お節介な転生TS鬼巫女ロリババァの話の外伝 (葛城)
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うたかたの夢・うたかたの現実

だいたい、全4話か5話ぐらいで終わる予定


うたかたの夢、うたかたの現実

 

 

 

 

 

 冬の大勢力も衰え始め、徐々に春の新興勢力が力を付け始める、3月。お正月特有の緩んだ空気も今は昔。町の至る所で鳴り響くひな祭りの歌に釣られたのか、お由宇の神社は去年にもまして大賑わいであった。

 

『性愛の加護』を司る神社にお参りとか、どうよ、と思う人もいるだろう。いくら何でも気が早すぎるだろうと思う人もいるだろう。実際、女児を連れて来た母親側の半分はどこか憮然とした面持ちであった。

 

 だが、これが意外や意外な話。父親側がどうかと言えば、渋る母親側と内訳はだいたい同じの半分であった。残った両方の半分はとりあえず近くだからお参りにきたという程度だが、とにかく父親側の半分はしっかりお賽銭をし、御祈りを捧げていた。

 

 何故、積極的なのか。

 

 それは、境内入口の鳥居傍に立て掛けられた看板に答えがあった。その看板を目にした者はまず、書かれている表題に目を剥いた。そこに書かれている表題は黒字で、明瞭で簡潔だった。

 

 “『性愛』は『美しさ』である! ”

 

 この、一言であった。次いで、その下に続けられている文に目を通し……先述のいずれかへと別れ、境内に入ってゆく。それの繰り返しであった。

 

 そこに何が書かれているのか。何を見てお参りを決めたのか。それを説明すると少しばかり長くなるので省くが、おそらく神社の事情を知る者がいれば、こう呟いていたことだろう。

 

 これって嘘じゃないか、と。

 

 まあ、そう思うのは無理もないことである。というか、そう思って当然である。実際、公的記録において、お由宇の神社は『性愛に関する神様』と記載されているし、調べれば調べる程、『性愛』に関する事柄しか出てこないのだから。

 

 だが、しかし。

 

 参拝客に確かめる術はないのだが、事実、この看板には一切の偽りはなかった。そう、目から鱗と捉える人がいるかもしれないが、『性愛』とは見方を変えれば、『美』なのであって……まあつまり、何が言いたいかと言えば、だ。

 

 お由宇の与える加護は思いのほか守備範囲が広いということ。そして、相手が初経以前の女児であってもしっかり効く。むしろ、子供の内に加護を与えた方が将来的な影響が大きくなる分、子供の内にした方が良い。

 

 それが、父母たちの参拝欲を駆り立てる要因であった。『今の内にしないと~』という言葉がもたらす焦燥感も相まって、口コミを通じて続々と集まり続ける近所の父母たち。神社から放たれる荘厳な空気によって妙に落ち着かない子供たち。人混みでごった返し始めた境内の喧騒が、徐々に神社全体へと広がり始めている……その中で。

 

『祓いたまえ・清めたまえ・奉りたまえ──』

 

 隙間無く閉じられた御扉の向こう、神官社の中。明かり一つ差しこまない暗闇の中で、何時になく真剣な面持ちで祝詞を唱え続け、やってくる参拝客に加護を与え続けるお由宇がいて。

 

「おみくじ~、おみくじ~、昔懐かし綿あめ製造機もごぜえますよ~、セピア色の思い出に浸って小銭を落としましょうねえ~」

 

 境内の中で(無許可)商売を始めている、お面を被ったソフィアの姿と出店があった。いったいどこから用意してきたのかは定かではないが、ソフィアの出店は一般的な出店とそう変わらない見た目をしていた。

 

 ……前者は良いとして、後者はどうよ……ていうか、大丈夫なのか? 

 

 事情を知っている人でも、全く知らない人でも、ソフィアのやっていることを見た者の大半は、そう思ったことだろう。神社に出店は珍しくは……中には、そう思った者もいた。というか、大半の初見さんたちはそう思っていた。だがしかし、それを表だって指摘する者は一人もいなかった。

 

 何故かといえば、答えは幾つかある。

 

 神社で店をやっているのだから、許可は取っているのだろうという先入観。お面で隠しても分かるソフィアの歳若さがもたらす、『一時的に店を変わっているのだろう』という錯覚。

 

 加えて、ソフィアは己が術を用いて周囲の認識を緩和していた。すなわち、『そういうこともあるだろう』と曖昧な納得をさせていたのである。そして極め付けはソフィアの売り出しているおみくじであった。

 

 その名も、『助平くじ』。

 

 四十八本のくじ棒によって判別する占いだが、その内容があまりに具体的で明け透けていることもあって、まさか勝手に商売しているとは、この場に居る参拝客の誰もが考えすらしなかった。

 

 普段であれば一人ぐらい疑問視する者が出ただろうが、物珍しさも相まってけっこうな勢いでくじが売れているせいだろう。それが逆に不思議な信頼感をソフィアにもたらし、誰もソフィアに疑いの目を向ける者はいなかった。

 

 というのも、それを売り出しているソフィアの口上がといえば、だ。

 

「ハズレなしのちょいエロおみくじ~、一回300円ですよ~、もしかしたら御利益で童貞卒業しちゃうかもしれませんよ~、リア充は適当に綿あめ作って堪能して、その後家に帰って適当にパコパコしていてくださいね~」

 

「シコッた時の気持ち良さが1.2倍になったり、我慢強くなったり、トラブルっちゃう場所が書かれていたり色々ですよ~、SR(スーパー・レア)を引き当てれば卒業チャンス~、SMR(スーパー・ミラクル・レア)を引き当てればハーレムチャンス~、一回300円ですよ~」

 

「今なら10連おみくじセットでプラス一回~、10連やれば11連ですよ~300円が無料になっちゃう10連おみくじありますよ~、残されたお年玉をここで絞り出していきましょうねえ~」

 

 という、下品を通り越して頭が極まり過ぎた接客を顔色一つ変えずに行っている。あまりに酷い口上なのも相まって、今の所誰一人警察等に連絡をしようと動き出す者は現れていなかった。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そんな、色々な意味で猫の手も借りたい程に忙しない有様となっているお由宇の神社とは裏腹に、鬼姫の神社では。すっかり人足も途絶えて小銭よりも葉っぱの方が多く入っている賽銭箱の上に……その神社の主である鬼姫が、腰を下ろしていた。

 

 それは、変なことであった。週6.4日分ぐらいの割合でお由宇の神社に入り浸る鬼姫が、己の神社にいる。言葉にすれば何ら可笑しい所が見当たらないのが可笑しな話だが、鬼姫の日常を知る者が見ればそれは、変なことであった。

 

 そのようにして失礼な感想を三次元的存在から抱かれているなど知る由もない(当たり前の話だが)鬼姫は、一つ、二つ、欠伸を零す。その顔は、遠目から見てもやる気の感じられない、何とも締まりのない顔であった。

 

 お由宇が、猫の手も借りたいぐらいに忙しない状況になっているのは知っているはずである。なのに、何をするでもなく、鬼姫は境内へとの境目となっている鳥居の向こうを見つめている。霊体なので一般人の目に映ることはないが、その姿、実に暇そうであった。

 

 何ゆえ、鬼姫は手助けに向かうわけでもなくこうして油を売っているのか。

 

『面倒なやつ』が現れた……違う。その手のやつが出現するのは大体にして夜だ。加えて、何度か『本気状態』になった余波によって今の鬼姫の神社には、並大抵の悪霊は近寄れない状態となってい。

 

 では、神社に重大な何かが起こったか何かをされた……それも違う。

 

 鬼姫の御神体(正確には、御神体ではない)が安置されているこの神社に、外部からのちょっかいが行われるわけがない。鬼姫自らの手によって転生すら出来ないよう消滅させられてしまうからだ。それを関係者(神社を建てた神官たち)は知っているから、むしろ極力干渉を避けようとするだろう。

 

 ならば何故……その答えは単純明快。

 

 鬼姫がいると場合によってはソフィアの術に干渉してしまうとか、場合によってはお由宇の加護に干渉してしまうとか、場合によっては鬼姫から放たれる『力』を感じ取れてしまう者が出るとか色々あるが、一番は何と言っても。

 

 ──たまには、御自身の神社をちゃーんと見ねぇと駄目なんす。

 

 と、いう具合に投げかけられたお由宇からの心配事。その言葉こそが鬼姫をここに縛り付ける理由であり、鬼姫が暇を享受することになる原因であり、そういえばとこれまでを振り返る切っ掛けとなる答えであった。

 

(考えてみれば、こうして己の神社で暇を享受するのは久方ぶりじゃのう)

 

 ぽつりと、胸中を過る言葉。三度欠伸を零した鬼姫は、さんさんと降り注ぐ太陽の光に目を細めると、大きく伸びをする。深々とため息を零して脱力した鬼姫は、次いで、己が神社へと振り返り……何とも感慨深い気持ちになった。

 

 かつては荒れ放題の寂れ放題であった社は建て替えられ、見違える程に美しくなった。

 

 錆びてボロボロに朽ち果てた神具も用意され、虫やら何やらが跋扈することもなくなった。人の気配こそ途絶えたものの供えは定期的に行われ、かつてと比べて鬼姫の日々の質は格段に向上した。10年前の己が見たら、さぞ驚いたことだろう。

 

(数えてみれば、最近までワシはずっとここで一人ぼっちじゃったなあ)

 

 そうして過去に思いを馳せ、ふと。お由宇の神社にて寝泊まりするようになってからこれまで、己の神社でゆっくりするのは数えるぐらいしかないという事実に思い至る。

 

 その何度かも、酔って戻ったとか、供え(鬼姫視点では)を取りに戻る次いでに軽く見回りだとか、その程度。喧嘩した時はまた別としても、今みたいに腰を据え、主として構えていたことなど……それこそ、前回がいつだったか思い出せないぐらいだ。

 

(まさか、暇を楽しむ時が再び訪れようとはのう……何とも、不思議な縁よな)

 

 残酷でありながらも時に優しく顔を変えるその気紛れさに目を細めた鬼姫は、ひとたび大きな欠伸を零す。次いで、ぽん、と賽銭箱の上から御扉前へと移動すると、ごろりと横になった。

 

 ……以前のように参拝客でごった返していた時ならいざ知らず、今はすっかり閑古鳥。出店が来なくなって久しく、あれほど賑わいを見せていた境内は今や面影もなく、あるのは点々と降り積もっている落ち葉ぐらい。

 

 人影が目に見えて減り始めた頃は多少なりとも頭を悩ませたりしたが、今ではそんな気持ちもない。主として構えるにしても、参拝客はおろか見物客すらいない中で気を張っていられるだけのやる気がもう、鬼姫にはない。

 

(それにしても、良い天気じゃな)

 

 さんさんと輝く太陽に目を細めると、鬼姫は再び欠伸を零す。誰かが来るとしても、ソフィアぐらいのもの。そのソフィアも今はお由宇の神社にて商売に忙しく、こちらに来られるのは日が暮れてからだろう。

 

 そんなことを考えているから、自然と鬼姫の瞼も重力に負ける。日向でうたた寝をするその姿はもはや、怨霊のそれではない。数百年前の鬼姫を知る者がいれば、さぞ驚きに目を剥いたことだろう……が。

 

 現在、この場にそれを知る者はいない。かつては帝すら震え上がらせた大怨霊は今、日向ぼっこをする猫のようにそのまま大の字にて脱力すると、しばしの間を置いて……寝息を立て始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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前編

 ……。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ………………ん? 

 

 どれぐらいの間、目を閉じていたかは鬼姫にも分からない。しかし、何時からだろうか。ふと、鬼姫が気付いた時にはもう、ウーウーと、サイレンにも似た何かが四方八方から聞こえて来ていた。

 

 夢などの類ではないのは、すぐに思い至った。あまりに現実的過ぎる。しばしそれに耳を澄ませていると、それが甲高い騒音であることを認識して……眉根を顰めた鬼姫は、眠気で歪む瞼をこじ開けた。

 

(……うん?)

 

 途端、鬼姫の眠気は吹っ飛んだ。

 

 というのも、鬼姫の視界に飛び込んで来たのは青空……ではなく、等間隔で取り付けられた、照明の点いていない天井。

 

 何処となく漂う真新しいニスの臭いは消え、鬼姫の周囲にあるのは無機質なコンクリートの壁。その一つには扉が付いていた。

 

 ここは何処かの部屋、なのだろうか。ウーウーと聞こえていた何かはどうやら、部屋の外から聞こえて来る。鳴り止む気配は、まるでない。

 

 眠気は冷めたが上手く動いてくれない頭を何とか働かせながら、どこかから響き渡っている騒音へ静かに耳を澄ませていた……と。

 

 ──って、何処じゃここは!? 

 

 しばらく、して。ようやく事態に気付いた鬼姫は素早く地を蹴って立ち上がり、改めて周囲を見回す。

 

 安っぽいパイプ椅子と折り畳み式の机、隅にて纏められた……鎖束の数々。見やれば太さは様々で、一番太いのだと鬼姫の手首ぐらいにもなった。

 

 他にも三角形だとか円錐形だとか色々と用途不明なのも含めて、鬼姫には検討も付かない物が大量に置かれている。

 

 パッと見た限りでも数えるのが面倒に思えてくるそれらから視線を逸らした鬼姫は、天井へと視線を向ける。

 

 室内は……おおよそ畳20畳分ぐらいだろうか。天井の広さから、室内の広さを想像する。

 

 無造作とまではいかなくとも乱雑に放り込まれているという印象を受けるせいか、それよりも幾らか狭いように思え──そこまで考えた辺りで、あることに気付いた鬼姫は慌てて胸に手を当て……次いで、絶句した。

 

(どういうことじゃ!? 『刀』の気配がまるで感じられぬ!?)

 

 何故かといえば、答えはそれであった。

 

 そして、その答えは鬼姫を驚かせるには十分で、鬼姫を戦慄させるのにも十分な破壊力を有していた。というのも、その『刀』だが、普通の刀ではないからだ。

 

 鬼姫の言う『刀』とは、自らを祭る(ように、かつて仕向けた)神社にある御神体のことである。

 

 怨霊である鬼姫にとって所詮は神具でもない紛い物でしかないのだがら、本来なら気に留めるべきことではないのだが……そう出来ない事情が鬼姫にはある。

 

 簡潔に述べるなら、その『刀』は鬼姫と強い繋がりを有している特別な刀なのである。

 

 その『刀』が破壊されたとしても鬼姫が滅びるようなことはないが、それでも無視できない影響が鬼姫に及ぶのは確実。それに付け加えてもう一つ、『刀』には他とは違う特徴がある。

 

 それは、強い繋がりを持つ『刀』と鬼姫は、文字通り離れられない状態にあるということ。

 

 距離や時間など様々な要因によって多少なりとも違いはあるものの、鬼姫は『刀』の力が及ぶ範囲から出ることが出来ない。無理をすれば短時間は動けるが、すぐに戻らないと強制的に『刀』の下へと召喚されてしまうのである。

 

 しかも、しばらく動けなくなる程に消耗してしまうというおまけ付で。

 

 そしてそれは、時の帝すら恐れさせる鬼姫をも震え上がらせる程に、鬼姫にとっては避けねばならない事態。身を持ってその恐ろしさを知っているからこそ、鬼姫は心の底から焦らざるを得なかった。

 

(ど、何処じゃ!? 早くせねば引きずり戻されてしまうのじゃ!)

 

 焦りつつも急いで『刀』の気配を探る。一心同体とまではいかないが、『刀』は鬼姫の核ともいえる部分と密接に繋がっている。

 

 今のように、例えある日突然見知らぬ場所で目覚めたとしても、どれだけ距離があったとしても、どんな状態であったとしても、『刀』の所在は手に取るように分かる。

 

(──ない! ないぞ、何処にもないのじゃ! 有り得ん、そんなことが起こり得るというのか!?)

