戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語 (masasan)
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第一話

ー俺たちの出会い?聞いたって大しておもしろくもないぞ?ー

 

ーそれでも構わないって・・・わかったよ、話してやるさ・・・ー

 

 

~征歴1922年~

 

 

 いつからここにいたのかなんて、もう覚えていない。

気がついたらここにいて、毎日毎日身体のどこかに変な機械を付けられて実験、実験の繰り返し。

大体月に一回に増えていく僕と同じくらいの子供達。

 みんな親が居ない孤児ってヤツらしい。

大人達はそんな親の居ないこの中でも特別な力って言うものを持っている子達を集めているんだって。

僕もその一人みたいなんだけど僕には親の顔なんて全然分からない。

僕にはここが全てで、ここ以外の場所のことを知らない。

 毎日行われる実験も他の子が無く理由が分からなかった。

そんな僕に大人達は「この子は優秀だ」「一番の力を持っている」と言って褒めてくれる。

でも、僕はそんな大人達の言葉も全然嬉しくなかった。

 だって、みんながいつもつらそうにしてるから。

なにが痛いのか僕には分からなかったけど、それでもみんなが痛がることを平気でやる大人達が、僕は嫌いだった。

 そんなある日、いつもみたいに増えたこの中に一人の女の子を見つけたんだ。

その子は、僕みたいに銀色の髪をしていて、真っ赤な目をしてた。

その子を見た大人達は他のみんなと同じ様な実験じゃなくって、僕がやっているみたいな実験をその子に始めた。

 普通の子にはやらないのに何でその子だけにやるのか分からなかった僕は他の大人達に「博士」って呼ばれてる一番偉いらしい人に聞いたんだ。

 

「なんであの子には僕と同じことをするの?」

 

そう聞いたら「博士」はジッと僕を見下ろして、

 

「あの子はお前と同じだからだ。」

 

って言った。

同じ?じゃあ他の子は違うの?そう聞いた僕に博士は

 

「お前が知る必要はない」

 

って言って僕を他の部屋に連れて行った。

それからしばらくして僕とその女の子はよく会うようになった。

その子はいつも実験に連れて行かれる時にビクビクとしていたから、手を握ったんだ。

そしたらその子は最初にびっくりしたような顔をした後、握り合った手をみて、僕のことを見た後おずおずと手を握り返してきてくれた。

 

「君、実験が怖いの?」

 

そう聞くとまた女の子はびっくりした顔で僕に尋ねてきた。

 

「・・・あなたは、怖くないの?」

 

そう聞かれて僕は困ってしまった。

怖くないって答えたら彼女は多分僕にどうして怖くないのか聞いてくるだろう。

じゃあ怖いって言ったらどうなるか。

そんなの余計に彼女が怖がるに決まってる。

どうしようかって考えてたらいつの間にか答えてた。

 

「君が居るから、怖くない。」

 

その答えにさっきよりも目を大きく開いて彼女は驚いていた。

やばい、この後はなんて言われるんだろう。

なんで?って聞かれるのか?それとも、私は怖いって言われてしまうんだろうか?

そう思っていたら彼女はクスリッと小さく、でもとてもきれいに笑って言った。

 

「じゃあ、私も怖くない。」

 

その笑顔は僕がここで見た大人達の笑顔なんかとは比べものにならないくらいきれいな笑顔だった。

でも実験の時間が来て、大人達がこっちに来ると彼女は笑顔を消してまた怯えてしまった。

 

・・・その時僕は初めてこの子の笑顔を守りたいって思ったんだ。

そして、この笑顔を消した大人達を初めて僕は・・・

 

 

 

ー許せないと思ったんだったなー

 

-・・・恥ずかしいことを言うな、バカ・・・-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからまたしばらくして、子供達が増え、実験も多くなってきたある日

大人の一人があの子を殴っているのを見た。

殴られたあの子は地面に倒れ込む。その顔は、彼女の、本で読んだ”雪”って言うのと同じくらい真っ白くてきれいな顔には、殴られてついた赤い痕があった。

 

「ッッッッ!!」

 

それを見た僕/俺はその大人に今まで浮かんだことのない思いが生まれた。

その熱くて、黒いその思いは簡単に僕/俺の周りのラグナイトに形を持たせた。

本で読んだだけで、見たこともなかった”剣”という武器。

それを持った僕/俺はあの子を殴った大人/クズに全力で叩きつけた。

するとその大人/クズはまるで重さが無いみたいに軽く飛んでいった。

普段なら全く反抗しない僕/俺の行動に唖然となっていた大人達はみんな突然叫びだして逃げ始めた。

 

ーあのときのお前は凄かったぞ。全く、姿が見えないくらいの早さで周りを破壊していったからなー

 

-・・・若気の至りだ-

 

正直それから先は何をしたか覚えていない。

気づいたら僕と彼女は手をつないで一緒に逃げていたんだ。

彼女は泣いていたけれど、僕にはその時なんにもできなくて・・・ただ、ひたすらに逃げていたんだ

 

ーそう・・・あのときは本当にどこへ行ったら良いか分からなかったなー

 

ーおかげで疲れ果てて、倒れそうになったんだったなー

 

どれくらい走ったか分からないくらい走った僕たちは見つけたある家の中に入った。

そこには誰もいなかったけど、食べ物とベッドがあって疲れていた僕たちは思わずそのベットに入っちゃったんだ。

 

「・・・ねぇ、これからどうするの?」

 

パンを食べ終えた彼女にそう尋ねられる。

正直僕にもどうしたらいいかなんて全然分かんなかったから何にも言えなかった。

けど、黙っていたら彼女を不安にさせてしまう。そう思った僕はとりあえず人のいるところに行こうと言った。

実際に行った事は無いけど、本で人は”街”や”村”で、みんなで生活するらしい。

少なくとも実験されたりはしないはずだ。

そう考えた僕は彼女にそう言うと彼女も分かったって言ってくれた。

 

しばらく黙ってベッドの中に入っていた僕たちだったけど、ふと、思い出して僕は彼女に言った。

 

「ねぇ、名前をつけない?」

 

「名前?」

 

「そう、名前。僕たちあそこじゃ番号でしか呼ばれなかったでしょ?だから自分たちで名前を付けようよ。」

 

ー今思えば、子供心に彼女と”君”じゃなく名前で呼び合いたかっただけだったのかもなー

 

ー私も同じだったさ、だから私も付けたんだろ?ー

 

「どんな名前?」

 

「う~んとね・・・」

 

僕はきょろきょろと部屋の中を探す。

すると机の上に乗っていた蒼いバラが目に入ってきた。

アレは確か・・・そう・・・

 

「セルベリア・・・」

 

「え?」

 

「決めた!!君の名前は”セルベリア”だ!!あの蒼いバラみたいにきれいだから、セルベリア!!」

 

ー今思い出すと全く恥ずかしいな。まさか「バラみたいにきれいだから」なんて言う理由で決められるとはー

 

ーう、うるさいな!!気にくわないんだったら、イヤって言えば良かったろ!!ー

 

ーイヤだなんて言ってない。今だってこの名前は気に入っている。お前が付けてくれた名だからなー

 

ーう・・・な、なんだおまえら!!うるさい、茶化すな!!ー

 

「じゃあ、あなたは・・・ヴァリウス・・・ヴァリウスね!!」

 

ーそういえば、何でヴァリウスだったんだ?ー

 

ー・・・教えん!!ー

 

ーうわ、ズッリィ!!ー

 

-(本に書いてあった題名を読み間違えてなんて言ったら怒るだろうしな)ー

 

そうして僕たちは名前を付けあった。

 

ーまぁ翌日にこの家のじいさんに二人揃って拾われたんだよー

 

ーまさかの養子という形でなー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~征歴1935年 5月13日~

 

「これで満足か、お前ら?」

 

随分昔のことだってのに、こいつら何でこんな話を聞きたがるのやら。

そう思っているヴァリウスの横でセルベリアもまた、頷いていた。

特におもしろい話でもないだろうに、何故こんな話を聞きたがってきたのだろうか?っと。

 

(いや~、だって・・・)

 

((((こんな美男美女の出会い話なんて気になるに決まってる))))

 

期待したような内容では1mmも無かったが、今まで全く知らなかった自分たちの隊長であるガリア公国軍第133独立機動中隊隊長、ヴァリウス・ルシア中佐と同じくガリア公国軍第133独立機動中隊副隊長、セルベリア・ルシア大尉の過去を聞けただけでもまぁ収穫はあった。

これから向かう戦場を前にして、隊員達はそんなことを思っていた。

 

「隊長!!前方、距離約3300に帝国軍発見!!戦車数4!!規模は中隊規模と思われます!!」

 

警戒に当たっていた偵察兵からの報告にだらけていた空気が一瞬で変わる。

先ほどまで他の隊員達と喋っていたヴァリウスも表情を引き締め、長年連れ添ってきた相方を見やる。

その視線に当たり前のように気づきながらもすでに上官と部下の対応に切り替わっていたセルベリアはヴァリウスに指示を仰ぐ。

 

「中佐、ご命令を。」

 

「決まってるさ。総員、戦闘準備!!帝国の奴らに誰が相手なのかを、たっぷりと教えてやれ!!」

 

「「「「ハッ!!」」」」

 

一糸乱れぬ動きで散らばっていく隊員達。

そんな彼らとは対照的にセルベリアはヴァリウスの隣から動かない。

しかし、それでこそ彼ら。ガリア公国の中でも最強とされる部隊の隊長は自ら切り込んでいくのだから。

 

「さて、行くか。いつもどおり、二人でな。」

 

「当たり前だ。私たちはいつだって」

 

ー一緒にいると誓ったのだからー

 

 

~これは正史では無かった物語~

 

~蒼き魔女とともに戦場を駆け抜けた、ガリアの蒼き騎士の物語である~



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第二話

~征歴1935年 3月11日 ギルランダイオ要塞~

 

「帰還命令、ですか」

 

「うむ、そうだ。貴官らは至急ランドグリーズへと帰還し、すぐに首都での再編成を行うようにとの命令が下された」

 

 帝国軍の動きが怪しくなる一方の時期にヴァリウス・ルシア中佐へと下された命令は意図不明の帰還命令だった。今のこの状況下でわざわざ首都まで戻っての部隊再編成など必要性が感じられない。

正直なところその真意を問いただしたい衝動に駆られるが、そこは自制し、呼吸を一度入れてから目の前のギルランダイオ要塞の司令である将軍へと尋ねた。

 

「失礼ですが、その命令はどなたからのご命令でしょうか?」

 

「ああ、ダモン将軍からの指令だそうだ」

 

(あの、無能の中年親父か!!)

 

ゲオルグ・ダモン

貴族の家柄のおかげで特に何の戦果も上げていないはずなのに大将という地位に上り詰めた男。

そんな彼は部下を自分の駒としか考えていない男で、自らの手柄のためならば平気で部下を犠牲にする。

第一次ヨーロッパ大戦でも多くの部下を無駄に死なせたと言われている人物。

 

そんな彼と、ヴァリウスは非常に仲が悪く、ダモンは彼を「平民上がりの青二才」と呼び、ヴァリウスはダモンの事を「無能の中年親父」と呼び、互いに忌み嫌っていた。

 

「今回、ダモン将軍が中部戦線総指揮官に任命されたそうでな。君がいると聞いてこの指令を出したそうだ」

 

「・・・失礼ながら、上層部は正気ですか?」

 

「そう言うな。正直な話、私もこの時期に君たちをここから離すなんてどうかしていると思って上に抗議したのだが、ダモン将軍からの要請だと、譲らなくてな。それに、首都で防衛戦力の強化を行いたいそうだ」

 

なにが中央の防衛戦力の強化だ。

ただ自分たちの安全を守りたいだけの老害どもが。

 

自分たちの保身しか考えていない老人たちに対し内心吐き捨てながらも、所詮一佐官でしかないヴァリウスはその命令に従うしかなかった。

 

「・・・司令、肝心なときにお力になれず申し訳ありません」

 

「そう謝るな。一応ダモン将軍も大部隊を連れてここの戦力を整えるつもりらしい。君たちがいなくなるのは確かに痛いが、何とかしてみせるさ」

 

力ない顔で笑う司令にヴァリウスは敬礼をとる。

そうして「ご無事で」と呟くと司令から「君もな」と返される。肝心な時に無力なのだと改めて痛感しながら、ヴァリウスは拳を握りしめ部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、隊長!なんだったんすか、司令からの呼び出しって。」

 

30代後半の顔に傷のある男が彼らの下へと歩いてくるヴァリウスを見て声をかける。その男へとヴァリウスは真剣な顔を見せながら言葉を紡ぐ。

 

「ギオル、各分隊長を集めてくれ。中央から命令が来た」

 

ヴァリウスの表情から穏やかな事ではないと察し、小隊の中でも最古参であり、歴戦の戦士である彼、ギオル・アークス曹長は自信もそれまで浮かべていた笑みを消し真剣な表情を浮かべる。

 

「了解、場所は隊長室でいいんですかい?」

 

「ああ、頼む」

 

「了解!」

 

走り去るギオル。彼の後ろ姿を見ていたヴァリウスは後方から近づいてくる見知った気配に振り向く。

 

「セリアか、丁度いいところに来たな」

 

「何か命令が出たのか?」

 

長年の連れであるセルベリアの問いに苦い顔をしながら、先ほどの命令の事を簡単に伝えた。

 

「中央からの帰還命令が下された。詳しい事は俺の部屋で話す」

 

「あまり良い命令ではなさそうだな・・・」

 

彼の表情から、それが自分たちにとって良くないことだと察しながらも彼の後に続き、執務室への道を辿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコンッ

 

「入ってくれ」

 

ドアからのノックの音に返事をして中に入るように言う。そうして入ってきたのは5人の各分隊長である隊員達だった。

 

「アリア・マルセリス中尉以下4名、ただ今出頭いたしました」

 

「ご苦労。悪いがさっそく本題に入る。皆を読んだ理由についてだが・・・中央から帰還命令が下された」

 

ヴァリウスから語られた内容に、室内に居る全員が眉を顰め、怪訝な表情を見せる。

 

無理もないとヴァリウスは感じた。自分自身、この命令を聞いたときは「何を考えているんだ」と疑ったのだ。

 

帝国がこの要塞を攻めてこようかと言うこの時期にいきなりの帰還命令だ。普通の頭の持ち主ならば疑問に思うのも道理。彼らの反応は至極当然のものだ。

 

「隊長、その命令は誰からなんですか?正直この時期に中央へ戻れなんて普通じゃ考えられない事だと思うんですが・・・」

 

21歳とまだ若いながらも狙撃特化のホーク分隊隊長を勤め上げるグレイ少尉に問われたヴァリウス。彼は苦い表情で「ダモン将軍だそうだ」と問いに答えた。

 

「クソッ、またあの中年親父かよ!!何度俺たちの邪魔をすれば気が済むんだ!!」

 

「落ち着け、ギオル。しかし隊長、自分もギオルと同意です。この状況下でそんな命令に従うなんて、ありえません。受諾する理由が見つからない」

 

ヴァリウスよりも若干年上であり、偵察、突撃力特化型分隊であるハウンドドッグ分隊隊長のキース・キルヒアス少尉の言葉に「その通りだ」と

 

戦端が開くだろう場所に既に居るというのに、そこから離れろと命令が出るなど、おかしいにもほどがある。だが、それでも彼はこの命令に従わざる負えなかった。

 

「・・・ダモン将軍が中部戦線総指揮官に任命され、あと2日程でこのギルランダイオに赴任するそうだ」

 

「ダモンが中部戦線総指揮官!!?上層部の奴ら、頭が腐ってんじゃねぇのか!!あんな無駄に仲間を犠牲にするようなヤツに総指揮を任せるなんて・・・!!」

 

第一次大戦の頃からダモン将軍の部下を駒としか見ない行動を目の当たりにしてきた対戦車部隊であるグリズリー分隊長のギオルは上層部の決定に怒りを露わにする。

 

ヴァリウスとしては彼らと同じく上層部を非難し、このギルランダイオ要塞への駐留を続行したい気持ちで溢れている。だが、それは許されない。組織に所属する以上、自分たちは命令に従う義務があるのだ。

 

「ダモンがここに来れば、正直な話我々は身動きがとりずらくなってしまう。仮にもあの無能は総指揮官殿なんだ。俺たちがどれだけあがいたところであいつがこちらへ処罰を与える口実を作らせてしまうだけだ。今は、とにかく帰還準備を進めてくれ。シルビア」

 

「はい」

 

「戦車の整備進行状況は?」

 

ダルクス人でありながらも機甲部隊であるジャガー分隊隊長のシルビア少尉に彼らの整備している戦車について尋ね、その問いにシルビアは「問題ありません」と即答する。

 

「アンスリウム、グラジオラスは今すぐにでも戦闘に入れる状態です。ストレリチアの方はあと2時間もあれば整備が完了します」

 

「そうか。アリア、物資の補給はどうなっている?」

 

「武器弾薬の補給は完了。食糧の補給も、あと一時間もあれば終了の予定です」

 

救護、物資運搬などの支援を主とするラビット分隊隊長、アリア・マルセリス中尉の返答内容に一つ頷いたヴァリウスは室内の面々へと目を向け、指示を下す。

 

「そうか・・・なら明日の1030に出立する。各員、至急準備に取りかかってくれ」

 

「「「「了解」」」」

 

納得は出来ないが、軍にとって命令は絶対。苦々しげな答礼をし、退出するしかしセルベリアだけはその場へ残り、ヴァリウスの顔を見つめる。

 

「どうした?特にこれと言った用は無いぜ?」

 

「・・・ヴァン、自分を責めるな」

 

「・・・ッ!何の事だよ「とぼけるな。自分がもっと上の立場ならば・・・そう考えていたのではないか?」・・・はぁ、やっぱりセリアに隠し事は出来ないか」

 

椅子の背もたれに寄りかかるヴァリウス。セルベリアは彼へと穏やかな目を向け、横に移動する。

 

「確かにさ・・・俺が将軍くらいの地位にあったりしたら、こんな理不尽な要求飲まなくて済むのにな、って考えてたよ・・・あのくそオヤジにはいっつも邪魔されてばかりだ・・・そのくせ、平気で部下を見殺しにしやがる。そんなヤツの命令を聞かなきゃならないってのが俺は・・・むぅっ!」

 

血が滲み出るほどに拳を握りしめるヴァリウス。自身を責めていた彼は、突然顔を両手で挟まれ唇をふさがれる。

 

突然の事に驚いていたヴァリウスだったがすぐに自分からもセルベリアの唇を求め始め、しばらく二人は無言で口づけを交わす。

 

「ん・・・、どうだ・・・少しは落ち着いたか?」

 

そう言って唇を離すセルベリア。

彼女の頬は少し上気したような色になっていた。対するヴァリウスは、セルベリアの行動に驚きながらも若干嬉しそうに頬を緩める。

 

「あ、ああ・・・でも、珍しいな、セリアが自分からしてくれるなんて」

 

「た、偶にはそう言うときだってある!・・・それにな、あまり自分を責めるな。今例え従わなければならなくても、二人で力を合わせていこうと、あの時に約束しただろう?つらいのなら、私もその思いを一緒に背負うさ。私たちは、互いに必要、なのだろう?」

 

「ハハハ、そうだったな・・・ああ、分かったよ。じゃあ、これからも頼むよ、セリア」

 

「当たり前だ」

 

笑顔で答え、今度こそ去っていくセルベリア。そんな彼女の後ろ姿を、先程までとは違う、穏やかな表情でヴァリウスは見送った。

 

 

 

 

 

 

 

~征歴1935年3月12日~

 

 

「各分隊、準備完了しました、中佐」

 

ギルランダイオ要塞出立日、ヴァリウスは短い間駐留していた要塞を見上げていた。

 

帝国との国境に位置するこの要塞は、恐らく一番最初に攻撃される事になるだろう。

 

ガリアと帝国の戦端が開かれる。そんな大事な時だというのに、ここから去らなくてはいけない自分に腹が立ち、しかし静かに要塞から視線を外し、報告に来た隊員にご苦労と声をかける。

 

「では、これより第133独立機動小隊はランドグリーズへ向け進軍する!総員、出発!」

 

ヴァリウスの合図により隊員達の乗った車が走り出す。

 

自身もジープに乗り込み、運転席のセルベリアに出してくれと告げ、ギルランダイオを後にした。

 

(願わくば、最小限の被害で戦いが終わることを祈ろう)

 

しかし、彼らが去った2日後、帝国はガリア公国に向け突然の宣戦布告。ダモン将軍はギルランダイオにおいて防衛戦を展開。ヴァリウスの願いむなしく、彼は味方をも巻き込みながら、国際条約で禁止されていた毒ガス兵器を使用。甚大な被害を出しながらも、一時的に帝国の侵攻を食い止めたかに思われたが、帝国のとある将兵により即座に防衛線を突破され、ガリア軍はギルランダイオより撤退。ギルランダイオ要塞は帝国軍の手に落ちた。

 

ガリア、帝国間の防衛拠点であったギルランダイオ要塞は、皮肉にもガリア侵攻の中心拠点として帝国軍に使用されていくこととなる。

 

後に、ガリア戦役と呼ばれる戦争が、ここに幕を上げた。



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第三話

~征歴1935年3月17日~

 

征歴1935年、3月15日の帝国からの突然の宣戦布告から二日、ダモン将軍が指揮していたギルランダイオ要塞は瞬く間に帝国によって占拠され、帝国との国境を守っていたはずの要塞は今や帝国のガリア侵攻軍の中枢基地へと変貌した。

 

開戦直前に上層部からの命により首都・ランドグリーズに帰還していたヴァリウス・ルシア中佐率いる第133独立機動小隊は、敗走したギルランダイオからのガリア軍部隊の撤退を支援するため、要塞近郊において戦闘を繰り広げていた。

 

「こちらライガー1!ホーク小隊各員へ!ポイント233に敵指揮官らしき人物が見える!!そちらから狙撃できるか!!」

 

『こちらホーク2、現状では敵指揮官はこちらからでは確認できません。狙撃ポイントを変更する必要がありますが、敵にも狙撃兵がいるようで、下手に動けない状況です』

 

『ホーク4。同じく敵指揮官を視認出来ません』

 

『ホーク6、確認出来ません』

 

「そうか・・・了解した。ジャガー1、支援砲撃要請!方位1-7-5へ砲撃を開始しろ!」

 

『こちらジャガー1,了解。これより支援砲撃を開始します!!』

 

ヴァリウスの要請とほぼ同時に帝国の歩兵部隊に降り注ぐ砲弾の雨。44口径の砲塔から放たれる砲弾は平原に展開していた帝国兵達へと次々に襲い掛かり、ヴァリウス達を抑えていた戦線に穴があけられた。

 

「よし!!ライガー1より各員へ!!これより敵指揮官部隊へ攻撃を開始する!!俺に続けぇ!!」

 

雄たけびをあげると同時に率先して敵陣へと切り込んでいくヴァリウス。

 

彼の後方から各々腕に持つ火器を放ちながら追走する、隊員達。その中にはセルベリアの姿もあり、彼らは瞬く間にヴァリウスの行く手を阻もうとする帝国軍兵士達を撃破していく。

 

ヴァリウスの俊足に負けじとついていくライガー分隊の面々。走りながらの銃撃戦と言う、通常では命中が期待できないような状況でありながらも、彼らの放つ銃弾はそのことごとくがヴァリウスの足を止めようと動く兵士たちを貫き射殺していく。

 

彼らと共に敵陣を疾走するヴァリウスの腕にには、大口径ライフルと片刃の長剣を組み合わせた、ガンブレードの一種である銃剣ディルフが握られており、自身の行く手を阻もうとしていた敵突撃兵へとその異形の武器を向け、撃破する。突撃兵がディルフから放たれた銃弾によって倒れる様を見もせずに、次の得物である敵重機関銃兵達へと疾走。2,3人ながらも、放たれる弾幕はまさに壁と言っても過言ではない密度。馬鹿正直に突っ込めば瞬く間に蜂の巣になるであろうそれを、ヴァリウスは容易にかいくぐり、驚愕の表情を浮かべた重機関銃兵へと一閃。

 

一刀の下、瞬時に切り捨てられた敵兵に見向きもせず先へ進んでいく。

 

通常の部隊ならばありえない突破力に対し、帝国軍の兵士達は半狂乱状態に陥り、ただただ銃弾をまき散らすだけでろくに当たりはしない。

 

普通ならば多少なりとも怯んでしまう銃弾の雨の中、ヴァリウスと共に駆け抜ける5名の隊員達の表情におびえの色など一切無い。それどころか、帝国兵たちが冷静な判断能力を失ったと見るや、抵抗を続ける兵士たちのみに狙いを定め、被害を拡大させていく。

 

帝国兵たちは、次々と倒れていく同胞達の姿に自身の姿を投影し、「次は自分の番なのでは」と恐怖し、自分達の命を狩りに来た死神達に恐れを成した。その恐怖に耐えきれなかった兵の中には、すでに逃げだそうとしている者まで現れ始めていた。

 

『た、隊長!!ダメです、ガリア軍の部隊に次々と防衛ラインが突破されて行きます!!このままでは持ちません!!グァァァァア!!』

 

通信機から流れる味方の断末魔。それを聞いていた指揮車両の周囲に展開していた兵たちは、一様に表情を恐怖で歪めだした。

 

「だ、第四防衛ライン、突破されました!隊長!!すぐに敵がここに来ます!!撤退を!!」

 

交戦を開始してから、まだ30分と経っていないにもかかわらず、すでに5つもの防衛ラインが破られている。尋常ではない侵攻スピードに、敵が只者ではないと今更ながらに感じ取った副官は、せめて上官だけでも逃がそうと進言するが、それに対する指揮官の返答は味方の無能を罵る言葉だった。

 

「ええぇい、何をやっている!!敵は一個小隊に満たないではないか!!さっさと駆逐しろ!!」

 

「隊長!!第七戦車部隊からの通信が途絶!!我が方の戦車部隊、全滅です!!」

 

「クソッ!!まさか、ガリアなどという弱小国家に、これほどの部隊が居ようとは・・・!!全部隊に通達!!戦線を下げ、態勢を立て直「隊長!!」なんだ・・・!!まさか、そんな馬鹿な!!あれほどの防衛ラインを、もう突破してきたのか・・・!!」

 

たった一個分隊程度の人数であれだけいた追撃部隊を撃破し、あまつさえ本陣にまで攻め入ってきた彼らに底知れない恐怖を感じた指揮官であったが、自身が怯えていてしまえば部下達が耐えられないと考え、

折れそうになる心を何とか保ちながら攻撃宣言を下した。

 

「恐れるな!!相手は歩兵、それも、たった6人だ!こちらには戦車がある!!砲手、しっかりと狙え!!」

 

「は、はい!!」

 

自身が乗る中型戦車の砲手へと砲撃指示を下す。しかしヴァリウス達は相手が戦車であるにもかかわらず、まるで恐れていないかのように、一直線に突っ込んでくる。

 

「馬鹿め、血迷ったか!」

 

必殺を確信し、笑みを浮かべる。ただまっすぐに突っ込んでくる歩兵など、ただの的に過ぎない。

 

「ッ!!撃てェエ!!」

 

「散開ッ!!」

 

砲弾が放たれる直前、ヴァリウスは散らばるように指示を下す。命令に即座に反応したライガー各員たちは、一斉に散らばり、直後放たれた砲弾を全員が完全に回避を成功させた。

 

「ックゥ!!機銃掃射!!急げ!!標的は先頭にいる敵指揮官だ!!」

 

「りょ、了解!!」

 

砲弾を避けるという離れ業に数瞬茫然としていた砲手は指揮官の言葉で我に返ると、砲塔と連動している機銃をヴァリウスへと放とうとする。だが、そうはさせないとばかりに、ヴァリウスの後方に居たセルベリアが、その手に持った長大なライフルを戦車の本体と、砲塔の連結部分に狙いを定め、攻撃を放つ。

 

「ッなんだ!機銃掃射は!!」

 

「ダ、ダメです!!先ほどの攻撃で、砲塔の回転機能が破損!!機銃掃射できません!!」

 

セルベリアの一撃は敵の砲塔の下部にある回転機構を破損させ、ヴァリウスへの迎撃を不可能にさせた。

機銃が使えなければ、敵は容易く接近し、ラジエーターなどに攻撃を加えてくる可能性が高い。そう判断した戦車長は、即座に後退を指示しようと口を開いた。

 

「ッ!!くそ、後退だ!!早く・・・!!」

 

機銃が撃てなくなってしまい、後退を指示する敵指揮官。だが、すでにヴァリウスは彼らの戦車へととりついていた。

しかし、彼が持っているのはディルフのみ。それを見た指揮官はひとまず戦車の装甲が破られることは無いと安堵した。

 

「落ち着け!!ヤツの持っているのはただの銃だ!!恐れることは・・・」

 

これだけの至近距離ならば、敵の会話も容易く聞こえる。指揮官の部下を鼓舞する言葉を聞いたヴァリウスは、指揮官の微かな希望と言えるその言葉を、目の前で否定した。

 

「悪いな・・・コイツはちょっと特別製なんだ」

 

中から聞こえてきた言葉に対してそうつぶやくと同時にヴァリウスは引き金を引く。撃鉄が信管を叩き、弾頭がディルフの銃身から轟音と共に飛び出した。

 

ゼロ距離から放たれた銃弾は、戦車の装甲をいとも簡単に貫くと、中に居た操縦者達をズタズタに引き裂いた。

 

「そ、そんな!!せ、戦車の装甲を、ただの銃弾で、貫くなど・・・!!」

 

戦車の装甲を、鋼鉄の塊である戦車を、いとも容易く貫通した。今目の前で起きた現実が認められないその指揮官は、数秒の間呆然となる。

 

しかし、ここは戦場である。

 

数秒といえども、その隙を見逃すほど彼ら、ライガー分隊は甘くはなかった。

 

「今だ!!総員、放てー!!」

 

ヴァリウスが戦車から離れたのを確認したセルベリアは戦車の背後へと回っていた隊員達と共にその手に持った長大なライフルを、戦車のラジエーターへと放った。

高威力の銃弾が立て続けにラジエーターへと直撃し、ついに耐久度が限界に達し、戦車の機関が暴走を始める。計器が異常な数値を示し、室内温度が急激に上昇する。

 

「こんなところで、わたしは・・・私はぁぁぁあ!!」

 

指揮官の断末魔と共に爆発、炎上する戦車。燃えさかる戦車を少しの間見つめていたヴァリウスは、その残骸に背を向け、セルベリア達の下に歩み寄る。

 

「さて、これで一応任務終了って事になるわけだが・・・セリア、現状報告を頼む。」

 

「敵追撃部隊はは瓦解、撤退していたガリア軍も無事戦線を抜けたそうだ。こちらも特に目だった被害もない。完勝と言える結果だ」

 

セルベリアの報告によし、と頷くヴァリウス。

 

実際、彼らは多大な戦果をもたらしていた。

 

通常ならば撤退する部隊には多少なりとも被害が出てしまっていただろうこの作戦を何の被害もなくやり遂げた彼らはまさしく、ガリア最強部隊と言われるにふさわしい戦果である。

 

しかしヴァリウスにはそのことを別に自慢するつもりもない。

 

流石にしっかりと上に報告し、実績にふさわしい報酬などは貰うつもりで居るが、無駄に戦果を広めようなどと言う気持ちはさらさらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

任務が終了した彼らは、次の任務までしばしの休息をとっていた。

ヴァリウスは食事をしながら、先ほど戦車に放った銃弾と同じ物をしげしげと眺めていた。

 

「しっかし、この徹甲弾、思ったよりも使えるな。一発しか打てないのが難点だけど」

 

「そう言うな。無理言って開発陣に作ってもらった物だ。第一、お前のディルフに合わせて作った代物なのだから文句を言うモンじゃない」

 

分かってるってと答えながらスープを口に運ぶヴァリウス。

 

先ほど撃った銃弾は戦車の徹甲弾を歩兵でも撃てるようにならないかと言うヴァリウスの無茶な要求にガリア武器開発部の技術者達が頭を悩ませ、やっと完成した物だった。

 

もともと、狙撃銃の一種に対戦車用ライフルというものがすでに存在しているのだが、ヴァリウスが要求したのは白兵戦を仕掛けた状態でも使用できると言う物で、狙撃ライフルでは、白兵戦など出来るはずもなく、そこが開発陣が一番苦心した所でもあった。

 

対戦車ライフルは戦車の装甲を貫くこともできるが、その反動によって、立射での狙撃などが困難な物である。

 

しかしそれは戦車の装甲という厚い鉄板を貫くためには必要な物であった。

 

だが、ヴァリウスの要求は、白兵戦で使用できるもの。

 

そんな物が出来ていたら今頃対戦車槍やライフルなどすでに廃れている筈であることから分かる通り、そんな物は今まで存在せず、誰もそんな物は作れなかった。

 

しかし、相手はガリア軍最強と言われる男。そんな男がわざわざ頼んできたにも関わらず、出来ませんでしたでは、申し訳が立たない。

 

そのため開発部は、様々な試行錯誤の末、完成したのがこの試作型高速徹甲弾であった。

 

通常の徹甲弾はその質量、炸裂薬などで装甲を貫通させているが、今回のこの試作型高速徹甲弾は、むしろ質量を軽減し、ラグナイト、通常の金属などを複合させた弾頭を形成し、初速の早さによって装甲を貫く事にした物であった。

 

しかし未だに試作品の上、通常の経口のライフルなどでは流石に装甲を貫く事が出来なかった。

 

ヴァリウスの銃剣であるディルフは普通のライフルなどよりも連射性が低い代わりに大口径だった為、なんとか装甲を貫けることに成功したのだ。

 

だが、そんな急造品である代物が何の問題も抱えていないわけがない。

 

この弾丸は装甲に密着した状態か、それに近い状態で無ければ装甲を貫けなかったのである。

 

しかしその問題はヴァリウス自身の戦闘能力によって解決され、見事今回の戦果をもたらしたのだった。

 

「分かってるって。正直自分でも無理だと思ってたし、こうして戦車相手でもある程度の攻撃力を持てたんだ。感謝こそすれ、文句なんてないさ。あの力を使わなくても、俺たちは戦うって決めたんだしな」

 

そう言って徹甲弾を置くヴァリウス。

 

彼やセルベリアは生身であろうとも戦車を相手取る力をその身に宿しているが、むやみやたらにその力を使おうとは考えていなかった。

 

あの力は、ここぞと言うとき、それも命に関わる事でもない限り使わないと言う誓いを立てていたのだ。

彼らを拾い、育ててくれたあの父親に報いるためにも。

 

「ところで、本部からの連絡はなにかあったか?」

 

「いや、本部からはなにも。だが、偵察部隊から連絡だ。帝国と思われる部隊がこの先にある街に進軍しているらしい」

 

「街?こんな所に街なんてあったっけ?」

 

そんなヴァリウスの言葉に思わずはぁ・・・とため息を吐いてしまうセルベリア。

 

「ブルールと言う小さな街がある。彼のベルゲン・ギュンター将軍の故郷だそうで、確か今もご子息達が住んでいるという話だ」

 

「あ~あ、ギュンター将軍ね。そう言えば教科書でこの辺だって書いてあった気がするぜ。まぁとにかく、その帝国軍を追うとしようか。できるだけ民間人に被害を被らせるわけにはいかないからな」

 

「了解だ。では、各隊に通達してくる」

 

「ああ、頼む」

 

そう言って出て行くセルベリアを見て、ヴァリウスはこの後に起こるであろう戦いで、民間人の被害が出ないようにと願うのだった。



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第四話

~征歴1935年3月20日~

 

ガリア軍の撤退を支援すべく帝国の追撃部隊を撃破したヴァリウス達第133独立機動小隊。任務を終え、基地へ帰投しようとしていた彼らの許へ、帝国軍の部隊がブルール方面へと進軍していったとの情報が入る。民間への被害を最小限に食い止めるべく、ヴァリウスは機動力のあるライガー分隊、ハウンド分隊、そしてジャガー分隊のアンスリウム号がブルールへ進路をとり、移動を開始した。

 

ジープで部隊の先頭を走っていたヴァリウスの横に、ハウンドを乗せた輸送用トラックが寄せてきた。

 

「隊長!!ブルールの自警団から救援要請が来ています!!」

 

「救援要請?ちょっと貸してくれ。」

 

目標地点であるブルールからの救援要請。すでに帝国軍が向かってきていることを察知したのかと予想しながらヴァリウスは渡された通信機へと呼びかけた。

 

「こちらガリア軍第133独立機動小隊のヴァリウス・ルシア中佐だ。そちらは?」

 

『こちらはガリア自警団団長のラーケンであります!現在ブルール近郊に帝国軍が接近中!至急援軍を要請します!』

 

ラーケンと名乗った自警団の団長から知らされたブルールの状況。予想通り、まだ最悪の事態にはなっていないようで、ヴァリウスは少なからず安堵を覚えた。

 

「了解した。当部隊の現在位置はブルールから東に5キロ地点だ。直に到着するので、それまで何とか持ちこたえてくれ。必ず助けに行く。以上だ、健闘を祈る」

 

『了解しました!!ありがとうございます、中佐どの!!』

 

救援が来てくれることが、よほどうれしかったのか、最初にしゃべっていた時よりも元気な声で通信を終えたラーケンに、苦笑を浮かべながらヴァリウスは通信機を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ブルールでは正規軍が応援に来てくれるという報告に、それまで迫りくる帝国に対しておびえていた自警団員達は希望が生まれたことに対し喜びの声を上げた。

 

「正規軍が来てくれるのか!!」

 

「これで帝国の奴らを追い払える!!」

 

正規軍が助けに来てくれる。希望が生まれ、士気が上がり始める自警団だったが、団長のラーケンは湧く自警団を「みんな落着け!」と叫ぶ。

 

「みんな、正規軍が来てくれることになったが、かといって気は抜くなよ。いつ帝国軍の攻撃が始まるかは分からないんだ。各自、気を引き締めて警戒に当たってくれ」

 

団長の諌めの言葉にひとまず落ち着きを取り戻した自警団員達。

 

いくら正規軍が来てくれるとはいえ、今すぐここに現れるわけではない。だが、帝国はすぐ目の前まで迫っているのだ。油断は出来ない。

 

気を引き締め直し、各自振り当てられた持ち場へと散っていく。

 

そんな中、自警団の制服を纏った二人の少女、アリシア・メルキオットとスージー・エヴァンスは正規軍が来てくれるというラーケンの話にそれまで緊張で引き締めていた表情を緩め、互いに笑顔を浮かべる。

 

「良かった、正規軍が来てくれるのなら、戦わないで済むかもしれませんね、アリシア」

 

「何言ってんのスージー。団長も言ってたでしょう?油断するなって。確かに正規軍が来てくれるのは心強いけど、いつ帝国軍が攻めてくるか分かんないんだから、私たちが街を守らなくっちゃ!・・・あぁ!!」

 

スージーと話していたアリシアは、捕らえていた男が倉庫から逃げ出して行くのを目撃し、大声を出しながら窓へと詰め寄る。

 

「に、逃げたぁーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方ヴァリウス達は順調に進軍を継続しており、ブルールまであと少しという距離まで来たところで戦闘音と、火の手が上がっているのが見え始めた。

ブルールまではもう少しかかるはずであるが、戦闘音が響いていると言うことはもしや間に合わなかったのかもしれない。

 

最悪の事態を想像しながらヴァリウスは一時行軍を停止。ひとまず情報を集めようとジープを降りた。

 

「ヴァン、状況がイマイチつかめない。ここは一度偵察兵を出した方が良い」

 

ヴァリウスの後に続きジープから降車してくるセルベリア。彼女の言葉に頷きながら歩みを進める。

 

「ああ、分かってる。キース、何人か連れて偵察に行ってくれ。まだブルールまでは多少距離があるが、もしかしたら自警団の一部が戦闘を開始したのかもしれない。もしもそうだったら、無線で連絡を入れろ、すぐに駆けつける」

 

「了解です、隊長」

 

既にトラックの荷台から降車していたハウンド隊隊長であるキースは同じくトラックから地へと降り立っていた隊員達と共に森の中へと消えていく。

 

その後ろ姿を見送ったヴァリウスは残った面々へと新しい指示をだした。

 

「各員、直ちに戦闘準備!!すぐにでも帝国軍と戦闘になる可能性がある!!各員気を抜くなよ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

隊員達の返答を聞き届けたヴァリウスは自身もディルフを握りしめる。彼の脳裏には、最悪の状況が浮かび上がっていたが、出来ればそうなってはいないことを彼は祈っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハウンド分隊が偵察に出てしばらくたったころ、件のキースから通信機に報告が入ってきた。

 

『隊長、こちらハウンド1。帝国軍の部隊を発見しました。戦力は二個小隊程度、戦車は二台です』

 

小規模ながらも、帝国の部隊を発見した。すでに戦闘が始まってしまっているのかと考えたヴァリウスはキースへと「分かった。それで、状況はどうだ?自警団との戦闘か?」と尋ねた。

 

間に合わなかったのだろうか。被害は?状況は?もしや、すでにブルールは攻略されてしまったのか?軽い不安を感じながら通信機へと問いかけたヴァリウスに対するキースからの報告は、しかし彼の予想していた全ての状況とも違うものであった。

 

『いえ、帝国軍はブルールから離れた民家らしき物を攻撃していたようです。それと・・・』

 

「なんだ?何かあったのか?」

 

『いえ、実はその民家から戦車が一台、ものすごいスピードで帝国の包囲網を突破。ブルール方面へと逃走していきました。』

 

「何?民家から戦車?間違いないのか?」

 

『はい、間違いありません。その戦車は見た限りですが正規軍の軽戦車とは違い、どちらかというと自分たちのアンスリウム号らと同系統だと思われます。』

 

「アンスリウムと?・・・分かった、すぐに帰還してくれ。」

 

『了解』

 

通信が終了し、音の聞こえなくなった通信機をしばし見つめ、キースから報告にあった戦車について考える。アンスリウムは軍の倉庫に死蔵されていた戦車だ。それを発見し、運用しているからこそ、自分たちが運用しているこの戦車と同型の機体が、このような田舎と言えるような地域にあることがどうにもヴァリウスには気になったのだ。

 

「アンスリウムと同型か・・・どう思う、セリア?」

 

しかし、考えたからと言って必ずしも答えが出るわけではない。そこで、自身の横でキースからの報告を

共に聞いていたセルベリアへ尋ねてみる。が、彼女も適当な理由が見つからないようで、首を横に振り分からないと答えた。

 

ハッキリ言って訳がわからない状況。だからと言って、襲われている民間人を放っておくわけにもいかない。

 

一端戦車について考えることを止めたヴァリウスは、溜息を一つ吐き停めていた行軍を再開させる。

 

しばらくジープを走らせていたヴァリウス達にハウンドが合流。そして、ブルールまで間近に迫ったあたりで、ヴァリウスの脳裏に「そう言えば、戦車に詳しい奴が一人いるじゃないか」と言う閃きが走り、ジープの速度を少々緩め、後ろを走っていた戦車、アンスリウムの横へとジープを着けると車内に居る隊員へと大声を張り上げた。

 

「ウォルター!!ちょっといいか!!」

 

「はい、なんですか、隊長!!」

 

ヴァリウスの声にハッチから顔を出した男性、ウォルター曹長。ヴァリウスは、ダメ元で彼に先ほどの戦車のことを尋ねてみる。

 

「お前戦車について結構詳しかったよな!?アンスリウムと同型の戦車で民間にあるヤツって知らないか!?」

 

自分で尋ねておいてなんだが、民間に戦車がある時点で相当おかしいよなと改まってみるヴァリウスだったが、そんな彼とは対照的に投げかけられた質問に首を傾げながら考えていたウォルターは心当たりがあったのか、「もしかして、それ、第一次大戦で活躍したって言うエーデルワイス号じゃ無いんですかぁ?」を答えを返してきた。

 

「エーデルワイス号?なんだ、そいつは?」

 

「第一次大戦でギュンター将軍が乗ったって言う戦車ッすよ!!なんでも彼の部下だったって言う技師が作った戦車らしいんですけど、コストが高くって、その一台しか作られ無かった代物らしいんですけど、性能はピカイチだったそうですよ。で、ガリア開発部がそいつを基にこいつらを作ったって言う話ですよ!?」

 

「なるほど・・・軍から正式採用されなかった戦車をギュンター将軍が自分の家に隠してたと言う所か。となると・・・そいつを動かしてるのは、多分ギュンター将軍の子供なのだろうな」

 

「たぶんな。しっかし、こいつらのモデルになった戦車か。そんなもの、よく個人で管理してたもんだぜ」

 

セルベリアの推察に同意を示しながら、ヴァリウスは横を並走するガリアの正式戦車に比べて大きな車体であるアンスリウムを見上げる。

 

高性能なのだが、量産には向かないと言う理由で開発途中のままお蔵入りしていたアンスリウムやグラジオラス、そしてストレリチア。その三台を見つけ、上に頼み込み、開発部で各戦車に応じた装備などをつけ、今やこの部隊に無くてはならないものとなった三台のオリジナル。

 

そんなものがこんな国境近くの小さな街にあったなんてな・・・。

 

「まぁとにかく、当てに出来そうな戦力が見つかったって感じかな」

 

「ああ。帝国の包囲網を抜けられるという事は、噂通り性能は高いだろうからな。期待しても特に問題は無いだろうな」

 

想定外ではあるものの、いい方向に転がってくれそうな予感に、ヴァリウスは笑みを浮かべながらジープのアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!見えたぞ!!正規軍だ!!」

 

「本当に来てくれたのか!!」

 

見張り台にいた隊員からの報告に、自警団員達の顔が明るくなる。

 

正直、本当に来てくれるのか半信半疑だった。噂では、帝国との防衛拠点だったギルランダイオが帝国の手に堕ち、ここら辺に駐屯していた正規軍は順次撤退していると聞いていた。

 

そんな状況下での救援に向かうという通信。本当に来てくれるのかと内心疑っていた団員たちにとって、姿を見せた正規軍部隊存在は、帝国との衝突を前にして恐怖を抱いていた団員たちにとっては非常に勇気づけられるものだった。

 

自分たちの姿を見て騒いでいる団員たちの様子は、ジープから双眼鏡で様子を見ていたセルベリアの表情をやわらかなモノへと変えた。

 

「なんとか戦闘前にたどり着けたようだな、ヴァン」

 

「ああ、良かったよ。もしかしたら帝国が攻め入る方が早いと思ってたからな。さて・・・」

 

ジープを止め、セルベリアを引き連れて自警団の下へと向かう。

現れてくれた正規軍の姿を目にした自警団の隊員達の顔は一様に明るい。

 

「応援要請をうけ、こちらに来たガリア軍第133独立機動小隊のヴァリウス・ルシア中佐だ」

 

「同部隊のセルベリア・ルシア大尉だ。こちらの責任者は?」

 

二人がそう尋ねると集団の中から一人の男性が進み出てきた。

 

「ブルール自警団のメルケル・スーステンです。ただいま団長は住民避難の指揮を執っているため、自分が代理を務めています」

 

堂々とした敬礼。兵役を経験していると思わせる敬礼に、返礼しながらヴァリウスはメルケルと名乗った男から現状の報告を受けることにした。

 

「了解した。それで、現在の避難状況はどの程度進行しているんですか?」

 

「現在は七割程度の避難が完了しています。残りの三割は現在トラックなどで避難中です」

 

メルケンからの報告に、心の中で「まだ三割も残っているのか・・・」と零すヴァリウス。

 

避難する民間人と言うのは、はっきり言って統制を失いやすい存在だ。訓練されている軍人や、ある程度の覚悟と心許ないとはいえ、武器を手にしている自警団と比べると民間人はパニックに陥りやすい。

 

自分たちだけで戦うのならばまだしも、自警団を戦闘に加わらせるのは正直に言って部隊の連携が乱れてしまう可能性が生じるためにできるだけ避けたかったのが本音なのだが、現在の避難状況では自警団の協力が不可欠なものとなることは容易に想像がつく。

 

故に、ヴァリウスは内心では渋々と、しかし表情には一切出さずにメルケルへと自警団の戦力を尋ねた。

 

「・・・分かった。それで、自警団の戦力を確認したいのだが」

 

「はい。自警団総勢35名、および軽戦車が一台配備されています。・・・ただ、軽戦車ですが、第一次大戦時のものなので、メンテナンスを行わなければ動かない可能性がありまして・・・」

 

「・・・そうか・・・」

 

第一次大戦で使用された戦車など、戦力には数えられない。ハッキリと言葉にはしなかったが、あまり戦力としては期待できそうには無いなと結論を出そうとしていたヴァリウスの視界に、一台の蒼い中型戦車が映った。

 

「あれは?」

 

ヴァリウスが尋ねると、メルケンはああ、と声を出し、見られたくないものを見られたといった表情でその質問に答えた。

 

「なんでもギュンター将軍のご子息が乗ってきた戦車らしいんですがね。民間人が乗る戦車なんて当てに出来るかどうか・・・」

 

そう答えたメルケンに思わず、顔をしかめてしまうヴァリウス。彼に同意したわけでは全くない。ならば、なぜ顔をしかめたのか?その理由は、メルケンの視線が、明らかに「ギュンター将軍の子息」ではなく、その隣に立つダルクス人の少女へと向けられていたからだった。

 

ヴァリウスは、このように人を人種だけで判断する輩が嫌いだった。当人の能力を見もせずに、人種だけですべてを判断する。非常時にも関わらず、そのような判断を下そうとしているメルケンに対し、ヴァリウスは彼に対する評価を下方修正した。

 

「今は非常事態だ。民間人の物であろうが使える物ならば使うべきだ。相手がダルクス人だろうが何だろうがな」

 

今がどういう時だか理解しているのか?言外にそう告げられたメルケンはバツが悪そうに顔をそらす。ヴァリウスはそのままメルケンを放置し、件のダルクス人の少女と20歳くらいの青年の下へと向かっていった。

 

「君がギュンター将軍のご子息か?」

 

前置きなどおかず単刀直入で尋ねてきたヴァリウスに対し、青年はどこかおっとりした表情で「そうです」と答えた。

 

「はい、ウェルキン・ギュンターと言います。あの、質問があるんですが」

 

「なんだ?」

 

「僕たちはいつ逃げたら良いんでしょうか?」

 

「ちょ!!ちょっと、ウェルキン!!いきなりなに言ってんのあんたは!!」

 

彼の傍にいた茶髪の女の子が大声を上げてウェルキンへと詰め寄る。せっかく救援に来てくれた正規軍に対して、いつ逃げればいいのかなんて質問、普通ならばありえない。

 

怒ってないだろうかと少し心配になりながら茶髪の女の子がヴァリウスの様子を恐る恐る伺うと、そこには彼女の予想していた気分を害したような表情は無く、むしろ何かに関心したような表情が浮かんでいた。

 

「なるほど・・・君は現状をしっかりと認識しているようだな」

 

「へ・・・?」

 

少女が思わず抜けた声を上げる。どうなってるの?ここって普通怒るところだよね?なのに、むしろ褒めてる?ていうか、現状をしっかりと認識してるってなに?ただ逃げたいから言ったんじゃないの?

 

「君の言う通り、俺たちは民間人の避難が完了次第、自警団と共にこのブルールから撤退するつもりだ」

 

「な!!ちょっと待ってくれ!!あんたら正規軍なら、帝国軍を追い返すことぐらい出来るだろうが!!」

 

てっきり帝国軍を追い返してくれるとばかり思っていたメルケンは、「撤退するつもりだ」と言い放ったヴァリウスへと詰め寄る。

 

肩を怒らせながら近寄ってきたメルケンに対し、ヴァリウスは冷静な表情のままここにいる全員に現状をしっかりと認識してもらおうと若干大きな声でメルケンへと語りかけた。

 

「確かに今回侵攻してきている戦力ならば倒せないこともない。しかし、このままブルールを防衛し続けることは我々には不可能だ。今は君たちの安全を最優先にしなければならない」

 

「し、しかし!!戦車ならまだ倉庫にある!!それを使えば・・・!!」

 

ヴァリウスの言葉を理性では納得しているはずなのだが、なおもブルールから退避することを認めようとはしないメルケン。

 

ヴァリウスとしては彼の気持ちも分からなくもない。だが、今回帝国軍を追い払うことが出来ても、その状態を維持出来るだけの戦力など、現在のガリア軍には残されていない。正直な話、この町を防衛するだけの重要性もない今、わざわざ戦力を割いてまで守るなどと言う何のメリットも無いことをするような輩は軍にはいない。

 

ここが何かしらの重要拠点なのだとすれば、多少無理してでも戦力を割くこともするだろう。だが、残念なことにここはどこにでもある小規模な街に過ぎない。戦略的価値がない場所を守れるほどの余裕はもうガリアにはないのだ。

 

「勘違いしないで貰いたい。ここに攻めてくる帝国軍は全て撃破するつもりだ」

 

「な、なに・・・し、しかし、こういったら何だが、中佐殿たちの戦力は今いるだけなんだろ?正直たった一小隊くらいの戦力じゃ、どうにも・・・」

 

「安心しろ。私たちにとってはこの程度の戦力差などいつものことだ。それに、この町へ侵攻してきている部隊に名の知れた指揮官の存在は確認されていない。武装もそう大したものではない。ならば、我々が負ける要素など一つとしてない」

 

セルベリアの自信に満ちた言葉に今度こそ沈黙するメルケン。

 

「さて、それでは自警団は避難誘導を継続。民間人の避難が最優先だ、しかり頼むぞ。それと、自分たちの避難の準備もな。「な!!俺たちだって戦える!!戦車があれば」戦車があろうと無かろうと関係ない!!まずは自分たちの安全を考えろ。それに、自警団といえども君たちは軍人ではない。今俺たちがいるのだから余計な犠牲は出したくないんだ」

 

「ク・・・!!」

 

ヴァリウスの言葉に表情を歪めるメルケン。彼自身、骨董品の戦車を持ち出したところでどうにもならないことは分かってるはずなのだが、やはり故郷を捨て去ると言うのは、そう簡単には割り切れない。

 

拳を振るわせ、顔を伏せるメルケンをしばらく見つめていたヴァリウスだったが、すぐに視線を外し、再びギュンター達へと向き直る。

 

「さて、そう言うことだ。ああいっといてなんなんだが、君たちはこちらに協力してもらえるか?戦力は無いよりある方が良いからな。もちろん、後方からの援護程度で構わない」

 

「別に僕は構いませんが・・・イサラ、どうする?」

 

「私も構いません。でも、普通の戦車がエーデルワイス号に着いてこれるかどうか・・・」

 

そう言ってこちらをまっすぐ見つめてくるイサラという少女。

 

彼女のハッキリとした物言いに苦笑を浮かべながらヴァリウスは心配ないよ、と答えた。

 

「中々ハッキリと物を言うお嬢さんだな。まぁ心配には及ばないさ。俺たちのアンスリウム号は君たちの戦車―――エーデルワイス号を基に作られているからな」

 

エーデルワイス号を基に作られた。ヴァリウスの発言に信じられないといった表情を浮かべたイサラはさらに彼を問い詰める。

 

「そんな、エーデルワイス号は父が作った、たった一台の試作品の筈です。なのにエーデルワイス号を基にした戦車が正規軍にあるなんて・・・正直信じられません」

 

「まぁ驚くのも無理はない。アンスリウム号はエーデルワイス号の試作量産機として開発されていたんだが、コストが掛かりすぎると言う理由で未完成のまま放置されてたんだ。けど、うちの隊員が未完成で放置されてたアンスリウムともう2台を発見、俺が上に掛け合って3台とも完成させたんだ。今じゃ部隊に欠かせない、大事な戦力だよ」

 

もっとも、こいつらの基になったって言うエーデルワイス号の事はついさっき知ったばかりなんだが、これは別に言う必要はないよなと自己完結。

 

そんなヴァリウスの内心など分かるはずのないイサラは自分の父が作り上げた戦車が、数は少ないとは言えこうして量産されていた事に少なからず感動していた。

 

自分の父は、確かにガリアへと戦うための力を残していたのかと。ダルクス人の作り上げた物を、こうして評価してくれていた者が、養父以外にも確かに存在していたのだと。

 

「3台も・・・分かりました。そういうことならば大丈夫だと思います」

 

「よし、なら頼む」

 

「はい!」

 

最初に話しかけてきたときよりも少しばかり元気よく頭を下げるイサラ。そんな彼女に微笑を浮かべ、防衛戦の指揮を取るべく踵を返そうとしたが、

 

「あ、あの!!」

 

イサラの背後に立っていた茶髪の少女が緊張気味に、しかし強い意思を感じさせる眼をしながらヴァリウスを呼び止めた。

 

「君は?」

 

「ブルール自警団のアリシア・メルキオットです。あの、私たちも作戦に参加させてください!!帝国軍の数は、確実に正規軍のあなたたちよりも多いです!!少しでも戦力は必要なはずです!!」

 

自分たちの故郷。たとえ捨てていかなければならないとしても、せめて自分たちの手で守りたい。強い意志を感じさせる瞳でそう訴えてくるアリシアに内心苦笑を浮かべながる。

 

確かに、自分達の故郷を自分達の手で守りたいと思うのは当然だ。しかし、こう言ってはなんだが、自警団の戦力が加わったところで大した違いは無いと言うのが彼の偽らざる本音だ。

 

だが、そんな事を彼女達に言える訳もない。だからこそ、ヴァリウスは毅然とした表情で彼女達自警団でも可能な役割を与える事にした。

 

「・・・分かった。ただし、許可できるのは援護だけだ。直接戦闘は我々が行う。自警団の方々はそれでよろしいですね?」

 

正直な話、メルケンの先ほどの様子からここで援護要請を突っぱねてしまえば、戦闘中に、倉庫にあると言う骨董品の戦車を持ち出して出撃しそうな雰囲気だ。不確定要素は出来るだけ排除しておきたいと言う打算の下、ヴァリウスはアリシアの提案を受けることにした。

 

「はい!!ありがとうございます!!」

 

「・・・了解しました・・・」

 

嬉しそうなアリシアと悔しそうなメルケン。

 

対照的な二人の返答を聞いたヴァリウスは、セルベリアと共に少々離れた場所で待機していた部隊の許へと戻って行った。

 

その後ろ姿を見送っていたアリシアへ、傍らに立っていたウェルキンが質問を投げかける。

 

「良かったのかい、アリシア?折角逃げて良いって言われたのに」

 

「何言ってるのよウェルキン。第一あの人たちも言ってたでしょ?民間人の避難が終わるまではここを守んなきゃいけないんだって。だったら私は自警団として、正規軍を手伝うの。それが私たちの任務だしね」

 

自分たちの手でブルールを守る。せめて、避難が完了するまでは。

 

心の中で呟いたアリシアは、それよりもと言いながら、

 

「それよりも、よく援護する気になったわね。正直さっさと逃げちゃうんじゃないかって思ったわ」

 

とウェルキンへと話しかけた。

 

彼らは自警団ではない。ならば、戦う義務などはまったくないはず。にもかかわらず援護とはいえ、戦うことを承諾したのがアリシアにとっては非常に意外なことだった。

 

「ああ、まぁね。あの人はこの状況をしっかりと認識してるみたいだし、無茶なことは言わないだろうと思ったしね。それに、ヴァリウス・ルシア中佐って言えば首都じゃガリア軍最強とまで言われてる人だから大丈夫だろうと思ったんだ」

 

「・・・え?ウェルキン、今なんて言った?」

 

ウェルキンの口から発せられた信じられないような言葉を聞いたような気がして、アリシアは聞き間違いかなと思いながら確認した。

 

「ん?だから、あの援軍に来てくれた正規軍の中佐は今じゃガリア最強とも言われている軍人だからね。そうそう無茶な事は言われないと思うよ」

 

「ガ、ガリア軍最強・・・そんな人が援軍に来てくれたって言うの・・・」

 

たかだかガリアの片田舎に、英雄に等しい人が助けに来てくれた。あまりにも信じられない現実に、しばしアリシアは呆然と目を見開いていた。

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後、ヴァリウス達は帝国軍を迎え撃つ為にそれぞれ配置についていた。

 

「さて、一発帝国にお見舞いしてやるとしますか」

 

「ほどほどにな、ヴァン」

 

ライフルのグリップを軽く握り、セルベリアもまた彼に続きブルールの街を歩いていく。その足取りは、緊張した様子など全くなく、堂々とした姿は、自警団に大きな安心感を与えていた。



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第五話

ブルールでの防衛作戦決行のため133小隊、自警団員がそれぞれ配置についてから1時間が経過した頃。帝国軍への偵察のために放っていた斥候から通信が入った。

 

『こちらハウンド5。帝国のブルール侵攻部隊を視認。戦力はおよそ3個小隊規模。なお、戦車が計6台同行中』

 

「了解した。ハウンド5は即時帰投、作戦配置へと着け」

 

『了解』

 

「さて・・・聞いたとおりだ、メルケン団長代理。敵の戦力はおよそ3個小隊。戦車は6台だ。まぁ、大した数ではないな」

 

「大した数ではないって・・・戦車が6台も居るのですよ!とてもじゃないが、これだけの戦力じゃ太刀打ちなんてできっこない!」

 

先ほどまでの威勢はどこへやら。ヴァリウスから告げられた敵戦力の総数に怯えの色を隠せずにいる自警団の若い隊員。彼の纏う空気に影響されたのか、周囲にいた自警団員たちもまたそれまで「故郷を守る」と息巻いていたのが嘘のように静まり返り、表情に怯えの色を覗かせていた。

 

「なに、総数ではこちらと同程度だ。そこまで恐れる必要は無いさ」

 

「しかし、相手は訓練を積んでいる正規軍人なんですよ!それに比べて、こっちはあなた方を除けば手慰み程度の軍事訓練を受けただけの民間人だ!無茶にもほどがある!!」

 

正規軍人と、訓練を受けたことのあるだけの民間人では、実際の戦闘において大きな差が生まれてしまう。それは、人を殺すことに対し、恐怖感を覚え行動不能に陥ってしまう、死の恐怖によってまともに動くことさえできなくなってしまうなど、ここぞという場面で民間人は行動を起こすことが出来なくなってしまうケースが少なからず起こりうるのだ。

 

「今更何を言っているんだ、お前は!」

 

「ッ、メルケンさん・・・け、けどいくらなんでも無茶だ!あれだけの数の敵を俺たちだけで対処するなんて・・・!」

 

「お前はさっき、俺たちと一緒に故郷を守ると誓っただろう!それにな、今更何を言ってももう遅いんだ。敵はすぐ目の前まで来ている。戦うしか道は残されていないんだ」

 

元軍人だからだろうか。団長代理であるメルケンは、取り乱す青年とは反対に非常に落ち着いた表情で周りへと言い聞かせるように話し出した。

 

「それにな・・・お前たちは我慢できるのか?俺たちの故郷が荒らされ、帝国のやつらが我が物顔で歩き回るのを。逃げ遅れている町の人々が、あいつらによって害されても」

 

「・・・・・・」

 

メルケンの言葉に沈黙が訪れる。誰もが想像していた。自分の暮らしていた街を、帝国兵が荒らし、壊していく様を。自分の大切な人が、家族が、友人が彼らによって連れて行かれる様を。そして、殺されていく未来を。

 

「悪いが、俺はそんなのごめんだ。故郷を捨てなきゃいけないとしても、ただで捨てていくなんざ、俺には無理だ。なら、せめて一矢報いるしかないだろう・・・!」

 

「・・・そうだ・・・」

 

「・・・好きにさせて、たまるか・・・!」

 

「ああ・・・ここは、俺たちの町だ・・・!!」

 

暗い感情に囚われていた自警団の面々の顔に、強い意志の火が宿る。その火は、簡単に消え去るような代物ではなく、瞬く間にその場にいた自警団員全て伝染した。

 

「・・・もう、大丈夫そうだな」

 

戦意を喪失しかけていた自警団達の顔は既にない。あるのは、故郷を守ろうと、自分たちの居場所を守ろうという強い決意を持った戦士達の姿がそこにはあった。

 

「ライガー1より各員。総員所定の位置にて待機。こちらの合図で作戦を開始する」

 

『ハウンド1,了解』

 

『ジャガー3,了解です。お嬢さん達の方も準備出来てますよ』

 

「了解だ。さて、気合入れろよ、お前ら。帝国に、ガリアの土を踏んだことを後悔させてやれ」

 

獰猛な言葉で締めくくり、ヴァリウスは未だ肉眼では姿の見えない敵へと、挑発的な視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、敵の姿は見えませんが・・・どうしますか?」

 

ブルール侵攻のために部隊を進めてきた帝国軍は、その歩みを郊外で一時的に停止させていた。

 

その理由としては、先行させていた偵察部隊による「ブルールにガリア軍らしき部隊が接近中」と言う報告の真偽を確認するためであった。

 

弱小ガリアの正規軍など、恐れるには足らん相手だ。このまま馬鹿正直に前進を続けていても大した問題にはならなかっただろう。しかし、一部隊を預かる身としては、最低限の情報は把握しておく必要があるからな。

 

帝国軍部隊の指揮官は胸中にてそう呟き、「再度偵察隊を出せ。敵の有無を確認する」と指示を出す。その命令を即座に実行すべく、部隊の中から数名の偵察兵がブルールへと迂回路を取って接近。

 

やがて市街地へと侵入していった。

 

それから30分ほどが経過した頃。先行した偵察兵からの通信は「敵影なし。ブルールは完全に無人」と言う戦闘を覚悟していた帝国兵たちにとっては肩透かしにも似た報告だった。

 

「まさか、一戦も交えずに逃げるとは・・・ブルールにも自警団くらいはあったと記憶していたのですが」

 

「フンッ、所詮は民間人が集まっただけのにわかに過ぎん。それよりも、やはりガリアには弱兵しかいないようだな。こうも容易く守るべき対象である町を見捨てるとは。帝国では考えられんことだ」

 

人気のないブルールの町中ジープに乗ったまま通過していく指揮官とその部下は、つい先ほどまで人がいた形跡を残す町をなんとなしに見渡す。

 

申し訳程度に積まれた土嚢や柵が抵抗の準備を進めていた形跡を物語っているが、それらは一瞬たりとも使われることなく役目を終えたようだ。

 

「まぁ、少なくとも自警団とやらは抵抗しようとしていたようではあるがな」

 

「と言うことは、やはりガリア軍が自警団を逃がしたのでしょうか?」

 

「だろうな。ついでに自分たちも逃げて行ったようだがな。さしづめ、「民間人警護のために」とでも言っていたのではないか?」

 

「ありえそうですな。綺麗に繕ってはいますが、ようは臆病風に吹かれたということでしょうに」

 

「フンッ、それがガリアと我々帝国の差だ。民を理由に敵に対して背を向けるような輩など、物の数ではない。それに、ギルランダイオのような汚い手も平然と使うような連中だ。最早敵に対する敬意さえも抱くに値しない」

 

「ああ、毒ガスの件ですか。確かに、あのような手段に訴え出る者に向ける敬意などありませんな」

 

ブルールの中心部、双子風車へと進んでいく帝国軍。兵士たちは完全に敵などいないと油断しており、また指揮官達士官組もこの町に敵がいるなどと言う考えを持つ者はだれ一人として存在せず、帝国軍部隊全員が今自分たちは戦場にいるのだという意識を失っていた。

 

だからこそ、戦車が爆発を起こし、数人の兵士が血を流しながら死んでいく事態に対し数秒間茫然としてしまった。

 

「・・・え?」

 

誰かが、何かを呟いた。その瞬間、部隊を包囲する形で敵が突如出現。状況を認識できていない帝国軍へと一斉攻撃を開始した。

 

「ッ!!何をしている!応戦だ!応戦しろ!!」

 

響き渡る銃声に負けず劣らずの大声で混乱する兵士たちへと叫ぶ指揮官。彼の声に、仲間が倒れ、敵が突如として出現したことで混乱していた兵士たちはそれぞれが銃を構え、自分たちへと攻撃を加えてくる敵へと反撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予想通りの展開だな。出来すぎな気もするが」

 

「上手くいっているんだ、何も不満に思うことなど無いだろう」

 

突如出現したガリア軍、そして自警団による奇襲に混乱し、被害が拡大していく帝国軍を見下ろしながら、ヴァリウスとセルベリアは作戦が想定通りの展開を広げている様にそれぞれ感じたことを口にしていた。

 

「まぁ、そうなんだが・・・予想以上に上手くいきすぎてるからな。何か裏でもあるんじゃないかと疑いたくもなるさ」

 

「確かに、ここまで想定通りに事が運ぶとは私も思っていなかったがな。強いて言えば、敵の油断度合いが想定以上だったということくらいか」

 

奇襲直前までの戦場に居るとは思えないほどに緩んだ空気、そして奇襲直後の対応から敵の油断が自分たちの想定を上回ったのだろうと呟く。

 

「確かに、あれは酷かったな。けど、さすがにそろそろ立て直してきたみたいだ」

 

一方的に攻撃されていた帝国軍が徐々に態勢を立て直し始めている。仮にも相手はヨーロッパを二分する超大国。そう簡単に壊滅できるとは考えてなどいなかったヴァリウスにとって、その動きは少々襲いながらも想定の範囲内だ。

 

「部隊の損害はかなりのもの。士気も奇襲によって底辺まで落ちている。さて、冷静な指揮官ならここは無理せず引くところなんだが・・・」

 

ヴァリウスの呟きとほぼ同時に、敵の指揮官が何かを大声で叫び始める。すると、帝国軍は銃火を絶やさずに、しかしゆっくりとその場から後退を始めた。

 

「どうやら、最低限の冷静さは残ってたらしいな」

 

これ以上部隊の損失を見過ごすわけにはいかない。屈辱的だが、ここは一端引くべきだ。奇襲に混乱しながらも、指揮官として最低限残しておくべき理性に従った指揮官はそう部隊へと命令したのだ。

 

「指揮官として最低限のラインは守ってくれたか。ま、その動きもこっちの想定内なんだがね、残念ながら」

 

しかし、その動きもヴァリウスの想定内。次の手はすでに打ってあった。

 

「ライガー1より各員へ。作戦を第二段階へ移行する。第一陣はそのまま攻撃を続行。第二陣はこちらの合図とともに行動開始」

 

『『『了解』』』

 

帝国軍の混乱をよそに、ヴァリウスはさらなる策を発動させる。それは、弱体化する帝国軍への決めの一手となるものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えた!!来たわよ、ウェルキン!!」

 

「分かってる。こっちからも見えてるよ」

 

ヴァリウスからの通信により作戦が第二段階へと移行した直後、エーデルワイス号に乗ったウェルキン、イサラ、そしてアリシアはつい先ほど目前を通り過ぎて行った帝国軍が、先ほどよりも弱った姿を再び現したことに若干興奮していた。

 

「すごい、本当にヴァリウスさんが言ったとおりだ・・・!」

 

彼から言われたことは二つ。

 

一つ目は命令があるまでこの場所で待機していること。そして二つ目はこの大通りへと現れるであろう敵部隊へとエーデルワイス号による砲撃を合図とともに開始すること。その際、帝国軍はそこそこの戦力を第一段階で疲弊しているはずだから、残った敵戦車を叩いてほしいと言うことだったのだが、

 

「疲弊しているどころじゃないね。あともう一押しで壊滅しそうだよ、あれは」

 

ヴァリウス達の率いる第一陣の攻撃でかなりの戦力を削られたのか、後退してくる帝国軍はすでに敗走一歩手前と言った様子である。

 

そこにエーデルワイス号の一撃を加えれば、ほぼ確実に帝国軍はブルールから撤退するしかなくなるはずだとウェルキンは語った。

 

「すごい、たったあれだけの戦力で、帝国軍を壊滅させちゃうなんて・・・」

 

「ゲリラ戦は少数で大軍を相手にするための戦法だ。敵に気付かれず、奇襲に成功すれば大きな戦果を生み出すことも不可能じゃないよ」

 

「それはそうだけど・・・まぁ、いいわ。それよりも、そろそろ行かなきゃ!」

 

「そうだね。準備はいいかい、イサラ?」

 

「はい、大丈夫です。行きます!」

 

イサラの声と同時に、エーデルワイス号のエンジンに火が入り、ラジエーターに光が灯る。ペダルを踏み、エーデルワイス号は身を隠していた納屋から飛出し、前方へと必死に銃撃を行っている帝国軍の背後を捉えた。

 

「ウェルキン、ぶちかましなさい!!」

 

「この場合はぶちかますよりも、ぶっ放すと言う方が的確だと思うけど「いいから、さっさと撃ちなさい!!」・・・了解!!」

 

エーデルワイス号の砲塔から轟音と共に徹甲弾が放たれ、背を向けていた帝国戦車へと突き刺さる。戦車にとって弱点である背後からの砲撃は、一撃でその車体を吹き飛ばした。

 

「クソッ、伏兵がいたのか!二号車、三号車で応戦!敵はたった一台だ、さっさと仕留めろ!」

 

指揮官の怒声で砲塔を回転させた二台の戦車は照準をエーデルワイス号に固定。仲間の敵だと言わんばかりにそれぞれの砲塔から徹甲弾を発射した。

 

「なに!!」

 

しかし、徹甲弾はエーデルワイス号の車体に突き刺さることはなく、傾斜のついた装甲によって背後へと弾かれ、建造物の一部を破壊するにとどまる。

 

「もう一発、食らいなさい!」

 

アリシアの声と共に放たれる砲弾。砲弾が弾かれるという非常識な現実に唖然としていた帝国戦車へと突き刺さり、爆発を起こした。

 

「そんな、馬鹿な・・・!」

 

たった一台の戦車に二台もの戦車が、極短時間で撃破されたことに茫然とする指揮官。そんな彼に追い打ちをかけるように前方からヴァリウス達第一陣、エーデルワイスの後ろからアンスリウムが迫り、苛烈な攻撃を加えていく。

 

「挟み撃ちだと・・・!くそ、応戦しろ!ガリアごとき弱小国に栄えある帝国軍が負けるなど、許されることではない!!」

 

負けるなど、敗北などあり得ない。あってはならないはずだ。自分は、ヨーロッパ大陸を二分する超大国、東ヨーロッパ帝国連合のガリア侵攻軍において、一部隊を任された選ばれた人間だ。選ばれた人間なのだ。そんな自分が、こんな田舎町での戦闘で敗北するなど、あってはならない。あってはならないはずだ!!

