艦これの進め方 (sognathus)
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1:最悪

もう一度最初からやれと言われたら……俺は即辞めます。


何処かには必ず一つはありそうな元ブラック鎮守府。

そんな場所に一人の男が新しい提督として赴任してきた。

 

「アレが新しい提督……?」

 

「そう……だと思う」

 

「何か妙にくたびれてない? というか放心している……?」

 

執務室の扉の隙間から五十鈴と皐月と川内が提督の姿を覗いていた。

新しい提督は年の頃は恐らく30~40代、中年太りはしてないが、かといって痩せ過ぎている感じはない。

体格は軍人らしく多少は鍛えているのか割とガッシリしているように見えた。

そして彼の風貌はと言うと適当に揃えた髪に無精髭を濃く生やしていた。

 

「……なんか凄く冴えない感じね。アレで本当に大丈夫なのかしら?」

 

「僕は前の司令官よりマシだったら誰でもいいよ……」

 

「それはそうだけどさぁ……。でももうちょっとしっかりしない? 普通。一応軍人でしょ?」

 

3人が思い思いの感想と不満を漏らしていると彼女達の背後ににコツコツと足音を響かせながら大淀が歩いてきた。

 

「3人共何をやってるんですか。今は提督から指示が出るまで基地の警戒任務に就いている者以外は待機ですよ」

 

「あれ? 執務室に居ないと思ったら」

 

「今から引き継ぎ事項の通達ですか?」

 

「そうよ皐月ちゃん」

 

「遅くない?」

 

「……何か部屋に入って椅子に座るなり暫く一人にしてくれと言われてね」

 

「はぁ……?」

 

大淀の話に川内は怪訝な顔をして改めて提督の姿を今一度確認した。

果たして件の提督は椅子に深くもたれかかって天井を見上げた姿勢で更に何やら悩ましげ様子で片手で目を覆っていた。

 

 

「…………」

 

提督は赴任した鎮守府の現状に着任早々精神的に折れそうになっていた。

 

鎮守府近海しか制圧がなされていない。

資材も資源も少なく、当然改修資材(ネジ)もない、装備も少ない。

所属している艦娘も極端に少なく戦艦どころか重巡も建造されておらず、一番大きな艦は軽巡が3隻のみ。

脳内に開いて見える任務ツリーは初期の初期のものばかり、全ての艦隊がまだ開放されていなかった。

おまけにここの前任者はよくいる無能アンド暴君タイプでただでさえ少なく貴重な存在の艦娘の心証を著しく悪くし、提督、というより男性に対しての大きな不信感もついでに植え付けていた。

 

「……おぇ」

 

なかなか気が滅入る状況だった。

提督は天井を見上げながら吐き気は感じなかったが心から来る嗚咽のような小さな呻きを声を漏らした。

彼は大淀に執務室に案内されるなりもう耐えられないとばかりに椅子に深く座ると、先ずは精神的に落ち着きたかったので彼女を部屋から退出させたのだ。

艦娘に初めてした命令がこれであった。

 

(死ぬ。死んでしまう。このクソゲーは時間なんだよ。そういうのの積み重ねなんだよ……。夢でも現実でもいいけど、それにしたってこれはないだろ……)

 

何だか当人にしか解らぬ特殊な事情を抱える彼の艦隊指揮が今、始まろうとしていた。




リハビリ用というか思いつきというか。
まぁ自分用です。
これが今後の創作のモチベーション向上に繋がったらいいなと。
勿論、この話自体続くかは未定。

今月中に何か他に投稿すると言っていたものがこんなのでスイマセン。


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2:頑張れ

先立つものがないので揃えるしかない。
なら艦これというゲームにおいて真っ先に、安易に頼ることができる方法は一つだった。


提督が先ず行ったのは遠征の嵐だった。

 

 

「ま、また遠征?!」

 

何度目か分からない遠征の指示に流石の陽気馬鹿の川内も悲鳴を上げた。

 

「一体何回遠征に行ったらいいっていうのぉ!?」

 

「提督の最優先指令です。補給を行ったら早く征って下さい」

 

無慈悲な命令を指揮官代行の大淀が告げる。

眼鏡のブリッジをクイと上げてそう言う彼女の姿はまるで何処かの国で戦争を強制する鬼軍曹の姿そのものだった。

 

「後三度行ったら休息を許可しています。頑張って下さい」

 

「あと3回も行かないといけないの?!」

 

「気張れ」

 

聞きたくもない声を聞いた。

ギギギという擬音が聞こえそうな鈍い動作で川内が振り向いた視線の先には件の原因である提督の姿があった。

 

「提督……」

 

素性の判らない中年男性を若干の恨みが籠った声で川内は言った。

 

「全部足らないんだ。仕方ないだろ」

 

「うぅ……」

 

何も言えなかった。

確かに資材が足らなければ何もできない。

実戦や演習で経験も積みたいがそれを実行することもできないのだ。

ならば遠征に行って少しでもポイントを稼いで必要な資材等を本部から貰わなければならない。

 

「後3回行ってくれれば建造も1回はできるし演習もこなせる」

 

「了解……」

 

「川内頑張って。私も頑張るから」

 

川内は五十鈴の励ましの言葉の力を借りて何とか提督に答えた。

やるしかない。

現状を好転させるにはやるしかないのだ。

川内は項垂れた背中を提督と大淀に見せながら相棒の五十鈴と一緒に皐月と電を伴って水平線の彼方へと姿を消していった。

 

「……仕方ないだろ。お前を編成に組み込めればまだマシだったんだけどな」

 

「先程も申し上げたようにそれはまだ不可能です」

 

「解ってるよ……」

 

大淀の言葉に少し前の彼女とのやりとりを提督は思い出しながら言った。

 

『え? 無理?』

 

『はい。無理です』

 

『仕事と艦娘の数の関係?』

 

『ご推察の通りです。私にはまだまだやらないといけない事が尽きませんし、またそれを交代で回せる余裕も今はありません』

 

『…………』

 

解ってはいても涙目になった。

大淀はそんな中年男性が涙ぐむ気持ち悪い姿など見たくもなかった。

 

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。少しの間くらい警戒任務を行う者がいなくても」

 

「それが慢心ってものじゃないか? 弱小勢力だからこそ制圧され易いし、敵にとっての陸の拠点になるってものだろ」

 

「……」

 

提督の指摘に大淀は反論しない。

その通りなのだ。

その通りだからこそ今は所属艦を増やして少しでも余裕を持って鎮守府を運営できるように頑張っているのだ。

 

「私、煙草嫌いなんですけど」

 

「煩い」

 

大淀の棘のある言葉に気にした様子も見せず、提督はいつの間にか吸っていた発展途上国の線香のような香りがする煙草の煙を撒き散らしながらそう言った。




続くかどうか分からないと言っておきながら、短文でも良いかと浮かんだ話です。
出来たのはお酒のおかげ。


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3:建造

艦これのイベントがもうすぐ始まる。
でもこの話にはあまり関係ない。


各資材と資源の値が1000まで貯まった。

提督は漸くここで建造の実行を決定をした。

 

「戦艦も良いけど先ずは空母かな。リアルで襲撃の可能性があるのなら警戒任務は索敵能力が高い空母の方を優先したい」

 

「考えは理解できますけど、空母も戦艦も運が良くないと直ぐに迎えるなんてできませんよ」

 

「……やっぱり艦種の固定化はできない?」

 

「当然です。人間だって実際に生まれてくるまで性別は判りませんよね。この建造機も同じです。艦娘は兵器であるのと同時に生命体でもあるんです。思いのままに創造するなんてそんな神みたいな事はできませんよ」

 

「カオス理論か……」

 

「え?」

 

「いや。まぁでも建造に使うポイントの比率は明らかに影響してるよね? 生まれる艦娘がどの艦種になるかの可能性には関係しているだろ?」

 

「……確かに。消費相応の結果と受け取れる例はそれなりにあります」

 

「そうか」

 

提督は大淀の答えに所謂建造レシピという建造を行う際に非常に助かるデータが当てにならないかもしれないという不安が杞憂で終わりそうな事に内心ホッした。

対して大淀は、何とか希望する艦娘を造りたいという態度を崩さない提督に自分でも解らない形容し難い不快感を抱くのだった。

 

(なんでだろ。オジサンに指揮されるのが嫌なのかな)

 

そんな事を考えていた大淀の目が何やら提督が弄っている端末を捉える。

 

「提督? それなんですか?」

 

「スマホ。いやぁ良かった。ここWi-Fiが常備されていて。スマホもパソコンも支給品としてあったし。正直これだけでも凄く安心した」

 

「はぁ……? スマ……ホ? パソ……コン?」

 

「え? 前任の提督は使ってなかったの?」

 

自分が言った言葉の意味がまるで解らないとでもいうような大淀の表情に提督も驚いた顔をする。

 

(まさか。こんな普及していそうな文明の利器を知らないなんて。まさかここの時代は……。いや、そもそもそうだったら支給なんてされているわけないよな)

 

大淀は暫し沈黙して熟考しているような様子を見せると程なくして何やら悩ましげな顔でかぶりを振りながら答えた。

 

「いえ、提督に支給されているものなら前任者も使っていたはずです。私が知らないのは前任者がそれを私たちの目に故意に触れないようにしていたとしか……」

 

「ふーん……。もしくは単純に使いこなせずに放置していただけか……。いやマジかよ。となると報告書とかはもしかして以前は全部手書きだったり?」

 

「え? そうですけど?」

 

何をそんな当然のことを訊いているんだと言わんばかりの大淀の顔を見て提督はもしかしたらとある予想が浮かんだ。

 

(この鎮守府もしかして……)

 

「なぁ大淀」

 

「なんでしょう?」

 

「お前たちの部屋を少し視察したいんだけど」

 

提督の言葉に意外にも大淀は女性であるにもかかわらず男性である提督のそんな要請に特に嫌そうな顔も見せずに答えた。

 

「は? 部屋ですか? それはまぁ構いませんけど……。建造は後にされるんですか?」

 

「いや、するよ。視察は今日いろいろ落ち着いてからにしたいんだけどいい? 消灯時間になる前には終わらせるから」

 

「承知しました。では本日の予定に加えておきます」

 

「宜しく。さて……」

 

思いがけない事実に驚いてやや時間を使ってしまったが、提督は漸く建造に取り掛かるために資材・資源ポイントを振り分ける建造機の操作パネルの前に立った。

提督が振り分けた数値は……。

 

【燃料300/弾薬300/鋼材600/ボーキサイト600】

 

振り分けられたポイントの値を見て大淀は提督に尋ねた。

 

「迷いがなかったですね。何故このように振り分けられたんですか? 何か独自の根拠でもお持ちだったですか?」

 

「これは所謂空母レシピというやつだ」

 

「え? レシピ?」

 

「この値で建造すれば空母が生まれる可能性が高い、と思う」

 

「可能性が高いって……。もしそれが本当なら本部の軍事機密に該当すると思うんですけど」

 

「え? こんなのが?」

 

「私の認識では自分が望む艦娘が生まれ易いポイントの配分などというのは、艦隊指揮官としてかなりの経験を積んだ熟練の提督のみが辿り着く事ができる境地だと思います。故にそういった背景も無く、そんな知識をいきなり披露されては軍事機密を知っているとしか思えないと取られるのは普通だと思うのですが……」

 

大淀の言葉に提督は「ああ、なる程」と一度頷くと、自分のこめかみを片手の親指で搔きながら言った。

 

「信じ難いかもしれないけど俺は別に違法行為とかはしてないよ。知っているのは元々知識として識っているから。……まぁここでもそれが通じるかは判らないけど」

 

「知識って、そんなさも一般に情報が公開されているような……」

 

「まぁまぁ。これだって必ず空母が生まれるわけじゃないんだ。ただ可能性が高いだけ。では……建造っと」

 

果たして提督が数時間の建造時間を経て初めて生み出した艦娘は、空母ではなく重巡だった。

 

「は、羽黒です。宜しくお願いします!」




次は何の話にするかな。
部屋の視察の話にするかなカルチャーショックの話にしようかな。

あっ、大型建造のネタ使うの忘れてた。


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4:こんなもん

建造が出来たんで次は装備の開発、そして演習という流れです。


「失望したりはしないんですね」

 

希望していた空母が生まれなかったので、てっきり愚痴を言ったり落ち込むオジサンの姿を見る事になると大淀は予想していたのだが、意外にも提督は殆ど気にしていない様子だった。

 

「まぁこんなもんだよ。目的があるまともな建造は久しぶりだった」

 

「え? 建造の経験がおありだったんですか?」

 

「ああ。だから慣れてる」

 

「そうですか……」

 

てっきり提督の事を『提督』の才能があるという理由で民間人から採用された人間だと思っていた大淀は、この言葉に彼の認識を少し改めた。

 

(もしかして見た目相応にそれなりに経験を積んだ真っ当な人なのかな。……いや、もしそうならあんなに人目を憚らずに落ち込んだり、突然涙目になったり、艦隊指揮に慣れた提督なら当然知っていそうな事なんて訊かないか。なんなんだろうこの人……)

 

提督は大淀が不審そうな目で自分を見ている事に気付いていた。

今までの行動や発言を反芻するといくらでも心当たりはあったが、本人はそれを別に気にしたり反省して今後の行動を慎重にしていくという気は全くなかった。

 

(ま、結果を出してある程度環境も改善してやれば特に何も言ってこなくなるだろ。……ゲームみたいに行けばいいけどな)

 

提督はそんな事より残りの資材・資源の数値を見た。

 

【燃料700/弾薬700/鋼材400/ボーキサイト400】

 

「…………」

 

空母レシピはもう回せない。

かといって戦艦の方も鋼材の量的に高確率モデルのものは回せなかった。

 

(開き直って駆逐だけでも良いやつって事でレア駆逐試してみるか? いや、演習で艦隊のレベルを底上げしたいし、そうなると補給分も要るしな)

 

「提督?」

 

いつの間にかブツブツ独り言を言っていたらしい。

短時間なら良かったがどうやら彼女が無視に耐えられないくらい考え事をしていたようだ。

 

「ああ、悪い。そうだな次は……。あ、そうだ。ちょっと教えて欲しい事があるんだけど」

 

「はい、何でしょう」

 

「もし建造で同じ艦娘が生まれた場合はどうなるの?」

 

「同じ艦娘は生まれません」

 

「お?」

 

「私たちには判りませんが、建造を実行した時点で何になるかは決まるので機械が過去に迎えた艦娘になると判断した場合は、艦娘の生成は行われず該当する艦娘の性能が自動的に強化されます」

 

「それって対空性能とかも?」

 

「そうですよ。元々無い性能は当然強化されませんが、元から備わっている性能に関しては全て強化されます」

 

「おお、それは良い事を聞いた。凄く効率的だ。……ん? 本人が意識してなくても勝手に強くなるの? 例えば寝てる間に強化が入ったら起きた時に気付くみたいな」

 

「はい。艦娘と建造機は私たちの目には見えない電波のような回路で常に繋がっていますので」

 

「ソフトウェアのデータ更新みたいだな。まぁ方法は無線接続のみ対応みたいな感じか」

 

「……先程から提督が仰っている言葉の意味の一部が私には解りかねるのですが……」

 

「ああ、悪い。今度説明できる時にそれはするよ。じゃあ次に何をするかな。大淀、予定表を」

 

「どうぞ」

 

提督は手渡された紙の予定表を確認してそろそろ他の鎮守府の艦隊との演習時間が近いことを把握した。

 

「対戦予定の相手の艦隊の一覧とかはある?」

 

「こちらです。どうぞ」

 

「ん……」

 

一覧を見る限りどの相手もきっちり一艦隊6隻で編成しており、目安となる艦隊個々の練度もまぁそれなりという感じだった。

 

(まぁ実際これが普通だよな。ここではゲームじゃないんだから)

 

「残念だけどどの艦隊にも俺たちは勝てないだろうな」

 

「そうですね」

 

間髪入れずに肯定する大淀に提督はちょっと冷たい奴だなという印象を持ったが、そこはまだ前任者の影響による不信感も在るかもしれないという事で取り敢えず提督は気にしないことにした。

 

「ま、結果は散々になるだろうけど。皆には参加してもらって少しでも強くなってもらわないとな。編成は……まぁ全員参加だな。あ、そうだ。武器、装備を開発したい。装備の開発する時間はあるよね?」

 

「ええ、装備の開発は結果は直ぐ出ますから。そこはご存知なんですね」

 

「半分予想が当たっただけだよ。で……装備を造る機械はこれ?」

 

「そうです。先程の建造と同じ要領で投じる値を決めて下さい」

 

(全員装備のスロットすら全部埋まってないんだよな。最低限の装備だけ先ず整えるか)

 

「開発方針は所属艦全てに最低限の主砲、副砲、機銃、魚雷を装備できるまで行う事。まぁ運が良ければ5人分くらいは何とかなるだろ」

 

「それは納得行く結果にならなければ獲得した資材と資源が枯渇しても構わないという事でしょうか?」

 

「いや、最低限警戒任務をする子と演習後の補給はできるくらいは残す。投じるポイント数は……」

 

(あ、またあの小さいやつ使ってる)

 

提督は暫くスマホを弄りながら時折顔を上げると自分の掌に何やら書き込むといった動作を繰り返していた。

そしてそれを数分続けた後、やっと顔を上げて大淀の方を向くと言った。

 

「よし、じゃあ開発するか」

 

「……装備の開発『れしぴ』もご存知みたいですね」

 

「まぁ分かるっちゃ分かるけど。今回に関しては知らなくてもどうにかなるレベルだよ」

 

「そうですか……」

 

大淀は自分が知らない事をいろいろと提督が知っているというこの事実が段々と面白くなくなっていた。

何となく不快、何となくこのあまり頼りにされてない感じ。

感情的には子供が拗ねているものに近いという自覚は彼女にもあった。

しかしだからと言っていま目の前にいる男は今のところ自分たちにとても協力的だ。

少なくとも暴言を吐いてきたり性的な行為を強要してくる雰囲気はない。

大淀は静かに深呼吸をすると密かにこの提督の評価を先延ばしにした。




間髪入れずに投稿できているのは、単に今は話が直ぐ浮かび、それを文字に起こすモチベが珍しく続いているからです。
本当に珍しい。


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5:演習

提督が艦娘たちを初めて演習に送り出した時のお話。
提督にはまだまだやった方が良い事がたくさんある。


装備の開発をした結果、全ての艦娘のスロットこそ埋まらなかったが、それでも装備枠が1つだけ空いている者が二人までに留まるという悪くないものだった。

 

「わぁ、主砲2つに魚雷まで……。ありがとうなのです! 司令官さん!」

 

「あー……うん」

 

真っ当な装備を渡されて喜ぶ電を見る提督のこの時の気持ちは正直微妙だった。

 

(見た目は子供だけど武器を貰ってこういう反応をする辺りやっぱり艦娘だよな)

 

「司令官さん? どうかしたのですか?」

 

よほど複雑な表情をしていたのだろう。

提督のことが気になった電が彼に声をかけてくれた。

 

「ん、いや。特に何もないよ」

 

提督はそう短く返すと不意に今自分の前に集まっていた艦娘達に向けて言葉を発した。

 

「艦隊、整列」

 

「!」

 

短い一言だったが、たったそれだけで電以外にも和気あいあいの雰囲気を出していた艦隊達はビシリと気を付けの姿勢で整列して見せた。

大淀がそれを認めて先ず口を開いた。

 

「今から提督がこれより臨む演習に向けての訓示を述べられます。全員、傾聴」

 

大淀が視線で合図をくれたので提督はそれに対して頷き返すと、一人一人の目を見ながら言った。

 

「まぁ勝てないのは確実だけど、演習をやれば強くなれるから頑張って」

 

「…………えっ、それだけ?!」

 

あまりにも短く、士気の上がりようのない訓示に川内が先ず反応した。

 

「そう、それだけ。それ以外俺からは特には……無いなぁ」

 

「いや、もっとこう……五十鈴達のやる気を出してくれるような言葉とかないの?」

 

「出して貰ったところでそんなに演習で全力を出されてもな……。前任者は勝たないと許さないとか言ってたの?」

 

「うん……。それで敗けて帰ってくると凄く怒られたんだ……」

 

暗い表情で当時を語る皐月の雰囲気に取り込まれたのか、その横で羽黒が早速泣きそうな顔になっていた。

提督は取り敢えず羽黒を宥めるように言った。

 

「いや大丈夫。俺は怒らないから。というか今どき演習で勝てなかったくらいで怒るなんて……」

 

「え?」と、電が「こいつは何を言ってるんだ」というような驚きに目を見開いた表情で提督を見た。

提督も流石に今のは軽率な発言だったと思い直して咳払いをして適当に誤魔化すと話を続けた。

 

「コホン。まぁどうしても勝てないなら仕方ないだろう? それを一方的に叱るなんてのは……無意味だろう、本当に……。前任者は本当にそんな感じだったの? 無能にしたってテンプレ過ぎてちょっと信じられない印象なんだけど」

 

「すみません。先程のお話の後半部分に聞き慣れない語句が使われていて仰っている意味がよく解らなかったのですが」

 

提督の話を聞いていて何故か頭痛がしてきた大淀が彼の横から口を挟んできた。

 

「ああえっと、すまない。つまり俺は君らが勝とうが敗けようが演習ならそんなに気にしないって事だよ。頑張って敗けたら怒るより俺はその奮闘を称えて反省会でもした方が絶対に有意義だと思う」

 

「司令官さん……」

 

怒らないという言葉とそれに代わる提督の考えに共感したのか、羽黒は今度は嬉しそうな顔をして提督を見ていた。

 

「俺は筋が通ってない怒り方はしないつもりだよ」

 

「ふーん……」

 

「おい川内。なんだその目は」

 

「別にー? そうやって今度は柔らかい態度を見せて私たちに取り入ろうとしてるんじゃないかなぁって、ね」

 

「せ……!」

 

上官に対しての不躾な言葉に真面目な五十鈴が注意をしようとしたが、それより早く提督の方が反応した。

 

「え? いや、それは無いよ?」

 

「……何か切り返し早くなかった? そうあっさり否定されるとそれはそれで複雑なんだけど……」

 

「もし取り入りたくても俺にはやらないといけない事が多過ぎて大変なんだよ……。ストレスで禿げそう。いや、もう禿げても気にしないけど。俺は純粋に前任者に対するヘイトが今ヤバいね」

 

「あ、あはは……。やっぱり僕も大淀が言っていたようにちょっと司令官が言っている事の意味が解らないな」

 

「まぁとにかく演習頑張ってねってことさ。はい解散解散。いってらっしゃいっ」

 

提督は手をパンパン叩いて執務室から艦娘を演習へ送り出すと、退出せずに傍らに控えていた大淀に向けて言った。

 

「じゃ、演習の結果だけ後で報告ちょうだい。終わったらあの子達を入浴でもさせといてね」

 

「提督は今から何をなさるつもりですか?」

 

「まだ昼まで時間あるからなぁ……。あっ、そうだ前に話した部屋の様子。君らの部屋の様子が見たい」

 

「ああ、そういえばそんな事言ってましたね。ではこれをどうぞ。全室対応の鍵です」

 

「ん? 俺一人で見に行ってもいいの?」

 

「構いませんけど? 私も先程受けましたご指示に対する準備とかもありますし」

 

「……あ、そう」

 

女性であるにもかかわらず自らのプライベート空間に、しかも自分以外の仲間に対しても責任を感じた様子もなく提督一人で視察に行っても構わないという淡白な反応をする大淀。

提督はそんな彼女の反応に自分が抱いていたある予想が現実味を帯びてきた事に渋い顔をするのだった。




一日に2回も投稿というのは本当に久しぶり。
文字数は少ないけど。


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6:「楽しい」を見つけよう

艦娘の境遇に面と向かって提督が同情する話。
予想通りというか、予想通りでも唖然とするほどに彼女たちの普段は無骨だった。


「何だこりゃ。営倉か」

 

艦娘の部屋を覗いて先ず受けた印象がそれだった。

否、それしかなかった。

あまりにも衝撃的だったので提督は扉を開けて部屋を一目見た後、他の部屋も同じ感じなのかを先ず確認した。

 

(同じだった……。これは酷い)

 

艦娘に割り当てられた部屋は無機質な金属の壁が目立つ囲いの中に簡易ベッドと小さなユニットバスと洗濯機、そして小さな箪笥だけが配置されたそれはそれは簡素で寂しいものだった。

 

(まるでいつか見た汎用人形決戦兵器もののアニメに出てくるヒロインの部屋みたいだ)

 

提督はきょろきょろと部屋の中を見渡すが何処も目を引くものは何もなかった。

 

(本とかちょっとした小物くらいあるだろうと思っていたけどそれすらもないとは……ん)

 

外から見ただけではどれも同じであるが箪笥の中身は見ていないことに提督は気付いた。

中に何が収められているかなど判りきったことであったが、このような状況故にもしかしたらと確かめたい強い気持ちに提督は駆られた。

 

(下心は無いとはいえ罪悪感これキッツいな……)

 

憔悴した気分で心を決めた提督は箪笥の引き出しを順々に上から開けていく。

 

「……」

 

引き出しに入っていたのはやはり艦娘用の制服や寝間着、そして下着といったものだった。

 

(制服はともかく寝間着と下着これ……まさかもしかして)

 

何かに思い至った提督は他の部屋のタンスの中身も確認して回った。

 

「……」

 

(サイズは当然違う……違うよな? 流石に手に取ってはいないけど流石に違うだろ。まぁデザインも色も全部同じだった。全部白色で凄くシンプル)

 

これらの事実に提督は、少なくともこの鎮守府にいる艦娘に関しては軍からの統一された簡素な支給品のみしか充てがわれてないと結論した。

 

(んー……兵器としての側面を意識してるのかな。個性が育たないようにしているんだろうか。単純に前任者がその辺も矯正していたという可能性もあるし……)

 

悩んでも埒が明かなかったので、提督は海軍本部の問い合わせ先に艦娘に関する窓口がないか執務室に戻って調べる事にした。

 

「あ、提督。お早いお戻りですね。まだ演習は終わってませんよ」

 

「ん、そっか」

 

提督は大淀の方は向かずに短く相槌を打つと部屋に置かれた本棚を探し始めた。

 

「今度は何をされたいんですか?お教え頂けましたら手伝いますよ?」

 

「いやさ……」

 

大淀の気遣いに提督は有り難く飛びついた。

 

 

「ああ、それでしたら。この提督用の教本の中にあるかと」

 

「ああ、この橙色のやつ?」

 

「いえ、その横の青色のやつです。2番と表紙に書かれた」

 

「ああ、これね」

 

「そんな事を調べて一体何を確認するおつもりですか?」

 

「……ちょっと待ってね……。なんかそれっぽいの……。軍務……軍務か? いや……あっ、きっとこれだ」

 

「?」

 

怪訝な表情で提督が見ているページを大淀が覗き込むと彼の指がとある部署の連絡先を指しているのが判った。

 

「労務部艦娘課?」

 

「うん。きっとこれだ」

 

「そんな所に連絡をして一体何を……」

 

「……大淀ってここがどういう役割を持つ部署か知ってる?」

 

「いえ、詳しくは……。でも部署名から察するに私たち艦娘の服務規程に関して問合せができる窓口かと考えますが」

 

「俺としてはそこまで堅苦しくない事を祈るけどね。さて、電話……おっ、IP電話が使えるのか」

 

「……?」

 

また提督がよく解らない事を言い始めたので大淀は不満顔だ。

「どうしてこの人の口からはこうも妙な言葉が出てくるのだろうか」とでも言いたげな眼差しだった。

 

「あっ、もしもしお疲れ様です。私、○○鎮守府の提督を拝任しております……」

 

軍人らしいハキハキした言葉遣いというよりは、やたら(へりくだ)って相手を尊重する軽快な提督の語り口調に大淀は目をパチクリさせた。

 

「はい……はい承知致しました。それでは後ほどお教え頂きましたフォームを使用しまして……。はい有難うございました。失礼いたしますー……」

 

カチャリと提督は受話器を置くと、彼は一度だけ「ふぅ」と息を吐いた。

その顔はどことなく気疲れしているようにも見えたが、それと同時に何かの成果を出せたのか満足げな笑みも口元に浮かんでいた。

 

(あ、この人の笑った顔初めて見た)

 

大淀はそんな小さな驚きを胸に秘めつつ提督に訊いた。

 

「一体何を問合せされていたんです? 艦娘の私物がどうこうとか仰っていた気がしますが」

 

「ああ、うん」

 

提督は大淀の方に向き直ると質問に答える前に先に確認させて欲しい事があると大淀に言った。

 

「? 何でしょう?」

 

「大淀って何か欲しい物とかある?」

 

「え?」

 

「だから自分から何か欲しいとか考えた事ってある?」

 

「……? これは抜き打ちの評価面接ですか?」

 

「全然」

 

「では、日本海軍の勝利を常に望んでいます。と言っても意味はないんでしょうね」

 

「まぁそうだね」

 

「……」

 

「特に思い浮かばない、か」

 

大淀の悩ましげな様子に答え合わせをした。

 

「まぁあの部屋を見ればそれも納得だけどね」

 

「あの、提督……?」

 

「いや俺さっきさ、艦娘に職務に支障が出ない範囲で私物を収集したり所有する事は認められているのかを本部に訊いたんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

「そしたら本部の人さ、当然それは認めているし、元々艦娘への給与がその権利を行使する為のものなのですが、まさか知らないんですかって俺を逆に叱ってきたんだよ」

 

「え、えぇ……?」

 

「前任者は大淀たちへの給与を全て自分の為に着服していたらしい。艦娘に行き渡っていたのは全部備品として本部に申請できる簡易な支給品だったわけさ」

 

「まぁそうだとしても私達は特に不自由はしてませんでしたけど……」

 

「不自由してなかっただけで何も楽しくはなかっただろう?」

 

「楽しい?」

 

「まぁ着服されていた分の給与返還もこれから申請するから、お金を貰ったら使いみちをいろいろ考えてみなよ」

 

「元々此処には使い道が無いと思うのですが……」

 

それを聞いた提督は「あ、そうか」と手をポンと叩くと。

大淀に手招きをして自分が使っているスマホを見せて用途や使い方を説明しようとしたのだが……。

 

「? この黒い板が何か?」

 

「え?」

 

大淀の言葉に驚いて自分が見ると普通に起動していた。

 

「いや、画面点いてるけど?」

 

「画面?」

 

大淀が覗き込もうとすると今度は提督の目の前で画面が確かにプツリと消えた。

 

「……」

 

(なんだこれ。大淀の干渉を拒絶している? もしくは艦娘自体……?)

 

「あ、あの……」

 

こうもあからさまだと大淀も自分に原因があると思ったらしい。

彼女は申し訳無さそうに提督になんと言ったら良いか言葉に困っているようだった。

 

「悪い。どうやら提督専用に支給された物についてはかなり高度なセキュリティ機能が搭載されているみたいだ。後で艦娘用のパソコンとかスマホは用意できないか調べてみるから、使い方とかはその時に」

 

「わ、分かりました。ありがとうございます……」

 

「取り敢えずそれらが用意できるまでは、俺が代わりに欲しい物があったら注文して取り寄せてあげるよ。って言っても欲しい物が思いつかないんだっけな」

 

「……すみません」

 

「いや、気にしなくていいよ。ま、趣味を持つきっかけになったらって事で全員分何か俺の方で少しでも気が利いたやつを用意してみるよ」

 

「あ、じゃあかかった費用についてはその貰えるはずだった全員のお給与から天引きしといて下さい」

 

「了解。ま、そんなに高い物は選ばないつもりだから大丈夫だよ」

 

艦娘たちへの同情心からここまでの配慮と提案をした提督であったが、実はこの時点で若干焦りにも似た後悔をしていた。

 

(年頃の女にウケる物なんて知らねーよ。変にシンプルなアクセサリ選んでもダサいとか思われるかもしれないし……。なんか適当な実用品で良いか)

 

提督は自分のスマホとパソコンから通信販売が利用可能である事を心の底から祈るのだった。




予告より遅くてスイマセンスイマセン……
何か親切な提督を書いているとむず痒い気持ちになって筆が止まってました


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7:足りない

提督の艦隊はまだ1-1までしかクリアしていない状態だった。
演習から帰ってきた艦娘の成長ぶりによっては次に行けるかもしれないと提督は考えていた。
お昼時です。


「演習お疲れ様ー」

 

「提督、演習結果です」

 

「ん」

 

提督は大淀からやっぱり手書きでまとめられた演習の報告書を受け取る。

彼の前に並んでいる艦娘達は、演習だったので当然服とかは破れたりしていないが、それでも練習用の砲弾によるものか黒い煤でかなり汚れていた。

 

「あ、皆風呂でも入っておいで」

 

「えっ、でもまだ個々の戦況の推移とか……」

 

驚く川内を尻目に提督はあっさり言った。

 

「いいよそんなの。結果だけ判って君たちが強くなってくれたら。ほら早く行った行った」

 

手をひらひら振って退出して入浴を勧める提督に艦娘達は唖然とした顔で戸惑いつつもそれぞれの部屋へ入浴しに行った。

 

 

「提督、あまり軍人らしからぬ軽率な指示や考えは披露されない方がよろしいかと思いますが?」

 

「あいつらが俺を軽く見るようになるかもって事?」

 

「それもあります」

 

「……別にそうはならないよ」

 

今までの流れならまた適当な物言いをして話を逸らすものだと考えていた大淀は、提督のこの意外な言葉に目を丸くする。

 

「え? どういう事ですか?」

 

「いや、これから此処はどんどんマシになっていくからだよ。装備も人数も制圧海域も。全部」

 

「何を根拠にそんな……」

 

「実際まだ俺は致命的な失態は犯していないでしょ?」

 

「……」

 

「まぁそれまではいろいろ飲み込んで俺を助けてよ」

 

「……承知しました。それで、次は……あ、お昼ですね。お食事はどうされます?」

 

「流石に食堂はあるよね? というかその場合誰が食事を作ってるのかな?」

 

「鳳翔さんですけど」

 

「鳳翔いるの?!」

 

衝撃の事実に提督は思わず大きな声を出して椅子から立ち上がった。

だがそれも一瞬のことで何か思い至った提督は「あ、そうか」と直ぐに座り直した。

 

「彼女も人員に余裕ができるまでは艦隊に所属してくれない、か?」

 

「ですね」

 

「ん、分かった。じゃ、食事だけど悪いけど此処まで持ってきてくれる? メニューが幾つかあるのならどれでも選んでいいよ」

 

「承知しました。少々お待ち下さい」

 

大淀が部屋から出ていくのを見届けると提督は改めて椅子に座り直し考え事を始めた。

彼の頭の中には鳳翔の料理をリアルで食べられる事への期待と喜び、というものは全く無かった。

 

(一緒に食堂で食事を摂って親しみのある提督というのも円滑な鎮守府の運営方法としては有り、だとは思うけど。それはそれでなぁ……)

 

その時、提督の頭の中には今まで読んできた艦これの二次創作の漫画や小説の内容が川のように流れていた。

 

(リアルで俺のような歳の男に好意を持たれるとは思えないしそういう事を考えている俺自身がちょっと痛々しくて凹んでしまうけど、()()そうなったらなったでヤンデレとか昼ドラみたいな展開はもっと遠慮したいしなぁ……)

 

「お、そういや報告書、報告書」

 

不意に考え事を打ち切って手元の演習の報告書をまだちゃんと確認していなかった事を思い出した提督は机の上の紙に目を向けた。

 

「うん……うん……」

 

前任者は演習もまともにやっていなかったらしい。

恐らくたった一回だけボロ敗けしてから、それでやる気が無くなってしまったのだろう。

紙面には「川内の練度が2→5になった」とか思わず涙が出そうな微笑ましい成長ぶりが報告として書かれていた。

因みにこの時提督が流した涙は残念ながら嬉し涙ではなかった。

 

(その一回で敗けただけでやる気をなくした演習が低レベルの艦隊同士だったんだろうなぁ……ぐぇぇ)

 

「あっ」

 

だが喜ばしい事に報告書はそれだけではなかった。

演習の報告書は一度の演習毎に一枚というふうに作られていたのだ。

つまりまだその下に4枚演習の報告書があったのである。

提督はそれに気付いて全ての報告書に目を通した。

 

(うん……これはなかなか良い感じだ)

 

提督はその顔に嬉しそうな笑みを浮かべる。

演習の結果は全てC~Dの敗北であったが、それでも艦隊の平均レベルは9にまで上がっていた。

 

(これなら……うん。戦力的には1-2【南西諸島沖】くらいはクリアできるだろう。えーとボスルート固定は……あっ)

 

スマホを弄っていた提督の手が止まった。

 

「……ルート固定するのに駆逐艦があと二人足りない……」

 

思わず独り言の愚痴が漏れてしまった。

建造のようなランダム要素を許容するしかない仕組みなら仕方がないが、なるべく資材等を無駄にしたくない事には変わりはない提督は、羅針盤にお祈りする事になる展開は可能な限り避けたかったのだ。

 

(駆逐艦あと二人建造するか……)

 

提督の次の予定がこの時決まった。




新イベントが近い……。
筆者の艦隊は資源が心許ないのです。
頭痛い。


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8:二回目の建造

あ、そういえばまだここまでに実働できる艦娘6隻いなかったのに第二艦隊で遠征行ってましたね……。
まぁいいか。

*第二艦隊の解放条件は6隻編成


「提督、駆逐艦を新しく建造するって本当?」

 

何処で噂を聞きつけたのか皐月が提督達の所にやって来た。

提督はその時はまだ投入する資材等について悩んでいた所で、彼女はちょうど自分の仲間を余裕を持って迎えるタイミングに恵まれたと言って良かった。

 

「ああ、そうだよ。今日はもう交替で警戒任務にあたるまでは待機でいいって言っていたはずだけど、わざわざ建造(これ)を見に来たの?」

 

「うん! もしかしたら自分の姉妹に会えるかもしれないしね!」

 

「なるほどね」

 

提督は皐月の言葉に納得すると口元に手をやって熟考を再開した。

 

(やっぱりレア駆逐レシピ回すか? ……いや、それで出なかったら今の資材的にキツイ。ここはオール30のエコレシピが良いか)

 

「決まりましたか?」

 

提督の考えがまとまった気配を察した大淀がタイミングよく確認してきた。

提督は「そうだな」と短く答えると投入する数値を2隻分入力して実行ボタンを押した。

今回は2隻同時建造なので以前起動音が聞こえなかったドックの扉のランプにも『建造中』の文字が灯った。

建造機の画面に表示された時間は1時間、そして22分だった。

時間表示もなく建造が完了するという事もなかったので、今回は既存艦の強化ではなく運良く全て新造艦のようだ。

 

「一つは軽巡かな」

 

「これより長い時間が羽黒さんでしたからね。その予想は当たっている可能性が高いと思います」

 

「ん……」

 

「もう一人建造するの?」

 

再び操作パネルに指を伸ばした提督に皐月が嬉しそうに訊いた。

 

「オール30だからね。あと1回くらいならまぁ……。やっぱり今回2人駆逐を迎えたいんだ」

 

「提督は幼児性愛の趣味でも……」

 

「無い無い」

 

冗談とも本気とも取れない大淀の言葉に一気に気力が削がれた提督は大きな溜息を一つ吐くと、建造機の実行ボタンを押した。

画面に表示された時間は22分だった。

 

「よし、やった」

 

まさか駆逐艦の建造確実で再び喜ぶ時が来るとは思ってもみなかった提督のこの時の心境は、実は割と複雑だったりしたのだが現状では良い結果なのは間違いなかった。

 

「ん? あれ? そういえばうちの建造ドックは元々2つしか本部から開放許可が下りてなかったと思うんですけど? え? 更にもう一つも開放されてる?」

 

「そんなの全部俺が開放したに決まってるでしょ……。人によっては金の無駄と言う人もいるけどこの僅かな効率化が気持ち程度だけどストレスを緩和してくれるんだよ」

 

「一体何時の間に……」

 

「さっき本部に電話した時に申請書後回しの特例許可もついで貰ったんだよ。かなり渋られたけど、一年間の俺の給与の減俸とこの鎮守府の内情を訴えてさ。正直途中で電話切られるかと思ったけど諦めずに粘って良かった……」

 

そういう提督の瞳には何故提督をしている時までリアルの仕事と同じような事をしないといけないんだという悲しみの感情が宿っていたのだが、当然そんな提督の心境などその場にいた者は知る由もなかった。

 

「ごほん」

 

提督は気持ちを持ち直すために咳払いをすると残りの建造時間を確認して言った。

 

「1時間はともかく20分くらいならここで待っていても良さそうだな」

 

「それまで何をなされます?」

 

「そうだなぁ……」

 

本当は一人スマホのアプリでも弄りながら直ぐに時間が過ぎるのを待っていた方が気が楽だったのだが、既にその場に自分以外の存在が2人もいるとなるとそうもいかない。

大淀と皐月2人で適当に会話して時間を潰すようにと指示することもできたが、それはそれで指揮官の指示として微妙な気がしたので提督はちょうど良い機会ということで前任者の事をもう少し訊いてみることにした。

 

 

「え? 前の司令官? ……司令官よりとても苦手な人だったよ……」

 

暗い表情でそういう皐月に申し訳ないと思いながらも提督は、そんな愚か者でも何か一つでも自分にとって有利になるような功績を残していないかもう少し探りを入れる。

 

「皐月、悪いけどその人についてもう少し訊いていい? 知っていたらでいいんだけど。そうだなぁ……隠れて資材とか貯め込んだりしてなかった?」

 

「ごめんなさい。ちょっと僕は分からないかな」

 

「そっかぁ……」

 

「提督、いろいろ縋りたくなるお気持ちも解りますが、前任者の事についてはあまり触れないで頂けると助かります」

 

「それは全員?」

 

「まぁ……そうですね」

 

そう言って自分を抱くような仕草をする大淀、そしてそんな大淀を見て何を思い出したのか不意に半歩ほど下がって一瞬恐怖に震えていたように見えた皐月。

提督にとってはそれだけで前の環境がかなり引いてしまいそうな程酷いものであった事をなんとなく察した。

 

「ごめん」

 

謝罪する提督に無意識に後ずさった皐月は直ぐに近寄って頭をぶんぶん振った。

 

「気にしないで! 僕は新しい司令官は少なくとも嫌いじゃないよ!」

 

「私も嫌いではないですね」

 

「うん、2人とも取り敢えず『嫌い』よりマシでありがとう」

 

提督が顔をひくつかせながら2人にお礼を言った時だった。

建造機の完了音が鳴り、望んでいた2人の駆逐艦の完成を告げた。

 

「朝潮型一番艦、朝潮です!」

 

「このクズ! 霞よ」

 

「…………」

 

識ってはいたが何となくゲームよりキツく感じた霞の口の悪さに提督は思わず閉口した。

その印象は後ろの2人も同じだったらしい。

大淀は艦隊指揮官へのとんでもない第一声に今聞いた暴言は果たして現実のものか確かめるように無表情で眼鏡のブリッジを上げ直し、その横で皐月は常識外れの挨拶に完全に虚を突かれ、驚きに目を見開いて固まっていた。




朝潮を引いた提督は運が良かったと思います。


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9:キラキラ

霞は霞だった。
そして朝潮は朝潮だった。
だからこそ容易に予想できた展開が提督の目の前で起こっていた。


「霞! 司令官をクズ呼ばわりするのはやめなさい! 失礼にも程がありますよ!」

 

「クズだからクズって言ってんじゃない! 私聞いたんだから。この提督はまともな指揮もしない癖に私達を怒鳴り散らしていたんでしょ!」

 

「だ、だからそれは前の司令官さんでして……」

 

「皆、一回落ち着こ! ね?」

 

駆逐艦を4隻迎えるという目的は達成できたが、その結果提督は頭痛の種も獲得した。

執務室がこのようにとても賑やかになっていた。

 

「おい、お前らうるさいんだよ! ちょっと遠征でも行って来て頭冷やしてきたらどうだ」

 

「そんな事言って私達が留守の間に他の子にいかがわしい事する気なんでしょ!」

 

「なんでそういう考えになるんだよ?! ……あ、俺がいい歳したオジサンだからか」

 

「えっ……あ、うん……。ごめ……っ、そ、そうよ!」

 

(今素直に謝ろうとしたのです)

 

(霞、オジサンがそんなに苦手だったのかな……)

 

「霞! 司令官をオジサンだと思っているんですか! 司令官は司令官です! オジサンである前に私達が尊敬し命を預けるべき艦隊の指揮官なんですよ!」

 

「朝潮ちゃん、提督がオジサンである事は認めているみたいですね」

 

「本人には言うなよ。自覚ないみたいだから」

 

「お優しい事で」

 

「ああいう真面目なタイプが一番打たれ弱いんだよ。まぁとにかく……ちょっと龍田を呼んで」

 

 

新しく生まれた軽巡は龍田だった。

提督は大淀に指示して龍田をこの騒がしい部屋に招き入れると眉間を押さえながら言った。

 

「悪いけど、この4人連れてちょっと艦隊護衛の遠征に行ってきて」

 

「あらぁ? でもその遠征4人でも可よね? 資源とか節約したいならそっちの方が良いと思うのだけど」

 

「お前はまだ練度初期値のままだろ? ちょっと遠征に行くだけでも経験積んで強くなるから」

 

「あら? それなら午後の部の演習に私を入れて、私より練度が高い川内ちゃんや五十鈴ちゃんのどちらかを行かせた方が良くない? 平均的に練度を上げたいなら寧ろ私はこっちを推すわぁ」

 

「うーん……」

 

提督は龍田の提案に腕を組んで考える。

確かに今の龍田なら遠征に行かせるよりも演習組に参加させた方が経験値の入りは良かった。

 

(えーと、駆逐艦全員と軽巡一隻がいなくなるわけだから、その場合だと午後の演習に参加するのは……羽黒、川内、龍田の3人だけか。勝率はまぁまだ全員レベル低いからそんなに変わらないかな。寧ろ編成人数が少ないから個々に入る経験値は美味しい、か)

 

提督はチーンという擬音が見えそうなシンキングタイムを終えて結論を出した。

 

「よし、それじゃそうするか。大淀、今からあの4人に話をするからそれが終わったらぁ……ん、五十鈴にしよう。五十鈴にあの4人預けてさっき言ってた遠征に行かせて」

 

「承知しました」

 

提督は大淀に指示をして新たに予定を作ると、まだ騒いでいる駆逐艦の4人に向かって手を叩き自分に注意を向けさせた。

 

「はい注目注目」

 

「はっ!」

 

「……なによ」

 

「はい、なのです」

 

「はーい!」

 

若干一名を除いて元気な返事をして提督の方を駆逐艦達は向いてくれた。

 

「今から君たちに、後で五十鈴にも合流して貰って遠征に行ってもらいます」

 

「えっ……遠征は今日はもうしないって……」

 

「ごめん皐月。恨むなら霞を恨んで」

 

「んにゃ?!」

 

思わぬ責任という名の矛先に霞は舌を噛んでたじろいだ。

 

「はっ! ご命令とあらば!」

 

「仕方ないですね……」

 

迎え入れたばかりの朝潮はともかく電にも悪いと思いながら提督は話を続けた。

 

「今日の遠征は本当にこれで最後にするから宜しくね。霞も来たばかりだからな。こんな方法だけどちょっと気晴らしがてら行ってこい」

 

「むぅ……」

 

「その代わり、予定外の突然の遠征だから戻ってきた時に俺からちょっとした報酬をあげるよ」

 

「報酬……?」

 

「ご褒美のことだよ電!」

 

「そ、そんな勿体ない!」

 

「嘘ね! ご褒美をあげる提督なんて聞いた事ないわ!」

 

「いや、本当だって……。んじゃその証拠にあげる予定の現物を今見せよう。それは……これだ」

 

提督はポケットに手をやると何かを取り出し、何やら小さな塊を机に転がした。

それは様々な色や模様、素材でできているサイコロだった。

駆逐艦達は知識としてサイコロは勿論識っていたが、こんな見た目のサイコロがこの世に存在するという発想がそもそもなかったので、初めて見るそれに一斉に提督の机の前に集まって物珍しそうなキラキラした目でそれを見るのだった。

 

「て、提督っ。それってサイコロ?」

 

「そ。でもこんなの見たことないだろー?」

 

「こ、こんな綺麗で不思議な模様のサイコロなんて電考えたこともないのです!」

 

「……」

 

「……」

 

霞と朝潮の二人は机の上のサイコロの中で無意識に一番目を引いたサイコロを手に取って、食い入るようにそれを見つめながら掌で転がしていた。

 

「それ、遠征から戻ったら好きなものを一人1個あげます」

 

「!」

 

その言葉に霞まで含めて4人がビシリと整列して提督に敬礼して彼の命令を拝命した事を表した。

提督はその反応に満足して「それじゃ外で待っている五十鈴と合流して行ってらっしゃい」と手を振って彼女達を送り出した。

 

 

4人が退室し、やっと厄介事が片付いたとばかりに提督は椅子の背もたれに体重を深く預けたが、そこで「あっ」と何かを思い出し傍らに居た大淀に目を向けた。

 

「この話、後で五十鈴にもしといて。まぁ流石に軽巡はこんなのは……」

 

「代わりにジュースでも奢るか」と言おうとした提督だったが、彼の口からそれが出ることはなかった。

話の途中で提督は何やら熱い視線のようないつもと違う艦娘の気配を感じたのだ。

 

「……」

 

「……」

 

大淀に加えて龍田までもが提督が取り出した机の上のサイコロを凝視していた。

 

(マジか……。初めて見るものとはいえ、ここまで興味を引くものか)

 

「欲しい?」

 

その一言で二人はハッとした顔をして覚醒した。

それぞれつい我を忘れてそんな小さな物に目を奪われていた事に恥ずかしさと居心地の悪さを覚えていたようであったが、先に口を開いたのは龍田だった。

 

「くれるの?」

 

「ああ、こんなので良かったらいいよ。この鎮守府の歓迎祝いって事で」

 

「じゃ、これ1つ貰うわ。フフ、ありがとう提督」

 

龍田が手に取ったのは透明な青色の中に七色の星のような粒が幾つも輝いているように見える物だった。

龍田はそれを指で摘んで眺めながら時折、やはり嬉しそうに微笑んでいた。

 

「大淀は?」

 

「えっ」

 

「大淀も良かったらあげるよ。今まで俺を助けてくれたのは間違いないしね」

 

「で、でも……」

 

どうやら欲しいのは間違いないようだ。

彼女が気にしているのは恐らく自分が貰うことによって駆逐艦達が欲しがっていたサイコロが減ってしまう事と羽黒と川内が貰う機会を得ていない事だろう。

それを察した提督は大淀に言った。

 

「大丈夫。まだ同じのは幾つも持ってるし、川内と羽黒にも適当に話を振って希望するならあげるから」

 

「そ、そうですか? で、では……」

 

大淀はちょっと上目遣いで一度だけ遠慮がちな目で提督を見ると、慎重な手付きでサイコロを1つ手に取った。

大淀が選んだのは見た目は透明なエメラルド色だが、見る角度によっては青にも少し黄みがかっているようにも見える本体の色が変化して見える物だった。

 

二人はそれぞれ嬉しそうに提督に貰ったサイコロを眺めていた。

提督はその光景を眺めながら思わぬ所で得た艦娘からの好感触に密かに心の中で「そんな大した値段もしないもので……」と若干同情するのだった。




サイコロ表記にするかダイス表記にするか少し悩みました。

そして提督の趣味の1つはTRPG


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10:文明の利器

手書きが当たり前だった当時はどれだけ書類関係の仕事に人は時間を使っていたんでしょうね。
まぁその分字は綺麗になりそうですけど。
当然こちらの提督は手書きはできてもそれを仕事とする程には慣れていないわけで……。


午後の演習が終わり、艦隊のレベルも上がった。

遠征に出した艦隊も戻ってきたので約束した報酬を受け取った駆逐艦達は皆嬉しそうにお互いに選んだサイコロを見せあい話に花を咲かせていた。

一方その頃、提督はというと……。

 

「では、本日の実働任務はここまでとします。以降は本部への報告書の作成等の執務となります」

 

「はいはい」

 

沈みゆく夕日の光が差し込む執務室でこれからその日最後の仕事に取り掛かるところだった。

因みにその日はもう提督は制圧海域を拡げる気は失せていた。

いろいろあって疲れたのだ。

多少腰は痛くなるだろうが事務作業くらいならまだ行う気力はあった。

 

