IS<インフィニット・ストラトス> 願いの果てに真理在れ (月光花)
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『解説』その1

銀閣様、竜羽様、神薙之尊様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は解説です。

少しだけですが、クロスした作品のことについて載せています。

では、どうぞ。





 まず最初に、この小説のクロス対象となっている原作、『Zero Infinity -Devil of Maxwell』とは何か。

 

『Zero Infinity -Devil of Maxwell』のストーリを簡単に説明すると……。

 

 

・自己の均衡(バランス)を失わないことを信条としている主人公・秋月凌駕は家族や幼馴染お平凡ながら平穏な生活を送っていた。

 

ある日、公園で出会った記憶損失の男、緋文字礼との邂逅をきっかけに、凌駕は時計機構(ホロロギウム)と名乗る秘密組織と、それに対抗するレジスタンス、ロビンフットの戦いに巻き込まれる。

 

刻鋼式心装永久機関(きこうしきしんそうえいきゅうきかん)と呼ばれる永久機関の一種を肉体に埋め込んだサイボーグ、刻鋼人機(イマジネイター)同士の戦いを目にする中、戦闘に巻き込まれた凌駕は瀕死の重傷を負う。

 

だが、死して朽ちるだけだった凌駕の命は、皮肉にも彼を死に至らしめた技術、刻鋼式心装永久機関を肉体に埋め込むことで蘇り、彼は刻鋼人機(イマジネイター)となった。

 

絶望的とも言える状況に最初は戸惑う凌駕だが、自分の日常の均衡(バランス)を保つために、自身もロビンフットの刻鋼機人(イマジネイター)として戦いにその身を投じる。

 

 

……序盤だけを語るなら、こんな感じです。

 

続きが気になる人は、是非プレイしてみてください。

 

 

 

 

 次は、本編でも登場している単語の解説など少々……

 

・まず、動力源について説明します。

 

本作での動力源……ISコアの名称は『複合式心装永久機関』となっていますが、これの元となったオリジナルの名前は、 刻鋼式心装永久機関(きこうしきしんそうえいきゅうきかん)と呼ばれています。

 

刻鋼(きこう)という超合金を生み出すから『刻鋼式』で、刻鋼によって心装(しんそう)という武装を展開できるから『心装』で、無限のエネルギーを生み出すから『永久機関』。

 

これらの意味を繋げて『刻鋼式心装永久機関』と呼ばれます。

 

オルフィレウスと呼ばれる科学者が開発したもので、物語のキーパーソンとなる単語です。

 

本作に登場する『複合式心装永久機関』は、この『刻鋼式心装永久機関』と原作のISに元々存在しているISコアが融合、変化したものです。

 

 

・原作のゼロインでは、『刻鋼式心装永久機関』を心臓に直接移植し、改造された人間が刻鋼人機(イマジネイター)となります。

 

改造後も平時は見た目が著しく変わることがなく、金属探知機にも引っかかりませんが、肉体の膂力は通常時でも文字通り人外クラスに引き上げられています。

 

破壊力などで例えれば、素手の全力パンチで普通自動車を一撃で原型を留めない形にスクラップにするほどです。ちなみに、脚力はビルなどの建物をジャンプだけで駆け上がります。

 

また、それらの力の調整にもさして苦労はしません。

 

ISに例えた場合は、ハイパーセンサーやPICを用いた飛行能力と機動性、エネルギーシールドなどが搭載されていない状態が近いです。

 

 

 

 

今回は、とりあえずここまでにします。

 

もちろん、まだまだ解説する単語はたくさん有りますが、情けないことに本作のストーリー自体があまり進行していないので区切りが曖昧なんです。

 

解説を追加するときは、書き直すか、別のを投稿するかになります。

 

ではでは~

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

他にも何回かこういう解説パートを投稿すると思います。

では、また次回。



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プロローグ

以前より気にしていた問題が解決し、一回作品を消して再投稿しました。

この作品は、インフィニット・ストラトスとZero Infinity -Devil of Maxwellのクロス小説です。

相変わらず亀更新になると思いますが、よろしくお願いします。

では、どうぞ。




 ある所で、戦いがあった。

 

それは決して長くなく、大きくもなかった。

 

だが、確かに力が激突し、血が溢れ、涙が流れ、命が輝き、失われた。

 

そして、戦いである以上、当然結末には勝者と敗者がいる。

 

勝者はその人物が望んで生きる世界、プラスでもマイナスでもない、ゼロの平穏へと帰った。

 

対して敗者は、全人類を見下ろし見定めていた場所とは対極の、誰もを見上げる暗き海底へと没した。

 

だが太陽の光すら届かない暗黒の世界の中で、卵のように座した 機械(敗者の残滓)は、静かにゆっくりと、だが確かに鼓動していた。

 

「……() 起動(ジェネレイト)

 

微かな駆動音と共に小さな輝きが宿り、“声”が聞こえた。

 

その中に込められた感情は理解出来ないが、その言葉をトリガーに機械から漏れ出す光は、確かな永遠と今を獲得した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「……ふむふむ、この辺かなぁ~? 気まぐれで海底探査としゃれ込んでみたけど、思わぬ発見があったもんだね~」

 

楽しそうな笑みを浮かべながらモニター越しに海底を眺める女性がいた。

 

不思議な国のアリスのような服を着込み、頭部には機械的なウサミミが装着されている。目前には無数のモニターと、両手にそれぞれ配置された電子キーボードがある。

 

女性の名前は 篠ノ之(しののの) (たばね)

 

IS……インフィニット・ストラトスと呼ばれる超高性能のパワードスーツをほぼ1人で開発した正真正銘の大天才。

 

そんな彼女は今、気まぐれで海底に目を向け、ゴーレムシリーズと名付けて開発したISの1機をすぐさま改造。現代の技術では潜行不可能な深度で海底探査を行っていた。

 

だがその途中、ゴーレムのハイパーセンサーが微弱なエネルギー反応を感知した。

 

この現象に、束は途轍もないほどに好奇心を刺激された。

 

(こんな太陽の光も届かない海底でエネルギー反応? 束さん以外の人類が辿り着いた痕跡も一切無いのに? 何さソレ、気になって仕方が無いじゃん♪)

 

古代文明の産物? 海底都市? それとも異星人の残留物?

 

想像を膨らませながら心を躍らせる束の命令に従い、海底を進むゴーレムはついにエネルギーの発生源を発見した。

 

「アレは……」

 

モニターに映ったのは、半壊した巨大な鉄塊だった。破損した形状から逆算するに、どうやら卵のような球体のようだが、束にはソレがまるで鋼の恒星に思えた。

 

「信じられない……」

 

モニター越しにソレを見た束の顔には、彼女の親友でさえ見たことの無い驚愕の色があった。

 

「こんな超高深度の水圧の中で凹みが1つも無い。それに動力供給なんて無いのに確かに起動してる。ありえない……ありえないよ、こんなの」

 

目の前の事実を信じられないとでも言うように小さく首を横に振りながら、束はゴーレムを鉄塊へと近付けていく。

 

距離が縮まる中で、ありえないと否定した束の脳は無意識の内に視界からの情報を分析し、新たなる事実を見出した。

 

「やっぱりだ……本当に信じられないけど……コレを作ったのは、人間だ」

 

形状や意匠、そこから連想される使用用途などは、どう考えても“人間”のものだ。

 

だが、束にとって、尚更そんな現実は受け入れたく無かった。

 

もし、束の推測が全て当たってしまっていた場合……それが意味するのは、篠ノ之束でさえありえないと否定するこの鉄塊が、“過去に人間の手によって生み出された”という馬鹿げた事実の確定だ。

 

「……とにかく、コイツをどうにか持って帰って徹底的に調べよう。何処の誰が作ったのか知らないけど、この残骸だけでもかなりの成果があるはず……」

 

もはや余裕や笑みが一切消え去った表情で呟きながら、束の操るゴーレムは鉄塊に触れる。

 

だがその瞬間、暗き深海に新たな異変が起こった。

 

ほんの僅かな光を宿していた鉄塊が突然大きな輝きを放ち、その光の全てがゴーレムの中へと溶け込んでいったのだ。

 

「なっ……!」

 

不意打ちに近い異変を前に、束の体は数秒間だけ硬直した。だが、見開かれた瞳はゴーレムの体に溶け込む光を見詰め、思考は回転を止めない。

 

(違うっ! これは光なんかじゃない……! これは……素粒子の集合体!?)

 

だが、時既に遅し。素粒子は全てゴーレムの体内に溶け込んでしまった。

 

『素晴らしい』

 

声が、聞こえた。

 

男とも女とも取れるような 機械音(マシンボイス)だが、そこには確かな感情の気配があった。

 

『当初の計算では再構成の完了まで3世紀は掛かる予定だったが、これは嬉しい誤算だ。まさかこんな海底で“同属”に出会えるとは、数奇なものだ』

 

それは、確かに束に向けられた言葉なのだろう。

 

だが、何故か束は言葉を発することが出来なかった。今は言葉を返すより、その言葉をもっと聞いてみたいと思えたのだ。

 

『“彼等”がこの世に存在する内に戻ること叶わなかったのはやはり残念だ。しかし、こうして新たな可能性と出会えたことは実に喜ばしい』

 

直後、束の眼前にあるモニターに無数の情報が雪崩のように入り込み、ゴーレムに搭載されているISコアが“変異”を始めた。

 

それだけでは留まらず、流れ込んだ情報はゴーレムの体を通してISのコアネットワーク全体へと拡散していく。

 

「なに……これ……複合式、心装永久機関?」

 

モニターに流れる情報を束は1つたりとも逃さず目を通していく。

 

その中にあったのは、基礎理論であり、設計図でもあった。しかし、1つとして束が今まで目にしたものはなく、いつの間にか視線を釘付けにされた。

 

『ささやかなお礼だ。キミならきっと、その全てを解き明かし、理解出来るはずだ。 希求(エゴ)を掲げ、 陰我(イド)と向き合い、そのさらに先の領域へと辿り着いた時、私達は再び巡り合える』

 

そこで声は途切れ、ゴーレムの目の前にある鉄塊は輝きと共に機能を停止させた。

 

そして、最後の部分に声の無いただのメッセージが表示される。

 

『自動輪の導く先にて、煌く魔法を創始せよ。無限の鼓動が成る果てに、オルフィレウスは待っている。無謬の 我執()を携えて、新たな真理を待っている……さあ、時計の針を進めよう』

 

それは宣言であり、賛辞であり、期待だった。

 

気が付けば、束の口元には笑みが浮かび、モニターにスッと手を伸ばしていた。

 

「待っている、か……いいね、実にいいよ。コレは普通に見つけるだけじゃつまらない。応えてあげるよ、キミの渇望に……」

 

そう言って虚空を見上げる束の顔は、何処までも嬉しそうだった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 ある日、事件が起こった。

 

全世界に存在する467機のIS全てが、作動中・停止中を問わずに突然機能を停止させ、外部からの命令を一切受け付けなくなったのだ。

 

幸い、死傷者の類は一切出なかったが、当然世界中は大混乱となった。

 

その状態が数時間と続いた時、全世界の政府と代表的な企業の情報ラインのみにある情報が公開された。

 

その情報の発信源は、驚くことに篠ノ之束。

 

公開された情報の中にあった内容は、“ISコアの大規模な機能拡張”について。

 

この情報を目にした者達は、今の状況を見てこう思った。

 

まるで、白騎士事件の再来のようだと。

 

そして、それが意味するのは世界に訪れる大きな変革。

 

篠ノ之束という1つの歯車が動き出し、他の歯車も全て動き出す。

 

こうして、世界という1つの時計は動き出し、チクタク、チクタクと新たな時を刻み始めた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

海底に沈んでるパンドラの箱を束さんが発見し、とんでもなく厄介な存在が目を覚ましました。

こっちの小説では、ゼロインフィニティーの要素も徐々に出して行きたいと思います。

では、また次回。


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1話 入学式

消した小説の所々に文を加えたり、修正をしたりしました。

では、どうぞ。


 時折、同じ夢を見ることがある。

 

内容はほとんど覚えてないし、精神的にもあまり良い夢ではない。

 

ただ覚えているものは、燃える炎。

 

目に映る全てを燃やし尽くし、消滅させる理不尽な力の顕現。

 

これが何時何処で見た光景なのかは知らない。

 

だが、1つだけ知っていることがある。

 

かつてオレは、この炎に“全て”を焼き尽くされた。

 

家も、家族も、名前も、今まで生きて刻んできた記憶さえもだ。

 

そして1人だけ助かったオレは、体の傷以外に心にも何処か欠陥が生まれていた。

 

それを敢えて口にするなら、1つ目は“目標に向かって努力する楽しさ”、2つ目は“力及ばずで挫折する絶望感”だろうか。

 

その欠陥の具体的な例は省くとして……孤児となったオレの精神は、過ぎ行く時と共に分不相応に成長していった。

 

成長したコツというか理由を言うなら、1つは記憶が消し飛んだ後遺症だろう。医者のお墨付きで、フラッシュバックだってさ。クソったれ。

 

ただ、オレの場合は急にテンションが落ちるタイプではなく、消え去った記憶の残滓が頭の中をチラリと横切り、その度に掻き毟るような頭痛と吐き気が襲い掛かってくる感じだ。

 

不定期に襲い掛かってくるフラッシュバックと激痛を体験し続ければ、徐々に亀裂を走らせるオレの精神は、砕けまいとそれに抵抗する。

 

そんな拮抗が続けばあら不思議……精神には徐々に余裕が出来上がり、大人びてるなんて評価を通り越して“イカれてるのか達観してるのか分からない”なんて友人に言われる始末だ。

 

悪気はねぇんだよ、うん。それは分かるけど……コレ絶対に褒めてねぇよ。つか、褒められていたとしたらむしろムカつくよ。

 

自慢じゃねぇが、今のオレって心の沸点調整出来んだぜ? 内心で腹立てても1ミリだって外には漏らさない。アレ? これって心の欠陥増えてね?

 

そんで、成長した理由の2つ目は簡単だ。どういうわけか、並みの一般人よりもちょっとブラックでバイオレンスな人生経験積んでしまい、社会での生き方・接し方に始まって荒事に対する“適切な対処法”まで身に染みさせた。

 

おっと、言っておくが人殺しとかの犯罪はしてないぞ? オレだって好きでこんな技術見につけたわけじゃねぇんだからな。

 

だからちゃんと友人だっているぞ。まあ、その中の何人かがカタギですかと問われれば、首を捻るのは間違い無いがな。

 

そんな経験と技術を積み重ねれば、場数と言う基盤が出来上がり、実感する実力が叩き上げた精神に余裕をもたらす。

 

ようするにだ……人間、何にでも慣れちまうもんなのだ。

 

ただまぁ……今回ばっかりは流石のオレも度肝を抜かれたがね。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

――世の中には、不思議な事もある。

 

怪奇現象だったり、予想の付かない人生の転機だったり。ただまぁ、今回に限っては誰かが事前に教えてくれると嬉しかった、本当に。

 

なぜ今年16歳となったオレは、数ヶ月前までいたロサンゼルスから離れて白と黒の制服を着てこんなところに居るのだろう。

 

この現実に疑問を感じているのは、きっとオレだけではない。最後尾で窓際のオレとは反対の最前列の席に座っている“男”も同じはずだ。

 

(……ホント、何でこんなとこに居るんだ? オレ、何かしたか……?)

 

内心で重い溜め息を吐きながら、オレは窓の外に視線を向けた。

 

そこには太陽を浴びてキラキラと光る海と、憎ったらしい程綺麗に晴れている青空が見える。

 

まあ、それもそのはず。

 

何故ならここは、海に面した人工島の上に設立された全寮制の学校――『IS学園』なのだから。

 

「――アドルフくん……アドルフ・クロスフォードくん」

 

 若干鬱になりながら外を見ていると、前の方からオレを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

視線を移すと、緑髪のショートカットで黄色いワンピースを着たメガネの女性がいた。他に外見的特徴を述べると、1に小さい、2にデカイ。ロリ巨乳である。

 

この人はこのクラスの副担任の山田真耶さん。その隣に居る黒服スーツで黒髪ロングの女性、織斑千冬が担任である。

 

「失礼しました……何でしょうか?」

 

「あの……大丈夫ですか? 何処か虚ろな目でずっと外を見ていましたけど……」

 

「気にしないでください、現実から目を逸らしたくなっただけですので。えっと、自己紹介ですよね」

 

「はい、そうです」

 

そう言われて立ち上がると、クラス全員の視線が一瞬でオレに集中した。

 

無数の視線が自然と放つ威圧感に顔を顰めそうになるが、どうにか堪えて言葉を続ける。

 

「アドルフ・クロスフォードです。知ってると思いますが、何故かISを動かすことが出来たんでこの学園に入学することになりました。ですが、ISの操縦に関してはまったくのド素人です。それと、ISの他にも日本のことで分からないことがあれば、その時はよろしくお願いします」

 

そこまで言って座ろうとしたのだが、クラス中の人間が“他に何か無いの!?”とでも言うような視線を向けてきた。分かった。分かったからその光線でも出そうな輝く瞳をやめてくれ。

 

「趣味は読書全般と菓子作りを筆頭にした料理、ネットサーフィンも時々やります。趣味合いそうな人がいれば、気軽に話し掛けてください」

 

そう言って、今度こそ席に座る。

 

何だか、自己紹介するだけで随分と体力を削られたような気がするな。自己紹介には耳だけ傾けておいて、青空眺めて癒されよう。

 

それから続いた自己紹介は……“お”の所で女子達のソニックブームが響いたり、“せ”の所でやたらと長いスピーチがあったりと、何か大変そうだった。

 

オレは“お”の騒動が終わってからは終始空見上げてたんで知らんけど。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 ここIS学園は、IS……正式名称、インフィニット・ストラトスと呼ばれる機動兵器の乗り手を育てる全寮制の学校だ。

 

インフィニット・ストラトスとは、今からおよそ10年程前に発表された宇宙での活動を目的とした超高性能のパワードスーツ。

 

ただ現在は宇宙開発ではなく、その使用目的は地上での救助活動や競技などに集中している。

 

だが、ISには凄まじい性能と共に致命的な欠陥が存在する。それは……女性にしか動かせないという事だ。

 

そう。女性にしか動かせないはずなのだ。

 

そのはずなのに、何故かオレはその女性しか動かせないISを動かすことが出来たのだ。

 

だからここに……このほぼ女性しかいないIS学校にほぼ強制的に入学させられたのだ。

 

だが、全世界の中に存在する例外は、何もオレ1人では無かった。というか、順番的にオレが“2人目”の例外なのだが。

 

そして、ISを操縦出来る“1人目”の男というのが、この1年1組の先頭に座っているもう1人の男、織斑一夏だ。

 

あの爽やかイケメン君がISを動かせるという事実が発覚し、全世界は驚愕と共に次の行動を開始した。

 

まあ、単純な話で“ISを動かせる男が1人いるんだから、他にもいるのではないか?”と考えたわけだ。

 

そう考えた各国の政府は即座に世界中全ての男性にISの適正検査を行い、アメリカの空港から新たな国に旅立とうとしたオレを巻き込んだ。

 

そしてISに触れた結果、オレは適正ランク「C」という通常より低い数値でありながらも確かにISを起動させた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 オレとしては、この右も左も女性しかいない地獄ような環境で過ごしていく為、唯1人の同姓である織斑一夏は自然と興味が向く存在だ。

 

最初の休み時間に話しかけてみようと思ったのだが、目付きがやたら鋭いポニーテールの少女と共に何処かへ行ってしまった。

 

結果、女子の視線は全て教室に残されたオレに集中するわけで、いやキツイのなんの。マフィアに取り囲まれた経験が無ければ胃に穴が空きそうだ。

 

しかも、織斑のようにただ見詰めるだけでなく、所々でヒソヒソと話す声も聞こえる。

 

というか、見るだけでなく誰か話しかけてくれないだろうか。無言で見られるからオレも苦しいんだけど。

 

まあ、仕方ないか。同じ男子である織斑と比べても、オレの外見は少々変わっているしな。

 

まずは体の方だが、身長はおよそ185と高め。後頭部で一纏めにした白髪と青色の瞳……いや、友人が言うには濃い空色らしいが。ちなみに髪の色だが、これストレスとかではなく地毛である。少なくとも物心付いた頃からオレの髪はこの色だった。

 

え? 顔? そんな上等なモンじゃないぞ。男のオレから見ても明らかにイケメンの織斑と違い、高めに見積もってもせいぜい中の上が限界だろう。

 

んで、周りの女子生徒の注目を集めているのが多分オレの服装。

 

制服は正面以外の首元を隠すように襟が長く、裾も正面以外は膝に届くほど長い。デザインの例えを出すならアレだ、『魔法科高校の劣等生』。アレの第一高校の制服。

 

何でそんなの知ってるかって? オレ、読む本には国の境界なんて微塵も気にしねぇのよ。むしろ日本のマンガ・アニメ・ライトノベルは素晴らしいね。感動の文化だ。

 

ちなみに、この制服は校則違反ではない。この学校はどういうわけか制服がカスタマイズ自由なので、何の問題にもならない。

 

そんで極め付けは、多分オレの両手に装着された“黒い革手袋”だろう。

 

一応言っておくが、この服装も革手袋も理由があって付けてるんだからな? 中二病とかじゃないからね?

 

とりあえず、愛用のウォークマンを取り出して音楽を聴きながら手元にある小説を読む。出来れば本は静かに読みたいのだが、今の状況ではこれでちょうど良い。

 

幸い休憩時間には終わりがあるので、周りの女子生徒達は10分ほど経過してそれぞれの教室と席に戻っていった。

 

(こんなのが毎日続くのは流石に勘弁だな……どうにかしないと)

 

オレは小さく溜め息を吐きながら音楽を止め、次の授業の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

「―――であるからして、ISを運用するには基本的に国家の認証が必要なわけです。そして、その枠内を逸脱したISの運用を行った場合は、刑法に基づいて罰せられます」

 

現在は2時間目。

 

黒板の前に表示させた3つの空中スクリーンを使いながら、IS運用における原則や刑法について説明している山田先生は何処か生き生きとしている。その右には腕を組んで沈黙を守る織斑先生。

 

オレを含めた生徒達はそれぞれ山田先生の話を聞きながらノートを取っている。一応聞き逃さずノートを取っているが、授業の内容自体は簡単だ。

 

まあ、普通に聞けば頭を捻るどころの話ではないだろうが、参考書に目を通しておいたおかげで問題は無い。

 

だが、ここで織斑一夏がやってくれた。

 

なんと、学園から支給される参考書を古い電話帳と間違えて捨ててしまったらしい。そこへ、教育的指導の名の下に織斑先生の持つ出席簿が振り下ろされ、まるでハンマーで打ち付けたような音が響いた。とても鋭い打ち込みである。

 

「必読と書いてあったろうが、馬鹿者め。しかもアレは学校からの支給品だぞ」

 

「……はい、すいません」

 

どう見ても織斑に問題が有るので反論も無く、織斑は申し訳無さそうに席に座る。

 

というか織斑、失礼承知で言うが、バカなんじゃないだろうか。電話帳と参考書では見間違えるのも難しそうだが。

 

だが、自業自得とはいえ参考書無しでこの先授業を受けるのは無茶を通り越して時間の無駄だ。仕方ない。

 

「織斑先生、再発行に時間が掛かるなら、織斑にオレの参考書を貸しますが」

 

「お前の分はどうするつもりだ?」

 

「すでにコピーは取ってありますし、内容もほぼ全て覚えています」

 

さも当然のように答えたオレの言葉に、クラス中の生徒が驚きで目を見開き、ざわめきが起こる。

 

いや、なんで驚いてる生徒がこんなにいるんだ?あれって必読のはずだろ。

 

というか、普通覚えるだろ。ISの知識なんて学びたくても学べないんだから。オレなんて知的好奇心を大いに刺激されて何回も読み直したぞ。

 

「覚えただと?あの量をか?」

 

「政府のおかげで数週間ホテルに缶詰めでしたんで……暇潰すのにちょうどよかったですよ」

 

自然と吐き捨てるような口調になってしまったが、勘弁してほしい。こちとらIS適正が有ると判明してからこの学園に来るまでほとんど監禁状態だったのだ。

 

四六時中見張られ、行動の一つ一つに制限を付けられ、微塵も愛想が無い黒スーツの男達にスケジュールを管理させる日々。本気で暴れてやろうかと思ったのも一度や二度の話ではない。つか暴れてやった。2、3人半殺しにしてやった。

 

「わかった……織斑、クロスフォードに感謝することだな。それと、参考書の内容は全て一週間以内に覚えろ」

 

「えぇっ!? いや……千冬姉、さすがにあの厚さを1週間は無理……」

 

再び鋭い打ち込みと共に出席簿が振り下ろされる。聞こえる音に比べて外傷が無いのが素晴らしい。さりげない所で達人の技見せてんな、あの人。

 

「織斑先生だ。これは参考書を捨てたお前の責任だ。自分でどうにかしろ」

 

「……はい、わかりました」

 

ぐぅの音も出ない様子で再び座り直す織斑。

 

あぁ、それと言い忘れていたが、どうも織斑一夏と担任の織斑千冬は姉弟なんだそうだ。普通こんな偶然ありえんのか?

 

オレも女子生徒達の黄色い悲鳴に耳を塞ぎながら思い出したが、織斑千冬といえば、第一回モンド・グロッソの優勝者。

 

ブリュンヒルデの名と共に『世界最強』の称号を手にした人ではないか。後でダメ元でサイン貰えるか訊いてみよう。

 

しかし、その『世界最強』が担任を務める学校って……改めてとんでもない場所に来たんだな、オレと織斑は。

 

そんなことを考えながら、オレは参考書を片手に持ちながら立ち上がり、織斑の肩に手を置いた。

 

「悪いな、わざわざ貸してもらって」

 

「気にするな。さっきも言ったが、コピーも取ってあるし内容もほとんど頭の中に入ってるから好きなだけ使ってくれて構わない。全部覚えるのは難しくても、最低限授業に遅れないよう努力したほうがいい」

 

コピーを取って内容も覚えているのだが、流石にあの量を一週間では無理だ。それこそ完全記憶能力でも無い限りな。

 

参考書を捨てたのは確かに織斑が悪いが、だからと言って担任が何もしないのはおかしいだろ。何の助言も無しにやれと言われて出来ると思うのはよほどの脳筋か天才だけだ。

 

そこまで考えたところで、オレは体を仰け反らせた。

 

数瞬後、オレの頭があった場所をブォン! と音を立てながら出席簿が通過する。

 

何故かそれを見た織斑が信じられないモノを見たような目をしているが、今はそれどころじゃない。

 

「ほう、避けるとはな。だが、教師の与える罰を拒むなバカ者め」

 

「お断りします。そもそも、体罰を与えられるようなことをした覚えはありませんが」

 

「失礼なことを考えていただろう」

 

何処か自信ありげにそう言う織斑先生。

 

驚いたことに、この人の懲罰は確認を取れない他人の思考に対しても適用されるらしい。

 

何この人、常識と価値観がすでに暴君を通り越してるよ。

 

と考えながら体を仰け反らせ、再び振るわれた出席簿を回避する。今度は2連撃だったが、もう大体の速度は“覚えた”。

 

「避けるなと言ったぞバカ者」

 

「断ると言いました。オレはマゾヒストではないので」

 

残念ながらメンタル面で色々と“ぶっ壊れている”が、そういう趣味は無い。痛いのヤダ、これ普通。

 

すると、織斑先生は一旦諦めたように息を吐き、さっきの場所に戻った。

 

「1つ言っておく。お前達は、自分が『望んで此処にいるわけではない』と思っているな?」

 

突然、織斑先生がそんなことを言い出した。織斑はその言葉に明らかに反応した。いや、思っているな? とかキメ顔っぽく言われましても。何当たり前のこと訊いてくれてるんだこの人。

 

「望む、望まないに関わらず、人は集団の中で生きていかなければならない。それすら放棄したいと言うなら、まずは人間であることを辞めるんだな」

 

随分と辛辣な言葉を言い切ったもんだが、それを聞いた織斑は何かを決意したように顔を引き締めていた。

 

対してオレは、織斑よりも自分の立場と状況を理解している自信があるので特に心に響かなった。というか、心の中で若干の苛立ちを感じている。

 

正論ではあるんだろうが、人の心情も知らずに好き勝手言ってくれたもんだ。

 

こっちの意思をほとんど聞かずに身柄を拘束し、何処かのホテルにぶち込まれ、黒スーツの男共に四六時中見張られ、最後には女だらけの学園に強制入学と来た。こんな待遇されて不満の1つも抱くなってのが無理だろ。

 

『望む、望まないに関わらず、人は集団の中で生きていかなければならない』だと? 笑わせるな。オレと織斑の自由を奪ったのは、他ならぬその集団……『社会』だろう。

 

まあ、そんなことを思っても、同時に“こうするしかなかった”というのもオレは理解している。詳しい説明は口にすると萎えるんで省くが、この学園に来なければオレと織斑はとてつもない“不幸”に出会ってただろうからな。

 

悪いのは織斑先生ではないのだろう。突き詰めれば皆が皆、自分に都合の悪い事態になるのを避けようとした結果だ。無意識に世界中が歯車と時計の関係になったわけだ。

 

(やれやれ……誰かに八つ当たりでも出来れば万々歳だが、深く考えれば考えるほど怒りが消えていきやがる。メンドくせぇ~)

 

ならば深く考えるのやめろ、と思うのが自然だが、それは生憎と無理だ。記憶が消し飛んでから10年近く掛けて作られたオレの心は、そう簡単に思考を放棄出来ない。

 

とりあえず内心で溜め息を吐きながら、オレも織斑に参考書を渡して自分の席に戻った。

 

最初の授業でコレか、先行きが不安過ぎるな。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

未だにゼロインフィニティの要素どころかISすら出せません。

オリ主に至っては一夏とのエンカウントが殆ど無いようなもの。オリ主も外見くらいしか紹介していませんしね。

あ、もしオリ主のメンタル面で何か思い当たる人がいたら、今は気にせんでください。うん、本当に。心の中に仕舞ってください。

原作メンバーとも徐々に関わらせていきたいと思います。

では、また次回。


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第2話 様々な“代表”

今回からクラス代表編に入ります。

では、どうぞ。



  Side アドルフ

 

 改めて思うが、このIS学園の設備のテクノロジーは少し異常だ。

 

黒板は電子モニターになっていて、オレが座っている机さえ空間モニターとキーボード装備という下手なPCを遥かに上回るスペックを備えている。

 

校舎も同じく、色々な国を旅してきたオレでも今まで見たこと無い程に近未来的なデザインだ。道案内の看板ですら立体スクリーンを使うなんて、次元が違う。

 

聞いた話では、IS学園と外部の技術力は20~30年ほど開きがあるとも言われているらしい。ここは一体何処の学園都市だ?

 

まあ、それも当たり前と言えば当たり前だ。

 

この学園が目を向けているのは、超能力でも魔術でもなくISだ。

 

ISは理論上それまでの全ての兵器を凌駕する性能を誇る。その研究開発が行われた事で、様々な面での技術が飛躍的に発達した。

 

もちろん、まだ一般に出回っているわけではないが、このIS学園という場に置いては別の話だ。最先端のテクノロジーが日常部分にさえも注ぎ込まれている。

 

ISは宇宙進出の可能性だけでなく、大規模な技術革命を人類にもたらしたのだ。

 

まあ、良い面があると同時に悪い面があるのも確かなんだがな。

 

それは、ISが女性しか動かせない事によって生まれている女尊男卑の社会。ISに乗れる=偉いという考えが広まり、男が見下される社会になって来ているのだ。

 

正直、何だってそんな理解不能な世論が広まり、かつそれに納得して洗脳されるキチガイがいるのか今でも疑問だ。

 

 

「……わたくしを知らないっ!? このセシリア・オルコットを……代表候補生にして、入試主席のこのわたくしをっ!?」

 

 

そう思ったところで、教室の中に驚きの声が上がった。

 

声のする方向に目を向けてみると、鮮やかな長い金髪に少しロールを入れた女性が織斑一夏に食ってかかっていた。肌は白人のそれで、瞳もそれ特有の青色だ。

 

多国籍などに関係無く生徒を受け入れなくてはならないIS学園では外国人など珍しくもないが、あの女には何処か普通とは違う“お嬢様”という感じのオーラがあった。

 

しかし、ISの国家代表候補で入試主席か……優秀なのは確かなようだが、他者を見下すような雰囲気を纏っているせいかどうにも良い印象を持てんな。

 

「あ、ちょっと待った。質問いいか?」

 

「ふふ、下々の者の疑問に答えるのも貴族としての努め。よろしくてよ」

 

「……代表候補生って、なに?」

 

その瞬間、教室の中に残ってた生徒と金髪の女は綺麗にズッコケた。

 

オレもズッコケはしていないが、驚きと呆れを感じているのは事実だ。

 

だが、織斑一夏はそんな反応を示した周りこそがおかしいと言うように、平然とした顔で首を傾げている。

 

状況に流されているだけかと思ったが、アイツって実はとんでもない自己中野郎なんじゃないだろうか。

 

「あれ、みんなどうしたんだ?」

 

「し、信じられませんわ! 知識が乏しいにもほどがあります! これは常識ですわよっ! 常識! マニュアルなどなくても分かるレベルですわ!」

 

残念ながらその通り、これはISに関する知識どうこうではなく、一般常識に当てはまる情報なのだ。というか、単語から大体想像出来るだろう。

 

国家代表とはISの世界大会、モンド・グロッソにおいて文字通り国の代表として出場する人間であり、代表候補生はその候補者を示している。

 

いくらなんでも、コレを知らないのは無知を通り越して疑問だぞ。

 

「嘆かわしいですわね……本来ならわたくしのような選ばれた人間とクラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なのですわ!その現実をもう少し理解していただける?」

 

いや、そこまでではないだろう。代表候補生になれた実力は分かるが、クラスの編成に関してはどう見ても無関係だって。

 

「大体、何も知らないくせによくこの学園に入れましたわね。ISを動かせる男と聞いてもう少し知的な人物だと思っていましたが、期待外れですわね」

 

「そう言われても……俺に何かを期待されても正直困るんだが」

 

織斑の言うことも尤もなのだが、金髪の女、オルコットは知ったことではないと言うように鼻を鳴らし、腕を組みながら黒板の方へ歩いていく。

 

「ふん。まぁでも? 私は優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ? わからないことがあれば……まあ、泣いて頼まれたら教えて差し上げても良くってよ。なにせ私、入試で唯1人、教官を倒したエリート中のエリートなのですから」

 

「入試?ああ、それなら俺も倒したぞ」

 

その言葉に、クラスの中にいる全員とオルコットが驚きながら織斑一夏を見た。同時に、オレは盛大に嫌な予感を感じていた。

 

「わ、わたくしだけだと聞きましたが……」

 

「それって、女子ではってオチじゃないのか?」

 

ピシッ! と、驚きを隠せない様子のオルコットに織斑の発言がトドメを差した音が聞こえた。

 

すると、オルコットが肩を震わせながら織斑一夏の机を強く叩いて詰め寄った。

 

「あなたも……教官を倒しましたのっ!? わたくしと同じように……まさか、もう1人の男も……」

 

嫌な予感が的中した。

 

少々俯き気味だった視線を持ち上げてみると、クラス内の全員がオレを見ていた。掛けられる言葉は無いが、視線だけでどうなの? と尋ねている。

 

オルコットに至っては盛大に目が血走っており、鼻息も荒い。怖えよ、こっち見んな。

 

だがこれは……下手な嘘を言えば後々厄介なことになりそうだ。

 

「……オレも倒した。と言っても、かなりギリギリのまぐれ勝ちに近いがな」

 

後半部分の情報を忘れずに真実を伝える。

 

そう。オレも入試の試験で教官と1対1で戦い、勝利したのだ。

 

とはいえ、空をマトモに飛べないオレをなぶり殺しにしていた教官が調子に乗って地上に降りて接近戦を仕掛けて来たので、それをチャンスに得意の蹴り技でボコボコにしたという内容なのだが。

 

正直、オレもあそこまでやられて勝てるとは思わなかった。接近戦弱すぎるのに調子に乗ってくれた教官のおかげである。

 

「そんな……バカな……納得いきませんわ!」

 

オレの発言に更なる驚きを感じたオルコットは今にもブチギレそうになるが、その怒りが開放される前に、3時間目の授業開始を知らせるチャイムが鳴った。

 

不完全燃焼とすら言えない状態でオルコットは肩を震わせ、ビシッ! と織斑を指差した。

 

「また後で来るので逃げないように! 良いですわね!?」

 

そんな捨て台詞を残してオルコットは戻っていくが、オレは内心で来んなと叫びたい気分だった。恐らく織斑一夏も似たようなものだろう。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「それではこの時間は実戦で使用する各種装備について説明する」

 

始まった3時間目の授業。今回教壇に立っているのは、織斑先生である。

 

かなり重要な内容なのか、脇に立つ山田先生もノートを取っている。

 

「……ああ、その前にこれより再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める。クラス代表は対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……簡単にいえばクラス長だな。ちなみにクラス対抗戦では、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」

 

早い話が色々な面でクラスの代表を請け負う人間を決めるということだろう。

 

だが、少し引っ掛かる部分もある。今の時点でクラスの実力に大差は無いと言ったが、代表候補生がいるクラスはどうなるんだ? 経験も知識もレベルが違うと思うんだが。

 

「クラス代表には自薦他薦を問わない。誰かいないか?」

 

まあ、その辺を理解していない女子達は恐らく……

 

「はいっ。織斑君を推薦します!」

 

……こんな風に、面白そうだと期待して男子生徒を推薦するわけだ。

 

「お、俺!? ちょっと待て、俺はそんなのやらない……」

 

「自薦他薦を問わないと言った推薦された者に拒否権は無い。名前を出された以上は覚悟を決めろ」

 

声を上げて反論しようとする織斑一夏を織斑先生が黙らせる。

 

人権侵害も良い所の発言なのだが、口にすれば恐らく出席簿が飛んでくるのだろう。

 

「納得がいきませんわ!そのような選出は認められません!」

 

他薦や自薦がまったく途絶え、このまま決定しそうなところでバンッと机を叩く音が聞こえた。

 

クラスの視線が向く方向にいたのは、セシリア・オルコット。その表情には、明らかな不満の色が有った。

 

「男がクラス代表なんて恥晒しもいいところですわ!この私に、セシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるの!?」

 

席から立ち上がり、オルコットは左手を胸に当てながらそのままスピーチを続ける。

 

「実力から行けば私がクラス代表になるのは当然! それを、物珍しいという理由で極東の猿にされては困ります! 私はこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスを見に来ているのではありません!」

 

お~い、その辺でやめておいた方が良いぞ~。お前の発言、世間的に見てもデッドボールギリギリのラインを走ってるから。

 

「あの、アドルフさん。当然だと言うなら、何故自分で立候補しなかったのでしょうか?」

 

そう考えた時、隣に座っている女子生徒がおそるおそるといった感じで話しかけてきた。確か、四十院さんだったか? てか、いきなり名前呼びかい。別に嫌ではないが度胸あるな。

 

話しかけられたのは少し意外だったが、オレはすぐに答えを返す。

 

「多分だが、推薦されたかったんじゃないか? 実際、オルコットの実力はこのクラスで最も高いはずだし、人気はともかくとして勝率は高いだろうな」

 

「ぐっ!……す、少し余計な発言が混じっていましたが、そちらの男子生徒は分かっているようですね。そう、クラス代表はエリートたる私こそがふさわしいのですわ」

 

オレの推測は図星だったらしく、オルコットは少々ダメージを受けながら言葉を続ける。

 

「大体!文化としても後進的な島国で暮らさなくてはいけないこと自体、私にとっては耐え難い苦痛なんです! それを……」

 

「イギリスだって大したお国自慢無いだろ。世界一まずい料理で何年制覇だよ」

 

オルコットがデッドボール云々を通り越してガソリンタンクに火を投げ込む同然の発言をしたのだが、周りの注目はそれに割り込んだ織斑に向けられた。

 

しかし、随分と元気良く話してるが、オルコットは自分の発言内容を理解してんのか?それとも本当に大した度胸を持っているのか。

 

極東の猿と言うが、このクラスの担任と副担任はその国の出身であり、クラスの半分は日本人だ。おまけに罵倒を飛ばした織斑一夏は“元世界最強”の弟。

 

そっと視線を動かしてみると、山田先生は額の微かな青筋を笑顔で隠している。わぁ~綺麗。織斑先生は青筋などは浮かべていないがその目の中には薄くだが殺意に似た冷たさが宿っている。わぁ~怖い。

 

続いて隣の四十院さんに目を向けてみると、全身から怒気を滲ませながら射殺さんばかりの眼光をセシリアに向けていた。そっとしておこう。

 

しかし文化としても後進的とは恐れ入る。この学園が作られることになった元々の原因を作ったのが何処の誰で、どの国の出身なのか知らないわけではないだろうに。

 

これ、世間に公表したら冗談でもなくとんでもないことになるよね? 日本とイギリスの関係とか、オルコット自身の立場とか、イギリスに対して国交断絶状態も夢じゃないぞ。

 

「あ、あなたっ! 私の祖国を侮辱しますの!?」

 

先程の自分の発言を棚に上げているのか、オルコットは顔を真っ赤にして声を上げる。

 

あんだけとんでもない爆弾発言連発しといて沸点低いとは、最悪の組み合わせじゃねぇか。

 

というか織斑一夏、オルコットの発言にも問題あるが、イギリスだって良い国だぞ? 旅で何度も行っているが、料理だってかなり美味いもんだ。自慢出来ることなんてたくさん出てくる。

 

「決闘ですわ!」

 

「ああ、いいぜ。四の五の言うよりずっと分かりやすい」

 

だが、オルコットはその良さを伝えるつもりはないらしく、机を叩いて宣言する。織斑一夏も乗り気のようだ。信じられるか? コレ、クラスの学級委員を決める話し合いなんだぜ?

 

「織斑先生、候補者が複数の場合はどうすればいいんですか?」

 

1人の女子生徒がそう尋ねると、織斑先生の口元に微かだが笑みが見えた。

 

穏やかに見え、同時に今の状況を楽しそうに見るような笑みだ。

 

「なに、簡単なことだ。候補の中から一番実力の有る者を選べばいい」

 

そう言った織斑先生は笑みを浮かべながら一瞬だけオレを見た。それに気付いた瞬間、オレは先程の休み時間を上回る嫌な予感を感じた。

 

他に視線を移すと、セシリア・オルコットは自分が選ばれて当然だと思い込んでいるようで、上機嫌そうな笑顔だ。

 

「織斑、オルコット、さらにアドルフ・クロスフォードを加えた3人でISの勝負を行い、総合戦績で一番優秀だった者をクラス代表とする」

 

その言葉を聞き、オレは疲れたように重い溜め息を吐き、織斑一夏は呆然とし、オルコットは笑顔のまま一瞬石化し、再び怒りの表情に変わる。

 

「な、何故ですか!? 勝負などせずとも、実力的に私が一番優れているではありませんか! 例え2人同時に相手したところで負けはしません!」

 

「ならばそれを試合で私に証明してみせろ。代表候補生だろうが特別扱いされるなど思うな。織斑、クロスフォードもそれでいいな?」

 

「俺は構いませんけど・・・・・」

 

「何故自薦も他薦もされていないオレが加わっているんでしょうか」

 

セシリア・オルコットは簡単に抑え込まれたが、オレは生憎とハイそうですか、とは頷けない。てか、声に出すならふざけんなと言いたいくらいだ。

 

「まだまだ未熟とはいえ、お前は入試で教官を倒した実績がある。クラス代表を務めるには充分と判断した私からの推薦だ。それとも、この決定が不服か?」

 

「正直に言って、オレはどこぞのブリュンヒルデの弟のように客寄せパンダになりたくはありません。賭けの対象や見世物として出されるなんて死んでもごめんです」

 

徐々に苛立ちを含むような口調になっていったが、本心である。

 

オレの言葉に教室の空気が一瞬凍りつき、織斑先生が目を細めてこちらを見ている。余計なことを言うな、という目だが、オレの知ったことではない。

 

「だがお前は確かに推薦を受けた身だ。決まったからには覚悟を決めろ」

 

いや、その推薦しやがったのはアンタだよね? 教師の立場で1人の生徒に推薦したよね? 覚悟も何も無いだろうが。

 

もはや反論を口にする気力さえ失せる暴君理論にオレは溜め息を吐いた後で舌打ちする。

 

「さて、話は纏まったな。それでは勝負は一週間後の月曜日、第3アリーナで行う。織斑、オルコット、クロスフォードの3人はそれぞれ“準備”をしておくように。では授業を再開する」

 

ぱんっと織斑先生が手を叩き、話を強制的にそこで締める。

 

そこから授業が再開したのだが、オレの心の中は苛立ちが渦巻いて仕方が無かった。

 

(こうなればもう変更は出来んだろうし……なんとかしなくてはな)

 

旅を続けている上で“荒事”には慣れているのだが、これは流石に勘弁願いたかった。

 

(へいへい……決まったことに駄々こねても仕方ないぞと。頑張りますよ~)

 

内心でうんざりしながらも、オレの頭はすでに戦略を練り始めているのだった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 授業が終了し、オレは終わりの礼の後にすぐ教室を出た。

 

そのまま廊下を早歩きで通過し、階段を登って屋上に出る。さらに屋上の隅に移動し、入り口を見張る。ここまで来るのにすれ違った人間は1人としていないが、人の目を避ける為の保険だ。

 

そして懐から携帯電話を取り出し、素早く番号をコールする。呼び出すのは、今までの生涯で知り合ったオレの“親友”だ。

 

「Good evening……ああ、オレだ。久しぶりだな。知ってると思うが、今日本にいる。時差からしてそっちは今は夜だよな? 時間あるか? ……感謝するよ親友。突然で悪いが……」

 

そこまで言い掛けて、オレは柵に背中を預けながら空を見上げる。

 

「ちょっとIS使って“決闘”することになってな……力を貸してくれ」

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

オリ主の立ち位置が未だに微妙な上に、ISもゼロ二ティも出せていない。

次回からISを出して、セシリア戦でゼロ二ティを出していきます。

では、また次回。


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第3話 ルームメイト

前回言ったとおり、どうにか少しだけISを出せました。それと、ヒロインの1人もようやくです。

今回、ちょっと話が急ペース気味で進みます。

とりあえず、今さらだけどISの原作って、突っ込みどころ満載ですよね。まあ、それでも大好きですけど。

では、どうぞ。



  Side アドルフ

 

「うぅ~……意味が分からん。何でこんなややこしいんだ……? よく覚えられたな、アドルフ」

 

「参考書を捨てたお前の自業自得だろう。好きなだけ貸してやるから、少しでも早く内容を理解して覚えることだ」

 

オレの目の前には、頭から煙を噴き出しながら机に突っ伏している織斑一夏がいる。

 

セシリアとの対決が決定し、授業を真面目に聞こうと決意したらしいが、参考書を捨てたせいもあって当然の如く苦戦していた。

 

「ああ、織斑くん、クロスフォードくん、まだ教室にいたんですね」

 

呼ばれた声に振り返ると、そこには書類の束を片手に持った山田先生がいた。

 

「えっとですね、2人の寮の部屋が決定したので、伝えに来たんです」

 

「あれ? 俺って入学から1週間は自宅から通う話じゃ……」

 

「その予定だったんですけど、部屋割りを無理やり変更したらしいんです……2人共、そのあたりのことって政府から何か聞いてます?」

 

山田先生の言葉に対し、織斑は無言で首を振った。

 

ちなみに、オレもこれに関しては何も聞いていない。というか、黒スーツの男達相手に暴れ回ったせいでそれどころではなかった。

 

「じゃあ、荷物とかは……」

 

「私が用意してやった。ありがたく思え」

 

言いかけた山田先生の言葉を引き継いだのは、教室の中に入ってきた織斑先生だった。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「と言っても、生活必需品だけだがな。着替えと携帯の充電器が有れば充分だろう」

 

なるほど、素晴らしいまでに最低限だ。本当に生活に必要な物だけしか無いようで、随分と大雑把だ。

 

まあ、身内だからと言って娯楽品を混ぜ込む人だとは思えないしな。

 

「オレの荷物はどうなったんでしょうか」

 

「すでに部屋の中に運んである。しかし……旅をしていると聞いていたが、意外に少ないのだな」

 

「所持品は他にも色々あるんですが……状況が状況なんで外国の友人にまとめて預かってもらってるんです。休み時間に幾つか送ってほしい物をメールしました」

 

各国の知り合い、友人達の元にある荷物は他にもそれなりに多いが、しばらくは預かって貰っておくとしよう。

 

まあ、ストレス発散の為に送ってもらう物も少しあるが。

 

「……各部屋にシャワーはありますけど、生徒用の大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど、織斑くん達は今のところ使えません」

 

「えっ、なんでですか?」

 

「織斑、お前は女子が使用中の浴場に入り込むつもりか?」

 

「……やっぱりいいです、はい」

 

オレの言葉に織斑が頬を引き攣らせ、すぐに首を振った。

 

世界中を旅したオレには風呂の習慣は無いが、日本人はやっぱ違うのかね?

 

「ええっ!? 女の子に興味がないんですか!? そ、それはそれで問題のような……」

 

何故山田先生の思考がそういう極論に至ったのか今1つ理解出来ないが、まさか本当じゃないよな?

 

「それはそれで……アリね……」

 

「素晴らしいわ……イケメンが材料だと次々とアイディアが浮かぶ!」

 

「今日は徹夜ね! すぐに取り掛かるわよ!」

 

何やら廊下から元気に腐っていく声が聞こえるが、無視することにしよう。

 

ただ、織斑から少しだけ距離を開き、一言だけ伝えておこう。

 

「織斑……日本では同性愛が認められていないことを忘れるなよ」

 

「距離を開けながら言われなくても知ってるよ!? 心配しなくても俺はノーマルだよ!」

 

「と、とにかく……私たちはこれから会議があるので失礼しますけど、2人共真っ直ぐ寮に帰るんですよ。何処か寄り道したらダメですからね」

 

そう言った山田先生は教室を出て行き、オレもくたびれた様子の織斑一夏と一緒に寮を目指すことにした。

 

本当のことを言えば学園にあるIS関連の施設を見て回りたい気持ちもあったのだが、流石に今日は休むことにしよう。いい加減、女子の視線から解放されたい。

 

「さてと、部屋行くか…………あれ?」

 

「どうした?」

 

「いや、俺とアドルフの部屋の鍵……番号違くないか?」

 

織斑一夏の言葉に一瞬体が固まり、おそるおそる山田先生に渡された鍵を見てみる。

 

続いて織斑の手の中にある鍵を見ると、確かに番号が違っていた。

 

コレはアレか? オレと織斑一夏に同年代の女子と同じ部屋で過ごせと? 正気かこの学園は。今の女尊男卑の社会で女と問題を起こせば社会的に抹殺されるのはほぼ確実だというのに。

 

「個室なのか……それとも、誰かと同室なのか……」

 

「織斑、とりあえず考えるのやめよう……これ以上、この学園の非常識っぷりに悩んでたら頭がおかしくなる」

 

「お、おう……」

 

顔に手を当てながら深い溜め息を吐いたオレの様子に、少々引き気味になりながら織斑一夏が頷いた。

 

本当、初日からこれって……オレ、この先大丈夫なのか?

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「そういえば言うの遅れたけどさ……セシリアとの勝負、絶対に勝とうぜ!」

 

「オレはそもそもやりたくないんだがな……それに、そういう言葉は実力差をハッキリと見極めてから言え。クラスの女子も言っていただろう」

 

爽やかな笑顔でそう言ってきた織斑一夏に即答すると、ジト目を返された。どうやら、オレのドライ気味な返答がお気に召さなかったらしい。

 

「なんだよ、やる前から諦めてるのか? ……あんだけバカにされて、悔しくないのかよ?」

 

「確かにオルコットの発言と態度には色々と問題が有ったが、オレから見れば売り言葉に買い言葉となった時点でお前も同レベルだよ」

 

イギリスだって、日本と同じでちゃんと良い所あるんだぞ? と付け足し、オレは歩を進める。

 

喧嘩を売られたからといって、必ずしもそれを買わねばいけないことはないのだ。

 

まあ、今更言っても仕方ないし、コイツ個人の心情に深入りする気は無いからもうやめておくか。見た感じ、オレの言葉で少なからずダメージ受けてるみたいだし。

 

「まあ、勝ち負けはともかく、やれるだけのことはやるさ。ちっぽけなプライドだが、最初から自分で勝負を投げるのは好きじゃない」

 

そこまで言って、この話題は強制的に終了。

 

オレと織斑一夏はしばらく無言のまま寮の通路を歩いた。

 

「あっ……1025……ここか……」

 

寮の部屋番号を見ながら通路を歩いていると、織斑の部屋の方が先に見付かった。

 

織斑はそのままドアノブに手を伸ばすが、触れる寸前で手が止まった。

 

「やっぱり……誰かいるのかな?」

 

「いないに越したことはないが……もう覚悟を決めるしかないだろう」

 

「そ、そうだな……よし、行ってくる!」

 

ドアノブ捻って部屋に入るだけでこんな勇気が必要なのもシュールな光景だが、織斑一夏は覚悟を決めた顔で部屋の中に入っていった。

 

何となくそのまま数秒待ってみたが、特に大きな物音も聞こえない。

 

「オレも行くか……」

 

バンッ!!

 

そう言って踵を返した瞬間、数秒前に部屋に入った織斑一夏が飛び出してきてすぐに扉を閉めた。その顔にはびっしりと汗が流れている。

 

何やってんだ、と問い掛けようとしたが、その瞬間にドアの先から凄まじい嫌な予感を感じた。旅の中で何度も感じたことがあるこの威圧感は、殺気。

 

「ちっ……!」

 

無意識に舌打ちしながら手を伸ばして織斑一夏の襟首を掴み、反対方向へと引き寄せる。

 

すると、数瞬前に織斑一夏の体が有った空間を1本の木刀が鋭く貫き、直線状にあったオレの右脇腹を僅かに掠めた。驚いたことに、木刀はドアを見事に貫通している。

 

「っ……!」

 

木刀が掠った右脇腹がジリジリと鈍い痛みを訴えてくるが、それどころではなさそうだ。ドア越しに感じる殺気がまだ消えていない。

 

すると、思った通り刺突が続けざまに放たれ、次々とドアに穴を開ける。

 

「おいおい……」

 

バックステップでドアから距離を取ったので被害は無いが、破壊されていく目の前のドアを見て溜め息が漏れる。

 

「ったく……」

 

オレは呆れながら引き戻されそうになった木刀を右手で軽く掴み、刀身の部分を左膝で蹴り上げる。その衝撃はドアに挟まれている状態の木刀に響き、上下に激しく震動する。

 

するとどうなるか……衝撃が持ち手部分にも伝わり、強く握った分だけ手に痛みが走る。痛みの感じで言うなら、鉄パイプでレンガの壁を叩いた時に近い。

 

案の定、ドア越しに感じていた木刀の抵抗が無くなり、引っ張った木刀は糸も簡単にドアから引き抜けた。

 

「織斑、無事か? というか……何があった?」

 

「いや、箒の奴が怒って……そ、それより! お前は大丈夫なのかよ!? 木刀掠ってなかったか!?」

 

「少し痛むが、それだけだ。その口ぶりだと中にいる奴は知り合いのようだが、大丈夫なのか? どうにも精神面に異常を抱えていそうだが」

 

「どういう意味だっ!!」

 

中から不満そうな大声が聞こえ、ドアが開いた。

 

すると、そこには道場着姿のポニーテールの女がいた。見覚えがあったので記憶を探ってみると、休み時間に織斑一夏と話していた女と顔が一致した。

 

「言った通りだ。何があったかは知らんが、普通の人間は怒りに任せて木刀で人を襲ったりはしない。他人に迷惑を掛けている自覚すら無いのかお前は」

 

そう言って穴だらけのドアを指差すと、その女は何も言えなくなった。

 

「……まぁいいだろう。一夏、入れ」

 

ついさっき人を殺しかけた自覚も無いのか、その女は平然とそう言った。

 

織斑一夏は少し戸惑いながらも頷いて立ち上がるが、思い出したように慌ててポニーテールの女に詰め寄った。

 

「そ、それより箒! お前何やってんだよ!? 俺が悪いのは分かるけど、もう少しでアドルフが大怪我を……」

 

「やめておけ、織斑。今のソイツに言っても恐らく無駄だ」

 

正直、蹴りの1発でもぶち込んでやりたいところだが、今は我慢だ。というか、食って掛かるのも無駄な気がする。

 

織斑一夏の肩を掴みながらそう言って、オレはドアから引き抜いた木刀を手渡す。

 

「あの女の頭が冷えるまでは絶対に渡すな。それと、少し釘を差しておけ、あのままでは周囲の人間が誰も寄り付かなくなるぞ」

 

「わ、わかった……本当、色々ごめん。それと、ありがとうな」

 

申し訳無さそうにそう言った織斑一夏におう、と軽く返答し、今度こそその場を後にする。

 

それと、今の騒動で周りの女子生徒が集まっていたが、木刀が掠った脇腹の痛みを耐えているオレはそれどころではなかった。

 

クソが、ISを動かせることが分かってから色々有り過ぎて勘が鈍ったか?

 

「ここか……」

 

鍵に書かれたのと同じ番号の部屋を見つけ、一度深呼吸した後に扉をノックする。

 

部屋の中からすぐに返事が聞こえ、目の前のドアが控えめに開いた。

 

「誰……?」

 

部屋の中から出てきたのは、所々にはねがある綺麗な青髪の少女だった。

 

四角型の眼鏡を掛けた赤色の瞳は細めで虚ろな感じに見えて、何処か気弱そうな雰囲気を放っている。そんな子だ。

 

「今日から君のルームメイトになった者なんだが……」

 

「貴方が……? わかった……入って」

 

オレの言葉に少し驚いたようだが、少女は部屋に入れてくれた。

 

部屋の内装を見て最初に思ったのは、まるで高級ホテルみたいだということ。今まで色んな宿やホテルに泊まったことがあるが、ここまで高そうな部屋は見たことないな。

 

部屋の中を見回している中でオレが愛用しているボストンバッグを見つけ、中を確認する。だが、ふとルームメイトの少女の視線を感じて顔を上げる。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな。改めて、アドルフ・クロスフォードだ。男が相部屋ということに不満はあるだろうが、よろしく頼む」

 

更識(さらしき)(かんざし)……別に、不満は無い。よろしく」

 

自己紹介なら握手でもするべきなのだろうが、皮手袋を装着したままでやるのは流石に気が引けるのでやめておこう。

 

「更識、早速だが色々と決まりごとを作りたい。お互い、シャワーの使用中に鉢合わせしたり、着替えを見られたりするのは遠慮したいだろう。更識からは何かあるか?」

 

「……じゃあ、1つだけ……どうして、両手に手袋を付けているの?」

 

……正直、少し意外だった。

 

見た目から人の性格を決めるのは良いことではないが、更識はそういう疑問を進んで口にしないと思っていた。

 

とはいえ、オレから質問を問い掛けたのだ。訊かれたからにはちゃんと答えよう。

 

「分かった。教えよう……だけど、少し覚悟して聞いてくれ」

 

オレの言葉に数秒呆然となるが、更識は瞳の中に決意を固めて頷いた。

 

「と言っても、大した理由ではないんだ。ただ、堂々と見せるのも気が引けてな……」

 

「どういう、こと……?」

 

「6年も前の事故でな。オレはその時のショックで記憶を失くしたんだが、体のあちこちに大怪我を負ったんだ。医者が言うには、顔に怪我が無かったのと、身体機能に1つも不全が出なかったのは奇跡だそうだ」

 

事故の詳細は、街の外れに建つ家が突然爆発するように燃え出し、そこで暮らしていた家族はオレ1人を残して全員死亡。どういうわけか、遺体は骨すら残っていない。

 

生き残ったオレも両腕と体を炎で焼かれ、体にも大小無数の傷を負った。

 

ガキの頃に面倒を見てくれた医者の話では、発見された時のオレは相当に酷い状態だったらしい。助けるのを諦めそうになったとか言ってたが、医者の発言としては洒落にならんぞ。

 

ちなみに、病院に運び込まれた時の写真があるらしいが、しばらく飯が喉を通らない気がしたので、断固拒否した。

 

「親が残してくれた金で長期治療を受けられてかなりマシになったんだが、まだ治ってない怪我や消せない傷跡もあってな。この手袋は両手の火傷と切り傷の跡を隠してるんだ」

 

見せるなんて真似はもちろんしないが、オレの両腕にはまだ薄い赤色の火傷と幾つかの切り傷の跡が残っている。

 

他にも体に傷跡があるのだが、こっちは極力肌を見せないようにしているので問題は無い。まあ、これがオレの制服をカスタマイズした理由というわけだ。

 

「……ごめんなさい」

 

すると、突然更識が申し訳無さそうにペコリと頭を下げた。

 

多分、傷と火傷のことを訊いたことに謝罪しているのだろう。

 

「気にしなくていい。傷のことはとっくに割り切ってるし、 手袋(これ)を付ける生活にもいい加減慣れたもんだからな」

 

オレの声の調子から本当に気にしていないと分かってくれたようで、更識はすぐに顔を上げてくれた。

 

これから少しの間でもルームメイトになるんだ。気まずくなるような空気なんて勘弁してほしい。

 

その後はシャワーの詳しい使用時間などを決めて、今日の話は終了となった。

 

もう少し話をしたかったが、初日から色々有り過ぎたせいで疲れた。

 

そんな理由で、オレは寝る前に更識に“しばらくよろしくな”と言ってすぐに眠りに付いた。

 

こんな形で、オレのIS学園での最初の1日は幕を閉じた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 翌日、朝を迎えると共に昨日までの記憶が夢ではないと教えられた。理不尽に最悪の朝だ。

 

そういえば更識は夜遅くまで何かの作業をしているようだったが、何だったのだろうか。オレは大抵の光や音なら問題無く眠れるので特に気にしなかったが。

 

せっかくルームメイトになったんだ。出来ることがあるなら力になろう。

 

更識は少し用事があるらしいので、オレは1人で学食に向かった。

 

学食に入った途端に周りの女子が一斉に道を空けてくれたが、オレはモーゼじゃないっての。まあ、しばらくはコレも続くんだろうが。

 

そんなこんなで中に入ると、織斑と遭遇した。隣には木刀を振り回していたあの女がいたが、何やら不機嫌そうで普段よりも近寄り難い雰囲気を放っている。

 

織斑が言うには、この女の名前は篠ノ之箒というらしい。何とも舌を噛みそうな苗字だが、何処かで聞いたことがあるのは気のせいか?

 

織斑とは幼馴染で6年ぶりの再会なんだそうだが、ずいぶんと癖のある友人がいるんだな。しかも、篠ノ之の方は織斑に惚れてるように見える。

 

何で分かるかって? 態度があからさま過ぎるだろう。隠す気あんのか? と質問したくなるくらいだ。

 

そして、それに気付かない織斑はもっと分からん。呆れるほど鈍感なのか、それとも本当にホモなのか。出来れば前者であってくれ。頼むから。

 

あと、織斑が昨日の件で篠ノ之に謝罪するよう言ったらしいが、断固拒否しているそうだ。その辺は最初から期待していなかったが、どうやら思ったとおりの奴らしい。

 

これじゃあ、惚れられている織斑も大変だろうに。主に肉体へのダメージ的な意味で。一応、死なないことを祈っておこう。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「織斑、お前の専用機だが、到着まで時間が掛かるそうだ」

 

授業を開始する前に、織斑先生が織斑にそんなことを伝えた。

 

専用機というのは、字の通り、その搭乗者の為だけに用意されたISのこと。主に国家代表や代表候補生、後は企業の専属パイロットなどに用意される。

 

だが、現在世界に存在するISコアの総数は467。つまり、現在でISは467機しか存在しないわけだ。

 

その467機の中で専用機を与えられるのは、本来ならかなりの実力を持つエリートだけ。しかも、聞いた話では数年前の“事件”を境に競争率がさらに厳しくなったそうだ。

 

だが、織斑の場合は本人の実力よりもデータ収集を優先し、政府から決定が下ったそうだ。

 

早い話がモルモットなのだが、その辺を軽く見ている織斑はお気楽そうにへぇ、と感心の声を上げている。

 

それと、何やらオレの専用機も用意されるらしい。と言っても、余っているISコアが無いので予定止まりの状態らしいが。

 

その情報を聞いてオレは安堵の息を吐いた。当然返答は……

 

 

「いりません。開発予定も打ち切ってもらって結構です」

 

 

……断固拒否。お断りである。

 

専用機の取得については、得る“権利”はあっても、受け取らねばならない“義務”は無いはずだ。故に、オレがいらないと言えばそれまでだ。

 

教室にいた全員がありえない、と言うような顔をしていたが、オレからすればお前等こそ分かってない。

 

政府が用意したISを専用機として利用するなど、ISを貰う代わりに自分の身柄を政府に渡すようなものだ。しかも、どんなISを寄越されるのかも分からないのだ。

 

強力な後ろ盾を持つ織斑ならともかく、オレがそんな話を受ければ、手の掛かる面倒な手続きを済ませるだけで人体実験し放題だ。

 

専用機は確かに魅力的かもしれないが、量産機との性能差が極端に開いていることなどないだろう。当たり前の状態だと割り切れば、特に思うことは無い。

 

そんな形で話は纏まり、放課後を迎えると共に織斑が声を掛けてきた。何でも、剣道場で特訓をするそうだ。

 

ISの操縦と竹刀振り回すことに何か関係があるんだろうか。一瞬接近戦を鍛える為かとも思ったが、織斑の専用機が射撃特化型だったらどうするつもりだ? まあ、言うと面倒なことになるだろうから何も言わないが。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「それじゃあ、始めましょうか。クロスフォードくん」

 

「分かりました」

 

そういうオレは、山田先生に放課後に訓練をお願いしている。

 

オルコットとの勝負の事情もあって、訓練機とアリーナの使用が優遇されるらしい。ありがたいことだ。

 

ちなみに、ISを操縦する際に着るISスーツなのだが、当初予定されていた織斑と同じデザインでは傷跡が丸見えになってしまうので、オレのは違うデザインにしてもらった。

 

まあ、傷跡の問題が無くても アレ(半袖に短パン+へそ出し)は勘弁だが。

 

上半身は手首に至るまで白いラインを走らせた全身青色スーツとなっており、手首から先は自分の皮手袋を付けて隠している。

 

それと、本来の役目である電気信号をの伝導を補助する為に、肩と肘の部分には白色の機械が取り付けられている。

 

下半身には特に傷は無いのだが、せっかくだから短パンを遠慮してスーツの丈を膝まで伸ばしてもらった。こちらにも、膝の部分に白色の機械がある。

 

日本製の量産機である打鉄と、フランス製の量産機であるラファール・リヴァイブの両方を試しに乗らせてもらったが、山田先生が見た限り、オレの動きは機動性に優れたラファールに向いてるそうだ。

 

そういえば、入試の試験でもこの機体に乗ったっけな。

 

それから軽く地上での移動と飛行をやってみたが、意外と苦労するものだ。体はひとまず思った通りに動くのだが、たまにISの運動性能に振り回されそうになる。

 

アリーナの使用時間ギリギリまで頑張ったおかげで、ISの運動性能には慣れることが出来た。1日使って小さな前進だが、とりあえずはこれでいい。

 

PICでホバリングのように浮遊しながらアリーナを数週したり、決められた距離範囲から外れないようステップの連続移動をしてみたが、山田先生はにっこりとした笑顔で合格をくれた。

 

「お疲れ様です、クロスフォードくん。改めてISに乗ってみて、どうでしたか? 何か違和感とか、感じました?」

 

「いえ、違和感などは特に。でも、悪くないと思います。地上や空を自在に飛び回れるのは、生身じゃ絶対に出来ませんから」

 

「そうですか……それじゃあ、何かの“声”は聞こえませんでしたか? 自分の内側から響いて、語りかけてくるような……」

 

「……いえ、少なくとも今回は聞こえませんでした」

 

「……分かりました。では、また明日も頑張りましょうね。オルコットさんとの勝負が終わるまでは私も放課後は空いていますから」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

優しく微笑む山田先生に一礼し、オレは身を翻して跳躍。落下が始まる寸前で飛行を行い、スムーズにピットに着地。背中に山田先生の拍手を聞きながら。ISから降りてアリーナを出た。

 

(自分の内側から響き、語り掛けるような“声”か……)

 

そういえば制服に着替えながら思ったが、ISを展開している時と生身の状態との違和感が驚くほど少ない。いや、そういう違和感すらISが自動で調整してるのか。

 

(確か、心拍数や発汗量……他にも脳内エンドルフィンも安定した状態に保たれるんだったな。だが、有事の際にはISコアが独自で判断して興奮状態を維持するらしいが)

 

参考書と授業の内容を鮮明に思い出しながら、オレはロッカールームを後して部屋へと戻った。

 

(……ん?)

 

だが、ISを収納する格納庫の中を歩いた時、妙な気配を感じて足が止まった。

 

感覚を頼りにその方向を見ると、そこにはシャッター式の扉がある。何故か無性に気になって扉を開けようとしたが、モニターには『LOCK』と表示されていて開かない。

 

しかも気のせいだろうか。この扉に近付いた途端に、フラッシュバックの時とは明らかに違った頭痛と吐き気が襲ってきた。心なしか眩暈もする。

 

まるで、近付くな、と言うようにこの一帯の空間が侵入を拒んでいるようだ。

 

無理矢理こじ開けてみるか、と一瞬考えるが、どうかしてるぞ、と自分に言い聞かせて踵を返した。慣れない体験をしたせいで、疲れたのか?

 

それから真っ直ぐ部屋へと戻り、更識と決めた使用時間内にシャワーを浴びてベッドに座り込んだ。更識に不思議そうな顔をされたが、少し疲れただけと言って誤魔化した。

 

別に疲れてなどいない。だが、格納庫で感じた感覚が微かに残っているような気がして落ち着かなかった。

 

幸い、一晩眠ればその感覚は完全に消え失せたのだが、なんだったんだ?