 

 ……はずであったのに、分からなかった。

 

 その事実が、鬼姫に更なる混乱をもたらした。何故なら、居場所が分からないということ事態が本来、有り得ない事態であるからだ。

 

 言うなれば鬼姫と『刀』の繋がりとは、見えも触れもしない有線が常に繋がっていて、常に互いの状態を確認し合っているようなものだ。

 

 刀に何かがあれば鬼姫には分かるし、鬼姫に何か致命的なことが起これば刀にも変化が起こる。それぐらい、密接に繋がっているのである。

 

 故に、有り得ないのだ。例え地球と太陽程の距離があった(まあ、そこまで離れる前に引きずり戻されるが)としても、鬼姫には分かる。正確な位置はつかめなくとも、何処にあるのかという大雑把な方向ぐらいはすぐに掴める……はずなのに。

 

(……っ! ど、どうやっても『刀』の位置が掴めぬ……何が起こっておるのじゃ!? もしや、何者かが『刀』を封印したとでも……いや)

 

 それも、有り得ない。鬼姫は内心、首を横に振った。

 

『刀』を封印出来るだけの力を有している者が近づけば、それこそ情事の最中であっても鬼姫が気付く。察知能力を掻い潜れる程の力を持つ者となれば、おそらく神話クラスに匹敵する存在に限定される……だから、尚更有り得ないのだ。

 

 加えて、仮に封印が成されていたら鬼姫もタダでは済まない。

 

 どうなるかは断定できないが、少なくとも今、このように焦ることも考えることも出来ない状態に陥っているだろう。しかし今、そのような気配は微塵もない。

 

 引き戻される感覚はおろか、それによって消耗する感覚もない。もしやと思って己の中に渦巻く『力』を探るも……変化はない。

 

 いったいこれはどういうことなのか……何もかもが不確かな状況に鬼姫は、ええい、と地団太を踏んだ。

 

 何であれ、このままココで大人しくしていても埒が明かない。

 

 何もかもが分からない時は、闇雲であっても行動して事態を動かす。

 

 それがあらゆる疑念を晴らす近道であると判断した鬼姫は、さっそく扉へと向かい……すり抜け、外へ出た。

 

 “──っ! ──っ! ”

 

『ふお!? お、思っていたよりも喧しいのう』

 

 途端、うゎんうゎん、と。上下左右を反響して増幅したサイレンが、雷鳴のように耳をつんざく。鬼姫には分からなかったが、どうやらスピーカーが取り付けられた真下に出てしまったようだ。

 

 思わず押さえていた手を離した鬼姫は、顔をしかめて辺りを見回し……はて、と首を傾げた。

 

 鬼姫の眼前に広がっているのは、一言でいえば無機質であった。

 

 照明によって照らされた上下左右、全てがコンクリートと鋼鉄で出来た武骨な作りである。

 

 頭上からみれば、ちょうど鬼姫は十字路の一端(にある部屋)より出てきた状態だ。鬼姫の目の前には三方の道があって、覗き込めばその三方全てが鋼鉄の扉によって閉ざされているのが見えた。

 

 ここは、座敷牢か何かなのだろうか。

 

 率直な感想を抱きつつ、とりあえず右手側の扉をすり抜ける。その先に広がっていたのは……また、十字路だ。

 

 ……先ほどと同じく道は三方あり、そのどれもが鋼鉄の扉で閉ざされている。

 

 首を傾げながらも、今度はまっすぐじゃなと扉をすり抜けた先に広がっていたのは……またもや、十字路であった。

 

 その先も、その先も、その先も、その先も、その先も。

 

 右に曲がっても左に曲がってもまっすぐ行っても戻ってみても、上下にすり抜けてみても十字路。

 

 そして、どこまで行っても変わらず延々と鳴り響くサイレン。

 

 部屋を出て5分と経っていないのに、既に鬼姫は自分がどこを歩いているのかが分からなくなっていた。

 

(……何とも、珍妙な場所じゃな。これだけ方角を見失う作りになっておるのに、ワシを閉じ込める為の霊的な作用が全く感じ取れぬ)

 

 これでは、何時でも逃げ出せられるではないか。

 

 そう思いつつも、とりあえずは歩を進めながら鬼姫は考える。自然と、その注意は周囲の景色から、未だに延々と鳴り響いているサイレンへと向けられた。

 

 “──っ! ──っ! ”

 

(先ほどから聞こえているこの音じゃが……)

 

 “──っ! ──っ! ”

 

(これは……もしかすればただの警報ではなく、『警告』なのかのう?)

 

 耳を澄ませてしばらくして、ようやく鬼姫はその可能性に気付く。

 

 何を言っているのかは分からないが、サイレンにしては途切れ途切れで、その音の調子が不規則だから……おそらくは、これは何かしらの警告を放送しているのだろう。

 

(ということは……?)

 

 いや待てよ、と鬼姫は考える。仮にこれが警告なのだとしたら、いったい何を伝えようとしているのだろうか。少なくとも、鬼姫に対してではないのは確かだが、それが気にかかる。

 

 その証拠に、この『警告』は鬼姫が居ない場所からも聞こえて来る。

 

 もしも鬼姫に対してであったなら、わざわざこうまで大音量で流す必要はない。不必要な騒音は、場合によっては鬼姫をここに連れて来た存在に対しても悪影響を及ぼすからだ。

 

 それを差し引いてでも、『警告』を発しなければならない事態が今、起きている。鬼姫の存在を一時的に無視してでも対応しなければならない状況に陥っている……その可能性に思い至った鬼姫は。

 

(ちと、気を引き締めて事に当たらねばならぬのう)

 

 褌を締め直さねばと認識を改めた鬼姫は、既に二桁後半へとなる鋼鉄の扉をすり抜けた──直後、おや、と鬼姫は目を瞬かせた。何故かと言えば、初めて扉の向こうに変化が起こったからである。

 

 言うなればそれは、広々とした部屋に置かれた巨大な鋼鉄の箱であった。

 

 ぐるりと鬼姫が見やった感じでは、その箱の大きさは縦横高さ畳4.5畳分ぐらい。箱全体の形は正方形で、隙間一つ穴ひとつ箱には見当たらなかった。

 

 箱が鎮座する部屋には、人影はない。いや、人影どころか、人が居た形跡すらない。

 

 有るのは箱を囲うようにして取り付けられた、鬼姫の頭では用途不明としか言いようがない機械の数々だけであった。

 

 ──次から次へと不可解なことだらけじゃ。

 

 そうため息を零しつつ、鬼姫は軽く箱の中の気配を探り……はて、と困惑気味に鬼姫は首を傾げた。

 

(希薄ではあるが、気配はある。じゃが、これはいったい……人ではないのは確かじゃ。そして、獣でもない。かといって死者の気配でもないし、『異界の者ども』とも違う……?)

 

 少なくとも、生者、死者を問わず、鬼姫が出会ってきた様々な存在から感じ取れる気配とは全く違う。

 

 異質……そう、『異質』だ。異質としか言い表しようがない気配を、箱の中から感じ取ることが出来た。

 

 いったい、この中に何がいるのだろうか? 

 

 感じ取れる範囲では、この『箱』からは何もない。ただの分厚い鋼鉄製の箱というだけで、霊的な『力』は何もない。少なくとも、この中に居るのが霊的な存在でないのは確かだ。

 

 そして、周囲から見回した限りではこの箱に出口はない……いや、出口どころか空気穴一つ見当たらない。

 

 つまり、この箱の中にいる何かは、光どころか空気一つ差しこまない完全な密閉空間の中に封印されているということだ。

 

 生物であれば間違いなく長くは生きられないし、鬼姫のような死者であるならば、これでは何の意味もない。

 

 霊的な存在にも色々あるが、『面倒なやつ』なら、こんなのは『分厚いだけ』でしかなく、こんなのを用意するだけ金の無駄だ。

 

 ……入ってみるべきなのだろうか。

 

 そんな考えが脳裏を過る。迂闊といえば迂闊な選択だが、箱から感じ取れる何かの気配は希薄で、既に鬼姫は自身の位置すらも正確につかめていない。下手にここを離れれば、次にここへ戻って来られる保証もない。

 

 それらを踏まえた上で、しばし頭を悩ませた鬼姫は……箱の中に入ることに決めた。

 

 この際、危険は承知の上だ。

 

 最悪、周囲への影響を出来うる限り抑える程度の気持ちでいようと覚悟を固めた鬼姫は、えいや、と箱の中へとすり抜けた。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………箱の中は、真っ暗であった。文字通り、一寸先は闇。まあ、それは想像していたというか想定していたので特に驚きはしなかった。

 

 光など無くても霊体である鬼姫には関係ない……その鬼姫の視線は(ここでは、室内か)の隅にて壁にもたれ掛っている白い塊へと向けられた。

 

 一見したばかりでは、それは白い塊のように見えた。

 

 だが、よくよく見てみればそれが異様な腕の長さを持つ人型で、こちらに背を向ける形で蹲っているのが分かる。こんな場所だからか、衣服を身に纏っていないその肌は青白く、背骨が浮き出て見えた。

 

 当然といえば当然だが、鬼姫の侵入に気付いていないそいつは鬼姫の方へと振り返る気配はない。こんな場所に閉じ込められて気が触れている(あるいは最初からか)のか……そいつはため息にも似た呟きを吐きながら蹲っているだけで、攻撃の気配は感じられなかった。

 

(これは……)

 

 だが、しかし。知らず知らずの内に拳に力が入るのを、鬼姫は抑えられなかった。

 

(……何じゃ?)

 

 その姿を見て、鬼姫が最初に抱いた印象は……異質。そう、鬼姫が抱いた感想は、箱の外側にて抱いた感想と、全く同じで……いや、その時以上に強く、鬼姫は眼前の存在から強い異質性を感じ取った。

 

 背中越しではあるが、改めて間近で確認してみて分かる。

 

 こいつは……眼前にて蹲っているコイツは、違う。

 

 直感的に……直感という不確定な言葉を思い浮かべたのは、いったい何時振りだろうか。数百年ぶり……もしかすれば、それ以上ともなる『全くの未知』を前に、鬼姫はしばしの間絶句する他なかった。

 

(生き物でもなく、死者でもなく、『神』でもなく、『面倒な奴』でもなく、『異界の者ども』ですらない……いったい、どういう存在なのか言葉にすら言い表せられぬとは……)

 

 鬼姫の語彙では、おおよそ説明出来ない存在。『異界』の存在を知り、怨霊というデタラメな存在である鬼姫ですら、理解が全く及ばない存在。

 

 初めて『異界』の姿を目にした時と……いや、それ以上の驚きを持って、鬼姫は眼前の白い人型を見つめる他なかった──と。

 

『──あっ』

 

 それは、不意の出来事であった。攻撃されたわけではない。ただ、それまで蹲っていた白い人型が立ち上がり、前触れもなく鬼姫の方へと降り返ったのだ。

 

 そこにあったのは鬼姫が想像していた通りの、おおよそ普通の人間とは違う。

 

 人の頭を呑み込めそうな程に巨大な口と、真っ黒に窪んだ瞳。『異界の者ども』程ではないが、一目で人間ではないことが分かる造形で──。

 

 ──ウアァァァァ!!! 

 

『おぅあ──な、何じゃいきなり、吃驚するではないか!』

 

 振り返ったのも突然なら、反応を見せるのも突然であった。突然の事に思わず怒鳴る鬼姫を他所に、眼前のソイツはいきなり叫び出したのだ。

 

 まるで、恐ろしい何かを見てしまったかのように、見たくもない何かを見てしまったかのように両手で(その掌も、常人よりも巨大だ)顔を覆うと、鬼姫の視線から逃れる様に蹲ってしまったのである。

 

 その悲鳴たるや、凄まじいの一言である。

 

 鬼姫が霊体でなかったら、鼓膜すら傷ついていたかもしれない程の爆音。苦悶という言葉に満ちたその悲鳴が箱の中を反響し、さしものの鬼姫も思わず両手で耳を塞がずにはいられないぐらいであった。

 

 こ、これは堪らぬ! や、止むおえぬ、一旦ここを出ねば──ん? 

 

 撤退しようとした途端、ぴたり、と。苦悶の悲鳴が、止まった。

 

 あまりに唐突な変化に足を止めた鬼姫が見たのは、相も変わらず蹲ったままの、そいつの背中であった。

 

 ……何ともまあ……不気味なやつだ。

 

 率直に、鬼姫はそう思う。何が引き金を引いたのかが分からなければ、何が撃鉄を抑えたのかも分からな──む? 

 

 むくり、と。そいつは立ち上がった。

 

 今度は何だと思わず身構える鬼姫を他所に、そいつは残った声を振り絞るかのように、アァ、アァ、と数回呻き声を上げると、再び鬼姫の方へと振り返った。

 

 再び露わになったその顔に鬼姫は目を瞬かせた──と同時に、そいつは鬼姫の方へといきなり走り出した。

 

 ──ウアァァァ!! 

 

『おわぁ!』

 

 驚きはしたが、身構えていたおかげであった。

 

 自らの背丈以上に長い両腕を掻い潜った鬼姫は、たんたん、と床を蹴ってソイツの背後に逃れた。

 

 まあ、霊体だからすり抜けるのだけれども……瞬間、鬼姫の脳裏を過ったのは、壁に勢いよくぶつかるソイツの姿であった……のだが。

 

『──何じゃと?』

 

 驚いたことに、ソイツはぐるりと方向転換をしたのである。

 

 その方向は鬼姫の方で……嫌な予感を覚えた鬼姫は、再び伸ばされたソイツの腕を避けると今度は、ソイツの斜め後方へと回った──直後、ソイツは再び……鬼姫が居る方向へと向きを変えたのだ。

 

 ──こ、こやつ、ワシの姿が見えておるのか!? 

 

 霊的な『力』は、今もなおソイツから感じ取れない。気配だけなら感じ取れるかもしれないが、その姿を捕らえるなど鬼姫の常識ではありえないことだ。まさかと思って、今度は床を蹴って天井へと飛んだ。

 

 ただの偶然であればソイツは再び壁の方へと向かう……はずだが、違った。ソイツは真下にて立ち止まると、その長い両腕を伸ばして鬼姫へと飛んだのだ。その指先こそすり抜けるものの、その手は確実に鬼姫へと伸ばされていた。

 

 これで、確信した。

 

 迫る腕を避けて床へと着地した鬼姫は、素早くそのまま駆け出して……壁をすり抜けると、箱の外へと脱出した。

 

 直後、ずどん、と分厚い鋼鉄の向こうから振動が響き、それが連続しているのを確認した鬼姫は……深々とため息を零した。

 

『まさか、かのような存在がワシの前に現れる日が来ようとはな。長生き……いや、長く幽霊をやってみるものじゃな』

 

 信じられないことであったが、『力』を持たないソイツは鬼姫を確かに認識している。

 

 それでいて、ソイツは鬼姫から放たれている『力』を前にしても跳ね除けて向かってきた。それは、危惧しなければならない事実であった……と。

 

 ──そこまで考えた辺りで、ひと際強い振動が箱から響いた。

 

 一息も休まずに壁をひたすら叩いているのは分かっていたが、よほど激しく叩いているのか。だんだん、と壁を叩く音は、外側にいる鬼姫からもはっきり分かる程であった。

 

 ……申し訳ないことをしたのかもしれない。

 

 そう、思った鬼姫はソイツが居る箱へと頭を下げた。結局、ソイツがどのような存在で、鬼姫をここに連れて来たやつらと繋がりが有るのかどうかすら分からないままであった。

 

 だが、それが何であれ、鬼姫がソイツにとっては招かざる存在であったのは想像するまでも──その、瞬間であった。

 

 べきり、と。あるいは、めきょり、か。

 

 そんな異音と共にこれまでで一番強く箱が震えた瞬間、箱が内側から盛り上がったのだ。分厚い鋼鉄で出来ている箱が、だ。『──ぬぉ!?』あまりに想定外の事態に、さすがの鬼姫も飛び退いて距離を取った。

 

 言葉を失くす鬼姫を他所に、振動は連続する。その度に箱は内側から盛り上がり、変形し、歪になり始める。そして、ものの一分と経たずに箱の一部に亀裂が走り……中から顔を覗かせたソイツの視線が、鬼姫を捕らえた。

 

 ──ウアァァァ!! 

 

 その瞬間、ソイツは悲鳴にも似た叫び声をあげた。

 

 次いで、僅かに開かれた隙間に指を差し入れ──驚くべきことに、分厚い鋼鉄の亀裂が開かれ始めたのだ。女かと見間違うぐらいに細い指先が、めりめりと鋼鉄を捻じ曲げてゆく。

 

『──むん!』

 

 驚愕の光景であったが、鬼姫の復帰は早かった。拳二個分まで開かれた辺りで、鬼姫は両袖から飛び出した幾重もの『黒蛇』が、開かれた亀裂からソイツへと絡み付いた……のだが。

 

(……これでは駄目か)

 

 ソイツは全く堪えた様子を見せなかった。『黒蛇』では無理だと判断した鬼姫は、次いで、両手で印を組む。

 

 練り上げる『力』と共に鬼姫の黒髪がざわざわと逆立ち始め……『──破ァ!』ソイツへと、不可視の『呪い』が放たれる。呪いは、寸分の狂いもなくソイツへと直撃した。

 

『──なんとまあ、吃驚仰天じゃな』

 

 だが、それでも駄目であった。一瞬ばかり怯みはしたが、ソイツの挙動は止められない。相も変わらず悲鳴をあげて鋼鉄を捻じ曲げ、外へと……鬼姫の下へと向かおうとするままであった。

 

(どうやらワシは、起こしてはならぬやつを起こしてしまったようじゃな)

 

 ここに来て、ようやく鬼姫は理解した。

 

 こいつは、己とはまた別の意味で触れてはならぬ存在なのだと言う事を。

 

 経緯は分からないが、ここに封印されていた……己の不用意な行動が、こいつを呼び覚ましてしまったのだ。

 

 それならば……鬼姫が取らねばならない行動は、ただ一つ。

 

『──仕方あるまい。こうなれば、ワシ自らの手で引導を渡してくれようぞ!』

 

 決断した後の鬼姫の行動は、早かった。

 

 再び印を組んだ鬼姫は、『力』を込めた指先を床に向けた。途端、指先から放たれたのは、『青い炎』。それは、一般人の目にも視認することが出来る程の『力』が込められた、必殺の呪いであった。

 

 一度浴びれば二度と消えず、二度浴びれば魂すらも燃え尽きる。

 

『面倒なやつ』すらも退ける黒蛇よりも、さらに凶悪な『力』が込められた、凍てついた炎。中々に使い所が難しいそれが、導火線のように地を這い、舐めるように箱の表面を乗り上げ……ソイツへと浴びせられた。

 

 ──ウアァァァ!! 

