ボクっ娘幼馴染に配信チャンネル乗っ取られたらバズり倒した (世嗣)
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双子とゲームと燃える俺
炎の如くチャンネル燃やす戦士あり


 
元気な紺野姉妹が見たいって話。
原作で「木綿季君は周囲から孤立したことが最後のダメ押しになった」とあったので、じゃあその時側にいてくれる誰かがいたならまた違ったんじゃないか?ってやつです。


 

 ガキの頃ヒーローに憧れたことあるか? 

 

 俺はある。

 

 仮面ライダースーパー戦隊ウルトラマンプリキュアそれにアニメや漫画の主人公。

 

 いつだって誰かのために頑張れて、最後はみんなの笑顔とハッピーエンドを持ってくる。

 めちゃくちゃかっこよかった。痺れたね。

 

 俺仮面ライダー特に好き。今でも見てる。

 

 あんなふうに自分もなりてえって思って、そうなれたらって思って過ごしてた。

 

 まあでも、現実はそう上手くいくもんでもないもんで。

 

 倒すべき悪はいないし、ガキの頃の全能感も大きくなるにつれ薄れていって、だんだんありふれた大人ってやつに近づいていく。

 

 主人公から程遠い、いいとこ怪人がやって来た時悲鳴を上げながら逃げるくらいのモブCみたいな俺に、なっていく。

 

 たぶんヒーローになるには色々足りてなかったんだろう。

 何って、まあそりゃ、なんだ、愛とか勇気じゃねえの? 

 

 まあそんなありふれたどこにでもいるモブCである俺だって向き合わなきゃいけない現実はある。

 さて、長ったらしい前口上になったが逃避をやめて結論を述べよう。

 

 

 

 ──炎上した。

 

 それはもう盛大にな。

 

 何がって? そりゃ俺のチャンネルよ。

 

 発端は些細な一言。

 

「で、でもゆーてあのライバーやってるのアレだよね、姫様プレイ。あれでトップライバーなんだもんな。俺の方が上手く立ち回れそう。あ、あと見た目もあんまり……これは俺が超美人の幼馴染いるせいからかもしれないけど。……にしても、あのアバターの見た目は他にもできることありそう。俺だったらもうちょい服のとこで差別化するけど、ってこれ聞かれたらやべーな、今のなしね、ナシ。頼みます」

 

 全然一言じゃねえな。こいつ馬鹿なのか? 燃えるに決まってんだろ。

 

 たぶん途中で思わず小声で言っちゃった「……ネットも満足に使えないやつがSNSやるなよ」もまずかったんだと思う。めっちゃマイク拾ってたらしいし。

 

 まあそんなこんなで一度火がついたそれはあっという間に燃え広がり、油に浸かった藁につけられた火の如く、そりゃもメラメラと尋常じゃない速さで燃え広がっていった。

 火って不思議。一瞬で点けられるのに一瞬では消せないんだもん。

 時間がかかっても消えない時だってある、消火活動困難状態ってやつ? まぁ今の俺は消火活動不可状態なんだけど。

 

 これ何度目だっけな……。

 

「チャンネルみるのこえーな……」

 

 まあでも見る。

 

 恐る恐るオーグマーを起動させて視界に俺のチャンネルの動画を引っ張ってくる。

 

 こいつまたやったのか? 

 見るからにガキ

 普通に考えれば登録者十倍以上の相手貶して燃えんはずがないとわかるだろうに

 普段ちゃんと話せないの段々慣れてくると早口になるオタク

 名誉本能寺

 この失言癖がなけりゃなぁ

 なくても性格がカス

 再三やらかしてるけど治る気配ないンゴ

 祝 二 十 三 回 目

 3Dモデル作れるって豪語してましたけどそれだけで煽ったら死ねほど炎上した気分はどうですか? 

 はよやめろ。謝れ

 せっちゃんかわいそう。

 このオタクくん気持ちよくなると口悪くなる

 ま、所詮SAOもしてないイキりの戯言よ

 SAOは楽しいゲームだったよなあ

 

 うわー、燃えてるなー。

 

 いつもは概ね好意的なコメント欄もいつものようにあっという間に掌を返し、燃え盛る火にじゃんじゃか油を注いでいく。

 うん、今すげー明智光秀に裏切られた織田信長の気持ち。

 こりゃ織田信長も諦めて泡盛踊るわ。ん? 敦盛だっけ? 

 

 信長、燃えて死んだんだよな……。

 

「よし、死のう」

 

 うわああああああもうやってられるかあああああああっ! 

 

 耳に引っ掛けるようにつけているオーグマーを引き剥がすとベッドに投げ捨てる。

 なんかビキって音鳴ったけどもう知らん。

 

「飛び降りてやる! そんで明日のニュースに載って俺を炎上させた奴らにほんの少しの薄暗い気持ちを与えてその日常をぼんやりと濁らせてやる!」

 

 窓を開けるとバカみてえに青い空がのぞいている。もうすぐ夏だなあ。

 

 ふっ、死ぬには良すぎる天気だぜ──! 

 

 俺が窓のサッシに足をかけ身を乗り出した時、がちゃっと扉が開いた。

 現れたのは俺参上とでかでかとプリントされたTシャツ(たぶん俺の。貸した覚えはない)を着た木綿季(ユウキ)

 双子の姉の藍子共々ウチのお隣さんでそこそこの長さの付き合いになる幼馴染である。

 シャツが少し大きいのか襟がずり下がって大胆に鎖骨となまっちろい肩が本邦初公開とあいなっている。

 

「ねーヒロー、冷蔵庫に入ってたボクのプリン知らない? あとよかったらこの前買ってたゲーム──って何してんの?!」

 

「止めるな木綿季! 俺みたいなのはこの世界からいない方がいいんだ!」

 

「ちょ、やめなよ! どうせ後になって頭が冷えたら後悔するんだから!」

 

「離せ! 俺は名護だぞ!! ウワ~!」

 

「君はヒロだよ!」

 

 ジタバタと窓から身を乗り出す俺を木綿季がしがみついて部屋の中に引き戻そうとする。

 こらっやめろ! 最近のお前はあちこち柔らかくて俺は気が気じゃねえんだよ! 

 

「ママー、あのお兄ちゃんたちまたやってるよー」

 

「こら見ちゃいけません。あのお兄ちゃんは現代社会の生んだインターネットのモンスターなんだから」

 

「いきはじー?」

 

「こ、こらそんな言葉どこで覚えてくるの」

 

「あのお兄ちゃんー」

 

 お母さんからめっちゃ睨まれた。すんません。

 

 流石にちょっと頭冷えてきたな。

 子どもに悪影響与えてんのはかなりアウト。

 

 ま、炎上なんて今更だ。死ぬほどじゃない。木綿季にも悪いしそろそろ部屋に戻るとすっか。

 

 俺の身体から力が抜けたことを感じ取ってか、木綿季が安心したように息を漏らす。

 

「落ち着いた?」

 

「まあ、はい、それなりに」

 

「カッとなったら後先考えない癖早く治さない?」

 

「善処する」

 

「それ絶対治らないやつじゃん」

 

 いや治そうとはしてるんですけどね。藍子とも毎回「次から気を付けます」って約束してるし。

 

「それ毎回約束してるってことは毎回姉ちゃんとの約束破ってるってことだからね」

 

 ぐうの音もでねえ。

 

「まったく、こんなに困ったさんな君と一緒にいられるのボクと姉ちゃんくらいなんだから反省しつつ感謝するよーに!」

 

「……うっす」

 

「ん、わかったならよろしい!」

 

 木綿季が満足したようにムフーと息を漏らした。

 

 そして、今まで俺を部屋に引き止めようとしていた腕から力がゆっくり抜けていく。

 

「──! 待て木綿季!」

 

「えっ、あっ、はい!」

 

「俺がいいと言うまでその手を離すな!」

 

「そ、それは別にいいけどなんで?」

 

 なんでだと? お前ともあろう奴がそんなことを言わなきゃわからんのか。

 

 いいか、よく聞け。

 

「ここ、思ったよりも高い。怖い」

 

「手離すねー」

 

「ヤメロォ!」

 

 冷たくない? 

 

「おま、ここがどこかわかってんのか?! 二階だぞ?! こんなところでユウキが手を離してバランス崩した俺が地面に叩きつけられたらどうなると思ってんだ?!」

 

「今まで死ぬとか言ってた人のセリフとは思えないなって思ってるよ」

 

「高所恐怖症の俺をここに残してどうしたいんだ!?」

 

「もう一生そこにいればいいんじゃないかな」

 

「困ったさんな俺を見捨てない木綿季はどこに」

 

「そのユウキちゃんならさっき冷蔵庫のプリン取りに出て行ったよ」

 

「返せよ俺の木綿季ゼクター……!」

 

「ボクの方が君への心配の気持ちを返して欲しいくらいなんですが」

 

 俺と木綿季が窓際でわちゃわちゃしてると階下から木綿季とよく似た──けどそれよりも少し落ち着いた声が届いた。

 

「ヒロー、ユウー、お昼ご飯できたよー、早くおりてきてー」

 

「あ、姉ちゃんだ。はーい、今行くよー」

 

 ちょ木綿季今手を離したらマジで俺落ち──。

 

「あっ」

 

 ふっ。

 ―――もうすぐ、夏だな。

 

「ね、姉ちゃーん! ヒロが窓から落ちたー!」

 

 

 

 これが俺、緋彩(ひいろ)英雄(ひろ)15歳。チャンネル開設から1年。二十三回目の炎上と──人生最大の転機の朝のことである。

 

 

 

 

 

 

 

第一話 炎の如くチャンネル燃やす戦士あり

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんやかんや受け身をとることでほぼ無傷で生還した俺は昼飯のうどんを啜っていた。

 

「で、どうするの?」

 

 そう言ったのは藍子。

 木綿季とは双子の姉妹であるため顔もよく似ている、というか全く同じ。

 唯一違うところを挙げるとするならば藍子はダークブラウンの髪をロングに、ユウキはショートボブにしている。

 あとはユウキが赤のリボンしてるくらい? 

 まだ藍子が髪が短い頃は木綿季とはリボンで見分けられてたっけか。

 

 まあ俺はそんなものなくてもわかるんだが。

 

「どうとは」

 

「とぼけないの。またヒロのチャンネル炎上したんでしょう。知ってるんだから」

 

「気のせいじゃないか?」

 

「ヒロ、私の目を見てみよっか」

 

「……」

 

「……」

 

「……このうどん美味いなあ! さすが藍子料理上手だ!」

 

「あ、目逸らした」

 

「ヒロのチャンネル名で立ったアンチスレ見たい?」

 

「すみませんまた燃やしました」

 

 だよね、と軽くため息を吐く藍子。

 

「なんで君普段は挨拶すらカミカミなのにテンション上がったらああいうこと口走っちゃうかな」

 

「き、緊張が一周回っちゃって……」

 

「でもボクとか地域の子どもとかには普通に話せるよね」

 

 まあそれはお前たちのおかげというか、お前たちだからというか。

 

「じゃあとりあえず、ヒロはちゃーんとSNSアカウントの方でも謝罪ツイートを呟いたあと、配信の方でもリスナーと相手方にも謝っておくこと。

 ありがたいことに相手の方は気にしないよ〜って言ってくれているからそっちへの感謝も忘れないように。……できるよね?」

 

「え、まあ、明日までには……」

 

「ヒロ?」

 

「今日やります」

 

「よろしい」

 

 どうにも藍子のこのじとっとした半目には弱い。なんか長年に渡って染み付いた苦手意識みたいなのが掘り起こされる。

 

「それにしても、はあ……」

 

 藍子の今日何度目かのため息に俺と木綿季の視線が集まる。

 

「ヒロ、もうこれがいい機会だし配信やめてもいいんじゃない?」

 

「え、嫌だが」

 

「再生回数だって最近は伸び悩んでるって言ってたよね」

 

「いやだいやだ! 俺はこの巨大な自己承認欲求を慰める手段としての実況配信を愛してるんだ〜〜」

 

「生み出すプラスとマイナスが釣り合ってないと思うんだけど……」

 

 いや褒めてくれる時もあるんですよ。まあ最近炎上続きすぎてかなり呆れられて来てる面もあるんだが。

 

「ネタだって最近はマンネリみたいだし……」

 

「う」

 

「炎上しても以前ほど話題にもならなくなってきてるし」

 

「ぐ、ぐううっ」

 

 パンチ強いって。これ以上は死んでしまう。

 

「そういえばヒロってライダー好きなのに配信では全然そういうネタとか使わないよね。ボクら相手にはよく言うのに」

 

「言われてみれば、なんでやらないの?」

 

「だ、だって、は、恥ずかしいだろ……もう高校生なのに」

 

「一年で20回近く炎上してる方が100倍恥ずかしいと思うよ」

 

 だからパンチ強いって。

 

「私はそんな無理してやる必要ないと思うけどなあ。ね、ユウもそう思わない?」

 

「ボク?」

 

 尋ねられた木綿季が俺と藍子の顔を順番に見つつちゅるんとうどんをすする。

 こらっやめろ! うどんのつゆがこっちにとんだ! 

 

「んー、ボクは別に辞めなくてはいいかなあって思うけどな」

 

「でも」

 

「だってボクヒロの配信好きだし! 全部は見てないけどたのしそーなのがいいよね」

 

 そう言ってニパッと木綿季が笑った。

 

 木綿季……。

 

「お前……わかってんなあ〜〜!」

 

「ふっふーん、頭撫でてくれてもいいよ」

 

 撫でちゃる撫でちゃる。うどんのつゆがかかったのも許しちゃる。俺は俺のファンには優しいのだ。ただでさえ最近減少傾向にあるからな……。

 

 手を伸ばして隣に座っていた木綿季の頭を撫でる。

 

 わしゃわしゃ。

 

 うむ、撫で心地がいい。なんか大型犬触ってる感じ。

 

「……私だって、別に……」

 

「ん、姉ちゃんなんか言った?」

 

「べーつに。ごちそうさま」

 

 藍子が十字を切って食後の祈りを捧げる。

 

 木綿季と藍子は敬虔なクリスチャンである。

 だからこうして食事の前と後にはお祈りを捧げる。

 

 かく言う俺はバリバリの仏教徒なので特にお祈りとかはない。ごちそうさまはちゃんと言うようにしてるけどな。

 

「ごちそうさん、よっこいせっと」

 

 じゃあ今のうち洗い物だな。木綿季はまだ食ってるし藍子のだけでいいか。

 

「あ、自分でするよ」

 

「飯作ってもらったしいーよ。ほれ器」

 

「でも料理はヒロのお母さんに頼まれてるからだし……」

 

「ったく、真面目なやつだな、俺がいいって言ってんだからいいんだよ」

 

 ひょいっと藍子の前から器を取るとスポンジを手に洗い始める。

 俺は母子家庭も長い。この程度のことは訳ないぜ。

 台所に立つ俺……いい……天の道生きれそう。あとは割烹着だな。

 

 俺がうどんの器を洗い終わり後で拭こうとシンクに立てかけようとすると、いつのまにか隣にいた藍子が布巾片手にこちらに手を伸ばしていた。

 

「ん」

 

「ん」

 

 洗い終わった皿を渡すと、それを藍子が布巾で拭く。

 

 まあ二人でやった方が早いからな。

 

 ざばざばと俺がうどんをゆでた鍋を洗っているとき、横合いからそーっと器がシンクに置かれる。その手が途中でぺちん、と藍子に叩き落とされた。

 

「あいたっ」

 

「こらユウ、どさくさに紛れてヒロにお皿洗わせようとしない」

 

「あー、バレちゃった?」

 

「いや見えてたからなバリバリ」

 

「ヒロのおかーさんの時はバレなかったのに……」

 

 それはたぶん見逃してくれてんだよ。

 

 悪戯がばれた子供のようにてへっと舌を出す木綿季。

 

「ったく、しょうがねえなあ。ほれ、皿かせ。洗ってやる」

 

「あ、やりぃっ、ヒロ愛してるっ」

 

「はいはい俺もだよ」

 

「もう、ユウったら」

 

「ヒロが洗ってくれるっていったんだもーん」

 

「その代わり夜の皿洗いは木綿季な」

 

「えぇぇ~~」

 

 ブーブー言いながらも、木綿季はそれ以上は文句は言ってこない。いつものノリで行けば夜になったらなんだかんだいいつつ誰かが手伝ってくれることを知っているのだ。

 それはもちろん俺も藍子もわかっているので今のは半ばじゃれあいみたいなものってこと。

 

 しばらくリビングの椅子に座ってぼーっと俺たちが皿を洗うの見ていた木綿季が、あれ、と声を漏らした。

 

「ヒロ、オーグマーは?」

 

 オーグマー? それならいつものように耳に……ねえな。

 

「はいタオル」

 

「あ、サンキュ」

 

 丁度洗い物が終わり、藍子から受け取ったタオルで手を拭きつつ左耳あたりに手を伸ばすが、いつもの硬質な感触は帰ってこず代わりに少し硬めの髪の感触。

 

「あっれ、どうしたかな……」

 

 とんとんとこめかみを叩くが特に思い出せない。えーと、最後に着けてたのいつだっけ。

 

「また無くしたの? もう、あれ安くはないのに」

 

「いや、そういうなよ藍子、こう、朝枕元にあったのは覚えてるんだが……」

 

「週一でそれ言ってるよ? いつも過去の自分と心理戦してるじゃない」

 

「面目ない……」

 

 今日はやたらと藍子に叱られる日だ。

 

「まったく、ヒロはほんとに仕方ないんだから」

 

「そーだそーだー、姉ちゃんもっと言ってやれー、ボクはまだオーグマー持ってないのにずるいぞー」

 

「お前は誕生日でゲームしたさにアミュスフィア選んだから仕方ないだろ」

 

 藍子は便利さの面からオーグマー買ってもらってるわけだし。

 

『オーグマー』。

 これは大企業『カムラ』から発売されている拡張現実型端末の名前だ。

 耳に引っ掛けるイヤホンみたいなやつで、これを付けると現実が拡張……簡単に言うと虚空で指を滑らせるだけでネットとか使えたりする。めっちゃ便利。

 発売当初はすげえ高かったけどそれも企業努力とその技術に目を付けた政府の後押しを受けてかーなーり手ごろに。

 今では子どもからお年寄りまで随分普及し、木綿季みたいにスマホみたいにモニタのあるデバイスしか持ってない人の方が少ないかもしれない。

 

 聞いただけだともう骨とう品になってるナーヴギアやアミュスフィアに似てるかもしれないけど、半ばゲーム専用となってる二つに比べるとオーグマーは日常生活に根付いた。自分の視界をそのまま録画する機能もあるから俺みたいな配信者には必需品だ。

 一部のゲーマーなんかはその情報が出た時には新しいゲームハードとして期待してたみたいだけど、まあそれもあんまり振るわなかったんだよな。

 ……まあ、それも()()がリリースされるまでの話になるんだけども。

 

 ん、というか配信? 

 

「あっ、部屋だ!」

 

 そういや炎上してキレた時に投げ捨てた気がする! 

 

 壊れてなければいいなあ……。

 

「俺今から部屋に戻ってオーグマーとってからそのまま配信すっから」

 

「ん、OK。あ、あとで買い物行くんだけど鍵はどうしたらいい?」

 

「あー、木綿季このまま俺んちいる?」

 

「いやあとでアミュスフィアでアスカ潜るから家に帰るかなー」

 

 アスカ……アスカエンパイアか。確か最近木綿季がしてるVRMMOだ。

 

「んー、じゃあ俺の持って行っていいぞ。ほい」

 

「ん、じゃあ預かるね」

 

 藍子にキーケースから出した俺の鍵を渡すと、二階の自室に戻る。後ろから木綿季もついて来る。

 

 何で? 

 

「俺今から配信するって言ったよね?」

 

「見てちゃダメ?」

 

 いいわけないんだが。

 アスカエンパイアやるんじゃなかったのかよ。

 

「はいはい、帰った帰った」

 

「あ、じゃあ配信LIVEでやるんだよね? それは見てもいい?」

 

「ダメだ」

 

「えー、なんで~~」

 

 だって、カッコ悪いし……それを木綿季や藍子に見られるのは、なんか、いやだ。

 見ていいやつは見ていいっていうから我慢しなさい。

 

「とにかくダメなものは駄目だ」

 

「ええ~、なんでさ~~」

 

「ええい、俺に質問するな!!!!」

 

「突然キレるじゃん……」

 

 特オタの定めだ諦めろ。

 

 ぶつくさ文句を言う木綿季が、入ってきた扉ではなく、その反対の窓(俺が飛び降りようとした方でもない)を開ける。

 

 そこに広がるのは視界一杯の青空―――ではなく、隣りの家の白い壁、そして窓。

 

 木綿季はその窓に手を伸ばすと手慣れた様子で外側から開けた。

 

 お前なあ……。

 

「い、いいじゃん! だって下に降りるより近いし、お隣さんなんだから」

 

「落ちたら危ないだろ。最近は確かに調子いいけどお前は―――」

 

「あーもう心配性だなーっと!」

 

 ぴょんっと木綿季が窓枠に足をかけると一跳びで窓を飛び越えて隣の家の窓の向こうの自室に着地した。

 

「木綿季選手、10点」

 

 そして俺にサムズアップ。こいつサムズアップよく似合うなぁ。

 

「……今に始まったことじゃねえからもう強くは言わねえけど、俺が窓開けてそっちに来たらーとか考えないわけ?」

 

「特に?」

 

 こいつ俺のことを男として見てねえな。

 

「あ、それにもしヒロがこっちに来て変なことしたらじつりょくこーしに出るかな。ボクつよいよー、なにせアスカのPvPでは負けなしだからね」

 

「ちなみにどのような?」

 

「んー、まず股の間に蹴りを入れて……」

 

「もういいです、そっちには絶対入らないことにします」

 

 しゅっしゅっとシャドーボクシングをする木綿季の言葉を遮る。

 たぶん冗談じゃないからな、これ。

 

 じゃあねと手を振ってくる木綿季に手を振り返すと窓を閉じる。

 

 オーグマーは……あ、やっぱベッドの下にあったな。なけなしの理性でベッドに投げててよかった。

 さてさて壊れてないか。

 げ、ちょっと外装が割れてんな。中身は無事なことを祈る。

 

「耳に装着して少し長めに瞬き二回……お、ついた」

 

 耳に機械音が響いたのは一瞬。瞬き二つの間にAR技術の粋であるオーグマーは起動し、俺の視界に無数の画面が広がった。

 

「んー、システム面に変わりはねえ、か?」

 

 ついついと虚空に指を滑らせつつこめかみを叩く。

 

 正直こういう難しいシステム面は俺にはどうにもできんからな。

 

 視界に浮かぶアイコンをいくつか触って機動と動作を確かめていく。

 

「3Dモデリングソフトとデータの方も大丈夫そうだな」

 

 うん、あれもこれも消えてないな。

 これ消えてたら割とマジで泣く。冗談抜きで俺のここ二、三年の全てですからね。

 

「じゃあSNSに謝罪ツイートでも載せるか……」

 

 こういうのはその後の対応めちゃ大事だからな……これにミスったら種火増えていくからマジで大事よ、マジで(切実)。

 

 いつものように謝罪文を載せた後は次回の配信の予定も呟く。本当は少し時間を空けた方がいいんだが俺のチャンネルに関しては初めてのことでもないし、何より炎上相手が今回のことはネタとして流してくれている。

 

 なら俺もそれにのっかたっ方がいいだろう。

 

 でも、俺が悪かった、迷惑をかけてしまったってスタンスは崩さない。

 なにせ120%俺が悪いですからね……。

 

 俺の罪を数えろ。

 

 まあとりあえず配信準備だ。内容は……そうだなあ、次はなるべく穏便に終わらせるためにゲーム配信にでもするか。適当なところで切り上げられるし。ゲームは最近買ったアクションゲームとかにしとくか。

 

 んじゃあ俺手製の3Dモデル取り出して、ポチポチっと。対面にカメラ置いて、よし。

 最近導入した顔認証の3Dモデル選択も問題なさそう。オーグマー様様だ。

 

「あーあー、よし、挙動に問題はないな」

 

 ぐっぱぐっぱしてみると、拡張された俺の視界の端で、同じように銀髪でオッドアイのバチクソなイケメンが同じ動作をする。

 

 これが俺のアバターである。何度見ても顔がいい。ガキの頃からコツコツ3Dモデル作成の勉強をしていたのだが、こういったことに役立つのは嬉しい誤算だった。

 

 まず話す内容をまとめよう。まず謝罪と、そしてこれからの方針だ。

 謝罪に関してはさっきSNSに載せたのを基本にして、そして付け加えつつ、ええいもう書き起こそう。そっちの方が確実だ。俺のことは基本信用ならんからな。

 

「……っとやべえ、告知時間まで後少しだな」

 

 少し書きすぎた感じもあるが、まあ問題ないだろう。

 

 ちょっと滑舌練習しておこう。あえいうえおあおおあいえういえあ。よし、悪くない調子だ。

 

「配信準備完了」

 

 オーグマーよし! アバターよし! カンペよし! 

 

 うっし、行くぞ! 

 

 

 

 

 

「え、えと、こ、こんばんわ、あーー、あっ、ヒロです」

 

 待ってたゾ。

 親の顔より見た炎上。

 もっと親の炎上見ろ。

 親の炎上ってなんだよ。

 

「あ、は、はい、えーと、今回、はい、今回は俺の軽率な発言で相手方に大変なご迷惑、そしてそのファンの皆さんに不快な思いをさせてしまったことを謝罪させていただきます」

 

 今日はいつにもましてカミカミ

 ここまでは普通

 銀髪オッドアイ(笑)やけどな

 

「以後こういったことがないように気を付けたいと思います。すみませんでした」

 

 月に一回この謝罪聞かないとやってられねえな

 今回はよく燃えたよな

 相手も大手だったからナー

 

「じゃあ気を取り直して……おっすおっす俺参上、配信者のヒロです。というわけで、今日はこのゲーム配信していこうと思います」

 

 おっすおっす

 惨状の後に参上

 それライバーのシリカとかもやってたよな

 

「キャラは、今日はこいつで」

 

 玄人好みのやつ行くな

 まあヒロ下手ではないからな

 

「―――っし」

 

 お、ナイスプレイ

 綺麗にコンボ決めたな

 炎上せんければ人来んなー

 

「──っ、はい、じゃあここでパンチを、あっ、くそっ、見えてんのに」

 

 コメントどのタイミングで見たかわかりやすくて草

 人の目気にしすぎなんだヨ

 

「あーーーー屈伸煽りしやがって! 腹立つ!」

 

 お、エンジンあったまってきたか

 まあ昨日の今日だしそこは気にしてるやろ

 

「…………」

 

 喋らなくなって草

 今日は集中しちゃうと話さなくなる日かあ

 気持ちはわかる

 20戦目終わりか

 

「ふー、今日は最後に勝てたのでこれで終わりにします」

 

 gg

 乙乙

 

「じゃあ今日も配信を見に来てくださってありがとうございました」

 

 はーい

 お疲れー

 ん? 配信切れてなくね? 

 気づいてなさそう

 

「あーーーーーー、ありがとうございましたじゃないが? もっと気の利いたこと言えや……向いてねえ……人間に向いてねえ……人類に必要な能力全部落としてきた……」

 

 wwwww

 音声切れてないよー! 

 普段こんなこと言ってんのかw

 これは草を禁じ得ない

 

「オーグマー耳に付けてると痛いな……外しとこ。んー、ついでに散歩にでも行くか」

 

 あれいなくなった? 

 おーい

 もしかして配信機材そのままで外出た? 

 じゃあさっきの音扉の音? 

 そんなことある?????? 

 まあだれにでもうっかりはあるから(震え声)

 今回は割と参ってたんやろなあ

 ……これいつ終わるんだろ

 さあ、ヒロが家に帰ってくるまでだから一時間とか? 

 ん? なんか声しね? 

 

「おーいヒロー、そういえばゲーム借りたかったんだけどーってあれ、いないや」

 

 女の子の声? 

 彼女か? 

 

「オーグマー落ちてる。配信もう終わったのかな」

 

 終わってません

 終わってないんだなあ

 

「こっそりつけちゃお」

 

 !? 

 !? 

 アイエエ美少女アバター?! 美少女アバターナンデ!? 

 なんでアバター切り替わってるの? 

 紫ロングの……なんか雰囲気アスカっぽい? 

 

「えへへー憧れてたんだー……ってわ、何この画面!?」

 

 こんにちわー

 声かわいいね? 何歳? どこ住み? てかSNSやってる? 

 

「わ、わ、文字が流れてる……は、早くて目が回りそう」

 

 なんか初々しいな

 てか普通に声だけじゃなくてアバターもかわいいな

 ヒロ口だけじゃなかったんやな

 昔一回やった3Dモデル作成配信めちゃめちゃ指示厨湧いてやらなくなったもんなあ

 

「え? ヒロのこと知ってるの?」

 

 まあここのチャンネル主だし

 たぶんオーグマーの人物認証システム使ってるんダロ。あれカメラ内にいる顔を認証して設定しといたアバター割り当てる奴だから。この子が入ったときに自動的に切り替わったんだと思う。遅レスすまんナ。

 解説助かる

 

「あ、じゃあこれがいつもヒロがやってる配信なんだ? へえ~、すごいなー」

 

 お目目キラッキラ

 やだこの子かわいい

 なあもしかしてだけど、君ヒロの幼馴染? 

 

「あ、ボクのこと知ってるんだね。ヒロ時々口滑らせるもんね」

 

 ボクっ娘幼馴染!?!?!?!? 

 実在したのか(戦慄)

 幼馴染って現実にいるんだ

 というかどうやって入ってきたの? 

 それ

 扉の音しなかったよね

 

「どう……? 窓から?」

 

 もしもしポリスメン? 

 マックスダイソウゲン

 

「いや違うって! お隣さんなの! それでボクとヒロの部屋は窓が隣り合ってて、そこを、ぴょーんと」

 

 窓越しに自分の部屋に来るボクっ娘幼馴染!?!?!?! 

 属性過多すぎる

 宇宙猫顔

 ただの炎上野郎だと思ってたのにひでえ裏切りだ

 24回目の炎上かと思ってたがなんかものすごいことになってきたな

 同時接続者増えてるね

 幼馴染と聞いてきました

 

「あ、この増えてる数が今見てくれてる人なの?」

 

 せやで

 

「はえ~、こんなにたくさん。いまこんなにたくさんの人に見られてるって思うと緊張しちゃうや」

 

 それにしては堂々としてる

 配信者向いてるんじゃない? 

 

「あー、ボク割と学校でもどんどん発表しちゃうからそれのせいかも。あ、そうだ! ね、ちょっとやってみたかったことあるんだけど今やってみていい?」

 

 いいよ

 なにかな

 ワクワク

 

「こほん」

 

 咳払い助かる

 既にいい

 

「おっすおっすボク参上! 配信者のヒロでーす! 今日は来てくれたみんな楽しんで行ってね! ……えへ、おわり! これ一回やってみたかったんだ。みんなきいてくれてありがとっ」

 

 かわいい

 かわいい

 かわいい

 かわいい

 

「か、かわいい、ってボクが? もうお世辞はやめてよ~」

 

 にっこにこで草

 くぁわええ

 ほんとうやで

 おじさんスパチャしちゃうぞー

 ヒロが収益化とおしてないのが悔やまれる

 

「あ、そういえばみんなはヒロのチャンネルのふぉろわー? なんだよね」

 

 そうだよー

 俺は違うけど君がこれからも出るならチャンネル登録します

 俺はもうした

 ヒロより君が話した方が人気出るよ

 煽り耐性が低すぎる

 

「まあ、確かにヒロは困ったことも多いけど……でもいいところはいっぱいあるんだよ、今日も昼ごはんのお皿洗ってくれたし」

 

 当然のように昼ご飯一緒に食べてる

 まあ根は悪いやつじゃないのはわかるんだけどネ

 ゲームの腕は割といい

 そうなん? 切り抜きでしか知らん

 何する人? 

 好きなものの話の時は割と饒舌

 

「あ、だよね! こっちじゃあんまりうまく話せてないけど面と向かって話せば明るくて面白いよ!」

 

 えぇ~ほんとにござるかぁ~

 ウソダドンドコドーン

 

「ほんとだってば。ボクもねー、ヒロがライダーの話とかしてるのは結構好き。楽しそうだしね。あー、好きなんだなーってわかるとこっちの胸までほんわかしちゃうよね」

 

 こっちまでほんわかしてくる

 ええ子や

 飴ちゃん食べな

 ああ、いつもの俺参上ってそういう

 

「……あ、これ配信では隠したいって言ってたんだった! ナイショね、ナイショ!」

 

 さらっとばらされてて草

 いやまあなんとなく察してた

 特オタの気持ち悪さはにじんでたもん

 ン我が魔王

 

「あ、君たちもそう思う? ヒロ小さいころから特撮にどっぷりだったせいか配信の時もちょくちょくそういうセリフでてくるよね、ふふっ」

 

 隠してた秘密がどんどんばらされていく

 君もこのチャンネル見てたんだ

 

「ふふーん、もちろん! なにせヒロのチャンネルの登録者の一番と二番は僕と姉ちゃんだからね!」

 

 思いのほか古参

 先輩靴舐めます

 お姉さんもいるだって!? 

 

「……まあ、全部は見れてはないんだけど」

 

 しゃーない

 ヒロ結構投稿頻度高めだもんな

 まあノリに乗ってるジャンルだしちょくちょく出しときたい気持ちもわかる

 でもユナちゃんという絶対王者いるからな・・・

 

「あー、ユナちゃん。昔ヒロめちゃくちゃ好きだった子だ」

 

 へえ

 初耳ダナ

 てか同接すごくね? 

 

「いやもうきいてよ~、昔はヒロはね―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうねえ、道が分からなくなっちゃって」

 

「あー、いいんすよこんくらい。人間は助け合いっすからね」

 

 はいおばあちゃん荷物。お孫さんにそのおはぎたくさん食わせてやってくれよ。

 

「そろそろ家帰るかあ」

 

 ぼちぼち木綿季が薬飲む時間だしな。大丈夫だと思うけど一応近くにはいておきたい。

 

 体を軽く動かしたおかげで腹も空いてる。夕飯がおいしいぜ、こりゃ。

 

 ん? あそこにいるのは藍子か? 

 

 なんで外に……そういや買い物に行くって言ってたか。

 

 声かけて荷物持ちでもやるか。

 

「おーい、藍子ー」

 

 あ、目あった。

 

「ヒロ!?」

 

 え何めっちゃずんずんこっちに来る。何かしたか俺? もしかしてこの前洗濯機に靴下裏返しでいれた事? それとも藍子の本読んでるときにチョコとんで染みになったこと? うぎゃーごめんなさ―――。

 

「ヒロ自分のチャンネルがどうなってるか知ってるの!?」

 

 はへ、チャンネル? いや、その燃えたって話なら、申し訳ないというか。

 

「その顔、本当に知らないんだね。ほら、見て!」

 

 ずいっと俺の目の前に藍子が携帯端末の画面を押し付けてきた。

 

『あの大人気ゲームSAOの終了から一年! SAO次の舞台は──』

 

 CMを見ろってことでもないだろうし、ほいスキップ。

 

 そしてスマホの画面には、いつものように閑散とした俺のチャンネルが……俺の……チャンネル……。

 

「はああああああ!?!?!?」

 

 見たとたん頭が真っ白になって俺は自宅まで走る。

 

 何何何何何何何が起きてんの!? 

 

 家だ。家が見える。玄関を手で開けるのもまどろっこしく扉をけ破るように中に入ると自室まで駆け上がっていく。

 

 何がどうなってあんなことになってんだ―――! 

 

「木綿季ィィィィィィイイイイイイ!」

 

「わ、ひ、ヒロ!? な、なんで」

 

「ここが俺の部屋だからですが!? てかなんでお前俺のオーグマーで配信してるんだよ!」

 

「ぼ、ボク悪くないもん! これ付けたらなんかすごい文字とか流れててみんな話しかけてくるから」

 

 なんで配信切れてないんだ!? 。押し損ね……いややっぱシステムのどっか壊れてたのか? 

 

 あーもうそれより! 

 

「返してもらうぞ」

 

「あっ」

 

 木綿季の頭からオーグマーを引っこ抜くと自分に付け直す。

 

 よっ

 おかえり

 かわいい幼馴染ちゃんですね

 炎上(ガチ)から炎上(バズ)になった男

 女の子のアバター作るの上手いね

 まさか炎上後復帰配信にこんな隠し玉があったとはこの李白の目をもってしても見破れなんだ

 ライダーオタクらしいな

 その子マジで幼馴染? 

 

「どどどど、同時接続者、いつもの五倍以上……」

 

 俺のチャンネル登録者数三桁とかだぞ……? 

 

「嘘だろ。え? マジ? 何が起きたんだ?」

 

 俺に質問するな! 

 戸惑ってて草

 そうなるわな

 一時間前の三つの出来事! 

 祝え! 炎上魔王の誕生を! 

 

「なあ、なんかこう、ライダーネタ多くない……?」

 

 でも好きやろ? 

 今も玩具買ってるんでそ? 

 こっそり部屋で変身してるって

 

 変な汗が出てくる。俺が特オタだということは隠していたはず。

 

「……木綿季、お前何話したの」

 

「ひゅ、ひゅー、ひゅひゅー」

 

「へったくそな口笛でごまかすなァ!」

 

「いひゃいいひゃい別に普通だよお~、今日のお昼ご飯のこととかゲームのこととか~、あ、あとヒロが仮面ライダー好きなこととか?」

 

「それが問題なんだよおおおおおおおおおお」

 

 くさ

 魂からの叫び

 頭抱えちゃったゾ

 

「でも好きでしょ、ライダー」

 

「大好きだけど!!!」

 

「ならいいじゃん」

 

「俺はここじゃちょっと強いクールな配信者で通してんだよ!」

 

「ぷっ、君がクール(笑)とか」

 

「やかましいわい! お前のせいで俺の評判はボドボドだ!」

 

 無口で配信してた人間だと思えないキレキレのレス

 炎上野郎からの変身

 特オタだけに変身が得意ってか

 まああの子の話聞く限りこっちが素なんちゃう? 

 

「いやそれにしても多いって!」

 

 木綿季のかわいさだけで超えられるレベルじゃないから! 

 

 きづいてないん? 

 SNS見てみなよ

 

「SNS……?」

 

「! ひ、ヒロ! こ、これ! み、みて!」

 

 おいこらスマホを押し付けるな。近くて何も見えやしないんだよ。

 なんとか木綿季を引きはがしつつスマホを受け取る。

 これは……茅場晶彦の公式アカウント? あの、SNS始めましたしか呟いて……な……い……。

 

 

 

  茅場晶彦さんがリツイート

ヒロ@配信者/@hero-sannjyou

 本日15:00からゲーム実況します。その前にいろいろお話なども。

#配信 #配信者とつながりたい

 

@  ↺281  ♡651  …

 

Reply to @hero-sannjyou

 

 

「ほ?」

 

 えと、あのあのあのあのあのあのあの、見間違えじゃなければ、その、俺の配信開始ツイートの通知画面、「茅場晶彦さんがリツイート」って書いてあるんですけど。

 

 え? 見てんの、茅場晶彦? 

 

「……もう考えるのはやーーーーめたっ」

 

 思考放棄してて草

 これ、現実ですよ

 ちゃんとエンジンいれろ

 

 ええい、もういんだよ! それより。

 

「えーと、今日は来てくれてありがとうございます!! 今日の配信は終わりです!! 今後のことはまた公式アカウントの方からアナウンスします!!」

 

 やけくそで草

 またその子出してね

 むしろヒロはもうでなくてもいい

 

「うるさい! 解散! 解散だこの野次馬ども! ぶぶ漬け!」

 

 今度こそ完全に配信停止ボタンを押す。

 そしてチャンネルを確認。よし、終わってる。

 

「あああああぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁあああ」

 

 え? どうする? まあ俺の特オタばれはいい。俺だし。でも木綿季はアウトだ。

 

 オーグマーの視界に固定してあるカメラからの映像は今も俺の銀髪オッドアイのアバターと、()綿()()()()()()()()()()()()のアバターが並んでいる。

 

 ぐむむ、木綿季のリアルの顔が出てないのは不幸中の幸いだけど、これもう絶対録画して切り抜かれてるよな……。

 

 ぬおおおお、絶対次から木綿季出せって言われるぅぅぅううう。

 

「ねえ、ヒロ」

 

「なんだよ木綿季俺は今この事態をどうするべきかモーレツに悩んでる最中でだな」

 

「あ、やっぱそのことで悩んでたんだ。でもその心配ならいらないよ! ボクいーこと思いついちゃった!」

 

 とんとん、と指で肩を叩かれ、顔を上げて、悟る。

 

 このキラッキラの顔。

 

 はあ、だよな、そうなるよな。

 

「ボクもヒロと一緒にやりたい! 配信者!」

 

 

 

 ──これは大人気VRMMOソードアート・オンラインのサービス終了から一年が経ち、緋彩英雄、紺野木綿季、紺野藍子が16歳となる、とある夏の日の思い出だった。

 




  

「緋彩英雄」 ひいろひろ
高校一年生。英雄でヒロ。生粋のラオタで炎上常習犯。
最近の自慢はやってるソシャゲで最高レアが単発で出たこと。SNSで呟いたところプチ炎上した。

「紺野木綿季」 こんのゆうき
同じく一年生。双子の妹の方。
最近の自慢はやってるVRゲームで組み手百人斬りを達成したこと。

「紺野藍子」 こんのあいこ
同じく一年生。双子の姉の方。
最近の自慢は玉子焼きが上手に作れるようになったこと。


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既に配信者である者 配信者になろうとする者 それを横から見てた者

 

 

 時代を変える天才というのはどの時代にもいる。

 

 それは電球によって人類に光をもたらしたエジソンだったり、ダイナマイトによって世界に大きな影響を与えたノーベルだったり様々だ。

 

 そしてこの時代にも、そういう天才がいる。

 

 『茅場晶彦』。

 

 今の時代を語るうえで避けて語れない存在、それが茅場晶彦だ。

 

 学生の頃からめきめきと頭角を現し、大学にいた間での研究片手に当時零細ゲーム会社であった『アーガス』に入社。

 それとほとんど同時に第二世代フルダイブ型VRマシン『ナーヴギア』の発表、そしてそれを使った世界初のVRMMORPG『ソードアート・オンライン』の製作開始を宣言した。

 いや、このソードアートオンラインってのがものすごかった。

 ナーヴギア自体は一足先にゲームハードとして販売されてたんだが、いかんせん他の会社にはそれを扱うノウハウがない。

 けど、茅場晶彦は自分の設計を十二分に利用した、完全なる異世界をゲームに再現してみせた。

 

 まあ一部ではフルダイブで斬り合いとかして大丈夫かーとか、脳に直接リンクできるハードなんて大丈夫なのかーとかいう人もいたらしいけど―――()()()()()()()()()()()()()()()()

 まあいくらフルダイブって言ってもやっぱゲームだしな。そこまで現実と混同する人なんかもいなかったらしい。

 そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなの心配するだけ無駄だ。

 その後、ソードアート・オンラインは誰もが知る通りだ。社会現象になるレベルでバカすか売れて、ユーザーは年々増加。最初は高くて手が出なかった人も比較的安価のアミュスフィアが出ると物は試しと手を伸ばし、その世界の虜になって帰ってきたらしい。

 

 だが、そんなSAOも一年前に全100層のクリア。その半年後に人気絶頂の中サービス終了となり、多くのユーザーに惜しまれつつもその四年という歴史に幕を下ろした。

 

 それからは各企業後追いのようにVRMMOに精を出し、ALO、GGO、アスカといろいろ作られるんだけど……と、少し話がずれたな。

 

「まあとにかく、すげーんだよ、茅場晶彦とSAOは」

 

「そういえば、何年か前流行語大賞に入ってたもんね、SAO」

 

「そうそう。茅場晶彦は他にも医療の―――ん、今日の卵焼きうまいな」

 

「そ?」

 

「うむ、腕上げたな」

 

「じゃあヒロのお母さんに感謝かな。私和食全然作れなかったし」

 

「お前のお母さんは洋食がメインだったんだっけか」

 

「うん、だから和食は私もほとんど作ったことなかったなぁ」

 

「母さんも教え子がこんだけ料理上手くなって鼻高々だろ」

 

 うむ、やっぱうまいな。

 

「あ、でもめんどくさくなったらいつでもやめていいからな。お前らには体のこともあるし」

 

「ヘーキヘーキ。ヒロって、毎日お弁当の感想くれるから作りがいあるんだよね」

 

「おばあちゃんが言っていた……食事は一期一会、毎回毎回を大事にしろ、とな」

 

「へー、あのおばあちゃんがそんなことを」

 

「いや、俺のおばあちゃんは言ってない」

 

「どういうこと?」

 

 正確にはおばあちゃんが言ってたことを天道総司が言っていたのをテレビが言ってた。

 

「ま、きつくないならこれからも頼むぜ」

 

「ん」

 

 もむもむと藍子の作ってくれた弁当を食いつつ、廊下に目を向ける。

 おーおー、走ってる走ってる。高校でおんなじクラスでついでだからって藍子が弁当作ってくれなかったら俺も毎日ああだったかと思うと感謝してもし足りんな。

 

 ……木綿季どうしてっかなあ。

 

 まああいつはあいつで結構人懐っこいし、友達と食ってるだろ。弁当は藍子が作ってあげてるみたいだし。

 

 お、生姜焼き今日の味濃いな。俺好みだ。

 

 生姜焼きってこんな味かあ。

 

 肉をかじり、米を口に放り込んで、オーグマーをつけた視界に移る画面を二、三操作する。

 『茅場晶彦さんがリツイートしました』。

 うん、やっぱ夢じゃないな。

 

 ん、なんか藍子がこっち見てんな。どうした? 

 

「うーん、私はユウと違ってアミュスフィア持ってないからよくわからないんだけど、正直オーグマーの方が便利じゃない? みんな使ってるし」

 

「あー、まあそりゃそうなんだが……」

 

 ここら辺はちょいややこしいんだよな。俺もちょっとふわってるし。

 

「藍子はオーグマーの開発者知ってる? この前情〇大陸でちょっとやってたけど」

 

「ああ、ユウが飽きて途中で寝ちゃったやつ。確か重村教授だっけ?」

 

「そうそう、その重村教授って茅場晶彦の大学の教授なんだよ。今でもちょくちょく交流あるらしいぜ」

 

「ふうん」

 

「けどこの重村教授どっちかっていうとAR系のハードじゃなくてロボットとかパワードスーツとかそっち系の機械工学の人らしいんだよ」

 

「……それって、もしかして」

 

 お、なんとなくわかったみたいだな、さすが藍子。

 

「でな、オーグマーの基本システムはほとんどナーヴギアと同じなんだ。つまり、オーグマーはあくまでもナーヴギアから発展した技術の一つってワケだ」

 

「じゃあ重村教授が茅場さんに何かを教えたっていうより」

 

「ウム、たぶん重村教授が茅場晶彦の影響を受けたんだろうな」

 

「へえ~、茅場晶彦さんてすごいのね」

 

「ま、その茅場晶彦は最近は長めの休暇に入ってて何してるかわかんねえんだけど」

 

「へー、そういうことってどこでわかるの」

 

「いかがでしたかブログに書いてあった」

 

「そういうとこの情報鵜呑みにするから君はダメだって前言わなかったっけ」

 

 すんません。

 

「……まあ、そいうわけで何の気まぐれかは知らねえが、『茅場晶彦がリツイートした』って状況はチャンスではあるんだが」

 

「でもヒロあんま嬉しくなさそうだよね」

 

「そ~~~~~なんだよぉ~~~~~」

 

 いやね? これが俺一人ならいいよ? でもさあ。

 

「よりによって木綿季が出てるやつなんだよぉ~~~」

 

 もうあの配信はアーカイブにも残っていない。

 でもどっかのバカが作った切り抜き動画がSNSに放流されクソバズり、トレンドの上位に「幼馴染乱入」が食い込んだ。

 そのおかげで俺のチャンネルの登録者は爆発的に増加、なんか怖いから今日になってからはもうチャンネルは確認していない。

 

「はあ……俺の配信も見たことのないクソ馬鹿野次馬野郎どもが……人の晒上げには敏感に反応しやがってわかってんのかネットの充実とリアルの充実は反比例にあるんだからな……」

 

「こら、そういうこと言うから炎上するんだよ。昔それで袋叩きにあったこと忘れたの?」

 

「忘れてないです。はい」

 

 まだ俺が配信をしていないいたいけな少年であったころ、匿名だからとレス相手を安易に煽ったら死ぬほど叩かれまくったことがあった。果てには、当時のSNSアカまで特定された大変苦い思い出だ。

 そのせいで垢は消すことになるわ、藍子に「ヒロは二度と匿名チャットしちゃダメ」と叱られまくるわで散々だった。

 だから俺はもうそれ以降匿名チャットには触ってない。ちなみに木綿季は横で爆笑してた。

 

 ユゥキドラシルぜってえ許さねえ……! 

 

「でもいつでも現実逃避してないで真面目に対策考えなきゃなあ」

 

 まあ一応昨日の夜に対策は考えたが、やだなあ。

 

「ユウにはなんて言ってるの?」

 

「考えとく」

 

「絶対それ期待しちゃってるやつだよ」

 

「わーってるけど頭ごなしに駄目だって言って納得する奴でもないだろ。ったく、適当にあしらってるうちに熱引いたりしねえかなぁ」

 

「そういうとこはちょっとヒロに似てるよね、ユウ」

 

「お前らの方が似てるだろ、顔とか声とか、あと色々」

 

 おいなんだよそのため息は。

 

「もーいーです、ほらちゃっちゃとお弁当食べちゃってよ、私今日は図書館に行きたいから」

 

「あ、待て待てまだ最後に残しといた卵焼きがあるんだそれまで食わせてくれ」

 

 よしセーフ藍子がふたを閉じる前に何とか奪取に成功! じゃいただきます。

 

「ヒ―――――ロ――――――」

 

「あれ、なんか聞こえない?」

 

 そうか? 

 

 それより俺はこの卵焼きを―――。

 

「ねえねえねえねえ今度からの配信どうする~~~!」

 

「もぐええっ!」

 

 いきなり背中に飛びつくなぁ! ガキか! てか俺の卵焼き! 

 

 俺の箸からこぼれ、哀れ昼食最後の締めくくりとなるべきそれは雑菌だらけの床に落ちる。

 

「おっとと」

 

 ―――直前に、隣りの席に座っていたはずの藍子が素早く片手で受け止めた。

 

「「 おお~~ 」」

 

 これには俺の背中に引っ付いたままの木綿季と二人で拍手。

 すると藍子は照れるように笑みを―――浮かべたりしなかったですね。それどころかジト目で睨まれた。

 

 えーと。

 

「ナイス反射神経!」

 

「……いいからもう食べちゃって」

 

「もが」

 

 口に卵焼き突っ込まれた。

 

「いとうまし」

 

「あー、ずるーい、姉ちゃんの卵焼きボクも食べたかった~!」

 

「ユウの分はちゃんとユウのお弁当箱に入れといたでしょ」

 

「さっき教室からここまで走ってきたからおなか減っちゃった」

 

「どんだけこの教室に来るのに命かけてんだよ」

 

「でも自分のクラスじゃない教室に入るの緊張しない?」

 

「緊張してるやつの入り方じゃなかったでしょ君」

 

 お前俺の名前叫びながら飛びついてきたじゃん。

 

「……ほら、ユウ、ヒロから離れて。もう小学校の頃とは違うんだよ」

 

「えー別にいいじゃんヒロなんだし」

 

「良くないです。ね、ヒロ?」

 

「え、ああそうだな。ほら、クラスのやつも見てっから、ほら」

 

「うーけちー」

 

 ケチもくそもあるかよ。ほれ離れた離れた。

 

「やっぱり敵わないよなあ」

 

「あん? 藍子なんか言ったか?」

 

「んーん、べーつに? で、ユウは何しに私たちの教室に来たの?」

 

 何か用があったんじゃない? と尋ねられて、俺に首根っこを掴まれて引きはがされていた木綿季が「そうだった!」と目を輝かせる。

 

「ねえねえヒロ次の配信いつ!? ボクもう昨日の夜から楽しみで寝られなかったよ!」

 

「おいお前今は調子いいかもしれないけど夜はちゃんと寝ろって倉橋先生にも言われてるだろ」

 

「だいじょーぶだって! 気づいたら寝てたしなんなら授業中にも寝たし!」

 

「ユウ?」

 

「ひえっ、と、とにかくボクは準備万端ってこと! いつでもいけるよ、配信!」

 

 ぐっとサムズアップをしてくる木綿季。

 

「名前とかどうしよっかな。ヒロも本名だしやっぱボクもユウキとか? あ、頻度とかって」

 

「あー、木綿季、すげえ言いづらいんだけどさ」

 

「なになに?」

 

 うわーめっちゃ目きらきらじゃん。ムウ、すげー言いにくいけど仕方ねえか……。

 

「あ、もしかしてボクの体のこと心配してる? ふふーんそれなら大丈夫なんだなー、最近ではお薬もちゃーんと飲んで調子も良いし、普通の人とほとんど―――」

 

「悪いけど、俺配信者やめるわ」

 

「うん、そうだからボクもヒロと一緒に配信者をやめる―――てえええええええ!?」

 

 突然でかい声出すなよ。

 

「あ、わ、わかった、ここで「釣られちゃった?」とかいうんでしょ、もーヒロは本当に冗談が笑えないんだからー」

 

「いや本気」

 

「ま、またまたー……え、ほんとに?」

 

「最初に言っておく、俺はかーなーりマジだぜ」

 

「なななななんでぇ!?」

 

 木綿季が俺の真意を問いただそうと制服の袖をぐいぐいひっぱる。

 やめいやめい脱げるから。

 

「なんでって、言われてもなあ……」

 

「だ、だってものすごい登録者数増えてるんだよ!? クラスでも男の子たちが何人かヒロのチャンネルのこと話してたし!」

 

「もうそんな話題になってんのか、SNSすげーな」

 

「それにかやばさんに見られてるんだよ! やめちゃうのもったいないよ!」

 

「う、それは、そうなんだ、が」

 

「も、もしかしてボクと一緒にやるの、いやだった……?」

 

 なんか変な方向に行ったな。

 

「そ、そりゃそうだよね、ボク姉ちゃんみたいに女の子らしくないし、それにゲームもアスカくらいしかしたことないし、ヒロにだっていつもわがまま言ってばっかりだし、料理は下手だし……あと胸も、姉ちゃんのほうがおっきいし

 

「ゆ、ユウ!?」

 

「いやそういうことじゃない木綿季! お、俺は木綿季の胸も藍子の胸もどっちも等しく好きだぞ!」

 

「ヒロも混乱して変なこと言わないでよ!」

 

 こほん、取り乱したな。俺は木綿季の悲しそうな顔に弱い。いろいろ思い出しちゃうので。

 

 ……藍子の方が大きいんだ。

 

「どこみてるの」

 

「イエベツニ」

 

「……すけべ」

 

 いやいやいやつい見ちゃうものなんですよ、男ってのは。なので俺がことさらに悪いのではないと思うよ。

 恨むなら男をこういう風に作った神様を恨んでおくれ。

 

「ねえねえヒロお願いだよぉ~~、ボク配信者になりたいの~~」

 

「ええい抱き着くなって言ってるだろ、いいかげん年齢ってものを考えろ」

 

「だって最近のヒロボクが抱き着くとなんか甘くなるんだもん」

 

「確信犯かよこの野郎!!」

 

「ぷっ、ヒロっておこちゃまだよねえ~」

 

「今俺を笑ったな……!」

 

 きゃっきゃっとじゃれるように俺に組み付いてくる木綿季。

 やめいやめい最近クラスのやつらも「ああいつもの……」くらいで見るようになってんだ。

 

 あだめいいにおいする。

 

 助けて藍子! 俺はこのままでは押し切られてこいつと二人で配信者をすることになってしまう! 

 

「……しょうがないなあ」

 

 ため息交じりに藍子が立ち上がり、藍色のシュシュにまとめられたダークブラウンの髪がさらりと揺れる。

 

「ほらユウそろそろ教室に戻った方がいいんじゃない? 次一組は大崎先生の英語でしょ」

 

「げ、そ、そうだった……」

 

 大崎かあ。

 あの人自分の授業の時は五分も早く教室に来るからな。昼休みも例外なく。しかも教室がうるさかったら授業を難しくしやがる。

 優等生の藍子はそうでもないらしいけど、俺、あの人苦手。

 

 時間的にも大崎が来るならそろそろ教室には戻った方がいいだろう。お昼休みはこれでタイムアップってとこだろう。

 

 ……なかなか離れんな。

 

「はあ、わーったよ、仕方ねえなあ、とりあえず放課後な、放課後。その時にもう一回相談な」

 

「やたっ」

 

「でも勘違いするなよ、別に俺はお前と配信をするつもりなんて―――」

 

「もう教室に戻っちゃったよ?」

 

 早いんだよ。クロックアップしてんのか。

 

「でも、ヒロが配信をやめる、っていうのは私もちょっと意外だったかな」

 

「ん?」

 

「だって昨日までは『俺は自己承認欲求を慰める手段としての実況配信を愛してるんだ~』とか言ってたのに」

 

「よく覚えてんなあ……」

 

「それに木綿季のアバターも用意してたみたいだし、あれ暇つぶしに二、三日で作ったクオリティとかじゃなかったよ」

 

「む」

 

「もしかして、今まで言い出さなかっただけで、実は昔から木綿季と二人でやる気だったんじゃないの?」

 

「んなんじゃねーよ、偶然だ偶然」

 

「ほんとかなあ……」

 

 俺は確かに自己承認欲求を満たす手段としての実況配信を愛してる。それに木綿季用のアバターを作っておいたのも事実。

 が、俺がこの配信を始めた理由は別に『承認欲求を満たしたいから』ではないのだ。もちろんそれは『木綿季と二人で配信をすること』でもない。

 俺はその本来の目的が達成できないなら別にこのチャンネルに関してそれ程未練はない。

 

 ああ、ちっともない。全然な。まったく惜しくない。いやマジでな。

 

 そんなことを話していたら人がまばらに教室に戻り始め、全員が席に着くころには次の授業の先生が入ってきて生徒に声をかけた。

 

 この教科ごとに先生が変わるって仕組みも中学に入ったころは割と戸惑ったけど、高校にもなればもうずいぶんと慣れちまったなあ。

 

 ……いい天気だなあ。

 

「じゃあ次のところを……緋彩、読んでくれるか」

 

「え、俺っすか」

 

「このクラスに他に緋彩はいないだろう。聞いてたなら読めるだろう」

 

 こりゃもしかしたら聞いてなかったのバレてたかもな。いかんいかんこれ以上目をつけられる前に……げ。

 

「あー、すみません、俺……」

 

「忘れ物か……まったく、授業を聞いてなかったのに反省して隣の奴にでも見せてもらえ。じゃあ代わりに西宮」

 

「ええ、俺ぇ?」

 

 すまん西宮今度埋め合わせはする。

 

「あー、ということでいいか?」

 

「もう、忘れ物ないか朝確認しないからだよ。私がいつでも見せてあげると思わないこと」

 

 と、言いつつも藍子が机を俺に寄せて来てくれる。それに俺も同じように寄せつつ、机をくっつけて教科書を見せてもらう。

 ああ、そうそう昨日から銀河鉄道の夜だったな。

 ジョバンニとかんぱ……なんとかが銀河を旅する列車に乗る話。

 

 なんかデンライナーみたいだな。犬が苦手な赤鬼とか乗ってそう。

 

「―――」

 

 藍子まつげなげーなー。髪もさらさらだし、俺みたいな男とは根本的に違うんだろう。

 体のこともあるから少し肌が白すぎる気もするけど、まあ常識の範囲内だろ。

 

 しっかし、こうして横顔みてるとなんか懐かしい。デジャヴなんだっけなこれ―――。

 

「あ」

 

 木綿季の横顔だなこれ。しかも小学校の時の。

 少しおっちょこちょいのケがある木綿季は小学の頃はよく忘れ物をしていた。そのたんびに隣の席の俺が教科書を見せてたもんだ。

 木綿季とは小学六年以来一緒のクラスになってないからなあ。懐かしい感じがするわけだ。

 藍子は中学から高校までずっと同じクラスなのにな。不思議なこともあるもんだ。

 

 む、なんか脇腹ツンツンされてんな。

 

 ノートの端に、文字? 

 

授業はちゃんときかなきゃだめだぞଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧』

 

あまりにも隣にいる子が美人で気が気じゃないんだよ

 

あーだめなんだー、教科書忘れてるのに落書きなんて

 

俺は返事してるだけだから

 

ずるっこだ

 

 ずるっこ、か。

 こう言う時の藍子は少し言葉遣いが子どもっぽい。メールとかもこんな感じだし。

 

 ちら、と顔を上げてみる。

 先生は……板書でしばらくはこっち向かないか。

 ちょっとこのページの余白は埋まってきたし、まあここらへんでいいか。

 

そういうお前こそ優等生がこんなことしていいのか

 

みつかったらヒロのせいにするからへーき

 

その時は道連れだからな

 

えー

 

えーじゃない

 

 くすくすと少しだけ肩を揺らす藍子。

 そして赤色のシュシュで結んだ髪を手でくしくしといじりつつ、次の言葉を余白に記していく。

 ほっそりとした蝋のように白い指が藍子らしい丁寧な文字を紡いでいく。

 

なんでユウと配信やらないの( ,`・ ω´・)?』

 

 むう、今回はずいぶん聞いてくるな。

 

 いつもは俺の言い訳にはあんまり突っ込んでこないんだが、さて。

 

なんで気になるんだ? 

 

なんとなく

 

 言う気はなし、と。

 

 こうなるとたぶん俺から聞き出すまで諦めんなこれ。

 木綿季と言い藍子と言い俺の幼馴染は一度こうと決めたらなかなか曲げたがらんから困るぜ。

 

 うーん、正直これを言うのは気恥ずかしいんだが……仕方ねえか。

 

藍子がいないんじゃ意味ないから

 

「え?」

 

「紺野? どうかしたか?」

 

「あ、い、いえすみません。ちょっと、虫が」

 

 一瞬クラスの視線が藍子に集まったが、直ぐにそれぞれのノートに戻っていく。

 だが藍子はノートではなく、教室にふらふら視線を漂わせてから、俺の方を盗み見る。

 それに対し俺はシャーペンの先でノートをコツコツとたたいて答えた。

 

 何か言いたいことがあるんだろ? 

 

 藍子がくしくしと髪を触る。

 

それって、どういう意味? 

 

そのまま。俺と木綿季だけでやっても仕方ねえだろ

 

じゃあ私にやってって頼めばいいんじゃない? なんでそうしないの? 

 

 はあ、なんだそりゃ。

 

藍子人前に出るの好きじゃないじゃん

 

 確かに今の状況はチャンスだ。こんな大人数に注目されることなんてもしかしたら俺の人生で後にも先にもこれだけかもしれない。

 もしここで木綿季の力を借りれば俺は人気配信者の仲間入りだって夢じゃないかもしれない。

 

 けど、もし仮に俺と木綿季が配信者になれば、きっと藍子は疎外感を覚えるだろう。気にしないって言ってくれるだろうけど、きっと『藍子のわからない話』が増えてしまう。

 

 なら、たしかに藍子の言う通り、藍子も誘って三人でやれば問題は解決なのかもしれない。

 

()()()()()()()()()()()、だが。

 

 けど、藍子はきっと自分からやりたいと言うことはないだろう。俺が頼めば、木綿季を理由にすれば、きっと引き受けてくれるかも知れない。

 

 でもな、俺は確かに炎上配信者のクズでカスだが、自分の人気のためならなんでもやっていいなんて思うほど落ちちゃいないつもりだ。

 

 だから、俺は配信者をやめる。

 

 このままだと俺たち三人が、二人と一人になってしまう気がするから。

 

 それは、だめだろう。

 

 だって()()()()()()は幼馴染なんだから。

 

 なら、俺たちは『二人と一人』になっちゃいけない。

 

 俺たちはずっと三人なんだから。

 

 

 しばらく、藍子はじっと俺の書いた文字を見ていた。

 けどしばらくするとふっと顔を上げて黒板の方へと目を向け、かりかりとノートへ書き写し始めた。

 

 それっきり、俺にむけて何か言葉を書くことはなかった。

 

 けど小さく、

 

「そうだったんだ」

 

 とだけ呟いた。

 

 顔は、もう俺は外を向いてたからわからんが、まあ声はそんなに暗くなかったんじゃねえの。

 

 

 

 

第二話 既に配信者である者 配信者になろうとする者 それを横から見てた者

 

 

 

 

 放課後、驚いたことに、というべきか、やはり、というべきか木綿季は俺に配信者になりたいと頼み込んできた。

 

 が、少し昼休みと違うところもあった。

 

「これ、見て」

 

 木綿季が差し出したのは大学ノート。前10冊セットで買ったカラバリのあるやつ。

 中でもこの紫のノートはとっておきと言ってとっていたはずだったのだが。

 

「えーと、これは」

 

「何も言わずに読んで。お願い」

 

 じっと木綿季に見つめられると嫌だとは言えない。

 言われるままにノートを手に取りページをめくる。

 

「木綿季、お前これ……」

 

「ボク、昨日からずーっと考えてた。配信者ってどういうものなのかなとか、何をするとみんなが楽しいのかなとか、どうすればみんなと楽しめるようになるのかな、とか。

 でもボクそんなこと考えたこともなかったから、いろんな人の配信とか見て、やりたい事とか考えたこととかいーっぱいかいたんだ。あ、ヒロのも見たよ。よくわからないこともあったけど、でも、ボクなりにいろいろ書いてみた」

 

「上位の配信者の配信時間に、サムネ、あと題材に……視聴者のコメントまで見たのかよ。お前凝り性だな」

 

「だ、だってほんとにやりたかったんだもん!」

 

 木綿季が頭のリボンを触って、ふうと深呼吸。そして、俺を見上げる。

 

「昨日の配信、すごかった。ボクの言葉にみんなが答えてくれて、ボクが次話すことをみんなが見てた。オーグマーはあんなに小さいのに、そこから無限の世界につながれるんだってわかった」

 

「……」

 

「ワクワクした。ドキドキした。もっといろんなことをしてみたいって思った。だから、おねがいヒロ」

 

 目の前の髪と同じダークブラウンの瞳は真剣そのもので、その奥にはきらきらと輝くものが見えた。

 

 ……なんとなく、今まで木綿季は本気じゃないと思っていた。

 

 目の前にいきなり出てきたものにとらわれてるだけで、そのうち違うことに目が向くと思っていた。

 

 でも、これ見ちゃそんなこと言えねえよなあ。

 

 俺が本気でやめようとしてるなら木綿季だって本気で配信者をやりたいと思っている。

 

 でも、俺は―――。

 

「いいじゃんヒロ、一緒にやれば」

 

「藍子!?」

 

 俺さっき授業の時に言ったよな!? 