 

感覚が消えてからも、オレは少しの間、頭を悩まされるのだった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

オリ主は基本、原作ヒロイン達の問題行動や暴力行為には遠慮なく文句を言います。自分のやりたいことや好きなことを邪魔をされたりした場合は拳骨くらい普通に飛んできます。

次回は多分セシリア戦、オリ主が最後に感じた変な感覚と扉の中身などについては、その後になると思います。

では、また次回。


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第4話 起動

竜羽様、黄昏の疾走者様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はセシリア戦。ようやくゼロニティ要素を出せました。

それと、誠に勝手ながら1話と3話のオリ主の過去の事件があった年を、10年前から6年前に変更しました。どうか、ご了承下さい。

では、どうぞ。


  Side アドルフ

 

 今日は何故かオレも含まれたクラス代表戦の日。

 

「なあ、箒……気のせいかもしれないんだが……」

 

「そうか。ならば気のせいだろう」

 

「誤魔化すな。ISのことを教える話はどうなった……」

 

織斑と篠ノ之が口論しており、それを横目で見るオレがいるのは、アリーナを使う選手が待機するピット。

 

オレと織斑はこの場所でISを装備してアリーナで試合を行うのだが、現在1つ重要な問題が発生している。主に織斑に関係する問題が。

 

織斑に用意された専用機が未だに届いていないのだ。何でも手続きや受け取りの承認などでごたついてるらしい。運ぶ物が物なのだから、仕方ないと言えば仕方ないの。

 

オレは専用機など無いので困らないが、オレの使うリヴァイヴも一緒に運ばれる予定なので待つしかない。

 

ちなみに、対戦相手であるオルコットはすでにISを装備してアリーナの上空に待機している。

 

「織斑くん!!クロスフォードくん!!」

 

ピットの中に大急ぎで入ってきた山田先生と、その少し後ろに織斑先生がいる。

 

しかし、いつも以上に慌てた山田先生は今にも転びそうなので見ていて不安になる。ISを装備している時はまるで別人なのだが。

 

「山田先生、まずは深呼吸して落ち着きましょう。はい、吸って~」

 

「え? あ、はい。すぅ~~はぁ~~すぅ~~はぁ~~」

 

「はい、そこで止めて」

 

「うっ」

 

織斑がそう言うと、山田先生は本当に息を止めた。その状態が数秒続き、山田先生の顔は徐々に赤くなっていく。

 

呼吸整えるには息を止める時間がどう見ても長過ぎるのだが、見た感じ止めるタイミングを外したようだ。

 

案の定、山田先生は涙目になりながら咳き込んだ。随分長く息を止めていたようなので背中を軽くさすってあげると、感謝された。

 

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者が」

 

そして、織斑には出席簿という名の教育的指導が下され、呼び方に先生を付けなかったことでもう1発追加された。少しは学習しろ。

 

「えっと、織斑くんのISはこちらに移送中なんですけど、まだ少し時間がかかります。ですから……」

 

「先にクロスフォードがオルコットと試合を行う。それと時間が無いので、織斑はフォーマットとフィッテングはこのまま実戦で済ませろ」

 

「フォーマット? フィッティング?」

 

「初期化と調整だ。英単語の意味も分からんのかお前は」

 

首を傾げる織斑に溜め息を吐きながら教えてやると、重い音を立てながらピットの搬入口が開く。

 

目を向けた先にはオレの使うリヴァイヴが1機座している。

 

己が主を待つように装甲を解放し、ただ座しているリヴァイヴの装甲に軽く触れて、オレは装甲をよじ登って機体に体を預ける。

 

カシュッ! カシュッ! と空気が抜けるような音と共に装甲がオレの体に合わせるように閉じていく。そして、この機体が初めからオレのためにあるような一体感が走り、比喩でも錯覚でもなくオレの意識がISに『繋がる』。

 

瞬間、クリアな感覚が広がり、それが視界を中心に全身に行き渡る。各種のセンサーが感知し、報告してくる内容は、何度も見たことがあるかのように全て理解できる。

 

オレは片膝を着いて座していた体勢から体を起こし、両の手の平を開いたり閉じたりしながら調子を確かめる。

 

続いて、オレは両手を軽く左右に広げ、精神を集中する。

 

「何をしているクロスフォード。早くカタパルトに……」

 

「あの、織斑先生。実は、クロスフォードくんにはIS機能の行使にちょっと問題があるらしくて……」

 

「問題? 一体何です?」

 

山田先生の言う通り、放課後の特訓でオレにはIS運用の機能不全があることが分かった。人間で言う“障害者”のようなものらしい。しかも、これまた厄介な内容のものだった。

 

話して良いものかと視線を泳がせる山田先生に対し、オレは首だけを動かして無言で頷く。

 

拡張領域(バススロット)から 後付装備(イコライザ)を取り出す際に異常な時間が掛かるみたいなんです。だから、試合前に使用する武装を展開しておこうかと……」

 

「成る程。それで、1つの武装につき何秒掛かるんだ?」

 

「えっ!? そ、それはそのぉ~……「13秒です」」

 

質問に返答を渋った山田先生の代わりにオレが答え、織斑先生は驚愕を隠せない様子でオレの方を見た。背中を向けたままでは失礼だと思い、オレは取り出したアサルトカノン「ガルム」を右手に持って振り向く。

 

まあ、驚くのも無理はない。というか、当然の反応だろう。

 

熟練のIS乗りは武装を展開するまでの動作を0.5秒で行い、一般的な搭乗者でも2秒ほどでこなせる。この場合はオレが異常なのだ。

 

要するにオレは、ISの量子変換による武装の切り替えが実戦では使い物にならないのだ。だからこそ、こうして戦闘前に使用する武装を全て装備しておく必要がある。

 

山田先生が言うには、ISの機能行使に不全を抱える搭乗者は他にもいるらしいが、治療法や解決策は特に無い。コレは言葉を選ばずとも欠点以外の何者でもないな。

 

「だ、大丈夫です! 今日までの特訓でアドルフ君は基本動作を完璧に覚えていますし、射撃だって上手でしたよ。だから、頑張ってくださいね!」

 

「はい。では、そろそろ行きます」

 

武装の展開を終えて、オレはカタパルトへと歩いていく。

 

右手に持つアサルトカノンの他に、左手には機体全体の7割近くを隠すほどの大型シールド、左右の背中部分には4連装のミサイルポッド、そして両足の爪先から膝まで覆われた追加装甲が装着されている。

 

「アドルフ、頑張れよ!」

 

後ろからそう言った織斑に対し、オレは軽く左手を上げておう、と答える。

 

カタパルトに乗せた両足が固定され、姿勢を少し前屈みに倒す。

 

「アドルフ・クロスフォード……リヴァイヴ、出るぞ!」

 

そのまま身体を前に倒しながら『飛ぶ』と強く意識すると、背中にある4枚の多方向加速推進翼が大きく開く。

 

すると、次の瞬間にオレは鋭く加速し、アリーナへと飛び立った。上には青い空が広がり、下にはグラウンドが見える。

 

そのまま大体高度100メートルほど飛び上がって上昇し、同じように上昇して待機していたオルコットと正面から対峙する。

 

「あら、逃げずに来ましたのね」

 

オルコットのISは青い装甲と4枚のフィン・アーマーを纏った英国騎士のような外見をしており、目の前に表示された画面にはブルー・ティアーズという名前が表示されている。

 

即座にハイパーセンサーが探知、検索、表示してきた情報に意識の8割を傾ける。

 

英国騎士のような雰囲気を持った機体が右手に持っている2メートル以上の重火器。表示された検索結果には、六七口径特殊レーザーライフル、『スターライトmkⅢ』とある。

 

ISは宇宙空間での運用を前提に開発されていて、 PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)と呼ばれる慣性緩和装置を搭載している。

 

それによってISは常時浮遊が可能なので、搭載してある武装が自分の全長以上、または全長と同等の大きさを持つ武装を使うのは珍しくない。

 

(ここまでは分かる。それにあのフィン・アーマーの正体もな……)

 

ISの映像資料室や閲覧可能な入試の戦闘記録に目を通しておいたので、オルコットのISの性能は大体把握している。

 

知っていると知らないでは大きく違いが出るのだから、これぐらいは当然だ。

 

(最も厄介なのは此処から先……情報がまったく見付からなかった“本気”の姿だ)

 

互いに離れた距離は200メートルほど。互いに持つ武器は遠距離兵器だが、射程は恐らく向こうが上だ。つまりこの距離はオルコットの領域。

 

常識的に考えれば狙撃手は近距離に入り込めばそれで終わりだが、それで終わるなら代表候補生はやってないだろう。それに、まずは近付けるかどうかだ。

 

「そういえば、アナタには訊きたいことがありましたの」

 

試合開始の鐘が既に鳴っているというのに、セシリアは腰に当てていた左手を持ち上げ、人差し指をオレに向けた。こう、ビシッ!って感じで。

 

というか、右手のドデカイ銃はぶら下げたままかよ。実際余裕なんだろうが、もしもの時にどうするつもりだ? アレってどう見ても片手で撃てる代物じゃないだろ。

 

「何故、専用機の開発をお断りしましたの? 専用機の所持がどれだけ魅力的であるかは知っているでしょうに。まさかとは思いますが、量産機でも私に勝てるという余裕ですの?」

 

そう言ったオルコットの目が細まり、ハイパーセンサーが敵操縦者の射撃体勢への移行とセーフティーの解除を知らせる。

 

どうやら、保身に走ったオレの行動が知らない所でコイツに不快感を与えていたらしい。

 

「自意識過剰も良い所だが、まずは余裕という方を否定しよう。オレのISの搭乗時間は現時点でも20~30時間程度、お前の方は詳しく知らないが、200~300時間はあるはずだ。単純な数字で比較しても10倍の差がある。加えて、お前はすでに代表候補生という立場で実力を示している。オレの状況は余裕どころか虐めに近いな」

 

少し長く喋ってしまったが、目の前のエリート様は具体的な数字と適度な褒め言葉を混ぜなければ誤解して怒りを撒き散らすはた迷惑な性格だ。嫌みも混ぜるならこれくらいがちょうどいい。

 

そして、言葉を吐きながら視線を右手のヴェントに移してセーフティーの解除と弾数の確認。続いて両背中の4連ミサイルポッドも発射準備を終える。

 

当然、この情報はセシリアにも見えている。だが、オレ達は互いに動かない。

 

「くっ!……相変わらず皮肉が抜けない男ですわね。この前も今も、もう少し礼儀を弁えた発言は出来ませんの? まったく、親の顔が見てみたいものですわ!」

 

 

不覚にも、その言葉にオレの体はピクリと反応してしまった。

 

 

同時に、頭の中を一瞬だけ掻き毟るような激痛が走り、目に映る世界が反転する。

 

(あぁ、くそ……こんな時に……)

 

雲が流れる青空から一変し、瞳の中に映るのは地獄のような炎が充満して燃え盛る家。

 

今まで数え切れないほど見てきたこの光景に対し、オレの考えることは“ああ、またか……”程度のもので、フラッシュバックは数秒で収まる。

 

瞳に映る景色が元の戻り、オレは深呼吸して頭痛と吐き気を意識の外に追いやる。

 

「……そうだな。オレも、出来ることなら見てみたいもんだよ」

 

「……何か言い返すかと思えば、出てくる言葉がそれですか? ……やれやれ、これでは訓練に付き合わされた山田先生があまりにも報われませんわね」

 

オルコットのその発言にオレは再び反応した。

 

だが、今度は無意識にではなく、明らかに気に入らないという感情があった。

 

オレが下に見られるならまだ良い、両親のことを悪く言われるのも慣れている。だが、オレを通して他の誰かを……ましてや何日も訓練に付き合ってくれた山田先生を悪く言われるのは我慢ならない。

 

「気が変わった……どうにか、お前を負かしたくなった」

 

「あら、突然何を言い出すかと思えば。先程自分が不利だと言っておきながら、心の中では代表候補生の実力を軽く見ているのでは?」

 

「何度も言わせるな阿呆が。実力差は理解してる……だが、それでもだ」

 

そこで会話は途切れ、オレとオルコットは無言で睨み合う。

 

だが、それは長く続かず、オルコットは軽く息を吐きながら一度目を伏せる。

 

「良いでしょう。ならば、その実力差を骨の髄まで刻み込んであげますわ!」

 

確かな敵を宿した言葉を投げてセシリアはゆっくりと空に向かって上昇。

 

そして力を溜めるように瞼を閉ざし、深く息を吸い込んだオルコットは目を開くと共に“その言葉”を口にした。

 

起動(ジェネレイト)──」

 

その瞬間、確かにアリーナ全体の空気が震えた。

 

『認証──汝が 希求(エゴ)を問う』

 

重なるかのように突如として響き渡ったのは、硬質で無機的な“声”。それと共に大きくなって聞こえて来るのは、音叉に似たような共鳴音。

 

オルコットの言葉を 起動音声(キーボイス)とするなら、それに答えた言葉は 機械音声(システムボイス)だろうか。

 

だが、今はそんなことを気にしている状況ではない。

 

“アレ”を使ってくることは分かっていたが、改めて理解した。

 

“アレ”はマズイ。明確な形状もスペックも何1つとして知らないが、オレの直感と危機感が使わせてはいけないと必死に叫んでいる。

 

「我は天に煌く青き星なり」

 

命無き問い掛けに対し、噛み締めるように放たれたオルコットの言葉は、詠唱というよりは宣誓に近いものだった。

 

「振り払うわ眼下に 蔓延(はびこ)る醜き害悪。求めるは天に登りし栄光の輝き」

 

セシリア・オルコットはこう生きて、こう在りたいと望む存在だという宣言と確認。

 

「夜空の奏でし旋律と共に 宇宙(そら)を駆け、星の海を舞い踊る」

 

「っ……!」

 

それを悠長に聞いているつもりは毛頭無い。

 

加速するイメージを描いて突き進み、1秒でも早くオルコットを確実な射程内に留める。

 

右手のガルムでは命中までまだ少し遠い。ならばと意識を両背中のミサイルポッドに移し、ロックオンの完了と同時に全弾を発射する。

 

だが、オルコットは微塵も同様を見せず、余裕の笑みすら浮かべながらオレを見た。

 

「この身に受け継ぐ誇りを胸に、我は天に遍く明星とならん」

 

その言葉を最後に、オルコットの 希求(エゴ)が完遂すれる。

 

『受諾──素粒子生成』

 

タイムリミットだとオレに知らせるように、命無き 機械音声(システムボイス)が響く。

 

放たれた8発のミサイルが命中するまで、あと3秒。

 

輝装(きそう)展開開始』

 

だが、それはオルコットにとって問題では無い……いや、そもそも脅威として捉えてすらいなかったのだろう。

 

心装(しんそう)

 

その言葉を口にした瞬間、オレは無意識にそのことを理解した。

 

同時に、オルコットの『ブルー・ティアーズ』から目も眩むばかりの閃光が放たれ、やがて集束したその光はオルコットとISの手足や装甲を走り、定着していく。

 

そして白く輝く光……素粒子が形を為す。

 

次の瞬間、オレの放った8発のミサイルが全て、ほぼ同時に爆発。舞い上がる黒煙の中から、“傷1つ無い”オルコットが現れる。

 

輝装(きそう) 天星光弾(アステリズム・ブラスター)!!」

 

そこにいたのは、星の輝きを宿した銃騎士。

 

オルコットの周囲には先端に銃口、背面にミラーを装着したビットが4基浮遊している。アレがフィン・アーマーの正体なのだが、普段よりも一段と強力に変貌している。

 

ISそのものにも、両腕部とスカート状のアーマー部分に流麗な装甲が追加されている。

 

しかも、変貌を遂げた部分はそれだけではない。右手に握られていた『スターライトmkⅢ』も銃身全体に滑らかな装甲が装着されている。

 

「それが新たなISコア『 複合式心装永久機関(ふくごうしきしんそうえいきゅうきかん)』が生み出す武装“ 殲機(せんき)”か」

 

「その通りですわ。さあ、踊りなさい。私、セシリア=オルコットとブルー・ティアーズの奏でる 円舞曲(ワルツ)で!!」

 

その言葉を号令とするように、浮遊する4基のビットとライフルの銃口が青い光を宿しながら一斉にオレへと向けられる。

 

どうにか回避しようと、オレは舌打ちしながら後方に急速後退する。

 

次の瞬間、天より降り注ぐ無数の青い光が、オレの視界とアリーナの上空を蹂躙した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

やった! ようやく出来た起動(ジェネレイト)! ずっとこれがやりたかった!

セシリア戦は前半後半に分けてやりたいと思います。

では、また次回。


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第5話 決意の形、機神の声

竜羽様、神薙之尊様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はセシリア戦の続きです。

けっこう長くなってしまいした。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 「現在のISコア、複合式心装永久機関は、人の心を武器に変える装置と言われています」

 

「心を、武器に変える?」

 

モニターを見ながら呟いた麻耶の言葉に、一夏は疑うような視線で問う。隣に立つ箒も、何も言わないまま耳を傾ける。

 

「オルコットさんの今の姿がまさにソレです。アレは『輝装』と呼ばれ、ISコアが搭乗者のエゴ……『こうありたい、こうなりたい』という気持ちが形を成した姿なんです」

 

「その性質上、輝装は扱う人間によって千差万別。オルコットのように武装が変化するものもあれば、何らかのシステムが追加されることもある。中には、輝装の覚醒と同時に量産機が専用機に作り変えられることもあるそうだ」

 

モニターに映ったセシリアは変貌した姿でビットとライフルを連射し、アドルフを一方的に追い込んでいく。

 

対してアドルフの乗るリヴァイヴはアリーナの上空を必死に飛び回り、あらゆる方向から襲い掛かるレーザーの雨を避け続ける。

 

時折直撃を受けそうになるが、左手に装備した大型のシールドによって全て防いでいる。

 

しかもそれだけでなく、回避と防御を繰り返しながら右手のガルムをぶっ放して、セシリアの操るビットを撃ち落とそうとしている。

 

「ほう……一週間であそこまで戦えるようになるとは、よく鍛え上げたものだな」

 

「いえ、私が教えたのは基本動作と飛行だけです。アドルフくんにもかなりの才能が有りますけど、彼にはソレを上回る学習と適応の能力が有るみたいです。射撃に関しては、経験、だそうです」

 

「努力を重ねることで確実に実力を伸ばせる人間、だな。世の中に広く知られる天才とは少し異なるが、伸び代次第でアイツは何処までも化けるだろうな」

 

だとしたら、Cランクの適正はつくずく惜しいなと千冬は内心で付け足す(恐らく、アドルフのCランク適正の理由は 後付装備(イコライザ)の展開が遅過ぎる障害のせいだろうが)。

 

天才は1を聞いて10を、100を、1000を知る。

 

だが、アドルフは“そういう”天才ではない。彼は確かに100や1000を生み出すスペックを持っているが、ソレを引き出す為に努力というプロセスを必要とする。

 

そしてアドルフの努力には、ほとんど()()()()()。経験地を手にすれば必ず相応の上達を発揮し、重ねて鍛え続ければそれは血となり肉となる。

 

努力を重ねることで無駄を削り、確実に何処までも実力を伸ばす。ようは、努力次第で何でも出来るようになる。

 

言うなれば、努力の天才。

 

それが、アドルフ・クロスフォードの才覚の形だ。

 

そんなアドルフの放つ銃弾がビットの1つに確かに直撃したのだが、ビットは傷一つ付かず、逆に銃弾のほうが弾かれた。

 

「なんだ今の……確かに命中したのに……あのビット、そんなに頑丈なのか?」

 

「ただ単に強度の次元が違うだけだ。ISには 刻鋼(きこう)という材質が使われていて、使用者の精神次第で硬くも脆くもなる。ダイヤモンドを砕く程度では傷一つ付けられん」

 

「つまり、通常の装備では輝装を使うIS操縦者にほとんどダメージを与えられないんです。その強さに釣り合うように習得も困難で、代表候補生の必須条件でもありますから」

 

千冬と麻耶の返答を聞き、一夏は理不尽を感じずにはいられなかった。

 

セシリアは最初から凄まじい手札を持っていた。だが、アドルフにはそんな手札もなく、攻撃を命中させようとほとんど通じない。

 

なんだその反則染みた差は。これでは出来レースも良い所ではないか。

 

そんな怒りを内心で抱く一夏を他所に、モニターの中のアドルフはアリーナの壁際に向かって飛行し、背中を壁に向けてミサイルを発射した。

 

恐らく、あらゆる方向から襲い掛かるセシリアの攻撃を抑え込む為だろう。壁と地面を使って背後と真下からの攻撃を防げば、回避と防御はかなり楽になる。

 

そして思った通り、ミサイル全弾をライフルで撃ち落としたセシリアがビットで攻撃を仕掛けても攻撃がまったく当たらない。もしくはシールドに防がれる。

 

このまま拮抗状態に陥るかと思われたが、セシリアは再び余裕の笑みを浮かべてライフルを構え、発射。だが、青いレーザーの向かう先はアドルフがいる場所から大きく右にズレている。

 

陽動か誤射の類だと一夏と箒には思えた。

 

 

だが、レーザーの向かう先に1つのビットが割り込んだ瞬間、予想は大きく裏切られた。

 

 

ライフルから放たれたレーザーがビットに……いや、正確に言うにはビットの背面に装着されたミラーに命中した次の瞬間、レーザーが右方向へ垂直に“曲がった”。

 

太陽光の光を鏡で反射させたようにレーザーの軌道が変わり、意表を突かれて防御も回避も間に合わなかったアドルフは右腹部に屈折したレーザーの直撃を受けた。

 

衝撃でアドルフの体は壁際から大きく離れてしまう。その隙をセシリアは逃さない。

 

セシリアのライフルから続いて放たれる2発、3発と続く攻撃、その全てがビット背面のミラーによって屈折を起こしてアドルフに迫る。

 

予想も付かない方向から迫る攻撃に対し、アドルフは直撃こそどうにか防いで見せたが、完全に壁際からアリーナの内側へと押し出された。

 

そして再開されたレーザーの雨による包囲射撃。ビットの反射攻撃を加えたことで先程よりも勢いが増しており、アドルフの逃げ道を完全に塞いでいる。

 

まるでレーザーの檻に閉じ込められたかのようだ。

 

「当たり前の結果とはいえ、ここまで一方的な展開になるとはな」

 

「当たり前? 箒、お前本気でそう思ってるのか?」

 

「無論だ。少々動きの基礎を身に付けたとしても、所詮は素人。経験と技量には未だ圧倒的な差がある。おまけに輝装が使えないのだ。あの男の勝てる要素が何処にある。このままジワジワと嬲り殺しにされるだけだ」

 

「それはどうだろうな」

 

未だ木刀の一件を引きずっているらしく、アドルフを見る目に嫌悪感を隠さない箒の言葉に対して、一夏よりも早く口を挟んだのは意外なことに千冬だった。

 

腕を組みながらモニターを見るその顔には目立った感情は無かったが、家族である一夏には、そこに秘められた僅かな期待の気配を感じられた。

 

「確かに輝装を使えないクロスフォードの勝率は圧倒的に低いだろう。だが、スペック差で次元が違うとはいえ扱うのは同じ人間だ。アイツ個人の技量次第で経験差などすぐ埋められる」

 

「で、ですが……あの男にそれほどの実力があるとは思えません! 射撃はそこそこ上手いようですが、適正がCランクの上に体術で劣っているなら……」

 

「そうでもないぞ。むしろ、アイツは体術の方が腕は上かもしれん」

 

箒の発言に少し対し、千冬は肩をすくめながら微笑を浮かべて返答した。

 

その場にいた全員がどういう意味なのかと視線で問いかけると、千冬は微笑を浮かべながら面白そうにモニターを見直す。

 

「私も事後報告の資料に目を通しただけだが、クロスフォードはロサンゼルスの空港でIS適正があると分かった時に相当抵抗したらしい。その後連れていかれたホテルでも暴れたそうだ」

 

一夏がISに触れたのは高校入試を行う多目的ホールの中だったが、アドルフはアメリカから旅立とうとした空港だった。

 

その際にISの適正が有ると判明したのだが、その後が少し厄介だった。

 

近くにいた政府の人間達は驚きながらもアドルフの身柄を確保しようとした。だが、突然黒スーツの男達に拘束されそうになれば、大小問わず誰でも抵抗する。

 

そしてこの時、政府の人間がとんでもないミスを犯してしまった。

 

実はこの時、空港にはアメリカに滞在している間アドルフを家に泊めてくれた優しい家族が見送りに来てくれていたのだ。

 

その人達はアドルフが強引に拘束されるのを見て憤慨。夫である男性が黒スーツの男達へ真っ先に抗議した。しかし、黒スーツの男達は事情を説明するどころか男性に軽い暴力を振るって黙らせた。

 

黒スーツの男達もまさか本当にISを動かせる男が見付かるとは思っておらず、内心では激しい動揺が渦巻いて冷静な判断力を失っていた。

 

 

だが、それがいけなかった。

 

 

抗議した男性が殴られた瞬間、アドルフは自分でも珍しいと自負するブチギレを起こし、全力で抵抗。暴力を振るった男はもちろん、自分を拘束しようとする黒スーツ達をひたすらボコボコにした。

 

高い身長の上に手足が長いアドルフだ。そこから放たれる蹴り技は筋肉質な大男の集団を凄まじい速度で血祭りに上げていった。

 

「半殺しにされた人数は空港で12人、ホテルで3人、全部で15人だ。これではどうやっても体術が苦手だとは言えまい」

 

千冬の口にした内容に他の全員が絶句する。

 

そしてその時、モニターに映る戦闘に変化が訪れた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side アドルフ

 

 ハイパーセンサーによって全方位に向けられた視界の中を青色のレーザーが絶えず飛び交う中、オレは回避と防御を続けながら思考を回し続ける。

 

眼前のビットから放たれたレーザーが右側面の別のビットに着弾し、背面のミラーによって弾道が屈折する。

 

だが、それだけでは終わらず、レーザーはオレのすぐ傍を通過。その先にあった別のビットに着弾して再び屈折、最初とは正反対の背後から攻撃が迫る。

 

オレは攻撃と背中と間に左腕のシールドを割り込ませてレーザーを防ぎ、両背中のミサイルをオルコットへ発射してすぐに加速。ビットの包囲網から抜け出す。

 

だが、オルコットへと迫った6発のミサイルはビットを通して複雑に乱反射したレーザーにあっという間に撃ち落され、ビットが即座にアドルフを包囲する。

 

それぞれのビットからレーザーが放たれるが、オレは加速しながらシールドを構えて右へとローリング。前方と背後から放たれたレーザーを回避する。

 

そして後ろへ振り向きながら右手のガルムをオルコットに向ける。対するオルコットも、手に持つライフルをオレと向けている。だが、互いにトリガーは引かない。

 

銃口を向け合ったまま睨み合うオレとオルコットの距離は約100メートル。試合開始から彼此30分以上撃ち合っているが、オレが縮められた距離はこの100メートルだけ。

 

「輝装を纏った私を相手に此処まで耐えるとは……褒めて差し上げますわ。ですが、既に実感したでしょう。超えることも叶わない力の差を」

 

「そんなものは最初から理解していると言ったろう。オレが知りたかったのは、お前の力の詳細だ。この30分を耐えたおかげで、情報は充分得られた」

 

オレの言葉にオルコットはピクリと反応し、銃口が僅かにブレる。

 

「そのイギリス製のBT兵器だが、どうにも移動や攻撃の度に命令を送らなきゃ動かんらしいな。さっきから“連続射撃”はあるが“同時射撃”が一度も無い。ビットは1基ずつしか撃てない上に、ライフルも意識の大半を制御に回してるせいで使えない」

 

すらすらと続く発言により、オルコットの顔が険しくなる。

 

今何も言わずに黙り込むのは無言の肯定に等しいが、正しい答えを的確に述べられた動揺から言い返す言葉が見つからないらしい。

 

その沈黙と様子から、オレの推察が間違っていないと確信するが、実はこの時点でもう1つ見抜いていることがあった。

 

このビットは放たれたレーザーを起点に背面のミラーによって連続かつ複雑に軌道を変え、あらゆる方向から攻撃を仕掛けてくる。だが、この攻撃にはある法則性が潜んでいる。

 

「レーザーを屈折させて攻撃の軌道を複雑に変えているようだが、この攻撃は基本的に 反応が一番遠い角度(・・・・・・・・・)を狙ってくる」

 

その言葉に、オルコットの顔が今度こそ驚愕に染まった。

 

ISはハイパーセンサーによってほぼ全方位を視界に接続出来る。

 

だが、それは操縦者である人間が常時、全方位を見ているわけではない。真上、真下はもちろん、後方などの“普段の死角”を情報として脳で処理しているだけだ。

 

そして、オルコットのビットによる射撃は、脳が情報を処理するためのコンマ数秒を要するその“普段の死角”を的確に狙っている。

 

つまりこのビットは、オレの視線や動作によって攻撃の位置を誘導できる。

 

それなら後は簡単だ。どれだけ屈折を繰り返して弾道を複雑にしようが、着弾点さえ分かってしまえば回避も防御も出来る。

 

「正直、驚きましたわ。この短時間で私の輝装と《ブルー・ティアーズ》の特性を見抜くとは……ですが……!」

 

オルコットとオレのトリガーが同時に引かれ、互いの射撃が交差する。

 

しかし、オレが狙うのはオルコット自身ではなく、その手に握られたライフルの銃身。輝装を纏っているので傷つけることは出来ない。

 

しかし、強靭な鎧を纏っても衝撃まで完全に殺すことは出来ない。

 

着弾の反動によってライフルの銃身が僅かに反れ、弾道がオレから外れた瞬間に加速。チャンスを逃さずオルコットへと距離を詰める。

 

「一度に撃てるレーザーが一発“だけ”とは限りませんわよ!」

 

オルコットのライフルの銃身に追加された装甲が発光し、銃口に一段と強い青い光が収束する。

 

瞬間、銃口から“4条の”青い光が放たれ、その全てがオレへと迫る。咄嗟にシールドを構えて体を捻ったので回避出来たが、通り過ぎたレーザーは全てビットによって屈折する。

 

(拡散攻撃によって同時射撃を可能にしたか……だが……っ!)

 

軽い急上昇に続いて急加速を行い、前方を螺旋回転するように突っ込んでレーザーを避ける。何発か僅かに掠ったせいでシールドエネルギーが減るが、直撃よりはマシだ。

 

「狙いが雑になったな……これなら多少の被弾を覚悟して突っ込めば問題無い」

 

「いえ、これで仕留められないのは分かっていました。ですが……無理な回避を行えば体勢は大きく崩れるものですわ」

 

そう言ったオルコットの顔は焦りや狼狽などではなく、してやった、という感じの笑顔だ。それを目にした瞬間、背筋に寒気が走る。

 

オルコットの腰部から広がるスカート状のアーマー。その突起が外れ、本来の役割を与えられたことで動き出した。

 

「おあいにく様、この《ブルー・ティアーズ》は 6機(・・)ありましてよ!」

 

その正体は5番、6番目のビット。それには先程のような射撃用の機構は見当たらず、撃ち出されたのはレーザーではなく、ミサイルだった。

 

互いの距離はおよそ20メートル。回避しようとしても逃げ切れない。直撃すればシールドエネルギーを根こそぎ持っていかれるだろう。

 

だが、それに対してオレは……

 

 

()()()()()

 

 

……ニヤリと笑みを浮かべながら、左手に持っていた大型シールドを投げ付けた。

 

「え?…………ちょっ……!」

 

瞳に映る光景に一瞬呆然となり、オルコットの顔が認識と共に青褪める。

 

オルコットの腰からは既にミサイルが発射されており、オレの投げ付けたシールドはその目の前にある。突然発生した障害物をミサイルが避けられるはずもない。

 

「オレの攻撃が効かなくても、 お前自身の攻撃(・・・・・・・)は効くよな?」

 

直後、ミサイルの弾頭がシールドに衝突し、大爆発が起こった。

 

至近距離にいたオルコットは当然飲み込まれ、その全身は黒煙に包まれて見えなくなる。

 

だが、オレは構わず6発のミサイルを発射。ガルムを連射しながら黒煙に突っ込む。

 

すると、黒煙の中から拡散した青色のレーザーが飛び出し、ミサイルを全て迎撃した。思ったとおりオルコットは健在のようだ。

 

よく見ると、先程まで傷1つ無かった装甲には爆発のダメージが刻まれており、所々に亀裂や火花が走っている。

 

「やってくれましたわね!!」

 

しかもかなりお怒りのようで、スコープ越しに見るオレを睨んでいる。

 

 

だが、此処はオレの距離だ。

 

 

「ふっ……!」

 

右足を後ろに軽く引き、反動を付けて前方へと蹴り上げる。狙うのは、オルコットが狙いを定めるライフルの重心。

 

バァン!! という衝突音が響き、オルコットのライフルの銃口が真上に跳ね上がる。

 

だが、銃身には相変わらず傷一つ付かず、蹴りを打ち込んだオレの右脚の方が痛みを訴えてくる。チラリと目を向けてみると、脚部に取り付けた追加装甲に小さな皹が見えた。

 

(打ち込んだコッチの装甲が悲鳴を上げるとはな……文字通り、次元が違うわけだ)

 

だが、そんなことはとっくに分かりきっている。

 

蹴り上げた右足をそのまま振り下ろしてオルコットの左肩を踵落としで叩き、引き戻した右足と入れ替えるように放たれた左足のハイキックが右脇腹に叩き込まれる。

 

PICによって浮遊している今の状態は、常に空中に足を付けているようなもの。ならば、生身で蹴りを放つ時と要領は同じだ。

 

記憶を失ってから今に至るまで、この蹴り技はオレの身を護る為の主武装だ。故に、生半可な鍛え方はしていない。コレに関してはかなりの自信がある。

 

「ぐっ!……無駄だと……分からないのですか……っ!」

 

「お前こそいい加減に覚えろ。ただ理解するだけでは、オレは止まらん」

 

蹴り穿つように真っ直ぐ放つ右足の蹴りに対し、オルコットは手に持ったライフルを盾にして受け止めた。この超至近距離においてスナイパーライフルなど、使い物にならない。

 

ビットによるレーザー攻撃も、こんな状態では制御どころではない。ミサイルもこの至近距離で撃てば先程の二の舞だろう。

 

だがオレの打ち込む蹴りは実際はオルコットにダメージを与えられず、脚部の追加装甲は打ち込むたびに亀裂が入る。オレの体にもシールドエネルギーを貫通した衝撃によって痛みが走る。

 

右足、左足、体を捻って再び右足と、絶え間無く連続で蹴りを打ち込む。返ってくる手応えは何れも鋼を叩く弾かれた手応え。まるで城壁が目の前にあるようだ。

 

本音を言えば、さっきのミサイルの爆発で沈んでもらうのがオレの賭けだった。だが、もう同じ手は通じず、こちらの攻撃も届かない。

 

もうオレの勝機は微塵も残っていないだろう。

 

 

だが、止まらない。それこそ無駄で終わってしまう。

 

 

真下から上へと突き上げるように放った左足の蹴りでオルコットのライフルを強引に上へズラし、がら空きになった胴体へ右の回し蹴りを打ち込む。

 

だが、やはりダメージは与えられず、オルコットの体はビクともしない。脚部の追加装甲も既にボロボロと化しており、もはや有って無いような壊れ具合だ。

 

ならば頭にぶち込めばどうだ。

 

そう考えて右足を引き戻すが、突然全身を支えていた浮力が消失し、真下へ落下する。視線を走らせると、右側の多方向推進翼が1枚レーザーに撃ち抜かれている。

 

恐らく、1機だけに制御を絞ったビットに撃ち抜かれたのだ。

 

(くそっ! ……こんな時につまらんミスを……!)

 

己の失態を悔いながらどうにか機体を立て直そうとするが、右側のスラスター制御が完全に死んでしまったらしく、落下を止めることすら出来ない。

 

「どうやら決着のようですわね。しかし、この私に土を着けたのは事実。その実力を評価して、私の最大火力で沈めて差し上げますわ」

 

地に落ちていくオレを見下ろしながらライフルを構えるオルコットの下に4つのビットが全て集まり、ライフルの銃口に重なる。ビットはそのまま筒を作るように回転を始め、銃口の先端に青い光が収束する。

 

トリガーが引かれると、発射された拡散レーザーは銃口を覆っていたビットのミラーによって強制的に中央へと集まり、1本の巨大なレーザーとなった。

 

視界を覆うように迫る青い光の柱。直撃すればオレのシールドエネルギーは完全に底を付き、消え去ることだろう。

 

だが逃げようとしても、機体は思うように空を飛べない。

 

 

負ける。

 

 

初めから勝機などほとんど無かったからか、頭の中で冷静にその事実を認識する。

 

だが、このまま終わるのは納得出来ない。勝ち目が薄くても、それは決して負けても良い理由にはならないのだから。

 

では、どうすればいいか。

 

いや、考えるまでもない。答え自体は最初から出ている。試合を開始した時点で段階が違うのだから、オレも 同じ段階に上がればいい(・・・・・・・・・・・)。そこへ至る条件は、ただ一つを置いてオレも満たしている。

 

それは決意。それは覚悟。それは、 希求(エゴ)

 

オレはどう在りたくて、どうなりたいのか。それを曝け出すことだ。

 

そう考えた時、脳裏を横切ったのはフラッシュバックで散々目にした地獄の炎。あの炎に文字通り全てを焼き尽くされ、オレという存在は一度死に、“今の”オレが始まった。

 

真っ白になったオレは世界に対してひたすらに足掻いた。もう失うのは、奪われるのは、いやだった。目覚めたら何もかも失っていたあの時の虚無感をまた味わうなど死んでもごめんだった。

 

だから、空っぽでも進んでみようと思った。

 

どうせ、後ろには何も無いのだ。ならば、前に進んで真っ白の自分を少しでも良い色に変えてみたい……変わりたいと思った。

 

 

それが……それこそが、オレの……

 

 

無意識の内に左胸に、心臓に力が集中していく。そこへ螺旋を描くように流れていく不可視の力の本流に、オレの意思が混ざり込む。

 

視界が眩い光と共に一変し、目の前に()()()()()()()()

 

明確な影や形は無い。だが、確かにそこに在ると断言出来る2つの扉。

 

それは縦一列に並んでおり、目の前にある扉からは懐かしさや誇らしさ、他にも安心感などの正の感情を感じた。逆にその先の扉からは憎悪、醜悪、軽蔑などの負の感情を感じる。

 

いや、ハッキリ言おう。2枚目の扉には正直触れたくなかった。触れられないわけではないが、オレの心が激しい嫌悪感を訴えてくる。

 

しかし、どちらの扉も凄まじい威圧感を放っており、強い意志の力を感じた。

 

オレは迷わず手を伸ばし、目の前にある扉を開こうと前へ……

 

 

『待ちたまえ』

 

 

……進もうとした瞬間、その“声”が聞こえた。

 

オレの中に響くその声は、何故か強く意識を掻き乱し、不快感を与え、扉の先へと進もうとした意思を完全に封殺する。何だコレは、何故ただの声に此処までの威圧感が宿る。

 

『素晴らしい。一度目の覚醒で輝装だけでなく、次なる段階への扉まで見出すとは。単純な才覚も劣らぬが、精神性においては“彼”を上回っている。遺伝というのは恐ろしくもあり、また素晴らしくもあるな』

 

まるでこちらを値踏みしているような言葉は、オレに向けられているのか一人で語っているのか分からない。

 

徐々に薄れていくオレの意識を他所に、“声”は続く。

 

『最初は黙して見ているつもりだった。君ならば間違い無く輝装に至れると確信……いや、信じていた、と言っておこう。だが、コレを見せられては話は別だ。確かに君ならば覚醒と共に輝装を手にし、次なる段階に至れるかもしれない』

 

卑下と賞賛が交じり合ったような口調の言葉は後半に連れて期待を帯びたようになった。だが、ノイズまみれで消える寸前のオレの意識はその内容のほとんどを聞き取れない。

 

『らしくないと自覚はしているのだがね。さらにその先へ至るには、その『器』では少々心許ない。やはり、然るべき才覚を持つ者には然るべき刃が必要だろう。逆もまた然りだ。その限界を超えてこそ、とも思うが、此処は確実な方法を取ろう』

 

もうダメだ。まったく聞こえない。

 

数ミリくらいしか開かない瞼のせいで視界には暗闇しか見えず、音に関しては言わずもがな。グチャグチャになった意識がそれを認識出来ない。

 

『心配することは無い。君は近い内に、相応しい力を秘めた『器』を見つける。その為に、この敗北を受け入れてくれ。大丈夫だとも。君ならば()()()()、乗り越えられるはずだ』

 

そこまで言うと、今日は此処で仕舞いだ、と告げるようにオレの意識は暗闇の中から強制的に追い出されていく。

 

暗闇の中を追い出され、光を取り戻したオレの視界に映ったのは、視界を覆う青い光柱。

 

「…………クソが」

 

何故か口にしたそんな言葉を最後に、オレの意識は全身を襲う衝撃と共に途絶えた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

オリ主の輝装展開を期待していた方がいたらごめんなさい。まだ出せませんでした。

今回はオリ主が必死に足掻き、ノーマルでもやれることはあるんだぜ、ということをアピールしてもらいました。

あと、分かる人には分かるオリ主の異常な初期ステータスを。

最後に聞こえた“声”の正体。これも分かる人には分かりますよね。というか、自分で書いておいて何だけど、あの人生まれ変わってもこんなことしなさそうだな。

次回は一夏の番です。こっちの戦闘は多分1話、長くても2話で終わると思います。

では、また次回。


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第6話 それでも、前へ……

竜羽様、十一魂様、神隠しの主犯様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は一夏VSセシリア。

思いのほか長くなりました。

では、どうぞ。


  Side 一夏

 

 「織斑、そろそろ時間だ。準備はいいか」

 

「大丈夫です。いつでも行けます」

 

管制室から届いた千冬姉の通信に答え、俺は深く深呼吸をした。

 

アリーナの内部を移すモニターには、すでに上空で待機しているセシリアの姿が映っている。アドルフとの試合が終わってから30分の休憩を取ったので、その顔に疲労の色はあまり見られない。

 

アドルフをほとんど一方的に追い詰めた輝装はすでに展開されている。

 

続いて、俺は自身が身に纏うIS……機体名『 白式(びゃくしき)』を見下ろした。

 

アドルフの試合途中にピットに届けられ、少しでも時間を有効に使え、という千冬姉の指示で30分近く前から既に装着している。

 

機体の外見なのだが、これはもう“寂しい”と言うしか無い。

 

機体色は何者も汚すことを許さない無機質な白で統一され、装甲には特に目立った場所が無い。いかにも初期状態の機体、という感じである。

 

「大丈夫か、一夏。試合前だからと変に緊張するなよ」

 

ふと、すぐ傍で俺を見上げる箒が声を掛けてきた。どうやら、黙って周りを見ていたのが緊張していると思えたらしい。

 

「いや、緊張とかは無いんだ。むしろ、心も体も普段よりずっと落ち着いてる。アドルフのおかげだよ」

 

そう答えると、箒は眉を顰めて腕を組み、見るからに不機嫌な状態になった。

 

おいおい、嫌ってるのはもう分かってるけど、名前が出ただけでこれかよ。

 

「何故あの男の名前が出てくる。あんな無様な負け方をしたというのに」

 

「無様? お前、あの試合がそんな風に見えたのか?」

 

「違うと言うなら、見苦しい、だな。最後の蹴りの連撃は特にだ。通じないと分かっていてあそこまで足掻く意味が分からん」

 

何の迷いも無く。箒は腕を組んだままそう答えてきた。

 

確かに、アドルフは先程の試合でセシリアに負けた。

 

空中で身動きが取れなくなって、セシリアの撃ったでっかいレーザーに飲み込まれた。

 

だけど、地上に落ちたアドルフはISを装着したまま気を失っていて、現在は学園の保健室に運ばれている。千冬姉が言うには、外傷は一切無いらしいけど。

 

「そうか? ……少なくとも俺は、すごいって思えたぞ。それに、アイツのおかげで色々分かって、色々と決心もついたしな」

 

それだけ答えて、俺は身を翻してカタパルトへ向かう。

 

後ろで箒が何か言ったのをハイパーセンサーで理解出来たけど、あえて振り返らなかった。内容は大体想像が付くし、すぐに答えることになる。

 

カタパルトに両足を固定し、体を前屈みに倒して力を溜める。

 

「織斑一夏……『白式』、行きます!」

 

足元に溜められていた加速が一気に開放され、全身が加速を感じた。

 

ほぼ一瞬でピットから飛び出し、俺は上空で待つセシリアと同じ高さまで上昇する。

 

アドルフの時と同じように待ち構えていたセシリアは、俺と対峙して口を開いた。

 

「それがアナタの専用機ですか……見た所武器が無いようですが、まさか無手で私と戦うおつもりですの?」

 

「いや、武器はある。でも残念ながら……」

 

右手を振るって武装を 呼び出し(コール)すると、粒子変換によって出現したのは2メートル程の片刃の刀。

 

「……持ち前の武器はこれだけなんだよ」

 

俺自身驚かされたが、この白式に搭載されている武装は本当にこれだけなのだ。

 

その事実に、セシリアの眉がピクピクと不機嫌そうに震えた。まあ、ちゃんとした武装を用意して戦ったアドルフの次がこれじゃあ不満に思うのも仕方ない。

 

「先程の試合はアナタも見ていたはず。それでも戦いますの? 先に言っておきますが、私はもうあのようなミスは起こしませんわ」

 

手に持ったライフルを両手で持ち、いつでも発射出来るようにセーフティーが解除される。

 

「だろうな……でも、それでもだ……俺は戦うよ。けど、その前に俺、お前のことを少し誤解してたみたいだ」

 

「……どういう意味ですの?」

 

「俺、今日までお前のことを“必死に努力すれば勝てるかもしれない相手”って思ってた。だけど、さっきの試合を見て、先生達から殲機や輝装のことを聞いて、お前が“普通の努力を重ねた程度じゃ勝てない相手”だって分かった。知らなかったとはいえ、相手の実力を甘く見ていたんだ」

 

アドルフの試合を見て、輝装を扱える人間の強さがどれだけ秀でているかを思い知らされた。同時に、自分の考えがどれだけ甘かったのかを痛感した。

 

必死に努力すれば何とかなる、などと考えていた自分が恥ずかしく思えたが、同時に冷水をぶっかけられたように気持ちが落ち着きを取り戻した。

 

何とかなる筈が無い。重ねた努力やISの搭乗時間などよりも大きく、セシリアには輝装が……嘘偽り無き確かな覚悟があったのだから。

 

「アドルフのおかげで色んなことが分かって、色んなことに気付けた。お前がどれだけ強いのかってことも、このままじゃ勝てないのも……どうしたら勝てるのかっていうのも」

 

輝装を扱えない俺ではどうやってもセシリアには勝てない。そう、 今の(・・)俺では。

 

ならば、どうすればいいのか。

 

その答えは簡単だ。必要な条件は、さっきの試合を見て全部分かってる。

 

問題が有るとすれば、それは俺だ。俺のどう在りたくて、どうなりたいのかという決意。それを曝け出せるかどうかだ。

 

自分自身の心の中に問いかける。

 

 

お前()はどう在りたい?』

 

 

その問いに対して思い浮かんだのは、たった一人の家族である姉の姿。

 

俺は小さい時からあの強い背中に護られ、同時に追いかけていた。また同時に、それはとても難しくて、追い着くどころかその背中は遠くなる一方だった。

 

でも、気持ちは今も変わらない。

 

俺はあの背中に追いついて、並んで……千冬姉を護れるようになりたい。

 

 

(お前)はどうなりたい?』

 

 

強くなりたい。

 

走る為に……勝つ為に……追いつく為に……そして何より護る為に。

 

千冬姉だけじゃない。友達や仲間を、護りたいと思う全てを護る為に強くなりたい。

 

 

『弱い お前()に出来ると思うのか?』

 

 

自問自答には良い結果だけが訪れるわけではない。当然否定的な疑問も出てくる。

 

しかし、その疑問の前に俺の意思が揺らぐことは無い。

 

「そうだよな……」

 

だって、そうだろう。特撮ヒーローの主人公も言ってたじゃねぇか。

 

「弱くても、運が悪くても 、何も知らなくても、何もやらないことの言い訳にはならねぇんだからなぁ!!」

 

叫んだ、瞬間。

 

カチン。

 

俺の中で何かの歯車が噛み合い、何かが動き始めた。

 

『起動準備完了』

 

『白式』の内部から……正確には心臓の部分から硬質で無機的な 機械音声(システムボイス)が発せられ、俺は導かれるようにその言葉を口にした。

 

起動(ジェネレイト)!」

 

その瞬間、心臓の部分から凄まじいエネルギーが解き放たれ、目に映る景色の全てが置き去りにされたように停滞する。

 

そして、俺の心の中に、俺自身を映し出す扉が現れた。

 

明確な影も形も無い扉だ。しかし、俺は確かにその扉を認識出来る。

 

迷い無く手を伸ばし、俺はその扉を 内側(・・)に押し開く。

 

『認証──汝が 希求(エゴ)を問う』

 

“声”が響く。開かれた扉の向こうに見えるのは、紛れも無い俺自身の姿。

 

「我、下天の道より強者の高みを目指すものなり。

この身が護りしは暖かな絆。この手が否定せしは冷たき絶望」

 

今まで普通に暮らしてきた俺が目指すのは、高く遠い道の先に立つ、あの強い背中。

 

そして、護りたいと願うのは俺の大切な絆。立ち向かうのはそれを侵す脅威。

 

自然と口にする言葉と共に解き放たれるエネルギーは強さを増し、素粒子の乱流となって俺を外界から遮断する。

 

「掲げるは不屈。懸けるは全て。

彼方の未来に至るを願い、暗き闇を断ち切らん」

 

簡単ではないだろう。挫けそうになることの方が多いだろう。

 

順調に進めるわけじゃない。1つの壁を越えるのに何十年も掛かるかもしれない。

 

だが、折れない。諦めない。

 

この身の全てを懸けて、俺は先へと進んでみせる。

 

「我は諦観を踏破せし(つるぎ)なり!」

 

だから寄越せ……目の前の壁を叩き斬る 俺だけの(・・・・)刃を!

 

『受諾──素粒子生成』

 

機械音声(システムボイス)の返答と共に、閃光が炸裂した。

 

輝装(きそう)展開開始』

 

耳に優しげな高周波音が届き、光の中で『白式』の姿が凄まじい速度で変化していく。やがて、全方位に放たれていた光は粒子へと変わり、俺の全身を隙間無く包み込む。

 

心装(しんそう)

 

その言葉を静かに口にすると共に、変化が起こる。

 

機体の装甲から工業的な凹凸が消え去り、表面が滑らかでシャープなデザインになる。

 

機体の装甲色が『純白』から『白』へと変わり、所々に青色のラインが走る。浮いているだけに感じた背部ユニットは大きさを増し、金色の推進ユニットを内部に備えたウイングスラスターへと変貌を遂げる。

 

そして、右手に握られたブレードが一際強い輝きを放ち、虚空を一閃すると共に生まれ変わった姿を現す。

 

2メートルに届く白色の刀身が反りのある太刀に近付き、長刀の姿をしている。続いて現れた白塗りの鞘は 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)に固定される。

 

今此処に、俺の決意は完成を成す。

 

 

「輝装・ 斬魔不撓(レイジング・ベルセルク)!」

 

 

右手に握る武装からズシリとした重さを感じ、俺の頭の中に輝装がもたらす『力』の情報が流れ込んでくる。

 

俺だけの武装──殲機の名称は《 雪片(ゆきひら)》。

 

「まさか……ありえませんわ! ISに乗って数分足らずで輝装に至るなど……!」

 

「アドルフの試合中もISに乗ってたんで実際は一時間くらいなんだが……まぁ、ようやくこれでこの機体は 俺専用(・・・)になったわけだ」

 

雪片を正眼に構え、左右のウイングスラスターが大きく広がる。

 

それに対し、セシリアは無理矢理動揺を払うようにライフルを構え、銃口の先端に青色のエネルギー光が点る。

 

「勝負と行こうぜ……セシリア・オルコット!」

 

「いいでしょう……その自惚れ、撃ち砕いて差し上げますわ! 織斑一夏!」

 

宣戦と共に動き出し、2つの決意がアリーナの上空にて激突した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side アドルフ

 

 何処からか流れ込んだ風に前髪を揺らされ、オレはゆっくりと瞼を開けた。

 

「知らん天井だ」

 

何処かお約束のような台詞を呟き、周辺に視線を巡らせる。

 

「……起きた?」

 

ふと、自分に語りかけてきた声に反応し、視線が下方に向く。

 

そこには、椅子に座りながら少々不安そうな顔をしている更識がいた。

 

室内に他の人間の気配は無く、壁際に映し出されたスクリーンの音がよく聞こえる。

 

「ここは……」

 

「IS学園の保健室……試合中に気絶して、運ばれたの。覚えてる?」

 

更識にそう言われて記憶を巡らさせてみると、頭の中を横切ったのはオルコットとの対決と、視界を覆い尽くす青い光。

 

だが、アレに飲み込まれる寸前、何かが起こったような……

 

「っ……!」

 

思い出そうとして、返ってきたのは鈍い頭痛だった。まるで、思い出すなと本能にはじき返されるように。

 

時折やってくるフラッシュバックの頭痛とは明らかに違う痛みだが、正直言ってこれ以上頭痛の元が増えるのは勘弁願う。

 

頭を軽く横に振るって頭痛を振り払い、体を起こして更識と向き合う。

 

目が覚めた時に誰かが傍にいるなど、一体何年ぶりのことだろうか。

 

「更識はどうしてここに?」

 

「ISを装備してたのに気絶するなんて、普通は無いから……心配に、なって……」

 

後半に連れて更識の声が小さくなり、顔が俯いていく。僅かだが、頬も赤い。

 

どうやら、本当に心配してくれたらしい。経験上だが、こういう時は詫びるのではなく、礼を言うべきだろう。

 

「ありがとうな、更識」

 

「ル、ルームメイトだから……当然の、こと……」

 

そうか、と視線を逸らした更識に答え、オレの視線は壁際のモニターに映る。

 

そこには、オレの試合の時と同様に輝装を纏ったオルコットと、明らかに量産機とは違った外見のISに乗る織斑の姿があった。

 

しかも、その手に握られている意匠の施された長刀や力強い波動を感じさせる装甲。あれはもしかして……

 

「殲機……アレが織斑の輝装か。というか、この短時間で輝装に届いたのか」

 

「うん……正直、異常としか言い様が無いレベル」

 

オレの呟きに答えた更識の声には僅かな敵意が宿っていたが、言ってることは間違っていない。輝装の到達に平均時間があるわけでは無いだろうが、こんなに早く出来ることではないだろう。

 

「見たところ武装は近接ブレード一本か……」

 

「多分、何か特殊な機能が有るんだと思う……それに、機体スペックもさっきまでとは格段に違うはず」

 

「機体面では、ほぼ対等の状況になったわけか。あとは操縦者次第だな……」

 

そこで会話は途切れ、オレと更識の意識はモニターの中の試合に集中した。

 

だが、本当のことを言えば、オレは試合よりも更識がモニターの中に向ける複雑な視線の正体の方が気になっていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 動き出したのは、ほぼ同時だった。

 

セシリアの人差し指が絞られ、青色のレーザーが放たれる。対する一夏の武装はその手に握る長刀のみ。よって、出来ることは限られてしまう。

 

「はっ……!」

 

気合と共に雪片を一閃。

 

『点』で迫る攻撃を『線』の攻撃で迎え撃ち、雪片の刀身が青いレーザーに触れた。すると、レーザーは容易く両断され、青色の粒子となって霧散する。

 

しかも、それだけではない。霧散した粒子が雪片の刀身に吸い寄せられるように集まり、淡く小さな光を纏っていく。

 

セシリアには驚愕、一夏には己の力を確認した微笑が浮かぶ。

 

「エネルギーの無効化……いえ、違いますわね。刀身に触れたエネルギーを霧散化させて切断、そのまま己の糧として吸収する能力ですか」

 

口にしながら、セシリアは何とデタラメな能力だろうかと舌を巻いた。

 

同時に、嫌な汗を流しながらマズイと思った。アレは自分の輝装と相性が決して良くない。

 

光学兵器を文字通り斬り裂き、指向性の無い無秩序なエネルギーをそのまま取り込む 霧散化吸収能力(ミストアブソーブ)

 

適当なエネルギー研究の科学者を連れてくれば、涎が垂れるほど歓喜することだろう。

 

恐らく、アレはISのシールドエネルギーにも干渉出来るはず。シールドエネルギーを霧散化されれば最悪、絶対防御が作動して一撃で撃墜されてしまう。

 

「くっ・・・・・!」

 

気を引き締めると共に始める射撃の 円舞曲(ワルツ)。だが、本来の姿となった『白式』は先程とは比べ物にならない程の機動力を発揮し、降り注ぐ射撃の全てを回避する。

 

「なんて速さ・・・・・!」

 

必死に敵を照準に捉え、引き金を引くセシリア。その顔にはもう余裕の色はない。

 

だが、この変化はセシリアにとって驚きではあるが、動揺は無かった。

 

セシリア自身も知っていることだが、輝装展開によって起こる現象は強力な武装や機能の追加だけではない。

 

搭乗者の五感を元にした感知能力、対応の為に動く肉体の神経伝達速度など……様々な能力がそれ以前の状態よりも強化・上昇されているのだ。

 

そして、本人は自覚していないが、織斑一夏という存在に秘められた凄まじい才覚が加わることで、振るわれる斬撃の鋭さは並みの速度域を逸脱する。

 

その変化を色濃く理解しているセシリアは後退を続けながら4基のビットを射出。アドルフを一方的に追い詰めた多方向からの反射攻撃が一夏を襲う。

 

しかし、あらゆる方向から襲う射撃に対して一夏は速度を緩めずに上下左右と縦横無尽に、射撃と射撃の間を縫うように飛翔する。

 

「そっちか・・・・・!」

 

右斜め上から放たれた射撃を軽い急上昇で回避し、一夏は射撃が来た反対方向……左後方へと左手に持ち替えた雪片を左薙ぎに一閃。

 

刀を振るった方向に一夏は目を向けず、左手に伝わった金属を両断する手応えから命中を確信する。ほんの1秒後、その方向から1つの爆発が起こる。

 

爆発したのは、セシリアが射出したビットの内の1つ。

 

「くっ! やはり……!」

 

ビットを利用した射撃に潜む法則性。

 

それは先程の試合でアドルフが指摘している。試合の状況を最初から最後まで見ていた一夏がそれを利用しないわけはない。

 

現在、セシリアの複雑極まる射撃を回避出来るのは、アドルフが指摘した情報によるところが大きい。事前情報無しで容易に対処出来る攻撃ではないのだ。

 

「しかし、それだけで……!」

 

だが、それで全ての攻撃が避けられるわけでもない。

 

一夏がセシリアの射撃の法則性を知っていると同時に、セシリアにも一夏がアドルフと同じ動きをすると分かっている。

 

 

そして何より、代表候補生が その程度で(・・・・・)無力化されるわけがない。

 

 

ライフルから一発のレーザーが放たれ、2基のビットの背面ミラーを通して一夏の頭上から迫る。それを察知した一夏は急速後退で弾道から逃れる。

 

だが、その回避先を読んでいたセシリアのライフルが第2射を放つ。ロックオン警報と発砲音、そしてハイパーセンサーによって捉えた姿に反応し、一夏は反射的に動いた。

 

しかし、次の瞬間に『白式』の左腕に衝撃が走り、シールドエネルギーが確かに減少した。

 

言うまでも無く、『白式』の左腕にダメージを与えたのはセシリアのレーザー。だが、一夏が思考を巡らせた内容はそちらではなく……

 

(死角を狙わなかった……? しかも、反射の中に直線の攻撃を混ぜてきた……)

 

セシリアの考えたことは至極単純だ。

 

一夏が反射攻撃に対してアドルフの指摘した通りに警戒と回避を行うなら、それをさらに逆手に取って“回避先を誘導すればいい”。

 

つまり、一夏は射撃の着弾点を予測出来るが、セシリアはその回避先を予測出来るのだ。

 

それに加え、先程と違って反射射撃の中には直線の射撃も混ざっている。そこまで大きな変化は無いだろうが、弾道の予測がさらに難しくなった。

 

だが、一夏の取れる手段は回避だけではない。右手に握る 雪片(彼だけの刃)が決してそれを容認しない。

 

「ふっ……!」

 

振るわれた雪片が虚空を薙ぎ、一夏に迫っていたレーザーが霧散。漂うエネルギーの残滓が刀身に吸い込まれていく。

 

結局のところ、一夏とセシリアの攻防は“どれだけ敵の行動を先読み出来るか”によって優劣を決することになるのだ。

 

一夏とセシリアの視線が数秒交わり、白式のウイングスラスターとブルー・ティアーズのビットが一際強い駆動音を響かせる。

 

「「……ッ!!」」

 

再び同時に動き出し、青色の光弾が降り注ぐ空を白式が凄まじい速度で飛翔する。

 

レーザーの檻を飛び出そうと加速し、雪片を振るい、一夏はセシリアの喉元に迫ろうと確実に距離を詰めていく。

 

しかし、セシリアとて何もしていないわけではない。『白式』の速度の前に直撃こそ出来ないが、雪片の刀身が届かぬ角度から確実にレーザーを掠らせている。

 

だが、この削り合いに勝利したのは、一夏だった。

 

「ここだ……!」

 

軌道を考えない強引な加速でレーザーの包囲網を食い破り、一気にセシリアへ肉迫する。

 

ビットの攻撃を振り切ったことで飛行の軌道は直進となり、接近する速度は上昇する。

 

「何か忘れていませんこと……?」

 

だが、セシリアは慌てることなく一夏に照準を合わせ、微笑を浮かべる。

 

『ブルー・ティアーズ』の腰部から広がるスカート状のアーマーが稼動し、ミサイルの弾頭が『白式』へと向けられる。

 

ブルーティアーズ(コレ)は4機だけではありませんのよ!」

 

2発のミサイルが噴射煙の尾を描きながら『白式』へと迫る。

 

当然それは一夏も予想していた。

 

だが、引くわけにはいかない。後退しても勝機などないのだから。

 

「分かってんだよぉ!!」

 

ウイングスラスターの展開に続き、決断と共にさらに加速。放たれたミサイルを瞬間的に凌駕する速度で突撃し、雪片を振るった。

 

その斬撃は2つのミサイルを横半分に綺麗に両断し、爆発の衝撃を歯を食いしばって耐えながら、一夏は速度を殺さずにセシリアへと迫る。

 

(届くか……!)

 

一瞬、己の勝利を前にしたような達成感が一夏の脳裏を掠める。

 

しかし、直後に一夏の視界に映ったのは、それを一時の淡い希望だと言うように迫る青い光の壁……否、自分へと伸びて迫る光の柱だった。

 

その正体は、アドルフにトドメを差した攻撃。拡散射撃をビットの反射機能を利用し、破壊力を一点に集めた集束射撃だ。

 

しかも、注ぎ込まれる出力はアドルフの時よりもさらに上だ。

 

「あなたの能力は確かに厄介ですわ……しかし、一瞬で霧散化出来ない出力の攻撃ならばどうですか!」

 

ライフルの銃身に追加された装甲が発光する。光を放つソレは、セシリアの意思に呼応して力を増した素粒子の輝き。

 

IS1機をまるごと飲み込む青い光柱がさらに太くなり、『白式』へと迫る。

 

もはや回避の間に合う距離ではない。直撃すれば間違いなく負ける。

 

だが……それでも……

 

 

「退かねぇ!!」

 

 

……前へ踏み出し、雪片を唐竹に振り下ろした。

 

そして、雪片の刀身がセシリアの放ったレーザーと衝突し、『白式』の装甲を通して一夏の両腕に凄まじい衝撃が襲い掛かる。

 

「ぐっ……!」

 

その衝撃によって振り下ろした長刀は押し返され、『白式』の加速も徐々に小さくなっていく。

 

霧散化による切断能力も確かに発動しているが、このままではセシリアの思惑通り、無効化よりも先に攻撃に飲み込まれてしまう。

 

勝利を確信したセシリアが微笑を浮かべる。

 

だが、その笑みを否定するかのように、視界の中で小さな光が灯る。

 

『白式』の手に握られた雪片の刀身が力強い青色の輝きを放つ。

 

すると、押し負けていた雪片の刀身が前へと進み、光を切り開いていく。

 

「そんな……まさか……!」

 

驚愕によってセシリアの瞳が大きく見開かれる。

 

ありえない。織斑一夏の持つ能力は最大出力において自分を上回っているのか。

 

そんな考えが脳裏を横切った時、セシリアは妙な違和感を感じた。

 

雪片と激突したレーザーの出力が、先程までとは比べ物にならない速度で減衰していく。斬り裂かれているというより、何かに打ち消されているようだ。

 

違う。これは違う。

 

これは霧散化によるものではない。もっと別の……

 

「霧散化と吸収だけではない……? いえ、これは……」

 

──まさか……!

 

セシリアの言ったことは間違っていない。

 

霧散化吸収能力(ミストアブソーブ)は確かに一夏の輝装が持つ能力だ。

 

しかしながら、この能力には……まだ、()がある。

 

殲機の出力を高めることで昇華を果たし、真価を発揮した力の正体は……

 

「エネルギーの、対消滅機能……!」

 

吸収という過程を放棄し、霧散化の能力を昇華させた能力。それはエネルギー性質を持つものを比類無く打ち消し、消滅させる力。

 

ならば、今目の前で起こっている攻防の結果は分かり切っている。

 

「うおおああァァッッ!!!」

 

魂に呼応するような叫びと共に雪片が 振り抜かれる(・・・・・・)

 

直後、セシリアと一夏、両者の眼前で輝く青い光の柱が……斬れた。

 

「あ……」

 

その時、セシリアの唇が僅かに震え、小さな声が漏れた。

 

その瞳に映るのは、左右に分かたれたレーザーの光の奥で雪片を振り抜いた一夏の姿。そして、迷いの無い力強い瞳。

 

先程は気付かなかったが、アドルフも同じような眼をしていた気がする。

 

それはセシリアが今まで見たことが無かったものであり……同時に、心の隅でずっと“見たい”と願っていたものでもある。

 

だからこそ、そんな一夏の姿は、セシリアの心にとても強く刻み付けられた。

 

見惚れていた、と言うのは少し違うかもしれない。

 

だが、気が付けば雪片を右薙ぎに振るわんと力を溜める一夏が目の前にいた。

 

青い光を纏った刃が『ブルー・ティアーズ』の装甲を斬り裂こうと迫る。

 

しかし、その寸前で……

 

『試合終了。勝者────セシリア・オルコット』

 

……決着を知らせるブザーがアリーナに響いた。

 

「……え?」

 

「ああ……ダメか」

 

理解できないと表情で語るセシリアに対し、何処か空元気のような声で呟く一夏。

 

(いや……普通、逆じゃありませんの?)

 

互いの表情の不一致にもはや混乱しつつあるセシリア。

 

だが、そんな疑問も何処吹く風と言うように、2人の試合は此処に終了した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

勝てると思った? 残念、やっぱ自滅でした。

何となくですけど、セシリア戦の一夏って自滅で負けるのが自然な気がする。

改めて思いましたけど、心装の名前と詠唱って、考えるの楽しいけど難しいです。

そのキャラの「こうなりたい」とか「自分はこんな感情や一面を持っている」とかを想像するのはいいんですが……

それを詠唱に纏めて示すのと、名前にするのが難題です。

実を言えば、今回の一夏の輝装も、かなり頭を捻りながら書きました。おまけに、鈴に関しては『決意(エゴ)』の形すら浮かんでません。

私も“黄昏の疾走者”さんのように、活動報告で心装のアンケートやろうかな?