「そういえば提督宛に荷物が届いてましたが……」

 

「お、有難う。これどうやって届いたの?」

 

「まるで補給物資をばら撒くように空からパラシュートが付いた荷物が……」

 

「マジかよ、アバウト過ぎるだろ。せめてドローンとかなら良かったのに」

 

「ドローン?」

 

「そういう名前の自動で飛んで届けてくれる機械だよ」

 

「なんですかその秘密兵器みたいなのは」

 

「まぁその内うちでも見る事になるかもしれないけど……」

 

提督は大淀から受け取った少し大きめの箱の梱包を剥がしながら言った。

彼が開梱している箱には英語の文字が印刷されており、それを見た大淀は自然と口に出して読んでいた。

 

「ア……マ……○ン?」

 

「スマホから注文してみたんだけど届いて良かった。これ支払いはカード払いにしてあるんだけどどうやって引き落としされるんだろ。まぁ給与の額面を越えないようにしていれば問題……ないのか……?」

 

提督は自分がどういう境遇でこの世界に招かれたのかまだ理解できていなかった。

昭和時代の世界のようでありながら、自分には現代の文明の利器が支給されているし、艦娘たちが本部と呼ぶ場所もIP電話が繋がるのだ。

 

(もしかしたら俺だけ次元とか時空を越えて本部じゃなくてこの世界の()()に繋がっていたりしてね)

 

考えれば考えるほど自分が置かれている状況の不可解さに説明がつかなくなってきたので取り敢えず提督はそこで考えるのはやめた。

 

(まぁ自分のペースで行けるところまで行ってみよう)

 

「提督、なんですかそれ?」

 

大淀は提督が箱から取り出したまたまた見慣れない妙な黒い箱のようなものを指差して訊いた。

 

「これはプリンタと言ってね。俺の机に置いてあるパソコンと接続することでなんと筆の代わりに文字を一瞬で印刷してくれるんだよ」

 

「印刷……? えっと、新聞みたいに、ですか?」

 

「まぁ印刷だからそんな感じ……なのかな? これは大淀にも使い方を覚えてほしいから、その内に艦娘用のパソコンやスマホが用意できたらこれについてもいろいろ教えるよ」

 

「は、はい。ありがとうございます……」

 

「さてと、先ずはこの報告書に似たフォームを作って……ありがたい。シンプルだから直ぐ終わりそうだ」

 

そこからは半分独り言を時折漏らしながら提督は、カタカタと小さな音を連続して響かせること3分程。

何をするでもなくただ立っていることしかできなかったので居心地の悪さを大淀が感じ始めた所で提督が「できた」と、伸びをしながら言った。

 

「え、出来たって、まさか報告書がもう出来たんですか?」

 

「いや、流石にまだまともに作ったやつじゃないよ。出来たというのは自作の報告書のフォームに試しに文章を入れてみて、良い感じの仕上がりになったって事」

 

「……?」

 

提督が何を言っているのか理解できずに眉を顰める大淀に彼は「ちょっと待ってね」と言うと、今度はあの小さな板、スマホと呼んでた物を弄り始めた。

 

「せっかくだからアプリを使ってスマホから……お、繋がった繋がった。印刷、と」

 

提督がそう言った瞬間、誰も手を触れていないのに突如あの黒い箱のようなプリンタという物が聞いたことがない妙な音を響かせながら小刻みに揺れた。

プリンタは動作すること数十秒、動きが落ち着いたと思ったら最後にまた妙な音を出して真白い紙を吐き出した。

提督はそれを手に取って一通り確認した後で大淀にも差し出した。

 

「見てご覧」

 

「えっ……」

 

大淀は提督から受け取った紙面を見て驚きに目を見開いた。

紙には『本日はお日柄もよく~』等と全く本来の報告とは関係のないことが書かれていたが、彼女が驚いたのはその文字数だった。

ざっと見たところ300文字以上はありそうな文章がプリンタからたった数十秒で出てきたのだ。

文字も綺麗だった。

達筆的な綺麗さではなく新聞の文字のような機械的で整った綺麗な文字だった。

 

「提督は……これからこれを使って執務を行うんですね?」

 

「いやぁ、全部手書きというのは堪えるからね」

 

「これを何れ私も使えるように?」

 

「大淀なら直ぐに理解できるんじゃないかな? やっぱり事務方のサポート役が似合ってる雰囲気があるし」

 

「は、はぁ……ありがとうございます?」

 

恐らく自分を評価してくれているのだろうがやはり言い方が解り辛くて大淀は曖昧な礼を述べるに留まる。

提督もそれは自覚があるようでそんな大淀に謝意を含んだ苦笑をすると、正面に向き直って机の上のパソコンを見ていった。

 

「さて、取り敢えず今からその報告書を作ってみるけど出来たやつの添削お願いね」

 

「承知しました」

 

 

文明の利器を使って効率が上がったとは言ってもやはり軍務関連の仕事となると、例え報告書の作成という聞く分には大した事がなさそうな作業でも一般企業のそれとは大分勝手が違って提督は大分苦労した。

しかしそれでも何とか書類作業は深夜になる前には終えることができ、提督はその日の労をねぎらって大淀の退出を見送ると手早く風呂を済ませて、やっとできた自由時間をどう過ごすのかを考えるのだった。




次の話は割と自由な内容になりそうな予感。


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11:お気遣い

提督は料理もできる。
ちゃんと作れるものはとても少ないけど。


「あっ、俺晩飯食べてなかった」

 

寝る前に一杯飲もうかと考えていた提督は自分が空腹である事に気付いた。

仕事に集中してすっかり食事を摂る事を忘れていたのだ。

 

「……しまった」

 

この言葉は自分が食べそびれた事を悔やむ感情から出た言葉ではなかった。

提督が失態だと思っていたのは、ついさっきまで自分に付き添って仕事を手伝ってくれていた大淀も食事の機会を逃しており、それに自分が気付かなかった事であった。

提督は部屋の時計を見た。

時間は21時を回ったところだが遅過ぎる時間というわけではない。

だが恐らくこの時間は食堂はもう閉まっていると思われた。

 

(俺の部屋に呼んで何か作ってやるか? いや、駄目だ。男性不信の女にこれは無い。とすると……)

 

程なくして提督は妥協案を導き出し、まだ大淀が起きている事を祈って彼女の部屋に繋がっている内線のボタンを押した。

 

『はい、大淀です』

 

「えっ」

 

起きてはいても流石にワンコールで出るとは思っていなかった提督は第一声が驚きの声になってしまった。

 

『提督? どうかされました?』

 

何となく、何となくではあったが受話器から聴こえる大淀の声は緊張しているように聴こえた。

一体何故緊張しているのかは考えない事にした提督は気持ちを切り替えて用件を話した。

 

「ああ、夜分にごめん。ちょっと訊きたいんだけど大淀って晩飯はどうした? 俺の仕事に付き合っていて少なくともここにいた時までは何も食べてなかったよね?」

 

『え? え、えぇそうですね』

 

まさかこの時間にかかってきた電話の用件が食事の事だとは思いもしてなかった大淀は提督の目的が解らず、珍しく戸惑っている様子だった。

 

「何か食べる当てはあるの?」

 

『もう食堂は閉まってますからね。今日は食べられなくても仕方ないと思っていますけど。一食程度ですしね』

 

「あぁ……」

 

その言葉を聞いて提督は大淀に対して言葉にはし難い何とも重い気持ちになった。

 

(なんだってこう、こいつは……いや、多分全員な気もするけど。こいつはこんなにも放っておけないような事を普通に言うんだろう、するんだろう。そんな事言われたらやっぱり……)

 

ある妥協案の実行を決めた提督は受話器越しに大淀に言った。

 

「ちょっと大淀に届けたいものがあるんだ。今からそれを持っていくから悪いけど少しだけ時間いいかな? 渡すだけで済むから」

 

『え、提督にお越し頂かなくてもそれくらいの御用でしたら私から参りますけど』

 

「いや、いい。本当に直ぐ終わる事だから。今から行くからちょっと待ってて」

 

『いやそんな、ていと――』

 

最後まで聞かずに提督は出来たての『それ』を持って大淀の部屋まで急いて行った。

 

 

「お」

 

大淀は態々提督が自分の部屋に着くまでの時間を予想して扉を開けて待っていてくれた。

提督はその姿を認めると片手を振って自分が来た事を合図した。

 

「いやー悪いね。こんな時間に」

 

「いえ、まだ起きてましたから。それでご用というの……」

 

大淀の言葉が途中で途切れたのは提督がもう片方の手に持っていた物を見て驚いて言葉を失ったからだ。

提督は何やら湯気立って良い匂いのする平皿に載った麺を持ってきていた。

大淀はそれを改めて認識して提督に問い掛ける。

 

「提督? それは……」

 

「ああ、作ってきた」

 

「え?」

 

「大淀晩飯食べてないって言ってたでしょ? 俺もそうだったからちょうど自分で作っていたんだよ」

 

「は、はぁ」

 

「で、ついでだから大淀の分も良かったらと思って持ってきたんだ」

 

「そんな態々私なんかの為に。こんな時間に……」

 

提督の言葉に信じられないと言った様子で話す大淀に彼はすまなそうに言った。

 

「あ、まぁそうだね。いくら腹が減っていても時間によっては食欲も湧かないよな。本当にいらないなら持って戻るけど」

 

「っ、そんな! そうじゃなく……っ……え?」

 

「え」

 

大淀はただただ自分を卑下して部下であり艦娘である自分なんかの為に指揮官自らこんな時間に食事を運んでくるなんて恐れ多い事をする必要はないというような事を伝えたかった。

だが目の前の男は自分の意を酌むどころか更に気を遣ってそんな言葉を自分にかけてくれた。

温かい食事に温かい言葉。

この鎮守府に配属されて初めて確かに感じたその温かさに大淀は自分でも理由が解らずに涙を自然に流していた。

提督はといえば大淀が突然泣き出したので最初は驚いて言葉が出ずに困っている様子だったが、敢えて黙ることを決め、彼女の感情が落ち着くまで静かに見守ってくれた。

 

「……すみません」

 

「いや、いいよ」

 

「それ、頂けますか?」

 

「大丈夫? 気を遣って無理に食べなくてもいいよ?」

 

「大丈夫です……ぐす。嬉しいですから」

 

「……そうか」

 

「これ何という料理ですか? 和食ではないみたいですね」

 

「これはイタリアのパスタという麺で作ったペペロンチーノっていう料理だよ」

 

「ぺぺ……? ふふっ、変な名前ですね。でも良い匂い……美味しそうです」

 

「男でも簡単に作れる料理だけど悪くはないと思うよ。あ、これ茹で汁で作ったコンソメスープ。こっちは少しスパイシー……辛いって言った方がいいかな。こっちも良かったらどうぞ」

 

「ありがとうございます。喜んで2つとも頂戴します」

 

大淀は提督からパスタとスープを受け取ってテーブルに置くとペコリと深く頭を下げて感謝の意を伝えた。

提督はそれに対して何故か困ったような笑みを浮かべて頷くと軽くまた手を振ってそれ以上は何も言わずに自分の部屋へと戻って行った。




本当はこの後に何か続けようかと思ったのですが、文章の雰囲気的に丁度良い区切りな気がしたのでここまでとしました。


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12:上機嫌からの悪夢

提督の夜はまだ続く。


先程大淀と話していた時の提督には気遣いをする大人特有の良い人感が出ていたのだが、部屋に戻った彼には早々にそんな雰囲気は無くなっていた。

何故なら……。

 

(おー! 良い酒がこんなに……!)

 

 

提督は自室の冷蔵庫の前で歓喜の声をあげていた。

彼の部屋には冷蔵庫が何故か小さいサイズと大きいサイズのものが並んで置いてあり、作った料理の具材は大きい方から出したのだが、部屋に戻った時に気になって小さい方を開けてみると、本部の計らいかはたまた前任者の忘れ物か、中には提督からしたら高級で良い酒がたくさん並んでいたのである。

 

(おお、素晴らしい……)

 

提督は冷蔵庫の中に並んでいる酒を見て感嘆の息を漏らす。

保存されていた酒は殆どが日本製のウイスキーであった。

そのウイスキーは提督に馴染みのある世界では有名であると同時に店頭で見かける事があまりない希少なもので、更にこの冷蔵庫の中にあったものは何と全てに年数表記が入った高価なものだった。

『入手難度が高く年数表記がある上位の有名な日本のウイスキー』これだけで転売をすれば定価の2~3倍の値は付く。

そんな物が目の前に数十本は入っているのだ。

おまけに細かい気遣いとばかりに好みの黒糖焼酎まで数本確認できた。

提督の機嫌が鎮守府に着任して以来最高になるのは自然の流れだった。

 

(うーん……どれを飲もうかなぁ……)

 

キラキラした目で飲む酒を選んでいる提督だが、実はそんなに酒が好きなわけではない。

厳密には誰かと酒を飲んで楽しく酔う事を重視する酒好きだ。

故に一人酒はあまりしないのだが何故か酒の収集癖があり、特に集める酒の中でも年数表記があって且つ高級な印象を受け易いウイスキー、そこから更に日本の銘柄のものを中心に集めていた。

酒の味があまり解らなくても年数表記がある物の方が美味しい気がすると自分にも味の違いが解った事に感銘を受けたウイスキー。

本来彼は焼酎が好きなのだが、前述の経験もあって提督は焼酎の次にウイスキーが好きであった。

因みに3番目に好きな酒はウォッカ。

理由は味も匂いもあまりしないので癖がなく、ただ飲んで酔いたい時に適しているから。

 

提督が飲む酒を決めたのはちょうど冷蔵庫が長時間の扉の開放を注意するブザー音がなった時だった。

彼は取り出した一本をダブルウォールグラスに一杯だけ注ぎ、自分の食事用として作ったペペロンチーノを酒の肴とした。

誰も相手がいないのは少し不満だったがそれでも十分に満足できる時間を過ごすことができた。

そして程なくして提督はほろ酔い気分という最高の心地で床に就いた。

床に就いた提督はベッドの上で睡魔に負けるまで考え事をしていた。

 

(そういや艦娘にも酒好きの印象があるのが何人もいたなぁ。だからと言って一緒に飲みたいわけじゃないけど)

 

馴染みのある世界では殆ど友人と飲む機会が多かった提督は女性とその時間を楽しむのはあまり得意ではなかった。

同性と飲む事に慣れ過ぎてしまったせいもあるが、ある時に知り合いの女性と酒を飲んでいる時に常に違和感を覚えてしまい、結局飲めども飲めどもあまり酒が回らずに終わってしまったのだ。

 

(なんか飲んで話しているだけでも不要な気を遣ってしまうんだよなぁ……。まぁ人間にも艦娘にも友達と同じように楽しく飲める人はいるかもしれないけど……)

 

提督はやがて完全に深い眠りの底に落ちていった。

 

 

場所は変わって艦娘の部屋の前の廊下。

寝静まって静かな通路にキイと音を立てて開く扉が一枚あった。

 

「……」

 

部屋から出てきたのは電だった。

彼女は提督に抱いていた最後の不安要素について確かめる為に足音を響かせないように静かに歩いて提督の部屋に向かっていた。

 

(大淀さんから聞いた時は驚いたけど本当かどうか確かめないと……)

 

電は自分達が午前の演習に出ている時に提督が艦娘の部屋を視察する為にマスターキーを受け取った時の話を大淀から聞いていた。

 

『提督は私が鍵を管理していて私から渡された事に何の疑問も怪訝な表情も浮かべなかったわ。視察した理由も話を聞けば理解できるものだったし、鍵も私に返してくれました』

 

「…………」

 

艦娘は特殊な存在であるが見た目の年齢にこそ差はあれ、艤装がないとただの人間の女性だった。

前任者は指揮も酷かったが男性としても酷かった。

あれだけ自分達を軽く扱いながら夜はしっかりそっちの欲望も出したのだ。

上官という立場を利用して。

 

「…………」

 

マスターキーは元々鎮守府の責任者である提督が管理するものだった。

それは軍隊という上下関係が特に強く出る組織においては別に不自然な事ではなかったし、風紀を重んじる軍紀においては、その鍵を管理するのが例え男性であっても問題が起きない事が当然だった。

 

電は提督の部屋に向かう途中で全ての仲間の部屋に鍵がかかっている事を確認しながら歩いていた。

音を立てずに扉のノブを回し、硬い感触がする度に彼女は安堵の息を漏らした。

そして目的の部屋へと辿り着いた。

電は意を決して扉のノブを掴んで回す。

 

「えっ」

 

なんと提督の私室に続く執務室の扉には鍵はかかっていなかった。

抵抗なく開いた扉を抜けて電は提督の私室の扉の前まで来てしまった。

 

(ま、まぁこの扉に鍵がかかっていなければ問題ないのです……)

 

カチャリという音を立てて扉は開いた。

 

「えぇー……」

 

部屋に進入した電は思わず小さく呆れた声を出してしまった。

件の無警戒過ぎる提督はベッドの上で少し大きい寝息を立てて普通に寝ていた。

 

(ふ、普通に寝てる……?)

 

もうここまで来たら実際に寝顔を見て本人かどうか確かめるくらいしても良いだろう。

そう考えた電はベッドの傍まで近寄り真上から提督の顔を覗き込むようにして本当に本人が寝ているかどうかを確かめた。

 

「……ん?」

 

提督の意識が眠りの世界から一瞬だけ戻ったのは本当にただの偶然だった。

何となく妙な圧が、違和感を覚える匂いが、自分の顔の近くで凄く軽い何かが触れるか触れないかの距離で揺れているような、それはただの夢だったのかもしれない。

だから提督はまだ半分夢を見ている心地で半目を開けたのだ。

 

「…………あっ」

 

提督の目の前に真顔で見つめる電の顔があった。

ハッキリ言って怖かった。

女性と寝たことはあっても年齢問わず(この時は子供だったが)男性であれ女性であれ誰かに寝顔を深夜に真上から見つめられるなんて経験はした事があるはずもなかった。

故に提督は絶叫した。

 

「?!? ぶあっ?! あああああぁ?!」

 

驚愕して頭を起こした瞬間、見事に電の額に自分の額をぶつけた提督は再び眠りとは違う理由で意識を失った。




前半要るかなって思われるかもしれないけど、個人的に提督の嗜好の話を入れたかったので。


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13:杞憂

提督のその日の夜はこれでやっと終わり。


提督の絶叫は眠っていた艦娘たちの耳に容易く届いた。

深夜ということもあり静寂を保っていた建物内に響く男の声。

誰が聞いてもそれは提督の声だと判った。

 

「大淀、今の聞いた?」

 

大淀が部屋から出たのは川内とほぼ同時だった。

彼女は川内に頷くと直ぐに艦娘の点呼をするように頼んだ。

 

「大淀はどうするの?」

 

「私は提督の安否を確認しに行くわ。貴女も数え終わったら合流して。他の人には待機を」

 

「了解っ」

 

耳に残る提督の声を思い出して部屋へ急ぐ大淀。

何が起こったのかは現時点では判らないが、それでも提督の身に何かあったのは間違いない。

 

(まだ着任して一日すら終わっていないのに。やっと信じられそうな人が提督として来てくれたのに)

 

提督の身を案じて走る大淀は焦っていた。

ここで彼の身に何かあって新たな提督を迎えるという展開は、いつも冷静な大淀にしては珍しく感情的に嫌だと思った。

あの酷い提督の下で1ヶ月も耐えたのだ。

その果てにやっと訪れそうな何だか楽しそうな日々をここで失いたくはなかった。

 

「大淀っ」

 

いつの間にか点呼を終えたらしい川内が彼女に追いついて声を掛けてきた。

 

「川内……私達の数(こちら)に問題はなかった?」

 

「それが……」

 

口ごもる川内の様子に大淀は嫌な予感がした。

この喉からせり上がってくるような嫌な気持ちには憶えがあった。

 

「まさか……誰かいないの?」

 

「電の部屋が……空だった……」

 

「……」

 

それを聞いた大淀は一瞬提督の声を聞いた事を忘れた。

艦娘がこんな時間にいないという事は以前もあった。

理由も判っていた。

だがその内容はとてもではないが言葉にして話したくないものだった。

 

「あいつ……電を……。よりによって駆逐艦を……」

 

怒りの表情で眉間に皺を寄せ、拳を固く握りしめる川内。

 

「川内、落ち着きなさい」

 

全身を怒りの感情で震わせる川内。

大淀は彼女を落ち着かせようとその肩に手を置くが、川内は激しく拒絶するような仕草で彼女の手を振り払った。

 

「また我慢しろっての?! 上官だから、下手に反抗すると私達が不利になるだけだから?! だから前みたいに確かな証拠を握るまで……ぐす……っ」

 

川内は何か嫌な記憶を思い出したらしく、怒りの表情から今度は目尻に涙を滲ませて自分の身体を抱いてその場にへたり込んだ。

大淀はそんな川内を後ろから優しく抱き締めて自分も落ち着かせるように言った。

 

「大丈夫、心配ないわ。きっとあの子なら大丈夫。きっとあの提督なら……そんな事しないわ」

 

「……随分アイツを信用してるんだね?」

 

「…………」

 

まだ涙声の川内の言葉に大淀はハッキリそうだと肯定はできずに黙ってしまった。

確かに彼女もまだ完全にあの男(提督)を信じきれてはいなかった。

今だって川内の問いに言葉が詰まり、直ぐに返事をする事ができず靄々(もやもや)した気持ちになってしまう。

だが彼女の記憶の中にある提督が振る舞ってくれた美味しい料理と去り際に自分に向けたあの苦笑は本当にあった事だ。

大淀はそれを根拠という名の心の支えにして、少なくともその場は彼を信じて擁護することを決定した。

 

「とにかく急ぎましょう」

 

「……分かった」

 

自分の問い掛けに敢えて状況の確認をする事で電の無事と提督の潔白を証明せんとする大淀の意図を理解した川内は言葉少なに同意した。

 

 

「……鍵、開いてるね」

 

「中は静かね。提督の部屋は奥だから……行くわよ」

 

執務室の扉の鍵が開いていることに一瞬動揺した2人だったが、自分達の気配を悟られないように直ぐに落ち着きを取り戻すと執務室の中に入っていた。

 

「ね、ねぇ……ここの扉も鍵……」

 

悪事を働くなら人目を避けるか邪魔が入らないように気を付けるはずである。

提督の私室へ続く扉にも鍵がかかっていない事には流石に2人も提督の身にやはり何かあったのではと不安な表情になった。

今のところ深海棲艦()がこちらの拠点にまで潜入して指揮官を直接害する等といった事案は起こっていない。

しかしだからと言ってこのようの状況故に気は抜けなかった。

もしかしたらこれが最初の例となるのかもしれないのだから。

 

「……」

 

「……」

 

2人は顔を見合わせて無言で頷き合うと、意を決して勢いよく扉を開けて提督の部屋に入った。

 

 

「……何これ」

 

「……」

 

中の予想外の光景に川内は呆然とし、大淀もその不可解な状況に言葉を失い川内の言葉に反応ができなかった。

提督はベッドの上で大の字の格好で仰向けで寝ていた(ように)見えた。

だが彼の額は赤く腫れ、そこから湯気のような煙が立ち昇っていた。

そして彼の反対側には同じく大の字になって床に倒れている電の姿もあった。

彼女も提督と同じく仰向けに倒れており、額にできた可愛いコブから煙が立ち昇っていた。

 

「大淀……これ、どういう事?」

 

「さぁ……取り敢えず電気点けましょうか」

 

大淀が部屋の照明を点けると、暗がりで開いた瞳孔に差し込む光の眩しさに目を細める2人と同じように先ず電の方が意識を取り戻した。

 

「んん…‥?」

 

「電! 大丈夫?!」

 

「はわっ?! せ、川内さん? えっ、此処……? 私、どうして……あっ」

 

自分の身に起こったことを思い出し、思わず口元を隠した電の様子を見て彼女に駆け寄っていた川内が早速誤解した。

 

「電、その反応……やっぱり提督(こいつ)に……!」

 

「えっ」

 

川内の勘違いに慌てる電。

その様子に一先ずは自分達が危惧したような事が起きたわけではない事を察した大淀は直ぐに川内を窘めた。

 

「川内、駄目よ」

 

「大淀、邪魔しないで! さっきの電の動揺ぶり見たでしょ?! あれは明らかに……!」

 

「だから駄目だって。落ち着いて。ねぇ川内、先ず電ちゃんを見なさい。どうしてこの子の額にはこぶが出来ていると思う?」

 

「そんなの……こいつから電に乱暴したんだよ!」

 

「はぁ……。じゃあどうしてこの人の額も赤く腫れているのかしら?」

 

「え? それはぁ……あ、そう! 電が抵抗して反撃を……!」

 

「違うのです」

 

川内が言い終わる前に電が介入してきて彼女の言葉を遮った。

川内は心配していた当の本人に自分の考えが否定されて混乱した目で彼女を見た。

 

「え? 違うの?」

 

「はい、違うのです。電は司令官さんに何もされてないのです」

 

「えぇ……じゃあなんでこんな時間に提督の部屋に……あっ、まさか!」

 

またどうせ的外れな事を思い付いたのだろう。

そう思った大淀はあまり期待してない顔で先を促した。

 

「何なの?」

 

「2人とも同じ所に怪我……。ちょっと信じられないけど2人は逢引していて接吻にしっぱ……」

 

「もっと違うのです!!!!」

 

その時、電の怒号が鎮守府全体を揺らした。

それによって今度は提督が意識を回復して目を覚ました。

 

「っ、なんだ……まぶし……ん?」

 

提督の前に何故か3人の艦娘がいた。

彼は部屋の時計を見た。

深夜だった。

 

(え? なに? なんで俺の部屋にこんな時間に艦娘(こいつら)が3人もいるの? あっ)

 

提督は自分が意識を失う直前に見た光景を思い出した。

そして彼の視線が電を捉えた瞬間、()()()を思い出して声にならない悲鳴を漏らして提督は壁の方まで後ずさりをした。

 

「~~~!!」

 

「あれ? なんか提督、電を見て逃げちゃったよ。何か怖がってる?」

 

「……」

 

提督にもの凄く抗議をしたかったが、彼がそんな反応をした理由も理解している電は何も言えなかった。

 

「提督、大丈夫ですか?」

 

全てが杞憂に終わりそうで心から安心した大淀が提督を宥めるように優しく声を掛けるが、当の本人の耳には届いておらず彼の頭の中ではこの時様々な考えが錯綜していた。

 

(こ、このシチュエーション……。俺死ぬのか? リョナエンドか? ヤンデレエンドか? 何処で何を間違ったんだ……? 嗚呼、せめて苦しまないように……)

 

提督の心は完全に折れていた。

ゲームでいうところのコンディション値が赤色の状態だった。




次はやっと着任してから二日目の話です。
まだ二日目……。


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14:成果

今回の話は……盛り上がりに欠けてつまらないかも


提督は机に突っ伏していた。

それもこれも昨日の体験による精神の消耗と睡眠不足が原因だった。

自分の身に起こった事態については凡そ理解したし艦娘側の事情も理解した。

艦娘達も一部の者が提督のことを誤解していたがそれも解けた。

万事は丸く収まったのだが彼の体調面まではそうはいかない。

 

「提督? 提督? あの、すみません。そろそろ指揮を……」

 

提督が不調の理由と原因を知っている大淀が横から申し訳なさそうに声をかけるが彼の反応は鈍い。

 

「あぁ分かってる、分かってるよ……。ちょっと待って……」

 

提督の前で艦娘達が彼の復調を待つこと5分「ふぅ」という短い呼吸とともにやっと彼は机から顔を上げた。

その顔を見て艦娘達は思わず後ずさる。

 

「うわっ凄い隈……。司令官、本当に大丈夫?」

 

引いていた子達の中からいち早く皐月が近寄って心配そうな目で彼の顔を覗き込む。

提督は大丈夫と言う代わりについ無意識に彼女の頭を撫でそうになったが(すんで)の所で思い留まる。

 

(いかんいかん。つい子供にするようにやりそうになってしまった。まぁ実際に見た目は子供なんだけどそこはちゃんと分けて考えないとな……よし)

 

「傾注」

 

やっと出た指揮官らしい言葉に艦娘達はビシリと彼の指示を待つ姿勢になった。

 

「やる事は昨日とそんなに変わらない。先ずは午前の演習に参加して昨日と同じくらい遠征をしてもらう。それから開発と建造を行って……」

 

 

「提督、演習の結果です」

 

昼、提督は演習の報告書を大淀から受け取った。

その内容を確認した彼は顎髭を親指で掻く仕草をして満足気に頷いた。

 

「うん、これなら今日は海域(1-2)の制圧に征けそうだな」

 

「艦隊編成はどうします?」

 

「川内、皐月、電、朝潮、霞の5隻編成」

 

その言葉を聞いて大淀は疑問を呈した。

 

「提督、その軽めの編成で行くのであればもう一人くらい軽巡か駆逐を入れても良いのでは? 資材は多くはありませんが、かといって制圧に失敗してまた出直す羽目になる事を考えると戦力は少しでも充実させた方が良いかと思いますが」

 

ゲームではそうだったがこの世界(リアル)でも艦娘の艦隊編成は一艦隊につき6人までとされていた。

提督が読んだ教本によると必ずしもその人数を守る必要はないが、それ以上の人数となると戦闘時の連携に支障をきたし易いのだとか。

まぁこれについては艦娘を扱っている海軍が真剣に今までの経験と研鑽の果てに導き出したものかもしれないので、これがそのままゲームのルールに当てはまるのだとしたら、無理に破らない方が良いだろうと提督も結論した。

大淀の発言もその教義にしっかり則ってのものだった。

編成するのであれば上限まで組み、戦力を底上げした方が良いという大淀の意見は至極真っ当と言えた。

だが提督はそれを否定した。

だって識っていたから……。

 

「大淀、進言は尤もだけど今回はこれでいく。ああ、大丈夫。一人でも大破したらそこで進軍はやめて次回にするから」

 

「……分かりました。選定された艦に出撃予定を伝えてきます」

 

「よろしくー」

 

大淀は本当はまだ食い下がりたかったが、提督から前回の建造の時に資材の配分の事を話していた時と同じ雰囲気を感じ取ってそれ以上意見するのをやめた。

 

(これだ。この人は口調も態度も軽いのに自信がある時だけはしっかり眼と声で解る。何なんだろうこの感じ……)

 

 

そして出撃の結果、川内達は出撃した先で見事に海域を支配する主力部隊を捕捉し、敵の殲滅こそは逃したものの部隊の統率艦は撃沈するという十分な戦果を上げた。

 

「おかえりなさ……」

 

提督はしっかり成果を出して戻って来た川内達を出迎えて労いの言葉をかけようとしたのだが、彼女達の姿を見て提督の言葉は途中で尻切れになった。

交戦の結果、艦隊は川内と霞が中破でそれ以外は大破といったなかなかにグロッキーな状態で、提督も被害状況は無線では把握していたが実際に目にしてみるとその印象は……。

 

(なんだこれは……。俺の世界だったら故意に見て無くても社会的な立場が危うくなりそうだ)

 

演習の時とは違い、ところどころ出血もし煤汚れも心なしか濃く見えた。

そして艦これと言ったら中破以上の被害で見せる衣服の破損である。

提督は心の何処かで流石にリアルで中破大破した半裸の女性は見ることはないだろうと高を括っていた。

だが事実はその予想に反したもので本当に破れた服の半裸の状態になっていた。

 

男ならこんな状態の女性を見れば心の中で密かに興奮したり喜んだりするものだろう。

だが提督の場合は実際に命が懸かった戦場に送り出した負い目もあったし、何より彼女達には大変申し訳なかったが、自分が企画モノのA○に参加した素人出演者のような気がしてそんな薄ら寒い気分となっていた。

故に提督は彼女達を見るなり、尻切れとなった労いの言葉は一先ず後にして、早々に怪我の治癒効果もある入浴(入渠)を指示したのだった。




次の話では本当に血が沸き立つ夜戦ができて喜ぶ川内の話とかできたらしたいなぁ、と。


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15:改善の第一歩

二日目の艦娘が遠征と午前の演習を行っている時の話。

*作中では「家具コイン」を「妖精コイン」として名称を変え、妖精間で流通している通貨という扱いにしてます


話を聞けば、悪名高い前任者の下でも鎮守府近海(1-1)は本当にあっさりと、誰も被弾する事無く完全勝利で制圧できたらしい。

それによって当時は艦娘達も前任者の能力に期待し、敬意も持っていたのだとか。

つまり第一印象はバッチリだったのだ。

 

『お前たちで適当にやってこい』

 

指揮の放棄、無能の証明以外の何ものでもないのだが、この言葉を放った後に前述した勝利を収めた為、艦娘達は提督は予め任意の判断で制圧が可能であることを見越してあのような言葉を放ったのだと逆に彼の先見の明(だと思っていた)を称えた。

嬉々とした表情で勝利を報せる艦娘達。

前任者はそんな彼女達を笑顔で抱き締めて迎えた。

艦娘達も最初こそその大胆さに驚いたが、提督は自分達を心から褒めてくれていると最初はまんざらでもなかった。

だが背中に回していた手が躊躇することなく腰からその下まで下りてきた辺りから……。

 

(最初から飛ばし過ぎだろ)

 

大淀からこの話を聞いた提督はドン引きした。

前任者は何故こうも遠慮なくそんな事ができたのか、話の雰囲気から察するに彼女達はそれらの行為を堪えていたようにも思えた。

提督は貴重な外国産のお香のような匂いがする煙草をふかしながら以前いた『労務』や『組合』といったものがあった世界を思い出していた。

 

(まぁ()()()()が昭和初期の気質ならいろいろ難しかったんだろうな。俺みたいに『本部』ではなく『運営』に繋がりがあればまだ……)

 

大淀が提督に自分から過去の話の一部を語ったのは、初めて見た提督の実戦の指揮が予想以上にまともかつ的確で、前任者との差にショックを受けたからであった。

彼は出撃した艦娘から無線が入る度にちゃんと「そのまま進め」とか「問題無い」と言ってくれるし、会敵した際も展開する陣形までしっかり指示してくれた。

戦闘時は流石に離れている場所からの指示が難しいらしく「可能なら大型から仕留めるように」といった大雑把なものであったが、ちゃんと戦闘後は一人ひとりの状態を確認した上で次の進攻も指示してくれた。

合間にボソリと「子○使いのようにいかないか」とボヤいていたのを大淀は聞いたが、正直意味は解らなかった。

その結果が今回の勝利【判定A】だったのだが、負傷して戻ってきた艦娘達の顔は痛みで顔を歪めるどころか初めてまともな戦い(指揮を受けて)をして、そして勝利できた事にとても満足げな表情をしていた。

 

 

そんな川内達が勝利の吉報を携えて鎮守府に帰投する少し前、提督は空いた時間に入渠する場所を確認していた。

思えば初めて自分の指揮で怪我をした艦隊が傷を癒やす事になるので、一度自分の目でどのような場所か確認がしたかったのだ。

 

「ここが入渠所です」

 

「……ふーん……」

 

案内されたその部屋の設備を見た提督はそんな言葉にならない声しか出せなかった。

この鎮守府の入居所はさながら自分が子供の頃、学校のプールにあった腰洗い槽そのものだった。

床も壁も全てタイルが貼られて冷たげで飾り気のない雰囲気だった。

そしてそんな場所に設置されていた槽に張られた液体は……。

 

「冷たっ。まんまアレかよ!」

 

(確かこの設備は少なくとも俺が働いていたときには無意味なものとして学校からドンドン姿を消していたはず。やっぱり()()は時代が……)

 

提督は頭を掻いて溜め息を吐くと「こんな場所では流石に可哀想だ」と言って大淀の方を向いて訊いた。

 

「あのさ、此処って妖精っている?」

 

提督は「妖精」と自分で言って少し恥ずかしかったが艦娘がいるなら妖精だっていたっておかしくはない。

彼は心の中でひたすら大淀が「いる」と答えてくれることを祈った。

 

「ええ、いますよ。殆ど仕事が割り振られることはないので、大体明石が籠もっている工廠の方にいます。提督、もしかして妖精に何かご依頼するおつもりですか?」

 

何故か怪訝な表情でそう訊く大淀に何だか嫌な予感を覚えながら提督は「そうだけど?」と答えた。

それを聞いた大淀は申し訳無さそうな顔をして提督に言った。

 

「提督、残念ですが妖精に何かを依頼する事は容易ではありません」

 

「というと?」

 

「妖精に何かを依頼する時は本部が製造し、彼らの間でのみ流通させている『コイン』が必要なんです」

 

「ほう」

 

「勿論私達にも入手手段はあります。遠征から戻ってきた時にその報酬として本部から頂くのが主です。しかしその量は本当に微量で……」

 

「それってこれの事?」

 

提督がポケットから取り出した透明で虹色に光る不思議な色をしたメダルの塊に大淀は驚愕して目を剥いた。

 

「?! て、提督?! そ、それは一体……?!」

 

「いや、俺は部屋にあって違和感がある家具は例えかなり余裕があっても買わなかったからさ」

 

相変わらず提督が何を言っているのかよく解らなかったが、彼が握りしめているそれは紛うことなき妖精コイン(家具コイン)だった。

そして提督はもう片方のポケットから更に信じられないものを出して見せた。

 

「そ、それ……」

 

提督が出したそれは妖精コインの中でも流通量が特に少なく貴重なコイン、妖精大精貨(特注家具職人)だった。

そのコインも提督は片手一杯に握りしめており、明らかに持っている数は数十枚という量だった。

 

「これ使って依頼すれば妖精は割と大規模な改築も短時間で実現してくれたりするかな?」

 

「え? あ、はい……。妖精は私達以上の超常の存在で、本部も依存している部分が多々ある程に万能です。ですのでそれを使って交渉して頂ければ大抵の事は実現するかと……」

 

「素晴らしい」

 

それを聞いた提督は上機嫌な様子で今度は工廠の奥にある明石がいる場所への案内を大淀に頼んだのだった。




次はお風呂回かな明石回かな川内回かな


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16:交渉

今回は明石回


「明石」

 

「何よ大淀。私、特にやる事ないんだけど」

 

「明石」

 

「だからそもそも予定がずっと……」

 

「提督がお見えですよ」

 

「?!」

 

大淀の言葉に背中を見せて机に暇そうに突っ伏していた明石は電撃が走ったように立ち上がって後ろを振り向いた。

 

(そ、そういえば新しい提督が来たって昨日聞いてたー!!)

 

「た、大変失礼いたしました! あ、貴方が新しい提督ですね。私、工作艦の明石と申します! 工作艦という性質上あまりお眼鏡にかなう事はないかもしれませんが、どうぞ宜しくお願いします!」

 

見た目こそ焦ってはいたが、その実内面では早くも冷めた感情が明石の中を巡っていた。

 

(私の存在を認識していたかも怪しい前の提督よりはマシそうだけど、まぁあんまり期待しないでおこう)

 

そう本音と建前が相反していた明石に提督は言った。

 

「うん、宜しく。まぁ確かに今は悪いけど力を借りたくても借りられないからね……。でもその内に改修資材持ってくるからその時は宜しく」

 

「え? あ、はい……」

 

予想外に友好的で気を遣ってくれた言葉に明石はつい間の抜けた返事をしてしまった。

そんな意外な驚きをしたこともあって彼女は改めて提督の姿を視線を悟られないようにそっと観察した。

少し歳は取っているけど40には行ってないかもしれない。

前向きに言えばナイスミドルだ。

悪く言えば髪にも髭にも数本白髪が光って見えるオジサンだが、性格的には悪くはなさそうだった。

 

「へぇ……」

 

「おい、声に出てるぞ」

 

「あっ」

 

特に何かを言ったわけではなかったが口から漏れた声色と表情から何を考えていたかを察した提督が苦笑していた。

明石は今度はちゃんと本音と建前が一致した謝罪を「すみません」としたが、提督は特に気にした様子もなく、隣にいた大淀に頷いて用件の通達を頼んだ。

 

「明石、今回提督は貴女への挨拶も兼ねて妖精に仕事の依頼をしにきたの」

 

「え? 妖精さんに? でもそれは……」

 

「大丈夫。その点は問題ないわ」

 

「え? あ、そうなの?」

 

「ええ。それで、先程の話なんだけど、明石、役割柄普段から妖精とは、少なくともこの鎮守府の中では親しい方でしょ?」

 

「ん、そうね……」

 

「提督は今回少し大規模な改築をご依頼されたいということで、貴女に妖精に呼びかけてもらって少し数を集めて欲しいそうなの」

 

「え、いいですけど。あの子たち呼ばれて来て大した物貰えなかったりしたら暫くむくれちゃって姿を見せなくなる可能性もあるんで。そうなってしまったらもしかしたら私が困る事になるかもしれないのでその辺は……本当に大丈夫ですか?」

 

探るようにそう窺う明石に提督は大淀の時と同じく握りしめた妖精コインの塊を見せた。

 

「うわっ、すご?!」

 

「これなら大丈夫そう?」

 

「あ、はいっ。これなら、うん。きっと大丈夫です」

 

明石にも太鼓判を貰って満足気に頷いた提督は「では」と早速妖精の招集とその依頼内容を話した。

 

依頼内容は今ある入渠所を超高性能かつ超高効能な大浴場に改築することだった。

いや、浴場の規模や機能的に改築と言うよりは建築という言葉のほうが適切な規模の依頼だった。

提督は建築にあたって幾つか希望する条件を出した。

1、一度に100人は利用できる大きさにする事。

2、入渠の本来の目的通り傷の治癒効果も付与する事。

3、湯には女性が喜びそうな効能を存分に付与する事。

そして4、これがとんでもない条件だった。

どんな艦種の艦娘がどれほどの怪我を負っていても必ず1時間以内に全快するほどの超高性能な風呂にする事。

 

明石を介して話を聞いていた妖精は条件の数が増えていく度に表情に余裕がなくなっていった。

それは通訳していた明石も同じで特に最後の条件を聞いた時は「何言ってんだコイツ」という目で提督を見ていた。

 

「できない?」

 

提督は妖精コイン10万枚を提示して妖精に訊いた。

 

「妖精さんは3までがギリギリだけど10万は無いと言ってます」と明石。

 

「そうか。じゃ……」

 

提督は更に妖精コインの追加90万を提示した。

 

「できない?」

 

妖精の顔色が変わった。

目の前のコインの山に釘付けだ。

だがそれでも最後の条件は難しいようで渋い顔をした。

 

「ふむ……それでは……」

 

妖精も明石ももうそれ以上はないだろうと思っていたのだろう。

二人は諦めて条件を3までとした上で100万で妥協すると踏んでいた。

だが提督の後ろで大淀は何故か何かを期待しているような目をして微笑んでいた。

提督はそんな大淀の期待に応えるかのように更に妖精コイン300万追加に更に大精貨50枚追加を提示した。

 

「え……」

 

「 」

 

明石も妖精も提示された目の前の額に言葉を失っている様子だった。

しかし程なくして妖精の方が微妙に下を向いて少し震えたあと、明石の耳元で何事かを囁いた。

明石はそれを聞いて目を見開く。

 

「仲間を総動員して命を懸けて実現します……と言っています……」

 

妖精の承諾を得て提督は「よし」と手を叩くと、妖精の代わりに明石に向けて契約締結を示す握手を求めた。

そんな彼の手を明石は少し気恥ずかしそうな様子で、しかし明るい表情で握り返した。




7年間家具コインを無駄に貯め込んでいた提督が無事契約を勝ち取る話でした。

本日中に少し数話投稿するつもりなので返信とかその時に。


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17:入渠

提督の期待に応える為
そして提示された報酬を貰う為
妖精たちは全力で仕事に取り組み1時間で彼の依頼を完璧に実現した


「えへへ、えへへ~♪」

 

尻を浮かせて浴槽の縁を掴んでバタ足する川内。

彼女はかつて無い程に上機嫌で幸せな気持ちで一杯だった。

 

実戦では怪我はしたけど最高に血が沸く夜戦ができた。

元々夜戦で大活躍したいという本能的な欲求が強い川内だったが、前任者の下ではその欲求すらどうでも良くなっていた。

だがそれでもやりたいという願望は変わらずに残っており、今回それが爆発したというわけである。

 

(あの時は本当に楽しかった……。本当に生きてるって感じがした……。あのまま相打ちで沈んでも軍艦としての本懐を遂げられて満足できそうだった。でも、でも……)

 

仲間と鎮守府に帰ってみたら信じられないほど大きい風呂が自分達を待っていた。

聞けば浴場建築の発案者は提督で、どういう手法を取ったのかは分からないが妖精にかなり働きかけたらしい。

何故彼がこんな素晴らしいものを用意してくれたのか、その理由を大淀から聞いた時川内は思わず目が点になった。

 

「ぷっ……っく、あはは。何だよ『水じゃ冷たそうだから』って……」

 

(ホント……なんだよ……)

 

川内は今度は自然に溢れ出した涙を止められずに、他の者にその姿を見られるのを恥じて浴槽に潜って身を隠した。

 

 

「あー、川内さん忍者ごっこしてるー」

 

身体を洗い終わり、湯に浸かる為にペタペタと足音を響かせて進んでいた皐月が自分もやりたそうに川内を指差す。

しかしそれをやんわりと後ろから龍田が彼女を抱き上げて止めた。

 

「うふふ、駄目よぉ? 今は川内ちゃんをゆっくりさせてあげてねぇ?」

 

「うわっ龍田さん?! うん、うん! 分かったから下ろして!」

 

「ついでだからお姉さんがお風呂まで運んであげるわぁ。さ、一緒に行きましょ~」

 

「えっ、そんな別にいいって。あぁぁぁー……」

 

担ぎ上げられて湯気の中に消えていく皐月を見て電が可笑しそうに笑う。

 

「ふふ、楽しそうなのです」

 

「電、貴女は嬉しそうね」

 

隣で髪を洗っていた朝潮も微笑んでいた。

 

「全く声が響くんだから騒ぐんじゃないっての」

 

と、口では注意しながらもお湯の気持ち良さにはしっかり顔を緩める霞。

 

3人も帰ったらでかい風呂ができていたので吃驚した。

入渠所があった場所にそんなものが口を開いて待っていたので、どうしたものかと迷っていたところに出撃メンバー以外の者を連れて来た大淀が教えてくれたのだ。

 

『ここが新しい入渠所ですよ』

 

最初にそれを聞いた時は信じられなかったが、確かに桶に溜めたお湯を被るだけで疲れや傷がどんどん癒えていくのが解った。

そんなとんでもないものをこの規模で実現し、それを艦娘用とした提督の考えは、艦娘を大事にする他の提督からは共感を得られるかもしれないが、艦娘をどちらかというと兵器に近い存在と捉えている軍上層部からしたら狂っていると思われても仕方がなかった。

 

電は身体にかける湯の一杯一杯に提督への感謝と畏敬の念を込めて誓うのだった。

 

(私は、あの人の為に頑張る……!)

 

 

少し離れた浴槽では羽黒と大淀が話していた。

 

「いいんでしょうか……。私達、特に怪我はしてないのに……」

 

「提督がここは入渠以外の目的でも使用を許可していますし、問題はありませんよ」

 

「そ、そうですか? そうですよね……。じゃあ……はぁ……」

 

大淀のお墨付きを得た事で心のつかえが取れた羽黒は漸く気持ち良さそうにお湯の中により深く身を沈めた。

大淀はそんな彼女の隣でチラリと横目で湯に浮かぶ大きな2つの山を見て、自分の中に今までなかった競う気持ちが生まれるのを感じた。

 

(全く……。今までは気になる事なんて有り得なかったのに……。まぁ流石にあの人に浴場から生まれる不和の可能性にまで考慮すべきなんていうのは無理な話よね)

 

大淀は胸の前で腕を組んで小さく笑った。

 

 

別の所では五十鈴、鳳翔、明石が話していた。

 

「はぁ……気持ちいー……。あの提督、何者なのかしら」

 

「やっぱり? 五十鈴も気になる?」

 

「そりゃここまでのもの見せつけられたら気にもなるわよ。最初は前の人よりマシかなくらいにしか思って無かったからね……」

 

「私はまだちゃんとお話しした事がないので間近で提督を見ている二人がちょっと羨ましいわね」

 

「んー……見た目は普通ですよ? オジサンで冴えない感じだけど、まぁ普通。ねぇ明石?」

 

「そうねぇ……。まぁ私もまだそんなにちゃんとお話ししたわけじゃないけど……良い人、だとは思う、かな?」

 

「まぁそれは確かに。艦娘(私たち)なんかにここまで良くしてくれるなんて、ちょっと変わってる感じがするよねぇ……」

 

「そうですか……」

 

人員不足が理由で未だに所定の位置から動くことが出来ないでいた鳳翔は、まだ見ぬ提督の存在に強い興味を持ち始めていた。

 

(今度大淀さんに提督のお好きな食べ物とか訊いてみましょう。もしお酒も好きなら……っ、それはその時考えましょう)

 

嫌な記憶を思い出して一瞬眉を(ひそ)めた鳳翔だが、それに気付いた者は誰も居なかった。

 

 

所変わって再び川内がいる浴槽には、皐月を解放した龍田がいつの間にか彼女の隣にいた。

 

「そういえば提督はお風呂はここ使わないのよね?」

 

「えっ」

 

潜っていた状態から顔を半分出していた川内は龍田の言葉を聞いて顔を出した。

 

「提督は自室にお風呂があるから、まぁ使わないでしょ」

 

「まぁそうだけど……。私達だけこんなに大きいお風呂に入れて提督は普通の……。まぁ足は伸ばせるんだろうけど、そんなお風呂というのも少し悪い気がするわねぇ」

 

「まさか一緒に入ろうとか提案する気じゃ……」

 

「あの人がそんな提案に乗ってくると思う~?」

 

「それは……ないと思うけど……」

 

「私が言ってるのはぁ、何か提督にしてあげられる事はないかなぁって事」

 

「戦果をどんどん上げるっていう事じゃあ……ないよねぇ」

 

「そうねぇ。それはそれで上からは評価される事になるけど……。まぁ、お互い何か考えておきましょう」

 

「……分かった」

 

川内はそう言うと再び顔を半分沈めブクブクとお湯を泡立たせるのだった。

 

 

この時、鎮守府に所属する艦娘の間での提督の評価は全て上方修正されていた。

それは艦隊を指揮する提督にとっては有り難いことであったが、かといって大体彼の身近にいる大淀ほど提督とコミュニケーションを取っている艦娘はいなかったので、人物や性格面ではまだよく分からない、取り敢えず悪い人ではなさそうという程度に留まっていた。

 

そしてその頃提督は……。

 

(ぜ、全員風呂に入りに行くとは……)

 

確かに自由な入浴は許可したが、まさか仲間全員で一緒に風呂に行くという女性の行動心理までは予想できず、一人でポツンと仕事をしていたのだった。




あまり妄想が膨らまない風呂回ですみません。
まぁ話作ってて敢えて意識することもないかなぁと思いまして。

もう17話……いかん、あと一話くらい本日中に投稿できたら感想返信とかします。
思いつくからとずっと作ってたら頭痛くなってきたorz


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18:空母

二日目にして3回目の建造
提督が泣き笑う話


入浴からほくほく顔で戻ってきた艦娘に提督は再び遠征を命じた。

相変わらず資材は少ないのだ。

最初は繰り返し行くことに不満を漏らす者もいたが、提督の改革によって幾分か提督の事を見直すようになっていた艦娘達は意外に感じるくらい素直に応じたのだった。

 

「了解!」と元気な声で命令を受諾し遠征に出発する艦娘達。

提督も以前より彼女達が協力的になってくれた事を感じ、建築した浴場が効果を発揮しているのを確信した。

 

「いやぁ、作ってもらって良かったぁ」

 

「提督、本当にありがとうございます。これは私一人からの御礼の言葉ではありません。ここにいる艦娘全員の感謝の言葉だと思って下さい。間違い有りません、保証いたします」

 

パスタを差し入れた時と同じあの嬉しそうな顔を大淀から向けられて提督もまんざらでもなさそうに笑顔で応じた。

 

「ありがとう。妖精にも見かけたらお礼言っといてね。払った報酬の事もあるけどマジで頑張ってくれた事には変わりないから」

 

「勿論です。承知致しました」

 

笑顔のまま承諾する大淀。

別に最初も印象は悪くはなかったが、たった一日前の彼女と比較すると明らかに良い意味で違っていた。

ふと提督は、そんな大淀に何か違和感を覚えたがその理由に直ぐに気付いた。

 

(ん……? あ、そうか)

 

違和感の正体は大淀から感じた湯上がりの体温と石鹸の匂いだった。

 

(確かにまだ日が明るい内から仕事中にそんなの感じたら違和感覚えるわな。ま、これに関しては今回が特別な状況だったってだけだ)

 

 

「さてさて……」

 

提督は再び建造機の前にいた。

まだ直ぐに制圧に乗り出す気はないが、次の海域(1-3)からは敵にとうとう戦艦が出てくるのだ。

だからといって別に火力がある戦艦が欲しいというわけではない。

火力を意識するなら寧ろ現状一人しかいない重巡の羽黒との交代要員としてもう一人重巡に来てもらった方が助かると言えた。

しかしそれより優先して回したい建造レシピが提督にはあった。

前回の建造と同じ空母レシピである。

ルート固定の編成では1-4までは戦艦も空母も出番はないが、この鎮守府海域の最終ステージである1-4はボスまでのルートを固定するために水上機母艦が一隻必要という問題があった。

故に提督は今回も空母レシピを回し、あわよくば千歳か千代田が出てほしいと思っていた。

 

「提督、これ、前と同じ配分ですね。やはり空母の充実をお望みということですか?」

 

「まぁ戦艦はともかく、空母がもう一隻来たら鳳翔と交代して鎮守府周囲の警戒とかも定期的にできるようになるしね。まぁ……第三艦隊が使用できるように川内型を揃えるのも有りといえば有りだけど、軽巡も多いからな……」

 

教本には提督として十分な戦力を保有したと判断する前段階の条件として川内型の完備が挙げられていた。

これを見事に達成してその事を本部に報告すれば、新人提督に新しい艦隊の保有が認められ、遠征の効率も上がるし、また保有戦力に応じた報酬も本部から貰えるのだ。

今のところ提督の鎮守府はジリ貧状態だったのでこれを狙うのも確かに悪くはないと言えた。

 

「ふふっ……」

 

提督の口から自嘲気味な笑い声が漏れる。

本当にやる事がたくさんあって改めて自分が立たされているスタート地点を考えると泣きたくなってきた。

 

「提督、大丈夫ですか?」

 

「ああ」

 

大淀の心配する声に提督は目頭を押さえながら片手を上げて体調に問題ないことをアピール。

そこから目を閉じた状態で暫し熟考する事10秒程。

目を開けた提督は先ずは空母を一隻追加で迎えた後は、暫く消費が少ない建造をメインで行い川内型完備を目指すという方針を決定した。

因みに1-3のルート固定条件はこの時点では満たしていたが、最後に戦艦が出てくる事を考えるとレベル的にはまだ不安があったので、やはりこちらの攻略も先送りとした。

その先に控えるルート固定に水上機母艦が必要な1-4、艦隊のさらなる充実を約束してくれる金剛型完備が条件である第4艦隊の開放。

提督からしたら本当にまだまだスタートに立ったとは言えない状況だった。

 

「それじゃやりますかね。えーと今回空母レシピを回すと残りは……」

 

提督が数字を出す前に大淀が素早く教えてくれた。

 

「以前と同じ数値で建造した場合は残りは燃料700、弾薬700、鋼材500、ボーキサイト500となります」

 

「早い、流石だ」

 

「お任せ下さい。これが仕事ですから」

 

当然のことですとちょっと誇らしげにメガネをクイッとあげる大淀に苦笑して提督は考えた。

 

(遠征頑張ってもやっぱり鋼材とボーキの消費が痛いな。それでも前回の建造後に残った数値よりはマシな気がするけど……)

 

「よし、やるか」

 

これ以上考えても仕方がない。

意を決した提督は実行ボタンを押した。

その結果は……。

 

「航空母艦、加賀です。貴方が私のて……」

 

建造機から生まれ出た加賀は提督に一言挨拶をしようとしたが、自分を見る提督の視線に柄にもなく動揺して途中で言葉が途切れてしまった。

 

「え……なに……? 私に何か問題……でも……?」

 

強力な戦力を引き当てた提督の豪運に感動する大淀の横で提督はと言えば、嬉しいような悲しいような何とも複雑な表情で加賀を見つめていた。

そんな彼の胸中はこのようなものだった。

 

(死ぬ……。俺の鎮守府が死んでしまう。コイツを運用してしまったらボクの鎮守府が枯れてしまう。加賀はまだ俺の所では養えない……!)