 

「だってユウ本気なんだもん。だから私はいいと思うよ、ユウが配信やるの」

 

「姉ちゃん……!」

 

「けどな藍子――むが」

 

「けーどっ」

 

 指で唇を抑えられる。

 

「ヒロとユウの二人でやるってのはちょーっと心配だから、私もやるよ、配信者」

 

「「 !? 」」

 

 今度は俺だけじゃなくて木綿季も口をあんぐり開けた。

 

「藍子お前今なんて……」

 

「だからやるよ、私も」

 

 そうすれば問題解決でしょ? そう藍子の目が言っている。

 

「お前いいのか、配信ってめっちゃたくさんの人に見られるんだぞ?」

 

「ヒロのことだしユウのアバターだけじゃなくて私のも作ってるよね? ならだいじょーぶだよ」

 

 確かに作ってはいるが……。

 

「そ、それにひどいこと言われるかも!」

 

「ネットだし、そもそも自分の顔も出さない人たちの悪口って気にする必要ある?」

 

「自信満々でやった動画が案外評価されなくてへこむかもしれん!」

 

「じゃあそうならないように三人で頑張らなきゃね」

 

「え、炎上するかもしれん!」

 

「そうならないように私もやるって言ってるんです。というかヒロが気を付けてくれればいいんだよ?」

 

 なら……いや、でも。

 

「ほんとに、いいのか?」

 

 藍子がくしくしと赤色のシュシュを触りながら、ふっと頬を緩めた。

 

「私たち三人は幼馴染なんだもん。ならいっしょにやるのは当たり前でしょ」

 

「……」

 

「それとも、ヒロは嫌だった?」

 

「そんなはず! ……そんなはずねえよ」

 

「そ。ならよかった」

 

 にこ、と藍子が笑うと、今までぼけーっと口を開けたままだった木綿季の口角が次第に上がっていく。

 

「どうした木綿季いきなりウォーズマンみたいに笑って」

 

「そ、そんな笑い方してないもん! どんな顔だよぅ!」

 

「プロテインを前にした万丈みたいな顔」

 

「ヒロの例えはわかりにくいの!」

 

 そうかな……そうかも……。

 

 でもマジでめっちゃ笑ってたぞ。

 

「その、あのさ、姉ちゃん」

 

「ユウ?」

 

「その、姉ちゃんもボクらとやってくれるの、配信」

 

「うん、そのつもりだけど……もしかしてお姉ちゃんと一緒はいやだったり」

 

「しないよ全然! ボクも姉ちゃんとできたら素敵だなやりたいなって思ってた!」

 

「もう、それなら言ってくれればよかったのに」

 

「でも、姉ちゃん、そういうの苦手かなって……」

 

「気にしてくれてたんだね、ありがと」

 

「にっへっへ……」

 

 木綿季の頭を優しくなでる藍子。

 こうして二人が並ぶと顔も背丈も全く変わらないのに藍子がお姉ちゃんに見えてくるんだから、姉妹っていうのは不思議なもんだな。

 

 不意に、くいくいと袖を引っ張られる。

 

「ヒロ」

 

 真剣な瞳だった。この瞳に見つめられると、「やらなきゃ」って気持ちになってくる。

 

「ったく、しょーがねえなあ」

 

 まったく、今日の朝まで俺はマジで配信やめるつもりだったんだぞ。

 でも、今の俺には反対する理由がなくなっちまった。

 なら、しょうがねえよな。

 

()()()()()みんながやりたいのなら、しょうがねえ。

 

「やるか、配信者、俺たち三人で」

 

「や、やったーーーーーーー!」

 

「ただ、やるからには最初からクライマックスだぜ?」

 

「うん! 望むところだよ!」

 

「もうほどほどにね? 私たちが参加する回からいきなり炎上とかは嫌だからね?」

 

「あいあい、でも三人になるならチャンネル名とかも変えるか? なんかいいのあるかな……」

 

「あ、ボク案あるよ! 昨日考えたんだ!」

 

 ぴょんぴょんと跳ねるように手を挙げる木綿季。

 ああ、ああ、木綿季、スカートが危うい感じに……あ、藍子がそれとなく抑えた。

 ウム、流石のおねえちゃん。

 

「ねえユウ、それってどんなの? 聞かせてほしいな」

 

「大丈夫か~? 木綿季は時々びっくりするようなこと言うからな~」

 

「む、死滅したネーミングセンスのヒロにだけは言われたくないよ!」

 

「はっはっはっは、死滅って冗談やめろよ……何で二人とも何も言わないんだ」

 

 え? 俺ってネーミングセンスないの? ウソダドンドコドーン! 

 

 打ちひしがれる俺をよそに木綿季は少し駆け足気味に前へ出て、そしてくるりと振り返った。

 

「じゃあ、言うよ、ボクらのチャンネル名」

 

 木綿季が、俺を見て、藍子を見る。そして、さっき俺に見せてくれたノートを大きく広げて見せた。

 

 

「チャンネル名は『スリーピングナイツ』! ボクが、ううん、ボクらみんながこの世界を冒険するための仲間の名前!」

 

 ──スリーピングナイツ。

 

 眠りの騎士団……いや、眠れる騎士たち(スリーピングナイツ)ってとこか。

 

「ま、悪くねえんじゃねえの」

 

「うん、お姉ちゃんすごくいいって思うよ」

 

「ほんと!? えへへ、なんかうれしいなあ~、あ、じゃあ初配信いつにする!? てか何する!? は、それよりボクってばオーグマーなんとかしなきゃ! ど、どーしよヒロ!」

 

 こらこらいきなりいろいろ聞くな。どれもこれから俺たちで決めるんだよ。

 

「まあでも、『何をするか』については割と選択肢は一択かもなあ」

 

 なにせこの中で経験者は俺だけだからな! 年季の違いってものを──む、なににやにやしてんだお前ら。

 

「だって、ねえ?」

 

「うん、ヒロさっきまでやめるって言ってたのに、ねえ?」

 

「ヒロ〜、実はめちゃくちゃボクたちと配信やりたかったんじゃないの〜?」

 

「―――ん、んなんじゃねえよ!」

 

「ほんとかなぁ」

 

 べ、別に木綿季と藍子と三人で配信はじめた妄想して細かに配信計画まで立てたりアバターの細かい修正とかしてないが? 

 

「へー、ヒロがねえ~」

 

「ボクらのためにねえ~」

 

 あーもう嫌だこの姉妹! 

 

「それでそれで?」

 

「ヒロはボクらのために何考えてくれたの? ボク知りたいなぁ〜」

 

「くっ、ARゲームだよARゲーム! 有名だしお前らも名前くらい知ってんだろ?」

 

「AR……っていうと」

 

「ごめん、私そういうの疎くて……」

 

「まーじかよ、S()A()O()だよ、SAO。コイツを使ってやる、SAOの()()()()

 

 そう言って、コンコン、と俺は耳にかけてある『オーグマー』を叩いて見せた。

 

 

 




 


《 ソードアート・オンライン 》
一年前にサービスが終わった大人気VRMMOゲーム。
空に浮かぶ鋼鉄の城「アインクラッド」をそこに住む冒険者として攻略していく物語で、メインのシナリオはないもののジョブなどに縛られないその自由さが大きな反響を得た。
全100層は四年をかけてプレイヤーによって攻略され、その半年後に惜しまれながらもサービスを終了した。
これにはこのゲームを作った茅場の意思が影響していたと言われている。

ボス自体には何度も挑戦できるものの最初の一回を倒したパーティおよびギルドには称号が与えられるため、ゲーム内でもフロアボス攻略に参加するのはトップランナーの資格の一つだった。

大小様々なキルドがあったものの特に有名なものは「血盟騎士団」「聖龍連合」「アインクラッド軍」「風林火山」などになる。

一部のトッププレイヤーは非公式広報の手によって二つ名も付けられている。
「黒の剣士」「閃光」「神聖剣」あたりはヒロでも知っているくらいには有名である。




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ここかァ、配信の場所はァ?

 

 

 

 

ヒロ@スリーピングナイツ[公式]/@hero-sannjyou

 本日14時からライブ配信します。

 今後の方針と、そして新メンバーのお知らせも行われる予定です。

 そして今日やるのはいま話題のあのゲーム! 

#スリーピングナイツ #配信 

 

@  ↺28  ♡56  …

 

Reply to @hero-sannjyou

 

 

 

「うっし、これで予告はOK」

 

 にしても反応はえーな。フォロワー数も前とは比べ物にならねえし、注目度も段違いってことか。

 きっと普段の何倍もの人に見られるし、何より俺の失言でこいつらにまで迷惑が―――。

 

「よくないよくない。こういうのは非常に良くない。いつもどおりが一番。そうだろ、俺の結末を決められるのはただ一人俺だけだ、そうだろ社長……」

 

「ヒロ、もしかして緊張してる?」

 

「は? おおおおおお俺のどこが緊張してるっていうんだにょ」

 

「まあそうやって最後噛むところかな」

 

「今俺を笑ったな……!」

 

「笑ってない笑ってない」

 

「何笑ってんだよ! (魔王感)」

 

「もう二人とも最終チェック終わってないのに遊ばないの。時間ないんだよ」

 

 と言いつつお茶をくれる藍子。

 

 それを受け取りつつ、オーグマーを起動する。

 

「ってアーチャチャチャチャチャチャチャチャチャアチャー!」

 

「わあ姉ちゃんヒロがお茶こぼしたぁ!」

 

「あーもうオーグマー触りながら飲もうとするから! ユウタオルタオル!」

 

「わ、わわ、た、タオルってどこにあったっけ。下? 下だよね」

 

「待て木綿季今立ったらお前の湯飲みが―――あっ」

 

「「 あっ 」」

 

 あっつぁあ! 

 

 

 

 

第三話 ここかぁ? 配信の場所はぁ? 

 

 

 

 

 

「まあ気を取り直してアバターの設定やってくぞ―」

 

「「 おー 」」

 

 服も着替えて気分も一新。お茶のぶっかけで緊張も一緒に洗い流されたような気さえする。

 ウム、これは図らずもお茶を持ってきてくれた藍子に感謝することになりそうだ。木綿季は晩御飯の唐揚げを一個奪うことで許してやろう。

 

「時間まであんまりある訳じゃないから、サクサク進めるけど、木綿季は基本のアバターはこの前使ったのでいいのか?」

 

「あの紫髪の奴だよね。ボクのアスカのアバターに似てるの」

 

「そうだな。半分くらいは昔お前のアスカ用にいじった容姿データの流用だからな。あ、髪はどうする?」

 

 今はなんとなくロングにしてっけど。

 

「うーん、髪かあ」

 

「リアルと同じでいいんじゃない? 長いころは邪魔だーってユウよく言ってたし」

 

「それはそうなんだけど、せっかくなら長くしてみたいんだよね。リアルと違ってお手入れとかしなくていいだろうし、でも動きにくそうなのは確かで……」

 

 どうしたこっち見て。

 

「えーと、ヒロは、長いのと短いの、どっちがいいと思う?」

 

 俺? そーだなあ。

 

「長いのかな」

 

 髪長いままなら手直ししなくていいし。

 

「じゃ、じゃあ長いの!」

 

「あいあい、ロングな」

 

 木綿季の希望通り髪をロングに設定して細かいところをいじって、と。

 

 ふむ。

 

「なんか足りないね」

 

「やっぱそう思う?」

 

 オーグマーをつけた藍子が俺の肩に手を置き俺のいじるモニタをのぞき込み見つつ、頷いた。

 

「うーんなんだろう、かわいい……けど、ボクっぽくない?」

 

 反対の肩に木綿季が身を乗りだすように体重をかける。

 

 ……二人とも近くない? 今更かな、今更かも……。

 

「あ、リボンだよリボン! いつもボクがつけてるようなやつ!」

 

「ああ、なるほどな。んじゃ、どんなのがいい? そんなに凝らないなら今すぐつけれるぞ」

 

「今ボクがつけてるの! おんなじので!」

 

「おんなじの、かぁ」

 

「もしかして、難しい?」

 

 あー、そりゃできねえことはねえが……。

 

「こう、そのまんまってのはちょっとリアルのお前に寄せすぎじゃねえか?」

 

「そうかなぁ」

 

 そこからリアバレするとまでは言わんが、でもリアルと全く同じっていうのもな。

 

「でもいーよ、ボクこれ気に入ってるし」

 

「いやなんというかそれ縫製はちょい雑だし結構使い込まれてるしそのまんまデータに起こすのはちょいあれっていうか」

 

「ヒロ」

 

 どした、藍子、隣りを指さして。

 藍子の指さすままに視線を動かせば、そこにはあからさまに「不機嫌です!」と言いたげに頬を膨らます木綿季の顔が。

 

「あのね、いくらこのリボンを作ったのが君だからって言ってあんまり悪く言うならボクだって怒っちゃうよ」

 

「む」

 

「これ、ヒロにとっては違うかもだけどボクと姉ちゃんにとっては宝物なんだからね!」

 

 ふんす、と真剣な表面持ちの木綿季の髪には二本の白いラインの入った赤いリボン。

 

 それは……そうだったな。

 

「ごめん、俺が悪かった」

 

「わかればいいんだよ、わかれば! ね、姉ちゃん!」

 

「まあ、小さいころに作ったやつだから気になっちゃうのはわかるんだけど、ね」

 

 くしくしと藍子が赤色のシュシュを触りつつやんわりと笑う。

 

「まあじゃあ木綿季のアバターはリボンつけて調整しとくけど、藍子はどうする?」

 

「私? そーだなあ、じゃあショートにしようかな。肩くらいまでのミディアムボブで。できる?」

 

「できるけど、いいのか?」

 

「だってユウがロングなんでしょ? なら一目で違いが分かるようにしといたほうが良くない?」

 

「え、あ、ならボクがショートに」

 

「もう、いいってば。私もたまには短くしてみたいもん」

 

 現実だと気軽に試せないけどアバターは違うでしょ、と低めの位置で結んだ髪を見せてから悪戯っぽく笑う。

 

 まあ、藍子がやりたがってるならそれでいいか。

 

 んじゃああらかじめ作ってた藍子のデータを引っ張り出して、髪は……昔作ってたやつのデータの応用で行けるか。

 オーグマーがない時代はこれをいちいち何時間もかけて調整しなきゃいけなかったらしいが、今は顔認証があるかんな。

 ある程度の設定でもあとは動かしながら自動調節なんかもできる。

 基礎部分がしっかりして適宜修正いれていけるような知識と技術がないと活用できないシステムなんだが、ふっ、俺なら大したハードルではない。

 鍛えてますからね、シュッ。

 

 っと、設定は終わったけど、藍子のシュシュどうすっかな。普段は髪をまとめるのに使ってっけど、今はショートだしな。

 

 適当に手首とかにアクセントに……。

 

「あ、私はシュシュいいや。外しちゃってよ」

 

「え?」

 

「何その変な顔。あんまり出したくなかったんじゃないの?」

 

「まあ、そういわれたらそうなんだが」

 

 なんなんだろうな、こう、釈然としないというか……ま、いいか。

 じゃあこっちのアバターもほいほいっと。

 

「じゃあ二人のオーグマーにデータ送って適用すっから、軽く口動かしたり、体動かしたりして見てくれ」

 

「動かすって、こう?」

 

「そ、そんな急に言われても……」

 

「じゃあ俺が適当な音楽流すからそれに合わせて動いてみてくれよ」

 

「えー、ヒロまたどうせなんかあの変ななごさん……? の歌流すんでしょ~」

 

「やめてよねヒロ、あれ何年前の番組だと思ってるの」

 

「753は最高だろうが!」

 

 あんなに深みある人は橘さんレベルじゃないと太刀打ちできんからな。

 

 その後、軽くジェスチャーゲームをやり始めた二人のアバターを交互に見直す。

 

 紫の色合いでまとめられた戦装束(バトルドレス)。長い紫紺の長髪は逢魔が時の空の色。

 一見暗い色合いでまとめられているが、大きな瞳と髪に差し込まれたリボンの赤色が、「活発な駆け出し冒険者の女の子」とでもいうべき明るさを与えている。

 書かれた名前は「ユウキ」。

 

 藍色の戦装束(バトルドレス)。肩口までの癖のないミディアムボブは、朝の束の間に姿を見せる薄明の青。

 瞳の色もまた赤い、「ユウキ」とよく似た容姿。けれど全体的に「ユウキ」よりも露出は低く、どこか「いつも優しい笑みの魔法使い」といった雰囲気をまとう。

 書かれた名前は「ラン」。

 

 うむ、我ながら悪くない。

 

「……そろそろ、時間だな」

 

 木綿季の顔を見る。にぱっと眩しい笑みを返してくれた。

 

 藍子の顔を見る。ゆるりといつもの優しい微笑みを返してくれた。

 

 うっし、じゃあ行くか最初からクライマックスに! 

 

 そして、俺たちはオーグマーをつけて、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「あー、あー、聞こえてますかー」

 

 聞こえてる

 待ってた

 声だけしか聞こえんけど

 なんだろここ。草原? 

 

「え、あー、うん、まあ、それは後で話します。はい」

 

 カミカミでくさ

 人多いしナ

 

「じゃあとりあえず、おっすおっす俺参上、スリーピングナイツのヒロです。えっと……あ、名前。チャンネル名の変更は事前告知してた通りなのでよろしく」

 

 俺惨状

 ちゃんとクライマックスにやれ

 惨状が参上

 お前の燃え方にお前が泣いた

 

「多い多いラネタ多いって。チャンネルにはわかんねえ人もいるんだぞ、わきまえてお前の罪を数えろ―――あ」

 

 注意しながら使っていくスタイル

 特オタの鑑

 幼馴染ちゃんまだ? 

 てかなんでヒロいんの? 

 思った

 

「いやいやここ俺のチャンネルだから! 俺がいるのは当然だから!」

 

 でもこの前バズったのは幼馴染のおかげ

 茅場晶彦は幼馴染が好き

( .)φメモメモ

 幼馴染にバトンタッチしていいよ

 

「て、め、お前ら別に普段から俺のチャンネルみてなかったろ―――あいてっ」

 

 あいて? 

 どうした? 

 

「ん、ごほん、何もないです。まあ、みなさんお待ちかねみたいですし新メンバーに来てもらいますね」

 

 素晴らしいッ! 

 急に物分かり良くなってて草

 じゃあマジのマジで? 

 wktk

 

「じゃあ、ここからは頼んだ」

 

「おっけー任された! とーう!」

 

 跳んできた!? 

 スカート危ないぞw

 みえみえ・・・

 おお、髪がなびいてる

 すげえクオリティ高けえ

 かわいいな

 

「ふふーん、びっくりした?」

 

 したした

 また会えたの嬉しい

 

「ほんと? えへへ、照れちゃうな、ボクもちゃーんと配信者に―――え? あ、自己紹介? そ、そうだった」

 

 誰かおるんか? 

 優秀なブレーンがいるようですね

 ブレーン……大体わかった

(例のBGM)

 わたわたしててかわいいわ

 

「えーと、じゃあおっすおっすボク参上! スリーピングナイツのユウキです! みんなよろしくね!」

 

 おっすおっす

 ユウキちゃんか。ちぃ覚えた

 よろよろ〜

 名前覚えやすくてよき

 こんなに明るい俺参上初めて聞いた

 ヒロとおんなじセリフなのにナ

 でも正式にメンバーとして会えたのは嬉しいね

 

「あ、何人か前回の配信にいた人もいるのかな? えへへ、ボクもまた会えて嬉しいよっ」

 

 アッ(胸抑え)

 自分、ガチ恋いいすか? 

 ぐう聖すぎる

 これほんとにヒロの幼馴染? 

 いい子……

 これから二人でやるならチャンネル登録しようかな

 

「あ、違う違う! 二人じゃないんだよ!」

 

 ヒロ引退のお知らせ

 炎上配信者ァ君は絶版だァ

 

「もうそうじゃなくて三人! 三人でやるの!」

 

 三人? 

 あと一人いるんだ

 新メンバー何人とか書いてなかったな

 

「うん、じゃあその人にもここに来てもらうね! じゃじゃーん、ボクの姉ちゃんでーす!」

 

「どうも~、お姉ちゃんこと新メンバーの『ラン』です~、よろしくお願いしますね」

 

 糸目姉ちゃん!?!?!? 

 ランお姉ちゃんね

 新一! 

 高校生探偵はおかえりください

 落ち着いた美人って感じ

 リアル姉なんやろか

 ム! お姉さんセンサー察知!!!!! 

 おおショートっ子

 なんとなく魔法使いっぽい雰囲気だ~

 

「むー」

 

「どうしたのユウ、そんなほっぺたふくらまして」

 

「なんで姉ちゃん、参上って言わないんだよ~」

 

「だ、だって、あれヒロがやるやつでしょ」

 

「でもボクはやったよ?」

 

「ユウはかわいいもん。でも、私はそういうキャラでもないし……」

 

「え~~、みたいみたい、姉ちゃんもやろうよ~」

 

「そ、そんなに駄々こねられても」

 

「みんなでやれば恥ずかしくないって! なんならボクらスリーピング・ナイツの共通の挨拶にしてもいいし!」

 

「それはちょっとなぁ~」

 

「絶対姉ちゃんならかわいいって!」

 

「そ、そういう問題じゃないんだってば」

 

「むー」

 

 ちょっと女の子には恥ずかしいよな

 仲いいな

 これがアヴァロンか

 これはカリバーさんの理想

 

「じゃ、コメント欄のみんなに聞いてみよう!」

 

「ちょ、ちょっとユウ?」

 

 お、どしたどした

 はい、なんでしょう! 

 童貞いんじゃん

 俺ら? 

 

「みんなも見たいよね姉ちゃんの「参上!」」

 

 見たいみたい

 まだ名前も聞いてないし、せっかくならね

 声もきれいめだけどきいてみたい

 勇気出していこう

 オナシャスお姉さま

 

「ね、ほらみんなもこういってるし! ね? ね?」

 

「もう、なら一回だけだよ……?」

 

「やたっ」

 

 ワクワク

 総員清聴

 

「静かにされたらかえってやりにくいけど、こほん……お、おっすおっす私参上、スリーピングナイツのランです……ねえユウこれほんとに私もしなくちゃいけなかったの?」

 

「あたりまえだよ! それに姉ちゃんかわいかったしOK! ね、みんな!」

 

 ああ! 

 めちゃくちゃかわいかったよ

 顔真っ赤じゃん

 防御力クソ低お姉ちゃん

 萌えキャラの気配

 これ恒例行事にしようよ

 

「か、からかわないでください! あんまりいうと私も怒りますからねっ」

 

 かわいい

 かわいい

 かわいい

 かわいい

 

「も、もぉお~!」

 

 照れ屋姉妹

 前回の乱入の時はユウキちゃんもこんな感じだった

 似たもの姉妹ってことか

 まあ血がつながってるならね

 てかそれにしても顔似てるな

 

「あ、でしょでしょ? なんたってボクら双子だからね」

 

「あれ言ってませんでしたっけ」

 

 聞いてない

 だからアバターの顔似せてんのか

 双子ボクッ子妹幼馴染とおっとり糸目姉幼馴染!?!?!? 

 それなんてラノベ? 

 

「なにせ身長も体重も全く同じだからね! まあ胸は姉ちゃんのほうが―――」

 

「ユウ?」

 

「な、ナンデモナイデス、あはは~」

 

 詳細希望

 そこkwsk

 心の眼で見るんださすれば答えはわかる

 らしくなってきたな

 みえみえ・・・

 通報した

 ヤメロン

 

「みなさんも! あんまりえっちなことを女の子に言うのは駄目ですからね!」

 

 すんません

 ごめんよ姉ちゃん……

 ラン姉ちゃん・・・

 せやかて工藤

 以後気を付けます

 

「うん、ならいいんです。……ていうかヒロいつまで画面外にいるの」

 

「あ、そうだよヒロ忘れてた! なんでボクたちだけにやらせてるのさ!」

 

「というか機器の設定ならもう終わってるんでしょ? ―――恥ずかしい? もう一年で23回炎上してる君のメンツなんて存在しないからでーてーおーいーでー」

 

 ボロカスじゃねえかwww

 何度聞いても嘘みてえな回数だな

 歩く本能寺やからな

 手慣れてる

 

「はー、もうこういう時は途端に強情になるんだからさ~」

 

「もういいよ、ユウ、そのうち自分から出てくるまで好きにさせとこ」

 

「も~、ヒロー、あとでちゃんとでてきてよー!」

 

「こほん、じゃあ、あんまりおしゃべりだけしてるのもいけないですね、いろいろ皆さんにお知らせもさせてもらいます」

 

「そうそうチャンネル名も変わったし公式タグもかえるよー! 後みんなの呼び方も!」

 

「以後は配信ハッシュタグは「スリーピング・ナイツ冒険譚」、ファンアートなどのタグは「騎士団掲示板」でお願いします」

 

「みんなのことはこれから「団員のみんな」って呼ぶから! よろしくね団員のみんな!」

 

 やったーよろしくー! 

 俺たちにも名前が

 騎士団ってわけカ

 ヒロのころは作る必要を感じなかったからな……

 騎士団なら団長もいるの? 

 そりゃヒロだろ

 ええ~ユウキちゃんがいい

 いやここはラン姉ちゃん一択だろ

 いっそ俺たちが団長に

 ヒロいらないよ

 ばいばい

 

「なに好き勝手言ってやがるこんにゃろうめ!」

 

「あ、ヒロ」

 

 お、来た

 は? 

 なにそれwwwwww

 お面? 

 wwwwww

 草しか生えない

 なぜに仮面ライダーのお面つけてんだ

 なんだっけこれ、電王? 

 何やってんだ団長ォ! 

 アバターどうしたんだヨ

 いきなり美人姉妹の間にお面の不審者出てきた

 通報案件だろw

 

「うるさいわい!!!! お前らにお面の不審者でこれから活動していくことになった俺の気持ちが分かってたまるかぁ~~~!!!!!」

 

 一日ぶり二度目の心からのシャウト

 なんでまたそうなった

 

「ユウキとあい……ランがもう俺はアバター使うなって……」

 

「だってヒロカッとなっていろいろ口走っちゃうんだもん。お顔が出るって緊張感がある方が自分の発言にも気を付けるでしょう」

 

「あれ作るのに三か月くらいかかったんだぜ……」

 

「炎上して反省してるってことは形から示していかなきゃダメなの」

 

「ウェーイ……」

 

「いーじゃん別に、使わないライダーのお面たくさんあるんだし。ゆーこーかつよーだよゆーこーかつよー」

 

「お前らがバチバチにかわいいアバターなのに俺だけ不審者お面マンなの場違いすぎんだよ」

 

 確かに

 百合の間に挟まる男

 画面から退いてもろうて

 

「俺のチャンネルだっていってんだろ! くそ腹立ってきた! 俺は死んでもこのチャンネルに出続けるからな! いいか百合オタクなんてないつも声だけでか―――」

 

「ヒロ?」

 

「いやあ! 団員のみんなの前でね! 配信できるってのはね! 光栄ですよ! マジで!」

 

 尻に敷かれてて草

 ランちゃん完全にヒロの外付けブレーキなんだよな

 幼馴染いるときはほんとに自然に話すなあ

 

「で、ヒロヒロ、もう挨拶とかはいいよね!? ねね、今日何するの! オーグマーを使うってしか聞いてないけど」

 

「一応今日はゲーム配信、なんだよね?」

 

「お、おお、そうだな。そこはあらかじめ告知してた通りだ」

 

「でも、ここ近くの自然公園だよね? こんなところでゲームできるの……?」

 

 あ、今外なんだ

 じゃあ今の草原はフリー背景のやつか? 

 外、オーグマーってもしかして

 へえー、割と手堅いとこできたな

 

「ん、団員はぼちぼち何するかわかってきたみたいだな」

 

「そーなの!? 今のでわかっちゃうんだ!」

 

 有名ですしおすし

 でもヒロがこれを選ぶとはなあ

 

「ユウキ、ラン、オーグマーは付けてるよな?」

 

「うん、つけてるよ」

 

「モッチロン! というか、そうじゃないと団員のみんなのコメント見えないしね」

 

「それもそうだな。じゃあ俺が言う言葉を続けて言うんだぞ。いいか―――」

 

「む、むふふ、耳がくすぐったいよ~」

 

「もうユウ押さないで、よく聞こえないから」

 

「ごめんごめん……ふむふむ、えっと、ちゃんと覚えられるかな……」

 

「ねえ、私このゲーム入れた覚えないけど大丈夫?」

 

「それなら昨日俺がやっといたから。ほら、ちょいオーグマー借りただろ?」

 

「ああ、あの時に」

 

「じゃあ後はタッチペン持って。それがあっちじゃ武器に変化するから。持ったか? じゃあいくぞ、3、2、1―――」

 

 

 

「「「 ソードーアート・オリジン、起動! 」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「 ソードアート・オリジン、起動! 」」」

 

 

 口にしたのは一瞬、そして変化もまた、一瞬だった。

 

 目の前のまばらに人がいる自然公園が塗り替わっていく。

 

 空の青さはそのままに、付近の高層ビルが消えた。

 舗装された道路が足と荷馬車に踏み固められた道へと変わる。

 頬をなでるは人の手の加わった都市部とは思えないほどに爽やかな風。

 

 そして、俺たち三人の前を横切るのは青いイノシシのような()()()()()

 

「こ、こここ、これ、ヒロ?」

 

 おー、驚いてる驚いてる。ランの方もあんぐり口を開けてるぜ。

 

「これが『ソード(S)アート(A):オリジン(O)』。俺たちが今日配信するA()R()MMORPGだ」

 

 略して、SAOだぜ。

 

 




 

「ヒロ」
平均的な「冒険者」っぽい見た目。黒髪に服装は全体的に赤っぽく、これだけだと没個性なのだが、顔につけた祭りの縁日で売ってるような安っぽいお面だけがその印象を大きく破壊してる。

「ユウキ」
赤いリボンに紫の髪が特徴的な女の子。原作のALOのものより露出が抑えめなのは製作者の意図だと思われる。
ゲーム版SAO ホロウリアリゼーションのユウキの容姿。よかったらググってね。

「ラン」
青のショートで全体的に服装の丈が長い。おっとりと微笑んでることが基本のアバター。ヒロが変なことを口走りそうになったらひっそり画面外で脇腹をつついている。



《 ソードアート・オリジン 》
SAOユーザー待望の「ソードアート」シリーズの続編。略称は「SA:O」。
世界観を空に浮かぶ鋼鉄の城から世界が分かたれる前の大地に舞台を移した「ARゲーム」。
ジョブなどのない基本のソードアートを踏襲しつつも遠距離武器弓の登場、一部ゲームからの直接コンバートなどとにかく多様性が増している。
だがARということも考慮されてからレベル制ではなく完全スキル制のゲームになっている。
NPCにも改善が見られまるで生きているかのように話すNPCが大きく増え、個性すらも感じられる徹底っぷりである。
そして最大の売りは「現実とのリンク要素の多さ」である。
基本ダンジョンは公園やレジャー施設が多いのだが、ショップなどの場所は現実の土産物店や食事店が当てられている。
プレイヤーはそこで食事や買い物を楽しみ、それはそのままARアイテムとして使うことも可能。
また、一部クエストにはクーポン券や世界観に合わせた企業連携ミニゲームなどもあり、世界がそのままゲームになったかのように楽しむことができる。

また、公式が配信実況を推奨しており、アバターに自作のものをスキンとして貼り付けし固定する機能や、周辺ドローンのカメラによる実況時の自動カメラ追随機能など、配信者が実況するためのサポートが充実している。

ネットからの反応は最初こそ「VRで出せよ」と言う声もあったものの待望のソードアートの続編、それに現実とのリンクの多さ、何よりその面白さから概ね好意的に受け入れられている。




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だが信用できないのはヒロだ。あいつは炎上の力を楽しんでいる。(前編)

 
主人公がバスタードソードを使ってる理由は僕がバスターを好きだから以外の理由はありません。


 

 

 

「スリーピングナイツ、前回起きた三つの出来事!」

 

 特オタ隠すのやめてて草

 この前の配信まではすごく強いクールな男を演じていたんですが

 ダディ因子やめろ

 クールなキャラどこ行った

 

「るせいわい!」

 

 もうこんなお面付けてんだ俺はもう好きにやらせてもらうぞ!

 

 視界の端で流れるコメントに軽く目を通しつつ、手の中の硬質な感触を確かめる。

 

「んじゃあまあ、団員のやつらは大体わかってるのが多いと思うけど、一応軽ーくこのゲームのことを説明させてもらうぜ。俺は最初から最後までクライマックスだから振り落とされないよーに」

 

 了解団長

 わかったリーダー

 続けてくれママ

 

 呼び方統一しろや。

 

 ソードアート:オリジン。

 それは世界初の「ARMMORPG」であり、同時にあの伝説的ゲーム「ソードアート・オンライン」の正当続編である。

 

 SAOは誰もが知る通り空に浮かぶ鋼鉄の城『アインクラッド』をその世界に生きる冒険者として踏破していくゲームだ。

 

 そしてSA:Oはその数百年前、まだアインクラッドが大地にあったころが舞台になる。

 大地は一つにつながっていて、SAOの頃にはすっかり消え失せていた『魔法』と呼ばれる技術の残滓がまだ残る、そんな時代。

 

「その世界で俺たちは「放浪者」と呼ばれる立場でこのオリジンの大地を自由に―――」

 

「わーーーーー、すごーーーーいっ」

 

「聞けや!」

 

 というかまて一人で先に行くな、まだキャラメイクが終わってねえんだから!

 

「ほら見てヒロに姉ちゃん! イノシシ! かわいいっ、でもなんか青い! ってわ――! ちょっと触ったらこっちに来たんだけどぉ! ひろっひろぉおおお!」

 

 あーあ、だから言わんんこっちゃねえ……。 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあユウキも反省したようなので、気を取り直して、初戦闘と行こうか」

 

「おー」

 

「……おー」

 

 がんばれ~

 ちょっと涙目かわいい

 この景色SAOを思い出すよね

 そこらへんにいんのなんだっけ

 フレンジーボア

 それそれ

 あれスライムレベルのモンスだぞw

 スライム>ユウキ

 

「おうユウキ、言われてんぞ」

 

「え、あー、もうみんなひどいなぁ! あのイノシシさんほんとに怖かったんだからね! ぐわーっとくるし!」

 

「あのくらいならアミュスフィアのゲームにもいたんじゃないの?」

 

「いないいない! なんかこっちのめっちゃリアル! 息遣いとか感じるし!」

 

「ふうん、オーグマーとアミュスフィアってそんなに性能が違うのかなあ」

 

 それはどっちかっていうとユウキの問題な気もするが。

 

「ま、とりあえず戦ってみようぜ」

 

「ええええっ!? い、いきなりやるのぉ!?」

 

「何のためにゲームやってると思ってんだ。ランも、大丈夫か」

 

「うーん、まあちょっと不安だけど、やるしかないよね」

 

「ままま、待って! あと五秒ちょうだい! 心の準備するから!」

 

「ユウそういって注射の時30分ぐらい時間かけるじゃない」

 

「ほらさっさと覚悟を決めろ。レッツゴーカクゴードキドキゴースト!」

 

「うええぇぇぇ……」

 

 ヒロってラの話になったら途端に饒舌になるよな

 テンションも高くなる

 お、オタク……

 

 えーと、じゃあ、手ごろな石でも探して……ん、これでいいか。じゃあ、ほいっと。

 

「あ、こっち向いた! こっち向いたよ!」

 

「カーソルも赤くなったね」

 

「おし、じゃあここからは俺たちのステージだ! 行くぞユウキ!」

 

「あーもうわかったよ! ボクだってアスカじゃいっぱしの侍なんだから!」

 

 言うや否やぐっと、ユウキが体を沈み込ませ、弾けるように駆けた。

 手には両刃の片手剣。

 

 っと、こいつ細っこいくせにほんとに足はええな!

 

 うお、足早くね?!

 でもゲームだしこんなもんじゃ?

 ARやぞ?

 あーVRとちがってリアル肉体準拠か

 

「ンモーー!」

 

「おっとと、あぶないあぶない」

 

 ユウキが紫のバトルドレスをはためかせ、突進してくるmob、青イノシシ(フレンジーボア)の突進をかわした。

 

 反応早いね

 目がいいのかも

 

「こ、こわかった~。けど、ここだ!」

 

 ユウキが地に這うように体を沈み込ませ、突進直後の隙だらけのイノシシに向けて剣を斬り上げる。

 それはあまりにも鮮やかで、きっと教科書にお手本と載っててもいいくらいのもの。

 

「よし当たっ―――ありゃ?」

 

 が、その瞬間、思いっきりユウキがずっこけた。

 

 あっ

 ドジっ子属性か

 そりゃあんだけ体傾けりゃそーなる

 

「うわわわっ」

 

「おっと、あっぶね」

 

「わ、ヒロ!」

 

「ったく、何やってんだ」

 

 ふう、なんとかコケる前に手を掴めたか。相変わらず危なっかしくてみちゃいられねえ。

 手、やーらかいな……。

 

 ユウキちゃんの手を揉むヒロ

 もにもに

 事案では?

 離れろ!ドン!

 堪能してますねえ

 

「人聞きワリいこというな!」

 

「! ひ、ヒロ! 前! 目の前見て!」

 

 こらコアラみたいに抱き着くな! それに目の前って、そんなの青いイノシシくらいしかいねえんだから自分で歩きなさいよ。

 

「ん? 青いイノシシ?」

 

「ブモオオォォオオ」

 

「「 わああああああっ! 」」

 

 叫び声をあげながら突進してくるイノシシから二人で叫び声を上げて逃げる。

 あ、ダメ。ユウキがしがみついてるから全然スピードでねえ。

 

「いたっ、あいてっ、おしり! なんか小突かれてる気がするんだけどぉ!」

 

「いくらオーグマーでも痛覚再現はしてない! だからこれは叩かれてちょっとびっくりしてるだけだ!」

 

「え? あ、ほんとだ……痛い気がするだけだ。でもいつまでも追ってくるよお!」

 

「なら早急に俺から降りろ!」

 

「やだよ! おりたらイノシシさんボク狙うでしょ!」

 

「安心しろ! 痛みは一瞬だ!」

 

「さっき痛みはないって言ったばっかりだよねえ!?」

 

 なんで初モブと戦うだけでこんなわーきゃーなるんだよw

 よくみりゃHPも大して減ってないのに気づきそうなのに

 てかよくその体勢ではしれんなw

 

 あーくそユウキのせいで武器が振れねえ! やべえマジで追いつかれる!

 

「はあ、仕方ないんだから」

 

 その時、視界の端を一条の風が駆けた。

 俺の背後から吹いたその風は、今まさに俺とユウキに襲い掛かろうとしていたイノシシの眉間に突き刺さる。

 プピイ、と情けない声を上げてイノシシが消えていく。

 

 これ矢だな。ということは。

 

「……なにしてるの、二人とも」

 

 振り返ればチュートリアルでもらった弓を片手に呆れたように嘆息するラン。

 

「「 だってヒロ(ユウキ)が! 」」

 

「はいはいわかったから、早く立つ。いつまでくっついてるつもり?」

 

 完全に子供二人とママ

 というより姉と弟妹?

 ラン姉ちゃんの普段の苦労がしのばれる

 

 その後、俺に引っ付いていたユウキを引っぺがすと、三人で近くのイノシシで肩慣らししつつ、道を進んでいく。

 

「たあああっ――あれ?」

 

 また外れたね

 剣あってないんじゃない?

 SA:Oはなれるまでがなあ

 

「あれれ、おっかしいなあ、イメージでは完璧なのに、なんでぇ……?」

 

 心の眼で振るんだ

 聖剣に選ばれてないんじゃろ(適当)

 攻撃当てること考えすぎ。もっと自然体でいていい

 狙いが甘い

 リーチ把握してないのが問題に決まってんだろ。剣の長さくらい頭に入れるの常識

 槍とかにしたら?

 

「え、え、えと、じゃ、じゃあ攻撃を当てることに意識を割きすぎず自然体で狙いをよくつけて、あ、あと剣の長さを……」

 

「こらユウキに勝手なこと言うなっての」

 

 さっきから目ん玉ぐるぐるしてるぞ。

 

 ういっす

 ユウキちゃんかわいいからいろいろ言いたくなる

 

「まあ、気持ちはわかるけど、要は慣れだろ、慣れ」

 

「そういうもんかなあ」

 

「そういうもんそういうもん」

 

「ユウがあっちで使ってたの刀でしょう? それも関係してるのかも」

 

「そうなのかなあ」

 

 ひゅんひゅんと軽く自分の片手剣を振ってみては首をかしげるユウキ。

 

「これってリアルでは僕らあの、なんか棒みたいなのもってるだけなんだよね?」

 

「棒て」

 

 まあ確かに棒ではあるんだが。

 

「オーグマー付属のタッチペンだったっけ。それなのに、AR(こっち)だとちゃんと武器を持ってる感覚がするなんて、ちょっと不思議」

 

 びん、とランが弓の弦をはじいてみせる。

 

「わかるわかる。ボクもなんかこう、ピンとこなくてさー、重さ―――はそんなに違和感ないし、なんなんだろ」

 

「あー、それはな、えーと……」

 

 ……どうなってるんだっけ。教えてくれ団員のみんな。

 

 そこら辺の違和感はオーグマーが直してくれる。SA:Oだと、触覚聴覚視覚くらいかな?

 ほへー

 武器とかは付属のタッチペン握っとくだけで勝手に武器所持判定してくれる。落としたりしたら武器も落下の判定受けるけど

 あー、電池入ってて敵とぶつけたりしたら軽い衝撃くらいは来るんだっけ

 せやな。痛みとかはないから子どもにも安心や

 SAOの後継だけあって安心安全が売りだもんな

 

「……らしいぜ!」

 

「もう団員さんをいいように使わないの」

 

「へっへーん、いいんだよこいつらは俺たちからのレスに飢えてるんだから! いいように使ってやった方が」

 

「ヒロ?」

 

「はい、すみません、教えてくれてありがとうございます」

 

 ww

 お面で謝られると腹筋に悪い

 モモの字が絶対言わなさそうなセリフ

 

 いかんな、めちゃくちゃランの尻に敷かれてる気がする。

 なんか団員の奴らからの扱いも雑だし……。

 

「仕方ねえ、俺もちょっと戦うとするか」

 

 確かタッチペンを起動して、ホルダーの位置に合わせて抜けば。

 

「よいしょっと」

 

「へえー、ヒロの武器ってユウのより一回り大きいんだ。でも、両手で持つ武器、って感じではない……?」

 

「姉ちゃん、バスタード・ソードっていうんだよ。片手半剣ってやつ」

 

「片手半剣?」

 

「おっ、やっぱユウキはわかるか?」

 

「うん、アスカのとき野良で組んだ人が使っててさー、その人強かったから覚えてるんだよね」

 

「いいよな、時には片手剣! 時には両手剣! 必要に応じて使い分けられる剣! ロマンだぜ」

 

「わかるわかる! いいよね! ボクは振りやすさから片手剣選んだけど、やっぱおっきい武器って憧れちゃうなあ」

 

 ライダーは基本片手剣が多いんだけどな、たまーにでかい剣両手で持ってるのがたまらなく好きなんだよな。火縄橙DJ銃とか!

 しかし、やっぱり、ユウキは俺のこと分かってんなあ。

 

「ふうん、片手剣より長くて、両手剣より短いから適宜使い分けられる、かぁ」

 

 ん? どした?

 

「いやそれってつまり器用貧乏ってことじゃないの?」

 

「ぐあああああああああっ」

 

「わああああヒロがいきなり胸を抑えて崩れ落ちたぁ!」

 

「えっ、えっ?」

 

 言っちゃったーーーーー!

 wwwwwwww

 真理を突いたな

 だからバスタード、不人気なんだよな

 みんなが黙ってたことを……

 まあそれで言ったらラン姉ちゃんの弓も不遇武器だし

 

「え? 弓って不人気なんですか?」

 

 不人気って程でもない

 まあ弓使い珍しいよな

 ランちゃん後衛の雰囲気あるし似合ってるよ

 SAOに弓とか飛び道具あったか?

 オリジンからの追加だナ

 ARで遠距離ないのはきついっす

 

「ふうん、SAOにはなかった武器だからみんな使ってないってこと?」

 

「ってのもあるし、単純に威力が控えめってのもある。基本白兵戦だからさ、弓はそのままだとちょい強すぎる」

 

「そうかな……弓って当てにくいし……」

 

「いやいや弓は傑作武器だぞ! 遠くから攻撃できるってのはそれだけで強みってもんだ。困ったら弓で相手を斬りつけても良いしな」

 

「いや弓では斬れないでしょ……」

 

「なんだと!? 弓が刀になるのは常識だぞ!」

 

「それどこの世界の常識?」

 

 ニチアサとか。

 

「ていうかヒロ、オリジン結構詳しいんだね。もしかしてボクらに隠れてこっそりやってたりした?」

 

 いや。

 

「まあちょっと調べてたんだよ。全員初心者じゃ締まらねえし」

 

「そっか、じゃあ困ったことはヒロに聞いちゃおーっと! よろしく! 頼りにしてるよっ!」

 

「でも大丈夫? またいかがでしたブログとか鵜呑みにしてない?」

 

 ヒロの信頼が死んでる

 20回を超える炎上の貫禄

 

「信頼がなさすぎる。ふっ、じゃあいいだろう……俺がお前たちの疑問に答え、いかに頼りになるか教えてやろう。検索を始めよう……団員の諸君、キーワードは?」

 

「あ、そっちに聞くんだ」

 

 キーワードは「ユウキ」

「イノシシ」

「勝ち方」

 

「近づいて斬れ」

 

「それが出来ないから苦労してるんですけど!?」

 

「じゃあスイッチ使え」

 

「すいっち……?」

 

「あー、うん、まあボス戦とかで戦うときのソードアートの基本技能っていうのか? まあまだいらないやつだ」

 

「ええ~、教えてよぉ~、あのイノシシさんはそれを使うのにふさわしい敵だよぉ~」

 

「何度も言うけどあいつらスライムレベルだからな」

 

「ええ~、実は中ボスとかだったりしない~?」

 

「まだ最初の町にすらたどり着いてないのにボスなんか出てきてたまるかよ」

 

「町? ねえ、ヒロ。そういえば私たちって今どこに向かってるの?」

 

「あれ、言ってなかったっけ」

 

 言ってない

 オリジンやってないからどこかわからん

 はじまりの街じゃないように見える

 首都とかでもねえな

 なら田舎の方?

 

「まあはじまりの街はもう少ししたら『あの人』が配信はじめるからな」

 

「あの人?」

 

「あの人ってのは―――と、話してたら見えて来たぜ」

 

 二人の前に出ていた俺は一足先に丘を登り切り、まだ半ばを登っていた二人に手を伸ばした。

 

「ん」

 

「ありがと」

 

「おう」

 

 掴んだ手をぐいっと引き寄せて二人を丘を登り切らせると、三人で並んで目を向ける。

 

 おおー、オリジンはまじで景色がいいな

 いつものユウキちゃんのきらきらおめめ

 ラン姉ちゃんもちょいワクワクしてない?

 ここってもしかして

 

「ついたぜ、ここがこのエリアにある最初の村『ホルンカ』だ」

 

 

 

 

 第四話 だが信用できないのはヒロだ。あいつは炎上の力を楽しんでいる。

 

 

 

 

 

「こんにちわーっ!」

 

「おっ、あんたら放浪者さんだね! こんな辺鄙な村までよくいらした!」

 

 第一村人発見

 挨拶元気で偉いね

 

 自然公園のコース―――今はSA:Oのフィールドに変わっている道をしばらく歩くと着くのがホルンカの村。

 ここはSAOの第一層にあるはじまりの街の次に行ける村として有名な場所である。

 そしてその数千年前を描くオリジンにおいては、アインクラッドが成立する前の穏やかな只の片田舎のエリアとなっている。

 NPCの数は多くないものの、初心者おすすめの場所の一つであり、こうして案内役も兼ねた門番がいるわけだ。

 

「こんにちは、私たちこの村に用事があってきたんですけど入ってもいいでしょうか?」

 

「おうさ! ウチは放浪者サンが見て楽しいものはないが、なあにごゆるりとしていかれたらいい! 宿屋……はないがそれも万事屋の隣の家のおかみに頼めば悪いようにはなるめえ」

 

「ご丁寧にありがとうございます」

 

「ははは、よかよか! 放浪者サンには何かと世話になることも多いからな!」

 

 笑う門番のおっさんの腰には使い込まれた片手剣に、あせた布の服。

 うむ、いかにも田舎の門番って感じ。たぶん剣を振るよりも農具をふるったことが多そう。

 

 元気よく挨拶をしたユウキ、丁寧に頭を下げたランに続いて、俺も同じように頭を下げて中に入る。

 まあ俺も普通の放浪者だしいけんだろ。

 

「ちょっとまったあんた何で顔にそんな変なモンをつけている」

 

 肩掴んで呼び止められててくさ

 お面付けた不審者だからな

 

「俺に何か?」

 

「何かじゃないが? よくその怪しさ満点の見た目で素通りできると思ったな。何者だアンタ?」

 

「俺か? 俺は通りすがりの仮面ライダーだ」

 

「は?」

 

「リアルな奴きたな。冗談です、通りすがりの放浪者です」

 

「あんたが放浪者、ねえ……?」

 

「何か言いたいことありげですね」

 

「正直不審者の方が納得できると思っとるな」

 

 wwwww

 確かに

 やっぱここでヒロ追放で良くないか?

 ヒロ先生の次の冒険にご期待ください

 

「あ、あのごめんなさい! この人私たちの幼馴染、じゃなくて仲間で!」

 

「仲間、ですかい」

 

「そうそう! ボクらいろんなところ旅しよーって話しててさ! それでヒロはボクのお願い聞いてくれて! ちょっと格好は変だけど悪い人じゃないから! 絶対!」

 

「ラン……ユウキ……」

 

 これをつけるように言ったのがお前たちじゃなかったら俺マジで感動してた。

 

 じろじろと俺を見る門番のおっさん。

 

「まあよく見りゃ服は割かし普通だな……そのみょうちきりんな面、外すわけにはいかんのか?」

 

「詳細を省くがこれを外すと俺は死ぬので」

 

 社会的に。

 

「死ぬ? あー、もしかして呪いってやつかい? そういえば東の方にはそういう面を外さない騎士団があるって話には……」

 

「あー、通ってもいいっすか?」

 

「ああ、すまんすまん! 人の事情に突っ込むのも野暮だったな」

 

 村にすらするっとはいれないのかこの三人は

 だいたい団長のせい

 

「うるさいわい。ん? もしかして俺新しい町に入るたびこのやり取りしなきゃダメなのか?」

 

 なんとか設定いじったら顔だけ認知されたりしなくなったりしねえかな。

 

 これからどうすんの

 順当に行けば装備品整えるとか

 

「いいね、装備品! さっきのおじさんもよろず屋があるって言ってたし!」

 

「でも私たちあんまりお金ないよ? それに私たちの今の見た目ってヒロの作ったアバターだし、装備とかつけちゃって大丈夫?」

 

「ああ、それは問題ねえよ。今俺らの見た目はアバタースキンーーー容姿固定の機能みたいなのが適用中だ。だから装備品とかつけても見た目は変わんねーぜ」

 

「はえ~、そうなんだ。なんかそれは珍しい機能って感じ」

 

「私たちみたいな顔とか覚えてもらわなきゃいけない配信者には喜ばれそうだけど、これ普通の人は使わないよねぇ」

 

「まあオリジンは配信推奨してるしなあ。ほら、俺さっきからカメラとか持ってないだろ?」

 

「そういえば、あれ、じゃあどうやって配信画面出てるの? もしかして、団員のみんな何も見えてなかったりする?」

 

 みえてるで

 ユウキちゃんがイノシシに追いかけまわされるところは切り抜いといた

 

「ちょ、ちょっとやめてよ! どうやってみてるのさぁ!」

 

「あー、今は見えてないけどエリア内にはそれなりの数のドローンが飛んでんだ。その情報をなんかいい感じに流してくれてる」

 

「へ~、すごいんだねえ。ドローン、あそこあたりかな、いえーい、ぴすぴす! ほら姉ちゃんも!」

 

「え、うぅ……ぴ、ぴーす」

 

 そっち背中

 

「ユウ!」

 

「うぇぇぇえ?! ごめんって見えなかったんだもん!」

 

 まあ今はARモードだからドローンは見えないもんな。

 

「すごいと言えば、さっきの門番の人も、すごかったね?」

 

「え? なにが?」

 

 普通のおじさんでしょ?とでも言いたげな顔のユウキ。

 

「だってあれNPC……AIだよね?」

 

「えっ!? ウソ!? すごく話し方普通だったよ?!」

 

「すげえよなー、俺の顔見て即座に対応変えて来たし。普通のゲームじゃあこうはいかねえだろうな」

 

「ふうん、ユウは他のVRゲーム(アスカ)やってたよね? そのNPCとは違うの?」

 

「全然違うよ!」

 

「おんなじゲームなのに?」

 

「いやアスカのNPCはもっとこう、パターン化した答えしかないっていうか、うーん、あんな風にあっちから話しかけてくれる、みたいなのはなかった気がする」

 

 せなんよなあ

 なんでもオリジンはSAOの根幹システム一部引き継ぎらしい

 だからNPCもハイスペックなんや

 へー(無知)

 

 村の中を歩きつつじろじろと周囲の人を見るユウキ。実に怪しさ満点だ。

 

「あ、あれよろず屋じゃない? せっかくだし少し見ていこうよ」

 

 大丈夫? お金ありゅ?

 スパチャおじさん登場

 

「まあ途中ちょいちょいイノシシ狩ったからな。消耗品補充するくらいはできるよ」

 

「体力回復ぽーしょん? とかだよね」

 

「そうだな、装備品とか整えるにはちょっと金が足りんし」

 

「あの人もNPC? じゃああの人……あ、ボクと同じ武器持ってるってことはプレイヤー……じゃああっちの持ってない人はNPC……」

 

「ユウキいつまでボケっとしてるつもりだ、なんかほしいものあるならパパっと買い物しちゃうぞ」

 

「あ、う、うん!」

 

 俺とランが歩き出すとわたわたとその後ろをついてくるユウキ。

 

「さーせんおばちゃん、このポーションと、あと一応毒消しのも」

 

「はい、これでいいかい?」

 

 少し金が足りんが、まあいいやリアルマネーからちょっと足しとこう。こんくらいなら許容範囲内。

 初めての配信でいきなり死にました!じゃ締まらんからな。

 

 安全、ダイジ。

 

 俺が買い物を終え、ユウキに場所を譲ろうとすると、ユウキがえらく真剣な顔でショップのおばちゃんを見つめていた。

 

 なにしてんの、まるでエクレオールショコラみる倫太郎だぞ。

 

「や、このおばちゃんもNPCなんだなって思って……」

 

「いや私は人間だよ」

 

「うわあああああしゃべったあああああ!」

 

「いやNPCもしゃべってたけどね?」

 

 ユウキが叫び声をあげてしゅばっと俺の背中の後ろに隠れた。

 

 キャアアアアアアシャベッタアアアアアアアアア

 おばちゃんの扱いモンスター並みでくさ

 

「え、ここってARゲームだよね!? なのにお店の人は普通の人なの!?」

 

「いやNPCちゃんもいるわよ。ほら、あっちの店の鍛冶屋のおじさんとか、他にもあそこの井戸で水汲んでる女の子なんかもそうだね」

 

「私たち以外にもいろんな人がいるとは思ってたけど、割とNPCの人も多いんですね」

 

「そうそう、NPCっていってもこのゲーム、えーとオリジンだったかしら、はずいぶん高性能でね。店番の一部なんか任せていいところもあるのよ」

 

「え、じゃあなんでおばさんは自分で店番してるんですか?」

 

「おばちゃんはリアルにもお店があるからねえ」

 

「……????」

 

 これわかってませんねえ

 宇宙猫顔

 スペースユウキ

 

 まあ、これは見せた方がはええか。

 

「ユウキ、オーグマーはずしてみ?」

 

「オーグマーを?」

 

 首を傾げつつ、ユウキが耳あたりに手をかけ―――ARワールド故に今は見えていない―――オーグマーを外した。

 

「え? え? どういうこと?」

 

 ユウキがオーグマーを外したままきょろきょろとあたりを見渡した。

 目は信じられない、とでも言いたげにまんまるだ。

 

「人が全然いない! というか店も半分くらいないよ?! どういうこと?!」

 

「なくなってるのはさっきの鍛冶屋に、あ、井戸とかも……それにさっきまで普通の中世風の田舎に見えてたけど、ここってただのコース途中の休憩スペースだ」

 

「て、てことはさっきまでボクらが見てた村はぜーんぶ作りものってこと!?」

 

 ユウキにつられてオーグマーを外したランもまた感心したように息をもらしつつ首あたりを触っていた。

 あ、あれ現実でシュシュいじってんな。ちょい違和感あるからあとで言っとこう。

 

「まあ、全部とは言わんさ。現にARだと宿屋扱いの民家もこっちでは軽食スペース。よろず屋のおばちゃんの店は……」

 

「この通り、現実では土産物屋ってわけだよ」

 

 そういって棚から木を彫って作られたストラップを手に取って見せる。

 

 ソードアート・オリジンの面白いところはこの『現実とのリンクの多さ』、これが中心になる。

 さっきまで当たり前の、ありふれた世界がゲームに変わる。

 普段なら人もほとんど来ないような自然公園が、ゲームの中の村に、どこにでもある土産物屋が武器屋に、カフェが酒場に、博物館がダンジョンになる。

 

 世界を巻き込んだゲーム。

 

 それが、ソードアート・オリジン。

 

 いま最も熱いゲーム。

 

「すごい……これが、ソードアート・オリジンなんだね……」

 

 いつものきらきらおめめいただきました

 きらきらおめめカウント2

 

「さて、お嬢ちゃん達もこのあたりのことが分かったところで、買い物ついでに土産物もどうだい? リアルマネーでもゲーム通貨でも売ってるよ」

 

「土産って言っても俺たちの家ここからそんなに遠くないしなぁ」

 

「む、じゃあこっちはどうだい? 木彫りの動物シリーズ。ふくろうに、クマにいろいろだよ。小さいからつける場所にも困らないし、なんとゲームでも装備できるわよ。効果は動物ごとに違うから気を付けて買うんだよ」

 

「動物かぁ、あ、ねこだよ、かわいいなぁ」

 

「ねえねえこの猫なんだか姉ちゃんに似てない?」

 

「えー、じゃあこっちの犬はユウかな。この舌をだらーんとしてるのが寝起きっぽい」

 

「えぇ~、ボクこんなんじゃないよぉ~」

 

 おばちゃんの商魂たくましさ

 あー、ここの装備ボーナス初期はありがたかったなー

 濃厚なユウランたすかる

 ユウランてぇてぇ

 

「そっちのお面の変なお兄ちゃんは買わないのかい?」

 

「変なって言わないでくれません????」

 

 変でしょ

 変だゾ

 変ですね

 

「うるさいわい、お前らの意見は求めん」

 

「気に入らないかい? ああ、男の子だしね、こっちの方が良かったかな? なんか金色の剣に竜がぐるぐる巻きついているストラップ」

 

「確かに男の子はそういうのが大好きだけども!!」

 

「ヒロ家にそれ五個くらいあるよね」

 

「お前俺の秘密ぽろぽろこぼすのやめないか???」

 

 くさ

 買うよね

 なんか心とらわれてる時期がある

 

「ねね、ヒロも買わない? このうさぎなんかヒロに似てるし」

 

「え? 似てる?」

 

「似てるよ! ね、姉ちゃん?」

 

「うん。雰囲気かな、ヒロっぽい」

 

 ほら、と俺に木彫りのうさぎを見せてくるユウキ。

 ……こいつ、めっちゃやる気なさそうな顔してるけどほんとに俺に似てるの?

 

「うーん、さっきポーションも買っちゃったしなぁ……」

 

「だめ、かな……」

 

 あー、やめろって俺お前のそういうしおらしい顔には弱いんだから。

 ん、肩叩かれた、えーと、藍子? どうしたんだ?

 

「えーと、そのですね。私も、初配信の記念に欲しいなー、とかいってみたり」

 

「む、むむむ」

 

「ほら、武器を使うときにつかうタッチペンなら付けられそうじゃない? あれ三つ並べてると誰のかわかりにくいし……」

 

「そうそう! ボク配信がんばるから! おねがいっ!」

 

 買ってやれよ

 男の甲斐性の見せ所

 先行投資だと思えばいい

 君の力はこの程度……ということでいいのかな?

 何ためらってんだよ団長ォ!

 

 はい、わかった俺の負け俺の負け。

 

「ユウキ、手ぇだしな」

 

 ほらよ、あんま多くないけどストラップ三つくらいは余裕で買えるだろ。

 

「やったー! 買ってくるね!」

 

「はいはい、こけんなよ」

 

 店の奥のおばちゃんのところに走ってストラップを持っていくユウキを見つつ、顔のお面の位置をただす。

 

「お願いしといてだけど、よかったの?」

 

「あー、いいよ、記念だ記念。代金分はこのあとモンスとやりあって稼いでもらうからな。後衛、任せたぜ?」

 

「はあい、任されました」

 

 くすっと笑みを漏らすラン。

 

「おーい、ヒローねえちゃーん買ってきたよー!」

 

「わー、ありがとー……って、ユウが明らかにストラップが入ってるよりはるかに大きそうな布袋持ってきたよ」

 

「うん、まあいろいろ面白そうなもの売ってあったけどさぁ……」

 

 はじめてのおつかい ゆうきちゃん

 竜の巻き付いた剣の可能性にかける

 あれ首都の方に行けば武器として加工してくれるらしい

 ジャンルは鈍器だけどナ

 それは草超えて森

 

「みてみてヒロ! これさっきお店の品物の一覧のおすすめのとこにあったんだ!」

 

「ほー、俺に渡されたお金で何を買ったんですか、ユウキ君」

 

「う、か、勝手に使っちゃったのは悪かったけど、でもこれはすごいから!」

 

「すごい? ふつうの布バックに見えるけど」

 

 自信満々だな

 これは期待できるかも

 なんかあったっけ

 

「じゃーん! 冒険者セット! これがあればこれからの冒険困ることなしだよ!」

 

 あっ

 あっ

 あっ

 

「え? なんで団員のみんな黙ってるの、あれヒロも? なんで頭抱えちゃったのー!?」

 

 そっかぁ、冒険者セットかぁ、買っちゃったかー。

 

 思わず遠い空を見つめてしまう俺の横で、ひょっこりとランがユウキの手の冒険者セットの中を覗き込む。

 

「これ何が入ってるの? いっぱい入っててよく見えないけど……」

 

「そ、そうだよ! みんなまだ何が入ってるのか見てないのに判断なんてできないでしょ!」

 

「まあ、うん、そうだね。何が入ってるんだいユウキ君?」

 

「ヒロの声がウィザードの最終回を見終えた後よりも優しい……」

 

 まあ優しくもなるわな

 ユウキちゃんの目が眩しい

 

「もう、見てみたらみんな変わるからね! まずは、じゃーん水袋! 喉が渇いたらまずが飲めるよ!」

 

「でもそれARのだよな?」

 

「え」

 

 オーグマー外してみろ。ほら、お前手に何も持ってないじゃん。

 うん、まあオーグマー、触覚も再現してくれるから分かんないのも無理ないんだけどさ。

 

「じゃ、じゃあこれ! ロープ! やっぱ冒険だからね! 崖とかあったらこれで登れるよ!」

 

「でもそれもARのなんだよね」

 

「…………………こ、これならどう?! ナイフ! 何かに使えるかも!」

 

「俺たち剣持ってるじゃん」

 

「あ、あとは、火打ち石とたいまつとか……」

 

「まあ今昼だけどな」

 

「……」

 

 あ、黙り込んだ。

 

「ねえ、ヒロ……この冒険者セットって実は、めちゃくちゃ使えないハズレアイテムだったり……する?」

 

「(イエスともノーとも言わない顔)」

 

「そ、そんなぁ……」

 

 初心者が時々引っかかる奴

 SAOのころなら割と使えたんだけどなあ

 感動的だな。だが無意味だ

 

 ユウキがしょぼんと肩を落とす。

 ……ちょっと気の毒になってくるな。

 

 なんでユウキに一言言わなかったんだよ、と少し恨みがましく店の奥に目を向けると、おばちゃんは申し訳なさそうに笑う。

 

「ごめんね、おばちゃんそういうのに詳しくなくてね。あまり使えないアイテムだったんだねえ。返品できたらいいんだけど、ゲームアイテムだからね……」

 

 まあ、知らなかったならあんま責めれないか。

 

「いえ、こちらこそなんだかすみません。買ったものに文句言っちゃうみたいで」

 

 申し訳なさそうに謝るランにおばちゃんは笑いながら、少し腕を組み考え込んだ。

 

「じゃあお詫びと言っちゃなんだが少しいいこと教えたげよう」

 

「いいこと?」

 

「そ。おばちゃん、それなりにこのお店で店番やってるんだけどね、ここで買い物した子、かなりの確率で隣に行くわよ」

 

「隣って、普通のおうちなんじゃ……」

 

「いや、そーいや門番のおっちゃんもなんか言ってたな。なんだっけ」

 

「『宿屋はないけど万事屋のとなりの家のおかみに話しをすれば悪いようにはならない』……だったと思う」

 

 さすがランちゃん

 ブレーンだ

 ホルンカでのクエスト何があったっけ

 

「クエスト、いや普通に休息か?」

 

「さあてね、おばちゃんはそこまではわからないからね」

 

 でも、とおばちゃんが言葉を付け足す。

 

「あそこから出てきた子はみんな、なんだかすごく強そうな武器を持って出てきてたよ」

 

「すごくつよそうな武器……!」

 

 強そうな武器

 ホルンカみたいな序盤でなんか武器あったか

 店売りは鉄系だった気がする

 アニクエでしょ

 ああ、それがあったか

 アニクエ?

 アニールだよ

 

 ん、ちょいコメント欄が盛り上がってきたな。ユウキとランは目がいかないように誘導しなきゃな。

 

「じゃあ、とりあえず行ってみるか。ランもそれでいいか?」

 

「うん、せっかく教えてもらったしね」

 

「よーし、じゃあ今から行ってみよう! あ、ありがとうおばちゃん!」

 

 じゃあ頑張ってね、と手を振るおばちゃんにみんなで手を振り返し、店の外へ。

 

「ヒロー、ねえちゃーん! おばちゃんが言ってたのってあのおうちじゃなーい?」

 

「もう、ユウ先に行かないのー!」

 

「はっはっは、まったく落ち着きがねえ……って、足早っ! え? ユウキもランもさっきまで俺の隣にいたよな!?」

 

「ヒロー、おっそーい!」

 

「お前らが早いんだって!」

 

 女の子に足の速さで負けて恥ずかしくないんですか?

 生 き 恥

 

「やかましいわい!」

 

 てか思い出した。ここってアニクエだろ。あの森の秘薬の

 あー確かネペント狩りの

 こらこらあんまり情報出すもんじゃないゾ

 オリジンってあんまりクエストの旨味ないんだよなあ

 まあさっさと最前線の店解放した方が強い武器取れるしな

 効率で考えると無視安定

 

「効率、なあ。まあ、みんなが楽しんでワーワーいうのは俺嫌いじゃねえけど、ネタバレとかはなるべくやめてくれよ?」

 

 まあ俺なら別に良いけどさ。

 

「最低ユウキやランの前では気を付けてくれ。あいつら俺ほど団員のコメント追えてないからまだ気づいてないけど、やっぱ二人にはちゃんとゲームを楽しんでもらいたいからな」

 

 スマソ

 分かったよ団長

 なんかヒロがまともなこと言ってたら腹立つ

 

 いいだろたまにはまともなこと言ったって。

 

 跳ねるように走っていくユウキとそれを追いかけるランの背中を必死について行く。

 

 あいつらほんとに病弱だったのかって思っちゃうくらい運動神経いいよな。もう高校生なのに俺より足が速くていやがる。

 

「はあ、はあ、ここって確かリアルじゃ休憩スペースだったところか」

 

「そうだねえ。オーグマーつけてたらすっかり変わっちゃうの、何度見ても慣れないな」

 

「じゃあ、行くよ! ごめんくださーい!」

 

 とんとん、とユウキが軽くノックをすると扉の向こうから声が。

 

「……」

 

「……もし扉開くの待ってるなら俺らが開けないと開かねえぞ、ARだし」

 

「あ、そっか! ちょっとVRの癖が抜け切れてないみたい」

 

 そこら辺はちょっとユウキの「あたりまえ」の価値観が邪魔しているところなのかもな。

 

 さて、扉を開けて……おお、凄いRPGの民家って感じ。机には椅子が四つに、奥の部屋は寝室とかか?