 

自信のプライドをことごとく傷つけられた指揮官は、すでに正常な判断を下せる余裕は存在していなった。感情を露わにし怒鳴り散らす指揮官。部下である兵士たちは、自分たちを指揮すべき人間が、具体的な策ではなく感情論を掲げ始めたことで下がり気味だった士気に加速が掛かり、逃亡しよとするものまで出始めてしまった。

 

「貴様ら!何をしている!敵前逃亡は銃殺だぞ!逃げるな、戦え!ガリアごとき弱小国に負けるなど、許されんのだ!戦え!!」

 

ただ、「戦え!戦え!!」と怒鳴り散らす敵指揮官に、ヴァリウスは哀れだなと感じながら敵を次々に撃破していく。

 

哀れだと思ったとしても、これは戦争だ。情け容赦などすれば、自分に報いが降りかかる。だからこそ、ここは全力で叩いておかなくてはならない。

 

既に士気はガタガタ、部隊としての体を成していない帝国軍へと止めを刺すべくヴァリウスは剣を振るう。その姿は、味方には希望を、敵には絶望を与えることとなり、戦局を決定づける一手となった。

 

「クソックソックソッ!!貴様などに、貴様らなどに、選ばれた人間であるこの私が!!」

 

「選ばれた人間、ね・・・くだらない」

 

現実を認めようとしない指揮官へ無感動な目を向ける。自身の立場に固執していることが、部隊の損害を著しくしているにも関わらず、なおも下らないプライドのために部下へ犠牲を強いる。

 

同じ部隊を預かる身として、ヴァリウスは目の前の男の存在を許せそうに無かった。だが、かと言ってこれ以上無駄な犠牲を出す必要も無い。

 

だからこそ、ヴァリウスは目の前の現実を見ようとしない男へと降伏を勧告した。

 

「投降しろ。お前に指揮官としての自覚が少しでも残っているならば、部下の命をこれ以上無駄に散らせるな」

 

ヴァリウスの温情からくる降伏勧告。それは、しかしプライドの高い指揮官にとっては死刑宣告にも等しい一言であった。

 

「貴様さえ・・・貴様さえいなければぁ!!」

 

自らが見下していた存在に見下される。プライドの高さ故に、指揮官はそのことがどうしても許せず、降伏勧告のために近づいていたヴァリウスへと腰から銃を引き抜き、トリガーを引いた。

 

至近距離から放たれる一発の銃弾。相互の距離は20メートルもない。その場にいた誰もが、ヴァリウスを銃弾が貫く未来を幻視し、目を見張る。

 

確実に殺った。自らを見下した者が己の前に倒れる未来を幻視していた指揮官は、喜悦に表情を歪める。しかし、彼の想像した未来は、ヴァリウスの起こしたとんでもない行動によって回避された。

 

「ッ!!」

 

「なぁっ!!」

 

ヴァリウスは、自らに迫っていた銃弾を、あろうことか手にしていたディルフを振るうことで、銃弾を真っ二つに切り裂いた。

 

ありえない現実に言葉を失う指揮官。普通ならば降伏勧告に来た敵指揮官へ発砲などしてしまえば確実に待っているのは死のみ。冷静に考えればここはすぐさま逃亡に映るべき場面であるが、男は今目の前で起こった出来事が現実のものと認められずに、固まったままヴァリウスの目の前で静止していた、だが、それを黙って見逃してやるほどヴァリウスは優しくない。

 

「それが、答えか」

 

「ッ!!や、やめ」

 

命乞いの言葉だったのか、それともやはり自身のプライドを傷つけたヴァリウスへの罵倒だったのか。どちらにしろ、最後まで言い切ることなく男はディルフによって首を跳ね飛ばされ、命を失った。

 

「た、隊長が死んだ・・・!」

 

「ガリアに・・・負けたのか・・・」

 

抵抗を続けていた敵兵が次々と膝をつき、銃を取り落していく。底辺まで落ち込んでいた士気は指揮官が死んだことによって完全に瓦解。ヴァリウス達の降伏勧告に敵兵は大人しく従い、武装を解除していく。

 

ブルールにおける戦いが、終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントに勝っちゃったんだ・・・」

 

戦闘が終了してからしばらくして、アリシアはブルールからの撤退するため自警団や133小隊と共にブルールが一望できる丘にて、帝国の手から守りきることが出来た故郷を見つめていた。

 

帝国との戦闘に勝利し、故郷を守りきることは確かに出来た。だが、最初に言われた通り、たとえ今回勝てたからと言って、これからも勝てる保証はどこにもなく、これからガリア各地へ戦禍が広がることを考えれば、帝国とほど近いだけで、さして重要拠点と言うわけでもない田舎町を防衛するために軍を派遣できるわけがない。

 

故に、アリシア達は渋々ながらも、自分たちの手で守りきることのできた故郷から離れることにしたのだ。故郷を捨てなければならない。そのことは確かにつらいが、だからと言ってブルールに残り、帝国と戦って死んでしまえばすべてはそこで終わりなのだ。

 

「勝てたのは嬉しいけど・・・やっぱり、故郷を捨てるっていうのは・・・辛いね・・・」

 

「確かに辛いよ。田舎町だけど、僕らにとってはたった一つの生まれ故郷だ。たくさんの思い出が詰まったブルールを捨てなきゃいけないのは・・・分かっていても辛いさ。けど、生きていれば、きっと戻ってこれる」

 

「はい。生きてさえいれば、必ず戻ってこれます」

 

ギュンター兄妹の言葉に、アリシアもまた頷いた。

 

「そうだね。生きてさえいれば、きっと・・・ううん、必ず、戻ってこれるよね」

 

ブルールの名物、双子風車を見つめる。いつも、当たり前に見ていたそれと、一時的な別れ。奇跡的に被害が及ばなかったそれを、アリシア達は黙って見つめる。

 

必ず、ここに戻ってくる。

 

この戦争を、一日でも早く終わらせて、またあの日常を過ごすために。

 

「私たちは、絶対に戻ってくる」



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第六話

「それじゃあ、お世話になりました」

 

「いや、俺達も首都に帰還しなきゃならなかったから、物のついでさ」

 

ブルールを放棄した自警団員達。彼らは、それぞれの親類を頼る者、義勇軍に志願するために近くの基地へと向かう者とで別れ、バラバラに散って行った。

 

頼る親類のいないウェルキン、イサラ、そしてアリシアは一刻も早く戦争を終わらせるという決意の下、義勇軍に志願願することを決め、行動を起こすためにヴァリウス達と共に、ガリア公国首都・ランドグリーズへと一時的に避難していた。

 

他の自警団達のように近くの義勇軍部隊へ志願するという手もあったにはあったのだが、アリシア達は彼らとは決定的に違う点が存在していた。

 

エーデルワイス号の存在である。

 

エーデルワイス号はイサラの実父、テイマー技師によって作られたワンオフの戦車。その存在は強力な武器になることは間違いないのだが、それと同時にとある問題を抱えてしまった。

 

エーデルワイス号の正式所有権についてである。

 

エーデルワイス号はギュンターの父、ベルケンが個人的に所有していたとされているが、ウェルキン達はその所有権の更新手続きを完了していなかったのだ。

 

通常、民間人が一定以上の武器(ライフルや小銃以上の火器)を個人的に所有することはガリアでは禁じられている。例外としてはガリア政府の発行する書類審査などをパスし、年に一回更新手続きを完了させなければならないとされている。

 

今年の更新手続きは、今月の最週末までとされていたため、まだ更新手続きを行っていない。これをパスしない限りエーデルワイス号は緊急時だとされ、正規軍あたりに接収されてしまう可能性があるため、ウェルキン達は自警団の者達と同じように最寄りの義勇軍基地へ向かうことなく、ヴァリウス達と共にランドグリーズへと訪れていたのだ。

 

「この先の事務所で義勇軍の受付がやっている。エーデルワイス号の所有権についてもそこで手続きができるはずだ。それと、エーデルワイス号の整備についてはこの先にある修理工に頼むと良い。性格は少しばかりあれだが、腕は確かだ」

 

「ありがとうございます。けど、これは父の形見ですから。整備は自分ですることにします。それに、普通の戦車とは勝手が違いますから」

 

気持ちだけいただいておきますとセルベリアからの申し出を断るイサラ。

 

今まで自分が整備してきたエーデルワイス号を好意でとはいえ、他の誰かにいじって欲しくはない。せっかくの好意を断るのは心苦しかったが、それでも自分の大切なエーデルワイス号を誰かの手にゆだねることはしたくなかった。

 

「別に気にすることはない。ただのおせっかいなんだ。どうするかは君の好きにすればいい」

 

「そうそう。それに、あの親父ならエーデルワイス号を見るだけでも喜びそうだしな」

 

「確かに、そうかもしれないな」

 

「ア、アハハハ・・・」

 

辛辣な二人の言葉に苦笑いするアリシア。ここに来るまでも、二人の会話は遠慮がなかった気がするが、こうもはっきりと自分の知り合いを貶せるんだと思わず笑ってしまう。

 

「さて、それじゃあ、ここでお別れだ。戦場で会ったときはよろしく頼むぜ」

 

大通りに差し掛かったあたりでエーデルワイス号に合わせていた速度を緩める。この後ヴァリウス達は一旦基地へと帰投しなければいけないためアリシア達に最後まで付き添うわけにはいかなかった。

 

「はい、その時はよろしくお願いします」

 

「義勇軍とは言え、軍は軍だ。お互いに死なぬように気をつけることにしよう」

 

「そうですね。セルベリアさん達もお気を付けて」

 

「本当にありがとうございました!」

 

三人揃って頭を下げ、エーデルワイス号で通りを進んでいく。その後ろ姿を見送り、ジープを基地へと向かわせた。

 

基地へ帰投し、133小隊が待っているはずの宿舎へと向かう道中、ヴァリウスと肩を並べて歩いていたセルベリアは唐突に彼へと問いかけた。

 

「彼らは戦場で生き残れると思うか?」

 

「断定はできない。戦場で生きるか死ぬかなんて、はっきり言えば運以外の何物でもない。どんなに周到な作戦を用意しても、どんなに優れた兵器を使っていたとしても、最後に生死を分けるのはそいつの持つ運だ。・・・けど、ここまで言ってなんだけど俺はあいつらは生き残ると思ってる」

 

「なぜだ?今さっき生きるか死ぬかは運次第だと言ったばかりだぞ?」

 

「だから、ここまで言ってなんだけどって言ったろ?ウェルキンは抜けてるようで観察力、洞察力に優れてる。指揮官としての柔軟性も持っている。イサラはエーデルワイス号を一人で整備、改修できるだけの腕だ。戦車を操る腕も良い。そう簡単には死なないだろうな」

 

「そうだな。それに、あのアリシアという少女。あれも中々筋が良い。あれだけ高い身体能力の持ち主は私達の部隊でも多くはない」

 

結果、三人の評価はそこらの正規軍よりかなり出来るという結論に落ち着き、そう簡単に死ぬことはないとなった。

 

「ま、今はさっさとギオル達と合流しなきゃな。あいつら、俺達がいないと偶にハメはずしやがるし」

 

「それはお前も一緒だろうが。その度に私が被害を被るんだ。少しは自重しろ」

 

ヴァリウスの言葉に、セルベリアが突っ込んだ。

 

が、どうやら藪蛇だったようで、ヴァリウスはニヤニヤと笑いながら、

 

「あれ?セリアも結構悦んでんじゃん。まぁ、毎回腰が抜けるまでやってしまうのは流石にやり過ぎかな~とは偶に思うけど」

 

と彼女の耳元で囁いた。

 

「~~~ッッ!!お、お前は、こ、こんなところで、な、何を言っているんだ!!だ、大体私は悦んでなど・・・!!」

 

顔を真っ赤にして反論するセルベリア。しかし、普段は凛とした彼女が見せるあわてた姿に、ヴァリウスは笑みをさらに深くする。

 

「はいはい。そう大きな声で叫ぶと周りに聞こえちまうぜ?」

 

仮にもここは寄宿舎へと向かう通路。周囲にはこれから出撃する兵士、作戦を終え疲れた様子の兵士たちが、突然大声をあげたセルベリアへと視線を集中させはじめていた。

 

「クッ・・・!!あ、後で覚えていろよ!!」

 

普段の冷静沈着な姿はそこにはなく、ただ顔を紅くした一人の若い女性の姿がそこにはあった。いつもとは違った、自分にしか見せないセルベリアの一面。それを見れたことに満足げなヴァリウスは、肩を怒らせて歩く彼女のあとに続き、笑いをかみしめながら歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、今回はちゃんと大人しくしてたみたいだな、お前ら」

 

「いえいえ、流石に隊長達が戦ってるだろう時に騒いでなんていられませんよ。まぁ、アークス曹長はそれでもお酒だけは飲んでましたけど」

 

「なぁ~に言ってんだエレイシア!!飲めるときに飲む!!それが酒を飲む者の心得ってヤツだろうが!!」

 

「知りませんよ、そんなの。第一、私はお酒飲む方じゃないんですから。それに、飲むのならあの人とがいいんです。一人で飲んだって味気ないですよ」

 

133小隊に与えられた宿舎の食堂にて、ヴァリウス達を待っていたギオル達。そんな中で、ギオルの隣に座るエレイシア伍長は、彼との会話中にさりげなく惚け始めていた。

 

エレイシア伍長。ダルクス人でありながら、ガリア軍最精鋭の133小隊、グリーズ分隊副隊長を務める女傑。現在とある人物に猛アタック中なのだが、その人物が鈍感なのと、優秀すぎる133小隊の度重なる任務のせいでここ最近まったく会えていないせいで、かなりのストレスをため込んでいるとかなんとか。

 

「はいはい、惚けはそこまでなエレイシア。一応待機命令中だから酒はほどほどにしとけよギオル。じゃあまた後でな」

 

「はいよ~」

 

「ああ、今すぐにでも会いたいです!!シキさ~ん!!」

 

「ダメだこりゃ」

 

エレイシアの奇声に、周囲にいた隊員達は皆諦めたように肩をすくめ、すでに手遅れだと声を揃えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エレイシアの奇声から2時間後。ヴァリウスは宿舎近くにある格納庫にて、補給物資の受け取りを監督していた。

 

「いつもどうも、ゴトウさん」

 

「べつに、これも仕事だしね。礼を言われる事じゃないよ」

 

運び込まれる物資の横で、ヴァリウスとともに作業を監督するゴトウは、くたびれた中年的な空気をまといながら、「仕事だからね」と呟きながら火の付いていない煙草をくわえていた。

 

キール・ゴトウ中佐。第一次大戦時、諜報部で活躍したものの、何故か今はガリア軍兵糧部でそこそこの地位があり、ガリア軍上層部の一部からよく思われていないヴァリウス達第133独立機動小隊への補給をつとめてくれる、ヴァリウス達の良き理解者である。素性が謎な人物だが、ヴァリウスの信頼を得ている数少ない人物の一人だ。

 

「上層部のお偉いさんに疎まれている俺達にこんだけ補給物資やらを持ってきてくれてるだけでも十分礼を言う価値はありますよ」

 

「別にお偉いさん方がどうこう言おうと仕事は仕事だしね。それにうちじゃ、結構な人気なんだよ、お宅の部隊ってさ。ほら、ここって美人が多いじゃない?それでうちの連中がさ、”ここに物資を送って懲罰喰らうなら本望だ!!”って言う輩が多くって。ま、それでちゃんと仕事してくれるなら文句は無いんだけどね。だから、その送ってる殺気ちょっと弱めてやってくれる?ほら、彼らも華が欲しい時期なんだよ」

 

ゴトウの窘めるような視線とともに呟かれた言葉に、ハハハ・・・と空笑いを発しながら、兵糧部の連中と混ざり物資を確認しているセルベリアをデレデレと見めていた補給部隊員達へと向けていた殺気を少し弱めてやる。

 

だが、止めはしない。なぜなら、かなりむかつくから。

 

自分の彼女へと送るあの下心満載の視線は許せないが、そこまでの覚悟で仕事をしてくれるのならまぁ多少は勘弁してやろう。絶対にそれ以上は許しはしないが。

 

「華と言ったら、カリサさんとかノアさんがいるじゃないですか。そこら辺はどうなんですか?」

 

「いやいや、ノアならともかく、カリサのヤツに手を出すバカはいないって。あいつ、あんな顔してるけど、実際俺と同じくらいの年なんだよ?一緒にあの大戦を戦ったくらいなんだから。それにアイツに弱みなんて握られたら、いくら搾り取られるか分かったもんじゃ無いしね」

 

それにノアにはアスマがいるからと呟き、ヴァリウスの代案をバッサリと切り捨てる。

 

ヴァリウスはカリサの童顔を思い浮かべ、あの人そんなに年いってたんだ・・・と思わず考えたのだが、唐突に背筋に走った嫌な寒気に、身体をブルッと震わせた。

 

止めよう。これ以上考えてると、なんかこの先とんでもない目に会いそうだ。

 

「ま、まぁいいです。それより、なんですか、この装備?見たことないヤツなんですけど」

 

急な話題転換だとは思うが、そうしないといけない気がした。

 

リストに載っている武器の名前を指しながら、こんな物を自分は頼んだ覚えなど無いとゴトウへ尋ねた。

 

「どれどれ・・・ああ、これか。開発部の連中がね、新兵器作ったから是非テストしてくれってさ。なんか、対戦車用の武器だとか言ってたよ。おーい、あれちょっと出してくれ!!」

 

「ウィーッス!!」

 

それまで動かしていた手を止め、駆け足で物資のほうへと走っていく隊員達を見つめながら、「うちはテスト部隊じゃ無いんですけどね」と呟く。

 

「まぁそう言うなって。お宅も開発部には色々作ってもらってんでしょ?なら偶にはあちらさんのご要望にも応えなきゃ」

 

確かに、いろいろ無茶な注文をしているので、多少の要望は受け入れようとは思っているが、せめて事前通知くらいはしてほしかった。

 

やがて、物資の山の中から、男二人がかりで、それもかなり重そうな表情でヴァリウスの身長ほどはありそうな箱が運ばれてきた。

 

「えっと、確かバンカーライフルって言ったかな?なんでもお宅に渡した新型の徹甲弾を改造したものを使用出来るようにしたライフルで、下の所にバンカーが付いてるんだと。なんでも60メートルほど離れた距離からなら戦車の側部装甲を破壊できるくらいの威力はあるみたいよ。取り付け型のバンカーは戦車の装甲を貫けるんだとか。まぁ、その代わりかなり重くなってるから、お宅の部隊でぐらいしか運用出来る人材が見つからなかったんじゃない?」

 

手元にあった仕様説明書を読みあげるゴトウ。確かにスペックだけ聞けば、かなりの代物だとは思う。だが、自分で言うのも何だが兵器というのは誰にでも扱える物ではないと意味がないのではないか。

 

至極常識的な考えであったが、よくよく考えてみるとこの部隊に普通の武器を使っている者があまりにも少ないことを思い出す。

 

自分のディルフしかりセルベリアのルシウスしかり。

 

グレイの狙撃銃も確か彼が独自に改造した代物だったし、キースの部隊で使っているライフルも正規軍に配備されている正式な物ではなく、開発部の代物だった気がする。

 

おまけにアンスリウム、グラジオラス、ストレリチアなどはもうすでにかなりの手が加えられ、もともと軍の使う戦車と全く違っていた物がさらに使う隊員の、いや、シルビアの考えの基すでにこの部隊専用の物と化している。

 

今更こんな事を心配しても意味がないと言う結論に至り、ヴァリウスはこの思考を即座に放棄。色モノ部隊だとか思わず考えてしまったが、そんな部隊を率いてるなんて考えたくなかった。

 

とにかく、今はこのライフルと呼んで良いのか分からない代物のことを考えるべきだ。それこそが、最優先事項なのだ。

 

「というか、どれくらいの重さなんですか、コレ。二人がかりで持ってくるって事は結構な重さだと思うんですけど」

 

「今は予備パーツやら弾薬やらが一緒になってるからかなり重いだけで、本体だけならそこそこの重さだったはずだけど・・・え~っと、・・・お、あったあった。ほい、これがこのライフルのスペック表ね。で、本体の重さは、確か30kgぐらいだったかな?まぁ多少重いとは思うけど、お宅の部隊でなら普通に使いこなせる人もいるでしょ?」

 

「そんな適当に言わないでくださいよ・・・たしかに、このスペック表通りならかなりの戦力にはなりそうですね。まぁ重さがネックですけど。う~ん、この重さとなると、対戦車槍よりも重いんだな。たしかアレが15,6kgくらいだったはずだし」

 

と言うか、すでにライフルと呼んで良い重さではなく、立派に大砲の領域に入ってるだろこれ。正直30kgもあるとなるとやはり対戦車兵に持たせるしかない。普通なら、対戦車兵だって持てる奴などいないが、生憎うちの部隊なら何人かは持てるかもしれない。

 

対戦車兵士かないな。というか、こんな物を偵察兵や突撃兵に持たせて機動戦なぞ出来るわけないし。

 

「仕方ない、エレイシアに持たせるか。あいつあんな身体してかなりの力持ちだし。」

 

あんな細い身体のどこにあんな力があるのかと思うくらいエレイシアの腕力は高く、部隊でも1,2を争う力持ちであった。本人はかたくなに否定しているのだが。

 

「ああ、あとこの前渡した徹甲弾の具合を報告してくれって言ってたよ?実際に使ってみた感想が欲しいそうだ」

 

「ああ、良い感じですよ。ただ、もう少し射程が欲しいのと、連射は出来なくともせめて総弾数を増やしたいですね。装甲に密着しなきゃならないのなら、このライフルに付いてるバンカーで同じ事をやる方が威力も上ですし、一応ディルフは銃剣なんで、ライフルとしての特性も、もう少し生かしたいですし」

 

実際に使ってそこそこ満足した結果となったのだが、こうやって新しいライフルに使われているバンカーのスペックを見てみると、どちらかというとバンカーの方が密着した状態ならば敵に与えるダメージは大きいだろう。

 

ここまで自分の要望に答えてくれたことに感謝してはいるが、こんな代物を作り出す余裕があるんだ。もうちょっと無茶なこと言っても何とかしてくれるだろ。

 

なかなか鬼畜なことを考える男だった。

 

「そう、分かった。報告しとくよ。あ、そうそう、装弾数にかんしてなら、今日の物資の中に徹甲弾専用のマガジンを作ったってさ。ディルフ用に調整してあるそうだから、使ってやってちょうだい」

 

「そうですか。分かりました。開発部の方にもよろしく言っといてください」

 

「はいよ~」

 

手をフラフラと振りながら、ゴトウは物資を下し終え、撤収作業に移っているトラックへと歩いていき、乗り込む。

 

エンジンがかかり、基地から去っていく兵糧部の一団を見送ったヴァリウスは、置いて行かれたバンカーライフルを見つめ、これを持たせることにしたエレイシアの事を考える。

 

「・・・またエレイシアが喚くんだろうな・・・」

 

いくら力持ちだろうが彼女も恋する女性。自身の腕力をかなり気にしている彼女にこんな物を待たせなければならないと考え、これから訪れる説得にかかる労力を思い浮かべ、ハァ~~~・・・と重い溜息を吐いたのだった。



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第七話

~征歴1935年4月7日~

 

首都ランドグリーズで補給を終えたヴァリウス達第133独立機動小隊は、現在帝国軍に奪われているヴァーゼル市奪還のために、ヴァーゼル近郊へと進軍していた。

 

特に大きな戦闘もなく、順調に進軍していたヴァリウス達だったが、彼らは一様にどこか不機嫌な表情をしていた。

 

「ったく、ダモンの野郎、あっさり帝国にヴァーゼルを奪われやがって」

 

「というか、全体的に帝国に好き勝手にやられすぎですよ。なんで2週間足らずで、ヴァーゼルまで占拠されてるんだって感じですよ。これだから、正規軍は情けないって言われるんです」

 

食事中のギオルがダモン将軍へと悪態をつき、それに乗った形でエレイシアが正規軍の情けない戦果に対して、サラリと毒を吐く。

 

しかし、エレイシアのその言葉は誰も否定するつもりもなく、むしろ彼らも皆彼女と同意見だった。帝国がガリアへと宣戦布告したのが、3月15日。そして、最終防衛ラインである、ヴァーゼル市が占拠されてしまったのが、4月5日である。

 

たった3週間足らずと言う期間でガリア正規軍は帝国軍に最終防衛ラインまで追い込まれたのである。「正規軍は何の役にも立っていない」と市民に言われてしまっても、無理からぬことである。

 

かく言うヴァリウス達も、この正規軍の醜態には、ほとほと呆れていた。自分たちがブルールを一時的に防衛し、首都へと帰還してから、まだ2週間程度しか経っていないのにも関わらず、既に首元にまで刃を突きつけられている状況なのだ。同じ正規軍に属する者として情けない限りと言うのが133小隊共通の認識であった。

 

しかも、諜報部隊であるスネーク分隊からの情報によれば、ヴァーゼル防衛戦にて、最高司令官であったダモンは自身の身の安全のため、例のごとく多くの将兵を犠牲にし、自分は誰よりも早く戦場から逃げ出しているらしい。

 

確かに最高指揮官の死は、指揮系統に支障をきたすため避けなければいけないことではある。だからと言って、ダモンのように指揮官が真っ先に逃げ出してしまえば、将兵の士気は一気に落ちる。上が自分たちを見捨てたと証明しているようなものだ。士気が保つはずもない。

 

最高指揮官でありながら、誰よりも早く逃げ出していくダモンの姿は、正規軍のタダでさえ低い士気を、完全に消失させてしまい、ヴァーゼル市の防衛は結果的に完全な失敗に終わり、首都ランドグリーズの目と鼻の先まで帝国軍の剣先を迫らせるという最悪の事態を招いたのだ。

 

「お偉いさん方も、ダモンなんかに総指揮なんか任せるからこういう結果になっちうんだ。そこんとこ、ちゃんと分かってたのかねぇ。しかも、その尻ぬぐいを俺達にやらせようってんだから、やってられねぇぜ、全く。ねぇ、隊長?」

 

ギオル達と共に昼食をとっていたヴァリウスに、ギオルは同意を求めてきた。たしかにギオルの言う通りだと思いながら、正規軍の情けない戦果に消沈し始めている隊員達へ釘を刺す。

 

「確かに、ダモンの無能が帝国に対し、余りのも情けないのは事実さ。けどな、一応油断だけはするなよ?お前達に限ってそんなことは無いとは思うが、念のためな」

 

そこで一端話を切ったヴァリウスは水で口を湿らすと、それにと続ける。

 

「ダモンが無能だろうが、犠牲になってる正規軍もいるんだ。そいつらを、一人でも多く助け出し、この戦況を打開する。普通の奴らじゃ到底できないことだ。だが、俺たちになら出来る。だろ、ギオル?」

 

ヴァリウスの言葉に、ギオルは、「ま、そのとおりですがね」と呟き、どこか照れたように頭を掻く。

 

ギオルと同じく、先ほどまで不満の色を浮かべていた他の隊員達も緩み始めていた表情を引き締め、士気を滾らせる。

 

「上手く隊の不満を反らせたみたいだな」

 

「セリアか。別に、俺は思ったことを正直に言っただけだよ」

 

食堂の入り口でヴァリウスの隣に並ぶセルベリア。彼女の視線の先には、それまで隊員達が纏っていた不穏な空気は完全に払拭されており、133小隊本来の姿があった。

 

「すまなかった。私も、隊の空気は感じ取っていたのだがな。それに、本来ならば、ああいった隊員のケアなどは、お前の副官である私の役目だ。だと言うのに、隊長であるヴァンにやらせてしまうとは・・・」

 

度重なる敗戦報道、そしてダモン将軍自身が、自分たちをギルランダイオ要塞から遠ざけておいて、自分たちが危うくなったら、手のひらを返したように自分を助けろ、尻ぬぐいをしろと言ってきたのだ。

 

隊の空気が悪くなるのは当然で、それをどうにかしようと思っていた所に、ヴァリウスが先に問題を解決してしまった。

 

本来ならば、そう言った不平不満は、ヴァリウスではなく、セルベリアが担当するべき問題だ。しかし、今回に関しては、ヴァリウスが先に隊員達の不満を多少なりとも解消した、と言うだけのこと。

 

だが、責任感の強いセルベリアは、自身が行うべき仕事をヴァリウスにさせてしまった、と軽い自責の念を抱いていた。微かに表情を歪めるそんなセルベリア。

 

相変わらず変なところまで真面目だなと苦笑を浮かべながら、「そんな気にすることでもないだろ」と口にする。

 

「隊の空気が悪いのは俺も知ってたし、俺は、俺が思ったことをギオル達の前で言っただけさ。別にそんな俺がやるべき事だとか、セリアがやらなきゃならないだとか、そんな重大な事じゃ無い。今回はたまたま解決したのが俺だっただけだよ」

 

ヴァリウスの言葉に、「しかし!」となおも食い下がろうとするセルベリアに、「それに!」と、言葉を被せ、話を続ける。

 

「いつもセリアには迷惑掛けっぱなしだしさ。ま、偶にはこういうのもいいだろ?セリアには、また今度頑張ってもらうって事でさ。な?」

 

よく言えばリラックスできる、悪く言えば気の抜ける笑顔を浮かべた。

 

「ヴァン・・・全く、お前は本当に、そう言った所には無頓着というか、優しいというか・・・」

 

「そうか?別に、普通だろ?」

 

至極当たり前のことだと言わんばかりの笑み。その当然なことが出来る人物が、実際どのくらい居るのか、この男は理解してはいないのだろうな。

 

苦笑とも、喜びの笑みとも取れる曖昧な微笑を浮かべながら、セルベリアは自身の半生を共にしてきた男の背中へ、普段は見せないとても優しげな視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダモン将軍の敗北により最終防衛ラインへあと少しと言うところまで追いつめられたガリアは、至急帝国に奪われた中部の要所、ヴァーゼル市の奪還を軍部へと下命。軍は正規軍、義勇軍問わずのヴァーゼル市奪還作戦の決行を決断。

 

ランドグリーズにて補給を終えた133小隊にも奪還作戦への参加要請が下り、一同は戦闘可能な全部隊を率いて帝国に占領されたヴァーゼル市を目指し足を進めていた。

 

一個小隊のみでの行動故、順調に予定進路を北上していた133小隊だったが、念のために先行していたキース達(ハウンド分隊)から送られてきた報告に足を止めた。

 

「隊長、ハウンドより入電、予定進路上にて正規軍と帝国軍の戦闘を確認とのことです」

 

「戦闘?まだヴァーゼル奪還戦は行われてないはずだが・・・小競り合いか?どこの部隊が交戦しているか分かるか?」

 

「待ってください・・・帝国の部隊章は確認できず。ガリアは中部方面軍第1中隊所属の第243小隊と確認」

 

「戦況は?」

 

「現在の戦況は・・・243小隊が優勢・・・いえ、勝利しました。帝国軍、撤退していく模様です」

 

「ガリアの勝利・・・よほどいい指揮官なのか、それとも帝国側の指揮官がよほど低能だったのかは分からないが、朗報だな」

 

事も無さげに言うセルベリア。しかし、その周囲に居た隊員達は「正規軍が勝利した」事実が、ハッキリ言って信じられなかった。現在の戦況が示す通り、ガリア軍は帝国に対して非常に劣勢だ。それは、帝国側が戦い慣れていると言うのもあるが、基本的にガリア軍は一部の例外を除けば全体的に実戦経験が非常に少ない。

 

ヨーロッパ統一を目指す帝国は隣国やその他の国々へ頻繁に戦争を仕掛け、領土を拡大していった。それと対照的にガリアは、豊富なラグナイト資源を保持した中立国と言う立場から諸外国への侵攻など一度もなく、自国防衛程度しか経験していない。

 

実戦経験の少ないガリア軍では侵攻してきた帝国軍に対し勝利した部隊はあまりにも少ない。故に帝国軍に勝利した部隊に対しヴァリウスは少なからず興味をそそられていた。

 

「243小隊か・・・見てみたいな」

 

少年のような笑みを浮かべるヴァリウスの横で、セルベリアはまた悪い癖が出たかと一つ溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーヴィング少尉、貴官にお客様だ」

 

「自分に、でありますか、上官殿」

 

ヴァーゼル市郊外において偶然遭遇した帝国軍との戦闘を終えた直後、装備や物資の回収を行っていたクルトの下に243小隊の隊長が訪れクルトに客が来ていると告げた。

 

クルトは、こんな所で自分を尋ねてくる知り合いなど、全く心辺りがなかった。同期で自分を訪ねてくる様な知り合いなどいないし、軍に顔見知りな人物などは見当も付かない。両親は首都で相変わらず雑貨屋を営んでいるはずで、こんなところまで来るはずがない。

 

いったい誰がと疑問を感じながらも、上官からの命令を無碍にすることなどできない。それまで行っていた作業を中断し、前を歩く隊長の後に続いて歩き出す。

 

「上官殿、自分を訪ねてきたという人物は、一体?自分には見当が付かないのですが・・・」

 

「ん?ああ、それはそうだろう。私とて彼らとこのような場所で会うとは思ってもみなかった。その上、少尉に会いたいなどと言われるとはね。しかし、彼らの目に留まるとは。やはり少尉は優秀だと言う事だな」

 

「はぁ・・・」

 

この反応から予測するに、恐らく相手はこの上官よりも階級が上。それも有名な人物という事くらいしか、現状の情報では推測しかできない。

 

「ここだ、少尉」

 

隊長が士官用のテントの前に止まり中に入るよう促してくる。ここに、自分を訪ねてきた人物がいるらしい。

 

屋内と違ってノックは出来ないが代わりに「よろしいでしょうか」と許可を尋ねる。

 

「入ってくれ」と予想していたよりも随分と若い、恐らく自分と同じくらいの年齢だと思われる女性の声が中から聞こえてきた。

 

一体どのような人物だろうかと疑問を強めながら、「失礼します」と、断りをいれ中へと足を踏み入れる。中に居たのは、二人の男女。年は若い。

 

どこかで見たような気がするが、それよりも挨拶をするのが先決なので官姓名を名乗る。

 

「クルト・アーヴィング少尉です」

 

「ああ、戦闘終了後に、わざわざすまない、アーヴィング少尉。私は、第133独立機動小隊の、セルベリア・ルシア大尉だ。そして、こちらが」

 

「ヴァリウス・ルシア中佐だ。はじめまして、少尉」

 

(!!まさか、あのルシア中佐と、大尉か!!)

 

男女の名前を耳にしたクルトは、全く予想していなかったビックネームに内心でひどく驚愕しながらも、表情に出すには失礼に当たるとポーカーフェイスを保ち続ける。

 

自身の卒業したランシールの最短卒業記録を持ち、なおかつ自分が成しえなかった最高成績での卒業を成し遂げ、そして今やガリア軍最強とうたわれる軍人が目の前にいる。

 

しかも、わざわざ自分を訪ねてきたという話だ。正直な話、信じられない。

 

「少尉の先ほどの戦闘を見て、直接本人と話がしたいと思ってな。疲れているところ、すまない」

 

「いえ、それほど消耗してはおりませんので、どうかお気になさらず。中佐殿」

 

「そうか。それなら良かった。それより、先ほどの戦闘は、見事だったな。直接ではないが、報告で聞いた。少尉の作戦で勝利したそうだな」

 

ヴァリウスの賛辞に、「いえ、当然の結果ですので」と答えるクルト。

 

「あの時点で、既に我が軍の勝利は確定しておりました。自分は、その条件を皆に提示しただけにすぎません」

 

「なるほど、確定していたか・・・少尉、君は指揮官として、一番大切な事は何だと思う?」

 

唐突なヴァリウスの質問に思わずクルトは「は?」と、声を漏らしてしまう。が、すぐさま自身の考えを述べる。

 

「それは・・・戦況を正確に把握することです」

 

ランシールで学んだ指揮官として一番大事な条件。いかなる時も冷静沈着に行動し、戦場の流れを常時把握することこそが、指揮官として一番大事な条件であるとクルトは認識していた。

 

「戦況を確実に把握し、それを基に部隊へと指示を出す。ランシールでも教わったとおり、冷静な判断を下すこと。それが指揮官として一番大切なことではないでしょうか?」

 

さも当然と言った様子のクルトにヴァリウスは、「そうか・・・」と一言だけ零した。

 

「しっかりとランシールの教えを実践できているようだな、少尉。今日はわざわざすまなかったな。今後の活躍に期待しているぞ」

 

「ハッ!!ありがとうございます、中佐殿!!」

 

敬礼するクルトに、「ああ、こちらこそ」と答礼するヴァリウスとセルベリア。そのままテントを出ていく二人の姿が消えるまで、クルトは敬礼をし続けた。

 

テントから二人が出ると、クルトの上官が声を掛けてくるが二人はそれを適当にあしらい、ヴァーゼルへ向かっている部隊と合流するためにジープを243小隊のキャンプ地から発進させた。

 

「それで、ヴァンはあの少尉を見て、どう思ったんだ?」

 

ジープを運転しながら、セルベリアはヴァリウスに先ほど会ったクルト・アーヴィング少尉の印象を尋ねてみた。彼女が見た限りでは、真面目な新人士官であったと言う感想ぐらいしか抱かなかったが、同じ指揮官として、また同じランシールの首席卒業生としてどのような印象を感じたのかを聞いてみたくなったのだ。

 

「どう思ったか、ねぇ・・・まぁ、印象としては「良くも悪くも真面目な奴」って感じだったかな。質問の答えはランシールで耳にタコが出来るくらい言われ続けたことだったが、実直にそれを守り通してるってことはなんとなく感じた。基本に忠実、それでいて戦場の流れをしっかりと把握できるくらいの観察眼は備わってる。いい指揮官だし、これからもっと成長するとは思う。けど、」

 

「けど、なんだ?」

 

「今のままじゃ、まだ大事なことが気付けていない。けどこの先、その足りていない事に気がつければ、彼は一気に成長すると思う。ま、あくまで予想だけどな」

 

ヴァリウスからの返答に、「そうか」と一言だけ返すセルベリア。彼の予想が、昔から良く当たるのは彼女が一番良く知っている。人を見る目の確かさもだ。セルベリアは、ヴァリウスの言う通り、あの少尉はこの先何か切っ掛けがあれば、一気に成長するのだろうと軽く頷いた。

 

「ま、とにかく今はヴァーゼル奪還のことを考えなきゃな。今までにない大規模戦闘だ。気を引き締めていかないと足元を掬われかねないからな」

 

「ああ。油断せずにいかなければな」

 

この道の先にある、帝国に奪取されたヴァーゼル市。目前に迫ったヴァーゼル奪還作戦へヴァリウス、そしてセルベリアは少なくない被害が出るであろう未来を想像し、それぞれが厳しい表情を浮かべた。

 

再会の時は、すぐそこに迫っていた。



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第八話

「やれやれ・・・やっぱりあのオッサン(ダモン将軍)の取り巻きじゃ碌な戦果は挙げられなかったみたいだな」

 

「指揮官の無能だと断言は出来ないが・・・少なくない被害が出ているようだな」

 

クルト・アーヴィング少尉との邂逅から数時間。部隊を引き連れヴァーゼル市に到着したヴァリウス達は眼下に広がる戦闘の跡を見下ろしながらそれぞれが抱いたことを言葉にする。対岸にそれぞれの戦力を配置した形のガリア正規軍と帝国軍。勝敗は一目瞭然、ガリアの惨敗と言う形で終結していた。

 

交通の要所ヴァーゼル市。首都ランドグリーズの目と鼻の先であるそこに、現在帝国軍の侵攻部隊は川を挟む形でガリア軍と対峙している・・・否、対峙していた。喉元に剣を突き付けられた形になっていたガリア正規軍は、義勇軍の援軍を待たずに帝国との戦端を開いた。

 

その無謀と言える戦いの結果が今ヴァリウス達の眼下に広がっていた。

 

煙を上げる戦車の残骸、片づけられた形跡がある血だまりの跡、戦闘によって破壊された建造物などを横目に戦場跡を歩く二人。履帯が破損し乗り捨てられた戦車に触れながらヴァリウスは周囲を観察していく。彼と同じくセルベリアもまた周囲の地形を読み取り、対岸へと視線を向ける。

 

「大方、無理に橋を渡ろうとしてコテンパンに伸されたんだろうが・・・もう少し考えて突っ込めば被害も最小限に抑えられてだろうに。せっかく再編した戦力がこれでまた無駄になっちまったわけだ」

 

「残された橋はヴァーゼル橋のみ。それ以外の橋は全て破壊されている。この状況では残された橋を強行突破する以外には活路がないことは分かるが・・・」

 

「にしても無謀だ。義勇軍の到着も待たずに正規軍だけで戦端を開いている時点で勝率は激減することを理解していないんだ。散って行った将兵が哀れだよ」

 

ただでさえガリアは帝国と比較して戦力的に劣っている。帝国が橋を渡ってきた、何らかの手段で渡河しようとしてきたなどの、防衛目的の戦闘ならばまだしも、戦力的に劣勢な状況で強行突破を命じた自軍指揮官に対するヴァリウス達の評価は当然ながらマイナスであった。

 

「ったく、やっぱりあのオッサン(ダモン将軍)が絡むと碌なことがないな」

 

「同感だな。居ても居なくても変わらず最悪の結果を導き出す。ある種の才能と呼べるかもしれないが」

 

「どうせなら敵にその才能を向けてほしいもんだよ。味方でいられても足を引っ張られるだけなんだからな」

 

聞く者が聞けば即座に上官侮辱罪で軍法会議物な会話だが、ここにそのことを咎める人物は一人としていない。むしろ、二人の会話に大いに賛同する部分が多いのが悲しいことにガリア軍の現状であった。

 

「無駄話はこの辺にしておこう。で、実際どうする気だヴァン?強行突破は確かに愚策ではあったと思うが現に対岸へと渡ることが出来るルートは残った一基の橋のみ。他に戦車が渡れそうなルートなど無い」

 

「ん~・・・確かにそうなんだけどさ・・・裏ワザ的な意味だったら何とかできなくも無さそうなんだよな・・・」

 

「裏ワザ?なんだそれは」

 

「いや、実は―――ん?」

 

「?どうかしたか?」

 

自身の言う裏ワザとは何かを口にしようとしたヴァリウスは何かに気を取られたように周囲を見渡し始めた。そして、しばらく無言でいたかと思ったら唐突に「・・・こっちか」と呟いて若干早歩きで歩き出した。

 

「あ、おい、ヴァン!」

 

会話を中断され、突然どこかへと歩き出したヴァリウスを呼び止めながら後を追うセルベリア。そんな彼女を引き離さない程度の速さで進んでいたヴァリウスは歩き出した時と同じく、再び唐突に停止。建物の陰に隠れるように何かを覗き込み始めた。

 

「何をしてるんだ、ヴァ「実戦も経験していない坊主の指示になんざ、誰も従わねぇよ」?」

 

不審な行動をとり始めたヴァリウスを問い質そうとしたセルベリアの耳に男性の声が入ってきた。声から察するに何やら諍いが起きているようだが・・・

 

「・・・余りいい趣味とは言えないと思うが」

 

身を隠し、諍いが起きている現場を見物しようとしている姿は完全に怪しい人物でしかない。その怪しい人物が自身の恋人であり、上官だと言うことに不快感半分、虚しさ半分の視線を向ける。

 

「いや、なんか興味深そうな事やってるからさ。それに、ほらあれ。この前助けたウェルキン君達みたいだしな。少し話を聞かせてもらおう」

 

セルベリアの視線をものともせず、そのまま野次馬を続行することにしたヴァリウスに胸中で嘆息しつつも気になるのはいっしょなのか特に行動を起こす気のない様子のセルベリアは彼の近くに寄るとそのまま息をひそめ始めた。

 

ヴァリウス達が聞き耳を立てていることに誰一人として気付かず、言い争いを続ける義勇兵。そっと物陰から義勇兵達を観察しようと顔を少しだけ出したヴァリウスの目に入ってきたのは、意外なことについ先日知り合ったばかりの男女の姿であった。

 

「それでも、私は、あなた達と同じ人間です。それに、ダルクスの災厄は、なんの科学的根拠のない風説にすぎません」

 

赤毛の女性と、体格の良い男を前にして、知り合った人物の一人、イサラ・ギュンターは自身の言葉をはっきりと口にした。

 

察するに、イサラの人種について言い争っているようだ。

 

イサラの口にした「ダルクスの災厄」とは、現在一帯が砂漠と化しているバリアスと言う地方をダルクス人が滅ぼしたと伝えられている伝説のことだ。

 

かつて、このヨーロッパで、古代ヴァルキュリア人と呼ばれる種族とダルクス人による戦争があった。古代ダルクス人は欲望のままに世界を荒らし、豊かな地であったバリアスを悪しき力によって滅ぼし、草木の生えぬ不毛の地へと変えた。それに悲しみを覚えた古代ヴァルキュリア人は、彼らの持つ不思議な力によってダルクスの王を倒し、ヨーロッパに平和をもたらしたとされている。

 

おとぎ話として伝わるこの「ダルクスの災厄」は、実際にバリアスが草木の一本も生えぬ砂漠と化していること、ヨーロッパの各地で発見されるヴァルキュリア人に関する伝説によって真実であると認識されている。そのため、現在に至るまでダルクス人達は「災厄を運ぶ種族である」と迫害を受け、どこに行っても厄介者だとされている。

 

ヴァリウスの目の前で交わされている争いも、そんな根拠のない差別意識が起因となっているのだろう。

 

「なんだい、あたいが言いがかりを着けてるとでも!?」

 

言いがかりそのものだろうに。

 

赤毛の女性がイサラに向かって突っかかっていくのを見つめながら、ヴァリウスはイサラの言を全面的に支持した。実際、古代ダルクス人があれほどの災害を引き起こしたという根拠は伝説以外何一つとして無いのだ。歴史とは勝者によって敗者が悪へと貶められる。「伝説ではこうだから」と言うだけでは、それが真実なのかどうかは判別することなど出来ない。

 

しょうもない争いだなと呆れていると、それまで傍観に徹していたウェルキンが突然、「よし!」と、声を上げ、

 

「僕と賭けをしよう!」

 

と義勇兵たちへと笑顔で言い放った。

 

「「「はぁ!!?」」」

 

「・・・やはり、あの男はどこかおかしいみたいだな・・・」

 

「クククク・・・いや、やっぱおもしろいや、ウェルキン君は」

 

唐突すぎる発言に義勇兵たちはあっけにとられ、陰で見ていた二人は軽い頭痛を覚え、笑いをかみ殺していた。

 

「君たちは僕に従いたくない。僕は君たちを従わせたい。だったら賭けをするのが一番手っ取り早い」

 

暴論としか言えない理論展開。だが、それに共感する者がこの場にたった一人だけ存在した。

 

「まぁ、確かにその通りだな。俺も昔同じ様な事言ったし」

 

「・・・そうか、あの突拍子のなさ、誰かに似ていると思ったら、ヴァンに似ていたのか」

 

かつて、あまりにも若い隊長故、隊員達に自信を認めさせるために行った作戦の成否を賭ける所業。自身と同じ事をしようとしているウェルキンに、ヴァリウスは共感を覚え、セルベリアはウェルキンの突拍子もない行動が、ヴァリウスに似ているという事実に気がつき溜息をついた。

 

「ふざけてんのか。コインでも投げて、裏表で決めようってのか!」

 

怒声を上げる男性。当たり前だ。自分たちを認めさせると言いながらやろうというのはただの賭け事。そんな者で自分たちを認めさせるなど、怒りを覚えるなと言う方が難しい。

 

 

だが、今回行われるのはただの賭けではない。義勇兵たちに自身の指揮能力を認めさせる。それには、自分の立てた作戦が有用かどうかを認識させるのが一番手っ取り早く有効だ。

 

恐らくヴァーゼル橋を何日で落とすか、と言ったところだろうな。内心で呟いたとほぼ同時、ウェルキンは「2日で、ヴァーゼル橋を奪還してみせる」と、隊員達に宣言した。

 

「ほう、大胆な発言だな」

 

セルベリアがウェルキンの口にした内容に軽い驚きの声を上げた。侵攻可能なルートはたった一つ残されたヴァーゼル橋のみ。正規軍の部隊でさえ突破できなかったそれを、義勇軍の一部隊で攻略してみせると啖呵を切ったのだ。

 

無謀だと思いつつも、僅かばかり啖呵を切ったウェルキンに興味が惹かれた。

 

そんなセルベリアをよそに、ヴァリウスは笑みを深くし、「へぇ、おもしろい・・・」と呟くと身を隠していた建物から離れ、言い争いを続ける義勇兵たちの許へと歩いていく。

 

「あ、おい、ヴァン!!全く!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「約束するよ。僕は、48時間以内に第7小隊だけで、あの橋を奪還してみせる」

 

怒りと呆れが半々な第7小隊の隊員達へと自信ありげに啖呵を切ったウェルキンに、アリシアは不安げな表情で声を掛けようとしたが、自身の声を遮るように後方から声が掛けられた。

 

「ちょっと、ウェルキン「中々面白そうな話をしているな?」!!あ、あなたたちは!!」

 

「あれ、ヴァリウスさんじゃないですか?どうしたんですか、こんなところで」

 

のんきな声で尋ねてきたウェルキンに声の主であるヴァリウスは、相変わらずマイペースな奴だなと内心苦笑を浮かべながらいきなりあらわれた正規軍の軍人に警戒の色を浮かべる義勇兵達へと視線を向ける。

 

突然現れた正規軍の男へ不審な視線を向けていた壮年の男性、ラルゴ・ポッテル軍曹は男の正体に気が付くとなんでこんな所に、ガリアの蒼騎士が・・・と呆気にとられた。

 

「こいつが・・・!!」

 

ラルゴの漏らした異名に赤毛の女性、ブリジット・シュターク伍長は驚きの声を上げ、それ以外の義勇兵達も彼の蒼騎士が突然現れたことに驚愕の表情を浮かべる。

 

「な、なんでお二人がここに・・・!」

 

「いやなに、戦術を練るために戦場を散策していたらなにやらおもし・・・じゃない、言い争う声が聞こえてきてな。興味を惹かれて来てみれば、なにやら非常に興味深いことを聞いたんでな。少し聞かせてもらえないかなって」

 

「ただそれだけ」と、あっさり述べられたアリシアは、呆気にとられた。

 

いいの?この人、正規軍のお偉いさんなんだよね?確かにブルールから送ってもらったりしたときはかなり気さくな人だったけど、だからって大事な作戦を目の前にしてるのに「気になったから話きかせて」なんて義勇軍に聞きに来るって普通じゃないわよね?いいの?ほんとにいいの!?あ~、もう、訳わかんなくなってきた!助けてセルベリアさん!!

 

助けを求めヴァリウスのストッパーたるセルベリアへと視線を向けるも、彼女にも抑えることは出来ないのか、眉間に手を当て首を横に振っていた。

 

諦めろ。こうなったヴァンはもう止まらない。

 

無言だが、視線で語られたアリシアは、「ああ、セルベリア大尉も私と同じで、苦労してるんだな・・・」と、直感的に悟った。双方、一般的に変人と呼ばれる人種を上司に持つ身、妙な連帯感が芽生え始めていた。

 

「で、さっきまでの話だと第7小隊、だったよな?つまり、ギュンター少尉達のみでヴァーゼル橋を奪還するって聞こえたんだが。それも、48時間以内で・・・あれ、本気か?」

 

「ええ。本気です」

 

(ちょ!!本気なの、ウェルキン!!)

 

迷いなく断言したウェルキンとは反対にアリシアは内心ひどく狼狽してしまう。それはそうだ。先述したとおり、ヴァーゼル橋は正規軍でさえも奪還することが出来なかった。にもかかわらず、目の前に居る男は義勇兵で、それもたった一個小隊でそれを成そうと言っている。驚くなと言う方が無理だ。

 

必死に表情には出さず、しかし内心でひどく混乱しているアリシアをよそに、ヴァリウスは笑みさえ浮かべるウェルキンを数秒見つめ、フッと笑みを浮かべる。

 

「なるほど・・・相当自信があるみたいだが・・・大事なことを忘れていないか?」

 

「大事な事・・・ですか?」

 

「ああ。ヴァーゼル市の奪還は正規軍、義勇軍の合同で行われる作戦だ。スケジュールについてもこれから議論されて決定するはずだ。そんな中で、君たちだけが単独で動くなど、もし本当にやれるのだとしても、それを行うための許可が降りると思っているのか?」

 

「「「あ」」」

 

誰もが今思い出したと言った表情を浮かべる。

 

ここは戦場だ。そして、自分たちは正規の軍人ではないにしろ、義勇軍と言う名の立派な軍人だ。軍人が作戦を行うためには(当たり前だが)許可が必要だ。

 

たとえ、それがどんなに素晴らしい作戦であろうとも、他の部隊との合同作戦であるならば上層部の許可は必須。それがなければ、作戦を行うことなど出来ない。

 

しかし、あれだけ自信満々だったのだ。当然許可ぐらいはすんなり下りるか、もしくはもうとっているのだろう。誰もがそう思いながらウェルキンを見つめていると、それまで浮かべていた自信ありげな表情から、ふにゃっと言う擬音が付きそうな笑みを浮かべ、

 

「え~っと・・・無理ですかね?」

 

「無理だな、普通は」

 

にべもなく切り捨てられた。

 

軍とは組織だ。組織である以上、一個人の独断行動を許容する事態は例外を除けばほぼあり得ない。特に、軍隊はそれが顕著であり、命令違反には重罰が課されることは当たり前だ。

 

「ん~、困ったなぁ。これじゃ賭けが成り立たない」

 

本当に困っているのか疑いたくなるのんきさで「困ったな~」と首を捻るウェルキン。あくまでもマイペースなこの男に苦笑を浮かべながら、

 

「が、物事には例外がつきものだよな」

 

挑発的な、ニヤリと擬音が付きそうな笑みを浮かべた。

 

「例外・・・ですか?」

 

怪しい笑みを浮かべるヴァリウスに恐る恐る尋ねるアリシア。基本的に規則に従順な性格をしている彼女にとってヴァリウスの言う「例外」がどんなものかは正直想像がつかない。それに、なんとなくこの人物がウェルキンと同じ「変人」に部類されることに薄々気が付き始めたアリシアにとって、この先告げられる内容が自分のストレスを加速させるんだろうな~と諦めに似た感情を抱いていた。

 

「そう、例外だ。この場合で言えば独立行動権が認められている俺たちと一緒に行動することで、命令違反じゃなくなることだな」

 

「え、いいんですか?」

 

「ああ。その代わり・・・お前らの作戦、俺にも一枚噛ませてもらうぜ?」

 

ニヤリと怪しげな笑みを浮かべるヴァリウスを見て、「ああ、やっぱり碌なことにならないのね・・・」と半泣きなアリシアへ、同じ立場にあるセルベリアは憐みに満ちた視線を送っていた。



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第九話

「また、とんでもないことを言い出したな、ヴァン」

 

ウェルキン達義勇軍第7小隊と別れ、再び戦場の散策を行っていたセルベリアは横を歩くヴァリウスへと咎めるような視線を向け、疲れを感じさせる声音で語りかけた。

 

「そうか?結構いい案だと思うんだが」

 

「どこがだ。相手は義勇軍、それも聞けばつい先日結成されたばかりの部隊。部隊内に問題を抱えている者達とまともな連携をとれるとは私には到底考えられないんだが」

 

楽観的なヴァリウスの意見を即座に一蹴。尚もおどけるヴァリウスへセルベリアは険しかった視線を更に鋭くし、再度問いかける。

 

「なぜわざわざ共同作戦などと提案したんだ?確かに対岸への進行は困難だろうが、我々だけでも十分可能なはずだ。にもかかわらず、なぜ彼らと共に作戦を行う必要がある」

 

「作戦の成功確率を少しでも上げるため・・・と言っても納得しないよな」

 

「当たり前だ。むしろ、連携に支障をきたす可能性を考慮すれば作戦の成功確率は低下する。ハッキリ言えば足手まといだ」

 

「相変わらずハッキリ言うな~、セリアは」

 

「・・・私は真面目に話しているんだが?」

 

依然本音を語ろうとしないヴァリウス。だが、セルベリアの見せる真剣な表情にこれ以上はぐらかすのは無理だと観念し、苦笑を浮かべながら彼がウェルキン達と作戦を供にする理由を明かした。

 

「理由と言ってもそう大したものじゃない。さっきも言ったがウェルキン達と協力することで作戦の成功率が高くなると思ったのが一つ。133小隊単独で動くよりかは多少なりともメリットがあるはずだ。それに、目の前に部隊の損耗を抑える手段が転がり込んできたんだ。わざわざ無視することもないだろ?」

 

「・・・他には?」

 

「ウェルキンの指揮能力を直に見てみたいってのが一つ。それとエーデルワイス号の力だな。ブルールでの戦闘で見たあの戦車の力は本物だ。うちの三台が劣ってるとは思わないが、あれだけの力を持った戦車が戦力に加わるんだ。多少のデメリットを帳消しにできるくらいの戦果を出してくれるはずだ」

 

「・・・希望的観測が過ぎないか?正直今言ったことが理由のすべてならば悪いが私はやはりこの合同作戦には賛同できない」

 

ヴァリウスは何かを隠している。確証はないが、直感で感じ取った違和感からセルベリアはヴァリウスの意見に否定的な態度を見せる。彼女の表情から、「正直に全部を話せ」と告げられていることを察し、苦そうな顔で語る。

 

「さっきのも一応本音なんだが・・・まぁ、正直に白状すれば第7小隊に対しては戦力的な期待はエーデルワイス号以外は持っていない。せいぜい俺達(133小隊)の盾代わり、目くらまし程度に攪乱してくれれば御の字程度に考えてるよ」

 

語られたのは非情な答え。指揮官が優先すべき部隊の被害を抑える手段として第7小隊を利用する。友軍を盾代わりに使うとハッキリ口にしたヴァリウスへセルベリアは、しかしそれまで浮かべていた険しい表情を消し去り、やわらかい笑みを浮かべながら、

 

「ようやく本音を言ってくれたな」

 

満足げに呟いた。

 

てっきり罵声を浴びせられるか、少なくとも非難されることは覚悟していたヴァリウスはセルベリアが何故笑顔を浮かべるのか理解できず茫然と目を見開いた。

 

「・・・怒らないのか?」

 

「?なぜ怒る必要がある」

 

「いや・・・なんでって、俺がしようとしてることってハッキリ言えばウェルキン達を盾にしようとしてるも同然・・・いや、実際にそうしようとしてるんだぞ?」

 

「まぁ、普通ならば許されることではないな」

 

「分かってるなら、なんで・・・」

 

「お前の考えは確かに褒められることではない。だが、それにしっかりとした理由が、部隊の生存を第一に考えた末でのことならば・・・それは、隊長として正しい判断だと私には思う」

 

「・・・無茶苦茶だな・・・」

 

「お前にだけは言われたくないな」

 

互いに苦笑を浮かべながら言葉を交わす。他者に聞かれればただでは済まない会話だったはずなのだが、二人の間にはそんな危険な話をしていた空気など一切無く、緩やかな空気が流れていた。

 

「やれやれ・・・で、だ。どういった流れで攻め入る気だ?今回の作戦、一筋縄では行かないぞ?」

 

「策はある。が・・・今回の主役はウェルキン達だ。俺たちはあいつらを補助しながら動くぞ。利用するんだ、せめて花を持たせてやらなきゃな」

 

不敵な笑顔を見せ、対岸を見やるヴァリウスの横顔を、セルベリアはしばらく無言で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明朝。ほとんどの者が寝静まるこの時間帯に、霧が立ち込めるヴァーゼル川の土手で動く影があった。その陰たちは素早い動きで行動しており、一切の声を立てず作業を行っていた。

 

その陰たちから少し離れた場所で、作業を見守っていた二人の男女、ヴァリウスとセルベリアはそれぞれの得物を手にしながら苦笑に近い表情を浮かべていた。

 

「まさか、あんな方法を思いつくなんてなぁ・・・」

 

「極東に馬鹿と何かは紙一重と言う諺があると聞くが、あれはまさにそれだな。常人には到底思いつかないな」

 

ウェルキンの立案したヴァーゼル橋奪還作戦の胆であるヴァーゼル川渡河の手段。それは、「橋が渡れないなら川を渡ればいいじゃない」と言う、すさまじく強引な手段だった。

 

「ウェルキンの話だと川の一部に植生してる植物やらのおかげで水深が浅い場所があるらしいが・・・それでも戦車で川を渡ろうと考えるか、普通」

 

「だから、普通ではないんだろう。少なくとも、私ならば可能性があったとしてもそれを実行に移すだけの度胸は無い。不確定要素が大きすぎる」

 

鋼鉄の塊である戦車で川底を横断する。水深が少なくとも5メートル以上あるヴァーゼル川を渡る度胸など、セルベリアにさえ持ち合わせていなかった。ウェルキンの胆の太さがうかがえる。

 

「エーデルワイス号ならオプション装備でなんとか渡れるって話だから、やろうと思えばアンスリウムとかでも出来るんだろうけど・・・」

 

「シルビアは断固として拒否するだろうな。可能だからと言って成功確率が未知数な手段など、最終手段でしか取りはしない」

 

「だよなぁ・・・」

 

少し離れた場所で耐水処理を施すエーデルワイス号を横目にジャガー隊隊長のシルビアがこの作戦を聞いたときの引き攣った顔を脳裏に思い浮かべる。

 

普段無茶な命令ばかりするヴァリウスに対して余裕表情を返すシルビアが、あんな表情を見せたのだ。これから行う作戦がどれだけ非常識なのかが垣間見える。

 

「ま、俺たちの仕事は強襲部隊が対岸に上陸。その後ヴァーゼル橋制御室を奪還、開門。対岸に待機するジャガー、グリーズ、ラビットに門をくぐらせれば成功なんだ。無茶する義勇軍のためにも、しっかり援護してやんなきゃな」

 

言葉にすれば至極単純かつ簡単な作戦目標に聞こえるが、現実に行うとなれば話は別だ。この簡単な作戦目標を先んじて達成しようとしていた正規軍は戦力の大半を失う大損害を被っているのだから、その難易度の高さが伺える。それをたったの二個小隊で、それも片方はただでさえ少ない戦力を二つに分け、もう片方は民兵で構成される義勇軍で遂行しようとしているのだ。第三者が見れば、こんな戦力で正規軍部隊が奪還できなかったヴァーゼル橋を奪還できるはずがないと断言するだろう。

 

しかし、畔で作戦準備を進める隊員達を見つめるヴァリウスの瞳にはそんな気負いや、作戦に対する不安などは一切ない。あるのは、ただただ作戦が必ず成功するという自信に満ちた瞳だった。

 

「そろそろ時間だな」

 

「ああ。一つ、派手にかまそうかね」

 

不敵な笑みを見せ、ヴァリウスは用意されたボートへと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~あぁ・・・眠ぃなぁ・・・」

 

「おい、ちゃんと目開けとけよ?哨戒中に居眠りしてたとか言われたら俺にまで被害来るんだからな」

 

「大丈夫だよ。さすがにこんなとこじゃ眠れねぇしよ。それにしても、意味あんのかね、この哨戒任務」

 

「対岸にガリア軍がいるんだ。意味はあるだろ」

 

草木も眠る丑三つ時は過ぎているが、それでも通常時ならばベットの中で夢を見ているような時間帯。運悪く哨戒任務を任された帝国兵は不満を隠そうともせずに相方である兵士へと愚痴を零していた。

 

「ガリア軍が居るっつったって昨日あんだけ損害が出てんだぞ?昨日の今日で仕掛けてくるなんてありえねぇだろ」

 

「援軍が来てるって話だし、無くはないだろ。隊長だって言ってたろ?「戦場において一番の敵は自分自身の油断だ」ってさ」

 

「だからって、こんな時間から哨戒任務なんてしなくてもいいだろうが。第一、橋の操作室は完全にこっちの手の中にあるんだ。戦車も無しに対岸で戦闘しようなんて考える馬鹿が居るはずねぇよ」

 

ガリア正規軍は先の攻防で無視できない被害を受けている。対岸から無謀にも突っ込んできた戦車や敵兵へと銃弾の嵐を浴びせたのは記憶に新しい。おまけに、義勇軍と名乗ってはいるが所詮は民間人が集まっただけの烏合の衆。そんな奴らが合流したからと言って早々攻めてくるような馬鹿な真似はすまい。

 

ヴァーゼル市に逗留するほとんどの帝国兵は現状をそう認識していた。哨戒任務に就くこの兵士もまたその例に漏れず、ガリアが攻めてくることは絶対にないと確信しているからこそ、ここまで気を抜いているのだ。

 

「確かにそうかもしれないが・・・ん?」

 

「どうかしたか?」

 

「いや・・・何か川で動いた気がしたんだが・・・」

 

「魚か何かだろ?気にせず行こうぜ」

 

「そういう訳にも行かないだろ。ちょっと見てくる」

 

放っておこうと言う相方を残し川岸へと寄っていく。相方の生真面目さに少々呆れを感じながら背中を眺めていると、歩いていた相方が、突然その場に崩れ落ちた。

 

「?おい、どうかしたのか?」

 

何かにつまずいて転んだのだろうか。しかし、それにしては変な倒れ方だったな。疑問を抱きながら倒れたままの相方へと近寄ろうと足を前へと出した瞬間、何かが風を切るような音と共に、男の意識は暗転。額に矢を突き刺したままその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着弾確認。目標、完全に沈黙しました」

 

観測員であるホーク6が覗き込んでいたスコープから目を離し、敵を仕留めたことを告げる。それを聞いた射手、ホーク5、シモン・ハスコックは構えていたコンバット・ボウを下ろし一つ息を吐いた。

 

「この濃霧の中でも一発で仕留めるか・・・さすがだな、シモン」

 

「敵があれだけ油断していればよほどのことがない限り仕留められますよ。自慢するほどのことでもないです」

 

十分神業の域に入る技量なのだが、本人からしてみれば本当に大したことは無いらしい。感心と呆れが入り混じった表情で笑うヴァリウスだったが、目視できる距離まで近づいた対岸を見てすぐに笑みを消す。

 

「いよいよか・・・総員戦闘準備。目標はヴァーゼル橋操作室。戦闘は極力回避し、全速力で目標の確保、および開門を行う。第7小隊の合図とともに作戦開始だ。各員、気を引き締めろよ」

 

「「「了解」」」

 

隊員達へと激を飛ばし、自身も柄を強く握り気を込める。ゆっくりと岸が近づきあと少しで接舷と言う距離に来た瞬間、霧が立ち込める空に突如一つ光が出現。照明弾が放たれた。

 

「合図だ!作戦開始!!」

 

停止させていたエンジンを始動。モーターの駆動音と共にボートが一気に加速する。船首から岸に勢いよく乗り上げ、ヴァリウスを先頭に上陸。それぞれの得物を手に全速力で目標地点に向けて駆け出した。

 

全力で市内を疾走。まるで一つの生き物のように一糸乱れぬ隊列で目標であるヴァーゼル橋制御室へと向かう。

 

「二時の方向、距離200!」

 

「駆逐しろ!速度を緩めるな!」

 

建物の陰から出現した帝国兵の集団に対し、即座に発砲。索敵速度の違いから、帝国兵がヴァリウス達に反撃する間もなく銃弾の雨に貫かれ即座に撃破、後から続いて出てきた敵に対しては先頭を走っていたヴァリウスが一息で接近。目の前に突然現れたようなスピードで懐に飛び込んできた彼に目を見開き、そのまま腹部を一閃され沈黙した。

 

足を一切止めることなく敵を駆逐した小隊は何事も無かったかのように突き進む。やがて、目的地であるヴァーゼル橋制御室が見えてくると、ヴァリウスは隊の中から三人を選抜、中へと突入させ、自身を含めたそれ以外の者達を周囲の警戒、および敵の撃滅へと向かわせた。

 

「制御室の占拠が完了次第連絡、門を開けろ。機甲部隊と合流の後敵残存兵力の掃討に移る。正念場だ、各員気を引き締めろよ」

 

「「「了解」」」

 

命令を伝えた後、自らも敵の撃滅へと向かう。その後ろ姿を見送った三人は、自らに任された任務を遂行するべく制御室へと突入していく。

 

「室内戦闘用意。油断するなよ」

 

三人の中で一番階級が高い男、エルレイン曹長が先頭に立ち壁伝いに進む。慎重ながらも素早く動く三人は、すぐに制御室前まで到達。

 

扉の前で左右に張り付き、扉越しに中の様子を伺う。

 

(・・・居るな。人数は・・・二人か)

 

自分たちが侵入してきたことはすでに知れているのだろう、扉越しにも聞こえてくる荒い息遣いと、カタカタと金属音が二つ。この様子では実戦経験はあまりなさそうだが、だからと言って油断は出来ない。

 

扉越しに撃てばそれで済むが、機材にでも当たれば橋の操作が出来なくなる可能性がある。となれば、

 

(突入、即時制圧しかないか)

 

扉から身を離し、傍に待機していた二人へハンドサインで指示を出す。

 

(3で開く。銃撃が止み次第突入)

 

((了解))

 

それぞれが配置に就き準備完了。手を挙げ3,2,1とカウント。0と同時に扉を開け、すぐに身を隠す。

 

「「うぁぁぁああ!!」」

 

狂乱した叫びと共に扉が蜂の巣状態となり、壁に次々穴が開いていく。飛び散る木片に軽く目を閉じながら、銃声が止むのをじっと待つ。

 

5秒ほど乱射が続いていたが、やがて銃声が止んだ。それと同時に壁から身を離し室内へと突入。そこには、あわててマガジンを交換しようとしている二人の帝国兵の姿があった。

 

「動くな。銃を捨てろ」

 

ライフルを突き付けながら降伏勧告。少しでも怪しいそぶりを見せれば即時射殺しようとしていたが、敵二名は死にたくないと泣きながら銃をすぐに捨てた。

 

「た、頼む・・・殺さないでくれ!」

 

「す、捨てた!捨てたから!撃つな!」

 

両手を頭の上に上げ降伏すると叫ぶ。これ以上大声を上げられて敵が来ても困るので「少し黙れ」と脅しをかけた。

 

「こ、殺さないで・・・」

 

よく見ると、二人ともまだ若い。16,7と言ったところだ。

 

「黙ってろ。抵抗しなければ殺しはしない」

 

銃を向けたまま再度告げる。コクコクと黙ったまま首肯し両手を上げる二人から目を離さず、入ってきた二人へと門を開けるように言った。

 

「時間がない。早いとこ仕事を・・・!伏せろ!」

 

視界の端に光るものを見たと同時にその場へ伏せる。数瞬後、エルレインの頭があった空間をどこからか飛来した銃弾が通過、背の壁を貫通した。

 

(狙撃か・・・読まれていたのか?)