 

提督は心の中で激しく慟哭した。




それでは今回はここまでとさせて頂きます。
今までかなりの更新頻度で来ましたが、単純に筆が波に乗っていただけです
以降もこうとは限りませんので、あまり期待はされない方が良いと思います。


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19:鳳翔

加賀は歓迎するけど
運用するかは話は別
そんな話……で、納得するかどうかという話です


「は? 料理?」

 

加賀は提督から受けたある命令に目を丸くした。

 

「提督は私に厨房(ここ)で料理番をしろと仰るんですか?」

 

明らかに不機嫌な声に鋭い眼光まで添えて遠回しではあるが明確に提督の命令を拒否したいと意思表示をする加賀。

しかしそこは提督にも譲れぬ事情があったので怯まず説得にあたった。

 

「いや、お前の力は認めているよ? これからもっと強くなっていくのも俺は知っているし」

 

「それなら何故……!」

 

「強いからだよ」

 

加賀は提督が言った意味が解らず尚も詰め寄りそうになったが、(すんで)のところでその意味を自分なりに解釈して提督に訊いた。

 

「私の燃費が問題なんですね?」

 

「ご明察。更にうちには問題がある」

 

「……そもそも備蓄してる資材と資源が少ないと?」

 

「その通り」

 

一通りの事情を察して加賀はそれでも滾る不満を沈静化させる為に一度深く呼吸した後に頷いた。

 

「分かりました。そういう事なら仕方ありませんね。しかし1つだけどうしても解せない点があります」

 

「どうぞ」

 

提督は手を向けて先を促した。

 

「そもそも何故料理なんですか。料理なんて細々した事は私には向いてないと思います」

 

「いや、それは……」

 

その事情も提督は話そうとしたが、加賀の後ろに()()()の姿を認めて、その人物に向かって頷いて説明を任せた。

加賀も提督が自分の後ろに注意を向けていた事に気付いたので振り返ろうとしたのだが、それより早くその人物が加賀に声を掛けてきた。

 

「料理、()()()……?」

 

「!」

 

その声を聞いた瞬間、加賀は身体に電撃が走ったように全身を硬直させた。

『彼女』は後ろから震える加賀の肩に手を置き、静かではあるが明らかに圧のかかった声で加賀に語りかけた。

 

「加賀さ……()()()? 私は悲しいです。私はここで一所懸命皆のご飯を作って活力を維持するという大事な役割を果たしているのに、よもや貴女から、料理()()()という言葉が出るなんて……」

 

「ほ、鳳翔さん……」

 

加賀が震える声で後ろの人物の名前を呼ぶ。

彼女が振り返った先にはその言葉の通り、厨房の番人である鳳翔の姿があった。

彼女は加賀に一度微笑みかけると「ちょっと待っててね」と言ってその横を通り過ぎて提督の方に向かってきた。

 

「え?」

 

その展開は提督も予想外だったらしく、小走りで接近してきた来た鳳翔に驚いた顔をする。

 

「あれ、どうしたの?」

 

「あ、いきなりすみません。貴方が私達の新しい提督なんですよね? 恐縮ですが、遅い自己紹介をさせて下さい。軽空母の鳳翔と申します」

 

「ああ、はい」

 

「提督……申し訳ございません。私、貴方にいろいろと良くして頂いていたのに今までご挨拶どころかお姿も存じ上げてなくて……」

 

「いやいや、そんな。こちらこそ食堂に顔を見せなかったせいで挨拶が遅れてしまって。どうぞ宜しく」

 

ここの鎮守府の過去の事を色々察していた提督は敢えてその際に握手を求めなかったが、意外な事にその時は鳳翔の方から手を差し出してきた。

 

「はい、こちらこそ宜しくお願い致します」

 

提督がその手を握るより早く鳳翔の方から手を握ってきた。

彼女の手は華奢だったがそれと同時に心地良い温かさを提督は感じた気がした。

握手を終えた鳳翔は加賀に向けたものとは違うどことなく艷やかさを感じさせる笑みを提督に送ると「さて」と本番はこれからといった様子で加賀の方に向き直った。

 

「提督、後は私にお任せ下さい。必ず加賀()()()を厨房に立っても恥ずかしくない女にしてみせます」

 

「あ、うん……」

 

鳳翔の迫力に圧された提督はそんな曖昧な返事しかできなかったが、鳳翔の背中越しに見た加賀の様子には思わず同情した。

加賀はよほど女性としての鳳翔が怖いのか目に涙を滲ませて提督に無言で助けを求めていた。

 

(提督、助けて……)

 

加賀の悲痛な助力を求める意を酌んだ提督は申し訳程度ではあったがフォローする事にした。

 

「あの、鳳翔? ほどほどにな?」

 

「提督はお優しいのですね。大丈夫です。泣かせるような酷い事をするつもりはありません」

 

(いや、もう実際に泣いてるんだけど)

 

提督は無言のツッコミを入れたが、これ以上介入すると加賀に向けられた鳳翔の機嫌が更に悪化する気もした。

どうしたものかと悩んだ挙げ句、提督は胸ポケットに入れていたある物の存在を利用した妙案を思い付いた。

 

「……?」

 

鳳翔は自分の後ろからまだ提督の気配が無くならない事を妙に思った。

神経を集中して窺ってみると、どうやら彼は自分の服を(まさぐ)って何かを探しているようだった。

 

「あの、提督? どうか致しましたか?」

 

「いや、これから外に出て煙草を吸おうと思っていたんだけどな。どうもライター(火種)が見つからなくて……」

 

「あら」

 

「あ、多分部屋に置き忘れていたかも」

 

提督が部屋に忘れたライターを取りに戻る仕草で二人に踵を返した所で鳳翔が提督を呼び止めた。

 

「お待ち下さい」

 

「ん?」

 

「宜しければ、私がお持ちしますよ?」

 

「え? ライター(火種)を?」

 

「はい。直ぐにマッチ(火種)をお持ちしますので外でお待ちになっていて下さい」

 

「いや、ここで貸してくれたらいいけど……?」

 

「お・も・ち・し・ま・す」

 

「アッハイ」

 

本当はただもう少し鳳翔の気をそらして少しでも斜めになった鳳翔の機嫌を戻すのが目的だったのが、予想外の鳳翔の反応と凄みに提督は根負けして彼女の提案を受けることにした。

 

(お……)

 

そんな彼の視線の先では助けられた加賀が何度も自分に向かって感謝の意を込めたお辞儀をペコペコとしていた。




感想の返信途中での投稿です
また少し忙しくなるのでペースは落ちます


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20:変化

内容が薄い……。


二日目の建造と開発(地味な結果だったので割愛)午後の演習も終わり、提督は最後の仕事(執務)に勤しんでいた。

提督はその日の昼は食堂で食べようかとも思っていたのだが、提督のおかげ(?)で幾分か機嫌を直した鳳翔による加賀への料理指導が早速始まっているらしく、初日くらいは邪魔するのも悪いと思ったのでまた大淀に食事は運んでもらった。

その際に、明日には顔を出すと大淀に伝えるようにも頼んでおいた。

 

そして今、提督はプリンタで出力した報告書を大淀に添削してもらいながら、発案書や申請書といった他の書類についてもデータとして落とし込んでいつでも作成できるようにするなど内職にも精を出していた。

まだ二日目であるが、たった一日前と比較しても作業はスムーズになっている気がした。

添削によって修正が必要とされた箇所も前よりは少ないし、大量の書類に押す印鑑も画像データとして取り込んであるので押印された状態で印刷も可能だ。

作業の効率化のおかげで昨日より大分早く終わりそうだなと提督が思っていた時だった。

 

扉をノックする音が聞こえたと思ったら返事も待たずに川内が飛び込んできた。

 

「提督! 次は何処に出撃する? もう日も暮れてきたからまた夜戦ができるよね?!」

 

「川内、失礼よ」

 

提督の行動によって艦娘達の態度が軟化したのは喜ばしいことだが、かといってプライベートならいざ知らず職務中にこのような態度は大淀は見過ごせなかった。

せっかく静かに仕事を堪能していたのにこれでは気が散って作業が遅れてしまうかもしれないという懸念もあった。

提督はと言うと、机に乗り出してピョンピョン跳ねながら出撃をせがむ川内に視線を向けることもなく、パソコンの画面を見つめたまま平坦な声で応じた。

 

「出撃って、次の海域の制圧の事?」

 

「うん!」

 

「却下」

 

「えぇ?! なんでぇ?! 私今日も演習に出て強くなったよ!」

 

いきなり希望が却下されたので川内は不満そうに提督の袖を引く。

 

「ちょ、袖掴まないで。あーもう……強くなったって言ってもなぁ……」

 

提督はデータから今日までの演習の結果のファイルを開いて確認しながら言った。

 

「強くなったって言っても演習では未だに敗け続きだしな。せめて一度でも勝てるくらいになればねぇ」

 

「提督がちゃんと指揮をしてくれたらまた勝てるよ! 前の時もそうだったじゃん!」

 

「あれは勝てる見込みが十分にあると判断したからだよ」

 

「次は違うっての?」

 

「うーん……いい? 前の海域だって勝てる()()()があると判断しただけなんだよ? 楽勝じゃない。お前達帰ってきた時ボロボロだったじゃん」

 

「それは……」

 

川内は提督の言葉に口ごもる。

確かにあの戦いは楽しくはあったが楽勝ではなかった。

どちらかというと辛勝に近い。

 

「次の海については今のところその()()()も薄いんだよ。川内一人が頑張れても他の子も付いてこれるようじゃないと」

 

「うぅ……わかったよ」

 

「悪いけどもう少し我慢して遠征と演習頑張って。そしたらその内出撃できるから」

 

「はぁい……」

 

川内はトボトボと部屋を出ていった、と思ったら直ぐに戻ってきた。

流石にこの展開は予想していなかった提督は呆れ顔で今度は川内の方を見て訊いた。

 

「今度は何?」

 

「なら私にも何か提督の手伝いさせて!」

 

「えっ」

 

これは意外な申し出だった。

まさか川内の方からそんな事を言ってくるとは。

それと同じことを大淀も思ったらしく彼女は珍しい物を見るような目で川内を見ていた。

 

「いや、手伝いと言ってもなぁ。俺と大淀で丁度良いしなぁ……」

 

「えー、何か私にもやらせてよー!」

 

「お、おい揺らすな。ちょっ……どうしたんだよ今日は?」

 

「どうもしないよ!」

 

「いや、どうかしてそうだから訊いてるんだけど……」

 

「川内、今日の遠征は終わったんでしょう? なら部屋で待機してたら?」

 

「つまらない!」

 

「…………」

 

提督はここに来て川内の言葉もありなるほどと思った。

つまりは今までは部屋に居た方がマシだった状況が余裕ができていろいろと興味を持つようになったのだ。

 

「子供かっ」

 

あまりにも解り易過ぎる流れと行動につい提督は言葉に出してツッコんでしまった。

 

「子供ってもしかして私のこと? 子供じゃないし!」

 

「そういう反応が子供なんだよ……。まぁそうだなぁ……じゃあちょっと俺の後ろに来て」

 

「了解っ」

 

やっと提督に構ってもらった川内は嬉しそうに、かつ素早く言われた通りに彼の後ろに回った。

川内は提督が何やら四角くて色がついて光っている物を覗き込んでいる事に早速興味を持った。

 

「わっ、なにそれ」

 

「後で教えてあげるから。それよりいい? 俺が上から数字を…‥えーと、上から下へ数字がパッと出てくるから、出てくる数字が止まった時の合計の数がこの書類に書かれている数値と同じかどうか教えて。違ったらその差。いい?」

 

「……? 分かった!」

 

「本当に大丈夫……? まぁ行くよ」

 

提督は自分が組んだ計算式をスタートさせると画面の数字が彼が言ったように次々と表示されそれがどんどん増えていく。

川内はそれを見て初めて玩具を貰った子供のように目を輝かせ、早速書類の事は忘れて興奮した様子で提督の肩を掴んで揺らしだした。

 

「凄い! これどうなってんの?」

 

「ちょ?! おいっ、やめ……のしかかっ……!」

 

途中から川内に伸し掛かられた提督はその重さに負け、ゴンという音と共に机に頭をぶつけて沈黙した。

 

「あっ……」

 

やってしまったと思ったときには遅かった。

 

「川内……」

 

「あ、あはは……」

 

重いプレッシャーを感じる声にギクリとして川内は振り返る。

そこにはせっかく順調だった書類作業を邪魔された挙げ句に提督まで暫く行動不能にされた事に甚く機嫌を損ねた大淀の()()があった。

 

「笑って誤魔化すくらいなら、昨日みたいに敷地内にまた荷物が届いてないか確かめてきなさい!」

 

「りょ、了解!」

 

川内は大淀の怒声に素直に従い、彼女は忍者の如く迅速に執務室から撤退していった。

そして実際に彼女によって新たに届けられていた荷物が発見されたのだった。




展開が遅いから数日後とかにした方がいいかなぁ……。

頭痛がまだするので返信はまたまとめて後ほど。


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21:改善の二歩目

話のシチュエーション的に本話に至るまで大淀と提督の二人の場面が多いですが、別にこの時点では2人ともお互いを意識するような状態にはなっていません。(余計な補足)


「本当に届いていたんですか。昨日も届いたのにまた何を取り寄せたんです?」

 

「……母親みたいな事言うなよ……」

 

「え?」

 

荷を解く提督に大淀が母親の小言のようなことを言う。

本人はそんなつもりはなかったのだが、提督からしたら実に聞き慣れた耳に痛い言葉だった。

 

「それで、今回は何を?」

 

「ん……ああ、これか」

 

「……?」

 

前回も解らなかったが今回はもっと解らなかった。

大淀は提督が箱から取り出した銀色に光る小さな四角いブリキ缶のような物をしげしげと見つめる。

 

「んー……」

 

「何か当ててみる?」

 

提督が少し意地悪そうな顔で笑いながら言った。

その顔は完全に親戚の子供をからかうオジサンの顔だった。

大淀はその顔にちょっとムッとして提督からの挑戦を受けて立つことにした。

 

「そうですね……」

 

大淀はそう言うと今回届いた謎の物体をじっくり観察し始めた。

 

(見た感じは金属かと思ったけど触ると全然違う。重さも想像より軽い。両側に風を通すような小さい縦長の穴が幾つも……。風を通すということは中で熱を持つという事。これらの点から推測するに……)

 

「降参です」

 

解らない物は解らない。

自分がいくらそれを観察したところで見た目から用途を当てるのは困難だった。

だったら意地になって的外れな回答をして恥をかくより良い。

冷静で論理的な実に大淀らしい結論だった。

そんな彼女に対して提督も別に小馬鹿にする事もなく、潔く白旗を上げた彼女に短く笑いながら「そっか」と言った。

 

「これはプロジェクターって言うんだ」

 

「プロジェクター?」

 

「うん。まぁ映写機に近いやつ。これで壁に光を当てると映像が観れるんだよ」

 

「えっ、どう見てもフィルムとか設置する機構が見当たりませんけど」

 

「映写機ではないからね。ま、こいつは今日皆の手が空いた時にお披露目するつもりだからそれまで楽しみにしといて」

 

「はぁ、分かりました。あれ? まだ何かあるんですか?」

 

大淀の言う通り、提督は箱の下からもう一つ何かを取り出した。

 

「あ」

 

大淀は提督が手に取ったそれの形状に見覚えがあった。

彼がよく弄っているスマホと呼ばれる物の大型版のように思えた。

 

「提督、それは、それもスマホというやつですか?」

 

「惜しい。けど大分近い。これはタブレットと言って機能的には確かにスマホと凄く似ている」

 

「機能が似ているという事はスマホではできない事をそれで何か行う目的でも?」

 

「いや、これはどちらかと言うと艦娘用」

 

「えっ」

 

これは予想外な答えだった。

スマホは全て提督にしか扱えない物だと思っていた。

正確には違うとはいえ、それに近い物を艦娘が使うことを前提にした物だと言うのだ。

 

「私達に、使いこなせるでしょうか……」

 

「直感的な操作に適してるのが特長の一つだからね、大丈夫だよ。が、その前に大淀達に渡す物がある」

 

「?」

 

提督はプロジェクターとタブレットが入っていた箱とは別に机の上に置かれた分厚い封筒のような物を手に取って大淀に見せた。

 

「あ、それ、確か定期便で今朝本土から届いていた物ですよね」

 

「うん。これは例の大淀達に行き渡らなかったお給料だよ」

 

「ああ、それがですか」

 

給料と聞いても相変わらず大淀の反応は薄い。

それも無理もないと言えた。

元々提督が所属する鎮守府は辺境と言っても差し支えがない地にあり、そもそも現金はあっても使う事ができない。

必要な食料や日用品は全て本土からの補給物資で賄われていた。

これでは金に対する興味が薄くなっても仕方がなかった。

だから提督は今回それを使う機会を与えようと思ったのだが……。

 

「ん?」

 

提督は封筒に同封されていた艦娘各員に分配する金額の合計の値が記された紙を見て首を傾げた。

 

(なんだこれ。なんか大分俺の予想より桁が……。いや、待てよ、もしかしてこれ……)

 

提督が封筒から札束を出すとそれらは全て彼が見たこともない形や額面をした紙幣だった。

見た感じ日本の紙幣であるようだが自分が使い慣れている紙幣に比べて見た目が少しシンプルで妙に旧い漢字が所々に使われていた。

 

「……」

 

提督は手袋を外して紙幣を直接触って感触を確かめてみた。

 

(んー……なんかゴワゴワしてて安っぽいな。そっかなるほど……)

 

ある程度それの見当が付いた提督は、その紙幣の束から大淀に割り当てた分を抜き取って彼女に渡した。

 

「はい、大淀のお給料」

 

「えっ、こんなに貰えるんですか」

 

予想通り額面だけなら提督の価値観では大分低いのだが、大淀は貰った給与の額に結構驚いているようだ。

 

(……参ったな。これ、通販サイト使えないんじゃないか……?)

 

未だに給与の額に気を取られている大淀を横目で見ながら提督は、先程届いたタブレットを操作して通販サイトの支払い方法を調べようとした。

 

(えっ……)

 

提督の指はその項目に行き着く前に通常の商品の紹介ページで止まった。

画面に出ている商品は表示されている価格から察するにちゃんとこの世界の貨幣価値に換算されていた。

 

(うーん……俺の給料は銀行振込みたいだけど、スマホから注文した時に見た金額は違和感なかったんだけどなぁ……。)

 

「まぁ……いいか」

 

提督は溜息を吐いてそう一言漏らした。

仕組みが謎過ぎて悩んでも埒が明かなかったので、提督はタブレットは自分で先程言った通りに艦娘用にしておけば取り敢えず多分問題ないと結論するしかなかった。

 

(さて、それでは……)

 

提督は漸く次の改革、大淀達に金の使い道を教える為、彼女に声を掛けた。

 

「大淀、皆を集めて」




次は買い物回かな


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22:購買欲

物欲を満たす、より前に
『女』に近付く時が来た


提督は艦娘達を集めるとタブレットの使い方について説明した。

説明を受けた彼女達は最初こそタブレットのディスプレイの色鮮やかさ等に驚き目を見張っていたが、見た目通りに若さを活かした力に偽りはないらしく、指先を使うタップから始まる基本操作等を提督も感心するほど早く覚え、順応を示してみせた。

 

「本当に不思議……。この表示されている小さな絵、私の指にくっついて一緒に動くわ。どんな仕組みなのかしら」

 

「五十鈴さん次僕! 僕にもう一回やらせて!」

 

「皐月、順番ですよ。五十鈴さんの後は川内さんです。軽巡の方が終わったら駆逐艦(私達)の番です」

 

「大淀さんはいいの?」

 

「私は皆にも教えるために一足先に提督から操作の仕方だけは教えてもらったのよ。ありがとうね霞ちゃん」

 

「鳳翔さんや加賀さんはいいわけぇ?」

 

「あの二人は今日はまぁ……な。電と川内はもういいの?」

 

「はい。電は大体解ったのです」

 

「私も。まぁ面白くはあったけど、提督はこれを私達に使わせて何をやらせたいの?」

 

提督は川内の質問に「まぁ待って」とだけその場では言うに留め、皆が一通り落ち着いて操作できるまで暫く待った。

そして最後に遅れて部屋に来た明石がキラキラした目で「有難うございます! 凄く興味深かったです!」とタブレットを提督に返した所で彼は目的の話を始めた。

 

「皆にはこれからこれを使って買い物をしてもらいます」

 

「?」

 

流石にこれには皆の想像力は敵わず彼女達の頭の上には総じてクエッションマークが浮かんでいるようだった。

 

「提督、これで買い物ってどういう事? もしかしてこれに見本の写真でも表示させて五十鈴達がそれを希望すれば提督が取り寄せてくれるのかしら?」

 

「賢い。流石対潜女王、良い勘だね」

 

「……まだ敵の潜水艦とは戦ったことはないけどね。それに女王って……。(おだ)てたって何も出ないわよ」

 

口では憎まれ口を叩くが提督の褒め言葉にはまんざらでもなさそうな反応を示す五十鈴。

その横では龍田が使い手がなくなったタブレットを再び借りて暇つぶしに弄っていた。

彼女はタブレットの画面に小さな印のような絵が幾つか表示されている事に興味を示した。

 

「提督ぅ? もしかしてこの絵が関係してたりする~?」

 

「良いね。龍田も賢い」

 

「あらあら~うふふ♪」

 

五十鈴に続いて自分も提督に直感を褒められて頬に手を当ててお礼の笑顔を龍田は返した。

羽黒はそんな二人を見て自分も何か発見をして提督に評価されたいと思い、思考をいろいろと巡らした。

 

(五十鈴さんが言ってた見本、龍田さんが言っていた小さな絵。うーん……なんだろ。これでどうやって買い物をするんだろ。司令官さんは五十鈴さんを褒めたけど、あの人が取り寄せる事自体は肯定していない。という事はやっぱり私達があれを使って……)

 

「注文……?」

 

自然と導き出した考えが羽黒の口から漏れたのを提督は聞き逃さず、彼は羽黒を指差して言った。

 

「合格!」

 

「えっ」

 

「羽黒の言葉が一番正解に近い。このタブレットは五十鈴が言ったように商品の表示が出来ます。そして龍田が言っていた絵……アイコンって言うんだけど、これをこう、二回タップすることによって……」

 

皆が見てる前で提督が言った通りにアイコンと呼んだ小さな絵を軽く二回叩くとそこから何やら沢山の文字と小さな写真が幾つも載った画面が表示された。

川内がそれを不思議そうに眺めながら提督に訊いた。

 

「提督、これ何?」

 

「これは店で言うところの入り口。朝潮、この画面の上の所の本とか服とか書いてある所、判る?」

 

「あ、はい」

 

「服の所をちょっと指で触ってみて」

 

「分かりました」

 

提督の指示に従って朝潮が言われた箇所を指でタップするとそこからまた「女性用」「男性用」といった分類を示すような文字が更に表示された。

提督はそれを確認すると霞に目を向けていった。

 

「霞、子供の……」

 

「は?」

 

「……婦人用の所を朝潮がやったように触ってみて」

 

「……」

 

提督が誤りに気付いたので霞は不機嫌な顔をしながらも素直に従ってその箇所をタップした。

すると……。

 

「!!」

 

表示された画像にその部屋に居た提督以外の女性が全員息の呑んで目を見張った。

そこには新鮮ではあるが、御洒落という言葉が相応しい服、綺麗な女性が着こなしている写真などが映っていた。

 

「提督……これ……」

 

画面に映っている光景に目を奪われたまま大淀が提督に訊いた。

提督は誰も自分を見ていなかったが一人頷いて言った。

 

「このタブレットそのものが店。そしてこうやって自分が興味がある物を探して……」

 

そこからは提督が未だかつて感じたことがないほど真剣な雰囲気が漂った説明会となった。

女性達はアカウント管理から始まる個別のログイン(入店)方法、どうやって品物を探すのか、どうやって最終的に注文をするか等、提督が話す一言一句を聞き逃すまいと真剣な表情で聞き入った。

 

「……という感じ。注文したら俺に使った分の金額の現金を預けに来て。ただし、いくら買えるからって一度にたくさん買ってしまったら、今の収納家具が少ない君らの部屋じゃ困るから……」

 

「了解しました!」

 

提督が買い物の心構えを説いていたのだが、途中で早く煌めく婦人の世界を開きたいという女性達の元気な声で掻き消されてしまった。

彼はその様子に今はこれ以上細かいことを言っても耳に入らないなと溜息を吐いて諦めると、最後に自分や他者に危害が及ぶ物は購入しない事と付け加えると、タブレットをギラギラと光る目で見つめる狼たちに放った。

 

後は提督がお茶を飲んでいる間、部屋の端の方から女性達の黄色い悲鳴が聴こえたと思ったら、急に黙り込んだりと、とても賑やかな状況が暫く続いた。

そんな音を聴きながら提督はお茶を飲みつつ―――

 

(多分急に静かになった辺りは下着のページでも見て、それと自分達が着用している物との落差にショックを受けたんだろうな)

 

―――などと思っていた。




次は三日目目……いや、提督のまったり回も良いかも


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23:映画

まったり回をしようと思っていたらプロジェクターの事忘れてた


夜、提督は再び艦娘達に執務室に来るように招集をかけた。

彼女達は未だ数時間前にレディースファッションの世界の扉を開けたことに対する興奮覚めやらぬ様子で、皆一様に目が冴えているようだった。

消灯時間までまだ少し時間があったとはいえ、これでは寝付けずに苦労する事だろう。

今回提督が彼女達を集めたのは、彼から艦娘達への(ささ)やかなサプライズに対する反応を個人的に見てみたいという目的によるものだった。

艦娘達は勿論提督の思惑など知るはずもなく、素直に命令に従ったまでの事であるが、それでも皆の顔には夜分に予定外の招集を受けた事に対する不満等は浮かんではいないようだった。

駆逐艦などは今度は提督は何を見せくれるのだろうという期待すら持ち、その瞳を輝かせていた。

 

「皆、こんな夜中に集まってもらって申し訳ない。今回集まってもらったのは、まぁ俺の趣味というのもあるんだけど、一度皆に映画を観せてやりたくてね」

 

「まぁ映画ですか。それは楽しみです」

 

鳳翔が先ず提督の意向に賛同した。

彼女は本当に提督が何を観せてくれるのか楽しみにしている様子で、握った両の手の拳を振って早く早くと、今鎮守府にいるメンバーの中でも一番大人びた印象を持っているはずなのにその時は真逆の姿を見せていた。

 

「映画ねぇ……。嫌いではないのだけど、内容によっては眠くなっちゃうのよね」

 

タブレットを通してフルカラーの世界を見たことも影響しているのだろう。

恐らくこの時五十鈴の頭の中には白黒で音声は場面に即した音楽や効果音を流すような本当に初期の頃の映画上映の様子が浮かんでいた。

 

 

「まさか給糧艦の私達にまでお声がかかるなんてね」

 

「はい。伊良湖もびっくりしました」

 

「何言ってるんですか二人共。工作艦の私も呼んでくれたんですよ? 私を呼んでお二人を呼ばないなんて事あるわけがないじゃないですか」

 

少し奥の方では間宮と伊良湖と明石が話していた。

この三人はその艦としての特殊性から前任者からは全く相手にされず認知すらされていなかった可能性もあった。

悪く言えば戦闘能力がないという理由だけで一方的に興味を持たれなかった。

良く言えば運良く彼の被害に遭わずに済んでいたのだが、それによって彼女達は半分やさぐれてしまい、特に明石はまだそれでも普段から役割があった二人と違って改修資材の提供がなければ置物同然な存在であった為、その度合が顕著なやさぐれ艦の筆頭であった。

そんな彼女がこの時は提督に全幅の信頼を置いたような発言をしたので、間宮と伊良湖の二人はすっかり面食らっていた。

 

提督は早く映画を観せてくれと急かす鳳翔と服の裾を引っ張ってせがむ皐月に「わかったわかった」と言って落ち着かせると早速セッティングを始めた。

 

「大淀、あれ何かな?」

 

「あれはプロジェクターと提督が呼んでいたわ。なんでも映写機の代わりなんですって」

 

「へぇ~? でも見た感じ全然それっぽく見えないわねぇ」

 

「まぁ提督が出す物ですから」

 

と、大淀は不思議そうにそれを眺める二人に苦笑しながら言った。

 

提督は手際よくプロジェクターと自分のスマホを映像出力用のケーブルで繋ぎ、更に()りげなくいつの間にか映像の投影予定の壁の両サイドに置かれていた小型のワイヤレススピーカーもばっちりペアリングした。

準備万端、後は流す映像をスマホから選択するだけだ。

というところで提督は自分がよく利用していた動画の配信サイトからも異変に気付いた。

 

(ん? なんか映画のジャンルが時代劇や歴史ものが目立つな。現代が舞台のやつかと思ったらこれはこれで大分先の未来の世界を描いたやつだ)

 

どうやら『運営』による干渉で艦娘達にショックを与える可能性がある近現代が舞台である作品は軒並み除外されているらしい。

 

(ま、それでも面白いやつはたくさんあるからいいけど)

 

ここまで来ると謎の仕組みや状態は全て運営が絡んでいると早々に自分を納得させるようになっていた提督は特に気にせず、歴史スペクタクルものの中でも恐らく一番印象に残りそうなものを今回は選ぶことにした。

 

「はい注目注目。上映中はあまり騒いで隣で観ている人の迷惑にならないようにすること」

 

「了解しました。朝潮、今から司令官に観せて頂く映画に全力で集中して記憶に刻み込みます!」

 

「なぁにそんなに力んでるんだか。わかったから早くしてよ」

 

「わぁ、やっと始まるのですね。楽しみなのです」

 

「軽巡が夜戦で活躍する映画だったらいいなぁ」

 

「そんな一部の物好きにしか需要がない映画なんてあるのかしら」

 

「はいはい。大きな声の私語はそこまででお願いね。じゃ、始めるよー」

 

駆逐艦と夜戦好きの軽巡と敬愛する先輩に師事する事から抜け出せてホッとした表情をする一航戦の発言を上映の合図として、提督は鎮守府で初めての上映会を始めた。

 

その結果のみをここに記すと上映会は大いに盛り上がり、大成功の内に終わった。

艦娘達は白黒だと思っていた映像がフルカラーの巨大な画面で、しかも音声再生機器が繋がっていない小さな2つの四角い置物から明らかに映像とリンクしている音声が大音量で流れた事に驚愕し、感動した。

内容的には半裸の数百人の男たちが数十万の侵略軍に寡兵で挑むといった何とも男臭いものであったが、元来戦に勝ち、戦を支えることが本分である彼女達とはとても相性が良いようであった。

特に羽黒などは、5倍どころか数千倍の大群を相手に奮闘する映画の中の益荒男たちの活躍とその散り様に感動して滂沱の如く涙を流していた。

 

『司令官さん……この映画……最っ……高です!!』

 

 

提督はその結果に満足し、皆が希望すれば定期的に上映会を開催すると言ったところ即全員の満場一致でその提案が受け入れられた。




俺はこの映画は続編の方が好きです
前作も大好きなんですけどね


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24:羽黒

アナザーストーリー


妙高型重巡洋艦4番艦羽黒、艦これ(ゲーム)においての彼女は一般的に気弱かつ引っ込み思案なイメージが強いが、戦闘面では史実での活躍を連想させるような頼もしい姿を見せることもある。

改二となった時のイラストは、内向的な印象のものから咲いた花のように感情を表しているような笑顔が印象的だ。

ケッコンカッコカリにまで至ると、母港でのボイスは慕う提督への愛情をとても感じられる内容で、聴く度に提督はほっこり……するところなのだが、残念ながら彼はプレイ中は一切の音声を切っていた。

 

(まぁ偶に聴くと改二になる前から成長したなぁって気はしたけど)

 

提督は執務室の窓から羽黒が体力を付ける為と称して、汗だくになりながらも気合が入った表情で走り込みをしている姿をちらりと見た。

 

 

「はぁ……っ、はぁ……はぁ……っ、まだまだっ!」

 

(こんなんじゃ足りない。この程度の疲労なんて()()()と比べたらマシという言葉でも足りない! 私はもっともっと……強くなるんだ……!)

 

まるで狼のように闘争心に燃える目をギラギラと光らせながらたった一度だけ立ち止まって汗を拭うと再び猛烈な走り込みを再開する羽黒。

彼女はまだ改二前だというのに既に戦闘力の高さの片鱗を見せ始め、ただ己の力を磨くことに全力を注ぐ頼もしい『戦士』となっていた。

最早そこにはかつての気弱で大人しそうな姿は影も形もなかった。

 

「…………」

 

(まさかあの映画にここまで感化されるとはなぁ)

 

提督は以前開いた映画の上映会で羽黒がえらく感動した様子で自分に詰め寄って感想を言ってきたのを思い出していた。

 

『司令官さん……この映画……最っ……高です!!』

 

それからというもの、羽黒は事あるごとにお互いの都合が付けば「あの時の映画を」と何度も上映をせがんできた。

提督も別に嫌ではなかったので自分の生活に支障が出ない範囲で特別上映会を開いてあげていたのだが、流石に何度も同じ作品を上映していると、羽黒以外の観客は飽きてしまい途中で来なくなった。

提督も5回目(羽黒と二人きりでは2回目)の上映会では参ってしまい、再生機器とメディアを購入すれば個人で好きな時に鑑賞できるからと彼女に独り立ちを推奨したのだが。

 

『大きなスクリーンで観るのが良いんです!』

 

と、あくまでもプロジェクターによる上映を望んだ。

現在は流石に自重して鑑賞は月に1回程度には控えてくれるようにはなったのだが、それでも未だに羽黒のあの時観た映画への情熱は冷めないようだった。

 

(艦娘ってやっぱり新しい世界に転生した姿なんだろうなぁ)

 

羽黒や他の艦娘たちを見て提督はそんな事を思った。

自分が居た世界より古そうな時代だが敵はあくまで深海棲艦、そして羽黒たちは軍艦だった頃の記憶があるようだったので、提督はそう結論した。

 

「…………」

 

生まれ変わっても戦う事に変わりはない存在。

生まれ変わっても敵が違うだけで環境は転生前に近い。

これでは転生というよりはやり直しに近いのではないか。

艦娘を不憫に思った提督はこの鎮守府(場所)だけでも彼女たちにとってマシな所にしようとこの時初めて自分の意思として決定した。

コインを使って大浴場なども作ったりしたが、それとて元々の動機はゲームの縛り(ルール)を多少でも逸脱できるのなら自分の考えが実現できるか試してみたいという考えからであった。

だが提督はここに来て漸く自主的に艦娘を慮るようになった。

これは今まで行動の指針にゲームを参考にしていたものに起きた明確な変化と言えた。

運営が見えない所で自分に向けてサムズアップをしているように思えるのが癪だったが、取り敢えず提督はこの鎮守府の()()()()計画の中に艦娘待遇向上を正式に加える事を決めたのだった。

 

(となると、運営からもらったこのコインでまた何か作ってみるかな。と言っても考えてるのは居酒屋とか喫茶店くらいだけど、それなら大浴場と比べれば普通の施設だから消費も少なくて済みそうだ)

 

提督がそんな事を考えていると、彼は自分の腕が誰かに掴まれて揺すられていることに気付いた。

どうやら物思いに耽りすぎて注意が散漫になっていたらしい。

彼が自分の腕を掴んでいる手から先を見ると、そこにはほんのり石鹸の香りと風呂上がりの体温を感じせる羽黒の顔があった。

走り込みを終えて汗を流してきたらしい彼女は、提督と目が合うとやっと自分に注意を向けてくれたことに嬉しそうにして言った。

 

「司令官さん、あの、私、また……」

 

そこから先のセリフの予想は容易だったので、提督は6回目の鑑賞を避ける為に先手を打った。

 

「羽黒、今回はあの映画の続きにしない?」

 

「えっ、あの映画の続編があるんですか?!」

 

腕を掴まれた状態でもそれなりに二人の距離は近かったのだが、提督の言葉に興奮した羽黒は更に顔を近付けて鼻息荒く彼に詰め寄った。

よく見たら髪がまだ半乾きで顔を近づけた時に水滴が数滴提督にかかった。

 

「羽黒、まだちゃんと髪が……」

 

「それより続きがあるんですか?!」

 

「うん、あるから取り敢えず髪を……」

 

「観たいです!」

 

「……観せてあげるから。取り敢えず髪をちゃんと乾かして、そしたら今度は違う作品の上映会をする事を他の子にも連絡を……」

 

「了解しました!」

 

勢いよく踵を返していった彼女の後ろ髪から再び水滴を浴びて先程より顔が濡れてしまった提督は、今後羽黒に観せる映画を少し考えた方が良いかもと思うのだった。

 

(姉妹の中で一番大人しい子がなんて変化を……。べ、別にこれに対してペナルティとかないよな……?)




今日のアプデ後に新しいイベントが……
まぁ俺は最初は様子見ですが
こうもイベントの度に鬱になるゲームは珍しい


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25:お誘い

鳳翔さんがちょっと頑張る話


映画の上映会も好評に終わり、その日はもう寝るだけ。

それは提督も例外ではなく、彼は床に入る前に今回は前回のような事にならないよう自室だけではなく執務室にも鍵をかけた。

 

(さて、寝る前に一口だけ飲んでほろ酔い気分になるかな)

 

そう考えた提督は、酒が保管された冷蔵庫の扉に手を掛けかけた時だった。

自室に備え付けられた来訪者を知らせる赤いランプが点滅した。

 

「ん?」

 

誰かが執務室の前のインターホンを押したらしい。

夜は音が鳴らない代わりにこうやって光で判るようになっているのだ。

 

(こんな時間に……? まさか敵襲……? 俺みたいな素人は何もできないぞ)

 

深夜という時間に対する不審感、もしかしたら命の危機かもしれないという不安感に緊張しつつ、提督はランプの横の受話器を取った。

 

「はい?」

 

『あっ、こんな時間に本当にすみません。鳳翔です』

 

『間宮です』

 

『伊良湖です』

 

『提督、申し訳ないのですが僅かで構いませんのでお時間少しよろしいですか?』

 

「え?」

 

意外過ぎる面子に提督は直ぐに返事ができなかった。

その三人は提督の中では裏方役(その中の一人は両方で活躍できるが)に位置付けられており、この時間帯に彼女達に関わるとすれば居酒屋とか深夜食堂などという言葉が浮かぶが、残念ながら現時点ではこの鎮守府にはそういった施設はなかった。

 

(何の用だろう。出迎えて大丈夫かな。いや、多分大丈夫なんだろうけど……)

 

三人には申し訳ないが不安になってしまうのはどうしようもなかった。

提督はさんざん悩んで心を決めると執務室の外の彼女達に少し待つように伝え、執務室の照明を点けると扉を開けた。

 

「どうかした?」

 

「あっ……」

 

提督が顔を出したのを見て鳳翔は嬉しそうに顔を綻ばせた。

彼女の後ろでは間宮と伊良湖が暇そうにしており、提督の声に気付くとペコリと二人揃って頭を下げた。

 

「提督、上映会をなされて間もないというのにお声をお掛けして申し訳ございません」

 

「いや、うん。それで?」

 

「提督、今日は私と間宮さんと伊良湖ちゃんとで、もしよろしければ貴方も交じえてお酒なんてどうかなとおもいまして」

 

「え?」

 

提督はその予想外のお誘いに驚いて目を丸くしたが、よくよく考えると何故彼女達が()()で来たのか、その理由を直ぐに悟った。

 

(まぁ、そうだよな。人数が多いほうが不安もないだろうし。しかし……)

 

「俺が酒の相手でいいの? 元々三人で飲んでいたのならそっちの方が良くない? 無理に気を遣ってくれなくてもいいよ?」

 

鳳翔はその言葉に「とんでもない」と大げさに手を振って自分は純粋に提督とお酒を飲んでみたいと思ったので訪ねて来たのだと言った。

間宮と伊良湖も彼女の言葉に同意するように頷き、間宮は羊羹が収められていると思われる包みと皿に盛った枝豆、伊良湖は氷がぎっしり入ったアイスペール……ではなくバケツ、そして鳳翔はニッコリと笑うと一升瓶と人数分のコップを持ち上げて見せた。

提督は鳳翔が掲げた酒瓶のラベルを見てつい「おっ」と声を漏らした。

 

「もしかしてそれは黒糖焼酎?」

 

「はい。提督、これお好きじゃないですか?」

 

「えっ、そうだけど。どうして知ってるの?」

 

「それは……以前、ここでちょっとした騒ぎがあったじゃないですか」

 

「え、あ、あぁ……うん」

 

提督はその時のことを思い出してまた脳裏に『あの』顔が浮かび身震いをした。

そして同時に閃いた。

 

「あ、そうか。もしかしてあの時俺の部屋に来た大淀に……?」

 

「そうです。あの時気を失われた提督の頭を冷やす為に恐れながらお部屋の冷凍庫の氷を利用しようと開けたそうなんです」

 

「ああ、それで中を見たから」

 

「はい。提督がお使いの冷凍庫は独特の外見をされていたので大淀さんも何処に氷が入っているのか判断ができなかったらしくて……」

 

「開けた所が酒が入っていた冷蔵室だったと」

 

鳳翔は提督の予想にこくりと頷いた。

提督の私室に備え付けられていたのは彼が前いた所で普及していた新しい冷蔵庫だった。

果たしてそれを前任者が使っていたのか、または『運営』のサービスなのかは定かではなかったが、提督が厨房で見た冷蔵庫とは外見があまりにも異なるので大淀達があの時に迷ったのは仕方ないと言えた。

 

「やはり提督用の物となると別格なのですね。私、聞いた時は驚きました。凄く大きな化粧箱のような、箪笥のような見た目をした物が冷凍庫だなんて思いもしませんからね」

 

「は、ははは。鳳翔も今度前渡したタブレットで注文してみるといいよ」

 

鳳翔は「ええ、是非」と言うと酒瓶を抱いて一歩前に出た。

提督はその時踏み出した彼女の足が微かに震えていたのを運が良かったのかは分からないが見逃さなかった。

 

「ですからその……」

 

「うーん……」

 

提督は悩んだ。

鳳翔は恐らくその時、トラウマと提督とお酒を飲みたいという意思の板挟みに遭っていた。

故に提督は彼女の情緒に不安を覚え、後ろの二人に意見を求めるように視線を送ってみたのだが、彼女達は真面目な表情で二人一緒に『大丈夫』と頷くのだった。

 

「……分かった。じゃ、せっかくのお誘いなんで有り難く」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「執務室のテーブルでいいかな?」

 

「はいっ。あ、あの……し、失礼します」

 

「二人もどうぞ。持ってるものもそこに置いて」

 

提督は三人を部屋に迎えてソファに座るように促し、自分は執務を行う際に使っている椅子を持ってきた。

その途中で彼はふとした疑問を持ち、嬉しそうにテーブルにコップと皿を並べる鳳翔に訊いた。

 

「そういえばさ。さっき冷蔵庫の中の酒を見たから俺の酒の好みを知ったような事言ってたじゃん?」

 

「あ、はい。それが何か?」

 

「いや、冷蔵庫の中はどっちかというと洋酒が多かったのにどうして少ない焼酎が一番好きだと判断したのかなって」

 

鳳翔は提督の質問にくすりと笑って答えた。

 

「人はよく一番好きなものは最後に残すものです。殿方の場合はそれが顕著で、お酒となると数が少ない物は特に慎重に消費されるだろう、と判断致しました」

 

提督は鳳翔のその推察に「なるほど」と感心した。




雪風改二実装と共に追加された新しい任務をやってました
一日潰れた……疲れた……
艦これというゲームはやはり嫌いです

次は3日目かな
提督まったりできなくてゴメン
疲れたので感想の返信は次回に


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26:黒い鳥

鎮守府に何かが訪れようとしていた……


「て、提督! 大変です! 今、警戒任務にあたっていた子から報告があったのですが、鎮守府(ここ)に大量のカラスの群れのようなものが近付いてきているそうです!」

 

「へ?」

 

朝、提督が今日の予定はどうするか伸びをして考えているところに血相を変えた大淀が飛び込んできた。

 

「カラスの群れ?」

 

「そうです。もう大分近付いているはずなので窓からでも見えると思いますよ」

 

「えっ」

 

大淀の言葉通りに提督が窓から外を覗いてみると、確かに黒い鳥の群れのようなものが空からもう直ぐそこまで来ていることが判った。

 

「おお、何だアレ……。子供の頃アニメで見たことが……。あっ、ゲゲゲの……」

 

「何またよく解らない事を言ってるんですか。とにかく外に行きましょう」

 

 

提督が外に出てみると例の群れから明らかに生き物ではない大きな()()()がした。

鳴き声でなく飛行音という時点で最早提督にはそれが何か予想は付いたのだが、それにしてもと彼は少し呆れた顔で段々自分達の下に下降してくるそれを見ながら思った。

 

(あいつら一体どれだけ注文したんだ?)