では、また次回。


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第7話 アナタと私の失くした/手にしたモノは……

竜羽様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はセシリア戦の後です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 「なるほど……一時的に殲機の出力を引き上げることで、エネルギー性質を持ったあらゆるものを対消滅させる能力か。そして、発動には自身のシールドエネルギーを消費する」

 

「確かに、シールドエネルギーを消費して能力を発動する輝装もあります。でも、織斑くんのはその中でも随分と尖った形ですね」

 

試合終了後、現在一夏は、ピットに戻って千冬、麻耶、箒を混ぜて自分の輝装と白式の詳細スペックについて話し合っていた。

 

頭にタオルを乗せて汗を拭う一夏の顔には、疲労の気配が強く出ている。

 

初めてのISを使用した戦闘なのだから無理もないが、一夏は面倒だと思うようなことはせず、千冬達に自分の知る情報を話す。

 

その末に分かったのが、先程の試合で一夏が敗者となった原因だ。

 

一夏の到達した輝装、 斬魔不撓(レイジング・ベルセルク)の持つ能力……雪片の刀身が触れたエネルギーを霧散化して切断、指向性を失った無秩序なエネルギーをそのまま取り込む 霧散化吸収能力(ミストアブソーブ)

 

そして、もう1つ。

 

エネルギー性質を持つあらゆるものを打ち消す“対消滅機能”。

 

しかし、後者の能力は強力な故か、発動に自身のシールドエネルギーを消費してしまうという欠点が存在しており、これのせいで一夏は自爆した。

 

なんというか、あれだけ言葉を叩き付けておいて蓋を開ければ敗因が自爆とは、ずいぶんと間抜けな結末である。

 

つまるところ、一夏の乗る『白式』は他の機体に比べて、かなり攻撃特化な仕様なのだ。

 

「ミサイルの爆発をくらったのが痛かったな。アレが無かったらギリギリで勝てたと思うんだけど……出力上げたらすげぇ勢いで減るんだもんな、エネルギー」

 

バツが悪そうに頭を掻きながらそう言った一夏の顔は、何処か悔しそうだ。

 

しかし、千冬は一夏の心情を気にも留めずに言葉を続ける。

 

「たらればで何を言おうが結果は変わらん。初陣で輝装に至ったのは見事だが、お前の未熟が敗因となったのもまた然りだ。精進しろ」

 

「……分かりました」

 

千冬の威圧感すら感じる言葉によって意見を両断された一夏は渋々納得し、現在右腕の手首にガントレットの形で待機状態になっている白式に視線を向ける。

 

(ISの待機状態ってほとんどはアクセサリーとかだって聞いたんだけど、何でガントレットなのかね『 白式(こいつ)』は)

 

「えっと、今の『白式』は待機状態になってますけど、織斑くんが呼び出せばすぐに展開出来ます。ただし、色々と規則が伴うのでコレに目を通しておいてくださいね」

 

そう言って麻耶が手渡してきたのは、参考書と同等かそれ以上の厚みをした本だった。なんというか、机に置いたらドサッ! という音を立てそうだ。

 

適当なページを開いてみると、規則を記した文字が上から下までビッシリと書かれている。もちろん、裏表両方だ。

 

一夏は嫌気を通り越して、よくこんだけ考えて纏めたもんだな、と内心呆れた。

 

「とにかく、話は以上だ。今日はもう部屋に戻ってゆっくり休め」

 

「アレ? 俺とアドルフの試合は……?」

 

選手が3人いるのだから、必然的にそうなるはずだ。

 

「外傷が無かったとはいえ保健室に運ばれた人間を試合に出せるか。それに、アイツがリヴァイヴに装備させた武装をまた用意する時間は無い」

 

呆れたように溜め息を吐いた千冬の返答に納得し、一夏は安堵の息を吐く。

 

「了解ですっと……」

 

麻耶に渡された本を脇に抱え、一夏はタオルを頭に乗せたままピットを出て行く。

 

「お、おい ……待たんか一夏!」

 

それを追いかけるように千冬と麻耶に一礼した箒が続き、ピットの中には教師2人だけが残る形となった。

 

「それにしても、すごいですね織斑くんは。ISの初搭乗で輝装に到達する人なんて、世界中の 記録(レコード)を紐解いても、数人しかいませんよ」

 

手に持ったタブレットに表示されているデータに目を通しながら一夏を褒める麻耶に対し、千冬は変わらず冷静な態度のままだ。

 

「それは確かに大したものだが、やはりまだ素人です。操縦技術で比較するのならクロスフォードの方が上でしょう。そういえば、アイツの容態は……?」

 

「さっき保健室から連絡があって、目を覚ましたそうです。体調面で特に問題は無いそうなので、今日はこのまま寮に戻ると」

 

「そうですか……では山田先生、後のことはお願いします」

 

引き継ぎを麻耶に任せ、千冬はピットを後にする。

 

通路をしばらく歩いて外に出ると、すでに日が沈みかけている薄暗い空が見えた。

 

ふと立ち止まった千冬は視線を持ち上げ、普段の厳しそうな目つきをさらに鋭くしてそこに広がる天空を睨み付ける。

 

「これも……お前達の望んだ展開か……?」

 

聞けば疑問を投げたように思える言葉だった。

 

しかし、そこに答える者は存在せず、そもそも千冬の纏う雰囲気は返答すら望んでいないと言うようだった。

 

千冬はそれからすぐに歩き出し、身に纏う雰囲気も普段のソレに戻る。

 

しかし、歩き続ける彼女の第六感は、何処かで自分を嗤う声を聞き取った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 セシリア・オルコットという人間の人生は、幼い頃から過酷だった。

 

不幸な事故によって両親は3年前に死んだ。憧れだった母も、母の顔をうかがってばかりで『情けない』とすら思えた父も、あっさりと帰らぬ人になった。

 

そんなセシリアに残されたのは、名家と名高いオルコット家の莫大な遺産。年端もいかない少女が引き継ぐには、あまりに手の余るものだった。

 

そして、それに群がるように現れたのは、金の匂いを嗅ぎ付けた醜い亡者共。

 

埋葬式にて、半数……いや8割以上が悲しんでる顔の下に欲望の色を濃く浮かばせている。

 

ハンカチを片手に肩を震わせているが、実際は喜びに肩を震わせているのだろう。大量の金を背負った鴨が生まれてくれたと。

 

そういう人間を知らなかったわけではない。

 

母から存在を聞かされ、気を付けるよう厳しく言われていたし、今までも何人か出会ったこともある。

 

だが、こんな形で認識の甘さを実感するとは思わなかった。否、出来れば一生こんな体験をしたくなかった。

 

それでも、話をするだけで、連中の腹の底がよく分かった。

 

「ご両親のことは残念でした。これからのオルコット家を支える為に、私にも手伝わせていただけないでしょうか」

 

──手伝うのは予算の運営だけでしょうに。

 

「ご両親には昔から大変お世話になっておりました。出来れば、その恩返しをさせていただきたく思います」

 

──私は両親からアナタのことを聞いたこともないし、話したこともない。

 

「何か必要なものはお有りですか? よろしければご助力致します」

 

両親の死を心から悼んでくれる者など、まったくいなかった。

 

ふと、こいつ等が両親を葬り去ったのではないかと考えたが、幸か不幸かそれは無かった。両親の巻き込まれた事故は越境鉄道の横転事故。死傷者は100を越えるほどだった。

 

なんて醜いのだろう。

 

なんて汚らしいのだろう。

 

連中に対する嫌悪感はもちろんあった。

 

だが、それ以上にそんな連中が自分に集まっているということ、自分が連中と同じ人だという事実に凄まじい吐き気を覚えた。

 

遺産を守る手段を得る為に、セシリアはあらゆる勉強をした。その中で見つけた1つの方法が、ISだった。

 

適正検査においてA+の判定を叩き出したセシリアは代表候補生への赴任を即断し、国家の後ろ盾を得てひとまず遺産を守る事が出来た。

 

そして第三世代兵器のBT兵器運用試験者に選抜され、稼動データと戦闘経験値を得る為にIS学園へとやって来た。

 

そんな中でセシリアは、己の決意を、輝装を掴み取ることが出来た。

 

天に輝くただ1つの明星となりたい。

 

それがセシリアの心からの願いだった。

 

誰の悪意も意に返さぬ孤高の高みへ、誰もが焦がれる栄光へ、そんな存在へと至る。

 

その願いに気付き、自覚し、強く願うまで多くの努力と時間を必要とした。

 

それなのに、セシリアは出会った。己の価値観を根底から覆す存在に。

 

今まで見たことのない、ハッキリとした己の意思を持った強い瞳をした男性。

 

名を、アドルフ・クロスフォードと……織斑一夏。

 

片や無駄と分かっていても揺るがず自分に挑み続け、片やISで初の実戦だというのに到達点の一つである輝装に至った。

 

興味を引かれた。それ以上に、知りたいと思った。

 

他者には無い無二の強さを持つ存在。形は違えど、それはまさに、セシリア・オルコットが憧れ、求め、追い続けていたものに他ならないのだから。

 

だが、何故だろうか。

 

アドルフと一夏、2人共興味を惹かれる存在なのは間違い無いのに、一夏のことを考えると、セシリアの胸の中に不可思議な感情が溢れる。

 

「織斑……一夏……」

 

名前を口にしてみると、それは一際強くなった。

 

甘く、熱く……さりとて切なく、嬉しくもある感情の奔流。

 

(これは……もしかして……)

 

一人惚けるように思考の海に沈むセシリアの顔は、何処か満たされていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side アドルフ

 

試合が終わり、オレは更識と一緒に部屋に戻った。学食に行く気分ではなかったので、夕食を部屋の中のキッチンで済ませ、さっさとシャワーを浴びた。

 

しかし、オレがエプロンを身に付けてパスタ料理を作り始めたら更識が目を丸くしていたが、そんなに意外だろうか。

 

生クリームを使わないカルボナーラとサラダの2品だけだったが、美味いという評価を頂けたので良しとしよう。

 

「……ん?」

 

そして、部屋のベッドに座りながら本を読んでいると、傍に置いておいたオレの携帯がメールの受信音を鳴らした。

 

内容に目を通してみると、少々気になることが書かれていた。

 

読んでいた本を閉じ、オレはバッグの中から愛用のノートPCを取り出す。

 

「……どうかしたの?」

 

突然読書を中断してPCを取り出したオレの行動を不思議に思ったのか、更識が首を傾げながら声を掛けてきた。

 

「まぁ、お前なら別に大丈夫か」

 

そう言いながら左手でパスワードを入力し、右手で更識を手招きする。

 

「あ、ホワイトグリント」

 

「ほう、知ってるとは意外だな。(ファイブ)も良いが、オレとしてはこっちの方が好きなんでな……っと、本題はそっちじゃなかったな」

 

デスクトップの絵で思わぬ知識が共有出来たが、今話すことはそこじゃない。

 

メールのリストを開き、一番上に届いている新着メールをクリック。

 

そして表示されたのは、所々に貼り付けられた幾つかの写真と、報告書のように整えられた無数の英語の文章。

 

それを見た更識は一瞬怯んでしまうが、自分の頭の中にある知識を駆使して必死に英文を和訳していく。だが、慣れていないのか時間が掛かってしまう。

 

「差出人はオレがガキの頃から世話になってる医者でな。書かれている内容を纏めると、6年前に事故があったオレの家の残骸から新しい情報が分かったらしい」

 

苦笑しながら内容を教えると、更識は少し驚いたような顔をする。

 

先程言った、お前なら別に大丈夫、という言葉の意味はこういうことだ。

 

画面をゆっくりと下に移動させると、炎によって激しく燃えて原型を失う程に炭化したテーブルや椅子、マグカップなどの写真が表示された。

 

「少々変わり者の医者でな。診察や治療以外にも、検死や鑑識のスキルも持ってる。んで、6年経った今でもオレの家に残った残骸を掻き集めて情報をくれる」

 

「でも、6年、でしょ? ……火災現場の残骸なら、炭化が酷いと思う」

 

「それはオレも思ったが、何でも無機物の炭化現象を留める装置があるらしい。詳細は機密があるんで教えられないそうだが」

 

オレの言葉に更識は驚きと疑問を混ぜ合わせたような表情を作る。

 

まあ、その気持ちは分かる。

 

ISの登場によって世界のテクノロジーの水準は飛躍的に高まったが、そんな装置が開発されたなんて話は聞いたことが無い。オレも聞いた時は存在を疑った。

 

だって、そうだろう。

 

もしそんな物が実在するなら、人間の死体だって腐食の問題を気にせずいつまでも保存出来る。それこそ、設備があれば死体をサイボーグに改造することも出来る。

 

「それで……今回は、何て言ってきたの?」

 

「えっと……テーブルやドアノブ、マグカップや皿など、日常生活で素手の接触が多い物を細かく調べた結果、僅かながら種類の違う指紋が4つ検出された……だとさ」

 

「4つ……?」

 

「1つはオレ、父親と母親の2つ、残る1つは不明だが……あの人が言うには、指紋の全体幅からして年はオレと同年代か1つ下の子供、性別は勘で女だそうだ」

 

「か、勘……?」

 

「医者が思考を放棄して勘に頼ったらお仕舞いだって話だな。まあ、もしその指紋の対象が女で、オレの姉か妹だったとしても……もう会えんさ」

 

小さな溜め息を1つ吐いてノートPCを閉じる。

 

隣にいる更識が小さく声を漏らすが、オレは普段通りの口調で気にするなと声を掛ける。口数こそ多くないが、やはりコイツも根は良い奴なのだろう。

 

(実際、気にしてどうする……今さら記憶に無い家族が1人増えたところで、死んでいるのに変わりは無いだろう)

 

『本当に?』

 

心の中で、そんな声が聞こえたような気がした。

 

ああ、本当だとも。そんなものは最初からいなかったのだ。

 

 

今になって家族など…………淡い期待をさせないでくれ。

 

 

心の中で自己解決を行い、窓の外に広がる夜空を見る。

 

死んだ人間が天に召されるというなら、オレの家族も、あそこにいるのだろうか。

 

らしくもないことを考えてすぐ眠気を感じ、オレは早々にベッドへ体を預けるのだった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回は一夏の輝装についてと、セシリアの過去とオリ主の身元事情についてでした。

次からはオリ主も色々と活躍する予定です。

では、また次回。


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第8話 覚え無き再会

竜羽様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回もセシリア戦の後、どっちかと言うとゼロイン寄りの話です。

では、どうぞ。


  Side アドルフ

 

「それでは、一年一組のクラス代表は、織斑一夏くんに決定です。あ、今思いましたけど、一繋がりで良いかもしれませんね」

 

朝のホームルームを迎え、笑顔の山田先生から伝えられた最初の通達。

 

山田先生は楽しそうな声で話し、隣の織斑先生は相変わらず腕を組んで沈黙している。

 

周りの女子は、わあああ!っと大いに盛り上がって、パチパチと拍手をしている。

 

まあ、盛り上がるのも無理はないだろう。

 

代表候補生に素人の2人が挑み、結果的にはその中の一人である織斑が輝装に到達し、互角の戦いを繰り広げた。話題性は充分過ぎるだろう。下手したら既に学園どころか世界中に広まっているかもしれない。

 

同時に、これでオレや織斑の世間的な立場がまた複雑になったわけだが、すでに存在自体が珍しいので仕方ない。もし両方負けたとしても、結果は大して変わらなかっただろう。

 

世界中で目を光らせている連中にとっては、オレと織斑が確かに ISを動かせる(・・・・・・)と分かったことが重要だろう。

 

それにしても………何故クラス代表が織斑になっている。候補の中から一番実力の有る者を選ぶ、と言った織斑先生の言葉を取るなら、オルコットで決まりだろう。

 

「先生、何で俺がクラス代表になってるんですか?」

 

選ばれた本人として、手を挙げた織斑が当然のごとく疑問を口にする。

 

それに対し、先程まで笑顔だった山田先生はおそるおそる、という感じで話し始めた。

 

「えっとですね……そうなるはずだったんですけど……」

 

「先日、オルコットが代表を辞退した。その結果、総合戦績で第2位のお前がクラス代表となった。専用機と輝装を有している点でも変わりはないから、問題無いだろう」

 

山田先生から、織斑先生が引き継ぐ。

 

起立したまま頭を抱える織斑がチラリとこっちを見てきたが、その前に視線を逸らして別方向に目を向けておいた。

 

勝負には参加したが、その後で面倒そうな役職を変わってやる気など毛頭無い。

 

続いて、織斑の視線が向いたのはクラス代表を辞退したオルコット。

 

その視線に気付いたオルコットはゆっくりと立ち上がり、胸に手を当てて微笑みを返す。

 

「今回の勝負はあなた方の負けでしたが、それは当然のことですわ。片方は輝装を使えず、それを差し置いてもこのわたくしが相手だったのですから」

 

話しながら腰に手を当てて誇らしげにしているが、後半部分がちゃんとした理由になっていないと思うのはオレだけか?

 

「ですが、わたくしも頭が冷めて大人げなく怒ったことを反省しました。ですので、“一夏さん”にクラス代表を譲ることにいたしました。クラス代表ともなれば、実戦経験には事欠きませんもの」

 

大人げなく怒った、などを通り越して他国に喧嘩を売るにも等しい発言だったのだが、オルコット本人はマジで自覚がないらしい。

 

というか……“一夏さん”か。

 

豹変とも言える程の態度の変化と、織斑と話す際に見せる照れと上機嫌。まぁ、そういうことなのだろう。アレは完全に惚れたな。

 

今のオルコットは、恋をすれば人が変わる、という言葉の例題にこの上なく相応しい。

 

「そ、それでですね……この優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな代表候補生であるわたくしがISの操縦を教えてあげても……」

 

よくもまあ、あそこまで自分に対する評価を押し上げられるもんだな。見ていて笑える。

 

どうでもいいことだが、あそこまで過剰な自信を振りまいていると失敗して躓いた時に立ち直るのが大変だぞ。

 

そんなことを考えていると、バン! と机を強く叩く音が聞こえ、クラス全員の視線が集まる。そこには、席から立ち上がって殺気立った目でオルコットを睨む篠ノ之がいた。

 

元から人を威嚇するような鋭い目付きをしていたせいか、やたら迫力がある。

 

「あいにくだが、教官は足りている。私が、一夏に直接頼まれたからな」

 

私が、の部分をやたらと強調させて発言する篠ノ之の眼光に対し、オルコットは怯まずに受け止め、自信を崩さぬ顔をしている。

 

(ああ、なるほど……SHURABAか……)

 

頭の中で単純な答えを出し、オレは虚空をぼんやりと見詰めることにした。

 

こんな展開を今までも何度か見たことはあるが、オレが今まで見たのはもう少し微笑ましい光景であり、こんな殺気の飛び交うものではない。

 

「あの、アドルフさん。こういう場合、周りはどう反応したら良いのでしょうか」

 

「とりあえず、終わったらNice boat. とでも言っておけばいい。いや、その前に中に誰もいませんよと言っておかないとな」

 

『おいやめろ』

 

隣に座る四十院さんからの質問に若干投げやりに答えると、周りに座る女子全員から突っ込まれた。意外に知られてるんだな、このネタ。

 

「では、クラス代表は織斑一夏に決定する。異存は無いな?」

 

はーい、とクラスの女子が元気に返事をしたが、オレと織斑、篠ノ之、オルコットはそれぞれの表情で黙りこんでいた。

 

とりあえず、今回の騒動はようやく終わりを迎えたようだ。

 

 

 

 

   *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *   

 

 

 

 

  Side Out

 

 クラス代表が決定されてから数日が経過し、そろそろ四月も下旬。桜の花びらがほとんど見られなくなった。

 

一夏とアドルフも今の環境に徐々に適応し、クラスの女子生徒との会話も慣れてきた。

 

そして、ISの飛行操縦の授業で織斑がアリーナの地面に墜落して大穴を作った日の夜。部屋で本を読んでいたオレは携帯のタイマーアラームに反応し、目を向けた。

 

「更識、すまんが少し出掛けてくる」

 

「どうかしたの?」

 

「食堂で織斑の代表就任パーティーをやるそうだ。オレが戻る前に眠りたくなったら鍵は掛けてくれて構わない」

 

「……わかった。その時はメールする」

 

オレが織斑の名前を口にした途端に更識の顔が僅かに曇るが、触れない方が良いと判断し、気付かないフリをして裾の長い制服の上着を羽織る。

 

今日、更識は放課後随分と遅くに部屋に戻って来た。

 

戻って来た時間帯と顔に濃く出ていた疲労の色から考えて、恐らくアリーナでISを動かしていたのだろう。

 

だが、どう見ても落ち込んでいた様子から目標達成とはいかないようだが。

 

(日本の代表候補生に選ばれているアイツが苦戦する問題となると、基本的な操縦技術ではないだろうな。考えられるとすれば……)

 

更識が代表候補生だというのは、オルコットと勝負を終えた帰り道に本人が教えてくれた。

 

どうりで普段の身のこなしが整っているわけだ。ハッキリとした強さは分からないが、素手でもチンピラの2、3人は軽く倒せると見た。

 

そして、そんな更識が苦戦している壁となると……

 

 

輝装。

 

 

IS操縦者の到達点の1つであり、代表候補生に求められる条件の1つ。

 

確かな決意を掲げた使用者に唯一の力を与え、時にはISの形状や性能を大幅に変化させるという科学がもたらす魔法。

 

その力の強さ故に、習得が困難と言われている。しかも、それは単純な努力によって解決出来るものではない。

 

(今度話でも聞いてみるか……あの調子で続けてたら、ストレスが溜まる一方だ)

 

思考を働かせながら渡り廊下を歩いて外に出ると、夜の涼しげな風が頬を撫でた。

 

夜中でも淡い光を放つ立体スクリーンの案内板に従って校舎を目指していると、視界の端に気になるものが映った。

 

「あれは……」

 

歩く進路を変更した先にあったのは、外灯に薄暗く照らされた1つのバスケットゴール。ゴールの真下にはバスケットボールが1つ置かれている。

 

「バスケか……」

 

何となくボールを拾い、軽くドリブルをしながらゴールを見上げる。

 

バスケといえば、アメリカに何度か滞在した時に友人に誘われてストリートでぶっ倒れるまでやり込んだ記憶がある。

 

友人に教えられた記憶と体で覚えたフォームを思い出しながら手に持つボールを軽く放る。ボールはイメージした軌道を通って小さな放物線を描き、ゴールに入る。

 

落ちてきたボールを再び手に取り、今度はドリブルをしながらゴール目掛けて走り出す。もうこの動作は完全に体に染み付いており、トラベリングやボールを手からこぼすようなミスはしない。

 

「ふっ……!」

 

軽く地面を蹴って跳躍し、ボールを上に軽く放ってゴールを決める。

 

再び地面に落ちるボールを見てオレは小さく吹き出し、上着を脱いで近くのベンチに放り投げ、Yシャツ姿でボールを取ったオレは再び走り出す。

 

上着を脱いだおかげか、完全にやる気になったからか、走る速度は先程より速い。

 

ドリブルをしながらスピードを上げ続け、速度を殺さずにゴールの前方で地面を蹴って高く跳躍。そこから右手に持ったボールを手放さず、叩き付けるようにゴールへ入れた。

 

ボールをバスケットの真上から強くたたき込むシュート。俗に言うダンクシュートを決めて、オレはゴールの枠を掴んでいる右手を放して着地する。

 

すぐに小走りでボールを拾い上げ、再び速度を上げてゴールに向かって突っ込む。その度に地面を強く蹴って宙へと飛び、多くはないが覚えている限りの技でゴールを決める。

 

そんなことを休憩を入れずに何度も繰り返し、オレはすっかり息が上がっていた。

 

「ふぅ……」

 

肩で息をした状態から深く息を吐いて呼吸を整え、ベンチに座って夜空を見上げた。

 

どうやらオレもこの学園に来て知らぬ内にストレスが溜まっていたのか、先程よりも心の中がスッキリしている。やはり、時にはひたすらに体を動かすのも悪くない。

 

此処は都市のすぐ近くに存在する学園なのであまり夜空の眺めは期待出来ないのだが、今日は随分と星がよく見える。

 

そのまましばらくぼーっと夜空を眺めていたのだが……

 

「いやぁ、すっごいね今の!」

 

……パチパチパチと拍手の音を鳴らしながら話しかける活気な声が聞こえてきた。

 

夜空に向けていた視線を正面に戻すと、ゴールの真下に制服姿の少女が立っていた。星を眺めて呆然としていたからか、まったく気付かなかった。

 

拾ったボールを片手にこちらへ近付く少女の顔は外灯を背にしているせいでよく見えなかったが、互いに数歩だけ歩み寄るとハッキリ見えるようになった。

 

まず見えたのは、美少女と呼べるほどに整った顔立ちと明るく快活な性格を表すような笑顔。髪は黒く、目は青い。

 

夜の暗闇に溶け込んでしまいそうな癖の無い黒色の長髪をリボンで後頭部に纏め、サイドの髪は正面から耳を覆って襟元をくすぐっている。

 

纏めた髪を解いて浴衣や着物を着れば、間違い無く大和撫子と呼べる美人が完成することだろう。

 

だが、その顔を見た瞬間…………オレは、心の中で奇妙な感覚を感じた。

 

「ねぇ、さっきのどうやるの! あの、一回ボールを床に叩きつけてから空中でボールを掴んでダンク決めるやつ! アタシもやってみたい!」

 

恐らく、オレが日本の漫画で知って友人に教えてもらった一人アリウープのことだろう。

 

突如現れたその少女は、オレをキラキラした目で見上げながら詰め寄ってくる。何というか、見た目から感じる雰囲気に随分とマッチしている。

 

「……とりあえず、シュートのやり方より先に自己紹介を済ませないか? 見たところ同じ1年生のようだが、オレはキミの名前を知らん」

 

IS学園の生徒は学年ごとにリボンの色が違い、一年は青、二年は黄色、三年は赤という風に分けられている。

 

そのおかげで目の前の少女の学年は分かるのだが、顔に見覚えが無いので同じクラスではないだろうし、名前までは分からない。

 

「え? ……ああ、ゴメン。アタシったらつい興奮しちゃって」

 

我に返った少女は照れを隠すように後頭部に右手を添えながら笑い、一度軽く咳き込んで右手をオレの方へ差し出してきた。

 

「アタシは 華蓮(かれん)。華やかな蓮って書いて、 秋月(あきづき) 華蓮(かれん)だよ。よろしく!」

 

差し出された手の意味に対して少し抵抗を感じたが、オレも右手を差し出し、華蓮と名乗った少女の握手に応じた。

 

「知ってると思うが、アドルフ・クロスフォードだ。よろしくな、秋月」

 

手袋をしたまま握手に応じたことに当然ながら秋月は首を傾げるが、深くは訊かず、よろしく~! と言いながらオレの右手をブンブンと縦に振る。

 

「それで秋月、アリウープ……あぁ、お前がやり方を尋ねたシュートの名前な……やり方を教えるのは構わんが……」

 

言いながらチラリと視線を秋月の両足に向ける。

 

オレ自身が蹴り技を使うので、見ればよく分かる。良い脚をしている。

 

誓って言っておくが、下心は無い。よく鍛え抜かれ、無駄が無く流麗な形をしているという意味だ。何かスポーツでもやっているのかもしれない。

 

「むむっ……何処を見詰めてるのかな~?」

 

オレの視線が移動したことに気付き、秋月がニヤリと笑みを浮かべながら鼻先に人差し指を突き付けてきた。どうやら、人をからかうのが得意なようだ。

 

だが、それはオレも同じだったりする。

 

「いや、見詰めていたわけでもないが……スカートを穿いたままシュートを教えてくれと頼む大胆な女性には初めて会ったんでな。少し驚いただけだ」

 

「へ? …………あぁ!! いやっ……えっと……そのっ……!」

 

どうやら本当に忘れていたらしく、自分の服装を思い出した秋月は顔を真っ赤にして盛大に慌て始めた。

 

やり返した成果が予想以上だったせいか、オレも自然と笑いが零れた。

 

「うぅ~……女の子の慌てぶりを見て笑うとは失礼なぁ……!」

 

悔しそうな声を上げる秋月は、怒りを教えるように頬を膨らませながら涙目でオレを睨み付ける。と言っても、未だに顔は赤く、身長差でオレが見下ろす形になるので怖くない。

 

「ハハッ……すまんな。お前の反応が良い意味で予想以上だった」

 

「ぐぬぬっ…………というか、アドルフは何でこんなところで一人でバスケやってるの? もしかして、日課だったりするの?」

 

「いや、偶然ゴールを見つけたんでやってみただけだよ。元々は食堂の方に行こうとして…………マズイ」

 

携帯を取り出して現在の時刻を確認する。

 

……何てことだ。既にパーティーの開始時刻から30分近く経過している。

 

幸い、クラスの女子には気が向いたら行く、と答えたのですっぽかしたことにはならないだろう。責められることはないはずだ。

 

だが……気まぐれで始めたバスケに夢中になって本来の目的を完全に忘れるなんて……アホか、何をしとるんだオレは。

 

「どうしたの……?」

 

「ああ、実はな……」

 

首を傾げて質問する秋月に返答し、オレは僅かに重くなった口で説明した。

 

 

 

 

   *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *   

 

 

 

 

 「あははははははは!! ぱっ、パーティーに行くつもりが、バスケの方に夢中になってっ! 本来の目的、す、すっかり、忘れるとかっ! あははははは!!」

 

数秒後、秋月は腹を抱えて大爆笑しており、先程とは違った形で涙目になっていた。

 

それに対して事情を説明したオレは何も言い返す言葉が出ず、黙って右手を額に当てて顔を隠す。多分、今のオレは相当眉を顰めているだろう。

 

からかった後に思わぬ反撃を受けたものだ。と言っても、オレのはただの自爆だが。

 

「はあぁ~……笑った笑った。お腹痛くなりそうだよ~」

 

「それは何よりだ。ところで、今日はもう部屋に戻ろうかと思うんだが、構わないか?」

 

「うん。私も思いっきり笑えたし、今日は満足かな」

 

そう言って、秋月はベンチの上に置いたオレの制服を投げ渡し、手を振りながら笑顔で走り去る。オレも軽く右手を上げてその背中を見送る。

 

だが、何故かオレは……

 

「……秋月!」

 

……その背中に、再び声を掛けた。

 

「変なことを訊くが……オレ、お前と何処かで会ったことがあるか?」

 

普通なら何時の時代のナンパ野郎だと言われそうな台詞だが、オレ自身にとってはこの上なく真面目な質問だ。

 

秋月の顔を見てから心の中で僅かに騒ぐ奇妙な感覚。

 

何というか、こいつと話していると初対面の気がしないのだ。まるで何年も前から会っていない古い友人と再会したような気分になる。

 

そして秋月は、オレの質問に顔色一つ変えずに答えてくれた。

 

「う~ん……無いかな。アドルフの外見って少し変わってるから、アナシなら一度見れば忘れないだろうし……」

 

「そうか……ありがとう。おやすみ、秋月」

 

「うん! おやすみ~!」

 

走り去る秋月の背中を今度こそ見送り、オレも身を翻して寮へと戻る。

 

どうにも、この学園に来てから奇行に走る機会が増えているような気がするなオレ。まあ、ISを動かしてしまったこと自体が既に奇行の極みなのだが。

 

「汗掻いたしな、シャワー浴びてさっさと寝るか……」

 

夜風に涼みながら歩いている内に、オレは思考の回転を止めてただ歩き続けた。

 

そんなオレの遠い背後で……

 

「ごめんね……会ったことはないけど、 知ってはいるんだ(・・・・・・・・)。キミのことを、 キミ以上に(・・・・・)……」

 

涙を堪え、今にも泣きそうな……

 

「姿が似るだけなら、まだ良かった……だけど、 失ったもの(・・・・・)まで同じだなんて……そんなの酷過ぎる……悲し過ぎるよ……」

 

悲しそうな目でオレの背中を見る秋月がいたことを、オレは知らなかった。

 

ちなみに余談だが、オレの戻る時間に驚いた更識に秋月の時と同じ説明をしたら、爆笑こそしなかったが肩を震わせて必死に笑いを堪えていた。

 

似たような反応を経験済みのオレは、シャワーを浴びていち早く眠りについた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回はバスケやって本来の予定忘れる主人公でした。そして、謎の美少女と友達になりました。物語にかなり絡む存在です。

オリ主の読んだバスケの漫画は、主人公が非常に影薄いアレです。

次回もオリ主サイドでオリジナルの話です。

あ、ちなみに中国人の女子生徒はちゃんと学園に到着しましたよww

では、また次回。



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第9話 似た者同士

銀閣様、竜羽様、神薙之尊様から感想をいただきました。ありがとうございます。

かなり間が空いてしまいました。

では、どうぞ。


  Side アドルフ

 

 一人でバスケをやってストレスを発散し、秋月華蓮という少女と知り合った次の日。

 

いつも通りの生活リズムを辿って教室に辿り着くと、ふと小さな違和感を覚えた。何というか、教室にいる女子生徒達が普段よりも騒いでいる。

 

「あら……おはようございます、アドルフさん」

 

席に座ると、先に教室に来ていた四十院さんが柔らかい笑みを浮かべて挨拶をしてきた。

 

席が隣ということもあって、この学園では更識の次に話す機会が多い。品行方正と言える性格もあって、オレにとっても話しやすい。

 

「ああ、おはよう……みんなが騒いでいるが、何かあったのか?」

 

「何でも、1年2組の方に転校生が来るそうです」

 

「転校生? この時期にか?」

 

まだ新入生の入学式を終えてから2ヶ月も経っていないというのに、転校生がやって来るなど異常である。

 

ましてや此処はIS学園。

 

オレや織斑のような特例でなければ、かなり厳しい試験を受けなければいけないのだ。普通に考えたら入試を受ける学校を間違えたとしか思えない。

 

「恐らく、国からの推薦があったのでしょう。十中八九、何処かの代表候補生かと」

 

「代表候補生、か……」

 

その単語を口にした瞬間、自然と顔が苦い表情を作ってしまう。つい最近になって、あまり耳に入れたくない単語のランキングを急上昇しているのだ。

 

国外の学校に転校する際に国からの推薦が出るほどなら、間違いなく輝装を習得する段階にまで到達した実力者だ。

 

何処かの金髪お嬢様のように強いのは間違いないだろうが、願わくば性格が面倒な方向に尖っていないことを祈ろう。

 

自惚れるわけでもないが、オレと織斑は様々な意味で世界中から注目を浴びている。もしその代表候補生がオルコットと似たような性格であれば、確実にオレ達に絡んでくる。

 

「ですが、そうなるとクラス対抗戦は厳しい戦いになりますね」

 

「戦うのは織斑だがな……」

 

クラス代表 対抗戦(リーグマッチ)

 

先日このクラスで決めたような代表同士で行われるリーグマッチである。なんでも、IS学習を本格的に始める前の、スタート時点での実力指標を作るためらしい。

 

同時に、クラス同士の交流と団結も兼ねているそうだ。やる気を出させる為なのか、優勝賞品には学食デザートの半年フリーパスがある。

 

実力目標を作る行事なのに、何故賞品があるんだ?

 

「その情報古いよ」

 

そんなことを考えていると、入口の方から少し高い声量の声が聞こえてきた。

 

「2組も専用機持ちが代表になったの……だから、簡単には優勝できないよ」

 

そこには、腕を組み、片膝を立てて壁に寄りかかっている少女がいた。身長は平均よりも低く、明るい色の髪を金色の髪留めでツインテールにしている。

 

「お前、鈴か……? もしかして、転校してきた代表候補生って………」

 

突然の来訪者に声を返したのは、席に座って話していた織斑。見たところ、知り合いのようだ。

 

「そう。中国代表候補生、(ファン) 鈴音(リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけよ」

 

そう言って小さい笑みを漏らし、その少女は左右のツインテールを軽く揺らした。

 

その態度と様子を見ただけで、何故かオレの祈りが否定されたような気がした。

 

 

バシンッ!!

 

 

顔を手で覆って溜め息を吐くと、このクラスだけで聞ける独特の打撃音が聞こえた。

 

見てみると、宣戦布告に来たらしい少女の後頭部に強烈な破壊力と硬度を秘めた出席簿が振り下ろされていた。

 

言わずもがな、織斑先生のものである。その背後には山田先生が控えている。

 

「もうSHRの時間だ。さっさと教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん………」

 

「織斑先生だ。そしてさっさと戻れ、邪魔だ」

 

「す、すいませんでした………」

 

織斑先生への怯えを丸出しにしてドアから離れる少女。理由は知らんが、プライベートな付き合いで苦手意識があるようだ。

 

自己紹介の際に黄色い悲鳴を上げたクラスメートに比べて随分珍しい部類だ。

 

「あとでまた来からね! 逃げないでよ、一夏! 逃げたらぶっ飛ばすわよ!?」

 

「さっさと戻れ。もう一発くらいたいか?」

 

「け、結構です! 失礼します!」

 

背筋を延ばして返答し、2組へ向かって全速力で駆け抜けた。見事なフォームだが、廊下を走るのは良くないと思うぞ。

 

宣戦布告と言ったが、結局最後までグダグダの流れだったな。

 

「……一夏、今のは誰だ? 知り合いか? 何故あれほど親しそうなのだ?」

 

「い、一夏さん!? あの人とは一体どういう関係で………」

 

篠ノ之とオルコットの質問をトリガーに、周りの女子が織斑の近くに集まって質問の集中砲火が始まった。

 

だが、この流れは………。

 

「席に座らんか、馬鹿どもが」

 

先程の少女と同様に、織斑先生の出席簿がマシンガンの如く火を噴くこととなった。

 

クラスの殆どの女子が後頭部をさすって席に戻る中、小さな指がオレの肩を横からツンツンと叩いた。

 

視線を向けると、そこには苦笑を浮かべる四十院さんの顔があった。

 

「また、増えたのでしょうか……」

 

「……知らん」

 

何が、増えたかは互いに確認せず、オレは痛む頭を抑えながら話を打ち切った。

 

「では、SHRを始めます。最初の連絡事項は………」

 

そして、山田先生の声よりいつも通りの授業が始まった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

「ッ……!」

 

空中に表示された標的をターゲットサイトに捉え、右手に持ったガルムのトリガーを引く。

 

右腕越しに軽い反動を感じ、すぐさま銃身を横にスライドさせて発砲。あらゆる方向と角度に出現する標的をハイパーセンサーで視ながら、照準を定める。

 

「はい、そこまで!……前よりも射撃が上手くなりましたね、アドルフ君」

 

「ありがとうございます。この前の試合で、実戦射撃の感覚は大体掴めたようです……」

 

空になったマガジンを軽く放って量子変換で収納し、山田先生に軽く会釈する。

 

オルコットとの試合が終わってからも、山田先生は放課後にこうして何度か訓練を付けてくれている。頼る当てが少ないオレにはとても有難いことだ。

 

基本的な流れとしては、山田先生が手本となる動きや射撃を一度やって見せて、それを参考にしてオレがやってみるという形だ。

 

一先ずはオルコットとの試合でダメだった点を埋める為の 空中機動(マニューバー)を教えてもらい、次に射撃を教えてもらっている。

 

「山田先生……先生は、あちらの方に関してのアドバイスは……」

 

そう言ってオレが視線を向けた先には、1機の打鉄が佇んでいる。

 

乗っているのは、少々はねがある青髪を風に揺らしながら目を閉じ、精神を集中させている更識だ。乗っている打鉄は、彼女が所有する専用機である。

 

形になぞると、輝装の発現と共にあの打鉄が姿を変え、更識だけのワンオフの機体が完成する。

 

廊下で偶然すれ違った際に訓練に誘い、内容を訊いてみたのだが、やはり更識が苦戦している問題は輝装の修得だった。

 

これに関してはオレに言えることは何も無いので、ああやって更識の好きにさせている。

 

「……残念ですが、私からは何も。輝装の修得方法に明確な形はありませんから。ある出来事が切っ掛けになったり、長年の努力の果てに修得する人もいます。そして……」

 

「……一生掛かっても到達出来ない者もいる、というわけですか」

 

輝装の修得に必要なのは、嘘偽り無き確かな“決意”。

 

『こうありたい、こうなりたい』という気持ちを言葉にして曝け出すというのは、簡単に聞こえるかもしれないが、実際は困難を極めるものだ。

 

人間の深層心理……他者の意思が一切干渉出来ない無意識の領域に根付いた願望や渇望を意識して理解するなど、並大抵のことではない。

 

スポーツ界などで耳にする「心・技・体」の中の1つ……体を鍛えるだけでも、技を磨くだけでもない。心……『精神』の強さが必要なのだ。

 

「ふぅ……」

 

その背中を見ていると、瞳を開いた更識が疲れたような溜め息を吐いた。

 

そのまま視線を俯かせ、更識はゆっくりとオレと山田先生の元へ近付いてきた。

 

もう何日も同じことを続けているのだろう。その度に思うようにいかず、落ち込んでしまうのも無理はない。

 

「今日はもうやめておくか?」

 

尋ねると、更識は無言でコクリと頷いた。

 

続いて山田先生の方に視線を向けると、笑顔を浮かべて頷いてくれた。

 

そのまま身を翻して飛翔し、オレと更識と山田先生3人は静かにピットの中へと戻った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 リヴァイブを格納庫に収納し、制服に着替えたオレはロッカールームの入り口から少し離れた所で更識と山田先生を待っていた。

 

別に2人が遅いわけではない。オレの着替えの速度が速いだけだ。

 

「……ん? これは……」

 

腕を組んで壁に背中を預けていると、妙な気配を感じた。しかもこれは、前にも感じたことがあるものだ。

 

だが、何というか……

 

(前と少し違うか……?)

 

何がどう違うのかと訊かれれば答え辛いが、何となくそんな気がした。

 

気が付けば足が動き出し、オレは何時ぞやの時と同じシャッター式の扉の前にいた。試しに開けてみようとするが、モニターには前回と同じく『LOCK』と表示されている。

 

しかし、以前に感じた頭痛と吐き気は無く、立っていることに問題は無かった。

 

「どうかしましたか? クロスフォード君」

 

「いえ、理由は分からないんですが……この扉が非常に気になって……」

 

後ろからやって来た山田先生と更識に答えると、山田先生はモニターの近くにある端末に触れて、指紋認証に続いてパスワードを打ち込む。

 

教師である山田先生の場合、学園のセキリティーには相応の権限があるんどあろう。

 

すると、モニターの表示が『LOCK』から『OPEN』と変わり、シャッター式の扉が上へと持ち上がり、数秒で開いた。

 

「あの……開けてよろしいんですか?」

 

「私の権限で開くセキリティーなら多分大丈夫ですよ。それに、私も何が保管されているのか気になりますから」

 

開いた扉の先は真っ暗で先に部屋の中に入った更識はオロオロとした足取りで進んでいく。

 

だが、その足元に太いケーブルのようなものが見えた瞬間、肩を軽く掴んで転ばないようにその場で止める。

 

「そのままだと転ぶぞ。少し待ってろ」

 

そう言って壁際に歩き出し、照明の電源があるであろう場所を手探りで調べ、レバーのような上下に動くスイッチを見つけた。

 

最先端技術を使ってるIS学園にしては珍しいな、と思いつつも腕に力を込めてレバーを持ち上げ、スイッチを入れる。

 

すると、天井付近に設置された複数のライトが光を放ち、室内全体を明るく照らした。

 

予想外の強い光に一瞬目を閉じそうになるが、すぐに視界が慣れて室内を見渡す。

 

すると、やはり室内の床には無数の太いケーブルが伸びていた。明かりを点けずに進んでいたら一体何度転ぶ羽目になったろうか。

 

床に走るケーブルを目で辿っていくと、その場にいた全員の目が驚きで見開かれた。

 

床に両足の膝を付けて静かに座し、折り畳んだように内側へ縮められた装甲は天井から射すライトの光を反射しつつも確かな色を放つ銀色。

 

人間一人の四肢だけでなく、全身をスッポリ覆うようなデザインをしたそれは……

 

「これ、IS……?」

 

「そのようですね。でも、どうしてこんな所に……」

 

更識の言葉に山田先生が頷き、部屋の中に設置された内線装置を見付けて走り出した。

 

対してオレと更識は座したISに近付き、その全身を詳しく見た。

 

「デザインから見て、間違いなく量産機ではないな。 全身装甲(フルスキン)ではないみたいだが、これだけ装甲が多いのはが珍しいな」

 

ISは搭乗者の全身をスキンバリアで覆っているので、生身や素肌の部分を晒しても大して問題にはならない。

 

現在稼働している全てのISの中でも、このタイプは極めて数が少ないはずだ。

 

「うん……しかも、このウイングバインダーの形をした 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)、少しだけ写真で見たテンペスタの面影が、ある……」

 

テンペスタ。

 

確かイタリア製の第二世代機の名前だったか。詳細スペックは知らないが、後継機のテンペスタⅡ型は第三世代と比較してもトップクラスの高機動の誇るらしい。

 

機体が座したままなので何とも言えないが、見た感じの外見は、鋭利な形をした装甲で作った機動性と防御力を両立したアーマーだろうか。

 

パワードスーツというよりは、アニメのロボットのように思える。

 

「でも、誰かの専用機なら、こんな場所に置いておくはずないし……どの国にも、ISを遊ばせておく余裕なんて、ない……」

 

「遊ばせているわけではない。此処に保管しておけば波風が最も少ないのだ」

 

更識に続いて入り口から聞こえてきた声に振り向くと、そこにいたのは織斑先生だった。

 

恐らく、山田先生が先程の内線装置を使って呼んだのだろう。

 

織斑先生はゆっくりと歩いてISの前で立ち止まり、小さく息を吐いた。

 

「偶然とはいえ、まさかコイツを見つけるとはな……この部屋に来る時、何か奇妙な感覚は無かったか?」

 

「……いえ、特には」

 

奇妙な感覚、と言われて一瞬言葉に詰まったが、即座に返答した。

 

織斑先生はそうか、とだけ言って、視線を再びISへと向けた。

 

「…………二度目で……の……が薄れたか……」

 

その時、織斑先生が何かを呟いように見えたが、唇の動きを読んでも何を言っているかはよく分からなかった。

 

(マンド……レイク……? くそ、読み取れん)

 

「それで、織斑先生……このISは一体……」

 

「……まあ、話しても問題は無いか。クロスフォード、イグニッション・プランは知っているか?」

 

「欧州連合の統合防衛計画ですね。各国から提出されたトライアルの中から次期主力機体と規格の選定を行うという」

 

「そうだ。その第3次のイグニッション・プランが開始される直前に、国連やIS委員会も加えてある計画が実施された」

 

欧州連合だけでなく国連やIS委員会も加わるとなると、その規模は世界中で名の知られた国々のほぼ全てに広がる。

 

それだけの数の加盟国が存在した計画なら、ニュースにでも取り上げられそうなものだが、そんな情報を耳にしたことはない。

 

「計画内容は、それぞれの加盟国が現時点で開発・実用に成功したISの技術を様々な形で導入し、それらを統合した最高スペックのISを作る、というものだった。第3次イグニッション・プランの明確な比較目標を作るという目的もあったそうだが」

 

「じゃあ、このISが……?」

 

「そうだ。機体名『ラピエサージュ』。その計画において開発されたISだ。面影はそれほど残っていないが、機体の各所には各国からもたらされた様々な特性や技術が導入されている」

 

ラピエサージュ。継ぎ接ぎを意味するその言葉は、各国の技術を結集させたこの機体にある意味マッチしているのだろう。

 

そして、 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)がテンペスタのソレと似ているのはそういうわけか。

 

しかし、各国の技術を統合した新型のIS開発とは、思い切ったことをしたものだ。口にするのは簡単でも、こうして形にするにはかなり骨が折れたはずだ。

 

「世代に当て嵌めるなら2.5世代型という所だな。だが、あるアクシデントを切っ掛けに計画は頓挫した……更識、そのISに触れてみろ」

 

「は、はい……」

 

織斑先生に言われ、更識がISに触れる。

 

通常ならその場でISがほんの僅かに発光して接触した人間にある程度の機体状況と情報を開示するのだが……

 

「反応、しない……?」

 

「そうだ。ある日突然、このISは外部からのアクセスを完全に拒絶するようになった。コアネットワークからも独立に近い状態になっている。別のコアを使う余裕はどの国にも無かった為、開発は強制的に中止、というわけだ」

 

「事実上の引きこもりというわけですか。しかし、何でそんなことに……?」

 

「ISコアの構造がブラックボックスなので詳しい原因は不明だ……だが、ある科学者の見解では、初期化や改修を重ね過ぎたせいでコアが拗ねたのではないか、という話だ」

 

ISコアには、その内部に自己の知性と人格を宿している。

 

もしその人格を人間に照らし合わせてみれば、このISのコアは他人の都合で何度も何度も自分の『 中身(ソフト)』を抹消され、『(ボディ)』をバラバラにされてきたというわけだ。なるほど、たしかに心を一切閉ざしてもおかしくない。

 

山田先生や織斑先生もISの装甲を軽く撫でるが、変わらず反応は無い。

 

「それで、再起動の目処も立たないからこの場所、というわけですか……」

 

「そういうことだ。起動しないとはいえコアを搭載したISを適当な場所に放置するわけにもいかん。だからあらゆる国家や企業に対して中立の立場にあるこの学園に保管することにした」

 

「じゃあ、このISの所有権は……?」

 

「何処の国も企業も、動かないISに対して管理費や責任を負担するのは願い下げだと言うように受領を拒否。現在は誰のものでもない」

 

酷い話だな、と内心で呟く。

 

こんな扱いが最後だなんて、『ラピエサージュ』という機体名はむしろ皮肉に聞こえる。

 

光を反射するその装甲は、こうして見ると外界から射す光さえ拒んでいるように思えた。

 

何となくだが、オレにはこのISの気持ちが少しだけ分かる。

 

これ以上自分という存在を狂わされたくない。大切なものを奪われたくないという思いは、過去の全てを失ったオレも強く持ち続けている。

 

だからだろうか、目の前のこのISが……オレと似ているように思えたのは。

 

(お互い、もう元の自分なんて分からなくなっちまったな……けど、お前は今のままが一番良いんだろうさ。他人の都合で変えられる“自分”なんて、それこそ嘘だ)

 

口元に微笑を浮かべながら心中で呟き、ISの装甲をポンポンと叩いた。

 

だが、その瞬間、継ぎ接ぎの名を冠した装甲が低い音を立て、小さな光を発した。

 

「なにっ……!」

 

驚きで体が飛び退きそうになるが、それを上回る速さをもってオレの脳内に膨大な情報が流れ込んできた。

 

外部からの干渉を拒絶して蓋をしてきた反動だとでも言うように、ラファールに触れた時とは比べ物にならない情報量だ。

 

だが、そんな情報の濁流の中で一瞬だけだが……

 

 

(あぁ……やっと、出会えた)

 

 

……そんな声が、聞こえたような気がした。

 

そして、オレの目の前に小さな画面が出現し、機体の全身を映した映像と、機体名が表示された。しかし、そこに表示されていたのは名前は『ラピエサージュ』ではなかった。

 

 

機体名『エクリプス』

 

 

誰かに決められたものではなく、己の意思で決めた名前だと言うように見せられたソレは、何故だかとても眩しく思えた。

 

数秒の発光と共に情報の濁流が収まり、再び目を向けた視線の先には、まるで目の前の誰かを長い間待ち続けていたように装甲を広げるIS……『エクリプス』の姿があった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

中国さんの初登場なのに出番が少なくてごめんなさい。あと少ししたらちゃんと出番有るんで。

簪の乗っているISがただの打鉄なのは、この作品では輝装を修得したら機体が自動的にファーストシフトを終えて専用機に作り替わるからです。

始めから専用機を与えられる人もいますが、量産機からスタートの人もいるということです。

そして、今回登場したオリジナルのISは、隠す必要もないんで言いますがオリ主の専用機です。

出番やスペックについては、追々やってきます。

では、また次回。



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第10話 準備

竜羽様、mkkskmki様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はリーグマッチの前の話です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 「ふぅ……」

 

普段より少し重い足取りで廊下を歩き、寮の自室のドアを開けて息を吐く。

 

普段から疲れている様子を他人に見せないように注意しているが、今だけは少し無理そうだ。ルームメイトがいるとはいえ、自室の中くらいは気を休めてもいいだろう。

 

「おかえり……終わったの?」

 

「ああ……手続きに必要な書類は全部片づけた。他にも色々とやることがあるから、あの機体……『エクリプス』を扱うのはまだ先の話だがな」

 

部屋の真ん中に置いた座布団にちょこんと座り、テーブルの上に本を広げていた更識が少し心配するような顔で尋ねてきた。

 

まあ、心配するのは普通かもしれない。

 

現時刻は21時30分。まだ消灯時間ではないが、部活に所属している生徒でもここまで帰宅時間が遅い者はいないだろう。

 

ちなみに、オレと更識、そして山田先生がアリーナの格納庫で保管されていたIS、機体名『ラピエサージュ』から名を変えた『エクリプス』を見つけたのはおよそ17時。

 

それから今に至るまでの約4時間半。オレは校舎の中である作業をしていた。

 

それは、『エクリプス』の所有権をオレに委託することと、『エクリプス』をオレの専用機として登録する手続きである。

 

外界からの干渉を一切拒絶するようになった『エクリプス』のコアは、何気なしに触れたオレに反応を示し、数年ぶりにその機能を復活させた。

 

何故オレに反応したのか……その理由など誰にも分からない。男性IS操縦者という元々稀有な存在故なのか、偶然なのかさえも。

 

ただ、どうやら『エクリプス』が反応を示すのは現状でオレだけのようで、更識、山田先生、織斑先生には変わらず無反応を貫いていた。

 

モンド・グロッソの優勝者が相手でも手が触れた瞬間に一瞬で発光を閉ざすとは、今まで通りとはいえ随分と度胸のあるISである。

 

とはいえ、今まで動かないはずだったISが突然動き出したとなると、無視はもちろん、無かったことにも出来るはずはない。

 

良かれ悪かれ、様々な形で世界中のあちこちが動くことだろう。だからこそ、この事態には可及的速やかに手を打つ必要があった。

 

そこで出された提案が、『エクリプス』をオレの専用機とすることだった。

 

幸いにして『エクリプス』は現状でオレにしか動かすことは出来ないし、誰も所有権を手にしていない。所属先やスポンサーを決めていないオレとしても、悪い話ではなかった。

 

どの国にも企業にも借りを作らず専用機を貰えるのだから充分に有り難い。

 

よって、善は急げと言うようにそのまま学園の一室に移動し、4時間以上もぶっ通しで様々な手続きを終わらせることになったのだ。

 

ISの操縦訓練に続いて4時間の書類仕事となると、流石に疲れも出てくる。

 

「更識、今から紅茶を淹れるんだが……お前も飲むか?」

 

「うん」

 

コクリと頷く更識から視線を外し、室内に供えられたキッチンに歩を進める。

 

お湯を沸かし、棚の中からポットに続いて外国の友人に送ってもらった紅茶の茶葉の1つを取り出す。

 

湯の熱が上がるまでの間にYシャツのネクタイを解き、制服の上着だけを脱いで一緒にクローゼットに仕舞う。

 

そして、Yシャツ姿でキッチンに戻り、更識の視線に気を付けながら両手の皮手袋を外す。流石に、料理を作ったり茶を淹れる時は外している。

 

もちろん、他人の視線には十分に気を付けている。火傷は大分消えてきたが、誰だってこんな古傷だらけの手など見たくはないだろう。

 

100℃近い沸騰直後のお湯を温めておいたポットに注ぎ込み、2、3分ほど抽出してからカップに入れる。その際、ティーストレーナーを使って茶葉が入らないよう気を付ける。

 

さっそくふんわりとした香りが漂い、皮手袋を再び装着して2つのティーカップとポット、他にもミルクや砂糖などのティーセットをお盆に乗せ、更識の待つテーブルに置く。

 

「良い香り……」

 

「本職の執事に淹れ方を教わったことがあってな。免許皆伝とは言えんが、これだけで味や香りがかなり変わる」

 

一口含みながら香りを確かめ、内心でまだ届かんなと評価を下す。

 

だが、紅茶の香りと味のおかげで疲れた心に確かな安らぎを感じられた。

 

チラリと更識の方に視線を向けてみると、美味しいと小さく呟き、再びティーカップに口を付けた。どうやら、それなりに好評のようだ。

 

(何か茶請けでも作った方が良かったか……?)

 

「ねえ、大丈夫なの……?」

 

そんなことを考えながらもう一度キッチンに足を運ぼうとしたが、突然の更識の質問に持ち上げようとした腰が沈む。

 

見ると、ティーカップを両手に持った更識が顔を俯かせている。その表情は、疑問と不安が混じり合ったようなものだった。

 

「あのIS……『エクリプス』を動かすには、まだ色々な調整が必要なんでしょ?」

 

「ああ……何せ完成の前に開発計画が頓挫した機体だからな。駆動系や火器管制の他にも基礎的な部分も見直さないといかんだろうな」

 

外見はちゃんとした形をしているが、『エクリプス』はまだ“未完成の”機体である。

 

内装……システム面の方は全体的に古臭いOSばかりで、更新やら書き換えやらで手を付ける部分も多い。現状では満足に動かすだけでも困難だろう。

 

そのために、まずはシステム面の完成を急がなければいけない。

 

一応、入学時に渡された参考書の整備面の内容は頭に入っているし、PCの扱いや機械方面の知識はそれなりに心得ている。

 

だが、それでもシステムの殆どを再調整しなければいけないのだ。やれないことはないだろうが、時間が掛かる。手伝ってくれそうな生徒にはコネの1つも無いのだから、やれるのはオレだけだ。

 

「あの、それなんだけど……私にも、手伝わせて、くれない?」

 

紅茶を一口含みながら頭の中で大まかなプランを纏めていると、正面に座る更識が意を決した顔でそう言ってきた。

 

手伝う、というのは、言うまでもなく『エクリプス』のことだろう。

 

「……それは、オレとしてはありがたい話だが、いいのか? 放課後はアリーナで鍛錬をしているんだろう。それに、何故こんなことを手伝う……」

 

「いいの……今日、改めて考えたけど、根を詰め過ぎてたと思うし。ISの整備、なら、私も少しは得意だから、息抜き出来ると思って……」

 

なるほど、と頷き、再び紅茶に口を付ける。

 

根を詰め過ぎているというのは分かる。今日もだが、アリーナから戻って来た更識の顔は思い通りの成果が得られないせいで日に日にストレスが溜まっているようだった。

 

ガス抜きついでに手伝ってくれるというなら、オレとしてもありがたい。

 

「それに、ね……興味があるの。あのIS『エクリプス』がちゃんと完成したら、どれだけ凄い機体になるのか……」

 

そう言った更識の顔は、心の底から楽しそうな、子供のような笑みを浮かべていた。

 

それを見て、オレの中にあった微かな疑惑は消え失せ、どうするかは決まった。

 

「……分かった。それなら、よろしく頼む」

 

「うん!」

 

元気に頷いた更識の声を最後に、オレと更識は静かに残りの紅茶を飲んだ。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 翌日、教室に向かう途中の廊下で、大型スクリーンに映された学園全体の連絡事項にオレの目が止まった。

 

『クラス代表 対抗戦(リーグマッチ)トーナメント表』

 

1年生から3年生までの何人もの生徒の名前が並び、その中の1年生の枠内に自然と目が向く。そして、そこに書かれている組み合わせは……

 

『1年1組代表、織斑一夏 VS 1年2組代表、凰鈴音』

 

「何ともまあ、狙ったような組み合わせだな……」

 

1年生のクラス代表の中で 特注(ワンオフ)のISを扱い、知り合いでもあるこの2人の対戦が最初とは、偶然にしてはよく出来た展開だ。

 

「アンタ……」

 

横から掛けられた声に反応して振り向くと、そこにいたのは小柄な少女。

 

明るい色の髪を金色の髪留めでツインテールにしたソイツの名前は……

 

「凰鈴音、か……」

 

「そういうアンタは、アドルフ・クロスフォードよね。初めまして」

 

そう言った鳳はモニターに視線を戻し、自分の名前が書かれた組み合わせを見てよしっ! と拳を強く握った。

 

どうやら、えらく喜んでいるというか、燃えているようだ。

 

「そんなに織斑と戦えるのが嬉しいのか?」

 

「別に……昨日ちょっとした揉め事があってアイツに腹が立ってんのよ……まあ、昔の約束に甘んじたことへのしっぺ返しかもしんないけど」 

 

苛立ちを隠そうともしない前半部分から、今にも泣きそうなほど弱々しくなる後半部分。何があったか訊くつもりはないが、転校早々忙しいことだ。

 

しかし、揉め事か……何故だろう、詳しい事情など何一つ知らないのに、あの鈍感さを知っているだけで織斑が悪いのではないかと自然と思考が傾いていく。

 

「それに訓練機相手じゃこっちも全力が出せないしね」

 

「全力というのは、やはり輝装のことか?」

 

「そうよ。一夏のやつ、最初の試合で輝装を修得したんだって? 付き合い長い私でも驚かされたわ。明らかに異常よ」

 

その反応は、オルコットとの試合を見ていた更識と全く同じ。

 

こいつや他の人間がどれだけの時間を掛けてその領域に辿り着いているのかは知らないが、輝装の修得がどれだけ難しいかはもう充分知っている。

 

「……ねえ、アンタはどうなの? 輝装の修得、出来そうなの?」

 

視線だけをオレに向けながら放たれたその言葉には特に感情は籠められていなかった。ただ、話の流れに乗って口から自然に零れた質問だ。

 

だが、オレはその質問に対してすぐに返答を出せず、数秒だけ考える時間を挟んだ。

 

「……何とも言えんな。一番近い答えを返すなら、“掴みかけている”というところだ」

 

返した言葉は、真実オレの心の中で最も正解に近い言葉だった。

 

その言葉を保証する心当たりなど思い浮かばないはずなのに、何故かオレの心は“出来る筈だろう”と呟く無意識の部分に背中を押されていた。

 

自分でもおかしなものだと思うが、実際そうなのだ。

 

「ふ~ん……掴みかけてる、ね……なるほど……」

 

「なんだ……?」

 

「何でもないわ。今の返答で充分よ……」

 

それだけ言って、鳳は一人だけ納得したような顔で立ち去っていった。

 

残されたオレは結局、自身の言葉に何の答えも見付けられず、モヤモヤした気持ちを抱えたままだった。

 

溜息を吐きながら頭を掻いて気持ちを切り替え、オレも教室へと足を進めた。

 

余談だが、教室で興味本位に織斑に“鳳のやつと何かあったのか?”と尋ねてみたのだが……何とも恐ろしいことに、やっぱり織斑が悪かった。

 

酢豚を毎日“作ってくれる”と“奢ってくれる”の違いはかなり大きいと思うぞ。いや、もし織斑が正しい文を覚えていたとしても、意味に気付けなければダメだが。

 

何で鳳が怒ったのか教えてくれ、と言われたが、当然拒否した。不憫に思えてしまうが、これは他人が勝手なことをしていいものではない。

 

しかし、今までも何度か鈍い奴だとは思ったが、此処まで来ると脳に未解明の障害でも抱えてるんじゃないのかアイツ。それとも、やはりホモか。

 

イカン、一瞬マジで背筋が震えた。今日から背中に気を付けよう。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 「……更識、こっちは終わったぞ。次は何処だ?」

 

「ちょっと待って……コレと、コレ、最適化が終わったら一度見せて。私も、今やってる駆動系の最適化が終わったら、手伝う」

 

「オーライ。よろしく頼む」

 

その日の放課後、オレと更識は鎮座する『エクリプス』の近くで空中に投影されたスクリーンを見ながらキーボードを打ち続けていた。

 

古い状態のシステム面を端から端まで書き換えと最適化を行い、終わったものから順番に機体へ取り込んでいく。

 

今のところは一応順調にやれているのだが、作業を開始してから最初の数分は驚きの連続だった。

 

まず、昨日手伝いを申し出てくれた更識なのだが、予想以上に優秀な能力者だった。

 

『エクリプス』の内装を調べてから瞬く間に修正点をリストアップし、それに優先順位を付けて今日中に終わらせるところの線引きまでしてくれた。

 

更識が言うには、ここまで終わらせれば基本的な移動までは出来るようになるらしい。

 

今ではオレが更識の指示に従ってシステムの最適化を行っている。更識も同じように作業をしているのだが、その速度はオレより速い。

 

更識本人は少し得意の一言で済ませていたが、このレベルが少しで済むならオレなど何も知らない素人に毛が生えた程度だ。

 

まあ、ありがたいのは本当なのだが、手伝ってくれている更識の方が仕事出来るというのは……得手不得手などとは別問題で申し訳なくなってしまう。

 

「……更識、突然で変なことを訊くが、甘い物は好きか?」

 

「え?……う、うん……好き、だけど、どうして?」

 

「いや、今日の夜になれば分かる。楽しみにしていてくれ」

 

「?……うん……」

 

その会話を最後に、室内にはオレと更識のキーボードの入力音が絶えず響き続けた。

 

『エクリプス』には内臓武装が一切装備されていないので火器管制の方は最低限の処置だけで済ませ、基本的な駆動系やスラスターの運用、PICの調整などは完璧に仕上げることが出来た。

 

これなら、もうアリーナの中を動いたり飛んだりするくらいは出来るだろう。というか、近い内にしないといけない。テスト運用もしないで完成などありえん。

 

ひとまず更識が線引きした部分まで終わらせることが出来たので今日は此処で切り上げることに決めて、オレは鎮座した『エクリプス』を待機状態に戻した。

 

待機状態となったISは調整次第で様々な形態になるらしいが、オレの『エクリプス』の初期形態は、純銀のチョーカーだった。

 

首に巻くロープの先端には、本格的な装飾が刻まれたギザギザの銀十字のペンダントが取り付けられている。

 

ペンダントトップにある装飾は……時計、だろうか。計12本の針が円を描くように不均等に伸びている。

 

特に文句は無いが、各国の技術を結集したISの待機状態がこれで良いのかと僅かに思ってしまった。よく揉めなかったものだ。

 

チョーカーを首に着けて、銀十字の部分はYシャツの中へと収める。外側から見ても、チョーカーはもちろん、胸元近くにある銀十字も見えはしない。

 

そして、自室に帰って来てすぐ、更識はシャワールームへと足を運んだ。その間に、オレは制服から普段着に着替えて愛用のエプロンを装着、キッチンに向かう。

 

では、始めるとしよう。

 

今までの旅の中で、オレが本職の人間に勝ることが出来た料理を。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side Out

 

 簪が入浴を終えてテーブルに座ると、ほぼ同じタイミングでキッチンから姿を現したアドルフが幾つかの食器を載せたお盆をテーブルの上に置いた。

 

「これ……」

 

「オペラという名前のフランスのケーキだ。レストランで世話になった時にその店のパティシエさんに教えてもらった。免許皆伝を貰っている」

 

簪の前に置かれたのは、長方形の形で3つに切られたチョコレートケーキ。横から見ると、幾つかのクリームやチョコレートが層分けされている。

 

その横にはテーカップに注がれた紅茶がふんわりとした湯気を漂わせているが、昨日のものとは色や香りが少し違う。

 

「これ……私の、為に……?」

 

「手伝ってくれたお礼として作った物だから、どちらかというとオレの為だな。それと、失礼を承知で前もって言っておくが、そのケーキはオリジナルの調理法でカロリーをかなり減らしている。体重の増加はさほど心配しなくていい」

 

「ぷっ……」

 

質問に対してまったく別方向の回答をスラスラと口にするアドルフに、簪は思わず小さく吹き出してしまった。

 

その反応にアドルフは小さく首を傾げるが、簪は気にしないでと言ってフォークを手に取った。

 

一口サイズに切り分けたケーキを口に運ぶと、口の中にほど良い甘みが広がり、心が満たされるような感覚を味わった。

 

「美味しい……」

 

本場のパティシエ料理など口にしたことは無かったが、少なくとも簪本人にとっては素直にそう思えた。

 

上手くは言えないが、味の中に市販のケーキとは違った確かなこだわりを感じる。

 

当然、次に口を付けた紅茶も美味しく、簪の表情は本人も気付かぬ内に柔らかくなり、口元は小さな微笑みを浮かべていた。

 

……次の日、朝早くに起きた簪が気になって体重計に乗ってみた結果、本当にそれほど変わっていなかった。

 

これならまた作ってもらおうかな、と簪は密かに考えていたが、その時の彼女は知らなかった。

 

アドルフが外国を旅していた頃、今の簪と同じような考えに至った何人かの女性が、ケーキを幾つも食べて翌朝体重計の数値に悲鳴を上げる羽目になったことを。

 

いくらカロリーが少ないとはいえ、体重が増える原因は決してそれだけではないし、食べればその分増えていくのは当然のことである。

 

しかも、その内の1人が女尊男卑の思考に染まりきった人間で、裁判沙汰にまで発展したのはアドルフにとって苦い思い出である。

 

ちなみに、起訴したその女性はアドルフの友人の中の1人が優秀な弁護士(女性)であったせいで裁判に敗北し、逆に慰謝料を絞り取られたのだった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回は主人公の専用機を使えるようにするのと、簪の整備能力の高さを理解する話でした。

主人公達がやっていたのは、色んなOSを最適化したりするだけなので、原作の簪のように1から10まで自分で作るような難しい作業ではありません。

ただ、簪くらいに優秀じゃなかったら原作みたいに外見もマトモに弄れないと思うんですよね。

私個人としては、ただの打鉄をあそこまで改造出来ただけでも充分驚きを感じますよ。うん。

次回はリーグマッチ、一夏VS鈴です。とりあえず、鈴の詠唱とか考えなきゃな~

輝装で出す武装とかはちゃんと頭に出来上がってるんですが、ヒロインの1人なのにキャラがまったく掴めないんですよね~

もしかしたら活動報告でアンケートやるかもしれないので、その時は誰かアイディアください。

では、また次回。


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第11話 たとえ離れていても……

あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!

竜羽様より感想をいただきました。ありがとうございます。

アンケートにて意見をくださった八百万悪鬼様。ありがとうございました。

今回は一夏VSセカンド幼馴染です。

残念ながら、アドルフの出番は次からです。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 ついに訪れたクラス代表 対抗戦(リーグマッチ)当日。

 

運命が数奇な方向に傾いたのか、第一試合の対戦表は1年1組 VS 1年2組。

 

ISを動かせる1人目の男、織斑一夏とつい最近IS学園に転校してきた中国の代表候補生、凰鈴音の戦いとなった。

 

試合が行われるアリーナの上空では、既に距離を置いた状態で2機の専用機のISが向かい合っていた。

 

一方は全体的な白色の装甲に青色のラインを走らせ、金色の推進ユニットを内部に備えた大きなウイングスラスターを広げる『白式』

 

もう一方は凰鈴音の専用機、機体名は 甲龍(シェンロン)。一見、こうりゅうと呼んでしまいそうだが、これは中国で作られたIS、読み方は日本語に当て嵌まらない。

 

ちなみに、いくら名前の読み方が同じでも、7つのボールを集めたら願いを叶えてくれるわけではない。

 

外見は小柄な搭乗者に合わせたようなシャープな細身のデザインで、装甲は紫の中にピンクを溶け込ませたような色に黒と黄色のラインが走っている。

 

だがその反面、肩の横部分に浮遊する巨大なスパイクアーマーを装着した 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)がやたらと攻撃的な印象を与えてくる。

 

背中に装着されている巨大なアックス……いや、中国製という点で見るなら青龍刀だろう……も充分に危機感を感じさせる武装だが、 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)の比ではない。

 

見ると、武装を認識した白式のセンサーが青龍刀のデータを表示している。そこに表示されている名前は『 双天牙月(そうてんがげつ)』。

 

『それでは両者、試合開始位置まで移動してください』

 

アナウンスを聞いた、一夏と鈴は同時にPICでフワリと浮遊を始め、空中で向かい合う。互いの距離は約200メートル。

 

ISの機動性ならば数秒でゼロに縮められる距離だが、近距離スタイルにとってその数秒はかなり重要になってくる。

 

お互いにしばらく無言だったが、痺れを切らしたように鈴の方から 開放回線(オープン・チャンネル)で通信が届いた。

 

「一夏、色々言いたいことがあるけど……とりあえず、今はアンタをブッ飛ばすことだけを考えることにしたわ」

 

「……わかった。俺も色々訊きたいことがあったけど、今は無しだ。勝たせてもらうぜ、鈴」

 

そう言うと、鈴の雰囲気が変わり、目つきが攻撃的なものになった。

 

口元を歪め、試合開始前から気分が高揚し始める。両者共にもう頭の中に雑念は無く、考えることは眼前の相手を倒すことのみ。

 

「言っとくけど、ISの絶対防御があるからって安心しないことね。シールドエネルギーを貫通するくらいの攻撃力があれば、本体にもダメージを与えられるんだから」

 

鈴の言っていることは事実である。

 

世の中には、IS操縦者に直接ダメージを与えることができる武装も存在するし、殲機にまで視野を広げればその数はさらに増えるだろう。

 

それが無くても、代表候補生の実力があれば充分に出来る 芸当(裏技)だ。

 

というか、一夏の輝装、『 斬魔不撓(レイジング・ベルセルク)』も一夏がその気になれば操縦者を殺すことができる武装の1つだ。

 

対消滅機能をフルパワーで相手に叩き込めば、生身の肉体を叩き斬ることなど容易い。

 

まあ、鈴がこの場で言いたいのはつまり、殺さない程度にならボコることが出来る、ということだ。

 

だが、そんなことで織斑一夏の 希求(エゴ)を揺るがすことは出来ない。

 

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 

アナウンスの後に鳴り響いたブザーに続き、一夏と鈴はほぼ同時に声を上げる。

 

「「 起動(ジェネレイト)!」」

 

響く声に応えるように、心臓の部分から凄まじいエネルギーが解き放たれ、2色の……白とマゼンダの素粒子がアリーナの上空にて乱流を起こす。

 

『認証──汝が 希求(エゴ)を問う』

 

聞こえる“声”によってシステムの応答を認識し、両者の詠唱が紡がれる。

 

「我、下天の道より強者の高みを目指すものなり。

この身が護りしは暖かな絆。この手が否定せしは冷たき絶望」

 

噛み締めるように口にする一夏の宣誓に迷いは無く、ただ真っ直ぐに外界へと示される。

 

そして、それに続く鈴の声にも当然ながら迷いは無かった。

 

「我が身に纏うは(えにし)の糸。

故に我、孤高にして孤独にあらず。故に我、自由にして自在にあらず」

 

凰鈴音は、織斑一夏と小学生の頃から交友があった。

 

初対面は顔面にグーパンチを叩き込むという最悪なものだったが、その友情は中学2年の終わりまで続いたことから悪い物ではなかった。

 

しかし、祖国への帰国によって離れ離れとなった凰鈴音は切なさと共に自分の中の“ある想い”を強く認識し、己と繋がる数多の“縁”の大切さに気付いた。

 

「掲げるは不屈。懸けるは全て。

彼方の未来に至るを願い、暗き闇を断ち切らん」

 

気が付けば、その縁は鈴に前に進む為の力を与えてくれていた。

 

自分が持つ天性の才覚もあったのだろうが、中学3年からISの勉強を始めて猛勉強の末に専用機持ちの代表候補生になれたのは、目に見えないその縁があってこそだと鈴は思っている。

 

故に、鈴は信じている。いくら離れていようと、絆は確かに繋がっている。

 

「例え那由他の道に迷おうと、届かせ掴もう彼方の手を」

 

届かぬ手は無く、届けたいと願う“想い”は運命さえねじ曲げられると。

 

「我は諦観を踏破せし(つるぎ)なり!」

 

何故なら、目の前にいる“想い人”との再会が、それを証明してくれているのだから。

 

「我が身は想いを繋ぐ無形の鎖なり!」

 

だからこそ、その祈りと決意は唯一無二の力となって此処に具現する。

 

『受諾──素粒子生成』

 

『輝装展開開始』

 

炸裂する閃光が2人の全身を包み込み、相応しい形を成していく。

 

「「心装」」

 

変化の開始と完了は、ほぼ同時のものだった。

 

 

「輝装・ 斬魔不撓(レイジング・ベルセルク)!」

 

 

白色の素粒子の光を内側から大きな長刀が飛び出し、素粒子の輝きを斬り裂くと共に左右のウイングスラスターを広げたのは1人の騎士。

 

 

「輝装・ 龍衝轟撃(ドラグネイト・インパクター)!」

 

 

対して素粒子を内側から弾き飛ばすように姿を現した鈴の姿は、まるで力に満ちた一匹の龍。

 

全体的なサイズが一回り大きくなった両肩のスパイクアーマーが淡い光を放ちながら吐息を思わせるような低い駆動音を鳴らす。

 

逆に両腕の装甲は細くなっているが、手の平にあった 球体(スフィア)が手の甲に埋め込まれ、全体的に刺々しく無駄を削いだシャープな……“殴ることに特化した形状”になっている。

 

もはや腕部装甲というより、1つの 籠手(ガントレット)に見える。

 

「・・・・・・」

 

輝装展開を終えた両者はしばらく無言で睨み合っていたが、動き出すのは打ち合わせをしたかのように同時だった。

 

「「ッ……!」」

 

選択する行動はもちろん前進。吸い寄せられるように動いた鈴の右腕が瞬時に背中の青龍刀を抜き放ち、一夏は両手に握った雪片を左水平に構えて突撃する。

 

即座にウイングスラスターの全力噴射によって急加速し、雪片を右薙ぎに振り抜く。走る斬線が辿るのは鈴の胴元。

 

だが、この程度で終わるなら鈴は代表候補生になどなれはしない。

 

ガキンッ! という音を響かせ、雪片の刀身が防御に割り込んだ鈴の青龍刀と激突し、一瞬の間を挟んで一夏は鈴の横を通り過ぎる。

 

すぐに急ブレーキを働かせながら左旋回を行い、続けて鈴の背中を狙って振り向き様に袈裟の斬撃を放つ。

 

だが、ハイパーセンサーの全方位視界でそれを察知した鈴の右薙ぎの斬撃が雪片と激突して阻まれる。

 

互いの腕に力が籠もって数秒間の鍔迫り合いが起こるが、何の合図も無く一夏と鈴の右足が後ろに引かれ、互いに相手の腹を蹴り飛ばそうとして蹴りが衝突。

 

その反動で距離が開くが、一夏は雪片を正眼に構え、鈴は粒子変換で青龍刀をもう1本取り出し、柄尻の部分を連結させて1つの武装へと変える。

 

再び両者が動き出し、互いの刀身がぶつかり合って衝突音が響く。

 

しかし、今度は鍔迫り合いなどにはならず、舞うような鈴の動きと共に迫る斬撃と、それをひたすら雪片で受けて流して返して潰す一夏の斬撃の一瞬の激突のみ。

 

火花が空に飛び散り、装甲を通して感じる衝撃が腕を震わせる。

 

『剣』という武器を扱う上では、恐らく一夏の腕が勝っているだろう。だが、体術や身体能力に関しては恐らく鈴の方が上だ。

 

一夏の知っている鈴は昔から、小柄ながら運動神経が抜群に良く、体を動かすのが特に上手かった。

 

どれだけ優れた武器を持とうと、全てはそれを扱う人間次第だ。

 

機体や武装のカタログスペック、様々な情報をぶつけ合った結果、“現状で”近距離の戦闘能力はほぼ互角。しかし、一夏と鈴は互いに詳細不明の手札を残している。

 

打ち込んだ雪片の逆袈裟の斬撃が回転する青龍刀に弾かれ、一夏の体が僅かに後退する。そこへ鈴の左薙ぎが迫るが、一夏は青龍刀の横腹を下から右肘を叩き込んで強制的に軌道を変える。

 

鈴はその反動に逆らわず、くるりと身を翻して反対方向の青龍刀を下から斬り上げるが、一夏は咄嗟に雪片を割り込ませて阻む。

 

反動を利用したことで再び距離が開くが、此処で鈴が先に『手札』を切ってきた。

 

「遠慮は無しよ! 喰らいなさい!」

 

言うや否や、ニヤリと笑みを浮かべた鈴が双天牙月から右手を放し、拳を握る。

 

互いの離れている距離は約10メートル。遠い距離ではないが、普通に考えればどれだけ力を込めても拳が届く距離ではない。

 

だが鈴は、まるで()()()()()()()()拳を強く振りかぶる。

 

(ヤバい……!)