 そして、部屋には女性のNPCが一人、ね。

 

 さて、どうにもここらへんで武器がもらえそうな雰囲気はしないが。

 

「ようこそ、お客様。それほど見どころもない村ですがようこそいらっしゃいました。私の家に何用でしょうか」

 

「え? よ、用? え、えーと……」

 

 あ、ユウキがこっち見てきた。

 

「用とか言われてもボクらおばちゃんに言われたから来ただけだよ! ど、どーしよ」

 

「おい俺かよ!? え、えーと……俺に質問するな!」

 

「あ、ずる! 困ったときそれ言うのやめてよ!」

 

「はあ、何やってるの、二人とも。―――すみません、私たち旅の途中で、あなたに頼めば宿屋の代わりをしてくれるって聞いたんですが」

 

「ああ、そうだったんですね。ええ、うちでよろしければ一時の仮宿としてお使いください」

 

「す、すみません突然訪ねちゃって! ボクたち―――」

 

「放浪者様でしょう? その装備を見ればわかりますよ。そちらの方は、その、すこしお顔が見えませんけれど」

 

 室内でも外せないお面

 休ませてもらうんだから顔出してお礼を言おう

 誰得だよそれ

 

「あー、すみません。その、俺ちょっといろいろあって」

 

「……構いませんよ。放浪者様にはいろいろある事はわかってますから。さ、いつまでもたっていないでお座りください。お水くらいしか用意できませんが、ごゆっくりされてください」

 

「すみませんボクたち突然押しかけたのに」

 

「いえいいんですよ。以前放浪者様たちに助けられてからこの村では放浪者様にできることはなんでもする、と決まっていますから」

 

 勧められるまま席に腰かけると、目の前に置かれたのは先ほど言った通りグラスに入ったただの水。

 NPCの奥さんはそれを俺たち全員分を用意すると、台所に行ってしまう。

 

「ね、ヒロちょっとそっち詰めてボク右に座るから」

 

「じゃあ私は左かな。ヒロは間でいいよね?」

 

「え、一人反対側で良くない?」

 

「すみませーん、椅子動かしても大丈夫ですかー?」

 

 了承を得たユウキが反対側から椅子を持ってきて俺の右隣に腰かける。

 

 ……狭いんだが。

 

「わ、お水本当に冷たい……気がする!」

 

「これ飲めないんだよね、どう戴いたら……」

 

「あ、姉ちゃんこれなんかそのまま飲めるよ! すごい何も持ってないのにコップの感触がする!」

 

「わあ、ほんとうだ……」

 

 まあ、楽しそうだしいいか。

 

 百合の間に男を!?

 でも自ら挟みにいったぞ

 これはギルティ……?

 

「にしても」

 

 うーん、マジで水だけか。タッチしてみてアイテムの効果説明を見ても……うむ、まあこれただの水だな。一応飲めば宿屋で休息取った扱いで体力は回復するみたいだが。

 

「ねえ、ヒロ」

 

 おん、どうした藍子。

 

 左脇腹をつついて声をかけてきたランが俺の耳に顔を寄せてこそこそと囁く。

 

「あの人、何してると思う?」

 

 何って、台所に行ってさっきから鍋混ぜてんだからそりゃ料理……料理?

 

 料理してんのに俺たちには水だけ。

 いや別に飯を出せとか図々しく言うわけではないけど、さっきなんでもするって言ったのに、なんかこう、矛盾してる?

 

「ね、ヒロヒロ」

 

 今度はユウキか。いてて、こらこら引っ張る力が強いっての。

 

「さっきからなんか咳の声、聞こえない?」

 

「咳?」

 

 ……言われてみれば、なんかあっちの扉の向こうから聞こえる気がする。

 

「それにさ、なんかあの女の人、なんだかさっきから表情が暗い気がするんだ」

 

「暗い? そうか?」

 

「そうだよ。絶対に何か困ってると思う」

 

 じっとユウキが澄んだ赤い色の瞳で見上げてくる。

 その色はいたって真剣で、うっかりいまがゲームであることを忘れてしまいそうだった。

 

 言われてみれば、少し、浮かない顔をしてる……か?

 

「……もしかして、誰かのための薬を作ってる、とかないかな」

 

「ああ、咳か。じゃああのドアの向こうには誰かが風邪なり病気で苦しんでて」

 

「あのお鍋の中でそれを治すための薬の材料を煮込んでるってこと?」

 

「それとこれはあんまり自信はないけど、たぶんあのドアの向こうにいるのは子ども、だと思う」

 

「なんで姉ちゃんはそう思うの?」

 

「食器棚の配置だよ。ほら、すごく手前の方に小さい器が並んでる。あれは普段から使ってないとああいう配置にはならないよ」

 

「つまり普段からあの小さい器を使うような人がこの家にいるってこと?」

 

 こくり、と頷くラン。

 

 まあ、普通に考えるとこれクエストだろうな。

 このシチュエーションも、俺たちが違和感を持てるように設定されているであろうセリフもいかにもそれっぽい。

 おばちゃんの言葉まで考えれば薬の材料をとってきてもらえれば武器と交換、ってとこか。

 団員の「森の秘薬」って言葉拾うなら森の中でのクエストだろう。

 

「ねえヒロ」

 

「ん?」

 

「これってさ、ボクらがクエスト受けなかったらどうなるの?」

 

「どうって、一応俺らの立てたフラグはあるがこのままだと放棄になってなかったことになるんじゃないか?」

 

「それってここにいるかもしれない病気の子もそのままってことだよね」

 

「まあ、そうなるな」

 

 そっか、とユウキがこぼして、じっと扉の向こうを見つめる。

 さっきから咳の音は、止まることがない。

 

 きっとユウキは……木綿季は助けたいと思っている。たぶん、藍子もおんなじだ。

 

 でもなー、SA:O、あんまり武器クエストの旨味すくねーんだよなー。

 

 SA:Oは完全なスキル型のARゲームであり、現実の世界をオリジンの世界に置き換えることで遊ぶのが基本だ。

 それは日本全国に様々なオリジンの地域が振り当てられているということで、地域の個別のタイアップも多く、店にも様々なアイテムが存在する。

 そして、アイテムはデータ上のものであれば一度訪れた店のものは、以後アップデートされどこの店でも買えるようになる。それは、武器も同様。

 

 つまり、オリジンにおいてはクエストなんかせずさっさといろんな店に行って武器を解放した方が楽に強くなれるのだ。

 もちろんスキル熟練度などもあるから強い武器があればいいというわけでもないが、さっきコメント欄が言ってたように、そっちの方が『効率がいい』のだ。

 

 だから、このクエストは、正直受ける旨味はない。

 

 大多数の他の配信者がやってるようにクエストは受けず次の街に進み、さっさとショップを解放する。王道に沿うなら俺だってそうすべきだ。

 

 なん、だけど。

 

 

 ―――ねえ、きみは何でいっしょにいてくれるの?

 

 

 ……病気がちの子ども、か。

 

 

「ヒロ?」

 

「どうかしたの、考え込んで」

 

 二人の眼が俺を見る。赤い色の瞳はまるで鏡だ。

 

 どうしたらいいのか、どうするのが正しいか、俺に問いかけてくる。

 

 ふう、うん、迷うまでもなかったな。

 

「ヒロ、ボク……」

 

「みなまで言うな。……わーってるよ、お前の言いたいことは」

 

 効率。人気。視聴者の期待。どれも配信者なら大事だけどよ。

 

「助けてあげようぜ、この家の子ども」

 

 俺はそのどれよりも、こいつらの気持ちを裏切りたくないんだから。

 

 

 

 




 

なんか4話書いてたら長くなったので分割です。
後編は書き終わってはいるので近いうちに更新があります。

コメント欄は基本ヒロの目で追えてるものが描写されてます。
ヒロが集中してる時はあんま映らず、ちらちら確認してる時は戦闘中でも色々出てきます。


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だが信用できないのはヒロだ。あいつは炎上の力を楽しんでいる。(後編)

 その後、話を聞くとやはり藍子の予想した通りこの家の子どもはいま病気であり、彼女はそのための薬を作っているところだったらしい。薬の完成のためには「リトルネペントの胚珠」というアイテムがいるのだが、この先の深い森の中にしかリトルネペントというモンスターは出てこず、しかもそいつは村の人間じゃ勝てないほど強いらしい。さらにはその胚珠を落とすのは「花付き」と呼ばれるレア個体だけなんだそう。

 そういうわけでほとほと困り果てていた時に、俺たちが尋ねてきた、というわけなんだと。

 

 そういうわけで今の俺たちは「リトルネペント」のいる森―――リアルで言えばハイキングコースのあたり―――に来ていた。

 

「削りきれなかったか。ユウキラストアタック!」

 

「おっけー! スイッチ!」

 

「間、カバーするよ!」

 

 突っ込んでくるネペントの一体に剣を叩きつけ、すかさず後ろに下がる。

 逃がすまいと触手をのばしてくるが、後方からのランの矢に押しとどめられ、次の瞬間には片手剣のユウキが剣を振りかぶっている。

 

「とーどめっ!」

 

 おーきれいな一撃

 ソードスキルなしでこれか

 だいぶ形になってきた

 もうスライムに負けたりはしなさそう

 何気にラン姉ちゃんさっきから弓一回も外してなくね?

 PSたっけ

 

「ふふ、褒めてもお礼くらいしか出てきませんよ」

 

「あ、ボクはボクは? スイッチうまくなってたでしょ?」

 

 どっちも上手かった

 スライムに負けてた子とは思えない

 かわいいしつよいしえらい

 

「スライムには負けてないですけど!」

 

「負けてたのはイノシシだもんな」

 

「むー、ヒロだってワーワー言いながら逃げてたじゃん。おあいこだよ」

 

「三回に一回は剣が空ぶってこけそうになるユウキとおあいこはねーわ」

 

「もお、それは忘れてよ!」

 

「1000%不可能だ」

 

「もう、ヒロあんまりユウに意地悪言っちゃだめだよ」

 

「いやここで上下関係を染みつかせとかなきゃダメって俺の心が叫んでて」

 

「マウント取ることに命かけすぎだよ」

 

「むーー、ヒロよりボクの方が足は速いのに……」

 

「ククク、恐ろしいのは私自身の才能さぁ! ユウキィ! 君は私の最高のモルモットだぁ! ヴェハハハハハハ」

 

「……今日の撃破数ゼロ

 

「あてめっちょっと人がひそかに気にしてたことを!」

 

 ©ZAIA エンタープライズ

 社長のダブルパンチやめろ

 さっきからなんかパッとしないよな

 二人のサポートに回ってるせいかもナ

 てかちらちらコメント見てるせいだろ

 フッ!ハッ!ヒロ!なぜ集中しない!

 

「うるせえ~~~家でクーラーの中モニタにかじりついているお前らと違って俺はだな」

 

「んんっ」

 

「うん、団員の言う通りですねやはり俺もユウキやランを見習って一戦一戦に集中していきたいと思いますよ」

 

 恐ろしく速い手のひら返し……俺でなきゃ見逃しちゃうね

 ランちゃんのカバーリングが光る

 戦闘時は後衛から弓で普段は言葉でカバーしていくお姉ちゃん

 

 っと、どうしてもついつい口が滑る。気をつけなきゃな。

 

「中々でないねー花付きのリトルネペント」

 

「だなぁ。割と戦うの自体はなれて来たけど、長引くと集中力が切れそうだ」

 

 あと配信的に絵面も地味になる。

 ユウキが自然にわちゃわちゃ会話を振ってくれるから黙り込む時間こそないのは助かるんだけども。

 

「あ、次のネペントいたよ。ほら、あそこの木の陰」

 

「ほんとだ。次ってどっちが前衛の番だっけ」

 

「さっきユウキだったから俺だな」

 

 あれ、なんかランがじっとモンスターみてる。

 

「どうかした、姉ちゃん?」

 

「あー、うん。あの見た目でネペントだから、元ネタはネペンテスなのかなーって」

 

「ねぺんてす……」

 

「ネインベス……」

 

「ネペンテスね」

 

「ああ、ネペンテスな。わかるわかる、昨日の夕飯でも俺食べたわ」

 

「え? とんかつってネペンテスっていうの!?」

 

「とんかつってネペンテスっていうのか!?」

 

「ヒロが言ったんだよ!?」

 

 この二人もしかしてば、ばか・・・

 それ以上言うな

 ニャメローン

 

「はあ、二人とも全然わかってないみたいだから教えるけど、ネペンテスって食虫植物なの。ほら、ああいうふたの部分を開けて中に虫とかを閉じ込めるの。時々相手が酸みたいなのを吐き出すのもそこら辺が目的かな」

 

「へー」

 

「ウツボカズラっていったら二人も一度くらいは聞いたことあるんじゃない?」

 

 ああ、言われてみればそんな怪人いたなあ。

 

「うつぼかつら……」

 

「うん、ウツボカズラね。うつぼの髪がないみたいになっちゃってるから」

 

 知能指数低くない????

 ラン姉ちゃん物知りやなあ

 完全に絵面が引率の先生と子供二人な件

 こんな調子でこの先大丈夫か

 花付きネペント割と手ごわいからなぁ

 てかソードスキル使えばいいんやない?

 

「そーどすきる?」

 

「それさっきも団員の皆さんが言ってたけど……」

 

 チュートリアルになかったっけ

 今回初見実況だから見てなかった

 団長解説はよ

 特定動作をすると次の攻撃の火力が上がる

 簡単に言うと必殺技

 

「必殺技……! ねえボクそんなのがあるなんて聞いてないよ!」

 

 まあ言ってねえからな。

 もうちょい二人が慣れるまでソードスキルは後回しにするつもりだったのに、ったく、団員の奴ら余計なことばっかりいいやがる。

 

 ……ネペントは、こっちには気づいてねえか。

 

「まあ団員も言ってたけど基本は必殺技って認識でいい。特定の動作によって起動、決められた通りに動くことによって次の一撃の火力を大幅に上げられる。俺とかユウキの武器だと基本技のスラントが最初から使えるソードスキルだな」

 

「すらんと……」

 

「それって私の弓にもあるの?」

 

「あるぜ。ソードスキルも何個か種類があってはスキル熟練度を上げていくと解放されるんだが……ま、聞くよりも一度見た方がいいだろ」

 

 剣を構えて、まだこちらに気づいていないネペントを見る。

 

「援護いる?」

 

「いや一人でいいよ。なんとなく感覚もつかめて来たし、二人はソードスキルの発動のとこだけ見ててくれ」

 

 じゃあ行くか―――じゃねえな。自分の意思じゃないとは言えせっかく電王のお面付けてんだ。セリフもそれっぽく、最初からクライマックスに行くとするかね!

 

「行くぜ、行くぜ行くぜ行くぜ!」

 

 無駄に物まね似てて草

 これ家でこっそり練習してたでしょ

 

 片手にタッチペンの硬質な感触を確かめながら、少し離れた木のかげにいるネペントに向けて走る。

 あいてっ、くそ山道は走りにくいな。さすがに三歩歩いて二回足をくじいたりはしないが。

 

 俺の接近に気づいたネペントがその細い触腕を揺らした。攻撃の合図ってところだろう。

 なら剣は片手で。選ぶのは片手剣初期ソードスキル、スラント。

 

 こいつを速攻でネペントの頭に叩きつけて―――。

 

「っと、ぶね!」

 

 思ったよりも攻撃がはええ! やべ、追撃! 剣で弾けるか? よしギリ!

 

「がんばれーヒロー!」

 

「あ、そこ右だよ! 危ない危ない!」

 

「あ、そこだよ! 剣で払って!」

 

 すげえドタバタしてる

 無駄に動きすぎなのがなんか草

 動きがやかましい

 これだからなんかイマイチぱっとしないんだよなw

 

「もーほらみんなもヒロ応援しよ! がんばれー!」

 

 がんばれー

 ひろきゅあがんばえー

 がんばえー

 ヒーローショーかな?

 ヒロだけにってか

 

「あーあー、応援サンキュ! おーらーよっと!」

 

 ツタの攻撃をかいくぐりつつ、ネペントの腹……たぶん腹に剣を叩きこむ。

 ネペントの頭上の体力ゲージが三分の一ほど削れ、ネペント本体も怯んだようにぐらりと体が揺れた。

 

 よし、今だ!

 

「俺の必殺技、パート、2!」

 

 肩に担ぐように剣を構えると、軽い剣の振動と共にほのかに刃がペールブルーに光る。

 そして次の瞬間には、刃の光と同じ色のラインが瞳の中に映し出される。

 

 それはSA:Oでソードスキルが発動したことの証。

 

「あとはこれを、なぞるッ!」

 

 目の前の青いラインを斜めに振り下ろすようになぞり、目の前のネペントの脳天に剣がぶち当たる。

 ど派手な音とライトエフェクトがぶちまけられ、剣にはタッチペンに仕込まれた電池により遠隔で強い振動が伝わる。

 

 俺は剣を振り下ろした勢いのまま、軽く反転、納刀。ポーズを決める。

 

 ……決まった、完璧だ。これがニチアサ番組なら俺の背後では大爆発が起こっていることだろう。たぶんDouble-actionとか流れてる。辛味噌でもいい。そしてCMの後にはみんなでダンスだ。それくらい完璧なムーブだった。

 

 フッ、どんなもんだい。

 

「すごーい! え、今のがソードスキル? 凄いかっこよかった! ヒロって強かったんだね!」

 

「よせよせ褒めるのは、これくらいできて当然だ。でも、これからはヒロさんと呼んでもいいんですよ?」

 

「光とか音とか、こう、ばーんって! ねね、ヒロあれボクにもできるの?」

 

 ヒロさん……まあ返答も意図せず完璧だったしいいか。

 

 きらきら目を輝かせながら早く教えてとせっついてくるユウキをなだめつつ、隣りのランに目を向ける。

 

「ランは? 一応弓のソードスキルについても教えられるけど」

 

「あー、私はもう少しちゃんと弓を当てられるようになあってからにしようかな。なんか、いまいち感覚がつかめなくて」

 

「あれで……?」

 

 君さっきから一回も弓外してないよね……?

 

「まだ慣れてないだけだと思うから木に向かってでも撃ってるよ。先にユウに教えてあげて」

 

 そういって薄く笑むラン。

 

 まあランがそういうなら。

 

 じゃあユウキ、剣持って。スラントは一応自由の利くソードスキルではあるけど、まあとりあえず基本の右肩に背負う形で。

 

「こう?」

 

 ユウキが片手剣を構えると先ほどの俺と同じライトエフェクトが剣を包む。

 

「わ、目の前になんか線が出てきた!」

 

「それがソードスキルの射程範囲だな。その範囲の中、線をあんまズレないようになぞれ」

 

「ズレないように? 攻撃がかわされそうなときは剣の軌道を修正したらダメなの?」

 

「してもいいが、それもこの光のラインがある範囲内だな。それを超えるとソードスキルの不発動。さらにはペナでしばらく攻撃力が三分の一くらいになる」

 

「なるほど―――ねっ!」

 

 ユウキの剣が虚空を斬った。足元の草が何本か吹き飛びぱらぱらと目の前を散っていく。

 

「ふうん、この範囲だと頭狙いの攻撃を胴体狙いに変えるくらいがギリギリかな」

 

「だな。だからソードスキルは奥の手に近いわけだ」

 

 きちんと当たる場面を見極めて、なおかつそれを状況に応じて使い分ける。難しいけど実践あるのみだぜ。

 

 むむ、と眉を寄せて唸っていたユウキの頭をポンポンとたたく。

 

「ま、よく見ることだな。このゲームリアルに寄せてはあるけど理不尽なゲームじゃないからな」

 

「むむむ、そう言われると、確かに視界もすっきりしてるし、攻撃の予兆も大きめだし……」

 

 ぶつぶつと唸り始めるユウキ。まあこうやっていろいろ考えてる間は大丈夫だろ。

 

「理不尽さを、排して……そっか、重視してるところが……」

 

「ラン? どうかしたか?」

 

 もしいいなら戦闘再開するけど。

 

「あ、ううん、私もなんとなくこの武器のことわかってきたからいけるよー」

 

「じゃああそこにいるネペントに矢で気を引いてくれるか?」

 

「あそこの半分くらい木に隠れてる子?」

 

 どれ?

 もしかしてあの頭の先が出てるやつ?

 何mあるんだよ

 トッププレイヤーでもむずいよ

 ヒロ加減を知れ

 

「うん、まあ難しいだろうから命中させなくても近くに当てるだけでいいよ。見えるか?」

 

「うん、OK。ちゃんと見えてるし、それになんか今なら弓、外す気がしないんだよね」

 

「なんか突然我が王みたいなこと言い出した」

 

「私、弓だから構えとかに意識を割いてたんだけど、でもそれじゃあ弓道やってる人にしか上手く使えない武器になっちゃうよね。だから、たぶん」

 

 ランがじっと木陰にいるネペントを見据え、矢を番る。

 

「大事なのは見えてることなんじゃないかなって」

 

 そう言って、矢が放たれる。

 

 え?

 命中!

 マジで?あれネペント頭の先ちょびっとしか見えてなかったぞ

 あれ見えてるってめっちゃ目がいいな

 

「お、おお、なんつーか、流石というかなんというか」

 

 マジで当てちまうとはな。昔から要領のいい奴だったけどそれにしてもだ。

 

「ふふん、褒めてくれてもいいんだよ?」

 

「さすがだ、恐れ入ったよ」

 

「素直でよろしい」

 

「むむ、いいなぁ。よーし姉ちゃんに負けてられないや! ボクも行ってくる!」

 

「あ、ユウキは待て」

 

「ぐえーっ」

 

 あ、勢いで服引っ張ったら首が絞まってしまった。すまん。

 

「何するのさあ!」

 

「3!」

 

「え、突然何……」

 

「あ、すまん。3じゃなくて0.3秒。多分『イメージのお前』と、『リアルのお前』がズレてる」

 

「へ?」

 

 お前の反射神経は大したもんだよ。俺にはねえ天性のもんだ。

 でも、ここはAR、見かけこそVRと似てるが、その本質はリアルに近い。

 

 どんなに反射神経がよくだって俺たちの体がついていかなきゃ意味がない。

 

「だからな、お前ちょっとイメージと実際の体の動かし方の差異、修正しとけ」

 

 なんでそんなことわかるんだ

 さあ・・・・・

 アバター作ったママだからとか

 アミュスフィアとオーグマーの反応時間の差異とかダロ

 

「れ、れいてんさんびょう……もうちょいわかりやすい例えないかな」

 

「照井がシュラウドとの特訓でトライアル獲得の目標の十秒に足りてなかった時間くらい」

 

「わかりにくいよ! これ以上なくわかりにくくてびっくりしちゃったよ!」

 

「えー、じゃあ瞬き一回分」

 

「できるなら最初からそう言ってよ。まったくもう、まったくもう」

 

 頬を膨らましたユウキが剣のグリップを確かめるように何回か握り直し、ぶつぶつ呟く。

 

「まばたき一回分ズレてる……まばたき一回分、ボクの体の反応が遅い……」

 

「ユウ! もうネペントがすぐそこまで来てるよ!」

 

「あ、ほんとだ……うん、でも、そっか、そうだったのかー」

 

 剣を抜いたユウキに無数の触手が襲いかかってくる。

 

 触手多い!

 ユウキちゃん逃げてー

 これかわすのは無理

 ネペントの触手対応のセオリーは大きく回避かガードでダメージ少なくしてから攻撃終了後にソードスキル

 触手早すぎて目で追えんからな

 この前ユナの配信で避けてる奴おらんかったっけ

 あいつ変態だから

 

 ……一応、ユウキがミスったときのために剣抜いとくか。

 

「ヒロ」

 

「ん?」

 

「たぶん、もー大丈夫」

 

 ―――じゃあ、後ろから見させてもらうとしますかね。

 

「うん、もういける」

 

 そして、ユウキは目の前の無数の触手を、()()()()()()()()()()

 

 は?

 は?

 は?

 は?

 は?

 

 おーおー、団員どもが戸惑っとるわ。

 当たり前だ、キッチリイメージが噛み合ったユウキはこんくらいやるさ。

 

 ほら、言ってる間にラスト一撃だ。

 

「これで、終わりだよっ!」

 

 放たれるスラント。その剣閃は今までのような当たるか当たらないかのような危なっかしさは微塵も存在せず、ただ当然の如くネペントの胴体を上と下に泣き別れにした。

 

「いえーい、はじめての単独撃破ー! やったー!」

 

「すごいねユウ。さっきまでとは全然違った」

 

「へへーん、やーっと、身体の動かし方がわかってきたんだー。今までぜーんぜん本調子じゃなくてさー」

 

 あれ剣当てられるの……?

 リアル剣道少女とかなの?

 いや剣の振り方は普通だろ

 次に来る攻撃を見切るのがクッソはええ

 どうやってんだ?

 

「どう? 普通に見て斬るだけだよ?」

 

 いやまず攻撃が見えないって話なんですが……

 ユウキ「ボクまた何かやっちゃいました?」

 ↑完全にこれ

 なろう主人公

 

「なろう主人公……? 意味はわからないけどなんかちょっとバカにされてる気がする!」

 

「まあユウキカリスマのない我が王みたいなとこあるからなぁ」

 

「ヒロもヒロで何言ってるかわかんないよ!」

 

「お前の好きなエグゼイドで言うとお前は人を殺さなくて人に好かれるパラド」

 

「すごい暴言だよ!」

 

 ぷんすかと怒りながら抗議するユウキ。

 だってお前本当にそんな感じなんだもん……ランと二人でマイティシスターズXXだし。

 

 そんなことを話してたらランがじっとどこかを見てた。

 

「ラン?」

 

「……ヒロ、気づいてる?」

 

「──! 悪いな、ユウキがパラドならランは永夢ってことになっちまうんもんな……チベスナは嫌だよな」

 

「何言ってるの」

 

 チベスナ顔でランが俺を見る。訂正。やっぱ永夢であってたみたい。

 

「あそこの影と、私たちの背中の方、あとちょっと見にくいけどあそこの草むらに紛れてるの、たぶんネペントだよ。私たちにも気付いてる」

 

「……ほんとだ。花付きはいないけどにー、さん、しー、五体かな」

 

 え? マジ? 言われても俺全然見えねえんだけど。

 

 でも話聞いてる限りそれって。

 

「囲まれてるってことか」

 

 ネペントは基本花付きを中心に群れる……と聞いた気がする。俺たちは三人パーティだからたぶん一気に出てくるモンスターの上限は六体くらい?

 

 少し一箇所に留まって狩りをやりすぎたのか、それともこれは一定数のネペントを狩ったことによるなんらかの……。

 

「ラン、俺とユウキの間に。ユウキ、目の前のネペントから目はそらさずに下がってこい」

 

「おっけー」

 

「ん」

 

 ユウキと背中合わせの俺。そしてその間にラン。

 

「これって、私たち逃げれるのかな」

 

 五分五分ってとこ

 オリジンは取り敢えずモンスター振り切ればいいよ

 でも逃げたらネペント狩りのカウンター振り出しになるよな

 そーなん?

 ネペントは狩れば狩るほど花付きが出やすくなるからナ。同時5体出現ともなれば花付きが出るまであと一歩ってとこじゃないカ?

 

「花付きまであと一歩……」

 

「ユウキ、クエストは今すぐクリアしなきゃいけないもんでもない。ここは一旦退いても」

 

「いややろう。早くお薬の材料持って帰らなきゃ、そうでしょ?」

 

 違う?とニッと笑うユウキ。

 

 そうだな、そうだよな。ヒーローはそういうのだよな。

 

 すぅー、はぁー。

 

 よっし!

 

「手前の方の2体はユウキに任せた。俺は奥の2体をやる」

 

「おっけー!」

 

「私は?」

 

「残りの一体を弓で牽制しつつ俺らのカバーを頼む。ネペントに近くに寄られたら俺らに声かけてくれ。カバーに行く」

 

「うん、わかった」

 

 よし、打ち合わせはこれでよし。じゃああとは。

 

「声とかかけちゃう?」

 

 突然笑み混じりにユウキが口を開く。

 

「声?」

 

「ほら、騎士団とかは総員突撃! とかいうじゃん。ボクらもそれっぽいのとかいうと気合い入るかなーって」

 

「なんだよ、この機会にかこつけてやりたかっただけじゃねえの?」

 

「そ、そんなこと! ちょ、ちょーっとしかないよ?」

 

 あったんじゃねえか。かわいいやつめ。

 

 なら、こうだな。

 

 俺は視線をネペントに向けたまま空いた片手だけをユウキとランの方に向ける。

 

「ほら、協力して戦うなら、っぽいのあるだろ?」

 

「え、あー……なんか前ヒロに見せられた……」

 

「! アレだね! ほら、姉ちゃん一緒にヒロの手を叩いて……ごにょごにょ……」

 

 ユウキはわかってるみたいだな。

 じゃあランにも伝え終わったな? 行くぜ?

 

「超キョウリョクプレーで!」

 

「クリアして!」

 

「えっ、あっ、や、やるぜっ」

 

「そういうこと!」

 

 パン、と三人の手が重なり俺はその音を合図に目の前のネペントに走り出した。

 

 行くぜ! リトルネペント攻略開始!

 

 なんか最終決戦みたいな空気だけどこれ最初の村のおつかいクエストしてるだけだよな?

 

 やかましいわい。

 

「俺たちは最初から最後までクライマックス! ゆーえーにっ!」

 

 こちらに触手を向けようとしていたネペントの顔を両手で握った剣をかちあげる。

 

「今だって気持ちだけは最終決戦だぜ!!」

 

 ものはいいよう

 バカとハサミはなんとやら

 

 触手と時折吐かれる溶液をよく見てかわす。

 俺にユウキのような超反射神経はないから全てを叩き切ったりとかのすげーことはできんが、それでも丁寧にやればそんなに見れねえもんでもねえはずだ。

 

「これで、一体目!」

 

 両手剣初期ソードスキルカスケードでネペントの一体を撃破する。

 

「ヒロ! 横!」

 

「っと」

 

 ランの言葉のままに視線を横に向けた直後横合いからネペントの体での突撃をくらった。

 なんとか直前で剣を差し込めたが、それでも体力ゲージの何割かが削れる。

 

 痛い……わけじゃないがちょっとした叩かれた感覚がオーグマーの信号によって体に伝わった気がする。

 

「頭下げて!」

 

 聞こえたランの声のままに頭を下げると、俺にタックルしていたネペントに矢が突き刺さる。

 

「すまん助かった!」

 

 ランに声をかけてネペントに一撃当ててぶっ飛ばして、さらに追撃のソードスキルを──。

 

「ヒロー! こっちは後少しで終わりそうだよ!」

 

 後ろからの声、ランと似てて紛らわしいけど、たぶんユウキだな。

 てか、はええ! っんとに、さっきまで空ぶりまくってたのに、ズレに気づいたとたんにこれだ。

 

「──って、ぶねえ!」

 

 ユウキを気にする余裕は俺にはないぞ。

 

 こうなりゃソードスキルで一気にカタをつける。

 俺のバスタードソードは両手剣扱いにすりゃ射程も伸びる。

 そして、ユウキにはまだ教えてないが、ソードスキルには連撃技……つまり何発も連続して攻撃できる技がある。

 

 フッ、悪いなユウキ。戦闘の見せ場は俺がもらう。

 

「もう、ぱっとしねえとは言わせねえーー!」

 

 草、気にしてたんだ

 これの構えは!

 知ってるのか!

 いやしらん

 

俺の必殺技、パート3(両手剣二連撃ソードスキル カタラクト)!」

 

 技名を叫ぶのは基本

 なんか変なルビ振ってるだろこいつ

 

 剣が赤色の光に包まれ視界に二本の太いラインが現れる。

 

 まずは一撃! どうだ団員は見てるか?

 

 そろそろ実付きがこわいな

 実付きってなんだっけ

 花の代わりに果実がついてるやーつ。実をこわしたら大量に仲間を呼ぶ

 何匹くらい?

 数はわからんけど七人パーティが壊滅した話はよく聞く

 ヒエッ

 初心者は即死レベル

 

 見てねえ!

 

 いや待て実付き? そういやさっき奥さんも花付きと一緒になんか気を付けてくださいって言ってたな。

 これ以上mobが増えたら俺らには対応できねえ。声かけとこう。

 

「えーん、もうはやく花付きのでてきてよ~!」

 

「待ってあれって―――」

 

 おら背中にいたやつに二撃目!

 ふん、見えてなくても音と足元の影で位置はわかるから当てられる。

 よし今のうちに。

 

「ユウキ! ラン! 花付き探すのもいいけどなんか実がついてるやつらには気をつけろ!」

 

「実付き?」

 

「花の代わりに実がついてるネペントらしい!」

 

「花じゃなくて実……」

 

「ああ、奥さんも言ってたろ! なんか厄介な奴がいるってさ! 気をつけろよ!」

 

「えーと、わかった。ねえ、ヒロちょっと聞きたいんだけど」

 

「どうしたラン!」

 

「実付きってさ―――今ヒロが斬ったみたいなの?」

 

「ああ、俺が今斬ったみたいな―――ん???」

 

 え、俺が斬った??????

 

 ま、まさか、そんな……わあ、ほんとだ影だけ見て斬ったらこいつ実付きじゃん。

 しかも俺が上段斬りしたからめっちゃ実割れてんじゃん。

 

 ちらっと、コメント欄を見る。

 

 ねえ、これ?

 

 そうだゾ

 これ以上なく実付き

 

「………………うん、そう、俺が斬ったみたいなやつみたいですね」

 

 wwww

 かっこつけてノールック斬撃とかするから

 何やってんだよ団長ォ!

 

「……あのさ、ヒロ、一応聞くけどさ、それ斬ったら、どうなるんだっけ」

 

「えーと、ものすげえ数の仲間を呼ぶ……」

 

「ものすごい数……」

 

「なんか七人パーティが壊滅するくらいの……」

 

「ななにん……」

 

「私たち三人だよ……?」

 

「うん、三人だね……」

 

 一瞬、三人の中に沈黙が訪れるが、やがてその沈黙が遠くからやってくる草のこすれ合う音で塗り替えられていく。

 思わず顔を見合わせ、おそるおそる背後を見る。

 

 そこには―――

 

「シュシュ「シュ「シュシュシュシュ「シュシュ「シュ「シュシュシュ「シュシュシュシュシュ「シュシュ「シュシュシュシュシュ「シュ「シュシュ」

 

 ―――視界を覆いつくす、大量のネペントが。

 

「「「 わああああああああ! 」」」

 

 う わ あ

 逃げて逃げてー

 多すぎんだろ・・・

 これ10人いても無理

 今日だけでこの絵面二回目なんだよな

 でもこれ森の奥に行ってるんですよねえ

 あっ(察し)

 

「そーなんだよなああ! なんでこんなことになってんだ!」

 

「はあ、はあ、ヒロがかっこつけて攻撃なんてするせいだよぉ!」

 

「いやカッコつけるのは仕方ないじゃん! 必殺技なんだしさ!」

 

「はあ、はあ、でもいつまでも走って逃げるわけには、いかないよね」

 

 それはそうなんだが。

 

 ん? あの群れの真ん中あたりにいるリトルネペント花ついてね?

 

「見ろユウキラン! 花付きだ! 花付きがいるぞ!」

 

「ほ、ほんとだ。はあ、はあ、あれがあれば薬が作れるよ!」

 

「はあ、はあ、だからって、はあ、はあ、今の私たちにはどうにもできないよ」

 

「でも、なんとかあいつだけでも倒せれば……」

 

「じゃあ何かすごい技とか。ネペントって植物だよね? ソードスキルに火をおこしたりするのとかないの?」

 

「そっか! そんなのがあれば一気にドカーンって!」

 

「すまん! ソードスキルは技術だ! だから基本はそういうマジカルなことはできねえんだ!」

 

「じゃあもう逃げるしかないってこと!?」

 

「そうなる!」

 

 うーん、困った。ワンチャン死を覚悟すればなんとか胚珠は取れるかもしれないが、でも生きて帰られる保証がない。

 かといってクエストをあきらめて病気の子を見捨てるってのも寝覚めが悪い。

 

 それに、あんまり木綿季と藍子には過度に走らせたりはしたくねえ。

 

 いまは小康状態を保っている二人だが、それでもあまり体が強い方ではないのだ。

 

 ……仕方ねえ、ここは俺がリトルネペントの注意を引き付けつつ花付きだけ速攻で倒して、二人に胚珠を渡す。

 まあもしかしたら、二人も後でネペントに追いつかれるかもしれないが、その時は三人で笑えばいい。

 

 配信的には、失敗になるが、まあそれもいいさ。

 

「ふー」

 

 じゃあ、そろそろ俺の生き様見せてやるってな。

 

「ユウキ、ラン今から俺が―――」

 

 ―――――――誰かが、いた。

 

「え?」

 

 森の中に白い少女がいた。

 彼女は一瞬こちらを見たかと思えば、今度はどこか遠くを指さした。

 

 それを見て、先ほどまでの思考が一気に吹っ飛ぶ。

 

「ユウキ! ラン! こっちに行くぞ!」

 

「こっちって、ここ道じゃないよ?」

 

「いやいける! 何なら俺が背負ってく!」

 

「え? でも、そっちになにがあるの?」

 

「俺に質問するな!!!」

 

「うええぇぇぇぇえ!?」

 

 俺だってなんか答えがある訳じゃねえ! でも、なんかこっちに行った方がいい気がするんだよ!

 

 道なら俺が作るから!

 

「頼む、もう少しだけ俺についてきてくれるか?」

 

 一瞬二人が互いに目を合わせてそして、くすっと笑みをこぼす。

 

「うん、いいよ」

 

「わかった。ついてく」

 

 ……助かるぜ、マジで。

 

 しばらくネペントの群れの迫る音を背中で受けつつ、獣道をかき分ける。

 すると、ネペントの群れが後10mといったところで、少し開けた場所に出た。

 

 そこには何か今の事態を好転させるようなものすごい武器―――が、あったりすることはなく、普通の空き地だった。

 

 隅の方にはこんもりと干し草が積んであるだけであることを見ると、もしかしたら近くには牧場があったりする設定なのかもしれない。

 

「で、ど、どうするの……?」

 

「なんか自信満々にここに出たから何か策はあるんだよね……?」

 

「モチロンダヨ」

 

「カタコトやめてよ。ねえ、ほんとはなんかあるんだよね?」

 

「アタリマエダロ」

 

「あ、だめこれヒロが凄いごまかすときの雰囲気だ。ユウ、ヒロ何も考えてないよ」

 

「うえええぇぇぇえええっ!? ヒロ! もうネペントすぐそこだよぉ!?」

 

「し、仕方ねえだろ! 俺は天才ゲーマーじゃねえんだ! できねえことだってある!」

 

「あー言い訳! かがみせんせーだって天才じゃなくても頑張ってたよ!」

 

「うるさーい! カガミなんてテーマ曲流しながら死ぬやつじゃないか!」

 

「たぶん違うカガミの話してるよ!」

 

 ん、ああ、カガミってブレイブか? あのタドルファンタジー覚醒回はよかったよなあ。周りのものを使って攻略してさー。

 

「ユウ、ヒロが逃避してる! 起こして!」

 

「ヒロ! 敵そこまで来てるよ!」

 

「はっ、うっかり記憶の中に―――周りのものを使って?」

 

 あたりを見渡す、近くにあるのは大量の干し草。そして、その向こうからやってくるネペントの集団。

 

 なんか、いける気がする。

 

「ユウキ冒険者セット! 買ってたやつ早く出せ!」

 

「え、な、なんで」

 

「俺に質問するな!!!!!!!」

 

「は、はい、冒険者セットです!」

 

「よし!」

 

 これじゃない。これでもない。これでもない。くそ、みつかんねえ!

 

 もし俺の記憶が正しければこの中にたしか―――。

 

「あったぁ!」

 

「ヒロ、ネペントがもうそこまで」

 

 問題ねえよ、ラン。たぶんな! うおおおおお、なんとかなれ!

 

ライダー爆熱シュゥゥトッ(火打ち石)! 燃えろォ! 本能寺ィ!」

 

 なんて?

 なんて?

 なんて?

 なんて?

 

「本能寺だ!!!!! くさにほのおはこうかばつぐんって教科書にも書いてあるぜ!!!!!!!」

 

 そして、ユウキがミスって買った冒険者セットから取り出した火打ち石を、半ば叩きつけるようにぶつけ合わせた火種を、全力で目の前の干し草に叩き込んだ。

 

 この干し草はARの干し草。なら、同じくARの火打ち石なら火をつけられると踏んだ。もし火が付くならきっとあたりの草に燃え移るだろう。そして、次は―――。

 

「俺たちを追ってくる森の中のネペントに燃え移る、だろ?」

 

「「「「「 ジュアアアアアアッ! 」」」」」

 

 ハッハァー! ビンゴォ! もりもりネペントの体力バーが減ってる!

 

 ただの放火魔

 火をつけられる側からつける側に回っただけやんけ

 AR本能寺の変

 こんなネペントの攻略法ある????

 こんなに犯罪者くさい団長オイラ嫌だ

 お暇をいただきます

 これでクリアすんのかよww

 ひどすぎるww

 はらいたい

 みろよランちゃんもユウキちゃんも固まってるよ

 

 グッと、二人にサムズアップを見せて、炎をバックに笑って見せる。

 見てたか二人とも、俺のクールでスタイリッシュな解決方法。

 

「正義は勝つ」

 

「いやこれはどっちかっていうと悪役の行動だと思うよ」

 

「は?」

 

「うん、今のヒロどうみてもヒーローではないよ」

 

「は?」

 

 控えめに言っても魔王側

 悪の幹部

 これがドラクエならネペントの中から勇者生まれてた

 

 は?

 

「というか、この火事どうするの? 森燃えちゃわない?」

 

 ……。

 

 ――――――。

 

「ユウキ、冒険者セットから水袋出して消すぞ!」

 

 消えるわけねえだろ

 

 

 ※全部のネペントの体力が全損したあたりで自動的に消えてくれました。

 

 

 

 

 

 その後、俺たちは燃え尽きたネペントからのドロップアイテム(これは焼けてなかった。ゲームでよかった)にリトルネペントの胚珠がある事を確認すると、ホルンカの村の奥さんの元に戻った。

 胚珠を渡したときに、干し草を燃やしてしまったことも伝えたのだが、なんでもあれは近隣に住む人たちの草捨て場のようなものだったらしく、気にしなくていいとも言ってくれた。ありがたい。

 

「ほんとうにありがとうございます。おかげで娘の熱も引きました。きっと明日にはまた元気に歩くことができると思います。ほんとうに、ありがとうございます……!」

 

「いえ、気にしないでください。私たちの好きでやったことですから」

 

「うんうん! ボクらもお礼、貰っちゃったしね」

 

 そういうユウキの腰では手入れの行き届いた剣が揺れている。奥さんがお礼にとくれた「アニールブレード」という片手剣だ。

 

「ですが……」

 

「いいんですよ奥さん。ライダーは助け合いだ。なら人間だって助け合いですよ」

 

「らい、だあ?」

 

「あー、まあそこは気になさらず」

 

 配信時間は……そろそろいい時間だな、切り上げ時だ。

 

「じゃあ俺たちはここらで帰ろうか。娘さんもお母さんのそばにいたいだろ」

 

 よっこいせっと。じゃあ俺たちはここで。お邪魔しました。

 

「あの、おねーさんたちが、たすけて、くれたんですか?」

 

「ルシィ!」

 

 俺が家の扉に手をかけたのとその声が聞こえたのはほとんど同時だった。

 見れば、いつの間にか開かなかった扉が開いて、小さな女の子が姿を見せている。

 壁につかまりながら歩いてるしきっと本調子じゃなさそうだ。

 

「あなた、まだ寝てなくちゃ……」

 

「えへへ、ごめんね、ママ、でも、わたし、助けてくれたほーろーしゃさんに、おれい、いいたくて」

 

 女の子が近くにいたユウキとランのもとまで行くと、ほにゃりとほほを緩めた。

 

「ありがとう、むらさきのおねーちゃん、あおいおねーちゃん。おかげでわたし、げんきになりました」

 

 一瞬、二人が凄く懐かしそうな顔をして、直ぐに表情を優しいものへと変える。

 

「……ううん、がんばったのはあなただよ。私たちはそのお手伝いしただけだから」

 

「病気、つらかったよね。今日はたくさん寝て、ママのおいしいごはんを食べたら寝るんだよ? ボクと約束。ね?」

 

 女の子と指切りをかわすユウキとラン。

 

 あの女の子はNPCだ。俺たちがこの家をでればクエストリセットされて、またあの女の子は病気になって、奥さんはあと一つ材用が足りない薬の鍋を掻き混ぜ続ける。

 

 だから、あの二人の行為に意味がないという奴もいるだろう。

 

 でも、俺はそうは思わない。絶対に、意味がないなんてことはない。

 

「あかいおめんのおにーちゃんも、ありがとう」

 

 そうだ、この笑顔に意味がないなんて誰にも言わせねえよ。

 

「……おう、もうお嬢ちゃんも風邪ひかないようにな」

 

 お面越しだけど、軽く笑って見せると、いつの間にかユウキもランも隣にいた。

 

「あの、おにーちゃんたち、おなまえはなんていうんですか?」

 

 名前か。絶好の通りすがりチャンスなんだが、まあ、ここは、そうだな。

 

 

「俺たちはスリーピング・ナイツ。困ったらまた呼んでくれ、いつだって駆け付ける」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って、せーっかく、気持ちよく終われたのにね」

 

「はあ、何でこうなっちゃうかなぁ……」

 

 初配信が終わってから数日後、俺の部屋で木綿季と藍子がやれやれとため息をついた。

 

 その眼の先には、オーグマーによって共有されたウインドウがあって、そこには『スリーピング・ナイツの炎上担当について語る』とタイトルがついていた。

 

「『自分も燃やして相手も燃やす配信者』、『汚いデスピサロ』、『自分で火をつける織田信長』、『名誉炎上配信者』……すごいね、あだ名がどんどん増えてってる」

 

「ヒロ見て切り抜きだよ! すごい、ヒロの炎上動画めちゃくちゃ再生されてるよ!」

 

「わ、ほんとだ。すごいねヒロ、今回は自分の力で人気出てるよ」

 

「ちげえええええええそれはネタにされてんだよぉぉおおおおおおお」

 

 なんでだよ! 俺いい感じに締めたじゃん! かっこよかっただろ最後! なのになんで俺の炎上シーンだけバズる!?!?!?!?!

 

「ま、まあまあ、ヒロが頑張ってたのボクらはちゃんとわかってるから……」

 

「ふーーーーーーーーーーーん」

 

「な、なに」

 

「知ってるぞ……お前のネペント戦、SNSで切り抜かれて死ぬほどバズってたよな」

 

「え?」

 

「しかも、つべでは? 【切り抜き】絶世の美少女剣士ユウキちゃん【スリーピングナイツ】とか言うタイトルで? 縮めて『絶剣』とかいうめちゃんこかっこいい二つ名まで作られてるよな?」

 

「絶剣!? そ、そんな、い、いいのかなぁ~」

 

 にへら、と木綿季がうれしそうに緩む頬を抑える。

 

「うおおおおおおおうらやましいぃぃ!」

 

「ま、まあほら私とかラン姉ちゃんとか言われてるし、ね?」

 

「いやランはもう既に密かにファンの間で有志のグルが作られて『蒼弓』とか呼ばれてるから……」

 

「ヒロなんで私たちのこと詳しいの?」

 

 五時間くらいエゴサして適当に作った垢でいろんなグルにこっそり入ってるからだが……。

 

「うおおおおおお俺もなんかかっこいい二つ名欲しい~~~~~~~~! くれよ~~~~~!」

 

「ヒロにも小学校の頃あったじゃん、二つ名」

 

 あったっけ……。

 

「ほら、アンパンマンってよくいわれてたじゃん」

 

「それは俺に友達が木綿季と藍子しかいなかったことをからかわれてたんだよ!!!!!」

 

 愛と勇気が友達、それが俺。

 

「あれ、ヒロ、なんか携帯震えてるよ」

 

 おん? 誰だろ。ユウキー、なんて書いてる?

 

「ええ、ボクみていいの? えーとね……」

 

 木綿季が枕元で充電してた俺の携帯を手に取る。

 

 

「朝田詩乃さんだって」

 

 




ヒロ 『本能寺に自分で火をつける信長』『団長』
使用武器はバスタードソード。取り回しのしやすい武器が好き。
尊敬する人は茅場昌彦。

ユウキ 『絶剣』『ユウキちゃん』
武器は片手剣。クエスト報酬でアニールブレードをメイン装備に。
尊敬する人はお母さん。

ラン 『蒼弓』『ラン姉ちゃん』
武器は弓。選定基準は二人が近接武器を選ぶだろうからカバーできるように。
尊敬する人はお母さん。


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カテゴリーA(アルバイト)か、面白い。

 

「ありがとざざしたー」

 

 帰っていくお客さんに頭を下げて、次のお客さんの品物を手早く会計していく。

 

 ふう、昼のピークもぼちぼち終わりだな。しばらくは暇になりそうだし、今のうちに商品補充でもしとこう。

 レジは、まあパートのおばちゃんでしばらくは回るだろ。

 

「よっと、ちと多いな二回に分けるか」

 

 裏手に回り山盛りの商品の入ったケースを抱え、商品を並べていく。

 

 配信機材をそろえるために始めたスーパーのバイトだけどだいぶ慣れて来た。

 始めるまではどうにも不安があったが、覚えることさえ覚えてしまえば案外できるようになるもんだ。

 

 拘束時間も比較的短めでシフトも割と融通が利く。

 まあこうして時折シフトの穴埋めに代打で呼び出されたりはするが、今は木綿季にオーグマー買ってやって金も必要だったしな。

 

 けど、多いな……次のピークまでに終わるかなこれ。

 終わらなかったら終わらなかったで仕方ないんだけど、ちょっとレジが回らなくなりそうなのがなあ。

 

 えーと、これどこだっけな。

 

「それなら生鮮の隣よ。紛らわしいわよね」

 

「おわっ!」

 

 突然声かけられた! って。

 

「ふふ、よっす」

 

 いつの間にか隣に眼鏡の美人。少し茶化したしたように俺に片手をあげるのは。

 

「あっれ、詩乃ちゃんパイセン、来てたんすか」

 

「あのね、その呼び方はやめなさいって何度も言ってんでしょーが」

 

「いひゃいいひゃい、いひゃいっすパイセン。ほっぺたやめてくださいよ」

 

「アンタがいつまでたってもその変な呼び方直さないからでしょ」

 

 いてっ。デコピンされた。

 おーいて……というほどではないが、非難の意味も込めてデコ抑えとこ。

 

「第一、私は緋彩とは学校も違うのに」

 

「いーじゃないっすか、学校は違うくても先輩で。ここでの仕事はパイセンが教えてくれたんですし」

 

「それは、そうだけど」

 

「ならいいじゃないっすか、パイセンはパイセンで」

 

 パイセンが「そういうものかしら」と呟きつつ眼鏡の位置を正す。

 

「ま、それはともかくバイト穴埋めしてくれてありがとね。今日は如月君急にこれなくなったみたいなの」

 

「ふっ、いーんすよ。如月はきっと家出した担任の生徒を探しに行ったんでしょうから」

 

「如月君は高校生だし今日は親戚の法事だって言ってたわよ」

 

 ソッスカ。

 

「でもよかったの? 休日の昼間だし何か予定あったんじゃない?」

 

「ハッハッハ」

 

「笑ってごまかした。……配信とかやる予定もなかったの? 見たよ、自分で燃える織田信長」

 

「ちょっとリアルでその話は勘弁してください、マジで」

 

「えぇ~、どうしよっかなぁ~、せっかく後輩が面白いことやってるのに何も言わないのは不義理じゃないかしら?」

 

「……てんちょー、詩乃っちパイセンGGOってゲームで地獄の女がモガッ」

 

「OK、クールになりましょ。この話はここで終わり、いいわね?」

 

 ウム、その休戦協定には乗ろうじゃないか。

 

「ん、でもアンタってもう今週結構入ってたわよね。今日でそこそこ連勤じゃない?」

 

「ま、ちょうどバイト代、ガンガン稼ぎたい面もあったんで」

 

「ふうん? また名誉棄損で訴えられてお金むしり取られた?」

 

「前にも一回あったみたいな言い方やめてくれません?」

 

 流石の俺でもそんなことやったことはねえよ。

 

「じゃあどうしたの?」

 

 眼鏡の向こうのパイセンの瞳がきろりとこちらを向いた。

 手は先ほどから止まらずに商品補充をしているのに器用というか多芸というか。

 

「え、あー、まあちょっと、幼馴染に、ちょっとプレゼントを」

 

「幼馴染って、あの休日のシフトの時にいつもお弁当作ってくれてるっていう?」

 

「いやそっちじゃない方っすね。双子の妹の方」

 

「誕生日とか?」

 

「や、なんていうんすかね、まあちょっと日ごろの感謝も込めて、みたいな?」

 

「そ」

 

 パイセンは短く音を漏らすと、俺の背中を軽くたたいてくる。

 いつの間にか山のようにあった仕事もすっかり片付いていた。

 

「さ、これ戻したらレジの方に行きましょ」

 

「っすね。混んできたらおばちゃん一人だと大変でしょうし」

 

 じゃあ空いたケースもっていっとくか。

 

 よいしょっと。

 

「……半分くれたらよかったのに」

 

「だから残してるじゃないっすか」

 

「……もう、ありがと。重くない?」

 

「ふっふっふ、鍛えてますから! ヒビキさんのように! 己を強くするためにね!」

 

「誰?」

 

「仮面ライダー響鬼の主人公っす!」

 

「……そ、よかったわね」

 

「なんか目がめっちゃ冷たい」

 

 裏手の方に二人で荷物を運びつつ、軽くお客さんの入りも確認しておく。

 まあこの分だとしばらくは大丈夫そうか。

 

「ずいぶんアイスとか売れるようになったわね」

 

「ま、夏っすからねー。あとひと月もすれば夏休みにもなります」

 

「え、もうそんな時期?」

 

「っすっす。もうクーラーは手放せないっすね」

 

「私はまだ扇風機。もうちょい粘りたいわね」

 

「あー、パイセン一人暮らしっすもんね」

 

「適当に何とかね」

 

「またまた謙遜を。この前の弁当とかめちゃくちゃ美味そうだったじゃないですか。この前の唐揚げとかも」

 

「おだてても何も出ないわよ」

 

「そういうんじゃないんですけどね。あ、確か今年受験っすよね、実家帰ったりするんすか?」

 

「ううん、今年はずっとこっちね。お盆は帰るかもだけど、基本はこっちにいるつもり」

 

「ありゃ。勉強とかっすか?」

 

 あれ、パイセンがちょっと言いよどんだ。

 確か国立を目指すって言ってたし、勉強が大変なんだと思ったが。

 

 はっ! ま、まさか……。

 

「お、男……? 行くんすか、デート!」

 

「ばーか、そんなんじゃないわよ。私をそこら辺の脳みそピンクの浮ついた学生と同じにしないで」

 

「なあんだ、喜んで損したっす」

 

「喜んでって、あのね、私の恋愛事情にアンタがどう関係あるっていうのよ」

 

「いや関係はないっすけど、でも詩乃っちパイセンに男ができる幸運は祝わないわけにはいかないというか」

 

「……べつにありえなくはないでしょ、彼氏ができるのとか」

 

「えー、だってこの前占いアプリで遊んでたら出会う男が全て彼女持ちかストーカーだけって出たばっかじゃないですか」

 

「風穴開けるわよ」

 

 いたいいたいいたい拳を脇腹に押し付けないで。脇腹がえぐれるように痛いっ!

 

「はあ、夏休みはちょっと知り合いの仕事を手伝いに行く予定なの。それだけ」

 

「仕事を。インターンって奴っすか?」

 

「まあそんなとこね」

 

 よいしょ、とパイセンが荷物を置くと眼鏡を指で押し上げる。

 

「まあそういうわけだから、夏の私がいない間はバイトのラインは任せたわよ?」

 

「ええっ、俺っすか? もっと他に頼る人いるでしょ」

 

「あら、先輩からのお願いが聞けないっていうの? この前お昼だっておごってあげたのに」

 

「ファミチキ一個にしてはちょっとお願いが重すぎじゃないですか?」

 

「贅沢」

 

「毎日うまい飯食ってるんで」

 

 ああ、でも。

 

「次シフトかぶったときに弁当のおかず一品くれたら考えときます」

 

「……生意気」

 

 へへっその腕へのへなちょこパンチは指切りの代わりにもらっておきますよ。

 

 

 

 第五話 カテゴリーA(アルバイト)か、面白い。

 

 

 

「じゃあ、お疲れさんでした」

 

 代打のバイトが終わり詩乃ちゃんパイセンや他のバイト仲間から一足先に上がらせてもらう。

 店を出るときに軽くパイセンに頭を下げると、ひらひらと手を振り返してくれた。

 

 うー、小腹が空いたな。まあ家帰ればなんかあるだろ。

 いや、まあそれはいいんだけど。

 

 なんか、すげー見覚えある奴いるな。

 

「あ、ヒロ~バイトおつかれ~っ!」

 

 うん、あの自販機前で手振ってきてるの木綿季だよね。

 こっちに振る手が尻尾に見えてくるな。わんわんユウキ。

 

「あいあいあんがと。で、どーした、何でここにいるんだ?」

 

「んー、ちょっと時間ができたからバイトしてるヒロでも見ようかと思って」

 

「なんだ藍子のお使いで買い物とかか?」

 

「ちょっと近くで友達と遊んでたんだー。ほら、立花ちゃん。でもなんか途中で彼氏との約束忘れてたって帰っちゃんたんだよー。明日学校でジュースおごってくれるっていうから許すけどさー、でもひどくない?」

 

「まあ橘さんは自分の気持ちに気づくの遅いからな。わかってやれよ」

 

「なんか違う人のこと話してない?」

 

「橘さんだろ」

 

「まあ立花ちゃんなんだけど……なんだろう、この釈然としない感じ……」

 

 ぶつぶつと呟く木綿季。

 

「それに、ヒロにオーグマー買ってもらっちゃったし、そのせいでヒロがバイト大変だったり、とか……って」

 

「ははは、こやつめ」

 

「わわ、あ、頭なでないでよぉ!」

 

 いいんだよ好きでやってんだから、バイトも配信も。

 

 しかし、友達と遊びに行ってたのか。どうりでいつも家で来ているようなラフな服じゃなくて、ちゃんと私服なわけだ。

 

 少しオーバーサイズのTシャツに、すらりとした足を大胆に見せるショートパンツ。

 いつもの赤いリボンはそのままだが、全体的に、なんていうのかな、おしゃれだ。活発な木綿季にはすげえ似合う。

 普段は制服とかジャージばっかだからちょっと新鮮だし。

 

 ……うん、いやマジで似合うんだけど、ちょっと肌見せすぎじゃね?

 肩とかずり落ちてちょっと見えそうになってんじゃん。

 

 これもうちょい何とかならねえかな。

 

「え、なになに、何で突然ボクのシャツの襟ただし始めたの?」

 

「……ウム」

 

「ウムじゃないけど」

 

「ムウ」

 

「ムウでもなくて」

 

 だめか、どうやってもちょっと危ない感じにしかならん。

 

「いやお前のそのオーマフォームみたいなTシャツ何とかできねえかなって」

 

「変なこと言うのやめてよっ、これ割とお気に入りの服なんだからっ!」

 

「平成の王の何が不満だと!?」

 

「称号じゃなくてそれを女子の服に例えるセンスが最悪って話してるの」

 

「うそだろ。平成始まって以来の驚きだ」

 

「今は令和だよ」

 

 今は2027年です。

 

 じゃれ合いつつ家への道を歩きはじめる。

 照らす日差しは夏らしい強いものでじりじりと肌を焼いてるようでもある。

 

 ……ちょっと前に立って俺の影に木綿季が入るようにしとくか。

 もともと体だけは丈夫な俺と違って木綿季たちの肌はちょっと心配になるくらい白いからな。

 

「あ、藍子からメールだ」

 

「姉ちゃん?」

 

「うん。ええと、何々……『今日はウチのパパもヒロのお母さんも遅くなるので夕飯は私が作ります』、ああ、メニュー聞かれてるなこれ」

 

「へー、姉ちゃんが好きなの作ってくれるんだ」

 

「のぞき込むな、顔近いっつーの」

 

「けち」

 

 人前でこういうのはよくないんだよ。俺が優しく押しのけてるうちに離れなさい。しまいにはデコピンするぞ。

 

「夕飯なー、木綿季、なんか希望ある?」

 

「ええ~、聞かれてるのはヒロなんだからヒロが答えなよ」

 

「つってもなー、藍子の飯大体うまいし」

 

「もう、そういう曖昧な態度が姉ちゃん困らせてるんだからね。あんまり鈍いと姉ちゃん可哀そうだよ」

 

「いやいや俺よりお前たち姉妹のこと分かってるの紺野のおじさんくらいだろ。お前たちの唯一の幼馴染の俺が分からねえことなんてないぞ?」

 

 なんだよその呆れたようなため息は!

 

「姉ちゃんも報われないなー、これが相手だもんね」

 

「これっていうなこれって」

 

「はいはーい」

 

 お前な……て、あれ。

 

「どうした木綿季、俺の手じっと見つめて。なんかついてた?」

 

「え? あー、なんもない、よ?」

 

「ダウト」

 

「う、嘘じゃないし」

 

「お前って嘘つく時決まって唇触るよな」

 

「え、うそ!?」

 

「うん嘘」

 

「むーーー」

 

 はっはっは、そんなにほっぺた膨らましても怖くないぞー。

 

「……ちょっと、思い出してただけ。小さいころはよくこの道を手をつないで歩いてたなーって」

 

「なっついなー。そこのコンビニでお菓子買って、んでこの先の公園で一口交換してたよな」

 

「そうそう! 姉ちゃんはあんこのお菓子買って、ふふ、ヒロって夏でもチョコ選ぶからすぐとけて泣いてさー」

 

「泣いてねえし、それにカードがついてくるお菓子は大体チョコなんだよ。そういうお前だってねるねるねるねばっか買ってたじゃねえか。お前途中で食うの飽きていつも俺が食ってたんだぞ」

 

「ちゃんと一人で食べることもあったもん!」

 

「三回に一回くらいだったろ」

 

「むー、昔のことねちねち言って、ヒロのいじわる」

 

 昔の話を始めたのはお前なんだよなあ。

 

「ね、ヒロ」

 

「んー?」

 

 振り向くと、木綿季が手を組んで、ほどいて、俺を見上げる。

 

「手……」

 

 そして何かを言いかけて、ほにゃりと笑った。

 

「隣、歩いていい、かな」

 

 なんだそりゃ。当たり前のことをいちいち聞くなよ。

 

 しばらく、二人で並んで歩く。

 と言っても木綿季が影に入るようにちょいちょい位置を調整しながらだけど。

 

 昔、友達に「君は過保護すぎ」って言われたけど、身に沁みついちまったものだ。治しようもない。

 

「最近の緋彩のおばさん忙しそうだね」

 

「ん。まあなんか最近はなー、最後に顔見たの三日前とかかもしれん」

 

「パパも最近は忙しそうにしてるんだよね。大事なプロジェクトがーとか」

 

「仕事かあ。どんなのなんだろうな、やっぱ嫌味な上司とかいんのかな」

 

「やっぱりいるんじゃないかなあ。パパはあんまりおうちでは愚痴とか言わないからわからないんだけどね」

 

「へー。俺の母さんも割と我慢強い方だからあんまりなー」

 

「やっぱ心配されてるんだと思うんだ。ママがいなくなって何年か経つけど、やっぱり、ね」

 

「……そか。大人は大変だなあ」

 

「大変だねえ」

 

 仕事、仕事かぁ。

 

「俺たちも将来母さんたちみたいに仕事で忙しくなったりすんのかね」

 

「え?」

 

 あん? 何不思議そうな顔してんだよ。

 

「順当に行ったら後たった六、七年後の話だぞ。まったく、俺は今から憂鬱だよ」

 

「たった七年って、七年ってかなり先じゃない? なんか夢みたいでピンとこないなあ」

 

「何言ってんだ。お前らとの七年なんてあっという間だったぞ。木綿季もそーだろ?」

 

「そりゃ、ヒロといたら息つく暇もなかったけどさ」

 

「ならこれからだって変わらん変わらん。次の七年だってすぐだよ」

 

「……そうかも。そうかもなあ」

 

「だろ。なら夢みてえに遠いことでもねえさ」

 

 そっかぁ、と木綿季が噛みしめるように空を見た。

 つられて、空を見る。

 

「生きていけちゃうんだよね、ボク」

 

 空にはバカでかい雲が浮いている。

 すっかり夏の空だ。

 

「将来何になるかっていうのはすごく魅力的だけど、でもしばらくは配信のことに集中しなきゃね」

 

「だなー。初回としては成功の部類に入るだろーな」

 

「今は夜に雑談してるけど、やっぱオリジンもがっつりやりたいし!」

 

 言いつつ、バックから取り出したオーグマーを起動。

 拡張された現実は俺の世界を直接インターネットの海へとつなげてくれる。

 

 俺らのチャンネルは、と。

 

「……増えたなー」

 

 もう俺が一人でやっていたころとは文字通り桁違いだな。収益化だってそろそろ視野に入れていいころだ。

 

「チャンネルだけじゃなくてSNSの方もすごいよね。通知とかすごい多そう」

 

「多いぞー、自動通知切ったもん、俺。そのままにしてたらそこそこの頻度でぴろんぴろんいうかんな」

 

「もー、それでイラついたからってなんか変なこと呟かないでよ。……って、いくらヒロでもそんなことはしないか」

 

「……ソウダナ」

 

「えちょっとまって何でカタコトなの。ボクから目をそらしたの。ちょっと詳しく―――」

 

「お、公園だぞ。よしジュースとか飲むか、藍子には黙っとくから」

 

「え、ジュース? て、ちょっと物で釣って話そらさないでよっ!」

 

「まあまあ、カルピス買うから。好きだろ」

 

「好きだけどさ~」

 

 俺に詰め寄り俺からオーグマーを奪い取ろうとする木綿季の頭を抑えて遠ざけつつ、近くの公園の自販機でジュースを買う。

 投げ渡したカルピスのペットボトルを危なげなく木綿季は受け取る。

 

「ほい契約成立」

 

「あ、ずるい」

 

「わはは、藍子には内緒にしといちゃる」

 

 あんまりジュース飲みすぎると藍子に小言を言われるからな。

 

 俺はコーラでいいか。

 

「よっこいせっ」

 

「もー、家に帰ったらちゃんと話聞くからね。……横いい?」

 

「百万円な」

 

「しつれーしまーす」

 

 木綿季が俺のすぐ隣に尻を落とす。

 

「なんでこんなに広々スペースあいてんのに真横に座んのよ」

 

「いーじゃん別に。いつものことでしょ?」

 

「まあそりゃそうなんだが同じクラスの奴らとかに見られたらどーすんだ」

 

「毎朝姉ちゃんと三人で一緒に登校してるのに何をいまさら言ってるのさ」

 

「いや三人ならともかく今二人じゃん……ん、ほれかせよ」

 

「? なにを?」

 

「あん? ペットボトル、開けれないだろお前」

 

「もうヒロのボクのイメージ何時で止まってんのさっ! このくらいボクだってあけれますー!」

 

 ふぎっとキャップを開けた木綿季は、そのままカルピスを一気飲み。

 

「ああ、こらやめろ一気に飲んだらむせちゃうだろ」

 

「もー! だからヒロはボクのこと子ども扱いしすぎーっ!」

 

「いやー、自分より身長20㎝小さいやつだとどうもなー、お前中2からほとんど身長変わんないしさー」

 

「のびてますー! 今年の身体測定も七ミリ伸びてたもん!」

 

「ほー、俺は三センチのびてたわ」

 

「むー、ずるい。ちょっと縮んでよー最近ヒロの顔が遠いんだよー」

 

「わはは小さきものよ」

 

 ぐいぐいと俺の頭を押して縮めようとする木綿季だが、悲しいかな20センチはそれほど小さい差ではないのだよ。

 代わりに頭なでておいてやる。

 

 ……にしても20センチか。いつの間にか結構差がついたなあ。

 この公園で三人でよく集まってた頃には俺も木綿季も藍子もそんなに身長変わらなかったのにな。

 

「うっし、飲み終わったーっと」

 

「えええっ、はやくない?」

 

「んなもんだろ、ゴミ箱は……ちょい遠いな。届くかな」

 

「やめといたほうがいいと思うなー。ヒロそーいうのはいったことないじゃん」

 

「心外すぎる」

 

 一、二回はあるわい。見てろよ。

 

「ほいっと」

 

「ほら外れた」

 

「やーかまし」

 

 けらけらと笑う木綿季に軽くデコピンをかましとく。

 

 ……こんなにちいせえ缶ですら、このでかいゴミ箱に入らねえのか。

 俺が野球少年でなくてよかったよ、ほれ、ぽいっと。

 

 なんかやたらと空き缶が捨ててあるな。

 大方俺みたいな外した奴が捨てていったのだろう。

 

 困ったやつらだ。

 

 代わりに捨てといてやろう。

 

「よーし、ヒロそこどいてー、ボクも投げるから」

 

「やめとけやめとけお前が入れたら俺がみじめになる」

 

「ボクが入れることはあんま疑ってないんだねーっと、ほいさっ」

 

 木綿季がカルピスのボトルをバスケット選手がそうするようなきれいなフォームで投げ入れる。

 くるくるとボトルは回転しながら俺の目の前を通過し、すっぽりとゴミ箱の中にイン。

 

「木綿季選手、2ポイント」

 

「へっへーん、やったね、ぶいぶい」

 

「はいはい、じゃあそろそろ帰るぞー」

 

「えー、もっと褒めてくれてもいいじゃん~」

 

「かわいいかわいい」

 

 よし、このごみで最後だ。

 

「もー……ん? ね、ちょっと待ってヒロ」

 

「なんだー、これ以上俺から褒めの言葉を搾り取ろうってのか」

 

「違うよ、ほらみてってば」

 

「いててて、首が曲がる首が」

 

 まったくなんだよ……って、なんだこれゴミ箱の上になにかウインドウ?