 

避けれたのはただの偶然。あそこで本能に従ってなければ確実に頭が吹っ飛んでいた。

 

「どうする?このままじゃ門を開けるどころの話じゃないぞ」

 

「なんとか狙撃手をどうにかしないと・・・身動きとれませんよ」

 

エルレインと同じように床に伏せながら対策を検討する。大体の位置は分かっているものの、手持ちの装備はライフルとマシンガンのみ。とてもでは無いが狙撃に対抗できるようなものではない。

 

「・・・応援を要請する。お前たちは捕虜を見張っててくれ」

 

通信機を手に取る。本来ならば任務完了の報を伝えるために使用するはずだったのだが、仕方ない。状況が一変してしまったのだ。

 

「こちら制御室。隊長、応答を」

 

『こちらヴァリウス。どうした?制御室の占拠は完了したのか?』

 

「制御室の占拠は完了。敵二名を拘束しています。が、想定外の事態が発生しました」

 

『想定外・・・?何が起こった』

 

「狙撃です。幸い被害は出ていませんが、身動きが取れません。応援を要請します」

 

『・・・』

 

数秒の空白。しかしすぐに『分かった』と返事が来た。

 

『狙撃手はこちらで排除する。大まかな位置は分かるか?』

 

「ええ。ここから600mほど離れた建造物の屋上です。数は不明ですが、おそらく一人かと」

 

『了解した。指示があるまで待機していろ。すぐに終わる』

 

通信が切れしばしの静寂が制御室を包む。「どうだった?」と聞いてきた仲間に、「すぐに終わらせるそうだ」と返し床に伏せたままふと捕虜となっている帝国兵へと視線を向けた。

 

彼らは相も変わらず震えていた。しきりに「死にたくない・・・死にたくない」と呟く姿は同情の念さえ覚えるが、こちらとしては下手に抵抗されるよりか手間がかからない分助かるので放置しておく。

 

そうして待つこと数分。沈黙を続けていた通信機からヴァリウスの声が発せられた。

 

『こちらヴァリウス。制御室、聞こえるか?』

 

「こちら制御室。どうぞ」

 

『邪魔者は排除した。早いとこ外の奴らを入れてやれ』

 

「了解!」

 

身体を起こし制御盤へ駆け寄る。予定よりも遅れてしまったが、これで任務、

 

「完了だ」

 

開け放たれた門から戦車を先頭に続々と133小隊の面々が突入してきた。門を開放され、精鋭である133小隊が揃った。これでもう、帝国に勝ち目は一分も無い。

 

この戦いに決着をつけるべく、エルレイン以下二名は素早く制御室から退出、市内で戦闘中の部隊と合流し、帝国の掃討に参戦。抵抗する帝国兵は容赦なく駆逐し、投降してくる帝国兵には一切危害を加えることなく捕虜とした。

 

 

――その後、戦闘はわずか30分で終了。133小隊、第7小隊共に大した損害も無く、たった二個小隊にてヴァーゼル市を見事に奪還した――



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第十話

~征歴1935年4月15日~

 

 

「終わりか・・・」

 

眼下に広がるガリア軍の壊滅した姿を冷めた目で見下ろし、帝国軍ガリア方面侵攻部隊総司令官であるマクシミリアン準皇太子は淡々と呟いた。

 

「おめでとうございます。制圧予定よりも四日も早い、敵軍壊滅ですね」

 

その士官から言われたとおり、予定していた日数よりも、四日早い敵地制圧だったが、当のマクシミリアンの顔には、喜びと言った感情は全く見い。日頃より感情を表に出さない彼は、部下達からも恐れられているが、本人にとって、そんな些末なことなどに気を使う必要を感じない。

 

「戻るぞ。マリーダ達をギルランダイオへと集めろ」

 

「ハッ!」

 

言葉短く告げ、踵を返す。その足下では、捕虜となったガリア兵が連行され、壊滅した部隊の旗がむなしくはためいていた。

 

 

 

 

~同日、ギルランダイオ要塞~

 

かつてガリア公国において帝国との国境線の守りの要であったここ、ギルランダイオ要塞の一室には今、帝国ガリア侵攻軍の誇る三人の将軍達、「ドライ・シュテルン」がそれぞれ思い思いの姿勢で総指揮官たるマクシミリアンの登場を待っていた。

 

「マクシミリアンが圧勝してご帰還なさるそうじゃないの。めでたいこった」

 

椅子の背もたれへと寄りかかりながらドライ・シュテルンの一人、ラディ・イェーガー将軍はどこか皮肉気に口にした。彼は、帝国によって滅ぼされた、小国であるフィラルド王国の将軍だった男である。そんな男が帝国軍の中で将軍と言う地位にいるのは、マクシミリアンが完全実力主義者なためだ。

 

「喜んでいられるか。ヴァーゼルがガリアの手に落ちたのだぞ!そんな暢気で居られるか!」

 

イェーガーののんびりとした口調に苛立たしげに返す、ベルホルト・グレゴール将軍。フィラルドとの戦いで「帝国の悪魔」と恐れられた男であり、皇帝への絶対的な忠誠心を抱く老年の将軍である。「皇帝陛下への為に戦う」と豪語し、帝国の勝利のためならば、いかに非道な手段であろうとも平静な顔で行う彼を帝国内でも恐れる者は少なくない。

 

「まぁまぁ、そうかっかしなさんな。そんなにイライラしても何にもならないぜ?なぁ、マリーダ」

 

イェーガーは、黙って座っている女性へと声を掛ける。女性は瞑っていた目を開き、自分にそう話しかけてきたイェーガーへと冷たい声で返す。

 

「・・・お前も少しは焦ったらどうだ、イェーガー。ガリアなどという弱小な者どもに我ら帝国軍が敗れたのだぞ?そのような事実は、許されんことだ」

 

最後のドライ・シュテルンであるマリーダ・ブレス大佐。銀色の髪を短く切り、赤い瞳で鋭くイェーガーを見つめるその容姿は、ヴァリウス達と同じ、ヴァルキュリア人の特徴をしていた。

 

「相変わらず、キツイ事言うな。でもよ、ヴァーゼル橋を奪還したのって義勇軍の連中と、噂の「ガリアの蒼い悪魔」の部隊らしいじゃないの。仕方ない気もするがねぇ」

 

「何を甘いことを。敵は全て殺す。それだけだ。相手が誰であろうと、そのことに変わりはない。そして、今問題なのは、ガリア軍がこの小さな反抗を機に、反撃へと転じようとしていることだろう」

 

「その通り」

 

三人以外の声がマリーダの言葉に同意する。三人が振り返ると、そこには帰還してきたマクシミリアンの姿があった。

 

「マスター、お戻りになられたのですか」

 

マリーダがマクシミリアンへと頭を下げる。マクシミリアンは、「面を上げよ、マリーダ」と言いながら、室内の三人へと視線をやる。

 

「・・・刈り取らねばなるまい。今は小さな芽だが、ガリア軍の反抗が大きな幹へと変わる前にな」

 

そう言って扉をくぐるマクシミリアン。彼が入ってきたのと同時に、イェーガーが椅子から立ち上がる。

 

「まず、ガリア軍を押し戻すために、反抗の激しい中部戦線の戦力増強が必要だ。そのためには、ガリア南部、クローデンからの補給ルートを盤石にするのが先決だ」

 

「グレゴール。中部戦線を立て直すために、クローデンの警護を。拠点にして、前線の指揮を執れ」

 

「ハッ!!」

 

「イェーガーはグレゴールの部隊の後方支援。並びに、補給路の維持を命じる」

 

「了解」

 

二人へと指示を下したマクシミリアンは、「マリーダ」と、最後に彼女の名を呼んだ。

 

「貴様の部隊は、アスロン市へと派遣、中部戦線を押し上げさせろ。お前はバリアス砂漠へと向かう余の警護を命じる」

 

「イエス、マスター。全ては、マスターの御心のままに・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~征歴1935年4月17日 軍基地~

 

ヴァーゼル市奪還作戦を終えたヴァリウス達は、一旦中部軍基地へと帰還。休息を挟みつつ、次の作戦のため補給と武器、車両の点検を行っていた。

 

「それで、次の作戦はなんだって?」

 

「クローデンの森に作られた、帝国軍の補給基地を破壊するそうだ。なんでも、ダモン自ら一個中隊引き連れてくんだとさ。酒場に居た奴らが言ってたぜ」

 

「ダモン自らだと?クローデンの帝国軍は、大した兵力じゃ無いって事なのか?」

 

「兵力自体は大したこと無いらしい。けど、さっき手に入れた情報じゃ、あの「帝国の悪魔」、ベルホルト・グレゴール将軍がクローデンに出っ張って来るって話だぜ」

 

ヴァリウス、そしてセルベリアは、スネーク分隊隊長である、バーン・エレニウス中尉からの報告で、意図的に彼らへと回されなかった正規軍が行うクローデンの森攻略作戦の内容を聞いていた。

 

何故同じ正規軍の筈のヴァリウス達が、作戦を伝えられてないかと言うと、先にも語った通り、ヴァリウス達第133独立機動小隊は、ダモンから、完全に敵視されている。

 

優秀な者だけを集めた、少数精鋭部隊であるヴァリウス達は、ダモンにとって目の上のたんこぶ的存在であり、ヴァリウス達を嫌う大きな理由が二つあった。まずは、貴族出身であり、高貴な者である自身が失敗、敗走した数多くの作戦を、コーデリアお気に入りの133小隊が次々に成功していること。

 

次に、過去にヴァリウスがダモンを公衆の面前で殴り飛ばしたことがあるためだ。上官を殴るなど、本来ならば軍法会議物であり、いかにヴァリウスとて処罰を免れないはずであったが、ダモンを殴り飛ばした理由が、「敵前逃亡のために部下を切り捨てようとしたため」であったこと、そして、コーデリアをはじめとした大物貴族のヴァリウスを擁護する署名。これにより、ダモンの証言だけでは判断を下せないとなり、査察部の調査が本格的なものとなったのだ。

 

結果はヴァリウスの証言通り、多くの将兵がダモンの敵前逃亡を目撃していた。そのため、ヴァリウスに対して下されたのは「二週間の自宅謹慎」のみであり、ダモンに対しては「一時降格、および2ヶ月の自宅謹慎」と相成ったのである。

 

本来ならば、降格どころか、銃殺刑になってもおかしくはない罪状だったのだが、そこはダモンお得意のコネで減刑されたのだとか。

 

そう言った訳で、自身のプライドを痛く傷付けられたと非常に根に持っている彼は、通常ならばヴァリウス達まで伝わってくる筈の情報さえも、ダモンは自身の権力を用いて、完全に遮断し、ヴァリウス達へのせめてもの妨害工作として行っているのだ。

 

しかし、ヴァリウスは多くの将兵に慕われている。いくらダモンが情報を遮断しようと権力を使っても、多くの兵士達からその遮断した筈の作戦は、ヴァリウス達の下へと届いているのだ。

 

「そうか。あの帝国の悪魔が・・・」

 

「また無駄な犠牲が増える事になるな。どうする、ヴァン。私達も参加するか、その作戦?」

 

そう尋ねてくるセルベリアにしばらく地図を眺めながら考えていたヴァリウスは、「・・・いや、俺達は中部のアスロン市を攻める」と答えた。その答えは、セルベリアはヴァリウスの意図を大体読み取りながらも、確認を兼ねて、ヴァリウスにその真意を尋ねる。

 

「なぜ、南部のクローデンではなく、中部に位置するアスロン市なんだ?戦略的に見ても、南部にある補給基地破壊を優先するべきだと思うが」

 

「確かにな。俺が帝国軍でも、今ガリア軍の反抗は小さい。ここで反抗の目を確実に潰すには、南部からの補給路を盤石にする必要があるだろうな」

 

「ならば、何故今アスロンなんだ?」

 

問うセルベリアに、地図を指さし、北部から南部までの現在の戦線の図を引く。

 

「今は、このアスロン市が占拠されている状態だから、帝国は容易に北部から南部までの移動が容易なんだ。だったら、ここを押さえ、帝国を南部と北部に分断する。クローデンの方は、その後にでも十分攻略可能だ」

 

そうヴァリウスが告げると、セルベリアは納得の表情を見せる。ヴァリウスの言うとおり、このアスロンは、南部、中部、北部をつなぐ役割を担っている。ここを攻略することが出来てしまえば、後の帝国との戦況は、確実に変化するだろうことが予想できた。

 

「了解した。各隊に伝えておこう。それで、出発は何時にするんだ?」

 

「明朝0800時にこの基地を発つ。そのつもりで、しっかり身体を休めるように言っといてくれ」

 

「了解だ」

 

部屋を出て行くセルベリア。それに続こうとしていたバーンは、まだ報告することが残っていたことを思い出し、「そうそう、隊長にはもう一つ報告があるんだ」と足を止め。

 

「なんでも、奇妙な部隊が、ギルランダイオから、中部戦線に向かっているらしい。そいつら、アスロン市へと向かってるそうだぜ」

 

「奇妙な部隊?どんな奴らなんだ、そいつらは」

 

「なんでも、軍服が普通の帝国のヤツとは違うみたいなんだと。それに、妙な武器を持ってるヤツが数名いるらしい。それと、妙な車両も確認されている。まぁ、詳細は未だ不明なんだが」

 

バーンは懐から何枚かの写真をとりだし、ヴァリウスへと渡す。その写真には、バーンが言うとおり奇妙な武器を携える兵士が数人と、妙な装置を着けた車両が何台か写っていた。

 

「・・・確かに、奇妙だな・・・バーン、この部隊に関してよく調べといてくれ」

 

「了解。隊長、約束のもの、忘れんなよ?」

 

「ちゃんとお前の部屋に届けとくよ」

 

ヴァリウスが言うと、バーンは笑顔で部屋を出て行く。彼が出て行っても、写真に写るその部隊が気になり、しばらく見つめていた。

 

 

 

 

~翌日 0750時~

 

「全員揃っているな?」

 

「問題ありません、大尉。全分隊集合、完了いたしました」

 

「よし。ヴァン、準備完了だ」

 

セルベリアが隣に座っているヴァリウスへ言うと、「進路、アスロン市!行軍開始!」と声を張る。ヴァリウス達のジープを先頭に、分隊を乗せたトレーラーが発進していく。

 

ヴァリウスは、ジープの助手席に座りながら、昨日見た写真のことが頭から離れず、目的地であるアスロン市へと目を向ける。何かが待ち受けている事を、予感していた。



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第十一話

「どうだった、ネームレスは?」

 

軍基地にある、ガリア軍諜報部中佐、ラムゼイ・クロウの執務室。そこで彼は現在、移動した部隊での初任務を終えた男性、数日前にヴァリウス達と会話を交わした、クルト・アーヴィング少尉、現部隊での呼称名、No.7へと部隊の感想を尋ねていた。

 

「最低です。他に表現のしようもありません」

 

彼は、全く覚えの無い罪状、「反逆罪」に問われ、懲罰部隊である422部隊、通称ネームレスへと配属となっていた。そこには、名前を奪われ、正規軍の盾とされる、所謂捨て駒とされるべく集められた隊員達がいた。

 

彼らは、様々な罪に問われ、懲罰部隊送りとなった者達ばかりであり、誰も彼もが一癖も二癖もある人材ばかり。そんな部隊で先日任務を果たしたクルトだったが、その任務で他の隊員達がまさかの作戦拒否という、普通の部隊では考えられないことをしでかされたばかりなので、クルトは自身の思ったことを、正直にラムゼイへと伝えた。

 

「だろうな。アイスラー少将が心配してたぞ?「なぜこのようなことになったのか分からない。申し訳ない」・・・だとさ」

 

「戦績を上げて、恩赦を得る。それしか道はないと考えて、やるしかありません」

 

懲罰部隊であるネームレスは、戦績を出していき、それが評価されれば、恩赦という形で、一般部隊への配属が可能となっているのだ。

 

クルトは、その恩赦を得て、正規軍部隊へと戻るために、彼はなんとしててでも、生き残ると決意し、ネームレスでの戦績を上げていく覚悟を決めたのであった。

 

「だな・・・軍というものは、一度決まったことは、簡単にくつがえらんものさ。さて、次の任務は、アスロンにある拠点攻略だ。72時間でやれ」

 

「72時間で、ですか?」

 

無謀としか思えないその命令に、クルトの顔が険しくなる。ラムゼイは、そんなクルトにむかって、「俺さんの決定じゃないぜ?司令部がそう言ってるんだ」と、飄々と口にする。まさに、ネームレスを捨て駒同然に扱う司令部の考えそうな任務であった。

 

(遊撃戦なら、地の利が活かせる・・・隊を立て直すにはいいか)

 

バラバラなネームレスを、この機会に立て直すことを決めたクルト。「了解しました」と答え、早々ni

部屋を退出しようとしたクルトだったが、

 

「おいおい、まだ話は終わってないぜ?」

 

背後から掛けられた言葉に足を止める。この前の任務では、すぐに出て行くように言われていたのでその通りにしただけなのだが・・・

 

「まだ、何かあるのですか?」

 

「ああ。本来なら、この作戦、お前さん達だけでやることになってたんだが、さっき事情が変わってな。

先に進軍してった、第133独立機動小隊も、アスロンにある拠点を攻略しに行ったらしい。彼らと協力して、拠点を攻略しな」

 

「133小隊が、ですか?しかし、なぜそんな急に彼らが・・・」

 

自分がこのネームレスへと送られる直前に出会ったヴァリウスと、セルベリアの顔を思い出した。正規軍最強とも言われている彼らとならば、この任務は、かなり楽なものになるはずだ。しかし、なぜ最強と謳われる彼らが、自分達のような懲罰部隊と共に・・・?

 

「あそこは、コーデリア殿下から、独立行動を容認されてる部隊だ。それに、ヴァリウスのヤツは、ダモン将軍に嫌われてるしな。正規軍の行うクローデンの森攻略作戦に配属されなかったんだろ」

 

ラムゼイからの話を聞き、クルトはあのような部隊を私情で作戦に参加させないダモン将軍に対して、ガリアの現状がしっかりと認識出来ているのかと、疑問を抱く。

 

(いや、それを言ったら、軍上層部自体が、現状を認識しているのか疑問だな・・・)

 

帝国の進撃に大した指示も出さず、上層部は連邦との同盟の話で頭がいっぱいだそうだ。そんな連中が上層部に居ると言う時点で、ダモン将軍のその行動も、納得出来てしまえるのだから、どうしようもない・・・

 

(いや、今は上層部よりも、隊の事を考えねば)

 

「了解しました。133小隊指揮の下、アスロン攻略を目指します。それでは」

 

今度こそ執務室から出て行くクルト。目指すは、基地の外にいるネームレスのキャンプだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネームレスが?彼らもアスロンを攻略しに来るのか・・・」

 

ネームレス合流の報がヴァリウスの下へ届いたのは、丁度アスロン攻略のため各分隊長達と会議を行っていた最中だった。アスロンへの進軍ルートで、帝国の防衛網に引っかかる位置はそう多くはなく、今はその引っかからない地点である森林で休息をとっていた。

 

「ネームレスか・・・またイムカに絡まれる事になるのかね・・・」

 

「それを言えば、私もそうだな。こういう言い方はなんだが、丁度良いな。彼らは、連携こそ拙いが、個々の戦力は下手な正規軍よりも高い。援軍としては、そこそこ期待できるだろう」

 

ヴァリウスの愚痴にも似た呟きに、セルベリアは同意しながらも、彼らが援軍として来ることのメリットを述べる。実際、懲罰部隊であるネームレスは、個人個人の戦闘能力は決して低いものでもない。使い方を誤らなければ、彼らは中々使える部隊なのだ。少々キャラが強くはあるが。

 

「まぁ、それもそうだな。で、ネームレスは後どれくらいでこっちに着くんだ?」

 

「約2時間後に合流できるそうです」

 

「了解した。こっちはこっちで、会議を続けるとしよう」

 

「いいんですかい?奴さん達を待たなくっても」

 

「何、こっちはこっちで会議しとけばいいさ。その上で、ネームレスとも話し合えば良いんだ」

 

ギオルの疑問に答え、「続けるぞ」と地図を再び指さした。

 

「帝国軍のアスロン市防衛戦は、この森から向こう、アスロン市近辺に集中している。先程殲滅した偵察部隊がアスロン市の本隊へと通信を入れた様子は見えなかった。が、確認のため、ホーク分隊は偵察を行ってくれ。無いとは思うが、油断はするなよ」

 

「了解です」

 

「次に、アスロン市では、グラジオラスを中心とした砲撃隊形での突入を見当している。合流するネームレスの戦車と共に、支援砲撃の後、歩兵部隊での敵拠点制圧だ。何か質問は?」

 

ヴァリウスが確認のために周囲を見渡すと、すかさずシルビアが手を挙げた。

 

「周囲を包囲して砲撃を行うより、アンスリウムでの、高速一点突破の方が良いのでは無いでしょうか?」

 

アンスリウムの高速起動を用いての、敵を攪乱させた後、グラジオラス、ストレリチアでの一斉攻撃、そして歩兵での敵制圧。133中隊の一番得意とする戦術を提案する。しかし、ヴァリウスは、「残念ながら、今回はいつものようにはいかない」と言って、シルビアの意見を否定した。

 

「確かに、アスロン市で陣を張っている帝国軍の配置を考えれば、アンスリウムの、単機高速機動での一点突破の方が、俺達にとってはやりやすい。が、今回はネームレスも一緒にいるんだ。彼らは、確かに通常の正規軍部隊よりも、戦闘能力は高い。しかし、俺達の作戦スピードに着いてこいと言っても、着いてこられはするだろう。が、あくまでついてこられるだけだ。一点突破をするならばむしろ俺達だけでやった方が効率がいい。それに、さっき話した奇妙な部隊の事もある。情報が不足している敵を相手に突っ込むのはリスキー過ぎる」

 

「そうですね・・・すみません、失念していました」

 

「いや、謝らなくて良い。さて、他に何か質問は?」

 

再び周りを見渡す。今度は誰も意見しなかった。

 

「無いのなら、今会議はこれにて終了とする。各部隊は装備点検を再度確認しろ。作戦決行時間はネームレス合流後、再度協議する。では、解散!」

 

「「「ハッ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間半後、ネームレスの移動用トレーラーが到着。ヴァリウスはネームレスの隊長と作戦を協議するため、彼らのトラックへと向かっていた。

 

「・・・ヴァリウス・・・」

 

「ん?うぉ!!」

 

セルベリアに呼びかけられ、彼女を見てみると、彼女はある一点を指さしていた。そちらを見てみると、ネームレスのトレーラーから、凄まじい勢いで駆けてくる一人ダルクス人である少女の姿があった。

 

「またアイツか・・・」

 

「みたいだな。私が相手をしよう」

 

げんなりと肩を落としながら呟いたヴァリウスの前にセルベリアが進み出る。彼女は接近してくる少女へ向かって、警告も無しに軍刀を振りかぶった。

 

「フッ!!」

 

「!!クッ!!」

 

ガキィン!!

 

少女の巨大な武器の刃と、セルベリアの軍刀が激突し、甲高い金属音が鳴り響く。唐突に始まった少女とセルベリアの、剣舞は次第に激しさを増していき、常人には立ち入ることの出来ない領域へと昇華していく。

 

「全く、アイツも毎回毎回、良くやる「No.1!!一体何をやっている!!」あれ?」

 

セルベリア達の剣舞を眺めていたヴァリウスは、トレーラーからこちらに駆け寄ってくる男性に思わず声を上げた。

 

「クルト・アーヴィング少尉?なぜ君がネームレスに・・・?」

 

「!!ヴァリウス中佐、現在自分は、第422部隊へと配属されている、No.7です。それより、なぜあの二人が戦っているのですか!!」

 

口早に質問を投げかけながら、剣を合わせているセルベリアと、少女の方を指さすクルト。ヴァリウスはヴァリウスで、この前話した新任士官が、なぜ懲罰部隊であるネームレスへ配属となっているのかと疑問に思いながら、「ああ、いつものことだ。心配するな」と、何でも無いかのようにクルトへと答えた。

 

「いつものこと?友軍の兵士同士がいきなり戦闘を始めるのが、いつものことなのですか!」

 

興奮気味に迫ってくるクルトに、「まぁ、落ち着け」と声を掛ける。

 

「これは、偶に俺達と同じ任務に就くときに、彼女から頼まれた事なんだ。こっちも、それを承諾しているから特に問題は無い」

 

そう言って、セルベリア達の方を見ると、丁度剣舞も終盤のようだ。苦しげな表情で剣を振るう少女に対し、セルベリアは余裕さえ窺える表情のまま片手で剣を振り上げる。すると、両手で剣を持っていた少女の方が万歳をしたような姿勢となり、次の瞬間には首元へと剣を突き付けられていた。

 

「グゥ!!」

 

「勝負ありだ・・・。続きは、任務が終了してからだな」

 

「・・・分かった。次こそは、負けない・・・」

 

そう言って、少女、No.1は武器を持ちトレーラーへと戻っていく。その姿を複雑な表情で見つめていたクルトは、ヴァリウスへと振り返ると、「失礼しました」と頭を下げてきた。

 

「事情はどうあれ、彼女が大尉へと攻撃しことは事実です。そのことに関し、謝罪します」

 

「だから、別に良いってのに。それよりも、今は君がネームレスの指揮官なのか?」

 

ヴァリウスの質問に対し、クルトは「今は、一応臨時の指揮官と言う事になっています」と答える。色々な事情がありそうだと察したヴァリウスは、「まぁ、がんばれよ少尉」とクルトの肩を叩き、そのまま彼を伴ってネームレスのトラックへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イムカによる予定外の騒動があったが、ヴァリウスは当初の予定通り作戦についてネームレスの代表者であるクルトと意見を交し合っていた。作戦の骨組みはすでにできているのだが、それはあくまでヴァリウスが知っているネームレスの戦力を想定してのもの。人員の入れ替えが激しいネームレスにおいて、過去のデータと言うものはハッキリ言ってあてにならない。故に、現状でのネームレスを知っているクルトと共に作戦の肉付けを行う必要があるのだ。

 

「さて、アスロン市に駐留する帝国軍だが、奴らは現在この森とアスロン市の中間に部隊を展開している。もちろん、全戦力と言うわけではなく、半分ほどだ。残りの部隊は市内に依然として駐留中だ」

 

「数では五分五分ですね。具体的な作戦は決まっているのでしょうか?」

 

「大まかにだけどな。まず、この中間地点に展開している部隊だが、わざわざ全戦力を投入して倒す必要は無い。相手にすればそれだけ敵の援軍が来る時間を与えてやることになるんだ。だから、こいつらに対してはうちの隊からハウンド、およびホーク分隊を当てる。敵の練度にもよるが、そう長くはかからないはずだ。で、ネームレスからも何名か出してほしいんだが、大丈夫か?」

 

「・・・ハッキリ言いますと、自分はまだ隊をすべて掌握しているわけではありません。自分の命令を聞かない隊員もまだ多くいます。そんな状態で、自分から指名したとしても、応じてくれるかどうか・・・」

 

「なら、俺から伝えよう。中佐たちからの命令だと言えばあいつらだって文句は言わないはずだ」

 

「グスルグ・・・」

 

「お、なんだ久しぶりじゃないか、グスルグ。元気してたか?」

 

「おかげさまで、今のところは元気ですよ、ヴァリウス中佐」

 

トラックの入り口から入ってきた青年、グスルグに対し、クルトは彼がヴァリウスと親しくしていることに驚きの表情を見せ、ヴァリウスはまるで旧友にでも会ったかのような笑顔を見せた。

 

「どういうことだ、グスルグ。中佐たちの命ならば、ネームレスの面々も聞くというのは」

 

「ああ。ネームレスは何度か133小隊と行動を共にしたことがあるんだ。その際、他の正規軍連中とは違って、捨て駒扱いなんて全くしない上に、物資不足で困窮してた時とかに物資を分けてもらったことがあるんだ。だから、中佐達に対してならば、他の奴らも素直に言うことを聞くと思うぞ?」

 

「・・・そうか」

 

自らがまだまとめきれていないネームレスの面々からの信頼を、目の前の人物はすでに勝ち取っている。複雑な心境を抱きながら、クルトはそれならば今回は作戦に支障をきたすことはほぼ無いなとひとまず区切りをつけた。

 

「グスルグの言う通りならば、中佐の策に何の問題もないと思います。それで、アスロンの方はどうするのですか?」

 

「戦車部隊と共に前進、市内に潜入しだい歩兵を中心とした機動部隊によって敵指揮官を迅速に撃破。指揮系統の壊滅により混乱する敵兵の掃討を行う予定だ。うちは歩兵をライガーとグリーズ、戦車三台だな。ネームレスは?」

 

「戦車一台と、森へ投入しなかった全戦力を当てます。数的には不利な状況ですが、十分に勝利を狙えるはずです」

 

「ああ、その通りだ」

 

数では敵戦力の半分程度しかないが、練度は明らかにヴァリウス達の方が上。恐れる要素など一欠けらたりとも存在していない。

 

「作戦決行は明朝0700時に開始する。しっかりと休息を取っておいてくれよ?」

 

「了解しました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよだな」

 

「ああ。支障なければ2時間後にはアスロンは俺たちの手に戻ってきてるはずだ」

 

0530時。作戦開始まであと30分と迫った時間帯、ヴァリウスは完全装備でセルベリアと共にアスロン市近くの森の中で時を待っていた。

 

早朝のため、アスロン市には季節特有の霧がかかっており、数メートル先が霧で見えない状態となっている。本来ならば、このような状況下での戦闘は同士討ちの可能性が高くなるので回避すべきなのだが、拠点を襲撃するヴァリウス達にとってはむしろ好都合であった。

 

敵戦力が偵察通りの布陣にて展開しているのならば、霧に紛れて奇襲が可能となるのだから、願っても無いことだ。

 

「こうも都合よく霧がかかってくれるとは。都合が良いな」

 

「確かにそうなんだけどさ・・・正直、よすぎると碌なことがないんだよなぁ・・・」

 

「ジンクスか?」

 

「俺の経験上の話」

 

「今までは劣勢を強いられてばかりだったからな。偶にはこういうこともあるだろう」

 

心配しすぎだと笑うセルベリアに「そうだと良いんだけどな」と返し、懐中時計の示す時刻に「そろそろか」と口にする。

 

腕を掲げ、待機中の各車輌へと合図を送る。エンジンに火が入り、次々とラジエーターにラグナイト特有の蒼い光が灯りだす。前車輌がアイドリング状態になったのを確認したヴァリウスは懐中時計へ視線を固定。秒針が刻む時を見つめる。

 

「隊長、別働隊配置完了しました。いつでも行けます」

 

「そのまま待機。合図とともに行動開始だ」

 

時計から目を離さず報告に来た隊員へと返答する。傍らのセルベリアは敬礼をして去っていく隊員の姿を黙って見送り、アスロン市がある方向へとまっすぐ目を向ける。

 

「―――そろそろだ」

 

「各車、前進微速。行軍開始」

 

通信機を手に各車輌へとセルベリアが指示を出す。ジープを先頭にゆっくりと森から抜け出すアスロン攻略部隊。霧は深く、まだ敵には発見された様子はない。

 

「―――15,14,13,12―――」

 

秒読みを開始。スピードは低速。発見された様子は無し。

 

「――9,8,7―――」

 

「・・・気づかれたな」

 

カウントは10秒を切った。しかし、前方にラグナイトの光を発見。敵が攻略部隊を発見し可能性があるが、セルベリアは淡々としている。部隊にも、焦った様子は全くない。

 

「―――6,5,4―――」

 

「―――総員、突入準備」

 

敵陣がにわかに慌ただしくなり始める。速度は依然変わらず低速。

 

「―――3,2―――」

 

「1」

 

時計から目を離し、口角を歪める。

 

「ゼロ」

 

――――ドガァァッッン!!――――

 

敵陣から爆発音が轟いた。深い霧を吹き飛ばすかのような爆発により、ヴァリウス達を迎撃しようとしていた部隊は自陣で起こった爆発で浮き足立ち、足並みが崩れ始めた。

 

それを横目に、ヴァリウスは静かに言い放つ。

 

「作戦開始だ」

 

アスロン市奪還作戦の幕が、切って落とされた。



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第十二話

「時間どおりだな」

 

爆炎を上げる敵陣を双眼鏡で眺めながらキースは淡々と戦果を確認する。昨晩敵陣営の戦力確認の際に仕掛けておいた爆弾がもたらした被害は予想を上回るものだったようで、敵陣は突然の攻撃と、それがもたらした被害の対処にあわただしく動き回っている。誰一人として周囲に気を配っていないのは問題だと思うが、攻めるほうからすれば好都合であることは間違いない。

 

「少尉、隊長から通信。「作戦開始」」

 

「了解した。こちらも打って出るぞ。ネームレスへも伝令を」

 

「了解」

 

双眼鏡を下したキースは傍らの部下へと指示を下すと自らも肩にかけていたライフルを手に持ち、敵陣へ突っ込む準備を始める。キースたちが任された任務は、簡単にいえば陽動だ。ヴァリウス達アスロン攻略の本隊へ攻撃を行わせないために、敵陣に爆弾を配置。作戦開始時間とともに爆発するようにセットし、混乱する敵陣へと一気に攻め込み敵を釘付けにする。

 

敵の数は小隊規模と、キースたちよりも数が多いが自陣の被害を食い止めるのに必死なこの状況下においてならば、戦力的不利など全くハンデになりはしない。

 

「進軍する。各自、全速力で敵陣へと突っ込め。以後は自己の判断に任せる」

 

「了解!」

 

いまだ混乱を続ける敵陣へと原野を駆ける。自陣の被害に気を取られていた敵兵は、接近するキース達に気付かずに必死になって火を消そうと動いていたが、しばらくするとようやく敵兵が近付いていることに気がついたのか、それまでとは違うあわただしさが敵陣を包む。だが、既にキース達と敵陣の距離は遠距離砲撃が効く程ではなく、敵は野戦砲からそれぞれの獲物へと装備を変える。

 

「ようやくか・・・遅すぎだな」

 

あわててこちらへと照準を定めようとしていた敵兵へ疾走を続けたまま狙いを定め、射撃。三点バーストで放たれた銃弾は、敵兵に突き刺さり、致命傷ではないものの、負傷させることに成功した。

 

隣にいた仲間が倒れたことに動揺した敵兵が、目に見えて表情を歪める。その隙を見逃す手はなく、再び三点バースト。今度は一発だけ腕に命中するも、倒れるまではいかなかった。

 

だが、立て続けに二人もやられたことでキース達が今まで戦ってきたガリア軍とは違うことを認識した敵兵は、それまでの緩慢な動きとはまるで違う動きで銃を構え、弾幕を展開。これ以上の接近をどうにかして食い止めようと放たれる弾丸は、統率のない状態では非常に薄い弾幕となっていた。

 

ろくに狙いも定めていない射撃に当たるような間抜けはこの場には誰一人として存在しない。牽制代わりにもならない弾幕を掻い潜り敵陣へと接近。距離にしてあと200mというところで、ようやく敵もでたらめに撃っても意味がないことに気が付き、最低限の照準を行おうとするものが出てくるが、そう云った者はキースたちの後方、車輛の上から狙撃支援を行うホーク分隊の狙撃手達によって優先的に排除されていく。

 

「クソッ、弾幕、最低限の狙いをつけろ、無駄弾ばかり撃っても意味はない!接近戦用意!剣甲兵は前に出ろ、近づく奴を片っ端から切り捨てろ!帝国軍兵士の意地を見せろ!!」

 

いつまでも好転しない戦局を見て、ついに指揮官が出てきた。遅すぎるといえば遅すぎるのだが、それまで各自の判断で動いていた帝国兵たちは、上官の指揮下に入ることで落ち着きを取り戻し、組織だった行動をとり始めた。

 

それまでの弾の浪費でしかないそれとは違う、統制のとれた弾幕は、密度を増し進軍を阻む壁となる。これ以上は生身での突撃を行えないと判断し、装甲車を壁にして一時進軍を停止。膠着状態へともつれ込んだ。

 

「弾幕絶やすな!敵兵の姿が見えたら容赦なく撃て!ここまで好きにやられて、黙っているほど帝国軍は甘くないと思い知らせてやれ!!」

 

「あれが指揮官か・・・ホーク1、仕留められるか?」

 

『弾幕がきつくてとてもじゃないが狙撃なんてできませんよ。頭出したら即蜂の巣だ』

 

混乱していた時は比較的自由に出来ていた狙撃も、混乱から立ち直った今では集中した弾幕によって妨害されている。グレイの言う通り、少しでもうかつに顔を出せば即座に蜂の巣になるレベルだ。

 

「そうか・・・了解した。現状維持で待機。隙があったら狙撃しろ」

 

『了解』

 

通信を切ったキースは頭を切り替え打開策を模索する。敵は徐々に混乱から脱しつつあるも、戦況は優勢。兵力はだいぶ削ったものの、なおも不利。敵陣までの距離はおよそ100mといったところ。しかし、前進を続けるには、統制された弾幕が邪魔で進めない。

 

結論。

 

「やはり、敵指揮官の排除が最優先か」

 

指揮官を失えば、敵は再び烏合の衆へと変わるはずだ。そうなれば攻略は容易く、アスロンへと向かうヴァリウス達へと素早く合流できるはずだ。

 

だが、肝心の指揮官を排除できる手だてが見つからない。この弾幕の中を掻い潜っていくのは非常に危険だ。下手をすれば、飛び出した瞬間に蜂の巣となる可能性もある。

 

「どうしたものか・・・」

 

「問題ない」

 

ふとキースが呟くと、横から合いの手が入る。巨大な大砲のような武器を手にしたネームレスのNo.1、イムカがいつも通りの無表情でキースへ視線を向けていた。

 

「私が突っ込む。大した時間はかからない」

 

「まて、イムカ。一人で行くつもりか」

 

「これくらいなら、問題ない」

 

「どこがだ。今うかつに飛び出せば、間違いなく死ぬぞ」

 

「私は死なない!」

 

「おい、イムカ!」

 

啖呵と同時に装甲車の陰から飛び出したイムカは、姿勢を低くし疾走。巨大な武器を手にしているとは思えない速さでジグザグに駆けるイムカに銃弾は中々当たらず、周囲の地面を削るだけにとどまるが、それとて距離が近づけば近づくほど被弾する可能性は高くなる。

 

「クソッ、総員イムカを援護!彼女にあてるようなへまはするなよ!!」

 

イムカへと注意が逸れたことで、弾幕の密度が薄くなった隙を突き、キースもまた車輌の陰から飛び出した。彼の指示を受けた隊員達も陰から身を出し敵陣へと迫るイムカを援護すべく引き金を引いた。

 

「悪いね、うちのエースが手間とらせちまって!」

 

「そう思うのだったらしっかり役目を果たせ!」

 

「了解っと!」

 

コックのような服装に身を包んだ男性、No.32、ジュリオ・ロッソはキースの言葉に威勢よく答え、手にした迫撃槍を敵陣へと向け榴弾を放つ。携帯用に作られたそれは、威力こそ戦車の放つ榴弾砲に劣るが、効果範囲は中々のものだ。その証に敵陣右翼へと着弾した榴弾は、敵兵数名を行動不能にさせ、弾幕の一部に穴が開いた。

 

「どうだい!」

 

「中々だ。よし、突「突入よ!私に続きなさい!!」・・・」

 

指示に割り込まれ、思わず動きを止め自らの横を走っていく女性、No.23、レイラ・ピエローニの背を数秒眺め、相変わらずのネームレスに軽い頭痛を感じた。

 

「・・・総員!突撃!!この戦闘に、決着をつける!!」

 

「了解!!行っくぞ~!!」

 

半ばやけになったキースの号令に元気な声を返した少女、No.24、アニカ・オルコットは腰だめにマシンガンを構えたまま激走。敵陣へとまっすぐ突っ走っていく。

 

それに負けず、キースもまた激走。その表情は、普段の彼からは想像できないくらいに怒り狂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キース達は上手くやってるみたいだな」

 

「ああ。こちらも、さっさとすませよう、ヴァン」

 

後方から響く戦闘音を背に、ヴァリウス達アスロン攻略部隊は順調にその歩みを進めていた。すでに霧は晴れ始めているが、既に敵の敷いていた防衛ラインは突破している。上手い具合にキース達が陽動を成功してくれたようだ。

 

アスロン市への距離はおよそ2キロ。霧も晴れ始めた今、先ほどまで見えなかった敵の動きも、双眼鏡などを使えば十分把握できる程度に視界も回復している。そして、それは敵にとっても同じこと。爆発音があったことで当然周囲を警戒していた帝国軍は、すでにヴァリウス達の進行を察知し、迎撃態勢を整えていた。

 

パッと見るだけでも10台の戦車が配置され、マシンガンや重機関銃を持った兵たちが整然と並んでいる。奇襲を成功したキース達とは違い、こちらは正面から突破することになりそうだった。

 

「ま、想定内なわけだけど」

 

「あれほどの爆発音を聞いて無警戒でいるほど帝国も馬鹿ではないからな」

 

夥しい銃口を向けられているというのに、二人はいつもと変わらない自然体で帝国兵を眺める。それは、二人だけではなく、この場に居る133小隊の者達も同じだった。

 

「いや~、結構な数揃えたもんだな、敵さんもよ。あんなに殺気立って、疲れないのかねぇ」

 

「そりゃ、あれだけ派手に爆発したんですもん。殺気立ってるのも無理ないですよ。というより、こんなにリラックスしている私たちが変なんですって」

 

「それ、暗に自分もおかしい奴の一人だって認めてるからな」

 

「エリオ、今更だろそんなの。隊の中でも一、二を争う変人に何言ってんだ」

 

「ちょっと!今かなり失礼な事言ってませんでしたか!?誰が一、二を争う変人なんですか!!」

 

「「「エレイシア」」」

 

「泣きますよ!本気で泣いちゃいますよ、私!?」

 

『も~、なんなのかしらね。戦闘前だってのにこんな軽い空気とか、今更だけどホントおかしいわよね』

 

『隊長が隊長ですし、仕方ないんじゃないですか?それに、こんな部隊じゃなければこの子達(アンスリウム)にだって会えなかったんですから、良しとしましょうよ』

 

『まず、この部隊に常識を求める方が間違いだ』

 

『『ああ~、言えてる』』

 

「・・・いくらなんでもリラックスしすぎじゃないか?」

 

「そう思うなら少しは真剣な顔を見せるべきだな。下に行わせるならば、上が手本を見せるべきだ」

 

「それもそうか・・・なら、そろそろ切り替えていくか」

 

通信機を手に取り、それまで浮かべていた緊張感のない表情を引っ込める。代わりに浮かんだのは。誰もが歴戦の勇士であると一目でわかる、「ガリアの蒼騎士」の顔だった。

 

「―――総員に告ぐ。我等の目標は敵勢力の撃退、アスロン奪還にある。数は不利だが、戦局はこちらが一手先を打ち、ほぼ五分五分だ。恐れる必要は一切ない。この作戦は時間との勝負だ。各員、全力を尽くし、作戦目標を達成せよ」

 

「―――作戦、開始」

 

ヴァリウスの号令と共に、歩兵は武器を手に駆け、車輌はエンジンを唸らせ敵陣へと進軍を開始。ジャガー、およびグスルグの操るガリアでは数少ない中型戦車も前進を開始。敵陣へと砲口を向けた。

 

 

「しょ、少佐!敵部隊、移動を開始!こちらへ接近してきます!!」

 

ついに動き出した敵部隊の姿に狼狽する年若い士官。彼の狼狽振りに、周りにいた兵士たちもまた表情を歪ませる。今までも、何度かガリア軍がこのアスロン市を奪還しようと部隊を差し向けてきたことはある。だが、それらはいずれも、このアスロンの郊外に展開する防衛ラインに居る部隊での話だ。今までの敵に、防衛ラインを突破できた者など誰一人として存在せず、アスロンに駐屯する部隊が戦闘を行うなどありはしないと言われてきた。

 

それが、ここにきて覆された。

 

敵は、いかなる手段を用いたのか、防衛ラインは難なく突破され、既に自分たちの目前まで迫っている。そんな状況で上の人間がうろたえていれば、下の者も当然ながら整然となどしては居られない。

 

ざわめきが生まれ始め、兵たちに動揺が広がり始める。本当に大丈夫なのか、俺たちは勝てるのか―――不安が帝国兵を襲い始めた時、少佐と呼ばれた壮年の指揮官は、ただ一言「落ち着け」とだけ呟いた。

 

「敵はこちらの半分以下の数しかおらん。確かに、戦車は四台、それも中型と少々珍しくはあるが、所詮はガリアの作った物。我ら帝国の戦車よりも勝るはずがない。それに、我らには12台もの戦車があるのを忘れたか?案ずる点がどこにある」

 

「た、確かに・・・」

 

「戦いは、数で決まる。あのような少数でしか攻めてこない敵など、恐るるにたらんわ」

 

上の人間の態度は、下の者に影響を与える。上が恐怖を表に出せば、下の者も当然恐怖心を抱くことになる。ならば、上の人間が毅然としていればどうなるか。答えは単純、下も冷静さを取り戻す、だ。

 

それまでの慌てようが嘘のように落ち着いた表情でそれぞれの位置についていた。表情に恐怖の色はすでになく、それどころか兵たちの顔には自信に満ちた表情が広がっていた。

 

(これほどまでに、指揮官というのは兵たちに影響を与えるのか・・・!)

 

士官学校で、そう言ったことが起こるというのは教わっていた。上の人間が慌て、恐怖を表に出せば兵たちにもそれが伝わり、士気に大きな影響が出る。故に上に立つ人間は決して恐怖を表には出さず、常に冷静な姿を兵達に見せなければならない。

 

理解は、しているつもりだった。自分なりに常に冷静でいようとし、戦場を観察しているつもりだった。だが、それが全てつもり(・ ・ ・)だったことを、今回痛感させられた。

 

自分は、これまで突破されたことのない防衛ラインを容易く突破され、目前にまで迫った敵に怯え、必要以上に取り乱した。結果、自身の不安は兵達に伝播し、余計な不安を煽ってしまった。

 

(まだまだ、未熟・・・分かっていたつもりだったが、実感するとこうも情けないのか・・・)

 

「そう悔むことではない」

 

「少佐・・・?」

 

まるで心でも読んだかのようなタイミングで声を掛けられ、伏せていた顔を上げる。そこには、相変わらず厳しい表情でありながらも、優しげな瞳がそこにあった。

 

「お前はまだ若い。それは、確かに未熟だということだが、裏を返せばそれだけ先があるということだ。今回、確かにお前の態度は部下たちに余計な不安を与えることとなった。が、それも経験だ。これを乗り越え、より高みを目指せ」

 

「少佐・・・」

 

普段、多くを語らない少佐が、こんな情けない自分を励ましてくれている。胸が熱くなった男は、それまで沈んでいた顔を一変させ、力強く答礼した。

 

その姿に満足げな笑みを僅かに零すと、彼は再び戦場を見つめる。その瞳には、先ほど言ったような余裕の表情があれども、油断の色は一切なかった。

 

 

「やれやれ、少しは慌ててくれてもいいだろうに。余程優秀な指揮官が居るみたいだな」

 

「それも、歴戦のだろうな。一時は敵兵も浮足立っていたというのに、すぐに持ち直した。経験の浅い指揮官にはできない芸当だ。これはなかなか骨が折れそうだな」

 

敵陣へと接近しながら、敵の反応を見ていたヴァリウスとセルベリアは、敵が一筋縄ではいかない相手だと言うことを認識し、表情を少し硬くする。

 

「だが、どうせやることは一緒なんだ。下手に気負いすぎないほうがいい」

 

「ああ。じゃ、早速やってやるか。シルビア、聞こえるか?」

 

『はい、なんです隊長?』

 

「作戦通り、まずはお前たちが戦端を切ってくれ。敵の度肝を抜いてやるんだ」

 

『了解!一発でやって見せますよ!』

 

通信機から聞こえてきた返事と同時に、四台の戦車が掲げる砲塔が動き出す。幾度が微調整を繰り返し、位置を固定すると、一斉に轟音を轟かせた。

 

――――ッ!!

 

通常、戦車が交戦を開始するのは、敵との距離がおよそ500m~と言われている。カタログスペック上では、物によっては優に2㎞近くの射程距離を誇る戦車もある中で、この500mが交戦する距離とされているのは、対象への命中率の問題だ。いくら射程距離が長かろうと、命中しなければそれは何の意味もない、無駄玉を撃つだけのガラクタへと成り果てる。ゆえに、現在のヨーロッパにおける戦車が交戦を開始する距離は500mからと、暗黙の了解がなされていた。

 

だが、今シルビア達が砲撃を開始した地点は、敵陣からおよそ1キロ地点。常識的な交戦距離が500mとされているヨーロッパにおいて、2倍もの距離から砲撃を開始したのだ。

 

帝国側の兵士は、誰もが「当たるわけがない」と攻撃を開始したヴァリウス達を嘲笑し、一部の者は「威嚇のつもりだろう」と事態を静観した。

 

だが、そんな中でただ一人だけが周囲の者とは全く違う反応を示した。

 

「何をしている!戦車隊はただちに回避運動を取れ!」

 

「しょ、少佐?何を言って」

 

「あれは当たる!被害をむざむざ見過ごすな!!」

 

大声で自陣の部下へと指示を出す少佐に、周囲の士官たちは困惑の表情を見せる。

 

何を言っているんだ、こんな距離で当たるわけがない。せいぜい威嚇にしかならないだろう。

 

誰もがそう事態を認識する中で、ただ一人警告を発する少佐。だが、上が動いてもそれが下に伝わらなければ組織は動きはしない。

 

結果、宙を飛翔していた砲弾は、ついに帝国軍部隊へ飛来。砲弾はまっすぐ停車したままの戦車へ突き刺さり、爆炎を上げた。

 

「――――ッ!て、敵砲弾命中!軽戦車、2台大破、1台中破!行動不能です!!」

 

「ば、馬鹿な・・・わが帝国でも、あれほどの距離から初弾命中など・・・」

 

「呆けている暇があるか!すぐに被害を抑えろ!負傷者は下げろ!すぐに第二派来るぞ!!」

 

再び轟く少佐の怒声。呆けていた誰もが、己のなすべきことを思い出したように動き出し、自分の部隊へ指示を出し始める。

 

だが、初動が遅かったためか、間髪いれずに第二派が飛来。今度は、設置されていた迫撃砲、トーチカへと砲弾が突き刺さり、爆発を起こした。

 

「クソッ、被害報告!火を消せ、これ以上被害を広げるな!!!戦車隊、何をしている!応戦しろ!!」

 

『し、しかし敵はこちらの射程外です!このまま撃ったとしても、命中は絶望的ですよ!』

 

「向こうの戦車は当ててるのだぞ!我等の攻撃が当たらないはずがないだろう!!」

 

『無茶言わないでください!こんな距離で当ててくるほうがおかしいんです!!』

 

「ならば、攻撃が届く距離まで前進しろ!!このままじゃ全滅だぞ!!」

 

『野戦を仕掛けろってんですか!?それじゃ、作戦と違うじゃないですか!』

 

本陣にて戦車隊へと指示を出している士官が、通信機へと怒鳴りつけるように「反撃しろ!」と繰り返すのを横目に、壮年の指揮官は、改めて敵が今までのような脆弱な敵ではなく、真に軍人たる(つわもの)であると感じ取った。

 

「・・・ガリアにも、居たのだな。本物の兵士が」

 

「少佐・・・?」

 

男の呟きに、どこか嬉しそうに口角を歪め、座っていた椅子から腰を上げると、慌ただしく動く指揮所内に声を張り上げた。

 

「落ち着け!!」

 

「「「ッ!!」」」

 

騒然としていた指揮所がぴたりと止む。誰もが怒声を上げた少佐へと注目する中、彼は欠片も慌てた様子を見せずに各所へと指示を飛ばす。

 

「最優先は被害の拡大防止、および敵の侵入阻止だ。防衛線はそのまま維持、戦車隊は現在位置を移動、防衛線ギリギリまで前進し、距離を詰めろ。ただし、戦車間の距離は開けよ」

 

「このまま防衛戦を継続するのですか!?敵には我が方の武器では有効打が撃てません!ここは野戦を仕掛けるべきです!!」

 

「それこそ敵の思うつぼだ。野戦では我らの利点、数の差が生かせん。このまま籠城するのが現状では最善手だ」

 

「・・・了解しました」

 

不承不承と言った様子だが、首肯し戦車隊へ命令を伝達。いまだ混乱の渦中にあった帝国軍は指揮官の冷静な判断により、統率された動きで命令をこなしていく。

 

(こちらはこれでいい・・・だが、問題は未だ解決していない。如何なる策を打つべきか・・・)

 

 

 

 

 

 

「敵、依然として防衛体制を崩さず、か。出て来てくれれば御の字だったんだが」

 

「こちらの狙いは見抜かれているのだろうな。やはり、当初の策通りにいくしかない」

 

「だな。じゃ、行くとするか。ライガー、ネームレスは先行、敵陣へと切り込む。ジャガーは砲撃を継続しながら前進。命中率が下がるのは仕方がない、気にするな。味方には当てるなよ?グリーズはライガー、ネームレスの突入が完了と同時にジャガーと共に進軍しろ」

 

「「「了解!」」」

 

それまでゆっくりとしたペースで続けていた進軍を、一気にペースアップ。徒歩の者は駆け足で、車両に乗車している者は先行し一気に敵陣へと接近する。

 

「敵接近!」

 

「うろたえるな!攻撃開始!!敵を近づけさせるな!!」

 

距離、残り500mを切ったところで、敵陣からの火砲が降り注ぐ。生身で喰らえば即あの世行きだろう弾丸の雨は、先行していた装甲車に弾かれ、歩兵への被害を与えられずに火花を散らす。だが、装甲車も無傷という訳ではない。弾丸を弾くことが可能な装甲車だが、衝撃までも無効化できるわけではない。

 

少数ならば問題になりはしないが、数が揃えば十分脅威になる。銃弾のもたらす衝撃は、僅かに、だが確実に装甲車を覆う鉄板を歪ませ、防御力を削っている。このまま銃弾を浴び続ければ、そう長くは持たない。

 

「いいぞ!そのまま攻撃しろ!敵は確実に被害を受けている!!」

 

装甲車の足が僅かに落ち込んだのを見抜いた士官は、弾幕を張り続けている兵達を鼓舞しながら攻撃続行を叫ぶ。目に見えて進軍の速度が遅くなったことを目にした帝国兵達も士気を大きく上げ、統率された弾幕が更に激しさを増し、少しずつ、だが確実に装甲車へのダメージを蓄積させていく。

 

「隊長、これ以上はもう・・・!」

 

装甲車を操るラビット隊の隊員が苦悶の声を上げる。いくら装甲で守られているとはいえ、銃弾を正面から受け止めるのは、精神的にも負担が大きい。しかも、内部からでも装甲のダメージが無視しえないことを認識出来るほどの銃弾の嵐だ。限界が近いことはだれの目にも明らかだった。

 

「分かってる。今から仕掛ける!」

 

装甲車の陰から素早い動きで出たヴァリウスは、ディルフの銃口を重機関銃を装備する帝国兵へと向け、一息で三発のライフル弾を放つ。装甲車へと意識を集中していた帝国兵は、それに反応しきることができず、肩と頭部に直撃を受け、その場に倒れる。

 

あとに続けとばかりに、次々と装甲車の陰からラーガー、ネームレスの隊員たちが躍り出て、それぞれの得物を敵へと定め、銃撃戦を繰り広げる。

 

唐突な敵の反撃に面喰っていた帝国兵達。だが、状況は未だに自分たちが優勢だと認識したのか、再び弾幕を形成。敵を根絶やしにしてやるとばかりに、弾をばら撒いていく。

 

そんな銃弾の嵐の中を無謀にも駆け抜けていく影が二つ。ヴァリウスとセルベリアだ。

 

彼らは、向けられる銃口を冷静に見定め、それぞれ最低限の攻撃で敵を打ち倒し尋常ではない速度で敵陣へと迫る。

 

もちろん、帝国軍とて迫る敵を放っておくような馬鹿な真似はしない。二人でだめなら三人で、三人でだめなら四人でと数を増やし二人の接近を阻もうと迎撃を行う。

 

だが、敵は二人だけではない。

 

ヴァリウス達の行動によって薄くなった弾幕の中を、彼らに続くようにライガー隊が、ネームレスの面々が追随する。

 

先頭を駆ける二人に気を取られていた帝国軍は、その後ろから接近する敵兵達に気付き、彼らへ再度銃口を向けようと動くが、そうすればヴァリウス達への弾幕が薄れる。

 

規格外な二人を先頭に、500mの距離を一気に走破したガリア軍は、白兵戦へと移行する。手にライフルとナイフを持ち敵の頭を撃ち抜き、喉を切り裂く。敵兵の血が飛び散り軍服をどす黒い紅へと染め上げるが、そんなことで足を止める者はだれ一人としていない。

 

真っ先に敵陣へと侵入したヴァリウスとセルベリアもディルフを、サーベルを振り回し敵兵を屍へと変えていく。その姿は死神さながらであり、周囲に存在する敵兵に拭いきれない恐怖を植え付けていく。

 

「何をしている!敵を囲み、撃ち殺すんだ!敵も人間、弾丸を撃ち込めば死ぬんだ!!」

 

狂乱する帝国兵へ激を飛ばしながら、自らも銃を手に敵兵を駆逐しようとする部隊長。だが、こんな乱戦の中で大声を上げるのは、自分の居場所を敵に教えているようなもの。

 

それを証明するかのように、ヴァリウス、セルベリアの両名は敵指揮官を視界に捉え、銃口を向ける。

 

「―――ッ!」

 

銃声が乱舞する中、いやに響いた銃声が二つ。銃声とともに放たれた二発の銃弾は乱戦下の中で、人の合間を縫うように敵指揮官へと突き進み、目を見開いた額、心臓へと突き刺さる。

 

致命傷を二発。それも急所を撃ち抜かれた士官は、目を見開いたまま倒れこみ、息絶えた。

 

指揮官の戦死。彼と離れて戦っていた帝国兵はしばらくそのことに気づかずに戦い続けていたが、周囲にいた者達は自軍の指揮官が戦死したことに、顔を蒼白にしていた。

 

「しょ、少尉殿!少尉殿がやられた!!」

 

「クソッ、総員後退!!本陣へ後退しろ!!」

 

混乱する自軍を何とか立て直し、後退を図る帝国兵達。だが、目の前の敵は容易く後退を許すほど甘くはない。

 

「逃がすな!ここで徹底的に敵を叩く!総員、全力で敵を撃破せよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか・・・防衛線が破られたか」

 

「指揮を執っていたダルケン少尉は戦死!現在、指揮権は副官のフッテ軍曹に移譲され、後退戦を行っていますが・・・敵兵の猛追によって既に戦力の大半を喪失。かろうじて何名かは本陣へ帰投しましたが、ほとんどの者は・・・」

 

「・・・被害は?」

 

「歩兵部隊、全戦力の30%を損失。戦車部隊は、5台大破、3台中破、3台が小破。内、7台が行動不能、破棄となりました」

 

「・・・防衛ラインの方はどうか?」

 

「・・・死傷者20名。配備されていた戦闘車両はほぼ全滅。生き残った兵は現在Bルートにて撤退中」

 

「・・・負け、だな」

 

「はい・・・我が方の完全な敗北です」

 

苦しげな空気が指揮所を包む。失ったものが多すぎたと、壮年の指揮官である少佐は胸中で呟く。防衛戦を選択したことは、今でも間違いではなかったと思っている。数で劣る敵に対し、野戦を仕掛けるのは数の利を無くす選択だ。だからこそ、敵の遠距離兵器による被害を受けても防衛戦を選択したのだ。

 

だが、彼の想定を上回る者が敵にいたのだ。それも、二人も。

 

(ガリアの蒼騎士・・・そして魔女。噂には聞いていたが、まさかこれほどとは・・・)

 

味方の援護があったからとはいえ、重機関銃5丁、機関銃8丁、マシンガン十数丁が形成する弾幕の中を、たった二人で無傷のまま掻い潜り、指揮官を撃破するなど、人間業ではない。彼ら以外の者に同じことをしろといっても、数秒もせずに討ち死になはずだ。

 

そんな者たちを相手にしていたのだ。負けても仕方ないことかもしれない。敵が彼らだと知っていれば、もっと戦力を投入し、今よりも被害は少なかったはずだ。

 

(いや・・・私が、敵を侮っていたからだろうな。碌に敵の情報も収集せず、弱兵だと侮った。私の心の隙が、この事態を招いたのだ)

 

「・・・撤退する。全軍へ通達。速やかに後退戦へと移行しろ」

 

「・・・了解しました」

 

もはや、反論するものはだれ一人としていない。敵があの「蒼騎士」「魔女」だと判明し、一方的に打ち負かされた。この期に及んで更に被害を増やそうなどと吐く愚か者はここにはいない。

 

「少佐、殿はどの隊に?」

 

完全に敵へ背を向けて後退することは、自殺を意味する。故に、最後尾の隊は味方の盾となり敵と鉾を交えなければならない。

 

だが、それは命の危険が一番高い行為だ。殿を任され生きていた者は少なくないが、それでもかなりの確率で命を落とす。

 

「・・・私が行こう」

 

「少佐自らですか!危険です!!」

 

「今作戦の責任は、全てこの老骨にある。せめて、味方の撤退を援護しなければ私自身が自分を許せないのだ」

 

「少佐・・・」

 

「自己満足と笑ってくれていい。だが、これは私の矜持の問題なのだ」

 

どこか穏やかな顔で話す少佐に、年若い男は「・・・了解、しました」と答礼。

 

「すまんな」

 

「いえ・・・どうか、ご武運を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、帝国軍はアスロン市の放棄を決定。駐屯軍はギルイランダイオへと後退を開始。追撃を仕掛ける133小隊、および422部隊だったが、殿として残った敵部隊の猛攻により追撃を断念。敵指揮官、ヴェルナー・ドレスナー少佐の戦死によって、帝国軍アスロン市駐屯部隊はギルランダイオへの帰還を完了。以上を持って、アスロン市奪還作戦の幕は閉じた。



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第十三話

「それで・・・アスロン市は、すでにガリアの手に渡ったのだな?」

 

「・・・はい。敵部隊の規模は2個小隊程度と少数ですが、今までのガリア軍とは全く違う精鋭ばかり。部隊の約半数を失い、部隊の指揮をとっておられたヴェルナー・ドレスナー少佐の指示にてアスロン放棄を決定。ヴェルナー少佐は、撤退戦の折に・・・戦死なさいました」

 

アスロン市から約20キロ地点。133小隊、及び422部隊の混成部隊と交戦、壊滅的被害を被ったアスロン駐屯軍残党はギルランダイオ要塞への撤退途中に遭遇したある部隊と面会していた。

 

本来ならば、アスロンへの援軍としてギルランダイオを発ったドライ・シュテルン、マリーダ・ブレス大佐旗下の特殊実験部隊、通称アインヘリアルである。

 

戦死したヴェルナー少佐から指揮権を引き継いだ若い士官は当初この部隊との接触を避けようかと考えていた。アインヘリアルは、帝国軍内でもいろいろと曰くつきの部隊である。人体実験を行っている、粛清部隊として味方殺しを行っている、任務のためなら敵味方関係なく損害を与えるなど、碌な噂がない。

 

だが、得体のしれない部隊なれどその実力だけは本物だった。マクシミリアン、もしくはマリーダ大佐以外の指揮系統に属さないアインヘリアル。彼らが介入した戦場はどんなに劣勢だろうとも、どんなに敵が強大であろうとも戦場を蹂躙し、勝利をもたらしてきた。

 

そんな彼らの援護が得られれば、現状多くの負傷兵を抱える残党であっても何の問題もなくギルランダイオへと帰還することができる。そんな打算の下にルイアと面会を果たした士官だったが、しかしルイアから発せられた言葉は彼の願いとはまったく異なるものだった。

 

「指揮官不在の敗残部隊か・・・悪いがこちらも貴官等に割く戦力は持ち合わせていない。現状の戦力でもってギルランダイオへと帰還せよ」

 

「そんな・・・!我が隊には多くの負傷兵がおります!彼らを伴ったままギルランダイオへと帰還するのはリスクが高いのです!どうか護衛を・・・!」

 

「我らがマクシミリアン殿下から仰せつかったのは「アスロン市に駐屯する部隊の援護」だ。アスロンを放棄した敗残兵達の世話などは命じられていない。それに、負傷兵が荷物になるというのならば、それを下せばいいではないか。余計な荷物は持たないに限る」

 

冷たく突き放すルイアの言葉に、ギリッと歯を軋ませる。負傷者を見捨て、ギルランダイオへと向かえ。ルイアが言っていることは、つまり仲間を見捨てて自分たちだけで帰還しろと言うことだ。

 

あの戦火の中を何とか生き延び命をつないだ彼らをこの男が容易く「見捨てろ」とほざいたのだ。

 

「脆弱な兵など、帝国には必要ない。早急に処分することこそ貴官の為すべきことではないのか?」

 

何の感情も籠っていない口調で語るルイアに、溢れんばかりの憎悪を向けそうになるが、何とか自制するため拳を握りしめる。爪が食い込み血が零れおちるが、こうでもしないと目の前の澄まし顔へと殴りかかりそうなのだ。

 

(お前に・・・お前なんかに、何がわかるんだ・・・!!)

 

倍近い兵力を持ちながら、敵に対した損害も与えられなかったのは確かに反論のしようも無いくらい、情けないことだ。だが、敵はあの「蒼騎士」率いる精鋭部隊だ。弾幕に恐れる素振りも見せず、敵陣へと攻め込む胆力。混戦の中、味方への誤射を恐れず敵のみを撃ち抜く洗礼された技量。こちらの手の届かない距離から、正確に目標を撃破する技術力と腕前。古の戦場にいたと言う「英雄」にも見劣りしない身のこなし。

 

あれに勝とうとするならば、最低でも4倍近い戦力差がなければならないはずだ。そんな部隊を相手に生き残った戦友たちを、この男は切り捨てろと言う。

 

呑めるわけがなかった。

 

自分は、亡きヴェルナー少佐からこの隊を任されたのだ。その自分が、我が身可愛さに仲間を、戦友を見捨てることなど、決してありはしない。

 

だからこそ、なんとしてでも仲間たちをギルランダイオへと無事に連れ帰らねばならない。

 

だが、この男に感情で訴えても何の効果も無い。この男は、まさに冷血漢。情など、何の役にも立ちはしないと考える人種で、そんな物に訴えるくらいならば有益な情報の一つでも渡した方がまだ交渉の糸口があるはずだ。

 

「・・・敵は、ただのガリア軍ではありません」

 

「なら、なんだと言うのだ?亡霊とでも言うのか?」

 

「―――蒼騎士です」

 

「――――」

 

それまで士官の報を一切見向きもしなかったルイアが、かすかに目元を動かし、初めて士官と目を合わせた。

 

「―――蒼騎士、だと・・・?」

 

(喰い付いた・・・!!)

 

「―――はい。敵は、あの「蒼騎士」、「魔女」が率いる精鋭部隊です。その部隊の所持する戦車はこちらの戦車の射程を大きく上回っており、碌な対抗手段がありませんでした」

 

浮かびそうになる笑みを内心で止め、それまで何の反応も示さなかったルイアが自分の提示した情報にどのような反応を見せるのか。一挙手一投足、すべてを見逃さないよう注意していた士官だったが、しかし彼の思惑通りの反応をルイアは示すことなく「―――そうか」と呟くと、すぐに視線を士官から逸らしてしまう。

 

「ご苦労だった。もう下がっていいぞ」

 

「―――ッ!!ま、待ってください!護衛は!護衛の件は一体!!」

 

「先に言った通り、我が隊にも余裕があるわけではないのだ。それに、貴官の言が真実ならば、これから戦うのはガリアの誇る英雄だ。そんな者共を相手にするのだ。戦力を割くわけにはいかないだろう」

 

「―――ッ!!」

 

正論だ。自分でも、ガリアの「蒼騎士」と戦う前に戦力を割くような愚行など犯しはしない。それが、自軍の拠点に戻る部隊の護衛などならば、なおさらだ。

 

狙いが、裏目に出たか・・・!!

 

自身の目論んだ結果とは正反対の結果に、士官は後悔の念を抱き、歯を食いしばる。だが、彼はルイアが口にした意外な内容に、目を見開いた。

 

「―――護衛は出せんが、多少の物資ならば供給しよう」

 

「―――ほ、本当ですか!」

 

「元々、我らはアスロン駐留軍への援軍として来たのだ。多少なりとも物資の補給は持参している。だが、多くはやれない。物資もタダではないのだからな」

 

感情を感じさせない淡々とした言葉。だが、今回紡がれた内容は、先ほどとは違い朗報だ。顔に安堵の笑みを浮かべながら士官は敬礼した。

 

「ありがとうございます、大尉。無理を言ってしまい申し訳ありません」

 

「世辞はいい。それよりも、我が隊はこれよりアスロンを奪還した敵部隊と交戦を行う。早急に物資の受け取りを終え、ギルランダイオへ帰還したまえ」

 

「ガリアの蒼騎士と戦うのですか・・・!」

 

「無論だ。栄えある帝国軍が、一方的にやられたままで黙っているわけにもいくまい?」

 

その後に呟かれた「取っておきたいデータもあるからな」と言う声は士官の耳に届くことはなく、彼は自分たちの仇を取ろうとしてくれる目の前の男が、自分が思っているよりも感情がある人間なのではと微かに感じ始めていた。

 

だからだろうか。先ほどまでは恨みさえこもっていた目は幾分か和らぎ、出撃の準備を始めると告げたルイアへと士官は自然と敬礼を取り、武運を祈ると口にしていた。

 

「・・・ご武運を」

 

「貴官等もな」

 

敬礼を解き退出する士官を見送ったルイアは無表情の中に微かな笑みを浮かべながら虚空を見つめる。

 

「そうか・・・お前が私の前に・・・運命と言うのは、どうやら私達を引き合わせるようだな・・・クククッ」

 

笑み零すルイアの顔は、それまで無表情が嘘のように不気味な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、何とか勝てたな」

 

アスロンを占拠していた敵部隊との戦闘からすでに1時間近くが経過している。その間、ヴァリウス達は帝国によってもたらされた被害の状況、負傷者の報告、消耗した武器弾薬についてなど、様々な戦後処理を行っていた。

 

アスロン市の一角に簡易テントを設置し負傷者の治療、食事の準備、損傷した機材の簡易整備など戦いが終わって、はい終了と言うわけにはいかないのだ。

 

「ルシア中佐、422部隊の損害報告です」

 

「ああ、ご苦労さん」

 

様々な報告書へと目を通し、コーヒーをすすっていたヴァリウスの下にネームレスの現纏め役であるクルトが自隊の受けた被害報告書を手に訪ねてきた。

 

「422部隊の死傷者は無し。欠員は一人もおりません。負傷者も、軽傷者数名のみと、被害は皆無と言えます」

 

「そうか。そりゃよかった。あ、負傷者の治療ならうちのと一緒に受けてくれ。丁度今向こうのテントでやってるみたいだからさ」

 

「しかし、422部隊の損害を中佐に面倒見てもらうわけには・・・」

 

「気にするなよ、アーヴィング少尉。数人治療する奴が増えたってうちの衛生班ならどうってことないよ」

 

「・・・今の自分は、No.7です、中佐」

 

「ホント真面目だな、アーヴィング少尉・・・。少しは周りの奴らを見習えよ?適度に肩の力を抜くのも大事だぞ?