 

 凍てついた炎は、ソイツを一瞬にして火だるまへと変えた。『呪い』によって焼かれるので、普通の炎とは違う。さすがにこれは効いたのか、ソイツは亀裂から手を離してぶんぶんと身を捩った。

 

『ぐぬぬ、これでも駄目か!』

 

 しかし、それでもソイツは止まらない。

 

 すぐに、自らが燃えているにも関わらず亀裂をこじ開け始めた。『青い炎』は多少なりともソイツにダメージを与えているようだが、それでも仕留めるまでには至らない。

 

 それならば、と。『──ふん!』鬼姫は掌を合わせた。

 

 途端、亀裂の一部がぐにゃりと変形し、ソイツを貫く。鋼鉄の剣山にて貼り付けにされたソイツは、悲鳴をあげて体液を噴き出した……だが、それだけであった。

 

 そのまま鬼姫が『力』を込めれば、亀裂はさらに変形して刃の罠へと変わり、ソイツをズタズタに切り刻む。加えて、刃の一部を鉄格子へと捻じ曲げ、亀裂の封鎖に取り掛か──ろうとしたが、出来なかった。

 

 ──ウアァァァ!! 

 

 それよりも速く、ソイツが鉄格子を引き千切ったからだ。既に、その身体には何本もの鉄柱が突き刺さっている。

 

 なのに、ソイツは負傷していることすら気に留める様子もない。

 

 途中から攻撃を止めて、亀裂の封鎖に『力』を注ぐが……信じがたい毎に、鬼姫が亀裂を塞ぐよりも、ソイツが壁をこじ開ける方が速いようだ。

 

(な、何というやつじゃ……! このワシとの力比べに打ち勝つじゃと!?)

 

 久方ぶりとなる、焦燥感。このままでは、いずれ破られて外に出て来るだろう。それだけは、何としてでも防がなければならない。

 

『力』を持たないコイツは鬼姫に触れることは出来ないから、鬼姫自身は安全だが……それ以外が、危険に晒されてしまう。

 

 ……生半可な攻撃は、時間稼ぎにしかならない。それならば、本気でもって……『本気状態』になる他……それしか、ない! 

 

 そう判断した鬼姫は、亀裂へと向けていた『力』を解いた。途端、ソイツは瞬く間に亀裂を広げ始める。

 

 しかし、ソイツが出て来るよりも鬼姫の方が速い。

 

 かはぁ、と瘴気に満ちた溜息を零した鬼姫は、『本気状態』になるべく気合を入れ直し……不意に、その視線が天井へと向けられた。

 

(いかん、この感じ……誰かが近づいてきておる! しまった、ここの騒動に気付いて様子を見にきおったか!)

 

 思わず、鬼姫は舌打ちをした。さすがに正確な位置は分からないが、感じ取れる場所は、『本気状態』になった時に影響を受けてしまう位置だ。

 

 後少し、後5分遅ければさっさと話を終えられるのだが、こうなっては仕方あるまい。こいつによる負傷者を出さない為に死人を出すのは、本末転倒もいいとこである。

 

 しかし……どうしたらいい? 

 

 既に亀裂(もはや、亀裂は穴だ)は童程度なら怪我を考慮しなければ通れる広さになりつつある。このまま亀裂の封鎖に戻ったとしても、こじ開けられるのは確実。

 

 かといって、攻撃に映ったとしても今の鬼姫では致命傷を与えることが……ん、致命傷? 

 

(そうか、そうじゃ)

 

 それは、まさしく閃きであった。

 

(こいつはワシを狙っている。つまり、こいつはワシへと向かってくる──っ!)

 

 悩む暇など、ない。

 

 決断した鬼姫は、すぐさま準備に取り掛かった。この術は、準備に時間を要する。再び印を組んだ鬼姫は、これまで以上に『力』を練り上げ──変化は、すぐに訪れた。

 

 それはまるで、黒いヘドロのよう。どろり、と、音も無く鬼姫の眼球そのものが黒く濁り……黒い涙を滴り始めたのが変化の始まりであった。

 

 夜の闇よりも黒くなった眼球に、血の赤が浮かぶ。それに一拍遅れて、組み合わせていた鬼姫の両腕が瞳と同じく真っ黒に染まり始め、二の腕の辺りまでその境目は止まった。

 

 ……もし仮に、今のこの部屋を覗いた一般人がいたなら、箱よりもまず鬼姫の居る辺りを見て驚きに声を上げていたことだろう。

 

 何故なら、何もない空間に真っ黒な腕が浮いていて、その下には黒い何かが広がってゆくのが見えるからだ。

 

 足元の黒い何かは、頬を伝って顎先より滴り落ちた黒い液体である。当然だが、それは涙ではない。

 

 秒を得るたびに増大してゆく『呪いの力』が、形となって具現化したもの。

 

 そして、鬼姫が『黒い涙』を流し始める時、それは、とある術が発動する前触れでもあった。

 

 ──ウアァァァ!! 

 

 しかし、術が発動する前に、ついに箱が破られた。中から悲鳴をあげて飛び出してきたソイツは鬼姫へと迫る。だが、『力』を持たぬソイツの指先は、鬼姫に届かない。

 

 例え鋼鉄を捻じ曲げる剛腕であろうとも、どれだけ早くとも。届きさえしなければ、それは蚊の羽音よりもか弱い。少なくとも、ソイツが鬼姫を狙っている間は、周囲にソイツの被害が及びはしない。

 

『──見るがよい、かつて時の帝が恐れ、幾千の陰陽師共が恐れ、幾万の民草たちが恐れた、ワシの抱擁を』

 

 そしてそれは、鬼姫にとって……これ以上ないぐらいの好都合であった。ふわりと舞い上がる、鬼姫の腕。術の完成と共に伸ばされたその両手が……迫り来るソイツを静かに抱き留めた。

 

死手(して)の──』

 

 瞬間、鬼姫の『呪い』が発動した。

 

『──(いざな)い』

 

 直後の変化は、微細なものであった。黒い眼の中に浮かぶ赤い光がソイツを捕らえ、鬼姫の黒い腕がソイツを抱き留める。文字にすればたったそれだけのことだが……効果は劇的であった。

 

 ……ソイツは、抵抗らしい抵抗をしなかった。

 

 それまで上げていた悲鳴もピタリと止み、しばしの間、ソイツは何か恐ろしいモノを見たかのように激しくその身を震わせた後。

 

 そっと、抱き留めた鬼姫の腕が外されれば、その身体は崩れ落ちる様に、その場に倒れてしまった。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………静かであった。物音一つ、しない。ソイツはもう、呻き声一つ出さない。開かれた亀裂から中に戻ろうとも、鬼姫へと襲い掛かろうともしない。ただただ静かに……物言わぬ亡骸のままであった。

 

『……、ふぅぅぅぅ』

 

 その中で、唯一。音を発したのは鬼姫であった。

 

 深々と、それはもう大きくため息を吐くと共に、力を抜く。途端、変化はすぐに現れる。身体から滴り落ちた『黒い涙』は瞬く間に蒸発して跡形もなく消え、黒い腕も徐々に元に戻ってゆく。

 

 ──『死手の誘い』。

 

 それは、『本気状態になっていない時にだけ』放てる術。鬼姫が持つ数々の術の中でも、最強最悪の殺傷能力を誇る『呪い』である。

 

 その威力は本気状態の時でも出せない程に強く、直撃すればどんな結界や防壁をも貫通し、名の知れた神々すら一撃で仕留める、まさしく最凶の術であった。

 

 その原理は説明すると長くなるが、要約すれば『初めから相手を死した後にする』というもの。

 

 つまり、相手を殺すのではない。

 

 相手が既に死んでいる状態に因果そのものを捻じ曲げ、霊魂ですら消滅させるという反則的な術なのである。

 

(やれやれ、この術を使うのは何時以来かのう……上手くいって良かったのじゃ)

 

 腕の色合いが元に戻り、瞳の色も元に戻ったのを感覚で察した鬼姫は、改めて亡骸となっているソイツを見下ろした。

 

 ……鬼姫が安堵するのも、ある意味当然であった。

 

 何故なら、この術はその絶大な効力の代償に様々な弱点を抱えている、いわば博打のような術であるからだ。

 

 というのも、この術。発動の為にかなり『力』を消耗するのもそうだが、まず、発動の準備にえらく時間を要する。『黒蛇』や『青い炎』のようにすぐに放てる代物ではなく、鬼姫の力量を持ってしても長い溜めが必要なのだ。

 

 そして何よりも、この術が発動する直前。『黒い涙』を流し、黒い腕となった辺り。言うなればその時は撃鉄を起こした状態なのだが、その状態になると……鬼姫はその場よりほとんど動けなくなるのである。

 

 何とか動けても、せいぜいが老人がゆっくり歩く程度の速度。術を発動する為に精神と『力』を極限まで集中している為であり、それ以上の速さで動くと今度は術を維持できなくなるからだ。

 

 加えて、この術は『黒蛇』のように離れた敵には放てない。超至近距離……『呪いの力』が込められた腕で相手を捕らえ、瞳で術を掛ける。そこまで近づかなければならないのだ。

 

 なのに、術の準備が整うと、肝心要である鬼姫はほとんど動けなくなる。相手に直撃すればその時点で勝てるのだが、相手が至近距離まで近寄ってくれないとぶっちゃけ無駄撃ちに終わる……そういう術なのである。

 

 故に、この術は博打なのである。当たれば勝ちで、外れれば負け。

 

 溜めをしている間は無防備になるし、一旦術を解除すればまた最初からやり直し。上手くいって良かったと安堵したわけが、それなのであった。

 

 

 

 ……だからこそ。

 

 

 

 アァ……アァ……。

 

『──っ!?』

 

 もぞもぞ、と。のたうつようにではあるものの、息を吹き返して亀裂の向こう……今しがた己がこじ開けた箱の中へと戻ってゆくソイツに、鬼姫は言葉を失くしてしまう程に驚いたのであった。

 

 確かに、そう、確かに、だ。

 

 術は確かに発動して、確かにソイツへと直撃した。

 

 因果を捻じ曲げた手応えもあって、その存在を死へと誘った手応えもあった。

 

 何度思い返しても、確かであったと……鬼姫は胸中で断言した。

 

 ……だが、目の前のソイツはまだ動いている。

 

 死したはずのソイツは、ナメクジのような動きで箱の中へと潜り込むと、それっきり出て来る様子はない。

 

 慌てて気配を探れば、最初の時と同じく箱の奥側の壁にて動きを止めたのが分かった。限りなく消耗しているのは分かるが、死んではいないのも、すぐに分かった。

 

(ありえぬ……! 『死手の誘い』をまともに受けて、生きておるはずがない。何故じゃ……何故、こやつは生きておるのじゃ……?)

 

 不可解な現象に幾つもの疑問符を浮かべた鬼姫は、再び穴に格子を掛けながらも困惑する他ない。

 

 殺そうと思っても殺せないやつなら心当たりあるが、因果そのものを死へと塗り替えたのに死なない存在を見るのは、これが初めてであった……と。

 

 “──っ! ──っ! ──っ! ”

 

 “──っ! ──っ! ”

 

 “──っ! ──っ! ──っ! ──っ! ”

 

 そこまで考えた辺りで、時間切れとなった。

 

 鬼姫をすり抜けて部屋に入って来たのは、鉄砲やら何やらを装備した、鬼姫の知らない言語を喋る人間たちであった。

 

 彼らは皆一様にどデカいゴーグルを掛け、その上で何故か手で目元を隠しながら杖を使って……壁やら床やらを何度も突いている。慎重に、それでいて迅速であった。

 

 その意図は鬼姫には分からないが、何かしらの意味はあるのだろう。ゴーグルのせいで表情は伺えなかったが、謎の言葉を離す者たちは皆、真剣な様子で、その内の一人が“──っ! ”何かを叫べば、彼らの後ろから分厚い鉄板と、溶接道具を抱えた者たちが部屋に入って来た。

 

『……後は、こやつらに任せるほかあるまいな』

 

 どうやら、この者たちはソイツの対処法を知っているようだ。そう判断した鬼姫は、彼ら(あるいは、彼女らか)の邪魔をしないようにそっと部屋を出る。そして、この者たちがやって来た方角へと顔をあげると……天井をすり抜け、そちらの方向へと向かった。

 

 ……。

 

 ……

 

 …………そうして、意気揚々とまではいかなくとも、だ。『死手の誘い』を用いても仕留めきれなかったことに軽く自信を失いつつも、気持ちを切り替えて探索を再開させた鬼姫であったのだが。

 

『なんとまあ、ただの歯車もこうも出鱈目な数が組み合わされると、見ごたえがあるのじゃ』

 

 大きさにして、鬼姫が優に十人は入るかもしれない二つの鉄の箱を繋ぐ、幾重もの歯車で構成された機械。数千、数万、数十万にも達しているかもしれない膨大な数の歯車が見せる、複雑な連結。

 

 使い方はおろか、その用途すら見当もつかない鋼鉄の塊。それを前にしてすっかり興味を持って行かれた鬼姫は、木製やらガラス製やらが混じるそれらへと、ただただ感心の眼差しを向けるばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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中編

目を離したら超高速で絶対殺すマン VS 目を離したら拗ねて面倒くさいマン


勝つのはどっちかな?


 

 

 ……しかし、何時までもこうしてはいられない。

 

 しばしの間、『膨大な歯車を積んだ鋼鉄の機械』を興味深く眺めていた鬼姫は、さて、と機械のある部屋から出た。

 

 途端、サイレン……いや、これは『警告』か。

 

 至る所に反響して響くソレが、鬼姫の全身を叩く。先ほどの部屋の中では多少なりともマシだったが、やはり五月蠅い。

 

 幽体なので別にどうこうなるわけではないが、元来我慢強くない鬼姫は、鬱陶しげに歩を進める。

 

 とにかく、まずはここが何処なのかを調べなければならないが、その手掛かりらしきものが何一つない。というか、鬼姫が理解出来るものが何一つ存在していない。

 

 ここで目を覚ましてから、体感で小一時間ぐらいだろうか。ここに来るまでに何度か人間を見かけることはあったが、彼ら彼女らは皆一様に忙しない。

 

 遠目からでも慌ただしく、緊迫した様子で何処かへと駆けてゆく。その誰もが『力』を持っていないから、誰も鬼姫に気付かない。見えないフリではなく、本当に鬼姫の存在を感知していないようなのだ。

 

 ……ワシがここに居るということ自体、こやつらは気付いていないのかもしれない。

 

 何度か彼ら彼女らの前に躍り出ても、誰一人足を止める者はいない。その様子から鬼姫を探しているというわけではないのは明白で、そのうえ、彼ら彼女らは何だか下っ端な気もして。

 

 ……もしかしたら、ワシがここに居るのはもっと別の……この者たちすら感知していない者たちの仕業ではなかろうか。

 

 そう、鬼姫が考え始めるのも仕方がない状況であった。

 

 そんなわけだから、何も知らないであろう彼ら彼女らを強引に引き留めるのも悪い気がして、その次、そのまた次と見送り続けて……かれこれ、もう16回も見送っている。

 

 仕方がないことであるとはいえ、いい加減、嫌気が差してきていたのが鬼姫の本音である。

 

 しかも、探している間に様々な部屋を見つけたが、そのどれもに何一つ知っている物が見当たらないから、余計にそう思えてくる。

 

 そろそろ話が通じそうなやつと一人ぐらい遭遇したらいいなあ……と思いつつ、鬼姫は扉をすり抜け、壁をすり抜け、天井をすり抜ける。

 

 頭上から降り注ぐ『警告』に苛立ちすら覚え始めながらも、鬼姫はひたすら進み続けた。

 

『……ん?』

 

 ──と、不意に。

 

 もはや幾つ障害物をすり抜けたかすら分からなくなった頃。ぎぎぎ、と何か固い物同士が擦れる音に気付いた鬼姫は、振り返って『……?』首を傾げた。

 

 鬼姫の背後には、人型の石像が立っていた。

 

 頭に当たる部分は削れて分かり難く、形は大きく、その場に直立したような姿だ。芸術なんていうものに疎い鬼姫の目にはそれが、まるで仁王像のように見えた。

 

(……はて?)