 

「『街の美化にご協力いただきありがとうございます。お礼にお役立ち情報をプレゼント!』。なにこれ」

 

「ボクに聞かれても。でも、街の美化だから……ヒロのゴミ拾いのことなんじゃない?」

 

「さっきの空き缶か。それでこのウインドウと」

 

「たぶん?」

 

「そんなことあんのか?」

 

「さあ……?」

 

 首をかしげる木綿季と一緒にゴミがこの上に浮かんだウインドウに目を通す。

 

 えーとなになに。

 

「「 ソードアート・オリジン秘匿クエスト情報? 」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、定期的にやっている雑談配信でその話を出してみると。

 

 そりゃ隠しクエってやつダ

 地域特有のやーつ

 

「地域特有の……じゃあこのクエストは完全に俺たちしか知らないってことになんのか?」

 

「え、大発見じゃん! ゴミ拾いしてよかった!」

 

「拾ったのは俺だけどな」

 

 きゃいきゃいとはしゃぐユウキの頭に軽いチョップ。

 ちょっと面の位置がずれてるか、今のうちに直して、と。

 

「それでそのクエストはどういう内容なの? 私まだ聞いてなかったよね」

 

「あー、これだよ、これ」

 

「なになに……『季節外れの贈り物』? なにこれ」

 

「俺もわかんね。説明文にもちょびっとフレーバーっぽいテキストとフラグ開始ポイントの地図があるだけだし」

 

「え、地図もあったんだ。みせてみせてボクも見たい」

 

「もうユウ膝に乗ったら私が画面が見えないよ」

 

 ユウラン供給助かる

 切り抜き確定

 団長邪魔だからどいてくれない?

 

「元は俺のチャンネルなんだよなあ……」

 

 ここ最近はユウキとかランのが人気出ちゃったけどさ。

 

「ふうん、軽く見る感じ探し物をするクエストなのかな」

 

「たぶんな。たぶんこの地図の指定ポイントに何かがあって、あとはそれをたどりつつ……か?」

 

「なんだかあいまいだねえ」

 

「しゃーねえだろ、こんなの俺も聞いたことねえよ。ゴミ拾って発生するクエストとか……」

 

 リアルとの連携要素はオリジンの特色だナ。喫茶店の食事のオマケでクエスト出るとかは聞いてたんだけどナ

 上手くいけば道行く子どもが率先してゴミ拾うようになるのでわ?

 俺、今日から毎日ゴミ拾います

 

「で、どうする? やるか、このクエスト」

 

「はいはいはーい! ボクやりたーい! 他の人がまだやったことのないクエストとかやらない選択肢ないでしょ!」

 

「あいあい、お前はそういうだろうな。ランは?」

 

「んー、私はヒロとユウがやるならもちろんついて行くよ」

 

「俺に関しても異存はねえぜ。秘匿クエスト、やらいでかって感じだ」

 

「やたっ」

 

 次もクエスト攻略か

 そろそろスパチャ解禁してもええんやで

 正統派攻略のユナとは違う方向に行きはじめた

 

「よーし、じゃあ次の休みはクエストにレッツゴー!」

 

 ばっとユウキが俺と藍子の目の前に手を差し出した。

 

 なんだろう。とりあえず握っとくか。

 

「もー! そうじゃないよっ! 掛け声だよっ! 今から気合入れよーよ!」

 

 ああ、そういうやつね。それならそうと言っておくれよ、ユウキさんや。

 

 ユウキが出した手の上に俺の手が、さらにその上にランのものが重なる。

 

 いくよ、とユウキが目で合図してくるので軽く頷いてみせる。隣でランもまた同じように首を動かすのが見える。

 

「えいえいおー!」

「すりーぴーんぐーなーいつ!」

「俺参上ーーー!」

 

 

 ……かけ声は後でちゃんと決めような。

 

 

 

 

 




《秘匿クエスト情報》
現実との連携が大きな魅力となるSA:O。
その中には「喫茶店でお茶をする」「公園でゴミ拾いをする」「釣り堀で魚を釣る」と言った日常の中にクエストフラグが隠されていることもある。
誰にでもフラグは発生するわけではなく、「ソードアート・オリジンを遊んでいて」「オーグマーを装着している」時のみにウインドウは発生する。
現在SA:O運営はそのフラグ発生条件の多くを秘匿しており、一部にはそうした秘匿クエストを専門に行うプレイヤーも出てき始めている。
今回ヒロたちが受けられるようになったクエストは「季節外れの贈り物』。

『ヒロ』
現在身長172センチ(成長中)
親が高かったからまだ伸びるんだろうな、と思っている。

『木綿季』
現在身長154センチ(頭打ち気味)
後5センチは欲しい。

『藍子』
現在身長153センチ(同上)
小さいと料理の時高いところにある皿が取れないから不便。



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それが君のユウキ

紺野姉妹誕生日記念更新です。


 

 

 

 

「あー、あー」

 

 おはじまた

 お前を待ってたんだよ!

 バイトから滑り込み

 

「あえーと、こほん、聞こえてる? 音量とか大きくない?」

 

 ユウキちゃんのきょろきょろおめめ

 ちょっと大きいかも

 もう少し小さくてもよい

 

 あいあい少し大きいね、じゃあこんなもんかね。

 

「ラーン、お前もちょっと話してみてくれー」

 

「うん。こほん、団員のみなさんこんにちはー、聞こえてますかー」

 

 聞こえてるよー

 副団長!大丈夫です!

 やさしいお声

 癒される……

 ラン姉ちゃんASMRとかしない?

 

「えー、えす……?」

 

「あ、知ってるよボク! ヒロが前ユナちゃんの」

 

「それ以上の答えはノーサンキューだユウキ」

 

 お、団長

 今日はブレイブのお面じゃん

 ブレイブってなんだっけ。橘さんが出てるやつ?

 え、ちがうくない?

 

「いやそれはブレイドだな。剣って書く平成5作目。不死生物アンデッドと戦う仮面ライダーの話」

 

 安定の早口オタク

 セイバー坂の……

 ルナーーーーーッ!

 突然現れた小説家!

 

「や、そっちはブレイズ。セイバー坂で覚えられてるのは、なんというなんとも言えんが……。俺は好きだけどね、氷獣戦記覚醒回とか」

 

「えっとユウ、ブレイブって何に出るやつだっけ……」

 

「ふふーん、姉ちゃんそんなことも忘れたの? ヒント! ブレイブは剣を使う青い仮面ライダーだよ!」

 

「ビビるくらいヒントになってねえなそれ」

 

 ブレイドもブレイブもブレイズも剣を使う青いライダーです。

 

「とと、まだ挨拶もしてないのに話題転がっちゃったな。これからもちょくちょくお面は変えるけど気にしないでくれよな」

 

 お面変えるんだ

 そういえば集めてるんだっけか

 

「まーな。あんまり人には言ってなかったけど、どっかの誰かが俺のお面のことバラしちゃったから隠す必要もないかと思って」

 

「ご、ごめんってば」

 

「別にお前のこととは言ってないんだけど心当たりがあるんだなぁ〜」

 

「うー、ごめんって謝ったじゃんかぁ〜」

 

「はいはい、ユウは私の影に隠れないの。あとヒロももう怒ってないならそんなにいじめないっ」

 

 また団長怒られてる

 会話の気安さに付き合いの長さを感じる

 ヒロランてえてえ……?

 ユウラン派です

 

 と、これ永遠に話が脱線するな。気を取り直してそろそろ挨拶しなきゃ。

 

「じゃあ、おっすおっす俺参上。スリーピングナイツ団長ことヒロです」

 

「やっほー、ボク参上! スリーピングナイツのユウキだよ! 今日もよろしくね!」

 

「えと、こんにちは、私も参上です。スリーピングナイツのランです。団員のみなさんも楽しんでいってくださいね」

 

 団員参上

 団員参上

 参上乙

 参上三連星も安定感出てきた

 アワアワしてた頃のランちゃんも好きだった

 団員参上

 

「今日はこの前の夜の雑談配信でも話した隠しクエストの攻略! 今はクエスト開始ポイントに向かってるとこです! いい天気で絶好の配信日和!」

 

 おー

 隠しクエ!

 オリジンはSAOと同じくカーディナルくんがいるから色々特色あっていいねぇ

 

「向かってる間は特にすることもないし、軽くクエストの説明とかしておこっか」

 

「だな。えーと、クエスト詳細ユウキがもってたよな」

 

「うん、クエスト名は『季節外れの贈り物』! フレーバーテキストもちょびっと載ってるから、音読するね! じゃあボク苦手だからヒロよろしく!」

 

「ノーサンキューだ。ランよろしく」

 

「え、やだ。ユウがやってよ」

 

「ボクにバトンが帰ってきた……?!」

 

「ユウも上手いからいけるよー」

 

「姉ちゃんは中学生の時校内スピーチコンテストで代表だったのに〜」

 

 へえ、うまいんだなぁ

 声落ち着いてて聞いてて気持ちいいもんな

 そう言われるとラン姉ちゃんの音読も聴きたくなってくる

 

 ……。

 

「まあいいじゃん。お前もたまには綺麗に音読、してみようぜ」

 

「そんなにいうならヒロがやればいいのに」

 

「うっ、で、できません……俺の仕事は団員を笑顔にすることだから……」

 

「普段は自分のチャンネルっていうくせにこういう時だけ調子いいのなんかイラっとするね」

 

「成長したなユウキ。

 幼い頃のお前はただ泣く事しか出来なかった。

 でも今のお前は心に怒りを宿している。

 それは配信者という力を手に入れお前が強くなったからだ。

 だが忘れるな、本当の強さとは力が強い事じゃない、心が強い事だ今のお前ならもうその意味が分かるはずだ」

 

「全然わかんないよ?!」

 

 またおちょくられてる

 特オタはさぁ

 でも絶剣ちゃんのちょっといいとこ見てみたい

 かわいいお声だからいけるよー

 がんばー

 

「だってよ」

 

「もー、えー」

 

 コメント欄と俺とランとの間でしばらくユウキは瞳をうろうろさせていたが、やがて「わかったよぉ」と頷いた。

 

「ボクそんなに自信ないからダメでも笑わないでよね?」

 

 すう、とユウキが深呼吸。

 

「『高らかにそれは鳴る。

 音はその存在を知らしめるように、だけれども些か早く。

 落とされたのは贈り物。拾い集めて届けてあげよう』……おわりっ」

 

 よいおこえ……

 がんばって読んでる感がかわいい

 じゃあクエストはこれからもユウキちゃんに読んでいただくということで……

 

「うぇぇぇえっ?!」

 

「じゃあそういうことで。これからもユウキの仕事なこれ」

 

「ヒロぉ?!」

 

「あはは、いいんじゃない。私ユウの読むトーン好きだよ」

 

「姉ちゃんまでぇ?! ね、持ち回りにしようよぉ〜」

 

「ええい、しつこいぞ褒められてまんざらでもなさそうににへへと頬を緩めてたやつの言うことか」

 

「けちけち〜」

 

 くっつくなくっつくな。お前は男人気が高いから俺との絡みは減らすべきなんだよ。

 ん、なんか脇腹つつかれてんな……藍子、俺今日は何もダメなことしてないよね……?

 

「お、俺何かしたかなラン……」

 

「もう、ちょっと触っただけでなに震えてるの! そろそろじゃないかな、クエスト開始地点」

 

「え、あ、マジだ」

 

 団員には住所特定が怖いから一応隠してるけど、うん、俺たちがゴミを拾った公園の、出口。

 情報が正しいならここでクエストがスタートするはずだけなんだが。

 

《 QUEST! 》

 

「お、出た」

 

 出たな

 オリジン起動してるからどこかはわかんないけど

 特定時間で解放されてるでかい町とかダンジョン以外はエリアちょいちょい入れ替わるんだよなー

 黒鉄宮ってまだ東京タワー周辺だっけ

 

「じゃあクエスト」

 

「じゅっりょーう! ぽちっと!」

 

「あ、こらてめこういうのは団長の俺の仕事だろ!」

 

「えー、細かいなー」

 

「こういうところで上下の差を思い知らせておかないと俺の立場が無くなるんだよ……!」

 

「ち、ちっさい、器……」

 

「まあまあ、ヒロがそういうどうでもいいことに拘るのは今に始まったことじゃないもんね、許してあげよユウ」

 

 お面かぶる前から細かい

 団長細かい

 団長だからセンターにいなきゃという意思で姉妹の間に挟まる男

 ブレイドとブレイブとブレイズの違いにうるさい男

 

 その三人は結構でかい違いだろうが……!

 

 

 

 

 

第6話 それが君のユウキ

 

 

 

 

 

 ソードアート・オリジンとしてのステージに変わった街を団員と話しながら歩く。

 どうやらクエストはフレーバーテキストにあった『誰か』の落とし物を探していくものらしい。

 何メートルがごとに地面が光っているので俺たちはそれを辿るようにして進んでいけばいつしか持ち主のところに辿り着くようになっているんだろう。

 

「モンスターでないねー」

 

「そりゃそうだろ。ここ歩道だぞ」

 

「でもゲーム中じゃんか。それならモンスターの一匹くらい……」

 

「でも、ここ歩道だし街中だよ? 車は馬車としてフィルターかかって見えるみたいだけど、それでもやっぱりいざという時が怖いもん」

 

「……たしかに! ボクらがモンスターと戦って道塞いじゃったら迷惑だもんね」

 

「そこら辺SA:Oの運営もわかってるからモンスが出てくるのは特定エリアにしてるんだろーよ」

 

 そういう面ではゲームエリアを作り出すゲンムの社長は有能だったのかね。

 

「でもモンスターでないと緊張感ないって気持ちもわかるぜ。オリジンはARだけど最近のVRMMOの流れに逆らわずデスペナあるからなあ。

 何しろオリジンはレベルがない分デスペナの……」

 

「あ、あったよ落とし物! はい、姉ちゃん持っておいて」

 

「はーい。いち、にー、さん、これで四つ目だね」

 

「さいきんおれのあつかいがざつなきがする」

 

 俺は悲しいよ……あ、落とし物。

 よっこら、たぶんこの光る宝箱みてえなホログラムに触れれば……ビンゴ。

 

「これ、なんだろーな。うーん、何かの小瓶か? ラン、なんだと思う」

 

「中に入ってるのは砂……かなぁ……。ユウの拾ったやつもなんかの皮袋に、果物ナイフとかで法則性も掴めないや」

 

 wiki見たけどなんか似たようなクエストはわかんないなあ

 見たのかよ……

 これクエストクリアしたら貰えるアイテムなのかね

 ワンチャンクエストクリアで武器もらえるかもよ

 

「武器、なあ」

 

 いまの俺のバスタードソードは初期選択武器の一つだがPS重視のオリジンの環境ではそんなに困ってない。たしかにそのうち強い武器は欲しいと思うが……。

 

「俺はそんなに困ってないなあ。ランは?」

 

「私? 私も今はそんなにかなぁ。攻撃力が低めなのは仕様なんだよね?」

 

「だな。弓に限らずチャクラムとかの遠距離武器は割と攻撃力の設定は低めだな」

 

 じゃあ残るのはユウキだけど……。

 

「ボクは武器変える気はないからね! このアニールブレード初配信のクエストクリア記念なんだから!」

 

「そんなに抱きしめてなくたってとりゃしねえよ……」

 

 信頼の欠如ww

 幼なじみなんですよね?

 ちっちゃい体でおっきめの剣抱きしめるの可愛すぎる件

 団長信じてあげようよ

 

「だめだめみんなヒロのことわかってないんだから。昔一緒にゲームしてた時にボクの当てたキラカード欲しいからってこっそりモガモガ」

 

「よしユウキお前がこれ以上喋るのはノーサンキューだ。俺の株が落ちるからね」

 

「もがが」

 

 仮面の男がいたいけな少女の口を……

 もしもしポリスメン?

 一年で23回炎上した男がなんか言ってますねぇ!

 今更落ちる株ありゅ?

 

「やっかましいわい!! 団員たちがネタにしたせいで俺の今のあだ名『自分で本能寺に火をつける織田信長』なんだぞ!!!!」

 

 草

 wwwww

 草不可避ですねえ!

 でも森を焼き討ちしてたし文句言うなら自分の行動見返してもろて

 何やってんだよ団長ォ!

 

「お前らのせいじゃーーい! あークソ腹立ってきたあの切り抜き物申す系Vのカクタスオルフェノク頭のキ──」

 

「ヒロ?」

 

「はい」

 

 突然素に戻るなw

 おかしい……仮面つけてるのに真顔なのがわかる

 名ブリーダーランとチワワユウキと躾の行き届いた大型犬団長

 

 その後、ユウキの拘束を俺が解き、落とし物を拾いつつ先に進む。

 落とし物の数は既に二十を越えている。もうかれこれ歩き始めて三十分は経ったことを考えると、1〜2分に一個は拾ってる計算になる。

 

「……そろそろクエストも佳境かもな」

 

「へ?」

 

 あ、やべ口に出てた。

 突然言ったもんだからよくわからないユウキがポカンとしてる。

 えーとなんと言ったもんかな。

 

「あ、ヒロもやっぱりそう思うんだ」

 

「てことはランも?」

 

「そろそろいい時間だからね。この前のネペントのクエストもクリアまでにはそれなりの時間はかかったけど、戦闘自体は長くなかったしね。そう考えるとオリジンのクエストは基本30〜60分程度でクリアできるように作られてるんじゃないかなー、とか」

 

「おお、そこまで考えてたのか。俺は正直エリアのことから考えてたな」

 

「エリア?」

 

「クエスト開始地点のエリアだな。基本オリジンのクエストは子どもやお年寄りの負担になりすぎない徒歩圏内に収まるようになってる。

 そうすっと、たぶんマップに今出てるこの『一本松の平原』ってとこが終着点かなー、とか」

 

 現実だと公園から一番近い河川敷だ。

 歩いてだいたい30分程度。

 人がある程度集まっても平気で、武器を振り回しても、声を出しても目立ちにくい。

 俺が製作サイドなら選ぶならここ一択だな。

 

 ……と、思うんだけど団員諸君はどうかしら。

 

 団長が、賢いことを話してる……?

 普通の時はマジ普通だな……

 良い見立て

 その予想は正しいゾ。公開されてるクエスト所要時間の平均は42分だからナ

 はへー

 私もクエストの終着点はそこだと見る。概ね間違ってないだろう

 なんかチラホラ有識者がいる

 

「お、合ってるみたいだな。流石ラン」

 

「私はなんとなくだし。ほんとにあってるかなんてまだわかんないしね」

 

「謙遜すんなって。冷静に状況をみれるのはランの長所だぜ」

 

「……もう、からかわないで」

 

「仕返し仕返し」

 

「いじわる」

 

 唇を尖らせて、くしくしと肩あたりの虚空を触るラン。

 また現実でシュシュ触ってるな。

 

「むー」

 

 ユウキちゃんご立腹

 頬を膨らませてるね

 あーあユウキちゃんは踊るのをやめてしまいました

 あ、間に割り込んだ

 突如として生えてくる絶剣

 くぉれは妹ムーブ

 

「うおっ、ユウキどしたんだよ」

 

「ゆ、ユウ?」

 

「ふたりだけずるい。イチャイチャしてる」

 

「いちゃ──っ、そ、そんなのしてないよっ?!」

 

「そうだぞ、こんくらい普通だろ」

 

 ランと俺の間に挟まったユウキが、じーっと半目で睨んでくる。

 

「じゃあ証明してよ」

 

「証明って、ユウ」

 

「ボクを甘やかして!」

 

「お前清々しい末っ子ムーブだな……いいけど別に」

 

 よしよしとランと二人で撫でてやると、むふーと満足げにユウキが頬を緩めた。

 猫っぽい。顎とか撫でちゃろ。

 

 妹というよりこれ完全に猫

 扱いがペットなんすねw

 

「ボクペットなんかじゃないんだけど!」

 

「! 確かにな、ごめんな……む、あそこに落とし物」

 

「マップを見る限りあそこが一本松の平原ってとこだよ。たぶん最後の落とし物じゃないかな」

 

「よし拾いに行けロリチュウ!」

 

「ボクと君同い年なんだけど! まったくもう、仕方ないなあ」

 

 ちゃんと拾いにいって草

 拾ってくることは拾ってくるんだ……

 

 とてて、と駆け出したユウキの背中をランと追いかけつつ、一足先に落とし物を拾っていたユウキに追いついた。

 

 どれどれ。

 

「ん〜〜? なんだこれ」

 

「あ、ユウユウ私にも見せてよ」

 

「ちょ押さないでよ姉ちゃん、んふふ、髪がくすぐったいって」

 

 ユウキが笑った拍子にぎゅむぎゅむと腕が頬に押しつけられる。

 ……近いな。画面にみんな映りやすいからいいけどさ。

 

「ボクこれ覚えてるよ。あれだよね。理科とかで使ってた」

 

「ああ、ライドウォッチだろう」

 

「どうみてもコンパスだと思うよ」

 

 理科でどうやってライドウォッチ使うんだよ!

 ラオタはさぁ……

 ボケなきゃ息できない生命?

 

 丸いしまわるし概ねライドウォッチで良くない? だめ? そう……。

 

 にしても、コンパスねぇ。

 

「にしてはデカくない?」

 

 これ両手で持たなきゃ持てないよ?

 コンパスの針だけでもたぶんDXソードライバー(全長380mm)くらいあるんじゃないか?

 

「コンパスって方角見るために使うものだよね。そう考えると……」

 

「これをみてどこかに行こうとしてた人がいるってこと?」

 

「いやいやこのサイズのコンパス使ってる人とかどんだけデカい人なんだよ。オリジンはエルフとかはぼちぼち居るけど基本は人間の世界なんだぜ?」

 

「それは、そうかもだけど……」

 

 ランが俺の持つコンパスを見て指を唇にあててううんと唸る。

 というかここが依頼の最後だよな、たぶん。落とし主いなくね?

 

 ん、袖引っ張られてる。

 ユウキ?

 

「ね、ねね、ヒロ」

 

「おう?」

 

「なんか聞こえない?」

 

「聞こえる?」

 

 ふむ…………ふむ?

 

「俺には何にも聞こえんが……」

 

「えぇ〜、じゃあ団員さん! 団員さん達ならなんか聞こえるでしょ?」

 

 聞こえない

 何も聞こえませんね

 バカ、俺には聞こえてるよ、お前の声がさ

 一人にだけ聞こえる音、まさかゴルゴム!

 オーグマー本人の聴覚に依存するらしいしユウキちゃんにだけ聴こえる音もあるんかね

 

「ユウにだけ聞こえる音。

 ねえユウ、その音ってどんな感じの音かわかる?」

 

 あ、そっか木綿季に聞こえてるならそれ教えて貰えばいいのか。

 藍子は冴えてる、いや、クレバーだな。

 

「音……こう、リンリン? いや、シャンシャン……すざーっみたいな音もするかも」

 

「リンリン?」

 

「シャンシャン?」

 

 リンリン

 シャンシャン

 ずざー

 

「すまん団員……俺がユウキの語彙力を磨いておかなかったばっかりに……!」

 

「ちょっと!!!」

 

 もっと文豪にして剣豪の仮面ライダーセイバーを見せて語彙力向上に努めておくべきだった……!

 

「ボクの成績にとやかくいえる成績じゃないでしょヒロだってさ!」

 

「ほー、じゃあ今のこの微妙な曇り模様の気象を巧みな語彙で表現してみろよ」

 

「できるもんね! ボクだってそのくらい!」

 

「? ねえ、ヒロ、ユウ、曇りって今日すごい良いお天気じゃなかった?」

 

 何言ってんだランは。俺らの周りは真っ暗……真っ暗?

 たしかにさっきまで晴れてたような。

 

「曇り……?! ヒロ! 上! 上!」

 

「え? 上ぇぇぇぇええええええっ?!」

 

「あわわ、ヒロ下がるよ!!」

 

「いやそんな急にグエッ」

 

 な、なんか上からおちてきたー!?

 今ドロップキックされて逃がされたぞ団長

 絶剣の跳躍力エグすぎ

 というか何こいつ

 土煙でよく見えないな

 土煙のせいでユウキちゃんのスカートの中もよく見えなかった

 謎の土煙サン?!

 

「ヒロ大丈夫?」

 

「ら、ランか……だ、大丈夫。サムズアップもできてるだろ……」

 

「ご、ごめんヒロ、思ったよりいいの入っちゃった……」

 

「気にすんな……鍛えてるから……助けてくれてサンキュー……」

 

 うぎぎ、脇腹ぁ……。

 

「というか、何が起きた! 何が降ってきた!」

 

 ええい、土煙でよく見えんが……お、はれてきた……な……?

 

「え、姉ちゃんこの人って……」

 

「う、うん、もしかして……」

 

 ユウキとランが揃って互いを見合わせて首を傾げる。

 

 一本松の前に佇む巨体。

 その服は薄汚れているが、おそらく元の布地は赤。これまた汚れた巨大な帽子はずり落ちかけ。

 トレードマークの蓄えたヒゲにはなんだかゴミのようなものが絡みついているし、手に持った袋には穴が空いてるが、こいつの名前を聞かれれば十人中十人が「そう」答えることだろう。

 

「「 サンタさん? 」」

 

 うん、サンタクロースだよねコイツ。

 

 

《 MERY Xmas 》

 

 

「わ、しゃ、喋ったよ?!」

 

「サンタさんだし喋るのは普通なんじゃないかな……この人に落とし物渡したらいいのかな」

 

 どうだろうな……ん、コメント欄が少し騒がしいな。

 

 は?!

 うっそだろ

 こいつ……

 早く離れて!そいつやばい!

 えなになにどしたん

 SAOでサンタクロースは厄災の証なんだヨ

 

 厄災……?

 

「あれ、なんかそいつHPバー出てね?」

 

「ほんとだ、それにカーソルが、赤く……」

 

 赤……赤って敵対じゃねえか!!!

 

 やべえなんかコイツ腕振り上げてる!

 

「ユウキ! ラン! そいつ敵だ! モンスターだ!」

 

「え?」

 

「うそ、でもサンタさんだよ?」

 

 ああ、やべえこれ回避間に合わねえ。

 クソ、ならソードスキルで迎え撃つ!

 

間に合えやこの野郎(アバランシュ)!!」

 

 優に5メートルを超える巨体の拳と俺のソードスキルの威力をブーストしたバスタードソードとが激突する。

 

 アバランシュは突進系の両手剣の強スキル。だが、それでも威力は殺しきれなかったのか、俺の握るタッチペンに激しい振動が伝わる。

 

 こいつの攻撃重え……! 剣が、震える!

 

「だ、らっしゃーーーい!」

 

 だが、虚像のデータとの激突はなんとか俺のソードスキルに分があったらしく、サンタの拳の勢いが死んだ。

 

「なんとか、セーフか……」

 

 まだ手がビリビリしてる。

 

「ヒロありがと! たすかったよ!」

 

「手、大丈夫だった?」

 

「おう、そこは平気だが……」

 

 目の前で、俺に攻撃を防がれたサンタがギョロリ、と目を上下左右に動かし、軽く肩を回す。すると、サンタの頭上のカーソルの横にぎゅんぎゅんとHPバーが表示されていく。

 

 その数、一、二、三本。

 

 そして、最後にモンスターとしてのそいつの名前が浮かびあがる。

 

 

殉教者ニコラス(Nicholas the martyr)

 

 

 

「ニコラス……マーズ……なんとか!」

 

「違うよユウそれだと火星のニコラスさん。あれはNicholas the martyrだから……日本語訳するなら殉教者ニコラスかな」

 

「ニコラスって、確かサンタクロースのモチーフだろ? なんで夏に出てきてんだ?」

 

「ほら、フレーバーテキストにあったでしょ、『音はその存在を知らしめるように、だけれども些か早く』って、だからたぶん……」

 

「あ、あわてんぼうのサンタクロース!」

 

「些か早くってそういうことかよ!」

 

 え? じゃあ落とし物って目の前のこの殉教者ニコラスがそそっかしかったってこと?! コンパス持ってたのも道に迷ってたからなの?!

 

 って、いやそれはいいんだよ。問題はコイツがそんな橘さん並みにそそっかしくて困ったそんなことじゃねえ。

 

 3本、ですかぁ……

 こんなことある?????????

 あっ(察し)

 初デスペナ来ちゃったかー……

 カーディナルくん時々こういうことする

 殉教者ニコラス……SAOのクリスマスに出てた『背教者ニコラス』と同タイプカ?

 団長達やっぱ"持ってる"よね

 まあ洒落にならんけど

 燃やせ!団長!

 お疲れ様でした

 スリーピングナイツ逃げてー

 いやさっきフィールド区切れてたし中から外にはもう行けない

 そ、そんな……

 

 そうだ、問題はコイツのHPバーが3本あること。

 

 くそタッチペンに握る手に汗かいてきた。

 

「ヒロ?」

 

 ああ、ランが俺のこと不安そうに見てる。

 やめやめ、あんまり焦んなフラットにいろ。

 

「ユウ、ラン、ソードアートシリーズで『the』がついてるモンスターが何を意味するか知ってるか?」

 

 その顔は、まあ知らねえか。

 

「ソードアートにおいてtheがつくモンスターは()()()()()()()だけだ」

 

「それって……」

 

 ああ、そうだよクソ、完全に騙された。

 俺たちは今ただの落とし物拾いのクエストと思って、7()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 クソクソクソクソクソ。どこで騙された? あのクエストをもっと疑うべきだったのか? いや落とし物拾いだけのクエストとかあるわけねえだろ。いやでもあんなゴミ拾いからこんなクソみてえなボスの出るとか想像できねえじゃん。あーもうこれだから嫌なんだよ。デスペナ覚悟で戦うか? いやでもオリジンのデスペナは……ユウキ?

 

「ヒロ」

 

 ユウキに、手を握られてる。

 俺の作ったアバターの真っ赤な瞳が見つめてくる。

 

 何をすればいいか、問いかけてる。

 

 ……ったく、カッコ悪いな、俺。

 

 いつもコイツは前を向いてる。

 

「ワリ、落ち着いた」

 

 ふう、んん、なんかお面触られてる。

 

「ズレてたよ。トレードマークなんだしちゃんと直さなきゃね」

 

「……ラン、俺はこれをトレードマークにしたくはないんだけどな」

 

「あはは、いーじゃんいーじゃん! ブレイブ! 今日はヒロが勇者ってことで!」

 

「好きにいうなあ、お前」

 

 敵は強い。OK。

 俺たちは3人。OK。

 勝ち目はほとんどない。OK。

 死んだらデスペナがある。OK。

 だから、三人全員で生還する。

 

「ふー、OK」

 

 じゃあ、勝つか。

 

 え、戦うの?

 むりくね

 ニコラスってSAOだとフルレイドで倒してなかった?

 初心者には厳しい

 でもスリーピングナイツだともしかしたら……

 いやそれでも厳しいって

 いやでもこれ個人クエストだからもしかしたら少ない人数でも勝てるようになってる可能性あるよ

 だとしても初心者三人だろ

 いやいや絶剣蒼弓本能寺だしもしかしたらもしかするかもよ

 ひとつだけ建物ww

 盛り上がってまいりました

 

 右隣にユウキが並び、左拳を上げた。

 左隣にランが並び、右拳を上げた。

 

 俺は両拳を上げてそれにぶつけ合わせた。

 

「行くぞ、クライマックスに」

 

「うん!」

 

「おっけー!」

 

 ユウキが森の秘薬で手に入れた片手剣アニールブレードを、ランが背中に背負っていた弓を取り出す。

 

「ユウキは俺が指示したら前出て攻撃! 深追いはしなくていいなるべく連撃じゃなくて単発狙いで!」

 

「りょーかい!」

 

「ランは後続援護! 弱点探りつつ前が捌き切れなさそうな時うって!」

 

「任せて! でも、ヒロは?」

 

「俺は、前に出て、お前らを守る!」

 

 行くぞ、やるぞ、俺はあいつらの前ではずっとカッコよくないといけねえんだ。

 だから、ミスってくれるなよ俺。

 

「お、らぁっ!」

 

 まず一発剣を叩き込む。

 

「こっち見ろ迷子のサンタ! お前がクリスマスにいねえと貴利矢ショックは成り立たねえんだから早く来てんじゃねえ!」

 

 www

 よくわからない煽りしてる

 でもタゲ集まってるくない?

 もしかしてあれウォークライ???

 

 よし、こっち向いた。

 

 この調子で引き受けつつ、ユウキに攻撃をつなぐ。

 

「──っと、ぶね!」

 

 カスケード(単発上段ソードスキル)で相殺……し、きれねえ。

 

「うぎっ、重……」

 

 タッチペンの振動が洒落にならねえ、これ、もう持ってられねえ。

 つうか防御貫通して圧力だけで俺のHP削ってる。なんでこれだけで三割近く持って行こうとしてんだよ。

 

「ヒロ! 援護行くよ!」

 

 おお、矢をニコラスの腕に当てた!

 あの距離でヒロに当てずにピンポイント援護かよ!

 

「さん、キュ! ユウキ!」

 

「おっけー、スイッチ!」

 

 ニコラスの腕を弾いたタイミングで入れ替わるようにユウキが前に出る。

 

「ソードスキル、ソニックリープ」

 

 ペールブルーの光がユウキの剣を包み、その威力に大きくブーストをかける。

 

 完璧だ。

 

 無防備な腹への一撃。よく勢いも乗ったソードスキルだった。

 おそらく今の俺たちの使える攻撃の中では最大レベル。

 

 これでのダメージでニコラスと戦えるかどうかがわかるはずだ。

 一割とか甘えたこと言わねえ。せめてその半分でも減ってくれてれば……。

 

「うそ、でしょ……」

 

 この声、ランだ。ああ、やっぱそうなのか。

 

 いまの一撃でHPどれだけ減った……?

 わからん

 減ってるかHP?

 やっぱ厳しいよなあ

 

 あっという間に団員まで諦めムード。

 

「ヒロ! もっかいおなじやつ行こう! まだボクらは負けてない!」

 

「……っ、ああ。まだ諦めるには早いよな。ラン、俺のガードのタイミングでさっきの援護頼む」

 

「うん、わかった」

 

 ランの目もまだ死んでない。

 ユウキだって諦めてない。

 

 まだ、やれるはずだ。

 

 ガード、スイッチ、ガードスイッチ。ガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチガードスイッチ。

 

 ただひたすらにそれを繰り返し、積み重ねた攻撃はニコラスのHPバーをじりじりと、けれど確かに減らしていき。

 

 

 

 そして5分後、ニコラスが突如として撃ってきたスタンブレスにユウキとランが巻き込まれて戦線は崩壊した。

 

 

 

 

「ぐ、あー、くそ攻撃重い!」

 

「ひ、ひろぉっ」

 

「バカ動くな! お前の体は動いてもアバターはスタン中だ! 停止指示に従わないとスタン延長するぞ!」

 

「ごめん、でも……」

 

「ユウ、私たちはじっとしておこう。今はヒロが持ち堪えてくれてる」

 

「でも三人でもギリギリだったのに。SA:Oのデスペナってしかも……」

 

 ぎゅっとユウキが近くに落ちていたアニールブレードを抱く。

 

 あー、オリジンのデスペナ熟練度低下だっけ

 あとごく稀にアイテムロスト

 ロスト?!クソじゃん!

 いや流石に高レア装備だとねえよ?でもアニールブレードは正直ランク低いし……

 運が悪けりゃメインウェポン喪失と

 結局運頼みかー

 まあアニールブレードはまた取ればいいし……

 

 アイテムロスト。

 神ゲー評価受けてるのにそういう意地悪なことするからお前のサイト評価4.3とかなんだぞSA:O。

 

 ったく。

 

「大丈夫だよ、ユウキ。

 お前らがスタンで動けない間くらい俺が持ち堪えとく、それがタンクの役目だからな」

 

 お前のアニールブレードが万一にもロストするような状況にはしねえよ。

 だから、そんな泣きそうな顔するなよ。

 

「まあ、だからなるべく早くスタン回復してな? ランも。正直、今の攻撃も凌ぐだけで精一杯なんだわ」

 

「……ふふ、なにそれ、システムなんだからじっとしておけって言ったのはヒロじゃん」

 

「そーだった、なっと!」

 

 ニコラスの腕を弾いて、距離を取る。

 ええとポケットに、あ、あった回復ポーション。いまのうちに飲んどかないと。

 

 まだ戦うんだ

 厳しいと思うけどなぁ〜

 いやヒロも前よりは弾けるようになってるゾ

 でも団長でスタン回復の時間耐えれる?

 

「うわー、俺信頼ねえ〜」

 

 本能寺だし……

 団長だし……

 敵ボスだし……

 ラオタだし……

 

「こういう時には息ぴったりだなぁ!」

 

 コイツらに何度燃やされたことか。

 

「『覚悟を超えた先に希望はある』

 仮面ライダーセイバー、上條大地と神山飛羽真」

 

 は?

 突然どうした

 ポエム?

 

「いまの俺に希望が見えるのか、クライマックスに勝負と行こう!」

 

《 MERY Xmas!! 》

 

「やかましい! 今は夏だ!!!!」

 

 もう何度目かもわからない防御。

 微妙に長くて微妙に短い剣をだがまだ耐えてくれる。

 

 拳と剣が交錯し、その度にリアルの俺が握るタッチペンに激しい振動が伝わる。

 だがそれにもずいぶん慣れてきた。

 

「がんばれ、がんばれヒロー!」

 

「横から薙ぎ払いきてる! がんばって!」

 

 まさかいける……?

 復帰まで耐えれるのでは

 やるじゃん団長

 がんばれがんばれ

 コメント欄見ちゃダメだよ

 がんばれー!

 

「ごめんちょっと見ちゃった! 気になるから!」

 

 ちょっとww

 自分に正直

 あと二十秒

 

 あと少し──!

 

《 PRESENT FOR YOU! 》

 

 は?モーション変わった?!

 いや違う時々挟み込まれるランダム行動だ

 両手薙ぎ払い?!

 回避は無理だこれガード

 

「が、あ、どっ!」

 

 差し込んだ剣に拳がぶち当たるけど、問題ないこのまま……あ。

 

 あ

 あ

 あ

 

「しま、いまの衝撃で剣が」

 

 ヤバいこれがなきゃ俺はどうにもなんねえってのに!

 

 急いで拾っていやダメだ間に合わな────。

 

 

 

「──スイッチ」

 

 

 

 それは、極限の戦闘に響いた亜麻色の鈴の音だった。

 

 間違いなく木綿季の声じゃない。もちろん藍子の声でもない。

 

 でも俺の体は気付けばその声に従って、くるりと前線を入れ替えていた。

 まるで騎士団の団長の号令に従うように。

 

 

「──リニアー」

 

 

 何かが光った。そして次の瞬間にはニコラスの身体に剣が突き刺さっていた。

 剣戟は一つで終わらず、まるで流星群のように絶え間なく先ほどまで俺たちを苦しめていた巨体に吸い込まれていき、みるみるHPバーを削っていき、遂に0にした。

 

 ニコラスが断末魔を挙げてポリゴン片になって消えていく中、亜麻色の流星の乱入者が、座り込む俺と、ユウキとランとを順番に見た。

 

「あなた達、そういう危ない戦い方してると、死んじゃうよ」

 

「え?」

 

「……なんて、ちょっとかっこつけすぎかな。

 ふふ、三人とも、大丈夫?」

 

 長い亜麻色の髪。

 赤と白のコントラストの鮮やかな装備と、胸鎧についた赤い十字の団章。

 

 俺は知っている、この細剣使い(フェンサー)を。

 

「《閃光》、アスナ……」

 

 




 
結城明日奈19歳大学生。

今年は2021年なのでSAO換算するとユウキたちは今年10歳。
小学四年生くらいですね。めでたい。
機会があればそこら辺の昔のちっちゃい頃の三人も書いてみたいですね。


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天国姉妹

 
ボクっ娘幼馴染、前回起きた三つの出来事!
一つ! スリーピングナイツは隠しクエの季節外れの贈り物に挑んだ!
二つ! だがクエストの最後にクエストボス『背教者ニコラス』が出現!
そして三つ! 敗れかけるスリーピングナイツの前に《閃光》アスナが助けに入った!



 

 

 

 サンタさんの討伐配信が終わり、そのままの足で近くのファミレスにやってきた。

 今日は紺野のおじさんが仕事で夕飯はいらないらしく、ついでに夕飯も食べていこうって話になったわけだ。

 

「あんみつ……わらび餅……」

 

「もー、姉ちゃん今日は夕飯食べにきたんだよ? いつまでデザートのページ見てるのさ」

 

「わかってるけど……ああ、なんで動いた後の甘いものってこうも美味しそうに見えるんだろう」

 

「そんなに食べたいならデザートに食えばいいじゃん」

 

「それは、カロリーが……」

 

「別にお前太ってないじゃん」

 

「男の子にはわからない悩みなのっ!」

 

「でも今日は結構動いたし少しくらいご褒美があっても良いんじゃねえの? な、ユウキ?」

 

「うんうん。確かにボクらよく動いたよね」

 

「そ、そうかな……じゃあ、頼んじゃおっかな……」

 

 藍子、甘いものに弱いよな。

 心が揺らいだ藍子が甘言に乗って(甘いものだけに)注文を仕掛ける。

 だが急にびーっと低い音を立てて目の前に半透明のウインドウが現れた。

 

 ええと、なになに……。

 

「カロリー摂取量超過?」

 

「あー、これ姉ちゃんが入れてたカロリーサポートのやつ」

 

 ああ、つまり甘いものは流石に食い過ぎと……? 

 

「えーと」

 

 藍子? 

 

「……はい、我慢します」

 

「そ、そうか」

 

 明日にでも藍子が好きなわらび餅でも買ってきてあげとこう。

 コンビニスイーツのカロリーどうなってるか知らないけど。

 

 

 

第七話 天国姉妹

 

 

 

 ということで注文が終わりひと段落した。

 

「スリーピングナイツ反省会〜〜〜!」

 

「いえーい!」

 

「おー」

 

 木綿季が片手を突き上げ、藍子がぱちぱちと拍手をして続いてくれる。

 

 ありがとよ、合わせてくれて。

 

 座席の端と端、俺を挟むように座る二人に心の中で礼を言う。

 この席順も慣れたもんだ。バスとかいつもこんな感じだからな。

 

「まずはなんであのサンタさんに勝てなかったのかについて話し合っていこうと思う」

 

「私たち今回手も足も出なかったもんね」

 

「もし勝ってたら祝勝会だったのになー」

 

「『おばあちゃんが言っていた……自分に溺れる者はいずれ闇に落ちる』バイ、天道総司」

 

「それいつも思うけどどっちが何言ってるかわかんなくない? あと何言いたいかもよくわかんないし」

 

「ちゃんと反省して次に活かそうってことだと思うよ。まあ、なんとなくそんな感じがするだけだけど」

 

「まあまあよくやった。65点と言ったとこだな」

 

「おお、姉ちゃんが今までテストで一度も取ったことのないような点数をくらってる」

 

「なにっ、名護さんの名言に不満があるってのか!」

 

「不満があるのは私の話を真面目に聞かないヒロかな。はやく反省会始めちゃおう?」

 

「あのー……そういうことなら私ってここにいていいの?」

 

 机を挟んだ対面でそろりと手があがる。

 

 栗色の髪に美人のお手本みたいな顔立ちの俺たちより歳上のお姉さん。

 《閃光》アスナ。全滅しかけた俺たちを助けてくれた張本人。

 

「私部外者だし、それにあなたたちのクエストに割り込んじゃったし……」

 

「でも別にシステムで禁止されてることやったわけじゃないじゃないっすか」

 

 SA:Oのボスバトルの時にできるエリア制限によるシステムの壁は、内から外へ行くことはできないが、その逆はできるのだ。

 

 つまりアスナさんのやった俺たちのクエストに乱入してボスを倒すってのは別にSA:O運営会社『カムラ』が禁じてることでもなんでもない。

 

「でも、あなたたちの立てたクエストフラグだったし……それに私かなりドロップ品もらっちゃったよ?」

 

 それは……まあ、そうなんだけど。

 ううん、なんと言ったものか。

 

「気にしないでくださいアスナさん!」

 

 考え込んだ俺の横でにぱーっと木綿季が頬を緩めた。

 

「ボクらあのままじゃ全滅するしかなかったんです! だからドロップ品のことで文句いう人なんてスリーピングナイツにはいません!」

 

「そうだね。もともと勝ててなかった敵だもん」

 

「ね、ヒロ?」

 

 ……そうだな。お前には勝てねえよ。

 

 まあそれに俺たちにとってはありがてえことが多いんだよな。

 

「アスナさん、ちょっといいですか?」

 

 アスナさんがこっちを見たので、さっきから待機させておいた切り抜き動画を全員に見えるようにする。

 

 

【隠しクエ攻略】絶剣ちゃんの奮闘中現れた《閃光》さんまとめ【スリーピングナイツ】

 

 閃光きてて笑っちゃう

 ランちゃんよいぶし銀な活躍好き

 弓でヨーやるわ

 この姉妹かわええ。天使や

 地獄兄弟にあやかり天国姉妹と名付けよう

 閃光ってあのKoBの???? 

 血盟騎士団の公式チャンネルで見たのと同じだから間違いない

 へーKobオリジンでもやってんだ

 さすがアスナくんだな

 ↑どのポジで見下ろしてんだよ

 これほんとにリニアー? 見えないんだが

 いくらSAOからコンバートできるからって大した腕だヨ

 リアルでこんな早くできるもんなのか? 

 要は慣れだからなぁ。それでもかなり運動神経いいけど

 スリーピングナイツってなに? 

 概要欄にあるリンクから元動画に行ってもろて

 やっぱこの本能寺「持ってる」

 

 

「あー、すごいね……こんなになってるんだ……」

 

「まあ、はい。はっきりいうとめちゃくちゃバズってます」

 

 俺たちのチャンネルにもかなり流れてるし。

 

「なので、気にせずどーんといてください! なんならごはん代だって払います!」

 

「あなたたちの気持ちは嬉しいけど遠慮させてもらうね。私、お姉さんだし。あと……」

 

 アスナさんが自分の座席に目を向けて、そのあと机を挟んで対面に座る俺たちを見て困ったように眉を寄せる。

 

「こうやって席をわざわざ広くしてもらうのはやりすぎっていうか……そっちに三人座られてるとやっぱり落ち着かないし、一人くらいはこっちに来ない?」

 

「あ、それは気にしないでください。私は注文とかで通路側にいた方が都合が良いだけなので」

 

「木綿季は注文ボタン押したいだけだもんな。小学生の頃から変わらん」

 

「そ、そんなことないもんっ! べ、別に押したいならヒロにゆずるもん!」

 

 はっはっは、無理すんな無理すんな。お前が注文が決まるといつもソワソワしてるのはお見通しなんだよ。

 

 でもそうだな、いつもの癖でつい並んで座っちゃったけど片側に三人は少し多いよな。

 じゃあ俺がアスナさんの方に移るのもアリか? 

 

「言っておくけどヒロはこっちだからね」

 

「まだ何も言ってないんだが」

 

「アスナさんの顔をじろじろ見てるデリカシーのない人は私たちの間でいいんです」

 

「当たり厳しくない?」

 

 そりゃアスナさん美人だなとか胸が大変大きいなとか思ったりはしたが……バレてないはずだし……バレてんのか? 

 ……もう見るのはやめとこう。

 

「ま、そういうわけで遠慮とか気遣いとか無用で頼みます。俺らは感謝しかしてないんで」

 

 うんうん、と横で頷く木綿季と「はい」と小さな声で肯定する藍子。

 

 うーん、でもまだイマイチ釈然としてないって顔だな、アスナさん。

 クジゴジ堂で一緒に住むことになったウォズを見るゲイツみたいな顔だ。

 

「あー、ならアスナさんも反省会手伝ってくれませんか?」

 

「反省会?」

 

「あの血盟騎士団の()()()()《閃光》からアドバイスもらえる機会なんて、持っていかれたドロップアイテムの100倍は価値があります」

 

「もう、おだててもあなたが思うほどすごいことは言えないと思うよ?」

 

「ふっ、数多の視聴者にカスゴミ配信やめろガキと言われてきた俺より役に立たない意見を言える奴なんてこの世にはいませんよ」

 

「自己肯定感が低すぎない?」

 

「事実なので仕方ないですね」

 

「もう、あんまり卑下しすぎるのよくないと思うけどな。あなた、自分が思うよりちゃんとしてると思うよ」

 

「そりゃ光栄ですね。あの閃光にそんな風に言ってもらえるなんて」

 

 まあアスナさんのは百パーお世辞だがそんなふうに言われると悪い気はしないな。

 

 と、なんか袖を引っ張られてる気がする。

 

 木綿季どした、ほっぺた膨らませて。なんか、拗ねてる? 

 

「ヒロはボクらの幼馴染だからね」

 

「お前何急に当たり前のこと言ってんだ?」

 

「ばーかっ!」

 

「もうユウ、そういじけないの。ヒロはヒロなんだから仕方ないでしょ」

 

「そうだね、ヒロだもんね……」

 

「うん。ヒロだもん」

 

「おう、なんだその姉妹だけで交わされる俺への謎の罵倒」

 

 俺にもわかるように話してくれませんかね。

 

「ふふっ、仲良いんだね、あなたたち」

 

「幼馴染ですからね。嫌でもこうなります」

 

「あら、嫌なの?」

 

「それは」

 

 アスナさんが机に腕をついて下から俺を覗き込んでる。

 揶揄われてる……あ、顔近いしなんかいい匂いする。まつげも長い。見れば見るほど美人だこの人。

 アバターも割と綺麗めだったけどこの人はそれに負けず、いやアバターよりリアルの方が美人なまであるかもしれない。確か今大学生って言ってたっけ、オトナって感じのイテテテテぇっ! 

 

「なに鼻の下伸ばしてるの」

 

 藍子に脇腹を少し強めにぐりぐり突かれた。

 

 あのな藍子相手が美人だと仕方ないというか俺は悪くないというかアイテテっ! 

 

「ふーんだ」

 

 今度は木綿季にまで足を踏まれてしまった。

 

 俺が何したんだよ……。

 

 俺がげんなりと肩を落とすと対面でアスナさんはくすくすと笑って肩を揺らす。

 

 なんとなく居心地悪く座り直していると、隣の藍子が「あ」と声を漏らした。

 その声に全員の視線が集まる。

 

 どうかしたのか? 

 

「話の腰を折っちゃうんだけど、そのさっきから話に上がる血盟騎士団ってなんなのかなって。私、そういうゲームのことには詳しくなくって」

 

「それボクも気になってた! さっきサンタさんとの戦いの時とかも言ってたけど、せんこーってなんなの?」

 

「お前ら血盟騎士団のこと知らねえのか?!」

 

「そういうヒロは知ってるの?」

 

「俺に質問するな!!!」

 

「えっ、ヒロくんが聞いたのに?」

 

「ええい、いいかよく聞けユウキ! 血盟騎士団っていうのはな」

 

「えっ、質問して欲しくないのに教えてはくれるの?」

 

「ごめんなさいアスナさん。ヒロの言うことは真面目に聞かないでください……」

 

 なんかアスナさんが俺らの顔を見比べたりしてるがそんなことはなんだっていい。

 

「血盟騎士団ってのはSAOの最強ギルド! そして《閃光》っていやあ、その中で第一分隊長やってた人だ! つまりそれはあの《神聖剣》《黒の剣士》に肩を並べる超実力者ってことなんだよ。特にさっき俺たちを助けにきてくれた時にも着てたあの赤と白の団服と閃光の名前の由来にもなってる流星と見紛う神速のリニアーはアスナさんの代名詞なんだぜ。SAOサービス3年目にあった血盟騎士団主催のPvP大会での手に汗握るバトルは今でも語り草だ」

 

「ヒロできれば私たちにも分かりやすいように教えて欲しいかも」

 

「肝心な時以外にも頼りになる橘朔也」

 

「うん、余計わかんなくなっちゃった」

 

 なんでだ。ちょうどアスナさんもサクヤさんも同じ赤なのに。

 

「まあとにかくアスナさんはすげー人なんだよ。PSも高くて何より人格者。ログイン時間が少ないにも関わらず血盟騎士団の一番隊長を任されてたあたりそれも良くわかるぜ。本当は副団長にも推されてたけど辞退したとかいう話だ。俺にとっては()()の芸能人と大差ねえ」

 

 ぴくっと右隣で何か動いた。

 

「副団長の件は団長が冗談まじりに言っただけだよ」

 

「でもPvP大会3位はすごいですって! 俺あの《黒の剣士》とのバトルはとにかくヤバいくらい再生してましたから! アスナさんほんと()()ですよね!」

 

 ぴくっと右隣でまた何か動く。

 

「あははー、あれは相手がね……」

 

「そんな謙遜……木綿季?」

 

 くいくいと袖を引っ張られてる。

 

「ボクも強いよ!」

 

「お、おお?」

 

「それにヒロの役に立つし! さっき……はちょっと負けちゃったけどもう負けないから! 団員のみんなもボクは強くなるって言ってくれてるし!」

 

「おう、いつも頼りにしてるけど……」

 

「そりゃあ確かにアスナさんみたいに美人じゃないし、身長も高くないけど……ヒロが一緒に戦うならボクがいいと思う! あ、あと身長はこれから伸びるし!」

 

「それは厳しいんじゃねえか?」

 

「のびるもん!」

 

 でもお前のお母さんあんまり身長高くなかったらしいし……。

 

 頬を膨らませた木綿季は俺の腕に抱きつくとアスナさんにじとーっとした目を向ける。

 

「あのー、ユウキちゃん?」

 

「ヒロはボクらの幼馴染ですから!」

 

「なにまた当たり前のこと言ってんだお前は」

 

「アスナさんが強くてもあげませんから!」

 

「俺をもらうとかどんな罰ゲームだってんだよ」

 

「あいてっ」

 

 どむ、と軽く木綿季の頭に手刀を入れた。

 あと離れろ。いろいろあたってるので。

 

「すみませんアスナさん、ユウも悪気はないんですけど……その、やっぱり幼馴染なので」

 

「あはは、気にしないで。私は幼馴染はいないけど兄はいたから。少し気持ちはわかるよ」

 

 そう言って笑うアスナさん。大人だ。

 けど、そのあとなにかをぽそりと付け足した。

 

この遠慮ない感じリズと和人くんといた時の頃を思い出すなあ

 

「へ? アスナさんなんか言いました?」

 

「ううんなんでもない。それで反省会の手伝い、今からでいいのかな?」

 

「あ、ウッス! とりあえず気づいたことを遠慮ない感じで頼みます!」

 

「といっても、私あなたたちの戦い最初から見てたわけじゃないからなー」

 

「それでしたらさっきアーカイブに残した奴が見れますよ」

 

 ついつい、と藍子が虚空で指を滑らせてアスナさんの目の前に俺たちの配信画面を表示させた。

 

 アスナさんはそれを飛ばし飛ばしに見つつしばらくして、なるほど、とだけ小さく呟く。

 

「どうでしょうか、私たち」

 

「そうだね……んー」

 

 アスナさんが唇に指を当て、しばらく考え込む。

 

「ごめんね。逆に聞くけど、ヒロくんたちはスリーピングナイツの問題点、なんだと思う?」

 

 俺たちの問題点? 

 

「今私があなた達に答えに近いものを出すことはできるけど、それじゃあんまりあなた達の成長につながらないと思うんだ」

 

「なら、私たちが自分で気づいたことをアスナさんが評価する、っていう形がいいんでしょうか」

 

「評価っていうと少し偉そうだけど、大体はそうかな。気づいたこととかあれば補足していくよ」

 

「おお、なんか授業っぽい」

 

「アスナ先生か……俺にとってアスナさんは先生じゃなくて看護師なんだが、まあいいでしょう」

 

「あ、出たヒロの万能フレーズ『まあいいでしょう』。マスターロゴスのこと橘さんと同じくらい好きだよね」

 

「勘違いされてますが、どうぞご勝手に! 私は全てを知る少女の力を借りさせてもらいます」

 

「もうヒロ、話進まないからちょっと黙ってて」

 

「いやしかしこれは俺のアイデンティティでな……」

 

「ヒロくん、あんまりランちゃんを困らせてあげちゃダメでしょ? あなたはパーティーリーダーなんだから」

 

「うっ」

 

 それは、確かにそうだ。

 

「すみません。話を戻します」

 

「……なんか私の時と態度が違う」

 

 コホン、気のせいだっての。だからそうじとっとした目で見ないでくれ。

 それで俺たちの欠点、いや問題点だったか? 

 

 ううん、そうだな。一応考えてたことはあるんだが……。

 

「取り敢えず言えるのは実践経験の少なさ……っすかね。たぶん、俺たちはこれが極端に少ない」

 

「え、でもボクら初心者にしては結構の頻度でクエストやってる気がするよ? ね、姉ちゃん」

 

「そうだね。団員のみなさんもスリーピングナイツは結構の頻度でオリジンをやってる、と言ってような」

 

「それは確かにそうなんだが」

 

 アスナさんを見ると、にこっと微笑まれた。

 まずは自分で考えてみようってことか。

 

「なんつーか、足りないのは格上との戦いなんじゃないかと思う」

 

「格上?」

 

 木綿季がこてんと首を傾げた。

 だが藍子は今の俺の一言でなんとなく察するものがあったらしい。

 

「そっか、私たち基本お使いクエストとか、フィールドの探索をメインにしてたもんね。つまり足りないのは……」

 

「あ、わかった! 強敵! 確かにボクらボスとほとんど戦ったことないよ!」

 

「ああ。加えて言うなら相手の行動パターンを覚えて対応する、って言うボス戦での基本が俺たちはわかってなかった」

 

 ……と、思うんですけどどうでしょう。

 

「うん、そうだね。私もそこは気になってたかも。あとは、たぶん相手のサイズの問題かな」

 

 アスナさんがアイスティーの中の氷をストローでかき混ぜつつ、俺たち一人一人に目を向けていく。

 

「きみたち、自分より明確に大きな相手と戦ったのははじめてだったでしょう?」

 

「それは、そうですね。さっきまで私とユウキはボスネームの条件も知りませんでしたし……」

 

「じゃあ基本は知ってるものとして話すけど、the付きのボスたちって私達より大きいことが多いんだ。

 SAO、もちろんSA:O(オリジン)の方でもそういう『大きな敵』との戦い方のセオリーが存在するの。一例を挙げると、まずは盾が耐えてる間にダメージディーラーが相手のウィークポイントがどこを探る、とかね。知ってた?」

 

「……知らなかったです」

 

 くそ、めちゃくちゃ悔しい。

 こういう知識のことは絶対に俺が身につけていなきゃいけなかったことなのに。

 

「あとはクエストの進め方なんかも、まだまだ工夫できることはあったかもしれないよ」

 

「でもボクらいちおー、クエストの指示通りに落とし物集めていきましたよ? ね、ヒロ」

 

「まあ、そうだな」

 

 クエストには落とし物を拾い集めていこうという旨の言葉があった。

 なら俺たちはその通りにクエストを進められたはずだが。

 

「ほんとうにそう? 何か見落としがあるかもしれないよ」

 

「見落とし……ねえ、ユウ、クエストのフレーバーテキストって今出せる?」

 

「? 出せるよー?」

 

 木綿季が左手の人差し指と中指を揃えて滑らせてメニュー画面を開くと、『季節外れの贈り物』のフレーバーテキストを全員に見えるところに表示した。

 

「『高らかにそれは鳴る。

 音はその存在を知らしめるように、だけれども些か早く。

 落とされたのは贈り物。拾い集めて届けてあげよう』。

 ユウキが読んだものと同じだな。何か忘れてることあるか?」

 

「ううん、そう言われると答えに困るけど……」

 

「むむむ、アスナさん! ヒントお願いします!」

 

「仕方ないなぁ。じゃあヒント、あなた達の拾ったもの、拾った後どうした?」

 

「サンタの落とし物だったやつっすね。それはまあ、ストレージに入れておきましたけど」

 

「基本ヒロに渡してたしね。あ、でもあのでーっかい方位磁石! あれはどうしたものか分からなかったよね」

 

「重かったしな。あんなのストレージに入れたら重量オーバーになっちまうよ」

 

「うんうん。あのサンタさんのおっきな体でも持つのは結構大変そうだったもんね」

 

「……じゃあもしかしてサンタさんに返してれば弱体化したりした?」

 

「「 あ 」」

 

 あー、そうか! 

 拾い集めて届けてあげようなのに俺たちは、結局届けてない。

 

 アスナさんが藍子の言葉に頷く。

 

「いい推論だと思う。

 ボスモンスターだから戦いは避けられなかったかもしれないけど、でもソードアートシリーズは理不尽なゲームじゃない。

 あなたたちみたいにたまたまクエストを受けてしまった放浪者(プレイヤー)でも、戦える工夫はきっとされてたと思うよ」

 

 聞けば聞くほど自分の力不足を痛感する。

 俺がもっとうまくやってりゃ、苦戦することもなかったかもしれなかったのか。

 

「……リーダーになりたてだとやっぱり抱え込んじゃうか

 

 いま、なにかアスナさんが言ったような。

 

「じゃあここまでの反省を踏まえて、次はどうしたらさらに成長できるかについて話そうか」

 

 っと、もう話が次にいってしまった。

 いまなんて言ったんだろう。

 

「じゃあまずは二人に聞こうかな。ユウキちゃん、ランちゃん、二人はどうしたらいいと思う?」

 

 問われて、木綿季と藍子が少し驚いたように体を揺らす。

 

「えっ、と……他の配信者の方を見て勉強する……とかでしょうか」

 

「あとはー、純粋に強くなる! モンスターを倒して、武器強化して、ヒロの頼みにバッチリ応えられるように!」

 

「うん。二人とも努力の方向性は正しいと思うよ。やっぱり私も始めたばっかの頃はそういう地道なことコツコツしたしね」

 

 じゃあ今度は、とアスナさんが俺を見る。

 

「ヒロくん、あなたはパーティーリーダーとしてなにができると思う?」

 

 パーティーリーダーとして、か……。

 俺たちの問題点、大型ボスとの戦闘経験の少なさ。

 そもそもオリジンでのゲームとしての熟練度の低さ。

 木綿季や藍子のプレイヤースキル頼りの半ばゴリ押し気味のプレイスタイル。

 

 これを是正するための手段として手っ取り早いのは。

 

「アスナさん」

 

「なにかな?」

 

 居住まいを正す。

 今の親切にも俺たちを指導してくれてるお姉さんに対してではなく、血盟騎士団の第一分隊長として。

 

「俺たちを、血盟騎士団に参加させてもらうことってできませんか?」

 

 あ、アスナさんがぽかんとした顔してる。

 うん、まあめちゃくちゃ突拍子もないこと頼んでるよな。

 

「参加って、そんなことできるの?!」

 

「無理な話じゃないはずだ。現にSAOからそのまま存続してるアインクラッド解放軍のリーダーも副リーダーは配信者もやってる。他にも配信者オリジン系の配信者でギルドに入ってる人もよく見る」

 

「でも、それって……」

 

 最善でないのはわかってる。

 だがもしアスナさんが許可してくれれば。

 

「申しわけ無いけど、それはあんまりおすすめできないかな」

 

 アスナさんは俺の頼みをまゆをハの字にしてやんわりと断った。

 

 まあ、そうだよな。

 

「そっすよね……俺らみたいなペーペーが血盟騎士団に入ろうなんて烏滸がましいっすよね……」

 

「あー! 勘違いしないで! 私自身あなたたちのこと嫌いじゃ無いけど、ちょーっといまの血盟騎士団は良く無いっていうか……新人さんは入れてないっていうか……そもそもそれを許可する人がいないっていうか……」

 

「どういうことでしょう?」

 

「あまり大きな声では言いたく無いことなんだけど……」

 

 アスナさんが周囲を確認すると、声のトーンを落とした。

 

「いま、血盟騎士団の団長と連絡が取れなくなってるの」

 

「団長って《神聖剣》っすよね」

 

「知ってるんだね」

 

 まあそりゃ神聖剣有名ですし。

 へえ、あの人今連絡取れないのか。

 

「それって大丈夫なんですか? なにか事故とかに巻き込まれてたり……」

 

「あ、そんなに心配しないで。SAOの頃から団長は時々音信不通になったりしてたから」

 

「よくあることだった!?」

 

「ふふ、実はそうなの。だから今回もあんまり心配はしてないんだけど、ただ、どうしてもそういう時期は色々滞ちゃって」

 

 だから、とアスナさんは続ける。

 

「あなたたちを血盟騎士団に入れることはできないんだ」

 

「そっすか……名案だと思ったんだけどな」

 

「……ヒロくん、考えが詰まると後先考えなくなっちゃうタイプでしょー」

 

「え、な、なぜそれを」

 

「んーん。ただ、こういう人が隣にいると大変だなーって思って。ね、ランちゃん?」

 

「……私は、関係ないと思います」

 

「そう? なら余計なお節介だったみたいだね」

 

「? 木綿季、アスナさんと藍……ランはなんの話してんだ?」

 

「わかんないけど……たぶんヒロが悪いと思う!」

 

 断言するな、断言を。俺もなんとなくそんな気がするけど。

 

「私からあなた達に戦う場所を提供することはできない。だから、あなた達には自分たちでなんとか解決方法を探して欲しいと思います」

 

 じゃあ、それはどうしたら……と、料理がきたな。

 

「とりあえず食べちゃいましょうか。ヒロくんの答えはその間の宿題ってことで」

 

「う、ウッス!」

 

「なんかアスナさんには素直だよねー、ヒロ」

 

「アスナさん、綺麗だもんね」

 

「別に普通だろ」

 

「ふーん。私の時と態度が違うんだからもう

 

 ジトーっと藍子に睨まれる。

 

 き、気のせいだって……。

 

 店員さんから近くに置いてもらった料理を藍子がそれぞれに配っていく。

 

「あー、ボクもうおなかぺこぺこだよ〜」

 

「ユウはカレードリアで、カルボナーラは私。ヒロは……また鯖味噌? ほんと好きだよね」

 

「ふっ、鯖味噌は仮面ライダーカブトの代名詞だからな」

 

 あとパリに買いに行く豆腐。

 

「アスナさんはハンバーグですか?」

 

「私の家あんまりこういうの出なくって。なんか物珍しくて頼んじゃった。おかしい……かな?」

 

「いやおかしくはないっすけどなんか意外でした。《閃光》がハンバーグって。もっとこう、毎日夜は焼肉を決めてそうというか」

 

「もう、ヒロくんは私をなんだと思ってるの」

 

「そりゃ、SAOの……」

 

「それはゲームの『Asuna(わたし)』でしょう? リアルの私はあなたが思うより普通だよ」

 

 そうなのだろうか。

 あの閃光が? 普通? 