 

そう言ってヴァリウスは、近くの食糧配布テントの周りで133小隊の面々と談笑するネームレスの面々を指さした。

 

「ほう・・・それで、ここまで味が変わるのか」

 

「ああ。コイツはちょっとした工夫が必要だけど、それさえ出来ちまえば、がらりと風味が変わるんですよ?大尉も、一回試してみたらどうですか?」

 

「ふむ・・・」

 

「あ、ギオルさん!!今度こそあたしと勝負してくださいよ!!この前も折角のチャンスだったのにはぐらかして!!」

 

「おいおい、勘弁してくれってのに・・・俺はもう年なんだって」

 

「アニカさん、ダメですよ?ギオルさんに迷惑かけちゃ。戦闘が終わったばっかりなんですから、二人とも身体を休めないと」

 

「はい、グスルグ。いつものソース。一応頼まれていた味にしてみましたから、あとで確かめてみて下さいね」

 

「ああ、すまない。これがないとどうにも気が引き締まらないからな」

 

「そういってもらえると嬉しいですね~。あ、そうだ。今度新しいスパイスに挑戦しようと思うんですけど―――」

 

「あのソースって、エレイシアの手作りだったのかよ・・・」

その

 

「最近特にあの辛い匂いが更に増してるなと思ったんだよ・・・勘弁してくんねぇかなぁ・・・」

 

和気藹藹と133小隊の面々と談笑すうネームレスのメンバーを見たクルトは眉間に皺を寄せつつも、ああいった笑顔を作る自分を想像し、ありえないなと頭を振る。私生活でもああいった顔を見せたことがほとんどない自分にとっては、仲間と談笑するよりも敵と戦う方が難易度は低いはずだ。

 

クルトの表情から、何か変なことを考えてるなと読み取ったヴァリウスは苦笑を浮かべながら眉間に皺を寄せているクルトの肩を軽く叩く。

 

「ま、適度に肩の力を抜かないとな。いつも気を張ってばかりじゃ疲れるだろ?」

 

「・・・そう言うものでしょうか?自分は、特にそう感じたことはないのですが・・・」

 

「まぁ、真面目な性格のお前なら、そうかもしれないが・・・とにかく、後のことは任せろ。お前達は、先に基地へ帰投してくれ」

 

「了解しました。では、これより422部隊は幻任務を133小隊へ移譲、基地への帰投を開始します。それでは、後の事はよろしくお願いします」

 

敬礼し、隊員達の下へと歩いていくクルトの背中を見送りながら「若いのに硬い奴だ」と零し、自らもまた隊の下へと歩いていく。

 

その後、133小隊と別れ基地へと帰投していくネームレスを見送ったヴァリウスは、彼らの姿が見えなくなった辺りで、戦闘終了後から感じる悪寒に似た何かを発する方向へと視線を向けた。視線は、鋭く、まるで戦闘を行う直前のような空気を纏っている。

 

「どうした、ヴァン。いやに険しい表情をしているが・・・」

 

「・・・何か、とてつもなく嫌な予感がするんだ・・・」

 

「お前の勘は馬鹿に出来ないが・・・敵か?」

 

「分からない。それを確かめに無理言ってキース達に偵察へ行ってもらってるんだが「隊長、キルヒア少尉から通信が」来たか・・・こちらヴァリウス。何か発見したのか?」

 

『ええ。隊長、相変わらず良い勘してますね。東10kmに、砂塵を確認。規模は分かりませんが、方角から見て帝国軍と見て間違いありません。あくまで私見ですが、報告にあった例の部隊ではないかと』

 

「根拠は?」

 

『敵の通信を傍受してみましたが、通信に聞きなれない部隊名がありました』

 

「そうか・・・分かった。疲れているとは思うが、引き続き警戒を頼む。後の指示は追って伝える」

 

『了解』

 

キースとの通信を終え、隣で険しい表情を浮かべるセルベリアへと「敵が来る」と告げ、指示を出し始めた。

 

「総員集合。損害の出た装備は外して、予備の武器を用意するように伝えてくれ。連戦できついとは思うが、相手はどうやら普通の敵じゃないらしい。・・・厳しい戦いになりそうだ」

 

「分かった。負傷者はどうする?」

 

「アリアからの報告にもよるが、ラグナイトの治療を受け戦線に投入可能と判断された者以外はここに残す。それ以外は郊外にて交戦準備を頼む」

 

「了解した」

 

離れていくセルベリアの背を見送ったヴァリウスは、自身も戦闘準備を整えるべくその場を離れる。その表情は険しく、これから起こる戦いの厳しさをどこか予感しているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全軍、進軍停止。レギンレイブを起動しろ」

 

アスロンから5キロほど離れた地点。アスロン駐留軍残党をギルランダイオへと送り出したルイア達レギンレイブは、特に大きな障害に突き当たることなく順調に歩みを進め、1時間程度でアスロン市を目の前にしたところまで迫っていた。

 

「隊長、なぜここでレギンレイブの起動を?ここから徒歩で向かうとなると、戦闘時に起動制限時間を超過してしまう恐れがありますが」

 

苦言を呈する部下を一瞥し、ルイアは一言「アスロン市内へ進軍はしない」と告げた。

 

「アスロンへの進軍はしない・・・?ならば、どこで敵と交戦を?」

 

「敵ならすでにいるぞ」

 

「ッ!!」

 

ルイアの言葉に瞠目し、慌てて周囲を見渡す。しかし、彼の目に敵の姿は映らず、「一体どこに・・・」と困惑しながら周囲へと目を凝らす。

 

「前方2キロ地点。上手く偽装してはいるが、あの膨らみは不自然だ。それから、その横にある森にも、敵兵が潜んでいる。肉眼では目視出来んが、恐らく報告にあった戦車も潜んでいるはずだ」

 

首にかけていた双眼鏡を使用し、話にあったあたりを注意深く探る。傍目には何の変哲もない草原だが、言われてみれば確かにポツポツと不自然な膨らみがいくつか見られた。森の方は兵も、そして戦車の姿さえも見えないが、ルイアの観察力は共に行動してきた経験から絶対的なものを誇っていると知っているので、疑うことはなった。

 

だが、そのどちらも「言われてみれば」気付くかもしれないと言うレベルの偽装が施されている。あれを離れた距離から看破するルイアの能力に、男は改めて戦慄を覚えた。

 

男が無能なのではない。ルイアが異常なのだ。

 

「待ち伏せですか・・・どうしますか、隊長」

 

「罠にわざわざかかってやる必要もあるまい。ここからレギンレイブで薙ぎ払う」

 

次々と起動音を発し始める供給車からエネルギーケーブルを着脱し、整列するレギンレイブを背後にしながら、表情を一切変えずに淡々と述べるルイア。

 

方針が決まり、レギンレイブ達はルイアの前へと進み出る。

 

ガシャッガッシャッと重い音を発しながら横一列に並び終えたレギンレイブはその場で停止。

 

ルイアの「砲撃用意」と言う指示によって抱える槍のようなものを偽装を前方の草原へと穂先を向ける。

 

「撃て」

 

槍のようなものから蒼い光が迸り、草原へと光の柱が放たれた。一見しただけでもそれが秘める暴虐的な力が伺えるそれに、草原に伏せた敵は驚きを露わにしているはずだ。だが、もう遅い。光は敵が潜んでいる場所を丸々飲み込み、地面ごとその空間を抉り取る。後に残るのは、光が秘めた力の残痕だけだ。

 

「やはり、レギンレイブの力は素晴らしい・・・!!敵兵の死体さえも残らなかったようですよ、隊長!!」

 

光がもたらした力の痕に興奮した様子を隠さない士官は、上気しながらルイアへと話しかけるが、当のルイアは「違う・・・」と小さくつぶやいた。

 

「一杯喰わされたな・・・あれはダミーだ」

 

「ダミー・・・?し、しかし偽装までしてこちらを待ち伏せていたのですよ?それがダミーとは」

 

「だからこそだ。ダミーにより真実味を持たせるには、そのくらいしなければならない。本物はおそらく―――」

 

「敵襲!7時の方向より敵部隊接近中!」

 

「―――後ろだ。私の目も、どうやら衰えたようだ」

 

微かに自嘲するように口角を歪め、後方から接近してくる敵を見遣る。ガリア軍の特徴的な青い軍服ではなく、隠密性を重視した迷彩柄の戦闘服を纏った集団が後方の隊へ攻撃をしかけながら駆けてくる姿があった。

 

「初手はこちらが一杯食わされたか」

 

淡々と口にした言葉に悔しさは微塵も伺えない。そして、敵が迫っていると言うのにひどく落ち着いた口調で呟いたルイアは腕を一振りし、「レギンレイブを後方に展開する。他の戦闘員はそれまで敵部隊の足止めを行え」と指示を下した。

 

上が落ち着いた態度でいるためか、練度の高さゆえか、アインヘリアルの面々も下された命令を迅速に実行、敵部隊への迎撃を開始する。

 

形成される弾幕はアスロンに駐屯していた帝国軍とは比べ物にならないほどの密度を成し、一気に接近しようとしていたガリア軍はその足を停止させざる負えなくなる。

 

その間に最前列に並んでいたレギンレイブは一斉に反転、移動を開始した。

 

「さて・・・ここからが勝負だな」

 

レギンレイブが位置に就くのが先か、敵が迎撃を潜り抜けてくるのが先か。そこが、この戦いの勝敗を決定する。微かな笑みを浮かべながら、ルイアは銃声が飛び交う戦場を睥睨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新たにアスロン市へと接近する帝国軍との戦闘前、敵の戦力が不明なためヴァリウスは開発局からテストを頼まれていたダミーバルーンを使用した情報収集を行おうと目論んでいた。

 

このダミーバルーン、使用方法は至って簡単で、人型を模したバルーンに空気を送り込めば完成といった代物で、近くで見れば一発で偽物と分かる代物なのだが、偽装を施すことのよって遠目では本当に兵士が伏せているように錯覚させることが可能な品だ。

 

そして、自分たちはこれまた開発局から支給された迷彩装備を纏い仕掛けから少し離れた場所で待機することにしたのだ。

 

それらを用いて、敵を待ち伏せているかのように見せかけ敵の戦力を多少なりとも分析しようとしていたヴァリウスだったが、しかしその目論見は敵の放った攻撃によりすぐに潰えた。

 

(あの、蒼い光・・・まさか、帝国にもヴァルキュリアがいるのか・・・?けど、それにしては被害が小さい。クソ、なんなんだ、やつらは・・・!!)

 

それなりに時間を稼げると想定していた偽装を施したダミー群だったが、それを一瞬で吹き飛ばしたとんでもない暴虐性を持つ蒼い光を分析しながら、ヴァリウスは眼前に展開する敵へと銃弾を撃ち込み、また一人敵を撃破。お返しとばかりに放たれる銃弾の雨を木の陰に隠れることによって回避する。

 

敵の戦力はおよそ一個小隊規模。戦力的には自分たちと変わらないが、報告にあったあの奇妙な鎧を纏った集団。あれは、そんな戦力差など一瞬で吹き飛ばす力を持っている。

 

ダミーがあった場所はそこに草花が生い茂っていたとは信じられない光景と化している。地面は深く抉られ、歪な窪みを形成しており、それが数メートルほど続いている。あんなものを放たれれば、歩兵である自分たちは言わずもがな、装甲車とてひとたまりもなく撃破され、通常の戦車よりも厚い装甲を有している133小隊の戦車と言えども大破は確実。先ほど放たれたような一斉放火にあえば一瞬で部隊は全滅である。

 

今は敵を盾代わりにすることであの化け物じみた攻撃を防いでいるが、敵はすでにあの鎧達をこちらへと動かしている。あれが自分たちの目前に現れた時がこの戦いの決着の時だ。

 

それを防ぐためにはなんとしてでも接近戦を仕掛け、乱戦状態へと持ち込むしかない。

 

「と言っても、こうも見事に牽制されたんじゃ、うかつに身動きが取れないんだがな」

 

「おまけに、ここを突破できても、後ろにとんでもない化け物が待っている、と。全く、貧乏くじにもほどがあるな」

 

ヴァリウスと同じく木陰に身を潜めるセルベリアが口角を歪め皮肉気に笑う。

 

ダミーを一瞬で吹き飛ばした敵――便宜上”甲冑兵”と呼称――が攻撃をしてこないのは、味方の兵がヴァリウス達の間に存在しているからだ。

 

この盾代わりとなっている敵兵がすべて消えれば、甲冑兵が攻撃をしない理由は消滅する。現状を維持することが、ヴァリウス達の生き残るための手段となっているのだ。

 

「だが、いつまでもこの状態を維持ってわけにはいかないよなぁ」

 

「甲冑兵もこちらへと移動しているようだからな。ここにやつらが到着すれば、その時点で私たちはあの世行きだ」

 

敵を討たねば敵が来て、敵を討っても敵が来る。問題は解決の糸口さえも見せない。このまま正攻法で戦いを続けても、待っているのは死だけだ。

 

「・・・しょうがない。ちょっと無茶するか」

 

通信機を手に、ヴァリウスは呟いた。それを横目にセルベリアはこちらへ攻め込もうと動いた敵を射殺し、すぐに身を隠す。

 

「こちらヴァリウス。各員、聞こえるか?」

 

『こちらジャガー、聞こえます』

 

『ハウンド、感度良好』

 

『こちらホーク、聞こえますよ』

 

『こちらグリーズ!銃声で聞き取り辛いが、なんとか聞こえるぜ!』

 

「よし。各員に告ぐ。これより、俺とセリアが敵陣に突っ込み、後方から迫る甲冑兵を撃破する。援護を頼むぞ」

 

『『『・・・はぁ!?』』』

 

うるさっ!と、通信機を遠くに離す。だが、通信機から流れてくる仲間の声はボリュームを落とすことなく発せられ、銃声に負けない音量を維持している。

 

『何言ってるんですか、隊長!この弾幕を二人だけで潜り抜けるなんて、無茶にもほどがあります!!』

 

『第一、ここを突破しても、後ろには甲冑兵存在してるんです。二人だけでは到底かなうとは思えません!』

 

『自殺行為ですぜ、隊長!』

 

次々に発せられる皆の抗議の声。当たり前といえば当たり前なのだが、ヴァリウスの取ろうとしている行動は、明らかな自殺行為、無茶どころの話ではない。

 

だが、そうでもしなければ現状を打破することは出来ないのだ。

 

「確かにこの弾幕の中を俺とセリアだけで突破するなんざ、無茶だとは思う」

 

『なら!』

 

「まぁ、聞け。だからと言って、このまま現状を維持していればいいわけじゃないのは、お前らだって分かってるだろ?」

 

『それは・・・なら、せめて俺たちも一緒に行きます!』

 

「グレイ、それこそ馬鹿な話だ。いいか?|俺≪・≫と|セリア≪・ ・ ・≫ならこの中を突破出来る。けど・・・お前らじゃ無理だ」

 

『『『・・・』』』

 

冷たい、突き放すような言葉。だが、誰もがそれは真実だと理解していた。ヴァリウスとセルベリア。この二人は、自分たちよりも、一段上の存在なのだと。

 

「それに、あいつらを突破した後も、盾代わりとして使うなら、引付役が必要だろ?なら、俺たち二人でここを突破、接近する甲冑兵を撃破する」

 

『しかし・・・隊長達の負担が大きすぎます。それに、あの甲冑兵の攻撃をたった二人で受け持つなんて・・・』

 

「それは多分だが大丈夫だ。敵さんも味方が居る中であの光を放とうとはしないはずだ」

 

希望的観測が多分に含まれた予想だ。しかし、通信機の向こうに居る面々にとってはかなりの説得力を持っていた。

 

『・・・了解しました。なら、私たちは隊長達を全力で援護します』

 

『それしかない、か・・・無事に戻ってきてくださいね、隊長』

 

『帰ったら一緒に酒でも飲みましょうぜ!』

 

『ご無事で、隊長』

 

「ああ。もちろんだ。・・・ここは任せたぞ」

 

通信機を置き、ヴァリウスは目を瞑る。未だ銃声は途切れることなく轟いているが、今この瞬間だけは彼の耳に銃声は一切届いていなかった。

 

(ほんと・・・仲間に恵まれたよな、俺たちは)

 

記憶がなく、自分が本当は誰なのかも分からない。奇妙な研究所でセルベリアと出会い、今まで生きてきた。自分を拾ってくれた義父、自分を慕って集まってくれた仲間。

 

本当に、恵まれていると思う。

 

だからこそ、

 

「あいつらの期待・・・裏切るわけにはいかないよな」

 

「ああ。頼まれてしまったからな。”無事に帰ってきてくれと”」

 

「ああ。だからこそ―――」

 

傍らに立つセルベリアの言葉に笑みを浮かべ、立掛けていたディルフを手に取る。ひとつ息を吸い、目を見開く。二人の体からは、うっすらと蒼い炎が立ち上っていた。

 

『出し惜しみは無しだ』

 

『ああ』

 

それぞれの得物を手に木陰から身を踊り出す。二人の姿を見た帝国兵たちは、即座に反応、銃口を姿を見せた二人へと向け引き金を引く。

 

マズルフラッシュが煌めき、火薬によって撃ち出された銃弾が並び立つ二人へと群れをなして襲いかかる。二人はその場から一歩も動いていない。

 

”仕留めた”

 

必殺を確信し、なおも引き金を引き続ける帝国兵たち。だが、彼らは信じられない現実を目にした。

 

”二人が、その場から消えた”のだ。

 

確実に二人を貫くと思われた銃弾は、蒼い光の残滓を貫くもすでにそこに実体はない。空中を奔った銃弾は生い茂る木々へと命中し鈍い音を響かせる。

 

一瞬にして銃弾の雨を回避した二人は、体勢を低くしたまま地を駆ける。帝国兵達へと目にもとまらぬ速さで迫るヴァリウス達。そのスピードは帝国兵達の認識速度を優に超えており、誰一人として彼らの姿を捉えることは出来ていない。

 

だが、尾を引く蒼い光が二人が自分たちの許へと迫り来ていることを知らせていた。

 

「う、撃て!!弾幕を形成しろ!!」

 

若干パニックに陥りながらも迎撃の意思を示す下士官。非現実的な光景だが、敵が迫っていることには変わりない。冷静さを完全には取り戻せていない面々も、命令に対し反射的に行動を開始。

 

冷静であった時と比べればかなり隙間があるものの、夥しい数の銃弾が壁を作りヴァリウス達の接近を阻止せんと立ち塞がる。

 

しかし、今の彼らには、中途半端な弾幕など意味を成さない。

 

射線と射線の間に生まれる僅かな隙間を縫うように駆ける二人の体に銃弾は掠りもせず、宙には蒼い軌跡だけが描かれる。

 

瞬く間に縮まる両者の距離。飛来する銃弾に顔色一つ変えずに奔るヴァリウス達とは対照的に、数多の銃弾にも怯まず、接近する二人に対し帝国兵達は焦りと怯えの色が浮かび上がる。

 

やがて、相対距離が30mにまで迫った瞬間、それまで地を駆けていた二人の姿が再び帝国兵達の視界から消え去った。

 

「またッ・・・!周囲警戒!!来るぞ!!」

 

弾幕形成を中断し、周囲への警戒を行う。どこから攻めてくる・・・前か・・・横か?

 

緊張が奔り、汗が滲む。視界から消えているということは、どこから攻撃されるか分からない恐怖が襲いかかるということだ。それは、兵士の精神を確実に蝕む毒と同じ。誰もが怯えの色を隠せずにいた。だが、一向に敵が攻撃を仕掛けてくる気配はない。緊張に空気が張り詰めるなか、ふと後ろから風を感じた兵士の一人が振り返った。

 

「―――う、後ろだ!!」

 

誰に気づかれることもなく、二人は敵陣の真っただ中に居た。叫んだ兵士をヴァリウスが一瞥する。不気味に輝く赤い瞳に見詰められた兵士はビクリッと体を震わせながらなんとか銃口を向けようとするも、思うように体が動かず狙いが定まらない。

 

(クソッ・・・動け・・・動けよ!!)

 

ガチガチと不快な音がする。自分の歯が発する音だと気付いたのは彼らが去ってからのことだった。自分の体だというのに。ただ見詰められているというだけで、自分の体が自分のものではないかのような錯覚さえ覚えていた。

 

見詰められていたのは数秒だろうか。それとも数十秒?いや、数分かもしれない。実際には1秒もなかったのだが、彼にとっては永遠ともいえる時間が経過していた。

 

そして、気づいた時には彼らの姿ははるか遠くへと消えていた。

 

「助かった・・・のか?」

 

特に攻撃もされず、去って行ったヴァリウス達を茫然と見送る。圧倒的なスピードで弾幕を突破し、誰にも気づかれず陣中に現れ、何もせずに去って行った敵。

 

不可解な彼らの行動に呆気にとられていた下士官は、だが彼らが目指す先にある者が何か気付くと、全部隊に追撃命令を下そうと動く。

 

だが、それは一歩遅かった。

 

「全軍、突破した敵を追げ「た、隊長!!敵が!敵が攻撃を仕掛けてきます!」何ッ!クソ、まんまと出し抜かれたと言うことか・・・!!」

 

呆然としていた帝国へ突如襲い掛かる133小隊。中枢であるヴァリウスとセルベリアを欠きながらも、苛烈な攻撃は帝国の足を止めるには十分の圧力があった。

 

「・・・全部隊に告ぐ!正面の敵を即時殲滅する!!出し惜しみはするな、全力を持って排除に掛かれ!!」

 

「いいか、全員よく聞け!!俺たちの役割は隊長達の援護!!これだけだ!!無様な格好はさらすんじゃねぇぞ!!」

 

気炎を上げる両軍。遥か先を駆けるヴァリウス達へと届けとばかり、残された面々は己らに課された責務を全うすべく全力で敵との交戦を開始した。



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第十四話

なんなんだ、この化け物達は・・・!!

 

ルイアの傍らに立つ下士官の心境を一言で表すのなら、彼は今人を超越した”バケモノ”と対峙していた。

 

アスロンを落したと思われる敵によって分断された部隊との合流を目指していた部隊を、突然停止させ、丘の上で陣を組んだ上官に、彼は当然ながら苦言を呈した。

 

なぜこのような場所で陣を組む必要があるのか。一刻も早く味方部隊との合流を果たすべきではないのか。

 

苦言を呈する下士官を、しかしルイアは一言で切り捨てた。

 

”すでに戦線は抜かれている”

 

ここまで、今尚聞こえる戦闘音がこの人の耳には聞こえていないのだろうか。もし本当に戦線が抜かれていいるのなら、現在聞こえているこの戦闘音はなんなのだ。

 

そんなことを考えていた下士官は、しかしその数分後目の前に現れた二人の異様な男女の出現により、一瞬にして自分が間違っていたことに、そして自分の横に居る上官が言っていたことが正しかったことに愕然とした。

 

たった二人で仲間達を突破してきたのか?それも無傷で?なんなんだ、この二人は・・・!

 

混乱する下士官をよそに、ルイアはようやく目の前に現れた二人のヴァルキュリアの姿に薄い笑みを浮かべていた。

 

「よく来たな、と言いたいところだが・・・少々遅かったようだな?」

 

「・・・それは、すまなかったな。なにしろ、手厚い歓迎を受けてたもんでな。少し時間かかっちまったんだ」

 

親しげな友人同士のような会話。しかし、話し合う当人たちの表情はまるで対照的だ。

 

「そうか。オリジナルの力ならばあの程度は容易く抜けてくると思っていたんだが・・・見込み違いだったか?」

 

「オリジナル・・・?何の話だ」

 

「おいおい、とぼけるのか?お前たちが今使っている力のことに決まっているじゃないか」

 

「「ッ!!」」

 

ルイアの言葉に息をのむ。自分たちの力を目の前の男が知っている可能性は甲冑兵たちの放った蒼い光の砲撃から予測はしていた。

 

だが、改めてその事実を突き付けられた今、眼前に立つ男が、自分たちがかつていた場所―――ヴァルキュリアの研究所と関わっている可能性はかなり高くなった。

 

「・・・一つ聞く。お前はあの場所を・・・俺たちが居た場所を知っているか?」

 

―――自分たちが、本当は何者なのかを知る可能性も、あるかもしれないと言うことだ。

 

ヴァリウス自身に自分の過去が知りたいと言う気持ちは無い。自分は物心ついたときからあの施設に居たからか、自分の過去などどうでもいいとさえ思っている。

 

だが、セルベリアは別だ。

 

自分よりも後から施設に来た彼女には、確かに両親が居たはずだ。居るかどうかも自分とは違う、本当の親が。

 

彼女は、自分に弱音を漏らすことはほとんどない。そんな彼女が唯一漏らしたことのある弱音。それが自分の、両親の事だ。

 

探せるような伝手は、幼い自分には無かった。軍に入り、伝手を得ても、手がかりとなる情報は自分たちの居た施設の事だけ。それも、今では廃墟となっていて手がかりなどはまったくなかったという。

 

諦めていた。彼女は、それでもいいと笑うだろう―――どこか寂しそうに、笑うだろう。

 

だが、自分はそう思えなかった。本当の両親、本当の家族。

 

会わせてやりたい―――ずっと、そう願っていた。

 

そして今。その手がかりが・・・ずっと、求めていたモノが―――

 

「ああ・・・知っている」

 

 

 

「ッ・・・!!」

 

 

 

現れた―――!!

 

 

 

 

「そうか・・・なら―――」

 

 

 

 

絶対に―――逃がさない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分には理解できない会話から始まった、敵と上官の対峙、そして戦闘。唐突に始まったのだが、上官にとっては想定内だったのか、即座にレギンレイブへ命令を下し、弾幕を形成。光の壁と言っても過言ではない代物を形成し、敵は一瞬で消し飛んだ―――かに見えた。

 

敵は、光弾の嵐をどのようにしてかは不明だが、すべて回避し、二人とも無傷で姿を現した。それだけでも信じられないことだというのに、あろうことか男の方は、弾幕の中へと自ら飛び込んだのだ。

 

女の方も、弾幕の射程範囲内に居るというのにその場を動こうとせず、それどころか長大なライフルを構え攻撃を繰り出し始めた。

 

レギンレイブに、通常の攻撃はほとんど意味をなさない。

 

なぜならば、彼らの持つ盾には物理的な攻撃ならばほとんどを無効化可能な光の盾を展開できる機能が備わっているためだ。

 

これは、たとえ重戦車の砲撃だろうと無効化することが可能であり、ほぼ物理的な攻撃に関しては無敵に近い防御力を有している。

 

個人兵装程度の攻撃力ではこの防御を抜くことは到底無理な話だ。

 

しかし、これはあくまでも盾を(・ ・)構えて《・ ・ ・》いた時の話だ。

 

如何なる攻撃を無効化する盾があろうとも、それを構えていなければ、レギンレイブの防御力は鎧が耐えきれるもののみとなる。

 

レギンレイブの纏う鎧は通常のライフル弾程度の威力ならば無傷で防ぐことが可能だが、アレはどう見てもそれ以上の威力を持っている。

 

盾は構えなければ機能しない。そして、攻撃と防御、二つを同時にこなせるほどの能力はレギンレイブには備わっていない。

 

故に、彼女の放つ攻撃を防御するため、レギンレイブは攻撃を一時中断せねばならない。

 

それにより、弾幕の密度は一時的にだが低くなり、男の駆ける道が形成される。

 

すぐ傍を光弾が通り過ぎても微動だにせず射撃を続ける彼女の姿は、弾幕の中を駆ける男に劣らない、凄まじい気迫を感じさせる。

 

(気でも狂ってるのか、こいつらは・・・!!)

 

掠るだけでも致命傷となりうる弾幕の中を駆ける男もそうだが、その場から動かず、ライフルを撃ち続ける女も十分狂ってる。

 

命を失うことが怖くないのか?なぜそうして立っていられるんだ!

 

レギンレイブの力をよく知るがゆえに、下士官は目の前の二人がとる行動が理解出来ない。掠るだけでも致命傷、遺体さえも残らない絶大な力を秘めた光弾に臆しもせずまっすぐに立ち向かうなど、自分には考えられない。

 

だというのに・・・

 

「なぜだ・・・なぜ、そうまでして立ち向かってくるんだ・・・!!」

 

理解できない恐怖に身体を振るわせる下士官。そんな彼をよそに、地を駆けるヴァリウスと、その背後で立ち続けるセルベリアを眺めていたルイアは、歪んだ表情を浮かべていた。

 

「いいぞ・・・そう来なくてはな・・・!!」

 

若干興奮しているのか、平時の彼には似つかない、弾んだ口調。死線を潜り抜けてくる2人を見る目はまるで科学者が期待通りの動きを見せた実験動物(・ ・ ・ ・)を見るかのような目だ。

 

「お楽しみの様子のとこ悪いが―――そこはもう、俺の間合いだぜ?」

 

その言葉とともに、前衛を務めていたレギンレイブの一体が耳障りな金属音を発しながら仰向けに倒れる。その眼前には、いつの間にか弾幕を突破し終えたヴァリウスがディルフを振り下ろした格好で紅い瞳を怪しく光らせていた。

 

「さて、さんざん持て成してくれたんだ・・・こんどは、こっちの番だな!」

 

ヴァリウスの傍に居た二体のレギンレイブが槍を、盾を用いて攻撃を仕掛けようと振りかぶる。だが、その動き彼にとってはは鈍重過ぎた。

 

それぞれの得物が振り下ろされる前に、ディルフによって槍が、そして盾が切り裂かれ、貫かれて原型を失う。

 

それでも、残った得物で再度攻撃を仕掛けようと動くが、それよりも疾く二体の身体は血飛沫を撒き散らし、身体は地へと沈む。

 

一瞬にして三体ものレギンレイブを失い、この距離ではレギンレイブの強力すぎる攻撃は味方を巻き込むために使用できない。戦況は明らかにヴァリウス達へと傾いている―――しかし、依然としてルイアは余裕の笑みを失わずにいた。

 

「随分と余裕そうだな・・・」

 

「そう見えるかね?」

 

「ああ・・・だからよ」

 

その笑い―――すぐに引っ込めてやる・・・!!

 

一直線にルイアの下へと走る。彼とヴァリウスを隔てるモノは、最早居ない。後ろから攻撃しようも、外れればルイアへと攻撃が当たる可能性がある。

 

まさに絶体絶命な状況。しかし、それでもルイアの顔には笑みが浮かんだまま。

 

嘗めてるのか・・・!!

 

あと数歩でヴァリウスの間合いに入ろうとしたその時、

 

「さすがはオリジナルだ。こちらの予測を上回る動きを見せてくれる―――だが」

 

「ッ!!」

 

瞬間、ヴァリウスの背筋に強烈な悪寒が奔る。直感に従い、前進を続けていた足を停止、後方へと一気に飛び退く。

 

それとほぼ同時、それまでヴァリウスが居た空間を、紅い光(・ ・ ・)が抉り取った。

 

それまでの蒼い光弾とは異なる、禍々しいまでの紅い光。それは、地を容易に抉り取り、すべてを灰燼へと変貌させた。

 

「これは・・・!?」

 

「参ったな・・・ここまで来て隠し玉か・・・!!」

 

紅い光がもたらした光景に驚愕の声を上げるセルベリアの横へ着地したヴァリウスは、ルイアの横に現れた意匠の違う鎧を纏う甲冑兵を睨み付け、悪態をつく。

 

そんな二人の様子に満足げな笑みを浮かべつつ、ルイアはまるで新しいおもちゃを自慢するかのような口調で語り始めた。

 

「どうだ?ツヴァイの威力は。少々威力調整に手間取っているので、使いどころが難しいが、中々使えるだろう?」

 

新しく姿を現した甲冑兵―――ツヴァイと呼ばれたそれは、他のレギンレイブと同じく無言のまま、ルイアを守るように彼の前に立っている。

 

ただそれだけだと言うのに、ヴァリウス達はツヴァイから発せられる不気味な威圧感のようなものに、どこか息苦しさを感じていた。

 

状況は依然として膠着状態を保っているが、それはあくまでルイアが攻撃命令を発していないから。すでにヴァリウスの位置はセルベリアの隣―――戦闘開始当初の地点まで後退している。

 

ここから、さっきのようにレギンレイブの弾幕を掻い潜り、ツヴァイに守られたルイアに一太刀を浴びせる・・・これを達成するのは―――限りなく、不可能に近かった。

 

「どうする、ヴァン。このままでは・・・」

 

「分かってる。後ろの事もあるんだ。後退は出来るだけしたくない。が・・・」

 

「あのツヴァイとか言うやつが、問題か・・・」

 

ツヴァイ(2番目)なんて名前が付いてるくらいだ。他の奴よりも高性能なんだろう。おまけに、味方がいてもお構いなしに仕掛けてくるようなやつだ・・・さっきみたいに、接近戦が攻略の糸口だってハッキリと言えなくなったのが正直痛いよ」

 

周囲に味方が居ても、躊躇せずに放たれた先ほどの砲撃を思い出す。相手にとっては運よく、自分たちにとっては運悪く味方を巻き込むようなことはなかったが、明らかにツヴァイは味方への被害など一切考慮してはいなかった。

 

それは、たとえもう一度敵陣へ到達し、接近戦に持ち込めたとしても先のように一方的な展開にはならないということだ。

 

「戦力的には、もとから不利だったわけだが、これで戦術的にも不利になったわけだ」

 

口調は軽いものの、その表情まではそうはいかない。現状を表しているかのような厳しい表情で、二人は未だ動かずにいる(レギンレイブ)を見つめ続ける。

 

今二人に先手を打つことは出来ない。だからこそ、敵が打つ手を冷静に見分け、適した行動をとらなければならない。すべては、生き残るために。そして、仲間達を守るために。

 

そんな覚悟を決め、敵を注視していた二人だったが、事態は彼らの予想していなかった方向へと動いた。

 

「隊長、そろそろ・・・」

 

「リミットか・・・やはり、アインでは戦略兵器としては致命的だな」

 

(何を話しているんだ・・・?)

 

下士官とルイアは二人には理解できない会話をしばらく続けていると、唐突に「悪いが、今日はこれで御開きとさせてもらおう」と踵を返した。

 

「なッ!」

 

「おいおい・・・」

 

予想もしていなかった事態に呆然となる二人。彼らをよそに、レギンレイブ達は主の後に続き戦闘態勢を解除、背を向け丘の向こうへと消えていく。

 

無防備とも言える背中に、しかし二人は手を出せない。今手を出せば、確実に先の比ではない弾幕と、砲撃を見舞われる可能性が高い。その上―――無いとは思うが―――万が一自分の部隊ごと後方の仲間達へ攻撃を加えられる可能性も無くは無いのだ。

 

あまりにも突然の幕引き。手も足も出せず見送るだけ二人へ、ルイアは何かを思い出したかのように振り返り、あることを告げた。

 

「そうそう、最初の質問だが・・・私は、あの研究所を知っている」

 

「「ッ!!」」

 

何故、今になってそんなことを・・・そんな表情の二人へ、ルイアは微かに笑みを浮かべながら、

 

「楽しませてくれた礼だ。では、また会う機会まで・・・死んでくれるなよ」

 

とんでもない一言を残し、去っていくルイアの背中を、ヴァリウス達はただ見つめるだけ。呼び止めも、追いかけることも出来ないこの状況に歯噛みしつつ、敵が完全に去っていくのを二人は肉眼で確認。

 

自分たちもまた、仲間たちの待つ地点へと、煮え切らない思いを抱きながら帰還した。

 

 

 

 

 

―――この後、ガリア戦役と呼ばれる戦いで、幾度も戦火を交えることとなる第133小隊と、帝国軍特殊部隊・アインヘリアルの初戦闘は、その激しさからは想像できないほどに、呆気ない形で、しかし一部の者に、大きな波紋を抱かせながら、幕を閉じた―――

 

 

 

 

 

 



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第十五話

「それで、被害は?」

 

「ハウンドの被害が一番多いですが、幸いにも死者はおりません。軽傷者が27、重傷が12。この重傷者に関しても、銃弾は貫通しており、命に別状はありませんので、1ヶ月程度軍病院で治療すれば問題ないです。・・・というか、一番の重症者なはずのギオル曹長が元気すぎるくらいなので、どうにかしてくれませんか、隊長」

 

「あ~、まぁ、注意はしとくよ・・・」

 

アスロン郊外での戦闘を終え、後続の部隊へ戦線の維持を引き継ぎ基地へと帰投する道中、野営用テントの一つにて、アリアからの報告と一部の者への愚痴に苦笑を浮かべつつ、ヴァリウスは予想よりもずっと被害が少なかったことに内心で安堵の息を吐いた。

 

正直な話、先程まで戦っていたアインヘリアルの兵士達は、今まで戦った敵の中でも、一番の強敵だったと思う。レギンレイブだけではなく、その前に戦った一般兵の練度も非常に高いものであった。そんな敵と、二倍以上もの兵力差があった戦いだ、最悪半分は戦死してしまう可能性も考慮していた。しかし、その予想はいい意味に裏切られ、結果としては装備や車両に損害は出たものの、人的被害はそう酷いものではなかったのが不幸中の幸いだろう。

 

「しかし、本当に残してきた部隊だけで戦線を維持できるのか?はっきり言って、もう一度あの敵が攻めてくれば一個中隊など、一時間程度で全滅だぞ」

 

ヴァリウスの隣で共にアリアからの報告を聞いていたセルベリアが、ふと思い出したかのようにそんなことを尋ねてきた。

 

確かに、彼女の言うとおり、一個中隊規模であろうとも、あの敵が(アインヘリアル)が攻めてくれば一溜まりもないだろう。だが、これには―――酷く下らない―――理由があった。

 

「これ以上戦力投入は各戦線への負担が大きくなるため、戦略的観点から許可出来ない。中央戦線は現状然したる脅威も確認されておらず、これ以上の戦力は過剰である」

 

「?なんだそれは」

 

「増援要請に対するお偉い将軍(無能)殿からの返答。中部奪還作戦を間近に控えた今、自分の作戦以外に戦力を投入するのは無駄以外の何物でもないんだと」

 

「またあの男か・・・!」

 

戦力の削減理由が例のごとくダモン将軍による工作であると聞き、憤るセルベリア。彼らの正面に立つアリアもまた「ホント、邪魔ばっかりですね、あの髭オヤジ!」と怒りを見せていた。

 

他者に聞かれれば上官侮辱罪で軍法会議に掛けられても仕方がない暴言の数々。特に、平時ならば決してこのようなことを口にしないセルベリアまでもが怒りに満ちた表情で暴言を吐いていることから、相当怒り心頭なのだと言うことが容易に見て取れた。いくら規律に厳格な彼女であろうとも、限度というものが存在する。それが真に作戦に支障をきたすのならばともかく、個人的な嫌がらせで人員を限定するなど、到底許容できることではないのだ。

 

「帝国だけではなく、軍内部からの妨害にも対処しなければならないとは・・・いっそのこと、死んでくれないだろうか、あの無能・・・」

 

「あの無能、生き残る事だけはやけに上手いからな・・・まぁ、それは置いて、今するべきは負傷者の移送と基地への迅速な帰還だ。悪いとは思うが、手の空いてる者と、軽傷者には周囲の警戒を欠かせないよう言っておかなきゃな」

 

本来ならば軽症者や他の者も休息を取らせてやりたいところだが、ここは奪還したとはいえ敵の支配地域に隣接している。安全地帯とは言い難いここに、あまり長居したくはない。

 

「疲労も溜まっていますが、現状では致し方ないですね。そう通達しときます」

 

「悪いな、伝令みたいなことまでさせて」

 

「人手不足は十分理解してます」

 

そうにこやかに答えると、アリアは一礼し、テントから退出する。その姿を見送った二人は、それまで浮かべていた表情を一変させ、いささか深刻気な空気を醸し出す。

 

「で、ヴァンは実際どう思う?」

 

「どうって言うと・・・あいつらのことか?それとも今後のことか?」

 

「両方だ」

 

茶化すようなヴァリウスへ、僅かに目くじらを立てるセルベリア。そう怒るなよと笑いかけながら、問われた二つの事柄に対する自身の見解を述べる。

 

「”私は、あの研究所を知っている”・・・あいつ自身が言ってただけだから証拠としては弱いが、甲冑兵共が使っていた力は間違いなく俺たちと同じ・・・”ヴァルキュリア人”の力だと思う」

 

「やはり、そうか・・・・」

 

分かっていたこととはいえ、改めて他者から事実を告げられひとつ息を吐く。その吐息には、一言では言い表せない複雑な感情が込められていた。

 

「ただ、最後に現れた”ツヴァイ”と呼ばれていたあいつに関しては何とも言えないな・・・普通じゃないことだけは確かだが」

 

「あいつか・・・確かに、あの力は私たちと同じと言い切ることは出来ないな」

 

ルイアへ届こうとした一太刀を防いだ甲冑兵―――ツヴァイと呼称されていた敵が放った異質な紅い焔。通常ヴァルキュリアが纏い、放っていたとされているのは”蒼い焔”だ。それは、ヴァリウス達も、そしてツヴァイ以外のレギンレイブ達も同様。

 

ヴァルキュリアの力とは、ラグナイトエネルギーを根源としていると言われている。そのため、力を発現した場合、光色は通常蒼い光になるはずだ。

 

しかし、ツヴァイが放ったのは”紅い焔”。それも、たった一撃で地形を変貌させてしまう程の力を秘めた、異質な光。

 

「まぁ、帝国内でもあの部隊自体、謎に包まれてるみたいだしな。しばらくは情報が上がってくるのを待たないと、何とも言えないよ」

 

憶測のみで情報を固めることほど危険なことはない。故に、謎の敵部隊であるアインヘリアルに関しての話し合いはこれで終了となった。

 

「で、もう一つの方―――今後のことについてだが」

 

「ああ、まぁ細かい被害報告がまだだからはっきりとしたことは言えないが、少なくとも通常通りの編成ではしばらく動けないな。重傷者が出なかったから人員の配置換えやらは行わなくてすみそうだが、規模の縮小は行わなきゃならん。装備やらの再調達、機材の修理やらもあるから・・・少なくとも向こう2週間は完全休業、思わぬ長期休暇ってところだろ」

 

「この時勢に何を言っている・・・と言いたいところだが、確かに療養や武器の調達やらを考えればその程度の期間は必要か」

 

「それに、負傷者以外の奴らも、今回の戦いじゃかなりまいってるはずだ。少しくらい気分転換させてやらなきゃそのうちストライキでも起こしそうだ」

 

「・・・本当に起りそうだから始末に負えないな」

 

苦々しげに呟くセルベリアに思わず苦笑。第133小隊は、優秀な人材を集中的に集めたためか、キャラが濃い連中がそれなりに多い。

 

ここらで一つ息抜きでもさせてやらなければ、そのうち本当にストライキを起こしかねない人物が数人存在しているのは事実だ。

 

「まぁ、あれだけの戦いを無事に潜り抜けたんだ。ここらで飴の一つでもああ与えてやらなきゃ後が怖い」

 

休息も取らずに万全な仕事ができる人間は居ない。それは例え訓練を受けた兵士だろうが同じだ。むしろ戦場という過酷な状況を生き抜く兵士にとっては一般人よりも休息の重要性は高いかもしれない。

 

「確かに、開戦してから二カ月・・・まともな休息がなかったな。ここらで一息入れる必要があるか」

 

「それに、動こうにも装備も碌にないんじゃ動けないんだ。なら今のうちに休んどかなきゃな」

 

「分かった。皆には私からそう伝えておく」

 

「ああ、頼む。俺も整理が一段落したら行くよ」

 

テントから出て行くセルベリアを見送ったヴァリウスは、纏められた資料に目を通す作業へと意識を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ギルランダイオ要塞~

 

「大尉、ご命令通り、例の部隊資料をお持ちしました」

 

「ああ、ご苦労。他の者には、しっかりと休息をとらせているか?」

 

アスロン郊外から帰還したルイアはギルランダイオ要塞内の割り当てられた一室にて戦闘報告書の作成のため、敵対したヴァリウス達第133独立小隊の資料を受けとりながら書類へと目を走らせていた。

 

「ハッ!ご命令通り、隊員達には、十分な休息をとらせています。しかし、大尉も休息をとられた方がよろしいのではないでしょうか・・・?昨夜から全く休憩されていないのですし」

 

「私の事ならば心配はない。下がっていいぞ」

 

「・・・ハッ!」

 

部下の進言を一蹴し、誰もいなくなった部屋で受け取った資料へと目を通す。そこには簡易的ではあるものの、第133小隊に関するかなりの情報が記載されていた。

 

「ガリア正規軍、第133独立機動小隊・・・隊長、ヴァリウス・ルシア、階級は中佐・・・副隊長、セルベリア・ルシア、階級は大尉・・・分隊長として、ギオル・アークス、キース・キルヒア、ガレイ・フォークロア、アリア・マルセリス、シルビア・・・戦績は・・・なるほど、大したものだな。今やヤツはガリアの英雄的存在と言うわけか。部隊自体が精鋭で固められているとはいえ、この戦績・・・なるほど、素の戦闘能力もやはり高いレベルで纏まっているということか」

 

資料をめくりながら、そこに書かれている人物達の情報に、言葉を零すルイア。元傭兵、ダルクス人、第一次大戦から戦っている兵士に、元スパイ。亡国の兵士・・・隊員たちの様々な経歴が記されている資料に、笑みを浮かべながら、読み進めていく。

 

「かつては、名前さえもなく、番号で呼ばれていたお前達が、今では英雄か・・・」

 

歪んだ笑みを浮かべながら資料に添付されていた写真へと目を移す。無表情でありながらも、絶望などは一切ない汚れなき瞳。かつてはある種の濁りに満ちていたというのに、こも人というのは変わるのだな。

 

そんなことを脳の隅で考えていると、物音一つなかった室内にノックの音が響いた。

 

「失礼するよ」

 

ルイアの答えを待たずに、彼の執務室へと一人の女性がタバコを吸いながら入室してくる。本来ならばタバコを吸いながら士官の執務室に入室など決して許されないことだが、ルイアは全く気にした様子もなく、資料から入ってきた女性へと視線を向けた。

 

入室してきたその女性は、黒いシャツの上に白衣を纏い、外見だけを見るのならば、かなりの美人ではある。もしも、しっかりと着飾って、男の前に出てみれば、恐らく多くの男から声をかけられたかもしれない。

 

しかし、その彼女の外見も、ある一つの点から、その可能性さえも無くしていた。

 

その一点とは、彼女の瞳であった。彼女の瞳は、普通ならば宿しているはずの、”光”というものを、宿していなかった。

 

人は、大抵の場合人と話すときは、目を見ながら話す。”目は口ほどに物を言う”という諺がある。それは、”目は、人の心を映しだし、時に口で語るよりも気持ちを表現することがある”と言う意味を持っている。

 

何かしらの魅力ある者というのは、おおよその者が瞳に光を宿しており、その光が人の心を惹きつけ、魅了するのだ。

 

しかし、その女性の瞳には、その光が存在していない。いや、彼女にも光はある。しかし、他人を引き込むような暖かな光ではない

 

言うなれば”狂気の光”。他の一切に興味は無く、ただただ自身が求める事にのみ没頭し、そのためならば手段などは考えず、人としての道徳さえも捨て去ってしまう。

 

そんな危険極まりない光を宿している女へと、ルイアは少々呆れた表情を向け出迎えた。

 

「フェルスター博士。返事が無い内に入ってきては、ノックの意味など無いだろう・・・」

 

「そうか。それはすまなかったな。しかし、私もなにぶん忙しいのでな。さっさと用件をすませたいんだ」

 

そう言って、ルイアの言葉を一蹴した女性、クレメンティア・フェレスターは、彼の前へと歩み寄り気だるさを感じさせる目を向ける。

 

「まぁ、こっちから呼び立てたのだから、それに関してはとやかく言うつもりはないがな。殿下達の前では、粗相の無いよう気をつけてくれよ」

 

「で、何のようだ?言った通り、私は忙しいんだ。早く研究に戻りたいのだがな」

 

「フゥ、相変わらず人の話を聞かないのだな・・・まぁいい。レギンレイブが3体損失した。その件に関しては、既に聞いているかな?」

 

「ああ、その話か。確かに聞いてはいる。相手が誰だったかまでは聞いていない。非常に興味はわくがな。アレは失敗作同然とは言え、ただの人間には到底倒せるものではない」

 

「ああ。それについてだが・・・」

 

バサッ・・・

 

ルイアは手にしていた資料を机の上へと放り、フェレスターへと投げ渡す。それを拾い上げたフェレスターは、訝しげな表情をしながらルイアへ「これは?」と疑問を呈した。

 

「今日戦った部隊についての資料だよ。君にとっても、中々懐かしい顔があるぞ?」

 

「・・・!ほう、生きていたのか、a-031,d-441・・・なるほど、この二人ならばレギンレイブを破壊したと言うのも納得出来るな。それで、あいつらは力を使っていたのか?」

 

「ああ。第一次覚醒は完全に達していた。だが、触媒が無いためか第二次覚醒には至ってはいなかったな。目覚めているかは不明だが、それでも二十体のレギンレイブを相手に終始圧倒的な戦闘能力を発揮していたよ」

 

「第一次覚醒でか・・・なかなか興味深いな。マリーダとの戦闘データを是非採ってみたい」

 

「そういえば、最近はヴァルキュリア同士の戦いを見てみたいと言っていたな。レギンレイブでは満足出来ないか?」

 

ルイアがどこかからかう様な口調で尋ねると、フェレスターは、「当たり前だ」とご機嫌気味だった気分は一転、不機嫌な口調でルイアへと語る。

 

「あんな失敗作では、ヴァルキュリアの真の力など、分かるわけがない。私が見たいのは、”本物の”ヴァルキュリア同士の戦いだ。模造品になど興味ない」

 

そう吐き捨てると、もはや資料に興味を無くしたフェレスターは、それをルイアへと投げ返し、踵を返す。そのまま扉の前へと歩いていき、部屋から退出しようとドアノブに手をかける。

 

そのまま出ていくのかとフェレスターの背を見送るつもりでいたルイアだったが、彼女は唐突に何かを思い出したかのように足を止め、首を回しルイアへ振り向く。

 

「そうだ、今度a-031と戦う事があれば、私も連れて行け。折角だ、あいつらがどのような変化を遂げたのか直に観察したい」

 

まるで”自分も買い物に連れて行け”とでも言うかのような軽い口調で、命の危険が待つ戦場への同行を求めるフェルスター。普通ならば即座に却下される要求だが、ルイアは「また無茶を言うな」と零しながらも同行を許可する旨を口にした。

 

「分かった。何時になるかは分からんが、その時は連絡を入れよう。念を押すようだが、損失したレギンレイブの補充の件は、忘れてくれるなよ。”失敗作”でろうと、あれは使えるんだ」

 

「分かってるよ。調整込で2週間後には補給させるよう手を打っておく。そっちも材料(・ ・)の調達を忘れるな」

 

「心得てるよ」

 

ルイアの言葉を聞き、フェルスターは今度こそ執務室から立ち去る。ルイアは彼女が出て行った扉をしばしの間見つめていたが、すぐにフェレスターが投げ返してきた資料を再び手に取り、それを見つめながらアスロンでヴァリウス達へと向けた笑みと同じ歪んだ、そして見る者の背を振るわせるような笑み浮かべた。

 

「ヴァルキュリア同士の戦闘か・・・そんな事が起きてしまえば、その周囲は焦土と化すだろうに・・・しかし、科学者とは自身が望む事以外は全く興味が無い人種だ。そのようなことは考えていないのだろう。だが・・・」

 

そんなことが実際起きれば、面白いことになりそうだ。

 

「帝国のヴァルキュリアが強いか、それともガリアのヴァルキュリアが強いか・・・確かに見てみたい気もする。それに・・・」

 

資料をめくり、ヴァリウスの情報が記載しているページを開く。その瞳は、どこか少年が、英雄に憧れているかのような純粋な、しかし見る者が見れば確実に狂っていると分かる光があった。

 

「貴様が本当にあの血統に連なる者なのだとすれば・・・さぞや面白いものを見せてくれるのだろうな・・・”ヴァルキュリアス”・・・」

 

謎の言葉を零しながら、ルイアはヴァリウスの写真へとどこか不気味な笑みを向け続けていた。



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第十六話

「やれやれ・・・随分派手に壊したもんだぁね~」

 

「あはは・・・ご迷惑おかけします、ゴトウさん」

 

道中敵に遭遇することなく、無事に基地へと帰投した第133小隊では今負傷者の搬送、及び破損、大破した車両と装備の移送が行われていた。

 

その立会いとしてヴァリウス、そして補給部隊の指揮官であるゴトウが搬送されていく人員や車輌の数々を眺めていた。

 

「しかし、ここまで派手に壊れちゃってると修理だけじゃなくてオーバーホールもしないといけなさそうだけど、そこん所は大丈夫なわけ?」

 

「ええ。上にはすでに知らせてありますから。どっちにしろ装備も人員も揃わなければ作戦行動なんてとれません。一か月は休業状態になりそうですしね」

 

「ああ、そう言えばかなり文句言われたそうじゃない」

 

「・・・知ってるんじゃないですか」

 

車輌、各種装備の再配備、負傷者の退院など、それらすべてが揃うのは短くても2週間、最長で一カ月はかかると判断された。ガリア軍きっての精鋭である第133独立小隊であろうとも、無手では戦うことなど出来ない。一部の上層部は「このような時に何を言っている!」「現状が理解出来ていないのか!」などなど、かなり好き勝手言ってくれたのだが。

 

「いやいや、こう言うことはやっぱり本人の口から聞いた方が確実じゃない?で、聞いた話だと、なんでもあのダモン将軍が援護してくれたって聞いたけど・・・本当?」

 

「・・・ええ。なんとも気色悪いことに「戦場での負傷は兵士ならば誰でもあり得ること。それに鞭打つような真似は酷と言うものでしょう」なんて言葉と一緒に休暇を受理してくれましたよ」

 

「それはまた、なんとも・・・何考えてるのかね?」

 

「大方、俺たちが居ない方が自分の手柄を立てやすくなるとか、邪魔者はさっさと目の届かないところでじっとしてろってところだとは思いますけどね。こっちにとっても好都合なんでありがたく頂戴しましたけど」

 

援軍の要請は断っておきながら、自分たちの長期休暇はこうも容易く容認されると、何か裏があるのではと最初はヴァリウスも疑った。が、よくよく考えてみれば、相手は無能の異名を取るダモンだ。奴に限ってそんな深い考えなどあるわけ無いかと思い至り、最終的にありがたく休暇をいただいたわけだ。

 

「あっそ。まぁ、せっかくの休暇なんだ。しっかり休みなよ?」

 

「ええ、そのつもりです」

 

―――久々の休暇だ、しっかり満喫しないと。次はいつ取れるかも知れないしな―――

 

ゴトウの言葉に笑みを返しながら、ヴァリウスは他の隊員たちと同じように、思いがけず手に入った休暇へ思いを馳せる。

 

そんなヴァリウスの姿にどこか気の抜けた笑みを浮かべながら、ゴトウは次々と運ばれていく車両群を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃ休暇の前に仕事を終わらせとくか」

 

「仕事を溜めても良いことなど何一つないからな」

 

搬送作業を終え、ゴトウと別れたヴァリウスはセルベリアと合流し基地内に設けられた彼ら専用の執務室へと向かっていた。

 

いくら休暇を目の前にしているとはいえ、組織の中に身を置く限り仕事は放っておいたら増えていく。気兼ねなく休暇を迎えるためにはやるべきことはやるべき時にやるのが唯一の近道だと言える。

 

「放っておいたらむしろ増えるんだもんなぁ。まったく、誰か仕事を丸投げできるような人材がほしいぜ」

 

「軍人のセリフではないな」

 

「でも、誰だって思うだろ?優秀な部下が欲しいなんてことはさ」

 

「者によるだろう。人によってはむしろ疎ましく思うものも居る。今の上層部の老害達などそのいい例だ」

 

「相変わらずきついこと言うなぁ・・・しかも、あながち間違ってないからなんとも言えないし」

 

「隊長」

 

穏やかな、しかし物騒な内容の会話は前方から歩いてくる女性の声によって終了した。その女性は、腕の中にそこそこの資料を抱えており、まるでどこかの社長秘書かのような空気を醸し出している。

 

「ヴァン、お望みの優秀な人材が来てくれたぞ」

 

「大量の仕事とともに、て感じだけどな・・・」

 

「?何のお話でしょうか?」

 

「いや、こっちの話だ。で、なんか用か、イレイ?」

 

ヴァリウスから何の用かと問われた社長秘書のような女性、イレイ・カーヴィン伍長は雰囲気通りの生真面目な表情のまま、「連絡のあった例の部隊に関しての報告に参りました」と答えた。

 

「正式な部隊名は帝国軍特殊機甲部隊、コードネームは「アインヘリアル」。編成は通常歩兵から成る一般部隊、そしてこの部隊の根幹である特殊兵装部隊で構成され、帝国のドライシュテルンの一人、マリーダ・ブレス大佐直属の部隊とされています。それと、この部隊は他の部隊とは指揮系統が異なっているらしく、マリーダ・ブレス大佐とマクシミリアン準皇太子以外の命令に対しては拒否権を有しているとのことです。帝国軍内部でもこの部隊に関しては基本的にさきに挙げた二名以外は関与する者がいないため、この部隊の情報は帝国軍に潜入中のジャン軍曹にも入手困難だとの事です」

 

イレイからの報告の内容に多少眉をしかめてしまうヴァリウス達。正直な話、帝国軍に潜入しているスネークの隊員、ジャン・ホバック軍曹は決して無能ではない。

 

それどころか彼からもたらされてきた様々な情報は今までのヴァリウス達の戦果を陰から支えていると言っても過言ではない成果をあげている。そんな諜報のプロである彼でさえも入手困難だと言う。アインヘリアルの情報・・・それほどまでに、秘匿すべき情報なのか。

 

「敵のあの装備に関しての情報は?それとアスロンで交戦した時の指揮官についての情報はないのか?」

 

セルベリアが、イレイにそう尋ねると彼女は、「ほとんど情報は入手できませんでしたが・・・」と断りを入れてからその手に持つ資料を捲る。

 

「敵が使用しついた兵器については帝国軍内部でも極秘情報として管理されているらしく、分かったのは、隊長達が交戦した敵兵器の名称が「レギンレイブ」と呼ばれていること、そしてこのレギンレイブは「一般兵による使用は禁じられていること」と言うことぐらいで、その理由については特一級機密事項と指定されており入手することはできませんでした。また、隊長達が交戦したときの敵指揮官についてですが、名前は「ルイア・エルグレイブ」階級は大尉。経歴についてですが、この部隊と同じく帝国軍内部でも詳しくは不明だそうです」

 

イレイのその報告にセルベリアは、「そうか・・・」と、若干落胆気味の表情で答えた。ここまで聞いた情報は、先の戦闘においてルイア本人の口から述べられたことがほとんどであり、自分たちが真に知りたい情報―――ルイアの正体、そして、あの謎の兵器である「レギンレイブ」の詳細は全く手に入らなかったのだ。

 

「これだけの情報しか用意できず、不甲斐ないばかりです」

 

「いや、今回は急だったからな。お前たちはよくやったと思ってる。普通の奴らじゃ、この情報だって入手できてないさ」

 

自分たちの力の無さに頭を下げるイレイへと手にした資料を掲げながら、ヴァリウスは顔を上げるよう促す。

 

まだ先の戦いから一週間と経っていない。それにも関らず、イレイは、そして帝国に潜入しているジャンはアインヘリアルに関しての情報を少なからず探り当ててくれたのだ。礼を言いこそすれ、罵倒することなど出来る筈がない。

 

「お前たちの力は私たちが一番よく分かっているつもりだ。今回は表面的なことしかわからなかったが、時間をかけさえすればお前たちならば必ずより詳細な情報を入手してくれると思っている」

 

「隊長・・・大尉・・・」

 

二人の言葉に伏せていた顔を上げ、瞳をわずかに潤ませる。しかし、小さく首を振り、すぐに表情を凛とすると、「ご期待には、必ず応えて見せます」と力強く答えた。

 

「ジャン軍曹、および帝国へ潜入中のスネーク分隊隊員への追加命令としてアインヘリアルの調査命令を通達いたします」

 

「ああ、頼む」

 

「ハッ!!では、失礼いたします」

 

敬礼し、ヴァリウスの部屋から退出していくイレイの姿を見送る。ヴァリウスは座っていた椅子の背もたれに寄りかかると、フゥ・・・と息を吐き出した。そんなヴァリウスをジッと見つめながらセルベリアは彼へと「どう思う?」と一言問いかけた。

 

「あれだけの代物だ。最重要機密事項に指定されていたとしてもおかしくはない。おかしくはないんだが・・・」

 

「だが?」

 

「いささかきな臭い」

 

険しい表情のまま、手元の資料を一瞥する。ほとんどの情報が秘匿された機密部隊。その部隊が運用する、一般兵へは一切知らされていない特殊な兵装。危険な臭いが満載と言えるだろう。

 

「だいたい、俺たちみたいなのがわんさかいれば、それだけでヨーロッパの統一なんか楽勝なはずだろ?なのに、それを一つの部隊のみで運用するなんて、胡散臭いにもほどがある」

 

「・・・試験運用ということは無いのか?」

 

「無くはないと思うけどな。俺の勘じゃ違うね。あれはある種の”禁忌”を犯してるような感じだ。と言うか、セリアもそう感じていたと思ってたんだけど?」

 

勘と言う割には、いやに具体的な意見を述べるヴァリウス。そして、同意を求められたセルベリアも、自分で「試験運用」などと言ってはみたものの、ヴァリウスの言うとおりのことを感じていたようで、表情は険しい。

 

「確かに、あれからは・・・”あそこ”で感じていたモノを思い出させられたな・・・」

 

セルベリアに消えないトラウマが刻み込まれた場所である、”研究所”。そこで行われていたのは―――今になって分かったことだが―――非合法かつ、非人道的な研究の数々。そこでは悲鳴は絶えたことは無く、時には連れていかれたまま戻ってこなかった同胞も少なく無い。そんなトラウマを思い起こさせる何かを、セルベリアはレギンレイブから、そしてルイアからアレに連なるものを感じていた。

 

「ルイアの方は自身の口で証言していることだから確実なんだが・・・少なくとも、俺達と同類ってわけではないと思う」

 

「その根拠は?」

 

「俺達のような経験をした奴が、あんな目をするようになれるとは思えない」

 

「・・・随分と不確実な根拠だが・・・納得は出来るな」

 

同じ経験をした者にしか共感することが出来ないであろう根拠。他の者が同じことを聞いても決して信じたりはしないだろう。

 

「まぁ、現状じゃ推測を立てるにしても情報が足りなさすぎる。これ以上の事は今後の調査次第だな」

 

「・・・そうだな。ここで憶測を並べても、詮無いことか」

 

「ああ。で、だ。まず俺たちがやるべきことは、忌々しいこの紙の塔を崩すことなんだが・・・」

 

「悪いが、私も別件で忙しいんだ。手伝えないからな?」

 

意地の悪い笑みを見せながらセルベリアは、ヴァリウスの執務室から退出しようとドアへと向かう。その後ろ姿を恨めし気に見遣るも、無駄なことだとすぐに割り切り、書類の山へと手を伸ばす。が、途中で何かを思い出したのか、退出する直前で、「ヴァン、そう言えば聞き忘れていた」と言って首だけで振り返る。

 

「なんだよ?何か伝え忘れていた案件でもあったっけ?」

 

目は書類へと向けながら何かあっただろうか?と記憶を探っていく。ヴァリウスの問いに「いいや、私事だ」と答え、そのままの姿勢で用件を伝える。

 

「今日の夕飯は何が良いかと思ってな。久々の休暇なんだ。折角だから私の料理でもどうかと思ってな」

 

セルベリアがそう微笑みながら言うと、ヴァリウスは書類から目を離し、「おお!!」と目を輝かせながら、セルベリアのその言葉に喜びの表情を浮かべた。

 

セルベリアの手料理はかなりの定評がある。彼女としては、「趣味としてやっている程度の腕」と言う認識なのだが、実際にはプロ並、モノによってはプロ以上の以上の腕前を発揮することさえあるのだ。

 

そんな彼女の料理だが、ここ最近は任務で食べれていなかった。なので、今日は久々に彼女の料理を食べられると言う事なので、喜びも一入なわけだ。

 

「久々にセリアの料理が食べられるのかぁ~。そうだなぁ・・・シチューが食べたいな」

 

セルベリアの得意料理であるシチュー。これは、それ専門の料理店で出しても遜色ない味を誇るセルベリアのレシピの中でも最高レベルの代物だ。

 

「シチューか。分かった。なら今日はヴァンの好きなホワイトシチューを作ることにするさ。なるべく早く帰ってきてくれ」

 

「ああ!絶対に早く帰るよ。だから、シチューしっかり作っといてくれよ」

 

「フフフ、分かっているさ。それじゃあ、また後で」

 

微笑みながら、今度こそ執務室から退出していったセルベリア。その姿を見送りなだら、ヴァリウスは今日の夕食のことを想像しながら、書類を捌いていく。この書類の山も、今ならすぐに片づけられるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書類の整理が終わり、本日の業務を終えたヴァリウスはすぐに帰宅の用意を済ますと、急ぎ足でセルベリアが待つ自宅へと帰宅した。

 

「ただいまぁ~お、上手そうな匂いだなぁ・・・」

 

扉を開けると共に漂ってくるシチューの良い香りに、ヴァリウスは顔を思わず綻ばせた。久々の我が家、そして久々の穏やかなこの時間を過ごしていることを実感して、彼の表情はどんどんほぐされていく。

 

そうして玄関で顔を綻ばせていたヴァリウスの所に、一人の高年の男性がやって来きた。彼もまたヴァリウスの姿を見て皺がしっかりと刻まれた顔に、優しい笑みを浮かべ、ヴァリウスに「おお、お帰り」と声をかけた。

 

「ヴァリウス。久しぶりじゃな。元気そうで安心したぞ」

 

「お、父さん!久しぶり!!元気だったか?」

 

高年の男性、ヴァリウスとセルベリアの養父であり、この国の貴族でもあるエドワード・ルシア伯爵はヴァリウスのその言葉に、「まだまだ元気じゃよ」と穏やかに答えた。

 

ヴァリウスがエドワードとにこやかに会話をしていると、二階からヴァリウス達よりも若干年下の青年が降りてきた。

 

「あれ、兄貴。もう帰ってきたのか。もう少し遅くなるかと思ってたよ」

 

「おいおい、なんだか俺が帰ってきたらいけないみたいな言い方だな、アーサー」 

 

ヴァリウスは、エドワードの孫であり、現在ランシール士官学校に在学中のアーサー・ルシアへと苦笑しながらそう返す。ヴァリウスの言葉にアーサーは、「う~ん・・・若干そうかも?」とおどけながら答えた。

 

「兄貴が帰ってこない方が姉貴と一緒にいられる時間が長くなるからそうかもね。あ、いや、兄貴が早く帰ってこないと姉貴はすぐに不機嫌になるから、やっぱり早く帰ってきた方がいいかな・・・?」

 

「おいおい、セリアはお前にはやらないぞ?」

 

「はいはい、ごちそうさま。ちなみに、さっきも姉貴に同じこと言われたよ。全く、なんなんだろうね、この二人はさ」

 

「俺とセリアの絆はそれだけ固いってことだ」

 

「・・・なんで帰宅早々こんな惚けられなきゃいけないんだろ、俺・・・はぁ、さっさとリビングに行こうよ。と言うか、やるやらない以前に、姉貴が自分の相手に選ぶのって兄貴くらいしかいないっての。そのこと分かって言ってるでしょ、兄貴」

 

「ハハハ。まぁ、久々に我が家に帰ってきたんだ。少しくらい俺の話に付き合えって。ほら、父さんも行こうぜ」

 

「フォフォフォ、そうじゃな。早く行かないとセルベリアはすぐに怒り出すからのぉ」

 

そそくさとリビングへと移動し始めるアーサーの横に並び、ヴァリウスはエドワードにそう告げると、自信もまたリビングへと移動する。

 

リビングのテーブルには既に、様々な料理が並べられており、そのどれもが食欲をそそる良い匂いを漂わせていた。そして、その中でも中央に置かれた鍋から漂ってくるシチューの匂いに、ヴァリウスはついつい大きな声で「おお!!うっまそう!!」と声を上げる。

 

今にも料理へ手を伸ばそうとするヴァリウスの姿に、手にお盆を持ったエプロン姿のセルベリアは笑顔を浮かべながら彼を窘める。

 

「フフフ、少し落ち着けヴァン。慌てなくても、十分な量はしっかり作ってあるさ」

 

「フォフォフォ、相変わらずヴァリウスはセルベリアの料理を前にすると、まるで子供のようじゃな」

 

「いや、じいちゃん、それって兄貴が全然成長してないって事になるんじゃないの?」

 

穏やかな時間。戦乱の中での、このつかの間の穏やかな時間を、ヴァリウスとセルベリアは、家族の暖かさに笑顔を浮かべながら、夕食を共にした.



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第十七話

「フフーンフーン、フーン!いや~、久々の休暇ですね~!」

 

アンスリウム郊外における激戦から二週間、軽傷とはいえ、負傷していたためについ昨日まで入院していたエレイシアは、上機嫌に町中を歩いていた。本人からしてみれば、かすり傷にも等しい程度の怪我だったのだが、アリアを始めとした衛生班一同、そして病院関係者たちの制止により一週間もの間入院生活を過ごすこととなった。

 

そして、昨日ようやく全快と結果が下されたエレイシアは実に数ヶ月ぶりとなる休暇を満喫するために、これまた久々となる首都ランドグリーズへと繰り出していた。

 

「さてさて~どう過ごしましょうかね~?最近はここいらのカレー屋さんも戦争の影響でしまったりしてますから、新作なんて期待出来ないですし~・・・おろ?あれは・・・!!」

 

女性としてその過ごし方はどうなんだと一言言いたくなる計画を脳裏にて展開させていたエレイシアは、先を歩く一人の男性の姿を目にし、満面の笑みを浮かべながら駆け出す。

 

「シキさ~ん!!おーい!シキさ~ん!!」

 

「あれ、エレイシアさんじゃ無いですか」

 

自身を呼び止める声に振り返った青年は、笑顔で近づいてくるエレイシアの姿を目にすると、優しげな笑みを浮かべ足を止めた。

 

「こんにちわ、シキさん!えっと、今は仕事中でしょうか・・・?」

 

「いえ、丁度仕事が終わったところですよ。これから飯でも食いに行こうかなって思ったんで、一人でブラブラしてたんですよ」

 

シキがそう言った瞬間、エレイシアはまるで戦場にでも行のかと言わんばかりの目をして、「なら、一緒にご一緒しませんか!!」と、力強い言葉を発する。

 

その気迫たるや、並大抵のものではなく、勘のいい者ならば、否、普通の感性の持ち主ならば、エレイシアがシキと呼ばれた青年に対し並々ならぬ想いを抱いていることに容易く気づくだろうと思わせるほどに、彼女の目は真剣な色を宿していた。

 

「ええ、いいですよ。一人で食べるのもなんだか寂しいですし」

 

「ホントですかっ!!やったー!!」

 

先程にも述べたように普通の感性の持ち主ならば、彼女が何故にここまで喜ぶのかを疑問に思い、そして”女性が男性を食事に誘った”という事実から、何となくではあろうが、その理由に辿り着くことが出来る筈であり、それは恐らく容易であろう。

 

「ハハハ、エレイシアさん、そんなにご飯食べたかったんですか?」

 

「え・・・?あ、アハハハハ、そうなんですよ!!ええ、私今、スッゴクお腹空いちゃって!!ハハハハハ・・・ハァ・・・」 

 

しかし、それに気づかない、”極一部の人間”と言うものが存在する。俗に言う”鈍感”な人間というヤツであり、エレイシアにとっては残念なことに、彼はその”鈍感”な人間に属される者であった。

 

「実は俺も結構お腹空いちゃってたんです。あ、そう言えばつい最近良い感じの店がオープンしたって聞いたんですけど、そこ行きませんか?」

 

「え・・・?あ、ハイ、是非!!」

 

(やっと・・・やっと、私の想いが届いたんでしょうか!!)