 

理屈ではなく、第六感が一夏の全身に危険を知らせる。

 

だが同時に、避けようとも致命的にタイミングが遅いと理解してしまう。

 

そして、振りかぶった鈴の拳が振り下ろされるその瞬間……

 

 

……降り注いだ一条の閃光がアリーナ上空にて爆発した。

 

 

「なっ……!」

 

驚愕の声を上げた鈴を他所に、閃光はアリーナの地面へと突き刺さり、大爆発と共に起きた衝撃波がアリーナ全体を激しく揺らす。

 

アリーナに張り巡らされたバリアをぶち破ってもまだあの威力。もし爆心地に人がいれば、一瞬で消し炭になっていただろう。

 

その爆発のせいで一夏と鈴は動きを止め、互いに爆心地を見詰める。一瞬で緊急事態と化したその場には、2人の勝負を続けられる気配など無かった。

 

やがて、2人の耳に地面を踏むような音が聞こえ、ハイパーセンサーが新たな熱源反応を爆心地から昇る黒煙の中に感知した。

 

感知した熱源の数は―――1つ。

 

姿を現したソレはISだった。

 

黒い色の装甲を纏った珍しい 全身装甲(フルスキン)だが、その見た目も何処か異様な姿をしていた。

 

全身装甲(フルスキン)に加えて両の腕が身の丈と同等に巨大な形をしている。搭乗者のいる位置からセンサーレンズの光が不規則に輝き、両腕に取り付けられた合計4つの銃口を一夏達に向ける。

 

語りかける言葉は無かった。

 

だが、考えるまでもなく、一夏と鈴には当然のように理解出来た。

 

アレは、敵だ。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

活動報告の方で鈴についてのアンケートをやっているのですが、何か意見がある人は是非お願いします。

キャラに関してはともかく、輝装は出してしまったので、武装とか詠唱は影装のみになりますが。よろしければ。

鈴の輝装の詳細は次回で明らかになります。アドルフの出番も次回になりますね。

では、また次回。



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第12話 動き出す戦場

かなり間が空いてしまいましたね、申し訳無い。

今回はアドルフサイドと、鈴の輝装の能力についてです。

では、どうぞ。


   Side アドルフ

 

 試合の最中に突如降り注いだビーム砲はアリーナのバリアを貫き、爆発と振動が響いた途端、周囲は様々な音を上げた。

 

最初に異常事態を知らせる警報が鳴り、次に観客席の女子生徒が悲鳴を上げ、その恐怖から守るように隔壁が全て降ろされる。

 

そうして、観客席の中は少々薄暗い赤色の光に照らされる。

 

天井のスピーカーから即刻退避のアナウンスが流れ、生徒たちは出入り口に殺到するも一向に生徒の数が減る様子が無かった。

 

出入り口付近に耳を澄ませてみると、ドアが開かないという叫び声が聞こえる。

 

隣に座っていた更識を見ると、不安そうに右へ左へと視線を彷徨わせている。

 

いくら代表候補生とはいえ、“こういう事態”には経験が無いのだろう。無理もないことだ。

 

(さて、どうしたものか……)

 

その反面、オレは“こういう事態”に対してはどういうわけか経験豊富なので、頭の方はしっかり落ち着いている。

 

普通なら『エクリプス』を展開してさっさと出入り口のドアをぶち破ればいいのだが、すぐ隣でオロオロと不安そうにしている更識を放置するのは少し忍びない。

 

「かんちゃ~ん、大丈夫~?」

 

そんな時、不安そうにしている更識へ声を掛ける女子生徒がいた。

 

おっとりとした細めのたれ目に黄色い人形が付いた髪ひもで左右に尻尾を作っている何処か独特の髪型。ニコニコと安心感を与えるような笑顔。

 

幸いなことに、同じクラスの人間なので名前はすぐに出てきた。

 

「本音……?」

 

「そうだよ~」

 

彼女、布仏 本音(のほとけ ほんね)はオレと同じく制服を改造したのか、袖を通し過ぎてブカブカになった制服と一緒に両腕を上下させる。

 

陽気な言動と雰囲気のおかげか、不安そうにしていた更識の様子が少し落ち着く。

 

「同じクラスの布仏だよな? 更識を頼んでも良いか?」

 

「私の事はのほほんでいいよー。かんちゃんのことは任せて、あどるー」

 

「…………分かった」

 

布仏が口にした呼称について詳しく問いただしたかったが、今はそれよりも優先することがあるのでそちらの集中する。

 

首に着けた純銀のチョーカーに手を当て、出てこいと頭の中で強く念じる。

 

すると、オレの全身を量子展開の白い輝きが包み込み、『エクリプス』の銀色の装甲が装着される。

 

全身の7割近くを覆う装甲は全体的に鋭利と流線を合わせたような形をしていて、全体的に機動性と重装甲を両立させたようなデザインをしている。

 

ウイングバインダーの形をした非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が低い駆動音を鳴らしてゆっくりと着地し、オレの顔の上半分に幾つかのヘッドパーツが装着されて目元を青色のバイザーが覆う。

 

制御を誤ってISのパワーで周りの生徒を死なせるわけにはいかないので、PICを一時的にカット。最低限のパワーアシストだけを使って出入り口へと歩行する。

 

というか、オレはまだこのISのスペックすら充分に把握していないのでそんな恐ろしい真似は出来そうにない。

 

ISを展開したオレの姿を見て、生徒達が波を割るように道を空ける。

 

そうしてドアの前に辿り着き、オレは右手を腰溜めに引き絞って貫手の構えを取る。

 

「ふっ……!」

 

短く息を吐き出すと共に突き出した右手がISのパワーアシストを伴って左右から閉まる扉のど真ん中をぶち抜き、大きな穴を空ける。

 

そして一歩後ろに下がり、穴を狙って腰の捻りを最低限にした蹴りを叩き込む。

 

扉は衝撃を吸収しきれず、バアァン!! と派手な音を立てて扉の向こうの壁際まで飛んで激突する。

 

扉が開いたことで、女子生徒達はオレにお礼を言いながら通路へ出ていく。

 

続いて他の扉へと移動し、こちらも同じやり方、または力尽くで扉をこじ開けたりなどして観客席の生徒達は次々と外に出ていく。

 

そして、最後の扉を破壊して作業が終了し、ISの展開を解除して着地する。

 

見ると、既に観客席にいた女子生徒達の殆どは退去している。その中で、深刻そうな顔でこちらに駆け寄ってくる布仏の姿が見えた。

 

「布仏、更識はどうした」

 

「そ、それが……隣のアリーナのピットにかんちゃんのISが置いたままだから、取りに行くって~」

 

両手をブンブン振り回し、布仏は慌てながら説明する。

 

IS学園には此処と同じく複数のアリーナが存在し、そこには同じくISを収納するピットがある。学園が所有する練習機の他にも、修理や整備で一時的に預けている専用機などだ。

 

昨日のことを思い出してみると、確かに更識はオレの『エクリプス』のシステムの書き換えを手伝った帰りに自分の『打鉄』をピットに収納していた。

 

ISを預ける以上、セキュリティーの高さは折り紙つきだが、先程此処を襲撃したISはアリーナの遮断シールドを力尽くでぶち破った。

 

距離は決して近くはないが、戦闘に巻き込まれて破壊されない保障など、あのデタラメな破壊力の前では無いようなものだろう。

 

しかし、危険に巻き込まれる可能性は更識も同じことだ。

 

「ど、どうしよ~……」

 

「……布仏、お前は外に出てこのことを織斑先生か山田先生に伝えろ」

 

「え? でも、かんちゃんはどうするの?」

 

「オレが行く。そっちは頼むぞ」

 

それだけ言って、通り過ぎ様に布仏の肩を軽く叩いて走り出す。

 

幸い、雪崩れ込むように逃げていった女子生徒達の姿は通路には無く、記憶を頼りに隣のアリーナへの道を突っ走る。

 

進む先の隔壁が全て開いているが、恐らく更識がコードを解析して自力で開けたのだろう。確か今日は小型の端末を持ち歩いていたはずだ。

 

その技術と行動力は大したものだが……

 

「無事でいろよ……!」

 

心中に湧き上がる不安を拭い切れず、オレは呟きながら走る速度を上げた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 それから少し時を遡り、隔壁に閉鎖されたアリーナの中では3機のISが睨み合いを続けていた。

 

横に並ぶ『白式』と『甲龍』と対するように、アリーナのシールドに穴を空けた爆心地の中心に立つ所属不明の黒い全身装甲(フルスキン)のIS。

 

誰も言葉を発することが無い沈黙の中、先に動き出したのは黒いISだった。

 

身の丈と同等の巨大な腕が持ち上がり、腕部に装備された大口径レーザーに凄まじい速度で光が集まり、すぐさま放たれる。

 

しかし、『白式』と『甲龍』は即座に左右へ離脱し、レーザー砲を難なく避ける。

 

2人とも、最初からあの黒いISを味方とは思っていない。故に、突然攻撃を仕掛けられようが驚くことではない。

 

横へと跳躍した『白式』が着地と同時にウイングスラスターを展開し、凄まじい加速力を味方に付けて腕部レーザーを放った直後の敵へと突撃する。

 

それを即座に感知した黒いISは片腕の砲門を構える。

 

『白式』も前方への加速を側面への旋回に移し、射線上から位置を変えようと移動先に思考を張り巡らせる。

 

しかし、次の瞬間……

 

 

バアァァン!!!

 

 

……炸裂音と共に、黒いISの巨体が顔面を起点にして右側に大きく仰け反った。

 

しかも、ソレは1回だけでなく、2回、3回と同じ音が鳴り響き、その度に黒いISの体が上下左右の各方向に仰け反る。

 

それを見ながら、一夏は黒いISの仰け反り方に何か見覚えを感じた。

 

(何だ……? まるで、殴られてるみたいな……)

 

そうだ。今の黒いISの姿は、まるで拳の連打によってタコ殴りにされている人間のようだった。

 

だが、黒いISは何に殴られている? 奴の体に触れているモノなど、1つとして存在しないというのに。

 

「ねえ、一夏。糸電話って知ってる?」

 

そんな時、いつの間にかすぐ近くまで飛んできた鈴がそんな質問を投げた。

 

その声は普段と変わらず、余裕そのものといった感じだ。しかも、先程まで一夏と打ち合っていた双天牙月も背中に納めている。

 

「は? 鈴、お前何を……」

 

「だから糸電話よ。糸電話。紙コップと適当な糸があれば作れるアレよ」

 

突拍子も無い質問のせいで何処か気が抜けてしまい、長刀の構えを解いて鈴のいる方向に顔を向ける。

 

そのせいで2人揃って動きが止まり、ただの的に等しい状態を見逃すまいと黒いISが両腕の砲門を構える。

 

だが……

 

「何勝手に動いてんのよ」

 

……静かに、鋭い威圧感を込めた鈴の声と共に、『甲龍』の右拳が振るわれた。

 

その瞬間、一夏の目が『白式』のハイパーセンサーを通して『視た』。

 

手の甲に埋め込まれた 球体(スフィア)が発光した瞬間に周囲の空間……大気が圧縮され、余剰で生じた衝撃波が“周囲に張り巡らされた何かを伝うように”走るのを。

 

(素粒子の線……いや、糸か……?)

 

そして一秒と間を置かず、再び響いた炸裂音と共に黒いISが仰け反る。

 

「知ってると思うけど、アレって音……まあ、空気の振動が張った糸を通して反対側のコップの底を振動させてるからなのよね」

 

日本の義務教育を経験した者であれば、誰でも理科や化学の授業で実験をしたことがあるだろう。玩具であると同時に、音の実体が振動であることを示す代表的な教材だ。

 

一夏も鈴も、同じく学校の授業で体験したことがある。

 

「糸の他にも針金とかバネを使うやつもあるらしいんだけど、原理は同じ。片側から振動を与えれば糸を伝って反対側に響く」

 

鈴がそう言うと、試合開始前より一回り大きくなった甲龍の 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が駆動音を鳴らし、大型の 球体(スフィア)、『龍咆』が展開される。

 

「だったら、こうも考えられない? 張力を支えるだけの頑丈さと振動が伝わりやすい材質を持ったモノを使えば、衝撃波でも同じことが出来るって」

 

僅かな発光と共に不可視の衝撃が砲弾として放たれる。

 

だが、その衝撃波は真っ直ぐ飛んでいくわけではなく、先程と同じく何かを伝うように凄まじい速度で空中を走る。

 

その行き先は鈴の敵意が向かう先……すなわち黒いISである。

 

先程までのものよりも一際大きい炸裂音が響き、何度も仰け反りを繰り返していた黒いISの体が後方に大きく“吹き飛んだ”。

 

そこへすかさず放たれる衝撃砲の第2射。

 

再び衝撃波が意思を宿したように虚空を走り、吹き飛んでいた黒いISの体が今度は真下の地面に叩き付けられる。

 

発射角度と着弾点がまるで一致しない不可視の攻撃。

 

これが鈴の輝装、『 龍衝轟撃(ドラグネイト・インパクター)』の特殊機能。

 

「衝撃の伝導……?」

 

「正確には振動よ。アタシしかマトモに知覚出来ない素粒子のワイヤーを伝って衝撃砲や打撃の衝撃を殆ど殺さず、一瞬の強い振動として打ち込むの。まあ、ワイヤー自体に大した威力は無いけどね」

 

それでも、衝撃を伝えるワイヤーはハイパーセンサーを使っても発見出来ないほどのステルス性能を持っている。

 

それだけでも充分に恐ろしいことだろう。何せ、攻撃を打ち込むワイヤーが自分に取り付いているかどうかすら気付くのが難しいのだ。

 

いつの間にかタコ殴りにされていたなんてこともおかしくはない。いや、例え気付けたとしても衝撃砲から放たれる砲弾も、その軌道も共に不可視。

 

一夏の輝装、 斬魔不撓(レイジング・ベルセルク)ならば素粒子のワイヤーを切断することも可能だが、何処に取り付けられているか分からなければ斬りようがない。

 

「あの黒い奴が何しに来たかは知らないけど……とりあえず、ボコボコにして自分が一体誰の邪魔をしてしまったのか、思い知らせてやるわ」

 

全身から怒りのオーラを発し、鈴は背中の双天牙月を引き抜いて連結させ、黒いISへと突っ込んでいく。

 

見ると、黒いISが土煙の中からゆっくりと起き上がっている。かなりの衝撃で地面に叩き付けられたというのに、装甲が少し損傷しているだけで動くのは問題無さそうだ。

 

それを見た一夏も再び気を引き締めて長刀を構えるが……少し、ほんの少しだけ黒いISの姿に違和感を覚えた。

 

姿と言っても、それは見た目の話ではない。その 立ち姿(・・・)だ。

 

(アレだけ右やら左やらと色んな方向から殴られたってのに、何でピンピンしてんだ?)

 

先程の連打の1発分の衝撃から考えて、あれだけの打撃を連続で……しかも顔面に打ち込まれれば、ダメージはともかく脳が盛大にシェイクされて平衡感覚が滅茶苦茶になるはずだ。

 

ISのエネルギーシールドも、バイタルの調整機能も万能ではない。

 

黒いISの仰け反り方から見て、頭が激しく動いていたのは間違い無い。そして、頭が激しく動けば脳が揺れる。

 

ソレを僅か数秒で回復させるのは、幾らISでも不可能だ。

 

なのに、あの黒いISは重心を全くぶらさずに平然と立ち上がった。

 

まるで、脳が……否、()()()()()()()()()()()()()

 

(……まさか、な)

 

頭を軽く振るって自分の考えを打ち切り、一夏は戦闘へと思考を切り替える。

 

今自分の考えたことが当たっていようが外れていようが、あの黒いISをどうにかしなければいけないのは変わらない。

 

そう考えることで自分を納得させ、一夏は『白式』のウイングスラスターを展開させて黒いISへと突っ込んでいった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

というわけで、鈴の輝装は離れていてもぶん殴ることの出来る透明パンチでした。

まあ、この輝装の本質は、遠くの敵を殴る。というのではなく、離れていても繋がっている、手が届く、というものですが。

攻撃の例えやイメージを挙げるなら……分かる人が限定的ですが、『鋼殻のレギオス』に出る『蛇流(じゃりゅう)』という技です。

仕組みはほぼ同じです。

次回はアドルフの方になります。

では、また次回。


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第13話 不幸は単独では来ない

すっごいお久しぶりです。

今回はアドルフサイドになります。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 IS学園に存在するアリーナのピットの1つ。

 

現在は正体不明のISが奇襲を仕掛けてきたことで警備システムが作動し、ピット内は警報ベルの赤い光に照らされている。

 

その一角にて、更識簪は自身の専用機である打鉄の前に立ち、凄まじい速度でキーボードに指を走らせている。

 

この場所に来た目的はもちろん目の前にある専用機の回収なのだが、モノがモノなので見付けたからすぐに運ぼう、というわけにはいかない。

 

所有者本人であろうと、色々とクリアしなければならない手続きが存在する。しかも、現在はこの非常事態のせいで自動的に警備が強化されているのでより面倒をことになっている。

 

現在簪は、手持ちの携帯端末を利用してその警備システムを1つ1つ解除している。

 

その速度は一流のハッカーを思わせる程に迷い無く、一瞬たりとも指を止めない。1つ、また1つと最先端の警備システムを突破していく。

 

心の中では焦りと不安が渦巻いて今にも叫びたい気分だったが、そんなことをしても意味は無い。そんなことをするより一秒でも急げと作業を進める。

 

「出来た……!」

 

小さな電子音に続いて空気圧が抜けるような音が鳴り、打鉄を固定していたロックが解除される。

 

すぐさま手を伸ばし、おいで、と呟くと打鉄は量子変換の光と共に待機状態となって簪の手の中に納まる。

 

大切な宝物を取り戻したような安堵の息を吐きながら、簪は待機状態のISをゆっくりと胸元で抱きしめる。

 

だが、すぐに幼馴染の本音とルームメイトのアドルフの2人を襲撃されたアリーナで放ったらかしにしてしまったことを思い出す。

 

あの時は此処に置いてある専用機のことで頭が一杯になっていたが、落ち着いて考えれば無茶苦茶心配を掛けてしまっているはずだ。

 

「早く……戻らなきゃ……」

 

慌てて踵を返し、簪は出口へと走る。

 

しかし、自動ドアが開こうとした瞬間、ピットの壁が凄まじい轟音を鳴らして崩れ出した。

 

だが簪には崩れるというより、まるで爆発で吹き飛んだような音に聞こえた。そして、その轟音に続いて室内に拡散した衝撃波が簪の体を反対側の壁へと叩き付けた。

 

「きゃっ……!」

 

それほど強くぶつかったわけではなかったが、突然の衝撃でマトモな受け身も取れずに視界が酷くぐらついた。

 

そして、ユラユラと揺れる視界に映ったのは、赤色のセンサーアイを不気味に輝かせた巨大な黒い影だった。

 

徐々に視界が回復し、その影の姿がハッキリと見えるようになる。

 

「IS……!」

 

驚愕と共に呟きながら、簪はそのISの姿に目を走らせる。

 

その機体は全体的なデザインこそ試合に乱入したヤツに似ていたが、細かなシルエットや身に着けている武装は別物だった。

 

通常のISと同じ長さの手足は白いラインを走らせた黒色の装甲に覆われ、肩には丸い盾のような形状の装甲。

 

その左腕全体には全身を覆い隠すほど巨大で、かなりの分厚さを持った物理シールドが装着されている。恐らく、アレでピットの壁をぶち破ったのだろう。

 

だが、簪の目を最も引き寄せたのは、その反対の右腕に固定するように装備された武装。

 

3本の長い筒を三角形を描くように固定し、高速回転する機構を備えた巨大な銃身と右腰の横にぶら下げているドラム型マガジン。

 

一目で分かる程に巨大なガトリングガンである。

 

アリーナに乱入してきたヤツよりも分かりやすい武装をしているせいか、簪の全身が凄まじい緊張に襲われて硬直する。

 

逃げなければ、動かなければいけないと分かっているのに、体は小刻みに震えるだけで思うように動いてくれない。

 

更識簪は決して無力でか弱い少女ではない。その身には今までの人生で培った戦う力が確かにある。

 

だが、実戦……命の危険に対する経験の無さがそれを無力に陥れているのだ。

 

そして、目の前の黒いISは簪の様子を気にせず近付いてくる。ゆっくりと距離を詰めることで心理的な恐怖が増大し、簪はついにその場でへたり込んでしまう。

 

(私……また何も……出来ない……)

 

己の中に生まれる無力感が簪の頭の中にある記憶を映し出す。

 

幼少の頃に刻まれた、自分の存在全てを否定されたトラウマとも言える記憶。

 

『あなたは……無能のままでいなさいな』

 

その言葉が簪の心を締め付ける。

 

歯を食いしばり、悔しさで閉ざされた瞼から一筋の涙が流れる。

 

お前は此処で終わる。何も変われず、あの言葉の通りに無能で終わる。

 

そう誰かに告げられたように絶望的な現実が迫り、それを代行するように黒いISの手が簪の身に近付いてくる。

 

だが、冷たい鋼の手が簪の命を奪おうとした時に……室内に小さな風が吹いた。

 

次の瞬間……

 

 

 

「ソイツに……触れるなぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」」

 

 

 

……叫び声に続き、黒いISが轟音を鳴らして吹っ飛ばされた。

 

黒いISは錐揉み回転しながら空中を滑空し、ピットの壁に激突。その音を聞いて、簪の閉ざされた瞼がゆっくりと開かれた。

 

後頭部で一纏めにされた色素が抜け切ったような少し長めの白髪。

 

淡く光るような、天然の宝石を思わせる空色の瞳。

 

その身を包んでいるのは、つい先日自分も一緒に調整を行った銀色の専用機。

 

簪がこの学園に来て最初に知り合った人であり、ルームメイト。

 

「すまない、更識……なるべく急いだが、怖がらせたようだ」

 

表情は一見冷静だが、黒いIS見る目の中に確かな敵意を宿しながら、アドルフ・クロスフォードがそこに立っていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side アドルフ

 

 更識が向かったアリーナを目指して通路を走り抜ける。

 

ただ全力疾走するだけでは曲がり道の際に強引に減速して余計に体力を消耗してしまう。故に、走る速度の減速を最小限にするように肉体の緩急を最大限に生かして走る。

 

その途中で、エクリプスが小さな電子音を放って空中にモニターを映し出した。どうやら、通信チャンネルを部分展開で表示したようだ。

 

走る速度を出来るだけ落とさずに視線を向けると、そこには織斑先生と山田先生の姿が見える。状況とタイミングから察するに、布仏が上手くやってくれたのだろう。

 

『クロスフォード、今何処にいる。いや、何処に向かっている』

 

「襲撃されたアリーナの隣に向かっています。引き返せ、とでも言うのでしたら先にお断りします」

 

『人の話は最後まで聞け、そして内容をよく理解してから会話を進めろ』

 

その言葉に思わず、アンタがソレを言うか、と返したくなるが、今はそんなことをしている場合ではない。

 

とりあえず無言を返し、視線を僅かに通信モニターへと傾けて続きを求める。

 

『ついさっき、襲撃されたアリーナとは別に上空でもう1つ所属不明機の反応があった。何処に降下するかはまだ特定出来ないが、アリーナとその付近の施設が狙われる可能性は充分に高い』

 

その報告に思わず舌打ちしそうになるが、少しでも呼吸を乱さない為にこれまた堪えて走り続ける。

 

今の報告だけでこの通信で何を伝えたいのかは殆ど理解出来たが、こちらも訊くことがあるのでまだ通信を切るわけにはいかない。

 

『お前はそのまま更識簪の所へ向かえ。合流した後、速やかにその場から退避しろ。距離が離れていて、ISの運用に関与しない場所ならば何処でも構わん』

 

「……もし、所属不明機と遭遇した場合は?」

 

『通信を一度コールして切るなり、何でも良いから敵がいたと知らせるようにこちらへ連絡を飛ばせ。直ぐに増援を向かわせる。それまでは、すまないがお前に敵の足止めをしてもらうことになるだろう』

 

「分かりました。それでは、通信終わります」

 

スクリーンを閉じて、即座に走る速度を上げる。

 

報告を聞いてから心中に湧き上がる不安が増していくのが分かる。今までにもこういう感覚はあった。しかも、その時は必ず良くないことがある。

 

最後の曲がり道を曲がる……正確には、方向転換しながらブレーキを掛けてすぐに壁を蹴り飛ばし、その反動で強引に体の向きを変える。

 

そして、そこに見えた光景が、一瞬だけ思考を凍り付かせた。

 

開かれた自動ドアの先に見えたのは、地面にへたり込んで固く目を閉ざした更識と、その体に手を伸ばす白いラインが走った黒色のIS。

 

そして、更識の目から流れる涙を見て……その情報を認識した瞬間、オレの意識は硬直の状態から焼き切れる寸前まで跳ね上がり、クリアになる。

 

……OK。もう充分だ。情状酌量の余地はとうに消し飛んだ。

 

お前は何をしている? 一体何の権利があって、一体誰の許可を得て、ソイツを泣かせていやがる。

 

「ッ……!」

 

足を強く踏み出すと同時に量子変換の輝きがオレの全身を包み込む。チョーカーに手を添える必要など、もはや無い。

 

数分前とは比べ物にならない速さで『エクリプス』の装甲が展開され、思考制御で即座にPICとパワーアシストの出力を『OFF』から『MAX』へと変更。

 

通路の広さから見て飛ぶのは無理だ。だから膝を屈み、両脚に一瞬の力の溜めを置いて床を蹴る。

 

すると次の瞬間、まるでカタパルトで射出されたような加速力が発揮され、全身を凄まじい重圧が襲って視界が点滅するように真っ黒に染まる。

 

「ぐぅ……!」

 

突然の重圧に驚くが、歯を食いしばって強引に意識を引き戻して敵を見る。

 

全く衰えない加速の中で右足を後ろへ引き絞り、蹴りを放つと同時に体を回転。黒いISがオレの接近に反応を示すが、既に遅い。

 

「ソイツに……触れるなぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」」

 

叫ぶと同時に遠心力も加えた蹴りを搭乗者の顔面、赤く光るセンサーアイに叩き込み、右足がめり込んだ状態から足首を捻る。

 

そして、すかさず反動を付けて右足を蹴り抜き、敵を壁際まで吹っ飛ばす。

 

黒いISはその巨体を錐揉み回転させ、細かな機材や装置を巻き込んで壁に激突した。モヤモヤと煙が立ち込めるが、ハイパーセンサ―はまだその奥で動く熱源を捉えている。

 

オレはそちらに目を向けたまま織斑先生に通信を繋ぎ、ワンコール鳴らしただけで通信を切る。アッチが提案した方法だし、これで意味は通じるだろう。

 

というか、敵を目の前にした状況でバカ正直に増援を呼ぶのは危険過ぎる。下手に敵を刺激して遠慮無しに暴れ回られたら笑い話にもならない。

 

「すまない、更識……なるべく急いだが、怖がらせたようだ」

 

ハイパーセンサ―の全方位視界を利用して更識の様子を見ると、まだ体が少し震えているが夢から覚めたような目でオレを見上げている。

 

「重ねてすまないが、動けるか? 増援が来るまでアイツをこのアリーナに閉じ込めたい。手を貸してくれ」

 

「え?……で、でも……どうやって?」

 

そっと差し出したオレのISの手を掴んで立ち上がった簪はまだ少し不安そうにしているが、どうやら動くことは出来るようだ。

 

先程まで怖がっていた女性に頼み事をするのは申し訳ないとは思うが、ここは手を貸してもらわないと苦しい。

 

「お前はこのアリーナの管制室に向かってバリアを展開してくれ。その間、オレが敵をアリーナの中に足止めする。バリアが展開されれば、アイツはこの場に閉じ込められる」

 

そう言うと、オレは一歩先に進み出て身構える。

 

後ろの更識もその視線の方向を見てみると、煙の中からゆっくりと起き上がる黒い影と赤いセンサーアイの光が見えた。

 

「悪いが時間が無い。頼む」

 

「う、うん……その……気を、付けて……」

 

その言葉に小さく頷きを返すと、更識は何度か振り返りながらもオレが入って来た通路の奥へと走り出していく。

 

だが、黒いISはそれを黙って見過ごすようなことはせず、すぐさま右腕に固定されたガトリングを構えようとする。

 

しかし、オレもそんな行動を見過ごすさず、ガトリングの銃身が更識を捉えるよりも速く床を蹴り、黒いISへと距離を詰める。

 

PICを働かせているというのに、加速の瞬間に再び凄まじい重圧が襲い掛かる。

 

(さっきもだが……何だこのデタラメな馬力は……!)

 

ラファールに乗った時とは比べ物にならない負担が肉体に襲い掛かる。大雑把に見積もっても、軽く4~5倍の出力差がある。

 

ISコアだけでなく、原子空母のリアクターでも動力源に取り付けているのではないかと疑いたくなる。

 

更識と行った出力調整にミスは無かったはずだが、この機体を作った技術者達はどんなモンスターマシンを作るつもりだったんだ。

 

それと、先程からオレ自身の動きと機体の反応が思うように噛み合わない。

 

反応が良過ぎる、悪過ぎるとかそういう問題ではない。この機体の出力の振り幅が大き過ぎるのだ。

 

もしラファールと同じ要領で動こうとすれば、暴走列車の如く何度も壁に激突しているだろう。

 

だが、それならすぐにではなくとも対処は可能だ。もう少しで()()()()()

 

懐に入り込みながら左手の裏拳をガトリングの銃身に打ち込んで狙いを逸らし、右手で操縦者の首を掴んで黒いISをピットの壁に空いた大穴の外に押し出す。

 

だが、黒いISはすぐに暴れ出し、左腕の物理シールドを叩き付けるように振り回してきた。咄嗟に両腕を盾にするが、衝撃で真横に吹っ飛ばされる。

 

「くっ……!」

 

即座にウイングバインダーを展開して空中でブレーキを働かせ、そのまま真っ直ぐ降下して地上に着地する。

 

慌てて黒いISの方に視線を向けると、押し出された状態から態勢を整えたヤツはアリーナの地面に着地してすぐにガトリングを構えている。

 

「やばっ……!」

 

ババババババババ!!!!!

 

距離が離れているというのに、鼓膜を叩くような轟音が聞こえる。

 

即座に真横へ跳ぶと、一瞬前にオレが立っていた場所が大量の土煙を巻き上げながら吹き飛んだ。いや、音からして無数の銃弾が着弾しただけなのだが、銃弾の大きさと連射速度が異常だった。

 

着弾点から逸れた場所に空いた穴の大きさから、弾の大きさは人間相手に使う物ではない。戦車などに搭載されている対人機銃でもここまではならないだろう。

 

何発かの銃弾が装甲を叩き、小刻みな衝撃と共にシールドエネルギーが減少する。

 

だが、足を止めては蜂の巣にされるだけだ。そのまま横へと跳躍を続け、黒いISを中心に置いて円を描くように逃げ回る。

 

あれ程巨大なガトリングならば、撃ち続けている間は取り回しが自由に効かないだろう。下手に色んな方向へ逃げ回るよりも、この方が有効だ。

 

最も、こんな単純なやり方数分持てば良い方なのだが。

 

黒いISの両足が宙に浮き、ガトリングの火砲が速度を増してオレに迫る。空中で姿勢を安定させたことで、取り回しが格段に楽になったのだ。

 

即座に両足で地面を蹴り、黒いISの頭上を飛び越えるように跳躍する。それによって一時的にガトリングの火砲を振り切り、黒いISの背後を取る。

 

黒いISが振り向くよりも先に腰を捻り、左の後ろ回し蹴りを打ち込む。

 

だが、背中を狙って放ったオレの蹴りは体を捻った黒いISの巨大な物理シールドに阻まれた。

 

『エクリプス』の馬力を加えた回し蹴りは衝撃と共に轟音を鳴らして黒いISのシールド

を叩くが、数メートル後退しただけで目立った損傷は無い。

 

「ちっ……!」

 

舌打ちしながら、ガトリングの銃口がオレを捉えるよりも先に黒いISの左側面へと飛び退く。

 

一泊遅れて銃弾の嵐が地面を砕き、再び火砲との追いかけっこが始まる。

 

だが、今度は先程とは違い、黒いISは左腕のシールドを前に出してタックルのような姿勢で真っ直ぐ突っ込んできた。

 

マトモに受ければこっちの装甲が砕かれると判断し、ギリギリまで近くに引き付けてから足に力を溜めて黒いISを飛び越えるように跳躍する。

 

それを狙っていた黒いISは即座に振り向き、ガトリングをぶっ放してくる。

 

オレはウイングバインダーを展開してその場から飛翔するが、その際に地上の時を上回る加速Gが全身に襲い掛かる。

 

(予想はしてたが……流石に、キツイ……!)

 

少しは慣れてきたが、回避運動をする度にこれでは長くは持たない。

 

気力で堪えようとしても、このままでは脳が揺らされ続けて意識が強制的にブラックアウトしかねない。

 

負担を最小限に抑える動きで回避を行いながらどうしようかと考えていると、ハイパーセンサ―がアリーナの周囲に展開されたバリアの反応を伝えてくる。

 

「やってくれたか……」

 

呟きながら心の中で更識に礼を述べ、頭の中で組み上げる戦術を『時間稼ぎ』から『足止め』に切り替える。

 

急降下で地面に着地し、黒いISの射線の死角……左側に回り込みながら徐々に距離を詰めていく。

 

向こうはあんな立派な飛び道具を持っているのにこっちは丸腰。距離を取っていては嬲り殺しにされるだけだ。

 

ならば、逆に銃がマトモに使えない距離まで近づいて蹴りをブチ込んだ方がやりやすい。

 

「ふっ……!」

 

短く息を吐いて放つ右のハイキックがシールドの右側を叩き、黒いISの体がオレから見て左側に押される。

 

その瞬間、右脚を素早く引き戻して左のハイキックを放ち、今蹴りを打ち込んだのとは反対のシールドの左側を叩く。

 

すると、右側からの衝撃に耐えていた黒いISの体は正反対の方向から打ち込まれた衝撃に対して踏ん張りが効かず、シールドに引っ張られるように体勢を崩す。

 

すかさず右の回し蹴りで操縦者の顎に打ち上げ、そのまま振り上げた右足を相手の首の後ろに引っ掛けて引き寄せる共に地面に叩き付ける。

 

凄まじい重量の鉄塊が地面に叩き付けられたことで地面から破砕音が鳴り響き、小規模のクレーターを作り上げた。

 

生身の人間に当てれば一生病院のベッドの上で生活する羽目になりそうな攻撃だが、ISの絶対防御があるならそこまで酷くはならないだろう。

 

だが、操縦している人間の脳は盛大に揺らされて方向感覚が滅茶苦茶になっているはずだ。これでしばらくはマトモに動けない。

 

何があってもすぐに動けるように警戒し、クレーターの中心に倒れ伏す黒いISにゆっくりと近付く。

 

そして、あと一歩踏み出せば敵の目の前に辿り着くという瞬間に、異変が起きた。

 

短いエラー音が鳴り、倒れ伏した搭乗者の赤色のセンサーアイがゆっくりと強くなる光を放ちながらオレをじっと見つめた。

 

『…… 命令(オーダー)――確認』

 

突如として鳴る 機械音声(マシンボイス)が。

 

再構成(リフォーメーション)―― 全行程完了(コンプリート)

 

根拠の無い不吉さを感じさせる言葉を吐き出し。

 

『システム、 戯兵采配(ドールハウス・プレイヤー)…… 発動(ロード)

 

ゆらりと幽鬼のように立ち上がりながら。

 

再起動(リ・ジェネレイト)

 

……オレに絶望を突き付けるに等しい赤い素粒子の輝きを炸裂させた。

 

直後、気が付けばオレの体は凄まじい衝撃と共にアリーナの外壁に叩き付けられていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side Out

 

 「なに……?」

 

管制室のシステムを操作してバリアの展開を終えた簪は、スクリーンに映されたアリーナの内部から発せられる強い赤色の光に声を漏らした。

 

続いて強い振動が響き、映像が乱れると共に両足から僅かな揺れを感じる。

 

乱れた映像は数秒で回復し、すぐにアリーナ内部の映像が表示される。

 

そして、そこに見えたのは……

 

「うそ……」

 

……両腕と胸部の装甲が抉られたように破壊され、アリーナの外壁に背中を預けるようにして倒れ込む『エクリプス』の姿だった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

エクリプスは凄まじい機動性と馬力を持つ機体ですが、現状では殆どじゃじゃ馬のような機体です。

『フルメタル・パニック!』のレーヴァテインとか、『ブレイクブレイド』のデルフィングとかをさらにピーキーにした感じです。

次回も多分アドルフサイドの話になります。

では、また次回。


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第14話 その先へ……

すっごい時間が経過してしまった。申し訳ない。

エタるか……エタってたまるものか……!

今回もアドルフサイドのお話になります。

では、どうぞ。



  Side アドルフ

 

 吹き飛ばされた時と叩き付けられた時の衝撃は、ほとんど同時にオレの体を襲った。前方と後方から絶対防御を貫通するほどの衝撃が響き、全身をくまなく痛めつける。

 

咄嗟に両腕を眼前で交差させて防御を行ったのだが、それを無駄だと言うように黒いISの攻撃はオレの体を軽々と吹き飛ばしてアリーナの外壁に叩き付けた。

 

頭を軽く横に振ってぐらぐらと揺れる視界を元に戻し、体を動かそうと力を込める。痛みに耐えながら手足を動かすと、壁にめり込んだ体が栓を抜いたように軽くなる。

 

ハイパーセンサを使ってギシギシと嫌な音を鳴らす体を見てみると、ほぼ全身を覆う銀色の装甲には無数の亀裂が走り、両腕とウイングバインダーは半壊している。

 

だが、オレの肉体の方は驚いたことに大きな打撲と打ち身のみ、ジリジリと今も痛むだけで骨折や内臓の破損は1つも無い。

 

シールドエネルギーの残量は危険域を知らせる赤色の光と共に『43』と表示されている。防御の上からだというにこのダメージ量、次に攻撃を受ければIS諸共オレの体は粉々にされるだろう。

 

そして、その敵の方を見てみると、これまた随分と劇的な変化を遂げていた。

 

全身の黒色の装甲の上に走った白いラインの部分が隙間を作るように全て開かれ、そこからスパークと共に赤色の光が放たれている。

 

まるでオーバーヒートを起こして自壊寸前のように見えるが、オレには分かる。あの赤い光は織斑達のと同じ素粒子の輝きだ。

 

その現実から目を逸らすことは許さないとでも言うように、黒いISの両腕には搭乗者の 希求(エゴ)が武装としての形を得て顕現していた。

 

右腕に装備されていたガトリングガンは姿を変え、腕を丸ごと飲み込んだかのように大型の回転機構と8本のブレードが取り付けられている。

 

それは重い駆動音を鳴らしながら8本のブレードをまるでドリルのように回転させ、周囲に凄まじい暴風を巻き起こす。

 

あの武器がオレをアリーナの端に吹き飛ばしたのだろう。両腕で防御していなければ最悪ミンチになっていたかもしれない。

 

対して、左肩に装備されていた物理シールドはそこまで大きな変化を遂げてはいなかった。

 

厚さはそのままのようだがサイズは全体的に小さくなり、縦の長さは指先から肘まで、横の大きさは胸部全体を隠せるかどうかというところだ。

 

先程までの形状をタワーシールドと例えるなら、今の形状はバックラーを少し大きくしたようなものだった。

 

しかし、その防御力を削って得た対価なのかは分からないが、盾と腕の間に見えた武装は今まで以上の脅威をオレに伝えてきた。

 

ショットガンを大口径にしたような筒状の銃口とリボルバーを巨大化させたような回転式弾倉。形状から見て内蔵型のグレネードランチャーだろう。

 

全身から赤い光を放ちながら立つその姿はまるで生贄の命を貪り喰らう悪魔のようにさえ見える。いや、実際オレにとっては悪魔のようなものだ。

 

アレがヤツの輝装なら、全身を構成する刻鋼の強度は織斑達と同等の領域。つまり、通常兵器を殆ど受け付けない頑丈さとなっている。

 

ヤツは遠近共に極悪な武装が追加され、こっちの攻撃をまったくもって受け付けない。対するオレの方は徒手空拳に加えてシールドエネルギーも残り僅か。

 

オルコットとの試合が天国のように思えてくるような状況だ。

 

どうしたものか、と内心で盛大な溜め息をつきながらも思考は止めない。こんなところで死ぬつもりは微塵も無いのだから。

 

そこで、じっとこちらを見ていた黒いISが再び動き出した。

 

重い駆動音を鳴らす右腕をそのままに、指を開いたまま左腕をゆっくりと水平に持ち上げてオレのいる方向に向ける。

 

それを見て即座にその場から跳躍した直後……

 

 

ボオオォォォォォン!!!

 

 

……発砲音に続き、それを掻き消すほどの大きな爆発音が連鎖して響いた。

 

見ると、オレが立っていた場所を中心にしてアリーナの外壁が扇を描くような広範囲の爆炎に覆われていた。

 

先程聞こえた発砲音は1つだけだった。つまり、あの武器は……

 

(拡散グレネード……左右の射程は半径20メートルくらいか)

 

最悪だ。あれほどの射程範囲ではさっきまでのガトリングよりも厄介だ。

 

しかも、アイツの攻撃はそれだけではない。むしろ、今となっては右腕に取り付けられたアレの方が主な武装なのだろう。

 

ギイイィィィィン!!!と唸り声を上げながら回転するブレードを持ち上げ、弾かれたように加速した黒いISがオレに迫る。

 

その速度は先程よりも目に見えて速く、跳躍で開いた50メートル近い距離を数瞬で半分に縮める。その軌道は獲物に狙いを定めた猛獣のように直線的だが、小手先の技術を捨て去るだけの圧倒的な力があった。

 

回転するブレードと共に右腕が突き出され、オレの体を粉々にしようと迫る。

 

アレをマトモに受ければ、今度こそ『エクリプス』は装甲と絶対防御を突破され、オレの体は細かい肉片となって形すら残らないだろう。

 

一瞬両脚で地面を踏みしめ、拡散グレネードの死角とブレードの取り回しの悪さを狙って左へと全力で跳躍、敵の直線軌道から離脱する。

 

 

だが、豹変した黒いISはまたしてもオレの予想を超えてきた。

 

 

まず感じたのは、跳躍で飛び退いた時の違和感。

 

黒いISと戦闘を開始してから何度も行った動作の中で、今までとは何かが違うと直感的に理解した。

 

そして、その正体はすぐに理解することが出来た。

 

『エクリプス』の馬鹿力を使って全力で地面を蹴り抜いたというのに、黒いISとの距離が、殆ど離れていないのだ。

 

見ると、未だ回転速度の上昇が止まらない回転ブレードの周囲に空気が集束し、吹き荒れる膨大な風が逃げようとするオレの体を渦のように巻き取っている。

 

とことんふざけている。普通の兵器としても凶悪だというのに、あのブレードはただ回転しているだけで刀身の周囲に真空領域を作り出しているらしい。

 

それによって吹き荒れる空気が常に強力な吸引機の役割を果たし、オレの動きを大きく阻害しているというわけだ。

 

そして、大して距離を取ることが出来なかったオレを粉砕しようと回転ブレードが唸り声を思わせるような駆動音を鳴らして迫る。

 

「くそ……がっ……!」

 

目の前から迫る回転する鋼の塊に嫌な汗をダラダラと流しながらも、オレは『エクリプス』のウイングバインダーを勢い良く展開する。

 

既に形状が半壊して無数の罅を走らせているが、まだ機能は死んでいない。

 

そして、加速時に襲い掛かる負担を一切考えずに後ろへとフルアクセル。

 

「っ!……ぁあ……!」

 

今までで一番強烈なGが全身に襲い掛かり、マトモな言語にもならない苦悶の声が漏れる。

 

襲い掛かる痛みと共に意識がごっそりと持っていかれそうになるが、暗転しそうな視界を気合で繋ぎ止める。

 

それに耐えた甲斐あってか、どうにか回転ブレードが起こす風の拘束を引き千切って拘束範囲から逃れることに成功した。

 

だが、これは同時に失敗でもある。元々、黒いISの追撃を逃れるために左側に避ける算段だったのを真後ろに変えてしまった。

 

そして、地面に着地すると突然強い眩暈に襲われ、両足がぐらりと揺らいで強い吐き気がこみ上げてくる。

 

「う……ぉ、ぇ! ぁあ……がはっ、げほっ……」

 

敵の回転ブレードから逃れたことで一瞬気が緩んでしまい、オレはその場に派手に嘔吐してしまう。

 

我ながらひどく無様だが、ミンチにされるよりは遥かにマシだ。

 

そして、止まっている暇は無い。まだふらつく足で立ち上がり、ISの装甲越しに手の甲で口元を拭いながら黒いISを睨み付ける。

 

見ると、回転ブレードによる攻撃を外した黒いISはその場で動きを止めていたようだが、入れ替わるように左腕が持ち上げられる。

 

「くそっ……!」

 

嫌な予想が的中したことで慌てて飛び退こうとするが、意識がぐらついて両足にも未だ上手く力が入らない。

 

それを無駄だとでも言うように黒いISの左腕に取り付けられた回転式の大型弾倉がガシャン! と撃鉄音を鳴らし、銃口がオレを捉える。

 

そして、放たれた紅蓮の砲撃がオレを飲み込もうと迫る……

 

 

ババババババババ!!!

 

 

……寸前、連続した発砲音が響いた。

 

恐らくアサルトライフルのものと思われる無数の銃弾は黒いISへと迫るが、その全ては直撃の寸前に回転ブレードが引き起こす暴風に弾道を狂わされ、周囲の地面に穴を空ける。

 

ダメージが無かったとはいえ、突然の攻撃に黒いISはオレに向けていた左腕のグレネードランチャーをゆっくりと下ろして銃弾が飛んできた方向を見る。

 

同じくオレも視線を向けると、そこには『打鉄』を纏ってピットからアサルトライフル 《ヴェント》 を構えた更識の姿があった。

 

「早く……逃げて……!」

 

オレを見ながら声を上げ、更識は黒いISの動きを止めるようにアサルトライフルを連射する。だが、全て物理ブレードの暴風に巻き取られて弾道が狂う。

 

対して、数秒立ち尽くしていた黒いISは完全に更識を敵と認識したのか、オレに向けていた左腕のグレネードランチャーを更識に向かって持ち上げる。

 

「っ! よせっ……!」

 

咄嗟に出たその言葉は、更識に向けたものなのか、黒いISに向けたものなのかは分からなかった。だが、ただ遅いということは理解出来た。

 

そして、その行動を目にした更識が量子変換で大型シールドを取り出すのと、紅蓮の砲撃が放たれたのはほぼ同時のことだった。

 

拡散する爆撃がピットとその周囲を飲み込み、爆炎による熱と風が離れた場所に立つオレの前髪を一瞬だけ強く揺らした。

 

即座にハイパーセンサ―を切り替えて立ち込める煙の奥を見ると、まだ更識の反応は残っていた。だが、防御に使用したシールドは熔解し、装甲も所々が破損している。

 

壁に背中を預けるようにして倒れている更識の体に外傷などは見当たらないが、『打鉄』の方はもう限界だろう。

 

たった一撃で、と思うことは無い。むしろ、輝装によって発現したアレの直撃を受けて機体が大破していないだけマシというものだ。

 

だが、オレの前に立つ理不尽の体現は敵対する存在がまだ戦えるかどうかなど知ったことではない、とでも言うように再び動き出す。

 

回転式の大型弾倉が再び音を鳴らし、煙を吐き出しながら装填を終える。

 

その銃口は、変わらず倒れ込んでいる更識を捉えている。

 

「っ……!」

 

それを理解した瞬間、オレは即座に地面を蹴り抜いて姿勢を低くしたまま黒いISへと距離を詰めた。

 

思考を放棄したわけではない。だが、次にあの砲撃を受ければ間違い無く更識は死ぬ。

 

何か言葉を飛ばしてヤツの注意を引くという選択肢もあったが、戦闘が開始してから未だ一言も喋らないヤツが相手では成功の見込みは低いし試す時間も無い。

 

距離が近づくと共に体を撫でていた風が暴風へと変わり、領域内にいる得物を捉えようと不可視の拘束具が纏わり付く。

 

コレの存在を知っていながら距離を詰めるのは、一見自殺行為にしか見えないだろう。

 

確かに、この風は逃れようと距離を広げる際には領域内の敵の動きを阻害する効果を発揮する。だが、逆に全速力で向かってきたモノにはどう働くだろうか。

 

答えは単純だ。吹き荒れる暴風がそのまま推進力となって加速する。

 

『エクリプス』の馬力にさらなる加速が加えられ、黒いISがオレの接近を感知して行動を起こすよりも速く懐へ入り込む。

 

そして、左足だけで空中を足場として一瞬踏み抜き、姿勢を低くした状態から右足を引き絞るように体の内側へと引き寄せる。

 

「ふっ……!」

 

左足で地面を蹴ると共に上へと突き穿つような右足の蹴りを放つ。

 

狙ったのは黒いISの左腕に取り付けられたグレネードランチャーの先端、銃口の部分をピンポイントに蹴り抜く。

 

瞬間、右足の裏を起点として凄まじい痛みが走る。

 

「がぁッ……!」

 

同時に、右脚を覆う『エクリプス』の装甲がバキッ!! という破砕音を鳴らした。

 

こんなことをしても、輝装の位階に到達したISを傷付けることは出来ない。だが、それでも無意味で終わるわけではない。

 

渾身の蹴りが銃身の先端部に命中し、黒いISの構えるグレネードランチャーは損傷こそ無いが照準を大きく狂わせた。

 

結果、放たれた砲撃は更識が倒れている場所とはまったく違う方向に直撃し、アリーナの一角を広範囲の爆炎が包み込んだ。

 

加えて、態勢を崩した状態でグレネードランチャーを撃ったせいか黒いISは反動を制御し切れず、オレに背中を向けるように体を大きく仰け反らせた。

 

その背中を踏みつけるように左足で蹴りを放ち、反動を付けて後ろへ大きく飛び退く。それにより、背中を押された黒いISは今度こそバランスを崩して地面に転倒する。

 

予想以上の結果となったことに少し驚いたが、オレは即座にハイパーセンサ―を通して周囲をスキャン。黒いISの回転ブレードが生み出す真空領域の“穴”を見付ける。

 

ウイングバインダーはもう使い物にならなくなってしまったので両足で地面を蹴り、数回の跳躍で真空領域から離脱して更識の傍に着地する。

 

「更識!」

 

「うっ……ぁ……」

 

呼び掛けながら肩を揺する。

 

すると、小さい声を漏らしながら更識の瞳がうっすらと開かれていく。

 

意識があることに一先ず安堵の息を吐くが、ハイパーセンサ―から鳴り響くアラートの音が即座にオレの思考を呼び戻した。

 

黒いISの方向をハイパーセンサ―で見てみると、体を起こして左腕のグレネードランチャーの照準をゆっくりとこちらに向けている。

 

アレを受けたら、オレと更識は今度こそISの装甲ごと消し炭にされる。

 

舌打ちしながらもすぐに更識を横抱きに抱えて離脱しようとする。そして、その場を離れようと両足に力を溜めるが……

 

「っ……!」

 

……『エクリプス』の各所の装甲が少量の煙を立ち上らせると共に音を立てて砕け、全身を覆っていたPICの浮遊感とパワーアシストが消失する。

 

驚きながらも視線と思考を走らせて何が起きたのかを探ろうとすると、オレの目前に赤色のモニターが表示された。

 

 

『シールドエネルギーの減少値が許容限界を突破。戦闘続行不可能』

 

 

(ここでか……っ!)

 

ダメ押しで絶望を突き付けるようなメッセージが現れる。そして背筋に冷たい汗が流れたと同時に、大きな発砲音が轟いた。

 

振り返った先に見えたのは、発射と同時に広がるマズルフラッシュを放ちながら迫る紅蓮の砲撃。

 

もはや逃れる力も時間も無い。

 

迫る『死』を目に映しながら、走馬灯のような時間圧縮によって体感時間が引き伸ばされていく。その加速する時の中でオレの思考は絶えず秒針の針を刻む。

 

此処で終わってしまう。

 

その事実が心に重く圧し掛かり、心の中にある抵抗の意思を押し殺していく。

 

では諦めるのか? このまま、向けられる理由さえ分からない理不尽な力に全てを奪われるのを受け入れるのか?

 

否、断じて否だ。

 

昔のオレは“空っぽ”だった。

 

家族も、記憶も、全てを失ってオレは真っ白になった。

 

だが、今は違う。歳月を重ねたオレの心はあの頃と違って確かな“色”を持っている。

 

例え他人に嘲笑われようと、オレが生きて刻んできた自分自身の記憶は間違いなく本物だ。オレがオレとして生きてきた胸を張れる証だ。

 

そうだ。だからこそ……そんなオレの命が、こんな理不尽なだけの力に屈服させられる結末など、認められるはずがない!

 

目前に迫る『死』の結末を決して認めないと睨み付け、怒りという感情によって諦めようと沈みかけていた心が再び熱を取り戻して存在を叫ぶ。

 

時間が、世界が、色を取り戻していく。

 

そして前へと歩を進めた刹那、オレの中で『カチン』と大切な何かが上手く噛み合う音が響いた……気がした。

 

『起動準備完了』

 

瞬間、『エクリプス』の内部……正確には心臓の部分から無機的な機械音声(マシンボイス)が発せられ、オレの中で目に見えない変化が起きたのを感じた。

 

目の前に、()()()()()

 

今度こそ、そこに手が届く。

 

そして、オレは今こそ……

 

 

起動(ジェネレイト)

 

 

……その扉の()()へと足を踏み入れた。

 

『認証──汝が 希求(エゴ)を問う』

 

内側へと開かれた扉の先……そこに見えたのは、無色透明の色形無き大海。

 

求める自分自身との邂逅。そこに至る為の言霊が自然と脳裏に浮かび上がり、オレという存在を研磨させるように心を奮い立たせていく。

 

「我が身は(おぼろ)

我が心は空虚。

我は否定と肯定の狭間を彷徨う迷い人なり」

 

紡がれる言葉は、他ならぬ自分自身に向けられた誓いだった。

 

アドルフ・クロスフォードはこう生きて、こう在ることを望んでいるのだという自己確認。その言葉を噛み締めると共に、全身に不可視の力が張り巡らされる。

 

「されど我、確かなる命の道筋を持つ者なり。

絆を結び、誠を貫き、己が意思を胸に歩む者なり」

 

視界を塗り潰すような閃光が全身を包み込む。その光はすぐさま収束し、身に纏ったISの装甲越しにオレの全身を回路のように駆け抜ける。

 

「練磨の果てに道を描き、ただ此処に在る己に誇りを抱こう」

 

爆発しそうな程のエネルギーに指向性が宿り、流れるエネルギーは皮膚を通して体内に……やがては指先に至るまで力を行き渡らせる。

 

 

「無形の理想よ形を成せ、我は踏破の先へ至る者なり!」

 

 

『受諾……素粒子生成』

 

声を上げた瞬間に全身を走る光が爆発的な閃光を発し、白銀の光……素粒子の輝きが左右の腕を包み込むように集まっていく。

 

『輝装展開開始』

 

その声と共に、目に映る世界が完全に元に戻る。

 

放たれたグレネードは今まさに拡散を始め、オレと更識を飲み込もうと迫る。

 

両腕にズシリとした確かな重さを感じ、両腕を真横に振り抜いて包み込んでいた素粒子を周囲に吹き飛ばす。

 

その輝きの中でオレは……()()()()()()()

 

 

ボオオォォォォォン!!!

 

 

爆音が轟き、紅蓮の炎が燃え盛る熱がオレの()()()弾けた。

 

「心装……」

 

呟きながらオレは……

 

「輝装・ 銀輝幻殲(シルヴァリオ・イレイザー)

 

熱風に髪を揺らしながら、白銀の鋼鉄を纏う両手に顕現したオレだけの 武装(覚悟)を握り締めた。

 

無数の亀裂が走っていた『エクリプス』の全身は完璧に修復され、無機質な銀一色だった装甲は新たに白銀色の輝きを宿し、確かな存在感を発している。

 

関節部に走る紺色のラインが脈動するように光を放ち、全身に満ちるエネルギーが長年使いこなしてきたように()()()

 

続いて、視線を自分の両手に落とす。

 

右手に握られているのは、一見すると巨大な鉄塊にさえ見える重量感を漂わせたロングバレルの大口径拳銃。長さは先端部を地面に突き刺しても明らかに腰の位置より上だ。

 

全体的なカラーは『白』とは異なる『銀』であり、銃身は『黒』、鋭利な各所の先端部は『金』の色を宿している。

 

トリガーが供えられたグリップの先に伸びる銃身に加え、それと一体となるように下部には分厚さと鋭さを両立させた大型の銃剣が沿えられている。

 

実際の仕組みはロングバレルの銃身に大型ブレードを銃剣として沿えているのだが、見た目だけを見るのなら大剣の峰となる部分に強引に銃身を組み込んだように見える。

 

それに対して左手……いや、左腕を覆うように現れたのは、長く大きい白銀の(シールド)

 

縦の長さは肘の少し下の場所を中心として、先端部は太もも近く、後方は肩の少し下辺りまでの長さをしている。

 

横の長さは腕を覆い隠せるほどであり、上から下へ行くごとに細くなっていく。

 

両手に持つ武装の感触を確認することで、オレは即座に両手の武装の性能や使用の用途を己の一部であるように理解する。

 

そして、持ち上げたオレの視線が爆煙の隙間から黒いISを捉える。

 

「これでようやく対等だ。さあ……砕いてみろ」

 

その言葉を合図のように投げて、オレは再び前へと踏み出した。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

どうにか、今回でようやくオリ主の輝装を出すことが出来ました。

というか、もうこれで分かる人はオリ主が誰の関係者が分かる確率が高いですね、うん。

機体や武装の外見を上手く説明出来ているのか不安なので、一応例えのようなものを出させていただきます。

オリ主の専用機『エクリプス』の外見は、『Another Century's Episode:R』というゲームに登場する『アルファート』という機体です。

アレの装甲に銀色を混ぜて、関節部の色を紺色にしたような感じです。

殲機については、右手の銃は『魔法戦記リリカルなのはForce』の主人公トーマ・アヴェニールが使う銃剣が近いです。

アレの持ち手の部分を銃のグリップに変えて、大剣の刃の部分を綺麗に揃えて上の部分にロングバレルの銃身をくっつけた感じです。

左手の盾の外見に関しては、『機動戦士ガンダムUC』の『シナンジュ』のシールドです。アレの赤色の部分を白銀に、黒色の部分を薄い金色にしたものです。

こんな感じですかね。私の知ってるものから例えを出しているので、分かり難かったらすいません。

アドルフの輝装の詳細については次で黒いISに実験します。

では、また次回。



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第15話 撃ち抜け、その決意を持って

今回もアドルフの回になります。

輝装の性能を黒いISという的でいざ実験。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 アドルフが輝装の覚醒に至った事実を、黒いISは黙したまま受け入れた。

 

そして、認識するに続いて黒いISは真っ直ぐに持ち上げたままの左腕のグレネードランチャーの銃口をアドルフに向ける。

 

アドルフの両腕に顕現した武装構成が射撃によるものだというのは一目で理解出来る。故に、その性能と特徴を調べる意味も含めた牽制だ。

 

 

ボオオォォォォォン!!!

 

 

発砲音が響き、紅蓮を纏った砲撃が放たれる。

 

次の瞬間、砲弾は無数に分離・拡散し、着弾点の周囲を丸ごと爆炎に飲み込もうと迫る。

 

アドルフだけなら避けられるかもしれないが、そうすると後ろにいる簪は無事では済まないだろう。

 

そもそもとして、アドルフに避けるつもりは毛頭無い。否、必要が無い。

 

アドルフも同じように左腕に装備されたシールドを水平に構える。すると、シールドの中央付近にある窪みが開き、銃身が飛び出した。

 

4本の砲身を1つに束ねた長銃身のソレは、見るも明らかなガトリングガンだった。

 

 

ダダダダダダダダダダダ!!!!