 

 しかし、そのデザインよりも何よりも、鬼姫が強く気に留めたのは、だ。

 

(この石像、後ろにあったじゃろうか?)

 

 鬼姫が居る場所は、これまで幾度となく見た十字路の一角だ。石像越しにその後ろを見やっても……誰かが運んできた形跡はない。つまり、この石像は初めからここにあったということになる。

 

 ……何も考えずに進み続けていたから見落としたのだろうか。だとしたら間抜けな話だと、鬼姫は苦笑した。

 

 こんなデカい石像を見落とすぐらいだから、よほど苛立っていたのだろう。

 

 やれやれ、苛立った所で事態が好転するわけでもないのだと、己を戒めながら鬼姫は再び探索を──。

 

『ん、んん?』

 

 ──始めようとした瞬間、何かが喉元を通り過ぎたような気がして振り返った。

 

 けれども、そこにあるのは先ほどと同じ石像が一つ。他の気配は何も感じない……気のせいかと首を傾げた鬼姫は、再び──。

 

『……?』

 

 ──歩き出した途端、今度は口元を何かが通り過ぎた。

 

 何だ何だと辺りを見回すが、やはりそれらしい気配はない。鬼姫の真後ろに石像があるだけで、その石像も特に変化は見られ……ん? 

 

(こいつ、何で常にワシの真後ろにおるのじゃ?)

 

 たった数歩程だが、鬼姫は確かに歩いて、その分だけ石像から離れた。

 

 なのに、石像は振り返れば肩がぶつかるぐらいの位置にある。前も、その前も、常に同じ距離に石像があって、鬼姫を見下ろしていた……はずだ。

 

 ……あれ、こいつ、もしかしなくとも動いて……? 

 

 そんな悪い予感が、鬼姫の脳裏を過った。

 

 いちおう、念のため石像を調べ直すが……やはり、ただの石像だ。『力』は全く感じ取れないし、触れた指先からは石や鉄といった冷たい感触しか伝わって来ない。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………物は試しだ。

 

 そう思った鬼姫は、石像に背を向けて走り出した。そのまま扉をすり抜けて(扉の先も、十字路であった)へ移ると、急いで振り返る。そして、頬を引き攣らせた。

 

 ──石像は、あった。

 

 鬼姫の真後ろで、先ほどと同じく振り返れば肩がぶつかってしまうぐらいの位置で。

 

 わざとやっているのか、ポーズも先ほどから全く変化がなく、仁王立ちしている。

 

 ちなみに、その後ろに有るはずの扉は……中途半端に開かれた状態で破損していた。

 

(こ、こやつ、さっきのあやつと同類か……!)

 

 嫌な予感、大的中。しかも、今度は先ほどの時以上にワケが分からないやつだ。ぶっちゃけ、『異界の住人たち』の方がまだ分かり易いとすら思えてくるぐらいに。

 

 ……生きているのか、死んでいるのか。

 

 感知できる限りでは、『何となく生きているかもしれない』というのが分かるが、正直、どっちなのか鬼姫にもさっぱり読めない。

 

 ぶっちゃけ、生きているように見せている石像だと言われた方が、幾らかしっくり来るぐらいだ。

 

 先ほどのやつも出鱈目であったが、また、似たような類と対面する日が来ようとは……しかも、何故か自分を狙ってくる。

 

 さっきのは不用意に立ち入ったこちらが悪いが、今度は違う。

 

 まだ何もしていないのに……どうしてワシばかりと、鬼姫は色々な意味で頭を抱えたくなった。

 

 だが、しかし。頭を抱えた所で何も話は進まない。

 

 もしかしたら、これも自分が居るせいで起こしてしまった何かなのかもしれないと思うと、落ち込んでいる暇はない。

 

 ……とにかく、目の前の石像をどうにかしなければならない。

 

 自分なら平気だが、他の者たちに被害が及びでもしたら、目覚め悪くなるどころ話ではない……けれども、どうしようか? 

 

 とりあえず『力』を放って通じるか試してみるが、駄目だった。

 

『黒蛇』も『青い炎』も外れることなく直撃はするものの、さっきのやつのように効果が見られないのではなく、反応しないのだ。

 

 まあ、それもそうである。鬼姫の術は、石ころを壊すならまだしも、石ころを殺せなんて、とんち染みた術ではない。

 

『黒蛇』も『青い炎』も、一度は石像に纏わりつきはするものの、すぐにその身体から零れ落ちて……そのまま蒸発してしまった。

 

 ──この様子だと、『死手の誘い』はおろか、『本気状態』になっても通じはしないだろう。

 

 どちらも生者、死者問わず、その魂ごと消滅させる最凶の術だが、物理的に物を壊す類の術ではないからだ。

 

 それに……拘束も無駄だろう。鬼姫の脳裏に、破損した扉の姿が思い浮かぶ。

 

 見た所、あの扉は鉄製っぽい。それを粉々ではないとはいえ、あのように容易く破損させ、鬼姫の背後に接近する素早さだ。一瞬ばかり封じ込めに成功したとしても、すぐに脱出されてしまうのが目に見えている。

 

 それならば、と。

 

 石像そのものを壊そうと念じれば、ふわりと石像が浮き上がる。一拍遅れて、落とされた石像は、がごん、と異音を立てて床に叩きつけられた。

 

 だが、石像は全くの無傷であった。続けて、二度、三度、四度と繰り返すが……傷つくのは床の方で、肝心の石像は全くの無傷であった。

 

(重いうえに頑丈……やるだけ無駄じゃな。あ、いや、待て、いかん、いかんぞ。これでは手の施しようがないのじゃ)

 

 これだけやってもヒビ一つ入らないなら、物理的な破壊はほぼ無理だろう。だが、術が全く通じない以上、物理的な攻撃以外に、この石像を仕留める方法がない。

 

(しかし、この場で何か使えそうな物は……っ!?)

 

 いっそ、爆弾か何かでもあればなあ。そう思って周囲を見回した──瞬間、であった。視界の端で、何かが動いた。

 

 ハッと鬼姫がそちらに目を向ければ、鬼姫の眼前……文字通りの目と鼻の先に、石像の手が止まった。

 

『ぬぉ!?』

 

 思わずたたらを踏んで後退する。そうしてから、再び沈黙を維持している石像を見て、鬼姫は……もしや、と石像から一瞬だけ目を離した。

 

 

 

 

 

 ──瞬間、石像は鬼姫の目の前に現れた。

 

 

 

 

 

 突然、そこに出現したかのように己を見下ろしたのを確認した鬼姫は、再び距離を取る。けれども、石像は動く気配を見せない。『なる、ほど。これはまた面倒じゃな』いよいよもって鬼姫は、苛立ちを表に出して舌打ちをした。

 

(どうやらこやつ……注意を逸らした瞬間から攻撃してくるようじゃな)

 

 それも、鬼姫が反応出来ない程の速度で。その事実に鬼姫は唸り声をあげながら……そっと、自身の首もとを摩った。

 

(幽体のままで良かったと思う日が来ようとは、な。ほんに、今日は色々な事が起こるのじゃ)

 

 石像は『力』を持っていないから、霊体である鬼姫に触れることは出来ない。そのおかげで鬼姫は未だ無傷なのだが、これでもし『名雪』に憑依した状態であったなら……おそらく、脳天は粉々だろう。

 

 鬼姫とて死者なのだから、脳天を割られた所でどういうことはない。しかし、おそらくは反撃出来ないまま撤退を余儀なくされるだろう。

 

 悔しいが、この石像の初速は鬼姫を優に超えている。はっきり言って、先ほどの速度で動かれたら、もう鬼姫では捕らえきれないかもしれないからだ。

 

(う~む、このままずっと見つめ続けているわけにもいかぬしなあ)

 

 考えろ。とにかく考えろと、鬼姫は必死に頭を働かせた。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………だが、そう都合よく妙案が思いつくはずもなく。今も絶えずに『警告』が延々と鳴り響いている中、鬼姫は……決断を迫られていた。

 

 このまま逃げるか、否か。単純に逃げるだけなら容易いだろう。壁をすり抜けて移動してしまえばいい。追いかけて来るにしろしないにしろ、どうせ鬼姫に触れることが出来ないのだから。

 

 だが、その場合コイツはどうなるのだろうか。今は鬼姫だけを狙っているが、もし、この場に別の人物が来たとしたら、そいつはどうなるのだろうか。

 

 鬼姫がそうであったように、そいつが石像から目を離した瞬間に襲われるのだろうか……そう思うと、何もかも放り投げてここを離れるのも迷いが生まれ……ん? 

 

(これは……?)

 

 最悪、見捨てる他ないか。徐々にそちらに天秤が傾き始めていた鬼姫の意識が、『何か』を捕らえた。

 

 思わず、そちら……『何か』がある天井の向こうへと目を向ける。途端、首辺りにひゅんひゅんと風を感じたが、構わず『何か』へと目を凝らす。

 

(……ワシを、呼んでいる?)

 

 しばし気配を探った鬼姫は、困惑に首を傾げた。いまいち分かり辛いが、確かに、そこに『何か』がいる。そして、これまた分かり辛いが、自分を呼んでいるような……感覚を覚える。

 

 どうだろう、目の前のコイツや先ほどのあいつとは少し違うようには思える。

 

 気配からも敵意を感じ取ることは出来ないし、ここに来て初めて意思を持って接触を図ろうとする者の存在に、興味も覚える。

 

 ただ、この『何か』からも『力』を感じないから、言ったとしても気づいては貰えないだろうけど。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………行くか、否か。

 

 しばしの間本気で悩んでいると、コロコロと何かが足元で転がったのを視界の端に捉えた。『んん?』視線を下ろせば、そこにあったのは、大きな目玉を持つ、三つの物体であった。

 

 一言でいえば、その外観は人魂に目玉が付いたような形、であろうか。

 

 形こそ似ているが、それからも『力』を感じ取ることは出来ない。今度は何だと屈んで見やるも、その物体は鬼姫ではなく石像を見つめているばかりだ。

 

 そうしてしばし観察を続けていた鬼姫は、とあることを思い出して石像を見上げ……ほう、と頷いた。

 

 どうやら石像は、(霊体であるか否かは別として)人でなくても見られている間は動けないようだ。その証拠に、鬼姫が視線を逸らしても動く様子は見られない。

 

 これは……今の内に来い、ということなのだろう。

 

 実際の所は違うのかもしれないが、とにかくこれで鬼姫は自由になった。

 

 一先ず決断した鬼姫は『すまぬ!』、そう言い残すと同時に床を蹴って、天井をすり抜ける。

 

 天井の先はまた十字路であったが、構うことはない。『何か』が居るであろう方向へと鬼姫はひたすら進み続ける。どこを進んでいるのかは分からなくなり、徐々に『警告』も小さく遠ざかってゆく。

 

『──見つけたのじゃ』

 

 そして、とある部屋へと辿り着いた瞬間、『警告』は聞こえなくなって……鬼姫は理解した。

 

 その部屋は広くはないが言う程狭くもない。真新しいベッドが一式と、そのベッドから伸びている、仰々しいコンセントが壁に一つ。

 

 その壁には他にも、鍵が取り付けられた『小さな窓』があって、唯一外へと通じるであろう扉はこれまた仰々しく頑丈そうだ。それらを順々に見回した鬼姫は、次いで、本命へと目を向ける。

 

 その部屋のベッドに、そいつは居た。

 

 そいつは小さく、見た瞬間、鬼姫はその子を童だと勘違いした。ソフィアと同じく、金色の髪を持つ女の子だと……けれども、すぐにそれは違うことを悟った。

 

 何故なら、タオルケットから飛び出した身体の大部分が、一目で人のソレではないと分かる有様だったからだ。

 

 鋼鉄の頬を枕に預け、機械の手足を折りたたんで横になっているその姿は、まるで赤ん坊のよう。爛々と赤い光を放つその子の瞳が、静かに……何を言うでもなく、鬼姫を捕らえていた。

 

『ワシを呼んだのは、お前か?』

 

 単刀直入に、鬼姫は尋ねた。直後、鬼姫は舌打ちした。返事が返されるとは思っていないが、つい、尋ねてしまったことに思い至ったからだ。

 

『はい、そうです』

 

『──っ!? お主、ワシの言葉が……!』

 

『はい、分かります。あなたの声を、認識しています』

 

 だからこそ、『力』を持たないはずのその子から返事が返されたことに鬼姫は本気で驚いた。『あなたの動揺を、認識しています』そしてそれは、その子にとっては予測済みだったのかもしれない。

 

 きりきりきり、と歯車(ギア)が噛み合う異音と共に身体を起こしたその子は、唯一残されている肉眼を、改めて鬼姫へと向けると。

 

『あなたの存在を、待っていました』

 

 そう、告げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




正解は引き分け、互いに有効打を与えられないからね、しょうがないね


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後編

 ……傍から見ればそれは、奇妙な光景であった。

 

 少女が、何もない空間に向かって頷き、時折何かと会話をしているかのように首を横に振る。(姿かたちが異質であるという点を除いて)見る者によっては、少女の精神状態を案じたことだろう。いや、大多数が案じていただろう。

 

 しかし、少女の精神が実際の所、別に変調をきたしたわけではなかった。情緒が不安定に陥ったわけでもなく、特定の薬液を用いて幻覚を見ているわけでもない。

 

 他の者たちは知る由もないが、『力』を持つ者だけがその姿を正確に認識することが出来る存在が、その部屋の中に居た。ベッドに腰掛けた少女はただ、その存在へと語り掛け、語られて、対話を行っているだけなのであった。

 

 ……まあ、対話といっても実際に声に出しているわけではない。

 

 あくまで鬼姫にだけ通じるようにしているだけであって、周囲から見れば無言のまま虚空を眺めているだけなのだから、それを察しろというのが無茶な話ではあった。

 

『なるほど、つまり、ここは『財団』と呼ばれる組織が、『えす・しい・ぴい』なるものを閉じ込めたり保護したりする場所で、ワシが居た世界ではないというわけじゃな?』

 

『はい、そうです。あなたの問い掛けに、肯定します。ここは、あなたの知る世界とはまた別の世界。あなたの知る法則とはまた別の法則によって構成された世界、です』

 

『……もそっと分かり易く言い直してくれぬか?』

 

『金の時計が、千粒の林檎の種と交換されてしまう世界、です』

 

『疑うようで悪いのじゃが、その言い直しには恣意的というか、意図的な悪意を覚えずにはいられぬのじゃ』

 

 鬼姫と少女は、短いながらも濃密な会話を行っている……のだが、会話といってもその中身の9割は『少女による鬼姫への諸々の説明』であった。実質、会話というよりは説明の方が近しいだろう

 

 そうして受けた説明だが、その中身はというと、だ。

 

 一言でいえば、鬼姫がいるこの世界は、『SCP』と呼称されている奇妙奇天烈摩訶不思議なやつらが我が物顔で跋扈し、それを何とか管理しようとする人間たちの涙ぐましい世界……というような感じの説明であった。

 

 そうして受けた説明の中には、少女もまた『SCP』の一つであり、『SCP-191』と呼ばれているということも含まれていた。

 

 まあ、奇妙奇天烈と聞いて鬼姫が真っ先に思い浮かべたのは、例の石像であったりする。最初に遭遇したやつも大概だが、薄気味悪さはその次の方が断然上である。

 

 ──どちらも似たり寄ったりじゃが、同じ『えす・しい・ぴい』でも随分と違いがあるのじゃなあ……と。

 

 一通りの説明を受けた鬼姫が一人、心の中でうんうんと頷いていると。

 

『あなたの納得を、訂正します。貴方が応対したSCP-096は、あれでもかなりマシな部類、です』

 

 一瞬、鬼姫の動きが止まった。

 

『……あー、うん、それで、ワシはどうやったら元の世界に戻れるのじゃ?』

 

 あえて、そこから話を広げようとはしなかった。深入りすると頭痛しかしてこないことを察した鬼姫は、話を切り替える意味でも、改めて少女に尋ねた。

 

『あなたの疑問に、回答します。答えは、いずれ、です。言うなればここは、あなたにとって、『夢』。穏やかな眠りの中を漂う自我の一つ、それが、今のあなた』

 