 

思いがけないシキからの誘いに、内心舞い上がるエレイシア。男から女性を食事に誘う。それは、所謂”デート”というヤツなのだから当たり前であった。”自分が彼の事を好きだと言う事に気づいてくれた”と言う事なのだから。

 

だが、この時彼女は自分が好く相手がどういう相手なのかをすっかり忘れていた。

 

シキ・エンドルフィーニ。ガリア軍諜報部に所属している若き士官であり、エレイシアの意中の人。極度の鈍感な人間に分類される彼は、エレイシアほか、多数の女性から好意を寄せられているにも関わらず、それに全く気がつかない極度の”鈍感野郎”。

 

そんな彼が、エレイシアの気持ちなどに気づくことが出来るだろうか?答えは・・・

 

「そこって結構量が出るそうなんで、エレイシアさんも満足出来ると思いますよ?」

 

「え・・・?」

 

否であった。それどころか、恋する乙女に向かって、「量が多いので、あなたでも満足出来るのではないだろうか?」などと言う、普通の女性ならば頬をはたかれても仕方ない発言をサラリと言うような男であった。

 

そんなシキだが、彼は多くの女性から好意を寄せられているのである。そんな彼は、当然の如く諜報部の多くの男性からは恨まれている。しかし、極一部の男性からはむしろ同情の視線を向けられることが多かった。その理由は・・・

 

「あ~!!シキだぁ!!!」

 

「ん?うぉ!!ちょ、ちょっと、アルク!!いきなり飛びついてくるな!!」

 

「え~!!良いじゃない別に!!私は今シキとこうしていたかったんだから!!ねぇ、これから一緒に食事に行きましょう!!丁度今食事に行こうとしてた所なのよ!!」

 

「ちょ!!またあなたですか、このアーパー娘!!シキさんから離れなさい!!シキさんはこれからわ・た・し・と!一緒に食事に行くんです!!横からしゃしゃり出てくるんじゃありませんよ!!」

 

「む!!何よこのデカ尻女!!邪魔よ!!」

 

「デカッ!!し、失礼な!!私のお尻は大きくなんてありません!!」

 

「ふん!!なに言ってるんだか!!そ~んなに大きいくせしてさ!!ねぇ~シキ!こんなデカ尻女なんて放って置いて行きましょ!!」

 

「いやちょっと、アルク・・・!!」

 

罵り合いをしながらグイグイとシキの腕をとり、引っ張って行こうとする美女に、エレイシアは凄まじい形相で美女のことを睨み付けた。

 

彼女は、アルクェイド・フォン・アレンスウェード。ガリア公国の伯爵令嬢でありながら、シキに恋心を抱く者の一人。

 

伯爵令嬢と言う、かなりの貴族としての地位を持っているにも関わらず、平民のシキに恋心を持つ彼女は、従来の性格なのか、それとも育てられてきた環境のためなのか、かなりの世間知らずな言動を取ることが多く、そんな彼女をエレイシア達、シキを慕う女性達ー通称シキ・ラヴァーズーは、”アーパー娘”と呼んでいるのである。

 

本来ならば、ダルクス人であるエレイシアがアルクェイドに対してこのような言動をとってしまえば、何をされてしまっても文句は言えないのだが、彼女はそんな事を気にせず、ただの友人として(もしくはシキを巡るライバルとして)接しているので、とやかく言いはしない。そもそも彼女の実家であるアレンスウェード伯爵家は”完全実力主義”を信条としており、”有能な人材を人種で人を差別するなど愚かな事”と言い切る、ガリア貴族としては異質極まりない家なのである。

 

それはともかく、細かいことを気にしないというか、人種で自分の事を差別しないアルクェイドをエレイシアは気に入っているには気に入ってはいる。だが、だからと言って、シキを譲る気などは全く無いエレイシアは、遠慮無く彼女の言う事に対して反論する。

 

「デカ尻デカ尻って何度も言うんじゃありませんよ!!それに、私はデカ尻何じゃなくて、安産型って言うんですよ!!そう!!(シキさんの)子供を安全に産めるんです!!!あなたみたいなアーパーとは違うんですよ!!!」

 

「ねぇ、シキ~。今度はいつ休みなの?今度休みが取れたら、私と一緒に海に行こうよ!!私のナイスバディな水着姿を見せてあげるから!!あ、もちろん水着見せるなんてシキだけだよ?他の男になんか絶対に見せ無いんだから!」

 

「無視ですか!?」

 

公衆の面前で何を言っているんだと言いたくなるような事を、大声で叫ぶエレイシア。しかし、そんな彼女の言葉などアルクェイドの耳には届いていないようで、エレイシアの言葉を完全に無視しながら、シキへと休日になにをしようかと言う会話を一方的に展開していた。

 

「この、アーパー娘・・・!!シキさん!!こんなアーパー無視して、さっさとお昼食べに行きましょう!!早くしないと混んじゃいますからね!!!」

 

自身を無視するアルクェイドに何を言っても無駄だと悟ったエレイシアは、実力行使に出た。現役の軍人であり、その中でも精鋭である133中隊の中でもかなりの腕力を誇るエレイシアは、容易くシキの腕を掴んでいるアルクェイドを彼から引き離す。

 

「あ、ちょっと、何するのよ、このデカ尻女!!」

 

「やかましいです!!私達はこれからふ・た・り・で、食事をするんですから、邪魔だって言ってるんですよ、アーパー娘!!さっさとどっか他の所に行きなさい!!」

 

「ふん!!デカ尻女に指図される覚えなんてないわよ~っだ!!シキ、こんな女とじゃなくて、私と一緒に行きましょ!!」

 

「ちょ、二人とも痛いって!!そんなに腕を引っ張んないでくれ!!」

 

エレイシアとアルクェイドによって、左右の腕を引っ張られシキは余りの痛みにそう二人に言うが、お互いに視線をぶつけ合って牽制を続ける彼女達にはシキの願いなどは全く届いていないようで、各々が掴んでいる腕に、更なる力を加えて引っ張り合う両人。

 

そんな二人の姿に、シキは若干涙目になりながらも、「頼むから放してくれ~」と弱々しくも声を上げる。そして、そんなシキの願いが神にでも届いたのか、視線を激しくぶつけ合う二人に凛とした声が降り注いだ。

 

「アルク、そのくらいにしておきなさい。伯爵家の娘ともあろう者がはしたないわよ」

 

「ア、アルト姉さま・・・」

 

アルクェイドが自身の名を呼んだ女性に対して怯えたような声を発し、目元をひくつかせる。アルクェイドが、アルトと呼んだその女性は、その身を漆黒のドレスに包み、非常に妖艶な笑みでアルクェイドを見つめていた。彼女は、アルクェイドの姉であるアルトルージュ・フォン・アレンスウェード。アルクェイドを太陽とするならば、アルトルージュの美しさは、夜空に浮かぶ月。それも、ただ地上を照らすだけではなく、人を狂わせてしまうような妖艶な美しさを宿している。

 

そんな彼女の登場に、アルクェイドは頬をひくつかせ、エレイシアは、アルクェイドがこれでやっとシキから離れると言う喜びと、アルトルージュから発せられる、人の上に立つ者としての威圧感を感じ取り、若干険しい表情を浮かべる。

 

もちろん、アルトルージュが自分に対して危害を加えるなどとは思っていない。先程も述べたとおり、アルトルージュとアルクェイドの家系である、アレンスウェード伯爵家は有能な人材ならば、ガリア人であろうと、ダルクス人だろうと、それこそ帝国の人間であろうとお構いなく登用する。

 

それ故に、彼女達アレンスウェード伯爵家の人間には人種で人を差別する人間はほぼいない。そして、アルトルージュも人種で差別するような器量の小さい人間ではないと確信している・・・してはいるのだが、それでもエレイシアは、アルトルージュの覇気に対して、自然と身体が警戒してしまう。

 

そんなエレイシアの様子を横目でチラリと見たアルトルージュは、クスリと笑い、「そんなに警戒しなくても大丈夫よ、エレイシア」と声を掛けた。

 

「別にあなたに何かをしようだなんて考えていないのだから、そう警戒しないでくれるかしら?」

 

「あ!!す、すみません!!その、つい身体が反応しちゃって・・・」

 

かなり失礼な物言いであるが、アルトルージュは全く気にしていないのか穏やかな笑みを浮かべながら首を横に振る。

 

「別に構わないわ。それよりも、あなたたち、これから昼食かしら?」

 

「えっと、そうです。それで、食べに行こうって思ったらアルクに捕まっちゃいまして・・・」

 

「ブッー、捕まっちゃったって、どういう意味よシキ~」

 

シキの発言に頬をふくらませて抗議するアルクェイドであったが、アルトルージュが、「アルク」と一言だけ口にすると、「は~い・・・」ろ、渋々と言った表情を浮かべ、抱えていたシキの腕から身を離し、アルトルージュの側まで移動した。

 

「ごめんなさいね。この子、久しぶりにあなたに会えたものだから、ついついはしゃいじゃったのよ」

 

アルトルージュが苦笑しながらシキにそう言うと、シキはとんでもない!!と言った表情で両手をブンブンと振る。

 

「い、いえ、そんな、アルトルージュ様が謝られる事じゃないですよ。それに、別に迷惑って訳じゃないですし・・・」

 

シキの言葉にエレイシアが一瞬ムッとした表情を浮かべるが、別にアルトルージュが悪いわけではないので、すぐにその表情を消す。

 

「そう言ってもらえるとうれしいわ。それと、良かったら、食事をご一緒にどうかしら?もちろん、代金はこちらで持つわ」

 

「なっ!!」

 

アルトルージュのその申し出に、エレイシアは驚きの声をあげる。このままではシキと二人っきりの食事が出来なくなると思い至り、すぐさま断ろうと口を挟もうとするも、それよりも一瞬早く、アルクェイドがパンッと手を叩き、シキへと笑顔で詰め寄る。

 

「アルト姉さま、それ名案よ!!ね、良いでしょ、シキ!!」

 

「クッ!!だから、あなたは離れなさいと何度言ったら分かるんですか!!」

 

再びシキの腕を抱えたアルクェイドを何とか引き離そうとしていると、シキが(エレイシアにとって)思いもしなかった返答をアルトルージュに返した。

 

「え、でもそんな、悪いですよ・・・ね、エレイシアさん?」

 

「そ、そうです!!アルトルージュさんに奢って貰うなんて、迷惑でしょう?なので、ここは遠慮させてもらい「遠慮すること無いわよ、シキ!!それに、私もシキと一緒にご飯食べたいもの!!」クッ、このアーパー・・・!!」

 

アルトルージュの申し出に申し訳ないと言う姿勢を見せて断ろうとしたエレイシアの言葉に被せるようにアルクェイドが発言する。

 

しかし、シキはそれでもまだ思案顔だ。それも仕方ない事ではある。アルトルージュやアルクェイドが行こうと言っている場所は、平民の自分達にとっては言った事もない場所だろう。

そんな所にホイホイ連れて行って貰うなんて、申し訳ないに決まっている。

 

「イヤ、でもやっぱり申し訳ないですよ・・・その、行こうとしている所って、やっぱり値段高いんでしょう?そんなところの食事を奢って貰うなんて・・・」

 

「あら、そうでもないわよ?これから行こうと思ってた所は、そんなに高い所でもないしね。確か・・・そう、イルニアナという名前だったかしら」

 

「!!そこってまさか・・・!!」

 

「あれ、そうだったんですか?実は、僕たちもそこに行こうとしてたんですよ」

 

シキがそう言うと、アルクェイドが、「本当に!!うわ、スッゴイ偶然じゃない!!」と言ってシキへと更に詰め寄る。

 

「それなら、一緒に行っても構わないわよね?ね、そうでしょ、シキ?」

 

アルクェイドのその言葉に、「う~ん・・・」と少しの間悩んでいたが、すぐに「よし!!」と言ってアルクェイドに言った。

 

「そうだな。あそこならばそんなに高くないし、そうするか。良いですよね、エレイシアさん」

 

「え、ええ!!?」

 

思いもしなかったシキの返答と、その事に関して同意を求められるという、予想の斜め上を行くシキの言動に驚きの声を上げるエレイシア。

 

そんな彼女の態度にシキは、「ダメですかね・・・?」と不安気な声で尋ねる。

 

本心で言えば、ダメに決まっている。折角二人っきりで食事が出来ると思っていたのに、何故他の人たちと、それも恋敵を交えて食事をしなければいけないのか!!と。

 

しかし、エレイシアにとって非常に残念なことに、その提案をしたのはアルクェイドではなく、アルトルージュである。アルクェイドならば、遠慮無く断るのだが、アルトルージュ相手にそんな事を実際に言えるわけがない。

 

故に、彼女の返答は決まっていた。

 

「も、もちろん構いませんよ・・・みんなで一緒に食べた方がおいしいですしね・・・」

 

口元をひくつかせながらも、必死で取り繕った笑顔でそう言うと、シキは、「と言うわけで、ご一緒出来ることになりました」とアルトルージュに告げた。

 

「やった~!!ありがとね、シキ!!」

 

「いや、お礼なら俺じゃなくてエレイシアさんに・・・」

 

シキのその言葉を聞いたアルクェイドは、まるで子供のような笑顔を浮かべ、シキに抱きつく。

 

「アルク、いい加減にしなさい、はしたないわよ。・・・さて、それでは早速行きましょうか?このままここで時間を潰すのはもったいないわ。時間は有限なのだしね」

 

「は~い!!行こ、シキ!!」

 

「ちょ、コラ引っ張るなって・・・!!」

 

「ハァ・・・」

 

こうして(一部不本意ながらも)一行は大通りを目的地であるイルニアナへと足を向けた。



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第十八話

「はぁ・・・」 

 

――・・・折角シキさんと二人っきりで食事を楽しめる筈だったのに、なんでこうなるんですかね・・・――

 

アルトルージュを先頭に、昼食を摂るために今話題のイルニアナと言う店へと向かう途中、エレイシアはトボトボと歩きながら、自身の望んでいた状況とは180度真逆の展開となっている現状に対して、思わず溜息をついてしまった。

 

――最初にシキと遭遇し、食事を一緒に摂ろうとした所までは良かったんですが・・・――

 

彼女は、自分と同じくシキの横を歩く金髪の美女、アルクェイドの陽気な笑顔を横目にどこで間違ってしまったのだろうかと数十分前の過去へと思いを馳せる。シキの腕を抱えるようにしながらニコニコと歩くアルクェイドの姿に、一瞬軽い殺意を抱いた。

 

――あなたさえ来なければ、シキさんと二人っきりで食事を楽しめたはずだったのに、どこまで私の邪魔をする気なんですか、このアーパー娘は・・・!!――

 

嫉妬と言う名の軽い殺気を知ってか知らずか、アルクェイドはシキとともにいられることがよほど嬉しいようでニコニコと笑顔を浮かべていた。

 

「フフフ、本当に久しぶりよね、こうやってシキと歩くなんて!あ~あ、これでシキと二人っきりかアルト姉さまの三人だけならよかったのに」

 

言外にエレイシアがいなければ良かったのにと本人を前にしながらも、さらりとそう言うアルクェイド。純粋と言うか、子供のように自身の気持ちを素直に表現するアルクェイドの言葉に、エレイシアは発する殺気を一段階上へとシフト。一般人の背筋をゾクッとさせる程度まで昇華した。

 

アルクェイドの言動は、まさに子供のそれと同じ、自身の思ったことを真っ直ぐに口にしているだけのもの。そこには悪意などは全くない分、エレイシアの神経を―――本人は意識してないが―――かなり逆撫でしていた。

 

「そうだわ!!今度三人で海に行きましょうよ!!スッゴク楽しいと思うから!!」

 

しかし、純真だからと言って何でもかんでも許される訳がない。言うことを聞かない子供はしつけをしなければいけないように、このアーパーにも、しっかりとした教育が必要だ。

 

教育。そう、教育だ。教育のためならば、少しくらい暴力を振るうことも致し方ない。故に、次に何かいらぬことを言った瞬間、自分は教育と言う名の鉄拳を見舞う義務がある!

 

自己正当化を終え、エレイシアは拳を握る。さぁ、いつでもその口を開くがいい。その瞬間が、お前の命日となるのだ・・・!!

 

「アルク、いい加減にしなさい。元々私たちのほうが後に来たのだから、エレイシアさんが同行を認めてくれただけでも感謝しなければならないのよ?それなのに、そんな失礼なことを言って。いい加減にしないと、私も怒るわよ・・・?」

 

「ご、ごめんなさいアルト姉さま・・・ちょっと調子に乗りすぎました・・・」

 

静かな、しかし有無を言わせない迫力を醸し出しながら言ったアルトルージュのその言葉にアルクェイドは、怯えながらシュンッ・・・とそれまでとは打って変わり借り物の猫のように大人しくなった。

 

「エレイシアさん、ごめんなさいね。アルクェイドが何度も失礼なことを言って。姉として謝らせてもらうわ」

 

「い、いえ、あの、別にアルトルージュさんが気にするようなことではないですし、私も気にしてませんから・・・」

 

自分が拳を振り下ろすよりも早く、アルトルージュのお叱りが飛んだ。拳の下ろし先を失ったエレイシアは慌てて両手を横に振る。

 

こんな大人な対応を目の前で見せられてしまっては、自分がやろうとしたことも酷く幼稚に見えてしまうのだから、なんだか後ろめたい気分だ、

 

アルトルージュはエレイシアの言葉に「そう。ありがとう」と答え、再び前を向き歩みを進ませようとするが、何かを思い出したのかくるりとアルクェイドへ振り返ると一言付け足す。

 

「アルク、あなたさっき私とシキさんも一緒にって言ったけど・・・私は()以外の男性に肌を見せるつもりはないわよ?」

 

先程よりも、心なしか迫力を込められた言葉に、アルクェイドは小さくなりながらも、「うぅ・・・分かってます・・・」と答える。

 

「ならいいわ。ごめんなさいね、二人とも。行きましょうか」

 

アルクェイドの返答に一つ頷き、今度こそ歩き出したアルトルージュ。前を行くその後ろ姿を見つめながらエレイシアは、やはりアルトルージュの発する覇気はすさまじいなと改めて実感する。

 

「いやぁ、やっぱり凄いですね、アルトルージュ様は。アルクェイドをこんな簡単に説き伏せるなんて、普通の人には出来ませんよ」

 

シキの言葉にアルトルージュは「そう?姉妹なのだから、この程度は当然でしょう?」とさらりと返される。

 

「それに、アルクを説き伏せられるのは私だけじゃないわ。シキさんもご存じでしょう?」

 

「いや、まぁ知ってはいますけど、あの人と一緒な時点でかなり凄いことだと思うんですが・・・ねぇ、エレイシアさん」

 

「確かに・・・あの人と同格な時点でアルトルージュさんが半端無く凄い人物だって証明になりますからね・・・」

 

「フフフ・・・彼と一緒なんて、嬉しい事言ってくれるのね、二人とも」

 

どこか遠い目をしながらシキの言葉に同意したエレイシアは、自分達の言葉を聞き嬉しそうにそう答えたアルトルージュの口元に浮かんだ微笑みを見て、そのあの人(・・・)が今後も被るであろう被害を想像して、密かに目を濡らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ。イルニアナへようこそ。何名様でしょうか?」

 

ようやく辿り着いたカフェテラス、イルニアナの店内には昼時という事もあってか、かなりの数の客が談笑しながら食事を摂っていた。

 

店の制服だろうか、かなりかわいい系のデザインの服を着たウェイトレスがアルトルージュ達を出迎える。

 

「四人よ。席は空いているかしら?」

 

「はい。テラスと室内、どちらでお食事になされますか?」

 

「テラスでお願いしようかしら」

 

「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」

 

先を歩くウエイトレスに案内され、アルトルージュ達は階段を上がり、二階のテラスへと出る。そこにはパラソルを備えられた席がいくつかあり、何ともオシャレな雰囲気を醸し出していた。

 

「へぇ、なかなかオシャレな場所ですね」

 

「ですね。・・・ん?」

 

案内されたテーブルに着き、予想よりも遙かにオシャレなテラスを見渡していると、見覚えのある一人の男性客の姿が目に入った。

 

(まさか・・・)

 

コーヒーを片手に、新聞を読むその男性の姿をジーッと見つめていたエレイシアは、その人物が自身の予感していた人物と同一であると確信し、これから起こるであろう惨劇を想像し、重い溜息を吐いた。

 

「まさか、こんなところでブッキグするなんて・・・今日の私、運悪すぎじゃないですか・・・?」

 

せっかくの休暇なのにあんまりだと嘆くエレイシア。突然嘆きだした彼女へ「どうしたの、エレイシアさん」と声を掛けたシキだったが、彼女が向けていた視線の先に座る人物を目にした途端、「うわぁ~・・・」と声を漏らす。

 

シキもまた、エレイシアが見つめていた人影を見つめ、彼に降りかかるだろう不幸を想像し、貴重な昼休みが潰れてしまうであろう未来に嘆いた。

 

「ん?あれ、エレイシアじゃないか。奇遇だ・・・な・・・」

 

二人が見つめていた男性・・・ヴァリウス・ルシアは、自分を見つめていたエレイシアの姿に気づき、声を掛け、彼女達が誰と一緒に居るのかを見て声を詰まらせた。

 

「あら、こんにちわ、ヴァン。奇遇ですわね」

 

「ア、アルト・・・」

 

((一瞬で隣に!))

 

声を詰まらせるヴァリウスとは対照的に、普段の凛とした表情からは想像がつかないくらいの笑顔を浮かべながらいつの間にか隣に腰を下ろしていたアルトルージュは、彼へと腕を絡ませる。笑顔のアルトルージュとは対照的に、ヴァリウスは表情を引きつらせながら、「なんでここに居るんだ・・・?」と頬をひきつらせながら問いかけた。

 

アルトルージュはフフフ、と妖しげに笑いながら、「あなたに逢うためにですわ・・・」と耳元で囁いた。

 

「酷い方よね・・・こんなにもあなたを愛しているのに、全然会いに来て下さらないんだもの・・・私の全てを、奪ったのに・・・」

 

「な!!あ、あれは俺じゃなくてそっちが・・・!!」

 

「あら、奪ったのは事実でしょう?それに、私のあなたと共にいたいという気持ちは本物よ・・・?私は、いつでもあなたを求めているんだもの・・・」

 

「いや、ちょ、待て・・・!!」

 

事態の進行に脳が追いつかないのか、固まってしまうヴァリウスの頬に手を添え、顔を段々と近づいていくアルトルージュ。ヴァリウスは、狼狽しながらも、なんとか彼女を引き離そうとするが、巧みに身体を押さえられてしまい抜け出すことも出来ない。

 

(私達、完全に空気ですね・・・ここで動いたら、トンデもない事になりそうなので動きませんけど・・・というか、この場にもしあの人が現れたら・・・ただじゃ、すみませんよねぇ・・・)

 

身動きがとれないヴァリウスの唇に、妖艶な笑みを浮かべながら顔を寄せていくアルトルージュ。完全に空気なエレイシア達は、そんな二人の様子を固唾を飲んで見守る。

 

そして、遂に唇が触れようとした、その時、

 

「ヴァンから離れろ・・・この、雌猫が・・・」

 

暖かな日差しに照らされているはずのテラスの空気が一瞬にして凍りつく。

 

(はぁ・・・そうですよね・・・居るに決まってますよねぇ・・・)

 

内心で居なければいいな~なんて考えていたエレイシアは、一瞬にして周囲の気温を低下させた声の主の姿を目にし、身を震わせた。

 

「あら・・・居たの、セルベリア・ルシア・・・」

 

「ああ・・・生憎、な・・・」

 

(ヒィィィィ・・・殺気が・・・殺気がヤバイですって、副隊長!!なんかテーブルとかがミシミシ言ってますよ!!!)

 

その瞳には、先程までの妖艶な輝きはなく、代わりに敵を見るかの様な輝きと、まるで戦場に居ると錯覚してしまうほどの殺気に満ちていた。

 

対するセルベリアも、瞳に強烈な敵意を宿し、ヴァリウスの身体を拘束するアルトルージュを貫いている。二人の視線は空中で交差、気の弱い者なら余波だけで気絶してしまうのではないかと錯覚するまでに空気が張りつめている。

 

現に、周囲に居たはずの客は不穏な空気を察知したのか既に一人も居ない。

 

(これって、営業妨害になるんでしょうねぇ・・・)

 

現実から目を逸らしたい一心で不毛なことを考えるエレイシアだが、二人の殺気はそんな逃避も許さないと言わんばかりに密度を増していく。

 

「聞こえなかったのか・・・?さっさとヴァンから離れろと言っているんだ、この雌猫が・・・」

 

「あら、なんであなたみたいな雌狐の言う事などを聞かなければならないのかしら?私は、いずれ自分生涯を共にする、愛しい人と共に居るだけなのよ・・・?」

 

「ふざけたことを・・・お前のような雌猫がヴァンと生涯を共にするだと?寝言も大概にしておけよ、雌猫・・・」

 

「あなたこそ、この場からいなくなってもらえないかしら?周りのお客さん達も迷惑しているみたいですし」

 

「迷惑?それはお前の事だろう。私達はごく普通に食事を楽しんでいたと言うのに・・・お前がそれを邪魔したんだ。さっさとここから出ていけ、雌猫が」

 

「あら、自覚もないとは、可哀想な人ね。そんな自分の事さえ自覚出来ないような人に、この人は不釣り合いにも・・・いいえ、同じ空間に居ることさえ不幸なことだとは思わないの?」

 

「貴様・・・!!」

 

アルトルージュの挑発によりセルベリアの殺気が一段階高くなる。それと同時に、近くにあった一枚の皿が、ピシリッと音をたて、罅が入った。

 

(殺気が物理現象を引き起こすまでに昇華されている・・・!こ、このままじゃ、この店どころか、私たちの身もどうなるか分かったもんじゃありませんよ・・・!!)

 

割れた食器を目にしたエレイシアは悪かった顔色を更に蒼白に染め上げる。正直言って今すぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に駆られているのだが、こんなところにシキを一人でおいていくわけにはいかない。

 

アルクェイド?巻き込まれてしまえば私は至極平和だとおもいますよ?隊長は知りません。

 

(ちょっと、デカ尻女!!早くセルベリアさんを止めなさいよ!!このままじゃ、何が起こるか分からないわよ!!)

 

(なっ!!だったらあなたも早くアルトルージュさんを止めなさい、このアーパー娘!!妹でしょあなたは!!!)

 

(無理言わないでよ!!あんな状態のアルト姉様を止めろだなんて自殺しなさいって言ってるようなものよ!!!)

 

(こっちだって一緒です!!あんな状態の副隊長に近づいたら問答無用で殺されますよ!!!)

 

アイコンタクトで会話を繰り広げながらも、お互いに今の二人に近寄るのは嫌だと言って、相手に押しつけようとするばかり。解決策など一向に浮かばない。

 

そんな二人をよそに、更にセルベリア達の会話と言う名の貶し合いはヒートアップ。

 

「第一、私は彼にこの身体を奪われているのよ?なら、責任を取って私と共に歩んでいくべきだわ」

 

「抜かせ雌猫。それは貴様が自分から行ったことだろう。それにな、ヴァンに全てを奪われているのは私も同じ。貴様だけではないんだよ、この雌猫が」

 

「あら、そんな事が関係あるのかしら?少なくとも、私の処女を奪ったのだもの。一緒になる権利はあるはずよ?」

 

公衆の面前で言うべき無いようでは無いことを、ガンガン言い合う二人に、ヴァリウスは冷や汗を掻き、エレイシア達は「やはり、今すぐ逃げ出すべきではないのだろうか・・・」とかなり逡巡していた。

 

「ふざけるのも大概にしろよ、貴様・・・第一、お前はアレンスウェード伯爵家の跡取りだろう。さっさと他の貴族とでも結婚するべきなのではないのか。むしろさっさとしてしまえ」

 

「おかしな事を言うのね・・・だからこそ、ルシア伯爵家の人間であるヴァンにこうやってアピールをしているんじゃない。それにね、私の相手は自分で決めるわ。自分よりも無能な人間となんて一緒になりたくなんていわ」

 

「気安くヴァンと呼ぶな、殺されたいのか雌猫・・・!!」

 

最早殺気は戦場のそれと遜色ないレベルにまで達している。テラスの植物は二人のプレッシャーによって軋み、テーブルは罅だらけ。店内にも客の姿はすでになく、店員の姿も無い。

 

このままではいけないと、ヴァリウスは覚悟を決め二人へ声を掛けることを決断した。

 

「え~っと・・・二人とも、そのくらいにしといたほうが・・・」

 

「「ヴァンは黙ってろ!(黙っててくださる?)」」

 

「はい・・・」

 

即撃沈。

 

ヘタレと言われても仕方のない恥態をよそに、エレイシア達は打開策を何とか講じようと知恵を合わせることにした。

 

(と言うか、アルト姉様よりも優秀な人なんて、それこそヴァリウス兄様くらいしか居ないと思うんだけど・・・)

 

(まぁ、それについては同意しますけどね・・・はぁ、なんだか、昼食、食べれそうにありませんね)

 

(と言うか、二人ともさっきからやけに冷静だよね!僕なんか、今にも倒れちゃいそうなくらい膝ががくがく言ってるんだけど・・・)

 

(まぁ、私はお姉様達の言い争うには少しだけ慣れてるから。怖いけどね)

 

(私は殺気自体に慣れてますから。それでもこの殺気は多少怖いですけど・・・)

 

(そう言う問題なのか!?と言うか、今止めないと、本当にこの店壊れちゃうかもよ!!)

 

(それもそうなんですが・・・あの二人を止めることが出来る人なんて隊長クラスの人間しか出来ないと思いますよ?)

 

(いや、だったら早く中佐を助け出して止めて貰わないと・・・!)

 

(この状況下でアルト姉様からヴァリウス兄様を助け出すなんて、それこそ無理よ。ここは諦めて傍観に徹しましょう)

 

(そうですね。私もそれに賛成です。と言うか、私今すぐにここから逃げ出したいくらいです。いくら何でもこの殺気は異常です)

 

(エェ~~~~!!!)

 

シキのこの状況をどうにかしようという提案にも、自身の命が惜しい二人は、傍観に徹することを決め、殺気をぶつけ合う二人へ視線を向ける。

 

セルベリアとアルトルージュの二人はしばし黙ったまま、エレイシアでさえ逃げ出したくなる程にまでに高まった殺気をぶつけ合っている。

 

「フンッ、どうやら、やはり痛い目を見なければ気が済まないらしいな、アルトルージュ・フォン・アレンスウェード・・・・」

 

「あら、あなたごときが私を痛めつけられるとでも思っているの?セルベリア・エル・ルシア・・・」

 

「「フフフフフ・・・・・」」

 

事態は急展開を迎えた。互いに不気味な笑い声を発すると、いつの間にかセルベリアの手にはいつも装備しているサーベルが、そしてアルトルージュの手の中にも似たような剣が握られていた。

 

(この店、終わりましたね・・・)

 

(後日伯爵家の方から修理費用出すことにするわ・・・)

 

(そうして上げて下さい・・・まぁ、今優先すべきなのは一つです)

 

(ええ、その通り)

 

お互いに目を合わせ、エレイシア達は即座に行動を開始した。

 

「「逃げる!!」」

 

「え、ちょっと、二人とも!!」

 

「ほら、シキも早く!!ここにいたら巻き添えを喰らうわよ!!」

 

「アーパーの言うとおりです!!早く避難しましょう!!!」

 

「お~い、三人とも早くしないと巻き込まれるぞ~」

 

「早!てか、どうやって逃げ出したんですか、ヴァリウスさん!!」

 

三人へ向かって手を振るヴァリウスの姿に驚愕しながら逃げ出すシキ達。彼らが店を出たと同時に、セルベリアとアルトルージュは各々の武器を手に、相手に向かって斬りかかった。

 

「「消えろ(なさい)!!」」

 

「雌猫ォォォオ!!」

 

「雌狐ェェェエ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後。ランドグリーズで人気中々の人気を誇っていたカフェ、イルニアナが一時営業停止に追い込まれるも、アレンスウェード、ルシア両伯爵家による再建作業、及び営業支援によって、倒壊前よりも更に人気を誇る店となったとかならなかったとか。



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第十九話

~征歴1935年5月18日~

 

「ファウゼン北西部への攻略作戦ですか・・・」

 

「そうだ。復帰早々申し訳ないとは思うのだが、君たち133独立起動小隊には独自にファウゼン攻略のための下地を作ってもらいたい」

 

初日に予想外のアクシデントがあったものの、無事に長いようで短い二週間の休暇を終えたヴァリウスは療養中の隊員以外のメンバーにて一時的な編成を組み任務に復帰するため、基地司令官であるアレハンドロ中将の下へと訪れていた。

 

――アレハンドロ・オーリン。彼は、貴族の出ではないにもかかわらず、第一次大戦以前から前線で活動し、現在のガリア軍の中では非常に珍しい一兵卒から中将へと昇格した男であり、「一兵士でも上を目指すことが出来る」と現場の兵士から希望としてみられている男である。「前線の兵士のことを考えて、作戦を立てるべきである」という、自分たちの権力を守ることを第一に考える上層部の連中とは違うまともな思考の持ち主で、癖の強いヴァリウス達133小隊の所属基地のトップを努めている。非常に有能な人物であり、既に六十近い年齢にも関わらず、その肉体は軍服の上からでも分かるくらいに鍛え上げられており、今からでも前線で活躍できると豪語している――

 

「しかし、いきなりファウゼン北西部への攻略作戦とは・・・少々性急ではありませんか?」

 

アレハンドロ中将から下されたその命令に、批判的な意見を口にするヴァリウス。君の意見も分かると応えるアレハンドロはどこか不満そうな・・・いや、事実その不満を思いっきり顔に出しながら、その命令が決定された時のことを語った。

 

「確かに、君の言うとおり、ファウゼン北西部の帝国軍はかなりの優勢を誇っているうえ、ガリア軍は中部戦線を打開するまでには至っていない。私自身も、今はファウゼンよりも、中部戦線を打開するほうが先決だと言ったのだがな・・・」

 

そこまで語られれば、ヴァリウスとてこの命令がどういった経緯で決定されたのか、薄々察しはつく。出来れば違っていてほしいと願いながら自身の予想を言葉にする。

 

「・・・また、上層部お得意の利権目的の点数稼ぎですか・・・?」

 

「ああ・・・祖国が滅亡の危機に瀕しているというのに・・・あの無能共はどうやって連邦へ取り入ろうか。そればかりを考えている・・・!!」

 

憤りを隠さず、吐き捨てるように自身も所属するガリア軍上層部の面々を批判するアレハンドロ。そんな彼を見ていたヴァリウスもまた、祖国の危機に乗じた一部上層部の動きに対し、表情には出さないが強い憤りを感じていた。

 

この帝国のガリア公国侵略戦争は、対連邦を意識した帝国が資源獲得を目的とした行動である。故に、連邦への帰属、もしくは従属を果たそうとする高官も少なくなく、今回のヴァリウス達へと下された命令は、そんな連邦への手土産にとファウゼンを差しだそうと考えている一部高官によって考えられた作戦であった。

 

「連邦の力を利用する・・・そう言った目的を持っているのならば、私とてこの作戦に反対するつもりは無かった。現状ではガリア軍だけで戦線を維持するのが精一杯。ここから押し返すにはかなりの犠牲者が出ることは容易に想像がつく」

 

「確かに・・・多くの戦死者が出るでしょうね。ガリアにも、帝国にも・・・」

 

普通ならば、こんな作戦はいくら無能が集まって出来ていると批判される上層部でも、そう易々とは可決されはしない。しかし、中部戦線を打開出来ずにいる現状で、ファウゼンを攻略できれば帝国の攻勢を弱められることもまた事実とされ、この作戦を契機に北西部からの中部戦線打開をなすべく、精鋭部隊であるヴァリウス達133独立機動小隊にこの指令が下されることとなったのだ。

 

「確かに停滞、いや、押されている中部戦線を押し戻すためにファウゼンを攻略し、北部を奪還。その後に帝国の補給路を途絶えさせ、中部戦線を押し戻そうとする意図は間違ってはいない。君達によって北部から中部への補給地点として活用されていたアスロンも我が軍の下に帰ってきたのだからな。しかし、君達のような精鋭を中部から外せば、再び帝国に中部戦線を押し戻される可能性があいつらの頭の中には無いのだ」

 

「中将、流石に自分達が居なくなったからと言ってそう簡単に中部がまた押し戻されるとは・・・」

 

「無いと、言い切れるのかね?現状のガリア正規軍で」

 

「・・・・・・」

 

即座に切り返されたアレハンドロの言葉に、思わず口を噤んでしまうヴァリウス。正直に言えば、現状のガリア正規軍だけで、中部戦線を維持できるかとと問われれば、答えは火を見るよりも明らかだ。

 

正直、ヴァリウス達133独立機動中隊やクルト達422部隊などの一部の部隊を除くと、正規軍の戦果は芳しくない。ハッキリと言ってしまえば現在の戦況は義勇軍が居なければ成立していなかったであろうと言うのが、ヴァリウスやアレハンドロなどの現実をしっかりと認識出来ている者達の結論だ。

 

民間には情報統制が敷かれているため義勇軍の活躍などが正規軍の手柄になることもしばしばあるが、人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、すでに”正規軍が居る意味はあるのか”と言う声さえも上がっている始末であるらしい。

 

正規軍に比べ、義勇軍は士気も高く、第一次大戦を生き抜いた実力者なども多くおり、その上この大戦中に才能が開花する者も多数居るので、ハッキリ言ってしまえば一般の正規軍よりも強いのではないかと言ってしまえるような状況なのだ。

 

しかし、正規軍の多くは義勇軍によって戦線を維持できているとは考えず、”自分達が居るからこそガリアは今も耐えられているのだ”と考えている者がほとんどだ。

 

そんな正規軍にただでさえヴァリウス達が何とか穴を埋める形で押さえている中部戦線の防衛ラインを維持出来るかと問われれば・・・答えは、否であった。

 

「とは言え、正式に決定されてしまった作戦だ。いくら133独立機動小隊が通常の指揮系統から独立しているとは言え、上層部の決議を通ってしまった作戦には拒否権も効きはせん。すまないが、遂行してもらうほかない」

 

「確かに・・・では、自分達の引き継ぎはどうなさるおつもりですか?」

 

そのヴァリウスの質問に対してアレハンドロは、「義勇軍を頼ろうかと思っている」と答えた。

 

「職業軍人としては心苦しい限りだが・・・正規軍が頼りにならない以上、情けない話ではあるが義勇軍に応援を頼むしかないと思っている」

 

「確かに、下手な正規軍よりも彼ら義勇軍の方が精強であることは認めます。ですが、義勇軍だけで中部戦線を支えるのは至難であると思いますが」

 

「分かっている。だが、彼らに頼るしか無いのだよ。本当に、情けない話だがな・・・」

 

志願と言う形で義勇軍へと参加している兵士も、元を正せば民間人。そんな彼らに頼らなければならない現状に、アレハンドロは表情を歪めながら告げた。

 

「しかし、この国を。ガリアを守るためには、例え元が民間人であろうとも、義勇軍の力を借りなければならないのが現状だ。故に、私は君達が抜けた後の中部戦線の維持に義勇軍を充てる」

 

「中将・・・了解しました。では義勇軍との引き継ぎ終了後、直ちに第133独立機動小隊はファウゼン北西部攻略のため出立します」

 

苦渋の決断であろうその決定を下さなければ、国を守れない。守るべき対象である民間人であった義勇軍を最前線に投入するという、酷な決定を下したアレハンドロの心情を完全ではないが、同じ軍人として理解出来るヴァリウスは、彼のその言葉への返答として、敬礼した後、作戦内容の復唱を行った。

 

「すまんな・・・義勇軍への通達は私の方で手配しておこう。君達は遠征の準備を急いでくれ」

 

「ハッ!了解しました!」

 

アレハンドロの言葉を聞き、敬礼を解いたヴァリウスはそのまま扉へと歩いていき、「失礼します」と一言言うと、執務室から立ち去っていこうとすると、「ああ、ちょっと待ってくれ」と呼び止められた。

 

「?なんでしょうか?」

 

「いや、ある物を渡すのを忘れていてな・・・」

 

どこか神妙な顔もちで黒色の袋を差し出す。差し出されたヴァリウスは、それを見た瞬間、一瞬であるが顔を強ばらせた。

 

「ッ!・・・分かりました。では、失礼します、中将」

 

今度こそ執務室から退出したヴァリウスは、抱えた袋を一瞥。目を細めながら下された指令を知らせるべく自身の執務室へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで、俺達はこれより北部奪還のため、ファウゼン北西部の帝国軍を掃討することとなった。何か質問はあるか?」

 

執務室で自身が受けた内容とほぼ同じ事を自身の執務室に呼んだ七人の分隊長達への作戦説明を終えたヴァリウスは、この件に関しての意見を募る。

 

「ファウゼン周辺の帝国軍を掃討か・・・ファウゼンそのものを直接攻めるわけではないのがせめてもの救い、か・・・」

 

セルベリアの呟きに、「どちらにしても危険極まりないですぜ」と相槌を打つギオル。続けて、

 

「てっきりあの上層部のことだから、ファウゼンを攻略してこいとでも言うと思いましたがね」

 

と皮肉を混ぜることも忘れない。

 

「まぁ、そこはいくら上に無能が多いとは言えアレハンドロ中将とかまともな人たちが反対してくれた結果なんだと思いますよ。じゃなきゃ、本当にファウゼンを落とせって命令が来そうですもん」

 

「考えたくないが、有りそうなのが嫌になるな・・・」

 

「けど、実際にどうするんですか、隊長?確かにファウゼン自体を攻めるよりは多少難易度が下がると言っても、私達だけで帝国軍を相手にするというのはいくら何でも無茶過ぎます。達成できるとしても少なくない犠牲が出てしまう確率はかなり高いと思うんですが・・・」

 

各々が思う意見を出していく中で、皆を代表する形でシルビアが作戦の詳細を尋ねる。他のメンバーも作戦に対する不満はあれど、すでに正式な辞令として下されたことだと無理やり納得しヴァリウスの話に意識を向ける。

 

「確かに、俺達だけでファウゼンを攻略しようとするのなら、犠牲は多数出ることになると思う。だが、今回は幸いと行っていいのかは微妙だが、先程セリアが言ったとおり、ファウゼンそのものを攻略するわけではないんだ。その周辺地域の制圧。それこそが今回俺達が命じられた任務だ」

 

「それは分かりますが、かといって周辺を制圧するだけならばまだしも、その維持もしなくてはいけないのではないのですか?維持もしなくてはならないとなると、私達だけでは帝国軍との兵力が余りにも違いすぎると思うのですが・・・?」

 

「確かにな。が、別にその事については、それほど深刻に考える必要は無いさ」

 

「それは、どういう・・・?」

 

ヴァリウスの自信に溢れる言葉に、それまで黙って耳を傾けていたキースが疑問符を浮かべる。口角をニヤリと歪めながら、ヴァリウスはその疑問への答えを述べた。

 

「俺達は、ファウゼン奪還作戦のための下地として、周辺地域を制圧(・ ・)する(・ ・)のが(・ ・)目的だ。その維持については何ら命令を受けてない。よって、奪還後の周辺地域の維持は他の正規軍の担当となる。ここまでは良いな?」

 

「はい」

 

「ならば、制圧した地域を維持する正規軍部隊のことも考えた場合、あまり広く地域を奪還したところで、それを維持することが今の正規軍に可能だと思うか?」

 

「・・・正直、不可能に近いかと。中部戦線を維持することさえも厳しい現状で、北西部のファウゼン周辺を帝国軍から奪還できたとしても、そう長くないうちに再び奪われるのが目に見えています」

 

「そうだ。現状の中部防衛線を維持することさえも困難なこの状況で、さらに北西部に防衛線を巡らせたとしても、そう時間が経たないうちに再び奪い取られることは明白だ。だからこそ、今回俺たちが奪還するのは、たった一か所でいいんだ」

 

「一か所、ですか・・・?しかし、それでは上の連中が納得しないのでは?利権目的で作戦を提案したような連中です、被害が出ようが構わずに、周辺を制圧しろと言ってくるのが目に見えていると思うのですが・・・」

 

「確かに、普通の拠点を一か所奪還するだけじゃ、そう言われるのは明白だろう。だが、俺たちが奪い返すのは、ただの拠点じゃない(・・・・・・・・)。制圧するのは・・・」

 

「ここ、リストニウムだ」

 

そう言ってヴァリウスが指差した地点は、ちょうど北部と中部の中間にある町だった。

 

「なるほど・・・確かに、リストニウムを奪還したとなれば、いくら上でも文句を言ってくるとは思えないな。ここを奪還できれば帝国の北部、中部間の補給路を大幅に制限できる」

 

頷きながらヴァリウスの考えにセルべりアは、「相変わらず狡猾な策を思いつくやつだ」と、目の前でリストニウムと書かれた町を見つめるヴァリウスの顔を見やりながら小さく笑った。

 

リストニウム。もともとファウゼンで採れたラグナイトをガリア各地へと出荷するために建設されたこの町は現在、帝国軍の中部への補給物資を運搬する拠点として使われていた。

 

もちろん、ここを経由しないで中部へと補給物資を運搬するルートもある。だが、それでも帝国が使用する北部からの補給物資の多くはこのリストニウムを経由されている。もしここを奪還が成功すれば、中部戦線に展開中の帝国軍は、現在行っているファウゼンからの補給線を大きく減衰され、戦線の維持に支障をきたすだろうとファウゼン占拠時より、作戦司令部は考えていた。

 

そして、ガリア軍は作戦司令部の立てた戦略を実現すべく、北部制圧後速やかにリストニウムを奪還すべく、中隊規模の戦力を投入。しかし、依然として両軍の戦力差は大きく、中部戦線を打開することもままならない正規軍では、作戦通りにリストニウムを奪還できるはずもなく、今日までリストニウムは帝国の補給経路として使用されていた。

 

「上層部が北西部を制圧された当初に躍起になって取り返そうとした町だ。ここを取り返せば、いくら煩い上層部といえども、大っぴらに他の拠点も奪還しろとは言わないだろう」

 

「・・・確かに、ここを奪還できれば、上層部といえどもそうそう無理な要求はしてくるとは思えませんね」

 

ヴァリウスの言い分に同意を示すキース。事実、戦略的に見ればファウゼン侵攻を目前とした今、最も攻略するべき拠点はリストニウム以外になく、それ以外の拠点は攻略価値が一段低いものばかり。

 

功績を立てるならばリストニウム攻略は最も価値のある作戦と言えた。

 

「だろ?まぁ、懸念事項といえば、このリストニウム守備隊の戦力なんだが・・・それも、俺たちの実力ならば問題ないと俺は判断した。皆はどう思う?」

 

「ヘッ!このくらいは楽勝で出来ますぜ、隊長!」

 

「まぁ、自分たちならば可能であると思います」

 

「他の部隊ができなかったからって、俺たちができないわけがないですしね」

 

「油断するべきではないですが、不可能ではないと思います」

 

「このくらいの危険なんて今まで何度くぐり抜けてきたかわかんねえしな。これくらいでギャアギャア文句言うつもりもないですよ」

 

各小隊長がヴァリウスの問いにスラスラと「余裕で勝てる」と答えていく中、最後にセルべりアがヴァリウスの目を見つめながら一言、

 

「お前が出来ると判断した作戦だ。ならば、私たちはそれに応えるだけさ」

 

何の気負いもない、そこいらの男よりもよほど男らしいセリフとともに、小さく微笑んだ。

 

「頼もしいな・・・。133独立機動小隊は、明朝0830に当基地を出立!ファウゼン近郊のリストニウム奪還作戦を展開する。各自、準備に取り掛かってくれ!」

 

「「「了解!!」」」



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第二十話

『こちらハウンド1。敵影見えず。偵察を続行します』

 

「ライガー1、了解。定時まであと20分だ。あまり先行しすぎるなよ」

 

『了解です。通信終わり』

 

駐屯基地を後にしたヴァリウス達133小隊はガリア軍の勢力圏を抜け、今や帝国の支配域となっているガリア北部へと足を踏み入れていた。

 

敵勢力圏内での行動故に進軍は常時よりもやや遅め。随時周囲へ偵察を放つことを怠らず警戒態勢を維持している。

 

その甲斐あってか、リストニウムまであと10キロと言ったところまで来たが、いまだに帝国の部隊とは遭遇することなく順調に行程を消化していた。

 

「ここまでは至って順調だな」

 

「だが、ここはすでに帝国の勢力圏内だ。油断は出来ないぞ」

 

「分かってるさ。まぁ、だからってずっと緊張してろってのも無理な話だぜ?適度に肩の力を抜いとかなきゃ、いざって時に動けないよ」

 

無線機を首から外し、なんとなしに周囲を見渡す。周りを木々に囲まれた緑あふれる森の中にあった開いた場所に設営した野営地では食事の準備が進められている。

 

出来るだけ火は使わないようにしているため、温かい食事とは行かないが、それでも既存のレーションや保存食などよりは随分とマシな料理がラビット分隊の面々により作られていくのを遠目に眺めていたヴァリウスは

 

「しかし、こうものんびりしていていいのか?今回は時間との勝負なんじゃないのか?」

 

とのセルベリアの言葉に首を捻る。

 

「まぁ、そうなんだが・・・相手が来ないことには俺らも動きようがないからなぁ・・・・・・」

 

カリカリと頭を掻きながら疲れたような声を出しながらそれまでリストニウムへと向けていた視線を反対側、ガリア領の方向へと向ける。

 

「まったく―――なんだってこんな時に、こんなもんもらうような真似するのかねぇ・・・・・・」

 

そう呟きながら懐から取り出した黒い封筒――基地でアレハンドロから手渡された代物――を疲れたような瞳で見つめる。

 

一切が黒のそれは、どことなく不気味な空気を醸し出している。実際、それはヴァリウスにも、そして対象(・ ・)となった存在にも災厄をもたらす代物。

 

本当ならば自分の手許になど二度と来ないでほしいと願わずにはいられないモノ。

 

「特殊任務遂行書、か・・・確かに、出来うる限り見たくはない代物だな」

 

嫌悪感を滲ませながらヴァリウスの手にある黒い封筒―――特殊任務と呼ばる”反逆者への処置命令書―――を睨み付けるセルベリアは、今回の任務が常時のソレとは違う一面を持っていることに気を僅かに落し、小さな溜息を吐いた。

 

「ガリア軍内での”公には出来ない”国家反逆者、もしくは候補の内密な処理―――毎度毎度碌なものではないな」

 

「俺だってこんなものなるべく受け取りたくはないけどさ・・・”コレ”のおかげで俺たちは軍の指揮系統から外れて行動出来てるんだ。嫌だからやりませんってわけにはいかないだろ」

 

セルベリアの鋭い視線を感じながらひらひらと黒い封筒を揺らす。そうは言ったものの、ヴァリウスの表情もまたセルベリアと大差無いものだったが、これを無視することは不可能なのだと認めざる負えないのかと嫌気がさした表情は隠せていない。

 

「確かに、今更どうこう言っていても詮無い話か・・・それで?今回の標的はどのような屑なんだ?」

 

「例のごとく、としか言えないような屑だよ」

 

差し出された封筒を受け取り、口を開く。記されているのは標的の部隊番号と大まかな罪状。大まかな、と言っても記されている罪状の数は紙の半分以上を占めている。

 

「国家反逆罪、機密漏洩、民間人誘拐、人身売買。物資横流しに強姦・・・これはまた、救いようのない屑が居たものだな」

 

比較的上の方に記されている罪状を読み上げながら眉間に皺を寄せる。これまで音沙汰なしで居たのが不思議なくらいの犯罪、軍紀違反の数々にセルベリアも呆れの色が浮かび出る。

 

「その部隊の隊長、あのエルロー大佐の三男坊なんだってさ」

 

「軍略のエルローか?・・・なるほど、父親の権力を盾に好き放題やらかしていたわけだ」

 

納得と言った風に頷くセルベリアを横目に、たった今口にした名の主を脳裏に浮かべる。

 

軍略のエルロー。本名をアレックス・エルローと言い、第一次ヨーロッパ大戦時にガリア公国正規軍の中尉として参戦した歴戦の猛者。奇襲、奇策などを多用し、英雄であるギュンター将軍ほどではないにしろ、劣勢にあったガリア軍を支えた戦略家として名高い人物で、戦後はその功績を認められ、男爵の爵位を与えられた。

 

そんな偉大な男の三男として生まれたのが今回の標的であるジョン・エルローガリア正規軍少尉だ。

 

「この723小隊だけど、エルロー少尉の伝手で集められたゴロツキばかりらしい。こんなんでも一応戦果は挙げてるらしいから、多少の問題行為は親のネームバリューもあってお偉方も黙認してたらしいんだが」

 

「流石にあの雌猫の目を掻い潜ることは出来なかったわけだ」

 

鼻を鳴らしながら相槌を打つセルベリアに苦笑しつつ、首肯する。

 

「流石に、彼のアレンスウェード家の情報網を抜けるのは実家の名を掲げても無理だったらしいな。最近は帝国への物資と情報の横流し、ダルクス系の民間人を誘拐、人身売買を主に取り扱ってるみたいだ」

 

「しかし、それだけか?いや、確かにそれだけでも十分粛清対象として選ばれる理由はあるが、あの雌猫が標的に選び、私たちが充てられた理由としては少々弱い気がするが・・・」

 

今まで受けてきた黒い任務は、今回のような小悪党のような輩ではなく、まさに国家の敵と呼べるような相手がほとんどだった。むしろ、そう言った相手でなければよほどのことが無い限り黒手紙(抹殺指示)が届けられるような事態にはならないはずだ。

 

だと言うのに、今回に限っては小物と言ってもいいレベルの標的だ。何かしらの裏があるのではないかと思わず勘ぐってしまう。

 

「さぁ、そこらへんは俺にもよく分からんが・・・少なくとも、黒手紙(コレ)をもらうような何かを仕出かしたってことなんだろ。なら、俺たちは指令通りにそれをこなすだけだよ」

 

それが命令であるならば、従うのが軍人として正しい姿であり、基本だ。指揮官と言う立場に居るのならば、多少考えることは必要ではあるが、余計な考えを持つことは兵士には必要ない。

 

そう言うのは上の人間の、政治家の考えることだ。

 

「それに、こう言っちゃなんだがアルト直々のご命令なんだ。少なくとも俺らに不利になるようなことをあいつが指示するとは俺には思えないけどな」

 

「・・・・・・確かにな・・・・・・仕事(・ ・)に関しては公正なのは認める」

 

「間があるなぁ・・・」

 

答えを口にするまでの間に苦笑しながらヴァリウスは黒手紙を懐にしまう。二人の相性の悪さと言うか、顔を合わせたら即座に殺気を飛ばしあう仲なのはよく知っているが、公務には誠実であることは彼女も認めているのだ。

 

ただ、それを素直に認めるのは嫌らしいが。

 

「ま、とにかくこういう訳で今回の任務はちょっとばかし特殊なわけだ。復帰早々こき使ってくれるとは思うけど、お仕事はしっかりやらなきゃいけないだろ?」

 

おどけた仕種を見せながらも、その瞳は鋭い。どのような小物であろうと、獅子身中の虫を生かしておくような温厚さは彼には微塵も無い。

 

「だからこそ、今回の任務は万全を期したい。後で皆にも話すが、そのつもりでいてくれ」

 

「了解した。・・・もっとも、私はいつでも万全を期しているがな」

 

「知ってるよ」

 

最後に軽口を交し合い、夕食の用意がされているはずのテントへと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、なんで俺たちがこんなことやらなきゃいけねぇんだよ・・・!」

 

苛立ちをぶつけるように枯葉が積もる地を踏みしだく。手に抱えるのは、ガリア軍で支給されているガリアン‐1。偵察職種に就く兵士が一般装備しているそれを抱える男達は、ガリア正規軍の蒼い軍服を各々の好みに合わせて身に纏い、薄暗い森の中を三人の男たちが闊歩していた。

 

明らかに軍人、それもガリア正規軍の者達であることが分かる。

 

「全くだぜ。せっかく商品(・ ・)の味見が出来るはずだったのによぉ~・・・それもこれも、テメェが余計な事言いやがったせいだぞ?」

 

「あ?俺のせいだってのか?ふざけんなよ、テメェ?アレはどう考えたってワルドのせいだろうが!!」

 

「ケッ、ほざけよ。テメェが隊長のお気に入りに手を出そうとしたせいだろうが!そのせいで俺らまでとばっちり受けてんだぞ?どう考えたってテメェのせいだろうが!!」

 

しかし、軍服を纏ってはいるものの、パッと見でその男達を軍人だと判断できるものは居ないだろう。

 

正規軍、義勇軍問はず、軍人に見えないような輩は少数ながら存在して(と言うよりも、義勇軍は民間からの志願兵なのだから軍人に見えなくても当然だ)いる。しかし、そんな者達でも軍服を纏っていればなんとなく「あ、この人は軍人なのだな」と判断できる。

 

それは、荒くれ者のような顔をしていても”その道”の輩と区別が付けられることと同じだ。服装とは、纏っているだけでもその者の身分を証明することが可能な認識章みたいなものなのだ。

 

だが、そんな軍服を纏っていながら、森の中を歩くその男達は完全にそこいらのチンピラと同じ空気を纏っており、とてもではないが正規の職業軍人とは思えない。

 

第二に、男達の態度だ。

 

男達の装備や行動を見るに、彼らは今偵察任務中なのだろう。でなければこんな人気のない森の中を集団で歩くようなことはしない。

 

だと言うのに、大声を上げながら仲間を罵る様は丸っきりチンピラだ。

 

少なくとも、彼らと同じ立場にある他の軍人ならば何かしらの不満があったとしてもこのような場所で自分たちの位置を知らせるような愚行は犯さないはずだ。

 

「ギャアギャア煩せぇぞ、テメェら!!少しは黙っていられねぇのか!!」

 

後ろで騒ぐ男たちに堪え切れなかったのか、三人の中で唯一黙って歩いていた先頭の男が後ろを振り返る。突然の介入にビクリと体を震わせた二人だが、片方を責めていた男が「けどよ、こいつが!」と不満を露わにする。

 

「黙れっつたぞ!?俺だってなぁ、お預け喰らってイライラしてんだよ!!ごちゃごちゃ抜かしてねで、さっさと見回りなんざ終わらせようとか考えやがれ!!」

 

殺気立つ男の言に気圧されたのかそれまで騒ぎ立てていた男はしぶしぶといった様子で口を閉じる。その様に鼻を鳴らしつつ、横でにやけている男にも「テメェもうぜぇんだよ!」と拳を振るう。

 

「いいか、もう一回言うけどなぁ・・・俺もテメェのせいでやりたくもねぇ見回り何ざさせられて苛ついてんだよ。これ以上手間掛けさせるようなら・・・殺すぞ?」

 

「わ、分かってる・・・!分かってるよ・・・!ほ、本当に悪いって思ってる!!」

 

「なら黙ってやることやれや」

 

本気だと思わせるには十分な殺気を向けられた男は先頭を行く男へ怯えながらも謝罪を口にし、震えながら周囲を窺う。

 

(ったく、ギャアギャア、ギャアギャア騒ぎやがって・・・せっかくのお楽しみ取り上げられてムカついてるっつうのによぉ・・・)

 

気分が悪い。こうなれば、なんでもいいから一発ぶち込んでスッキリしたいところだが―――

 

「・・・ん?」

 

「なんだ?」

 

「いや、何か動いたような気が・・・」

 

後方を歩いていた一人が数メートルほど先の茂みを指さした。指の先を追い目を向けてみるも、何もあるようには見えないが―――

 

(・・・アレは―――)

 

今度は自分にも見えた。茂みの間から覗く、紺色の(・ ・ ・)髪。精一杯動かないようにじっとしているが、微かに紺色の髪が茂みの中から覗いていた。

 

「おい、そこに隠れてんのは分かってんだ。さっさと出て来い!」

 

強い口調で命令する。髪の主は、大声に驚いたのか一瞬ビクリッと体を振るわせた後、おずおずと茂みから姿を見せた。

 

「まさか、こんなところでダルクスのガキに出くわすとはな・・・」

 

出てきたのはまだ子供と言える年頃のダルクス人の少年。瞳は恐怖に彩られているが、軍服を見て自分たちがガリア軍の者だと分かると多少安堵したようで、震えながら「す、すみません・・・近くの村の者なんです。怪しいものではありません」と主張してきた。

 

「近くに村だぁ?知ってるか?」

 

「俺が知るかよ」

 

少年の言葉に訝しげな声を出す二人。彼らの様子に慌てたのか、「ほ、本当です!この先に僕たちの村があって・・・小さいですけど、ちゃんと領主の方にも届け出てます!」と自分たちが違法居留者ではないと声を張る。

 

その様子は酷く必死だが、ダルクス人と言うだけで迫害を受ける彼らからすれば、ここで変な疑いを持たれるようなことは出来るだけ避けたいのだろう。

 

何とか信じてもらおうと身体を振るわせながらも訴えてくる。

 

だが、男にとってそんなことはどうでもいいことだった。

 

「お前、一人なのか?」

 

「え?あ、はい・・・ちょっと薬草を取りに・・・」

 

「そうか・・・」

 

にやりと、怪しげに嗤う。男の表情に、危険を悟ったのか少年はビクビクと怯えながら後ずさる。

 

「あ、あの・・・もう戻らなきゃいけないので・・・」

 

そう言うとすぐさま踵を返し脇目も振らずに駆け出した。その後ろ姿を見送る男は、少年が自分の考えをどことなく悟ったのだなと僅かに関心しながら、仲間達へと笑みを向ける。

 

「おい、喜べよお前ら―――退屈しのぎが出来たぞ」

 

男の言葉に、二人もまた笑みを浮かべる。ガリアン‐1を握りしめ少年が走って行った方向へと目を向ける。

 

少年の姿は、森に慣れているためかかなり先にあった。その速さに口笛を吹きながら男は銃を構えた。

 

「―――キツネ狩りの時間だ」

 

一発の銃声が、森の静寂を切り裂いた。



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第二十一話

「いやぁぁ!放して!放してよぉ!!」

 

「黙れ!殺されてぇのか!!」

 

泣き叫ぶ女性の頭を銃床で殴りつけ、ぐったりとした体を引きずるように運ぶ。男の目的地である輸送用トラックの荷台前に立っていた見張り役の男が、彼の乱暴な扱いを見て思わず「あんま傷付けるなよ」と声を掛けた。

 

「そんなやつでも大事な商品なんだ。あんま乱暴に扱ってると隊長にどやされるぜ?」

 

「んなこと言ってもよぉ、暴れるんだからしょうがねぇだろうが。クソッ、他の奴らみてぇに黙って従ってればいいってのによぉ、こいつは!」

 

苛立ちが収まらないのか、気を失っている女性の髪を引っ張りながら毒を吐く。見張りは「だから止めろって」と窘めながらも気持ちは分からなくもないけどよと心の中で呟く。

 

ああも泣き叫ばれては手間がかかってしょうがない。好きに(・ ・ ・)していい(・ ・ ・ ・)のならば我慢も出来るが、生憎と今回の商品は出来るだけ無傷で運ぶようにとの話だ。ストレスが溜まるのも無理からぬ話だ。荷台の中へと入っていく男達を見送りながら、見張り役の男はこの後に控えているお楽しみ(・ ・ ・ ・)に思いを馳せる。

 

幸いなことに、今日は自分たちの番だ。少し前に隊長のお気に入りに手を出そうとした馬鹿が居たおかげで多少時間がずれたが、次の休憩時間には中にいる商品(・ ・)の中から好きなモノを選んで好きにできる。

 

少し前ならば絶対でに出来なかったことが、今はこうも容易く出来る。

 

「まったく、戦争様々だな」

 

平時には民間人が消えれば大騒ぎになるが、今は戦時下だ。民間人の失踪や行方不明などはありふれたもの。こうして自分たちが狩って(・ ・ ・)いても(・ ・ ・)なんの問題もなく処理される。

 

他の最前線にいる奴らからすればたまったものではないだろうが、そんなことは知ったこっちゃない。碌に抵抗もできない民間人を攫い、好事家や貴族に売れば大金が手に入るのだ。

 

「なに一人でブツブツ言ってんだよ」

 

「ん?いや何、戦争のおかげで儲けてんだよなって考えてただけだよ」

 

「あ?何らしくないこと言ってんだ、お前」

 

「らしくねえか・・・確かに、らしくねぇな」

 

「だろ?んな難しいこと考えるような頭は俺らにあるわけねぇての。精々できるのは金勘定くらいだろうが」

 

俺を含め、この隊はバカばかりなんだからよと言い切る男に違いないなと苦笑する。実際、さっきまで考えていたようなことは、自分らしくない。

 

こいつの言うとおり、自分ができることなど、ケチな金勘定くらいのもんで、戦争がもたらす不幸だとか幸福なんてものを考えるのはもっと()のある奴がすることだ。

 

「ハッキリ言いやがるなぁ・・・ま、いいか。で?あれ(・ ・)で最後の荷か?」

 

「ああ、あれで最後の商品(・ ・)だよ。ったく、ギャアギャア騒ぎまくりやがってよぉ。商品は商品らしく黙ってりゃいいのによぉ」

 

「ま、分からなくもねぇけどよぉ。傷残すような下手仕出かすなよ?それで値段下げられたりしたら、頭に殺されかねぇぞ?」

 

「分かってるよ、そんくれぇ。それと、()じゃなくて隊長(・ ・)だぞ?」

 

呼び方間違えるとうるせぇんだから気をつけろよ。

 

そう言われ、ああ、そうだったなと頭を掻く。前までの、街で好き勝手していた頃とは違う点の一つが頭―――否、隊長であるジョン・エルローが、現在の立場を部下である自分たちの不用意な一言で壊れることを恐れ、皆に呼び方を変えさせていた。

 

正直、周りとしては「そんなどうでもいいことを気にするのか」と思うものも少なくなかったのだが、実際に頭と読んで罰せられた者が居たので他の者も彼の居る場所、居ない場所問わず、頭ではなく「隊長」と呼ぶようにしていた。

 

「おっと、いけねぇ・・・言うなよ?」

 

「今度一杯奢れよ?」

 

そんなくだらない掛け合いをしていた二人のもとへ、「おい、お前ら!」と一人の隊員が駆け寄ってきた。

 

「おい、見回りに行ったやつらがはぐれ(・ ・ ・)の巣(・ ・)を見つけたってよ!」

 

「巣って・・・もしかして、狩った(・ ・ ・)のか?」

 

「ああ。なんでも、ガキと偶然会って、遊んで(・ ・ ・)たら(・ ・)見つけたんだと」

 

「数は?それと割合は?」

 

「全部で30。しかも驚け・・・なんと、若いメス(・ ・)が多いんだってよ!」

 

「おい、マジかよ!ここら辺でそんな巣なんざ、あるわけねぇと思ってたのによ」

 

「結構奥の方にあったらしくてよ、帝国の奴らにも気付かれてなかったらしいぜ?」

 

「ってことは・・・」

 

「ああ、手付かず(・ ・ ・ ・)だよ!しかも、上玉が居るって話だぜ・・・!」

 

男の持ってきた知らせに、二人は怪しく嗤う。

 

偶然見つけたはぐれ(・ ・ ・ ・)の巣(・ ・)。しかも、手付かずの女たちが半分以上を占めていると聞けば、彼らの脳内に浮かぶのは、たった一つのことだけだった。

 

「で、頭・・・じゃなかった、隊長はなんて?」

 

「決まってるだろ・・・!さっさと移動の準備をして、狩り(・ ・)を始めるってよ!!」

 

興奮を隠せない様子の男。頬を上気させ、愉悦の色を見せる彼と同様に、対面の二人もまたこれから行われる狩り(ゲーム)に笑みを深めた。

 

「了解だ。すぐに行く」

 

「おう、早くしろよ。皆もはしゃいでっから、モタモタしてるとやっべ~ぞ?」

 

ニヤけながらの一言に「おうよ」と返し、さっそくトラックを移動させるために動き出す。二人の頭は、既に狩り(ゲーム)の後のお楽しみ一色に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、こんなところにまだ手つかずの集落があったとはなぁ・・・」

 

「ああ。けど、これで隊長の機嫌も少しは良くなるだろう」

 

「幸い、あそこにいるのはほとんどが若い女みたいだからな。おこぼれにもありつけやすそうだ」

 

下卑た笑みを浮かべながらそう漏らした男に続き、「少なくともテメェのミスを精算するくらいの価値はありそうだな」とからかう長髪の男に、からかわれた男は「ほっとけ!」と悪態をついた。

 

「確かに。これなら、隊長の機嫌もすぐ治るな」

 

二人の喧騒をよそに、目の前で危険が迫っているとも知らない様子で笑い合っている女達

(獲物の群れ)を見つめながら久々の大捕物に笑みを浮かべる。

 

棚からぼた餅とでも言おうか。降って湧いたこの幸運は、怒りに満ちていたボスの機嫌を確実に好転させられる。

 

「けどよ・・・あのガキほっといて良かったのか?殺しといたほうが良かったんじゃ」

 

この幸運をどう活かそうかと考えていた男は、長髪の男が口にした”ガキ”と言う単語で現実へと意識を戻す。

 

「あ?何の話だよ」

 

「何の話って・・・さっきのダルクスのガキのことだよ。結局途中で見失ってそのまんまだけどよ。もしあのガキが村の奴らに俺たちのこと知らせたら面倒なことにならねぇか?」

 

もしもを想像したのか、若干顔を強ばらせる長髪の男。彼にからかわれていた男もまた、「そうだよな・・・」と今更不安になってきたのか表情を硬くする。

 

「なんだよお前ら今更になってビビってんのか?安心しろよ、あのガキはここに戻ってなんてこねぇよ」

 

「?なんでそんなことが言えるんだよ」

 

自信に満ちた顔で言い切る男へと不審な目を向け問いかける。横の長髪も何故言い切ることができるのかと怪訝な目をしている。

 

「簡単だ。俺たちは最初に”狐狩り”って言っただろ?そんで、あえなく俺たちは獲物だったガキを見失っちまったわけだ」

 

「・・・それで?」

 

「なんとか逃げ切ることが出来たガキは考えるわけだ。”このまま村に帰るわけにはいかない”ってな」

 

「だから、なんでそうなるんだって聞いてんだよ」

 

「まだ分んねぇのか?”狐狩り”なんて言う奴らが追いかけてきてんだぞ?自分たちの村(ダルクス人の村)が狙われるかもしれないって考えるだろ普通」

 

「そうなれば、このまま村に戻ったんじゃ俺たちに場所を教えちまう。なら、村と反対方向に逃げなきゃいけねぇってのはガキでも思いつくぜ」

 

男は二人を見下すかのようにそう言い切り、二人の反応を楽しむ。普段から、”脳筋”だの、”バカの浅知恵”だの頭から言われている自分が、これだけの推理を披露したのだ。

 

ぐぅの音も出せまい。

 

「よぉ、待たせたなお前ら」

 

「ッ!隊長・・・驚かさないで下さいよ・・・」

 

物音一つ立てず背後に立っていた男、ジョン・エルローへと引きつった笑みを向ける。

 

「ヘッ気づかなかったテメェらが間抜けなんだよ・・・で、獲物の様子は?」

 

「特に変わった様子はないですぜ。これから自分たちに何が起こるのかも知らずに、暢気に

してますよ」

 

「そうか・・・そんじゃま、テメェら・・・」

 

立ち上がり、背後に控えていた軍勢(猛獣)達へと振り返る。

 

その顔には、酷く獰猛な笑みが浮かんでいた。

 

「――――狩りの時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・!!」

 

激しく息を乱しながら、一心不乱に脚を動かす。撃たれた足からは動かす度に血が流れるがそんなことを気にする余裕など無い。

 

逃げなけでば殺される。脚を止めれば死んでしまう・・・!!

 

死の恐怖に支配された少年にはただ”逃げる”ことしかなかった。

 

故に、自分が今どこに向かっているのか、追手が本当に追ってきているのかを確認する余裕など一切なく、自分の前方からやってくるガリア軍の者達に気が付くことも無かった。

 

「・・・・ッ!止まれっ!」

 

視界が制限される森と言う環境故か、かなり近い距離になってようやく自分たちの方へと迫っていた人影に気づいた隊員の一人が鋭い視線を人影へと遣り、銃を向ける。

 

ここまで接近を許すなど、弛んでいるなと自分を叱咤するも、その後の行動が迅速なのは日頃の訓練の賜物と言えた。

 

他の隊員達も男が警戒する方向へと銃口を向け油断なく先を見据える。

 

しかし、現状においてこの行動は残念ながら不適切なものだったが。

 

「ヒッ・・・!!」

 

背後から迫っていた命の危機に怯えていた少年は、彼らが向ける鋭い視線とその手に持つ銃に酷く怯え、転倒。そのまま涙をポロポロと零しながら体を震わせる。

 

「子供・・・?おい、君「殺さないで・・・!お、お願いします・・・殺さないで・・・!!」・・・おいおい・・・」

 

向けられる複数の銃口と、再び訪れた死の危険を前にし、完全に錯乱状態に陥ってしまった少年は、ひたすら「殺さないで」と繰り返す。

 

尋常じゃない様子に男は「参ったな・・・」と漏らしながら周囲の隊員達を見渡し、仕方なく少年を保護することに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・間違いないのか?」

 

「ええ。まぁ子供の、それもようやく落ち着いた子の証言なので多少信憑性に欠けますがほぼ間違いないかと」

 

「・・・厄介な事になったな・・・」

 

森へと先行偵察に向かわせていた隊の報告を受けたヴァリウスは、もたらされた情報の厄介さに眉間に皺を寄せた。

 

偵察を行っていた彼らと偶然遭遇した負傷したダルクス人の少年。自分たちが彼の恐る者とは違うと言い聞かせ、キャンプに連れ帰り治療を施したのが30分前のこと。

 

そして、森の中で何があったのか。その怪我は一体どうしたのかを聞き出した隊員は、聞き出した情報の重要性に慌て、リストニウム攻略について議論を交わしていたヴァリウスの下へと慌てて駆け込んできた。

 

そして語られたのは、「ガリア軍の軍服を着た者達に撃たれた」と言う証言。ただ撃たれただけならばまだ――少年にとっては酷だが――良かった。

 

しかし、それが「狩り」と称して行われたこと、そして彼らが少年から目標を変えた形跡があることが問題だった。

 

「ダルクス人を”獲物”に見立てた「狩り」・・・報告と合致しているな」

 

「おまけに、近くに村があることも喋ったみたいですし・・・隊長、これはかなりまずいんじゃないですかい?」

 

セルベリア、ギオルの言葉に目を瞑る。二人の言う通り、今回遭遇した少年を追い立てていただろう相手はおそらく自分達の討伐目標となっている者達―――第723小隊だ。

 

彼らは――公に知られてはいないが――今までも幾度かダルクス人を獣に見立てた「狩り」と呼んでいる行為を幾度か行っているらしい。

 

そして、件の少年は偶然723小隊の哨戒に出くわし、運悪く「狩り」の標的とされたと言うわけだ。

 

「しかし、ここらにダルクス人の村があったなんて・・・」

 

「隠れ里でしょう・・・街に住めないダルクス人が身を寄せ合って自然と出来たんでしょうね。ダルクス人にはよくあることよ」

 

アリアの言葉にどこか憂いを宿した瞳で答えるシルビア。同じダルクス人としてどこか思うところがあるのか、その表情は少し硬い。

 

「とにかく、少年が無事だったことは不幸中の幸いだな・・・おかげで連中の次の行動が予測出来る」

 

十中八九、723小隊の連中は少年が住んでいたと村を襲撃するだろう。彼らの目的が「捕獲」か「殺し」かは分からないが、そこに大量の「獲物」が転がっているのだ。手を出さないはずがない。

 

「確かに、行動先を知れたのは良いが・・・場所が問題ではないか?」

 

「少年の証言によると、隠れ里の場所は・・・うわ、リストニウムから4キロも離れてない!隊長、これじゃあ戦闘音で帝国に気付かれますよ」

 

卓上に広げていた地図を指差し、困惑の声を上げる。グレイの言う通り、保護した少年の隠れ里はリストニウムから約3キロ半の場所にあった。

 

これだけ離れていれば普通は見つかりはしないが、戦闘音や爆発音などが連続的に響くとなれば3キロ半と言う距離は十分とは言えない。

 

小銃程度ならまだしも、敵が戦車を3台以上所持しているのは既に判明している。もしも723小隊と戦闘になれば、確実に戦車が使用され、帝国軍に自分達の存在がバレてしまう。

 

そうなれば、作戦達成が困難になるのは必至。故に、無策で挑むわけにはいかない。

 

「分かってる。だからこそ・・・キース」

 

「はい」

 

「ハウンド分隊に特殊戦の用意をさせろ。今回はお前たちが肝だ」

 

「―――了解です」

 

「他の隊は通常装備で命令あるまで待機。日が沈んだら作戦開始だ」

 

幸いにも、既に時刻は夕刻。ここから隠れ里のある場所までは1キロも無い。移動は容易いはずだ。

 

「さて―――奴ら(723小隊)に、本当の狩りってものを教えてやろう」

 

 



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第二十二話

「ハハハッ、今日は大量だな、おい!」

 

引き連れる収穫(ダルクス人)を背に、上機嫌に笑い、酒を呷るジョン。予定外の収穫、それも大量の若い女だ。これから引き渡す帝国の奴らへの賄賂替わりとしてはかなり上等なものになる。

 

「か・・・じゃなかった、隊長!ダルクス共の収容、あともう少しで終了しやすぜ!」

 

「おう、今日はお手柄だったな!褒美に、この後の味見(・ ・)は、テメェらに好きなの選ばせてやるよ」

 

「マジっすか!うっひょ~、流石隊長!太っ腹!!」

 

思いがけない収穫をもたらした部下に褒美を与える。たったそれだけで、忠実な部下になるのだ。そのくらいの器量を見せるのは当然と言えた。

 

「で、収穫の総量はどの程度だ?」

 

「えっと・・・男が13、女が20、ガキが14ってとこでさぁ。ちなみに、年頃の女は16人くらいですぜ」

 

「そうか、案外多いな。こりゃ、本当に運が良かったか?」

 

「あれじゃないっすか?日頃の行いが良かったってやつ!」

 

「ハッ!俺らの行いが良いってか?そんなになってたら、世も末だぜっ!」

 

「違ぇねぇや!」

 

ギャハハと品の無い声で笑う男達と共に笑いながらジョンは顧客(・ ・)の一人から送られてきた連絡について思いを馳せていた。

 

自分達の行動がガリア上層部の一部に感づかれ始めていると言う話は、いずれ来るだろうと考えていただけに驚きはない。

 

しかし、その顧客曰く、「大公子飼いの粛清部隊が動くかもしれない」と言う話は聞き逃せなかった。

 

噂に聞く粛清部隊。

 

凄腕ばかりで形成されたそいつらは対人戦のエキスパートであり、これまでも少なくない国内からの裏切り者を排除してきたと言う。

 

そんな輩に目をつけられているなど、冗談にしても笑えない。

 

ここらが潮時かもしれねぇなとジョンは考えていた。

 

(手土産も出来た・・・いいタイミングかもしれねぇ・・・)

 

この予定外の商品を手土産とし、帝国への亡命を行う。

 

幸いにも、今度の商品の届け先は帝国だ。ならば、商談の時にでもこの件について話し、手土産とともに亡命するのもいい手なのではないか?