 

 

黒いISが装備していたガトリングガンを上回る銃声が鳴り響き、高速回転と共に無数の弾丸が吐き出された。

 

発射された弾丸を黒いISのハイパーセンサーが捕捉し、性能を解析する。

 

弾速は精々標準より少し上が良い所。だが、弾丸の連射力は……“秒間1800発”という現代兵器の標準性能を大きく逸脱した数値を示していた。

 

その圧倒的な連射速度によって作り出されたのは弾幕というより弾丸で形勢された壁。拡散したグレネードランチャーは全て撃ち落とされ、爆散する。

 

当然撃ち出された弾丸は黒いISにも迫るが、右腕の回転ブレードが唸りを上げて暴風を引き起こし、全ての弾道が狂わされる。

 

幾ら連射性能が優れていても、速度と貫通力が無くてはこの真空領域は突破出来ない。

 

お互いに同じ輝装の段階に到達した者同士。輝鋼の強度はもちろん、具現した兵装や特殊機能にも大きな差は生じない。

 

だが、アドルフの持つ武装はもう1つ残っている。

 

ガトリングガンを内臓していたシールドとは違い、最初から“銃”という形をとっていた右手の大口径拳銃。

 

左腕と入れ替わるように突き出された銃身が黒いISに向けられる。

 

ハイパーセンサ―によって強化された黒いISの視界が紫色の光を映した瞬間……黒いISの体は凄まじい衝撃によって大きく吹き飛ばされた。

 

そして、黒いISが吹き飛ぶ中で周囲の空間に雷鳴を思わせるような銃声が聞こえた。つまりは、()()()()()()()()()()()()()()

 

その事実によって分かるのは、放たれた射撃の 弾速(ベロシティ)が音速の領域を軽く十倍近く凌駕していたということだ。

 

黒いISのハイパーセンサーが捉えた紫色の光は、プラズマに成りながら虚空を疾駆する弾丸の輝きだったのだ。

 

ただの大剣を取り付けた拳銃? とんでもない。

 

アドルフ・クロスフォードの決意(エゴ)が鋼を纏って形を成したものが、そんなつまらないものであるものか。

 

この武器を最も近い名称で呼ぶならこうだろう……電磁加速銃(レールガン)と。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 紫電を纏った弾丸が黒いISの生み出す真空領域を紙屑同然に貫いて胴体のど真ん中に直撃し、その巨体がゴムボールのように吹き飛んだ。

 

黒いISはそのまま地面を数回バウンドし、右腕の回転ブレードを地面に突き刺して減速することでようやく止まった。

 

「思ったより飛んだな」

 

そんな黒いISの姿を見ながら呟いたアドルフは構えていた右手の銃を下ろし、背後で倒れている簪に歩み寄る。

 

ハイパーセンサーを通して視た限りバイタルは安定しているが、まだ意識がハッキリしていないのかぼんやりとした表情でアドルフを見上げている。

 

「此処は危ない。少し離れるぞ」

 

シールドを装備した左腕で簪の『打鉄』を抱え、アドルフの『エクリプス』はPICとパワーアシストによって軽々と宙を跳ぶ。

 

その跳躍は先程までとは違い、機体に振り回されているような様子ではない。

 

それもその筈。今の『エクリプス』はアドルフが輝装に到達したことで本当の意味での専用機として作り替えられ、最適化されている。

 

言うなれば今のこの機体は、アドルフの為だけにあるもの。その為に最適化された今のこの機体は機体の反応速度、出力のふり幅の調整などが完璧に整えられている。

 

数回の跳躍でアリーナ内部の別のピットに到着し、黒いISの攻撃が届かない場所に簪を下ろして寝かせる。

 

「此処なら攻撃は飛んでこない。少し休んでいろ」

 

立ち上がったアドルフは踵を返してウイングバインダーを広げるが、飛び立つ寸前で思い出したように振り向いて簪に視線を向けた。

 

「さっきは助かった。お前の援護が無かったら、多分あそこでやられていた。ありがとう、更識」

 

そう言ってアドルフは今度こそ空へと飛び上がり、黒いISの元へと戻った。

 

その場に残された簪は、空を駆けるアドルフの背中を見続けていた。その姿が見えなくなると、今度は黙って天井を見上げる。

 

何故だか、今の簪の胸の中には命の危機を脱したことへの安堵ではなく、モヤモヤとしたよく分からない気持ちが広がっていた。

 

いや、本当は簪も分かっている。何故ならこの気持ちは数日前、一夏とセシリアの試合を見た時に感じたのと同じなのだから。

 

これは……嫉妬だ。

 

簪は、輝装に到達した一夏とアドルフに……自分が未だ努力しても辿り着けない領域に至った2人がどうしようもなく羨ましいのだ。

 

そして同時に、今の自分に嫌気が差して仕方なかった。完成した『エクリプス』の姿を見てみたいなどと口にしたくせに、今心の中にある感情は感動や喜びとは無縁の醜いものだ。

 

分かってはいるのだ。あの2人が輝装に至ったのは、理屈ではない。

 

自身の心の中にある“決意”を自覚したからこそ、2人はあの力を得た。それはズルでも何でもない、確かな努力の先にある実力なのだ。

 

だが、それでも……分かっていても胸の中のモヤモヤは消えてくれない。

 

心の中でアドルフ達への嫉妬とそんな自分自身に対する嫌悪感が消えない悪循環を起こし、簪の体を見えない鎖が縛り上げていく。

 

(このまま……眠っちゃおうかな……)

 

ふと、そんな考えが頭を横切る。

 

自分に出来ることなど何も無い。自分が何もしなくてもきっとアドルフがあの黒いISを倒してくれる。

 

少々無愛想なところもあるが根は優しい彼のことだ。恐らく簪を責めはしないだろう。何だかんだ気を遣い、慰めてくれるだろう。

 

そう考えていると、突然自分の目の前にモニターが展開された。

 

そこには、今アリーナの中で戦っているアドルフの『エクリプス』と黒いISの姿が映し出されていた。

 

簪はこんな操作をした覚えはない。理解が追い付かない中で、簪の視線は自然と自分の『打鉄』に向けられた。

 

返ってくる音(声)は当然無い。だが、言葉が聞こえたような気がした。

 

逃げるな、目を背けるな、他人の優しさに甘えるな。例え妬みの感情であっても、それが本物ならば最後まで見届けろと。

 

そんな言葉を投げられたような気がして、閉じかけられていた簪の瞳に熱と光が戻り、意識と視線が空中のモニターをしっかりと見詰める。

 

(見届けよう……出来ることが無くても、せめてそれだけはしなきゃ……)

 

その視線の先に映るモニターの中で、戦況は大きく動き出そうとしていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

 戻って来た『エクリプス』の姿を目にして、黒いISは睨み付けるように赤色のセンサーアイの輝きを強く放つ。

 

そして、黒いISは右腕のブレードを回転させながらアドルフ目掛けて突撃し、左腕のグレネードランチャーを連射する。

 

発砲音に続いて弾倉が回転し、再び砲撃が放たれる。だが、その全ては『エクリプス』の左腕に装備されたガトリングガンに撃ち落とされ、空中で爆散する。

 

大量のグレネードが爆発したことで『エクリプス』と黒いISの間では凄まじい爆風と衝撃波が吹き荒れるが、両者は意にも返していない。

 

そして、4発目のグレネードを全て撃ち落としたところで黒いISの砲撃が停止する。ガトリングガンでは黒いISの真空領域を突破出来ないことからアドルフも射撃を停止する。

 

だが、その瞬間を狙うようなタイミングで空中に漂う広大な黒煙の中を黒いISが突っ切り、跳躍と共にグレネードランチャーを放って『エクリプス』に接近する。

 

迎撃しようと再び『エクリプス』のガトリングガンが銃弾を吐き出し、空中に大量の爆炎の光が放たれる。

 

その際に発生した黒煙がアドルフの視界を遮る形となるが、空中を無秩序に漂っていたその煙は次の瞬間に凄まじい勢いで霧散した。

 

煙が晴れた先に見えたのは、『エクリプス』を粉々にしようと暴風を撒き散らしながら迫る黒いISの回転ブレード。

 

幾ら輝装に到達した『エクリプス』の装甲とはいえ、直撃を受ければ大ダメージを受けるのは変わりないことだ。

 

「ッ……!」

 

故に、咄嗟の判断でアドルフは右手に持つ電磁加速銃を構え、抜き打ちのような速さで発射する。

 

照準の時間は数瞬だが、今のアドルフにとっては充分な時間だ。

 

雷鳴のような発砲音を響かせて放たれた紫電を纏う弾丸は回転する8本のブレードの内の1つを正確に捉え、回転ブレード全体を襲った衝撃が黒いISの右腕を大きく横に逸らす。

 

それによって回転ブレードの軌道は直撃コースから外れ、体を後ろに捻って回避した『エクリプス』は通り過ぎ様に黒いISの腹部を左膝で蹴り抜き、くの字に折れ曲がった背中に回し蹴りを叩き込んで地上に叩き落とす。

 

出力調整を終えて加減が効くようになったとはいえ馬鹿力は失われていない。『エクリプス』の蹴りが命中した背中の装甲は衝撃によって歪み、破砕音と共に罅割れる。

 

黒いISは体を捻って上空の『エクリプス』を狙ってグレネードランチャーを構えるが、発砲の寸前で大型の弾倉が大爆発を起こし、左腕から広がる爆炎が黒いISを襲う。

 

再び上空を見上げると、落下する黒いISに向けて右手の電磁加速銃を構える『エクリプス』の姿が見えた。

 

つまり、今の爆発は『エクリプス』の電磁加速銃が黒いISのグレネードランチャーの銃口を寸分違わず撃ち抜いたことで引き起こされたものだったのだ。

 

左腕の爆発も加わり、黒いISはマトモな着地も出来ずに地面に落ちた。

 

その近くに『エクリプス』が着地し、黒いISは必死に体を起こしながら右腕のブレードを回転させて攻撃を仕掛けようとする。

 

だが、それよりも早く『エクリプス』が動いた。

 

体を前のめりに倒すと同時に背中のウイングバインダーが勢い良く展開し、エネルギーを放出する。しかし、そのエネルギーは再びウイングバインダーに取り込まれる。

 

そして、次の瞬間に取り込んだエネルギーが凄まじい勢いで放出され、爆発的な加速力を得た『エクリプス』が一拍手で黒いISの懐に入り込む。

 

ISの後部スラスターからエネルギーを放出、それを内部に一度取り込み、圧縮して放出、爆発的に加速するという放課後に麻耶から習っていたISの操縦技能の1つ、『 瞬時加速(イグニッション・ブースト)』である。

 

懐に入り込んだ『エクリプス』は右手の電磁加速銃を下から上へと振り上げ、取り付けられた大型ブレードで回転ブレードの装甲に覆われていない場所……右腕の根本部分を脇下から斬り裂く。

 

その衝撃により、黒いISは突き出そうとしていた右腕を後ろに大きく弾かれる。だが、それだけで『エクリプス』の攻撃は終わっていなかった。

 

銃剣を振り上げた右腕をピタリと止め、そのまま振り降ろした右腕の肘で黒いISの右側頭部を殴り付ける。

 

右腕を弾かれたところにさらなる衝撃が襲い掛かり、黒いISは完全に態勢を崩す。

 

そこへ体を沈めて両足に力を溜めた『エクリプス』が体を回転させながら放った蹴り……後ろ上段回し蹴りが黒いISの左の首筋を直撃。

 

絶対防御が無ければ首がもげてもおかしくない威力の衝撃が黒いISの頭部を襲い、『エクリプス』は回し蹴りを放ってそのまま体を一回転。

 

向き直ると共に右手の電磁加速銃の銃口を黒いISの胸元に至近距離で突き付ける。

 

「砕け散れ」

 

呟きに続いて引き金が引かれ、ほぼ零距離で放たれた紫電を纏う銃弾が1発目と同じ場所に直撃し、両者の間で発生した着弾音が強烈な衝撃波となって吹き荒れる。

 

そして、黒いISの装甲が盛大な破砕音を立てて遂に砕け散り、その巨体が後方へ吹き飛んでアリーナの外壁に背中から激突した。

 

まだ立ち上がろうとするが、黒いISの体は小刻みに震えるだけで動き出すことなく全身から煙を立ち上らせて崩れ落ちた。

 

シールドエネルギー減少値が許容限界を突破したことによる機能停止。

 

それはつまり、この戦闘での勝者が決定したということ。

 

それを確認しても『エクリプス』は警戒を緩めず、両手の武装を握り締めて黒いISの近くへと飛行して接近する。

 

近くで見た黒いISは左腕と胸部、背中の装甲が粉々に砕け、全身から溢れ出ていた赤い素粒子の輝きは見る影も無く弱々しくなっている。

 

バイザー越しにその様子を確認してホールドアップの為に電磁加速銃を構え、アドルフは投降を勧告しようとする。

 

だがその時、短い電子音に続いて空中にモニターが展開された。視線を向けると、明らかに慌てた様子の千冬と麻耶の姿が見える。

 

『クロスフォード、すぐに更識を回収してその場を離れろ! お前の武装でアリーナのバリアを破壊しても構わん!』

 

『反応急接近! ダメです、退避間に合いません!』

 

次の瞬間、今までの戦闘の中でも耳にしたことのない特大の爆鳴が鳴り響き、アドルフの視界をほぼ強制的に音源のアリーナ上空へと向けさせた。

 

視線を向けると同時に、アリーナの上空に張り巡らされていたバリアが外側からぶち抜き、その穴から飛び出した“何か”がアリーナの大地に着地する。

 

そして、アドルフの目が見たのは……

 

 

「GAAA■■■AAAA■■■■■AA!!!!!!!!!!」

 

 

……圧倒的なまでの殺意、または強烈な破壊衝動を1つの現象として具現化したような、怪物だった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

とりあえず、オリ主の第一ラウンドはノーダメージで勝利出来ました。所々危なげな部分が有りますが、同じ輝装なんでその辺は仕方がないんです。

一応今回でオリ主の輝装がどんな武器なのかは大体書けましたが、ぶっちゃけるとこれで全部じゃありません。まだちょっと未公開の部分が有ります。

次回は第2ラウンドになります。

では、また次回。


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第16話 名無しの殺戮者

今回は一夏の方の話がメインとなります。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 時は少し遡り、場所は一夏と鈴の試合が行われたアリーナの内部。

 

突如乱入してきた黒いISとの戦闘が開始されて十数分経過したが、その戦況は戦闘が開始されてから今に至るまで、一夏と鈴が圧倒的に優位だった。

 

黒いISの左右の胸部に装着された小型のビームガトリングが空中を旋回する『白式』と『甲龍』を牽制するが、『白式』はその間を縫うように駆け抜けて距離を詰める。

 

迎撃しようと巨大な両腕が振るわれるが、すかさず『甲龍』の拳が虚空を殴り付け、素粒子のワイヤーを伝った衝撃波がこめかみを殴打し、動きを阻害する。

 

その隙を逃さずに一夏は真っ直ぐ距離を詰め、無理矢理に振り抜かれた巨大な右腕のストレートに右逆袈裟に振るった雪片をぶつけ、拳の軌道を右側に逸らす。

 

そのまま懐へ入り込んだ『白式』は黒いISの腹部に右脚で膝蹴りを打ち込み、前屈みに傾いた顔面を左手で横からぶん殴る。

 

鬱陶しいものを薙ぎ払うように黒いISの右腕が横薙ぎに振るわれるが、それが当たるよりも先に『白式』は急速後退して回避。

 

そして、打ち合わせでもしていたかのような完璧なタイミングで『甲龍』が入れ替わり、双天牙月が唐竹に振り下ろされるが、黒いISはそれを左腕で受け止める。

 

「いいの?……この距離、曲げるまでもないけど」

 

尋ねた鈴の声に続き、 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が展開し、中心の球体が発光する。

 

だが、《龍砲》は発射までのウエイトが数秒だけ存在する。

 

その隙に黒いISは左腕を横に振り抜いて『甲龍』を引き離し、すぐに離脱しようと急上昇を開始して空へ逃れる。

 

普通に考えれば、射線上から離脱しても『 龍衝轟撃(ドラグネイト・インパクター)』の衝撃伝導からは逃れられない。

 

だが、鈴は手の甲に埋め込まれた 球体(スフィア)を発光させただけで衝撃波を放とうとはせず、拳を下ろした。

 

「……流石にこんだけ撃てば気付くか」

 

特に感情が籠らない声で呟き、鈴は小さく息を吐く。

 

一見、相手を一方的に叩きのめすことが出来る『 龍衝轟撃(ドラグネイト・インパクター)』の衝撃伝導。

 

だが、長所と短所は表裏一体。この輝装にも確かな欠点が存在する。

 

それは射程範囲……否、効果範囲と言うべきだろうか。

 

龍衝轟撃(ドラグネイト・インパクター)』の衝撃伝導は素粒子のワイヤーを通して行われるものだ。

 

だが、その素粒子のワイヤーは無限に伸びるわけではない。

 

その射程は最大でおよそ50~60メートルと、ISの戦闘においてのクロスレンジからミドルレンジに届く範囲だが、それ以上は届かない。

 

つまり、今の黒いISのように距離を取れば衝撃伝導の効果は及ばない。

 

だが、この欠点に気付かれることを鈴にとって特に問題ではない。

 

もちろん、気付かれないに越したことは無いが、衝撃伝導をくらった相手は基本的に距離を取る為、効果範囲の欠点に気付くことが多いのだ。

 

しかし同時に、それを上手く生かせば相手の行動先を誘導出来るということだ。

 

そしてこの場に置いて、鈴の狙いがまさにそれだった。

 

「はあぁぁぁ!!」

 

上空からウイングスラスターを広げた『白式』が真っ直ぐに落下し、膨大な質量と重力を味方に加えて雪片を振り上げる。

 

それに気付いた黒いISは即座に振り返って胸部のビームガトリングを連射して弾幕を張るが、雪片の刀身に触れた瞬間に全て霧散化し、吸収される。

 

止められない。

 

そう判断した黒いISは咄嗟に両腕をクロスして受け止めるが、ISのパワーアシストや膨大な質量の落下の力を加えた斬撃の威力と衝撃は想像以上で黒いISはガード越しに吹き飛ばされ、アリーナの地面に落下した。

 

「いただき~♪」

 

そこへ陽気な声でにやりと笑った鈴が充分にチャージを終えた《龍砲》を放ち、素粒子のワイヤーを通して黒いISを直撃する。

 

地面に落下した直後では黒いISも避けられず、頭上から背中にかけて襲い掛かった衝撃がその体を真下の地面に叩き付ける。

 

黒いISが作ったものと同等の爆発とクレーターが出来上がり、地面が揺れる。

 

仕返しだと言うように黒いISが両腕を持ち上げ、大口径レーザーの照準を空中の『甲龍』に向ける。

 

だが、それが放たれるよりも先に雪片を構えた『白式』がウイングスラスターを広げて突撃する。

 

それに気付いた黒いISは接近を許さんと右の巨腕だけを動かし、即座に『白式』に大口径レーザーの照準を合わせて放つ。

 

直撃すれば『白式』を飲み込んで消し飛ばす程の巨大なレーザーが迫る。

 

しかし、圧倒的な破壊力を宿した光の壁は……

 

 

「邪魔だ」

 

 

……青色の輝きを纏った長刀の斬撃によって真っ二つに両断される。

 

その正体はエネルギーの性質を持つものを比類なく対消滅させる 斬魔不撓(レイジング・ベルセルク)の真の力。

 

まるで紙風船でも斬り裂いたように雪片を振り抜き、左右に割れた光の波の中を『白式』は真っ直ぐに駆け抜ける。

 

レーザー砲を避けるでもなく正面から文字通りに斬り裂かれたことで黒いISは急いで左腕のレーザー砲を向けるが・・・・

 

「遅い」

 

唐竹に振るわれた雪片の一閃がすれ違い様にその巨腕を肘先から斬り落とした。

 

エネルギーの対消滅機能によって無効化されるのは何も光学兵器に限った話ではなく、ISのシールドエネルギー・・・・絶対防御も例外ではない。

 

装甲の内部に隠れた搭乗者の肉体が傷付かない場所を斬り裂き、黒いISの左腕が重い音を立てて地面に落ちる。

 

しかし、黒いISと『白式』は動きを止めず、弾かれたように背後を振り向く。

 

黒いISは後ろへ振り向きながら腰の捻りを加えた鉄拳を振り下ろし、『白式』は振り下ろした刀身を横に倒して振り向きながら右斬り上げを放つ。

 

「っ……!」

 

斬撃と拳撃が一瞬だけ衝突し、両者がすれ違う。

 

数秒の間を挟み、音を立てて地面に落ちたのは・・・・黒いISの右腕だった。

 

「鈴」

 

「はいはい」

 

大きくも小さくも無い声で一夏が名前を呼ぶと、鈴は何もかも分かっているとでも言うような口調で返答し、《龍砲》が放たれる。

 

すぐさま素粒子のワイヤーを伝って軌道を変えた衝撃砲が黒いISの両肩を直撃し、押し潰すような衝撃がその体を地面に叩き伏せた。

 

その背中を踏みつけ、一夏は雪片の刀身を黒いISの搭乗者の首筋に当てる。

 

「動くな」

 

ほぼ零距離。この状況ではどうやっても一夏の方が速く動ける。

 

勝敗が決したからか、黒いISも動きを止めた。一応警戒の視線は外さず、鈴は千冬に通信チャンネルを繋げる。

 

「織斑先生、敵ISを無力化しました」

 

『ご苦労だった。もうすぐ3年生がその場に到着する。合流したらその場は任せ、お前達は下がれ。一応、周囲への警戒を怠るな』

 

「了解です」

 

通信を閉じて一夏に視線を向けると、視線を動かさずに無言で頷いた。

 

「しっかしコイツ……最後までダンマリを決め込んだわね」

 

「それなんだけどさ、鈴……コイツ、本当に人間が乗ってると思うか?」

 

その言葉に、鈴は眉を顰めて黒いISの搭乗者を一瞥する。

 

両腕を斬り落とされて立ち上がることも難しくなったせいか、搭乗者はピクリとも動かずに地面に倒れ伏している。

 

戦闘中も苦悶の声1つ上げず、今も変わらず無言。

 

一夏の質問を訊いたからか、今はその様子が酷く不気味に感じる。

 

まるで、人の機能を真似ただけの人形を見ているような気分だ。

 

だが、鈴は頭を軽く振って疑問を振り払い、思考を切り替える。

 

「此処でアタシ達が気にしても仕方ないことよ。それをハッキリさせる為にも、今はコイツが何処かに逃げないように……ん?」

 

その時、2人のISが『ALERT』と書かれた表示を展開した。

 

即座に周囲の索敵を開始すると、新しい反応が接近していた。

 

「何この速度……敵の増援? 上空から真っ直ぐに……」

 

そこまで言ったところで、アリーナの上空・・・・黒いISのレーザー砲によって開いた穴を通って何かが飛来した。

 

着陸の衝撃がアリーナ全体を揺らし、巨大な土煙が立ち上る。

 

そして、その中から現れたのは……

 

 

「■■■AAAA■■■■■AA!!!!!!!!!!」

 

 

……凄まじい威圧感を纏った赤銅色の機獣だった。

 

その姿形は人間を模倣したものだと分かる。だが、人間として欠かしていけない要素が致命的なまでに欠落した・・・・まるで鉄塊を人の形に削り出しただけの亡霊のような存在感があった。

 

しかし、そんなものでありながらも感じるただ一つの意思・・・・いや、もしかしたらソレしか持ち得ていないのやもしれない圧倒的な破壊衝動が一夏と鈴の意識に突き刺さる。

 

「何だ……アイツは……」

 

どうにか絞り出したような声で呟いた一夏の言葉に鈴は返答を返せなかった。

 

正直な言葉を返すなら、こっちが訊きたい、と大声で言ってしまいそうだ。

 

赤銅色の装甲を纏う体は鋭利と流線を合わせた形で、全体的に機動性と重装甲を両立させた猛禽類のようなフォルムをしている。

 

両肩と背中に装着されたスラスターと各所の関節が駆動音を鳴らし、ズシン、ズシンと重い足音を響かせながら昆虫のような無機質な義眼が淡く光る。

 

その義眼を一夏と鈴が目にした瞬間、2人の肉体に怖気が走る。

 

まるで眉間に向けられた銃口の中を覗いたような、突き付けられた刃物の先端を見詰めたような、死の恐怖を間近に感じた。

 

その直後、機獣は地を蹴って凄まじい速度で真っ直ぐ2人に迫る。

 

「GAAAA■■■■■AA!!!!!!!!!!」

 

「っ!……一夏、離れて!!」

 

迫る機獣を見た瞬間、コレは止められない、と直感で理解した鈴は叫ぶように一夏に声を飛ばし、2人は同時に左右の空へ飛び退く。

 

逃れたどちらかを追って来ると予想し、2人は機獣の動きに備えて警戒する。

 

だが、機獣はそんな2人の警戒を意にも返さぬと言うように視線すら向けず、地面に倒れ伏す黒いISへと向かっていった。

 

「なに……!?」

 

意外な声を上げた一夏の視線の先で、機獣は鋭い爪を備えた左手を叩き付けるように黒いISの搭乗者の頭を掴んで持ち上げる。

 

そして、貫手の構えを取った機獣の右手が・・・・絶対防御による抵抗を紙のように突破し、搭乗者の肉体諸共ISのボディを真っ直ぐ貫いた。

 

「「なっ……!!」」

 

2人の驚愕を他所に機獣が右手を引き抜くと、その手には淡い輝きを放つ球体が握られていた。

 

(アレって……ISのコア……?)

 

資料でしか見たことはないが、その形状は鈴の記憶にあるものと一致する。

 

機獣がそのコアを握り締めると、コアの内部から放たれる淡い光が徐々に弱まり、その光は手の平を通って機獣に吸収されていく。

 

そして、光の全てを吸収し、機獣は機能を停止したコアを握り潰した。

 

そこまでやって、ようやく機獣の 義眼(センサーアイ)が上空の一夏と鈴を補足する。

 

一夏と鈴が武器を構えて警戒し、機獣はゆっくりと全身に力を巡らせる。

 

((来る……!))

 

仕掛けてくると2人の直感が確信し、緊張が最大に達する。

 

しかし、今確かに動き出そうとしていた機獣は突然動きをピタリと止め、僅かな躊躇いも無く視線を2人から外した。

 

(何だ……? 何処を見て……)

 

「あっ……!」

 

その先に何があるのかと一夏が視線を追おうとするが、鈴の呟きを聞いて視線を戻す。

 

見ると、機獣が膝を僅かに折って脚に力を溜め、凄まじい跳躍力でアリーナのバリアを飛び越えて姿を消した。

 

「……ホント何なのよ、アイツ……!」

 

「分かんねぇけど……放置するわけにもいかないだろ。急いで追って……」

 

苛立ちの声を上げる鈴と同じく一夏も戸惑いを隠せなかったが、あの機獣が危険な存在であるのは間違いない。

 

一刻も早く止めなければと一夏が機獣を追い掛けようとしたその時……

 

 

『追うな!!』

 

 

突然通信が開き、怒鳴り声のように大きく、聞く者を萎縮させるように鋭い千冬の声が一夏と鈴の動きを止めた。

 

「けど千冬姉、このままじゃアイツが……!」

 

『問題無い。行き先は分かっているし、ヤツを捕らえるなら向こうの方が都合が良い。強力な増援が向かっているからな』

 

「強力な増援……?」

 

『とにかくお前達は戻れ。もう出来ることは無い』

 

そう言って、千冬からの通信は切れた。

 

戻れと言われた以上、無視するわけにはいかない。一夏と鈴は踵を返してピットへと戻っていく。

 

ひとまずの危機が去ったことで緊張が解けたせいか2人の体には重い疲労感が漂い、気が付けば動きも鈍くなっている。

 

(アイツ……ホント何者だったんだ……?)

 

肩で息をしながらも、一夏の視線は機獣の行き先を不安そうに見詰めていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 そして時は今に至り、アリーナに降り立った機獣はアドルフと対峙する。

 

突然出現した機獣はもちろん、外壁に倒れる黒いISの双方を警戒しながらアドルフは両手の武装を握り締めて警戒する。

 

「GAAA■■■AAAA■■■■■!!!!!!!!!!」

 

しかし、機獣は様子見の時間など置かずに咆哮を上げて土煙を突き破り、アドルフのいある方向へ真っ直ぐに突撃してくる。

 

「ッ……!」

 

アドルフは即座に跳躍してその場から離脱し、迎撃しようと電子加速銃を構える。

 

だが、アドルフは照準と同時に強い違和感を感じ、すぐにその正体を理解する。

 

(コイツ……オレを見ていない……?)

 

本能のままに飛び掛かったようにしか見えない突進だが、その義眼にはアドルフへの興味が欠片も存在していなかった。

 

実際、機獣は飛び退いたアドルフに目を向けず、真っ直ぐに黒いISへと向かった。

 

そしてそのまま、突進の勢いを全て乗せて左手を突き出し、黒いISのボディを真っ直ぐに貫く。

 

アドルフは知らないが、機獣は再びISコアをボディの内部から引き抜き、コアの内部から放たれる淡い輝きの光を全て吸収して握り潰す。

 

そこまでやると、機獣は右手をゆっくりと掲げ、右手に素粒子の光を集める。

 

ほんの数秒で弾けた光の中から姿を現したのは、何とも巨大で奇妙な武器だった。

 

中央を占める大部分は縦長の鉄槌のような形状をしており、先端部には鮫の歯のような小ぶりのような刃が無数に並んでいる。

 

片方の上部には長い筒状の砲身が固定され、側面と手元近くには複雑な機構を思わせる様々なユニットが取り付けられている。

 

機獣はその機構鉄槌を片手で軽々と振り回し、その先端を地面に力無く倒れ伏す黒いISへと向けて……

 

 

ボオオォォォォォン!!!

 

 

……一切の容赦も無く上部に取り付けられた大口径キャノン砲の爆炎を至近距離から叩き込んだ。

 

範囲は劣るが、恐らく1発の破壊力は黒いISのグレネードランチャーを上回る大火力の爆発が弾け飛び、タダでさえボロボロだった黒いISの装甲が容易く消滅する。

 

しかも、その火砲は1発だけに留まらず連射、連射、連射……黒いISの装甲が砕け散る音と即座にソレを掻き消す爆音が鳴り響く。

 

「AAAAA■■■!!!!!AAA■■■■■!!!!!!!!!!」

 

やがてキャノン砲の連射が止まり、機獣は黒いISを完全に()()()()()()ことを歓喜するかのような咆哮を響かせた。

 

あまりにも圧倒的で、あまりにも理不尽な殺戮。

 

天に昇る巨大な爆炎の柱を背に佇み咆哮を上げる機獣の姿を前にして、アドルフの肉体に凄まじい怖気が走る。

 

それと同時に、彼の頭の中を掻き毟るような激痛が襲う。

 

「ぐッ……!」

 

苦痛の声が僅かに漏れ、アドルフはその場に片膝をついてしまう。

 

痛みの正体は分かっている。今まで何度も経験しているフラッシュバックによるものだ。だが、アドルフが気になっているのは……

 

(何故、このタイミングで……! しかもこれは……いつもより痛みが……)

 

もうこの時の痛みは完全に慣れてしまったはずなのに、アドルフの頭の中を襲う頭痛はいつもより強く、吐き気も凄まじい。

 

そして、目に映る視界が反転し、一面に広がるのは地獄の炎が燃え盛る世界。

 

此処まではいつも通りの光景だった。

 

その中でアドルフはふと、この幻覚にも今までと違う所を見つけた。

 

今までは見えなかった炎の奥……そこに見えたのは、大きく鋭利な人型の影。

 

より強い炎を背にしているせいか、その全身は濃い影に包まれていて具体的な姿がまったく分からない。

 

 

ただ、その中で1つ、黒い影の中で光る機械的な光を放つ眼が自分を捉えて……

 

 

「…………ッ!!」

 

そこで、アドルフの視界は元に戻った。

 

まるで夢の中から弾き出されたような感覚で意識が正常に戻り、元に戻った視界の中で左右を軽く見渡す。

 

『エクリプス』のバイザーからハイパーセンサ―を通して見える世界は完全に元に戻っている。

 

周囲を囲むアリーナの外壁、前方には咆哮を終えて爆炎を背にこちらをゆっくりと振り向く機獣の姿があった。

 

そして、頭部に取り付けられた昆虫のような義眼がアドルフを捉えた瞬間……

 

(あっ……)

 

……ノイズのような音がアドルフの頭の中を横切り、フラッシュバックの中で見た光景が一瞬だけ普段の視界と重なった。

 

それによって、アドルフの脳内にある考えが浮かぶ。

 

この機獣の姿を見た瞬間、今まで何の変化も無かったフラッシュバックの映像の中に変化が現れた。

 

つまりは、()()()()()()()()()()()

 

「お前なのか……?」

 

視界が俯き、か細い呟きがアドルフの口から漏れる。

 

「お前が、やったのか……?」

 

両手に掛かる力が増し、肩が小刻みに震える。

 

『エクリプス』の装甲の各所が、背中のウイングバインダーがゆっくりと展開して駆動音を鳴らし、出力を上昇させていく。

 

そして、バイザー越しに強烈な殺意を宿した目と共に、右手の電子加速銃と左手のシールドがゆっくりと持ち上がる。

 

 

「GAAAAA■■■!!!!!

 

「お前が……あの日オレの全てを奪ったのかァァアッ!!!!!」

 

 

直後、機獣の咆哮とアドルフの激昂が重なり、両者は必然と激突した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

というわけで、アドルフの方はブチ切れて第2ラウンドに突入です。

ゼロインの原作知ってる人は分かると思います……はい、普通に無理ゲーですww

では、また次回。


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第17話 意思の無き殺意

今回はアドルフサイドになります。

では、どうぞ。



  Side アドルフ

 

 互いの咆哮が重なり、オレは迷うことなく右手の 電磁加速銃(レールガン)を構え、機獣はその両足で地面を蹴り抜いて真っ直ぐ迫る。

 

オレと機獣の距離はおよそ700メートル。音速に届く速度で突撃してくる機獣でも、距離を詰めるまでは0.2秒程の時間が掛かる。

 

それだけあれば、狙いを定めるには充分だ。

 

強烈な威圧感を纏いながら迫り来る巨体に照準を定め、即座に発砲。

 

一瞬の輝きと共に雷鳴のような発砲音が鳴り響き、紫電を纏う弾丸が音速の数倍の速度で放たれる。

 

銃口から5メートルも無い超至近距離。

 

例え未来を予知することが出来たとしても、人間の反応速度ではこの距離で放たれる 電磁加速銃(レールガン)を避けることは決して出来ない。

 

そう。()()()()()()()()()()

 

その考えを、目の前の機獣は鼻で笑うように覆して見せた。

 

電磁加速銃(レールガン)のトリガーが引かれる寸前に機獣の右足が地面を一段と強く蹴り抜く。すると、前方への加速をそのままにして機獣はその巨体を捻って超高速のターンを決めた。

 

「なっ……!」

 

驚愕の声が漏れる中、オレの放った弾丸はバスケット選手がバックロールターンでディフェンスを避けるような動きを見せた機獣の背中を通過し、直線状にあったアリーナの外壁に着弾した。

 

ありえない。

 

必然的にその考えが頭を横切るが、事態を冷静に分析する時間などこの怪物が与えてくれるはずがなかった。

 

「AAAA■■■■■AA!!!!!!!!!!」

 

機獣が右手に持つ巨大な武装を振り上げる。

 

一目見ただけで凄まじい重量だと理解出来る外見から殴殺の気配を感じるが、オレの予想はまたも裏切られる。

 

機獣の振り上げた武装の先端部に取り付けられた無数の小ぶりの刃が緑色の淡い光を放ち、一瞬の内に目で追えない速度で回転を始める。

 

 

ギイイイィィィィィィン!!!!!!

 

 

耳障りな音を周囲に鳴り響かせ、巨大な凶器が振り下ろされる。

 

「ぐっ……!」

 

距離とリーチから考えて避けることは出来ない。

 

脳天から両断するように迫る刃に対し、オレは左腕の大型シールドを割り込ませる。

 

直後、先程よりも大きく耳障りな音が鳴り響き、左腕を通してオレの全身に凄まじい衝撃と重圧が襲い掛かる。

 

上から押し潰すように振り下ろすチェーンソーの刃を受け止めているせいだろう。そして、それをシールドで受け止めている左腕からは骨が砕けるのではないかと思うような衝撃を感じる。

 

ISのシールドエネルギーと殲機のシールド、さらに『エクリプス』の馬鹿力が働いているというのにこの衝撃。

 

やはりこの機獣、どこまでも尋常ではない。

 

「こ、の……っ!」

 

負けてなるものかと歯を食いしばり、足元の大地が亀裂と陥没を起こすほどに両足と左腕に力を込めて踏ん張りを効かせる。

 

上方から振り下ろされる機獣の腕を僅かに押し返し、オレは体を捻りながらシールドを斜めに倒してチェーンソーの刃を受け流した。

 

受け流した刃はそのまま足元の地面を斬り裂き、有り余る衝撃が爆発にも似た破壊と風圧を周囲に炸裂させた。

 

右横に立つオレも少なからずその余波を受けるが、気にも留めず 電磁加速銃(レールガン)を握り締めて右腕を腰溜めに引き絞る。

 

(貫く……!)

 

腰の捻りを加え、 電磁加速銃(レールガン)に取り付けられた大型ブレードを機獣の腹部へと突き出す。

 

黒いISの装甲を斬り裂いたブレードの切れ味に『エクリプス』の馬鹿力が加われば、刻鋼を用いた装甲であろうと決して無事では済まないはずだ。

 

機獣がこの攻撃を避けるには、最低でもあの武装を手放さなければならない。

 

これならば、仕留めることは出来ないかもしれないが武装を減らすことは出来る。

 

だが……

 

「AAAAAA■■■■■!!!!!!!!!!」

 

機獣は、胸部に迫る大型ブレードを意にも返さず真っ直ぐ突撃し、突き出した左手でオレの頭を掴もうと迫って来た。

 

「なっ……!?」

 

突き出した大型ブレードが機獣の腹部を深く斬り裂くが、猛禽類のようなフォルムをした巨大な左手は怯むことなくオレの頭を掴み、背中から地面に叩き付けられる。

 

「がはっ……!」

 

「GAAA■■■■■AA!!!!!!!!!!」

 

背中から襲う衝撃に呼吸が止まりそうになるが、機獣は間を置かず頭を掴んだまま片手でオレの体を軽々と振り回し、その身の力と遠心力を加えて近くのアリーナの外壁へと投げ飛ばした。

 

そして、機獣は滑空するように飛んでいくオレに向けて右手の武装の先端を水平に持ち上げ、上部に取り付けられた大口径キャノン砲を放つ。

 

「なめ、るな……!」

 

吹き飛びながら呟き、左手のシールドで防御を行いながら右手の 電磁加速銃(レールガン)を構えて即座に発砲する。

 

安定しない視界の中だが、今のオレはこのくらいで射線を外すことはしない。

 

 

ボオオォォォォォン!!!

 

 

「ぐぅ……!」

 

直後、オレの視界が一時的に爆発の炎と光に覆われ、シールドから響いた衝撃が滑空する体をさらに加速させ、オレは背中からアリーナの外壁に激突する。

 

しかし、キャノン砲を撃った直後の機獣も今度は回避することが出来ず、 電磁加速銃(レールガン)の弾丸が右腕の肘関節を直撃し、殺し切れない衝撃がその巨体を後方へ吹き飛ばした。

 

「あぁ、くそ……! 何で今日は何回も壁にめり込むんだよ……!」

 

外壁にめり込んだ体を引っこ抜き、首を左右に揺らして音を鳴らす。

 

悪態を付きながら機獣が吹き飛んだ方向を見ると、立ち上がろうとしている姿は見えるが地面を派手に転がったのか土煙に覆われている。

 

ガシャン! と駆動音を鳴らす 電磁加速銃(レールガン)を構える。

 

生憎と容赦してやるつもりも理由も無い。ただでさえ、あの機獣の強さは厄介極まりない化け物のソレなのだから。

 

しかし、晴れた土煙の奥に見えた機獣の姿を見て、引き金に掛けた指が止まる。

 

(右腕が……無い……?)

 

先程放ったオレの 電磁加速銃(レールガン)が直撃した右腕の肘関節。その下から先が、丸ごと無くなっていた。

 

一応言っておくと、別に機獣の腕を吹き飛ばしたことにショックを受けているわけではない。単純に腕が無くなっているのがおかしいと思えたのだ。

 

幾ら 電磁加速銃(レールガン)が直撃したとしても、あの程度の威力ではISの絶対防御を貫通して肉体に衝撃を与えるのが精々で腕を吹き飛ばすことなど出来ないはずだ。

 

それなのに、機獣の右腕はあっさりと吹き飛んだ。

 

(装甲が極端に薄かった……? いや、だとしてもあり得ない。まるで、絶対防御が機能していないような……いや、待てよ……)

 

頭の中で、何かが引っ掛かった。

 

そもそも、この機獣は()()()()()()()()

 

思えば、最初の 電磁加速銃(レールガン)を避けたあの反応速度も、アレは明らかに人間の限界を超えていた。

 

加えて、片腕が吹き飛んだというのにあの機獣は悲鳴の1つも上げず、欠損した部分からは血が一滴も流れていない。

 

つまり、アイツは……

 

(無人機……つまりは、誰かの指示で現れた可能性が高い……だったら……)

 

「動けなくなるまでぶち壊してじっくり調べてやる……」

 

その先に、オレの全てを奪った存在がいる。

 

殺意を込めて機獣を睨み、 電磁加速銃(レールガン)を強く握り直して発砲する。

 

しかし、機獣はオレがトリガーを引くのとほぼ同時にその場から跳躍し、放たれた弾丸は土煙を吹き飛ばすだけだった。

 

その光景をもはや不思議とは思うまい。

 

あれだけの至近距離で避けて見せたのだ。距離が離れているなら、後出しで避けることは容易だろう。

 

恐らく命中させるには、先程のように攻撃を行った直後、または零距離で弾丸を叩き込むしかないだろう。

 

ならばと……左腕を振るい、シールドの内部から飛び出したガトリングガンを発砲。秒速1800発に届く弾幕の壁が機獣に降り注ぐ。

 

それに対し、機獣は左手に持ち替えた機構鉄槌の武装を一振りすると共にチェーンソーが唸り声を上げ、自分に迫る弾丸を全て断割する。

 

「AAAAAA■■■■■AAAA!!!!!!!!!!」

 

そのまま咆哮を轟かせ、チェーンソーの刃を盾のように前方へ構えながら真っ直ぐ突撃してくる。

 

こちらの弾幕放火はもはや機獣の足を鈍らせるくらいした効果がない。

 

だが、オレはガトリングガンの連射を止めず、機獣に向かって弾丸を浴びせ続ける。

 

そのまま10メートル……5メートルと距離が近付き、ついに機獣の巨体がオレをチェーンソーの攻撃範囲に捉えた。

 

「GAAAAAA!!!!!!!!!!」

 

仕留めたぞ、と言うような咆哮を上げ、機獣がチェーンソーを振り降ろす。

 

その瞬間、右手に握る 電磁加速銃(レールガン)を即座に腰溜めの姿勢で構え、発砲する。

 

オレと機獣の間で 電磁加速銃(レールガン)の輝きが放たれ、一瞬で音速の壁を突き破った弾丸がチェーンソーを振るった機獣の腹部に迫る。

 

最初の時よりもさらに近く、攻撃を放つ直後のタイミング。回避も防御も間に合わない必殺必中の距離と攻撃。

 

だが、機獣はまたしても常識をねじ伏せた。

 

機獣はチェーンソーを振り下ろす腕をそのままに左足だけで地面を凄まじい強さで蹴り抜き、右足を軸にして強引に体を動かしたのだ。

 

まるで上半身と下半身を同時に別々で動かしたような回避運動。こんな真似が出来るのは、無人機だからこそだろう。

 

またしても 電磁加速銃(レールガン)の弾丸は標的を捉えられず、機獣はオレの視界の左側へと回り込んだ。

 

そして、一度標的を見失ったチェーンソーの刃が再び頭上から迫る。

 

右手の 電磁加速銃(レールガン)は次弾を撃つのにあと2秒は掛かるし照準も間に合わない。左手のシールドは動かせるが、機獣との距離と速度からして防御は出来ない。

 

ほんの数瞬で立場が逆転し、今度はオレがピンチとなった。

 

その中でオレは……

 

(ここだ……!)

 

……地を()()()()()()()両足で地面を蹴り、機獣目掛けて全力で踏み込む。

 

同時に、背中のウイングバインダーがスラスターから放ったエネルギーを取り込んで圧縮・放出。 瞬時加速(イグニッション・ブースト)によって爆発的な加速力を発揮する。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)は加速の際に伴う空気抵抗や圧力によって軌道が変えられず、動きが直線的になってしまう欠点がある。

 

だが、使用するエネルギーの量次第では一瞬でトップスピードに乗ることも出来る。

 

結果……

 

 

ドガアァァァァァン!!!!!!!!

 

 

オレはシールドを前方に構えた態勢で機獣に激突し、凄まじい衝突音を響かせながらその突進力を一瞬だけだが上回ることに成功した。

 

零距離でのトップスピードの加速力、『エクリプス』の重量と馬力を加えた突進を受けて流石の機獣も攻撃が止まって態勢を崩し、衝突面の腹部装甲が派手に砕け散る。

 

今なら 電磁加速銃(レールガン)も当てられるかもしれないが……

 

(やはり、近過ぎるか……)

 

今の機獣との距離はほぼゼロ。

 

電磁加速銃(レールガン)を使おうにも、此処まで近いと大型ブレードのせいもあって取り回しが効かない。

 

「■■■■■!!!!!!!!!!」

 

それを、目の前の機獣も分かっているのだろう。

 

再び左手に握るチェーンソーが耳障りな音を鳴らし、振り下ろされる。

 

それを目にしたオレは……

 

「使える武器は無い、と思ったか?」

 

……未だ見せていない手札を切ることを決めた。

 

機獣に叩き付けた左手のシールドを水平に倒し、オレの脳から発せられた命令がISとのリンクが経由してシールドに伝わり、稼働する。

 

縦長いシールドの先端部の左右に窪みが開き、そこに隠されていた『武装』が姿を現す。

 

圧縮された空気が解き放たれるような音と共に左右の窪みから飛び出してきたのは、長さ1メートルに届く鋭い白銀の刃だった。

 

そして、左右の窪みから飛び出した刃の先端同士が合わさり、シールドの先端に白銀の両刃剣が完成する。

 

隠していた武装を出現させた左腕に力を籠め、シールドと共に横薙ぎに振るわれた両刃剣が機獣の左腕を捉えた。

 

だが、幾ら『エクリプス』の馬鹿力を以てしてもこの距離では踏み込みが足りておらず、機獣の装甲を斬り裂くことは出来ない。

 

そう、こちらの力だけでは、出来ない。

 

ならば……

 

「そっちの力を利用してやる」

 

呟くと共に、左腕の両刃剣が武器を振り降ろす機獣の左手首を捉えた。

 

手首は人間が何かを持ち上げたり振り降ろしたりする時に腕全体から伝わる力を維持して調整する重要な部分だ。

 

そして、目の前の機獣は人間のように力の匙加減や疲労による減衰などが無い。常に全力で暴れ続けているようなものだ。もちろん今も。

 

つまり、両刃剣が捉えた機獣の左手首には今、オレの力とは反対方向に機獣の腕力も加わっている。

 

結果、両刃剣は機獣の装甲を易々と斬り裂き、左手首から先を綺麗に斬り飛ばした。

 

振り降ろそうとしたチェーンソーは機獣の左手と共に宙を舞って地面に突き刺さり、その力の行き先を完全に失った機獣は大きく前のめりになる。

 

「ふんっ!」

 

その隙を逃さず、先程の突進で砕いた腹部装甲の部分に右膝蹴りを叩き込み、前方へ押し出すように力を籠めて機獣の巨体を後退させる。

 

それにより僅かに距離が開くが、 電磁加速銃(レールガン)を構えて放つにはまだ近過ぎる。

 

だから、膝蹴りを叩き込んだ右足で地面を踏み締めてそのまま前へと踏み込み、背中のウイングバインダーを急展開と共に前方へ加速。

 

腰の捻りを加えて右手の 電磁加速銃(レールガン)の大型ブレードを突き出した。

 

両腕を失い、所々の装甲に亀裂を走らせた機獣の腹部に大型ブレードの刀身が突き刺さり、ついに腹部の装甲が限界を迎えて砕け散る。

 

「AAA……A、AA■■AA■■■AAAA!!!!!!!!!!」

 

体の奥に大型ブレードの刀身が突き刺さりながらもどうにかソレを引き抜こうと機獣は咆哮を上げて身をよじるが、もう遅い。

 

既に、 必中の間合い(零距離)だ。

 

「くたばれ……!」

 

右手に握る 電磁加速銃(レールガン)をさらに奥へと押し込み、引き金を引く。

 

次の瞬間、撃鉄と共に機獣の体内に突き刺さる 電磁加速銃(レールガン)の銃口から銃弾が放たれ、発砲の際の衝撃と光が周囲に拡散する。

 

腕を前方へ伸ばし切った状態から発砲した為、オレは右腕全体を襲った反動を殺し切れず後ろへと大きくよろける。

 

だが、零距離どころか体内から 電磁加速銃(レールガン)の直撃を受けた機獣は着弾の衝撃を一切逃がすことも出来ず、貫通した弾丸によって背中に大穴を空けて後方へ吹き飛んだ。

 

地面を数回バウンドし、頭からアリーナの外壁に突っ込んだ機獣の姿は既に死に体も同然だった。

 

両腕を失い、全身の赤錆色の装甲は各所に亀裂が刻まれて腹部には背中まで貫通した大穴が空いている。

 

頭部の義眼は片方が潰れて光を失い、背中のスラスターは折れ曲がって欠損。

 

僅かに光を灯す片方の義眼とどうにか体を起こそうと動く両足を見るにまだ稼働はしているようだが、もはや満足には動けないだろう。

 

(頭を吹き飛ばせば止まるか……?)

 

本音を言うならありったけの火砲を撃ち込んで粉々にしてやりたい所だが、アレは黒幕を見付ける手掛かりになる。

 

故に、今は動けなくするだけに留めなくてはいけない。

 

 

 

 

そう。

 

この時のオレは、そんなことを考えてしまったのだ。

 

後に、この選択がどれだけ愚かで馬鹿げたモノであったかを思い知るとも知らずに。

 

 

 

 

自分の心に上手く言い聞かせ、オレは深呼吸で心の中の怒りを抑え付けて 電磁加速銃(レールガン)を構える。

 

照準を機獣の頭部に定め、確実な狙いを以って引き金に指を掛ける。

 

 

PiPi!!

 

 

しかしその瞬間、機獣から聞こえてきた短い電子音に反応し、つい指が止まる。

 

それは、黒いISが突然に変貌した時の音に似ていたからか、ただ反射的に反応してしまっただけなのか。

 

それによって生まれた数瞬の時間を置いて、次の変化が訪れた。

 

『見事ダ。アア、月並ミデ陳腐ナ言葉ダガ、今ノキミヲ評価スルノニ耳障リガ良イダケノ言葉ナド却ッテ無粋ダ』

 

声が、聞こえた。

 

合成音に加えて所々にノイズが走っているので性別すら全く見当も付かない。

 

だが、これだけは分かる。その声の中に宿る強い“喜び”の感情……この声の主は、心の底から歓喜を感じている。

 

『後始末ダケノツモリガツイ興ガ乗ッテシマッタ。ヤレヤレ、コレデハ彼女ノコトヲトヤカク言エナイナ』

 

苦笑を浮かべたような口調で声の主は語るが、無人機が壁に倒れ伏したままのせいでかえって不気味に感じてしまう。

 

『取リ敢エズ、無事輝装二至ルコトガ出来タヨウデ何ヨリダ。今ノ戦イヲ見ルニ、振リ回サレテイル様子モナイ』

 

今度の口調はまるでこちらを値踏みするような……いや、コレはそんな生易しいものではない。

 

そう、まるでガラス越しに実験動物を見ているような。

 

見下すわけでも、見上げるわけでも、対等としても見るわけでもない……第3者としての視点を突き詰めたような口調だ。

 

『通常時ノ出力ハ知ルコトハ出来タ。デハ、次ハ現状ノ限界ヲ見テミヨウ』

 

まるで次の筋力トレーニングのメニューを発表するように聞こえたその言葉が何を意味するかは、すぐに理解出来た。

 

本来ならオレはその瞬間にでも引き金を引くべきだったのだろう。

 

「その様でか? 少し無理があると思うが」

 

なのにオレは、 電磁加速銃(レールガン)の照準と構えをそのままにして言葉を発していた。

 

そしてこの時点で、もう時間切れだった。

 

『心配ハ無用ダ。ソラ、起キルゾ』

 

その言葉を合図に、機獣の義眼に強い光が宿った。

 

先程までの弱々しい光の点滅ではない。むしろ、戦っていた時よりもさらに強い威圧感を感じる。

 

そして、機獣は突然手首の先から無くなった左腕を振り回し、アリーナの外壁を轟音と共に破砕した。

 

その行動の意味が分からず、一体何をと思考を巡らせるが、その答えは目に見える変化となってすぐに現れた。

 

破損した機獣の各所の装甲から光が放たれ、それが崩れ落ちていく瓦礫を照らした瞬間に瓦礫は凄まじい速度で分解され、素粒子の輝きとなって機獣の体へと吸収されていく。

 

すると、瞬く間に破損した装甲が修復され、機獣の体から放たれる光はさらに範囲を広げて周囲を分解して取り込んでいく。

 

「自己修復……? だが、これは吸収というより……」

 

『然リ。己ノエネルギートナリ得ル鉄ヤ機械ヲ無差別二取リ込ム……言ワバ“捕食”ダ』

 

捕食復元能力(メタルイーター)……!」

 

ほんの数秒で新品同然の姿となった機獣はゆっくりと歩みを進め、地に突き刺さっていた武装を回収する。

 

そして、振り向いた視線がオレを捉え、義眼の光が不気味に強まる。

 

『総合的ナ出力ハ約40%。区切リハ良クナイガ、比較シテ見レバ先程ノ倍ダ』

 

「なっ……!」

 

告げられた言葉の内容に、思わず目を見開く。

 

先程の倍……それはつまり、今まで戦っていた機獣の強さは本来の 能力(スペック)の2割程度でしかなかったということだ。

 

そして、今の機獣はあれだけ苦戦させられた力のさらに倍の強さを発揮出来る。

 

『デハ、始メルトシヨウ。存分二見セテクレ、キミノ可能性ヲ。キミナラバ()()()()、乗リ越エラレルハズダ』

 

「■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!」

 

そこまで言ったところで、一部の枷を外された機獣が圧倒的な暴威を纏って突撃してくる。

 

オレは、心中から湧き上がる絶望を強引にねじ伏せながら、 電磁加速銃(レールガン)の引き金を引いた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

本当の絶望は、これからだ(白目)!

どうにか勝ったと思いきや、機獣の強さはまだほんの2割です。

次回はフルボッコ回(自分)になります。

では、また次回。


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第18話 本当の『願い』

気が付けば3か月も間が空いてしまった。

今回もアドルフ回です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 

 「何……これ……」

 

戦闘による轟音が絶えぬアリーナのピット内で、更識簪は絞り出すような声で呟いた。

 

彼女の目の前に表示されているモニターにはアリーナの内部を縦横無尽に駆け巡る2つの機人が映っている。

 

その内の1つは簪も知っている。彼女のルームメイトであるアドルフ・クロスフォードと、輝装に覚醒を果たした『エクリプス』だ。

 

対するもう1つが突如襲来した機獣……これが更識の呟きが向けられる対象だった。

 

赤錆色の鋭利な装甲と猛禽類のようなフォルム。されどその身に宿る重量感を忘れさせぬとでも言うようなパワーはまるで人間サイズの台風のごとく。

 

その足が地面を踏み抜くたびにアリーナの大地が爆発を起こしたように砕け散り、砂塵と石片が宙を舞う。

 

だが、それ以上に空間を飛び交っているのは無数の銃弾。

 

その殆どは『エクリプス』の左腕に装備されたガトリングガンと機獣の振り回す機構鉄槌から放たれるマシンキャノン。

 

アドルフの 電磁加速銃(レールガン)を零距離で受けて大破したはずの機獣が驚異的な自己修復で立ち上がり、今度は使用する武装を増やして戦闘を再開した。

 

それがあのマシンキャノンだ。今までは大型チェーンソーとキャノン砲しか使用していなかったが、今では機構鉄槌の先端から姿を現したあの武装を一切の躊躇無く使用している。

 

簪の観察眼が捉えた限り、あの銃火器の口径はおよそ30ミリクラス。だが、ライフルとは違って三角を描くように3つの銃口が高速回転しながら弾丸を放っている所を見ると、恐らくアレはリボルバーカノン。

 

連射速度ではアドルフのガトリングガンが圧倒しているが、一発の威力は機獣の武装が勝っている。

 

秒間1800発のガトリングガンと30mmクラスのマグナム弾を対空砲のように連射するリボルバーカノン。現代兵器の基準を遥かに上回る武装を片手に、2機はアリーナの中で戦闘を続けている。

 

そして、簪の呟きが指し示したのはこの先。

 

先程の……機獣が自己修復によって立ち上がる前の戦闘は、本能のままに暴れ狂う猛獣とソレを巧みに捌きながら仕留めるハンターの戦い、という感じだった。

 

だが、今の戦いは……正確には機獣の様子がおかしかった。

 

凄まじい殺意と破壊衝動を纏う雰囲気は変わらない。だが、動きが以前とは違っていた。

 

間合いの取り方、敵の動きを制限するような射撃精度、先の行動を予測した回避運動。

 

それはただ力を振り回す素人ではなく、制御し無駄無く洗練された達人の動き。

 

単純な膂力が増しただけでは説明が付かない。そこには間違い無く技術の匂いがあった。

 

それはつまり……

 

「『進化』してる……でも、こんな短時間でここまで……」

 

別物になるのか、と簪は心中で呟いた。

 

変化を遂げた機獣の強さは明らかに先程の比ではない。モニターに映るアドルフも奮戦こそしているが、刻一刻と追い込まれている。

 

ガトリングガンの弾幕はリボルバーカノンやチェーンソーの刃で叩き落とされ、 電磁加速銃(レールガン)はさらに速さを増した超反応によって避けられる。

 

対して、機獣は暴威を撒き散らすような攻撃に加えアドルフの着地や停止の瞬間……つまりは僅かな間隙を正確に捉えて確実にその身を削っている。

 

例えただの拳や蹴りでも、機獣のパワーが加わればその攻撃は殆どが致命傷に近いダメージを叩き出す。

 

アドルフも左手のシールドによってダメージを最小限に留めてはいるが、このままではただのジリ貧だ。

 

「どう、しよう……!」

 

どうにかしなくてはいけない。あの機獣に敗れれば、アドルフは間違いなく殺される。

 

だが、どうする? 輝装に到達すらしていない今の自分に何が出来る?

 

あの機獣を倒すなんて言わない、せめてアドルフを救うために何か出来ることは無いだろうか。

 

幸か不幸か、自分の体を縛っていた自己嫌悪の感情を振り払い、簪は必死に思考を回転させる。

 

「あっ……!」

 

だが、そんな簪の想いを歯牙にもかけず、絶望的な現実は止まることなく進み続けるのだった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side アドルフ

 

 「が、アァ……!」

 

謎の声に従うように立ち上がった機獣との戦闘を再開しておよそ5分。

 

オレは、もう何度目になるかも分からない衝撃に苦痛の声を上げて地面を転がった。

 

いや、そもそもこの5分の間に起きたことは、戦闘と呼ぶことが出来るのだろうか。

 

輝装に到達したことで新品同然となった白銀色の装甲は所々が破損し、粉砕された装甲の内部からは僅かに火花が飛び散る。

 

「化け物、が……!」

 

吐き捨てるように呟きながら右手の 電磁加速銃(レールガン)を地に突き刺し、杖のように体を支えながら立ち上がる。

 

視線の先には、無機質な義眼でこちらを見る機獣の姿。その様子からは見るも明らかな余裕を感じる。

 

その余裕が、そして怨敵を前にして無様に倒れ伏す自分の姿が、どうしようもないほどに腹立たしく思えた。

 

「くそっ……!」

 

電磁加速銃(レールガン)を地面から引き抜いて構えると同時に照準を定める。

 

トリガーを引いた瞬間、雷鳴のような銃声と共に音速の領域を軽く超えた弾丸が放たれる。

 

だが、次の刹那……オレの視界の中心に捉えていた機獣の姿は、射線上には存在していなかった。

 

「ッ……どこにっ……!」

 

直後、半ば直感に近いものがオレの脳内で盛大に警報を鳴らす。

 

ソレに従ってハイパーセンサーの視界を向けると、そこにはオレの右隣でチェーンソーを振り上げる機獣の姿があった。

 

予備動作を全く見せず、まるで時間を消し飛ばしたように機獣はオレとの距離を縮めた。

 

そして……

 

「GAAA■■■■■!!!!!!!!!!」

 

オレを脳天から真っ二つにしようと巨大な刃が振り下ろされる。

 

咄嗟に左腕を動かし、シールドを割り込ませて耳障りな音と共に刃を受け止める。

 

だが、踏ん張りもろくに効いていないせいか、左腕から押し潰されるような衝撃が徐々に重くなっていく。

 

どうにかして距離を取ろうと思考を巡らせるが、そんな時間を目の前の化け物は与えなかった。

 

「AA■■■!!!!!!!!!!」

 

咆哮と共に左腕から伝わる衝撃が増し、地を踏む両足と左腕がさらに下へと押されていく。

 

歯を食い縛ってどうにか堪える。しかし次の瞬間、オレの視界を覆うような巨大な手の平が目の前に迫って来た。

 

「ぅおっ……!」

 

マトモな言葉にすらなっていない声が漏れるが、オレは多少のダメージを覚悟して両足で地を蹴り、後ろへ飛び退く。

 

だが僅かに間に合わず、突き出された機獣の巨大な左手はオレの顔面ではなく胸部装甲を掴み取った。

 

掴んだと言っても、オレにとっては胸部に機獣の馬鹿力を加えた掌底を打ち込まれたようなものなので、全身の酸素を絞り出したように呼吸が乱れて視界が薄れる。

 

そして、目の前の機獣は怯む暇も与えず……いや、むしろその隙に殺してやるとでも言うようにオレを追い詰める。

 

『エクリプス』の装甲を掴む左手から破砕音と吸気音が同時に鳴り響き、生身の体に胸の肉を抉るような激痛が走る。

 

機獣が装甲を掴んでいる左腕を通して 捕食復元能力(メタルイーター)を発動させているのだ。

 

「が、ぁぁぁぁぁっ!」

 

突然の痛みに堪え切れない苦悶の声が漏れるが思考は絶えず回転し、薄れていた視界がどうにか戻って体を動かす。

 

胸部装甲を掴む機獣の左腕……その肘関節の部分に 電磁加速銃(レールガン)の銃剣を側面から突き刺し、即座に引き金を引く。

 

雷鳴のような発砲音に続いて機獣の左腕が爆発と共に千切れ飛び、胸部から走る激痛が収まる。

 

「うぅ……ら、ぁぁぁぁ!」

 

そして体を回転させると共に右脚を振り上げ、機獣の顎を打ち上げようと回し蹴りを放つ。

 

しかし……

 

「AAAAA■■■■■■!!!!!!!!!!」

 

「なっ……!」

 

視界に映ったのは、オレの蹴りに対して背中を向けるように体を右回転させ、右脚を振り抜こうとしている機獣の姿。

 

それはまるで……いや、その フォ()()()を見た瞬間、オレには疑うことなく理解出来た。

 

(カウンター……!)

 

テコンドーの選手が試合でやるような、相手の踏み込みにタイミングを合わせた後ろ回し蹴り。

 

そしてこれはルール無用の殺し合いであり、相手は無慈悲な死をばら撒く殺戮マシン。

 

そしてそのマシンは、その驚異的な最適化によってオレに蹴り技を使わせるように()()()()()()()()()()()()()

 

結果、文句の付けようも無い完璧なタイミングで放たれた機獣の蹴りは、()()()()()オレの腹部を直撃。

 

絶対防御をぶち抜いて響く衝撃がオレの体を襲い、吐き出すようにこみ上げてくる血の匂いと共に意識が大きく揺らされた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「そんな……うそ……」

 

モニターに映る光景に、簪の唇から震える声が漏れる。

 

信じられない……信じたくないと言うように呟きながら口元に手を当てる。

 

あのアドルフが、生身でも強かった上に輝装にすら到達した彼が、こうまで圧倒されるとは。

 

機獣の回し蹴りが直撃し、『エクリプス』は装甲を破砕されながら宙を舞ってアリーナの外壁に背中から激突する。

 

その衝撃は、離れた場所に避難している簪の元にさえ響いてくる程だった。

 

モニターに映る『エクリプス』は壁に背中を預け、起き上がる気配が見えない。

 

あれほどの衝撃、恐らく絶対防御を貫いて操縦者のアドルフにも相当のダメージがあったのだろう。

 

気絶しただけか、それとも何らかの負傷によって動けないのか。

 

どちらにしても、このままではアドルフが殺されてしまう。

 

そう認識した瞬間、簪の体は動き出していた。

 

「行か、なきゃ……!」

 

両手を座していた『打鉄』の腕部装甲に差し込み、再接続を終えた簪は自己嫌悪の鎖を完全に振り払って立ち上がる。

 

今の自分に何が出来るのか、そもそも出来ることがあるのだろうかなど知ったことではない。

 

ただ彼女は……更識簪は、命の危険を冒してでも自分を助けに来てくれた“友人”を見捨てるような真似をしたくなかった。

 

両足で地を蹴って跳び上がり、ピットを飛び越えて簪の乗る『打鉄』が戦場となっているアリーナに辿り着く。

 

そこに見えたのは、外壁に倒れる『エクリプス』に巨大な機構鉄槌の刃を振り上げる機獣の姿だった。

 

「アドルフゥ!!」

 

叫ぶと共に加速し、簪は真っ直ぐにアドルフの元へと飛翔する。

 

そんな簪の接近に機獣も当然気付いているのだろう。だが、脅威として捉えてすらいないのか振り向くことすらしない。

 

ならば簪も気にはしない。今の彼女にとって何より重要なのは、アドルフを救うことなのだから。

 

だがしかし、その距離は絶望的なまでに遠かった。

 

余分な思考が一切取り除かれたことで集中力が高まり、簪の体感時間がかつてないほど引き伸ばされていく。

 

そこで、簪の心の中は不思議と落ち着いていた。

 

何かを閃いたわけではない。さりとて諦めたわけでもない。

 

色素を奪われたような灰色の世界の中で、簪の視界が外壁に倒れるアドルフの姿を捉えた。

 

ハイパーセンサ―を使わずとも見える彼の姿は、あちこちが傷だらけだった。

 

『エクリプス』に限った話ではない。頭部パーツとバイザーが砕けた先にあるアドルフの額と口元からは血が流れ出し、先程の機獣の蹴りで体内の何処かを痛めたのか表情は苦痛に歪んでいた。

 

恐らく、動くだけでも体に激痛が走っているのだろう。

 

だというのに、アドルフの目は未だ鋭さを殺さず、ボロボロの体を動かしながらどうにかして起き上がろうとしている。

 

(何で、あそこまで……)

 

簪は目の前でアドルフが告げた 希求(エゴ)を知っている。

 

彼は、今此処にある(自分)を誇ると言った。

 

全てを失い、忘却した身であろうと、今の自分の意思を胸に歩んできた命の道筋は本物であると。

 

彼は、己を踏破する者だと言った。

 

自分を誇る為に努力を、練磨を重ねてその先へ進もうとする者であると。

 

それを思い出しながら、簪は自虐などの感情を一切含めずにふと思った。

 

(私には……何が有るんだろう)

 

彼女には、姉がいた。

 

歳は1つ上で、簪よりも賢く強い優秀な女性だった。

 

そんな姉と共に歳を重ねて過ごしてきた簪は常に姉と比較され続け、劣っているという事実を突きつけられてきた。

 

後ろ指を差されて笑われることも、姉の足元にも及ばぬ”出来の悪い妹“だと呼ばれたこともあった。

 

その結果心の中に強い劣等感を抱えてしまった簪を、責めることは出来ないだろう。

 

しかし泣き言を吐く出すこともせず、姉の影に怯えながらも簪は腐ることなく努力を続けていた。

 

その中で彼女が超えられずに苦悩しているのが、輝装の発現……己の根本に存在する願いの理解と発露である。

 

今でも至れない領域であるが……今一度、簪は自分の心に問うことにした。

 

自分が心から願うこと、求めるものとは何だろうか。

 

姉よりも自分が優れた存在だと証明することか?……心が否と答える。

 

劣等感を葬り自分は優れていると周囲に認めさせることか?……心が否と答える。

 

そうだ。簪が心から求めるものは、第3者からの“評価”などという依存に満ちたモノではない。

 

(私がなりたかったのは……ううん違う、私が……()()()()()()()……)

 

そこまで考えたところで、簪は何の抵抗も違和感も無く、その言葉を口にした。

 

 

起動(ジェネレイト)

 

 

瞬間、周囲の空気が震えるのを確かに感じた。

 

目に映る視界が色を取り戻し、認識する外界の時間が本来のものに戻る。

 

その震えを感じ取ったのか、武器を振り上げていた機獣も、立ち上がろうとしていたアドルフも、ピタリと動きを止めて簪に視線を向ける。

 

機獣の関心が自分に向いたのを理解した簪はゆっくりと地上に着地し、機獣の 義眼(センサーアイ)を真っ直ぐ見つめる。

 

『認証──汝が 希求(エゴ)を問う』

 

「我、天の輝きを地より見上げし劣者なり」

 

告げられる言葉の中に、劣等感から来る負い目は微塵も存在していなかった。

 

それも当然。今の簪は、そんなものを凌いで余る自分自身の願いを見つけることが出来たのだから。

 

「されど、我が目指すは天上の頂にあらず。

我が求めるは万雷の喝采にあらず」

 

(そうだ……私は、お姉ちゃんに勝ちたかったわけでも、他の人達にすごいって褒めてほしかったわけでもない……)

 

心中で静かに理解し、その背中を押すように溢れ出した閃光が周囲を一瞬飲み込み、すぐさま簪の纏う『打鉄』を包み込む。

 

黒いISの拡散グレネードによって所々が破損し、動くのがやっとの状態だった装甲が凄まじい速度で分解・再構成され、新たな形を宿していく。

 

「我は万人に誇れし無二の輝きを求める者なり!」

 

(ただ、私という個人を示せる強さが欲しかったんだ……)

 

自分は姉と比べられるだけの”出来の悪い妹“などではない。

 

自分は更識簪だ、と他者に刻み、その存在を示し続ける唯一無二の強さと勇気。

 

それこそが、簪の嘘偽り無く求める願いの形だった。

 

『受諾……素粒子生成』

 

『打鉄』を包み込む光が色を宿し、水色の素粒子が簪の周囲と右手に集まって形を成していく。

 

『輝装展開開始』

 

「心装!」

 

叫びと共に全身を包んでいた光が弾け、素粒子の輝きが周囲に漂う。

 

「輝装・ 幻殻烈槍(ミラージュシェル・スティンガー)!!」

 

その中に立つ簪は、新たに生まれ変わった”専用機“を纏い、自分だけの 武装(覚悟)を確かに顕現させていた。

 

武士の甲冑をイメージしたような無骨な外見は一変し、水色の装甲を纏った簪の専用機、『 十六夜(いざよい)』は人型の機動兵器をイメージしたような機動性を追求したデザインだった。

 

細過ぎず太過ぎずバランス良い脚部とそれを補うように姿勢制御スラスターを備えた少し大きめの腰部の装甲。

 

腰から上は搭乗者の胴体と腕部を覆う最低限の装甲のせいか、傍にある大型の 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)の存在が大きく目立っていた。

 

しかし、それよりも周囲の目を引くのは、簪の()()()()()()()()()()殲機。

 

石突きから柄の部分は機械的な装飾が施されており、先端に存在する穂は日本における大身槍のような形状で透き通るような白いクリスタルで作られている。

 

そしてもう一つは、簪を守るように周囲に浮遊する計6機の小型ビット。

 

サイズはセシリアが使う物より小さく、先端部から放たれる素粒子の光が周囲を美しく照らしている。

 

右手に持つ槍の石突きがコンッ! と地面を叩くと、素粒子は周囲に拡散する。

 

簪は黙したまま自分を見詰める機獣から僅かに視線を動かし、苦しそうにこちらを見るアドルフを見た。

 

(ちょっとだけ、待ってて……)

 

心中でそう呟き、簪は視線を鋭くして機獣を見る。

 

だが、両者に交わす言葉は当然無い。

 

結果、数秒の間を置いて、戦闘は再会された。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

とりあえず、オリ主は機体ボロボロにされた上に無人機から得意の蹴り技でカウンターくらって一時退場です。

どうにか簪の輝装を出すことは出来ましたが、性能は次の話で出します。

ちなみに今作の簪の専用機『十六夜』は名前こそオリジナルですが、見た目は原作の『打鉄弐式』に腕部と胴部の装甲を追加した感じとなります。

個人的に『打鉄弐式』の見た目はけっこう好きなんですよね。

では、また次回。


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第19話 輝ける無形の盾

水笛様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は輝装に到達した簪の無双パートです。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 簪が輝装に到達したことで、その存在を明確な脅威と捉えた機獣の行動は素早かった。

 

アドルフを絶命させようと振り上げていた機構鉄槌の刃が回転を止め、上部に取り付けられたキャノン砲の銃口を向ける。

 

照準とほぼ同時に発砲。

 

直撃すればISの装甲さえ容易く消滅させるその砲撃の威力を理解している筈なのに、簪は身じろぎ1つせずにただ機獣を見詰めている。

 

次の瞬間、およそ50メートルほどしか離れていない『十六夜』に砲撃が命中し、凄まじい熱量が周囲に拡散する。

 

普通ならばその砲撃によって『十六夜』の装甲は砕け散り、衝撃と爆炎が簪の肉体を蹂躙していた。

 

だが、爆炎が晴れた先にいたのは、青色の輝きを放つ光の壁に守られた“無傷”の『十六夜』だった。

 

よく見ると、簪の周囲に浮遊していた6機のビットから外側に放たれる光が連結し、多角形の障壁を作り出している。

 

その光景を見たアドルフは血を吐きながら目を見開くが、意思を持たない機獣は間を置かずに攻撃方法を切り替える。

 

キャノン砲の直撃を以てしてもダメージが与えられないならリボルバーカノンでも無意味。

 

ならば残るは1つ。機構鉄槌が駆動音を鳴らし、耳障りな音を立てて回転するチェーンソーの刃が簪の体を真っ二つにしようと振り下ろされる。

 

「無駄だよ」

 

だが、それさえも『十六夜』の目の前に展開された障壁に阻まれ、チェーンソーの刃は閃光と火花を散らしながら完全に止められた。

 

機獣の圧倒的な力を前にしても一歩も揺るがない防御力。

 

それを見たアドルフは、激痛で動かない体の代わりに視線を『十六夜』が展開している障壁に向ける。

 

(電磁シールド?……いや、それにしては磁場の乱れも無い。だとすれば……()、か?)