『夢? ということは、ここはワシの夢の中なのかのう?』

 

 白昼夢にしてはずいぶんと具体的ではないか。そう思って少女を見やれば、『あなたの想像する、夢とは少し違う、です』返されたのは肯定でもあり否定であった。

 

『夢では、ある。そして、あなたから離れた自我の一つが、今のあなた。しかし、この世界は、あなたの夢ではない、です』

 

 それはつまり、と、鬼姫は首を傾げた。

 

『誰かの夢にワシが入り込んでしまったと?』

 

『あなたの仮説を、否定します。ここは、誰の夢でも、ない。私たちの、世界。ですが、ここは、あなたにとっては、夢。全てが幻想、です。全てが、まやかしなの、です』

 

『……ふむ』

 

 さっぱり分からん、という言葉を鬼姫は寸でのところで呑み込んだ。

 

『あなたは、仮初めの客。あなたは、舞台を眺める、御客人。この世界においてあなたは、誰にも害されない。それ故に、あなたはこの世界の誰をも、殺すことが叶わない、です』

 

 とはいえ個体差もあるが、その一歩手前ぐらいまでは頑張れば追い込むことが出来ると思う。

 

 そう続けた少女の言葉に、少しばかり合点がいったと鬼姫は頷いた。

 

 道理で、あれだけ『呪い』をぶつけても起き上がったわけだ。少女の言葉が真実であるならば、『力』の強弱は関係ない。

 

 純粋に、どうにもならないことなのだ……そこまで考えて、そういえば、と。鬼姫は少女を見やった。

 

 最初に顔を合わせた際、少女は鬼姫に言った。『あなたの存在を、待っていた』、と。

 

 気にはなっていたけど、その後すぐに対話という名の説明が始まったので、そのままになっていた……なので、鬼姫は改めて少女に用件を尋ねた。

 

『あなたの質問に、肯定します。私は、あなたを、待っていた。あなたのような、1と、0の、狭間を揺蕩(たゆた)う、不確定存在が現れる日を、待っていました、です』

 

『ふかく……何じゃ、それ?』

 

『一見するばかりでは、荒唐無稽、道理の通らない、でもそれは、1、です。私たちも、1、です。そして、SCPも、それ以外も、その大本は、0、です。私たちは、0か、1か、そのどちらかにしか、なれないの、です』

 

 余計にわけが分からん、もう少し分かり易い言葉で語れ。そう言い掛けた己が唇を、鬼姫は片手で押さえた。

 

『この世界は、1と、0で、形作られている。見た目は違っていても、その本質は1で、その本質は0で、その狭間に留まることは、出来ない、です。それは、この世界の法則、です』

 

『1は、より大きな1に、呑み込まれる。0は、より大きな1を生み出すため、小さい0を呑み込む。今はまだ、大丈夫。今はまだ、両天秤が生み出す揺れを、世界という土台が、支えられている、です』

 

『でも、いずれ、土台は崩れる。より大きい1を生む為に、より多くの0を取り込んで。今はまだ、バランスが保たれている。でも、一度でもソレが生まれたら、もう、取り返しがつかない、です』

 

『博士は、私に、言った。1か、0か、私たちの未来には、その二つしかない、と。より高みへ、より高みへ至るには、その狭間の、1と0の狭間にならなければならない、と。私に、言ったの、です』

 

『博士は、死んだ。でも、博士は、1と、0の、狭間には、なれなかった。私という被験体を用いて、0を臨床し、0をデータ化し、自らを0にしても、その狭間には、至れなかった、です』

 

『私たちは、我々は、1か、0か、どちらかだけ。自力では、どちらかにしか、なれない。そう決まっている、そう定められている。だから、外部の力がいる、です。この世界の理から外れた、別の理に基づいて動く、あなたのような存在の、力がいる、です』

 

 そこまで話すと、少女はゆっくりと……非常にゆっくりとした動作でベッドから降りた。その際、かちゃん、と音を立てたのは、機械と化した手足か、あるいは別の何かか。それは、鬼姫には分からなかった。

 

 きりきりきり、と。異音と共に、少女は背筋を伸ばす。そうしてみて、鬼姫は思いのほか少女が小さいことに気付く。辛うじて確認出来る肉体部分は華奢で、置き換わっている機械部分も細く、華奢に見えた。

 

 少女は、ベッドから降りた時と同じく緩慢な動きで、自らの衣服の全てを……強引に切り裂いた。

 

 機械化された指先は、見た目より鋭いのだろう。

 

 露わになる衣服の中は手術痕だらけで、肉と機械の境目にはうっすらとではあるが、血が滲んでいる部分もあった。

 

 けれども、少女は気にすることなく裸体を鬼姫に晒した。

 

 きりきりきりと異音を立てて、胸を張る。ブィン、と、少女の機械化された赤い瞳が、ひと際強く光る。

 

 実年齢は分からないが、僅かに残された肉体から推測する限りは思春期真っ只中。本来であれば、同性であっても視線から逃れようとするのだが……少女は一歩、また一歩と歩み出し……鬼姫の眼前に立つと。

 

『お願いが、あります、御客人』

 

 そう、言って。

 

『私の中に、あなたが、入ってください、です』

 

 機械化された腕を広げ、痛々しい手術痕が目立つ裸体を鬼姫に見せつけた。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………しばしの間、鬼姫は黙って少女を見つめた。

 

 少女は無言のままであった。

 

 どれぐらい黙っていたままなのか、それは分からない。

 

 時折異音を立てる少女の身体が、おおよそ10回目の軋みを奏でた後……深々と吐いた鬼姫の溜め息が、沈黙を終わらせる切っ掛けであった。

 

『正直に思っていることを言わせてもらうが、よいか?』

 

『構いません、あなたの認識を、聞きたい、です』

 

 ふむ、それでは。そう前置きを置いて、一つ咳をした鬼姫は。

 

『お主の言っている事のほとんどが、ワシにはさっぱり分からぬのじゃ』

 

 そう、告げた。対して、少女の反応はと言えば、だ。

 

『……really?』

 

 で、あった。『その、りありー、とか言うのもさっぱり分からぬ』取り繕っても仕方がないので、鬼姫は素直に頷いた。

 

『ぶっちゃけると、お主のような『えす・しい・ぴい』とかいうやつがいて、ここはワシの知る世界ではなくて、よく分からぬがお主はワシに憑依してほしい……ぐらいしか、理解しておらぬのじゃ』

 

『oh……Jesus……』

 

『あー、うん、すまぬ』

 

 何を言っているのかは分からないし、相も変わらず無表情。けれども、何となく、何処となく、落ち込んでいるのだけは伝わってくる。

 

 幾分か慌てた様子で、『と、とにかく、ワシにして欲しいことは分かったのじゃ!』一つ咳払いをして、鬼姫は話題を戻す。

 

 けれども、そのまま了解……ではない。しかしそれは、と、少女の願いに鬼姫は待ったを掛けた。

 

 というのも、だ。鬼姫が生者、死者問わず鬼姫が憑りつくには、『器の大きさ』という絶対的な条件が関わって来るからだ。

 

『名雪』のような例外中の例外は別として、標準的なレベルの『器』では、鬼姫が無意識に垂れ流す程度の『力』にすら耐えられない。

 

 それでも無理をすれば最後、その肉体は例外なく崩壊を始め、憑りつかれた者は息絶えるだろう。

 

 実際に入ってみないとその『器』の全容は分からないが、少なくとも、鬼姫を受け入れるだけの『器』の気配を、少女からは感じ取れない。姿形は人のソレとは少し違うし、鬼姫を認識することが出来てはいるが、基本的にはそれだけだ。

 

 これでは、憑りつく以前の問題である。

 

 いくら鬼姫の影響で死なないとはいえ、影響を受けるのは少女も認めている。なので、憑りつくのは構わないが、せめて何かしらの対抗策を用意してからだと、暗に少女に告げた……のだが。

 

『それで良いの、です』

 

『私は、自発的な行動に、制限が、ある。無理をすれば、死ぬ。ですが、私は死ね、ない。自動的に、再起動、する。すぐに死ぬ、でも、すぐに生き返る』

 

『それが良いの、です』

 

『あなたの中の理の中では、この世界の理、働かない。あなたの中で、0になる。つまりあなたの中で、死ぬ。そうすれば私は、生き返らない。再起動、しない。それが、私の目的なの、です』

 

 まさか、鬼姫が避けようと思っていること、それそのものが目的だとは思わなかった。

 

 思わず少女を見つめ……本気であることを察した鬼姫は、『理由を聞かせて貰えるかのう?』嘘偽りを許さぬと問い質した。

 

 ……長くはない程度の沈黙の後。

 

『より、高みへ』

 

 少女は、これまでになく力強い声を出して、そう言った。

 

『私は、この、くそったれな世界から、出たい、です。けれども、私は、私たちは、ここから出られない。より強大な1を使っても、別の世界に似せた1に行くだけ。本当の意味で、この世界から抜け出せないの、です』

 

『あなたの中は、私たちとは違う理が内包されている、です。その中で0になれば、私は、あなたの中にある理に組み込まれる。そうすれば、例えこの世界を滅ぼせる1であっても、私には手が出せない。この世界の理は、私を引き戻せないの、です』

 

『どうか、御客人。私の願いを、聞き遂げて、です。0は、解放なの、です。私にとっては、それが新たな1に、より高みへ、抜け出せる、です』

 

 ……なるほど、と。ぼんやりとではあるが、少女の言いたいことが分かった鬼姫は頷いた。

 

『そうまで言うなら、手を貸そう』

 

『……! ありがとう、です』

 

『じゃが、先に言うておく。ワシの世界もまた、こことは違う形で厳しい世界なのじゃ。戦に行き倒れ、病に飢え。お主の選んだその先が、必ずしも幸せに繋がっているとは限らぬ』

 

 それでもなお、行くか。

 

 そう続けた鬼姫の問い掛けに、少女は力強く、それでいてはっきりと頷いて見せた。赤い光を放つその目に、迷いがないことを悟った鬼姫は、一つ、大きなため息を吐くと……するりと、溶け込む様に少女へと憑りついたのであった。

 

 直後、少女の身体はビクンと痙攣した。そのまま緩やかに膝を付いて、蹲ってしまった。その反動で、少女に繋がっていたコンセントがぶつんと抜けて、床を転がった。鬼姫を受け入れた肉体は、いずれ朽ち果てる。しかし、受け入れてすぐというわけではない。そして、確かな変化はすぐに現れた。

 

 むくり、と。少女は改造された四肢で踏ん張って、機械と肉体が融合している身体を起こして立ち上がる。その動きは、先ほどベッドから降りるだけでも四苦八苦していた姿からは考えられないぐらいに、淀みないものであった。

 

 ──SCP-191。

 

『財団』にて保護、収容された後ナンバリングされた、サイボーグ少女。機械化部分の影響により、身体技能に致命的な障害を持つ。電源コードに繋がれていない状態では活動能力そのものが劇的に低下し、立ち上がるだけで苦痛を覚え、循環器そのものにも欠陥を抱えて……いた、はずなのだが。

 

 変化はまだ、終わらない。少女の胸中に埋め込まれた機械……言うなれば、人工心臓とも言える部分が、ぶーん、と異音を立てる。仮に、少女のことを知る者がその音を耳にしたら、驚愕に目を剥いていただろう。次いで、少女に繋がれたコンセントを抜こうとして……接続されていない事に気づき、言葉を失くしていたことだろう。

 

 何せ、少女の人工心臓が奏でているその異音。

 

 それは、本来であれば電源と繋がれた状態でのみ作動するとされている、緊急的な機能。稼働すると電源供給プラグが過負荷に耐えきれず、オーバーヒートを起こしてしまう未完成の機能であることが分かっていたからだ。

 

 その為、それが作動するとどうなるかを、誰も知らない。

 

 少女を作り上げた博士も今はこの世にはおらず、辛うじて残された少女に関する資料にも『より高みへ』という記述が確認されているだけ。自身の少女ですらそれが何なのかを正確には把握出来ていない、未知の機能。

 

 それが今、静まり返った室内にて不気味な稼働音を響かせていた。

 

 

 

 ──己が今、どういう状態になっておるか、分かるな? 

 

 

 

 その中で、ぽつり、と。少女以外には聞くことが出来ない声が、少女の中にだけ波紋を広げる。頭の中ではない、もっともっと奥の、核とも言うべき部分から広がる声に、少女は心の中で頷いた。

 

 ──ワシに憑りつかれたことで、お主の中にある何かの『鍵』が外れたようじゃ。

 

 ──気にしなくていい。それが、この状態における、正常、だから。

 

 ──それならば、よい……今はまだ平気じゃろうが、徐々にワシの影響を受けて動けなくなる。それは、分かっておるな? 

 

 ──うん、私が少しずつ、あなたの中に溶け込んでゆくのが分かる。

 

 ──それが分かっておるなら、もう何も言わぬ……この後はどうするつもりじゃ? 

 

 ──この後? 

 

 ──うむ、そうじゃ。どうせ死ぬのならば、最後に好きな事をして死ぬ方がよいのじゃ。

 

 少女の身体に憑りついたことで少女の肉体的状況を把握した鬼姫は、言葉を選ばずに少女にしたいことを尋ねた。

 

 ……鬼姫の言葉に、少女はしばし思考をさ迷わせた後……何もない、と答えた。実際、目的を遂げることが確定した今、したいことなど少女は何も思い浮かばなかった。

 

 いやいや、少しぐらいあるだろうと鬼姫から再度促される。再び少女は思考を巡らせるが……やはり何もない。脳に移植された記録デバイスも隅から隅までチェックしても何も出てこない。

 

 どうしようと思考を切り替えた少女は……はた、と、鬼姫の好きにしてくれと言ってきた。これには、鬼姫も目を(憑りついているので誰も確認出来ないが)瞬かせた。次いで、お主がそう言うのであればと答えつつも……やるせない気持ちになるのを抑えられなかった。

 

 死を目前にした者は、人であれ、人でなかろうと、何かを成そうとする。最後の最後に自らが生きた証を何らかの形で残そうとするからだが、少女に憑りつくことで少女の事を把握した鬼姫は、知ってしまった。

 

 少女には、何も無いのだ。両親に抱き上げられた記憶も、居たかもしれない兄弟姉妹の記憶も、何も無い。

 

 気づいた時には今の姿になっていて、気付いた時にはここにいた。何かを成そうとする前に、その何かすら想像出来な……いや、止めよう。

 

 ──しかし、やりたいことと言われても、のう。

 

 あんまり考えていると、どんどん気が滅入ってくる。

 

 この世界をくそったれだと表現したこやつの気持ちも分からんでもないと思いつつ、鬼姫は果てさてどうしたものかと頭を悩ませる。

 

 それは、どうやら少女にも伝わったようであった。

 

 ──何でも、いい。好きにしてくれたら、いい。

 

 そう言われても、鬼姫だってすぐには思いつかない。というか、もうすぐ死ぬというのに、健気にも鬼姫のすることに協力まで申し出てくる。

 

 正直、別の意味で涙が出そうだ……しかし、こうまで言われた以上、大人しくしているという考えは既に鬼姫にはなかった。

 

 ──まあ、何をするにしても外に出てから考えるとするかのう。

 

 とりあえず、こんな狭くて薄暗い、穴倉のような場所で死を迎えさせるのはかわいそうだ。そう思った鬼姫は、とにかく外へ出ようと思った。

 

 ──え、出るのですか? 

 

 ──ん、嫌か? 