 

 いやないわー、マジないわ。

 ラーメンに紅生姜入れるくらいマジないわ。まあ無駄なことこそが美しいんですけどね(デザ蓮感)。

 

「んー、おいし」

 

 でも、食べてる。ハンバーグ。

 なんだか不思議な感じがする。

 

「ヒロ、どいてどいて、ボク喉乾いた」

 

 隣の木綿季がぎゅうぎゅうと押してくる。

 片手にドリンクバー用のコップを持ってるあたり新しくつぎに行くんだろう。

 まったくだから三人で座るとめんどくさいと言ったのに……。

 

 藍子と俺が一度立って木綿季を通すのをアスナさんも立ち上がる。

 

「ねえユウキちゃん、ドリンクバー私もついていっていいかな」

 

「ボク? いいですけど」

 

「ふふ、ありがとう。こういうところ久しぶりに来るから使い方少し不安で」

 

「へー、大学生ってドリンクバー頼みまくりのリッチな人ばっかだと思ってました」

 

「そういう人もいるかもしれないけど私はあんまりね。でも、ユウキちゃんはいい子だね」

 

「?」

 

「さっきまで警戒してた私のお願いは断らないんだもん」

 

「はっ! ヒロは渡しません!」

 

 何をやっとるんだあいつは。

 なんだかんだ言いつつ二人でドリンクバーに行く姿を見送る。

 

「これからの方針、かぁ」

 

 今回のニコラス戦を見ながら、アスナさんに出された宿題を考える。

 鯖味噌うめえ。

 

 いま俺たちは盾役の俺、ダメージディーラーのユウキ、援護のランの三人パーティ。

 バランスとしては悪くないはずだ。

 あえて足りないものを挙げるとしたら、木綿季と同じくらいのPSのあるアタッカーと、視界が狭くなりがちな俺のフォローをできるバランサーとかか。

 

 いや、でも今のところメンバーを増やす利点もないしここはそのままでいいな。

 

 なら、経験の方か。

 

 うーーーーん、わからん。

 

 鯖味噌うめえ。これは天道総司も信頼の味だ。

 

 そうだ、せっかくだし藍子に……おろ、藍子がなんかアスナさん見てるな。

 なんだかぼーっとしたようで、顔も心なしか赤い気がする。

 

「アスナさん、すごいな、大学生だなぁ……」

 

「藍子?」

 

「ヒロは気づいた? アスナさんの指」

 

「ウィザードリングでもハマってたか?」

 

「なんであの人がそんなものつけてるの。そうじゃなくて、日焼けあとだよ」

 

 日焼けあと? 

 

 首を傾げると、藍子がちらっと何か木綿季と話しながらドリンクバーを操作するアスナさんを見て、こしょこしょと俺の耳に口を寄せた。

 

「右手の薬指だけ、日焼けしてないの」

 

「それって……」

 

「きっと恋人さんとのペアリングなんだよ。しかも日焼けあとがつくくらいの付き合いの」

 

 それは、すごいな。

 閃光アスナに恋人か。そんな人がいたのか。

 

 俺がそう言うと藍子は「ねー」と目を細めた。

 

「すごいなぁ。オトナだなぁ。やっぱり大学生の恋愛ってああいうものなのかなあ」

 

「そんなに憧れるモンか?」

 

「憧れるよー。アクセサリ、きれいだもん。高校だと校則のせいでつけれないし、やっぱり好きな人とおそろいのリングは夢だよね」

 

 ふうん。俺にとっての変身ベルトみたいなもんかな。

 

 ……女の子の憧れ、か。

 

「やっぱり藍子も憧れるのか、リング」

 

 一瞬、藍子が目を丸くしたが、すぐにそれも消えて、べっと小さく舌を見せた。

 

「アスナさんにデレデレするヒロには教えませんよーだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっきりいうと木綿季はアスナに嫉妬していた。

 

 木綿季はこのゲームが始まっていつだってヒロに頼りにされてきた。

 姉は冷静だが、武器は遠距離のものだ。

 近距離で戦うには木綿季しかいないし、自身のバトルセンスは彼の指示通りに戦闘を進めてきた。

 

(でも、なんかヒロはアスナさんばっかり褒める)

 

 むう、とアスナに見えないよう頬を膨らませる。

 

 普段はあんなに頼りにしてくるのに、アスナさんが強い強いとキラキラした目で言うのだ。

 

 それは、なんだか面白くない。

 

「配信者って、どんな感じ?」

 

 不意にアイスティーをグラスに注ぎながら、隣にいるアスナがこちらを向いた。

 彼女をドリンクバーに案内していた木綿季が首を傾げる。

 

「どういう意味ですか?」

 

「だってあなたたち、勝てそうもないニコラスに向かっていってたじゃない? あれ、なんでなのかなーって」

 

「なんでって……アスナさんの方こそなんであんなところにいたんですか? あそこ、近くに住んでるボクらでもなかなか行かないような町はずれですよ?」

 

 なんだか素直に答えるのもモヤモヤして、思わずらしくなく問い返すと、アスナが少し答えに詰まる。

 

 まるで「答えはあるのにそれをそのまま言うわけにもいかない」かのように。

 

「あー、んー、ちょっと人探し、してて」

 

「人探し?」

 

「ちょーっと、いつまで経っても帰ってこない忘れん坊さんをね。その人、SA:Oやってるかもしれないから。はあ、和人くんってばほんとに

 

 首を傾げる木綿季に、アスナは頷きつつ「さて」と前置き。

 

「私は答えたけど、今度はあなたの話を聞かせて欲しいな」

 

「それは……」

 

 少し、考えてすぐに答えは出た。

 

「ボクにとってはSA:Oはもう一つの現実だから」

 

 ほんの少し、アスナが目を見開く。まるでその言葉に何か聞き覚えがあったように。

 だけど木綿季はそれに気づかない。

 

「ボク、色々あってあんまりちっちゃい頃外で遊んだことなかったんです。

 だからボクと姉ちゃんにとって世界はすごく狭くて、小さくて」

 

 覚えている。周りに誰もいなかったあの頃を。

 信じられる人も、一緒に歩いてくれる人もいなかった。

 

「けどヒロは教えてくれたんです、世界は一つじゃないって。たくさんあるって」

 

 アスナがじっと木綿季の横顔を見つめてる。

 木綿季もまた、じっとどこかを見つめてる。

 目線の先ではなく、その向こうに見える過去(おもいで)を。

 

「配信者もそうです。

 ヒロがボクに見せてくれた新しいもので、それをヒロは一緒にやろうっていってくれた」

 

 最初は姉があまり乗り気じゃなかったけど、それでもいつのまにかヒロは藍子と話をつけてくれていた。

 想いを伝えたら、それに応えてくれた。

 

「だから、ボクにとって配信者も、SA:Oも現実なんです」

 

 木綿季が耳にかけてあるオーグマーに触れる。

 

 今でも忘れていない。

 

 ヒロが風呂上がりにぶっきらぼうに「買ったからやる」と渡してくれた日のことを。

 アバターの『ユウキ』を作ってくれたことを。

 ネペントの群れに襲われて逃げ回ったこと。

 そして、はじめての報酬で母と娘の想いの剣、アニールブレードを受け取ったことを。

 

 全部、木綿季にとっては大切な本物なのだ。

 

「だからアスナさん、ボクたちを助けてくれてありがとうございました」

 

 ぺこりと木綿季が頭を下げる。

 ほんの少し、アスナが意外そうに目を丸くした。

 

「ユウキちゃんは私のこと苦手なのかと思ってた」

 

 くすり、と笑うアスナに木綿季は口を尖らせる。

 

「別に苦手なんかじゃないです。ただヒロは渡したくないだけで」

 

「ふふっ、別に取らないよ?」

 

「アスナさんにその気がなくてもヒロなら転がりかねないんですよ! ただでさえSAOのことになると目がないのにアスナさんったらかっこよく助けちゃったんだからもう」

 

「あははー……そういうつもりじゃなかったんだけど」

 

 肩を揺らすアスナを見て、木綿季はなんでこんなに色々話してしまったのかの理由をなんとなく察する。

 

(アスナさん、なんか姉ちゃんに似てるんだ。顔とか話し方じゃなくて、表情の作り方とか、言葉のチョイスが近い気がする)

 

 そんなことを考えてると、いつのまにかアスナの顔が目の前にあった。

 

「うわっ、な、なんですかアスナさん!」

 

「んーん。ただ、ユウキちゃんたちのこと結構好きだなーって思っただけ」

 

「へ?」

 

「ふふっ、取り敢えず席戻りましょ? きみたちにとっていいこと、教えてあげられるかもよ?」

 

 そういってアスナはドリンクバーから、とっくに満たされていたアイスティーのグラスを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナさんが席に戻って来るとなんか上機嫌だった。

 うきうき、いやルンルンって感じだろうか。

 

「木綿季、なんか明らかにアスナさんが上機嫌だけどお前何かした?」

 

「ちょっと質問に答えただけだと思うけど……」

 

「ええ、答えただけって」

 

 いったい木綿季はなんて言ったんだ。

 

 まあいい、とりあえずはアスナさんに俺の考えを言おう。

 

「アスナさん俺」

 

「あ、ちょっと待って。きみの答えを聞く前に、私からいい?」

 

 そりゃ、いいですけど? なんだっていうんだ。

 

「ヒロくんはいまどんなモンスターとでも戦えるとしたら、なにと戦うのが一番きみたち『スリーピングナイツ』のためになると思う?」

 

「どんなモンスターとでも、っすか」

 

「ええ。パイプがないとか、どこで戦えるかわからないとか置いておいて」

 

 現実的な思考を外せってことか。そんなの答えは一つだろう。

 

「アインクラッドを参考にするなら……フロアボスっすかね。それもなるべく俺たちでもなんとかなる。レイドであると好ましいっすね」

 

「うん、それがわかってるなら、ファーストステップは合格だね」

 

「「「 ファーストステップ? 」」」

 

 三人揃って首を傾げると、アスナさんが自分の耳にかけてあるオーグマーを起動する。

 その後虚空をついついと操作して、俺たちの目の前に一つのウインドウを提示した。

 

 えっとなになに……。

 

「第3回、ファーストフィールドボス攻略会議開催のお知らせ」

 

「募集メンバー一パーティ5〜7人。ただし推薦のみに限る」

 

「一緒にイルファング・ザ・コボルドロードを倒しましょう?」

 

 ……ってこれ。

 

「オリジンフィールドボスの攻略会議の案内じゃないっすか!」

 

 なんでこんなもの俺たちに見せてきたんだよ?! 

 

「それ、きみたちの今の問題を解決するのに最適じゃないかなって。もし行きたいなら私から血盟騎士団の推薦枠使ってきみたちを推薦するよ」

 

「ま、マジっすか!?」

 

 思わず立ち上がりかけた俺を、藍子が手で制する。

 

「待ってよヒロ。さっきアスナさんは私たちには戦う場所は提供できないって言ってたんだよ?」

 

「あー、確かに」

 

「それに団長さんもいないのに私たちを推薦するなんて、お願いしていいのかな?」

 

 藍子はこんな時にも冷静だ。

 俺はついついハザードレベル2.0の頃の万丈が戦兎のベルトに飛びついたようにアスナさんの提案に飛び付いちまったが、なんだか俺たちに都合が良すぎる気がする。

 

「そこは気にしなくていいよ。私も一応血盟騎士団の古株だし、そもそも今は推薦する相手もいないし、きみたちに使わなかったらこのまま使われないだろうし」

 

 それなら……いいんだろうか? 

 

「あの、なんでボクらにそんなに良くしてくれるんですか、アスナさん」

 

 木綿季がじっと見つめて問いかける。

 それに対してアスナさんは薄く笑んだ。

 

「そんなに大したことじゃないよ。ただなんとなーく、ユウキちゃんが知り合いに似たことを言うものだから、助けてあげたいなーって思っただけ」

 

「知り合い?」

 

「うん。知り合い。私の大切なね」

 

 そしてまたアスナさんは笑う。

 

「じゃあ、あのマジで俺たちボス攻略会議に──」

 

「あ、でもね、流石に血盟騎士団の枠だから、私の一存では決められないんだ」

 

 え、じゃあどうしたらいいんだよ。

 俺は藍子に止められてから話が続いたせいで座るとも立つとも言えないタトバキックの前動作みたいな体勢から動くに動けないんだけど。

 

「じゃあ、その、私たちはどうしたらいいんでしょう?」

 

「簡単だよ。すごーくかんたん」

 

 アスナさんの視線が藍子から俺、そして一番端の木綿季へと滑っていく。

 

「ねえ、ユウキちゃん」

 

「はい?」

 

「私とPvPしよっか。本気で」

 

「え?」

 

「ハァ?」

 

「ふぇ?」

 

 PvP。プレイヤーVSプレイヤーのこと。

 …………え? 戦うの? 木綿季とアスナさんが? 

 

「な、なんでまた」

 

「だって流石に実力もない人は薦められないもの。でも、その相手が私に勝てるくらい強いならまた別」

 

 木綿季がごくり、と唾を飲んだのが隣にいても伝わった。

 

「だから、戦いましょう? きっとぶつからなきゃわからないこともあるもの。自分がどのくらい本気か、とかね?」

 

 それに、とアスナさんが前置く。

 

「きみたちの実力、見せて欲しいな」

 

 アスナさんはそう言って極上の笑顔で微笑んだ。

 

 

 

 

 




 
『アスナ』
大学2年生。19歳。
SAO時代からの仲間と今も時折『血盟騎士団』として活動している。
家が厳しくゲームをする時間はあまり取れなかったため副団長になる話を断っている。
探し人をしてオリジンをプレイしていたところ、ユウキたちを見つけ助けに入った。

ヒロくんは男の子だなあ。

『ユウキ』
ヒロはボクを一番に頼るべきだと思う。
アスナさんの胸をチラチラ見てるのバレてないと思ってるんだろうなあ。

『ラン』
私の時と叱られた時の反応が違う気がする。
アスナさんの胸をチラチラ見てるのバレてないと思ってるんだろうなあ。

『ヒロ』
年上のお姉さんに弱い。しののんパイセンはパイセンなので大丈夫。


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ボク、参上

 



 
スリーピングナイツ[公式]/@hero-sannjyou
 明日ウチのユウキと血盟騎士団のとある方とのPvP配信します。
 「胸を借りるつもりで頑張ってきます!」by ユウキ
#スリーピングナイツ #スリーピングナイツ冒険譚
 
@  ↺283  ♡753  …
 
Reply to @hero-sannjyou






 

 

 

 ユウキとアスナさんのPvPの日がやってきた。

 

「おっすおっす俺参上。スリーピングナイツ団長のヒロだぜ」

 

「同じくランです。みなさんこんにちは。今日はまず二人でご挨拶させてもらいますね」

 

 団員参上

 団員参上

 ここ前ニコラスと戦った草原じゃん

 閃光切り抜きからきますた

 あららラン姉ちゃん参上なくない? 

 

 たしかに。

 

「ラン! 参上が抜けてるぞ!」

 

「わ、私はいいよ。今回はユウもいないんだし」

 

「いやダメだ。ここは俺のチャンネルなんだから俺の意思には従ってもらう」

 

 ぼ、暴君

 団長がやってること天国姉妹に比べたらあんまり……

 てかユウキちゃんいなくね? 

 そういうこと言うとまた団長がチャンネル燃やしちゃうよ

 

 じゃかしいわい! 

 

「まったく、困ったもんだな。()()()がいないと参上と()()()が出ないってか?」

 

 はい!!! 

 

「アルトじゃ〜〜〜〜〜〜ないとォッ!」

 

「……」

 

 ……

 ……

 ……

 

「……というわけで今日の配信も始めていきます。団員の皆さんよろしくお願いしますね」

 

「なんか言ってぇ?! イズみたいに解説とまでは言わないけどせめておもんないとか言っていじってぇ?!」

 

「あっ、うん。ごめん、あまりにもくだらなくてなんて反応すればいいのかわからなくて……」

 

「ギャグの投げっぱなしジャーマンは重罪なんだぞ。次からは秘書っぽく解説しといてくれ」

 

「秘書……?」

 

 イズはライダー史に残る最高ヒロインの一人だからな。

 

 ランちゃんは冷静だ

 団長の舵取りからの方向転換に慣れてる

 本当に幼馴染なんだな

 よろよろ

 へー、こんな感じなんだ眠騎士

 血盟騎士団の広報のツイから

 

「あ、初めての人も結構いるんだな」

 

「そうなんですね。概要欄には今までの配信のリンクなんかもあるので良ければ見てみてくださいね。ユウと……あと私もおやすみ配信してたりしますよ」

 

 ランちゃんもやってるよね

 やってるよ。この前星の話をしてた

 なんで小声なの

 

「だ、だって恥ずかしいじゃないですか……」

 

 かわいい

 かわいい

 アッ(胸抑え)

 赤面顔抑えは美味しすぎる

 このチャンネルの意義をここに見出しました

 

「このチャンネルは俺のなんだが?!」

 

 い つ も の

 信頼度安定のレス

 

「てめーらなァ!? いいか──」

 

「ヒロ?」

 

「はいというわけでね今日はウチのユウキがPvPをやらせていただく! ということでね!」

 

 画面外で藍子につつかれたので口をつぐんであらかじめ決めておいた流れに戻す。

 危ない。話題が脇に逸れすぎた。

 

「事前に公式アカウントで言っていた通り今日はユウキがPvPをすることになりました。今回はその配信っていう形になるのでよろしく」

 

「なので、今日は戦うユウには今少し待機してもらってます。もちろん、対戦相手の方も含めて」

 

 対戦相手ってやっぱあの人だよね

 血盟騎士団の公式もなんか呟いてたしな

 

 なんとなく察してる人もいるみたいだな。なら焦らす必要もないな。

 ならさっさと登場してもらおう。

 

「じゃあ、今日の主役のお二人に登場してもらいましょう! プリーズ!」

 

「やっほー! ボク参上!」

 

「こんにちはー」

 

 閃光キターーーー! 

 ユウキちゃん待ってた! 

 うわまじで閃光じゃん!! 

 配信に出るのめっちゃ珍しいな

 前キバオウが血盟騎士団とのコラボは断られたとか言ってた

 なんでや! 

 おお、白と赤のKobカラー

 

 うおっ、すごい勢いでコメントが流れていく。

 同接数もするする伸びていく……流石に木綿季が乱入してきた時ほどじゃないけど、これがSAOの知名度か。

 

 俺たちも最近は知名度を伸ばしてた方だったけど、やっぱ血盟騎士団のデカさには敵わないな。

 

「わー、コメントすごいね。これ全部今見てる人たちのやつなの?」

 

「はい。私たちスリーピングナイツの団員のみなさんと、あとはアスナさんの血盟騎士団のファンの方たちもいるみたいです」

 

「そうなんだ。SA:O(オリジン)の配信系には全然触れてなかったけど、こんな感じになってるのね」

 

「ふふーん! ボクは慣れっこですけどね!」

 

「なんでお前はちょっと偉そうなんだよ」

 

 藍子(ラン)に説明されて興味深そうにオーグマーの機能で視界に投影されているコメント欄をつんつんと触るアスナさん。

 

「まずは挨拶すればいいんだったかな」

 

「うっす。とりあえずは所属とお名前を教えていただければ」

 

「所属……そういえば私の今のアバターってオリジンを起動してないのに血盟騎士団のになってるけどこれってどういうことなの?」

 

「あ、俺が作りました。取り敢えずいるかなって」

 

 んん? 

 団長が自分で? 

 いちおう、全身の3Dモデルだよなこれ……

 いやいや流石に言い過ぎでしょ

 でもSAOのアバターコンバートとか容姿データの読み込みって基本できんし

 

「お前ら忘れてんのか知らんがユウキとランのアバター作ったの俺だからな」

 

「そういうのって結構時間かかったりするものじゃないの?」

 

「いやまあアスナさんのアバター再現しただけですからね。デザインの時間ない分割と楽でしたよ。確か2日くらいで終わりました」

 

 2日???? 

 団長ってさ、俺たちが思ってるよりすごいんでは

 なんで配信者なんかしてんだ

 もっと活かせる職場ありそう

 

「ふふーん、ヒロはすごいんだよ!」

 

「昔からこういう機械系は得意だったもんね。他は大して成績良くないのに美術は5だったし」

 

 あれ……今もしかして俺の評価上がってる? 

 

「なんだ、へへ、団員たちもようやく俺のありがたさに気づいたんだな」

 

 調子に乗るな

 23回炎上男がなんかいうてますね

 

 特に上がってなかった。

 まあそういうわけで気を取り直して挨拶とインタビューへと移る。

 

「じゃあまずボクからね!」

 

 ユウキが勢いよく手を上げる。

 

「ボク参上! スリーピングナイツの切り込み隊長ユウキです! 今日は頑張っちゃうから応援よろしく!」

 

 がんばれー

 応援してるよ! 

 閃光相手にどこまでいけるか

 

 ぴーすとユウキが指を立てる隣で、アスナさんがじゃあとゆっくり画面に入ってくる。

 

「血盟騎士団、一番隊長のアスナです。先日のご縁から今日はユウキちゃんと戦うことになりました。今日はよろしくお願いします」

 

 ほんとに閃光だ

 こんなに近くで見るの初めてかも

 顔出して大丈夫なん? 

 リアルと顔が違うアバターで何を今更……

 でもSAOって割とリアルに顔近い人多かった気がする

 SAOはシステムの問題で近い顔にはなってもリアルであって見分けられるほどの再現はしないヨ

 

 おー、おー、すげえな……アスナさんが話すだけでも露骨に差が出る。

 まあそりゃそうだろうけど、やっぱりユウキはあまり期待されてない感じがある。

 

 なんか腹立つ。

 いやまあアスナさんが強いのはそうなんだが、なんかユウキが過小評価されてる感じは苛立つ。

 

 ちぇっ。

 

「お二人とも意気込みはどうですか」

 

「やるからには負けないつもりです。私、これでもSAOの攻略組だったので」

 

「ボクだって負けませんから。絶対」

 

 ああ、そうか。

 俺は歯痒いんだ。

 

 今俺はユウキとアスナさんの戦いを見守るしかない。

 これは俺たちスリーピングナイツの今後に大きく左右することなのに、こうして見ることしかできないのが、悔しい。

 

 確かにこんなのじゃあ俺のチャンネルだなんて言えねえよな。

 

「ヒロ?」

 

「へ、ラン?」

 

「何ぼーっとしてるの、もう戦い始まっちゃうよ?」

 

「あ、ああワリ」

 

 いつの間にかユウキとアスナさんはタッチペンを手にし、5メートルほどの間を開けて構えていた。

 

 

「「 ソードアート・オリジン、起動! 」」

 

 

 

 

第八話 ボク、参上! 

 

 

 

 

 起動ワードを認識したオーグマーによって、二人の衣装が変わっていく。

 

 片や、逢魔時の紫紺の剣士、ユウキ。

 片や、赤と白の細剣使い(フェンサー)、アスナさん。

 

「ルールは全損決着で、ありありでいいかな?」

 

「アリアリ?」

 

「アイテムありソードスキルありでいいかなってこと。まあ、私はこれ一つでやるんだけど」

 

 これ、の時にアスナさんは腰の細剣に触れて微笑んだ。

 正確にはアスナさんの腰には剣はなく、ARの中だけでオーグマーの見せるポリゴンでしかない。

 

 けど。

 

「すごいね、アスナさんのあの剣。ユウの剣(アニールブレード)とは全然違う」

 

「……だな。ありゃ相当な業物だな」

 

 当たり前だ。彼女を誰だと思っている

 アスナの武器って言ったらあれだろ、ランベントライト

 SAO時代から使ってるっていうあの? 

 流石に同じやつじゃないけどナ

 

「Lambent light、揺らぐ光……いやほのかに輝く閃光ってところかも」

 

「そりゃあ、アスナさんにぴったりの武器だな」

 

 ランベントライト。俺も聞いたことがある。

 たしか《閃光》の相棒で100層ボス攻略にも使われた名剣中の名剣だ。

 

 確かにそれだけの武器とアスナさんほどの技量があれば下手なアイテムなんかあっても邪魔なだけだろう。

 

 だが、ユウキはそれがどうやらプライドに触れたらしい。

 むっとしたように頬を膨らませて自分の腰の剣に触れた。

 

「ならボクも剣だけにします。正々堂々、やりたいから」

 

「そっか。ごめんね、ユウキちゃんを軽んじてるわけじゃなかったんだ」

 

「分かってます。アスナさんの武器はすごいし、アスナさんは強い人だ」

 

 だから、とユウキはタッチペンと腰の武器の位置をリンクさせ、鞘から抜いた。

 

「あとは、剣で示します」

 

 僅かに細まった赤色の瞳に応えるように、アスナさんはそれ以上何も言わず虚空で指を滑らせるデュエルを申請。

 ユウキはためらいなく申請を受理すると、二人の間に半透明のウィンドウが現れる。

 

 刻まれた文字は、10。その数字が、刻一刻と減っていく。

 

 ユウキの手には母と娘の想いの剣、黒鉄のアニールブレード+4。

 構えはやや前傾、おそらくカウントがゼロになったタイミングでアスナさんに突っ込むつもりだ。

 

 対してアスナさんは気負わない全くの自然体。

 だらりと下げられた手に握られる白金の刃は、それだけで芸術品だ。

 

「ユウ、勝てるかな」

 

「おいおいユウキが負けると思ってんのか。あいつ俺たち三人の中で一番強いんだぜ。心配することなんかねえって」

 

「そっか。じゃあさっきから掴んでる私の服の袖、離してくれると嬉しいな。しわになるし」

 

 袖? うおっ、なんかいつの間にか手が! 

 

 すまん藍子! 

 

「別にいーけど。強がってもバレバレだからね。ゲームなんだし、もう少し楽に見守ったら?」

 

「わりい、なんかユウキが真面目だから引っ張られちまって」

 

「緊張するなら声でも出したら? おーって、気がまぎれるよ」

 

「……やめとく。もう戦いは始まっちまった。俺たちにできるのは黙って行く末を見守る事だけだ」

 

 だから、頑張ってくれ、ユウキ。

 俺は最後までお前の戦いを見届けるから。

 

「―――」

 

「……」

 

 カウントが、ゼロになる。

 

「やああああっ!」

 

「さ、やろっか」

 

 黒鉄の剣と白金の剣が踊り、幻想の高音が甲高く響いた。

 

 

 

 

 

 

 強いと、そう思った。

 

「はああっ!」

 

「──っ」

 

 ふっ、と脇を掠めていくアスナの突きに一瞬息を吐きながら、反射的に反撃。

 体を沈み込ませ、アスナの腹部、鎧の隙間を狙う。

 

「狙いが目で見えてるよ」

 

 だが、当たらない。

 アスナはその攻撃を見切っていたようでユウキのアニールブレードの刃渡りギリギリの距離を取り、ユウキの剣を空振らせた。

 

 返す刀で刺突の4連撃。

 

「カドラプル・ペイン」

 

「わ、ととっ」

 

 ライトブルーの光を伴う剣戟をなんとか3発まではかわしたが、最後の一つはいなしきれずに肩へと命中する。

 視界に浮かぶグリーンの体力バーのじわりと削れた。

 

 オーグマーを通して疑似的に再現された衝撃に押されるように、そのまま距離を取って息を整える。

 

(やっぱり人と戦うと違う。テンポがモンスターよりも早い)

 

 打ち合った数合でわかる、経験値の差。

 アスナにはユウキの持っていない「対人経験」の深さがある。

 

 でもなんとなく気持ちでは負けたくなくてアスナをじっと睨んでみる。

 

 すると当のアスナはユウキをみてにっこりと微笑んだ。

 

「やっぱり強いね、ユウキちゃん。私の突きがかわせる人って血盟騎士団にも数えるくらいしかいないんだよ?」

 

「さっきからボクの攻撃全部かわしてる人に言われてもこまっちゃいますね」

 

「そこは年季が違うって事で。私、生還者(サバイバー)だから」

 

「さばいばー?」

 

「SAO経験者ってこと。あのゲームを最後までプレイして100層までクリアしたプレイヤーはそう呼ばれるの」

 

 100層。知っている、ヒロが木綿季に何度も聞かせてくれた。

 曰く、SAOは全100層からなる鉄の城だった、と。

 そこのプレイヤー、特にフロントランナーとも呼ばれる攻略組は他のゲームとは段違いの「濃い」経験を持っているんだと。

 

 特にオリジンではその経験値の差が顕著で、ソードスキルというシステムを覚えている生還者たちはとにかく技の出と、発動ラインのなぞりが上手いらしい。

 

「でも、それでもボクは!」

 

 

 

 

 

 

 アスナさんとユウキの戦闘が始まって2分が経過した。

 

 アスナ優勢ってとこか

 絶剣ちゃんも頑張ってる

 アスナ動きキレキレだなあ。リアルでもだいぶ動けるタイプ

 でもまあ常識の範囲内だよ

 本物の変態は歌姫の隣にいますからね・・・

 

「まだまだ二人の体力バーの色も変わってねえ。ここからだぜ、ここから」

 

「どちらもなかなか有効打が多い感じではないし……ねえヒロ、これってもしかして二人ともわざと回避を多用してる?」

 

「お、そこに気づくとはさすがだな」

 

 さっきからユウキもアスナさんも互いの攻撃をかわすことはあっても、剣で弾いてる場面はあまりない。

 弓がメイン武器だからで剣のことなんてよくわかんないだろうに、ほんとよく見てるな藍子は。

 

「ユウキにはあらかじめ教えておいたんだけど、ほら、SA:OってARゲームだろ?」

 

「そうだけどそれがどうかしたの?」

 

「ほら―――」

 

 オリジンのPvPは基本「回避」が主体なのだお嬢さん。なにせオリジンは少年が言う通りARゲームだからね。剣をそのまま振って相手の剣を受け止めようとすると「すり抜けて」しまうんだよ。相手がモンスターならいざ知らず実体のある人間だとどうしてもこうした現実に準拠するゆえの不自由さというのは出てきてしまうんだ。VRでは体は疲れないがARでは戦うと疲労するのはそうした不自由さの一端だと言えるだろう

 突然どうしたんだヨ

 長文解説ニキ!? 

 

「いや何何何何!? 突然どうした!?」

 

「そっか、剣を受け止めようとしてもARの中では止められてるのに現実では障壁がないという、私たちのアバターとリアルでの差異が出すぎてしまうんですね。だから二人は回避を……」

 

「ランも普通に流してるけど何いまの長文!? 今2回くらいに分けて送られてきてたよな!?」

 

 エクセレントだお嬢さん。ちなみにすり抜けが起きた時点で武器が持つ攻撃力が0になり、構えなおさないと戻らないようになっている。それは対人戦闘という極限空間においては明らかな隙となる。だから二人とも今は回避を主体にしているわけだね

 

「そうなんですね、団員さんありがとうございます」

 

「なんか団員に今からしようとした解説が取られてるんだけど、え? 何起きた今?」

 

 www

 一般通過長文解説ニキが団長の仕事を奪って言った瞬間

 元気出せよ

 

「おいこらぁ!? 慰めんな! おいてめえ今の長文解説団員出てこいコラァ! てめーの罪を数えろやァ!」

 

「ヒロ、せっかく親切で教えてくれたのにそんな言い方しちゃだめだよ」

 

「俺今過去一カブトゼクター寝取られた加賀美の気持ち理解してるよ」

 

 いつかカブトゼクターに認めてもらえるまで頑張ろうな

 12年後やんけ! 

 

「ホリゾンタル・スクエア!」

 

「片手剣4連撃! その軌道は知ってるよ!」

 

「む~~~ならっ!」

 

 そんなことを話していると、いつの間にかアスナさんとユウキの戦闘も佳境に入っていた。

 

「どちらも体力が半分を割ったな」

 

「アスナさんの方が1割くらい体力が多いかも。やっぱり、ソードスキルの知識量の差なのかな」

 

「だろうな。知識はイコールで……はっ!」

 

 コメント! どうだ! 

 

 長文ニキ警戒してて草

 いまはいないよ

 

 よし! 

 

「知識はイコールで強さにつながりやすいんだよ。特にオリジンだとソードスキルの軌道は決まってるし、スタート位置さえ覚えてればその後の剣の動きを見なくてもかわせちまう場合もある」

 

「……それって、攻撃にも言えるんじゃないの?」

 

 ランがちらりとアスナさんを見る。

 

「私たちってソードスキルを使う時、選択した後目で軌道をなぞって発動するよね。これがもし、見るまでもないくらい覚えてたらそれって……」

 

 ああ、うん。やっぱ藍子はかしけーわ。俺こんなのwikiで見るまで気づかなかったんだけどな。

 

「そこがユウキとアスナさんで差が出てる部分だ」

 

 ユウキは目で見てるが、アスナさんは体が覚えてる。

 この僅か一秒にも満たないであろう差が、二人の体力バーの多寡に出ている。

 

「でも、目で追ってるユウキの方が負けなきゃいけないなんて理由もない」

 

 二人の戦いを見守る。今の俺には、それしかできないから。

 黙って、行く末を見守るしかない。リーダーだから、俺にはその義務がある。

 

「そうだろ、ユウキ」

 

 

 

 

 

 

 戦いの中で、アスナが突然距離を取った。

 

 一瞬何をしているんだと眉をひそめた。

 次の一瞬で、なにかのソードスキルの予兆動作である可能性に思い至った。

 

 そして、1秒にも満たなかったその思考の間隙を縫って閃光の剣が駆け抜けた。

 

「フラッシングペネトレイター!」

 

「──っ」

 

 ヒロに「異常な反射神経」と言わせるユウキの動体視力で捉えられるギリギリの速度。

 回避は間に合わない。

 SAOの知識で迷いなくなぞられたその軌道をかわすことは不可能だ。

 

 ─アスナさんに勝つ方法? 

 

 ─そうだなあ。基本的に回避をして立ち回るのは当然だな。

 

 ─あとは、マジでどうしようもなくなったら思いっきり、ぶつかっちまえ。

 

 ─アスナさんも言ってたろ、ぶつからなきゃわからないこともあるってよ。

 

 ふ、とユウキが笑んだ。

 

「信じるよ、ヒロっ!」

 

 閃光の光芒。ユウキはそれに、()()()をぶち当てた。

 

 がちっと鈍い音がして、アスナの剣とユウキの剣の鍔―――正確にはリアルでのタッチペンの部分がかち合った。

 

「──やるね、ユウキちゃん。私のフラッシングペネトレイターをそう止められたのは、ユウキちゃんで二人目だよ」

 

「一人目じゃなかったのは残念だ、なっ!」

 

 オリジンでの戦闘は原則電池の内蔵されたタッチペンを手に持ち、それを武器に見立てて振るうのである。

 長さ15センチほどのタッチペンは片手で握ると少し余る程度で、対人において荒っぽいプレイヤーはそこを狙う。

 

 実体の武器がないARにおいて武器を止める唯一の方法、それがタッチペン同士を競り合わせることなのである。

 

 黒鉄と白金の剣が震える。

 

「負ける、もんか。ボクが、スリーピングナイツの代表で、ヒロの―――!」

 

 不意にアスナが口を開いた。

 配信で拾えるような音量ではない。ユウキにだけ聞こえる言葉。

 

「ユウキちゃんはすごく頑張れちゃう子なんだね」

 

「どういう、意味ですか?」

 

「だって、今私と戦ってるときもずっと一生懸命だった。この世界はゲームなのに、それでも」

 

 じっとアスナのお日様のような髪と同じ色の瞳がユウキを見つめる。

 

「きみが頑張れるのは、この前言ってたようにこの世界がもう一つの現実だからなの? それとも」

 

 ちらとアスナの視線が横に滑る。

 ユウキもつられて視線の方向に目を向けると、そこにはじっとこちらを見る幼馴染の少年がいた。

 

「彼がいるから?」

 

 どきり、と胸が跳ねた。

 

「きみはずっと誰かのために頑張れちゃうの? ずっと、ずっと」

 

 タッチペンが汗で滑る。

 次第に押し込まれていく剣を必死に抑えるが、限界が近い。

 

「それでも、きみは、私を置いて―――」

 

 限界だ、アニールブレードが押し込まれる。

 

 

「がんばれユウっ!」

 

 

 声が届いた。

 自分とよく似た、でもほんの少し違う、一番近くて、一番違うことが分かる人の。

 

「ラン、俺らは黙ってみてようってさ」

 

「もーそれかっこいいって思ってるの! いまユウがピンチなんだから声出して応援するのは当然でしょ!」

 

「……確かに。 うおおおおおおユウキ負けるな! 挿入歌とか流すか!? 俺のおすすめはブレイドの覚醒だぜ!」

 

「あーもう勝手なことしない!  曲に関して慎重になれってヒロが言ってたことでしょ!?」

 

 まーたやってるよ団長

 がんばれーユウキちゃんー

 絶剣ちゃん~~

 

 いつも通りだ。いつも通り。

 

 ヒロが馬鹿なことをやって、藍子(ラン)が呆れ混じれに注意して、そして団員たちがそれを見て笑ってる。

 

 偶然始まったことだけど、いつの間にかこの光景は木綿季(ユウキ)にとってとても大切なものに変わっていた。

 

 ふっと、ユウキの体から無駄な力が抜けた。

 

「悪いですけど、たぶんアスナさんはボクのこと誤解してます。ボクは……」

 

 ユウキがにぱっとお日様のように笑った。

 

「ボクは、アスナさんの探している人じゃないよ。ボクは、ボクだ」

 

「―――」

 

 ユウキ―――木綿季が思い出す、泣いてる誰かに手を差し伸べたぶっきらぼうな男の子のことを。

 

「ボクはユウキ。剣士で、姉ちゃんの双子の妹で、ヒロの幼馴染」

 

 そして、ずっと隣にいて楽しい思い出も、つらい過去も二人で分け合ってきた、大切な姉を。

 

「スリーピングナイツのユウキ。ボクは、ボクらはいつだって他の二人のために戦ってる。そして、団員のみんなとこの世界を全力で冒険してる」

 

 ユウキがアスナの剣を押しのけ、再び剣を構えた。

 

「だから、今ここでアスナさんに勝って、さらに先にボクらは行くよ!」

 

 自分たちはきっとそれでいいと、そう思った。

 ヒロが木綿季と藍子のために一生懸命なように、藍子がヒロと木綿季を応援してくれるように、木綿季もまた、ヒロと藍子のために頑張る。

 

 それが、スリーピングナイツ。

 アスナの言う「みんなのために頑張れてしまう誰か」ではない、彼女たちの答え。

 

 その答えを聞いて、いままでぽかんとしていた表情だったアスナも、耐えきれないといったように笑いはじめた。

 

「気持ちいいなあ、きみたちは。―――今私が優勢だと思うけど、それでも勝てる?」

 

「あれれ、アスナさん知らないの?」

 

 ひゅんひゅん、とユウキが剣を振る。

 

「ヒロが言ってたよ、戦いはノリのいいほうが勝つんだって」

 

 そして自分の背後に一瞬だけ目を向ける。

 そこにいる自分の名前を叫ぶ二人の仲間と、無数の団員たちへ。

 

「みんなに応援されてるボクは、いまさいっこーにノリノリだよ!」

 

 ユウキがアニールブレードを構えると、ダークブルーのライトエフェクトが剣に集まっていく。

 

 アスナもまたランベントライトを構え、刃に白銀の光を満たしていく。

 

 残りのHPから考えてもこれが最後の攻防だった。故に、選ばれたのはどちらも使い慣れた技。

 

「―――スラントっ!」

 

「リニアーっ!」

 

 閃光が走り、絶えざる意志にて剣が駆ける。

 

「―――」

 

「……」

 

 互いの全力と、技術と思い、そのすべてをぶつけあったその戦いは、最後の最後でほとんど互角のレベルに至った。

 

 それ故に、出たのは「経験」の差。

 

「まさか、胸鎧に当てさせられちゃうなんてね」

 

「ユウキちゃんの攻撃はよけれないってわかったから。だから、こうするしかなかった」

 

 そういったアスナの頭上のHPバーは赤色、それも指一本分残ってるかどうかという量。

 

 しかしユウキのHPバーは透明。つまりHPが1ポイントも残っていない。

 

「これだけの剣技に負けるなら、悔いはないや」

 

 ぺたん、とユウキが地面に尻もちをつく。

 

 

《 ASUNA WIN 》

 

 

 場にそぐわないほど陽気なファンファーレが流れはじめると、アスナが「これ何度聞いても慣れないなあ」とこぼす。

 アスナが地面に座り込むユウキに手を伸ばす。

 

「いい戦いだったね、ユウキちゃん」

 

「ユウキでいいよ、アスナさん。そう呼んでほしいんだ」

 

「……いいの?」

 

「もちろんっ! なにせアスナさんはボクの目標にしましたから!」

 

 アスナの手を借りて立ち上がったユウキが胸を張る。

 

「アスナさん本当に強くて、すっごくかっこよかった。ボクも、あなたくらい強くなりたいんだ。だから、目標」

 

「そ、それだったら私もアスナって呼んでいいけど」

 

「ダメダメ。アスナさんはボクにとっての超えるべき先輩なんだから。ヒロ風に言うとザンキさんみたいなものだから」

 

「ざん……何?」

 

「ボクはまだアスナさんを呼び捨てにできるほど強くないってこと!」

 

「その代わり」と前置きをして、ユウキが片眼を閉じてウインクする。

 

「ボクがアスナさんより強くなったら、ボクの方から頼むから。次は、()()()なしで本気でやろうね!」

 

「そこまでばれちゃったなら、仕方ないか。じゃあボス戦でたくさん経験値を積んで、早く私に追いついてもらわないとね?」

 

「うん―――って、ボス戦?」

 

「うん。推薦しておくから」

 

「で、でもアスナさんに僕勝てなかったし」

 

「? 私、勝てるくらい強いなら推薦するとは言ったけど、別に勝ったら推薦するとは言ってないよね?」

 

 ユウキが記憶を掘り起こしてみると、確かに「勝ったら推薦する」とは言われていない気もする。

 

「おつかれさまー、ユウ。惜しかったねー。アスナさんもありがとうございました」

 

「? ユウキどうかしたのか?」

 

 いつの間にかヒロとランがそばに来ている。

 ユウキが一先ず事の顛末を説明しようとすると、それよりも早くアスナが口を開いた。

 

「血盟騎士団とスリーピングナイツのみんな、この三人、次のフロアボス戦に参加するから応援してあげてね」

 

「はい?」

 

「へ?」

 

 マ? 

 おおお?! 

 Kob推薦枠……ってコト!? 

 マジかヨ

 

「そういうことだから、頑張ってね?」

 

「いや待ってェ! 俺らついていけてないんだけどぉ!」

 

 アスナの憂いのない笑顔のバックでヒロの悲痛な叫びが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 アスナさんの推薦でフロアボス攻略会議への切符を手にした俺たちは都内の自然公園へ向かっていた。

 なんでも今日はここで会議の様子を配信しつつ、顔合わせもやるらしい。

 

 ただ問題は。

 

「ええと、ボス会議の場所ってこっちでいいんだっけ……」

 

「なんか目的地に行ける気がする!」

 

「待て、お前が我が魔王のように迷いなく進む時は8割で間違ってんだだから進むなユウキィ!」

 

 駆け出そうとしたユウキの襟首を掴んで止めると、むーと不機嫌そうに睨まれた。

 

「じゃあヒロはどーするのさ! 言っとくけど姉ちゃんは初めて行く場所だとあんま役に立たないからね!」

 

「ゆ、ユウ、私だって道くらい……」

 

「まあそれは知ってる。藍子方向音痴だしちょっと機械音痴気味だしで道に迷う要素しかないもんな」

 

「ひ、ひろぉ!」

 

 まあ問題はその藍子に頼り切りの俺たちなんだが。

 

「ま、そんな心配すんな。オーグマーはこういう時も優秀なんだ」

 

 ふふ、二人とも首を傾げてるな。まあみておれみておれ。

 こうしてオーグマーを起動して、と。

 

 ついでに二人とも視界を共有しておこう。

 あとは視界に……あ、いたいた。すんませーん。

 

「ん、君たちは放浪者だね。どうかしたのかな?」

 

「実はちょっと道に迷ってまして」

 

「ああ、ここか。そういえばここで迷宮の主の討伐会議をしてるんだったね」

 

「そうなんすよ。騎士サン、道ご存知ですか?」

 

「ああ、まかせて。こうした案内も僕の役割だ」

 

 騎士さんが先導して歩き始めたので、取り敢えず俺と騎士さんの会話を目を丸くして見ていた二人にニヤッと笑っておく。

 

「な、ナイトさんだよねいまの! なんで、ここゲームエリアじゃないのに!」

 

「すごい……本物なの?」

 

「ふっふっふっ、オリジンはこうしたリアルとの連携が魅力って前に教えたろ。

 あの人に限らず騎士はオリジンの外でもこうして街の中でマップを案内してくれるんだよ」

 

 それぞれのキャラで担当する場所は限られてるけどマップを呼び出せば簡易的なAIを積んだNPCが案内してくれる。

 確か人気なのはクエスト関係で関わるダークエルフとかなんだけど、まあ今まで騎士が常駐するほどデカい街に行ったことなかったユウキたちには物珍しかったかもな。

 

 しばらくして目的地についた俺たちは、案内した騎士さんにお礼を言って待ち合わせ相手を探す。

 

「待ち合わせしてるのって、二人だっけ?」

 

「おう。攻略会議参加の最低ラインが5人だからあと2人いったんだよ」

 

「ヒロの知り合いの人、なんだっけ。私たち大丈夫かな」

 

「というかヒロにこういうゲームでの知り合いとかいたんだねー。ボク、そっちのが意外だったかも」

 

「そうか?」

 

「うん! ヒロ、炎上して周囲に煙たがられてるイメージしかなかったし!」

 

「やかましいわ」

 

 事実だから手に負えねえ。

 

「ったく、まあちょっとした古なじみだよ。俺が今の配信チャンネルを作ったくらいからの関係でな」

 

 お、噂をすれば。

 

「ほらあそこにいる奴だよ」

 

 俺が指差すと、木綿季と藍子の目線もまた俺と同じところへ。

 

 

ピナっピナっ! みんなのドラゴンアイドルシリカでーす! みんなー今日もよろしくね

 

「……あんたいつまでそのロリキャラやんの」

 

「キャラじゃない! キャラじゃないから! リズさん根も葉もない罵倒やめてください!」

 

「や、だってあんたと初めて会った時から考えると今の年齢じゅうな──」

 

「アアアアアア〜〜〜〜! 聞こえないですぅ〜! そろそろシリカのロリキャラ無理あるよなw、とかいう掲示板のコメントなんか知りません〜〜!」

 

「そう……あんたがそれでいいならあたしは何も言わないわ」

 

「やめてくださいそのお母さんみたいな目! え、ピナなんでリズさんの頭に乗るの?! ピナのご主人様私だよ〜っ?!」

 

 ……。

 

「えーと、あの人なの?」

 

「なんか、ヒロの知り合いって納得する感じの人だね」

 

 ……これ知らない人って今からでも言えたり、あ目あっちゃった。

 

「その変なお面、もしかしてヒロ? わー、久しぶりー!」

 

「いや人違いですね多分。さ、ユウキ、ラン、さっさと本当のシリカを探そうぜ」

 

「いや人違いじゃないからぁ! 私、シリカです! デビュー同期だったでしょー!?」

 

 知らん知らんお前のようなやつ! 

 




 
《ユウキ》
アスナを目標に据えて努力することを決めた。

《アスナ》
ユウキを誰かと重ねていたらしいが、ユウキの清々しいライバル宣言に色々な思考は吹き飛んだ。

《ラン》
ユウキが負けたあと好物のオムライスを夕食に振舞った。

《ヒロ》
アスナに「ユウキちゃんもランちゃんにもいつも頼ってるんだし、きみも頑張らないとね?」と言われて、臨時パーティとして昔馴染みに声をかけた。

《シリカ》
企業に属さない個人系配信者としてはかなり名が通っている。
SAOをやっていた経験と本人の愛嬌、トークの回し方のうまさからしばしばコラボの司会などに呼ばれたりする。
が、そろそろデビューした13歳の頃につくったキャラが厳しくなり始めている17歳。
ちなみにヒロたちの一つ上である。

《リズベット》
シリカのチャンネルに時折出てくる姉御系鍛冶屋。
配信者ではないが、シリカとのコントのような掛け合いから一定数のファンがいる。


《長文解説ニキ》
とてもゲームに詳しい。



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俺はママだぞ!!

「攻略会議まで時間があるし、先に自己紹介でもしときましょうか」

 

 シリカが一旦配信を止めると、ピンク髪のおねーさんがそう切り出した。

 噴水広場の端の方、他の集合者の邪魔にならない位置でお互いに名乗り合う。

 

「あたしはリズベット。長いしリズでいいわよ。この子の友達でお目付役ってとこ。よろしく」

 

「なんでリズさんの方が早く挨拶してるんですか?! いちおうコラボ相手は私なんですけど!」

 

「はいはい悪かったわね、じゃあ配信者の先輩らしくハイドウゾ」

 

「振りが雑! 雑ですよリズさん! ええいままよ!

 ピナっピナっ! ドラゴンアイドルシリカでーす! よろしくねスリーピングナイツの双子ちゃん!」

 

「きゅっくるー!」

 

「え、ドラゴンがいる! すごいふわふわの! 見てよ姉ちゃん! かっわいいねぇ〜!」

 

「わ、私はちょっと、その……わ、こっちに、きゃっ舐めないで〜、も〜!」

 

「姉ちゃんずるい! ボクにも触らせてよ〜」

 

「ピナァ?! なんでそっちに懐いてるのぉ!? 私、マスター、私!」

 

 シリカが悲痛な叫びをあげてる。

 ピナ……たしかフェザーリドラだっけ。

 ああいう小さくてかわいい生き物がユウキたちみたいなのと絡んでると、うん、グッとくるな。

 

 まあマスターはシリカなんだが、2年前ならいざ知らずいまの17歳で身長もまあまあ伸びた今だと……。

 

「ハンッ」

 

「なんで今鼻で笑ったの? ねえこのお面の不審者なんで今鼻で笑ったの?」

 

「悪い気にするな。少し喉の調子が悪かった」

 

「白々しい嘘つくのやめてくれないかなー!?」

 

「ヴェハハハ、悪い悪い。今度お前のチャンネルにユウキとコラボしに行くからさ」

 

「えー、ヒロとぉ〜〜?」

 

「おいなんだそのビルドの幻さんのクソダサファッションを見るような目は」

 

「まー、ユウキちゃんたちもいるならプラスかぁ……私のチャンネルに来たからにはあいさつも私流で行ってもらうからそのつもりで」

 

 あいさつ? ああ、あのインコみたいにピナっピナって連呼するやつか。

 こいつ自分の痛さを他人に伝播させようとしてないか?

 

 うーん、あのあいさつをうちの奴らにやらせるのか。

 ユウキたちは……ピナと戯れてるみたいだ。

 

「実体はないはずなのに触ってる感触がするのは不思議ですね」

 

「オーグマーの再現機能ってとこかしらねー」

 

「きゅくる〜♪」

 

「すごいなぁ、羽も触っていいの? きみは優しいなぁ」

 

 うーん、取り敢えずユウキにでもやらせてみるか。

 

「ユウキー、ちょっとそのままピナと一緒にさっきシリカがやってたシリカのあいさつやってみてくんねえか?」

 

「あいさつ……ええっ、ボクが? さ、さすがにちょっと恥ずかしいというか……」

 

「安心しろ、配信してないからシリカより恥ずかしくはならねえよ」

 

「この人一回ぶん殴っちゃいましょうかね、ほんと」

 

「えーと、あいさつ、あいさつ……」

 

 シリカの不穏なセリフは華麗にスルーしつつ、ユウキに頼み込むとほんのり赤ら顔ですう、と一息。

 

「ぴ、ピナっピナっ! スリーピングナイツのユウキだよーっ!」

 

「きゅくるー!」

 

「……」

 

「ひ、ヒロ、なんとか言ってくれない……」

 

「いや普通にかわいいなって。予想外だった」

 

「ふぇっ」

 

 ぼしゅっとユウキの顔が赤くなる。

 あやべ、思わずそのまま声が出たな。

 しかし、可愛かったのは事実で……なんだ、シリカ肩なんか掴んで。

 

「コラボの件、無しにしようね」

 

「何爽やかな顔で言ってんだ。頼んだのはお前だろ」

 

「いやだってこれ反則だってぇ! どう考えても私の全盛期のあいさつよりかわいいもん! 恥じらい? 恥じらいのせいなの? ボクっ娘が顔赤らめながら言うのはちょっと反則だと思うんだよねー!? というかピナがさっきからユウキちゃんにべったりなんだよぉ〜!」

 

「まあいいじゃないの。ピナのせいでシリカは死ぬほど煽てられてSAO時代かなり出来あがっちゃったんだし」

 

「リズさん! 黒歴史なんでやめてください!」

 

「ああ、知ってるっす。中層のアイドルとかもてはやされて姫プやってたんでしたね、シリカ」

 

「ぐっ、ぐうっ! こ、このお面の不審者ぁ! やめてって言ったよねぇ!」

 

「事実を言って何が悪いか全然わかんねえなァ?!」

 

「はー?! 幼なじみの双子におんぶに抱っこでチャンネルの登録者数伸ばしてる炎上男には言われたくないんですけどー?!」

 

「グァーッ!」

 

「なんでお互いに傷のえぐりあいしてるんですか」

 

 藍子(ラン)がめちゃくちゃ呆れたようにため息をつく。

 

 しかしだな藍子、シリカのやつが余計なことを言うからだな。

 

「はいはい言い訳しない。まだ私たち自己紹介もしてないんだから」

 

「そう言えばそうか。すんません、シリカ、リズさん。俺たち──」

 

「あーいいわいいわ。シリカはもちろん、私もなんとなくあんたたちのこと知ってるから」

 

「えと、そうなんですか?」

 

「ん。あなたたち有名だからね。追っかけでもない私でもなんとなーくのあだ名くらいは知ってるわ」

 

「光栄ですけど、あはは、なんだか気恥ずかしくなっちゃいますね」

 

「ちなみにリズさんは俺たちのことなんて?」

 

「んー? 別に又聞きした名前そのままよー?」

 

 リズさんが俺たちの姿を一人ずつ目に移していく。

 

「左のロングの子が絶剣ユウキちゃんで」

 

「どうもユウキです!」

 

「それでショートのあなたが蒼弓ランちゃん」

 

「あはは、その呼び方は慣れないですね……」

 

「そして最後は自分で燃える織田信長」

 

「俺だけ歴史上の偉人なんすよ」

 

 しかも死んでるし。

 アイコンになっちゃうのか? パーカー着た幽霊なのか? マコト兄ちゃんに使われたり家康と秀吉と合体して天下統一しちゃうのか?

 

 というかそもそも本能寺を燃やしたのは織田信長じゃなくて明智光秀なんだよなぁ。

 

「あっはっは、ジョーダン、じょーだんよ。ちゃんと知ってるわよ、スリーピングナイツの団長さん」

 

「リズさんは告白した後ヘタレてなーんちゃってって誤魔化すことが魂に染み付いたせいでこうした普段の会話でも茶化してしまうんです。許してあげてくださいね」

 

「その年齢ギリギリのツインテール後腐れなく切り落としてあげましょうか」

 

「やめてください! これトレードマークなんですから! あ、やめて引っ張らないでぇ!」

 

「いらんこと言うやつだな。黙っときゃいいのに」

 

「ヒロ、ものすごいブーメラン投げてるのわかってる?」

 

 何言ってんだ俺は──シリカのこと言えませんね……はい……。

 

「でもボクたちのことそんな知られてるなんて思わなかったなー。やっぱボクたちのサンタさんへの挑戦の影響は大きかったりする?」

 

「まあそれもあるけど私はどっちかっていうと、アスナから話を聞いてたのが大きいわね」

 

「え、アスナさんと知り合いなの?」

 

「ふっふっふ、もちよ。なんなら親友と言ってもいいわ」

 

「リズさんはSAOでアスナさんの剣を作った人なんですよ」

 

「剣というと、ランベントライトですか?」

 

「そうそう、よく知ってるわねー」

 

「えっ、リズさんがあの閃光や黒の剣士の専属鍛冶屋の方なんすか?! wikiで見た!」

 

「あたしのことまでまとめられてんの? 困ったわね」

 

「ッス! あの水晶武器シリーズの作成方法を見つけたって書いてあったっす!」

 

「はー、SAO wikiとかどこの誰がまとめてるのか知んないけどよくそんな細かいとこまで……」

 

「ふふん、ちなみに私もSAOwikiには載ってます。リズさんとは違ってプレイヤーネーム付きで。どやぁ」

 

「でもお前の解説文は昔のお前の取り巻きが書いてるせいなのかなんか熱量あってキモいよな」

 

「そう言うの今言わなくていいから!! スカレッドの推し語りの方が100倍キモかったから!」

 

「なんだとやるかこの野郎! てかその名で呼ぶな!」

 

「あー女の子のほっぺなんか勝手に触っていたたたたっ! ひっぱるにゃー!」

 

「やかましい! いてっ、くそっ、脛を蹴るな!」

 

「このお面の不審者! なにその恐竜みたいな蛍光色のキャラ!」

 

「この野郎西暦2021年9月5日午前9時から放送された仮面ライダーリバイスをバカにするんじゃねえ! 一人で二人の仮面ライダー! 生物と過去作のモチーフを取り込んだ秀逸なフォームチェンジデザイン! 2話はオープニングでのその不穏さと過去作にないスタイリッシュさから始まりモモタロスやアンクを思わせながらも決定的に信頼できない『悪魔の相棒』を見事に描き切ったんだぞ! 俺も6年前にリアタイした時はテレビにかぶりついたんだ!」

 

「急に語り出してなに!」

 

「タイムリーだろうが!」

 

「6年前の作品でしょ!」

 

「す、すごい! 漫画でも見ないような取っ組み合い始めた!」

 

「……ラン、あんたも苦労してそうねー」

 

「リズさんも大変そうですね」

 

「あ、なんか姉ちゃんとリズさんがわかり合った目をしてる」

 

「きゅくるー」

 

 しばらくして藍子の指示で俺の脳天にチョップをかましたユウキに引きずられシリカと離れる。

 喧嘩相手のシリカにはお咎めなしなのはどうなってるのか。

 喧嘩両成敗が基本だろうに。

 

「じゃあそろそろいい時間だし挨拶回り行こっか」

 

「挨拶回り? ボクらも?」

 

「うんうん。一通り一緒に戦う人と、お世話になる人には顔合わせをしてた方がいいと思うよ」

 

「いやでもどうせこのあと攻略会議だよな」

 

 じゃあその時集まった時に挨拶するじゃダメなのか?

 

 あ、シリカにこれ見よがしにため息つかれた。

 魂まで抜けたんじゃないかって思えるくらいでかいやつ。

 

「ほんとわかってないよね。私たちは今回どういう立場での参加ですかー」

 

「どういうって……」

 

 隣のユウキを見る。

 

「えーと、ボクとのPvPの報酬でのアスナさんの紹介……だよね」

 

 ちらり、とユウキがさらに隣のランを見る。

 

「この前もらった書類には上位ギルド推薦枠とありました。元々はSA:O運営から声がかかった枠を私たちにそのままくれたのだとか」

 

「ちゃんと見てきてるのね。えらいじゃない」

 

「じゃじゃーん、ではここからピナピナくえすちょーん!」

 

「きゅういー!」

 

「そういう推薦でやってきたビギナープレイヤーを見る同業者の目はどうなるでしょう、はいヒロ早かった!」

 

「いい歳こいてピナピナクエスチョンとか言ってて恥ずかしくねえのか?」

 

「ちょわーっ!」

 

「ぬわーっ!」

 

 ぼ、ボディに突き刺さる拳……ッ!

 

「はい、次の方解答どうぞ。じゃあユウキちゃん!」

 

「はい! なんかズルしてるように感じると思います!」

 

「はい、正解です。正解者にはご褒美のピナのハグ!」

 

「きゅくるる〜!」

 

「わ、ドラゴンさんほっぺを舐めるとくすぐったいよお〜!」

 

「なんかピナやたらとユウキちゃんに懐いてる気がする」

 

 こほん、とシリカが咳払い。

 

「まあ、そういうわけでこのままいくと多分あんまいい気持ちで迎えられないと思うんだよね。ただでさえきみたちは横の繋がりがないんだし。

 だから、せめてお世話になりますって頭下げておこうってことだよ」

 

 私そこそこ顔広いからきみたち三人の緩衝材にもなれるだろうしね、とウインクをするシリカ。

 

 ここまで言われると俺でも気づく。

 

 シリカは俺たちが気持ちよくボス攻略に参加できるように最低限のことを教えてくれているのだ。

 俺が昔馴染みだというのもあるだろうが、だいたいは善意で。

 

「あー……、ありがとう、シリカ。あとすまん、気を遣わせたみたいで」

 

「いいからいいから。実は攻略に来ないかーって誘われてはいたけど私は人数足りなくて参加できなかったんだ。

 だから、うん、ヒロから声がかかったのは渡りに船だったよ」

 

 だからwin-winの関係ってことで、とにひっとシリカが笑う。

 

 そう言ってくれるとありがたい。

 

「じゃあ取り敢えずあいさつまわりしよっかー。まず最初は今回の司会の──」

 

「もちろんワイやな?」

 

「! その声は──」

 

 そう言いつつ、シリカが俺たちを伴い広場に疎らにいるプレイヤーたちの元へ向かおうとすると、突如ぬっと人影が現れる。

 

「──モヤッとボール!」

 

「そうそう、ワイの頭を不正解した時のモヤ付きと共に目の前のでかい穴へぽーいっとな──ってなんでや! てか古い番組やな! アレ最後の放送2019年やろがい! いま2027年やぞ!」

 

 この怒涛のツッコミ! そして関西弁のダミ声と、特徴的なその髪型は、ま、まさか……!

 

 や、やばいすごい嫌な予感するぅ!

 

「お、その顔ワイの(アバター)はしっとったか。感心感心。新人はそうなくっちゃな」

 

 びっと親指で自らを指して、特徴的な髪型のその人は堂に入った様子で名乗る。

 

「ワイはキバオウってもんや。今回のイベントの司会を任されとる」

 

「紹介するね、こちらキバオウさん。アインクラッド軍の『キバオウなんでやチャンネル』の名コメンテーターさんだよ。あ、いかつい(アバター)だけど結構親しみやすいおじさんだから安心してね。怖くないよー」

 

「お前はワイのなんなんや! なんで歳下の女子にでかい犬っころ扱いされなアカンのや!」

 

「すみません! お、俺! スリーピングナイツのヒロです!」

 

 シリカとわちゃわちゃ言い合いをしてる中、割り込むようにあいさつをする。

 うひゃあ、じろって見られた。こ、こええ。

 

「あー、知っとるわ。お前元々一人でやったったやろ? ウチにもジブンに物申してくれって頼みがぎょうさんきとったわ」

 

「あ、あの! キバオウさん」

 

「お、なんや嬢ちゃん」

 

「私スリーピングナイツのランです。あのヒロがご迷惑をおかけしていたのなら本当にすみません」

 

「ボクも謝ります! ヒロかーっとなると思ってること思ってないこと無茶苦茶に言っちゃうダメなやつなんです! ごめんなさい!」

 

「坊主、ジブン、相方たちに恵まれとるな」

 

 それは、はい。俺なんかのために頭を下げてくれるいい幼なじみたちです。

 

「ま、でも皆まで言うな。

 大抵は自分で何かいう勇気もない上、状況も理解しとらん野次馬どもや。ワイかてそんな奴らの気持ちを代弁するほど暇やないわ。

 せやから嬢ちゃんたちがそのことに関して気にする必要はない」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ただ!」

 

 キバオウさんが一歩俺へと踏み出すと、品定めするように俺の顔を覗き込んでくる。

 

「ジブン、一回アインクラッド軍(ウチ)のリーダー相手にイケメンアバターでナイトロールしとる痛いやつって口滑らせたことあったよなぁ」

 

「そ、それは……」

 

「懐かしいのぉ〜。あの時は流石にワイも物申したしそれでウチのファンと野次馬とで大炎上。確か5回目くらいの炎上やなかった──あいたぁ!?」

 

「キバオウ、あまりそれ以上ルーキーをいじめてやらないでくれよ」

 

「ディアベルはん!」

 

 不意に、キバオウさんのトゲトゲヘアーをぱしんと軽く叩かれた。

 叩いた当人はにこりと人当たりのいい笑顔を浮かべる。

 

 こしょこしょと耳元で囁くユウキ。

 ランはその後ろで突然現れた人物と俺とをじっと見つめている。

 たぶん俺が口を滑らせたり変なこと言ったら注意するつもりなんだろう。

 

「ヒロ、この人は……?」

 

「あー、さっき話に出てたろ。俺が前口を滑らせて迷惑かけた人だよ」

 

「スカレッド、横の繋がらりないくせに燃やした相手には事欠かないね」

 

「……うるさないな」

 

 事実だから強く否定もできない。

 ……ランがじっと見てくる。うん、わかってるまず謝れってんだろ。わかってるよ。

 

「その、はじめましてディアベルさん。俺はヒロです。前は色々とすみませんでした」

 

「ははっ、そう気にしないでいいさ。キバオウだってもう気にしてない。だろ?」

 

「まあ、ディアベルさん本人がそういうんならワイかてこれ以上昔のことを引っ張り出す気はないで」

 

「サンキュー。じゃ、これは仲直りの握手ってことで」

 

 お、おおっ、力強く腕を握られた。

 悪いのは俺なのにさらっと流してくれた。大人の余裕というやつか。

 

「さて、そっちのお嬢さん二人は初めてだよな。

 よろしく、オレはディアベル。ギルド『アインクラッド軍』の一応のリーダーで、職業は気持ち的にナイトやってます!」

 

「あ、はい! よ、よろしくお願いします! ボクはユウキです!」

 

「ランです。お願いします」

 

 ぺこりと腰を折るランにつられて、ユウキも勢いよく頭を下げた。

 ユウキのアバターの紫の長髪が動きに従って暴れ馬のように振り回されるのを見て、ディアベルさんは苦く笑う。

 

「いやー、このネタSAOで言ったら基本笑いは取れたんだけど、時代変わったかなー」

 

「そりゃそーよ。もうSAOのサービス終わったのも一年前だからね」

 

「まあ、オリジンがすぐに出てくれたからこうして顔見知りは割とそのままこっちに流れてたりするんですけど」

 

「お、リズベットさんに、ドラゴンテイマーのシリカちゃんか。今日は閃光さんはいないんだな」

 

「学生は暇じゃないってことよ」

 

「確かにもう七月も末日が近いか。君たちといい今が夏休み前の一番忙しい時期ってわけか」

 

「ケッ、ええ身分だこと。ワイら社会人に夏休みなんてあらへんのやで。そこのお面やろうなんてかわいー幼なじみなんかつれおって」

 

「はいはい。ほら、キバオウ、いつまでも後輩をいびってないでそろそろオリジン運営(カムラ)と打ち合わせをしておこう」

 

「いやディアベルはん、ワイは別にやな……」

 

「話は後で聞いてやるから。じゃ、今度のボス攻略はよろしくな、お面の団長くんとルーキーのお嬢さんたち」

 

 ひらひらと手を振ってディアベルさんはキバオウさんを伴いその場を立ち去っていった。

 

 その後、「じゃあ一通り回っていこうか」というシリカに連れられるまま今日お世話になる配信者やプレイヤー達に挨拶をしていく。

 

「配信者の方が多いんですね」

 

「ふつーのプレイヤーの人もいたよ? さっきの片手剣使いの人の武器カッコよかったよね〜」

 

「でも比率としては配者の方が多かった気がしない? 私たちもそうだし、さっきのキバオウさんも」

 

「そう言われたら確かに……ヒロなんで!」

 

「速攻で俺に投げたな。まあいいけど」

 

 というか言ってなかったっけ。

 

「今回のボス攻略戦はカムラ主催の配信者と視聴者の参加企画なんだよ」

 

「カムラ? それって確かSA:Oの運営会社ですよね」

 

「正確に言うならソードアートシリーズの版権を持ってるアーガスからの依頼で続編を作った会社、って感じかしらね」

 

「? 何か違うの?」

 

「え、いやそれは……まあSAOしてなければ大した違いもないか。ごめんごめん、忘れてちょうだい」

 

「わかりますよリズさん、そこらへん私もちょっと気にしちゃいますもん。功績……というかやったことが全然違いますもんね」

 

「そうなんですか? 私、そういうのにはあまり詳しくなくて……」

 

「気にしないでいいよー。まあ簡単に言っちゃうとアーガスとカムラは持ってる技術が違うんだよね。

 アーガスはゲーム会社。ナーヴギアっていうハードを作り出した功績はあるんだけど、SAO以外ではあんまり振るってなくてね。そこで、カムラとの共同開発で新作を作ってんだよ」

 

「それがSA:Oなんですか?」

 

「そうそう。カムラはどっちかっていうともっと手広くいろいろやってるところなんだけど、オーグマーやそこから発展した技術は超一級品だよねー。

 オーグマーを連携しての配信中カメラアングル自動調節してくれる機能とかなんか凄すぎるし。

 でもそうは言ってもSAOプレイヤーたちにとってはSAOはアーガスのものだし、けどかといって今のオリジンを楽しんでる事実も否定できず、結果、リズさんみたいにめんどくさいオタクの反応になる訳なんですねー」

 

「悪かったわね、めんどくさいオタクで」

 

 リズさんがそっぽを向く。

 

「ええとつまり、アーガス社はカレーのレシピを作ったところで、カムラ社はそのレシピを使ってカレーパンやカレーうどんを作ってるところってことですか?」

 

「え、合ってるのかしら……いや、合ってるとは思うけど……なんか独特な例えをするわね」

 

「まあなんとなくわかってもらえたかな……ユウキちゃん?」

 

 ユウキ? ああ、なんだ目を丸くして。何かあったのか。

 

「シリカさんって、凄い詳しいんですね……ヒロの知り合いなのに……ヒロと取っ組み合いしてる人なのに……」

 

「ちょっとスカレッドきみのせいで私きみの幼なじみに同じくくりに入れられてるみたいなんだけど」

 

「しらねえよ。いい年してロリ声ロリアバターロリキャラでやってるやつが悪いんじゃねえの」

 

「一線超えたよそれ……! 」

 

 この野郎やるってのか! ほっぺ引っ張ってやるよ! おらおら!