 

アドルフの頭の中に一つの仮説が浮かび上がる。

 

光を利用した防御兵装、つまりはビームシールドだ。

 

ISの登場によって世界の技術レベルは格段に上昇したが、その中でも特に発展を遂げたモノを挙げるなら、恐らくは慣性制御と光学兵器の技術かもしれない。

 

空気抵抗や重力の干渉をほぼ無視した機動力を発揮する PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)と、光を用いた兵器。

 

PICによってISは最新鋭の戦闘機を遥かに超える機動力を発揮し、研究開発段階を脱せなかった光学兵器は当時の問題を幾つも解決・発展させた。

 

良い例を出すなら、セシリアのブルーティアーズが当て嵌まるかもしれない。

 

ISの搭載武装に限定されるが、レーザーを使用したスナイパーライフルやオールレンジ攻撃を可能にするビットなどがある。

 

だが、それでも全ての問題をクリア出来たわけではなく、未だ頭を悩まされていることもある。

 

そもそもとして、SF映画やアニメなどとは違って光学兵器というのは非常に運用が難しい。

 

大気の温度上昇によって光の収束が乱れるブルーミング現象、霧や煙にエネルギーを吸収される威力の減衰、膨大なエネルギー消費とそれに伴う冷却等々……並べれば次々と出てくることだろう。

 

そんな光を用いた兵器の中で、現在簪の『十六夜』が使用している輝装の技術はさらに飛び抜けたものだろう。

 

6機のビットを用いてビームを共振させ、自身を覆うように展開された球形状の光波防御兵器。エネルギーの運用能力も現代の技術水準を超えるものだが、機獣の攻撃を受けてもビクともしないその防御力も凄まじい。

 

そして、機獣が何度かチェーンソーの刃を目の前に壁に叩き付けていると、今まで黙していた簪が静かに動き出した。

 

6機の小型ビットと共に出現した白いクリスタルの刀身を持つ長槍。

 

その機械的な柄を両手で握り締め、突きの構えを取って腰を落とす。

 

明らかに攻撃を放とうとしている姿を目にした機獣はチェーンソーを振り回す腕を止め、ゆっくりと下ろした。

 

突然攻撃を止めた機獣のその行動の意味を、簪も同じく理解している。

 

『十六夜』が展開している防御兵器は文字通り鉄壁だ。正面からただ殴るだけでは突破出来ない。

 

だが、幾ら鉄壁の防御力に守られていようと、 攻撃する瞬間はシールドを張れない(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

つまり機獣の狙いはカウンター。

 

アドルフの 電磁加速銃(レールガン)さえ避けて見せた反応速度を以てすれば、簪が障壁を解除した瞬間、簪が攻撃を放つよりも早く攻撃を仕掛けることが出来るだろう。

 

簪にそれが分からない筈は無い。

 

「ふっ……!」

 

だが、彼女は微塵の迷いも見せずに握り締めた槍を前へと突き出した。

 

次の瞬間、簪の攻撃と同時に彼女を守る障壁が解除され、人間を遥かに超えた機獣の反応速度によって地面に叩き伏せられる……筈だった。

 

突き出された槍は、『十六夜』を囲む障壁を()()()()()()内側から通過し、機獣の腹部に深く突き刺さった。

 

その光景にアドルフだけでなく、意思を持たぬはずの機獣までもが予測外の 事態(エラー)に数瞬の 硬直(フリーズ)を起こす。

 

だが、数瞬だけでそれを修正し、動き出せたのは機獣だからこそだろう。

 

どのようにして障壁を展開したまま攻撃を行ったかは分かっていないが、槍が障壁の外に有るのは事実。

 

ならば少なくとも触れることは出来るはず。一度掴んでしまえば機獣のパワーを振り切ることなど出来ず、 捕食復元能力(メタルイーター)によって分解・吸収されていく。

 

しかし……

 

「遅いよ」

 

……その手が槍に触れるよりも速く、簪は次の攻撃を放つ。

 

周囲に展開していた6機のビットの内3機が弾かれるように動き出し、『十六夜』が手に持つ槍を包むように重なって回転を始める。

 

すると、『十六夜』の周囲を覆っていた障壁が前方半分を残して消失し、槍の矛先から柄の中腹までが障壁に覆われる。

 

そして展開された障壁は機獣の傷を押し広げながら 突撃槍()のような形となって第2の矛を作り上げる。

 

「AAAA■■■■■AA!!!!!!!!!!」

 

腹部を焼かれながら傷口を広げられた機獣は咆哮を上げながら暴れ出すが、展開された障壁のせいで『十六夜』に傷を付けることも、槍を掴むことも出来ない。

 

畳み掛けるように『十六夜』が前へ踏み出すと6機のビット全てが動き出し、障壁が機獣との間を隔てる壁のように展開される。

 

そして次の瞬間……

 

「吹き飛べ」

 

……カタパルトで打ち出されたように障壁が加速し、激突した機獣が凄まじい勢いで後方へと吹き飛ばされた。

 

硬いモノを高速でぶつければ強い衝撃を生む。

 

原理自体は子供でも知っている簡単なことだが、実際に機獣を直撃した威力は凄まじいものだった。

 

激突した衝撃が最も大きかった胸部と腹部の装甲は原型が殆ど残らぬほどに圧壊し、両手はあらぬ方向にへし折れている。

 

全身の至る所から火花を散らして地面に倒れ伏すその姿は満身創痍と呼べるものだが、すぐさまボロボロの装甲から光が放たれて周囲の瓦礫や外壁を分解・吸収していく。

 

捕食復元能力(メタルイーター)による自己修復により、ボロボロだった装甲がほんの数秒で半分以上元に戻っている。

 

「っ! させない……!」

 

しかし、アドルフとの戦闘を見ていた簪に驚きはなく、攻撃の手を止めない。

 

『十六夜』が槍を振るうと周囲を浮遊する6機のビット全てが動き出し、機獣を囲むように周囲を浮遊する。

 

すると、展開された障壁が機獣の体を完全に包んで内部へと閉じ込めた。

 

既に両腕の修復を終えた機獣は内側から障壁の繋ぎ目などを狙って打撃を叩き込むが、先程と同じように障壁はビクともしない。

 

「無駄。今はそっちが『外側』だから」

 

そう言って、少し離れた位置に着地した『十六夜』が槍の柄尻で地面を軽く突くと障壁は内側へと迫って機獣の動きを抑え込んでいく。

 

自分をほぼ一方的に追い詰めた怪物が今では簪の作った檻の中で暴れるだけの獣となった光景を見て、アドルフは1つの真実に気付いた。

 

(そうか……あの障壁の最大の特徴は防御力ではなく、光の指向性の自在操作による 単位相指向(モノフェーズ)化……)

 

光というのは、つまるところは一種の『波』である。

 

地上を照らす太陽光も、縦横斜めと360°あらゆる方向に揺れている波が反射することで明るさを生み出している。

 

そして、波というのは水面と同じく発生源と広がっていく方向や強さが存在する。

 

例えばスイッチを付けた懐中電灯が波の発生源であり、光が手元から遠くまで放たれているのが波の方向。そして、手元に近付くほど明るいと感じる光の強さが波の強さとなる。

 

『十六夜』が展開する障壁も当然ながらこの原理に基づいたものだが、『十六夜』の使う障壁は通常のビームシールドとは大きく異なる。

 

現存する通常のビームシールドは内側と外側で互いの位相が異なる為、攻撃する瞬間はシールドを張ることが出来ない。

 

だが、『十六夜』の障壁は 単位相指向(モノフェーズ)と呼ばれるタイプのもので、展開面に対して遡行となる反対側の攻撃は弾くが、順行となる自身の攻撃は透過するという現象が可能となる。

 

最初の『十六夜』の攻撃が展開された障壁を通過した理由はこれだ。

 

つまり、『十六夜』の防御兵装は絶対的な防御力を有するだけでなく、相手の攻撃を防ぎながら自分は自由に攻撃出来るという反則じみた特性を発揮出来るのだ。

 

さらに、この防御兵装は形状に変化を加えることで先程簪がやって見せたビームランスのように扱うことも出来る。

 

そしてもう1つ。恐らくこの防御兵装で最も恐ろしい使用方法が、今簪の行っていることである。

 

少し考えてみてほしい。

 

外部からの攻撃をほぼ完璧に無力化し、内部からの攻撃を素通り出来る防御装置が有るとしよう。

 

どの方向から殴っても斬っても撃っても揺るがない無敵にすら思えるスキンバリアのようなものだ。

 

そんなモノが有ったとして、もしそれを裏返しに展開したらどうなるだろうか。

 

単純に考えて内側と外側の効力が逆になる。つまりは内側の攻撃が一切通らなくなり、外側の攻撃が素通りになる。

 

無敵の防御力が、一転して頑強な拘束具へと変貌してしまうのだ。

 

そして今、機獣を閉じ込めている障壁もそれと同じような状態となっている。

 

ビットを通して光の指向性を操作出来る『十六夜』の障壁は内側と外側を自由に決められる。

 

それにより、現在障壁の防御力は機獣のいる内側に向けられ、破ることも逃げることも出来ない強固な檻となっているのだ。

 

同時に……反対側に立つ『十六夜』は機獣を一方的に攻撃出来るということになる。

 

「あなたの再生能力はこの場では殆ど無限に続く。だけど……」

 

槍の柄尻で地面を軽く突く共に、『十六夜』の左右に浮遊する大型の 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)の各所の装甲が音を立てて展開する。

 

そこから現れたのは、1ヶ所毎に8門の弾頭を備えた計6機の大型ミサイルポッド。

 

正式名称、独立稼動型誘導ミサイル《山嵐》。

 

この装備は本来殲機ではないが、輝装を展開している今の『十六夜』が使用すれば機獣にもダメージを与えることが出来る。

 

「……再生するよりも早く殺し切れば、もう直せないよね」

 

その呟きと共に合計48発のミサイル全弾が発射され、防ぐことも避けることも出来ない檻の中の機獣を一方的に蹂躙した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 連続する爆発が大規模の炎と音を生み出し、遅れて発生した衝撃波がアリーナ全体を揺るがせた。

 

爆心地となる機獣がいた場所は大量の黒煙に包まれて何も見えない。

 

爆煙で姿が見えないということもあって、簪は未だに障壁を解除せずに一切気を抜かず黒煙を睨み付けている。

 

そのまま数秒の時間が経つと、簪の視界の片隅に《山嵐》の装填が完了したというメッセージが表示される。

 

それを確認した簪は……

 

「ファイヤ」

 

……一切の間を置くことなく二度目の全弾発射を命じた。

 

ドドドドドドドン!!!!!!!

 

着弾と共に再度の大爆発とそれに伴う衝撃波がアリーナを揺るがし、爆心地を塗り潰す。

 

普通に考えれば明らかにオーバーキルだが、簪はやり過ぎだとは微塵も思っていない。

 

あの機獣が、()()()()()で死ぬわけがないと判断したからこその行動である。

 

即座にハイパーセンサ―を使って爆煙の内部を索敵し、機獣の姿を確認する。

 

粉々にでもなっていれば文句無しだが、流石にそれは難しいと簪も分かっている。

 

故に、反応がまだ生きているかどうかを重点的に確認する。

 

その結果……機獣の反応は完全に沈黙していた。

 

「ふぅ……」

 

安堵の息を吐き、限界近くまで張り詰めていた警戒を僅かに緩める。

 

確認を終えると、黒煙の中から障壁を展開していた小型ビットが飛び出してきて『十六夜』の近くに浮遊する。

 

そして、簪は急いで身を翻してアドルフの元へと飛翔する。

 

傍に着地して膝を着き、血を吐くアドルフの容態を確認する。

 

「さらし、き……ヤツ、は……」

 

「喋っちゃダメ……! 早く治療しないと……」

 

ISの保護機能のおかげで致命傷は無いようだが、決して放っておいても治るような軽い怪我ではない。

 

(一先ず、此処を出て先生の誰かに連絡を取らなきゃ……)

 

やるべきことの手順を頭の中で整理し、簪はISを展開したままアドルフの右肩に手を回す。

 

そのまま出来るだけ衝撃を与えないようゆっくり空を飛ぼうとスラスターの出力を少しずつ上げていく。

 

だがその時……

 

 

PiPi!!

 

 

……短い電子音がもう聴こえる筈の無い方向から響いた。

 

「うそ……」

 

信じられない、と言うような口調で呟いた簪はゆっくりと音の発生源を……四肢が千切れて全身が余す所なくボロボロな上に黒焦げとなった機獣を見る。

 

「ありえない……確かに反応は消えてたのに……」

 

そう。間違い無く機獣の反応は死んでいた。

 

なのに何故と困惑する簪の眼前に、ハイパーセンサ―を通してモニターが表示される。

 

そこに表示されたのは、機獣のいる場所から重なるように検知された2つの反応。

 

ソレが意味することは……

 

「まさか……コアを複数持ってるの……?」

 

次の瞬間、呟きを肯定するかのように解放されたエネルギーが物理的な衝撃波となって周囲に拡散した。

 

「AAAAHH…………GAAA■■■■■AAAAA!!!!!!!!!!」

 

再び絶望を突き付けるような咆哮が鳴り響き、周囲の瓦礫や機材がこれまでとは比較にならない速度で分解され機獣の糧として吸収されていく。

 

急速に元の姿を取り戻しながらも機獣に迸るエネルギーは徐々に大きなものとなり、胸部装甲がまるで内側から破裂したような音を立てて展開される。

 

そこにハイパーセンサ―を向けると、簪の予想通り返って来たのは互いに呼応するように出力を高めていく膨大な2つのエネルギー反応。

 

信じたくないことだが、認めるしかない。

 

先程までの機獣は合計3つ有る 動力源( 複合式心装永久機関)の内、1つだけを使って戦っていたのだ。

 

簪の叩き込んだミサイルの雨は確かに機獣のコアを1つ停止させることが出来た。

 

しかし、機獣は残る2つのコアに火を入れることで再起動を果たし、先程よりもさらに力を増して立ち上がった。

 

「っ……!」

 

復活した機獣を見て、簪は呆然とすることなく即座にビットを高速射出。

 

あの損傷から復活したのだ。残念だが、あの機獣を破壊するのは現状ではほぼ不可能だろう。

 

故に簪は先程と同じようにシールドの内側に閉じ込めて足止めし、その間にアドルフだけでも安全な場所に運ぼうと考える。

 

しかし、止まることのない 最適化(進化)の怪物に、そんな甘い考えは通用しなかった。

 

「AAAAA■■■■■!!!!!!!!!!」」

 

咆哮と共に機構鉄槌を回収した機獣の足が地を蹴ると、踏み締めていた地面が爆発音にも似たような音を立てて破砕される。

 

明らかに先程よりも上昇したその膂力によって生み出される加速力は『十六夜』のビットをあっさりと振り抜き、そのまま真っ直ぐ距離を止める。

 

「しまっ……!」

 

この時になって、簪は自分の失敗に気付く。

 

『十六夜』の光波防御兵装は確かに攻防一体の強力な能力を持っているが、それは6機の小型ビットを介して展開されるものだ。

 

だが、小型ビットそのものの飛行速度は凄まじく速いわけではない。

 

先程のように機獣を障壁の内部に確実に閉じ込めたいのなら、簪は本来相手の攻撃を待つべきだった。

 

何故なら、今のようにビットが敵の動きを捉えきれなけば、簪はビットを手元に呼び戻すまで防御兵装を使えない。

 

そして、今は怪我人のアドルフに肩を貸している状態。満足に防御など出来るわけもない。

 

「く、そっ……!」

 

だからこそ、自分が足手纏いになっていると自覚しているアドルフが動いた。

 

チェーンソーの刃を振り上げながら迫る機獣が距離を詰める直前に左腕のシールドを自分と『十六夜』の間に割り込ませ、体内から走る激痛を堪えながら『十六夜』を真横に突き飛ばす。

 

結果、『エクリプス』と『十六夜』は互いに左右へ飛ぶように離れ、機獣の振り降ろした刃はその間を分かつように空を斬った。

 

しかし、攻撃を避けることは出来たがアドルフは怪我の痛みで着地すら思うようにいかず、『エクリプス』はうつ伏せで地面に倒れる。

 

反対側に着地した簪はハッとなって慌ててアドルフを助けようとするが、またしても機獣の方が速い。

 

チェーンソーの刃が収納され、一瞬で変形を終えた機構鉄槌から放たれる30mmリボルバーカノンが『十六夜』に降り注ぐ。

 

「くっ……!」

 

その時になって射出していたビットが戻り、展開された障壁によってダメージは無かったが『十六夜』の動きはその場に止められる。

 

そして、機獣はリボルバーカノンの砲火を止めずにゆっくりと右足を持ち上げ、地面に倒れ伏す『エクリプス』の背中を容赦無く踏み付ける。

 

「ぐぅっ! あぁ、げほっ……!」

 

体の内と外から同時にやってくる激痛にアドルフの顔が歪み、口から血が吐き出される。

 

簪は即座に多少の被弾を覚悟で機獣に突撃しようとするが、その行動すらも予測していたように機獣は『十六夜』の障壁に大口径キャノン砲を撃ち込んだ。

 

直撃の威力を身を以て理解している簪は障壁を解除出来ず、またしても足を止められる。

 

足を止められたのは実際には1、2秒といったところだが、機獣にとっては充分な時間である。

 

眼下に倒れ伏す『エクリプス』の背中にキャノン砲の銃口を押し付け、零距離で照準を定める。

 

そのまま引き金が引かれれば、『エクリプス』のシールドエネルギーは今度こそ完全に消失してアドルフの命を諸共に奪うだろう。

 

当然ながら、機獣にはそれを躊躇う理由も感情も存在しない。

 

「だめ……ダメェエエエ!!!!!」

 

悲鳴にも似たような叫び声を上げ、簪は展開中の障壁をぶつけて機獣を吹き飛ばそうとするが、機獣が引き金を引き方が速い。

 

そして、引き金が引かれて『エクリプス』が爆炎に飲み込まれようとした瞬間……

 

 

パチン!

 

 

……短く、だが耳の奥によく響く指を鳴らしたような音が聞こえると同時に機獣の機構鉄槌が突如爆散した。

 

「……え?」

 

簪が呆然とした声を上げる中、アドルフの薄れる視界と機獣の義眼は確かに見た。

 

爆散した機構鉄槌に纏わり付いていた、液体の存在を。

 

「ふぅ~……危ない、危ない、何とか間に合ったわね」

 

聞えてきた新たな声に、その場にいる全員の視線が集まる。

 

そこには、アリーナの外縁部から3者を見下ろすように立つ1機のISがいた。

 

全体的な装甲が比較的に少なく見える水色のスレンダーなボディーと後ろ腰の部分から伸びる翼のようなユニット。

 

右手には中世の騎士が使用するようなランスが握られ、その周囲には光の反射によって青く輝く流体が漂っている。

 

その姿を見た簪は、心の中に浮かんだ言葉を無意識に口に出していた。

 

「おねえ、ちゃん……?」

 

「遅くなってごめんなさい……でも、悪いことばかりじゃなかったみたいね」

 

簪の発現した輝装を見ながら、第3世代型IS『 霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)』を纏う彼女の実姉、更識楯無は優しく微笑んだ。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

どうでもいいことですけど皆さん、打鉄弐式をラノベやアニメで初めて見た時に連想するようなものは有りませんでしたか?

私はSEEDのミーティアとゼオライマーの山のバーストンを思い浮かべました。

今回の簪が使用した防御兵装のイメージは『ガンダムSEED』に登場するハイペリオンガンダムが使うアルミューレ・リュミエールです。

あのシールドを『コードギアス』のパーシヴァルのルミナスコーンのように武器に纏わせたり、『エヴァンゲリヲン(破)』の疑似シン化形態の初号機がATフィールドを凄まじい速度でぶつけたようにバリアで攻撃したりなどが出来るわけです。

盛り過ぎだろ、と思われるかもしれませんが、この作品の中では実際そうでもありません。

だって一夏の輝装の前では紙細工のように斬られて普通に無力ですから。

あと、幾ら何でも機獣しぶとすぎんだろ、とかも思われてるかもしれませんが、原作では本当にこのくらいしぶとくて強いんです。

次で本当にクラス代表戦の話は終わりです。

では、また次回。




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第20話 学園最強

namaZ様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回でようやく原作1巻分終了です。

既に話の流れは原作乖離も良い所だけど……先は長い。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 不意打ちのように登場した新たなISを前にして、先程まで破壊の暴威を撒き散らしていた機獣は不気味なまでに沈黙を貫いていた。

 

当たり前の話だが、機械というのは基本的に入力された命令を実行するものである。

 

この機獣の場合は恐らく様々な状況を想定し、その時に相対した問題をクリアする為に即座に最適な行動を取るというプログラムが組み込まれている。

 

ならば現在、機獣が新たに乱入して来た存在を前に沈黙を貫いているのは、動かないのではなく、下手に動けないというのが最適な行動だと判断したからではないだろうか。

 

「不思議ね」

 

だが、時間とは常に流れ続けるものであり、世界もまた同じ。

 

戦場を包み込んでいた沈黙を更識楯無の言葉が打ち破った。

 

特に感情を含んでいないように思える声なのに、アリーナ全体の空気が僅かに重くなったような気がする。

 

「今まで明るいものからドス黒いものまで、色んな感情を感じては分析して使い分けたりしてたけど、今の感情はちょっと新鮮だわ」

 

視線が自分を見上げる簪に向けられ、慈愛に満ちた微笑が浮かぶ。

 

「1つは自分の妹が大きな成長を遂げられたことへの喜び」

 

そこから動いた視線がアドルフを踏みつける機獣に向けられた瞬間、今度こそ間違い無く周囲の空気が凄まじい圧力に襲われた。

 

「もう一つは……その切っ掛けを作ってくれた恩人を傷つけた存在に対する怒り。この2つが同時に心の中に広がって混ざり合ってるの」

 

そう言うと楯無は軽く地を蹴って外縁部から飛び降り、アリーナの大地にふわりと着地する。

 

右手に握られているランスは未だ持ち上げられておらず、反対の何も握られていない左手が持ち上がって機獣を指差す。

 

「それで……アナタはいつまで私の恩人を踏みつけているの?」

 

一変した冷たい声と共に左手の指がピストルの形を作って軽く跳ねる。

 

普通なら子供の悪戯に見えるような動作……だが、その動作を全員が認識した瞬間、空気を貫くような音と共に機獣の胸部が爆発を起こした。

 

それも一度ではない。

 

二度、三度と……最初の爆発によって体が仰け反った瞬間に畳み掛けるように右腕、左肩が爆発に襲われる。

 

(これって……)

 

間近で見ていた簪の目は、その現象の正体を正確に捉えることが出来た。

 

『十六夜』のハイパーセンサーと輝装に覚醒を果たした簪の観察眼は、確かに爆発を起こした機獣の体から飛び散ったモノを見た。

 

(水……)

 

恐らく殲機によって生み出されたモノであろうその水が、機獣の体を()()()()爆発させていたのだ。

 

瞬間的な超加熱による水蒸気爆発か、機獣の体内を伝うエネルギー回路を熱暴走させたのか……いずれにせよ、体内からの爆発に防御など出来る筈も無く、機獣の体は為す術も無く弾け飛ぶ。

 

そして都合4度目の爆発によって機獣の右膝が吹き飛び、アドルフを抑え付けていた拘束が解かれる。

 

すぐに助けようと簪は動き出そうとする。

 

だが、それよりも早く……

 

「アぁぁァァ!!!」

 

……咆哮と共に血反吐を吐き出すアドルフが体を跳ね起こして 電磁加速銃(レールガン)を構えた。

 

その姿を見て驚愕に目を見開いたのは、簪だけではなかった。

 

つい先程この場に到着した楯無の目から見ても、アドルフはもう動けないと判断出来る程の重体だった。

 

そして実際、その読みは正しい。

 

アドルフの体は既に機獣の攻撃によってボロボロだ。ほんの少しでも体を動かすだけで凄まじい激痛に襲われている。

 

それでも今立ち上がって機獣に銃口を向けていられるのは、単純な意思の力によるもの。気合や根性と言った理屈抜きの力である。

 

負けてなるものか。自分の過去の全てを焼き払った怨敵を前に屈してなるものかと、嚇怒の激情を燃やしてアドルフは引き金を引き絞る。

 

体の各所を爆発によって欠損した機獣の胸部に至近距離から 電磁加速銃(レールガン)が撃ち込まれ、巨躯を貫通しても有り余る衝撃がそのまま遠くへと吹き飛ばした。

 

「ハァ……ハァ……げほっ!」

 

ざまぁみろと言うように肩で息をしながらアドルフは吹き飛んだ機獣を睨む。

 

だが、すぐに体の各所が激痛と共に悲鳴を上げ、こみ上げる吐き気と共に血が零れる。

 

再び膝から崩れ落ちそうになるが、倒れ伏すよりも早く駆け付けた簪が体を支える。

 

「驚いた。随分と無茶するのね、この子」

 

傍に着地した楯無は苦笑を零しながらアドルフの白髪を優しく撫でる。

 

それに反応してアドルフの脱力した頭が僅かに持ち上がるが、既に限界を迎えつつあるのか朧げな視界はハッキリと楯無の姿を捉えていない。

 

楯無は口元に僅かな微笑を浮かべ、身を翻して簪とアドルフを守るように立つ。

 

「行きなさい、簪ちゃん。アイツの相手は私がするわ」

 

「で、でも……!」

 

「色々と言いたいことが有るのは分かるわ。けど、彼の怪我は一刻も早い治療が必要よ」

 

「う、うん……それは……」

 

分かっている、と心中で頷きながら簪はアドルフに視線を落とす。

 

『エクリプス』の装甲は至る所が欠損し、アドルフの体も絶対防御を貫通した衝撃によってボロボロである。意識消失でISが展開解除されていないのが不思議なくらいだ。

 

だが、機獣の強さを身を以て体験した故かどうやっても安心が出来ず、拭い切れない不安が簪の足をその場に縫い留める。

 

「大丈夫よ、簪ちゃん」

 

俯く簪の肩に楯無の手が置かれ、視線が持ち上がる。

 

「今だけは信じて。私は負けない」

 

短い言葉と共に優しい笑顔が向けられる。

 

それだけで、不思議と簪は心の中にあった不安が軽くなったのが分かった。

 

同時に思い出す。目の前に立つ自分の姉が、このIS学園においてどのような地位に君臨しているかを。

 

IS学園、()()()()

 

その役職が意味することとはつまり、()()()()

 

「……分かった」

 

ハッキリと答えを返し、今度こそ簪はアドルフを支えながら踵を返す。

 

機獣の来襲によって砕け散ったアリーナのバリアを通り、そのまま外縁部を飛び越えてアリーナを出ようとする。

 

だがその途中……

 

「ゥウ……ぁア……!」

 

……肩を支えていたアドルフが消えかけている意識の中で僅かな呻き声を上げながら体を震わせた。

 

無意識によるものか、それともまだ僅かに意識が有るのか、いずれにせよ機獣への強力な怒りと憎しみが為せる業だろう。

 

その呻き声は当然簪にも聞こえていた。

 

「……ごめんね」

 

だが、簪は短い謝罪を呟いて足を止めることはしなかった。

 

もしかしたら後でアドルフに恨まれるかもしれない、という不安が一瞬だけ簪の心中を横切ったが、彼女は自分でも意外に思う程あっさりとその不安を振り払った。

 

上手く言えないが、今この時はこうすることが正しいはずだと、彼女の心には確信が有った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「意外にあっさりと見逃してくれるのね」

 

簪とアドルフが離脱したアリーナの中で、唐突に楯無が呟いた。

 

その視線の先には、全身の損傷を完全に修復した機獣が静かに佇んでいた。

 

楯無が姿を現した時と同時に機獣は咆哮の1つも上げずにただその場に沈黙して立っている。

 

すると、短い電子音に続いて声が聞こえた。

 

『見逃シタワケデハナイ。追撃ヲ行ッタ場合トソウデナイ場合ノ損害ヲ比較シタダケダ。確カニ彼等ノ離脱ヲ阻止スルコトハ可能ダッタガ、ソノ為ニコチラガヤラレテハ本末転倒トイウモノダロウ?』

 

アドルフの時と特に変わらぬ口調で放たれた返答に、楯無は特に驚くことなく僅かに目を細めて機獣を見据えた。

 

「残念ね。もっと油断してくれていると思ったけど」

 

その口調には驚愕の気配が欠片も存在していない。

 

まるで聞こえてくる声の主に心当たりがあるかのように奇妙な会話が続く。

 

『流石ニソコマデ楽観的ナ思考回路ハ持チ合ワセテイナイ。敵対関係ニ有ルカラト言ッテ他者ノ能力評価ガ曇ルナド愚昧モ良イ所ダ。贔屓ノ一切無ク、キミハコチラヲ倒スノニ充分ナ強サヲ有シテイル』

 

「そう思うなら逃げたらいかが? ただでさえ簪ちゃん相手に油断して心臓1つ失くしてるのに」

 

小馬鹿にするような口調で楯無は右手に持つランスを持ち上げ、機獣の胸部に矛先を向ける。

 

その奥に見えるのは、圧倒的な強さを振り撒く機獣の動力源。ハイパーセンサ―を通して返ってくる反応の数は、2つだけだった。

 

だが……

 

『問題無イ』

 

……機獣の内部に納められた魔の心臓は、あまりにもあっさりと息を吹き返した。

 

胸部装甲の中央奥に3つ並んで搭載された動力源。未だ輝きが失われていない2つが数秒間の激しい駆動音を鳴らし、機獣の全身から大量の素粒子が放出される。

 

その放出された素粒子は即座に機獣の体内……より正確には胸部装甲の深部に吸収され、たしかに機能が停止したはずの動力源が何度かの点滅の後に輝きを取り戻した。

 

「■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!」

 

自身の体に行き渡る活力が元に戻ったことを歓喜するかのように機獣は咆哮を上げる。

 

その咆哮は物理的な力をも孕んで周囲に衝撃波を拡散させるが、対峙する楯無は飛び散る瓦礫や破片を気にもせずに機獣を見ている。

 

『イササカ卑怯ニモ思エルガ、キミヲ相手ニスルナラコレクライハ妥当ダロウ』

 

右手に握る機構鉄槌の刃が騒音を鳴らしながら輝きを放ち、機獣の義眼が楯無を補足する。

 

『ダガ、確カニアレハ我ナガラ恥ズベキ失態ダッタ。彼女ニハ然シタル興味モ無カッタノダガ、アレ程ノ力ヲ見セテクレルトハ……良イ意味デ誤算ダッタ』

 

「当然よ、私の自慢の妹なんだから」

 

今まで特に感情の起伏を感じさせなかった音声の中に、初めて感情の気配が現れる。

 

自らの失態を恥じるような羞恥心と、それを塗り潰すように続いて湧き上がった歓喜。

 

その声の中に偽りの気配は無く、間違いなくこの声の主は自分の戦力である機獣を一度撃破して見せた簪の実力を褒め称えている。

 

『ソレト先程ノ質問ニ答エルガ、逃ゲハセンヨ。何ヨリ、()()()()()()()?』

 

()()()()

 

そんな会話を引き金に、今まで欠片も気配を感じさせなかった威圧感がアリーナ全体を押し潰すように広がった。

 

最初に楯無が機獣を見た時よりもさらに強大な威圧感。

 

それを察知してか、声の主は何処か楽しそうな声を上げる。

 

『ナルホド……アノ2人ヲ逃ガシタノハ、()()()()()()()()()、カナ?』

 

次の瞬間、楯無の左腕が跳ね上がると共に一瞬だけ風切り音が聞こえ、機獣の左半身が“ズレ”を起こした。

 

見ると、振り抜かれた楯無の左手にはワイヤーで連結された刃を蛇のような軌道で飛ばす蛇腹剣、ラスティー・ネイルが握られている。

 

「殺すわ、アナタ」

 

底冷えするような冷たさを帯びた楯無の声。同時にその身から発せられる威圧感は時を刻むごとに増大していく。

 

『ナラバコレ以上ノ介入ハ無粋ダナ。存分ニ見セテクレ』

 

そう言って、声の主の気配が完全に途切れ、機獣が再び暴虐と殺戮の波動を纏う。

 

同時に楯無の唇が僅かに震え、“その言葉”が紡がれる。

 

 

展開(エヴォルブ)――!」

 

 

数十秒後、戦場となったアリーナが一瞬の閃光と共に崩壊した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 アドルフと簪が戦場から離脱した数時間後。

 

IS学園内部に設置された警備管制室にて、千冬は腕を組みながら部屋の中央に立って正面モニターを睨み付けるように見ていた。

 

そこへ、ヘッドホンタイプの通信機を付けた麻耶が安堵の息を吐きながら近付く。

 

「織斑先生、連絡が有りました。クロスフォード君の容態は安定したそうです。後は医務室の方に運んで休ませると」

 

「そうか。自室で待機している更識妹にも教えてやれ。心配しているだろうからな」

 

千冬の指示に麻耶は分かりました、と微笑みながら了解して部屋を出る。

 

それを見届けた千冬は視線は再び鋭さを取り戻し、モニターを睨み付ける。麻耶がいなくなったことで、眼の中には明確な怒りが渦巻いていた。

 

「なんてザマだ……!」

 

吐き捨てるように呟きながら、拳を強く握る。

 

懸念しているのはもちろん今回の騒動の件。

 

みすみす侵入を許した上にシステムを掌握され、守らなければならない生徒を命の危険に晒してしまった。

 

その間、自分は安全な管制室に退避して指示を出していただけだ。

 

その結果何人かが輝装に至ることが出来た? 大きな一歩を踏み出して成長すること出来た?

 

馬鹿を言うな。

 

アドルフと簪が今も生きているのは奇跡にも等しいことだ。

 

極限状態によって追い詰められたとはいえ、あの2人が輝装に至ることが出来たのは紛れも無く彼等自身の潜在的な強さによるもの。

 

しかしソレを差し置いても彼等が死亡する可能性は楽観的に見ても8割は有っただろう。それだけあの機獣の強さは圧倒的なものだった。

 

楯無が間に合わなければ、間違い無く2人は殺されていた。

 

アドルフと簪の覚醒や楯無の救援……他の様々な要因が絡んだ結果が、今回の『奇跡』なのだろう。

 

「っ……!」

 

そう考えて、千冬の怒りが再び勢いを増していく。

 

たしかに、今回の騒動で人命が失われるような被害は無かった。

 

完全にこちらの不意を突いて襲撃されたというのに、輝装到達者2人を圧倒するほどの力を持つ機獣が現れたというのに、だ。

 

冷静になって、完全な第3者の視点で見れば、分かる者はこんな疑問を抱くだろう。

 

 

出来過ぎではないか?と。

 

 

まるで最初から最後までの展開を誰かが考えていたかのようだ、と。

 

 

そんな時、通信の受信を知らせる短い電子音が室内に響いた。

 

我に返った千冬が即座に端末を操作して通信を繋げると、正面モニターに『SOUND ONLY』と表示された通信モニターが表示される。

 

「報告しろ、更識」

 

『織斑先生……申し訳、ありません。目標を、仕留めきれず……ロスト、ました』

 

ノイズが酷く、聞こえる声も激しい疲労感を含んでいたが、内容はちゃんと聞こえた。

 

つまり、あの機獣は既にIS学園を離脱して何処かへ姿を消したということだ。

 

「そうか……よくやってくれた。あの化け物を撤退させただけでも上出来だ」

 

『はい……ありがとう、ございます……』

 

「ところで更識、何故モニターをオフにしている。通信装置の不調か?」

 

その問いに対し、僅かな沈黙の時間が流れる。

 

それは明らかに、返答の言葉に迷って生まれたものだった。

 

『……いえ、ダメージを受けましたが、モニターに異常は、有りません……ただ、自分の姿を、()()()()()()んです……』

 

「……わかった。現在そのアリーナには誰も近付けない。どうにかして今送った座標まで移動してくれ」

 

『了解……通信、終わります』

 

そう言ってモニターが閉じられ、千冬は大きな溜め息を吐く。

 

たった1日の間で多くのことが起こり過ぎたせいか、流石に精神的な疲労が重くなってくる。

 

「とりあえず、戦場となったアリーナはもう使えんな」

 

呟きながら、千冬はヘッドホンタイプの通信機を装着してスイッチを入れる。

 

学園を襲った脅威そのものは消えたが、この混乱が収束するのはまだ少し先のようだった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

会話の中のカタカナ文が読みにくい場合は意見をください。数が多ければ普通の文に修正します。

というわけで、学園に侵入した不審者は生徒会長が直々に追い出してくれました。

ちなみに、戦場となったアリーナに近付けない、というのはそのままの意味で、近付いたら命の危険に襲われるということです。

もちろん、IS操縦者も含めて。

では、また次回。


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第21話 勝者と敗者のその後……

izu様、namaZ様から感想を頂きました。ありがとうございます。

今回はそれぞれの人間の戦闘後の話になります。

では、どうぞ。




  Side アドルフ

 

 深い水中から顔を出したように意識が浮上し、ゆっくりと瞼が開いた。

 

まず最初に目に映ったのは夕焼けに照らされた照明と天井、そしてオレを囲むように広げられている白いカーテンだった。

 

恐らく今のオレはベッドに寝ており、ぼんやりと天井を見上げているのだろう。

 

「あっ……起きた?」

 

簡単に現状を確認していると、オレの目覚めた気配を察した声が左から聞こえた。

 

そこには、身を乗り出しながらこちらを心配しながらも安堵するような目で見る更識の姿があった。

 

傍に置かれていた点滴のチューブと僅かに漂う薬品の匂い等から察するに、どうやらオレは医務室にいるらしい。

 

「オレは、どのくらい眠ってた?」

 

最後にハッキリと覚えているのは、背中を踏みつけられた状態から起き上がって機獣の胸部に 電磁加速銃(レールガン)を撃ち込んだところまでだ。

 

そこからは意識が朦朧として、ただ気絶しないようにしていただけで何も覚えていない。

 

「えっと……多分、5時間くらい。今の時間は午後6時の少し前」

 

「そうか……随分長く眠ってたんだな」

 

呟きながら視線を下に向けて体を少しだけ動かそうとするが、麻酔が効いているのか痛みどころか感覚そのものが感じられない。

 

経験上痛みには慣れているが、好き好んで苦痛を味わう趣味は無いので麻酔が切れた時に襲い掛かる痛みの酷さを考えるとかなり気が重くなる。

 

「先生が今日と明日は絶対安静だって言ってたよ。その後も一週間は極力運動を避けるようにって」

 

「そうか。痛みの感じから骨をやったのは分かってたが、その程度で済んだのは幸運だったのかもな」

 

本来なら折れた肋骨の完治には1ヶ月ほど掛かるものだが、ISの登場による技術革新を迎えた今の最先端医療ならば一週間ほどで治る。

 

恐らく頭部の傷も、包帯が取れる頃には綺麗に無くなっていることだろう。

 

「オレのIS……『エクリプス』はどうなった?」

 

「少し損傷が大きいから今は学園の施設で修理してる」

 

オレ以上にボロボロになっていた『エクリプス』も、どうやら問題無く直るようだ。

 

ひとまず、自分の現在の状態を確認し、オレは話の内容を本題に切り替える。

 

「……なあ、アイツはどうなった?」

 

その質問に、更識は俯きながら数秒沈黙する。

 

アイツ、という言葉が何も示しているのかは言うまでも無く更識も分かっているはずだ。

 

そして、更識は不安そうな表情を浮かべながらもオレの質問に答えてくれた。

 

「……私達が撤退した後、戦闘は数時間続いて所属不明機は撤退。すぐに索敵範囲外に離脱したみたい」

 

「……逃げた、か」

 

呟きながら、オレの心の中に渦巻いたのは安堵と落胆が混ざり合ったような、上手く言葉では表現出来ない気色の悪い感情だった。

 

怨敵であるあの機獣が自分の知らない所でまだやられていないことに喜びながらも、憎悪の対象が未だ生きていることに苛立っているような感じだ。

 

いずれにせよ、プラス方面の心境ではない。

 

「……ごめんなさい」

 

ふと、更識が俯きながら震える声で呟いた。

 

その言葉が何のことを差しているのか、察しは着く。

 

マトモに立つことすら出来ない状態で機獣と戦おうとしていたオレの意思を無視して撤退したことを謝っているのだろう。

 

優しい子だな、と素直に思う。

 

普通に考えれば更識が詫びる必要など微塵も無いというのに、オレの勝手な都合なんかを気にして謝っている。

 

「謝ることはない。お前がやったことは何も間違っていない」

 

「でも……」

 

「アイツを倒せなかったのはオレが弱かったからだ。そして、お前はそんなオレを助けてくれた……ありがとう、更識。お前のおかげで、オレは今も生きてる」

 

更識の目を見詰めて、嘘偽りない言葉を伝える。

 

あの機獣は憎い。この手で木端微塵に粉砕してやりたいと今でも思う。

 

だが、今のオレでは勝てない。事実、オレは半分の力も出していない機獣を相手に敗北し、更識が輝装に覚醒しなければあのまま呆気なく殺されていただろう。

 

だからこそ、更識には心から感謝している。

 

オレはまだ、強くなってアイツと再び戦うことが出来るのだから。

 

「……うん」

 

しばらく考え込んでから更識は頷き、それ以上は何も言わなくなった。

 

オレは部屋の空気を変えようと何か別の話題を探そうと視線を巡らせるが、ある物を見付けてしまい視線が固定される。

 

ベッドの傍に設置されたデスク。その上には、オレが普段付けている手袋が置かれている。

 

まさかと思い麻酔で動かない自分の体を見下ろしてみると、オレは薄い青色の病院服にも似た服を着ていた。

 

ちらりと更識を見ると、気まずそうに目を逸らされた。

 

(これは、腕を見られたか……)

 

よく考えてみれば医務室に運ばれるような負傷者がずっと同じ格好でベッドに寝かされているわけがないということに気付き、自分の間抜けぶりに呆れる。

 

オレとしては別に見られても何か問題が有るわけではないが、気を遣われて付き合い方を変えられるようなことはごめんだ。

 

「前にも言ったが、気にしないでくれ。同情で気を遣われる方がオレとしては嫌なんだ」

 

「う、うん……じゃあ、私も気にしないから、アドルフも部屋の中くらいは気にしないで手袋を外して?」

 

そう言った更識の提案に少し驚くが、少しだけ笑いが零れて分かったと返事を返す。

 

それからは10分くらい更識と雑談をして面会時間は終了し、オレだけが残された医務室は担当の教師が出ていくと共に灯りが消える。

 

月明かりだけが照らされる天井を見上げながら、オレは静かに頭を働かせて今回の襲撃についての情報を纏める。

 

今回の襲撃はあらゆる面から見ても不可解な点が多過ぎる。

 

なにより、このIS学園を今日襲撃した理由さえ皆目見当が付かない。

 

オレや織斑のような男性操縦者の拉致か抹殺が目的ならわざわざ 凰鈴音も同じ場所にいるようなタイミングで襲撃するのは不自然だ。

 

普通なら標的が単独でいる時を狙うはずだろう。

 

ならばIS学園への施設破壊や情報の奪取が目的かと問われれば、これもまた怪しい。

 

黒いISが降下して来たのは校舎から離れたアリーナ2ヶ所。

 

最初の1機目が陽動の役目を請け負っていたとしても、2機共アリーナに降下しては意味がない。アリーナは学園全体で見れば大して重要な施設ではないし、情報が目当てなら校舎内の施設を狙えば良いはずだ。

 

こうして見ると、やはり襲撃側の狙いが分からない。

 

これではまるで、()()()()()()()()()であるように思える。

 

(まさか、な……そんなことをして何の得になる……)

 

浮かんだ考えを振り払い、軽く息を吐いて思考を落ち着ける。

 

すると、意識が睡魔に襲われ始めて瞼が重くなってくる。

 

どうせ明日もベッドから動けないのだし、今日はもう寝ることにするかと頭を枕に預ける。

 

ひとまず、一度ぐっすり眠ってから今後やることを考えるとしよう。

 

そう自分に言い聞かせ、オレは意識を睡魔に委ねた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side 一夏

 

 「ということなので……クロスフォード君は大事を取って今日の授業をお休みします。一応言っておきますけど、怪我人なので面会は出来ませんよ。それと、先日の襲撃の被害に遭ったアリーナは崩落の危険が高いので絶対に近寄らないようにしてください」

 

黒いISの襲撃によって行事そのものが潰れたクラス代表 対抗戦(リーグマッチ)の翌日。

 

朝のホームルームを迎えた教室にて、山田先生が様々な連絡事項を伝えている。

 

黒いISとの戦闘が終了してピットに帰還し、千冬姉から今日はもう休めと言われて俺も鈴も大した会話も無くそれぞれの部屋に戻りシャワーを浴びて泥のように眠った。

 

思い出したように襲い掛かって来た疲労感のせいか、午後の3時くらいに少しだけ眠るつもりが目覚めたら翌日の朝になっていたのは驚いた。

 

何だかやたら機嫌が悪かった箒からは「情けないぞ!」と 言われて正直少しカチンと来たが、じゃあお前がやってみろなんてガキみたいなことを言うわけにもいかず、適当に流した。

 

というか、何でアイツはあんなに機嫌悪かったんだ? ホームルームの前に山田先生から昨日オレが寝てて伝えられなかったことが有るって言ってたけど、その件か?

 

「……連絡事項は以上です。では、本日の授業を始めます」

 

山田先生がそう言って締め括り、全員が参考書とノートを取り出して意識を切り替える。

 

俺も同じく参考書とノートを広げて視線を正面モニターに向ける。

 

だがそうする中で……

 

(そういえば、あの途中で現れた機獣……何でアイツのことを山田先生は何も言わなかったんだ? 正体不明って言うなら、アイツの方がよっぽど重要なのに……)

 

……そんな疑問が頭の中に浮かんだが、今考えても仕方がないことか、と即座に思考を打ち切って授業の内容に意識を傾ける。

 

授業の進行に遅れないようにと少し慌て気味にノートを取り始めた頃には、抱いた疑問のことはもう殆ど意識の中には残っていなかった。

 

同時に、この時教室の入り口近くにいた千冬姉がずっと俺に視線を向けていたことも、この時の俺は気付くことがなかった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side アドルフ

 

 普段であれば授業を受けている時間帯の全てを医務室のベッドの上で過ごし、今の時間は既に放課後を過ぎて夕方を迎えようとしている。

 

室内に差し込んでくる夕焼けの光を見て大体の時間を認識し、オレは視線をベッドの横に移動させる。

 

そこには、椅子に座りながら待機状態のISから表示されたモニターを見詰めてキーボードを操作する更識の姿があった。

 

本来今のオレは面会謝絶で誰も病室に入れないはずなのだが、暇を持て余していたオレを見かねてか医務室の先生がルームメイトの更識だけ特別に入室を許可してくれた。

 

実際、更識が話し相手になってくれたのは有難かった。

 

午前中は予想していた通り麻酔が切れたことで体中の各所に激痛が走るわ、脂汗が出るわと少し大変であったが、午後に入ってからは暇で仕方がなかった。

 

何せ手元に暇を潰すモノが何一つ無く、昨日の襲撃について考え込んでも手持ちの情報が不足し過ぎているせいで“何も分からない”という結論しか出なかった為、時間が大量に余った。

 

そんなオレと他愛の無い話をしてくれていた簪は視線に気付いたのかこっちを見て首を傾げる。

 

「どうだ、上手くいきそうか?」

 

「うん。幾つか候補は絞れたから、後は実際に使ってみて確かめようと思う」

 

今更識がやっていたのは、輝装に到達したことで専用機として生まれ変わった『十六夜』の追加武装のリストアップと設計らしい。

 

輝装の発現によって使用出来る殲機は充分に強力な武装だが、ソレは他の武装が無力ということにはならない。

 

例えば殲機ではない武装でも、輝装に到達した操縦者が使用すれば輝鋼の強度が強化されて同じく輝装を使う相手にもダメージを与えることが出来るのだ。

 

その特徴を正しく理解しているからこそ、更識は従来の武装の中から『十六夜』に使えそうなモノを探してソレを使った改造を考えたのだ。

 

元々システム面にかなり強いこともあってか、どうやら作業は順調なようだ。

 

「もう夕方だ。そろそろ部屋に戻った方が良いぞ」

 

「あ、うん。アドルフは、明日から授業に出られるんだよね?」

 

「激しい運動とかは厳禁だがな。まあ、部屋に戻れるだけ有難い」

 

何分、此処で寝てるだけというのは退屈過ぎる。

 

内心で呟きながら医務室を出る更識の背中を見送り、オレはベッドに背中を預ける。

 

「明日からは普通に授業か……誰かにノートを借りないとな」

 

呟きながら予定を簡単に考え、明日からは学食の上手い飯が食えることに少し喜ぶ。

 

次第に瞼が重くなり始め、窓から差し込む夕焼けの淡い光を見ていたオレの意識はやがてゆっくりと微睡みに包まれた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「お引っ越しです!」

 

「……は?」

 

放課後の特訓を終えて夕飯を食い、シャワーも浴びて後は寝るだけとなった頃に突然山田先生が部屋を訪れ、最初に笑顔で言い放った言葉がソレだった。

 

「先生……それだけだとよく分からないんで、出来れば説明をお願いします」

 

「あ、そうですね。織斑君は昨日休んでいましたから」

 

そう言って納得した山田先生は一度咳払いし、改めて説明してくれた。

 

どうやら、引っ越しするというのは箒の方らしく、山田先生が前から進めてくれていた手続きがようやく終了したそうだ。

 

通知は昨日の時点でしてくれていたらしいが、その時の俺は泥のように眠っていたので知らなかったというわけだ。

 

「……アレ? それじゃあ俺はこれからアドルフと同室になるんですか?」

 

「いえ、最終的にはそうするつもりですけど、アドルフ君の方の部屋は調整にまだ時間が掛かるので今は織斑君の部屋だけです」

 

「そう、ですか……」

 

俺の方とは違ってアドルフはルームメイトと揉めるようなことも無いらしいし、今はしばらく1人部屋を楽しめると考えよう。

 

アレ? そういえば箒のヤツって引っ越しの準備してるのか? 今日は朝から放課後まで殆ど一緒だったけど、そんな様子は見なかったぞ。

 

疑問を感じて視線を向けると、箒は何やら期待と不安が混じり合ったような複雑な表情で俺を見ていた。

 

「そういうことらしいけど……箒、お前ちゃんと荷物纏めてないだろ。服とか生活用品だけでも持っていって、残りは後で取りに来いよ」

 

「なっ!? い、一夏! お前はそれで良いのか!?」

 

「良いも悪いも無いだろ。何時までも年頃の男女が同じ部屋で寝泊まりしてること自体が問題なんだから」

 

「そういうことではない!! えぇい! 何故分からん!」

 

苛立つように声を上げ、箒は俺を睨む。

 

そのキツイ視線に怯えた山田先生が俺の背後で怯えるのを感じ、ひとまず会話を繋げる。

 

「悪いけど、分からないモノは分からないんだよ。まさか、この部屋に残りたいって言うわけじゃないだろ?」

 

「えっ!? いや、ソレは……その……」

 

冗談半分で口にした言葉だったのだが、箒は予想外にも明らかな動揺を見せた。

 

頬を赤らめて視線を逸らす姿を見てマジか、と心中で驚くが、だからと言って“じゃあこのままで良いです”なんて通るわけもない。

 

とりあえず、此処は多少強引にでも話を進めよう。

 

「……とにかく、早く荷物纏めた方が良いぞ。着替えとの服とか見えられたくないだろうから、俺はしばらく外すよ」

 

「え? あ、おいっ! 一夏!」

 

箒の呼び止める声を振り切り、俺は足早に部屋を離れる。

 

無視するような反応を取った箒とあの場に残してしまった山田先生の両名には悪いと思うが、こうすれば箒も言われた通りにするしかないだろう。

 

まあ、後が怖いという気持ちも若干有るが、今はこうするのが一番だろう。

 

さて、箒の引っ越しが終わるまで俺は何をして時間を潰そうか。

 

「あ……」

 

「ん?」

 

背後から聞こえた声に振り向くと、所々にはねがある青色の髪の女の子が俺を見ていた。

 

殆どの女子生徒なら俺が物珍しい存在だというだけで片付くのだが、僅かながら面識のある目の前の女の子は少し違うようだ。

 

「織斑……一夏……」

 

「えっと、たしか……更識簪さん、だよな?」

 

負傷したアドルフの傍にいた彼女の名を思い出して口にしながら、俺は彼女の言葉の中に込められていた僅かな敵意を感じ取っていた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

この作品の一夏は輝装に到達したことで人間的に成長を続けているので、ヒロインズの気持ちを察したり意見を述べたりもします。

まあ、急激に成長させて鈍感を失くすと違和感が強くなるので少しずつ変わっていくような形になると思います。

でも……原作ヒロイン達が嫉妬ですぐに手を上げるのをなんだかなぁ~と思ったのは私だけですかね?

では、また次回。


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第22話 解けぬ疑問

お久しぶりです。リアルで色んなことが起こりまくって気が付けば3か月が過ぎてました。

izu様から感想を頂きました。ありがとうございます。

今回は一夏サイドのお話です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 廊下で偶然出会った簪と一夏。

 

2人は、しばらく無言でお互いを見ていたが、このままこうしているわけにもいかないと考えて一夏が先に動き出した。

 

「えっと……んじゃあ、俺はこれで……」

 

「待って」

 

立ち去ろうとした一夏の背中を、意外なことに簪の声が呼び止めた。

 

「少し、話が有るの」

 

ハッキリとした意思を感じる声に振り返ってみると、一夏を見る簪の瞳からは先程の敵意も消え失せ、普段通りの物静かな目をしていた。

 

その目を見て、本当に自分と話がしたいのだと理解した一夏は短く頷いた。

 

2人は近くの自販機で適当な飲み物を買い、廊下に設置された長椅子に座る。

 

「知ってると思うけど、アナタ達と同じように私達も正体不明の黒いISに襲われた」

 

簪の言うことは、勿論一夏も把握している。

 

一夏と鈴の戦闘に乱入するように現れた黒いISと僅かな時間の差を置いて降下してきたもう1機のIS。

 

聞いた話では自分のISを回収しようとした簪が運悪くそのISと遭遇してしまい、簪を助けようとしたアドルフが戦闘を行ったそうだ。

 

最初は追い詰められたがアドルフが輝装に到達したことで撃破・無力化に成功した。

 

此処までは一夏も把握している。

 

だが、この後に何が起こったかは全く聞かされていない。

 

それを伝えると、簪は小さく頷いた後に周囲を一度見渡してから口を開いた。

 

「アドルフが黒いISを撃破した直後に、私達がいたアリーナに別の所属不明機(アンノウン)が現れた。アナタも姿を見ているはず」

 

「それって……あの機獣か?」

 

一夏が真っ先に脳裏に浮かんだ候補を口にすると、簪は無言で頷く。

 

よく見ると、俯き気味の顔には恐怖にも似たような暗い感情があった。

 

「アイツの強さは、色んな意味で異常だった。単純な膂力だけじゃなくて、戦いの中でアドルフの体術や私の殲機を『学習』して見せた」

 

「『学習』……戦いの中で『進化』してたってことか……」

 

「そう……でも、アドルフはボロボロになっても、引かなかった。血を吐いてでも、あの機獣と戦おうとしてた」

 

沈んだ視線で飲み物を見詰めながら、簪の脳裏には機獣と戦っていたアドルフの姿が浮かぶ。

 

アドルフと機獣の間に有る因縁を知らない簪にとって、あの時の様子は尋常ではなかった。

 

立って呼吸するだけでも痛みが走るほど体がボロボロなのに、機獣を睨み付ける眼光は一切の淀みも無く研ぎ澄まされていた。

 

「アドルフがやられそうになった時、私は彼が殺されると思って飛び出した。結果的に私は輝装に到達することが出来て助かったけど……今でもあの機獣の怖さは残ってる」

 

咆哮と共に撒き散らされる圧倒的な破壊衝動。

 

己以外の全てを殲滅すると言うような純粋で強烈な殺意。

 

まるで台風のように振り撒かれる理不尽にすら思う暴威。

 

その全てが未だに簪の脳裏に刻まれ、どうしようもない恐怖を感じさせる。

 

しかし、それも当然のこと。

 

輝装に到達して精神的な成長を遂げたとはいえ、元々は16歳の少女なのだ。恐怖心を完全に飼い慣らせるような悟りを開いたわけではない。

 

だから、簪はこの場で偶然にも会えた一夏に問いたいことが有った。

 

「教えてほしい。あの機獣が先に現れた貴方達のアリーナで有ったことを」

 

今すぐ立ち向かう勇気が無くとも、あの機獣について考え、備えることは出来る。

 

それが、簪が今の自分でもやれると考えたことだった。

 

その為に、今は僅かでも情報が欲しい。あの機獣が何をしたのか、何を狙ったのかを。

 

「……分かった。けど、俺が話せることなんて大して無いぞ? あの機獣は黒いISをぶっ壊したらすぐにアリーナを離れたし、俺と鈴は追おうとしたけどすぐに千冬姉に止められたからな」

 

「……あの機獣は、周りの施設にも攻撃を加えなかったの?」

 

申し訳無さそうに一夏が自分の知ることを話すと、簪は一夏の予想とは裏腹に目を細めて深く考え込むように視線を下げる。

 

その動作はほんの数秒で終わり、持ち上がった視線が再び一夏と合わさる。

 

「……これはアドルフも言っていたことなんだけど。今回の事件は、敵の目的が不明瞭な上に被害も上手く出来過ぎてる気がする」

 

「出来過ぎ?」

 

「うん。完璧な奇襲が成功したのに学園の被害は2つのアリーナだけ。何より、戦った私達以外の生徒にも死人が出てない」

 

そう言われ、一夏も頭を働かせて考える。

 

確かに、2機の黒いISにしても機獣にしても、アリーナの上空から降下してくるまで誰も接近に気付くことが出来なかった。

 

加えて両者ともアリーナの強固なバリアを力尽くでぶち破るほどの怪物。

 

そんな存在が合わせて3体も現れたというのに、奴等は一夏達のようなIS操縦者にしか攻撃を行わなかった。

 

奇襲と同時に襲ったクラッキングによって隔壁が閉ざされて避難もマトモに進んでいなかったあの状況だ。一夏と鈴が戦った黒いISが大口径レーザーを観客席付近に乱射しただけで血の海が出来上がっただろう。

 

改めてその事実に気付き、一夏の背中に冷たい汗が流れ出すが、軽く頭を振るって思考を切り替える。

 

「……敵の動きが不自然だったっていうのは分かった。そうなると、あの黒いISと機獣って実は同じ奴の差し金だったんじゃないか?」

 

「断定は出来ないけど、可能性は有ると思う。機獣が黒いISを真っ先に攻撃したのも、口封じと考えれば納得出来る」

 

互いに思い当たることを口にし、情報を繋げて答えを導き出していく。

 

しかし、そうやって考えても、最終的には1つの疑問にぶつかって止まってしまう。

 

ずばり、今回の襲撃における敵の目的が全く分からないということ。

 

どれだけ頭を働かせてもそれが分からない。

 

正直、一夏も簪も完全にお手上げだった。

 

「……ダメだな。幾ら考えてもこれだって言えるような狙いが思い付かねぇ」

 

「うん……一先ず、今日はここまでにしよう? もう消灯時間も近いし」

 

簪にそう言われて一夏が近くに備え付けられていた時計を見ると、たしかに消灯時間が近い。

 

どうやら、軽く時間を潰すつもりが随分と話し込んでいたようだ。

 

これだけ時間が経てば流石に箒の荷物も纏め終わってるだろうと、一夏も頷いて立ち上がる。

 

簪も同じく立ち上がり、自室に戻ろうと歩き出す。

 

「あのさ……」

 

しかし、その背中を一夏が呼び止める。

 

振り返った簪は少し意外そうに首を傾げるが、一夏は言葉を続けた。

 

「こんなことを言うのは、もしかしたらすごい傲慢なのかもしれないけどさ……2人が襲われてた時、助けに行けなくて、ゴメンな」

 

そう言って頭を下げた一夏の姿を見て、簪は僅かに目を見開いて気まずそうに目を逸らす。

 

何故なら、最初に一夏が感じた僅かな敵意の理由がまさにそれだったのだから。

 

みっともない八つ当たりであることは当然理解している。

 

だが、血を吐きながら戦って今も医務室にいるアドルフのことを考えると、何の怪我も無く過ごしている一夏の姿を見て良い感情は湧いてこなかった。

 

一夏は自分の言い分を傲慢だと言ったが、簪からすれば口に出していないだけで自分の考えの方がよっぽど傲慢だと思える。

 

「……大丈夫。()()、気にしてない」

 

「……そっか。それじゃ、おやすみ更識さん」

 

「うん。おやすみ、織斑くん」

 

簪の短い言葉の真意を理解し、一夏はそれ以上は訊かずにその場を離れた。

 

そのまま自分の部屋へと歩を進めながら、一夏は先程の簪の言葉を思い出しながら今回の事件について再び思考を巡らせる。

 

一夏は自分があまり頭の良い人間ではないと自覚しているが、今回の一件は一度話し合って分からなかったから忘れよう、などと言えるモノではない。

 

直接対峙したわけではないが、自分と鈴を止めた時の千冬の声からしてその脅威は充分に分かる。

 

その時……

 

「……あれ?」

 

……ふと、小さな違和感が脳裏を横切った。

 

(そういえば……あの時の千冬姉の口ぶり、まるであの機獣のことを既に知ってるような感じだったけど……流石に気のせいだよな……)

 

しかし、浮かび上がった疑問はすぐに一夏自身によって否定され、頭の中から消え去った。

 

ここ最近で一番頭を使って深く考え事をしたせいか、脳が疲れて思考が変な方向に空回りしているのかもしれない。

 

「さっさと寝るか……」

 

目の周りを揉み解しながら溜め息を吐き、程無くして自室に辿り着いた一夏は室内を軽く見渡す。

 

どうやら引越しは順調に終わったらしく、箒の私物は綺麗に片付いていた。

 

一先ず今日の問題は片付いたことに安堵し、一夏はベッドに腰を下ろす。

 

「ん? 何だこれ……」

 

そのまま横になって眠ろうとしたが、枕元に何か置かれていることに気付く。

 

手に取ってみると、現代日本でさえ目にする機会が殆ど存在しない丁寧に折り畳まれた本格的な和風の書状だった。この部屋にこんなものを置くのは、どう考えても箒しかいない。

 

「何時の時代の人間だよアイツは……携帯番号もアドレスも教えたろうが……」

 

自分の持っている携帯も使えないような機械音痴でもないだろうにと内心で呆れながら書状を開いて目を通す。

 

文字は流石に習字の筆や墨汁ではなく筆ペンを使ったようだが、少々達筆で書かれている。

 

『来月末にて行われる学年別個人トーナメントにて、もし私が優勝を勝ち取ったら大事な話が有る。首を洗って待っていろ』

 

……これは、一種の果たし状か何かだろうか。

 

最後尾の文章のインパンクトが強過ぎるせいで本気で箒に命を狙われているのではないかと一瞬疑ってしまうが、冷静に書状の内容を読み直す。

 

最初に書かれている学年別個人トーナメントについては一夏も聞いている。

 

今回開催されたクラス代表 対抗戦(リーグマッチ)とは違い、完全に自主参加の個人戦。対戦表が学年内で区切られている以外は組み合わせも特に制限が無いそうだ。

 

だが、一夏の知る限りでも今の1年生には輝装に到達した人間が5人はいる。

 

恐らくその辺を考慮して何らかの措置が行われるだろうと一夏は予測するが、どうやら本当に脳が疲れていたようで、急に襲い掛かって来た眠気と共に瞼が重くなる。

 

「ダメだ、眠い……考えが纏まらねぇや……」

 

今度こそベッドに倒れ込み、一夏はそのまま睡魔に身を委ねて眠りに落ちた。

 

……箒の書状に書かれていた“大事な話”について考えのを失念したまま。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

一先ず今回の話し合いで一夏と簪の間にあったギスギスした軋轢は多少マトモになりました。

まあ、一緒に話し合っても結局襲撃の目的は分からないのですが。

ちなみに原作1巻のラストで箒が行った宣戦布告と違い、書状やらなんやらを使ったのは完全に私の妄想の産物です。

もし原作の設定面で箒は書道は苦手だとか習ってねぇよ等の意見がある場合は教えてください。

次からようやく2巻の内容です。

では、また次回。


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第23話 『疾風』と『黒雨』

れききん様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回からようやく原作2巻の内容に入っていきます。

では、どうぞ。


  Side アドルフ

 

 月日は六月頭に差し掛かり、四季によって気温が大きく変化する日本は徐々に夏の暑さを感じさせている。

 

そんな中、本日のIS学園は日曜日により休み。

 

モノレールを利用してIS学園の外に外出する者もいれば、寮の部屋で骨を休める者、学園の施設を利用して鍛錬に励む者もいる。

 

そしてオレはどれに当て嵌まるのかというと、日用品を買う為の外出組である。

 

ロサンゼルスの空港でISの適性が有ると判明してから今日に至るまで学園の外へ自由に行動出来る許可が下りず、買い出しにさえ出掛けられなかったのだ。

 

今はモノレールから降りて近くのショッピングモールに入り、買い出しのリストを見ながら様々な店を見て回っている。

 

流石にそのまま素顔を晒して人通りを歩くわけにはいかないので、普段はヘアゴムで一纏めにしただけの白髪を三つ編みに変え、伊達眼鏡を掛けている。

 

簡単な変装だが、何もせず堂々と歩くよりはマシだろう。

 

一応今のところは誰にもバレてはいないので、問題は無いと判断して買い物を続けるとしよう。

 

「……3人……いや、4人か……?」

 

モール内を歩きながら、周りに聞こえないよう小さい声で呟く。

 

首を出来るだけ動かさずに視線だけをモールの一角に向けると、そこには十分程前に寄った店の出口でも見たスーツ姿の男性がいる。

 

普通に見れば目に止まることも無いが、広いショッピングモールの中でオレの行く先々に同じ人間がいるのは明らかに不自然なことだ。

 

まあ、一応理由は分かっているので慌てる必要は無いのだが。

 

(アレが織斑先生の言っていた監視兼護衛か。恐らく日本政府の人間だろうが)

 

外出許可を申請した際に織斑先生が教えてくれたが、今のオレには学園の外においても護衛という名目で密かに監視が付けられているらしい。

 

まあ、ISを動かすことの出来る男性操縦者なのだから当然の処置ではある。

 

ちなみに、オレと同様に外出許可を申請した織斑にも監視が付いているのだが、織斑本人はそのことを知らされていないらしい。

 

一応理由を訊いてみると……

 

「アイツの場合、監視が付いていることを意識し過ぎて逆に不自然な行動を取る可能性が高い。逆にお前の場合は、監視に気付いて追跡を振り切る可能性が有ったから話したんだ」

 

……ということだ。

 

確かに、織斑が監視の存在を知らされて普段通りに振る舞えるとは思えない。

 

オレも同様に、事前に何も知らされていなければ尾行を撒いて姿を消していただろう。

 

その辺の反応を予測して事前に手を打っておいたのは見事だが、生憎とオレも見ず知らずの誰かに監視されて良い気分にはなれない。

 

(さっさと買い物を済ませて戻るか……)

 

心中で呟きながら、オレは買い物リストを再確認して頭の中に叩き込み、歩き出した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

 その後、リストに書いたモノの他にちょっとしたおまけを購入し、夕日が僅かに姿を見せかけている空を一瞥したオレは学園に続くモノレールへと足を運んだ。

 

中に乗り込むと、オレの他にも少なくない数の女子生徒が乗っている。

 

目に付いて騒がれるのはごめんなので、出来るだけ気配を殺して静かに車両の端の席へと移動し、息を潜めて座る。

 

このまま他の女子生徒の目に止まることなく学園に戻れれば幸いだ。

 

だが……

 

「よう、アドルフ! お前も今日外出してたのか」

 

……そう考えた矢先、嬉しそうにオレの名前を呼ぶ明るい声が全てをぶち壊してくれた。

 

視線を向けると、そこには笑顔を浮かべながら片手を上げてこっちへ歩いてくる織斑の姿が有った。

 

普段は他者に好印象を与える笑顔だが、今の状況では僅かな苛立ちと怒りがこみ上げてくるだけのものだった。

 

一瞬その笑顔に拳の一発でも叩き込んでやろうかと思ったが、疲れるだけだと考えて溜め息を吐きながらこみ上げた怒りを追い出す。

 

「お前は家に戻っていたのか?」

 

「おう。それと中学の友達とも会ってきた。お前は買い物か?」

 

「ああ、日用品で足りないものを幾つかな。他にも有るが、そっちは郵送で学園の部屋に送った」

 

傍に置かれた幾つかの袋に視線を向けながら、織斑はオレの隣に座る。

 

それに連れて周囲の女子生徒から向けられる視線が増えていくが、もはや気にしても仕方がない。

 

出来るだけ織斑との会話に集中して気を紛らわすことにしよう。

 

「そういえば……アドルフはどういう経緯でISが動かせるって分かったんだ? 前に千冬姉が空港で色々有ったって言ってたけど、それ以上は分からなくてさ」

 

周りから向けられる視線に気付いて落ち着かないのか、それとも単純に話す話題を探しただけなのかは分からないが、織斑がふと質問を投げてきた。

 

そういえば、空港でISの適性が分かった時の騒ぎを誰かに話したことは無かった。

 

別に守秘義務は無いので喋っても構わないのだが、誰かに訊かれたわけでもないし自分から口に出すようなことでもない。

 

加えて、訊く人によってはオレの素性に興味を向けられる可能性も有る。

 

だが……

 

(コイツにそこまでの勘繰りが出来るとは思えんな)

 

……数秒思考を巡らせた結果、そう判断して空港であった出来事を話した。

 

それを聞いた織斑の反応は、オレが半殺しにした奴等に対する怒りだったり、ホテルでも暴れたオレへの呆れだったりと色々だったが、悪いものではなかったと思う。

 

他にも幾つか他愛の無い話をしていると、徐々にIS学園の校舎が近付いてきた。

 

「そうだ。会ったら訊こうと思ってたんだけど、アドルフは何か聞いてるか? 今月の学年別個人トーナメントのこと……」

 

学年別個人トーナメント。

 

今織斑が口にした通り、今月中に開催されるこの行事はIS学園に所属する生徒の全員が強制参加となる大規模行事だ。

 

行事内容は文字通り学年別のIS対決トーナメント戦である。期間は一週間。

 

一学年ごとに所属する生徒が約百二十名。これだけの人数でトーナメント戦をやるというのだから、一週間も期間を必要とするのは仕方が無い。

 

ただ、やることが同じでも行事目的は学年ごとに異なる。

 

一年生は現時点までの浅い訓練段階での先天的才能評価、二年生は一年間の訓練をした上での成長能力評価、三年生はより具体的な実戦能力評価となる。

 

加えてこの行事はIS関連の企業のスカウトマンや各国のVIPが試合を見に来ることもあるので、生徒の進路を左右する重要なアピールポイントでもある。

 

当然オレ達もその行事に参加することになるのだが、織斑が尋ねていることが何かはオレも予想出来る。

 

「大会のレギュレーションについてならオレも知らんぞ。まあ、このまま何も無いなんてことは有り得んだろう」

 

「だよな。俺達が本気でやったら、殆どの生徒と勝負にならないし」

 

織斑が口にした言葉は自惚れでも何でも無い。紛うこと無き事実だ。

 

オレと織斑だけでなく、輝装を展開したISは通常兵器では殆どダメージを受けない。

 

通常形態のISで戦ってもただの出来レースで終わってしまうのは、オルコットとの戦いでソレを経験したオレがよく知っている。

 

「オレ達が心配しなくても学園側が考えるさ。正しい能力評価が行えなくて政府から文句を言われたくはないだろうしな」

 

「そっか……そうだな」

 

織斑はひとまず納得したような声で呟き、この話題についてそれ以上は触れなかった。

 

それから軽い雑談をしている内にIS学園に到着し、オレと織斑はモノレールを降りてすぐに寮へと向かい、途中で分かれた。

 

自室の前に到着し、念のため扉を数回ノックして更識の返事を確認してから部屋に入る。

 

寝間着とも違うラフな格好で座っていた更識にただいまと声を掛け、両手の手袋を外してから上着に着ていた薄手のジャケットだけを脱いでクローゼットに仕舞う。

 

更識に言われてから、オレは部屋の中で普段隠している両手を気にせず晒している。

 

薄い火傷と傷跡が走る両手を見て更識も最初は少し戸惑っていたようだが、今では特に気にもせず受け入れてくれている。

 

正直、部屋の中だけでも手袋を外して過ごせるのは以前よりもかなり気が楽だ。

 

「更識、ショッピングモールで美味そうなチョコを買ったんだが、食べるか?」

 

「っ……! うん、食べる……!」

 

ピクリと反応した更識の顔が持ち上がり、嬉しそうな声でコクコクと頷く。

 

どうやら喜んでもらえたようだと理解し、オレは傍に置いておいた紙袋をテーブルの上に置き、紅茶を淹れる為にキッチンへと立つ。

 

此処で紅茶を淹れるのも随分慣れてきたなと思いながら、普段通りの手順で紅茶を作り、ティーセット一式をトレイに乗せてテーブルに運ぶ。

 

雑談をしながら菓子を食べ、時折淹れた紅茶を飲む。

 

そんな中、部屋の中に差し込んだ夕日の光に気付いて窓の外に視線を向ける。

 

目に入り込んできた夕日の光に一瞬目を細めるが、すぐに慣れて大きな雲も無い晴れ晴れとした綺麗な夕焼け空が目に映る。

 

その景色を見ながら、普段よりも落ち着いている自分の心を何処か懐かしいと感じた。

 

(そういえば……この学園に来てから本当に落ち着いて休むことが出来たのって、今日が初めてなのか……)

 

思えば、ISを動かせることが判明してから、休む間も無く様々な出来事が有った。

 

そんな経験をして今に至り、ようやく今の暮らしが落ち着いたんだな、ということを改めて理解し、疲れた心を落ち着かせた。

 

 

しかし、どういうわけかその落ち着いた日々はたった数時間で木端微塵に砕け散ることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

  Side Out

 

 翌日、月曜日を迎えたIS学園は普段通り多くの学生が廊下を歩き、自分の教室へと足を運んでいた。

 

それはアドルフと一夏も同様であり、ようやく慣れつつある周囲からの視線を極力気にしないようにして教室へと入る。

 

教室に入ってきた2人の姿を見て、クラスメイト達がおはようと声を掛け、一夏とアドルフもそれぞれ挨拶を返す。

 

そのまま2人はそれぞれの席に着こうとするが、先程まで談笑していた2、3人の女子生徒がカタログを片手に声を掛けた。

 

「ねぇ、織斑君とクロスフォードのISスーツって何処の企業のやつなの?」

 

「ISスーツ? あぁ、たしか特注品だって聞いたな。男性用のスーツなんて無かったからどっかのラボが作ったらしいけど」

 

「イングリット社のストレートアームモデルだな。外見を少し弄っただけで基本性能は大した違いも無いらしいが」

 

「ちなみに、ISスーツには操縦者の動きを各部位に伝達する他にも優れた耐久性能が備わっており、小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることが出来ますよ」

 

最近勉強して学習した内容を思い出しながら口にした一夏の情報をアドルフが捕捉すると、さらに詳細な情報を口にしながら麻耶がやってきた。

 

初日から授業内容が殆ど分からないと口にしていた一夏がちゃんと勉強していることが嬉しいのか、嬉しそうに微笑んでいる。

 

麻耶が口にした情報を聞き、何人かの女子生徒がへぇ~と関心の声を上げて再びカタログに目を通そうとするが……

 

「諸君、おはよう」

 

……麻耶の背後に続くように教室に入って来た千冬の一声で、生徒全員が凄まじい速さで席に着いた。

 

もはや教師としての威厳と言うよりは恐怖政治に近いものを感じるが、今日も何の問題も無くホームルームが開始される。

 

「さて、今日から訓練機とはいえ実際にISを使用した本格的な実戦訓練を開始する。各人くれぐれも気を引き締めるように。発注したデザインのISスーツが届くまでは学校指定の物を使うことになるから、決して忘れるなよ」

 

学校指定のISスーツの見た目はタンクトップとスパッツをくっつけただけといった感じのかなりシンプルなデザインだ。

 

一夏やアドルフのようなイレギュラーを除き、他のIS乗りは自分のスタイルを早い段階で確立させるという目的で様々なデザインの中から自分好みのISスーツを選択する。

 

たとえ専用機を入手出来なくても、搭乗者のモチベーションを良好な状態に維持することは大きな意味を持っているからだ。

 

「では山田先生、他の連絡事項をお願いします」

 

「あ、はい。わかりました」

 

必要な連絡事項を伝え終えた千冬と麻耶と交代し、教卓に立つ。

 

そのまま普段と大して変わりの無い連絡事項が告げられると思われたが、何故か麻耶は躊躇と不安が混ざったような表情で発言を躊躇っていた。

 

その様子にクラスの全員が僅かに首を傾げるが、麻耶はすぐに口を開く。

 

「ええと、ですね……本日はなんと転校生を紹介します! しかも2名ですよ!」

 

『えええええっ!?』

 

「「…………は?」」

 

意を決したように麻耶の口から飛び出した転校生の紹介にクラスの女子生徒達が揃って驚愕の声を上げる。

 

ただ、一夏とアドルフはこんな時期に、しかも2人揃って同じクラスにやってくる転校生の存在に唖然としたような声を出していた。

 

そんなクラスの反応を他所に、麻耶が廊下の方へ入って来てくださ~いと声を掛けると、すぐに教室のドアが開いた。

 

「失礼します」

 

「…………」

 

片や短い返事を、片や無言で入室して来た転校生2人は教卓の前に立つ。

 

だが、その姿を見た生徒は全員が声を失って沈黙している。

 

何故なら転校生の1人が……男性だったのだから。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

 「シャルル・デュノアです。僕と同じ境遇の方がいると聞いて、この度フランスから転校してきました。色々と不慣れなことも多いと思いますが、よろしくお願いします」

 

そう告げた転校生の1人、シャルルはにこりと微笑みながら一礼する。

 

礼儀正しい立ち振る舞いと男女共に魅力を感じる中世的な整った容姿。

 

黄金と呼べる程に濃い金髪を首の後ろで丁寧に束ね、瞳はアメジストを思わせる紫色。

 

体の体格は華奢に思えるほど細いが、シュッと伸びた両足がその体格のバランスを絶妙に保っているおかげで弱々しいという感じは微塵も無い。

 

感じた印象を一言で表すなら、恐らく『貴公子』というのが最も合っているだろう。

 

そして、眩しい笑顔と共に挨拶をした転校生を迎えたのは……

 

『きゃああああああっ!!!』

 

……窓ガラスを振動させる程の歓喜の叫びだった。

 

「うわっ……!」

 

「男子! 3人目の男子よ!」

 

「しかも美形! 織斑君やクロスフォード君とも違ったタイプ!」

 

普通の学校ならすぐさま他のクラスや学年から苦情を殺到するような大音量で騒ぐ女子生徒。その凄まじい反応にシャルルは思わず驚愕の声を上げる。

 

ちなみに、一夏とアドルフは入学式に似たような体験をしているので、同じことが起きるかもしれないと予想して耳を手で覆っていた。

 

このまましばらく興奮が収まらないかと思われたが、千冬が鬱陶しそうに溜め息を吐きながら何度か手を叩くことで興奮の波はすぐに収まった。

 

「み、皆さん、落ち着いてくださいね。まだ自己紹介は終わってませんから」

 

麻耶が宥めるような口調でそう言うと、クラスの視線はもう1人の転校生に集中する。

 

だが、こちらはこちらでかなり異端と呼べる見た目をしていた。

 

「…………」

 

シャルルを太陽に例えるなら、教室に入った時から終始無言を貫くもう1人の転校生はまるで暗闇に浮かぶ月のようだった。

 

背丈は同年代の女性と比較しても一回り小柄だが、端麗な容姿と重なって逆に人形のような美しさを放っている。

 

腰に届くまで伸びた豊かな銀髪は手入れの気配が無くとも輝くような艶を持ち、興味という熱を殆ど宿さぬ冷たい視線で生徒達を見る右の瞳の色はルビーのような赤色。

 

もう片方の左目には黒眼帯が付けられており、全身から漂う鋭い気配と合わさって物々しい雰囲気を漂わせている。

 

シャルルと同じく感じた印象を言葉で表すなら、こちらは『軍人』である。

 

「…………」

 

「ハァ……挨拶をしろ、ラウラ」

 

入室してから変わらず転校生は無言を貫いていたが、その様子を見かねた千冬が溜め息を吐きながら声を掛ける。

 

すると……

 

「はい、教官」

 

……先程までの無言が嘘のように、殆ど間を置かずに佇まいを直して素直に返事を返した。

 

まるで待ち望んでいたものを与えられたその反応に対し、千冬は苦々しいとでも言うような表情を浮かべて再び溜め息を吐いた。

 

「その呼び方はやめろ。もう私は教官ではないし、此処ではお前もただの一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

 

「了解しました」

 

そう答えながら背筋を伸ばし、再び体の向きを生徒達に向ける。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

ただ一言。

 

自分の名前を口にしただけで少女、ラウラは再び口を閉ざしてしまった。

 

「あ、あの……以上、ですか?」

 

「以上だ」

 

口元を引き攣らせながら出来るだけの笑顔を浮かべた麻耶の言葉に即答し、ラウラはそれ以上の発言を打ち切った。

 

もう一度ラウラが教室を見回すと、最前列に座る一夏と視線が合わさった。

 

その瞬間、今まで何の変化も宿さなかったラウラの顔に明らかな怒りの感情が浮かぶ。

 

「!……貴様が」

 

まるで怨敵を前にしたような声を出しながらラウラは一夏へと歩を進め……

 

バシンッ!