 

 ──いや、あの……その……えっと……外に出たことがない、です。

 

 ──それなら、なおの事一度は出て置くべきじゃな。さあ、行くぞ。

 

 ──あと、あの……は、恥ずかしい、です。

 

 ──服を破いたのはお主じゃし、今更な事を申すでない。童の裸なんぞ誰も見やせん。ほら、急ぐのじゃ。お主が消えるまで、そう長い猶予はないからのう。

 

 そう言い切られてしまえば、少女はそれ以上強く出られなかった。

 

 既に、少女にとっての最大の目的は果たされようとしているのだから……という意識があるせいだろうか。しばしの間、何をするでもなく虚空を眺めた少女の視線が、ゆるやかに動き出した。

 

 そのまま少女の赤い瞳が室内を見回せば、その視線が天井の隅……そこに取り付けられたカメラへと向けられる。途端、赤い光は緑の光へと変わり、何かを知らせるかのように不規則な点滅を繰り返せば。

 

 ──がちん、と。

 

 唯一、部屋の外へと通じている、一目で頑丈そうだと推測出来る扉の開錠音が響いた。一拍遅れて、部屋へと入って来たのは、鎮圧用装備を整えた屈強な男たち。ガスマスクを被った彼らは、“──っ! ──っ! ”何事かを言い放ちながら、銃口を……誰もいない、ベッドの方へと一斉に向けた。

 

 そう、誰もいないベッドの方に、である。その隣、ほんの1メートル隣に立つ、少女に銃口を向ける者は誰もいない。あまつさえ、かつ、かつ、かつ、と金属の足音を立てて外へ出てもまだ、誰一人振り返る様子すらない。そしてそれは、瞬時に高速へと達してその場を離れた後も……変わることはなかった。

 

 

 

 

 

 外へと繋がっている幾つかあるゲートの内の一つ。今は閉じられているが、様々な物資の搬入等も考慮されて広々と設計されたそこに、黒い線が一直線に伸びていた。それは、独特の刺激臭を伴う足跡であった。

 

 ねちゃり、ねちゃり。ヘドロのように粘着質のソレが、主の後を付いて来るようにして残されてゆく。けれどもそれは、ただその場に残されているわけではなかった。

 

 いったいどういう存在から、どのようにして精製されたのか。驚くことに、足跡である粘着質のソレは鉄筋とコンクリートで構成された床を、火に掛けたバターのように腐食させ、溶かしているのだ。

 

 数十センチを超える分厚い層が、ひとたまりもない。階下へと貫通して滴り落ちるそれが、黒いヘドロとなってその下を腐食させる。強酸……いや、王水すら生温いと思える程の恐るべき腐食液が放つ刺激臭が、主の凶悪性を強調するように立ち昇っていた。

 

 そして、その主はといえば、だ。一言でいえば、そいつの姿は老人の男であったが、同時に、その姿は人間のソレではなかった。

 

 肌どころではない。まさしく全身がコークタールに浸したかのように薄らと濡れて黒く、眼孔には眼球がない。皺だらけの肌を覆う衣服は何もなく、誰が見ても一目で分かる異様な雰囲気を放っている。

 

 その名を、SCP-106 [The old man] Object Class:Keter

 

 通称、オールドマン。財団が定めた、収容困難性及びその危険性を総合的に表したランク(通称:オブジェクトクラス)の中でも、最も困難で危険性が高いとされている『Keter(ケテル)』に属されているSCPである。

 

 その性質は、一言でいえば『触れる物全てを腐食して溶かし、あらゆる物理的攻撃が通じず、かつ、如何なる物理的接触であっても、この腐食の影響を受けてしまう』というものだ。

 

 この全て、とは、本当に全て、である。故に、Keterクラス。

 

 このSCP-106……オールドマンは、財団が収容しているKeterクラスの中でも非常に危険性の高いSCPとされている。

 

 生物(特に、人間に対して)への強い攻撃性と、その性質から24時間体制で厳重な管理の下で収容され、収容違反に供えての即時行動が整えられている……はずであった。

 

 しかし今、鳴り響く警報の中、オールドマンは拘束一つされることなく、自由であった。

 

 その歩調は非常にゆっくりとしたものであったが、確実だ。それを鈍らせる障害はなにもない。時折起動する防壁を腐食して突き破り、分厚い壁や床を溶かして地上へと最短距離を進んでいた。

 

 本来、それは有り得ない、有り得てはならない光景であった。

 

 というのも、オールドマンのようなKeterクラスのSCPが収容違反を犯した際、即時に対象SCPの性質を利用した回収手順を用いて収容する手筈となっており、通常であれば脱走して十分以内、遅くとも十五分以内にはそれを行えるようになっているかだ。

 

 だが、この時はそれが行われていなかった。

 

 何故か。それは単に、他の攻撃的組織による同時襲撃を受けたことで発生した、大規模同時収容違反の収拾に、財団が持つリソースが割り振られてしまったから。

 

 より広範囲に被害が及ぶ他のKeterクラスの回収が先で、被害が及ぶものの移動速度の遅いオールドマンは後回しにされているのであった。

 

 とはいえ、放置されているわけではなく、オールドマンの位置は常に財団によって補足されていた。

 

 その性質上、一か所に留めておくことが非常に困難だが、移動速度は老人のように遅い。追跡すること自体は容易であり、その行動は施設の至る所に取り付けられた、あらゆるカメラによって常時監視されていた……と。

 

 その監視カメラの一つが、映像に映り込んだ一瞬のブレを捉えていた。それはノイズかと判断するぐらいに微細なものであったが、映像にて映し出されていたオールドマンには、大きな変化が現れていた。

 

 具体的にいえば、撮影範囲に収まっていたオールドマンが一瞬にしてその姿を消したのである。オールドマンに不審な点はなく、どこかに隠れようとしているわけでもなかった。透明になったのかと錯覚してしまう程に、姿を消したのは突然であった。

 

 ……当然、透明になったわけではない。

 

 では、オールドマンが画面外に逃げたか……違う。他のSCPの回収作業を終えたエージェントたちが、オールドマン回収に動いたか……それも違う。答えはカメラの外……観測者の知る由もない画面外にあった。

 

 ……? 

 

 そこに、オールドマンはいた。

 

 壁に叩きつけられたオールドマンが、不思議そうな顔で辺りを見回す。その視線が、己を見下ろす少女へと向けられ……オールドマンは、不思議そうに唸り声をあげた。

 

 SCP-106、オールドマンが不思議に思う理由は幾つかあった。

 

 何故なら、彼は知っていた。自らに物理的攻撃が効かないということを。遊び道具である人間が使う玩具では、自分を驚かせることすら出来ないことを。

 

 そして、彼をここに押し込めたやつらが、それを承知しているということを。

 

 だからこそ、いったいどうやって自らに攻撃したのか、彼は不思議に思ったのだ。

 

 しかし何よりも不思議に思ったのは、自らを攻撃したであろうその少女が……人間でなかった点であった。

 

『……これまた、とんでもなく厄介なやつじゃのう』

 

 人間には聞こえない声で、おそらくは彼女自身だけが認識出来る言葉でそう呟いた、その少女の名は、SCP-191[ ]Object Class:Safe。財団内では、サイボーグ少女とも呼ばれているSCPであった。

 

 たった十数分前まで自らの収容室に居て、そこから飛び出した、それまで一度も収容違反を犯したことがないSCP。今や、鬼姫に主導権を明け渡したSCPでもあった。

 

『ふーむ、外までもうすぐなのじゃが……下手に出てしまえば、こいつまで通って出てきそうじゃな』

 

 ──どうして、SCP-106に攻撃を? 

 

『嫌いだからじゃ。ワシが言うのもなんじゃが、こういう輩が我が物顔で闊歩することに虫唾が走るのでな』

 

 ──SCP-106は、危険です。その攻撃性は、私に対しても例外ではない、です。逃げて、ください。

 

 身体が、震える。かちかちと、少女の四肢が震える。それは生理的な悪寒ではなく、恐怖による怯え。Keterクラスを前にして少女は怯え……鬼姫は、それを見てかんらかんらと笑った。

 

『怯えるな、怯えるな。ワシが付いておる……それで、こいつはいったい何者じゃ?』

 

 ──SCP-106 [The old man] Object Class:Keter。触れる物全てを腐食する能力を持つ、財団が収容しているSCPの中でも、特に危険性の高いSCP、です。

 

『なるほど……ん? それにしては、この身体は溶けてないぞ』

 

 ──おそらく、あなたの理が作用しているのだと思い、ます。

 

『つまり、あやつの身体に触れてもこの身体は溶けぬというわけか……なら、いくらでもやりようがあるのじゃ』

 

 ──逃げて、ください。SCP-106は、倒せません。アレは、不滅なの、です。

 

『くくく、怯えるな、怯えるな。お主のような童が泣き言を零す場面ではないのじゃ、どーんとお主は構えて見ておれ』

 

 ……何やら、こちらを見つめたまま動きを止めている。追撃するわけでもなく、憎悪を向けてくるわけでもなく、逃げるわけでもなく、ただ黙っている。ただ、一撃与えただけで何もしない。

 

 鬼姫と少女の会話を聞き取ることが出来ないオールドマンにとって、佇むだけで動きを見せない少女のその姿は、もしかしたら警戒に値するべきことだったのかもしれない。

 

 だが、彼は特に身構えることもなく、激昂するわけでもなく、緩やかに立ち上がる。そして、ずぶずぶと、辺りを黒色に腐食させながら、歩き出す。その行き先は外……ではなく、少女であった。

 

 敵とみなした、それは違う。オールドマンは、少女を生きの良い遊び道具だと思ったのだ。

 

 耐え難き苦痛に喘ぎ、どうしようもない絶望に悲鳴をあげ、いっそ殺してくれと震える様を眺めるのが、オールドマンの遊びであり愉悦なのだ。

 

 遊び道具としては若い男が彼の好みであったが、無いならしょうがない。この際、遊べる玩具なら何でもいいと、湧き出る欲求に彼は従う。

 

 故に彼は、少女へと向かう。

 

 その手足を腐食させられる苦痛に喘ぐ様を見る為に。

 

 助け一人来られない場所に閉じ込められて怯える様を見る為に。

 

 そして、自らへ死を乞うようになるその様を見る為に、腐食液に濡れ光る腕を少女へと伸ばした──が。

 

『やれやれ、せっかちなやつじゃな』

 

 その腕が、少女に届くことはなかった。何故ならば、一瞬にして彼の背後に回り込んだ少女の蹴りが、強かに彼の脇腹を抉ったからだ。

 

 結果、彼はその生涯において初めてとなるかもしれない、強制的な浮遊感と共に再び壁へと叩きつけられたのであった。

 

 ──仮にそれを目撃した者がいたならば、だ。おそらく、大半の者は攻撃した少女の安否を気遣っただろう。

 

 何故なら、オールドマンには物理的な攻撃は通じない。そして、オールドマンに対しては、いかなる攻撃であったとしても、物理的接触が成された時点で、その部分が腐食されてしまうからだ……けれどもそれは。

 

『くくく、驚いておる、驚いておる。確かにワシはお前を倒せぬ……じゃが、倒せないというだけじゃぞ』

 

 あくまで、この世界における理においての話であった。

 

 そう、オールドマンと呼ばれている彼には知る由もないことだが、機械化された手足を持つ少女はもう既に、この世界の理に縛られない存在となっている。

 

 鬼姫という別の理を内包した少女は今、半分が別の理が作用している。それゆえ、少女にはこの世界の理が通じない。全てを腐食させるという特有の理が、少女には作用しないのである。

 

『どうじゃ、殴られる痛みは……苦しいじゃろ? 殴られるというのはな、それほど辛いことなのじゃ……よ!』

 

 そう言うと同時に、たん、たん、と素早く地を蹴って反転した少女は、そのまま一気に再加速を行う。弾丸のように放たれた拳が、蹴りが、彼の全身を滅多打ちにしてゆく。

 

 その速度たるや、オールドマンが反応出来る速度ではなかった。

 

 いや、オールドマンでなくとも、その軌道を見切ることは出来なかっただろう。等身大の弾丸と化した少女の猛攻に、オールドマンが出来たことは……『ポケット・ディメンジョンへと逃げる』、その一手であった。

 

 ──ポケット・ディメンジョン。

 

 それは、SCP-106が持つ固有の能力であり、言うなれば彼が作り出した空間である。

 

 その外観は、言うなれば黒い沼。その沼の内は、時間も物理法則も関係ない。文字通り、彼だけが自由自在に振る舞うことが出来る特殊な空間なのであった。

 

 当然、それは少女(in鬼姫)とて例外ではない。とぷん、と黒い沼へと逃げ込んだオールドマンを捕まえようと、拳が沼の向こうへと突き刺さる。だが、遅かった。

 

 あっ、と思った時にはもう、形容し難い痺れと共に腕ごと弾き飛ばされた少女は、くるん、と一回転して着地する。

 

 何だ何だと思ったが、少女からソレのことを聞いた鬼姫は……くるり、と外へと通ずるゲートへと踵を翻した。

 

 ──なんて、無茶なことを。

 

『無茶をやらねばならんときもある……ほれ、開けるのじゃ』

 

 ──ここに来るまでと同じく、すり抜ければ良いのでは? 

 

『馬鹿を言え。ここまでそうやったのは時間を節約する為じゃ。こういうことの最後はな、ちゃんとしたやり方で出る方が実感も湧くというものよ』

 

 実感……どういう意味なのだろうか。

 

 鬼姫から言われて、少女は内心首を傾げながらもゲートを見回す。赤色から緑色へと変化した目の光をゲート全体に向けながら、チカチカと点滅させる。一拍遅れて、がたがたがたとゲートが轟音を立てて開き始めた。

 

 途端、ゲートの向こうから差し込まれる、強い光。脈動する大地を思わせる赤い光に、少女は思わず目元を腕で覆い隠す。けれども、少女は進む。

 

 まだ開いている途中のゲートを潜り抜け、よりいっそう強まる光に目を細めながらも、少女はそのまま少しばかり歩き続け……腕を下ろした瞬間。

 

 ──Oh……Beautiful……! 

 

 少女の脳裏は、その言葉で埋め尽くされていた。と、同時に、仮に言葉を発することが出来ていたなら、それ以外の言葉が出てこないぐらいの……強い感動に、少女は打ち震えた。

 

 ゲートの向こうには、地平線にまで至る草原が広がっていた。大地に降り注ぐ夕陽が、その向こうにある山々を照らしている。ガーネットと黒曜石を思わせるコントラストが、大地の彼方から淡い温もりを運んできていた。

 

 寒くは、ない。むしろ、温かい。とす、とす、とす、人工物とは違う踏み心地が、伝わってくる。踏み締めれば踏み締める程沈み込む大地の感触に、少女はもう感想すらなかった……と。

 

『──ぬあ!? 追手が来おった!』

 

 ──え? 

 

『兜やら何やら被ったやつらが後ろから来おったのじゃ!』

 

 少女(というよりは、鬼姫)が突如走り出したのは、その時であった、

 

 肉体の主導権を渡しているとはいえ、感覚を共有している少女は突然走り出した鬼姫の反応に付いて行けず、面食らった。

 

 だが、振り返った鬼姫から伝わる映像を見て、すぐに状況を察した。ゲートの向こう……施設内から追って来ているのは財団職員だ。

 

 状況から見て、少女……収容違反を犯したSCP-191の捕獲に来たのは明白だと、そう呼ばれている少女は理解した。

 

 同時に、当然の結果だと少女は思った。

 

 何故なら、どんな理由であれ、財団はそれを許さないということを、SCP-191である少女は理解していたからだ。

 

 確保、収容、保護の三原則を活動理念とする財団にとって、危険性の有無が野放しの理由にはならない。

 

 危険性がなく、敵意を持たず、協力的なSCPであろうと、財団はその三原則を絶対に曲げないのである。

 

 故に、少女は早々に諦めた。抵抗する場合は何かしらの攻撃(無力化)を行ってくるが、大人しくしていれば酷いことはしてこない。

 

 どうせ時間が来れば鬼姫の中に呑み込まれる影響で死ぬのは分かっていたし、最後にあんなに綺麗な景色を眺めただけでも良かった……と、思っていたのだが。

 

『おお! 何故かは知らぬが扉が閉まってゆくぞ! ふはははは、天がワシに味方をしているようじゃな……今の内に距離を稼ぐのじゃ!』

 

 ──距離を稼ぐといっても、私の身体では、そう遠くまでは。

 

『ふむ、確かに、この身体ではそうじゃな。それに、時間が掛かり過ぎるのう……おお、これまたデカい車じゃな! よし、乗り込むぞ! 一度は運転して見たいと思っていたのじゃ……よーし、鍵が掛かっておるのじゃ!』

 

 ──あの、これでは泥棒になる、です。泥棒は、よくない、です。

 

『そうじゃな、何時か返してやれば良い良い。それで、これはどうやって動かすのじゃ? ほれ、さっさとせい、早くしなければ追いつかれるのじゃ』

 

 ──え、あ、その、そこのエンジンキーを回して、エンジンが掛かれば。

 

『ほう、こうじゃな……よし、掛かった! 次は右のペダルを踏む! そして、このボタンを押して、レバーを下げれ──ぬああ!? 後ろに下が──いっだぁ!?』

 

 ──前進させるには、たしか、Dの所にレバーを動かさなければ駄目。

 

『ぬう、南蛮文字はこれだから……よし、前に進めばこっちの──あいっだぁ!? くっそぉ! 前に進めばこっちの──ペダルまで足が届かぬ! ええい、何かないものか……ええい、このレバーで構わぬ──ふん! そして、これも追加じゃ!』

 

 ──ああ、サイドブレーキとヘッドレストが……私では、直せません、です。

 

『気にするな、気にするな──ぬおお!? ガラスに水が吹きかかりおったぞ!? うぬぬ、前が見えぬではないか、ほれ、止まらぬ──ああ五月蠅い! 何じゃこれは、ハンドルに汽笛なんぞ付けているとは、変な車じゃな!』

