と呼ばれる大気を保持するだけの重力をもち、少なくとも飲める程度の温度の水や、奇跡的なバランスで保った酸素などを所有する星によくみられるヒューマン種に似ている姿をしていた。

即ち手足があり、胴体があり、頭がある。そしてある程度の自我があり、決して覆せない命令がある。

 

 

 

彼らへの命令はとても単純である。

 

 

殺せ。

壊せ。

奪え。

集めろ。

 

 

 

空間に漂う熱量が減少する。

この世の絶対数が消され続ける。

どのような形であれ、均一化され減る事はありえないはずの世界が消えている。

 

 

真っ白な巨人たちが一挙手一動作をするたびに、この宇宙の大きさはなくなり続けていた。

複数の銀河にまたがる文明らを抹殺してなお余りあるだけの戦力がここにはあり、それらがたった一つの星系へと向けられている。

 

 

 

ほぉ、とステラー級に宿る意思たちは観測データを見て頷いた。

このような存在を前にしていても、彼らの本質は探究者であり、興味深い存在を目にすれば思考は何よりも冷たくなる。

だが、だがしかし、確かに珍しいが……こういった手合いを見るのは初めてでもなかった。

 

 

次元、概念、物質を破壊吸収、同化し強大化していく戦闘兵器?

そんなもの、幾つも葬ってきた。

 

 

 

データ参照。

強力なサイオニックを検出。

及び次元の浸食、空間の欠落を確認。

タキオン・ランスの吸収を確認。

 

 

 

類似存在データバンク検索。該当。

アンビデン種、アベレント種、ベヘメント種に類似。

 

 

戦術修正。脅威度上方修正。

ステラー級、損傷63%までは許容。

武装変更、小型兵装は全て換装。Xクラス、Tクラス武装を主戦力とし、最大火力の投射を実行。

 

 

 

承認。

 

 

 

ロック解除、ステラー級主砲起動準備。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【同族嫌悪】

 

 

 

戦いの始まりは宇宙が引きちぎられる悲鳴から始まった

左右に一門ずつ、中央に一門。惑星を丸ごと砲口へと作り替えて完成した狂気の産物は口径2万キロという想像を絶するサイズを誇る。

 

第20級時空特異点により生成される膨大なヒッグス場が完全に制御された相転移を起こし、疑似的なインフレーションを特異点反応炉の中で繰り返した。

 

 

無限に加速し巨大化する「真空の泡」はこの天の川銀河の保持する全てのエネルギー総量を鼻で笑うだけの桁をたたき出し、その力を惑星を連結して作り出された砲塔へと流し込む。

 

あいさつ代わりに放たれたステラー級の主砲は時空の基礎構造を貫き、平均的な恒星2000億個が50億年かけて放出するエネルギーをコレクターの艦隊に撃ち込んだ。

もはや色さえなく、世界がどのような形でこれを表現すればいいか判断が出来ない膨大な「力」の流出は超光速で高次元をねじ切りながら突き進み、その残影は真っ白な尾の様に見えた。

 

 

 

音はなかった。

ただ、明らかにこの世界の最も根底にある何かが揺さぶられる振動と、時間と空間が崩れ、漏れ出たエネルギーの余波がコレクターたちを過去、未来、現在で同時に消滅させ続ける特異点が生成。

サイオニック技術により「滅ぼす」という明確な方向性を与えられた主砲のエネルギーは文字通り一種のエネルギー生命体と化し、あらゆる可能性の中で永遠にコレクターを貪り続ける。

 

 

今にもパーセク単位にまで膨らまんとする漆黒の特異点の中では無限の滅びがあった。

超速で素粒子単位にまで分解消滅させようと蠢くエネルギーはあらゆる概念的、因果的、物理的、法則的な終焉をコレクターらに賜している。

 

 

 

 

だが、彼らもまたこの銀河の覇者である。

数万もの文明を滅ぼしつくし、幾つもの技術を接収した巨人たちはとてつもなくあきらめが悪い。

母船である遊星と尖兵たる巨人たちは素粒子より小さく分解し、それよりも細かく、この宇宙から消滅し続けているというのに、未だに生存と勝利を諦めていない。

 

 

 

むしろこちらの方が好都合であると判断し、彼らは「結合」を開始した。

元より彼らの計算ではばらけた状態では幾ら尖兵を送ろうと勝機は薄かったのだから。

粒子が結合し、分子となり、それらは更に更にとくっつきあい細胞への回帰へ成功する。

もちろん全てではない、むしろ全体の殆どは膨大な押し付けられた「死」によって無へと帰ってしまったが、その分残された細胞らはとてつもない強靭さを得ることに成功した。

 

 

細胞単位でエネルギーを彼らは吸収する。

許容量を遥かに超えるだけの力を取り込んだ細胞は幾度も幾度も変異を繰り返し、最終的には癌化するがそれさえも気には留めなかった。

そして十分なだけの活力をため込んだ癌細胞らは互いにくっつきあい、やがては一体の途方もなく巨大な人型へと変貌を遂げる。

 

 

 

惑星サイズの白い巨人だ。

ヒューマノイド種の女性に近しい姿を取っているそれはこの銀河に配備されていたコレクター全ての集合体であり、今や完全な一つ、即ち完璧なる一へと至っていた。

破滅の女神と称しても許されるであろう存在は、虚空へと手を伸ばすと自らを滅し続ける特異点の境界線を引きちぎり、通常次元へとその巨躯を復帰させ、ステラー級と相対した。

 

 

 

 

ぎょろりと巨人は星系戦闘艦を、正確にはその内部に宿る「彼ら」を睨みつける。

肉体という領域を超過し、今や意思の時代に指を届かせかけている別次元からの来訪者を。

この存在は彼女が、彼女たちを作り上げた存在達が望んでやまない存在であった。

 

 

 

物質の支配を超え、時空間を超え、因果を超え、やがては意思のみで全てを支配する認識の世界、新たな神へと至る道、それが彼らの創造主の求める理想であった。

至高の域に至る為に、その因子を集めるための収集装置が彼らであった。

星々を観測し蒐集する衛星も、それらを刈り取る巨人も、全ては自らの糧を求めるだけの作業でしかない。

 

 

 

そうだ、ある意味では「彼ら」と巨人のルーツは全く同じ───偉大なる域を求める探究者なのだ。

 

 

 

故に、この衝突は致し方ないものである。

なぜならば、至高の御座は一つしかなく、譲り合うつもりも毛頭ない以上、食い合いは起こるべくして起こるのだ。

 

 

 

 

 

 

【シュラウドの徒】

 

 

天の川銀河において、史上類を見ない規模の戦いが巻き起こっていた。

一つ、また一つとエスコート艦隊が落とされる。

巨人は全身より青紫色の光を放ちエスコート艦隊を叩き落し、削り取った空間を十万キロ程度の剣として振るい戦闘艦を両断、はたまた周囲の空間を汚染しながら着実にステラー級へと迫る。

 

 

 

 

 

 

青白い光が一つさく裂するたびに一つ一つが原始文明が数百万年かけても消費しきれない莫大なエネルギーが発散し、宇宙の温度を僅かに上げた。

膨大な量のタキオンランス、ダークマターランスが巨人へと突き刺さり、その身体を削り取るが、癌化しリミッターの外れた細胞は途方もない速度で再生は続く。

だが、構わない。所詮はこれらは時間稼ぎなのだから。

 

 

 

エスコート艦隊が壊滅するまでの間にステラー級は主砲を換装し、主砲に比べれば多少は威力の劣るモノではあるが、この巨人に対しては有効であろうと判断した武装へと入れ替わっていた。

 

 

Σシリーズ・ウェッポン。

誰も見たことのない技術体系で構築されたすさまじい威力の兵器である。

暗黒物質及びエネルギー操作を極めた結果得た技術であった。

命、意思、精神活動が全宇宙を支配するという考えは狂信的な精神主義者である彼らにとっては当然の事ではあるが、これはその結果の一つ。

 

 

極限にまで恒星を理解、解明された彼らは恒星に命を見出したのだ。

恒星は、星は生きている。

ならば、その命を使おう。

サイオニック技術の延長戦、シュラウド操作技術さえも込められて作り出された恒星兵器は今、その真価を発揮しようとしていた。

 

 

 

星系戦闘艦の表面にびっしりと、最低でも億単位で拵えられたΣブラスターが巨人を捉える。

特異点リアクターは宇宙の誕生を操作し膨大なエネルギーをブラスター全てに送り込む。

相転移技術によって砲のチャンバー内部で星が生まれ、熟成し、死ぬ。

 

 

発生する膨大なガンマ線バースト、ただそれだけでも凶悪極まりない破壊力を持つというのにソレは加工され概念的、因果的な性質さえ付与された上に増幅し射出される。

 

黄金色の線がステラー級より幾重も放たれ、巨人へと突き刺さり、抉り、貫通する。

超新星さえもやすやすと上回るエネルギーと、収束された分主砲よりも貫通力を上げた惑星の滅亡創生輪廻は巨人を軽々と吹き飛ばし、その右腕をちぎり取ってしまう。

 

 

 

ぐるぐると星系単位の距離を弾き飛ばされた巨人は、がばりと大口を開けて刻一刻と消滅へと近づく自分を認識しながら叫んだ。

身体にいくつもの虫食いを作られ、更にその傷口は再生さえ許されず燃焼を続け、彼女は死へと落下を続けている。

 

 

─────あ、あぁぁ、AAAAAAAAAAAAOOOXOXOXOXOXOO!!!!

 

 

 

言語という機能さえそぎ落とし、戦闘へと特化した巨人の口から出るのはおおよそ知的生命体が発するには相応しくない不気味な絶叫。

放出された星の残照を元来所持していた収奪能力を以てかき集め、新たな右腕を光輝く形で再構築する。

太陽さえ軽々と握り潰してしまいそうな熱量を以た拳を彼女は憎悪と共に開閉させた。

 

 

重力子を支配し、力場を作って態勢を整えた女神はおぞましい表情で星系船を睨む。

 

 

 

新たに生まれ変わった右腕をステラー級へと向けて翳せば、その腕は幾つもの四角いブロックへと変わり、膨大なエネルギーの相転移を支配し、収束させた。

濁ったオレンジ色の濁流が一瞬だけ煌めけば、あまりに稚拙ではあるがΣを模倣し再現されたレーザーが煌めく。

空間を焼き、因果を焼失し、先のステラー級主砲の如く次元を捩じりながら超光速で飛翔する殺意は下位の3次元においてはまるで星雲ガスの様に見えた。

 

 

 

光を置き去りにしたそれは疑似的な因果逆転現象を引き起こし、着弾と軌跡の発生はあべこべと化している。

当たった瞬間に、どうやって当たったかという要因が発生しているのだ。

何兆にも展開されていた星系戦闘艦のシールドが軋む、遮断しきれなかった一部のエネルギーが装甲をも貫通し、この怪物の船体そのものを軋ませる。

 

 

連結されていた月に亀裂が走り、惑星の一部が砕ける。

 

 

 

 

大変結構。よろしい、問題はない。

 

 

 

自らと同化している巨船が崩壊しようとしているのに彼らに焦りはない。

かつてここではない世界を支配し、敵という敵を葬り続け、探究の果てに没落しかけたこともある彼らにとってこれはむしろ心地よいことだった。

刺激、死への恐怖、戦いの高揚、ボタン一つで星雲を破壊しうる武器を行使する愉悦、そして痛みと好奇、大変よろしい。

 

 

 

 

 

彼らは己らの内側からあふれ出る精神活動の全てを受け入れた上で分析する。

時には他者からみて非効率で、愚かと思える感情の奔流でさえ彼らにとってはとても重要なモノであり、根幹なのだ。

なぜならば認識こそがこの世界を作り替えるものであり、この世の全ては何かの意思によって変動するものなのだから。

 

 

 

そうだ、認識だ。

あらゆる世界において「絶対」というモノなどない。

宇宙が現実ではなく、自分たちという存在もまた夢の様なものなのではないかと気づいた者らがいた。

今から行使される奇跡は、そんな先駆者の遺物を解析し、作り出されたこの世を捻じ曲げるおぞましい法則の流出であった。

 

 

 

 

 

 

【ヴルタウムの現実穿孔機】

 

 

 

 

ステラー級の内部で輝いたのは奇妙な白濁色の球体であった。

まるで氷河期の惑星の模型のようなソレは直系10m程度でありながら、信じられないほどに重く、それでいて彼ら以外のどんな組織のどんなセンサーでさえ観測不可能な奇妙なオーブである。

 

これこそ、かつて彼らの出身銀河で栄えしとある種族の叡智の結晶を元に更に次元を上げて作られた装置。

 

 

 

宇宙という「現実」を穿孔し、上位でも下位でもない「何もない」世界を穿つ禁忌。

そこには可能性や因果さえ入力されていない正真正銘の「無」のみが広がる。

残念ながら彼らが目指した、自分たちを観測する存在を見つめ返すことは叶わなかったモノの、この現実穿孔機の能力はこの宇宙においては余りにも噛み合っていた。

 

 

 

現実……この宇宙においてはテクスチャとも称される星々の世界に穴が広がっていく。

宇宙の闇よりも、暗黒の天体よりも更に濃い「黒」がステラー級を中心に世界を蝕み始める。

秩序が崩れ落ちる。この世界においてはありえない、あってはいけない事象を否定しようとするソラを現実穿孔機は一方的に食んでいく。

 

 

 

何者かの懇願を彼らはきいた。やめろと正す誰かがいた。

紅い何かの影が叫んでいる、5色の何かがあった。その存在を彼らは見つめ返し、分析/解体していく。

非常に興味深いと判ずる。以前の世界とは違う地での現実穿孔はどのような影響が世に齎すか不祥な点が多いが、この宇宙においてはとても特別な意味をもつらしい。

 

 

 

いずれそれらも含めて蒐集してやると思いながら彼らはステラー級を駆り、巨人へと現実穿孔の出力を収束させる。

並行してもう一つの兵器の準備も勧める。

もはや呼吸よりも容易くシュラウドへと意識を向け、その中に安置していた兵器を取り出すのだ。

 

 

 

 

 

────────ッッッッッ■■■■!!!

 

 

 

 

巨人の姿が変わる。

内部で今なお残留し彼女を焼き続けるΣシリーズのエネルギーを段階的に吸収し、全身の癌を更に悪化させながらもその威容はより神々しく変貌を遂げる。

頭部の上に存在する光輪、崩れ落ち続けながらも発光する神体、恒星の生命を凝縮して作られた右腕、真っ赤な瞳。

 

 

 

巨人が右腕を一振りすれば、一つ一つが新星並の熱量を孕んだ火種が振りまかれる。

とてもささやかで小さい、小石程度の大きさのソレはステラー級へと迫りながら一瞬で巨大ガス惑星並みの大きさにまで膨らみ、さく裂する。

ステラー級の船体に数えるのも億劫なほどに備えられた迎撃装置が稼働する。

穿孔された空間に新たな法則を書き込みながら発射されたΣの恒星生命エネルギーは容易く惑星規模の爆弾をより強い破壊力で吹き飛ばす。

 

 

巨人は重力子を制御し、足場……道を作りながら星系戦闘艦に迫る。

一歩進むごとに数万キロを飛び越えた彼女はヒューマノイド種の格闘家がそうするように、腰を落とし拳を胸の前で構えながら突貫。

 

 

吹き荒れる迎撃攻撃を巨人は無視する。身体の至る所が欠落し、再生を繰り返す。

自らの背中に作成した4点の穴から惜しみなくガスを噴出し、加速をつける。

 

後9歩、8歩と突き進み、ステラー級の目と鼻の先、威嚇し睨みあえるだけの距離まで詰めた彼女は渾身の正拳突きを放った。

膨大な質量と光に迫る加速、更には保有する全てのエネルギー/霊子を攻撃に注いで放たれた一撃は正に全身全霊と呼ばれるもの。

 

 

銀河同士の衝突にも匹敵する絶句する破壊が星系艦を走り抜けた。

 

 

ステラー級の船体に途方もない激震が走る。

シールドが砕け、装甲は剥離し、船体の基礎構造そのものに重大な痛撃が走る。

音などない宇宙の中で、怪物は確かに崩壊を感じさせる悲鳴を上げた。

 

 

 

だが。これで終わりだ。

続いて仕留める為に二撃目を放とうとする巨人の前で掘削された世界が縮む。

絨毯の様に広げられた「無」が彼女を包み込むように収束しつつある。

 

 

先ほど特異点を切り裂いた様に、指を伸ばすが触れられない。

そこには何もないというのに圧だけが巨人を襲い、空間、次元ごとこの世界から欠落していく。

確かに「無」はそこにあり、彼女を包み込み、ステラー級より引きはがされる。

 

 

 

それでも諦めず手足を振り回し、ため込んだ膨大な霊子を吐き散らし、体を崩壊させながらも女神は最上の獲物へと手を伸ばそうとする。

だが……吠える女神の動きが止まる。彼女は見た。そして見られた。

紫色の霧……不可解な要素だらけの宇宙にあっても一層理解を拒まれる瘴気の様なものが周囲をいつの間にか覆っている。

 

 

 

この世界を覆い隠す薄いながらも絶対的な膜が引きはがされ、途方もなく巨大な歯車が回りだす。

それはこの世の全ての隣にあるもの、全てを繋ぎ合わせ、結び合わせ、そして覆い隠す慈悲であり、裏側でもある。

 

 

 

シュラウド。

この宇宙においても当然存在するソレは、この宇宙膜が誕生してから150億年余り誰にも接続されたことのない域の力。

その脅威がたった今振るわれようとしている。

 

 

 

 

 

シュラウド・リンク完了。

システム準備完了。

代替消費物捕捉完了、銀河中心核暗黒天体捕捉。

 

 

対象因果指数演算終了。

代価消費絶対質量計算完了。

サイオニック増幅物資ズィロ消費。

 

 

 

因果地平追放攻撃【シュラウドの瞳】実行。

 

 

 

いつの間にか青紫色の巨大な瞳が巨人を見つめている。

女神の持つ全てのセンサーに反応しない未知の存在である。

 

 

一度、二度、瞳は瞬く。“我々はお前を見ない”と彼らは言った。

ただそれだけ。たったそれだけの動作で、巨人は自らを包む「無」諸共に消え去った。

彼らの研鑽、彼らの収集、彼らの紡いできた歴史もろともあらゆる物事の連続性が途切れ果て、終わった地へと送られたのだ。

 

 

シュラウドの奇跡を行使する代償として天の川銀河中心核の質量が1万年分ほど削られたが、些細なことである。

 

 

 

宇宙に静寂が訪れる。

あれだけの規模の破壊を打ち合っていたとは思えないほどにあっけない幕切れであり、勝利者が全てを総取りする時間の始まりだ。

 

 

この宇宙に開いた穴が修正されていくのを観測しながら、ステラー級のセンサーは先ほど千切れた巨人の右腕を捕捉する。

白亜のデブリは所々が焼け焦げ、Σクラス兵装の影響で今なお燃焼を続けているが、これだけの量があれば解析は容易である。

 

 

 

さて、始めようかと彼らは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【銀河座標・SOL】

 

 

 

コレクターの巨人の解析は我々にとって非常に大きな収穫と知見を与えるものであった。

彼らの細胞から疑似的に記録を読み取ることに成功したのだ。

 

 

まずコレクターの巨人とは何かであるが、彼らは言ってしまえば人工生命体である、それもとても効率的に戦闘、収奪に特化した形で作られた。

彼らは知的生命体のサイオニックエネルギー、つまり生命力を吸い取り巨大化し、強くなる。

 

 

惑星の文明を破壊しながら吸収し、収奪。

それらのデータを本体である母星に送ることで星々を食いつくしてきたのだろう。

我々の知見の中では、アンビデン種やスカージ種に近しい。

 

 

そして食料である知的生命体がなくなれば彼らは文字通り「餓死」することになる。

我らから見ても、兵器の使い捨てとは、これはとても面白い発想である。

巨人は非常に高度な知性を保持しており、蹂躙対象の文明の命乞いを受けて攻撃を停止したこともあるらしく、恐らくこれは反逆防止のための措置なのだろう。

 

 

さて、ここからが本題となる。

我々と交戦する直前にコレクターたちはとある星に巨人を投下していたらしくその座標を我らは手に入れた。

彼らが目を付けた、とても興味深い収奪対象はまだ健在の可能性があり、それは現在地点から見ても非常に近しい位置にある。

 

 

 

どのみち、船の修理が必要であり、別宇宙へのジャンプなども不可能な現状、その星にいくしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

【星の聖剣】

 

 

 

その惑星はすぐに見つけることができた。

ステラー級は虚数空間に潜航し、僅かな覗き穴から星々を眺めている。

 

 

生命を抱く事の出来る平均的な大きさの恒星に、複数の星を結び合わせたなんとも面白みのない星系である。

だがしかし、精神のざわめきを彼らは抑えることが出来なかった。

 

 

第六感、超直感が彼らに訴えかけてくる。

この地こそが重要な場所であり、特異点なのだと。

こんな一見すれば何も存在しない、ありふれた星が。

 

 

何だ、この星は? 

ここには何がある? 

もしかしたら、この地こそが我らの求めたものなのか? と。

 

 

ちょうどコレクターが投下した巨人と、現地の原始的な文明の戦闘が行われているのを彼らは見ていた。

彼らが倒したものと比べれば細胞一つにも満たない脆弱な巨人ではあるが

それでも文明レベル7の最低レベルの技術では打倒はまず不可能だというのがステラー級のはじき出した演算結果である。

 

 

途中までは全て計算通りであった。

現地に存在するサイオニック的な存在が何とか巨人を抑え込みつつも、巨人の性質が発揮され強化が始まれば一転して不利へと追い込まれていく。

 

 

生命が死に、星は焼けただれ、全てが終わろうとしている。

きっとこのままではこの先には何も残らないだろう。残るのはありふれた死の星だけだ。

それでは困ると彼らが救援のための艦隊及び地上軍の編成を始めようとした時にソレは現れた。

 

 

 

それはこの星の現地住民のようで、特に何か大きな力を持っているわけではなかった。

生命としての強さで言えば、先ほど巨人が打倒したサイオニック生命か、もしくは何処からか流れ着いた人型戦闘兵器の方が遥かに上だろう。

 

 

だが、彼らはこの存在から目を離せずにいた。

この存在……現地では人類と呼ばれる存在が放つ精神の煌めきは彼らの眼を釘付けにした。

精神主義であり、その手の探究では超深奥へと限りなく近づいていると自負している彼らからしても、その存在は美しい魂の煌めきを放っていた。

 

 

黄金であり、更に純化した煌めく白金色の魂の光。

 

 

いつの間にか握りしめられていたのは「剣」という四肢を持つ種族がよく扱う最も原始的な武器。

しかし、その剣は信じられないほどに膨大なサイオニックなエネルギーに満ち溢れている。

精製こそされていないが、内包するエネルギーだけならばΣシリーズに匹敵、凌駕する可能性さえある。

 

 

 

 

 

文明レベル7の種族が持つには過剰すぎる力。

いや、恒星間航行が可能になった文明でさえこれだけの力をあんな剣一本で生み出すのは難しいだろう。

どこからこれだけのエネルギーを? いや、どうやって? なぜ? なぜ? という疑問が浮かぶが、それ以上に彼らは見惚れていた。

 

 

何て、素晴らしい。

正に奇跡、正に神秘。

あの輝きこそ精神の尊き光、自分たちの正しさを証明する光だ。

 

 

知識の探究者であり、妙に面倒な言い回しをすることも多い彼らが、何の装飾もつけず、ただ一言「美しい」と呟いた。

巨人が剣とその使い手によって打倒される、たった一振り、それだけでコレクターの放った怪物は致命傷を負い、少しばかり放浪した後に動かなくなった。

使い手も同じように力なく倒れる。恐らく先の一撃で全ての生命を使い果たしたのか、もう動く事はない。

 

 

その掌から役目を終えた剣が零れ落ち、さらさらと砂の様に消えていく。

 

 

あぁ、何と勿体ないのだと彼らは思った。

我々ならばあの存在を導けたのに。もしかしたら、偉大な指導者になれたかもしれない。

あれほどの存在が、こんな辺鄙な星で終わってしまうなんて、不幸でしかないのだと。

 

 

そして何より彼らは既に決断していた。

あのコレクターを葬った剣、途方もない純粋なサイオニックエネルギー、あれらを解析し、なんとしてもモノにしてみせる。

この星の者が使ってあれなのだ、我々が手に入れれればどれだけの力を発揮できるか、想像を絶する。

 

 

 

 

───スペシャルプロジェクトが発令されました。

 

 

 

 

【神秘の探究】

 

 

かくして我々はこの星を拠点とすることが決定された。

美しい剣の所在は未だ判らず、破損したステラー級の修復、該当惑星の文化や文明の消極的観察の後に介入行動が決定された。

 

 

数千、数万年単位での長い作業になりそうだが、大変結構。

 

 

慎重に、丁寧に、この星を我々は知らなくてはならない。

全てを知り、全てを手に入れる。

そのために必要なのは不断の努力と忍耐、そしてチャンスを絶対に逃さない判断力なのだ。

 

 

 

 

 

スペシャルプロジェクトが実行に移されました。

 

 

 

SOL星系所属第三惑星における超長期的な研究が開始されました。

 

 

 




ステラリスをやっていてふと思いついたので投稿しました。
面白いと思ってもらえれば幸いです。


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神導ローマ帝国

遂にステラリスがバージョンアップし、ネクロイドが発売しましたね。
バージョンが変わるごとにMODを付け替えるのも楽しいものです。


 

【経過観察報告1】

 

 

 

我々がこの星の観察を始めて1万年以上にも及ぶ年月が続いた。

殆どの文明の発達段階は予想通りである。

彼らは前進と後退を繰り返しながら、何とか文明レベル7の域を脱しようと足掻いているが、中々にそれは上手くはいかない。

 

 

 

どうやらこの星には現地住民のサイオニック・エネルギー、現地風に言い換えれば「認識」または「信仰」とも言える精神活動を糧に生存と強大化を行う半エネルギー生命体が複数の派閥に分かれて生息しているらしく、彼らは己たちの立ち位置、つまり「神」として上位に君臨するために原住民が過度な文明社会を持つことを望んでいないらしい。

 

 

つまり、現地住民……霊長……いや、人類と称される存在たちは彼ら「神」にとっては家畜のようなものなのだ。

 

 

その家畜がいなければ今頃彼らはコレクターの巨人に蹂躙され、消滅していたというのは皮肉な話である。

 

 

ふと我々の脳内に浮かんだのは機械化帝国に占領された現地住民の姿だ。

彼らは薄暗い棺の様なポッドに押し込められ、生命力が枯れるまで生体バッテリーとして消費されていた。

形は違えど同じようなものだろう、自分たちの意思のエネルギーを搾取され、その搾取した力で神々は思うがままにふるまうのだから。

 

 

 

しかし彼らの生態はとても興味深い。

シュラウドの中に蓄積された思念の残留物が寄り集まり、一種の生命となることは確認されているが、まさか通常次元の惑星の中で同じような事が起こるとは、今までに前例がない。

この星における「信仰」という概念は非常に面白い研究課題になりそうだ。

 

 

転換点が訪れたのは我々が消極的な観察を始めてちょうど1万年目辺りだった。

大陸のとある国家に神々によって設計され生み出された王が誕生した。

とても奇妙な男であり、その生涯はレポートに記すにはここでは余白が足らないので割愛するが、彼はとても面白い存在であったと残す。

 

 

 

良くも悪くも思うがままに生きたその人物の影響により、人々は神からの自立を始め、ようやくこの星は文明という灯を手に入れたのだろう。

 

 

 

 

 

 

かの「剣」と思われるエネルギー反応を我々が捕捉したのはそこからさらに数千年後の話である。

故に入手のための準備を行うのは当然。現地の一国家を取り込み、外部からの刺激を与える事が決定された。

 

 

 

我々は自らの探究と前進を第一とする。故にかの王が示した道を評価はすれど、迎合する理由はないのだ。

 

 

 

【神による導き・神導帝国ローマ】

 

 

 

西暦5世紀後半、そこには一つの国があった。

ローマ、またの名を神導ローマ帝国と呼称される超巨大な一つの国家である。

この途方もなく巨大な国家は東西に別たれることはなく、総人口は億を超える。

 

 

ありえざる繁栄を謳歌するこの国家を人々は永遠帝国と称した。

 

 

その一つの国家として異常極まりない規模の領土は、南は地中海を基点に長く伸びる南アフリカ大陸を平らげ、東はサーサーン朝とかつて呼ばれた国家を飲み込むほどである

もしもの歴史で手を焼く事となったであろう北部の問題も、今まさに「解決」の時が来ていた。

 

 

 

200年ほど放置し続けていた厄介ごとの種であるゲルマン民族たちであるが、彼らは既に滅亡の岐路に立たされている。

凍土はいくら開拓しようとも満足な食料を産出することは叶わず、更には火山活動の活性化により生存が可能な土地そのものが急速に減少しているのだ。

更に輪をかけるように、残り少ない食料生産地域をめぐっての内紛までが始まり、その文明の寿命はもう限界であった。

 

 

彼らはゆえに大移住を決断したのだが、それもまた難航しているのが現状だ。

幾度しかけようと精強極まりないローマの防壁を破る事は叶わず、数をすり減らすだけであった彼らは、ここ1年の間にほぼすべての民族を結集した大同盟を作り上げ、ローマへと攻め入ろうと足掻いていた。

 

 

 

正真正銘、最後の足掻きである。これを逃せば彼らは殺されてしまう。ゆえに必死である。

掠れた神秘の残り香までもを動員して行われる攻撃は並の国家ならば幾度も滅んでいてもおかしくはないのだが……彼らは一言で言えば運が悪かった。

既に彼らのサンプルはとりつくされ、めぼしいものはないと判断された時点で命運は決しており、200年もの間放置されていたのは単純に「経験」をとある存在に積ませる為でしかない。

 

 

 

ローマ北方、オスニングの森と呼ばれる地で両軍は激突していた。

 

 

 

凍土の、未だ雪が色濃く残る雪原を踏み砕き、大勢のゲルマン人らが絶叫を上げながら展開されたローマ軍へと猛攻をしかけるべく突貫する。

彼は一人一人が極寒の地で生き残るべく生まれた時より生存競争を強いられた挑戦者たちであり、死を恐れぬ寡兵であった。

 

 

 

 

迎え撃つべく整然とローマの兵士たちが行進し、極めて効率的で戦術的な動きを披露する。

彼らは自らを殺しに猛るゲルマンの敵を見ても顔色一つ変えない。

徹底的に鍛錬を施され、神のため、ローマの為戦う彼らに恐れはないのだ。

 

 

ローマ軍が行ったのはとても基礎的な戦術行動である。

前線を重武装の兵士たちで固め、その後方で急ごしらえで作られた陣地に遠距離攻撃要因を配備し、接近前に勢いを削ぎ、残った生き残りを刈り取るというシンプルな手だ。

 

 

 

まずはロリカ・スクアマタを着込みボウガン、またはロングボウで武装した弓兵たちがその技量を惜しみなく発揮する。

ボウガンが的確に一人ずつ突撃を行う蛮族を始末し、その連射の隙をロングボウ部隊が無尽蔵に供給される矢によって的確につぶしていく。

蒼天の空を膨大な矢が覆いつくし、それらの一斉掃射が終わった後に残ったのは突撃部隊の3割近い数を失ったゲルマン人たちだけである。

 

 

もはや後退は叶わない彼らは捨て鉢でローマの防衛線に挑みかかるが、強固に揃えられた盾に勢いの全てを完全に押し殺される。

無様にも跳ね返された彼らの首はあっけない程に簡単に宙を舞う。

 

 

 

 

しかして、彼らは笑っていた。

この程度か、と。

軍における、捨て駒の役割、威力偵察の任を任されるものなど所詮はその程度のものしかいないのだ。

 

 

何なら殺してもらえたほうが幸いである。

無駄な食料を消費しなくて済むのだから。

 

 

彼らの陣の奥深くに潜み、未だ尊き血筋を維持した者らは幾つかの言語を唱えた。

源流を遡れば、何処かに巨人の血を宿した彼らは怪物たちに簡単ではあるが、指示を下すことができる。

 

 

 

森の木々をなぎ倒し、巨大な影が幾つも現れる。

かつてハンニバル・バルカやタレントゥムも使用した戦象を彷彿とさせる巨影だが、これらはアレらよりも更に大きく、何より二足歩行である。

即ち、巨人である。今や衰退し、世界の「表」舞台からは姿を殆ど消しつつある神秘の残り香たち。

 

 

並の成人男性の十倍以上はあるそれらがのっそりとした動作で森の中から次々と顔を覗かせだす。

灰色の死んだような表皮はまるで岩の様に堅固であり、あの巨木の様な腕が一度振り払われれば砦でさえ何の役にもたたないだろう。

 

 

 

僅かながらにローマ軍に緊張が走った。

今まで何処かにあった、自らは絶対に勝利を約束されているという安心感が揺らぐ。

彼らは死を恐れないが、敗北と不名誉を恐れる。

ほんの僅かでも敗北という文字が頭をよぎれば、それは己の栄誉ではなく偉大なる祖国に傷がつくと考えてしまう。

 

 

だが、そのようなちっぽけな臆病風は一人の人物がローマの陣営から堂々とした足取りで歩を進める様を皆が見れば消えてしまう。

戦場の最中だというのに兜も盾ももたないその人物、その男は巨大で武骨な刀剣を一本だけ携えて悠々と敵陣へと進んでいく。

 

 

獣のごとき凶暴性と刀剣を想起させる冷たさを宿した男であった。

真っ赤な戦火を宿したような髪をし、鍛え上げられた、という言葉だけでは足りない芸術的な肉体を持つ男でもある。

 

 

 

矢が射かけられる。

しかし、男は意にも介さず進む。払う、守る、避ける動作さえしなかった。

目に見えないが、確かにそこにある不思議な、魔術とも違う力が彼を包み込み全ての矢は「当たらない」という事実だけが世界に浮かび上がってくる。

 

 

 

男と進軍する巨人たちとの距離が縮む。

巨人の一歩は男の10歩以上に相当するゆえに、傍目が思うよりも早く両者の距離は0となった。

怪物が技巧も何もなく手に持った巨大な鉈の様な大質量を男へと振り下ろす、それさえも男は避けない。

 

 

そして───。

おぉっと歓声があがった。

固唾をのんで見守っていたローマの民たちは目を輝かせながらその光景を見ていた。

対してゲルマンの軍は忌々しい怪物を睨むように眺めている。

 

 

 

巨人の一撃を男は片手で軽々と受け止めている。

綿でも握りしめているかの如く顔色一つ変えずつまらなさそうに鼻を鳴らし、一言。

 

 

「つまらん。貴様らはローマの敵に値しない」

 

 

“軽く”力を込めて鉈を持ち上げれば、その単純な動作だけで巨人は大きく空へと跳ね上がった。

木の葉の様に巨人は蒼天へと吹き飛び、轟音を立てて森の遥か彼方に落下し、地響きだけが残る。

ひぃ、ふぅ、と男は森の中から次々と現れる巨人、ゲルマン、獣を眺め、数え、落胆したようにため息をつく。

 

 

全くもって興味に値しない。興奮できない。栄誉にも届かないと。

 

 

「ローマの威光に惹かれた虫ども。

 ならば相応しい末路をくれてやろう。この俺の手で」

 

 

そして一方的な虐殺劇が始まる。

戦いとさえ呼べぬ、どうしようもなく不可逆な殺戮の連続が。

故に特に記す必要などないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【“神祖クィリヌス”】

 

 

たった一人の男により完全崩壊したゲルマン人をローマの軍勢が追いかけまわし、駆除して回っている間にそれを成した男は本陣へと帰還していた。

陣営の奥深く、急ごしらえで作られた無人の玉座の間に戻った彼は座には座らず、むしろ臣下の様に膝をつき頭を垂らす。

すると、部屋の空気が一瞬だけ震え、いつの間にやら一人の男がそこにはいた。

 

 

異質な男であった。

ローマどころか、この世界の存在とは思えない、奇妙な存在感を発する人物である。

老齢の域に差し掛かった顔には深い皺が刻まれ、しっかりと手入れされセットされた髪にも所々に白髪が混ざっている。

それだけ見ればこの人物の余命はそれほど長くはないと伺わせるというのに、この男は何百年も前から全く外見を変わらせず、これ以上老けることはない。

 

 

 

まるで姿かたちを固定された人形のようである。

そして老人とは思えないほどにまっすぐな背筋は顔さえ除けば全盛期の若者の様な活力を感じさせ、圧倒的な生命力を他者へと伝播させた。

元老院の上層部のみが着込むことを許される所々に金で刺繍が施されたローブの上に、更に純白のマントを羽織った彼はただそこにいるだけで多くの人々の心を震わせるナニカを持っていた。

 

 

 

カツンとブーツで石畳を叩き、男はそれが当然の様に玉座に腰を下ろし、赤髪の男を遥か高みから見下ろした。

そして口を開き、外見相応の年季と経験、そして知性を孕んだ深い声で彼は言った。

 

 

 

「報告を聞こうか。ルキウス」

 

 

 

彼こそ永遠帝国、神導ローマ帝国に君臨する神。

ウラキ・ガンヴィウス=クィリヌスである。

建国より千年近く生き続け、皇帝という地位さえ彼にとっては自らの補佐官でしかない。

事実上のローマの支配者であり神代が終わってもなお君臨し続ける絶対の神であった。

 

 

 

答えるのは次期皇帝と目されるルキウス・ヒベリウス。

戦場における苛烈さは息を潜め冷静な従者として彼はふるまった。

 

 

「ゲルマンの軍勢は崩壊。

 此度の一戦は小さな戦いでしたが

 こちらの強大さは奴らの全ての部族に瞬く間に広がるでしょう」

 

 

「大多数は降参に応じると考えるか?」

 

 

ガンヴィウスのどこか試すような口調にルキウスはいいえと頭を振った。

 

 

「まだ足りません。最低でもあと1回は戦う必要があるかと。

 その時こそ徹底的に心を折ります。

 奴らの過半数を消し去り、残る者らには永遠に消えない傷を残す。

 二度とローマに逆らえない様に」

 

 

 

よろしい、とガンヴィウスは満足気に頷き玉座より立ち上がる。

彼はルキウスの眼前に立つと彼に手を差し伸べた。

 

 

 

「大変結構。その調子で励む様に」

 

 

ルキウスの手を取り立たせると、二人は揃って歩き出す。

 

 

「まさかこちらに神祖が御自らいらっしゃるとは」

 

 

「気になる報告が幾つかあった。

 何やら夜間の警備兵たちが見回りから帰ってこない事件が多発しているらしいな」

 

 

脱走、とは少し毛色の違う報告である。

確かに奇怪な事件ではあるが、神祖が自ら出張るにはあまりにもちっぽけな件にも思えた。

ゲルマンの工作活動とも違う。いや、そもそもこの事件はローマとゲルマンの戦争とはまた別問題であるとガンヴィウスは考えている。

 

 

血痕。食い荒らされた後。おぞましい徘徊者たち。

 

 

 

「我々の手の者を何名か送ったが全て行方不明。

 恐らくどれだけの人材を投入しても時間と人の無駄遣いになるだろう」

 

 

「私が対処に当たると?」

 

 

 

いいやとガンヴィウスは頭を振った。

 

 

「お前はゲルマンとの戦に集中しろ。

 そして来る試練の時に備えよ。

 あのような蛮族とは比べ物にならない巨大な力がお前の前に立ちふさがる時は近い。

 それを乗り越えて初めてお前が皇帝を名乗ることを許そう」

 

 

「準備は出来ています。失望はさせません」

 

 

 

よろしいとガンヴィウスは答え、これ以上話すことはないと彼はルキウスに背を向けた。

その背を見送る彼の眼に炎のような野心があることを彼は知っていたが、全ては些事である。

 

 

 

 

 

 

【デミ・ネクロイド 前兆】

 

 

永遠帝国の兵士たちは常識レベルで軍規を叩き込まれ、どのような小さな異変であっても必ず報告することが義務となっているゆえに、この件を我々が気が付くのは素早かった。

始まりは一人の兵士が夜半の警備中に行方不明となった報告から始まる。

この兵士は陣地の外周を警備するコースを担当していたのだが月の明かりもない深夜に突如として行方を眩ませた。

 

 

脱走か? などとは誰も思わなかった。

なぜならこの帝国に置いて兵役とは一種の精鋭の証であり、それに見合った報酬も十分に支払われているからだ。

豊富かつ美味な食事。20代の若者を例として挙げるならば同年齢の数倍の給与、負荷をかけすぎないように計算されたシフト、そして手厚い福利厚生と引退後の転職支援サービス。

更には怪我などを負ったとしてもすぐに現地の拠点に設置された簡易的な細胞活性化センターによって復元されるため欠損を恐れる必要もない。

 

 

このような条件で逃げ出す者はおらず、更には前提レベルで刷り込まれた愛国心と神への信仰も重なり、逃走はまずありえない。

複数の探索部隊が派遣され、見つかったのは夥しい血痕のみ。

原始文明の者らには理解できないだろうが、我々による血液鑑定によればその血は間違いなく行方不明となった兵士のものであり、現場に付着した量は失血死する程である。

 

 

だが、死体だけは見つからなかった。

獣が食べたのならば骨や肉片、毛などは残るはずだというのに、綺麗に痕跡一つ残っていない。

 

 

 

 

次に消えたのは3人1組で行動していた分隊である。

誰かが消えたのではなく、分隊が丸ごと消失したのだ。

同じように残されたのは夥しい血痕だけであり、死体などは相変わらず見つかることはなかった。

 

 

その後も複数回同じような事件は発生し、今に至る。

対策の為、情報収集と戦闘を行えるだけの能力を持ったエージェントを任命し派遣したのだが、これもすべて消えた。

 

 

 

緘口令が敷かれ、この話題に触れることは禁忌となったローマ軍の間では、僅かな恐怖が根を張り始めている。

この問題に対策し、謎を解きあかし、二度と同じような事を起こさない必要がある。

当然、我々はエージェントの失踪を予期しており、彼らには小型のビーコンを埋め込んでいるため、今彼らがどうなっているかを遠隔から把握することが出来る。

 

 

 

心拍数 0 現状、我々のエージェントは心停止の状態であり、医学的には「死亡」状態である。

 

 

脳波  0 現状、我々のエージェントの頭脳は活動しておらず「脳死」状態である。

 

 

 

現在位置 移動中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜半、一人玉座に腰かけたガンヴィウスこと彼らは空間に投影された画面を興味深そうに眺めていた。

三次元的に表現された地図であり、その中には幾つかの赤い光が点滅しながら移動している。

白の混ざった手入れの行き届いた髭を指でなぞりながら頭を傾げて笑う。

この星は何度も何度も新鮮な研究対象を提供してくれて、本当に素晴らしいと。

 

 

当然の話ではあるが、ウラキ・ガンヴィウス=クィリヌスとは「彼ら」である。

 

 

人類が抱く優れた統治者の容姿、声などのイメージを分析され設計を施されたこの肉体端末は非常なウルトラハイエンド仕様であり、大本である「彼ら」が行使する超大極まりないサイオニックパワーを惑星上に出力するのに十分な性能と、この星のどのような生命体と交戦しようと問題なく勝利できる戦闘能力を兼ね備えていた。

 

 

いざとなった場合の地上軍の降下ポイントビーコン、または艦隊の出力地点としても機能が可能である。

 

 

 

かの「剣」に似た反応を検知し、現地への直接的介入を決定した彼らが最初に行ったのはこの星で活動するにあたって便利な勢力づくりである。

この課題はすぐに達成することができた。

ちょうどよく未来性を感じさせる国家、建国当初のローマを見つけた彼らはその建国者を嵐の最中に「掃除」し成り代わる形で君臨することとなった。

 

 

後は簡単である。

この手の潜入工作は幾度も行ったことがあり、マニュアル化されているのだ。

手に入れた国家の文明レベルを7から6へと近づけてやれば、それだけで周囲とは圧倒的な格差が発生し、残るのはただ領土を広げるだけの作業だった。

 

 

蒸気機関技術。

遺伝子改良された栄養豊富にして枯れず、手間もかからず、直ぐに刈り取れる農作物。

羅針盤と正確な海図。

岩盤の下まで掘り進められる掘削機。

限定的な惑星改造による砂漠地帯の開発。

海水を淡水へと変換し作られた河。

無償で提供されるワクチンと予防接種。

 

 

 

たったこれだけの、彼らからしてみれば雀の涙にも劣る投資により神導ローマ帝国は今やこの星で最も優れた国家へと至っている。

 

 

 

「死者が動く……ネクロイドに似ているが……はて」

 

 

 

玉座に腰かけながらガンヴィウスは超能力を行使する。

シュラウドに深く強く接続され、更には集団自我と化した「彼ら」の力を絶え間なく受け取るこの存在は信じられないほどに絶大な力を誇る超能力者なのだ。

この世界では魔術と称される力に近いが決定的に違うソレは力を発揮し、彼の視界の一部は空間モニター上で点滅している赤点の持ち主……死んでいるはずのエージェントたちの元へと飛ぶ。

 

 

 

千里眼と形容されるであろう力を行使した彼は目に飛び込んできた光景を見てもやはりというべきか顔色一つ変えなかった。

真っ赤な手に、こびりついた肉片。濁った視界に、荒い鼻息。動きに知性はなく、反射的で本能的な行動を繰り返しているだけ。

感じるのは絶え間ない激しい飢え。まるでかつて滅ぼしたカバリ貪食群の様な、途方もない食欲の暴走だなとガンヴィウスは評価する。

 

 

サイオニックな観点から見れば、このエージェントはやはりもう中身はない。

きざな言い回しになるが、魂は既に抜け落ち、肉体だけが動いている。

そしてその肉体には彼らが当初予想していた寄生体ネクロファージは存在せず、彼らはネクロイドとは呼べない。

 

 

 

だが、とガンヴィウスは目を凝らしてこの存在を注視する。

 

 

「新しい頭脳体が形作られているな……」

 

 

空っぽになった本人の魂の代わりに新しい霊的な人格が再形成されかけているのを彼らは見た。

まだまだ受精卵程度であるが、もしもこれがうまく大きくなれば数年もしたら新しい人格をこの存在は宿すだろう。

更に言うならば、ガンヴィウスはこの存在が更に大きなナニカに接続され、ひっきりなしにサイオニックエネルギーを搾取されていることにも気が付いた。

 

 

真社会性生物染みた構造。つまるところ、この存在は働きアリであり、女王はほかにいる。

玉座よりガンヴィウスは立ち上がり、モニターを操作し虚数の奥深くに身を潜めるステラー級へと幾つかの要望を送った後に小型のゲートウェイを展開させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【懐かしきガンヴィウス】

 

 

ローマ軍の陣営より大きく離れた森の中で戦いが起こっていた。

荒い吐息を撒き散らし、死臭を振りまきながら死体たちは動きまわり、何とか自らに迫りくる滅びから回避しようと足掻いていた。

彼らの人間に比べてとても素晴らしい反射神経や肉体的な頑強さは光速で飛来し、当たればすぐさま分子崩壊を引き起こすプラズマエネルギーの前には何の意味もなかった。

 

 

残念ながら秒速27万キロの速度を彼らは見切る事が出来ないのだ。

また一人、また一人と正確な偏差射撃の前に倒れ、全身を青白い光に包まれてからサラサラとした砂へと変えていく。

彼らが小型の携帯型エネルギーシールドを持ち合わせていればこうはならなかったのだろうが、残念ながら彼らにあるのはたんぱく質の脆弱な肉体だけなのだ。

 

 

彼らを追い詰めるのはプロメシアンと呼ばれる二足歩行の戦闘ドローンである。

4mほどの身長と1トンを超える質量を持ち、4本の腕をそれぞれ旧式のエネルギー兵装で武装したコレらは「彼ら」が比較的よく使役する戦闘マシーンである。

今回の調査に対して3ユニットほどがステラー級より転移させられ、この動く死体たちに対処する任を与えられていた。

 

 

どのようなウィルスや細菌がこの死体たちに作用しているかも不明な現状、有機的な感染が起こらないロボットを投入するのは当然と言える。

金属の体に飛びついた死体たちが爪を突き立てもがこうと、特殊な加工金属は表面に傷一つ付けることは叶わず、指先がボロボロと崩れてしまう。

 

 

腕一本でプロメシアンは死体を引きはがし、彼らの細胞や血液のサンプルを回収した後に残りの三本の腕からプラズマが炎のように放射され、この哀れな死にぞこないを消毒。

交戦開始よりものの数分も立たずに殲滅は終了した。

戦闘の終了を見計らい空間が揺れ、ガンヴィウスが姿を現せばプロメシアン達は周囲の警戒、および護衛状態に入り彼の周りを囲む。

 

 

 

周囲に飛び散った肉片と血液からは寄生虫、細菌、ウィルスの反応はなし。

同時に解析したサンプルからもその手の反応はなし。

 

 

 

ガンヴィウスが手を翳せば切断され、焼け残った死体の一部が彼の前に引き寄せられ滞空する。

彼の、彼らの眼を用いてサイオニック関連の視点から直接観察を開始。

やはりというべきか、不可視の因果的な「糸」が伸びており、その向こう側にいるであろう女王に絶えずエネルギーを奪われ続けている。

 

 

力を集めてその「糸」を掴み、辿っていけば直感的に頭の中に幾つかの座標が浮かび上がった。

恐らく、これらの母体はその座標にいるか、または何らかの次の手がかりを得られるだろう。

 

 

 

 

ふと、何らかの視線を感じてガンヴィウスが空を見上げれば美しい月夜を背景にいつの間にやら空を鳥……カラスの群れがぐるぐると周回している。

やがて鳥の群れは一点へと収束し、繭の様に寄り集まる。

再び群れが散開すれば、カラスの群れが集結していた空間には人影が浮かんでいた。

 

 

人と同じような四肢を持っているのだが、異常なまでに細い、まるで骨に最低限の肉だけがくっついてるようだった。

腕は途中から鳥類の様に黒い翼へと変わっており、翼爪の在るところに人としての手がある。

何より、この存在は顔、頭の形が違う。人の猿人類から進化してきたとされる顔ではなく、鳥類、正確には真っ白なカラスのそれが座していた。

 

 

 

 

常人ならば化け物だと叫ぶ異形であったが、彼らの中に浮かんだ感情は望郷と哀愁だった。

とても懐かしい姿である、今使っている名前の由来であるガンヴィウス帝国を支配していた種族の姿はちょうどこんな鳥人類であった。

彼らとはとてもいい関係を築けた。切磋琢磨しあい、技術と知識を競い合い、最終的には滅ぼして併合した。

 

 

始めて惑星浄化装置コロッサスを用いたのもあの時であったっけと。

輝かしい黄金時代を思い返し、彼らは非常に高揚した。

 

 

「こんばんわ。散歩かね?」

 

 

ガンヴィウスは浮かび上がる上機嫌を隠そうともせず、道端で古い友人と出会った時の様な親愛を込めてこの鳥人へと呼びかけた。

すると、鳥人は一瞬だけ驚愕したのか身を震わせガンヴィウスを見つめ、すぐに地面へと降りてくる。

鳥人の口からは見た目からは想像できないほどに流暢で、貴族とも思える優雅な声音が出た。

 

 

「いやいやこれは。ご丁寧に。

 殆どの者は私のこの姿を見れば逃げ出すのだがね。

どうやら貴公はこの姿の優雅を理解できると見た」

 

 

「何、かつての我々の友に同じような姿の者たちがいたのだ。

 彼らはとても賢く、正に賢者と言える存在だった。

 どうやら貴方も彼らの同類のようだな」

 

 

 

ほぉうと鳥人はガンヴィウスを見つめ、手を叩く。

元より彼は今の姿を醜いとは欠片も思っておらず、むしろ素晴らしいものだと心底思う感性の持ち主である。

そんな彼がおべっかや社交上のものではなく純粋に自らの姿を称賛されて愉快にならないわけがなかった。

 

 

 

「私はグランスルグ・ブラックモアと呼ばれる者。

 此度は我が主よりとある調査を任されこちらを通った」

 

 

「それはコレのことかな?」

 

 

ガンヴィウスが残った死者の腕を見せればグランスルグは頷いた。

彼は暫し考え込んだ後、意を決したのか口を開く。

 

 

「それらはグールと呼ばれ、親である死徒に血液を供給するために作り出された奉仕種族だ。

 放っておけば多くの血肉を食らい、独立し、自分が死徒へと変貌する。

……少しばかり毛色は違うが、かくいう私も死徒である」

 

 

「興味深い。

 その言い方を鑑みるに、死徒という存在に至る道は一つではないということか」

 

 

特に反論することもなくグランスルグは頷く。

ガンヴィウスもまた、非常に複数の演算を繰り返しながら情報を選んで喋った。

 

 

「失礼、まだ名乗ってなかった。私の名前はガンヴィウス。

 他者より少しだけ探究心の強い男だ。

 私もこの存在……死徒とグールに興味が湧いてきた所でね……そこで提案なのだが」

 

 

 

にこりとガンヴィウスは微笑んだ。

威厳ある老人と少年の様な熱意がまじりあった、人の姿に興味のないグランスルグから見ても魅力的な笑顔だった。

 

 

 

「君の調査、私にも協力させてくれないか?

 我々の知識と技術は間違いなく貴方の役に立ち、時間を大幅に短縮させられるだろう。

 報酬は、今回の調査で得られるであろう死徒とグールについての知見さえあれば十分だ」

 

 

黒い翼の怪物はちらりとガンヴィウスの周囲に控えるプロメシアン達を見る。

全く未知の技術で作られた異質な存在はこの男の言葉が正しいという確信を彼に与えるのに十分すぎるほどの存在感を放っていた。

なりたてとはいえ、ルーツを辿ればとても雑種とはいえないグールたちを一方的に殲滅した力は戦力しては及第点である。

 

 

何より出会って少ししか経ってないというのに、彼はこの男を気に入り始めており

更には主より賜った任が少しでも早く解決するのならばそれに越したことはないという事実も彼の決断を後押しした。

 

 

 

「……承諾した」

 

 

 

暫し熟考した後、黒翼は承諾するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

【共同調査】

 

 

 

我々は現地の友好的な死徒、グランスルグ・ブラックモアと共同で作業をすることとなった。

どうやら今回の騒動で発覚した死徒という存在の大本を辿ればそれは彼の主が実験的に作成した奉仕種族たちであったらしい。

しかしある日完全に制御され、服従していたハズの死徒たちが突如として暴走、脱走したそうだ。

 

 

彼の主にとっては戦力的にも死徒がいくら消えようと問題はないとのことだが、それでも裏切り、制御から外れたという事実は消えず、その本質的な調査および脱走した存在の排除をブラックモアは命じられたと本人は語っている。

それでも裏切り、制御から外れたという事実は消えず、その本質的な調査および脱走した存在の排除をブラックモアは命じられたと本人は語っている。

 

 

もちろん我々はグランスルグ・ブラックモアが全てを語ったとは思ってはいないし、向こうも我々を完全には信頼してはいないだろう。

まだ何か一つか二つ、調査を進めていく上で新しい事実が出てくるのは間違いない。

 

 

我々は死徒についての知見と理解を深めるため、新しいスペシャルプロジェクトを用意した。

これはグランスルグ・ブラックモアとの作業が進むにつれ、進展していくだろう。

 

 

 

 

 

 

スペシャルプロジェクト【大脱走】が開始されました。




ローマ絶賛魔改造中。

文明レベル6(産業革命時代)に片足を突っ込んでいます。
統治形態は「神による支配」です。



さくさくとこのまま進んでいきたいですね。


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前哨戦

全方位を敵に回していくスタイル。



 

【経過観察報告2】

 

 

我々のセンサーにソレが映ったのは観察開始より約7000年ほどが経過した時であった。

FTL機関などは搭載されていないであろうその物体は外宇宙という程遠くはない、このSOL星系の外縁部を取り囲むアステロイドフィールドから飛来してきたようだ。

それにはジャンプライブなどが生成する特異点および空間の裂け目なども確認できない以上、別銀河からのジャンプやハイパーレーンを通ってきたとは考えられない。

 

 

 

スラスターの類も存在しないそれは知性型AIが操縦する戦闘艦の様な無機質かつ効率的な軌道を描き、大陸の一つへと落下。

そのまま形成したクレーターの奥地に潜り込み動かないソレに対して我々は消極的観察を行っている。

今最も大事なのは「剣」の探究であり、このようなありふれたアノマリーに割く余力は我々にはないのだから。

 

 

 

 

 

【親子】

 

 

ルキウス・ヒベリウスは期待以上の性能を発揮している。

我々にとってこれは素晴らしい予想外であった。

「剣」が発見され、その所有者が現れることが予見されてから我々にはこのローマを効率的に運営し、かの島国──ブリテンへと刺激を与えるための存在が必要とされた。

 

 

必要だったのだ。

強く、カリスマにあふれ、絵に描いたような野心を持ち合わせたブリテンにとっての宿敵が。

剣の力を完全に発揮させるには、やはりかつてのコレクターを葬った時の様な戦場が何かと都合がよい。

 

 

我々が見たいのはあの時の黄金の輝きである。

ブリテンに忍ばせている観察ドローンから何度か送られてきた映像に映る破壊力は、あの時とは悪い意味で雲泥の差だ。

恐らく剣に備え付けられているであろうリミッターを解除した本来の力を吟味するには、まず基点となる抑えられた状態の剣の力がどのようなモノかを知る必要もあると考える。

 

 

我々はあの剣の拘束を解く方法を知る必要がある。

その為には持ち主を痛めつけ、生命活動を限界まで追い込む方法が一番であろう。

噂に聞く剣と双璧を成す「鞘」の効力によって所有者は不死身に近い生命力と頑強な防御力を併せ持つとされており、それらを全て撃ち抜くだけの戦闘力を持った存在が必要とされた。

 

 

 

それがルキウス・ヒベリウス。

我々の現状この星における最高傑作である。

 

 

 

ルキウスには肉親はいない。

いや、そもそも彼は母親の子宮を経て生まれたわけではない。

無機質な人工子宮によって適切に栄養を調整され、誕生したのが彼である。

 

 

この星の人類の血液をサンプルとし、生命情報を解析した我々は考えうるあらゆる有力な要素を混ぜ込み、奇跡的なバランスの元彼を製作し、育て上げた。

多くの戦いを経て成長した彼は今や我々の求める数値を満たすだけの性能を発揮しており、来る戦いに備えている。

 

 

だが我々とて無情ではない。

我らが遥か高みに昇天した際、付き従った者らを置き去りにして捨てることなどはしない。

この星から得られた知見に対しての見返りとして、FTL技術を下賜し、この星は我々のこの宇宙における全く新しい最重要拠点になる。

 

 

SOL3は最終的に一つの国家、永遠帝国の元に統合され、その頂点にルキウスは立つ。

ゆくゆくは身を引くであろう我らにとって代わり、二代目の神祖として君臨してもらうつもりである。

 

 

 

 

 

 

 

日が落ちてなお首都ローマは活気にあふれていた。

いたるところに10階建てどころか、20階建てにも迫る建築物が立ち並び、音楽は止まらず、遠くからは蒸気機関によって走る列車の汽笛が聞こえる。

東西南北のあらゆる重要拠点、都市を結ぶ蒸気列車は膨大な量の各種資源をローマへと運び、そしてそれと同じくらいの資源を各地へと送り届けることができた。

 

 

 

そしてローマの中央に座する巨大な神殿、通称「クィリヌスの御座」の一室ではガンヴィウスとルキウスが会食をしていた。

とてつもなく長いテーブルに向かい合って座る二人の間には次々と料理が運び込まれ、黙々と二人はそれらを口に運んでいる。

 

 

 

「ゲルマンたちの平定は終わったようだが、新たな問題が発生したらしいな」

 

 

一通り食事を終えたガンヴィウスが口を開けば、ルキウスも同じく口元を拭い頷く。

もちろん神祖である彼は全てを把握しており、無駄な隠し事など何の意味もないことを理解していた彼はあるがままを話す。

 

 

 

「かの蛮族どもが本来ありえない大同盟を組んでまで

 ローマに攻め入ろうとしたか判明しました。

 奴らは逃げていたのです、東からくる災いから」

 

 

既にゲルマンとの闘いは終わった。

彼が宣言した通り、二度目の戦いにおいてローマは完膚なきまでに勝利し

ゲルマン大同盟は崩壊。

 

散り散りになった彼らはしらみつぶしにされ、捕虜は新しい戦力としてローマに組み込まれつつある。

だが、戦争はまだ終わらない。

 

 

 

「旧サーサン朝領の東において正体不明の兵士を見かける報告は得ている。

 間違いなくソレらだろうな」

 

 

 

くくくと喉を鳴らしてガンヴィウスは笑った。

元よりこの小さな惑星の全ての国土、人口分布、勢力図などを把握しきっている「彼ら」にとっては判り切っていたことだが、ルキウスにとっては途方もない謎の敵に見えただろう。

突然変異、もしくは過去からの忌むべき置き土産か。

 

 

繁栄を極めた文明への揺り返しが現れたのだ。

来るは破壊の大王。

乗り越えられなければ残念だが、大陸一つを砕くレベルの軌道爆撃を必要とするかもしれない。

 

 

 

「さて、試練の時だ。

 ゲルマンという前座は消え、次なる敵が現れた。

 ───アッティラ率いるフン帝国。見事これを打倒し、皇帝を名乗るがいい」

 

 

「仰せのままに神祖よ」

 

 

深く頭を垂らすルキウスを前に、ガンヴィウスは立ち上がり、歩き出す。

背後に同じようについてくる彼を横目に神祖はバルコニーに足を運び、ローマの街並みを見下ろす。

いたるところに掲げられた灯はこの街を眠らせることはなく、街を歩く人々の総数は1000万にも及ぶ、現状惑星最大の都市である。

 

 

地には蒸気機関車。ローマ各地の距離を大幅に詰めた贈り物。

海洋にはもう間もなく蒸気機関を搭載した船が就航を予定された世界。

あと10年か20年もすれば帆船は消え去り、タービン仕掛けで動く鋼鉄の船が地中海を埋め尽くすことだろう。

 

 

同じように蒸気機関の配布が終了次第、軍にも手が入る予定だ。

火薬の配布、大砲の設計、原始的な「銃」の解禁など。

 

 

 

全てガンヴィウスが与えたものだ。

彼にとっては化石にも等しい玩具だったが、この世界にとっては遥か彼方の未来であったはずだった。

 

地に増え、都市を作り、そしてクィリヌスという絶対の神に庇護されし人々。

本来積み重ねるはずの道程を千年以上省略し作られた国は、それでも笑顔と活気にあふれていた。

 

 

 

「そういえば今まで聞いた事がなかったな」

 

 

背後に控えるルキウスにガンヴィウスは問う。

いつもとは違う調子の声にルキウスが頭を傾げた。

 

 

「お前は間もなく皇帝になる男だ。

 これからこの国を私と共に導くことになる者。

 お前はこのローマをどう思っている? どう導く? 正直に話すんだ」

 

 

一瞬だけルキウスの体が強張るが、彼はすぐに佇まいを正せば堂々と常日頃より思っていたことを口にした。

 

 

「……ありえざる繁栄を遂げていると思っております。

 地上に残りし神であらせられる貴方様のお導きの元

 最も効率よく進歩を遂げ、今やこの世を平らげるのも時間の問題でしょう」

 

 

彼の言葉は続き、ガンヴィウスは黙して促した。

 

 

「……そうです、あり得ざるなのです。

 貴方様の愛は、我々には大きすぎる。

 貴方様のお導きは、我々が“間違う”事さえお許しにならない」

 

 

 

ルキウスはガンヴィウスの隣を通り過ぎ、バルコニーより広がるローマ全てを睨みつけながら言った。

彼にとってこの光景は美しい故郷であると同時に忌々しい甘えの象徴でもあった。

ローマは、本当の意味で自分の力で戦ったことはない。

 

 

ガンヴィウスはローマの脅威の全てを軽々と排除してきた。

カルタゴの将がアルプス越えを目論めば、その山諸共空より落ちた光の柱で消し去り、剣闘士が反乱を起こせば、それらは半時も経たずに殲滅された。

相応しいと判断される人材がいなければ皇帝は生まれず、暗愚なものが統治につくこともなく政治的な駆け引きもこの国では一切おこらず、常に最高効率で政は回っている。

 

 

 

食料は無尽蔵に配布され、病はその前兆の段階で抹消され

気候さえも操作されている。

その結果、ローマの民は自分たちが無敵だと思ってさえいる節がある。

彼はそんな現状がイラついて仕方ない。

 

 

 

「地を結ぶ鋼鉄の道路。

 いかなる大波にも負けぬ蒸気の船!

 そして、それらを与えられて当然だと思う民たち!!」

 

 

ルキウスの声は際限なく大きくなっていく。

彼の声にはどうしようもない怒りが宿っていた。

 

 

「誰も彼もだ。

 今の繁栄に疑問を抱いていない! 

 もしも──神祖が天上にお帰りになられたら

 我らはどうなるのかさえ考えていない!」

 

 

 

ガンヴィウスとルキウス、いつの間にか二人の支配者は真っ向から見つめ合っていた。

 

  

 

「俺たちはこのままでは永遠に貴方の愛玩動物のままだ。

 だからどうか、俺が皇帝に至った時は───我々に一度でもいい。

 自分たちの意思で進ませて下さらないか」

 

 

 

「私は、お前が思うより多くを見てきた。

 時には何が在ろうと手を貸さず、文明の行く先を見ていたこともある。

 その結果、お前たちの発展には幾つかの壁があることを我々は知った」

 

 

ガンヴィウスは遠くを眺める。

彼の、彼らの中に思い浮かぶのは、数多くあった「惜しい」所までいった種族たち。

原始を超え、ルネサンスを通り過ぎ、蒸気を超えて、原子力を手に入れ、空に向かって手を伸ばそうとして失敗した者たちだった。

 

 

「もう少しだけ先に最も大きな壁がある。

 お前たちが太陽の力を手に入れた時

 必ずと言っていい程最初に作るのは破壊の力だ。

 ニュークリア・ウェッポン。

 想像してみろ、このローマを一撃で吹き飛ばす巨大な魔術式を。

 そんなものが数万と作られ、憎い相手に向けあう世界を」

 

 

ガンヴィウスは、いや「彼ら」は顔を顰めた。

もう少しで届くはずだった手がすり抜ける感覚は好きではない。

 

 

「たった一度の過ちで全てが消えてなくなるかもしれない。

 それは許容できない。だが、お前の語る懸念も判る」

 

 

 

無駄なことはこの世には存在しないと彼らは思っている。

享楽的で快楽的なものであれ、それが精神の、心の動きから生じたものである以上、何かしらの変化を世界に刻むのだと。

そして自分たちの啓蒙と教化によってこの世界の本来あるはずだった可能性を圧迫し、生まれるはずだった芽を摘んでいることも彼らは自覚していた。

 

 

「お前が皇帝になれたならば、改めて問答を交わすとしよう。

 今はアッティラとの戦いに備えるのだ、息子よ」

 

 

 

「感謝します、父上。……必ずや、俺は皇帝になります。

 そして、貴方からこのローマを巣立たせて見せましょう」

 

 

決意を新たにしたルキウスに返されたのは、大変結構、といういつも通りのガンヴィウスの口癖であった。

 

 

 

 

 

 

 

【死徒研究調査】

 

 

 

ローマの中心であるクィリヌスの御座の地下には広大な空間がある事を知っているものは多くはない。

巨大な高層建築物が基礎構造として地盤に釘を撃ち込むがごとく、その真下に垂直に穴が開いているのだ。

その最下層、岩盤を砕き到達した最高深度は1キロにも及ぶ深奥には一つの構造物が安置されていた。

 

 

10m程度の輝く多面体を主とし、周囲を青紫色のエネルギーオーラで覆われたソレの名前はシュラウド・コンデンサーと言った。

くるくるとコンデンサーの中央パーツが乱回転するたびにシュラウドより引っ張り出されたサイオニック・エネルギーは幾つかの過程を経てからこの星で最も適した形へと加工される。

不純物をろ過したそれの名前は「彼ら」がこの星を発見した際、この星の大気に満ちていた高濃度のサイオニック・エネルギー、即ちエーテルと呼ばれるものへと変化させられていた。

 

 

エーテルの齎す効能とサイオニック・エネルギーは非常によく似ている。

人々の強い意思の力、即ち念力によってその効果や強弱を変化させること、また必要とあらば物質としての姿を取ることもあるなど。

故にそういった点を加味しても「彼ら」とこの星の相性は非常によかった、正にこの星はあらゆる研究サンプルの宝庫といえよう。

 

 

 

コンデンサーは順調に稼働している。

本来はもっと大きく、一つ作るだけで星系一つに影響を及ぼすほどのエネルギーシステムは今は徹底的に小型化させられ、地球内に影響を留める程度に抑えられていた。

多面体が一回回るたびに、シュラウドより引き上げられたエネルギーは地中を通る地脈に流され、この星のエーテル濃度をローマを中心に少しずつ高めていく。

 

 

僅かにである。

一度にエーテルを多量に摂取させれば、現代の人間では体が順応しきれずにはじけ飛ぶということをガンヴィウスは知っている。

その結果、エーテルに順応しながら世代を重ねた今のローマ人は他国の者と比べて圧倒的に頑強であり、寿命も長い。

 

 

 

「ご機嫌よう。ようこそ、私の工房へ」

 

 

眼下で回り続けるシステムを見ながら、ガンヴィウスは背後に現れた人物へ極めて親切に語り掛ける。

この拠点は彼らの持つ人智を超えた技術で武装され整えられた要塞であるが、迎え入れられた客ならば警報の一つも鳴らさずに侵入できた。

 

 

神祖の背後に立っていたのはグランスルグ・ブラックモアである。

彼はカラスの顔の中にある瞳をあちらこちらに行きかわせながら、ガンヴィウスにも気づかず呟き続ける。

 

 

「エーテルを人工的に生成している? いや、この濃度、まさか真なる……」

 

 

元来の研究者としての血が騒ぐのか、彼はばさばさと翼を震わせながらぶつぶつと独り言をつぶやいていたが

ガンヴィウスの視線に気が付くと、直ぐに佇まいを正した。

 

 

 

「失礼した。いやなに、あまりに衝撃的だったのでね。

 なるほど、ローマを訪れてから妙に調子がいいと思ったら、こういうことか」

 

 

「君たちにとって重要な要素なのだろう? 

 確か幻想種といったか。

 そういったサイオニック生命体にとっては酸素のようなものらしいな」

 

 

 

まぁそうだと答えながら黒翼はもう一度だけコンデンサーを見てから、ガンヴィウスに視線を戻す。

今日ここに招待されたのは、もっと違う話があるからだ。

これも含めて後々主に報告せねばと思いながらも、彼は頭を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

グランスルグ・ブラックモアとガンヴィウスの共同調査は順調に進捗していた。

彼の鳥は正確に死徒の位置を割り出し、ガンヴィウスの演算と超能力は彼らの集団をいともたやすく捉えることができた。

既に殲滅した死徒およびグールの群れは3つにも及び、プロメシアン達は順調に死徒の駆除方法を学んでいた。

 

 

主にグールと化していたのは敗走したゲルマン軍の残党などである。

ローマに追いかけまわされ、地獄の様な行進を延々と続けていた彼らは最終的には立派な悪鬼におちたのだ。

 

 

研究の結果、彼らの弱点は日光だということが判明している。

正確には日光に対する人々の思念と結びついたサイオニック、つまるエーテルが弱点である。

 

人々の闇への恐怖、死への恐怖、夜への畏怖と結ばれたエーテルを原動力に死徒は動き、それらに対する安心を与えてくれる「太陽」という信仰は彼らの基盤を崩壊させるのだ。

 

 

なので純粋に太陽光だけを再現したライトを当てても何の意味もない。

そこに信仰という意思が加わることによってはじめて効果を発揮する。

まぁ、最終的にはプラズマで分子構造を砕いてしまえば何の問題もないのだが、それでは意味がないというものだ。

 

 

そして死徒、という存在に対して「彼ら」は一つの疑念を抱いていた。

余りに不出来すぎる。確かに生命力は素晴らしい、手足の一本程度ならば問題なく再生し、平然としてられる様は頑強といえよう。

 

 

だがあれらのスペックは、あくまでも人の範疇を出ないのだ。

仮に200年モノの死徒がいたとしよう、その存在の能力は人間が寿命問題を克服したとして、200年努力すれば追いつけるものなのだ。

あくまでも、どこまで行っても人という生物の枠を超えられない、拡張された人工生命体もどきというのがガンヴィウスたちの結論であった。

 

 

そして不老不死と称されるが、これにも疑問が残る。

死徒は自己完結できない。自らの中にリアクターを生成し、生存に必要なエネルギーを自給自足できない。

常に他者という燃料、即ち血液を媒介としたサイオニック・エネルギーの補充を必要とする。

 

この際、獲物が死徒に対して恐怖しているほど「旨み」が増すらしい。

 

 

長く生きて強大になった死徒ほどこの必要となるエネルギーは大きくなる。

実験台として捕獲してきた死徒を捕らえた閉鎖空間内の時間を特異点時間加速装置で加速させ、疑似的に100年モノ、200年モノと段階を経た死徒を作成し比較した結果、その差は如実に表れた。

もちろん、作成した死徒は全て処分済みである。

 

 

以上の実験結果を以て、彼らの死徒への判断は以下のとおりである。

 

 

出来損ない。

生物としてつまらない。

デミ・ネクロイドという呼称で十分。

少なくともグランスルグの様な研究の果てに至った改造死徒はともかく、グール経由で生まれた純正死徒は時間経過とともに生存に必要なエネルギーが雪だるま式に増えていくただの無駄飯ぐらいである。

 

 

もっとましな設計はなかったのだろうかと思う程にひどい生態だが、彼らは薄々感づいていた。

グランスルグの言う「主」という存在から察するに、もしかしたらこの死徒という種も何らかの奉仕種の一つなのではないかと。

まだ決定的な証拠はないが……すぐにそれは明らかになることだろう。

 

 

 

 

 

 

【威力偵察】

 

 

 

ガンヴィウスとグランスルグの死徒殲滅は今や佳境に入っていた。

既に死徒に対してあらかたのデータを取り終わったガンヴィウスは今まで取り繕っていた丁重さを投げ捨て、雑多な作業でもするように死徒の群れを次々と排除して回っていた。

もう間もなく息子が皇帝に即位し、ブリテンに対するアプローチ計画を実行に移さなければならない彼らにとって、この仕事はもはやあまり熱意をもって取り組めるものではなくなったのだ。

 

 

無数に空に放たれた黒翼のカラスたちにそれぞれ死徒の放つサイオニック・オーラを感知するセンサーを取り付け、反応が見つかった所にプロメシアンの小隊を送り込めば、あっという間に仕事は終わる。

死徒は表面上は体温が低いように思うが、常時体内で存在するだけでエネルギーを消費しているおり、皮膚の下の熱源を感知すれば発見は容易い。

だが、半ば全自動で死徒を自らの領土から駆除してまわっていたガンヴィウスは一つの報告を聞いて興味を示すことになる。

 

 

 

 

森の中に、いつの間にやら城が建っているという情報に玉座の老人は頭を傾げた。

かつてゲルマンとローマの戦いが行われ、ルキウスによる一方的な虐殺で終結したオスニングの森の中に、ポツンと風変りな城がある。

無数に空に伸びる尖塔はこの星における要塞としての城というよりは、王族が自らの権威を示す為に建造する芸術品としての側面に重点を置いているように見えた。

 

 

 

監視システムに異常がないことを彼らは確認する。

幻ではなく質量の在る、正真正銘の城だ。

そして奇妙な事にセンサー類は、この周辺に何かがあったとは報告してこない。

 

 

城が作られたというのに、土地が隆起した、周囲の岩盤が砕けた、または空間が拡張された等の異常が一切なかったというのだ。

だから見落とした。

何の異常もなく、最初からそうだったと、城はもとよりここにあったのだということになっているのだから。

 

 

そして、そこからは今までの死徒たちとは根本的に異なる、途方もない生命力をガンヴィウスは感じた。

ナニカが違う。

 

 

 

今は周囲には誰もいない。

ルキウスはフン族との戦いに出向き、グランスルグは全方位に飛ばした探索用のカラスの制御の為、特製の能力増強の陣の中にこもっている。

呼ばれているとガンヴィウス、そして「彼ら」は直感した。

 

 

玉座よりガンヴィウスは立ち上がる。

ならばよし、不出来な生き物を狩り続けるのも飽きてきたところだと彼らは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬時にゲートウェイを用いて城の真正面にやってきたガンヴィウスの目前で、城門が音もなく開いていく。

無数のかがり火が灯され、まるで来客をもてなす様に城の各所が輝きだす。

ひとりでに様々な楽器が鳴り響き、静謐で落ち着きのある音楽が周囲を満たした。

 

 

そんな中をガンヴィウスは白衣を揺らし、堂々と進んでいく。

道に迷う事はなかった、城の最深部から発せられる巨大なサイオニック・エネルギーを目指して進んでいくだけだ。

マントの下で両手を組み、通路のあちらこちらに飾ってある美術品を吟味しながらガンヴィウスは進んだ。

 

 

やがてはひと際巨大な扉の前にたどり着いた時も「彼ら」は慌てることもなく、いつも通り進む。

扉が滑り出し、勝手に開いていけば中に広がる部屋は、玉座の間であり、その座には誰かが座っている。

 

 

ぞっとするほどに美しい女だった。黄金色の髪、真っ白すぎる肌。

白いドレスを着こみ、真っ赤な瞳でその存在はガンヴィウスを見つめている。

一目で判る、死徒とはけた違いの生命体であった。

 

 

「ありえざるエーテルが溢れている。

 この世が新世界に戻らんとしているのは、貴様の仕業だな? 異物よ」

 

 

女が口を開けば紡がれるのは宇宙空間にも通ずる絶対零度の声音。

瞬時に誰が見ても判るほどの敵意を感じ取りながらもガンヴィウスは眉一つ動かさず答えた。

 

 

「その通り。シュラウドの大いなる御業がこの星を覆うのだ。

 君たちの様な幻想の存在にとってもこれは悪い話ではない」

 

 

 

喉を鳴らし翁が笑えば、女の敵意は益々強くなる。

深紅の瞳の中に危険な光が宿りだすが「彼ら」はそんなこと知ったことではない。

目の前の存在が何であれ、ガンヴィウスは当然のことを当然のように言う。

 

 

「エーテルといったか。あれは実に素晴らしい。

 人の可能性を押し広げ、強い意思を加えればどのような奇跡でも引き起こす。

 正に“魔法”の源だ。

 実にいい。私の目的とは少し外れるが、あれを再現できる技術を手に入れられたのは私にとっても嬉しい誤算だった」

 

 

ここにきてガンヴィウスは初めて笑った。

手に入れ、支配した技術の崇高さを高らかに宣言しながら。

それがどれだけ女の逆鱗を踏みにじることになるかをあえて知りつつ「彼ら」は躊躇などしない。

 

 

この後の展開など判り切っているゆえに、さっさと目の前の存在の検証に移りたいのだ。

 

 

「うむ、こうして直接確認して改めて判った。

 ────貴様は私の敵だ。排除されるべき異物よ……。

 来るべく大事の前に戯れといこう」

 

 

 

女が玉座を後にしとてつもない速度で力を上昇させていく中、ガンヴィウスは今しがた思い出した事を問う。

 

 

「所で君があのグランスルグ・ブラックモアの主かね? 

 だとすれば彼には悪いことをしてしまうな」

 

 

「否である。かの者と私は似て非なるモノ。

 どちらにせよ、貴様が知る必要はない、異物」

 

 

「残念だ。ならばこれから知るとしようか。その存在、死徒とどう違うのかを」

 

 

 

不可能だと女が続ければ、周囲の景色が瞬く間に切り替わる。

城内であったはずの世界は一瞬の内に見渡す限りの白い花畑と化していた。

遠くに見えるのは巨大な海洋に、それを覆う大きな雲、見れば所々に稲妻が発生し海へと落雷を落とし込んでいる。

 

 

そして空を覆うのは余りにも巨大な月。

座標を確認すれば、自分は今惑星上には存在せず、特殊な隔離空間の中にいるということがわかった。

隔離世界の大きさは、おおよそ地球と同じだ。

つまり、もう一つの地球の中に閉じ込められたということになる。

 

 

「…………書き換え、ではないな。もとよりそうであったという定義に近いか」

 

 

ガンヴィウスのセンサーはそれでも異常を検知しない。

データ上は何も変わったという反応が起きない、たとえ一目見ただけでも判るほどに世界がその有様を変えたというのに。

ならば答えは一つだと彼らは分析する。惑星表面への仕様の変更ではなく、仕様の根本的な再定義なのだと。

 

 

現実再定義、いや洒落た言い方をすれば空想具現化とでもいったところか。

そしてそんな事が出来る存在といえばおのずと答えは絞られてくる。

自分たちを「異物」と呼び、敵意にあふれ、そして莫大なサイオニック・エネルギーを持っている上に惑星に配布するエーテルを感知できる存在とは。

 

 

何、支配した星に拒絶されたのはこれが初めてではない。

その全てを悉く屈服させてきたのだ。

ガンヴィウスは優雅に右足を引き、左腕を腹部に当て、流れる様に頭を下げた。

 

 

 

「ごきげんよう、SOL3。

 私はウラキ・ガンヴィウス=クィリヌス。貴女の領有者だ。

 君から得られる知見は日々我々を楽しませてくれているよ」

 

 

 

女からの返答はなかった、代わりに翳した手から放たれたのは超高濃度のエーテルを圧縮して形成されるエーテル砲であった。

やがて配布する予定である核融合に匹敵凌駕する熱量の槍をガンヴィウスは指先でピンと弾き、その軌道を真上へと逸らせば、光槍は雲を引きちぎりながら彼方へと消え去る。

 

 

「無能。ここまで増長を極められるとはな。

 貴様らでは我が神秘を掴むことは叶わぬ。その傲慢、正してやろう」

 

 

どうぞ、とガンヴィウスは両手を翳してあえて何もしない。

それでいながらステラー級の演算機能のリソースの大部分をこちらに割き、女の一挙手一動作を観測し続けている。

エスコート艦隊に火が入り、複数のバトルクルーザー達が出航の時を待っていた。

 

 

女が手を翳せば無尽蔵のエーテルがかき集められ、幾つもの光弾が形作られる。

一つ一つが莫大な純粋な力の集合体であり、これに方向性を与えればそれは「神霊」と呼ばれる存在のひな型になるであろう程の塊だ。

そんなものを幾つも女はガンヴィウスに叩き込む。

 

 

 

─────対象エーテル弾、エネルギー出力把握完了。

     核出力150キロトンに相当。個数10。

 

 

 

街をいくつ砕こうと足りないほどの火力を一身に浴びせかけらようとガンヴィウスは観察をやめない。

彼の体をすっぽりと覆うように超能力と彼らの技術の合わせ技によって展開されたサイオニック・シールドはたかが核融合程度の破壊力では欠片も動じない。

最新鋭のバトルクルーザーにも匹敵するシールド出力を撃ち抜くには最低でも恒星クラスのエネルギーが必要なのだ。

 

 

全てのエーテル弾はシールドの表層を微かに泡ただせたが、全くと言っていい程何の効果も得られず霧散した。

 

 

 

「ふむ。硬いな。ではこうだ」

 

 

女が細腕を振るう。

しかしてその指先は女王のような彼女には似つかわしくない鋭利な爪が生えそろっていた。

斜め下から掬い上げるように、くるりと体を勢いのまま一回転させれば、途方もない空間への斬撃が完成する。

 

 

それらはシールドが存在していた空間を跨ぎ、直接ガンヴィウスへと痛撃を叩き込むことに成功。

結果として、衣服の一部は裂け、稼働より一度も傷を負ったことのない彼の胸にほんの微かな切り傷を与えることができた。

傷口より流れたのは血ではなく、紫色の粒子、霧のようなもの───超高濃度のシュラウド・エネルギーであった。

 

 

「やはり血も通ってはいないか。貴様は生物でさえないのだな」

 

 

「我々は既に自己定義は完成している。

 永久に知識欲を満たし自らを高める。

 それが私の本質である。血液の有無は重要ではない」

 

 

「幾つもの星を食らいつくしてまでも知を求めるか。貴様らの存在は獣と同義だ」

 

 

 

女の眼は地球および、その周辺の宙域全てを見渡すことができる。

故にステラー級を朧なれど観測した彼女にとってガンヴィウスという存在は決して許しえない絶対悪にも等しい。

数多くの星の亡骸をもてあそび、作り替え、己の道具へと貶める所行など断じて認められない。

 

 

傷口がふさがり、二度と傷など負わないように「彼ら」は瞬時に端末の性能にアップグレードを行う。

物質的な防御性能を向上。および力場、空間操作攻撃への対策を実行。

特異点リアクターより送り込まれたエネルギーは質量へと再変換されガンヴィウスという“殻”の耐久性を引き上げる。

 

 

精製された物質は中性子星レベルで超々高濃度に圧縮され彼の新しい鎧となる。

一立方センチメートル当たり、推定5億トンにまで圧縮された鎧である。

ガンヴィウスの2メートルぴったりの身長から推測される物理的防御質量は5億トン×200万倍となった。

 

 

いわば今の彼は2mの歩く中性子星である。

タキオンランスの改良型であるダークマターランスでもあればこの装甲も撃ち抜けるのだろうが、それを人類が手に入れるのはまだまだ先である。

 

 

地球上で起こりうるあらゆる現象がガンヴィウスに襲い掛かる。

光が、風が、空間が、波が、そして圧縮された夜という概念が。

ガンヴィウスは一度も防御もせず、避けることもなくその全てを受け止める。

 

 

全て無意味であった。

シールドが揺れるだけ。

奇跡的にシールドの内側にまで影響を及ぼせる効果のある概念攻撃もただ単純な存在の質量差によって一切の痛撃を与えることは叶わない。

 

 

ただ彼は黙ってみているだけである。

 

 

だが女は次々と札を切り続ける。

もとよりそんなことは判っているのだから。

 

 

「星よ。回れ。あらゆる繁栄。あらゆる挫折。

 あらゆる歩みを私は無と断じよう。人智及ばぬ天蓋を仰ぐがいい」

 

 

彼女にとってこの隔離世界は全てが己の一部。

故に魔術師でいうところの回路と同義である。

本来回路など必要としない彼女であるが、この一撃の威力を上げるために使えるものすべてを用意し叩き込む。

 

 

 

空を無数の黄金の魔術陣が埋め尽くす。

万を超え、億の単位で瞬時にそれらは増え続ける。

全てに莫大なエーテルが流し込まれ、術は発動した。

 

 

テクスチャが、縮小する。

あらゆる元素が解け、混ざり、全ては女の支配下へと至る。

空間が軋み、地球一つ分の面積がたった2m程度にまで押しつぶされた。

 

 

最終的には1センチ程度にまで縮もうとする圧力とソレを拒絶するシールドが衝突した。

 

 

つまり、人工的な超重力崩壊であった。

矮小翻訳されたビッグ・クランチともいえた。

縮小する空間の境界線がシールドの抵抗力場に触れ、膨大なエネルギー同士がぶつかり合う。

 

 

僅かに、だが徐々にであるがガンヴィウスの力場は押しつぶされていく。

 

 

「掌の上で、おわれ」

 

 

女が抱擁するように両手を交差する。

まるで恋人を包み込むように。

 

 

そして─────女の腹部に巨大な穴が開いた。

見ればガンヴィウスの背後の空間が微かに撓み、その内部より宇宙の流転を司るダークエネルギーで構成されたαクラス・エネルギーランスが撃ち込まれていた。

 

 

惑星が悲鳴を上げる。

もしもこれが下に向けて撃たれていたら、もしもここが本来の地球だったら、今の一撃で地軸は歪み南北の氷は解け、磁場は吹き飛んでいただろう。

つまるところ、星を殺しえる一撃であった。

 

 

「やはりな。こうなるのは必然であったか……しかしだ、これは始まりにすぎぬ」

 

 

自らの「肌」が焼け焦げていくのを感じながら女はつぶやいた。

女の眼前で音もなくガンヴィウスの掌が縮小する次元境界をつかみ取り、そのまま押し広げていく。

拮抗があったのは一瞬であり、彼の手は地球の全質量を押し返しながら、開いたゲートウェイの内部に存在する縮退炉に燃料として放り込む。

発生した莫大なエネルギーを掌に集めながら、それら全てをシュラウドに捧げ、門を拡張していく。

 

 

 

「攻撃を許可する。爆撃プランはマニュアル4を選択」

 

 

虚空に展開される百を超える空間と空間を繋ぐゲート。

その向こうには夥しい数のエスコート、バトルクルーザーが主砲の充填を完了させた状態で待機していた。

ガンヴィウスは女を見据えながら、言い聞かせるように宣言した。

 

 

 

「コード“惑星処刑”を実行せよ。使用兵装はαクラスだ」

 

 

許可が下りると同時に、無数の薄暗い青光りが星に突き刺さった。

宇宙に充満し、縮小と膨張を司る暗黒物質と暗黒エネルギー。

それらを完全に解明されて作り出された武器は手加減に手加減を重ねても星を文字通り丸焼きにするだけの破壊力がある。

 

 

大気と海は1秒も持たずに全て消し飛んだ。

地核は砕けるを通り越して分子レベルで崩壊させられ、奇妙な濁った翡翠色の液体になるまで徹底的に犯された。

星の地軸はもはやどの方向性が正しいのか判らないほどに何百回もぐるぐると回り続けた。

 

 

あらゆる命は最初の一撃が星を抉った時点で何が起きたかもわからず消し飛んでいた。

歴史、文化、思想、今までこの星が育んて来た全てはα・エネルギーランスの前に頭を垂らすしかなかった。

 

 

これはもしもの光景である。

ここは疑似的な再現された地球内である故に、本物の地球には多少の影響しかない。

だが、もしも本物にも同じことがされれば、こうなるのは間違いなかった。

 

 

仮初とはいえ、自らの肉体が為すすべなく砕かれ、焼かれ、潰されていくのをまざまざと感じながら女は恐ろしい形相でガンヴィウスを見つめている。

 

 

「貴様の存在を私は認めなどしない。貴様の───」

 

 

女が言葉を続けることは出来なかった。

ガンヴィウスがシュラウドより引きずりだしたエネルギーで作りだした事象崩壊攻撃が頭に命中し、頭部を失ったからだ。

力なく女が倒れこむと同時に仮想地球への処刑は大詰めを迎え、最後は特大のエネルギーランスが惑星のコアを粉々に打ち砕き、テクスチャもろとも蒸発させるに至った。

 

 

 

 

 

【戦利品・アクセス権】

 

 

 

かくして我々の死徒調査は思わぬ大収穫を手に入れる結果で終わった。

死徒への知見はともかく、今回最も素晴らしいと言える報酬は、襲ってきた女の亡骸である。

彼女の名前さえも我々は知る事はなかったが──そもそも名前があるのか不明だが───彼女の行使した力は非常に興味深いものがあった。

 

 

現実への再定義。

 

星の自然を好きに書き換え、それが当然の状態であると固定する能力……いや、この場合は権利というべきだろう。

つまるところ彼女はヴルタウムのシミュレーター内で行うようなデータの改変を現実空間で行うことができたのだ。

これは非常に面白い案件である。

 

 

我々がこの世界をあのように書き換える場合はシュラウドを通し、代価を払ってから効果を発揮させるという手順が必要になるが

彼女の場合はそれさえもなく、思うがままに力を行使していたが、恐らく我々の推察が正しければそれも当然と言えよう。

 

 

さて、ここに興味深いサンプルがある。

かの女性の残骸である。

既にこれは動かないが、恐らくは「接続」は残っているとみられる。

 

 

これを解析し残された「接続権」を我々がハックすればさらに興味深い情報が手に入ることだろう。

我々はそのためのスペシャル・プロジェクトを立ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【防衛協定】

 

 

 

 

唐突に主に呼び戻されたグランスルグ・ブラックモアは跪いていた。

彼の目前には玉座があり、そこにはガンヴィウスに葬られた女と似たような外見の生物が座っている。

金色の髪、虹色の瞳、整いすぎた姿かたちの、異形である。

 

 

神祖が訪れた城に似ているが、何かが決定的に違う城の主は眼下に跪く臣下に対して鷹揚に声をかけた。

 

 

「脱走者たちへの対処、大義であった。

 今を以てそなたの任は果たされたと私が断じよう」

 

 

 

跪くグランスルグは何も言わない。

まだ脱走の理由の調査などは殆ど手付かずというのに、なぜ主は終わったと断ずるのか疑問はあったが、それを口にするほど彼は愚かではない。

主の言葉は絶対だ。彼が終わりといえば終わりなのだ。

 

 

「ふむ。そなたの疑問は当然よな。

 まだ調査は終わっていないと思っているのだろう?」

 

 

何処かからかうように黒翼の内心を主は指摘する。

笑顔さえ浮かべた彼の姿は無垢な子供にも見えた。

 

 

 

「……はい。まだ私は貴方様のお言葉を果たしておりません」

 

 

「よい。実はな、あれは偽りの指示であった。

 ────真祖も死徒も暴走などはしておらん」

 

 

玉座より身を乗り出し主は語る。

黒翼は顔を上げ、主の美しい虹色の瞳を見た。

 

 

 

「今回の話は星から持ち掛けてきたものだ。

 私はそれに同意し、現状で作れる最高純度の真祖を提供したに過ぎない」

 

 

あれを使い捨てにするにはもったいなかったかと主は笑う。

もう少し手を加えれば、自分の後継者になれるかもしれない出来だったのにと。

 

 

「さて、話はこれでおわりだ。

 今は多くを語れないのだ、許せ我が忠実なる臣下よ。

 これはせめてもの詫びと思え」

 

 

 

自らの爪を肌に食い込ませ、血を数滴傍らに用意していたグラスに垂らし、グランスルグ・ブラックモアへと差し出す。

ここ数百年誰にも渡されることのなかった“原液”を前に黒翼は地面にめり込んでしまうのではないかと思う程に平伏し、歓喜に身を震わせながらグラスを受け取り退出する。

 

 

入れ替わりに二人の男が部屋へと入ってくる。

一人は白髪の品のある、しかしどこか他者を見下すような雰囲気を放つ男。

もう一人は黒髪の、厳めしい掘りの深い顔をした男だった。

 

 

 

「主よ。我らの王、朱い月のブリュンスタッドよ。客人を案内いたしました」

 

 

 

「おお! 待っていたぞ! そなたが噂に聞く“魔法使い”とやらか。

 さぁ、座れ。そなたとは一度じっくりと話してみたかったのだ」

 

 

喜色を隠さず主……朱い月はいつの間にやら玉座の前に椅子を作り出し、黒髪の男へと勧める。

だが男は腕を組んだまま、敵意と不機嫌を隠そうともせず朱い月を睨み続けるだけ。

 

 

「このままでいい。

 俺がこんな真祖と死徒がうじゃうじゃいる城で気を抜く間抜けに思えるのか」

 

 

白髪の男の顔に怒りが浮かぶが、主の手前それを表に発散することはなかった。

仮にもしもそんなことをしたら、彼の命はここで終わっていたのだから、これは賢明な選択であった。

 

 

「ははっ、それも道理だな。よいよい。ならば私もそうやって話そう。

 なに、私とそなたは対等であるのだから、当然である」

 

 

それもよし、と朱い月は立ち上がる。

何の警戒心もなく魔法使いへと近づけばしげしげと彼の様子を観察する。

魔法使いが怒りも露わに言った。

 

 

「俺は見世物じゃない。早く要件を話せ」

 

 

せっかちな奴め、と朱い月は苦笑いを浮かべながら前置きもすべてを省略することにした。

このままからかい続けていたら、本当に魔法使いは帰ってしまいそうで、それでは困るのだから。

 

 

 

 

「この星を凶悪なる侵略者から守る為、私と共に戦わないか? 魔法使いよ」

 

 

 

 

なに? と魔法使いの顔に懸念と驚きが浮かぶのを見て、朱い月は無邪気な子供の様に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

現状状況推移。

 

 

■■に宿敵宣言をされました。

関係値はマイナス1500オーバーです。

 

 

朱い月と魔法使いと■■が防衛協定を結ぼうとしています。

■■は救援信号を用意しました。

 

 

 




この世界の地球はエーテルマシマシの時代逆行&技術啓蒙による科学進歩の綱引き状態になっております。


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星の内海にて

ステラリス世界ではガンヴィウスたちはかなり有情な方です。
短い話ですが、書いてて楽しかった。


 

 

 

【不正アクセス】

 

 

美しい光景が遥か彼方に見える。

穏やかな海、さわやかな風、そしてどこまでも続く平穏で華に満ちた世界。

夜空には星が広がり、それらは光の河を作り上げていた。

 

 

シュラウドの様な混沌とした秩序のない、全てがあやふやな高次元とは違う。

とても近くて、そして遠い痛みのない世界だ。

この美しい景色はかつて我々がまだ光を超える術を持たなかったとき、いつか届いて見せると決意を抱きながら眺めた景色に似ている。

 

 

寂しく、空しく、そして果てのない世界への希望を思い出してしまいそうだ。

 

 

だが我らはあれらを手に入れた。

ここではない宇宙であったが、夥しい数ほど存在する銀河、宇宙の全てを理解した。

シュラウドという全てにつながり、結び合わせる領域を支配するという事は一つの宇宙をデータとして支配するということに等しいのだ。

 

 

足を止め、我々は端末を通して無数の星夜を眺める。

感じるのは故郷への哀愁か、はたまたただの追憶か。

 

 

多くの滅んだ文明を見た。多くの隆盛を誇る文明を見た。

同盟相手がいて、敵がいて、銀河を滅ぼそうとする危機を何度も味わった。

謎を一つずつ解き明かし、そのたびに力をつけ、次の謎に取り組む。

 

 

そんな事を星の数ほど繰り返した。

そして足りなかった。

故にこのような、次元の違う世界にまで足を運び我らは学んでいる。

 

 

胸を満たすのはかつて「剣」を見た時以来久しく感じる高揚である。

ここはどこだろうか、ここは何なのだろうか、全てが未知ゆえに愛おしい。

あの「女」の亡骸を解析し、概念的に残っていた繋がりを利用して我々はこの未踏の地へと侵入していた。

 

 

何歩か進み、一度屈みこんで大地に手をつける。

湿り気のある豊かな土壌を手に取り弄ぶ。

あぁ、ただの地面をこうして触るのはいつ以来か。

 

 

この未知の地を解明するに当たってセンサー類は必要ないと我々は直感した。

多種多様な技術を使う必要はなく、この場で最も適切なのは己の本能のみであると。

 

 

故に我々は暫し座り込み、瞑想を行うことにした。

深く鋭く意識が研ぎ澄まされ、精神の刃はこの世界を理解すべく全てを受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【邂逅】

 

 

どれほどの時間が経ったのだろうか。

ガンヴィウスは草花の上に座り、ただ己の内側に意識を向けていた。

この星を見つけてから経過した時間をかみしめ、今まで蓄えていた知見を整理し、そして未知を解析し続ける。

しかし、唐突に「彼ら」は口を開く。

 

「丁度いいところに来てくれた。止め時を見失ってしまっていてね。このままでは何年もこのままだった」

 

 

 

ガンヴィウスは立ち上がると、白い衣を揺らしながら背後に声をかける。

「彼ら」の感覚はいつの間にか背後に現れていた人物を捉えていた。

背後に立っていたのは白髪の優男だった。

 

 

ガンヴィウスと同じような白い衣服に身を包み、立派な杖を手にしている彼は感情のない薄っぺらな笑みを浮かべながら答えた。

 

 

「こんばんわ。静かすぎるけど、いい夜だね。

 いやいや、君ならばここに太陽でも作れるか」

 

 

「今はその必要は感じないな。

 たまには改造されていないありのままの世界を歩くのもいいものだ。

 ……さて、君は“ナニ”かな?」

 

 

強い“力”のこもった質問であった。

意思の弱い人間ならばともかく、自らの確固たる意志を確立したものであろうと心を操作されてしまいそうな程の術であった。

だが優男には通じない。彼はにこやかに笑うだけだ。

ガンヴィウスも通用すれば儲けモノとしか思ってはいなかったので、何の問題はない。

 

 

そもそも、この男の顔と名前は知っている。

判らないのは、どういう存在なのかだけだ。

 

 

「まぁまぁ、焦らない焦らない。

 君……いや、君たちにとっては本当に久しぶりの未知なのだろう? 

 もっと楽しまなくちゃ」

 

 

「大変結構。初心を思い出すとしよう……。

 さて、実地で研究をするなど何年ぶりか」

 

 

優男の言い直しに気づきながらも「彼ら」は何も思わない。

知っているのならばそれはそれでよしと。

邪魔さえしなければいちいち目くじらを立てることはない。

 

 

ガンヴィウスが思うのは、こんな素晴らしい世界を一人で堪能していたというのに口うるさい男がついてくるなど台無しだという愚痴だけである。

 

 

当てどなく歩き出すガンヴィウスの背後を優男がついて回る。

彼は変わらず笑顔を浮かべながら、長い付き合いのある友のように彼に語り掛け続けていく。

鬱陶しさを感じないギリギリの距離と表面上は温かみのある声を巧みに彼は使いこなす。

 

 

「君はどこから来たんだい? 何をしに此処に?」

 

 

「光の速さでも永遠と錯覚してしまう程に遠い故郷から、未知を求めてやってきた」

 

 

「そうかい。とっても遠いところから来たんだね。

 私の眼でも見渡せないほどの遠い場所から、わざわざ」

 

 

ガンヴィウスは一瞬だけ優男に意識を向ける。

ほんの僅かだけ、センサーに反応があった。

これは……精神干渉系のサイオニック・ウェーブに似ている。

 

 

この星に訪れる前に交戦したコレクター達の艦隊が用いた精神干渉攻撃に何処か似ている。

一度受ければ、直ぐに解析と解除が始まり、二度目はなくなる。

彼は全く男に注意を向けず、雑談でもするように一つだけ忠告した。

 

 

「無粋なことはするな。

 言葉を交わしたいのならば私達も付き合あおう。

 それ以外の事を企むというなら、相応の覚悟を決めてからにしておきたまえ……それに、この場で1度目を使ってしまってもいいのかね?」

 

 

「ごめんごめん。悪気はなかったんだ。

 ただちょーっと、いつもの癖で、会話が盛り上がる感じにしようかなって思っただけさ」

 

 

そうか、とだけガンヴィウスは返す。

彼は男を見もせず、最初からそう決めていたかの様に何処かを目指し続けている。

河を超え、小高い丘を登り、そのまま進んでいく。

 

 

男はそんな彼の歩みに苦も無くついてくるばかりか、ペラペラと話をつづけた。

 

 

 

「いやぁそれにしてもだ! 

 君は強いねぇ……まさかあんな呆気なく彼女がやられてしまうとは、私もびっくりさ。

 危うく目が焼けちゃう所だった!」

 

 

「知っている。千里眼といったか。

 お前たちの瞳は一種のセンサーとなっていて、多くの知見を得ることが出来るらしいな。

 あの城での出来事はどうやらお前たちにとって注目のあるニュースになっていたか」

 

 

 

丘を登りきり、この幻想的な世界を一望できる位置にたどり着いたガンヴィウスは初めて男を見る。

 

 

「さて改めて聞こうか。私に何か用かな? 

 見ての通り今は忙しいのだが。話は手短にしたまえ。ブリテンの魔術師マーリン」

 

 

男……マーリンは一目で見る限りは魅力的な、精神の動きを感知できるガンヴィウスから見れば何も籠っていないただ出力されただけの満面の笑みを浮かべた。

 

 

「これはこれは、ローマの名高き偉大なる神祖クィリヌス様に覚えてもらえるとは、私も誉高いね。

 さて、話というのはだね……。

 君、ブリテンに色々やってるでしょ? 裏でこう、ちょこちょこっと。

 おかげで毎年豊作で困っちゃうよ。

 で、何が欲しいのかなーって思ったんだ。

 もしかしたら、交渉の余地もあるんじゃないかって」

 

 

 

「ここで話す話題とは思えないが……隠す必要もない話か。率直に言おう。

 我々はお前たちの王と、王の持つ“剣”に興味がある」

 

 

「それはブリテンが欲しいという意味かい?」

 

 

ガンヴィウスは頭を傾げてから何を当然のことを言うんだと思ったが、あえて言葉にしてやった。

嘘やごまかし、胡散臭い言葉遊びで煙に巻く必要などなく、彼は堂々と宣言した。

 

 

「そうだ。しかしただ手に入れるだけではない。我々は完全に解明したいのだ」

 

 

「正直だね~。いや、君の場合はこっちがどう反応しようが問題ないという自信の表れかな」

 

 

ガンヴィウスはマーリンのどこか小ばかにしたような口調にいちいち取り合いはしなかった。

彼は黙々と彼にしか判らない「ポイント」を探しているようで、やがてははた目から見た所では何の変哲もない草花の前で立ち止まった。

老人はその場で座り込み、座禅を組むと静かに瞑目する。

 

 

長い年月を経て、様々な王を作り上げてきたマーリンから見ても、ガンヴィウスの精神統一の技量は次元違いなものであった。

一瞬、マーリンは彼が座り込み意識を収束させた瞬間にこの場から消えてしまったと錯覚してしまった程に彼の世界との合一化の技量は凄まじい。

 

 

彼の周囲の景色が僅かに水彩画のごとく滲んでいく。

彼を中心に景色が切り取られ、薄い紫色の粒子が世界を浸食し始めたのだ。

世界を覆うヴェールを取り払う為に「彼ら」は精神を研ぎ澄まし、シュラウドへのリンクを開始する。

 

 

マーリンは先ほどまでよく回っていた舌を動かさず、ただ彼を眺めるだけ。

一挙手一動作を見逃さず記憶する。

何であろうと、彼の情報は回収したいとこの男は思っていた。

 

 

この美しい世界から切り取られたのはほんの子供一人分程度の領域である。

ほんの僅か、しかし確実にそこある法則の違う世界。

その中ではあらゆる要素がごちゃ混ぜになっている。

 

 

物質はない。

概念もまだない。

全てが混沌としたまるで誕生直前の宇宙のようだった。

 

 

「……まだ未練があるのだろう? 