 

(それに、戦況だって明らかだ。最近は少し善戦してるだの、ヴァーゼル奪回して戦況は自分たちに傾いただの言ってるが、劣勢なのは明らかだ。それに、地力が違う。小国のガリアと、大陸を二分する帝国とじゃ、蟻と人だ。今は適当に遊ばれてる状態だ。本腰入れられたら、すぐに踏み潰される。なら、どっちに付くかなんざ、決まってる)

 

「沈みゆく泥船に、興味はねぇからな」

 

一人呟き、ジョンは今後の方針を固めた。部下たちに今後のことを知らせるのは後にすることにし、この隠れ里の村長宅へと向かう。

 

今日はこの隠れ里に駐留することは既に知らせてある。ベットのある家があるのだ、わざわざ野営する必要は無い。

 

「おい、今日の獲物の中から適当に一人見繕って俺のところに連れて来い」

 

「了解でさぁ。いつ連れて行きます?」

 

「そうだな・・・飯の後にするか。他の奴らにも言っとけ。味見するのは飯の後だ。その前に手出す奴はぶっ殺すってな」

 

「イエッサー!」

 

食後に楽しみがある事を確約されたからか、上機嫌に敬礼などしてみせる部下を横目に歩みを進める。その脳裏には、既にダルクス人以外の帝国への亡命土産についての算段が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、よくもまぁ、こんな場所に隠れてたもんさぜ」

 

「確かになぁ。こんな山奥に住むなんざダルクス野郎の考えることは分んねぇな」

 

「ダルクス人じゃねぇからな、俺たちは」

 

「なに当たり前の事言ってんだよ、お前」

 

食事が用意されるまでの間見回り役を押し付けられた二人は、いつもなら不平不満を漏らしながら行うそれを特に文句も垂れずに粛々と村の周囲を歩いていた。

 

ちゃんとした寝床があり、食後には今日捕えたばかりの新鮮な獲物とのお楽しみが待っているのだ。特に気を悪くする理由もない。

 

「けどよぉ、ギドの奴らもラッキーだったよなぁ。まさか、頭のお気に入りに手を出したせいで命令された偵察のくせによぉ、こんな大物獲ってくるなんてなぁ」

 

「だな。あ~ぁ、こんなことなら俺も見回りしとくんだったぜ」

 

「お前、あいつらが頭にボコボコ殴られてた時あんだけ笑ってたくせに何言ってんだ」

 

「それとこれとは話が別だろ?」

 

ケラケラと笑いながら村の周辺を歩き続ける。

 

もう少しで見回り範囲を終え、夕食へとありつける。そんなことを考えていた二人の耳に、ガサガサッと言う草木が擦れる音が届く。

 

「ん?」

 

「何だ?」

 

既に日は沈み、辺りは暗闇に包まれている上、音がしたのは鬱蒼と木々が生い茂る森の方。肉眼で見える範囲には何かが見えるわけもない。

 

「獣か何かか・・・?」

 

「多分な・・・一応、確認しとこうぜ」

 

どうせ狐か何かだろうと言いながら森の方へと歩みを進める。村から聞こえる仲間たちの喧騒が遠のき、森の不気味な静けさが辺りを包む。

 

「・・・何にもいないな」

 

「どうせ狐か何かだろ。さっさと戻ろう「――――ッ」ッ!?」

 

「ッ!?何だおま「――――ッ」!!」

 

暗闇から突然現れた何かが、相方の口を塞ぎ、喉を切り裂く。突然の事態に目を剥きながらも銃を向けようとした男だったが、その背後から現れた何かに口を塞がれ、喉が灼熱に包まれる。

 

声を出そうとするも、吹き出すのはボコボコと言う音と紅い血のみ。

 

流れ出る血とともに消えゆく意識の中、男が最後に見たのは、暗闇の中から続々と現れる黒い姿をした何かだった。

 

「―――こちらハウンド1。見回りの処理を完了。これより敵駐屯地へ侵入します」

 

『こちらライガー1、了解。以後の判断は各自に任せる。また、敵位置、状況については作戦通りホーク各員より知らせる』

 

「了解。通信終了。―――行くぞ」

 

処理を終えた二つの肉塊(・・)を地に転がし、自身と同じく黒い装束に身を包む部下達へ命を発する。

 

災厄をもたらす猟犬が、今放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「右前方、距離20カウント・・・3、2、1・・・今!」

 

覗き見るスコープの向こう側で、黒い影が躍り出ると同時に血飛沫が舞う。既に数度繰り返された行為だが、相も変わらず鮮やかな手際だなと内心関心しながら周囲を索敵する。

 

『こちらハウンド3。目標の処理を完了。次のポイントへ移動する』

 

「こちらホーク4、こちらでも確認した。こちらから見える範囲では敵の姿は無い。注意して前進せよ」

 

『ハウンド3、了解』

 

通信機からの声が途切れる。慣れているとは言え、木の上で同じ体勢のままいるのは疲れるなと自嘲した。

 

目標勢力である第723小隊への攻撃開始から30分。通信機から入ってくる情報と、事前に確認していた敵勢力に照らし合わせると、現在の敵の数は当初の三分の二にまで数を減少させていた。

 

いい加減仲間が居なくなっていることに気が付いてもいいんじゃないかと思うが、ここから見える第723小隊の連中の様子は、完全に酔っている。

 

予定外の大量なダルクス人達に浮かれて酒でも飲んでいるんだろう。仮にも敵地とされている場所でこの行動は普通ならありえないが、あの様子からして帝国に通じているっていうのは間違いなさそうだ。

 

そんな事を考えていると、酒に酔っていた723小隊がざわざわと騒ぎ出した。どうやら、ようやく仲間の姿が少ないことに気が付いたらしい。

 

しかし、今更気が付いたところで既に遅い。見張りは排除し、周囲に敵は居ない。おまけに、残った者たちはほぼ例外なく酒が入り、常時の判断能力を有していない。

 

もっとも、通常の状態であろうと、自分たちが負ける可能性はほぼゼロだが、ことさらこの状況で敗北するようなことは絶対にありえない。

 

恐怖しろ。お前たちは既に獣の口の中。

 

諦めろ。お前たちに希望などありはしない。

 

絶望しろ。同朋を・・・守るべき民を害した貴様らに生きる道などありはしない。

 

『ハウンド1よりライガー1。敵殲滅率、目標数に到達。指示を』

 

『こちらライガー1、了解。各員へ通達。これより、作戦を第二段階へ移行する。予定通りハウンドを主軸とし、敵戦力を殲滅する。繰り返す、敵戦力を殲滅。敵は誰一人として、この場から生きて返すな』

 

隊長からの最終指令が下る。言われるまでもない。最初から―――

 

「誰一人として―――生かすつもりは、無いですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさと動け!死にてぇのか!!」

 

宴会中に駆け込んできた隊員のもたらした一報は、それまでのお祭り騒ぎを一気にぶち壊した。

 

仲間の死体があった。見回りの奴らの姿も見えない。奴隷共を乗せたトラックが消えている―――

 

一気に酔いは醒め、頭に血が上った。

 

どこのどいつだ、人の獲物を横取りした奴は。ただじゃおかねぇぞ・・・!!

 

最初に考えたのは敵に攻められていることでは無く、金と手土産になるはずだったダルクス人たちが奪われたと言うことだったのは、ジョン・エルローの本質が軍人ではなく、貴族でありながらも、野盗に近かったためだろうか。

 

とにかく、自分達のモノが奪われたと知った兵士達はすぐさま自分達の得物を取りに走った。酒が入っているが、腐っても兵士。動きはそこそこ素早かった。

 

しかし、彼らは全員が揃うことは無かった。

 

来ないのだ。いくら待っても、一部の者達が戻ってこない。一緒に行っていた奴らの話では、装備を取りに行ったところまでは一緒だったが、いつの間にかいなくなっていたと言う。

 

そう言われて初めて、ジョンの頭の中に、「敵に攻撃されている」と言う言葉が浮かんだ。

 

「クソ、全員位置に付け!身を隠して攻撃に備えろ!!」

 

突然叫びだしたジョンの姿に、三分の一の隊員達はキョトンとした表情で数秒の間突っ立っていた。

 

しかし、それも仕方が無いことだった。

 

なぜならば、第723小隊のほとんどはゴロツキ出身だ。それも、エルロー家と言う貴族の後ろ盾を持った質の悪いチンピラ。戦場で戦ったことがあるのも数回程度で、やってきた事はほとんどが無抵抗な一般人に対する暴力くらいのもの。

 

そんな彼らが、突然の命令に反応が遅れたのも道理と言えた。

 

しかし、その数秒が数名の運命を決定付けた。

 

突っ立っていた者達の頭が突然吹っ飛んだのだ。

 

まるでスイカか何かのように破裂した者たちは力なく倒れる。それを見ていた者たちは、ようやく命の危険がある事を悟る。

 

「う・・・うわぁぁぁぁああ!!」

 

素早い動きで物陰に隠れる。おせぇんだよと毒づきながら、ジョンは狙撃があったと思われる森へと目を凝らすが何も見えない。光の射さない夜間では、昼間でも視界の悪い森の中を伺うことは出来なかった。

 

分からないと言うのは、恐怖だ。見えない、しかしそこにいると言う恐怖。敵の数は?装備は?帝国なのか?それとも、同朋を救いにでも来たダルクス人か?まさか・・・話しにあった、粛清部隊とか言う奴らか?

 

分からない・・・何も、分からない。

 

「チクショウ・・・なんだってんだ、クソが・・・」

 

ライフルを抱えながら毒づく。皆が恐怖で表情を強ばらせているのが分かる。だが―――

 

(ふざけんなよ―――なんだってんだ、一体よぉ・・・!!)

 

恐怖に震えているのは、自分も同じだ。

 

冷静な判断など、出来る訳が無い。

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

周りの息遣いが耳に付く。どれだけ時間が経った―――10分、それとも20分・・・時間の感覚が狂いそうになる。

 

「―――クソッ、なんで来ないんだ・・・!!」

 

いつまでも、来るかどうかも分からない敵を警戒し続けるのは無理な話だ。全員が酒も入っている中で、長時間このままの状態でいられる訳が無い。

 

(どうにか・・・どうにか、手を打たねぇと・・・!)

 

膠着状態が続く。緊張状態が長引くのはまずい。ただでさえ、突然の奇襲ということで疲弊しているのだ。これ以上、この状況が続くことはデメリットにはなってもメリットには到底ならない。

 

「おい、戦車はまだか・・・!!」

 

「それが・・・取りに行った奴らと、連絡が・・・」

 

くそったれが・・・!!

 

この状況で生きているなどと言うおめでたい頭はしていない。

 

殺されたのだろう。物音一つ無く、誰にも気付かれることなく、殺したのだろう。

 

クソ・・・クソッ・・・クソッッ・・・!!

 

「・・・全員、突撃用意だ」

 

「ッ!!隊長、何言って・・・!!」

 

「このままここに居たって何も変わらねぇ。ジワジワと殺されるのを待つだけだ」

 

「けど、突撃してどうするんってんですか・・・!!敵がどこ居るのかも分からねぇってのに・・・!!」

 

「誰が敵に突撃するっつった?」

 

「え・・・?」

 

「よ~く考えろ?なんでわざわざ戦わなきゃならねぇんだ?」

 

「なんでって・・・そりゃ、攻撃されてるから・・・」

 

「そうだ。攻撃されてるから、反撃しなきゃならねぇ。だが、肝心の反撃が出来ねぇんだ、ならどうする?」

 

「どうするって・・・逃げる?」

 

「そうだよ。逃げりゃイイんだ」

 

ジョンの言葉に誰もが呆けた。この状況で逃げる?何を言っているんだ。どうやって逃げる?出て行ったら殺されるかもしれないんだぞ?第一、逃げられる保証なんてどこにも無いんだぞ?

 

「このままじっとしてたって同じだ。早いか遅いか、それだけだ。なら、万に一つの可能性ってヤツにすがるしかねぇだろうが」

 

それに、と一息付き、周りは再びジョンの言葉に呆ける。

 

「トラックまでたどり着ければ、()がたんまりあるだろうが」

 

―――――ッ!!

 

「アイツ等を盾にして逃げるんだよ。もし敵がダルクス野郎共なら、確実に攻撃の手は止むはずだ」

 

「け、けどもし帝国軍だったら・・・?」

 

「もし帝国軍だったとしても、弾除けくらいには確実になる。ガリアの場合はダルクスと同じだ。奴らは(・ ・ ・)普段はダルクス野郎だのなんだの言って見下してるくせに、いざとなったら民間人だからって理由で手が出せねぇ甘ちゃんだ。逃げる時間は確保出来る」

 

ジョンの非情な策に最初は呆然としてた隊員達だったが、次第にその表情を歪めていく。気付いたのだ。このままではジョンの言う通り、遅かれ早かれ殺される。だが、捕らえているダルクス人共を使えば、生き残れる可能性が出てくることに。彼の言うことが、この場に残った唯一の希望であることに。

 

「文句はねぇな・・・?なら、行くぞ―――ッ!!」

 

ジョンの言葉と共に皆が立ち上がる。その顔にはもう絶望は無い。代わりにあるのは、生への希望。醜くも、生きようとする活力があった。

 

(そうだ・・・俺たちは・・・俺は、こんなところで死ぬ訳が無い・・・!!)

 

まだ、やっていないことが山ほどある。沈む船(ガリア)から抜け出し、新天地(帝国)へと。

 

皆が、生への活路を見出した希望の一歩を今踏み出す――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――随分待たせてくれたな、ジョン・エルロー少尉殿」

 

 

 

「な―――」

 

 

 

―――ことは、無かった。

 

建造物の影から身を出したジョン達の眼前に広がったのは、全身を黒装束で包んだ集団が自分たちを完全に包囲した光景だった。

 

「な・・・んで・・・」

 

「なんで?不思議な事を聞くな?敵を押さえ込んだんだ。なら、わざわざ出てくるのを待っている必要は無いだろ?」

 

「―――物音一つ・・・しなかった・・・のに・・・」

 

「敵に位置を知らせるような事をするとでも?悪いが、俺たちはお前たちみたいなド三流とは違うんでな。そんなサービスをしてやる精神は持ち合わせていないんだ」

 

悪いな、と感情一つ込められていない謝罪を述べた目の前の男―――顔は分からないが、声と体格的に男だと判断した―――の言葉に、声一つ出ない。

 

唯一の希望だと思った。自分は生き残れると―――そんな事を、いつの間にか確信していた。

 

だが、結果はどうだ?

 

自分の前に広がるのは、生への希望の道ではない。死への絶望だ。

 

「さて・・・俺たちも暇ではないのでね。早速だが―――」

 

 

「・・・・・・クソッタレが・・・・」

 

 

 

―――死んでくれ―――

 

 

 

 

乾いた音と共に、ジョンの意識は闇へと落ちた―――

 

 

 

 

 



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第二十三話

「隊長、民間人の救出作業、終了しました。念の為に欠員等も確認も行いましたが、幸いなことに欠員は無し。多少の怪我を負った者もおりますが、人的被害は極小規模なものでした」

 

「了解。引き続き民間人のケアに当たってくれ。あ、あとこの村以外の民間人に関しては」

 

「分かってます。基本的に女性隊員に対応させてますよ」

 

「余計な一言だったな・・・。引き続き、頼む」

 

「了解です」

 

資料を片手にしたヴァリウスへと敬礼をし、トラックを後にしたアリアの後ろ姿を横目で見ていたセルベリアは、手にしていた資料を横に置くと一言「不幸中の幸いだったな」と口にした。

 

「引渡し前に下衆共(723小隊)を殲滅出来たのは」

 

「まぁな。ただ、精神に深い傷を負った人が数名いたみたいだが・・・」

 

「・・・まぁ、同じ女として理解は出来る。あんな事をされてしまえば、私だって同じような状態になると思うが・・・しかし、最悪の事態は防ぐことが出来た。これ以上彼女達が苦しめられることは無いんだ。上出来とは言えないが・・・それでも、私たちは最善を尽くしたはずだ」

 

「そうだな・・・しかし、また随分と溜め込んでたみたいだな、あの男は」

 

セルベリアから目を離し、視線を机の上に置かれた資料の山へ再度むける。そこには、これまでジョン達が犯してきた罪の証拠が詳細に記されていた。

 

この資料の山は、敵であった第723小隊のトレーラーを無傷で入手したため、接収したものだった。

 

今戦闘において、第133小隊における人的被害、物的被害は一切出ていない。また、敵の戦車や貨物用トレーラーなども同じだ。そうしたトレーラーの中に、この資料は積載、保管されていたのだ。

 

「これだけの証拠を駐屯地で保管するのは逆に危険だと判断したのだろう。こうしてどこへでも持ち歩いていれば情報の漏洩は最低限に抑えられるのは事実だ」

 

「まぁ、そうなんだけどさ・・・これだけ大量に情報が得られるなんて予想してなかったからなぁ・・・逆に怖いわ」

 

「確かにな・・・これだけの証拠があれば、上層部の膿をかなり取り除くことが出来そうだ。だが・・・まさか、あの男、意外と商才があったのではないか?かなり手広くやっていたようだぞ」

 

二人が確認を終えた資料の中には、現在ガリア上層部に居座っている一部の左官、将官の名が記されていた。

 

そのどれもが723小隊が拉致したダルクス人やガリア人の売買契約に関してのもので、中には良将と謳われていたような人物の名前もあった。

 

それだけではない。資料には、こともあろうに現在ガリア軍が行っている、決行が予定されている作戦に関する詳細な情報までも存在していた。

 

これだけの情報を集めるのは、いくら上層部にコネがあるとは言え、そう容易なことでは無い。ジョン個人の才能も加わった結果と言えた。

 

「全く、才能の使いどころを間違えていると言うか、正しい使い方と言うのか・・・これだけの手腕なら、情報部とかに行けばそれなりのポストにありつけただろうになぁ」

 

集められた情報の詳細に感心しつつ、自らの手で引導を渡した男の顔を脳裏に描く。もったいないよなぁ~と言いながら、まぁしっかりと活用させてもらうから別にいっかとまとめた。

 

「それで、この後はどうするんだ?優先事項を終えたとは言え、まだ表向きの任務が残っているが」

 

正攻法でやるのか?一通り見終えた資料を横に置き、この後の事を尋ねるセルベリア。ヴァリウス達に課せられた裏の任務である第723小隊の処理は終えた。

 

次に待つのは、表の任務であるリストニウムの奪還だが、これについてヴァリウスは当初の予定を変更して、新たな作戦を脳裏に描いていた。

 

「いや、ここは一つ、あるものを有効活用しようと思ってる」

 

「?あるもの・・・何の話だ?」

 

「ちょっと、面白いもの見つけてな・・・せっかくだ、是非有効活用させていただこうってね」

 

そう言って笑うヴァリウスの顔は、思わずセルベリアが目を逸らしたくなるほどの”悪ガキ”の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ん?おい、止まれ!!」

 

朝の霞が晴れ、柔らかな日差しが差し込む昼下がり。いつもと同じようにガリア方面の見張りについていた帝国軍で伍長の位にいた男は、自分達の支配する町、リストニウムへとやってくる怪しげな集団へ向けて手にするライフルの銃口を構える。

 

こちらの警告に集団はあっさりと従い、30mほどの距離で車両の進行を停止、先頭のトラックからガリア軍の軍服を纏った中背痩躯の男が出てきた。

 

「ガリア軍・・・!!貴様、ここが我ら帝国の支配する町だと知って来たのか!!」

 

「おいおい、落ち着いてくれよ。俺はお前さんの敵じゃねぇよ」

 

緊張した面持ちのまま、ライフルの引き金に指を掛ける伍長へと、ガリア兵らしき男はまるで警戒する様子もなく親しげに声を掛けてきた。

 

「俺はガリア軍第723小隊の代理で来たもんだ。お前さんとこの隊長さんに確認を取ってくれ!」

 

「723小隊・・・?敵じゃないとは、どういう意味だ・・・」

 

突然、ガリア軍の軍服を着た男が「自分は敵じゃない」と言いながら現れれば、よほど神経の図太い者でなければ誰だって混乱する。この伍長も、そんな例に漏れなかったようで、目の前の出来事に頭が追いついてこず、引き金に指を掛けたまま混乱していた。

 

「おい、伍長。銃を下ろせ。奴は敵じゃない」

 

「っ!曹長殿・・・し、しかし奴はガリア軍の者では・・・」

 

「色々と事情と言うものがあるのだ。まぁ、混乱するのも無理はないが、これは隊長の命令だ。奴らはこのまま町に入れる」

 

「町に入れる・・・!しかし、万が一のことがあれば・・・!!」

 

「くどいぞ、伍長!これは隊長の命令だと言ったはずだ!」

 

「っ・・・!」

 

下士官如きの意見など聞いてはいない。貴様は黙って命令に従え。

 

No Need to Know―――知らなくてもいいこと、と言うことなのだろうな。

 

「・・・了解しました。しかし、奴らの臨検は行いますよ、曹長殿」

 

命令ならば聞く。しかし、最低限の責務は果たさせてもらう。半ば、意地で申し出た臨検許可は、伍長が思っていたよりも酷くあっさりと降りた。

 

「無論だ。これが、荷物(・ ・)のリストだ」

 

「拝見します・・・!!こ、これは・・・」

 

「そういうことだ・・・分かるな、伍長?これは貴様への配慮を兼ねているのだ。余計なことは仕出かすなよ?」

 

オブラートにどころか、露骨なまでに「貴様は黙って指示に従え」と言う忠告という名の命令。

 

信じられないと言う表情をしながら、それでも伍長は自身の職務だと停車するトラックの荷台の天幕を捲り―――

 

「・・・ッ!!」

 

そこで、家畜のように牢屋に囚われたダルクス人達の姿を見た。

 

一つの牢に三人ほど詰められたそれは、全部で4つ。それに入れられたダルクス人の表情は、すべてを諦めたと言える無気力なもので、とても同じ人間には見えなかった。

 

(これは・・・一体・・・)

 

様子からして、ガリア軍に所属していたようには見えない。全て女性だと言うのもあるが、少なくとも軍に所属している者ならば、いくら捕まっていても、もう少し覇気があるものだと思う。

 

なら、やはり彼女たちは―――

 

「伍長」

 

横から聞こえた少尉の声にビクリと震える。

 

余計なことを考えるな―――言葉にはせずに、しかし声にそう言った意図を含んだ一言は、それまで伍長が脳内で展開していた思考を一瞬で止めた。

 

そうだ・・・真実を、自分のような者が知ったとして何の意味がある・・・。

 

仮に、ここでトラックの中身が違法性(・ ・ ・)のあるものだったとして、それをどこに報告する?確実に隊長はこのことを黙認している・・・いや、先ほどの少尉の言葉からして、確実に隊長はこの件の中心にいる。

 

ならば、どこに報告すると言うのだ?自分に上層部の知り合いなどいないし、よしんば情報を上に挙げられたとして、それでどうすると言うのだ?

 

自分は正義の味方でも、ヒーローでも無い。一介の下士官だ。ここで余計な報告などしても、この先どうなるかなどと言うのは、火を見るよりも明らかだ。

 

だから――――

 

「―――荷物に、不審な点は見当たりません」

 

荷物がなんであろうと―――自分に出来ることなどなく・・・何の関係もないのだ。

 

「よろしい。なら、三番倉庫に誘導し、通常任務へ就け」

 

「―――了解しました」

 

少尉へ答礼と返し、手に持つ資料をくしゃりと握りつぶす。その資料には、

 

”輸送物―――ダルクス人・内約―男13・女10――備考、両性ともに年若く奴隷としては最良の状態である”と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と早かったな?予定ではもう二三日かかるものと聞いていたが?」

 

「ええ、ちょっとしたトラブルがありましてね・・・早めに商品の方をお届けにあがったんですよ」

 

「トラブル?」

 

「ええ。どこから漏れたのか、どうにも723部隊のジョン・エルロー少尉が”帝国軍と内通を図っている”なんて噂が基地内で流れはじめまして・・・それで、上層部の一部が動き出したんだそうで」

 

「何・・・?それで、奴は捕まったのか?」

 

「いえいえ、あくまでも噂レベルの話。物的証拠も無いのでそんな事態にはなってませんよ。ただ、そんなわけで、今はうかつに動ける状況じゃなくなったんで、代わりに私が派遣された次第です」

 

帝国軍リストニウム駐屯部隊臨時司令部として使われている町長宅にて、駐屯部隊長である大尉章を付けた男と、723部隊の代理と語った男がソファーに座りながら言葉を交わしていた。

 

その内容は、何故723部隊ではなく、自分がここに来たのかと言うものだった。

 

「なるほど・・・そのような事態になっていたとはな。しかし、それでも商品の方はきちんと運んでくるとはな・・・下手な商人よりも几帳面だな、あの男は」

 

「それだけあなた方との関係を重大だと考えているんでしょう。まぁ、そんなわけでいつもより数は少ないですが、質の方はなかなかのモノが揃っていますよ」

 

「フム・・・まぁ、そんな状況にも関わらず期限内に商品を届けてくれたのだ。それなりの誠意を受け取ったと言うことにしておこう。それで、商品の詳細は?」

 

「こちらに」

 

男が脇に置いていた資料を大尉へと差し出す。それを受け取り、一枚一枚それなりの時間をかけながら読み進めていた大尉は、あらかた読み終えると関心したように一言漏らした。

 

「中々、大したものだな。質に自信があると言うのも納得だが・・・よくこれだけの事を調べたものだな?」

 

「サービス、と言うやつですよ。お役に立ちますかな?」

 

資料にはダルクス人一人一人の写真と共に出身地域、特技などが記載されていた。自己申告につき、確証性はさほど高くはないと注意書きがあったものの、これだけ詳細に記されていればそれなりに役に立つことは必須だ。

 

「ウム、十分以上と言えるな。こちらとしても、それなり以上の礼はする。いつもの額よりも二割ほど割増でいいか?」

 

上機嫌に答える大尉に向けて、男は「いえ。今回は特別にいただきたいモノがありまして・・・」と頭を下げる。

 

「いただきたいもの?なんだ?これだけのものの礼だ、余程の無理が無い限りは叶えてやるが」

 

「それでは・・・ココ(リストニウム)をいただきたいのですよ、大尉殿」

 

「・・・何?貴様、何を言って」

 

瞬間、窓の外に爆音が轟いた。

 

「―――ッ!!何事だ!!」

 

『た、隊長!ば、爆発が!!突然第三倉庫で爆発が発生!火災が他の倉庫にも広がっています!!』

 

「何・・・!!消火しろ、すぐにだ!!武器庫に引火する前に火を「無駄ですよ」

 

大尉と通信機の男の間に割り込む形で発言した男に、大尉は鋭い視線を向けながらどういうことだと口にした。

 

「既に各倉庫にはこちらの手が入っています。なので、いくら延焼を防ごうとしても無駄だと言ってるんですよ」

 

「何だと・・・!どういうことだ!!貴様、あの男の代理ではないのか!!」

 

激昂する大尉へと男は冷ややかな目を向けながら、「まだ分からないんですか?」と問を返す。

 

「最初に言ったでしょ?ここ(リストニウム)を返してもらうって」

 

「貴様・・・!!ガリアの・・・!!」

 

ようやく事態が飲み込めたのか、腰の銃を抜こうと動く大尉。しかし、みすみす武器を取る事を許す訳がない。男は大尉よりも素早く銃を抜くと、瞬時に額へと照準を合わせた。

 

「気づくの遅すぎですよ。自分的にはもっと早く気づかれるもんだと思ってたんですけどねぇ」

 

「ぐ・・・!!」

 

腰に手を当てたまま動きを封じられ、唸るしかできない大尉はそれでも睨む眼光だけは緩めない。一般人ならば震え上がるだろう眼光を受けながら、男は飄々と笑う。

 

「まぁ、おかげで仕込みも順調に行きましたし、あとはあなたがたを排除するだけなので、そこら辺に関しては礼を言っておきますよ」

 

「・・・貴様ら、一体何者だ・・・!!」

 

「?ガリア軍ですけど、それ以外に言うことあります?」

 

「温いガリアの者に、これだけの手を打てるなど、ありえん!連邦の手のものか・・・!!」

 

「ああ、そう言う・・・」

 

確かに、大尉の言うことも分からないことじゃないなぁと、男は苦笑を浮かべた。

 

彼の言う通り、従来のガリア軍には自分達のように敵陣に侵入し、破壊工作を行えるような人材はほとんどいない。バカみたいに突っ込み、無駄に戦死者を増やす無能な上の下に行動を行っているのが現状だ。そう思われても仕方が無い。

 

「ま、何事にも例外があるってことですよ」

 

男がそう言うと、外で再び爆発が発生。慌ただしく動く帝国兵の気配を感じながら、腕に付けた時計をチラリと見る。

 

「そろそろ、ここにも人が来るでしょうね」

 

「・・・今なら、命だけは助けてやる。ここから無事に抜け出すなど不可能だ」

 

「ご親切にどうも。しかし」

 

カチャリ

 

「―――ッ!!」

 

「それを決めるのは、あなたではありませんから」

 

男は、それだけ言うと引き金にかかる指を軽く曲げた。

 

乾いた音と共に倒れる大尉を無感情に見下ろし、男はそれまで下ろしていた髪を撫で付け、

後ろに流して本来の髪型に戻す。

 

「さて・・・こちら、スネーク4。目標の排除に成功。当初の予定通り、士官クラスの排除を開始します」

 

『こちらライガー1、了解。こちらから見る限り、他の奴らも順調に作戦を消化中だ。とは言え、指揮系統を回復されると厄介だ。手早く済ませろよ』

 

「了解、通信終わり。全く、人使い荒いんだからなぁ~」

 

血まみれの死体が目の前にあるとは思えないほど暢気に笑う男、第133小隊スネーク分隊所属ニコル・レイフマン軍曹はそのままドタドタと騒がしい廊下へと足を向ける。

 

「大尉、被害が拡大して―――パンッ!―――」

 

ドアを開けて駆け込んできた青年額を銃弾が射抜く。それを、再び無感動な目で見つめながら「入ってくる時はノック位しなきゃね~」と冷たく笑う。

 

「さて、手早く済ませますかね」

 

轟く爆発音と、新たに加わった連続して鳴る乾いた銃声を背にしながら、ニコルは冷笑を顔に貼り付けたまま廊下へと出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、呆れるほど上手く嵌ったな」

 

「ああ。正直、仕掛けた俺自身ビックリだ」

 

切り立った崖の上から、炎に包まれる帝国軍駐屯地を見下ろしながらヴァリウスとセルベリアは作戦の成果を確認しながら微妙な笑いを浮かべていた。

 

鹵獲した723小隊の戦車やトラックを流用した潜入工作。書類や、人員などには細工を施し、一般部隊と遜色ない装備に仕立て上げたそれを、「第723部隊にトラブルが発生したためその代理として来た」と言う設定にしてリストニウムの駐屯部隊に接触させた。

 

その後は、眼下で起きている事態の通り。潜入に成功した人員は、駐屯地の資材保管庫、兵舎、武器庫などに爆薬を仕掛け、敵戦力を奪い、残りの敵勢力を所持していた銃器で排除。これが、今回起きた事態の顛末だった。

 

「もう少し疑われるもんだと思ってたんだけどねぇ」

 

「一般市民に化けるならばともかく、敵地へ向かうのにわざわざガリア軍に化ける必要はないからな。そう言った点も今回の作戦の肝だったのだろう?」

 

軍人が一般市民に偽装し、軍事行動を行うのは条約で禁止されている。これは、民間人への誤射などを回避する為に作られた条約であり、これを破った場合その軍はどのような国際的な非難を浴びるかは言うまでもなかった。

 

逆を言えば、一般市民や自軍に偽装することはあれど、わざわざ敵軍に変装する必要など普通ならばあるはずがない。そう言った固定観念を利用することにより、今回の作戦は成功を収めたのだ。

 

「まぁ、そうなんだけどさ・・・にしたって、ダルクス人に化けた奴らの検査くらいはされるかと思って、わざわざ皆に髪染めてもらったり、隊員の中からダルクス人の奴らを選んだりしたんだよ?もうちょっと疑ってくれても良かったんじゃないかって思うわけよ」

 

「あんな事をしているような連中だ。そう精密な検査はしないとは思っていたが、まさか検査すらしないとは私も思ってなかったさ」

 

「ま、その方が俺たちには好都合だったのは間違いないんだけどね」

 

笑いながら、ヴァリウスは再度眼下を見下ろす。既に爆音はほとんど聞こえず、銃声も微かに聞こえるのみとなっていた。抵抗らしい抵抗もないことから、自分達の策が完璧に嵌ったことを今一度実感する。

 

「まぁ、私たちの準備は無駄になったがな」

 

そう言って、背後で待機していた隊員や戦車を見遣る。潜入した人員以外の者を動員しているとは言え、数は本来の三分の一程度しかいない。

 

ただし、その三分の一が所持している武装は、対戦車槍に榴弾槍、対戦車ライフルや大口径榴弾砲など、物騒極まりないものだ。

 

万が一、潜入部隊に何か起こった場合のバックアップとして待機していたのだが、あちらの作戦が予想以上に上手く行ったため、彼等の出番は一切無く終了となったのだ。

 

「バックアップが何にもしなかったのはいいことだろ?備えあれば憂いなしなんて言葉が東洋の方にあるらしいけど、その備えを使わないようにする事の方が大事だよ」

 

「確かにな・・・それで、このあとはどうするんだ?」

 

「予定通り、仕込みをしてから撤収する。もうすぐその仕込みの方も終わる頃合だと思うけど『こちらラビット7、”仕込み”終了』―――丁度だな。こちらライガー1、了解。速やかに撤収、こちらと合流せよ」

 

「―――第723小隊はリストニウムを占拠していた帝国軍との戦闘において壊滅。しかし、敵戦力のほとんどを撃破するに至り、リストニウム占拠継続能力を失うまでの損害を与えることに成功。帝国軍はリストニウムを放棄し、ガリア軍はガリア北西部の攻略橋頭堡を確保する、か。全く、真実を知る身としては一言物申したい気分だ」

 

「そう言うなよ。高度な政治的判断ってやつなんだろ」

 

憮然とするセルベリアに苦笑いを向け、

 

「こんな時期なんだ。軍内部から、それも英雄の息子が国を裏切っていたなんて事実は戦意的にも、政治的にもいろいろとまずいんだよ」

 

色々と黒い内容をさらりと述べた。

 

723部隊を処理した後、ヴァリウスはその報告を無線にてアレハンドロへと知らせていた。その時に、彼の方から「723部隊の死体の処理について」の指示があった。

 

「死体を戦闘での負傷による戦死に見せかけるように細工せよ」

 

要は、裏切り者として処分したのではなく、ガリア軍の兵士として最後まで戦い命を落としたように見せかけろというものだった。

 

これは、ただでさえ帝国に戦線を押し上げられている現状で正規軍から離反者が出ていることを内外に知らせるわけには行かないという政治的判断であり、英雄の息子と言うある種のブランドが汚れることを恐れた一部の者の考えだった。

 

「とにかく、723部隊は敵と交戦し、命をかけて戦った英霊となったのでしたってことだよ」

 

「売国奴として他国へ亡命しようとした男が、死体となったが英雄として祖国に帰るとはな・・・やはり、政治などには関わりたくない」

 

「同感だ・・・さて、それじゃあ、下の奴らと合流後、ここから撤収!急げよ!」

 

声を張り、移動を開始する。

 

残ったのは、帝国から解放された町の残骸と、横たわった無数の死体だった。



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第二十四話

ヴァリウス達第133小隊によるリストニウム攻略から二週間。北部解放への楔として打たれた一手は成功し、このまま奪還作戦を決行しようと言う機運が上層部で高まる中、当の本人である133小隊は今日も今日とて戦場を駆け巡っていた。

 

「こちらライガー1(ヴァリウス)、各員状況を知らせ」

 

『こちらハウンド1(キース)、敵の抵抗、やや強めですが、予定通りに制圧可能と判断。攻撃を継続中』

 

『こちらホーク1(グレイ)、現在ハウンド支援のため移動中。あと3分で到着予定』

 

ジャガー1(シルビア)、敵戦車掃討完了。被害は軽微。しかし、ジャガー3(グラジオラス)の残弾が30%です。現在移動中』

 

『こちらグリーズ2(エレイシア)、敵が建造物内に立て篭り抵抗していますが―――いえ、訂正します。グリーズ1(ギオル)の攻撃により、敵勢力の壊滅を確認。こちらの被害はありません』

 

ライガー2(セルベリア)、敵司令部を発見、現在交戦中。援軍を要請する』

 

「ライガー1、了解。グリズリーは現地点の完全制圧を確認次第、敵司令部へと向かえ。こちらも急行する。ホークは支援可能地点に到着次第攻撃を開始しろ。ハウンド、現状維持のまま攻撃を続行しろ。焦って打って出るなよ。ジャガーはラビット(アリア)と合流、弾薬の補給作業に掛かれ。ライガー2、援軍にはこちらが向かう。それまでは現状維持を優先、もちろん機があれば攻め込め』

 

『『『『了解』』』』

 

全員からの応答を聞き、場所を移動する。既に周囲の敵は掃討済みとは言え、ここはまだ戦場。一瞬の油断が命取りになる地だ。

 

故に周囲を警戒しながら駆ける。戦場で一時でも気を抜けば、命取りになる。最早習慣になってきたそれを行いながら目的地へと走る。

 

だからだろう。習慣となるまで、積み重ねるまでに至ったからこそ、唯一ヴァリウスだけが背後のそれに気が付いたのは。

 

「―――ッ!」

 

「ッ!敵!」

 

「まだ、残ってたのか・・・!」

 

ヴァリウスの走っていたルート上に突如刻まれる弾痕。もしも気付くのがあと数秒遅れていれば、彼の頭は真っ赤なザクロのように弾けていただろう。

 

「くそ、外した!!」

 

「この距離で気付くなんて、化物かよ・・・!」

 

狙撃に失敗した帝国兵達は、すぐに行動を開始する。あれだけ完璧に回避されたのならば、既に自分達の居場所もバレているに違いないと言う判断からの行動だったが、それは見事に的中していた。

 

「4、5、七時の方向、あの紅い屋根の民家だ。さっさと片付けて行くぞ」

 

「「了解・・・!!」」

 

一緒に行動していたライガー4(キキ・マトソン伍長)ライガー5(ライル・バートン伍長)へ敵の位置を伝え、敵の下へと駆ける。

 

その背を追いかける二人の表情は、真剣な中に悔しげな色を滲ませていた。

 

本来自分達が気付かなければいけなかった狙撃手の存在。それを、全く感知出来ず、あまつさえ隊長(ヴァリウス)の命をあと少しで失ってしまっていたかもしれない状況を、作り出してしまった。

 

そんな後悔に苛まれた二人の顔を、視界の隅に捉えたヴァリウスは、内心で苦笑しながら、

こりゃ、帰ったら訓練してくれって言われるんだろうなぁ・・・面倒だけど、引き受けるしかないかと考えていた。

 

悔しげに唇を噛む二人を視界の隅に入れながら、敵が潜む民家へと駆け寄る三人。

 

そんな彼等を出迎えたのは、扉を蹴破り出てきた帝国兵達の銃弾だった。

 

「散開!」

 

ヴァリウスの合図と共に散らばる二人。一瞬、左右に分かれたキキ達へ視線を向ける帝国兵達。しかし、構わず自分達へと突っ込むヴァリウスの方が組み易しと考えたのか、すぐに銃口をヴァリウスへと再度向ける。

 

だが、133小隊は隊員全てが精鋭と呼ばれる者達で構成されている。そんな彼らが、一瞬とは言え、動きを止めた敵の事をむざむざ見逃すわけが無かった。

 

「獲った・・・!」

 

「仕留める」

 

短い言葉と共に轟く二つの銃声。音速で放たれた銃弾は、ヴァリウスの左右を駆け抜け、まっすぐに帝国兵達の体へと突き刺さった。

 

「ガッ!」

 

「―――ッ!」

 

苦痛に顔を歪め、衝撃で体が圧された。ゴポゴポと、まるで噴水のように流れ出る赤い血は止まる気配を見せない。

 

「クソッタレ・・・」

 

最後に悪態を付き、男たちは目を閉じる。

 

「・・・仕留めたな。よし、ライガー2の所へ急ぐぞ」

 

「「了解」」

 

敵の死亡を確認し、踵を返す。既に、彼らの頭からは、今さっき命を奪った敵のことは抜け落ち、敵司令部を攻撃している仲間達(セルベリア達)のことで占められていた。

 

入り組んだ道を駆け抜ける。

 

今度は先のような無様な失態を見せないようと、ヴァリウスの後に続く二人も周囲をより警戒していた。

 

しばらく走っていた一行の前に、大通りが見えてきた

 

その大通りに出るあたりで、一つの建物を盾にしながらの銃撃戦が繰り広げられており、そこにはライガー2(セルベリア)から連絡のあった最後の抵抗とばかりに窓からしきりなしに銃撃をかます帝国兵達の姿と、そこから少し離れた位置で身を隠すライガー2、ライガー3(ライラ・エル・ノイマン少尉)ライガー6(エリオ・ランカスター曹長)グリーズ7(リーデ・トーナ軍曹)の4名の姿があった。

 

「待たせたな、ライガー2。ライガー1以下二名、配置に付いた」

 

『待ちくたびれたぞ、ライガー1。カウント5で突入する。援護を』

 

帝国兵に見つからないようにライガー2(セルベリア)達が身を隠す場所とは反対側に位置する場所にたどり着いたライガー1(ヴァリウス)

 

通信機から流れるライガー2の声はからかいの色さえも見え、既に敵が詰んでいる事をにわかに感じさせた。

 

「了解。派手に援護してやるよ」

 

『期待している。では行くぞ―――カウント、5、4、3』

 

3まで唱えたところで、最初にヴァリウスがディルフを建物へと向け一発発射。装填されていた高速徹甲弾が宙を奔り、帝国兵が身を隠す敵司令部の壁を派手に貫いた。

 

「ッ!後方に敵増援!強力な火器を所持しています!!」

 

「何っ!クソッ、ここに来て敵に援軍が・・・他の守備隊は!戦況はどうなっている!」

 

「・・・ダメです、第一、第二、第三守備隊交信途絶!第四守備隊も、壊滅寸前とのことです!こちらに救援を求めてきています!」

 

「救援を要請しているのは、こちらも一緒だと言うのに・・・!ガリア軍めがぁ・・・!!」

 

セルベリア達にのみ集中していたところへの突然の攻撃に和を乱す帝国兵。ヴァリウスに引き続き、キキ、ライルも所持するライフルの引き金を引き、慌てる帝国兵へと銃弾を容赦なく見舞う。

 

『2、1、GO!』

 

「ッ!正面の敵が・・・!!陽動だ!後ろの敵は陽動だ!!正面への弾幕絶やすな!!」

 

射線が減り、弾幕が薄くなったところへ、すかさずセルベリア達が駆ける。その動きに、すぐさま対応しようと指揮官らしき男が声を張る。

 

しかし、既に場の支配権は帝国(彼等)ではなく、ガリア(セルベリア)にあった。

 

慌てて正面に銃口を向けようとする者は容赦なくヴァリウス、キキ、ライルの三名に射抜かれ、数の減った正面を対応する兵達はセルベリア達突入班に次々と倒されていく。

 

既に勝敗は見えていた。

 

「クソッ!ガリアにアレを渡しては・・・!!」

 

「ッ!隊長、どこへ行くのですか!隊長!」

 

既に戦況は不利、立て直しは効かないとみた指揮官は、屈辱と憤怒に満ちた表情で籠城していた部屋から飛び出し、階段を駆け上がる。

 

「隊長っ!このままでは、ここも時間の「退けっ!」た、隊長!?」

 

上の階からライフルを放っていた若い士官が突然駆け上がってきた指揮官へと指示を仰ごうとするも、邪魔だと手で払われ体勢を崩す。

 

「クソ・・・こんな物を使わねばならんとはな・・・!ガリア軍め!!」

 

「隊長、指示を!自分達だけでは!隊長!」

 

指揮官が駆け込んだ部屋へと息を乱しながら駆け込んだ士官は、しかし彼が用意している物を見た瞬間、表情を一変させた。

 

「何を・・・!や、止めてください、隊長!そんな事をすれば、私たちまで・・・!!」

 

「黙れ!ここには奴らの手に渡してはならぬものがある!ならば、誇りある帝国軍人として、私たちがすべきことは何か、貴様にも分かるだろう!!」

 

「そ、それは・・・しかし!」

 

「もはや、時間は無いのだ・・・!」

 

司令部にはまだ処理しきれていない情報が残っている。それらを処分する時間が残されていないのならば、ここで自ら諸共、敵を道連れにするのが帝国へ殉じる、最後に残されたたった一つの手段だ。

 

指揮官の、軍人としての志は立派だ。軍人として正しい姿であり、模範とするべき姿と言えた。

 

国に忠を尽くす。軍人として、残された職務を果たそうと決意を固めた表情でそれを握り締める。

 

故郷に残した家族の顔を脳裏に浮かべ―――決意を固めた。

 

「すまん―――帝国に、栄光を・・・!!」

 

死を決意した、最後の言葉となる一言。そんな彼の決死の決意は、

 

―――バキィンッ!!

 

彼の手を貫いた一発の銃弾によって砕かれた。

 

「な、何・・・!!」

 

非常時のために設置しておいた司令部を容易に吹き飛ばせる量の爆薬を作動させるための起爆スイッチ。それが、どこからか飛来した一発の銃弾により、粉々に砕かれたのだ。

 

「隊長!隠れてください!!」

 

砕けたスイッチを呆然と見下ろす指揮官の体を壁へ押し付けるように隠す。そんな彼らを、二対の瞳が見上げていた。

 

「すみません、隊長。外しました」

 

「仕方ない。それよりも、突入班の援護だ。抜かるなよ?」

 

「承知してます」

 

突入するセルベリア達の援護を続けながら、突如自分達の視界内へと現れたへと放たれたキキのライフル弾は、目標であった敵の体へ命中することはなかったが、奇しくも彼の持っていた爆破スイッチを手ごと粉砕した。

 

全ては偶然。

 

もし、帝国指揮官がスイッチを保管していた部屋がヴァリウス達の隠れていた場所から見える位置になければ、彼はその責務を果たしていただろう。

 

もし、キキが敵の姿を発見せず、援護射撃にのみ集中していればセルベリア達も、そしてヴァリウス達も少なくない負傷を負っていただろう。

 

もし、ライフル弾が狙い通り指揮官の体を貫いていたとしても、彼の後ろに居た士官が彼の意思を全うするため、スイッチを押し、爆破は成されていたのかもしれない。

 

しかし、全てはifの話だ。

 

結果的に、帝国指揮官の用意していた最後の策はたった一発の銃弾により砕かれ、

 

「動くな!既にこの場はガリア軍が制圧した。抵抗しなければ、貴官等の生命は保証する」

 

「・・・部下の命は、保証してもらいたい」

 

「無論だ―――こちらライガー2、敵司令部の制圧を完了。繰り返す、敵司令部の制圧を完了した。なお、敵指揮官と思われる士官を捕獲した。繰り返す―――」

 

「隊長・・・!」

 

「無駄な抵抗をするな・・・私たちの、負けだ・・・」

 

この司令部は、複数の作戦計画の情報、帝国の武器情報を記した書類を現存させたままガリア軍に制圧されてしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやしかし、かなりギリギリだったな、今回は」

 

拘束され、輸送用のトラックへと乗せられていく帝国兵たちを見つめながら、ヴァリウスは今回の戦いを振り返りながらそう零した。

 

終始戦況は133小隊が有利に進めていたとはいえ、ヴァリウスが受けたような狙撃、最後に仕込まれていた自爆用の爆薬、それら以外にも、戦闘後の調査により、一歩間違えていれば少なくない損害を自分たちに与えていたのではないかと思われるものが少数ではあるが報告されていた。

 

戦いは結果が全てを決めるとは言え、その過程も無視していいと言うものではない。

 

一つ一つの戦術を見直し、より確実なものにすることも指揮官としての重大な責務だとヴァリウスは考えていた。

 

「確かに、あの爆薬には肝を冷やしたが・・・まさか、キキが打ち抜いていたとは思いもしなかった」

 

「俺もだよ。まさかあの時打ち抜いたのが爆弾のスイッチだったなんて思いもしなかったさ」

 

ボーナスの上申してやらなきゃな~と笑い、捕虜の収容作業に立ち会っているキキへと目を向ける。

 

当の本人にはまだ言っていないことであるが、この事を知った時の彼女の反応を思い浮かべ思わず苦笑を漏らすセルベリア。

 

元来控えめで大人しい彼女のことだ。自分がそんな事を成していたなんて言われても、慌てるだけ慌て、自分の礼を受けてさらに慌てるであろうことは酷く簡単に予想出来た。

 

(まぁ、かと言ってここで礼の一つも言わないようでは、私の気がすまないからな)

 

悪いとは思うが、素直に諦めてくれと心の中で呟く。その時、見張りをしていたキキの背がブルッと震えたように見えたが、気のせいだと言うことにしておこう。

 

「しかし、先のリストニウムでも相当な情報が手に入ったが、今回はあれを上回るな」

 

「量はまだしも、質は完全にこっちが上だろうな。あっちはどちらかと言うと、政治的な趣が強かったけど、こっちは純粋に軍事関係みたいだし。軍人としてはこっちの方がありがたいよ」

 

リストニウムで手に入れた情報は、ガリアから誘拐された民間人がどのような扱いを受け、どのようにして国外へと連れ去られたのかを記した資料が主だった。

 

それらは、使い方を誤れば自国(ガリア)の首を絞めることになる諸刃の剣だが、同時にこの戦争に対する周辺各国や帝国に対するカードの一つとして使えると、あの任務の後例のごとくどこからともなく現れたアルトルージュからお礼の言葉(それとセクハラじみたスキンシップ。危うく、自室が戦場になるところだったと、ヴァリウスは語る)と共に知らされた。

 

対して、今回入手した情報は、帝国の補給ルートに関する一部資料、敵兵器の製造過程、北部への人員配置に関する資料など、上手く使えれば今後の戦局を左右することが可能な情報だった。

 

「これがあれば、この状況を打破することも可能かもしれんな」

 

「う~ん、どうだろうな」

 

軽い興奮状態で資料を捲るセルベリアとは対照的に、ヴァリウスの表情は硬い。

 

「?何かあるのか?これだけ精密な情報があれば、少なくとも北部戦線を打開する作戦が可能だと思うが」

 

「確かにそうなんだけどさ・・・ただ、時間との勝負になるはずだ」

 

敵に情報が渡ったと知れば必ず帝国も動きを見せる。ガリア侵攻軍の指揮を任されていると言うマクシミリアンと言う人物についてはあまり情報がないので詳しいことは分からないが、小国とは言え、国一つを攻めている軍の指揮官だ。動きが遅いなんて言う期待は少しも持つことは出来ない。加え、その下には彼の有名な”帝国の悪魔”ベルホルト・グレゴ-ルも居ると言うのだ。楽観は危険と言える。

 

「ここが落ちたと敵が知るまでおよそ二日。そこから上までどのくらいの時間が掛かるか分からないけど、おおよそ二日か三日。帝国の悪魔なんて別名がつくほどの輩なら、そこから動き出すのなんてすぐだ」

 

「しかし、そう簡単に対応など打てるものか?ここまで戦線が固定されていては、下手に戦力を移動させるのは悪手だと思うのだが」

 

「確かに普通ならそうだ。だが、後方の戦力を俺らが入手した情報にある手薄だと判明した基地や町へ移動させるくらいならそこまで手間はかかんないと思う。精々、一週間で事は終えるだろうさ」

 

俺ならそうすると付け加え、ヴァリウスは次の資料を手に取る。

 

セルベリアの言うことも決して間違っていない。戦況は帝国有利とは言え、それも当初の勢いとは比べ物にならない。

 

中部の要所であるアスロンをガリアが奪回したことにより、侵攻は停滞している。それでも、北部、それも工業都市であるファウゼンを帝国に取られたことは痛手であることは確かだが、首都の喉元へ迫られていた開戦初期よりはまだ状況は悪くない。むしろ、膠着していると言える。

 

そんな状況で、むやみに戦力を移動、分散させるのは悪手だと思うのは当然だと言えた。

 

しかし、まず前提として帝国とガリアでは国力が違いすぎる。片や東ヨーロッパ一帯を支配する二大大国の一つ。

 

片や、ヨーロッパに数ある国の一つで、資源が豊富なだけの小国。運用可能な戦力は、まだまだ帝国に分があると見るのが妥当だ。

 

しかし、帝国も連邦との戦いを抱えている状態だ。動かせる戦力も限られていると見て間違い無い。

 

「上層部の能力差が出る、か。現場の人間としては、なんとも言い難いことだな」

 

「素直に文句言ってもいいと思うぞ?なんせ、要の中部戦線の指揮官様があの糞親父なんだ。逆立ちしたって勝てないよ」

 

貴族制度が残る故に、本物の英傑と言える人材よりも自己保身に長けた政治家然とした者の多いガリアでは取れない、情報を逆手にとった戦略。

 

それに対応する術は、どれだけ迅速に、且つ的確に攻撃するポイントを定めるかにかかっているのだが、そうした術を用いることが出来る者があまりにも少ないのが、現在のガリア上層部の現実だ。

 

「ま、上げるだけ上げてみるさ。もしかしたら、アレハンドロ中将みたいな人が作戦を練ってくれるかもしれないし」

 

「優秀な人物か・・・そう言えば、アイスラー少将もこう言った事については強いと聞いたな」

 

「ん?ああ、少将か。確かに、優秀だって聞いてるし、案外どうにかしてくれるかもな」

 

セルベリアの口から出た人物の情報を思い浮かべ、同意する。

 

カール・アイスラー少将と言えば、確かな実績を残す将軍の一人として彼の記憶に刻まれている人物だ。直接会ったことは無いが、42歳と言う若さで将軍まで上り詰めたその実績は確かなものだといつか見た資料にあったはずだ。

 

「ま、とにかく使えそうな情報は全て集めて上に・・・ん?」

 

「どうした?」

 

突然会話を切り、新たに手にした資料を見つめる。資料を読む眼差しはそれまでのどこか軽いものから、鋭いものへと変わっていた。その様子から、何かあったと感づいたセルベリアはヴァリウスの隣へと移動する。

 

「何が書かれているんだ、ヴァン」

 

「この資料―――多分だが・・・あいつらに関わるもの、だと思う」

 

そう言って差し出された”第8次移送計画書”と書かれた資料を受け取り、目を通していく。

 

書かれているのは、捕虜となった民間人、ガリア軍人、そして負傷した帝国軍人の後方移送の詳細だ。そこに特に気になる点はなく、ごく普通の人員移送に関する手続きについて書かれている。

 

「・・・特に変わった点は無いと思うが」

 

「普通に見ればな・・・だけど、移送先がおかしくないか?」

 

「移送先?ギルランダイオ要塞だが・・・何がおかしいのだ?前線に残しておくよりも、後方へ捕虜や負傷兵を送るのは普通の事だと思うのだが」

 

「負傷兵だけなら俺だってそう思う。だが、捕虜となった軍人はまだしも、何故民間人までわざわざギルランダイオへ送るんだ?」

 

「言われてみれば・・・」

 

「ここからギルランダイオはかなりの距離がある。それならまだファウゼンに労働力として使ったほうがいい」

 

それにと区切り、

 

「何故連れてかれてるのは20代か10代の若者ばかりなんだ?」

 

そこまで言われれば、セルベリアにもこの資料が不自然なものに見えて仕方がなかった。

 

わざわざ捕虜を長距離移送するメリットなど、敵に奪回される危険性を回避することくらいしか無い。それならば、ヴァリウスの言う通り占拠されている工業都市・ファウゼンへ移送して強制労働に就かせるほうがより帝国軍の利益になるはずだ。

 

それも、年若い方が労働力としては役に立つ。特に10代はともかく20代の若者など、格好の労働力に成りうる存在だ。

 

そんな彼等をわざわざギルランダイオへと移送するメリットが、彼女には見えない。

 

「しかし、ならば何故帝国は彼等を・・・」

 

「・・・これは、あくまでも俺の予想だ。いや、下手をすると妄想の類かもしれない」

 

手で顔を覆いながらヴァリウスは自分の考えを口にする。それは、あまりに滑稽無糖な、彼自身の言う通り、妄想の類な話だった。

 

「連れて行かれた捕虜は・・・あいつらの―――アインヘリアルに使われている(・・・・・・)のかもしれない」

 

 



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第二十五話

~ギルランダイオ要塞 某所~

 

 

他国からの侵攻を防ぐべく建てられたギルランダイオ要塞。今はガリア侵攻軍本隊の拠点として使用されているそこの一室で、二人の男が机越しに向かい合っていた。

 

「そうか・・・第四補給基地が、落ちたか」

 

「如何いたしますか?」

 

「・・・影響はどれくらい出る?」

 

「約30%程かと。また、最近はあちらでも裏切り者の摘発を開始したようですので、それも考慮すると、さらに10%程の影響が予想されます」

 

「40%か・・・。無視するには些か大きい数字だな・・・分かった。こちらでも手を打とう。下がっていいぞ」

 

「では・・・」

 

王への拝謁を終えた臣下のような一礼。第三者が見れば、異様と思うだろうそれを当然の如く受けたルシアは踵を返した男の背をなんとなしに目で追った。男が退出し、誰も居なくなった室内でルシアはしばらく一人で黙考していた。

 

表情はまるで変わらず、よくできた彫像のよう。その頭の中では、今回の件で出るであろう損失と、それを補うための計画を展開していた。

 

沈黙が続く室内。いつまでも続くかと思われたそれは、予定に無い客の登場により終わりを告げた。

 

「失礼するよ」

 

「・・・失礼すると言うのなら、ノック位したらどうだ?」

 

許可も得ていないというのに酷く堂々とした様子で訪れたのは相変わらず暗い目をしたフェルスター博士。

 

ルシアの言葉に全く関心を示すことなく、手に持った資料をバサリと彼の机へと放り投げた。

 

「今期の研究状況についての報告書だ。まぁ、被検体の質が悪いせいで碌に進んでいないがな」

 

「珍しいな・・・あなたが自ら報告書なんてものを持ってくるなんて」

 

「用があったからな。ついでに持ってきただけだ」

 

そう言ってフェルスターは懐を探り、タバコを一本口に咥える。

 

「さっきも言ったが被検体の質が低い。このままでは碌な成果を出すことなど出来ない」

 

「・・・もっと被検体を寄越せと?」

 

「未だに質を見分ける事が出来ないんだ。なら、数を揃えるしか方法は無いだろう?」

 

当たり前の事を聞くなとでも言うように吐き捨てたフェルスターは咥えたタバコに火を灯し、紫煙を吐き出す。

 

空中に消える紫煙をなんとなしに目で追いながら、フェルスターは続ける。

 

「今のところ、僅かなりとも資質と呼べるような物を持っているのはガリア(・ ・ ・)の国民のみ。幸い、戦争中なんだ。少し位人が消えたところでそうそう大事にはならんだろ?今のうちに取れるデータは取っておきたいんだよ」

 

「国主がヴァルキュリアの血を引いていると豪語しているだけはあるな」

 

しかし、とルシアは続ける。

 

「いくつかの補給ルートが既にガリアの手で潰されている。それに、あなたも言う通り今は戦争中だ。現代の戦争では物資の運搬は戦闘行為よりも重要視される。今後は、我々の研究用の被検体確保よりも、物資輸送が優先されるはずだ。今ある数では足りないかな?既に100以上は確保しているはずだ」

 

たかが(・ ・ ・)100だ。それに、その100の中から成功したと呼べるような実験体は二人(・・)しか出ていない」

 

「こちらとしては、二人もなんだがな・・・」

 

フェルスターはたったの二人と、ルシアは二人もと、自身の持つ認識の違いから現在確実にヴァルキュリア人と言える能力を示すまでに至った被検体の数を論じる。

 

ルシアとしては、資質を持つ者を特定する技術は今現在完成していない。そんな状況で、「覚醒」領域まで到達するような者が二人も出たことの方が奇跡と言えると思っていた。

 

しかし、フェルスターからしてみれば過去に行っていた実験ではこの倍以上の数の被検体が覚醒していたのだ。現状に不満があるのも無理のない事だと言えた。

 

「で、その貴重な二人の様子は?」

 

「処置が効いているおかげで、大人しいものだ。もっとも、精神年齢は若干後退してしまったが、まぁ想定内さ」

 

「そうか・・・二人は完全に制御下にあると見て問題無いのだな?」

 

「ああ、問題ないよ。それに、マリーダと接触させたのが良かったのか、精神的にもかなり安定している。実験にも協力的だ。まぁ、能力の方はまだまだ規定値には達していないが、それも時間をかけさえすれば何の問題も無くなる」

 

成功体と言えるのはわずかに二体のみ。だからこそ、フェルスターは自身の研究の精度を上げるため、個体の増量を求めているのだ。

 

「分かっているのは、資質あるものが覚醒するために必要なプロセスが、重傷を負い瀕死の状態から回復する事位しか分かっていないんだ。もっと精細なデータを得るためには更に実験をこなすしかない」

 

「そのことに関してはこちらからも情報を与えているだろ?ヴァルキュリアが力に目覚めるために必要なのは」

 

「使える主への忠誠心か?そんな曖昧なもの、私が信じるとでも本気で思っているのか?」

 

―――自らの主が危機に瀕した時ヴァルキュリアは真なる力を目覚めさせ災厄を払う―――

 

古代ヴァルキュリア人に関する遺跡から見つかった、今のところ唯一の古代ヴァルキュリア人の持つ”力”に関する一文。

 

明確なまでの力に関する情報は現在のところこれ以外、帝国の持つものはほとんどと言って良いほど無い。

 

遺跡自体はあれど、”力”に関する部分だけ、ほとんどの遺跡で破壊されたか、風化してしまっていたのだ。

 

故に、現在発見されているヴァルキュリアの力を持つとされているマリーダ、そしてガリアで発見された二人のヴァルキュリア人には、主、または親のような存在を潜在意識にすり込むことにより力を発現させようとしていた。

 

「曖昧なもの、と言うのは否定しないが・・・ヴァルキュリアの力がそう言った人物への献身、情愛で発現するのはあなたとて理解しているだろう?」

 

「そう言った感情的なものが鍵に成りうる事は否定しない。だが、その”想いの強さ”などという不確定すぎる要因がヴァルキュリアの力を左右するなどと言う戯言に関しては私は一切信用していない」

 

「人の気持ちなど、不確定なものだろ?それに、あれはそう言った”キレイ”なモノとは別物だ」

 

紫煙を吹かすフォレスターから視線を外し、背後の窓へと眼を向ける。眼下では訓練を行う兵達や、前線への補給物資を積んだトラックがせわしなく動き続けている。

 

「主への忠誠心・・・綺麗な言葉だが、要は隷属と同義だ」

 

「・・・・・・」

 

「主人の危機に身を盾と成す・・・全ては王のために・・・血に刻まれた呪いだよ」

 

意味深な言葉を紡ぎ、フォレスターへと視線を戻す。当のフォレスターは彼の語った血の呪いと言う言葉に関して何の反応も示さずにいた。

 

「呪い、ね・・・悪いが、私はそう言ったオカルト的なものは信じないことにしている」

 

「・・・ヴァルキュリアの力も十分オカルト的なものじゃないのか?」

 

「あれはただの”現象”だ。現象の究明は科学の性だが、呪いなんてものが理由だと言われて、私が納得すると?」

 

「柔軟性は必要だと思わないのか?」

 

「それが根拠ある話しならば、私も信じる気になるが?」

 

暗に「貴様の知っている全ての真実を話せ」と告げるフォレスター。そんな彼女の言い分に対し、ルシアは微かに笑みを浮かべながら「あなたは既に知っているよ」とだけ呟いた。

 

その言葉に対し、フォレスターは数秒ほど沈黙する。目は下を向き、意識は自己の中へと向けられる。

 

そして数秒後、フォレスターは再び意識を外へと向けた。

 

「・・・なるほどな。”アレ”がお前の言う王とか言うものと言う訳か?」

 

「さて・・・どうかな?」

 

フォレスターの問に、曖昧な返答と笑みを浮かべる。はぐらかしているとも取れるその行動に、しかしフォレスターは特に何の反応も示さずに、

 

「まぁ、いい。私が今興味あるのはヴァルキュリア同士の戦いだ。お前の目的がなんだろうと、それが達成され、私の研究が続けられるのならば他のことなど何でも構わん」

 

「フッ・・・あなたのそう言った所が私としては気に入っているんだ」

 

「そうか」

 

タバコを灰皿に押し付け、フェルスターはその覇気のない濁った瞳をルシアへと向ける。

 

「では、そのお気に入りの私からのお願いだ。研究材料の補充、及び増量を要求する」

 

「補充はともかく、増量は厳しいが、なんとか手を打ってみよう。しかし、それなりの成果は期待してもよろしいかな?」

 

出来(・・)損ない(・ ・ ・)でよければいくらでも。完成品に関しては期待するな」

 

「十分だ。では、研究の方はよろしく頼むよ。博士」

 

ルシアの言葉を背で受け止め、フェルスターは用は済んだと部屋を出て行き、ルシアはその背を微かに笑みを浮かべた顔で見送った。

 

「失敗作、か・・・あなたの言う失敗作でも、必要としているところは思いの外あるだがな」

 

机にある通信機を手に取り、数字を打ち込む。数秒の間が過ぎ、沈黙が終わる。

 

「私です。ええ、ご注文の品は間もなく第一次生産を終えます。出来の方はそちらの要望を叶える程度の性能は持ち合わせているかと―――ええ、そちらの資金援助のおかげで順調ですよ。既に二名だけとは言え、覚醒者も出始めています」

 

『―――――』

 

「ご心配なく。そちらの懸念するような事態にはなりません。幸い、博士の方は研究をしてさえいれば満足なようですから。殿下の方も虎の子の覚醒者を使えない状態で戦場に出すような事はしないはずです」

 

『―――――!』

 

「大佐ですか?そちらの方もご安心を。彼女こそ、殿下の命無しには動くことなど万が一にも有り得ません」

 

『――――――』

 

「式典?ああ、七月に行われると言う例の・・・ええ、それまでにでしたらそうですね・・・七体ほどでしたら、そちらにお届けする事が出来るかと」

 

『――――――』

 

「ええ・・・それでは、準備が整い次第そちらへお届けします。それでは、今後共よろしくお願いします―――ボルジア枢機卿」

 

通信機を置き、眼を伏せる。しばしの間沈黙を保っていたルシアは、肩を震わせながらクククッと声を漏らした。

 

「どいつもこいつも愚かしい・・・ヴァルキュリアと言う存在がどういうものかも知らず、ただその力のみに魅せられているとはな・・・実に愚かしい」

 

だが、今はその方が良い。この混沌とした世界であるからこそ、己の―――我が一族の悲願を遂げる事が出来るのだから。

 

「踊れ、愚昧共―――やがて訪れる、新たなる世界の創造のためにな―――」

 

 

 

 



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第二十六話

非常に遅くなって申し訳ありません。


「全く、前線をたらい回した挙句、今度は式典に参加しろとは。少しは俺たちにも休息くらいくれても罰は当たらないと思うんだけどな」

 

「そう言うな。殿下直々のご指名なんだ」

 

「殿下からの指名じゃなけりゃ、そもそも招待だって断ってるよ」

 

ヒラヒラと手に持つ一枚の手紙を揺らしながら、ヴァリウスはうんざりすると言いたげな表情で、苦笑を浮かべているセルベリアへとそう漏らした。

 

帝国の補給中継基地壊滅から二週間。戦場を渡り歩き、かなりの数の敵を撃破してきた133小隊は補給と休息のために基地へと帰っていた。

 

溜まっていた書類を片付け、補給物資の手配をし、一通りの業務が終わったあたりで、ヴァリウスはセルベリアから「式典招待状」と書かれた手紙を手渡された。

 

「姫様直々のご指名なんだ。断るわけにはいかないだろう?」

 

「それはそうなんだけどさ・・・」

 

「それに、姫様が直接会いたいと言っているのだろう?いい機会じゃないか」

 

「いや、姫に会うのはいいんだ。嫌なのは」

 

「ボルグ等に会うことだろう?私もできれば会いたくないが、こればかりは諦めるしかないぞ」

 

「そうだな・・・まだ、ひと月も先の話だし、色々と諦める時間が出来たって考えるか」

 

前向きなようで悲観的な考えを締めくくり、ヴァリウスは作戦計画書と書かれた書類を手に取る。

 

「次の作戦計画書だ」

 

「ん・・・北部避難民の護衛任務か・・・ここ最近の任務に比べれば随分と普通な任務だな」

 

ページを捲りながら作戦概要に目を通す。帝国軍の侵攻に伴い、ガリア北西部に残された民間人をガリア勢力圏まで護衛すると言う、特に変わったところの無いごく普通の任務。本来ならば一般の部隊のみで行われる規模の作戦なのだが、アレハンドロ中将の民間人の安全性をより高めるための一手として、現状待機任務に就いている第133小隊が指名されたというのが、今回の作戦に関する概要らしい。

 