 

黒い鳥の群れとは大量の荷を運んで来たドローンの大群であった。

鎮守府に所属している人数分の荷物にしては明らかにドローンの数が多い。

30機以上は飛んでいると思われたそのドローン達の中には複数のドローンで1つの大きな荷物まで運んでいるものもあった。

 

「マジかよ……」

 

提督はつい無意識に口からそう漏らしたあと、艦娘達から注文代として預かった現金を取りに執務室に戻った。

 

 

「わあぁぁ」と女性達の嬉しそうな声が鎮守府の敷地内で響いていた。

荷物はしっかり個人別に分けられており、自分の名前が印刷されたラベルが貼られた箱を見つけた艦娘はそれぞれ嬉しそうにそれを抱えて部屋に戻っていった。

大量の荷物の中から自分の荷物は何処だろうとワクワクした表情で探す彼女達の様は(さなが)ら宝探しの様相を呈していた。

 

(大きな荷物は多分家具だろうな。早速自分の部屋を彩り始めたか)

 

大きな箱を二人で運ぶ電と霞を見て提督はそう予想した。

見ると他にも同じような事をしている者がおり、提督は箱の形状からあれは化粧台かな等と予想しながらそんな彼女達の様子を暫く眺めていた。

そんな時にピピピという電子音を鳴らして後ろから提督に呼びかけるモノがいた。

 

「ん?」

 

提督が振り返るとそこには自動精算機らしきものを装着したドローンが彼を見据えていた。

 

(なるほど、こいつに払うのか)

 

提督がそのドローンに近づくとそれはガコンという音をさせて紙幣の計数ボックスを開けた。

彼がそこに札束を入れると精算機が自動で計数を始め、ものの数秒でそれは終わった。

精算機ドローンにのみ設置されたと思われるランプが赤色から緑色に変わったところを見ると、どうやら支払った金額に問題はないようだ。

ドローンは最後に精算機の領収書発行の部分のランプを点滅させ、提督に今回の注文に対する領収書の要否を尋ねた。

彼がそこで否のボタンを押すと、ドローンは全ての仕事は終わったとばかりに上昇を開始し、一緒に来た他のドローンの数が揃うまで待ち、やがてそれが叶うとまた何処かへと飛び去って行った。

提督は意味が無い事なのは解ってはいたが、今回の労をねぎらいたくて軽くドローン達に手を振ってその姿が見えなくなるまで見送ると、最後に残っていた自分宛の荷物を少し離れた所に見つけた。

彼がそれを拾おうと近付いていたところで偶然荷物の近くにいた加賀が拾い上げた。

 

「はい。これ、提督の荷物ですか?」

 

「ああ、うん。ありがとう」

 

「何を注文されたのですか?」

 

「それを訊くということは俺も加賀が何を注文したのか訊いても良いという事かな?」

 

若干セクハラめいた発言だと自覚しつつも、ちょっとした悪戯心もあって提督は彼女にその質問は拒否されると見越した上でそう言ったのだが、結果は彼の予想とは大きく違った。

 

「下着です」

 

「アッハイ」

 

「……?」

 

加賀は気にしていないようだったが提督にとっては会話の継続に支障をきたすのに十分な衝撃だった。

彼女は提督が逆に自分の質問に答えてくれなかったので、もしかして失言だったのではと不安な顔をした。

 

「すみません。何かお気に障りました……?」

 

「ああいや? うん、そうか下着か」

 

「はい。こう言うのも少し気恥ずかしいのですが、あの信じられないくらい繊細な意匠や色使いには高揚しました」

 

「そ、そう……」

 

(俺に言うこと自体は全く恥ずかしくないのか……)

 

「それで提督は……?」

 

提督の荷物は届いた荷物の中でも最も小さい箱だった。

彼はその箱を軽く掌の上で弾ませながら先程の気まずい会話を忘れる為にこんな話を持ちかけた。

 

「当てられたら加賀にも使わせてあげよう」

 

「む」

 

提督からの挑戦に加賀はちょっと楽しそうな顔をする。

どうやら受けて立つ気のようだ。

 

「小さいですからね……時計?」

 

「違う」

 

「回答は何回まで許されますか?」

 

「じゃああと2回にしよう」

 

「有難うございます」

 

提督の温情に感謝しつつ加賀は口元に手を当てて考える。

 

(あの箱に入る大きさで時計でないとしたら……コンパス、メモ帳、お猪口に……)

 

「ヒントを出そうか?」

 

「あまり答の核心に近いものでなければ」

 

負けず嫌いな加賀らしい言葉に提督は苦笑して頷くと、トントンと自分の胸ポケットを叩いて見せた。

加賀をそれを見て答は提督が常に持ち歩いている物だと悟った。

 

(男性が大体持ち歩きそうな物、という所かしら。ふむ……)

 

「……煙草?」

 

「正解。それじゃ正解したから加賀に一本……」

 

「要りません」

 

「だよねー」

 

加賀のキッパリした即答に提督は特に気を悪くすることもなく苦笑した。




今更ですが、毎回皆様から頂く誤字脱字報告に感謝致します
毎回というのがもうアレで致命的なんですが、そんな中でもご指摘を頂けていることにはやはり感謝しかありません
なるべく気を付けたいとは思っていますが、注意と文章力が足りない作者で誠に申し訳なく思いますm(_ _)m


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27:指揮

提督は今まで演習は艦娘だけで行かせてました
今回はそうでない話


「え? 俺に指揮をして欲しい?」

 

そろそろ午前の演習に行く頃かという時、皐月は突然そんな事を提督に言った。

 

「うん! 僕達演習では今のところ一度も勝った事ないでしょ? だから司令官に指揮をして欲しいっていうか、助言をして欲しいなって」

 

「なるほど。指揮……指揮ねぇ……」

 

リアルの演習は、各地域に設けられた専用の施設に参加を希望する艦隊が集まって艦娘同士の模擬戦を行うというもので、印象的にはスポーツに近かった。

艦娘は演習専用の砲弾や魚雷を貸し与えられ、それを使って模擬戦を行う。

仕組みは謎だが(恐らく妖精技術)砲撃音や発射音は実戦さながらで、被弾すると煤が付く。

この煤は受けたダメージの度合いによって着弾した時の濃淡が調整され、それが一定以上の濃さとなると戦闘不能とみなされる。

流れとしては日中の海戦を想定した模擬戦を一定時間行い、終了時にまだ行動可能と判定された者が相対した両方の艦隊で残っていれば、夜戦用の場所に移動してそこで決着をつけるというものだ。

先程スポーツに近いと述べたのは、演習での提督の役割がサッカーや野球の監督に近いと彼が感じたからだ。

 

「装備についてもある程度指示してきたし、編成は今はどうにもならないからなぁ……。俺が一緒に付いていった所であまり変わらないと思うけど」

 

「そ・れ・で・も! 一緒に来たら何か閃くかもしれないでしょ?」

 

結局提督は服を掴んで同行をせがむ皐月に根負けして一緒に付いていく事になった。

 

 

「クズ……あんた、今日は一緒に来るのね」

 

提督が艦橋からボーッと海原を眺めていると霞が声をかけてきた。

因みに今彼は駆逐艦霞の実体に他の艦娘と一緒に乗って演習場に向かっていた。

この世界の艦娘は人の姿と本来の姿である軍艦の2つの姿になる事ができる。

今霞は人の姿をしているが実体も同時に出している時は艦娘としての能力は発揮できない。

その代わり全て彼女一人の意思でこの艦の操艦が可能だ。

 

「まぁ実際に演習を見てみるのもいいかなってね」

 

「ふーん……来たからにはちゃんと私達の勝ちに寄与しなさいよ?」

 

「まぁやれるだけはやってみるけど……」

 

提督はポケットから演習相手の一覧を取り出すと、それを眺めて改めて考えた。

 

(うーん、やっぱり今回も勝ちは薄い。まぁそれでもこの中でマシな結果になりそうなのは……)

 

提督はリストの一番下の艦隊の編成を見た。

 

【艦隊指揮官】○○大佐

 

【編成一覧】利根改:練度63/瑞鶴改:練度65/迅鯨改:練度56/松改:64/木曾改:練度53/妙高改:練度50

 

(まぁここかな。編成がちょっと気になるけど、単純に成長を見込んでの事かもしれないか。うーん、何とか昼戦を何人か耐え抜ければ夜戦で……)

 

「提督……」

 

今回切ることを決めた最大の切り札にして演習の結果も左右する要が現れた。

 

「おっ、今日は頼むね」

 

「承知しました」

 

艦首が割った波の飛沫を浴びても動じずに提督を見つめる女性、加賀である。

彼女は本来なら演習であっても鎮守府の蓄え的な事情からまだ活躍は控えて欲しいところであったが、一度くらい勝って皆の士気を上げるのも一興という提督の判断の下、急遽参加が決まった。

 

「艦載機の準備はできた?」

 

「はい。ご指示通りできるだけ戦闘機のみを配備して余った枠には機銃を装備しました」

 

「うん、今回勝ちを狙う相手は初手の航空戦でどれだけ戦力を低下させられるかが肝だからね。後は……龍田」

 

「はぁい」

 

提督の前にはいつの間にか演習メンバーが全員集まっていた。

その中から名前を呼ばれた龍田は静かに微笑みながら提督の次の言葉を待った。

 

「龍田は旗艦を宜しく。演習では旗艦を負かせるかが大きく勝敗の判定に影響するから多分相手が優先的に狙ってくるかも知れない。今回はそれを利用しようと思う」

 

「なるほどねぇ。つまり私は皆の戦力温存のための囮ってことねぇ」

 

「その通り。先ず駆逐艦二人の機銃掃射と加賀の戦闘機で何とか初手の航空戦で相手の航空戦力を削いでもらって、次は龍田の出番ってわけ」

 

「任せてぇ。狙ってきたらなるべく耐え凌いでみせるわぁ」

 

「宜しくお願いします。今回は最終的に夜戦にまで持ち込むのが最重要。それまでに加賀以外の面子、特に主砲を主武器としている軽巡組がどれだけ残るかが鍵だね」

 

「じゃあなるべく僕と霞と加賀さんは昼戦では軽巡組を庇わないとね」

 

「そういう事」

 

本来なら旗艦に据えるのは耐久力がある加賀や回避能力が高い駆逐艦の方が良いと言えた。

しかしそこで敢えてその場ではどっちつかずの軽巡を起用する事で相手の注意を引くのが提督の最初の狙いだった。

後は前述した通り提督は夜戦で勝ちを狙うつもりだった。

 

(ゲームではランダムでしか庇う行動は発生しなかったけど、リアルではこうやってちゃんと指示できるのが強みだな)

 

提督は一通り今回の作戦について説明を終えると手をパンパンと叩いて、皆の視線を改めて自分に向けさせた。

 

「さ、それじゃあ(夜戦前提の)演習に行きますよー。皆準備はいいかな?」

 

彼の言葉通り艦はもう直ぐ演習場がある陸に着こうとしていた。

艦娘達は提督の言葉に気合の入った掛け声で応え、溢れるやる気を提督に見せた。




感想の返信は次の投稿の時とします

次は演習の話、もしくは結果の話になると思います


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28:奮闘

演習で艦娘達が頑張る話
提督は空気です


演習に提督が付いてくる事は珍しい事ではない。

参加が義務付けられているわけではないので来ない提督もいれば、積極的に参加するほど艦娘の教育に熱心な提督もいた。

この物語の主人公である提督に関しては、参加こそしたものの動機は後者のような熱のあるものではなかった。

艦娘に付いて来てと乞われたから来たという若干やる気の無さが感じられる受動的な動機だった。

 

 

「おい、あの艦娘達の指揮官ってあの男なのかな」

 

「あの艦娘……? ああ、いつも敗けてる練度の低い子達か」

 

「てっきり演習は艦娘に委任していると思ってたけど今日は来てるみたいだな」

 

 

提督は周りの目の幾つかが自分に向いているのを感じた。

決して不快な視線ではなかったが、それでも何となく自分が場違いな所に来た感じがして居心地が悪かった。

 

「なぁ、君ら普段どんなふうに戦ってるの? 何か凄く見られている気がするんだけど」

 

「それは提督が初めて演習場に来たからでしょ? 別に私達は普通に戦ってたよ」

 

「川内の言う通りだと思うけど、まぁ五十鈴達は演習相手の中でも最弱だからね。その艦隊の提督が来たから皆注目してるんじゃないかしら」

 

「俺はまだあの鎮守府に赴任して3日しか経っていないってーの!」

 

艦娘が弱い(成長が遅れていた)のは前任者のせいであって自分のせいではない。

寧ろ今自分はそんな色々泣きたくなる状況を少しでもマシにしようと地味に頑張っているというのに、他者に単に弱い艦隊と思われるのは提督としては気分が良いものではなかった。

 

「大丈夫。今回は司令官が来てくれたし一勝はできるかもしれないからね。僕頑張るよ!」

 

「皐月の言う通りね。今日は目標の相手以外には勝ちは譲ってあげるという気概で行きましょ。その代わり絶対目標(そいつ)には勝つわよ」

 

「ま、本来なら編成も相手によってその都度替えるものだしねぇ。手札が乏しい私達は常に全力を出せばいいのよぉ」

 

「頼もしい龍田(旗艦)ですね。では提督、皆に何か訓示をお願いします」

 

提督の同伴にいつもよりやる気を(みなぎ)らせる皐月、今日こそは一勝を取ると闘志を燃やす霞、そんな気が逸りがちな二人を上手く率いてくれそうな龍田(旗艦)

提督は加賀の言葉に頷いて皆の顔を一通り見てから珍しく真面目な顔で言った。

 

「頑張って」

 

「やっぱりそれ?!」

 

「はぁ……少しでも期待した五十鈴が馬鹿だったわ……」

 

「アンタ本当にもうちょっとマシな事言えないの?!」

 

「ま、まぁまぁいつもの司令官らしくていいじゃん。あはは……」

 

「にしたってもう少し……ねぇ……?」

 

「同感です」

 

最後の二人の冷たい視線に提督は思わずたじろぐも、目標以外にはどうしたって勝てる見込みがないのだからそんなに士気を上げてもと思うのだった。

だが確かに今回に限っては最後にしっかり奮闘する為に何かやる気を出すことを言っても良いかもしれない。

そう考えた提督は艦娘達を前にしてこう言った。

 

「分かったよ……。計画通りいったら俺からまたご褒美をあげよう」

 

「!」

 

『提督の褒美』

 

最近提督の下に来た加賀以外はその言葉に敏感に反応した。

故に加賀だけは怪訝な顔をして提督に尋ねた。

 

「提督、指揮官たる者が部下のやる気を褒美で釣り上げようなんてちょっと安易じゃないかしら?」

 

「まぁまぁ褒美って言ってもそんな大層なもんじゃないから。加賀もこれを見て判断してよ」

 

提督はそう言うとポケットから妙な形をした金属を取り出した。

艦娘達は顔を寄せてそれを注視したが誰もそれがどういう目的で使用する物なのか想像できなかった。

またキラキラした物が出るかもとちょっと期待していた皐月がちょっと残念そうな顔をして言った。

 

「ねぇ司令官。それはなぁに?」

 

「これはパズル……知恵の輪と言ったらいいかな。これ、上手く弄れば幾つかのパーツに分かれるんだよ」

 

「えっ、これが……?」

 

「ちょっとやってみる?」

 

提督は持っていたパズルの1つを霞に渡した。

彼女はそれを暫く弄くり回していたが、確かに独立するパーツ同士が接触して鳴らすカチャカチャという音がするものの、なかなか外れそうで外れなかった。

 

「むぅ……」

 

「他に違う形のやつもあるから、もし演習に勝てたら皆に一種類ずつあげるよ」

 

「なるほど……こういう趣向のものならまぁいいでしょう」

 

「いや、加賀さん? 外れないからって形を歪めるのは駄目だからね?」

 

霞から譲り受けたパズルを同じく外すことができずについ苛立って手に力が入りそうになっていたのを川内が慌てて止める。

見れば他の艦娘も次は自分が挑戦したいという目でそのパズルを見つめていた。

提督はそこでいつものように手を叩いて自分に注意を向けさせると最後にこう言った。

 

「はい皆、続きがしたかったら頑張っておいで。まぁ勝てなくても怒りはしないから、そんなに気負わずに、ね」

 

緩い送り出しの言葉だったが勝てばアレが貰える。

艦娘達はパズル獲得を胸に闘志を燃やして演習に臨むのだった。

 

 

「くっ、あの弱小艦隊、今回はやけに動きがいいな。旗艦も練度は低いが回避に徹しているせいでこちらの弾がなかなか当たらない……!」

 

試合を観戦する相手提督は悔しそうな声を出す。

提督の艦隊は予想通り強豪に対してはいつも通り連敗したが、対策を練った最後の相手にだけは上手く立ち回っていた。

初手の航空戦は加賀と駆逐艦が奮闘したもののやはり装備の性能差は大きく、航空優勢も取ることは出来なかった。

だが何とか劣勢にはならず拮抗状態にはする事ができ、そこから旗艦の龍田がよく奮闘してくれた。

 

「……っ、まだよ。まだ凌いで……みせるっ」

 

予想通り旗艦の龍田に攻撃が集中して彼女はあっという間に中破にまで追い込まれた。

だがそこから彼女は驚異の粘りを見せ、仲間の援護もあって何とか全員が夜戦まで行くことが出来た。

 

 

「加賀さん……お疲れ様」

 

待ちに待った夜戦に対する戦意の高揚に目を爛々と輝かせる川内が加賀にお礼を言った。

夜戦ができない加賀はここからは攻撃を行う事はできない。

だからこその奮闘した龍田より優先した川内の感謝の言葉だった。

だが加賀はそんな川内に対して鋭い目をして言った。

 

「馬鹿言わないで下さい。戦うことはできなくても私はまだ中破すらしてないわ。壁としての役割なら任せなさい」

 

「流石一航戦の加賀さんねぇ」

 

旗艦として昼戦を耐え抜き、煤だらけの中破状態になりながらも加賀の言葉に薄く笑みを浮かべる龍田。

彼女は今、川内と同じく本領を発揮できる夜戦に自分も参加できた事に昂ぶっていた。

そんな二人の横では五十鈴が少し気圧され気味に笑っていた。

 

「あ、あはは……。これは演習だからね? 程々にね?」

 

(こ、怖い……)

 

(怖いよ……)

 

五十鈴の後ろでは駆逐艦二人が震えていた。

 

 

「味方に怖がられているよ……」

 

そんな様子を提督は観戦席から少し呆れた顔で眺めていた。




感想返信は明日します


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29:運営

黒幕の登場です


演習を終えて戻ってきた提督達を見て大淀は彼らの雰囲気からどうやら良い結果を出せたみたいだと悟った。

煤だらけの艦娘達は皆一様に笑顔で、珍しく五十鈴や龍田といった普段から落ち着いている二人も川内を交えてまだ興奮さめやらぬ様子であれこれと楽しそうに話していた。

 

「提督、お疲れ様です。そのご様子ですと今回の演習は悪くない結果だったみたいですね」

 

「うんまぁ、何とか勝ちはした。B判定だったけどね。流石に練度の差は大きかった」

 

「それでも私達にとっては初めての演習での勝利です。おかげで私も自分が参加したわけでもないのに嬉しい気持ちです」

 

「まぁ今回は偶々勝てる可能性がありそうな相手がいただけだよ。編成もまだ暫くは大きく変えられないだろうし。今日みたいな戦術で行けば偶にはこうして勝てるかもね」

 

「午後の演習はどうします? また同行されますか?」

 

「いや、そっちはもう皆に話して行かない事を伝えてある。まだ鎮守府(こっち)では開発も建造もしてないしね」

 

「了解致しました。あ、そういえば提督、先程提督宛に入電がありました」

 

「えっ、俺に? どこから?」

 

「海軍省の情報局からでしたが、不在をお伝えしたら後ほどかけ直すと……」

 

丁度良いタイミングで執務室の電話のベルが鳴った。

二人は顔を見合わせもしやと思ったが、使い慣れたディスプレイ付きの電話機ではなかったので、かかってきた電話番号が情報局のものと一致するかは勿論判らなかった。

知らない番号からの着信は取りたくないと以前居た世界の感覚が訴えていたが、受話器を取るよう視線で促す大淀とのにらめっこに負けた提督は仕方なく受話器を取った。

 

「はい。こちら☓☓鎮守府○○少佐です」

 

『あっ、○○さんですか? どうもこんにちは。私、艦これの運営です』

 

「…………」

 

正に予想外の更に外。

思いも寄らない相手からの電話に流石の提督も数秒固まった。

 

「提督?」

 

提督の様子が気になった大淀の声で我に返った彼は、その場に居るのは自分と彼女の二人だけである事を確認すると、電話の相手に少し待ってもらうように伝えて大淀にも大事な話みたいだからと退室してもらった。

 

「すみません。どうぞ、えー……運営の方でしたっけ?」

 

『あ、そうです。運営です。艦これの』

 

何とも間の抜けた回答だった。

苦虫を噛み潰したような顔をした提督は運営と名乗る相手に確認するように訊いた。

 

「その、運営というと、この世界の管理もしている的な?」

 

『おっ、話が早くて助かります。そうです。世界を支配している神様とかではありませんが、艦娘が存在するこの世界の円滑な運営を担っている者です』

 

「……そうですか。えっと……ぶっちゃけますが、俺をこの世界(ここ)に呼んだのも貴方?」

 

『そうです』

 

「通販とか旧貨幣のレートとかドローンとか、いろんなこちらに都合が良い展開も用意してくれたのも貴方?」

 

『そうですね』

 

提督が現在に至るまでのレールを敷いた事をあっさり肯定する運営のその万能ぶりに感心を通り越して提督は半分呆れそうになった。

とはいえ、せっかく事の運営(黒幕)から連絡してきてくれた有り難い機会だ、提督はこの好機を逃すまいといろいろと質問した。

 

「あの……俺目覚めたらここに居て、艦これの世界なのは解ったんですけど、俺のアカウントの鎮守府とはあまりにも落差が……」

 

『あ、すみません。それは諦めて下さい』

 

「…………え」

 

『こちらとしては最古参のプレイヤーである貴方の経験を見込んでこちらへ招待した次第でして』

 

「あの、どういう事ですか?」

 

『○○さん、そちらの鎮守府に来た当初の印象どうでした? かなり酷かったですよね?』

 

「え、それは……まぁ名実ともにボロボロでしたね」

 

『ですよね。いや、私共運営と致しましてもその状況には大変心を痛めておりまして』

 

「はぁ」

 

『故に今回○○さんをお呼びして鎮守府の立て直しと傷ついた艦娘の子達のケアをですね……』

 

「いやいやちょっと待って下さい?!」

 

いくらなんでもこちらの都合を無視した強引過ぎる手法に提督も抗議の声を上げた。

彼は確かに前の世界では運営の言う通り古参プレイヤーだった。

だが過去形ではない。

ここに来るまでは毎日ゲームに対して不平不満を愚痴りつつも、現在進行系でプレイヤーだったのだ。

そうやって続けていたのは今までゲームに掛けてきた時間が膨大だったからだ。

故にサービスが終了するか人生を途中でドロップアウトしない限りやめるつもりはなかった。

そういう意気込みで今日までコツコツと続けてきたというのにいきなりこの仕打ちは何だというのか。

提督はそれを訴えたかった。

 

『あー……○○さん、お気持ちは大変よく解りますし、私共と致しましても貴方には大変申し訳ないことをしているという自覚もあります』

 

「なら俺を元の世界に……」

 

『そちらの艦娘がちゃんと幸せに生きられる場所にしない限り駄目です』

 

「えぇ……」

 

(にべ)もない簡潔な拒否だった。

どうやらこちらの運営は提督より艦娘の事がなによりも大事らしい。

 

「それなら俺を呼ぶ前にそちらで何とかしたら良かったじゃないですか。運営なんでしょ? あそこまでの力があるなら何とかならなかったんですか?」

 

『残念ながら私共が関与できるのは別の世界から来た提督に都合が良い展開を用意する事だけです』

 

「なんですかその微妙に局所的で他力依存が高い力は……」

 

『そういうものなんです。そちらの前任者は純粋にこの世界の人間だったので私達は干渉できなかったんですよ』

 

「えっ、じゃあどうやって俺は……」

 

『ここの艦娘の子たちが頑張って証拠を集めて家柄も階級も社会的地位も高かった厄介な前任者を訴えたんです。この世界は男性の地位が高いのですが彼女達が本部に突きつけた証拠と訴えは、前任者の悪質さを立証して余りあるものでした』

 

「それで俺が?」

 

『はい、ここしかないと思いました。後任が決まる前に○○さんをお呼びして全力で介入しました』

 

「…………」

 

『後はもうこちらにお任せ下さい。○○さんが提督でいてくれる限りこちらの軍の上層部は一切貴方に不利益になるような関与はしてきません。させません』

 

「はぁ」

 

『○○さんはこちらが用意させて頂いた便利な道具(スマホ等)を使って少しでも艦娘を笑顔に、そしてそちらの鎮守府を元の貴方の鎮守府のように精強に……』

 

「俺が戻れるのは何年後だよ?!」

 

『まぁまぁ』

 

提督の怒号に動揺したのか運営は宥めるように、しかし妙な営業力を感じさせる口調で言った。

 

『艦娘、可愛いでしょ?』

 

「まぁ……」

 

『私共と致しましてはちゃんとお互い同意の上なら懇ろな……』

 

「それ本気ですか?」

 

『あくまで○○さんの責任の下、が大前提ですけどね』

 

「おい……」

 

『ん? もしかして○○さんまだそういった経験が……?』

 

「異性に対してちょっと消極的なだけで童○判断とかやめてくれます?!」

 

『冗談です。先程も申しましたが私共が優先するのは艦娘の幸せです。いくら○○さんが上手くやっているように思っていても、こちらが問題があると判断した場合は直ぐに意見(アドバイス)しますので』

 

「…………」

 

提督は精神的に疲弊してもう何も言う気力はなかった。

そして彼は、その沈黙が運営からの依頼を正式に受諾する事を意味すると理解しつつも、最早それに対してとやかく言うつもりはなかった。

 

「分かりましたよ。やります。出来る限り善処します」

 

『ありがとうございます!! では、○○さんにはこれまでのお礼も兼ねて……』

 

「お」

 

もしかしてあっちの世界で使ってた良い装備とか、もしくは大量の資材や資源が貰えるのかなと提督は期待した。

が、残念ながら運営のお礼はそのどちらでもなかった。

 

『お礼も兼ねて以前○○さんが大浴場を建築する際に消費しました妖精コインと大精貨、全額還元致します! これでもっと艦娘の為の施設とか作っちゃって下さい!』

 

「…………」

 

提督はやはりこの世界の運営もクソだと思った。

だが艦娘の事を第一に考えているのは本当のようだったのでそこだけは評価した。




今までの話の中で一番長いんじゃないですかね
それでも1000字程度多いだけですが


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30:もしかしたら

(元々の)提督の艦隊が少し出る話


「なぁ金剛、相棒が鎮守府(ここ)に来なくなってからどれくらい経ったっけ?」【武蔵改二:レベル160】

 

「もう今日で3日目ネ」【金剛改二丙:レベル174】

 

「ふむ……こんな事今まであったか?」

 

「今まで散々画面の向こうで愚痴を言いながらモ、ずっと続けてきたのヨ? ……あるわけないじゃナイ……」

 

「……そうだな」

 

提督が元々指揮していた艦隊のトップ2の二人は、ある日こんな事を話していた。

提督は艦これ(このゲーム)を社会人になって間もなくしてから始めたので、今ではもうすっかりアラフォーである。

しかしそれは、今に至るまで続けていたからこそのこの年齢なのであり、あの生来飽きっぽい男がこれほど長く一つのゲームを続けているのは驚くべきことであった。

故に二人は、提督が重大な理由もなく艦これをやめるはずがないとお互いの結論は一致したのだが、かと言って画面越しでしか知らない自分達の提督のプライベートの事などゲームのキャラ(彼女たち)が把握できるはずもない。

故に今日もこうして待機という名の暇を持て余していた。

 

「……そういえばこんな事聞いたことあるか?」

 

「ふぁっと?」

 

「これはいつかの演習相手の誰かに聞いたんだが、そいつの提督は艦これ(私たち)の二次創作が好きでな?」

 

「Hmm?」

 

「よくその提督の友達と二人でその手の話題に花を咲かせていたらしい」

 

「? それがどうしたっていうノ?」

 

「まぁ聞け。それでな? その提督の艦娘が漏れ聞いた話の中に……」

 

金剛は武蔵の話を聞いてそのあまりにも突拍子もない内容に呆れることしかできなかった。

 

「はぁ? 異世界に転移ィ?」

 

「あくまで二次創作のネタだ。何しろ艦これ(私たち)の二次創作など腐るほどあるらしいからな」

 

「はぁ……でも、いくら何でもそれをテートク失踪の理由に結びつけるのはチープな発想ヨ」

 

「馬鹿を言うな。私たちが実はこうして意思を持っていて、提督たちが見ていないところでは割と自由にしている事実だって、十分に彼らからしたら有り得ない事だろう?」

 

「……」

 

「金剛、私はな。何かこう……気に入らないのを感じるんだ」

 

「これはまた随分 rough ネ」

 

「私たちだから感じる不快な雰囲気と言うべきか。まぁそんなやつを何となく、な?」

 

抽象的過ぎて論ずるに値しないと言える話だったが金剛は心の中に武蔵の話を完全に聞き捨てられない自分が居る事も自覚していた。

お互いに非常識な存在なら他にも非常識な存在がいてもおかしくはないという考えは解る。

解るのだが……。

 

「だからってワタシたちに何ができるわけでもナイネ」

 

「確かに。だがこうは考えられないか? もし相棒の奴がそういった事態に巻き込まれたのだとしたら、それは提督(アイツ)非現実の世界(私たちの側)に来たって事だ」

 

「テートクはワタシたちにとってはイレギュラー。だから何かしらの影響が出る事を期待しているのデスカ?」

 

「そういう事。この私たちの前に広がる出撃の時以外は海しかない世界を見ろ。案外奴は此処と繋がる何処かに居て、もしかしたら別の鎮守府で艦隊指揮をしているのかもしれないぞ?」

 

「……そー考えたら何だか無性に腹が立ってキタワ」

 

「じぇらしぃってやつか?」

 

「of course 当たり前じゃナイ。7年間もワタシたちを磨いてきてくれたのヨ? それなのにもしかしたら他の鎮守府()の娘とよろしくやってるかもなんて考えたら、そりゃ多少は hot にもなるワ」

 

「くくっ、らしくなってきたじゃないか。ならいっちょ、一緒に彼方に向かって一斉射でもしてみないか? 案外提督(アイツ)に届くかも知れないぞ?」

 

「You’re intersting」

 

ニッっと笑ってそう言う武蔵に金剛は笑みは笑みでも獰猛な笑みを浮かべた。

その笑みは大火力を誇る戦艦故の攻撃性、または今まで溜まってきた鬱憤に対するストレス、もしくはただの純粋な悪戯心から浮かんだものかもしれない。

どちらにしても金剛は武蔵の誘いに乗った、彼女の提案を心から面白く思った、故に艤装を展開し砲身を虚空へと向けた。

武蔵もそれに合わせて自慢の51cm連装砲を金剛と同じ方向に合わせる。

 

「Ready?」

 

「応」

 

「3、2、1……」

 

「発射!!」「Fire!!」

 

轟音を響かせて撃ち出された砲弾は、白煙を纏いながら最大弾道高まで達するとやがて海面へと落下し大きな水飛沫をあげる。

……と思われたが。

 

「あ」

 

「あ」

 

二人の声が同時に重なった。

彼女達が放った砲弾は海へ落ちる途中でパリッという音が聴こえそうな放電現象に見舞われると何処かへとその姿を消したのだった。

それは乙女の想いが起こした奇跡だったのか、世界の欠陥(バグ)を偶然突いただけだったのか謎だったが、一部始終を目撃した二人は放った弾が提督に届く事を祈るのだった。

 

 

「提督! 砲撃です! 位置はまだ特定出来ていません!」

 

「えぇ……まさかとは思ったけどあの音本当に砲撃音だったのか」

 

「弾は鎮守府近海に着弾したので実質的な被害はありませんが、周囲の警戒を厳としましょう」

 

「ああ、うん。なるべく気をつけてね。ところで砲撃って何発くらいあったのかな」

 

「確認したのは一発だけですが、あの音と着水した時の水飛沫の大きさから恐らく戦艦の砲撃かと思われます」

 

「……そうか」

 

提督はまさかの敵の強襲かもしれない事態に肝を冷やしつつ、その敵の中にいるであろう戦艦がル級である事を祈った。

 

(頼む。タ級はまだ厳しい気がする)




公私ともにやや忙しくて睡眠時間も少なくてストレスフル
感想返信は……もう少し待って下さいorz

そういやもう一発の砲弾は何処へ行ったんだろ


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31:もしかしたら2

ゲームの方の続きです


「おい金剛、本気か?」

 

いかなる時も余裕のある態度を崩すことがない武蔵が珍しく焦った声を出していた。

彼女にそんな声を出させている原因であるのは勿論名前を呼ばれていた金剛。

彼女は今、一人腕を組んで海原を眺めながらある大胆な決断を下そうとしていた。

 

「Yes of course. 武蔵、ワタシはやる気ヨ」

 

「しかしなぁ、流石に提督(相棒)の不在のままイベントに出るというのは……」

 

「ノンノン武蔵。そう心配する事は無いワ。幸いテートクはゲームを起動したままのようダシ、おかげでワタシたちが勝手に動いてもゲーム的にはただプレイしているのと同じはずヨ」

 

「しかし相棒が帰ってきた時にゲームを見たら驚くぞ?」

 

「それが良いんじゃナイ?」

 

武蔵を見て金剛は楽しそうに悪戯っぽく笑った。

 

「あの人は今まで嫌々イベントをやってきたケド、それでもやらなかったことはないワ」

 

「ふむ、それが先ずこんな事をする動機の一つというわけだな?」

 

「イエス。きっとあの人は、帰ってきた時イベントに参加できなかった事を悔やむと思うカラ」

 

「ふむ、確かに浦島太郎状態で帰った時の奴の心境を考えると察しても余りあるな」

 

「デショ? んでもう一つは……」

 

「さぷらぁいずというやつだな」

 

武蔵の言葉に金剛は先程見せた笑みを浮かべて頷いた。

 

「そーヨ。彼、帰ってきたらきっと吃驚するワ」

 

「そりゃ何時以来ぶりに戻ってきたのにしっかりイベントもこなされているのに気付いたら驚愕するだろうな」

 

「ウン、それにもしかしたらその顔を()()見られるかもしれないのヨ?」

 

「ふむ……それは、胸が熱くなるな」

 

「人のセリフを盗らないでもらおうか」

 

不意に二人の会話に割って入る声。

その声に二人が振り向くとそこには真面目な顔で腕を組んで自分達を見つめる長門の姿があった。

 

「あと金剛、私のポーズも盗るな」【長門改二:レベル142】

 

「アラ? これって長門専用だったカシラ?」

 

不意の介入者の抗議に別段気を悪くした様子もなく、寧ろ今までと同じように楽しそうな笑みを浮かべてそう言う金剛。

長門は「ふん」と鼻を鳴らすと組んだ腕を解き、二人に近付いてきた。

 

「話は聞いたぞ。金剛、お前なかなか思い切ったことをしようとしているじゃないか?」

 

「止めるつもり?」

 

顔は笑っていても目には僅かに剣呑な光を見せる金剛。

隣にいた武蔵はそれに気付いていたが黙っていた。

その態度には付き合いの長い者に対する信用が窺える余裕があった。

長門は長門で金剛の問いに強く出ることもなく再び鼻を鳴らすと至って落ち着いた声で言った。

 

「面白そうじゃないか。私も乗るぞ」

 

言葉の最後に金剛と同じ楽しげな笑みを浮かべる長門。

そんな二人を見て武蔵も「やれやれ」と眉は悩ましげにハの字にしながらも、やはり口元は楽しげに笑っていた。

 

「お、武蔵も賛成か」

 

「私はまだ一言もそうは言ってないのだがな」

 

「デモそういう顔をしてたワヨ?」

 

「ふっ、言うな」

 

この時、三人はお互いに視線を交わして軽く笑いあった。

そして気が済むまで笑ったところで金剛は言った。

 

「それじゃ、行動開始と行きまショーカ」

 

「まだ皆の同意を得られていないぞ?」

 

「武蔵、野暮なことは言うものじゃない。提督が不在の理由を知って心からこの案に反対する奴なんていると思うか?」

 

「真面目組は判らんだろ?」

 

「きっと口では反対しても足はワタシ達と同じ方向に進むと思うけどネ」

 

「ああ……まぁ、なぁ……」

 

武蔵は頭の中で小言を言いながらも仕方なさそうに付いてくる鳥海辺りの姿を思い浮かべて苦笑した。

そしてそんな鳥海の後ろにはやる気満々といった顔で楽しそうに付いてくる摩耶や、更にその後を付いてくる天龍と駆逐艦の面々といった光景も自然と浮かんだ。

長門も似た光景を思い浮かべたのだろう、彼女は噴き出しそうになるのを我慢しているような顔で金剛を見て言った。

 

「で、実際に行動に移すとしてどのように動く?」

 

「ソーネ、この前演習した子から今度のイベントは海外艦に多く特効効果が付きそうって聞いたワ」

 

「ふむ。だとしたらその点はうちは問題なさそうだな」

 

金剛の言葉に武蔵は頷いて言った。

 

「となると次は戦力の割り振りや難易度の選択だが……」

 

「ドーセ今回も前段と後段に分かれるデショ。まぁ前半は最初の2ステージくらいまでは甲難易度でも良いんじゃないカシラ?」

 

「特効艦の編入に関しては?」

 

「ンー、先ずは特効関係なく単純に高レベル組からチョイスで良いんじゃナイ?」

 

「前段の最終ステージで札付きは出撃できなくなるが……」

 

長門の懸念に大した問題ではないと言うようにそこで武蔵が言った。

 

「そこからは丙だな。元々資材の備蓄は潤沢とは言い難い状況だから妥当だろう。相棒だったらきっとそうする」

 

「では編成に組み込む艦種に関しては……」

 

「また演習で情報を集めるワ」

 

「演習も今日から勝手にするんだな?」

 

「そーいうコト」

 

 

こうして艦娘たちの提督不在でも独自に動くというとんでもない計画の大体の方針は決まった。

三人は再び視線を交わして無言で頷き合うと、速やかに最古参勢とケッコン勢にこの立ち上げた案を伝えた。




前段終わりました
E2までは甲でも問題なかったのですが、掘り作業で休日を含む多くの時間を消費しました
E3は3ゲージあるのを確認して迷うこと無く即丙を選択しました
やってらんねー

感想返信はまた後ほど


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32:白雪

癒やし回、多分


入室の許可が下りたので大淀が部屋に入ると提督が机に突っ伏していた。

 

「て、提督? 大丈夫ですか?」

 

「うん……ああ……」

 

大淀の声に反応して顔を上げた提督は全然大丈夫そうに見えなかった。

その何故か疲弊しきったように見える表情からは、先日の電の件の時より調子が悪そうに見えた。

 

「提督、お辛いならご無理はなさらない方が良ろしいかと思いますが」

 

「うん……」

 

大淀の言葉に提督は一度目を伏せて頭をガシガシと掻くと、「よし」と椅子から立ち上がって言った。

 

「今日はちょっと休みにする。だから建造も開発も無し。午後の演習についてはまた後で報告をちょうだい」

 

「承知しました。お部屋で休まれますか?」

 

「いや、ちょっと海でも眺めながら外で煙草を吸ってるよ。大淀も今日は決めた回数の遠征の指示と報告関連の仕事以外は自由にしてて」

 

「夜の執務は明日に回しますか?」

 

「いや、それは流石にしない。次の日が大変になるだけだからね」

 

「では頃合いを見てお声をお掛けしますね」

 

「よろしくー」

 

提督はそう言うと早速煙草を咥えて外に出ていった。

 

 

「…………」

 

係船柱の上に座って煙草を咥えながらボーッと海を眺める提督。

彼は吸い殻の灰が自然に落ちるのに任せてただただ海を眺めて気分転換に努めていた。

 

(参ったなぁ……運営怖い。何かタガが外れてる感じがして怖い。数年もここに居れば価値観変わってるかもしれないけど、その時の自分が今のままでいられるのか分からないのも怖い)

 

「はぁ……」

 

「何かお悩みですか?」

 

背後から鎮守府(ここ)で初めて聴く気がする声がした。

提督が後ろを振り返るとそこには微笑みを称えて彼を見つめる白雪がいた。

 

「あれっ、俺はまだ君を建造……あっ」

 

言葉の途中で提督は思い出した。

白雪はゲームの方の初期の任務の達成報酬で貰える事を。

提督はこの事からある程度彼女がどうやってここへ来たかを想像して訊いた。

 

「本部からの報奨として来てくれたのかな?」

 

「あ、はい。司令官がお収めになった初期段階の成果に対する報奨として、本日より貴方の指揮下に加わるよう拝命仕りました特型駆逐艦白雪です」

 

「そっか。宜しくね」

 

「あ、はい宜しくお願いします」

 

差し出された手を白雪は握ろうとしたがそれは気のせいで実際に提督は言葉のみの挨拶で手は差し出してなかった。

自分の早とちりに恥ずかしそうな顔をする白雪を見て提督は慌てて握手を求めて手を差し出した。

 

「ごめんごめん。握手の習慣が馴染んでなくてね。無視する気はなかったんだ」

 

「あ、いえそんな! こちらこそ態々気を遣って頂いて……ありがとうございます。えへへ」

 

上官から親交の印として差し出された手を嬉しそうに握って握手を返す白雪。

彼女は自分の上官とのファーストコンタクトが早速良い感じに始まって純粋に喜んでいるようだった。

 

「司令官はこんなところで海を眺められて、どうされたんですか? 本日の業務は……?」

 

「ああうん、着任初日にこんな感じで悪いけど、今日はちょっと休むことにしたんだ」

 

「えっ、では今日は終日非番に?」

 

「いや、執務はちゃんとするよ? ただ今日に限っては建造とか開発はいいかなぁってね」

 

「……何かおありでした?」

 

提督の疲れた雰囲気と彼の若干覇気が足りない声から心情を察した白雪が気遣うように訊いた。

心の機微に鋭い聡い子だった。

 

「うんまぁ、鎮守府的には全く問題はないんだけど、ちょっと()()()と話して疲れてしまってね」

 

「あ、そういう事でしたか。そうですよね。軍だと特に階級できっちり分けられてますから余計に緊張して気疲れしてしまいますよね」

 

「うん……まぁそうだね。白雪は俺に対してはそんなに気とか張らなくていいからね。俺は大体こんな感じだから」

 

「いえ、そういうわけには……。でもお話しし易い方だとは思います。私、それだけでも嬉しいです」

 

「そっか」

 

提督は白雪の良い子さに大分癒やされるのを感じた。

彼は小児愛好者(ロリコン)ではなかったが、以前いた世界で務めていた仕事柄、無意識に見てるだけで元気を与えてくれる子供という存在は好きだった。

こんな事をまた霞や彼女の前で言うと機嫌を損ねてしまうだろうが、それでも提督はこうやって時折駆逐艦が見せてくれる無邪気さや笑顔には自然と感謝をしていた。

 

「白雪、せっかくここに来てくれたところで悪いんだけど、ここはあんまり備蓄的に余裕がなくてさ」

 

「なるほど。今は遠征を中心に資材と資源の備蓄に努めていらっしゃるんですね」

 

「うん、そう。あと加えて戦力や装備的にも心許ないというか弱小でさ」

 

「気にしないで下さい。これから頑張れば問題ありません」

 

「おおう……ありがとう。朝潮だ……」

 

「えっ、私は白雪ですけど?」

 

思わず漏れた純粋な感想にきょとんとした顔でそう返す白雪。

提督はそんな彼女の反応につい噴き出す。

 

「えっ、わ、私何か変な事を?」

 

「いや、ごめん。そうじゃない。けど、はぁ……うん。おかげで幾らか気分は良くなったよ」

 

「そ、そうですか? よく分かりませんでしたが、お役に立てたのなら幸いです」

 

「……よし、気が変わった。休憩はここまでにしてやっぱり建造も開発もしよう。白雪、付いて来てくれる? 他の仲間や鎮守府(ここ)の紹介をするから」

 

「あ、はい! ありがとうございます! お願いします!」

 

白雪は嬉しそうな顔で提督の後を付いて行った。

 

 

余談だが、やはり彼女が提督の鎮守府で一番驚愕し、感動したのは例の彼が建築した大浴場だった。




感想は仕事から帰った後にまとめてまた


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33:建造3日目

タイトル詐欺
話のメインは大淀


「あ、今回は空母を狙わないんですか?」

 

今までと違う資材の配分に気付いた大淀が提督に尋ねる。

 

「うん。さっきの謎の襲撃が怖かったから戦艦も一人くらい欲しいなってね」

 

「ではこれは戦艦が生まれる可能性が高い配分なんですね」

 

「そういう事」

 

この少し前、提督は何処からともなく放たれた砲撃に肝を冷やすという事態に遭った。

 

索敵をしたものの敵の姿は結局確認できず、本当に近くにいたのかすらも判らなかった。

砲弾の着弾地点は判っていたので潜水艦でもいれば、海底に沈んだそれからもしかしたら敵の種類くらいは特定できるかもしれないと大淀は言ってくれたが、残念ながら提督の鎮守府にはまだ潜水艦はいなかった。

 

(まぁレベルは低くても大きな戦艦がいるという安心感はやっぱり欲しい)

 

という考えの下、急遽決まった戦艦建造計画であった。

 

「配分は燃料400弾薬100鋼材600ボーキサイト30。うーん鋼材の消費が痛い。これ一回すると残りはどうなる?」

 

「鋼材以外はギリギリ4桁ですかね」

 

「ぐっ、まぁ今回はボーキを節約できたと思うことにしよう。んじゃ、建造っと」

 

建造までにかかる時間を確認するとなかなか良い時間だった。

まず間違いなく生まれるのは戦艦だったので提督はその事に満足すると、時間まで執務に励むことにした。

3日目ともなると既に書類作業は更に効率化が進み、プリンタと使い方を覚えた大淀が自分用に買ったノートパソコンを使って書類を作成する事までできるようになっていた。

 

「お、良い感じだね」

 

大淀が見本として刷った書類の出来を見て提督は満足そうに頷いた。

その反応に大淀もまんざらでもなさそうな顔で微笑み、他に修正が必要な箇所はないか尋ねたが、一見そんな所は見当たらないほどの完成度だった。

 

「いや、原本と比べても格段に綺麗で見易いからこれでいいよ。このフォーム保存しといて」

 

「分かりました。では今日はこれを使って遠征や午後の演習の報告書を作るだけですね」

 

「うん。でも大淀、本当にタイピングも書類作成ソフトの使い方覚えるのも早かったね。いや、おかげで大助かりだけどさ」

 

「提督が仰っていた通り私は事務処理の適性があるみたいです。タイピングも文字配列を覚えれば楽でしたが……」

 

大淀はそこでとある事に一時だけ苦労した事を思い出して苦笑した。

 

「日本語のローマ字入力は少しだけ手こずりましたけどね」

 

「別にかな文字入力でも良かったんだけど? 慣れればそっちの方が格段に入力は早そうだし」

 

「いえ、指がきーとっぷの配列を覚えれば入力は確かに楽でした。かな文字入力に関しても確かに仰る通りだと思いますので、何れはできるようになるつもりです」

 

「頼もしい」

 

「ふふ、ありがとうございます。あっ」

 

提督と話している時に大淀は彼が持っている印刷されたばかりの書類に気になる箇所を見つけた。

彼女は無意識に提督に近付き、彼の後ろからその箇所を指で示すのだが……。

 

(……近いな)

 

自分の椅子の背もたれの上を持ち空いた片方の手の指で気になる箇所について意見をしてきた大淀の姿勢は、実際密着一歩手前と言えるほどに距離が近かった。

下手に動けば肩越しに大淀の胸が当たる気がしたので提督も迂闊に動けなかった。

 

(まぁ歯医者の検診とかでも似たような事がよくあるけど、それとこれでは頻度に差があるからなぁ……)

 

提督がそんな人が羨ましがりそうな贅沢な悩み事をしている時だった。

 

(ん?)

 

提督は大淀から明らかに人工的な、しかし決して不快ではない甘い香りがする事に気付いた。

 

(香水……?)