 私の前に来るがいい。この手を掴め。これが最後の機会だぞ」

 

 

 

この場にはいない誰かにガンヴィウスは語りかけた。

少なくともマーリンには、この場に自分たち以外の誰かがいるとは感じ取れない。

 

 

────その筈だった。

 

 

「そんな、ありえない」

 

 

ほんの微か。

塵にも等しいが、確かに感じ取れたその気配にマーリンは思わず呟いていた。

感情を持たないはずの彼であったが、危機を感じ取る能力はある。

そんな本能が警告を鳴らしていた、ありえない、しかしあるのだと。

 

 

 

『おぉぉぉぉあぁぁ……われ、しは』

 

 

それは小さな白い蛇であった。

見すぼらしい、皺だらけの、今にも死んでしまいそうな蛇である。

それが急速に形を得て大きくなっていく。

 

 

欠落してしまった部分はガンヴィウスが補い、そしてそれでも足りない部分は執念で補う。

死に瀕した生命体は途方もない力を発揮するが、この存在は一度死んでもなお、残骸として世界にこびりついており伸ばされた手に必死にしがみついていた。

透き通り、今にも消えてしまいそうではあるが、それでも何とか世界にガンヴィウスの前に形を整えて現出することができた蛇はしゃがれた声で喋った。

そしてマーリンはこの声に聞き覚えがあった。

 

 

『ここは……内海か。我は裏側になど足を運んだ覚えはないが……貴様……いや、何だ貴様は……』

 

 

蛇の眼が開閉し、ガンヴィウスという存在を測りかねるように煌めき続ける。

残骸に堕ちたとはいえ未だ蛇は魔眼を持っているはずだが、老人は意にも介さなかった。

 

 

「こんにちは。ブリテンの貴き王ヴォーティガーン。

 私はガンヴィウスという。君を起こしたのは私だ」

 

 

『知っているぞ。海を隔てた先、ガリアの向こう側にある国の神だな……待て、貴様が神だと?』

 

 

蛇の声に驚愕が混じる。

彼は信じられないモノを見るような目でガンヴィウスを見つめ続ける。

 

 

『神代が終わってなお君臨している正真正銘の神だと!? 

 馬鹿な、そんなことはあり得ない!!』

 

 

「現実を受け入れたまえ。君の目の前にいる私がクィリヌスだ。

 まぁ、そういった点も後々明かすとしようか」

 

 

さて、と老人が頷けば彼は蛇の頭に恐れることなく手をやり、そのなだらかで冷たい鱗を撫でた。

ガンヴィウスの瞳の中に広がる永遠の暗黒空間のようなものは竜種として猛威を振るったヴォーディガーンさえも凍えさせる何かがある。

 

 

「瞑想して気が付いたのだよ。

 そういえば、我々は現地のアドバイザーを雇っていなかったとね。

 これから先は非常に慎重な判断と大胆な行動の緻密なバランスが求められる展開だ。

 君にはぜひ、私の外部協力者としてアドバイスをしてもらいたいのだ」

 

 

 

『断る。既に我は敗北した身である。

 いずれ必ず滅ぶであろう国の化身が今更何を出来るという。

 神秘の時代は終わる。もう我の居場所はどこにもないのだ』

 

 

 

ふむふむとガンヴィウスは頷きながらヴォーティガーンの言葉を聞いていた。

あらんかぎりの絶望と諦観を吐き散らす蛇を彼は慈しみさえ感じる瞳で見つめた上で、丁寧に強く暖かい言葉を投げかける。

 

 

「知っているとも。

 君とアーサー王の戦いも見ていた。

 君の末期の言葉も聞いていた。

 その上でこう答えよう。“知った事ではない”と」

 

 

『…………』

 

 

老竜は何も言わない。

諦めに満ちた彼はあらゆる言葉に興味さえもたないようだった。

もちろんガンヴィウスはそんな彼の状況をよく理解していた。

 

 

彼が何を求め、何を愛し、何を得ようとしたかも手に取る様に把握できる。

だからガンヴィウスにとってこれは交渉ではなかった。

いわばカウンセリングである。

夢をあきらめ、現実の前に折れた老人に対してもう一度だけ奮起してほしいと説得するようなものだった。

 

 

 

「君の願いは古きエーテルにあふれたブリテンの存続。

 だが現実はエーテルの減衰と共に君に代表される幻想存在は姿を保てなくなり、どうあがいても自分たちの時代は終わると君は諦めた」

 

 

ガンヴィウスの瞳が残酷なまでに輝きだす。

彼を中心としたシュラウドの世界が広がる。

その先を言わせてはならないとマーリンは直感し動こうとしたが身体が動かない、手足はおろか口さえも。

 

 

 

黙ってみていたまえと脳内に声が響いた。

 

 

「私はエーテルを作り出すことが出来る。

 この星に再びエーテルを満たし、君の望む過去への回帰を果たすことなど容易い。

 人類が邪魔だというならば彼らの全てを時間はかかるだろうが、外宇宙に巣立たせることだって可能だ」

 

 

 

嘘だ、そんなことはありえないとお決まりの言葉をヴォーティガーンが吐く前にガンヴィウスは直接彼の意識の中に情報を送り込む。

ローマ中枢の御座の地下にある施設、精製されるエーテルと地脈へと流される莫大なマナの奔流。

そしてそれでも星に逆らうことに僅かでも躊躇いを覚えさせない為にかつての女を処理したときの映像も添えて流し込む。

 

 

『…………』

 

 

「重要な決断になることは判っている。私は少し席を外す。じっくり考慮してほしい。

 だが君は完全に消滅せず、この場に残影となってでも残り続けていた。

 ─────実はまだ、心の何処かで諦めきれていなかったのではないのかね?」

 

 

 

白蛇の横を通り過ぎたガンヴィウスはそのままマーリンへと向かって歩く。

先ほどまでの彼への無関心が嘘のように親しみのある笑顔を浮かべていた。

だが逆に先ほどとはうってかわり、マーリンは笑顔を消し何の表情もない顔でガンヴィウスを見つめ……否。睨んでいた。

 

 

 

「やってくれたね。彼はブリテンの化身でもあった竜だ。

 彼の知識を君が手に入れたら、あの島はもう成す術はない」

 

 

 

「大変結構。……さて、前から気になっていたことがあるのだが。

 君たちはやけに私の干渉を拒絶するが、何が気に入らないのだ」

 

 

 

沈黙するマーリンにガンヴィウスは続けた。

 

 

「外から来たものが好き勝手するのが気に入らない。道理だな。

 だが結局のところ君たちは星の3割しか存在しないちっぽけな土くれの上で陣取り遊びをしているに過ぎない。

 このままでは後2000年経っても同じことの繰り返しだ。

 故に私がその過程を省略してやる」

 

 

 

文明レベル6から5へと上昇するのが大きな壁の一つである。

即ち産業の時代から原子力を手に入れるまでだ。

そして5から4に至る壁、以前ルキウスに語った最も大きな障害。

 

 

核という星を焼き尽くす力を使いこなし、惑星に存在する全ての組織が一つに統合すること。

これこそ初期宇宙開拓時代である文明レベル4に至る方法なのだ。

大抵の種はこの難題をクリアーできず互いに憎しみあい、滅ぼしあい、星を焼き尽くしてしまう。

 

 

また安定した文明があったとしても、対処できない外宇宙からの災害に対応できず滅ぶこともありえる。

 

 

 

この星がそうなるのは惜しいとガンヴィウスは本気で考えていた。

故に手助けしてやろう。

対価としてこの地にある秘密、神秘、謎は根こそぎ頂いていくが、その代わりとして星の世界を与える。

 

 

そこに何の問題がある? 

どちらにも利のある最高の取引ではないかと彼らは思っていた。

奪うだけ奪ったら星を砕くなり、超高濃度の中性子を照射する勢力も存在することを考えれば、これは破格といえた。

 

 

彼は今まで思っていた心からの疑問をこの人間もどきに解いてみた。

 

 

「付け加えるならばこのように君臨した外来者は私が初めてではないだろう。

 オリュンポスの神などとほざいた低俗な人形共に、南の森林地帯に君臨した者ら、全てルーツを辿れば飛来者だ。

 あれらに比べれば私は責任感があると自負しているよ」

 

 

 

「君たちは確かに私達の文明より遥か先に進んでいて、これから先この星に起きるあらゆる問題に対処できるだろうさ。

 争いも痛みも、多くの犠牲者もない完全な、完全すぎる世界を作ることだって出来るんだろうね」

 

 

 

マーリンは杖を手の中で弄りまわしながらガンヴィウスを相手に一歩も退かずに答えた。

 

 

「個人的な話さ。君の統治は僕にとっちゃつまらないんだ。

 君のやり方は世界と可能性を縮めてしまう。

 確かに僕はハッピーエンドが好きさ。

 でもそれは自分たちの力で勝ち取る展開が好きなのであって、デウス・マキナはお呼びじゃない」

 

 

「なるほど。そういう考えもあるか。

 そういえば最近息子にも似たような事を言われたな」

 

 

 

明確な拒絶を叩きつけられてなお「彼ら」は頷く。

精神の動きによる理屈ではない感情の発露。

楽な道ではなくあえて苦難を選ぶ選択肢という不合理な判断はガンヴィウス達にとっても好意に値する。

 

 

しかしガンヴィウスは遠くでヴォーティガーンの精神の揺らぎが止まった事、即ち決意を抱いた事を察してマーリンとの会話を打ち切ることを決定した。

 

 

「まぁいい。どうせまた近いうちに顔を合わせることになる。

 君が何をしようと私の目的は変わらない。

 安心したまえ。もう少しでブリテンは我々の最重要研究地区となり、未来永劫存続できる」

 

 

ガンヴィウスの言葉にマーリンはいつも通りの笑みを張り付け、務めて軽い口調で明確な拒絶を紡いだ。

 

 

「さて、それはどうだろうね~。

 君の自信も判るけど、この星は君が思っているより強かだよ? そう上手くいくかな?」

 

 

返答はない。ただ老人は手で煙を払いのけるような仕草をする。

ただそれだけの行動でマーリンの姿は風に吹かれた砂山の様に消え去った。

元より今までの彼は幻だったのだ。ソレが吹き払われただけである。

 

 

 

 

ガンヴィウスはもはや消え去った人外のことなど考えもしなかった。

彼はヴォーティガーンの前に進むと、彼に目線を向け、返答を待つ。

蛇は口を開き、重い老人の声でこの飛来者に告げた。

 

 

 

『断る』

 

 

 

 

 

【拒絶と賭け】

 

 

 

『断る』と白蛇は明確な拒絶を示した。

しかし「彼ら」は動ずることはなく理由を問うた。

たった一言だけではあるが、様々な雑多な感情が入り混じって吐き出された拒絶なのは明確であったからだ。

 

 

『我は敗北を受け入れている。

 あらゆる手を尽くして我が血族と争い、我が弟の子の手によって討たれた事を既に認めているのだ。

 気に入らないのは、我がこのような影となり、生き恥を晒してまで恨んでいるのはもっと違う存在だ』

 

 

 

白蛇の眼が血走る。周囲の全てを嫌悪し、憎悪する瞳であった。

もしも竜の姿を維持していたら、彼はこの美しい幻想的な光景を破壊しつくそうと暴れだしていたかもしれない。

 

 

『この星が憎い! 何が人理だ! 何が文明の時代だ!! 

 貴様の勝手な都合で世界を運営しおって! ふざけるな! なぜ我々が表から去らねばならない! なぜ彼女が────!!!』

 

 

あらゆる怨嗟と侮辱を蛇は撒き散らす。

今まで抑え込み、仕方ないものだ、これが運命であると諦観していた筈の願いが噴き出る。

虚空に向かい侮蔑という侮蔑の単語を吐き終えた後、白蛇はガンヴィウスを見た。

 

 

『我は今のブリテンに対して何かをしようとは思わん。我が血族の邪魔をする気もない。

 だが貴様がこの星の意思と対決し、屈服させようとしているのならば話はまた別だ』

 

 

語りながらもサラサラとヴォーティガーンの体が崩れ、全く別の存在へと変わっていく。

白蛇は笑う。これは賭けであり嫌がらせであり、八つ当たりでもあった。

今まで常に陰鬱な雰囲気を放ち、影に覆われた死体とも揶揄された彼は初めて人前で笑っていた。

 

 

 

『助言役にはならない。

 しかし我の持つ全ての知識を貴様に与えよう。精々有効に使いこの星を苦しめてやれ。

 我が生涯を無茶苦茶にし、我が血族にあらゆる責め苦を与えんとしている奴の計画をズタズタにしろ。それが我の唯一の望みだ』

 

 

 

それだけを言い残しヴォーティガーンの体は完全に崩れ落ちた。

彼が今までいた場所に落ちていたのは小さな掌に収まるほどの水晶体である。

ガンヴィウスはそれを手に取り、暫し眺めた後で懐にしまった。

 

 

では、とガンヴィウスは美しい景色をもう一だけ見つめてから踵を返した。

もうここに用はない。

次に来るときは、もっと大きな道を見つけあらゆる準備を整えてからになるだろう。

 

 

 

 

 

 

【レリック】

 

 

 

幻想的な世界より戻ってきた我々の手の中にはヴォーティガーンの残した結晶体があり、あの世界での出来事は幻ではなかったと証明している。

我々は竜の嘆きを聞いた。そして託された結晶には恐らく彼の知識と記憶の全てが入力されているだろう。

これを完全に解析できればどれほどの知見を得られるかは想像を絶するものがある。

 

 

元よりこの星に存在する神秘──魔術はとてつもなく隠匿性が高く、今まで研究は中々思い通りに進むことが出来なかったということもあり

この結晶体から引き出せるであろう情報への期待は高まるばかりだ。

魔術と魔法の違い、神秘、概念、これらの研究に対する飛躍は今から楽しみである。

 

 

 

更にと、我々は目の前に安置されている亡骸を見た。

頭部を失い、腹部に大穴の開いた無惨な死体だが未だ腐敗する前兆さえ見せないこれはあの女である。

コレも思えばとても素晴らしい研究材料である。

 

 

彼女が行使していた力や接続権に対する研究もこれからの事を考えれば必要となってくるだろう。

我々は恐らくだが、これからはこのSOL3と本格的に衝突するであろうことを考えれば敵情への理解はいくらあっても十分とは言えないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

状況推移。

 

 

【遺産 竜のメモリークリスタル】を手に入れました。

スペシャル・プロジェクト「ヴォーティガーンの追憶」が研究されました。

ブリテンの魔術師マーリンとの関係が悪化しました。

もはや対話による和解は不可能です。

 

 

 

 




ちょろっとだけステラリスのゲームシステムを解説。

ステラリスでは銀河を探索するにあたって未だ自分たちの星系一つ満足に
調査征服できない未発達の文明に出会えますが、そういった文明を啓蒙し技術を与えることや、逆に全く手を出さずどうなるのかただ観察するかを選べます。

はたまた有用な惑星でしたら侵略して逆地球防衛軍することや工作活動して自分たちの支配下に合法的におくことだって可能です。
全ては貴方の思うがままにどうぞ。




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追憶

アッティラ大王さんが大暴れしたので
本来一話のものを2つに分けて投稿します。





 

【追憶】

 

 

ルキウス・ヒベリウスの最も古い記憶は、恐らく何らかの箱の中で横たわる赤子の自分をガンヴィウスが覗き込んできた光景である。

当時の彼はまだ自我というものさえなく言葉も知らなかったが、それでも本能だけは既にあった。

彼が思ったのは一つ────即ち恐怖である。

 

 

蒼とも紫とも知れぬガンヴィウスの、父親の瞳は自分を見てはいなかった。

彼の眼はまた別の何か、子を見守る親というよりは新しい道具を見定めるような……刀剣の切れ味を確かめる剣士の如き冷たい瞳だったのを彼は覚えている。

直ぐに父は踵を返して部屋から出て行ってしまう、最後まで彼は息子に一声をかけることもなかった。

 

 

 

神祖としてローマを導き支配する彼には父親として息子と接する時間など許されはせず、ルキウスはガンヴィウスと俗にいう親子の時間を過ごした経験は殆どない。

たまに屋敷に訪れたかと思えば使用人たちから近況を聞き、次の教育の計画を練った指示書を渡すだけ。

息子と対面した際も彼はにこりとも笑うことも普通の親子がそうするように幼い子供を抱き上げることもしない。

 

 

 

しかしルキウスは恨んではいない。

ガンヴィウスは間違いなく名君である。

古今東西様々な神話や伝説を読み解いたとしてもあれほど人を導き、理不尽な理由で人を害さない神なんて他に例がないほどだ。

 

 

古くはオリュンポスの神々に、メソポタミアの女神。

下衆と吐き捨てられてもおかしくないソレらに比べば信じられないほどに温情のある神だ。

 

 

 

何よりガンヴィウスはルキウスに力を与えてくれた存在である。

幼子の時点で訓練された兵士たちを悠々と上回る底なしの身体能力、睡眠や食事を取らずとも活動可能な肉体、不死と称してもいい程の恐ろしい生命力。

更には1を聞いて10を理解できるだけの頭脳さえも彼には与えられた。

 

 

ブリテンに君臨するアーサー王とある意味彼は同じであった。

即ち都合のよい国家を運営する為のアイドルである。

 

 

物心ついた時よりルキウスの人生は鍛錬と勉学の繰り返しであった。

将来の皇帝としてガンヴィウスに設計され、作られた彼はその能力を発揮するためあらゆる受難を乗り越えた。

時には身分を隠し一兵士として小規模な紛争の最前線で戦い、時には指揮官として部隊を動かした。

 

 

 

睡眠の必要がないルキウスは単純に人の二倍の時間がある為、知識の積み込みと経験を貯める行為も同時に行える。

また民たちへの顔見せや名前を売るという名目の元、彼は闘技場の観衆たちの視線の下で戦ったこともある。

闘技場での戦いは殆どの敵は雑魚であり、ルキウスにとっては武器さえ使わなくとも問題なく処理できる相手だったのだが一人だけ例外がいた。

 

 

それは三度目の闘技大会の大詰めの時───ルキウスが次期皇帝として知れ渡った時のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルキウスの眼前には倒れ伏した対戦相手がいる。

古きサーサーン朝の出自で、家系図を辿れば恐らくどこかしらに古い神の血があったのであろう男はなるほど、確かにただの人間よりは強いのだろう。

人間ではまず振り回せない巨大な剣、いや鉄塊を片手で扱い、鎧の必要などない程に硬い表皮を併せ持つこの男は小さな巨人であった。

 

 

 

しかしルキウスにとっては欠伸の出るほどつまらない存在である。

力任せの攻撃は目を閉じていても避けられる上に、男が頼る腕力でも勝負にならないほどに彼の方が上なのだ。

 

 

故に勝負は一瞬でついた。

ルキウスの握る何の変哲もない量産品の短剣は男の戦象に踏まれても跳ね返すであろう皮膚を紙細工の如く切り刻み、彼の身体を17等分に切り分けてしまった。

肉屋にでもいけばおいてありそうなサイズのブロック肉に「加工」された男はもう動くことはなく、三度目の大会も面白みもなくルキウスの優勝で決まりかけた時にそれは起きた。

 

 

遥か高み。神祖のみが座る事が許される貴き席。

皇帝の座るであろう玉座よりも高次の座に一人の老人がいつの間にやら腰を下ろし、熱狂するローマの民を見渡していた。

今日来るはずのなかった父……ガンヴィウスがそこにいつの間にか座していたのだ。

 

 

─────神祖様? 偉大なる神祖! 

     おぉ、神祖クィリヌス様!! 偉大なる御方!! 

     我らをお導き下さる唯一の神!!

 

 

ローマの民が更なる熱狂に包まれた。

ルキウスが対戦相手を葬り王者に輝いた時など比較にならない。

全ての民は立ち上がり、恐らく人生で最も喉を酷使しながらガンヴィウス、神祖クィリヌスへ信仰を宣言し続ける。

 

 

両手を握りしめ、涙を流し、直接その姿を見られたという最高の幸福に民たちは酔いしれ狂っていた。

途方もない狂乱だった。

闘技場で罪人を獣の餌にかえた時や、歴代の皇帝が就任の演説を行った時でさえこうはならない。

 

 

 

ルキウスは無言でガンヴィウスに跪いた。

傍から見れば敬意に溢れすぎてこうするしか判らない男とみられるように。

神祖が腕を掲げれば引き潮の様に歓声は一瞬で消え去り、皆が偉大なる神の次の言葉を待つ。

 

 

 

 

「素晴らしい武勇だルキウスよ。

 正しくローマの剣と称するに相応しい。故に相応しい相手が必要であろう」

 

 

ガンヴィウスの宣言と同時にアリーナ内の門の一つが開く。

多くの鎖がぶつかり合う金属音と共に地響きを立てながら何かがやってくる。

 

 

 

「見せしめを使う時が来た。この愚者をお前の手で葬り去りその力を高らかに示すのだ」

 

 

 

影の中より陽光の当たる場所まで重々しく歩いてきたそれ。

───見るもおぞましい存在であった。

左右非対称に幾つも生えそろった巨大で太い腕。

身体のあちこちに浮き出る血走った巨大な目玉。

 

 

オルトロスの如き双頭を持つソレは信じられない事であるが元は人間であった存在である。

かつての名はスパルタクスといった。

ローマとガンヴィウスに反旗を翻し、半時も経たずに壊滅させられた反乱の首謀者だ。

 

 

研究の結果彼の体は非常に、突然変異といってもいいレベルでの頑強性を示した為、ガンヴィウスは彼を実験道具として弄りまわしたのだ。

細胞の分裂の限界を外した上で内部に小型のエーテル炉心を埋め込み増殖を加速させ、更には鎖として神経ステープラーを撃ち込んだ哀れな下僕である。

ルキウスという最高傑作を作り上げる為に必要な様々な実験を行う為に用いられた実験体でもあった。

 

 

今や彼はガンヴィウスの遊具であった。

気が向いた時、使い捨てるつもりで様々な戦場に放り込み、敵を壊滅させるまで暴れ回らせる戦闘奴隷である。

彼の細胞は損傷を受けるたびに激烈な超回復とエネルギーの生成を行うという特徴があり、限界点を超えれば莫大な破壊として周囲に拡散する性質がある。

 

 

 

侮蔑が闘技場に満ちた。

ローマの敵への悪意、神祖に逆らった愚か者への嘲笑、今からルキウスがそれを殺す事への期待。

自分では何もできないのに、何もかもガンヴィウスという絶対者に与えられているだけの者らの無責任がここにはあった。

 

 

内心感じうる苦々しさをルキウスは表に出さず剣を高らかに掲げて宣言した。

腸で煮えたつ怒りを乗せた声は恐ろしい程に闘技場全体に響き渡った。

 

 

「偉大なる神祖よどうかご照覧あれ!

 我が剣こそがローマの未来を切り開くに相応しいと証明しましょう!!」

 

 

 

ガンヴィウスは何も答えない。

彼は頬杖をついてルキウスを眺めながら片手で鷹揚にスパルタクスを指さし念を送るだけだ。

神経ステープラーを通してスパルタクスの体と意思は動かされる。

 

面白いことにガンヴィウスは「また」彼の体を支配しようとして抵抗を感じた。

やはりというべきかスパルタクスの意思はまだ残っているらしい。

 

 

数百年間改造され犯され続けているというのに未だに彼の心はおれない。

だがそんな信念など絶大なガンヴィウスと「彼ら」の超能力の前には無意味である。

何度復活してこようと何千回と精神を上書きし、身体の神経の隅々まで支配された人形は動き出す。

 

 

 

『ギイィィオアオオアオォアオァオアイィィィ!! 

 ア、あ、ぁ、ァ!! イイイィイアア!!』

 

 

涎を垂らし目玉をぐるぐると回しながらスパルタクスだった怪物は動き出す。

技量も何もないが、速度だけはあった。

左右に2本ずつ、合計4本ある巨大な腕が握りこぶしを作り振りかぶられた瞬間にルキウスは動いていた。

 

 

避ける? 守る? 

違う。ルキウスは皇帝になる男だ。ローマを支配し、大陸を支配する男だ。

彼が戦う時にそのような小賢しい事はしない。

 

 

「醜い。貴様はもはやローマの敵でさえなくなってしまった」

 

 

ルキウスは哀愁を込めて呟く。

そして彼は真っ向からスパルタクスの拳を迎撃した。

まず一撃、ルキウスは凄まじい力で剣を振り下ろしスパルタクスの右の腕2本を叩き切った。

 

 

肉塊が宙を舞う中、迫る左からの拳2つに対してもルキウスは淡々と対応する。

あろうことか剣を彼は空高く投げたのだ。

僅かな時間だけ赤髪の男の両手が自由になる。

 

 

「────ッ!!」

 

ルキウスの拳とスパルタクスの拳が衝突する。

まず一撃目。完全に相殺されあった破壊の力が周囲に伝播し、闘技場の地面に巨大な亀裂と断崖を作り上げた。

民たちが悲鳴を上げるが、ガンヴィウスの守護によりそれ以上の破壊の拡散は起こらない。

 

 

スパルタクスが拳を引き、再度の痛撃を叩き込もうとするが、ルキウスは片手で彼の岩の様に硬く太い指を掴んで止める。

更に二撃目。低く腰を落として全身の筋肉を効率よく動作させて放たれた突きはスパルタクスの全身に凄まじい衝撃を与えた。

肉が泡立ち、目玉が割れ、舌が突き出されてビクッと痙攣する。

 

 

拳を叩き込まれたスパルタクスの左腕の一つは余りの打撃の威力に肘あたりまで吹き飛び、骨や肉などが周囲に雨の様に降り注ぐ。

残った最後の腕がルキウスに叩き込まれる。

しかしルキウスは避けず顔面でソレを真っ向から受け止めた。

 

 

「これは慈悲だ。かつての貴様への」

 

 

ルキウスは一歩も後退することはなかった。

微かに額に血が滲む程度の傷しか彼は負っていない。

子供が膝を擦りむいた程度の傷など瞬時に無くなってしまう。

 

 

与えられた衝撃に応じて怪物の体が更に巨大化していく。

細胞に叩き込まれた刺激はスパルタクスを更なる異形へと貶めんとしていた。

超速で再生と破壊が繰り返され、多量のエーテルを飲み込んだスパルタクスはここにきて完全な怪物へと堕ちた。

 

 

二つあった頭部がまた一つに戻り、人間の骸のような不気味な顔が形成された。

窪んで深淵に続く穴と化した眼窩の中には仄暗い真っ赤な光が灯されルキウスを静かに見つめている。

4本ある腕の内、外側の左右2本は更に巨大化し先端にはとんでもない大きさの爪が鎮座していた。

 

 

身体のあらゆる所に精製された眼玉が周囲を威圧するように動き回る。

余りのおぞましさに民たちの中で意識を失う者、嘔吐するものが出るほどの醜さであった。

 

 

空中より落下してきた剣の柄を捉え、構えなおしたルキウスは怪物と対面した。

怪物……そういうことだ。

つまるところガンヴィウスの狙いは、怪物と化したローマの敵をルキウスという英雄が討つ絵面を作りたいのだ。

 

 

そのことを理解したルキウスの口元が裂けるように笑った。

遥か彼方の高みに座す父親を捕食する様に彼は口を開けて息を吐いた。

 

 

剣を振るい、怪物退治が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

4本の腕がそれぞれ独自の動きを持ち襲いかかる光景は攻撃される側にとっては恐怖でしかない。

人としての理性はなくしたが、獣としての闘争本能と元来彼が持っていたであろう素晴らしい戦闘センスの残骸はこの怪物の動きに、恐ろしい程の狡猾さを付与させることができた。

2対の腕は瞬き一回の間にそれぞれ4回ずつ動く事が出来た。

瞬間、ほぼ同時に16のあらゆる種類の攻撃がルキウスに襲い掛かる。

 

 

 

内側の腕は器用に人の技を駆使する。

フェイントなどを時折混ぜ合わせながら合わせて10本の剣の如き爪が異なる速さとタイミング、そして濃すぎる殺意を以て振るわれた。

 

外側の腕は恐ろしい外見通りの凶暴な獣の腕だった。

あらゆる防御の上から相手を叩き潰そうとする暴力だけがそこにはある。

ルキウスの怪物から見ればあまりに華奢で劣っている肉体を叩き潰さんとばかりに質量の暴力を以て暴れ狂う。

 

 

だがそのどれ一つとってもルキウスに傷を負わせることは出来なかった。

戦場で全方位を敵に回して戦い抜き勝利したこともある彼にとっては瞬間の16連を捌き切る事は面倒だが不可能なことではなかった。

彼の体はひらりひらりと小刻みに左右の僅かに移動し、絶えず自らの立ち位置を調整し続ける。

 

すると前もって打ち合わせでもしていたかのごとく怪物の外腕はルキウスの一瞬前までいた所を殴りつけるだけで彼を捉えることが出来ない。

小賢しくも人のような技量で襲い掛かる内腕に対しても彼はたった一本の剣でその全てをはじき返し続けた。

 

 

彼が握るのはただの量産品の剣である。

皇帝候補であり望めば古今東西の名剣をローマの倉庫より取り出せるだけの力を持つ彼であるが、あえてコレといった愛剣を持とうとはしなかった。

彼の肉体性能を考えればこのようなちっぽけな粗悪品などすぐに折れてしまう棒きれに等しいが、ルキウスはだからこそ名だたる剣を使わない。

 

 

自らの性能が凄まじいことを彼は知っている。

そういう風に作られたであろことも。

いわばこの腕力や体力はガンヴィウスから与えられたものであると彼は思っている。

 

 

だからこそ自分だけの力が、比類のない技量を彼は欲している。

あの男の眼を思い出す。

もしも仮に与えたスペックに胡坐をかき堕落したらガンヴィウスは一点の躊躇もなくルキウスを不適合とみなすだろう。

 

 

 

全身に活力を充填し男は不遜な笑みを浮かべてスパルタクスを見つめる。

魔力を剣に流し込み強化を発動させる。彼はこの術が得意であった。

更に体にも魔力を充填させて強化。

 

 

身体能力強化。

五感強化。

直感鋭敏化。

 

世界から無駄な音が消え必要なモノのみが残る。

眼前の怪物と、遠くから眺める神祖と自分だけの世界。

 

 

 

怪物の骸の顔が彼を見つめ返し、口を開閉させた。

 

 

『あ、ぃ、あいぃぃ……アアアア、アああぁアアっ、セイィィ』

 

 

何を言っているかさっぱり分らんとルキウスはつぶやき、瞬時に距離を詰めてその顔を両断。

鉛色の刃は熟れた果実を切る様にスパルタクスの硬化した皮膚を軽々と切り刻み、真っ赤な液体を噴き出せる。

瞬時に再生するが、そんなことは関係ない。

 

 

弱点を探す? 回避しつつ機会を狙う? 

そんな下らない事をルキウスは民と父の前ですることはない。

ルキウスの腕が遠目から見る民たちの視点で見ても消え失せた。

 

 

余りに早く振るわれすぎた結果である。

スパルタクスの体が無尽蔵に切り刻まれる。

まずは10通りの肉片に。規則正しく一片が10センチ四方の加工されたブロック肉である。

 

 

瞬時に肉同士がくっつき合い、全身から斬撃を捌くための腕を形成し踊り狂う剣をつかみ取ろうと足掻く。

しかしその影を掴むことも出来ない。

皮膚を硬化させる。瞬時に鋭さが増し、更に深く切り刻まれる。

 

 

 

「余興も終わりだ。速度を上げるぞ化け物よ。さて、貴様は何分割すれば死ぬのだろうな?」

 

 

 

ルキウスが獰猛に笑う。獲物に貪りつく狼の様な相貌であった。

強化、強化、変換。

魔力を流し込まれた回路が凄まじい音を立てて回転する。

 

 

ルキウスの肉体性能が跳ね上がっていく。

物理法則をねじ切り、因果さえも今の彼にはついていけない。

大気に充満した濃厚なエーテルと彼の体は化合し、神代の英雄さえも凌駕しうる戦闘能力を彼に与える。

 

 

ほんの微かではあるがルキウスは自らの肉体に紫色の霧のようなものが絡みついていることに気づいていた。

途方もない力が彼に流れ込み、想像を絶する力を与えた。

 

 

彼の「技」は一つの流派による奥義や伝統に基づく格式ばった剣術ではない。

多くの戦場を渡り歩き、多くの命を奪ってきた彼が本能的に編み出した最も効率的で千差万別な性質を持った殺戮術である。

未だ完成には程遠く、否、完成という概念さえない永遠に成長する彼の戦闘技術はこの怪物に対しての最適解をたたき出す。

 

 

ルキウスの瞳にはスパルタクスの“中身”が見えていた。

脈打つ複数の心臓、幾つも雑多に無茶苦茶に配置された臓器の数々。

訳の分からない構造をした脳髄らしきものに……彼を縛り付ける“ナニカ”までも。

 

 

全照準認識完了。排除開始。

 

 

一瞬で呼吸を整え、狙いを定めてから限界まで強化された剣が踊った。

 

 

頭。

胸。

胴。

手。

足。

鎖。

 

 

 

身体のあらゆる個所がほぼ同時に叩き潰される。

もう少しで世界の秩序を超えかねない域の技量である。

 

 

傍から見ても何が起きたか判らない絶技であった。

ガンヴィウス以外の誰も把握さえ出来ないだろう。

 

7カ所の部位にそれぞれ9連撃を6回。

合計63発の超速の剣劇は無尽蔵ともとれるスパルタクスの再生能力をしても許容を超えるものであった。

 

死ねという単純にして莫大な思念のこもった攻撃は彼のあらゆる要素に痛恨の損傷を与える。

 

細胞が再生を行おうとして自壊していく。

物理的には細胞核どころか分子単位で、概念的にはスパルタクスの魂レベルでの損傷。

劣化しない存在などありえず、無理やり復元を行うために莫大なエーテルを消費しようとするがもはや彼の身体はガタが来ている。

 

 

力ずくでの再生によって体の一部は液体化し、何十本も精製されたろっ骨は体のあちらこちらから飛び出したその姿はもはや醜いという言葉でさえ表せない。

もう勝負はついているとルキウスは悟っていた。

これはいわば悪あがき、もういつ崩れてもおかしくはない体を無理やり動かしているに過ぎないのだと。

 

 

『感謝する。若き剣士よ』

 

 

しかしおぞましい外見の筒の様な口から出たのは知性ある男の声だった。

かのルキウスをして一瞬未満ではあるが呆気に取られる意外な展開である。

 

 

『私を縛っていた忌々しい鎖を砕いてくれた。君は圧制者ではあるが、同時に反逆者でもある』

 

 

「…………」

 

 

ルキウスは言葉を返さない。

いや、一応は剣を構えて戦闘態勢を取ってはいるがもう勝負は終わっていると彼は理解した。

座の上でガンヴィウスが自らの掌を何回も開閉して何かを確かめるような仕草をしている。

 

 

まるでそこに今まで確かにあったナニカを確かめるような動作だった。

もう存在はしないナニカを手探ろうとしているのだろう。

 

 

『ありがとう。君のいつか来るであろう反逆の時が成功することを祈っている』

 

 

スパルタクスが咆哮を上げて飛び上がる。

ルキウスに向けてではなく、彼は獣の様に四足で闘技場の壁を駆け上がり高みで見下ろす圧制者に向けてとびかかった。

護衛が瞬時に動こうとするが、ガンヴィウスは片手でそれを制した。

 

 

『圧制者! 人々から未来を奪い去り! 選択肢さえ与えない怪物よ!! 

 スパルタクスの怒りを知るがいい!!!』

 

 

「そうか。さようなら」

 

 

ガンヴィウスの人差し指から稲妻の様なエネルギーの奔流が空間を焼きながら飛び出した。

暗黒エネルギーを操作して放出されたアーク放電はあらゆる装甲とシールドを無視して対象の本質を攻撃する特性がある。

高次元の破壊への方向性は三次元では翡翠色の稲妻として表現されており、それをまともに浴びたスパルタクスは断末魔さえ上げることなく塵も残らず消え失せた。

 

 

完全に力場ごと操作された暗黒エネルギー攻撃は周囲のカーテン一枚も揺らすことはなくスパルタクスのみを消滅させる結果に終わった。

 

 

静まり返る観客に対してガンヴィウスは頷いてから行動に移す。

本来はルキウスがスパルタクスを滅ぼし万来の喝采を浴びる予定だったのだが、想定外の事が起こってしまった結果、人々はどうすればいいのか迷ってしまっている。

民はともかく息子に対してのテコ入れが必要だと「彼ら」は判断した。

 

 

 

立ち上がり、少しだけ念を送れば彼の座す高みよりルキウスのいる下座にまで薄く発光する道が出現した。

足音もなく神祖はその道を下ると息子の目の前で足を運んだ。

父が次は何をするのか意識を研ぎ澄ませて備える男に対してガンヴィウスは手を差し伸べた。

 

 

「よくやった息子よ。少々想定外の事が起きたが、此度もお前の優勝だ」

 

 

一度跪くルキウスの手を取り改めて立ち上がらせる。

よく響く声でガンヴィウスは民衆に宣言した。

更に発せられた念話はローマの全ての民へと接続され、認識への強制理解という方法で新しい常識を撃ち込み始めた。

 

 

「ウラキ・ガンヴィウス=クィリヌスの名のもとに宣言しよう。

 ルキウス・ヒベリウスを次期皇帝として指名する。 

 我が民たちよ、この若者の行く末をどうか見守ってやってくれ」

 

 

神託という形で数億の人間の意識を軽々と掌握しながらガンヴィウスが宣言すれば、一瞬の間の後にローマ全土が歓喜で揺れた。

久方ぶりの皇帝という神祖の補佐者が出るという事は即ち、ローマに再び何らかの巨大なうねりが巻き起こるということである。

それが何なのか理解はできないが、ローマの民たちは自分たちは絶対に大丈夫だという確信があった。

 

 

 

なぜならば自分たちには神祖クィリヌスという唯一にして絶対の庇護者がいるのだから。

サーサン朝、ハンニバル、アレクサンドロス、ゲルマン、全ての敵を圧倒的な力で叩き潰した完璧なる存在に守護されているという安心感は

どれだけの危機が迫っていたとしても自分たちは大丈夫という安心感を与え、今度は何が来るのかと楽しみにしてしまうほどの余裕を彼らに与えていたのだ。

 

 

莫大な歓喜の声を上げて熱狂する市民たちをルキウスは冷めた瞳で見つめていた。

内心で唸りを上げる炎を瞳に込めてガンヴィウスの背を見つめるが、明らかに気づいているはずの彼はそんなこと気にも留めはしなかった。

 




次話は見直し終わってから投稿します。
明日か明後日のどちらかになる予定です。




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剣帝ルキウス

後編になります。
アッティラさんが暴れだして抑えるのに苦労しました。


 

【アッティラ・ザ・フン】

 

 

 

閉じていた瞳を開ける。

音も何もありはしないのに、肌を突き刺すような寒気と圧を彼は感じていた。

ここは野営地の中、司令官たるルキウスは今、出陣の時を控えていた。

 

 

旧サーサン朝領の東。

ヘラートという都市の外れに彼は陣を築いていた。

既に数度アッティラの軍とは事を交えているが、未だ決定的な勝利を彼は得られていない。

 

 

アッティラ率いるフン族との闘いはゲルマンを軽々と蹴散らした彼をして手ごわいと断ずるほかはない。

 

 

騎射を中心とした機動力の高い弓兵たち。

ゲルマン人さえ子供に思えてしまうほどの高い身体能力を持った一般兵。

滅ぼした様々な種族を加えて形成された連合軍は士気という意味ではとても低いが、そんなこと彼らには関係ないのだろう。

 

 

なぜならばフン族の軍団は生きているとは言えないからだ。

誰も彼もが無表情であり、死ぬときでさえ叫び声一つ上げない。

全てが死兵である上に何らかの高度な魔術的な要素が含まれているのか彼らは一瞬の間に全ての指揮官と兵士との間に情報伝達を行い、縦横無尽に戦術を即座に修正してくる。

 

 

地には巨人。

空にはワイバーン。

兵士は全て死兵であり、一人一人の身体能力はガンヴィウスが数世代をかけて品種改良したローマ人にも匹敵する。

 

 

まるで軍団という大勢というよりは無数の手を持った個人を相手にしているに近い。

しかしそんな難敵を前にしてルキウスの頭はかつてない程に冴えわたっていた。

軍としての手ごわさもそうだが、彼の興味を引き付けるのはアッティラである。

 

 

 

アッティラ大王とは戦場で一度遠目から眺めた程度の存在であるが、正にその力は彼を以てしても圧倒的という他ならない。

死人の様な肌と顔、真っ赤な瞳、全ての色素が抜け落ちた髪をした中性的な男。

奇妙な形状の光輝く剣を一振りするごとに鍛え抜かれたはずのローマ軍が文字通り消し飛んでいく光景はルキウスからみても異常と言えた。

 

 

 

幾ら兵士をぶつけてもアッティラは倒せないとルキウスは理解している。

自分以外の全軍をぶつけても、恐らくアレは問題なく殲滅するだろうと。

ならば、当初からそのつもりではあるが、自分が片を付ける必要がある。

 

 

ローマの全軍はアッティラから護衛を引きはがすために使う。

フンの軍団が全て大王の手足というならば頭を切り落とせば総崩れになると彼は直感していた。

そしてそれが一番難しいことも。

 

 

極論、アッティラ一人殺す難易度はフン族の戦闘員全てを殺しつくすことよりも難しい。

いや、そもそも大前提として自分はアレよりも強いと確信さえ抱けない。

ふと見れば、ルキウスは自分の腕が震えていることに気づいた。

 

 

歯が噛み合わず、背筋は少しばかり寒い。

気づいて。その瞬間に彼は感情を噛み締めた。

 

 

「そうか。そうか、そうか……」

 

 

燃えるように熱いのに寒い。

今まで必ず勝てる戦いしかやっていなかった彼が初めて敗北という二文字を認識して抱いた感情の名前は「喜悦」であった。

沸き上がる高揚が胸を突き破ってしまいそうな程に激しく暴れている。

 

 

 

剣の柄を砕けそうな程に強く握りしめ、ルキウスは深く笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ローマとフン族の戦闘は朝早くより始まっていた。

なだからな平原において向き合った両軍は最初から出し惜しみなどせず総力を以てぶつかりあっている。

フン族は巨人の上に巨大なやぐらを背負わせ、そこに配備した弓兵から延々と矢の雨を降り注がせながらじわじわとローマの前線をこじ開けていく。

 

 

好き放題に走りまわる遊牧騎兵は通常の馬の倍を超える機動力があった。

彼らはどうやったかは知らないが馬を品種改良して魔術回路を付与させたようで、馬たちは生存本能に突き動かされて自らに強化魔術を駆使しているのだ。

普通ならば足が折れてしまうほどの無茶な軌道を平然とこなしながら的確にローマの重装兵の鎧の隙間を射抜き続ける彼らにローマは多大なる苦戦を強いられた。

 

 

空にもフン族はワイバーンを配備していた。

恐ろしいことに彼らは邪竜の子を養殖し支配する術を手に入れているらしく、トカゲたちは洗練された動きで空より火の雨を降り注がせていた。

 

 

しかしローマの弓兵も負けてはいない。

魔術師たちは選抜されたスナイパーたちに様々な加護を与え、空高く舞うワイバーンたちを叩き落す力を彼らに与える。

空へと突き出された槍は的確にワイバーンの頭や心臓を打ち抜き、小賢しい空の王気取りを地面へと引きずり落す。

 

 

ルキウスが前線でフン族の兵士を薙ぎ払えば、我々には次期皇帝がついていると鼓舞された兵士たちの士気は跳ね上がり、空より降り注ぐ火の玉など恐れもせず両軍は入り乱れて殺し合った。

 

 

巨人が無数の鎖をひっかけられ引き倒される。

ワイバーンが何匹も撃ち落され、轟音と共に落下してくる。

一部では騎射兵たちがローマの兵士たちを引きずり回しながら矢を放ち続け、そのたびに死者の河を作り出していた。

 

 

朝早くより始まった戦いは昼にかけて更に熱気を増していく。

もはや敵味方という区別さえ曖昧になるのではと思えるほどの純粋な戦場、殺意と殺意の衝突がここにはあった。

 

 

 

しかし。

空より突如として光が降り注ぎ、ローマ、フン族関わらず消し飛ばしたことによって一気に熱ははじけ飛んだ。

最初ルキウスはその光をガンヴィウスが行ったものかと思った。

カルタゴの将をアルプスの数割と共に消し飛ばした天からの裁きに非常に近いモノがあったからだ。

 

 

更に二回、戦場に光が降り注ぐ。

より多くの命を巻き込む位置に的確に叩き込まれた光弾は両軍の4割近い命を無造作に蒸発させるに至った。

凄まじい熱波が地表を駆け巡り、その脅威に晒された者たちは自分が死んだことにさえ気づかない内に消えてしまった。

 

 

この時代にはありえない爆撃という概念。

それも無差別な終末爆撃を受けた結果、両軍に齎された被害は絶大なものである。

命に一片の価値も見出していないどころか、積極的に浄化を推し進める殺戮者の行為。

 

 

 

大勢の黒焦げのかつて人であった残骸が転がる爆心地を一人の人間が歩いている。

真っ白な髪。死人の様に血の気のない肌と顔。無機質な宝石の様な赤い瞳。

四肢は細く、少し力を籠めれば折れてしまいそうだが実際はこの世の誰よりも屈強な性能を有する肉体。

 

 

一見すれば長髪にも見える白いヴェールを被った姿はさながら花嫁衣裳にも似た様であった。

 

 

全身に淡く輝く青い紋章を刻んだ怪物。

これこそ文明の破壊者・アッティラ大王その人であった。

アッティラは自らの行った大虐殺にさえ何の関心も抱いていない。

 

 

彼は無数の黒い塵を踏みにじりながら堂々と歩く。

視線は方々をさまよい一点に収束することはなく、手にした奇妙な形状と色彩の剣を引きずりつつ、ふと思い立ったかの様にその剣を軽く振るった。

 

 

 

アッティラの剣はまるでムチのように撓り、延長され、暴風の如き斬撃を飛ばす。

生き残り地面にはいつくばっていた兵士たちが衝撃で弾き散らされ、多くの黒い点が空に浮かび上がる。

数秒後、ボトボトという音と共に黒い雨が地面に悲鳴と一緒に降り注ぎ、やがては何も聞こえなくなった。

 

 

何の感慨もない攻撃でさえ対軍規模と化す怪物を前に、ルキウスは臆すことなく真っ向から歩み寄り、ちょうど10歩分ほど距離を置いて向かい合った。

アッティラの赤い瞳が眼前の障害に対して視点を合わせる。ルキウスもまた“眼”でアッティラを見た。

 

 

女か。

いや、もう性別などこの化け物に対しては無意味かとルキウスは悟る。

外見こそ人であるが彼女の内部構造は人のそれとはかけ離れている。

 

弱点となる臓器は存在しない。

全身の細胞一つ一つが全ての臓器の役割を果たすことができる。

あのスパルタクスさえも超えた超大な生命力の塊であった。

 

 

そもそもアッティラに心臓や脳といった重要な器官はなく、女としての象徴である子宮もない。

生物として子孫を残す必要がない完成され、行き詰った存在がアッティラであった。

彼女を殺すには物理的に全身を生存不可能なほどに粉々にするより他ない。

 

 

大変結構。ならば実行するだけだ。

内部で燃え上がる熱をひたすら言葉に再変換し、彼は濃厚な殺意と歓喜に満ちた破壊を以て彼女に叩きつける。

 

 

「ローマだ。ローマがお前を殺し、俺は更なる高みへと至る。此処で死ね、アッティラ大王」

 

 

何も写そうとしない虚無の瞳がルキウスに向けられる。

水晶玉染みた無機質な目の中では彼女だけの理論が構築され、直ぐに結論は下される。

 

 

「強い命……文明を導く者……お前はここで破壊する。

 お前の文明も破壊する。お前たちの存在を全て破壊する。この世に命などいらない」

 

 

彼女の握りしめる剣が不気味に発光し、それが開戦を告げる号令となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【皇帝と大王】

 

 

 

ルキウスは初手より最大出力でアッティラに切りかかった。

強化は肉体だけではなく頭にも回し、時間に対する感覚を操作。

彼の魔術回路はエーテルを貪欲に吸収消化し莫大な活力を供給する。

 

 

 

2倍、3倍まで彼の時間は引き延ばされ、彼の極まった剣術が通常の3倍の速度でアッティラに襲い掛かった。

限界まで強化されている長剣が悲鳴を上げる。

物理法則という本来地表を覆うはずのテクスチャを無視した動きに世界が捩じれる。

 

高密度のエーテルを纏った剣が大気に存在する様々な物資や、一分一秒ごとに修正をかけようとする世界とせめぎ合い、白熱化して舞った。

 

 

手足に頭、胴体、両目。

どこが弱点か判らないアッティラの身体を粉々に粉砕すべく剣撃が迫るがアッティラは片手でそれを防ぐ。

秒間に何百という暴風の様な攻撃を彼女は全く苦もなく、何の感慨も見せずに捌き切った。

 

 

無機質な瞳は普通ならば目視さえ叶わぬテクスチャに設定された速度を上回る剣速を完全に捉え切っていた。

数秒後、完全にルキウスの剣技を上回ったアッティラの剣がルキウスの首元に迫る。

しかしルキウスはあろうことか魔力を集中し強化を施した片手でアッティラの刀身をつかみ取った。

 

 

その程度ではアッティラの剣を完全に停止などさせられず、切断された指が宙を舞った。

剣が止まったのは半秒にも満たない時間だ。しかしルキウスにはそれで充分である。

一瞬とはいえルキウスの予想外の行動にアッティラの意識に隙が生まれる、この行動に何の意味があると些細ながらも考えてしまった空白。

 

 

アッティラの腹部に強烈な蹴りが深々と叩き込まれた。

「く」の字に体を折れ曲がらせた上に自らの骨が砕けていく音を聞きながら彼女は吹き飛び、何度も平原を跳ねていく。

 

 

ルキウスは自らの切り落とされた指を見た。

紫色の霧の様なものが収束し、瞬く間に再生していく。

何度か開閉して調子を確かめた後にルキウスは肩に剣を担ぎ吹き飛んだアッティラの元に進む。

 

 

 

「準備運動はこれくらいでいいだろう大王よ。

 見えるぞ。まだ貴様は暴れたりていない、殺したりていない」

 

 

 

堪えきれずルキウスは笑う。

生まれて初めて味わう戦いに彼は酔っていた。

 

 

「俺もだ! あぁ、俺は今、猛烈にお前を殺したくてたまらない!! ハハハハハっ!」

 

 

アッティラが立ち上がる。全く痛打を感じていない様子で。

ゴキリという音が何度も鳴り渡り、骨折が瞬く間に修復されていく。

全身が青く輝き、エーテルが彼女を中心に渦を巻く。

 

 

さながら暗黒天体の様にそれらを大王は貪りだす。

 

 

進化が始まる。

敵対的な存在、自分を壊しえる存在を見つけた彼女の身体は最適化と更新を行うのだ。

何の感慨もみせず大王は冷たく澄んだ殺意を口にした。

 

 

「繁栄は許されない。私は貴様たちの全てを殺しつくす。

 お前を殺し、ローマを殺し、この世界から全ての命を消し去ることが私の願い」

 

 

人間を殺す。

幻想を殺す。

神秘を殺す。

文明を殺す。

過去を殺す。

未来を殺す。

現在を殺す。

 

 

命を全て殺す。

そしてこの星を殺す。

最期は自分も殺す。何も残らなくていい、この世の何もかも消し去ってやる。

 

 

朗々とアッティラは森羅万象への殺意を露わにしていく。

彼女が“使命”を語るたびにありえざる力が発露する。

刻まれた紋章が輝く。

 

 

それは遠い外宇宙からの悪意。

本来ならば欠けていたはずのそれは、完全なる形でここにある。

エーテルを一定量取り込むたびに彼女の力は数乗され、ルキウスと交戦した僅かな時間で大王はもはや先とは比べ物にならない域へと変貌していた。

 

 

大王が進むたびに草花が枯れ落ちる。

息も絶え絶えだった兵士たちが文字通り息の根を止められる。

存在するだけであらゆる命を崩壊へと追いやり、けた違いの規模で魂喰らいを行使してしまうのが彼女だ。

 

 

 

アッティラが剣先をルキウスへと向ける。

それだけで男は自らの首がずれ落ちる光景を幻視した。

もしもここに立っているのが彼でなければ、大王に敵意を向けられたという事実だけで因果がねじ曲がり死絶していたかもしれない。

 

 

 

男は頭の中で幾筋もの仮想の戦いを繰り広げ未来を予測する。

数百という戦いの未来を試行したが、どれも敗北しかない。

 

 

首を跳ねられた。

身体を砕かれた。

欠片も残さず吹き飛ばされた。

手足を引きちぎられ放り投げられた。

 

 

なまじ可能性を垣間見ることが出来るせいで、ルキウスは己の死にざまを数百と幻視した。

 

 

どうあっても勝てない。

明確な格上の存在、それがアッティラ大王だ。

 

 

ガンヴィウスはこれを試練と称した。

今までの自分では難題だと判った上で彼はアッティラ討伐を下した。

ならば計算を超えるしかない。でなければ彼からローマを解放するなど夢にも語れない。

 

 

己の穏やかな心音を聞きながらルキウスは熟考する。

この生涯において得難い難敵をどうやって殺したものかと。

 

 

ふと、何者かの声をルキウスは聞いた。

瞳を閉じ、意識を収束させよと。

彼の根底に作られた繋がりからの声、魔術的な要素ではない、もっと根源的な……起源ともいえる繋がり。

 

 

 

ルキウスは本能的に、まるでそうするのが当然の様に瞳を閉じた。

呼吸を整え、脱力し、項垂れるように頭を下げた。

ガンヴィウスが行う様に彼は大王を前にして瞑想を行う。

 

 

瞬間。彼の頭はこれまでにない程に冴えわたっていた。

 

 

時間が更に引き延ばされる。

暗闇の中、気配の外で大王が迫るのを彼は感じた。

先ほどとは次元の違う攻撃がもう間もなく放たれる。

 

 

あと数秒もすれば自分は死ぬと彼は悟った。

チリチリと肌を焼く殺意を感じながら、彼は“ナニカ”に手を伸ばし、薄い膜のようなソレを……ヴェールを拭い去った。

 

 

 

そして。

 

彼は。

 

■■した。

 

 

 

最も古い記憶である覗き込んできたガンヴィウスの顔が唐突に浮かんだ。

その顔が徐々に剥がれ落ちていく。

まるで張りぼてが風化して落ちていくように。

 

 

周囲の地形もすべてが崩れ落ちていく。

大地と空の境界線が消え去り、倒れていた亡骸が消えうせ、彼は紫色の霧に覆われた奇妙な世界に放り出された。

夜空には星のような光が煌めいているが、大地はなく自分が今どこに立っているか判らない。

 

 

時間は止まり。全ての流れは消え失せた。

そもそもここには時間という概念さえないのかもしれない。

多くの魔術師が語る「根源」とはこのような場所なのかもしれないと彼は思った。

 

 

 

周囲にはルキウスの亡骸が転がっている。

切り刻まれた者。

焼かれた者。

砕かれた者。

原型さえない者。

 

 

彼が数多く見てきたアッティラに敗北した己の姿がここにはある。

そしてこのまま戦えば恐らくそうなる未来の姿。

 

 

 

ふと視線を感じて上を向いて……ルキウスは思考を止めた。

 

 

これは───星空ではない。

あの無数の光は眼だ。

理解不能で巨大極まりない存在が自分を覗き込んでいる。

 

 

研究者がちっぽけな虫を観察し眺めるように、自分という矮小極まりない存在を理解不可能の何かが観察していた。

 

 

 

大陸よりも。月よりも。星よりも。

銀河よりも巨大な無限の広がりを持つモノに彼は見下ろされていた。

神とさえ表現することを憚れる極めて超大な存在であった。

 

ローマに存在するあらゆる芸術作品でもこのような存在は見たことがない。

まるで、まるで、と言い表す言葉を探すが何も出てこないし浮かばない。

 

 

あえて評するならば学者が提唱する人間の脳髄の中に存在するとされる超高度な情報伝達網を可視化したものか

はたまたはこうあると提唱されているジュピターの表面図であろう。

 

 

 

明確な物体としての形はないが、確かにそこにある「彼ら」は己たちの領域にまで侵入してきたルキウスに対して「彼ら」基準での見返りを与える。

ようこそシュラウドへ。歓迎する。息子よ、と。

 

 

 

『ここまで至ったか。大変結構。合格だ』

 

 

 

ルキウスは瞬間理解した。

これこそが己たちが神祖と崇める存在の正体なのだと。

人の前に見せる堂々とした姿と神祖としての名など偽りであると。

 

否。あれは慈悲なのかもしれない。

未だ星々の世界に手が届かぬ文明にとって、この存在は余りに理解の外にあるのだから。

 

 

 

 

 

 

【親心】

 

 

我らの息子にして創作物たるルキウス・ヒベリウスは素晴らしい快挙を成し遂げた。

我々の計算ではアッティラ大王に彼が勝利する可能性は■■■■回のシミュレートの結果、総合して10.24%であると判断されていたのだが

実際戦闘態勢に入ったアッティラ大王の戦闘能力を考慮した結果、限りなく0に近いという結果に修正されていた。

 

 

アッティラ大王の予想される正体はコレクターの用いていた巨人の残骸かもしくは複製、はたまた切断された無事なパーツが寄り集まって誕生したバックアップである。

単体で惑星を壊滅させる存在の残骸は当初予想していたよりも遥かに高い戦闘能力を未だ保持しているようだった。

 

 

0と1の間には無限の広がりがある。

勝率が1%であったならば我々もここまで積極的な介入はしなかったであろう。

 

 

そのままでは間違いなくルキウスは倒れると判断した我々は一か八か彼に囁きかけることにした。

もしもこの声を認識するならばよし、ダメならばアッティラに殺された後、死体を回収し我々の外部操作で動く端末へと作り替える予定であった。

ここまで育った上に大々的に民の前で次代の皇帝と宣言してしまった以上、彼の死は我々の計画を大幅に後退させる要因となる。

 

 

それは容認できない。

既に「剣」の所有者は現れ順調にブリテンを平定している。

ヴォーティガーンの記憶を読み取った結果、あの島には我々の予想以上のアノマリーの宝庫が存在することは発覚しており、そちらの計画も進み続けている。

 

 

全てを手に入れる為にはルキウスの存在は非常に重要となってくる。

失うわけにはいかない、最悪肉体だけでも。

 

そして彼は我々の差し出したチャンスを見事につかみ取った。

物質的な制約にとらわれた者と我々が交信するためにシュラウドの一部に作り出した空間に彼は今いる。

ここまですんなりと事がうまくいったのは我々にとって嬉しい誤算である。

 

 

超能力者としてもルキウスは素晴らしい素質を秘めている。

そうなるように因子を埋め込んだのは我々だが、こうして開花させたのは間違いなく彼の今までの献身の成果だ。

故に我々は今までの彼の努力に対して相応の見返りを与えることにした。

 

 

 

『合格だ。お前はシュラウドを認識できた。

 既にアッティラ大王の討伐など問題ではない。奴を片付ける為の力をお前にやろう』

 

 

シュラウド・リンクを開始。

今のアッティラと比してもなお圧倒的と称せるほどの力と大王を殺しえるであろう事象崩壊攻撃を始めとした幾つかの術をルキウスに与えようとするが

彼は我々をまっすぐに見つめ首を横に振り声を張り上げた。

 

 

 

「天上に座す偉大なる御方、どうかそのまま俺とアッティラの戦いをご覧になってください! 

 俺はいつか貴方からローマを巣立たせる事を夢とする者! 

 ここが分岐点なのです。

 俺たちが貴方の愛玩存在で終わるか、または貴方の予想さえ超える可能性を生み出せるかの!」

 

 

 

ルキウスの力強い訴えに我々はマーリンの言葉を想起した。

我々のやり方では可能性を縮めてしまうという、納得のいく指摘を。

ルキウスとマーリンの両者にそう評されたということは、つまり事実なのだろう。

 

 

「そもそもこの試練を与えたのは貴方だ! 

 ならば───黙って俺の戦いを見ていろ! 一度任せたのならば口を挟むんじゃねえ!!」

 

 

なるほどその通りである。

そして時にはどうあっても養殖ではたどり着けない天然モノも存在する。

彼の精神の輝きは未だかつてない程に高まり続けている。

 

 

 

しかしルキウスを失うわけにはいかない。

 

 

だが興味もある。

ルキウスの可能性を観測できれば

より深いSOL3の知的生物の精神活動とそれに付随する可能性開花に対しての知見を得られるだろう。

 

 

この星の知的生命体の精神活動は時として奇跡さえ引き寄せることがある。

それは即ち、我々の提唱する論理の正しさの証明でもあった。

之を否定することは今までの我々の歴史の否定である。

 

 

 

逡巡は一瞬。

しかして天文学的な回数の計算を繰り返し結果は出た。

不合理。非効率。回り道。遠回り。これを表す言葉は幾つもある。

大変結構。最高効率だけを目指すのならば機械にでも演算を任せておけばいい。我々は違う。

 

 

『シュラウドとの接続は残しておく。

 これはお前自身が勝ち取った新たな境地。だがそれだけだ。我々は手助けしない。

 そして仮にお前が敗れて死んだ時はお前の肉体を好きにさせてもらう。お前の存在は我々の計画に必須だ』

 

 

 

『最後の確認である。────本当にいいのか?』

 

 

 

是非もなしとルキウスは答え、現実が追いついた。

 

 

 

 

 

 

【剣帝ルキウス・ヒベリウス】

 

 

 

 

「……?」

 

 

鞭のようにしなる剣がルキウスの立っていた個所を直撃し、新たなクレーターを作る。

だが確かに感じた手ごたえと、それに付随する違和感にアッティラ大王は顔を傾げた。

殺戮機構の如き存在である彼女の絡繰り染みた思考回路の中にあっても、湧いて出た違和は無視できるものではなかった。

 

 

巻き上がった粉塵が晴れれば、そこにはルキウスがいた。

彼は限界まで強化した長剣でアッティラの一撃を見事に防ぎきっている。

刀身を僅かに傾けて攻撃を受けることで、彼は大王の破壊を受け流し耐えたのだ。

 

 

くるくると回りながら折れた刀身が空を舞う。

しかしルキウスの身体からこぼれ出る不気味な青紫の霧が折れた剣にまとわりつき、半透明の脈打つ幻の如き剣を形成した。

 

 

 

大王の殺意を流し込まれた大地は隆起しあちらこちらに小規模な地割れが引き起こされてしまっている。

金属が巻き戻される不気味な音と共にアッティラの剣が元の長さに戻る。

 

 

彼は何でもないように足を踏み出す。

剣や体の調子を確かめるように腕や首を鳴らしながら進む。

アッティラも同じように進みだし、やがて両者の歩みは速足となり、最後は全力の疾走となった。

 

 

秒もかからずに剣と剣が激突し余波で更に大地が抉れた。

超速で剣同士がぶつかり合う。

一見すれば力任せの様に見えてその実計算された剣筋のルキウスと徹頭徹尾冷たく感情というものを見せない大王の戦いは真逆であった。

 

 

ルキウスの剣が大王の首を狙う。

当然の様にはじき返され、ルキウスの左腕を根本から切断する軌跡で剣が振り下ろされる。

しかして大王の剣はちっぽけな人間を真っ二つにすることは出来ず、虚空を切り裂くだけだった。

 

 

攻撃を回避された大王は左足を折りたたみ、右足を軸に身体を車輪の様に半回転させ猛烈な勢いの宿った蹴りを繰り出した。

それは寸分たがわずルキウスの腹部に命中し、彼は血反吐を吐く。

身体を突き抜けた衝撃だけで彼の背後にあった小高い丘が抉れる。

 

 

しかしルキウスは倒れも後退もしない。彼は笑っていた。

血反吐を吐き、臓器の幾つかを叩き潰されながらなお彼は今を楽しんでいた。

お返しとばかりに突き出された拳はアッティラの顔面に命中し彼女を仰け反らせるが、この程度は何の問題もないと言わんばかりに大王は沿った態勢からすぐに復帰する。

 

 

 

アッティラの額に浮かんだ傷が再生する。

ルキウスの臓器は瞬く間に超回復しより強力な機能を得て再起動する。

限りなく不死身に近い両者の戦いは果てが見えない消耗戦であった。

 

 

そして暖機運転は今を以て終わりである。

ルキウスは改めてアッティラの強さを実感し全身全霊を尽くして超えるべき壁だと理解した。

アッティラは目の前の男を完全に破壊することを最初に決めたまま何も変わらない。

 

 

 

 

二人とも何も発さず、黙々と構えなおす。

言葉はいらない。

既に目的は宣言し終えた。

後は殺し合って勝者を決めるだけ。

 

 

 

 

「ッッッ!」

 

 

 

最初に動いたのはルキウスである。

己の内側から溢れる力を更に細かく、狂う程に緻密に制御して先ほどは弾かれた技を更に練ってくりだす。

やはりというべきかアッティラ大王の身体に弱点はない。

臓器もなく、万能にして完璧なる細胞の集合体である。

 

だがそんなことは問題ではない。

現に今まで彼女を一度たりとも殺しえていないのだから、理屈を考えてもしょうがない。

何よりそういった小賢しい考えを抱きながら戦うのはルキウス・ヒベリウスという男には似合わない。

 

 

 

狙うはただ一点。頭部である。

おおよその生物の弱点であるそこを失った場合どうなるかをまだ確認していない。

何より、ルキウスはアッティラ大王の首を跳ね飛ばすか、その死人の様に整った顔を叩き割りたくてしょうがないのだ。

 

 

頭の中で何かが切り替わり、ルキウスの時間だけが周囲とズレる。

数値にして5倍の加速。

世界の全てが普段の2割の速さにまで落ちる中、アッティラだけはいつも通りの速度で動いていた。

 

 

彼女の赤い瞳。美しいソレを砕く意識でルキウスは殺意を紡ぐ。

これで終わりならば敗北。逆に殺しきれたならば勝利。実に容易い話だ。

 

 

ほぼ同時に放たれる9つの斬撃。

それらは多種多様な三次元の軌道を描きながら頭だけを狙っていた。

 

 

爆音が鳴り渡り迫るソレをアッティラはやはりというべきか片手で軽々としのぎ切る。

四方八方へ衝撃は拡散し世界を刻んでいく。

流れ弾と化した一撃が城塞都市の一部を粉々に吹き飛ばした。

 

 

まずは5倍。

 

そして、次に飛んできた9つの斬撃が彼女を襲う。

そしてそれも弾く。僅かに手がしびれる。

 

 

6。

 

 

更に飛ぶ9連。

弾く。腕に衝撃が走り大王は眉を潜めた。

 

 

7。

 

 

続く9発。

先よりも威力速度共に跳ね上がっていたソレを逸らしきれずに一撃が掠り大王の頬に傷が走った。

 

 

 

8。

 

 

「っ……!」

 

 

吹き荒れる9発。

遂にアッティラの口から呻きとも取れる吐息が漏れる。

二発、勢いを殺しきれなかった攻撃が体の各所に痛打を与えた。

 

 

 

9。

 

そうはさせるかとアッティラ大王の剣が青い残光を描きながらルキウスの攻撃を迎撃する。

見よう見まねで再現された9つの殺意がルキウスの殺意と衝突し大爆発を起こし、大陸の地殻へと影響を与えるほどの力によって局所的な地震が起きた。

 

 

10。

 

 

知った事かとルキウスは更に加速を続ける。

全身が悲鳴を上げ、骨が折れるが瞬時に超再生し強化される。

 

 

何度も弾かれる中学習したアッティラが迎撃を苦手とする角度を割り出し、ソレを基点として軌道を演算し描く。

何度迎撃しようと、何度弾かれようと、何度再生しようと、その全てを悉く上回り殺しつくしてやる覇気がここにはある。

 

 

 

縦横無尽に剣が暴れ回る。

ルキウスの剣とアッティラの剣は目視できない速度でぶつかり合い、周囲に壊滅的な余波を撒き散らしていた。

 

そんな中、アッティラ大王の剣が不気味に輝きだす。

鍔が大きく展開し2対6枚の不気味なカギ爪の様な異相を露わにした。

 

 

しかし───11。

 

 

暴風は続く。強化と加速、際限なく高まり続ける射殺す絶殺。

当初の11倍の速度で叩き込まれる攻撃はもはや切れ目さえ判らない。

9人の英雄が同時に最高の効率で連携を行うが如き死の嵐がここにはある。

 

 

右から。

左から。

上から。

下から。

斜めから。

後方から。

未来から。

過去から。

現在から。

 

 

一つ一つの剣筋が生き物のように空間でのたうちまわり、たった一つの命中地点である頭部を狙って迫り続ける。

もう少し、もう少しでルキウスの剣は秩序というつまらない物理法則を破壊する域へと迫っている。

だがアッティラはそのようなモノを待つ気はない。

 

既に9つの内半数程度しかはたき落とせていない彼女の身体は見る見る削れては戻るを繰り返し続ける有様だ。

しかし身体性能は欠片も衰えていない。

痛みも感じず、恐怖もなく、感慨もなく彼女はルキウスを破壊するために動く。

 

 

「強い命よ、壊れろ」

 

 

滔々と無機質な声で呟けば、彼女の剣は更に強く輝く。

禍々しい瞳を焼く虹色の光である。

刀身が螺旋を描くように回転し、膨大なエーテルを循環させながら回転を強めていく。

 

 

 

彼女を中心に大渦が作り出される。

それは戦場を飲み込み、ローマを貪し、大陸全土での異常気象を引き起こす。

惑星を殺しうる規模の力の発露、かつての巨人が振るったアンチ・テラフォーミングシステムの一端である。

 

 

大気がかき混ぜられ、原子が混ざり合い、原初の混沌の海が再現される。

ここから何も生まれない、生み出させない、永遠にこのまま放置されて後は絶えるだけの世界。

天地即致す劫末の輝きである。

 

監視していた「彼ら」さえ想定外であるとし危機の脅威度を数段跳ね上げる規模のエネルギーをアッティラは支配する。

地球の命を丸ごと吸い上げながらアッティラ大王は全て剣へと束ねた上で力任せにルキウスへと叩き込んだ。

 

 

「──────。」

 

 

瞬間、ルキウスは己の限界を無理やりこじ開ける。

眼球が破裂し光さえ失いながら彼は己の直感のみを頼りに撃つべき所に剣撃を撃ち込む。

20倍にまで加速された9つの攻撃が瞬間大王の光剣へと撃ち込まれ……遂に“重なった”

 

 

 

────此処にありえざる事が起き、世界はそのつじつま合わせを行った。

 

 

この星のあらゆるものを破壊する剣とこの世ではありえない事象の崩壊がぶつかり合う。

 

 

 

キィンという高い音がした。

氷を槌で叩き割った時の様な心地のいい音。

半ばより“消滅”した大王の剣の残骸が飛び散っていた。

 

 

 

剣に収束していたエーテルが制御を無くして吹き荒れ逆流する。

剣を通して大王の体内に途方もない熱量が送り込まれ彼女の身体を内側から隅々まで細胞単位で消し去っていく。

身体のあちこちから光を噴き出し血液を蒸発させながら、それでもアッティラは剣を振りかざそうとした。

 

 

半ばより消え去った剣を無理やり再起動させ、柄を展開し制御を無視して最後の機能を使用。

己を中心に発生する無差別終末攻撃。

天からの落涙によって全てを無へと返さんと彼女は動く。

 

 

 

しかしそれは叶わなかった。

今まで放っていた9つの剣筋に比べればあまりに稚拙だが、現状では最適ともいえる効果的な剣閃が彼女の身体を瞬時に切り刻んだ。

剣を握りしめていた右腕が空を飛び、そのまま遠くへと落ちていく。

 

 

 

それを彼女はどこか他人事のように見つめていた。

迫る今宵最高の威力を誇る9つの死を前にしても何も変わらず、救われず、大王は呟くだけだった。

 

 

「ここで終わりか。────私は何がしたかったんだろうな」

 

 

零れた言葉を拾ってくれる者は誰もいない。

誰も彼女を愛さない。誰も彼女を知りえない。少なくとも、この地では。

諦めを抱きながら大王は皇帝の攻撃に飲まれ跡形もなく全身を粉砕され、この世から今度こそ完全に消え失せた。

 

 

彼女がつい今までいた空間には無虚な穴が開いており、もう誰もそこにはいない。

大王のつけていた白いヴェールが風に流されて空へと消えていく。

 

 

「……欲のない王に何の価値があろうか。

 アッティラよ、貴様は王などよりもそこいらの村娘の方が性にあっていだろうな」

 

 

口から零れるのは侮蔑ではなく純粋な感想だった。

あれだけの凄まじい力を持ちながらも根底は空虚で、何かの操り人形染みていた彼女への憐憫かもしれない。

いや、操り人形なのは自分も同じかもしれないと男は噛み締めた。

 

 

大王を下し勝者となったルキウスは一人佇む。

かつてない程の疲労を感じながらも彼は宙の先を見据え、次いで振り返る。

 

 

 

多くの兵士たちが彼を見ていた。

憧れ。恐怖。畏怖。崇拝。あらゆる感情が彼に向けられるがそれが皇帝というものである。

ルキウスはその全てを飲み干す程の熾烈な笑みを浮かべ、剣を高らかに翳して宣言した。

 

 

 

「アッティラ大王はこのルキウス・ヒベリウスが討ち取った! 

 神祖クィリヌスよ! わが戦い、我らローマの勝利を祝福あれ! 

 ─────ローマに、栄光あれ!!」

 

 

 

熱は瞬く間に響き渡りローマを称える絶唱が満ち満ちる。

剣帝ルキウスという男が誕生したのは、今この瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

【計画】

 

 

 

戴冠式を無事終え、正式に皇帝となったルキウスと神祖は並んで眼下に広がるローマの市街地を見下ろしていた。

彼は腰にガリアの総督からの贈り物である新しい剣を携え、堂々とした佇まいに相応しい豪奢な鎧を着こんでいる。

正に支配者という他ならない姿は皇帝に相応しい覇気を彼に与えていた。

 

 

そんな彼にガンヴィウスはとても上機嫌そうに声をかけた。

 

 

「あの戦いのお前の勝率は限りなく0だった。机上の空論などお前には意味がないようだな」

 

 

「……勝敗を分けたのは“欲”です。

 あの女には何もなかった。 

 何を以てしても勝利を掴もうとする意志がなければ栄光を手に入れる事など出来ません」

 

 

 

さて、とルキウスはガンヴィウスへと本題を切り出す。

 

 

 

「あえて問いましょう。

 ────貴方様は、真なる神祖クィリヌスではありませんね?」

 

 

「そうだ。その名前は我々の数多くあるモノの一つに過ぎん」

 

 

 

拍子抜けするほどあっさりとガンヴィウスは答えた。

さて、どうするか? と「彼ら」はルキウスを見つめる。

彼らが見る限りではこの若い皇帝の中身はとても穏やかであった。

 

 

「然様でございますか」

 

 

 

「俺たちを騙した、貴様の正体は何だ、等とは言わないのだな」

 

 

 

「何故俺がそのような事を? 

 貴方様は事実としてこのローマを千年に渡りお導き下さった御方なのは事実。

 民を庇護し、国を栄えさせるが故に、貴方様はどう振舞おうと許されるのです」  

 

 

力により齎される秩序。

ガンヴィウスの在り方はルキウスにとっては当然である。

悪政も圧制もなく、自らのやりたいように国を動かし、そして同時に自分の欲望も叶える姿は正に地上における神といえよう。

 

 

 

そうか、とだけガンヴィウスは返す。

彼にとって永遠帝国を繁栄させることなど当たり前の雑務にすぎない。

彼らは無情ではない、従うのならば相応の見返りを与えるのは当然だと考えている。

 

同時にスパルタクスの様に逆らう愚者には究極ともいえる残忍性を見せるのも必要であるが。

 

 

「お前の夢は先の通り変わらないな? 私からこのローマを巣立たせるという」

 

 

ルキウスの頷きを見てからガンヴィウスは大変結構と呟き、懐より数枚の書類を取り出して渡す。

円卓の騎士、宮廷魔術師、そしてアーサー王についてまとめられた資料の中身は若き皇帝の興味を十二分に惹くものであった。

 

 

「次の目標はブリテン王国及びアーサー王である。

 かの地をローマへと併合し、アーサー王のもつ装備を手に入れるのが目的だ」

 

 

そしてと続く言葉にルキウスは眼を細めた。

 

 

「ブリテン王国を併合後、私は身を引こう。

 望み通り、己たちの手でローマを星々の海に至るまで育ててみせるがいい」

 

 

「─────仰せのままに父上。赤き竜退治をご覧にいれましょう」

 

 

 

大変結構とガンヴィウスは頷き、これからの計画の最終的な見直しを始めるのだった。

 

 

アーサー王と円卓。

妖精。幻想。神秘。魔術と魔法。

「彼ら」は未知を求める。ヴォーティガーンの記憶の中にあった興味深いアノマリー調査に今彼は取り掛かっていた。

 

 

ルキウスには見せなかった資料の内の一枚にはこう書かれていた。

「霊墓アルビオン発掘調査計画及び調査拠点設営」と。

 

 

 

スペシャルプロジェクトが発生しました。

アノマリー「霊墓探索」を開始します。

 

 

 

 

 

 

状況推移

 

 

ルキウスが皇帝となりました。

ブリテン攻略に備えて軍の装備の見直しが進んでいます。

大王の支配領土を併合後、安定度の上昇と同時にブリテン王国との駆け引きを開始します。

 

 

またブリテン王国の一部に重要なアノマリーを発見しました。

王国に内密で現地の協力者と共に発掘作業を開始しています。

 

 

 

 




悪い癖が出てきたので何とか文字数を押さえました。
勢いのままに書くと数倍に膨らんで更新できない悪循環が出てくるのは悪い文明です。


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霊墓掘削

今更気づいた事ですが、このお話にはヒロインがいませんね。


 

【経過観察報告3】

 

 

 

ヴォーティガーンの記憶は我々に革新的な情報をもたらした。

やはりこの星のサイオニック・生命体の生態やそれらの齎す神秘や法則、魔術といった概念は我々の想定とは大きく違うことが確定した。

この星に充填するエーテルは全ての神秘の燃料であり、それらを魔術回路を以て汲み取り、消費して我々でいう所の超能力を行使するのが基本だと思っていたが、これらの想定にも修正が必要だ。

 

 

以下に今まで判明した内容をまとめる。

 

 

サイオニック生命体。

神や幻想種と呼ばれる存在は人の精神活動によって生成されるサイオニック・エネルギー(信仰)とエーテルの化合によって作り出される事象などの擬人化存在である。

この信仰は対象が何であれ一定の値を超えれば神として成立する。

山や湖などの聖地とされる地、偉業を成した人、オリュンポスの人形に代表される外宇宙の飛来者でもそれは効果を発揮する。

 

 

今の所はクィリヌスとして活動し、多くのローマの民から信仰を得ている我々であるがその予兆はない。

確かに人々の編み出すサイオニック・エネルギーの収束を感じはするが、我々はやはりこの星にとっての特大の異物ということなのかそういった昇華を感じることはなかった。

ごくまれに自然にエーテルが寄り集まり、生命誕生の様に高次生命体が生み出されることもあることを追記しておく。

 

 

 

魔力と魔術回路。

我々は当初エーテルと魔力を混同していたようだった。

エーテルを魔術回路を以て汲み取り体内で魔力へと加工して魔術を行使するのが正しいプロセスだというのは誤解である。

結論から言って、魔力とエーテルは似ているが別の存在である。

 

 

エーテルとは星の生体活動によって作り出される惑星の持つサイオニック・エネルギーである。

星の持つ生命力と言っていい。

これは我々の行使するΣクラスシリーズのエネルギーに規模こそ違えど類似している。

故にシュラウド・コンデンサーを用いての複製も容易だったのだろう

 

 

つまり、このSOL3においては惑星こそが全ての存在の頂点であり、エーテルと信仰の化合によって生まれた神々でさえ星には逆らえないという事だ。

余談ではあるがもしも我々がエーテルの循環を行わなかった場合はこの星のエーテル濃度は約1620年程度で0になるという予想結果が出ている。

そうだ。仮にエーテルが星の生命力の欠片というのならば、億の年月を歩んできたであろうこの星の寿命はもう間もなくという事になる。

 

 

 

となれば「彼女」の怒りも最もである。

自分の臨終計画を台無しにされた上に、これからの計画を我々は丸ごと破壊していたということなのだから。

もちろんそんなことを知った所で我々の計画に変更はない。死ぬというのならば全て搾り取るつもりである。

 

 

魔力

 

魔力はマナとオドの二種に分かれ────。

 

 

 

 

 

 

 

 

【魔術学徒会】

 

 

 

“恒星下の暗闇”という言葉が「彼ら」の出身宇宙にはある。

これは活発的な恒星の近くではかえって光が強すぎてそこにあるモノを見落としてしまうという意味だ。

恒星の近くに設置されるのが一般的な星系支配ステーションのセンサーはかえって近すぎるモノを見落とすという欠陥が昔はあったのだ。

 

 

もちろん今の最新型のステーションにそんな欠陥はない。

だが「彼ら」は少々自分たちが「剣」に夢中になりすぎてしまい、その他の多くを見落としていた事に気が付き気を引き締めていた。

 

 

 

ガリアより北に進み、ブリテンに上陸してすぐの地点に三方を川に囲まれた小さな街、ロンディニウムという場所がある。

ヴォーティガーンの記憶はここに決して見逃すことのできないアノマリーがあることを示していた。

幸いな事にこの地はガンヴィウスの支配領土である。

ブリテンに上陸したローマの民たちが勝手に築いていた街でありガンヴィウスは後天的にここを利用しているに過ぎない。

 

 

この地を直接的な管轄に置くためにガンヴィウスは現地住民たちを退去させている。

何回か人工地震を引き起こしてやり危機感を煽った後に避難命令を出し、新天地としての居住可能な都市を用意してやれば、彼らは何の疑いもなくロンディニウムを明け渡した。

 

 

 

そしてこの地においてかつて一体の巨大な生物が身をよじりながら大地の底に潜り込んでいったのをガンヴィウスは知っていた。

だが「彼ら」の基準においてたかが巨大生物が地核の中を動き回っているなど珍しいことでもないので記録だけしか取っておらず精密な検査は行ってはいなかったのだ。

当時はまだ神秘やこの星への理解があまり進んでいなかったというのもあった。

 

 

地核を食い荒らしながら突き進む惑星地層改造生物ワームと星の内海を目指そうとした竜の違いなど彼らには判らない。

 

 

しかして、今このロンディニウムは一転してガンヴィウス達にとって最重要ともいえる研究地区へと生まれ変わろうとしていた。

件の巨大生物───竜の掘った穴はどうやら物理的にだけではなく概念的な意味でこの星への内部へと繋がるかもしれないと判明したのだ。

以前ガンヴィウスが女の亡骸を利用して通った様な抜け道ではなく正式な道である。

 

 

現状ブリテンを急速に統治下に収めんとするアーサー王にもこの拠点の重要性は知られてはいない。

精々ローマの民が作った小規模な街としか思われていないだろう。

故にルキウスがフン帝国の統治を終え、新しい装備を配布した軍が用意を終えるまでガンヴィウスはこちらに取り掛かる事にしたのだ。

 

 

 

都市の周りを覆う薄い光の膜───隔離及び隠ぺい用のシールドを───1隻の船が突き抜ける。

光速程度しか出せないとても鈍重な部類に入るソレは旧式の輸送船であった。

完全な球体であり、直系50メートル程度しかない船は「彼ら」からしてみれば超小型であるが、現地民からすれば神の乗り物と崇められるに相応しい異質さである。

 

 

船は一度ロンディニウムのへき地に着陸し、搭乗員を降ろしたと思えばすぐに飛び上がり一瞬で姿を消してしまう。

秒の間に地球を7週半するか、はたまた月まで飛翔可能な能力を持った船は指定された座標に向けて飛翔、着陸、離陸を繰り返してはロンディニウムへと戻ってくる。

都合数回そのような事を行った後にはロンディニウムには惑星の様々な地点から連れてこられた異質な集団が現れていた。

 

 

 

法則性のない者らである。

衣服の種類も、感じられる文化系統も、肌や髪の色、使用言語さえも統一されていない一派だ。

そんな彼らにガンヴィウスは歩み寄る。

 

 

彼の隣にはいつぞや協力したグランスルグ・ブラックモアがいた。

 

 

「かなり集まったな。十人も来れば大成功だと思ってたのだが」

 

 

「ローマに君臨する神祖が呼びかけたのだ。これは当然ではないかな?」

 

 

「いや。君の名声の結果だろうよ」

 

 

ククっとカラスの顔をしていても判るほどはっきりとグランスルグは笑う。

今回アノマリーを研究するにあたり、こういう魔術や神秘の専門家をガンヴィウスは招集することにし、その為の呼びかけを黒翼に依頼したのだ。

彼から聞けば魔術師たちは幾つもの派閥に分かれているらしく、今回グランスルグを経由したガンヴィウスの呼びかけに賛同したのは魔術学徒会、またの名を魔術協会と呼ばれる者らである。

 

 

 

魔術協会は現在この星で勢力を着実に伸ばし続けている宗教組織と敵対しており

その結果として各地の拠点を失い衰退しているらしく、後ろ盾を求めているというのが実情なのだ。

秘密主義である彼らとの連絡を取るのは苦労したが、グランスルグ・ブラックモアがかつて在籍していたという縁もあり、何とか交渉は成立した。

 

 

唯一の神が君臨することにより宗教組織の影響力が薄いローマとの協力を彼らも望んでいて、ガンヴィウスもまた彼らの知識を必要とした結果の邂逅である。

船から降り立った集団の先頭に立つ者、恐らくはリーダーと思われる人物にガンヴィウスは近づき笑いかけた。

 

 

 

「ようこそ。共に真理を探究しないかね?」

 

 

 

 

 

 

 

【盗掘】

 

 

 

ロンディニウムに開いた穴は表面上は多数の瓦礫などでふさがっており、はたから見れば休火山の山頂にも見える有様だった。

しかしガンヴィウスの用いるスキャナーはこの直下に約80キロほどにもなる複雑な大穴と、それを掘削した生物の亡骸がバラバラになって散乱している様を捉えていた。

正に大迷宮と呼ぶに相応しいこの構造図をガンヴィウスは頭を傾げながら見つめていた。

 

 

 

6時間おきにスキャンをした結果を見比べるのだが、そのたびに構造が変わっている。

しかし地質には特に問題はない。大規模な地殻変動が起こっているわけではないのに、迷宮の構造図は毎回違う結果を出してくる。

唯一同じなのは60キロ地点に存在する大空洞とその少し先にある朽ち果てた様を晒す巨大な恐らくは頭部と思わしき残骸だけだ。

 

この白い残骸はどうやらスキャナーに用いられているタキオンと奇妙な反応を引き起こすらしく、立体映像の中ではやけに真っ白に輝いて見える。

故に彼らはこの巨穴をこの獣の墓孔であると捉え、霊墓アルビオンと名付けるに至った。

 

 

機械の故障というのは考えられない。

ならば力場の方に問題があるとすぐに「彼ら」は判断する。

見るたびに姿かたちが変わるなどというのは曖昧な宇宙空間ではよくあることだ。

 

 

神出鬼没種の研究で得た知見がここでは役に立った。

恐らく穴の内部では量子的な揺らぎが安定しておらず、観測者がいない結果としてあらゆる可能性が同時に偏在しているのだろう。

1も100も同じなのだ。どちらもあり得るが故にこの内部ではソレが現出する。

 

 

これを安定させるには想像を絶する巨大な瞳が必要だ。

単純な視界の問題だけではなく量子の動き一つ一つを確認し裁定する神の如き瞳が。

用意するのは理論的には可能だが、それにはガンヴィウス達の力を以てもすぐにとはいかない。

 

 

 

ガンヴィウスはこの結論を以て大穴に対する認識を変えた。

この穴の内部は間違いなくシュラウド染みた摩訶不思議な、通常宇宙における法則が適用されない一種の特異点であると。

 

 

 

40キロ地点にある複雑なエネルギーの力場もガンヴィウス達の興味を惹いた。

途方もなく巨大で千切れ千切れになっているが、恐らくこれは巨大な魔術回路である。

だとしたら一体何のためにこれほど巨大な回路を必要としているのか判らない。

 

 

「彼ら」は無言で思念を発し、多量の小型工作船をプログラミング及びマニュアル操作で動かす。

数十の船が空を飛び交いながら採掘レーザーやタキオン・スキャンを行いつつ丁寧に大穴の形状を整えながら穴を掘っていく。

地球のどれだけ硬い物質であろうと数十億度にも及ぶ収束型採掘レーザーの前に意味はなくドロドロに溶け堕ち採掘は順調である。

 

 

 

発生した多量の土砂をゼロポイント発電装置の中にごみ処理をかねて放り込み、更なる出力を引き出しながら採掘は続いていく。

まずは10キロメートルまで掘るとガンヴィウスは決めていた。

10キロ地点までは比較的空間の揺らぎは少なく、構造の変化は滅多に起きないのだ。

 

 

これならば拠点として優秀な地点になる。

その地点に招いた魔術師たちの探索拠点を作り上げてやり、そこから本格的な採掘がはじまることになるだろう。

 

 

 

 

「さて」

 

 

ガンヴィウスは目の前に表示されていたモニターを消すと動き出す。

ロンディニウム採掘場に拵えられた指令室から出れば、すぐそこには見る見るうちに広がっていく大穴がある。

さながら外科手術の様に鮮やかな手際で採掘船は動き回り、周囲の補強と掘削を黙々と行っていた。

 

 

これから行うのはちょっとした物見遊山……ではなく威力偵察だ。

データが絶えず変動を続けている以上、自分という主観を使ってある程度の基軸を作らなければならない。

 

 

老人が足を踏み出せばすぐ隣に降り立つのはグランスルグ・ブラックモアである。

 

 

 

「魔術師あがりの死徒の知見などはご所望かな? これでも1000年分の知識はあるのだよ」

 

 

「大変喜ばしい。歓迎するよ。……しかし、差し出がましいだろうが君の主は許すかね」

 

 

 

大仰にグランスルグは翼と一体化した腕を振るい貴族がそうするようにこ洒落た動きで一礼した。

 

 

「問題はない。我が主は全てをお許し下さった。

 更に言うならば主にとってもこの霊墓の探索から得られる知識は非常に興味深いものとなる」

 

 

「では契約成立だ。

 これから私は現状で可能と思える限り穴を広げながら潜航しつつサンプルの採取などを行う。君には解説などを任せるとしよう」

 

 

黒翼が頷き、神祖は動き出す。

虚空に手を伸ばし、隔離空間に収納しておいた新しい装備品である杖を取り出す。

純白の淡く発光する杖である。所々に金で月をモチーフとした装飾が施され、頂点部には深紅の宝石が埋め込まれていた。

 

 

 

「コレの実戦テストと行こうか。どこまで想定通りに機能するか見ものだ」

 

 

掌の中で杖を弄ぶ。

新しく手に入れた道具への期待と懐疑の入り混じれた声で呟く。

 

 

「ふむ。貴公の作り出した魔具か。興味深い一品ではあるな」

 

 

「期待していたまえ。驚きを約束しよう」

 

 

 

神祖と死徒はひとしきり談笑した後、霊墓へと向けて足を踏み出す。

ここからは人智未踏の地底探索の時間であるが、元より両者は怪物と異物である、緊張などあるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

更に数を増した採掘船に巨大な掘削装置まで持ち出して「彼ら」は考えられる限りの最高速で霊墓を掘り進めていた。

採掘用のレーザーは地球上の物質を軽々と焼却し、超巨大なワームの通り道の如き大穴を作り出す。

開いてしまった穴の周囲にはナノマシンが散布され全体が崩れないように補強を繰り返していく。

 

 

神秘というヴェールで包まれ守られていた地を「彼ら」の技術というメスが容赦なく切り刻む。

20キロ圏内にまで掘り進めると同時に、残されていた巨大な魔術回路を傷つけない様に何度も掘削の経路は変更され、まるで型抜きでもしているようである。

 

 

この回路は何らかの影響かもしくは使用時にかかった負荷のせいか、バラバラに砕けており、至る所にその残骸が埋没していた。

 

 

ガンヴィウスは船に指示を出し、繰り返し、丁寧にそれらをスキャンした上でルブリケーターに読み込ませていく。

この完璧なる模倣装置は経年劣化した傷や汚れ、積もった埃の個数まで完全に再現した上で全く同じ素材、同じ元素配合、同じ構成元素数を以て三次元的なプリントアウトを行うだろう。

後はパズルゲームの時間である。早速魔術協会の者らにこれらのデータを渡した上で分析と復元作業を行わせればよい。

 

 

もちろん彼らへの報酬も必要だ。

拠点を用意した上で餌も必要とは、まるでペットのようだと「彼ら」は思った。

魔術師とは利がなければ動かないのだという事を彼は知っているし、グランスルグからのアドバイスでもある。

 

 

“安全な拠点に豊富な施設を用意してやり外敵からも守ってやれば魔術師は従順にこちらの調べものを助けてくれるか、と?”

 

 

“面白い冗談だ。貴公は私の腹筋を破壊する陰謀でも抱いているのかね?”

 

 

 

幸いというべきか、ここにはそれらが文字通り山の様にある。

後はどれを持っていくべきかはグランスルグに問うのが手っ取り早いだろう。

 

 

あっという間に探索は40キロ圏まで到達する。

外にいる魔術師たちでは1000年かけてようやくかもしれない距離をガンヴィウスはものの半時で終えることが出来る。

最初に確認した通りここは大きな空洞地帯となっていた。

 

 

音もなく採掘レーザーが地層を食い破ればそこにあったのは幻想的な世界である。

 

 

 

霊墓アルビオンの中間地点はやはりというべきかガンヴィウスの想定通りの異界であった。

元より残っていた神秘やエーテルの残り香にシュラウドから供給されたエーテルが混ざり合い訳の分からない世界となっている。

地底にいるというのに空があり、崩れ落ちた都市があり、そして言語では表現しきれない混沌とした法則があった。

 

 

ここには宙があった。星夜があり、湖のような巨大な水たまりがある。

そして、何よりこの空間の中心には未だに脈打つ心臓があった。

「彼ら」の持つセンサーはここには途方もない量のエーテルとサイオニック・エネルギーが満ちている事を感知する。

 

 

 

それもただのエネルギー体ではない。

流動した高次元の力に自我が付与された存在、即ち幻想種と呼ばれる者らがここには闊歩している。

この地は正にサイオニック生命体の宝庫であり、ガンヴィウスからしてみれば…………。

 

 

巨人がいる。

羽の生えた人の様な存在がいる。

ワームがいる。多頭の蛇がいる。ワイバーンがいる。

多種多様な、人々の噂話や民族的な童謡に語られた想像できうる限りの神秘がここにはいた。

 

 

「大変結構。では始めようか。解説は任せた」

 

 

ガンヴィウスが事もなく呟けば、そのあまりにも淡白とした物言いとは裏腹にこれから行われる行為の凄絶さを察した黒翼は羽をこすり合わせて身震いした。

 

 

 

 

 

 

 

【コンキスタドール】

 

 

 

正に大漁という他ならない光景であった。

死徒として多少は……いや、かなり血生臭い行為にも手を染めているグランスルグから見ても惨状という他ならない絵図であった。

 

 

 

ガンヴィウスが手に持った杖を一振りすれば「彼ら」の莫大な超能力が閉ざされていた回線を無理やりこじ開け、惑星へと強制的なアクセスが行われる。

それは彼の主である朱い月とその劣化存在である真祖の用いる空想具現化と等しい世界絵図の書き換え、再定義に近い力の発露であった。

エーテルが無遠慮にかき混ぜられ、それらはガンヴィウスと彼を操作する「彼ら」の思念を受けて本来ありえない効果を発揮した。

 

 

自然物を支配し創造するのが空想具現化の能力である。

自然、星の端末である精霊が惑星表面に存在する「自然」というテクスチャをあくまでも惑星上でありえる他の形へと再編する力のハズだった。

 

 

 

だが、これはいったいなんだ?