「戦線は膠着状態。中部戦線への援軍は糞親父(ダモン)に拒否られてるから無し。休息も充分とったんだから、しっかり働けって言うアレハンドロ中将からのお達しってわけか」

 

「民間人の護衛も重大な任務には変わりない。それに、こう言った任務の方が皆の士気は上がるはずだ」

 

「そりゃな。あいつらだって、裏切り者を消せなんていう任務よりは確実に上がるさ」

 

資料へサインし、セルベリアへと差し出す。

 

それを受け取ると、セルベリアは「私たちも、な」と一言だけ残し、退出。室内にはヴァリウスのみとなった。

 

「しかし、この時勢にパーティーか。周辺国との関係強化のためだろうけど、のんきなもんだよなぁ・・・」

 

主君の主催するパーティーとはいえ、前線で戦う兵士の視点からしてみれば、戦争中にパーティーなど、呑気の一言だ。

 

第一、パーティーなんて言う要人が一同に会する絶好の機会、もしも襲撃されたらどうする気だろうか。

 

城の衛兵は基本的にいいとこのお坊ちゃん達だ。士官学校での成績は優秀でも、実戦経験が圧倒的に不足している新兵同然の者達。警備に難があるのは間違い無い。

 

「ああ、そっか。だから俺達を呼んだわけか」

 

コーデリアの意をなんとなく察し、なるほどと頷く。城の警備をより確実なものとするための、防衛手段。城の警備は宰相に一任されているから、こちらからは手を出せない故に、参加者として自分たちを呼んだのだと考えれば、直々の招待にも納得がいく。

 

「あのオッサンとは合わないからな、俺達」

 

ダモンほど露骨ではないが、純粋なガリア人では無い自分やセルベリアを養子として迎え入れたルシア伯爵を、ひいては自分たちを好ましく思っていない宰相、ボルグ侯爵の顰めっ面を思い浮かべながら、天井を見つめる。

 

貴族政推進派のボルグは、平民が重職に就いているのも面白く思っていない。そんな彼が、出自さえ定かではない自分たちをよく思っているはずがないのだ。

 

自分とコーデリアが出会う切欠となった事件の時も、ボルグは言葉には出さずとも辛辣な目で自分を見つめていたほどで、勲章授与の時も、非常に面白くなさそうな視線で自分とセルベリアを睨み付けていたのだから、相当嫌われている。

 

若輩のコーデリアに代わって国政を仕切るボルグ侯爵に睨まれながらも、こうして軍である程度の地位と行動の自由を確立していられるのは、コーデリアのおかげだ。

 

その彼女が自分をわざわざ呼んでいるのだ。期待には応えなくてはいけないだろう。

 

「そのためにも、色々と手を打っとかなきゃな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァリウスが来たるコーデリア主催の晩餐会に向けて策を練っている頃。異なる場所でもまら晩餐会に向けて謀略を練る者たちが居た。

 

「―――それで、能力の方は確かなのだろうな?」

 

「ええ。常人の3倍近い能力を持つ、恐怖を感じない完璧な兵士。数は多少少ないですが、能力の方は保障しますよ」

 

「失敗作でありながらも、それだけの力を持つのか・・・不安定なあれらよりもこれの方が役に立つのではないか?」

 

「そういわれると耳が痛いですが・・・私たちの目指す場所はあくまでも神話の再現ですので。それ以外は失敗以外の何物でもありませんよ」

 

「ふん、神話の再現か―――まぁいい。数は揃っているのだな?」

 

「ええ、ご注文通りに・・・ですが、あくまでもあれは失敗作。そう長時間は使えませんがよろしいですか?」

 

「分かっている。一晩持てばよい」

 

暗い室内で、二人の男が話し合う。その内容は他の者達が聞いても意味不明なものであるが、少なくともそれが人道的ではないことだけは誰が聞いても明白だった。

 

だが、この場においてそんな些細なことを気にするような者は存在しない。それぞれが自分の、もしくは属する組織の利益のみを追求する者達であり、そのためには手段を選ぶような綺麗な性格はしていないのだ。

 

「しかし、アレを七体つぎ込む策ですか・・・かなり大掛かりなものですかな?」

 

「お前にそれを知らせる必要があるのか?」

 

「いえいえ、ただの興味本位ですよ・・・失敗作とは言え、化物には違いないアレらをわざわざ七体もつぎ込むような策・・・興味が惹かれても仕方ないとは思いませんか?」

 

「好奇心も過ぎれば身を滅ぼすぞ?まぁ、今更それを言ったところで無駄だろうがな・・・神話の再現のために人の道を踏み外すような貴様らに」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

「ふん、相変わらず食えない奴だ・・・これらは、火種にするのだよ」

 

「火種、ですか」

 

「そう。ガリアと帝国にはまだまだ争ってもらわねばならんからな。こんなところで下火になってしまってはこちらとしても困るのだよ」

 

「なるほど・・・そのための一手と言うわけですか」

 

「貴様らにとっても悪い話ではあるまい?戦争が長引けばそれだけ貴様らの信者も増えるのだから」

 

「滅相もない・・・我々は常に平和を望んでいます。ヴァルキュリア様の名の下に訪れる、真の平和を」

 

「真の平和、か」

 

両の手を組み祈りを捧げる男の言葉を鼻で嗤うように口許を歪め、席を立つ。既にこの場で交わされる言葉は無いと言う意思表示だ。

 

「とにかく、アレらの提供には礼を言う。今後も資金提供は継続するので、今回はこれで失礼するぞ」

 

「ええ。あなたにヴァルキュリアの加護があらんことを」

 

祝福を祈る言葉を背に受け男は部屋から出ていく。それを見届けた男は、隣室に待機させていた仲間を部屋へと引き入れた。

 

「よろしいのですか?あのような者達に我らの劣兵を与えても・・・」

 

「それが猊下のご意思なのだ。それに、所詮は我らが望んだ存在に成り損ねた出来損ない共だ。失ってもさほどのものではない。必要となればあの者たちに再度献上させればいい」

 

「なるほど・・・申し訳ありません。思慮が足らず、出過ぎたことを」

 

「よい。それよりも、例の者達について何か分かったことは?」

 

「ハッ・・・ガリアに居る信者達からの情報によりますと、例の者達を率いる二人の男女についていくつかの情報があります。高い戦闘能力を持ち、いくつかの勲章を授与されており、ガリア大公であるコーデリア姫とも親密だとか。ですが・・・」

 

「なんだ?」

 

「この者たちが本当にヴァルキュリアの血を受け継ぐものなのかどうかは、確認できておりません。外見的特徴は合致していますが、それだけではまだなんとも・・・」

 

「そうか・・・あの男の方はどうだ?」

 

「基本的には良好な状態ですが、こちらの手の者はことごとく排除されています。既に半数を失っています」

 

「なるほど・・・協力はしても手の内を見せる気は無いということか―――あの狐めが」

 

「如何いたしますか?」

 

「ガリアの方は過剰な接触は危険だ。現状のまま情報を収集せよ。あの男に関しては放置だ。データ自体は多少なりとも送られてきてはいる。ここで下手を打って損失を増やすわけにはいかん」

 

「畏まりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、野郎共。久々にまともな任務がやってきた。北部から脱出してくる民間人の護衛だ」

 

武装を纏い、整列する隊員達の眼前にて、彼らと同じく装備を整えたヴァリウスは新たに上から発せられた任務についての簡易ブリーフィングを開いていた。

 

「今作戦には、俺達の他に、正規軍第8小隊が共に参加する。基本的に避難民の誘導は第8小隊が、周辺警戒と緊急時の戦闘は俺たち131小隊が担当する。なお、脱出してくる避難民は帝国の捕虜となっていた者達だ」

 

「労働力として使役されていた彼等は、酷く消耗しているはずだ。その上、敵から追われていると言う精神的プレッシャーも強い。健全な状態とは言い切れないだろう」

 

強制労働による疲労とストレス、何時敵に追いつかれるのかという恐怖。彼らの精神に多大な負荷が課せられているであろう事は容易に想像できる。そんな民間人が迅速な対応を取れるのかどうかは語るまでもない。

 

「戦闘行為はなるべく避ける方針だが、ハッキリ言って確実に戦闘になるだろう。敵もこれ以上ガリア侵攻のための手間が増える事は喜ぶはずもない。貴重な労働力を取り戻そうと強硬に攻めてくるはずだ。が、今回は積極的攻勢に出ることは許可されていない。なんせ、今回は民間人のガリア勢力圏への脱出が肝なんだ。護衛対象から離れすぎて民間人に被害が出ましたじゃ、笑い話にもならん。できる限りの範囲で専守防衛を心がけるように。何か質問は?」

 

「専守防衛って言いますけど、積極的防衛ってことで仕掛けてもいけないんですかい?」

 

「そこらへんは柔軟に対応するつもりだが、あまり期待するなよ?少なくとも、対戦車槍をぶっぱなす様な派手な攻勢は出来るだけ避けるようにな」

 

「了解」

 

ギオルの質問に口許を緩めながら一言加えながら答える。戦場というものは生き物だ。命令を忠実に守って死にました、作戦を達成出来ませんでしたでは、笑い話にもならない。

 

だからこそ、ヴァリウスは出来るだけ抑えろとは言えども、禁止するような事は言わない。

 

時に現場の判断は司令部の考えに反しようと、重要なものになるのだ。逆の事態も有り得るが、現場に出る立場のヴァリウスとしては現場の判断を重要視する傾向にあった。

 

「さて、他に何かあるか?」

 

「避難民の数は?」

 

「およそ200だ。ほとんどが女子供だが、三分の一程度は男性らしい。が、先程も言った通り、彼等は強制労働によって酷使されていたんだ。足は遅いと考えとけよ」

 

「了解です」

 

「他には?・・・無いみたいだな。なら、総員乗車!出発するぞ」

 

 



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第二十七話

お久しぶりです。色々ひと段落着いたので少しづつですが投稿を再開していきます。
相変わらずの亀だと思いますが、どうかご容赦を。


帝国軍に捕縛された民間人の救出作戦のために基地を発ったヴァリウス率いる第133小隊は、帝国軍と遭遇するようなこともなく、無事に先行する正規軍部隊との合流地点に辿りついた。

 

後は、民間人を引き連れた部隊と合流し、無事にガリア勢力圏へと脱出できれば任務完了となる、はずだったが―――

 

 

 

 

 

「遅いな・・・」

 

「・・・確かにな。けど、敵勢力圏内からの脱出なんだ。多少のロスは想定内だろ?」

 

「それはそうだが・・・」

 

「民間人を連れての移動なんだ。予定時刻に間に合わないのは最初から想定されてた事態だろ?」

 

「だが、既に合流予定時刻を二時間は過ぎているんだぞ?いくらなんでも遅すぎる」

 

「・・・・・・」

 

セルベリアの言葉に押し黙る。彼女の言うとおり、ここは自軍(ガリア)勢力圏内ではなく、敵軍(帝国軍)の勢力圏内。

 

何が起こっても不思議では無い場所で、予定時刻よりも二時間の遅れをきたしていると言うことは、何か不測の事態が起きたと言う証明とも言えた。

 

ただでさえ民間人を連れての移動などと言う、リスクの高い作戦だ。最悪の事態、も起こっていることも考慮しとかなければならないだろう。

 

だからこそ、その最悪の事態が起こっているのかどうかをキール達に偵察してもらっているのだ。

 

「・・・そろそろキール達から何か連絡があるはずだ。それによって今後の行動を決めよう」

 

「・・・それしかない、か・・・」

 

状況が分からないまま動くのはあまりにもリスクが高い。このまま敵陣内に留まっていることも、リスクが低いとは言えないが、もしも救出部隊がここに辿りついた場合、133小隊が居ないとなると、彼等に対する危険度も跳ね上がる。

 

どちらにしろリスクがあることに変わりはない。ならば、どちらの方がマシなのか。その答えが来るのを、ヴァリウスたちは待っているのだ。

 

『―――こちらハウンド1。護衛部隊を視認』

 

「!こちらベース。状況は?」

 

『見る限り、敵と戦闘を行った形跡は無し。民間人を連れていることを除けば、特に変わった様子は・・・?』

 

「どうした?」

 

言葉を詰まらせたキースへと問うヴァリウス。返答はすぐに返ってきたが、その内容が要領を得ないものだった。

 

『・・・いえ、随分と避難民の数が多いようなので』

 

「数が・・・?どのくらいだ」

 

『おおよそですが・・・300程度でしょうか』

 

「300だと・・・!本当か?」

 

『あくまでも、おおよそですが。少なくとも、当初想定していたよりは数がいそうです』

 

「・・・分かった。とりあえず、その部隊と合流後、こちらへ誘導してくれ。警戒は怠るなよ。以上、通信終わり」

 

通信機を置き、セルベリアと無言で見つめ合う。二人の表情は、不可解な事態に戸惑いを覚えていた。元々ヴァリウス達は、情報部の報告よりも捕虜の数が多い事は想定していた。

 

敵の内部情報を正確に知ることはかなり困難なことであるから、多少の誤差はあり得ると最初から踏んでいたのだ。

 

だが、自分達がそうだからと言って、護衛部隊として出向いた正規軍がそうであるとは限らない。正規軍部隊が想定していたよりも避難民の数が多かったのが遅れている原因だと推察するのは容易だが、それではキースが言うには自分達の想定していた数よりも多そうだと言うのだ。

 

ヴァリウスたちが想定していた誤差は50人ほど。占領されている町に収容出来る数にプラスしているので総勢ではおよそ300人ほどと、余裕を持っていた。

 

しかし、キース曰く、それよりも数がいそうだと言う話だ。

 

「私たちの想定よりも数がいそうだと・・・?いくらなんでも、それだけの捕虜があの町にいたとは思えない」

 

「収容可能人数を超えての数だったからな。いくら帝国でも、あそこに300人もの捕虜を押し込めるとは思えないけど、キースの話じゃそれくらいいるみたいだしなぁ・・・」

 

二人で顔を付き合わせながら疑問を解こうとするも、答えは出ない。

 

それくらい、報告された300人と言う数は想定外にも程があるのだ。

 

「まぁ、とにかく部隊と避難民の無事は確認できたんだ。詳細は向こうの指揮官に聞いてみれば分かるだろ」

 

「・・・確かにな。ここでこうしていたところで分かることでもない、か」

 

疑問は変わらず、しかし区切りを付ける。

 

数十分後、姿を見せたキース、そして正規軍部隊は軍人を除いて皆疲弊していた。

 

無理もない。いくら教育課程において多少の訓練を積んでいるとは言っても、捕らわれていた時点で体調が万全だとは言えず、脱出後も追撃の恐怖にさらされ続けていたのだ。多少なりともこの休憩で体力を回復してもらわなければ、この先の行程に小さくない支障が出てしまう。

 

だが、ヴァリウス達にとって、それ以上に問題になる事態が発生していた。

 

「これは・・・」

 

「・・・流石に、これは予想外だったな・・・」

 

眼前で休憩に勤しむ避難民達。その数は、キースからの報告によって知っていたヴァリウスとセルベリアの両名からしても驚きを隠せない数だった。

 

パっと見て、およそ300人強。報告にあった数よりも100人、ヴァリウスたちの予想よりも50人以上もの数がここに集っていた。

 

それも、

 

「まさか、大半がダルクス人とは・・・」

 

迫害されし民である、ダルクス人。報告よりも多い100人のほとんどが、そのダルクス人の人々によって成されていたのだ。

 

「なるほど・・・なんとなくだが、読めたよ。避難民の数がここまで膨れ上がった理由」

 

「・・・私もだ」

 

着の身着のままでここまで来たため、ダルクス人、ガリア人問わず疲労困憊気味の避難民。しかし、その両者を少し観察してみると、救出目標であったガリア人と一部のダルクス人以外、要はダルクス人だが、衣服の汚れが軽く、表情も幾分か明る気だった。

 

これらの要因から導き出される結論は、一つ。

 

「けど、断言はまだ出来ない。やっぱり部隊長に直接聞いてみないとな」

 

「―――どうやら、向こうから来てくれたみたいだぞ、ヴァン」

 

推測だけで物事を図るのは愚行だとして、隊を指揮してきた指揮官の下へと向かおうとする二人に向かって、正規軍の軍服に身を包んだ壮年の男が近付いて来た。

 

「北部第8中隊所属第7小隊の指揮を勤めています、デューク・ソレル中尉であります。到着予定時刻に遅れてしまい、申し訳ありません」

 

表情に多少の疲れは見えるも、軍人として避難民の前で情けない姿は見せられないとばかりに毅然とした態度でヴァリウス達と対面した男は、謝罪の言葉と共に、敬礼した。

 

返礼しつつ、ヴァリウスとセルベリアは所属部隊と階級を返す。

 

「いえ、困難な任務であったとこちらも認識してますから。それよりも―――」

 

「―――彼等のことですな」

 

ヴァリウスの質問に、男―――デューク中尉は微かにどこか苦々しげな表情を見せる。しかし、すぐにそれを消し、質問に対する答えを述べた。

 

「彼等は、救出目標とされていた避難民ではありません。町の周辺に村を構えていた者達だそうです」

 

「―――やっぱりか」

 

デューク中尉の答えに、予想通りの答えが返ってきたと頷く二人。その事実が確認できれば、彼らが何者なのか、どうしてこの場にいるのかの説明も付く。

 

「彼等は、帝国軍に見つからないよう必要最低限の生活物資を持って山中に隠れていたようですが、今回の捕虜救出に乗じて、我々に保護を求めてきたのです。最初は15人程度だったのですが、徐々に増えていき、最終的には100人近くとなってしまいました。部下からは任務遂行の枷となると進言されましたが、私の独断で彼等を受け入れることを決断いたしました」

 

最後に、弁明はいたしませんと言い切り背筋を伸ばすデューク中尉の顔に後悔の色は無い。どんな罰も受ける覚悟であると、言葉ではなくその表情で告げていた。

 

確かに、デューク中尉の取った行動は、軍としては許されるものでは無い。軍人にとって、何よりも優先すべき事は任務の遂行だ。任務とは無関係の民間人を受け入れ、そのために作戦に支障をきたしているのだ。お咎めなしですまされない。

 

おまけに、対象がダルクス人と言う事もマイナスだ。帝国ほどでは無いにしろ、ガリア、それも軍上層部にはダルクス人差別主義者が多数存在している。くだされる処罰は軽くはないはずだ。

 

しかし、目の前の男はそれをやった。規範的な軍人ならば絶対にやらないであろう、荷物をわざわざ抱え込むと言う愚行を。それも、部下に責任は無く、全て自分の責任であると明言するという徹底振りだ。

 

「・・・中尉、一つ聞いておく。何故、任務に関係ないダルクス人全員を受け入れたんだ?話を聞いていると、最初に来た者達に対しては余裕があったからと判断出来るが、その後の者たちは明らかに過剰であると判断出来ていただろう?何故受け入れた?」

 

キツイ言葉で詰問するセルベリア。彼女をよく知らない者が見れば、その表情は非常に厳しい物に見えるだろう。だが、彼女をよく知る人物―――ヴァリウスからしてみれば、今の彼女はどこか楽しげな表情を見せているように見える。

 

(というよりも、完全に楽しんでるよなぁ)

 

デューク中尉の取った行動―――民間人を取捨選択しないその姿勢は、本来ならば規律に厳しい傾向にあるセルベリアなら、批難するはずだ。だが、自分たちも元を正せば彼らと同じように研究所から逃げ出し、養父に救われた身。

 

だからこそ、好感が湧く。だが、それが善意からなのか、それともはたまた別の何かからなのか。そこを彼女は見極めようとしていた。

 

(善意というのならば適当に相手をすればいい。打算だとしても同じだ。だが、それ以外のものならば・・・)

 

そんな彼女の内心を知ってか知らずか、デューク中尉はどこか緊張した面持ちでセルベリアの問いに答えた。

 

「・・・自分は軍人です。民間人を、この国の民を守るために兵士になりました。そして、彼等はこの国の民であります」

 

「・・・だからこそ助けた?荷物になると知りながらもか?」

 

「・・・あそこで見捨てれば、それを起点に帝国軍に我らの存在、ルートが露見する可能性がありました。それらを考慮した上での判断です」

 

(いやぁ、やっぱり居るところには居るんだなぁ)

 

(確かにな・・・久々に見た。こんな〝バカ"は)

 

建前を並び立てながらも、彼の瞳には力強さが溢れている。偽善だと断定されようとも、自らが信じる正義に殉じるその姿に、ヴァリウス達は笑みを浮かべる。

 

汚職にまみれ、自国の民を見捨てるような輩が蔓延するガリア軍にも、このような”バカ”がまだ存在している。その事実が、無性に二人は嬉しく感じられたのだ。

 

「中尉の意見は充分に分かった。選別はさせてもらうが、安心しろ。置いていったりはしないさ」

 

セルベリアの顔から険しさが取れ、その横に居たヴァリウスから民間人を見捨てたりはしないと言う言葉を聞き、デューク中尉はしばし間の抜けた顔を晒す。

 

やがて、流れが読み取れたのか、彼の顔からも険しさが抜け、代わりに苦笑を浮かべた。

 

「なるほど・・・私は試されていたと言うわけですか」

 

「悪いが、そういうことだ。けど、安心してくれ。合格だよ」

 

信じられることが分かったと伝え、肩を軽く叩き、ヴァリウスは避難民の選出のため、残った仲間達の下へと向かう。

 

その後ろ姿を見送る形となったデューク中尉と副官である軍曹は、自部隊の下へ戻ると「変わった方でしたね」と二人の印象について意見を交換していた。

 

「英雄と名高い方ですので、どのようん人物かと思って言いましたが・・・なんというか・・・」

 

「君の言いたいことも分かる。確かに、私たちが今まで見てきた佐官達とは随分違うみたいだ」

 

それも、いい意味でだが、と続けると、軍曹は「そう・・・ですね」と歯切れの悪い答えを返した。

 

彼は、過剰避難民の受け入れをやめるべきだと主張する者の一人だったからだ。ただでさえ敵勢力圏への侵入と言うリスクを犯しているのに、ここで余計なリスクを負うのは無謀であり、無駄な事だとデューク中尉に進言もしていた。

 

それが任務を果たすために、そして部隊の安全を高めるためには一番最良の選択であると考えたからだ。

 

そして、それをデューク中尉自身も理解していたからこそ、それについて真剣に悩んだ。しかし、民間人を見捨てることを選ぶことを良しとしない彼自身の矜持から、それを却下し共に行動することを選んだ。

 

それを、軍曹を始め、連れて行くべきではないと主張した面々は、否定しなかった。彼をはじめとした反対勢の面々も人間だ。いくらダルクス人であろうと、このような場所に置き去りにすれば、どのような目に遭うかは容易に想像できる。

 

罪悪感を感じるのは当たり前で、できればそうはしたくないと考えるのは当然だった。

 

だからこそ、彼等はデューク中尉の指示に従い、苦しい状況に陥ることになってもダルクス避難民を連れここまで来たのだ。

 

「軍曹、そんな顔をするな。あの時の君らの意見は間違ってはいない。むしろ。普通に考えればおかしかったのは私の方だ」

 

「中尉・・・」

 

「それでも、君たちは私に付いて来てくれた。むしろ、私は君たちを誇りに思うよ」

 

厳ついとよく言われる顔を緩め、温和な表情を見せる。そんな彼に、軍曹は数秒立ち尽くし、口許を微かに緩めた。

 

「中尉、再編のご命令を。我々はまだ敵地にいます」

 

「軍曹・・・?」

 

「時間はそう長くありません。迅速に、再編を行います」

 

甘い人だというのは分かっていた。だが、ここまで部下(自分達)の事を考えてくれているのだ。それに今答えずに、いつ答えるのか。

 

熱い、無くしていたと思っていた熱い思いが、今軍曹の中で燻り始めていた。



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第二十八話

「二班、弾幕を張れ!このままでは、圧し負けるぞ!」

 

「援護に回ります!」

 

「許可する!急げよ、長くは保たなそうだ!」

 

「了解!」

 

「進行状況は!?」

 

「現在目標地点まで残り二キロ!およそ30分です!」

 

「30分・・・長くなりそうだな・・・」

 

銃声と怒号が飛び交う前方に展開される戦場を眺めながら、デュークは誰に言うでも無く、ポツリと呟き、自身の背後で懸命に逃げ続けている避難民達。

 

それを先導しているはずのヴァリウス達を脳裏に描きながら、喉元の送信機に手を当てながら隊への指示を出しを再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間はヴァリウスたちがデュークを始めとした避難民たちとの合流を果たし、ガリア勢力圏下へと移動し始めてから半日程が経ったあたりまで遡る。

 

想定以上の避難民をできる限り車両へと乗せるため選別し、残りの者達をヴァリウスたちが護衛する形で道程を歩き続け、避難民の体力を考慮し休憩を取っていた一同。

 

そこへ、できれば来ないようにと誰もが祈っていた連絡―――帝国軍来襲の報が入る。

 

「っ!帝国軍が、すぐそこまで迫っているだと!」

 

「くそっ、もう少しでガリアの勢力圏に入ると言うのに・・・!」

 

後方にて警戒に当たっていたキースからの情報によると、帝国軍の数はおよそ3個小隊規模。木々が生い茂る森林地帯のため、戦車の数こそ2台程度だが、その分歩兵の数が若干多い。

 

対するヴァリウス達の兵力は2個小隊規模。ただし、その半数に当たる数が避難民の護送に付いているため、実質一個小隊である。

 

兵の質的には、ヴァリウス達の存在によって優っている。しかし、避難民と言う護衛対象を守りながら戦うとなると、相当厳しい戦いになるはず。マイナス要素溢れる戦いを前にし、デューク隊の幹部達の間に緊張と焦燥の色が浮かぶ。

 

「―――ようやく、か」

 

「思っていたよりは遅かったな」

 

敵軍接近の報を受け、焦燥するデューク達とは打って変わって、ヴァリウスとセルベリアの両名を始めとする133小隊の幹部達には、焦りの色一つ見えなかった。それどころか、はっきりと「遅かった」とまで口にしている。

 

それは、デューク達からしれば、信じられないことだった。故に、幹部としてこの場に居た若い兵士は二人に対し、焦りを見せながら声を上げた。

 

「何を言って・・・敵がすぐそこまで来ているのですよ!何故そんなに落ち着いて―――!」

 

「逆に聞きたいんだが―――なんでそこまで慌ててるんだ?」

 

「―――え?」

 

「この事態は、当初から予想されていたことだ。帝国は捕虜を、労働力の逃亡を許すまいと追っ手を差し向ける。だからこそ、我々がこうして彼らの、そして君たちの応援としてここに来た。なら、いつかは帝国の追手に捕まることも予測出来ていたはずだろ?」

 

「し、しかし、本当に追いついてくるかどうかなど―――!」

 

「ここは敵の勢力圏内だ。追手が後方のみなわけがないだろう」

 

若者の楽観的推論を現実的な言葉にて即座に封じたセルベリアは、その赤い瞳を若者へと向け、更に言葉を重ねていく。

 

「敵は、我々の足が遅いことを知っている。何せ、避難民と言う()を自ら背負い込んでいるのだからな。いくらトラックやジープと言った足を使おうとも、避難民を載せた状態ではそう長い距離を行くことは出来ない」

 

「おまけに、さっきセルベリアも言ってたが、ここは敵の勢力圏下なんだ。必然、俺たちは隠密行動を強いられる。ただでさえ避難民の体調とかを考慮しなきゃいけないのに、随時敵への警戒も行わなきゃならないんだ。遅くて当然だろ?」

 

「当然、帝国軍もそう言ったこちらの内部事情は知らなくとも、避難民と言う枷がある事を当然ながら知っている。だからこそ、我々がガリア勢力圏下に入る前に周囲の部隊へと連絡し、包囲するかたちで追撃を掛けてくることは充分予想できたことだ」

 

ここは敵地であり、自分達は避難民と言う枷を自ら嵌めてしまっている。その事を強調しつつ、二人はこの先の展開をあらかじめ予想していたことだとして、周囲を落ち着かせた。

 

「あらかじめ予想していたのだから、ある程度の手は打ってある」

 

「打ってある、とは?」

 

「そのままの意味だ。我々の戦力は最初から二手に分かれている」

 

「二手に―――!?」

 

「そうだ。俺達とは別に、勢力圏の境目となっている跳ね橋・・・あそこら辺を、別に動いている奴らに確保させてる。小規模な戦闘ならば余裕で切り抜けられる連中だから、周辺の安全は確保できているはずだ」

 

「これで、一応ではあるが懸念されていた挟撃の可能性は幾分か下がっているはずだ」

 

「まぁ、俺達の想定だと避難民の人数もこの半分程度だったから、もっと早くあいつらと合流できていたんだけどな」

 

「それは・・・」

 

「実戦にアクシデントは付き物だ。前にも言ったが、誇りこそすれ、気に病む必用は無い」

 

「・・・ありがとうございます」

 

「で、だ。跳ね橋付近の安全は確保出来ているとは言え、今現在の安全は保証できない状態にある。むしろ、限りなく危険な状態なわけだ」

 

目指す場所の周囲が安全だと分かっただけマシだろうが、問題は何も解決されていない。だが、心配の種が一つ取り除かれたことでデューク達の顔色は幾分か回復していた。

 

「いえ、この先の安全が確保されていると言うことが分かっただけでも十分な朗報です。ここさえ乗り切ればなんとかなると分かったのですから」

 

デュークの前向きな発言に周りも頷く。希望がなければ、士気も低下する。逆を言えば、希望があると分かれば、兵の士気というものは上昇するのだ。故に、今ヴァリウス達から聞かされたことは無駄ではない。

 

「幸いと言っていいのか分かりませんが、敵がいつ来るのかも大まかにですが判明しています。もちろん、別方向から来る可能性も否定できませんが、それらに関しては中佐達の隊を頼りにさせていただきます」

 

「ああ。それに関しては頼りにしてくれて構わない」

 

「でしたら、後方からの敵は我々が対処します」

 

デュークの発言に対し、二人は微かに表情を強ばらせ、一言、本気かと問うた。

 

「遅滞戦闘の難しさを知らない・・・わけはないな?」

 

「ええ。遅滞戦闘に関してはそれなりに経験しておりますので、その困難さについても充分分かっているつもりです」

 

「なら、なんで自ら志願なんてするんだ?俺たちに任せても全然構わないぞ?」

 

疑問を宿した表情を見せながらヴァリウスはデュークへと問う。遅滞戦闘とは、敵に背を向ける行動であり敵の追撃を受けやすく、逃げながら戦うと言う性質上、士気の低下、混乱の発生などの不安要素が多々ある。

 

そのため、高い練度、士気の持続性、有能な指揮官の存在などが必要な戦闘行動とされており、その難易度は極めて高い。

 

順当に決めるならば、ここは当然ながらヴァリウスたちが殿、遅滞戦闘に当たるべきだ。だが、デュークはそのセオリーを無視し、自ら苦難に当たることを志願したのだ。

 

「いえ、中佐達には避難民の護衛をお任せしたいのです。ガリア随一の133小隊が護衛についていれば、例え敵と遭遇したとしても、民間人の混乱は最小限に抑えられるはずです」

 

「・・・・・・」

 

「遭遇戦では瞬発的な対応力が求められますが・・・口惜しいことですが、我々のそれは、中佐方に比べ、遥かに劣ります」

 

「だから、自分達が殿を引き受ける。そういうことか?」

 

「はい。これが最適な配置であると愚考した次第です」

 

デュークの意見を一通り聴き終えたヴァリウス、セルベリアの両名はしばしの沈黙後、現在索敵を行っているキース、そして別働隊を率いているギオル、シルビアを除く他の幹部達へと眼を向ける。

 

「お前たちはどう思う?」

 

「・・・まぁ、筋は通っていると思います。現状、優先されるのは民間人の安全です。なら、確実性が高い我々が護衛に付くというのは通りです」

 

「私も同意見です。護送をスムーズに行うためにも、民間人の動揺を最小限に抑えるためには我々(133小隊)が引き続き護衛の主体を務めるのがベストかと」

 

グレイ、アリアの二人共がデュークの言葉に同調の意を示す。

 

確かに、二人の意見、ひいてはデュークの意見は正鵠を射ている。民間人の無用な混乱が無ければそれだけ護衛に当たる隊の負担が減る。

 

敵のみに神経を向けることが出来るだけでも隊の負担はかなり軽減できる。ただでさえ、想定外の救助対象郡を保護しているのだ。これ以上余計な手間をかけたくないと言うのは、この場にいる誰もが胸に秘める本音であった。

 

「分かった。なら、殿はデューク中尉達に一任。俺たちは引き続き周囲の警戒及び、護送を継続する。背中、任せるぞ」

 

「っ了解!」

 

ヴァリウスの言葉に笑みを浮かべるデューク。ガリアで最も勇名を馳せる部隊長に、自分の意見を、背中を一時的とは言え任せらると言われたのだ。

 

これで奮い立たない男など、軍人ではない。

 

それは彼の部下たちにも言えることであり、先程までこれから繰り広げられるであろう戦闘を想像し、顔を強ばらせていた幾人さえ、ヴァリウスの「任せる」と言う言葉を聞いた瞬間、誰もが戦意を滾らせていた。

 

「こちらからも幾人か回す。全て中尉の指揮下となる。存分に使ってくれ」

 

「了解。全力を尽くします!」

 

戦意に満ちた表情で、セルベリアからの言葉を受け取る。それを見ていたヴァリウスは、任せても大丈夫そうだ、と改めて笑みを浮かべた。

 

「よし。では、今から10分後に隊を分ける。133小隊は各隊から3名ずつ選出し、デューク中尉の部隊へ応援を回せ。133小隊出発後、デューク中尉の隊は10分遅れで出発。敵との戦闘はなるべく控え、133小隊を追随。戦闘に突入した場合は、無理をしない程度に遅滞戦闘を開始。なるべく被害を最小限に抑えつつ、目標地点への到達を目指してくれ」

 

「「「了解」」」

 

「以上、解散!」

 

セルベリアの声と共に、それぞれが自身の役割を果たすべく駆けていった。

 

 

 

―――目標地点までの距離 約10km―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デューク率いる殿部隊が、予定通りヴァリウス達から10分遅れで休息地を発ち、後方を警戒しながら進むこと15分。彼らよりも更に後方で索敵、警戒に当たっていたキース率いるハウンド分隊から、敵接近の知らせが入った。

 

「総員、戦闘態勢!三班に分かれて対応する。いいか、この戦いの目的は勝つことじゃない。避難民を無事に目標地点へ送り届けることにある。だが、後ろには皆知っての通り、ガリアの英雄が居る!油断するなとは言わないが、無駄に気負うな」

 

隊員達を鼓舞しながら、自らもライフルを抱え目を凝らす。キース達からの情報によれば、敵の数は―現在はと付くが―さほど多くはない。

 

引き際を見誤なければ、十分に全員が生きて戻れる戦いだ。

 

(大丈夫だ。自分の経験を、こいつらの事を信じろ・・・)

 

自分へ言い聞かせながら、銃口を森の中へと向ける。敵の姿は確認できない。が、近づいているのが、感じられた。

 

余談ではあるが、デューク率いる彼らの実戦経験はガリア正規軍の中では比較的長い。ガリア戦役以前では、ギルランダイオ要塞に所属していたため、帝国との小競り合い、小規模戦闘を幾度か経験し、今次の戦争では、初期から前線での任務に付き帝国との戦いを生き抜いてきている。

 

そのどれもが敗戦ではあったが、部隊の被害を最小限に止め、ベテランを育て上げてきたデュークの手腕はかなりのレベルに達している。

 

その上、この戦闘では後ろに英雄(ヴァリウス)が控えていることが隊員達から緊張を拭い、士気を高めていた。

 

これ以上ない隊のコンディションを感じ取っていたデュークはいつもとは違う、高揚感をその胸の内に感じていた。

 

その上、応援として133小隊から五名の増員を受けている。その練度は疑いようもなく最上レベルであり、それが五人となればこの遅滞戦闘における戦線の穴を埋めるには充分だ。

 

順次戦闘位置に着いていく。スリーマンセルで7班。予備戦力としてデュークを含む6名が後方待機だ。

 

そうして数分。周囲の空気が変わる。殺気が漂い始め、敵意が飛び交う―――ここは、戦場と化した。

 

 



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第二十九話

どうも、お久しぶりです。

就活やら、卒業単位の確保やらで時間が取れず、気づけば半年以上が経過しておりました。

一応まだ就活が終わっていないので、不定期更新が続きますが、完結はさせるつもりなので、どうか見捨てないでやってください。

では、相変わらずの愚作ですがお楽しみください。


「始まったみたいだな」

 

「・・・はい、戦闘開始の報告がありました。後方1キロの地点です。予想通りですね」

 

「ああ。さて、こっちもさっさと終わらせよう。ラビット1、後方で戦闘が開始された。速度をもう少し上げてくれ」

 

『了解。徒歩の者はどうしますか?』

 

「そっちも少し急かしてくれ。のんびり歩いて敵と遭遇なんて洒落にもならねい」

 

『了解です』

 

通信を切り、後ろから微かに聞こえてくる銃声と爆音に目を険しくさせる。避難民はあと少しで目的地、安全地帯が待っているという希望、そして後ろから聞こえてくる絶望の音に、疲労が蓄積された足を必死に動かし歩き続けている。このまま何事もなく行けば予定よりも早くガリア勢力圏下へと辿り着きそうではある。

 

だが、既に戦端は開かれ、帝国軍と交戦している。それは、この周囲の帝国軍がこちらを捉えてかけている、もしくは既に捉えている可能性を示している。

 

ただでさえ、護衛対象である避難民の数が護衛戦力を上回っているのだ。この状態が長引けば長引くほど、後ろで踏み止まっていくれているデューク達の身が危険だ。

 

だからこそ、もっと早く動きたいのだが、避難民達も精一杯のようだ。これ以上、無理を押し付けてしまえば、脱落者が発生し、それこそ余計な時間が取られかねない。

 

「歯がゆいな・・・」

 

戦場を駆けるだけならば、感じはしない苦々しさに、表情を歪める。指揮官として、仲間の命だけを預かるだけでも、常人にとっては十分な重責であるが、今回は民間人の命を守るために、仲間を、それも数時間前に合ったばかりの者達の命をかけなくてはならないことに、ヴァリウスはいつもとは異なる感情を抱いていた。

 

だが、それに浸っている時間はない。頭を切り替え、再び無線機を手に取る。

 

「ホーク各員、状況報告。様子はどうだ?」

 

『ホーク3、周囲に敵影見えず。殿は、ここから見える範囲では善戦してます。脱落者や負傷者も確認してません』

 

『ホーク6、同じく敵影見えず。警戒を続けます』

 

『ホーク8、敵兵発見。処理しますか?』

 

「ホーク8、迅速に処理しろ。他も、敵兵を発見次第、処理しろ。判断は各自に任せる。異常事態発生時には即時報告。異常だ」

 

『ホーク8、了解』

 

『ホーク6、了解』

 

『ホーク3、了解。通信終わり』

 

首元の通信機から手を離し、後ろを見遣る。今のところは、順調に事態は進んでいる。敵の足は止まり、被害も予想よりも断然少ない。

このまま無事に終われば良いと思う反面、軍人としての勘が告げている。

 

このまま終わる訳がない、と。

 

「こういう勘は、中々外れてくれないからな」

 

経験から来る勘と言うのは、的中率が異様に高い。それは、どのような職業、物事においても共通するものである。故に、ヴァリウスはこれから起こりうるであろう何かに対する警戒を強くする。

 

「隊長、そろそろ大尉達との通信可能域に入ります」

 

「ん、了解だ。こっちに回してくれ」

 

「はい・・・繋ぎます」

 

隊員から通信可能の合図を受け、再び首元の通信機へと手を添える。

 

「こちらライガー1。不測の事態により救助対象の数が予想よりも増えている。防衛範囲を広げ、人員の退避を行え。こちらは引き継ぎ開始と同時に敵勢力の索敵、撃退、および後方部隊の救援に移る」

 

『こちらグリーズ1、了解だ。こちらが現在捉えている敵の数は二部隊のみ。方位は2時および10時の方角。距離はおよそ700』

 

「了解。到着予定は、20分後。出迎えてくれると助かる」

 

『はいよ。できるだけ急いで行くとしますよ』

 

「そうしてくれ。通信終わり」

 

通信機を切り、空を見上げる。遠ざかりはしたが、後方からは未だに爆音が鳴り響いており、戦闘の激しさを物語っている。どれだけの被害が発生し、どれだけの者が生き残っているのかも、いかにヴァリウスと言えどもここに居ては感知する術はない。

 

出来ることならば、すぐにでも反転し救援に駆けつけたい。長い時間を一緒に過ごしたわけではない。一日にも満たない短い時間、それも直接顔を幹部級のメンバーとだけだ。

 

しかし、彼等は自分達の無茶に自ら進んで付き合い、体を、命を張って敵と戦っている。

それだけで、ヴァリウスに言いようの無い感情を生じさせるのには十分だった。

 

だが、ここで自分が離れてしまえばどういうことが起きるのかが分からないほど、ヴァリウスは現実を知らない訳では無い。

 

知っているからこそ、余計に辛いのだ。

 

「死んでくれるなよ・・・デューク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石に・・・戦力差が有りすぎるか・・・」

 

戦闘開始から既に40分。当初の目的である足止めは辛くも成功しており、少なくない被害を出しつつも、今のところ帝国軍の足は完全にデューク達によって止められていた。

 

だが、元来遅滞戦闘という戦術は血を流す確率が極めて高い戦術の一つであり、既に死者2名、重軽傷者5名という損害が出ていた。

 

その上、帝国軍の戦力は時を刻むごとに増えており、このままでは突破されるのも時間の問題であることは、誰の目から見ても明白である。

 

だからこそ、帝国軍は時間がないことを理解しつつも、このまま力押しでデュークたちを押す潰すことを選択していたのだ。

 

「敵の戦力も残り少ない!このまま圧し潰してしまえ!」

 

「ガリア如きが、生意気なんだよ!」

 

「とっとと潰れろ!」

 

絶え間無い銃声と共に投げつけられる罵声。デュークたちは、銃弾でもってそれに答え続けているのだが、戦力の差は歴然。

 

回復力の差もあり、彼等は今窮地に立たされていた。帝国軍は次々と後続部隊が合流を果たし、戦力は減るどころか増えていく一方。逆に、デュークたちは弾薬も、そして人も次々と負傷、死亡し減っていくばかり。

 

戦力差は開き、碌に後退することも出来ずその場に止どまりながら、僅かばかりの反撃を行うだけとなっていた。

 

(くそ・・・予想以上に、帝国の合流が早い。予測が甘すぎたッ!)

 

飛来する銃弾から身を隠しつつ、増加するばかりの帝国兵へと、悪態を吐きながらライフルの銃口を向ける。むざむざと殺される気は誰にもなく、反撃の銃声は断続的にだが響き続いている。

 

通信機も戦闘によって破損してしまったため、周囲の仲間と連絡は取れないが、響き渡る銃声が、皆の生存を物語っていた。

 

だが、一時も途切れず鳴り響く帝国側の銃声が、自分たちの置かれている現状を、嫌でもデュークに認識させていた。

 

帝国兵が攻めてこないのは、このままじわじわと自分達をいたぶり続けるためなのか。それとも、よほど慎重な指揮官が率いているからなのかは分からない。しかし、このままでは、遠からず全滅の時が訪れることを、デュークだけでなく必死に抵抗を続ける仲間たちの誰もが感じていた。

 

諦めが、皆の心によぎる。圧倒的な兵力差、時間とともに迫る全滅の時。その恐怖をどうにかして振り払おうと、誰もが足掻いていた。

 

生きたいと願いながら、逃げ出したいと思いながら。しかし、その頭によぎる自分たちの背の向こうで必死に逃げている避難民の者達の顔が彼らの足をここに留めていた。

 

ここで逃げることは出来ない。ここで逃げては、彼等が死んでしまうかもしれない。そうなれば、彼等を守るためにと、ここで死んでいった者達に、示しがつかないと。

 

諦めず、戦い続けることでしか、彼らに答える術はないのだと、逃げ出そうとする自分を必死に押し留めていた。

 

しかし、現実はひたすらに非情だった。死を運ぶ弾丸は、その厚みを一層増していく。盾にしている木々は、次々と抉れていき、その体積を減らしていく。

 

「クソッ・・・!殺すなら、さっさと殺しに来いよッ・・・!!」

 

デュークのとなりで身を隠す年若い隊員が、帝国兵達へと悪態をつく。その声は震え、恐怖の色を隠せていない。しかし、それを笑うことなど、叱責することなど、デュークには出来なかった。

 

デュークもまた、彼と同じだったからだ。

 

恐怖に押しつぶされそうになりながらも、それを必死に隠し、背後にいる者たちを守るためだと自分に言い聞かせながら銃を握っているが、心の中では殺すのならばさっさと殺しに来いと叫んでいるのだから。

 

既に、帝国軍の戦力は、デューク達を容易く押し潰せる数にまで達している。戦力差は軽く見積もっても3対1ほどとなっていることは、夥しい数の銃声から容易に察せる。

 

デューク達がまだ生き長らえているのは、決死の抵抗による結果では無い。

 

自分達が生きながらえているのは、運でも何でもなく、ただ帝国兵達が止めを刺しに来ていないだけだ。

 

デューク達の3倍は居るはずの敵兵士達が放っている銃声は確実に自分達が身を隠すこの木々を削りきり、自分たちの身を夥しい数の銃弾が貫いていても不思議では無いはずなのだ。しかし、現実として、自分達が身を隠している木々が、銃弾によって削られる速度は非常に遅々としたもの。

 

30~40は居るはずの兵士達による攻撃にしては、あまりにも手緩く、時間がかかりすぎている。

 

対して、こちらの戦力はデュークがしっかりと把握している数でおよそ8人。自分たちからはぐれてしまい、ここからでは伺えない、しかし攻撃が行われていると思われる地点がもう一つあるので、そこにも何人か生き残っているのだろう。それでも、20には満たないはずだ。

 

それに、帝国兵達は一定の距離を開けたままで、デュークたちの下へと進軍してくる気配がない。

 

帝国軍の隊長が一体何を考えているのか、デュークにはまるで理解出来なかった。

 

だが、絶望的なまでの戦力差に変化は出ず、全滅までのタイムリミットも変わらずに迫っている。今、デューク達が生きているのは、帝国指揮官の気まぐれか、もしくはその嗜虐心を満たすためだけの道具に使われているかのどちらかだ。

 

(中佐は、まだなのか・・・!)

 

絶望的なまでの状況に、ふと心の中であの若き英雄の姿を思い描くデューク。直後、激しい自嘲の念が彼の中で湧き上がる。

 

自分から殿を希望しておいて、いざとなったら他人に縋る。それも、英雄に相応しい実力を持っているとは言え、自分の息子よりも少しだけ年上の青年にだ。

 

何て愚か。何て無様・・・!

 

自分の覚悟は、所詮この程度のものだったのか。窮地に陥っただけですぐ他人を頼るような、自分で任せてくれと言った相手に縋るなどと言う、情けないものだったのかと、デュークの胸の内は、自らへの怒りによって黒く燃え上がる。

 

だが、いくら彼の中で気持ちが燃え上がろうとも、現実は待ってはくれない。

 

必死な抵抗も、数の暴力には勝てない事が証明されるかのように、デューク達の武器弾薬は底を尽き始め、次第に味方からの銃撃間隔が長くなってくる。

 

デューク自身も、既に保有する銃弾の数はマガジン一つと半分程度。慎重に狙いを定め、敵兵を撃ち殺すも、数は減っているのかも分からない。

 

一人殺しても、直ぐに別の兵士が後ろから加わるのだ。

 

物資的にも、精神的にもその摩耗率は非常に高いものとなってしまうのは、必然だった。

 

だからだろう。

 

「・・・?隊長、帝国軍が・・・」

 

「どうした!」

 

「いえ・・・奴ら、なんだか数が減ってきているような・・・」

 

「ッ!なに・・・!ほ、本当か?」

 

「敵が、引いていく・・・?」

 

木々を削り、デュークたちの命を奪おうとする弾丸の雨はその勢いを減らし、銃声と爆発による騒音が、嘘のようにピタリと止まった。

 

静寂があたりを包む。見える範囲に帝国兵の姿はなく、不気味な静けさだけが漂う。それでも、油断はできないと、誰もが各々の武器を抱えたまま辺りを伺う。

 

十秒。

 

二十秒。

 

三十秒。

 

やがて、一分が過ぎようとする頃になると、誰かの口から「助かったのか・・・?」と言う言葉が零れ落ちる。

 

それが合図であるかのように、誰もが抱えていた銃を下ろし、長い息を吐く。

 

「どうやら・・・助かったみたいだな」

 

緊張の糸が切れた瞬間だった。

 

身を隠していた木に寄りかかり、思い思いの格好で腰を下ろす。誰もが憔悴しきった顔で、それでも生きていることを喜んでいた。

 

その中には、デュークも含まれており、彼はこの時完全に周囲への警戒を忘れてしまっていた。

 

通常時のデュークならば、この不自然なタイミングで攻撃を止めさせたことに疑問を抱いただろう。引き続き警戒を怠らないように勧告しつつ、この機を逃さぬようにと何かしらの行動を起こしただろう。

 

だが、苛烈な攻撃にさらされ、死を目前していたことによる精神の摩耗は、デュークから正常な判断能力を奪い去るとともに、緊張の糸を完全に断ち切ると言う最悪の結果をもたらした。

 

だからだろう。彼らはそれの存在に、ギリギリまで気づけなかった。

 

「・・・!?た、隊長!」

 

突然、皆と同じく体を休めていた兵の一人がデュークを呼ぶ。

 

「ッ!どうした?」

 

緊張の糸が切れ、休息を求めようとする体を無理やり起こし、声を上げた兵へと顔を向ける。視界に入った兵士は、限界まで目を見開き、森の奥を指差していた。

 

「戦車が・・・戦車が来ます!」

 



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第三十話

「戦車だと・・・そんな、馬鹿な!」

 

緊張の糸が途切れ、弛緩していた体が強張る。

 

嘘であってほしいと、見間違いであってほしいと祈りながら、兵士が指差す方向へと目を限界まで見開き、その真偽を確認する。

 

そして、発見した。

 

木々を避け、時には踏み倒しながら突き進む3台の戦車の姿を。その周囲を守るように、共に突き進んでくる歩兵達の姿が、デュークたちの目にハッキリと映り込む。

 

助かった、生き延びたと希望を噛み締めていた所に降りかかったこの新たなる絶望は、先までのギリギリのところで踏ん張っていた兵士達の士気、戦う気力を根元からへし折るには十分な代物だった。

 

そして、それはデュークもまた同じ。背後の市民を守るため、兵士としての矜持を示すためにと戦っていた彼の気力も、一時と言えど、生き延びたと言う事実に安堵してしまったことにより、容易には立て直せるものではなくなっていた。

 

「ここに来て・・・ここまで来て、戦車だとッ・・・!」

 

デュークは、そう怒りに満ちた言葉を口にしながらも、「ここまで粘ったからこそなのだろうな」と、どこか納得したような表情を浮かべていた。

 

帝国兵は、当初歩兵部隊のみでここを突破するつもりだったのだろう。捕虜を奪還するためには、戦車のような代物は、森と言う障害物の多いこの場所では不向きであり、過剰戦力だったはずだ。だからこそ、歩兵部隊のみでの作戦行動を取り、逃げる捕虜たちを確保しようとしていたはずだ。

 

しかし、想定外の事態が起きた。

 

デューク達が、頑張りすぎた(・ ・ ・ ・ ・ ・)のだ。デューク達の足止めによって、帝国軍は思うように進むことができずにいた。このままでは、捕虜を奪還するどころか、無駄な犠牲が増えるばかり。

 

だからこそ、この状況を打破できる手を打った。増援要請を受けた部隊が、投入を避けていた戦車三台を含む歩兵部隊を投入し、妨害する敵部隊の排除に乗り出したのだ。

 

本来、戦車と言う兵器は、森林地帯のような場所での戦闘を苦手としている。

 

鬱蒼と茂る木々は戦車の機動性を殺し、敵の姿の発見を困難にする。待ち伏せなどを容易にし、少数の歩兵によるゲリラ戦法によって、何台もの戦車がその真価を発揮できずに、鉄屑へと変貌する場所。それが、森林地帯なのだ。

 

だからこそ、当初帝国軍の指揮官は戦車の投入を避け、歩兵部隊による敵部隊及び逃亡した捕虜の確保を遂行しようとしていたのだ。

 

そして、この地形が戦車を殺すものであることを理解していたからこそ、デュークもまた、「戦車が来ることはない」と無意識のうちに決め付けていた。

 

自分たちの働きが、帝国指揮官の考えを変えることになることを、失念するほどに。

 

――――――ッ!!

 

「ッ伏せろ―――っ!」

 

だが、戦車は来た。

 

戦車の砲撃、戦車、歩兵―対戦車兵達から打ち込まれる榴弾、迫撃槍がもたらす爆風と爆音は、一切の慈悲などないとでも言うかのように、ガリア兵の命を刈り取ってゆく。

 

グシャリッと言う生々しい音と共に地面に落ちた兵士の顔を見れば、目が見開かれたまま絶命している。それが二度、三度と繰り返されれば、その都度、隠れていた仲間達がその身体を四散させるか、一部を欠いて絶叫し、そして必死に耐えようとうめき声を漏らしていく。

 

(シャルル・・・ブレーズ・・・ベルナール・・・ッ!)

 

このままでは、ただ無様に、成す術なく死んでいくだけだ。

 

(ダメだ・・・それだけは、認めるわけにはいかん・・・!!)

 

認めよう。自分の失念が、この事態を招いた。全ては、自分の油断のせいだ。

 

殿を任されたことで調子に乗っていた。自分も、英雄になれるのではないかと。あのヴァリウス・ルシアに任されたことで、自分もまた英雄の一人であるなどと言う幻想を抱いてしまった。

 

馬鹿なことを考えていた。

 

自分は、所詮二流止まりの指揮官、脇役でしかない―――否、脇役にもなれない中途半端な存在だ。

 

万が一の可能性も思い浮かべることのできなかった、未熟者よりもタチの悪い、無能。

 

だが、

 

(私にも、無能なりの意地がある―――!)

 

「ッウォォォオオーーーー!!」

 

木陰から身を乗り出し、雄叫びを上げる。爆風の熱をすぐ傍に感じながら、残り少ない弾薬を撃ち尽くす勢いで引き金を引く。

 

銃弾は爆音轟く中を飛ぶ。その多くは戦車の装甲に弾かれるか、厚い対戦車兵の装甲服を貫くことは出来ずにその衝撃だけを伝え、よろめかすだけで終わってしまい、倒せた敵の数はほとんどない。

 

しかし、その気迫は本物だった。

 

絶望的な状況にあるはずの、風前の灯に等しいはずの敵が突然雄叫びを上げ、反撃してきたことに、帝国兵たちは、僅かにではあるが動揺を見せた。

 

自らが先陣を切り、その姿を見せることで仲間の士気を取り戻す。

 

指揮官としては下の下なその策は、しかし帝国兵達の攻勢を一時的にではあるが、圧し止めるだけの気迫に満ちていた。

 

(せめて―――せめて、一人でも多くの仲間(部下)を生き残らせるために―――!)

 

決死の覚悟の下に成されたそれは、一方的な攻撃を仕掛けていた帝国軍に対し、微かな隙を作り出すことに成功した。

 

だが、その動揺も一時の事。所詮は、敵兵の一人が見せた最後の悪足掻きと見たのか、動揺はすぐに治まりを見せた。逆に、たった一人で反撃を加えてきたデュークへと、戦車、歩兵全ての砲口、銃口が向けられる。

 

絶体絶命の状況。しかし、デュークは隠れる素振りを見せなかった。

 

(退いてはだめだ・・・例え、死のうとも、私は退かん・・・!)

 

強い決意を宿した瞳で、自分へと向けられるそれらを睨みつける。

 

そして、その砲口、銃口から弾が放たれようとしたその時、デュークの鼓膜を、女性の声が震わせた。

 

『ダメですよ~、死のうとするのは。隊長が一番嫌いなことですから』

 

その言葉と共に、先頭にいた戦車の上部が爆発。砲塔が派手に吹き飛んだ。

 

その場にいた誰もが、思わず目を疑う。特に、死を間近にしていたデュークは、何故自分が生きているのか、何故戦車が爆発しているのか、あの声の主は一体誰なのかなどと、様々な疑問が頭を巡っていたが、そんな彼を急かすように、再び女性の声が鼓膜を揺らす。

 

『ほら、早く退いてください。助けに来ましたよ~』

 

爆音と、火薬の匂いが漂う戦場には似つかわしくない、どこかのんびりとした口調で紡がれる言葉を理解するのに、デュークは数秒を要した。

 

その数秒の間にも、自分達を駆逐しようとしていた戦車、歩兵たちはどこからかも分からない攻撃によってその数は次々に減らしていく。

 

その様は、ついさっきまで自分達を圧倒的な戦力差で追い詰めていた者達と同一のものだとは到底思えない様であり、誰もが右往左往し、見えない敵からの攻撃に怯え、四方八方に己が持つ銃器の先を向けていた。

 

それでも、敵が見つからない。見つからないのに、どこからか来る銃弾は、味方を次々と射抜き、時折発せられる他よりも低い銃声が轟くと、鋼鉄の塊であるはずの戦車に穴が開いてゆく。

 

誰もが恐怖に慄き、戦列が維持できずにいる。既に、敵は瓦解していた。

 

「ッ、退避だ、退避しろ!森の奥に退くんだ!」

 

ようやく状況を認識できたデュークは、まだ無事な仲間達へと大声で叫ぶ。

 

彼と同様に、突然変化した事態に呆然としていた仲間たちも、目の前の状況をようやく飲み込め、身を隠していた場所から次々に森の奥へと走っていく。

 

デュークの声に何人かの帝国兵が反応し、逃がすかと銃口を向けるも、そこから弾丸が放たれることはなく、逆にその身を銃弾により次々と貫かれていく。

 

自分達を窮地に追い込んでいた敵が、あっけなくやられてゆく姿に、どこか夢心地な感情を抱きながら、デュークもまた、自らが死守していた場所へと駆け出した。

 

 

 

 

 

『目標の救援成功。死傷者が多数発生していますので、よろしくお願いしますね、隊長』

 

「了解だ。撤退の判断はお前(ホーク3)に任せる。が、必要以上の交戦は無駄だからな。引き際を見誤るなよ」

 

『承知してます。交信終了』

 

常時は運河として使用される河にかかる跳ね橋の上での通信を終え、ヴァリウスの目は対岸にようやくたどり着いた避難民達へと向いた。

 

予定よりも遅れてしまった避難誘導。それにより生じた殿を務めたデューク達、第7小隊の損害。戦場は生き物と揶揄されるように、つくづく予定通りにことは進まないものだとヴァリウスは自身の見通しの甘さに舌を打った。

 

だが、避難民の誘導も一応は完了。あとは、応援に向かわせたシエルをはじめとする数名の隊員達、そして生き残った第7小隊の隊員達の合流を待ち、跳ね橋を上げてしまえば任務はほぼ完了となる。

 

予定外のことばかりであったが、なんとか無事に終えることができそうだと考えていたヴァリウスの元に、避難民の誘導監督を行っていたはずのセルベリアが近寄ってきた。

 

「ヴァン、通信が入ったそ。増援が到着したと」

 

「増援?人手が増えるのは助かるが、そんな要請は出してないはずだが・・・どこの部隊だ?」

 

「第422部隊」

 

「ネームレス?なんで彼らが」

 

「合流指示を受けたのが4時間前。戦闘任務の完遂後、基地への帰投は認められず、直接合流せよとの指令だったそうだ。連絡は、正規軍から送られるという話だったそうだが」

 

「相変わらず、司令部は酷な事をさせてるな。しかし、連絡なんて来てないが・・・その連絡、軍司令部から来るはずだよな?」

 

「もちろん」

 

「となると、懲罰部隊への嫌がらせのつもりか・・・それとも」

 

「私たちへの、だな。全く、派閥争いなど・・・国家存亡の危機だと言うのに、バカバカしい」

 

「向こうは、そう思ってないんだろ。ま、ネームレスへのものだとしても、バカバカしい話なんだがな」

 

ヴァリウス、セルベリア共に、自軍の愚かしい行いに、眉を顰める。国境が犯され、一時は首都目前まで追い込まれたと言うのに、未だにこの国は一つと成りきれていない。

 

政治面では、若年のため、国主に即位こそしていないが、大公家であるコーデリア・ギ・ランドグリーズを頂点としているコーデリア派と、実権のほとんどを掌握しする宰相であるマウリッツ・ボルグを頂点とする宰相派がそれぞれ対立している。ただ、どちらにも属さない中立派が両者の緩衝材となることで、ひとまずの休戦状態が成されているのが現状だ。

 

また、軍部ではボルグ宰相によって中部総司令官に任ぜられたダモンを中心とするダモン派が幅を効かせているが、ヴァリウスの上司であるアレハンドロ・オーリン中将などを中心とする、良識的な軍人達による良識派などと呼ばれる者達によって、軍部の完全な腐敗をかろうじて防いでいるのが現状だ。

 

こうした、派閥抗争の影響は少なからず前線へと響いており、良識派と見られる部隊や、義勇軍への補給が滞る、連絡の不備などの些細な、しかし見逃すには大きすぎる嫌がらせが横行しているのがガリア軍の現状である。

 

「全く・・・で、どうする?」

 

「今更来られても第7小隊と諍いを起こすだけな気がするが、向こうも軍務だ。何もせずに帰るわけには行かないだろうからな・・・とりあえず、跳ね橋の防衛と、近隣基地までの護送を任せる。ここを任せてもいいか?」

 

「ああ、問題ない」

 

この場の監督をセルベリアに任せたヴァリウスは、ネームレスへの指示を伝えに足を向ける。懲罰部隊であるネームレスと、正規軍部隊である第7小隊を接触させる事に多少の懸念はあるが、ここで彼らに何もさせないのは、戦力の無駄でしか無い。

 

それに、この規模の避難民誘導、警護は現状の戦力では不安が残る。ハッキリ言って、猫の手も借りたいのが正直な気持ちだったヴァリウスにとって、援軍であるネームレスの存在は不安要素でもあるが、ありがたいものでもあった。

 

「アーヴィング少尉」

 

「ッ!ルシア中佐、わざわざお越しいただかなくとも・・・」

 

「連戦続きで疲れてるだろ?これくらい構わないさ、アーヴィング少尉」

 

「お気遣い、痛み入ります。ですが、今はNo.7であります、中佐」

 

「相変わらず硬いな・・・まぁいい。疲れているとは思うが、生憎ゆっくりっしていろとは言えないんだ。早速だが、422部隊は避難民護送の援護のため、対岸から来る帝国軍の足止めをしてくれ。大半は私たち(133中隊)が処理しているが、何せ避難民の数が多い。現在後退中の正規軍第7小隊の援護のために人手を割いている以上、帝国軍の足止めに協力してくれ」

 

「了解しました。これより第422部隊は避難民救助のため、跳ね橋防衛の任に付きます」

 

「頼む」

 

数ヶ月ぶりの再会を喜ぶ間もなく、作戦への協力を要請、受諾する両者。

 

この後に起こる悲劇を予測できるはずもない彼らは、己に課された役割を果たすためにそれぞれの持ち場へと足を向けた。



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第三十一話

おそらく、本年最後の更新です。


「よく戻ってくれた、デューク中尉」

 

「申し訳ありません・・・自ら志願しておきながら、このような不甲斐ない結果となりました・・・」

 

「いや、むしろよく持ちこたえてくれた。君達の尽力のおかげで、避難民は無事に橋を渡り始めているんだ。犠牲が大きかったのは確かだから、誇れとは言えないが・・・せめて、自分を責めるな」

 

軍服を泥と血で染め、顔を傷だらけにした状態で対面したデュークは、多くの仲間を散らしてしまった事に対する自責の念に苛まれていた。

 

同じ指揮官として、彼の気持ちをヴァリウスはよく理解していた。

 

つい先日まで笑顔で言葉を交わしていた仲間が、自分の指揮した作戦に従って死んでいく。自分がもっと上手くやれていれば、あいつが死ぬことはなかったかもしれない。少しでもそう考えてしまえば、とどめなくその”もしも”が頭に溢れてくるのだ。

 

だからこそ、ヴァリウスはデュークは責めない。責めてしまえば、死んでいった者達の死を否定することになってしまうから。

 

「とにかく、今は身体を休めろ。後は俺達が」

 

「・・・いえ、最後まで見届けさせてください」

 

「デューク・・・」

 

「弾薬の補給さえさせて頂ければ、まだ私は・・・私たちはまだ戦えます」

 

「しかし」

 

「お願いします。・・・せめて、最後まで」

 

ボロボロであるはずなのに、それでも強い意思を宿した瞳でヴァリウスをまっすぐ見つめるデューク。本来ならば、止めるのが当たり前だ。デュークを始めとした第7小隊の面々は、すでに体力も尽き、精神的にも非常に危うい状態であるのは明白だ。

 

継戦能力など皆無に等しい彼等をこのまま任務に参加させたところで、戦力としてカウント出来るはずがない。理性ではヴァリウスも、そしてデューク自身も理解している。

 

だが、それでも。それでも、自分達を立たせて欲しいと、デュークは無言で訴える。

 

自分達が、そして散っていった仲間達が、命を賭して守った者たちが、あの橋を渡り切るのを見届けさせてほしいと。

 

「・・・分かった」

 

「中佐ッ・・・!」

 

「ただし、治療を受けてからだ。今のままでは、警護にたたせることも出来ないからな。ラグナイトの応急措置を全員が受けた後に、対岸警戒を命じる。いいな?」

 

「はいっ!」

 

ヴァリウスの言葉に表情を喜色に染めるデューク。根負けした形になったヴァリウスは、苦笑を浮かべながら渡橋を続ける避難民たちを見つめる。

 

およそ全体の半数は橋を渡り終え、すでに最寄りの基地へと先発している。残されているのは、軽傷者と、自力で歩ける者たちのみだ。

 

合流したネームレスも、避難民達の警護と言うまともな任務であることで士気を上げているのか、多くが率先して進行してくる帝国軍の足止めを行ってくれている。

 

人数が予測よりも多かったため、予定よりも遅れているので、順調とは言いがたいが、特に問題なく進行している。この様子であれば、あと20分もすれば避難民全体の渡橋が完了し、橋を上げることが出来るだろうと、対岸から響いてくる銃声を耳にしながらヴァリウスは珍しく楽観的な考えでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ライガー1より各員へ。避難民の渡橋終了。ネームレスと共に順次渡橋を開始せよ。なお、最後尾の渡橋を確認次第橋を上げるので、迅速に行動するように。以上だ』

 

「了解ですよ~。それじゃぁ、皆さんも適当に切り上げてさっさと移動しましょうかーっ!」

 

眼前に迫っていた敵小隊へとエレイシアは、その腕に抱える成人男性ほどの大きさを誇る巨砲、ほぼ専用装備と化した試作型対重戦車ライフルを向け、爆音と共に装填された弾頭を発射。20mmという、常識外れの弾丸が身を隠していた木々ごと敵兵を貫き、その過剰とも言える威力故にその体をバラバラに吹き飛ばす。

 

あまりにも悲惨な最後を見た他の兵士は、著しくその士気を低下させていく。

 

その隙を逃すかとばかりに叩き込まれる追撃の砲撃。エレイシアに続けとばかりに、狙撃銃、マシンガンと様々な銃から弾丸が放たれ帝国兵を次々に葬ってゆく。

 

瞬く間に相対していた敵を殲滅し終えたエレイシアは、戦場に似つかわしくない朗らかな笑みで「次、いきましょうか~」と、化け物ライフルを抱えているとは思えない速度で次の目標へと駆けていく。

 

凄惨としか言えない惨状を生み出した直後とは思えない表情を浮かべる彼女を見ていた周囲の同僚は、戦慄すると共に、(相変わらず化け物だよなぁ~)などと、本人に知られればどうなるか分からない感想を密かに抱いていた。

 

仲間内から化け物などと言われているとは知らないエレイシアは、戦闘音がする方向へと駆けていく。

 

現場は、おおよそ彼女の想像通り、ある程度均衡した状態が続いていた。

 

ガリア側の先頭はネームレス所属のNo.1イムカであり、身の丈を優に超す巨大な武器である複合武装・バールをまるで木の枝かなにかのように振り回して彼女と相対していた帝国兵をその一刀の下に叩き伏せる。

 

バールと地面に板挟みにされたその帝国兵は、果物か何かのようにグシャリと潰れ、その命を散らす。それを一瞥したイムカは、叩き付けたバールを素早く切り返し、隣にいた敵兵の胴を薙ぐ。ブォンという風を切る音と共に血飛沫が舞い、イムカの頬に血が付着する。

 

その姿は、まるで東洋の島国に伝わる鬼のようで。

 

仲間を殺された怒りよりも、恐怖が彼らを襲う。恐怖で体が竦み、銃口がカタカタと震える。それでも、恐怖を振り払い、迫り来る(イムカ)を倒そうと動く者がいた。

 

しかし、忘れてはならない。ここに居るのは、(イムカ)だけではないのだ。

 

「イムカさん、合体攻撃ですよ!」

 

イムカに迫ろうとしていた帝国兵へと、大声と共に突撃していくのは、少年と見まがうほどに生命力に溢れた少女、NO.24アニカ・オルコット。戦場にいるとは思えない快活な表情でありながら、その両の手に持つマシンガンは、無慈悲に、次々とイムカを狙おうとしていた帝国兵を撃ち殺していく。

 

「必要ない」

 

しかし、そんなアニカの援護にもイムカは一瞥さえせずに、一言口にするだけで淡々と、それでいながらまるで獣か何かのように地を駆け、敵へとバールを振るう。

 

圧倒的なイムカの武と、アニカの恐怖を感じていないかのような突撃は、帝国軍の数を凄まじい勢いで削っていく。しかし、傍目に見れば、無謀にしか見えない二人の行動に、彼女たちを援護するようにライフルを、対戦車槍に装填された榴弾を放つのは、太めの金髪男性、No.11アルフォンス・オークレールと、No.32ジュリオ・ロッソの二人。

 

「なんでウチの女性陣ってのは、こっちのこと考えないで突っ込むのかね!」

 

「まったく、美人には刺があるといっても、こうもトゲトゲしかったら摘むこともできないな」

 

口々に突出する女性陣への愚痴を零しながら、隠れながらイムカ達の背後を取ろうとしていた帝国兵の頭をライフル弾で射抜き、榴弾で吹き飛ばすアルフォンス達。軽口を叩き合いながらも、的確に敵を排除していくその技量は、過酷な戦場を生き延びてきた風格なようなものを感じさせた。

 

そうして、敵の大部分をイムカとアニカ、残りをアルフォンスとジュリオが処理することで四人は担当していたポイントの掃討を完遂した。

 

「よっしと。ここら辺の敵はもう居ないみたいだな」

 

「みたいだな。敵の勢いも落ちてるし、ここらで一息つけるかな」

 

「私はまだまだいけますよ!」

 

「休息の必用は無い」

 

一息つこうとする男性陣とは正反対に、継戦の意思を示す女性陣。フェミニストを自称するアルフォンス、ジュリオの二人はあまりにも好戦的なアニカとイムカの二人にもっと女らしくしてくれないかなぁと、人の夢と書いて、儚い願いを脳裏に抱いた。

 

「はぁ・・・で、どうするよ。ここら辺にはもういないんだろ?」

 

「ああ。それに、今連絡が入った。そろそろ橋を上げるから、退けだとさ」

 

「了解。二人共、さっさと退こうぜ」

 

「わっかりました!」

 

「物足りない」

 

四者四様の意見を零しながら、四人は武器を抱えて走り出す。そんな四人の姿を、遠目に見る者達など全く気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、エレイシア以下4名、只今帰投しました。損害0、負傷者無しです」

 

「そうか。ネームレスの方はどうか分かるか?」

 

「順調のようです。既に、周囲の掃討は完了し、順次帰投中だとか」

 

「分かった。引き続き帰投を続けるよう伝えてくれ。全員が帰投次第、橋を上げる」

 

「了解です」

 

帰投したエレイシアからの報告を受けたヴァリウスは、同じく帝国軍との戦闘あたっているネームレスの状況報告に頷きながら、行動の続行を指示する。その視線は相変わらず対岸に向けられたままであるが、その雰囲気は気軽なものであった。

 

避難民の大部分の誘導を終え、追撃のリスクを無くすための帝国軍掃討は、特筆すべき損害もなく順調に進められ、戦闘を行っていた部隊は次々と橋を渡り、対岸で待機している本隊へと合流を終えていた。それぞれ、武器の簡易点検や、消費した弾薬の補給などを行っているが、対岸まで帝国軍はやってこないだろうというある種の油断とも取れる考えが皆の頭の中に浮かんでいた。そして、それはヴァリウスも例外ではない。

 

現在の勢力図としては、ガリア北部は未だに帝国軍の影響下にある。

 

ヨーロッパ最大のラグナイト鉱脈を有する高山帯であるファウゼン、第一次大戦でも帝国と熾烈な戦いを繰り広げたナジアル平原、そして本来帝国との国境を守護する要衝であり、現在は帝国軍の本部として使用されているギルランダイオ要塞など、北部一帯は帝国軍の占領下である。

 

しかし、現在ヴァリウスたちが居る対岸から南は、ガリア軍の勢力圏内であり、戦況が膠着している現状では、いくら捕虜の奪還の為とは言えども、帝国軍もそう易々と手を出せる場所ではないのだ。

 

おまけに、帝国軍はヴァリウスたちによって少なくない出血を既に強いられている。これ以上の損害を出すことは、帝国軍側からしても看過できることではないと言うのが、ヴァリウスを始めとした面々の同一意見であり、彼らが肩の力を適度に抜けている事の理由であった。

 

やがて、133中隊の者は全員が、そしてネームレスの者たちもほとんどの者が帰還し、残すはイムカ達のグループのみとなった頃。

 

簡易的ではあるが、ラグナイト治療によって大まかな傷を癒し、避難民の誘導に当たっていたデューク中尉が、ヴァリウスの下へとやって来た。

 

「中佐、避難民の誘導、完了いたしました。すでに中佐の隊と、我が隊の者達が護衛として、ここから5キロほどの場所にある北部方面基地に移動を開始しました」

 

「ああ、ご苦労中尉。こっちも異常なしだ。順調に進んでるよ」

 

「最初が予定外の連続でしたが」

 

「それを言うなよ。幸い、422部隊が合流してくれたおかげで、護衛の方に戦力を予定よりも割けたんだ。予定外にもいいとこはあるさ」

 

「422部隊・・・ですか」

 

ヴァリウスの口にした、422部隊と言う言葉に眉をひそめる。一般的に、422部隊とは正規軍に所属するも、犯罪者や、犯罪予備軍と判断された人間で構成された懲罰部隊だ。

 

そんな者たちを本当にあてにしてもいいのかと言う疑問をデュークが抱いている事は、容易に見て取れた。

 

「大丈夫だ。懲罰部隊とは言っても、本当に犯罪に手を染めた人間なんてほとんどいない。居ても、軍務に支障をきたすような奴は、懲罰部隊じゃなくて刑務所の中にぶち込まれているよ」

 

もしくは、朽ち果ててるかと、小さくつぶやきながら、未だ難しい表情を浮かべたままのデュークへと意図的に笑顔を向ける。

 

「すくなくとも、俺はあいつらを信用してる。これでも、まだ不満か?」

 

「・・・いえ、中佐がそう仰るならば、信用します」

 

不満ではあるだろう。だが、ガリアでも1、2を争う軍人であるヴァリウスが信じるのならばと、デュークは表情は硬いながらも、ヴァリウスの目をまっすぐに見つめながら頷く。

 

ヴァリウスにしても、そう簡単には信用できるわけが無いとわかっているので、形だけでも認めてくれたのならばそれでいいと笑みを浮かべた。

 

色々と問題の多いネームレスだが、今回のような人命救助の手助けとなる、ある意味「綺麗な」任務であるなら、全力で事に当たるだろう。正規軍とぶつかり合わなければ、今回に限り、問題はない。

 

そう楽観視していたヴァリウスだったが、運命はそんな彼をあざ笑うかのように、障害を用意していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、全員帰投したな?」

 

「はい。第422部隊全員、帰還しました。敵の掃討も完了し、後は橋を上げれば終了です」

 

「そうか。それじゃ、さっさと橋を上げよう。コントロール出来るのは、こちら側の管理塔だけだから、これで帝国の追撃は無くなるだろう」

 

「ええ。既にイムカが向かってくれています。もうしばらくすれば―――」

 

橋は上がるはずです。クルトの言葉に被せるように、二人が見つめていた橋が、ゴゥンと言う音と共に、ゆっくりと跳ね上がる。その角度は、やがて壁のような角度まで至り、動きを完全に止める。

 

それを満足げに見つめていた二人は、それぞれの部隊へと引き上げの指示を出していく。

 

ネームレスの戦車に搭乗し、辺りを警戒していたグスルグが対岸に人影を発見した。

 

「待ってくれ!まだ対岸に人がいる!」

 

「っ!なに・・・?」

 

グスルグの言葉に、部隊へ指示を出していたクルトは慌てて振り返り、グスルグの指差す方向へと目を向ける。

 

そこには、確かに人がいた。人数は十に満たない程度の数。服装は粗末なもので、遠目に見ても傷だらけだ。

そして、最大の特徴は、その全員が黒髪であることだ。

 

「まさか・・・まだ、取り残された者達が・・・!?」

 

自らの口にした考えを、しかしクルトは直ぐに否定した。避難誘導されていた避難民の確認は、数回に渡り行われ、しっかりと全員が居ることを確認されている。

 

はぐれた避難民が存在しないことから考えると、彼らは元からいた避難民ではない。

 

そうなれば、答えは一つだった。

 

(この近くに隠れ住んでいたダルクス人か・・・!)