 

「やっぱあんたたち仲良い……いやこれ思考のレベルが同等なのかしら。たぶんデカい体のガキなんでしょうね」

 

「「 ガキじゃないが?! 」」

 

「そういうとこよ、そういうとこ」

 

 呆れた様子のリズベットさんだが、俺には反論がある。

 

「いやそもそも俺たちリアルで会うのはこれが初めてですよ」

 

「だね。お互いのリアルの名前とかも知らないし」

 

「そーなの? オリジンのボス攻略に声かけるくらいだしリア友とかだと思ってたわ」

 

「はっはっは、何をおっしゃいますかリズさん。こいつと俺がそんなものなわけないでしょう」

 

「そーですよ! ヒロにはボクと姉ちゃん以外友だちいないんですから!」

 

「うん、まあそうなんだけどそこを強く言い切らなくてもよかったんだぞユウキ」

 

「そういえば聞けてなかったんですけど、ヒロとシリカさんってどういうつながりなんですか?」

 

「あ、それボクも気になってたんだ! ヒロに配信者の知り合いなんているイメージなかったから」

 

 俺とシリカの関係? 別に大したもんじゃねえけどなあ。

 

「この人私のママなんですよ」

 

「俺シリカのママなんだよ」

 

「は?」

 

「ヒロ?」

 

「これガチで引かれてない? お前らたぶん勘違いしてるから!」

 

 一瞬で二人の周囲の空気が氷点下まで下がった!

 なんかユウキの声がビビるくらい低いしあとランの目が笑ってない! 笑顔が変わらねえからかえってこええ!

 

 シリカぁ! 何とか言ってくれェ!

 

「ママっていうのは『私のアバター作った人』って意味ね。私がデビューしたての時立ち絵とキャラデザ描いてくれたのがヒロ……当時のスカレッドだったんだ」

 

「ああ、そういえば昔そんな感じのSNSアカウントを持っていたような」

 

「なあんだ、別に普通じゃん!」

 

 ランとユウキが納得してくれたみたいだ。

 ふー、別に何も悪いことしてないがなんか肝が冷えた。

 

 にしても、スカレッドか……懐かしいもんだな。

 

「あの時はスキル上げのためにアバター作成とかの依頼を格安で受けてたんだよなー」

 

 でも経験も知名度もないやつに依頼なんてのはなかなか来ないもので。

 だが、そんな中で唯一連絡を取ってきたのが当時SAOで中層のアイドルとして名を挙げつつあったシリカだった。

 

「その頃は私もあんまりお金なくてさー、安めでやりますって言ってたきみはちょうどよかったんだよね」

 

「そういうわけで依頼に応じてシリカの初期アバター作ってやったんだよ。まあ掲示板でレスバに大敗北して垢まで特定されて炎上した時の余波で垢消ししなきゃいけなくなったんだけど……」

 

 今思い出しても苦い思い出だ。

 アレ以降俺は藍子に匿名掲示板の使用を禁じられている。

 いまのアカウント名がシンプルにヒロなのもそこらへんに理由がある。

 

「急に消えるからびっくりしたよ、スカレッド。あの時一番よく絡んでるのスカレッドだったのに」

 

「そういう割にお前俺がヒロのアカウントになってからコラボ依頼したら毎回スルーしてたよなーッ!」

 

「あたりまえじゃん。何が悲しくてヒロみたいな炎上常習犯とコラボするの。マイナスしかないって」

 

「なんだとてめえ! 俺はママだぞ!!」

 

「べーだ! 残念ながらスカレッドの作ったアバターはもう使われてないのでママじゃありませーん!」

 

「薄情者がァ!」

 

「突然垢消しして炎上常習犯になったやつが悪いでしょー!」

 

 わちゃわちゃとシリカと取っ組み合ってると、不意に周囲の明かりが消えた。

 

 いや、それはおかしくないか? 今は昼なんだぞ? なんで、いやどうやって太陽が消えたんだ?

 

「なんか急に暗くなっちゃいましたよ? 」

 

「慌てない慌てない。あたしたちのオーグマーがそう見せてるだけよ。ようやく今日の企画の主役がやってきたからね」

 

「主役? でも司会はさっきのキバオウさんたちだって」

 

「司会は、ね。でも、主役は違う。ふっふっふ、ヒロ、ううん、スカレッドならわかるんじゃない?」

 

 消えた太陽の光。降りる天幕。ちりばめられた星屑(スターダスト)

 

 拡張現実の仮初の夜空に、星を砕いて作った階段がかかる。

 

 そこを、一段、また一段と降りてくる人影。

 

 いつのまにか噴水公園のステージの上には無数のカメラが浮かびはじめている。

 これ、まさか……いや、そうか、カムラが主催の企画なら、そりゃ来てるよな、あの人が……!

 

 

みんなーー! おっまたせー!

 

 

 ―――――――――――――――――。

 

「え、あれってユナちゃんじゃない!? ほら、ヒロがめっちゃ好きだった! あれ、ヒロー? ひーーろーー! ヒロってばー!」

 

 はっ! 一瞬意識が飛んでた。

 

「ねえあれユナちゃんだよね! 本物じゃない! すごいよ! 空からキラキラ光る階段みたいなので降りてきてる! よかったねヒロ!」

 

「いや別に俺ユナ好きじゃないし」

 

「あれそうだっけ、私にユナちゃんのこと教えたのスカレッドだったヒロだったと思うんだけど」

 

「シリカの覚え違いだっての。俺にそんな記憶ない」

 

「そうだったかなあ」

 

「俺は骨の髄からのライダーオタクだぞ。他のことをかまけてる余裕はない」

 

「ふうん、あ、いつの間にか配信開始してるわね。ステージに降りて……ということは歌うのね。ええと、曲名は」

 

「Ubiquitous db! ユナがカムラの公式アイドルになる時にリリースされた記念すべきファーストシングル! デビューしたてとは思えない歌唱力から大きく話題になった歌だ! ちなみにUbiquitous は偏在するとかどこにでもいるとかって意味でオリジンのイメージガールとしても扱われるユナ自身がファンに「SA:Oも私もあなたたちのそばにいつでもいる」というメッセージだと思われる! その歌をいきなり掴みとして持ってくるとは……この配信、カムラはどれだけ力を入れてるんだ?!」

 

「あんたどう考えてもユナ好きでしょ」

 

「いや別に好きじゃないけどちょっと今話しかけないでユナの歌が聞こえないから」

 

「あ、こっちにウインクした」

 

「アアアアア〜〜ッ!(オタクの絶叫) いまこっち見たよォ〜〜! ほんとはカメラを見たんだろうけど視線の方向はバッチシ俺だったよ!」

 

「その反応で隠すのは無理すぎるでしょうが! 好きでしょ! ユナ!」

 

「好きじゃないですけど???」

 

「めんどくさくて本当にすみません……ヒロ昔はユナちゃんのことすごく好きだったんですけど、いまは一応卒業してて……」

 

「なんでまた。この態度見る限り、かなり初期からのオタでしょ、これ」

 

「それには、深いわけがあるんですよリズさん……俺の身を斬るような、辛い過去が……」

 

「ああ、思い出してきた。ヒロまえユナちゃんの配信にお小遣い全部突っ込んじゃって限定生産のおもちゃのベルトの注文し損なったんだよね」

 

「しょうもなっ!」

 

 しょうもなくねえ!!!

 

「俺にとっては、ライダーオタクはアイデンティティなんだよ……! だから、俺は、俺の存在を保つために、ユナのオタクをやめるしかなかった……!」

 

「自分の精神の拠り所もっと他に作ったほうがいいと思うよ。ユナとライダーが好きなの以外に」

 

「だからユナは好きじゃない!」

 

「ならちょっとコールしてみなさいよ」

 

「L・O・V・E! Y・U・N・A!」

 

「キレキレのオタ芸やってんじゃないわよ!」

 

 バシッとリズさんに背中を叩かれた拍子に、ペンライト代わりにしていたタッチペンが手からすっぽ抜ける。

 

 しかもそれは今まさに曲のクライマックスを終え、静かにポーズを決めようとしているユナの方へと飛んでいく。

 

 やっべ、と俺たち全員の顔が固まった。

 

 だがその最中俺たちの間を駆け抜けていく黒い影。

 

「すまねえユウキ、急いで取ってくれ! ん?」

 

「急いでヒロそのままじゃステージに行っちゃうよ! ん?」

 

「姉ちゃん間に合ってー! ん?」

 

「「「 今行ったのユウキ/姉ちゃん/ヒロじゃないの?! 」」」

 

 えっ、じゃあいまの誰だよ?!

 

 弾かれるようにタッチペンの飛んでいったユナのステージに目を向ける。

 放物線を描き空中を滑っていた細い棒は今まさに頂点へと達し、緩やかに落下していく。

 

 その真下、カメラに映らないギリギリの地点、一人の男が走っている。

 

「ユナのステージの邪魔はさせない」

 

 その人はそのまま体を沈み込ませると全力で跳んだ。

 その跳躍の勢いで空中のタッチペンを手に取るとついでとばかりにそのままバク宙して、体操選手のように地面に着地した。

 

「うっそ、だろ……なんだいまの、サーカスかよ……」

 

「い、いま軽く70センチは跳んでたよ……ボクの身長の半分くらい……」

 

「生身だったよね、いま」

 

「あー、やっぱりいたのね歌姫のナイト様が」

 

「ナイト様?」

 

 ユウキが首を傾げるのと重なるようにUbiquitous dBが終わり、ポーズを決めたユナに割れんばかりの歓声が投げかけられる。

 

「みんなー、ここからはすこーし休憩ね。このあと準備が出来次第、イルファング・ザ・コボルドロード攻略会議を始めるからねーっ!」

 

 ユナがそういうとふっと夜の天蓋に光が戻る。

 

 明るくなった噴水公園をかつかつと突っ切ってこちらに向かってくる黒い男が一人。

 

 身長たっけえ……俺も今は170あるけどこの人はもっと高い。

 たぶん、180は楽勝で超えてるし、なんか服の上からでも筋肉がミッチミチなのがわかる。

 細いが、ゴツい。無駄な筋肉を削ぎ落としたアスリートみたいだ。

 

「これは君のか?」

 

「あ、はい。一応」

 

「そうか。なら返す」 

 

「どうも。すみません、ありがとうございます」

 

 ペンを受け取ろうと手を伸ばしたら、急にその腕をガシッと掴まれた。

 

「あの、なんすか。ペン返してくれるんじゃ……」

 

「お前たちがスリーピングナイツか。この始めて二ヶ月経ってなさそうな初心者丸出しの三人が」

 

「……だったら、なんだっていうんすか」

 

 なんなんだコイツ急に手を掴んでいいたいこと言いやがって。

 とりあえず手を振り払って……振り払って……力強えな?! 

 

「フン、こんなのを推薦した分隊長(アスナさん)の気が知れないな」

 

「なっ、俺たちは正規の手順は踏んで──」

 

「御託はいい。僕はユナのライブを壊しかけたお前たちの意識の低さの話をしている」

 

 ──それは。確かに、俺の不注意だ。

 

「っしゃあ、そろそろみんな集まろか! 主役のお姫様も登場したし、そろそろ始めるで! あらかじめ伝えといた通り座ってな! ま、話自体は形式的なもんや、本番は会議終わった後の攻略やからそのつもりで!」

 

 ユナのライブ中継が終わったからか、司会のキバオウさんがみんなに声をかける。

 その声をきっかけに、今まで掴まれていた腕が解放された。

 

 踵を返してステージに向かいながら、一言忠告するように言葉を残す。

 

「せいぜいこの後のボス攻略では足を引っ張らないように、ルーキー。

 お前たちがいなくても問題はないが……面倒はごめんだ」

 

 くそっ、ようやく振り払えた。なんなんだこいつ!

 初めて会った鏡飛彩みたいや態度とりやがって! こいつ平成だと2号枠だろ! だって初対面の人に言う言葉じゃねえだろ! そりゃ俺に非はあるけどよ!

 

 くそ、まだ手が痺れてる。

 

 ここまでくりゃわかる。あの人が名高い《歌姫の騎士》か。

 

「相変わらずだなー、ユナならアレくらい上手くかわしただろうに。ほーんと、姫さまのことに関しては過保護なんだから」

 

「シリカさんいまの人知ってるんですか?」

 

「まあちょーー有名だからね。下手すると、《閃光》のアスナさんよりも有名」

 

「アスナさんより?! いまのおにーさんが?!」

 

「そうそう。あんたたちの幼なじみの織田信長なら見たことあるんじゃないの。ね」

 

「ええ、見たことありますとも。《歌姫の騎士》、実際に見るのは初めてですけど画面越しならいやになるほど」

 

「《歌姫の騎士》?」

 

 ああ。見ただろさっきの運動神経。

 SA:Oは仮想現実じゃねえ。拡張現実だ。

 あくまでも俺たちの生きる世界を拡張したもの。

 だから、そこには絶対的な原則が一つある。

 

 それは、リアルで強いやつはオリジンでも強いってこと。

 

「あの人はリアルチート。ばかみてえな運動神経と反射神経で、このSA:Oのトップ配信者ユナの護衛をする、最強の剣」

 

 ユナとお揃いの黒い服に、シンプルな白銀の片手剣。

 人は彼のことを、こう呼んだ。

 

「《歌姫の騎士》。もしくは、SA:O最強の放浪者(プレイヤー)、エイジ」

 

 ぶるり、とユウキが体を震わせた。

 

 わかるよ、俺もいまこんなところで最強のプレイヤーと顔を合わせるなんて思わなかった。

 

 しかも、その人に()()()()()()()()()()()と言われちまったんだ。

 

 アインクラッド軍のリーダーディアベル。その右腕キバオウ。

 ビーストテイマー、ドラゴンアイドルシリカと、SAOの名鍛冶師リズベット。

 そして、ナンバーワン配信者ユナと、その騎士エイジ。

 

 この中で、経験積んで来いって? 

 

 はは、スパルタきついって、アスナさん。

 

「ヒロ、大丈夫……?」

 

 ランが心配そうに声をかけてくる。

 

 正直、いきなりこんなところに放り込まれてガクブルだよ。

 でもさ、ユウキが笑ってんだよ。

 

 いろんな人と、見たことのなかった世界とを見て、楽しくて仕方ねーっていうふうに笑ってんだ。

 

 なら、俺は()()()()()()()()()()()()よな。

 

「大丈夫だよラン。な、ユウキ」

 

「うん! こう、胸がぐつぐつしてワクワクして、ぼぼぉ〜って燃えてて、これなんて言ったらいいんだろう!」

 

 なんて言ったらいいか? おいおい、そんなのシンプルにこれでいいだろ。

 

「沸いてきたぜ……!」

 

「いいね。ボクも沸いてきた!」

 

「きゅくるー!」

 

 イルファング・ザ・コボルドロード攻略、しっかり爪痕残してやろうぜ。

 

 

 

「ユナ、おつかれライブよかったよ」

 

「あー! エーくんさっきルーキーの子たちいじめてたでしょ! もー、優しくしてあげなきゃ!」

 

「いやあれは彼らがユナのライブを」

 

「ふーんだしりませーん。エーくんは反省してください」

 

「ゆ、ユナぁ……」

 

 ……あの人ほんとに最強、なんだよな?

 

 

 

 




《ヒロ》
双子の前では一番かっこいい俺じゃないとダメ。
過去ネーム「スカレッド」。
緋彩英雄(ひいろひろ)→緋色→スカーレット→スカレッド。
ハズレの赤。赤のなりそこない。

《ユウキ》
すごい人だらけでワクワクしてる。

《ラン》
二人が笑い合うのを一歩下がって見てる。

《シリカ》
ヒロがママであることは特に誰にも言ってない。そもそも聞かれない。
スカレッドは趣味は合わないが会話のテンポが合うので話してて楽だった。

《リズベット》
オリジンでも鍛冶スキルを上げてるが特に武器は作ってない。
作ってあげる相手がいない。

《ピナ》
ユウキがかわいいと褒めてくれるし、撫で方も優しいので懐いている。
オーグマーを使うことで現実でもシリカと触れ合えるようになった。

《ディアベル》
気持ち的にナイトやってます!のギャグがもう通じない。

《キバオウ》
なんでや!

《ユナ》
SA:Oの運営《カムラ》と提携する公式マスコットにしてトップ配信者。
《歌姫》と呼ばれている。

《エイジ》
この世界においては、持っていたVR不適合障害を体を鍛えまくることで克服した男。
劇場版でパワードスーツで行っていたような動きを生身で可能にする変態プレイヤー。
アスナはVRとの適合率の高さ故に強いが、エイジは身体性能が死ぬほど高いので強い。

※9月16日最後の数文を改稿しました。


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おのれヒロぉ! お前のせいでまたこのチャンネルも炎上してしまった!(前編)

 
週一更新を続けていたところで10話で突然文字数が反旗を翻したので遅れました。
10話は四分割くらいされたので、何事もなければ今日から1話ずつ投稿される予定です。

アスナさん誕生日おめでとうございます。今回は特に出てきません。


 

 

 

 

 攻略会議はつつがなく終わった。

 ……というか何話して何をするかの大枠は決まってたみたいだった。

 今回の参加者の紹介と、これからの流れと。

 

 この中で俺たちにしかできないこととかあるのかな。

 いや弱気になるな。俺はリーダーだからユウキとランを引っ張っていくんだぞ。

 

「ヒロなにぼーっとしてるの? もうパーティ編成終わっちゃうよ?」

 

「え、あー悪いラン。ちょっとな、いろいろ」

 

「パーティ編成? なにそれ」

 

「おいおいユウキさっきの攻略会議聞いてなかったのか?」

 

「もう、ユウったら。それじゃあこのあと困っちゃうよ」

 

「ちゃんとわかったことはあったし。ゆ、ユナちゃんがかわいいこととか……」

 

わかる

 

「ユナちゃんのファン再発してない?」

 

「だってふわふわ浮いてるのマジで幻想的じゃん……目で追うのは仕方ないっていうか……どうやってんだろ……アイドルという徳積みまくりの天使はああやってレッドブルに頼らなくて翼を授かれるのかな……ああいう姿を見るだけで他のことに全く身が入らなくなるぜ……」

 

「わかるよ―――っていうことはヒロも聞いてなかったんじゃんか!」

 

「はっ、しまった! 誘導尋問だ!」

 

 ええい仕方ない今回の話はランに聞こう。教えてくれラン! 

 

「えっ、私? そんないわれてもゲームの話なんて私にはちんぷんかんぷんだったし……」

 

 じゃあ三人とも全滅ってことか。

 いやそもそも俺がちゃんと聞いておかなきゃいけない立場なんだよな。

 さっきだって俺がもっとしっかりしてりゃエイジさんともうまくやれたはずだ。

 

 ……歌姫の騎士エイジ、か。

 

「ヒロどうかした?」

 

「なーんでもねえよ。だからのぞき込むな顔が近いってんだよ」

 

 ほれほれ離れた離れた。しなだれかかるなっての。

 

 とりあえず、シリカは近くにいないからーー、そこで階段に座ってるリズさん! どうなったのか教えてください! 

 

「攻略会議の話?  まあいいけど」

 

 さすがリズさん、話が早い。

 

「とりあえず前提として今回の敵『イルファング・ザ・コボルドロード』はSAO一層ボスだったやつよ」

 

「ああ、なんか聞いたことあるっす。なんか攻略にすごい苦労したとか」

 

「そうそう。で、こいつみたいな大型ボスに関してはソードアートシリーズにはいくつかの分類があるのね」

 

 リズさんはなにやらやいやいとやかましい人だかりの方をちらりと見つつ、説明を続ける。

 

 まずフロアボス。

 SAO、アインクラッドの一層ごとに一体ダンジョンの最後のボス部屋に陣取ってたすげー強いモンスターらしい。

 

 次にフィールドボスと呼ばれるその地帯の番人のようなボスモンスター。

 ダンジョンの最後にいるものやエリアを徘徊しているものと色々いるがだいたい「フロアボス以外の大型ボス」と考えていいらしい。

 

 最後にクエストボス。

 特定のクエストやフラグ管理で出てくるボス。

 俺たちが戦った殉教者ニコラスはこれにあたるようだな。

 

 オリジンにおいてフロアボスはその地域(フロア)を支配する王たちで、これから戦うのはこれ。

 

 フロアボスはほかのボスと強さも、規模も大違い。

 なんとボス攻略のためだけにわざわざカムラが道路や公園を封鎖してボスバトルをするんだと。

 

 まあそうはいっても《イルファング・ザ・コボルドロード》はSAOで一度は倒されたモンスターだ。

 

 多くの人が「案外簡単に攻略されちゃうんじゃないの」なーんて思ってたが、()()()()()()()()()()()というハードル、現地集合っていう難しさなんかも手伝って未だ誰もクリアできていないのが現状らしい。

 ディアベルさんやキバオウさんのアインクラッド軍なんかも30人規模のレイドで挑んだようだが4本ある体力ゲージが残り一本半になったところで制限時間が来てしまったらしい。

 

 今回ユナの声掛けで集まったのはプレイヤー7人の7パーティ、合計49人。つまり一回の攻略に集められる最大人数(フルレイド)

 現実で一気にそれだけのプレイヤーを集められるのはトップ配信者のユナくらいだろう。

 

 つまるところ、この攻略はいまのソードアート・オリジンにおいて最大の攻略作戦なのだ。

 

 

「―――ま、そういうわけで、フロアボス攻略はそんだけ難しいもんなのよ」

 

「なるほど、仮面ライダーローグでエボルトフェーズ4に大ダメージ与えるくらい難しいのか……」

 

「家に帰ろうとした時に自転車のペダルがバキって割れちゃった後に門限までに家に帰るくらい難しいんだね……」

 

「ピーマンの肉詰めも駄目なくらいピーマンが苦手な子に気付かれないように夕飯にピーマンを混ぜ込むくらい難しいんですね……」

 

「例え話下手軍団なの?」

 

 そんなことを話してたらさっきまでざわついてた人たちが次第にまばらになっていく。

 

「パーティ編成の話し合いも終わったみたいね」

 

「え、あれその集まりだったんすか。あたし聞いてない!」

 

「ほんとに聞いてなかったんだよ、ヒロは。ぼーっとしてるからシリカさんが引き受けてくれたの」

 

 そ、そうだったか……すまんシリカ。

 

「ま、いーんじゃない。ああいう人付き合いはあの子にやらせとけば。……まあ、正直団長はついて行った方が良かったのかもしれないけど」

 

「で、ですよね。俺今からでも行ってきましょうかね」

 

「うーん、なんかやらかす未来しか見えないからここで大人しくしてていいんじゃない」

 

「どういう意味っすかそれ!」

 

「そのまんまの意味よ」

 

「リズドラシルぜってぇ許せねえ……!」

 

「おー、ぜってぇ許せねえだ。生で聞くとそれなりに感じ入るものはあるわね」

 

「? 生で?」

 

「あ、あー……」

 

 リズさんが露骨にやっちゃったという風に口を押える。

 あれ、この人もしかして……。

 

「実はさっきからヒロを団長って呼んだり、私たちにも詳しかったりでもしかしてとは思ってたんですけど……リズさん私たちのチャンネル結構見ててくださったりしますか……?」

 

「シテナイワヨ?」

 

「あ、あからさまに棒読み! さすがにボクでもわかるよこれ!」

 

「リズさん、ユウキ騙せないのはよっぽどっすよ」

 

「うるさいわねっ」

 

 リズさんが大きなため息を一つ。

 

「……こうなったら隠しても仕方ないか。私あんたたちのチャンネル登録してるわ。アニールブレードあとくらいから時々コメントとかもしてるし」

 

「えっ、てことは団員さん!? 言ってくれたらよかったのに!」

 

「だ、だって恥ずかしいじゃない。自分より小さい子の……ファンとか

 

「そんなことないですって! ね、姉ちゃん!」

 

「うんうん、嬉しいです。私たち団員さんと会ったことなかったですから、ちょっと感動してます」

 

「あ、そうだせっかくだし一緒に写真撮ろうよ! いまオリジンアバターだから記念になるし!」

 

「い、いいの?」

 

「もっちろん! ほら姉ちゃんとボクの間で」

 

「いいのかしらこんな贅沢……」

 

 あのー、そこに俺はいなくていいのかな……一応俺は団長なんだけど……いらないか、はい。だってリズさん今までになくでれっとした顔してるしな。

 こういう時は大人しく見ておくに限る。俺もガキの頃ヒーローショーの言ったとき変な茶々入れないでほしかったし。

 

……何してるんですか、リズさん

 

 あ、シリカ。

 

「し、シリカ、これにはいろいろあってね……」

 

「ふーーーーーん、なるほどぉ。なーーんでリズさんが今回私の配信に付き合ってくれたのかよ~~~~~くわかりました。いやぁ~~~、羨ましいなぁ〜〜〜〜〜〜! 美少女双子の間に挟まれる気分はどうですか?」

 

「こ、ころして……」

 

「きゅあー!」

 

 死ぬほどシリカに絡まれ始めた。

 真っ黒な目でぬるぬるとリズさんにまとわりついているシリカはウナギみたいだった。

 

「と、というかパーティメンバー! 連れてきたんでしょ! あたしに絡んでないでちゃんと紹介しなさいっての!」

 

「………………まあ、いいですけど」

 

「びっくりするくらい全然よくなさそうな「まあいい」だな」

 

 やや強引にリズさんが話題を切り上げると、シリカも渋々それに乗った。

 

「ええと、追加のパーティメンバーは二人いらっしゃるんでしたっけ」

 

「そうだよランちゃん。スリーピングナイツは私と間に挟まるクソオタク(リズさん)含めて五人だから、ほかのあぶれてるとこから二人補充する形かな」

 

「いま私にすごいルビ振らなかった?」

 

 俺ユウキ、ラン、シリカにリズさん、ピナはアイテム扱いだから5人か。

 ユウキたちと仲良くしてくれる人たちだといいんだが。あとできれば腕が立つ人。

 

「ねね、スカレッド」

 

「ん?」

 

「あらかじめ言っておくけど、ちゃんとやってよね」

 

「なんだ突然。俺は常にクライマックスだぞ」

 

「オッケー! きみに期待したのが間違いだったね!」

 

「何が言いたい姫プの似非ロリ」

 

「さーねー自分で考えれば炎上仮面男。あ、きたきた。こっちですよー」

 

 何が言いたいんだろうかこいつは。

 まあいい、こっちにきてるのは……おお、随分と背が高いな。それに男だ。

 なんかあの人の感じ見たことがあるような……てか隣に人が浮かんでるな。

 はっはっは、珍しい人もいたもんだ……オリジンで浮かぶ人? まてまてまてまてそんなの一人しか居なくねえか? 

 

 ちょっと待てよシリカ、俺に「ちゃんとやれ」って、そういうことなのか? 

 

「……マジ?」

 

 追加のパーティメンバーが俺たちの前にやってくる。

 一人は満面の笑みで、もう一人は心底いやそうに。

 

「というわけで、スリーピングナイツのパーティに臨時で入ってくれることになりました、エイジさんとユナさんでーす! ぱちぱちー」

 

「ユナです。みんなの邪魔しないように気をつけるからよろしくね。ほらエーくんも!」

 

「僕は別に……」

 

「もー、お世話になるんだからそう言うこと言わない! はい、あいさつ!」

 

「……よろしく」

 

 わーお。

 

 

 

 

 

第十話 おのれヒロぉ! お前のせいでまたこのチャンネルも炎上してしまった!

 

 

 

 

「じゃあ、ボス部屋にはA班から順に行こう!」

 

 ディアベルさんの声にしたがって、オーグマーを起動させたプレイヤーたちが交通規制のかかった道路を進んでいく。

 真っ昼間から一部道路を封鎖してボスバトルに使っちまうなんて、カムラの会社のデカさを思い知ぜ。

 

 そろそろ俺もオリジンつけといたほうがいいな。

 

「ユナさんお久しぶりですー」

 

「シリカちゃんやっほー! 前はあったのは確か……」

 

「インターネット紅白の時ですかね。あの時は私司会でしたし」

 

「そうそう! シリカちゃんが飛び入りで私のUbiquitas dbを歌ったんだよね。懐かしいなあ」

 

「あはは、お恥ずかしい限りです」

 

 シリカがユナと仲よさげに話してるのを見るとこいつも有名配信者だってのを思い知る。

 炎上常習犯の俺とはずいぶんな違いだ。

 

 ふと、話がひと段落したのかユナの視線がこっちに滑る。

 

「きみたちがスリーピングナイツだよね?」

 

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

「あはは、そんなに緊張しなくてもいいんだよー? 私たちはきみたちにお世話になるんだし」

 

「う、ウスッ!」

 

「固いなあ。そんなに肩ひじ張らずに、よろしくね」

 

「……?」

 

「なんでそんな未知のものが目の前に現れたエイリアンみたいに首をかしげるの? 握手だよ、握手」

 

 お、俺が握るのかユナの手を。

 この白魚のようにきめ細やかで孤高の歌姫としての存在を際立てるような袖からのぞいた俺が後アバター作製技術を百年学んでもたどり着けなさそうな至高の芸術にあまつさえも触れて握り返すのか。

 

「うーん、無理」

 

「わ、わああっ! ヒロが倒れたぁ! ねえちゃあん!」

 

「……うん、だめだ。ユウがこの前炊飯器を開けっぱなしにしたせいで食べられなくなっちゃったお米くらいカチコチだ」

 

「これでユナのオタクじゃないって言いはってんだからとんだあまのじゃくよねえ」

 

「めんどくさいやつなんですよ、スカレッド」

 

「スカレッド?」

 

「ヒロの昔の名前です。ほら、あそこの変なお面の」

 

「ふうん……」

 

「……ユナ、そろそろ」

 

「もうそんな時間? ごめんね、私ちょっとそろそろ()()()から。お面の団長君にはボス部屋で会おうねって言っておいて!」

 

「落ちる?」

 

「ふふ、ユウキちゃんは気になるならそれはエーくんに聞いておいてね。じゃ、エーくんもみんなと仲良くしなきゃダメだからね!」

 

「善処はするよ」

 

「もー、約束だからね! そうしないと今晩のおかず一品減らしちゃうんだから」

 

「それは……こまるな」

 

「なら気を付けるよーに! じゃあまた、ボス部屋前で!」

 

 はっ、気を失っていたか。すみませんこのヒロ不覚にもユナちゃんの姿を―――うおお!? 消えた!? ユナが消えた?! アタックライドインビジブル?! それともトランスチームガンの謎煙か?!

 

「まさか今まで俺が見ていたユナは俺のキモすぎる感情がほとばしったことによる幻覚……?」

 

「違う。馬鹿か君は」

 

「って、エイジさんが隣に!? なぜ!?」

 

「っ、……うるさ」

 

「うわあ、エイジさんが夜喉が渇いて自販機に行ったら財布を忘れたことに気づいたとき並にめんどくさそうな顔してる」

 

 俺は……そうか、ユナちゃんに手を差し出されて気を失ったんだった。

 たすかった、あのままだと俺は一生自分の手を洗えないか、俺のようなカスがユナちゃんに触れた象徴である罪深き手を切り落とさなきゃいけなくなっていた。

 

 どちらにしろ、セーフ。

 

 俺がほっと胸をなでおろしてると、その隣ではいぬっころユウキがエイジさんに突撃していた。

 

「ねえねえエイジさん! さっきのライブも今もユナちゃんは出たり消えたりしてたけどどうなってるの? あと落ちるって? どこかに行っちゃったけどユナちゃんって人間なんですよね? エイジさんはそれ全部わかるんですか?!」

 

「ま、まあ、僕は彼女のボディガードだからね」

 

「じゃあ教えてほしいです!  ボクそのことがずーっと気になっちゃって、攻略会議のお話もあんまり頭の中に入ってこなくって」

 

「あー、それは……ううん、調べたらわかるとはいえ今教えていいものか。ううん、僕の口からは言いにくいな」

 

「だめでしたか……ごめんなさい……」

 

「あ、いやだめじゃないだめじゃない。ユナも教えてあげてって言ってたし、君には教えていいだろう」

 

「やったーーっ! エイジさんありがとーっ!」

 

「あ、ああ……」

 

「すげえな速攻でエイジさんと仲良くなってないかユウキ」

 

「ユウったら本当に人たらしだよねー」

 

 甚だ同感だ。

 なにせ、あんなに嫌そうな顔だったエイジさんが今では、正月の実家の集まりで親戚の子どもの面倒を見るお兄さんみたいになってるからな。

 

 エイジさんは少しかがんでユウキと目線を合わせると、いいかい、と話し始める。

 

「ユナは僕らと違って、ここに来ているのは意識だけだなんだ」

 

「意識だけ?」

 

「わかりやすく言うなら僕たちは拡張現実(AR)の中こそがSA:Oの世界とかかわる手段だがユナは仮想現実(VR)の中こそがSA:Oの世界なんだよ」

 

「……??」

 

「難しかったか。困ったな……」

 

 必死に話を理解しようとして脳から煙を出していたユウキにランが助け舟を出した。

 

「つまりユナさんはオーグマーをつけてプレイしてない、ということなんですか?」

 

「ああ、そういえばよかったか。そうだな、いまリアルのユナはナーヴギアをつけてアバターを操作してるんだ。専用の設備があるところでね」

 

「なるほど~。じゃあユナちゃんが今いないのはその設備のある所に帰ってるからなんだね」

 

「うん、その認識で正しいよ。悪いね、口下手で。迷惑をかけてしまう」

 

「いえいえ、ユウのお話に付き合ってくださってありがとうございます」

 

 くしくし、と現実では俺の作ったシュシュで髪を留めてるあたりを触りながら微笑むラン。

 

「ええと、君の名前は」

 

「ランと。こっちは妹のユウキです、ご指導お願いします」

 

「そうか。ラン君に僕が教えることはあまりなさそうだが」

 

 少し柔らかい顔で話すエイジさんにランはにこりと笑う。

 

 ……なんだか、俺の時と態度がずいぶん違う気がするよーなー。

 

 いやここは臆する時ではない! 今のノリなら案外打ち解けられるかもしれねえぜ! 

 

「あのエイジさん、ユナちゃんがいるのってカムラの本社とかっすか?」

 

「なんで君に教えなきゃならない」

 

 ふん、と鼻を鳴らすエイジさん。

 きびしい……。

 

「ったく、エイジ、あんた少しは団長にも優しくしてやりなさいっての。ユナにも仲良くするようにって言われてたでしょーが」

 

「リズベットさん。それは、そうですが」

 

「団長だってさっきは悪気があったんじゃないんだし。

 ほら、団長も。ちゃちゃっともう一回謝っておきなさいよ。別に他に何かしたわけじゃないんでしょ」

 

 あ、いえ、そのですね、リズさん。

 

「……待ってなにその態度。あとお面の間から流れてるの汗? まって団長エイジ、いやユナに何かしたことあるの?」

 

「……口を滑らせて炎上を少々」

 

「炎上はそんな嗜みみたいにするもんじゃないのよ」

 

 エイジさんが今までで一番機嫌悪そうに唇をゆがめる。

 

「僕だって一度のミス程度でここまで腹は立てない。

 ただ、この彼だけは別だ。

 君、先々月ユナに姫プと言って燃えた配信者だろう? なのにまたあんな不注意を……僕だと恥ずかしくてユナに顔向けできないな」

 

「マジでその節はすみません……」

 

「ユナは別にいいよと言ってたが、僕は忘れてないからな」

 

 マジ?とリズさんがランを見た。

 ランは悲痛な面持ちで頷いた。

 

「……ごめん、団長あたしにフォローできるレベル超えてたわ」

 

「いえ、まあ俺が悪いんで……すみませんクズでカスで……」

 

 ちょっと、いやかなり情けなくなる。

 

「エイジさん」

 

「ユウキ君?」

 

 不意に俺の隣でユウキが真剣な声音で割って入った。

 まさかユウキ、俺の弁護をしてくれるのか……? 

 

「エイジさんってユナさんのことがすごく好きなんだね!」

 

 全然違った。

 

「べっ、別にそういうわけじゃ」

 

「えー、でもエイジさんは前ヒロが悪口を言っちゃったことに怒ってるんだよね? 自分のことじゃないのにそんなに怒れるなんて、すっごく好きな証だよ!」

 

「あ、でも『エーくん』っても呼ばれてましたよね。もしかして結構長いお付き合いなんですか?」

 

「ラン君まで……」

 

「ふふ、女の子はみんな恋バナ好きなんです」」

 

「うんうん。……まあボクは正直あんまわからないけど、でもエイジさんとユナちゃんのことには興味あるなー」

 

 恋バナ好き(あいこ)犬っころ(ゆうき)に迫られて、エイジさんがじりじりと下がる。

 

「う、そんな風に見ても特に君たちに教えられることはないからな」

 

「なーんでですか、教えてあげたらいいじゃないですか。僕とユナは幼馴染なんだよ……って」

 

「えっ、そうなの!」

 

 だが、そんなエイジさんの道を塞ぐドラゴンアイドルが一人。

 

「……ああ。一応な。でもユナはアイドルだからそういうのは公言しないようにしていたんだが、な」

 

 恨みがましく目を細めるエイジさん。

 

「ひえっ、リズさ~ん、かくまってください~」

 

「あたしに隠れるくらいなら言うなっての」

 

「だって公式配信でユナが散々エー君って呼んでる時点で今更ですって!」

 

「勝手な推測が出るのと公式に言ってしまうのは別なんですよ。はあ……」

 

「ぜったい心配しすぎだと思うけどなぁ」

 

「いやでも確かにユナちゃんは人気っすからね」

 

 ファンも多いし、一応アイドルとしての扱いを受けてるからには最低限守らなきゃいけないイメージというのもあるのかもしれない。

 俺は正直楽しそうに歌ってるユナを見てるだけで満足だったクチなので思うところはないが。

 

「そういうわけだ。できれば君たちも黙っておいてくれると助かる」

 

「ボクは幼なじみで配信してるのすっごい素敵だと思うけどなあ。ほら、ボクらとおそろいってことになるし!」

 

「ユナは君たちと違って僕と配信してないから、残念だけどおそろいにはならないな」

 

「むー、じゃあエイジさんも配信しましょうよ! 一緒にやったら絶対楽しいですって!」

 

「いや僕はいいよ。今のポジションで満足しているしな」

 

「ユナさんも喜びますよ!」

 

「それは──いや僕の話はもういいだろう。ほら、さっさとダンジョンに入ろう。そろそろ僕らG隊の番だ」

 

 足早にダンジョンに進んでいくエイジさんの背中に、ユウキが口をとがらせる。

 

「ぜーったいエイジさんも一緒なら楽しいのに」

 

「俺たちは俺たち、ユナたちはユナたちでいいだろ、別に」

 

「え~~、姉ちゃんはそう思う?」

 

「私は、今の三人が楽しくて好きかなあ」

 

「それはそうだけどさ~」

 

 オリジンを起動して先を進むエイジさんについていく。

 現実ではコンクリートのビルがRPGのダンジョンらしい石をそのまま削り出し様な通路へと変わる。

 それに従ってダンジョンもオーグマーの機能で次第に仄暗く代わっていく。

 

「前の人は見えないっすね」

 

「割と距離を置いたからな。僕らが順当に進めば追いつくことはない」

 

「? 追いついちゃダメなの?」

 

「あー、確かパーティが重なるとその分出てくるmobも多くなるんだよ。だから進む時はワンパーティずつで、ボス部屋前で合流がセオリー……らしいぜ」

 

「……全くの無知というわけでもないようだ」

 

「一応SAO時代のボス攻略動画くらいは見てきましたからね」

 

 アスナさんにも注意されたし、リーダーとしてやるべきことはやるさ。

 

 ふとリズさんにじっと見られてるのに気が付いた。

 さっきからしきりに俺とエイジさんを見比べているような気がするが……。

 

「いや、こうして見るヒロとエイジって似てる気がして」

 

「「 は? 」」

 

「僕と彼が?」

 

「俺とエイジさんが?」

 

「「 いやないない 」」

 

「……真似しないでくれるか」

 

「してないですって! そっちがしたんじゃないすか!?」

 

 じっと睨みあう……けど、くそ俺よりも10センチは身長が高い! 

 

 ええい、リズさんよく見てくださいよ俺とこの人のどこが似てるんだ! 

 

「だって、幼なじみが配信者で」

 

「まあ、ユナは幼なじみだが」

 

「ユウキとランは幼なじみですが……」

 

「配信企画のプロデュースしてて」

 

「エイジさんそんなのまでやってるの?」

 

「やれることをやっただけだ」

 

「それでコミュニケーション能力皆無の盾なしの片手剣使い(ソードマン)

 

「コミュニケーション能力皆無―――って俺は片手剣じゃなくてバスタードソードっすよ! ジャンルとしては片手剣と両手剣の間!」

 

「否定するのそこでいいの?」

 

「……使いにくい武器だな」

 

「ちょっとぉ!?」

 

「事実を言ったまでだ。それに」

 

 ちらっとエイジさんがこっちを見て、なんだ剣を抜いて近寄って──。

 

「た、たんまたんまたんま! 俺が悪かったなら謝り──」

 

 斬、と剣が振るわれた。

 

「GYAA……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に。

 

「──この程度の不意打ちに気づいてないやつに似ているとは言われたくないな」

 

「―――っ」

 

 言葉もない。全く気付かなかった。

 

 エイジさんがコボルドを斬った後そのまま蹴りを叩き込みダンジョンの床に転がす。

 すると助けに来たのか数体のコボルドが現れ、ぎゃあぎゃあとやかましく騒ぎ出す。

 

「……全部で四体か」

 

「よーしボクらも―――」

 

「いやいい。僕一人でやろう。ボス戦前に君たちに消耗させるのは本意じゃないし、それに──」

 

 前に出ようとしたユウキを手で制したエイジさんが、片手剣を構えた。

 

「―――僕一人で十分だ」

 

 そして、駆ける。

 

「っ、速い―――!」

 

 沈み込んだ体が獣のように低く加速する。

 黒とライトパープルを基調とした近未来的なローブに身を包むエイジさんはまるで影のよう。

 剣を持ってるはずなのにフォームが一切崩れない。まるで陸上選手みたいだ。

 

「GYAA!」

 

 しかし相手するのはコボルド。人間ならばその速度にひるんだかもしれないがただの思考ルーチンの集積体である彼らに意思はない。

 だが、数がいるせいなのか、それとも感じるはずのない恐怖を感じ取っているのか、それともその両方か、コボルドたちはなかなか前に踏み込んでこない。

 

「……片手剣じゃリーチが足りないか」

 

 ならば、とエイジさんが剣を手放した。

 

()()()()()()()

 

 そのまま片手剣を蹴り飛ばす。

 矢のように飛んだ剣がコボルドに突き刺さる。

 

武器変更(クイックチェンジ)、ロングスピア」

 

 ワンアクションで武器を持ち帰るショーットカットで、虚空からを呼びだしたの一振りの長槍。

 

「ほっ、と」

 

 横薙ぎ、足払い。

 弾丸のように飛んできた剣にくし刺しにされた仲間に目を奪われた一瞬を狙いすまし、槍で引っ掛けるようにコボルドの体を浮かす。

 

「GYAA―――」

 

「お疲れ」

 

 抵抗をしようとした次の瞬間、コボルドの視界に移っていたのはいつの間にか握られていたダガーだった。

 するりと魚を解体するようにライトエフェクトが走り、コボルドはそのまま二度と地面を踏むことなく経験値と(コル)へと変わった。

 

「さて、残りは二体だな」

 

 地面に転がっていた片手剣を足ではね上げてキャッチしたエイジさんは、残りのコボルドに目を向ける。

 残りの戦いを見るまでもないほど明らかな実力差。

 

「すごい戦い方ですね……私は武器使わないからわからないですけど、あれ何が起きてるんですか?」

 

「ごめん、正直私もよくわかってない。でも噂には聞いてたけど、オリジンの武器全て使いこなせるって《歌姫の騎士》の話は本当っぽいね」

 

「全部って、そんなのできるんですか?」

 

「普通ならできないわよ。だから最強って言われてるのよ、エイジ」

 

「強くてかっこいいとか無敵ですよね。あー、私もああいう相棒欲しいなー」

 

「きゅくる……」

 

「あ、ピナ?! いやいまのはピナに不満があるとかじゃなくてね?!」

 

 全武器を使える、最強のプレイヤー、か。

 

「……つよいね」

 

「一応聞くけどユウキ、あの人とお前どっちが早い」

 

「ボクとなんか比べられないよっ! ま、まあ反射だけなら同じくらいかもしれないけど……それよりも動きが速すぎる」

 

 ユウキでもか。いや、正直そこまでは予想はしてたけど。

 

「じゃあ、だ。アスナさんなら、どうだ」

 

 これはユウキにしかわからないことだ。

 実際剣を重ねて、今目標にしているユウキだから、誰よりも『エイジさんの実力』がわかるはずだ。

 

「……それも、すごく難しい質問だけど。動きの速さと立ち回りに限定するなら、エイジさんのほうが上、かも」

 

 そんなにか。

 

 コボルドは決して弱い相手じゃない。俺たちとほとんど変わらない体格に鉄鎧を着こみ、鉄剣と盾を持つ。

 このダンジョンに出る奴らはコボルドロードが近くにいるからか侮れない連携だって行う。

 森の秘薬の時に戦ったネペントと比べるならば、コボルド一体につきネペント三体分くらいの強さはあるだろう。

 

 あの時より防具やら武器やら俺たちも強くはなっているはずだが、それでもこれだけのコボルドを瞬時にさばききれるかは怪しい。

 

「次は、片手斧にするか」

 

 だが、そんなコボルドたちをいともたやすく蹴散らしていく。

 

 ユウキとアスナさんの戦いは剣舞のようだったが、エイジさんは違う。

 組み上げられた戦闘の理論。冷静に状況を見て、適切に武器を使い分ける。

 

 時には片手剣。時には槍。そこから短剣、片手斧、両手剣、大鎌までつないでいく。

 

 それは、片手剣と両手剣の間であるバスタードソードを選んだ俺の、完全な上位互換の戦い方だった。

 

「これで、最後だ」

 

 最後のコボルドがポリゴンとなって消えていくと、エイジさんは剣を払って鞘に納める。

 

 エイジさんは俺に厳しいし、無愛想だし、そのくせなんかユウキやランには甘い。

 でも。

 

「……かっけえ」

 

 一人で敵を殲滅して、散りゆく青白いポリゴンの中で佇むエイジさんは、死ぬほどカッコよかった。

 それこそ、いままで俺にやたらと辛辣な態度がくるっとひっくり返って、「なんかクールでカッコいい」って思えてくるくらい。

 うん、なんか一周回って2号ライダーみたいでアリだよ。

 

 むくむくと俺の中で一つの想いが形になっていくのを感じた。

 

「一応聞くが君たちに負傷は?」

 

 エイジさんがゆっくりとこっちに歩いてくる。

 ああそうだ、俺はこの人くらい強く、いやこの人みたいになりてえ!

 

「エイジさん!」

 

 ばっと頭を下げる。

 

「俺の師匠になってください!!」

 

「は? 嫌だが」

 

「ありがとうございま―――ダメなんすか?!」

 

「きみ僕との今までの会話のどこに弟子になれる可能性を見出してたんだ」

 

「そこは、こう、勢いで!」

 

「薄々感じていたが、君相当な馬鹿だろ」

 

 大丈夫です。

 成績はユウキと互角ってとこですから。赤点もたまにしか取りません。

 

「ヒロ突然どうしたの」

 

「始まりはいつだって突然なもんなんだよ! 俺はエイジさんの戦い方にめちゃくちゃ惚れた……! だからエイジさんのようになりたいんだ……!」

 

「その心は?」

 

 それは、まあいいだろ。

 とにかく、エイジさんは俺の理想だ。

 

「へえ~、だから弟子入り。団長も思い切ったわね」

 

「だから断っただろう。というかそもそも僕は君が嫌いだ」

 

「あれ、でもさっきヒロのことコボルドから守ってたよね?」

 

 あ、黙った。

 

「……別に彼のためじゃない。ユナに頼まれたからだ」

 

「わあ、ツンデレですね」

 

「きゅくるる」

 

「ツンデレね」

 

「ツンデレさん?」

 

「2号ライダーみたいっすね」

 

「ヒロはそれが誰にでも伝わる言葉だと思わないほうがいいと思う」

 

 し、しかしツンデレは二号ライダーの代名詞なんだが……。

 

「……いいから行くぞ、僕らはバカな話ができるほど暇じゃない」

 

「あ、待ってくださいよ師匠! 俺に剣を教えてください! あと人生の教えとかを経験を込めてなんかすごいいい感じに! ヒビキさんみたいにキャンプ中に言ってくれるとベストです!」

 

「君さっきから距離の詰め方エグすぎるだろ」

 

 道を進む。何度か敵も出てくることもあったものの、そのたびにエイジさんが速攻で片づけていく。

 俺たちも一応戦ったが、俺たちが一体倒す間にエイジさんは三体倒してた。

 

 なんなんだよあの人……強すぎる……やはり師匠にするならあの人だ……。

 

「師匠はどうしてそんな強いんすか」

 

「その呼び方をやめろ」

 

「やめたら教えてくれるんすか?」

 

「君に話す義理はない」

 

 しょっぱい。

 

 だが、幸運なことにエイジさんの強さが気になっていたのは俺だけじゃないらしかった。

 

「あ、それボクも気になるかも」

 

 ユウキが手を挙げると、少しエイジさんの表情が和らぐ。

 

「ボクいま強くなるためにいろいろ頑張ってて、ソードスキルの素振りとかもやってるんだけど……どうやればエイジさんくらい強くなれるのかなって」

 

「そういわれるとくすぐったいけど、僕はできることをやっただけだ。君も……まあそこの彼も努力すれば強くなれるだろう」

 

「でもボクエイジさんみたいな戦い方なんて練習してもできる気しないよ」

 

「いや、本当に僕は頑張っただけなんだよ」

 

 エイジさんは少し顔を曇らせたが、「話した方が早いな」と呟いた。

 

「ユウキ君はフルダイブ不適合(ノン・コンフォーミング)って知ってるかな。僕はそれだったんだ」

 

「ふるだいぶのん……? 姉ちゃん訳して!」

 

「ノンコンフォーミングは……不適合、かな」

 

「つまりフルダイブ不適合……えっ、エイジさんが?!」

 

 ユウキが目を丸くした。

 

 フルダイブ不適合。

 いくつかネットニュースで見たことがある。

 確かナーヴギアとうまく接続できないことが原因で、アバターに違和感が出る症状だ。

 個人差はあるものの、遠近感が掴めないとかがよくある症状だったと思う。

 

 まさか、エイジさんがそれだっていうのか。

 

「僕は不適合の中でも少し特殊な『アバターに理性よりも生存本能が優先して伝達されてしまう』ものだった」

 

「?」

 

「はは、簡単に言うと『強敵を前にビビってしまう』と思ってくれたらいい。カッコ悪いだろう」

 

 自嘲気味に笑うエイジさんだが、リズさんがそれをすぐさま否定する。

 

「でもそれはエイジのせいじゃなくて機械のせいでしょ? あたしの鍛冶仲間にもいたわよ、そういう不適合のやつ」

 

「そうそう! どんなにエイジさんの意思が強くてもそういう風に体が動いてしまうのならそれは仕方ないですって。ね、ピナ」

 

「きゅくるー」

 

「僕もそう思っていたさ。SAOでユナが殺された、あの時までは」

 

 殺された? ユナが? 

 

「ユナは昔からゲームが好きで僕もよくそれに付き合ってた。SAOもその一環だ。不適合だったけど、雑魚と戦う分には問題のない症状だからね」

 

 でも、とエイジさんが続ける。

 

「ある日僕とユナはトラップにかかったプレイヤーを助けに行ったんだが、その時のモンスターがとにかく強かった」

 

「守れなかった、んですか?」

 

「それより最悪だ。情けないことに目の前でユナがモンスターに囲まれているのに足がすくんで動けなかったんだ」

 

「でも、それはゲームの」

 

「ああ、たかがゲームの中だ。ユナも僕を気遣って大丈夫だと言ってくれた」

 

 エイジさんが、悔しそうに唇をかむ。もうずいぶん経つだろうに、今でも忘れられない後悔なのかもしれない。

 

「それでも僕は僕を許せなかった。

 現実で似たようなことがあった時、僕は同じようにユナを守れないんじゃないか、と思った」

 

 ……それは。

 自分だったらどうだろう、目の前で木綿季が、藍子が傷ついてるのに何もできないのは。

 いや考えるまでもない。きっと、死にたくなるほど、自分が嫌いになる。

 

「だから僕は思ったんだ。『そうだ、筋トレしよう』とね」

 

「「「 ん? 」」」

 

 なんて??? 

 

「それまでの僕は恥ずかしながらモヤシでね。インドア派だったせいで筋肉もなかった。でも、毎日腕立て伏せ100回 状態起こし100回スクワット100回ランニング10kmをやり続け、その果てにベンチプレス90kgを上げた時に思ったんだ」

 

「何を……?」

 

「このゲームの連中リアルで僕が殴ればみんな死ぬんだよな、と」

 

「流石に死なないっすよ?!」

 

「このモンスターも所詮ポリゴンで僕がサーバールームに乗り込んで殴るだけで破壊できるんだよな、と」

 

「それはそうかもしんないけど!」

 

「そう気づいたら僕は死の恐怖を克服しVRで自由に戦えるようになっていた」

 

「すごいわね……まったく他人に応用できない方法で事態が解決した……」

 

「下手な機械よりも体を鍛えた方が有意義だ。昔ユナのお父さんにパワードスーツのテスターを頼まれたけど、あれはリアルの僕の動きについてこれず粉々になってしまったからね」

 

「元弱者の成り上がり話聞いてるつもりがいつのまにかマッスルモンスターの誕生秘話を聞かされている!!」

 

「筋肉……それがこの世の真理なんだ」

 

 ……ふむ。

 

「ユウキ、俺らも真似して筋トレしてみるか?」

 

「いや……ボクはボクなりに頑張ってみようかな……」

 

 それがいいと思う。

 これたぶんイケメンゴリラの才能が覚醒した話だと思うし。

 




 
《ヒロ》
師匠!
誰かを守るために強くなったエイジの背中に、自分の戦い方の理想を見た。

《ユウキ》
エイジになつく犬っころ。

《ラン》
恋バナが好き。

《リズ》
百合に挟まる鍛冶屋。

《シリカ》
よりによって自分ではなくルーキーの双子姉妹のチャンネルを追う裏切り者をじーっと見続けている。

《エイジ》
筋肉モンスター。師匠じゃない。


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おのれヒロぉ! お前のせいでまたこのチャンネルも炎上してしまった!(後編)

 
ボス戦開始です。
なんか聞いたりしつつごゆるりとどうぞ。
https://m.youtube.com/watch?v=cTaiUJ3awQk


 しばらくすると、ダンジョンの最奥にやってくる。

 現実で言うと昔は日本一高かった真っ赤な電波塔の足下あたり。

 こんなところまで一時的にとはいえ封鎖できちまうんだから、カムラはすげえもんだ。

 

「お、最後のチームが来てくれたな。少し配信の準備するから待っておいてくれ」

 

 ひらひらと手を振ってくれるディアベルさんにこちらも手を振りかえしておく。

 

 ! あそこにいるのは―――! 

 

「あ、きたきた。おつかれさまみんなー」

 

 やばいちかいな深呼吸深呼吸おちつけおちつけ―――あだめだわちかいなんかいいにおいする気もする!! 

 

 そうだこんな時はしののんパイセンを思い出そう。

 そう、あれはバイトを始めて二週間目のこと、偶然休憩室で年上の眼鏡の先輩と一緒になった俺は緊張のあまり腹を鳴らしたんだ。

 そしたら先輩はそっと「おなかすいてるなら食べる?」と差し出してくれたんだ、タッパーに入れたいりこを。

 

 田舎のおばあちゃんかよ。そういったら殴られたけど、今ではいい思い出だ。

 

「ふう、ウス、ユナさんもお疲れ様です」

 

「あ、緊張はちょっと解けたみたいだね」

 

 にこりと笑うユナの顔に陰りはない。

 ユナの顔を見ていると二か月前のアレコレが記憶をちらつくな。

 ちゃんと謝りはしたし、当時はもう気にしなくていいとは言ってもらえた。

 いまさら触れられても楽しくないかもしれないが……でもやっぱりもう一度謝ろう。

 

「ユナさん、俺、ヒロって言います」

 

「? それは聞いたけど……」

 

「あ、いえ。その二か月前くらいユナさんに姫プとかなんとか言っちゃって燃えたやつ、いましたよね」

 

「あ、あれやっぱりヒロくんなんだ。もしかしてそうかなーとは思ってたけど」

 

「その節は本当にすみませんでした。ほんと、死んでも詫びきれない迷惑を……」

 

「いいよいいよ、気にしないで。あれちょーっと私のファンが強く叩きすぎな気もしたんだよね」

 

「でも悪いのは俺です。こともあろうに、嫉妬でユナちゃんに死んでも詫びきれぬご無礼を……俺死ねといわれたらいつでも死ぬ準備はできてますんで……」

 

「重い重い。

 私がバトルでの立ち回りうまくないのは本当だし。

 だから、この話はここで終わり! これからはSA:Oの仲間としてやっていこー!」

 

 ね、と微笑むユナちゃん。

 

「すみません、ありがとうございます。頑張ります、俺」

 

「うんうん、ありがとうとごめんなさいが言えるのはいい子のあかしだよ。えらいえらい」

 

 ぽんぽんとユナが頭をなでてくる。

 優しい……いや年上の余裕か。

 

「確認だけど、エーくんが怒ってるのって」

 

「まあ、いまの件ですね……ユウキやランとかとは仲良くしていただきましたし」

 

 ちら、と人ごみの中のユウキとランに目を向ける。

 

「えへん、それでクリア後にわかったことなんだけどイルファング・ザ・コボルドロードの壁画には―――」

 

「へえ、そんなところまで作りこんであるんだ。歩いてる時からところどころ壁に傷があると思ってたけどそういう理由だったんだね」

 

「へー、ユウキよく見てるわね」

 

「ふっふーん、ボクこういうフレーバーテキストとか、裏話聞くの好きなんだ~。想像広がるよねえ」

 

「コボルドの曲刀は僕らのものより短い。僕は武器を全部適当に使い分けられるから問題ないが―――」

 

「なるほど、じゃあ後衛の私は距離を取って―――」

 

 うちのランもエイジさんといろいろ話してるし、いい先輩だよなあの人は。

 

「弟子入りは、ちょっと難しそうだが」

 

「弟子入り? エーくんに?」

 

 あ、やべ口に出ちゃってた。

 

「ええと、きみエーくんに嫌われてるんだよね? なんでエーくん?」

 

 嫌われてる。まあそうだ。そんな人に弟子入り志願とか正直馬鹿の所業だろう。

 

 でも、仕方ないじゃんか。

 

 無数の武器を使い分け敵を殲滅する姿。

 影のように困難をねじ伏せていく様子がいまでも目に焼き付いてる。

 

 細々な理由は色々あるけど、大きな理由の一つはやっぱり。

 

「だって、エイジさん、めちゃくちゃかっこいいじゃないですか」

 

「―――」

 

 ユナが一瞬黙った。やべ、なんかミスったかな。

 

「あのー、ユナちゃ――」

 

「だよね! エーくんすっっごくかっこいいよね!?」

 

 うわっ、ユナの顔近い! 目もすげえキラキラしてるし、エイジさんをほめられたのがそんなにうれしかったんだろうか。

 

「エーくんは幼なじみでさ、私のわがままにいっつも付き合ってくれるんだ。私がオリジンでこういう役割をできているのもエーくんが守ってくれてるからだし」

 

「それはエイジさんも言ってたっすね。だから自分は配信には出ないんだとかなんとか」

 

「エーくん気にしいなんだから。

 最近だと向かい合ってお礼を言ってもはぐらかされちゃってさー」

 

「あー、エイジさん素直じゃなさそうですもんね」

 

「そうなの! 昔は結構カワイイ顔してたんだよ? でも高校生くらいからぐんぐん伸びちゃって、いまではすんってしてることが多いんだ」

 

「そうなんすねえ。やっぱ、俺の弟子入りは厳しいですかね」

 

「うーん、どうだろう。エーくんあんま人に色々教えたりするの好きじゃないみたいだし、きみには今すごく怒ってるみたいだし……」

 

 やっぱり、そうだよな。

 

「あ、でもヒロくんがすっごく頑張ってればまた別だよ! エーくん、頑張ってる人は馬鹿にしないから。だから、今回のボス攻略ですーっごく頑張ってればエーくんも弟子入りを認めてくれる!」

 

「おお!」

 

「……かも、しれない?」

 

「なんかアバウトになったっすね……」

 

「し、仕方ないじゃん、エーくんがだれか個人にあれだけ感情向けるの珍しいし……あれ、そう考えるとエーくんヒロくんのこと意識してるのかな

 

 口をとがらせるユナちゃんは、すこしユウキに似てる気がした。

 あ、もしかしてエイジさんがユウキに甘かったのってユナちゃんに似てるからだったりするんだろうか。

 

「それにしても……」

 

 なんだろう、ユナちゃんに観察されているような、やめて! オタクは推しと過剰に接近するのが耐えられない生命なんだ! 

 

「ううん、ヒロくん……どこかで……」

 

「そ、そのー、ゆ、ユナさん?」

 

「あ、ごめんね。ちょっと気になることがあって。そのお面素敵だね。あれだよね、日曜日にやってるヒーローのやつだよね」

 

「知ってるんすか!? 令和二年9月5日日曜日午前9時から放映していた二人で一人の仮面ライダーリバイスを!?」

 

「スリーピングナイツには東映がスポンサーについてるのか疑うくらい淀みのない紹介だね」

 

 困ったように笑うユナちゃんもかわいい……。天の与えた至高の芸術……。

 

「おーい、ユナはーん、そろそろスタンバイ頼むで~」

 

「はーい。じゃあヒロ君との話は楽しいけどそろそろ私行くね。あとはボス戦で!」

 

 はいじゃあまた。

 待て、ユナちゃんって俺たちのパーティの一員じゃんか。

 やべ、ユナちゃんってこういうバトルの時どうしてたっけ。

 ユナちゃんのオタクやめて以来配信見てないからよく知らねえぞ。

 

「ウス! あ、でも戦いのときの立ち回りとかって―――」

 

「それは大丈夫だよ! 私は、()()()()だから!」

 

「歌うだけ?」

 

 どういう意味、と聞き返そうにもユナちゃんはあっという間に行っちまったな。

 仕方ない。あとは本番にうまいこと立ち回っていくしかないな。

 

 さて、そろそろ、だな。

 

「ユウキー、ランー、そろそろ俺たちも配信始めるぞー」

 

「ボクらも? ユナちゃんのほうの大きな枠でするんじゃないの?」

 

「そこあたりは攻略会議で言ってたけど、なんかそれぞれのパーティごとに一枠出すみたいだよ」

 

「ということは、ユナさんかシリカさんか、ボクら?」

 

「ユナとはまた別に一枠あるのが望ましい。ユナはスタイルの都合上パーティを俯瞰でしか見れないからな」

 

「私なら今回パスでいいよ。スカレッドにお呼ばれした立場だし譲りますとも。あ、リズさんはそれでいいですか?」

 

「あたしはもともとシリカのおまけだからね。異存はないわよ」

 

「じゃあお言葉に甘えて、俺らの枠で配信だな。事前告知がないのは少し気になるが……」

 

「それなら攻略会議の後に一応いるかなーってあらかじめつぶやいておいたよ。さすがに時間とかは伝えれなかったけど」

 

「あー、わり」

 

「……聞きたかったのはありがとうだったんだけどな」

 

「あ、それは、なんつーか」

 

「もういいってば。ほら、配信配信。ディアベルさんたち待たせちゃうよ」

 

 それもそうだな。うっし、切り替え切り替え。

 

 じゃあ、配信開始! 

 

 始まったー! 

 おすおす

 ボス攻略戦だー! 

 やはりな……待機してたかいがあったぜ! 

 

「おっすおっす、俺参上! スリーピングナイツのヒロだぜ」

 

「やっほーボク参上ー! ユウキでーす! みんなおっまたせー!」

 

「こんにちは、私も参上。ランです、急な連絡だったのに来てくれてみなさんありがとうございます」

 

 団員参上

 団員参上

 シリカの姉御が来ていると聞いてきました

 アスナ様の推薦とあらばこちらも視聴しなければ無作法というもの……

 

「わ、前回から引き続きの人もシリカさんのところから来てくれた人もいるんだね!」

 

「みなさん知ってるってことは、シリカさんも宣伝してくれてたりしたんでしょうか」

 

 シリカ姉さんのツイートは見逃さないぜ

 姉さんにも後輩ができるようになったんだなあ

 当たり前だ。もう3年超えるベテランだぞ

 しりかさんじゅうななさいい

 

 うーん、ひどい言われようだ。愛されてると考える方がいいのだろうか。

 だからシリカ地団駄踏んでないでこっちゃこいこい。

 

「というわけで知ってる人もいるみたいだけど、今日のゲストのシリカさんとリズさんです」

 

ピナっピナっ! みんなのドラゴンアイドルシリカでーす! おっまたせー! きゃぴっ☆

 

 お疲れさまです姐さん

 乙です

 無理すんな

 ロリキャラから卒業せよ

 

「しゃらーーっぷ! ナチュラル! 私のこれは素! OK?!」

 

「きゅくるー……」

 

「ほらいい加減みとめなってピナも言ってるわよ」

 

「言ってませんが!?!?!!?」

 

 い つ も の

 ピナニキはいつも正しい

 リズの姉御! 