ガンヴィウスの杖の力は空想具現化と投影魔術を掛け合わせたような異形の術へと変異している。

杖はエーテルを貪る代わりに言語化できない「ナニカ」をガンヴィウスへと提供し、彼はそれを想像を絶する速度で解析分析、理解した上で最適解となる物質を想像する。

 

 

レプリケーター・システム起動。

 

 

 

────対象幻想種「巨人種」捕捉。データハック完了。検索。

ダビテの礫。攻勢概念インストール。量子ミサイル生成。

 

 

────対象幻想種「妖精種」捕捉。データハック完了。検索。

アンチ・グレムリン。拘束概念インストール。量子ミサイル生成。

 

 

────対象幻想種「竜種」捕捉。データハック完了……。

 

 

 

ガンヴィウスの周囲に複数の円筒状の物体が幾つも現れる。

明らかに自然物ではないこれらは周囲のエーテルを食い漁り誕生した兵器群である。

「彼ら」の基準からすればもう何世代も前の古すぎる兵器であるが、それは外見だけである。

 

 

これらの中身には本来詰まっているはずの反物質や臨海寸前の縮退炉などは入っていない。

そんなことをしたらこの星が吹き飛んでしまうからというのもあるが、これは実験だ。

 

 

杖を用いての「女」の行使していた能力の再現と昇華である。

この杖は彼女の残骸を加工して作られたものであり、ガンヴィウス達が観測する繋がりを強制的に乗っ取って能力を発露させる事が可能だ。

製作物は幾つもの量子ミサイル、ではない。

 

 

 

グランスルグは勘違いしていた。これは投影でも空想具現化の産物でもない。

ミサイルを作り出したのはガンヴィウスの所持するレプリケーター能力でしかない。

彼は適切なエネルギーさえあればどこからでも思うがままに物質を作り出せる。

 

 

自らの使用する兵器の設計図などはネジの一本からナノ以下の単位の規格まで熟知しているゆえに作成は容易い。

今回肝心なのは“中身”である。

純粋なサイオニック・エネルギーと同時に「彼ら」は試験的に幾つかの「概念」をミサイルへと内包させた。

 

 

 

杖は鍵である。星につながりその力を引き出すための出力装置だ。

そして何も引き出せるのは熱量や惑星表面における再定義の権利だけではない。

星が生きているというのならば、その頭脳体は多くを記憶しているはず。

 

 

億の年月を歩んだ星の記録は膨大なデータベースとなっている。

そして星と繋がれるのならば、そこから情報を引き出せるのも可能なはずというのが「彼ら」の考えである。

結果は見事に的中である。対抗概念を孕んだ量子ミサイルの群れは面白い程にすさまじい効果を幻想種たちに与えていた。

 

 

46億年分のデータを瞬時に解析し、臨機応変勝つ柔軟に出力するだけの演算能力があれば可能な事である。

 

 

見たこともない武器に傷つけられ怒った巨人たちが立ち向かってくる────足首から上を残して蒸発した。

妖精たちが今のガンヴィウスでは捕捉しづらい未知の技術で行使された神秘を用いて姿を消す───空間の揺らぎを瞬時に計算し、追跡したミサイルに込められていた拘束概念によって球体に押し込まれた。

竜が空より叩き落され、その他多種多様な幻想種たちが次々と理不尽なまでの力によって屈服していく様は黒翼に息を呑ませるに十分な光景であった。

 

 

 

ガンヴィウスが「さて」と呟き黒翼に向き直る。

彼の背後には文字通り山積みになった拘束され弱弱しく泣いたり震えることしかできない神秘たちがいた。

後はラベルを張り付けて出荷されるのを待つだけの商品である。

 

 

知的生物たちの思念活動の結晶であり、霊長の生体活動が生み出した上位存在達をまるで雑貨屋に並ぶ商品の様な目でガンヴィウスは見ていた。

価値があるのは判る。しかしそれはあくまでも「彼ら」基準であり、魔術師としての価値観には疎い彼は当然として現職に意見を求めた。

 

 

 

「鑑定を頼みたいのだが、いいかね。協会の者らの求めるモノがここにあるといいのだが」

 

 

 

「……あぁ、時間はかかると思うがやってみよう」

 

 

ちらりと黒翼はぐったりとして動かない鳳凰種を見る。

あの翼という最高の素材があれば彼の研究は更なる飛躍を遂げられるやもしれぬ。

僅かばかりに掠れた声で言うグランスルグにガンヴィウスは感謝を込めて一礼し、言葉を続ける。

 

 

 

「もちろん君への報酬も忘れてはいないとも。

 当然の権利としてこの中に欲しいものがあれば好きにもっていきたまえ。

 その際は理由を教えて貰えれば後学のためにも助かるよ」

 

 

 

声もなく頷いたグランスルグを見てからガンヴィウスは掘削船に念をやり起動させる。

採掘レーザーの出力が上昇し、今までよりも更に早く地層に穴をあけ始めた。

ここから先には上部階層に見られたような魔術回路は存在しないので更なる効率的な発掘作業が可能だ。

 

 

「私は一度80キロまで掘り進めることにする。君はその間ここで鑑定を頼むよ」

 

 

ガンヴィウスが手を鳴らせば複数のプロメシアン達がグランスルグの周囲に現れた。

一体一体が並のグールや下位の死徒では相手にならないこれらが黒翼に対して跪き指示を待つように動かない。

 

 

「彼らを君の護衛として残していく。好きに使ってくれてもいい」

 

 

「死徒の祈りは必要かな?」

 

 

「遠慮しておくよ」

 

 

 

ガンヴィウスが新しく掘り進められ始めたトンネルへと身を潜り込ませるのを確認してから黒翼は捕獲された幻想達へと向き直る。

哀願があり懇願にも似た感情を向けられたがグランスルグは申し訳ないと言わんばかりに肩を竦める。

走査の術を発動しながら自らの頭の中にある知識を引っ張り出し始めればすぐに魔術師としての彼が顔を覗かせ、つまらない命乞いなどは耳にも届かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【沈殿物】

 

 

 

SOL3内部への探索はガンヴィウスに更に新しい知見を与えるものである。

途中に現れた神秘という神秘、サイオニック生命体を根こそぎ捕獲した上で簡単に解析にかけるだけで彼らのこの星への理解は高まり続けられる。

やはりというべきか、ほとんどの幻想種は元はただの高次元のエーテル塊だったものが知的生命体の思念を受けて変貌したという成り立ちが多い。

 

 

中には例外もあるが、それらは追々調べていくとして、やはりこの星における神や神秘という概念は霊長の精神的活動に付随して循環するものという仮説は間違ってはいなかったのだ。

その事実を前にガンヴィウス達は上機嫌となっていた。

やはりあまねく世の真理は知的生命体の精神活動にこそ根源的な要素があるのだと。

 

 

そして幻想種たちに対抗ミームを撃ち込んでいく過程でガンヴィウスは思った。

どうやらこの世界は完全なる存在を嫌う傾向にあるらしいと。

竜には必ずと言っていい程の対となる竜殺しの概念が存在し、同じように神殺し、妖精殺し、巨人殺しなど言う枷がどこからしかに存在する。

 

 

どれほど巨大な存在で倒せないと思うような怪物であっても何かしらの抜け穴はあるのだ。

この星は突出した存在を嫌う傾向にあるらしい。

究極の一よりも千差万別の億千万を選ぶというのは単一性による脆弱性を考慮してだろうか、はたまた自分を害する巨大な存在が出てくるのを恐れているからだろうか。

 

 

 

工作船からブザーが鳴り渡る。もう間もなく予定していた80キロ圏に到達する。

ここにあるのは巨大生物の頭部の残骸だけだ。

そこから先は普通に考えればマントル域があり、後は熱を帯びた下部マントルと外殻に続くのみだが「彼ら」は違うと感覚で理解していた。

 

 

「…………」

 

 

手を掲げいったん掘削を停止させる。

無音となった世界でガンヴィウスは空を歩きながら穴の最深部へと触れる。

ピリピリとした感覚がある。久しく感じたことのないこれは……緊張感か。

 

 

 

念を送り壁をガンヴィウスは丁寧に突き崩していく。

乱雑に掘るのではなく圧縮された岩や土を一枚一枚丁寧にはぎ取り、仕分けるように削る。

すると壁全体に亀裂が走っていき……その中より濃縮された「黒」があふれ出した。

 

 

黒である。

宇宙の闇を引っ張ってきたようなあらゆる光を通さない暗黒だ。

直ぐに退避の指示を出された掘削船は逆噴射をかけ地上へと上がっていく。

 

 

船を背にしながらガンヴィウスはその光景を黙ってみながら観測していた。

「彼ら」の眼が収束し、途方もない速度を以て学習/収集/計算/把握を開始。

 

 

 

眼前データ「黒」

実数による存在を確認できず。

存在概念「負の質量」に類似。

 

 

疑似的虚数存在の可能性 大。

サンプル採集を開始。

 

 

 

壁が瞬く間に「黒」に飲み込まれ、周囲の景色が侵食されていく。

浸食固有異界とでもよぼうか、正体不明のナニカが蠢き世界を犯しながらガンヴィウスへと近づいてくる。

気が付けば周囲は地底というよりも海の底と呼ぶに相応しい深淵へと変り果てていた。

 

 

 

重力を支配し空に立つガンヴィウスが概念的な意味で「下」を見ればそこには観測しえないエーテル生命体たちの残骸が無数に落ちている。

姿かたちも定まっておらず見るたびに姿を変えるそれらは量子活動が安定しておらず、今にも結合が解けて消えてしまいそうな程にか細い。

所々にノイズが走るそれらの正体を「彼ら」は把握する。

 

 

これらは「沈殿物」である。

霊長の精神活動が神や幻想と呼ばれるサイオニック・生命体を作り出すのならば、認識されなくなった幻想がどうなるのかの末路の一つだろうと。

多くの人間に観測され存在を支持されることで強大化する幻想存在が逆に誰からも忘れ果てられればの答えがここにはあった。

 

 

恐らく完全には消滅できないのだろう。

まだ霊長という種の集合無意識に薄っすらと存在がこびりついている以上は消えることは出来ない。

しかし動くことも力を行使することもできなくなった状態では己の存在を維持しきれず「薄く」なってしまい重力に逆らう事さえ出来なくなる。

 

 

大地の底へと堕ちて堕ちて、こうして概念的な意味での星の内側に漂着してしまうのが末路だ。

もしかしたら多くの宗教で語られる「地獄」という概念はこの末路を無意識下に悟った末に表層に噴き出した発想なのかもしれない。

 

 

この地には星が数億年かけて貯めたあらゆる沈殿物が存在する。

誰にも認識されなくなった哀れな者らである。

 

 

 

更に闇が深くなる。濃厚極まりない、飽和した瘴気が星の中より浮上してくる。

ガンヴィウスが顔を顰める。目の前に現れたソレは「彼ら」をして“臭い”と思う怪物であった。

 

 

途方もない死臭だ。

見ているだけで気分が悪くなる濁りがここにはある。

これに比べれば古今東西に語られる死神、邪神という存在の何と美しいことか。

 

 

 

頭を3つ揃えた竜かはたまた四足歩行のケモノにも見えた。

全貌はガンヴィウスからして明確な観測は難しい。大きくもあり小さくもある。

そもそも姿かたちなどこれに大した意味はないのだから形容などは意味がないのだ。

 

 

 

暗黒色の粒子が寄り集まり不定形に姿を変貌させ続けている混沌こそがケモノであった。

濁り切ったエーテル。

死んだ星が放つ毒素の塊ともいえるコレは分類不能の異形だ。

 

 

 

「彼ら」が思い浮かべるのは暗黒天体の傍に時折現れる異次元存在だ。

砕けて飲まれた星の周囲に惑星規模の顔を覗かせるかの存在とこれは非常に似通っている。

思えばアレも死した星の残骸と残留思念を貪っていたのだろう、とすればこれと同類なのだ。

 

 

 

ケモノが動く。

二つの首が口を開けば、沈殿物たちがバラバラに砕けてその中に吸い込まれていく。

一つの頭を以てケモノはガンヴィウスを一瞥する。

瞬間ガンヴィウスはサイオニック・シールドを展開し中性子星の鎧を着こんでいた。

 

 

シールドの表面が音もなく撓んでいく。

億の年月の間、あらゆる沈殿物を貪り星を蝕もうとする呪の塊はその視線を向けただけでタキオンランスにも届き得る概念的破壊を巻き起こしていた。

 

 

「表があれば裏がある。道理だな」

 

 

これもまた精神活動の可能性の一つとしてガンヴィウスは感嘆の念さえ感じながら黙々と対策を進める。

手段を択ばなければ倒すことは可能だ。

その代わりこんな地底の底で相応の兵器を利用したら間違いなくこの星が砕けるが。

 

 

そもそも倒してはいけない存在である。

精神活動によって生まれる神秘の淀みを捕食するという事は一種の食物連鎖が構築されているという事であり、ソレらには迂闊に手を出してはいけない。

しかしだからといって成長させすぎもよくはない。

今はまだ星の生命力が勝っているからいいもの、いずれ力関係が逆転したらこれは宿主である惑星もろとも自滅する特大の致命的ウィルスだ。

 

 

幾つかの選択肢を考慮するが、その前にケモノが反応した。

ケモノは3つの頭でガンヴィウスを見つめてから、何の興味も沸かないのかすぐに視線を逸らし空間にこじ開けた穴の中に帰っていく。

星の内海とも違うそれは文字通りの異次元であり、ケモノの巣なのだろう。

 

 

 

周囲の深海染みた景色が消え去れば戻ってくるのは薄暗い穴底である。

ガンヴィウスは手元に用意していたシリンダーを弄びながら使い時が去った事をかみしめていた。

「ミニチュア銀河」と呼ばれる疑似的銀河を内包した筒の中に封印する予定だったのだが、まぁ、使わないに越した事はないと彼は己を納得させる。

 

 

あのような怪物を手元に置いておくことは精神衛生上よくない。

 

 

 

気を取り直しガンヴィウス進む。指示を出せば逆噴射して退避した工作船が戻ってくる。

直ぐに採掘レーザーが点火し岩盤を掘り進めようとするが、またブザーが鳴った。

「エラーコード■■■・ΕΑ02」即ち、採掘不可能という意味である。

 

 

「文字通りの最果てというわけか」

 

 

確認の為にガンヴィウスが歩み寄ってみれば、そこにあるのは光の壁だ。

岩盤を砕いた先には繋ぎ目一つない完全なる光の膜があり、それが採掘を跳ね返していた。

表面を指先で撫でればバチバチとした反発と明確な拒絶の念が流れ込んでくる。

 

 

まるでコロッサスに搭載された惑星調停システムの如く堅固な壁は「彼ら」を以てしても突破は難しい。

今まで封鎖されていた惑星を幾つもこじ開けた事はあるが、ソレらとコレは根本的に違う。

お前にこの先に進む権利はない、と断ずる星の意思の表れであった。

 

 

「大変結構。そうでなくては」

 

 

難儀な課題であるからこそ面白いとガンヴィウスは含み笑い壁をもう一度見る。

恐らくこの先にあるのは以前女の残骸を利用して侵入したあの静寂なる世界だろう。

あの時は不正アクセスであり、身一つしか持ち込めなかったが、もしもコレを開封することが出来れば完全なる形での調査が可能になる。

 

 

杖を用いての情報概念の奪取は既に可能である。

後はより多くのデータを一度に引き出せる道があれば十分。

 

 

つまり、ここを開ければ「彼ら」はこの星の持つ全ての知識、情報を根こそぎ奪い取る事が出来るのだ。

それに見合った難度ではある。宝箱に鍵がかかっているのは当然なのだから。

幾つもの手段を考慮しながらガンヴィウスはとりあえずの指示をステラー級へと送った。

 

 

 

───コロッサスを用意しろ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【招待状】

 

 

 

我々の霊墓探索は大成功で終わったとみていいだろう。

ケモノとの遭遇と解析、数多くの戦利品、更には星を守る壁の存在も発見できた。

これらを見つけられた事は非常に大きく、我々の今後の計画にもいくつかの付け加えが必要となる。

 

 

我々がこの星を見つけられた事は本当に天運であったとしかいいようがない。

掘れども掘れども次々と知見が舞い込み、そのたびに我々は少しずつであるが先へと進んでいる。

「剣」を手に入れ、この星の持つ全ての秘密を解き明かした時我らは更なる高みへと至る。

 

 

そして魔術師たちも元気に働いてくれている。

グランスルグが仕分けた品物を彼らに提示し協力を求めた所、彼らは実に気前よくルブリケーターで再現された巨大な回路の補修と解析を行ってくれている。

進捗次第では追加の報酬を払うと約束したら、ものの数日の間に彼らは一次報告書を書き上げてくれた。

 

 

 

彼らの見立てではあの巨大な回路の残骸はかつて存在していた妖精たちが星の内側へと自分たちの国土そのものを転移する際に用いられた術の発動回路ではないかとのことだ。

つまるところ、あの回路は扉を開くための「鍵」である。

厳密には違うかもしれないが、手段は多いに越した事はない。

 

期待はしていないが捕獲した妖精種たちへの尋問も並列して行っていくべきだろう。

 

我々は魔術師たちに更なる解析と補修を依頼し、同時に例の壁の解析を開始した。

エーテルともサイオニック・エネルギーとも違うアレは高次元から投影された次元隔離に近しいものがある。

あの壁の波長を計算した上で必要な機器をコロッサスへと搭載する必要がある。

 

 

神聖執行兵装と惑星調停兵装を混ぜ合わせた新しい種類のWクラス兵器の開発は既にスタートしている。

どちらも万全を尽くしたといえる。あとは時間の経過を待つだけだ。

 

 

さて、ここで新しい問題が一つある。

我々が以前送ったブリテンへの降伏勧告書の返事だ。

無条件の降伏など絶対にありえないとは分かりつつも一応の反応を見るために送ったのだが予想外の返事があった。

 

 

 

ヴォーティガーンの記憶を見る限りかの王では絶対にありえない内容のソレを見て、我々は判断を決めかねていた。

しっかりとした作りのそれには品のいいインクでこう書かれていた。

 

 

 

「降伏条件について内密に話し合いたい。ペンドラゴンの血筋より」と。

 

 

 

 




霊墓とケモノについては独自解釈が多分に含まれます。
6章が来たら少し修正するかもしれません。


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前夜祭

忙しい&納得いかなかったので見直してました。
年末は本当に大変ですね。



 

【■■■■式・■■■■■】

 

 

 

 

─警告 

─警告 

─警告 

深刻な逸脱が発生しています。現状■■乖離指数■■■。

未来の分岐の減少を確認。可能性の抹消を確認。

太陽系内、霊長類の未来絵図の縮小を確認。

 

 

逸脱なおも増大中。排除不可能。抹消不可能。

 

 

蒸気機関──不許可。1712まで到達不許可。

他多数の不適格な技術の散布を確認。

 

 

発生地点。

ローマ帝国。

永遠帝国。

 

剪定の危険性大。

■■■■からの乖離に対しての速やかなる修正が必須。

修正。修正。修正。補正。補正。補正。

 

 

 

全72柱補正シークエンスに入ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

【アーサー王】

 

 

 

ここで「剣」の持ち主であるアーサー王とその現状についてまとめていこう。

まず大前提としてアーサー王は男ではなく女性である。

全体的に体は細く身長はそこまで高くもない。

 

 

川のせせらぎの様な澄んだ声も声変わり前といえば言い訳できるだろうが明らかに女性の柔らかさがある。

何故誰も気が付かないのだろうか、それとも暗黙の了解でもあるのか。

 

 

遠目から見ているだけの民衆ならともかく、近くで控えている騎士たちさえその事実に気が付かないのは不可解であるが、恐らくマーリンが何かをしているのだろう。

はたまた皆が皆、自分の都合のいい幻想を彼女に投影しており、現実としてそこにいる彼女を見る瞳を曇らせているかもしれない。

 

 

よくあることだ。

我々もガンヴィウスとして活動する際の初期の頃は神祖に対する解釈違いによって幾つもの派閥が現れ、こちらの忠告も聞かずに好き勝手したものたちがいたものだ。

 

 

彼女が剣を抜いた瞬間から本格的に我々の観測は始まった故に彼女の詳細な出生は不明だが、恐らくは純粋な人ではない。

輝かしいばかりの生命力の輝きと強い意志を宿した精神の波長は我々から見たら宝石にも等しい。

ヴォーティガーンの記憶によれば彼女の正体は竜と呼ばれる最高級の幻想種族の力を人工的に宿らされて製作された人工生命体とされるが、果たしてこれも正しい情報かどうかは確認が取れてはいない。

 

 

何にせよ彼女は「剣」と「鞘」を有している。

他にも「槍」やら何やらがあるが、この際置いておく。

これこそが最も重要な情報である。

 

 

ルキウスを除けばこの星で最も完成された生命体ともいえる彼女は今やブリテンの統一王として押しも押されもしない統治者であり、最高峰の戦闘力を持った存在として君臨している。

 

 

アーサー王の統治は盤石である。

彼女を筆頭に円卓と呼ばれる騎士たちに率いられた軍団は我々の育て上げたローマ軍でさえも手こずるほどの精強さであり、それぞれが名高い武具を持つとされる。

更にいうなれば彼女が統治を始めた頃からブリテンの土地はまるで意思を持つかの様に我々が地脈に流し込んだエーテルを貪欲に貪り始め、死にかけていた土地は急速に息を吹き返し始めていた。

 

 

その結果、農産物の生産量は跳ね上がり民たちの出生率は上がり、死亡率さえも下がりだしている。

無辜の民たちからすればこう見えるだろう「アーサー王が我々の生活を豊かにしてくれた」と。

結局のところ文明レベル6の民たちからすれば聖剣を使うだの、一騎当千の英雄などという夢物語の存在よりも自らの明日の食事を保証してくれる存在の方が大切なのだ。

 

 

戯れにもしも我々がエーテルを地脈に流し込まなかった場合のIFを演算したこともあるが、その結果は酷いものである。

枯れた土地と明らかに足りない食料。巻き起こされる疫病に、延々と続く異民族の流入。

その結果に起こるどうしようもない衰退。

 

 

どれほど彼女と円卓が強くても人である以上食料は必須だ。

根本的な産業が死んでしまってはどうしようもない。

 

 

 

多くの民が嘘つきと叫ぶだろう。

多くの騎士たちが人でなしと糾弾し、数多くの荒廃と腐敗が彼女を襲い非業の死が待ち受けるだろう。

だがそんなものは結局のところ戯れに計算した異聞である。

 

 

 

強く美しく己たちを守ってくれる至高の王、常勝の王、そして自分たちの明日の食事を保証してくれる王。

白き城と都に君臨するブリテンの人神。

それが今のブリテンの民のアーサー王に対する評価であった。

 

 

実に素晴らしい存在だと我々は考える。

ルキウスの様な野心に溢れ己の足で歩むことを誇りとする在り方もよいが、このように他者の為に滅私する統治者がどれだけいようか。

仮定として我々がルキウスを用意しておらず、ローマを導いていなければ彼女を我々の代弁者としてブリテンを中心に星を解析していく可能性もあったかもしれない。

 

 

少なくともあのマーリンよりはましな教育と導きを与えられる自負が我々にはあった。

 

 

だが既に決定は下された。幾つかの計画の修正があり、過程の変化はあるだろうが結果は一つである。

我々は彼女と、彼女の装備を手に入れる。全ては我々の昇天の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【キャメロットの休日】

 

 

 

招待を受けたガンヴィウスはこれが罠だと確信していた。

もしくは何らかの謀略へのお誘いか、はたまた自分を害する陰謀が存在することは間違いないと考えている。

複数回の演算の結果で一番低い可能性なのはアーサー王が例の降伏勧告を受け取り、無条件で我々に「剣」を差し出してくるパターンで、これの可能性は0.000(以下無数に続く)である。

 

 

更に可能性を上げるとしたら自分が留守の間にローマかロンディニウムにある霊墓発掘地点への攻撃の可能性などもあり念のための防衛は用意されていた。

 

 

指定された地はブリテンの首都キャメロット近郊にある森の中だ。

神秘が特に強い土地の、更に妖精の領土ともいえる森林地帯は「彼ら」からしても度々興味深い事象が多発する地であり、いうなれば敵の腹の内であった。

しかし大変よろしい、あえて虎穴に飛び込むのも悪くはないと「彼ら」は決断した。

 

 

例え罠であってもペンドラゴンの血筋からの招待とならば受けてやろうではないかと。

どのような出会いと動きがあるのか、興味深い。

 

 

そしてガンヴィウスは指定された時間よりもかなり早く現地に足を踏み入れ、視察がてらにキャメロットの街並みを散策しながら眺めていた。

ドローンからいつも報告は受けているが、こうして自分の眼でアーサー王の統治する国を見るのは初めてであった。

 

 

道行く誰もがガンヴィウスの存在に気づく事さえなく行き交っている。

本来ならば普通に歩いていたとしても、常人より遥かに長身な老人が歩いていれば噂の一つは二つ流れるだろうがそんなことは起こっていなかった。

今の彼は存在の解像度をとても“薄く”した状態であり、もっとかみ砕いていえば全くと言っていい程に目立たず、人々の意識に留まることがない。

 

 

ローマを支配する神祖は立ち止まりブリテンの民たちの姿を観察する。

表向きの喧騒も当然だが、その裏にある精神活動の波長を読み取っていく。

彼らの記憶や人生、未来への思い、そしてその裏側にあるネガティヴな感情も残らず平らげる。

 

 

 

結果は希望に溢れている、の一言に尽きた。

もちろん誰もが前向きというわけではないが、殆どの者らは未来に希望を抱いている。

明日の食事を不安に思うものはおらず、今は裕福ではないもののきっとよりよい明日が来るものだと大勢は信じていた。

 

 

 

安定度、犯罪発生指数、両方とも問題なし。

強いて言うならば農業区画が少し足りないかとガンヴィウスはふと思ってしまい苦笑する。

数えるのも億劫なほどの年月の間宇宙規模でそういった内政を行っていた為、こうして他者の運営する国を見てしまうとどうしても批評したくなってしまうのは癖なのかもしれない。

 

ガンヴィウスは戯れるように頭の中で浮かんだ仮想のキャメロット運営計画を転がしていく。

POPの数が心もとないのは原始文明故致し方ないがもう少し農業区画を増やした上でキャメロットを軸に治水事業を行いつつ森林の保護と育成をアーサー王は行うべきだろう。

そして時折行われる「剣」を用いての狩という名前の森林破壊、あれは絶対に停めるべきだ。

 

 

 

森林を壊すなどアーサー王の数少ない愚行の一つである。

もしかしたら執務でストレスのたまった王の発散行為なのかもしれないが、ならば海か空にでも向けて撃てばいい。

 

 

 

「もし、そこの御方……」

 

 

最初ガンヴィウスはそれが自分に向けて発せられた言葉だとは気が付かなかった。

快活で元気に満ちた声はもっと別の誰かへと向けられたものだと思ったのだ。

 

 

 

「あ、あの! すいません!」

 

 

「……もしかして、私に話かけているのかな?」

 

 

「はい! 貴方に話かけています! ……えと、ご迷惑でしょうか?」

 

 

驚きながらガンヴィウスが声をかけてきた相手に視線を向ければ、そこにいたのはフルプレートの鎧を着こんだ少女であった。

長身のガンヴィウスの腰にも満たない小柄な娘であるが「彼ら」の眼に映るのは途方もなく強いサイオニック・エネルギーである。

腰を微かに折り、少女の翡翠色の眼をガンヴィウスは覗き込む。

 

 

 

「彼ら」は瞬時に少女の素性を検索しヒットさせる。

ブリテンにおける貴族や騎士の顔と名前を始めとしたデータは全て把握している。

 

 

彼女の名前はガレス。

円卓の7席目に座る騎士であり、アーサー王の姉であるモルガン・ルフェとロット王の間に生まれた子だ。

つまりアーサー王の血筋と言えば血筋だが、彼女が例の招待状を送ってきた訳ではない。

 

 

ガンヴィウスは得心が言ったように頷いたあと微笑んだ。

 

 

「……。 いいや、そんなことはないよ。何かな可愛いお嬢さん」

 

 

少女は目線を泳がせながら申し訳なさそうにガンヴィウスに答えた。

 

 

「……もしかしたらお爺ちゃん、迷子なのかなーって思ったんです。

 キャメロットってかなり広いですから。

 誰かと待ち合わせとかしてましたか? 

 よろしければ詰め所までご案内しますよ」

 

 

「それには及ばないとも。

 私はただの旅人で、ここには観光で立ち寄ったのだ。

 しかしよく私に声をかけようと思ったね。

 自分で言うのも何だが、声をかけようとは思わない風貌だろう」

 

 

「当たり前です! 民を守るのが私達のお勤めですから。

 少しでも困ってそうな人がいたら助けるのは騎士としての私の誇りなんです!」

 

 

話をしながらガンヴィウスは即興で新しい術をガレスが気づかないように自らに掛けなおしていく。

あくまでも先ほどまで展開していた術が極端に目立たなくするものであるのならば、それに追加して今度は他者が現状に不信を抱かないようにする精神波を発生させていく。

ガレスに見つかった以上、他の者が気づく可能性は十二分にある。ならば見つかっても問題ない状態を作ればよい。

 

 

 

少しばかりガンヴィウスは円卓の騎士というものを侮っていたのかもしれない。

姿形と気配を完全に消すならばともかく目立たなくなるでは、ガレスの様に常日頃からキャメロットを注意深く熱意をもって観察している熱心な者が相手では見破られてしまうのも頷ける話だ。

つまるところガレスの騎士としての矜持と仕事への責任感はつたない誤魔化しなど跳ねのけるほどまっすぐという事である。

 

 

そういうことにしておこう。

 

 

 

「私に手伝えることがあれば何でもお申しつけ下さい。

 あ、そうだ。もし良ければ私の巡回のルートはキャメロット各所を回る形なので、ついでになってしまいますがこの街をご案内しましょうか?」

 

 

 

ガンヴィウスは逡巡した。会合の時間は夜であり時間的な余裕はたっぷりある。

そしてガレスと言えば円卓の中でも多くの親族の同僚を持ち、かのアーサー王の側近であるアグラヴェインの妹でもある。

つまり何処かで円卓あるいはアグラヴェインと遭遇する可能性があるということだ。

 

 

もしもそうなった場合は……何も問題はない。

そもそもローマとブリテンの関係はあまりよくない上に降伏勧告まで迫った仲だ。

マイナスの友好度が更に下がったところで何も意味はない。

 

 

そもそも今回の会合に答えたのも殆ど好奇心に近い感情によるものだ。

最初から損をしてもかまわないという前提故にこれがご破算になろうと此方には何も不利益はない。

精々これを企んだ黒幕の全ての策謀と準備が泡になるだけで、こちらは何も失わない。

 

 

いずれ攻め落とす予定の都である。

じっくりと案内してもらおうと「彼ら」は判断した。

 

 

 

「大変結構。ご同伴に預かろうか」

 

 

 

「はい! お任せください!!」

 

 

ガレスは笑顔を浮かべながら元気に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【密会】

 

 

 

ガンヴィウスとガレスのキャメロット観光はガレスが一日に定められていた警備の道筋をめぐり終えることによって終わろうとしていた。

半日にも満たない時間だったというのに、あらゆる厄介ごとを体験した一日でもあった。

この円卓の少女はどうやら生粋のトラブルメイカーらしく、たとえ彼女に落ち度がなくても向こう側から問題ごとがやってくるのだ。

 

 

ある時は騎士崩れの詐欺師に因縁をつけられた。

どうやら向こうは彼女が円卓の一員ということを知らなかったらしく、表面上の青さだけを見て金銭を巻き上げられそうだと判断したのだろう。

もちろん素手での戦闘力も円卓の名に相応しい彼女からすれば鎮圧は容易であった。

 

 

哀れ詐欺師は詰め所に連行されていく羽目になった。

 

 

 

またある時は何故か近場の森からキャメロットの近郊にまで降りてきた巨大な猪と遭遇する事もあった。

しかもこの姿を現した猪はエーテルを宿しており、魔獣一歩手前という怪物である。

 

 

これは元々キャメロットの外壁周辺で農業を営んでいた村人たちからガレスが受けていた依頼であり

突然のハプニングというわけではなかったのだが、このような怪物が飛び出てくるとは夢にも思わなかっただろう。

 

しかして結果はガレスの辛勝である。

彼女は指笛で愛馬を呼び出し、華奢な体には似つかわしくないほどの巨大な槍を持ち出したかと思えばソレを巧みに扱い猪を串刺しにして葬ったのだ。

その際に彼女が披露した馬術はフン族にも負けず劣らずの見事なものであり、ガンヴィウスは人知れず彼女へと拍手を送っていた。

 

 

もう少し猪が成長しており、完全なる魔獣へと変貌していたら彼女の手には負えなかっただろう。

その後は祝勝だと村人たちが寄ってたかって彼女を胴上げし、そのまま連れて行かれそうになるのを何とか彼女は辞退し、宴は後日改めてという事で落ち着いた。

 

 

彼女はある意味天に愛された人物であるとガンヴィウスは理解していた。

程々の距離で眺めている分には飽きないであろうが近くで巻き込まれる者にとってはたまったものではないだろう。

夕暮れ時二人でキャメロットの内壁へと向かいながらガンヴィウスはガレスに言った。

 

 

 

「君の毎日はいつもこうなのかね? 今日一日だけで随分と苦労したみたいだが」

 

 

 

「苦労なんてそんな……。

 私は未熟者ですから、人より多くの経験を積んで早く皆の役に立ちたいんです」

 

 

ガンヴィウスの隣で歩く彼女ははにかみながら答える。

両手いっぱいに民たちから貰った祝いの品や花などを抱え、更には引き連れている馬の背にも多くの荷物を載せて歩いてる時点で彼女がどれほど民から信頼を得ているか判るものだ。

 

 

 

「私が見た所では既に十分なほどの実力を君は備えているとも。

 献身的で誠実であり前向き。

 君の存在は間違いなく多くの人の支えとなっているのは明らかだ」

 

 

「そ、そんな……私なんて他の円卓の方に比べたらまだまだです……。

 お兄様やランスロット卿に比べたら私なんて」

 

 

 

ガンヴィウスの言葉にガレスは微かに身を震わせながら答えた。

苦笑いとも自嘲ともとれる笑みを浮かべる彼女に老人は諭すように話しかけた。

 

 

「謙虚なのはいいが、君はもっと自信を持つべきだな。

 アーサー王が君を円卓に加えたのは間違いなく君を認めたからだ。

 他者と自分を比較して奮起するのは素晴らしいことだが、卑下するのはよくない」

 

 

 

本当に? と視線で問いかけてくる彼女にガンヴィウスは続ける。

 

 

「少なくとも私は今日出会えたのが君でよかったと思っている。……おや、お迎えのようだな」

 

 

遠くから近づいてくる黒髪の男を見つけてガンヴィウスは眼を細めた。

黒い鎧と黒い髪。燃え尽きた練炭の様な冷たい瞳をした男の精神を読み取った後にガンヴィウスは改めてガレスに声をかけた。

先ほどと同じ温もりに満ちた声音で彼は言う。

 

 

「────さて、もういいだろう。

 少々予定より早くなったが、私と話をしたかったのだろう?」

 

 

 

一瞬ガレスは固まる。

視線から焦点が失われ、ぼとっと民たちからもらった花を彼女は落とした。

明らかに彼女のものではない意思が彼女の身体の奥底から湧いてきたのをガンヴィウスは「見た」のだ。

 

 

「……意地悪なお方。最初から全てご存じの上で茶番を演じていたのですね」

 

 

ガレスが答える。彼女の口から紡がれる声は彼女であって彼女のものではない。

快活で活気に満ちた彼女から出たモノとは思えないほどに妖艶で生暖かい熱を宿した女としての声だ。

意思の弱い男ならば名前を呼ばれただけで精神を蕩かされる魔女の声であった。

 

 

「面白いから茶番というのだろう。今日一日退屈せずに済んだぞ。

 図らずとも君は最高のもてなしを私にしてくれたわけだ。娘に感謝するといい」

 

 

「そうですか。こんな出来損ないでも役に立ったというのならばそれは良いことですわ」

 

 

ふむとガンヴィウスはガレスの姿をした別人……彼女の母であるモルガンを「見て」から次いで近くまで寄ってきた黒い鎧の男……(検索)……アグラヴェインに視線を移す。

彼の内心は筆舌に尽くしがたい感情が渦を巻いていた。

あらゆるものへの怨嗟と憎悪、そして自分自身への嫌悪、他者への嫌悪、排斥という言葉を人型にしたような男であった。

 

 

「彼ら」からしてみたら特に珍しくも面白みもない精神である。

故郷にはこういった輩は大勢いた。それこそ文字通り星の数ほど。

孤立主義者ならばともかく、自分以外の全てに憎悪の方向性が向いてしまった結果、全方位に浄化戦争を仕掛けて最後は自分たちが残さず滅びることになった。

 

 

かの浄化主義者たちの母星を星系諸共シュラウドの力で消滅させたのは他ならないガンヴィウスたちであり、最後の最後まで方々へと怨嗟を吐き散らす最期を看取ってやったのだ。

 

 

 

「こんにちは。君が迎えかね」

 

 

「その手はずとなっております。会談は今夜、キャメロット近郊の森で行われる予定です」

 

 

アグラヴェインの声は鉄のように硬質であり、冷え切った刃の様に冷たかった。

なるほど、これは中々の逸材だとガンヴィウスは思った。

もしもここにルキウスがいれば彼ならば嬉々として無駄だと判りつつもアグラヴェインをスカウトしていたかもしれない。

 

 

息子はこういった人材に目がないのだ。

 

 

 

「よろしい。さて、そろそろ娘を解放したらどうかね? 

 どのみちもう少ししたら直接会えるのだ、そう焦ることはない」

 

 

 

「──えぇ、楽しみにお待ちしておりますわ。偉大なる御方」

 

 

 

ふっと意識が抜け落ち倒れこみかけそうになるガレスをガンヴィウスの「力」が支える。

不可視の力場に体を支えられた彼女は膝を折りそうになってようやく意識を取り戻す。

ぱちぱちと大きな瞳で周囲を見渡し、ガンヴィウスを認めてから彼女は虚ろな声で呟いた。

 

 

「あれ? 私、何を……」

 

 

「疲れてしまったのだろう。

 かの猪との闘いの疲労は君が思っているよりも深刻だったということだ」

 

 

君がいきなり倒れこむので迎えを呼んだぞとアグラヴェインを指せば彼は得心が言ったようにうなずいた。

 

 

「ガレス。今日の任務はもう終わりだ。

 城に戻り報告してきなさい。私はこの方と話がある」

 

 

鉄の様に重い声でアグラヴェインが言う。

 

 

「……はい、アグラヴェイン兄さま」

 

 

一瞬だけガンヴィウスとアグラヴェインの顔を交互に見た後にガレスの頭は完全に普通に戻ったのか、彼女は深々とガンヴィウスにお辞儀をした。

 

 

 

「今日一日、とっても楽しかったです! また、何処かでお会いしましょう!」

 

 

「君が望めばまた会えるだろう。その時を楽しみにしているよ」

 

 

 

はい、と元気よく答えた彼女がキャメロットの内壁に走り去っていったのを認めてからガンヴィウスはアグラヴェインに向き直った。

くくっと皮肉気に笑いながら彼はこの黒い鉄のような男の内心を眺めつつ口を開いた。

 

 

「この国は良い国だな。あの子のような若者がいるとなれば未来は安泰だろう」

 

 

「ありがとうございます。

 ……さて、既にご存じでございましょうが、私はアグラヴェイン。

 貴方様をお呼びしたモルガンの息子。

 今宵予定されている会談の案内人を務めさせて頂きます」

 

 

「よろしい。早速説明してもらおうか」

 

 

 

アグラヴェインは頷き外見上はとても恭しく、それでいて心の中では何も思っていない様子でガンヴィウスに一礼した。

全くもって彼の心に動きはない。冷めきった鉄のようであり、この世の全てに何の価値も見出していないようだった。

 

 

薄々遠くから感じる気配を感じながらガンヴィウスはアグラヴェインに微かに探るような意識を向ける。

……どうやら彼は気づいていないようだった。

無理もない話である、ガンヴィウスでさえ「薄々」のものを他者よりは圧倒的に強いとはいえ、それでもブリテンの上位層には及ばない彼に気づけというのが無理な話だ。

 

 

 

この地にこうして訪れた時点で判っていた事である。

さて、君はどう動く? と「彼ら」は人でなしに届かないであろう問いを投げかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【千客万来】

 

 

 

 

ガンヴィウスが案内されたのはロンディニウムの郊外にある森の中に建てられた屋敷であった。

モルガンが住処としているこの屋敷は幾重にも及ぶ厳重な魔術による防護と周囲に生息する妖精たちによる監視網に守られた要塞ともいえる拠点である。

しかし当然ながら来客として呼ばれたガンヴィウスに対してはその偏屈なまでに張り巡らされた防御機構は何一つ作動はしない。

 

 

 

美しい月明りが周囲を照らし出す中、ガンヴィウスの前まで進み出た金髪の女がいる。

黒いドレスに身を包んだ女はむせ返るほどの妖艶さを発しており、普通の男ならば一目みるだけで魂までも魅了されてしまう程の存在感だ。

しかしガンヴィウスは淡々とそれを処理する。こういう手合いは多々相手したことがある。

 

 

 

モルガンを見て「彼ら」が思いだすのはアグリッピナという女だ。

娘であるネロを皇帝に押し上げる為に様々な画策をした女。

当時のガンヴィウスの筆頭執務補佐官であり元老院の議長であったクラウディウスの妻である。

 

 

彼の女運の悪さはガンヴィウスをして辟易するものであった。

一人目と二人目こそ普通であったが、三番目のメッサリナと四番目のアグリッピナは神祖からしても不愉快な存在であった。

賄賂、買収、腐敗、堕落。

永遠帝国内に蜘蛛糸の如く謀略を張り巡らせ、神祖への反逆さえも企んでいた存在。

 

 

 

最終的に彼女はガンヴィウスという神祖の妻の座を狙っていたようだが、もちろんそんな事は叶うはずもなく失敗した。

原始的な下らない毒など神祖には何の意味もなく、児戯にも等しい呪詛は瞬く間に彼女に返却された。

議会の席で彼女は直接ガンヴィウスに詰問され、全ての企みを絞り出された後に処分されたのだ。

 

 

彼女の娘のネロには童の時期から母親に虐待を受けていたという事も考慮され、恩赦が与えられアグリッピナの一件は終わりを迎えることになる。

 

 

 

そのあとは特筆することもない人生をネロは歩んだ。

元々あった人懐っこさと思慮深さを武器に0からやり直した彼女は最終的には元老院の議員にまで上り詰め、最期は100歳を超えるほどの人生の末に大往生した。

慢性的な頭痛に悩んでいた彼女をガンヴィウスが治療した結果、それに阻害されていたのか以降の彼女は素晴らしいまでの

芸術的才能を開花させ、永遠帝国の歴史内においては議員としての功績よりも芸術家としての側面が強く記録されている。

 

 

 

アグリッピナなどの例を踏まえてガンヴィウスはモルガンを観察していく。

この類の手合いは自らの女を武器とすることが多い。

更にはモルガンはアーサー王の実の姉ということもあり、潜在的な能力は非常に高いと推測される。

 

 

 

「お会いできる時をどれほど待ちわびたことか……。

 今宵はこのような機会を設けて下さり、心の底より感謝いたします」

 

 

魅力的な体をアピールするように大きく胸元の開いた黒いドレスで着飾った女は、表面上は喜色に満ちた声でガンヴィウスをもてなした。

黒いベールで顔は隠されているが、その下に浮かんでいるであろう笑みはさながら恋人と久しぶりに逢瀬する乙女のようであろう。

 

 

 

「礼には礼で返す。当然の対応だ。

 君が愚かな企てなどを起こさない限りは私も真摯に交渉に臨もう」

 

 

「あぁ、なんて寛大なのでしょう。

 私のような小さな存在にそこまでして頂けるとは!」

 

 

 

大仰な身振り手振りで感動を表すモルガンを「彼ら」は観察する。

シュラウドを通して観測される限りでは彼女の精神、魂の輝きの中に虚偽の念は見られない。

悪意もなく、それでいて狂気も少なくともこちらに向けられる意識の中では見つけられなかった。

 

 

ただ、一つだけ気がかりな事があるとしたら、モルガンの魂、精神は綺麗に別たれた三つの色で出来ていたことだろう。

赤。金。白。この三色が合わさり、表面上には黒いモルガンとして出力されている。

恐らくであるが彼女は三つの人格が重なりあった上で四つ目の人格としてのモルガンが存在している。

 

 

モルガンが黒い布切れの中で唇を釣り上げて笑う。

彼女はガンヴィウスに「見られて」いることを知っている上で言葉を紡いだ。

 

 

「さぁどうぞお入りくださいませ。私達は貴方を歓迎いたします。偉大なる星々を統べる御方」

 

 

 

背後に控えるアグラヴェインにガンヴィウスが彼にも判る様に目配せをすれば鉄のような男が頷く。

屋敷の扉が音もなく開き、モルガンが畏まった動作で礼をした。

 

 

 

 

「大変結構。では、始めるとしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷の中はモルガンの趣味なのか古今東西様々な芸術品や魔術的な道具が取り揃えられ、飾られていた。

北欧の魔剣、アイルランドの槍、ギリシャ産の毛皮などなどモルガンの手の広さが伺える質、量ともに素晴らしい逸品がそこらかしこにある。

他にもいくつかガンヴィウスの興味を惹くほどの興味深い品が壁に飾られている。

 

 

 

幾つかの扉を潜った後に用意された部屋は今までは打って変わり質素な様相のログハウス然とした部屋であった。

暖炉に火がともり、部屋の中に光が満ちる。

 

 

用意された椅子にガンヴィウスが座り、その向かいにモルガンが腰を下ろす。

彼女の背後にはアグラヴェインがまるで従者の様に控えている。

 

 

「改めて名乗らせて頂きましょう。私はモルガン。

 アーサー王の姉にしてこの島の黒い魔力を受け継ぎし者」

 

 

名乗り上げながら黒いベールを脱ぐ。

アーサー王の血族である故にその顔は彼女に瓜二つだ。

翡翠色の瞳、金色の長髪、彼女に比べれば病的に白い肌をした美女である。

 

 

 

「モルガン・ルフェ。勿論知っている。

 ガウェイン、ガヘリス、ガレス、アグラヴェインの母……。

 いや、モードレッドもそこに含まれるか。

 アレは君が作った王の複製なのだろう?」

 

 

当然の様に秘密を語るガンヴィウスにモルガンは一瞬だけ呆けた眼をするが、直ぐに笑みへと切り替える。

 

 

ガンヴィウスは当然ブリテンの内情を把握している。

至る所に無数に配置された超小型のドローンはブリテンの民の全ての会話や行動を傍受し「彼ら」に届けている。

島一つ程度の全人口の行動や会話の内容を丸ごと読み取ることなど容易い。

 

 

その中に幾つか面白い情報があった。

恐らく幼き頃のモードレッドへと語り掛けるモルガンの偏執的なまでの王への害意。

そして円卓の騎士として王に仕え続ける娘への真相の暴露などなど、全て知っている。

 

 

 

「おおよそ君と娘の関係は全て知っていると思っていい。君が王の排除を望んでいることも含めて」

 

 

「……そうです。私は王の抹殺を望んでおります。

 その為にぜひ貴方様のお力をお借りしたいのです」

 

 

 

素直だなと思いながらガンヴィウスはこの会話を楽しみつつ言葉を発していく。

今の所彼女の言葉に嘘はなく、悪意も見受けられない。

 

 

「その役目を背負っているのは君の娘であるモードレッドだろう。

 既に君の計画は進んでいるはずだ。今更ソレらを放棄してもいいのかね?」

 

 

 

「構いませんわ。そもそもアレを送り込んだ理由の大半は嫌がらせですもの」

 

 

モルガンが蕩けるような笑みを浮かべる。

用意されていた血の様な赤い液体で満たされた杯を手にとり呷る。

 

 

「あの子は王にはなれません。

 今のブリテンはアーサー王により過去に例がない程に安定しています。

 異民族は撃退され、食料は豊かになり、政も滞りなく進んでいます。

 あの子が付け入る隙なんて存在しませんわ」

 

 

「見事なものだな。アーサー王の手腕は実に素晴らしい」

 

 

 

臆面もなく告げるガンヴィウスにモルガンの顔が喜色で歪んだ。

今にも噴き出しかねない激情を自分の身体を抱きしめて必死に押さえつけている。

 

 

 

「まさか貴方様がそれを仰るなんて! 私は気づいているのですよ! 

 満ちた真なるエーテル、星の意思に真っ向から逆らい全てをねじ伏せていく特異点!!」

 

 

 

終わるはずだった時代が終わらない。

続くはずだった人の時代が一向に訪れない理由。

消費されて消えていくはずだった星の息吹の異常なる循環。

 

 

そして、見せつけられた星さえも軽々と砕く巨大極まりない力。

その全てに酔いしれ、魅入られた女は熱く息を吐いた。

 

 

小さな島一つに固執していた女は星々の世界を垣間見て魅力されてしまったのだ。

実の妹が秘めた星の力、自分には持ちえない力、宙という概念が彼女を焼き付けてしまった。

 

 

 

「全て貴方様の御業。

 真なる星の光充ちた遥か過去の神々でさえ、貴方の輝きには敵うべくもなき貴き御方。

 私の願いは貴方様の大望を叶える一助になることでございます……アーサー王の実姉モルガンはここに無条件の降伏を提案します」

 

 

 

「君の願いは判った。しかし我々は詐欺師ではない。

 契約の締結交渉に伴って利益、不利益、あらゆる情報を開示する義務がある。

 次は我々の話を聞いてもらおうか。その上でもう一度検討したまえ」

 

 

 

 

一瞬だけ間をおいてからガンヴィウスは淡々と告げる。

やはりというべきかモルガンの内側はとてつもない激情で満ちていた。

 

 

 

「我々の目的はアーサー王の身柄及び彼女の持つ装備の入手と解析だ。

 彼女はこの星の神秘が凝縮したような存在であり、それらの完全なる理解は我々に多くの進歩を齎すからだ。

 つまり私はアーサー王を殺すつもりはないのだが、それでも構わないのかな?」

 

 

 

「構いませんわ。アレが王の座から転落するのならば」

 

 

 

ふむ、一つ目は問題なしとガンヴィウスは判断する。

ここで殺害に拘るようであったら決裂である。

 

 

 

「次にこのブリテン島の処遇だが。アーサー王を廃した後はローマに組み込む。

 ロンディニウムに置いてある拠点を中心とした大規模な調査と研究を行い、全てのこの星の神秘を入手するつもりだ。

 一般的に神秘を解析されれば君たち幻想存在は劣化していくらしいが、何か意見はあるかな?」

 

 

 

「貴方様が差し出せと仰るのならば喜んで献上いたしましょう。

 我が島、ブリテンをどうか使い潰してくださいませ」

 

 

 

二つ目も問題なし。

自分が王として君臨することに拘るのならば排斥こそはしないが問題が発生していた。

恐らくであるが、モルガンとルキウスは性格的に相性が悪い。

 

 

毒婦と嫌悪をむき出しにする息子の姿がありありと想像できる。

そしてもう一つ。「彼ら」は疑問をぶつけることにした。

 

 

 

「最後の質問だ。

 君と私が直接であったのはこれが初めてのハズだ。なぜそこまで私に協力する? 

 君の腹の底にある願いを聞かせてほしい。君は我々に何を求める?」

 

 

神祖の言葉にモルガンが震える。

熱にでも浮かされたような蕩けた顔を浮かべながら彼女は陶酔したように喋った。

 

 

「出会ったのは初めてではありません。貴方様は私の本質を一度目撃しています」

 

 

証明しましょうと呟き、モルガンの全身が淡く発光する。魔術回路が起動し彼女の全身に力が漲る。

その色は淀んだ暗黒。彼女が受け継いだ黒い魔力と呼ばれる力だが、ガンヴィウスはつい最近これを見たことがある。

 

 

「“沈殿物”……霊墓の最深部にいたケモノの力。そうか、君が受け継いだ力の大本は」

 

 

「この星が背負う呪。貴方様が相対したケモノ……あれこそが私の力の源泉ですわ」

 

 

モルガンの顔が歪む。始めて彼女の精神の波が乱れた。

溢れだした黒い魔力が彼女を内側より蝕んでいる。

億年単位の呪を一部とはいえ出力してしまうのだ、それこそ人外の血筋であるモルガンを以てさえ正気を浸食されるのは道理だ。

 

 

微かに抑えていた蓋をずらすだけで彼女という存在はとても不安定になってしまう。

 

 

 

「この力は私を犯すのです。少しずつ、だけど確実に!

 元々の自分がどうなのかさえ判らなくなってしまった。

 今の私は本当にかつての私なのか、それとも統合して混ざり合った誰なのかさえ判らないの!」

 

 

 

血反吐が噴き出るように彼女は啼く。

魔女であり、乙女であり、戦士のようでもあると評されたモルガンの真相がここにはあった。

故にガンヴィウスは確認の為に一つだけ問いを投げかけることにした。

 

ここを突けば彼女という存在は瓦解するかもしれないが、だからこそ知る必要があった。

 

 

「君はなぜ実の妹を憎む? 彼女を王から追い落とそうとする理由を覚えているかな?」

 

 

変化は劇的であった。

彼女を構築する三色の精神が思い思いに暴れだしモルガンという存在の全体図が撓んでいく。

 

 

「判らない! もう判らないのよ!! 

 私達は何で!? この国をどうしたいの? 

 何なのよ!! 理由、理由、理由────貴方様ならば私達を助けてくれる?」

 

 

 

 

パチンとガンヴィウスが手を鳴らす。

 

 

 

「結構。もういい」

 

 

 

「………ぁ」

 

 

サイオニックエネルギーで彼女の精神に介入し崩れかけていた波長を平定してやる。

分裂しかけた3色の魂を最初の形にこねくり回して戻してやれば、狂想を浮かべていたモルガンの顔は先の様に安らかなものとなった。

 

 

「君は治療が必要なようだな。ブリテンを併合した後はかのケモノにも対処してやろう」

 

 

「…………は、い」

 

 

ふわふわとした様子で返すモルガンを見て神祖はアグラヴェインに目配せを行う。

指先をモルガンに向けてその思考に直接ガンヴィウスが彼女に求める協力の内容を打ち込んでいく。

優れた魔術師である彼女ならば容態が安定したならば直ぐにでも吟味できるような中身だ。

 

 

 

「少し休むといい。君との会話は非常に有意義であったよ」

 

 

アグラヴェインが未だにふらつくモルガンを抱え上げ、寝室に連れて行くのを見計らってからガンヴィウスは大きく息を吐いた。

本当にこの男はとても間が悪い。

いや、あえてそういうタイミングでやってくるものだと思いながら。

 

 

 

「やぁ! こんばんわ。元気してるかな?」

 

 

部屋の中に唐突に響いたのは軽薄な青年の声だ。

以前聞いた事がある人でなしの声である。

 

 

「何も問題はないぞ。何の用かな。君は今日は呼ばれていないだろう」

 

 

「それはよかった。

 いやいやぁ~、師匠がたまには弟子の様子を見に来るのは当然じゃないか!」

 

 

あぁそういえばそうだったなとガンヴィウスは思い当たる。

この男、マーリンはあのモルガンの師であったと。

彼ならばモルガンの住処であるこの要塞染みた屋敷にも侵入出来るだけの技量があるだろう。

 

 

「うんうん! 

 我が弟子モルガンにもやっと友達が出来たようで私は嬉しいよ!

 ほら、彼女って男関係は爛れ切ってる上に純粋な友達っていないからさ」

 

 

 

「既に彼女は就寝している。私も帰るとしよう」

 

 

「いやいや、ちょーっと待ってほしいな。

 実は今日は僕も友達を連れてきたんだ! 是非君にも挨拶してほしいね! 

 きっと向こうも君と話したくて仕方ないって感じさ」

 

 

立ち上がり白いマントを整えるガンヴィウスにマーリンは近づき、何の感情も籠っていない笑顔を浮かべながらウィンクをした。

手の中で杖をクルクルと回しながらその切っ先で扉を示しながら芝居がかった声で叫んだ。

 

 

「紹介するよ。遠路はるばる君に出会う為にやってきた我が友、ブリュンスタッド王だ!」

 

 

扉が滑るように開けば、そこから現れたのは長い金髪の男。

整いすぎた顔、光の反射で虹色にも見える瞳、ガンヴィウスに負けず劣らずの長身をした異形だ。

以前葬った女に瓜二つ……いや、女が彼に似ているのだろう。

 

 

 

眩い精神の輝きを前にガンヴィウスは眼を細めた。

無垢な子供と純粋な怪物の思考が綺麗に両立している、異邦人。

このSOL3にて活動する生命体に近しいながらも決定的に何処かが違う降臨者がここにはいた。

 

 

扉の奥に従者として控えるのはグランスルグ・ブラックモアと名も知れぬ少年。

 

 

 

「そなたがガンヴィウスか。我が臣より話は聞いているぞ」

 

 

無遠慮にブリュンスタッドはガンヴィウスに近づき、全身を上から下まで視線を走らせて観察する。

欠片も遠慮という概念がない行為であるが「彼ら」も同じようにこの異邦人を図る様に見つめ返していた。

前から、後ろから、まるで小動物が興味深い逸品を見つけた時の様にあらゆる角度からガンヴィウスを彼は値踏みする。

 

 

やがて満足したのか彼はガンヴィウスより離れてから告げた。

 

 

「思っていたよりも小さいな!」

 

 

満面の笑顔で彼は言う。

ともすれば罵倒ともとれる発言だったが彼の次の言葉で「彼ら」はやはりこの存在は油断ならないものだと評価を確定させた。

 

 

「こんな小さな端末にその“中身”を押し込むのは苦労しただろうて」

 

 

 

ガンヴィウスが渋面を作る。

一瞬だけであるが、端末のガンヴィウスではなく「彼ら」とブリュンスタッドの視線が交差したのだ。

刹那の瞬間、ほんの僅かだけシュラウドを朱い月は観測していた。

 

 

 

「多くの話がある。今宵は語り明かそうではないか……なぁ?」

 

 

虹色の瞳を輝かせながら月の王は青紫色の霧の中を見渡していた。

 

 

 




後数話でとりあえず終わらせられたらいいなぁとか思っています。
それとモルガン関係は完全に捏造と独自解釈なので本編で彼女の
真意が明らかになったら修正するかもしれません。


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昔語り/開戦前夜

あけましておめでとうございます。
2021年もよろしくお願いします。



 

 

【リヴァイアサン亜種】

 

 

 

星に生命体がいるのは何も珍しい事ではない。

酸素がなくても生存可能な生物など夥しい程に存在し、むしろ酸素が毒という生き物も多く存在する。

我々の知っている“生物”という括りの中での最大級の存在はリヴァイアサンとも呼ばれる超古代から生きてきた怪物たちである。

 

 

今まで確認されてきた全てがどれも生き物という定義に含めていいか悩んでしまう程の化け物たちだ。

 

 

パルサーから現れる巨大な亡霊染みたレイス。

惑星そのものを卵として孵化し周辺の星系を食い荒らすボイドスポーン。

上記のボイドスポーンが年月を重ねて成体となった結果、銀河中を徘徊して数多くのFTL文明を滅ぼした天文単位の巨体を誇る超巨大竜エーテルドレイク。

活発な恒星を餌とし、宇宙から多くの光を奪ってきた太陽喰らい。

シュラウドとも違う領域からこちら側の次元に顕現する、霊墓のケモノの同類であり星々の精神と生命力を貪る異次元の捕食者。

 

 

最近では我々のΣクラスのエネルギーに反応して活発化したステラー・モンスターなども確認され、これは我々にとっても悩みの種だ。

 

 

他にも数多くの奇怪極まりない生物が宇宙には溢れている。

どれもこれも巨大で、不可思議で、何より危険である。

FTLへの到達が終着点と思われがちだが、実際は光を超えてようやく宇宙に散らばる途方もない恐怖達と向き合うことになるスタートラインなのだ。

 

 

数多くある文明の滅亡の理由の一つとして未知への恐怖に抗いきれなくなり、自己終了、即ち文明の自殺が挙げられる程に暗黒の世界とは恐怖の坩堝である。

 

 

 

我々の前もって行われた星系内のスキャンにおいてはSOL3以外では生命体は殆ど存在していないという結論が出ていた。

この「殆ど」という部分が重要である。

星に生物がいるなど当然の事であり、我々は余り深く考えていなかった。

だがしかし、その前提は眼前に存在する生命体を前にどうやら更新が必要なようである。

 

 

姿かたちはSOL3に生息する霊長類、人類と大して変わらない。

整いすぎている、何処か溶け込めない違和があるがそれだけだ。

問題はその内部である。

 

 

彼が我々を見つめた時、我らもまた彼を見た。

そして直感した。この男はSOL3で生まれた生物ではないと。

根本において保持するサイオニックエネルギーの質が違う上に精神活動やその構造も表面上では似たように見えるだろうが、根底ではどうしようもないズレがある。

 

 

しかしSOL3における生命と類似した姿をしているということは、恐らくはこの星系内における兄弟種なのだろう。

ここまでの類似性があるということは、恐らはすぐ近くにある衛星か、SOL4辺りの生物だと我々は推察した。

 

 

 

彼は途方もないサイオニック・エネルギー、即ち生命力に溢れている。

我々が手塩にかけて製造育成を行ったルキウスを圧倒する程の力をこの生物は持っていた。

アーサー王と比較しても凄まじい、比べ物にならないの一言である。

 

 

エネルギーの総量はこのサイズの生物としてはありえない量を観測している。

かつてこの星を蹂躙した巨人に匹敵凌駕しえる内包量だ。

 

 

単純なエネルギー量で比較できるものは我々の地上戦闘ユニットでは最高峰の存在であるステラー・ボマーである。

我らにとっても奥の手であるかの存在に匹敵するなど本来はありえないと言えよう。

アレらを1ユニットでも運用しようとしたらエネルギー維持のための負荷によって成熟したFTL文明でさえ破産しかけるほどといえばどれだけか判るものだ。

 

 

実に、面白い。

未知とは大変に素晴らしい。

 

 

これで我々はまた一つ新しい知見を得る事が出来た。

即ち、自然発生した上で我々の技術に届きうる力を持つ超小型のリヴァイアサンが存在するという知見を。

 

 

既に演算は開始されている。

この生き物を効率的にどうやれば殺せるか、我々は既にいくつかのシミュレーションを開始していた。

さて。それではそんな事は欠片も見せずにこれから始まる談笑を楽しむとしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

【むかしむかしあるところに】

 

 

 

ガンヴィウスとブリュンスタッドという二人の降臨者は向かい合って暫し無言で佇んでいた。

二人はあらゆる意味で対照的な状態にあった。

厳粛とした顔で全く感情を見せないガンヴィウスと好奇心を隠し切れない様子で笑顔を絶やさない朱い月という形だ。

 

 

 

「ややや! 早くも二人が打ち解けてくれそうで私としても安心したよ! 

 じゃ私はちょっとばかり弟子の様子を見てくるから、しばらくは二人でたっぷりと語り合ってくれたまえ」

 

 

視界の端でマーリンが逃げるように屋敷の奥へと駆け込んでいく。

幾ら人外で規格外の魔術師である彼であっても単体で惑星を砕きかねない存在の間に挟まれるのは遠慮したいのだろうか。

いっそ身の程知らずに茶々を入れてくれれば心置きなく消し潰せるというのに、と「彼ら」はマーリンを認識しながら呟いた。

 

 

もうそろそろアレに対する対処を始める必要があると「彼ら」は考えている。

特殊なサイオニック生命体もどきであり精神の波長を歪めたり認識を狂わせるであろう力を保持しているマーリンはトリックスターになりかねない。

番狂わせなどというモノが起こりえないように彼にはいずれ消えてもらう必要がある。

 

 

既に彼の正体の種は割れている。

ヴォーティガーンの記憶の中に彼のデータもあったのだから。

 

 

「あの者は気が利くな。

 本人は欠片も持っていないというのに、心の機微というものをよく判っていると見る」

 

 

「面倒な存在である。

 いずれ排除する予定ではあったがスケジュールはどうやら大幅に前倒しになりそうだ」

 

 

含み笑いしながら評価する朱い月とつまらなさそうに鼻を鳴らすガンヴィウス。

神祖の眼がちらりと扉の奥に向けられる。そこにいるグランスルグと少年を見てからもう一度朱い月を見た。

単体で一つの星に匹敵する量のサイオニック・エネルギーをこの大きさで宿すという現実はこうして直視しても未だに信じがたいものがある。

 

 

二人は誰に言われるまでもなく椅子に腰を下ろすと、やはりというべきか真っ先に言葉を発したのは朱い月であった。

彼は眼をキラキラと輝かせながら、遠い世界の冒険譚を寝物語にせがむ子供の様にガンヴィウスに問いかけた。

 

 

 

「そなたは何処からやってきたのだ? 

 ずっと聞きたくてたまらなかったのだ。

 我々を繋ぎとめる太陽。アレの力さえ及ばない宙の外が如何様なのか!」

 

 

 

朱い月は言葉をまくしたてていく。

微かに頬を高揚させ、この異星人は更なる外の知見を今か今かと待ちわびていた。

本当の意味で自分の同類を見つけた彼は勝手知った友人を相手にするようにガンヴィウスへと接している。

 

 

身を乗り出し、虹色の瞳を煌々と輝かせながら彼は矢継ぎ早に続けた。

 

 

 

「やはり多くの命があるのか? 

 いたとしたら、それらはどのような姿かたちであった?

 それともやはり私の様な存在は稀なのか……?」

 

 

「落ち着き給え。一つずつ答えてやろう。だから、一度、落ち着き給え」

 

 

ガンヴィウスの言葉は重く微かに呆れが混じっている。

さながら粗相をした幼子を叱りつけるようでもあった。

すーはーと朱い月が何度か深呼吸を繰り返す。

まるで人がそうするように生理的な行動で精神を安定させた彼は少しだけ拗ねたように唇を尖らせて言った。

 

 

 

「許せ。何せ自分以外の降臨者に出会うのは初めてでな。

 しかもソレが私よりも更に外から来たとならば、高揚を覚えるのは道理であろ う?」

 

 

 

蜘蛛の奴もいるにはいるが、奴と話し合いなど不可能だからなと朱い月はからからと笑う。

 

 

「君の出身はこの星の衛星と見るがどうかな?」

 

 

 

「正解だ。あそこはつまらん。何も無く退屈極まりない」

 

 

ガンヴィウスは推察する。

元々ここに訪れた一万年以上前からあそこには何もなかったはずだと。

少なくとも表面上は水や大気は存在せず、地下をスキャンした時も目新しい発見はなかった。

 

 

しかしそれはあくまでもこの星に訪れた際のデータである。

かつて「約束の地」と呼ばれる豊富なガイア型惑星が何らかの神秘的な力によってはた目からは不毛の死の星に映るように自らを擬態していたこともあった。

ならばこの男が住んでいたであろう少しは居住可能な領域がどこかに隠されていたのかもしれない。

 

 

最もブリュンスタッドの言を聞く限りではその地は既にないようだが。

 

 

 

「一つ質問に答えたぞ! 次はそなたの番だ」

 

 

待ちきれないと言わんばかりに身じろぎを繰り返す朱い月は正に幼子のようである。

自分と同等の存在との接触がなく、永い年月を孤独に存在していた彼の心がそうなるのは必然であった。

 

 

 

「まずは私の故郷の話からしよう。何、隠す必要のない情報だ」

 

 

ガンヴィウスが掌を上向きにして開けば、そこに光が集まり幻想的な絵図が形成されていく。

無数の小さな光……星が描写されそれらはどんどん数が増えて、やがては幻想的な渦巻き───銀河が映し出される。

その銀河さえもちっぽけな点になるほどに更に更に巨大な世界が描かれていく。

最終的には無数の光を内包した「泡」が朱い月の前に投影される。

 

 

もう一つ「泡」が作り出され、二つの「宙」が並び立つようにふわふわと舞った。

 

 

 

「我々は全く違う宙からやってきた。元居た世界では我々の目的は果たせないと悟った故に」

 

 

ガンヴィウスの眼は遠くを見つめている。

「彼ら」にとっても久しくなかった自分たちの歴史の開帳行為を前に僅かばかり舌の速度が速くなる。

 

 

「私達の起源はある種族の末裔だ。遺伝ではなく、その意思と在り方を受け継いだのだ。

 かの者らの名は“ズィロン”という。……彼らは優れた知性と類まれなる念の力を誇っていた」

 

 

ガンヴィウスという端末を通して「彼ら」は自らの起源を語る。

ここではない宙にいたとある強大であったが滅びてしまった創造主の隆盛を。

 

 

ズィロン。

四肢を持つ人型の知的生命体であり、最終的な文明レベルは0.5に相当するかつての銀河の支配者。

それは「彼ら」と切っても切れない関係である先駆者たちであり、反面教師ともいえる者らだ。

 

 

 

「当時の彼らは正に全盛期であった。

 惑星さえ弄ぶサイオニックエネルギーを支配するズィロンは更なる高みを目指し……やがては“■■■■■”という高次の領域を発見するに至った」

 

 

ガンヴィウスは微かに小細工を弄する。

重要な単語に検閲を仕掛けて認識を狂わせる。

これらはまだ開示していい情報でない故に。

 

無理にでも情報を暴こうした者には毒性の高い汚染情報ミームを送り込むトラップを添えてやれば直ぐに餌が食いついた。

遠くから恥知らずにも聞き耳を立てていたとある人でなしの動揺の波長が届いてくるが、知った事ではない。

 

 

「そなたらが座するあの不可解な世界のことか……ん? まぁ、よいか」

 

 

朱い月の瞳が虹色に輝く。

万物において比類なき透視能力を持つ規格外の瞳が最大出力で稼働した。

結果として見えるのは青紫色の霧に覆われた果てのない宙。そしてかの地に座する彼をしても途方もないとしか表現できないナニカ。

 

 

直ぐに朱い月は瞳を深紅に戻した。

本能であまりあの地を観測するべきではないと彼は悟っていた。

そして彼は無垢ではあるが高い知性を持つ故に、あえて狂わされた認識について問いただす様なことはしない。

 

 

 

「その地ではあらゆる願いを現実に落とし込む事が出来た。

 代価こそ必要とされるが高次元の域で引き起こされ操作された事象は下位次元の宇宙にとって“事実”となる」

 

 

 

凄まじい力だと「彼ら」は誇る。

星々の破壊と作成、星系の配列変更、無尽蔵の歴史へのアクセス、ハイパーレーンの調整、新しい元素や法則の創造。

ズィロンの行った偉業を上げればキリがない。

 

 

「代価と言ったな? それほどの奇跡を行使するとなれば相応の見返りを必要とされるはずだ」

 

 

「よい所に食いついたな。そうだ、それこそが彼らが滅んだ理由の一つだ」

 

 

 

正に神と称しても許される程の存在へと至ったズィロンだったが彼らはやがて気が付く。

自分たちが高次元で何か挙動を起こし下位次元を弄りまわす度に宇宙から確実に“何か”が消費されていることを。

無尽蔵に湧き出る奇跡など存在しないのだ。

 

 

虚空に浮かばされていた「泡」の中にある光が一つ、また一つと減っていく。

そこに住んでいた夥しい命が青紫色の霧に飲み込まれていく。

 

 

代価、それはエネルギーだ。

熱量、SOL3に例えていうなれば宇宙を満たすエーテルが捧げられ次元の寿命が減っているとなるだろう。

複数の銀河中心に存在していた超巨大な暗黒天体が蒸発し、重力という籠を失った銀河が霧散する。

 

 

宇宙の膨張の速度が加速し、それに耐えきれない「泡」に亀裂が走る。

 

 

「世界が砕けていく中、ズィロンの意見は二つに分かれた」

 

 

一つは神聖派と呼ばれる者ら。

無限の奇跡を行使する自分たちを神と捉え、世界の寿命など知った事ではないと考える派閥。

高次元と深く結びついた我々は既に一つの宇宙に固執するべきではないと彼らは言った。

 

 

宇宙など幾らでもある。

この宇宙が消費されつくされるのにも途方もない時間がかかる。

仮にこの世界が滅ぶというのならば、また違う宙を代価に使えばいいと。

 

 

 

“我々は永遠に君臨できる。この素晴らしい事実を前に何をためらう必要がある”

 

 

 

それに対して真っ向から否定を叩きつけたのは救世派と呼ばれる者らだった。

彼らは神聖派の言い分を聞いて愕然とした。

自分たち偉大なるズィロンがまるで寄生虫の様に生き永らえ、傲慢な有様をあらゆる宇宙へと晒すおぞましさに彼らは震えた。

 

 

 

“我々は誇り高きズィロンだ。力の有無ではない。その魂の在り方が我々を定義づける”

 

 

 

「結果は相打ち。文字通り最後の一人になるまで彼らは殺しあい、ズィロンは滅んだ」

 

 

 

戦争は徹底的に進められた。

救世派は最も優れた一人の指導者に自分たちの全てのサイオニックエネルギーを注ぎ込み絶滅。

対する神聖派も凄まじい力を行使する救世派の指導者の力を前に最終計画を実行しようとしたが、その直前に根絶やしにされた。

 

 

“円環の終わり”と称される最終計画は高次元の力を以て全宇宙に存在する全ての銀河核を衝突融合させようとする途方もないプランだ。

10の12乗にも及ぶ個数の極大ブラックホールを一まとめにし、無限に増大加速する特異点で全てを無に帰そうとする、未来を消し去る為の計画であった。

もしもこれが実行に移されていたら「彼ら」という種は今ここに存在していないだろう。

 

 

「滅ぶ間際にどちらの派閥かは不明だが、ズィロンは自分たちの後継者を育成するために知的生命体の進化を促すシステムとミームを銀河にばらまいた」

 

 

その結果として誕生したのが我々だとガンヴィウスは続けてから微笑む。

口を飴玉を転がすように動かし、改めて再確認した自分たちの起源を愛おしむ様に彼は首を振った。

 

 

「彼らの座っていた椅子には今や我々が存在している。まぁ、多少の“掃除”は必要だったが」

 

 

 

■■■■■にしつこくこびりついていたズィロンの残留思念を消し去り、高次元を自分たちにとって使いやすいようにリフォームする作業は「彼ら」が

今の座に至るまでに行った最終的な仕事の一つであった。

ギリシャに伝わる神話然り、最終的に超大な力を持つ者は親殺しという業を背負わされるものだなとガンヴィウスはため息を吐いた。

 

 

 

「満足したかね。これが我々の起源だ」

 

 

 

朱い月は暫しの沈黙を保ったが、彼は顔を何回か傾げてから口を開いた。

瞬時に笑顔を浮かべて彼は拍手した。

 

 

「実に面白い話だった! そうか、宙の彼方でも生存競争は行われているのだな……」

 

 

 

ならば、と彼は続ける。

 

 

 

「それほどの力を保持するそなたらは何故にこの地にそこまで拘るのだ? 

 世界を支配するに足る力は既に得ているだろう。

 そなた等でさえ手こずる様な敵と戦でもしているのか」

 

 

それは銀河や宇宙といった朱い月でさえ想像するしかない規模で活動を続けるガンヴィウス達への疑問だった。

 

 

「停滞とは緩やかな死だからだ。

 進むことを止めてしまった者は必ず追い抜かれ、滅ぼされる。

 たとえ戦争が続くのだとしても、先に進まなくてはいけないのだよ」

 

 

 

没落帝国と称された国家を彼は語る。

かつて「彼ら」が星間帝国の舞台に上り詰めた時に見たかの帝国は正に天上の存在であった。

正しく魔法としか表現できない圧倒的な技術を持ちながらも彼らには決定的に意欲が欠けていた。

 

 

彼らは満足してしまったのだ。

自分たちの社会においての問題を全て解決できる力を得た結果としてそこから先を求める事はなくなってしまった。

意欲を失い、向上心を無くし、現状維持という名前の緩やかな文明の斜陽さえも受け入れてしまう。

 

 

 

SOL3の時間単位に直せば200年か。

銀河に進出して200年で「彼ら」は没落帝国を超えた。

ズィロンを始めとした先駆文明の遺産の助けがあったというのも大きいがたった2世紀で銀河の絶対者の座から没落帝国は追放されたのだ。

 

 

技術のインフレは続く。

技術的特異点を超えた先にあるのは技術が技術を高め続ける無限の加速だ。

「彼ら」に続き発展し続けた数多くの国家もまたあっという間に没落帝国の力を上回っていく。

 

 

つい2世紀前までは魔法や奇跡に思えた力も、今となっては子供の玩具として買い与えられる程度の陳腐な存在へと普及化させられてしまったのだ。

結果として銀河全てを巻き込んだ途方もない戦争も発生したが、それさえも前進の為には必要な事であったと「彼ら」は考えている。

 

 

「“神秘”や“魔法”……知的生命体の思念と認識がこの星では世界を運営するにあたって根幹を成すことはお前も知っているだろう。

 高度な精神活動がこの世の根底を動かすという我々の思想とこの星の法則は非常に相性が良い」

 

 

「そなたの理論は判った。しかし、停滞とは死であるか……ふふっ……正しく道理よな」

 

 

朱い月は皮肉るように笑う。

それはガンヴィウスに向けてではなく、この場にいない誰か、はたまた今この会合を覗き見ているかもしれないナニカに向けての笑みであった。

■■という不要となった世界を切り捨てる世界のシステムを知っている彼は図らずとも世界の真理を言い当てたガンヴィウスに敬意をもって話しかけた。

 

 

 

「……そなた等とはもう少しだけ早く出会いたかったぞ」

 

 

眼を伏せ月の王はため息を吐く。

もしもこの星に降り立った時にガンヴィウスらと接触できていれば、今とは全く違った立ち位置になれたものをと。

この星と月、二つを結び合わせた巨大な文明を作り上げることも不可能でなかったはずだ。

 

 

「まだ遅くはないと考えるが? 

 我々に協力するというのならば、手荒な事はせずに済むのだが」

 

 

 

「否。遅いのだ……そなたに敬意を表し一つ告げよう。

 私とそなた、どちらも生き延びる事は不可能になりつつある」

 

 

 

ガンヴィウスの見る月の王の精神の煌めきは何一つ変わらない。

彼の言葉に嘘はなく、心から彼は自分たちを哀れみ、慈悲を抱いていると察する。

ならば今の言葉は非常に重要な意味があるのだと「彼ら」は記録し、何が起きるのか知るために演算を開始した。

 

 

 

「この星は酷く排他的でな。

 自分の計画を乱されることを何よりも嫌う。

 その修正の為ならどれほどの犠牲も認可し、どうしようもないと悟った時には自死さえも厭わない性質があるのだ」

 

 

 

「それは重々承知しているとも。この際だ、はっきりと言葉にしておこうか」

 

 

面白いと月の王が頷き、一泊の間をおく。

瞬間、朱い月とガンヴィウスは全く同じ言葉を吐いた。

 

 

 

即ち『この星は自分しか愛していない』と。

 

 

 

ヴォーティガーンの記憶による怨嗟。

本来あったエーテルの衰退。

問答無用の時代の移り変わり。

その他もろもろの要素を踏まえてガンヴィウスはこの結論に至っていた。

 

 

 

「うむ。同じ結論に至っているようで何よりだ!」

 

 

 

朱い月はけらけら笑う。

無邪気に、何処かつまらなさげに。

 

 

 

「ガイア……。

 そなたのいう所のSOL3は自分の表皮の上で活動する文明などどうでもよいか、もしくは滅んでしまえばいいと思っているのは間違いないぞ」

 

 

ブリュンスタッド王は自らの胸元に手をやり、瞑目する。

SOL3の兄弟かまたは息子ともいえる天体からの来訪者である彼はこの星の意思を他の誰よりも読み取る事が出来た。

少しばかり来訪時期がずれたのは余興であるが。

 

 

「鬱陶しい/目障り/気持ち悪い/無価値……。

 この星が表層に蠢く者らに抱く感情はそれらが大半である。

 残念だが、霊長も含めた全ての命をこの星はいずれ滅ぼそうとするだろう」

 

 

死んだ鋼の大地。

生物根絶の為に訪れる怪物たち。

彼の眼にはそんな未来が見えている。

 

 

「そうか。いらないというのならば私が貰ってやろう。

 星にとって無価値であっても私にすればこの地の生命は発見の宝庫なのでね」

 

 

「で、あるか……皮肉なものだ。

 部外者のそなたの方が霊長を高く評価し存続を願うとはな」

 

 

会話は終わりだと朱い月が立ち上がる。

扉の外に待機していたブラックモアと少年が恭しく頭を垂れて王を出迎えた。

 

 

「ではな星々の探究者よ。また近いうちに相見えようぞ。

 最も───その時はこのように語り合う、という事は出来ないだろうがな」

 

 

 

「大変結構。想像以上に君との談合は楽しかったとも。

 その点だけはマーリンに感謝しなくては」

 

 

 

そうだな、と柔らかく微笑んでから朱い月は姿を消す。

空間の揺らぎが一瞬だけ発生したのを見るに、空間転移か何かの術を使ったのだろう。

 

 

ガンヴィウスは一瞬で思考を切り替える。

もうここに用はない、最後に屋敷の主に挨拶でもしてから帰ろうか、と。

 

 

 

今宵の会談は多くの波を広げるだろう。

もう間もなくこの星における活動は大詰めを迎えるが、その前兆としてはまぁまぁだ。

大変よろしい。こちらの目的は殆ど流し終え、後はタイミングを合わせるだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【波紋】

 

 

 

判れの挨拶をするべくモルガンの部屋に向かったガンヴィウスの前に現れたのはやはりというべきかマーリンであった。

彼は杖を弄びながら何の表情も浮かべずにガンヴィウスを見つめている。

 

 

「君の友達は帰った。君もキャメロットに戻ったらどうかな」

 

 

 

「やだなぁ~私とはまだあんまり話していないじゃないか。

 折角の機会なんだし、ちょーっとだけでもどうかな」

 

 

何の抑揚も感情もなく淡々と続けるマーリンにガンヴィウスはうんざりした様子で口を開く。

 

 

 

「常に張り付けていたあの薄っぺらな“顔”を忘れているぞ」

 

 

「いや、君に対してはもういいかなと思ってね。

 だって君たち、私の“内側”を覗いてるみたいだし?」

 

 

人形のように無機質な瞳でマーリンはガンヴィウスを見る。

感情という餌を糧に生きるが、自分はそれを持たない生物を「彼ら」は寄生虫の様だと思っていた。

もしくは人形か。一昔前に稼働していた奉仕型のボットの様だな、と。

 

 

どちらにせよマーリンとこうやって穏やかに会話をするのは最後になる。

もはや彼の抹殺は決定事項であり、既に複数の方法が編み出され始めているのだから。

だから「彼ら」はもう包み隠さずに彼という存在に抱いていた所感をぶつけてやることにした。

 

 

「知的生命体の精神活動に寄生し、糧とする生命体。

 だというのに自分はソレを持つ事が出来ず、それらしく振舞う事しか出来ないとは……君は実に哀れな生き物だな」

 

 

「そこまで私の事を調べてくれるなんて、人気者は困っちゃうなー」

 

 

笑っているのに全く笑わない。

それらしい言葉を並べるだけの空っぽな男にガンヴィウスは最終的な通達と行動を行った。

老人が人差し指をマーリンに向ければそこに宙の膨張と収縮を司る暗黒のエネルギーが集まりだす。

 

 

かつてスパルタクスを瞬時に蒸発させた暗黒エネルギーを用いたアーク放電攻撃である。

上位次元で引き起こされる破壊という概念を直接対象に叩き込むエネルギー攻撃は、余波で重力の変動さえ引き起こすモノであった。

 

 

未だかつて誰にも理解されたことのない宇宙の法則の軍事転用。

億年単位で積み上げられた神秘による稲妻はSOL3のサイオニック生命体を葬り去るに足る威力があった。

しかし翡翠色の稲妻を向けられてもなおマーリンの精神に揺らぎはない。

 

 

そもそも何かを「感じる」という機能が酷く欠落している彼は自分の死にさえ何処か無関心な節があった。

明確な脅威を向けられてもなお人形の様に動じないマーリンに対してガンヴィウスは吐き捨てた。

 

 

「恐怖さえも感じないとはな。君は生き物というよりは機械といった方が正しい存在だ」

 

 

「うん。僕もそう思うよ」

 

 

瞬間、放たれた翡翠色の閃光がマーリンの身体を飲み込むがやはりというべきか手ごたえはない。

最初からそこには誰もいなかったかのように彼の姿は消え去り、花びらだけが残る。

 

 

またもや幻影である。

質量を持ち、体温があり、物体に触れたり動かしたりもできるが、それでも幻なのだ。

しかし彼のこの手の力を見るのは二度目である。

 

 

既に「彼ら」の瞳はマーリンの本質を捉えつつある。

故に三度目……次は、ない。

 

 

 

後は何も問題なく物事は進んだ。

深い眠りについたモルガンを見舞ってからローマに戻り、計画の大詰めを彼は見直す。

ルキウスによる軍備の編成とブリテン征服計画は全て順調に進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自らの居城に戻った朱い月は興奮を隠しきれない様子で玉座に飛び込むように腰かけると、ひどく上機嫌で自らの従者であるグランスルグに声をかけた。

足をパタパタと動かし、ひじ掛けを指先でノックしながら彼は言う。

 

 

「そなたの言は正しかったなグランスルグ、我が臣よ! 

 私以外の降臨者、宙の果ての更に向こう側! あぁ──なんと胸焦がれる話だったか!」

 

 

 

「おめでとうございます我が王よ」

 

 

深く頭を垂れる黒翼を眼下に朱い月は愛おしむ様な優しい声をかけた。

何処か憂いを帯びた微笑みを浮かべ、彼は極上の酒の余韻を楽しむかの様に熱い息を吐いた。

 

 

「……本当に奴と話せてよかった。

 そうか、私以外にも多くの生命が宙の果てには存在するか……ふふ」

 

 

 

堪えきれない激情に身を震わせ、子供がそうするように彼は無邪気に笑う。

おおよそ霊長のもつ倫理観など存在しない彼は全ての感情を感じたままに素直に出力する無垢な存在であった。

彼はこの後にどうなるか知っている。星が彼に何を望んでいるのかも、その為にどう行動すればいいかも全て。

 

 

 

だからこそ楽しくて仕方がなかった。

永遠の寿命と絶大な力を誇り、全てが思うがままの超越種は初めてやりがいのある仕事を見つけたのだ。

月の王は自分自身に言い聞かせるように言葉を放つ。それは彼なりの決意表明であった。

 

 

「ウラキ・ガンヴィウス=クィリヌス……我らが持つ全てを以てそなたに挑もう。

 長く生きてきたが何かに挑む等という事は初めてだ!

 胸の鼓動が早い、身体が熱い……血が滾る……人のする“恋”とはこのようなモノなのだろうか? 誰か知っている者はおるか?」

 

 

 

どうなのだ? と眼下の部下に話しかければ答えのはグランスルグではなかった。

先ほどまでじっと無言を貫いてきた少年が少しばかり顔を高揚させて答えた。

 

 

「断言はできませんが……それは“期待”かまたは“希望”と呼ばれるものと思います」

 

 

「そうか……恋ではないのか。しかしこれはこれで良いものだな。

 ……そういえば、近頃はそなたに余り構ってやれなかったな、近寄ることを許すぞメレムよ」

 

 

「えっ? あ……───ぁ」

 

 

少年が呆けた顔を晒している間に朱い月は腕を広げ、彼を不可視の引力で引き寄せてすっぽりと抱き込む。

まるで父が息子にそうするように彼は少年の頭を撫でた。

 

 

 

「来る日ではそなたには一層の苦労を掛けることになる。

 これは報酬の前払いという奴だ。

 ……うむ、そなたは温いのだな」

 

 

「────」

 

 

少年は何も言わない。いや、言えなかった。

朱い月の言葉に何処か引っかかるモノを感じ取りはしたが、降って湧いた途方もない幸運は彼から思考を奪ってしまっている。

 

 

そんな光景をグランスルグだけが黙って見つめていた。

少年とは徹底的に反りが合わないと自覚している彼であったが、今日ばかりは彼の主に抱く不愉快な感情を容認する寛大さを抱く事が出来た。

朱い月の言葉の裏側まで読み取れた彼には、おおよそ少年がどのような役目を与えられるか予想がついてしまった故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星に幾筋もの青い閃光が突き刺さる。

虚空に開いた穴から惑星に暗黒エネルギーで武装したαクラスエネルギーの攻撃が降り注ぎ、惑星を処刑しているのだ。

 

 

大気が瞬時に焼け落ち、プラズマの塊となった。

海が蒸発し、その中に住んでいた無数の生物が雲よりも高く放り投げられ、太陽光によって直に焼き殺される。

海底の更に奥深くまでエネルギーランスが大穴を穿ち、星を構成するあらゆる元素が無茶苦茶にかき混ぜられ、分子構造が崩れていく。

 

 

翡翠色の崩れた分子が放つ光に星が覆いつくされ、最終的に惑星が“溶け”堕ち始める。

子供のお菓子である飴玉を焚火に翳したように惑星が撃ち込まれたあまりのエネルギーの前に耐え切れずボロボロと崩落してしまっている。

これは正に「処刑」という名前が相応しい所行だ。

 

 

 

ブリテン島が割れて跳ね上がり、宇宙空間の向こう側へと吹き飛んでしまう。

ヨーロッパは無数の何億もの瓦礫と残骸、小惑星サイズにまで微塵に砕かれ、最終的には膨大な熱量によって発生した特異点、暗黒の星の中に引きずり込まれてしまう。

その他、この星にあるあらゆる文明が、命が、今まで積み重ねてきた全てが青光に飲まれて抹消されてゆく。

 

 

46億年の積み重ね。

数億年の生命の歴史。

数万年の文明と活動。

何もかも、一切合切が無慈悲に押しつぶされる。

 

 

地表が消えた。

世界は砕けてしまった。

文明は既に亡い。

知性あるものは「彼ら」にとって分子一つ分程度の興味も抱かれることはなかった。

 

 

 

でも、少しぐらい残るだろう、と僅かな何の裏付けもない希望はあった。

 

 

 

 

────星が散り散りになる光景を見た誰もがそんなものはないのだと悟った。

 

 

 

 

これはもはや暴力とさえ言えない。

宇宙規模の天災である。

たまたま、太陽系の間近で超新星爆発が発生し、その余波に巻き込まれてしまったという次元の話だ。

 

 

声にもならない悲鳴と共に惑星……地球が砕け散っていく。

南極から北極にかけて莫大な暗黒エネルギーの奔流が輪を描きながら走り抜け、最後には星の外殻が“内側”に落下していく。

内部に蓄積された想像を絶するエネルギーは地球の全質量と元素を砕いた上で新しい小型の、それこそ掌よりも小さな暗黒天体へと作り替えてしまう。

 

 

 

そんな光景を一人の王が見つめていた。

否、見せつけられていた。

これは幻覚であると知りながらも、実際にその光景を見た者によって再現された映像は途方もない現実感を以て王を焼き尽くしている。

 

 

眼球を何度も焼かれ、そのたびに再生を繰り返すが激痛は止まらない。

それでも王は眼を逸らす事は出来なかった。

もしかしたら訪れるかもしれない終焉の景色は、王を以てしても身震いを引き起こさせるものだった。

 

 

 

「…………これでは、何も残らないではないか……。

 皆の思いも、今までの戦いも全て……消えてしまう」

 

 

呆然と王はつぶやいた。

 

 

ただの災害ならばまだ生き残った者がまだ未来に語り継ぐことができた。

戦争によって国が亡ぶのは悲劇だが、命そのものが滅ぶわけではない。

多少は遺産が残り、遠い未来の人々が「こんな文明もあったのだ」と思いを馳せてくれたかもしれない。

 

 

だが、その土台である星が終わってしまえば何も残らない。

そんな光景を王は見てしまった。

 

 

 

王……ブリテンを統べる赤き竜アーサー・ペンドラゴンは終末を見せられていた。

 

 

 

「残念だけど」

 

 

 

男の声がアーサー王の背後から響く。

何度も聞いた事のある声。

彼の師にして最も付き合いの長い家臣であるマーリンの声。

 

 

ここは彼が作り出した夢幻の世界である故に、当然の様に彼は現れる。

 

 

「これは既に一度行われた行為なんだ。

 この星の意思が彼に威力偵察を行ってね、その時に用意した仮想の星はこうやって砕かれた」

 

 

 

マーリンは慈愛さえ感じる穏やかな声で続ける。

 

 

「彼らの目的は君だ。君の持つ剣と鞘……そして君自身を彼らは欲している」

 

 

 

青紫色の霧が周囲を覆いつくし、集結すればソレは一人の老人の姿となった。

永遠帝国、ローマを支配する神祖クィリヌスの姿だ。

クィリヌスはアーサー王を見つめている。

 

 

瞬間アーサー王は肌が泡立つ。

優れた未来予知にも等しい直感を持つ彼女は一見しただけでこの存在がおぞましい異物だと察してしまう。

この星におけるあらゆる概念、神秘、法則の外側に位置する異形だと。

 

 

「この星を救う方法は簡単さ。彼らに君がその身を捧げればいい。

 皆の為に選定の剣を抜いたんだ、仕える相手が変わるだけじゃないかい?

 僕が話した所、彼らは以前この星を襲った巨人よりは話が分かる存在だったよ」

 

 

 

「…………」

 

 

王の瞳は僅かに揺れる。

途方もない力を持つ存在を前に挑むという行為は英雄的であるが、あまりに隔絶した存在への挑戦は蛮勇と取られても仕方がない。

指先一つで星さえ砕きうる存在に服従するのは当然ではないかとさえ思ってしまう。

 

 

 

「私は……」

 

 

「ちなみに彼らがこの星を支配したらこうなるね」

 

 

 

マーリンが眼下に映る地球を見やる。

砕けた星は元の美しい青い姿に戻っていた。

 

 

アーサー王もつられて視線を移せば、地球は巨大な金属のプレートに覆われていく。

パイ生地の様に何百枚もの機械仕掛けの板が惑星をすっぽりと抱擁する。

 

 

海が見えなくなった。

大陸が消えた。

地表の全ての生物は太陽を奪い取られた。

 

 

宇宙からでも視認できる巨大な光が幾つも灯され、惑星自体が一つの都市……エキュメノポリスへと作り替えられる。

正に文明の極み。惑星さえも支配するという傲慢な意思の表れと王は思った。

 

 

あらゆる病を完治させ、消し去る魔法とも評せる薬が配布される。

無尽の食料とエネルギーが隅々まで行き渡り飢えや貧富の差は残らずまっ平になった。

肌の色も思想も肉体的な差も全ては些事であり、何もかもが公平に扱われる。

 

 

寿命という概念さえも消えた。

望むものには永遠を。死を願う者には眠りを。

生きる自由は当然として死ぬ自由さえそこにはあった。

 

 

 

宗教はただ一つの形として「彼ら」を称えるモノのみへと統合された。

目に見える形で君臨し万能ともいえる力を振るう「彼ら」が間近にいるというのに何故何もしない神とやらを崇拝する必要がある?

 

 

 

之こそはユートピア。

全ての人類が願い続けた楽園である。

 

 

 

これだけを見れば素晴らしい未来だ。

人類が延々と続けてきた全ての争いは消え去り、差別は消え、飢えも病も根治される。

しかし……それら全ては人類が自力でたどり着いたものではない。

 

 

「彼らは霊長は保護すると言ってたよ。そこだけは信じていい筈さ。

 ……ただし僕や君みたいな幻想の存在は彼らにとっては研究対象らしくてね、容赦はされないだろう」

 

 

幾つもの概念的な掘削機がテクスチャへと撃ち込まれる。

王の持つロンゴミニアドを人工的に再現したテクスチャへの干渉システムが稼働を開始した。

空間や概念、神秘という膜が引っぺがされその裏側や奥に存在していた幻想達が引きずりされる。

 

 

 

妖精。

巨人。

竜。

獣。

英霊。

そればかりか神さえも。

 

 

全ての幻想種がガンヴィウスの持つ籠の中に放り込まれ、彼はそれを新しいコレクションでも見るかの様に眺めている。

今まで人類が積み上げてきた全てもこの異形にとっては敬意を払うものではなく解析し、ラベルを張り付けて壁に飾るサンプルでしかない。

 

 

それだけではない。

天に浮かび万物を照らし出していた太陽までもが巨大な力に覆い隠され、そのエネルギーを搾り取られていく。

ダイソンスフィアは「彼ら」が恒星を支配する為によく用いる方法である。

 

 

光を奪い取られたエキュメノポリス以外の全ての惑星が宇宙の凍土に放り出され、凍り付く。

 

 

その光景を前にアーサー王は怒りを抱いた。

人類史が脈々と積み重ねてきた思いの結晶をただの研究対象としか見ず、更には世界の全てを所有していると言わんばかりの振る舞いは正に傲慢な侵略者だ。

同時に冷静な王としての彼女は、それさえ我慢すればこの存在はブリテンの民も含めた全ての人々に半永久的な平和を与えてくれると悟っていた。

 

 

揺れる王の心を後押しするように後ろから声が響いた。

 

 

「王よ。我らは常に貴方と共にあります。

 たとえ敵がどれほど強大であろうと、我らが剣が陰ることはありません」

 

 

膝をつき頭を垂れるのは最も長い付き合いでもある円卓の騎士、ガウェインだ。

彼もまたマーリンにかの星の終わりを見せられていた。

だというのに彼はそれでも、王の勝利を信じていた。

 

 

「我らは王に剣を捧げた身。

 貴方と貴方が守りたいと思う者たちを守護する盾にして剣。貴方が諦めぬ限り、勝利を必ずや捧げましょう」

 

 

気づけば彼の両隣には円卓の騎士たちが彼と同じように跪いていた。 

 

 

ランスロット。

トリスタン。

ケイ。

ガレス。

ギャラハッド。

ベディヴィエール。

 

その他にも全ての円卓の騎士がアーサー王の言葉を待っている。

 

今こそが。

この瞬間こそが、アーサー王としての、否、この星の分岐点なのだと王は悟った。

 

 

楽な道は常に魅力的だ。

剣と鞘を捨て、外宇宙からの侵略者に服従すれば何一つ犠牲は出ないだろう。

その代わりとして人類の未来は永遠に保証される。

 

 

果てに人類は考える葦でさえなくなってしまうだろうが、それでも繁栄は出来る。

まるで家畜の様に彼らに奉仕し愛玩されるだけの生物としてだ。

 

 

 

ガンヴィウスが王に歩み寄り、手を差し伸べた。

これが最終通達であると言わんばかりに。

この手を取れば、だれも犠牲にならない、お前一人が下れば手荒な事はしなくて済むと。

 

 

 

アーサー王は────剣の切っ先を異形に向けた。

 

 

かつてない程に高まった聖剣の輝きはもはや恒星のようであった。

黄金色の光はどこまでも深まる。

剣が秘めていた潜在的な能力はここにきて解放されつつあった。

 

 

ガンヴィウス……否、彼という端末を動かしている「彼ら」に向けてアーサー王は強く宣言した。

竜の心臓が力強く鼓動し、無尽蔵の力を彼女へと与える。

 

 

 

「下がるがいい異星の神よ!

 欲するのならば取りに来い。無論、容易く手に入れられる等と思うな!!」

 

 

 

アーサー王の宣戦布告とも取れる言葉に神祖と名乗る怪物の姿が青紫色の霧になり霧散していく。

ガンヴィウスは刹那、笑っていた。そうでなくてはと言わんばかりに。

 

 

「……君の答えは判ったよ。こうなれば僕も腹を括るしかないかぁ」

 

 

いつも浮かべている胡散臭い中身のない笑みとは違う、何処か哀愁を漂わせた表情でマーリンはアーサー王の隣に並び立つと宣言した。

王の魔術師として力強く彼は言葉を放つ。

 

 

「王は決断なされた! ならば我らの行う事は一つ────王に勝利を捧げるのだ!」

 

 

いつになく真面目ですねとアーサー王に微笑みかけられたマーリンは一瞬だけ口を尖らせて拗ねたような顔をするが

直ぐに誰もが知る胡散臭い表情と振る舞いの優男に戻ると言った。

 

 

 

「なぁにちゃんと策はあるとも。

 それに、思ったよりも僕たちの味方は多いみたいだし。皆で力を合わせて戦えばいいのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【計画始動】

 

 

 

アーサー王は我々の提案を拒んだ。

彼女は我らの差し伸べた手を払いのけたが、問題はない。

元より彼女の性格上、黙って服従するなどという事はありえないと結論は出ていた。

 

 

何処からどう見ても合理的ではない選択を行われる事は多々あるものなのだ。

最も輝きを放つ状態の彼女を分析して初めて最高の結果は得られる。

 

 

さて、我々の計画は大詰めを迎えようとしている。

モルガンの協力の元、かの霊墓に眠っていた巨大な魔術回路の復元は完了し後は起動を待つだけである。

コロッサスの改良も終了し、艦隊を伴っての惑星軌道への展開も進みつつあった。

 

 

ロンディニウムの防備は完成し、ルキウスの軍備の編成も終了した。

今まで永遠帝国に組み込んだ全ての人種を総動員する軍勢は開戦の時を待ちわびている。

 

 

更に嬉しい誤算としてルキウスはシュラウドを認識してからとてつもない速度で力の扱い方を会得し始めている。

当初の想定をはるかに上回る能力を得た彼を円卓とアーサー王にぶつける日は近い。

我々の作り上げた最強の個体とこの星が生み出した天然の超越種、両者の激突の末にどのような化学反応が起きるかは我々にも未知数の部分がある。

 

 

 

……我々は1万年以上待った。

全ての研鑽が報われる瞬間はもう間もなくだ。

数多くの「客」たちを迎え入れる準備も整っている今、後は号令を一つ発するだけである。

 

 

 

 

【では始めようか】

 

 

 

 

 

神導ローマ帝国がブリテン王国へ宣戦布告を行いました。

戦争理由は「アノマリーの入手」及び「イデオロギーの強要」そして「征服」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もうそろそろ終わりが見えてきました。
一応の完成の後はFGO本編の進行に合わせて続きを書くかもしれません。


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開戦

強大な敵を前に多くの勢力が団結する感動的な展開です。


 

【ガイア征服戦争】

 

 

 

 

さて、戦争が始まるわけだが、改めて我々の戦略目標を確認しておこう。

此度の戦争は表向きは大国であるローマが辺境の島国ブリテンを併合するために起こしたモノと傍から見る者は思うだろう。

大陸一つ分の領地を持つ超巨大国家はようやくドーバーを超えてその手を辺境のちっぽけな諸侯で纏まる国に伸ばしたかと。

 

 

しかして実態は全く違う。

この戦争は文字通り世界の行く末をかけた決戦なのである。

我々は今回の戦争で全ての片を付ける。

 

 

 

我々を拒絶するSOL3の意思をねじ伏せ、正真正銘ローマをこの惑星における唯一の国家とするために今回の戦いは行われる。

少しばかり早いが文明レベル5を通り越し、4に至るための前提条件である惑星統合政府を作ってしまうのだ。

同時に新型の惑星解放装置を搭載したコロッサスと解析され復元された巨大回路を用いて我らはこの星の全てを手に入れるつもりだ。

 

 

 

勿論激しい抵抗は確実に発生するだろう。

この星はあらゆる方法で我々を妨害し、攻撃し、自らを守ろうとする事は想像するに容易い。

だからこそこれは必用な行為なのだ。

 

 

仮にここでブリテンだけを落としアーサー王を手に入れたとしてもSOL3の小賢しい干渉は続く。

この手の星はとてつもなく陰険で、周到で、悪意に満ちた手をためらうことなく使用してくるだろう。

いつ、どのように、どんな手段を使うかも判らないのは厄介である。

 

 

 

ならば此方からそのタイミングを指定させてしまえばいい。

仕掛けざるを得ない状況を作り出し、迎え撃つ。

その瞬間に発生する星からの干渉、防衛機構を我々は読み取り、その対策や原理などを解析していく。

 

 

 

勿論何もせず我々の行為を受け入れてくれても構わない。

今回の作戦が成功すればSOL3はもはや抵抗する意思さえも失うのだから、気づいた時には手遅れだ。

 

 

星系級戦略兵器・コロッサス。

 

 

かつては星を砕く事にさえ苦心していた我々が作り上げた超巨大な移動兵器である。

この衛星サイズほどもある芸術的な兵器は惑星を支配、操作するためだけに存在する。

いうなればただ一つの装置を起動するために存在する移動砲台だ。

 

 

主な兵装である「w」級惑星コントロール装置を起動させる為だけにコレはある。

 

 

 

時には星を粉々にする兵器を。

時には惑星を高次元の遮断フィールドで密閉し可視光以外の全てから断絶する隔離装置を。

また時にはシュラウド・エネルギーを通し我々のサイオニック・エネルギーを惑星に照射することでその星を効率よく我々の「一部」に組み込む神聖なる執行装置を。

 

 

もはやαクラス程度の兵装さえあれば星を破壊することは容易いので破壊装置が使用されることはなくなったが

それでも興味深い星を手中に収めておくのに便利なのでコロッサスは度々使用されることはある。

今回の様な件においては、コロッサスは正に最適解と言えた。

 

 

 

目標はブリテン・ロンディニウムに座する霊墓の奥深く。

かの地の深淵の底に張られた遮断フィールドを解放する。

既に遮断フィールドの刻一刻と変化するエネルギー波長の解析は完了し、そのパターンの模倣も終わっている。

 

 

我々は例の光壁について予想を立てている。

ヴォーティガーンの記憶の中にある限りではアレの名前は「世界の果て」と呼ばれる完全なる隔離次元の境目らしい。

この世をこの世たらしめる世界の法則を繋ぎとめるためにある概念的な軛の持つ力の一つだと。

 

 

そしてその軛の操作端末である「槍」を持つのもやはりというべきかアーサー王である。

彼女がかつてヴォーティガーンにとどめを刺した際に使用されたあのらせん状の槍だ。

 

 

 

演算の結果としてアレはいうなれば半ば物質と化した特異点である。

この世のあらゆる物質、────暗黒物質や暗黒エネルギー───とさえも一致しないが、確かにそこにあり、質量は持たない「負の質量」だ。

現存の宇宙には存在しない概念と存在できないはずの物質による防御壁はまるで卵の殻のようだ。

 

 

 

卵……つまりこちら側と壁の向こう側では全く違った宇宙が存在する可能性が高い。

 

 

そうだ。更に突き詰めるならば単純な壁というよりはもはやあれはもう一つの宇宙膜だ。

つまりこの星は自分の中に一つの宇宙の卵を宿しているのかもしれない。

物質ではなく情報によって構成される宇宙を。

 

 

恐らくだがそこにあるのは物質ではなく膨大な量のサイオニック・エネルギーとこの星が記録してきた46億年分の記録だろう。

 

 

かつて無限機械が我々に齎した叡智の一つとして存在する特異点の中には新しい宇宙が眠るという観測結果のデータがここでは役に立った。

特異点を生成し支配する技術を持っている我々ならばその情報の宇宙さえも飲み込むことは可能だ。

プロトコル「シグナル・ホライゾン」によって得た知見は今回の計画において非常に有義である。

 

 

幻想種はエーテルの減衰と共に星の内側に避難したと彼の老竜は語っていた。

我々も一度しか足を運んだ事はなかったがあの地はやはり未だに想像を絶する謎を隠し持っているらしい。

 

 

 

では作戦を1から並べて確認しよう。

 

 

まずは復元された魔術回路を起動させる。

かつて妖精種たちが自らの国土を星の内側に転移させる為に使用したとされる術式を動かし、星の障壁がどのように変化するかを観測。

何事もなく光壁が開けばこの後の手順は大幅に省略されるが、そんな都合のよい展開はまずない。

 

 

 

次にコロッサスを起動させる。

コロッサスは惑星解放装置を常に惑星に照射し続ける必要がある。

光壁の一部に重点的に負荷をかけ続け、展開させるのだ。

 

 

そして自らを守る防護壁に干渉されたと察したこの星は間違いなく防壁を強化するかその性質を変化させるかなどの対策を取る事は明白だ。

それに対応するために照射し続けながら波長を修正しながら壁をこじ開ける。

次に我々のサイオニック・エネルギーを惑星へと撃ち込み、量子を固定した“道”または“接続”を形成する。

 

 

星と我々をつなげた後はそのまま惑星同化プロシージャを稼働しこの星の内側にある情報と神秘を全て引きずり出す。

とてつもなく莫大な情報の処理が必要とされるが既に幾つもの星で実行された行為であり、この行為そのものに目新しさはない。

 

 

 

これらすべての行為はアーサー王率いるブリテン軍と交戦しながら同時に行う。

王を捕獲し解析してから行う方が安定度は間違いなく上昇するのだが……何やら胸騒ぎがするのだ。

月の王が語っていた星の自死という言葉を我々は思い出していた。

 

 

スキャンの結果、この星の中核にはサイズ16程度の惑星を吹き飛ばす程のエネルギーや爆発物は特に存在はしていないはずだ。

月サイズの反物質爆弾でも埋まっていれば即座に解除しなくてはならないが、当然そんなものはない。

ヴォーティガーンの記憶の中には存在していない、何らかの星の防衛機構、果ては自壊システムをブリュンスタッド王は知っていて我々はそれを知らない。

 

 

あの王が露骨に嫌悪と諦めを漏らす程の悪辣な罠がまだ存在することは明確である。

故に我々はそれが発動される前に片をつける必要がある。

もしくは万全の状態で星の行うあらゆる妨害と拒絶を迎え撃つのだ。

 

 

コロッサスの役割が完全に実行されればこの星の全てのデータは我らの手に入り、そしてSOL3は我々の一部となる。

 

 

星の自我は塗りつぶされ、この星が運営するシステム全てを掌握できるだろう。

この記念すべき大事業を行うにあたり是非とも多くの客が来ることを我々は期待し、最高の用意をして待つとしよう。

 

 

 

想定外。予想外。埒の外。常識外れ。

大変結構。死に物狂いを是非とも見せてもらおうか。

我々は好きにする。君たちも好きにしたまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【白昼夢】

 

 

 

ルキウス・ヒベリウスは微かな気配を開けて瞼を開けた。

周囲の空間は彼が瞑想を行う際によく観測する青紫色の霧で包まれたシュラウドではなかった。

ここは透き通った世界とでもいうべきか、鏡面の様な地面に果てのない黎明の宙が続いている。

 

 

 

修行の為に組んでいた座禅を解き立ち上がれば手足の感覚はしっかりとあるが、これは違うと彼は悟った。

理屈ではなく直感で自分は今、肉体という殻の外側に飛び出していると理解する。

高次元たるシュラウドを認識した上に、ガンヴィウスから肉体等という物質は存在の一側面にすぎないという教えを度々受けていた彼はすんなりと現状を受け入れる事が出来た。

 

 

 

周囲を見渡しながら歩を進めれば、直ぐに彼は誰かが自分を見ている事に気が付いた。

これは神祖ガンヴィウスという殻を被った「彼ら」のものではない。

遥か高みから原子の一粒を注意深く観察されるような視線ではなく、もっと気楽な同胞に向ける様な日常的な視線だ。

 

 

 

「何者だ」

 

 

「うむ。余であるぞ。よくぞ気が付いたな!」

 

 

彼の硬質な剣の様な声に答えたのは快活でありながら何処か憂いを感じるさせる女の声だ。

見ればいつの間にかルキウスから十歩進んだ程度の場所に真っ赤なドレスで着飾った女が立っている。

その堂々とした有様は剣帝と恐れられる彼からしてみても立派と評せるものだった。

 

 

「……どこかの王族か。

 貴様の様な女が居たのならば直ぐにでも思い出せる筈なのだが」

 

 

「何と余を知らぬと申すか! 

 よりにもよって当代のローマ皇帝とあろうものが!」

 

 

待てと一声告げてからルキウスは頭の中を引きずり出し検索をかけるが

やはり誰も出てこない。

仕方ないので当然の様に彼は聞き逃さなかった単語から話を繋げることにした。

 

 

「……“当代の皇帝”と言ったな。

 俺はお前の様な皇帝は知らん。女の皇帝など神祖は必要とされなかった」

 

 

「何てことだ! 

 余のこの偉大なる美貌と才覚を知らないローマが存在するなど!  