 

……その頬を無駄の無い平手打ちで思いっきり殴った。

 

「私は貴様を認めない。貴様があの人の弟であるなど、断じて認めるものか」

 

殴られた一夏は勿論、クラス全体が突然暴力を振るってそう吐き捨てたラウラの行動に理解が追い付かず呆然とする。

 

だが、ただ一人だけ……窓際の席に座るアドルフは終始口を閉じたまま鋭い視線でシャルルを見詰めていた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

ちょっとした日常パートと転校生の紹介でした。

今になって思うと、正規軍人でしかも少佐階級のラウラがIS学園に来たのって何故なんだろうか

やっぱり男性操縦者の一夏と接触させる為なんですかね?

それとも各国のISのデータを取る為とか?

次回は多分授業回です。

では、また次回。


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第24話 来訪の理由

izu様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は話があまり進みません。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 「私は貴様を認めない。貴様があの人の弟であるなど、断じて認めるものか」

 

 転校生のラウラが一夏の頬に本気の平手打ちを叩き込んでそう吐き捨て、突然の変化に理解が追い着いていない教室の中は沈黙に包まれた。

 

殆どの人間が呆然とするか目を見開くだけだったが、その沈黙を破ったのは頬を叩かれた一夏だった。

 

「……いきなり何の真似だ?」

 

叩かれた頬を撫でながら問う一夏の声は静かなモノではあったが、その中には隠し切れない不満の気配が有った。

 

「ふん……」

 

しかし、ラウラは何も答えること無く一夏の前から立ち去り、空いている席に座って腕を組んで目を閉じる。

 

突然暴力を振るわれた上にその理由を訊いても完全に無視。

 

第一印象を最悪のモノにするには充分な要素であり、一夏の不満もさらに高まっていく。

 

そのまま席を立ってラウラに詰め寄るのではないかと思われたが、ぱんぱんと千冬の手を叩く音が教室に響いたことでその勢いは見事に挫かれる。

 

「ゴホンゴホン!……以上でHRを終わる。全員すぐに着替えて第2グラウンドに集合。今日は2組と合同でISの基本動作の練習を行う。解散!」

 

千冬の大声に反応し、今まで呆然としていた女子生徒達も徐々に立ち上がって次の授業の準備へと動き出す。

 

不満をマトモに口に出すことも出来なかった一夏は当然腹が立っているが、こうなってはもう諦めしかないと割り切って立ち上がる。

 

何故なら、これ以上教室に留まっているといつまでも女子生徒が着替えられないからだ。

 

自分1人の都合で他の大勢に迷惑を掛けるわけにはいかないと一夏は自分に言い聞かせる。

 

「おい織斑、クロスフォード。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」

 

千冬にそう言われ、既に席から立ち上がっているアドルフと共に教室を出ようとした一夏は思い出したようにシャルルの元へと駆け寄る。

 

「キミが織斑君? 初めまして。僕は……」

 

「ああ、悪いけど自己紹介は後だ。今から女子が着替えるから俺達は急いで移動するぞ」

 

そう言いながら一夏はシャルルの手を取り、教室を出る。

 

手を取った際に何故かシャルルが肩をビクリと震わせたが、早歩きで教室を出る一夏はその変化に気付かなかった。

 

「……来たか、行くぞ」

 

廊下にはアドルフが立っており、一夏達が教室から出て来たのを確認すると短い言葉の後に先導するように先頭を歩き出した。

 

(少し無愛想だけど、何だかんだで良い所も有るんだよなぁ)

 

アドルフは何も言わないが、シャルルのことを一夏に押し付けて先に行くことも出来たはずなのに待っている律儀さに一夏は心中で感心する。

 

加えて、廊下で待っていたのと今先頭を歩いている理由も一夏は分かっている。

 

3人目の男性操縦者であるシャルルの噂に食い付いて集まって来る女子生徒と遭遇しない為の道を考えていたからだ。

 

今も周囲から聞こえてくる女子生徒達の黄色い声からして、間違い無く一夏達の教室に突撃してくることだろう。

 

もしそのまま女子生徒達に捕まればひたすら質問攻めにあって抜け出せず、授業に遅刻して教師である千冬から体罰をくらう羽目になる。

 

それは一夏もごめんなので、心の中でアドルフの気遣いに感謝しながら早歩きで後ろを歩いた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

 数分後、一夏達はアドルフの先導によって押し寄せる女子生徒達を上手くかわし、足止めをくらうことなく第2アリーナ更衣室に到着した。

 

「ふぅ、助かったぜアドルフ。ありがとうな」

 

「礼は良いから早く着替えろ。女子生徒に捕まらないように少し遠回りをしたから時間がギリギリだぞ」

 

「え? うわっ、本当だ。シャルルも早く着替えちまおうぜ」

 

現在時刻を見て慌てて着替えを始めた一夏は素早く制服のボタンを外してシャツを脱ぎ去り、ISスーツを取り出しながらベルトを外す。

 

「わあっ!?」

 

すると、後ろに立っていたシャルルが突然声を上げた。

 

その反応に逆に驚いた一夏が振り替えると、シャルルは慌てたように両手を突き出して視線を真横に向けた。

 

「なんだ、どうした? 早く着替えないと担任の教師からとんでもない雷落とされるぞ」

 

「う、うん。着替えるよ? 着替えるから、その……そっち向いてて」

 

「? おう」

 

明らかに挙動不審に見えるのだが、同性の裸を見る趣味も無いので一夏は首を傾げながらも前に視線を戻して着替えを再開する。

 

隣に立つアドルフもその様子を見ていたが、彼は僅かに目を細めただけで何も言わずに着替えを続けた。

 

ちなみに、アドルフは既に上着を脱ぎ去って上半身のISスーツを着ている。もちろん、両腕に走る薄い火傷や傷跡は見せないようにしてだ。

 

その動作は慣れたもので、至近距離にいる筈の一夏とシャルルが全く気付かないほどである。

 

すぐさまアドルフが下半身のスーツを着込み、隣で着替えていた一夏も最後に上半身のスーツに袖を通す。

 

体にピッタリと張り付くスーツの裾を引っ張りながらふと後ろを見ると、そこには既にISスーツに着替えたシャルルの姿があった。

 

「うわ、シャルル着替えるの早いな。なんかそのスーツって俺達のより着やすそうに見えるけど、どこのやつなんだ?」

 

「これ? これはデュノア社製のオリジナルだよ。ファランクスってモデルがベースだけど、かなり弄ってあるから実質フルオーダーメイドみたいなものかな」

 

「おい、着替えが終わったなら行くぞ。話なら移動しながらすれば良いだろう」

 

話が盛り上がりそうになった所でアリーナへの出口に向かっていたアドルフが声を掛ける。

 

そう言われて、足を止めてしまっていた一夏とシャルルは慌ててその背中に追い着く。

 

「そういえば、自己紹介まだだったよな。改めて、俺は織斑一夏……一夏って呼んでくれ。少ない男同士、仲良くやろうぜ」

 

アリーナへと続く道を歩いている途中、まだお互いに自己紹介を済ませていなかったことを思い出した一夏が隣を歩くシャルルに手を差し出す。

 

ソレを見たシャルルは一瞬キョトンとした顔になったが、すぐさま嬉しそうに微笑んでその手を握った。

 

「こちらこそだよ。改めて、僕はシャルル・デュノア……シャルルって呼んで。それで、えっと……そっちは……」

 

少々気まずそうな声を出すシャルルの視線の先には、先頭を歩くアドルフの背中があった。

 

その視線に気付いてか、場の空気を読んでか、アドルフは足を止めずに後ろを振り向く。

 

「アドルフ・クロスフォードだ。オレもアドルフで良い。数か月の差だが、学園のことで分からないことが有れば訊いてくれ」

 

「う、うん。よろしくね」

 

特に当たり障りの無い自己紹介と挨拶。

 

知り合ってまだ数か月の付き合いだが、一夏が聞いたアドルフの声は否定の感情も無い普段通りのものだった。

 

しかし、何故かシャルルの声色は変わらず緊張を含んだままだった。

 

自分の時とはえらく違う態度を不思議に思い一夏は首を傾げるが、アリーナへの出口が近付いて来たのでそれを尋ねる時間は無かった。

 

後で訊いてみるか、と一夏は疑問を心の中に仕舞い込む。

 

だがそれを切っ掛けに、別の疑問が心の中に浮かび上がった。

 

(そういえば……アドルフのヤツ、シャルルと話してる時も全く態度変わってないよな。ISのこととか何にも知らなかった俺と違って色々知ってるんだし、もう少し興味持っても良さそうだけど……)

 

一夏が感じた限り、さっきのアドルフの反応は全くの普段通りだった。

 

そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だが残念なことに、その疑問を尋ねるには同じく時間が足りなかった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

 「遅いぞ!!」

 

第2グラウンドに到着してすぐ、一夏達を迎えたのはジャージを着た千冬の喝を入れるような大声だった。

 

授業の開始時間には間に合ったが、普段よりも到着に時間が掛かったのが不満なのだろう。

 

学園に来たばかりのシャルルを連れているのだから仕方ないだろう、と反論したいが、織斑千冬を相手にソレはただの悪手である。

 

そんなことを言ったら間違い無く出席簿が脳天に振り下ろされると既に理解している為、一夏とアドルフは何も言わずに小さく溜め息を吐き、シャルルは申し訳なさそうにしょんぼりと肩を落として整列している1組に加わる。

 

「遅かったですわね」

 

加わった列にいたのは、何の因果かセシリアだった。

 

隣に立つ高身長のアドルフを見上げながら話すその姿からは、入学当初の頃のような高圧さは感じられない。

 

「他人の迷惑を考えずに騒ぐ輩が多くてな」

 

これが素なのか、それとも心境の変化でも有ったのか。

 

真実は分からないが、アドルフにとって今のセシリアの印象は初対面の時よりも大分マシになっているので特に嫌悪感も無く言葉を返す。

 

そして、アドルフの言葉で遅刻の理由を大体理解出来たのかセシリアは苦笑を返す。

 

「そういうことですか……ですが、気になるというのは分かりますわ。何せ3人目の男性操縦者ですもの。どうやっても注目の的になります」

 

セシリアはアドルフの体越しにチラリとシャルルを一瞥し、すぐに視線を戻す。

 

その様子は興味が有るというより、無視せざるを得ない対象への距離を測りかねているような感じである。

 

「……機密の問題で答えられなかったら答えなくても良いが、あのボーデヴィッヒも含めて今回の件で本国の方からは何も連絡は無かったのか?」

 

「……ええ、何も有りませんでした。私に教える必要は無いと判断されたのか、本国の方が情報の真偽の確認でそれどころではないのか分かりませんが」

 

IS=国家の軍事力と言っても過言ではない今の社会において、本物だろうと偽物だろうと新たな男性操縦者が現れたという情報を各国が無視出来るわけはない。

 

今この時も各国の政府や諜報機関はてんやわんやの大騒ぎだろう。

 

そして、シャルルの注目度が高いせいで印象が薄いが、ドイツの代表候補生であるラウラ・ボーデヴィッヒの存在も重要である。

 

教室での千冬との会話から察するに、ラウラは恐らくドイツの正規軍人。

 

代表候補生としての肩書きは同じでも、セシリアや鈴のように新兵器や新装備のデータ集め等を任されたわけではない。ISを用いて戦争で活躍することを期待された代表候補生だ。

 

そんな国防の要である軍人をわざわざ国外に出してIS学園に入学させた。

 

真実は勿論不明だが、何か狙いが有っての行動だと少しでも疑うのが自然だろう。

 

(オレ達のようなイレギュラーの監視か? それともデュノアの情報の真偽……ひいてはフランスの動向を探る為か。他に考えられるのは……)

 

アドルフが簡単に思い付いた候補を幾つか頭の中で思い浮かべ、最後にラウラが教室で一夏の頬をはたいたこと、ラウラが見せた偽り無い怒りの感情を思い出す。

 

それを思い出し、アドルフは新たなラウラの目的候補を思い付く。

 

(……まさかとは思うが、個人的な理由でやって来た、とか無いだろうな……)

 

自分で考えた可能性をアドルフは流石に無いか、と否定する。

 

アドルフ個人としてはわざわざ厄介ごとに首を突っ込むつもりは無いし、自分に害が及ばないならラウラやシャルルの目的など興味は無い。

 

政治的な狙いも無く、ただ単純にISのことを学ぶ為に学園に入学したというならそれで良い。

 

しかし同時に、アドルフはこの学園において……今の世界において自分がどういう存在なのかを理解している。

 

故に、厄介ごとを避ける為にはどうするべきかを考えなけれならない。

 

(調べる必要が有るか……)

 

アドルフは心の中で溜め息を吐きながら、まずは自分が避けるべき厄介ごとの正体を調べることにした。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

オリ主が厄介ごとに巻き込まれないように色々と考えていますが、結論を言ってしまえば目的を調べなければ現状何も出来ないということになりました。

現時点でシャルルとラウラの入学理由なんて政治的な視点から考えてもコレだと思えるものは1つも有りません。

せいぜい一夏とオリ主を自分の国に抱き込むとか、監視するとか、誘拐するとか、データを集めるとか。

そんぐらいですかね。

では、また次回。


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第25話 拒絶と軋轢

どうにか年が明ける前に投稿出来たけど、相変わらずの亀更新でごめんなさい。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

『はい!』

 

千冬の声に1組と2組の生徒が一同に返事を返し、姿勢を正す。

 

単純な人数が多いのも有るが、授業の内容によるものか声に込められた気合は普段よりも確実に大きかった。

 

「まずは歩行や浮遊移動などの基本的な動きから始めてもらう。訓練機を用意したので、この機体を数人のグループで運用しろ」

 

そう言った千冬の背後には『打鉄』と『リヴァイヴ』が3機ずつ用意されており、少し離れた場所には『リヴァイヴ』を展開した麻耶が笑顔で立っている。

 

「こちらから1機を選んでくださいね。訓練用に調整された機体なのでスペックや操縦性に大きな違いは有りませんが、早い者勝ちですよ~」

 

「各グループは専用機持ちの6人が1人ずつリーダーを務めろ。では、行動開始だ」

 

千冬がそう言って手を叩くと、整列していた女子生徒達が一斉に動き出す。

 

だが、殆どの女子生徒は一夏、アドルフ、シャルルの男子3人の元へと詰め寄り、楽しそうな声を上げている。

 

「織斑君、一緒に頑張ろうよ!」

 

「私、デュノア君の操縦技術見てみたい!」

 

「アドルフ君、わからないところ教えて~」

 

次々と手を上げながら黄色い声で詰め寄る女子生徒。

 

突然の事態にシャルルは理解が追い着かずオロオロとしているが、一夏とアドルフはこんなことになるだろうと予想していたのか落ち着いて重い溜め息を吐いている。

 

そして、このような混沌とした状況を千冬が許す筈も無く、額に手を当てながら怒りを滲ませたような声を出す。

 

「訓練開始前にこのザマか馬鹿共め……専用機持ちは横一列に並んで他の生徒は出席番号順に各グループに入れ! 次にくだらん理由で授業を遅らせたらISを背負ってグラウンドを百周させるぞ!」

 

一喝する声が響き渡ると男子3人の元に集まっていた女子生徒達は即座に動き出し、横一列に並んだ専用機持ち6人の前に綺麗に並んだ。

 

その動きは訓練された軍隊を思わせる程で、グループ編成に費やされた時間は僅か2分とかからなかった。

 

「最初からそうしろ」

 

溜め息を吐きながらそう言った千冬。

 

専用機持ちの6人は用意された訓練機の元に歩き出し、特に揉めること無く機体を選んで各グループごとに集団を作った。

 

各班ごとに集まった女子は小声で話しているが、僅かにその内容が聞こえてくる。

 

「……よし、織斑君と同じ班になれたっ……」

 

「……デュノア君、もし分からないことが有ったら遠慮無く訊いてね! あ、ちなみに私はフリーだよ……」

 

「……アドルフ君か、あんまり喋ったことないしちょっと怖いけど、クールな感じがまた良いのよね……」

 

男子生徒3人のグループに入ることが出来た者は喜びを露にしてはしゃいでいる。

 

それに対し、セシリアや鈴、ラウラのグループに入った者達は落胆の様子を隠す気が無いように肩を落としていた。

 

そこからさらに分岐すると、鈴のグループに入った女子生徒は彼女から一夏の話を聞かせてもらおうと、セシリアのグループは優秀な者に教えてもらえることを素直に喜ぼうとそれぞれ気持ちを切り替えてやる気を出している。

 

そのどれにも当て嵌まらず、女子生徒の誰も口を開かない張り詰めた空気を形成しているのが残ったラウラのグループである。

 

周囲の生徒達に向けられた軽視の冷たい眼差し、教室での自己紹介からずっと閉ざされた口、全身から発せられる他者との交流を拒絶するオーラ。

 

流石に好奇心旺盛な女子高生でも話し掛ける勇気が出せないらしく、グループの全員が視線を俯くように沈めて黙り込んでいる。

 

そのグループの様子は周囲を見る余裕が有ったアドルフやセシリアが僅かに同情を覚える程だったが、2人も任されているグループが有るのでそちらに向かうしかなかった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side アドルフ

 

 「それでは皆さん、各自ISに搭乗してください。午前中は簡単な歩行でも良いので、とりあえず“ISを動かす”ということを経験してください。各班長は装着の手伝いと歩行のサポートをお願いします」

 

山田先生の言葉を合図に、各グループに分かれた生徒達が動き出した。

 

オレも同じように動き出し、借りてきた『リヴァイヴ』の前に集まる女子生徒達と向き合う。

 

「……さて、コッチも始めよう。まずはISに搭乗してもらって2、30メートル程度の歩行をやってもらう。山田先生が言ったように、まずは“動かす”ことを経験してくれ」

 

『は~いっ!』

 

オレの言葉に手を上げて返事を返し、女子生徒達は素早く順番を決めて最初の1人が進み出てきた。

 

入試で搭乗した経験もあってか、その子は少々戸惑いながらも座した『リヴァイヴ』に搭乗して立ち上がる。

 

姿勢が安定していることを確認し、オレも『エクリプス』を展開して傍に立つ。

 

「よし、そのままゆっくりで良いから歩いてみてくれ。転びそうになったら横から支える」

 

「う、うん」

 

緊張しながら頷き、女子生徒はゆっくりとだが1歩ずつ歩き出す。

 

オレもその横に付き添いながら転倒した時すぐに助けられるように待機する。

 

絶対防御が有るので仮に顔面から転倒しても怪我する可能性は皆無だが、搭乗者の精神面にその時の恐怖がトラウマとして刻まれる可能性は充分に有る。

 

だからこそ、初歩の歩行練習だと気を抜かずに目標の距離を歩き終えるまで目を光らせる。

 

「……よし、そこでゆっくり止まってくれ。両足を真っ直ぐ伸ばして直立した姿勢になったら深呼吸して肩の力を抜いた方が良い」

 

「は、はい~……「全身の力は抜くなよ」っはい!!」

 

肩を落として脱力しそうだった体がオレの言葉で再び直立し、女子生徒は言われた通り深呼吸して肩の力を抜いた。

 

その後、気持ちを落ち着けた女子生徒は『リヴァイヴ』の装着を解除して地面に降りる。

 

そのまま次の生徒に交代して同じような動きをやってもらおうとしたが、ここで1つ問題が発生した。

 

「あの……この状態だと手が届かなくて乗れないんだけど……」

 

「うぅ……ごめんなさい……」

 

最初に搭乗した生徒が『リヴァイヴ』を降りる際に機体を直立させたまま装着を解除してしまったのだ。

 

専用機の場合は待機状態から即座に展開して装着することが出来るが、この訓練機は直接乗り込んで装着しなければいけないのでこのままでは手が届かず乗り込めない。

 

オレも同じように失念していたことなので謝罪する女子生徒に気にするなと声を掛けて『エクリプス』を解除して直立するISの傍に立つ。

 

一応頭の中には解決する方法が幾つか有るのだが、他の班はどうなのだろうかと周囲を見渡してみた。

 

すると、恐らく同じ問題に遭遇したであろう織斑の班から黄色い悲鳴が聞こえてきた。

 

視線を向けると、『白式』を展開した織斑が女子生徒を横抱き……いわゆる「お姫様だっこ」でISに乗せているのが見えた。

 

それを見た次の瞬間、背後から無数の視線を感じた。

 

今振り返れば間違い無く女子生徒が期待するような目を向けてくることだろう。

 

だが、生憎とオレは黄色い悲鳴に囲まれながら女性を運ぶのは御免である。

 

(面倒な……)

 

溜め息を吐きそうになるのを堪え、オレは直立する訓練機に近付く。

 

そのまま軽い跳躍で膝部分の装甲を掴み、出っ張りの部分をパルクールのようによじ登っていく。

 

「よっ……と……」

 

直立したISの装甲をオレがスイスイ登っていく光景に周りの女子生徒が息を呑んでいるが、構わず『リヴァイヴ』を装着して膝を着かせる。

 

それを見た何人かの女子生徒が見るからに残念そうな顔をしていたが、別に悪いことをしたわけではないので授業を続ける。

 

「……さて、今のはオレも注意が足りなかった。次に搭乗する人は充分に気を付けてくれ。それと、いないとは思うがわざと同じようなミスをした場合はオレの指示に従う気が無いと判断して織斑先生に指導を任せるからそのつもりで」

 

そう言うと、残念そうな顔をしていた女子生徒は一瞬顔が青褪めてから即座に顔を引き締めた。やる気が有るのは良いことである。

 

無事問題が解決し、それからは特に何の問題も起こらず他の生徒も順調に訓練を終えていく。

 

だが、全員の訓練が終了すると何故か織斑先生と山田先生から通信で呼び出され、オレだけが2人の元へと歩いていく。

 

言われた通りに向かうと、何故か教師2人が困り顔で溜め息をついていた。山田先生はともかく、織斑先生までもが露骨な困り顔とは珍しい。

 

そんな珍しいモノを見たせいか、徐々に嫌な予感がしてきた。

 

「班員への教導、ご苦労だった。悪いがもう1つ仕事を頼む」

 

「えっと……ボーデヴィッヒさんの班が遅れているようなので、そのフォローをお願いしたいんです。クロスフォード君は教え方に問題も無いようなので」

 

言われて視線をボーデヴィッヒの班に向けてみると、確かにひどい有り様だった。

 

班のリーダーであるボーデヴィッヒは最後に見た時と同じ位置に立ったまま腕を組んで仁王立ちしている。

 

それと対面する班員の方は、既に何人かが涙目の状態だ。

 

あの混沌とした状況にオレがフォローに入るのかと気が重くなるが、あのままでは班員の女子生徒達が不憫過ぎるので素直に従おう。

 

「フォローは構いませんが、ボーデヴィッヒの方はどうするんです? アレは教えるのが上手い下手以前の問題だと思いますが」

 

「……お前の方からちゃんと教導しろと言っておけ。従わない場合は構わずお前が変わって班員に教えろ」

 

「……は?」

 

だが、指示に従おうと決めた直後に予想もしない回答を聞いて思わず声が漏れた。

 

他人に教えようとして上手くいかなかったというならまだ良いが、ボーデヴィッヒの場合は恐らく何もしていない。

 

グループの指導を任された者の働きとしては論外も良い所だが、ソレを咎めるのはオレではなく教師の仕事だ。

 

そういう意味も込めて織斑先生の目を見てどうするのかと訊いたのだ。

 

だというのに、彼女はその役目をオレにやれと言った。しかも、従わなければ放っておいて訓練を進めろとも口にした。

 

「聞こえなかったか? さっさとボーデヴィッヒの元へ向かえ」

 

「フォローに入るのは了解しました。ですが、ボーデヴィッヒへの注意はお断りします。ソレは『教師』であるアナタの仕事だ。()()()()

 

軍隊の教官ならば規律と知識を叩き込むで充分だろう。

 

だが、此処はISの操縦者を育成することを専門とした『学校』で織斑先生は『教師』だ。未熟な倫理や道徳を教えるのも立派な仕事である。

 

だからこそ最後の言葉を強調して間髪入れずに言葉を返すと、織斑先生はギロリとオレを睨み付けた。

 

その凄まじい眼力から放たれる威圧感がオレの全身にビリビリと圧し掛かるが、何故か恐怖は感じなかった。

 

いや、理由はすぐに分かった。

 

目が違うのだ。

 

オレを睨み付けている目は黄色い悲鳴を上げて興奮した女子生徒を静かにさせる時の目ではなく、都合の悪いことを指摘されたことへの苛立ちからくるものだ。

 

今まで出会った人の何人かが似たような目をしたのをよく覚えている。

 

「……いい加減にしろ。今の時点で授業に大きな遅れが出ているんだ。これ以上この問題に時間を掛けさせるな」

 

「なら尚更アナタがボーデヴィッヒと話をして注意するべきでしょう。詳しい経緯は知りませんがボーデヴィッヒはアナタの言うことはマトモに聞くようですし」

 

「…………もう話すことは無い。早くフォローに向かえ」

 

織斑にやるように出席簿を叩き付けるわけでも反論を返すわけでもなく、織斑先生は数秒の沈黙を挟んでからそう言って顔を逸らし、強引に打ち切った。

 

オレは何1つ納得していないのでまだ言いたいことが有るのだが、今はこれ以上話しても無駄だと割り切ってボーデヴィッヒの班の元へ向かった。

 

涙目になって立ち尽くしていた女子生徒達の前を通ってボーデヴィッヒの隣に立つと、仁王立ちしたままオレに目を向けてきた。

 

「……ふん、貴様か。一体何の用だ?」

 

「お前の班が遅れているからフォローに入れと言われたんだ。それで? 何でお前は一向に指導を始めないんだ」

 

「はっ、指導だと? 何故私がそんなことをしなければならない」

 

念のため理由を訊いてみたが、予想の斜め上を行く言葉が嘲笑と共に返ってきた。

 

マトモな理由ではないと考えていたのである意味予想通りなのだが、ここまでやる気が無いことをアピールされると流石に溜め息が漏れてくる。

 

「お前が他の生徒よりも経験を積んでいるからだろう。代表候補生を除けば、他の生徒は殆どISの操縦経験が無いようだからな」

 

「そんなことは分かっている。何故そんな素人集団にこの私が指導をしてやらなければならないのかと言っているのだ」

 

蔑みを宿した目で周りの女子生徒を一瞥してからオレを見るボーデヴィッヒの目には悪ふざけのような“遊び”の気配は無い。

 

本気でコイツは今の自分の行動を正当なものだと信じている。

 

「お前が『生徒』だからだ。本国じゃどうだったのか知らんが、少なくともこの学園では今のように生徒は基本的に教師の指示に従って授業を進行するものだ」

 

オレがそう言うと、ボーデヴィッヒは呆れたように息を吐いて肩を落とす。

 

悪いが、盛大に溜め息を吐きたいのはコッチの方である。

 

「くだらんな。ISをファッションか何かと勘違いしているような連中を鍛えるなど時間の無駄だ」

 

「生憎とお前の意見はどうでもいい。今の問題はお前が指示に従わないせいで授業の進行が遅れているということだ。織斑先生にお前のことで文句を言っても取り合ってもらえなかったから……」

 

「貴様、今何と言った?」

 

オレの言葉をボーデヴィッヒが今までよりも一段と冷たい声色で遮り、一瞬の突風と共に彼女の()()()()()()()黒い装甲の手がオレの首筋に添えられた。

 

部分展開。

 

ISの部分展開。腕部、脚部、兵装などの一部分の装甲だけを展開して装着する技能である。

 

ISの展開に時間が掛かるオレには使いどころが殆ど無いが、普通の操縦者が利用すれば素早く武装や装甲を展開することが出来る。

 

ボーデヴィッヒの突然の行動に周りの女子生徒達は短い悲鳴を上げる中、オレはゆっくりと振り向いて彼女に視線を合わせる。

 

特に感情を宿さなかった赤色の瞳の中には明確な怒りを宿しており、今にも首元に添えた手に力を込めてオレの首をへし折りそうである。

 

「異を唱えただと? 貴様如きが教官に……あのお方に異を唱えたと、そう言ったのか……!」

 

自分の中の神聖な何かを汚されたように声を荒げて詰め寄ってくる。

 

正しく命の危機なのだが、オレは落ち着いてボーデヴィッヒの目を見つめ返して視線を逸らさない。

 

反対に、心の中は今にも爆発しそうな怒りが暴れ回っているが。

 

やれと言われたことをやらないで他人に迷惑を掛けているくせに今度は自分の身勝手を棚に上げて怒りを撒き散らす。

 

ふざけているにも程がある。どこまで傍迷惑なんだこのチビは。

 

「言ったとも。だがオレのやったことに怒りを抱くのは正直筋違いも良い所だし、そもそもの原因は他ならぬお前に有るぞ」

 

オレの言葉に、首筋に添えられた冷たい装甲を纏う手が僅かに震える。

 

「このまま力尽くでオレを黙らせるか? 言っておくが、止めはせんが抵抗はするぞ。お前が持ち上げる教官殿がとことん迷惑する形でな」

 

一瞬の動揺に畳み掛けるように言葉を重ねる。

 

すると、最後の部分が効いたのかボーデヴィッヒの手がゆっくりと離れた。

 

代わりにオレのことを怒りと不安が混じったような目で睨んでくるが、気にせずその横を通って他の班員の元へと歩く。

 

「本当に申し訳ない、時間を取らせた。全員揃って居残りはごめんだろうから早速始めよう」

 

ボーデヴィッヒに向ける関心は既に心の中に無く、オレはこちらを不安そうに見ていた女子生徒達に軽く頭を下げてから改めて指導を再開した。

 

ボーデヴィッヒは結局何もせずにオレを睨み付けていたが、気にするだけ無駄だと割り切って無視を決め込む。

 

そんなボーデヴィッヒの姿を離れた位置から織斑先生が複雑な表情で見詰めていたのに気付いたが、先程の対応から期待しても無駄だろうと判断して同じく無視した。

 

それから、他の班よりもスタートが遅かったせいで少し急ぎ気味になってしまったが、どうにか班員の指導を時間内に終えて居残りを回避することに成功した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

この作品でのラウラは既に輝装の段階に到達しているので人格の根っこが原作よりも少し強くなっています。

故に、原作での転校初期の頃に見せた傲慢さと千冬への憧れがより強くなっています。

まあ、周りには完全に迷惑な形ですが。

授業でのISの指導については完全に私の想像から来ていますが、原作での様子から考えても素直に授業を進めていたとは考えられないんですよね。

では、また次回。

よいお年を。





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第26話 変わったモノ

izu様、光の爪牙様から感想をいただきました。ありがとうございます。

半年も間が空いて申し訳ありません。

亀更新している間にシルヴァリオラグナロクが発売されてプレイして頭の中の文章表現が上手く出来ない中二妄想ばかりが膨らんでいく始末。

今回は日常(?)パートです。

では、どうぞ。



  Side 一夏

 

 学校の屋上というのは、基本的に生徒の立ち入りが禁止されている場所である。

 

理由は学校ごとに多々有るのだろうが、一纏めにすれば“危ないから”の一言。

 

しかし、IS学園に関してその基本は当て嵌まらない。

 

まず、校舎そのものが広大なので屋上の面積も比例してかなり大きい。ざっと見ただけだが小さなカフェくらいなら余裕で開けそうだ。

 

しかもただ広いだけでなく色とりどりの花々が花壇に植えられおり、美しく整えられた配置が見る者への印象をより強くしている。

 

幾つかの西洋風テーブルが置かれた床も冷たいコンクリートではなく石畳になっているので、もはや一種の庭園ではないかと思えてくる。

 

そんな場所で何をしているのかというと、午前の授業を終えたのでテーブルに座って昼食を食べているところだ。

 

ISを使っても結局は体を動かしているのに変わりは無いので体力を使う。下手したら中学までの体育の授業よりも疲れる。

 

もしかしたらアレだけ設備の整った学食が用意された理由の1つがソレなのかもしれないな。あとは、故郷の料理しか食わないって人への対策とか。

 

ならば何故その学食を利用せずに屋上にいるんだという話になるのだが、その理由は……

 

「えっと、僕も同席して良かったの?」

 

……俺の隣で不安そうに首を傾げているシャルルが大きな原因だろう。

 

「良いんだって。もしお前1人で学食なんて行ってみろ、女子生徒達に捕まって食事どころじゃないぞ」

 

そう。食堂の方には転校生のシャルルに会おうと待ち構えている女子生徒が無数にいるのだ。

 

おかげで屋上には他に人がおらず、俺達の貸し切り状態だ。

 

ちなみに何でそんなことを知っているのかと言うと、実体験だ。それ意外に何も言えない。

 

そんなわけで学食で俺とシャルルの昼食(ちなみにミックスサンド)を購入してから屋上に来たのだが、テーブルを囲んでいるのはオレとシャルルだけじゃない

 

移動中にいつの間にか合流していた箒、セシリア、鈴の3人も一緒である。

 

まあ、全員別に知らない仲ではないのでそのまま一緒に昼食を摂ることになった。

 

アドルフにも声を掛けたのだが、少し用事が有ると言っていて来れなかった。まあ、箒はアイツを嫌っているから空気が悪くなるって意味では良かったのかもしれないが。

 

「とりあえず食おうぜ、今日はいつも以上に色々有って腹減ったんだよ」

 

「あ、ならコレも食べる?」

 

初対面で人の顔に平手をお見舞いしてきたボーデヴィッヒの顔を思い出しながら溜め息を吐いていると、鈴がテーブルの上に置いていたタッパーの1つを差し出してきた。

 

開けてみると、中には温め直したのか湯気を漂わせる酢豚が入っていた。

 

「おぉ、酢豚か。鈴が作るのは久しぶりに食うな」

 

「ふふん、アレからかなり腕上げたんだから。味わって食べなさい」

 

誇らしげに胸を張る鈴にお礼を言いながら肉を貰った箸で一切れ頂くと、絶妙な加減の甘酸っぱさのタレとその味が染み込んだ肉の旨味が口の中で広がって感嘆の息が漏れる。

 

鈴の酢豚を前に食べたのは随分前だが、確かにコレは格段に美味しくなっている。

 

「一夏さん、よろしければコチラもどうぞ」

 

鈴の酢豚を味わっていると、隣にいたセシリアが持参して来た洒落た小さいバスケットを見せた。

 

中を見てみると、中には形も大きさも綺麗に整えられた数種類のサンドイッチが並んでいる。

 

「イギリス人本場のサンドイッチか、んじゃお言葉に甘えて1つ貰うよ。どれどれ…………ん?」

 

少々期待しながらサンドイッチを1つ手に取って口に含んだ瞬間、舌の上に広がった違和感によって俺の全身がピシリと固まる。

 

というか、何だコレ。

 

ガチガチしていてドロドロしていてブヨブヨのところも有って口の中全体が今すぐ吐き出したいと拒絶反応を起こしているんだが。

 

美味い不味い以前にコレ本当に食べ物なのだろうかと疑ってしまうレベルだ。

 

だが、流石に吐き出すわけにはいかないのでこみ上げる拒絶反応をどうにか気合で抑え付け、強引に飲み込んで深く息を吐いた。

 

重ねて言うが何だコレは、新手の嫌がらせか何かだろうか。

 

「あら、どうしましたの?」

 

そう思ってセシリアの方を見てみると不思議そうに首を傾げており、その様子からは一切の悪意を感じない。

 

「……セシリア、一応訊くがこれって味見したか?」

 

「?いえ、していませんわ。ですが、本と同じように出来ているのですから美味しいでしょう?」

 

至極当然のように答えるセシリアの言葉を聞き、心中でなるほどと呟く。

 

本と同じようにというのは“レシピ通りに作った”という意味ではなく、恐らく“写真に映っているのとソックリに作った”という意味だろう。

 

よく考えれば、セシリアは冗談でも比喩でもなく本物の名家の令嬢だ。

 

そんな上流階級の人間がちゃんとした料理の仕方なんて知っているのかと言われれば、まあ料理が趣味でもない限りは知りもしないだろう。

 

結果こんな“サンドイッチの形をした何か”が出来たわけだ。

 

せっかく善意で作ってくれたところ悪いが、またこのような謎物質を作られても困るので此処は正直に真実を伝えるべきだろう。

 

そのために一番効果的な方法は……

 

「セシリア、何も言わずにちょっとそのサンドイッチ食べてみろ」

 

「へ?……はぁ、よく分かりませんが、それでは私も一口……ブフォッ!!」

 

口に含んだ次の瞬間、セシリアの口にしたサンドイッチは即座に外へと吹き出された。

 

吹き出したサンドイッチが誰もいない方向に飛んでいったのは恐らく英国淑女の意地が成せる技だろう。

 

「一夏、容赦無いね」

 

「他人に言われるよりも圧倒的に説得力有るだろ?」

 

引き気味に苦笑を浮かべるシャルルに返事しながら水を注いだ紙コップをセシリアの前に置いておく。

 

すると、俯きながら口元を抑えてプルプルと震えていたセシリアはゆっくりと紙コップを手に取って水を飲み始めた。

 

どうやら回復まではもうしばらく掛かるみたいだな、と思いながら俺は食事を再開する。

 

「ウオッホンッ!!」

 

その時、今まで無言で正面の席に座っていた箒が何だかわざとらしく見える咳払いをした。

 

視線を向けると、箒が鈴の物より少し小振りのタッパーを差し出してきた。中には程良い大きさの唐揚げが5個ほど入っている。

 

「しょ、少々作り過ぎてしまってな。お前が食べたいと言うならくれてやるが……」

 

「……お、おう。ありがとう、貰うよ」

 

チラチラとこちらを見ながらタッパーを差し出す箒の様子に苦笑するが、どうにかお礼を口にして唐揚げを1つ食べる。

 

作ってからタッパーに入れているので少し冷めてはいるが、口に含んだ瞬間に濃厚だがしつこくない絶妙な味付けが舌の上に広がる。

 

俺も少しは料理が出来るので頭の中で使用されている調味料や材料を予想しながらこの味がかなり仕込みに時間を掛けたものだと理解出来た。

 

「美味いなこれ、かなり手が込んでるだろ。ありがとな、箒」

 

「そ、そうか……それなら良かった」

 

俺の返答に箒は満足そうに頷き、それぞれが食事を再開する。

 

それぞれが自分の昼食を食べながら鈴の作ってくれた酢豚を食べると言う感じだったが、流石に5人もいたのでタッパーはすぐに空になった。

 

俺も未だ自分の料理によるダメージを引き摺っているセシリアに気を配りながら買った昼食を食べ、片付けが終わる頃には昼休みの3分の2の時間が過ぎていた。

 

「ふぅ~、ご馳走さん。鈴も箒もありがとな。セシリアは……基本中の基本からだな。俺も少しは協力するからさ」

 

「くぅッ~……しょ、精進しますわ」

 

悔しそうに顔を顰めるが、他ならぬ自分の身で未熟さを痛感したこともあってそれ以上は反論も無いようだった。

 

とりあえず、まずは食材を知る所からだな。

 

「僕もご馳走様。楽しい食事に誘ってくれてありがとう」

 

「良いって、数少ない男子同士仲良く行きたいからな。色々不便も有るけど、施設こととかも遠慮せずに訊いてくれ」

 

「ふん、そういうお前はどうなのだ一夏。勉学の方は順調なのか?」

 

食べ終えた弁当を包み直しながら少々不機嫌そうな声で箒が尋ねてくる。

 

ソレを聞いて鈴はニヤニヤと愉快そうに口元に笑みを浮かべ、セシリアも口元に手を当てて笑みを零している。

 

間違い無く入学してすぐの俺の醜態を思い出してるんだろう。何の反論も出来ない俺は自然としかめっ面になってしまう。

 

確かに、ISの勉強については現状で俺の方がシャルルに教わる必要が有ると思う。

 

「まあ、アドルフが参考書を貸してくれたおかげで何とか授業に遅れずに済んでるよ」

 

「むっ……ま、まぁ、お前はまだまだ未熟なのだ。専用機を持っているとはいえ、分からないことが有っても仕方が無い。なんなら私が2人っきりで教えてやっても……」

 

 

()()()()()()()()

 

 

箒の言葉を途中から遮ってしまう形になってしまったが、その言葉は迷い無く言えた。

 

「専用のISなんて大きな力を扱ってるんだ。“知らなかった”とか“分かりませんでした”で事故なんて起こしたら洒落にならないだろう」

 

加えてアドルフ、シャルルも加えて俺達3人は今の社会で存在そのものがイレギュラーみたいなものだ。

 

そんなヤツがもし問題を起こせば、間違い無く千冬姉や色んな人に迷惑が掛かる。

 

思えば入学してすぐ、本当にあの頃の俺はひどいもんだったと思う。

 

あの時はISを動かす適性が有ると分かってこの学園に強制的に入学となり、色々と混乱して頭の中がキチンと整理出来ていなかったが参考書を捨ててしまったのは明らかに俺の落ち度だ。

 

そもそも、学校から支給された物を捨ててる時点で最悪である。

 

「ですが、多少苦戦するのは仕方有りませんわ。私は適正検査を受けてジュニアスクールの頃から学習していますが、最初の頃は随分頭を悩ませました」

 

昔を思い出しているのか、セシリアが遠くを見るような目で溜め息を吐く。

 

間違い無く優等生の部類に入るセシリアでさえ苦戦したという事実に少々気が重くなるが、俺の場合は丁寧に教えてくれる先生がいるだけ恵まれている方だろう。

 

「まあ、そんなんわけで……俺も色々と勉強中だけど、頑張っていこうぜ」

 

「ありがとう。よろしくね、一夏」

 

花が咲くような笑顔でそう言われ、つい気恥ずかしくなって頬を掻く。

 

何というか、整った容姿のせいか同じ男だと分かっていてもつい異性のように反応してしまった。

 

イカンイカン、これ以上学園の腐女子共に歓喜のネタを提供するわけにはいかない。

 

それからは他愛も無い話で時間を潰し、授業前に更衣室で着替える必要が有る俺とシャルルは休み時間が終わる少し前にその場から移動した。

 

だがこの時、俺はもう少しだけこの場に残るべきだったのかもしれない。

 

終わった後で言っても何も変わらないが、それでも思ってしまうのだ。

 

もしかしたら、もう少し周りをよく見ることが出来ていれば……何かに怯えるような目で俺の背中を見詰める箒の視線に気付けたかもしれないのに。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side 箒

 

 午後の授業前に着替えなければと言ってシャルルと一緒に屋上から立ち去る一夏の背中を、私は何も言わずに見詰めていた。

 

いや、正確には何も言えなかった、というのが正しいかもしれない。

 

何か言葉を出そうとしても唇が弱々しく震えるだけで音にならず、呼吸が乱れて喉が渇いていく。

 

()()()……()()……?)

 

何を言っているのだと私の心が答える。

 

分かり切ったことだ。お前には分かっているだろう。

 

一夏。

 

アレは織斑一夏だ。

 

お前が幼い頃から恋している、幼馴染の織斑一夏だろう。

 

(そうだ、一夏だ……けど、()()()……?)

 

分かり切っていることの筈なのに、何故か信じられない。

 

ソレは違うと、普段通りの声量なのに確かな重さを宿していた一夏の言葉を聞いた瞬間から強烈な違和感を感じる。

 

何故突然にこんな感覚に襲われているのかも分からず、頭の中がぐちゃぐちゃに混乱する。

 

「戸惑ってるって感じね」

 

隣から聞こえてきた声に反応して振り向くと、そこには何か懐かしいモノを見るような視線でこちらを見ている鈴がいた。

 

いや、よく見れば隣にいるセシリアも似たような視線を向けている。

 

何故そんな視線を向けられるのかの心当たりもなく、私は動揺を消し切れずに答えた。

 

「と、戸惑うだと? 突然、何を……」

 

「今までと別人みたいに思ったんでしょ? 一夏のこと」

 

私の言葉を遮るのではなく諭すような口調で言われた鈴の言葉は、まさに図星だった。

 

鈴の言う通り、先程否定を口にした時の一夏の姿が私にはまるで別人のように思えた。

 

その時の様子が、私の知っている織斑一夏とはあまりにもかけ離れていたから。

 

そうだ。私の知っている一夏は、あそこまで自分の意見をハッキリ言う奴じゃない。

 

(アレは……私の知っている一夏じゃない……)

 

まるで子供のような言い分だが、心の中で思ったことを正直に纏めてしまえばそういうことなのだ。

 

「安心しなさいっていうのはちょっと変だけど、大丈夫よ。少なくともアンタの感覚は間違ったモノなんかじゃないから」

 

「な、何故お前にそんなことが分かる……!」

 

「簡単な話よ、アタシも同じこと思ったんだから。この学園に来てから一夏の姿を見て“誰よコイツ”ってね」

 

そう言ってケラケラと笑う鈴に苛立ちを感じて声を上げそうになるが、前に一夏が話してくれたことを思い出す。

 

自分が転校して地元を離れた後、鈴が転校してきて中学2年までよく遊んでいたと言っていたことを。

 

それだけ長く友人として共に過ごしていたのなら、鈴も自分と同じような感覚を感じているのも不思議ではないと気付いた。

 

しかし同時に、新たな疑問が芽生えてくる。

 

「だったら……何故……」

 

「平気なのかって? そりゃあ原因を知ってるし、何より私とセシリアも一夏と同じような経験してるからね」

 

「箒さん、よく思い出してみてください。心当たりが有る筈ですわ。ここ最近で起きた一夏さんの印象に大きな影響を及ぼす変化を」

 

目の前の2人にそう言われて、セシリアが口にした心当たりの正体はすぐに判明した。

 

「輝装……」

 

呟くように口から出た言葉は、間違い無く一夏がこの学園に来てから最大の変化だろう。

 

「正解よ。あの段階に到達した時、一夏は自分の決意とか覚悟……少し言い方を変えるなら 自意識(エゴ)を自覚して心の芯にしたのよ」

 

「そして、芯が成り立ち不動となれば重心は安定するもの。心の変化はそのまま精神に多少なりとも影響します」

 

「分かりやすく言えば“地に足が着いていた状態”ってやつね。輝装の獲得ってのは単純にとんでもない力を手にするだけじゃなくて、精神面でも何らかの変化が起きるの」

 

次々と聞かされる新たな情報に頭が混乱しそうになるが、此処で聞くのを投げ出せば間違い無く後悔すると直感的に悟った私は必死に頭を働かせて話に食い付く。

 

そうしている中で、私は今までの話を聞いてあることに気付いた。

 

一夏に起きた変化が輝装の到達によるものだとすれば、目の前にいる鈴とセシリアもその条件の対象に当て嵌まる。

 

もしかして、先程私に向けられていた懐かしむような視線は、近しい人間に今の私のような反応されたという実体験によるものなのだろうか。

 

 

そう例えば……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

しかし、気にはなってもその疑問を堂々と問う勇気が出なかった私は別の質問を口にした。

 

「……今の一夏については分かった。だが、他の者が見ても気付く程の変化に本人は違和感を覚えたりはしないのか」

 

「あぁ、それはちょっと違うわね。むしろ逆なのよ。当の本人が一番変化に気付けないの」

 

「自分の心を見定めておいて少々間抜けな話ですが、殆どの人達がそうなのです。自分自身の変化に違和感を感じず、周囲の人間の反応によって初めて“変わった”ということを自覚するのです」

 

鈴とセシリアは微笑を浮かべながらも僅かに悲しそうな雰囲気を漂わせてそう答えた。

 

訊かない方が良いと思って別の質問にして結局地雷を踏んでしまったが、過去に今の一夏と同じ体験をした2人の言うことは恐らく真実なのだと分かった。

 

灯台下暗しとはよく言ったものだが、輝装に到達すらしていない私が何かを言えるわけも無いし私と鈴達とでは文字通り見ている世界が違うということだろう。

 

そんな私が、はたして今の一夏の助けとなることが出来るのだろうか。

 

そう考えていると、鈴は微笑みながらも私に再び言葉を掛けてくれた。

 

「何考えてるのかは想像付くわ。だからアタシから言えるのは1つだけ……今まで通り接して上げなさい。恐れず戸惑わず、何も変わらずにね」

 

「……ええ、そうですわね。きっと、ソレが今の一夏さんにとって最も為になります」

 

見下すわけでも突き放すわけでもない。

 

ただの一心で相手のことを思いやるような優しさを私はその言葉から感じた。

 

だが、穏やかな口調でそう言った2人にその理由を尋ねる勇気は、やはり私には無かった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

最初はそんなつもり一切無かったのに、気が付けば前半と後半の話の重さにすごいギャップが出来てしまっていた。

日常パートさえマトモに書けないのか私は。

とはいえ、原作みたいにヒロインの嫉妬だったり暴走だったりを書ける自信はもっと無いので私なりにちゃんと話は進めていきます。

では、また次回。


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第27話 見えぬ陰謀

光の奴隷様、水笛様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はアドルフのパートになります。

※ 今回、キャラの会話の部分だけ文章の形を変えてみました。

試験石みたいなものですが、お付き合いください。

この方が見やすい、前の方が良い等と思った方は可能であれば後で貼っておく活動報告や感想の方にお言葉をお願いします。


では、どうぞ。


  Side アドルフ

 

 広大なIS学園の土地にある綺麗に整備された校庭。

 

そこには何本もの大きな木々が絶妙に計算された間隔と位置取りに基づいて立っており、快晴の下でも程良い日影が出来る。

 

その影の中で、オレは自分の体を隠すように木の幹に背中を預けながら懐から電話を取り出す。

 

ただし、ソレは普通のスマートフォンなどではない。

 

サイズはあまり大きくないが、太長いアンテナが取り付けられた黒塗りの衛星電話である。

 

記憶の中にある番号を慣れた手つきで入力し、数回のコール音の後に通話が繋がる。

 

「……久しぶり、でもないか」

 

『2ヶ月と少ししか経っていないが、日々の体験が常人よりも濃くなったキミにはそう感じられるのだろうよ。

 直接見たわけではないが、随分と刺激的な学園生活を送っているようじゃないか』

 

スピーカーから鈴の音を思わせるような美声が聞こえてくるが、その口調からはオレの現状を心底愉快そうに楽しんでいる様子が伺える。

 

「他所じゃ出来ないを経験させてもらってるよ。おかげで何度か死にかけた……」

 

軽口を返しながら普段と変わらない『友人』の少々歪んだ性格に苦笑する。

 

2ヶ月前……クラス代表決定戦の時に国家機密に類するオルコットのISの情報を教えてもらってからは連絡を取っていなかったが、どうやら独自の情報網でこの前の騒動も知っているようだ。

 

『朝のニュースでキミの顔を見た時は何の冗談かと腹を抱えて笑ったものだが、取り敢えずは今も生きているようで何よりだよ。

 それで、今日は何用かな? また何か欲しい情報が有るのかい』

 

「半分はそうだが、もう半分はお節介覚悟の忠告だ。

 もう知ってるだろうが、フランスが妙な動きを見せ始めた。

 正確な狙いは知らんが、デュノア社が絡んでいるなら()()()()()()で何かの儲け話が動いてるのかもしれない」

 

『……なるほど、忠告は有り難く受け取ろう。

 例の“3人目”については未だ世界中が血眼になって情報の真偽を探っているようだが、確定した情報は掴めていないらしい。

 せめて()()なのかどうかだけでもハッキリさせたい、というのが本音だろうがね』

 

「それはまた……他人事ながら随分と無駄な時間を使わされてるな」

 

どうやら各国の様子はオレとオルコットの予想した通りになっているらしい。

 

しかし、朝のホームルームから昼休みまでデュノアを観察していた今に至っては慌てふためく国々に同情すら湧いてくる

 

そんな心境を込めたオレの発言が気になったのか、電話越しでも分る程の疑問を孕んだ声が飛んできた。

 

『?……それはどういう意味かな?

 結果がどうであれ、真実を明らかにしておかなければ各国も動きようが…………いや、()()()()()()()?』

 

「この国には“百聞は一見に如かず”ということわざが有るが、まさにその通りだな。本人を見ればすぐに分かる。

 アレは……“女”だよ」

 

普段と何ら変わりない口調と声量……故に絶対の自信を含んだオレの言葉にスピーカーの先で相手が戸惑っているのが分かった。

 

まあ、あらゆる国の諜報機関が掴めていない情報がこんな簡単に明らかになったら誰でも疑うものだろう。

 

だが、生憎とこれが真実だ。

 

「ISスーツ越しに軽く観察してみたが、明らかに骨格と体型が男性のソレじゃない。

 鼻の角度、あばら骨、骨盤の広さ、足幅、全身のくびれ、歩き方……上げれば幾らでも出てくるが、中性顔の美少年で誤魔化せる範疇を超えてる」

 

『……なるほど。僅か数時間見ただけでそこまで分かるのなら先程言った無駄というのも納得がいく。ちなみに、仕草や口調などはどうだね?』

 

「そっちはどうにか誤魔化せてるみたいだな。

 だが、明らかに訓練の時間も練度も足りてない。女子生徒は本来同性だから問題無いようだが、オレや織斑のような男性には殆ど耐性が無いように見えた」

 

織斑に手を握られた時やオレ達が服を脱ぎ始めた時は明らかに動揺していた。

 

恐らくだが仕草や口調でボロが出ないことを優先したせいで異性に近い距離間で触れる、または触れられる経験が殆ど無いのだろう。

 

『明らかに間に合わせの処置だが、男性操縦者の存在が明らかになってから未だ2ヶ月。

 完璧な役者を1から仕上げるには時間が足りないか。

 だが、そうなると残された疑問は……』

 

「何の目的でデュノアをこのタイミングで、それも男としてIS学園に入学させる必要が有ったのか、だな。

 ISのデータ収集だけが目的なら()()()()入試を受ければ良かったはずだ」

 

『編入試験の際には間違い無く身体検査を受けている筈だ。

 それをパスしてIS学園に入るなど、デュノア社の権力だけで出来ることではない。

 下手をすればフランスそのものがグルという可能性も有る』

 

様々な情報を纏めながら『友人』と答え合わせをしていくが、次第に大きく、しかも最悪の方向に傾いていく予想に頭が痛くなってくる。

 

本人が詳細を知っているかは不明だが、デュノアは高い確率で国家がらみの陰謀に加担しているスパイだ。しかも切り捨てられることが前提の。

 

成功すれば御の字、もし失敗して正体がバレた場合は経歴及び公文書偽造の罪などを全てフランス政府に押し付けられてブタ箱行きという筋書きだろう。

 

代表候補生という肩書きはその国家に帰属する立派な役職の1つだ。未成年の少女だろうとその国の意向次第で好き勝手に裁かれる。

 

これが全てオレの妄想によるモノならそれで構わない。その時はオレが笑い者になるだけでこの話は終わりだ。

 

だが、考えれば考える程その予想は現実味を帯びていく。

 

『私が探りを入れてみようか?

フランス政府には幾つかパイプが有る。シャルル・デュノアの真実を教えてくれたお礼に料金はいらないよ』

 

『友人』にそう言われ、オレはすぐに返事を返さず思考を働かせる。

 

そして、30秒程考えた後にオレの出した答えを口にする。

 

「…………いや、やめておこう。

目的が分かっていない現状で下手に探りを入れてフランスに目を付けられたくない」

 

『ふむ……まあ、キミがそう言うならそのようにしよう。

 では、他に何かご要望の情報は有るかな? 先程も言ったが、お礼に料金は取らないよ』

 

「……なら、ラウラ・ボーデヴィッヒの情報を頼む。

 プロフィール全部を調べろとまでは言わない。せめてIS学園に編入してきた理由だけでも知っておきたい」

 

デュノアが相当な地雷を抱えていると分かって忘れそうになるが、現状ではボーデヴィッヒも決して無視できる存在ではない。

 

むしろ、代表候補生に加えてドイツの正規軍人でもあることを考えれば情報のガードはデュノアよりも硬い可能性さえ有る。

 

『ふむ……その程度で良いなら任せたまえ。

 ドイツのお偉方には上客が多いからね。2、3日で調べ上げてキミのPCにメールで送っておこう』

 

「頼む。

 今日は転校生が注目の的になったから人目を避けて連絡出来たが、明日からは女子生徒達も普段通りに戻るだろうから話す機会は減ると思う」

 

『そっちの環境は理解しているから気にすることはないさ。

 それに、私の上げた衛星電話など使わなくとも近い内に直接会えるだろうしね』

 

「…………なに?」

 

重要な情報を軽いノリで言われたので危うくスルーしてしまうところだったが、ギリギリで反応することが出来た。

 

同時に今耳にした言葉の内容を頭の中で整理してその意味を考えた結果、1つの答えが思い浮かんできた。

 

「……まさか此処に、IS学園に来るつもりか……? 学年別トーナメントの見物客として」

 

『その通り。学生の行事とはいえ最新鋭のISが戦うところを見られるんだぞ? 私の仕事を考えれば、行かないという選択肢は無いだろう』

 

その返答が何かの引き金となったようにスピーカー越しに聞く声の質が変わった。

 

『私の本業は情報屋でもなければお悩み相談のカウンセラーでもない。

 私は……()()()()なのだから』

 

愉快そうな声の中に凄まじい威圧感を宿して『友人』は電話を切った。

 

本人が目の前にいるわけでもないのにただの声だけで相手にプレッシャーを浴びせる。

 

そんな漫画のような芸当を笑いながらやってのける辺り、改めてアイツが一般人ではないのだと再認識させられる。

 

(まあ、そんな奴と友達やってるオレも大分アレなんだろうが……)

 

自分の歪過ぎる交友関係に溜め息を吐きながら木に預けていた体を起こして歩き出す。

 

気が付けば少し長く話し込んでいたようで、左手の腕時計を見てみると昼休みの終わりまではあと20分程。

 

授業前にISスーツ着替える必要が有るのでオレや織斑は少々早めにアリーナの更衣室に向かわなければいけない。

 

余裕を持って行動するならそろそろ移動するべきかと考え、アリーナへと向かう。

 

ほぼ間違い無く織斑と一緒にデュノアもいるだろうが、特に何かが変わるわけではない。

 

むしろ変に意識して少しでも関心を持たれたらかえって面倒なことになる。

 

(何も考えず、午前と同じ態度で接すれば良い)

 

緊張しているわけではないが、自分に言い聞かせるように心中で呟く。

 

そんなことをしながらも足を止めずにアリーナへ向かう途中、進行方向の廊下の真ん中におよそ6人の女子生徒の集団が見えた。

 

学年ごとに異なるリボンの色を見てみると、どうやら全員オレと同じ1年生のようだ。

 

このまま歩くとオレの体格ではぶつかる危険があるので、少しだけ歩く速度を速めつつ廊下の端に寄っておく。

 

迷惑な話だが、今の女尊男卑の世の中では女性が些細なことで癇癪を起こして騒ぎを何倍にも大きくするというケースが多い。

 

なので、極力女性との面倒事は避けるのがベストだ。

 

 

「ちょっとアンタ、待ちなさい」

 

 

……ベストなのだが、時には面倒事の方から近付いてくることも有る。今がまさにソレだ。

 

女子生徒の集団とすれ違ってすぐ、後ろから聞こえてきた声に足が止まる。

 

溜め息を堪えて後ろを振り向くと、20センチ近い身長差など微塵も気にせずにオレを見上げる6人の視線が刺さる。

 

その全てから伝わる感情は露骨なまでの蔑みと憎悪。

 

この学園に来てから久しく目にしていなかった懐かしくも予想通りの悪意がそこに有った。

 

「そのデカい図体に爺臭い白髪……アンタ、アドルフ・クロスフォードよね?」

 

「……その通りだが、オレに何か用か?」

 

開幕早々に失礼な発言が飛んでくるが、この程度で口を挟んでいたらキリが無いと考えて罵倒を無視して用件を窺う。

 

しかし、そんな反応が気に食わなかったのか数人が舌打ちしてオレを睨んできた。どうやら、想像以上に幼稚なプライドをお持ちらしい。

 

「良い気になんないでよ。

 突然湧いて出たバグみたいな存在のくせに」

 

この調子だと予想以上に話が進まないと察し、どうしたものか頭を捻ると1人の女子生徒が前へと進み出てきた。

 

他の5人よりも確かな存在感を放つその女性をバレないよう頭頂部から観察する。

 

まず天然とは違う色彩……恐らく染めたと思えるブロンドヘアーは背中に届く長髪で頭頂部から青いメッシュが入っている。

 

顔立ちは東洋系……恐らく日本人だと思うが……切れ長の目付きは常に他人を見下すような威圧感を感じさせ、鋭いを通り越して睨み付けているようにさえ見える。

 

ラフにカスタマイズされた制服は大きく着崩され、リボンはせずにYシャツを第2ボタンまで外している。

 

一見して『ギャル』のような恰好。

 

だが、思春期の子供が背伸びをしたようなモノとは違って目の前の女性が持つ支配者……具体的に言うと『女帝』のような雰囲気がその姿をまるで自然体のように思わせる。

 

「ちょっと、何か言ったらどうなの?」

 

今度は何の反応も返さないオレに目の前の女性は苛立つような声で問う。

 

「別に言いたいことも無いからな。

 今の社会から見ればオレ達の存在は確かにバグに近いものだろう」

 

「ふぅん、自分がどんな存在なのかを自覚するくらいの知性は有るのね。

まあ、度胸の方はからっきしの腰抜けみたいだけど」

 

そう言って目の前の女性が鼻で笑いながらやれやれと言うように肩をすくめると他の女子生徒も続いてクスクスと嘲笑を浮かべる。

 

肯定的な返事をしたはずなのに今度は別方向からの罵倒。

 

恐らくオレが何を言おうとこの連中の口から出てくるのは否定の一筋だけだろう。

 

何かにつけて難癖を付けて否定し優越感に浸る。

 

多人数で追い詰める所も含めて、今の世の中によくいる女性の代表例のようだ。

 

「用事は終わりか? ならもう行くぞ」

 

「終わってないわよ」

 

踵を返して立ち去ろうとした直後、何かがオレの真横を凄まじい速度で通り抜けた。

 

視線を向けると、そこに見えたのは真紅の装甲を纏った多関節のアーム。

 

廊下の中空で制止したアームの先端から根本へと辿っていくと、その発生源は先頭に立つ女性の右の腰元。そこに装着されたスカートアーマーから伸びている。

 

「……部分展開」

 

「アンタには馴染みの無い芸当でしょう? 適正Cランクの劣等生」

 

目の前の女性は心底こちらを見下すような笑みを浮かべながら展開を解除する。

 

ほんの数秒の時間、しかも右腰の部分のみを展開してみせたその技量に少なからず驚く。

 

どうやら口先だけではなく確かな実力も有るようだ。

 

「ちゃんとした用が有るんだから最後まで聞きなさいよ。こっちだってアンタにちょっかい出す為だけに来る程暇じゃないんだから」

 

「ならソレを最初に言え。用件を尋ねただろう」

 

「うるさいわね。黙って聞きなさいよ」

 

自分の非を認めるつもりは無いらしく、面倒くさそうに答えた女性は懐から一枚の書類を取り出してオレに突き付けた。

 

その内容に目を走らせると『アリーナの使用及び模擬戦の許可申請』と書かれている。

 

「……これはどういうことだ?」

 

「頭の悪いアンタにも分かるように命じてあげる。

 私と……この 天城(あまぎ) 澪奈(れいな)と戦いなさい、アドルフ・クロスフォード」

 

そう言いながら嗜虐心を剥き出しにした笑みを浮かべ、目の前の女性は書類を突き付けながらオレに宣戦布告した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

最初は学園に来た目的を調べて今後どうするか考えるつもりだったのに、状況整理したらとんでもない地雷の影を捉えたオリ主でした。

多分出したらキリが無いけど、原作読んでて思ったツッコミポイントを1つだけ。

何でシャルルの性別学園側にバレとらんのよ、転校する場所が場所なんだから学園に入る前にフランス以外の国とか組織の身元確認とか身体検査くらいするでしょうよ。

他にもまあツッコミ所は色々有るんですが、ひとまず上記の疑問から本編ではフランス政府も一枚噛んでる流れにしました。

オリ主は“うわ、やばい気配しかしない。近付かんとこ”のスタイルなのので、命運は一夏次第です。

まあ、オリ主もオリ主で面倒事の中心にいるんですがね!