 

 ──ワイパーのスイッチが入っただけ、です、落ち着いて。

 

 身体を操る鬼姫は、全く諦めていなかった。遠まわしに逃亡は無謀だと、本来の持ち主である少女(SCP-191)が訴えても無駄で、むしろ、鬼姫の強引さに押し負けるがまま逃亡に手を貸していた。

 

 停車してあった車を見つけ次第(鍵は力技で粉砕)乗り込み、すり抜けによる強引なキー回しからのエンジン始動。直後、フルアクセルからのRレンジによる急後退によるバックフロント破損。

 

 それにもめげず、再度のフルアクセルとシフトチェンジによる強引なDレンジ。急発進によるGを受けて強かに頭をぶつけたかと思えば、体格の小ささをカバーする為にサイドブレーキとヘッドレストを捻じり取って、アクセルを踏み込んだ状態で無理やり固定する始末。

 

 その際、サイドブレーキをオフにした状態でもぎ取ってしまったから、もう車は止まらない。そんな状態でウォッシャー液を噴出させてガラスを濡らし始めるのだから……傍から見れば、頭のイカレタ自殺志願者と思われても仕方がない光景だろう。

 

 滅茶苦茶というか、何というか。

 

 とにかく少女は、終始鬼姫の無鉄砲さというか後先考えない行動に目を白黒させっぱなしで。

 

 気付けば、右に曲がれ左に曲がれそこは避けてあそこを通れと下手なナビまで行っていて、自分でも何をしているのか分からなくなっていた。

 

『あははははは、これは良いのう! 車とは、こうも早く走れるのじゃな! いやあ、これは愉快愉快! 男も女も老人もこぞって乗りたがる理由がようやく分かったのじゃ!』

 

 そんな少女の困惑を他所に、景色は草原を抜けて、荒野へと移る。がったん。がったん。車体どころか全身を上下左右に揺らしながら、鬼姫は笑った。声にこそ出ていないが、少女にだけ聞き取れる笑い声をあげた。

 

 狂人と化した少女(鬼姫)が運転する車は、荒野をとんでもない速度で駆け抜ける。ともすればエンジンが高回転による影響で焼けつきそうだが、今のところは(そのうち爆発するかもしれないが)壊れることなく走行を続けていた。

 

 フェンスが一つ二つあったが、ノンストップの車は止められない。全てを跳ね除けて進み続ける車は、地平線の彼方へと沈む太陽を追いかけて爆走し続けている。そんな中、ふと、鬼姫は少女に尋ねた。

 

『ぬははは、どうじゃ、童よ! お主も運転してみるか!? 尻に力を入れておらんと跳ね飛ばされるがな! こやつはとんだじゃじゃ馬じゃ!』

 

 ……ある意味、誰よりもそれを傍で見ている少女こそが、この時止めに入るべきであったのかもしれない。

 

 何故なら、少女は死を待つばかりで、この逃避行には何の意味もなかったからだ。

 

『外が見たい』、ただ、それだけの我がままのために車を強奪し、施設からの逃走を図った。

 

 それは少女が知る常識に照らし合わせれば、悪い事なのであって、少女は確かな罪悪感を覚えていた。加えて、戻って謝らないといけないとも心のどこかで思っていた。

 

 ──え? 

 

『どうせここまで来たのじゃ! お主も運転してみるか!? こんな機会、二度とないやも知れぬぞ!』

 

 ──い、いいの? 

 

『構わぬぞ。今ならワシの『力』によって身体を動かし易くなっておるからな。予行演習だと思って気楽にやるがよい』

 

 ──よ、予行演習……うん、やってみます。

 

 けれども。

 

 だけれども。

 

 同時に、SCP-191とナンバリングされた少女は、思ったのだ。

 

 もう少し……後もう少しだけ、燃料が残っている間だけでも、この逃避行が続いてくれたらいいなあ、と。

 

 めぐるましく変わる景色。割れた窓の向こうから跳びこんでくる砂混じりの風。

 

 ゆらめく地平線の美しさと、徐々に暗くなり始める大地に合わせて広がり始めた……どこまでも続く、星々が輝く夜空。

 

 それに比べて、車のライトが照らし出す範囲の、なんと頼りない事か。

 

 全てが、初めてであった。もしかしたら前にも似たような景色を眺めたのかもしれないが、少女にとってはコレが初めてであった。

 

 車を運転するのも初めて。頬にぶつかって弾けてゆく夜風も初めて。尻タブを通して激しく揺らされる人工背骨の軋みも初めて。かくんかくんとぶつかる手足が少しばかり痛い……でも、全てが楽しい。

 

 ──あは、ははは、ははははは。

 

 気づけば、少女は自覚なく笑っていた。鬼姫にだけ聞こえる声で、鬼姫にだけ伝わる言葉で、少女は笑った。生まれて初めて、少女は心から……笑っていた。

 

 車は走る。どこまでも、走り続ける。

 

 けれども、永遠ではない。

 

 燃料が底を尽くのが先か、それとも車が壊れるのが先か。

 

 誰にも分からない密やかなデッドヒートの末、先に根を上げたのは……燃料タンクの方であった。

 

 このまま、どこまででも行けるかもしれない。

 

 心のどこかでそう思っていたが、結末は酷くあっさりとしていた。ビープ音が鳴り始めた5分後に、ぱすん、と。実に呆気なくエンジンが止まった。燃料切れだ。

 

 そして、猛スピードで走ってはいても、徐々に速度は落ちてゆく。それはまるで少女の命の終わりを告げるかのように緩やかなもので、完全にその動きを止めた時には、本当に止まったのか分からないぐらいに静かなものだった。

 

 最後に、鬼姫は少女を呼んだ。だが、少女はもう答えなかった。少女はもう、そこにはいない。既に鬼姫は分かっていたが、それでも少女を呼んだ。呼んで、呼んで、呼んで……夜が、明けた。

 

 

 

 

 

 車に取り付けられたGPSより確保に向かった財団職員たちが見たのは、全てのタイヤがパンクし、ガラスは割れ、ボディの至る所がボコボコの泥まみれになった車であった。

 

 その、運転席にはSCP-191の姿があった。彼女の遺体は丁重に保護され、施設へと搬送された。骨折14箇所、内出血・打撲合わせて23か所、人工部分の破損多数。誰が見ても酷い有様で、彼女を回収した職員たちの大半は痛ましそうに顔をしかめた。

 

 けれども、機能実験や日常生活の世話といった作業を経て、比較的彼女と面識がある者たちは違った。哀れに俯く者までいる中、施設へと戻されたSCP-191を見たその者たちは。

 

 ──この子は、こんなふうに楽しげに笑うことが出来たのか。

 

 と、一様に同じ感想を零して驚いたという。

 

 

 

 

 

 



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エピローグ

裏話は無いよ


 

 ……。

 

 ……。

 

 …………ちん、ちん、と。雀だろうか、あるいは名も知らぬ鳥だろうか。聞こえて来るさえずりに、鬼姫は唸り声と共にゆっくりと目を開ける。

 

 途端、視界を覆い尽くす眩しさにビクリと肩を震わせた鬼姫は、『──ふぎゃ!』勢い余って階段を転げ落ちた。まあ、階段と言っても境内から社へと続く数段程度のモノだ。落ちたところで怪我などするわけではないけれど、それでも突然のことに驚いた鬼姫は、寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こした。

 

 ……ここは、何処じゃ……ああ、ワシの神社か。

 

 欠伸を一つ零しながら、鬼姫は辺りを見回す。最初、そこが境内で、自らを祭った(と、されている)神社だとは思わなかった。同時に、今が何時であることを思い出し、自分が今の今まで何をしていたのかを思い出すのに、しばしの時間を要した。

 

『……まる一日眠っておったのか』

 

 寝棒にも程があるのう、と、鬼姫は頭を掻く。顔をあげれば、薄らと夜空が白み始めているのが見える。先ほどよりも大きな欠伸を零しながら、鬼姫は立ち上がって大きく伸びをする。次いで、賽銭箱に腰を下ろすと……はて、と首を傾げた。

 

(……思い出せぬ)

 

 夢を、見ていた気がする。瞬きすれば見落としてしまいそうなぐらいに短い夢だったか、あるいは何日にも感じられた夢だったか。いまいち、思い出すことが出来ない。

 

 夢を見ていたのは、確かだ。だが、どんな夢だったのかを思い出せない。

 

 怖い夢だったか、楽しい夢だったか、悲しい夢だったか、怒りに打ち震える夢だったか。その、欠片すら思い浮かべることが出来ない。何一つ、思い出すことが出来ないことに鬼姫は首を傾げた。

 

 そのうち、思い出せるだろうか。気になった鬼姫は夢の中身に意識を向けた。

 

 特に、何か用事があるわけでもない。眠気が覚めるまで、夢の内容を思い出すまで、鬼姫はぼんやりと境内を見下ろす。何をするでもなく目に留まった蟻の行列を見つめ、笑みを零す。

 

 生者、死者、問わず恐れられる鬼姫だが、さすがに蟻のような微細な生き物にはあまり関係ないのかもしれない。そういえば、お由宇の神社に行くまでは、よくこうして蟻の行列を眺めていたなあ……と、懐かしく思っていると。

 

『……ん?』

 

 不意に、鬼姫は顔をあげた。

 

 理由は、至極単純。定期的に供え物を持ってくる神官を除けば滅多に人が来なくなったこの神社へと、その滅多に来ないはずの人が近づいてくる気配を感じ取ったからであった。

 

 参拝客か……珍しいのう。

 

 いちおう、感じ取れる気配から『力』の有無を探る。特に不穏な感じはしないが、油断はしない。ソフィアの件もあるし、何の見所もない神社だ。もしかしたら、また変なやつが来たのかもしれないと鬼姫は気配に意識を集中した。

 

(……変じゃな。『力』はほとんど感じぬが、気配が弱い……というか、薄い?)

 

 そうしてふと、鬼姫は気配の違和感に気付く。理由が鬼姫には分からないが、感じ取れる気配が妙に薄い。こうして一度でも捕捉すればその位置を確認出来るが、そこらの悪霊ではよほど不用意なことをされない限り発見出来ないというレベルである。

 

 術等を用いて意図的に隠しているという感じではないし、死にかけているという感じでもない。それならそれで不自然な境目というか、生と死の揺らぎが分かるからだ。

 

 だが、それが気配からは全く感じ取れない。まるで、性質そのものが透明であるかのような異様な薄さだ。いったい、どういう修行(あるいは、能力)によってこんな不自然な状態に至れるのか……興味が、少しばかり湧いてきた。

 

 少々、その面を拝んでやろう。そんな興味の下、鬼姫は静観することにした。

 

 相手が何であれ、万が一の不覚すら取るつもりはないが、まあその時はその時だ。そんな軽い気持ちで、普通の人間と同じぐらいの速度で昇ってくる気配が残り100……50……20と近づいて来たのを感じ取った鬼姫は、さて、と鳥居の方へと目をやり……ほう、と目を瞬かせた。

 

 鳥居をくぐって境内に入って来たのは、艶やかな黒髪が目立つ長身の女性であった。と、同時に、恰好はセーターとジーンズにスニーカーという地味なモノだが、神社には些か似つかわしくない風貌でもあった。

 

 まず、美人であった。それも、近所では評判というレベルではない。

 

 一目で抜群だと分かるプロポーションに加え、歩くというただそれだけの所作に、何とも言えないスポーティな色気が伴っていた。仮にこの場に誰かが居たなら、どこぞのモデルが来たのかとしばし考え込んだだろう。

 

 まあ、風貌こそ別嬪の一言だが、所持している物に不自然なところはない。小さなハンドバックと、一升瓶。それを持った女は鬼姫の前に立つと、無言のままに酒瓶を賽銭箱の前に置き、小銭を幾らか放って手を合わせた。

 

 これ幸いにと、鬼姫は目と鼻の先まで顔を近づける。

 

 一瞬ばかり目が合った……ような気がしたが、すぐに逸らされた。

 

 わざと逸らしたのかと思ったが、どれだけ深く探っても『力』を感じ取れない辺り、偶然だろう。そう判断した辺りで、女は顔をあげると神社に背を向けた。

 

 ……本当に、お参りが目的のようだ。

 

 にわかには信じがたい話であったが、まあ、御供えしてくれるなら死者だろうが生者だろうがどっちでもいい。

 

 神社の主としては罰当たりを通り越して地獄に叩き落されるレベルの俗物っぷりだが、『御供え、感謝するのじゃ』鬼姫は神様ではないので全く気にしない。

 

 久方ぶりに訪れた、何時もとは違う銘柄の酒との出会い。それに頬を緩めると、鳥居を出て山を(階段を)下りてゆく女の背中に手を振った。何とも、現金な怨霊であった。

 

 ……だから、鬼姫は気付かなかった。

 

 階段を下りた後。鬼姫の視界から消えた女が、密かに神社へと振り返った女が。

 

 ──私の方こそ感謝なの、です。

 

 ぽつり、ぽつりと。

 

 ──より高みへ……至りました、です。

 

 そう呟いていたことに、鬼姫は最後まで気づくことはなかった。

 

 

 




次でおしまいだけど、おまけみたいな感じなので、続きというわけではない


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もしも、鬼姫がSCPとして財団と接触していたら

あったかもしれない、IFの設定みたいなもの


 

 SCP-114514-older Lolita (驚異的な若作り)

 

 アイテム番号:SCP-114514

 

 オブジェクトクラス:Keter → Euclid

 

 

 

 特別収容プロトコル:

 

 SCP-114514を檻やコンテナや収容室など、考えうる限りのありとあらゆる物理的な拘束は不可能であることが判明しています。また、不規則にその所在を消失させ、出現を繰り返します。財団の探査能力を持ってしてもどこへ消失したのか、どこから出現するのかは掴めず、現時点では発見次第対応に当たるという状態です。

 

 SCP-114514は物理的な意味での肉体を持ち合わせておらず、触れることも出来ません。目視(肉眼)によって姿を視認出来るのは『適正』を持つ一部の職員(研究者、警備、クラスD、その他)のみです。その際、SCP-114514を直視するのは極力避けてください。

 

 映像装置(監視カメラ等)によってその位置をある程度特定することが可能です。この場合は『適正』の有無に関わらずその姿を確認することが出来ますが、直視した時点から軽度の症状を覚える場合があり、視認する時間が長ければ長い程症状が悪化する傾向にあります。

 

『適正』を持つ者の中には、SCP-114514に近づくだけで発症する危険性を有しています。その際、多くの状況において一人での活動が困難な状態に陥る可能性が高いので、単独での接近は厳禁です。偶発的にSCP-114514へと接近してしまった場合は速やかに距離を取ってください。個人差はありますが、概ね50m以上距離が空けば自発的な行動に支障が出ない程度にまで症状が緩和します。

 

 SCP-114514は常に自発的に行動し、同じ場所に留めて置くことが不可能の為、『適性』を持つ職員が24時間体制でその所在を確認しておく必要があります。SCP-114514は食べ物(特に、嗜好品としてのアルコール飲料と、それに適応する食品)への執着が強く、それらを与えておけば特定の場所に留めておくことが比較的可能であることが分かっています。

 

 SCP-114514を捕獲するに当たって把握しておかなければならない前提が三つと、それに伴う副次的な要素が三つあります。

 

 

 

 前提1:SCP-114514は言語を理解する知能と感情があります。不用意な発言はSCP-114514の機嫌を損ねる場合がありますが、言葉による誘導が可能です。

 

 副次的要素1:SCP-114514が理解出来る言語は『日本語のみ』であり、かつ、『和製英語には対応していない』。日本語以外を用いて会話を続けると機嫌を損ねる可能性があります。

 

 

 

 前提2:活性化している状態にある時は、如何な状況にあっても距離を取り、不活性化の状態になる時まで近づいてはなりません。

 

 副次的要素2:職員に対する(研究者、警備、クラスD、その他)現時点での(××年××月××日)活性化はありません。

 

 

 

 前提3:SCP-114514をあまり放置しておくと機嫌を損ねてしまいます。上層部の指示に従って適度なアプローチを心がけてください。その際、必ず食べ物等の、SCP-114514が喜ぶであろうプレゼントを用意しなければなりません。

 

 副次的要素3:暗くて静かな場所よりも、パーティ等、賑やかな場所を好んで近づいて来ます。

 

 

 

 この計六つを常に念頭に入れた上で捕獲に当たり、捕獲が失敗しても不用意な行動や言動は行わず、常に敵意がないということをSCP-114514に示してください。

 