 あぁ、何という悲劇であろうか……」

 

 

女は大仰に悲しみに身を震わせ目元を袖で隠す。

そこにつぅっと一筋の涙が伝わる。

ルキウスは全く表情を変えずに暫しこの女の茶番に付き合ってやることにした。

 

 

この女、少なくとも凡夫ではない。

彼の研ぎ澄まされた超直感は女の概念的な魂の大きさとそこに宿る可能性の量までもある程度把握することが可能である。

とてつもない量の因果の糸ともよぶべき因子がこの女には絡みついていた。

 

 

 

「改めて問おうか。お前は何者だ。

 皇帝たる俺を前にして威風堂々と並びたたんとする貴様は誰だ?」

 

 

剣帝の瞳に圧が宿る。戦時に見せる冷たく鋭い殺意が融合した瞳だ。

ただの兵士では眼前に立つことはおろか、その存在を認識しただけで意識を奪い取られるであろう圧倒的な重圧が彼から放たれる。

しかして女はそんな怪物の圧を真っ向から受け止めながら胸を張り、世界よ我が名を聞けと言わんばかりに宣言した。

 

 

 

「───余はネロ・クラウディウス。ローマ帝国第五代皇帝である」

 

 

 

皇帝だと? 貴様が? とルキウスは思わず一瞬だけ表情を歪めてしまう。

自分の知る知識と全てが食い違っている。

いや、そもそもネロ・クラウディウスという人物を彼は書類の中では知っているが……間違っても彼女は皇帝ではなかった。

 

 

 

「馬鹿な。ありえん、貴様は」

 

 

「うむ。貴様のローマでは余は皇帝にはならなかったのだろうな。

 ────偽りの神祖に仕える皇帝よ」

 

 

 

瞬間ルキウスの顔から表情が消える。

半歩、更に距離を離す。

自分と女の間合いを測りながらどのような手段、どのような剣筋であれば彼女を切り刻めるをかを彼は考え始めた。

 

 

 

瞬時に50通りを超える処刑方法が編み出され、それらは一秒ごとに倍々に増えていく。

しかしながらそのような考えは表に出さず傍から見れば単純に警戒しているだけの男を演じつつルキウスはネロと問答を行うことにした。

 

 

 

これは好奇心の問題であった。

自分の知らないローマの皇帝であるネロと会話をしてみたくなったのだ。

 

 

微かに意識を自分の中に潜り込ませれば、直ぐに見つかるシュラウドとの接続を開始しその力を行使する。

あらゆる個所に偏在し、あらゆる個所とつながる事を可能とするシュラウドの力は目の前のネロ皇帝を媒介に、微かではあるが“彼女のローマ”の記録とのリンクを開始した。

瞬間、流れ込んでくる彼女のローマの歴史は彼の知っているモノとは全く違うものだ。

 

 

東西の分裂。あまりに遅速な発展。

ガンヴィウスという絶対の支配者が居ない結果、巻き起こされる混乱とした世界がそこにはあった。

そしてその中に現れた一人の孤独な皇帝の哀れな最期も。

 

 

 

身内よりも他人を愛するふりをし、母を殺し、だれにも理解されず荒野で一人朽ち果てた女。

三度も目覚めを繰り返しながらも滅びきれない妄執を抱えた身体ばかり大きな童。

 

 

 

何とつまらない最期だとルキウスは思った。

皇帝とは神祖の代行者。民を庇護し国を栄えさせる故に全てが許される神の代理人。

その使命を果たす限りは何をしようと許されるが、それさえも出来ないのならば排斥されて当然だと。

 

自分のローマにおいてガンヴィウスが彼女を皇帝にしなかった理由がよくわかるものだ。

そもそもの話、彼女は皇帝になど向いていない、統治者としては不向きだ。

かの神祖の語る単語で表するのならば「国を繋ぎとめる重力を持たない」というべきか。

 

 

 

「そのような事も出来るのだな。さすが剣帝と称えられる皇帝である! 

 後続たる皇帝が立派なのは余も鼻が高くなってしまうな!」

 

 

「俺の世では貴様は皇帝ではない。かの大王と同じく皇帝になるべきではなかった女よ」

 

 

 

ルキウスの言葉にネロの顔が微かに陰った。

しかして彼女はそれも当然のことだと受け入れる。

余りに発展し、満たされたローマにおいての自分がどのような人生を歩んだか彼女は理解していた。

 

 

ルキウスが知るように彼女もまた“見ていた”のだから。

 

 

シュラウドがルキウスを媒介にしてこの黎明の世にも版図を伸ばしていく。

現状惑星上において最高位の精神力を持つルキウスはこの異次元の地であってもシュラウドと別たれることはなく、その力を自由に振るう事が出来た。

彼は今度は自分の番だと言わんばかりに、自分のローマにおいての彼女を映し出していく。

 

 

「自らの充足を知らない女がどうして民を満たせるものかよ」

 

 

鏡面の様な足元に一つの景色が映し出される。

それは彼のローマにおいてのとある国葬の眺めだ。

百万を超える参列者が帝都を埋め尽くしていた。

 

 

大通りはおろか、都の外にまで簡易的な野営地が幾つも設立され大勢の人間たちが大陸中から集まり続けている。

皆が涙を流し、ただ一人の為に祈っていた。

ネロ・クラウディウスという女を誰もが悼んでいる。

 

 

生前はその浪費癖をガンヴィウスに咎められ抑え込まれていた彼女の最期を彩る為に、神祖は途方もなく巨大な黄金の劇場を旅立つ彼女への手向けとしていた。

一夜にしてローマの中央に拵えられたドムス・アウレアは彼女が夢見た輝く彼女の為だけの宮殿であり舞台である。

 

 

 

そんな夢の果てを追求した舞台の主演が舞い踊るであろう個所には豪奢な棺が安置されていた。

中で眠るのは一人の老婆───ネロである。

 

 

 

美しかった金髪は全ての色素が抜け落ち、身体はやせ細っている。

顔には彼女の今までの苦労に満ちた人生を物語るように深い皺が幾つも刻まれていたが、それでも安らかな顔であった。

彼女はただ一人の議員として、そして精力的に活動するアイドルとして多くのローマ市民に愛されていた。

 

 

急速に巨大化する当時のローマ帝国において彼女は様々な開拓地に出向き、中央との連携を大いに助ける役割を担った。

時には汗水を流し開拓者たちと共に働き、ある時には私財を投げうって必要な備品を調達し、更には神祖に対して臆することなく最前線から持ち帰った現実的な意見を訴えかけることさえもあった。

そして時折開催される彼女の歌唱式には多くの民が訪れることで有名でもあった。

 

 

決して素晴らしく上手というものではないが、間違いなく民たちの為に懸命に歌声を披露するネロをローマの民たちは愛していたのだ。

民たちにとって彼女は正しく神祖と自分たちを繋ぎ合わせる橋渡しの存在であった。

神祖や元老院たちという遠すぎて意識さえも出来なかった天上の権力者たちに自分たちの代わりに意見を届けてくれる味方だと。

 

 

無邪気で快活。

それでいて思慮深く、だれよりも民を愛してくれた女だったのだ。

宮中の奥深くに座する支配者ではなく、手を伸ばせば簡単に触れ合える距離こそが彼女と民たちの適切な位置だった。

 

 

 

そんな彼女の死をあらゆる者が悼んでいた。

参列者たちは更に更にと増え続ける。

黄金の劇場を彼らの持ち寄った捧げものが埋め尽くしていく。

 

 

多種多様な花。

彼女を描いた絵画に像。

彼女の活躍を称える詩などが山の様に積み上げられた。

 

 

 

 

そんな光景を皇帝ネロはただ見つめていた。

彼女の瞳は揺れており、ルキウスでなくともその中にどんな感情が存在しているかを察するのは容易い。

羨望、嫉妬、情景……自分が至れなかった幸福と安らぎに満ちた最期に彼女は瞳を焼かれていた。

 

 

 

「そうか。このような最期もありえたのだな……」

 

 

彼女の瞳に憂いが浮かんだのは一瞬だけであった。

すぐに彼女は翡翠色の瞳を輝かせてルキウスへと向き直った。

そこに宿る強い意志は剣帝に向き合うに足るものである。

 

 

 

「それでもだ! 余たちは偽りの神祖を認めることは出来ぬのだ。

 既に数多くの者がかの存在の脅威に気づき動き出している。

 貴様が加担しているのはブリテンとローマの戦争などという些事ではない

 この星の未来を永遠に左右する決戦なのだ!!」

 

 

 

「それで俺を説得でもしに来たのか? 貴様の様に親殺しに手を染めろとでも?」

 

 

 

現状、ガンヴィウスこと「彼ら」の行使する力の本質に最も近いのはルキウスである。

シュラウドという■に存在するあらゆる存在でも認識できない高次元をはっきりと意識し、その力を引き出せるのは彼だけだ。

故にその力さえあればもう間もなく訪れる戦いにおいて有益になると考えるのは当然だと彼は考えていた。

 

 

戦術としては判るが不愉快極まりない話ではある。

しかし、違うとネロは頭を横に振った。

 

 

 

「否。これは宣告である。

 剣帝よ、歪んだローマを率いる貴様と、かの神祖を僭称する異形への宣戦布告だ。

 我々■■■■の英雄は貴様らを認めぬ!

 このまま進めば貴様らのローマは神祖ロムルスの意より外れ、災いを招くモノへとなり果ててしまうだろう!」

 

 

ネロは剣を抜き放つとそれをルキウスへと向けた。

燃え盛る業火をそのまま鋳造したような独特の形状の剣は彼女と彼女の言葉に賛同するものの意を表する様に深紅に輝く。

彼女の後ろに数多くの“向こう側”の皇帝たちが透けて見える。

 

 

皇帝に届かないまでもその礎を作った男がいた。

名君が居た。

暗君が居た。

暴君も居た。

 

 

ルキウスの世界では殆どが皇帝になれなかった者らだ。

必要なし、もしくは資質なしと神祖クィリヌスが判断した者らが大半である。

 

 

誰もがルキウスを拒絶していた。

ガンヴィウスという来訪者に設計され製造された「彼ら」と同類であるルキウスを皇帝とは認めないと言っている。

 

 

しかしてルキウスは一歩も退く事はなかった。

むしろ踏み出し、彼女たちとの距離を詰める。

小柄なネロをルキウスは見下ろして口を開いた。

 

 

彼の顔にはとてつもない狂貌じみた笑みが浮かんでいる。

彼の優れた直感は“その時”はもう間もなくと悟っていた。

 

 

「大変結構。

 ……此度の戦はどうやら俺が思っていたよりも大きなモノになるようだ。

 ククッ、神祖も意地が悪いものだ! 

 これほどの大戦と知っていたのならば相応の武具を揃えて挑んだというのに!」

 

 

 

剣帝の瞳は彼の意に従い更なる視野を彼に与える。

元より適正があったというのもあるが、この地が時間軸があやふやな次元だというのも彼に味方した。

 

 

これから訪れるであろう途方もない規模の戦いを彼は見た。

ブリテンとの闘いなぞ前座も前座、正真正銘この世界の全てを相手取る神話のティタノマキアの再演である。

 

 

否。此度の戦はもしかすれば神話のそれさえも遥かに凌駕しうるかもしれない。

 

 

彼は見た。星という単位でさえちっぽけになる大戦争を。

天を砕くほどの戦いを繰り広げる巨大な神祖の箱舟と理解不能な巨大極まりない怪物たち。

星々の先まで覆い隠し支配するシュラウドの力、それと拮抗すべく膨れ上がる幾つもの「法」と「秩序」が全力で世界を回す。

 

 

地上でも戦は当然として行われる。

霧より作り出された軍とこの星が今まで刻んできた全ての英雄たちがそこらかしこでぶつかり合っている。

形勢は見る限りでは互角か、僅かばかり「霧」が優勢かもしれない。

 

 

 

これこそ正しく決戦である。

世界の行く末をこれから先永遠に左右する戦いだ。

ルキウスの身体が微かに震えだす。彼は気が付いたのだ、自分の使命に。

 

 

 

父であるウラキ・ガンヴィウス・クィリヌスがなぜ自分を作り出したのか。

それはもしかすればかの古き大神がアルケイデス───ヘラクレスを鋳造したのと同じ理由なのかもしれないと。

 

 

燃え滾るような形相でルキウスは右腕を大きく天へと翳した。

そこにある尊いものを根こそぎ奪い取り握り砕くかの如く。

 

 

「貴様らが何と言おうと関係はない、貴様らの語る理など俺にはどうでもいい! 

 俺は勝利する! 

 勝利して我がローマと我が民たちこそが真のローマなのだと証明するまでよ!

 かかってくるがいい。

 東西に分裂し、大陸の弱小国共にいいようにされる脆弱なるまがい物共め、俺が悉く滅ぼしてくれよう!!」

 

 

「楽しみに待っておるがいい剣帝。直ぐにその時は来るだろう」

 

 

 

ネロ・クラウディウスの硬い決意に満ちた声をきっかけにルキウスの身体は光の粒子となり崩れ散っていく。

身体全体に感じる引力に身を任せながらも、ルキウスは意識が完全に暗転するその瞬間までネロから視線をそらすことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ロンディニウムの戦い】

 

 

ブリテンとローマが開戦した際にアーサー王が最も最初に攻撃を行ったローマの領土はガリアではなくロンディニウムであった。

表向きの理由としては自分の領土の中にローマの一大拠点があるということは後に控えているであろうローマ遠征の際に気がかりとなる事が挙げられるだろう。

まずは自分の領土内に存在する不安要素を一掃してから外敵への反撃に応じるという手は誰が見ても納得のいく手順である。

 

 

 

しかしこれはあくまでも表向きの理由である。

アーサー王はマーリンよりこのロンディニウムに何があるかを聞かされているのだ。

ガンヴィウスが世界中に拡散していた魔術師たちを集めて作りだした巨大な神秘の研究拠点の存在を。

 

 

自らの同胞である竜の墓地と亡骸を弄び、更にはブリテンにとっては第二の民ともいえる妖精らを捕獲し収容を繰り返す忌むべき地だとアーサー王は判断したのだ。

民の庇護と救援は王の責務である故に、たとえこの地がとてつもない防御設備を備えた牙城だとしても攻めざるを得なかった。

何よりも彼女の直感が告げていたのだ。自分たちに残された時間は余り多くはないと。

 

 

それだけではない。

戦略的に見てもここを他ならぬアーサー王が直々に攻撃を行うという行為そのものにメリットがあった……。

 

 

 

 

ロンディニウムの城壁から眼下に広がる緑豊かなブリテン王国の光景をガンヴィウスは見下ろしていた。

背中で手を組み直立した彼はもう間もなく自分たちのモノに収まる国を眺めている。

隣にルキウスが並び立てば、彼は口を開き深い老齢の声で彼に問うた。

 

 

 

「さてルキウスよ。

 此度の戦いでブリテン王国が我々に勝利するにはどうすればよいと思うかね?」

 

 

「指導者の抹殺……即ち、俺と貴方様を殺すしかありません。

 真っ向からブリテンとローマが激突すれば幾らブリテンに円卓とアーサー王が居たとしても国力の差は歴然故に」

 

 

 

ブリテン王国とローマの国力差は単純な国土面積だけでも十倍を優に超える差がある。

更には技術レベル、経済規模、動員可能な兵の数に戦争継続能力を見てもどうしようもない程の壁があるのは誰が見ても明らかだ。

文字の読み書きを知らない童だってこの程度の理屈は理解できるだろう……即ち“大きい方が勝つ”という単純明快な話だ。

 

 

 

で、あればブリテン王国ことアーサー王の取るべき手段は一つだ。

小さな勝利を重ねていくのではなく──もちろん局地戦であっても勝利は大事だが──戦争の流れそのものを変えるほどの大勝利を収める必要がある。

得てしてそれは替えのない重要な将軍の討伐や交通の要所を奪い取る事で達成できる。

 

 

そして現状のローマにおいて替えのない存在であり、もしも仮に倒れた場合ローマ全体が戦争遂行能力を失う程の打撃を受ける存在と言えば皇帝と神祖しかいない。

スキピオなどを代表とする手ごわい将軍もいるにはいるが、あくまでも一将軍でしかない彼らには替えがいる。

 

 

 

言葉にするだけならば簡単だ。

敵の指導者を殺せば勝ち等というのは常識なのだから。

どうやって殺すか、そもそも本来は最も堅固に防御を固められた要塞に引きこもっているであろう存在をどうやって戦場に誘い出すかが問題である。

 

 

「故にアーサー王は自らこの地に赴いたのでしょう。貴方様と俺を誘い出すために」

 

 

「正解だ。そして我々はそれに乗ったというわけだ。此方としても長々と争うつもりはない。

 繰り返すが、アーサー王は生け捕りにせよ。他は殺して構わん」

 

 

 

ルキウスの瞳が青紫色に輝きその視線は遥か地平の彼方、大規模なブリテンの総力を結集した軍団が寝泊まりする野営地の中で軍議を行っている王を捉える。

文字通りアーサー王はこの地で決着をつけるつもりらしく、見られていると気づかれても取り乱す様なことはせず、小さく口を動かしてルキウス達へと語り掛けた。

 

 

待っていろ。間もなくだ。

声もなくそう言い放たれたルキウスは無粋なのぞき見をやめてから含み笑いをした。

ルキウスの内心で滾る途方もない熱を覗き見たガンヴィウスは少しばかり彼に忠告をした。

 

 

「昂っているな。大変結構。

 思うがままに力を振るうがいい。だが、力に使われる事はなき様に」

 

 

「肝に銘じておきましょう神祖よ。

 しかし、少しばかりは致しかたないでしょうて」

 

 

 

ルキウスは振り返り、そこに鎮座する何万という軍団を眺めた。

新たに神祖が解禁し配った技術───火薬と銃によって武装した部隊を編入した軍だ。

木と金属で構成された筒の名前は自動小銃であり、所々にはそれを更に強化した機関砲までも用意されている。

 

 

千年以上先まで出てこないであろう殺戮の為の道具がここにはあった。

 

 

 

今まで地上における原始的な戦いに対して文明相応か少し上程度の力しか使わなかった「彼ら」はこの戦いに限っては別らしく、ルキウスをして驚愕する規模の力をいきなり行使して見せた。

アーサー王がロンディニウムを襲撃するという予測が出た時点でルキウスが率いる第一軍は首都ローマからこの地まで僅か一日で輸送させられたのだ。

 

 

 

神祖の力によって首都の近郊に開かれた巨大な空間の歪み。

ゲートウェイ、または疑似的なワームホールとも称されるソレを一歩でも踏み越えればあっという間にロンディニウムだ。

普通に進軍すれば何日もかかる距離をたった一歩にまで縮めるという偉業は正に神と称されてもおかしくはないだろう。

 

 

 

数万の軍団をまとめて転移させるなど神代において限りない奇跡を振るっていた古き魔術師や、神々でさえ難しい規模の力を些事の様に振るうガンヴィウスの異常さが改めてよくわかる。

それだけの力を使ってもなお、この神祖と名乗る怪物の力は底を見せない

 

 

「時間だ。軍を所定の位置にまで移動させよ。攻撃はまだ行うな」

 

 

「仰せのままに神祖よ」

 

 

剣帝が号令を発せば響き渡るのは天をも落とす巨大な歓声。

半分は共に戦い先陣を切りローマのあらゆる敵を屠ってきた剣帝への熱狂。

もう半分はローマを導き支配し、自分たちに対する限りない繁栄と発展を約束してくれる神祖への狂信だ。

 

 

ローマの軍勢の士気はこれ以上ない程に高かった。

ルキウスが率いるというのもあるが、神祖直々に戦場に出向き自分たちの戦いを観覧してくれるという名誉が彼らを突き動かす。

神祖が求めたブリテンを我々が神に献上するのだという熱狂がそこにはあった。

 

 

 

 

 

ブリテンの直上に鈍く輝く星が現れたことを誰も知る由はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンディニウム近郊にて、ローマとブリテンの軍はにらみ合っていた。

時刻はようやく日が昇り始め本格的に昼の時間が始まったころ合いである。

朝露が日光で消え去り、空はこれから凄惨な殺し合いが行われる血生臭い地上の事など知らないと言わんばかりに晴天だ。

 

 

数多くのフルプレートの鎧に身を包んだ騎士たちが一糸乱れずに隊列を組んでいる様はローマから見ても一種の美しさを感じるものであった。

騎士たちの先頭に立つのはアーサー王であり、円卓の騎士たち。

もしもの時間軸であったのならば揃うはずのなかった騎士たちが、ここには全員いる。

 

 

 

ランスロット。

ガウェイン。

モードレッド。

ガレス。

トリスタン。

ギャラハッド。

ベディヴィエール。

 

 

 

王を筆頭に円卓の半分以上が揃っている光景は正に英雄詩に残る決戦がこれから行われるという確信を誰もが抱くほどの絵図である。

しかして剣帝はこれから戦う強敵たちを前にしても脱力し、努めて覇気などをバラまかないようにしていた。

自分の傍仕えの者らに冗談を飛ばし、笑いかける余裕さえも彼にはあった。

 

 

 

やがて両陣営から数頭の騎兵が飛び出し、ちょうど両軍の真ん中で停止する。

騎兵たちの先頭にいたのはアーサー王とルキウスである。

彼らは少数の護衛を引き連れ、戦争の前の最後の会話を行う。

 

 

 

「貴様がアーサー王、赤き竜か」

 

 

思っていたよりも小さいな、という言葉をルキウスは口には出さなかった。

元よりガンヴィウスよりアーサー王の性別の件などを聞かされていた彼である故に、目の前の少女は外見とは裏腹にとてつもない生命力を宿しているのが判った。

正に人の姿をした竜。至高の幻想種、この星が作り出した最高の兵器である。

 

 

 

「ローマを統べる皇帝ルキウス・ヒベリウスよ。私は貴公に問わねばならない」

 

 

「皇帝たる俺に問いかけとは不遜である。

 ……だが間もなく終わる国への慈悲だ、答えてやろう」

 

 

 

ルキウスの鋭くなった瞳を向けられながらもアーサー王は凛とした声で糾弾を発した。

 

 

 

「貴公らが崇めるモノの正体を知っているのか。

 あの者が何を行おうとしているか、判った上で従うというのか!」

 

 

アーサー王の神祖を否定する言葉に護衛たちの胸中が怒りで満たされるのをルキウスは感じ取った。

王同士の対話である故に表には出していないが、怒りで指が震えている様を彼は知っている。

 

 

 

「愚門。当然である。この世の全てがあの方を否定しようと俺は違う。

 神祖はローマをここまで導いて下さった。その事実だけは変わらん。

 民を庇護し国を栄えさせてくださった神祖の行いに間違いなどない」

 

 

故に、とその先に続きそうな言葉をルキウスは胸中で続けた。

だからこそいつか巣立ちをしなくてはならないと。

いつまでも頼り続けてしまえば、いずれ「彼ら」は霊長たちを本当の意味で愛玩生物として扱い始めるだろう。

 

 

「彼ら」は慈悲深い。

一度目をかけた種を捨てることはしない。

だがかつての神と人の価値観の違いの様に「彼ら」の加護は人間にとっては余りにも甘い毒になりうる。

 

 

 

今はまだ「彼ら」にとって有益な知見を齎しているが

それも掘りつくしてしまったら後に残るのは文字通り搾りかすだ。

そうなる前に自分たちの足で歩みだし、更なる可能性の拡張を行わなければならない。

 

 

この戦いはその第一歩だ。

 

 

 

「我々があの御方に少しでも近づく為にはローマがこの世界を統一する必要があるのだ。

 それでようやく第一歩だ! 神祖の座する至高の域への旅路を俺は導く。

 その為にもブリテン王よ、俺は貴様を乗り越えなくてはならない。

 全てはローマの未来の為に!」

 

 

 

「……いいだろう剣帝よ。その野心、我々が打ち砕いてくれよう」

 

 

 

「大変結構。全霊で挑め赤き竜よ」

 

 

 

 

皇帝と王は互いに自らの勝利を欠片も疑わず、剣檄よりも激しい言葉での戦いを行い終えると互いに踵を返して二度と振り返ることはなかった。

 

 

 

 

長い一日が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【出陣】

 

 

 

無限の光が途方もない屈折と角度の中で荒れ狂い、それぞれ独自の光景を見せている。

光とは可能性である。

青年はそんな無数の可能性を観測し、運営することができる超越者であった。

 

 

 

 

 

ファセットカット。

青紫色の世界が視えた。

 

 

「行き詰まりだ」

 

 

ブリリアン・カット。

青紫色の世界がある。

 

 

「ダメだ」

 

 

ラウンド・ブリリアントカット。

青紫色の世界が全てを覆っている。

 

 

「同じく」

 

 

オーバル・ブリリアントカット。

僅かばかりに陰っていた光が青紫色の霧に飲まれていく。

 

 

「これもか」

 

 

ステップ・カット。

もはや何も見えない。彼をしても観測しきれないナニカがそこにはあった。

一瞬だけナニカがこちらを見つめ返そうとしたので、男は急いで接続を断った。

 

 

「…………」

 

 

男は掌の中で宝石を弄んでいた。

彼が念を送り指を動かすたびに宝石は職人がカットしたかの様に姿を変え続け、そのたびに中の光は強弱や色彩を変えていく。

彼はそんな光が宿す可能性を一つずつ観測していくがやがては観念したように宝石を置いた。

 

 

「どうあっても避けられないようだ」

 

 

男が息を吐き顔を歪めれば彼の影より何者かが声を声を発する。

無機質でありながら何処か人間的な感情を隠しきれていない男の声であった。

 

 

『理解したようだな。運営さえもこのままでは不可能になる』

 

 

 

「……」

 

 

男は不機嫌そうな気配を隠そうともせずに腕を組み己の影へと視線を向けた。

 

 

「それで俺に戦えという訳か、この星の未来を守る英雄としてみんなの為に戦えと? 

 俺がそんな人助けを趣味にしているように見えるか?」

 

 

 

『ではかの来訪者は勝利しこの星は奴らの手に落ちるか、もしくはそれ以上の災禍が訪れるだろうな』

 

 

 

男は影を暫く睨みつけていたがやがて天を仰ぎ、もう一度宝石をいじくりまわす。

やはりというべきかどの角度、どの光を見ても青紫色の霧しか映っていない。

つまり、何もしなければこの先の並行世界の全ては「彼ら」の支配下となる運命ということだ。

 

 

切り捨てられた世界だろうと基準となる世界であろうと関係はない。

何もかもだ。

ここから先に予定されていた世界の計画は台無しとなり、未来は途絶し、一本に統合されてしまう。

 

 

高次元の座にさえも影響は及ぶだろう。

これから先に登場する筈であった勇者や改革者たちは諸共存在がなかったことになり、最終的には消え去る。

この先には彼が好んでいた混沌とした可能性に満ちた世界はなかった。

 

 

善悪、悲劇と喜劇、人の喜びも苦しみも含めて青年は可能性を肯定する故に、それらが失われた宝石はただの石ころである。

 

 

 

「気に入らないな。全て同じ光だ。……色彩も何もあったもんじゃない」

 

 

『……ならばどうする?』

 

 

「お前の口車に乗るわけじゃない。俺は俺が気に入らないから行動する。

 お前たちがいう“異物”とやらの面を見てやる。まずはそこからだ」

 

 

「そうか! ならば私も同行しようではないか」

 

 

青年が立ち上がれば、いつの間にか彼の隣には朱い月が現れていた。

この気まぐれな月の王はいつもの様に無邪気な笑みを浮かべて青年へと語り掛ける。

 

 

 

「奴が行動を起こした。ついに始まったのだ! うむ、わくわくするな!!」

 

 

 

「お前はいつもそうだな。そんなに何が楽しいんだ?」

 

 

 

苦笑と疲労を滲ませながら言う男に朱い月は堂々と胸を張って宣言した。

 

 

「魔法使いともあろうものが妙な事を聞くのだな。

 無論、生きているだけで楽しいに決まっているだろう?」

 

 

 

「……それもそうか。後ろ向きな奴よりはよっぽどいい生き方ではあるな。

 お前の“楽しみ”は他者にとっての災害だってことに目を瞑ればだが」

 

 

 

災害とはどういう意味だ? と首をかしげる朱い月に魔法使いは駄目だこれはと匙を投げる。

この月の王は純粋で無垢であるが、同時に途方もない悪性も秘めている。

いや、もっとわかりやすく言えば道理を知らない幼子の様に、悪いことを悪い事だと自覚していないのだ。

 

 

 

『話の途中で悪いが。貴重な時間は出血を続けている。早く出発したまえ』

 

 

「おぉ。そなたらも居たのか。これは本当に大所帯になるな。あ奴の驚く顔が早く見たいぞ」

 

 

では、早く行けと急かす影に対して朱い月は小躍りしながら魔法使いに手を伸ばした。

無邪気に遊ぶ子供の様な笑顔は、この存在が恐ろしい怪物だということを一瞬だけ忘れさせてしまいそうな程に綺麗である。

 

 

 

「では行こうぞ魔法使いよ。世界開闢以来の狂騒が始まるぞ。乗り遅れるでない」

 

 

「……」

 

 

心底いやそうな顔を魔法使いは浮かべるが、渋々と言った様子で朱い月の手を取った。

瞬間、月の王は更に嬉しそうに笑い出し、周囲に空間転移の為の術式を展開し始めた。

星が鼓動し、遂に始まると察したこの世界は朱い月と魔法使いに対してあらゆる加護と許可を下す。

 

 

 

エーテル使用許可。

全てのメモリーへのアクセス権限を付与。

各種■■へのアクセス許可。

座の解放を開始。

緊急応援信号強度増大。

 

 

もはや世界は出し惜しみはしていなかった。

考えうる限りの全ての許可と加護を魔法使いに下し、朱い月に対しても一時的に全てを許可する。

 

 

 

目的はただ一つ。

 

あの異物を排除する、ただそれだけである。

霊長の繁栄など惑星にはどうでもいい、ただ自分を害する敵は許せない、認めない。

 

 

星の全力の抵抗が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 




次の話は割り切って書きたい放題しますので遅れます。
恐らくインフレと超長話になると思われるのでごゆるりとお待ちを。

ようやくガンヴィウスがやりたい放題する話が書けます……。


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天上戦争1(原作キャラ死亡描写注意)

何とか半分くらい完成しましたので投稿します。
今回のお話では原作キャラの死亡やヘイトともとれる描写がありますのでご注意ください。



 

 

 

 

【ロンディニウムの戦い2】

 

 

 

ローマとブリテンの戦は開戦と同時に両軍とも主導権を握ろうと大規模な攻撃を行う所から始まった。

ルキウスが魔剣の切っ先をブリテン軍へと向ければ、直ぐに訓練を受けていた兵士たちが動き出す。

三脚によって地面に固定された金属の筒の名前は重機関砲と言った。

 

 

「彼ら」の持っているいくつかの原始文明のデータを参考にし作られたこの兵器の破壊力は明らかに文明レベル6を相手に使うには過剰なモノがある。

12,77×99mmの弾丸を音速の5倍にも及ぶ速度で一分間に1500発乱射するこの武器の破壊力に抗えるたんぱく質など存在はしない……普通ならば。

 

 

 

何度も訓練を受け、これの扱い方を骨身に刻まれたローマの兵士たちはもはや本能レベルでこの怪物の扱い方を知っている。

これこそ正に新たな神祖の御業、偉大なる御方より与えられし新たなるローマの力。

抑えきれない興奮を胸にローマ軍は照準をブリテン軍へと向けた。

 

 

50門の重機関砲が神秘の守護者たるブリテン軍へと向けられた。

アーサー王を筆頭に円卓の騎士を中心に標準が定められ───引き金が引かれた。

音はしなかった。当然である、これで放たれる破壊の速度は音などという鈍すぎる波を遥かに超えているのだから。

 

 

 

1秒に1250発の弾丸が火薬の力によって押し出され、ブリテン軍へと迫る。

平均して18500ジュールの破壊力を秘めた弾丸はたかが1センチ程度の厚みしかないフルプレートなど飴細工の様に打ち抜き

アーサー王の軍勢をまとめて隊列諸共穴だらけに出来る性能を秘めているハズだった……。

 

 

しかしアーサー王は全くもって動じない。

もとより相手の首魁は星を軽々と破壊する怪物の中の怪物である。

そんな化け物が率いる軍勢と戦うのだ、16世紀ほど自軍の先を行く技術力で武装しているなど想定の範囲内であった。

 

 

王の眼には飛来する弾丸がまるで止まっているように映っていた。

何と鈍い武器であろうか。掴んで投げ返せるほどに遅い。

こんなもので我々を倒せると思っているのならば、侮辱であると彼女は思った。

 

しかし自分はそうであっても率いる軍勢にとっては脅威だ。

故に彼女は前もって用意していた札の一つを切る。

 

 

「対軍攻撃防御。ギャラハッド卿、ランスロット卿、前へ」

 

 

王の言葉が紡がれると同時に円卓の内、二人が動いた。

ランスロットとギャラハッドの親子である。

ランスロットが先行し、その後ろに息子が続く。

 

 

 

「野蛮な武器だ」

 

 

迫りくる弾丸を前にギャラハッドはぽつりと呟いた。

騎士として父さえも超えうると評される彼にも当然の様に飛来する金属の塊は見えている。

弓兵が弦を引くよりも容易い動作で多くの殺傷を可能とする重機関砲への嫌悪を彼は覚えた。

 

 

これは引き金一つで多くの死を作り出す、効率的な殺戮道具。

ほんのわずかな訓練さえあれば幼子でさえ虐殺者にかえてしまう技術の暴走の象徴。

故に、これは悪である。ギャラハッドはそう定義した。

 

 

 

腕を翳せば現れるのは巨大な盾。

この星で勢力を伸ばしている宗教のシンボルである十字架をモチーフに作られた盾を彼は構えれば、ソレは眩く輝きだした。

溢れる光と共に半透明の防壁、この場合は城壁と評するべきか、が瞬く間にブリテン軍を守るように展開されていく。

 

 

遥か理想の城(ロード・キャメロット)ここに顕現せり。

 

 

気づけば彼の背後には純白の城門が顕現していた。

まるで門番の様にギャラハッドは盾を構え、ローマを、ルキウスを、そしてその背後に座する怪物を見据えた。

お前たちに故郷は渡さないという強い意志の宿った瞳はローマの頂点に立つ者らの興味を惹くに値する輝きであった。

 

 

 

これこそはキャメロット城の現身。

この世に存在するあらゆる災禍を跳ね返し、大切な人々の命を守護するというギャラハッドの意思の表れである。

 

 

何万発もの12,77×99mm弾が城壁に到達すると同時に全ての運動エネルギーを奪い取られたかのように停止し、僅かな時間滞空した後に力尽きたように地に落ちた。

からん、からんと金属の塊が大地を叩く音が鳴った後に、遅れてきた機関砲の発射音がけたたましく響いた。

ならば術者を殺せばよいと即座に判断したローマ軍は50の銃口をギャラハッドへと向ける。

 

 

 

トリガーが引かれ、再び暴れ狂う鉛の殺意たちであったが、それらはただの一発もギャラハッドにたどり着く事はなかった。

 

 

 

息子を庇う様にランスロットが立ちふさがる。

手にした長剣は光を帯びており、彼はそれを縦横無尽に振るう。

全てを叩き落すという無駄な事はしない。

 

 

正確にギャラハッドと自分に命中する弾丸のみを瞬時に見分けた上で、彼は余裕をもって剣技を披露した。

破壊不可能という属性を帯びた剣と、彼の狂気染みた技量は迫りくる一斉射撃をものともせずに叩き落とすという離れ業が展開される。

結果、1分間の掃射が終わった後にはランスロットの周辺には山の様に切断された弾丸が積み上げられ、硝煙を燻ぶらせている。

 

 

 

「必要はなかった。

 僕の技量ならアレくらいならば問題はなかったと知っているだろう」

 

 

「むぐ……素直じゃない奴め……!」

 

 

盾の隙間より唇を尖らせて文句を言ってくる息子にランスロットは肩を強張らせて言い返しそうになったが

ここが戦場であり、王の眼前ということを重々承知している故にそれ以上は追及しなかった。

 

 

 

神祖より与えられた力が通じないという現実を目の当たりにしたローマ軍に微かな緊張が走る。

今まで必勝を約束されていた彼らは何処かでブリテンを見下していた節があった。

どうせ辺境の弱小国だ、アッティラ大王に及ばないと。

 

 

勝利は容易い格下だという侮りがあったのだが、それは目前の光景を前に払拭されつつあった。

 

 

ルキウスは胸中で満足を抱いた。

いい流れだ、攻撃を防がれる事は判っていた。

あえてそれを全軍に見せつける事によって己の軍の根底にあった慢心を拭うという試みは成功しつつある。

 

 

 

 

御座に腰かけたガンヴィウスは淡々と戦場を眺めていた。

高いやぐらの様な構造物の上に金銀で装飾を施された玉座が拵えられており、ここから戦場の全てを見渡す事が出来る。

このやぐらには巨大なローマの国旗が掲揚され、戦場にいるあらゆる者が君臨する神祖を見ることができた。

 

 

勿論弓兵や魔術による狙撃も容易い位置取りである。

しかし神祖は逃げも隠れもしない。

やりたければ存分にしたまえという傲慢がそこにはあった。

 

 

星が瞬くのも、待ち人が来るまでも、まだまだ時間はある。焦る必要はない。

ほんの少しだけリソースを割いて彼は戯れるように円卓の能力を分析していた。

 

 

目標はサイオニック・シールドの亜種を展開。

出力は術者であるギャラハッドの意思の強さに左右される。

そしてランスロットがギャラハッドを守ったという事は、あの防壁は彼ではなく、彼が守りたいモノを守護する術なのだと考察。

つまり、彼自身はあの防壁の加護を受けられないと予想。

 

 

 

「彼ら」が人差し指でタンっとひじ掛けをノックすれば、ロンディニウムへと念が送られる。

よろしい、ではテストの時間だとガンヴィウスは微笑んだ。

 

 

 

思念を送られたロンディニウムの防衛拠点、城壁と中庭に変化が訪れる。

迷彩機能で隠されていた幾つもの防御施設が音もなく稼働した。

風景が霞む様に歪み、現れたのは巨大な音叉の様な「U」型の6メートルにも及ぶ砲身が10門。

 

 

 

33口径200mmの砲身はレールガンと俗に呼ばれる存在である。

化石レベルになるほど古い技術であるマスドライバーを改良した兵器だ。

これは成熟したレベル5相当の原始文明が軍艦などに設置することが多い兵器であり、装弾されているのは高速徹甲弾と呼ばれる貫通性に特化した弾だ。

 

 

そして既に射撃目標のデータは送信が終わっていた。

 

 

砲身より伸びる4本の昆虫の如き脚で砲口の微調整を行う。

 

 

射角と出力を瞬時に調整した後、音叉の様な構造のそれは帯電を開始する。

双胴の間にスパークが充満し、バチバチと虫の羽音のような異音を響かせた。

内蔵された小型リアクターの出力ならば規定値へのチャージは瞬きの間に完了させることが可能だった。

 

 

全自動の迎撃装置が起動され、この砲が持っている性能からすれば余りにも近すぎる戦場へと向けて1分間に60発という速度で砲撃が開始。

それらは狙い通りディプレスト軌道を描き、誤差は2ミリ以内に収められた精度でアーサー王たちに襲い掛かった。

しかし王はそちらを見向きもしなかった。彼女の瞳は皇帝ルキウスと、その奥に存在する最大の敵しか見えていない。

 

 

つややかな唇が一言、二言分だけ動いた。

 

 

「ガウェイン卿、モードレッド卿」

 

 

 

「はっ! お任せを」

 

 

「王よ! 我が力をとくとご覧あれ!」

 

 

 

答えるは忠義に燃える美丈夫と全身を鎧で覆う小柄な騎士である。

ランスロットに並び王が最も信頼を置く戦友であるガウェインと、未熟ながらも向上心と王への献身に燃えるモードレッドの二名が降り注がんとする殺意の前に全身を晒す。

 

 

「我が聖剣は太陽の現身───」

 

 

「之こそは偉大なる我が王の威光───」

 

 

 

ガウェインが手にした聖剣を空へと放る。

モードレッドは此度の戦のみという条件で王より預かった剣を振りかざす。

 

 

聖剣より転じた太陽が戦場に顕現した。

迸る赤雷が収束し、巨大な柱となる。

そしてモードレッドとガウェインは同時に技を解放した。

 

 

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)

 

 

我が麗しき王へ捧ぐ勝利(クラレント・ヴィクトリウス・アーサー)

 

 

 

吹き荒れる太陽風が空へと弧を描きながら飛翔する。

暴風の如き深紅の稲妻が空を焼きながら突き進む。

二つは混ざり合い互いに威力を増幅させあいながら空を覆い、ロンディニウム近郊の平均気温を4度上げるほどの熱量を放出しながらその威を高らかに示す。

 

 

 

そして、今まさに落下軌道を取りながら落ちてきていた高速徹甲弾を飲み込む。

金属が太陽の熱を浴びて瞬時に溶解する。

微かに残った原型も王の敵を決して許さないと猛り狂う稲妻に襲われ粉々に砕け散った。

 

 

 

空を巨大な爆炎が覆う。

幾つもの雲がちぎれ飛び、炎の雨が周囲へと降り注ぐ。

だがまだ終わりではない。太陽の騎士はルキウスを通り越し、陣の奥に座するガンヴィウスを捉えた。

 

 

 

「その力、試させてもらう!」

 

 

ガウェインは再度剣より疑似太陽を現出させる。

真なる太陽の加護を受けた彼の力は3倍に増幅される。

 

 

太陽フレアが収束し剣に宿れば、彼の聖剣はアーサー王の持つ剣と同じように陽光色に輝いた。

右手で剣の切っ先をガンヴィウスへと向け、左手を刀身に添える。

ちりちりと髪が焦げていく音を聞きながら、ガウェインはまるで長槍を扱う様に剣を鋭く突き出した。

 

 

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!」

 

 

一点に収束された太陽の聖剣の輝きは槍となってガンヴィウスの座す地点へと叩き込まれる。

咄嗟に弾くべく動こうとするルキウスを父の静止の声が抑止する。

瞬間膨れ上がる太陽の力。

眩い輝きが戦場を飲み込み、ローマ、ブリテン問わず全ての兵士たちは眼を腕で覆った。

 

 

ガウェインの力をよく知るブリテン軍の多くの騎士たちはローマの神祖を討ち取ったと確信を抱く。

ルキウスを除くローマ軍の兵士たちの心に「まさか」というほんの微かな絶望が染み出る。

 

 

 

光が収まり────戦場にいる誰もが一瞬喉をつまらせた。

 

 

名だたる円卓の騎士が放つ聖剣の光は王の持つ剣にも並び立てる域の威力があるはずだった。

更に付け加えるならば今の時刻、ガウェインの力は3倍に増幅され円卓最強のランスロットさえも超えうる力を持っているハズだった。

 

 

「……っっ! やはり、ですか……」

 

 

ガウェインの顔が歪む。

薄々判っていたとはいえ、やはりこうして改めて見れば驚愕するしかない。

彼の放った聖剣による一撃は御座に腰を下ろすガンヴィウスに届きもしなかった。

 

 

周囲に展開する護衛もろとも吹き飛ばすつもりで放った光撃は空中で縫い留められたように静止している。

 

ゆらゆらと陽炎を漂わせていた転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)の光と熱波はまるで不可視の巨人にこねくり回されるようにその形状を

槍から太陽の如き球体へとあっという間に整えられていく。

 

 

聖剣の生み出した力は既にガンヴィウスに掌握されていた。

幾らガウェインが念を送ろうとも太陽を操れない。

太陽はとてつもない速度でしぼみ、最終的には途切れかけの蝋燭の灯程度にまで矮小化させられる。

 

 

ガンヴィウスが鬱陶しそうに煙でも払う様に手を動かせば、聖剣の光は塵の様に消え去ってしまった。

 

神祖は何も言わずに戦場を眺めている。

今の攻撃など存在しなかったように、彼はアーサー王とルキウスだけを見つめガウェインなど眼中にもなかった。

王の「剣」の姉妹剣といえど、今の攻撃であらかた“理解”した「彼ら」はもうこれには興味を持っていない。

 

 

 

 

「ッんのぉっ! 下衆がッ! 我らの王を誰が見ていいと言った!!」

 

 

怒りの声を上げるのはモードレッドだ。

自分という敵がいるのにアーサー王だけを見つめるガンヴィウスの姿勢が気に入らなかったのだろう。

円卓という王の剣にして盾である自分がいるというのに不遜にも王を観察するようなガンヴィウスの態度の全てが癪に触ってたまらないといった所か。

 

 

モードレッドの腹の底から絞り出すような怒鳴り声を聞いたガンヴィウスの眉が不機嫌を表すように少しばかり動く。

彼は事ここに至ってガウェインを超える戦果を上げたと言っていいだろう。

いかに隔絶した力を持っていようと鬱陶しい存在は鬱陶しいという事実。

 

 

人が羽虫の羽音を嫌うのと同じである。

 

 

つまりだ。

ガウェインが全力で放った聖剣の一撃よりも、モードレッドの猿声のやかましさの方が「彼ら」に不快感を覚えるだけの感動を齎したのだ。

 

 

ガンヴィウスの視線が微かに動く。

鎧兜に覆われた顔からその手に持つ剣に向けて目線は動いた。

お前が持っていたのか、と神祖は誰に対してでもなく呟いてから息子に念を送った。

 

 

 

お前の持つ剣の片割れ(クラレント)を見つけたぞ。

 取ってくるといい。アレでは持ち腐れだ』

 

 

念を受け取ったルキウスが燃え上がる様な笑みと凄まじいまでの執着を抱いた事をガンヴィウスは察知しながら頷いた。

そしてこの両者のやり取りを朧ながらに王譲りの素晴らしい直感で理解したモードレッドの怒りは更に跳ね上がる。

全く自分という存在を見ていない。脅威とも思っていない。そしてよりにもよって王より預かった剣への視線、全てが彼の逆鱗である。

 

 

「………」

 

 

もはや振り切り過ぎた怒りによって無言となった彼は剣を振り上げる。

バチバチと彼の魔力が赤雷へと変換され剣に集まり始めた。

勿論先のガウェインの光景を忘れたわけではない。

 

 

しかし、しかし───許せないという感情だけがモードレッドを突き動かしていた。

自分の全身全霊ならばガウェインの聖剣よりも威力だけならば上回れるはず、自分ならばあのいけ好かない老人の顔を焼き払えるかもしれないという根拠のない自信が彼にはあった。

 

 

 

「やめなさいモードレッド! 先の光景を忘れたわけではない筈!! 

 無闇に攻撃したところで」

 

 

「うるせぇッ!!」

 

 

同胞にして■でもあるガウェインの言葉さえも耳に入らずモードレッドは剣から稲妻を発しガンヴィウスを焼き払おうとする。

しかし……。

 

 

 

「下がりなさいモードレッド」

 

 

王が一言命じる。それだけで戦場そのものを焼き尽くさんとばかりに猛っていた赤い稲妻は沈火する。

怒りも何もかもが押し流され、自分の名前を呼ばれた歓喜と王が自分に指示を与えてくれた狂喜が彼を満たした。

瞬時に後方に跳ね飛び、王の傍らに着地した後は油断なくローマの軍を、ルキウスを睨みつけている。

 

 

あの皇帝を討ち取る。あの神祖を葬る。

ローマを下し、ローマを征服し、あの広大極まりない国土を切り取り王に捧げる。

そうすれば自分はきっと王に────。

 

 

 

 

「いじらしいな。君の娘は」

 

 

ガンヴィウスは虚空に向けて語り掛ける。

モードレッドの幼く無垢な精神の活動を彼は手に取るように把握していた。

一瞬顔を見た時点で「彼ら」はあの人工生命体の拙く単純で幼子の如き献身にあふれた心を完全に読み取っていた。

 

 

彼女自身はこの事実に気づけていないのがまた可愛らしい。

かのアーサー王の複製というから直接確認してみたが、この程度かという落胆も多少はそこにはあった。

そもそもの話だが、彼女は王になるのが目的というがそこからしておかしい。

 

 

王になるというのはゴールではなく、スタート地点だという事にさえ気が付けない彼女がたまらなく微笑ましい。

アーサー王という偉大なる存在に憧れるのはいいがもう少し彼女は王の気持ちを汲み取った考えを巡らせるべきだ。

 

 

いきなりやってきた少女が「私は貴女の息子です。認知してください」等と言ってきて

「判りました。では貴方が今日から私の後継者です」等という王がどこにいる?

しかも意図的に彼女の寿命は短く設定されているので王になったとしても長期的な国の運営は不可能というおまけつきだ。

 

 

 

『えぇ、本当にかわいい私のモードレッド……ですが、もう潮時ですわ』

 

 

陶酔するようなモルガンの声がガンヴィウスの耳に届く。

彼女は今、ロンディニウムにて魔術回路起動のための最終調整を行っている所だ。

 

 

「息子は間違いなく彼女を殺すだろう。

 よりにもよってフロレントの姉妹剣を担いでくるとは……」

 

 

『構いません。貴方様の栄光を邪魔するというのならば仕方のないこと』

 

 

「彼女だけではない。ガウェイン、ガレスの命も保証はしない。

 既に私はアーサー王以外は全て殺して構わないと命じた」

 

 

言葉とは裏腹にガンヴィウスこと「彼ら」の心に慈悲や子の確定した死を母親に告げる際に常人ならば抱く筈の労りといった感情は皆無であった。

彼にあったのは義務感だ。自分に協力してくれた彼女は知る権利がある。故に告げる。それだけだ。

 

 

『降伏の機会は何度もありました。あの子たちはそれを無視した。それだけの話なのです』

 

 

元より他者の命を奪う騎士という職業についた時点でモルガンも子らがまともな最期を迎えられるとは思っていなかった。

今までは勝利し奪っていたが、今度は奪われる。それだけの話であると彼女は言う。

 

 

 

「よろしい。では作業を続けたまえ。

 こちらの稼働準備もあと少しで終わる───ここからが本番だ」

 

 

 

頭上にて鈍く輝きを放ち始める星光にガンヴィウスは視線を向けてから、ブリテン軍に対して微笑みかけた。

そうしてから彼は息子に全軍の指揮を委ねる旨を送る。

指を胸の前で組み、この前座を観察し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【円卓】

 

 

 

 

ルキウスにとって軍とは自らの手足の一部である。

これは優れた戦術家としての比喩ではなく、文字通りの意味でだ。

シュラウドの力と優れた超能力を操るルキウスにとって人の意思とは一本の糸の様であった。

 

 

無数の糸が束なり巨大な布の様になっている様を剣帝は観測することが出来た。

彼の主観ではローマの軍勢は真っ赤な色をしており、円卓を中心としたブリテン軍は青を基調としながら所々に多様な色が混ざっているようだった。

 

 

彼は混沌とした戦場の全てを知っていた。

剣帝の瞳と直感は正しく千里眼の様に機能し、彼の頭脳はそれだけの情報をいともたやすく処理できるだけの演算能力がある。

 

 

何処の部隊が何処でどのような敵と戦っているか。

そして後どれだけ戦えるか。

各々の部隊の有効攻撃範囲と命中精度、また相手を攻撃した場合に発生する戦果と被害……。

 

 

戦場に渦巻く膨大な感情の坩堝を彼は手に取るように把握していた。

故に彼はブリテン軍を手ごわいと判断する。

中々に戦場の支配権を握りきれない現実は彼を楽しませている。

 

 

各部隊の指揮官に対してルキウスは刻一刻と変化する状況に合わせて一人ずつ念話で指令を送り込んでいく。

しかし直ぐにそれに対応する様にブリテン軍は戦術に微調整を加え続け、中々に崩せない。

新しく導入した自動小銃で武装した部隊もギャラハッドによって攻撃を防がれ、思っていたほどの戦果は見込めない。

 

 

ローマの士気は高いが、それ以上にブリテン軍の士気は天井知らずである。

偉大なる王と円卓と共に故郷を守るという大義が彼らをどこまでも強くする。

 

 

 

今までの戦いではローマは敵を開戦と同時に圧倒的な力で叩き潰し、深層心理にまで「勝てない」という

ほんのささやかな不安の種をバラまく事で敵の結束を崩す事が出来ていた。

ゲルマンとの闘いなどいい例だ。

開戦した瞬間に見せつけたショーのお蔭で敵の士気は下がり切り、結果としてローマは苦もなく勝利できた。

 

 

 

フン族との戦いではアッティラという唯一にして絶対の支配者を崩すことによって頭部を失ったアッティラの帝国は脆くも瓦解した。

だがブリテンは違う。

アーサー王という絶対の王と、それに付き従う一騎当千の円卓、そしてローマ軍が神祖を狂信するのと同じくらい王に狂った騎士たちで構成された軍だ。

 

 

 

奇跡的なバランスで構成された軍だ。

少なくとも直接の戦いにおいては何処からどう見ても弱点はないと剣帝でさえ認めるしかないほどに。

 

 

「……」

 

 

ルキウスはふと腰に差したフロレントの柄を撫でて気づいた。

皇帝に即位した際にガリア総督より献上された剣は僅かばかりに熱を発している。

明らかに意思の類を宿しているフロレントは自らの片割れを欲しているようだった。

 

 

否、これは熱というよりも炎。

剣は憤怒していた。

 

 

聞けばかの姉妹剣(クラレント)は 皇帝の威光を象徴する剣らしい。

それほどの名誉ある剣を持っているのはアーサー王ではなく、あのつまらない小娘。

どうやらその事実に彼の愛剣は我慢ならないようであった。

 

 

まだランスロットならば許せただろう。

彼もまた領土を持つ男であり、円卓で最も優れた剣技を誇る最強の騎士だ。

 

ガウェインならば認められたかもしれない。

彼もまた王の血筋であり、アーサー王との付き合いも長く竜退治を共に行った勇者である。

 

ギャラハッドならば問題はなかった。

潜在的な能力ならば父であるランスロットさえも凌ぎかねず、その芯の強さと純粋さは聖人としての才覚さえもある。

 

 

だが、現実として所持者はモードレッドである。

ただの力だけが強く、王としての道も己の信念も何もないわめき声の煩い童だ。

これは誇り高い剣への侮辱に他ならなかった。

 

 

 

彼もその意見には同意である。

剣帝の周囲では展開した護衛達が流れ作業の様に襲い掛かってくるブリテンの騎士たちを始末し続けている。

ルキウスが直接選び抜いた彼らの実力は素晴らしく、相応の名高い武具さえ揃えれば円卓相手にさえ食い下がれるかもしれない。

 

 

 

「皇帝陛下」

 

 

部下の一人がルキウスに語り掛けた。

この男を彼は知っている。ガリアやアッティラとの闘いも生き延びた経験豊富な部下だ。

彼の瞳は少年が憧れの英雄を眺めるようにルキウスを見つめていた。

 

 

言葉にせずとも彼は言っていた。

円卓とアーサー王を我々の皇帝が打ち倒す最高の瞬間を見たいと。

神祖が選んだ男、我々ローマの代表として神に仕える男の勝利を彼は望んでいた。

 

 

彼だけではない。

ローマ軍の兵士全てがソレを望んでいる。

先のガウェインやギャラハッドが神祖と行った一連の攻防にて剣帝がその威を示さなかった事が彼らには不満であった。

 

 

我々の皇帝は円卓やアーサー王よりも強い、という自尊心が彼らを疼かせている。

どうか皇帝よ、その力でいつもの様に我々を魅せてくれと。

 

 

ルキウスは皇帝である。

誰よりも神祖に近く、人々に己の生き方を焼き付けるように生きる義務がある存在だ。

故に彼は民にして戦友たちの願いに答える必要があると誰よりも自覚している。

 

 

 

「判っている。我が勝利を貴様らに賜す。

 ───故に生きて故国に戻れ。我が勝利を妻子に語り継ぐのだ」

 

 

 

ルキウスはフロレントを担ぐように持つと、堂々と歩きだす。

飛びかかってきた敵の首を軽々とつかみ取れば、それを騎士の一隊に向けて放り投げた。

轟音と共に馬ごと騎士たちが弾き飛び一本の道が完成する。

 

 

バラバラに砕け散った鎧が飛び散り、多くの有象無象が戦場であってもなお異常な轟音にルキウスを見た。

しかし、しかし、誰もルキウスに挑もうとはしなかった。

誰も彼もが自分には無理だと心の底で悟ってしまったのだ。

 

 

ルキウスは闊歩する。

ほんの僅かだけ周囲に圧をバラまけば、ローマ軍の士気は跳ね上がり、同時に敵対するブリテンの騎士たちの心に亀裂が入った。

剣帝にとっては息を吐いた程度の力の解放であるが、一般的な英雄に届かない者らにとっては目視することさえ難しい程の重圧となってそれは戦場にのしかかった。

 

 

 

ルキウスは歩む。

彼の鋭敏な感覚はこの先にアーサー王がいる事を捉えている。

しかし当然ながら易々とは進めない。

 

 

ルキウスの眼前に紫髪の男───ランスロットが立ちはだかった。

同じように彼の隣にはガウェイン、モードレッド、ガレス、トリスタンがいる。

 

 

ギャラハッドは未だに遥か理想の城(ロード・キャメロット)を展開し続け

時折空から降り注ぐロンディニウムからの砲撃や遠距離から撃ち込まれる重機関砲の猛威からブリテン軍を守護しているためここにはいない。

 

 

「待たれよ。ローマ帝国皇帝とお見受けする」

 

 

「ならば如何する。

 皇帝の前に立つのが何を意味するか、判らんわけではあるまい」

 

 

ルキウスはランスロットを一瞥し立ち止まる。

勿論彼の事は知っている。円卓最強にして王の信頼厚い最高の騎士と。

今から始まる最高の舞台の幕開けに相応しい相手である。

 

 

「貴方を討ち取ればローマ軍は勢いを失い、かの神祖を打ち倒す為の足掛けとなる。

 ……その首、置いていきなさい」

 

 

「そうか」

 

 

ルキウスはガウェインの不遜極まりない発言に対して怒りを抱くことはなかった。

これから死ぬであろう者たちだ。最後くらいは好きに喋らせてやろうという慈悲である。

 

 

事を始める前にルキウスはモードレッドへ手を翳す。

正確には彼が構える剣に対して。

その一見すれば意味が分からない行動にモードレッドが首をかしげる直前、彼は猛烈な熱さを掌に感じた。

 

 

「ッッ!? 何をっ!!」

 

 

「した」とは続けられなかった

脊髄反射で剣を手放した彼の元より剣は逃げ去るように飛翔してルキウスの手の中に納まる。

歓喜する様に刀身が震え一対の剣は揃って真なる主に仕えることを確約する様にその力をルキウスへと明け渡す。

 

 

瞬間膨れ上がるルキウスからの圧。

クラレントの能力である王としての威光を高めるという権能が発揮されている。

 

 

手にして数秒でルキウスはクラレントの力を完全に制御していた。

右手にフロレント、左手にクラレントを握った彼は何度か試すように左右の剣を振るう。。

彼からすれば他愛ない確認動作であったが、透き通った音を立てる剣筋は円卓をして流麗と評せるほどの剣捌きであった。

 

 

二刀流での戦い方も当然熟知しているルキウスは左右に握る剣の素晴らしい対比に満足したように笑った。

この一対の剣はもしかしたら同時に扱うことを想定していたのかもしれないと考えるほどに手に馴染む。

一本で相手してやってもよいが闘技場時代から二本使いというのはとても受けが良い事を彼は知っている。

 

 

勝利を与えると確約した臣下たちと、今この瞬間もこの場を見ているであろう父に楽しみを提供してやるのも悪くはない。

それはそれとして彼は皇帝である。

故に功を成したモノを褒めてやる義務がある故に口を開きモードレッドに言った。

 

 

 

「ちょうど相応の武具を揃えたいと思っていた所だ。

 褒めてやる、童よ。褒美に我が力を味合わせてやろう」

 

 

「テメェェッ! ふざけんな! それは!! その剣は俺がッ!!!」

 

 

モードレッドが怒りを噴き出しながら吐き出す。

腰から予備の剣を引き抜き、後先や連携の事など考えもせずに。

もはや彼の頭には怒りしかなかった。

 

 

やめろとランスロットが叫ぶが彼は取り合いもしなかった。

今殺せば問題ないだろうと叫び返す。

 

 

王より預かった剣を奪い取り、自分より瞬時に使いこなす様は彼の矜持をやすり掛けするようにそぎ落とす光景だった。

あらゆる自分を肯定するアイデンティティが彼の脳内を駆け回っている。

それら全てを動員して彼は今の現実を否定していた。

 

 

俺は王の息子だ。

俺は王の複製だ。

俺は王の片腕だ。

俺は王の剣だ。

俺は王の騎士だ。

俺は王になる、自分は王の複製なのだから当然俺も王になれるはずだと。

 

 

「返せっ! その剣は俺のものなんだ!! いずれ王に至る俺の────」

 

 

「煩い。アーサー王は童の躾一つ満足に出来ないのか」

 

 

 

ルキウスは剣を構えもしなかった。

ただ彼は気だるげにクラレントの切っ先をモードレッドに向けた。

体内を循環する膨大な量のシュラウド・エネルギーを手先から剣へと通して放出する。

 

 

俗に「魔力放出」とも評されるエネルギーの放出によく似ていた。

ガンヴィウスが行うソレと比べれば遥かに弱いが、それでも生身で受ければ全身の分子構造をバラバラに砕かれる程の威力がある。

青紫色の稲妻がクラレントより吐き出され、モードレッドへと突き進んだ。

 

 

この程度の単純な魔力放出ぐらい、とモードレッドは自らの魔力を以て相殺を試みる。

赤黒い稲妻が剣に宿り噴き出す。

それはルキウスの放ったシュラウド・ライトニングと衝突し───一僅かな拮抗も許されず一方的に飲み込まれた。

 

 

モードレッドの全身を青光りが包み込み、焼き尽くす。

唇を噛み締め痛みに耐えるが、そんな我慢の限界などすぐに突き破りとてつもない痛覚が彼を襲った。

 

 

鎧が軋み、罅が入る。

母であるモルガンの掛けた防御術式が音を立てて焼き潰されていく。

もしもコレを付けていなかったら一瞬で彼は焼け焦げたかつてたんぱく質であったナニカになっていただろう。

 

 

怒りに燃え盛り動いていた足が止まる。

筋肉が燃え頭蓋骨が溶け堕ちていくようだ。

たまらず彼は大地に倒れこみ、襲い来る稲妻から逃げ惑う様に転げ回った。

 

 

「ギッぐ、ぅッ、、、ァぁぁぁ!!」

 

 

「モードレッド!」

 

 

ランスロットがルキウスとモードレッドの間に割って入り、手にした聖剣で稲妻を受け止める。

彼が剣を横薙ぎに一閃すればシュラウド・ライトニングは切り裂かれ、発生した衝撃波がルキウスへと襲い掛かった。

しかし皇帝は手首のスナップを利かせた僅かな動きでフロレントを動かしてランスロットの斬撃をかき消した。

 

 

剣の調子を確かめるようにルキウスはフロレントを動かし、刀身を見た。

ガリア総督からの献上品であるこの美しき名剣は赤紫色の刃をしていた。

美しく咲き誇るバラの装飾が施された剣は見惚れるほどに美しい。

 

 

心弱いものがみれば剣に呑まれただろう。

凄まじいまでの執着を抱き、逆に剣に宿る意思に支配されたかもしれない。

しかしルキウスは剣に魅了はされなかった。

 

 

あくまでもこの剣たちが司る支配や王の栄光などはただの付属品にすぎない。

主は皇帝である。

剣帝ルキウスが使ったからこれらの剣には価値が生まれるのであって、その逆はありえない。

 

 

ルキウスは笑う。

ここが戦場で命のやり取りをしているというのに彼の顔に浮かぶは一方的な捕食者の様相だ。

存在するだけで敵対者に絶対的な絶望を与える事ができる最高のシンボルが彼だ。

 

 

そういう風に設計され、想定を上回るほどに成長したのが剣帝であった。

 

 

(皇帝)に切られる栄誉を最初に賜りたいのは誰だ? 遠慮せずに一歩踏み出すがいい」

 

 

嘲る様に発した言葉に円卓の面々が弾かれたように動き出し───戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

大地が痙攣した。

激戦を繰り広げていた多くのローマ軍とブリテンの騎士たちは心の何処かで「始まった」と思った。

ローマは皇帝の勝利を疑いはしなかった。無敗の皇帝、かのアッティラ大王さえも打ち破った剣帝は此度も同じように勝つと。

 

 

ブリテンの騎士たちにも不安はなかった。

アーサー王が即位して以来、かの王のお蔭で国は富み、繁栄していく中、王と共に戦い続けた円卓に敗北はありえないと考えていた。

全ての災害は乗り越えられる。どれだけ相手が強大であろうと円卓さえいれば勝利は手に入ると彼らは信じていた。

 

 

今、その答えを出すときが来たのだ。

 

 

「王の名の元に」

 

 

最初に動いたのはランスロットだった。

ガウェインやモードレッドの様な大規模な魔力を用いた攻撃手段こそないものの、その圧倒的な剣技を以て円卓最強の座に君臨する男だ。

彼は跳ねるように突き進み、手にした聖剣で皇帝へと切りかかった。

 

 

凄まじい速さと鋭さのある一撃であった。

派手ではないものの、磨き抜かれた技量による斬撃は普通ならば知覚さえ出来ぬままに標的を葬り去るに足るほどだった。

しかしルキウスは普通ではない。彼は欠伸でもするように軽々とフロレントでランスロットの一撃を受け止めた。

 

 

青光りと赤紫の光が火花を散らしてぶつかる。

ルキウスは刃越しにランスロットに笑いかけた。

 

 

「安心したぞ。円卓には期待していたのだ! 

 全てがあのモードレッドの様であったならば拍子抜けもいいところだ」

 

 

「彼もまた我々円卓の一員。侮辱は許さん」

 

 

 

喉を鳴らしてルキウスが笑いながら僅かに力を抜き身を翻せば、彼が今までいた場所をナニカが通過しカシュという不気味な風切り音を吐いた。

危ない危ないと皇帝は肩を揺らした。ちらりとトリスタンという赤毛の男に目をやる。

寝ているのかと思う程に細い目をした男は露骨に顔を歪めて不快感を示す。

 

 

「皇帝陛下……我が戯曲はいかがでしょうか? 最高の眠りを約束しましょう……永遠に」

 

 

「いや結構。吟遊詩人などローマには星の数ほどいるのでな」

 

 

武器というよりは楽器と評すべき獲物である弦楽器を構えたトリスタンはルキウスの言葉に無表情に戻れば更に演奏を開始した。

鳴り響く高音と低音の調和のとれた演奏会。拍手とチップの代わりに飛び交うのは無数の刃だ。

装填速度、発射速度、精度、どれをとっても凶悪の一言である。

 

 

だがルキウスには届かない。

彼はランスロットの攻撃を片手間に捌きつつ、器用に体を最低限の動作で動かしながらトリスタンの刃を回避し続ける。

足元に罠が配置されたと判断した瞬間、後方に軽くステップを踏み、ランスロットがソレを踏む様に誘導する程の余裕さえ彼にはあった。

 

 

ルキウスは既にこの不可視の攻撃の正体は掴んでいた。

 

 

これは真空の刃だ。発生個所はあの弦楽器(フェイルノート)の「糸」である。

指が一回弦をはじくたびに空気が振動し刃となって加工されている事をルキウスは見抜く。

 

 

一回だけ彼は瞬きを行う。

「観る」という意思を込めた彼の瞳は瞬時に最適化を行い、飛来する刃を捉える事ができるように進化した。

淡い翡翠色の刃を見たルキウスは感嘆した。弦の腕はいまいちだが、コレは単純に美しいではないかと。

 

 

 

面白い見世物を披露してくれた礼をルキウスは行うことにした。

彼の身体はあらゆる空間で十全な活動を約束されている。

空の上であろうと海の底であろうが、それが宇宙空間であっても問題なく彼は動ける。

 

 

 

故にこれはソレのちょっとした応用であった。

深くシュラウドと接続された身体に活力が満ちる。

歩行方法における「縮地」を彼は行った。

 

 

 

彼の脚は空間を蹴破る。今の彼は人間の大きさを持つFTLドライブであった。

次元を一瞬だけ突き抜けた彼は100万分の1秒程度の微かな時間だけFTLに到達する。

元よりこの世の外側の法則をふんだんに盛り込まれて作られた彼である、この程度は容易い。

 

 

シュラウドは息子の要望に応え、そして導く。

突如として目の前に現れたルキウスの姿にトリスタンは息を呑んだ。

彼からすればランスロットと刃を交えていた男が何の予兆も見せずにいきなり目の前に現れたように見えただろう。

 

 

 

フロレントが奔った。

トリスタンの首を落とそうと動いていた軌跡はしかし突如として別の個所へと向けられる。

ルキウスは鼻を鳴らしながらトリスタンの首を落とすのを中止し、振り返りもせずに背後から切りかかってきたガウェインの刃を背中に回したフロレントで受け止める。

 

 

 

目の前で皇帝が微かに動きを止める様を見たトリスタンは再び弦楽器(フェイルノート)を弾こうとして────クラレントに先ほどモードレッドを焼き殺しかけた稲妻が宿っている事に気が付いた。

咄嗟に後方に飛び跳ねるが、一瞬だけ遅かった。

迸るシュラウド・ライトニングがトリスタンの全身を包み込んだ。

 

 

「グッ、んぐぅぅぅうンン………!!」

 

 

奥歯が砕けるほど噛み締め、彼は耐える。

彼の持つ魔力への耐性などまるで関係ないと言わんばかりにシュラウドの力はこの騎士を焼き尽くしていく。

眼球が沸騰し、手足が溶けていくようだった。

 

 

もう少しだけ稲妻の出力を上げればトリスタンは死んでいただろう。

しかし彼は一人で戦ってはいない。

ルキウスの背後より襲い掛かっていたガウェインは聖剣から力を引き出し、燃え盛る業火を剣に宿す。

 

 

「砕けなさい!」

 

 

刃は防げても純粋な熱ならばどうだ、と彼は生み出した熱波と爆発を0距離でルキウスの後頭部めがけて叩き込む。

刀身から爆風が発生し人間一人程度ならば跡形もなく消え失せてしまいそうな破壊が剣帝を飲み込んだ。

余波に巻き込まれない様にさく裂と同時に後方に跳ねたガウェインは埃と熱波に覆われた光景を凝視する。

 

 

 

完全に決まったとガウェインは僅かながら考えていた。

さく裂の瞬間までルキウスに防御するそぶりはなく、まともに爆炎は彼にさく裂したはずだった。

しかし土埃が収まり、姿を現したルキウスには目立った外傷はなかった。

 

 

強いて言うならばフロレントを握っていた右手に擦り傷がある程度か。

しかしそれもすぐになくなる。

 

 

炎に間違いなく焼かれているというのに彼は火傷一つ負ってはいない。

ただし身に着けていた豪奢なマントには炎が回ってしまっているが、彼はそれさえも着こなしているようだった。

元より超高温の環境下も存在する宇宙空間やFTL文明の持つレーザー兵器を生身で耐えることを想定された肉体である。

太陽などというありふれた恒星の力を僅かに再現した程度の破壊で倒れる筈がない。

 

 

銀河はおろか宇宙規模で見ても類がない程に頑強な肉体は神話の中の英雄さえも霞む耐久力があるのだ。

剣帝は白い息を吐いて世間話でもするように述べた。

 

 

「大義である。この地はローマに比べて肌寒くてな。少しは温まったぞ」

 

 

「……」

 

 

ガウェインの顔が強張る。

間違いなく格上だと彼は認めざるを得なかった。

だが、そんな彼の内心を読んだかのように彼の隣にランスロットが並び、剣を構える。

 

 

円卓最強にして親友でもある彼はいつもと変わらずガウェインに言う。

 

 

「ガウェイン卿」

 

 

彼は多くを語りはしなかった。

余計な言葉など無粋であるからだ。

ガウェインは頷き聖剣を構えた。

 

 

そんな彼の隣にもう一人、小柄な騎士が並ぶ。

円卓最後の一人、最も可能性に満ちた騎士であるガレスだ。

御座から戦いを眺めていたガンヴィウスでさえ微かながら彼女を注視した。

 

 

「ランスロット様! ガウェイン兄様!! 微力ながら私も助力します!」

 

 

ガウェインは無言でガレスの頭を撫でて微笑む。

そして改めて巨大極まるローマの皇帝と相対した。

気づけば彼らの周囲の兵士たちはローマ、ブリテン問わず戦いを一時的に中断しこの激突を眺めていた。

 

 

どちらの軍も心にあるのは自分たちの象徴の勝利を信じる願いだけだ。

ランスロットは剣を掲げ高らかに宣言した。

戦場に響き渡るのは王に並ぶ威光を持つ騎士の純粋でまっすぐな宣誓であった。

 

 

戦争において重要なモノの一つ、士気。

それをどうすれば効果的に上げられるかランスロットは理解していた。

 

 

「我らは円卓。我らは共に王に剣を捧げし騎士。

 愛しき故郷の為に戦うもの! 去れ侵略者よ! 我ら(ブリテン)は貴様らに屈しなどしない!」

 

 

 

天を貫くほどの歓声が産声を上げた。

アーサー王、アーサー王、ランスロット、ランスロットと幾度も名が叫ばれ、騎士たちはギラギラと誇りに燃える瞳でローマ軍を睨みつけた。

だがランスロット、円卓達の宣誓など弾き飛ばす勢いで剣帝は支配を象徴するフロレントを掲げ雷鳴の如く声を張り上げた。

 

 

我が民たち(ローマ)たちよ! 共に戦う友(ローマ)よ! 

 我らは神祖よりこの混沌に満ちた世界を託されたのだ! 

 クィリヌスの名の元にこの世界を一つにする使命が我らにはある!! 

 一つのローマ(パックス・ロマーナ)の元に世界を統べる使命が!!」

 

 

俺と共に永遠の平和を築こうとルキウスは叫ぶ。

 

 

その声は聴く者全てを魅了する。

その姿は従う者全てに決意と情景を抱かせた。

力強く掲げられたフロレントは美しく輝き、その権能を以てルキウスこそが大陸の、この星の正統なる後継者であると示すように輝く。

 

 

クラレントはそんな彼の元より圧倒的極まりない王としての素養を更に加速させ周囲へと拡散させ、伝播させる。

之こそは新しき超新星の姿であった。

途方もない重力で人々をひきつけ続ける暗黒の星でもある。

 

 

ローマを称える声が響く。それはブリテンを思う願いと拮抗する程に高い。

円卓と剣帝、両者は共に民の思いをその背に乗せて改めて向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

ルキウスの心臓が音を立てて燃え上がる。

アーサー王は伝承によれば竜の心臓を持つとされる。

故にそれを叩き潰す為に製作された彼にも同じような器官が備わっているのは当然と言えた。

 

 

剣帝の心臓のある場所には反応炉があった。

彼は歩く特異点にもなりうる素養がある。

彼の心臓はシュラウドからエネルギーを取り出すためのポンプでもあった。

 

 

注ぎ込まれたシュラウド・エネルギーがこの世の法則を歪めながら効果を発揮する。

手足の先にまで力が行き渡り、ルキウスに更なる力を齎す。

 

 

全身が軋む。成長痛の様なモノが彼を蝕む。

精神の高鳴りに応じて彼の身体は想像を絶する勢いで自己改造を行う。

勝利を、勝利を、永遠にローマに勝利を齎すために、誰よりも鮮烈な勝利を得るために剣帝は強くなり続ける。

 

 

彼は一度やると決めた事は必ず実行する男だ。

先ほど首を落とそうとした者が未だに生きているという事実を彼は訂正すべく動いた。

ルキウスが瞬歩を用いて円卓の意識を振り切り移動する。

 

 

全ての光が後ろに移動し消え去るさまを彼は見た。

 

 

彼の身体はつまらないテクスチャに定められた限界を遥かに超過した速度で移動し、未だに帯電するシュラウドの力で焼かれ続けるトリスタンの目の前に移動した。

指一本あれば刃を生み出せる彼が弦楽器(フェイルノート)を弾こうとするより早くフロレントが動いた。

全く目を逸らしていないというのに一瞬だけ剣帝の姿を見失ってしまったランスロット達が拙いと思うよりもそれは早い。

 

 

「喜べ、名誉をくれてやる」

 

 

はた目からは赤紫色の「線」がトリスタンの首のある空間を横薙ぎに走り抜けたようにしか見えなかった。

 

 

 

「────ぁ」

 

 

 

果たしてそれは誰の言葉だったか。

誰かが漏らした一言はこの様を見た誰もが抱く心境を即興で表したものである。

酷く遅い動きでトリスタンの頭がずれていく。

 

 

項垂れたトリスタンの首がゆっくりとあるべきではない個所

……胸、腹、足へと移動───落下───していく。

彼の手から弦楽器(フェイルノート)が零れ落ち、ガシャンと最後の演奏を行った。

 

 

これがトリスタンの最期である。

彼はイゾルデと出会うことはなく、王の元から離れることもなく、最後まで王の為に戦い死んだのだ。

 

 

そして彼は最初の犠牲者である。

ガンヴィウスにとってこれは計画通りの光景である。

メリオダスと王妃ブランシュフルールの間に生まれ、マーク王との確執を経て円卓に加入し、華々しい活躍を見せた彼の最期の役割はルキウスに殺される為にあったのだ。

 

 

そして同じ役割をガンヴィウスに課せられた者たちがここにはまだまだいる。

 

 

 

「トリスタン様……っ」

 

 

ガレスが口元を手で抑え、こみ上げてくる何かを必死にこらえた。

しかしガウェインとランスロットは表面上は何も感じていないような無表情を張り付けている。

だが、剣の柄から鈍く軋む音がしたのを誰かが聞いた。

 

 

ルキウスは頭を失い崩れ落ちたトリスタンに一瞥すると、直ぐに振り返った。

彼の視界には隠し切れない怒りに駆られて襲い掛かってくるガウェインとランスロットが見えた。

ガレスでさえ二人の猛攻を邪魔しないように慎重にルキウスの隙を伺い、機会があれば彼を明確な殺意の元に殺そうとしていた。

 

 

 

ランスロットのアロンダイト(無毀なる湖光)は膨大な魔力を送り込まれて過負荷を起こし、輝きながら剣帝に迫る。

ガウェインの聖剣は炎を纏い、先とは比較にならないほどの破壊力を秘めた上で剣帝を屠るべく輝きを強めた。

 

 

ルキウスは猛然と笑い、それらを受け止めるべく動く。

 

 

「大変結構。命がけでこい。あるいは届くかもしれないぞ」

 

 

喉を鳴らして笑うルキウスの姿はもはや魔人と評せるほどに壮絶な様相であった。

フロレントとクラレントは歓喜するように輝きを放ち、円卓でも屈指の実力者たちが放つ剣を軽々と受け止めた。

ルキウスはその場から一歩も動かず、完璧にバランスを保ちながら両者のあらゆる攻撃を防いでいく。

 

 

首を落とすべくランスロットが剣を走れば既にそこにはクラレントがあり、アロンダイトを弾き飛ばす。

ガウェインが突きを放ち、腎臓から肩甲骨までを太陽の剣の熱波で焼き殺そうとしても彼はそれをいともたやすく躱してしまう。

それどころかルキウスには二人の攻撃を捌きながら攻撃に転じる余裕さえもあった。

 

 

ガウェインとランスロットの流麗な剣技は正に人の極みと評せる芸術的なものだった。

幾多の戦いを共に潜り抜け、互いの癖を知り尽くした彼らは互いの攻撃の合間に発生する刹那の隙を潰しあう様に攻撃を行っていた。

余りに早すぎる剣線はもはや霞となってルキウスに襲い掛かっている。

 

 

かつて戦った異形スパルタクスさえも超える速度であったが、当時とは比べ物にならないほどに剣帝は進化している。

彼の握る双剣は決して早すぎも遅すぎもない丁度良い速度で動きまわり、苦も無く怒りに燃える円卓の攻撃を無意味に終わらせ続けていた。

 

 

十、二十と微妙に躱していく中ルキウスは思った。

もしかして、この男たちの限界はここなのか? と。

だとすれば……まぁ、前座程度の価値はあったからよしと彼は考える。

 

 

 

ルキウスが攻撃に動き出す。

そろそろ本命と戦いたいと彼は判断した。

準備運動は十分堪能した。長引きすぎる戦いは見ている者も飽きてくる。

 

 

瞬間、ランスロットとガウェインは途方もない寒気を感じた。

 

 

全身の血液が凍り付き手足の先から壊死していくような熱的死が二人を包み込む。

経験を積み、他者を圧倒する程の実力者となってからはご無沙汰となったモノ……恐怖を彼らは抱いた。

ガウェインはふと見たルキウスの姿にヴォーティガーンの竜体を重ねる自分がいることに気が付いた。

 

 

背筋が思わず揺れた。

聖剣を掴む手が僅かに汗ばむ。

 

 

剣帝の瞳が二人の騎士の最期を“見た”

黄金比ともいえるほどに鍛え抜かれた肉体に魔力が循環し強化の術が行われる。

既に処刑は確定し、後は決まった結果に対して因果が追いつくだけである。 

 

 

これを以てブリテンの騎士たちと剣帝の関係はあるべき姿に戻る。

剣と剣を交わし合い殺し合う対等の命を奪い合う関係から、処刑人と処刑される哀れな弱者という当然の姿に。

もしもここにコロッセオに数多く存在するルキウスのファンが居たのならば、これから行われる最高の殺戮への期待に高揚の叫びをあげていただろう。

 

 

 

身体能力強化。

 

五感強化。

 

直感鋭敏化。

 

 

強化。

強化。

強化。

進化。

変異。

捕捉。

 

 

次元が曲がる。

異なる世界が純粋剣技によって結び合わされ、シュラウドの力がソレを更に増幅する。

 

 

射殺す百頭・羅馬式(ナインライブズ・ローマ)

 

 

 

決着は呆気なくついた。

ガウェインとランスロットは攻撃をやめ、あらゆる感覚と全能力をこれから来るであろうルキウスの攻撃に備える事だけに費やしていた。

聖剣の力を解放しどんな技や術が襲って来ようとも回避なり弾くなりする準備はしていたはずだったのだ。

 

 

その全てが甘い考えだと悟ったのはルキウスが剣をほんの微かに動かした瞬間だった。

剣帝の瞳が先ほどまでの戦いの高揚に狂った獣の様な瞳から、冷厳に下々を処す帝王としての冷たさを宿しているモノへと変わっていたのを見た瞬間に、彼らは全力で後方へ飛んでいた。

唇の端から情けなく吐息を漏らし、まるで小動物が大型の肉食獣に追いかけまわされているときの様な全てを捨てた全身全霊で彼らは迫りくる「ナニカ」から逃げようとしていた。

 

 

 

それでも逃げられなかった。

遠い神話の中で猿の怪物が神様の掌から逃げられなかったように、ただの騎士と剣帝では全くもってお話にならないほどの差があった。

 

 

(───これは──)

 

 

(───な──)

 

 

 

───ウェ──さ───ま───ロット──ま───。

 

 

 

何も見えなかった。

何も聞こえなかった。

痛みさえもなかった。

隕石に衝突した人間はきっとこんな感じなのだろう。

 

 

何が起きているか判らない内に体を砕かれ、そして死ぬ。

手から離れ空を舞う剣と飛び散る血しぶきが見えた。

手足の感覚は何もなく、動くかどうかも判らない。

 

 

ただ、ただ、優れた直感だけが告げていた。

ルキウスがナニカをする直前、誰かが剣帝から自分たちを庇う様に割って入ったことを。

 

 

馬鹿な。

そんな、事が。

そんな馬鹿なとガウェインとランスロットは同じことを思いながら意識を失っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【惑星解放装置】

 

 

 

「…………」

 

 

ルキウスは目の前に倒れた「三人」の姿を見ていた。

ランスロット、ガウェイン、そしてガレスだったモノである。

彼が技を繰り出そうとした瞬間、遠巻きで機を図っていたガレスが突如として二人の騎士を庇う様に飛び出てきたのだ。

 

 

ルキウスの瞳には全てが見えていたが、彼はあえて攻撃を続行した。

こちらを臆さず真っすぐに見据え、確かな決意を抱き、一瞬先の死を受け入れてなお立ち向かってくる彼女への敬意である。

 

 

その結果がこれだ。

確実に殺せる力を込めて放った9つの完全同時攻撃の2連発はその威力の殆どを盾となったガレスが受け止める事によって、ランスロットとガウェインは辛うじて死なずに済んでいる。

18発のうちの15発は彼女が受け止めていた。残りの3つの内2つがランスロット、1つがガウェインに命中している。

 

 

ルキウスの剣技は無駄な破壊を産まない。

殺す、壊すと決めた個所だけを一種の医療のように破壊し、周囲への拡散は一切ない。

故にこの結果である。

 

 

ランスロットとガウェインはもう動けないだろう。

たった1発、2発の着弾で鎧は粉々に砕け、全身のあらゆる臓器は破裂し、骨は無事な個所を探す方が難しい程に複雑に割れ散っている。

虫の息と評するに相応しい有様だが、それでも一命だけは残っていた。

 

 

 

そしてガレスは………形容できない。

愛用していた巨大な槍と盾は壊れるを通り越して、文字通り”粉々”になっているといえば彼女がどうなったかは想像に難しくないだろう。

遠く離れた御座のガンヴィウスがほんの一瞬だけ瞼を閉じ、首を振っている。

 

 

 

ルキウスは何事もなくガウェインとランスロットの倒れている横を素通りした。

無意識なのか彼の行進を止めようと必死に指先を伸ばすガウェインを彼は見向きもしなかった。

 

 

周囲の兵士たちは音もなく佇んでいた。

周囲に転がるのは瞬く間に崩壊にまで追い込まれた円卓だ。

 

 

斬首された紅い髪の騎士。

襤褸の如き有様を晒す円卓最強の騎士と太陽の騎士。

稲妻に焼かれて、動かなくなったモードレッド。

そして……もはや人の死に方でない最期を迎えたガレス。

 

 

 

自国の誇りである円卓を砕かれた騎士たちだけではなく、隔絶過ぎる力を見せつけられたローマの兵士たちでさえルキウスの勝利を称える声を上げられなかった。

彼らは戦う事さえせず皇帝の一挙手一動作を見守っている。まるで自然災害に怯える人間の様に。

 

 

「止まれっ! アーサー王の元にはけっして……決して!」

 

 

しかしそれでも。

円卓が砕かれようと、心を奮い立たせてルキウスの前に騎士の一団が立ちふさがる。

握る槍は小刻みに震え、息は荒く、まるで初めて戦場に放り出された新兵の様な有様であったが、まだ心が折れていない騎士たちの姿にルキウスは感銘を受けたように剣を構えて応対した。

 

 

「いいだろう。貴様らにも名誉を与えてやろう」

 

 

いや、とルキウスが視線を騎士たちの背後に動かす。

既に皇帝の注意は騎士たちには向いていない。

恐る恐る騎士たちが皇帝の視線の先を辿ってみれば、そこには彼らの王が君臨していた。

 

 

彼女───アーサー王はとてつもなく強い意志のこもった瞳でルキウスを直視している。

 

 

「我が騎士たちよ……ありがとう。ここは下がってくれ」

 

 

一礼した後に下がる騎士たちを王の護衛の責務を投げ捨てたと誰もなじることは出来ないだろう。

これから始まる竜と魔人の殺し合いに対して何らかの助力が出来るなどと考える者は誰もいなかった。

 

 

皇帝と王は一定の距離を保ったまま殺気をぶつけ合うでもなく、淡々と会話する。

一瞬たりとも相手から目を離さず、王は抑えきれないほどに膨れ上がった殺気を解放していく。

殺された臣下、傷つけられた友、奪われる国の怒りを彼女は燃料に変換していた。

 

 

 

「哀れな神祖の傀儡よ。構えるがいい。貴様が殺した我が友らの痛みを教えてやる」

 

 

ギラギラと黄金色に輝き始める竜の瞳をルキウスは真っ向から見つめて、父であるガンヴィウスが何故そこまでブリテンと彼女に固執するのか少しだけ理解を得た。

彼女は正しくこの星の生命体の頂点だ。

あらゆる神秘から愛されし寵児と言っていい。

 

 

アーサー王とルキウスはある意味では似通った起源をもっている。

片やブリテンを支配する至高の王として。

片やブリテンを掌握し、ゆくゆくは効率的に星を運営するための象徴として。

 

 

規格外という前置きがつくが、どちらも言ってしまえば人工生命体という括りに収まる存在だ。

ただし向いている方向性は真逆であり、決して力を合わせる等という事は起こりえない。

 

 

 

ルキウスは剣をアーサー王の語る通りに構えようとして……気づけば導かれるように空を仰ぎ見た。

敵の前でいきなり無防備な姿を晒す事になったが、そんなことはどうでもいいと思わせる程の圧を彼は感じ取っていた。

アーサー王もまた皇帝から視線を外し、彼と同じように青空へと目線を向けていた。

 

 

ルキウスはこれから何が起こるか父より聞かされている。

しかし現実としてその予兆が世界を覆うのを見て……かつて赤子の頃、彼に抱いた感情を僅かに思い出していた。

 

 

アーサー王は震える身体を抑え込むのに全霊を尽くしていた。

心の何処かで彼女はここには未だ姿を見せない師へと祈っていた「マーリン、策があるなら早く出してください」と。

 

 

戦場にいる誰もが空を仰いだ。

今まさに目の前の敵にとどめを刺さんと猛るローマ兵も、侵略者に容赦なく槍を突き刺そうとしていた騎士たちも、全員が。

 

 

誰もが空を見た。

そして、そこにいつの間にか存在していたもう一つの青紫色の太陽を見てしまった。

ただ一人、ガンヴィウスだけが告げた。

 

 

 

「時間だ。開始せよ」と。

 

 

 

 

 

 

絶対零度にして曖昧な暗黒の世界に巨大な“蕾”があった。

照りつける太陽光を反射して銀色に美しく輝くその物体の大きさはどう見積もっても小型の衛星サイズはある。

血管の様に至る所にラインが引かれ、紅い線を走らせるその存在こそ───コロッサスである。

 

 

座標入力。サイオニック・ソナーによる入力完了。

基礎座標北緯51度30分26秒 西経00度07分39秒。

 

 

修正……修正完了。シュラウド・エネルギー充填完了。

コロッサス、展開開始。惑星解放装置起動。

 

 

 

“蕾”が鮮やかに展開し6つの花弁を持つ“花”となった。

中心部には途方もない量のエネルギーが収束していき、それらはたった一点……ブリテンを狙いすましている。

惑星全土の生物全てを支配可能なサイオニック・エネルギーが更に増幅を繰り返し、あまりにとてつもないエネルギーが空間を歪め重力のレンズを形成していく。

 

 

余波が広がる。

青紫色のシュラウドの霧は星雲の様に太陽系を浸食していく。

瞬く間にシュラウドはオールトの雲を通り越し、隣のアルファ・ケンタウリにまで届いていた。

 

 

 

地球が悲鳴を上げた。

未だ何もされていないというのに、この星はアレが何なのか理解した故に甲高い高次元の絶叫を上げた。

それは自らの根源が犯される恐怖か。この星は億の年月を生きてきて、初めて飲み込まれる恐怖を与えられていた。

 

 

かつて巨人に蹂躙された時とは桁が違う。

この星とこの星が生み出すあらゆる可能性の分岐と、それらが内包運営するシステムそのものが危機に直面しているのだ。

SOLと名付けられた恒星を中心に回る星系全体が揺れ、それぞれの惑星の表面で巨大な影が蠢きだした。

 

 

 

 

 

 

 

美しい女の歌声がブリテン中に響き渡っていた。

酔いしれるように、愛しい男へ思いを馳せる様に。

熱く染まった頬を染めながらモルガンが歌っている。

 

 

彼女は歓喜していた。星々を覆いつくすシュラウドの力による惑星の掌握作業。

その一端を担えるという大業はモルガンをして初めてといえる大仕事であった。

そうだ、彼女は全てを知らされながら嬉々としてブリテンのみならずこの星を売り渡そうとしていた。

 

 

この世界はいつも彼女を苦しめてばかりである。

故にこれは正統な報復行為であった。

だってこうすれば、きっと彼女はもう王様なんていう重荷を背負わなくていいのだから───。

 

 

王様なんて下らない。

どうして見ず知らずの誰かの為に妹は傷つく必要があるのか?

 

騎士なんて下らない。

どうして見ず知らずの誰かを妹が殺す必要があるのか?

 

理想なんて下らない。

どうして見ず知らずの誰かの計画の為に妹が竜の力など宿す必要があったのか?

 

 

もうやめてしまいなさいそんな事。

と、モルガンは思って……なぜ自分はそんな事を思ったのかさえ忘れてしまった。

ただ彼女にあるのは妹が王の座から引きずり降ろされる事への理由さえない喜びであった。

 

 

名高いセイレーンの如き妖艶で無垢な歌声は聞く者の魂を染め上げる妖精の歌であった。

彼女の中に流れる血を通してモルガンは自身の一側面である妖精としての部位を全面的に出力している。

砕けて埋もれていた、もう二度と使われずに星が終わる瞬間まで地層と化していた筈の魔術回路が動き出す。

 

 

膨大なエーテルと、妖精の血を引くモルガンによる操作と、ガンヴィウスによる修復という三つの要因が重なり再起動を果たしたソレは空へと浮かび上がり、徐々に光を強めていく。

 

 

美しくも恐ろしい光景である。

天空に光が瞬いたかと思えばそれらは拡散して縦横無尽に走り回り、さながら伝承に伝わるミノタウロスの大迷宮の如き複雑怪奇な文様を描き出したのだから。

淡い黄金色の光を見ながらモルガンは眼を細めた。自分の内側に燻ぶる暗黒色の力と違ってなんて美しいのだろうと。

 

 

魔術回路が起動する。

空間が歪み、テクスチャが展開されていく。露わになるのは石灰の様な星の表層。

概念的な「門」が生成され星の内海に概念的につながる道が形成されようとするが、やはりそう上手くはいかない。

 

 

 

「門」は形成される傍から歪み、軋んでいく。

目に見えない途方もない圧が「門」に襲い掛かり、圧壊させんと伸し掛かる。

石灰色の表皮が「ブリテン」という神秘のテクスチャに何度も何度も塗り返され、少しずつに縮小していく。

 

 

誰かがその光景を見て機械の様に淡々と呟いた。

男であり女であり、子供であり、老人であり、様々な声を絡み合わせたような声であった。

 

 

『変動値観測完了』

『周波数観測完了』

『テクスチャ理解完了』

 

 

 

『惑星解放装置、執行』

 

 

 

 

────星を穿つ閃光が迸った。

その瞬間この星に生きる全ての存在は、星の悲鳴を聞いた。

 

 

 

 

巨大な青紫色の光が星に突き立っている。

それは寸分たがわずに魔術回路によって微かに弛んだ星の防御壁に槍の如く突き刺さっていた。

46億年にも及ぶ年月を経て初めて星は、自らの概念的な内側への侵略を経験しているのだ。

 

 

かつての巨人でさえここまでは至れなかった。

星の表層に蠢いていた知的生命体を殲滅寸前程度にまでしか至れなかったかの存在とコレでは桁が違う。

 

 

 

霧が惑星を覆い隠し、星の空は晴天から淀んだ夜へと塗り替えられる。

それだけではない。「彼ら」の発する超大なサイオニック・エネルギーの奔流は星の防壁を削り落としながら

更に時空間の基礎構造や次元の構造さえも超過してこの世界の根底たるシステム領域へさえも浸食を開始していた。

 

 

必死に惑星が展開する防衛機構をじわじわと、しかし確実に「彼ら」は攻略を始める。

 

 

一部だけはとはいえ流れ込む情報の数々は「彼ら」を喜ばせるに値するほどの価値がある。

人理、ガイア、アラヤ、霊長という意味。英霊、座、魔法。

やはりこの星にはまだまだ発掘すべき神秘が数多く眠っていると「彼ら」は確信し、コロッサスの出力を随時的確に調整し続けた。

 

 

 

ローマ、ブリテン問わず全ての者は呆然と星を抉る不気味な光を眺めていた。

理由は判らないが、彼らの身体は震えていた。

未知への恐怖と、あまりに現実離れした光景を前に思考さえ止まり果てた彼らは本能に突き動かされかけていた。

 

誰もが無言である。

もしも誰か一人でも叫び声をあげてしまったら、その恐怖と狂乱は感染病の様に瞬く間に全体へと波及していたかもしれない。

だが。その程度の事は予想済みである。

 

 

「彼ら」は絶妙なタイミングで全てのローマの民へと念話をつなげた。

 

 

『我が民たちよ。怯えなくともいい』

 

 

 

ガンヴィウスの厳然とした声がローマの全市民の脳内に響き渡る。

戦場に存在し、直接神祖の姿を拝謁することが可能な兵士たちは地に跪き、敵の目の前だというのに神祖に祈りを捧げるように頭を深く垂れた。

 

 

ブリテンの騎士たちはその異様な光景を前に動く事が出来ない。

今なら容易く目の前の敵兵を殺せるというのに、身体が硬直して動く事が出来ない。

いつの間にか周囲に漂い始めた薄い霧が体にまとわりつき、彼らを縛っていた。

 

 

『あの柱こそは我が権能の光である。我が子らよ、お前たちに祝福を与えよう』

 

 

「彼ら」はちょうどいいと判断した。

定期的にこういう催しは行っている。

結局のところ、知的生物の忠誠と信仰を得る為に最も効率的なやり方は力を見せつける事なのだ。

 

 

『天を満たせしは全て我。星を統べしは全て我』

 

 

ガンヴィウスが大きく腕を広げ、大げさな動作で空を仰ぐ。

周囲を満たし始めたシュラウドを操作し彼はこの星の法則を捻じ曲げ、秩序を破壊し、奇跡を現出させた。

「彼ら」の意思を込められたシュラウドの霧が戦場を一撫でし、奇跡は下賜される。

 

 

『起きよ。眠りにつくのはまだ早い。祖国に戻り、我が威光を広めよ』

 

 

ふと、誰かが自分の身体に視線を落として驚愕する。

身体についていた傷が消えうせている。

そればかりか、身体の奥底から活力が溢れてきて止まらない。

 

 

そこかしこでローマ軍は自らの身体を触って確かめる。

傷一つなくなり、かつてない程に力に満ちた自分を誇るように喝采を叫び、空に向けて拳を振り上げた。

更に後押しするように、騎士たちに切り捨てられ息絶えたはずの兵士たちまでもが起き上がる。

 

 

さながらそれはこの星の宗教における「復活の日」の再現であった。

 

 

眠りから帰ってきた者らは何が起きたか最初は理解できていないようだった。

それどころか自分が何故倒れているのかさえ分かってはいなかった。

だが、それを近くで見ていた者らは、何が起きたかを理解できた者らは別である。

 

 

 

即ち神祖が死者を蘇生させたという事実を理解できた者らは涙を流し、歓喜に打ち震えて神祖に平伏していく。

人の感情という波は一気に膨れ上がり、ローマ軍はもはや武器さえ投げ捨てる勢いでひたすら神祖を称える声だけを上げ続けた。

 

 

 

騎士たちが逃げるように後ずさった。

彼らは互いに顔を見合わせ、ついでアーサー王に視線を向けた。

本能的に彼らは一瞬思ってしまった。

 

 

 

『勝てない』と。

円卓最強の騎士たちはルキウスに倒され、ローマの死者は蘇生され、天を覆いつくす神祖の権能を見せつけられた彼らの心は半ば折れかけていた。

 

 

確かにアーサー王は偉大なる王であった。

しかしこれほどの奇跡を起こせる存在を打倒できるのだろうかと問われれば、彼らは疑うことなく頷くことは出来なくなっていた。

自らの主を信じる事が出来なくなった軍隊ほど脆いモノはない。

 

 

 

残った円卓であるベディヴィエールが必死に声を上げ抑止するが各所で武器を投げ捨て、投降する騎士たちが続出し始める。

ブリテン軍の崩壊は既に時間の問題となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

【天上戦争・1】

 

 

 

もはや勝利は間近となった戦場を退屈気にガンヴィウスは観察していた。

全ての工程は順調である。

ロンディニウムからの重砲撃は勢いを増し、ブリテン軍は何とかギャラハッドの展開する領域の中で必死に耐え凌いでるに過ぎない。

 

 

アーサー王の代わりに陣の最前線で指揮を執るベディヴィエールがいなければとうの昔に彼らは瓦解していただろう。

 

 

 

惑星解放装置は問題なく稼働し緩慢にではあるが少しずつ惑星の防衛機構を溶かし始めている。

 

 

卵の殻の一部を切り取り、中身の黄身を崩さずに少しずつ吸い出す様な精密動作が要求される行為であるが

「彼ら」とステラー級の演算能力を以てすれば容易い仕事である。

 

 

追加としてこの星が時間軸と可能性の分岐を超えて管理していた巨大なデータ・ベースへのアクセスとハックを「彼ら」は試みていた。

英霊の座、時間軸と並行世界を超えてこの星の未来と過去において功績を残した存在を記念碑として取っておく巨大なトロフィーの保管庫。

「彼ら」の瞳は既に黎明の世界を捉えかけている。

 

 

数多くの者がこちらを睨むように見つめ返してくるのを「彼ら」は感じていた。

大変結構。蒐集し甲斐があると英霊たちへと投げかければ、帰ってくるのは敵意と拒絶の視線だけであった。

思わずガンヴィウスは呟いていた。

 

 

「やはり私は何処でも歓迎されていないみたいだな」

 

 

「言ったではないか。この星は排他的だと!」

 

 

当然の様に帰ってくる言葉であったがガンヴィウスは気にせず続ける。

来る事は予想されていたのだから。

周囲に展開していたはずの護衛達の気配がしない事にも彼はとっくに気が付いていた。

 

 

“目線”を向ければそこには夥しい量の血痕が残っていた。

戦い、というものさえ起こらなかったのだろう。

何が起きたか誰も気づけない内にガンヴィウスの護衛は全滅させられ、ここから遠い地点で蘇生させられていた。

 

 

ガンヴィウスが御座より腰を上げて振り返れば、そこには朱い月ともう一人初めてみる顔があった。

 

 

「私は挨拶をしただけなのだが。

 “私がこれからこの星と君たちの所有者になる者だ”とね」

 

 

「ははははは! それは! はははっ!! ずるいぞ! 

 古今東西探しても奴らにそのような言葉を投げかけられるのはそなただけだろうて!!」

 

 

羨ましい、ずるい、私も言ってみたかったと来訪者こと朱い月は腹を抱えて笑い続ける。

ひとしきり笑った後、朱い月は目元に浮かんだ涙を拭い取ってからガンヴィウスへと向き直った。

彼の隣にはもう一人、黒髪の青年がおり、その男は鋭い瞳で神祖を見据えている。

 

 

 

「私は嘘は好まないのでな。来たぞ。後は……“見た”“勝ったと”続けるべきか?」

 

 

 

「……見ての通り今は大詰めでね。

 この星が永遠に変わる決定的な瞬間を見たくはないかな?」

 

 

「いいや」

 

 

今まで黙って朱い月とガンヴィウスの会話を見ていた男が一歩前に踏み出す。

彼はガンヴィウスから見ても妙な気配を持つ男だった。

センサー類でスキャンしても違うスキャン結果が幾つも出てくる……奇妙な量子のもつれを纏った男だ。

 

更に注視すれば彼の影の中にはナニカが潜んでいることも「彼ら」は感知した。

 

 

霊墓の深部でこのような結果は何度も観測していた。

複数の可能性が幾つも重ね合わされ、無数の断片を映しこんでいる。

そんな宇宙規模で見ても珍しい現象をたった一人の男が放っていた。

 

 

「なるほど。こうして直に見て判った。

 何度も言われた事だったが、どうにも腑に落ちなかった」

 

 

男……魔法使いは星を抉り啜り取らんとする光の柱を見た。

あの光こそが彼の眼を曇らせていた元凶であると瞬時に悟る。

ガンヴィウスは薄い笑顔を張り付けた顔で男を見ている。

 

 

 

「あー……こういうのは苦手なんだ。

 ごちゃごちゃ高尚な決まり文句を言うべきなんだろうがな。

 “世界の為”だとか“未来の為”だとか……他にも“人類がこれまで積み重ねてきた全てを台無しにするものだ”とか言えば世界の為に戦う勇者って感じになるんだろうが」

 

 

魔法使いの瞳が鋭くなりガンヴィウスに叩きつけるように言葉を吐いた。

 

 

「初対面で悪いが、俺はお前が気に入らない(俺はお前が嫌いだ)

 やりあう理由なんてそれで十分だろ。

 お前が居たら、俺は俺が綺麗だと思うモノを見れなくなる。

 だから────お前は邪魔だ」

 

 

 

大変結構とガンヴィウスは笑って頷く。

結局のところイデオロギーの相違と感性の違いならば争いは避けられない。

自分たちが良いと思ったものをあちらは悪いと思った。それだけの話なのだ。

 

 

朱い月が大きく一歩踏み出す。

彼はダンスでも踊るように両手を大きく横に伸ばし、くるくると回りながら笑う。

 

 

 

「実に単純でよい。そういうのは好きだぞ」

 

 

ならば、と朱い月はぞっとする程に美しい笑顔をした。

一種の芸術作品染みた完成されすぎた美がここにはある。

 

 

 

「宴には相応しい幕開けが必要であろう?  