今回の終盤に登場したオリキャラとオリ主の話は書こうかどうか悩んだんですが、今後の展開の為に出すことにしました。

亀更新に加えて原作の話から少々脱線してしまいますが、どうかお付き合いください。

では、また次回。


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第28話 足りないモノ

今更ながら明けましておめでとうございます。

年末までに更新したかったんですが、タイミング悪く多忙に襲われてこうなってしまいました。


 水笛様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は一夏サイドのお話になります。

では、どうぞ。




  Side 一夏

 

 晴天が広がる第3アリーナの上空。

 

白式に搭乗したオレは空中を駆けていた。

 

最初は戦闘機並みの速度で空を飛ぶという感覚に戸惑っていたものだが、今ではもう慣れたもので恐怖心も無く落ち着いて操縦出来ている。

 

人間同じことを繰り返せば何でも慣れてしまう、と言うが、この場合はISの保護機能の働きが大きいのだろう。

 

そのおかげで、俺も今ではこのように何の不調も無く白式を乗り回せている。

 

 

だが、生憎と今はただ空を飛び回っているわけではない。

 

 

それを強制的に再認識させるように、ハイパーセンサーがロックオンの警告を伝える。

 

「っ……!」

 

その警告を脳が認識するのとほぼ同時に、オレは右手に握った雪片を振るっていた。

 

風切り音を鳴らした刀身は左上方から迫ってきた青色のレーザーを一瞬の抵抗の後に斬り裂いて霧散化させ、漂う粒子を刀身へと吸い寄せる。

 

そうして初撃を無力化することには成功したが、代わりに足を止められてしまった。

 

『甘いですわ!』

 

その失態を指摘するような鋭い声と共に上空から飛来した4基のビットがオレを包囲し、青色のレーザーが3発迫ってくる。

 

ヤバいと心中で叫ぶよりも早くオレは白式のウイングスラスターを展開してその場から離脱しようとするが、一瞬遅かった。

 

1基のビットから放たれたレーザーが俺の離脱先を塞ぎ、3発のレーザーは包囲するビットのミラーに着弾すると共に軌道を変えて3方向から俺に迫る。

 

3つの攻撃に対して俺の雪片は1本のみ、退路もたった今塞がれた。

 

結論、詰みである。

 

「あぁ、くそっ……やっちまった……」

 

ぼやくような呟きの直後、3方向から迫るレーザーが直撃。

 

衝撃と共にシールドエネルギーが激減し、俺は真っ直ぐ地に落ちていくのであった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「……では、先程の試合についての反省点を述べていきましょう」

 

「おう、よろしく頼む」

 

場所は変わらず第3アリーナ。

 

地上に降りた俺と、さっきまで上空で戦っていたセシリアは待機状態となったISから表示されるデータを見て反省会を行っていた。

 

傍には地上で試合を観戦していた鈴、箒、シャルルも立っており、3人からも必要であれば意見を貰うつもりだ。

 

ちなみに言っておくと、さっきの勝負の結果は俺の惨敗で終わった。

 

3発のレーザーの直撃を受けてシールドエネルギーを大きく減らされ、戦闘不能にはならなかったが対消滅機能を使えば即自滅するところまで追い詰められた。

 

一発逆転の奥の手を封じられた俺はそのままセシリアの遠距離射撃によってジワジワと追い込まれて敗北したというわけだ。

 

「まず一夏さん、先程の試合における自分のミスは自覚していますか?」

 

「多分だけど、レーザーを斬り払って動きを止めたから、だよな」

 

「そうですわね。

 射撃兵器を主に使う相手に対して足を止めるのは基本的に悪手。

 特に一夏さんのような近接特化タイプは常に動き続けることを意識しなければいけません」

 

セシリアの言葉に頷きを返し、その意見を踏まえてどう動くべきだったのかを考える。

 

まず、『白式』に搭載されている武装は殲機である雪片のみ。

 

当たり前のことだが、刀とは斬る武器であり近付かなければ攻撃出来ない。

 

その為にはまず相手に近付かなければいけないのだが、これがまた難しい。

 

戦う相手も何も考えない間抜けというわけではない。

 

敵のタイプにもよるだろうが、セシリアのような遠距離主体のタイプは基本的に弾幕を張ったり迎撃を行って近付けないようにするだろう。

 

何故なら、一夏の輝装は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……やっぱり、俺はまだ『白式』の機動性を使いこなせていないんだろうな」

 

「たしかにそうね。

 ざっと見ただけでも、『白式』のスペックならもっと速く正確に動ける筈よ。

 ISっていうのは使う人間の肉体の延長。

 まずはその“新しい体”に慣れなきゃ始まらないわ」

 

「私も鈴さんと同意見です。

 恐らく、今の一夏さんに最も求められているのは

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですわね」

 

自分の欠点を見詰める一夏の言葉に鈴も肯定し、セシリアがより具体的に纏める。

 

幾ら輝装に覚醒して専用機を得ようと、一夏やアドルフの操縦経験は素人に毛が生えた程度でセシリア達には遠く及ばない。

 

まずはISを動かす、という感覚そのものを肉体の芯に至るまで深く馴染ませる必要が有るというわけだ。

 

だが、同じく反省会に同席していた箒は一夏が剣以外のことを優先するのに納得出来ないというように声を上げた。

 

「それでも攻撃が当たらなければ意味が無いだろう。

 『白式』の性能を使いこなすことは必要だが、『 瞬時加速(イグニッション・ブースト)』のような技を使えば……」

 

「たしかに一夏の戦い方を考えれば何時かは必要になるかもね。

 けど、少なくとも今はダメね」

 

「ッ……何故だ!」

 

鈴の反対に箒は声を荒げるが、不足した説明を補足するようにシャルルが割り込んだ。

 

「まだ基礎が出来上がってない一夏に変な癖を覚えさせない為だよ。

 『 瞬時加速(イグニッション・ブースト)』は近距離タイプに必須の技だけど、基本直線にしか動けない欠点が有るでしょ?

 下手に乱発したら相手にすぐ見切られてエネルギー切れが早くなるだけだよ」

 

要点を分かりやすく押さえた説明に反論も出なくなり、箒は黙るしかなかった。

 

そのまま訓練に映るのかと思われたが、何かを思い付いたシャルルが手を上げた。

 

「そういえばさ……さっきの戦いを見て思ったんだけど、もしかして一夏って射撃武器を使った経験が無いんじゃない?」

 

「おう、その通りだ。

  拡張領域(バススロット)に空きが無いらしくてな。

 『白式』の扱える武装はこの刀一本だけだ」

 

ISは基本的に様々な装備を量子変換によって運用する。

 

初期段階を除く装備は全て 後付装備(イコライザ)と呼ばれ、ソレ等は全て 拡張領域(バススロット)に量子変換されて保存される。

 

IS操縦者はこの 拡張領域(バススロット)の中から必要に応じて様々な 後付装備(イコライザ)を取り出して使用するというわけだ。

 

しかし、当然ながらその容量は無限ではなく、輝装によって何らかのシステムが発現した場合もこの 拡張領域(バススロット)を消費する仕組みとなっている。

 

だからなのか、一夏の『白式』には殲機である雪片以外の通常武装を装備する容量の“空き”というものが殆ど無い。

 

エネルギーの性質を持つモノには絶対的な優位を誇る“霧散化吸収”と“対消滅”。

 

この強力な能力の代償と考えれば他の武装が使えないのも分かるが、此処まで近接戦闘以外の選択肢を排除した特化型は少々珍しいのではないだろうか。

 

「だったらさ、まずは一夏に射撃武器の特性を説明した方が良いんじゃない?

 実戦で使えなくても、感覚を知っておくのは大事だよ」

 

シャルルの提案を聞き、一夏達は数秒だけ考え込んだ後に顔を合わせて頷く。

 

「ではシャルルさん、此方はお願い出来ますか?

 私は終わるまで自主練でもしようと思います」

 

「あ、んじゃアタシも付き合うわ。

 あんまり多人数で見てても意味無いしね。

 箒、アンタはどうすんの?」

 

「私は……」

 

鈴に問いを投げられた箒は顔を沈めて考え込むが、持ち上がった視線が一夏から傍に鎮座している『打鉄』へと移動した瞬間に答えは決まった。

 

「……私も訓練に混ぜてもらおう。

 輝装は使えないが、格闘戦ならば負けはしない」

 

「へぇ、言うじゃない。

 それじゃあ、お手並み拝見といきましょうか」

 

絶対的な自信を含んだ箒の言葉に鈴はニヤリと笑みを浮かべ、一瞬で『甲龍』を展開して右手に連結状態の双天牙月を量子変換する。

 

そのまま少し離れた位置に飛び去っていく鈴の後に続くように『打鉄』を身に纏った箒が立ち上がり、軽い跳躍と共に飛行する。

 

セシリアも『ブルー・ティアーズ』を身に纏ってすぐに無駄の無い加速で急上昇し、アリーナの上空でシュミレーターを操作してレーザーライフルを取り出す。

 

全員が特訓を始めたのを見届け、一夏も『白式』を身に纏ってシャルルと向き合う。

 

「……すまんな、シャルル。

 いきなり付き合わせちまって悪いが、よろしく頼む」

 

一夏は自分の未熟さに付き合わせることを申し訳なさそうに詫びるが、シャルルは不満の気配など欠片も見せない晴れやかな笑みを浮かべる。

 

「こちらこそだよ、一夏。

 それじゃあ、早速始めていこうか」

 

そう言って量子変換の光を纏ったシャルルは自身の専用機を身に纏った。

 

装甲色は明るいオレンジ色で全身のフォルムは『白式』と比較するとかなり細身でシャープな形に纏まっている。

 

だが、その外見から非力な印象は一切感じられず、逆に 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)として装備された4基の推進翼の存在が加わることで機動性を優先した機敏そうな形状となっている。

 

『白式』のハイパーセンサーが目の前のISを認識し、コアネットワークを通じて簡単な情報をスクリーンに表示する。

 

「これがシャルルの専用機か。

 機体名は……『コスモス』」

 

「うん、輝装に到達した時にリヴァイブをベースにして生まれ変わったんだ。

 外見はあんまり変わらなかったんだけど、中身は別物だよ。

 基本的な性能は勿論、拡張領域は元々の倍近く増えたんだ」

 

「倍って……そりゃすごいな。

 ちょっとした武器庫みたいなもんだろ」

 

何の調整もされていない訓練機でも5~8種類の武装を搭載出来ることを考えれば、シャルルのISがどれだけ破格の拡張性を持っているのかは一目瞭然だろう。

 

「そうだね。

 殆どが実弾兵装だけど、15近くは積んでるかな。

 それじゃあ、まずはコレを使って」

 

そう言ってシャルルは翳した右手に55口径アサルトライフル「ヴェント」を量子変換させて一夏に手渡す。

 

一夏は 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)に固定されている鞘に雪片を納め、両手でライフルを受け取って腕に感じる重さを確認する。

 

生まれて初めて“銃”という物に触れるが、ISの保護機能が働いているのか忌避感や過度な緊張などは感じられない。

 

「これってシャルルの武装だけど、俺にも使えのか?」

 

「ちょっと待ってね……うん、大丈夫。

 今、一夏と『白式』を武装が使えるように 使用許諾(アンロック)リストに登録したから」

 

ISの武装は基本的に所有者本人にしか使用出来ないようにロックが掛かっている。

 

だが、今シャルルがやったように所有者本人が許可を出せばその武装を拾い上げて即座に使うということも出来るのだ。

 

問題無く使えることを確認した一夏は手に持ったライフルの銃身を持ち上げて構えを取る。

 

映画で見た形を真似てみると、苦笑したシャルルが一夏の背後に移動して構えを誘導する。

 

「撃つまで引き金に指は触れないで。

 しっかりとグリップを握って、ストックを肩に当てて固定する。

 反動が有るから重心は少し前に倒すくらいが良いよ」

 

シャルルの指示に耳を傾けながら一夏は細かく構えを調整していく。

 

やがて構えが整ったのを確認し、シャルルが端末を操作して50メートル程離れた位置に射撃訓練用の仮想標的を3つ出現させる。

 

「まずはアレを撃ってみて。

 火薬を使った実弾銃だから反動が有るけど、殆どはISが相殺してくれるから大丈夫だよ。

 慌てずに、引き金はゆっくりと引いてね」

 

「わかった、やってみる…………アレ? サイトが出ないぞ」

 

ISは基本的に高速移動しながら射撃を行うので照準を付ける際もハイパーセンサーとの連携が必須である。

 

しかし、射撃武器を構えた際に表示される筈のターゲットサイトがどれだけ待っても『白式』には表示されない。

 

予想外の事態に一夏は構えを解いて首を傾げるが、白塗りの鞘に納められた雪片を視界に入れた瞬間に1つの仮説が思い浮かんだ。

 

「まさか…… 雪片(コイツ)の容量に拡張領域だけじゃなくて基本システムまで一部食われてるのか?」

 

「あ~、普通は考えられないけど……これだけ近距離特化の機体なら有り得るかもね。

 じゃあ一夏、しょうがないから目測で狙ってみよう」

 

「ハァ、それしかないか……分かった」

 

次から次へと判明する『白式』の尖り過ぎた仕様に一夏は溜め息を漏らす。

 

だが、もはや変えようの無いことに文句を言っても始まらないと気持ちを切り替えて一夏は先程教えてもらった形でライフルを構える。

 

ハイパーセンサーを通したターゲットサイトは表示されないので、銃本体に取り付けられた金属製の照準器……アイアンサイトで標的に狙いを付ける。

 

銃身が上下左右に小刻みに動き、照準を整えたところでピタリと静止する。

 

「…………撃つぞ」

 

一夏が合図するように静かな声で呟き、ゆっくりと引き金に掛けた指を引き絞る。

 

 

バアンッ!!!

 

 

「うおっ!?」

 

直後に火薬の炸裂音が鳴り響き、伝わる反動も合わさって一夏は驚きの声を上げる。

 

初めて銃を撃つという体験で心臓はバクバクと暴れているが、剣を振るっている時とは全く違う感覚を確かに肌で感じることが出来た。

 

「どう?」

 

「ああ、確かにこの感覚は知っておくべきだ。

 銃ってのは、俺の思ってた以上に厄介な武器だったんだな」

 

第3者が聞けば当たり前だろうと言われそうな言葉が一夏の口から漏れる。

 

だが、その当然の言葉に傍にいたシャルルは満足そうに頷いた。

 

「その通りだよ。

 頭の中で銃弾は速いモノだと分かっていても、実際に撃たれる弾丸は面積が小さいからどうやっても捉えにくい。

 だから軌道予測が合えば高い確率で命中させられるし、外れても相手を牽制出来る。

 例え適当にばら撒かれたような射撃でも、一夏みたいな近接タイプは無意識にプレッシャーを感じてしまうんだ」

 

「思いっきり前に踏み込んでたつもりでも、実際は心の中でブレーキが掛かってたわけか。

 だから俺の速さに慣れてきたセシリア相手にあそこまで一方的にやられた」

 

自分自身に教え込むように口にした言葉は、一夏の頭の中でカチリと合わさる。

 

今までの自分に足りなかったモノ、改善すべきものモノを自覚したことで強くなる為の道筋がより明確になり、高揚感がこみ上げてくる。

 

傍で見ていたシャルルも一夏が何を掴んだのを察したのか微笑を浮かべる。

 

「一夏、せっかくだからもう少し撃ってみたら?

 マガジン1本撃ち尽くしちゃって良いよ」

 

「おう、ありがとう。

 せっかくだからそうさせてもらうよ」

 

シャルルの厚意に礼を返し、一夏は再びライフルを構える。

 

二度目ということもあって先程よりも落ち着いた様子で2発目、3発目を放つ。

 

今度は全身に伝わる反動に驚くこともなく、放たれた弾丸は仮想標的に着弾した。

 

標的の中央部分からは大分外れた位置に命中しているので射撃の精度はお世辞にも高くはないが、そんなことは最初から分かっているとでも言うように一夏は黙々と撃ち続ける。

 

同時に、こうした射撃武器を相手にどうやって距離を詰めるべきかを考える。

 

「あ、一夏腕が下がってきてるよ。

 銃身は常に目の高さまで上げて、視線の延長線上に置くようにして」

 

「分かった」

 

時折傍で見ているシャルルの指導に従いながら一夏は少しずつ拙い弾道を修正していく。

 

僅かに角度がズレただけで弾丸は狙った位置から大きく外れるが、使っている銃の感覚を覚え始めたのか着弾点が少しずつ中央に近付いていく。

 

そして、15発を撃ってマガジンに1発だけが残る。

 

(これでラストか……)

 

せめて1発だけでも中央に命中させようと一夏は深呼吸する。

 

数秒間の照準を終えた銃身がピタリと固定され、引き金に指が掛けられる。

 

 

バアンッ!!!

 

 

引き金が絞られて炸裂音と共に弾丸が発射される。

 

かなり深く集中したおかげか、一夏の照準は標的の中央付近を捉えていた。

 

そのコースをなぞった弾丸は狙い通りに標的の中央へと直進する。

 

しかし……

 

 

ドオオォン!!!

 

 

……着弾の寸前に大砲を撃ったような炸裂音が鳴り響き、仮想標的が粉々に砕けた。

 

「っ……!?」

 

炸裂音が鳴り響いた瞬間に一夏は反射的に動き出し、構えていたライフルを放って即座に雪片を抜刀する。

 

一夏だけでなく、傍にいたシャルルや離れた位置にいる鈴とセシリアも武器を構えた。

 

音が聞こえてきた方向にハイパーセンサ―を使って視界を向けると、アリーナのピットに1機の黒いISが立っていた。

 

四肢を覆う装甲は無駄を削ぎ落したシャープなデザインだが、装甲の間を走る赤色のラインの存在が加わることで近付くのを躊躇う重厚感を纏っている。

 

背後の 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)は大型ジェネレーターのような丸みを帯びたユニットが備えられ、右側には先程の発砲音の正体であると思われる巨大なカノン砲が装着されている。

 

シャルルの時と同様に『白式』のハイパーセンサーがコアネットワークを通じて簡単な情報がスクリーンに表示される。

 

 

ドイツ製第3世代型IS、機体名『シュヴァルツェア・レーゲン』

 

 

その情報を目にした瞬間、一夏は目の前のISの搭乗者が誰なのかを直感的に理解する。

 

何せその人物とは、数日前に最悪な初対面を体験したのだから。

 

「ラウラ……ボーデヴィッヒ」

 

「探したぞ、織斑一夏」

 

一夏が呟いた名前と共に見上げた先には、侮蔑と怒りを混ぜ込んだような目で自身を見つめる赤色の瞳が見えた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

シャルルの専用機の名前は輝装に覚醒したのに原作通りだと違和感有ると思ってちょっと未来の方から持ってきました。

ただ、外見の方は変わってません。ただ名前が違うだけです。

ちなみに、名前の別候補としてビュグロス、ポタンシエル等が調べ物してて浮かび上がりましたが、シャルルの事情を一切出してない状況でこのチョイスは捻くれ過ぎてると思ってやめました。

ちなみに、花言葉は簡単に言うと……

ビュグロスは嘘、誤り。

ポタンシエルは家族愛、あなたの評価が欲しい。

……です。

新しい年も変わらず亀更新になりそうですが、少しずつでも完結を目指していくのでお付き合い頂ければ幸いです。

では、また次回。

そしてよいお年を~。



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第29話 這い寄る過去

※始める前に1つだけ

原作を読み返していたら一夏達が訓練をしていたのはシャルル達の転校から5日後のことだと判明したので、ソレに合わせて1話前と今回の話の内容をほんの一部だけですが修正しました。

理解不足で手違いが発生してしまい、申し訳ありません。


水笛様、ヴァイロン様から感想をいただきました。ありがとうございます。

相も変わらずの亀更新でお久しぶりです。

今回は引き続き一夏サイドになります。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 突然の乱入者の登場によって、第3アリーナの雰囲気は一変していた。

 

先程までの空気の緩さは消え去り、まるで銃を構えて睨み合うような緊張感が満ちている。

 

たった今仮想標的を粉砕した『シュヴァルツェア・レーゲン』はリボルバーカノンの照準を雪片を構えた『白式』に向けており、見るからに一触即発の状況だ。

 

隣に立つシャルルは片手にアサルトライフルを持っているが、下手に相手を刺激すれば戦闘開始の引き金になると考えて構えてはいない。

 

離れた位置にいる鈴とセシリアも同じ考えらしく、武器を握るだけで構えてはいない。

 

しかし、もし戦闘が始まればソレ等全てが即座に敵を襲うことになるだろう。

 

「……訊くのは二度目になるけど、何の真似だ」

 

「貴様も専用機持ちだろう。

 私と戦え、織斑一夏」

 

構えを崩さずに尋ねた一夏の言葉に対してラウラは一方的に自分の用件を告げる。

 

他人の都合を一切気にしないその態度は初対面の時から変わっておらず、銃口を突き付けている現状では脅迫と何ら変わり無い。

 

「……断る。

 オレには今お前と戦う理由は無い」

 

「貴様に無くとも、私には有る。

 あの人の……教官の輝かしい偉業を奪い去った貴様の存在を、私は認めない」

 

その言葉に、雪片を構える一夏と離れた位置に立つ鈴の体が一瞬だけピクリと反応する。

 

同時に、ラウラの言葉を切っ掛けとして一夏の中で様々な情報のピースが組み合わさる。

 

「あぁ、なるほどな……お前がオレに敵意を向けるのは、そういう理由か」

 

1人で納得するように呟くと、一夏は息を吐きながら構えを解いて雪片を鞘に収めた。

 

銃口を向けられている本人が誰よりも早く武器を納めるという事態に他の者達は驚愕するが、いち早く復帰したラウラは発砲はせずに表情を歪める。

 

「……どういうつもりだ」

 

「人の言うこと碌に聞かないくせに質問か?

 さっきも言った通り、今お前と戦う理由は無い」

 

「っ……ふざけるな!」

 

不愉快だと言わんばかりにラウラは声を荒げるが、一夏の態度は変わらない。

 

今にも引き金を引きそうなほどに怒りを露にしているラウラに対して指1つ動かさず、睨むように視線を交差させている。

 

だが、それを離れた位置で見ていた鈴と箒は付き合いの長さから今の一夏の雰囲気に何処か違和感のようなものを感じた。

 

(一夏のやつ……不機嫌っていうか、イラついてるわね)

 

(ボーデヴィッヒと同じ……いや、下手をしたらそれ以上に怒っているような……)

 

2人の目に映る一夏の姿は一見冷静だが内心何かにイラついているような、今にも吐き出したい怒りを必死に隠してるように見えた。

 

そんな変化を付き合いが浅いどころか今にも砲弾を放ちそうなほど怒っているラウラが気付いているわけもなく、場の緊張感は限界に達していた。

 

均衡が崩壊する気配を直感的に察知したシャルルとセシリアが銃を構え、怒りに目を見開いたラウラがリボルバーカノンのトリガーを引こうと……

 

 

『そこの生徒! 何をやっている! 所属の学年とクラスを言え!』

 

 

……した瞬間、アリーナに設置されたスピーカーから怒鳴り声が鳴り響いた。

 

全員が聞き覚えの無い声だったが、恐らく騒ぎを聞きつけた教員の1人だろう。

 

思いも寄らぬ形で入った制止によって殺し合い寸前のような緊張感は薄れ、臨戦態勢だった全員の体から無意識に力が抜ける。

 

それはラウラも例外ではなく、一夏の態度と教員の横槍によって完全に興が削がれたのか舌打ちと共にISを収納してピットへと身を翻す。

 

だがその途中、首だけを動かして怒りに染まった瞳で再び一夏を睨み付ける。

 

「今回は邪魔が入った。

 だが、忘れるな。

 貴様はいずれ私が必ず叩き潰す」

 

「……ああ、望むところだ。

 その時が来たら、オレも逃げやしない」

 

一夏の言葉にひとまず納得したのか、歩き出したラウラは振り返ることなくアリーナを出た。

 

ソレを確認した全員が完全に肩の力を抜き、浮遊しながら一夏の元に集まる。

 

「聞きしに勝る傍若無人っぷりね。

 授業の時にアイツと同じ班だった人達には同情するわ」

 

「ですが、恐らくアレは絶対的な自信から来るモノでしょう。

 決して褒められた態度ではありませんが、間違い無く相当な実力者です」

 

立ち去ったラウラの背中を視線で追いながら鈴とセシリアはそれぞれの評価を口にする。

 

同じ代表候補生という立場の人間。

 

現時点で親しくなりたいとは欠片も思わないが、その実力は無視出来ない。

 

「一夏……その、大丈夫か?」

 

「……ああ、平気だ。問題無ぇよ」

 

気遣うように声を掛けた箒に対し、一夏は視線を僅かに沈めたまま平坦な声で最低限の言葉を返した。

 

明らかに普段とは違う雰囲気なのだが、隠し切れていない不機嫌そうなオーラのせいで幼馴染である箒も言及出来ない。

 

そんな気まずい空気を察してか、普段通りの人懐っこい表情に戻ったシャルルが一夏の正面に移動して顔を覗き込む

 

「今日はもう上がろうか。

 もうちょっとでアリーナの閉館時間だし」

 

「ああ、もうそんな時間か。

おっと、そういえば……」

 

シャルルの言葉に反応した一夏は軽い跳躍と共に浮遊し、ラウラが奇襲した時に放り投げたライフルを拾い上げる。

 

マガジン内の弾は全て射ち尽くした筈だが、安全のために教わった通りマガジンを外してスライドを引き、チャンバー内に弾が残っていないかを確認する

 

弾が入っていないことを確認し、一夏は拾い上げたライフルをシャルルに手渡す。

 

「貸してくれてありがとうな。

 反射的にやっちまったけど、放り投げたりして悪かったよ」

 

「気にしないで、同じ状況になったら僕も同じようにしてたから。

 それに、ISの武器はこの程度じゃ壊れないよ」

 

一夏の謝罪に対してシャルルは微笑みを返しながらライフルを量子変換で収納する。

 

その様子から本当に気にしていないことを感じ取った一夏は改めて礼を述べ、ゆったりとした加速でピットへと戻っていった。

 

その背中を見えなくなるまで見送り、アリーナに残った4人は事前に打ち合わせをしたわけでもなく自然と顔を合わせた。

 

「……本人は平気とおっしゃいましたが、かなり動揺していますわね」

 

「いや、動揺というよりは……不機嫌という方が近いかもしれん。

 あそこまで酷いのは初めて見たが……」

 

セシリアの言葉に幼馴染という付き合いの長さから一夏の様子を分析した箒が捕捉を加える。

 

同じく付き合いの長い鈴も同じ意見なのか、口を挟まずシャルルに顔を向けた。

 

「何にしても、アイツがブチ切れて戦闘開始、なんてことにならなくてラッキーね。

 あの様子じゃ一度始めたらとことんまでやってたわよ」

 

「僕も同感かな。

 さっきも教師の人が止めなかったら、本当に引き金を引いてたと思う」

 

そこから先の展開は坂を下るように最悪な形にしかならない。

 

放たれた砲弾が無抵抗状態の一夏を襲い、他の全員は一夏がリンチにされるのを黙って見ていることなど出来る筈も無く、ラウラと戦わざるを得なくなる。

 

そうなれば、ラウラは躊躇うことなく輝装を使用して一夏諸共自分の邪魔をする存在を排除しようとしただろう。

 

一夏と箒を除いたとしても、輝装に到達したIS4機の激突。

 

シャルルとラウラの輝装の詳細は不明だが、アリーナに甚大な被害が出たのは確実だろう。

 

幸いなことに今回はそうならなかったが、ラウラのあの様子では間違い無く近い内に再び仕掛けてくるだろう。

 

「シャルル、悪いんだけどしばらく一夏のこと気に掛けてくれる?

 個人的な事情が絡んでるらしいけど、流石に無視は出来ないわ」

 

「勿論だよ。

 でも……何で一夏はいきなり武器を納めたんだろう

 様子がおかしくなったのもその時からだよね」

 

鈴の頼みにシャルルは快く頷くが、同時に先程の一夏の行動が不審に思えて疑問を口にする。

 

箒とセシリアも口には出さなかったが同じ疑問を抱いてらしく、顔を俯かせて理由を考えてみるがハッキリとした答えは出てこない。

 

しかしただ1人、鈴だけは何か心当たりが有るのか苦々しい顔をしていた。

 

「ラウラの言ってたことから考えて見当は付くわ。

 でも、悪いけど私の口からは言えない。

 他人が勝手に喋って良いことじゃないからね」

 

そう説明する鈴の表情は、先程までとは一転して暗いモノとなっていた。

 

忌々しい何かを思い浮かべてしまったような、そんな表情だった。

 

ソレを見て詳しく聞き出そうと思う者はおらず、箒達は無言で頷く。

 

それから程無くしてアリーナの閉館時間となり、全員は急ぎ足でピットへと戻っていった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side 一夏

 

 「……はぁ」

 

各アリーナに設けられた更衣室でISスーツを脱いで制服に着替え、ロッカーの間に置かれた長いベンチに腰掛けたオレは深い溜め息と共に呟く。

 

先程までとは一変して気分は最悪、出来ることなら大きな叫び声でも上げたい程だ。

 

その原因は、初対面でいきなり俺の横っ面を引っ叩いてくれたドイツの転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒの先程の発言だろう。

 

『あの人の……教官の輝かしい偉業を奪い去った貴様の存在を、私は認めない』

 

「っ! ……どうして、今になって……」

 

ラウラの言葉を思い出し、額に手を当てながら再び溜め息が漏れる。

 

同時に、頭の中に浮かび上がるのは俺の今までの人生で最悪の経験。

 

自分を取り囲む数人の黒服。

 

暗闇に包まれる視界と声を上げるする口元を塞ぐ大きな手。

 

誰も寄り付かないような廃工場。

 

手足を縛られて何も出来ない俺を見下し嬲るような悪意に染まった複数の目。

 

そして……暗闇の中に差した光と共に現れた……■■■。

 

「うっ……!」

 

複数の写真を切り抜いたように記憶が暗転し、途中で吐き気がこみ上げてきた。

 

だが、ここで吐くのはマズイと頭の中に残った理性が勝り、喉元に力を入れてこみ上げてきた吐き気を強引に押し戻す。

 

「はぁ……はぁ……」

 

深呼吸を繰り返して乱れた意識を整え、膝に力を入れて少々強引に立ち上がる。

 

気持ちを落ち着けるにしても、此処にいたらシャルルと顔を合わせてそれも難しくなる。

 

そう思って外に出ようとすると、出口の扉からノックを知らせる電子音が鳴り響いた。

 

『織斑君、デュノア君、いますか?』

 

扉の奥から聞こえてきた声は山田先生のモノだった。

 

もう一度だけ深呼吸し、自分の意識が落ち着いたことを確認してから答える。

 

「ふぅ……はい、いますよ先生。

 今開けます」

 

扉を開けると、そこには何枚かの書類を抱えて安堵の表情を浮かべた山田先生がいた。

 

俺と目が合っても何も言わないことから、どうやら顔色は問題無いようだ。

 

「あら、デュノア君は不在ですか?

 今日は一緒に自主練していると聞いたんですが」

 

「シャルルなら今ピットから戻ってる途中だと思います。

 大事な話なら、呼んできますか?」

 

「いえいえ、後で織斑君の方から伝えてくれれば充分です。

 実は、以前話した大浴場が男子でも使えるように決まったんです」

 

山田先生に言われて記憶を遡ると、確かに入学してすぐの頃にそんな話をしていた。

 

それほど長い月日が経っているわけではないが、あれから色々な出来事が有り過ぎたせいで記憶に残っていなかった。

 

今ではシャワーだけの日々が日課になっていたので、風呂に入るのは随分久しぶりになる。

 

「そういえばそんな話をしてましたね。

 でも、どういう形で決まったんですか?

 たしか時間帯別にすると女子生徒達から苦情が入って問題になるって話じゃ……」

 

「はい。実を言うと、そこの解決に一番時間が掛かりまして。

 方々と話し合った結果、週に2回の使用日を設けることになったんです」

 

成程、下手に時間を分けるのではなく、最初から使う日を決めておくことにしたわけか。

 

これなら女子生徒と何らかのトラブルが起こる可能性も殆ど無くなる。

 

だが、有難いと思うのと同じ位に申し訳無いという気持ちも湧いてくる。

 

「なんだか……すいません。

 俺達3人の為にわざわざっ……!」

 

そこまで口にした所で、山田先生が人差し指を俺の鼻先に突き出して言葉を止めた。

 

突然の事態に驚きで体が固まり頭が混乱するが、人差し指をどけた山田先生は俺と目を合わせてニコリと優しく微笑んだ。

 

「謝る必要なんてありません。

 貴方達は生徒で、私達は先生なんですから」

 

「……えっと……ありがとう、ございます」

 

悪意を一切含まない声でそう言われ、俺は混乱が抜け切っていないまま短く礼を言った。

 

よろしい、と頷いた山田先生は脇に抱えていた書類を手渡してきた。

 

「ひとまず今月下旬と来月分の大浴場の使用スケジュールを纏めました。

 明日になったら女子生徒達にも配りますけど、織斑君達には先に渡しておきますね。

 デュノア君にも渡しておいてくれますか?」

 

「分かりました。

 後でオレも目を通しておきます」

 

「あれ、一夏?」

 

後ろから聞こえた声に振り返ると、不思議そうな目でこちらを見るシャルルがいた。

 

恐らく、まだ俺が更衣室にいるとは思っていないかったのだろう。

 

俺に気を遣って遅れて来てくれたのに申し訳無いが、今は丁度良かった。

 

「山田先生が書類を持ってきてくれたんだ。

 今月下旬から大浴場が使えるからそのスケジュールとかをな」

 

「そうなんだ。

 日本のお風呂ってすごく快適だって聞いたから、ちょっと楽しみかな」

 

そう言って微笑みを浮かべるシャルルにタオルと一緒に書類を渡す。

 

後は俺も部屋に戻って休もうと考え、シャルルに先に戻ってると伝えて出口へ向かう。

 

だがその途中、一緒に更衣室を出ようとしていた山田先生から呼び止められる。

 

「すいません、織斑君にはもう1つ用事が有るんです。

 『白式』の正式登録について書いてほしい書類が有るので、職員室に来てもらえますか?

 少し枚数が多いので時間が掛かりますけど……」

 

「分かりました、大丈夫です。

 シャルル、そういうわけだから今日は先にシャワーを使ってくれ」

 

「わかった」

 

転校から5日が経過し、今では俺とシャルルはルームメイトになっている。

 

箒が部屋を移動したことでスペースは空いてたし、同じ男性だということから俺も一切異論は無かった。

 

しかし、同じ男性でも礼儀には厳しいのか、シャルルには生活態度でよく注意をくらう。

 

この前もシャワーを終えてズボンを穿いた半裸状態でも注意された。

 

荷物を運び終えた際にも、何故かシャワーを使う順番に強く拘ってきて普段は俺が最初でシャルルが後という形になるのを譲らなかった。

 

中学までよく遊んでいた同性の友人からは特に何か言われたことは無かったけど、もしかして外国人からはすごくだらしないように見えるのだろうか。

 

「それじゃあ行きましょうか、織斑君」

 

山田先生に呼ばれた声から思考を中断し、短い返事と共に急ぎ足で後に続く。

 

そうして更衣室を出た俺の背後で、誰にも聞こえない小さな溜め息が零れていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「……ハァ~」

 

一夏と麻耶が更衣室を出て数秒後、1人残されたシャルルは深い溜め息を吐き出した。

 

渡されたタオルを頭に被せたままロッカーに背中を預け、そのままズルズルと力が抜けたように床に座り込んで天井を見上げる。

 

タオルと前髪に隔たれたアメジストの瞳がぼんやりと照明を見詰めるが、その中には今までとは一転して暗い影のような淀みが有った。

 

肉体的か精神的なモノかは分からないが、全身から漂う疲労の気配は下手をすれば先程までの一夏よりも酷く見える。

 

「これで良いんだ……こうするしか、無いんだ……」

 

光が薄れた瞳で天井を見詰めながら、シャルルはうわごとのように呟く。

 

その様子は、まるで何かに追い詰められているような、あるいは考えたくもない何かから必死に目を逸らしているようにも見えた。

 

そのままシャルルは床に座り込んで天井を見上げていたが、数分程経った頃に溜め息を吐きながら視線を沈めると共に体を起こす。

 

まだ普段の様子とは程遠いが、何時までも此処にいるわけにはいないと気分的に重くなった体を動かして着替えを済ませる。

 

(考えが纏まらない……少し休んだらシャワーでも浴びて気分転換しよう……)

 

このままでは落ち込みに拍車が掛かるばかりだと考え、シャルルは足早に部屋へと戻った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side 一夏

 

 「ふぅ~……思ったよりも早く終わったな」

 

山田先生の言った通り書類の枚数は多かったが、殆どは指示された場所に名前を書くだけのモノだったのでそれほど時間は掛からなかった。

 

今回の手続きを終えて、俺は正式に『白式』の登録者となった。

 

しかし、山田先生が言うのはこの手続きを終えても特に大きな変化は無く、公式の大会などで参加登録する際の手間が省ける程度らしい。

 

それでも、専用機という大きな力を所持している以上、その行動に伴う責任が有るのだということを忘れてはいけない。

 

(まだまだ未熟者だけど………少しずつ進んで行くさ)

 

手首に装着された待機状態の『白式』を見詰めながら心の中で決意し、顔を上げると共に寮の自室へと行き先を決める。

 

今日はISの訓練に加えてラウラに絡まれたりと色々有ったし、早めに休もう。

 

そう考えながら少しだけ速度を上げて足早に廊下を歩き出した。

 

のだが……

 

 

「ねぇ、聞いた?

 織斑君とは別の男子生徒、クロスフォード君の話」

 

「知ってる知ってる。

 日本の代表候補生と勝負するって話でしょ?

 しかも、負けた方は勝った方の要求を何でも訊くって」

 

 

……偶然聞こえてきたその会話にすぐさま足を止めることになった。

 

どうやら、部屋に戻るのはもう少し後になりそうだ。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

名も知らぬモブ教師の言葉で興が冷めたおかげで戦闘は起こりませんでしたが、もし戦闘開始したらアリーナはほぼ確実に閉鎖レベルで破壊されてました。

今作の一夏は原作よりも過去の体験をトラウマとして引きずっています。

というか、普通あんな体験したら重度のトラウマ抱えても不思議じゃないと思うんですが……

シャルルもシャルルで大分追い詰められており、次回辺りでその辺の事情に触れていくことになります。

次回はオリ主も加わってくることになります。

では、また次回。


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第30話 不可視のうねり

水笛様から感想をいただきました。ありがとうございます。

亀更新は変わっておりませんが、どうにか年内に投稿出来て良かったです。

世間ではオミクロン株の問題が騒がれておりますが、皆さんもどうかお気をつけて正月をお迎えください。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 その噂は、何の前触れも無くIS学園に広がり出した。

 

“2人目の男性操縦者と日本の代表候補生が決闘する”

 

“負けた方は勝った方の要求を何でも訊く”

 

他にも幾つか内容が異なるモノも有ったが、学園全体の8割以上がこの2つの噂を耳にしていた。

 

男性操縦者が関係しているだけで話題性は充分だが、今回はクラス代表戦以上の盛り上がりだ。

 

生徒の殆どが噂話が大好きな年頃というのもあり、その話題は瞬く間に学園中に広がった。

 

その噂話を聞いた人間の反応は楽しみだと騒ぐ者や呆れる者と様々。

 

……だが、実はこの噂話には奇妙な部分が幾つか存在する。

 

1つ、噂話を最初に広めた女子生徒のグループがほぼ同時刻に複数の場所で確認されたこと。

 

2つ、未だ噂話の段階でありながら既にアリーナの使用申請が出されていること。

 

3つ、話題の中心である男子生徒、アドルフ・クロスフォード本人に勝負を受けた覚えが全く無いということである。

 

事態全体を俯瞰的に見なければ気付けない不審点。

 

まるで誰かが意図的にこの状況を()()()()()()()()()()、IS学園全体が動き始めていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side アドルフ

 

 「……やられたな」

 

呟きと共に、心の底から疲れを感じさせるような溜め息を吐く。

 

その理由は、自室に戻った更識が教えてくれた現在IS学園内で広まっている噂話とやらだ。

 

曰く、オレが日本の代表候補生と戦って負けた方は勝った方の要求を何でも訊く、とのこと。

 

わざわざ“2人目”と指しているので内容が食い違って織斑と間違えたわけではなさそうだ

 

しかし、オレもそんな勝負を受けた覚えは無い。

 

更識もオレがそんな勝負をするわけがないと思っていたらしく、労うように背中をトントンと叩きながら苦笑している。

 

「……けど、どうしてあんな噂が突然流れたんだろう」

 

「……それについては心当たりが有る」

 

今のところ何1つ証拠は無いが、このバカ騒ぎを企てた人物が誰か予想は着く。

 

記憶を辿って思い浮かんだのは、数日前に突然廊下で絡んできたあの女……天城澪奈の顔だ。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「私と……この 天城澪奈と戦いなさい、アドルフ・クロスフォード」

 

目の前の女……天城澪奈は嗜虐心に満ちたような表情で書類を突き付けながらそう言った。

 

周りに立つ女子生徒も愉快なモノを見たようにクスクスと笑みを浮かべているが、生憎とオレの心境は現在進行形で冷めていく一方である。

 

だが、何も言わず黙っているわけにもいかないので答えは言っておこう。

 

 

「断る」

 

 

女子生徒の笑い声が途切れた瞬間に重なったからか、その言葉はハッキリと廊下に響いた。

 

そして、オレの返答を聞いた天城澪奈は数秒の沈黙を挟んで表情を歪めた。

 

「は? 今何て言ったの?」

 

心底呆れるようなオレの目を見て、天城澪奈の表情にハッキリと怒りが宿る。

 

オレが勝負を断る可能性を考えていなかったのか、それとも『女』である自分の命令に逆らう『男』の存在が許容出来ないのか、切れ長の鋭い目付きがオレを睨み付ける。

 

「……図に乗るんじゃないわよ、劣等生。

 『男』のアンタに断る権利なんて有ると思ってるの?」

 

理屈も道理も有りはしない。普通の倫理観と常識を持つ人間が聞けば正気を疑うような発言なのだが、残念なことに女尊男卑に染まり切った女性はこれが素なのだ。

 

「逆に訊くが、無いと思っているのか?

 クラス代表を決める時とは事情が違う。

 お前と模擬戦をしてもオレには何の得も無い」

 

言い方や言葉に気を遣う必要も無いのでバッサリと切り捨てると、天城澪奈の怒りに歪んだ顔が赤く染まってプルプルと震え出す。

 

今にも暴れ出しそうなその雰囲気に近くの女子生徒達は怯えるように距離を取る。

 

だが、天城澪奈は先程見せた専用機の存在からほぼ間違い無く日本の代表候補生。

 

この場で感情に身を任せてISを展開すれば破滅するのは自分の方だと理解しているはずだ。

 

「とにかく、答えはNoだ。

 お前に時間を割く価値は無い」

 

とはいえ、限界を超えて爆発されても困るので、もう話は終わりだと言うように踵を返して再びアリーナへと歩き出す。

 

しかし、そんなオレの態度に再びプライドを刺激されたのか、天城澪奈は声を張り上げる。

 

「ッ!! 待ちなさ……」

 

「これ以上時間を掛けて遅刻すれば織斑先生にお前の名前を出すことになるぞ」

 

その言葉を聞き、ISを部分展開しようとした素粒子の輝きが復元途中で霧散した。

 

元世界最強のIS操縦者であり今は学園の教師である織斑千冬に悪い印象で自分の名前を覚えられるのは無視出来ないらしく、歯を食い縛りながら悔しそうに顔を歪めている。

 

これ以上話に付き合うつもりは無いので、また呼び止められる前に歩き出す。

 

だが、その去り際に……

 

 

「覚えてなさいよ……!」

 

 

……地獄の底から滲み出た呪詛のように低い声が耳に届いた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「何かしてくるかも、とは考えたが……

 まさか学園全体を巻き込む騒ぎを起こすとはな」

 

「天城澪奈……私も、同じ代表候補生だから名前だけは知ってる。

 雰囲気が苦手だったから、話したことは無いけど」

 

数日前の出来事を話すと、更識も顔は知っているようですぐに思い至る。

 

だが、何か他にも気になることが有るのか顎に手を当てて首を傾げている。

 

「でも……その仕返しの為だけにここまで騒ぎを大きくしたの?

 それに、いきなり模擬戦を仕掛けてきた理由も……」

 

「あぁ……それなら多分……」

 

 

コンコン

 

 

言いかけた所で、入り口のドアからノック音が聞こえてきた。

 

入学してから今までこの部屋に客など殆ど来なかったので、心当たりも無いオレと更識は互いに顔を合わせて首を傾げる。

 

しかし、無視するわけにもいかないのでドアの覗き穴から誰が来たのか確認する。

 

そこに見えたのは……

 

「……織斑?」

 

……周囲を見渡しながらこちらの反応を待つ織斑の姿だった。

 

一度後ろを振り返って更識に確認を取り、コクリと頷いたのを見て扉を開ける。

 

「入れ」

 

そう言うと、織斑は待っていましたと言わんばかりに部屋の中に滑り込む。

 

一応扉を閉める前に周りに女子生徒がいないことを確認し、鍵を掛けて中へ戻る。

 

余程急いで来たのか、膝に手を付いて肩を上下させる織斑の顔には汗が流れていた。

 

だが、生憎と茶などを用意して持て成す雰囲気でもない。

 

「随分と慌てて来たようだが、用件は何だ?」

 

「ハァ……ハァ……いや、さっき女子生徒達の話が聞こえてさ。

 お前が日本の代表候補生と勝負して、負けた方は勝った方の要求を何でも訊くとか……

 アドルフがそんな勝負を受けるなんて変だなって思って、思い切って訊きに来たんだ」

 

「……そうか、もう知らない奴はいないってレベルまで広がってるのかもな。

 だが、お前の用件もその“噂”についてなら丁度良い。

 更識ともその件で話していたところだ。ついでに真相を教えてやる」

 

用意した椅子に2人を座らせ、先程中断した説明を再開する。

 

まず、織斑には数日前に天城澪奈が絡んできた件を話し、話題になっている日本の代表候補生が彼女だと言うことを説明した。

 

客観的に話しただけで織斑の顔が面倒そうだと言うように歪んだことから、天城澪奈がどういう性格の人間なのか正しく伝わったようだ。

 

「……その天城澪奈ってのが、取り巻きの女子達を使って“都合の良い噂”を広めた。

 けど、そもそも何でアドルフに模擬戦を申し込んだんだ?」

 

「そこからが更識と話し合っていた続きだ。

 模擬戦を申し込んだ理由……恐らくソレは“点数稼ぎ”だろう。

 オレを相手に選んだのは後ろ盾となる存在の有無か、単純に弱そうだと思ったのか……」

 

点数稼ぎ。

 

ソレを聞き、更識は俯きながら数秒考え込んだ後にオレの言葉の意味を理解したのか、ハッと顔を上げて目を見開く。

 

対して織斑は、まだ理解が及ばないのか視線を下げて考え込んでいる。

 

「アドルフに……男性操縦者に勝つと国からの評価が良くなるのか?」

 

「んなわけ有るか。

 性別って特異性を除けばオレもお前もISの稼働時間はせいぜい50時間。

 そんな素人に毛が生えた程度のヤツに勝ってもただの弱い者イジメだ」

 

そう言うと、織斑は腕を組んでさらに考え込む。

 

だが、時間を掛ける理由も無いの織斑の解答を待たずにヒントを与える。

 

「考えてみろ、オレと織斑がISを動かせる理由は未だ不明だ。

 頭から爪の先まで解剖すれば何か分かるかもしれんが、そんな方法を使えば世間が非難する。

 だがもし、()()()()()()()()()がいれば、ソレは人類への貢献として扱える」

 

「……おい、まさか。天城澪奈の要求って……」

 

「あくまで例えの1つだ。確証は無い。

 だがそれ以外の目的でも、男性操縦者の身柄を手土産にすれば国からの評価は上がるだろう」

 

勿論、ただオレが気に入らないから叩き潰したいとか、自分の奴隷のように扱って優越感に浸りたいとか、そんな子供染みた理由の可能性も有る。

 

だが、何でも要求を訊く、という形で噂を広めたこと、織斑ではなくオレと戦うことに拘っていること、そして何より……オレに向けられていた視線と感情がその可能性を否定する。

 

隠す気など微塵も無い蔑みと憎悪。

 

まるで何一つ不自由無く過ごしていた自分の生活圏を犯した害獣を見るようなあの目には、オレが人間に見えているのかも怪しく思える。

 

そして、害獣に手心を加えるようなモノ好きはいない。

 

つまりはそういうことだ。

 

「これって……もしかして日本政府の命令で……?」

 

「いや、十中八九あの女の独断だろう。

 計画が杜撰過ぎるし、わざわざ国家代表よりも実力が劣る代表候補生に任せる理由が無い」

 

自分にとっても他人事ではないことから更識が顔を青くするが、すぐに否定する。

 

本当に国が絡んでいるなら確実に勝てる国家代表を使う筈だ。

 

「……でも、アドルフは確かに断ったんだろ?

 だったら、どんなに噂を広げても無駄じゃねぇか」

 

「……いや、学園全体にまで広がったとなると話は別だ。

 噂の内容を信じている人間が圧倒的に多いこの現状だと、真実に関係無くオレが勝負を受けたという“流れ”が自然に出来上がっていくわけだ。

 もしこの状況でオレが“そんな勝負を受けた覚えは無い”と言って無視しても、噂を信じている人達の目には“オレが勝負から逃げた”としか映らないだろう」

 

この事態を防ぐ手っ取り早い方法は真逆の内容の噂を流して情報の正誤を混乱させると言ったところだろうが、学園全体に噂が広がっている現状では遅過ぎるだろう。

 

「なんだよ……理不尽だろ、そんなの……!」

 

信じられないと言うような様子で織斑が呟くが、これも民主主義の形の1つだ。

 

少数が確かな真実を語っても、その殆どは多人数が認識し賛同した“別の真実”に塗り潰される。

 

今回の一件は天城澪奈がその曖昧で形も無い膨大な力を自分の都合の良いように利用しただけだ。

 

「こうなることを見越して取り巻きの女共に噂を広げさせたのなら、認識を改める必要が有るな。

 人格に問題は有りそうだが、伊達に代表候補生をやってない」

 

自分の勢力以外で敵でも味方でもない無関係の人間を上手く巻き込んで使うやり方。

 

このようなやり方は誰にでも思い付いて出来るものじゃない。

 

「……というか、何でお前はそんなに冷静なんだよ。

 天城澪奈ってヤツにまんまと嵌められたのに、怒りもしないのかよ」

 

「それは少し違うぞ、織斑。

 こういう時はな……怒るよりも先に仕返しの方法を考えるんだ。

 心の底から自分の行いを後悔するくらい強烈なやつをな」

 

口調は普段と変わりのなかった。

 

しかし、オレを嵌めてくれた天城澪奈への怒りはオレ自身が思っていたよりも強かったらしく、その時に浮かべた笑みは無意識に邪悪に歪んでいたらしい。

 

どのくらい歪んでいたのかと問えば、更識と織斑曰く“近くで見ているだけで生きた心地がしなかった”とのことだ。

 

(いいだろう、天城澪奈。

 そこまでしてオレと戦いたいなら受けて立ってやる。

 だが……タダで済むと思うなよ)

 

避けられぬ対決を前に覚悟を決めるが、同時にオレの心の中では必ず報いを与えてやるという意思が静かに燃え盛っていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side 一夏

 

 「……ハァ~」

 

アドルフの部屋を出て自分の部屋へと向かう途中、人気の無い通路で溜め息が漏れる。

 

偶然耳にした噂について訊きに行ったはずが、気付けば被害者のアドルフ本人に噂の真相を教えてもらう形になってしまい、事態が思っていたよりも深刻だと分かった。

 

「アドルフのやつ……セシリアに対しては本当に何とも思ってなかったんだな」

 

思い出すのは、IS学園に入学してすぐの頃にセシリアと揉めてISで戦うことになったクラス代表についての話し合い……いや、今にして思えばただの言い争いか。

 

セシリアの言葉に腹を立てた俺とは違い、アドルフはバカにされても右から左へ受け流してただ面倒だと言うような顔をしていた。

 

あの時のアドルフは怒りも嫌悪も無く、本当にただ面倒だとしか思っていなかったのだ。

 

しかし、今回は違う。

 

仕掛けてきたのは天城澪奈の方だが、今のアドルフは完全に“やる気”だ。

 

具体的に何をするつもりなのかあの場で尋ねる勇気は無かったが、笑い話では済まないだろう。

 

勝負が行われる具体的な月日は決まっていないが、アドルフが言うには広まっている噂の“熱”が冷めない内に仕掛けてくる可能性が高いらしい。

 

遅くても3日以内とのことだが、今回の件に関して完全に無関係の俺にはアドルフの為に出来ることも無く、ただその日を待つしかない。

 

いや、本気で考えれば1つや2つは有るのかもしれないが……

 

「手助けしたい本人に“必要無いから何もするな”って言われたらな……」

 

……俺が動けば千冬姉や箒達も一緒に動いて目立つから何もするなとアドルフに言われたのだ。

 

役に立たないから追い払ったわけではなく、単純に残りの時間の中で俺に出来ることが無いからそう言ったのだと分かった。

 

ならば、俺は言われた通りに何もしないのが1番良いのだろう。

 

(正直落ち着かないけど、待つしかないよな……)

 

そんな風に考えながらもう一度溜め息を吐き、気持ちを切り替えて自室へと歩き出す。

 

通路に備え付けられたデジタル時計を見ると、『白式』の正式登録に必要な書類手続きを終えてから思ったよりも時間は経過していなかった。

 

(シャルル、もうシャワー浴び終わったかな……

 今日は色々有ったし、俺もさっさと済ませて寝よう)

 

心体共に疲労を感じながら自室に戻ると、部屋の中にシャルルの姿は見えなかった。

 

耳を澄ましてみるとシャワーの音が聞こえるので、どうやらまだシャワールームにいるらしい。

 

(上がるまで待つか……)

 

首周りの骨を鳴らしながら制服の上着を脱いでクローゼットを開き、ハンガーに掛けておく。

 

そのまま部屋着に着替えようとしたが、ふと視界の端に詰め替え用のボディソープが見えた。

 

「そういえば……ボディーソープがもう無いって言ってたっけか」

 

いつもは俺の方が先にシャワーを使うのでクローゼットの中に入れておいたことを思い出し、Yシャツ姿のままボディーソープを持ってシャワールームに向かう。

 

この部屋のシャワールームは脱衣所と洗面所が兼用で浴室が扉で区切られているので、脱衣所に目立つように置いておけばシャルルから注意をくらうこともないだろう。

 

そう思って、俺は脱衣所の扉を開けた。

 

 

「……え?」

 

 

その呆然とするような声は、脱衣所の中から聞こえた。

 

 

「は……?」

 

 

続いて聞こえた呆けるような声は、多分俺が発したものだ。

 

 

「い……いち……か……?」

 

 

半分呆然としながらも何かに怯えたように、目の前の『()()』は俺の名前を呟いた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回はアドルフの方の問題……というか、騒動に目を向けました。

都合良くでっち上げた噂話を広めて逃げ道を無くすというやり方は完全に思い付きですが、女性集団のコミュニティを上手く利用すればそこまで非現実的ではないと思います。

そんで、まんまと逃げ道を封じられたオリ主は覚悟を決めて相手を潰しに掛かることになりました。

オリ主側の騒動で一夏が直接関わる点は少ないですが、原作の方の騒動も並行して進めていきます。

今年の更新はこれで最後になってしまいますが、来年もこの作品を見て頂ければ幸いです。

では、よいお年を。



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第31話 絡み付く陰謀

水笛様、天羽風塵様から感想をいただきました。ありがとうございます。

ハイ、マジでお久しぶりです。本当に申し訳ない。

アカウントではおよそ10ヶ月ぶり、小説自体は1年以上間が空いてしまいました。

正直、忙しさと疲れで自分が小説投稿してたことさえ忘れかけてました。

忙しさが特に改善されたわけではありませんが、小説は少しずつ書いています。

出来ればまたお付き合いください。


今回はシャルルの事情についてのお話です。

自分的には原作よりも少しマシになった一夏がグチャグチャに曇ります。

では、どうぞ。



  Side 一夏

 

 「い……いち……か……?」

 

呆然としたような声で、目の前の女の子が俺の名前を呟く。

 

見間違いではないかと混乱する思考の一部が訴えるが、その肉体は明らかに男性とは違う。

 

肉付きや骨格は勿論、何よりその胸元にはおよそC~Dカップの豊かな膨らみが有る。

 

「あ……えっ、と……」

 

どうにか言葉を絞り出そうとしても、頭が混乱していて上手く喋れない。

 

「っ!?きゃあっ!?」

 

しかし、そんな俺の言葉を聞いた目の前の女子は即座に胸元を腕で隠し、シャワールームの扉を開けて逃げ込んだ。

 

その時の悲鳴とドアを閉める音によって俺も我に返り、混乱した思考が僅かに落ち着く。

 

『…………』

 

互いに言葉が出ず、扉一枚を隔てて重々しい沈黙が落ちる。

 

しかし、このまま何もしないのはマズイと直感的に理解し、どうにか言葉を絞り出す。

 

「……すまん……その……部屋で、待ってる……」

 

『…………うん』

 

会話になっているのか怪しいやりとりだが、数秒の沈黙の後に返事が聞こえた。

 

俺はそれ以上何も言わず、詰め替え用のボディーソープを置いて脱衣所を出た。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

「何がどうなってんだ……」

 

脱衣所を出てすぐに大きく息を吐き、乱れた呼吸をどうにか整えていく。

 

その途中、エアコンの効いた涼しげな風によってブルリと体が震え、自分の体がいつの間にか少量の汗を流していることに気付いた。

 

(我ながら動揺しまくってるな……とりあえず落ち着け……冷静に考えるんだ……)

 

自身の醜態を改めて自覚し、心臓に手を当ててゆっくり深呼吸をする。

 

回数を重ねるごとに乱れていた呼吸は落ち着き、酸素を多く取り込んで思考はクリアになる。

 

(まず整理しよう……あの女の子はほぼ間違いなくシャルルだ。

 声、身長や顔付きも同じだった。他の女子生徒が部屋を間違えたわけじゃない。他には……)

 

分かり切っていることでも1つ1つ確認して正確に現状を把握していく。

 

しかしその途中、シャワールームで見たシャルルの裸体を思い出す。

 

冷静になって考えて、俺は事故とはいえ女性の裸体をガン見していた事実にようやく気付いた。

 

瑞々しい肌や流れる金髪、美しく整ったボディーラインによって際立つ美乳を思い出して顔が赤面と共に熱くなるが、頭を振って現状把握を再開する。

 

(……イカン、イカン、シャルルには悪いが今は忘れろ。

 今は他に考えることが有るだろ)

 

まず、何故シャルルが女の子になっているのか。

 

その答えは単純、突然性別が変わるのは常識的に考えられない。つまり、シャルルは男装によって性別を偽っていただけで最初から女の子だった。

 

此処までは良い。

 

ならば次の疑問は、何故シャルルは普段男性のフリなどしているのかになるのだが……

 

(これ以上は本人に聞くしかないよなぁ……)

 

……結果的に、シャルルに話を聞かなければ情報不足で何も分からないという現状に落ち着く。

 

 

ガチャ

 

 

そんな時、脱衣所の扉が開く音が聞こえる。

 

普段から聞き慣れている筈の音なのに、俺は無意識にビクリと肩を震わせてしまった。

 

心臓の鼓動が再び激しくなるのを感じながら振り返ると、ここ数日の間で何度も見た紺と白の色に分かれたジャージを着たシャルルが立っていた。

 

しかし、今までと違って後頭部に纏められていた髪は解かれており、今まで俺が気付いていなかった緊張が消えたのか体全体の雰囲気が普段よりも楽なものになっている。

 

加えて、服の内側から胸元を押し上げる双丘が先程の光景は見間違いではないと告げている。

 

「お待たせ……上がったよ……」

 

「……おう」

 

覚悟を決めた俺は、改めて目の前の女子と目を合わせた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 お互いのベッドに腰掛け、俺とシャルルは向き合うように座り込む。

 

緑茶の入ったカップを手に持ちながら数分無言の時が流れるが、このままずっと黙り込んでいるわけにはいかないので俺の方から声を掛ける。

 

「それで……何で男のフリなんてしてたんだ?」

 

「……そうだね。もうバレたんだし、ちゃんと話すよ……」

 

疲れたような笑みを浮かべ、視線を合わせたシャルルは俺の疑問に答えた。

 

「男のフリをしていたのは……実家の父親からそうしろって命令されたからなんだ……」

 

「実家……フランスのデュノア社か。

 けど、何でそんなこと……それに自分の子に命令なんて……」

 

「仕方ないんだよ。あの人にとって僕は、愛人の子だから」

 

淡々と告げられた事実に、俺は思わず絶句してしまった。

 

愛人の子という言葉の意味が分からないほど、俺も馬鹿ではない。

 

「家に引き取られたのは、お母さんが亡くなった2年前。

 父の部下がやって来てね。その後色々な検査を受けてISの適正が高いことが分かって、非公式だけどデュノア社のテストパイロットになったんだ」

 

話を続けるシャルルの顔色は、お世辞にも良いとは言えなかった。

 

だが、本来言いたくも無いことを健気に話してくれている勇気を止めるのは逆に失礼だと感じ、俺は黙ってシャルルの言葉に耳を傾ける。

 

「父と……アルベール・デュノアと直接会ったのは2回。会話は数回かな。

 一度だけ本邸に呼ばれた時は本妻の人にいきなり殴られてさ。

 『泥棒猫の娘が!』なんてさ……現実で聞くことになるなんて思わなかったよ」

 

無理矢理貼り付けたような愛想笑いを浮かべるシャルルの声は、酷く乾いていた。

 

だが、その姿に同情や憐憫を向けるのは絶対にダメだと思った。

 

結果、見ているだけで伝わる痛々しさに俺は言葉を発せず、行き場の無い怒りを胸の内に留める。

 

「そして此処からが本題……僕が転入することになった理由なんだけど、引き取られてから少し経った頃にデュノア社が経営危機に陥ったんだ」

 

「経営危機? でも、デュノア社ってリヴァイブの開発メーカーだろ。

 量産機のシェアでも第3位だって授業で聞いたけど……」

 

「うん、それは合ってるよ。

 けど、どれだけ量産機としての評価が高くても、結局リヴァイブは第2世代なんだよ。

 『イグニッション・プラン』から除名されたフランスが他国とのアドバンテージを得る為にも、今何よりも求められているのは第3世代の開発なんだ」

 

現代においてISの存在は国防の要だ。

 

そのISの性能や開発が他国よりも劣るということは、国の軍事力や国防の脆弱さを周囲に晒しているに等しいのだろう。

 

「複合式心装永久機関や殲機なんていうブレイクスルーが起きて、当初は予想もしなかった大量のデータが手に入ったことに小躍りしたみたいだけど、根本的な問題は今も解決してない。

 輝装到達時に誕生する専用機のスペックはベースとなった機体のスペックを基にしている事が分かったからね」

 

その情報は、俺も最近の授業で聞いた覚えが有る。

 

輝装の覚醒と同時に搭乗していたISが専用機に作り替えられる際、そのスペックは覚醒前のISのスペックが高いほど高性能なモノとなる。

 

打鉄やリヴァイブのような変わり映えしない量産機よりも、セシリアや鈴のように最初から改造を受けた特注機の方が覚醒後でも高い性能を発揮するということだ。

 

「50と100のモノにそれぞれ1000を足しても元々の差は埋まらない。

 結局振り出しの問題に戻っちまうわけか」

 

「そういうこと。そんなわけでデュノア社も第3世代の開発に取り組んでいたんだけど、元々第2世代も最後発の企業だからね。データも時間も圧倒的に不足しているせいで殲機から得た技術が有っても中々形にならなかったんだ。その結果政府からの予算も大幅にカット。

 次のトライアルで選ばれなければIS開発の許可も剥奪されることになったんだ」

 

どれだけ過去に大きな業績を果たそうとも、今求められる結果を出せないのなら所詮それまで。

 

デュノア社が出来ないのであれば他の企業に金を回して結果を出させる。

 

一見残酷にも見えるが、政府や企業の運営は遊びでは無い。その残酷さを求められる程の多くの金が動いているのだから。

 

「……デュノア社の現状は大体分かった。

 つまり、シャルルが男のフリをしてまでこの学園に来たのは……」

 

ここまで多くの情報を貰えば、俺の頭でも大体の察しはつく。

 

だが、それでもシャルルは自分の口からその先の理由を話してくれた。

 

「……1つは世間の注目を集めるための広告塔。

 それと、同じ男性なら既に現れた特異ケース2人と接触しやすい。

 つまり、一夏とクロスフォード君の機体データを盗んでこいって言われてるんだよ僕は」

 

苛立ちと罪悪感を混ぜ合わせたような声を出すシャルルの顔には先程とは一転して疲労の気配が漂い、逸らされた瞳の中は僅かに澱んでいる。

 

やりたくもないことを命令した父親のことを考えているのか、そんな父親の言うことを聞かなければいけない自分に嫌気が差しているのか。

 

「……これで、僕の事情は大体話せたかな。

 結局一夏にバレちゃったけど、何だか全部話せてスッキリしたよ」

 

「スッキリって……シャルルは、この後どうするんだよ……」

 

まるで何もかも諦めるようなシャルルの微笑みに嫌な予感を感じて質問を投げると、彼女は特に表情を変えずに言葉を返した。

 

「本国に呼び戻されるのは間違いないけど、その後は僕も分かんないや。

 デュノア社は……多分潰れるか他の企業の傘下に入るだろうけど、僕にはどうでもいいかな。

 結果が出る頃には裁判所か留置所に拘束されてるだろうし」

 

「……は? 裁判所に留置所?

 それに……拘束って、何で……」

 

シャルルの言っていることが理解出来ず、上手く言葉が出てこない。

 

そんな俺の様子を見て、シャルルは申し訳なさそうに苦笑する。

 

「ごめんね、言ってなかったよ。

 僕も詳しく聞かされてる訳じゃ無いけど、僕をこの学園に『男』として入学させる為の偽造工作には多分デュノア社だけじゃなくフランス政府も関わってる。

 けどそんな事実を国は認められないから、僕は罪をなすり付けられて切り捨てられる」

 

自分がこの先どうなるのかを淡々と答えるシャルルとは対照的に、嫌な予感が的中した俺は頭が軽く混乱して全身から嫌な汗が流れ出す。

 

思わず額に手を当てて俯く俺と苦笑を浮かべているシャルル。

 

第3者から見れば崖っぷちに立っているのは俺の方だが、現実は違う。

 

頭の出来が良い方ではないが、シャルルの言っていることの意味は分かるつもりだ。

 

纏めると、シャルルは俺とアドルフの機体データを盗む為にIS学園に偽装書類で転入した。

 

しかし、スパイ行為は勿論のこと公文書偽造は立派な犯罪。そして、今回の件で重要なのはこの犯罪行為にデュノア社とフランス国家が関与していること。

 

罪の重さに関係無く、国の不祥事が明るみに出れば外部の敵に弱みを握られることになる。

 

そうなれば今シャルルが言ったように、黒幕は全ての罪をなすり付けて彼女を捨て駒にする。

 

「……いいのか、それで」

 

思わず、シャルルの両肩を掴んでそんな言葉を口にしていた。

 

良いわけが無い。こんな理不尽な目に遭って誰が納得出来るというんだ。

 

だが、頭では分かりきっているのに訊かずにはいられなかった。

 

「え……?」

 

「親だから……国の命令だからってスパイなんかやらされて……こんな、道具みたいに……」

 

上手く話せず、途切れ途切れに言葉を口にする。

 

多分、今の俺は相当に酷い顔をしているだろう。

 

そんな俺の様子を見たシャルルは僅かに目を見開くが、ゆっくりと持ち上げた両手を俺の手に添えて嬉しそうに微笑む。

 

「ありがとう、一夏。嘘をついていた僕のために悲しんでくれて。

 でも、仕方がないんだ。

 最初から、僕には選択する権利が無いんだよ」

 

そう言ったシャルルの笑みは、一転して諦観と憔悴が混ざり合ったように酷く痛々しかった。

 

ソレを見た俺の心の中には行き場の無い怒りがこみ上げ、彼女にそんな顔をさせる存在がどうしようもなく憎いと思えた。

 

同時に、苦しんでいる友人に対して何も出来ない自分の無力さにも苛立ちが募る。

 

「でも、ずいぶんと気にしてくれるんだね。知り合ってまだ数日の関係なのに」

 

「……日数なんて重要じゃないだろ。

 それに、クソみたいな親に人生を振り回される気持ちは俺にも少し分かる」

 

「……え?」

 

再びベッドに座りながらそう言うと、シャルルはキョトンとした顔でこちらを見る。

 

そう言えば、シャルルの話ばかり聞いて俺のことは何も言っていなかったのを思い出した。

 

「俺と千冬姉は両親に捨てられたんだよ。

 顔は覚えてないし、今更会いたいとも思わないけど……千冬姉には随分苦労させちまった」

 

「あ……だから『両親不在』って……」

 

事前に読んだ資料の内容でも思い出したのかシャルルは申し訳なさそうな顔で俯くが、気にしなくて良いとすぐさま声を掛ける。

 

実際、俺は実の親のついて殆ど関心が無いのだ。

 

俺にとっての家族は千冬姉だけだし、顔も知らず最初からいなかった存在など気にもならない。

 

「今は俺よりシャルルのことだろ……解決策はすぐには見付からないけど、時間は稼げるはずだ」

 

「え?」

 

「入学してすぐの頃に山田先生から言われたんだよ。特記事項には必ず目を通しておけって。

 その中に使えるヤツが有ったんだ」

 

 

特記事項二二、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。

 

 

暗記した内容が自分でも驚く程スラスラと頭に浮かび、その内容をシャルルに説明する。

 

情けない話だが、俺にはシャルルの問題を即座に解決出来る方法が見付けられない。

 

だが、それでも……諦めてシャルルを見捨てるなんて選択を俺はしたくなかった。

 

「こいつを使えば少なくとも3年は時間が稼げる。

 今はまだ何も無いけど、その間に解決策を探す事は出来るはずだ」

 

「……優しいんだね、一夏は」

 

その時の俺は、果たしてどんな表情をしていたのだろう。

 

未だ頭の中の混乱は消えず、消して顔色は良くなかった。

 

しかし、そんな俺の顔を見詰めたシャルルは、尊い何かを見るように小さく微笑んでいた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

全体的に飛ばし気味かつ短めになりましたが今回はここで切りました。

少しネタバレになりますが、次回からはオリ主も関わります。

まあ、一夏だけじゃどれだけ考えても案なんて出てきませんからね。

個人的には原作一夏の「考えてみてくれ」って台詞見て「は?」ってなりました。いやお前ソレ実質丸投げじゃねぇか、何を考えるんだよ豚箱に入る決心かよ。

こういうこと考えた場合ってタグにキャラ改悪とか付けた方が良いのかな?

オリ主側の問題が発展するのは多分次の次辺りです。

では、また次回。








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