 

ダルクス人の隠れ村、集落と言うのは、実はかなりの数が存在する。避難民の中にいたダルクス人の多くは、そんな隠れ村に住んでいた者達であり、今回の救助目標とされていなかった者たちが過剰人数として、今回の任務の難易度を引き上げた要因でもあった。

 

対岸に見えるダルクス人たちは、そんな者達と同じく、避難民の救助に便乗して帝国の支配から逃れようとした者達だろう。

 

「クルト、橋を降ろしてくれ!彼等を助けなければ!」

 

「グスルグ・・・」

 

戦車から身を乗り出しながら、訴えてくるグスルグにクルトは微かに眉を顰めた。

 

確かに、救助を求める民間人を救助するのは、軍人に課せられた義務だ。だが、この状況でそれを行うのは―――

 

「何を言っている。そんなことは許可できん」

 

「っ!なんだと!」

 

「中尉・・・」

 

ダルクス人達を助けるために、橋を下ろそうと訴えるグスルグに答えたのは、第8小隊への撤退指示を下していたはずのデュークだった。

 

デュークは、微かに怒りを滲ませた表情のまま、同じく怒りの表情を見せるグスルグへ向けて「橋を降ろすことなど許可できるわけがないだろう」と言い放った。

 

「貴様ら、理解しているのか?今橋を下ろせば、帝国軍の追撃ルートをわざわざ作り上げてやることになるんだぞ」

 

「だが、まだあそこに避難民がいるんだ!民間人を守るのが、軍人の役目だろ!」

 

「そのために、戦闘を終えたばかりの我々や、まだすぐそこにいる避難民に、危険を犯せというのか?」

 

「だからって、見捨てるのか!彼等を!」

 

「・・・・・・」

 

互いに言葉をぶつけ合う二人を黙って見つめるクルトの胸中は、正直なところデュークと同じ意見であった。

 

422部隊、そして第8小隊双方ともに、片や強行軍による疲労が、片や殿を務めたことによる被害などで、正直なところ迫り来る帝国軍に対し、まともな戦闘を行えるほどの余裕は無い。

 

おまけに、対岸にいるダルクス人達は、救助対象として認定された者達ではないのだ。

 

これが、最初から同行していて、対岸に取り残されたならばまだしも、途中から着いてきた者達を、危険を冒してまで保護する理由は、ハッキリ言って無い。

 

既に規定外のダルクス人達も受け入れている現状では、彼等を助けるのは困難と言わざるおえない。

 

「すでに、帝国軍もすぐそこまで迫っていると言う報告も入っている。勝手な真似をするな!」

 

「ダルクス人だから・・・見捨てるのか・・・!」

 

「なに・・・?」

 

「あんたも・・・あそこにいるのが、ダルクス人じゃ無ければ、助けるんじゃないのか・・・?」

 

「貴様・・・!」

 

「あんたらは、いつもそうだ・・・俺たちが、ダルクス人だからと言うだけで、そうやって・・・!」

 

「・・・それ以上口にすれば、上官侮辱罪で刑期を増やすこととなるぞ」

 

「だからなんだ・・・俺は・・・俺は、同朋を見捨てるために、軍人になったわけじゃない!」

 

「っ!待て、No.6!」

 

橋の管理塔へと駆け出そうとするグスルグの腕を掴むクルト。グスルグは、自らの行動を阻むクルトへと、平時では決して浮かべない表情で、クルトを睨みつける。

 

「離してくれ、No.7!俺が、俺が彼等を助けるんだ!」

 

「この状況では、皆を死なせるようなものだ!避難民の中にいるダルクス人達も、しぬかもしれないんだぞ!」

 

「っ!・・・だが、それなら、彼等を見捨てろと言うのか!俺に、同朋を見捨てろと!」

 

「そうだ」

 

「っ!」

 

「ヴァリウス中佐・・・」

 

諍いを続けていた三人の下へ、セルベリアを引き連れたヴァリウスが現れた。その表情は先程までの穏やかなモノとは打って変わり、非常に厳しいものであった。

 

「悪いが、グスルグ。彼らの事は諦めろ。橋を下ろすことは、許可しない」

 

「ッ!あんたまで・・・あんたまで、そうなのか!」

 

ヴァリウスの言葉に激昂するグスルグ。放っておいたら、殴りかかりそうな彼の表情に、クルトは腕を掴んだままの手の力を、一層強く握り締める。

 

「グスルグ・・・いや、あえて言おう。No.6。君は、デューク中尉にこう言ったな?「ダルクス人だから、見捨てるのか」と」

 

「・・・ああ」

 

「なら、こう言おうか・・・貴様の目は、節穴か?」

 

「上層部から下されたのは、「北部に取り残された一般市民の救助」だ」

 

「だから、あそこにいるダルクス人たちも・・・!」

 

「ああ。一般市民だ。そして、デューク中尉たちがその命を賭して守り抜いた者達の多くが、お前の言うダルクス人(・・・・・)だ」

 

「ッ!」

 

「彼らは、少なくともお前の言う、ダルクス人だからと言う理由で、助けに行くなと言っているんじゃない。彼等を助けに行くことで、より多くの民間人が危険となるかもしれない」

 

「422部隊も、第8小隊も、そして情けないことに俺達133小隊も、まともに戦える状態でない。そんな俺たちが、避難民を守りつつ、あそこにいる民間人を保護して、帝国軍を撃退できると、本当に思っているのか?」

 

「それは・・・」

 

「お前が、同朋を守るために無茶をしてネームレスに送られたことは知っている。だけどな」

 

「・・・俺たちは、神様じゃないんだ」

 

「俺たちは人間で、この手で守れる者には、限界がある。どんなに守りたくても、守れないものがある」

 

「・・・割り切らなきゃ、いけないんだ」

 

「諦めなきゃ・・・いけないんだよ、グスルグ」

 

「ヴァン・・・」

 

表情は変えずに、しかし、強く握り締められた拳からは、ポタポタと血が流れていた。

 

「だから・・・今回は、諦めてくれ、グスルグ」

 

「俺たちは・・・無力な、人間でしかないんだ・・・」

 

「・・・くそ・・・クソォォおおおおお!!」

 

グスルグの雄叫びとともに、銃声が鳴る。

 

それに混じった、悲鳴は、まるで呪いのように引き上げていくヴァリウス達の耳に、こびり付き、いつまでも鳴り響いていた。



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第三十二話

どうも、お久しぶりです。

新社会人となり、研修に追われる毎日の中での投稿でございます。

久々なので、いつもより短め、しかもクオリティが落ちまくってますが、できれば寛大な心でもってご覧下さい。


「では、北東部への侵攻は無しと言うことですか?」

 

「ああ。参謀本部は、北東部よりも、北西部の鉱山地帯から成る生産能力を重視し、侵攻は見合わせることにした。まぁ、戦略的に見ればこの決定は、まぁまぁ妥当だろう」

 

「ええ。非常に稀なことですが」

 

アレハンドロ中将の執務室にて、コーヒーを片手に参謀本部からの決定事項を伝えられたヴァリウスは、皮肉気に笑いながらコーヒーを口にした。

 

領土奪回だけを主眼とした戦術的観点からすれば、北東部の捕虜を奪還し、「山の嘶き」作戦が成功した今こそが、北部進軍への好機ではある。

 

しかし、戦略的観点から見れば、今北東部へと進軍するのは、あまりにも愚策だ。

 

帝国軍は、自国からの補給物資と、ガリア最大のラグナイト鉱山を有するファウゼンをその手中に修め、その強大な軍事力でもって北部~中部の戦域を支配下に置いている。

 

純粋な戦力で劣るガリア軍が、強大な帝国軍と劣勢と言えども戦えているのは、強大な帝国軍との正面対決を極力避け、補給基地、補給路の破壊と断絶を繰り返してきたからだ。

 

現代の戦争は、補給こそがその鍵を握っていると言っても過言ではない。

 

いかに多くの戦車や、兵力を有していようとも、それらを動かすためには、燃料や食料と言った資源が欠かせない。現在の膠着状態は、資源の輸送を妨害することで、帝国軍の侵攻を鈍らせているからこそのもの。国力の差、明確なまでの戦力差がありながらも、ガリアが持ちこたえていられるのはそうした戦術的勝利をかろうじて得ているからこそなのだ。

 

それを理解している人間が、参謀本部にも存在していたのだろう。

 

でなければ、北部への進撃を声高々に叫び、進軍したガリア軍は、ファウゼンの潤沢な支援を受けた帝国の北西方面軍、帝国本国からの支援を直接受けるギルランダイオ要塞からの本軍、中部帝国軍の三方向から包囲、殲滅され数日の間にガリアと言う国は、世界からその名を抹消されていただろう。

 

ヴァリウスの言葉に全くだと笑いながら、アレハンドロはコーヒーをソーサーに置き、改めて手に持つ書類へと目を通す。

 

「しかし、開発部も無茶と言うか、なんとも言えないものを持ってきたものだな」

 

「それを使わせられるのは、こっちなので笑い事ではないんですがね」

 

書類に記載されている新兵器の詳細について、苦笑いで感想を述べたアレハンドロに対し、苦虫を潰したような顔で苦情とも言えない愚痴をこぼすヴァリウス。

 

普段その開発部に世話になっているだけに、テスターとして武器を試験するのは吝かではないが、どうにもガリアの開発部と言うのは、技術肌と言うか、発明家が多すぎるのではないだろうか。

 

「第一、こんな装備どう言った状況で使うんですか。正直、使い道が限られてて、戦場じゃ使い物にならないと思うんですがね」

 

「まぁ、一応開発部も”局地戦用装備”と銘打っているんだ、普通の戦闘では使い物にならないって事はわかってるんだろがね。技術者の性と言うやつだろう」

 

「だから、それをテストさせられる身としては、たまったもんじゃないんですって」

 

眉間に皺を寄せながら、カップに残ったコーヒーを飲み干す。

 

実際、資料に記載されている装備概要は、空想的と言うか、実戦で使用可能なのかと疑問を抱かざるおえないもので、やはり開発者と言う人種は、机の上でしか戦場と言うものを知らないのだろうと思わせるものであった。

 

「第一、本当にテストは完了してるのかどうかさえ疑問ですよ」

 

「まぁ、そう言うのも、分からんでもない。実際、私としても”これ”に関してはお前と同意見だ。開発部の方も、最低限実戦に耐えうると判断したからこそ、お前たちにテストを申し出ているんだろうがな」

 

「しかし、使うかどうかはお前の判断次第だ。いくらなんでも、新兵器テストのために負傷者を出すわけにはいかんからな」

 

131小隊は、ガリアでも数少ない実績を出している部隊の一つ。そんな彼らから、開発部の兵器テストのために、離脱者を出すわけには行かないと言うのは、紛れもないアレハンドロの本音であった。

 

「それより、近々殿下主催の晩餐会だ。城から、くれぐれも出席するようにとのお達しだぞ」

 

そう言って差し出されたのは、美麗な飾りが施された5枚の封筒。それには、ヴァリウス、セルベリア、キース、ギオル、そして何故だかシルヴィアの名が記されていた。

 

「同伴者はそれぞれ三名まで。当然だが、武装はなしだ。まぁ、お前には今更な話だな」

 

「晩餐会、ですか。苦手なんですけどね、見世物にされるのは」

 

手渡された招待状は、勲章表彰者への招待状。古めかしい字で書かれている内容は、それぞれに表彰される勲章の種類が記載されていた。

 

以前からコーデリアから私的な招待状を受けてはいたが、こうして政府から正式な文として寄こされると、晩餐会が近いこと、そして、ランドグリーズ城の実質的な支配者が誰であるのかを、まざまざと思い知らされる気分であった。

 

「そう言うな。一応、殿下直々の褒賞授与なんだぞ」

 

「一応、ね。勲章授与の場とされてますけど、実質的な連合との会談前の余興なわけですからね」

 

変わってくれるなら、喜んで変わりますけど?

 

遠慮しておく。三度苦笑を浮かべるアレハンドロ。そりゃ残念と肩をすくめたヴァリウスは、しかし一瞬にして表情を引き締め、本題へと移る。

 

「しかし、冗談ではなく、連合との会談は、少し気がかりです」

 

「確かに、戦線が膠着した今、連合の増援が受けられれば戦況の打開も可能ではあるんだろうがな」

 

「問題は、その援助を受けるための条件ですね」

 

「ああ。宰相殿が、この国のために、どんな条件を飲むのかが問題なわけだ」

 

真にこの国を救うためと言うならば、たとえ、それがどんな条件だろうが、交渉の価値はある。だが、もしもその会談が、この国を腐らせるものであるのならば。

 

(俺たちは、必ず牙を剥くぞ。宰相殿)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ギルランダイオ要塞――

 

 

 

「ガリアの式典招待状、か」

 

帝国様式で彩られた司令官執務室にて、ガリア政府から送られてきた式典招待状を手にしながら、皇太子マクシミリアンは、直立不動のままでいるマリーダへと視線を向ける。

 

「お前はどう見る、マリーダ」

 

「交戦国と言えど、外交のチャンネルを閉じたりはしない・・・と言う、パフォーマンスの一つではないかと」

 

「フン、至極模範的な回答だな」

 

つまらなそうに鼻で嗤うマクシミリアン。その瞳は、冷徹な光を帯びながら、鋭い刃物を思わせる。

 

だが、そんな視線を向けられるマリーダの表情もまた、少しの揺らぎも見せない無表情のまま。常人ならば、十秒と持たずに逃げ出すであろう異常な空気が室内を満たしていた。

 

「殿下、ちょっと失礼するぜ~・・・って、なんだよこの空気。ギスギスどころか、もうザクザクって感じなんだけど。殿下もマリーダも、もうちょっと肩の力抜けよ」

 

「貴様、殿下に対して無礼な―――」

 

「よい、マリーダ。それで、何の用だイェーガー」

 

一般兵なら、十秒ともたずに逃げ出すであろう空間に、飄々とした表情で現れたイェーガーはずんずんとマクシミリアンの下へと歩く。

 

「いやさ、連邦の方に行ってる部下から定期連絡があったんだけどね。ちょっと気になる情報があったんで、殿下にも目を通してもらおうかと思ってさ」

 

無表情で佇む二人をからかうように、イェーガーは手にした書類をパタパタと振る。

 

そんなイェーガーの人を食ったような、マクシミリアンへの敬意が欠片も見られない態度に、ナイフのような視線を更に鋭くするマリーダ。

 

そんなマリーダに、嫌だねぇ、怖い顔しちゃってさ、と全く堪えてないように笑みを浮かべるイェーガー。そんな彼の態度にますます視線を鋭くするマリーダだが、当のマクシミリアンは部下たちの様子など、まるで無いかのように手渡された書類へと目を通す。

 

「・・・ほぉ。確かに、貴様の言う通り、中々興味深い内容のようだな、イェーガー」

 

「ま、確証があるって訳じゃないんですけどね」

 

「貴様、そのような不確定の情報を殿下にお目通り願ったのか・・・!」

 

遂に、殺気を滲ませ始めるマリーダ。しかし、やはりイェーガーには全く効果が無いようで、飄々とした表情のまま肩をすくめる。

 

「で、貴様はどう見るのだ?」

 

「ん~・・・ま、信憑性は7、8割ってところだと思いますけど?現に、今度開かれる晩餐会には、連邦からの特使としてあのジャン・タウンゼントが出向くって話ですし」

 

「ほう、あのタヌキがな・・・」

 

イェーガーの口から発せられた名前に、冷笑を浮かべるマクシミリアン。数秒の沈黙の後、マクシミリアンはその瞳をまっすぐにイェーガー、そしてマリーダへと向ける。

 

「イェーガー。マリーダ。お前たちは、来月に行われるガリアの式典に参加せよ。ただし、他の者としてな」

 

「イエス、マスター」

 

「おいおい、いきなりかよ。それに、お前さんも内容聞かずに返事すんなって」

 

「殿下のご命令なら、如何なるものであろうと従うのみだ」

 

「あっそ・・・でもよ、悪いんだけど俺はそんな風に行かないんでな。殿下、どういう意図があるのか聞かせてもらえませんかねぇ」

 

「連邦とガリアの演目に、是非帝国としても参加しておきたい。そういう事だ、イェーガー」

 

「はぁ・・・答えになってないんだけどねぇ・・・了解しましたよ、殿下」

 

答える気がないと見たのか、ため息をつき、退出するべく踵を返すイェーガー。マリーダもまた、他の仕事に向かうのか、マクシミリアンへと一礼し、イェーガーの後に続くようにドアの向こうへと姿を消した。

 

二人が消え、一切の音が消えた室内で、マクシミリアンは再びもたらされた書類へと目を落とす。

 

「我が野望が現実となるならば・・・連邦の豚共に、鍵を渡すわけにはいかんからな」

 

そこには、「ガリア大公女コーデリア誘拐計画」と題され、バルコニーから手を振っている様子のコーデリア・ギ・ランドグリーズの写真が添付されていた。



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第三十三話

お久しぶりでございます。masasanです。

およそ一年ぶりの投稿となりました。
とりあえず、言い訳というか、釈明は、あとがきにて行います。

短い上に、相変わらずの駄文ですが、お慰みとなれば幸いです。


「やれやれ、相変わらずやることが乱暴だな、皇子殿は」

 

ガリアで唯一、草木一本生えていない不毛地帯であるバリアス砂漠。

 

その中心部にある遺跡―――正確には、遺跡だったものを見上げながら、ルイアは口角を吊り上げた。

 

数時間前に行われたガリア軍と帝国軍の遭遇戦―――マクシミリアン皇子率いる新型巨大戦車マーモットの試験運用と言う名目の、ヴァルキュリア遺跡の調査での、突発的戦闘――で破壊された遺跡は、元の姿がどうであったか分からない程に粉々にされていた。

 

内部に描かれていた壁画、文字は解読不可能であり、遺跡に宿っていたラグナイトの光はその輝きを失い、ただの石へと変じていた。

 

輝きを失い、ただの岩へと変じた遺跡の中をルイアは進んでいく。その足取りは明確で、まっすぐに遺跡の中心部分へと向かっていた。

 

やがて遺跡の中心部分だった場所に辿り着くと、ルイアは一層笑みを深くし、懐に入れていたキューブ状の何かを取り出した。

 

「さて・・・ご対面と行こうか」

 

ルイアの言葉と共に、それは輝きを放ち、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「超巨大戦車?本当にそんなのが確認されたのか?」

 

執務室にある自分のデスクで備品リストを確認していたヴァリウスは、仕事の休憩中にセルベリアから語られた帝国軍のものと思われる超巨大戦車という言葉に、眉をしかめながら湯気を立たせるティーカップを手にする。

 

「ああ。義勇軍からの報告だと、バリアス砂漠にて、未確認の超巨大戦車と交戦。戦車は遺跡を完全に破壊、そのまま義勇軍部隊を殲滅せずに消えていったそうだ」

 

ヴァリウスと同じ柄のティーカップに口をつけ、かすかに口元を綻ばせる。それを見て、今回の紅茶はあたりだったかと考えながら、その巨大戦車の不可解な行動に頭を捻った。

 

「義勇軍には目もくれずに、ねぇ・・・その遺跡って、何か特別なモノだったのか?」

 

「さぁな。不毛地帯だからか、あまり調査の手も入っていなかったそうだが、なんでも古代ヴァルキュリア人が残した遺跡として一時期注目を浴びていた遺跡ではあったらしい」

 

「おいおい、ヴァルキュリア人が残した遺跡ってことは、かなりの重要物件だったんじゃないのか?」

 

自分たちにも無関係ではないワードに目を険しくさせるヴァリウス。しかし、応接用のソファーに座るセルベリアはヴァリウスへと最後まで聞けとカップから口を離した。

 

「目されていた、と言っただろ。壁画に残されていた文字や絵は確かに古代ヴァルキュリア人についての物だったらしいんだが、その内容は他の遺跡ですでに発見されていたものと大差なかったらしい。その上、それ以外の目ぼしい学術的な発見も無かったことから、この遺跡に関しての調査はすでに終了して久しかったそうだ」

 

「なるほど。ありふれたものだったってわけだ」

 

「裏に何が隠されていたかは分からんがな」

 

「跡形も無く破壊されたんだろ?いくらなんでも、それじゃ調査しようがないだろ」

 

いくつかの戦場で目撃されている、常識外の巨体を誇る戦車。その戦闘力は街一つを壊滅させるだけのものであったと、運良く交戦して生きて帰った者達は語っているらしい。

 

そんな化物と交戦し、無事に帰ってくるなんて、余程運のいい奴らなのだなと、話している間にだいぶ冷めてしまい、仄かに温かみを残しているカップに口をつけながら頭の片隅で感想を述べる。

 

同時に、思いの外いい香りと味のそれに、補給部隊のゴトウから購入したそれに、案外いい買い物だったなと、あの気の抜けた顔を脳裏に浮かべる。

 

戦時下であるため、こうした嗜好品の値段も上がってはいるが、息抜きには丁度いい。

 

「まぁ、損害が調べつくされた遺跡一つだったのは運が良かったとしてだ」

 

「歴史学者や宗教家が騒ぐだろうけどな」

 

「茶化すな。遺跡とは言え、古代からある遺跡をものの数分で廃墟と化した攻撃力は、脅威だ」

 

紅目を険しくさせながら、口元を歪めるヴァリウス咎めるセルベリア。その言葉に肩をすくめながら、表情を改めたヴァリウス

 

「だな。ところで、その生き残った義勇軍部隊の面々ってのは、誰なんだ?できれば生の声を聞いてみたいんだが」

 

「そう言うだろうと思っていた。丁度いいことに、今度その面々と直に会える機会がある」

 

「ん?」

 

今度の晩餐会、という言葉に苦い顔をするヴァリウス。そんな彼の様子に、微かな笑みを浮かべ、セルベリアは懐かしい面子だろ?とからかうような口調で続けた。

 

「あのブルールの戦闘からそう経っていないはずだが、大した戦果だそうだぞ。あのダモン将軍閣下が大層ご立腹らしいからな」

 

「ハッ、まともな作戦一つ立てられないような奴のくせに、そういうところは人一倍だよな」

 

「まぁ、奴だけではないらしいがな。正規軍内でも、義勇軍の活躍を面白く思ってない者は多い」

 

「ったく、国家存亡の危機だってのに、相変わらず悠長な奴が多すぎないか、この国は」

 

「正規軍には、貴族出身者が多数いるからな。彼らにとっては、平民の活躍など、面白いわけもないさ。それに、大事なご当主様や、跡取り息子やらが戦死するのは、彼らの望むところではないのだろう」

 

「ったく、ノブレス・オブリージュはどこに行ったのやら」

 

あまりにも、自軍の程度の低さ、意識の低さに呆れしか出てこない。そう言いたげな顔のヴァリウスに、同感だとばかりに、頷くセルベリア。

 

正規軍の振るわない戦果の原因の一つと一部の者たちの間で囁かれている、貴族出身者の戦死回避政策。これが、数値上義勇軍に勝る戦力を誇っているはずの正規軍が、義勇軍に劣る戦果しか出せていない現実を作り上げていたのだ。

 

平民出身者への高級職解放や、貴族特権の一部撤廃など、階級主義が少しづつなくなっているガリアではあるが、いまだに貴族優位の政策は根深く残っている。

 

その一例として、正規軍の貴族出身者がいる部隊が、一部の上層部から、命令という形で、前線から遠い、後方任務への配置換え、それでいて優先的な装備、食料の配給などの、特別待遇が平然と横行していた。

 

一部の上級幹部は、公然の秘密として知っているこの横行は、しかし上級幹部たちの多くが、貴族出身者で占められていることから、厳密な処罰や、調査が行われないまま、現在にまで至っていた。

 

「だからこそ、今回の授与なのだろうな。いい加減、正規軍の平民出身者、そして義勇軍内でも、不満の声が高くなっているらしいからな。ガス抜きも兼ねているんだろう」

 

「上の連中としちゃ、苦肉の策ってわけだ」

 

いやだねぇ、貴族ってのはと、吐き捨てるヴァリウスに、苦笑するセルベリア。自分たちも、その貴族の一員であるはずなのだが、そういった輩とは一緒にされたくないのは、彼女も同じだ。

 

「とにかく、そう言うわけで晩餐会には参加しなければならないわけだ」

 

「あー・・・分かったよ。これも、お仕事ってやつだな」

 

茶番であろうとも、招待されたからには貴族の末席に名を連ねるものとして、そして一軍人として出なけでばならない。しぶしぶとだが、ようやく承諾したヴァリウスに、薄い笑みを浮かべるセルベリア。とりあえず、ドレスのほうをどうにかしなければな、と顎に手を当て思考の海に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晩餐会、ですか・・・?」

 

「ああ。近々ガリアの公太女であるコーデリア姫主催の晩餐会が、7月の22日に開かれるらしい。それに、イェーガーと共に潜入せよ」

 

ギルランダイオ要塞のマクシミリアンの執務室にて、マリーダは、主人であるマクシミリアンから、奇妙な命を下されていた。

 

帝国に届いた晩餐会の招待状。それを用いて、架空の伯爵夫人として、パーティーに参加せよという命だ。

 

現在、戦況は停滞状態にある。ガリア側からの予想外ともいえる反撃により、当初占領していたガリアの首都、ランドグリーズまで目と鼻の先であったヴァーゼル橋が奪還され、クローデンの森に極秘裏に建設されていた補給基地までもが、撃破され、ガリア中央における、戦略ルートは、大きく後退することとなった。

 

さらに、北部でも抵抗の兆しが見え始めている現状で、茶番ともいえる晩餐会などに参加する意義が、マリーダには見えなかったのだ。

 

「しかし、殿下。今の戦況で、私が戦場を離れるのは・・・」

 

「イェーガーからの要請でな。直に、ランドグリーズを見ておきたいらしい。それには、奴単独よりも、貴様と共に赴くほうが、偽装が容易なのだそうだ」

 

「それは・・・」

 

「・・・余の命に、従えぬのか?」

 

「っ申訳ございません。出過ぎたことを・・・!」

 

寒気さえ感じられそうな目で見つめられたマリーダは、即座に頭を垂れた。主人であるマクシミリアンの命は、絶対。それは、|あ≪・≫|の≪・≫|場≪・≫|所≪・≫|で≪・≫彼に拾われたときからの、マリーダにとって唯一絶対のルールだった。

 

「では、命に従い、ランドグリーズに赴け。その間は、イェーガーの言葉を、余の言葉と同義に思え」

 

「はい、マスター」

 

再び頭を下げ、そのまま退出すつマリーダ。そんな彼女の後姿を、マクシミリアンは、変わらぬ冷酷な瞳で見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・準備のほうは、出来ていますかな?』

 

「これはこれは、閣下自らご連絡いただけるとは。光栄の至りですな」

 

『世辞は結構。それよりも、注文したモノは出来ているでしょうな?』

 

「ええ、出来ていますよ。ご注文いただいた、|モ≪・≫|ド≪・≫|キ≪・≫が6体。二個小隊以上の働きをする人形が、ね」

 

『結構。それでは、手筈通りに、22日に、城のほうへ届けておいてください。報酬は、その際にお渡しいたしましょう』

 

「ええ、それでは22日に・・・ボルグ侯爵閣下」

 

 




え~、言い訳となりますが、今まで投稿できなかったのは、仕事が、精神的、肉体的にかなりきつかったためです。

不規則な職場でして、その上、かなり精神的にくる仕事なんで、帰ったらすぐに寝てるなんでのはざらだったもので、中々投稿できませんでした。

とりあえず、一段落着き、ちまちまとですが、書き続けていますので、どうか、これからも駄文となりますが、よろしくお願いします。


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第三十四話

お待たせして申し訳ありません。
いつの間にか前回の投稿から、半年が経ち、おまけにお気に入りが1,000を突破しておりました。
こんな駄作にお付き合いしていただき、感謝の言葉しかありません。

相変わらずの低クオリティ、展開が進まないで申し訳ありませんが、お付き合いください。


「いやはや、流石はルシア卿のご子息でいらっしゃいますな。またもや勲章を授与されることになるとわ。我が息子にも見習わせたいものですな」

 

「いえ、部下達が優秀だったお陰です。私など、フォーマル子爵に比べれば、まだまだ若輩者ですよ。それに、ご子息の噂も聞きますよ。何でも、中央で随分とご活躍されたとか」

 

「いやはや、お恥ずかしい。しかし、ヴァリウス殿いそう仰っていただけるとは、光栄ですな。そうだ、ぜひ今度我が家に―――」

 

「本当に、セルベリア様は、お綺麗ですねぇ。お肌も、まるで雪のように白く・・・どのようなお手入れをなさっていらっしゃるんですか?」

 

「特別なことは何も。それに、フォーマル夫人も十分にお美しいと思いますよ。特に、その金髪は、艶やかでとてもお綺麗だと思いますわ」

 

「あら、そうお分かりになる?実は、主人が以前に連邦から手に入れてくれた整髪料が―――」

 

7月22日、ガリア公国首都ランドグリーズのシンボル、ランドグリーズ城は、多くの貴賓とされる人々によって、賑やかさを増していた。

 

きらびやかな宝石を身に付け、談笑する貴婦人、勲章を胸元に飾り、ワインを口にする壮年の男性。様々な、しかし、明らかに庶民的とは言えない人々が集う場の中央で、ヴァリウス、そしてセルベリアは、絶えず話し掛けてくる来賓たちに、笑顔を浮かべながら当たり障りのない会話を交わしていた。

 

(あ~、ホント・・・嫌な笑顔だな)

 

自分たちを、見ていない。見ているのは、育て親であるエドワード・ルシア伯爵の持つ人脈、そしてヴァリウスの持つ権力のみ。隠しきれない欲望の光が漏れ出る瞳を、本音としてはこれ以上見ていたくなかった。

 

だが、ここは社交界という名の魔窟。少しでも隙を見せれば、この場にいる|獣≪貴族≫達は、我先にと喰らいつき、あらゆるものを貪ろうとしてくるだろう。

 

だからこそ、ヴァリウスは笑顔という名の仮面を顔に貼り付け、実のない言葉を紡いでいく。タイミングを見極め、即座にこの場から離れられるように、その目は周囲を油断なく見渡していた。

 

(お、アレは・・・)

 

「それでですな―――」

 

「申し訳ありません、フォーマル卿。知り合いが見えたようなので、今日はこの辺で」

 

「ん?知り合いというのは・・・!な、なるほど。確かにあの方たちなら、挨拶せぬわけにはいきませんな。では、ルシア卿。またの機会に。今度は、是非お父上ともお会いしたいですな」

 

「ええ。機会があれば是非に。それでは」

 

「ええ。おい、行くぞ」

 

「あら、もうですの?残念ですわ・・・では、ルシア夫人。また今度ゆっくりとお話ししたいですわ」

 

「機会がありましたら、その時にでも」

 

別れの言葉を告げ、子爵、子爵婦人の両名と離れる。周囲で様子を伺っていたほかの貴族たちが、ようやくといった様子で近づこうとしていたが、一部の者たちが、ヴァリウスたちの視線の先にいる人物をみて、隣の者を呼び止める。

 

呼び止められた者たちは、一様に不快気な表情を一瞬見せるが、呼び止めた者たちの視線をたどり、その先に居る人物の姿を見るなり、呼び止めた者たちへと礼を言う。その顔は、多少の差はあれど、どれもが怯えの色を宿していた。

 

そんな貴族たちの様子を尻目に、ヴァリウス、そしてセルベリアは、ホールを横切り、数人の貴族達とにこやかに言葉を交わしていた、黒衣の美女の下へとたどり着く。

 

「失礼、お久しぶりです、アレンスウェード卿」

 

「おや、ルシア卿じゃないか。久しぶりだね。セルベリア嬢も」

 

「お久しぶりです、伯爵」

 

にこやかに挨拶を交わしたのは、艶やかな黒髪に、僅かながら、白髪が交じりはじめた、初老の男性。穏やかな表情が実に様になっているその男性は、ガリアの闇を司っていると噂される、アレンスウェード伯爵家現当主・

ルージェンムーア・フォン・アレンスウェード。そして、

 

「あら、私には、挨拶してくれませんの?」

 

ダンスホールの中でも、一際美しく、そして、とびっきり危険な黒き薔薇、アルトルージュ・フォン・アレンスウェード。

 

妖艶な笑みを向けてくるアルトルージュに対しヴァリウスは引きつりそうになる頬を強引に笑みの形に持っていき、にこやかに挨拶を返す。

 

「いえいえ。そちらも、お久しぶりですね、アルトルージュ嬢」

 

「ええ、お久しぶりですわ、ヴァン。それと、私にそんな言葉使いは、止めてくださらない?いつも通り、アルトで構いませんわよ?」

 

「アハハ・・・」

 

傍から見れば、儚く、美しい令嬢であるアルトルージュが浮かべる笑みは、普通の男ならば、一瞬で虜にしてしまうであろう魅力に満ちたもの。周囲にいた男性貴族の何名かは、その笑みに中てられたのか、パートナーの女性が浮かべる怒りの表情に気付きもしていない。

 

が、それはあくまで彼女の本性を知らない、ある意味幸せな者たちのみ。

 

アルトルージュという女性の本性を知る人間からすれば、今彼女が浮かべている笑みは、さながら肉食獣が、獲物を前にして浮かべるそれを、思い起こさせる。

 

「それにしても、本当にお久しぶりですわね。以前会った時から、音沙汰一つないだなんて」

 

「い、いや~、任務が立て込んでましてね。連絡のしようが無くって・・・」

 

「あら、手紙の一つも遅れないほどにですの?」

 

「あー、まぁ・・・」

 

どこか拗ねたような表情で、ヴァリウスに文句を言うアルトルージュ。その姿は、普段の凛とした美女ではなく、まるで少女のような幼さ漂わせて、ヴァリウスの心をグサグサと、苛む。

 

しかし、そんな彼女の言動に、セルベリアは「フン」と鼻で嗤う。

 

「私たちは戦争の真っただ中にいるんだぞ?一々お前などに手紙を書いている時間など、あるわけないだろう」

 

「あら、居たんですのね、あなた。気づきませんでしたわ」

 

「そうか。ついに、目の衰えが始まったのか。それはいけないな。さっさと医者にでも掛かったらどうだ?」

 

「ッご心配なく。頗る健康ですから。体調も、目の方もね」

 

「おや、そうは見えないがな」

 

「それは、あなたの目が節穴なだけでなくって?」

 

出会い頭だと言うのに、速攻で繰り広げられる舌戦に、今すぐこの場から逃げ出したくなる衝動に駆られるヴァリウス。

 

対して、アレンスウェード伯爵は、流石の年の功と言うべきか、顔色一つ変えずにニコニコと毒を放ち合う二人を微笑ましいものでも見るかのように眺めていた。

 

「こらこら、アルトルージュ。このような所で、はしたない言葉を口にしてはダメだよ。セルベリア嬢もだ」

 

「けど、お父様!」

 

「でもはなしだよ、アルトルージュ」

 

穏やかな、しかし、逆らいがたい迫力で告げられた終わりの言葉に、ヒートアップしていた二人は、水をかけられた焚き火のように、一瞬で鎮火した。

 

「・・・言い過ぎましたわ、セルベリアさん。申し訳ありません」

 

「・・・いや、私こそ、すまなかった、アルトルージュ」

 

互いに非を認め合い、頭を下げるアルトルージュとセルベリア。そんな二人を、再び微笑ましいものでも見るかのように眺めるアレンスウェード伯爵。そして、そんな伯爵を、救世主でも見るかのような眼差しで見つめていたヴァリウスは、逆に伯爵から、「君もこのくらい言えるようにならなければいけないよ」と笑顔で釘を刺される。

 

「君には、アルトルージュを任せるつもりなんだからね」

 

「ッ!は、伯爵・・・!!」

 

笑顔で言われた言葉に、冷や汗を流すヴァリウス。そんな彼の背後では、片や笑顔を、片や眼を尖らせ、ヴァリウスの背を見つめる。

 

「ハハハ。・・・では、冗談はこのくらいにしておこうか。少し話があるんだが、テラスの方に行かないかい?」

 

「ハァ・・・分かりました」

 

一頻り笑った伯爵は、それまでの好好爺然とした笑みを消し、どこか寒気を漂わせたものへと変える。

 

対するヴァリウス、セルベリア、そしてアルトルージュも、それまでの空気を一変させて、先導する伯爵の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それでは改めて。この前はご苦労だったね、ルシア卿。セルベリア嬢もね。お陰で、この国の膿をまた一つ切除することができたよ」

 

パーティーの喧騒から離れ、人気のないテラスへと出た伯爵は、それまで浮かべていた暖かな笑みのまま、ヴァリウスとセルベリアへ頭を下げた。

 

「いえ、任務ですので」

 

「だとしても、だよ。仮にも英雄と称される君達にあのような汚れ仕事をしてもらったんだ。感謝の言葉くらい贈らせてくれ」

 

「・・・分かりました。では、ありがたく受け取っておきます」

 

「うん。君達のお陰でこの国に巣食う膿は、粗方切除出来た。残るは病巣たる貴族派の中枢だけとなった筈だったんだが・・・」

 

「何か気になることでも?」

 

言葉に詰まった伯爵に、問いかけるヴァリウス。彼の疑問に答えたのは、伯爵の隣に立つアルトルージュだった。

 

「最近、軍部の方で気になる動きを見せる方々がいるんですの。まだ明確な証拠を見つけた訳ではありませんので、任務となるものの話ではないんですの」

 

「気になる動き?」

 

「ええ。まだ確たる証拠も無いので詳しいことは言えませんが、あまりよろしくない動きのようなので、あなた方の方でも探りをかけてもらいたいんですの」

 

「その人物の名前は?」

 

「カール・アイスラー少将。良識派で知られる有力軍人の一人ですわ」

 

「待て、アイスラー少将だと?彼は軍内部でも、一目置かれた御仁だぞ。そんな彼に怪しい動きがあると言うのか」

 

アルトルージュの口から出された人名に、思わず口を挟むセルベリア。そんな彼女を横目に、ヴァリウスは思わぬ人物の名前が出てきたなと、内心驚愕していた。

 

カール・アイスラー少将。

ランドグリーズ国立大学とランシール王立士官学校を出たエリートであり、優秀な実績を残す将軍として知られ、将兵からの人気も高い、次期大将候補の一人だ。

 

他の貴族出身の将軍達のような、自身の手柄や、出世のみを意識したような作戦や、自身の配下のみをポストに就けるような人事を行うことの無く、実力や能力があれば、相応のポジションに配置すると言った身分に捕らわれない考え方を持った人物として知られた人だ。

 

かく言うヴァリウスとセルベリアも、ランシール王立士官学校に在籍していた際に、貴族とは言え、孤児から養子となった経緯を知られ、純血の貴族出身者達から疎まれ、様々な嫌がらせを受けた時期があった。

 

士官学校卒業後も、一部ではあるが嫌がらせは続き、貴族の上官からは、理不尽な扱いを受けたこともあった。そんな時に、自分たちを気にかけてくれた人物の一人が、アイスラー少将だった。

 

直接的な援助などは無かったが、まだ新米の少尉だった頃に、「逆境に負けず、上を目指せ。君達は上に立てる人間だ」と、声を掛けてくれたこともあった。

 

周りがほとんど敵と思えていた頃に、自分達の遥か上にいた人物から掛けられたあの言葉は、今でも忘れられない記憶の一つだ。

 

そんな人物が、怪しいと言われれば、否定したくなるのが、人間と言うもの。

 

アルトルージュに食って掛かるようにして、否定の言葉を発しようとしたセルベリアに、伯爵が「あくまで怪しいと言うだけだよ」と、やんわりとセルベリアを宥める。

 

「さっきも言ったが、あくまでも確証はないんだ。だが、最近の彼は、頻繁に外部との連絡を取っている上に、自分の配下の者達に正規の任務とは異なる動きをさせているらしいんだ。まぁ、繰り返すが、証拠はないから、何かしらの極秘任務の可能性も無くはない」

 

私達のようにね、と笑う伯爵に、しかしヴァリウスは答えなかった。

 

「まぁ、彼の場合は、あくまでも注意を払って欲しいと言うだけだ。何かしらの証拠が見つかったら、すぐに知らせるさ」

 

「・・・いい知らせを期待してますね」

 

それは少将次第かなとおどける伯爵に、微かな苛立ちを感じるヴァリウス。

 

そんな彼の様子に、苦笑する伯爵。話題を切り替えるように、「話が変わるんだが」と話題を変える。

 

「実は、もう一人怪しい人物がいてね」

 

「まだ居るんですか?」

 

「ああ。ただし、彼の場合は、ほぼ黒だ」

 

そう言うと伯爵は、胸元を探り、一本の葉巻を取り出した。

 

「・・・お父様、お母様から、葉巻は止めるよう言われていませんでしたか?」

 

「たまには吸わせてくれよ、アルトルージュ。家では母さんが厳しいから、中々吸えないんだよ?あ、君達も吸うかい?」

 

「いえ、遠慮しておきます」

 

「私も結構です」

 

「やれやれ、葉巻一本吸うのも、苦労するようになるとはねぇ」

 

苦笑しながら葉巻に火を灯した伯爵は、口の中に広がる煙の味を噛みしめ、苦笑する。

 

「ふぅ・・・それで、もう一人の怪しい人物についてなんだが、こっちはやっぱりというか、予想通りの人物でね。君の方でもおおよそ予想はついていると思うが」

 

「そうですね。正直、アイスラー少将の方は予想外過ぎましたが、もう一人の方はこちらでも多少の動きは掴んでいたつもりです」

 

「流石だね。まぁ、念のために答え合わせをしておこうか」

 

「ええ。では、最近怪しい動きをしていた人物・・・それは」

 

「「マウリッツ・ボルグ侯爵」」

 

「・・・流石だね」

 

「いえ、あれだけ派手な動きをされていれば、嫌でも目につきます」

 

お互いに同じ人物の名を口にしたことで、笑みを浮かべる伯爵に、苦笑いを返すヴァリウス。

 

貴族政推進派の中心であり、ヴァリウスがコーデリアに近い事から、事あるごとにヴァリウス達の妨害を画策しているボルグ侯爵とは、もはや対立していると言っても過言ではない。

 

そんな人物がここ数か月外部と頻繁に連絡を取っているとなれば、どんなに鈍感な者だろうと、何かを企んでいると察するのは当然のことだった。

 

「こちらで掴んでいるのは連邦と何かしらの密約を交わした、それがコーデリア殿下と何かしらの関係がある。この二点のみです。残念ながら、その内容が具体的にどういったものまでかは分かりませんでした」

 

「そうだね。それについては、こちでも掴めている。年若い殿下を使って何かを画策する老臣、か。物語とかではよくある悪役だけど、現実にやられると、迷惑どころの話じゃないわけだが」

 

葉巻の煙を吐き出しながら呟いた言葉に、その場にいた全員が頷いた。

 

自身の欲のために、祖国を、自分が仕える主人の身を売り渡そうとする悪い大臣。おとぎ話のよくあるパターンと言えばそれまでだが、現実にやられてしまうと、冗談どころの話ではない。

 

「それとね、こっちはまだ未確認なんだが、侯爵はここ最近頻繁に連邦以外の誰かとも連絡を取っているらしい」

 

「連邦以外・・・?となると、帝国でしょうか」

 

「うん。セルベリア嬢の言う通り、帝国だと僕の方では予想してる。まぁ、残念ながら、それが帝国の誰で、どんな話なのかは掴めなかったんだが」

 

そうおどける伯爵に、それはそうだろうなと内心で苦笑するヴァリウス。

 

実質国のトップとして国政を動かしている人物の行動をすべて知ることなど、実質無理な話だ。正直、一部とはいえ、こうして自分たちに知られていることの方が、この国の防諜システムに問題があると言っているようなものなのだが、そこには触れない方が賢明と言えた。

 

「とにかく、彼が連邦、帝国双方にこの国を売り渡そうとしているらしいというのは、確定だろうね」

 

「ええ。彼の性格からして、この国の為に交渉しているなんて考えるのは、正直無理ですからね」

 

「あら、万が一、ということもあるかもしれませんわよ?」

 

「フン、そんな万が一があるものか」

 

「ハハハ、いやはや、侯爵も嫌われたものだね」

 

自業自得だけど、と葉巻を味わう伯爵。そうこうしていると、フロアの方から周囲の客人たちを呼び集める声が聞こえてきた。

 

『間もなく、コーデリア・ギ・ランドグリーズ殿下がご入場されます!ご来場されている皆様は、謁見の間にお集まりください!』

 

「おや、もうそんな時間か」

 

「みたいですね。私たちも行きませんと」

 

「そうだね。さ、行こうかアルトルージュ」

 

「あら、お父様。私、ヴァリウス様と行こうと思いましたのに」

 

「おや、父親を置いて男に走るなんて、親不孝な娘だねぇ。なら、セルベリア嬢、一緒にどうかな?」

 

「残念ですが、私の隣は一人と決めていますので」

 

「おやおや、振られてしまったか。モテモテでうらやましいよ、ルシア卿」

 

「・・・勘弁してください、伯爵」

 

「ハハハハ!」

 

伯爵の笑い声と共に、ヴァリウス達は再び謁見の間へと戻って行った。



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第三十五話

明けましておめでとうございます。
遅くなり、申し訳ありません。
昨年の年末には上げたかったのですが、年末年始から仕事が入ってしまい、中々筆が進まず、既に一月も半ばとなってしましました。
次は、出来るだけもっと早く上げられるよう努力しますので、これからも駄作ではありますが、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。


「―――古代ヴァルキュリア人の末裔たるコーデリア姫と宴席を共に出来ることは、私の至上の喜びと言えます」

 

「まったく・・・思ってもいないことをよくもまぁ、ペラペラと」

 

「ヴァン、あまりそういうことを口にするな」

 

晩餐会の会場である謁見の間に、コーデリア・ギ・ランドグリーズが入場し、来賓である連邦からの特命全権大使、ジャン・タウンゼントの挨拶を壁際で聞いていたヴァリウスは、胡散臭い笑顔を振り撒くタウンゼントへと小さな声で悪態をつく。

 

それを、同じく小さな声で諌めながらも、セルベリアもヴァリウスと同じくタウンゼントへと若干の嫌悪を込めた視線を送っていた。

 

連邦ーーー正式名称・大西洋連邦機構。西ヨーロッパの、共和制国家によって形成された、国家群の総称であり、その国土は対立している帝国ーーー正式名称・東ヨーロッパ帝国連合ーーーよりも小さいものの、海運により、巨大な経済圏を形成しているため、その国力は、帝国よりも巨大であり、膨大な資本を持つ国の連合である。

 

帝国とは長く戦争状態であり、海戦ではともかく、陸戦では戦車の性能差が著しく、戦況は劣勢であった。

 

そんな連邦としては、曲りなりにも帝国と戦えている友好国のガリアが帝国に敗北してしまい、壁の一つが無くなってしまうのは面白くない。

 

現に、連邦からは少ないながらも支援物資として、食料やラグナイト以外の物資弾薬などが送られていた。

小国であるガリアにとって、前線で戦っているヴァリウス達にとって、確かに連邦からの物資援助は感謝の気持ちを抱かせるには十分なものであったが、下心が見え透いていたため、タウンゼントの演説に対し、思わず悪態をついてし合ったのだ。

 

連邦にとってガリアとは、帝国と連邦を隔てる体の良い防壁でしかない。

 

自分たちの手を煩わせず、帝国のほんの一部ではあるが、戦力を削っているガリア軍は、よく働く番犬のような存在としか連邦の上層部は考えていないのだ。

 

その証拠として、ガリアから幾度も送られている連邦への援軍要請は、のらりくらりと明確な返答を出さずにいる。

 

物資()はやる、だが、俺たちを巻き込むな」と言わんばかりこの対応は、ヴァリウス達を含む一部の軍関係者や、貴族連中からは反感を買っていた。

 

しかし、ガリア中枢部にいる貴族や将軍達はこの連邦の態度に怒りを見せるどころか、より甘い蜜を吸おうと連邦への点数稼ぎとして、自国の兵を言われるがままに戦場へと派遣していく。

 

同じ貴族として、あまりにも情けない行動に憤りを露にしていたヴァリウスは、八つ当たりと頭で理解していても、馬鹿貴族にそんな行動を取らせている連邦の顔とでも言うべきタウンゼントに、どうしても好意が抱けなかったのだ。

 

「まぁ、連邦の援助が無ければ今の戦況ももう少し厳しいものだったかもしれないのですから、もう少し好意的に見てあげてもよろしいんではないでしょうか?確かに、何の中身もないスピーチだとは思いますけど」

 

「こらこら、君までそんな事を。他の貴族に聞かれたら事だよ、アルトルージュ」

 

ヴァリウスと同じくタウンゼントへと冷ややかな視線を送っていたアルトルージュを、苦笑しながら嗜めるアレンスウェード伯爵。

 

この場に居る何人もの要人が、彼らと同じように感じ、思っていることは伯爵にも容易に想像がつく。

 

しかし、残念ながらガリア一国では情けないことだが、帝国の魔の手を防げないのが現実であり、大国たる連邦の静かな侵略の手を受け入れながら、もう一方の手を防ぐしかないのだ。

 

そして、それを彼らも理解している。だが、理解しているからと言って、納得出来るほど、ヴァリウス達は大人に成りきれてはいなかった。

 

(いや、この場合は、こうして納得してしまう方が良くないのだろうね)

 

諦観し、現実を受け入れるのが大人だとすれば、確かに彼らはまだまだ子供であろう。しかし、時代を、歴史を変える者と言うのは、彼らのような諦めの悪い子供なのではないか。

 

ふと、そんなことを考えた伯爵は、不満げな顔つきのヴァリウスたちを、まるで眩しいものでも見るかのような目でしばらく眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ようやく終わったな」

 

「ああ。しかし、何の因果なのだろうな。私たちが戦場で助けた青年たちが、私たちと同じ|英雄≪見世物≫扱いされる場に立ち会うとはな」

 

「おいおい、せっかくの祝いの席なんだから、そう言うのは無しだろ。それに、本人たちはともかく周りが嬉しそうにしてたんだ。それだけでも、|勲章≪アレ≫はあいつらにとって意味あるものだ」

 

「フッ、確かにそうだな。どうにも、私も少し此処の空気に中てられたらしい。少しテラスで涼んでくるとしよう」

 

「付き合おうか?」

 

「いや、ヴァンは姫殿下の所へ行っててくれ。すぐに私も行く」

 

ウェルキン・ギュンター、ファルディオ・ランツァート両少尉への勲章授与、晩餐会が一通り終わり、それまで共にいたアレンスウェード伯爵一行とはその後少し今後のことについて軽く話し、すでに別れている(その際、またひと悶着あったのだが、そこはお察しください)

 

主賓であるタウンゼント大使は、ボルグ宰相と共に姿を消しており、コーデリア姫はそれより以前に退出されていた。

 

主催者、主賓の両名が姿を消した会場内に人影は使用人しかおらず、貴賓達が帰りの馬車、車を待ちながら、各々別れの挨拶を交わしていた。

 

そんな客人達の姿を夜風にあたりながら見下ろしていたセルベリアは、先ほどヴァリウスへ言った言葉を脳裏に浮かべ、思わず苦笑を浮かべた。

 

「此処の空気に中てられた、か。やはり、私にはこんな場所は似合わないらしいな」

 

煌びやかな、貴族の世界。華麗な衣装に身を包み、豪華な食事、美酒を口にし、貴人たちと言葉を交わす。

 

言葉にしてみれば、非常に華麗で、誰しも一度は味わってみたい生活だろう。

 

だが、セルベリアから見れば、ここは誰もが自分を偽り、他人を騙し、陥れることしか考えていない魔界。今日だって、自分たちの仰ぐ主君であるコーデリア姫からの招待状が来なければ、決して自ら足を踏み入れることはなかっただろう。

 

正直に言えば、自分たちが背負う『ルシア』の名さえ、出来れば捨て去りたいとさえ思っているのだから。

 

養父である、エドワードには本当に感謝している。

 

身元も定かではない、それどころか怪しさしかなかった幼い自分たちをわざわざ自分の養子にし、爵位の継承権まで与えてくれたのだ。

 

だが、同時になぜ|爵位≪そんなもの≫まで背負わせたのかと、時々思うことがある。

 

そんなもののせいで、ヴァリウスは負いたくもない責任を負うことになった。

 

作らなくていい敵まで作ることになった。

 

英雄(見世物)という、人殺しを称賛される立場になってしまった。

 

ただ自分たちは、静かに暮らしたかっただけなのに。

 

ただ平和に、≪研究所≫のことなど忘れて、普通の一般人としてどこかで静かに暮らせればそれで十分だったのに、と。

 

「・・・フフッ、本当に空気に中てられたかな」

 

それとも酔ったのかと、笑みを浮かべながら頭を振る。

 

いつもの自分らしくないと感じながら城から見える街の明かりを眺める。

 

そこは、まるで戦争が起こっているとは思えない、生活の光が灯っていた。

 

家族を待つ光。恋人を待つ光。親子を照らす光。

 

数十キロ離れた場所で、今も誰かが命の光を散らしているとは感じさせないその生活の光の数々は、しかし、そうして命を散らす誰かがいるからこそ、守られている。

 

そう、自分たちが戦っているからこそ、ああした光は灯っていられるのだ。

 

(なら、確かにヴァリウスの言った通りなのだろうな)

 

英雄(見世物)でも、周りが喜んでいるなら、望んでいるなら、それには価値がある。

 

そして、戦った先に、|自分たちが求めるもの≪静かで、平和な暮らし≫があるのならば、見世物(英雄)も、悪くはないのかもしれない。

 

「・・・本当に、らしくないな」

 

くるくると入れ替わる自分の感情に、今度は苦笑を浮かべるセルベリア。

 

こうしていると、今度は別のことを考えてしまいそうだと感じたセルベリアは、身を預けていたテラスの手摺から離れる。

 

先に行けと言っても、どうせ自分を待っているだろうヴァリウスの下へ向かおうと、踵を返し歩みを進めていると、数人の男女が賓客らしい貴族の夫婦と対峙している姿が目に入る。

 

何か厄介ごとだろうかと、なんとなく目を向けてみると、そこにはコーデリア姫の下へ向かったはずのヴァリウスの姿もあった。

 

「ヴァン、こんなところで何をしているんだ」

 

「ん?ああ、セリアか。ちょっと厄介ごとでな」

 

「厄介ごと?こんなところで、何を」

 

こんな人目を避けるような場所で、片方が剣呑な目をしていれば、なんとなく分かるが、場所が場所なだけに、何をしているのかと呆れた表情を向ければ、ヴァリウスから予想もしていなかった言葉が発せられた。

 

「いや、どうやら姫様が攫われたらしい」

 

「・・・はぁ?」

 

「どうやら、退出されたすぐ後に連れていかれたらしくてな。おまけに、アリシアの奴もそれに巻き込まれたらしい」

 

「・・・何を言ってるんだ」

 

「いや、だからそのまんまだよ。アリシアと姫様が一緒に誰かに攫われて、おまけになんでか知らないが帝国の将軍が呑気に晩餐会に参加してたもんだから、そいつらと顔見知りだったウェルキン達が突っかかっていた所に俺が偶然遭遇したんだよ」

 

「だから、何を言ってるんだ。おまけに、なんか付け足されてないか」

 

さらに混乱を誘うヴァリウスの言葉に、ついに頭を押さえるセルベリア。

 

そんな様子をニヤニヤと眺めていた帝国の将軍と紹介された男が、頭を押えるセルベリアへと声をかけてきた。

 

「いやはや、まさかこんな所でガリアの英雄達と出会えるとは、光栄だね」

 

「・・・こちらとしては、頭の痛い話なのだがな」

 

飄々とした態度で話しかけてくる男を睨み付けながら、溜息を吐く。そんな様子さえも面白いのか、眼光鋭いセルベリアの睨みも物ともせずに、男は口を開く。

 

「まぁ、気持ちは分からなくも無いがね。残念ながら、余り時間は無いらしくてね。そちらにも、もちろんこっちにもさ」

 

「・・・・・・」

 

憮然としながらも、男の言葉を否定しないセルベリアの様子を見たヴァリウスは、「ということらしいから、話を進めてくれ、ウェルキン」と、傍らに立つウェルキンに声を掛ける。

 

「それでは。まず、コーデリア姫とアリシアを攫った相手は、恐らく連邦です。なので、僕たちは彼らと共同で、敵を追撃します」

 

「・・・それで?」

 

「敵の戦力が不明なため、出来るだけ戦力の分散は避けます。よって、僕たち義勇軍部隊、彼らとルシア中佐、そして大尉という編成で追撃に当たりたいと考えています」

 

「ほぉ・・・」

 

ウェルキンの言葉に、興味深いと声を漏らす男。隣に立つ女性も、ウェルキンの言葉に興味を惹かれたのか、それまで閉じていた目を微かに開け、視線を向けた。

 

「ちょっと待て、ウェルキン。こいつらとルシア中佐達を一緒にさせるとは、どういう理由でだ!こいつらがもし裏切ったら、ルシア中佐たちの身が危険に晒されるんだぞ!」

 

だが、それ以上にウェルキンの隣に立っていたファルディオが、彼の言葉に一番の反応を見せた。しかし、彼の反応は当然のものだった。現に、ファルディオだけでなく、その後ろにいる妹のイサラまでもが、兄の発言に目を剥いていたのだから。

 

しかし、当のウェルキンは、そんな彼の言葉に何でもないかのように答えを返す。

 

「だからだよ、ファルディオ。もし、彼らが裏切るようなことになれば、その瞬間に、ガリア最強の二人が牙を剥くことになるんだ。もし僕なら、そんなことは怖くて出来ないけどね」

 

「いや、だが・・・」

 

「いいじゃないか、俺は賛成するぞ」

 

「ルシア中佐!」

 

それでも万が一があるだろうと言おうとした矢先に、当のヴァリウス本人から言われた承諾の言葉に再度目を剥くファルディオ。そんな彼に、ヴァリウスは話を続ける。

 

「実際、このメンバーの中で、彼らに確実に生身で対抗出来るのは俺とセリアだけだ。それに、確かに俺一人なら万が一もあるかもしれないが、セリアと二人なら、それもほぼ確実に無いよ」

 

「いや、しかし・・・」

 

「何を言っても無駄だぞ、ランツァート少尉」

 

「ルシア大尉まで・・・」

 

「一度こうと決めたら、ほぼ確実にそれを成し遂げる。そういう男なんだよ、ヴァリウス・ルシアと言う男はな」

 

そのせいで、要らない苦労をさせられることも多いがな、と諦めたような、しかし、万感の信頼を感じさせる笑みを浮かべるセルベリアに、それ以上の言葉を続けることが出来なくなったファルディオは、小さな溜息を吐きながら、「・・・分かりました」と頭を垂れた。

 

「どうやら、作戦は決まったと見て良いようだな?」

 

「ああ。短い間だが、共同戦線と行こうじゃないか、イェーガー将軍」

 

「こちらこそ、よろしく頼むよ。ヴァリウス・ルシア中佐殿」

 

お互いに、どこか凄みのある笑みを向け合いながら、手を握りかわす男たち。そうして、何の因果か、こうしてガリアの未来を救うために、帝国と、ガリアの、歴史に記されない共同戦線が築かれることとなったのである。



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第三十六話

すみません、だいぶ遅くなりました。
仕事の転勤や、私生活でのゴタゴタなどでちょっと執筆意欲がなくなってて・・・

かなり短めですが、一話書き上げましたので、楽しみにしてくださっていた方が居れば良いなと思い、投稿します。

これからもスローペースではありますが、完結まで行きたいと思いますので、これからも宜しくお願いします。


「いやはや、まさか本当に一緒の車に乗るとは思ってなかったよ。中々、肝が据わってるね」

 

「お互い様だろ。まさか、本当に乗せてくれるとは俺も思ってなかった」

 

「なに、せっかく一緒に戦うってなったんだ。お互いに、もっと互いの事を知る必要があるだろう?それに、折角美形が揃ってるんだ。目の保養もしたくなったのさ」

 

「それはまた、剛毅なことで」

 

「ほら、そんなにむくれなさんな。気に障ったなら、お宅もうちのマリーダのこと見ていいからさ。なんなら、おじさんのことも見るかい?」

 

「遠慮しておくよ。男をマジマジと見る趣味なんてないし、女性に対しては失礼過ぎるからな」

 

「おや、真面目だねぇ」

 

「そういうあんたは、思った以上に軽いな。いや、軽く見せているだけなのかな?」

 

「さぁ、どうだろうねぇ。おじさんとしては、取り繕っているつもりはさらさら無いんだけど」

 

「へぇ・・・なら、あんたとは戦場で会いたくはないな。こっちの読みも裏をかかれそうだ」

 

「それを言うならおじさんのほうだよ。君たちみたいなのと戦場であったら、何にもできずにやられちまいそうだ」

 

「思ってもないことをよく言うな」

 

「いやいや、本気さ。・・・ホント、会いたくないよ」

 

貴族の中でも一部の者しか手に入らないような高級車のハンドルを握りながら、カール・オザヴァルトはかつてない緊張感に包まれていた。

 

車内での会話は、一見和やかに見えるが、実態は侵略する側とされている側の軍の高級将校によるもの。その言葉一つ一つに、どんな裏があるのか、その裏をどうかこうとしているのか、下士官である自分には想像もつかないが、ここにいるのは、帝国軍にもその名が伝わるガリアの英雄二人と、それに匹敵する帝国軍の英傑だ。

 

もしも、自分が一言でも余計なことを口にし、それが元でマリーダ大佐や、イェーガー将軍に害をなしてしまったらと考えると、カールの口内はカラカラに乾いてしまう。

 

無意識にゴクリと喉を鳴らすカール。そんな彼を横目に見たイェーガーは、フッと笑い、それまで纏っていたピリピリとした空気を一瞬で消し、後部座席に座っているマリーダ、そしてヴァリウスたちに向けて両手を挙げた。

 

「この辺にしとこうや。どうやら、俺たちのせいで運転手君に余計なプレッシャーをかけちまっているみたいだ。このまんまじゃ、追いつく前に体力を尽かしてしまいかねん」

 

イェーガーの言葉に、ちらりと運転手であるカールへと初めて視線を向ける。

 

自分よりも年若く、まだ少年のようなあどけなさを残した青年の顔色は、確かにイェーガーのいう通り、あまりよくはない。

 

仮にも、共同戦線を申し出た側としては、彼へ与えてしまっているプレッシャーは、よろしくない類のものであることは、あまりにも明白だった。

 

「・・・そうだな。俺も、大人げなかったみたいだ」

 

「そんじゃ、そういうことで。そろそろ真面目に作戦会議と洒落込もうじゃないか、御三方」

 

素直に謝罪した、とは言い難いものの、とりあえず和解が成ったと取ったイェーガーが音頭を取る形でようやく共同戦線のための作戦を話し合う場が整った。

 

「さて、とりあえず問題なのが、お姫様御一行がどこに行こうとしているのか、だが」

 

「それなら、明白だろう。敵が帝国ではないのなら、連邦。そして、この国で連邦との窓口となる港があり、且つ移動手段が確立されている町は一つ。そこに行くには二つの街道のどちらかに絞られる」

 

「なら、君ならそのどちらを選ぶ?」

 

「俺なら、間違いなく―――」

 

「「オンフール」」

 

イェーガーとヴァリウスの声が重なり、共に同じ街道の名を口にする。ローデン街道の終着点であり、中型船舶の寄港も可能な港町。地図上では、シュラーデン街道の名の由来ともなっている港町「シュラーデン」の方が近く、また交通の便もオンフールよりも優れているが、隠密行動をとる者がそうした人通りの多い街道を行く可能性は低いと、二人は予測していた。

 

「・・・随分とガリアの地理をご存じの様子だな」

 

「何、海鮮料理が好きでね。ガリアの中でもオンフールの海鮮料理は中々のものだと噂で耳にしたまでのことだよ。そう勘ぐりなさんな」

 

軽薄な口調を崩さずに手を振るイェーガーに冷めた視線を送りながら、ヴァリウスは心の内で舌を打つ。

 

オンフールは、確かに連邦との窓口の一つとして機能してはいる。しかし、その内容は細々としたもので、決して噂で聞くような場所では無い。大口の取引もするシュラーデンの方が一般的には有名であり、はっきり言ってオンフールは地元の者ぐらいしか知らない、謂わば穴場に等しい場所。

 

そんな場所のことさえも把握しているということは、ガリアの地理についてこの男は相当深いところまで把握していることに外ならない。

 

(やはり、防諜体制を強化する必要があるな)

 

防衛側が地の利を無くせば、勝機など無いに等しい。今度の上申書にはしっかりと明記しておこうと心の中で決意し、ヴァリウスは目の前の仕事に思考を向ける。

 

「とにかく、そっちもそれを把握しているってことは、特に俺の意見に反対する理由もないな?」

 

「もちろん。ただ、保険は掛けておくべきだろ?」

 

「それは否定しない」

 

そう告げ腕を組むヴァリウスに、ニヤッと笑みを浮かべイェーガーは車に後付けされた無線機を手に取る。

 

「では、俺たちはこのままローデン街道を、ギュンター少尉たちにはシュラーデン街道を行ってもらい標的の捜索を行う―――って伝えてもいいかな?」

 

「ああ、構わない」

 

「じゃあ、早速―――聞こえるか、ギュンター少尉」

 

無線を通して交わされる、ウェルキンとイェーガーの会話は、ほぼ先ほどのヴァリウスとの話と同一。唯一違うのは、すでに自分たちの目的地が決定しているため、ウェルキン達に自分たちが進むローデン街道とは異なるシュラーデン街道を進んでほしいと言うことくらいだ。

 

「―――では、そういう事で頼むぞ、ギュンター少尉」

 

『ええ。あ、出来ればルシア中佐に代わっていただけませんか?』

 

「ん?もちろん構わんさ・・・ほら、ルシア中佐殿。御指名だよ」

 

「・・・どうも。なんだ、ギュンター少尉」

 

『いえ、その―――今回の件、ご協力していただいて、ありがとうございます』

 

「何を今更・・・それに、姫殿下の救出はガリア軍人として当然の義務だ。礼には及ばない」

 

『いえ、それあるんですが・・・アリシアの救出にも、手を貸してくださるのでしょう?』

 

「?ああ、そのつもりだが」

 

『だからです。僕の仲間を助けるのに協力していただくんですから、お礼の一つは言わせてください』

 

「―――そうだな。なら、ちゃんと救い出したときにその言葉を受け取るとしよう」

 

『はい。あ、もちろん僕たちの方が当たりの可能性もありますが、その場合にもちゃんと受け取ってくださいますか?』

 

「・・・君、案外細かいとこに拘るんだな」

 

『は?』

 

「何でもない。分かった、その時にもちゃんと受け取ることにするよ。それでは、ギュンター少尉。健闘を祈る」

 

『そちらも、ルシア中佐』

 

互いの健闘を祈る言葉を最後に、無線機のスイッチを切る。無用となったそれを返そうと顔を上げると、そこにはニヤニヤとしたイェーガーの顔があった。

 

「・・・なんだ」

 

「いや、中々に面白い話をしていたもんだと思ってね。俺たちのとこじゃ、今みたいに下士官と親しげに話す将官なんでそうそういなかったからな。なぁ、マリーダ」

 

「・・・・・・」

 

イェーガーから話を振られたマリーダは、イェーガーのにやけ顔を一瞥し、すぐに目を伏せる。無言の拒絶にイェーガーも笑みの種類を苦いモノへと変え、「少しは会話に混ざる気ないのかね」と零した。

 

「いやはや、相変わらずコミュニケーション能力に難があるね。お宅の美女はどうなのかね」

 

「うちのセルベリアは結構話してくれるぞ。なぁ、セリア」

 

「・・・この場で愛称を呼ぶな、ヴァリウス」

 

イェーガーの軽口に乗る形でセルベリアへと顔を向けたヴァリウスに、眉を顰めながら答えたセルベリアに「こりゃ、うちの方が堅物っぽいな」とイェーガーは肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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