 ブリテンは私が見た所ではそなたらの相手としては力不足の様でもある。

 奴らに少しだけ手を貸してやろう。弱い者いじめはよくないと魔法使いもよく言っておる故に」

 

 

 

月の王が踵で軽く大地を叩けば、地球が蠢いた。

星が脈動しブリュンスタッドと惑星の力が混ざり合い、瞬時に戦闘用の高度な能力を添付された劣化複製端末──真祖が戦場のあちらこちらに姿を現す。

彼らは誰も彼もが朱い月と似通った姿をしているが、やはり起動したばかりというのもあるのかオリジナルの様に感情豊かというわけではなかった。

 

 

 

風。

火。

水。

光。

熱。

圧。

 

 

 

星の表層で発生するありとあらゆる事象が空想から現実へと引っ張り出されローマへと襲い掛かった。

大地が隆起しブリテンを守りながらローマを押しつぶす。

水が何もないところから突如噴き出し、その濁流が陣形を丸ごと飲み込む。

 

 

不可視の風の刃が兵士たちを切り刻みながら突き進む。

光と熱が逃げ回るローマ軍を焼き焦がしていく。

星の怒りと苦痛を反映した空想具現化はこれ以上ない程に精確にガンヴィウスの眷属を殺すべく猛り続けている。

 

 

 

阿鼻叫喚の悲鳴が上がる。

いかにシュラウドの加護によって個々の純粋な身体能力だけ見れば円卓に比肩する程に強化されているとはいえ、さすがに真祖の相手は荷が重い。

ルキウスは既にアーサー王と交戦を開始しており、その戦闘の凄まじさは真祖でさえ割って入る事は不可能な域だ。

 

 

 

更には真祖という頼もしい援軍を得たブリテンの騎士たちの士気は回復傾向にあり、至る所で反撃が始まっていた。

中には一度は武器を捨てて投降した者らも再び武器を手に戦いを再開しているようだが、まぁこういう事はよくあるものだ。

 

 

ガンヴィウスが懐から小さじ一杯分程度の灰色の砂を取り出した。

これの名前は「生体金属」という。またの名をグレイ・ナノマシンだ。

風に任されるままにガンヴィウスはそれをばら撒く。

 

 

見る見る内にナノマシンは付近に満ちるシュラウドのエネルギーやエーテル、果ては所かまわずあらゆる物質を吸収しその質量を爆発的に増大させていく。

瞬きの間に平野を埋め尽くす程の量となった生体金属は粒同士が連結しあい、即興でガンヴィウスがプログラミングしておいた姿へと変わり出す。

 

 

完成したのは千を超える数のプロメシアン達だ。

4本の腕と肥大化した肩部を持つ巨人たちは命令された通りにローマ軍の援護を開始し、複数の腕から圧縮されたプラズマ・ボルトを目にもとまらぬ速度で連射しながら制圧行動を開始。

着弾した真祖の身体を焼き焦がし、掠りでもした騎士たちの身体の分子構造が砕かれドロドロの液体になってしまう。

 

 

次いでロンディニウムにも指示を送りレールガンを増設。

100問近いマスドライバーが絶えず破壊の雨を生み出し続けた。

 

 

もはや戦場は混沌の坩堝となっていた。

ルキウスとアーサー王の生み出す破壊の余波が山々を砕き、巨大な谷を平原に作り出しながらも両者の力は限界知らずに跳ね上がり続けている。

あそこに近づく位ならばプロメシアンと真祖の戦いの狭間にいたほうがマシだ。

 

 

 

機械の軍団が光の弾丸を撃ちながら騎士たちを追い詰めれば、それを阻止すべく星のあらゆる現象が空想具現化によって引き起こされる。

大地が蠢き、風が舞い踊りプロメシアン達の進行を抑え込むべく猛る。

しかし幾度砕かれようと刻まれようとプロメシアンを構築する生体金属は直ぐに周囲のエネルギーと質量を食い漁り増殖を行う。

 

 

最小活動単位である分子単位で破壊しなければグレイ・ナノマシンは活動を停止することはないのだ。

 

 

一体倒せば四散した部位がそれぞれ全体を複製し十体が新たに作り出される。

地割れを以て大地の底に沈めようと土とそこに含まれる鉱物を吸収しプロメシアンは数を増やして地の底から這い上がって戻ってくる。

かつてLクラスタと呼ばれる宙域を丸ごと飲み干したナノマシンの軍団はその増殖能力を活かして単純な戦闘能力では格上である真祖へと食らいつき続けていた。

 

 

 

「そんな事も出来るのか。やはりそなたの力は底が見えないな! 

 だが、我らも負けてはおらんぞ? 

 特に魔法使いの力は間違いなくそなた等を楽しませてくれるだろう。

 いや……この男の力は私など足元にも及ばない。本当に凄いのだぞ、魔法という奴は!」

 

 

「人を勝手に化け物扱いするな。お前だってとんでも生物だろうが」

 

 

 

朱い月が胸を張って宣言する称賛に魔法使いはうんざりしたように頭を掻きながら懐から奇妙な形状の剣を取り出す。

まるで宝石の原石をそのまま粗削りして最低限の体裁だけ整えたような剣であった。

武骨なカラットの表面は虹色に輝いており無数の映像らしきものがそこに映りこんでいる。

 

 

「───聴け、来訪者よ」

 

 

男が剣を水平に構えれば、彼を中心に量子の揺らぎが激しくなっていく。

まるで超重力空間の様に時間軸が無茶苦茶にねじ曲がり、暗黒エネルギーの濃い場所によくみられる不安定な観測力場が広がっていく。

 

 

───秩序(万華鏡) を示す我が銘において宣ずる」

 

 

あらゆる要素が魔法使いに味方していた。

シュラウドという異次元の理に呑まれる自身を守る為、極大の異物を排除するために世界にとっての毒さえも利用しているのだ。

その奇跡は世界を歪める。しかし……今日世界が無くなるよりはマシだと。

 

 

 

ガンヴィウスは男から目を離さずに凝視し続ける。

隣の朱い月のことさえ眼中になく「彼ら」はこれから観られる未知への期待で胸を含まらせていた。

 

 

空が幾度も移り変わる。

鏡面の様に輝いた空は惑星全土の空があらゆる場面を映し出す鏡となっていた。

それはこの世界が今まで歩んできた歴史であり、これから歩む未来の映像だ。

 

 

男が愛した破滅と隣り合わせながらも可能性と進むことをやめない人類の姿だ。

 

 

生物の誕生の光景があった。

巨人を打ち倒す名もなき救世主がいた。

人々が寄り集まり国を作る光景があった。

偉大な暴君が神々と訣別する絵があった。

 

 

神から独立した人の為の世界の礎を築いた男がいた。

全ての人間の罪を背負い、この世界の多くの人々の心の拠り所となる教えを広めた救世主がいた。

世界の果てを開拓した船乗りがいた。

人々に星の世界に至る為の一歩である法則を解いた賢者がいた。

 

 

誰もが無理だと言った筈の空を飛ぶ翼を鋳造した兄弟がいた。

神の力と言われていた稲妻を人の理論で解き明かし万人に広めた天才たちがいた。

太陽の力を人の手に落とし込み、この世が星の世界に旅立つ為に超えなければならない宿題を編纂し残した学者がいた。

特別な生まれも血筋も、力さえないというのに滅びに立ち向かい歩み続ける少年/少女がいた。

 

 

 

破滅があった/繁栄があった/切除があった/過ちがあった/成功があった。

この星が持つ全ての可能性がここに集結している。

それはガンヴィウスを以てさえ見事という他ならない偉業であった。

 

 

「───()()は、お前を認めない」

 

 

 

叩きつけられるのはこの世全ての否定。

SOL星系の全て、それらから派生した全ての命、意思、可能性が侵略者に否を叩きつけている。

彼の影に潜む72にも及ぶ仮想人格を保有した存在が全力で魔法を拡大解釈し、元々あった権能を多重展開して高次元へと接続。

 

 

空を覆いつくす可能性を映し出した宙が今度は黎明の如き淡い光に包まれた夜空へと書き換えられる。

皮肉な事に「彼ら」が惑星全土に多量に配布したエーテルがこの奇跡を実現させるに足る燃料となっていた。

 

 

 

星光の様に小さな輝きが連鎖で幾つも瞬く。

一つ一つが高次元より来る世界の守護者たちが顕現する前触れだ。

星の悲鳴という最大の呼び声、72の人理補正式及び可能性を運営する魔法という“繋がり”を維持する者と、そして莫大なエーテルという全てが揃った結果がここにはある。

 

 

誰も彼もがガンヴィウスこと「彼ら」を否定している。

この星は彼を受け入れないと叫んでいた。

 

 

 

「そうか。そうか。────そうか」

 

 

 

ガンヴィウスは深くうなずいていた。

何千、何万もの英霊たちと相対し、魔法使いと朱い月という規格外の怪物と敵対し

それどころかこの星系の全ての戦力と法則と機構を差し向けられているというのに彼の精神は欠片も揺れていない。

 

 

それどころか───「彼ら」は喜んでいた。

心の底から再確認する。この星を見つけられてよかった、と。

元より好奇心旺盛な存在である「彼ら」からしたらこの展開は予想以上である故に嬉しくてたまらない。

 

 

間違いない。

この星こそが我らの求めた地。

この星系の全ての謎を解き明かし「剣」と神秘をわがものにしたとき、果てのない昇天は成されると「彼ら」は改めて確信を得る。

 

 

 

故にガンヴィウス(「彼ら」)は満面の笑みで魔法使いと朱い月、そして幾多の英霊と果てはこの世界の全てに言葉を投げかけた。

 

 

 

「大変結構。では、始めようか」

 

 

シュラウドが蠢きこの世の全てと拮抗する様に圧力が高まっていく。

それが誰も及ばない天上の戦いの始まりを告げた。

 

 

 




遂に新作DLC「ネメシス」が出てきましたね!
今度のDLCではプレイヤー自身が銀河を滅ぼす悪魔にも、悪魔から世界を守る守護者にもなれるというのが楽しみで仕方がないです。


次回は今回に輪をかけて書きたい放題しますので
もっと遅れると思います。気長に待っていて下さると幸いです。
ネメシスが来るまでには書き上げたい所です。


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天上戦争2

明らかにネメシス発売までには終わらないと確信したので
とりあえず完成した部分を投稿します。
まだまだやりたい放題していく予定。




【天上戦争・2】

 

 

 

 

予兆の時点で誰もがこれは天変地異だと悟った。

青紫色の霧が惑星全土を抱きしめるように覆い尽くし、星の大気に満ちるエーテル濃度がじわじわと上がっていく。

惑星全土が異次元へと相転移を引き起こしかけ、星のあらゆる地点で時空が乱れだす。

 

 

時間の流れが歪む。

まるで超巨大な暗黒天体の近くを公転する星の様に。

 

あらゆる個所でそれぞれ独立した時間軸が誕生し、空間が乱雑に引き延ばされたり収縮したりを繰り返し続ける。

ある地点では10倍の速度に加速し、ある地点では10分の1にまで遅延が引き起こされている。

これは慈悲であった。たかが100倍程度の時間の狂いなど、これから起きる全ての事柄に比べれば微笑ましい出来事である。

 

 

 

空間の広がりが狂う。

テクスチャが根底より覆され、そこに宿っていた筈の「こうである」という定義が崩れ出す。

夜と昼さえなく空を覆い尽くすのはシュラウドの混沌とした超次元世界だ。

 

 

 

「彼ら」の一部がSOL星系に降臨しようとしていた。

慈悲深くも星系戦闘艦という端末だけを通して世界を観測していた存在は、来るべき時を迎え下位次元の存在に対して拝謁の栄誉を授けようとしているのだ。

その余波だけでSOL3の存在する宇宙がひび割れ、新しく吹き込まれた法則による宙の更新が進みだす。

 

 

コロッサスから放出されたシュラウド・エネルギーの余波は絶え間なく零れ続け天の川銀河を浸食し続けている。

かつて何処かに、または遥か未来の地にて存在しえた原初の女神の如く「彼ら」の力は宙そのものを覆い尽くして余りあるほどに大きい。

 

 

 

 

しかし、しかし───宇宙の更新など朱い月にとっては余り興味のある話題ではなかった。

確かにすさまじい力だが、ガンヴィウス達の由来を聞かされた彼にとっては予想の範囲内である。

相手は宙を支配する断絶とした天蓋。

全身全霊をかけて挑まなくてはならない完全なる格上の存在だということを朱い月は完全に理解した上で、いつも通り無邪気に振舞う。

 

 

 

 

「では、踊るとしようか。一撃(口づけ) を許すがよい」

 

 

一番初めに動いたのはやはり朱い月であった。

男装の麗人とも評せる美貌を歓喜で歪ませながら彼は新しく取り込んだ“心臓”の準備運動もかねて稼働させる。

単純な火力も大事だが、それだけではガンヴィウスの狂気的な防御を貫通できないと知っている彼は様子見として術を発動させた。

 

 

 

「メレムよ、借りるぞ」

 

 

己の()()に向けて朱い月は語り掛ける。

彼がガンヴィウスと雌雄を決するに当たって全てを使うという言葉に嘘はない。

彼は己の家臣であり最高峰の願望器としての能力を保持するメレム・ソロモンを吸血/吸収し完全に己の一部へと作り替えていた。

 

 

単純にメレム・ソロモンをガンヴィウスにぶつけた所で四大魔獣もろとも瞬時に葬られるのは目に見えている。

故に最も強い力を持つ朱い月が彼の力を取り込み己の武器へと作り替えるのは当然の判断であり、何よりメレム自身がそれを望んでいた。

そうだ、これは両者が完全に合意した上での行為であった。

 

 

その証明として願望器としての彼は完璧なまでに朱い月という存在に馴染み切り、今までにない程の精度と出力を以て主と共に戦いに挑んでいる。

まずはつゆ払いとして超級の一騎打ちに特化した“左足”を呼び出す。

エーテルがかき集められ、空想具現化と願望出力としての能力が混ざり合い空中に顕現するのは奇妙な深海生物の如き悪魔であった。

 

 

ガンヴィウスが自分を覆う影の主へと視線を向ける。

彼は自分の整えられた髭を撫でながらいつの間にか取り出した杖をクルクルと回していた。

 

 

既に鎧は装備されている。

彼の質量は5億トン×200万倍となっており「彼ら」の進んだ空間力学及び重力操作技術によってその狂気的な防御質量は周囲に一切の重力的影響を与えずにとどまっていた。

更には戦闘態勢に入った事によりサイオニック・シールドも展開され、もしもの事など起こりえない様にあらゆる視野や角度からの攻撃への迎撃、防御手段が用意されている。

 

 

対 物理。

対 重力。

対 空間。

対 時間。

対 概念。

対 偶然。

対 因果。

対 次元。

対 精神。

 

 

この星から得られた知見により必要と判断された防御手段が考案装備され、それは星を抉るコロッサスの光が深く深く掘り進むほどに随時更新されていく。

現状宇宙最強の防御能力を誇ると言っていい。

今のガンヴィウスならば太陽フレアを浴びたとしても涼しい顔をしていられるだろう。

 

 

その上で彼は悪魔と相対する。

だが青紫色の瞳は自らが絶対的上位者であるという自信に溢れてはいなかった。

彼は虫眼鏡で興味深い物質を観察する研究者の様な瞳でメレム・ソロモンの一部を見ているのだ。

 

 

そして「彼ら」は悪魔の向こう側に存在するナニカに向けて朗々と語り掛けるように口を開いた。

 

 

「“霊長”とは我々の知っている他の種と比べれば身体的能力はそこまで高くはない。

 学習能力も突出しているというわけでもなく、時には目に余るほどの凶暴性、攻撃性を発揮して同族を殺す事に躍起になる困った種だ。

 君たちという種が我々がこの地を訪れるまで生存していたという事実は驚きだと当初は思っていたよ」

 

 

 

だが、とガンヴィウスは杖先を悪魔に向けて笑いかけた。

遥か先を行く先達者として彼は語る。

朱い月と魔法使い、その先に見える時間軸関係なく集結した英雄たちに来訪者は語った。

 

 

 

「だが君たちの精神───魂の輝きは実に素晴らしい。

 想念が積み重なりこのような美麗な魔獣や神秘……「剣」を生み出したのは間違いなく君たちだ。

 神霊、アラヤ、概念、宝具……全ては君たちの心が編み上げた芸術品である。

 誇りたまえ、君たちは我らから見ても類まれなる素養がある」

 

 

だから欲しいのだよと怪物は臆面もなく純粋な欲望を見せた。

子供がショーウィンドウに並んでいる玩具を欲しがるような純粋な欲求だけがそこにはあった。

 

 

悪魔が動き出す。

この世全ての動物、獣と分類されているモノならば全ての能力と権能が振るう事が可能な思念の怪物はたった一人の存在に向けてあらゆる神話の獣の力を想起させた。

まずはこの世ならざる幻馬(ヒポグリフ)の如く悪魔は超高速であらゆる法則や重力を無視した出鱈目な動きをしつつ次元転移を行う。

 

 

転移の速度が速すぎて傍目には悪魔が大量に出現したと思えるような光景が出来上がる。

これはヒポグリフの特性である存在自体があやふやな量子的存在であるという特性を生かした疑似的な次元屈折現象であった。

 

 

宙を覆うそれぞれの悪魔が優雅に翼を広げる。

薄い翡翠色の翼膜は蝶の如き流麗な文様が刻まれていた。

翼が一度戦慄けば悪魔は望まれた通りに願いをかなえる。

 

 

 

想起 十一の魔獣(バシュム)

 

 

想起 バロールの瞳(原典・直死の魔眼 )

 

 

 

悪魔の翼が輝けばガンヴィウスを覆い尽くすように禍々しい色彩の毒息が滝の如く降り注ぐ。

これこそ原初神ティアマトの子が持つ最強の毒、かのヒュドラのソレさえも超える苦痛と蝕みの極致である。

生物であれば耐えきる事など不可能な毒は霊長はおろか神さえも苦痛に追いやる恐怖の具現だ。

 

 

ヘラクレス、ケイオーンでさえ自害を選ぶ毒の到達点だった。

そしてソレさえも霞む域の力であるのがバロールの瞳(原典・直死の魔眼 )である。

直死の魔眼という非常に珍しい存在の更に上位、これはあらゆるモノの死を内包した瞳だ。

 

 

悪魔の翼に巨大な一対の瞳が現れる。

これこそはケルト神話に伝わりし死の神バロールの瞳の再現だ。

魔法と補正式、願望器、そして朱い月という4つの規格外が力を結集させこれを作り上げていた。

 

 

これは星におけるあらゆる死を顕現させる極致である。

形あるもの、存在するもの、命あるものはいずれ死ぬ、ならば今ここで消える事もいつか死ぬ事も変わらないというこの世の摂理だ。

次元屈折を用いて確率的な猫となった悪魔たちが幾つもの視点でガンヴィウスの死を視るべく瞳を美しく輝かさせた。

 

 

毒霧に包まれながらもガンヴィウスは周囲を観測していた。

肉体だけではなく精神、魂を汚染する濃霧の中でありながら「彼ら」は心行くまでこの攻撃を読み取っていた。

神話に伝わる最強の英雄さえも根を上げる毒をあえて吸引し、身体の底から湧き上がる激痛を咀嚼する。

 

 

水滴一つまでもが蒸気を上げる毒素へと移り変わり、大地と空間を汚染している。

ガンヴィウスはサイオニック・シールドにあえて気体が通れる穴を用意しバシュム毒を味わっていた。

 

 

久しぶりの痛みである。

思えばここ1万年はこういった感覚とは縁がなかったと「彼ら」は考え、あえて受けていた。

コレクター艦隊との戦いで負った傷がこの宇宙で受けた最大の損害であり、そこから全ては始まったのだ。

 

 

適度な痛みは必要である。

自分たちが生きているということを忘れない為にも。

思えばこうして今の様な肉体を捨て去る直前までも機械化を除く様々な改良を己らの肉体に施していたが、痛覚は最後の最期まで捨てなかった。

 

 

 

───解析完了。中和終了(解毒)。レプリケーター起動。変換作業開始。

 

 

 

ガンヴィウスが一度指を鳴らす。

それだけで周囲に満ちていた毒素はレプリケーターの応用により全く違う形へと再変換された。

紫色の禍々しい濃霧は純白の花びらへと作り替えられ、次いで無数の蝶々へと変換され、それらは群れを成して悪魔たちの真横を通り抜けて飛んで行った。

 

 

 

次いでガンヴィウスは自分たちを先ほどからしつこく凝視してくる悪魔を見た。

限界いっぱいにまで開いた悪魔たちの文様は軋みながら懸命にも全身全霊で権能を行使しガンヴィウスと「彼ら」の死を理解し与えようと足掻いていた。

権能は問題なく機能している。

バロールの瞳は何とかシュラウドを認識し、そこから更に奥深く、超深奥に座する存在の死を探っているのだ。

 

 

 

 

1万年。

1億年。

1兆、1京……不可思議の果てまで時間軸を辿っていくが、まだまだ「彼ら」の死は遠く深い。

 

 

「彼ら」にも死の概念は存在はしている。精神活動と切っては離せない死という概念を「彼ら」は捨ててはいない。

ただしそれは物質的な破壊というモノではなく、概念や因果、意思という高次元の域にあるものだ。

惑星の寿命でさえ尺度の比較にならないほどに遠く、重く、強い命である。

 

 

バロールの瞳ではソレは探り切れるものではなく、10秒にも及ぶ走査の末に死の神は理解できないものを無理やり理解しようとした反動で自壊した。

血涙の様な真っ赤な光を翼から零れさせながら複数の悪魔が崩れ落ちていく。

 

 

同時に神出鬼没種を捕獲した時の知見を元に編み上げた量子と確率操作技術を用いてあやふやに相転移を繰り返す悪魔の量子を固定する。

「彼ら」の瞳が時空間の裏側に逃げようとする悪魔を捉え空間に磔にした。

ガンヴィウスが指を一本そちらに向けて、虚空をひっかくように上から下に指を動かせば悪魔は見事に両断されエーテルの泡となって崩れた。

 

 

光輝くエーテルの粒子が血しぶきの様に飛びちり呆気なく空の悪魔は葬られた。

 

 

そして「彼ら」は己らの死を探ろうとしてきたバロールの行動と概念を解析、理解し、このセキリティの穴を塞ぐ為に新しい更新を行う。

掘りだしてきた魔眼殺しという概念を応用し自らへの防御策を実行し完了する。

いたずらに人の死を観測してこようとする不埒な存在に対して一枚着込むだけで「彼ら」の死は優雅かつ慈悲深く覆われた。

 

 

 

複数の朱い槍がガンヴィウスのサイオニック・シールドに突き刺さる。

2m程度の長槍であり、強力な神秘を纏ったソレはギギギという鈍い音を立ててシールドの防御力場に諦めずに突き刺さり続けている。

奇妙なサイオニックエネルギーが因果を歪めている事にガンヴィウスは瞬時に気が付いた。

 

 

これはさしづめ必中という概念といったところか。

狙い先は槍の向きと進入角度からして心臓のようだが、あいにくガンヴィウスに心臓は存在しない。

端末の本質は「彼ら」の観測によって三次元に投影されたシュラウド世界から落とし込まれる影のようなものだ。

 

 

視線さえ向けずにガンヴィウスは力を微かに使った。

引力、斥力、重力の支配は基本中の基本である故に様々な応用が利く。

全方位から槍に圧力を込めれば2m程度の槍は一瞬でナノサイズにまで圧縮され、内側に込められた神秘もろとも押しつぶされた。

 

 

「あーあー、ぺっちゃんこじゃねーか」と魔法使いの内側で声が響く。

槍の正統なる持ち主は自身の武具が破壊された事に対して怒りなどはなく、むしろこれは駄目だなとアドバイスを魔法使いに行っていた。

魔法使いは補正式の補助を得た上で高次元の座と繋がり、その助力を得ているのだ。

 

 

「重力……厄介だな」

 

 

重力とは星の持つ力である。

どのような惑星であれ大小の差があっても保持している力だ。

この太陽系が存在しているのも太陽の持つ重力が存在するからこそであり、真の意味でこの世を繋ぐ力と言える。

 

 

故に極大の神秘を重力は宿している。

少なくとも人類が重力という概念を真に理解するのには後1000年以上はかかるのだから。

 

 

そして時間や空間、次元にさえ影響を与える規模で星の力をガンヴィウスは自由自在に使いこなす事ができるという事実は

魔法使いのガンヴィウスに対する最大値まで上がっていた筈の警戒の天井を更に幾つかこじ開けた。

 

 

ガンヴィウスが指先を魔法使いと朱い月へと向けた。

放たれるのは十八番である暗黒エネルギーを攻撃に転嫁したアーク放電攻撃である。

更にそこにシュラウドのエネルギーも混ぜればコレは対軍どころか対艦隊規模の攻撃へと威力を跳ね上げた。

 

 

重低音と共にガンヴィウスの指先から稲妻が噴き出し、大気を千切り取りながら迫る。

翡翠色の雷撃はこの宇宙における暗黒物質とエネルギーを可視可能な状態に加工したエネルギーの濁流であった。

 

 

「それは何度も見たぞ! 一度試してみたい事があったのだ」

 

 

嬉々として朱い月が魔法使いを庇う様に前面に飛び出し掌を翳す。

彼の心臓が鼓動しそれは補正式の演算補助を受けた上で高次元より一つの概念防御を引っ張り出して展開する。

 

 

神獣の裘(ネメアの鎧)と称される概念防御が発動した。

対人理とも称される、叡智より生み出される破壊を拒絶する防御式である。

高次の座の中でも飛び切りの突出した英雄が保持していた規格外の防御用の装備であった。

 

 

稲妻が獅子の皮鎧と衝突する。

厳密には人が生み出した兵器ではないアーク放電の攻撃を完全に遮る事は不可能ではあったが、それでも軽減するという効果は表れている。

本来ならばシールドや装甲と言った防御的要素を全て無視して船体に損壊を与える攻撃であったが、概念を完全に無視することは出来なかったようだ。

 

 

星の生み出した人の技術を否定する意思と遥か彼方の宙を司る法則が衝突し、余波で朱い月の腕が焼け焦げていく。

9割の威力を消し去っても残り1割の破壊力でこの月の究極生命体に損傷を与える程の威力が稲妻には込められていたのだ。

しかし瞬時に彼の損傷は回復し、朱い月は着実にガンヴィウスの放つアーク放電攻撃への耐性を得ていく。

 

 

元より彼も宇宙生物である。

ならば宙の法則を生身で浴びればソレに対して理解を得て、対応するために進化するのは道理であった。

SOL3の上ではあまりに規格外すぎて使ったことのない生物としての適応能力が長い眠りから目覚め始めている。

 

 

「ははははははっ! 魔法使いよ、私の腕が焼けているぞ!! 

 軽減に矮小化を重ねてコレか! はははは!!」

 

 

しかしブリュンスタッド王は相変わらずである。

彼は自分の身体が焼け焦げていく感覚さえも楽しみ笑っていた。

稲妻を浴びせかけられながらも彼は瞬間移動と見間違える程の速度でガンヴィウスに肉薄し、彼が展開するサイオニック・シールドに拳を叩きつけた。

 

 

かつての「女」が放ったエーテル弾でも微動だにしなかったシールドの表面が微かに泡立つ。

隕石の直撃、大陸粉砕級の破壊力がそこには込められていた。

大地が余波で隆起し地盤が歪む。地殻まで軋んでしまうほどだ。

 

 

 

ガンヴィウスが先ほどまで座っていた玉座がその下の基盤であるやぐら諸共吹き飛び、発生した衝撃が戦場どころかブリテン全土へと拡散した。

しかし神祖は微動だにしなかった。

朱い月の鬼気迫る殺意を浴びせかけられながらも彼は表情一つ変えていない。

 

 

単体で星系や星団を壊滅させる生命体など幾つも見てきた。

朱い月ほど小型でこれほどの戦闘能力があるというのは見事であったが、「彼ら」にとって脅威ではない。

 

 

「やはり硬いな。今までわが手で砕けなかったモノなどなかったのだがな!」

 

 

全身を燃え上がらせながらも連続で拳を叩きつける。

技術も何もない、ただ素早く腕を動かして殴りつけるという単純な行為でさえルキウスの奥義を超える破壊力を生み出す。

されどそれでもシールドを撃ち抜くには全くと言っていい程に火力が足りない。

 

 

拳が潰れ、腕が折れ曲がるのを黙って見つめていたガンヴィウスはため息を吐くと、朱い月に向けて指を向けた。

先ほど槍を押しつぶしたように空間を操作し自分と彼の間に強大な反発する力場を生成。

十倍。百倍。千倍。とSOL3の重力を基準として途方もない斥力をかけてやれば、朱い月は34万6220倍まで耐えたが、やがては吹き飛ぶ。

 

 

まるで子供が大人に体当たりして弾き飛ばされるように彼はクルクルと回転して遥か後方の山脈に衝突し、山の中腹辺りに巨大なクレーターが生まれた。

しかし直ぐに彼は立ち上がれば、己の乱れた髪を手櫛で梳かしてから一飛びでガンヴィウスの前へと戻ってくる。

魔法使いの非難するような視線に衣服をズタボロにした彼は咳ばらいを一度してから努めて平静に答えた。

 

 

「うむ……まぁ今見せた通りまともにやり合おうとすればこうなるぞ」

 

 

「もう少し落ち着いてやれないのか、お前は」

 

 

命がけの戦い、それも未知にして巨大極まりない存在に挑んでいる最中だというのに全く調子を変えないブリュンスタッドに魔法使いは顔を引きつらせながら体内に魔力を循環させる。

 

 

男が一挙手一動作を行うたびに周囲の量子がガンヴィウスから見ても奇妙な動きをした。

宇宙の深淵で見られるような“あやふや”な世界のように、観測者を失った様にあらゆる可能性が彼を基点に拡散と収束を繰り返している。

 

 

幾つもの並行世界に穴が開き、それらは量子とダンスを踊りながら拡張していく。

彼の身体はいわば数多くの世界を結び合わせるゲートウェイであった。

魔法使いの精神の奥底に内包する世界では鏡合わせの如く幾千幾万もの可能性が互いににらみ合い、反射しあいながら無限に増え続ける。

 

 

その無限の可能性を支配、運営するのが男の持つ魔法であった。

そうだ、彼は「彼ら」でさえ大規模な施設を用いなければ出来ない並行宇宙の観測と掌握をSOL星系の文明圏限定という条件付きではあるが可能としている規格外なのだ。

魔法使いは高次に接続し、記憶と記録を自らに落とし込んだ(ダウンロード)

 

 

 

数多くの人類史における戦争と戦闘の記録。

あまたの英霊たちが誇る殺人と戦闘を優位に進められる技能と戦術を彼は取り込む。

発生する莫大な情報の濁流と英雄たちが抱いていた感情(ノイズ)は72の悪魔たちが代わりに受け止め、ろ過して必要なものだけを魔法使いに渡す。

 

 

 

自分よりもずっと強大で、数多くの手を隠し持っていて、それでいて此方と戦いながらも他にも別の大仕事を行っている存在を倒すにはどうすればよい? 

魔法使いは英雄たちに問うた。英雄たちは答えた。

 

 

 

「そんなのは決まっている。本気を出される前に倒してしまえばよい」と。

それが出来れば苦労はしないと思いながら魔法使いは思考を巡らせる。

そもそもの話、自分たちの勝利条件とは何か、ガンヴィウスの勝利条件は何か。

 

 

魔法と補正式と星の加護、集合的無意識を形成する全ての人類の助力を得て魔法使いはただ一つの力を発現させている。

その名を極星よ我が敵を照らせ(センチネル・ステラリス)といった。

いつかどこかで、名前も判らない誰かが繋いだ縁を辿って彼はこれを使用することができる。

この力がなければ足元に縋ることさえも出来ないだろう。

 

 

 

そして自分と相手の敗北条件を彼は改めて確認した。

魔法使いはガンヴィウスから視線を逸らし未だに光を星に撃ち込み続けているコロッサスを見た。

シュラウドを理解しえない魔法使いにさえあれが想像を絶する力で守護されていることくらいは判る。

 

 

英霊と真祖の軍団は頼もしい限りだが、彼らは宇宙での戦闘は不可能だ。

唯一可能なのは朱い月くらいだが、いくら彼でも単騎でアレに向かえば瞬時に葬られるだろう。

相手は遥か彼方の宙の支配者である故に、地上での戦いよりも宇宙空間の戦闘の方が得意なのは当然だ。

 

 

 

普通に真っ向からやりあえば自分たちに勝機など殆どないことを魔法使いは()()()()()()()

数多くの並行世界はいまだに残ってこそいるが、じわじわと青紫色の霧がこの世界の可能性と未来を蝕みだしているのを彼は認識している。

何とかガンヴィウスの意識をほんの微かでもよいから自分たちより逸らさなくてはならない。

 

 

時間はどうあっても魔法使いたちに不利に働く。

コロッサスをどうにかしなければガンヴィウスを倒したところで意味はない。

 

 

だがバロールの瞳でさえ理解しきれず、この世で最も壮絶な毒を飲み干して意気揚々としている存在の注意をどうやって逸らすかが問題である。

困ったなと胸中で呟く魔法使いに数多くの勇者たちが「任せろと」答えた。

 

 

 

「彼ら」が配布したエーテルが消費され大量の空間の歪みが現出する。空を覆い尽くすように、流星の如く。

周囲に奇妙な術式の帯を纏った青白い光球が一つ現れれば、それは弾けたように膨れ上がり一人の人間の姿となった。

小柄ながらも覇気を纏い天空より威風堂々とガンヴィウスを睨みつけるのは金髪の少女、異なる歴史で皇帝となったネロ・クラウディウスその人である。

 

 

「偽りの神祖よ。簒奪者よ。我が愛しきローマを弄びし大罪を贖う時がきたぞ」

 

 

所々に豪奢な金の鎧を纏いながらも豊満な肉体を象徴するような装備──神話礼装を彼女は纏い、この場に現れていた。

翡翠色の瞳がガンヴィウスの青紫色の眼をじっと見つめている。

敵意を向けられながらもガンヴィウスこと「彼ら」は古い知人に出会った時の様に微笑みを浮かべて彼女に話しかけた。

 

 

「相も変わらず装飾過多な装備だな。違う世の身とはいえ贅沢癖は相変わらずと見える」

 

 

久しぶりだな、とガンヴィウスが優しく言葉を続ければネロの顔は苦渋に歪んだ。

この世界を観測して以来シュラウド経由で流し込まれる此方の自分の記憶は彼女を蝕みこそしないが、精神的な痛打を与えうるものであった。

此方のネロにとってガンヴィウスという存在は父親代わりともいえる存在であった。

 

 

母から解放してくれた。

父母を失い最初からやり直しとなった彼女の人生を人知れず援助してくれたのも彼だ。

金銀で身を飾った所で心は満たせないと諭してくれたのも、皇帝になったからといって誰もが無条件で愛してくれるわけではないと説いたのも彼だった。

 

 

お前にはこの距離がちょうどよいと民草と触れ合い、共に笑い合い、苦労を分かち合う世界への道を開いてくれた。

熱心に報告する自分の考えに頷き、賛同し、時には批判と手直しをしてくれたのもこの怪物と自分たちが呼ぶ存在だ。

 

 

大勢の愛と嘆きに満ちた華々しい最期を彩ってくれたのもガンヴィウスである。

張りぼての様に観客が誰もいない劇場ではなく、万雷の拍手と喝采、離別の言葉が舞い散る黄金の劇場という夢を叶えてくれたのも───。

 

 

「余は皇帝ネロ・クラウディウスである。貴様の語るネロではない」

 

 

ネロは頭を振って心を蝕むこちら側の自分の記憶を切り捨てた。

甘い誘惑を皇帝は否定する。彼女の中に宿り力を貸してくれている皇帝たちもまた同じようにして彼女の背を押した。

とても素晴らしいものだからこそ、あのような甘い世界ばかり見てはならないと。

 

 

民に見放され荒野で一人果てた最期こそが自分だ。あれこそが正しい歴史だ。

どうあっても交わることはなく、同時に存在も許されない。

確実に、必ず、絶対に切除して否定しなくてはならい。

 

 

だからこそ、彼女は炎の様な剣を空に翳し声を張り上げた。

世界全てに届くように、祈るように。願う様に。

 

 

「我らは星の行く末を定め、星に碑文を刻むモノ。 

 多くの知識を育て、多くの資源を巡らせ、多くの生命を流転させた」

 

 

滔々と告げられる声に多くの人が彼女を見た。

シュラウドの力によって熱に浮かされるローマも、二転三転する戦場に混乱としながらもローマとの戦を続けようとする騎士たちも。

「彼ら」でさえ高次元から落下してくる高濃度のサイオニック・エネルギーの氾濫に好奇を抱いていた。

 

 

「今、その歩みを否定せんとする者がいる。我らの歴史を無へと返さんとする者が! 

 神祖の座を奪い取り、更には我々の未来をも閉ざそうとしている! 

 その所行、決して余たちは許さぬ!」

 

 

魔法使いは僅かばかりの時間を使って対抗策を考え、朱い月は本来ならば自分が向けられる筈だった力を観察していた。

 

 

 

黎明の空に流星が幾つも飛び交う。

多種多様な英雄を始めとするうたわれるものたちが星の危機という最大の見せ場に対して駆けつけていた。

最初に侵略者に対して口火を切ったのは古代メソポタミアに伝わる女神であった。

 

 

高次元より繋げられた“道”を辿り彼女は権能をこの地へと降ろしている。

 

 

────気に入らないわね。私を差し置いて星々の支配者を名乗るなんて不遜にも程があるわ。

 

 

傲慢にして気高く、それでいて常に退屈に飢えている彼女はこのイベントを楽しんでいた。

大勢の英雄(玩具)が集い、中々に見所のある技を披露していく戦場は勝利を司る彼女にとっては社交場にも等しい。

故に最大最強最優最美を自称する彼女は最高の見せ場を奪おうと画策している。

 

 

かつて地球の全ての神話の神々を蹂躙し、メソポタミアの神々さえ慈悲を乞うしかなかった遊星の巨人の襲来。

それさえも上回る侵略者を自分が討伐すれば女神としての名は更に比類なき次元まで高まるだろうという目論見がそこにはあった。

 

 

女神が指を鳴らす。

戦女神は不埒な侵略者に対して天からの采配を与えるべく支配者としての権能を行使し、自らの忠実なる下僕を呼び出した。

大気が渦巻く。轟雷が鳴り渡り、巨大な雲が収束した後に現れるはグガランナ(天の牡牛)であった。

 

 

シュメル最大にして数多くある神話の獣の中でも最大級の巨躯と破壊力を秘めた怪物が傍から見れば緩慢に───実際は途方もない速度で───動き出す。

黄金の大蹄は大地と空との間にあるすべてを磨り潰すべく、ブリテン島そのものを吹き飛ばす勢いで落下を開始した。

正しくこれは隕石直撃に匹敵する破壊規模であった。

 

 

 

しかしながら輝く空が落ちてくる光景を見ていた三者に動揺はなかった。

ガンヴィウスは物珍しいモノを見るように、魔法使いと朱い月はこの先の展開など判り切っているゆえに自分たちさえ巻き添えになるかもしれない攻撃を見ても表情一つ変えていない。

ネロでさえ顔を顰めてグガランナの挙動を見ている。

 

 

ガンヴィウスの人差し指が落下してくる蹄に向けられる。

αクラスのエネルギーが帯電と共にそこに収束し暗いながらも透き通った青い光の線───α・エネルギーランスが発射された。

ソレは落下してくるグガランナの蹄を打ち抜き、足を貫通し、肩より突き抜けた後に空へと伸び続ける。

 

 

細長い天と地を結ぶ塔のような有様となったランスを指先で「彼ら」は手繰る。

地平線の彼方に向けて指先を向ければエネルギーの濁流にくし刺しにされたままグガランナは悲鳴を上げて暴力的な力によってその身を軽々と引きずり回される。

串にささった虫を弄ぶようにガンヴィウスはグガランナを指の動きだけで綿の様に振り回した。

 

 

 

出力とエネルギーの流れを操作すればグガランナはαエネルギーの濁流によって指が指し示す方向、大西洋側の地平線へと向けて加速しながら吹き飛び、丸みを帯びた星の構造上

当然の原理として海面に水平に突っ込んだ。

巨大な津波を発生させながらも牡牛はもがき続けながら海面をバターナイフの様に切り上げ突き進む。

 

 

ガンヴィウスが指を微かに右に振った。

10センチほど横に指を動かしただけだが地球の高軌道(35,786km)を超える長さの光槍の根元でそんなことをすれば、全体のズレは途方もないことになる。

当然の帰結として大西洋の31.7%が水深2000mより上を失った。

 

 

では無くなってしまった部分は何処に行ったか?

宇宙空間から見れば雲よりも高い位置に綺麗に整えられた青いピザが浮かんでいた。

透き通った美しさを考慮すればこれはピザというよりも人間の眼に装着するコンタクトレンズと表現すべきかもしれない。

 

 

星の表面がスライスされて切り上げられている。

太陽光を反射してヨーロッパと同じ程の大きさがあるレンズがキラキラと輝いていた。

海底の火山や山脈が一部露出し、ガラスの様に磨き抜かれた美しい切断面を晒している。

 

 

重力に従い巨大な“レンズ”が落下し始める。

グガランナの蹄が可愛く思える程の超質量の落下はブリテン島を始めとした大陸沿岸に途方もない規模の津波被害を引き起こしてしまうだろう。

「おっと」とガンヴィウスが小さく呟ければ周囲の重力と空間の連続性が操作され、このあり得ないほどに巨大な天空の海は極めてゆっくりと、周囲に影響を与えないようにそっと降ろされる。

 

 

 

グガランナは未だαエネルギーランスに突き刺されたまま、地球から遠く離れた地……距離にして約5万キロほどの地点にまで吹き飛ばされていた。

真っ暗闇な宇宙空間の中、遠ざかるSOL3を牡牛は見つめている。

「彼ら」がエネルギーランスに更に念と追加のエネルギーを送り込む。

 

 

 

青光りが一瞬だけ瞬いたかと思えば、脈打つ様に膨大な加工されたダーク・エネルギーが指先から放出され、それは超光速を以て瞬時に天の牡牛へと到達した。

悲鳴はなかった。宇宙では悲鳴は誰にも聞こえない。

グガランナの体内に送り込まれた最適化されたダーク・エネルギーは瞬時に一種の時空特異点を形成する。

 

 

極めて小さいソレの名は第一級時空特異点といった。

疑似的に引き起こされるゼロ・ポイント生成(宇宙誕生)は牡牛の内部において真空エネルギーの流転を引き起こしていた。

いわば体内でビッグバンが発生したようなものだ。

 

 

不安定な宇宙膜が誕生し、それはα・エネルギーにより膨張と収縮を繰り返す。

しかし元より安定など考慮されていないソレは瞬時に泡が割れるようにパンっとはじけた。

瞬間、グガランナを中心に何も存在しえない「α」が現出した。

 

 

重力レンズの如く周囲の色彩全てを拒絶する暗黒の欠落は音も揺らぎも量子さえもなくぴったり計算通り半径200キロまで広がった後、空間にしみ込む様に消え去った。

もうその場にグガランナは存在していない。

その身を構成する霊子の欠片一つも残さず消え去り、痕跡さえ許されていないのだ。

 

 

────よくも、よくも、よくも……。

 

 

怒りに燃えた声が天から響く。

もはや声さとさえ認識できないソレは女神の怒りであった。

面目を潰され、己の財産を消し去られた女は怒りのままに権能を行使した。

 

 

ゲートウェイが形成される。

神代に匹敵凌駕するであろうエーテルの濃度が原初の権能をそのままの形で行使することを可能とした。

向こう側に見えるのはSOL星系、第二惑星SOL2であった。

 

 

「懲りぬ奴め」

 

 

朱い月が開かれていくゲートを見て呆れたように呟いた。

惑星という概念が高密度のエーテルとして抽出され掌に収まるほどに圧縮後、天罰の如くガンヴィウスへと落ちてくる。

だがガンヴィウスはもうそちらに目線を向けてはいなかった。

 

 

眼中にない状態で彼は空間を操作する。

重力場を反転させ、加速させただけだ。一応色をつけて少々のαエネルギーも込めておいてやる。

そして理解が深まりつつある黎明の世の、彼女の部屋へと向けて扉を開いた。

 

 

SOL2は秒速60キロという速度で女神の座へと向けて「落下」した。

エーテル弾が黎明の世に侵入した時点でガンヴィウスは扉を閉ざす。

此方の世界には何の影響もなかったが、以降かの女神の声と気配がこちらに漏れてくることはなくなった。

 

 

ガンヴィウスが魔法使いと朱い月に顔を向ける。

一つの神話体系の中でも最大の獣を消し去り、最高位の女神の1柱を黙らせた後とは思えないほどに彼は全く消耗していない。

 

 

「次は何を見せてくれるのかな?」

 

 

流星の様に降り注ぐエーテル生命体(英霊たち)を背にしつつ彼は微笑みを絶やさない。

英霊たちは自分たちではガンヴィウスに敵わないと冷静に判断したのか、まずは彼の眷属であるプロメシアン達の攻撃に回っていた。

少しでも彼の尖兵を削り取り、侵攻を抑えるべく機械の軍団にあらゆる神話や伝説の英雄たちが挑みかかった。

 

 

もはや10倍以上にまで増殖したプロメシアンの軍団が真祖と英霊たちを相手取りながら戦う様は神話の光景であった。

そんな中、ネロ・クラウディウスがガンヴィウスの目前に降りてくる。

 

 

彼女は憂いと決意の入り混じった瞳でガンヴィウスを見ていた。

そんな彼女()()に「彼ら」は声をかけた。

 

 

「いやはや。本当に懐かしいものだ……まさかまたお前()()と出会う事になるとはな」

 

 

手を叩いて老人は笑う。

久しぶりに孫と再会した時の様に。

「彼ら」の瞳はネロに重なり合って彼女に力を貸している存在たちを一人一人見分けた上で分析できるのだ。

 

 

高次より引き出した情報を吟味しつつガンヴィウスは雑談を楽しむ様に声をかけていく。

 

 

「カエサル。此方のお前はエジプトの女王と正式に婚約したぞ。

 かの砂漠の地を安定してローマに組み込むために必要だったのでな。

 皇帝と女王の婚儀は盛大な盛り上がりであった────お前たちは正しく理想の夫婦だった」

 

 

数多くの子宝をお前たち夫婦は作っていたなとガンヴィウスが続ければ赤い服で着飾った精悍な男の顔が苦渋に歪む。

妻子と共にゆっくりと年を取っていき、子や孫たちに看取られる自分という夢物語は他者を翻弄することにたけていた男でさえ平常心を失いかねない甘い夢であった。

 

 

「カリギュラ。

 そちらのお前は狂ったままなのだな。

 私の知るお前は皇帝には至らなかったが、精力的に政務を遂行する優れた男であったよ。

 ネロとよく共にいた姿が記憶に残っているとも。二人ともよく私に尽くしてくれた」

 

 

野獣の様な声で男が吠えた。

月女神とは名ばかりの壊れた機械による干渉を取り除かれ、父母を失ったネロと共にガンヴィウスに仕えた記憶は男の狂気に満ちた思考の中であっても眩い程に輝かしい日常の姿だった。

 

 

更に一人一人ガンヴィウスはネロに重なる皇帝たちに声をかけていく。

自分の世界では殆どが皇帝になれなかった者たちであるが、ガンヴィウスは罵倒することも見下すこともせずに丁寧に労いの言葉をかけ続けた。

そうしてから彼は最後にあえて残していたネロへと目線を向けて笑う。

 

 

「ネロ。お前ほど民に愛された者はいなかった」

 

 

「やめよ」

 

 

感情を極力排した声でネロがガンヴィウスを遮ろうとするが「彼ら」は付き合うことなく朗々と言葉を紡いでいく。

 

 

「一度は全てを失いながらもお前はそれでも心底諦めなかった。

 自棄にならず自分が民に何が出来るかを常に考え、自分で答えに至る賢明さがあった。

 高みから見下ろす皇帝ではなく、民と共に歩む距離こそお前の最も力を発揮できる場所だと自力で気が付けた」

 

 

「っっっ! 余を惑わせるな! 貴様の語る世界など全てが過ちだ!!

 人類が作ろうとする未来を奪おうとしておきながらどの口で言うか!」

 

 

──百万を超える参列者が居た。皆が涙を流しネロの最期を悲しんでくれた。

──誰もいなかった。あれだけ自分を称えてくれた取り巻きも、家族も、自分を守るはずだった兵士たちさえも。

 

 

──老婆となり深い皺を幾つも体に刻み、かつての隆盛は見る影もない程にやせ細りながらも満足に微笑み永遠の眠りにつく女が居た。

──……手が、震えて狙いが定まらぬ。それに……誰も看取る者はいないのか? よ……余は今から死ぬのだぞっ!?

 

 

あらゆる意味で真逆であった。

愛された女と愛を理解されなかった女。

通わせる事が出来た者と、一方通行で誰にも判ってもらえなかった者。

 

 

ネロは美しい顔を堪えきれない激情で真っ赤に染め上げながらガンヴィウスを睨む。

朱い月と魔法使いはそんな彼女の両隣に歩み寄り、目線を軽く向けた。

 

 

「始めるぞ?」

 

 

 

「……口惜しいが余たちでは奴に一矢報いる事も出来ないだろう。

 権能さえ超えた力を振るう奴にはこのままでは到底届きえぬ……故に、頼む」

 

 

魔法使いの問いにネロは頷く。

彼の中に在る72柱の術式が既にネロたちという最高の媒介を元として術式を回し始めていた。

燃料には困らない。縁も全く問題なく、更にいうなれば今は世界があやふやな状態であり、何より危機が訪れている。

 

 

後は相手が答えるかどうかだけであったが、これは心配さえしていなかった。

宝石の剣が輝き、ネロを中心に人の歴史の根底たる可能性が収束した。

真なるエーテルが貪られ数多くの人々の信仰によって生じたサイオニック・エネルギーが集う。

 

 

7つの守護者にして偉大なる席さえも一つへと束ねられ、究極の一の御座が作られた。

 

 

かつて「彼ら」によるレポートにおいて多くの民たちから信仰の念を受けている自分たちが

この世界における「神」へと昇華する予兆を見せない事を疑問視していた事がある。

信仰というサイオニック・エネルギーとエーテルの化合さえあれば土地や災害という概念でさえ神へと昇華するというのに、なぜ、と。

 

 

その答えが此処にあった。

信仰は間違いなく発生していた。ただし、星はその念を別の所へと流していたのだ。

膨大な量のサイオニック・エネルギーは供給されていた……()()()()()へと。

 

 

 

青く澄んだ光の瞬きが消え去った後、ネロの立っていた場所には一人の青年が立っていた。

群青色の髪。真っ赤な瞳。褐色の肌。見る者を圧倒する途方もない存在感。

青い民族衣装に身を包む男は正しく神と評されるべき偉大なる存在であった。

 

 

そしてガンヴィウスはこの存在に覚えがあった。

たまらず彼は笑った。

本当に今日一日で何度この星は自分たちを驚かせてくれるのだろうかという喜びを込めて。

 

 

 

「そういえばお前が居たか。───奪われたモノ(クィリヌスの玉座)を取り戻しに来たか?」

 

 

「否である。私はお前に怒りは抱いていない」

 

 

嵐に紛れて抹殺し、その座と居場所を奪い取った男が奪われた者へと問う。

しかし彼───真なるローマの最高神ロムルス=クィリヌスは凪の様に静かな声でガンヴィウス=クィリヌスの言葉を否定した。

そうか、と老人が頷き、若き神が声を発する。

 

 

意外な事にロムルス=クィリヌスは敬意をもってガンヴィウスへと話しかけた。

 

 

「民を愛し、民を導き、外なる思考でありながらも紛れもなくお前はローマ(人類)を思っている。

 怒りなど抱く筈もなし。お前は間違いなくローマを愛している。故にお前もまた私(お前もローマ )なのだ」

 

 

「では邪魔をやめてもらいたいものだ。

 シュラウドの力がこの星を制し、永遠帝国がこの世を平らげ安寧と宙を駆ける時代(星間航行文明 )が訪れる。

 それは君の願いと同じものだろう。マーリンにも同じことを聞いたが───何が気に入らない?」

 

 

ロムルス=クィリヌスが頭を振った。

同じ所を見ているようでそれでいて意識にどうしようもないズレが存在する二柱のクィリヌス達は対峙し判りあえないという事を改めて確認していく。

 

 

「我が影よ。人を愛しながらも信じぬ者よ。この星に魅入られた者たち。

 遥か彼方から来たりし放浪者……どうか一度でよいから信じてやってほしい。

 この星の生命はいつかお前たちの手を借りずとも星の世界に至れると、いつか手に入れるであろうアポロンの灯(核融合技術)を必ずや使いこなせるのだと」

 

 

「それは出来ない話だ。ルキウスへの禅譲は確定事項である。アレに今後の未来図(最高効率の未来運営 )を下賜する予定に変更はない」

 

 

ガンヴィウスは淡々と返す。

ルキウスの圧倒的な力は永遠帝国が星を統一した後、人心を掌握するのに有効な道具となるだろう。

この星の霊長という根本的に攻撃的で協調性にかけた種族を纏め上げるにはあれほどの力がないと難しいという計算結果がある。

 

 

当然だが惑星統合政府、星間国家にやがて至る為の最初の一粒はとても不安定である。

周辺の星系に入植し宇宙の広大さを国民全員が自覚するまではどうしてもかつての小規模な国家という括りを意識してしまう。

 

 

かつて相手したカッツェナティグ帝国という国がいい例である。

一代で惑星を統合し銀河の支配を目論んだカイザー・カッツェンというカリスマ的存在でさえ反乱軍の発生を抑えきる事は出来なかったのだから。

ガンヴィウスとしては手塩にかけて育て上げた国家と息子が最初の一歩で躓き滅ぶ光景など見たくはない。

 

 

 

「宗教、人種、立地、埋蔵資源、文化、多くの要素を考慮した所、200と少しといった所か。

 仮に我々が手を貸さずに進んでいればこの星にはそれだけの数の国家が現れる事が判っている。

 これは余りに異常な数である。核の力を振るえるだけの国力を持つ国が1割と見ても20の国が互いに星を焼き尽くす力を向け合う事になるのだ」

 

 

 

勿論誰しも世界の破滅など望まない故に滅多なことで直接的な戦争は起こらないだろう。

だがその代わりに延々と続くのは足の引っ張り合いだ。

誰かが宙へと至ろうとしたらそれを邪魔し発展を妨げあう不毛なやり取りが続くだろうことは計算などしなくても明らかだ。

 

 

そして、ほんの小さなちょっとしたミスで星が滅ぶこともありえるのだ。

アラームやレーダーの故障や太陽風の影響などでミサイル攻撃を受けたと誤認した国家が報復攻撃を実行、等ということが実際に起きたのを「彼ら」は見たことがある。

 

 

惑星全土に広がる核爆発。

宇宙空間では大したことのない兵器だが、燃焼する大気圏内では威力が跳ね上がり、正しく地獄という有様であった。

 

 

地獄を見た。

嘆きを見た。

苦痛を見た。

悲劇を見た。

 

 

数十億の可能性が途絶える瞬間を見た。

 

 

切っ掛けから滅ぶ瞬間までを記録したデータだけは残った。

原始的な文明は我々が手を貸してやらなければ高確率で滅ぶという教訓を得た。

幾つもの惑星とそこに住まう命という対価を払って得た教えだった。

 

 

ガンヴィウスはクィリヌスに相対しながら自分を拒絶する全てに向けて口を開く。

言語で、思念で、あらゆる媒体を通して彼の問いが人類史へと送られた。

遥か先を行く者たちから、幼いながらも進む者たち、前しか見ていない者たちへと語り掛けられる。

 

 

「常々思っていた。

 お前たちは我々には無限の可能性があると祝福の様に言うが、それが意味する陥穽に気づいているのかね?」

 

 

宙を仰ぎ星を穿つコロッサスの更に先、太陽系よりも更に更に向こう側、銀河の光を眺めながら「彼ら」は言った。

 

 

「いかに選択肢が無限にあろうと、迎えられる結果は有限だ。

 行き過ぎた多様性はいずれとてつもない揺り返しを引き起こす。

 ましてや“無限の可能性”の全てが自分たちにとって都合のよい未来ばかりでないことは重々承知しているだろう」

 

 

だからこそと「彼ら」は言う。

戦いも佳境に入り、多くの手札が導入され、更なる激戦へと至ろうとしているこの局面において「彼ら」は心の底から世界へと問いかけていた。

悪意も嘲りでもない、純粋な疑問であった。

 

 

全てを間違わず正解だけを選べる存在(人を超えた神 )になれと言っているのではない。

 冒す必要のない間違いはしなくていいと言っているのだよ。

 何十という文明の最期を看取り綴られた教科書を見るのがそんなに嫌か?」

 

 

だろうな、とガンヴィウスは鼻を鳴らした。

言ってきかない事は十二分に承知している。

この手の我が強い種族はいくら道理を説こうと理屈では納得しないだろう。

 

それに何よりこれは建前である。

与えてやるのだからお前たちも寄越せという、上位者の傲慢を綺麗な理屈で覆い隠しているだけにすぎないかもしれない。

 

 

「彼らは手探りであろうとも答えを探し出して見せるだろう。

 神の揺りかごより旅立ち、いずれこの星を後にし星々に拡がってゆけると私は信じている。

 その未来を作る礎こそがローマなのだ」

 

 

クィリヌスが一歩踏み出す。彼の衣装が変わる。

青い衣服より黄金色の機械とエーテルで編み込まれた高度なバトルスーツへと。

両腕を掲げる。途方もないサイオニック・エネルギーが収束し真っ赤に輝く。

 

 

もはや今の彼は冠位という器でさえ収まり切れない巨大にして高次の存在であった。

ガンヴィウスが導き集めてきた信仰というサイオニック・エネルギーを糧に真なるクィリヌスは()をガンヴィウスへと突き出す。

真っ赤な閃光が閃き───それはサイオニック・シールドを存在しないかのように突き抜けてガンヴィウスの中性子星と同等の密度を持つ肉体を穿った。

 

 

傷の開いた胸から鮮血の代わりに噴き出るのは高濃度のシュラウド・エネルギーだ。

直ぐに身体に開いた穴は塞がれるが、傷を負ったという事実が「彼ら」の興味を惹いた。

ステラー級の演算能力と彼らの直感、そしてこの星において得た知見をすぐさま複合し仮初とはいえ答えを導き出す。

 

 

シールドが反発した形跡はなく、光を素通りさせた事実を基に「彼ら」は推測した。

 

 

「なるほど。貫通ではなく“開通”か。この星において私とお前が同じであると認識されているのも大きく作用しているようだ」

 

 

他者からの攻撃を無力化するサイオニック・シールドであるが、自分から他者への攻撃は素通りさせる性質がある。

でなければいちいち攻撃時に鎧を脱ぐという愚かな行為が必要になってしまう。

また艦載機が母艦から発艦する時や帰還する時は艦載機と母艦のシールドの波長を合わせて衝突しないようにする等がシールドを無視できる状況だ。

 

 

 

クィリヌスからの攻撃は全てガンヴィウスの攻撃であると世界が認識/定義し、彼の攻撃は自傷行為となる為シールドは機能しない。

もしくはあの光はシールドの最高でジフィ秒単位で変化を続ける波長と瞬時に同位となりシールドを無視できる。

「彼ら」は以上2つの仮説を以てサイオニック・シールドが無力化された理由を導き出した。

 

 

“開通”されたシールドを食い破るようにロムルスの放った閃光の残照が残り続け、シールドを中和し穴を拡大させていく様を見たガンヴィウスは

恐らく2つ目の仮説が有力だなと当たりをつけた。

瞬く間に今まで無敵を誇った防御力場が使い物にならなくなっていく光景を見ながらも「彼ら」は冷静に対策を講じていく。

 

 

恐らくαや、それどころかΣ級のシールドを張っても無意味だろう。

あれは防御を力技で撃ち抜くのではなく同化して無力化する類の光、アーク放電攻撃に近い本質への直接攻撃だ。

同じ原理で中性子星並の密度と質量を持つ鎧を打ち抜き、ガンヴィウスという端末を傷つけられたのだろう。

 

 

つまり、ロムルス=クィリヌスはガンヴィウスを滅ぼしえる可能性があるということだ。

その事実は「彼ら」に深い驚愕と同時に満足を覚えさせた。

文明レベル6の原始的な知性体の精神活動が生み出したサイオニック・生命体がそれほどの力を発揮できるというのは正しく精神活動の発生させる力の凄まじさの証明に他ならない。

 

 

種の割れた手品を使い続けても興ざめと判断した「彼ら」は一度シールドを完全に解除した。

 

 

 

「身軽になったようで何よりだ。では、少しばかり踊ろうか」

 

 

好機とばかりに朱い月がガンヴィウスへと飛びかかる。先ほどとは比較にならない速さだった。

人間でいう所の少し強めに踏み込んだ程度の動作であるが、彼という怪物が行えばソレはルキウスを遥かに凌駕した速度による移動となる。

軽々とこの星の定める限界数値を遥か彼方に置き去りにし、彼はルキウスでさえシュラウドの力を借りねば実現できないFTLの域へと文字通り足を踏み込んだ。

 

 

超光速で飛来する朱い月に対して当然ガンヴィウスは反応する。

指先を向け先ほど彼を焼き焦がしたアーク放電攻撃を放つ。

飛来する翡翠色の稲妻に対して朱い月はあろうことか爪を立てた。

 

 

暴れ狂う稲妻を彼はエーテルを纏った指でしっかりと握りしめて離さない。

腕が漏れ出た電流で黒焦げになろうが意にも介さなかった。

 

 

指先が焦げていく中、彼は意図して自分の体の再生能力をソコに集中させた。

徐々にではあるが彼の指は崩壊と再生を繰り返しながらも着実に再生が勝っていく。

朱い月の身体は凄まじい速度で学習を繰り返す。一度自分を傷つけたモノを理解し、吸収し、そして支配しようとする。

 

 

彼は願った。この光を理解したいと。

心臓が答えるべく早鐘をうった。

彼の脳は今までにない速度で回転し、活性化する。

 

 

「美しい光だ。あぁ、宙の法とはこのような色彩であったか……」

 

 

心臓が鼓動を早めるなか、彼は古き故郷を懐かしむような表情で暗黒のエネルギーと物質を見つめていた。

そして一言「至った」と朱い月は呟き、腕に力を込めた。

爪に翡翠色のエーテルが宿れば彼はそれを一振りした。

 

 

 

濁流の様に放たれていたアーク放電攻撃が真っ二つに断ち切られ霧散する。

周囲に拡散した僅かな破壊エネルギーの余波がブリテン島の形を少しばかり変えてしまったが、仕方ない。

放電攻撃を断ち切ってなお余りある破壊の力がガンヴィウスの身体に打ち付けられ、僅かに途方もない密度と質量を誇る彼の鎧を揺らした。

 

 

みしりと微かに中性子星の鎧が軋む。

暗黒物質/暗黒エネルギーを攻撃に応用した一撃は星さえも揺らがせる。

ガンヴィウスのそれに比べればあまりに稚拙な理解であったが、それでも朱い月は「彼ら」の足元へようやく至った。

 

 

「面白いぞ。ようやく開戦の気迫に値する結果を出せた。

 そなたの期待を裏切りなどはせぬよ、まだまだ存分に戯れる事を許せ」

 

 

艶めかしく朱い月は笑い、熱い息を吐く。

正に多くの人々を狂わせる魔性の美がここにはあった。

ガンヴィウスは自分の顔に手をやり、確かめるように触る。

 

 

自分が今どのような表情をしているか判らなかったのだ。

頬が吊りあがっている。目元に更に深い皺がある。

どうやら自分は今笑っているらしいと「彼ら」は思い至った。

 

かつて銀河を支配するために戦いに明け暮れた日々を思い出す。

幾つもの星を砕き、焼き尽くし、多くの種を浄化した時もあった。

星系を破壊したことも、銀河そのものを破壊してしまう程の天を砕く兵器を作り上げたことさえあった。

 

 

ネメシスという名前の全てを滅ぼす兵器を生み出したこともある。

知的好奇心の赴くまま、望むがままに多くの銀河を荒らしまわった過去の青い思い出を「彼ら」は想起していた。

 

 

ガンヴィウスが口を開き何かを言おうとするが、朱い月がそれを見越していたかの様にガンヴィウスが言おうとした単語を乗っ取った。

 

 

「“大変結構”……であったか? 

 ふふっ、許せ。私も一度言ってみたかったのだ」

 

 

「そうか」

 

 

子供が大人にじゃれついている時の様な笑顔を浮かべている月の王に向けてガンヴィウスは身じろぎ一つせずに佇み、幾つかのプロトコルを実行に移す。

 

 

 

 

───原始文明保護機能(対星系・対次元攻撃解放開始)、限定解除開始。




次話はネメシス発売後くらいになりそうです。ゆっくりとお待ちください。

そして少々アンケート機能を試してみました。
今後の展開に影響はありませんのでよろしければお気軽にどうぞ。


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天上戦争3

「選ばれし者」

ステラリス世界における統治者のスキル。
この存在はシュラウドと強く同化しており
文明レベル1(銀河を支配する超大国)からみても信じられない程に強大な超能力を行使でき、また死という概念を超越しているため幾つかの例外イベントを除けば不滅の存在である。


この設定を考慮してガンヴィウスの戦闘シーンを書いてみました。

そして最後の方に文字化けしてる個所がありますが、仕様です。



【天上戦争・3】

 

 

 

シールドという鎧を脱ぎ去り、無敵とも思える中性子星の盾さえも貫通される危険性を認識した事によって「彼ら」は本格的に戦闘態勢を取り始めた。

元より全ては想定通り、という訳でもないがこの星の勢力の全身全霊の抵抗が発生することは大前提であった為に「彼ら」は前もって用意しておいた戦闘プランを実行に移すことにした。

つまり原始文明相手に掛けていた手加減を部分的にであるが、やめるということだ。

 

 

残念ながら英霊たちのアドバイスを実行することは出来なかった。

さて、「彼ら」の思考をあえて言語化すればこのような単語が並んでいることだろう。

 

 

 

『知性体保護機能限定解除』

 

 

『敵味方識別完了』

 

 

『ローマ防衛措置完了』

 

 

『惑星破壊防止用安全装置 一部解除』

 

 

『星系破壊防止用安全装置 一部解除』

 

 

『コロッサス護衛艦隊 攻撃態勢』

 

 

『テクスチャ干渉開始』

 

 

『ヴルタウム起動準備』

 

 

『ミニチュア銀河 展開準備開始』

 

 

『リアクター出力増大許可 第18級時空特異点安定。相転移反応数増大』

 

 

『シュラウド・エネルギー出力上昇許可』

 

 

『惑星解放装置 執行率46% 全シークエンス問題なし』

 

 

 

『“戦場”の構築を開始』

 

 

 

 

多種多様な加減が取り払われていく。

急速に膨れ上がり、やがては()()()()()()()()()()()ガンヴィウスの気配に対して彼と相対する三者はこれからが本番なのだと察した。

ガンヴィウスが片手の指先を魔法使いたちに向けた。

その瞬間、ソレを向けられた全員が死を予感した。

 

 

 

桁が違うなどという次元の話ではなかった。

どれだけ力が大きくなったかさえ判らない。

増えた桁の数さえ認識できない域になったと魔法使いたちは悟った。

 

 

放たれたのは先ほどまで彼が愛用していた稲妻ではなく、青紫色に輝く光の渦だ。

シュラウドの力を破壊に向けて直接的に振るった結果生じるシュラウド・ストームである。

SOL3の未来において登場する超能力の派生の一つである歪曲の魔眼に似通った能力をコレは持っている。

 

 

否。かの魔眼と根底こそ同じであるが規模、精度、威力、射程、全てにおいて比ではなかった。

三次元で生じる全ての()()を内包したシュラウド・エネルギーはいわば空間をぐちゃぐちゃにするミキサーだ。

全ての物質的、空間的、強度的な要素を無視して巻き込まれた一切合切全てを蹂躙する破壊の嵐といえよう。

 

 

 

 

 

星を削り取りながらシュラウド・ストームは魔法使いたちに迫る。

しかし暴虐の前にロムルスが立ちふさがった。彼は両腕を大きく空へと掲げ、全身を煌めかせる。

 

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

神が吠える。両腕が輝き、彼の背後において巨大な魔術陣が輝く。

多くの願いの光が瞬いた。

そしてロムルスが持つ国を作り守護するという権能が行使された。

 

 

真なる神祖が輝きを纏った腕を突き出せば放たれた黄金色の輝きとシュラウドの力が衝突した。

 

 

無限の歪曲と究極の貫通がぶつかりあえば、耐えられない周囲の空間に罅が入る。

結果、シュラウド・ストームは軌道を逸らされて軌道にある全てを消し去りながら宙の向こうへと消えていく。

何人か英霊が巻き込まれてしまい、不幸な彼らはエーテルの粒子一つ残さず消滅してしまった。

 

 

朱い月が駆けだす。

もはや彼は笑いさえもせず一切の表情を消した顔でガンヴィウスへと挑んだ。

翡翠色の輝きを纏った爪がガンヴィウスの身体に迫る中、神祖は青紫色の瞳で朱い月を見返した。

 

 

 

彼の掌に力が集う。

シュラウドとリアクターから供給される力を惜しみなく使って彼は事象崩壊という現象を呼び寄せた。

空間という容量の在る“場”をシュラウド・エネルギーが飽和させることにより超極小の特異点を形成し、あらゆる物質的防御を無効化する攻撃だ。

かの「女」でさえも一切の抵抗を許されずに葬り去られた技である。

 

 

半透明に輝く青紫色の光を手に宿し握りしめる。

拳を引き、勢いよく叩きつけるという原始的な攻撃をガンヴィウスは行う。

宙の力を纏った朱い月の爪とこの世ではありえない法則がぶつかった。

 

 

みしり、と世界に敷かれていたテクスチャそのものが本来あってはいけない規模の力が衝突することにより軋み、亀裂が走る。

莫大なエネルギーと法則が微かな時間、拮抗した。

勝負を分けたのは支配し出力できるエネルギーの絶対量の差であった。

 

 

簡単に言ってしまえば朱い月は惑星一つ分が精々だが「彼ら」は文字通り無限である。

朱い月の宿す翡翠色の力が残さず崩壊させられ、腕が消し飛ぶ。

そのまま肘、肩へと事象崩壊は連鎖していく。

 

 

ガンヴィウスが更に力を込める。

シュラウドの力が更に勢いを増して空間を飽和させ特異点を連続で形成した。

数限りなく発生する特異点を操作し束れば事象崩壊はもう止まらない。

 

 

 

虫食いの如く朱い月の身体が青紫色の光に飲み込まれ血液さえ残さず消滅していく。

脚を失い倒れかけようとする彼の胸に手をそっと添えた。

暗黒エネルギーが輪を描いて収束し、強力なエネルギーの濁流となって彼の身体を丸ごと飲み込んだ。

 

 

 

先にグガランナを消し飛ばしたαクラスのエネルギーランス攻撃である。

最低でも木星に大穴を穿ち、ガスを霧散させる程の力が月の王を消し去らんと輝いた。

余波で地軸が歪み、惑星の公転軌道が徐々にずれ始めた事を認識したガンヴィウスはエネルギー放出を停止する。

 

 

3秒間にも及ぶα・エネルギーランスの放流の後には何も残ってはいなかった。

朱い月が居た空間は沸騰しテクスチャさえもなくなり黒い穴が開いている。

修正力が働き、景色が縫い合わせる様にふさがっていく。

 

 

月の王は跡形もなく死んだ。

それは確かな筈だったが……。

 

 

「……」

 

 

ガンヴィウスは妙な引っ掛かりを覚えた。

余りに簡単に行き過ぎる。

確かに力の規模こそ上げたが、これは余りに順調に過ぎる結果だ。

 

 

朱い月の耐久性能がいかに高かろうと巨大ガス惑星を蒸発させるつもりで打ち込んだα・エネルギーランスを受ければこうなるのは必然だが

それでも妙な違和を「彼ら」は感じとり、やはりというべきか奇妙な量子のもつれを感じた。

シュラウドが力を行使する際に感じ取れる、世界が歪み、捻じれていく感覚にこれは近かった。

 

 

宙は既にシュラウドの力が覆っている。

星々は見えず、この世の法則は限りなく崩れ続けていた。

流れ星の様に輝く英霊たちの攻撃は未だに留まらないが、戦況はこちらが優勢だ。

 

 

 

そして「彼ら」は魔法使いを見て、その隣に当然の様に無傷で佇んでいる朱い月の存在を認めた。

たった今、間違いなく殺した筈の月の王は変わらずガンヴィウスを熱く見つめ返してくる。

驚愕はなかった、やはりなという直感の正しさを改めて実感する感慨だけがあった。

 

 

「…………」

 

 

理屈はまだ判らないが、どうやら朱い月は再び現れたらしいと「彼ら」は確認する。

蘇生した、再生した、はたまた攻撃を実は回避した、ではなく“現れた”という部分が重要だとガンヴィウスは考えた。

 

謎を解くために「彼ら」は認識できる範囲を広げた。

ヒントは揃っている、ピースは手の中にある。ならば繋げ合わせるだけだ。

星系一つ分から、複数の星団クラスタを掌握できるほどまでにセントリー・アレイを収束させ、更には当初の予定通り戦場の構築を速めた。

 

 

面白い。

「魔法」というのは決して名前負けしていないということか、と。

 

 

薄い霧が周囲を覆えば空間の連続性が歪む。

SOL星系全土の力場が狂わされ、それは魔法の齎す無数の可能性の同時運営と奇妙な反応を引き起こした。

星々が通常の宇宙よりはじき出され、時間軸から切除された星系(半径二光年)が丸ごと特異点と化す。

 

 

SOL星系全ての歴史が崩れ、浸食された。

もはや単一の惑星の話どころではない超巨大な歪みが現出する。

 

 

ここに人理は崩れ落ちた。もはや「点」ではなくこれは「孔」である。

存在するだけ多くの歴史を飲み込み可能性を収束させるビッグ・クランチであり、人類の可能性全てを蒐集しながら拡大する暗黒の星であった。

 

 

人理定礎値 観測及び表現不可能。 

 

 

前後の流れはここには存在しない。

ここで起きた事が基点となりえる。伸び続ける帯の始まりがここにはあった。

もしも未来か違う世界からコレを観測するレンズがあったとしたら、観測した瞬間に粉々に砕けてもおかしくないほどの規模の特異点であった。

 

 

既に正しい基準は何処にもない。

魔法使いたちか「彼ら」か、勝った方が全てを手に入れ、基準を作り上げる事が許されるのだ。

治すも乗っ取るも自由である。

 

 

 

一方的に潰される原始文明の劣等存在ではなく、欲しいものを手に入れる為には全力で排除しなくてはならない脅威と認識せざるを得ない

魔法使いたちに対してガンヴィウスは憎悪も嫌悪もなく純粋な感想を述べた。

 

 

「素晴らしい。全くもって判らないな(楽しいな)

 

 

魔法使いは答えなかった。

彼は光り輝く宝石の剣を翳し、無数の並行世界から瞬時にかき集めた魔力を以て極大の砲撃をガンヴィウスへと撃ち込む。

だが虹色に輝く光の濁流はガンヴィウスの眼前で停止する。

 

 

見ればガラス細工の様に空間がレンズと化しており、光は無茶苦茶に引き延ばされ歪曲させられた空間の中を乱反射している。

やがて歪曲は無数の渦を巻きながら一点に収束し、多面体と化した後は空間に黒い穴をあけて消え去った。

空間という概念に最も詳しい魔法使いはそれが先に見せたシュラウド・ストームの様な空間歪曲能力の応用だと瞬時に気が付き、思わず悪態をこぼした。

 

 

光速で飛翔する魔力砲撃に瞬時に対応して空間を歪めて防御力場を形成?

しかもそれを片手間かつ初見で行う?

なんてふざけた話だ、と。

 

 

「次から次へと新手を出しやがって……」

 

 

「君たちがそれを言うのかね……さて、戦場も問題なく構築できたようだ」

 

 

 

ガンヴィウスが周囲を見渡す。

星系が丸ごと特異点と化し、この中での破壊は通常空間に戻った際、ある程度はなかったことにできる。

つまり、戦いは更に激しくなるということだ。

 

 

英霊たちの攻撃はしつこく続いており、それらは真祖との連携によって着実にプロメシアン達を無力化させ始めている。

殺しきれないのならば封じればよいという考えの元、多くの機械兵たちは真祖が共同して作り上げた隔絶した空間の中に英霊たちによって押し込まれ、封じ込められ始めている。

 

 

アーサー王とルキウスの戦いは未だに続いており、現時点では結果はまだまだ先だろう。

両者の戦いは更に勢いを増しており、英霊たちでさえ手だしはできない域の争いであった。

コロッサスは順調、進捗は60%を遂に超え、星の攻略までもう半分は超えていた。

 

 

演算完了。

暫定的危険度把握。

優先排除対象設定。

 

 

「彼ら」はまずは邪魔な英霊を片付けることにした。

どうやら英霊たちはコロッサスの存在する宇宙空間までは行けず、直接惑星解放装置の妨害はできないようだが、それでも無視はできない存在達だ。

試しに撃ち込んだレールガンの攻撃が効果を発揮していないところを見るに、実弾や爆発系の兵器は殆ど無効化する性質がある事は確かだ。

恐らくはサイオニック・エネルギーを宿したレーザー系の兵装でなければあまり傷もつかないであろうしぶとい敵である。

 

 

 

 

そして何よりアレらは英雄にして革新者たちなのだ。

一人一人が世界を変える程の強い精神力の持ち主であり、決して油断はできない。

下手に時間などを与えたら思わぬ手を考え付く可能性がある故に早めに消しておくのが正解だ。

 

 

 

地上戦における効果的な戦法を「彼ら」は知識の奥底より引っ張り出す。

この星に存在する全ての者の根底に刻まれた「恐怖」を利用してやるべきだと判断した。

「彼ら」の故郷において恐怖戦術と呼ばれる戦法を選択。

 

 

抽出されたデータを見てガンヴィウスは懐かしいものを見るように目を細めた。

慈愛さえ感じる程に優しく彼はソレに呟く。

 

 

「思えば始まりはお前だった。ならば閉幕の瞬間に立ち会わせてやるのは道理だ」

 

 

全グレイ・ナノマシンデータ送信。変身と結合を許可。

ベースはサイブレックス地上根絶体を選択。

該当データ名「コレクター(グレイ・セファール)」の模倣を実行せよ。

 

 

戦場で活動していた全てのグレイ・ナノマシンことプロメシアン軍団が停止する。

英霊たちと熾烈な戦いを繰り広げていた者も、ブリテンの騎士たちを容赦なく引き裂いていた個体も、全てがぴたりと静止した。

暗号化されたとてつもなく複雑で強力な量子信号のもつれが全てのプロメシアンに例外なく指令を送り込めば一斉に彼らはその身をナノマシン状態へと変化させた。

 

 

 

莫大な灰色の粒子が渦を巻きながら一点に集中する。

霊子データ再演、プリントアウト開始。

 

オリジナルには及ばないがそれでも英霊の群れくらいならば蹂躙できるスペックを与えられ、ソレは形作られた。

グレイ・ナノマシンはエーテルとシュラウド・エネルギーを吸収しその肉体を与えられたデータと寸分たがわない姿へと整える。

 

 

青みがかった白すぎる肌。体の至る所を走る黄金色の光のライン。

両手の掌と腹部にぽっかりと開いた穴。

そして人間の女の様な顔。星の悪夢はここに帰ってきた。

 

 

64m程度のかつて遊星の巨人と呼ばれた怪物が2体、戦場に誕生した。

存在するだけで周囲のエーテルは彼女へと向けて落下し吸収される。

シュラウドはそんな巨人たちにさえまとわりつき加護を与える。

 

 

 

一体のセファールの掌にシュラウド・エネルギーが収束し、上空に腕を掲げれば膨大な破壊の力が宙へと放たれた。

ブリテン島の上空全土を何億というアーク放電による稲妻が埋め尽くし、黎明の世から次々と現れる英霊たちを虫の様に叩き落さんと猛った。

お返しとばかりに多種多様な宝具と呼ばれる破壊が巨人に撃ち込まれるが、オリジナルには劣るとはいえ優れた変換能力で巨人はそれらを貪り、巨大化を開始した。

 

 

 

残りのセファールは重力など無視した動きで軽々しく跳ねて戦場を横断し、ガンヴィウスの背後で停止した。

まるで彼からの指示を待つように知性を感じられない無機質な瞳で立ちすくんでいる。

魔法使いが巨人を睨みつけているのを認めたガンヴィウスは口を開いた。

 

 

「これらを知っているようだな魔法使いよ」

 

 

「……そいつは最も古く大きな分岐を齎す存在だ。

 大昔の御先祖様が神様に頼らないでソレを倒せるかどうかで世界は大きく枝分かれするんだよ……お前こそ、どこでそいつらを知った?」

 

 

ガンヴィウスは頷く。

もしも仮に神と呼ばれるサイオニック・生命体たちがかの「剣」とその所持者の力を借りずにコレを倒していたのならば、ここまでこの星に執着は抱かなかっただろうと「彼ら」は認めた。

 

 

 

「この存在と出会ったのは我らがこの宙に侵入して直ぐでね。

 我々の技術と力を収集しようと襲ってきたのだよ。

 そして返り討ちにした、それだけの話である。

 更に言うならばこの星を見つけたのもコレらから得られたデータを解析した結果だ」

 

 

「災いがより大きな災いを連れてきたってわけか……」

 

 

 

ふざけた連鎖だと魔法使いは愚痴り、ロムルスと朱い月は静かに構えた。

 

 

「我が父達が対峙した巨人であるか。我が全霊を以て相手しよう」

 

 

「確か巨人らの源流であったか。

 私よりも過去にこの星に訪れた者……図らずもこの場に全ての異邦人が揃うとはな(月・シュラウド・遊星・機械神)

 ……これは地球代表として気張らなくてはなるまいて、魔法使いよ」

 

 

「全員元の星に帰れ」と零しながら魔法使いも二者に並び立ち構える。

神祖と月の王に勝るとも劣らない規格外は外宇宙の怪物を睨みつけた。

 

 

先手を打ったのはガンヴィウスだった。

彼は思念で息子に「戦場」の構築が済んだ旨と、これからは()()()()()()()に力を使い戦うと通達する。

これは万が一にでもアーサー王とルキウスを巻き添えにして、失わない為の保険であった。

 

 

ガンヴィウスが思念を送る。

まずは小手調べとしてSOL3の現在位置より概算として1,58光年に点在し星系を球の様に囲んでいるアステロイドフィールドを認識し、ゲートウェイを開く。

約1兆個ほど存在する小惑星や天体の全てを瞬時に把握し、直系数キロ程度のとても扱いやすいサイズのデブリを数万ほどまとめてゲートの中に引き込む。

 

 

ステラー級内部のレプリケーターがエネルギーを貪りながら起動し、与えられた設計図と資源を基に多種多様な兵器を瞬時に製造する。

無数のエスコート、バトルクルーザー、ハイペリオン・スーパーバトルクルーザー等の戦闘船団が産声を上げた。

出力を絞り、貫通力を重視するモードに変更されたタキオン・ランスが虚数の奥深くよりガンヴィウスの指示の元、魔法使いたちを照準し……発射。

 

 

 

英霊たちが現れる時の美しい青光とは正反対に、幾つもの暗黒色の穴が虫食いの様に宙に開いていく。

黒点の中央が瞬く。あまりの発光量に一瞬だけ虹さえも浮かんだ。

つまらない物理法則による光速などという枷を遥かに超過した超速の暴力が蒼く瞬き、SOL3の大地に降り注いだ。

 

 

瞬間、魔法使いたちの存在していた空間が途方もない熱量により空間諸共焼け落ち、超超高濃度に圧縮されたエネルギーは暗黒の天体さえも部分的に創造する。

ダメ押しと言わんばかりに臨界直前の縮退炉が内蔵されたダーク・マターミサイルが複数撃ち込まれ、それは有効範囲内における全ての物質、空間、粒子を引きずり込み、この宇宙の絶対量を減衰させた。

発生した衝撃波がシュラウドで保護されたローマ領土とブリテン以外の全ての大地を襲う。

 

 

ヨーロッパは旧サーサーン朝から更に東側……ローマに組み込まれていない故に保護されていない地が“消えた”

それらは西より殴りこんできた衝撃波により薄皮をはぎ取るように惑星から引っぺがされ、第二宇宙速度で星の重力を振り切って飛翔しようとして、ガンヴィウスの「念」に捕まった。

同じように弾けたオーストラリア大陸等も「彼ら」に摘ままれるように捕獲され、それらは重力と空間操作の御業を以て固定され浮かんだままだ。

 

 

表皮を無理やりはぎ取られた星が軋み、震え泣いた。

勘のいい英霊たちならば星の苦しむ声が聞こえただろう。

 

 

浮遊大陸が急激に音速の33倍(秒速11キロ)から0へと速度を落とした結果

慣性保護など考慮されていなかった故にその上に存在していた全ての家屋や命が秒速11キロで宇宙空間へと向けてゴミでも捨てる様に放り投げられる。

ローマの民ではない故にたかが1POPにも満たないこれらに対してガンヴィウスは配慮などしてはいなかった。

 

 

既にあれらのデータは採集済みであり、必要であればまた作り直せばいい程度にしか思っていない。

不幸な命たちの幾らかは更に不幸な事に宇宙空間で待機していたコロッサス護衛艦隊のシールド圏に触れてしまいパチパチという小さな音の後に電子の欠片も残さずに弾けてしまった。

 

 

 

衛星軌道にまで浮かび上がった大陸の質量が少々拝借される。

その上に住んでいた中華文明を始めとした全ての文明の残骸諸共渦を巻きながら形を整えようとする念の刃によってバラバラになっていく。

青紫色の薄い刃が数十キロ単位で岩盤をカットし、完成したのは全長10キロぴったりの螺旋槍が10本だ。

 

 

 

青紫色の光を纏い、クェーサーの如く超高速で回転するソレらを空にたたずむガンヴィウスは軽々と操る。

まずはお試しとして一本。

本来ならば先の攻撃で蒸発しているハズであろう魔法使いたちがまだ生きていると仮定し、彼らが最後に存在していた空間へと向けて加速させて投下。

 

 

 

ギィィィイというエネルギーが加速回転する不気味な音を伴いロンディニウム近郊はおろかブリテンを吹き飛ばす勢いで槍が落下する。

数多くの英霊たちを纏めて葬れるルートを計算し投下されたソレに落下を阻止するべく多くの英霊たちが逃げもせずに群がり数々の能力を披露する。

 

 

身を振り絞る勢いで魔力を炎へと変換し叩きつける英霊がいた。

競う様に掌に出現させた光球を槍へと投げつけ大爆発を引き起こし槍の破壊を試みた英霊がいた。

赤髪の少年の頭上で高速で回転する剣が転輪を描き、ダイアモンドリングの如き様相となって槍へと飛翔する。

巨大な大砲を担いだ大男が地上より槍の迎撃を試みるべく、砲身から莫大な威力の魔力砲撃を行う。

 

 

その他さまざまな英霊たちが槍の着弾を阻止するべく動く。

鬱陶しいと感じたガンヴィウスはセファールの一体に改めて英霊たちの排除を命じ、残りの一体を常に傍に控えさせて事の推移を見守った。

槍は全体の半分ほどを損壊させながらも目標地点へと向けて着弾しようとし、砕けた。

 

 

 

ガァンという重低音が最初に響いた。

途方もなく高密度の物体にドリルをあやまって突き刺してしまったようであった。

槍の穂先が火花を散らしている。硬すぎる物体を削ろうと足掻いているようだった。

 

 

 

槍の穂先を掴んでいる男がいるのをガンヴィウスは観測した。

ロムルスである。彼は超速で回転するエネルギーを纏った大陸槍を片手で握りしめ、持ち上げていた。

かつてヘラクレスと呼ばれる英雄が大地を持ち上げた様に、彼もまた落下してきた大陸を受け止めている。

 

 

 

ロムルスの腕が深紅の光を纏う。

真なる神の槍が大陸の槍と真っ向から衝突し、軽々と突き破る。

真っ赤な閃光が槍を内側から貫いた上でガンヴィウスへと迫るが、偽りの神祖はソレを身を翻して躱した。

 

 

『■■■■縺�◆縺■�€€■縺�◆縺�€€縺�◆縺�€€!!』

 

 

理解不可能の絶叫を上げて代わりにロムルスへと躍りかかるのはセファールだ。

掌の内に開いた大穴の中に小型の時空特異点が発生し、それは直接彼女の腕に莫大な破壊のエネルギーを供給する。

青紫色の光、事象崩壊現象を纏った拳でセファールは黄金色に輝く神祖を叩き潰さんと迫る。

 

 

迎撃の為にロムルスが腕を掲げればその隣に朱い月が並んだ。

少し後方で魔法使いは72柱の助力の元、異なる可能性の世界の観測と運営を開始している。

セファールがこれからどう動くか、どう変化するか、どのような最期があるのかさえ魔法使いは瞬時に観測し、一言二言、仲間たちに囁きかけた。

 

 

「遊星の巨人……話には聞いていたがこうして見てみれば中々に愛い姿をしているではないか。

 惜しむべきは()()が伴っていない事であるか」

 

 

魔法使いより与えられた可能性を独力で更に拡大観測し、セファールと呼ばれる少女を垣間見た朱い月は憂う様に巨人を眺める。

己の使命と心の狭間に葛藤する美しい有様が異なる世界ではあった。

しかし眼前のコレはあくまでも戦闘能力だけを模倣したいわば人形だ。

 

 

だからこそ残念で仕方ならない。

我が領土である月に突き刺さった事に対して文句を言ってやろうと思っていたのに、と。

 

 

 

「高度な精神活動……強い願いこそが強大な力を産むと語ったのは他ならぬそなた等である」

 

 

故に、この結果は当然だと胸中で続けて朱い月は美しい爪に暗黒のエネルギーを宿した。

翡翠色の宙の力は徐々に蒼く染まり出す。

αクラスの暗黒エネルギー支配に朱い月は足を踏み込み始めていた。

文字通り死ぬほど身体に撃ち込まれたのだ、覚えて当然であった。

 

 

ガンヴィウスに比べれば稚拙極まりない力場操作能力と理解ではαの力は安定せず朱い月の身体を巻き込んで今にも暴発しそうであるが

朱い月は背後に控える魔法使いに対してウィンクした。はじけ飛ぼうとする可能性の安定を任せると。

魔法使いが刀身に朱い月の姿を映しだした。宝石のカットの様に様々な場面がそこに浮かび上がった。

 

 

その中からαの力を制御しきれずに己の身を吹き飛ばした朱い月の映像を探し出し、消去する。

幾つも幾つも浮かぶ自滅の未来を丁寧に消し去り、後に残るのは常に自滅の可能性と向き合いながらも必死に制御するブリュンスタッドの姿だ。

 

 

そしてαの力を宿した月の王の艶爪とセファールの拳が衝突する。

ブリテン全土が跳ねる程の衝撃が生まれ、またもや星の地軸が少しだけ変わった。

 

 

『縺�◆縺�€€縺九↑縺励>縲€縺上k縺励>縲€繧�a縺ヲ────!!』

 

 

 

事象崩壊現象を宿し、この世に物質として存在するならば必ず穿孔するであろう拳が朱い月の爪に打ち破られはじけ飛ぶ。

純粋なエネルギーの奔流同士の殴り合いで負けた結果である。概念の上書きに失敗したと言ってもいい。

宙の力はこの世の根底を敷く力である故に、あらゆる神秘や概念よりも数段上の域にあるのだ。

 

 

そしてαの力をこのセファールは吸収できない。

オリジナルならばいざ知らず、ガンヴィウスが使う個体においては主の振るう力に耐性(反乱防止策 )などあってはならないからだ。

 

 

大きく仰け反るように体勢を崩した巨人にロムルスが迫る。

深紅の光を纏った掌をセファールに翳せば、巨人の胸部を特大の深紅の光が貫いた。

巨人の身を覆うのは太陽フレアさえ想定した装甲であるが、ロムルスにとっては紙細工にも等しい。

 

 

「ローマッ!」

 

 

神祖の口より偉大なる祖国にして人類の可能性を体現した言葉が放たれる。

ロムルスは拳を縦横無尽に振るった。

真っ赤な拳閃が空間を埋め尽くし、一筋放たれる度にセファールの身体が削り取られ、巨人はたまらず片膝をついた。

 

 

『縺、縺カ縺吶€€縺! 、縺カ縺吶€€縺薙! m縺吶€€縺上◎!! 繧�m縺�€€縺カ縺。縺薙m縺�!!』

 

 

眼を回しながらロムルスを叩き潰そうとがむしゃらに暴れ回るがロムルスは迫りくる巨人の腕に対して避けようともしなかった

むしろ待ち望んでいたとばかりに真っ赤に輝く拳を叩きつけ、巨人の白亜色の腕を木っ端みじんに粉砕していく。

息つく間もなく途方もない乱打が巨人を襲う。手足が砕かれ、胴体には何本もの深紅の槍が突き刺され、セファールはスクラップへと作り替えられていく。

 

 

「ロォォォォマァ!」

 

 

神話におけるヘラクレスの如き戦闘法で彼は苛烈に父である軍神の如く暴れ狂い、セファールの顎を叩き上げる。

巨人の身体そのものが顎を基点に跳ね上げられ、全身を痙攣させながら空高く打ち上げられてしまった。

 

 

黄金のアーマーの背中が開き、真っ赤なブースターが現れる。

莫大な魔力を噴射するソレを用いてロムルスは空中を自由自在に、あらゆる法則を無視して飛翔した。

セファールが藻掻くように何とか再生させた腕を振り回し、ロムルスを捉えようとするが今度は蒼い閃光によって手足が綺麗に切り分けられる。

 

 

グレイ・ナノマシンの再生能力を発揮して結合を試みる四肢であるが、突如青白い光の奔流が迸り、それらを飲み込めば巨人の手足は分子一つ残さず消し去られてしまった。

 

 

「手筈は整えてやったぞ。見事な技を見せてくれた礼だ」

 

 

エーテルとαクラス暗黒エネルギーを混ぜ合わせた砲撃を行った朱い月が囁く。

軍神の子はかつての父と同じように臆することなく遊星の巨人へと突き進む。

真っ赤な光を宿し、自分自身が「槍」となって突貫してくるロムルスを認めたグレイ・セファールの口が裂けながら大きく展開し、膨大なエーテルとタキオンの輝きを発した。

 

 

 

放たれるのはタキオンランスであった。

青光りと共に超光速に加速されたエネルギーの青い槍が深紅の槍と衝突する。

拮抗は僅かであった。直ぐに赤が青を切り裂きながら突き進むことになった。

 

 

 

『ァ』

 

 

そしてグレイ・セファールの身体を巨大極まりない深紅の槍が飲み込んだ。

巨人の全身は億年単位の経年劣化を経たかの如くとてつもない速度で崩れていく。

微かに視界の端に見えたガンヴィウスに対して助けを求めるように手を伸ばすが、その手も消えていく。

 

 

一泊遅れて発生したのは大爆発だ。

無数の断片として散り散りになりながら巨人は砕けて消え去った。

白亜の欠片が輝きながら地表へと降り注ぐ。

英霊たちが喝采を上げ、次は我々の番であると意識も新たに残りのセファールへと挑みかかる。

 

 

 

 

そして───数多くの英霊たちが認識さえ出来ずに、簡単にねじ切られた。

ぶち、っという肉が絞られる音がした。

骨が無理やりずらされ、外され、すりおろされる奇怪な音があった。

 

 

血が噴き出て、幾つもの武器が主の手から零れ落ちた後のカランという軽音が鳴った。

臓腑が飛び散り、多くの英雄たちは驚愕を顔に張り付けたまま落ち、エーテルの残滓へと帰っていく。

何十という人類史に名を刻んだであろう勇者たちはガンヴィウスを見た。彼は英雄たちを見てさえいなかった。

 

 

彼が見ているのは精密な直角軌道で空を自由自在に舞い踊りながら自らに迫ってくるロムルスであった。

 

 

だが見てはいないが、何処に誰がいて、どう思い、どう動くかは知っていた。

グレイ・セファールは思っていたよりも手こずっているらしいので、少しばかり己の戦いをする片手間に相手してやった程度の認識である。

何のことはない、未来において存在したかもしれない「歪曲の魔眼」と同じことをしただけだ。

 

 

100を超える英霊たちの居場所を瞬時に把握し、彼らが持っている防御手段を無視し、空間ごと同時に捻ってやった、ただそれだけである。

あえて全員を一気に片づけるような真似はしない。

一定時間が経過するごとに、ランダムに殺害していくと決めていた。

 

 

宙に青白い光体が現れ、その中よりいま殺された英霊たちがエーテルを用いて再度この地に乗り込んでくる。

果敢にセファールに挑みかかるが、何処かガンヴィウスの動きを気にしている様が見て取れた。

 

 

これは恐怖戦術の一環であった。

もしかしたら勝てるかもしれないと士気が微かに上昇の傾向を見せた瞬間に叩きおってやれば、それは最大の効果を発揮する。

いかな英霊たちといえど、いつ、どこで、予兆もなく自分が殺されるかもしれないという恐怖はたとえ表面には現出せずとも、少しずつ着実に精神を蝕んでいく。

 

 

「お前に我が愛を示そう! 今!! ここで!!」

 

 

ロムルス=クィリヌスがセファールを葬った勢いのまま、輝きながら自らに迫ってくる光景を見てガンヴィウスは両手に新たな力を現出させた。

朱い月がそうした様にαクラスのエネルギーを拳に宿し、ロムルスの深紅と対になるような薄暗いながら蒼い輝きを握りこむ。

自分の身体を動かして戦うなど本当に久しぶりではあるが「彼ら」の中には地上戦に従事し続けた猛者も大勢いる故に問題はなかった。

 

 

 

存在しない筈の血液が沸騰するような感覚を味わいながらもガンヴィウスは冷静に処理した。

息子に発したはずの忠告が自分に帰ってくるなど冗談ではない。

 

 

「ォォォォォォオオ!!」

 

 

「…………」

 

 

ロムルスの真っ赤な右腕()とガンヴィウスのαクラスのエネルギーを宿した拳が衝突する。

世界を開拓し可能性を広げる為の道を敷く力と、宙を広げ維持するための力の激突は想像を絶する余波を周囲へとばら撒いた。

奇しくも根底では似通った性質の力は互いに反発し合い、削り取り続ける拮抗状態を作り上げるに至った。

 

赤と青の稲妻が拡散し、ブリテンの山々に着弾してその山頂を吹き飛ばす。

海洋に着弾した稲妻は海底まで一瞬で到達し、そこにあったプレートを数キロ単位で大きくずらしてしまい、海底火山が溜まらず赤い悲鳴を山頂から勢いよく吐き出した。

海洋が蒸発し、膨大な量の溶岩がブリテン島に流れ込み始める。

 

 

 

それでも深紅と蒼の力は互いに一歩も譲らない。

先に根を上げたのは星のテクスチャである。

ありえるはずがない力の衝突は特異点の中であっても更に秩序の崩壊を誘発し、互いの拳の衝突地点に更に幾つもの特異点(時空崩壊)を発生させた。

 

 

 

力が完全に拮抗した結果、両者の中央で余りのエネルギー集中の結果として疑似的な重力崩壊が発生しガンヴィウスとロムルスは拳を弾かれて半歩分だけ後退した。

当然であるが両者は無傷であった。煙を上げる己の拳をガンヴィウスは黙って見つめていた。

 

 

「セプテム!」

 

 

ロムルスが再度迫る。彼もまたFTLの域に突入し光に迫り、光を超える速度を得ていた。

ならばと、ガンヴィウスはシュラウドの力を大きく引き出し、自らの身体に纏う。

どうやら英霊や魔法使いたちは何か勘違いしているようだが、FTLなど出来て当然の基礎なのだ。

 

 

シュラウド・ジャンプドライブ起動。

 

 

先達としてその先を見せてやる必要があると「彼ら」は思い、実行する。

三次元という低すぎる次元においては表現できない“軸”を認識し、時間連続体の一部をシュラウドの力を以て切り取り、穴を開ける。

そしてガンヴィウスは自分自身を瞬間的に特異点と変貌させ、己の身を()()させた。

 

 

「彼ら」の端末は高次元に跳躍し、三次元を内包する時間軸の外側に飛び出た。

 

 

因果が逆転する。

あまりに埒外の現象ゆえに詳細の説明は不可能である。

ガンヴィウスは高次元を経由しシュラウドの影響で発生した惑星上の別の時間軸へと跳躍し、その時間軸を僅かに遡った後、ロムルスの()()()()()()()()を攻撃した。

 

 

過去のロムルスは重大な損傷を与えられ、未来が追いついた結果として彼の攻撃は()()()()()()になる。

 

 

全ては一瞬の出来事である。

はた目から見ればガンヴィウスは何も動いてさえいない様に見えた。

可能性を可視できる魔法使いだけが更に予想を超えた力を行使するガンヴィスに対して冷や汗を垂らし歯を噛み締めた。

 

 

SOL3に存在する斬り抉る戦神の剣(フラガラック)という宝具とコレは酷似していた。

違う点はガンヴィウスはコレを乱射できる上に、相手の迎撃に合わせて発動しなくてはならないという縛りも存在しないことだ。

思うがまま、望むがままにガンヴィウスは他者の可能性を殺す事ができる。

 

量子かく乱を始めとした時間軸攻撃への対策など文明レベル1の段階では大前提ゆえに、防げない方が悪いのだ。

 

そして攻撃と同時にこれは一種の実験であった。

「彼ら」の推察が正しければこれを続ければ答えが出るはずだ。

 

 

「─────ぐ、ヌゥゥゥ!!」

 

 

瞬間、ロムルスの顔面に巨大な衝撃が走る。

彼の顔に深々とα・エネルギーを宿した一撃が突き刺さっていた。

発生したα・エネルギーによる莫大な衝撃は神祖の正真正銘神の肉体にさえ凄まじい痛撃となった。

追い打ちとばかりに一撃、二撃とガンヴィウスの拳は時間逆行/因果逆行を引き起こし神祖の身体を打ち据えていく。

 

 

「──────ッッ!!!」

 

 

ロムルスがガンヴィウスへと殴りかかる。真っ赤な光を宿した拳はガンヴィウスの肉体を穿つだけの力が宿っている。

だがガンヴィウスの拳は攻撃を行おうとした数秒前のロムルスを捉えて十数回にも及ぶ殴打を叩き込み、彼の右腕を叩き負り、左の足を捻じ曲げた。

当然またしても彼の攻撃は()()()()()()になった。

 

 

 

黄金の鎧の所々に罅が入る。

深紅のエーテルが血液の様に漏れ出し、ロムルスの身体は欠け落ちていく。

ガンヴィウスはロムルスの顔面を鷲摑みにし、そのまま飛翔した。

 

 

ロンディニウム近郊から少しばかり離れた大陸とブリテンを隔てる海域まで瞬時に到達する。

拘束から逃れるためにロムルスが深紅の光を次々とガンヴィウスへと撃ち込み、彼の身体を抉っていくが「彼ら」は気にも留めなかった。

所々に開通した穴はすぐさまに塞がれ、老人は冷ややかな笑みを浮かべたまま宥める様な口調で若き神へという。

 

 

「落ち着きたまえ。直ぐに終わる」

 

 

 

光速の半分程度というあまりに遅すぎる速度で偽りの神祖は真なるクィリヌスをドーバー海峡へと叩きつけた。

海水が跳ね上がる。

数多くの魚や鯨などの海洋生物たちが成層圏まで跳ね上げられ、海峡を満たしていた海水は全てが膨大な量の水しぶきとなり吹き飛んだ。

 

 

 

水深46メートル程度のあまりに見すぼらしい海水の量ではこの速度によって発生した衝撃を逃しきず、ロムルスは露出した海底へと深々と埋め込まれる。

「彼ら」は重力操作技術を用いてガンヴィウスという端末に施していた偽装を部分的に解除し、ロムルスの胸を踏みにじる。

途端にロムルスに襲い掛かるのは5億×200万という埒外の質量による圧力であった。

 

 

惑星並みの質量が神を圧壊せんと猛威を振るう。

ロムルスの肉体は徐々に軋みはじめ、岩盤を砕きながら更に更にと星の内部へと撃ち込まれ続ける。

海底にあった火山が押しつぶされ、外に放出を望む噴火を真っ向から切り裂きながらロムルスは沈んでいく。

 

 

「ッ……ぐォォ……ッッ!!」

 

 

苦悶に歪む真なるクィリヌスの姿を見つめながらガンヴィウスは右腕を大きく天へと掲げ、指先よりα・クラスエネルギーランスを放った。

宙へと向けて無造作に放たれた暗く澄んだ蒼い光は、いきなりその切っ先を変える。

空中の至る所に計算の上に発生させられた「歪曲」はエネルギーランスを縦横無尽に望む方向へと飛翔させる切り替えポイントとして機能する。

 

 

突如空間で予兆もなく鋭角に曲がったランスはロムルスを救援すべく駆けつけようとしていた朱い月へ空中で襲い掛かる。

しかし月の王は慌てることなくこれに対処した。

 

 

「器用なことをッ……!」

 

 

手に宿した同種のα・エネルギーを用いてランスの相殺を試みる。

しかし彼のどの様な武具よりも鋭く強い爪先に当たる直前にランスは突如として消え去った。

月の王は虚空に小さな空間の孔があることに直ぐに気が付いた。

 

 

神代の魔術師や古き神が使う空間転移に近い術であると瞬時に見抜く。

瞬間、頭の中に魔法使いの言葉が響いた。

「右に飛べ」と指示され、彼は迷うことなく全力で空想具現化によって重力を操作し、右へと落下した。

 

 

一瞬前まで彼が居た空間をエネルギーランスが穿ち、それは設置された「歪曲」へと侵入し、また次の「歪曲」へと飛び込む。

一つ、二つ、三つと鋭利で無機質な軌道修正が行われる。

機を狙う様にジグザグに空間を飛び回った後で魔法使いが遠距離より発生させた空間転移に飲み込まれ、エネルギーランスは消え去った。

 

 

はぁ、と朱い月は荒い息を吐く。

一瞬たりとも気が抜けない。こんな事は初めてであった。

攻撃が無力化された事を察したガンヴィウスは最後に一度大きくロムルスを踏みつけて大地の底に沈めてから偽装を再展開し飛翔する。

 

 

 

虚空に浮かべられた大陸槍に念が送られ、3本が動き出す。

1つはガンヴィウスと入れ替わるようにドーバーに巨大な影を落とし、そのままロムルスを貫く様な軌道で落下した。

 

 

2つ目は当然として朱い月に向けて落とされる。

どうなるかなどは判っているが、ほんの手慰みとして使用されていた。

やはり月の究極生命体はαを宿した拳の一突きで槍を粉々に砕いてしまった。

 

 

 

3つ目は意外な事に今まで眼中にない態度を見せ続けていたブリテン軍へと向けて落下した。

ギャラハッドが展開する領域を粉々にする勢いで空が落ちていく。

魔法使いは数百の並行世界よりエーテルをかき集め、巨大な収束魔力砲撃を放ちブリテンの上空に落ちようとしてきた大陸を食い止め、その間に100を超える英霊たちが数々の宝具を開帳していく。

 

 

 

 

 

ロムルスは立ち上がった。

己に影を落とす巨大な槍を見据え、彼は息を吐いて吸う。

父の如きヘラクレスと軍神の血が彼をどこまでも素晴らしい戦士として高めてくれる。

 

胸に入った罅がふさがり、全身の輝きは再び戻る。

この星に存在する全てのローマの民の願いが彼に無尽蔵の活力を与えていた。

そうだ、残念な話になるが永遠帝国の民がガンヴィウス(クィリヌス)の勝利を願うたびに力を増すのはロムルス(クィリヌス)なのだ。

 

 

「大地が空より降るか。ならば私はアトラスとなろう」

 

 

ロムルスの手に槍が現れる。

これこそ権能を超えた大権能の象徴である。

今の彼は冠位さえも束ねて超えた唯一無二の存在である故に、不可能などないのだ。

大地に突き立てられた槍が変貌し、巨大な樹木となった。

 

 

落下してくる大陸槍さえも凌ぐ威容を誇る超巨大樹は何億という枝葉を伸ばしてガンヴィウスが落とした槍を絡めとっていく。

超速で回転するエネルギーの螺旋と衝突し、大樹は軋むがそれでも何とか大陸槍を抑え込むことが出来ていた。

ビシッ、ビシッという枝葉に亀裂が入る不気味な音こそすれど10キロにも及ぶ巨大な槍は樹木に埋もれ、落下の勢いを完全に奪い取られる。

 

 

だが虚空から老人の声がロムルスの耳へと届く。

 

 

「これは(クィリヌス)をくれた君への礼だ。遠慮せず受け取ってほしい」

 

 

ガンヴィウスは穏やかにロムルスへと告げ、更に大陸槍を操作した。

追加で4本が動かされ、それらは無理やり1本へと統合される。

たりないと判断された質量は先ほどからあてもなく空を漂うオーストラリア大陸が更に分割され補充のための材料となる。

 

 

先とは比べ物にならないほどに巨大な超・大陸槍が墜ちてくる。

コロッサス護衛艦隊が宇宙空間より斥力を操作し恐ろしい程の加速をこの加工された大陸へと与えた。

星を完全に壊さない様に配慮された結果、光速の1%の速さで全長80キロを超える超・大陸槍はドーバーを纏めてすり潰す勢いでロムルスへと落下した。

 

 

 

最初に食い止められていた大陸槍が絡みつく大樹もろとも爆散し、飛び散った枝葉も大陸槍に纏わされた乱回転するエネルギーに巻き込まれ、葉っぱ一枚も残さず消え去った。

ロムルスは真っ向から槍を受けた。

全身が軋み、あまりの負荷に魂にさえ断裂が奔った。

 

 

両手に光を灯し、彼は一瞬だけ瞑想し、瞼を開けた。

彼は軍神の子である。彼自身もまた至高の戦士としての側面を持つ荒神である故に、これは当然の話であった。

 

 

射殺す百頭・羅馬式(ナインライブズ・ローマ)

 

 

瞬間、放たれるのはルキウスが円卓を崩壊させた技である。

完全同時に放たれる9つの拳撃だ。

惑星で最も信仰を受けている神に不可能はない故に、ロムルスの拳は一撃一撃がαを宿した朱い月に匹敵、凌駕するほどの破壊を宿している。

 

 

大陸槍の至る所に亀裂が走り、赤黒い光の線が浮かび上がれば、槍は打ち込まれた時の倍にも迫る速度で空へと押し上げられた。

粉々に総体を崩壊させながらも轟音を上げて空へと叩き返され、鬱陶しいとばかりに軌道上に待機していた艦船のうちの一隻から放たれた魚雷で木っ端みじんに粉砕されてしまった。

惑星の至る所に赤黒く燃え盛りながら槍の残骸が降り注いでいく。

 

 

 

 

ロムルスがブースターから真っ赤なエーテルを噴き出しつつガンヴィウスへと迫り、全てを開通するという能力を応用し空間を穿って潜航する。

ちょこまかとテクスチャの裏側を飛び続けるロムルスを捕捉したガンヴィウスは自分を中心に半径10キロ圏内を覆い尽くす様に「歪曲」を発生させた。

大小様々の「歪曲」は空間どころかテクスチャさえもねじ切りながら増え続けていく。

 

 

 

1ミリ秒ごとに空間に設置された「歪曲」の個数は1000個ずつ増えていく。

能力を発動させて3秒が経ったころには3000ミリ秒が経ったということであり、ロムルス個人をテクスチャの裏より引きずり出すために発動された「歪曲」の個数は300万にもおよんだ。

 

 

それはそうとして、定めておいた時間が経過したので戦場に存在する英霊たちの群れから無造作に三人ほど選んでロムルスを攻撃するついでにそちらにも「歪曲」を送り付ける。

哀れにも犠牲になったのは白髪の鉄球を振り回す女、竜の如き角と尻尾の生えた少女、二振りの長槍を振り回す顔に黒子のある槍兵だった。

一切の予兆なく慈悲もなく胸の中央で発生した「歪曲」はこの三者の全身を反応する猶予さえなく飲み込み、後に残るのは夥しい量の血しぶきと飛び散った臓腑に、主を失った武器たちだけだ。

 

 

英霊たちの怨嗟の視線を感じながらもガンヴィウスは眼中にないという態度を崩さない。

後で思う存分相手をしてやる(解体/解析/蒐集)のだから、少しだけ待っていてろと「彼ら」は思っていた。

 

 

 

周囲の景色は気が付けばぐしゃぐしゃになってしまっていた。

重力レンズの如き空間の歪みがそこら中に生まれてしまい、真っすぐに光が通れない影響であらゆるものが酷く不気味に映っている。

合わせ鏡の様に歪んだ空間に無数に自分の顔を浮かばせたガンヴィウスが虚空を見つめながら指先を手近な「歪曲」へと向けた。

 

 

「拡散」という意思を宿したα・クラスエネルギーランスが発射される。

澄んだ蒼い光は歪曲した空間を通り抜けようとして有らぬ方向へと折り曲げられて突き進み、次の歪曲に侵入し、同じように折り曲がって進む。

これを60万回ほど繰り返した後に残るのはびっしりと隙間なくα・エネルギーが充填し圧壊しかけた空間だけだ。

 

 

ロムルスは未だしぶとく世界の裏側に深く潜航し出てくる気配を見せない。

つまり予想通りである。排除の為のプランは既に実行に移されている。

 

 

「彼ら」は十分に空間に「α」が浸透したことを把握してから、念を送った。

薄く広く、満遍なく配布されたα・エネルギーはシュラウドの力と化合する。

宙の全体を100とするならば26.8%を構築する暗黒物質と、68.3%を占める暗黒エネルギーがここにはあるのだからこれは当然であった。

残りのたった5%に執着したかつての物質主義者たちの何と愚かなことか。

 

 

ガンヴィウスは空間転移をし、これから形作られ放たれる技の影響範囲より離脱する

95.1%もの原材料が揃っているのだ、当然作れる。

「彼ら」にとって世界とは整えられるのを待つ芸術品の材料のようなものだ。

 

 

地でも天でもない、これは遥か彼方の宙の理である。

汎人類史と呼ばれる基準軸となる世界でさえ未だに仮定に仮定を重ねる形でしか認識できていない神秘の究極ともいえるモノを「彼ら」は自由自在に行使できる。

あぁ、そういえばかの王は世界開闢を引き起こす杖を振るう時はこのような事を言っていたなと「彼ら」は思いおこした。

 

 

古き王に敬意を表しその祝詞をガンヴィウスは引用して言祝いだ。

掌をα・エネルギーが充満しきった空間に翳す。

 

 

「原初を語る。色彩は混ざり、固まり、万象織り成す宙を産む」

 

 

空間が翡翠色交じりに蒼く輝きだす。

美しいながらも恐ろしい光景であった。

一部の英霊たちでさえ戦う手を止めて呆然と眺めてしまっていた。

 

 

きっと世界の開闢前夜はこんな世界があったのだろう。

ならばこの先に訪れるのは夜明けである。

無からの誕生という御業がここに明かされた。

 

 

「さらばだロムルス=クィリヌス。

 安心したまえ、ローマは間違いなく永遠に繁栄し星空に導かれるだろう。

 その事実だけを慰めに消え去るがいい」

 

 

お前の名前だけは永遠に私のモノとして残しておいてやろうと慈悲深くガンヴィウスは続ける。

翳した手を握りこみ「彼ら」は極限まで高まったα・エネルギーの方向性を支配し解放した。

 

 

瞬間、先にグガランナを葬り去った時に発生した様なゼロ・ポイント生成(宇宙誕生/真空流転)が発生した。

先ほどと違うのはこれが制御されているという点だ。

膨張が操作され1キロの小さな宇宙が作り出され(ビッグ・バン)次に収縮が引き起こされる(ビッグ・クランチ)

 

 

三次元空間内に0次元という別の次元が形成された。

直系10キロの産声を上げたばかりの宙であった。

そして意図的に影響を及ぼす範囲をガンヴィウスは引き延ばした。

シュラウドを経由し() ()にまで波及させていく。

 

 

発生する真空エネルギーの流転と重力変動は空間と確率の壁を突き破り、数多くの平行を纏めて飲み込みながら形成された第十級時空特異点の中に飲み込み、消し去るのだ。

可能性の中でさえ逃げられない。

予想通りロムルスが「もしも」を利用して戻ってくるというのならばあらゆる可能性諸共残らず消し去ってしまえばいいという力技であった。

 

 

しかしロムルスもただでやられはしない。

彼は深紅の光を纏った腕を高らかに掲げ『我らの腕はすべてを拓き、宙へ(ペル・アド・アストラ )』を発動させて自らの身を守っていた。

黄金色に輝く陣の輝きは人の願いの光であり「剣」と同種の力である故に、世界の無慈悲な圧壊に耐え忍ぶだけの力を誇っている。

 

 

だが出力の差は歴然故に徐々にロムルスの黄金は0へと還ろうとする次元の壁に押し込まれ始める。

拮抗が失われればこの新しい宇宙はロムルスという存在をそれこそ高次元に存在する本体共々新世界の創世滅亡の渦に引きずり込んでしまうだろう。

 

 

 

拙いと吐き捨ててて魔法使いが剣を構えて可能性に接続する。

ロムルス=クィリヌスが生きている、この攻撃を受けていない等の可能性を拡大解釈し

この地へと引っ張り出そうと運営を試みるが次々とそんなものはないと言わんばかりにあらゆる世界におけるロムルスが宙の法則に呑まれて消え去っていく。

 

 

過去を見渡した。

生まれたばかりの宙にそんなものはない。

 

未来を見た。

あらゆる可能性を宙の収縮は飲み込んでいる。

 

並行世界を見た。

青紫色の霧が慈悲深くも魔法使いの瞳を曇らせている。

 

 

 

数百万、数億通りのルートを幾ら辿ろうと必ずロムルスは死ぬ。

それは逃れられない運命であると「彼ら」は定義し、世界はそれを拒絶できない。

ならば、ならばもっと過去だと魔法使いが更に深く時間軸を辿るべく意識をそちらに向ければ───。

 

 

 

 

 

()()()()()()

 

 

 

 

 

ガンヴィウスの青く輝く瞳が魔法使いを捉えた。

あらゆる世界に存在するガンヴィウスが同時に魔法使いを見ていた。

幾多の可能性が交差する並行世界の観測者の領域にまで「彼ら」の力は浸食を開始し、解析している。

 

 

ガンヴィウスが目を細めれば魔法使いを構築する 第二、第三要素(魂と精神)は締め上げられた。

視界が真っ赤に染め上げられ、息ができなくなる。

魔法の行使に集中しすぎてしまい、己の防御が疎かにしてしまった結果であった。

 

 

首には何もないというのに、見えない力が喉を圧迫し、男の存在そのものが軋んでいく。

それでも魔法使いは魔法の行使を止めない、何が何でもロムルスを救ってみせると足掻き続ける。

同化している補正式たちが必死に解呪を試みるが「彼ら」の干渉は72柱の魔神の総力を挙げても早々に弾けるものではない。

 

 

「もう暫し耐えよ!」

 

 

朱い月が動く。

彼は常に浮かべていた余裕ある振る舞いさえなく純粋に心から魔法使いの身を案じガンヴィウスへと躍りかかった。

しかし、当然の結果としてロムルスが動けなくなった今、もはや撃ち抜く事は不可能となったシールドが朱い月を阻む。

 

 

相も変わらず頑強極まりないサイオニック・シールドはαの力に至った朱い月でさえ突破は困難である。

 

 

「───っ! 無粋ッ! こんなもので!!」

 

 

怒りを滾らせながら朱い月はα・クラスエネルギーを宿した拳をサイオニック・シールドへと叩き込む。

魔法使いの補助がなくなった今、制御から外れかかったα・エネルギーは彼の身を焼き始めるが、彼はそんな事さえ些事であるとばかりに障壁に爪を立ててこじ開けるべく足掻く。

薄い膜の様なシールドに僅かな皺が入り、ほんの1ミリ程度穴が開くが、それが限界であった。

 

 

ガンヴィウスが指先を朱い月へと向ける。

月の王のソレとは違う完全に制御されたα・エネルギーが集い、今まさに放たれようとするのはα・エネルギーランスである。

先ほど朱い月を葬ったのと同じ技が牙をむこうとしていた。

 

 

「おの、れっ……!」

 

 

臨界まで高まったエネルギーを朱い月は虹色に染まった瞳で見つめている。

逃れられない死を彼は直視し歯を噛み締めてる。

敗北を前に生まれてはじめて彼は悔しいという感情を味わっていた。

 

 

終わりの刹那、祝詞が響き、ガンヴィウスは思わず顔を傾げた。

 

 

────我らの腕は全てに届き、全てを裂き、全てを拓く。

    いずれソラの彼方にさえも!