 姉御! 

 

「はいはい、わかったわかった。あたしのことはいーから、団長たちとついでにシリカを応援してあげなさいよね」

 

 オッス

 姉御の安定感

 ということは今回の攻略はいつもの3人とこの二人で五人? 

 

「ううん、じつはまだいるんだよ! エイジさんほらほらー!」

 

「ちょ、僕はこういうのは」

 

 は?! 

 エイジやんけ!!!! 

 ユナ専属ボディガードさん!? 

 エイジってオリジンPvP百人組手を50秒で終わらせたあのエイジ? 

 全武器をクイックチェンジで切り替えながら投げ捨てて戦うリアルランスロットの? 

 ユナには激アマで仕方ないなでなんでもやってしまうあの? 

 俺この前のユナの攻略配信見てたけどこの人3秒くらい天井走ってましたよ……

 なんでいんの?! 

 

「ふっふーん、実はユナちゃんはボクらのパーティなのだ。だからエイジさんも力を貸してくれるんだって」

 

 なんてスマブラ? 

 スリーピングナイツの躍進が止まらない件

 どういうつながりなんだろう

 

「ふっふっふ、何を隠そうエイジさんは俺の師匠だからな」

 

 ?! 

 ま? 

 師匠ってなんの? 

 炎上? 

 炎上の師匠ってなんだよ

 

「数合わせで入っただけだろう。堂々と嘘を吐くな」

 

「いや将来的に弟子入りするんで嘘じゃないです師匠! とりあえずこの後銭湯にでも行って親睦を深めましょう!」

 

「だから距離感の詰め方がエグいんだよ、君は」

 

 なんだかんだ仲良くない? 

 これは時間の問題

 

「みんなー、そろそろこっち視線いいか!」

 

 っと、ディアベルさんがみんなの視線を集めた。

 少し俺たちも黙ってあの人の話を聞かなきゃ。

 

「さて、これでA〜G隊計49人が揃ってくれた。これはSA:O始まってから最大の攻略作戦だ!」

 

 おお、と扉前のメンバーから声が上がる。

 

「正直、オレかなり感動してる! それもこれもユナさんのおかげだ。この場を借りてお礼を言わせてもらいたいと思う」

 

「いえいえ、みんなが賛同してくれたおかげだよ」

 

 ディアベルさんのスピーチは淀みない。こういう場での慣れを感じる。

 ユナが攻略全体の指揮を任せたのも納得できるな。

 

「あらかじめ教えとる通りABC隊がアタッカー、DEF隊がタンク隊、G隊には5体湧く取り巻きを担当してもらうで!」

 

「イルファング・ザ・コボルドロードは厄介な敵だ。体力が一ゲージを割るまで湧き続ける、王を守る兵士。広範囲のソードスキルと重い打撃はまともに食らえばタンクでも危ない」

 

「でも、ワイらが力を合わせればきっと勝てるはずや」

 

「うん、俺もそう思うよ。じゃあ最後は座長に締めてもらおう」

 

 ディアベルさんが一歩下がると、ふわりとユナが浮き上がり、俺たち一人一人に語り掛けるように言葉を紡いでいく。

 

「改めて、今日はみんな集まってくれてありがとう。それと、画面の向こうにいるみんなもね」

 

 ふりふりとユナが手を振ると一気に団員達が加速した。

 お前ら俺たちのチャンネル見に来たくせに……といつもの俺なら言ってたところだがユナちゃんに免じて許してやろう。ユナちゃんはかわいいからな。

 

「ソードアート・オリジンが始まって半年。私たちプレイヤーは様々な場所で冒険してきました。でも、そんな私たちでもいままでボス攻略は成し遂げられていません」

 

 でも、とユナが続ける。

 

「私たちは? 勝てない? あきらめる? まだ、この世界を冒険はここまで?」

 

 誰もその質問には答えなかった。だが、その瞳はみな同じ答えを宿していた。

 そんなわけあるか、だ。

 

「そう! 私たちはまだ満足なんかしてない! だから私たちは勝たなきゃいけない! 

 敵は強い、でもここにはみんながいる! オリジンの世界を―――はじまりの大地を踏破せんとするトップランナーたちが! 

 いまこそ、みんなでボスを倒して、そしてその先にある新たなステージへと踏み出そう!」

 

「「「「 おおおおおおっ! 」」」」

 

 ユナの声に合わせて歓声が上がった。いや、それはこれから戦地に赴くものたちによる鬨の声だったのかもしれない。

 地面が揺らぐようだ。

 思わず声をあげてしまうような、カリスマがユナにはあった。

 

 なので俺も上げよう。

 

「うおおおおおおおっ!」

 

「ヒロがガチすぎてなんか怖い」

 

「馬鹿野郎今あげない方が将来的に後悔するのは見えてるんだよ!」

 

 団長ってユナのオタクだったんだ

 ウソダドンドコドーン! 団長は特オタオンリーだと思ってた

 でもかなりコールに気合入ってたナ……

 だいぶ好きなのでは? 

 

「いや好きじゃないが????」

 

「はいはい分かったから」

 

「そういえば、エイジさんは私たちと一緒に取り巻きの相手でよかったんですか? ルーキーの私たちはともかくエイジさんはあんなにお強いのに」

 

「僕はユナの護衛だからね。それにユナの戦い方はボスから最も遠い位置にいるのが好ましい」

 

「……?」

 

「まあ君たちが気に回すほどのことじゃないということだ。ほら、戦いが始まる、構えるといい」

 

「あ、はい!」

 

 各々が武器を構えると、ついに扉が開け放たれる。

 

 

《 Illfang The Kobold Lord 》

 

 

「行くぞ! 総員散開!」

 

 でっぷりと肥えた狼のような獣人、イルファング・ザ・コボルドロードは扉を開けて入ってきた俺たちに吠えた。

 ディアベルさんの指揮のもとに動くプレイヤーたちに迷いはない。

 曲がりなりにもユナ―――正確には企画したらしいエイジさんに直接声をかけられただけはあるということなんだろう。

 

 コボルドロードか。なっついなー

 ボス戦今やってるんだ

 行きたかったけどさすがにこの距離で駆けつけるのは無理だな

 地方民の悲しみ

 見た目はあんまアインクラッドと変わってないナ

 お、センチネル出てきた

 

「うっし、俺たちだって負けてられねえな」

 

 いつものように腰のバスタードソードとリアルのタッチペンをリンクさせ、抜刀するとイルファングを守るように立つ五体のコボルド・センチネルたちに相対する。

 

「みんな敵の分配だけど──」

 

「2体は僕が一人でやる。あとの3体は君たちで好きに分けろ」

 

「2体って、あの俺たちは一応七人パーティで」

 

「問題ない。ああ、君たちに自信がないのなら全部一人でやってもいいが……」

 

「む、俺たちだってアスナさんに認められて来てるんですよ。半人前扱いはやめてください」

 

 一秒、もしくはそれに満たない短時間、エイジさんは俺を見下ろしていたが、やがて興味も失せたように「まあいいだろう」とこぼした。

 

「なら任せる、スリーピングナイツのお面の団長君」

 

「俺にはヒロってプレイヤーネーム(なまえ)があります。いちいち長ったらしく呼ばないでくださいよ」

 

「……名前を呼ぶにふさわしいならいつでも呼んでやるさ」

 

「師匠も冷たいっすね」

 

「だから僕は君の師匠じゃない」

 

「ならどうしたら師匠になってくれるんすか」

 

「僕が知るか。それくらい自分で頭を回すんだな」

 

 エイジさんは俺の答えも聞かずに駆けだした。

 昏い紫の残影をまとう姿は、騎士というよりも暗殺者や死神という方が似合いそうだ。

 

 自分で、か。

 ならやっぱりユナと話した通り、俺のことを認めさせるしかないわけだ。

 

 わかりやすいな。沸いてきたぜ。

 

 団長前前! 

 敵きてるゾー

 手をワキワキさせてる場合じゃないって! 

 

「ヒロ前見てっ!」

 

 ランの声……ってうわセンチネルが! 

 あわてて体をそらすと目の前を剣が通り過ぎていく。

 

「っぶね~~」

 

「まったくなーにぼんやりしてんのよ」

 

「私とリズさんで一体は引き受けるから残り2体はスカレッドたちに任せるよ」

 

「助かる。あ、あとスカレッドって呼ぶな」

 

「はいはい、お面の団長くん!」

 

「それもやめろっての」

 

 いかんいかん、雑念はカット。

 

「ユウキ、ラン俺たちも行くぞ! 流れはいつも通りだ! トチるなよ!」

 

「だいじょーぶ! いまのボク中学の修学旅行の前の日くらいワクワクしてるから!」

 

「それってすごく忘れ物が多いってことになるんじゃ……」

 

「かえって心配になってきたな」

 

 かわいい例えだな・・・

 ラン姉ちゃん、後は頼んだ

 修学旅行前の絶剣と厄介炎上特オタ団長かあ

 団長はいつも通りな件

 団長はいつも不安だもんなあ

 なあんだいつも通りじゃないですか

 

「やかましいわい―――ユウキ!」

 

「おっけー! スイッチ!」

 

「二体目弓で一瞬ひるませるよ!」

 

「ピナ、フレイムブレス!」

 

「きゅ~~~くわあ~~~!」

 

「はいはいあたしは盾ね。戦いは得意じゃないんだけどね……」

 

「さっきのやつらより踏み込みが二センチ深い……なら、片手斧の方があってるな」

 

「E隊前に出すぎだ! あとA隊が正面にいるうちにB隊は側面に回り込め!」

 

「ゲージ残り一本になると武器持ち替えや、タイミングはディアベルはんの指示があってからやからな! 気ぃつけや!」

 

 キバオウはん! 

 なんでや! ここスリーピングナイツのチャンネルや! 

 せやかて工藤

 おお、ヒロが留めたのをユウキが倒して残りをランが射撃で抑えてる

 うわ今のエイジバク宙してそのままmobに足で短剣さしたぞ

 変態すぎて草

 

「ヒロ背後から来てるよ!」

 

「わーってる! 来いやぁ!」

 

 今回の俺は盾だ。盾役の役割は、叫ん(ハウル)で、センチネルのヘイトを俺に向ける! 

 

 センチネルの剣と俺の剣とが甲高い音を立てて鍔ぜりあうとリアルの俺にもタッチペンを通して圧がかかる。

 

 う、ぎぎ、重い……。

 

「ヒロボクも手伝うよ!」

 

「いやユウキはもう一体がランの方に行かないように距離とっててくれ!」

 

「でもヒロ――」

 

 何か言いかけたユウキがふと遠くを見た。

 前線のコボルドロードかと思ったが、違う。

 いやむしろその反対、もっと後ろの方を見ているような―――。

 

 どこみてるんだ

 後ろの、あれユナ? 

 歌が流れてる、ああ、いつものだな

 いつもの? 

 団員さんユナは初めてかい。はじまるんだよ、ライブがな

 

「ふふっ、みんなやる気十分だね! じゃあ私もそろそろ歌っちゃうよ!」

 

 ユナが空高く手を掲げ、ぱちんと指を鳴らす。

 

「ミュージック、スタート!」

 

 音が紡がれ、メロディが躍る。

 プレイヤーとコボルドとが死闘を繰り広げる舞台が『歌』という一つだけで、ライブステージへと変えられていく。

 

手に入れるよ、きっと──!」

 

 ステージはプレイヤー(かんきゃく)に力を与える。

 

 音階は光に、声は彩る絵の具に、すべてを束ねた芸術は俺たちの力となる。

 

「うぇえ?! なんかユナちゃんの歌がなんか光の雨みたいに降ってくるよ?!」

 

 いやそれだけじゃない。なんか雨を通して攻撃・防御すべてにバフがかかってる。

 

「──今なら、センチネルを押し返せる! ラン!」

 

「射撃で誘導するよ!」

 

「助かる! ユウキスイッチ行くぞ!」

 

 っしゃおら! よし、弾けた! 今なら腹の奥まで切り込める。

 

「ユウキ!」

 

「任せて―――バーチカル、アークっ!」

 

 ユウキと反転するように入れ替わると、そのまま垂直2連撃ソードスキルがVの字のライトエフェクトを描き、センチネルがポリゴンになって消えていった。

 

 おーグッジョブ! 

 なんかユナが歌い始めたら全体にバフかからなかった? 

 ありゃあユナの《吟唱》スキルだナ

 kwsk

 SAO時代にもあったレアスキルだヨ。基本魔法がないアインクラッドで唯一他人にバフをかけられるとがったスキル

 最強では? 

 ところがそうでもないのだよ。《吟唱》スキルは確かに強い。しかしそれゆえに弱点も存在する。歌うだけで範囲内のすべてのプレイヤーにバフをつけられるという能力はある程度のメロディ、オリジンで言うと約30秒程度の『歌』と認められる音階の維持が必要だ。まあつまりAメロくらいうたわないとバフはつかないわけだね。さらにはバフの持続時間もスキル使用者の歌唱後1~2分に限定される。まあ正直こんないつ終わるかもわからないバフに頼るよりは普通に戦えるプレイヤーを増やした方がましだろう。ただそうさせないのは近くにいる武器を使い分けている彼か。彼がいるから彼女も安心して歌える……いい信頼関係じゃないか

 オレっちの仕事取りやがった……

 長文解説ニキ!? 

 来ていたのか! 

 

「お前ほんとに突然沸くな!」

 

 あれ、ニキー? 

 そして誰もいなくなった

 

「お前はだれなんだよほんと!!」

 

 答えはない。コメント欄なので当然だ。

 いやそんなことよりこのメロディライン、力強い歌声で彩られる歌詞、聞き間違うはずがない!! 

 

「ろ、longingの生歌だあああああああ! 嘘だろ?! ああああああこっち見たこっち見たこっち見たぁぁぁああああああ!」

 

「ああもうヒロセンチネルが来てるってばぁ!」

 

 団長……? 

 荒ぶるオタクのポーズ

 いつもこんななんだろうか

 

「一応卒業したことにはなってるんですけどね……はあ……」

 

 頭抱えちゃった

 でも弓は寸分たがわずセンチネルの額に吸い込まれてますねえ! 

 ランクオリティ

 どきなさい! 私はお姉ちゃんですよ! 

 

「相変わらずいい歌だ……最高……」

 

「ちょっとぉエイジさぁん!? 敵、敵が本隊に行きかけてますってばぁ!」

 

「ああ、悪い悪い」

 

「ピギィ!」

 

「秒で片付けられるならちゃちゃっとやってくださいよ……」

 

「? ユナの歌よりも優先されることはこの世界にはないだろう?」

 

「……やっぱり団長(ヒロ)とエイジ似てんじゃないかしら」

 

「どこがだ。ユナの歌に聞き惚れてただけだぞ僕は」

 

「うーんそういうとこ」

 

 似て……似て……る……? 

 腕があって髪があって目と鼻と口がついてる当たりにてますね

 でも団長の顔はお面でみえないからそれはわからないからなあ

 

「師匠! 見てましたか今の! 俺一人で乗り切りましたよ!」

 

「見てない。ユナを守るのに忙しかった。あと僕は師匠じゃない」

 

「ご無体な……」

 

 ボス攻略は順調すぎるくらいに進む。

 プレイヤーの最低限の技量が高いのはそうだが、この安定感はユナの《吟唱(チャント)》スキルにあるように思えた。

 

諦めたことを、諦められずに。振り返るのはもう終わりにしよう

 

 ユナが歌い続ける限り俺たちは永続的に攻撃と防御のバフがかかる。

 これは原則魔法のないこのゲームにおいては相当のアドバンテージだ。

 願わくばこのまま順調に進んで欲しいものだが。

 

「ディアベルさんたちは……」

 

 いいペースで削れてるなあ

 残りのHPバーは一本と二本目が2割残しくらいか

 っぱバフありつえーわ

 デブのくせに攻撃速いね。リアルであれ対応すんの無理だわ・・・

 ALOならワンチャンある

 いやーディアベルの指揮あってこそだろ

 こういうの見てたら俺もオリジンのレイドやりたくなるな

 

 たしかに攻撃は速い……が、あのくらいの速さならぎりぎり俺の目でも追えそうだ。一番ノってる時のユウキより少し遅いくらいかも。

 昨日見たSAO時代の攻略動画だと体力ゲージがラスト一本になったらタルワールから刀に持ち替えて、喉元の鎧が外れて弱点部位を狙えるようになるんだったかな。

 そうなると沈み込んでの跳躍加速が厄介になる……そうそう、ちょうどあんな感じで柱を蹴ってこっちに加速するんだよな。

 

「……んん??」

 

 なんか、団長を見てね?

 やべえぞこっちきた! 

 

「馬鹿! ユウキ君そこのお面を引っ張って急いで下がれ!」

 

「! わかった!」

 

「ちょま―――」

 

 ユウキが俺の服の襟をつかんで引っ張ると目と鼻の先をコボルドロードのタルワールがかすめていく。

 

「せーーふっ! ヒロ無事!?」

 

「あ、ああ……ニチアサで敵の攻撃に吹き飛ばされて川に落ちた人くらい無事だぜ……助かった」

 

「なんかよくわかんないけど無事ならいいや!」

 

「ほっ、ヒロとユウは平気そう。シリカさんとリズさんは……」

 

「こっちもなんとか無事だ。女性二人はさすがに重いけどな」

 

「ちょっとー! 女性に重いはないですよエイジさん!」

 

「そういうデリカシーないこと言ってたら団長になるわよ」

 

「それは……勘弁願いたいな」

 

 史上最大の侮辱

 ガチでいやそうな顔しててるw

 リズさん団長呼び……ははーん、さては団員じゃないか? 

 

 だが、コボルドロードの攻撃はそこで終わらない。

 今度は下から上へと切り上げるように歪んだ刃が振るわれる。

 

「さすがにもうやられねえよ!」

 

「ヒロ!」

 

「お前は出なくていい! 下がって息整えてろ!」

 

 ユウキの一歩前に出て相手の剣戟にソードスキルを合わせ―――重いなくそっ! 

 

「上出来だ。そのまま耐えてろ」

 

 背後から槍が飛来し、コボルドロードのたるんだ腹に突き刺さった。

 

 いや今俺の頬にかすってった! いやでもおかげで今なら弾ける! 

 

 ならこのままユウキにスイッチを―――いや、あれは、黒い影が、来てる。

 

 エイジ! 

 でも今武器投げたろどうすんだ

 

「《体術》スキル単発技―――閃打」

 

 コボルドロードぶんなぐったぁ!? 

 かっけえええ! 

 しかもそのまま足で落ちてた槍跳ね上げて攻撃し始めてる

 へ、へんたい・・・

 

「ディアベル、そっち返すぞ」

 

 武器持ち替えmod(クイックチェンジ)槍を片手剣へと変えると二連撃、最後におまけとばかりに蹴りでひるませ、近くまで来ていたディアベルさんたち本隊に押し付ける。

 

 ほ、ほとんど一人でなんとかしちまった。

 

「さ、さすが師匠! やっぱりめちゃくちゃつええ!」

 

「僕は師匠じゃない。ええい、だから寄るな!」

 

「おう悪かったのう。そろそろランダム行動が出るころやったんや。……と、なんや弟子とったんか」

 

「馬鹿言うのはやめてくださいキバオウさん」

 

「かかか、なんや違うんか。ワイはおもろいと思うんやけどな」

 

 こちらに走ってきたキバオウさんが豪快に笑って、俺たちG隊と本隊を見比べる。

 

「もう取り巻きは片付いたみたいやな」

 

「うっす。今はとりあえずリポップ待ちです」

 

「頑張っとるみたいやな。他はどした?」

 

「シリカとリズさんはあっちでセンチネルと戦ってますけど、たぶん問題ないっすね。ユナさんは一番後方でまだ歌ってて、ウチのランは弓で援護中、ユウキは……あの感じ息整えつつ団員と話してるかもですね」

 

「了解了解。この分だとG隊の方の心配はいらなさそうやな。エイジもあいかわらず一人で無茶苦茶しとるしのう」

 

「どっかのブラッキーほどじゃないさ」

 

「あいつの話はやめいやめい。思い出すだけでサムくなるわ」

 

「そこは同感だよ、キバオウさん」

 

 ブラッキー先生何してるんだろうね

 SAO同窓会

 SAO未経験のワイ、低みの見物

 

「ブラッキー?」

 

「ま、ヒロ、ジブンは覚えんでもいい奴や。ここんところ何しとるのかもわからんしな」

 

 やれやれと肩をすくめるエイジさんと、苦々しげに吐き捨てるキバオウさん。

 

「そんなことよりランダム行動が入ってくるのならHPバーは残り一本なんでしょう? 武器は確認したのか?」

 

「それはディアベルはんがいの一番に確認したで。刀で間違いあらへん」

 

「さすがアインクラッド軍のリーダー。行動が的確だ。助かります」

 

 ディアベルはイルファングに痛い目見てるからなあ

 ベータから変更は確かにありがちだけど不意つかれると仕方ない

 

「ディアベルさんが、痛い目?」

 

「あん? ああ、視聴者コメントか。ま、ワイらも若かったってとこや。ゲームの中のことやから今では笑い話やけどな」

 

 じゃあ、ワイは戻るわ、と言い残してキバオウさんが前線に帰っていく。

 

 話を聞く限りこの後の対応はばっちりって思っていいのかな。

 けどなんだろう、それにしてはエイジさんが浮かない顔をしてる気がする。

 

「師匠何か心配事でもあるんですか?」

 

「僕は師匠じゃないが……少し順調すぎる気がするのが引っかかる」

 

「順調すぎる?」

 

 どうしてだ? 順調になるようにメンバー揃えたんだよな。

 

「これは僕の体感だが、オリジンには基本オリジンだけの工夫が入れられることがある。前作からの追加要素といってもいい」

 

 追加要素。

 そういえば団員もネペントを燃やして倒した時かなり驚いていたが、ああいうのだろうか。

 

「だが、今のところこのボスにはその追加要素が見当たらない。だから、もし仕込まれてるとすればそれは……」

 

 エイジさんの目線が遠くへと移る。

 その先には、今まさに体力ゲージが残り一本になろうとしているボスがいる。

 

 つまり、それは……。

 

「体力ゲージが、残り一つになった時?」

 

「だろうな」

 

「すげえ気づきじゃないっすか! はやくディアベルさんたちに伝えに行きましょうよ!」

 

「馬鹿だな。そんなのあの人もわかってて気をつけてるに決まっているだろう。だからタンクを多めにして部隊を編成してるんだ。何が起きても守り切れるようにな」

 

 あ、そうか。

 俺程度が思いつくことはそりゃディアベルさんだって対策とってるか。

 

「よし、今だ! 体力ゲージをラス1にするぞ!」

 

「っしゃあ! いくでぇ!」

 

 ディアベルさんの指示のもとプレイヤーたちが一斉にボスにソードスキルを叩き込むと、コボルドロードが今まで使っていた斧と盾を投げ捨てる。

 そのまま、空いた両手はそのまま腰の刀を抜き放つ。

 

 聞いていた通りだ。

 師匠の不安は杞憂……まて、なんだあのモーション。

 

 コボルドロードは、何を思ったかそのまま渾身の力で()()()()()()()()

 

 突き刺し? 

 イルファングにこんなモーションあったっけ

 見たことねえナ

 

 目に見えてエイジさんの顔色が変わる。

 そして前線のディアベルさんもまた、その不穏を感じ取ったようだった。

 

「ユナ下がるぞッ!」

 

「エイくん?! ちょ、私アバターだからつかめないって!」

 

「っ、みんな横によけるんだ!」

 

「えっ、でもディアベルさんタンクでガードするって……」

 

「いいから避けろ! このままじゃまとめてみんな死ぬぞ!」

 

 一秒だった。

 コボルドロードが地面に剣を突き刺し、目が光る。

 その間に前線のプレイヤーの多くはディアベルさんの指示に従い、コボルドロードの正面から退避するため走り出す。

 

 俺もまた近くにいたユウキを庇うように防御の姿勢を取ろうとする。

 

 けどそれ以上の対応をコボルドロードは許してくれない。

 

 

「GYAAAAAAAAAA!!」

 

 

 咆哮。そして、俺の体を飛来してきた無数の武器が斬り刻んだ。

 

「―――なっ」

 

 痛くはない。だが、確かに「斬られた」という感触が体に伝わる。

 

「ヒロっ!」

 

「平気だ! それよりユウキは攻撃食らってねえな!」

 

「う、うん。ヒロがとっさに前に出てくれたから……」

 

 ならいいんだ。俺はどっちかっていうと防御寄りのステ振りしてるからお前が食らうより軽傷だ。

 俺なんかのことより他、特にランはどうなった。ボスからは離れてたから大丈夫だとは思うが。

 

「あ、ランありがと……」

 

「いえ間に合ってよかったですリズさん」

 

「攻撃が来る前にあんたが走ってきてくれなかったら危なかったわ……」

 

「たまたま近くにいただけなので。お気になさらず」

 

 うん、楽勝だったな。さすが藍子。自分どころかリズさんまで助けてた。

 

「きゅくる~!」

 

「あ、ありがとうピナ!」

 

「エーくんごめん私のせいで体力が減って」

 

「それ以上はいい。どれもかすり傷だ」

 

「大丈夫じゃないって! はい回復クリスタル! あ、それともこの前クエストボス倒したときに出たエリクサーがいい!? ほかにも食べたら回復するサンドイッチとかいろいろあるよ!」

 

「ああ、ポーションでいいから! それは前線の方のやつらにでも使ってやるべきだ!」

 

 またユナがエイジといちゃいちゃしてる

 団長は体力半分は減ってるのにエイジは一割しか減ってないのやば

 ほとんど剣ではじいてたしなぁ

 

「ラン!」

 

「ヒロ、それにユウも。これどうなってるの?」

 

「わかんねえ。ただ、いま()()()()()()()()()()()()

 

 こんなの昨日チェックしたSAO時代の動画には一つだってなかったものだ。

 

「私の目にはどっちかっていうと地面からせり出した剣とか斧とかが襲ってきたように見えた」

 

「じゃあ今生えてるのは、まだ飛んできてない分ってとこか」

 

 どっちかっていうと仮面ライダー鎧武の極アームズの武器射出攻撃に近いのかもな。

 

 地面に武器が刺さってる

 あれなんだろ。ボスの近くほど武器が多いから団長のいる距離だと武器あんま見えないんだよなー

 斧にタルワールに野太刀。どれもイルファングが使う武器だナ

 それなんて無限の剣製? 

 いや七人の侍では? 

 まあたふっるい映画を

 

「いやどっちかっていうとアークワンとアークスコーピオン戦じゃねえか?!」

 

「はいはいヒロは早く回復ポーション飲む」

 

「しかしだなラン、もが」

 

 口にポーションを突っ込まれた。

 

「ねえ、ヒロヒロ、ボク思い出したことがあるだけどいい?」

 

 思い出したこと?

 

「さっきシリカさんたちと話してた時にシリカさんは『ボス部屋には歴代のコボルドロードを描いた壁画がある』って言ってたんだ」

 

「壁画? でも、この部屋にはそんなの一つもないぞ?」

 

「うんそうなんだ。だから、いまのコボルドロードって、ヒロが動画で見たやつとか、SAOプレイヤーの人たちが戦ったボスとはよく似た別()()()()()なんじゃない?」

 

 どういうこと? 

 確かにアインクラッドの壁には一面コボルド王の絵があったよ

 でも今ないじゃん

 ならあいつイルファングじゃないの? 

 まさか、初代カ? 

 

「初代? まさかあいつが()()()()()()()()()とでもいうんじゃないだろうな?」

 

「そんなのボクに聞かれてもわかんないよ! なんか違和感あるなーって思っただけだし」

 

「ううん、ユウはきっとあってるよ」

 

 言い訳するようにモゴモゴ言うユウキの言葉をランが遮った。

 

「ヒロ、ユウ、あのボスの名前見て」

 

「? そんなの最初に見ただろ。イルファング」

 

「──っ、違うよヒロ! 姉ちゃんの言う通りよく見て! あれ()()()()()()()!」

 

 書き換わってるぅ? 

 というか俺お面のせいでよく見えないんだよな。それでなくても木綿季たちより目が悪いし。

 

 あの小指の先くらいの文字読めるんだ

 なんかイルファングからメキメキ音なってる? 

 心なしか腹も引っ込んでいるような・・・

 

 ここまで露骨になると俺でもわかる。

 音を立てながらボスの体が変わっていく、変形……いや、これは。

 

「変身、してるのか?」

 

 肥えた体は筋骨隆々の巨体に。

 狼らしい牙、無手の両手の爪が残虐な光を宿す。

 キバオウさんたちが言っていた弱点となるはずの喉元には古傷一つない。

 

 そして、その周囲にはボス部屋を埋め尽くすかのような無数の武器が並んでいる。

 

 レイドの全員が見つめる中、『王』の名前が顕現した。

 

 

《 The Kobold Lord:Origin 》

 

 

はじまりのコボルドの王(ザ・コボルドロードオリジン)だと──!?」

 

 ユウキちゃんの予想ばっちり的中してるーー!? 

 うわー、カムラぜんぜんアーガスにおんぶにだっこじゃないじゃん

 ここで初代のコボルドロードとか見せてくれるのか! 

 これオリジンこういう感じでアインクラッドの前の時代がっつり書く気なんじゃ

 おいおい動き出した! 

 前線対応できるか? 

 

「キバオウ何人やられた!」

 

「五、六……七人や! 正面におったD隊のタンクとB隊のアタッカーがいきおった!」

 

「ならまだ立てなおせる! D隊のアタッカーはB隊へまわれ!」

 

「りょうか―――うわあっ!」

 

 はじまりの王が、動く。

 

 地面を踏み加速、それだけで半壊していたB隊に肉薄し、近くに刺さっていた野太刀を抜いて、一閃。B隊を蹂躙する。

 

「うわああああっ!」

 

 B隊の残っていた四人のアバターが刀の範囲ソードスキル《旋風車》に巻き込まれてぼうっとした半透明の影に代わる。オリジンでHPが0になった証だ。

 

「今度は俺たちに来やがった!」

 

「でも野太刀で攻撃してくると分かれば―――な、武器を持ち替えて」

 

 だが、終わらない。

 コボルドの王は刀を投げ捨てると加速して、今度は斧を手に取ってD隊の生き残りに向けて叩きつけのソードスキルを発動する。

 

「す、すまんディアベルさん」

 

 D隊のメンバーがポリゴンとなって消えていく。

 

 それなのに、まだ止まらない。

 コボルド王がまた武器を捨てながら加速していく。

 

 狙われたのは、先ほどの指示でコボルドロードから逃げた時にほかのプレイヤーから離れてしまったE隊だった。

 

 速すぎんだろ、あんなの間に合うわけねえ! 

 いや待て、あそこで盾を構えてるのは……! 

 

「もうオレのミスで仲間を死なせるのはごめんだっ!」

 

「ディアベルはん!!!」

 

 うおおおおあそこから間に合ったぞ! 

 さすがすぎる

 気持ち的だけでなく正真正銘ナイトじゃん!! 

 

「スイッチ、キバオウ前に出ろ!」

 

「おっしゃぁー! まかせ、うおっ、また移動かいな!」

 

「っ、やばい。スリーピングナイツ今度はそっちに行ったぞ!」

 

 コボルドロードが疾走しながらそばにあったタルワールを引き抜きライトブルーのライトエフェクトを纏わせる。

 

 俺が、俺がやらねえと―――! 

 

「下がってろユウキ! ラン!」

 

 発動させるのは、アバランシュ。両手剣の突撃技、今なら正面からぶつかって相殺できるはずだ。

 

「グ、ルワオオオオオッ!」

 

「う、おおおっ!」

 

 視界の赤いライン、これをなぞりながら最速で全力のソードスキルをぶつける。

 

 甲高い音が響き、取り巻きのセンチネルと比べられないほどの圧と振動が手に伝わってくる。

 やばい、やっぱ俺だけじゃ、押し返せない、かも。

 

「スラントっ!」

 

「ラピッドシュート」

 

 紫紺の剣閃と藍色の光線が走った。

 

「もうヒロ先走りすぎ! ディアベルさんでぎりぎりだったのにヒロだけでなんとかできるはずないでしょ!」

 

「そうだよ! もーほんとうさ!」

 

「っ、悪い」

 

 三人分のソードスキルを食らったタルワールが押し返されると一瞬でコボルドロードは俺たちの攻撃の届かないところへと移動する。

 

「大丈夫かスリーピングナイツ!」

 

 その隙をついて肩で息をする俺たちのもとにディアベルさんたち本隊がやってくる。

 近くにはシリカとリズさんと、エイジさんにユナもいるな。

 

「ごめん私たちもなかなか手を出せなくて」

 

「きゅくる~……」

 

「で、エイジは何してたわけ」

 

「ユナをここまで連れてきていたんだ。あれだけの速度だ、正直もう後ろで僕が守ってればいい状況じゃなくなった」

 

「ごめんねみんな! 今すぐ防御と自動回復の吟唱(チャント)するから」

 

 ユナが歌い始めると視界の端にいくつかのバフアイコンが表示され、じわじわと体力が回復し始める。

 体力回復はありがたいが……これでさっきまでの攻撃バフはなしか……。

 

「とりあえず全員背中合わせで円になれ! 散ってたら穴を狙い撃ちにされるぞ!」

 

「わかりました―――って、きたきたきたきた来ちゃいましたぁ~! 私とピナ狙われてますぅ~!」

 

 シリカがピナを抱きしめて悲鳴を上げる。

 

「ディアベルはんひとまずワイらE隊がタンクを引き受ける。その間に対策頼むで!」

 

「―――っ、すまん、助かる!」

 

「ふっ、そう不安そうな顔しなさんな。ワイはあんたの副官やで?」

 

 そういってキバオウさんはコボルドロードに向かっていく。

 キバオウさんも熟練プレイヤーというだけあってその立ち回りは見事なものだが、斧、曲刀、刀とソードスキルを使い分けてくる敵にはどうにもやりにくそうだ。

 コボルドロードの高い火力と目で捉えるのも難しいスピード故に、ソードスキルでの攻撃の相殺もできていない。

 あまり長くは耐えられないかもしれない。

 

「今の生きてるメンバーでタンクができるのは……俺を入れて六人ってところか」

 

「……それは」

 

 吟唱をひと通り歌い最低限のバフを確保したユナの顔が暗くなる。

 あまりにも少ない。もう最初の半分以下の人数だ。

 

「時間がないから手短に言うが、俺の立てた作戦では、ARということも考えてソードスキルによる相手の攻撃の封殺よりも、盾でしっかり防いでいく方針を取っていた。

 体力消費は厳しくなるが3部隊いるなら十分回せる範囲だと思ったし、現に途中までうまくいっていた」

 

「だけど今はもうタンクの残りは2部隊で、片方は今かなり無理してる。つまりもう、さっきまでの作戦でコボルドロードとは戦えないということだな」

 

「その通りだよ。悔しながらね」

 

 ディアベルさんが苦しげにエイジさんの言葉を肯定して、ユナに向き直った。

 

「――ユナさん」

 

「は、はい」

 

 そして、今回指揮を任された者としてその言葉を告げた。

 

「この人数であのコボルドロードオリジンを防ぎきるのは無理だ。

 指揮担当として、撤退、もしくは玉砕覚悟の特攻を提案する」

 

 自分たちの敗北を認める、その言葉を。

 




 
《コボルド王》
初見殺し能力で暴れ回ってる。

《ディアベル》
力不足を感じてるが、認めなければならない。

《キバオウ》
いぶし銀。

《ユナ》
どうすべきか迷ってる。

《エイジ》
ユナのマネージャー兼ボディーガード兼プロデューサー兼幼馴染。
師匠ではない。

《ヒロ》
敗北を前にどうしたらいいか分からず成り行きを見ている。

《ユウキ》
じっと、どこかを見ている。


コボルドロードの壁画とかのあれこれはSAOP星なき夜のアリアコミックを読んだりすると載ってたりします。

ボクっ娘世界において、コボルドロードの世代交代はとある偏屈学者のおつかいで見にいくというシリカなどの中層プレイヤー向けクエストで触れられるのですが、攻略組だったディアベルたちはそのクエストをやってないから知らなかったりします。
今回もどこかに頼れる情報屋でもいれば違ったんでしょうが、なかなかリアルにはいないものですね。


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仮面ライバー大戦2027(なお仮面をつけてるのは一人とする)(前編)

 
タイトルは変わりましたがまだ10話の中ということでどうか一つ。
オールキャラ集合映画みたいなもんとでも思っていただければ……。



 

 

 

 リズさんに「エイジとヒロは似てる」と言われたとき、どこかで納得した自分がいた。

 

 始めた時期の差はあれ幼なじみが配信者をしているという点。

 配信の準備は基本一人でしてるらしいこと。

 オリジンというゲームを舞台に選んで、この世界を冒険していること。

 

 そして、自分のことが嫌いらしいこと。

 

 僕は後沢鋭二という人間が好きでもなければ、ノーチラスというSAO時代の僕もまた好きではない。

 ユナ―――重村優菜が将来の夢に悩んでいるとき僕は何もできなかった。

 そしてSAOの中でも彼女の体力バーが減っていくのをただ見つめるしかなかった。

 ゲームの中だったからよかったものの、あれが現実でそのままユナが死んだらと思うと、僕は自分を死ぬまで許せないだろう。

 

 だから自分を鍛えた。何があってもユナを守れるように。

 その結果フルダイブ不適合は乗り越えたし、当時いた血盟騎士団でも一軍に入れるまでになった。オリジンになってからもユナを死なせたことなんて一度もない。

 

 それでもやっぱり僕は今でも自分のことを認めてやれない。

 

 これは変わらない。一度深く心についた傷は、そうやすやすとは乗り越えられない。

 きっと僕は死ぬまで自分のことを嫌い続ける。

 

 そしてそれはきっと『彼』もそう。

 

 こう言うと知り合いに引かれるが、僕はユナ相手に炎上した相手のことはだいたい覚えているし、そのあとの顛末も含めて調べている。

 いやだって仕方ないだろう。中にはそういう中からこじらせてユナに絡んでくるやつもいるんだから。

 

 彼もその中の一人。

 だから初めて見たときでも「ああこいつはユナ相手に炎上したやつだな」とすぐに思い出した。

 

 配信の中で時折彼は自分のことを「クズでカス」と笑いながら卑下する。

 正直ああいうのはマイナスでしかないからやる意味はないと思うが、まあ言わずにはいられないんだろうな。

 彼もまた、なぜかは知らないが自分のことが嫌いなんだ。

 言いたくなる気持ちは少しだけ、理解できた。

 

 ああ、でも僕を師匠という理由は全くわからない。

 大して仲良く話してもないのに、まったく僕の何がそんなに気に入ったのか。

 

 そういえば、でもユウキ君はアイドルのユナに、ラン君はリアルの優菜に似ている気がするな。

 そのせいかあの二人といるときは少し甘くなってしまう気がする。

 

 あの二人と話す彼に、昔の情けなかった自分を重ねてしまう。

 今ならもっとやれるのにという後悔が先立ち、彼を見るたびに厳しく当たってしまう。

 僕とユナの、もしかしての可能性がそこにある気がして。

 

 だからだろうかユナも含めたすべてのプレイヤーがあきらめかけている中、僕はスリーピングナイツを見ていた。

 ユナに似てる彼女たちが何を思うのか。そして、僕と同じ立場にいる彼がどうするのか。

 無力な自分のやりたかったこと、ユナが苦しむとき僕は力になってやれなかったが、彼はどうなのか、それを見極めたかった。

 

 このままじゃ終わってしまうぞ、君と君の幼なじみの大舞台が。

 

 どうする、君は。

 

 

 

 

 

「この人数であのコボルドロードオリジンを防ぎきるのは無理だ。

 指揮担当として、撤退、もしくは玉砕覚悟の特攻を提案する」

 

 撤退か特攻!? 

 思い切りよすぎて草

 でも残りのボスの体力的にワンチャンみんなで囲んじゃえば倒せるかも

 でもあれに攻撃当てるのは厳しいだろ

 いやでもエイジいるんだぞ? ワンチャンあるって

 厳しいだろ。ここは撤退。コボルドロードのギミックわかったから次は確実に倒せるし

 面白くなってたのになあ

 頑張ってほしいけど無理は言えないかー

 

 団員たちは盛り上がってるけど、攻略の場にいればわかることもある。

 おそらく俺たちがこのまま特攻してもイルファングには勝てない。

 まず間違いなく全員ゲームオーバー、奇跡的に生き残れても二、三人が限界だろう。

 

 ならば、もうあとは『どうしたほうが配信的に映えるか』を、このレイドのリーダーであるユナに決めてもらうだけだ。

 

「……」

 

 ユナが瞳を閉じて、薄く息を吐いた。

 考える時間はそれだけで十分だったようだ。

 

「ごめんみんな、今回のレイドは撤退―――」

 

 ああ、やっぱり撤退か。

 そりゃそうか。優しいユナちゃんが俺たちに死ねなんて言えるはずもない。

 でも、みんな納得してた。それが一番現実的なのがわかってた。

 

 コボルドロードを見て、あんなのに勝てる方法を今すぐ思いつけはしなかったから。

 

 

「まだあきらめるには早いよ」

 

 

 だからこそ、その拍子抜けするほど無邪気な声はよく響いた。

 そして、その声は俺のすぐ隣のユウキから発されたものだった。

 

 ディアベルさんたちがユウキの方を見る。申し訳なさそうに、諦めをはらんだ目で。

 

 ディアベルさんが口を開けかけ、だがそれより早くユウキは口を開いた。

 

「まだ視聴者のみんな、応援してくれてるよ」

 

 あ。

 

 がんばれ! 

 まだ行ける行ける

 団長はネペントの大群も燃やしてなんとかしたし

 あと一ゲージがんばれー! 

 踏ん張りどころだよ~

 

 ……ああ、ほんとうにユウキはさ。

 

 ずっと、どこかを見てると思ってた。

 俺たちがこれからについて話してる時、もう諦めるしかないというムードになっていた時も、ユウキはどこかをじっと見ていた。

 それはきっと前線で耐えてくれてるキバオウさんや、いままで必死に戦ってきた仲間たち、そして何より応援してくれてる団員の──視聴者の声だった。

 

 俺たちは配信者。

 いつだって、俺たちを見てくれてる誰かの声に背中を押してもらってる。

 

 だけど俺たちはコボルドロードに負けそうでそれを見て見ぬ振りしようとした。

 せめて、どう綺麗に落ち着けるかを考えて撤退と玉砕とを天秤にかけようとしたのだった。

 

 ああ、こっちの方が賢い考えだ。

 俺たち以外はみんな熟練の人たちばかりで、だからこそそういう綺麗な終わり方や次につながる終わりってのをわかってる。

 

 でも、いまは誰もがルーキーの、何もわかってない無邪気なユウキの言葉こそ、正しいんだと心を動かされた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。そんな当たり前が、いま必要なんだと。

 

 ユナが少し屈んでユウキに目線を合わせる。

 

「ユウキちゃんは、まだ私たちが勝てるって思う?」

 

「勝てますよ! だって―――」

 

 いまここにいる配信者、そして視聴者の気持ちを代弁した質問。

 ユナのその問いかけに、ユウキは満面の笑みで答えた。

 いつものように、太陽みたいに、あたたかく。

 

「ここにいる放浪者(プレイヤー)はみんな、この世界を自由に旅する『英雄の卵』なんでしょ?」

 

 覚えてたのかよ、それ。

 一番最初の『スリーピングナイツ』の配信の時、わざわざ説明したのにお前すぐフレンジーボアに戦いに行って、ぜってえ覚えてないって思ってたぞ。

 

 この世界において『放浪者(プレイヤー)』たちは世界を自由に旅する根なし草。

 彼らは時にギルドを作り、仲間と旅をし、現地の人々を助けていく。

 その過程はいつしか『英雄』への道へとつながり、この世界を救う存在と成長していく。

 故に村の人たちは放浪者たちを暖かく迎えてくれる。

 いつか英雄になるかもしれない彼らを、自分たちを守ってくれる英雄の雛たちを信じて。

 

 

「英雄ならこんな逆境らくしょーだよ!」

 

 

 ユウキは思ったことを言っただけだ。俺が教えたことを覚えていただけだ。

 でも、それなのにいまみんなが前を向き始めている。

 

「ふ、ふふふっ」

 

「ユナ?」

 

「すごいね、ユウキちゃん。こーんなまっすぐなセリフきいたら、私も諦めたくなくなっちゃった」

 

「……ま、能天気なのかおバカなのか、ユウキちゃんなら両方かもね」

 

「いいじゃないですかリズさん。私は好きですよー、こういう熱いの。ね、ピナ」

 

「きゅくるー!」

 

「オレたちはゲーマー。逆境を乗り越えるのも醍醐味かもな」

 

 わかる。いまレイドの全員から『撤退』という文字が消えているのを。

 

「さて、じゃあキバオウもそろそろ限界のはずだ。聞かせてくれユウキ君、どうやって勝つつもりなんだ?」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「……」

 

「……もしかしてユウ、考えなしに言っちゃった?」

 

 ユウキがたらたらと汗を流し始める。

 

 草

 絶剣ちゃん?! 

 いやまあユウキちゃんこういうとこあるよね

 そういうとこが可愛いんだけど

 

 じっとレイドメンバーの視線がユウキに集まる。

 

 ユウキが汗を流してわたわたと何かを考えてるのはあまりにも気の毒だ。

 せめて何か俺が変わってやれれば……けど、じゃああんなのにどうやって勝てばいいかなんて……。

 

「……君ならなんとかできるんじゃないのか」

 

 エイジさん。

 

「ユウキ君は君のギルドのメンバーだ。なら、いままでこういう彼女の発言に付き合ってきたんじゃないのか?」

 

「それは」

 

 たしかにユウキがこう言うことをいうのは初めてじゃない。俺だって少なくない数こういう無茶苦茶に付き合ってきたさ。

 だけど、じゃあ今この状況でコボルドロードに勝つ案をすぐに出せるかと言われるとノーだ。

 

 ……でも。

 

「ヒロ……?」

 

 ああ、くそ木綿季のあの目は裏切れねえよ。

 もしかしてって期待と、ごめんって気持ちと、俺ならって信頼が混じった目。

 あの時、あいつら以外全てを敵に回したあの日から、俺はこの目だけは裏切らないって決めたんだから。

 

 息を吸う。

 っし! 腹は決まった。

 

「俺が何とかします。今ここにいるメンバーであいつに勝つために」

 

 ぱあ、とユウキの顔が明るくなる。

 ええいわかったわかった。だからくっつくな。配信中なんだから。

 

「言ったな」

 

 うお、エイジさんがすげえ顔寄せてきた。

 

「本当になんとかできるんだな」

 

「し、しますっ! ……さ、3分くらいいただければ」

 

「だ、そうだがディアベルさん、3分稼げるか?」

 

「厳しいね。オレが前に出て稼げて一分ってところかな」

 

「なら僕も出ましょう。それで二分だ。だがユナは……」

 

「む、私なら平気だよ! いちおう護身用にダガーも使えるし」

 

 ユナちゃんが頬を膨らませたがエイジさんは「ダメだ」と首を振る。

 

「ユナのバフはこのバトルの生命線だ。君が万が一にでも落ちれば戦線が崩壊する」

 

「あたしたちが守るとしますかね。シリカはユナと顔見知りだしちょうどいいんじゃないかしら」

 

「ですね。ピナもいるからいざとなればユナちゃんの回復もできますし」

 

「きゅくるるー!」

 

「助かる。ありがとう」

 

 エイジさんが俺を見下ろした。

 

「わかったな。これは僕らが死ぬ気で絞り出す2分だ。きみが本当に半人前じゃないのなら、死ぬ気で何か案を出せ。できなければ全滅だ」

 

「ッス! 期待には応えてみせます師匠!」

 

「期待はしてないから気負う必要はない」

 

 とーん、とエイジさんが跳躍して、低く構えた。

 

「あと、僕は君の師匠じゃない」

 

 エイジさんが駆けると、ディアベルさんもまた走り出し、残っていた多くのプレイヤーもその背中を追った。

 

 エイジさんたちのことだ。二分は絶対に稼いでくれるはずだ。

 なら俺は絶対に考えを出さなきゃいけない。

 

 任せられたんだ。ユウキの言葉がみんなを動かした。なら、俺だって。

 

 せめて考えるんだ。起死回生の一手を。エイジさんを認めさせるような、何かを。

 

 何か何か何か何か何か何か何か何か。

 

 ―――ぽかり、と頭をたたかれた。

 

「今日、一人で抱え込みすぎだよ」

 

 いつの間にか、隣に藍子(ラン)がいた。

 

「私たち配信始める時約束したよね、三人で一緒だって」

 

 ―――私たち三人は幼馴染なんだもん。ならいっしょにやるのは当たり前でしょ。

 

「困ってるんでしょ? なら頼ってほしいよ」

 

 とんとん、と藍子が背中をさすってくれる。

 

「……で、ユウは何そわそわしてこっち見てるの。来るならおいでよ」

 

「うぇっ、だ、だってボクが言い出しちゃったことだし」

 

 藍子に声をかけられた木綿季が気まずそうに隣に並ぶ。

 

「あの、ありがとう、ヒロ。いつもボクのわがままに付き合ってくれて」

 

「別に、まあ俺だってノリで言ったことだし」

 

「わ、じゃあボクとおそろいじゃん」

 

 にししと笑うユウキに、少し毒気が抜かれてしまう。

 

「……お前、初配信の時の俺のオリジンの説明覚えてたんだな」

 

「あったりまえだよ。ボクがヒロとの思い出、忘れるわけないじゃん!」

 

「はは、おつかいの内容はよく忘れるのにな」

 

「まったくだよ。昨日だってコンビニに行くっていうからきれてた顆粒コンソメ頼んでたのに、忘れてお菓子をたーんまり買い込んじゃって」

 

「ね、姉ちゃんのためにわらびもち買ってきてあげたじゃん!」

 

「それはこれとは話がべつですよーだ」

 

「ずる! ずるだよ!」

 

 一人で始めた配信だった。

 そこに木綿季が乱入してきて、藍子が俺たちについてきてくれて。

 森の秘薬で三人でぎゃーぎゃー走り回って。

 そして、はじめてニコラスに勝てなくて。

 

 もう、ああいう失敗はしたくなくて、こいつらの前では頼りになる俺じゃないといけないって思ってて。

 エイジさんに認められるには俺の力を見せなきゃいけないと思ってた。

 

 全く俺は救いようがないクズでカスだぜ。

 こんな当たり前の、俺は、いや俺たちは『スリーピングナイツ』ってことが頭から抜け落ちてた。

 

「なんでヒロ笑ってるの?」

 

「いや、くく、お前らがあまりにも当たり前のこと言うもんだら、ちょっと笑えてた」

 

「えー! それはヒロが悪いでしょ! ボクらに頼らないでうんうんうなったりしてさ!」

 

「ふふ、頼りになるクールな男のキャラ抜けてないのかも」

 

「ありえる。ヒロってばすぐカッコつけるし。ボクらの前では今更なのに」

 

 はいはいそうかよ。

 

 右手と左手をそれぞれ挙げる。

 片方はユウキに、片方はランに。

 

「半分力かしてくれよ、相棒」

 

 ぽん、とランがやさしめに拳を合わせる。

 

「それをいうなら三分の一じゃない?」

 

 ぱしっとユウキが元気よく拳を合わせる。

 

「そーそー。ボクら三人幼なじみ! ずっと一緒なんだから! 楽しいことも、思い出も、頑張ることだって三等分だよ!」

 

 そうだな。そうだよな。

 

 俺たち三人……三等分? 

 

「ヒロ、どーしたのおなかいたい? もしかして拾い食いとか……」

 

「ユウキ! お前どれくらいセンチネルのソードスキル覚えてる!」

 

「うぇ、えーと、センチネルは曲刀だったから、たぶんほとんど頭には入ってると思うけど……」

 

「オッケー! ラン、この部屋にある武器何種類か覚えてる?」

 

「団員さんの言ったことと私の記憶が正しいなら、野太刀、骨斧、タルワールの三つかな。さすがにどれが何個とかはわかんないけど、ボスは心なし刀を選ぶことが多い気もする……かな。役に立つ?」

 

「十分すぎる、ありがとう!」

 

「ふふ、いえいえ」

 

 三つの武器。足りないタンク。高速で動き回るボス。

 

 繋がった。ドライブ風に言うなら脳細胞がトップギア、リバイス風に言うなら沸いてきたってとこだ。

 

「師匠!」

 

 前線に走る。

 ちょうどボスの攻撃をいなしたタイミングだった前線メンバーが息を整えているところみたいだ。ちょうどいい。

 

「21秒遅刻だぞ。あと僕は師匠じゃない」

 

「おう、来たかスリーピングナイツ! 待たせすぎや!」

 

「サーセン!」

 

「いいじゃないか、キバオウ、エイジさん。この顔だ、何かいいアイデア、浮かんだんだろう?」

 

 へへ、さすが。ディアベルさんだ。

 

 時間がない。手短に話しますよ、作戦は―――。

 

「……無茶苦茶だ。それでいて平均台の上から落ちずに100メートル走るような精密さと、そして何より運が必要だ。あまりにも現実的ではない」

 

「―――それはっ」

 

 話し合えると、いの一番にエイジさんに否定された。

 呆れたように額を抑えつつ、けれどそのあとに一言付け加えて俺を見下ろした。

 

 鳶色の瞳には、どこか侮蔑ではない、何か不思議な色が浮かんでいる。

 

「だが、面白い。やる価値はある」

 

「師匠!」

 

「寄るな。あと師匠じゃない」

 

 つれねえなあ。

 

「この案なら、そうだな。一度部隊を分けよう。キバオウ、できるか?」

 

「おうもちろんや! まかせときや!」

 

「あとユナさんにも連絡を……」

 

「それは僕が行く。ついでにそのまま前線まで連れて来よう。この案は臨機応変な歌い分けならそっちの方がいいだろう」

 

「よし、じゃああとは……」

 

 ディアベルさんが俺たちの方を向いたとき地響きが伝わってきた。

 

 コボルドロードが動いた! 

 集まってる分狙いも正確だ~

 

 クソ、まだこっちは最後の打ち合わせが終わってねえんだぞ! 

 肩をたたかれ……師匠? 

 

「もう悩む暇はない。まずはスリーピングナイツ、任せる」

 

 短い言葉だった。

 けどそれは、エイジさんが初めて俺に向けてくれた信頼だったように思う。

 そんなの、そんなの、期待に応えたくねえわけねえ!

 

「任せてください! 師匠!」

 

「ふ、だから僕は師匠じゃない」

 

「あれいま笑いました? 笑いましたよね師匠! ねえ!」

 

「気のせいだ。ほらさっさと行け」

 

 なんだか今日だけでも、しつこいくらいこのやり取りやった気がするぜ。

 

 師匠とは認めてもらえないけど、それならせめて、その信頼には応えさせてもらいますよ!

 

 剣を抜き、左を見る。弓を手にしたランが頷いた。

 剣を握り、右を見る。剣を手にしたユウキが頷いた。

 

 いつも通りだ。

 

 なら、大丈夫。

 

「行くぞ! ユウキ! ラン!」

 

「おっけー!」

 

「まっかせて!」

 

 うおおおやるんだ

 がんばれー

 エイジにディアベル、キバオウにユナにシリカに……豪華すぎんな! 

 団長たちが向かっていった! 

 ラン姉ちゃんが後ろで援護、絶剣と団長が前で・・・

 つまりいつも通り!? 

 何か案があったんじゃ

 

「ふふ、じゃあ私も! せめて君たちを援護させてもらうよ!」

 

 ユナの歌が、聞こえる。

 

「歌はそう──《 crossing field 》」

 

 声は旋律となり、旋律は歌となり、歌は力となる。

 

 

認めてた臆病な過去、分からないままに──」

 

 

 コボルドロードがこちらに向かってくるのを迎え撃つため、ユウキを伴って走る。

 うお、はっええ! 遠くで見てた時と全然違う! 何の武器とったかもよく見えなかった。

 

 いやあわてるな。俺が目で追いきれないのは織り込み済みだ。

 そのために、ランを後ろに置いただろう。

 

「武器タルワール!」

 

「了解!」

 

 タルワール、なら初弾の攻撃はわかりきってる―――! 

 

怖がってた後ろの自分が現実に今を写す

 

 

「グ、オオオオオオッ!」

 

 縦切り―――ビンゴ! 

 

「ソードスキル、《サイクロン》!」

 

 コボルドロードの唐竹の斬撃と、俺の両手剣ソードスキルがぶつかり空気を弾けさせる。

 

「ぐ」

 

 だが弾くには至らない。

 知っている。このボス戦は相手の攻撃が強くただソードスキルをぶつけるのでは相殺できないのだ。

 

 だから俺は今日何度もつばぜり合いをさせられることになったし、ディアベルさんは相殺ではなく盾で防いでしまう道を選んだ。

 この中で唯一正面から互角に剣戟を交わせたのは、リアルスペックモンスターのエイジさんだけ。

 

 あの人に遠く及ばない俺だけじゃ、こいつの攻撃は防げない。

 

 だから、()()()()()()

 

 

夢で高く跳んだ ──」

 

 

「ぶちあてろ! ユウキッ!」

 

「ふふ、シンプルな指示は、大好きだよっ!」

 

 ユウキのアニールブレードがライトブルーの光に包まれ、加速。

 横薙ぎの一閃は、そのままコボルドロードの剣にぶち当たり、俺たちの身の丈にも迫る巨剣を吹き飛ばした。

 

「ぐ、オオオ」

 

 はじまりの王の進撃が、止まる。

 ソードスキルの中断による数秒の行動不能というオリジンにおいては()()()()()()()()()()()に従って。

 

「っしゃあ! ビンゴぉ!」

 

「ねえヒロいまボク言われたとおりにできてた! ね、ね!」

 

「おうばっちりだ! サンキュ」

 

「うぇへへ~」

 

 おおおおおおっ

 ユウキちゃんにっこにこだ

 ソードスキル二本当てで! 

 オリジンはARだしつばぜり合い起こるのめっちゃ短くないっけ・・・

 それ狙って当てに行ったってこと? 

 コワ~

 さすが絶剣

 これもしかして「ソードスキルを判断する役」と「ソードスキルを止める役」と「ソードスキルをはじく役」で分担してるのカ? 

 

 お、賢いやつがいるな。

 そうだ、俺が思いついたのはずばり、防御の役割の分担だ。

 

 コボルドロードは速い上にダメージは痛いし、ついでに武器も三種類で何をしてくるかわからない。

 だから、攻撃を相殺するときに必要な、攻撃の種類の判断、攻撃を止める、はじくという工程を三人で分けて行うようにした。

 

「俺たちは幼馴染だからな。役割だって三等分ってわけだ」

 

 ふっ、決まった。

 剣を振りぬいたまま言ったし、今回の配信でのベストシーンは決まったな。

 

 いやいや問題は解決してねえダロ! 

 すぐに刀と斧に持ち替えて攻撃してくるぞ!

 

「ああん、そんなの大丈夫に決まってんだろ」

 

 俺に攻撃をはじかれてコボルドロードがひるんでいたのは一瞬。

 すぐにタルワールを捨てて、近くの骨斧をつかんで襲い掛かってくる。

 

「俺たちが、誰と一緒に戦ってると思ってんだ」

 

 黒紫の死神と、青の騎士たちが俺たちの脇を駆け抜けた。

 

「はああっ! 受けたぞ、キバオウ!」

 

「任せとき! お、らああっ!」

 

 まず斧を盾で受け止めたのはディアベルさん。それをキバオウさんが片手剣のソードスキルで吹き飛ばす。

 

 ナイス連携! 

 でもまだ終わらないぞ

 今度は刀がキター! 

 

体はどんな不安纏っても、振り払ってく!

 

「―――甘い!」

 

 返す刀、コボルドの王から範囲攻撃の刀を振り回すが、エイジさんはその技の出の段階で、コボルドロードに追いつき、そのでたらめに速い剣で刀を吹き飛ばした。

 

 ……あの人は俺たちみたいな工夫しなくてもなんとかできちゃうんだけど。

 

「いやしかし、いい案だ。コボルドロードの武器それぞれの担当を三組作るなんて」

 

「ワイらにとっては相殺の分業っちゅーのも相性ええしな! ワイとディアベルはんは最強や!」

 

「確かに、自分は『刀だけの対応をする』と思っておけば、その分やりやすいな」

 

「お面の彼のおかげでできるんじゃないか、逆転勝利」

 

「それはさすがに過大評価だと思いますが、でも」

 

 ちらり、とエイジさんが俺を見た。

 

「希望は出てきた」

 

 ……! 師匠、ありがとうございます。

 

「僕は君の師匠じゃないけどな」

 

「な、なぜばれた……」 

 

「顔に書いてあった」

 

 コボルドロードが咆哮し、空気の振動がびりびりと肌を揺らす。

 その響きの中でユウキと俺、ディアベルさんとキバオウさん、そして師匠が構えた。

 

「オレたちで攻撃は防ぐぞ! 仲間が攻撃する隙を作るんだ!」

 

「ソードスキルの担当はさっきのを継続。受けてる間はほかの二人は回復だ」

 

「ウッス! がんばります!」

 

「君が見せた希望だ。ここまで来たら、ゴールまで走り切るぞ!」

 

「もちろんです師匠ォ!」

 

「……まったく。だから僕は師匠ではないがな」

 

 

長い夢見る心はそう、永遠で

 

 

 これ、いけるんじゃないか? 

 ここで三人並び立つのは激熱じゃん! 

 盛り上がってまいりました

 団長、これはもうぴったりの言葉、一つしかねえナ? 

 

 ああ、そうだ。この状況を表す言葉なんて、一つしかない。

 

 行くぜ言うぜ、今ここで!

 

「行きましょう! ここからが俺たちのクライマックスだッ!」

 




 
《ヒロ》
自分が嫌い、らしい。
でも裏切りたくない人がいる。

《エイジ》
自分が嫌い。
ヒロのことを遠い日のアルバムの自分を見るように見ている。
「もっとこうすればいいだろう」とか思うけど、わざわざそれを言うほどの仲ではない。
期待もしてない。だが、「もしかしたら」を捨てきれなかった。

そして、少年はそのもしかしたらに応えた。


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仮面ライバー大戦2027(ただし仮面をつけてるのは一人とする) そして──

一章最終話です。
二章からは少し『オリジンの世界』についても触れていくことになります。
まだ作中でオリジンの舞台となる世界の名前を言ってなかったのを覚えてるでしょうか。



 

 

 すげえすげえすげえ!

 

「スイッチ、キバオウ!」

 

「あいよぉ!」

 

 コボルドロードの斧を受け止めたディアベルさんの声に合わせてキバオウさんが斬りこんでいく。

 コボルドロードの斧が跳ね上がったところに、周囲で待機していたほかのメンバーがコボルドロードに一発ずつ攻撃を当て離脱。

 

「おっと、お前はこっちを向いていてもらわないと困る」

 

 タゲが散りそうになる瞬間を見極めエイジさんは特大のスキルをお見舞いする。

 ダメージによってボスの視線を無理やり向かせ野太刀の広範囲ソードスキルを片っ端から発動前に止めていく。

 

 強いと思ってた。俺なんかじゃ及びもつかねえと思ってた。

 でも正直想像以上だ。

 この人たち、マジで上手い。

 

 俺たちが三人でコボルドロードのソードスキルを相殺するのに対し、ディアベルさんたちは二人で、エイジさんに至っては一人で潰してる。

 

 頼りになりすぎるぜ。

 

「グオオオオッ!」

 

 コボルドロードが吠え、近くの武器のいずれかに手を伸ばす。

 俺からはその武器の種類はわからないが、そのためにランには後ろにいてもらっている。

 

「タルワール! モーション下段!」

 

 下段……なら確か切り上げからの横薙ぎ二連撃、もしくは足払いだったはずだ。

 周囲のプレイヤーの配置的に足払いが有効な相手はいないし、恐らくやってくるのは―――。

 

こっち見ろこのデカブツ(スキル発動:挑発)っ!」

 

 切り上げからの連撃ソードスキル―――当たりぃ!

 

 軌道はわかってる。

 だから丁寧に、弾くことは意識せず、俺はソードスキルを丁寧にその道筋に『置けば』いい。あとはシステムに則って勝手にコボルドロードのタルワールは俺のバスタードソードのある場所に吸い込まれる。

 

 そして、あとは。

 

「はああああっ、ホリゾンタル!」

 

 こうして、ユウキが剣をはじいてくれるのを待てばいい。

 

「姉ちゃん!」

 

「任せて。この距離なら、見えれば当てれる―――!」

 

 一瞬のコボルドロードの関隙を縫うように後方からの援護射撃が飛んだ。

 弓の長大な射程からのソードスキルはまるであらかじめそうなることが定められていたように、コボルドロードの目に吸い込まれる。

 

 コボルドの王が武器から片手を離し片目を押えるモーションを見せる。

 

「ユウキ合わせろ!」

 

「もう! どう合わせるかもちゃんと言ってよ、ね―――っと!」

 

 俺が右から左に駆け抜け、ユウキが右から左に駆け抜け、剣を振るう。

 重なった剣閃のあとはボスの腹部できれいなバツ印を作り出していた。

 

 へへ、やっぱり言わなくたって大丈夫じゃねえか。

 

 ナイス連携!

 これで3回連続成功~

 体力もいい感じに削れてきたし、あと何回かループすれば勝てそう

 

 ……そうだな、確かに勝てるかもな、あと何回かループなんて余裕が俺たちにあるのなら。

 

 ちら、とユウキを盗み見る。

 額に浮かぶ汗、上気した頬。アバターはある程度リアルの状況を反映する以上、今ユウキは。

 

 ユウキちゃん結構疲れてる気がする

 疲労たまるとミスしやすくなるからな。心配だ

 だいじょうぶ?

 おみずのむ?

 

「はあ、ふう! だいじょうぶだよー団員さん! ボクまだやれるよっ、ぶいっ」

 

「はいはいわかったわかった。ほら今のうちにお茶飲んどけ。回復アイテム扱いだから体力もいくらか回復するぜ」

 

「わ、ありがと~……ねえ、ヒロなんかぬるいよ?」

 

「当たり前だろ。ポケットに入れてたんだから」

 

 いらないなら飲まなくてよろしい。

 

「のむよのむ! も~、ヒロってばさ~。ふう」

 

 やっぱり木綿季、ちょっと疲れてるな。まあ確かに今日はボス戦始まってから動き続けだ。

 いくら昔ほど体は弱くはないとはいえ、そろそろきっちいかもな。

 

 そろそろ制限時間も迫ってきた

 15分間制限残り5分

 あと五分で残りHP半分!いけるよー!

 

 ランが武器を見て、俺が止めて、ユウキが弾く。

 簡単に聞こえるかもしれないが、これはなかなか体力を削る。

 俺たちが一回でもミスればそのまま戦線は崩壊して、俺たちの負けだ。

 

 弾いて、止めて、また弾いて。

 それを何度か繰り返すうちに、偶然エイジさんが隣にやってくる。

 エイジさんは刀のソードスキルを相殺してディアベルさんにつなげつつ、こちらに声をかけてくる。

 

「スリーピングナイツ、余裕はあるか」

 

「ボクらはだいじょぶです! エイジさんの方こそ一人で大丈夫ですか!」

 

「問題ないさ。僕には筋肉がある!」

 

 また刀を相殺―――曲刀今度は俺らだ!