 非常時や偶発的な状況を除いて、SCP-114514に対する職員側からのアプローチは許可されていません。アプローチを行う際は事前の準備とO5-司令部の一人以上の承認を得た上で行ってください。どのようなアプローチであっても詳細を必ずレポートに纏め、提出することが義務付けられています。ただし、アプローチを行った者は『重度の二日酔い』にも似た症状を発症する場合が多く、最長48時間の提出猶予期間が設けられています。

 

 捕獲に当たっては全職員(研究者、警備、クラスD、その他)が協力して捜索を行い、発見しても不用意に騒ぎ立てることはせず、高圧的な態度に出てもいけません。常に目上の者に対して接するように低姿勢を心がけ、SCP-114514の機嫌を損ねないようにしてください。

 

 

 

 説明:

 

 SCP-114514が最初にその存在を確認されたのは、財団が保有する○○○でした。その後、どのようなルートを辿って○○○○へとやって来たのかは分かっていません。一部の研究者はSCP-114514がある種の認識改変能力を有している可能性を示唆していますが、現時点でそれを裏付ける根拠は乏しく、大多数の研究者がその説を否定しています。

 

 SCP-114514の外観は、不活性時において身長140~150cm程度の東洋系の顔立ちの少女。活性化時において170~180cm程度の、6本腕の女性であることが判明しています。平時は基本的に不活性化状態で行動し、特有の事態(SCP-114514曰く、『とびきり面倒なやつが現れたのじゃ』)に見舞われない限りは、不活性化を維持し続けているとのことです。

 

 

 

 SCP-114514の姿を確認出来るのは『適正』を持つ一部の職員(研究者、警備、クラスD、その他)と、映像装置を介した場合にのみです。この『適正』を持つ者の中からさらに限られた人員にのみ、SCP-114514の『声』を確認することが出来ます。この『声』に関してはあらゆる録音・映像機器を用いても採取することは叶っていません。現時点でそれがSCR-114514の『声』か、あるいはもっと別の何かであるか、その違いを決定付ける論拠は何も出ていません。

 

 また、SCP-114514が発する言葉は『日本語』に限定され、『訛り』が強く、『~のじゃ』といった独特の言い回しが多用されています。

 

 その為、SCP-114514と対話を行う時は、メインとなる質問者役が1名、聞き取り役となるサブを出来うる限り多く集めます。そして、SCP-114514の言葉を一字一句書き記し、各自サブが書き記した言葉を照らしあわせて齟齬を無くしてゆき、それをメインへと伝え、そしてサブは再びSCP-114514の返事を書き記し……という手順を繰り返して対話を行います。

 

 赤外線や紫外線を問わず、ありとあらゆる光線や物質を透過(すり抜ける)する性質を持ち、通常、その身体に触れることは出来ません。また、SCP-○○○○を含めた多数のSCPによる認識障害や、SCPからもたらされる、あらゆる接触、干渉、影響をも受け付けません。故に、現状、SCP-114514を完全な意味で確保、収容、保護を行うことは不可能となっており、破壊することも不可能となっています。

 

 SCP-114514自身の発言により、千年以上も前からSCP-114514が存在していたということや、『日本』にて誕生したということが判明しているが、現時点でそれが事実であるかは調べようがなく、SCP-114514が語る知識や過去においても、実際の歴史と比べて微妙な齟齬が見られるので、真偽は保留となっています。

 

 こちらから敵意を向けさえしなければ職員(研究者、警備、クラスD、その他)に対して攻撃的行動を取る様子はなく、現時点での対応は『監視』と『誘導』に限定されています。これは施設外においても例外ではなく、必要であるとO5-司令部より指示が下されない限り、あくまで最低限の監視に留めてください。

 

 

 

 その際、SCP-114514を直視してはなりません。緊急時、必要時を除き、SCP-114514を観測する際は映像機器を介して行ってください。また、その時間に応じて観測者に様々な悪影響を及ぼすことが分かっています。

 

 この悪影響は観測する時間が長ければ長いほど重篤化する傾向にあるため、観測を行う際は最低でも48人1組のチームを作り、30分毎に監視を交代してください。

 

 短時間では『怯え』、『不安』といった情緒不安定な精神状態に陥り、長時間では『錯乱』、『強い恐怖感』を抱くようになり、最終的に精神への重大なダメージを負う危険性があります。

 

 これは、活性化時、不活性化時のどちらかにおいてでも発生します。活性化時と比べて、不活性化時での影響が少ないので、何かしらのアプローチを行う際は極力、不活性化時にて行ってください。

 

 また、SCP-114514には好き嫌いが存在します。これは生物や他のSCPの区別なく、純粋なSCP-114514の好みが関わっていると思われます。この『嫌い』に該当するのは主に他のSCPのようで、特に危険性の高いとされているSCPに対して敵意が強いようです。

 

 施設内において危険性が高いとされるSCPの脱走事案が発生した場合、施設職員が気付くよりも前に攻撃に向かう場合があります。検証するには不確定要素と危険要素が多いのですが、SCP-114514を抑える積極的な手立てがない以上、傍観するよりない現状です。

 

 

 

 映像記録:脱走したSCP-106への攻撃事案

 

 ○月×日○○時○○分○○秒:──組織による工作と思われる妨害活動により脱走したSCP-106に気付いたSCP-114514が、SCP-106がいる区画へと向かい、接近したのち攻撃を開始。SCP-106はあらゆる物理的損傷を受けない(映像記録にも、損傷を受けている様子は見られなかった)とされていましたが、SCP-106はSCP-114514による何らかの干渉(映像では確認されませんでした)に対して非常に嫌がる様子を見せ、接触から78秒後にポケットディメンジョンへと逃げ込みました。SCP-114514もポケットディメンジョンに入り込もうとしましたが上手くいかず、その後、職員による回収手順を踏まえてSCP-106が休止状態に至るまで、施設中を動き回っていたようです。

 

 

 

 映像記録:脱走したSCP-173への攻撃事案

 

 ○月○日○○時○○分○○秒:──組織による工作と思われる妨害活動により脱走したSCP-173に気付いたSCP-114514が、SCP-173がいる区画へと向かい、接近したのち攻撃を開始。SCP-173も同様にSCP-114514への攻撃を開始しましたが、SCP-114514の性質によって肉体的損傷を与えることが出来ず、また、SCP-114514もSCP-173への直接的攻撃を行うことが出来ないようで、互いが互いを空振りし合った後、駆け付けた職員の手で捕獲のち収容されました。

 

 

 

 映像記録:脱走したSCP-682への攻撃事案

 

 ○月○日○○時○○分○○秒:──組織による工作と思われる妨害活動により脱走したSCP-682に気付いたSCP-114514が、SCP-682がいる区画へと向かい、接近したのち攻撃を開始。この際、SCP-114514は接触して13秒後に活性化し、SCP-682において攻撃を行う。肉体的損傷はないが、何らかの形でSCP-682へとダメージを与えているようで、短時間ではあるがSCP-682の活動を休止させることに成功。ただし、SCP-114514でもSCP-682を破壊することは出来ませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 各自が書き記した内容に検証を行って文書化したSCP-114514との対話記録

 

 

 

 ──博士:あなたは、どこから来たのですか? 

 

 SCP-114514:知らん。気づいたらここに居たのじゃ

 

 ──博士:気づいたら、というと、具体的にどのような状態ですか? 

 

 SCP-114514:知らん。うたたねして、気が付いたらここじゃ。同じことを言わせるでないわ

 

 ──博士:失礼、気を悪くさせてしまったら申し訳ない。では、あなたは元の場所へ帰る手立てを持ち合わせていますか? 

 

 SCP-114514:さあ、な。ワシにとってここは、夢なのか現世なのか区別がつかぬ場所。目が覚めればまた元の場所じゃ……どちらにしてもここに居る間は厄介になるがのう

 

 ──博士:構いませんよ、お気になさらず。ところで話は変わりますが、あなたはどうして他のSCPに対して敵対心を見せるのですか? 

 

 SCP-114514:えす、しー、ぴー……じゃったかのう。まあ、敵対というかワシが一方的に気に食わんだけじゃ。特別、やつらをどうこうしたいと思っておるわけではないのじゃ

 

 ──博士:気に食わない……失礼ですが、いったい何が、何処が気に食わないのかを教えていただけますか? 

 

 SCP-114514:全部じゃ。あやつら、生きている者たちを玩具か何かだとしか思っておらぬ。より強くなる為でもなく、ただ無意味に殺す……ワシはそれが気に食わぬのよ

 

 ──博士:結果的に私たちはあなたに助けられたことが何度かありましたが、それについてはどう思っていますか? 

 

 SCP-114514:ワシが勝手にやっておるだけじゃから、何も思ってはおらぬ。しかしまあ……酒とツマミを供えてくれれば、それで良いのじゃ

 

 ──博士:分かりました、手配しておきます。質問を続けますが、その助ける者たちの中にクラスDが含まれていないようですが、何か理由があってのことで? 

 

 SCP-114514:くらす・でぃ……ああ、あの外道共か。質問に質問を返すのも何じゃが、何故、あやつらを助ける理由がワシにあると思うのじゃ? 

 

 ──博士:それは……

 

<十数秒程の沈黙>

 

 ──博士:……罪を犯した物は助けない、ということですか? 

 

 SCP-114514:少し違う。あやつらの目を見れば、あやつらも悲惨な境遇を経てあのようになったのは分かる。その点に関しては同情の余地はある。じゃが、それで好き勝手に振る舞える理由にもならんし、言い訳にもならぬ

 

 ──博士:と、言いますと? 

 

 SCP-114514:あやつらは皆、超えてはならぬ一線を越えてしもうた。ワシも、あやつらも、望むに望まぬに限らず定めを超えてしまった者は皆、相応の結果を受け入れなければならぬ。ワシには結果を跳ね除ける力があって、あやつらにはない。そういうことじゃな。

 

 ──博士:なるほど……それでは最後に、あなたは私達財団をどのような存在だと捉えていますか? 

 

 SCP-114514:健気なやつらじゃ。あるいは、哀れなやつら、か。ワシが言えた義理ではないが、道理の通じぬやつらと向き合うのは、まっこと疲れることじゃなからな

 

<一分程の沈黙>

 

 ──博士:……ありがとうございました。これで、今回のインタビューを終わりとします。

 

 SCP-114514:うむ、有意義な時間であったのじゃ。ところで、供え物の酒なのじゃが、あの……ほれ……赤い……

 

 ──博士:赤ワインのことですか? 

 

 SCP-114514:うむ、その赤わいんというやつじゃが、どうもワシの口には合わぬ。悪くはないのじゃが、もそっとこう……透き通っているやつというか、飲み口が程好いというか……冷酒が欲しいのじゃ

 

 ──博士:透き通っている、冷酒……分かりました。それではよく冷やした白ワインを手配致しますが、好みの銘柄はありますか? 出来うる限りご希望の物を用意致しますが? 

 

<数秒ほどの沈黙>

 

 SCP-114514:ん、んん、あ、いや、わいんというやつじゃなくてな、ワシが飲みたいのはこう、温めて良し、冷やしても良しなやつでな

 

 ──博士:なるほど、それでしたら冷やしたワインと温めたワインを両方ご用意致します。他に御所望の品はありますか? 

 

<数秒ほどの沈黙>

 

 SCP-114514:あー、うん。まあそれで良い。ツマミはそうじゃな……煎餅が良いのじゃ。タレがしっかりと浸み込んだやつじゃぞ

 

 ──博士:分かりました。評判のスナック菓子を手配致します。

 

 

 

 

 

 各自が書き記した内容に検証を行って文書化した、SCP-114514との対話記録#2

 

 

 

 SCP-114514:おい、──! お前、何じゃアレは! ワシに『舞』を見せると言うておったのは嘘か! ワシを謀ったか! 

 

 ──博士: 落ち着いてください。私たちはあなたを騙してはいません。アレが、私たちにとっての『舞』なのです。最後まで映像を確認したあなたには分かるはずです

 

 SCP-114514:嘘をつけ! ならば何故、あの娘たちは服を脱いだのじゃ! 煌びやかな出で立ちがあってこそ栄えるものを、脱いでしまえば、せっかくの『舞』の美しさも半減するじゃろうが!

 

 ──博士:勘違いしています。よくよく見てください。彼女たちは確かに服を脱ぎましたが、 その肌に多種多様のタトゥー……IREZUMI(入れ墨)があったでしょう。

 

 SCP-114514:なぬ!? そんなものがあるわけが──

 

<十秒ほどの沈黙>

 

 SCP-114514:……あ~、あった、のじゃ。

 

 ──博士:私たちの間では、肌に描かれたモノも『美』なのです。その証拠に、彼女たちはほら……赤ん坊のように肌が綺麗で、IREZUMI(入れ墨)

 

 を見せびらかすように身体を振っていたでしょう? 

 

 SCP-114514:……うむ

 

 ──博士:それらを踏まえた上で、もう一度観賞してみてください。まあ、さすがに二度も踊るのは彼女たちの負担にもなりますし、今度は映像になりますが……

 

<10分程の映像をSCP-114514は観賞する>

 

 SCP-114514:……うむ

 

 ──博士:どうです? 

 

 SCP-114514:……悪くはない

 

 ──博士:大きいでしょう? 

 

 SCP-114514: うむ

 

 ──博士:嫌いじゃないでしょう? 

 

 SCP-114514:……まあ、な。胸とはあのように揺れるものなのじゃな。しかし、大きいのは好きな方じゃが、限度というものが……何を食えば、あのように実るのじゃ? 

 

 ──博士:さあ、そこまでは私たちにも……ところで、私たちが今しがた見せたこの映像ですが、実は私たちの言葉では違う呼び名となっております。もし、似たようなモノを見たくなった時は申し出てください

 

 SCP-114514:う、うむ……それで、何と呼ばれているのじゃ?

 

 ──博士:地方によって呼び方に多少の違いはありますが、一般的に通じるのは『ストリップ』 です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 補遺:

 

 

 

 SCP-114514とのコミュニケーションを図ることは可能です。その際、人語を解する他の──と同じような対応を行ってはなりません。質問する場合は回りくどい言い回しはせず、プレゼントを用意した上で、単刀直入に尋ねるよう心掛けてください。同様に、SCP-114514からの質問や言動に対しては誠意を持って応対し、SCP-114514が理解出来るよう努めて返答してください。

 

 また、SCP-114514は(映像越しに確認出来る範囲では)その姿かたちから女性として扱おうとする者もいますが、SCP-114514を女性として扱ってはいけません。男性的な感覚も保有しているようで、彼(あるいは、彼女)と応対する際は、SCP-114514をSCPではなく、一つの存在として認識したうえで、アプローチを行ってください。

 

 SCP-114514の性格は人間で言うなれば『寂しがり屋』であり、あまり放って置くと構って欲しくて何かしらの問題行動を取る場合があります。大体は報告する必要がないぐらいの些事に終始することが多く、その内容の9割は『職員が個人的に所有している嗜好品(主に、酒類)の紛失』となっています。

 

 どうやら一部のSCPに対して強い敵対心を抱いており、何らかの要因によって職員(クラスDを除く)が攻撃(あるいは、職員の生命が危ぶまれる可能性)を受ける際、その攻撃が職員に及ぶ前に妨害を行い、状況によっては職員をそこへ近づけさせないといった防衛行動を取る場合があり、その時は強い悪寒や怖気といった形で職員に危機を知らせます。先述したその二つに限らず、SCP-114514による何かしらの干渉を行われたと感じた場合は速やかにそこを離れ、症状が出なくなるまで退避を続けてください。

 

 

 

 他にもSCP-052-JPに対しては強い忌避感を抱いているようで、このSCP-052-JPを用いてある程度SCP-114514の活動を抑制し、コントロールすることが可能です。ただし、SCP-052-JPを使用するとSCP-114514の機嫌が確実に損なわれ、場合によっては使用した者やそれに関係する者たちへと攻撃を行う危険性がある為、現在では如何なる理由であってもSCP-052-JPを用いたSCP-114514のコントロールは禁止されています。

 

 

 

 禁則事項その1:

 

 ──博士は、SCP-114514に対して、SCP-052-JPを用いた悪戯行ってはなりません。また、無断で日本支部よりSCP-052-JPを取り寄せてはなりませんし、様々な道具を用いた悪戯も厳禁とします。他にも、SCP-114514に対して嘘の情報や、誤解を招く情報を与えてはなりません。見つかり次第、事情聴取の後に拘束します。

 

 

 

 禁則事項その2:

 

 SCP-114514の傍で、不特定の一組の男女(あるいは同性同士での)が、互いに好意を向けあう態度、あるいは互いを親密と捉えているといった態度を取ってはなりません。特に、一般的な美しさの基準における『美男子』が、不特定多数の異性より行為を向けられているといった、特定の人物が多方面より好意を向けられている等の情報をSCP-114514に知られてはなりません。

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、終わり、閉廷! 


みんな解散! ラブ&ピース!


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