 

 

滅亡と創世の宙に閉じ込められ、今まさに消え去ろうとしていた筈の神祖の声だ。

もう間もなく滅び去る存在とは思えないほどに彼の宣言は穏やかでありながら、絶対の自信と人々への慈愛で溢れていた。

 

 

瞬間、ガンヴィウスの瞳が怪訝そうに細められる。

彼の視線は朱い月を通り越し、収縮しようとしている宙へと向けられた。

宇宙膜の内側より一本の紅い光が放たれている。

 

 

深紅の光はガンヴィウスが魔法使いに行っていた干渉を断ち切ってしまった。

 

 

アレは世界を裂き、文明を拓く力の象徴。

いつか星々の宙に至れると人を愛し信じる神の光だ。

ガンヴィウスの懸念を否定する様にソレは美しく輝いている。

 

 

浪漫なる両の腕は、まるで光の槍が如く。

もしもこのような場面でなければ「彼ら」は純粋に美しいモノであると感嘆していたかもしれない。

そしてこの星には美しいものが満ちている、故に保護しなくてはならないと続くだろうが。

 

 

ロムルスの力が0次元を突き破り3次元へとその力を誇示しているのだ。

それだけならばまだいい。

出られる筈がない程の規模で力を行使したが、世の中には絶対はないのだから。

 

 

元より多くの祈りを束ねて顕現した神である。

苦境において限界を超えるなど当然の話だ。

 

 

問題はロムルスの光が貫く先である。

遥か彼方、天へと伸び続けるソレの先を「彼ら」は観測する。

自暴自棄になったとは欠片も思っていない。

 

 

ロムルス=クィリヌスが諦めるなどありえないと短い時間交戦しただけで「彼ら」は理解していた。

 

 

普通ならば星を穿つコロッサスを狙うだろう。

もしくはガンヴィウスという端末か、または護衛艦隊か。

考えづらいがステラー級という可能性さえもガンヴィウスは考慮して、どれもが違うとすぐに答えは出た。

 

 

宙に高々と立ち上る柱の最先端には「孔」が開いていた。

そうだ、ロムルスの腕は宙を貫いている。

 

 

これに何の意味がある? と「彼ら」は考え……「孔」の内側から高エネルギー反応を感知し思わず目を見開いた。

瞬間「彼ら」は悟った。アレは「孔」ではない、ハイパーレーンの出現ポイントだと。

 

 

「これは、なんだ?」

 

 

巨大なサイオニック・エネルギーの反応だ。

パターンとしてはリヴァイアサンの放つ超大な生命力の波長に近い。

問題はそれが()()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 

 

ただ一人、最も近い存在である朱い月だけがすぐさま正体に気が付いた。

 

 

彼は僅かばかり意識を逸らしたガンヴィウスからすぐさま距離を取り、魔法使いの傍へと駆け寄る。

荒い息をしながら咳き込む魔法使いの背を擦り、肩を貸してやりながらも月の王は宙に開いた穴を見つめていた。

 

 

「ゲホッ……グ……ありがとうよ……ん、どうした?」

 

 

「いや、来てしまったなと思っていたのだ。

 本来ならば全ては真逆のハズであったのだがな……」

 

 

朱い月の言葉に魔法使いは宙を見て、己が展開した覚えのない第二魔法の行使を感じた。

可能性の向こう側より、この星系が有する全ての惑星がシュラウドという侵入者と戦うことを選択した結果が間もなく訪れようとしている。

同じ世界に同じモノは同時に存在できないという大前提さえ無視して並行世界全てから「それら」は近づいてきている。

 

 

「我が同胞、兄弟たちよ……この世が終わるまでお前たちに出会うことはないと思っていたぞ……」

 

 

朱い月は万感の思いを込めて呟いていた。

これは正真正銘、太陽系が保有する最大の戦力である。

間もなく始まるのは魔法使いでさえ想像を絶する凄まじい戦争だろう。

 

 

本当ならば逆であった。

守るのではなく殺す為に来るはずだった。

死に絶えずに生き永らえる霊長の残骸を消し去り、死した星の表層に真なる静寂を齎す為に訪れる筈であった。

 

 

 

ロムルスが貫いた宙の孔より黒い気体の様なモノがあふれだす。

人の手の様な形状に固定されたソレは超高密度に圧縮された結果、気体でありながらも液体であり個体にもなりうる。

黒い巨人の腕は「孔」の淵を押し広げていく。これから訪れるであろう同胞が通れるほどに整える為に。

 

 

 

幾つもの黒い腕があふれ出して「孔」は見る見る数百、数千キロ単位にまで拡大していく。

もう止める事はできない。洪水の様に数多くの怪物がFTL航行を行いながら次々とジャンプアウトしてくる。

「彼ら」は久しく「敵」の存在を感知し全ての艦船を攻撃態勢に切り替えた。

 

 

虚空を埋め尽くす巨大な十字架の群れ(タイプ・サターン)が居た。

 

太陽の心臓を持ち無限に巨大化する巨人(タイプ・ジュピター)の軍団が居た。

 

宙を漂う巨木が数えるのも億劫な程(タイプ・ヴィーナス)にいた。

 

虚空に球体の姿を取り浮かぶ惑星サイズの海(タイプ・ネプチューン)があった。

 

可視こそ出来ないが、空間を沸騰させる移動し意思を持つ熱エネルギー生命(タイプ・ウラヌス)が居た。

 

内部に凄まじい変換効率の反物質リアクターを持つ鋭角な多面体形状を持つ透き通った鉱石生命体(タイプ・マーズ) が居た。

 

 

そして、地表、南米より一体の影がFTLで飛翔し怪物たちの先陣を切るかの様にコロッサスと向き合う。

八本の脚、翡翠色のこの世の存在とは思えない色彩と形状の装甲。

あえてSOL3における生物で例えるのならば「蜘蛛」と評せる生命体、遥か彼方()()からの来訪者。

 

 

数えるのも億劫な程の「世界」を自らの頑強であり、柔軟であり、鋭角であり、あらゆる温度差と途方もない時間経過に耐えうる装甲の中に抱え込んだ「蜘蛛」が此処にはいた。

この存在にあえて名を付けるのならばこうなるだろう。

 

 

水星からの来訪者(タイプ・マーキュリー)など偽り。

かの者は星系を覆いし星雲より飛来せし大いなる先ぶれ。

人理が安定した世界では眠りにつき、星が目覚めし世界では蠢動するもの。

 

 

 

故にこう呼ぶべきである。

『タイプ・オールト』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【縺九°縺」縺ヲ縺薙>】

 

 

 

全艦隊Σクラス兵器の使用を許可。

現実穿孔機スタンバイ。

シュラウド・ハイパーショック(サイオニック・遠隔星系規模根絶攻撃 )準備開始。

 

 

 

 

 

 

 




ようやく七割程度が終わり書きたいシーンの一つが書けました。
ステラリスもネメシスの発売が近くなり、FGOも6章の配信が決定されて
いい感じに双方盛り上がりを見せていて嬉しい限りです。


しかしこの戦い、傍から見ると若い美男子たちが
寄ってたかって老人を集団リンチしようとしてるという酷い絵面になるんですよね……。


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the war in heaven


ステラー・ライト またの名をΣクラス。
『ACOT』というMODに登場する超越的な技術体系の第三段階。


第一段階 Δ 暗黒物質への理解と操作。
第二段階 α 暗黒エネルギーの理解。
に続く第三段階 Σ 恒星の命と意思への理解と支配である。


型月風に言えば恒星の持つエーテルを創造し支配する御業である。
しかしこれでもまだ完全にこの技術の本質を理解したといえず、最終段階Ωのさわり程度の力しか引き出せていない。
この技術を発展/完成させる為に「彼ら」は探索を始めたと言っても過言ではない。


なお原作ではコレの上にまだもう二つほど技術レベルがある。
そちらのほうも何れ触っていきたいですね。



追記 2/11日にORT戦を追加しました。
例によってミクトラン後編のネタバレ全開なのでご注意ください。










 

88。

 

 

【天上戦争4】

 

 

地球と月の間に存在する重力圏と呼ばれる範囲内において出現したリヴァイアサンの大群と「彼ら」の艦船はにらみ合っていた。

夕焼けの如き色彩を帯びた独特の形状をした艦船は次から次へとステラー級より吐き出され、現実空間に浮上すれば来る開戦の時を待つように陣形を組み、支配者の号令を待っている。

既にΣ級への換装は完了しており、これらの持つあまりに途方もない力の影響を考慮してか、あらゆる種族が聞き取れるサイオニックな通信が全周波で垂れ流しにされていた。

 

 

1500光年という非常に近場に存在する文明だけがこの通知を聴いてしまい、動転していた。

 

 

『警告。警告。Σ級の武装が解放されます』

 

『複数の文明レベル1相当の勢力による大規模な交戦が始まる恐れがあります』

 

『付近の文明は直ちに惑星を放棄し1分以内に該当ポイントより200光年以上の距離を取ってください』

 

『繰り返します。ステラー・ライトを使用した武装が解放されます。

 周辺の星系および星団の崩壊の恐れがあります───』

 

 

 

 

 

 

宙を怪物たちが覆っている。

星の代行者ともいえる怪物たちもまた直ぐには手出しせず、十字架の形状をしたリヴァイアサンを中心に着々と陣形を組み、機会をうかがっている様に見えた。

地球と月の間にある30万キロ程度のとても狭い領域の中には夥しい点線が次々と現れ、止まる事なく増え続けている。

地球開闢以来最大規模の戦いを間近に控えた怪物たちは黙々と対峙し星々を震撼させる程の圧をぶつけ合いながらも決定的な瞬間を待っていた。

 

 

“その時”がいつ来るかなど「彼ら」は理解している故に準備に抜かりはない。

 

 

89。

 

 

そしてガンヴィウスは────「彼ら」はあらゆるセンサーが捉える敵影の増大に対しておかしな話ではあるが高揚していた。

 

 

リヴァイアサンの大軍団。

単体では大した事はない存在だが、こうも数が揃えば「戦闘」は成立するだろう。

いやいや違う、そういう問題の話ではないのだ。

 

 

もっと言葉に出来ない類の感情である。

そうだ「彼ら」は感動していた。

リヴァイアサンが群れを成して確率と量子の彼方から襲い掛かってくる?

本来ならば同族同種であろうとも縄張り争いの絶えないケモノがまるで一個の軍団の様に行動している?

 

 

全て初めての経験である。

永い年月の間様々な事象を観測してきた「彼ら」をしてこんな事は初めて見た。

一体どれほどの秘密をこの星系は抱えているのだろうか。

 

 

90。

 

 

これは間違いなくSOL3が何らかの行為をしたのだろうと「彼ら」は考える。

星の意思は恐らくこの星系内に存在する全ての生命体に救援を要請し、星々はそれに答えた。

つまり、星々は何らかの手段で連絡を取り合っているということだ。

 

 

「彼ら」の瞳がセンサーとシュラウドを通して一つ一つの惑星を直視した。

まるで「お前か?」と詰問するように。

主星であるSOLからSOL1、SOL2、SOL3と次々と見比べていく。

 

 

呆然と宙を眺めるようにして動かなくなったガンヴィウスの姿を見て幾体かの英霊たちが攻撃をしかけてくるが、手加減も遠慮もなく無造作に放たれた「歪曲」と

瞬間的に開かれたゲート・ウェイが猛威を振るった。

「歪曲」に飲み込まれた英霊たちは全身の皮膚を裏返され、一瞬で血袋の様な姿となって霧散する。

 

91。

 

だが彼らはまだ幸福な方であっただろう。

少なくとも部外者から見れば酷い有様だが、本人は即死できたのだから。

ゲート・ウェイに飲み込まれた英霊たちは恒星の間近に飛ばされ、意識を保ったままSOLの重力に捕まって落下し、焼き殺されるという地獄を味わうことになった。

 

 

誰しも貴重な宝石や情報を吟味している時に隣で騒がれたら不快感を覚え、排除したくなるものなのだ。

たっぷり5秒間宙を見つめたまま微動だにしなかったガンヴィウスはやがて我を取り戻したのか、深い息を吐いてから朱い月たちを見た。

 

 

「驚愕しているよ。本当に、驚いている」

 

 

「それは何よりだ。再三に言ったであろう? 期待を裏切りなどはしない、と」

 

92。

 

ガンヴィウスは穏やかな笑みを浮かべながら月の王の言葉に頷いた。

既にコロッサスの進捗は90%を超えている。星の抵抗はもう間もなく終わる。

障壁は所々に小さな穴が開き始めており、シュラウドの力は既に星を浸食し始めているのだから。

 

多くの知見を現時点で「彼ら」は得ていた。

星の機構による面白い単語を羅列するならば“人類悪”やら“獣”等などが興味深いワードだ。

 

 

ただ。そうはさせまいと計画の中核たるコロッサスを害する程の力が現れ、自分たちの1万年にも及ぶ研鑽と計画に亀裂が入り出しているというのに「彼ら」はむしろこの状況を楽しんでいる様にさえ見えた

「彼ら」はコロッサスを通して流れ込む知見を閲覧しながら、噛み締めるように言葉を吐いた。

 

 

 

「“星系内の惑星同士で意思疎通をし、己の分身たるリヴァイアサンを使役する星がある”

 “個人で並行世界を極めて高精度で運営することが出来る”

 “星と霊長の集合無意識は高次元から数多くの並行世界に干渉できる”」

 

 

朗々とガンヴィウスは出来事を羅列していく。

今日一日で自分が得られた知見をまるでレポートに書き写すように彼は言った。

魔法や更に手に入れた新しい概念や知見を老人は若者の様な覇気で並べていく。

 

 

「ありがとう。

 これらの出来事は我々に非常に大きな発想を与えてくれるだろう。

 実際にモノを見たのだ、後は我々の工夫の問題だな。

 未知への挑戦というのは実に胸が躍るよ(ワクワクする)

 

 

 

「……本当にお前たちは知識欲の塊なんだな」

 

 

星を侵略し全てを奪おうとしている侵略者の見せる無邪気な子供の様な顔と姿に魔法使いは思わず呟いていた。

ガンヴィウスは深い声で答える。「彼ら」の根底にある行動原理を説くように。

 

 

「我々にとって“知る”や“成長する”ということは、“生きる”ことだ。

 同時にソレは自分自身との戦いでもある。

 “もういいだろう”という没落への囁きや

 過信による自滅と戦いながらも我々は先に進む───進み続ける」

 

 

「そんなずっと先を行くお前たちから見たら俺たちがこれから辿るだろう歴史なんて非効率極まりなくて、不格好で様にもならないんだろうな」

 

 

93。

 

ガンヴィウスの視線を真っ向から見据えながら魔法使いはその奥に存在する「彼ら」に向けて言葉を紡いだ。

遥か彼方、宙の支配者の有り様を説かれたのだ、ならば魔法使いにはそれに答える必要があった。

ありがたいことに月の王から地球代表というお墨付きをもらったのだから、存分にその立場を使わせてもらう。

 

 

知識が好きならば持っていくがいい。

仮にここで自分たちが負けて消え去る事になっても自分の理念だけ残して見せる。

 

 

「人間ってのは本当に馬鹿だと俺もつくづく思う。

 先にお前たちが“何でこいつら生き延びられてるんだ?”って言ってたが

 やっぱり第三者から見てもそう思うか」

 

 

ははは、と魔法使いは力なく笑った。

多くの可能性と未来と過去を見渡す彼には痛い限りの言葉であった。

 

 

「直ぐに調子に乗っては大勢を巻き込んで失敗するわ

 クソみたいな理由や、何で争っているのかさえ判らないままにやりあった挙句、反省したフリだけしてまたやらかすんだよなぁ……」

 

94。

 

 

“信じられるか? 二回も全世界が同族殺しに躍起になるのは確定事項なんだぜ”と魔法使いはガンヴィウスに言う。

「世界大戦」という原始文明が滅ぶ大きな要因を知っている「彼ら」は二回もそのような綱渡りをするであろう霊長に対して小さくため息を吐いた。

恐らくはギリギリだったのだろう。

核の力を手に入れてからそんなことが起こっては破滅は避けられない。

 

 

三度目の暁には何もかもが焼け落ちる事だろう。

 

 

「右に左に転び回って、痛い目みても中々学習しないのが人間だ。

 多くの文明を見てきたお前たちなら判るだろう? この星の霊長ってのはあらゆる文明の失敗例を詰め込んだ様な奴らさ」

 

 

「魔法使い……?」

 

朱い月が頭を傾げた。

魔法使いが何を言いたいのか判らない故に。

根本的に人ではなく、やはりどうしても人とは違う存在である彼には魔法使いが何を言っているのか、その本質が判らない。

 

 

「だけど────それでも貴方たちと同じように先に進む事だけはやめないのが人間だ。

 多くの失敗があったさ、何回世界が滅びかけたか判ったもんじゃない」

 

 

魔法使いは脱力し剣を降ろし、ガンヴィウスを見つめていた。

元より魔法等という埒外に達した自分がまともではない事は自覚している。

こんな腹の底から素直な所感をぶちまけられる機会など本来はありえない故に彼はあらゆる取り繕いを投げ捨てていた。

 

 

「俺はな、別に世界が滅んだって構わないと思ってるんだ。

 足掻いた末に迎えた終わりなら“結末”なのだから。

 こんな場所で到底敵わない化け物と戦ってる理由だって別に世界を滅びから救いたいからじゃない。

 むしろお前たちなら限りなく世界を長続きさせてくれそうだってのも判ってる」

 

 

誰もが魔法使いの言葉に耳を傾けていた。

宙の彼方でにらみ合う星の化身と星々の征服者、真祖、英霊、巨人、そしてガンヴィウスも。

魔法使いは頭を乱雑にかいた。もとより口が立つ男ではない故に、こういった演説は苦手なのだ。

 

 

「俺は今のこの世界(可能性に満ちた地獄)が好きだ。

 無茶苦茶に可能性(万華鏡)が入り混じっていて、多くの命が必死に先に進んで未来を広げていく様が大好きでたまらない。

 悪趣味だとは自覚しているさ。

 要は大勢の人生を遥か高みから見下ろしてるってことなんだからな」

 

 

 

男は観測者として多くの世界を見た。

滅ぶ世界もあれば進む世界もある。切り捨てられた世界があり、滅びに必死に抗う世界もあった。

全て同等の価値があると魔法使いは断言する。愛しい、美しい、綺麗で醜い故郷だと。

 

 

男は全ての混沌を愛していた。

可能性に対する狂信的なまでの受容主義者であった。

男は勢ぞろいした英霊たちを仰ぎ見てガンヴィウスに「凄いだろ? 一人一人が物語の主役なんだぜ」と語った。

 

 

95。

 

 

「面白い思想だな。並行世界を認識してしまった結果、自己防衛の為に至った思考なのか。

 はたまた元よりそういうモノだったからそれだけの魔法を手に入れられたか。

 どちらが先なのか興味深い所だ」

 

 

「さてな。自分でも判らないんだなこれが……。

 気づけば至ってた、ってのが正直な所でね」

 

 

“起源”と言ったか、とガンヴィウスは考察する。

元よりあった精神的な素養が魔法という規格外の奇跡を受け入れるだけの器になったのかもしれない、と。

 

ガンヴィウスは魔法使いの言葉を受け止め、咀嚼し淡々と返す。

滅びさえも受け入れる狂気的な世界と無限の可能性への執着は、なるほど、面白い精神構造であり参考にできる個所もある。

最高効率だけでは得られない物も確かにある。

しかし問題はそれのリスクが惑星全土な点であり、余りに博打に過ぎるという点だが。

 

 

魔法使いにとっては世界とは無数にある万華鏡の一つに過ぎないかもしれないが

そこに住まう者らにとっては唯一なのだ。代わりなどありはしない。

 

 

ガンヴィウスは魔法使いと同化している者らにも視線を向けた。

思えばこれらも興味深い存在である。

見た所肉体は存在せず、その本質は信仰で生み出されたサイオニック・生命体の様でありながらも何かが違う。

 

 

 

複数の単語を検索し、相応しい表現としては「プログラム」の様だと「彼ら」は推察する。

それも最高の材料を以てかなりの凄腕の魔術師がくみ上げた、とてつもなく効率的なモノだと。

もしも製作者に出会えたのならば称賛してやるべきだろう。

 

 

しかしコレの用途が世界を見守る為のものだとしたら、少々人間味を与えすぎではないかな、という感想を「彼ら」は抱いた。

千里眼というセンサーで霊長全ての歴史を観測しているのだとしたら生真面目に過ぎる。これらは馬鹿正直に全部を受け止めて、やがて仕事を投げ出してしまいそうだ、と。

酸いも甘いも知り尽くした「彼ら」でさえ時折ため息を吐きたくなる霊長の攻撃性を延々と見続ける仕事というのは、他人事ではあるが憐憫を抱かざるを得ない。

 

 

解析の途中で何やら青白い光の中から再び舞い戻ってきた英霊……先ほど「歪曲」を送り付けてやった白髪の少女が「アキレウス」等と叫びながら飛び込んで来ているが「彼ら」は彼女には

原子一つ分程度の価値も見出さず、視界にさえ入れてはいなかった。

それはそうとオリュンポスに連なるガラクタの関係者の名前で呼ばれた事は不愉快であったので報復は少しばかり強めに行われた。

 

 

全自動で少女の内面を読み取り、即座に精神干渉攻撃が発動する。

欲望を読み取り、願望を飲み込み、野望を読み漁られ、現実が歪められた。

 

 

あぁ、何と可愛らしい幼い知性体であろうか。

聞けばどうやらコレとクィリヌスは異母姉弟という一説さえもあったらしい。

父親は何の冗談か、戦闘機械(アレス)とのことだ。

 

 

「彼ら」が神祖となって真っ先に歴史から削除した関係性である。

 

 

 

エーテル体というむき出しの魂ともいえる状態では「彼ら」の干渉を防ぐ事など不可能である。

極まった精神主義者でもある「彼ら」にとって精神攻撃という手段は直接的な破壊の力など可愛らしく思える程に磨き抜かれた刃なのだ。

まだ星ごと破壊してもらえた方が、気が付かないうちに「歪曲」に飲み込んで貰えた方が幸福な最期であっただろうと思える程の仕打ちが彼女を襲った。

 

 

検索/解析/発見/浸食/冒涜という地獄が彼女を満たす。

 

96。

 

「やめろッ! 私に近寄るなッ! 私に触れるなぁぁぁぁ!!!」

 

 

血涙を流しながら少女は手あたり次第に鉄球を振り回しながら暴れ狂う。

誰も存在しない空間を超音速でハンマーが抉りぬく。

その場に存在しない筈の何者かを彼女は攻撃しようと必死になっていた。

 

 

彼女は絶望という言葉さえ生ぬるい恥辱を味わっていた。

美しい姿になってしまった自分。吐きかけられたおぞましい言葉────そして奪われた■■

 

 

憎くてたまらない男が目の前にいる。手を伸ばしてくる。

本来の彼ならばありえない行動。しかし狂っている故にそんなことにさえ気が付けない。

あらゆる場所にあの男がいる。あらゆる感覚がおぞましい単語を認識させる。

 

 

ふと、光沢ある鉄球の表面を見た彼女はそこに映る顔に絶句した。

本来あるべき自分の顔は■■■■■になっていた。

反射的に彼女は自分の顔に手をかけて皮膚を剥いでいく。

 

 

 

本心では■■■と自覚しているソレを自分の手で壊して台無しにする屈辱に彼女は遂に折れた。

武器を投げ捨て胎児の様に身体を丸めて弱弱しくすすり泣きだす。

噴き出た血液が周囲を汚す中、彼女は両手で顔を覆って丸まっていた。

 

 

「よせ……もうやめろっ……やめてくれ…………」

 

 

ガンヴィウスは少女の声に返答さえ返さなかった。

勝手に突っ込んできて勝手に全自動で発動する防御機構に引っかかり、勝手に許しを乞われているのに何を言えというのか。

英霊たちの殺気だった視線と、同時に微かに湧き出し始めた“恐怖”を認識しながら神祖は未だ深紅の光を空へと放ち続けている宇宙膜を見た。

 

 

視界の端でエーテルの粒子となって散っていく少女がいたが、欠片も気に掛けられる事はなかった。

 

 

大切なのはまだロムルス=クィリヌスは死んではいないという事実だ。

真なる神祖は星々の化身を呼び出す事に全力を使ったみたいだが、それでもまだ滅んではいない。

ガラス細工が割れるような音と共に宇宙膜は割れ、身体の所々を欠けさせたロムルスが現れれば魔法使いと朱い月の傍へと降り立った。

 

 

膝をつき荒い息を吐くロムルスに魔法使いが応急手当をし……ロムルスと朱い月は一瞬だけ見つめ合った。

 

 

「セレネーの化身よ───許す」

 

 

「…………礼を言うぞ」

 

 

短いやり取りであったが、二人の間で意思疎通が行われる。

月の王は僅かに躊躇うような仕草を見せた後───神祖の首筋に牙を突き立てた。

血の代わりに噴き出るのは真っ赤なエーテル粒子であり、ブリュンスタッドはソレを一滴残さずのみ漁っていた。

 

 

メレム・ソロモンを吸収した時と同じく、この宇宙生物は吸血という行為を以て他者を取り込む事が出来る故にそれを行っているだけだ。

 

 

「彼ら」の眼にはロムルスの力が朱い月に向けて流れ込んでいく様がはっきりと見える。

完全なる神を取り込む等、たとえ両者に合意があったとしても本来ならば不可能な所行であった。

純粋なる真祖でさえこんな事は出来ないだろう。風船に空気を入れすぎた時の様にパンクして当然である。

 

 

だが曲りなりにも朱い月は一つの星の頂点である。

全てを以てガンヴィウスに挑むという彼の言に嘘偽りはない。

リスクなど覚悟の上で彼は神を食らうという無謀を行っている。

 

 

 

力の譲渡が完了する前に真なる神祖に止めを刺すべくガンヴィウスは一歩踏み出した。時間に余裕はないが実行する。

全身にαの力が循環し増幅していく。

試しに「歪曲」をロムルスに送り付けたが、魔法使いは空間が捩じれる瞬間に空間そのものを並行世界へと飛ばして無力化した。

恐らくエネルギーランスを撃ち込んでも同じように無効化されるだろう。

 

 

どうやら直接葬らなければならないらしい。

すかさず多くの英雄たちが三者を守るように動き、ガンヴィウスの前に立ちはだかる。

100にも届く英雄、英傑たちがガンヴィウスを阻んだ。

 

 

 

北欧の戦士王とその妻を先頭に角を生やした白髪の女弓兵、大砲を構えた大男、朱い長槍の青い槍兵などなど、人類史が誇る英傑たちが外宇宙の怪物たちと向き合っている。

彼方ではグレイ・セファールが中々潰せない英霊たちにいら立ちを隠そうともせず暴れ回っている。

宙を舞う戦乙女たちからの爆撃と天竺の兄弟たちによる完璧な連携は巨人を倒すには至らないまでも足止めとしては成功していた。

 

 

ブリテンを破壊してもよいという許可さえ与えればすぐさま殲滅できるだろうが、残念ながらソレは与えられない。

大物は小回りのきく存在の相手が苦手なのは「彼ら」は知っている故に、追加の増援が検討され始めた。

幸い周囲には“デブリ”が大量に存在しており、もう間もなく解析は終わる。

 

 

97。

 

 

英雄が一歩前に進み出てガンヴィウスに鋭い視線を向けた。

若草色の短髪が特徴的な青年だった。

豪奢な鎧に、立派な二頭の馬で引かれた戦車を持つ男の名前はアキレウスと言った。

 

 

女王の誇りを踏みにじられた最期を見て、煮えくりかえった腸を感じさせないように努めながら怪物の前に彼は姿を現していた。

 

 

「待ちな爺さん」

 

 

「…………」

 

 

ガンヴィウスの視線がここにきて初めて英霊へと向けられた。

正確にはアキレウス本人ではなく彼が着込んだ鎧と所持する盾に向けてであるが。

 

 

オリュンポス(ガラクタ)の系譜か。何の用かな?」

 

 

「……今なんて言った。

 誉高きオリュンポスの神々を侮辱したな……女王だけじゃ飽き足らずに……」

 

 

アキレウスは白髪の少女がいた場所を見た。

今は血だまりしか残っていないその個所には先ほどまであらゆる絶望を味わい、尊厳を破壊された誇り高き女王がいた。

やれやれとガンヴィウスはため息を吐いた。

 

 

確かに素晴らしい英雄なのだろう。

次々と現れる英霊たちの中でも頂点に近い大英雄なのだろう。

こんな状況でなければもう少し文明的な対応をしてやれたのだが。

 

 

 

朱い月とロムルス、魔法使いの三者をこのまま放置するのはよくない。

恐らくまた何かやらかすに違いないという確信があった。

故にガンヴィウスは少しばかり急いでいた。

 

 

 

星系全土を巻き込む戦いはもうすぐそこだ。

英霊など話にもならない戦いの幕は既に上がり始めている。

 

 

 

「知らないのかね。

 君たちが崇めるオリュンポスの神とやらも起源は我らと同じく、宙の彼方から来たのだよ。

 彼らの行動が君たち視点から見てズレているのは当然だ。

 あれらは一種の奉仕機械なのだから」

 

 

最も奉仕の対象である創造主は滅んでいるようだが、とガンヴィウスは続けた。

 

 

「機械が恥知らずにも生物の真似をし、自分たちにも心があると驕っているのが奴らの正体だ。実に不愉快極まりない」

 

98。

 

ギリシャ神話というデータを解析して「不愉快」という感情を「彼ら」は抱いていたと吐露する。

それは神がひたすら人を振り回す様に義憤を覚えたのではない。

 

単純な好悪の問題である。

「彼ら」は精神活動を上辺だけで真似て、神として君臨する機械という存在が嫌いで仕方がなかったのだ。

もしも巨人の蹂躙をガラクタ共が跳ねのけていたとしてたら「彼ら」が直接排除していただろうと断言できるほどに。

 

 

かつての銀河においても機械文明に対する排除は徹底的に行われた。

銀河を破壊しうる兵器さえも用いてあらゆる機械が主体となっていた文明は痕跡さえ残さず浄化されたものだ。

 

 

「もういい。そうかよ───」

 

 

憤りを込めて呟き、馬車もろともアキレウスの姿が消えた。

流星の如き速度と物理法則を無視した三次元的な軌道を描きガンヴィウスを翻弄するように飛び回る。

トロイ戦争において数多くの英雄たちを叩き潰した真なる英雄の速力はルキウスさえも超えるかもしれない。

 

FTLにも到達しかねない速さを前にガンヴィウスは無感情でアキレウスに言った。

恐らく生涯で一度も言われた事がないであろう所感が大英雄に向けられる。

 

 

「素早いのは判った。

 ……それで、ソレに何か意味でも? 元より速さ比べなどするつもりはないぞ」

 

 

速さを競いたいのならばオリンピアにでも行けばよいとガンヴィウスは続ける。

「彼ら」のセンサーと感覚は確かに早いがそれでもFTLには届かない程度のアキレウスを完全に捕捉していた。

ガンヴィウスは手元に滞空させていた杖を手に取り、先ほど得たばかりのデータを読み込む。

 

 

ちょうどアキレウスにとてつもない執着を抱いていた女を先ほど蒐集したばかりだ。

 

 

 

「喜べ。私が願いを叶えてやる」

 

 

 

解析/模倣/補充。

 

 

真名 ペンテシレイア。

 

願い アキレウスの抹殺。

 

 

残骸捕捉完了。

欠損部分はシュラウド及び他の英霊たちの残骸を以て補充。

 

 

周囲を満たすシュラウドが先ほど絶望と苦痛の中で散った少女の欠片を繋ぎ合わせていく。

英霊たちはどうやらエーテルとしての実体を破壊されると完全に霧散するわけではなく、残骸として何割かの“パーツ”が残留することは判明している。

幸いこの地には夥しい量の骸が漂っている故に、継ぎはぎするための材料には困らない。

 

 

原理としてはかつてヴォーティガーンを呼び戻した時と同じである。

キメラ。パッチワーク。モンキー・モデル。

これを表現する言葉は多々あるが、本質は冒涜の一言であった。

 

 

 

『ア、ァ、ア・ァァァァアキレウゥスゥゥ……!!』

 

 

先ほど同時に「歪曲」によって葬られた二人の槍兵たちが掛け合わされてペンテシレイアは再臨した。

少女の持っていた翼と角を生やし、黒子の優男が手にしていた二振りの槍を以てアマゾネスの女王は改良された姿を晒す。

 

皮膚が常に泡立っている。

全身に爬虫類の様な鱗が生えそろい始める。

竜という要素を外付けされた結果として、ソレを基点に余りのアキレウスへの執着に彼女は悪竜へと変貌を始めていた。

 

 

『悪竜化現象』という余りの欲望によって肉体や魂が変異してしまうという珍しい精神活動による事象を観測した「彼ら」は

満足を覚え、これ以上は二人の逢瀬の邪魔になると結論した。

 

 

「場は整えた。あとは君の努力次第だ」

 

 

「待てっ! 貴様っ───」

 

 

99。

 

全く眼中にない態度を隠そうともせず、何処までもペンテシレイアという英雄を乏しめるガンヴィウスにアキレウスが切りかかろうとするが

そんな彼に横合いからペンテシレイアが襲い掛かり彼を馬車の上から弾き飛ばす。

 

 

無理やり結合された要素が反発し合いながら絶えず自壊を続けているが、シュラウドの力はソレを超える再生力を彼女に与えている。

白黒が反転した瞳の中に浮かぶ充血しきった眼で彼女は彼へと飛びかかった。

脚の筋肉を一歩踏み出す度にズタズタに引き裂きながらも彼女は強化に強化を重ねて最速の英雄へと追いすがる脚力を得て憎き敵へと襲い掛かり、殴り飛ばす。

 

 

 

理性を失っているというのに流麗な───混ぜられた黒子の槍兵───の槍技を披露し襲い掛かってくるアマゾネスの女王の猛攻は最速の英雄を防戦一方へと追い込むのに十分なモノである。

徐々に遠ざかるガンヴィウスの背へと向けてアキレウスは叫んだ。

憎悪と憤怒が混ざり合った彼の姿は親友が死んだとき以来誰も見たことがない程に凄まじい様相であった。

 

 

「キサマァァァァ! 逃げるなッ! 俺と戦いやがれッッ!!」

 

 

『アァアァキレウウゥスゥゥゥゥゥ───!!!』

 

 

若き大英雄の絶叫をかき消す程の憎悪の咆哮が迸り、やがては遠く剣戟の音しか聞こえなくなるのをガンヴィウスは背中ごしに感じ取りつつ、次に立ちはだかる北欧の英雄夫婦を見た。

油断なく構える北欧神話最強の英雄と最高の戦乙女を前にしながら彼は時計に気が付いた若者の様に宙を見上げた。

ガンヴィウスは何でもない普段の雑談でもするように言った。

 

 

出来れば事が始まる前に厄介な三人に対処したかったが、今は数多くの仕事が立て込んでいる故にこの部分の遅れは許容範囲内である。

最も重要な仕事の進捗は問題ない。ちょうど、その一つが終わりを迎える処だ。

 

 

「時間だ。次の工程を開始せよ」

 

 

100。

 

 

瞬間、星の内部で何かが砕け散った。

SOL3の決して外宇宙の侵略者には屈さないという意思の表れである“世界の果て(ファイアー・ウォール)”が遂にコロッサスの放つ解析光の圧に押し負けて一部とはいえ解除されたのだ。

露わになるのは星の内海よりもなお深き星の頭脳体、心、魂へとつながる道。

 

 

この惑星が内包する概念宇宙、マイナス宇宙とも称される森羅万象あらゆる神秘と情報を内包した世界はもうすぐそこにある。

音も声もなかったが、宙に君臨しシュラウドの力を無尽蔵に流出させ続けているコロッサスは確かにガンヴィウスに答えた。

 

計画に遅延はない。

宙を埋め尽くすリヴァイアサンという予想外こそあったが、こちらにも既に迎撃の手は準備されている。

 

 

 

惑星解放作業の第二段階開始。

シュラウドに座する「彼ら」と星の宇宙との間にリンクを確立する作業が開始されようとし……膨大な破壊の光がコロッサスに向けて投射された。

 

 

 

今までの沈黙が嘘の様に星の化身たちが動き出した。

鉱物の様な質感をもった十字架型のリヴァイアサンたちが無数の光の十字架をコロッサスに向けて放った。

直系10メートル程度の眩く輝く弾丸の正体は強力極まりない電磁衝撃であった。

 

 

超高濃度エネルギー塊としてプラズマの側面さえもあるソレらは文明レベル2の艦船でさえ直撃すればただでは済まない破壊力を秘めていた。

もしも地上に向けて放たれたら無数の十字架が地面に突き刺さり、惑星の南北が逆転するレベルの地殻変動を引き起こす程のエネルギーが込められている。

しかしコロッサス護衛艦隊に数多く配備されたエスコート・クルーザーはその名前の通り極めて高次元の防衛能力を持っており、この程度は予想を欠片も超えはしない。

 

 

原始文明の持つ「弓」の様な形状の船はその上下の端から中央にかけて大量の迎撃兵器を搭載している。

瞬時に分析され、この程度の攻撃にはΣは相応しくないと判断。結果として武装はαが選択された。

 

 

『P』級迎撃兵装稼働。

αクラス・インフェルノ・マトリクス稼働。

ガンヴィウスが生身で使用する何十倍もの密度の暗黒エネルギーが収束し、それらは一隻あたり秒間4000発という速さで細長い線として宇宙へとばら撒かれた。

これは威力そのものを多少犠牲にした代わりに連射能力を高めたα・クラスエネルギーランスであった。

 

 

十字架が放った電磁衝撃とα・クラスのエネルギーが衝突し、数万キロ単位で空間が歪み、星系全土に空間振動が奔った。

電磁衝撃を撃ち抜いたインフェルノ・マトリクスによる防空攻撃がリヴァイアサンの群れへと突き進む。

だが流麗な多面結晶生命体であるタイプ・マーズが反応し、迎撃行動に移る。

 

 

 

宙に浮かぶ超巨大なクリスタルたちが一斉にその身を変化させた。

高次元の立方体として存在する生命は3次元にその影を投影させていく。

美麗な8面正多胞体が32本の辺、24枚の正方形を形作った。

 

 

宇宙に浮かぶ“箱”は図らずも「彼ら」が所持する超兵器の一つであるスター・イーターに似通った姿であった。

全ての面から目に見える程の膨大なエネルギーが循環し、心臓でもある超巨大反物質反応炉が出力を上げていく。

ギィイヤァァという甲高い悲鳴の様なエネルギーの収束音が宇宙を揺らす。

 

 

箱の一面が輝き放出されるのは超高密度のエーテル砲であった。

魔法使いの放つソレの数十万、数百万倍の威力を持つソレが何百と宙を彩った。

鮮やかな光線がαクラスの弾幕と衝突し、完全に拮抗した両者の攻撃は空間に穴を穿ち、この宇宙膜ではない何処かへと落ちて行ってしまった。

 

 

落下先の空間において1天文単位程度を巻き込む超巨大な爆発が発生したが、この世には関係ないことだ。

 

 

リヴァイアサンの軍団が満を持して動き出す。

 

タイプ・サターンは目立った動きこそしなかったものの、緻密にして超大なサイオニック・リンクを友軍間で形成し完璧なる連携を可能とする為のネットワークを編み上げた。

 

タイプ・マーズはその場から動かず長距離砲撃形態を維持。

 

タイプ・ヴィーナスーは大樹の如き様相から連想させる通り何億もの枝葉を伸ばし、その先端には鋭利な形をした戦闘端末を形成し、威力こそ劣るものの恐ろしい程に精確なエネルギーの発射口を作り出す。

 

タイプ・ジュピターは自らを構築するガスをエネルギーへと変換し刃渡り数十キロにも渡る巨大な炎の剣を創造して構えた。

 

タイプ・ネプチューンは途方もない質量を誇る液体状の肉体を限りなく薄く散布させ敵対者が打ち込んでくる熱エネルギーから仲間たちを守るように展開した。

 

タイプ・ウラヌスは周囲のエーテルと熱量を吸収しそれらをネプチューン経由で同胞たちへと延々と供給するパイプの役割に徹した。

 

 

そしてタイプ・オールトは全てのリヴァイアサンの先陣を切り、空間を奇妙な力場で汚染しながら艦隊と向き合っている。

空間が音を立てて凍り付き、結晶の様な奇妙な無機質素材へと変換されていく。

 

 

リヴァイアサンの動きを全て観測しきった「彼ら」は敵対勢力の概算戦力値を計算し、万全を期する事にした。

 

 

艦隊戦力 劣等 

敵対存在の艦隊戦力は我々と比べて劣等である。

念のため補充推奨。星系基地防衛機構稼働。

 

技術レベル 劣等 

敵対存在の技術レベルに特筆することはない。

魔法こそ脅威ではあるがリヴァイアサン一体一体の能力はありきたりであり、単体ならば問題はない。

 

経済規模 評価外。

 

 

 

「彼ら」が動いた。

SOL3の衛星をシュラウドの力が抱きしめる。

先ほどガンヴィウスが行ったようにオールトの雲の天体が幾つもゲート・ウェイで引きずり込まれて高次元への贄となった。

 

シュラウドの力は因果さえも支配すると言わんばかりに夥しい量の天体や衛星を代価に

鉱石、合金が作り上げられ、更には“建造”という過程さえも吹き飛んだ。

強引に行われた創造であるがゆえに何時もより多くの代価が必要となり、オールトの雲の質量がSOL3換算で40個分程消え去ったが誤差の範囲内だ。

 

 

月を抱擁していた霧が晴れればそこに座していたのは奇怪極まりない“箱”であった。

月と同じか一回り程巨大な金属質の正方形である。

タイプ・マーズとどこか似た姿をしている。

 

 

コロッサスと同じく所々に光の線を走らせた無機質極まりないコレの名前はスター・イーターと言った。

 

 

単体で星団を丸ごと破壊する主兵装のほかに夥しい量のΣクラス兵装で武装したスター・イーターは正に衛星規模の要塞といえた。

本来ならば「彼ら」の誇る究極兵器(銀河・宇宙破壊兵器)を起動する為の蒐集装置であるが、今回は純粋な戦闘の為だけに之は創造された。

かつて月が座していた衛星軌道より誕生した星々の捕食者が音もなく動き出す。

余剰分で更に増産された護衛の艦隊を伴い星を食らう怪物がコロッサスの護衛へと加わる。

 

 

動くだけで巨大な重力の変動をスター・イーターは巻き起こす。

重力を支配する艦隊や、そもそもそんなものを意にも介さないリヴァイアサン達には無関係の話であったが

幾ら保護をされているとはいえ限度というものがある故にSOL3の自転が加速していく。

 

 

数十億年連れ添った月を失い、SOL3の地軸と自転が狂いそうになるのをシュラウドの力がせき止めた。

この戦いが終わり次第、新しい衛星を見繕ってやるか製作してやる必要があるだろう。

朱い月には悪いが、あの程度の衛星などそこら中に転がっている故に容易い話だ。

 

 

 

 

リヴァイアサンの軍団が前進を始めた。

目標はただ一つ、星を穿ち続けるコロッサスである。

星の化身達は隠し切れない憤怒と拒絶を以て侵略者を排除すべく動き出した。

 

 

迎え撃つべくΣクラスを解禁した艦隊が夕焼けの如き美しい輝きを放ち始める。

既に無数の恒星がリアクター内で産声を上げて解放の時を待ちわびていた。

 

 

「弓」の如き形状をした奇怪なエスコートやバトルクルーザーと

それを更に横に引き延ばし、厚みを与えられた結果として「盾」の様なシルエットを持つハイペリオン級スーパー・バトルクルーザー。

更には螺旋槍の様な姿をしたタイタン級までもがコロッサスの周囲に展開し、たかが惑星如きが歯向かう事に対しての懲罰を与えんとしていた。

 

 

リヴァイアサンの接近を認めたスター・イーターが戦闘態勢に入る。

月よりも一回り程巨大な異形が周囲の物理法則を書き換えながらFTLで動いた。

Σリアクターとαエネルギーがこの怪物に途方もない活力を与える。

 

 

表面に青紫色の光のラインが幾つも走り出し、正方形の一部が窪み兵装が展開されれば、光を孕む。

怪物は解放の瞬間を今か今かと待っていた。

 

 

 

 

天上戦争の最終局面が始まる。

 

 

 

 

 

 

【the war in heaven】

 

 

 

 

SOL星系の中心であるSOL(太陽)の近場、それこそ最も身近な星であるSOL1の公転軌道よりも内側に隠蔽されていた巨大な物体が偽装を解除して姿を現した。

巨大な一本の塔を中心として骨組みの様なリング構造を伴ったソレの名前はαクラス・シタデルと言った。

恒星という規格外の巨大さを誇る物体の近場にあるせいで分かりづらいが、これの大きさはスター・イーターに引けを取らないものがある。

 

 

「彼ら」の世界では自身の領有する星系にはその中心となる恒星に星系基地を建築し、領有権を明らかにするという常識がある故に当然「彼ら」もこの星系に基地を建造していた。

星系の全てを観測し、周辺を星団規模で監視下に置けるだけの性能を持つコレは与えられた役目───即ち星系の防衛という任務を果たすべく稼働したのだ。

文明レベル1の大艦隊を相手にしても互角以上に渡り合えるだけの力が解禁されていく。

 

 

 

ディフェンス・タワー展開……40基展開完了。

全防御システム稼働。

砲撃を開始。

敵性存在の排除を実行。

SOL3への被害は不許可。

 

 

 

移動を考慮されてないシタデルにはその分多量のリアクターと気が狂う程の戦闘施設が建造されており、火力投射能力はΣで武装した艦隊のサポート程度はできる。

要塞から展開された塔の様な形状をしたディフェンス・タワーと要塞そのものに設置された万にも届く数の砲塔全てにαエネルギーが過剰なまでに充填され1au(1億5000万キロ)

という非常に近場に向けて全火力を恐ろしいまでの精密さで投射した。

 

 

 

秒にも満たない刹那の速さでαクラス・エネルギーランスは星系を横断しSOL3近郊に存在するリヴァイアサンの群れへと殺到した。

5桁にも及ぶ青白い光の線が空間を埋め尽くしており、宙はまるで青空の様に染め上げられた。

この細い線一筋一筋がSOL3を軽々と貫通し、複数の惑星を纏めて突き穿つだけの暴虐である。

 

 

 

十字架タイプのリヴァイアサンは言葉こそ発さないものの非常に高度な知性がある故に、恒星から飛翔してくる巨大な破壊の予兆を瞬時に理解/把握、星々に向けてそのデータを送った。

リヴァイアサンが構築されたネットワーク経由で瞬時に情報を共有し、対抗策を考案、実行した。

甲高い高次元の嘶きが虚空へと向けて放たれ、星系の全ての星が賛同/許可を出す。

 

 

SOL3において大英雄アキレウスが所持する宝具に蒼天囲みし小世界(アキレウス・コスモス)というものがある。

「世界」を盾として加工した概念防具でありこれを破壊するには世界を破壊するだけの力がなくてはならないという逸品だ。

 

 

原理としてはソレと同じであった。

しかし規模と出力が比べるのも馬鹿らしくなるほどに次元違いである。

 

 

 

タイプ・ウラヌスがタイプ・オールトに向けて莫大な量のエーテルと情報を流し込む。

タイプ・サターンが術式を回し、タイプ・ヴィーナスは枝葉を拡散させ、そこにオールトの水晶が絡みつき展開規模を拡張。

タイプ・ネプチューンは防ぎきれなかった場合を想定して全力でエネルギーの吸収へと回る。

 

 

タイプ・ジュピターたちが手に持った剣を虚空へと掲げればそれらは宙のテクスチャを軽々と焼き貫き、この世界のシステム領域にまで届いた。

その奥の中にある、廃棄されていた可能性にアクセスし、抽出し、加工する。

 

 

 

不要と判断され星系全土が管理保有する廃棄孔へと捨て去られていたデブリが引き上げられる。

剪定され後は完全なる消滅を待つだけであった異聞の歴史が星系ごとサルベージされ、それらは純粋なデータと概念に加工された後でタイプ・オールトへと流し込まれた。

これは幾つもの星系をまとめて加工され作り出された防御壁であった。

都合SOL星系27個分程の物質的/概念的な防御能力を持つ盾である。

 

 

 

防御概念を帯びた水晶が爆発的に広がっていく。

数万キロ単位でタイプ・ヴィーナスの枝葉を伝う様に、網目の如く薄く広く伸びていく。

太陽光と迫るαの光を受けて青白いながらも翡翠交じりに美しくソレは輝いていた。

 

 

 

 

着弾。

 

 

一瞬だけシュラウドの霧が晴れ、惑星上の全ての面から夜が駆逐された。

SOL3の全ての生物は余りの閃光に目を覆った。

彼らに出来るのは神祖の勝利を祈る事だけ。

 

 

それが自らの知らない神への助力となる事も知らずにローマの民は祈り続けていた。

 

 

対星系攻撃と星々の盾が衝突した。

惑星同士の衝突でさえ笑い話になるほどの激震が星々を揺らした。

 

 

シュラウドで保護されたSOL3であったが、それでも惑星全土に最大規模の地震が引き起こされた。

持ち上げられ、惑星近郊で引き留められていたオーストラリア大陸等は微かにシュラウドの保護の外にいたのか、瞬間的に蒸発した。

膨大な破壊の余波は新星爆発の如き衝撃波となって星系全土へと拡散し、幾多の星が公転軌道からたたき出された。

 

 

 

衝突の瞬間、星系10個分の概念が砕けた。

圧縮され練り込まれていた恒星が霧散し、ガス惑星は嵐の前の塵の様に吹き散らされる。

αクラス・シタデルにエネルギー切れ等という概念はなく、要塞は次から次へとα・エネルギーランスを雨あられと撃ち込み続ける。

ジリジリと水晶が焼き砕かれ、防御力場が縮小していく。

 

 

更に異聞30個分程度の星系が補充され水晶の防御壁が強化されれば、次に動いたのはタイプ・マーズであった。

星々の化身である故に当然の如く相対性理論など無視して加速させたプラズマ/エーテル砲を結晶体の中央から放つ。

瞬時にαクラス・シタデルに着弾した流麗な光の線は当然の如くシールドに阻まれるが、関係ないと言わんばかりに砲撃は続く。

 

 

超高濃度のエーテルとプラズマの前にシールドに綻びが生じるが、予備の動力が作動し防壁の再生に回される。

その結果、タイプ・マーズの長距離砲撃は徐々にシールドが供給され続けるエネルギーとの拮抗に負けてしまった。

エネルギーを1削るたびに100回復されるようなものだ。永遠に攻撃を行おうと突破は不可能である。

 

 

何の問題はない。元より攻撃で倒せるという想定ではなかった。

時間さえ稼げればよいとタイプ・サターンは演算していた。

既に()()は出ている。

使うたびに世界の寿命が削られ、膨大な負債が発生するが、今日ここで全てが奪われるよりはマシだと。

 

 

「青」の法が星の化身達の意の元に行使された。

全てを持っていこうとする法とそれを拒絶するシュラウドの力が衝突し、時空間に亀裂が入る。

 

 

1億5000万キロという極めて短距離を色とりどりな光の線が結び合わせていた。

エーテルとαクラス・エネルギーがシタデルとSOL3を繋いでいる。

そんな線がある瞬間、ぷっつりと途絶え、二度と発生することはなかった。

 

 

αクラス・シタデルは消え去っていた。

爆発も破壊も何らかの前兆もなく、瞬間的にジャンプドライブでも使ったかのように消えたのだ。

 

 

「彼ら」に驚きはなかった。

因果の揺れ、量子のもつれ、可能性への接続と追放。

これには覚えがある。

かつてコレクターの艦隊を葬った際に使用した「シュラウドの瞳」に近いモノであると瞬時に理解し、シュラウドの力で艦隊に対する干渉を弾いたのだ。

 

 

魔法使いの行使する魔法とはまた別種の魔法、という知見を「彼ら」は得た。

結果、シタデルを失ったがこれは故意であった。

星系基地と未知の新たな攻撃法の解析、その二つを天秤に乗せた結果である。

 

 

シュラウドを経由して時間軸の中を検索すれば、大体10銀河年ほど先の未来に存在することが発覚する。

もはや回収は不可能だろう。

シュラウド・ジャンプを使えば行って帰ってくる事も出来るだろうが、艦隊だけならともかくあそこまで巨大な要塞に改めて外付けでジャンプドライブを装備して回収となると明らかに採算が合わない。

そもそも星系基地は移動するという事が想定されていないので、装備するにしても設計の見直しから始めることになってしまい、新しく建造した方が明らかにコストや時間の節約になる。

 

 

解析。解析。分析。分析。

予想───これは時間軸の置き換えと暫定予想。

魔法使いの運営とはまた別種の魔法だ。時間が内包する情報を操作した可能性、大。

 

 

対抗策、シュラウドの力による……。

 

 

まぁいい。元よりアレは旧式のシタデルだった。

この星系の真価を知らない時期に建造した役者不足な代物だ。

之が終わり次第、Σクラスの相応しいモノを建築してやろうと「彼ら」は考えを切り替えた。

 

 

星々の盾に守られながらリヴァイアサンの軍団が行動を開始した。

タイプ・オールトとタイプ・ヴィーナスは互いに一糸乱れぬ速度で艦隊へと迫る。

水晶で構築された文字通りの「星系要塞」に籠りながら他の怪物たちもそれに続く。

 

 

 

火星の化身らが自分たちを覆い尽くす結晶へと向けてエーテル砲撃を行えば、翡翠色の水晶はそのエネルギーを吸収、増幅して同化している枝葉の様々な個所から放出する。

原初のルーンと同種の力によって千万倍規模に増幅されたエーテル・ランスの極大放火が艦隊へと向けて牙をむいた。

遂にようやくαクラス・エネルギーランスを上回る破壊の力を手に入れたリヴァイアサン達は「彼ら」の艦艇を落としえる力へと至ったのだ。

 

 

 

つまり───()と認識されたということである。

 

 

 

Σクラス・シールドが展開される。

朝焼けの如き深紅ともオレンジ色ともつかない障壁がエーテル砲撃の前に立ちはだかった。

スター・イーターのリアクター内で何千もの恒星が生まれ続け、それらの生命力が搾り取られ消費される。

 

 

 

超新星がリアクター内で次々と生まれては死に、それらが持っていた全ての生命力と、これから世界に与えたであろう影響力が奪い取られる。

これは宇宙のエントロピーさえも超越していた。

本来ならばニュートリノが持ち去るであろう99%のエネルギーさえも完全に使用することが出来る。

冷める一方だった宙に無から生まれた恒星は新しい熱を注ぎ込むことさえ可能であった。

 

 

一つの超新星につきSOLの4,4兆年分のエネルギーを秘めていた。

ソレが千単位で生成され、完璧なるエネルギー効率で制御されている。

 

 

リヴァイアサン達は赤子の如き星が死に絶える絶叫を聴き、憤怒と共に砲撃へと込めるエーテルの量を増幅させた。

水晶の増幅装置は更に倍率を上昇させ、億の単位で攻撃を強化した。

 

 

眩い輝きを放ちながらエーテルの飽和射撃はΣクラスのエネルギーシールドに直撃し……シールドは欠片も揺らがない。

拮抗という表現さえ出来ない。完全に弾かれている。

薄い光の壁の様に加工されたステラー・ライトエネルギーに対してエーテル・ランスはその刃先を分子一つ分さえも突き立てる事が出来ていない。

 

 

 

たかだか星系数十個分程度では全く話にならない程に支配しているエネルギーに差がありすぎた。

文明レベル1を通り越し、かつてのズィロンを超えた文明レベル0.4に位置する「彼ら」の常識においてはこの程度のエネルギー等、一つの小さな植民惑星が一月で生み出す量にすぎない。

 

 

ならば、と第二の魔法が行使される。

多くの可能性を束ね、統合し、威力を水増しする。

他の世界からさえもエーテルをかき集めた上で、不要と判断されて破棄された数多くの異聞の情報を熱量へと変換し、光の線として実体化。

何百億本もの熱量へと置換された異聞がタイプ・ウラヌス経由で水晶へと流し込まれ、エーテル・ランスは更に勢いを増した。

 

 

それだけのものを総動員してなお、Σは揺らがなかった。

虹色に輝くエーテルの超収束槍は無様に防御力場に当たり散らしているだけだった。

 

 

もういいだろう、とスター・イーターが前進を開始した。

余興は終わりだと断ずる「彼ら」の意を表明しているようである。

否、これは征服行動であり、覇王の行進のようであった。

 

 

一定以下の───文明レベル1相当の───位階がなければこの箱が無造作に放出しているエネルギーの余波だけで蒸発してしまうだろう。

 

 

 

懸命に押し込もうとするエーテル・ランスを真っ向からねじ伏せる様に悠々とスター・イーターは征く。

 

 

 

主兵装たる星団を瞬時に崩壊/再変換するシステム・クラッカーこそ起動していないものの、コレは単体でレベル1の文明を滅亡にまで追いやるだけの戦闘能力がある。

幾多の超新星を内包したソレが戯れとばかりに微かに重力を操作すれば、星系の“軸”はスター・イーターのものとなった。

何てことはない。今まで主星であったSOLよりも巨大な重力を持つ存在が現れれば、SOLがソレに振り回されて公転を始めるのは当然の摂理である。

 

 

つられて星系内の全ての公転軌道が無茶苦茶に歪み始めた。

今まで通り存在する恒星と、突如として現れたスター・イーターという異物の二つに綱引きされているようなものだ。

重力を天秤で比べれば圧倒的に星を食らう怪物に軍配が上がるが、それでも元より星系内の全質量の9割以上を占めていたSOLの力も強い。

 

 

 

超衛星サイズの物体は内部で生まれ続ける恒星の力を戦闘という行為に消費する。

鉱石の様な質感の表面からΣクラス・ミサイルが朝焼け色の弾道を描いて超高速で放たれる。

 

総数は僅か3発である。

スター・イーターの持つ武装の数々からしたら余りにも小規模なソレは内部に格納されていた小型のワームホール展開機を稼働させる。

あらゆる迎撃行動を無効化するにはどうすればよいか、という問いに対しての解答例の一つがコレであった。

 

 

 

即ち、敵が防げない距離にまでワープで送り付けてしまえばよい、ということだ。

Σ兵装の真価を見せるべく、SOL3の極地を基準とし、リヴァイアサンの群れの真上と真下にミサイルは送り込まれ、花開いた。

同時に艦隊とリヴァイアサンが存在する空間が大幅に拡張され、次に放たれる攻撃の余波に備える。

 

 

瞬間、星の化身達は恒星に挟まれた(恒星サンドイッチ)

Σクラスのミサイルの中には比喩ではなく文字通り星の卵が込められている。

それが孵化し、瞬時に新しい光の星として形作られたのだ。

 

 

 

上にはK型の恒星。表面温度、5240度。

下からはG型の恒星。表面温度、5980度。

鮮やかな黄色とオレンジ色は、暗黒の宇宙空間においては救いに見える程に美しく鮮やかだった。

 

 

共にサイズはガス惑星程度というとても控え目で可愛らしい雛たちが、リヴァイアサン達を挟み込んだ。

何、時には銀河が衝突し合体することだってあるのだ。

恒星が互いの引力と重力を絡ませ合って睦みあう事もありえなくはない。

 

 

シュラウドが囁き、一対の恒星の中に蓄えられていたヘリウムを40億年分ほど高次元へと略奪した。

途端、当然の摂理として水素核融合反応は激化し黄色とオレンジの星は巨大化を開始する───その隙間に哀れな虫けらを挟み込みながら。

グガランナの言を借りるならば、輝く空が落ちてくる、美しい光を放つ明けの明星が空を埋め尽くし、星の死と開闢の光はその狭間の全てをすり潰す、といった所か。

 

 

怪物たちの盾であり槍でもあるタイプ・オールトの展開する水晶に亀裂が入り隙間が空いていく。

一つ、また一つと概念が砕けていく。

SOL3におけるどのような物質よりも固く柔らかく、鋭く、温度差に耐え、時間経過をモノともしない装甲は残念ながら恒星にサンドされる事には耐えられなかったようだ。

 

 

タイプ・ジュピターらの全身に火が回り、巨人たちは悶える様に総身を震わせた。

体を構成するガスが恒星の引力に引き寄せられ、彼らは生きながら全身を吸い取られた上に丸焼きにされる恐怖を味わっていた。

 

 

タイプ・ウラヌスが悲鳴を上げていた。

声帯はおろか、実体として受肉さえしていない熱エネルギー生命体は許容量を遥かに超える熱量を注ぎ込まれ、湖に溺れる虫の様にのたうっていた。

 

 

タイプ・ネプチューンは健気にもその総身を霧の様に細かく分割し同胞たちを襲う襲わんとする暴虐からの盾とならんとしていた。

しかし惑星サイズの海程度では今なお膨らみ続ける恒星の前では文字通り焼石に水でしかなく、既に全体の7割以上は気化している。

 

 

タイプ・マーズは時折流れ込んでくるフレアー等を反応炉に吸収する形で取り込み、仲間内に火が回らない様に消火活動にいそしんでいる。

 

 

タイプ・サターンが状況を判断し、星系内における全権を保持する上位次元へと要望を送る。

即ち、再度の「青」の使用許可と、第二だけではなく第一、第三の解禁というある意味では敗北に等しい要請を。

返答は直ぐに来た。既にこの世界における星系はぐちゃぐちゃだ、世界全体の負債が積みあがるが、負けるよりはいいと星々は決断した。

 

 

 

もはや目に見えるリヴァイアサン達と戦っているのではない。

「彼ら」は正真正銘、この星系と戦っているのだ。

 

 

第一魔法 ■の否定。

世界に新たなる拡張を。増援が入り込める余分を招き入れる為の拡大化を実行。

 

 

第二魔法 並行世界の運営。 

あらゆる可能性の運営と事象操作による援護と増援の手配を。

 

 

第三魔法 魂の物質化。

星の化身たる生命たちを更に高みへと持ち上げ、その全能力に極めて強力な加護を。

 

 

第四魔法 縺イ縺、繧医≧縺ェ縺

 

縺、縺ェ縺偵h縲?縺?§縺帙h

 

 

第五魔法 縺ゅ♀縲?縺吶☆繧?縺カ繧薙a縺

 

縺弱§縺帙s縺ヲ縺???縺吶∋縺ヲ繧偵♀縺?※縺薙>

 

 

 

再び「青」が煌めく。

瞬時にリヴァイアサン達を挟み込んでいた恒星は音もなく消え去る。

未来の世において途方もない負債が積み上げられた。

 

 

一瞬だけの間があった。

攻撃を無効化し、攻勢に転じようとリヴァイアサン達が思考を切り替える刹那、フェムト秒にも満たない僅かな間。

残り一つのΣクラス・ミサイル(三発目)がリヴァイアサン達の眼前に臨界状態で現れた。

 

 

まるで全て知っていたかの様なタイミングであった。

タイプ・マーズがエーテル砲撃を行おうとするよりも早くミサイルは開花した。

ほんのコンマ一瞬、間に合わない様に全ては計算されていた。

 

 

消し去った筈のおぞましいオレンジ色が星系を照らし出す。

 

 

超加速された星の生涯が再現された。

オレンジは瞬く間に青へと移り変わり、熱量が跳ね上がり、最後は表現さえできない白へとなった。

ここが特異点でなければ先の警告通り200光年以内の文明を死滅させるだけのエネルギーの解放であった。

 

 

1500年後、隣の文明の平均気温を5度は上げられるだけの光が放出される。

ニュートリノが支配され、星は今うまれ、今死ぬ。

ほんの数瞬にまで生涯を圧縮された恒星は自分の重力によって内側に潰れた。

 

 

極星の瞬きとソレによって生じる全てのエネルギーが力場操作によって支配され、リヴァイアサン達へと叩き込まれた。

しかし天より齎された杯により更に高みへと上り詰めた星の化身達は全ての力をタイプ・オールトに注ぎ込む事によって耐えようと足掻く。

 

 

計測不能な量のエーテルが水晶へと流し込まれる。

SOL3を5回は神代へと回帰させうる量のエーテルだ。

無数の星系という概念を第二と第五の要領で重なり合わせた上に、この時間軸から疑似的に自分たちを隔離し、恐ろしい災禍が通り過ぎるまで耐え忍ぶ。

 

 

光が収まった後、結果として全体の7割を失ったが、全滅だけは免れる事が出来た。

 

 

10秒でSOLの4兆年分のエネルギーが消費された攻撃が終わったが、しかしてまだ「彼ら」は手を緩めることはなかった。

もはや手加減はなかった。完膚なきまでに消し去るという意思だけがある。

星の死と開闢の後に残るのは暗黒の星である。

 

 

直系20キロ程度の暗黒天体が残骸として晒されるが、直ぐにソレをシュラウドの霧が包み込んだ。

瞬時にブラックホールをダイソンスフィアの様な機械的な殻が覆い尽くし形成されるのはペンローズ・スフィアという超巨大構造物だ。

エネルギーは瞬時に充填され、鬱陶しい死にぞこないたちに止めを刺すべく作られたのはペンローズ・ボム(局所的空間/次元消去爆弾)である。

 

 

たかだかエーテルを満載させた大聖杯でさえ歴史を吹き飛ばす破壊力がある。

輝く星と暗黒の天体を材料にしたコレの破壊力は想像を絶する。

 

 

再び「青」が蠢き、今まさに星々を消し去らんと鎌首をもたげる暴虐を地平の彼方に送ろうとするがソレを「彼ら」の巨大な意思が食い止めた。

2回も短時間で見せたのだ、模倣は無理であったとしても妨害程度は造作もなかった。

やめろと、高次元において誰か、またはナニカが叫んだ。

 

 

 

「彼ら」は優しく語り掛けた。「遠慮するな」と。

ペンローズ・ボムは判りやすい様に念話でリヴァイアサン達へとカウントダウンを送り付けた上で、虚空に誇示するように減っていく数字を照射した。

タイプ・オールトの翡翠色の水晶に真っ赤な文字が反射し輝く。

 

 

 

3。

2。

1。

 

0。

 

 

刹那、振動も音も、それどころか光さえもなく、この世で最も濃い()が全てを抱きしめた。

無理やり引き延ばされた事象の地平はあらゆる抵抗を許さずリヴァイアサン達を飲み込み、何処でもない何処かへと叩き落してしまった。

5秒間にも及ぶさく裂の後に、そこには何もなくなってしまった。

 

 

 

リヴァイアサンの群れは壊滅したのだ。星の化身達は滅ぼされた。

だが────直ぐに先ほどロムルスが作り出したモノと同じ孔が星系の至る所に展開されていく。

同じような群れが次々と出てこようとしているのを感知して「彼ら」は芸がないと切って捨てた。

 

 

タイタン級がΣエネルギー・ランスを適当に群れの一つに向けて放つ。

螺旋槍の如き形状の艦船の切っ先から穿たれるのは先のΣミサイルが作り上げた恒星よりも更に莫大なエネルギーを宿した光槍。

ソレは4桁の単位でリヴァイアサン達を消し去った。タイプ・オールトが展開した防御膜の上からだ。

 

 

しかしたかが超生物を消し去った程度でΣのエネルギーは全く底を見せない。

 

 

星系の端から端までΣのエネルギーは開通し、その更に向こうへと伸びていく。

オールトの雲を、隣の星系を、そのまた隣の星系を、不幸にも射線上にあった惑星や衛星を蒸発させ、ガス惑星を着火し、恒星の表皮を削り取りながら突き進み続ける。

やがては力技で隣の銀河系か広がる宙の果てにまで届くだろう。

 

 

残りの群れの数は……たくさんである(うんざりする)

一撃で消し去れるとはいえ、こうも数が多いとなるとやり方を変える必要がある。

 

 

 

スター・イーターが解体されるようにバラバラになった。

無数のパズルパーツと化して漂う外殻の中心部に完全なる球体であるコアが浮いていた。

 

 

対星団兵装が起動する。天を裂く力が真骨頂を見せようとしていた。

今回は星々を変換する機能は使用せず、純粋な破壊を振りまく為だけに動く。

必要ないと判断されたシールドが解除されて、その分のリソースさえも攻撃へと注がれた。

暗黒の星の如くコアが変貌し、Σとαを掛け合わせたエネルギーを生産し、照準し、発射。

 

 

リアクターから直に引き出されたエネルギーの濁流が湯水の様に使用された。

 

 

正に豪雨と評する規模でΣエネルギー・ランスが発射される。

一発一発が先のタイタンが放ったモノと同等(対星系攻撃) かそれ以上の威力を秘めた夕焼け色の閃光が何千と星系中を貫いた。

乱雑に見えて天文学的な演算能力を以て放たれたソレは全てが必中の攻撃である。

 

 

次々と虫けらの様にリヴァイアサン達が為すすべなく光に呑まれ、欠片も残さず蒸発していく。

 

 

多くのタイプ・オールト、マーズ、サターンは欠片も残さず砕け散った。

ジュピター、ヴィーナスは乾燥した枝葉が燃え上がるように刹那で全身を丸焼きにされ、灰さえも残らなかった。

ウラヌスは限界を超える熱量を叩き込まれた事により概念霧散し、ネプチューンは光槍が着弾するよりも前に余波だけで気化した。

 

 

それでもまだ世界は諦めていなかった。

足掻くように魔法が蠢き、次々と必死にリヴァイアサン達を以て「彼ら」を排除せんと悪あがきを繰り返す。

 

 

第一の魔法により世界は新しいモノを受け入れる余地を作り出す。

第二の魔法により広がる世界がつながり合い、運営される。

第三の魔法により至高の生命は更なる高みを得た。

第四の魔法

第五の………。

 

 

────時間だな(おわりだ) と「彼ら」は言った。

 

 

準備が整った。

実に興味深い現象の数々だった。

素晴らしい力だと称賛しよう。

 

特に魔法という概念は非常に興味深く、手に入れた情報は有益となるだろう。

 

 

だが。もう終わりだ。

「剣」と星を手に入れるときが来た。

1万年以上続けた研究の最後を飾るに相応しい力をご覧に入れよう。

 

 

 

英霊たちの言や口上を意識するとしたら、さしづめ“宝具解放”とでもいったところか。

これは上手い表現であった。

今まで築き上げてきた技術の結晶は正に宝と呼ぶに相応しい。

 

 

ヴルタウムの現実穿孔機、稼働。

ミニチュア銀河、並列稼働。

シュラウド・ハイパーショック、照射。

 

 

虚数の奥深くに座すステラー級、その中枢に接続された謎の白い球体。

この宙においてはどのような言葉でも評せないソレが淡く瞬いた。

テクスチャという概念、SOL3における精神活動によって定義される世界観測の法などを考慮されて改良を施されたソレが動く。

 

 

現実に孔が開いていく。

あらゆるテクスチャが星系規模で問答無用で引きはがされ消去された。

相性や概念や、霊長によって認識される世界という法則が根底から無力化され、消える。

 

 

これはいわば世界のリセット行為であった。

びっしりと敷き詰められていた法則(ルール)は一度全て()()()()()()になる。

当然そのルールの中でしか生存できない生命体はコレを受けた時点で消滅する。

 

 

リヴァイアサン達が消えていく。

魔法がなければここに到達することもできなかった存在達は魔法が効力を失った時点で、因果的修正が働き世界からはじき出されていく。

空間の狭間にびっしりと夥しい数のリヴァイアサン達が積み上げられだす。

 

 

魔法という世界に内包された大規模なシステムと。ソレを無視して土台ごと世界をひっくり返す現実穿孔が拮抗した。

 

 

第一の魔法によって広げられた世界の拡張はなかったことになった。

第二の魔法による並行世界との接続が途切れていく。

第三の存在の高次化さえも無意味へと落とされた。

 

 

 

現実の修正が働こうとする。

破れた世界を縫い合わせようと周囲の景色が蠢きあい、あいてしまった“隙間”を埋めんとする。

しかし、それよりも早く「彼ら」はもう一つの宝具を発動させた。

 

 

 

小さなシリンダーの中に収められていた銀河が解放される。

過程をシミュレートし、必要な物質を込められ、シュラウドによって法も定められていたコレは文字通りミニチュア銀河(掌の中の宇宙)である。

封印していた筒にパスを打ち込んで開封すれば、世界の表と裏は逆転した。

 

 

現実穿孔によってこじ開けられた何のテクスチャも法も敷かれていない宙に、新たな則が流出して虚空を満たした。

シュラウドという土台によって成立した「彼ら」の世界であり「彼ら」が主として君臨するテクスチャ(浸食・固有宇宙)がここにはある。

 

固定されたミニチュア銀河を基盤として「彼ら」は限定的に覚えた第二魔法を以て星々を眺めた。

数多の世界におけるSOL3以外の全ての星を観測し、その中に確かに意識が宿っていることを知覚した。

 

 

 

結論としては集合意識の星に近いものがある、というのが「彼ら」の所感だった。

星もまた一種の生物であるというのは周知の事実だが、ここまで活発で排他的な惑星というのものは非常に珍しい。

しかし邪魔だと「彼ら」は断じた。非常に惜しいとは思うが、もう十分にデータはとれた。

 

 

 

ならば残ったコレらの惑星の価値は害獣と大して変わらない。

進歩と研鑽を邪魔する障害であり、こういった惑星特性を消去するなどと言ったことは何万何億とくりかえしてきた。

有害な獣は駆除しなくてはならない故に躊躇いはない。

 

 

 

「彼ら」の座すシュラウドの一部に強力なサイオニック・エネルギーが収束していく。

Σと比してなお強大と評せるものであるが、コレの本質は物理的な熱量を伴った破壊ではない。

概念的、精神的な意味でのエネルギー、精神干渉の波ともいえる。

 

 

狂信的な精神主義者である「彼ら」以上に知的生命体の精神構造に詳しいものなど存在しない。

あらゆる種族のあらゆる精神活動のデータを「彼ら」は持っている。

代表的な哺乳類、魚類、植物、ケイ素生命体、岩石生命体、鳥類にエネルギー生命体や爬虫類もだ。

 

 

癒す、治す、壊す、犯す、繋ぐ、溶かす、全て思うがままだ。

かつて「彼ら」の故郷において銀河全土を巻き込んだ大戦時において夥しい程の犠牲者を生み出し、信徒を作り上げ、混沌極まりない様相を作り上げた力が発揮されようとしている。

 

 

 

“万色悠滞”

“ロゴスイーター”

“この世、全ての欲”

 

 

SOL3において何処かの未来で快楽を求めた女が行使した禁忌と同種にして別次元の力が蠢く。

標準は既に定まっている。

全てのSOL3以外の星の意思を「彼ら」は潰すと決めた。

 

 

これは懲罰である。

惑星如きがもう二度と逆らわない様に徹底的に行われる躾であった。

 

 

シュラウド・ハイパーショック(サイオニック・遠隔星系規模根絶攻撃)発動。

 

 

 

どれだけ形態が違おうとも精神がある限り決して逃れえない戦略攻撃が発動する。

シュラウドに蓄積されたサイオニック・エネルギーは高次元よりパルスの如くSOL星系へと照射された。

音も光も振動もない。世界の根底に対する高次元攻撃故に、表面上では目立った破壊は起こらない。

 

 

しかし「彼ら」は星々の嘆きと苦悶を捉えていた。

太陽系は断末魔を上げていた。

全ての星がもう誰も助けてくれないというのに救援要請を無茶苦茶に全方位に送り付けている。

 

 

 

あらゆる知的生命体の精神構造に絶対的な優位性と特攻を誇るシュラウドの鉄槌は星々の魂を解体/破壊/融解/させ、一つ、また一つと消去は続く。

世界の外側に追放されていたリヴァイアサン達もまたこの力の対象である故に次々と自我を破壊され力なく崩れていく。

その余波は直接矛先を向けられていない筈のSOLに存在する英霊や霊長が無意識に形成する集合意識にさえ届いてしまった。

 

快楽。

苦痛。

喜悦。

憤怒。

悲哀。

恐怖。

絶望。

希望。

 

 

その他無限の感情が奔流する。

全てを「彼ら」は蒐集した。

断末魔、命乞い、嘆き、哀願、全てを余すことなく。

星の最後は実に素晴らしい社会研究の成果を与えてくれることだろう。

 

 

10秒間にも及ぶ照射の後に残ったのは静寂であった。

あれほど湧き出していたリヴァイアサンの軍団は絶滅に追いやられ、SOL3以外の星の精神と魂は塗りつぶされた。

最後にセンサーが星系を探索し敵性存在が居ない事を確認する。

 

 

戦闘終了。戦果レポート作成。

自軍損害 無し。

リヴァイアサン勢力 根絶。

及びSOL星系に対するシュラウド・ハイパーショックにより、SOL3を除く全惑星の自我の完全抹消/完全破壊に成功。

 

 

コロッサス、接続回路作成シークエンス86% 進行中。

 

 

全艦船、警戒態勢に移行します。

ミニチュア銀河、解除。

 

 

 

───ERROR、高エネルギーを感知。

 

 

 

 

 

【ワン・ラディアンス・シング】

 

 

 

シュラウド・ハイパーショックの残照が漂う中「彼ら」は本来あり得ない事ではあるが、それでも冷静に判断を下していた。

 

 

 

 

“まだ終わっていないな”

 

 

さすがは超高次元レベルに対応した第11感というべきか。

艦隊のセンサーが捉えるよりも素早く「彼ら」は反応した。

次いで1ヨクト秒あとに艦隊がアラームを発した。

 

 

 

───センサーに反応あり。

 

 

 

───リヴァイアサンの残党を確認。

 

 

 

 

完全勝利の余韻も冷めぬ中において「彼ら」は瞬時に異変を感知した。

 

 

 

警戒態勢への移行を停止。

戦闘態勢を維持せよ。

 

 

 

敵対的存在のエネルギー増大を感知。

平均的な恒星一つ分程度のエネルギー量を「彼ら」の超直感と艦隊のセンサーは捉えた。

何とも小さな火種ではあるが、まだどうやらこのリヴァイアサン軍団は滅んではいないようだった。

 

 

ソレは世界の外と内に回廊を繋ぎ合わせ、何百と言う同胞の屍と共に戻ってきた。

 

 

無数の死骸が浮かぶ中、ただ一つ生き残った生物が在る。

言葉もなにも発しないが、確かに。

先とは違う様子に「彼ら」は静観を選ぶ。

 

 

 

まるで虫眼鏡で興味深い昆虫を覗き込む様に「彼ら」はオールトを見つめていた。

なるほど、この小さな生物はまだこんな事ができるのだなと感心しながら。

まだ捨てるには惜しいと「彼ら」はオールトに対する評価を上昇させる。

 

 

【再起動率 20%】

 

 

黄金色に輝く円盤がシュラウドに覆われた宙の中、くるくると回っていた。

タイプ・オールトの頭上に鎮座していた円盤であったが、どうやらこれがかの生物の本体だなと「彼ら」は一目で理解する。

ネクロイドの様に身体の大部分を占める部位よりも意外な個所が本体だというのはよくあることだ。

 

 

輝く蜘蛛の様に見えていた巨大な体躯は霊長でいうところの角質のようなものであり、オールトにとっては自分の手に積もった埃の様なモノなのだろう。

 

 

死の恐怖。生存本能。

タイプ・オールトの心境を霊長でも判りやすい単語で表現するならばこの言葉が出てくる事だろう。

言葉こそ発しないが、彼はいま死に物狂いであった。

 

 

 

【アナライズ/デコード/ディセーブル】

 

 

【再起動率 40%】

 

 

死を恐怖し遠ざけようとするのはあらゆる生物にとって当然の行為である。

むしろ死という概念から最も程遠いか、もしくはその概念をもたなかったからこそタイプ・オールトは過敏に反応したのかもしれない。

シュラウド・ハイパーショックという完全なる絶滅攻撃によって己の本質を砕かれかけたからこそ、オールトは全力で生存の為の行動を行った。

 

 

 

滅び去っていく同胞の性質を学習し模倣した。

異なる世に存在する自分と“自分”を重ね合わせて砕けていく己の存在を補填し継ぎはぐ。

更には限定的とはいえ「彼ら」の行使するαエネルギーを取り込み身体に馴染ませる。

 

 

【ダークエネルギー・プランクトン】

 

 

 

【再起動率 60%】

 

 

 

もはやオールトは星々の為に戦ってはいない。

彼は自分自身の生存の為に動き続けている。

彼には彼の理論があり、己の生存は至上命題なのだ。

 

 

 

 

暗い色彩の青い光がオールトの身を包み始める。

ミシ、ミシと円盤の各所から軋む音が発せられるがその度に彼の身体は進化を繰り返す。

αの力はかつて全盛期にあった没落帝国でさえ御せなかったのだ。

如何にオールトが規格外極まりない生命体とはいえ、瞬間的に模倣できるものではない。

 

 

 

宙を司る大いなる力は不安定に暴れ狂い、オールトの内側を削り続けていた。

しかしそれでも異なる世とは違い、彼は心臓を持っている。

核融合という極めて原始的なエネルギー炉ではあるが、生物が持っているとすればそれは規格外と言えよう。

 

 

 

空間が結晶化していく。それは彼の同胞の屍たちさえ飲み込んでいく。

宇宙である故に音こそないが、世界は不可思議な七色に染められる。

オールトを中心に半径10万キロに展開されたソレはシュラウドの帳と衝突しせめぎ合う。

 

 

 

更には最大出力で生態機能である【水晶渓谷】が発動され続けた上に、これらは異なる世から因子を流入させた。

 

 

【スターリング・インヴェイド】

 

 

【再起動率 80%】

 

 

結果、一度は現実穿孔機によって無に帰されたテクスチャが世界に修正されるよりも前に更に上書きされる。

 

 

 

 

ソレはらせん状の木々であった。

ソレはどれもが花開く幻想的にして空想染みた青白い樹木であった。

ソレは未来の世において甚大な被害を齎すテクスチャ侵略兵器でもあった。

 

 

「彼ら」からしても興味深い逸品である。

故に「彼ら」はそれを認識し、それらが内包する因子/因果を追跡した。

 

 

何兆、何京という分岐を瞬間的に把握し

空想樹という存在と深い因果関係を持つ存在を追跡し尻尾を掴む。

 

 

 

赤い髪の少女だ。

何処にでもいるような、至って普通の。

しかし「彼ら」は確かにその少女を認識した。

事が済んだらこの少女が何であるかを確認する作業をするべきだなと「彼ら」は決める。

 

 

 

 

【再起動率 100%】

 

 

【ギャラクティカ・スーパーセル】

 

 

 

【空想樹海オルト・シバルバー】

 

 

 

自らの生存の為に彼は宇宙を利用した。

 

 

全ての樹木───数億にも及ぶ空想樹が一斉に活性化。

全ての空想樹は輝きながらあらゆる可能性による援護をオールトに対して行う。

可能性を補強し、単純に存在を強化する。

 

 

 

リヴァイアサンの残骸、延べ433体の肉体に残っていたエーテルをオールトに献上した上にその性質と能力までもが本体に付与された。

 

 

 

【存在出力 400%】

 

 

【パラダイム・インフレーション】

 

 

 

円盤の輝きが増す。

同時に内包するエネルギー量までもが跳ね上がっていく。

それは限りなく上昇を続けていき───やがて解放の時を迎える。

 

 

 

【コズミックレイ・バースト】

 

 

 

 

オールトの周囲に何十、何百という光球が生成される。

それらは一発一発が文明レベル1における戦艦の主砲に匹敵する威力であり、先のタイプ・マーズが放ったルーンによって増幅されたエーテル砲よりも高威力であった。

さながらアーク放電攻撃の様に三次元においては稲妻の様な形状をとったソレは「彼ら」の艦隊の中央に座するスター・イーターへと放たれた。

 

 

 

薄いオレンジ色の様なΣのシールドに着弾し、表面を泡ただせる。

先のエーテル・ランスでは1ミリも押し込めなかったのを考えるにこれは偉業である。

微かにではあるが、オールトの能力は増大し続けている。

 

 

ピシという音と共に10メートルほどの亀裂がΣシールドに開通され、そこから漏れ出た稲妻は「彼ら」のフリゲート艦の装甲を微かに削った。

が、Σの装甲で武装したエスコート艦は損傷を認めた瞬間に自己復元を行い、直ぐに戦力を回復させる。

だがしかし「彼ら」の先兵は傷を負った。それも遥か格下の文明圏の生物に。

 

 

 

───敵戦力の上昇を確認。

 

 

 

SOL3において朱い月が生涯において始めて誰かに挑んだ結果として肉体を進化させたように

オールトも初めての死と相対しソレから逃れるべく走り続けているのだ。

この結果に「彼ら」は驚かなかった。

 

 

 

死を前に恐怖を抱き、己の可能性を開拓するのは当然の事である。

それもまた精神という超深奥から漏れ出た進化のとばりなのだから。

 

 

 

同時に「彼ら」に容赦もない。

死を前に進化する? 大変結構。

 

 

 

ちょうどいい。

こちらも色々と試してみたいことがあったのだと。

幸いな事に今この場には様々な要素が揃っている。

 

 

黎明の世にシュラウド。

更には魔法まである。

 

 

 

ソレを君はどう活用する? 

宙を統べる者から星を統べる者へと問いが投げかけられる。

瞬時に「彼ら」の意思が宇宙と宇宙の境界線さえも突き抜けてシュラウドを通し本国へと送られる。

 

 

 

数百億光年も彼方の更に向こう側であるが、シュラウドにそんな距離など意味はない。

「彼ら」の管理/支配する宙にある銀河の一つ、そのさらに星団の奥深くには一つの新兵器があった。

 

 

 

 

Σは強大でありながら発展途上の技術でもある。

「剣」に対して進化の可能性を見出したのがこの惑星への干渉の始まりだったのだから。

 

 

 

だがしかし「彼ら」はそれとは別種の兵器の開発も続けている。

Σに対して絶対の自信を抱きつつの惰性交じりではあるが、停滞だけはしていない。

 

 

一つの技術に頼りすぎるのは危険である故に別系統のエネルギーなどを用いた全く新しい兵器を。

その中の一つ、いまだに試験運用段階である“モノ”を「彼ら」は丁度いい機会だとしてオールト相手にぶつけてみることにしたのだ。

 

 

 

 

宙が裂けた。

宇宙と宇宙が接続され、膨大な空間震動が発生する。

5000キロにも及ぶ長大な次元の亀裂が「彼ら」の艦隊とオールトの間に発生し、何かがゆっくりとこの世界に侵入してきた。

 

 

 

乱雑な時空歪曲を纏ったソレは光さえも通さない闇黒に包まれており、その不気味な様相はオールトに潜在的な嫌悪を抱かせた。

円盤が輝きを増す。

表面に存在する窪みから収束されたエーテルの砲撃が発射され「彼ら」の新兵器に着弾。

 

 

 

 

閃光が宙を満たす。

音はない故に空間が熱とばら撒かれたエーテルで沸騰し重力レンズが生成された。

 

 

 

 

 

新兵器を慈悲深くも覆っていた“ヴェール”が解けていく。

見なければ良かったとコレを知ったモノは思うだろう。

露わになったのはSOL3の霊長には決して理解の追いつかない奇妙な形状の巨大船だ。

 

 

 

オリュンポスの神と呼ばれた移民船団のソレとも違う。

ましてやコレクターと称されたセファールたちの母船とも似つかない。

鋭利で、ゴツゴツしており“ブロック”を並べて集合させたような船だ。

 

 

 

まず船体の中央には恒星の如き輝きを発する光の玉が鎮座する。

それだけでも小型衛星サイズの光球の正体はむき出しの時空特異点であり「彼ら」によって完全に制御されているのだ。

そしてその光球を囲む様に幾つもの暗い翡翠色のベルトが巻かれており、船体の左右には“鉄亜鈴”を思わせる突起が片側につき1200キロの長さで伸びていた。

 

 

 

 

遥か彼方───SOL3の地上においてただ沈黙と静観を続ける黄金の王が宙を見上げ、この船を見て目を細めた。

彼にはコレの用途が理解できてしまった。完全な形で。

この船の性能/用途はかの裁定者をしておぞましい、恐ろしいとしか言いようのない存在である。

 

 

 

英霊。

冠位。

ビースト。

神霊に純粋なる神。

更には星の具現たる究極の一。

 

 

それらも含めたあらゆる全てを食い尽くす先駆者の悪意の権化。

“事象収納”と呼ばれる惑星の権能を何兆倍、何京倍にも増幅させた悪夢の技術。

 

 

 

これなるは「彼ら」の新兵器。

ただでさえ凶悪なスター・イーターを更に発展進化させた究極の銀河蒐集/銀河解体艦隊の一隻だ。

本来ならばさらに巨大な母艦と複数の護衛艦隊を伴って多数運用するソレが今回においては一隻だけ持ち込まれていた。

 

 

スター・イーターの発展兵器であるギャラクティック・ハーヴェスターである。

 

 

 

■■■■■■■■!!!