 

「提督? あの、聞いてますか?」

 

書類の方ではなく時折自分の顔を怪訝な表情で見る提督が気になって大淀は聞いた。

提督は大淀に申し訳無さそうにしながらも何かが気になっている様子で、明らかに彼女の話に注意を傾ける事ができていなかった。

結局彼は故意と思われる大きな咳払いを1つして一時的に大淀の話を中断させると、今度はしっかり彼女の顔を見据えて言った。

 

「ごめん大淀、1つだけ訊いていい?」

 

「? はい、なんでしょう?」

 

「もしかして香水使ってる?」

 

「!」

 

提督の言葉に思わず手に持っていたファイルを胸に押し付けるようにして後ずさりした大淀の反応から察するに、彼女は香水をつけていた事をすっかり忘れていたようだった。

顔を真っ赤にした大淀は口元をファイルで隠しながら、蚊が鳴くような小さな声で一言「すみません……」と言った。

恐らく自分が色気づいた事を初めて異性に指摘されたことに対する恥ずかしさ、そしてまだ出撃任務に参加できる状況になっていないとはいえ、実際に今外で頑張っている仲間たちを差し置いてそんな事をしていた自分に罪悪感からくる羞恥心を覚えたのであろう。

見ると大淀はすっかり落ち込み、しゃがみ込んで抱えた膝に押し付けた顔からは涙まで滲ませていた。

提督は提督でこれで通算二度目となる大淀を泣かせてしまった事態に慌てふためいて必死に励ますのだった。

 

「えっ、ごめん?! なんか無神経だった?! いや、大淀は悪くないから! 何が悪くないのかはよく分からないけど、取り敢えず落ち着いて。ね?!」

 

結局その状態から大淀が立ち直るまでに30分程かかったのだった。




今日からイベントですね
ふふっ……怠い


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34:山城

タイトルで建造のネタバレしてます


やり直しを強制された鎮守府で初めて提督が迎えた戦艦は山城だった。

加賀に続いてまたもや狙い通りの成果を上げた事を大淀は讃えてくれたが、肝心の提督はというと()()()()程ではないにしても渋い顔をしていた。

 

(これまた性格が面倒そうなのが来たな)

 

提督の最初の感想はこれだった。

艦これ(ゲーム)における山城はシスコンのイメージが強い扶桑(お姉様)大好きっ子だ。

加えて自分の過去の境遇に不幸というコンプレックスを持つ、やさぐれた面があるのも大きな特徴だ。

提督はこれを面倒と呼んだ。

 

「あの……何ですかその目は? あぁ、どうせ山城()だから失望したんでしょう。悪かったですね金剛や長門じゃなくて」

 

「…………」

 

初っ端からこれであった。

これには提督の成果を讃えていた大淀の笑顔も引きつってしまう。

 

「あ、あの山城さん。別に提督はそんな事は……」

 

「じゃあなんでまだずっと黙ってるんですか。その理由は提督の目が如実に語っていると思うのだけど?」

 

「そ、そんな事……提督?」

 

大丈夫ですよねと目で訴える大淀には申し訳なかったが、提督はこの時点で未だに山城に対してどんな第一声を発したら良いか悩んでいた。

 

(とにかくあいつは何とか機嫌をとってこじらせないようにするのが大事だ。姉の不在を侘びつつ、自分が不幸だというテンションにも一定の配慮を……)

 

「面倒くさ」

 

「は?」

 

「あっ」

 

つい無意識に口から出てしまった提督の言葉を山城は聞き逃さなかった。

彼女は瞬時に不機嫌な顔になって半目で提督を睨み据えてきた。

 

「今面倒って言いましたよね?」

 

「…………」

 

「い・い・ま・し・た・よ・ね?」

 

「……言ったけど悪い意味じゃない」

 

「悪い意味じゃなかったらどう意味だったんですか?」

 

「それは……」

 

提督は頭をフル回転させた。

どうやってこのトラブルを丸く収めるか、どうやって山城が満足する答えを絞り出すか。

誰にでも言えることだが第一印象、ファーストコミュニケーションが今後の彼女との関係性を決めるのだ。

 

「な、なんか戦艦のメンテナンスって大変そうだなぁって」

 

「それが面倒だと?」

 

「うん、まぁ言葉は悪かったよ。で、でも大丈夫。鎮守府(此処)には優秀な整備士(明石)もいるし、山城みたいな大きな戦艦が傷を負っても直ぐに全快する風呂もあるから」

 

「お風呂?」

 

流石は女性。

生まれたばかりであっても温かい湯を浴びれるお風呂というワードには敏感に反応した。

提督はこの機を逃すまいと彼女に畳み掛けてきた。

 

「うん。ここにはとても大きな艦娘専用のお風呂があってね。湯種も様々あるしその効能にはきっと山城も満足すると思うよ」

 

「そ、そんな艦娘専用のお風呂なんてあるわけが……。私たちは兵器だし、大体提督がそんな配慮をするなんて非常識よ……」

 

口ではそう言っても山城は風呂に興味津々のようで、その目は泳いでいた。

効果はバツグンだ。

提督は大淀に目配せをして彼女に加勢を頼む。

賢い大淀さんは提督の意図を理解し頼もしい表情で頷くと山城に言った。

 

「大きなお風呂、大浴場があるのは本当ですよ。良かったら案内しますので先ずは見てみませんか?」

 

「…………行く」

 

数秒俯いて逡巡した後、山城はポツリとそう言った。

 

 

果たして山城は目の前に広がる巨大な浴場に目を奪われ、裸で楽しげにはしゃいでいた川内や皐月と言った賑やかな面々に早速絡まれるのだった。

 

「あれぇ? なんでお風呂で服なんて着てるのー?」

 

「あっ、これは本当にあるとは思わなくて……」

 

「じゃあ山城さんも早く脱衣所で服を脱いでおいでよ! すっごく気持ち良いんだよ。僕が案内してあげる! 僕のオススメのお風呂はねぇ……」

 

「はいはい。いきなり貴女達に任せたら山城さんが困っちゃうでしょ。ここは五十鈴達に任せなさい」

 

「そうよぉ? お姉さんに任せなさぁい」

 

「いや、それを言ったら一応軽巡の私もお姉さんじゃ……」

 

川内(貴女)はまだ淑女としての嗜みが足りないわ。羽黒さん?」

 

五十鈴、龍田に続いて湯けむりの中から現れたのは加賀と羽黒。

加賀は羽黒に頷くと川内を一時的に大人しくさせる為の特別トレーニングの実施を許可した。

 

「はい! 羽黒にお任せ下さい! さぁ川内さん、羽黒と今からそこの浴槽で潜水の訓練をしましょう! 上手く沈められたと油断した敵の背後に回って仕留める戦法を教えてさしあげます!」

 

「えっ、いや、ちょっ……」

 

「さぁ行きましょう!」

 

「いやぁァァァ……っ」

 

一糸纏わぬ姿で悠々と川内を脇に抱えた羽黒は再び湯けむりの中に入り、何処かへと姿を消していった。

 

 

「……という事がありました」

 

「ハハハ……」

 

ほこほこと湯上がりの煙を立ち上らせる山城からの報告に提督はカラ笑いをするしかなかった。

山城も口ではそんな呆れることがあったと言いつつも目は楽しげに笑っており、時折何を思い出したのか面白そうに噴き出したりした。

 

「まぁ楽しめたようで良かったよ」

 

「別に……そんなわけでも……なくはないけど……」

 

髪を弄りそっぽを向く山城。

提督はここが最後の極め処だと判断し、彼女にある物を見せた。

 

「? 提督、何ですか、これ?」

 

提督が見せたのはレディースファッション雑誌だった。

山城は表紙を飾る鮮やかなカラーの写真に写る綺麗な女性と鮮烈なファッションに早速目を奪われている。

 

「これは婦人用衣類の見本が載った目録だよ。山城、ちょっとこの本見てみてよ」

 

「…………!」

 

本を開いた山城は目を見張る。

雑誌の情報量が彼女に与えた衝撃は、それこそ口では言い表せない程のものだった。

夢中でページを捲る山城の横から提督は更に言った。

 

「どう? なかなか興味深いでしょ? その本に載っている服って実は買えるんだよ。山城も給金を貰ったら注文の仕方を……」

 

「提督、ちょっと静かにしていてもらえませんか?」

 

「アッハイ」

 

山城はこの後、数時間執務室に居座って雑誌を読み耽り、提督がもう遅いから今日は部屋に戻るよう声を掛けると、まだ読み足りないのか凄く恨めしそうな顔をした。

提督は元々その雑誌は山城にあげるつもりだったので、持って帰っても良いと言うと、今度は不満げな顔から一点、目を丸くしてまるで親に高い玩具を買ってもらう子供のように「本当? 本当?」と何度も確認してきたのだった。




メンテいつも通りに遅れてますね
だから予定時刻はいらないと……


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35:攻略開始

1-3に臨む話


3日目午後の演習の結果による艦娘の上昇したレベルを確認して提督は1-3への出撃を決めた。

 

「製油所地帯沿岸への出撃ですね」

 

「うん。出撃するのは軽巡の三人と羽黒、駆逐艦は霞と朝潮」

 

「承知しました。直ぐに伝えてきます」

 

提督は去りゆく大淀の背中を見つめながら改めて頭の中で今口にした出撃メンバーについて考えた。

 

(平均レベルは16、その内、改になっているのが羽黒と川内と霞。開発した電探はまだ3つだから丁度良いと言えば良いな)

 

程なくして提督の前に指示を受けた艦娘が揃って整列した。

提督は椅子から立ち上がると普段より真剣さをやや感じさせる硬い声で話し始めた。

 

「こ――」

 

「待ちに待った夜戦だね!」

 

「川内ちゃ~ん?」

 

「ご、ごめん……」

 

「こほん、あー、先ず注意しないといけない点を伝えます。今から出撃する海域を支配する主力艦隊には戦艦がいる」

 

戦艦という言葉を聞いてゴクリと唾を飲み込む駆逐艦達、片や軽巡達と羽黒は戦意に瞳を燃やした。

特にすっかり夜戦好きというデフォルト(原作通り)に近くなった川内と、それとは正反対の方向にすっかり頼もしくなってしまった羽黒のやる気は凄まじく、二人は「夜戦ならお任せ!」「必ずご期待に応えてみせます!」と鼻息荒く言うのだった。

提督はそんな彼女達のアクティブさに苦笑しながら話を続けようとしたが、そこで霞が手を挙げて質問を求めた。

 

「はい、どうぞ」

 

「どうして戦艦が出るって知ってるの?」

 

当然の疑問だった。

前の出撃もそうだったが(その時は遭遇する敵の編成に対する言及はなかったが)提督は、彼女達が進撃する先で遭遇する敵の編成を予め知っているような雰囲気があった。

霞はそれを改めて実感し、当然の疑問として提督にその答えを求めたのだ。

提督はそんな霞に対して「うーん」と回答に困った様子で頭を掻きながら絞り出すように一言。

 

「まぁ()()()かな」

 

「経験? ク……司令官は他の所で提督をしていたの?」

 

「此処ではないけどね」

 

「?」

 

曖昧な返事に首を傾げる艦娘達。

だがそんな答えでありながらも彼の声質からは何かを偽っているような感じもない。

流石にゲームでと言うわけにはいかなかった提督としては、それが彼女達に自分の経験を表現として伝えられる限界だった。

 

「戦艦が出るのなら私が役に立てると思うんだけど……」

 

部屋のソファーに腰掛けてファッション雑誌を読んでいた山城が本から目だけをチラリと見せてさり気なく戦艦(自分)も役に立ちたいとアピールしてきた。

提督は山城に顔を向けるとすまなそうに言った。

 

「あー、気持ちは凄く嬉しいんだけど戦艦(山城)の出番は()()なんだ。でも演習では活躍できるからちょっと我慢してね」

 

「……そう」

 

別に気落ちも不満も感じさせる様子はなかった。

山城は提督の口から聞いた『まだ』という言葉に彼が自分の存在を軽んじていない事を感じ、それ以上は何も言わずに再び雑誌に目を戻した。

 

「えっと、なんだっけな……。あ、そう、戦艦が出るんだけど恐らく日が出ている間に決着を付けるのは難しいと思う」

 

「つまり夜戦で勝負をかけるわけね」

 

提督は五十鈴の言葉に頷く。

 

「その通り。現状火力不足は否めないからね。だからその戦艦がいる主力艦隊にまで辿り着けるかも正直微妙な所ではあるんだけど。でも辿り着いて夜戦にまでもつれ込む事ができれば結構勝率は高いと思う」

 

「朝潮は司令官の采配を信じます!」

 

「私もです! 必ずその戦艦を仕留めてみせます!」

 

仕留めるという羽黒らしくない言葉にやや気圧されているようだったが、霞も小さく溜息を一つ吐くと言った。

 

「……分かったわ。信じてあげる」

 

「有難う。こんな事を言うと士気が下がるかもだけど、大破(危なく)なったら適切に撤退を指示するから安心して」

 

「……なるほどねぇ。提督が辿り着けるか微妙と言っていたのをちょっと納得したわぁ」

 

「主力を捕捉するまでの道中もそれなりにキツイかもという事ね?」

 

「五十鈴、また正解! うん、だからほどほどに頑張ってね」

 

「はい! 大破しても必ず……!」

 

「いや、羽黒ちゃん。大破したら夜戦できないから……」

 

流石に川内でもそこは突っ込んだ。

 

「では、提督からのお話は以上で宜しいですか」

 

大淀の確認にもう少しで「そうだ」と頷きかけたところで提督は何かを思い付いたらしく、彼女を軽く手で制して言った。

 

「あ、ごめん。最後に一つ」

 

「? 何よ?」

 

提督は首を傾げる霞と他の艦娘達を軽く一瞥するとこんな事を言った。

 

「今日、この出撃任務が完遂できたら宴会をしよう」

 

「は……? 宴……会……?」

 

予想外の言葉にポカンとした顔をする霞。

見れば他の面子も意味は知っていても馴染みがない言葉のようで、提督のこの提案にどう反応したら良いのか困惑しているようだった。

 

「提督、宴会ってあの宴会ですか? 皆で集まって食事をしたりお酒を飲んだりする……」

 

「そうそれ」

 

大淀の窺うような質問に提督は大きく頷いた。

 

「せっかく初めて戦艦を倒すかもしれないんだからさ。それを達成したらちょっとお祝いをしよう」

 

「はぁ……まぁ……。提督がしたいならいい……けど……?」

 

川内の意見を求める視線に彼女以外の艦娘達もばらつきはあったが全員が頷いて同意した。

やはり宴会というものに馴染みが無い様子で艦娘達の反応は微妙だ。

しかしおかげで提督は珍しく自発的に、単に食堂で食事をするのとは違う、宴会の楽しさを教えてやりたいという気持ちを強くした。

 

「まぁ宴会に関しては今は頭の片隅に置いておくくらいでいいよ。それじゃまぁ……」

 

提督は大淀をチラリと見る。

視線を受けた大淀はその意を酌んで出撃する艦娘達に言った。

 

「提督に敬礼っ」

 

「うん、頑張ってね」

 

乱れなく綺麗に自分に敬礼する艦娘達を見ながら提督は心の中でステージ攻略を祈った。




感想返しは今日か明日で


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36:鉄と拳

羽黒が戦闘で……


1-3はボスまでは順調に進んだ。

提督は前回と同じ様にスマホでマスの確認をしながら羽黒達が敵と遭遇する前に常に無難な指示をしていた。

 

 

「……今の所は順調ね」

 

「そうね霞ちゃん。でも、本当に司令官さんは凄いね」

 

「私もそう思います羽黒さん。朝潮、司令官の会敵予想には正直に感服です」

 

「前回もそうだったからねぇ。的確過ぎて頼もしいを通り越してちょっと不気味でもあるけどねぇ」

 

「不気味って……まぁ解らないでもないけど」

 

龍田の言葉に提督に気を遣いながらも同意する五十鈴。

確かに彼女の言う通り前回の出撃から今回に至るまで、提督の会敵予想における敵の編成は全て的中していた。

おかげで彼女達は効率的に戦闘態勢への移行ができ、予め気合を入れる等精神面でも助かってはいたのだが。

 

「そんな事どうだっていいでしょ! おかげでいちいち敵との遭遇に神経張り詰めなくていいんだしっ」

 

サブリーダーとして殿を務めていた川内が尤もな事を言う。

確かに彼女の言う通りなのだが、それでも的中が続く提督の予想は多少でも妙に思わないと気が紛れない者も居る。

その事も解って欲しくて五十鈴が川内に話しかけようとした時だった司令部より提督からの通信が入った。

 

『全員気を引き締めるように。間もなくその海域を支配する敵主力と遭遇する。気を付けろよ、今度は戦艦がいるからな』

 

以前からこの海域には戦艦が出ると提督が言っていたので、羽黒達は驚きはしなかったが、それでも間もなく実際に相見えるとなると全員にこれまで感じた事がない程の緊張が走った。

 

進軍によって割れた波の水飛沫を浴びる中、先頭の羽黒は目を凝らす。

提督の言った通り、程なく彼女はまだ僅かにではあるが、敵の艦影らしき影を幾つか発見し、その中に頭一つ背が高いものも認めた。

 

「……来る!」

 

羽黒はその背の高い影から一瞬光が発生したのを見逃さなかった。

敵戦艦の長大な射程の主砲は彼女の警告のおかげもあって先ず第一撃は全員が回避できた。

だが彼女達が回避成功に息を吐いたのも束の間、今度は他の軽巡らの砲撃が襲ってきた。

敵の軽巡の砲撃が届くということは、それ即ち彼女達の射程圏内にも入ったという事である。

羽黒は事前に敵より早く攻撃の指示を出ししっかりと自分達から次の攻撃は先制を取っていた。

 

「先ずは敵戦艦の戦力を奪います! 各艦目標に向けて一斉射、後に私以外は川内さんの指示に従って戦艦以外に注力して下さい!」

 

「あらぁ? 一番の獲物は独り占めってわけぇ?」

 

皮肉を言う龍田に敢えて羽黒も悪い笑みを浮かべて言った。

 

「そういう事です。いいですか……撃ぇっ!!」

 

羽黒の指示通りに艦娘達は最初の一斉射撃を行った後に川内以下5人と羽黒単独に分かれた。

 

 

場所は変わって出撃任務中は司令部となっている執務室。

提督は専用の機器で羽黒の信号が隊列から一人離れるのを確認して唖然としていた。

 

「えぇ……。なんか羽黒一人で戦艦に向かってるみたいだ」

 

「主力対主力というわけですか。でも流石に重巡とはいえ戦艦に単独で挑むなんて……」

 

「映画、次はもうちょっとマイルドな内容のやつを選ぼうかな」

 

司令部ではこんなやり取りがされていた。

 

 

敵戦艦ル級は再度主砲で相手の耐久力が低い軽巡以下を狙おうとしたが、隊列から離れて近付いて来た羽黒に気付き砲身を向けようとするも、その時には副砲の使用が適切な距離となっていた為、舌打ちをして武器を切り替えた。

 

「…………ッ」

 

「勝負です……!」

 

お互いの艦隊の主力同士が砲身を向けて真正面から撃ち合う形となり、二人は互いに激烈な砲撃戦を展開し、その結果羽黒は中破、ル級は小破のダメージを受けた。

 

「コノ…………ッ」

 

受けたダメージの差は大きく、状態はこちらが有利ではあったが、ル級は自分より小さい艦から軽視できない被害を受けたことに憤った。

だが自分をこんな不快な気分にさせた張本人はもう大分弱っているはずである。

こうなっては撃沈されるのを恐れてこれ以上は肉薄するような戦いはしてこないはずだ。

そう、ル級のこの予想は別に至極真っ当なものだった。

だが彼女は運が悪かった。

この時相対していた敵は不幸にもその真っ当な予想には当てはまらない相手だったのだ。

 

「エッ」

 

ル級は思わず驚きの声を漏らした。

先程撃ち合って負傷した相手が尚も自分に更に迫ってきたのだ。

彼女はその双眸に衰えを見せない戦意の炎を確かに燃やし、自分を睨みつけていた。

 

「ナッ!?」

 

もう間合い的に機銃くらいでしかお互い攻撃はできない距離だった。

だがル級はちゃんと把握していた。

自分もそうだが相手も機銃を装備している様子はない事をしっかりと確認していたのだ。

にもかかわらずその敵は尚も接近し、もはやお互いの顔すら詳細に認識できる距離まで来ている。

 

(まさか特攻して自爆に巻き込む気か?!)

 

そうル級が血相を変えて怯んだ時だった。

 

「エ?」

 

ル級は今度は困惑した。

何故ならその件の敵が艤装の砲身を意味もなく向けるでもなく、なんと逆にそれを握りしめて自分に向かって振りかぶってきたからだ。

 

戦場では聞き慣れないゴォォンという奇妙な音に、その時敵味方問わず思わず戦闘を中断して音がした方を振り向いた。

 

「ひっ」

 

それは果たして誰の声だったか。

怯えた声を発した誰かの視線の先には、額に大きなコブをこしらえた泡を吹いて倒れているル級に馬乗りになって、今度は拳を叩き込んでいる羽黒の姿があった。

その姿はまるで鬼神……というにはあまりにも野蛮で恐ろしさを感じさせる程に鬼気迫る雰囲気があり、皆の前でそんな蛮勇を見せていた彼女は殴りながら言った。

 

「油断しましたね! ただ撃つだけが全てではないんです! 間合いが足りなければこうして打撃武器として、それが壊れたらこうして拳で闘えばいいんです!」

 

ゴスゴスという仲間が殴られる鈍い音にすっかり怯えて戦意を喪失した他の深海棲艦達は、その場で川内達に降伏した。




感想返信を含め最近予告を守れなくて申し訳ないです


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37:霞

羽黒が降伏した深海棲艦を連れてきました


提督は、とある戦闘結果に頭を捻っていた。

 

(特別勝利ってなんだ?)

 

運良く1-3攻略に成功したのは間違いないが、こんな名称の勝利結果は当然提督は見た事がなかった。

大淀にも意見を求めたが彼女もこんな勝利判定は識らないとの事だった。

 

「S勝利とか、勝利判定を示すランクもないなこれ」

 

「私も他の鎮守府のものも含めた過去の戦闘結果事例を少し調べてみましたが、このような名称の勝利判定は確認できませんでした」

 

「でも一応これは羽黒達が挙げた戦果が間違いなく受理された結果なんだよね?」

 

「戦果報告は提督が此処に着任されるまでは基本的に自己申告制でしたので……。まぁ碌な成果を挙げられていなかったのでその形式自体あまり意味を成していませんでしたが」

 

「ふーん……」

 

提督は執務室の壁際に置かれた本棚ほどの大きさの巨大な機械をちらりと見た。

それは出撃した艦娘の信号を探知し状況を把握する為の所謂レーダーの機能を持ち、更には無線通信や戦闘結果を今提督が手にしている短冊状の紙に印刷する機能まで備えた、それはそれは便利で高価そうな機械であった。

 

「前の提督はこれは使わなかったの?」

 

「これは前任者が此処を去られて提督がこちらにいらっしゃるまでの間に海軍本部から送られてきた物でして」

 

「なるほど」

 

提督は短い言葉で理解を示しながら内心では「多分送ってきたのは海軍本部ではなく『運営』だろな」と思った。

 

「まぁこれ以上考えても埒が明かないか。艦隊が無事に帰って来たら取り敢えずはそれで今は御の字ということ……」

 

 

「司令官さん! 羽黒以下6名、只今出撃任務より帰投致しました!」

 

とても大変な任務をやり遂げた後とは思えない、活力が溢れて余りありそうな元気な声とともに艦隊が丁度戻ってきた。

提督は最初こそ「入室するときは先ずはノックをしなさい」と、注意をしてから羽黒達の健闘を称える話をするつもりだったのだが、部屋に入ってきた彼女達を見てそんな考えも彼方へと消えてしまった。

それは大淀も同じ……とは言い難く、彼女の場合はそれ以上に口から漏れそうになった悲鳴をなんとか口を押さえて我慢するほどに、驚きに目を見開いていた。

何故二人がそんな唖然とした雰囲気や顔をしていたのかというと、それは羽黒達と一緒に部屋に入ってきた()()()ゲストが原因だった。

 

「し、深海棲艦?!」

 

「…………」

 

そう、羽黒達の後に付いて最後に入ってきたのは深海棲艦の戦艦ル級であった。

その鎮守府に居る誰よりも背が高い長身で立派な体躯、加えて冷たい印象を与える切れ長な目とそれを際立たせている艷やかな長い黒髪、これら全てが相まって提督と大淀に圧倒的な存在感と威圧感を与えていた。

 

「何黙ってるんですか。司令官さんに失礼ですよ?」

 

「スッ、スミマセン!」

 

しかしそんなル級を恐れること無く、逆に剣呑な目で彼女を嗜める羽黒。

ル級は彼女の言葉にビクリと震えて目尻に涙を滲ませると「スミマセン、深海棲艦ノ戦艦ル級デス」と丁寧に挨拶をした。

提督はここまでの流れで何となく現場で起こったことを察した。

見れば龍田はいつも通り見慣れた微笑みを湛えていたが、川内の不満そうな顔は恐らく夜戦ができなかったからだろう。

日没前に戻ってきたのでそれは容易に察する事ができた。

しかしそれ以外は……。

 

(五十鈴も朝潮も霞も青い顔をしているな)

 

現場で何か恐ろしいものを見たのだろう。

果たしてそれはなんだったのか、原因は一人だけ意気軒昂な羽黒にあるのは間違いなかった。

 

「えーと、先ずは皆お疲れ様」

 

「はっ、光栄です! 司令官さんの的確なご指示のおかげでこんな大成果を挙げることができました!」

 

「ん、大成果っていうのは……」

 

「はい! ご覧の通り、敵主力艦隊を降伏させる事に成功しました!」

 

「へぇ……」

 

その時提督は羽黒の艤装の妙な損傷に気付いた。

彼女の艤装の砲身は通常の使い方からは想像し難い妙な曲線や凹みが発生しており、その様はまともな砲雷撃戦で出来たものとは思えなかった。

加えて羽黒の隣で自分を見て青ざめている大淀より更に青ざめてすすり泣いているル級。

彼女の額には大きなコブが出来ており、更に敵でありながらその端正な顔には、殴られた事によってできたと思われる生々しい痣が他にもいくつが確認できた。

 

(こりゃまたとんでもなく泥臭い戦いをしてきたもんだ)

 

提督は心の中で壮絶な体験をしたであろうル級に密かに同情し、取り敢えず戦闘経過の報告を受けることにした。

 

 

「……なるほど。取り敢えず羽黒」

 

「は!」

 

「君は先ず入渠して。その後……多分明石から話があるだろうから速やかに工廠に行くように。その後にまた少し話そう」

 

「? はい、分かりました……」

 

羽黒は提督からうんと褒めてもらえると期待していたのだが、意外にも彼の反応は淡白であった。

その事に彼女は内心落ち込んだものの、入渠を勧められた後に話があるとの事だったので、提督が自分を気遣って先ずは負傷を癒やすように言ってくれたのだと直ぐに思い直した。

ただその言葉の中で羽黒は、工廠に行くようにも言われていた事をもののついで程度の軽い用だと浮かれた頭で考えてしまっていた。

この事を彼女は後に深く反省し後悔することになるのだが、それはまだ当然知る由もなかった。

 

 

「さて……」

 

羽黒が退出したのを見届けると、提督は残りのメンバーに目を向けた。

 

「んじゃ、改めてお疲れ様。えーと、そういえば今回は特に頑張った子がいたんだっけ?」

 

羽黒以外の出撃メンバーは、提督のこの言葉にそれぞれの頭の上に疑問符を浮かべた。

彼女達の共通の認識ではそれに該当するのは旗艦でもあり、こうして敵を降伏させるに至る活躍をした羽黒しかいなかったのだが、提督がその事には言及せずに他の功労者に関して大淀に問いかけたからだ。

だがその問いかけを受けた大淀は提督の意図を理解しているらしく、特に戸惑う様子もなく戦果の記録を確認して答えた。

 

「そうですね……記録では霞ちゃんが最も戦果を積み重ねています」

 

「えっ、わ、私!?」

 

自分の名前が挙がるなんて思いもしてなかった霞は信じられないと言った顔をして驚いていた。

実は彼女は艦隊が敵主力と会敵する前の時点で中破の状態となっていた。

それは耐久力が低い駆逐艦(彼女)が敵の攻撃を受けた結果ではあったのだが、その結果の中に彼女が仲間を護り、それと同時に敵の隙を見逃さずに反撃も行うなどよく奮戦したという経緯があった。

それが記録として確かに残っていた故に、今回霞が艦隊で一番の功労者(MVP)として選ばれる事になったのだ。

 

「ん、そっか。霞」

 

大淀の回答に頷いた提督は霞に目を向けて彼女を呼んだ。

名前を呼ばれた霞は一瞬ビクリと緊張した様子を見せたものの、直ぐに自分を落ち着けて若干強張った表情をしながらも一歩提督の前に進み出た。

その時、提督以外の者はまた彼が何か褒美として特別な物を与えてくれるのではないかと予想していた。

だが、この時提督はそんな彼女達の予想に対して良い意味で全く異なる事をした。

 

「ん……」

 

提督は自分の前に来た霞の顔を先ずは一目見た。

彼女はただ提督が何をするのかをじっと待っており、その顔に浮かんでいた表情も真面目なものだったのだが、彼はそんな霞の瞳に微かにだがとある直感を持った。

それは、彼がかつていた世界で就いていた仕事の一場面で小さな子どもと触れる事があった時の事だ。

その時彼は仕事として依頼人宅を訪問して機材の状態の確認を行っていた。

特に可もなく不可もない内容だったので順調に依頼が果たせそうだったそんな時。

 

『?』

 

彼は何かが自分の服の袖を引いている事に気付き、その方に顔を向けると、そこには明らかに自分が描いた絵を褒めて欲しいという期待を持った顔をした無邪気な子供がいた。

彼は子供の親に一応目で確認だけして頷いて貰うと「上手だね」という言葉とともにその子供の頭を撫でてあげた。

その時その子供は、本当に嬉しそうな顔をしていた。

提督はそんな記憶の中の子供が自分に向けた眼差しと同じ『期待』を霞の瞳の中にも僅かに感じたのだ。

故に彼は、この時は特に何かをあげるわけでもなく、あの時と同じ様に自然に霞の頭に掌を乗せてこう言った。

 

「頑張ったね」

 

「…………ぁ」

 

頭に乗った提督の手の重さに一度は虚を突かれて俯いてしまった霞だったが、彼の言葉を聞いて直ぐに顔を上げた。

そこにはただ純粋に自分を褒めてくれている一人の指揮官の顔があった。

その顔を見た霞は、裡から込み上げてくる表現し難い感情の波を堪え切れなくなり、ついに大声で滂沱の如く涙を流して泣くのだった。




イベントは結局、甲甲丙丙で終わりました
最後は丁にしたら良かった……

次は降伏した敵の扱いや宴会の話になるかも


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38:会議

まだ続いている1-3攻略後の話
宴会の話も控えているからまだこの日は続く予定


結局降伏してきたル級については、羽黒の監視下に置くことで暫く様子を見るという事になった。

後にその決定に羽黒は不満顔で、そしてル級は涙目で再考を求めてくるのだが、それはまた別の話である。

 

「ル級以外の駆逐、軽巡、雷巡の深海棲艦についてはどうします?」

 

大淀の質問に提督は顎に手を当てて天井を見上げながら答えた。

 

「そーだなー……。ル級はまだ人型だからその内に艦娘に戻るかもしれないけど……。あ、雷巡もどっちかというと人型か。なら彼女も羽黒に任せよう。他は……完全に見た目人外だからなぁ……」

 

「えっ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。深海棲艦って艦娘になるの?」

 

衝撃の発言に五十鈴は目を丸くし、川内は動揺を隠せない口調で提督に訊いた。

 

「え、だってそんな感じしない? 偶に戦いの後に何処の所属ともしれない娘を見つけて救出した事例ってあるでしょ? これってやっぱり深海棲艦になっていた娘がなんか開放されて元の姿に戻ったんじゃないかなぁって?」

 

「随分ふんわりした仮説ねぇ。まぁ……何となく解らない気もしなくもないけど。それで、提督は残りの深海棲艦についてはどうするつもりなのかしらぁ?」

 

「他は意思疎通難しそうだからからなぁ……。鎮守府(うち)の風呂に入渠させてみるとか?」

 

「ず、随分バッサリした試みですね。いえ、司令官の意向とあらば朝潮は従いますが」

 

「これで艦娘になってくれれば建造に費やす資材も節約できるし御の字だ。……可能性は低いと思うけど、もし入れられて苦しむようだったら解放したらいい」

 

「え?! 態々敵を逃がすわけ?」

 

提督のこの言葉には流石に軽巡の中でも提督寄りになってきた五十鈴も驚きの声を出す。

他の者も声には出さなくても各々のその表情は、その判断はどうかと如実に物語っていた。

だが提督も皆がそういった反応をする事は予想はできていたので、落ち着いた声で続けて言った。

 

「まぁまぁ、開放する際に羽黒にこう一言言わせたら良い。『逃しませんよ』とか」

 

このえげつない案に龍田以外の者は再び少し蒼い顔をして「あぁ、なるほど」という顔をした。

川内と五十鈴はそんな顔色をしながらも苦笑いを浮かべていたが、朝潮は黙って俯いたかと思うと小刻みに震え始め、霞は……いつの間にかソファに座っていた山城の隣に移動していて反応は判らなかった。

 

「そうすれば少なくともあの深海棲艦達もまた敵対したりはしないだろうし、もしかしたら開放された後も仲間の所には戻らず(=羽黒の目の届く所に居て)に逆に有益な情報を自分達から提供(=羽黒の機嫌取り)してくれるかも」

 

「それってあまりにも都合良く考え過ぎていなぁい? もし提督の思惑通りに情報を提供してくれたとしても、それが逆に私たちを陥れるための欺瞞情報である可能性も捨てきれないわよぉ?」

 

当然にして警戒すべきこの龍田の進言には提督も真面目な表情で返した。

 

「うん、それは確かに否定できない。情報の真偽については正確に判断するよ」

 

「今までもそうだったけど提督って妙に自信見せる時は見せるよね。なんでそんなにハッキリと言い切れるの?」

 

「まぁこの場合は、今現在の俺たちの敵の支配海域の制圧度合いから判断できる、というところかな?」

 

「つまり提督はまだ私たちが制圧していない敵勢力についても把握しているという事ね?」

 

川内の疑問に対する回答がふわっとしていたものだったにも拘らず、しっかりと核心を突いてきた五十鈴の聡明さを提督は無言でサムズアップを向けて彼女を褒めた。

 

「まぁそういう事で今回の作戦と即席会議は終了! 各自方針通りに動くように。後今日は朝言った通りちょっとした宴会を開くから、それも皆楽しみにしててね」

 

 

こうして()()()()あった提督にとって本当に本当に小さな最初の山場は終わった。

後は厨房番の面々や見習い(?)の加賀に料理に必要な材料やレシピを伝える行動に提督は移る、予定だったのだが……。

 

「霞、いつまでここに居るの? もう退室していいよ? 君、まだ入渠もしてないじゃないか」

 

「ん……さっきの会議で今日の大体の仕事は終わったんでしょ? だったらもう少しここで休ませてくれない? そしたら行くから……」

 

「まぁ、別にいいけど……」

 

提督は戸惑っていた。

彼の認識では艦娘の中でも性格的に扱い辛いという印象が強い霞と、何故か仕事が始まった時からずっと部屋に居る山城に。

二人とも最初は提督の予想通りツンとした性格で上手く宥めながら付き合わないといけないなと、提督は心のなかで溜め息を吐いていた。

だが今その場にいた二人に関しては異様に大人しいというかしおらしい感じがして提督は正直、直接彼女達に当たられるより微妙な居心地の悪さを感じていた。

 

(山城は……分からん。いや、風呂とファッションカタログが効果あった? それで俺を見直した? そういう……ものか……?)

 

頭を捻る提督は今度は彼女の横で時折山城が開くページをチラ見している霞を見た。

 

(霞は……まぁ何か艦として不遇な歴史があったらしいから、さっき褒められて凄く嬉しかった、んだろうな。え、でもそれだけで? えぇ……)

 

提督は戦果以外の思わぬ成果にただただ戸惑いを隠せないでいた。

提督は後にこのような原作(ゲーム)と異なる変化が次々と起こる事を多少は予想するようになっていたが、残念ながら『それ』は多少どころでは済まない数だったりするのだが、当然のことながら彼はそんな事など知る由もなかった。




指を大分調子良く(副木の位置を変えた)動かせるようになってきました
タイピングもほぼ問題なくて凄く嬉しいです
が、爪これもう生えないんじゃないかというくらいの損傷具合
いちいち指先に気を使って仕事をするようになるのは嫌だなぁ……


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39:宴会と提督の考え

やっと宴会が始まりますよ。


提督は食事のレパートリーを増やす為に取り寄せていた料理本を今回の宴会に活かせると思い、予めそれを出撃任務の少し前に鳳翔に渡していた。

 

「凄い……」

 

短い一言であったが、捲ったページを真剣な目で見つめる鳳翔のこの一言にあらゆる感想が込められている事くらい提督にも容易に察することができた。

ファッションカタログと同じく色鮮やかに表現された料理の画は、まるで本当にそこにあるような臨場感とまだ知らぬ味まで彼女に想像させ、料理人としてのモチベーションに大きな刺激を与えた。

 

「提督、有難うございます。直ぐにこれを参考に、今宵の出し物について他の子と相談を致します。是非ご期待下さい」

 

その場で本を数ページ繰った後に鳳翔はそう言うと、では早速とばかりに楽しそうに厨房へと向かっていった。

提督はその後姿を見送りながら今日出てくるであろう料理の数々を想像する。

提督が見ていた鳳翔の様子から、彼女はやはり和食以外の料理に興味を引かれていたようだった。

果たして今鎮守府にある食材でどれほどの料理が実現できるかは分からなかったが、それでも彼女のあのやる気に満ちた背中を見ると否応なく今日出てくる料理に期待してしまう。

提督は実際にそれを口にするのを楽しみにしながら、宴会をより楽しくする為のとある物を用意すべく、執務室へと戻っていった。

 

 

(鳳翔とは酒については特に相談してないけどまぁ、俺が出しても別に良いよな)

 

そして現在、彼は自室にて数々の酒が並んだ棚を眺めてどれを宴に持ち出すかを吟味していた。

棚には日本酒、焼酎から始まってウイスキーやラム酒といった洋酒もそれなりに並んでいる。

彼がそこから今日の宴会に添える花として何を出そうか悩んでいると、後ろから訪問者が来た事を告げるノックの音がした。

 

「司令官、今日の宴会の準備で何かお手伝いする事はありますか?」

 

「手持ち無沙汰の私達でよろしければ何かお手伝いさせて頂きたく……」

 

返事をして提督が扉を開けると、そこには少し緊張した様子の電と白雪がいた。

緊張しているように見えたのは恐らく私用で上官を訪ねてきた事による不安感からであろう。

元々提督が鎮守府(ここ)に着任する前まではそんな考えが浮かぶことなど有り得ない環境だったのだ。

彼の影響によって明確に改善された環境になったとはいえ、少なくとも心に傷を持つ(彼女)が僅かでも緊張してしまうのは無理もなかった。

しかし残念ながら当の提督は、そこまで察して気遣いができる器量ではなかったので、電のそんな心中までは深く察する事はなく、取り敢えず努めて子供に対して柔らかい表情をすることを意識して応じた。

 

「あ、そうなんだ。そうだなぁ……」

 

二人の前で腕を組みながら提督は考える。

宴会といってもまだこの鎮守府に所属する艦は少ない。

宴会用の料理だって少なくない量だとしても多少時間をかければ鳳翔達で十分だろうと思えてしまうくらいだ。

提督は、二人が料理に集中する鳳翔達に気を遣って敢えて声を掛けずにこちらに来たのだろうと、そう当たりを付けた。

 

「まぁ俺の場合は酒を選んでるだけなんだけど……。うん、そうだ。ちょっと二人に訊きたいんだけど、君ら含めて駆逐艦ってお酒飲める?」

 

「うーん……嫌いな子は知らないとしか言えないのです。少なくとも電は飲めますが、それは抵抗がないというだけで自分から好んで飲む事はないのです」

 

「私も電ちゃんと同じですね。お酒の美味しさに対する理解は低いと思います」

 

良いわけでもなかったが悪い感じでもない反応に提督は少し安心すると、「それじゃあ」と続けた。

 

「んー、そっかぁ。じゃ、洋酒も出してもそんなに問題……ないかな?」

 

「結果的に美味しいと思えれば良いと思うのです」

 

「ですね」

 

「まぁ確かに。それじゃ、二人ともこの中から一人一本適当に、俺も選ぶから……」

 

という感じで酒選びは運良く且つ、納得できる形で速やかに決まった。

 

 

そしていよいよ宴の時。

鳳翔達から料理の用意ができたとの通達を受けた提督は皆を食堂に集めた。

席を見渡して皆が集まった事を確認すると、提督は音頭を切る挨拶を始めた。

 

「皆、今日はご苦労様。皆の力添えもあってなんとか今日、個人的に一つの……。まぁ僅かな、だけど。一つの区切りを迎えることができました。なのでせっかくという事で、今回細やかながらこのような宴の席を設けさせて頂いた次第です」

 

現実世界(リアル)でやった事がある飲み会の幹事を思い出しながら、提督はそんな無難な短めの挨拶を済ますと、酒が注がれたグラスを掲げて皆を見渡して言った。

 

「えー、それでは……乾杯!」

 

『乾杯!!』

 

 

初めての催しだったという事もあって、乾杯直後は皆ぎこちない様子であったが、鳳翔達によって用意された料理が運ばれてくると状況は直ぐに変わった。

料理の中には馴染みのあるものもあったが、やはり料理本によってレパートリーが一気に増えたこともあって、皆が初めて見る料理が多かった。

皆最初は物珍しそうに見ながらどう箸をつけたら良いか悩む者もいたが、一人が料理から感じる温かさと立ち昇る良い香りの誘惑に負けて食べだすと直ぐに皆それに続いた。

 

「っ、美味しい! なにこれ?! なんていう料理?!」

 

「本当だ……。ふぁぁ……口の中が幸せですぅ……」

 

川内の言葉の真偽を確かめるべく同じ料理を口にして食べた瞬間に蕩けた表情をする羽黒。

 

「それは牛乳とチーズを使ったグラタンという料理よ。熱いから食べるとき気を付けてね」

 

料理番の者たちは嬉しそうに自分達が作った料理に舌鼓を打ってくれる仲間に食べ方や何処の国の料理かなどを解説していた。

その中には料理番見習いの加賀が作った物もあり、彼女は自分が作ったミートパイを美味しそうに頬張る駆逐艦達から「美味しい」という素直な感想を貰う度に「そう……」と、言葉は短いながらも満更でもない顔をした。

 

「加賀さんやるじゃないですか! 私も食べましたけど凄く美味しかったですよ」

 

「……お世辞でも有り難く受け取っておくわ」

 

「ふふ~、そんな捻くれた事言わなくていいんですよ~? 五十鈴ちゃんの言う通り、この料理本当に美味しいわぁ」

 

「……そう」

 

龍田のそんな惜しみない賛辞にも加賀はやはりそれほど顔に出さなかったが、それでも目を逸らしてボソリとそう言う彼女は明らかに嬉しそうだ。

加賀のそんな様子を少し離れた所で眺めて微笑ましく思っていた明石は、何とも言えない感嘆する思いが込み上げてくるのを幸せに感じながら自分も皆が絶賛する料理を口に運ぶ。

 

「本当に美味しい……。うっ……」

 

単純なことなのに最近怒涛のように自分達に降りかかる楽しい出来事に明石は自然と嬉し涙を流してしまう。

そんな明石を見つけた大淀が彼女に声を掛けてきた。

 

「明石、楽しんでる?」

 

「っ……。それはもうね」

 

「ふふっ、そうみたいね。私もそう。今凄く楽しい、幸せな気持ちで一杯よ……」

 

鎮守府(ここ)、本当に変わっていきそうよね」

 

「そうね。提督(あの人)なら、いえ……もう実際に変わってきているんだけどね」

 

「はぁ……本当に感謝する気持ちでいっぱ……あっ」

 

「どうしたの?」

 

和やかだった雰囲気を一蹴するような驚きの顔をする明石。

彼女は自分の様子に緊張した声で問いかける大淀には応えず、ある艦娘の側へとパタパタと慌てた様子で駆け寄った。

 

「あの、羽黒さん。貴女が居るということは、その……捕虜にした深海棲艦達は……?」

 

「え? ああ、大丈夫ですよ。先ず入渠させて変化を確認しようと思ったので、全員に入浴を命じてきました」

 

「えっ、見張ってなくて大丈夫……?」

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと浴槽に浸かるまで確認してますし。私がお風呂に入ってくるまで出るのは禁止だと言い含めておきましたから」

 

「えっ」

 

さり気ない言葉だったが明石はそれに今度は異なる反応をした。

 

「え、羽黒さんが来るまで出ては駄目だと言ったの?」

 

「はい」

 

「……それって大浴場から……?」

 

明石を追って二人の話を聞いていた大淀が少し固い声で羽黒に訊いてきた。

 

「えっ、そんなわけないじゃないですか。私はあの人達にそもそもお湯から出ることを禁止したんですよ」

 

「あの……それって逆上せるんじゃない?」

 

と大淀と同じく何処か羽黒を畏れるような顔で言う明石。

 

「そうですね」

 

「もしかして……それを見越した上でそんな命令を……?」

 

「大丈夫です。根性で耐えれば乗り切れます。もし無理でもそれはそれで無力化にも繋がるから良いじゃないですか?」

 

「……」

 

「……」

 

自分の発想を誇るような笑みを浮かべてそう言う羽黒に二人は少し蒼い顔をするのだった。

 

 

所変わって別の食卓。

霞はキョロキョロと辺りを見渡す朝潮を不思議に思って声を掛けた。

 

「何さっきからキョロキョロしてるの?」

 

「あ、霞。あの、戦果のことも含めて艦娘(私たち)にこんなに良くしてくれる司令官に改めてお礼を言おうと思ったんですけど……」

 

提督(アイツ)? アイツなら……」

 

霞は何を言っているんだという表情でつい先程まで提督が挨拶の音頭を切っていた場所を指さそうとした。

が、そこにいたはずの人物の姿は無かった。

 

「あれ?」

 

僅かな間に席を変えたとも考え難いこともあって不思議そうな顔で朝潮と一緒に辺りを見渡す霞。

そんな二人に今度は皐月が声を掛けてきた。

 

「ん? どうしたの二人して?」

 

「いや、司令官が……」

 

「アイツが……」

 

「あ、司令官ならついさっき鳳翔さんから湯豆腐が入ったお鍋を受け取って出ていきましたよ」

 

「え?」

 

「へ?」

 

「は?」

 

三人の会話を聞いた白雪の言葉に三人は目をパチクリとさせた。

 

 

所変わって執務室。

 

「~~~♪」

 

提督は適当な鼻歌を口ずさみながら部屋へと入ると机の上に鳳翔から貰った湯豆腐が入った鍋を置いた。

そしてそこから自室に戻ったと思うと部屋から小皿と箸、ポン酢を持って来て椅子に座った。

空いた片手には新たに部屋から持ち出した酒瓶とグラスも握られていた。

 

(いやぁ、やっと何かここに来て良い感じの幸せキターって感じだなぁ)

 

提督は湯豆腐が殊の外好きだった。

加えて言うなら今こうして一人で落ち着いて酒とポン酢を掛けた湯豆腐を味わえる環境に何とも言えない幸せを感じていた。

 

(はぁ、やっぱり人数が多い所で酒を飲むのは好きじゃないからなぁ。加えてやたらと若い艦娘()が側にいない環境。ああ、やっとこれで落ち着ける)

 

誤解のないように言うと提督は決して同性愛者や極端な年上の女性好きというわけではない。

男性なら大体そうであるように、肉体的には若い女性が好みの一般的な成人男性だ。

彼がこのような行動を取った事には以下のような理由があった。

 

彼は仕事上の付き合いなら女性だろうが男性だろうが特に年齢も気にしない。

しかし、見た目若い女性と仕事の時間以外にも接するようになると話は違ってくる。

先にも述べた通り提督は肉体的には若い女性が好みである。

しかしそれはあくまで営利目的の風俗的なサービスを利用する場合等の話であって、個人的にという話になると違うのだ。

提督はアラフォー、年齢的には若くも、かといっていうほど歳というわけではないが、しかしその精神年齢は実年齢に比べて加齢、良く言うなら成熟していた。

 

(若い女の子は当然好きだけど。いくら好きになっても年の差恋愛とかは正直考えられない)

 

そんな結論に至った過程には彼の現実世界(リアル)職場での経験が色濃く影響していた。

彼の仕事は、それを補助してもらう目的でアルバイトの採用が認められていた。

彼らを管理する社員()として彼は様々な年齢、性別の人間を見てきた。

その経験の中で悟った一つの大きなものが自分と若い人間の精神性の違い、差であった。

これがある限りいくら互いに好意を持っていても必ずいつかどこかで人生上の齟齬が生じる可能性が高い、というのが彼の結論であった。

 

(まぁ鳳翔さんくらい落ち着いた感じなら大丈夫かもとは思うんだけどな……)

 

そんな事を頭の片隅で考えながらいざご馳走を戴こうと提督が豆腐に箸を付けようとした時だった。

 

「美味しそうね……」

 

という恨めしそうな声が完全に意識外の背後からした。




やっと暖かくなってきた。
ひたすらに嬉しい……。


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40:誤解

宴会の最後の話にして3日目最後の話。


「ぶふぁっ?!」

 

不意にかけられた沈んだ声に、提督は思わず口に含んだ豆腐を噴きこぼしそうになったのをすんでのところで口を覆って止めた。

 

「ふぁみひお?!」(訳:山城?!)

 

そう、声を掛けてきたのは山城だった。

彼女はいつの間にか提督の背後に立っており、自分に驚いてしどろもどろの提督を気にする様子もなく、ただ彼が食べようとしていた湯豆腐を見つめていた。

 

(そんな……。流石に俺が椅子に座る時はいなかったはず。……もしかして、朝からずっとソファに座っていたのか?!)

 

考えてみれば確かに山城は今日建造されてから特に何をするわけでもなく、こちらからも何か指示をした覚えもなかった。

だがだからといってまさか彼女が今の今までずっと執務室のソファーに腰掛けていたとは流石に提督も予想などしていたはずもなかった。

 

「ねぇ……もしかしてずっと執務室(ここ)に居たり?」

 

「……そうだけど?」

 

「山城は宴会には行かないのかな?」

 

「宴会……。ああ、そういえばそんな事言ってましたね。ボーッとしてました」

 

「あ……あ、そう。じゃあ、山城も食堂に行ってきなよ。皆美味しい食事を楽しんでるよ」

 

「? 提督は行かないの?」

 

「あー……俺はぁ……」

 

よもや宴会の幹事であるのに加えて艦隊の指揮官たる者が、単なる我儘で実は宴会を抜け出してきたなどと正直に答えるのも気が引けて、提督は山城の問いに対する答えに窮す。

そんな提督を山城は怪訝な表情で見ていたが、やがて彼はぼそぼそと喉の奥から言葉を絞り出すように言った。

 

「提督?」

 

「……ごめんなさい。実は一人でゆっくり食べたくて、さ……」

 

ただ純粋に疑問を投げかける山城の視線を虚言で躱す気にはなれなかった提督はあっさり観念して白状した。

良いか悪いかで言えば先ず間違いなく褒められないことをしたのだ。

いくらこの世界が現実とは異なる世界とはいっても、社会に出た大人としての体裁は保たないといけないし示さなければならない。

パソコン越しでは単なるゲームであっても此処では艦娘たちの提督という確かな責任を負ったれっきとした仕事なのだ。

いつになっても、理由はどうあれ、故意に過ちを犯した後にそれを指摘されると後悔の念しか生まれない。

提督はそんなで現実(リアル)での経験を思い出し、自分に対して苦虫を嚙み潰したよう気持ちになった。

そんな提督に対して山城は、単純に彼の楽しみを邪魔してしまったという単純な罪の意識から咎める事もなく言うのだった。

 

「えっ、そうだったんですか。あっ……ごめんなさい。お邪魔してしまいましたね」

 

「いや、待って」

 

てっきり山城に呆れられるなり失望されるなりの反応をされると思っていた提督は、俯いて気まずそうに退出しようとした彼女を慌てて止める。

 

「はい?」

 

「まぁ、ほら。もう目的の物(豆腐)自体は確保したわけだし、いつでもゆっくり晩酌はできるからさ。俺も戻ろうかなって」

 

「え? あ……あぁそう、なんですか? えっと……じゃあ一緒に行き……ます?」

 

「うん、そうしようか。まぁここでバラバラに行く意味もないしね。よし、じゃあ行こう」

 

「……はい」

 

前に出て自分を伴って進む提督の背中を山城は嬉しそうに見ていた。

 

 

「あっ、司令官」

 

朝潮が執務室へ向かって廊下を歩いていると丁度向かい側から目的の人(提督)が歩いてくるのが見えて彼女は走り寄る。

提督は何故かぎこちない笑みを浮かべて走ってくる朝潮に手を振って応じた。

 

「やぁ」

 

「司令官どうかされたんですか? 突然お鍋を持って席を離れられたと聞いたので朝潮、気になってしまいまして……」

 

「ああ、ごめん。それはさ……」

 

「ん?」

 

提督がここでも正直に白状しようと口を開きかけたところで朝潮は彼の後ろにあるもう一つの影に気付いた。

 

「山城さん?」

 

「……」

 

朝潮に声を掛けられた山城は答えない。

だが彼女の事を拒んでいる感じではなく、どちらかというとどう反応するのが正解か悩んでいる様子だった。

 

「ん?」

 

そこで朝潮はまたある事に気付いた。

提督の後ろにいた山城が彼の服の裾を掴んでいたのだ。

それを見て朝潮は合点がいったとばかりに左の掌をポンと右の手で叩くと尊敬に輝くキラキラとした瞳で提督を見つめながら言った。

 

「ああ、なるほど」

 

「は?」

 

「え?」

 

突然なにやら一人納得し始めた朝潮に提督と山城は声を重ねる。

 

「司令官は、まだ鎮守府(ここ)に配属されたばかりで馴染めないでいた山城さんを気遣って彼女を迎えに行っていたんですね!」

 

「え? あ、うん。そう……結果的にはそうなっているだけなんだけどね。俺も山城がきっかけで宴会に戻る事にしたわけなんだけど……」

 

「そんなに謙遜されなくても朝潮は司令官が私達を気遣ってくださっている事……解ってます。司令官は本当に優しい方ですね」

 

「えぇ? いやぁ……そんなでもないよ。ハハハ……」

 

朝潮の微妙に外れた推察に提督が頭を掻きながら乾いた声で笑っていると、朝潮の後方からまた誰か近付いてくる足音がした。

 

「あ、提督! と、朝潮ちゃん? に山城さんも。えっと、これは……?」

 

「あー……」

 

現れた大淀に提督が口を開こうとしたところで再び朝潮が手を挙げて説明を買って出た。

 

「司令官、ここは朝潮にお任せ下さい」

 

「あ、うん……。オネガイシマス」

 

提督は勝手に自分に都合が良い展開にしてくれる朝潮に後ろめたい気持ちになりつつも純粋に感謝した。




ギリギリの投稿となりました。
次はどんな日常の話になるのかな。


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41:イレギュラー

新しい仲間の登場です
殆ど出番ないけど


提督の朝は早い。

というか彼は普段から早めに起きる方なのだが()()()は特に早く起きることになったちょっとした出来事があった。

 

『提督! 提督!』

 

自室のドアをノックする音と焦った大淀の声に提督は眠りから目覚めた。

 

「ん……?」

 

提督が体を起こして壁に掛けた(提督が取り寄せた)LEDのデジタル時計を見た。

発光した時計の数字が良く映えて見えた。

つまりは相応に部屋はまだ暗く、早朝というよりはまだ夜と言っても良い時間ということだ。

 

(朝の3時……)

 

『提督! 提督! こんな時間に申し訳ございません! 起きて頂けますか?』

 

まだボンヤリする頭に再び大淀の声が響く。

彼女の扉越しに何とか自分を起こしたいという気遣いを酌み取った提督は、まだ冷たさを感じる床を裸足で踏むことで意識を覚醒させて大淀の声に応えた。

 

「ああ、はい。今開けるよ」

 

 

ノブに手をかけた時に鍵が掛かっていないことに気付き、まだ鍵を掛ける癖がついていない自分自身に提督は内心呆れると、扉を開けて大淀を迎えた。

 

「どうしたの?」

 

「あ、提督、本当に申し訳ございません。至急お伝えしなければならない事がありまして」

 

「うん」

 

「羽黒さんが浴場で待機を命じていた深海棲艦なんですが……」

 

「どうかした?」

 

「……すみませんっ、私もその事を思い出して急いで確認しに行ったところ……」

 

「いなくなってた?」

 

「…………」

 

よほど自分の失態に責任を感じているんだろう。

そもそもその指示をしたのは羽黒なのだが、大淀は罪悪感から半泣き状態だった。

提督はなんとか大淀を宥める為に努めて柔らかい態度を意識して訊いた。

 

「えっと……待機を命じた当の本人はどうしたのかな? 彼女は確認しなかったの?」

 

提督の質問に大淀はそこで何と言ったものかとでもいうように一瞬目を泳がせた後に小さく息を吐くと言った。

そしてその答えに、提督は流石に流石に呆れた声を出す。

 

「羽黒さんは……その……泥酔してまして……」

 

「はぁ? あぁ……ははっ……。ああ、そうか……。うん、まぁ分かった。鎮守府は警戒態勢になってる?」

 

「はい。羽黒さん以外は既に配置に就いてます」

 

「ありがと。まぁ取り敢えず、一回俺も浴場を確認してみたいんだけど」

 

「はい、どうぞこちらへ」

 

 

(お~、湯が張っているとまた雰囲気が違うなぁ)

 

厳しい表情の大淀には申し訳なかったが、浴場に踏み入った提督が先ず受けた印象がこれだった。

 

(いやぁ、工事中はただ広いなぁくらいにしか思わなかったけど、湯が入って湯気が立ち込めるだけでもっと広く感じる)

 

提督は裸足になって落ちている石鹸などを踏んで滑らないように注意しながら深海棲艦が浸かっていたという浴槽に向かう。

 

「ここか……」

 

その浴槽は、幾つもある風呂の中でも特に疲労回復の効能が強い湯が張られたものとの事だった。

提督がその湯を試しに掬ってみると、確かに普通の湯と違う、まるで何処かの有名な温泉のようなぬめりを感じた。

 

(お湯自体には特に変化はなさそうだな……)

 

別に掬ったお湯が()()が溶けたような不穏なものを感じさせるような色をしていたわけでもなかったし、張られたお湯全体を見てもそういう感じはしなかった。

ただ湯自体は濁り系のものであった為、浴槽の底までは見えないのが気になるといえばそうだった。

 

「これ湯船の中も捜した?」

 