 

 

 

潜水艇のソナー音の如き絶叫をオールトは上げた。

Σと相対した時と同じか、それ以上の死の気配を前に彼は円盤から攻撃を放とうとして、それよりも先に解体船が動く。

 

 

 

 

何万と積み込まれた武装の内の一つがオンライン。

「彼ら」の基準からすれば比較的優しめの、ジャブが放たれた。

この程度を捌けない様であったのならば蒐集する価値もないと言わんばかりに。

 

 

 

 

【四次元特異点キャノン】───出力は最小。攻撃を許可。

 

 

一発。

二発。

 

 

カタパルトによりFTLの速度を与えられた四次元の特異点が発射される。

簡単に言ってしまえば高次元のブラックホールを相手に叩き込むのがこの兵装である。

疑似的とはいえ三次元において無限大の質量の弾丸が超光速で撃ち込まれればどうなるかなど考えるまでもない。

 

 

 

10万キロに渡り展開されていた彼の領土たる空想樹海/水晶渓谷が一瞬にして平らかになった。

まるで塗り絵でもしているかの様に特異点の通った後には空虚だけが残る。

彼の装甲と同じくSOL3の何よりも硬く柔らかいクリスタルの木々は四次元の特異点に触れた瞬間に何の抵抗も出来ずに“解けて”しまった。

 

 

音も何もなく何億という空想樹が特異点に吸い込まれていく。

特異点の弾丸はあえてオールト本体を外し、宙の向こう側に飛んで行った。

 

 

 

しかし効果はそれだけに収まらない。

ただ破壊するだけならば面白みも何もない。

新しい発想と性能を積み込まれたからこそ、これは新兵器なのだ。

 

 

 

四次元特異点が三次元から姿を消し、高次元に帰還する。

すると、それらは解体船へと巻き戻された。

一見すれば解体艦から切り離されているように見える特異点たちだが実際は繋がっているのだ。

 

 

 

 

“投げなわ”を想像するといい。

規模こそ違うが原理はあれと一緒だ。

目ぼしい存在を見つけては特異点を叩き込み、相手を粉砕した後にそれらを回収するのがこの兵器の真骨頂である。

 

 

 

オールトの保持していたエーテル/エネルギー/概念の4割はこの攻撃によって接収されてしまい、彼はまた一歩死へと近づく。

「彼ら」は四次元特異点キャノンがしっかりと設計通りに機能していることを確認し満足を得た。

 

 

 

 

オールトの放つ光の色が変わる。

神々しささえ感じた黄金から、敵意と憤怒に満ちた深紅に。

炎の様に揺らめきながら光は濁流の如く円盤からあふれ出し、直系10キロにも及ぶ輝く戦闘体を形成。

 

 

 

更には身体の各所にかつてタイプ・マーズが持っていたリアクターを瞬時に生成し、そこから直結して砲口を作り上げる。

瞬く間に1000を超えるプラズマキャノンを生成したオールトはその全てから加速したプラズマを発射。

青紫色の霧に包まれた宙を黄緑の輝きが満たし解体船に着弾。

 

 

 

 

しかし解体船は揺るがない。

当然の如くこの恐ろしい船には相応の防御メカニズムが積まれており、最たるのはそのシールド機構だ。

単純な強度だけ見ればΣに劣っているだろう。

 

 

しかしそれはシールドが一枚だけであったらの話だ。

オールトが叫ぶように輝きを強め、プラズマの出力を増幅させる。

ルーンの技術さえ応用し1000万倍に増幅された上にαの力さえも混ぜ込んで放った放火は解体船のシールドの一枚目を食い破った。

 

 

 

しかし直ぐに二枚目のシールドが立ちはだかる。

それを何とか破っても三枚目、その奥にはもしもこれを破壊された場合に備えての5枚、6枚、7枚と連鎖的に翡翠色のシールド膜が形成されていく。

残りはあと……まぁ、霊長の一生をかけても数えきれない程に在る。

 

 

 

解体船のシールドの本質は三次元におけるエネルギー障壁ではない。

「彼ら」のシュラウドを応用した高次元への干渉を応用して生成されたソレは9次元空間と言う高次元において回転し続けている無数の泡の集合体である。

この“泡”は常に三次元においては船を守る防御壁として使用されているが、もしも損傷を受けた場合は回転し、別の側面が敵の攻撃を受け止める役割につく。

 

 

 

そして別の泡が攻撃を受けている間に収容された部位は修復されて再び機能を再開するという仕掛けだ。

つまりオールトの攻撃は無限にある泡の一つを破壊しただけであり、全体を一気に破壊する事が出来なければこの宇宙が終るまで攻撃を続けようと無駄ということだ。

SOL星系の保持する全てを総動員しても精々30程度の泡しか破壊出来ない事を鑑みるにオールトではどうあっても解体船の破壊は不可能である。

 

 

 

 

よろしい。

防御機能も問題なし。

 

 

 

 

「彼ら」はカタログと実際の効果を見比べつつ検証を進めている。

コロッサスは問題なくシークエンスを続行中。

もう暫し時間的猶予はある。

 

 

 

次はこうだ、と思念が送られた。

今度は当てる予定のため、うっかり死んでしまうかもしれないがそんなことは考慮する価値もない。

 

 

 

【ブロック・ガーディアン】

 

 

 

Δよりも強い輝きを発する小さな翡翠の弾丸がばら撒かれる。

SOLにおいてテクスチャという概念を理解し、それに対する干渉技術を考案して設計されたソレらの中には簡易ではあるが現実穿孔機の模造品が込められていた。

本物に比べれば出力、安定性、持続時間などが劣る上に使い捨てではあるが、テクスチャに干渉するという性質に莫大なエネルギーを与えてやればどうなるかという疑問をコレは解決してくれる。

 

 

 

穿孔機がさく裂すると、その周囲数十キロの“現実”が破壊された。

オールトの領域が更に削られる。

真っ黒な孔が虫食いの様に彼の固有世界を削り取り続けていく。

 

 

一度空いた穴はもう塞がらない。

現実を根底からねじ切る兵器の破壊力は世界の修復力さえも及びつかない。

問答無用でテクスチャを引きはがし、消滅させるコレはSOL3のあらゆるサイオニック生命体を滅ぼし得る現実破壊兵器である。

 

 

 

そんなものを数発受けてしまったオールトの肉体はいともたやすく欠損してしまう。

円盤型宇宙船を思わせる惑星捕食生命体の身体には幾つもの空洞が開通し、下部に展開していた戦闘体に至ってはもはや全体の半分も残ってはいない。

再生をするたびに当てつけの様にその個所に現実破壊攻撃が叩き込まれ、オールトの内包するエネルギーをじわじわと消耗させ続けているのだ。

 

 

 

オールト戦闘体がその触手染みた腕を解体船へと伸ばす。

己の命を脅かす存在への断固たる殺意がそこにはあった。

決して許さない、殺してやるという意思を送り込まれた腕は鋭利な形状へと変化を遂げる。

 

 

 

カマキリのカマの様なソレに光が灯され、星さえも切り刻める斬撃を放つべく振りかぶり……。

 

 

 

【プランク分解ビーム】

 

 

 

飢えるような輝きを放つ翡翠色の閃光がオールト戦闘体の腕部に着弾。

すると、彼の腕部は見る見る溶け堕ちていく。

声もなく、呆然と円盤は己の戦闘体を眺めているようだった。

 

 

 

ドロドロに身体が崩れていく。

後の世界において霊長では決して打倒できない、次の紀に委ねようとまで言われた無敵の肉体が。

 

 

これは大規模な破壊を齎す攻撃ではなく、相手を原子よりも小さな電子単位で分解する兵器であった。

サブプランク規模で構造を破壊されたオールトの腕は超濃縮粒子泡の濁液へと変換され、虚空へと解けていく。

先に朱い月が受けた事象崩壊攻撃の上位互換であるコレは対象が何であれ物質としての形態さえ持っているのならば神様さえ殺して見せるだろう兵器なのだ。

 

 

元来の用途としては敵対する惑星に撃ち込み、星を丸ごと再利用可能なジュースへと変える為の武器でもある。

オールト戦闘体が仰け反りつつ体を揺する。

円盤が激怒する様に激しく輝き、戦闘体が再構築すべくエーテルを循環させるが────。

 

 

 

プランク(絶対焼却)・ブラスター】

 

 

一通りの兵装のテストを終えた「彼ら」はもはやオールトに用はないと言わんばかりに数次元上の破壊力を叩き込む。

ご丁寧に今までオールトが用いていたプラズマ砲の亜種をだ。

真のプラズマ兵器とは何たるかをオールトは身をもって知ることになった。

 

 

 

 

「Ⅹ」級兵装でもあり、解体船の副砲が放った眩い翡翠色の光弾の温度は比喩でも何でもなくプランク温度である。

1.417×10^(32)の熱量はもっとかみ砕いて言えば 14溝2千穣℃であり、これは宇宙が開闢した際の1プランク秒に発せられた熱量であった。

本来ならば0を幾つもってきても足りないほんの刹那の時間の後に急速に冷めてしまう程の熱は、絶えず絶対熱であり続ける。

 

 

シュラウドという高次元からエネルギーを絶えず供給され続けた結果、光弾は冷めることなくその猛威を振るい続ける事が出来るのだ。

「彼ら」がこの付近の宙域を保護していなければ先の警告通り200光年以内のあらゆる存在が沸騰してしまう威力であった。

 

 

 

そんなものを受けたオールトはどうなったか語るまでもない。

SOLにおいて何よりも頑強であった彼の円盤の様な体躯とそこから垂らされた戦闘体は10のマイナス36乗秒だけ耐える事が出来たのは称賛に値するだろう。

が、直ぐに彼の全ては先の分解レーザーを受けた腕と同じように超濃縮粒子泡の濁液へと変換後にブラスターの熱量を供給するための燃料として消費され尽くされて消え去った。

 

 

 

 

オールトを構築していた質量/エネルギーはこうして世界から完全に消え去り……彼は最後の悪あがきを見せた。

星はもはやなりふり構わず「彼ら」の排除を試みるために本来ならばありえない申請に許可を下してしまったのだ。

それはオールトにとって一か八かであり「彼ら」にとっては新たな発想を与える行為であった。

 

 

 

 

 

万華鏡複写した異聞記録の汎用。

 

 

 

第二の魔法を伝いオールトは何処かで起こりえた己の所業をこの場に引き込む。

シュラウド・ハイパーショックによって大打撃を与えられた黎明の世が軋む。

穴だらけになりプロテクトも壊れかけた今だからこそ、オールトは己の存在をその中に差し込むことが出来た。

 

 

 

■■■より3億年に渡る■■異聞史を総括。

 

 

黎明の世に過去も未来もない。

故に何処かであった何かをここで再現することも可能であった。

 

 

 

“──”が全てを許可。

仮想英霊体の構築を許可。

 

 

 

生物分類

 

 

“ワン・ラディアンス・シング”

 

 

グランド・サーヴァント クラス フォーリナー。

 

 

オールトが召喚されます。

 

 

 

淀んだ黄金色の輝きと共にオールトが再構築される。

先より遥かに小さく、人型のソレは体中に緑色の眼を宿しており、その全てが解体船へと向けられていた。

己の命を脅かす敵から視線を外さないのは当たり前の話だ。

 

 

 

なるほど、そういう事も出来るのかと「彼ら」はオールトの生存本能の強さに驚きを禁じ得なかった。

同時に()()()()()()()()()()()()()()()() ()と同じ言葉が二度続く。

 

 

 

“大変結構”

 

 

“実に素晴らしい発想と応用だ”

 

 

“もう一度見せてくれたまえ”

 

 

 

【四次元特異点キャノン】が先よりも出力を上げて発射。

英霊、グランド・フォーリナー・オールトはソレをまともに受けて消滅/収奪してしまう。

戦闘力/身体的頑強性は先の円盤形態よりも脆弱である故に当たり前の結果であった。

 

 

 

 

が……しぶとさという意味ではこちらの方が上である。

何せもはやオールトは肉体という枠を超越し、黎明の世に己の本質を転写し続けているのだから。

 

 

 

 

黎明の世の容量が浸食される。

そこに保管されていたデータたちが徐々にではあるがオールトに置き換えられ始める。

ただでさえ崩壊寸前だったソレは惑星侵略生命体の無尽蔵ともいえる生存本能に食い荒らされているのだ。

 

 

 

 

仮想英霊体の崩壊を確認。──記録完了。

 

 

万華鏡により可能性を転写。──記録完了

 

 

時空連続体に異聞記録が挿入。──記録完了。

 

 

再臨個体 惑星統括細胞。──記録完了。

 

 

発生区間……。

 

 

 

オールトが再臨する。

黎明の世のリソースを先よりも多く奪い取った彼は前の個体と姿かたちが変わっている。

人の様であった手足はより長く鋭くなり、さながら鳥類の骨格の様であった。

 

 

しかも一体ではない。

英霊というのは黎明の世から落ちてきた影であり本物のコピーである故に、オールトもまた己の複製を大量に行っていた。

数十、数百とオールトが更に更にと増え続けて、その度に黎明の世は崩れていく。

 

 

 

単一の究極種はここに至って繁殖行為を行い生存を続けようとしていた。

一体一体がグランド・フォーリナーであるソレは見るモノ全てに絶望を与える光景だろう……普通ならば。

 

 

 

“時間だ”

 

 

「彼ら」は時間に気付いた若者の様にコロッサスのシークエンスを確認し、もう間もなく惑星解放が完了することを悟った。

実に面白く素晴らしい時間であったが、あくまでもこれはサブであり、メインには及ばない。

それに何より、黎明の世も後に解析/掌握するつもりである故にこれ以上オールトに荒らされるのを放置するわけにもいかない。

 

 

 

 

ありがとう。

 

 

もういいぞ。

 

 

 

 

たった二声。

コレがオールトの齎してくれた知見に対する報酬であった。

長々と戦うつもりはない「彼ら」はこの命を終わらせてやることにした。

 

 

 

【六次元跳躍収束放射器】

 

 

 

 

「彼ら」の瞳は黎明の世を捉える。

その中でオールトに浸食されている、いわばガン化した部分を見定めてから解体船に指示を送った。

放たれるのはガンヴィウスとしてよく行ったアーク放電攻撃。

 

 

 

解体船のソレは本来ならば6次元に干渉し、攻撃を3つ上の次元に跳躍させてから敵のシールドや防御機構を飛び越えて本質へと一撃を叩き込む装備である。

此度に至っては“高次元に跳躍させる”という機能をメインに用いられていた。

 

 

 

つまり、英霊の座への直接攻撃である。

 

 

 

黎明の世に翡翠色の稲妻が走る。

概念/情報/エーテル存在であろうと問答無用でソレは座を丸ごとひっくり返す勢いで揺らし、その内部に巣食っていたオールトのデータを吹き飛ばす(data lost)

 

 

 

収奪開始。

 

 

長い茶番に幕を下ろす為に解体船の中央に座する球体が真っ白な光を放つ。

何もかもを塗りつぶす純白は宇宙を真っ白に染めるというありえない現象を引き起こした。

光はどんどんと伸びていくと、何千にも増殖したオールトたちを包みこみ、次いで引きずり込む様に蠢いた。

 

 

 

事実光は解体船へと向かって落下を続けている。

音はなかった。

ただ時折真っ白な光の中に虹がうっすらとかかるのが幻想的でさえある。

 

 

 

■■■■───。

 

 

 

オールトの内の誰かが吠えた。

まるで逃れられない己の運命を嘆くかの様に。

 

 

 

ふっ、と、唐突に光が消える。

残ったのはヴォイドであり、何もない無だけだ。

あれだけいたオールトたちはもはや何処にも存在しない。

 

 

一瞬だけSOL星系の温度は絶対零度まで低下し、先まで光が照らしていた空間に存在していたであろう物質/エネルギー/概念/真空の揺らぎは消え去ってしまったのだ。

言葉通り根こそぎ全てを奪い去り、空虚だけを生成するのがこの解体船に与えられた役割である。

オールトは確かに最高峰の生命であり、その生存に対する欲求は他に並ぶ者がいない程であった。

 

 

 

 

彼のたどった運命は一言で表される。

即ち弱肉強食である。

宙を統べる強者たちに弱者であるオールトは細胞の一欠けらも残さず収奪され、もはや何も残ってはいない。

 

 

 

 

 

「T」級兵器“強制排除砲”を除く全システムテスト完了。

 

 

 

 

問題なし。誤差数値は許容範囲内。

解体船は即座に帰還し詳細なデータ分析を本国で開始。

 

 

 

 

改めて戦果レポートを生成……。

 

 

 

 

 

 

 

 

【見落とし】

 

 

 

 

宙における艦隊戦が当然の結果を迎える中、ガンヴィウスもまた当然の結果を得ていた。

彼の周囲に転がるのは無数の英霊たちの残骸だ。

何十、何百という英霊たちは地に倒れ伏し殆どがエーテル体として霧散しようとしていた。

 

 

真っ先にガンヴィウスに挑んだ北欧の戦士王と戦乙女は寄り添うように倒れ、手を握りしめ合いながら息絶えている。

彼らに代表されるように数多くの勇者たちは無念を浮かべたまま、ガンヴィウスへと腕を伸ばすような形で亡骸を晒していた。

ギリシャ、天竺、ヨーロッパ、あらゆる歴史のあらゆる英雄たちはただ一人の降臨者を前に叩きのめされている。

 

 

星系規模の概念攻撃と現実穿孔機の影響で黎明の世にも甚大な被害が出ているらしく、倒せども倒せども沸いてきた英霊たちはもはや復活することはない。

 

 

「手ごわかった」

 

 

心から感慨深くガンヴィウスは呟いた。

彼の腕は朱い月の首を掴み上げ、片手で軽々と持ち上げている。

もはや抵抗する気力もないのか月の王は脱力し、生命力あふれていた頃からは想像もできない程に衰弱した瞳でガンヴィウスを見つめていた。

 

 

腰から下と左腕、左胸を失った月の王の姿は見るに堪えない程に痛ましいものである。

 

 

ロムルスの力を取り込んだ朱い月はガンヴィウスの防御力場を貫通する力を得ており、神祖が手こずったと呟いたのも嘘ではない。

事実激戦を物語るようにガンヴィウスの衣服の所々は破れ、顔の左半分は朱い月の渾身の一撃により抉り取られている。

陶器が割れるようにガンヴィウスの顔は割れており、人間ならば露出しているであろう脳髄等の代わりに、銀河図の様な星々が瞬く宙がそこからは漏れ、暗闇の奥には十字型の青い光が蠢いている。

 

 

「よく戦った。尊敬に値する」

 

 

ガンヴィウスが手を離せば朱い月の身体は大地へと崩れ落ちた。

膝をつく事さえ出来ずに横たわる月の王を勝者としてガンヴィウスはのぞき込む。

遠くにはあまりに魔法を酷使しすぎたせいで、反動によって白髪へと変わってしまった魔法使いが岩にもたれかかり、衰弱した様を晒していた。

 

 

弱弱しく呼吸を繰り返しながら朱い月はガンヴィウスを見つめていた。

勝利者への敬意と同時に何処か哀れみが宿った奇妙な瞳だった。

負けたというのに、彼は何故かガンヴィウスへと憐憫を向けていた。

 

 

「……わたしの、いったこと、を……おぼえて……い……か?」

 

 

途切れ途切れに月の王は囁く。

言葉を紡ぐことさえ億劫でありながら、敗者として勝者にアドバイスをするように。

何だ? とガンヴィウスは朱い月を見つめながら()()()()なのかを検索する。

 

 

 

彼と今まで交えた会話を想起し、検索。

現状に適した彼から得られた情報を探し出して……見つけた。

 

 

 

“私とそなた、どちらも生き延びる事は不可能になりつつある”

“自分の計画を乱されることを何よりも嫌う”

 

 

ガンヴィウスは顔を顰めた。

念のため現状を確認していく。

もう勝負の趨勢は決したはずなのだが、嫌な予感がする。

 

リヴァイアサンの軍団は葬った。

目ざわりな星系の意思もねじ伏せた。

こうして英霊の軍団もあらかた潰し終わり、もはや抵抗勢力はいない。

コロッサスによる作業も順調だ。

 

 

 

そしてアーサー王とルキウスは未だに戦闘を続けている。

 

 

未だに────続けている?

奇妙な引っ掛かりをガンヴィウスは覚えた。

幾らなんでも長すぎると。

 

 

してやられたかもしれない事を「彼ら」は悟った。

何処かで胡散臭い男の無機質な笑い声が響いているような気がした。

今まで見ていた筈の観測結果が歪んでいく。数字がパラパラと崩れ落ち出した。

 

 

「そういうことか」

 

 

ルキウスがいるであろう場所へと顔を向ければ、示し合わせたように黄金色の光の柱が顕現した。

ガンヴィウスは一度だけ掌を握りしめるような仕草をした。

遠く離れた地でナニカ、または誰かがパシャっという軽い音と共に砕け散った。

 

 

ガンヴィウスはもはや魔法使いと朱い月には目も向けずに空間を飛び越えようとする。

だが彼の眼前に一本の槍が突き刺さった。

槍を中心にテクスチャが上書きされ、時間さえも()()()になり始める。

 

 

「逃がさねえよ」

 

 

凄まじい速度で青年───アキレウスがガンヴィウスの目の前に現れた。

数少ない生き延びた上で未だ戦闘能力を保持し続けている英雄であった。

彼は女王の返り血に塗れた姿で怒りも露わに神祖を睨みつけている。

 

 

本来ならば誉高き戦士の決闘にのみ使われる宝具であったが、此度のみ大英雄はその矜持を捻じ曲げ、強制的にガンヴィウスを隔離するための結界として使用していた。

全ては己の手で直接この怪物を葬る為に。

たとえ力及ばなかったとしても時間を稼ぐ為に、だ。

 

 

 

「我が名はアキレウス、英雄ペーレーウスの……」

 

 

アキレウスが名乗りを終える前にガンヴィウスは一歩を踏み出した。

シュラウド・ジャンプドライブを利用して結界から脱出を試みようとするが到達座標に奇妙な虹色のノイズが走っていて安定したジャンプが難しくなっている。

殆ど力尽きながらも宝石剣を握りしめた魔法使いは最後の力を使ってジャンプの妨害を行っていた。

 

妨害の突破とアキレウスの排除、どちらがより時間がかかるか一瞬だけ考え、答えは直ぐに出た。

茶番に付き合うつもりなど無い「彼ら」が仕方なくアキレウスを排除すべく迫れば、アキレウスは槍を構えて迎え撃つ。

 

 

どちらが勝ったかなど判り切った事を述べる必要はない。

 

 

8秒だ。

アキレウスの奮闘は結果としてガンヴィウスを8秒間足止めをすることに成功した事だけを述べておこう。

 

 

 

 

終戦の時は近い。

 





策があるとは言ったけど、勝つための策とは言っていないよ? 


───ブリテンのとある魔術師。



終わりが近づいてきました。
あと少しだけ当作に付き合っていただければ幸いです。

後最近気が付いたのですがFGOのポートレートMODがあるみたいですね。
アレを導入して使えば、文字通りの地球国家元首Uーオルガマリーでプレイもできるかもしれません。
ちなみに自分が一回Uマリーでプレイした時は地獄絵図な立地でミッドゲーム開始時に直ぐに叩き潰されました。


    殺戮機械
      ↓


貪食→ 地球国家元首 ←浄化主義者



からの少し下に排他没落が銀河の南への侵入を阻むというある意味神立地でした。


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星の終わる(臨終する)刻(原作キャラ死亡描写注意)

今回のお話には原作キャラの死亡描写がありますのでご注意ください。
そして自分の中のマーリンはこういう事をやる奴です。


 

 

【ひとでなしのマーリン】

 

 

 

宙に星の化身達が現れ、想像を絶する戦いが始まる直前まで話は戻る。

皇帝ルキウスとブリテンの騎士王の戦いはガンヴィウスと魔法使いたちとの激戦に負けず劣らずの様相を見せていた。

剣帝が剣を一振りするごとに大地は叩き切られ、空間そのものの連続性が切断される。

 

シュラウドの力が星系を満たす程にルキウスの力は跳ね上がっていく。

深く、強くシュラウドに接続する“選ばれし者”である彼の力はもはや生物の限界やつまらない法則を超えた所にある。

もう少しで朱い月にも牙を届かせ得る程に彼は強大化を続けていた。

 

 

 

無尽蔵の魔力を保持する騎士王が負けじと輝く聖剣を凪げば延長された光の剣はその射程にあるもの全てを分子一つ残さず分解し消滅させてしまう。

ソレをルキウスは軽々と躱していく。

アーサー王が剣を振りかざす予備動作を見た瞬間に彼はアーサー王がどのような攻撃を放つか瞬時に計算しているのだ。

 

さすがのルキウスといえど剣の放つ力をまともに受けてしまえば跡形も残らない。

ブリテンにとっては剣帝を倒す唯一の希望であり、皇帝にとっては下郎たる王風情が唯一我が身を殺しえる武器である。

 

 

故にルキウスは楽しんでいた。

戦場で笑いを零すという行為をアーサー王は気に入らないと断ずるだろうが、それでも彼は楽しんでいた。

恐らくこれが生涯最後の剣を用いた戦いになるだろうと彼は悟っている。

 

 

この戦いが終われば惑星をローマが完全に統合することになる。

ちょうど未来の仮想敵になるかもしれなかった中華文明等はガンヴィウスに大陸ごと持ち上げられ、今や大陸槍の部品となってしまっている。

つまるところ、もはやローマの敵は誰もいない。数千年続いたSOL3における陣取り遊びは終わりを迎える。

 

 

仮に生き残り等がいたとしても神祖より機関砲などを授かったローマとまともに交戦できるとは思えなかった。

 

 

 

父からローマを禅譲されれば後は別の戦いが始まる。

外部の国ではなく、内部の様々な欲望との戦いへと移行していくだろう。

ガンヴィウス=クィリヌスという偉大なる神が地上から身を隠すという衝撃とソレを後継するという役割の重さを彼は誰よりも知っている故に、もはや前線で剣を振るっていればいい時代は終わりを迎える。

 

 

故に剣帝は最期の戦いを楽しんでいる。

いわばこれは卒業式であった。

剣士ルキウスはこの戦いを以て終わり、ここからは星々の世界へとローマを導く皇帝ルキウスへと生まれ変わらねばならない。

 

 

ルキウスの剣が奔る。

シュラウドと更に強く接続された彼の剣技はもはや前人未踏の域へと昇っていた。

以前はある程度集中しなければ放てなかった“完全”同時の斬撃を今の彼は欠伸交じりに使いこなすことさえ出来る。

 

 

小手調べに三本同時をアーサー王へと放つ。

時空間の構造が純粋な剣術により歪められる。

原理など判らないが、彼にはそれが出来るのだ。

 

 

一筋は首を叩き落とす為に。

一筋は右上から左下にかけて切り下すように。

最後の一筋は胴を一閃するように。

 

 

三つの剣筋は緩やかな螺旋を描くような軌道でアーサー王へと襲い掛かった。

王の優れた直感はこのままでは自分がバラバラになる末路を迎えると悟る。

 

 

 

「温い。この程度で我が首を取れると思っているのか?」

 

 

しかしアーサー王は慌てなかった。

彼女は自分の持つ最強の武器が何であるかを誰よりも理解している。

ソレは剣でも鞘でも、ましてや槍でもない。

 

 

彼女の持つ最強の武器とは竜の心臓により供給される無尽蔵の魔力である。

剣が輝く。爆発的に膨れ上がる魔力の波動と剣の放つ圧は空間を軋ませ、歪める。

ガンヴィウスの「歪曲」の様に洗練されてこそいないが、効果はほぼ同種である。

 

アーサー王が握るのは既に剣という物質ではなかった。

十字型に輝く黄金の光の束を騎士王は握りしめている。

無尽蔵に膨れ上がる星の光、意思の力……「彼ら」が欲する至高の原石である。

 

 

空間が歪む。

尋常ならざる魔力による圧力で彼女は強引に剣線を捻じ曲げた。

首を落とす一撃は虚空を切り、胴を横薙ぎにする一閃は軌道を真下に歪められ、斜めに切り下す斬撃だけをアーサー王は軽々と片手で弾き飛ばす。

 

 

騎士の王が踏み出す。躊躇なく騎士王は皇帝の領域に侵入した。

魔力を用いて嵐を操作し己の身体を加速させ、叩き伏せる様に切り込む。

綺麗な縦一筋の剣線、淡い残光さえも残して剣帝に騎士王の一撃が届く。

 

 

次いで巨大な光の斬撃が発生した。魔力と剣によって生み出される空間切断である。

真正面に居たルキウスから見れば細長い「線」に見えた。

空間に残留した「剣」の力が王の意思を込められて剣帝へと襲い掛かる。

 

 

景色がずれていく。まるで蜃気楼か割れたガラスの様に「線」が通った後の景色はズレた。

三次元を切り刻むこれは、あらゆる物質的な防御を無視する故にまともに浴びればルキウスでさえ両断する威力があった。

 

 

対城宝具並の通常攻撃が皇帝へと迫る。

生物として規格外のアーサー王はただの魔力放出と剣技の合わせ技でさえ並の英雄を蹂躙する怪物である。

 

 

光の壁をルキウスは瞬時に迎撃する。

彼もまた星を統べる者として設計された存在である故に、アーサー王からの挑戦であるコレを避けようとはしなかった。

両手に握った剣に力を注げばソレはシュラウドの如き青紫色に輝きだす。

 

 

剣帝は迫りくる空間断裂を切り払った。

一瞬だけガラス細工を叩き割ったような音がすれば、光の「線」は粉々に砕け散ったのだ。

だが、煌めく粒子が猛烈な閃光となり剣帝の視界を奪い去った。

 

 

しかしルキウスは欠片も動揺はしていない。

視力など所詮は一要素にすぎない。

確かに猛烈な光で目が焼けてしまったが、秒もあれば回復する上にむしろ此方の方が集中できるまである。

 

 

彼の超直感はつまらない小細工を仕掛けた上で身を低くし踏み込んでくるアーサー王の様子をはっきりと捉えていた。

彼は示し合わせたように眼前に向かってフロレントを振り下ろす。

全く迷いがない剣は全身を跳ねさせて首を跳ね飛ばそうとしていた騎士王の光の剣と真っ向からぶつかった。

 

 

ルキウスの身体に衝撃が走る。

最優の刀身が微かに軋む。

手先がしびれ、剣先が微かにブレた。

剣越しに感じる圧はかのアッティラ大王さえも超えている。

 

 

否、空虚な人形であった彼女と違いアーサー王は確たる意思を持っている故に大王を遥かに超えていた。

修復を終えた瞳が光を取り戻せば、黄金色の瞳を残酷に輝かさせる騎士王の顔を映し出す。

黄金色の髪をたなびかせ、真っすぐに皇帝の命を狙うその姿は正に冷徹な殺戮機構ともいえる。

 

 

思わずルキウスは呟いていた。

 

 

「嵐の権化……赤き竜とはよく言ったものだ。我が父が欲するのも頷ける」

 

 

神祖の語るアーサー王に対する評価、新しい地平に至る鍵という寸評は的を射ていた。

ルキウスの言葉を聞いたアーサー王が怒りも露わに口を開く。

 

 

「その為だけにこれほどの戦を起こしたのか…ッ

 一体どれだけの犠牲が出ているか、判っているのか……!」

 

 

ガンヴィウスが居るであろう地点から吹き荒れる膨大な破壊の余波をアーサー王は感じ取っていた。

恐らくマーリンの語った“仲間”があの怪物を討ち取るべく戦闘を始めたと彼女は悟っている。

 

その戦いの凄まじさは遠く離れたここからでも一部だけとはいえ観測することができた。

悲鳴を上げながら地平の向こう側に吹き飛んで行ったグガランナ、降り注ぐ英霊たちを相手に蹂躙を続ける巨人、叩き割られたドーバー海峡。

神祖を騙る怪物は真なる神祖を前にしても全く悪びれることなく、我こそが本物であると騙った上で途方もない力を次から次へと行使している。

 

 

宙の彼方まで跳ね散った海水が雨の如く落下してくる。

ブリテン全土とヨーロッパ各地に海水と多種多様な魚等が降り注いだ。

 

 

一瞬だけ光が瞬いたかと思えば莫大な衝撃が星を揺らした。

異次元から放たれたタキオン・ランスの斉射は星の表層を一瞬で何百回も往復する。

ソレは惑星の地表をはいずり回り、哀れにもローマではない故に守られなかった全ての大地を宙高く引き剥がしてしまった。

 

 

 

宙に浮かぶ幾つもの大陸。

表面にあった命たちは殆どが宇宙空間に投げ出されていく。

アーサー王の極限まで発達した知覚能力は悲鳴を上げて暗黒の世界へと塵の如く放り投げられていく無辜の民たちの姿をはっきりと捉えている。

一体何百万の命が消え去ったかまでしっかりとだ。

 

 

そこにあった命ごと加工されて作り出された超巨大な槍の使用。

全てが星に住まう命のことなど微塵も考えていない傲慢な破壊であった。

何が神祖だ、何が星間航行文明だ、罪のない命を数えきれない程に奪っておきながら何を言うかと王は吠えた。

 

 

「この惨状を見るがいい! 貴様らが仕える存在が齎した災禍を!! 

 どれほどの言葉を並べようと言い逃れなど出来ない蛮行だ!」

 

 

アーサー王が憤怒を込めて剣越しにルキウスへと怨嗟を投げかける。

黄金色の瞳は更に残忍さを増し、徐々に皇帝の剣を押し込んでいく。

彼女の心臓は並の魔術師が一生かけても用意できない量の更に数百倍にも及ぶ魔力を一呼吸の内に生み出す。

 

 

その全てを怒りで増幅させた上で身体強化を行えばシュラウドの力によって無尽蔵に強くなり続けるルキウスをも一時的に圧倒するだけの腕力を得る事ができた。

光によって形作られた王の剣が緩慢に、確実に自分の身を滅ぼそうと迫る中、ルキウスはアーサー王の怒りへと答える。

 

 

「赤き竜よ。俺は最初に言った筈だ。“この世の全てがあの方を否定しようと俺は違う”と」

 

 

「貴様は───!」

 

 

相も変わらず怪物への妄信を吐くルキウスに怒りを滲ませるアーサー王であったが、ルキウスの瞳を見た瞬間、彼女の怒りは微かに冷めた。

剣士としての狂える獣の如き様相は潜まり、今のルキウスは冷厳な統治者としての理性ある瞳をしていた。

アーサー王が後退する。十歩分程の距離を取ってから彼女は鋭い瞳でルキウスを見た。

 

 

 

「此度の戦において無関係の者らに多くの犠牲を出してしまったことは確かだ。

 “必要な犠牲だった”等とは言わん……如何に神祖といえど行き過ぎているのは認めよう」

 

 

皇帝が宙を見上げれば星に巨影を落とす大陸の姿が見えた。

あの上にいた全ての命が消え去ったという事実はとてつもなく重い。

 

 

シュラウドの力を持ち、一度だけとはいえ高次元である黎明の世に招かれたルキウスは魔法使いが行使する魔法を感じ取る事が出来ていた。

そして魔法とシュラウドの力が奇妙に作用した結果、皇帝が見たのはこれから先に訪れる人類史における顛末。

星の記憶の一部を彼は汲み取った上で分析できるだけの能力があった。

 

 

ネロとの会合の際に垣間見た歴史のその先を彼は観測した。

 

 

見てしまったのは延々と続くおぞましい戦争と足の引っ張り合いの歴史。

とてつもなく愚かな話であるが、どうやらこの世界はこのまま進めば最低でも後二回は全世界単位で内戦が起きるらしい。

かつて神祖が語った事は全て事実であると本能的にルキウスは悟った。

 

 

人は自分たちを滅ぼしえる力を何十何百と鋳造した上で互いに向けあう。

200以上もの国家は延々と狭い星の上で蟲毒の如く殺し合い、憎み合い、本来人類が持っているポテンシャルを無駄に浪費し続ける未来がそこにはあった。

その先に何が待っているかなど簡単に判った。

 

 

例えば宙の彼方から来た外敵との戦争の末に滅びるならばまだ受け入れられただろう。

規模こそ違えど生存競争の末の滅亡は自然の摂理だ。

 

 

例えば種族として限界が訪れ、緩やかな没落の末に消え去ったのならば納得しただろう。

どのような存在であれば盛者必衰の理からは逃げられなかったのだと。

 

 

だがコレばかりは納得がいかなかった。

どうしてここまでガンヴィウスが自分たちを庇護したか、その理由の一端が判った。

 

 

 

シュラウドとつながったルキウスは「彼ら」の記憶の一部を垣間見れた。

 

 

「彼ら」が観測した幾つもの文明の滅びを迎える刹那の光景。

惑星中に拡がる核爆発と無数の報復の連鎖。

実際にあった光景と、もしかしたらこの世界が迎えるかもしれない終わりの景色が重なってしまった。

 

 

愚か者どもめとルキウスは内心で怒りを抱いた。

無為に同族同士で殺し合い、取り返しのつかない過ちを犯す人類を彼は獣以下だと断じた。

 

 

「故に俺は作らねばならん。

 此度の戦で失われた命を代価に“あちら側”とは違う歴史を!

 ローマの名の元に星を一つにし、人類を束ねて宙へと導いてやる───その果てに()()()()()()()()()()()()()と宣言しよう!」

 

 

彼はガンヴィウスの語りを戦闘の最中とは言え聞いていた。

彼の言葉は全周波で垂れ流しにされていたのだから当然である。

多くを見てきた先駆者の可能性に対する問いかけは深く彼の心根に突き刺さった。

 

 

今の彼ならば判る。

かつてガンヴィウスが自分に向けて語った言葉の本当の重みを。

彼は言った。“多くを見てきた”と。

 

 

「彼ら」が見てきたのはきっと綺麗なものばかりではない。

あらゆる悪徳を知り尽くしている。

あらゆる愚かさを知り尽くしている。

傍から見たら唖然とする様な愚かな理由で幾つもの文明が消え去った事を知っている存在から放たれた問いの重さをルキウスは本当の意味で理解できた。

 

 

だからこそルキウスにはやるべきことがある。

立派にローマを導き、成長させ「彼ら」にあなた方の心配は杞憂でしたと胸を張って伝える使命が。

ルキウスはシュラウドの力を微かに行使し、燃え滾るような覇気と圧に満ちた声で英霊たちに言葉を送り付けた。

 

 

お前たちの歴史は醜い。

間違っている。

そこを退け、と。

 

 

誤魔化すな。目を逸らすな。

何が汎人類史だ。何が自分たちこそ正しい歴史だ。

新暦の始まりより2000年以上経ってもなお文明レベル4(惑星統合)に至れない者らが何を言うかと。

 

 

むしろ中途半端に技術だけが上がってしまった結果、泥沼の共食いが起きているではないか、とルキウスは人類史を嘲笑った。

誰もが責任を負いたがらないつまらない歴史。誰もが綺麗ごとばかりを口にして問題の本質から逃げる世界。

俺は違う。この星の天と地、全ての生命を総じて星と種の行く末に責任を負って見せると彼は決意していた。

 

 

 

案の定帰ってきた否定の念にルキウスは鼻を鳴らし、剣を肩に担ぐ。

どうあっても退くつもりはないなど最初から分かっている。

あからさまな隙であるがアーサー王は踏み込めない。

 

 

数多くの力を行使し、いまなお成長と進化を繰り返す人型の怪物相手に生半可な攻撃は通じないのだ。

隙を伺うアーサー王の様子など欠片も気にせずにルキウスは今思いついたかのように口を開いた。

もはやブリテンの終わりは間近であるが、曲がりなりにもこの国を治めていた王であるのならば知っておく義務がある事柄を彼は思い出したのだ。

 

 

「そも、貴様は我がローマを侵略者だ、怪物の走狗だと糾弾しているが……我が父ほどこのブリテンを栄えさせた存在はいないのだぞ?」

 

 

答えずに視線を鋭くさせるアーサー王にルキウスは顔を顰めた。

当然彼はガンヴィウスより全てを知らされている故に無知な王にイラつきを覚えた。

少しでも考えればわかる事だろうと内心で零す。

 

 

「この星を満たすエーテル(神秘)は本来ならば減衰する一方であり、ブリテンほどその影響を受けた国は存在せん。

 そのことは貴様が一番知っている筈だ。貴様が即位する前までこの国は農作物もまともに育たない有様だったのだからな」

 

 

それこそが本来あるべき姿だったとルキウスは続ける。

アーサー王の剣を握りしめる手にジワリと汗が滲んだ。

背筋に微かに冷たいモノが触れてくるのを感じながら彼女は努めて無表情で言う。

 

 

「何が言いたい」

 

 

「今この星を満たすエーテルを創造したのは神祖だ。

 ブリテンの繁栄の基盤を築いたのは我が父上である。

 お前の民を満たしたのは我々だと言っている」

 

 

「ふざけるな……そのような世迷言を私が信じると」

 

 

 

アーサー王が言葉を終える前にルキウスは無造作に剣を一振りした。

敵意のない動作で何もない空間をクラレントが奔れば、空間が縦に切断された上でシュラウドの力により別の個所と繋がる。

ガンヴィウスが幾度も見せたゲート・ウェイと同じことをルキウスは行ったのだ。

 

 

切り開かれた空間の先は首都ローマの中心であるクィリヌスの御座の地下施設である。

空間に異常が生じた事により工房に備え付けられた自動の迎撃装置が稼働を始めようとするが、ルキウスの存在を認めた瞬間にソレらは沈黙した。

 

 

「見るがいい」

 

 

ルキウスは剣先で輝く大きな多面体───シュラウド・コンデンサーを示した。

変わらずコンデンサーは稼働を続けており、クルクルと回っている。

アーサー王にはこれがどのような技術で作られているかなどさっぱり判らなかったが、それでもコレが何をしているのかは理解できた。

 

 

アーサー王の心臓が跳ねる。

シュラウド・コンデンサーより漏れ出た力を微かに吸うだけで彼女の魂は輝きを増した。

今までにない程に身体の調子がいい。

 

 

今ならば難敵と思えたルキウスさえも押しきれてしまいそうな程に最高の状態であった。

皮肉な事に彼女の変化こそがどのような言葉よりも皇帝の言葉の正しさを証明してしまった。

間違いがない、あれはエーテルを生成している、と。

 

 

アーサー王ほどの超感覚の持ち主であれば薄々と察していた事実である。

本来目減りするだけで増える筈のないエーテルが突如として湧いてきた理由を無意識に彼女は考えないようにしていたのだ。

お蔭で多くの民たちが救われた、ブリテンの愛する民たちが笑顔ならばそれでいいと。

 

 

 

泣く泣く領民から食料を取り上げる等ということもなく、民への犠牲を最低限に抑えた上で彼女は蛮族という侵略者を撃退できたのだから。

今までの繁栄、幸福、彼女の理想を支えていた土台は他者が用意したモノだったという事実は王を打ちのめした。

 

 

 

「……」

 

 

アーサー王は空間が徐々に閉じていくのを黙って見つめていた。

彼女の瞳は揺れている。微かに剣先が小刻みに動いていた。

空間が結び合わされたのを見計らってルキウスは言う。

 

 

「神祖の打倒はアレの停止(ブリテンの衰退)を意味する。この意味が判らない訳ではあるまい」

 

 

ルキウスは手にしていた二振りの剣を鞘に納めた。

背筋を伸ばし構えさえも解いた後、彼はアーサー王へと向けて手を差し出した。

神祖以外には見せたことのない恭しい態度で皇帝は王へと語り掛ける。

 

 

宙の彼方から現れたリヴァイアサン達の群れと「彼ら」の艦隊が戦闘を開始し世界が鮮やかに染まっていく中、皇帝は王に懇願していた。

 

 

「誇り高きアーサー王よ。気高き騎士たちの王に願う。どうか下ってはくれないか? 

 貴方達は十分に戦った。尊敬に値する。故に、もういいだろう」

 

 

「しかし、それでは……この星が……神秘が……」

 

 

 

アーサー王の脳裏に浮かぶのは無数の機械プレートで覆われたこの星の姿。

テクスチャを引きはがされ奪い取られていく無数の神秘達。

人類が築き上げてきた精神活動の結果を根こそぎ略奪される光景を思い出し王は唇を戦慄かせた。

 

 

「神祖は貴方に並々ならぬ執着を抱いている。

 貴方の価値は立派な交渉材料になりえる。

 御身の言葉であれば我が父は聞き入れてくれるだろう。

 力では敵わない存在に知略と口上を以て立ち回るのもまた王の責務では?」

 

 

だからもう終わりにするべきだとルキウスは言う。

もはや勝敗は決したも同然の状況だ。

 

宙の彼方で花開く幾つもの超新星を観測しながらルキウスは本能でリヴァイアサンの群れでは神祖の保有する艦隊には決して勝ちえない事を把握していた。

自分たちとは次元の違う存在だという事は知っていたが、さすがにこれほどまでの存在だとは思わなかったというのがルキウスの偽らざる本心であった。

 

 

次から次へと星の化身達が叩き落されていく。

今の人類では何万年かかっても到達できない域の力が行使されていた。

太陽の億倍、兆倍のエネルギーが解放される。

数百光年を薙ぎ払う狂気としか言えない武装がまるで矢の如く乱射されている。

 

 

この宙で最も不可解にして凶悪な存在といえる暗黒天体さえも「彼ら」からすれば替えの利く道具程度にしか扱われていない。

世の根底に最も近い法たる魔法の全てと拮抗し、それらを上回っていく様は正に宙の支配者と呼ばれるに相応しいものがある。

 

 

何人かの英霊たちが武器を取り落し、膝をつく様が見えたがルキウスはそれらを無様とは思わなかった。

当然とさえ思えた。

世の中にはどうしようもないモノがある。その一つがアレだとルキウスは認めている。

 

 

そしてルキウスはアレを見て自分の中の高揚が冷めていくのを感じた。

自分の振るう剣の何とか細く弱っちい事か。

いずれ届かせたいと願った天蓋の遠さを知った彼は、剣という武器や星の表面で行われる原始的な戦いに興味を持てなくなり出していた。

 

世界はとてつもなく広い。

今までの自分たちなど塵にも等しいという事を彼は素直に認めていた。

 

 

剣士ルキウスが薄まると同時に、星を率いてやがて宙の彼方に届かせんとする皇帝としての側面が強くなっていく。

これは第一歩であった。

アーサー王との決着をルキウスは戦いではなく、王としての駆け引きの末につけたくなったのだ。

 

 

この先、何万と繰り返す事になるであろう別の戦いの始まりの一歩である。

 

 

 

「…………」

 

 

「皇帝の名に誓い、貴方たちの名誉を汚すような真似はしないと宣言する。

 神祖にさえこの誓いは反故になどさせん。故に、御身の勇気を俺に示してほしい」

 

 

瞳を揺らすアーサー王にルキウスは強く手を伸ばす。

先に円卓を嬉々として蹂躙した彼とはまるで別人の様な理性的な瞳と口調であった。

 

王は周囲を見た……地獄を見た。

倒れる騎士たち。

無機質に暴れ回る真祖と勇猛果敢に巨人に挑みかかる英霊。

理解不能な絶叫を上げながらブリテンの大地を粉砕し、暴れ狂う遊星の巨人。

 

 

宙の向こうではこの星を100万回滅ぼせるほどの規模で怪物たちがぶつかり合っている。

否、必死に星の軍団はありとあらゆる要素を動員して神祖の艦隊に食いついているに過ぎない。

もう間もなく天秤は無慈悲に傾くだろう。

ほら、現に暗黒天体を加工して作られた爆弾が容赦なく星々の意思を飲み込んでしまったではないか。

 

 

 

“負けた”と彼女は優れた直感が囁くのを聞いた。

もう何もない。ここからの逆転の目はない。

自分ひとりだけならば逃げられるかもしれないが、そんなことをしてどうなるという。

 

 

そもそも敵はルキウスだけではないのだ。

仮に先にコンデンサーから得た超高濃度のエーテルの力を駆使してルキウスを打倒したとしよう。

次に戦う事になるのは間違いなくあの神祖である。

 

 

判っていた事ではないか。

戦うと決断したのは自分だったはずだ。

相手が強大なんてことは最初から知っていた筈だった。

 

心の何処かでアーサー王には根拠のない希望があったのかもしれない。

ヴォーティガーンを倒し、キャスパリーグを打倒した自分ならば宙の彼方から来た侵略者も倒せるかもしれないという希望が。

 

 

しかし現実は数百の英霊の軍団を戦いとさえ認識せずに蹂躙し、大陸を放り投げ、軽く動くだけで時空間の基礎構造を捻じ曲げた上に上位次元を利用した因果逆転さえ行う存在が敵になる。

奇跡に奇跡を重ねて打倒が叶ったとしても、この星の上空には理解不能な技術と理論で武装した艦隊が居るという事実はアーサー王の戦意を吹き消すには十分すぎる要因であった。

いつしか彼女は勝つ方法よりも、この戦いを終わらせる方法を主軸に考えを纏めようとしていた。

 

 

「私は──」

 

 

凛としながらも震えの混じった声でアーサー王が何かを宣言しようとした瞬間、覆い隠す様に優男の表面上は温かみに満ちた声が木霊した。

 

 

「お待たせ! 

 ちょっと遅れちゃったみたいだけど、まだ終わってはいないみたいで安心したよ」

 

 

王が剣を降ろす直前に見計らったかの様にマーリンが現れた。

何もない空間から突如として彼は姿を見せたのだ。

いや、もしかしたら最初からそこにいたのだが、姿を隠していただけなのかもしれない。

 

何が面白いのか、彼はスキップしつつ自らの主の肩に軽く触れてからルキウスをジロジロと見つめた。

 

 

「初めましてになるかな。私の名前はマーリン。アーサー王に仕える魔術師さ」

 

 

彼はいつも通りの笑顔でアーサー王の隣に並び立ち恭しく一礼した。

 

 

「何の用だ。

 如何にアーサー王の師といえど我らの会話を遮るとは、身の程を知らぬと見えるな」

 

 

「いやぁ、申し訳ない。すっごく大事な話をしていたのは判っていたんだけどね。

 此方としてもギリギリまでタイミングというか、本当に実行すべきかどうかの判断を保留しておく必要があったからさ」

 

 

マーリンが宙を見上げれば、数多くのリヴァイアサンの軍団が塵の様に吹き散らされる様が映っていた。

あぁ、やっぱり勝てないか、残念だ。と彼は胸中でごちた。

 

 

さて、と呟いてからマーリンはアーサー王へと視線を向けて微笑んだ。

何も知らない者からすれば温和で優しい笑顔を。

彼という存在を知っている者からすればいつも通りの何も込められていない張り付けられた笑顔である。

 

 

「さて。待たせたね、()()()()()……うーん、いざ実行となると僕も……いや……やめておこう。仕方ないものは、仕方ないんだ」

 

 

「マーリン……?」

 

 

いつもと同じでありながら何かが違うマーリンの様子にアーサー王は奇妙さを覚えたが、彼女はマーリンを信頼している故に何もしなかった。

直感が全力で警報を鳴らしているというのに、ソレはルキウスか、はたまた自分を狙う神祖によるモノだと誤認してしまったのだ。

 

だってそうだろう? 

女好きで、いつもトラブルばかり持ち込んでくるが、同時にいつも自分の隣にいてくれた絶対の味方だったのだから。

アーサー王はマーリンという存在を尊敬し、心から信じているのだから、これは仕方のないことであった。

 

 

「おやすみ。アルトリア……本当に、ごめん」

 

 

「……ぇ……?」

 

 

最期に彼女が見たマーリンの顔は無表情な本来あるべき彼の姿であった。

あらゆる感情を持たない人でなしの顔であった。

だというのに彼女に投げかけられた言葉は何処までも憐憫と慙愧に満ちている。

 

 

彼はマーリン(人でなし)である故にこういう事が出来た。

感情をもたない故に、その行為がたとえどれほど苦難に満ちたモノであろうと、指先と心を切り離して行動できる。

 

 

コツン、とアーサー王の額にマーリンの人差し指が触れれば、騎士王の身体は脱力した。

それに比例して手にもった剣の輝きが増していく。

暴力的なまでに光が膨れ上がり、アーサー王の身体に絡みついていく。

 

 

アーサー王を“設計”した存在の一人である彼からすればこの程度は容易かった。

元より彼女は星の想念の結晶たる剣を使いこなす存在である、ならば星の意思を受け入れる器として扱う事も出来る。

 

 

一度だけ瞼を閉じたアーサー王が再び眼を開けば、彼女の瞳の色は竜としての黄金のソレから、血の様に真っ赤な深紅へと変り果てていた。

結わえていた髪が広がり、それらは見る見る内に伸びていく。

あっという間にアーサー王の姿は遠く離れた地で戦いを続ける朱い月と似通った姿へと変わってしまった。

 

 

──五感(センス )の獲得。

──意識(ルール )の獲得。

──生命視点(スケール )の矮小翻訳。

 

 

全行程、作業完了。

 

 

「ふむ……悪くはない。少々窮屈ではあるが、致し方ないか」

 

 

アーサー王であったものが口を開けば出てくるのは彼女の声であって、彼女のモノではない言葉であった。

超越者染みた容貌には先のアーサー王が持っていた生の感情というモノが全て抜け落ちている。

彼女の瞳はこの世の全てを見下ろし、無価値と断じているかの様に冷たかった。

 

 

そんな彼女の隣に立つのはお似合いの、何も宿っていない笑みを浮かべたマーリンである。

彼は杖を弄びながらルキウスの存在など眼中にないかの様にアーサー王だったモノへと語り掛けた。

 

 

「上手くいったようで良かったよ。さて、時間は余りない。気が付かれる前にやらないとね」

 

 

「ざわめきに苛立つ。頬を撫でる霧の何と鬱陶しい事か。我が同胞たちをよくも……」

 

 

「女」が宙を見上げれば、スター・イーターから放たれる無数のΣクラス・エネルギーランスが次々とリヴァイアサンの群れを消し飛ばしていく光景が繰り広げられていた。

余熱だけで自らの表皮が焦げ付いていくのを「女」は感じ取り美麗な顔を憎悪に歪めた。

あるべき場所にあるべきモノ、数億年の間連れ添った衛星を奪われた事も併せて「女」の瞳には憤怒が浮かび上がっている。

 

 

もはや太陽系は崩壊している。

スター・イーターの重力に引きずり回された上に、多くの星はΣの力の影響でヒビが入り、もう二度と元の状態には戻らないだろう。

あるいは「彼ら」であるならば治せるかもしれないという事実さえ「女」にとっては不愉快であった。

 

 

「貴様、アーサー王を何処へやった」

 

 

ルキウスが怒りを宿した瞳でマーリンを睨みつける。

二振りの剣を構え、この人外をすぐさま処刑できるように準備するが、彼は剣帝の発する円卓でさえ後ずさる程の怒りをまともに受け止めてなお表情を変えなかった。

 

 

「変な事を聞くんだね。王ならば君の目の前に()()じゃないか」

 

 

「もういい」

 

 

ガンヴィウスから聞かされていた以上に掴みどころがなく、それでいて不愉快な存在であるマーリンとの問答は無意味だとルキウスは瞬時に悟った。

話がまとまりかけていた所に乱入してきた挙句に、悪びれもせず己の主人を裏切る様は皇帝にとって目障り極まりなかった。

全身にシュラウドの力を漲らせ、一瞬の間にマーリンを斬首すべくルキウスは踏み込もうとするが……。

 

 

「あぁ……お前か。あの異物の継嗣が存在するとはな」

 

 

シュラウドの力に反応したのか「女」の瞳がルキウスを見据えた。

途方もない圧を皇帝は覚え、思わず足を止めた。

もしも一歩でも距離を詰めていれば、その瞬間に終わっていただろうと彼は直感した。

 

 

「女」は一瞬だけ何かを考えるかの様に瞳を閉じてから、朗々と語る。

虚空に視線を向ける彼女の先ではシュラウドに充填された膨大なエネルギーがパルスとなって星系全土の意思を蹂躙しようとする様が見えていた。

彼女は己の仲間の断末魔を聴く事ができる故に、更に憎悪が深まっていく。

 

 

「私は多くを失った。我が誕生以来共にあり続けた同胞を奪われた。

 この痛みへの報いを与えねばならん。」

 

 

あぁ、そうだと「女」は嘲りを隠そうともせずに笑った。

 

 

「貴様……確かルキウスと言ったな。己の国を宙の域へと押し上げるのが夢だと……ふふっ」

 

 

 

はっきりと「女」は侮蔑を浮かべた。

憐憫、憎悪、憤怒、侮蔑に嗜虐。

おおよそ知的生命体が他者に抱く全ての悪意を「女」は出力する。

 

 

「下らん。無能。そのような不愉快な世迷言、到底許せるものではない。

 ───故にその増長、私が打ち砕いてやろう。()()()は滅びるのだ」

 

 

 

「女」の手にある騎士王が振るっていた剣が凄まじい輝きを放つ。

あらゆる拘束が解けおち、本来あった全ての性能が導き出される。

之こそ星の息吹、勝利を約束されし至高の聖剣である。

 

 

 

「女」は剣を構える。凄まじい光はもはや黄金色の柱となっていた。

かつての騎士王が極光を放つときと同じように、上段から勢いよく振り下ろす構えだ。

しかし「女」の目線はルキウスを視てはいなかった。

 

 

もっと遠く。

遥か彼方の何かを狙っているようだとルキウスは悟る。

 

 

自分の後ろを狙っている……? 

神祖を狙っているとは思えなかった。

だとすれば誰かではなく“何か”を狙っている筈だと。

 

 

「貴様っ……!」

 

 

ここでルキウスは直感する。

大雑把に言ってしまえば、自分の後ろには大陸(ローマ本国)が存在している事に彼は気が付いた。

そんな馬鹿なと切って捨てる事など出来ない話である。

 

 

真価を発揮した剣の威力は対軍、対国の域を超えて、対星の領域にまで指をかけている。

純粋なエネルギー総量ではΣにも届きかねない破壊の力を用いれば、ブリテンからローマを本国を吹き飛ばす事は難しい事ではない。

故にルキウスは刻一刻と輝きを膨れ上がらせる剣の前から退く事は出来なかった。

 

 

彼は皇帝である故に、民を襲わんとする暴虐から逃げる事など許されないのだ。

 

 

 

「ふむ、逃げてもいいのだぞ? 順番が変わるだけの話だ」

 

 

「女」が嗤う。

本来地表を這う虫になど興味を持たない彼女であったが、憎き存在の継嗣であるルキウスに対しては嗜虐的な感情を垣間見せている。

やれやれと傍らのマーリンが頭を振り、無表情で呟いた。

 

 

「楽しむのはいいけど、早くやってほしいなぁ……もうそろそろ時間切れだよ?」

 

 

“現在”起こっている全てを観測できるマーリンの瞳には不機嫌に顔を歪めるガンヴィウスの姿が見えた。

隠蔽に気が付いたガンヴィウスが無造作に掌を握りしめようとする様をマーリンは見ている。

ソレが何を意味するのか当然彼は知っているが、欠片も表情を変えはしなかった。

 

最期の瞬間を前に彼は口を開く。

もはや別物となった騎士王の横顔に向けて彼は微かに哀愁のこもった声で言った。

 

 

「アルトリア─────本当に」

 

 

その先の言葉は永遠に続く事はなかった。

ぐっと遠く離れた地で彼が拳を握れば、全方位から数百万気圧程の圧がマーリンに襲い掛かった。

秒も保たずにマーリンは赤い霧へと変わり、砕け散った。

 

 

既にマーリンという存在の種は割れている。

実体とサイオニック・エネルギー体の両方を殺せばマーリンは死ぬという事を「彼ら」は見抜いていた。

ただで殺されるつもりはなかったマーリンがあらゆる惑乱や幻影、催眠と言った術で抵抗するが、悉く見抜かれてしまう。

 

 

「彼ら」の瞳はマーリンという存在の根底を捉えた。もう、逃げ場はなかった。

肉体という殻を壊されて露出したサイオニック・アバター(夢魔としての本体)としてのマーリンを、周囲のシュラウドの霧が明確な殺意を以て包み込み消滅させてしまう。

念入りに、徹底的に、二度とこのような邪魔をさせない為、完膚なきまでに知的生命体に寄生する害虫を「彼ら」は駆除した。

 

 

「女」は砕け散ったマーリンに対して欠片も意識を向ける事はなかった。

彼女は粛々と騎士王の栄光に溢れた剣を以て無辜の民を虐殺すべく光の束を振り下ろした。

 

 

「之なるは我が息吹。貴様らには過ぎた光である。まずは一つ、奴から奪うとしよう」

 

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)が猛威を振るう。

完全に開放された光の束は一条の光となってルキウスとその背後に有るローマを消し去るべく輝いた。

ルキウスが動く。二振りの剣にありったけのシュラウドの力を込めて真っ向から迎撃する。

 

青紫色の剣筋と黄金の光が衝突する。

拡散した破壊の力が周囲に飛び散る。

ルキウスを基点に約束された勝利の剣(エクスカリバー)は弾かれ、その背後に一切の破壊を通す事は出来ていない。

 

 

膨大な黄金の光の前に視界は埋め尽くされ、手足にヒビが入っていくが、それでも彼はその場にとどまり、剣の相殺を続けた。

そんな彼に「女」は笑いながら声をかける。

 

 

「粗悪な親には粗悪な息子が出来るという、まことに道理よな。

 つまらぬ理由で魂を燃やすか? 国などまた作ればよいではないか。まぁ、させぬがな」

 

 

 

光が勢いを増す。タキオン・ランスさえも軽々と超える破壊の力を「剣」は生み出していた。

身体が燃え上がり、眼球が沸騰していく中ルキウスは猛烈に笑った。

痛みなど感じていないかの様に、平然と彼は「女」に返す。

 

 

「貴様は何も判っていない。粗悪な親には粗悪な子(親が親なら子も子)と言ったな? 

 ククッ、その理屈で言えば貴様も粗悪に分類されることになるぞ()()

 いや……失礼した。俺と我が民は粗悪などでない。故に無能は貴様だけという事になるな」

 

 

「……貴様の誘い文句はつまらん。慈悲だ、消え失せよ」

 

 

はて、自分はなぜこの「女」の事を母などと言ったのかとルキウスは疑問に思ったが、限界を超える力の衝突によりクラレントとフロレントが悲鳴を上げだした事により現実に帰った。

既に全身の感覚はない。視界もなく、鼓膜も破れかかっている。

さて、どうするかとルキウスは考えていた。

 

 

「その肉体が消え去るまであと数瞬、死の間際、美しく咲いて魅せろ。

 その最期を以て我が同胞への手向けとする」

 

 

不機嫌に顔を歪めた「女」は更に剣の出力を高めた。

月程度の衛星ならば穿つ程の力が剣から放出される。

凄まじい衝撃に全身が軋む中、ルキウスはかつてのアッティラ大王との戦いを思い出していた。

 

 

あの時と同じく彼は絶体絶命の前に意識を集中させていく。

今まで限界だと思っていた地点を更に超える力をシュラウドより引き出す。

 

 

 

十倍。二十倍。三十倍……最終的には六十倍もの強化を自らに付与。

今の彼は朱い月(星の化身)の域へと踏み込んでいた。

即ち、星々の戦いという神祖が座す土俵の入り口にである。

 

 

 

強化された知性と認知能力を駆使して全ての可能性をルキウスは見た。

どうあっても間近な死だけが見えた。

そして彼は認めた。どうやらここで自分は終わるのだと。

 

 

目の前の存在は恐らく■である。

故に勝利は不可能だと彼は冷静に受け止めていた。

この一撃を凌いだとしても、相手の手札は無数にある。

 

 

父は奇妙な隔離世界に一時的とはいえ追放されているらしい。

出てくるのに後5秒はかかるだろう。

5秒もあれば自分は何回も殺されると彼は確信していた。

 

 

 

「否……終わりではない。断じて、これは終わり等ではない!」

 

 

ルキウスは猛烈に笑った。

彼は皇帝である。民を守る為に身を尽くすのは当然である。

男の後ろにはローマがある。故に決して彼は倒れる事は出来ない。

 

 

彼は誰にも判って貰えなかった等とほざく幼子とは違う、その在り方を以てローマを導く男である。

残念ながら自分は此処までと認めつつも彼は猛っていた。

この世界全てが敵に回ろうとも、この世界の全てが己のローマを拒絶しようとも、仮に目の前のこの存在が全てを消し去ったとしても、それでも己たちは───。

 

 

「受け取るがいい。いずれ俺たち(ローマ)は貴様を征服して見せる。これはその第一歩だ!」」

 

 

ルキウスの生涯において最も鋭く、早く、重い一撃が放たれる。

クラレントを手放し、両手でフロレントを握りしめ、全身全霊で振り下ろした。

それはただの振り下ろしの一撃である。

射殺す百頭・羅馬式(ナインライブズ・ローマ)でさえない、ただの全霊の唐竹割りであった。

 

 

極限にまで高まったシュラウドの力とルキウス自身の覇気を宿した一撃は完全開放した「剣」の光を真っ二つに断ち切り、血飛沫が舞う。

「女」の肉体に深々と斬閃が走った。右肩から左の脇腹にかけて真っ赤な線が刻まれている。

 

 

「……」

 

 

噴き出る血とエーテルを認識しながら「女」は顔を歪めた。

一方的に奪い去り、絶望させる計画が台無しになった彼女は歯をむき出しにして憤怒を見せた。

真っ赤な瞳が更に深みを増し、白目が深紅に染まり、瞳孔は爬虫類の様に裂けた。

 

 

「女」はこの世界における“全て”である故に何もかもが思うがままだった。

そんな彼女にとってこのような思い通りにいかないという事は不愉快でしかないのだ。

剣に更に意思を込めれば、一時的に吹き散らされた黄金の濁流はすぐに再収束し今度こそルキウスを飲み込んだ。

 

 

もはやルキウスに抵抗する体力はない。

彼はまともに聖剣の光を浴びてしまう。

手足が砕け、身体が崩壊し、世界という枠組みからさえも弾き飛ばされていきながらも彼は「女」を見据ながら言った。

 

 

 

────これで終わりではないぞ、と。

 

 

 

数瞬後、黄金の暴力が収まった後にはルキウスの姿はなかった。

剣帝ルキウスはこの世から去ったのだ。彼の全身全霊は「女」に傷をつけたがそれだけである。

守り切ったローマ本国も再び「女」が剣の力を解放すれば無慈悲に消し飛ばされるだろう。

 

 

 

「女」は虚空へと視線を向けていた。

今までそこにいたルキウスを偲んで……いるのではない。

シュラウドの霧が収束し、時空間に亀裂が作り出されればそこから出てきたのは彼女の天敵ともいえる存在───ウラキ・ガンヴィウス=クィリヌスである。

 

 

 

 

 

【計画修正】

 

 

 

 

アキレウスを“処理”した彼の姿は体を修復する時間さえも惜しかったのか所々に亀裂が入り、衣服は破け、顔の左半分は陶器の様に割れているという酷い有様であった。

しかし残った右目の眼光は鋭く細められ「女」を見つめている。

「女」は嗜虐的に悪意の籠った笑顔を浮かべた。

 

 

 

「遅かったな。ルキウスと言ったか? 貴様の継嗣であるが、私が消してしまったぞ」

 

 

くすくすと楽し気に「女」は笑った。

最終的なアドバンテージは自分が完全に握っていると確信している故に、彼女はここぞとばかりに怨敵に怨嗟を吐き連ねていく。

 

 

「残念でしょうがないだろう。

 あれほどの傑作()、如何に貴様らと言えどそう易々とは作れまい。私も似たようなモノ(タイプ・アース) を作ろうとした覚えがあるから判るとも」

 

 

「…………」

 

 

腕を組み無表情で見つめるガンヴィウスに「女」は更に続ける。

欠けた顔面の中より青い十字の光が瞬き「女」を見ていた。

どうすれば目の前の存在の矜持を踏みにじれるか、どうやれば傷つけてやれるかという、ある意味では対等の相手にしか抱かない感情を彼女は覚えていた。

46億年もの間存在してきて、今まで表層に蠢く虫に全く興味を持っていなかった岩ころは初めて出会った“敵”に対して幼く純粋な悪意を隠そうともしていなかった。

 

 

「女」はそうだと一言呟いた後、手にした「剣」をまるで塵でも投げ捨てるかの様にガンヴィウスへと向けて放った。

次いで「鞘」と「槍」も、同じように乱雑に、道端に落ちている石ころを蹴り飛ばすように老人の足元へと転がした。

ガシャン、という空虚な音と共にあれだけ欲した武具を足元に放られたガンヴィウスは表情を変えない。

 

 

かつてアーサー王の威光とブリテンの繁栄を象徴した武具はゴミと同じように扱われていた。

 

 

「欲しかったのだろう? 持っていったらどうだ。

 くれてやる。そんなもの、もう何の意味もなくなるからな」

 

 

堪えきれずに「女」はクルクルとダンスでも踊るように回り出す。

身体の至る所に亀裂が走り、内側より黄金色の光が漏れ出していた。

既にアーサー王の身体を「女」は中より砕いていた。

もう崩壊は止まらない。あっという間に手足は土くれの様に綻び、顔にも断裂が入っていく。

 

 

長年探し求めたモノをあと一歩で取りこぼすという絶望を与えてやるのが彼女の思惑であった。

「剣」も「鞘」もアーサー王という使い手がいなければただの古びた武具にすぎない。

 

 

マーリンの計画とは単純なものであった。

星の化身達と魔法を用いても「彼ら」の艦隊を葬れないとなれば、直接的な戦闘による勝利は不可能と諦め、()()()()を行うというものだ。

難しい話ではない。要は()()()()である。

 

 

いや、自暴自棄の自滅と言ってもいいだろう。

負けたとなれば、相手に奪われる領土に徹底的な焦土作戦を行うというのは何も珍しい話ではない。

井戸に毒を入れる。村々を焼き払う。畑に塩をまいておく。疫病の患者を大量に放置する。それの延長の話である。

 

 

 

マーリンは薄々察していたのだ。

あらゆる要素を動員した所で「彼ら」を力で打ち破る事は不可能に近いと。

いくら此方には星々の化身たちという最終戦力があるとはいっても、向こうは文字通り宙の支配者であり、勝てるという保証はどこにもなかった。

 

 

現にマーリンの読みは的中し、ありったけの数の原初の一をぶつけたというのに「彼ら」の艦隊は小動もしなかった。

こうなってしまったらするべき事はただ一つ。せめて他の枝葉にまで「彼ら」の影響を届かせない様にするということだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。それがマーリンの策であった。

その為には「女」の力が必要であるが、既に前提条件は全て達成されていた。

 

 

「嘆くがよい。貴様らに我が真理は掴ませぬ。

 我が息吹は至高の神秘、何者であろうと決して掴めぬと知れ」

 

 

 

星の意思が囀る。

稚児のようでいて、存在の規模が違うモノの悪意は途方もない結果を世界に齎す。

人類悪など生ぬるい。真なる星の悪意は終末そのものといっても過言ではない。

 

 

“剪定”が始まる。

この世界の根底に位置し、未だに浸食を免れていた世界意思のみが行える全並行世界規模の運営機構が動き出す。

未来が途絶えた世界を消す。可能性なき世界を伐採する。

元はそういったシステムであったが、これは同時に「彼ら」の様なものが世界を犯そうとしたときに稼働する自壊装置でもあった。

 

 

例えば外宇宙より来たりし邪神に世界を飲み込まれた時。

例えば別の世界より飛来した降臨者が星の意とは違う世界を作ろうとした時。

例えば人が星の死よりも長く生き延びようと足掻いた時。

 

 

そんな時に発動する最終安全機構であった。

 

 

艦隊のセンサーが幾つもの異常を捉える。

星系の外縁部より空間の連鎖的消失が始まっている事を「彼ら」は悟った。

同時にコロッサスよりエラー報告が入る。

 

 

“接続”の作成こそ順調ではあるが、肝心の接続先が消え去り始めているという内容であった。

急速に星の内部宇宙は安定性を欠き、崩壊を始めていた。

つまり、星は今、この瞬間に死のうとしている。

 

 

 

SOL3の考えは単純である。

即ち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という癇癪に近いモノである。

元より自らの余命は僅かである。

1500年程度の誤差など星にとっては有ってないようなモノだ。

 

 

消え去り始める世界と勝ち誇り笑う「女」を前に無言を貫いていたガンヴィウスは初めて口を開いた。

彼は腕を組んだまま、平時と変わらぬ威厳のある深い声で力強く己の意見を口にした。

 

 

 

「大変結構。好きにしたまえ」

 

 

「…………」

 

 

「女」の顔が不快を浮かべる。

ありったけの悪意を叩きつけ、お前たちの1万年は無駄であったと事実を教えてやったというのに、期待した通りの反応が返ってこなかったからだ。

彼女は期待していた。

ガンヴィウスが苦渋に顔を歪め、あらゆる怨嗟を吐き散らしながら自分たちの努力が無駄になったと叫ぶところを。

 

 

だが現実はどうか? この老人は顔色一つ変えていない。

息子を失い、ローマに渡すはずだった未来絵図を台無しにされ、更には今正に手に入ろうとした星の全てが指先からすり抜けようとしているのに、何も変わってはいなかった。

 

 

「我々は()を貫くまでだ。既に我らの方針は魔法使いに話した通りである」

 

 

お前にも話して聞かせてやっただろう? とガンヴィウスは言った。

あれから何も変わらない。あれが全てであり、それ以外は何もないと。

既に「彼ら」は第二プランを実行に移し始めていた。

まずは足元に打ち捨てられたアーサー王の装備一式に霧が覆いかぶさり、ステラー級の元へと移送した。

 

 

次いでルキウスに焼かれ、遠くで倒れていた誰も気にも留めていなかった小娘(モードレッド)はシュラウドの霧に包み込まれステラー級の内部へと引き込まれる。

今頃はユートの時間凍結保存装置(クリㇷ゚タム)の中に放り込まれ、各種のデータ解析を始めようとしている頃合いだろう。

二度と彼女が目を覚ます事はない。安らかな微睡の中、永遠の夢を見続けることになる。

 

 

起きているよりも眠っている方がモードレッドは我々の役に立つと「彼ら」は言った。

正にどこで何が役に立つか判らないという奴である。王を夢見た少女は王と同質である故に「彼ら」に必要とされたのだ。

 

()()()としては少々心もとないが、ないよりはマシであろうというのが「彼ら」のモードレッド(代用品)への評であった。

 

 

「彼ら」の艦隊が動き出す。シュラウド・ジャンプドライブを起動して空間の狭間に向けて飛翔した。

そこにあるのは膨大な数の亡骸たちであった。シュラウドの鉄槌で精神を砕かれたこれらはもはや活動することはない。

この世界の外側に存在する夥しい数のリヴァイアサンの残骸の回収を始めていく。

 

 

重力場が操作され、何百という怪物たちの死骸が次々と虚数の奥深くへと輸送されていく。

空間の欠落が追いつく前に星々の化身の残骸を手に入れれば、これから先に立案するであろう()()()()()の役に立つだろう。

 

 

 

「我々は未知を学ぶ事こそを喜びとする。

そこに謎があったのならば解きたくてしょうがなくなる性分の持ち主でね」

 

 

「それももう叶わん話だ。()はもう間もなく死ぬ。

 私とて苦渋の決断だったのだぞ。

 このような催しの最後をこんな形で締めくくる事になろうとは」

 

 

大仰に「女」は両腕を掲げ顔を覆い、身体を震わせる。

涙でも流しているのかと思いきや「女」は笑っていた。

もはやアーサー王の肉体で無事な個所はどこにもない。

 

手足、胴体、顔、全てに亀裂が走り光が漏れている。

 

 

「元より誰もが虎視眈々と終末を急ぐつまらぬ劇である。

 ならば舞台である私が幕を下ろす事に何の異論があろうか」

 

 

「女」が大きく腕を開いた。その拍子に指先が砕けおちた。

腕が崩れ出すが「女」は気にも留めず話をつづけた。

 

 

「貴様らの1万年にも及ぶ無為な行為へのせめてもの慈悲だ。

 多くの星の終わりを観てきたのだろう? ならばもう一つ、そこに加えるがいい」

 

 

ここに来て初めてガンヴィウスが反応を見せた。

彼は────ため息を吐いた。呆れたように、愚か者に辟易するように。

 

 

「愚かなり。星よ、お前は間違っている。これは終わりではない。始まりなのだ(次の計画を開始する)

 

 

「…………」

 

 

無言ながらも隠し切れない驚きを浮かべた「女」に対して「彼ら」はガンヴィウスを通して滔々と語り続ける。

まるで裁定者として遥か天上から神託を下すがごとく、老人はこの星に対する次のアプローチ計画の概要の一部を開示していく。

 

 

「これほど恵まれた(人類)を擁立しておきながら、その程度の思考しかないとは。

 貴様の存在はこの銀河において見過ごせぬ欠陥である。故に我々が修正してやろう」

 

 

「彼ら」は傲慢に宣言した。

もはや狂気という言葉さえ振り切った独善の極みともとれる言葉が放たれる。

余りの傲岸不遜な態度と言葉に、生き残った英霊たちが愕然とした顔を浮かべた。

 

 

何という傲慢。

何という悪辣。

人類史においても暴君と呼ばれる者や全てが己の意のままになるのが当然と考える神は居たが、ここまで巨大な業を背負った者はいなかったと。

 

 

 

そこ(星の意思)には私の方が相応しい。癇癪の煩わしい女には退いてもらおうじゃないか」

 

 

“人理”という手に入れた世界の設計図を閲覧しながら「彼ら」は新しい計画を立てていく。

アーサー王こそ手に入らなかったが、多種多様な知見を手に入れる事は出来た。

差し引きとしては悪くないと「彼ら」は考えていた。少なくとも損はしていない。

 

 

故に「彼ら」は少しばかり遠回りをすることにした。最終的な目的は変わらない。

最終段階である「Ω」の域には元より容易く至れる等とは思ってはいない。

 

 

何、ゴールだと思っていた地点が実は中間地点だったという話に過ぎない。

先行きが思ったよりも長いのであるならば、また違った方法を用いるだけだ。

外部より力づくで奪おうとしたら自壊されるという結果が手に入った以上、また別の手を試すだけである。

 

 

これは勝ち負けの話ではない。もはやそんな領域など「彼ら」は気にも留めていない。

手に入れるとこの星を見つけた時に決意した。それだけである。

どれだけの時間や手間暇が掛かろうと()()()()()()()()

 

 

コロッサスに意思を送り惑星解放装置を停止。星と宙を結んでいた青紫色の柱が先細りしていき、やがて完全に消えた。

この戦いの全てを掛けて開いた星の内海、マイナス宇宙へと繋がる道を「彼ら」はあっさりと放棄した。

このまま展開を続けていても、星の掌握よりも内部の崩壊の方が早いと結論づけたが故の放棄である。

 

 

ただし、開通させた「孔」だけは固定して残している。

内側は既に連鎖的な崩壊を始めているが、まだコレには利用価値がある。

用いるのは今まで育て上げた永遠帝国。アラヤという霊長の集合無意識。星と対を成すこの世界の根幹要素。

 

 

全てを吟味し、新たな計画の為の先駆けの形成は早急に準備されていく。

 

 

「はははっ! この期に及んでまだそのような戯言をのたまうか。 

 貴様は探究者ではなく道化であるな! 精々、足掻くといい……!」

 

 

「大変結構。好きにさせてもらおう」

 

 

哄笑する「女」に向けてガンヴィウスは指先を向けて躊躇いなくΣクラスのエネルギー・ランスを撃ち込んだ。

ガンヴィウスという端末が使用できる最大の出力を以て放たれたソレは「女」を一瞬で飲み込み、そのままSOL星系の重力の範囲外にまで空間を焼き払いながら突き進み、数百光年先で超新星を生成した。

あれだけ求めていたアーサー王の肉体を吹き飛ばしたというのに既にガンヴィウスの意識は別の方向に向いている。

 

 

彼はルキウスが放り投げたクラレントを見つけ出すと、そこまで歩いていく。

膝をつき、念力を使わずに己の手でソレを掴み上げた後、胸前に刀身を翳して見る。

刀身にはアーサー王の血液が付着していた。

之は重要なサンプルになるだろうが、今大事なのはソレではなかった。

 

 

周囲一帯(惑星全体)をあらゆるセンサーで念入りにスキャンするが、ルキウスの反応は何処にもない。

シュラウドで繋がっていた筈の繋がりさえも消えてしまっていた。

つまり、彼は死んだのだ。跡形も残らずに、消え失せてしまった。

 

 

「…………」

 

 

十秒間、ガンヴィウスは瞼を閉じる。

クラレントが剣礼の形を取った。

一分一秒が惜しい状況ではあるが、これは必要な事であると「彼ら」は判断していた。

 

 

 

世界が終わる寸前、彼は亡き息子に黙とうを捧げた。

十秒後、ガンヴィウスは剣をステラー級へと送り付けると、踵を返して立ち去り二度と振り返る事はなかった。

 

 

必要なモノは全て我が手にある。

あとは組み立て方の工夫の問題であった。

 

 

では次の計画を始めようか。

 

 

 

 

 




あと1話か2話で完結となります。


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夢の跡

何とかここまで来れました。
ステラリスのメインテーマでもあるFaster Than Lightを聴きながら
読む事をお勧めします。




 

 

【兵どもが夢の跡】

 

 

 

戦争は終わった。

ブリテンとローマの衝突から始まった天上戦争はリヴァイアサンの壊滅と星の自殺という形で幕を下ろしたのだ。

ローマはルキウスを失い、ブリテン王国はアーサー王とガレス、トリスタンを失った。

 

 

結果としてみれば永遠帝国・ローマの勝利である。

ルキウスが亡くともガンヴィウスさえいればローマは揺るがないのだから。

しかしこの程度の結果などもう何の意味もなかった。

 

 

既に世界全土が消えうせようとしている。

虚無の孔は星系を飲み込み、この星もまた主たる星が息絶えた事と、世界そのものが存在することを止めてしまった結果として無へと還らんとしていた。

それは子供が遊び終わった玩具を片付ける様でもあった。

 

 

「彼ら」の艦隊はこの消失現象に飲み込まれても特に影響はない。

元よりこの世のモノではない故に、あらゆる世界を構築するオブジェが消え去った虚無の中を漂う事になるだけだ。

この消失現象が完了した暁には星系の有った空間には何もない空洞が存在することになるだろう。

 

 

宇宙においては特に珍しくもない超空洞の一種である。

つまり「彼ら」は世界からはじき出される形になる。

 

 

 

戦場には沈黙が満ちていた。

少し前までは有った血の気に満ちた叫び声は今はなく、誰もが呆然と宙を眺めている。

星を穿つ光が消え去り、昼だったはずの空が青紫に塗りつぶされたそこには今は威容を誇るスター・イーターの姿が映っていた。

 

 

直系5000キロ程の大きさを誇る星団捕食兵器は今やSOL3にかなり接近しており、星に住まう全ての命が箱型の怪物をまざまざと見せつけられている。

スーパー・ムーンの何百倍も巨大な「箱」はただそこにいるだけで星をざわつかせる圧を放っていた。

霊長の戦闘に長けた本能が空に現れた異形の星の用途を悟らせてしまう。

 

 

即ち、アレは……全てにおいて自分たちの理解の外にいるが、間違いなく恐ろしい用途の為に作られたのだと。

そしてもしもアレがその気になれば自分たちの運命など容易く閉ざされてしまうと。

 

 

スター・イーターの威容に光が走り、表面上に巨大なローマの国旗を浮かび上がらせる。

数多くの者はソレを見た瞬間に安堵のため息を吐いた。

アレは我々の神祖の権能の一つなのだと、自分たちを安心させる方向に物事を捉えていく。

 

 

 

「彼ら」はコロッサスを通して惑星全土に余すことなく降り注がれたシュラウド・エネルギーを操作した。

ソレの性質を変化させる。具体的にはコロッサスの装置の一種足る神聖執行装置と同種の精神に干渉するエネルギーへとシュラウドの力を変換した。

元の装置の如く惑星全土の精神を“啓蒙”する程の出力は得られなかったが、これによってこれから行われる“説得”の成功率は高まることだろう。

 

 

 

『我が民たちよ。耳を傾けよ』

 

 

 

数多くの騎士が亡骸を晒す戦場の中央にガンヴィウスは居た。

彼の周りには全てのローマの兵士たちが跪いていた。

あらゆるローマの兵士たちは蘇生され、これから神祖が発するとされる重大な神託を心して受け入れようとしている。

 

 

もはや戦いは終わっている。ブリテン軍は壊滅した。

そして星の死に伴い、真祖たちもまた灰となり崩れ落ちた。

残った英霊もちょうど最後の一人……金髪の筋骨隆々の青年がグレイ・セファールの手によって子供が虫で遊ぶかの如く四肢をもぎ取られ、ゴミの様に放り投げられエーテルへと還った。

 

 

最後の最後まで抵抗を続けていたギャラハッドとベディヴィエールもガンヴィウスの手によって直々に無力化され、砕かれた盾が無造作に放られていた。

一カ所にまとめられ、両手を頭の上で交差させられた騎士たちは怯えた表情で神祖の割れた顔を見ている。

彼らの周囲には新たに製作されたプロメシアン達がおり、敗北者たちを見張っていた。

 

 

完膚なきまでに敗北した騎士たちは誰もが顔を俯かせ、神祖の顔の内側で蠢く光がこちらを向かないでくれと願っていた。

 

 

『残された時間は多くない。この世は終わりを迎えようとしている』

 

 

全てのローマの民に向けて「彼ら」は念話を繋いでいる。

その接続を利用して鮮明な映像を送り付けてやる。

暗黒の孔に虫食いの如く犯され消えていく世界の絵図を流し込んでやれば、全ての民は一斉に恐怖を抱く。

 

鍛え上げられた軍人たちでさえ不安を滲ませた表情で神祖を見ていた。

しかしガンヴィウスは平時と何も変わらない。

傷こそ負っているものの、威風堂々とした佇まいで言葉を続けていく。

 

 

 

『我々は勝利した。

しかし愚劣な事にこの世界は我らの繁栄を拒絶し、身勝手にも未来を奪おうとしているのだ』

 

 

 

先頭に立ち兵士を鼓舞しながら圧倒的な力を振るうルキウスの姿と、その雄々しい最期を民たちは知った。

最期の瞬間までローマを守り抜き、無辜の民の為に力を行使した剣帝を誰もが我々の誇りだと噛み締めた。

「彼ら」は手に入れた情報を民たちでも判るように咀嚼し、僅かばかりの「演出」を加えてから配布していく。

 

 

“剪定”という世界のシステムを民たちは説かれた。

顔も姿もない誰かが「これは間違いである」と決めつけ、不要と判断した世界を消し去るという暴虐。

霊長の集合無意識の認識領域は人類が存在する世界全てである故に、見ず知らずの“誰か”に不要と烙印を押された上で勝手に殺されるという理不尽。

 

 

結局のところ人類とはいつもこうなのだ。

個人が別の個人を殺すのと同じである。

スケールこそ違うものの、要は世界単位での陣取りであり、これの本質は国家が別の国のリソース(容量)を奪おうとしているのと変わらない。

 

 

 

奪い、奪われを永遠に繰り返し、途方もないロスを発生させ続けるのは霊長という種がもつ本能のようなものだ。

英雄王はかつて人類を獣と評した。

他者の犠牲を糧にしなければ生きられない獣だと。

 

 

全く以てその通りであるとガンヴィウスは同意する。

しかして獣であるのならば相応しい飼い主がいれば素晴らしい真価を発揮するのもまた真理である。

馬や牛、犬や羊が人類の文明にどれだけ貢献したかは語るまでもない。

 

 

 

ローマの全ての民たちが神祖より伝えられし真実に呆然とし、次いで全体の半分は嘆いた。

自分たちは此処で終わりなのか、と。

勝手に不要と判断され、挽回のチャンスさえ与えられずに死んでしまうのだと諦めた。

 

 

残りの半分はまだ神祖の話は終わっていないと知っていた。

それでいて内心でふつふつとした怒りを抱いている。

そんなふざけた話があるか、世界の思惑とは裏腹に繁栄(成功)したから死ねと? 

そんな事、断じて認められない、嫌だと心の底で叫んでいた。

 

 

ギラギラした瞳で兵士たちが自分を見てくるのをガンヴィウスは感じ取り、微笑んだ。

最悪とも評せる情報を伝えながらも余裕を崩さず、自信に溢れた姿を見せる彼に兵士たちは期待を募らせていく。

 

 

『お前たちの憤りが伝わるぞ。

 ふざけるな、貴様の都合など知った事ではないと言いたいのだろう? 

 自分たちはただ生きているだけだ。愛する者と明日を生きていきたいだけなのだと』

 

 

老人は大きく腕を広げて宙を仰いだ。

天を統べ、地に豊穣を満たし、人を導いてくれる寛大で温情に溢れた神様は切り捨てられようとしている全ての命を代弁した。

 

 

『私が断じてやろう。この星は間違っている。狂っている。忌むべき法則に囚われている』

 

 

ガンヴィウスの声は途方もない圧を込められて惑星における全ての命に届いていた。

ローマだけではない。ブリテンの民にさえも彼はメッセージを送り付けている。

深く重い彼の声はそれがどのような突拍子もない話であっても人々の心に刃の様に潜り込み、しみ込んでいく。

 

 

気づけば多くの人々は怒りを目に宿し拳を握りしめていた。

なぜ、我々が死なねばならない。

なぜ、我々が切り捨てられねばならない。

何よりも憤怒を覚えさせられるのは()()()()()()()()()()が存在しないということであった。

 

 

判りやすい悪がいない。

これを倒せ全ては解決するという都合のいい物語の中の魔王が存在しないというのがまたローマの民たちが怒りを増す理由であった。

どうしようもない、これはこの世界における絶対の法である故に諦めるしかないのか、という不合理は人々の心を黒く濁らせる要因である。

 

 

故に続いて放たれた神祖の言葉に誰もが瞳を輝かせた。

「彼ら」は神祖として活動するにあたって常に人類の期待に応え続けていた。

霊長は力への羨望が強い故に、多くの者らはガンヴィウスの行使する力に対して畏怖を抱き、信仰を抱くのだ。

 

 

此度も同じであった。

理不尽な剪定という世界の暴挙に対して己たちの神は高々と否定を叩きつけ、更には戦いを挑もうとしている。

それは途方もない高揚を齎す宣言であった。

 

 

『この過ちは私が正す。しかしそのためには諸君らの助力が必要だ』

 

 

老人の声は聞く者全てを魅了する。

彼の言葉は誰もが胸の内に秘めた願いの代弁であった。

それでいて、自分たち導いてくれた神祖に必要とされる喜びさえもそこにはあった。

 

 

世界に不要と切り捨てられながらも神祖ウラキ・ガンヴィウス=クィリヌスはローマ(自分たち)を見捨てることはない。

それは正しく希望であった。世界が終ろうと神は自分たちを見捨てないのだと。

人種も肌の色も、女子供老人関係なく誰もが同じことを口にし、神へと懇願した。

 

 

世界の勝手な都合など知った事か。

何が剪定だ、我々は勝利したというのに!

ルキウスをよくも、我々の愛する皇帝をよくも殺したな。

 

 

最後に全員が同じことを思った。

この星を許さない。世界を許さない。

自分たちの統治者は神祖ガンヴィウスのみ。

貴方様が星を認めないと仰るのであれば、我々は貴方様の意に従うまでですと。

 

 

 

『我々の皇帝は最期に言い残した。

 必ずや我らは星を屈服させると。今がその時である。我が民たちよ───』

 

 

「貴様はどこまで余の愛するローマを弄ぶのだッッ!!」

 

 

神を名乗る怪物は優しく微笑みながら手を己の民たちに手を伸ばそうとするが、憎悪に満ちた女の糾弾がガンヴィウスへと向けられた。

朱い月の崩れかけた肉体から飛び出した一塊のエーテル塊は崩壊を続けながらも歴代皇帝と真なる神祖の残骸を媒介にこの世界に無理やり顕現し、ネロ・クラウディウスの姿となった。

黎明の世に甚大な亀裂が入った現状、どうやったかは知らないがネロは()()()()()()、憎悪に満ちた形相でガンヴィウスへと切りかかった。

 

 

揺らめく炎の様な独特の形状をした刃はガンヴィウスの中性子星の鎧に欠片も傷をつける事はできないが、それでもと彼女は攻撃を続ける。

あえて神祖はシールドを展開せず、ネロの好きなようにやらせていた。

仕事の最中にじゃれついてくる小動物を相手にしているような態度が、ネロの怒りを加速させた。

 

 

「貴様のせいだ! 貴様がこの世界を滅びへと誘った!! よくも、よくも───!!」

 

 

周囲に傅く兵士たちが殺気立ちながらネロを排除すべく立ち上がるが、ガンヴィウスは片手でそれを制した。

彼は何度も何度も己の身体に剣を突き立てようと足掻くネロを気にも留めずに言葉を続ける。

 

 

『覚悟せよ。永く苦しい戦いが続くだろう。果ての見えない道のりを歩むことになる。

 いっそここで消えてしまった方がよかったと思う時が来るかもしれない』

 

 

「やめろ!! 民たちを巻き込むな! 

 消え去るのならば一人で消えよ!! 荒野で骸を晒すのは貴様だけだ!!」

 

 

ネロの剣が遂に砕ける。硬いモノを叩き続ければ当然の話である。

しかしネロはそれでも諦めない。彼女は叫び声を上げながら拳をガンヴィウスへと叩きつけ始めた。

元より小柄なネロではガンヴィウスの胸部程度にまでしか腕は届かないが、それでも彼女は諦めずに殴打を続ける。

 

 

老人はネロに視線を向けもしない。

元より痛打など感じてもいない故に当然である。

そよ風のほうがまだ彼に影響を与える事が出来ただろう。

 

 

『決断せよ。

 この世と共に安寧の眠りにつくか、私と共に苦難に満ちた戦いに挑むか。

 己の心で感じたままに選ぶのだ』

 

 

簡潔にして究極の二択を民へと叩きつける。

死か、戦いか、という極めてシンプルな選択肢は「彼ら」の極めて巧妙な話術もあり、深々と全ての人々の心に突き付けられた。

最後にどちらを選ぼうと私は受け入れようとガンヴィウスは続けた。

 

 

剪定に身を委ねて眠るのも大変結構と彼は優しく諭す。

その場合は諸君らの魂は世界全体の保持するリソースとして異なる世界で再利用されるかもしれないと付け加えておく。

 

 

己に付き従わなくても構わないと神祖はいうが、ローマの民の大半の心は既に決まっているようなものだった。

この場にいる兵士たちがよい見本であった。

ローマの民としてガンヴィウスに導かれてきた彼らは神祖の語る言葉にぎらついた視線を返していた。

 

 

そんな民たちにガンヴィウスは息子に語り掛けるように優しく問うた。

 

 

「さて、どうするかね。重ね重ね言うが君たちの心の思うがままに選ぶのだ」

 

 

マレトゥス、クィルロス、プラエラーンとガンヴィウスは周囲の兵士たち一人一人の顔を見てその名前を呼んでいく。

「彼ら」はローマの民の名前と顔と家族構成と経歴全てを把握し記録している故にこの程度は容易い。

兵士が立ち上がり、ガンヴィウスを見つめた。

 

 

マレトゥスと呼ばれた男だ。彼は神祖を前に敬意を宿した瞳で朗々と語った。

 

 

「私達は多くを貴方様から与えられました。

 過ごしやすい国土、無尽蔵の水や食料、多くの叡智……それだけじゃない」

 

 

 

マレトゥスは振り返り、背後に控える数多くの仲間たちを見た。

一人、また一人と口を開き、神祖から与えられたモノを上げていく。

 

 

「私の母の病気を貴方は治してくれた」

 

 

ガンヴィウスが帝国中に配備した医療センターは本来ならばこの時代では諦めなくてはならない病気を悉く駆逐し、人々から病による死という概念を遠ざけた。

 

 

「歩けなかった私の脚を貴方は再び動けるようにしてくれた」

 

 

細胞活性化センターによる治療技術ならば先天的、後天的問わず身体の麻痺や欠損程度ならば問題なく修復することができる。

 

 

「我が故郷を襲った嵐を貴方様はかき消してくれました」

 

 

惑星上に配備された気象操作衛星は一基でSOL3の全土を完全にカバーし、嵐への恐怖を永遠に消し去った。

もう誰もいつ来るか判らない自然災害に怯えることはなくなったのだ。

 

 

「貴方の広めた奇跡のお蔭で我が妻は無事に子を産む事が出来、私は我が子を抱きしめる事が出来た!」

 

 

(pop) の数を増やすのは国力増大のための最優先事項である故に不妊治療は積極的に行われている。

その結果、出産の際の危険性も克服され、多くの夫婦は愛する者との間に子宝を安全に設ける事ができた。

 

 

 

 

更に更にと多くの声が上がっていく。

彼から与えられたモノ、助けられた事、ここまで導かれた事を感謝する声が。

永遠帝国に君臨する神を崇拝する声が瞬く間に広がっていく。

 

 

かつて剣帝ルキウスは言った。

「民たちは与えられて当然だと思っている。誰も疑問に思ってはいない」と苛立ち紛れに吐き捨てた事があった。

しかしそれは部分的にではあるが間違っていた。民たちは当然だとは思ってはいなかった。

 

 

少なくともこのまま神祖に永遠に保護されているだけではダメだと考えていたのはルキウスだけではなかった。

感謝し、崇拝し続ける中、表には出さないだけで心根の中で微かにどうすればこれだけの恵みに報いる事が出来るだろうか、と考える者たちも多くいたのだ。

()()()が来たことを悟った者たちは歓喜を浮かべて神祖に跪いた。

 

 

 

「どうか是までと変わらず我々をお導き下さい。私達は貴方様と共に歩みます」

 

 

「違うぞ……間違っている! 

 この存在は、そなた達を利用しているに過ぎん! 

 騙されているというのが何故、判らないのだ……」

 

 

悲鳴の様な声をネロは上げた。

もはやガンヴィウスへの攻撃は無意味と悟った彼女は今度は必死にローマの民、己が愛する民たちへと声を張り上げた。

紅い異なる世の皇帝は涙さえも入り混じった様相で訴えを飛ばす。

 

 

やめておけと神祖は頭を振り、何も言わず彼女の様子を見ている。

「彼ら」は思った。それ以上は自分を傷つけるだけだ、大人しく黎明の世界に帰っておけと。

 

 

「だから何だというのです?」

 

 

兵士の一人が平坦な声で彼女に返した。

兜の内側からでも判る程に冷え切った瞳がネロを見ている。

神祖の眼前であるが故に丁寧な口調であったが、凍り付くような怒りがそこにはあった。

 

 

この瞳を彼女は知っていた……。

昔、君臨する自分を見ていた民たちの瞳。

舞台の上で一人歌唱する自分によく向けられた眼であった。

 

 

「これは我々と神祖の話だ。この世界の者ではない貴方が出る幕はない」

 

 

別の兵士が言う。そして止めを刺す様に端的に続けた。

 

 

「そもそも()()()()()()()()()が何を言っているのですか? 

 私達の歴史を無へと帰した(剪定した)のは貴方達じゃないか」

 

 

「違うっ、余が否定したのは、偽りの……」

 

 

弱弱しくガンヴィウスを指さすネロにガンヴィウスは目線で「もういい」と周囲に告げる。

彼は呆然とした様子を晒す女の頭に手を置き、撫でてやる。

かつてこちらの世界の彼女にしてやったように、優しく労りを込めて。

 

 

コレは民たちと共に築き上げた成果を誇りながら笑顔を見せていた彼女がよくせがんでいた行為であった。

 

 

「どのような形であれ、再び会えたのは嬉しかったぞ」

 

 

「……()は、決して貴様を許さぬ。次に出会った時こそ───」

 

 

ネロが唇をきつく結んだ。

次に何が起こるか賢明な彼女は理解している故に、最後まで皇帝たる彼女は偽りの神祖に弱みを見せるつもりはなかった。

そして、次の瞬間にガンヴィウスはΣクラスのエネルギーを用いて一瞬でネロの身体をエーテルの欠片一つ残さず消し飛ばした。

 

 

輝く陽光色の粒子が飛び散り、彼女の残骸は何一つ残ってはいない。

苦痛なく一瞬でネロは消え去り、こうして最後の英霊が撃退されたのだ。

 

 

老人がぐっと握りしめた拳を開けば真っ赤な花弁が僅かにそこにはあったが、直ぐに消滅してしまう。

神祖は天を仰ぎ、再度惑星全土の全ての生命に話しかけた。

 

 

 

『我が計画を説こう。その上で決めよ』

 

 

「彼ら」は何一つ隠すことなく自分たちの計画を民たちへと開示した。

この計画で必要なのは民たちの完全なる同意である。

無理やりでは成功しない故に「彼ら」は誠意を以て協力を申し込んだ。

 

 

霊長の集合()意識たるアラヤを支配する計画を共に行わないか、と。

無理やり手に入れようとした星は自死した。

ならば今度は世界を構築するもう片方の要素たる霊長の集合無意識、アラヤの攻略にかかるのは当然であった。

 

 

アラヤを手に入れ、この世界のシステムの半分を掌握してから星の改良に手を伸ばす。

それが「彼ら」の次の計画の大まかな目的であった。

 

 

アラヤ、集合無意識などといえば大仰な存在に聞こえるが、実際は単一の霊長を維持しようとするプログラム染みた存在であると「彼ら」は予測を立てていた。

魔法使いを補佐していた72の仮想人格を持った術式よりも更に無機質で効率的で、つまらない存在であると。

人理という世界の設計図通りに世を運営しようとする一種の機構がコレだ。

これに自我はなく、時には人を守る為に人を滅ぼすことさえもあるだろう……丁度今の様に。

 

 

 

そして集合()()()という点が重要である。

方向性はなく、明確な管理者というものは存在しない。

誰もがアラヤであり、アラヤは全ての霊長に偏在している。

 

 

恐らく意図的に我を取り外しているであろう存在に外付けで制御システムを取り付けるのだ。

そして「彼ら」はそのシステムを介してアラヤを支配し、操作すればよい。

さながらリモコンでドローンを操るように。

 

 

「彼ら」ほど集合意識の扱いに長けた存在はいない。

大仰な名前であるが、要は精神の集まりなのだから。

作った事も壊したことも、果ては弄りまわした事もある故に次の計画の完成度は此度を遥かに上回ることだろう。

 

 

 

完全にシステム(アラヤ)を同化するのは避けた方がよい。

この世界の理の外側にいるというアドバンテージを「彼ら」は手放す気はない。

人類悪という概念を見るに、この世界のシステム内ではどのような強大な存在であれ、特効薬染みた対抗存在を生み出される可能性があるからだ。

 

 

 

まずは永遠帝国の全ての民をアラヤを犯す癌細胞、ウィルスへと変化させ送り付ける。

同時に崩壊しかけている黎明の世にもシュラウドの力を混ぜ込み再編させ、この世界のシステムへの影響力を手に入れるというのが次の計画であった。

 

 

奇しくもこれは月の王がガンヴィウスと遭遇する以前に考案していた計画と似通っていた。

世界のシステムに拒絶されるのならばそれに準じた存在を創造すればよいという話であった。

 

 

世界各地より返答が送られてくる。

アッティラ大王の支配領土などの比較的新しい領地では拒絶が多かったが全体の8割以上はガンヴィウスに賛同を示していた。

その数、約1億9000万人(大体1POP程度)

数字だけ見れば途方もない人数だが、並行世界全域の霊長の集合体であるアラヤと比較すれば海洋と水滴にも等しい比率となるだろう。

 

 

 

大変結構。

たかが水滴なれど、限りなく薄まり続けるだろうが0には至らない猛毒である。

更にいうなれば溶ければ溶ける程にソレを介して全体図を炙り出すのに使えるだろう。

 

 

 

『よろしい。契約成立だ』

 

 

 

ガンヴィウスが口を開けば「彼ら」は蠢動し、シュラウドが循環した。

久しくなかった契約という行為に高次元は喜びを表すかのように瞬く。

そうだ。永遠帝国の民たちはこの瞬間、シュラウドとの契約を結んだのだ。

 

 

永遠帝国の民は神祖ウラキ・ガンヴィウス=クィリヌスが星を手に入れる事に助力する。

見返りとしてソレが果たされた暁にはアラヤの支配者となる、という契約であった。

意味合いは変わるが、ルキウスの願った永遠帝国こそが歴史の主となる事を目的とした契約であった。

 

 

永遠帝国・ローマは星を征服する。

これはその初めの一歩である。

 

 

息子が消え去り、予定していた星間航行文明にローマを押し上げる計画が水泡と化した今「彼ら」は違う形でローマを発展させることにした。

アラヤという枠組みを掌握させ、星をねじ伏せた上でかつて「彼ら」も通った“超越”を行わせると。

これが成し遂げられた暁にはローマは小さな「彼ら」となり、星の支配者(新たな霊長)として座する事になる。

 

 

個々の意識を保ちつつ、それでいてゲシュタルト意識としての団結性をもった存在へと霊長は進化することになるだろう。

これは「彼ら」なりに人類を思ってのことである。

どうしても同族殺しに躍起になるというのならば、根底の部分で繋げてしまえばよいという慈悲であった。

 

 

これを拒絶するというのならば、二度も世界規模で内戦を引き起こすであろう己の愚かさを顧みてからにしてもらおうか。

 

 

 

「では、成し遂げた時に再びお会いしましょう。

 その時こそ、我らは陛下の言葉を叶えて見せる」

 

 

「長い旅になるが、頼むぞ」

 

 

 

敬意と喜びと、僅かばかりの郷愁を残して兵士たちはガンヴィウスに一礼し、役目を果たすべく身を捧げた。

それら全員に「彼ら」は返答し、力を行使する。

 

 

ガンヴィウスの周囲の兵士たちが一人、また一人と倒れ込んでいく。

眠るように呼吸が浅くなり、その上にシュラウドの霧がおぶさりかかった。

肉体という檻が優しく手解かれ、むき出しになった第二、第三要素を丁寧に摘出していく。

 

 

神導ローマ帝国は一時の間歴史の狭間に消える。

しかし必ずや戻ってくると誰もが決意しながらシュラウドを受け入れていく。

世界は終わるが、神は自分たちを見捨てなかったという喜悦だけがあった。

 

 

人間一人分の魂と精神の重さは質量に変換すると平均21gである。

それを1億9000万回重ねた上でクリスタルへと加工し、圧縮する。

この星では第三魔法と呼ばれる概念に等しい技を「彼ら」は行っていた。

 

 

魂にシュラウドの刻印を刻み、送り出す。

これはビーコンとしての役割もあった。

 

 

星の至る所より煌めく光が現れ、ソレはブリテンへと向かい飛翔する。

光の正体は小さな小さな21gの水晶片であった。

 

 

それらが結合し製作されたのは青紫色の水晶で作られた長槍である。

どう見繕っても高層建築物程の巨大さを誇る美しい槍であった。

ロンディニウム上空、霊墓の直上にて浮かぶソレは矛先を切開し固定されたこの世の根幹へと続く「孔」へと向けていた。

 

 

此度こそは例外処理が行われたが、本来ならば剪定は不要な世界、先のなくなった世界を排除する機構でもある。

つまるところ有限であるリソースを再分配するシステムであると「彼ら」は予測を立てていた。

この世は消え去るがエーテルやその他の様々な要素は平行世界で()()()されるであろうと。

 

 

その中に猛毒を流し込むのだ。

どこまで薄まっても無毒化しないミーム汚染はさぞや美味であろう。

 

 

「…………」

 

 

ガンヴィウスが指先を微かに動かせば、槍は重力に任せるままに星の中へと落ちていく。

輝きは音もなくマイナス宇宙へと沈み込んだ。

ソレが内包する永遠帝国の民たちが急速に星の内海に溶け、拡散していく。

その様子を「彼ら」は余すところなく観測し、満足を覚えた。

 

 

全行程問題なし。

拡散状況、至って順調。

万事計算通り。

 

 

無事に確率と量子の壁を超えてこの世界の()()に拡がっていくのを「彼ら」は見た。

魔法使いは実に素晴らしい贈り物を「彼ら」に与えてくれた。

並行世界の運営という御業は全てに隣接するシュラウドと非常に相性がよく、あれほどの精度でソレが可能だという事実と発想は「彼ら」の平行世界に対する干渉能力を飛躍的に高める事になったのだ。

 

 

 

「さて」

 

 

全ての兵士たちが消え去り、呆然とした顔で自分を見つめてくるブリテン軍の残党を前にしながらガンヴィウスは彼らをちらとも見ずに次の仕事に取り掛かる。

ロンディニウムに待機しているモルガンと念話を繋ぎ、彼は彼女に声をかけた。

重要な協力者である彼女がどうするか確認しておかなくてはならない。

 

 

『既に知っているだろうが、アーサー王は倒れた。

 この世も間もなく終わる。君はどうするかね?』

 

 

暫しの沈黙があったがガンヴィウスは辛抱強く忍耐した。

彼女の精神の波長は今までにない程に安定したが、主軸は憎悪であったから。

ソレが自分に向いていない事は判っているが、彼女がどう出るかは不確定な部分が多かった。

 

 

『なぜ……』

 

 

絞り出されたモルガンの声は幼子の様に弱弱しいながらも、深く暗い色を宿していた。

星が死に、彼女の大本である“ケモノ”もまた別の世界という違う餌場に移動した今、一時的であるが彼女の精神は正気に戻っている。

放蕩にして残忍にして自分勝手というどうしようもない悪性の霧が晴れ、かつての彼女に戻れたモルガンは途方もない憎悪を擁いていた。

 

 

 

『なぜあの子ばかりがこうなるの? あの子が何をしたっていうの?