「いえ、先ずは失踪の報告をと思い、浴場の入口に数名見張りを置いてから来ました」

 

「表の子達は……」

 

「はい、特に中から何者かが出て来るような事は無かったと言ってました」

 

「ふむ……」

 

(これは池の水を全部抜く、ならぬ風呂のお湯全部抜く、かぁ……? 俺は当然だけど、艦娘にこのまま調べてもらうのも不安だしなぁ……)

 

提督が湯を見つめながら悩んでいると、不意に湯の底に影のようなものが急激にでき、それが浮き上がって来たのを彼の横にいた大淀が気付いた。

 

「提督!」

 

「え?」

 

彼女は機敏な動きで提督の前へと回り、腕を伸ばして彼がそれ以上風呂に近づかないように遮った。

提督もそれを見て状況を察し、半歩後ろに後退する。

湯の中から現れた影はその動きに合わせるようにその時に完全に水面に姿を表し、提督と大淀はそれを見て個々に差はあれど、それぞれ驚きに息を呑んだ。

 

「艦娘……か?」

 

「……判りません。まだ判りませんのでどうか私の側から離れず、そしてアレに近づかないように」

 

「ああ、うん」

 

提督は大淀の警告に従いながら彼女の後ろからその現れた物体を改めて観察した。

それは一糸まとわぬ姿の裸の女性だった。

艤装や髪をセットしていない姿だったのでぱっと見ただけでは、確かに大淀の言うように艦娘と断定はできなかったが、それでも深海棲艦と違い一見は完全に人間の女性にしか見えなかったのと、事が今に至るまでの経緯から提督の中ではほぼ艦娘だと結論していた。

 

(背丈から多分……いや、ル級からこの姿になったとすると戦艦だろうな。ん、そういえばもう一人の人型は……)

 

提督がその事に気付くのと大淀が新たに警告をするのと同時だった。

 

「提督!」

 

「ん?」

 

提督が大淀が指した方を見ると、ちょうど最初に現れた女性の横に新たな人の形をした物が浮かんできたところだった。

提督はそれを見て今度はそれが確実に艦娘だと確信した。

新たに現れたのも同じく人の女性の姿をしており、今度のそれは最初に現れた女性より明らかに見た目が年下だった。

背も彼女より低く、髪は男性としては長いが女性でいうところのショートヘアの蒼さを感じさせる淡い黒髪だ。

何より提督の目を引いたのは彼女の目を閉じたままの()()だった。

その目には生まれ(?)ながらにして瞼の上から涙袋までに小さく縦方向の傷が刻まれており、提督はその最たる特徴と他の髪型や体格の差から彼女が何という名前の艦娘かまでも予想、もとい確信した。

 

「お……これは木曾じゃないか?」

 

「え?」

 

無意識で漏らした提督の呟きを聞いて大淀は驚いて彼のほうに振り返る。

果たして提督は木曾と呼んだ女に対して何かに期待しているような喜色を窺わせる困惑した笑みを浮かべていた。

 

「提督……?」

 

残念ながらこの時、提督の耳には大淀の声は届いていなかった。

この時、彼の頭にあったのは浮かんできたのが木曽である可能性が高いという事。

そして雷巡の深海棲艦から艦娘の姿に戻ってきたとしたら、もしかしたら最初から重雷装巡洋艦木曾として、改造までのレベル上げの工程を踏まずにいきなり労せずに彼女を迎え入れることができたのではという期待感だった。

 

(もし予想が当たっていたらこれってとんでもない幸運にしてゲームのシステム無視だよな)

 

そう思いつつも提督はこの自らの予想が当たっていることを切に願うのだった。




差し込み更新による栞のズレとかちょっとどうするか考えないとな


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42:二人目の戦艦

新たな仲間は木曾と、もうひとりの戦艦は……。
微妙にデレ回


結果から言って、残念ながら雷巡の深海棲艦から戻った艦娘は軽巡の木曾だった。

 

(まぁ……流石にそんなに上手くいかないよな)

 

確かに多少がっかりはしたが、提督はそこまで落ち込んではいなかった。

ゲームを振り返ってみれば艦種が変わった艦娘の中にはしっかりと自分の新しい力をアピールするセリフが実装されている子もいた。

それから考えればいきなり雷巡の状態の木曾がその事に言及することもなく自然に振る舞う様子というのも確かに受け入れ難い。

そして、一番懸念していた木曾と戦艦の艦娘以外の深海棲艦の行方については、結局判らず終いだった。

警戒態勢を取ってから内にも外にもそれらしき姿を確認したという報告が上がってこなかった事から、提督は多分風呂の効能によって上手い具合に浄化(成仏)したのだろうと適当に納得した。

職務放棄とも言える都合が良い結論であったが、判らないものは仕方がない。

生粋の軍人なら思い悩み本部に正直に報告したりするのだろうが、提督は軍服は着ていても結局のところ頭の中は一般人だったのであまり気にしなかった。

 

「大丈夫でしょうか……。内部に潜んで奇襲する機会を窺っているという可能性も捨てきれません……」

 

大淀の不安も尤もだったので、提督は対策案として暫く部屋から出る際は必ず最低3人以上で動く事を提案した。

 

「じゃあ私は提督を護るわね」

 

「そうね。人間の提督(アンタ)は特に気を付けないといけないわけだし……私も警護に付くわ」

 

 

「「というわけで暫くは」」

 

「提督の部屋まで一緒にいますから」

 

「一緒にいるから。勿論部屋までよ」

 

呼んだ覚えがない者からの突如自分の背後から耳に入ってきた護衛宣言。

提督はその声に驚くと同時にふりかえった。

 

「えっ」

 

最早誰とは言わないが、着任して間もないのに加えてゲーム(原作)とは正反対に近い態度に困惑しているとある二人の姿がそこにはあった。

 

「なんですか? 一応そんなに的外れなことは言ってないつもりですけど……。貴方は提督なんですよ? 自分が思っているより提督という存在は重要なのよ?」

 

「山城の言う通りね。ここは素直に同意するのも提督としての器量を示すことになるんだから」

 

「えぇ……」

 

提督は困った顔で傍らの秘書艦(大淀)を見て助けてくれと目で訴えた。

大淀なら何とかしてくれる。

深刻な男性問題があった此処(鎮守府)の事を考えれば、いくら当時の事を知らない新人であっても女として看過はできない流れだろう。

そう期待を込めて提督は大淀に視線を送っていたのだが……。

 

「……提督は人間ですからね。提督には艦娘が3人護衛に付く4人体制が妥当でしょう。戦艦、軽巡、駆逐と構成のバランスも丁度良いですしね」

 

「……」

 

決して狭くはなかったが4人という人数となると広いとも言えなくなる自室で一体どう暫く過ごすことになるのか。

提督は大淀が賛同した時点で反論を試みるのは無駄なことだと悟り、これからこの部屋でのどう過ごすかについての思考に早々に切り替えたのであった。

 

 

そして深海棲艦から艦娘に戻った二人の話に再び移る。

 

「そういえば二人はどんな感じ?」

 

「今は医務室で安静にしています」

 

「まだ寝てる状態?」

 

「木曾はまだ意識は戻っていません。もうひとりの方でしたら……」

 

「あっ、そういえばあの戦艦っぽい艦娘は誰なのかな?」

 

深海棲艦から戻った二人はあれから速やかに医務室へと移された。

目立った外傷も確認されず、穏やかに動く胸の動きから呼吸も安定してそうだったので、目が覚めるまで取り敢えず様子を見る事にした。

提督は木曾こそ特徴的な外見から直ぐに見当をつけることができたのだが、戦艦の艦娘に関しては二次と三次の情報の質の差に加えて見当をつけるだけの特徴を見出すことができていなかったので、この時点まで彼女が何という名の艦娘なのか知らないでいた。

 

「妖精さんに確認してもらったところ金剛型巡洋戦艦3番艦、榛名ということが判りました。もう一人は提督の予想通り木曾でした。身体の内外ともに懸念するような異常は確認できませんでした」

 

「榛名か……」

 

大淀の報告に提督は明らかに嬉しそうな顔をした。

艦娘の中ではかなり優等生な性格だ。

ここの山城は何故か想像したほどでもないが、扱いに苦労しそうな艦娘から受けるストレスが提督業をこなす上で専らの不安要素であった提督はこの報告を純粋に喜んだ。

 

(まぁ今一番来て欲しい艦娘はチトチヨなんだけどね)

 

などという事は流石に口には出さなかった提督であったが、その時脛の方に染みるような痛みが走った。

 

「あいたっ?!」

 

「なに鼻の下伸ばしてんのよ」

 

「えっ」

 

「提督……榛名はまだここに来たばかりだし着任が決まったわけでもないんですよ?」

 

「え? あ、あぁ、まぁ……確かに」

 

霞の誤解には抗議したいが山城の指摘は確かにそうだ。

提督は取り敢えず目が覚めた榛名の様子を確認して今後の事を決めたいと大淀に言ったのだが……。

 

「その、提督……。榛名さんの事なんですが」

 

「うん?」

 

「彼女、どうやら深海棲艦になる前の記憶が残っているようでして……」

 

「お? あ、あぁ……」

 

大淀の申し訳無さそうな態度と声のトーンから提督はなんとなく彼女が伝えたいことの予想がそれだけでなんとなくついた。

 

(あ~……そっかぁ。そうだよなぁ……。深海棲艦になっていたという事は()()()()事の可能性があるんだよなぁ)

 

公式(運営)から明確な文章での公表はないものの、既にゲームのイベントでの主要なボスのセリフや映像作品から艦娘の深海棲艦化に関しては一般的に後悔や怨嗟など、強い負の感情を持って沈んだ事を起因とする印象が強い。

この世界の艦娘の深海棲艦化がその印象通りであるとするなら、深海棲艦から戻った艦娘は総じて心に傷を負っている可能性が高いという事になる。

 

(め、めんどくせー……!!)

 

最初こそ建造に資源を消費する事なく新しい艦娘を迎える手段が確立できたかもしれないと心の中で小躍りした提督であったが、そのケースで回収した娘たちにその都度メンタルケアが必要になる可能性が高いことに今度は一気に頭が痛くなった。

そんな気持ちで眉間にしわを寄せて沈痛な表情をする提督を山城ら三人は、大淀の言葉から直ぐに榛名の状態を察した提督が彼女の心情を慮ってそんな顔をしているのだと良い意味で誤解をした。

 

「あ、あのさ……。気持ちは解るけど、ここはやっぱり提督として姿を見せるくらいの事はした方が良いと思う……。そりゃ気を遣う気持ちも解るけどさ、でも逆に今会わなかった事がきっかけになっちゃってお互いずっと話し難い関係になるかもしれないわけだし……さ」

 

「え? あ、あぁ、まぁそうだね」

 

袖を引かれたので下を向くと、急にしおらしい態度になっていた霞が榛名に会うべきだと自分の背中を押してきたので提督はその変化に虚を突かれ思わず同意してしまう。

そしてその選択を支持するように山城と大淀も続いた。

 

「最初だから上手くいかないかもしれないけど、キツイ事を言われても気にしないことです。大丈夫、同じ戦艦として私も協力しますから」

 

「山城さんと霞ちゃんの言う通りです。提督、先程こそ私は今は面会を控えた方が良いと進言するつもりでしたが、今まで私達のことを気にかけてくださった貴方なら大丈夫です。最初は上手くいかないかもしれませんが、それでもその一歩を踏み出す事が重要だと思います」

 

「お、おう……そう、だね。はは、じゃあ……うん、会ってみようか」

 

自分の背中を押し、そして支えると言ってくれる三人の言葉はとても温かったのだが、そのポジティブさに妙な圧を感じた提督は微妙に半笑いの顔で面会を決めたのだった。




というわけで一番下に最新話枠を設けることにしました。
宜しくお願いします。


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43:榛名

心に傷を負った榛名との面会の話


提督が医務室に入るとそこには身体を起こした榛名がいた。

隣のカーテンで仕切られている所に恐らくまだ眠ったままの木曾が寝かされているのだろう。

榛名は提督の方を一瞬だけ見たが直ぐに俯いて視線を外してしまった。

大淀の報告から提督が予想した通り、どうやらこの榛名は深海棲艦になる前に辛い経験をしたらしい。

提督は視線を逸らされた事には何も言わず、取り敢えず近付く前に声を掛けた。

 

「やぁ、あー……ちょっと話したいんだけど、側に行って良いかな?」

 

「……」

 

榛名はピクリと肩を揺らして反応したが提督の声には応えずに俯いたままだ。

だがその直後に何か気になったのか、俯いた顔を僅かに揺らしたように見えたかと思うと、どことなく意外そうな顔をして提督の方を向いた。

 

「……ぇ?」

 

「?」

 

あまりに小さな声で聴こえなかったので提督は榛名の反応に首を傾げるしかなかった。

 

(ん? 何か言った……? というか俺を見る顔……何か気になったのかな?)

 

榛名の提督を見る表情は、彼が懸念したような自分に対する怯えのようなものではなく、何かに気付いてそれを確かめるような視線だ。

少なくともそう感じた提督は、再び彼女に声を掛けた。

 

「えっと、まぁ目が覚めて良かったよ。あのー……少しだけ今、良い……かな?」

 

最初に声をかけた時と同様に、提督は努めて榛名を刺激しないように柔らかい声と態度を意識した。

それが功を奏したのか、提督を見つめていた榛名は再び俯いてしまったが、こくりと小さく頷いて彼が近付くのを許してくれた。

 

 

「意外な……方ですね……」

 

「え?」

 

「軍人なのに態度がそれっぽくないです……。ましてや……提督は艦娘(私たち)の上官なのに……話し方に上下関係のそれを感じません……」

 

「ああ、そういう事か」

 

榛名が抱いた疑問を聞いてすんなりと彼女の反応に納得した提督はポンと手を打つと、まるで苦虫を噛み潰したような顔に無理やり笑みを浮かべて言った。

 

「まぁ、俺は生粋の軍人じゃないからね。いわば中途(強制)雇用された身なんだ」

 

「えっ……? つまり徴兵で……? で、でも徴兵で艦隊の指揮官なんて……」

 

「ハッハッハ、まぁその辺も事情があってね……。とにかく艦娘(君たち)の指揮官である事は間違いないよ」

 

「そう……ですか。はい、解りました。榛名は……大丈夫、です」

 

(いや、悪いんだけど全然大丈夫そうに見えないんだよね)

 

何か一兵器である艦娘では到底立ち入る事を許されない複雑な事情があるのだろう。

そう判断した榛名はそれ以上は追求せずに提督に理解を示した。

そんな榛名に提督はどうアプローチをしたら良いものかと後頭部を掻く仕草で悩みつつ、取り敢えず段階的に質問を投げてみる事にした。

 

「まぁ……詳しくは言わなくてもいいんだけどさ。榛名は……その様子から深海棲艦になる前に結構、辛い経験をしてたりするのかな?」

 

「…………っ」

 

榛名は質問には答えなかったが、口元を押さえて急に大粒の涙を流し始めた彼女の様子から相当な経験をした事は明らかだった。

提督は嗚咽を漏らす榛名を宥めて安心させるために肩に手を置く等ということは敢えてせず、少しの間彼女の様子を見守ってからタイミングを窺って再び訊いた。

 

「それは提督()が原因?」

 

「…………え?!」

 

その言葉に榛名は今度は涙に濡れた目はそのままに心底驚いた顔をした。

彼女が驚いた理由は、提督の予想が当たっていた事もあるが、それ以上にあくまで直接的な原因は彼以外の提督であるにも拘らず、敢えて自分を引き合いに出して提督という存在に問題があったのではと彼が確認してきた事に対する反応であった。

その態度と言葉は、榛名からすれば自尊心が高い大日本帝国軍人とはとても思えない何とも寛容なものだった。

それに対して提督は、榛名のその様子から自分の予想が当たっていた事を確信し、心のなかで盛大な溜め息を吐くのだった。

 

(またか! いや、こういう時代だからなのかもしれないんだけどさ! ホント、この辺もうちょっとちゃんと見てから採用しろよ大本営? 本部? どっちでもいいや!)

 

提督はあまりに二次創作によく出てくるようなテンプレ的な悪徳提督の存在に辟易した。

何もこの世界に存在する提督が全てそんな感じだとは思っていないが、こうも自分の下に来る艦娘の多くがこんな感じだと流石に呆れてしまう。

 

(俺が勤めていた会社の方がまだよほどその辺機能していたぞ……)

 

提督は今度は実際に沈鬱な表情で溜め息を吐くと、努めて榛名を安心させるような明るい声で言った。

 

「解った! なんかもう何となく解ったからその事に関しては何も言わなくていいよ!」

 

「あ……はい……」

 

「まぁとにかくさ、取り敢えずは落ち着くまでここに居るといい。調子が戻ってまた艦娘として復帰したいなら俺が配属先を……」

 

「ここがいいです!」

 

「え」

 

自分の服をギュっと掴む仕草と彼女の張り詰めた感情の声に提督はぎょっとした。

服を掴んで自分を見る榛名は、今度は今までと違って真っ直ぐ訴えかけるような真剣な表情で提督を見つめていた。

 

「榛名は……また艦娘をするのなら……ここが……いいです……ぐす……」

 

「あ、ああそうか。うん、まぁ何とかしてみるよ」

 

「提督……」

 

まぁ運営に頼めば何とかなるだろうと考えた提督に榛名が訊く。

 

「はい」

 

「貴方を……信じさせてください……」

 

「うん」

 

「今度は沈むにしても艦娘としての誇りを保って悔いの残らない戦場(最期)を与えてくれると約束して……頂きたいです……ぐす……」

 

「……了解」

 

何とも軍艦らしい勇ましい願いだったが、提督からしたら轟沈する事になったとしてもそれが悔いの残らない活躍ができるのなら良いという榛名の願いはどちらかというと凄く重かった。

故に提督的には生きてまた皆と楽しく過ごしたいと思わせるような環境作りに精を出しているのだが。

 

「あ、そうだ」

 

提督は何とか上手く榛名とコミュニケーションが取れたらと用意していた物を思い出してそれをポケットから出した。

 

「これ、こうして逢えたのも何かの縁って事で」

 

「……? これは……?」

 

榛名は自分の両手に収まった提督からの不意の贈り物を不思議そうな目で見つめる。

提督から貰ったそれは、いわば聴診器の耳管部から先がなくなったような見た目をしていた。

 

「耳にはめて使う物ですか……?」

 

「お、正解。賢いね」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

まだ褒められても素直に笑みを浮かべることは難しかったが、それでも上官(提督)に褒められるのは純粋に嬉しかった。

故に今度はしっかり装着してみせて提督から使い方を教えて貰おうと榛名は何とかそれを耳にはめようとするのだが、どうもちゃんと耳に入れることができない。

耳に触れさせることはできるのだが、聴診器のように前から着けようとするとイヤーチップに当たる部分が上手く耳にはまらないのだ。

 

(あ、もしかして……)

 

そこで榛名は思い付き、それを首……ではなさそうだったので後頭部から眼鏡を逆向きにかける感じで装着を試みた。

 

「あっ、はまりました! 提督、これで良いですよね? 合ってますか?」

 

「おお……」

 

提督は絶対にこの世界の者では最初は着け方が解らないと踏んでいたので途中から助け舟を出すつもりだったのだが、予想以上の榛名の機転の良さに素直に心のなかで舌を巻いた。

 

「凄いな、合ってるよそれで。よく解ったなぁ」

 

「ありがとうございます。へぇ……これは耳栓ですか? 凄く見た目も鮮やかで……この形なら確かに片方のどちらかを失くすという事は滅多になさそうですね」

 

それを耳栓と断定し、得意満面といった様子の榛名だったが、流石に使い方までは正解とはいかなかった。

当然だ、そこから先は未来的センスの勘の良さと幸運にでも恵まれないと先ずそれを『起動』させる事なんてできないだろう。

提督は苦笑しつつ言った。

 

「惜しい。確かに外の音を遮断する目的もあるにはあるけど、そのままではそれは上手く機能しないんだよ。榛名、それの…………耳に当ててる部分の側面を指で触ってみて。小さな凹凸が何個かあるのが判らないかな?」

 

「え? えっと……あ、あります。判ります」

 

「うん、その触れてる部分の……あ、そこでちょっと指に力を入れてみて」

 

「え? あ、はい……?!?!」

 

提督の指示通りに探り当てた小さな突起を榛名が押してみると、彼女はそこから予想だにしない体験をすることとなった。

 

「て、提督?! こ、これは……なんか耳に直接何かの音楽のような音が……?! い、一体どこから?!」

 

まさか今自分が耳にはめているその小さな物体から音が流れているとは思うはずもなく、榛名は音の発生源を探して周りをキョロキョロと見渡すが、当然それらしき物は見つからない。

提督はそんな榛名に再び苦笑しながら言った。

 

「榛名、音はそれから流れてるんだよ」

 

「え?! まさか……そんな……」

 

提督が自分の耳を指して音の発生源を教えてくれる。

榛名は提督が言わんとしていることを理解するも信じられないという面持ちで試しにその耳栓のような物の片方を少しだけ耳から離してみた。

 

「……!」

 

今まで聴こえていた音が遠くなり小さくなった。

榛名はその事実に驚愕する。

 

「それはウォークマンという、個人が場所を選ばずに音楽を楽しむ為の物だよ」

 

「う、うぉーくまん?」

 

「そう、ウォークマン。詳しい使い方とかは後で教えてあげるから取り敢えず今はそれを楽しみながら休むと良いよ。曲は……俺のセンスで悪いけどなるべく優しい曲を選んだつもりだから今日のところはそれで我慢してね」

 

「はい……」

 

「それじゃ、俺はまた木曾が起きたときにでも来るから」

 

「はい……」

 

提督はウォークマンの性能に対する衝撃で未だに言葉少ない様子の榛名にまた苦笑すると、なんとか彼女との接触が上手くいった事に満足してその場から去っていった。

そんな提督の背中を榛名は何とも言えない思いを抱いてボンヤリと眺めて見送るのだった。




久しぶりに作中では多めの文字数となりました
木曾の話も……作る、かなぁ……


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44:木曾

次は木曾の話


木曾の意識が戻ったという報告を受けた提督は早速彼女の元を訪れた。

提督は榛名さえよければ彼女も交えて木曾と話そうと思っていたのだが、生憎彼が木曾の元を訪ねた時は木曾と交代するように再び眠りに就いていた。

寝顔の確認はしていないが、その様子を見た大淀によるととても穏やかな顔をしていたという。

提督は榛名の安眠に自分が渡したウォークマンが役に立っていれば良いなと思うのだった。

 

 

「やぁ木曾」

 

榛名の時と違って木曾は最初から落ち着いてる様子だった。

部屋に入ってきた提督に声を掛けられると手を挙げて応え、最初から側に来るのも気さくに許してくれた。

 

「おま……あんたが俺と榛名を深海棲艦から元の姿に戻してくれたって?」

 

会って早々に深い内容の話を木曾からしてきたので、提督はその事を意外に思いながらも、これは話がスムーズにいきそうだと内心喜んだ。

 

「単に偶然こういう結果になったというだけなんだけどね。俺は通常通り艦隊の指揮をしていただけだよ。だから感謝するというなら実際に動いた羽黒……達に言うのが妥当かな」

 

「?」

 

木曾は提督が羽黒の名前を出した時に彼が何故か微妙な表情になったのが気になった。

そしてその理由を自分なりに思い至り、まさかといった表情で恐る恐る提督に訊いた。

 

「もしかして深海棲艦(俺達)と戦った時に誰か……」

 

「え? ああ、いや。そういう事はなかったから、そこは安心して。大丈夫、誰も沈んではいないよ」

 

「そ、そうか。なら、良かった……」

 

木曾は最悪の予想が当たっていなくて心底ホッとした表情をした。

やはり榛名と違って落ち着いていて話し易い。

提督は木曾の精神の均衡振りに感心しつつ、話の本題を振ることにした。

 

「木曾、もし良かったら教えて欲しいんだけど」

 

「俺が深海棲艦化した理由に思い当たる節がないかって事か?」

 

「まぁ、そうかな。やっぱり榛名も辛い経験をしていたみたいだし」

 

「ん……提督のその予想は残念ながら俺にも当てはまる」

 

「と言うと?」

 

「容易な性の捌け口にされた上に本分である戦いでも、最初から使い捨ても視野に入れた威力偵察目的に使われたりしたらそりゃあ……な……」

 

木曾はベッドの柵に片肘を乗せて頬杖をつくと僅かの間提督から顔を背けた。

一時とはいえ表情を見せるのを拒んだ彼女のその行動には非常に声を掛け難い雰囲気があった。

 

「そんな扱いをされて沈んだ日にゃ、そりゃ今度は『敵側』になってもいいから存分に存在意義を全うしたいと思うのも……無理は、ないだろ?」

 

振り返って提督を見るその時の木曾の顔は、悲壮感と後悔の念が深く刻まれたとても儚い表情をしていた。

言い辛かっただろうに、それでも伏せることなく面と向かって話してくれた事は素直にうれしかったが、直球過ぎる悲惨な体験談に提督の胃はキリキリと痛み出した。

 

「……そうだね。話してくれて有難う木曾……うん?」

 

その時提督は木曾の片手の指が何かを探しているような微妙な忙しさを感じさせる動きをしている事に気付いた。

例えるならアルコール依存症の影響で震える手に似た感じはあるが、それほど病的な雰囲気もない。

どちらかというと『そこにあれば良いな』と何かを求めてるような癖のような動きだ。

そこで提督はもしかしたらと閃いた。

 

「木曾」

 

「うん?」

 

「もしかして木曾って煙草、吸う?」

 

「え? 提督、あんたもしかして持ってるのか?」

 

先ほどまでの悲壮な雰囲気はどこへやら、木曾は提督が自分と同じ喫煙者かもしれないという事実に明らかに嬉しそうな顔をする。

その態度の変わりようから恐らく前の鎮守府ではその方面でも肩身の狭い思いをしていたようだ。

きっと吸いたくても殆どその機会を得られず、それによるストレスもそれなりに大きかったのかもしれない。

提督は自分が愛飲しているのは少々特殊なものだと断った上で、期待に輝く木曾の目にそれをポケットから出して見せた。

 

「おおっ」

 

「言っておくけど匂いも味もかなり独特だからね。人によってはどうしても駄目って人もいるやつだよ?」

 

「外国のやつって事か? それでも吸えるなら構わないさ。ん……確かにこれは、変わってるな。面白い」

 

提督が出したその煙草はまだ箱から出す前から強い香りを放っていた。

 

(なんか提督から妙な匂いがするなと思ったらこれの匂いだったのか!)

 

木曾はよりその煙草に興味を持ち、提督がくれた一本をとても有難そうに受け取る。

そしてその念願のそれを貰うや否や、まだ火が点いてないというのに嬉しさから早速口に咥えるのだった。

 

「甘っ、おお? これなんだ? フィルタが凄く甘いんだけどなんか唇に膜が張った感じが……へぇ……」

 

自分が持つ喫煙の経験に全く重なることがないその煙草は大変興味深く、木曾は早く火をくれと咥えた煙草をピコピコと提督に向けて揺らした。

提督は予想外の木曾のはしゃぎ様に苦笑してライターを取り出して()()()()()()()()

 

「わっ?! それなんだよ? 電気か?」

 

てっきり提督がマッチを出すのだと思っていたら、その予想に反して彼が出して見せたのはやけに小さなマッチの箱ほどの小さな『何か』だった。

彼はそれを木曾が咥える煙草の前まで持ってきてパカリと蓋を開けたかと思うと、先ほど彼女が驚いた原因となる小さな電流を発生させて見せたのだった。

提督は木曾の慌てように純粋に楽しそうに笑いながら言った。

 

「そう、これは電気を充電して着火用に少量の電流を流すプラズマライター(火種)だよ」

 

「はぁ……変わった物を持っているんだな。でもこれなら風とか気にしなくて便利そうだ。どうやって充電するのかは想像もつかないけどな」

 

「はい」

 

「ありがとう………………はぁ…………ふぅ……」

 

やっと火を貰った木曾は、火が灯った煙草を深く、深く吸ってそしてしみじみとした表情で紫煙を吐き出した。

 

「あぁ、これだ。提督、俺は今こんなことで引き合いに出すのはおかしいと解ってはいても今、深海棲艦から戻って良かったと感じている」

 

「はは、まぁそれだけ感じ入っているのかはよく伝わるけど、あまり周りに言わないほうがいいよね」

 

「だな。しかし……ふぅ……」

 

木曾は二口目を感慨深い表情で吸うと、急に真面目な顔をして提督に訊いた。

 

「で、俺の処遇は? 榛名の方はもう済んだんだろ?」

 

「艦娘に復帰したいならまた所属先考えないといけないけど、そもそも早急に回答は求めていないから暫くは休んでいればいいよ」

 

「ん……榛名はどうした?」

 

「彼女はもう答えたよ」

 

「じゃ、俺もあいつと同じがいい」

 

「えっ」

 

彼女がどう答えたのか確認もしていないのにいきなり木曾が自分も同じ選択をしたいと言ってきたので提督は驚く。

だが木曾は確信に満ちた目で笑みを浮かべて提督に言うのだった。

 

「あんたと話したのなら艦娘に復帰するにしても新しい配属先を探してもらうよりは提督(貴方)を選ぶはずだ」

 

「つまり俺の所の所属になりたいと? 榛名は復帰を選択したかどうかも判らないのに?」

 

「隣から穏やかな寝息を聞けば予想はつくさ」

 

「なるほど。いや、俺としては有難いけどさ。でも自分で言うのもなんだけど一度辛い経験してるのによく提督の俺を信用できるね」

 

「んん、そこは理屈じゃないからな。ただ、煙草に限らずあんな火種持っている奴は先ず普通じゃないだろ?」

 

「……何となく言いたいことは解った」

 

「はは、ま、そういう事だ。よろしくな提督」

 

「了解。こちらこそよろしく」

 

提督はそう言って差し出された木曾の手を握り返したのだった。

 

 

「ところでまた急に話を変えて悪いんだが」

 

「え?」

 

「少し榛名の事で気になる事があったので伝えたいんだ」

 

今までで一番和やかな雰囲気の展開だったので提督は唐突にここで木曾が微妙に硬い声を出してきた事に嫌な予感がした。

 

「え、榛名?」

 

その嫌な予感は当たっていた、というよりもう既に始まっていた。

何故なら提督と木曾が話していたこの時、隣で寝ていると思われた榛名の姿がベッドになかったからである。

 

「実は俺、提督がここに来る前に少しだけまた眠る前の榛名と話をしたんだ」

 

「うん」

 

「そしたらアイツ、なんか深海棲艦の時の事を僅かに憶えていたみたいでさ」

 

「…………」

 

提督はここまでの話の流れに再び胃が痛くなってきたのを感じた。

 

「俺はもうすっかり憶えていないんだけどな? 提督、もし知っていたら教えて欲しいんだが、榛名が深海棲艦の時なんかアイツ、まぁ一時とはいえ敵対してたんだから普通とは思うんだけどな? でもなんかそういうのとは関係ない感じで嫌な記憶が残りそうな経験をしなかったか?」

 

「……ドウダロウ。戦闘記録を確認シテミタラ何かワカルカモネ。デモダトシタラドウダト?」

 

「いや、うん。それで榛名がさ、何かその記憶が残る事になった()()()()を凄く気にして……いや、というかアレ、明らかに怒ってたな」

 

「へぇー……」

 

木曾の話を聞いて急激に貝になりたい気分になっていた提督の元に慌てた様子の大淀が訪れたのはそんな時だった。




医務室での喫煙に関しても怒られそうな二人


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45:対峙前

違う意味で榛名が覚醒する話


直ぐ隣の事とはいえ、ウォークマンで音楽を聴いていた榛名が提督と木曾の会話の内容を耳にするなどということは普通は考え難い事だった。

だが事実として眠っていた榛名には確かに聞こえたのだった。

提督が発したある()()が。

 

『羽黒』

 

普通なら音楽に阻まれて耳に入らないはずの人の声。

だが榛名には何故かこの言葉ははっきりと聞こえた。

いや、正確にはその音に身体全体が反応したのでまるで脳が電波を受信したような感覚に近かった。

 

「……?」

 

最初榛名は心地良く眠っていたところを無理やり起こされた気分だった。

はっきり言って気分が悪かった。

だが勝手に目が覚めたわけであるから誰かに不満を漏らせるわけもなく、榛名は眠気と涙で滲む目を一度擦ると再び寝ようと何気に寝返りを打った。

すると丁度カーテンの向こうで誰かが話している影に気付く。

 

(提督……)

 

直ぐに榛名はそれが提督と木曾が話している姿だと予想した。

そしてせっかくだから自分も会話の中に入れてもらおうと気が変わり身体を起こそうとした時である。

 

「っ……?」

 

急に額に鈍い痛みを感じた榛名は思わずそこを手で覆う。

 

(あれ? 何も怪我はしてないみたい。でも今確かに……あ)

 

そこで榛名は思い出した。

最初に提督が自分と話して一度去った後に、時間差で目覚めた木曾と僅かな間交わした会話の内容を。

 

 

『木曾さん、私、深海棲艦の時に提督の艦隊と戦った記憶がちょっとだけ残ってるんです』

 

『えっ、そうなのか?』

 

『はい。でも覚えているのは本当に僅かです』

 

『へぇ……もしかして自分が倒される瞬間とかか?』

 

『倒される……あれ? そういえばなんかおかしいです』

 

『うん?』

 

『私、実際に木曾さんにそう言われるまでそうして元の姿に戻ったと思っていたんですけど、何故かまだ深海棲艦の姿で鎮守府(此処)に居た記憶が……あっ』

 

『榛名……?』

 

木曾は何となく嫌な感じ、特に寒くはないのに自分の体温が下がった気がした。

そんな感覚に陥らせた原因は言うまでもなく榛名だった。

見ると彼女は何か重要なことを思い出したらしく、顔を俯かせて額に手を当てていた。

 

『おい、大丈夫か? 痛むのか?』

 

急な雰囲気の変化を心配した木曾だったが幸いにも榛名は彼女の言葉に反応してこちらを向いてくれた。

向いてはくれたのだが……。

 

『は、榛名……?』

 

この時木曾が見た榛名は初めて見る顔をしていた。

榛名は基本優等生かつ健気な性格で、よほどのことがない限り敵対する者以外には怒りという感情を見せることはない。

だがこの時の榛名はそれをあろうことか仲間である木曾に見せていた。

 

『木曾さん……私ちょっとだけ思い出しました』

 

『お、おう?』

 

『私、提督の艦隊と戦った時、すっごく納得がいかない負け方したんですよね……。ああそっか、だから私此処の記憶も……』

 

誰と戦ったかまでは思い出せなかったが、深海棲艦の時、確かに「これまでか」という敗北を覚悟した瞬間が確かにあった。

自分たちの常識で考えるならその次に来るのは、大抵轟音や高熱と共に意識が持っていかれるというような最期なのだが、自分の場合は違った。

彼女が覚悟した瞬間次に感じたのは、とても艤装の攻撃による被弾音とは思えない鈍くて妙に生々しい()()な音と鈍痛だった。

 

『…………』

 

木曾はギリッという歯の軋る音を聞いた時、彼女はそれは自分が無意識に鳴らした音かと勘違いした。

その時は目の前に榛名もいたのだが、木曾は彼女が歯軋りをしたとは全く考えなかった。

それくらい少なくとも木曾の中の榛名は、そういう仕草とは縁遠い人物だと思っていたのだ。

……思っていたのだが。

 

『えっ』

 

再びギリッという音がした時、とうとう木曾はそれが自分が鳴らした音ではないことに気付いてしまった。

 

『!!』

 

歯軋りの音を立てていたのは榛名だった。

彼女は今思い出した記憶の中で自分が『誰か』に馬乗りになって殴られたり、果てはその『誰か』に対する恐怖心からちょっとした一言にも過敏に反応して泣きべそをかいている自分を見ていた。

まだ元の姿ではなく威圧感のある敵としての姿のままだったので、そんな姿で敵に恐怖し、挙げ句の果てには泣いているというその光景は、戦いが本分である誇りある艦娘にとってはかなり屈辱的な光景であった。

 

 

「…………」

 

ここまでの事を榛名はその時、額の幻痛と一緒に思い出した。

そして彼女は更に思い出してしまった。

今自分が何という言葉に反応して起きてしまったのかを。

 

『羽黒』

 

具体的にどうするかは決めていなかったが、榛名は自分の身体が勝手に動くのに任せて無言かつ静かにベッドから降り立ち寝間着の帯をきつく締め直した。

そして厳しい表情に何やら双眸に謎の決意の炎を滾らせるとその場を去るのだった。

 

 

所変わってちょうどその時食堂では、羽黒と皐月と電が一緒に食事を摂っていた。

因みに羽黒は先の捕虜に対する監督不行届の件で大淀と鳳翔にこっぴどく叱られて少しテンションが低かった。

 

「あ、羽黒さん。僕さっき大淀さんから聞いたんだけど、新しい艦娘()が二人増えるかもしれないんだって」

 

どんどん充実していく拠点に増えていく仲間、そんな展開を心から嬉しそうな表情でご飯を頬張りながら言う皐月。

隣では電がそんな口に物を入れた状態で喋る彼女を注意しながらも、やはり自分も嬉しそうな顔をして言うのだった。

 

「あ、それは電も聞いたのです。えっと、確か……戦艦と軽巡の艦娘の人なのです」

 

「戦艦と軽巡……?」

 

何故かは解らないが妙な既視感を覚えるその構成に羽黒は興味を持った。

 

鎮守府(ここ)どんどん賑やかになるねっ」

 

「賑やかになるだけじゃないのです。いろいろな事が良くなっているのです」

 

「うん、そうだね! まだあの人が来て4日しか経っていないのに本当に凄く変わってきたよね!」

 

羽黒はそんな駆逐艦二人が楽しく会話をする光景が落ち込んだ自分の気分も癒やしてくれるに事に感謝しつつ、頭の中では先程聞いた新しい仲間のことを考えていた。

 

(戦艦と軽巡……。誰だろう。私と気が合う人だと良いな)

 

この僅か数分後にその気にしていた事の半分が判明することになるのだが、当然ながら羽黒がそんな事を予想しているはずもなかった。




次は羽黒vs榛名かな


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46:謀翔

久しぶりの個人的な長文
書くのが楽しくて、いろいろ思い浮かべてたら「まだ終われないまだ終われない」と

榛名と羽黒の決着が付く話


事は謎の美女が食堂に現れたところから始まった。

羽黒を捜して鎮守府内を歩いていた榛名は、道中ですれ違った食事を終えた川内から彼女の居所を掴んだ。

榛名はまだこの時は、身に付けていた物が提督に貰ったウォークマンと寝間着だけという姿だったので、一見はお淑やかな雰囲気に長い黒髪が眩しい美女といった外見で、一部の者以外はまだ彼女が艦娘榛名であるという事までは判らなかった。

しかしそれでも同じ艦娘同士であるという事くらいは川内には判った為、挨拶程度の用事だろうと彼女は軽く考え、榛名に羽黒の居場所を教えたのだった。

 

バンという扉を開く大きな音と共に謎の美女が姿を表した。

艦娘達は驚いて音を立てた本人である榛名に注目したが、彼女は向けられた視線を気にすることもなく平然とした足取りで『目標』が居るテーブルへと近付いて行った。

 

「こんにちは」

 

見知らぬ人物にいきなり近くで挨拶をされたら例えそれが同性であっても顔を顰めて警戒するだろう。

羽黒と一緒の席にいた電と皐月もその例に漏れず、というより最初から何となく感じた榛名の威圧感に食事をしていた手を止めて不安そうな顔になっていた。

だが羽黒はというと、明らかに榛名の『挨拶』と視線が自分に向けられたものだと悟っていたので駆逐艦の二人のように身を硬くするという事もなく、寧ろ愛想笑いを浮かべて挨拶を返した。

 

「こんにちは。えっと……何か私に御用ですか?」

 

「……意外です。()()()()羽黒さんならこんな風に何の脈絡もなく誰かが近付いて声を掛けてきたら、それが例え挨拶でも動揺して多少は怯えた顔をしそうなのに」

 

「それは貴女から感じる気迫に私が怯まなかった事を褒めて下さっているという事でしょうか? もしそうでしたら私は貴女の賛辞を素直に嬉しく思います」

 

とある古代の脳筋国家の王から戦士の誇りと尊さを学び、すっかりその在り方に心酔して(ダメになった)羽黒はあくまで動じない。

それどころか榛名の瞳から燃え盛る闘志を感じ取り、理由はどうあれ自分は今、彼女から挑戦状を叩き突きつけられようとしていると確信に至り、密かにテーブルの下で拳を握って気合を入れていた。

だが拳を交える前にやはり動機は確かめねばならない。

誇りある戦士は大義もなく無闇に拳を振るうなどという愚かな真似はしないのだ。

 

「それで、私に何か?」

 

「……」

 

榛名はそれには答えず、ふと羽黒の向かい側に座っていた皐月に視線を向ける。

 

「ひっ、な、なに……?」

 

いきなり見ず知らずの女性から威圧感的な目を向けられて、可哀想に皐月はびくりと震えて蒼い顔をする。

榛名は先程と同じく皐月の言葉にも答えなかったが今度は直接彼女に向けて手を伸ばしてきた。

 

(怒られる!)

 

怒られる理由に全く覚えはなくても咄嗟にそう感じた皐月は手を交差させて精一杯の守りの姿勢を取った。

隣にいた電も友人を守るために椅子から立ち上がりかけたが、榛名の手は皐月の頭を避けて何故か彼女の食べかけの食事が載っているテーブルの上に着地した。

 

「え?」

 

恐怖に目を瞑るも一向に自分の身に何も起こらない事から皐月が恐る恐る薄目を開けると、ちょうど榛名の手が食事用に敷いた自分のランチマットの端を掴むのが見えた。

そこからは一瞬だった。

榛名はテーブルクロス引きのように目にも留まらぬ速さで可愛いキャラクターがプリントされた皐月のそれを何も倒さず見事な手際で引き抜くと、それを羽黒に向けてまるで決闘を申し込む際に投げつける手袋のようにして投げつけたのだ。

 

「ああっ! 僕の○ッキー!」

 

お気に入りのランチマットをいきなり奪われた上にぞんざいに扱われ、皐月は悲痛な声をあげる。

羽黒はそんな彼女の大切なランチマットを凄まじい反射神経で顔に当たる直前で受け止めると、それをゆっくりとした動作でテーブルに置いて皐月に返してあげた。

そして直ぐに厳しい目を榛名に向けて訊いた。

 

「……理由をお聞かせ願えますか?」

 

視線を受ける榛名は羽黒の身のこなしに感心するように一度頷くと口を開いた。

 

「羽黒さん、私を覚えていますか?」

 

「……?」

 

「私、金剛型巡洋戦艦3番艦の榛名と言います」

 

「貴女が大淀さんが言っていた新しく仲間になるかもしれないという方ですか……?」

 

「その質問に答える前に貴女には私の質問に答えて欲しいです。羽黒さん、もう一度訊きますが、貴女は私を覚えていますか?」

 

「……」

 

自分を知っているかという榛名の質問に羽黒は思考を巡らす。

知識としては知っているが当然そういう意味ではないだろう。

彼女は自分を()()()いるかと訊いたのだ。

そこから推測できる意味は、過去の自分の行動と今自分に質問を投げかけている彼女が『戦艦』の艦娘であるという点から程なくして羽黒は気付いた。

 

「もしかして榛名さん、貴女は……」

 

「やっと思い出してくれましたか? そうです羽黒さん、私は貴女とつい最近戦った戦艦の元深海棲艦です」

 

「あの時倒したル級……」

 

「負けてないです!」

 

ついさっきまでバトル漫画の如くビリビリした雰囲気だったのだが、榛名は羽黒の言葉を聞いた瞬間、途端に子供のような不満顔になって否定をした。

 

「あんな……艦隊同士の戦いなのに、あんな非常識な手段……。あれは単に羽黒さんの行動があまりに野蛮過ぎて呆れていたところの隙を突かれただけです!」

 

「んな?! や、野蛮ってなんですか?! あれは命を懸けた真剣な戦いだったんですよ? そんな戦いで戦い方とか野蛮とか……。榛名さん、申し訳ないのですがハッキリ言わせて頂きます。その考え方は単に融通が利かない幼稚な考えです!」

 

「よ、幼稚?! 言うに事欠いてなんて物言いですか?! 私は純粋に貴女の艦娘の在り方に対して物申しているだけです!」

 

「では敗北自体は認めるわけですね」

 

「それとこれとは話は別です! さっきも言った通りあの時私は呆れて放心していたんです!」

 

「それを単純に油断と言うのではないですか。戦場で呆れていた所為で隙ができたとか……。榛名さん、再びハッキリ言わせてもらって申し訳ないのですが、貴女は少々戦士としての自覚が足りていないと思います!」

 

「せ、戦士?! 貴女こそ何を言っているんですか?! 私たちは艦娘であって戦士では……」

 

「視野が狭いですよ。私たちの本分は戦う事です。広義で艦娘を戦士と解釈しても何も不自然な事はありません。寧ろそう表現した方が自然に感じるまであると思います。解りますか榛名さん。貴女は純粋に戦場に立つ者として心得が不足していたんです。だから負けたんですよ」

 

「…………!」

 

少しは羽黒から釈明の言葉を聞けると思っていただけに、こうまで真っ向から自分を否定された上に諭されたとなると、榛名はもうこれ以上大人しくはして居られなかった。

彼女は悔しさと怒りから真っ赤になった顔で、新たな事実によって周りの者に自分を再認識してもらう為に改めて大きな声で言った。

 

「そこまで仰るのならもう一度勝負です羽黒さん! 今度は艦娘同士なのでどんな結果になっても私は何も言いません」

 

「なるほど。でも演習以外での艦娘同士の私闘というのは、司令官さんたち人間の軍規でも禁じているように当然の違反行為です」

 

「私の再戦の申し込みを受けないと……?」

 

「いえ、要は司令官さんに咎められる前に速やかに終わらせることができれば良いんです」

 

「えっ」

 

やはりこの羽黒は違う。

自分の中の良い子の重巡代表の代名詞であった羽黒からは予想できない言葉に榛名は内心動揺した。

この羽黒は一体何を言い出すのだろう。

榛名はここに来て漸く冷静になってきた頭で目の前の重巡を見るようになっていた。

 

「ルールを設けましょう」

 

「ルール? 速やかに勝敗を決める為の、ですか?」

 

「そうです。防御に成功した攻撃は無効として、その中で一撃でもまともに相手に入れることができればそれで勝ちとします」

 

「……禁止とする行為は?」

 

「己の肉体以外の武器を使用しない事、あと相手に重症を負わせるような攻撃も駄目です」

 

「……顔への攻撃もやめましょう」

 

「分かりました。では同意しますか?」

 

そう言って立ち上がり、不敵な笑みを浮かべて拳を向けてきた羽黒に榛名も無言で自分の拳を当てて同意した。

そして互いに向かい合って半歩ほど距離を取り、再び戦いの開始の合図の代わりにお互いの拳を当てたところで、ついに提督の鎮守府始まって以来の、恐らく海軍史上でもあまり例がない艦娘同士の私闘の火蓋が切って落とされた。

 

二人の闘いはある意味スポーツを見ているようだった。

お互い自分に向かってきた足や手による攻撃を上手く防御して自分の懐まで届かないようにし、防御が難しいと判断したものは素早い動きでそれを避けた。

その様は相手に掴まれて技を掛けられまいとする柔道や、優れた動体視力と反射神経で相手の動きを避けるボクシングのようで、パッと見ある程度は健全なスポーツをしているように見えなくもなかった。

そんな流れだったので二人を見る者の中にはハラハラして見守る者もいれば、感心したり好奇の目を向ける者も何人かいた。

しかしそんな際どくもある新鮮な空気を生み出していた二人の闘いの均衡の崩壊は意外に早く訪れた。

きっかけは羽黒がしかけた足払いだった。

 

「え?!」

 

榛名はそれに気付いてなんとか避けたものの、彼女の頭の中の決闘という言葉には足払いという技は、小賢しく忌避に値する価値観があった為に、避けるのは成功しても想定していなかった攻撃に気を取られてしまい視線が暫く足元に集中してしまった。

そして当然羽黒はこの好機を見逃さずに攻め立てた。

視線を下に向けていた榛名は後頭部にぞわりとした悪寒を感じた。

彼女は直感に従って何とか身をよじると、その直後に顔すれすれの距離を振り下ろされた羽黒の拳が通過した。

それは風圧を感じる程に強力で、榛名は重い攻撃はしないというルールを羽黒が破ってきた事に激しく動揺した。

 

(そんな?! 話がちが……ぁ……)

 

動揺は体勢を維持する為のバランスが崩れることにも繋がり、榛名は踏ん張って何とか耐えようとしたものの、敢えなく背中から倒れてしまった。

 

「!」

 

倒れる最中、榛名は自分を見る羽黒の表情を目に留めた時に理解した。

羽黒は勝利を確信した小さな笑みをその顔に称えていたのだ。

 

(あの攻撃はこの為!)

 

そう、榛名の予想通りあの一見ルール無視としか思えない激しい羽黒の攻撃は実は罠だったのだ。

全ては榛名が避けた後に今の流れに繋げる為の彼女の戦略。

故にもし榛名が避けられないと判断したら恐らく羽黒は寸止めするか空振りをしていただろう。

だが自分はまんまと彼女の罠に嵌ってしまった。

完全に床に背中を着けて仰向けの状態になった榛名は、馬乗りになってマウントポジションを確保した羽黒を悔しそうな顔で睨む。

 

「降参しますか?」

 

「っ……嫌です!」

 

「……そうですか。私はその不屈の闘志に敬意を表します」

 

口では今なお衰えを見せない榛名の戦意を評価しながらも、彼女を見る羽黒の目は厳しかった。

羽黒は降伏勧告の終わりを告げるように両手の関節を鳴らし終わると目を閉じて深呼吸をして言った。

 

「ではこの体勢で私の攻撃をどれだけ凌げるか頑張って下さい!」

 

「くっ……!」

 

目を見開いて拳を振るい始めた羽黒に、その時榛名はいつか見た光景(デジャヴュ)を感じた。

 

(これは……深海棲艦だった(あの)時の光景!)

 

榛名はあの後に羽黒によって完全に抵抗する心を折られ、情けなくも始終彼女に恐怖して泣いていた時のル級(自分)の姿をより鮮明に思い出した。

ここで榛名の心は再び折れるかと思いきや、何と逆に今度は敗けてなるものかという奮起を促す熱い血潮が全身に満ちていき、彼女を支えてくれた。

 

(私はもう……あんな無様な姿だけは見せない……!)

 

 

立っていた時より寧ろ熱い攻防を見せ始めた二人に、流石に厨房の向こうから様子を窺っていた伊良湖が焦った様子で隣の鳳翔に言った。

 

「さ、流石にもう止めた方が良いんじゃ……」

 

「う、うん。私もそう思うわ。ねぇ鳳翔さん……」

 

鳳翔を挟んだもう一方にいた間宮も伊良湖に同意して喧嘩の仲裁を鳳翔に伺うが、彼女は落ち着いた様子で「いえ」と一言。

 

「それより提督はもう呼んでくれましたか?」

 

「あ、はい。大淀さんがもう直ぐ連れて来ると思いますけど……」

 

何故鳳翔がこんなに落ち着いているのか腑に落ちない間宮だったが、取り敢えず喧嘩が始まった段階で鳳翔の指示を受けて大淀に提督を呼びに行って貰っていた。

しかし事は艦娘同士の争いである。

命令()では注意できても止められた事に腹を立てたどちらかから提督が被害を受けることも考えられた。

故に伊良湖と間宮は提督が来る前に取り敢えず現状だけでもマシにするべく鳳翔に助力を求めたのだが、どうやら彼女には既に別の考えがあるようで、やはり一切慌てた様子を見せない。

それどころか間もなく提督が来てくれることを確認すると、やんちゃな子供に呆れる母親のように態とらしい小さな溜息を吐くと言った。

 

「まぁ可哀想だけど今回は二人とも流石にやり過ぎましたからね。灸を据える意味でもしっかり反省して貰わないと……」

 

「へ?」

 

「え?」

 

伊良湖と間宮は何故鳳翔がそんな態度を取ったのか解らず不思議そうに彼女を見ていた。

 

 

「提督、こちらです!」

 

そして程なくして大淀に率いられて提督が姿を表した。

彼の横には木曾の姿もあった。

彼女も友人が粗相を起こしていると聞いて気になって付いてきたのだ。

 

「提督気を付けて下さい。二人とも提督が来ましたよ! もういい加減に……っ」

 

「大淀? どう……うわぁぁ……」

 

先に現場を目撃した大淀の反応が妙な事に気付いた提督は彼女の後ろからひょこりと顔を出して覗いた。

そして大淀が何故そんな反応をしたのか、何故口元を覆って少し恥ずかしそうな顔をしていたのか一瞬で合点がいった。

彼の横では木曾も提督と同じような呆れたような恥じらうような困った顔をしていた。

 

「ふ、二人ともやめひゃ……やめなさぃ!」

 

何とか持ち直し、気力を振り絞った大淀の大声に激しい攻防を繰り広げていた榛名と羽黒はビクリと静止した。

 

「「大淀さん……?」」

 

自分達を見下ろす大淀は凄く怒っているように見えた。

いや、怒っているのは間違いなかったが、それと同時に何だか恥ずかしいものを見ているような表情で頬が少し紅く染まっているように見えた。

何故自分達をそんな表情()で見ているのか、理由が解らずに完全に毒気を抜かれてポカンとした顔をしていた二人に大淀が若干震えた声でいった。

 

「二人とも……今の自分達の格好を見てみなさい。そして今、そんな貴女達を提督が見ていらっしゃるのよ……?」

 

「え? 格好……こっ?!」

 

「え……? っ?! いやっ! 見ないで! 見ないでぇぇぇ!!」

 

大淀が言った『格好』とはまさしく喧嘩によって乱れた二人の衣服の状態の事であった。

羽黒は馬乗りになったことでタイトスカートが捲り上がってストッキング越しではあるが下着が丸出しに、そして胸元の部分も榛名に掴まれた所為か大きく開け、最近購入したお気に入りのブラジャーのほぼ全景が見えているという状態だった。

しかしそれより榛名の状態が一番酷かった。

何しろ彼女の場合は、衣服という点では寝間着しか身に着けていなかったのである。

しかも下着なしで。

そんな状態で二人入り乱れていたものだから、彼女の状態はもう()()()()所が丸出しで、寝間着など大淀に注意された時点では帯に絡まったただの布切れという有様となっていた。

 

あられもない姿を見られて恥ずかしさのあまりに自分を抱くようにしてその場でビービー泣く羽黒。

せっかく「この人なら」と思った矢先にいきなりほぼ全裸というはしたない姿を提督に見せてしまい、女として艦娘としての二重の羞恥心にショックのあまり気絶する榛名。

先程までの勇ましさは何処へやら、提督はこの惨状にどう対処したものかと気が遠くなりかけたが、誰かが自分の肩に触れてきたのですんでの所で我に返った。

 

「お疲れ様です。流石提督ですね。後は万事お任せを。あ、宜しければ今晩一杯どうですか?」

 

「…………」

 

振り向いた先には笑顔で提督の労を労う鳳翔の顔があった。

聞くだけなら何気ない労いと酒の誘いの言葉であったが、笑顔の鳳翔は明らかに「後はこちらで何とかしておくから一杯付き合え」と提督に要望していた。

提督はその容易に断れない彼女の凄みと雰囲気に引きつった笑みを浮かべて「是非」と即答したのだった。

 

一方その頃厨房では、端っこで急に縮こまった料理番見習いの加賀が鳳翔の冷静過ぎる思惑に恐れをなして震えていた。

 

「加賀さん、加賀さん? どうしたの? 大丈夫?」

 

部屋の隅でガタガタ震える加賀には自分を心配してくれる間宮の声が遠く聴こえた。




感想の返信は次の機会に
どうでもいいけど、榛名と羽黒の名前が二人とも「は」から始まるのでちょくちょくタイプミスしてました


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47:四日目の建造

3ヶ月ぶりの投稿なのに書いている途中でグダグダになってきたのがとても悩ましかった。


木曾、榛名と建造に資材を費やすこともなく新たな艦娘を手に入れることができた提督。

彼は一連の騒動の後の鳳翔から不意に受けた酒の誘いのことが今になって楽しみになり、先のノーコストで向かえ入れることができた新たな仲間の件もあって上機嫌だった。

 

(今日の建造は良い結果が出そうな気がする)

 

人とは思わぬ幸運に気分を良くしがちである。

それはよく根拠のない自信や希望にも繋がり、特に籤や縁起を好む傾向がある日本人である提督は早速その一面を覗かせていた。

 

「提督、それでは今回の建造に投入する資材をお決めください」

 

「ん」

 

既に提督はこの日の開発は済ませていた。

戦艦が二人となったので、弾着観測射撃ができるようにしたくて少しボーキサイトの配分を増やして、水上観測機レシピを実行したのだ。

結果は偵察機と瑞雲が一機ずつ。

観測機は残念ながら手に入らなかったものの、海域の進行度としてはまだ序盤だったのでそれほど索敵値は必要としなかったし、なにより瑞雲が出たのが提督を喜ばせた。

まだ航空巡洋艦にできる最上型や水上機母艦もいない提督は直ぐに使い道を思いついた。

勿論それは後に航空戦艦へと改装できる山城への適用である。

まだ潜水艦の敵こそ出ないが、現状対潜系の装備を持っていない提督にとってこれは対処できる手が一つできる事を意味していた。

以上の満更でもない結果も相まって、この時の建造に臨む提督の気は、此処に連れてこられてから最も大きくなっていた。

 

(チトチヨ出てくれよ)

 

この先に待つ海域のスムーズな攻略には水上機母艦は必須である。

大型建造を使えば純粋水母である瑞穂が手に入る可能性もあったが、提督の今の環境では、ゲーム内でそれを使用する為の任務をまだ達成できていなかったし、そもそも同じ条件がこの世界でも適用されるのかも定かではなかったので最初から水上機母艦に関しては提督の狙いはチトチヨの一択だった。

 

「燃料300、弾薬30、鋼鉄400、ボーキサイト300……ですね。えっと、何人分建造します?」

 

「ぐっ……」

 

大淀の資材の消費を気にした視線に提督の浮ついた気持ちは厳しい現実に少し戻った。

正規空母は現状欲していなかったので節約系の空母レシピにしたのだが、それでも鉄とボーキの消費が今の提督の鎮守府には大きかった。

少しでも確率を上げたいなら複数回建造をするのが良策なのだが、現状無理に回したらそれだけで遠征や演習くらいしかできずに終わってしまう。

流石にそれは軍人としては仕事をしない会社員のようなものなので、最低限の出撃報告だけは上にあげたかった提督は、ここでは慎重に建造は2回だけにすることにした。

 

「畏まりました。では建造を開始します」

 

 

「飛龍です! 宜しくお願いします!」

 

「北上だよー」

 

「…………ん」

 

新しく迎えた仲間を目にして提督のテンションは既に通常モードに戻っていた。

北上はまだ良かった。

木曾と同じく改造すれば強力な雷巡になるからだ。

だが飛龍に関しては……。

 

(いない! 俺の鎮守府まだ出撃に使える軽空母がいない……!)

 

チトチヨが出なかったのは残念だったが、それ以上に飛龍の誕生は提督にとって未だに自分の鎮守府に出撃に使える軽空母がいない事を自覚させた。

軽空母はまだ鳳翔一人だけなので、その彼女が鎮守府の台所番を動けない以上、水母もそうにしても新たな軽空母入手は提督にとって重要な目標だった。

にもかかわらず来てくれたのは、加賀ほどでは無いにしても大飯食らいの正規空母である飛龍だった。

提督は新たに暫く持て余すことによって暇にさせてしまう飛龍に心の中で詫びながら努めて笑顔で彼女達を迎えたのだった。

 

「ヤァ、ワタシガキミタチノテイトクダヨッ」

 

 

「なんかさー、提督私達見てがっかりしてなかった?」

 

飛龍は、自分を歓迎してくれた提督の態度に何処かぎこちなさと何故か哀愁まで感じたことに疑問を覚え、早速同期仲間である北上相手に食堂でガールズトークを繰り広げていた。

 

「んー、どちらかというとそれは飛龍さんを見て、だと思うなー」

 

「え?! ど、どうして?! 私空母だよ?! 正規空母なんだよ?! つよ――」

 

「それは私の口から説明してあげるわ」

 

「え?」

 

飛龍に最後まで言わせずに会話に入ってきたのは割烹着姿の加賀だった。

その妙に様になった格好に何故か笑みを浮かべた彼女の姿には、何処か憂いを感じさせる雰囲気があった。

 

 

「ふぅ……」

 

その日の日程を終えて演習の結果や艦娘の成長具合を執務室で確かめていた提督は、椅子の背もたれに体重を預け直すと重い溜息を吐いた。

 

「なに、溜息吐いてんのよ。……どうかしたの?」

 

「提督もそんな溜息を吐くのね」

 

話しかけてきたのは榛名と木曾以外の深海棲艦消失の件で一時護衛を名乗り出た霞と山城だった。

二人は宣言通りその日は可能な限り提督の護衛に付き、こうして今も執務室まで付いてきていた。

どうやらこの分だと本当に自室まで護衛をしてきそうだった。

提督はそんな二人にどう対応したものか悩みつつ、そういえば護衛を名乗り出たのは秘書艦の大淀もいたことを思い出した事で更に悩むことになってしまった事を後悔しつつ、言葉を返した。

 

「まぁ主に余裕がない資材と一部持て余している戦力の事で、ね」

 

「ああ、飛龍さんの事ですよね。しかし、これで正規空母は彼女で二人目ですので、少なくとも鳳翔さんの補佐をしている加賀さんとは交代制が導入できそうですよね」

 

パソコンのディスプレイを見ながらブラインドタッチでデータを入力していた大淀が言った。

そのパソコンを使いこなしている様はすっかり堂に入っており、服が事務員風のものであれば見た目も雰囲気も仕事ができそうなOLそのものだった。

 

「ハハ……まぁ、うん。でもせっかくの正規空母なのに初めて任すことになる役割のことを考えるとやっぱり悪いなぁとは思うよ」

 

「それは仕方ないじゃない。確かにうちはまだ加賀みたいな大きな艦を自由に運用できるくらいの余裕は無いんだから」

 

「……そうね」

 

そういえば空母ではないが自分もそういう悩みの一つではないかと思い至った山城は、霞の言葉に困った顔で短い言葉で同意した。

 

「まぁこればっかは遠征をこまめにこなして備蓄を増やすしか無いからねぇ……。俺も最初はこうだったよ」

 

「?」

 

『最初は?』という提督の言葉に疑問が籠もった視線を彼に向ける三人。

そんな視線に提督は気付いた様子もなく、無言で煙草に火を点けると頭を掻きつつ天井を見上げながら()()の事を思い出して物思いに耽るのだった。




ヤマ無し! タニ無し!
今回は特にひっでぇw


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48:嘆願

鳳翔とのお酒の話を書こうと思っているので結果として4日目の話は長いですね。


飲みにこそ誘われたが、男が女の方に行くのかまたは逆なのか。

提督は肝心なところを確認していなかったのでそれを鳳翔に訊きに行った。

時の頃合いは日没といったところ、提督が食堂を訪れた時はちょうど利用者で賑わっていた。

 

「あっ、司令官。今日はこちらでお食事なのですか?」

 

他にも勿論提督が訪れたことに気付いた者はいたが、この時は白雪が優等生らしく一番に動いて態々食事中だった手を止めて提督の側に来た。

提督は元々食事をするつもりで訪れたわけではなかったので、白雪のこの問い掛けには内心僅かにしまったと思うのだった。

 

(まぁ、こんな時に姿を見せて食事をしないで質問だけするっていうのもちょっと良くないよな)

 

本来の自分の意志より周りの雰囲気を大事にする如何にもな日本人気質を発揮した提督は、取り敢えず食事をしながら鳳翔に声を掛けるタイミングを図る事にした。

食堂は初めて提督が食事に訪れたということもあり、彼が来たことを素直に嬉しく思う者や単純な物珍しさから興味を持った者といった面子が自然と集まり、提督は程なくして複数の艦娘に囲まれることとなった。

 

「…………」

 

(食べ辛い)

 

同性でも恐らく食べ難いと思われるところに年頃の女性達が自分の周りに集まってきたのだ。

提督がこの時こんな心境になるのも無理もなかった。

 

「あ、もしかして提督がここで御飯食べるのって初めてじゃない? ねぇねぇ何食べるの? 良かったらあたし頼んできてあげるよ?」

 

「え? あ、そう? それじゃあ悪いんだけど、川内的に一番メニューの中で軽めのやつだと思うのを頼んできてくれる? 俺、今日は鳳翔とお酒を飲む予定があるから、あんまり胃に入れたくなくてね」

 

「……え? あっ、ああうん。わかった、ちょっと待っててね!」

 

酒、艦娘と、この2つの言葉が出た時一瞬一部の艦娘はざわついたが、後に誘ってきたのは鳳翔からだという事が注文をしてきた川内の口から判ると、取り敢えずはその場のざわつきは直ぐに鎮静化した。

それから暫く提督は食事が出来るまでの間、周りの艦娘達から様々な質問を受けることとなった。

 

「鳳翔さんとお酒ぇ? 良いわねぇ、私もお呼ばれされたら行きたいわぁ」

 

「それは機会を作った鳳翔に確認してね。俺が勝手に応じるわけにもいかないから」

 

「し、司令官は鳳翔さんとお酒を飲んでナニカするつもりだったりするのですか?」

 

「まぁお酒を飲んで話したりするくらいじゃないかな。いや電、そんな目で見ないで。俺から振った話じゃないからね?」

 

「ふ~ん、じゃあ僕も一緒に飲みたいって言ったら許してくれる?」

 

「鳳翔がOK……いや、承諾してくれたらね」

 

「山城はどうする? 私お酒の席は遠慮しておこうと思うけど。護衛なら隣の執務室に居れば良いと思うわ」

 

「あ、お酒って提督の部屋で飲むの? まぁそれなら私もそれで良いかな。……くっ、まだ酒に慣れてないこの身が恨めしい……」

 

「お酒というのは無理して飲むものではないのよ? あ、提督、大淀は霞ちゃん達と待機します。丁度報告書の完成度、もう少し詰めたかったんですよね」

 

「大淀さん、職務に対するその真摯な姿勢、朝潮尊敬します! 良かったら何かお手伝いさせてください!」

 

「どきなさい。提督に食事をお出しするのに邪魔だわ」

 

賑やかを通り越して騒々しいになりかけた頃、群衆を割るような凛とした声が響いた。

加賀である。

すっかり板についた割烹着姿の彼女は、一言で群衆を割って道をつくると、恭しい振る舞いで提督の前に一盛りの蕎麦を置いた。

 

「飛龍」

 

「はーい。提督、おまたっせー」

 

安定の落ち着いた表情の加賀に対して楽しげな雰囲気で彼女の合図に応じて提督に汁と箸を用意したのは飛龍だった。

彼女も加賀と同じ割烹着姿であり、配膳が済むと自分の服を嬉しそうに一人弄りながら厨房へと戻っていった。

しかしそんな飛龍に対して加賀は何故かまだ戻らずにその場に留まっていた。

提督は首を傾げながらも何か自分に用があるのかと、取り敢えず箸はまだ取らずに彼女が動くのを待つことにした。

すると加賀は、()()()飛龍が完全に厨房の奥に姿を消した瞬間にその場に膝をついて提督に懇願するような姿勢を取ってきた。

あまりに予想外の行動に提督をはじめ、周りの者も思わず何事かと息を呑む。

そしてそんな雰囲気にした張本人の加賀の口から出た言葉はこのようなものだった。

 

「提督、鳳翔さんとお酒を飲むと聞きました」

 

「えっ、あ、うん」

 

「提督、お酒を飲むということは、人によって差はあると思いますが、多少なりとも心にその……隙というか余裕ができ易いものですよね?」

 

「えぇ? まぁ、その可能性はあると思うかな?」

 

「ですよね?! では……!」

 

膝をついた加賀は更に提督ににじり寄ると、まだ箸を取っていなかった彼の両手を掴んで言った。

 

「お酒の席で、あの人に僅かでも今言った兆候が見られたら是非お願いして頂きたい事があるんです……!」

 

「もしかして料理番するのが嫌になった?」

 

「いえ、そうではなく、寧ろそれは大分慣れたので良いのですが。お願いしたいのはですね」

 

「お、おう?」

 

「あの人に、ほんの少し、少しで良いですからお料理の指導を優しくしてくれないか頼んで欲しいのです……!」

 

意外過ぎる頼みごとの内容にその場にいた殆どの者が唖然となり、直ぐに言葉が出ない様子だった。

だが、そんな中でも提督だけは何かを察したように、さして動揺した様子もなく加賀に手を握られた状態のまま彼女に聞き返した。

 

「そんなに怖い?」

 

「はい」

 

「でも体罰とかはないでしょ?」

 

「目が! 目が怖いんです! 目で全て語ってくるあの超然とした雰囲気が……!」

 

「ああ、なるほど……」

 

提督もリアルの世界で()()()()な鳳翔の設定を見てきたので加賀が訴えたいことは割とよく解った。

だがそれがこの世界でもここまで共通しているところがあったのは素直に驚きではあったが。

 

「分かったよ。優しくというか、指導の仕方について俺から提案してみるという感じで良い?」

 

「……提督!」

 

提督の言葉に感極まったのか、加賀は目尻に浮かんだ涙を拭うこともなく、つい溢れた感情に素直に従って嬉しさから提督に飛びついた。

しかしそれがいけなかった。

座った状態でまさかいきなり抱きつかれるとは予想もしていなかった提督は、そのまま彼女の勢いに負けてしまい椅子ごと倒れると、倒れた振動によってテーブルから落ちた麺汁を被ってしまった。

そしてそれだけの騒動を起こせば当然その音は厨房へと届き……。

 

「加賀ちゃん……?」

 

「!!」

 

自分が犯してしまった失態に震えるのも束の間、直ぐに背中に掛けられてきた声にビクリと反応して振り返る加賀。

そこには彼女が最も苦手としている目で怒る鳳翔が笑顔で腕を組んで仁王立ちをしていた。




溜まっています感想への返信は後ほど。


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49:大人の魅力

久しぶりにゲームサイドの話ですが、ここでも活躍するゲームの鳳翔

そしてついに判明する提督の『嫁』


嫁艦、艦これプレイヤーなら大体いるであろう数ある艦娘の中でも特に好意を持ち、贔屓する存在。

嫁艦はケッコン艦の中でも一番レベルが高かったり特定の艦娘でしか伸ばせない運のステータスが伸ばされていたりする。

提督もそんなプレイヤーの例に漏れず嫁艦がいた。

彼の場合は艦隊の戦力の底上げを優先しつつ、機会があれば嫁を育てるという方針を取っていたので嫁艦のレベル自体は艦隊の中で3位であった。

しかし唯一艦隊の中で運のステータス強化を受けていた為、それが提督にとって『彼女』が嫁艦である事の何よりの証と言えた。

その彼女とは……。

 

『うにゃ~……ふにゃぁ~……』

 

何とも奇妙な女性のものと思われる泣き声がプレイヤーが知る事はない場所から木霊していた。

 

「あぁ、そういえばまだアイツには提督の事言ってなかったな」

 

聞き慣れた泣き声でそんな重要な事を思い出した武蔵があっけらかんとした顔で言った。

彼女と一緒にいた金剛は信じられないといった顔で武蔵を睨む。

 

「それマジ……?」

 

「いや、お前も教えてなかったろ」

 

「う……そーだけど、私はてっきりアナタが伝えていたと思ってたカラ……」

 

「私もだ」

 

二人は気まずい沈黙を共有した後に無言で頷き合うと、やや緊張した面持ちで泣き声がする部屋へと続く扉を開けた。

 

「あら、いらっしゃい」

 

先ず素敵な笑顔で二人を迎えてくれたのは呑み屋と思しき室内に設けられたカウンターに立つ鳳翔だった。

彼女は入ってきた客人に直ぐに空いている席を案内して御通しの茄子の漬物を用意する。

 

「二人ともここに来るのは久しぶりですね。今日はどうされたんです?」【鳳翔改:レベル100】

 

「あ、その前にオーダーするワ。私、モスコミュール、武蔵はウイスキーのロックだっケ?」

 

「ああ、頼む」

 

「はい、畏まりました。ありがとね」

 

二人からのオーダーに鳳翔はお礼を言うと、直ぐに用意を始めた。

そして時間をかけることなく速やかにそれを二人が座るテーブルに置いたところで、トレイを胸に抱いて再び訊いた。

 

「それで、今日はどうしたの?」

 

「いや、そこの酔い潰れて奇妙な泣き声を出している奴に用があってな」

 

「あぁ……」

 

鳳翔は主な用件を知って何処と無く困った顔に笑みを浮かべて武蔵の視線の先に自分も目を合わせた。

そこには真っ赤な顔で酔い潰れて何やらウニャウニャ言っている足柄の姿があった。

 

「迷惑をかけて悪いな」

 

「いえいえ、武蔵さんが思っているよりもずっとあの子大人しいですよ」

 

「hm? でも酔い潰れちゃってるヨ?」

 

「ええ、確かに酔い過ぎてはいますが、しっかり私の言葉には反応しますし、あんな状態でもお代も払ってくれるし閉店を過ぎても居座るなんて事は絶対にしないんですよ?」

 

「へぇ……すっごく意外」

 

「酔ってはいるができる限り他人に迷惑をかけないように、という意識はあるんだな」

 

「ふぁーしょーさぁん……」【足柄改二:レベル152、運:72】

 

意外な事実に武蔵達が感心していると、まだ二人が来ていることに気付いていない足柄が拗ねた子供のような舌足らずな声で鳳翔を呼んだ。

鳳翔は武蔵達に「ごめんなさい」と一言断ると「はいはい、どうしたの?」とパタパタと足音を立てて直ぐに足柄の側に向かった。

足柄は鳳翔が来てくれると、急に立ち上がってカウンター越しに甘えるように彼女に抱きついて、その胸元に顔を埋めた。

 

「きゃっ、もう……どーしたのー?」

 

「ふぇぇぇ……」

 

鳳翔の胸に顔を埋める足柄は、彼女の優しい声に更に甘えるように両手で鳳翔の服の胸元を大きく開き、より露出した彼女の裸の胸に直に顔を埋める。

鳳翔はそんな足柄の行為に動揺した様子も咎める事もなく、ただ黙って自分に甘えてきた彼女の頭を優しく撫でてくれた。

 

「ぐす……。ていとく……まだ帰って来ないのぉ……」

 

「うん……そうだねぇ」

 

「わたしぃ……寂しくてぇ……」

 

「うん、寂しいねぇ……」

 

「っ、ぐす……鳳翔さん、ごめんえぇ……」

 

「いいのよぉ、今はこうして安心してください」

 

「ぐす……ありぁと……」

 

ひとしきり彼女の胸で泣きじゃくった足柄は程なくして静かに寝息を立て始める。

鳳翔はそれを確認すると、足柄を抱きしめながらそっと再び席に座らせてカウンターで優しく彼女を離してあげた。

 

「…………」

 

「…………」

 

武蔵と金剛はそんな鳳翔の様子に無意識に「ほぅ……」と溜息を漏らしながら惚れ惚れとした様子で眺めていた。

鳳翔は足柄の相手をして少し疲れたのか「ごめんなさい」と言って火照った身体を手団扇で扇ぎながら開けた胸元を直しつつ微笑む。

その仕草は堪らなく魅力的で、同じ女であるにも拘らず武蔵と金剛は完全に鳳翔の大人の色気に魅入られるのだった。

 

「なんというカ……相変わらず鳳翔はセクシーネ……。私、一瞬だけど間違いなく惚れてたワ」

 

未だに鳳翔の色香に当てられて顔を赤くした金剛が恥ずかしそうにそう言う傍らで武蔵も力強く頷いて言った。

 

「全くだ。いや、今の私は完全に惚れている。なぁ鳳翔、今晩は私と寝てくれないか?」

 

鳳翔はそんな武蔵の直球の誘いに気を悪くした様子もなく笑いながら答える。

 

「えぇ? ふふ、どうしましょう。私、求められるのは嫌いではないのですが、武蔵さんみたいにガッツリ来られるより足柄ちゃ……さんみたいに甘えてくる方が好きなんですよねぇ」

 

「む……では今宵の武蔵は存分に子供になろうではないか。鳳翔、私を好きにしてくれて良いぞ」

 

「いや、もうその時点で全然子供っぽくないし、甘えているようにも見えないカラ……。本当に武蔵は甘え下手ネェ」

 

金剛は鼻息荒く鳳翔を求める武蔵の様子に呆れ顔で手にとった自分の酒を啜る。

 

「ん、美味し……」

 

特に珍しくもないカクテルだがやはり此処で、鳳翔が入れてくれた酒はとても美味しく感じた。

惜しむらくは、未だにテーブルに置かれた酒のツマミが御通しの茄子の漬物だけだという事だ。

それも決して悪くはなかったが二人が頼んだ酒はどちらも洋風。

どうせならこの酒をより美味しく味わうためにもう少しマッチしたツマミが欲しい。

そう思った金剛は、迫る武蔵をかるくいなす鳳翔に追加の注文をした。

 

「鳳翔さん、おつまみ追加ネ。なんかピーナッツとか枝豆ぇ……でも良いケド、なんかこれに合うやつお願いしたいネ」

 

「はぁい」

 

「む、金剛邪魔をするな。私は今‥…え? お? ほ、鳳しょ……んむぅっ……」

 

金剛の注文に応えるべく鳳翔はしぶとく言い寄ろうとしていた武蔵に不意の口づけをして黙らせると小走りで厨房へと消えていった。

 

「ハァ~~~、鳳翔……流石ネェ~」

 

大人の色香を撒きに撒き、ついにはそれで圧倒的に力で勝る武蔵ですら無力化してしまった鳳翔の手腕に感心しきった声を出す金剛。

その言葉通り、彼女の向かい側に座っていた武蔵は鳳翔の先程の不意打ちによってすっかり言葉を失くし、まるで幻視でもしているように彼女が消えた空間をボーッとした顔で眺めているのだった。

 

鳳翔の抱擁によって安らかに眠る足柄、同じく彼女の魅力にやられて放心状態の武蔵、最後に真似したくてもなかなかできない彼女の立ち回りにすっかり感心する金剛。

恐ろしいことにこの時点で足柄に朗報を伝えるのが目的で此処に来たはずの二人は、すっかりその事を忘れてしまっていた。




ゲームとリアルの艦娘が合流するのはまだ先になりそうだから、閑話でいきなり合流後の話でも打ち込もうかなと思う今日この頃


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50:対話

鳳翔さんと酒の席での話


「だぁら! わらぁひ思ふんへす! 皆あわぁひを親のよーにしあっへふれるのは嬉ひぃんてすけど……」

 

「うんうん、解る解るよ」

 

すっかりアルコールが浸透して紅潮した顔に据わった目、おまけに回らない呂律といった有様でなにやら愚痴を言っている鳳翔に対してグラス片手に真剣な顔で相槌を打つ提督。

当初はどういう飲み会になるのか少し不安だった提督だったが、結果として彼の眼前には今、想像よりやや斜め上の展開が繰り広げられていた。

 

 

時は1時間ほど遡る。

鳳翔との飲み会、当初は提督と鳳翔以外にも何人か参加しそうな雰囲気だったのだが、空気を読んだのか提督が信用され始めたのか、結局は二人きりでの開催となった。

鳳翔からもツマミはこちらで用意すると言われていたので、約束の時間に合わせて提督が自室のテーブルを軽く拭いてグラスや食器を用意していると、タイミングよくドアのノック音がした。

 

『提督、いらっしゃいますか? 鳳翔です』

 

「はーい、今開けるよー」

 

何となく扉の向こうにいる鳳翔が酒とツマミを両手で抱えているせいでドアを開けにくいのではないかと察した提督は、彼女の声に直ぐに反応してノブを回して扉を開けた。

果たしてその先には彼の予想通り……よりやや多めの物資を抱えた鳳翔が笑顔で佇んでいた。

 

(ここに来る前の執務室のドアはどうやって開いたんだろう)

 

そんな小さな疑問を抱いた提督だが、両手一杯の荷物をいつまでも彼女に抱えさせたくもなかったので、一先ず浮かんだ疑問は頭の隅に追いやって取り敢えず一番重そうな荷物の一升瓶を彼女から受け取った。

 

「あ、すみません」

 

「いやいや、まさかこんなに持ってきてくれるなんて。あ、後は全部オツマミ?」

 

「はい、今日は全てお皿に広げるだけで済むものを持ってきました」

 

「了解。じゃ、お皿はもうそこのテーブルに並べてあるから、適当に使って。余った分は空いている椅子に置くとかして」

 

「畏まりました」

 

こうして何となくリアルの世界の友人との飲み会を思い出すような雰囲気の飲み会が始まった。

提督自身女性と二人だけで酒を飲んだ事がないわけではなかったが、その回数を明確に覚えてるくらいには少なかったので、内心どういう酒の席になるのか不安だったのだが、嬉しいことに序盤は和やかな雰囲気でお互いの話も弾み酒も進んだ。

問題は中盤からであった。

提督が鳳翔お手製のきゅうりの塩漬けのよく加減された味付けに舌鼓を打っていると、ふと彼女が「実はちょっと悩みがありまして……」と彼に相談を持ちかけてきたのだ。

鳳翔は提督が自分の話に反応する前にまるで何かの合図のようにグラスに注がれた酒を一口で全て飲み干すと、急激に体内に広がるアルコールに抗うように一度大きく熱い息を吐き出す。

 

(えっ)

 

提督はその鳳翔の行動に思わず心のなかで驚きの声をあげた。

二人がその時飲んでいた酒は、焼酎ではあるが提督が味がウイスキーに何となく似ていると思うくらいにはアルコール度が高いものであった。

しかし味自体は大変美味しかった為、二人は敢えて割ったり氷も入れずにストレートでその酒を楽しんでいたのだが、当然アルコール度数は高かったので、二人ともちびちびと加減して酒を楽しんでいた。

そんな最中にまさかのなみなみとグラスに注がれた酒の一気飲みである。

提督はその光景を見た瞬間から何となく嫌な展開になる予感がしたのだった。

 

そして話は冒頭に戻る。

相談というのは艦これというコンテンツに携わった者なら大抵の人が知ってそうなネタ、鳳翔の母親イメージの事であった。

この事に対して創作物の中の彼女は大体嬉しく思っているか、もしくは嬉しくも女として少しコンプレックスに思っているかの2つの反応を見せていた。

今回は運が悪いことに後者であり、つまるところ提督は鳳翔の絡み酒に遭いそうになっていたのだ。

 

(うーん……まだ所属艦は少ないからそんなに親代わりみたいな扱いは受けてないかなと思っていたんだけど、俺が来る前の状態がアレな感じだったから結局皆からは頼りにされていたんだろうなぁ)

 

提督は甘かった自分の認識を修正しつつ、何とか鳳翔の酒が悪くならないように彼女の話を真面目な顔して聞くという、後輩の愚痴に付き合う一回り年上の先輩モードに態度を切り替えた。

 

「わぁひってほんなひとひ上に見えまふかねぇ……」

 

ついにテーブルに突っ伏してぐずりだす鳳翔。

提督はそれを宥めるように「いやいやそういう事ではないよ」と分かった風な口ぶりで言うのだった。

 

「皆に頼りにされるから年上に見えている、というのはちょっと違うと思うよ」

 

「……ほーてすかねぇ……」

 

「そりゃ最終的に皆の頼みの綱みたいな扱いは傍から見たら子供に頼りにされている親に見えるかもしれないし、思ってしまうかもしれない。けど鳳翔の見た目は少なくとも子持ちの親の雰囲気まで伴っていないと俺は、というか普通に考えたら誰だって思うと思うよ」

 

「……」

 

「鳳翔は若いよ」

 

「……それって、私が人の年齢の見た目に反する歳になったら言えないですよね?」

 

「……急に重い話にしないでよ」

 

まだ運営にはこの時は確認してなかったが、鳳翔の発言から察するにどうやらこの世界の艦娘は見た目からは歳を取らない仕様のようだった。

断言はしなかったが少なくとも鳳翔自身はある程度自分の寿命については自覚があるようで、提督はそれを貴重な情報として取り敢えず忘れないようにしっかり記憶してから、鳳翔のメンタルケアの続行をした。

 

「まぁその件については俺にも、まだ確かめる前なんだけど、考え……というか予想みたいなものがあるから。取り敢えずその件は、ね?」

 

「それって提督が私とずっと一緒にいてくれるって事ですか?」

 

「え」

 

悪い酒が入ったのは演技だったのか、彼の言葉の思わぬ効果によって希望を持ち、酔が霧散したのか。

鳳翔は真剣ながらも縋るような想いが混ざった表情をして席を立ち、提督に近付いて彼の袖を掴んでそんな事を言った。

確かに深く考えずに発言したが、まさかの反応に提督は流石に大きく動揺した。

 

「提督答えてください。それってそういう事ですか?」

 

「先ず……先ず聞いて。いいね?」

 

「はい」

 

「今の段階でそのアテっていうやつは確かではないし、実は個人的にできれば当たっていて欲しくないと思ってる。まぁだからと言って鳳翔達を蔑ろにしても良いとは決して思ってないからね。寧ろそのアテが外れてもまだ全然可能性はあると思ってるから」

 

(あの運営だし……)

 

「……」

 

鳳翔は提督の真意が掴めず、彼を見る瞳は不安に揺れていた。

提督はそんな彼女を心から安心させてやれないことを素直に申し訳なく思いながらも、何とか彼女を落ち着かせるために自然に彼女の手を握った。

不意に握られた手に最初はビクリとするも、提督の雰囲気から直ぐに落ち着いて緊張を抑え、再び提督を見つめる鳳翔。

 

「提督?」

 

「申し訳ない。今はこれで大丈夫、安心して、という事で了見して」

 

「……」

 

「ほんと申し訳ない」

 

何とも端切れが悪くて不明確な回答だったが、これがこの時の提督の、その場で出来る精一杯の自分の誠実さを伝える方法だった。

その想いが鳳翔に確かに伝わったかどうかは不明だったが、手を握られ提督にそんな言葉を貰った鳳翔は、目を閉じて小さく頷くと、彼の隣の席に座って握られた手を自分の膝に置き更に上から自分の手を重ねて言った。

 

「解りました。いろいろ不躾に申し訳ございません」

 

「うん」

 

「では、飲み直しましょうか」

 

「あ、うん。え? 鳳翔席に戻らないの?」

 

「はい、貴方にお酌もしたいので」

 

笑顔でそう言う鳳翔に提督は取り敢えずは難所を乗り越えることができたと安心するのだった。




リアルの悩み事で一度上がったモチベがまた落ち気味と結構調子乱れてます
ただある意味一つの決着にもなりそうなので後悔しないように頑張ってます
まぁ一番の悩みは安定した睡眠ができないというものなんですけどね
夜に飲んだ睡眠改善薬の影響が翌日の昼に出てくるというのは流石に参った……orz


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51:悪魔

提督が艦娘に対して一番気になっていたこと。


『艦娘の寿命、ですか?』

 

鳳翔との飲み会の翌日、提督はまだ誰も来ない早朝に静かに執務室に入ると、運営に電話をしていた。

電話の用件は、提督がここに連れてこられてから艦娘のことでふと頭にに浮かび、どうしても気になっていた事だ。

提督の重い問い合わせの内容に対して運営の口調は以前と同じく明るく軽い調子だった。

提督はそんな運営の態度に若干の不気味さを感じながらも、こちらも前職で得た対話用の口調で運営に相対した。

 

「はい、ちょっと気になりまして。もし教えて頂けたらと思いまして」

 

『ええ、はい。それはもう、そのくらいの事でしたら全く問題無いですよ』

 

「あ、そうですか。はは、いやぁ助かります」

 

(そのくらい、か)

 

『いえいえー。あ、それで艦娘の寿命に関して、でしたよね?』

 

「あ、そうです。正確には艦娘は今の見た目の状態から歳を取るのか、または寿命はあるのか、ですね」

 

『なるほど分かりました。えー、ご質問の答えと致しましては、歳は取りません。そして寿命は一応設定されていませんね』

 

「あー、やっぱり取らない……と、設定、ですか」

 

『あ、気分を害されてしまいましたか? もしそうでしたら申し訳ないです。しかしこの世界を管理運営する私どもと致しましては、表現的には適切でして』

 

「ああ、まぁ解りますよ。艦娘の子たちもそちらが提供されている手前、まぁ……いろいろしてるんでしょうしね」

 

『○○さんのご理解に感謝致します』

 

ここまでの話は凡そほぼ提督の予想通りだった。

何となく前の世界で持っていた艦娘が歳を取らないという印象がここでも同じではないかというのも当たっていたし、寿命がないというのもそうだった。

ただ寿命に関する運営の受け答えには、もう少し人間的なものを期待していたのだが、まぁそれも予想の範囲内だった。

だがそれでも寿命に関する疑問は、この回答だけでは完全に満足したわけではなかったので、「もしよろしければ」と断って提督は続けた。

 

「精神面ではどうなのでしょう?」

 

『あ、それですね。私の方でも先にお話ししようと思っていたんですよ』

 

「先に?」

 

『はい。本当は以前お話しした時に一緒にお伝えした方が良い内容だったんですが、いやぁ、申し訳ないです。失念していました』

 

「あ、そうでしたか。いえ、では今教えて頂けたら」

 

『勿論です。あー、まずですね肉体の見た目に対して精神もなるべく安定するようにはしてありますが、正直に申しますとここの部分は確かな経年の影響があります』

 

「……先に答え合わせをするようですみませんが、それって駆逐艦の子とか、その……危うい感じがするのですが」

 

『お察しの通りです』

 

運営は提督の推察に感心したような声で言った。

 

『駆逐艦のような小型の艦娘は、一部の子を除いて経験から成熟する精神に対して肉体の変化の無さに軋轢のようなものを感じるようになることが多々あります』

 

「…………」

 

これも何となく予想していたが、僅かに持っていた救いがある回答への期待が敢え無く否定されたことによって、失望感から提督は一瞬反応することを忘れてしまった。

一方運営は、この時の提督の心中を受話器越しでは察することができなかったのか、構わず話を続けた。

 

『駆逐艦は初期はとにかく従順で素直な傾向の子が多いので提督の方も接し易いのですが、時が経つにつれ先程お話しした症状によって精神に異常をきたす可能性が高いです』

 

「その辺の対策としては……愛情、とかだったり?」

 

『そうですね。ケッコンは大きな助けになっているようです』

 

「でしょうね。しかしまぁそれはそれで何というか、環境的に調整が必要になるというか……」

 

『ええ、仰っしゃりたいことは解りますよ。特定の子だけへの寵愛が全体の不和に繋がってしまう要因になってしまう事も十分に考えられます』

 

「ハッハッハ……」

 

提督はもう笑うしかなかった。

正直言って艦娘のメンタルケアと自分自身の安全確保を常に意識させられることで、どれだけ精神が摩耗していくのか分かったものではなかった。

だがだからといって今あらゆる責任を放棄して逃げるつもりも……元より方法なんて浮かばなかったが、まだこの時の時点では良心がそれを咎めた。

要は何とか自分やゲームの事を知っている者にしか共感することは難しいこの綱渡り的な状態の均衡を、何とか維持していかなくてはならないのだ。

オタクやアニメ好きなら誰もが思うだろう。

可愛い女の子や男の子に囲まれた環境は最高だと。

しかしそれはよほど作り込まれた世界観や出来た性格を持つ登場人物がいないと成り立たないものだ。

提督は今それは痛いほど実感していた。

そりゃ彼だって頭空っぽ、阿呆となってそんな環境で日々を過ごせたら幸せだと思う。

だが実際そう上手く行くことなんて砂漠の砂の一粒くらいに可能性は低いだろう。

特に艦これのように公式の細かい設定がほぼ無く、その部分を殆どファンの想像力によって支えられている作品は、ただただ自分が頑張るしかないのだ。

 

『○○さん? ○○さん? どうかされましたか?』

 

「……っ」

 

どんどん膨らむ懸念に気が遠くなりかけていたところで、運営の心配する声で我に返った提督は、その日はそれ以上話をする気にはなれず「分かりました」と言葉短に最後にお礼だけ述べてから電話を切った。

 

 

「…………」

 

提督は机の引き出しから煙草とライターと灰皿を出すと無言で一服を始めた。

椅子の背もたれに深く体重を預けた提督は、天井で漂う自分の口から出た紫煙をぼーっと眺めながらただただ物思いに耽る。

これからどうしようか、どうしていったら良いのか。

艦娘が寿命がないからといってずっと此処で提督であり続けるとも考えられなかったし、それ以前に人間である自分の方が先に寿命で死ぬという点については何かあるのかなど、次々といろいろな悩みが浮かんできた。

否、実は自分の寿命については、もしかしたらと予想していたことがあったので、それは後日また運営に確かめる事にした。

しかしそれでもそれ以外の殆どのことで悩んでしまう事には変わりなかったので、結果的に精神を疲労した提督は再び喫煙しようと灰皿に置いていた煙草に手を伸ばした。

と、そんな時に扉を叩く音がした。

そんな些細事でも気が紛れたことを有り難く思った提督は、拒むこともなく入室を許可した。

入ってきたのは皐月だった。

彼女は部屋で一見寛いでいるように見える提督の顔を見るなり、途端に心配そうな顔になって彼の元に駆け寄ってきた。

 

「大丈夫? なんだかすっごく元気がない顔をしてるよ?」

 

「ん……?」

 

どうやら自分が部屋を訪れた子が用件を二の次にして心配をしてしまうくらい良くない顔をしているらしい事に気付いた提督は、その場を取り繕うように椅子に腰掛け直し、努めて平静を装って皐月に顔を向けた。

 

「ああ、ごめんよ。ちょっと考え事をね。で、どうかしたの?」

 

「謝ることなんてないよ。部屋が静かだったからちょっと気になって……」

 

「ああ、そうか……」

 

その時提督は、灰皿に置いていた煙草が再び咥える前にすっかり全て灰になっていた事に気付いた。

自分が思ったより長く物思いに耽っていたことを知った彼はバツが悪そうな顔で無精ひげを掻く、そんな自分を心配そうに見る皐月へ自然と手が動いた。

 

「司令官?」

 

ぽん、と軽く自分の頭に乗ってきた大きな手に一瞬驚いたものの、直ぐに目で「どうしたの?」と尋ねてくる皐月。

提督はそんな彼女のあどけない表情を見て無意識に頬を緩ませると、程なくして手を離して言った。

 

「まぁ……頑張るか」

 

「?」

 

提督の意図が全く掴めなかった皐月は、ただただ不思議そうに彼を見つめていた。

だが視線を自分から窓の外の風景に移して寛ぐ提督のその表情は、最初に見たときよりは明らかに良くなっているように見えた。




俺はお盆が好きです。
お盆の雰囲気が好きです。
一年で一番好きな期間かもしれない。


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52:悪魔の囁き

前回よりもう少し胸糞


自分が生身の人間である以上、戦闘という己の命が懸かった職務をもし遂行しなかったらと仮定した場合、大体自分は艦娘より先に寿命か病気で死ぬだろう。

この世界で深海棲艦との戦いがどれほど続いているかは知らないが、もし自分が艦娘たちを従えることができる『提督』という貴重な存在である事を理由に、老いさらばえても現役をやらされたら長く付き合った部下に看取られてこの世を去るなんて最期を迎える可能性も否定できない。

しかしそうなると気になるのはその後。

否、提督とてまだ自分の一生が此処で完結するとまではまだ思っていないが、それでもあまり迎えたくない結末が現実になった場合、その時の部下たちは家族と言っても過言ではない存在になっている気がした。

その時きっと自分はお爺さん、そして周りの艦娘たちは精神こそ熟練の老兵並みの粋に達しているかもしれないが、見た目は昔のまま。

提督は自分だけがそんな最期を迎えるかもしれない可能性に妙な不公平性を感じると共に残された艦娘たちの事も気になるのであった。

故に提督は前回艦娘の寿命を尋ねた時のように再度運営に連絡を取った。

自分の中で最後に一つだけ気になっていた事を確かめる為に。

 

 

「どうもお疲れ様です。いや、すみません。ついさっきお電話したばかりなのにまた直ぐにかけてしまって」

 

『いえいえー、私も○○さんの昨日のご様子からまだ気になることがありそうだなぁと思っていましたから。ただ、昨日はどうもお疲れのようでしたからね』

 

「はは、お気遣い頂きありがとうございます。あ、それで早速なんですが、実はあと一つだけ気になっていることがありまして」

 

『はい何でしょうか?』

 

「昨日のお話をお伺いした限り、少なくとも寿命の観点では人間の私は先に死にますよね?」

 

『まぁそうですね』

 

「うん、そこで私がお尋ねしたいのは、運営様はその点も踏まえて私を此処に連れてこられたのかなぁ、というですね?」

 

『ああ、なるほど』

 

運営は提督の質問の意図を直ぐに察したらしく、軽く咳払いをすると今までの明るく軽い調子とはやや異なる真面目さも混じった声調で言葉を続けた。

 

『○○さんの懸念は解ります。異世界に理不尽に連れてこられてそのままそこで最期を迎えるかもしれないなんて当然嫌ですよね』

 

「はい」

 

『ましてやこちらの条件を満たした時に連れてこられた当時より大分年老いてしまっているかもしれないなんて普通に困りますよね』

 

「それはもう」

 

『ご安心ください。勿論その点に関して対処する術をご案内できます』

 

「うん」

 

ここまで希望を打ち砕くような受け答えはせずに安心させるような言葉をかけてくれる運営であったが、提督はそれに対して喜色を含んだ反応や言葉を返すことはなく、どちらかという淡白で短い相槌を打つのに終始していた。

というのも提督の頭の中には運営が案内するであろうその対処法に対する予想が既に立っていたからだ。

ただ彼個人としてはその予想が外れていることを切実に願っていたのだが……。

 

『○○さんも一定の年齢に達した社会人の方なので率直に申しますが、その方法は艦娘と交わることです』

 

「……うん」

 

提督の反応は暗かった。

でも多分そうじゃないかなと何となく予想はしていた。

確信的な根拠があったわけではなかったが、自分が人間の域から外れるとしたら穏便な方法はこれくらいではないかと、今まで観てきたSF映画の影響などもあってそんなインスピレーションが実は早い段階から浮かんでいたのだった。

一方運営は少なくとも多少はこの方法を教えたことによって提督が狼狽えるか動揺すると思っていたらしく、そんな予想に反して彼が落ち着いた反応を見せたことに少なからず驚いているようだった。

 

『おや、あまり驚かれないんですね。もしかしてまさか、予想をされていたとか?』

 

「まぁ他には薬か何かで軽く寿命を延ばすとかも考えていましたけどね。できればそっちの方が良かったのですが……。ええ、はい。それも予想していました。交わるというのはつまり性交渉的なことですよね?」

 

『ご明察です。より的確に申しますと体液交流ですかね。まぁ愛がないとなかなか抵抗を感じる行いなので私も○○さんの表現が適切だと思います』

 

「……それは一回行えば良いんですか?」

 

『いえ、定期的に行って頂き、艦娘の因子を常に一定量体内に保持して頂く必要があります』

 

「もしかして純粋なこの世界の提督は皆実は高齢だったり?」

 

『いえ、大体が殉職か定年……もしくはそれ以外の理由で若い世代に代わってますね。ご案内した方法で提督ができている方はほんの一握りです』

 

「……凄いですねその人達」

 

『私は○○さんにもその才能はかなりあると思っていますよ?』

 

「一般人に艦娘のメンタルケアと並行して寿命を延ばすためについでに一定の愛を育む行為にも精を出すとかちょっとハードル高く思いますね私は。成層圏くらいの高さくらいいってますよ」

 

『あはは、それはもうハードルじゃないですよ』

 

それなりに皮肉と批判を込めて言ったつもりだったが却って運営にはウケたようだった。

提督はもうこの時点で大分精神的に疲労していた。

とにかくできれば当たっていてほしくなかったが、最後に確認したかった事への回答も得ることができたので、提督は早々に運営との通話を切り上げることにした。

 

(もう支援関係で連絡を取る事以外では話したくない)

 

提督はそんな本音がうっかり感情となって自分の声に乗らないように努めて気を付けてその日の運営との対話を終えた。

 

「ぐぇ……」

 

力なくぐったりと机に突っ伏した提督は猛烈に疼いてきた頭の痛みに身悶えした。

恐らくその痛み自体はストレスから来る一時的なもので、安静にしていればじきに引く類のものだっただろう。

しかし精神的疲労はそうもいかない。

提督は前回より重い疲労感にすっかりやられてしまっていた。

今度は喫煙くらいではそう気も紛れそうもなかったし、こんな時に艦娘の顔なんてできれば見たくはなかった。

 

「はぁ……」

 

提督はポケットからデジタルオーディオプレイヤーを取り出すと、彼が昔から聴いているお気に入りのフリーゲームのBGMを再生した。

青い空と草原の光景が曲の調べに沿って提督の頭に広がる。

提督はそんな爽やかな光景に現実逃避しながら、できれば陳腐で芸がない異世界に連れてこられたほうがまだマシだったかもと机に突っ伏しつつ沁沁と思うのだった。




章管理やしおり関係で再びご意見を承りました。
何とか良い落とし所を見つけたいところ。
この際、章はとっぱらって単純に話数を入れて管理した方が分かり易いか……?