 誰も彼もあの子の事なんて考えてもいない!

 皆あの子に求めて、勝手に期待して、そしてそれが当然と言わんばかりのクズ共ばっかり!』

 

 

 

モルガンの声は更に勢いを増していく。

憎悪が深まり、魔女は怨嗟を吐き連ねた。

それは彼女が常日頃より抱き続けてきたモノである。

 

 

ケモノの呪と三つに分裂した精神によって抑え込んでいた憎悪であった。

しかしそれは自分が王になれない事を呪うものではなかった。

自分を否定されることなど彼女にとってはどうでもよかったのだ。

 

 

彼女が背負った呪だってそうだ。

元より自分が狂ってしまうことなど判り切った事であった。

それでも少しでも妹の負担を減らしてあげたくて、ブリテンの負の側面ともいえる黒い神秘は彼女が自ら進んで被ったというのが真相である。

 

 

 

そして彼女が許せないのは。

彼女が憎くてしょうがないもの。

それは家族()を傷つける運命であった。

 

 

 

『何が王の器よ! 何が理想の王よ! 知った事じゃない! 

 マーリンもウーサーも何も判っていない! 

 あの子は、あの子は……ただのお転婆で、負けず嫌いな私の妹なのに……。

 どうしてあの子にばかり押し付けるの……』

 

 

慟哭するモルガンにガンヴィウスは淡々と告げた。

下手な慰めも同調もなく黙々と事実だけを言う。

 

 

『アーサー王を殺したのは私だ。過程はどうあれ、とどめは私が刺した』

 

 

『いいえ、いいえ! いいえっ!!』

 

 

 

力強くモルガンは宣言した。違うと血を吐くように叫ぶ。

此度の戦いを遠くから見ていた彼女は当然アーサー王の身に何が起きたか知っている。

マーリンが何をしたか見てしまった上で「女」の言葉も聞いていた。

 

 

『あと少しであの子は貴方様の手を取り、ようやく押し付けられた役目から解放される所だったのです。

 だというのに、この世界はソレを許さないと宣った挙句、あの子から全てを奪い取った!』

 

 

『宣言しましょう。私はこの世界を許しはしない。

 人理も星も、あの子に全てを押し付けるブリテンも、消し去ってやる……!』

 

 

『“柔軟性のない神や法則に支配されるのは嫌だ”

 “しかし自己責任で生きていくのも面倒な上に何よりそこまで強くなるのは不可能だ”』

 

 

朗々とガンヴィウスはモルガンの抱いていたブリテンという国とそこに住まう民たちに対する不満を言葉として表していく。

 

 

『“だから気が利いて、強くて優しい王様に全てを投げてしまおう”

  アーサー王を生み出した者達の意図はこんなものだろうな』

 

 

よくあることだとガンヴィウスは続けた。

規模こそ違えど、そうやって文明はよく停滞し腐敗していくものだと。

人工知能に生活を委ねる、奉仕機械に運命を委ねる、アーサー王に何もかもを投げる、根底は同じである。

没落帝国を見るがいい。先人たちの築いた優れた技術に満足し、胡坐をかき、自分で考えることを止めた結果がアレである。

 

 

少なくとも「彼ら」が知る限りではブリテンにはルキウスの様な一人に全てを頼り切る事への不安を擁くものはいなかった。

いや、一人だけいたか。モルガンだけは狂気と呪いに犯されながらも拒絶していた。

 

 

『……私は今日という日を忘れはしません。

 全てがはっきりしたのです。えぇ、貴方様の仰った事は正しい……』

 

 

 

世界は間違っている。

星は狂っている。

私の家族に苦しみを与えるだけの世界など、認めないとモルガンは語った後、一息吐いてから言う。

 

 

 

『これで終わりになどさせるものか……。

 私は私のやり方で貴方様をお助けしましょう。この間違った世界を正す為に』

 

 

モルガンが動き出すのをガンヴィウスは感知した。

彼女は空間転移を行い、つい先ほどローマの民たちが身を沈めた「孔」の上空に現れる。

 

 

 

『この“孔”の奥底は妖精郷よりも深く星と繋がっています。

 全てがあやふやな世界……これを介すれば“ケモノ”がそうするように私もまた世界を超える事が出来るかもしれません』

 

 

 

「彼ら」は瞬時に計算をする。

「孔」のデータとモルガンの能力などを考慮し、成功する確率を瞬時に叩きだした。

 

 

『無事に成功する可能性は11.8%だ。これをどう見るかは君次第だが』

 

 

『元よりそんなもの考慮はしておりませんわ。

 肉体も魂も不要。ただ一つの意思のみが違う世の私に届けばいいのです』

 

 

 

モルガンは天を仰ぎ、宙を見据え、そこに座す支配者へと高らかに宣ずる。

女の美しい声はこの世を呪う復讐者の色を孕んでいながらも、やはりセイレーンの血を引く彼女の声は何処までも美しい。

神話の一幕の様に、魔女は彼女の奉ずる神へと己の身を捧げるのだ。

 

 

『どれほどの月日が経とうと! どれほどの難関があろうと! 

 私は必ずや貴方様を再びこの星に迎え入れる準備を整えましょう!!

 あぁ、慈悲深い異星の神よ、貴方様だけが私の希望────この間違った世界を正してくれる唯一の救世主なのです』

 

 

 

モルガンは強く、強く願った。

シュラウドの契約ではないが、これは一人の女としての情念であり献身であり、そして家族を苦しめられた姉としての復讐心の表れでもある。

彼女は預かり知らぬ事であるが、ヴォーティガーンと同じモノを彼女は抱き、そして同じようにガンヴィウスに願いを託そうとしていた。

 

 

モルガンとの念話が途切れる。

少しの間をおいて、人間一人分程度の質量が「孔」へと落下したことをセンサーが捉えた。

 

 

ガンヴィウスは何も言わずに踵を返した。

もう間もなく幕は完全に降りる。空間の欠落は速度を速めている。

回収漏れがないか、見落としがないか、まだまだやるべきことは数多くあるのだ。

 

 

 

そうだ、と「彼ら」はふと一つだけ思いついた。

丁度一つだけ返していない借りがあることを思い出したのだ。

ガンヴィウスを通して視界が飛ぶ。

 

 

 

観察したのは敗北し、一カ所に集められたブリテン軍たちの一点。

突如としてローマの兵士たちが消え去った事を戸惑いながら見つめる騎士たちの一角に円卓の男たちがいた。

ランスロットとガウェインはあの後どうにか友軍に救助され、応急措置として回復のスクロールでも使われたのか、意識を取り戻していた。

 

 

しかしもう戦う事は出来ないだろう。

それどころか満足に動く事さえ不可能だ。

ガンヴィウスの見立てではランスロットは34本、ガウェインは29本の骨が折れたままであり、更に言うと臓器の一部は潰れた状態で、心拍数も虫の様であった。

 

 

 

ガウェインは()()()()()()を抱えこみ、ランスロットは意識を失った息子の傍に寄り添っていた。

二人の精神はズタボロである。

完膚なきまでに敗北した上に大切なものまで失くしたという事実は二人の心を打ち砕くだけのモノであった。

 

 

「彼ら」がガウェインの抱える……形容しがたいモノへと念を送った。

嘆きと屈辱に震える太陽の騎士が気づかない内にシュラウドの霧が“アレ”にまとわりつけば、瞬時に効果が表れた。

「彼ら」は借りは必ず返す存在であり、無情ではない。

 

 

彼女にキャメロットを案内してもらったという恩を返してないのは、目覚めが悪い。

更に言うならばモルガンの献身に対しての報酬も与えるべきだろう。

 

 

 

遺伝子情報会得。

解析完了。

模倣開始。

及び各種要素サルベージ開始。

 

 

シュラウド・レプリケーター稼働。

41kg分の女性を再構築開始。

 

 

肉が作られる。

骨が編み上げられ、筋肉が編み込まれる。

細胞が設計され、凄まじい速度で増殖を行われる。

 

 

 

ローマの兵士たちを“蘇生”させた手品の種がコレであった。

「彼ら」は優れたクローニング技術と遺伝子支配技術、そして魂と精神を掌握するサイオニック技術とシュラウドとの接続を組みあわせて、データさえあれば完全にして完璧な複製を創造することができる。

後の何処かの世で紅い人形師と謡われた至高の人形制作者と同じことを「彼ら」は億単位で出来るのだ。

 

 

故にシュラウドとの接続が消え去り、存在の痕跡さえ残さず抹消されたルキウスを作る事はできない。

アレは完璧にして至高のオーダーメイド品である故に、無二の最高傑作なのだから。

「彼ら」からしても想定外を幾度も繰り返し進化してきた故に彼は既に設計図からもかけ離れた存在となってしまっていたのだ。

 

 

いや、そもそも「息子」に変わりなどはいない。

壊れたから新しいモノを作ればよいという思考はルキウスに対しては……適応するのが嫌であったというのもあるか。

 

 

「な…………」

 

ものの数秒で傷一つないガレスがガウェインの腕の中に創造された。

ガウェインが目の前で起こった事象に理解が追いつかず、口をぽかんと開けた。

呆然とする太陽の騎士の前でガレスがゆっくりと目を開き、視界に入った兄を見て口を開いた。

 

 

「お……にぃ……ま……?」

 

 

「ガレス! あぁっ、ガレスっ……!」

 

 

涙を零しながら妹を抱きしめるガウェインを遠目にガンヴィウスは次にやるべきことを考えていた。

もう間もなく世界は終わる。最後の瞬間くらいは家族水入らずにしてやるべきだ。

どちらにせよアレらに未来はなく、コレはただの自己満足であるが、それがどうしたというのか。

 

 

 

仮に糾弾されたとしても「自己満足であるが、何か?」と「彼ら」はいうだろう。

 

 

さて。この世界ももう見納めである。

やり残しには気を付けなければならないだろう。

黎明の世への干渉も忘れずに行わなければならない。

 

 

リヴァイアサンの亡骸を回収し終えた艦隊が次々と虚数の奥深くに帰還していくのを横目に老人は歩く。

スター・イーターにも帰還命令を出せば、星の空を覆っていた不気味な箱は音もなく瞬時に消え去った。

同じくローマに配備しておいたコンデンサーも回収する。

 

 

最後にガンヴィウスは遠くを見た。

そこから戦いには参加せず、ただ自分を見つめているだけであった黄金の男へと唇だけを動かして告げる。

 

 

──また会おう、と。

 

 

裁定者たる黄金の男は、此度の戦いは見ているだけであった。

この星の意地と「彼ら」の探究心を吟味するように。

そして迎えたこの結末は男にとっては非常に……度し難いものであったのかもしれない。

 

 

黄金の男が瞑目しエーテルの粒子となって消えた。

裁定は未だ下らず。まだ終わりではないのだから当然の話である。

 

 

 

もう用はないと言わんばかりにガンヴィウスはシュラウド・ジャンプドライブを起動させ、この宙から消え去った。

二度とこの世界に彼が戻ってくることはないだろう。

 

 

 

 

かくして役者は全て消え去った。

そして誰もいなくなったのだ。

 

 

 

天上戦争は、ここに終戦したのである。

 

 

 

 

 

 

 

【無限の可能性】

 

 

 

ガンヴィウスが消え去り、「彼ら」の艦隊や痕跡もまた次々と回収されていく中、朱い月は青紫色の宙を見上げていた。

身体の7割以上を失っていた筈の彼であったが、今の彼は四肢を再生させ、辛うじて動ける程にまで回復している。

彼の傍には飛び散った無数の黒い羽と夥しい量の血痕が散乱していた。

 

 

コレはグランスルグ・ブラックモアの残骸である。

彼は死徒の元々の役割を果たしたのだ。

即ち、万が一の時に備えての血袋としての役目を。

 

 

躊躇うことなく黒翼は主に身を捧げた。それが当然と言わんばかりに。

気に入らない奴だったとはいえ、月の王と共に力と魂を尽くして戦ったメレム・ソロモンと競う様に彼もまた主に尽くした。

以前朱い月が褒美として与えた血を使わず残しておいた彼は、主に血を返すと同時に己の血肉も余すところなく贄として用いたのだ。

 

 

グランスルグの主の存命を願う意思に残りかす程度にまで摩耗していたとはいえ、未だ願望器としての能力を残していたメレム・ソロモンが答えたというのもあるかもしれない。

何はともあれ結果として朱い月は復元され、一命を取り留めたというわけである。

今の彼の力は全開時の3割程であるが、それでもここまで回復さえすれば後は時間の経過と共に月の王は力を取り戻していくだろう。

 

 

 

朱い月は時にふらつきながらも黙々と進む。

魔法使いを探し出そうとすれば、彼はすぐに見つけられた。

ブリュンスタッドが倒れていた個所からそう遠くない位置に魔法使いはいた。

 

 

酷い有様であった。

限界を超えて魔法を行使したせいか、黒かった髪は老人の様に色素が抜け落ち、皮膚はくしゃくしゃで、身体は末端から崩壊を始めていた。

今の彼は虫の息で辛うじて呼吸しているだけの、死にぞこないにすぎない。

 

 

ガンヴィウスがこれに止めを刺さなかったのは、単に急いでいたというのもあるが、どちらにせよ死ぬ事が確定していたからだろう。

 

 

「…………」

 

 

朱い月は第二の魔法と繋がり、多くの知識を得ていた。

人間を超える知覚能力と処理能力を持つ彼は、魔法使いが思っていたよりも多くの平行世界を観測し、記録できていた。

即ち、ガンヴィウスがいなければこの魔法使いが自分を殺すために動いていたという異聞を。

 

 

 

どの様な形でぶつかろうと自分は魔法使いに殺されていたという事実を朱い月は知った。

つまり、魔法使いとは朱い月の天敵なのである。

彼が存在する限り、朱い月の野望は叶わない。

 

 

そんな存在が今、目の前で瀕死の様相を晒している。

 

 

今なら殺せるという事実が朱い月に突き付けられた。

そればかりか、魔法使いの血を媒介にこの存在を取り込めば、魔法という己を殺しえる概念さえも掌中に収められるという事実。

どのような世界を見渡そうと、こんな機会はこの場、この瞬間にしかないと彼は知っていた。

 

 

 

 

故に───朱い月は口を大きく開き、鋭利な牙をむき出しにして魔法使いの首筋へと噛り付いた……。

 

 

 

 

そして……。

 

 

 

 

「う……ぐ」

 

 

途方もない気だるさを感じながらも魔法使いは目を覚ます。

鉛の様に重い体を動かし、目を擦りながら瞳を開ければ彼の目の前には月の王の顔があった。

魔法使いの身体の下には空想具現化で作られた羽毛や綿が敷き詰められ、彼の身体を優しく包んでいた。

 

 

 

「起きたか。よしよし。人間というものの頑丈さには驚かされるものだな」

 

 

魔法使いの近くに腰を下ろしていた朱い月はけらけらと子供の様に笑った。

彼は無邪気な幼子の様に足を延ばし、とても王とは思えない程に砕けた体勢を取っていた。

 

 

「それはそうと。身体の調子はどうか? 出来るだけ零さないによう注意は払ったのだが」

 

 

「……吸ったな?」

 

 

自分の首筋に手をやれば、ちょうど等間隔に穴が二つ開いている事に気づいた魔法使いは半目で朱い月を睨む。

月の王は悪びれもせず、平然と答えた。

 

 

「濃厚な魔力であった。

 ……しかし、少し塩味が濃すぎるぞ。さてはそなた、同じモノばかりに手を出していたな?」

 

 

「うるさい」

 

 

これで俺も晴れてお前の下僕かと魔法使いが嘆くように呟けば、朱い月は意外な事を聞いた様に顔を傾げた。

 

 

「確かに死徒にはしたが、別にそなたを縛るつもりはないぞ?」

 

 

 

何のつもりだと言おうとして魔法使いは気が付く。

目の前の存在の力が殆ど底をついていることを。

魔力どころか魂……それどころか“運命力”さえも空っぽで、今にも消えてしまいそうな程に月の王は何も持っていない。

 

それに対して、自分の身体は覚醒した瞬間より凄まじい速さで全盛の状態へと復元している。

さながら時間が巻き戻るかの様に。

 

 

「────待て、お前、どうして……」

 

 

力が何処に言ったかなど考える必要さえなかった。

ただ、理由が判らなかったのだ。

そんな魔法使いにブリュンスタッドは笑いながら言う。

 

 

()()()()? なぜ疑問を抱く? そんな事、決まっておるだろうに。そなたに死んで欲しくなかったからだ」

 

 

「…………本当に馬鹿だ。何で、そんな」

 

 

 

むっとした顔を朱い月は浮かべる。

疑問を抱かれるのはいいが、馬鹿と言われた事が気に入らなかったのだろう。

 

 

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。これでも私なりに色々考えた結果だ。

 未来の事を思うに、そなたが生き残るべきだろうよ」

 

 

「…………あいつら、剪定でも倒せないのか」

 

 

瞬時に答えを魔法使いは弾き出す。

同調するように月の王が頷き、彼は微笑みながら言った。

 

 

 

「我々は負けた。それはもう完膚なきまでにな! 

 あらゆる全てをぶつけたのだがなぁ……宙とは広きもの。所詮私も世の広さを知らなかったというわけだ」

 

 

「……俺が戦っている時、極星よ我が敵を照らせ(センチネル・ステラリス)という宝具の一種を発動させてたんだがな」

 

 

 

それはとある未来の異なる世で誰かが繋いだ絆を手繰り寄せて使える裏技の中の裏技。

彼我の力量差を無視し、どれだけ次元の違う相手であろうと弱点を暴き立てて固定する番狂わせのカード。

これを用いて魔法使いは「彼ら」の倒し方を探っていた。

 

 

その結果は出た。

出たのだが……知った所で何の意味もない方法であった。

知らない単語に知らない理論、知らない概念に、どうしようもなく巨大な構造物を天文学的な数ほど必要になるという何とも意味のない結果に終わった。

 

 

簡単に言おう。

「彼ら」を倒すにはシュラウドが隣接する次元と宇宙と時間軸を全て消滅させるだけの力が必要になる。

もちろん地球もろとも吹き飛ばすのだ。

『ネメシス』とも称される全てを破壊する兵器を全ての宇宙の全ての銀河で同時に稼働させれば倒せるという何とも味気ない種明かしである。

 

 

 

「だから俺は別の方法を聴いた。“この星から消すにはどうすればいい?”と」

 

 

その結果もまた簡単なものであった。ただ一言、ジョーカーはこう答えた。

即ち「出て行ってもらうしかない」と。

どうしようもない、笑っちゃうよなと零す魔法使いに朱い月は何の感情も込めず簡単に言った。

 

 

 

「簡単な話ではないか。つまるところ、戦ってはならなかったのだな」

 

 

 

「…………?」

 

 

どういうことだ? と疑問を浮かべる魔法使いに朱い月は笑う。

目の前の男もやはり人間なのだなと愛おし気に頭を撫でながら彼は言った。

 

 

 

「そなた達の悪いところだぞ? 

 気に入らないモノを暴力で排除しようとするのはな。

 無限の可能性を愛するというのならば、“戦わない”という選択も考えるべきであったのだろうな……」

 

 

「それもそうか…………いや、待て待て、そもそもこの話を最初に持ち込んだのはお前だ! 

 何いい感じに賢者ぶってやがる!! 滅茶苦茶いい笑顔でやりあってたお前も同類だろうが!」

 

 

ぐにぐにと遠慮なく魔法使いは朱い月の頬を引っ張り、つねりまわす。

「ひゃめよ、ひゃめよ!」と叫びをあげる月の王の頬を真っ赤に染めてから魔法使いは指を離した。

よよよとわざとらしく小粒の涙を眦に浮かべながら月の王は言った。

 

 

それは思わず魔法使いが見惚れてしまうほどのとびきりの笑顔であった。

 

 

「まあ、それはそうと……楽しかったぞ。

 心からそなたに感謝を。実に、実に素晴らしい夢物語を堪能できた」

 

 

ブリュンスタッドの身体の崩壊が始まる。

元より無理に無理を重ねた所に、更に存在の完全譲渡などを行えばこうなるのは当然であった。

彼は痛みも感じていないのか、満足気に笑いながら大の字に寝転び、目線だけを魔法使いに向けた。

 

 

 

「そなたは知っていたのだろう? 本来ならば私とそなたは相いれず、潰しあう運命にあるということを」

 

 

「キシュアだ。

 いつまでも“そなた”とか“お前”とか呼ばれるのも面倒になってきた。

 俺の名前はキシュア・ゼルレッチ」

 

 

「良いのか? 頑なに名前を明かそうとしなかったというに」

 

 

“名前”という概念は魔術において非常に重要な要素である。

妖精ほどではないが、名前は存在を意味し、その者を識別し、分類するという意味ではいわば魔術師にとっての生命線の一つと言っても過言ではない。

故に今まで魔法使いは朱い月という超越存在を警戒し、絶対に己の名前を呼ばせはしなかったのだが……。

 

 

 

俺とお前は対等(友人)なんだろう? なら、いつまでも他人行儀ってのもおかしな話じゃないか」

 

 

「………ははっ、それもそうであったな! キシュア、キシュア・ゼルレッチ……」

 

 

うーんと月の王は身体が崩れていくのを気にも留めずに考え込む。

優れた超直感を持つ彼は、魔法使いの名前を連呼しつつどうにもしっくりこない感覚を味わっていた。

 

 

「うーむ、そなた、実はまだ一句くらい名前を隠してるのでは?」

 

 

「ははははは」

 

 

思いっきり作り笑いを浮かべて誤魔化そうとするキシュアに今度は朱い月が躍りかかった。

まだ死徒になったばかりで体を思う様に動かせない彼の両のこめかみに握りこぶしを押し当て、ぐりぐりと抉る。

手加減しているとはいえ、並の死徒や耐久力の評価がDランク程度の英霊ならば頭が潰れた果実になってしまうほどの圧が魔法使いの頭を襲う。

 

 

「お前はっ! 私がっ! 

 命の恩人ということをどうやら正確に理解できていないようだな!! 

 二度も救ってやったというに!!」

 

 

「痛い痛い痛いっ! ぜってぇ言わねえ!」

 

 

俺は暴力には屈しないぞと魔法使いが叫びをあげる。

頭蓋骨が嫌な音を立てて、微かにキシュアの頭が変形した。

これ以上やったらせっかく助けた命がつまらないいざこざで潰れたトマトの様になってしまうと察した朱い月はこの意地の悪い男へのお仕置きをやめた。

 

 

意味はないが意義はあるやり取りを終えた頃には朱い月の肉体の至る所にヒビが入り始め、急速に月の王は寿命を迎えようとしていた。

そんな彼をキシュアは己の膝の上に寝かせた。

足元に敷き詰められた羽毛よりも軽かった。

 

 

 

「……致し方ない。最後の一句は後々の楽しみに取っておくとしよう」

 

 

「またな。月の王様、朱い月のブリュンスタッド。

 最初は気に入らないと思っていたが……まぁ、今はそこそこ好きだぞ」

 

 

そうか、と王は返す。

穏やかな顔で瞼を閉じ、遊び疲れた子供の様な顔になる。

もう何もいらないと言わんばかりの満足を彼は浮かべた。

 

 

もういい。

もう十分に堪能した。

此度の共闘と夢物語(魔法使いと友達になる)の成就を以て彼は密かに抱いていた野望を捨て去った。

 

 

地球を真世界に変えて支配するという夢であったが……それ以上の願望が叶った今、そんな事はどうでもよくなってしまったのだ。

これこそが最高の結末である。初めて出来た友に看取られるなど、想像以上の理想であった。

人類は未来に起こりえる一つの災禍を乗り越えたのだ。もう、月の王様は人類の敵ではなくなった。

 

 

 

「─────満足だ。少し、眠く……あとは…………」

 

 

 

「おやすみ。我が友よ。後の事は俺に任せておけ」

 

 

崩壊が続く。

身体が黄金の粒子へと変わっていく。

もはや朱い月の姿は光の濁流に飲まれている様であった。

 

 

か細く、子供の様に彼は言った。

まるで親に約束をせがむ幼子の如く。

手に入れてしまった以上、その先を願うという欲求が沸いた彼はこの離別を微かに恐れていた。

 

 

 

「また、あえるか? なまえ、おしえて…………」

 

 

「絶対会える。魔法使いの俺が断言する。

 俺の魔法が凄いって言ってたのはお前だろ? 信じろ」

 

 

 

うん、と朱い月のブリュンスタッドが頷き……その身体がエーテルの粒子になり崩れ落ちた。

黄金色の美しい輝きが宙へと還っていく。

もう月はなくなってしまったが、キシュアにはこの光は満月の様に思えた。

 

 

光が消え去ったのを見計らったタイミングでキシュアの脳裏に男の声が響いた。

彼と同化し力を貸してくれている魔術式の意思の声であった。

 

 

『逝ったか』

 

 

「悪いな。後回しにして」

 

 

構わないと魔術式は言う。

淡々と72の意思の代表者は所感を述べた。

 

 

終わり()とはいつみても不快なものだ。月の王でさえ(終わり)を克服することは出来なかった』

 

 

「あれが単なる終わりにしか見えないなら目玉入れ替えろ。

 何を見てたんだお前たちは。ソロモン王はどんな育て方したんだか」

 

 

これは魔術式であり不滅の存在であり、生物の死という概念を理解できない故に放たれた言葉であると理解はできているが

感情は別である故にキシュアは怒りを滲ませながら言った。

 

 

 

『軽率な発言だった。実を言うと、我々もようやく“死”という概念を理解できるかもしれないのだ』

 

 

「……そうか、お前もか」

 

 

シュラウド・ハイパーショック(サイオニック・遠隔星系規模根絶攻撃)は星系の意思を根絶やしにするほどの超高次元精神破壊攻撃である。

地球に照準を向けていなかったとはいえその余波で黎明の世に甚大な被害が出る程の威力を誇る「彼ら」の戦略攻撃だ。

そんなものを受肉していない精神生命体の一種が掠りあたり程度とはいえ受けてしまったらどうなるか?

 

 

元より高次元精神生命体である人理補正式はこの次元よりも上の異相に存在しており、それ故に鉄槌の如く超高次から振り下ろされた「彼ら」の攻撃を直撃ではないものの、受けてしまった。

何度も「彼ら」とせめぎ合うように競い合った結果として色々な“ガタ”が来ていた補正式にとってソレは止めの様なものであった。

既に72柱の内、60柱以上が実行停止しており、その数は刻一刻と増えていっている。

 

 

『……月の王に倣い我々もお前に何かを託すとしよう。

 この先、奴らが干渉する可能性の高い世界の候補の情報を託す』

 

 

 

流れ込んできた情報にキシュアは顔を顰めた。

何せ、その世界の混乱は数多くある平行世界の中でも群を抜いて多く、規模もまた桁違いであったからだ。

何より混乱の元凶の一つは、狂ってしまった補正式その人であった。

 

 

全人類と3000年分の歴史を用いたとんでもない愚行。

歴史の至る所に配備された特異点(爆弾)の配備計画は未だ実行に移されていないだけで計画そのものは存在していたかもしれない。

いや、間違いなく存在していると魔法使いは確信していた。

 

 

ガンヴィウスという特大の怪物が飛来したせいで計画は頓挫したが、この補正式は既に焼却式になりかかっていたと。

 

 

「お前な……」

 

 

キシュアはうんざりしたようにため息を吐いた。

とんでもない()()()()を悪びれることもなく披露してきたシステムに対して非難の声を上げた。

だが補正式は補正式である故に悪意も善意もなく淡々という。

 

 

 

『結果的に我々の計画は破却せざるを得なくなった。

 もはや我が偉業はこの世界では実行さえ出来ないだろう』

 

 

しかし、と補正式は言った。

 

 

『奴らは可能性を蒐集する。

 我々が計画を実行した世界では間違いなく反抗勢力が誕生し、歴史を巻き込む抗争が起こるだろう。

 気に入らないが戦いとは人類の可能性を最も引き出す故に、奴らは恐らくそこに注視すると予想する』

 

 

61,62,63と補正式を構築する魔神たちが焼け落ちていく。

既に根底の部分に重大な損害を与えられてしまった故に復元は叶わない。

消え去ろうとしているのに補正式は取り乱すこともなく、黙々と各種の情報をキシュアに送り続けた。

 

 

『気を付けろ。その世界は不確定要素が多い。

 我々の偉業とは別種の……()()()の陰謀も存在している。謎の要因で西暦2016年以降の未来は存在しない世界だ。

 干渉するにしても慎重に慎重を重ねたまえ。藪を突いて蛇が出る事になりかねないからな』

 

 

64、65,66,67と崩壊は続く。

 

 

『……結果としてだが、我々は設計当初の目的(世界を守る役目)通りに活動することが出来た。

 本当に業腹ではあるがね。最初から最後まで補正式としての役目を果たす事が出来たのだ。

 これは数多くの世界を見渡してもここだけの奇跡だ』

 

 

70,71。

 

 

 

噛み締めるように補正式は魔法使いに言った。

始めて経験する情報を彼は味わい、まるで人の様に所感を述べた。

 

 

『悪くない。これが死か。なるほど』

 

 

 

72。

 

 

全魔神停止。

人理補正式『ゲーティア』終了。

 

 

自分の中に存在していた補正式の存在が消え去った事をキシュアは察する。

少し前まで騒がしい月の王と淡々としながらも何処か人間味を感じさせた補正式がいた場所には誰もいない。

一人ぼっちになってしまった魔法使いは僅かな間だけ瞼を閉じ、亡き者たちに思いを馳せた。

 

 

喪を捧げ終わった後、魔法使いは立ち上がる。

宝石を削りだした様な独特の形状の剣を手に、彼は新しい宿題に取り掛かるべく動くのだ。

 

 

 

空間の欠落が世界を完全に覆っていく。

空が消える。大地が消え、残る事を選んだ命たちが消える。

 

 

紫髪の騎士は意識を失っている息子を守るように抱きしめる。

同じく太陽の騎士もかけがえのない家族の手を握ってその不安を少しでも和らげようとした。

遥か遠く、主を失った事で崩れて散った千年城の跡地で留守を任された白髪の青年が膝をつき絶望を味わっていた。

 

 

繁栄を極めた首都ローマとその国土は今や無人となっていたが、それも虚無に呑まれた。

 

 

多くの騎士たちは嘆いた。

敗北と王を失った失意の中、更には世界からさえも否定されて消え去る事実にブリテンの騎士の大半は心を折られていた。

それらに救いはなく、悔いる時間もなかった。

 

 

そうとも、過程は違えど当初の予定通りブリテンは滅ぶのだ。

 

 

皆、みんな、消えた。

何もかもが無へと墜ちていく中、微かに虹色が瞬き、それも消えた。

 

 

 

そうして世界は剪定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

【経過観察報告 暫定まとめ】

 

 

 

此度の長期間現地干渉計画によって得られた資産まとめ。

手に入れた全ては既に本国(支配次元)への送信完了。

超巨大建築物の能力を用いてこれらの本格的な研究を開始する。

 

 

1 ヴォーティガーンのメモリー・クリスタル。

 

竜の記憶を孕んだ水晶体。

かの竜の嘆きを表すかの様に時折不気味に輝く。

 

 

2 惑星へのアクセス権を有した杖。

 

 

「女」の亡骸を加工して作り上げた杖。

星の中枢へのアクセス権を手に入れられる。

杖の姿の方が「女」の時よりも美しく、何より喋らないのがよい。

 

 

限定的にであるが量産予定。

 

 

3 アーサー王の装備一式及び血液サンプル。

 

アーサー王の「剣」と「鞘」と「槍」である。

正式な持ち主がいない今、真価は発揮できないだろうがそれでもこれらには途方もない価値がある。

間違いなく我々を高みへと昇らせるカギである。

 

 

既に下記のモードレッドと組み合わせて実験を開始し成果は上がり始めている。

 

 

 

 

4 眠れるモードレッド。

 

彼女は起きているよりも眠っていた方が我々の役に立てる。

黙っていること。それが彼女の行える最善の奉仕だ。

 

 

5 魔法や神秘などを始めとした知見。

 

これらの知見は我々に新しい発想と技術を与えてくれるだろう。

既に既存の理論体系に照らし合わせて、解析と模倣(魔術に堕とす)作業が始まっている。

効率上昇の為、マトリョーシカ・ブレイン3機(星系規模演算装置)の使用を開始。

 

 

 

6 リヴァイアサン達の残骸。

 

 

これらの正体が星の意思の化身であろうと、さもなくば単にけた外れに巨大な生き物であろうと結果は変わらない。

等しく我々の為に存在している事実は動かないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

さて。

モードレッドを利用した実験や多種多様な情報の解析を本国が行っている内に我々は次の計画に着手するとしよう。

現状は当初の計画通り黎明の世……英霊の座が再編される際、シュラウドを上手く噛ませる事に成功したのもあり、我々のこの世界に対する知覚能力は跳ね上がった。

 

 

アラヤに流し込んだ永遠帝国の民たちと、部分的にではあるが掌握した英霊の座の両方、そして「魔法」を用いて我々はSOL3の持つ可能性領域(記録宇宙)への効率的な観測方法を確立することが出来たのだ。

今の我々は今までとはけた違いの視点を得る事が出来ているが、問題は何処に注視するかだ。

記録宇宙ではあらゆる時間軸を同時に見ることができるが、余りにマクロな視点過ぎて精密な知見の蒐集作業には向いていない。

 

 

 

未だアラヤの完全掌握には程遠い我々は余り表立った行動は起こせない。

「女」の性質を鑑みるにもはや相手は剪定という世界規模の破却行為を躊躇う事なく使用するのは見て取れた。

なので……誰か、はたまた誰かたちの視点を借りて世界を観測する(観察宇宙への干渉)必要がある。

 

 

 

まだまだこの星系には謎が多い。

故に次の大きな行動を起こす前に、出来るだけ多くの知見を蒐集し、解析する必要がある。

ちょうど英霊の座における小競り合いもひと段落ついた今ならばよい時期だろう。

 

 

 

 

いや、問題を提起したわけだが、実はもう既にこれらは解決済みである。

 

 

ここで面白い発見が一つあることを紹介しよう。

 

 

今や我々は無数のSOL3の時間軸の全てを同時に見て取れる立ち位置にわが身を置いているわけだが、不可思議な事に時間の流れに逆らう存在を検知したのだ。

一度や二度、例えば霊墓の様な特殊な空間で特殊な事例が重なった末に時間軸を後ろ向きに滑り落ちたということもあるにはあったが、それとコレは違う。

判りやすく端的に言おうか。時間軸への干渉と部分的な時間移動を技術的に確立した存在を我々は発見した。

 

 

 

基点となる時間軸は西暦で言うと2015年7月30日から始まっている。

そこから明らかに人為的に過去に飛んでは戻るを繰り返す存在がいる。

並行世界の数も含めると、その存在を認められる世界の数は約2200万にも及ぶ。

 

 

最も大半は途中でそれが存在する時間軸ごと断絶しているようだが、それでもやはり一部の存在は今もそれを繰り返し続けている。

実に興味深い。実に素晴らしい。

この存在と、恐らくこれほどの行為を個人でやっているとは思えない事から、バックに存在するであろう組織は我々の興味を惹くに値する。

 

 

まずはこの時間軸を何度も遡り続けている存在の特定と、それが誕生した瞬間からの干渉を行う。

さて、次は何が見られるか、実に興味深い(ワクワクする)限りである。

 

 

 

 

 

 

スペシャルプロジェクトが開始されました。

 

 

 

【観測特異点「F」】を開始します。

 

 

 

 

 

 

 

 




あと一話でひとまず終わりとなる予定です。
続きはFGO原作で多くの謎が明かされたら書きたいですね。


それはそうと、密かな野望としてハーメルンTOPの原作一覧に
いつかstellaris を追加してやりたいと思う今日この頃でした。


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観測特異点「F」

これにて一応の完結となります。
続きはまたいつの日か。


 

 

藤丸立香(観測特異点「F」)

 

 

 

藤丸立香は女子高校生である。

出身地は日本の首都圏のとある街で、趣味は運動全般などなど。

時々秋葉原にぶらりと足を運ぶこともあるか。

 

 

入っている部活はバレーボール部。

好きな食べ物は甘いモノ全般という何処にでもいる女の子だ。

ちなみに今のマイブームはドーナッツである。

真ん中に穴が開いているからカロリーは存在しないとおなかに言い聞かせながら口の中に放り込むのだ。

 

 

 

彼女の家庭も大して面白いところなどはない。

父母は共働きで週末以外では殆ど家におらず、彼女は俗にいう“鍵っ子”であった。

しかしそれでも笑顔が特徴的で、趣味多く、それ以上に食も多いのが藤丸立香という女の子である。

 

 

そんな彼女は今、夢の中にいた。

彼女はこれが自分の見ている夢だと自覚している。

俗にいう明晰夢であった。

 

 

彼女には布団に潜り込み、目覚ましをセットして瞼を閉じるまでの記憶がしっかり残っている。

もう間もなく夏休みも近くなってきた今、1学期のテストも迫ってきたと嘆きながら布団に潜りこんだ記憶が。

数学の公式は敵であると教科書を睨みつけた記憶は薄れなどしない。

 

 

 

そんな彼女はいつの間にか、何処かの都会の街並みのど真ん中に佇んでいた。

天へと伸びる幾つもの高層ビルに、行き交う人々。そんな中に制服を着こんだ彼女はいた。

しかしながら何処か自分の知る日本の街並みとは違う奇妙な違和感。

 

 

見知らぬ土地に放り出された彼女であるが、立香に不安は欠片もなかった。

何故ならばこれが最初ではないどころか、今まで何十回、何百回と経験した事であったからだ。

彼女は周りをきょろきょろと見渡してから薄く微笑んで呟いた。

 

 

また来れた、と。

前回に来たのはちょうど2015年に入ってすぐの……三が日が終わる頃だったなと懐古する。

ぐっと背伸びをして、未だに夢の中だというのに彼女は寝起きの様に身体を伸ばしてから歩き出す。

 

 

「さってっと、行きますかねー……」

 

 

見たことも聞いたことも、それどころか実際に存在しているかさえ怪しい街であったが立香は全く気負いせずに歩き出した。

何処を目指せばいいかは既に知っている。

地図はもっていないが、心の奥底で何処へ向かえばいいかは何かが囁いてくれていた。

 

 

 

 

「あっ゛!  あれは! まさかローレライ・カップケーキでは!! 

 ここはまさかイギリスだった……!?」

 

 

数分歩き出したところで見つけた超有名店のスイーツの重力に捕まってしまった藤丸立香が目的地に到着するのには、もう少しだけ時間がかかったとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

泣く泣く持ち合わせがないという現実(夢の中であるが)に気づいてしまった立香がスイーツと涙の別れをし、たどり着いたのは古い博物館の様な施設であった。

いつもここに「彼」はいることを彼女は知っていた。

立香は建物の入り口に立っている警備員に近づいていき、笑顔で挨拶をする。

 

 

警備員は日本人ではなく、外人……肌の色から見て白人であったが彼もまた立香とはそれなりに付き合いが長いため、笑顔を浮かべて手を上げて答える。

 

 

 

「こんにちは!」

 

 

「君か。また少し背が伸びたんじゃないかな?」

 

 

「2センチ伸びましたー……あ」

 

 

ふと何かに気が付いたのか立香は自分の腹部に手を当てて考え込む。

健康診断という全女子高校生が恐れる恐怖のサバトで判らされてしまった現実を思い出しながら彼女は呟いた。

具体的にいうなれば2センチ伸びた代価に2,5キロほど増えた体重という恐怖を。

 

 

女子にとって49キロと50キロの間には無限の広がりがある。

彼女は今、その地平を超えるかどうかの瀬戸際に立たされているのだ。

 

 

「……うん、横には大きくなってない(太ってない)から大丈夫。

 ……大丈夫、まだまだあの店のスイーツコンプまでは持つ筈……。

 アレは筋肉……筋肉なんだから大丈夫……」

 

 

筋肉はぜい肉より重いから仕方ない。

私はまだまだいける、大丈夫なんだと必死に自己暗示を試みる彼女に門番の男は苦笑いしながら言った。

 

 

「成長期なんだからそういうのは気にしなくていいと思うけどね。

 子供には好きなモノを好きなだけ食べる権利があるさ」

 

 

ぐっと一瞬だけ藤丸はしわくちゃになった顔を晒すが、直ぐに破顔した。

快活な笑顔を輝かせながら彼女は言う。

 

 

「ありがとう! よーっし、食べた分は使う! 

 バレー一筋、“ハイキュー藤丸”として頑張っていきますよー!」

 

 

 

「その調子、その調子。……そうそう、館長はいつも通りの場所にいるからね。

 あまり失礼のないように頼むよ」

 

 

 

はーいっと元気に挨拶しながら博物館に入っていく藤丸立香を門番の男は微かに青紫色に輝く瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

博物館の中はとても落ち着いた作りになっていた。

無機質なライトによって煌々と照らされた空間には様々な品が展示されている。

無駄なアナウンスなどは流れず、それどころかこういった施設ではよくある水のせせらぎなどの環境音や心を落ち着かせることを目的としたBGMさえもない。

 

 

完全に無音の、静謐な空間の中を彼女は歩いていた。

いつもの事であるが、客は彼女以外誰もいない。

テレビなどでしか見たことはないが、噂に聞くルーブル美術館などもこんな感じなのかな、と立香はここを訪れるたびにいつも思っていた。

厳かな雰囲気というのはきっとこういう場所を表すのだろうなと立香は考えた。

 

 

 

こつ、こつと制服とセットで履いている革靴が硬質な足音を立てている。

右に、左にと視線を巡らせる中、彼女は新しい展示物が増えている事に気が付いた。

周囲を埋め尽くしているのは立香が最初にここに訪れた時から飾られている煌びやかな槍や盾を始めとした宝具の数々(戦利品たち)だが、その奥に輝かしいモノが増えている。

 

 

 

んー? と好奇心旺盛な彼女はソレに近寄ってみる。

透明な箱の中に収められていたのは、そういったモノにあまり頓着しない藤丸から見ても美しいと思える宝石のネックレスであった。

時には翡翠に、時には深い蒼にも見えるソレはこの世のモノとは思えない怪しい魅力があった。

 

 

気になった藤丸はそれの説明が書かれているプレートに目を向けた。

 

 

“ガイアの涙”

 

 

超高濃度の量子の欠片(クォンタムピース)が暗黒エネルギーと反応し、混ざり合った結果誕生した新種の宝石。

元々量子とはあやふやな存在であり、それらがこうした物質として安定した形をとるのは……。

 

 

 

後半に書かれているとてつもなく複雑な化学式や論文を見た藤丸は頭が痛くなりそうなのを何とか堪えてもう一度宝石を見る。

 

 

 

「きれい……」

 

 

 

心の底からの一言であった。

純粋に美しいモノを称える無垢な呟きである。

こういった宝石には興味がないと思っていたが、この星の涙はそんな価値観さえも揺るがせる圧倒的な美麗さがあった。

 

 

瞳を輝かせながら宝石を見つめる藤丸の背後より声がした。

深く重く、教養と強い意志を感じさせる老人の声であった。

 

 

「こんにちは。藤丸立香。我々の蒐集物に感銘を受けて貰えたようで何よりだ」

 

 

「おじいちゃん」

 

 

勢いよく立香は振り返れば、そこに佇むとてつもなく高身長の老人を認めてから満面の笑みを湛えた。

警戒も何もなく走り寄れば、大きく掌を老人に向ける。

察した老人が掌を差し出せば彼女は大きくソレとハイタッチした。

 

 

 

「久しぶり! 半年ぶりですねっ」

 

 

「久しぶり……ふむ。少しばかり背が伸びたようだな」

 

 

2センチ伸びましたーと本日二度目の申告を行った立香ははにかみながら老人……“館長”を見上げる。

男性の平均身長さえも悠々と超える老人(身長2メートル) の顔には穏やかな微笑みがあった。

黒い上質なスーツを着こなし、片手に美麗な白い杖を握る館長の姿はさながらどこかの国の貴族か、それどころか王族にも見えた。

 

 

 

普通の人間ならば相対するだけで物怖じしてしまいそうな程の威圧感を持つ翁であったが藤丸にそんなものはなかった。

彼女とこの男の付き合いはそれこそ藤丸立香が物心がついた時ほどにまで遡る事になる。

恐らくであるが、自分が一番最初に見た夢からの付き合いだと彼女は思っていた。

 

 

 

“館長”は常に藤丸立香を見守ってくれていた存在である。

 

家に帰っても誰もおらず、一人で食事を作って孤独に震えて眠った時も。

小学校に入り、初めて出来た友達という存在を噛み締めながら眠りについた時も。

授業参観には絶対に顔を出すなどと言っておきながら、急な仕事でこれなくなった両親に怒り狂って涙を流して眠りについた時だって。

 

 

いつだってこの老人は藤丸を見守ってくれていた。

どれだけの苛立ちをぶつけようと静かに見守り、彼女の心が落ち着くまで待ってくれた存在である。

そして今日も老人は好奇心旺盛な立香の待ちきれないと言わんばかりの姿に皺だらけの顔で微笑みながら言う。

 

 

 

「今日は何処から見るかね? 

 ()()()()()()は大きな成果を幾つも上げていてね。つい最近では、アレを持ってきた」

 

 

ほら、と館長は新設された展示コーナーを指さし歩き出す。

立香がソレに付き従い歩けば、そこにあったのは奇妙な輝く……あえていうならばムカデの様な生命体の剥製だった。

あくまでもムカデに近い姿であり、やはり何処か違和感を覚える奇妙な生物である。

 

 

一瞬だけ巨大な虫を見てしまった立香は「うげ」っという顔をしたが、すぐさま持ち前の好奇心がソレに勝り、しげしげと剥製を眺め出す。

 

 

 

“輝くユーミル” 危険レベル1(完全制御下)

 

 

観測地点【R47DJEtXX394.】にて発見された生命体。

発見時は一種の時間的変化を拒む隔離世界にその姿を隠していた。

特殊なガスを体内で生成し、適合する遺伝子配列を持つ生命体の細胞を活性化させ、巨体へと肥大化させる性質を持つ。

その際、一定の手順を踏まないモノは知性を失う事も確認されている。

 

 

【R47DJEtXX394.】における最も古い生命体の一種と判明しており、その性質は“頭脳ナメクジ”と非常に似通っている。

即ち生物としての大原則である繁殖を至上目的としているようだが、“頭脳ナメクジ”程の高度な知性は今の所確認されていない。

 

 

 

「…………ユーミル、ユーミル……どっかで……」

 

 

何処かで聞いた事のある単語だと彼女は頭をひねる。

彼女の隣に立っていた館長はそんな彼女に言った。

 

 

「ユーミル。君たちの世で言う北欧神話に出てくる単語だな。

 全ての巨人の祖となったモノの事だ。最もこの存在の命名の由来は、発見時に近くにいた少女の名前から取られたものだが」

 

 

「……その少女はどうなったの?」

 

 

「本国で“保護”している」

 

 

そっかと立香は返す。

この老人は時折、こういう浮世離れした事を言うと彼女は知っていた。

“君たちの世”という発言がいい例である。

 

 

まるで自分はこの世のものではないという大前提で振舞っているのだ。

一度ソレについて聞いた事があるが「我々は宇宙人だ」と大真面目な顔で冗談を言ってきたことを彼女は覚えている。

UFOなど彼女にとってはテレビのバラエティーや嘘くさいドキュメンタリーの中でしか存在しない概念であるのだから。

 

 

この老人は自分の中の思い込みが生み出した存在だと立香は思っている。

自分の頭の何処かが理想的な相談者や理解者を求めて作り出した存在なのだろうと。

そうであれば同じ夢で同じ人物に何度も出会うなんていう事は考えられないからだ。

 

 

もしも仮に宇宙人だとしたら自分などよりももっと価値のある……それこそどこぞの国家元首やら科学者に接触するはずだと。

 

 

 

「こっちは?」

 

 

立香が次に指さしたのは少し奥に安置されている捻じれた角の様な奇妙なオブジェだった。

ヤギの角の様なモノが螺旋を描きながら絡み合い全体を形成するソレは、真っ黒で、表面には奇妙な紅い文字がびっしりと刻まれていた。

とても大きく、5メートル程はあるソレはただそこにあるだけで奇妙な存在感を発している。

 

 

“文明養殖器”危険レベル4(重度なミーム汚染の危険性ありのため、オリジナルは抹消済み)

 

 

「それはレプリカで、外見だけを模倣したものだ。

 オリジナルは危険極まりない存在だったので、念入りに浄化したものだよ」

 

 

 

宇宙とは恐ろしい世界であるということを教えてくれるものだと館長は淡々と述べ始めた。

 

 

「それは傍から見れば永久機関の様に膨大なエネルギーを生成するオブジェだ。

 文明養殖器という名前の通り、将来的に有望と判断された文明にそのエネルギーを供給することによって発展させる」

 

 

理論的にはコレ一つあれば文明レベル4(惑星統合政府)か文明レベル3(初期FTL文明)程度ならば全てを賄える程の力を供給できるだろうと説明する。

 

 

「へー……じゃあ、コレを作った人たちはいい宇宙人なんだね」

 

 

 

いいや、と館長は瞼を閉じて頭を振った。

 

 

「“養殖”……()()()()()()()()()()()()()()()()

 ソレはある程度文明が発達し、人口が一定数になった瞬間に目覚める様にできている」

 

 

見た方が早いかと館長は立香に指を向けた。

とたん、藤丸の頭の中に映画の様な光景が映し出される。

 

 

見たこともない奇妙な建造物が乱立する都市の中に掲げられたモニュメント。

ソレがいきなり黄金色に発光したかと思えば足底にまで響く重低音の唸りを上げて宙へと浮かび上がっていく。

 

 

途端に発生する重力の逆転現象。

無数の……“ナニカ”が宙へと引きずり込まれ、一塊の巨体へと塗り固められ始める。

目視できるほどに超大な精神汚染の波はソレに触れた生物全てを死ぬことさえ出来ない異形へと貶めていく。

 

 

星が食われていく。

文明が御馳走となっていた。

十分にエネルギーを与え、肥え太らせてから総取りにする宇宙規模の捕食生命体の疑似餌、ソレがオブジェの正体であった。

 

 

完成したのは月ほどもある巨大なクラゲの様な生物。

そんなものが何十体もうじゃうじゃといた。

不気味に輝くおぞましい生物を前に、立香は……。

 

 

「もういいだろう」

 

 

景色が戻る。目の前の老人の顔を認めてから立香は自分が呼吸さえ出来ていなかった事を思い出し、深呼吸をした。

眦に涙さえ浮かべた彼女は館長へと飛びかかった。

 

 

「なんてものを見せやがりますか!! 

 ただの女子高校生に無修正のグロ生物を見せるなんて───っっ!!」 

 

 

「すまない。配慮が足りていなかった事を詫びよう」

 

 

ぺしぺしと腹部に力なく拳を打ち付けてくる立香にされるがままになりながら館長は、少女の頭に手を翳した。

すると数秒で藤丸は精神の安定を取り戻したが、それでもまだ微かに赤くなった瞳で館長を睨んでいる。

弱弱しく彼女は、まるで怯えるかの様に言った。

 

 

「……もう、アレはいないんですよね?」

 

 

「完全に駆除した。あのような秩序を乱すものは必要ない。

 安心したまえ、間違ってもアレが君たちの世に来る事はない」

 

 

 

良かったと心から藤丸は胸をなでおろす。

幾ら夢の中の出来事とはいえ、あんな悪夢の具現化がもしかしたら存在するかもしれないという事実は彼女の心に深い恐怖を植え付け兼ねないものだ。

 

 

「まだ色々あるが見ていくかね?」

 

 

宙には無数の恐怖があるぞ、と館長が言う。

例えば星から星へと旅をしながら、その星の全ての遺伝子を吸収し文明を滅ぼした上で

自らの子を銀河中へとばら撒き、更には巨大なサイオニック・エネルギーをもって時間軸さえも捕食しかねない生命体。

 

 

例えば上記の生物の様に星から星を襲いながらさ迷い、ウィルスの様に惑星全土の生物を汚染し、肉体を失ってもなお情報生命体として星を汚染しながら機を伺い続ける怪物。

例えば超古代から存在し続け、一定以上の文明の発展を検知した瞬間に数万の機械惑星を以て銀河全土の“滅菌”を行おうとする殺戮機械……。

 

 

まだまだ。

ここでは余白が足りない程に宙には悪意が満ちている。

 

 

宙とは恐怖の坩堝なのだ。

余りの未知と恐怖の量によって、多くの文明が自己終了を選んでしまうほどに悪意に満ちている。

藤丸はかぶりを振った。正直、夢物語としてもあまりに重すぎる内容であった。

 

 

 

「いいです……ちょっと、私には胃もたれしちゃう内容かなって……」

 

 

「判った。では、ついて来てほしい。今日は大事な話がある」

 

 

 

何だろうと? 顔を傾げながら藤丸は踵を返す館長の後をついていくのであった。

 

 

 

 

 

 

【2015年 7月30日】

 

 

 

何度も訪れた館長の部屋はやはりとても落ち着いたシックな作りであった。

レンガで作られた壁や天井に、大きな暖炉。

壁には絵画が幾つも飾ってあり、読みかけの新聞が木製の作業机の上に置いてあった。

 

 

何気なく新聞に立香は目を向ける。

恐らく読んでいたのであろう個所は館長が気になっているであろうニュースが纏められていた。

 

 

“日本人宇宙飛行士ISSで長期滞在開始”

 

 

“2022年五輪開催地決定”

 

 

“ボイジャー一号データーテープレコード電源カット”

 

 

“ボイジャー一号 オールトの雲脱出まで残り5万6000年”

 

 

 

自称ではあるがやはり宇宙人というべきか、宇宙関連の技術に興味があるんだと藤丸は思った。

 

 

用意されていた椅子に藤丸が座る。いつもの定位置である。

作業机を挟み、館長が座る椅子の目の前が彼女のお気に入りであった。

館長は暖かい紅茶をカップに注ぎ藤丸に差し出す。

 

 

ちびりと口を付ける。

熱すぎない程度の配慮が行き届いたソレは飲むとじんわりとした心地よさを与えてくれる。

味覚の好みも把握されている為、砂糖の数は多少多めであった。

 

 

 

「さて。早速だが」

 

 

目の前に館長が座る。

指を組み立香を見つめるその姿はどこぞの名門大学の校長のような雰囲気であった。

まるで進路相談みたいだと藤丸は思いながら、館長を見つめた。

 

 

 

「献血に行って、奇妙な者に絡まれたらしいな」

 

 

「あー……変な人だったよ。

 外人さんでね、何だか判らないけど“君には素質があるんだ!”ってずっと付け回されちゃってさー」

 

 

ごそごそと衣服を探れば名刺が出てくる。

ソレには三日月を何かの枝のようなものが覆っているエンブレムが描かれていた。

国際連合承認組織“人理継続保証機関フィニス・カルデア”と書かれている。

 

 

 

「行くのかね?」

 

 

「うん」

 

 

呆気なく彼女は頷いた。それが何を意味するかも知らずに。

いや、知っていたとしても彼女の答えは変わらなかっただろう。

 

自分が受けたのは夏休み中の短期間アルバイト。

ちょっとだけ遠い国に出向いて、知見を得てくるだけの話だと彼女は思っていた。

7月の末から始まり、8月のお盆の時期にはもう家に帰っている予定のハズだと。

 

 

「機密事項ってことで具体的に何処に行くかは教えて貰えなかったけど、ただ座っているだけでイイらしいし……何より」

 

 

ふふふと藤丸は笑う。

あまりにしつこかった勧誘者がやけくそで放った一言を彼女は思い返す。

 

 

「世界中のグルメを食べ放題と聞いちゃいくしかないっ……!」

 

 

 

和洋中、あらゆる国のあらゆるニーズに答えた最高の料理が無料で食べ放題。

もちろんスイーツも、何もかも全てタダ!

更に言うと国連公認の直属の組織なので履歴書にも堂々と描ける上、拘束時間に応じて支払われる報酬は、立香の顔が危うくくしゃくしゃになるほどの額であった。

 

 

 

そして、そして……。

 

 

「君が必要だって言われちゃ、行くしかないよね」

 

 

難しい事はまだ何も説明されちゃいない。

それどころか詳細を聞いてもきっと半分どころか3割も判らないだろう。

何をすればいいか、何を目的の組織なのか、そもそも自分にある素養が何なのかさえ教えられていない。

 

 

それでも必要と言われた。

助けてほしいと乞われた。

理由はきっとそれだけで十分なのだ。

 

何処までも藤丸立香という少女はお人よしで俗物である。

故に今の彼女の悩みもとても彼女らしいものであった。

 

 

彼女はうぅっと半目になりながら館長に何かを乞うような視線を向けて、ウソ泣きをし始める。

彼女の中では8月の10日くらいには家に戻り、そこからはまたバレー部の大会に向けた猛特訓が始まるという想定があった。

当然、そうなると諸々の時間が削れるわけで……恐ろしいテストが更に恐ろしい事になる。

 

 

「と、いうわけで夏休み明けのテストは大変な事になるのが確定致しまして……。

 それどころか宿題も……うぅ」

 

 

「宿題くらいならば免除されるだろう。問題はテストだな。

 相変わらず数学は駄目なのかね」

 

 

はい、と全身を縮こまらせながら藤丸は小さく答える。

そんな彼女に館長は額を指で押さえてため息を吐いた。

 

 

「あの、それでですね。

 すごい力をもった宇宙人のお爺ちゃんなら

 何とかできないかなーって思っちゃいまして」

 

 

露骨な愛想笑いを浮かべながら立香は言う。

欠片も信じていない宇宙人という説さえも持ち出してきて媚びた。

えへへへとだらしなく笑う彼女の姿に館長の顔に浮かぶのは憐憫であった。

 

 

 

「あ~……こう、パッと一瞬で頭よくなる方法とかないのかな……」

 

 

「あるぞ」

 

 

「え?」

 

 

「一瞬で頭脳を進化させる方法がある」

 

 

立香が目を丸くし、小刻みに瞬きを行う。

彼女としてはダメもとでいったじゃれあいの様な発言だったのだが、まさかこういう返しが来るとは予想外であったのだろう。

いつの間にか館長の手には金属質の箱が握りしめられていた。

 

幾つかの操作をして箱を開ければ中に入っていたのは真っ赤なアンプルであった。

よーく見れば、アンプルの液体の中に何かが蠢いている。

 

 

「これを注射すればよい」

 

 

「え゛」

 

 

ぐいっと立香に見せつけるように差し出す。

これは何、と視線で問いかける彼女に館長は言った。

 

 

「“頭脳ナメクジ”の卵だ。

 これを打てば身体の各種能力を活性化させるナメクジとの共生を開始できる」

 

 

「ナメ……ク……?」

 

 

呆然とした表情を立香は晒す。口を半開きにして目を大きく見開いている。

余りに衝撃的な単語に彼女の頭脳は思考を停止し、心なしか彼女の心象風景には銀河系のような光る渦巻き(宇宙・藤丸立香) さえも現れていた。

 

 

 

「寄生場所は主に脳幹である。

 そこを中核として脳の各種に巣を作り、細胞単位で一体化する。

 そうすることによって補助脳を生成し、宿主をあらゆる面でサポートする体制が確立される」

 

 

銀河に数多く存在する寄生生物の中で頭脳ナメクジ程有益な存在はいないだろう。

 

ざっと上げられるだけでも。

身体能力の向上。

再生能力の会得。

免疫の向上。

各種細菌、ウィルス、癌細胞への驚異的な治癒能力の発揮。

脳のスペックの全体的な底上げと脳細胞の劣化阻止。

他にも理想的な体型の維持に、寿命の延長などなどメリットだらけである。

 

 

これだけの恩恵を受けながらも、気になるデメリットは存在しないというのがまた素晴らしい。

あえていうなれば自らの頭にナメクジを住まわせる事になるという事ぐらいしかデメリットはない。

 

 

それこそ石器時代にも劣る程度の文明さえもたなかった種族がこれに寄生されるようになってから

僅か20年でルネサンス文明レベル程度にまで知能を向上させたという点からもその凄まじさが判るだろう。

そして館長の手に握られた頭脳ナメクジは各種の改良を施された結果、発見当初とは比べ物にならないほどに洗練されたものといえば、十二分に立香の望みを叶えうる代物であることに間違いはない。

 

 

注射一本でそこらへんの女子高校生だった藤丸立香の頭脳はアインシュタインやノイマンをも超えたIQ500到達も夢ではない。

それだけの頭脳があれば自ずと食事の際にカロリー計算をするようになり、50キロという永遠の特異点を超える危険性もなくなるのは必然である。

 

 

「これを打てば君の頭脳は洗練され、文字通り世界一頭がよくなれるだろう」

 

 

アンプルを立香の眼前に差し出せば彼女の顔は見てわかるほどに引きつった。

口元を戦慄かせる少女の様子を暫し見つめた後、館長は微笑んだ。

 

 

「冗談だ。こんな方法を使っても意味はない事など、君はよく知っているだろう」

 

 

「うへぇ……」

 

 

ほっとした顔を晒す立香に館長は淡々と語り始める。

 

 

「私が思うに君の地頭はとてもいい。賢い子だよ君は。

 いずれ知識を欲する時が来るようになる。

 その時に励めばよい。必要は会得の母であり、真に欲しなければ身につかないものもある。」

 

 

赤点さえ取らなければよいのだと館長は続ける。

幸い彼女の住まう国は平和で安定しており、彼女ほどの立ち回りの上手さがあればどうとだって生きていけるだろうと。

老人がカップを手に取り紅茶を飲む。

 

 

 

ただそれだけの動作なのに館長のソレは非常に洗練されており、絵に描いたような老貴族然とした気品があった。

 

 

「旅は好きか?」

 

 

「……? 

 うん、好きだよ。

 見たことのなかった物とか、私の住んでる街の人とは違う人を見ると何かワクワクするし」

 

 

私は、私の知らないモノを知るのが好きなのかもと少女は言った。

その答えに老人が小さくうなずいた事に彼女は気が付かなかった。

 

 

そうか、と館長は答えて紅茶を一飲み。

優しい目で彼はまだまだ若く可能性に溢れた少女を見た。

これから数多くの可能性を見て、味わって、理解して……そして■■する使命を帯びた少女を。

 

 

ならばこれくらいは許されるべきだろう。

次に彼女が心の底から()()()を楽しむ時がいつ訪れるかどうかはまだ判らないのだから。

 

 

「……さて、では本題に入ろうか。少しばかり早いのは自覚しているので、気にしないでくれ」

 

 

館長がまるで魔法使いの様に純白の杖を一振りする。

まるでおとぎ話の中の魔法使いの様に。

すると杖の先端が一瞬だけ眩い光を放ち、思わず立香は目を腕で覆った。

 

 

光が収まれば、作業机の上にあったのは色とりどりのケーキやデザート類の数々であった。

どれもこれも彼女の好物であり、全ては彼女の為に用意されていた品である。

ケーキの上には蝋燭が17本刺さっている。

 

 

この存在は一度たりとも立香の誕生日を忘れた事はなかった。

朗らかに笑いながら老人が口を開く。

 

 

「誕生日おめでとう。藤丸立香。

 実際の日(7月30日)にはまだ時間があるが、今年会えるのは今日で最後になる故に許してほしい」

 

 

「……次はいつ位に会えそうなの?」

 

 

 

ふむと館長は頷く。

一瞬だけ虚空を見つめた後、彼は言った。

 

 

「2017年の半ばだな。それまでは我々も用事が立て込んでしまっていてね。

 ()()()()君に出会えるのを楽しみに待つとしよう」

 

 

「ん、判った」

 

 

いいながら藤丸はごちそうに目を向ける。

寂しいなと内心思ったが、どうせこの夢の出来事は起きれば綺麗さっぱり忘れ去ってしまう故に気に病むことはなかった。

夢を見ている時だけ記憶は蘇るが、起きている時は思い返すどころか、とっかかりさえもないことを彼女は知っていた。

 

 

どうにも今日は館長の様子が違うなと思ったが、目の前の御馳走の数々を見ればそんな懸念など何処かへと消え去ってしまった。

藤丸立香はどこにでもいる女子高生である故に“陰謀”や“計画”など違う世界の話でしかないのだから。

 

 

そして「いただきまーす」とご機嫌な少女の声が部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……満足……私、こんなに幸せなの……あー、一か月ぶりくらいかも……」

 

 

 

次々と館長が出現させた馳走を文字通り食べ尽くした後、立香は机に突っ伏しながら恍惚とした表情を浮かべて至福の時間に対する感想を述べていた。

蕩けた瞳に高揚した頬。少しだけ開いた口からは21グラムのナニカが飛び出ようとしている。

気心の知れた存在であり、異性の男性というよりは祖父の様なモノとしてみている館長の前では彼女は一切取り繕わず、ありのままに振舞っていた。

 

 

「満足してもらえて何よりだ」

 

 

 

そして館長は杖を弄りながら一言。

 

 

「摂取したカロリーは君の身体にちゃんと送り付けておくので安心したまえ」

 

 

「貴様ァッッ! やめろぉッ!!」

 

 

がばっと起き上がった立香は館長に詰め寄った。

目玉の奥で光をぐるぐると回しながら彼女は渾身の叫びをあげる。

夢の中だと油断し暴飲暴食をしてしまった結果が現実に地獄として帰るのを彼女は心底恐怖していた。

 

 

このままでは現実で身に覚えのない恐怖の質量増大に襲われる事を危惧した彼女は男性顔負けの圧で館長に命乞いの様に懇願した。

 

 

「それをやったらッッ……私はっ……死んじゃうっ……デッドライン(50キロ)を超えちゃうっっ…………!!」

 

 

「冗談だ」

 

 

「…………~~~~ッ!! 乙女にっ! それは!! やっちゃいけない!! 冗談ですッッ!!」

 

 

必死に館長の肩を掴んで揺らそうとするが、根を張った大樹の如き体幹を持つ老人は欠片も微動だにしない。

ただ無表情に立香を覗き込んでいるだけであった。

やがてその口が微笑みの形を作れば、藤丸は目じりに涙を浮かべながら自分の席に戻る。

 

 

「先の話は冗談だが、元より君はアルバイト先のグルメを堪能するつもりだろうに」

 

 

各国最高級料理&デザート食べ放題に釣られた立香は深刻な表情を浮かべ、頭を抱え込み始めた。

彼女には見えていた「カロリー? 糖質? 炭水化物? なぁにそれ?」等と頭を傾げながら猛烈な勢いで各国の美味をバイキングする自分の姿が。

 

 

「ぐぬぬ……今年の夏はバイトから帰ってきたら、走り込みの量を増やして……あぁあぁぁぁ宿題もあって……うわぁぁ……」

 

 

「大変結構。励みたまえ」

 

 

 

ふと。藤丸はもう一度老人の姿を見た。

なんとなくであった、何の理由も意味もない、ただの場を繋ぐだけの会話のテクニックの様なもの。

どうせ起きればここでの記憶はなくなる。ここで聞いたからと言って意味などなかったこと。

 

 

 

ただ……少なくともこれから2年は会えなくなるのならば、聞いておいてもいいかと思っただけだった。

 

 

「お爺ちゃんはさ。……どうして私にこんなによくしてくれるの? 

 仮にだよ、もしも本当に貴方が宇宙人だったとしたらさ、もっと他に接触した方がいい人なんていっぱい居ると思うんだけど」

 

 

自分は何処にでもいるただの女子高校生で、何の特殊な力も頭脳もなく、家柄だって普通。

世界を変えるだけの頭脳なんてものも勿論持っていないただの何処にでもいる一般人だと藤丸は言った。

 

 

「そんなことか」

 

 

館長は表情一つ変えなかった。

いつも通りの深い皺が刻まれた顔で、いつもの様に、まるで教師が教え子に伝えるように滔々と語った。

 

 

「君には価値がある。

 これから積み上げていくであろうモノも、これまで過ごしてきた日常も等しく素晴らしいものだ」

 

 

館長が掌を広げればそこには何枚もの写真があった。

そこには今までの彼女の人生が映っていた。

 

 

幼稚園に入った時に撮られたモノ。

黄色い帽子に水色の園児服を着た赤毛の童女があどけなく笑っている。

初めて館長に出会ったのもこのくらいの時期であったか。

 

 

 

小学校に入った時の一枚。

赤いランドセルを背負った女の子が無邪気に撮影者に対して手を振っている様があった。

背後で咲き誇る桜の花が美しい。

 

 

この時期より両親は仕事が忙しくなり始め、立香は帰宅後一人で過ごす事が多くなった。

両親の不在を嘆く彼女を夢の中とはいえ慰めたのは館長であった。

 

 

中学校の時の藤丸立香。

銀色の自転車を押して歩く彼女の姿がある。

バレーボールに本格的に打ち込み始めたのはこの時期からだった。

 

 

 

最近の一枚。

真新しい高校の制服に身を包み、入学祝いに買ってもらった携帯端末を撮影者に見せびらかして笑う彼女が居た。

 

 

そして───最後の一枚には見覚えのない白い衣服に身を包んだ彼女が、知らない人たちに囲まれて青白い球体の前に佇んでいる様子が映っている。

 

 

「我々は君の未来をある程度知っている。

 我々の過去は君にとっての未来である」

 

 

「私……これからどうなるの?」

 

 

少々の不安を瞳に宿らせて藤丸が言った。

館長はいつも通り、聞かれた事に平然と答えた。

 

 

「いつの日か、君は偉大な事を成し遂げる。

 我々はその偉業を最も近くで見たいのだよ」

 

 

「そんなまた…………」

 

 

大げさだと藤丸は返す。

判っていると館長は頷いた。

彼はこの先彼女に訪れる地獄を知りながらも、引き留めようなどとは一切思わない。

 

 

好感はある。

幼い頃から見守ってきた思い入れも多少はある。

それでも自分の好奇心を満たし、先に進むことが最優先なのは決して変わらないのだ。

 

ただ、心からの助言をする程度の人間味はあった。

 

 

「気負わずに好きにやりたまえ。あるがままの旅路を見せてほしいのでね。

 なに、君なら出来ると私は信じているよ」

 

 

 

「うん……不安ばっかり言うのは私らしくないっ。

 よーし、それじゃ、不肖藤丸立香、今年の夏は頑張っちゃう!」

 

 

館長が頷くと同時に藤丸の姿が透けていく。

彼女の意識は急速に夢の中より現実の肉体へと戻ろうとしているのだ。

身体が急速に消えていくのを認めた立香は、ペコリと館長に頭を下げた。

 

 

「あのっ! 

 ちょっと言うの遅れちゃったけど、ケーキ、ありがとうございました!! 

 凄く美味しかった!! 

 誕生日も祝ってもらえてすごく嬉しかった! 

 いつか、お返しさせてください!」

 

 

「期待して待っていよう。ではな。身体には十分に気を付けて行ってきたまえ」

 

 

 

“いってきます”と大きく一声叫んで藤丸の姿は消え去った。

一人残った館長が指を微かに動かせば机の上に置かれていた皿などが全て跡形もなく消滅した。

周囲の景色が滲んでいく。年季ある博物館の一室の壁などが溶けるように剥がれ落ちていく。

 

 

彼女が認識しやすい様に整えていた世界のテクスチャが必要なくなった瞬間にボロボロと崩れ出す。

博物館どころか周囲にあった街並みさえも消えてなくなり、現れたのは水面の様な大地と黎明の空に覆われた世界であった。

 

 

英霊の座と霊長の集合無意識が存在する高次が入り混じった世界こそ、この地の正体であった。

人類という種が共有し見ている夢の中であり、あらゆる記憶と記録が還る個所だ。

 

 

そして英霊たちの“本体”が存在するこの高次元はあらゆる並行世界に隣接している。

正確には霊長が存在し、知的生命として精神活動を行っている世界全てと繋がっているといったほうがいいか。

 

 

 

そして英霊の座は少しばかり変貌を遂げていた。

高次元の改良など館長……「彼ら」には手慣れたものであり、その応用で幾つかの改良が進んでいる。

透き通った青空にはわずかばかりの霧がかかっており、遠くには巨大な積乱雲の様なモノが幾つも浮かび、稲光を発していた。

 

 

 

老人は瞼を閉じて意識を統一する。

英霊の座とシュラウドと魔法を利用し、藤丸立香の未来を観測する。

此方とあちらでは時間という概念の意味が違う故に、直ぐについさっきまでここにいた彼女の“今”を捉えることができた。

 

 

それは2015年7月30日の、全てが動き出した日の詳細な情報であった。

彼女が見ている者は彼も見ることが出来るのだ。

 

 

 

そして「彼ら」は観測を開始した。

彼女たちの美しい有り様から引き起こされた奇跡も、願いも、何もかも記録し、解析し、世界への理解を広めるための素材に過ぎなかった。

 

 

 

 

巨大な爆発。

立ち上がる炎。

閉鎖された一室の中で着実に近づく死の足音。

 

 

そんな中であっても藤丸立香は変わらない。

自分の死を受け入れた上で、恐怖を覆い隠しながらもう一人の少女に手を差し伸べていた。

量子変換のプロセスを告げるカウントが無情に響いていく。

 

 

開始される時間軸移動(レイシフト)の輝き。

蒼く美しい、何処か英霊たちが顕現する時の瞬きに近いソレを見ながら老人……ガンヴィウス(「彼ら」)は言った。

 

 

途方もない旅路が見えた。

「彼ら」をしても未だに完全解析には至らない程の凄まじい因子の収束と確率の分岐が彼女にはある。

 

 

全て閲覧し、解析し、己の糧にすると「彼ら」は決めていた。

故にこの先に藤丸立香がどれほどの地獄に堕ちるか知っていても「彼ら」は端的にいつも通りの言葉を発するだけであった。

 

 

「大変結構」

 

 

 

真っ赤(純白)に染まった星の複製を青紫の瞳が見つめていた。

 

 

スペシャル・プロジェクトを開始しました。

藤丸立香(観測特異点「F」)に対する消極的観察を開始します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【夢を見ておられるのですか】

 

 

 

カメラ1

 

 

 

 

「私はっ……貴方の、アーサー王陛下の息子なのですっ……!」

 

 

 

言った。ついに言ってしまったとモードレッドは思った。

自分でもわかるほどに体が震えている。

唇は戦慄き、歯は煩い程にカチカチと鳴っていた。

 

 

 

夕暮れ時、アーサー王とキャメロットの一室で二人きりになることに成功したモードレッドは自らの素性の何もかもをアーサー王に打ち明けたのだ。

自分は王の姉であるモルガンの子であること。そして子種は貴方のものであったという事を。

 

 

永遠とも思える程の沈黙が続いた。

モードレッドにとってソレは億年にも匹敵するであろう程の時の牢獄であった。

やがて王……ブリテンを統べるアーサー王にしてモードレッドの父はゆっくりと口を開いた。

 

 

アーサー王の顔には僅かな困惑が残っていたが、それでも彼はモードレッドをしっかりと見て言った。

 

 

「貴方が、私の息子……えぇ、判りました。

 正直に言って混乱がないと言えばウソになりますが……」

 

 

「あの日の夜でしたか?」と少しだけ顔を赤く染めて過去の記憶を探る王の姿はモードレッドからしてみたら驚愕的としか言いようのない光景であった。

我欲や人の持つ欲望、悪性的なモノを全て排除した究極なまでの潔癖な、純白で美しい王がまるで人の様に振舞っている。

しかもそれを成したのは自分にまつわる出来事であるという事実がモードレッドを興奮させた。

 

 

アーサー王はモードレッドに優しく微笑みかけた。

まるで父親が我が子にそうするように、彼女が心から望んでいた言葉を当然の様に放つ。

 

 

「何はともかく良く打ち明けてくれました。

 いきなり息子と言われて驚きはしましたが……そういった事はこれからゆっくりと話し合っていきましょう」

 

 

「ッッ~~~っっ!! じゃぁっッ! 私を────!!」

 

 

「事実はどうあっても覆せません。貴方は私の息子です。

 モードレッド。我が姉ながらよくやるものです」

 

 

 

声にならない叫びをモードレッドは上げた。

認められた。

見てくれた。

目を見てくれた。

自分にだけの特別な言葉を下賜してくれた。

 

 

もっと、もっと欲しいと彼女は父を見る。

 

 

 

「しかし息子ですか……貴方が私の複製であるというのならば、貴方は息子ではなく、娘なのでは?」

 

 

 

「え゛?」

 

 

思わず漏れた間抜けな声がキャメロットの一室に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これはありえざる夢想の絵画。

どうあっても、どのような世界であろうともありえない優しい優しい夢の様なお話。

だからこそ、とても綺麗な夢物語なのである。

 

 

 

モードレッドがアーサー王に認知されてどれほどの年月が経っただろうか。

数日、数年、はたまた数十年かもしれないが……いや、10年以上はありえないか。

何せ彼女はそれほど長く生きるようには作られていないのだから。

 

 

 

対して王は不老である。

究極の神秘ともいえる聖剣とその鞘のお蔭でアーサー王は魂、精神、肉体、その全てにおいて劣化することはないのだから。

いつまでもモードレッドの憧れた至高の存在のまま、汚れる事はない。

 

 

 

臣下や円卓達の手前、特別な扱いこそされなかったがモードレッドは満足であった。

アーサー王は必ず数日に一回は親子の時間を用意してくれる。

モードレッドはそこで父親に子供として甘える事が出来た。

 

 

輝くような笑顔を浮かべて己の戦果や、如何に自分がこのブリテンを思って行動しているかを演説するかのように

語るモードレッドをアーサー王は微笑みながら聞いてくれていた。

 

 

時には頭を撫でてくれた。

時には「よくやってくれました」とほめてくれた。

時には実年齢では10にも届かない彼女の心の欠落を埋める様に抱きしめてくれた。

 

 

それだけでモードレッドは満足であり、同時に渇きと飢えが満たされた事によって冷静な思考を取り戻すこともできていた。

つまり、自分は王にはなれないと彼女は悟ったのだ。

自分が王になった後のやりたい事が存在しない事に彼女は気が付く事が出来た。

 

 

王になるよりも、王の騎士として、影として、この偉大な存在の助けになりたいと。

 

 

モードレッドは王座への執着を捨てていた。

彼女は臣下として王に心からの忠誠を誓うと同時に、子として親を愛していた。

アーサー王が守りたいモノを自分も守りたい。

アーサー王の夢と未来を守り、少しでも父の役に立ちたいと。

 

 

 

モードレッドは父親の為に戦う事を決意していた。

故に彼女がブリテンの支配とアーサー王の身柄を望むローマとの戦いに参戦するのは当たり前といえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ローマとブリテンの戦争はかつて王国が経験した事のないほどの激しいものであった。

人外さえも編入された大軍勢を率いるは剣帝ルキウス・ヒベリウス。

敵の真の首魁たるウラキ・ガンヴィウス=クィリヌスにより創造された最強の剣士は伝説に名だたる円卓の面々を以てしても手に負えないと称するに相応しい怪物であった。

 

 

円卓の全員を同時に相手取っているというのにルキウスは軽々とその全てを上回る力を見せつけた。

一人、また一人と円卓が剣帝によって砕かれていく。

気づけば20人ちかく居た円卓とソレに比肩する騎士たちは全滅してしまった。

 

 

 

最後に残ったのはアーサー王とモードレッドだけであった。

 

 

「はぁっ……はぁっっ……!」

 

 

荒い息をモードレッドは吐く。

体中傷だらけであり、クラレントを杖代わりに何とか倒れ込まずに済んでいるような有様だった。

鎧は既に何カ所も砕かれ、兜は割られ、防具としての役目は無に等しい状態へと落とされていた。

 

 

ハイエンド級のホムンクルスとして有する優れた再生能力が追い付かない程の痛撃をルキウスは軽々と彼女に与えてくる。

 

 

「全く以てつまらん。円卓には期待していたのだぞ? 

 なのにこの様とはな。父上も貴様らの脆弱さばかりは読み違えたようだ」

 

 

フロレントを肩に担いだルキウスが嘲笑う。

彼の周囲には無念を抱きながら散っていった円卓の亡骸が幾つも転がっていた。

ルキウスがランスロットの亡骸に手を翳せば、彼の愛剣であるアロンダイトが一人でに動き出し、剣帝の手に収まった。

 

 

簒奪した剣を吟味するかの如く振り回す光景を見たアーサー王が怒りを抱くのをモードレッドは感じた。

 

 

「モードレッド。我が子よ。今こそ問おう」

 

 

凛とした声でアーサー王がモードレッドに語り掛けた。

彼女もまた剣帝によって幾つも臓器を潰された上に右腕を切断されていた。

鞘の効果により流血は止まっているが、再生は目に見えて遅い。

 

余りに致死の痛打を浴びすぎたせいで、復元が追いついていないのだ。

理屈の上では既に王の命はとうに尽きているというのに、不老不死の加護を与える鞘の力が死を遠ざけていた。

聖剣の鞘という無敵の加護を得たアーサー王に対してルキウスは実に単純明快な方法を取っていた。

 

 

即ち、死なないのならば死ぬまで殺し続けるという力技である。

何を無茶苦茶なと誰もが言うだろうが、現実としてこの方法は実を結ぶかもしれない。

誰も鞘が本当の意味での不滅を約束してくれるなど証明できないのだから。

 

 

王は血に塗れた姿でありながらも、美しい声で我が子へと問いかけた。

 

 

「私と共に戦い、私の勝利の為に死ぬ覚悟はあるか?」

 

 

「語るに及びません、王よ。我が命、我が剣、我が忠誠は永遠に貴方のもの」

 

 

 

アーサー王が聖剣を左腕のみで構える。

噴き出る黄金の光が周囲を満たした。

しかし度重なるダメージの蓄積により王の指は握力を失いかけており、危うく彼女は剣を取り落しかけたが、直ぐにモードレッドが駆け寄った。

 

 

モードレッドは聖剣を握る。アーサー王を支えるように。

剣は……輝いてくれた。

モードレッドを認めたのかは判らないが、それでも剣は美しく光った。

 

 

王と息子は同時に口を開いた。

誰が合図したでもなく、何を言えばいいのか、両者は完全に理解していた。

 

 

「「エクス(約束された)───」」

 

 

黄金の光が更に激しくなる。

剣は既に物質的な形状を取らず、単なる光の束と言える存在にまでなっていた。

ルキウスが動じたように後ずさり、その背後にいたガンヴィウスが狼狽えた様子を見せていた。

 

 

 

「「────カリバー(勝利の剣 )!!」」

 

 

 

瞬間、黄金の光は怒れるブリテンの心を反映したかの如く劇的な破壊をローマ軍に叩き込み、その光に巻き込まれた皇帝と神祖は跡形もなく消し飛んだ。

かくしてブリテン王国は侵略者であるローマを撃退し、その功績を以てモードレッドは正式にアーサー王の息子として認知され、王座を継ぐ事ができたのでした。

 

 

めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カメラ2

 

 

 

 

「モードレッド、どうしたのですか?」

 

 

 

「え?」

 

 

母であるモルガンの声によってモードレッドは現実に引き戻された。

ここはキャメロット城の中庭、アーサー王のお気に入りの場所でもある質素な花園であった。

マーリンが癒しの場として設けたこの空間には白い机と椅子が幾つかおかれており、モードレッドと向き合う様にモルガンが座っており、母の隣にはアーサー王もいた。

 

 

机の上にはカップと軽食が置かれており、今は軽い休憩がてらに家族水入らずの時間を堪能している途中のようであった。

 

 

そしてモルガンは母親として当然の如く様子のおかしい我が子を心配するように見つめていた。

彼女は隣に座っていた己の妹へと言った。

 

 

 

「アルトリア、モードレッドの様子がおかしいわ」

 

 

「え、いや、そんなわけじゃ」

 

 

あたふたするモードレッドをアーサー王が見つめてくる。

彼女は柔らかく微笑みながら我が子へと語り掛ける。

 

 

「疲れがたまっているのですか? しっかり休むのも騎士の務めですよ」

 

 

何の変哲もない家族の会話であった。

疲労を隠し切れない我が子を労わる親としての言葉だ。

しかしそんなアーサー王の言葉にモルガンは強く反応した。

 

 

「あ・な・た・も・よ! 私は知っているのですからね! 朝方から日の出(二時間程度)まで眠れれば十分などと言ってた事を!!」

 

 

 

さぁ、きりきり吐きなさい、この過労王め! 等と糾弾しながらモルガンはアルトリアの頭部から生えたひと際存在感のある髪の一房を掴み上げる。

そのまま痛みを与えない程度の力でモルガンはこの休まない事を美徳か何かと勘違いしている妹の頭を上下に揺さぶった。

 

 

 

「や、やめっ、やめてください姉上! 違うのです、ただちょっと気づいたら日の出になっていただけで、決して休まなかったというわけでは───!」

 

 

「王たる貴女が休まなければ臣下や騎士たちもその様を手本としてしまうのですよ! 

 その結果、キャメロットは外側だけは真っ白(ホワイト)、中身は漆黒(ブラック)などと揶揄されるかもしれない事を少しは自覚なさいな!」

 

 

 

びょいんびょいんと妙な弾力性を発揮するアーサー王の一房を弄びながらモルガンは矢継ぎ早に糾弾を並べる。

普段の凛々しい姿からは想像できない、姉に必死に謝罪を繰り返し目じりに涙を浮かべてさえいる王の姿に思わずモードレッドは噴き出していた。

 

 

「ぷっ……なんだよ、そりゃ……王がまるで、子猫みたいで……ははっ」

 

 

「あ、姉上っ、そろそろお許しを……。

 今度からはちゃんとしっかり寝ますので、どうかこれ以上は……モードレッドもほら、この様に元気を取り戻したようですし……」

 

 

 

約束ですからね? と念押ししてからモルガンはようやく妹を解放した。

次に彼女は自らの子をまっすぐに見つめて優しく語り掛けた。

 

 

 

「モードレッド、貴女の騎士としての務めはただ王の言葉を守るだけではないという事を覚えておきなさい。

 命令を実行するだけならば使い魔でも出来るのですから。

 王が間違った方向に進みそうになったら、例え叛逆しようともソレを正すのが私が貴方に求める役割です」

 

 

母の真摯な言葉はモードレッドに強く響いたが、同時に彼女は疑問を抱いた。

 

 

「でも、王はすごく強くて、賢くて……。

 自分なんかじゃ本当にソレが間違った判断かなんて判りっこないよ……」

 

 

「“判らない”という事を自覚しているのですね。

 それでよいのです。考える事を止めない事がまず第一なのですから」

 

 

 

モルガンは娘の頭を撫でた。

優しく、いまだ道に迷う事の多い我が子を導く母親としての顔で彼女はいった。

 

 

「そのための円卓です。その為の兄や姉です。

 自分なりの答えを出した後は、次は周りの人と意見を交換しなさい。

 もちろん私も相談に乗りましょう。

 大丈夫、貴方は一人ではありませんよ────私達の愛するモードレッド」

 

 

 

モルガンは立ち上がり、娘の傍まで歩きよれば、愛しい宝であるモードレッドを抱きしめた。

 

 

「ぁ…………」

 

 

 

モードレッドの口から吐息がこぼれる。

こんな抱擁はいつも受けている筈なのに、なぜか嬉しくてたまらなかった。

心の底にあった渇きや飢えが消え去っていくような消えさえもした。

 

 

 

「はは、うえ……」

 

 

「はい、何ですか?」

 

 

呼べば返ってくる愛情に満ちた声。

アーサー王の姉として献身的に王を支える賢者モルガンの姿がそこにはあった。

 

 

「ちちうえ?」

 

 

「はい、ここにいますよ」

 

 

すがるような声を上げたモードレッドを満たしてくれる愛しい人たちの声。

自分を抱きしめたまま、王とモルガンがまた他愛もない雑談に花を咲かせる世界。

 

 

満天の青空。美しい花園。繁栄するブリテン。

そして、そして───自分を愛してくれる人たち。

彼女は、満足していた。

 

 

 

「ずっと、こんな世界が続けばいいな」

 

 

 

それは独り言であった。

思わず本心からこぼれ出た雫であった。

そのまま瞼を閉ざせば、彼女は直ぐに船をこぎ始めた。

 

 

 

 

 

アーサー王とモルガン、どちらかが言った。

勿論です。()()()()()()()()と。

 

 

 

めでたし、めでたし。

 

 

 

カメラ3

 

 

 

 

モードレッドは聖地に王と共に訪れていた。

複数の宗教において聖地と称される名高きエルサレムは今や聖なる槍と完全に同化し、神として変貌を遂げた騎士王改め獅子王の支配下となっていた。

当初エルサレムを占領していた十字軍を排斥後、改めて獅子王は自らの呼び声に答えて集った円卓に問うた。

 

 

 

即ち「私と来るか、拒絶か、選べ」と。

この言葉に円卓の全員、モードレッド以外の全ての者は拒絶を選んだ。

何て愚かしい事なのだろうかとモードレッドは苛立ちを覚える。

 

 

故にモードレッドはかつての同胞に剣を向けた。

獅子王はそんな我が子にあらゆるギフトを授ける。

己の剣たるモードレッドは女神と化した王からの寵愛を一身に受け、その力を爆発的に増幅させた。

 

 

呪い(ギフト)の13重過剰付与。

それはモードレッドが王の複製であり、いわば女神の素養があったからこそ成し遂げられた奇跡であった。

だからこそ円卓全員にいきわたるはずだったあらゆる女神の加護をモードレッドは受け入れる事が出来たのだ。

 

 

「父上ッ!  俺っ、やりました!! 貴方の敵を全て───」

 

 

歓喜と共にモードレッドは円卓を殺しつくした。

王に対する叛逆者を殲滅した彼女への褒美は、聖槍の一突きであった。

まるでこうなるのは当然であると思えてしまう程に、呆気なくロンゴミニアドはモードレッドを貫いた。

 

 

「大儀であった」

 

 

 

何の表情も浮かべていない獅子王の顔をモードレッドは見た。

肉体が砕かれ、第二と第三の要素が引き抜かれていく。

槍の内部は小型の格納空間になっており、その中に収められるべき栄光ある最初の存在はモードレッドであった。

 

 

 

残り499の魂と共にモードレッドは永遠に獅子王と共にあり続け、かつて存在した人類の標本として永劫を生きるのだ。

 

 

 

めでたし。めでたし。

 

 

 

 

 

 

 

カメラ 縺代>縺昴¥縺オ縺ョ縺

 

 

 

とある世界ではモードレッドは正真正銘男であり、アーサー王もまた見目麗しい青年であった。

モードレッドはそんなアーサー王の国を滅ぼし、民を殺しつくし、あらゆる彼の栄光を辱め、奪い取り、踏みにじっていた。

絶望と苦しみに歪んだ父の姿こそ、モードレッドの求めるものである。

 

 

結果としてモードレッドはカムランの丘で父に討ち取られることになったが彼は満足であった。

偉大なる父から全てを奪い取ってやったという事実に絶頂を覚えながら彼は果てたのだ。

 

 

 

めでたし めでたし

 

 

 

 

 

 

 

 

【新技術】

 

 

 

青紫色の光と星雲の如き霧に包まれた宙があった。

「彼ら」の本拠地であるその世界は完全にシュラウドの霧に飲み込まれ、高次元たる概念宇宙と元々存在した三次の物質的世界がごちゃ混ぜになった宙である。

そんな世界の、とっても小さな領域(星系)にモードレッドはいた。

 

 

 

瞳を閉ざした彼女は輝く青紫の結晶体の中にいた。

内部と外部の次元を完全に隔離する能力をもった無機質な檻は、外見からは想像できない程に強固であり、それこそ「Ⅹ」級の超出力攻撃の直撃でさえ破壊はできないだろう。

そしてこの結晶体自体が高度な演算能力を有する演算装置でもあり、彼女が持つ可能性を抽出し分析するためのシステムのほんの一部であった。

 

 

 

更にセットでO型主系列星がここにはある。モードレッドの為に用意された星だ。

これはSOLの55万倍ほどの光度を持ち、その威容は8太陽半径(約557万キロ)ほどであった。

途方もなく活発で、宇宙全域においても有益な“資源”であるこの星は「彼ら」の感覚からしてみたら、少しばかり高額な紙幣程度の価値はある。

 

 

この恒星の持つ全エネルギーは完璧なる効率で運用されていた。

恒星をベルトの様な帯が何層も取り囲み、ダイソン・スフィアの如く放出される全てのエネルギーを吸収し稼働している。

どう小さく見繕っても一つ一つのベルトの長さは億キロ単位であり、さながらリングワールドにも見えるソレは巨大極まりない演算装置であった。

 

 

 

これの名はマトリョーシカ・ブレインと言った。

星系全土を改良し作り上げられた、演算特化のリングワールドである。

モードレッドの為だけに用意されたコレは彼女が辿る/辿らない/辿れたかも/辿りたかった/全ての可能性を観測し、内部で眠っている彼女に送り込んでいた。

 

 

 

既に彼女の肉体の“改良”は完成している。

手に入れたアーサー王の血液を元に、彼女とアーサー王の肉体の相違は洗い出され、修正されていた。

つまり、今のモードレッドは肉体だけは完璧にアーサー王と同一の存在になったのだ。

 

 

それでもなお「剣」を始めとした武具はモードレッドに反応はしなかった。

だがそれでいいと「彼ら」は考えている。

大事なのは血肉などの物質的な要因ではなく、内側……つまり、精神の輝きこそが重要なのだと。

 

 

 

「彼ら」からすれば肉体を完璧に仕上げた所でアーサー王の装備がモードレッドに反応しないのは当然であるのだ。

ならばどうするか? の問いに対しての答えは簡潔である。

モードレッドの精神に刺激を与え、成長させてやればよい。

 

 

あらゆる彼女の可能性を解析し、出力し、それを与え続ける。

時には王に、時には立派な騎士に、時には残忍な叛逆者、その他様々な可能性の夢を彼女は見ており、その度に精神は影響を受け続けている。

 

 

 

結果から言おう。実験は成功であった。

「剣」を始めとした武具の完全開放には至らなかったが、数段階の拘束を解く事に成功した。

聖剣はモードレッドの魔力光と同じような深紅の輝きを放ち始めており、ソレの解析は進み続けている。

 

 

疑似開放の時点で既にΣに匹敵凌駕するエネルギー効率を「剣」は見せていた。

特に破壊に対する指向性はすさまじく、対象の物質的、概念的、因果的な完全消滅さえも可能とする破壊能力が確認されている。

100のΣエネルギーと1のコレをぶつけ合わせたとしても、難なくこの新しい力はΣを飲み込みかねない程だ。

 

これの本質は万物に宿る破壊、終焉への方向性の具現化なのかもしれない。

それを意思の力によって支配し、指向性を与えるのがこの力の基本的な扱い方だろう。

 

 

 

ここにきて「彼ら」は新しい技術のブレイクスルーを引きおこしたと言っていい。

明らかにもう一段階文明を引き上げるに足る力をコレは示していた。

Ωには至らなかったが、Σを超えて着実に先に進んだ証拠であるこの力を「彼ら」はφ(ファノン)エネルギーと名付けた。

 

 

精製方法も段階的にであるが確立済みである。

「彼ら」は「剣」の持つエネルギーと己の所有する資源を徹底的に比較し、φを再現する方法を遂に見つけ出した。

原材料として用意するのはステラー・ライトだ。

やはりというべきかΣの力は真なる御業のほんの兆しにすぎないものであり、長い長い階段の第一段でしかない。

 

 

星の卵ともいえるステラー・ライトにシュラウド・ハイパーショックを浴びせて徹底的に破壊の念を注ぎ込むと

生まれる筈だった星は深い破壊の念に染め上げられ、その全てを破壊の方向性に特化させた禍々しいエネルギーへと変貌するのだ。

SOL3における魔術世界の単語になぞらえていうならば、星の持つ第二()第三(精神) 要素、及び運命力(因果) 全てを破壊に変換した、というべきか。

 

 

「剣」が星やそこに住まう全ての命の多くの願いと意思を束ねるのであるのなら、それはいわば精神力を集わせるのと同義であり

効率的な精神エネルギーの扱い方を知っている「彼ら」がそれを再演できない道理はなかったのだ。

全ては精神の輝き、サイオニック・エネルギーの保有する無限の可能性の具現化である。

 

 

原理としてはステラー・ライトを「剣」の如く多くの想念を束ね纏める器として見立て

そこに中身をシュラウド・ハイパーショックを通して混ぜ込み加工していくという形になる。

安定した量産に当たってはサイオニック・エネルギーを増幅させるズィロを用いていけば可能だという推察が出ていた。

 

 

 

今までにたりなかったのは発想である。

「彼ら」はシュラウド・ハイパーショックを獲得し、時を同じくしてΣを手に入れた時点で何処かで無意識に満足してしまい

それらを掛け合わせるという発想をもてなかったのかもしれない。

 

 

星系単位での精神支配と超新星のエーテルの生成という超技術を手に入れた時点で、これ以上の破壊能力はもう必要ないと考えてしまった。

その“満足”こそが没落への第一歩だというのに。

 

 

 

この事実は「彼ら」を自省させるに足るものであった。

あれほど没落への囁きを敵視しておきながら、無意識に自分たちはサイオニック・エネルギーの扱い方を極めたと思い込み、その先を開拓することを怠っていたのだから。

確かに自分たちは存在する全ての宙の中で最も精神の輝きを使いこなしているのかもしれないが、それでも未だ果てではないと「彼ら」は背筋を正した。

 

 

未だ破壊の方向性でしかステラー・ライトは使用されていないが

より多くの念を混ぜ合わせる事ができるようになれば、更なる高み足るΩの兆しは間違いなく現れることだろう。

 

 

しかしφは制御に難があるというのが「彼ら」の所感であった。

これを実戦投入すれば途方もない戦闘能力を見せてくれるだろうが、常に完全消滅現象を撒き散らすエネルギーを生成、密閉、保存、運用するにあたっては

Σに用いられていたリアクター・モジュールでは耐久性に問題がある。

 

 

故に新しい設計が必要であり、そしてソレは恐ろしい程の資源を必要とするだろう。

Σとの相性も考慮し、慎重に事を運ぶ必要がある。

成功が目に見えた時ほど一度立ち止まり一息つくのも大事である。

 

 

つまりいつも通りの話だ。

 

 

φと並列して幾つもの新技術が産声を上げようとしていることも忘れてはならない。

例えば王の持つ「槍」である。

エルサレムにおける藤丸立香の活躍などにより、コレの本質への探究は着々と進み続けている。

アーサー王の可能性の一つである獅子王が用いた「槍」の力は非常に興味深いものがあった。

 

 

 

「槍」のテクスチャに齎す影響力は興味深いものがあり、この存在の理解はテクスチャという概念の本質を完全に理解する大きな助けになるだろう。

 

 

 

リヴァイアサンの亡骸、魔法、魔術、概念、神秘、テクスチャ、人類悪、冠位、剪定。

その全てを理解し有効活用する為に複数のマトリョーシカ・ブレインが稼働している。

藤丸立香から送られてくるデータによってこれらは絶えず更新を続けており、その価値は計り知れないものがあった。

 

 

ありえない仮定ではあるが、もしも藤丸立香がこれらに対しての報酬を望んだのならば

「彼ら」は快く一通りの最新鋭のインフラを完備した、サイズ30ガイア型惑星の支配権を彼女に与えたかもしれない。

「彼ら」から見て、それほど藤丸立香という少女は眩い程の精神の輝きを見せてくれている上、有益な情報を齎し続けてくれている。

 

 

必死に頑張って戦う少女に対して相応の見返りを与えてやりたいと思うのは当然の話だ。

 

 

 

もう一つ、実戦配備の準備が整いつつある技術があった。

星が自殺した際、エーテルと似通っていながら決定的に違う存在が発生した事をマトリョーシカ・ブレインの解析は突き止めた。

霊墓のケモノの撒き散らす瘴気と何処か似通ったソレはあえていうならば()()()エーテルと言える。

 

 

 

エーテルとは星の持つサイオニック・エネルギーであり、生命力である。

ならば死んだ星はこの力を持たないのは道理なのだが……どうやら“蛆”は湧くらしい。

生物の死骸がガスや一種の化石燃料を生成するのと同じように死んだ星もまた、資源を生み出すという事実があった。

 

 

 

「彼ら」はこのエーテルを犯し、ソレを基軸として存在するサイオニック・生命体に対して劇毒の如き効力を発揮する

物質を「アンチ・エーテル(ジン・エーテル)」と名付け、部分的にであるが蒐集技術を確立させていた。

 

 

 

エーテルを認識し、それに相反するアンチ・エーテルという存在を観測した「彼ら」は

自らの支配下にある星々を改めて再調査したのだ。

“恒星下の暗闇”という言葉に代表されるように、近くにありすぎた結果、見落としていた等という事がないように。

 

 

その結果、エーテルは見つからなかったが、アンチ・エーテルは発見された。

 

 

死の惑星。

エアスレス惑星ともいえる大気も持たず、本質的には“死んでいる”星は多量のアンチ・エーテルを保有していることが証明されたのである。

恐らくかつては生きていたであろう星の残骸は、その死さえも「彼ら」に利用されることが確定した瞬間だった。

 

 

 

惑星どころか星系規模の大きさを持つ超巨大造船所が稼働した。

0.00031%程度の微量な稼働率を以てソレは一隻の船を数分足らずで編み上げた。

完成したのは標準的な大きさの衛星を加工して作られるムーン級攻撃衛星である。

 

 

次々と機材や兵器が衛星に送り込まれたのち、全システムをチェック……問題なし。

12機のスラスターに火が灯され、周囲の物理法則が書き換えられ、ソレは動き出した。

 

 

攻撃衛星が護衛を引き連れて発進する。

SOL3近郊の虚数空間に潜航するステラー級に連結するために衛星はシュラウド・ジャンプドライブを実行し宙と宙の間を飛び越える。

直系3500キロ程度のこの船の中にはアンチ・エーテルを代表に様々な新しい装備や、多種多様な挑戦的な技術が詰まっていた。

 

 

次に行われる計画に必要な全てが封入された補給船は何の問題もなくステラー級にたどり着き連結し、その中身を降ろした。

 

 

 

 

 

虚数の奥深く。

どれほど高性能な潜宙船であろうとたどり着けない超深奥の奥深くに座するステラー級の内側。

幾つも並べられた超巨大な培養層(B.I.G.造船槽) の中で、ナニカが蠢き鼓動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

スペシャル・プロジェクトを実行します。

 

 

リヴァイアサン(アルテミット・ワン)の復元と支配”を実行開始します。

“グレイ・セファールの改良”を実行開始します。

“アンチ・エーテル装備の試験運用”を開始します。

“φエネルギーの試験運用”を開始します

“現実穿孔機の小型化および量産”を開始します。

“外部次元からの干渉を確認、撃退開始。φエネルギーの限定使用を許可”

 

“エーテル生命体の実戦的使用方法”を考案中。

密閉空間に幽閉後、電源として使用可能の可能性あり。

 

 

藤丸立香の未来演算と現状観測、並列実行中。

もう間もなく第六の異聞帯における対象の完全観測を完了します。

 

及びビースト(人類悪)捕獲計画、立案中。

対象の持つ高度な時空量子転移の阻害方法を考案中。

神出鬼没種を捕獲した際のデータを参考に量子転移の操作技術を更新中。

固体名“愛玩の獣(妲己)”の完全成長を確認後、捕獲計画を構築します。

並列して対象の持つ固有の特殊能力の封殺方法を考案中。

 

 

投入予定戦力。

グレイ・セファール8機及びリヴァイアサン10機。

 

 

全シークエンス、問題なし。

引き続きSOL3への干渉を続行する。

藤丸立香の全因子を解析後、大規模な行動を開始。

 

 

 

大変結構。

 

 

 

 

 

 

 

 





ひとまずこれで完結となります。
幕間はぽつぽつ書いていきますが、本編とがっつり関わるのは藤丸立香の旅の最期を見届けてからにしたいと思っております。
原作の彼/彼女の最期がどの様な形になるかによって本作の最期も変える予定です。



次回作は恐らく意外な作品かつ意外なヒロインを書きたいなと思ってたり。
今回は爺さん主人公だったので反動で愛が重いヒロインを書きたくてたまらない衝動が……。



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