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53:もしかしたら3

活動報告での前言を撤回。
イベント直後ということもあって浮かんだ話。


「こんのぉ……糞がぁっ!」

 

とある人物の怒声が鎮守府全体を揺るがした。

声の主は艦隊最強の武蔵であった。

その時彼女は、直近のイベントの最終海域で新規実装されたドロップ艦を迎えることができずにイベントを終えることになってしまった事に非常に憤っていた。

 

「情けなし! まさか最後まで迎えることができないとはな!」

 

「まーまー、武蔵。気持ちはワタシも解るワ。でも少し抑えるヨ? アナタ一人が暴れるだけでこの基地が崩壊しかねないんダカラ」

 

「……それは解ってる。だから腹いせに叫んでいるに留めていたのだろうが」

 

「ホントに~? あのまま放置してたら何かに八つ当たりしそうな感じがワタシはしたけどネ?」

 

「……」

 

金剛のこの指摘を直ぐに否定しない辺り、武蔵も思うところがあったのだろう。

彼女はそれに対してはただ何も言わず、その場に胡座をかくと不貞腐れた顔で頬杖をついてそっぽを向いた。

 

「最初の時にもっと出撃できていたら良かったわネー」

 

「……お前もやっぱりそう思うか?」

 

「そりゃネ」

 

自分の隣に座った金剛に武蔵は言った。

彼女たちは提督が不在でもイベントで最低限の成果を出そうと奮闘したのだが、今回のイベントでは残念ながら気持ち的に不完全燃焼となっていた。

原因は前述にあった通り全ての新規実装艦獲得に失敗してしまったこと。

元々保有する資源の量に不安があったのと、早くイベントを走り抜きたいという提督の方針に則って、今回は特に早く終わらせるべく最初から最も易しい難易度を選択したにも拘らずこの結果だったので、武蔵に限らず他の艦娘の失望や憤りはそれなりのものがあった。

因みに彼女たちは、運営からのアップデートの影響でゲームが強制終了しても作業が終わる度に勝手に自分たちでゲームを起動していたので、やっていることは傍から見たらコンピュータウイルスが怪奇現象紛いのバグを起こしているのと同じだった。

 

「ワタシもあれだけ出撃したんだから最後には出るかもーと思ってたんだけどネェ」

 

「総試行回数では今回はダメだったな」

 

「最初の掘り作業以降は燃料が足りなくて一日に5回くらいしか出れなかったからネ……。そりゃ当たりを引くのも難しいワ」

 

「ポーラとかザラとか……そういえば最終的にイタリア艦がやたら出たよな」

 

「アー……うん。ポーラとザラが5人ずつと、グレカーレが3人だったかしラ。それ以前にドイツやイギリスの駆逐艦もそれくらい来たわネ」

 

「そうだ。そのおかげで定員数にも常に悩まされることになったな」

 

「あの子達は別に解体してくれても良いよって言ってくれてたんだけどネー」

 

「相棒の奴は恐らく悩んだ末に放置するだろうしな」

 

「うーん……」

 

艦これというゲームは未だに通常の建造では迎えることができない艦娘が多くいた。

そんな建造できない艦娘の中でも海外艦は圧倒的に多く、ゲームの仕様上希少な存在である彼女たちの突然の来訪は、多くのユーザーを悩ますことがよくあった。

 

「ある程度育てておけばイベントで貴重な特効として活躍するかもしれないしな」

 

「重巡の内一人は改二になるシ、駆逐艦はイギリスも……ドイツはちょっと育てないといけどいケド、対潜能力値も高いからネー」

 

「……」

 

「……」

 

「「ハァ~……」」

 

愚痴と開き直りを暫く繰り返した二人は、揃って口を噤むと大きなため息を吐いてその場に大の字になって寝転がった。

二人が横になっているのは外、前回と同じで飛び降りればそこは海である波止場だった。

 

「……」

 

「……」

 

一度も雨など降ったことがない青い空と大きな雲が二人の荒んだ心を慰めるかのように何処からかカモメまで呼び寄せて、その鳴き声で彼女達の耳も癒やしてくれた。

 

「遠征、燃料が増え易くするように変えなきゃな」

 

「もうそれは変更済みよ。ついでに言うと、演習でも今までは育成したい子をなるべく入れるような編成にしてたケド、簡単に完勝できそうならその遠征組を出すようにもしたワ」

 

「流石だな」

 

「艦隊最高レベルだからネ」

 

「戦闘力最強は私だがな」

 

「けど提督最愛は私よ!」

 

せっかく良い気分でまるで喧嘩の後の語り合いのような事をして気を紛らわせていたのに、そこに不躾に割り込む声がした。

声の主は体を起こさなくても判っていた。

武蔵は顎を上げて自分達の後ろに立つ者の姿を認めると、気の抜けた声で言った。

 

「おー、なんかちょっと前まで鳳翔にセクハラしてたワンコが来たぞ。黒いショーツだ」

 

「アー? あ、本当ネ。アナタ、鳳翔とイイことしてたんじゃないノ?」

 

「途中で正気になって直ぐに謝ってきたわよ! あとワンコって言うな! 下着関係ないでしょ!」

 

「ほーう? では泣きべそ狼でとでも……」

 

「武蔵」

 

「む……」

 

更に煽ろうとした武蔵を金剛が嗜める。

多少やさぐれていたとはいえ、確かに必要以上に仲間を煽るのは見苦しいと言えた。

金剛の注意に武蔵は途中で言葉を切ると、身体を起こして今度は正面から足柄の方を向いて言った。

 

「で、どうしたんだ? お前、さっきと比べたら明らかに良い顔をしているぞ」

 

「ふふん、私もいつまでも情けない姿見せるわけいかないからね。鳳翔に一発気合いれてもらったワケよ」

 

そう言って足柄は顔を横に向けて頬に浮かんだ赤い手の形の跡を見せた。

 

「うわ、いーたそう。アナタ、態々鳳翔に打ってもらったノ?」

 

武蔵と同じく身体を起こした金剛が呆れた様子で、しかし苦笑しながら聞いた。

足柄は何を思い出したのか、一瞬身震いをすると何処となく震えているように聴こえる声で答えた。

 

「実は、あの時はちょっと後悔したの。だって鳳翔、真剣な声で『本当に良いんですか?』って真顔をして言ってきたのよ。正直……かなり怖かったわ」

 

「でも効いたんだろ?」

 

「う、うん……。酔い覚めには効果ばつぐんだけど、それ以上に予め気合い入れておかないとちょっとショックで放心しちゃいそうだから。頻繁には勘弁だけどね」

 

「ふっ、まぁ良い。で、相棒の最愛の人、お前もここで私達とだらけに来たのか?」

 

武蔵は金剛と一緒に立ち直った足柄と暫くここで駄弁るの事にすっかり乗り気となっていたが、足柄はそれに対して満更でもなさそうな表情を浮かべると「その前に」と一歩二人に近寄って言った。

 

「私も鳳翔に聞いたんだけど、行方不明の提督の話、聞かせてくれる?」

 

その目には決意に燃える炎が灯っていた。




イベント疲れた……精神的に。
でも職場の環境はマシになったし、ちょっと余裕ができそうな気がします。

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54:活力

流れ的には53話の続きです。


運営は老衰で死にたくなければ艦娘と交われと言うが、提督にとってそれは容易に「はい分かりました」と判断を下せる事ではなかった。

提督は女の身体が好きな一般的な男性である。

だから風俗とかなら相応の金銭を支払ったサービス(対価)として気兼ねなく利用するであろう。

なんなら行為の最中も後も雑談などして楽しいまである。

 

しかしこれが生きるためとなると話は違ってくる。

まるで意味が解らない。

肉体的に生き永らえるために性行為をする必要があるとか、現実の人間としてはちょっと意味が解らなかったし、それを仕事の同僚でこなせとか、自分の行く末に大きく不安を感じるのであった。

 

(相手が受け入れてくれて、その人とだけセックスできるようになったとしても、これからどんどん艦娘が増えていく職場……波風が立たないかぁ?)

 

提督は大丈夫だと自分自身に言い聞かせる自信がなかった、寧ろ不安しか無かった。

波風が立つ立たないと考えるだけで自惚れているようで気分が悪かった。

 

(これもう、自殺した方が楽なんじゃないか?)

 

そんなとんでもない考えが頭をよぎった提督は、鍵付きの机の引き出しを解錠してそこを開けた。

中には以前、一応軍人なのだから護身用と言えば一丁くらいくれるかもしれないと、半分ダメ元で申請してみたら意外にも簡単に支給してくれた、銃火器に関しては素人の提督でも何となくデザインを古く感じる拳銃が入っていた。

最初は初めて本物の銃に触れたことに興奮して男児のように喜んだものだが、その時何となくふと嫌な予感がしてその拳銃について軽くスマホで調べてみたら、その銃は陸軍で使用しているもので、いろいろと見逃せない欠陥がある事が判った。

その拳銃は安全装置が安全装置としての機能を十分に果たしているとは思えない提督からしたら欠陥品で、なんでも安全装置をかけた状態でも引き金を引けたり、それどころか軽く横っ面を叩くだけでも暴発することがあるという、もはや銃というよりいつでも放てる花火のような恐ろしい代物であった。

提督がその事を知った時は実弾も装弾して遊んでたりしていたので、とんでもない事実に顔を青くした彼は直ぐに弾を抜いて引き出しに入れて鍵を掛けると、以後その銃の事は考えないようにしていたのだった。

 

「……」

 

提督は拳銃を握り、以前は恐ろしくて仕方がなかったのに、今は何とも思わないことに軽く驚いた。

 

(……不味いな)

 

人間何がきっかけで極端な考えに至ってしまうのかよく解った。

提督の場合はネガティブ思考の沼に深く嵌ってしまい、今正に不安定な吊橋から谷底に自ら落ちんとしていたところだった。

彼はそれを自覚すると、頭を軽く振って一度深く息を吐く。

そして椅子の背もたれに深く身体を預けて眉間を摘み、暫く目を閉じたまま天井に顔を向けた。

 

「…………」

 

5分ほどそうしていたであろうか、提督は目を開けると今度は何か黙考する仕草を見せると内線をかけた。

 

 

それからまた暫くすると執務室の扉を叩く音がした。

扉の向こうからは二人の少女の声がした。

 

『司令官さん、電と皐月なのです。大淀さんから連絡を受けて来たのです』

 

「はい、どうぞー」

 

提督の言葉を受けて駆逐艦の二人が部屋に来た。

提督は彼女達に先ず不意の呼び出しを軽く詫びると、そこからは何をするでもなく「ふむ」とだけ漏らすと、何やら腕組みをして二人の事を何やら難しそうな事を考えているような顔で見た。

 

「し、司令官?」

 

「どうしたのですか?」

 

用があって呼び出されたと思っていた二人は、その呼出した当の本人が何を言うでもなく急に黙りこくってしまったので困惑した表情を浮かべる。

腕を組んだ提督は何か「うーん、うーん……」難しそうな顔で何度か唸って首をいろんな方向に振っていたが、その動きをふと止めると再び二人の方を向いて机の引き出しからある物を出してそれを二人の前に置いた。

 

「?」

 

「司令官、それなーに?」

 

机に置かれたそれは、大きさは一般的な目覚まし時計より二周りほど小さく、形は丸く、色は淡いピンクとミントだった。

何かは解らなかったが、色合いや大きさ、それに加えて今まで提督がいろいろと驚く物を出してきた事もあって、二人は早速見た目相応の少女のような反応を示す。

提督はそれを見て自然と僅かに綻んだ顔で言った。

 

「これは玩具。真ん中に画面があるでしょ?」

 

「あ、はい」

 

「うん、何か小さいのが映ってるね」

 

今ではすっかり液晶画面くらいでは驚かなくなっていた二人は、素直に提督の言葉を理解し、玩具に備え付けられた小さなディスプレイを見た。

そこには何やら妙ななりをした得体のしれない……小さな人形に見えなくもない何かが映っていた。

それが何かは解らなかったが、二人はもうそれくらい見てもその画面に映っているモノが複雑な仕組みによって内部から表示されている映像くらいの認識は持っていた。

 

「うん。で、ここに指が入るくらいの穴があるでしょ? そこに指を入れてみて」

 

「え? あ、はい」

 

提督に促されて電がちょっと緊張した面持ちでその穴に指を入れた。

すると――

 

「「あっ」」

 

電と皐月は同時に驚きの声をあげた。

見ると指を入れた玩具の画面に、明らかに自分の本当の指ではないと解りはしたが、その指の映像が最初から表示されていた小さな人形らしきモノを触ったのだ。

しかも感触は柔らかい。

見た目は平面で映像なのは明らかなのに、それを実際に触っているような錯覚に陥る奇妙な感覚だった。

電の驚く顔を見て皐月も残っていた一つを手に取って指を入れ、驚きに目を丸くした。

 

「わぁ、なんか触れてる!? 柔らかい?! え、え、何かこれ変! えーー? あははは」

 

指で突かれているように見える画面の中の人形はそれに対してむず痒そうな反応を見せている。

二人はすっかりその新感覚にハマり、提督の前で弄りだした。

彼はそれを今度は明らかに嬉しそうに笑顔で眺め、そしてほどなくして言った。

 

「うん、それじゃあ二人にそれをあげよう」

 

「「えっ」」

 

また二人は同時に驚きの声をだして提督を見る。

 

「もしかして私達を呼んだのはこれをくれる為だったのですか……?」

 

「え、でもなんで? どうしたの急に?」

 

二人の反応はと当然であった。

何かの任務を完遂した褒賞や褒美としてなら今までの流れから理解できたが、単に玩具をあげる為に呼び出されるとは、艦娘とはいえ一応軍属の意識はある二人からしたら完全に予想外であった。

提督もそれは解っていたので困惑した顔で自分を見る二人に、というより半分は自分に言い聞かせるようにその理由を述べた。

 

「まぁ取り敢えず貰っておいて。あげた理由は……ちょっと自分を元気にする為、というか」

 

「え、貰い物をしているのは電達なのに司令官さんは何故それで元気になるのです?」

 

「僕もそれ解んない」

 

「何というかなぁ……俺、今ちょっと疲れててね?」

 

「はい」

 

「うん」

 

「で、君ら、今あげたそれにちょっとワクワクしてるでしょ?」

 

「それはそうですけど……それと司令官さんになんの関係が」

 

「うんうん」

 

「いやまぁ、何かそれで楽しそうに遊んだら元気にこれからも頑張れるかなぁって」

 

ここまで聞いてまだ腑に落ちない顔をしていた電に対して、意外にも皐月が何やら悲しそうな顔をして提督に言った。

 

「え、ご、ゴメン! 僕、何か司令官にここまで気を遣わせちゃうほど心配かけてたかな?」

 

その言葉を聞いて電もなるほどと納得したのか、皐月と同じように申し訳無さそうな顔をした。

しかし提督はそんな二人に苦笑するだけで、皐月の問いに答える代わりに二人の頭に手を置いて一度だけポンと手を置いて言った。

 

「いやいや、違うよ。これは本当にただの思いつきなんだよ。俺はほら、君らは知らないかもだけど最初から軍人だった人間では無いからその辺は何かテキトーなんだ。何か部屋で過ごしていたら何となくこうしてみようかな、と思いついただけ。別にこれが二人だけにということは無いし、多分他の人にもこんな事がこれからあると思う。だからこれはそういうこと。ね?」

 

「は、はぁ……。要は本当にただの司令官さんの思いつきという名の幸運に電達は与る事ができた、という事なのです……?」

 

「そう、そういうこと。で、さっきも言ったとおりこれからもこういう事が不定期にあるだろうから、まぁ軽く流してくれればいいよ、ということ」

 

「うーん、でも……僕達司令官からいろいろ貰ってばかりで……僕も何かしてあげたいなぁ……」

 

と言いつつ貰った玩具は大事そうに握りしめる皐月。

隣の電も皐月ほどではなかったが、提督と話しながらも時折片手に持つそれにチラチラと視線を移していた。

どうやら二人とも本心ではその玩具でもっと遊びたいようであった。

 

「んじゃ、お仕事任務、これをもっと元気に無茶しない範囲で頑張って。それに仕事以外でもほら、鳳翔を手伝ってご飯とか作って俺に出してみたりとかいろいろあるでしょ。だからそういう事で。はい、用件は終わり。もう戻っていいよ」

 

「料理……解ったのです。電、これから任務をもっと励むし、料理とかもいろいろ考えてみるのです! 司令官さん、これ、本当に有難うございました!」

 

「僕も! 有難うございます! これからもっと活躍してみせるし、僕も何か探してみるから期待しててね!」

 

「うん、有難う。そいじゃ、解散」

 

 

「……」

 

二人が退室してから提督はまたぼんやりと窓から外の景色を眺めていた。

『子供』の屈託のない笑顔はやっぱり大人に活力をくれる。

親でなくとも子は支えたいという生物的な遺伝が影響しているのだろうか。

だがそれと同時に駆逐艦は精神のバランスが危ういみたいな以前聞いた運営からの嫌な情報も思い出したが、この時だけは提督はその事を頭の片隅に置いて気にしないことにした。

 

「誰かに相談した方がやっぱり良いかなぁ……」

 

提督は誰に言うともなくひとりそうぼやいた。




うわ、前回の投稿が9月か……


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55:もしかしたら4

イベントお疲れさまでした
クソだるかった
特に順も出来ていないのに達成困難なにn


「イベントお疲れ様ぁ!」

 

大きな声の合図に艦娘たちが祝杯をあげた。

皆それぞれのテーブルで思い思いに仲間とグラスやジョッキを当てて乾杯し、イベントや雑談などに興じ始めた。

この時の宴会は、前回のイベントでついに最後まで迎えることが出来ずに終わってしまった新しい海防艦を迎えることができた上に、ドロップ艦を含め今回のイベントで新規実装された艦も無事全て迎えることが出来たこともあって、その達成感からことさら盛り上がっていた。

 

 

「っはぁ、やったなぁおい! 最後の最後に捜していたのが結局前見つからなかった海防だったというのが、ことさらこの酒を美味しくしている気がするぞ」

 

「武蔵ぃ、気持ちは解りますケド、最初からあまり飛ばしちゃダメヨ? ただでさえアナタ、酔ってなくても普段から力加減気をつけなきゃいけないんダカラ」

 

「んああ? 分かってるって。私が加減を忘れてしまうのは戦艦や空母相手のときだけだ」

 

「……いや、正直戦艦(私達)相手でも加減して欲しい時はあるのだけどな……」

 

大型艦の仲間には遠慮しないという言葉に、お猪口を口元に運びながら渋面で自分達にも配慮しろという長門。

彼女も強力な改ニだが、それでも武蔵が時折見せる膂力には思わず閉口する時がままあった。

それをスキンシップとは言え、遠慮のない力で背中を叩かれた日には、衝撃で軋む身体に対して平静を装う事に苦労したものだった。

 

と、そんな風に形はどうあれ皆が楽しく過ごしている最中、遅れて酒場の扉を開く新たな仲間が現れた。

その時の室内は既にそれなりに盛り上がり、賑わう音も相応だったため、その事に気付かなかったり特に気にして顔を向けるものがいなくてもおかしくはなかったのだが、ことその1団にとある人物も居たこともあって、この時はそうはならなかった。

一瞬、ほんの僅かな一時であったが彼女が姿を表した時、室内の賑やかさは一度鳴りを潜め静まり返った。

皆誰もが彼女が纏う雰囲気に無意識に注意を引かれ、それを終えた者からまるで波が引くようにまた話し始め、直ぐに元の賑やかな祝の場へと戻っていった。

 

彼女達は武蔵達がいる席を発見すると、用意してあったと思われる空けられていた椅子に座った。

武蔵はそれを待っていたかのようににこやかに話しかけた。

 

「ははは、相変わらずお前が姿を見せた時の皆の反応は面白いな」

 

「私としてはもういい加減にして欲しいと思っているのだけどね」

 

「まぁ気持ちは解るわ。解るけど加賀、貴女の雰囲気がそうさせているのだから仕方ないのよ? ぷっ、くく……」

 

武蔵の言葉に早速不機嫌んそうな顔で勧められた酒に口を付けてそんな愚痴を零すのは加賀だった。

そんな彼女を一緒に来たビスマルクがこれまた武蔵に続いて愉快そうな顔で弄る。

 

「加賀ちゃんビスマルクさんいらっしゃい。何にします?」

 

「私は今日はギネスじゃないビールが飲みたいわ。黄色いのね!」

 

「加賀ちゃんは?」

 

「私もビールで」

 

「はーい」

 

手際よく鳳翔が注文をとって奥へと姿を消すと、再び古強者達による仲間弄りが始まった。

 

「加賀ちゃん、ネ。鳳翔は優しいネ」

 

「うむ、敢えて砕けた呼び方をすることでお前のツンとした雰囲気を和まそうとしているな」

 

「武蔵、私は別にツンとなんかしていないわ。ただ……ただ、そう……ちょっと目つきが悪いだけよ……」

 

「ああ、鋭い目をした時の加賀は私も思わず何もしていないのにビクリとなってしまうからな。確かに加賀、お前の目は迫力があるよ」

 

「……」

 

と、フォローしてくれるかと思いきや、無慈悲に加賀の無自覚な眼光の鋭さを肯定したのは長門。

頼りになる仲間からの援護を期待していた加賀は、直面した現実に思わずショックから目尻に涙を滲ませて、武蔵から酒を徳利ごと奪い取るとそれを一気飲みした。

目の前の酒が奪われた武蔵がそれを取り返そうと抗議しかけるも、既にその時には加賀は徳利を空けてしまっていた。

 

「ぬぐぐ……」

 

「ふふ、ゴ・チ・ソ・ウ・サ・マ」

 

「まーまー、お酒はまた頼めばいいじゃナイ? 武蔵、長門ももう余計なこともうしないでヨ?」

 

「うむ、私の酒まで獲られたら敵わんか……ん?」

 

武蔵の悲劇を見て、自分の酒はしっかり守っていたつもりだったが、視線を落とすと長門の手からカクテルグラスが消えていた。

 

「いつから警戒対象が加賀だけだと思っていたのかしら?」

 

「くっ、ビスマルク……!」

 

その声に反応して長門が正面を向くと、ちょうど向かい側に座っていたビスマルクが彼女のカクテルを飲み干したところだった。

ご丁寧にも添えられていたチェリーまでしっかり食べ、挙げ句には口の中で結んだと思しき(へた)をプッと見事な狙いで長門の前に飛ばしてきた。

蔕は器用に蝶結びになっており、酒を獲られてこの追撃がされるまで僅か5秒という早業であった。

 

「「ぐぎぎ……」」

 

悔しさに歯ぎしりをする悪童二人。

それを嗜めるように鳳翔がツマミと注文された酒を持って現れた。

 

「はいはい、もうそれくらいにして下さいね。はいご注文の品ですよ―」

 

「ありがとうございます」

 

「ダンケー鳳翔!」

 

「nn? 鳳翔、ワタシカクテルは頼んでないヨ?」

 

金剛は自分の前に出された酒に誤オーダーかと首を傾げる。

しかしそれは、金剛がしっかり2人を窘めたことに対する鳳翔からのご褒美であった。

鳳翔はその事を金剛に説明すると「流石四姉妹の長女。立派なお姉ちゃんですね」と、頭を撫でると再び姿を消した。

 

「ムフフ―」

 

思わぬ幸運に機嫌良く勝ち誇った顔をする金剛、そんな彼女にすっかりマウントを取られて、不利な形勢に渋い顔をする武蔵と長門。

更にそんな2人を加賀とビスマルクは面白そうにニマニマとした顔で眺めるのであった。




異世界で主人公の提督と足柄を会わせた話を作りたいと思うけど……
まぁ整理前提で閑話として先に出しても良いのですけどね


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56:悩み

ゲームやってないとこっちもやる気……いや、単に最初が勢いあるだけです。
話はたくさん頭に浮かぶけど、形にするのは即面倒というね。


「知ってますよ」

 

「……」

 

やっぱり最初に相談したのは大淀だった。

彼女は提督の話を聞いている途中で直ぐにその内容を察し、更に既に知識として持っていることも明かした。

提督はその事に一瞬驚いたものの、よく考えれば知っていても不思議ではない気もしたので、動揺はそれほど態度には出なかった。

 

「あぁ、知ってたんだ」

 

「えぇ、自分たちの特性を知っているのは当然です」

 

「それってセックス……いや、まぐわい? で人の寿命が伸びるっていうこともその特性として知っている?」

 

「実は、幼い艦ほど寿命が無いという事を含めてその知識が乏しい……気がするというのが私の印象です」

 

「おお、なるほど?」

 

「提督は寿命で死にたくないんですか?」

 

「ん……ん」

 

唐突ではあったが、彼女らしくも感じたそんな不意の大淀の問いに提督も直ぐには言葉が出なかった。

その問いは彼にしてみれば『セックスしてでも今のまま生きていたいですか』という大淀に持ちかけた相談の本質を突くものであったからだ。

提督を見る大淀の表情は真面目で、その瞳は真っ直ぐに彼の目を見つめていた。

一見、彼女から嫌悪感や忌避感といったネガティブな雰囲気は感じなかった。

その様子はただただ純粋に提督の反応を待つ出来る部下、同僚といった感じだ。

だからこそ提督は焦ることなく落ち着いて自分がその時思っていることを話すことができた。

 

「結論を言えばまぁ自分だけ老いて先に死ぬのは嫌だよ。まぁかといって寿命を伸ばすために艦娘とまぐわうという手法には、あくまで俺の中の常識や倫理観的に……()()()()ってのもある」

 

「引いてる?」

 

提督の言葉に大淀は怪訝そうに眉を顰める。

その反応を見て提督は、最初は自分の考えが理解し難いのかと思ったが、直ぐに自分がさっき使った「引いてる」という表現が今いる世界の時代に合わないかもと察した。

ちゃんと言葉を作れば理解できるだろうが、よくよく考えてみれば昭和初期っぽい雰囲気の世界にに「引いている」という表現はあまり使われていない、もしくは合っていないかもと考えればそんな気もした。

 

「あー……えっと、違和感を拭えない、かな?」

 

「あ、はい」

 

「男だからっていうのか、まぁ艦娘は女性型だけど、人間なら性別関係なく性欲はほぼ持っているものだからまぐわうのが嫌っていうのはよほど無い。けどさ、それが何を達成するために必要な手段となると、なんでやねんってね」

 

「は、はぁ……」

 

「いやまぁ、結果としてヤレば寿命は伸びるんだろう、少なくとも此処では。うん、それにはもう何も文句言わないことにした。納得、納得した。でもだからってよしヤルかって考えには……ねぇ?」

 

「提督は、艦娘(私たち)に気を遣って下さっているんですね」

 

「ん? うーん、まぁ……それもあるし、それに加えてほら、大淀なら解るでしょ? 例えば寿命を伸ばす為とはいえ肉体関係を持つってのは、特定の子か同意の上なら誰とでも、のどっちがマシだと思う? どっちが安定した鎮守府の運営ができると思う?」

 

「……」

 

提督の期待通り大淀は提督の懸念を即理解した。

彼は人間として、人の形をしているとはいえ基本人外の自分たち(艦娘)と長く過ごせるかを不安に思っている。

そして自分も人の枠から外れることにも……。

大淀は言葉を発する合間にファイルを僅かに力を込めて持ち直し少し過去の事を思い出していた。

 

(前の提督はそんな気遣い……いや、それどころかそんな不安を見せることすらなかった。でも今私の前にいる人はまた違う。人間は……男は大方そうかもって思ってたけど、流石にそんなに単純なものじゃないのね)

 

大淀は一度目を閉じて小さく息を吐くと、再び最初に彼に問いかけたように真面目な顔で彼を真っ直ぐ見据えて言った。

 

「提督、ご懸念は理解しました。その上で私個人の意思表明を致します」

 

「うん」

 

「私大淀は、必要として頂ければ提督をお支え致します」

 

「……うん、有難う」

 

『支える』という言葉に替えて提督の助力になると言ってくれた大淀の申し出を提督は素直に有り難く思った。

まぁだからといって、これから遠慮なくという考えになったわけではないが、それでも気分としては喉の奥に引っ掛かっていた小さな小骨が一つ取れた気分になった。

提督は話はこれで終わりとばかりに固まった身体を解すように一度大きく伸びをすると、そのままくるりと椅子を回転させて窓の外の景色を観ながら言った。

 

「さて、どうなるかねぇ……」

 

「それは提督(貴方)次第です。提督、ご指示を」

 

何故か無意識に穏やかな笑みが浮かんでいた大淀は姿勢を正してそう言った。




何か(個人的に)最終回みたいな雰囲気ですね。
もうこれで終わりでも良いかとも。


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57:依頼、再び

「今回は文字数それなりにあるか?」と思ったらそうでもありませんでした。
単に書き終わるまで時間がかかっただけでした。


ステージ1-4、南1号作戦なる海域は初めて敵に空母が出てくる、鎮守府海域では一番の難所だ。

初心者は大体此処で敗北を経験し試行回数という言葉を知る。

提督もその口だったはずだが、それは艦これというゲームが大型アップデートによってリニューアルされる前で、流石にリニューアル後はクリアしたステージが全てリセットされても、育ててきたキャラを使って楽勝にクリアできた。

この世界でも楽勝とは言わないまでも、一応ボスまでのルート固定を実現する為の編成は可能であったし、艦娘個々のレベルはまだ心許なかったが、試行回数さえこなせばクリアできる見込みはあると提督は踏んでいた。

が、提督はまだその海域へ出撃する気は全くなかった。

理由は敵空母。

提督の艦隊にも空母は居る。

それも正規空母だ。

とても強力な制空能力を持ち、今いる加賀と飛龍を駆使すればきっと……難しいと判断していた。

何故なら空母を運用するためのボーキが圧倒的に足りない。

今の資材の量では出撃できるのは精々2回が精一杯だ。

クリアできる見込みはあっても2回の内にクリアできる保証は無かった。

というよりそもそも今保有している艦載機の能力が低い、と提督は思っていた。

零戦二一型とか九九式艦爆とか九七式艦攻とか、古参プレイヤーの提督からすると装備改修の為の素材という認識でしかなかった。

 

(ぶっちゃけ面倒で制空権の計算なんてまともにしたことないけど、まぁ加賀か飛龍のどちらかを戦闘機キャリアにしたら制空権は取れるんじゃないか?)

 

ド適当であった。

古参プレイヤーではあったが制空権確保の計算は軽視どころか大嫌いな男、それが提督であった。

しかしそんな提督でも空母を運用する上で一つだけ大体意識していることがあった。

それは敵との開戦時に丁字不利を引かないために彩雲をなるべく載せること。

しかし今の提督は、その彩雲を保有していない。

これが1-4へ出撃しない最後の理由となっていた。

 

「提督、本日の予定も交替で警戒任務、書類に記載の編成で演習、それ以外は訓練でよろしいですか?」

 

手にした予定表に目を通しながら大淀は口頭での確認をする。

 

「うん。まだ戦力の準備期間って事で」

 

「建造及び開発は?」

 

「今日は無し。資材の備蓄に努める」

 

「畏まりましたそれではこ……」

 

大淀が受領した命令の開始を伝えようとしたところで彼女はつい言葉を止めてしまった。

あの大浴場の建築の際に見た妖精コインを再び提督がポケットから出していたからだ。

 

「一体どれだけコインを貯めこんでるんですか……」

 

「ん? ああ、これはお上からの心配りらしい」

 

「え?」

 

「ああいや、ちょっと明石の所に行ってくるよ」

 

「今度は何を依頼するつもりなんです?」

 

若干呆れつつも期待を隠しきれずやや上ずった声で訊く大淀に対して提督は言った。

 

「戦力確保の安定化。これができないか確認してくる」

 

「戦力確保? 建造機の改良を依頼するんですか?」

 

「いや、建造機をどうしようとかは今のところ考えてないよ。なんていうかアレはもうああいうものなんだっていう認識が強いから」

 

ゲームの艦これにおいて建造は序盤こそはシステムとして重要な要素であるが、提督くらいの古参プレイヤーになると最早それはデイリー任務をこなすためだけの死に機能であった。

なにしろ実装されている艦娘の数に対して建造で入手できる数が圧倒的に少ない。

海外艦に至っては記憶している限りではドイツの駆逐艦しか通常の建造では出なかったはずだった。

しかも二人だけ、しかもそれらを建造するにはどちらかを秘書艦にした状態にする必要がある。

もうアホかと提督は思っていた。

ガチャ要素がありながらこんなにつまらない状態をよく続けているものだと悪い意味で感心すらしていた。

大型建造はまだ良い。

大量に消費する資材は痛いがそれでもアレだけは未だに使うときが若干楽しかった。

―――というもろもろの理由で提督は建造のシステムに対しては関心がすっかり薄れていたのであった。

故に提督が言った戦力の確保とは……。

 

「装備の開発機の改良ですか」

 

「正解。投入する資材の量で変わるだけだと不安定すぎるから。せめて最初から装備のカテゴ……種類の固定化くらいはできるようにしたい。ここだと秘書艦でどうやって効果出すのか分からないから」

 

「え? 私が何か?」

 

「いや、こっちの話。それじゃ行ってくるね」

 

提督の背後で最後の言葉に不思議そうに首を傾げる大淀に執務室の留守を任せ、彼は明石の工廠へと向かった。

 

 

「これはこれはようこそお越しくださいました! と、妖精さんは言っています」

 

「うん」

 

(目には見えても妖精の声は艦娘にしか聴こえないっていうのはちょっと不便だな)

 

僅かな不満を心中に浮かべながら提督は出されたお茶(?)を手に取る。

前回の件で提督は妖精の世界で名前が知られるようになり、今ではこうして顔を出すだけでお茶まで出して出迎えられるようになっていた。

提督は依頼を口にする前にせっかく出してくれたお茶(?)に口をつけようとしたのだが、それを湯呑を口元に近付けた時、何か素人でも解るほどの普通のお茶ならざるものを感じた。

 

「ん……? これはお茶?」

 

「それは妖精汁です。妖精さんが提督とはいえ人にお茶を出すなんて滅多にないんですよ。提督、これはとても名誉なことです」

 

「ん……」

 

きっと身体に害などあるはずもなく、妖精の方からの厚意であるので不味いということもないだろうと提督は思ったが、そのセンスに欠けた名前の飲み物に提督は一瞬閉口した。

飲んでみると名前はアレだがかなり美味しかった。

お茶のようで仄かに甘く、そしてどれだけ時間が経っても温かさを保持し続ける。

正に超常の存在である妖精に相応しい産物であった。

 

「んむ……」

 

一口二口お茶を啜ると提督は早速本題を切り出してきた。

テーブルの上ではまだそんなに減っていないというのに接待役と思しき妖精達が速やかに減った分を注いでいた。

 

「今日また来たのは開発機の改良をお願いしたいんだ」

 

「か、開発機ですか……」

 

この提督のことだからもしかしたら建造で任意の艦娘が出せるように、なんて不穏なことを言ってくるのではと不安に思っていた明石はその言葉を聞いて少しだけ胸を撫で下ろした。

しかしそれでも開発機に触れてくるのもなかなかの事だった。

開発機は建造機に次ぐ妖精の技術の粋のようなものだ。

これに手を加えてほしいというのだ。

建造機に触れるほどの冒険ではなかったが、案の定、妖精は浴場の依頼のときとは違う硬い表情をしていた。

 

「提督、妖精さんはこう言っています。建造機を含めてあの機械に人間が言及するのは感心しない、と」

 

「ふむ」

 

意外に提督はその返答に顔を曇らせたり、戸惑ったりすることはなかった。

その様子からこの回答は最初から予想していたらしい。

それ故か目の前にコインを積んで揺さぶるということもしなかった。

 

(ま、アレは艦これというゲームの根幹を成すものの一つみたいなものだからな。入渠は高速修復材とかあったからある程度は可能性を見込んでいたけど、これはやっぱ無理だったか)

 

提督は「まぁそうか」と短く言うと湯呑に口を付けてテーブルに戻す。

その際にさり気なく不躾な事を言ったお詫びとサービスに対するチップも兼ねてコインを数枚置いた。

 

「了解。それならこれはどう? この工廠と明石が使う道具を含めた大幅な改善或いは強化」

 

「えっ」

 

まさか妖精への依頼に自分が絡んでくるとは思っていなかった明石は、提督のこの話の内容に目を丸くした。

明石の様子に提督は苦笑しつつも「悪いけど」と一言添えて、話を続けるために彼女に通訳を促した。

 

「あっ、す、すみません。えっと……あ……。よ、妖精さんはこう言っています。具体的にどれくらいの規模の改善を希望なんですかって」

 

「うん、それは……」

 

提督の要望はこうだった。

 

1、何れ彼女に依頼する装備の改修において通常必要な改修資材、所謂ネジの必要量の軽減化(三分の一)を設備の強化によって実現すること。

2、依頼を実行するにあたって工廠の主な使用者である明石と綿密に打ち合わせをする事。

 

今回は浴場の時よりは条件は少なかったがそれでもめちゃくちゃだった。

その原因は主に消費するネジの軽減化であったのは言うまでもなく、三分の一という提督の要望には流石の妖精も真っ白になって固まった。

提督はその隙を逃さず、硬直から回復して妖精が返事を渋る前に以前提示した額と同じだけのコインを素早く出した。

だが流石の妖精も今回はそれでも首を縦に振ろうとはしなかった。

提督の先手によってどうにか即拒否は封じていたものの、どう理由を付けて断ろうか苦しんでいる様子だった。

因みに苦しんでいたのは態度ではネガティブな雰囲気を醸し出しながらも、目はしっかりコインに釘付けだったからだ。

本心ではコインは凄く欲しいが、今回の依頼は技術的に本当に難しくて自信がないようだった。

故に断腸の思いで苦渋の決断を妖精が明石に伝えようとしたときだった。

 

「これは前金です」

 

提督の渾身のストレートが炸裂した。

 

「依頼を達成してくれたら同じ額を成功報酬としてさしあげます」

 

それは運営から消費したコインを還元してもらったからこそできた芸当であったが、保有していた全ての家具箱も開けて実現した嘘偽りのない提督の全財産だった。

 

そして、結局今回も妖精は提督の依頼を受けることにした。

その要因は、衝撃の言葉に再びフリーズした時に見てしまった提督の言葉に感激して流した盟友明石の涙であった。

 

「提督……」

 

この世界の妖精は艦娘、特に明石には弱いようだった。




はい、これで提督は全てのコインを消費したわけですが、また運営はくれるかな?
流石にそんな虫が良い話はないかな?


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58:いつかの話

酒を飲んだら浮かびました
足柄と酒を飲んでいる話


「うにゃぁあああ♪」

 

空になったジョッキを笑顔で振ってお代わりを希望する足柄。

そんな彼女を提督は半分呆れ顔で眺めていた。

 

「酔ってるねぇ。大丈夫?」

 

「わったしが大好きで、その逆に大好かれている提督と飲んでいたらこうもなるわよ~」

 

「大好かれている……」

 

聞き慣れない日本語に自然に首を傾げる提督。

確かに足柄は艦娘の中で唯一と断言できる偽りなく好きと断言できる女性だ。

だがこうして彼女と二人だけで飲んでいると、その人からノンストップで飛んでくる言葉と反応の勢いには、嬉しさを感じる前に戸惑いを感じてしまう。

決して不快ではなく、寧ろ新鮮な驚きが心地良いのだが、少なくともそれを受けた瞬間はただただ動揺が純粋に勝るのだ。

好きな人と触れ合うのはこういうことはよくあるのだろうか。

足柄の向かいの席で新たなビール缶の封を切り、ズズッとそれを啜る提督は程よく感じてきた酔いの心地良さを感じながらそんなことを考えていた。

 

「オイ、提督! 酒が進んでおりゃぬぞ!」

 

「まぁ足柄よりはね。でも俺も楽しく飲んでるよ」

 

「あぁしよりも飲んでないやん!」

 

「そうなってもよいけど朝起きたことを考えるとね」

 

「そんにゃことかんあえてら酒にゃろ飲めゆの!」

 

「うんうん、取り敢えずお茶とかコーヒー飲まない?」

 

結構な酔いっぷりを発揮してきた足柄に少ない危うさを感じた提督はやんわりと細やかな酔い醒ましを提案する。

だが足柄はそれを不服とでもいうように提督から注がれた酒を啜りつつ述べるのだった。

 

「や! せっあく気持ちよく酔ってるのに!」

 

「でも結構重く見るよ」

 

「にゅ?」

 

「まぁ気分良いのも解るけどさ」

 

赤い顔で可愛く自分の疑問に首を傾げる足柄に提督は苦笑する。

さて、これは一体どうしたものか。

足柄には頼りになる姉妹(うち一人は自分のせいでちょっとアレな方向に進んでしまったが)が3人もいる。

故にどれだけ彼女がへべれけになったとしても彼女達を頼ればなんとかしてくれるだろう。

だがだからといってせっかく楽しそうにしている彼女の気分に水を指したくもない。

こういうのは調整と気遣いが大切なのだ。

 

(って、そんなこと考えている俺はなんだってんだってな)

 

楽しいのに小さく感じる緊張。

楽しいのに好きな人だから何か気を遣ってしまう。

同性の親友と酒を交わしているときはこんなことなかったのに、自然に自分を律して雰囲気に抗う反応をしてしまう自分に提督は心の中で溜息を吐いた。

 

「はぁ……」

 

「ぁ……」

 

「?」

 

聴こえなかったかもしれない、気の所為だったかもしれない足柄の小さな声と変化に提督は確かに気付いた。

それを感じた提督が彼女を見ると、その人は酔っていて感情が昂ぶっていた影響も確かにあっただろうが、自分を見てポロポロと涙を零していた。

 

「えっ、ど、どうしたの?」

 

「ぐす……だ、だっえ、ていろくが溜息を吐いあから……」

 

「え?」

 

「あらしが嫌になっらのかなって……」

 

「あぁ……」

 

提督はそんなことないよと正直に言うが、足柄はだったら楽しそうにしてよ笑ってよと向かい合う提督に詰め寄って乞う。

そんな彼女に提督はどうしたものかと悩んだ挙げ句に缶にまだ十分に残っていたビールをできる範囲で一気に煽った。

その急な飲みっぷりに足柄は思わず目を丸くして駄々を潜めた。

 

「え、だ、だいじょろうぶ?」

 

おいおい、人がせっかく酔いに逃げる為に一気飲みしたというのにそれを言うか、と提督は思ったが、幸いにして勢いよくビールを飲んだことで許容できる範囲に彼もアルコールに依る、良く言えば前向き、悪く言えば短慮な方向に気分が傾いてきたのを実感した。

 

「……大丈夫だよ。ちょっと俺もまだ酔いが足らなかったみたい」

 

「え、で、でも無理に酔って私に合わせてくれなくても良いのよ?」

 

「大丈夫。せっかくだから楽しまないとと思ったからさ」

 

「無理してない?」

 

「こっちこそ俺のせいで楽しい気分冷ましちゃってごめんね?」

 

「そんなこと!」

 

言葉の呂律が正常になっていたことで酔いが覚めてきていたのは確かだったような足柄であったが、提督の謝罪にはブンブンと勢いよく首を振る。

 

「私は提督とお酒を飲めて本当に楽しいわ!」

 

「そう?」

 

「うん!」

 

「じゃあ俺も」

 

提督はお詫びと仲直りとでも言うように缶を足柄に突き出した。

それを見た足柄は心得たとばかりに微笑むとその缶に自身の杯を当てる。

 

「かんぱいっ」

 

「乾杯」

 

「カンパイ」

 

「ひゃあああ?!」

 

不意に割って入った新たな人物の声に提督は座ったままのけぞり足柄は軽く悲鳴をあげた。

二人が声がした方をむくとそこには恨めしそうにいつの間にかちゃっかり自分の杯を持った山城がいた。

いったいいつの間にその場に割り込んでいたのだろう。

手に持っていたお猪口には透明の液体が注がれていた。

恐らく日本酒だ。

見ると提督と足柄が囲っていたテーブルにはそれと思しき一升瓶が置かれていた。

 

「……楽しそうな声がして気になって……」

 

「そ、そう。別に良いわよ」

 

「ね、提督」と言うように即興で立て直したにしては感心するほど愛嬌を感じる顔で提督にウインクをする足柄。

それを見た提督も同意とばかりにウンウンと頷き返すのだった。

 

「なんだ、混ざりたかったら普通に入ってきたら良いのに」

 

「ノックしたわ……」

 

「えっ」

 

「戸を叩いたけど反応がなかったから覗いてみたら二人共気付いてなくて……」

 

「あ、あー……」

 

これはしまったと提督は思った。

足柄は良い感じに酔っていたので気付けなくてもおかしくはなかった。

けど自分はまだ彼女ほど酔っていなかったにも拘わらず気付かなかったのだ。

これは飲み相手の足柄にも部屋を訪れた山城にも申し訳なく思ってしまう。

そして対する足柄も気持ちは同じようで、彼女の方はノックの音に気付かないほど自分は泥酔して注意が散漫になっていたのかと軍艦らしく反省の色を濃く表していた。

しかしそんな二人に対して山城は不満を口にするでもなく、寧ろ強かさを行動で表してきた。

彼女は此処こそ好機とばかりに提督の袖を引いて言ったのだった。

 

「提督」

 

「あ……? あ、うん?」

 

「どうぞ?」

 

「え」

 

何となく上目遣いに感じる山城を見ると、自分の手元には山城が持っていたのと同じお猪口が置かれていた。

そして彼女の手にはテーブルに置かれていた一升瓶。

提督は手に持っていたビール缶を置くとそのお猪口を持って有り難くお酌を待つ姿勢を取った。

山城はそれを認めるとまんざらでもなさそうな雰囲気で微妙に喜びを隠しきれず口の端を微妙に震わせながら、器用に大きな一升瓶から提督のお猪口に酒を注いだ。

 

「どうぞ……」

 

「ありがとう」

 

提督は恭しい態度で一度そのお猪口を山城に向けて軽く掲げるとぐいっと一息で飲んだ。




あれ、足柄との飲み会の話だったのにちょっと山城の色が濃い気がする。


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59:悪だから嫌いということは無い

インド映画は面白いものだ。
あんまり数は見たことないけど、韓国映画とは異なるベクトルの凄まじいパワーを感じる。
これはそんな映画に新たに魅せられた女の子のお話。
またお前か(笑)


映画の上映が終わった後は恒例の感想会が艦娘たちの間で始まる。

 

「しかし活動がこんなに簡単に見られる上に色がついていて音まで聴けるなんて未だに驚いてしまいますね……」

 

「そうですか? 音声付きの活動なら内地にもあると思いますけど」

 

「それはそうだけど、ここまで映像の流れに沿った綺麗な音ではないでしょう?」

 

「ああ、まぁそれは確かに。それに……」

 

「色」

 

「加賀さんは今もそれに感動するんですね」

 

「図らずも高揚してしまいますね気分が」

 

「そうじゃないでしょう!!」

 

加賀と榛名がそんなことを喋っていると外野から唐突に批判の声が割って入ってきた。

声の主は映画に触れたことで何かが変わってしまった代表格の一人である羽黒であった。

彼女は二人がなかなか映画の内容には触れない事が気になってしまいつい口を挟んできたのだった。

羽黒は自分の介入に驚いた二人が意識と視線をこちらに向けたのを確認すると、自分の膝をパシパシ叩きながら彼女達に諭すように言った。

 

「お二人共そこはそうじゃないでしょう! いえ、色鮮やかな画と迫力のある音に感動するのは私も解りますよ? でもそれはいつでも言えるじゃないですか! ならどうするべきか、それは映画を観た後の様々な余韻について熱く語るべきなんじゃないですか?!」

 

「熱くというのは前提なのね」

 

「まぁ確か思わず胸が熱くなったところは多々ありましたけど。榛名はどちらかというと各所に差し込まれた歌や踊りがとても楽しそうで良かったと思いました」

 

「ああ、確かに観ていたら唐突にそういうのが始まったりしたわね。私も最初は面食らって困惑したけど、何かこう途中から雰囲気に引き込まれてしまったのよね」

 

そういうと加賀はそんな各所のシーンを思い出したのか口元に手を近づけて少し笑う。

しかし羽黒はそんな二人の感想がお気に召さなかったらしく、まだ不満げな表情でそれもそうですけど、と自分の感想を言った。

 

「はぁ、解ってません! いえ、お二人の感想が誤っているというわけではありませんが、少なくともこの映画の見どころはそこではないでしょう!」

 

「というと?」

 

「あ、いいです。榛名解りましたから言わなくていいで……」

 

加賀は純粋に羽黒の意見に興味を持って、それに対して榛名は明らかに呆れた様子で半目になって羽黒の話を切ろうとしたが、彼女はそれを遮って言った。

 

「それはやっぱり登場人物(男だけ)の筋肉が隆起してそれを盛り上げる音楽が炸裂する場面、そして各所に吹いていた魅せるための『風』でしょう!!」

 

「…………」

 

「ちょっと何を言っているのか解らないわ」

 

蛮人を見るかのような冷たい目で羽黒を見る榛名と眉間に皺を寄せて困惑顔の加賀。

だが羽黒はそれにも構わず震えるほど拳を力強く握りしめて続ける。

 

「あの主人公が倒れようとする巨大な像を一人で縄を掴んで止めた場面を覚えてますか!?」

 

「ええ、覚えているわ。ちょっと現実離れしていて思わず失しょ……」

 

「良かったですよねあの場面! まるで救世主が現れたみたいな注目を主人公が集めたところ! なんか視線が最早信仰に近い感じがして、音楽の良さも相まって思わず私魅入っちゃいました!」

 

「……筋肉関係ないじゃないですか」

 

的確な榛名の指摘だったが羽黒はそれを意に介さず熱弁を続けた。

榛名のこめかみにぴくりと小さく青筋が浮かんだ。

 

「それに風ですよ風! 敵対した主人公のお兄さんが纏っていた布を風に任せて手放した場面も良かったですよね! あの自然に鍛えた感じの背筋の滑らかな出来には思わず息を呑んじゃいました!」

 

「ああ、あそこもなかなかだったわね。あんな大きな牛を男とは言え一人で組み伏せたところもちょ……」

 

羽黒が言っていたシーンを思い出して加賀は再び小さく笑いながら自分の感想を言おうとしたが、すっかり映画を観て興奮する気持ちが再燃した羽黒は止まらなかった。

今までの様子から察するに、どうやら加賀は今回鑑賞した映画は羽黒とは異なり、純粋に非現実的な展開に対してツッコミ的な側面から面白く感じたようだった。

 

「私、実は主人公さんよりお兄さんの方が好きなんですよね!」

 

「え? お兄さんって主人公の方と敵対していた悪い王様の方ですか?」

 

ここにきて羽黒の感想に虚を突かれた榛名が目を丸くして不思議そうに訊いた。

彼女の言った通り劇中の主人公の兄とは物語においては明確に主人公の敵として描かれた悪の王であった。

魅力的なキャラクターだったくらいならまだ理解できたかもしれないが、それを好きだと言い切った羽黒の心中が純粋に榛名は気になったのだ。

そんな榛名と問い掛けに羽黒は満面の笑みを浮かべて答えた。

 

「はいそうです! その悪い王様の方です!」

 

「……一体どうして主人公の方より好きなんです。あんなに主人公の方やそのご家族に対して酷いことしたのに」

 

「確かにその所業は決して好感が持てるものではありません。でも私は、そんなお兄さんの方のこう、弟を好ましく思ってない感情に対して素直なところとか、地味に地を這うようにしっかり悪役を全うしてるとか……」

 

「とか?」

 

「とか、なんです?」

 

ここまでなら二人にもまだ何とか少しは理解できた。

確かにここまでなら「うちの妹は……」とよく姉にため息をついて愚痴られる少しアレな羽黒らしい。

だからこそ彼女が悪役が好きだと言う最後の決め手となるところが加賀と榛名は気になった。

そんな二人の神妙な様子に気を良くしたのか、少しの間を設けた後に羽黒は目をキラキラさせながら言った。

 

「野蛮なところです!!」

 

「……」

 

「……」

 

羽黒の言葉に二人は絶句した。

その中でいち早く立ち直った加賀が頭痛に耐えるかのような仕草で片手で額を押さえながら羽黒に訊いた。

 

「ごめんなさい。一体どういう事かしら? 野蛮なところが好き、と聞こえたのだけど?」

 

「そうです野蛮なところです! もうなんなんですかあの敵にも味方にも容赦ないところ。戦い方や武器だってそうです。鈍器で殴ったり叩き潰したり杭を叩き飛ばして貫いたり……。主人公さんの鮮やかで高潔な戦いも良かったけど、私はお兄さんの容赦のないこれぞ実戦という感じが本当にす……」

 

「この野蛮人」

 

「は?」

 

冷たく鋭利な榛名の言葉が羽黒の話を断ち切った。

案の定羽黒はそれに直ぐに反応して剣呑な目で榛名を見る。

気の弱い艦娘がその視線を受けたら思わず目を逸らしそうな険がそれにはあった。

事実、その部屋にいた多くの者が彼女達から既に視線を逸らしていた。

 

「榛名さん、今何と言いましたか?」

 

「野蛮人と言ったんです。羽黒さん、前にも同じことを言った気がしますけど、やっぱり貴女のその感性は少し品がなさ過ぎる気がします」

 

「は? 品性? 命を懸けた戦いに品性を意識するなんてそれこそ私は榛名さん、貴女はちょっと幼稚だと思いますけど?」

 

「あっ、早とちりしないでくれませんか? 命のやり取りをする時にそういう余裕が持ち難いというのは私も解ってますから。私が言ってるのはですね羽黒さん。貴女はそれを別にしても普段から女性としてアレというか野蛮だと言ってるんです」

 

「うーん、それも早とちりだと思いますよ。私、確かに映画とか観た後だとつい熱くなっちゃう時ありますけど、別にそれ以外ではそれなりに落ち着いていると思いますよ?」

 

「え? ただ落ち着いているだけで開き直らないでもらえますか? 少なくとも女性らしい華が圧倒的にありません」

 

「は? 華? ああ、御洒落のことですか? まぁそれも解りますよ私も女なので。でも榛名さん、このご時世に御洒落がどうこう言うのは流石に世間知らずというか……」

 

「は?」

 

「え?」

 

段々最初の指摘から単なる口喧嘩になってきた事を注意する者はいなかった。

 

「大淀、手が出そうな雰囲気になったら鳳翔呼んでね」

 

「畏まりました。あの、ところで提督」

 

「ふん?」

 

「その……羽黒さんが言っていた御洒落の事なんですが……」

 

耳に入ってしまうと意識しないでいるのは難しかったのだろう。

気まずそうにそう言う大淀に提督は笑って答えた。

 

「いやまぁ、実戦に出る子以外はそんなに意識しなくていいんじゃないかな」

 

「そ、そうですか」

 

その言葉に大淀以外の艦娘はホッと小さく安堵の息を吐いた。

 

 

(目に見えない下着も御洒落の内に入るのかしら……?)

 

いつかの提督からの問いに下着を買ったったと即答した加賀だけは、一人そんなことをマイペースに考えていた。




設定とか登場人物の項はいらないかなって消して早速後悔。
消す前にどこまで艦むすが登場していたかせめてメモに控えるべきだった……。


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