 

「彼らも限界が近いか……スリーピングナイツ! 時間がない! 僕らが道を開くから君たちはコボルドロードの弱点を突いて終わらせろ!」

 

「弱点……っておっとと! ユウキ!」

 

「任せて! はああっ!」

 

「弱点ってなんすか! 俺らそんなの知りませんよ!」

 

 ユウキが弾いたタルワールからコボルドロードが刀に持ち替えると、エイジさんはそのソードスキルをあえて受け流して時間を稼ぐ。

 

「喉だ! コボルドロードは厚い肉と鎧で体を守っているが、のどは唯一守りが薄い! 攻撃が直撃(クリティカル)すればまず削り切れる! もし体力が残っても少なくともダウンが取れるはずだ!」

 

 そうか、クリティカルで最低ダウンさえ取れれば残りのプレイヤーで囲んで削り切れるってわけか。

 

「でも喉とか届くかな……3メートルくらいあるよ? ボクじゃジャンプしても届かない気がするよ」

 

「ユウキチビだもんな」

 

「まだ伸びるもん! そーいうヒロだってジャンプしても絶対届かないでしょ!」

 

「いや俺はいける! 見てろ俺は夢に向かって……跳ぶ! リアライジングホッパー!」

 

「むりでしょ! ヒロ高いところ無理って自分で言ってたんだよ!?」

 

「なあにワーワーいうとるんや! コボルドロードには下段の沈み込みモーションがあるやろがい!」

 

 沈み込み……確かにあのタイミングで喉を狙えれば俺らの身長でもコボルドロードの喉は突ける。

 

「それなら……」

 

「なんか、いける気がする! だね!」

 

「俺のセリフを取るんじゃねえ!」

 

「ふっふーん」

 

「いつまで話してる! タルワールの受け持ちは僕が少しの間引き受ける! だから急げ!」

 

「助かります師匠!」

 

「だから……! くっ、攻撃が、くそ!」

 

「師匠!! 大丈夫ですか!!」

 

「ああもううるさい! 僕は大丈夫だ! 早くいけ!」

 

 何をキレてるんだろう。

 でも今はチャンスだ。今なら、いや今だからこそコボルドロードを落としきれる。

 

 ユウキと目を合わせる。

 行くぞ、俺たちで決めるんだ。

 

 ソードスキルはエイジさんとディアベルさんたちに任せて走り出す。

 俺たちとコボルドロードの距離は凡そ50メートルといったところ。

 コボルドロードの武器は刃渡りだけでも俺たちの身長に迫るほどのサイズ。防御の時は相手の間合いで弾きだけを意識すればいいが、こちらが攻撃するとなればそうもいかない。

 

 しかも俺たちはソードスキルの発動中にコボルドロードに近づいて攻撃しなきゃいけないんだ。

 

 今までと同じ方針ではやっていけない。

 

「ヒロ、方針は!」

 

「ギリギリまでは師匠たちに任せる! で、俺たちの攻撃が届く距離になったら挑発でこっちに気を引いて、それで下段の攻撃を誘う! 俺は防御! ユウキは攻撃に専念だ!」

 

「おっけー! でも誘うって……どうやって?」

 

「ランの射撃だ。コボルドロードが下段に構えるのはそこに武器があるとき、つまり腕が下がってる時だ」

 

「なら姉ちゃんの射撃で腕を攻撃してあらかじめ下げててもらえれば!」

 

 ああ、間違いなくコボルドロードは体を沈み込ませるソードスキルを使う!

 

 どうだユウキ、俺の完璧な作戦!

 

「うんいいと思う! ……けど姉ちゃんにどうやってそれ頼むの?」

 

「えっ」

 

 それは……どうやって、頼むんでしょうね……さっきまでならともかく今の距離だと声も届きにくいだろうし。

 

「えっ、考えてないの?!」

 

「やかましい! お前だってさっき何も考えなしで勝てるよ!って言ってたじゃん! ほれいいからランに伝えてみろ! 俺らに合わせて腕攻撃してくれって!」

 

「うぇええっ!? ボクぅ!?」

 

「安心しろお前の大声は近所のおばさんのお墨付きだ! 風呂で歌ってたEXCITEけっこううまかったって褒めてた!」

 

「それボク初耳なんだけどぉ! もー、ねえちゃ―――ん! ボクらが近づいて攻撃したタイミングで弓撃ってぇーーーー!」

 

「……? あんみつわらびー?」

 

「違う! 今日の夜祝賀会で食べたいスイーツは聞いてない!」

 

「ならジェスチャーだよ! 行こうヒロ! ヒロのジェスチャーのうまさはこの前ボランティアで行った子どもたちがほめてたよ! 変身ポーズキレキレだったって!」

 

 それはまたジェスチャーとは違う気がするが、ええい、コボルドロードとの距離的にもう悩んでる時間はない! これがランに何かを伝えるラストチャンスだ。

 

 しゅばばっ! ばばっ!

 

「……?? が、がんばれがんばれっ」

 

「あっだめあれ困惑してとりあえず応援しちゃったよ」

 

 がんばれがんばれいただきました

 切り抜き確定

 わちゃわちゃしてるといつものスリーピングナイツ感じる

 団長はボスが腕を上げないように威嚇射撃してくれっていってんだヨ

 

「ええい伝わらないなら仕方ない! ユウキ俺らにできることは一つだけだ!」

 

「い、いちおーきくけどそれは……」

 

祈れ!

 

「あああもおおおおそうだとおもったああああ!」

 

 半泣きのユウキと俺は、ついにコボルドロードの武器の射程、その内に入る。

 ここから俺たちの武器がコボルドロードに届くようになるまで、あと3歩ってところだろう。

 

 ならまずは―――タゲを俺に引く!

 

「グルルル……」

 

「タゲが移った、スリーピングナイツが射程に入ったか!」

 

 ディアベルさんの声が響く中、俺たちは走る。

 コボルドロードの手に取った武器は……よしタルワール。運がよかったな。

 

 あとは腕を上段に構えないことを祈って―――。

 

「ソードスキル、弓単発技《スパークルシュート》」

 

 俺とユウキの間を、紺碧の光線が駆け抜けていく。

 それがランの援護だと気づいたのは、ボスが今まさに上げようとしていた腕を矢をよけて武器を下段に構えた時だった。

 

「なんで、ランが」

 

 その時、ふと視界内の団員たちのコメント欄が目に入る。

 

 フフン、書いておいたゼ、団長の指示

 さすがラン姉ちゃん。俺たちのことも見てくれてる

 狙い通り下段が来る!

 いっけー!

 

 そうか文字!

 藍子のやつオーグマーで表示される団員たちのコメントを拾って俺の指示を理解したんだ!

 機械音痴のくせにやるじゃん。あと、団員達もありがとうよ!

 

「ヒロ!」

 

 へへ、なんだよユウキ。そんな嬉しそうに笑いやがって。でも、俺も今同じ気持ちだぜ!

 

「ユウキ、下段が来る! 俺のあとに続け! これで終わらせるぞ!」

 

「おっけー! とっておきの一撃、準備しとく!」

 

 とっておき……あ、もしかして最近練習してたあれかあ。

 なら俺も、おっと、足元に段差が、あっ。

 

「あっちょヒロ急に止まらな―――うわっ」

 

 あっ

 あっ

 

「何をやってるんだあいつは……」

 

 団長がこけたあ!?

 そしてそのままユウキちゃんが突っ込んできて一緒にごろごろ転がっていく……

 とまったのボスの足元で草

 

 いてて……ユウキが突っ込んできたせいでしこたま体を打つ羽目になった。

 

「なんでヒロ急に止まるのさ! ボクまで巻き込まれちゃったじゃん!」

 

「馬鹿突っ込んできたのはお前だろ! 俺だって急に段差とか出てきたらつまずくのも仕方ないだろ!」

 

「ボクならそんなことないもーん!」

 

「うそつく―――あん、ユウキなんか息荒くね?」

 

「そういうヒロこそなんか唸ってない?」

 

 違う違う上見て上ー!

 こんな時までわちゃわちゃやるな!!

 

 上……もしかして、うん、このらんらんと輝く瞳って、もしかするやつ?

 

「グルワオオオオオオ!」

 

「「 わああああああああっ! 」」

 

 ボスだわこれ!!! しかも俺らいるのボスの足元ですねこれ!!!

 

「ひろぉ逃げてぇ! 斬られる! 噛みつかれるし踏みつぶされる!」

 

「なら俺にしがみつくのやめろ!! 逃げるの遅れてるんだよ!」

 

「わー! 攻撃! いま服のすそかすった!」

 

 こんなことイノシシ相手にもしてたよなぁ

 なんでボス攻略会議でまで初配信と同じことしてんだよwww

 懐かしくなってきた

 成長してないのか変わってないのか

 

 

「すみませんダメでしたーっ!」

 

 ユウキを抱えて仲間の元まで戻ってくると、頭痛を抑えるようにこめかみに手を当てるエイジさんと、片や困ったように、片や爆笑して出迎えてくれるディアベルさんとキバオウさんが。

 

「ひーひー、ディアベルはん見たか? おむすび山みたいに、ころがって……アカン、思い出すだけでおもろいわ」

 

「きみはほんとに何をしてるんだ」

 

「サーセン! 次は! 次こそは!」

 

 師匠だからそんなに呆れた顔―――あれ、コボルドロードが手をこっちに向けてる。

 

 あんなモーション見たことない。

 いや違う、俺たちは一度だけ見たことがあるはずだ。

 

 あれは、そう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――っ、全員また武器が射出されるぞ! 防御姿勢をとれ!」

 

 ディアベルさんの声。

 そうだ守らないと、でも、距離的に俺は俺を守るので手いっぱいだ。

 

「GYAAAAAA!!」

 

 一拍置いて、周囲に刺さっていた武器が意志を持ったようにプレイヤーに襲い掛かってきた。

 やばい体力が一気に安全圏のグリーンからイエロー、うそだろ危険域のレッドまで!?

 

「はあ、はあ、ギリ、止まった」

 

 他は、幸い今のでゲームオーバーになった人は少ないな。ディアベルさんのおかげだ。

 じゃあコボルドロードは、おいまてよ、なんだあれ。

 

 コボルドロード疲れてない?

 首も下がってるしいまなら弱点狙い放題

 肩で息してるし、もしかしてチャンスじゃん

 

 やっぱり俺以外から見てもそうなんだ。

 

「ディアベルさん!」

 

「わかってるチャンスだヒロ君! こっちはさっきの攻撃で何人か麻痺して動けない君が行け!」

 

「っ、はい!」

 

「最初の動き見てる感じピヨってるのは一瞬や! ジブンやないと間にあわん! いけえっ!」

 

 俺が、行く。

 すげえ、この大舞台で俺たちにすげえ役割が回ってきた。

 責任重大だが、いけるはずだ。

 

 よし行こうぜユウキ俺たちで―――。

 

 

「いてっ」

 

 

 ユウキが、小さく声を漏らした。

 たぶん配信音声でも拾われない。そういう、小さな声。

 

 でも、ユウキは俺の数メートル後ろで、ほんの少し足を押えて顔をしかめていた。

 

 いやなに止まってんだユウキがちょっと痛がってるだけじゃんいやよくかんがえろよ今の流れ俺に任されてんだぞでもケガしてたらどうすんだよいやだとしてもいつのけがだよさっき転がったときほとんど何も無かったろ下になってたのも俺だしユウキがケガするタイミングなかったよならさ、べつに、後回しにしても、よくない?

 

「いいわけ、ねえだろッ!!」

 

 走った。コボルドロードに背を向けて。

 

 団長!?

 急にどうしたん!?

 

「――ユウキっ!」

 

 コボルドロード? 知るかそんなの。それ俺の宇宙一カワイイ幼馴染より大事なのかよ。

 

「ユウキどうしたケガか!? 足がいてえのか!? 見せてみろお前の怪我は俺なんかじゃ」

 

「わ、わ、だいじょうぶだよっ。それよりボス戦が」

 

「馬鹿か! なんかあったらどうすんだ! ゲームのことなんざほっとけ! いいからどんな怪我したか教えてみろ! 出血してたら」

 

「も、もー! 怪我とかないよ! ちょっといま武器の攻撃よけるときに尻もちついちゃっただけなんだから」

 

 ん?

 

「尻もち? 足は?」

 

「えっ、ああ、靴が汚れちゃってさ。転んだ拍子に打った時かな、払ってた」

 

 なんだよ、そりゃあ。

 

「あーーーーーー」

 

「ヒロ、その、お、怒ってる?」

 

「バーカ。んなわけあるか。安心してんだ」

 

 あーーーー、よかった。マジで安心した。

 

 団長ってユウキちゃんのことになったら結構過保護だよね

 おしりついた絶剣ちゃん

 なごんでる場合じゃないゾ! コボルドロードが来てる!

 

 コボルドロード? しまった忘れてた。時間的にもう普通の状態に戻ってる。

 しかも、いまあいつ見てるの一番近くにいる俺たちじゃねえか!

 

 狼の獣人王は疾走する。

 

 その速さはとてもじゃないが俺たちが今から立ち上がってかわせるものではない。

 

「ユウキっ!」

 

 ならせめて、こいつだけは守る。

 俺は死ぬだろうが俺のアバターが盾になってユウキは守れるはずだ。

 

 コボルドロードの攻撃は速い。きっと一秒も待たず俺はゲームオーバーになり、きれいなポリゴン片になることだろう。

 いやまあアバターだから俺の意識は消えたりしないけど、先に散っていった仲間たちのように幽霊みたいに道の隅っこで大人しくすることになる。

 

 団長なのにかっこ悪すぎる。あーあ、せめてデスペナがそんなに重くないといいなあ。

 

 いやそれにしても、攻撃来るの遅いな。

 コボルドロードもこけたのか? 一体何が背後で―――。

 

「―――え」

 

 そこには、大剣を盾にする黒紫の騎士がいた。

 

「えいじ、さん……なんで……?」

 

 ユウキがぽつりとつぶやく。

 

 そうだ、なんで、俺たちを助けに。

 

 だがエイジさんは質問には答えない。

 ただぎりぎりとコボルドロードの武器と競り合い、俺たちを守る。

 けれどしばらくして、ようやく口を開いた。

 

「守ったのか、幼馴染を」

 

 事実を確認するような淡々とした言葉だった。

 そうか、俺はディアベルさんたちに任された大チャンスを、ユウキのところに来てふいにしたんだ。

 

「―――っ、すみま」

 

「謝るな。きみはなにも間違ってない」

 

「え……」

 

 ぎぃん、とエイジさんが大剣を体ごと振り回して、ボスを吹き飛ばした。

 そして大剣を片手剣に持ち替えると、顔だけをこちらに向けた。

 

 

「まだやれるな、()()

 

「~~~~ッ、当たり前っすッ! 師匠ォ!」

 

 

 いつまでも座ってなんかいられない! ほらユウキも立って、行くぞ!

 ふ、とエイジさんが顔をほころばせる。

 

繋ぐ確かな願い、重なり合って―――」

 

 歌が聞こえる。バフがかかる。

 はるか後ろで、ユナの歌うメロディが俺たちの背中を押す風となる。

 

 

「2ラウンド目だ」

 

 

 走り出した。今度は二人じゃなくて、三人で。

 

 おおおお師弟共闘~~~!

 スリーピングナイツとエイジが!

 でも制限時間もきちいぞ!

 ギリ……いけるか?

 

「GYAAAAAAAA!」

 

「──ふっ!」

 

 コボルドロードが吠え、またもや無数に武器が飛んでくるが、エイジさんがそれをことごとく撃ち落としていく。

 

「す、すご……ボクらあんなのできないよ……」

 

「気にするな、露払いは全部僕がやる。君たちは前に進め」

 

「頼りになりすぎる……師匠ちょっとすごすぎません?」

 

「無駄口をたたく暇があったら最後に備えろ。ボスの挙動に想定にない行動が多くなってきている」

 

 確かに、時間的にもさっきみたいな全方面への一斉射出を行われればもうチャンスはない。

 

「次で決めるぞ」

 

「ウス!」

 

「りょーかいっ!」

 

 師匠が加速する。

 誰よりも早く、誰よりも強く。

 いつもはユナを守るためだけに使われるその力が、今は俺たちを導くことに使われる。

 

 すべては、勝利のために。

 

「グルオオオオッ!」

 

 刀の連撃技。一発でも食らえばそのまま即死コースの初見殺し。

 だけど残念だったな、お前、その攻撃師匠に見せすぎたよ。

 

「―――は、片手剣単発技《ヴォーパルストライク》」

 

 ジェットエンジンのような音と赤い閃光が、コボルドロードの磨き上げられた刀と激突する。

 

「行けっ、スイッチ!」

 

 前へ、進む。

 

 俺とユウキは既にコボルドロードの武器の内側、片手剣の間合いまではあと2歩!

 

 だがここでボスはまたも俺らの知らない動きを見せる。突然武器を握らない手を俺とユウキに向けたのだ。

 

 あーもうここにきてまたかよ!

 

 なになに今度は何!

 AI挙動かなり進化してるなあ

 集まってるのは、炎か!

 

 火炎弾か! 馬鹿野郎これ仮にも『剣の世界(ソードアート)』だろうが! 魔法使うな!

 

「─RELEASE BURST ELEMENT

 

 コボルドロードの下手くそなバイオリンを張り合わせたような声をトリガーに炎は解き放たれた。

 だめだ、回避は間に合わない。こうなったら俺が盾になるしかねえ! ユウキ悪いがこのあとはひとりで行け!

 

「見えるなら当てられる。それがこの世界、教えてくれたのはヒロだよ」

 

 気まぐれな風が吹いた。それは、はるか後方にいる俺たちの大切な幼馴染の声を俺の元まで届けてくれる。

 

 コボルドロードの撃った灼熱の弾丸が、藍色の弓に撃ち落とされた。

 

「私の大切な人たちに手を出すのは許さない」

 

 ラン姉ちゃんかっけぇぇえぇ

 きたぞきたぞボスのことろまで!

 でも制限時間もヤバーイ

 

 確かに制限時間はやばい、でも、来たぞ、ここまで!

 

 一歩。

 

「ここは、俺たちの武器が届く距離だぜッ!」

 

 ついにここまで

 でもボスの首は届かないよ~

 団長、飛べ!

 フライングスカーイ

 せめてここに足場でもあればジャンプできるのに

 

「足場ぁ!? いらねえよ、そんなの!」

 

 だってここには、あるだろうが十分なのが!

 

「ユウキ、()()()()!」

 

 昔、木綿季と試したことがあった。

 確かきっかけはライダーキックが現実にできるか試したときのこと。

 トランポリンのなかった俺たちは、互いを足場にしてジャンプするのを試してみた。

 

 結果、おろおろした藍子が母さんに報告して死ぬほど俺が怒られたんだが。

 

 でもその練習のかいあって、ユウキは俺を足場にしてめっちゃジャンプできるようになった。

 まあ危なくなったらお互いにしがみつくようにしてたせいで、いまでも木綿季は俺に抱き着く癖が抜けないんだけど。

 

 まあ、つまり、だ。

 

「俺の手を足場にして行け! そのまま『とっておき』コボルドロードに叩き込んで来い!」

 

 ユウキが笑う。

 いつものように、いや、いつもにもまして楽しくて仕方ないという風に、満面の笑みで。

 

 太陽のように、笑う。

 

 そして跳ぶ。俺たちのゴールに向けて、不安もすべて振り払って、高く。

 

「まかせてっ、ヒロっ!」

 

 ユウキがアニールブレードを構える。

 それはいつものように片手剣の特性を活かした『斬る』構えではなかった。

 もっと鋭利で、それでいて、弱点を狙い撃つ精密な一撃を放つための構えだった。

 

「はあああああっ」

 

 やーっぱりな、コソ練してたもんな、ユウキ。

 

「一閃―――リニア―ッ!」

 

 その一撃、まさしく『閃光』。

 

 なんとも俺たちのボス戦の終幕にふさわしい、一撃だった。

 

 

グ、ウ、オオオオオオオオオッ!

 

 

 喉元を突かれたはじまりの王が、すさまじい絶叫を上げて爆発する。

 

 うおっ

 ボスが爆発した!

 すっげー一撃

 うおおおおおおっ

 

 

《 Congratulation! 》

 

 

 や、や。

 

「や、ったぞユウ―――」

 

「ひろーーーっ!」

 

「ふげえっ」

 

 あいってぇ! 落ちてくるユウキ抱きとめようとしたらこの子そのままの勢いで抱き着いてきやがった! 潰されていてえ! 俺が受け止めなかったらどうするつもりだったんだ!

 

「やったやったやったやったぁああ! ねえヒロ見てた!? ボクすごかったでしょ! ヒロの期待に応えてたでしょ! ボクがいっちばんでしょー!?」

 

「ああ、わかったわかったお前が一番だよ。ったく」

 

 本当に頼りになるよ。こんなの、お前しかいないさ。

 うん、でも。

 

「最後リニアーって言ってたけどアニールブレード片手剣だしあれリニアー使えないよな」

 

「そ、それは黙っててよぉ!」

 

「気分で言いたくなっちゃった?」

 

「なっちゃった……」

 

 なっちゃったwww

 それなら……仕方ねえなあ

 なっちゃったかー

 赤い顔してうつむく絶剣ちゃんかわゆす

 お、ラン姉ちゃん

 

「お疲れさま、ヒロ、ユウ」

 

 いつのまにか俺たちの元までやってきたランがため息混じりに髪をくしくし。

 現実であれば髪を留めるシュシュのあるあたりを触る。

 

「もう、二人とも無茶するんだから。気が気じゃなかったよ」

 

「へへへ、ランがいてくれるからこそだよ。援護サンキュ、超助かったぜ」

 

「うんありがとうねーちゃん!」

 

「もう、そういえば私が許すと思ってるー」

 

 じとっとした目と一緒に、ランが俺たちに手を差し出した。

 俺が右手を、ユウキが左手を握って立ち上がる。

 

「ん」

 

 す、と手を挙げると、ユウキとランも同じように手を上げた。

 

「「「 いえーい! 」」」

 

 ぱちん、と三人の手が重なった。

 

「へへ」

 

「あははっ」

 

「ふふっ」

 

 なんだよ、笑うなよ。なんだか口角が下がっちまうだろ。

 

 ええ話や・・・

 おじちゃんきみたちに飴あげよう

 団長がまともに見える

 やっぱこの三人仲いい

 

 団員達もこの勝利を祝ってくれてる。

 だけど、それに浸っていられるのもここまでっぽいな。

 

 ほら、だってもうキバオウさんたちがここまで来てる。

 

「うおっしゃー! ジブンらこっちこい! 今日のヒーローはスリーピングナイツや!」

 

「ははっ、ほらみんな集まろう! ゲームオーバーになった奴らも! 戦いは終わった! みんなで喜ぼう!」

 

「いいですねー! 行きますよリズさん! いまが一番配信でおいしいとこですよ!」

 

「あー行ってきなさいよ。あんた途中から空気だったものね」

 

「ちゃんとユナちゃん守ってましたけど!?!? おそいかかる武器に対して獅子奮迅の活躍だったんですけど!?」

 

きゅくるー(むりある)……」

 

「うわ、わわ、胴上げ!?」

 

「「「 わーっしょい! わーっしょい! 」」」

 

 宴会かな?

 これがオリジンのボス戦かあ

 ちょっと興味出てきた

 オーグマーかったけど遊んでなかったし今度やってみるわ

 

 よし、ユウキがかわいがられているうちに……と。

 

 ええと……あ、いたいた。

 

「師匠」

 

「ん、ああ君か。お疲れ」

 

 俺は、師匠(エイジさん)に挨拶をしなければなるまい。

 さっきのお礼と、いままでの非礼を。

 

「さっきはありがとうございました。すげえ助かりました。……あと、ユナちゃんのライブの時と、暴言はすみませんでした」

 

 頭を下げる。せめて、俺の気持ちが伝わるように。

 エイジさんはしばらく黙っていたけど、俺が頭を下げたままなのを見かねたように肩をたたいた。

 

「頭を上げてくれ。謝るのは僕の方だ」

 

 え、エイジさん!?

 

「僕の方こそ悪かった。君たちがいたからこそ、今日の結果があった。不要だなんて言って、すまない」

 

「やめてくださいよっ! もとはといえば俺しか悪くないんですし!」

 

「なら相子だな。僕が子どもだったからおきたことだ」

 

 なんつーか、この人頑固だな。なんとなくわかってたけど。

 まあ、いいか。頼りになるけど、ユナ至上主義で、頑固な、俺の師匠。

 うん、いいじゃん。

 

「じゃあ、戦闘も終わりましたし銭湯行って仲を深めますか! せっかく弟子入りしたんですし」

 

「は?」

 

「え? エイジさん俺がさっき師匠て言ったら否定しませんでしたよね。ならオッケーなのでは……?」

 

「そんなわけがあるか! どんな理論だ! ワンクリック詐欺でももう少し良心的だぞ!」

 

「くっ、そこまで言うなら仕方ありません……譲歩してザンキさんって呼びます……トドロキの師匠ですし」

 

「君の中で譲歩の定義はどうなってる」

 

「ならやっぱり師匠っすか?」

 

「それならまあ……って元に戻っただけだろ」

 

「よろしくお願いします師匠! とりあえず両手剣のアドバイスほしいんですけど、あと配信企画たてるときどうしてます? コラボとか経験なくって」

 

「だからッ距離の詰め方がおかしいんだよ君は!」

 

 そんなこと言わずに、師匠ー!

 

「ふふっ」

 

「ユナさん、お疲れ様です」

 

「あ、ランちゃん。お疲れさま、弓の援護助かっちゃった。危ないとき助けてくれてたでしょ?」

 

「いえ、ちょっと見えただけなので。それでうちのヒロが以前……どうかしましたか?」

 

「んーん。ただね、あんなに楽しそうなエーくんは久しぶりに見たなーって」

 

「楽しそう、ですか? ヒロといるエイジさんが」

 

「うん。あんなに楽しそうなの、なかなかないんだよ?」

 

「はあ……」

 

 

「師匠!!!」

 

「だから僕は師匠じゃない!! まったく、困ったやつだ」

 

 

 

 

 

 

「たーーのしかったーー!」

 

「もうユウったらさっきからそればっかりなんだから」

 

「だってたのしかったんだもーん。いろんな人と仲良くなれたし!」

 

 ったく、楽しそうだな。

 まあ、木綿季が楽しいなら俺も嬉しいんだけどさ。

 

「見て見て、ボクのボスドロップ! これLAぼーなす? って言うんだって!」

 

「LA……ああ、ラストアタックの略称なんだね。

 私もいくつかドロップ貰えてたよ。でも刀とかだし……あんまり私には使えないかなあ」

 

「でもま、溶かしてインゴットとかにすりゃ新しい弓とか作れるかもしれねーぜ。リズさんも武器作りたくなったら声かけてくれればいいって言ってくれたしよ」

 

 そう言ってくれたあとシリカにすごい目で見られてたけど、まあなんとかなるだろ……南無。

 

「そういえばヒロのドロップアイテムはどうだったの?」

 

「俺の?」

 

 そういえば確認してなかったな。なになに。

 

「うーん、まあ換金できそうなのとか素材系は色々あるけど、なーんか気になるものは特にはねえなあ」

 

「やっぱりユウのLAボーナスほど良いものじゃないんだね」

 

 だなー。

 SAOでLAボーナスって言ったらレアアイテム確定交換チケットみたいなもんらしいし。

 やっぱボーナスが一番になるように設定されてるんだろうな。

 

 お、これはなんかおもしろい名前だな。

 読み方は……ふりがながある。

 

世界の種子(ザ・シード)……?」

 

 なんだこれ、試しに出してみるか。

 

 ぽちっと。

 

「わ、わわわっ?! ヒロなにしたの? なんか光が出てきたよ!?」

 

「おれぇ?! いやわかんないけど! 俺はただこう、ものを出しただけで……」

 

「ええっ、う、ウイルスなのかな……た、叩いたら治らないかな……」

 

「ストーップ藍子ぉ! はるか昔のテレビじゃないからぁ!」

 

 あれ……なんか、光が()()()()()()()()()()

 

「あなたにお願いが、あるんです」

 

 光が収まっていく。

 鈴の音のような、どこかで聞いたことのある声が、聞こえる。

 

「この世界の──『アンダーワールド』を救うための、お願いです」

 

 アンダーワールド?

 それは、この()()()()()()()()()()()()()()()()()だろ?

 

 それを、救う? なんだクエストの合図か何かか?

 

「お願いです」

 

 俺の目の前に現れた人──いや、その黒髪の白い女の子は、目を開けて、言葉を続けた。

 

 

「―――《黒の剣士》を、探してください」

 

 

 黒の剣士……? なんで俺にというか君誰──いやそんなことより。

 

 

「……すまん、あのとりあえず、家に帰ってから話さないか。幼なじみが気を失っちゃった」

 

「オーグマーから人が……うーん」

 

「きゅう……」

 

「あ、ああああ! ど、どうしましょうっ!」

 

「とりあえず俺が連れて帰るから話はそれからでもいいか……ええと……」

 

 

()()です。よろしくお願いします」

 

 

 ユイちゃんな、取り敢えずよろしく。

 俺のオーグマーから出てきた謎の女の子ちゃん。

 

 

 

 

 

第十話 ██████

 

 

     

ジッ

 

 

第十話     

 

 

      

ジジジッ

 

 

第十話 世界の再生者

 

      

ジ……

 

 




 

《ヒロ》
追いかけ回した結果、渋々と言った様子でエイジから連絡先をもらった。

《ユウキ》
ヒロの家の倉庫にあった竹刀でこっそりリニアーの練習をしてた。
藍子は見てたけど黙ってたし、ヒロも気づいたけどそっとしてた。

《ラン》
機械音痴のケがある。
お化けは大丈夫だが、予想を超えたものはキャパが超えて思考が停止することもある。

《エイジ》
師匠じゃない。だが、まあそう呼ばれるのも悪くないかもしれない。

《ユナ》
エーくん楽しそう。

《ユイ》
ヒロのオーグマーから出てきた。
世界の種子(ザ・シード)というアイテムをオブジェクト化すると形になった白い服の黒髪の女の子。



アンダーワールド
この『ソードアート・オリジン』というゲームの舞台となる大地。
SAOでいう世界を表す「アインクラッド」と同じように扱われる。
アインクラッドが空に登る前の下の世界、という意味で名付けられたと運営は語る。




感想、評価、ここすきなどいつも励みになってます。
一章終了を機にいただけたりなんかしたら作者はすごく喜びます。

これにて、一章『双子とゲームと燃える俺』編終了となります。
次回からは二章『Kを探せ/眠れる騎士たち』編開始です。
一学期が終わり、彼らの忘れられない夏が始まります。

ではでは。


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幕間 藍子とヒロ

 
次回から二章と言いましたが少しその前に番外です。
時系列は木綿季がヒロの配信に乱入する一週間前くらいです。



 

 

 

 ボク/私にとって『諦め』は日常だった。

 

「お前らビョーキ? なんだろ、近くに寄んなよ!」

 

「ひっ、触らないで……」

 

「紺野菌タッチー! 早く消毒しろよー」

 

「……紺野さん、その、周りがみんな怖がっていますから、ね」

 

 ボク/私が悪いんじゃないと、お医者さんは言ってくれた。

 科学は進歩している。しっかり治療を続けていけば元の生活にだって戻れる、と。

 

 でも、治療は辛くて、日に日にやつれていくママを見るのが悲しくて涙を流してしまうこともあった。

 

 でもそんなときママはボク/私にきまってこう言った。

 

「神様は耐えることのできない試練をお与えにならないの。だから、いつかまた一緒に笑える日が来るわ」

 

 本当にそうだったらいいな、と私は思った。

 

 ママの言葉で話して欲しい、とボクは思った。

 

 また笑える日なんて来るのかな、とボク/私は思った。

 

 そんな都合のいいこと、あるとは思えなかったから。

 

 でも、そんなボク/私の元に「ヒーロー」はやって来た。

 

 彼は全然凄くなかったし、賢くもなかったし、口は悪かったし、それでいてとてもカッコ悪かったけど。

 

 それでも、やって来た。

 

 ボク/私を、もう一度笑顔にするために。

 

 

 

 

 

 

 

 紺野藍子。

 カトリック教徒の母親と、少し忙しいビジネスマンの父親の元生まれた。

 2011年生まれの双子の姉妹。

 なんら特筆すべきステータスなんかない。

 別にすごいお金持ちでもないし、伝記にのってるなんとかとかいう人みたいに貧乏なわけでもない。

 

 それが、私。

 

 でも、ひとつだけ。たったひとつだけ、ほかの人と―――『普通の人』と違うところがあって、そしてその違いが、何よりも大きい。

 

 HIVウイルスキャリアー。

 日本語にするとヒト免疫不全ウイルス保持者。

 その、そこら辺の人に「不治の病といわれて思い浮かぶものは何ですか?」って聞けば癌の次くらいに名前が上がりそうな病気につながるウイルスに私は感染していた。

 ううん、正確には私だけじゃない。

 双子の妹の木綿季と、私たちを生んだママもそのウイルスに侵されていた。

 

 きっかけは私たちの出産のときだったらしい。

 ママは出産のときに双子の私たちを出産するために帝王切開を行った。その時に輸血も。

 そして、それが運悪くHIVウイルスに感染していたんだそうだ。

 

 お医者様を恨むつもりなんかこれっぽっちもない。

 運だ、運が悪かったとしか言えないと思う。

 

 幸い発見が早かったおかげでパパへの感染は防げたし、いい先生にかかれたおかげで治療も早く始められて、そのおかげで致命的な悪化は防げた。

 いま思えば、物心ついた時から続いたつらい治療を耐えられたのはママがいてくれたおかげだった。

 

 いつも笑顔で、神様についてのいろんなことを教えてくれたママ。

 神さまは私たちに乗り越えられない試練はお与えにならない。だから信じて祈っていればきっと普通に暮らしていけると。

 幸い私たちは薬のおかげである程度は悪化が抑えられた。

 お医者さまは「まだ油断はできないけど、普通に暮らす分には大丈夫だよ」と言ってくれた。

 

 神様に祈りが通じたと思った。ママのいうことは正しかったんだ!

 

 でも、それは私と妹に限った話でママへの試練は、続いた。

 

 日に日にやつれていくのがわかった。話せる時間もどんどん減っていった。

 私も妹の木綿季も必死にお祈りしたし、毎日お見舞いに行った。

 けど結局、私たちが小学二年生の夏に、ママは亡くなった。

 

 カトリックにおいて死は悪いことじゃない。

 次の、死んだ後の長い命の始まりなんだと、神父様は教えてくれた。

 

 ならママは、試練を乗り越えて、今は幸せになっているんだろうか。

 

 ママの告別式が終わると、木綿季は私にしがみついて大声で泣いた。

 髪が短くて男の子と間違われることもあった木綿季がぼろぼろ涙を流して。

 

 涙が止まらない大切な妹を抱きしめながら決めた。

 

 これからは私が強くなろう。泣かないようにしよう。

 死んでしまったママの代わりに私がなろう。

 

 だって、私はお姉ちゃんなんだから。

 

 

 ママがいなくなって、三人家族になって、私たちは引っ越すことになった。

 といっても、正しくは今まで通院のために病院の近くに引っ越していたのだけれど、通院の数が少なく済むようになり、もともと住んでいた家に戻ることになったのだ。

 

 まだママが元気だったころに家族で住んでいた真っ白の家。

 隣には古めかしい和風のおうちがあって、前まではおじいさんとおばあさんの二人暮らしだった。

 

 引っ越すにあたって三年生の春に転校することになった。

 前の学校は休みがちで友達もあまりいなかったし、うっすらと私たちの体のことも広まりかけていたし、あまり未練はなかった。

 

 HIVウイルスは恐ろしくはあるが、なにも日常生活の中で感染するほどの感染力はない。粘膜接触なんかでもすれば違うらしいけど、ジュースの回し飲み程度じゃ移る危険性なんてほとんどないらしかった。

 だから、パパと先生は転校した先ではHIVキャリアーであることは最低限、学校側に伝えるにとどめることを決めた。それが最善だと。

 

 その話を説明されたとき、かくしごとはよくないんじゃない? と首をかしげるユウの頭を、「君たちを守るためだ」とパパがやさしくなでていたのを思い出す。

 

 私たちの病に完治はない。

 薬を飲み、常に悪化を防ぐための対策をして、生きていく。

 それはか細い平均台の上を一歩一歩踏み外さないように歩いていくようなもので、その細い道を踏み外せば私たちは下に落ちてしまう。

 そこまでも深い、奈落の底に。

 

 新しい学校には三年生の春から通うことになった。

 

「う~、緊張するよ~!」

 

「ユウ、もうほら少しは落ち着いて。あんまりそわそわしてるとほかの人から変な目で見られちゃうよ」

 

「だって知らない人ばっかだし、それに姉ちゃんとも違うクラスになっちゃったし! それに、ボクらは……」

 

「心配性だなあ、ユウは。大丈夫だよ、倉橋先生もそう言ってたでしょ? 学校の先生も助けてくれるってそういってたし、ほらリラックスリラックス」

 

 空き教室で、先生が呼びに来るのを待つ間、ぽんぽんとユウの頭を撫でてやる。

 ユウの頬がへんにょりと緩む。

 

「へへ、なんか姉ちゃんの撫で方ママに似てるね」

 

「そう?」

 

「うん。やさしー感じ。すごいな、姉ちゃんは、こういうときも落ち着いてるし、家のことだってばっちりするし」

 

「ふふ、お姉ちゃんですから」

 

 そう、お姉ちゃんだから。

 だから私は頑張らなきゃ。頑張ろうと決めた。

 

 幸い転校した学校はいいところだった。

 転校生の私も疎むことなくクラスの輪に入れてくれたし、それはユウのクラスもそうみたいだった。

 ユウが毎日「今日はクラスの友達とさ~」って言って楽しそうに報告してくるのを聞いてパパも嬉しそうで。

 

 このころからちょうど昇進して忙しくなってきたパパに代わって家事をするようになった。

 レシピはママが残してくれていたから、料理はそれを真似するだけでよかった。

 料理を作っている間は、死んだママがそばにいてくれるような気がしてさみしくなかった。

 

 ユウと分担して洗濯はユウの仕事に、料理は私の仕事になった。

 

 そういう生活がしばらく続いたころ、ある日ユウが初めて家に友達を連れてきた。

 

「姉ちゃん紹介するよ、この子隣の家の緋彩(ひいろ)くん!」

 

緋彩(ひいろ)英雄(ひろ)です。よろしく、紺野のねーちゃん」

 

「はあ、よろしくお願いします」

 

 隣の家、おじいちゃんとおばあちゃんだけじゃなかったんだ。

 

「すっげー! マジで紺野と同じ顔じゃん! 双子ってマジなんだな!」

 

「もー、だから姉ちゃんとボク似てるよって言ったじゃんか」

 

「いやそれでもここまでとは思わねえって。いやーすげえな、神秘だな。マジカルだな。そういやライダーにはあんま双子のキャラとかいねえな」

 

「らい……?」

 

「あー、なんでもないよ。気にしないでくれ」

 

「姉ちゃんテレビ借りるね。緋彩くんがゲーム持ってきてくれたんだ! 姉ちゃんもする?」

 

「んー、私はいいかな。借りてきた本読んじゃいたいし」

 

「そっか。じゃ、いこ緋彩くん」

 

「うん。じゃあお邪魔します!」

 

 黒髪の、いたずらっぽい笑顔の男の子。

 一回家に寄ってきたらしい彼は、大きなリュックサックからがちゃがちゃとゲーム機を取り出しながらうちのテレビに接続していく。

 

「つーか、紺野の家まーじでゲームなにもねえのな」

 

「あー、うん。ボクも欲しかったけど、あんまりわがまま言うのもよくないかなって」

 

「まじめだなあ紺野は。ま、その気持ちもわかんねえでもないけど。っしできた」

 

「わ、ついた! ついたよ緋彩くん!」

 

「ったりめえだろ。つかなかったら問題だっての」

 

「で、でもボクこういうの初めてで!」

 

「こんなとこで盛り上がってちゃゲームやり始めると紺野ワクワクで死んじまうぞ」

 

「―――っ、それは、やだな。死ぬのは、嫌だ」

 

「? だよな。ほら、リモコン持てよ」

 

「うん、おおー、すごい、ボタンがいっぱい……緋彩くんはこれが全部何かわかるの?!」

 

「紺野ほんといい反応するなー」

 

「そ、そうかな?」

 

「おうとも。くく、これなら俺が紺野に初勝利を飾るのも遠くないかもな……」

 

「ふふ、かけっことテストの点と、あとこの前のドッジボールに続いて四戦目だね!」

 

「見てろ! 俺はこれで紺野に勝ーつ!」

 

 テレビの前でワイワイとゲームをするユウと緋彩くんを、ソファに座ってぼんやりと見る。

 

「なんでさっきからボクのカービィばっかねらうの! ほかにもNPCいるじゃんかあ!」

 

「ククク……獅子は兎を狩るのにも全力なんだよ。ヴェハハハハ! いけえ俺のドンキーコング!」

 

「あー、やられるやられる! わああああっ!」

 

「クククそんな声出しても……ほぐっ! 紺野おま、リモコンと一緒に体を動かすな! いてっ、いてっ、当たってんだよさっきから!」

 

「わああああ、あれ、なんか緋彩くんのドンキーコングがNPCのマリオにやられてる」

 

「オ・マ・エ! お前の肘うちのせいなの!」

 

「え、えへへ、ご、ごめん?」

 

「ごめんでいいなら警察はいらないんだよなあ。ほらもうちょいちゃんと謝りなさいよ」

 

「ええと、ごめん……ボク緋彩くんがNPCに負けちゃうくらいの腕なんて思いもしてなくて……」

 

「なぜ突然あおった????」

 

「?」

 

「上等じゃねえか! もう一戦やってぼこしてやるよ!!」

 

「え、もう一回やれるの? やたっ」

 

 ユウのあんな顔、なんだか久しぶりに見るかも。

 ママが死んじゃってからは、どこか無理してる時もあったから、ああいう風に笑ってるのを見るだけで、なんだか私もうれしい。

 

 緋彩くんはそれからも時々私たちの家に遊びに来た。

 なんでもユウと緋彩くんはどっちがクラスで一番すごいかの競争をしてるらしく、四戦目の今はゲーム対決をしてるらしかった。

 

「ねえねえ、緋彩くん、なんでゲームこんなに付き合ってくれるの?」

 

「あん?」

 

「だって緋彩くんとボクいろいろゲームしてるけど、最近は遊んでるだけっていうか、勝負なら君の勝ちでついてるような……」

 

「なーにいってんだ、オマエ初心者。俺熟練者。そもそも勝負の土台に立ってねえよ、いままでのは全部練習だ」

 

「おお、結構フェアなんだね」

 

「当たり前だ。俺は仮面ライダーに……こほん、まあ正々堂々とした正義の男になりたいからな。弱い者いじめはしない」

 

「でも緋彩くんボクにまあまあの割合で負けてない?」

 

「うるせぇ! まだ俺全然本気じゃないだけだから。いまは紺野にゲーム教えてるターンだから! そのうち紺野が俺の持ってるゲーム全部クリアしたらそのうち戦いを挑むから! 覚えてろよ!」

 

「ぜ、ぜんぶぅ!? それって緋彩くんの家にあるあのたくさんのやつをひとつ残らずやった後てこと!?」

 

「あたりめーだろ。いろいろやらないと何が俺に有利で紺野に不利で俺が一番勝ちやすいゲームなのかわかんねえだろが!」

 

「いきなり人間が小さくなった……」

 

 緋彩くんといるユウは本当に楽しそうだった。

 それこそ、ゲームをやろうと思わないし、自分じゃ買おうとも思えない私が、ちょっぴりゲームに興味を持っちゃうくらいには。

 

「ふうん、これがユウたちがやってるぴこぴこかあ」

 

 つんつん、といつの間にかウチに置きっぱなしにされるようになったゲーム機を触る。

 電源つけるのってここを触ればいいのかな……。

 

「なに、したいんすか、ゲーム」

 

「ひゃああああっ!」

 

「うわあああああ!」

 

 え、だ、誰っ!? 

 

「って、緋彩くん? ユウは……」

 

「いまトイレに行きましたよ。あ、これそこのコンビニで買ったポテチです」

 

「ど、どうも」

 

 レジ袋を受け取って……なんか、じーっと見られてる。

 

「あの、なにか?」

 

「やりたいんすか、ゲーム」

 

「え、えと……」

 

 なんていえばいいんだろう。

 緋彩くんとは別に仲良くはない。うちに来るものだから挨拶くらいはするけど、雑談なんかしたこともない。

 というか私の呼び方まだ紺野のねーちゃんだし。

 

「おっまたせー、緋彩くん今日のゲーム……あれ、姉ちゃんどうかした?」

 

「ううん、なんでもないの。私お皿あらうから、二人は楽しんで」

 

「えと、姉ちゃんももしかしてゲーム」

 

「ううん。私のことは気にしないで。そういうの、よくわからないし」

 

 ユウは少し不思議そうにしてたけど、きっと気にしないだろう。それくらい緋彩くんと遊ぶのは楽しそうだったから。

 ほら、だから今だって私と緋彩くんをちらちらと見比べている。

 

「緋彩くん、あ、あのさっ」

 

「……よし、紺野、今日のゲームだけどマリオパーティするぞ」

 

「え、パーティ? なんだっけ、双六みたいなやつだっけ?」

 

「おう。あれは割といろんな友達の家でもやるやつだからな。だが大変困ったことが一つある」

 

「困ったこと」

 

「このゲームさ、パーティゲームだからやーっぱ二人じゃ盛り上がらねえんだよなぁ~」

 

「そうなの?」

 

「ったりめえよ。ISSAのP.A.R.T.Yでも老若男女はシャッフルしろって言ってるしな。パーティはそういうものだ」

 

 一茶のパーティ……俳句とかよむのかな。

 

「まあそういうわけで、いるんだよな、今日のゲームには三人目」

 

「ああ、なるほどいるんだね、三人目が」

 

「そう、わかったな?」

 

「うん、バッチリ」

 

 二人が顔を見合わせて、ニヤッと笑った。

 そして、今度は示し合わせたように私に目を向ける。

 

「な、なんで私を見るの?」

 

「紺野いけ捕まえろーっ!」

 

「おっけー! 姉ちゃんそういうわけだから一緒に遊ぼうよー!」

 

「わ、私はそういうのわからないから……」

 

「くくく、残念だったな俺はお前の意見は求めん! へへ、スウォルツのセリフちょっと言ってみたかったんだよな」

 

「ほらほら姉ちゃんリモコンだよ、座って座って」

 

 ユウがニコニコ笑ってリモコンを私にもたせるとすとんと左に腰かけた。

 

「パーティゲームは基本三人以上で遊ぶんだ。なにせ、パーティだからな、二人じゃダメなんだよ、二人じゃコンビになっちまう」

 

 そのさらに左、ユウの隣にリモコンを持った緋彩くんが腰を下ろした。

 

「でも、私ゲームのこと何もわからないし」

 

「なあにいってんだそれがいい! 弱いやつが増えるとカモができて俺が勝ちやすい!」

 

「清々しいほどの器の小ささ! ボクちょっと驚いちゃったよ」

 

「やかましいわ。弱者は強者に食い物にされるもんだ、そうバロンもいってた」

 

「バロン……誰?」

 

「ん、あー、気にすんな! 大したことじゃねえ! ぶねえぶねえ、ついラネタ出すのはやめなきゃな

 

 もごもごと何かをごまかしつつ緋彩くんは、体を倒してユウ越しに私に向けて笑顔を見せる。

 鋭い犬歯がのぞく、ニヤッとしたいたずらっぽい笑顔。

 

「ま、そういうわけだ、大人しく俺と紺野に付き合ってくれや、紺野のねーちゃん」

 

 強引すぎる言い分だった。

 顔にはどうだやってやったぜとありありと書いてあって、私を巻き込んだことに勝ったとすら思ってそうだった。

 

 でも、わかる。

 彼は私がゲームを触ってるのを見たから、それで私を巻き込むことに決めたんだ

 

 別に友達ではない。互いに名前で呼び合うほどの中でもない。

 きっと学校であっても一緒に遊ぶことはないと思うし、きっと趣味も合わない。

 

 でも、なんとなく悪くはない人なんだろうなってことは、わかった。

 

 しばらく時間が過ぎて、緋彩くんが私たちの家に来るのが当たり前になったころ。

 私も時折二人のゲームに混ざるようになった。

 初めてのゲームのとき私の運が良かったのか流れるように一位になっちゃって、最下位の緋彩くんがムキになっちゃったんだ。

 

 二人といっしょにやるゲームには私にはよくわからないものもあった。なんかボタンをぽちぽちする格闘ゲームとか、戦闘機が飛び回ってるシューティングとか。

 

 でも、三人でやれば不思議と退屈じゃなかった。

 緋彩くんが自分の家からゲームを持ってきて、ユウがやり方を教えてってせがんで、教えてもらったことを私に自慢げに見せてくる。

 そういう時間は、楽しかった。そう、楽しかったんだ。

 

 いままでこんなことはなかった。

 前の学校では私たちが病気であると周囲に知れ渡ってたせいで、私たちに近づいてくるような人はいなかった。

 だから、ユウにも……私にとってもこういう「同じ歳くらいの子とゲームで遊ぶ」っていう当たり前は、初めての経験だったんだ。

 

 私と緋彩くんの関係をなんと言えばいいんだろう。

 ユウとは違って友だちというほど近くなく、かといって他のクラスメートたちと同じく知り合いというほど遠くない、そういう不思議な距離感。

 ママなら何かいい答えを知ってたのかな。

 

 緋彩くんがうちに通い始めて半年近くが経って、私たちは四年生になった。

 学年が変わっても、緋彩くんとユウのゲーム対決は続いていた。

 

「紺野もかなりゲーム上手くなってきたな」

 

「ふっふーん、これだけ毎日やってるしね。ガンガン上達してるの感じるよ!」

 

「まったくだよ。ったく、俺紺野が来るまでゲームも足の速さも一番だったのによ」

 

「二人とも、ゲームもいいけど適度に休んだ方がいいと思うよ。せっかくジュース買ってきてるんだし飲んだら?」

 

「のむー! ボクグレープのやつね!」

 

「あ、グレープはじゃんけんで決めるって話したじゃねえか!」

 

「はやいもの勝ちだもーん。それに今日はボクが勝ち越ししてるし文句は言わせないよ!」

 

「むむ……」

 

 冷蔵庫から紙パックのグレープジュースを手に取って笑うユウに、緋彩くんは言い返せないようだった。

 しばらくして仕方なさそうにりんごとオレンジの紙パックを取るとちらと私を見た。

 

「紺野のねーちゃんはなに飲む」

 

「じゃあ、りんごを」

 

「あいよ。ほら受け取って」

 

 ぽいっと彼がりんごのジュースを私に投げ渡す。

 危ないなぁ。とれるように投げてくれたのはわかるけど、でもこういうのはよくないと思う。わざわざ言いはしないけどさ。

 

 ストローを取って、あれ、うまく取れないや。

 こういう紙パックのジュースのストローってなんでこんなに取りにくいんだろう。

 

 かりかり。

 

「にしても、もうそろそろかもなあ」

 

「そろそろ、って何が。緋彩くん」

 

「あ? んなもん俺と紺野のゲーム対決に決まってるだろ。そもそも俺がここにきてるのそれが理由ってこと忘れてないか?」

 

「え……」

 

「えって、なあにおどろいてんだ。まったく紺野はどこか抜けてるよなあ」

 

「そ、そうかな。そう、だよね……緋彩くんがボクと遊んでるのはボクと決着をつけるためだもんね……」

 

 かりかり。

 まだ私はストローを開けれてないのに、ちう、とユウはジュースを飲む。

 

「なにぶつぶつ言ってんだよ」

 

「べつに、なんでもないし」

 

「そのセリフで本当に何もなかったやつはこの地球が始まって以来いないと思うが」

 

「なんでもないもん!」

 

「ふーん。じゃあ、そんな素直じゃねえやつのジュースは没収しちまうぜー」

 

「あ、ボクの!」

 

 もごもごいっていたユウの手からいつの間にか緋彩くんがジュースを取り上げていた。

 それはさっきまでユウが口をつけていたストローが刺さったまま。

 

「もー、返してよー!」

 

「やーだね。ほれ、何言いかけたのか言ってみろっての」

 

「やだ! もうかえしてってボクのジュース!」

 

「へっへーん、お前が言うまでこのままだぜ。お前があんまり頑固だと俺がジュース飲んじまうぞー」

 

「―――っ、それはだめっ! 返して緋彩くん!」

 

「なんだよムキになるなって。回し飲みくらい普通にするだろ。てかもともと俺今日グレープの気分だったんだ、一口もらうぜ」

 

 あ。

 回し飲みって、それ、ユウが口をつけた時のままで、それって―――それは、私たちの。

 

 口を開こうにももう遅い、緋彩くんはユウをからかおうとストローに口を近づけて―――。

 

や、やめてっ! 

 

 乾いた音が響いた。

 それがユウが緋彩くんの頬を叩いた音だったと分かったのは、緋彩くんが目を丸くして手からジュースのパックを取り落としてからだった。

 

「あ、ぼ、ボク、そんなつもりじゃ……」

 

 ストローからこぼれたジュースが、じんわりとカーペットにしみを作っていく。

 

 叩いたのはユウなのに、一番自分の行為に驚いているのはユウみたいだった。

 わなわなと体が震えて、瞳がゆらゆらと揺れている。

 口は何かを言おうとしているが、それが意味ある文を作り出すことはない。

 

「ひ、緋彩くんボク」

 

「いや、ごめん。悪ノリが過ぎた。……とりあえず今日は帰るわ」

 

「そ、そんな、わ、悪いのは」

 

「俺だ。とりあえず頭冷やすよ」

 

 緋彩くんは頭をガシガシとかくとまた「ごめん」といってランドセルを手にもって私たちの家から立ち去った。

 ユウの弁明を聞かなかったのは、いまのユウの態度から自分が()()()()()()()()()()()()()()()のを感じ取ったからなのか。

 

「ユウ……」

 

「ね、ねえちゃん、ぼ、ボク……緋彩くんが、ボクのにふれそうで、それで」

 

「うん、わかってるから、わかってるから」

 

 ぎゅっと震えるユウを抱きしめ、頭を撫でる。

 

 私たちはHIVキャリアーだ。

 HIVウイルスは血液や、性的行為や、私たちのような母子間での感染を主とするが、実はイメージされているほどにその感染力は強くない。

 

 同じ服なんか着ても問題ないし、一緒に食事をしても大丈夫。鍋なんかも問題ないし、お風呂もプールも……キス、だってほとんど問題にならない。

 

 だから、ジュースの回し飲みだって本当は問題がない。

 

 でも、それでも、ユウは緋彩くんにあれを飲ませるわけにはいかなかった。

 どんなに危険はないと分かっていても、もしもを考えてしまう。

 もしも、もしも彼が口をつけて飲んで、なにか運悪く感染してしまったら。

 自分たちと同じになってしまったら。

 

 この学校で出会った、たくさんのはじめてを教えてくれた彼の未来を縛ることになったら。

 

 きっと、耐えられない。許せない。許してくれない。もう、会えない。話せない。

 もう、かつてのようには戻れない。

 私たちが「そういうもの」だと知った人は、きっと私たちには優しくしてくれない。

 

 それがわかってるから私たちの体のことは隠されている。

 

「う、うううう……ぐすっ、う、うう……」

 

 震えるユウの体はびっくりするくらい頼りない。

 きっと、後悔してる。でも、あの時のユウはそうせざるを得なかった。

 

 ならせめて、私は泣き止むまでそばにいてあげよう、だって私はお姉ちゃんなんだから。

 

 ああでも、カーペットのジュースのしみ、元に戻せるかな。

 

 休みが明けて、月曜になっていつものように放課後になった。

 でも、緋彩くんはうちに来なかった。

 別にもともと毎日来ていたわけじゃないし、でも、ああいうことが起きた後に来られないと、いろいろ心配になってしまう。

 

「……降ってきちゃったな」

 

 朝の降水確率は20%とかだったのに、やっぱり100%の天気予報って難しいんだ

 でも一応傘持ってきておいてよかった。ユウの靴はもうない。一応傘を持っていくように言っておいたし、たぶんクラスの誰かと帰ったのかもしれない。

 緋彩くんと帰ってるのなら、それが一番なんだけど。

 

「あれ、私の傘……」

 

 おかしい。ちゃんと持ってきたはずなのに。

 誰かに間違えて持って帰られたのだろうか。

 ……それなら誰かに入れてもらうしか、あ、佳代ちゃんがいる。

 佳代ちゃんは私の隣の席の女の子で、時々おすすめの本を紹介しあったりする。

 助かった、佳代ちゃんは同じ方向に帰るし、きっと入れてくれる。

 

「佳代ちゃん、いまから帰るの?」

 

「こ、紺野さん、えと……」

 

「? どうかした?」

 

「べ、別に何でもないよ。じゃ、じゃあねっ」

 

「あ、うん、ばいばい」

 

 なにか、変だ。佳代ちゃんは私と同じクラスの友達で、先週の体育だって一緒に準備体操をした。

 あんな風に私の話を聞かずに帰るなんて、なんだからしくなかった。

 

「……どーしよ」

 

 雨は、やまない。

 

 さあさあ降って。ぽつぽつ落ちて。ぽちゃんと跳ねる。

 

 雨は、嫌いだ。

 体冷えるとじっとりと嫌な靄が体に染みつくような気がするから。

 その冷たさと気持ち悪さは、たぶん、私の知ってる一番いやな感覚に近い。

 ひたひたと歩いてくる死の足音、ずっと身近にあって逃げて逃げて、逃げ続けても私はその足音を振り切れない。

 一生この足音との追いかけっこをするしかない。それが私の人生。

 

 雨は、そういう私のこれからのどうしようもなさを思い出させる。

 

 最後には一人ぼっちになって、冷たくなっていく未来を、いやでも思い知らせてくる。

 

 だから、嫌い。

 

 いつの日か一人になってしまうなんて、思い知りなくない。

 

「お、紺野のねーちゃんじゃん」

 

 ふと名前を呼ばれた。いや、私をこう呼ぶのは一人しかいない。

 

「緋彩くん、いま帰りなの?」

 

「だな。日直の仕事でいろいろ居残りしろーって先生に言われちゃってさ」

 

「そうなんだ。ひとり?」

 

「友だちはみんな先に帰りやがった。はくじょーなやつらだよなー」

 

 ぶつぶつ言いつつ緋彩くんはシューズから靴に履き替えると傘立てから真っ黒の大きい傘を引っ張り出した。

 子ども用のじゃなさそうだから、お父さんとかから借りたのかな。

 

「あの、緋彩くんユウは……」

 

 緋彩くんが顔をしかめる。

 

「友だちと先に帰ってたよ。今日は、なんつーか、俺もあっちも気まずくて話せてない」

 

「あの、ごめんなさい。ユウは」

 

「みなまで言うな。わかってる、俺の悪ノリがすぎた。まったく、自分のクズでカスさがいやになる」

 

「……緋彩くんが悪いわけじゃないよ」

 

「んなわけあるか。人に嫌がられることをした方が悪くないなんてことこの世にあるわけない」

 

「……そうかな」

 

「そうさ」

 

 さあさあ。ぽつぽつ。

 

「……カサ、ねえの?」

 

「え?」

 

「だってさっきからずっとここにいるじゃん。それにここ紺野のねーちゃんのクラスの下駄箱じゃねえし、紺野がまだいるか探しに来たんだろ」

 

 思ったより、人をよく見てるんだ。

 

「うん。実は誰かに間違って持った帰られちゃったみたい。あはは、お気に入りだったんだけどね、紫の、ライラックの柄でね」

 

 でも、誰かにもっていかれてしまったものは仕方ない。きっと明日には傘立てに戻るはずだ。そうでなければ先生にでも相談すればいい、うん、そうだ。

 

「ふーん、そうか」

 

 緋彩くんは私をしばらくじっと見ていたけど、やがて玄関から外に出て大きな傘を開いた。

 

「じゃあ俺帰るから」

 

「あ、うん。またね」

 

「……おう、じゃあ」

 

 雨の中、緋彩くんが一歩踏み出す。

 この時間、周りにはもう誰もいない。ただ雨のカーテンによる静謐だけがあたりを包んでる。

 

「あーーーーーくそ、ダッセェ」

 

 あれ、なんか緋彩くんが戻ってくる。

 

「ん、これ」

 

 差し出されたのは大きな黒い傘。さっきまで雨にぬれていたから滴る水滴が床を濡らしている。

 

「使えよ。帰れないんだろ」

 

「え、じゃあ緋彩くんはどうやって帰るの」

 

「俺は走る。男だし、そのくらい別に大したことじゃねえよ」

 

「だ、だめだよ。風邪ひいちゃうよ。それなら―――」

 

 ふたりでと言いそうになって、迷う。

 いいんだろうか、そんなことして。緋彩くんはユウの友だちで、私とは友達なんかじゃなくて。

 それにもし私なんかと帰ってるのを見られたせいで何か言われたりしたら。

 

 ……私は。

 

「それなら、緋彩くんが使ってよ。私はユウに電話して傘を持ってきてもらうし」

 

 そう、言うしかない。

 そうだ、だから緋彩くん―――。

 

「やかましい、お前の意見は求めん。俺のカサ渡すの決定事項だから」

 

「へ、な、なんで」

 

「俺に質問するな―――じゃない、コホン、質問は受け付けない。ほら、いいから!」

 

 緋彩くんが私の手を取って強引に傘を握らせた。

 

「じゃーな! 返すのはいつでもいいから!」

 

 緋彩くんが雨粒のカーテンに突っ込んでいく。

 よく聞こえないけど「アギトのオープニングみたいだ!」って言ってる気がするけど、何のことだろう。

 

「傘、もらっちゃった」

 

 開いてみると、ばさっといつもより大きな音がして視界一面が真っ黒になる。

 

「……やっぱり、悪い人じゃない、よね」

 

 降り続く雨の中、大きな傘を開いてもう見えなくなった背中の影を探しながら、手をすり合わせる。

 

「温かかったな」

 

 手にはまだ、握られたときに温かさが残っていた。

 

 

 なんとなく、あの人なら大丈夫かなって思った。

 

 不器用で口は悪いけど人のことはよく見てて、素直じゃないけど優しくて。

 いまはちょっと気まずくなってるけど、明日になればきっと元通りになる。

 だってユウが緋彩くんのことがすごく好きなのなんか見てたらわかる。

 すぐに話したくなって、二人は仲直りして元通り。

 

 そうなると思った。そうなるはずだった。

 そんな「あたりまえ」、ちょっとしたことで壊れるなんて嫌というほど知っていたはずなのに。

 

「おはよー」

 

 その日、朝から「なんか変だな」と思った。

 いつもならあいさつしたらクラスからはあいさつが返ってくるのに、今日はそれがなかった。

 学級目標に「きちんとあいさつをしましょう」と学年初めにみんなで決めた時から、みんなであいさつをしあおうというルールがあったのに。

 

「おはよ、佳代ちゃん。昨日は雨で大変だったねー」

 

「そ、そうだね」

 

 ランドセルを置いて、隣の席の佳代ちゃんに話しかけると、ひきつった顔を浮かべられた。

 

 おかしい。

 

「っぱ、紺野ってさ」

 

「ばか聞えんぞ」

 

「でも聞いてみてえよ。マジなんだろ?」

 

「それはそうだよ。お母さんが言ってたもん」

 

 おかしい。

 

「給食の時間ですよー、みんな班で食べてくださいね」

 

「あの先生、その、どうしても班じゃないとダメですか?」

 

「どういうこと?」

 

「その……だし」

 

「―――わかりました。じゃあ今日はみんなそれぞれで食べましょうか」

 

 やっぱり、おかしい。

 絶対に、なにか変だ。

 

 考えてもわからないじっとりとした不安に息が詰まる。

 そして、答えは、その日の昼休みにわかった。

 

「紺野さあ」

 

 給食が終わり、先生もいなくなって。私が一人になったとき、クラスメートの男子がにやにや笑いながら近づいてきた。

 

「お前、エイズとかいうビョーキなんだってな」

 

 当たり前の日常が、壊れていった音がした。

 

 その話が漏れたのはどこからだったのか、私にはよくわからない。

 あとでパパが学校に電話した時にわかったことだが、先生の誰か一人が保護者に漏らした私たちのことが、保護者を通して広まってしまったらしかった。

 

 でもその話は全然正確なんかじゃなくて、私たちが恐ろしい病気に感染してるって情報だけが独り歩きした。

 その結果、保護者たちから子どもたちへ「紺野さんの家の子には近づいちゃダメよ」って言われてしまうくらいまでになってしまった。

 

「ユウ、ユウ!」

 

 昼休み、逃げ出すようにクラスから出るとユウの教室に走った。

 不安と悲しさと怒りで訳が分からなくなって、まるで喉にやわらかい鉄を押し込まれたように、重くて、苦しい。

 

 でも、せめてユウだけならまだ、なんとかなるかもしれない。

 

「姉ちゃん……」

 

 でもユウのクラスに行って、まるで見えない檻に入れられてように教室の隅にいる妹を見てすべてを悟った。

 ユウも私と同じように、いやもしかしたら私より早く体のことを指摘されたんだろう。

 そうじゃないとこんな風にユウが今にも押しつぶされそうになってる理由の説明がつかない。

 

「いこうユウ」

 

 手をつかんでクラスからユウを連れ出す。

 ここに残したらダメだ。今はまずいったんどこかに行って、行って、それで。

 

「紺野と紺野のねーちゃん?」

 

 声が、聞こえた。

 

「おまえらなんでこんなとこにいんだよ」

 

 ユウの足が止まった。ユウの手がぶるぶると震える。

 背中の後ろにいる彼の声に、びっくりするくらい、心が波打っている。

 

「ひ、ひい―――」

 

「おいヒロなーにしてんだよ、もう昼休みだぜ。ドッジボールいくぞー」

 

 横合いから出てきた緋彩くんの友だちらしい男の子たちが、笑いながら緋彩くんと肩を組む。ついでのように、ユウの声をかき消して。

 

「いや、ちょっと待てって」

 

「いーや、またねえぞ。俺らのクラス2組に3連敗中だからな、そろそろやり返さなきゃ四年生としてのメンツにかかわる」

 

「そーだそーだヒロ、本なんか読む柄じゃねえじゃん」

 

「いや、でも紺野たちが」

 

「紺野? ああ」

 

 ちら、と友人たちの目が私たちに向けられる。それだけで体が凍り付いたように動かなくなった。

 知ってるんだ。あの目は、私たちのことを知っている。

 今に始まったことじゃない、もしかしたら、広まっていたのはずっと前で、それが表に出始めたのが今日だったというだけなんじゃ。

 

 にやっと、男の子たちが笑う。

 

「ほっとけよ、あんなビョーキ持ち。一緒にいたら移されるぞ」

 

「――っ」

 

「ちょ、紺野!」

 

 そのあとのことは、もうよく覚えてない。

 たぶん、その場からは逃げ出して、午後の授業は波風を立てないように受けて、それで家に帰ったはずだ。

 ランドセルを持ってユウと二人で家に帰ってたからたぶんそう。

 

「姉ちゃん……ぼ、ボク……」

 

「うん、わかってるから、わかってる」

 

 二人で玄関で抱き合う。お互いにここにいることを確かめるように強く。

 

「ボクらが、なにしたの……」

 

 ぽつんと肩に涙のしずくが滴った。

 その涙は止まらない。次々に流れ、滴り、弾けて跳ねた。

 

「なにも、してないよ、私たちは。だから、だから」

 

 次の言葉は言えなかった。だって涙がこぼれないように耐えるので精いっぱいだったから。

 口を開いたらそのまま涙がこぼれそうだった。

 

 ダメだ、泣いちゃだめだ、私はお姉ちゃんなんだから。

 私まで泣いたらユウがつらくなる。ただでさえ緋彩くんともう話せないんだ。

 私より、ずっとつらいはずだ。

 

 だから、私だけは泣いちゃダメなんだ。

 

「お前らビョーキなんだろ。近くに寄んなよ!」

 

「ひっ、触らないで……」

 

「紺野菌タッチー! 早く消毒しろよー」

 

「……紺野さん、その、周りがみんな怖がっていますから、ね」

 

 パパに相談した。倉橋先生に相談した。

 二人とも何度も学校に電話をかけて、時には先生とも話し合いに行っていた。

 倉橋先生はHIVウイルスについて丁寧に学校側に語ってくれたそうだ。

 私たちが元通り学校に通えるように、必死に。

 

 それでも、変わらない。

 子ども同士のことだから、と腰が重くて、学校側でもどうするべきか扱いかねてる、なんて言って。

 

 それでも私もユウも学校には通い続けた。

 いつかみんな分かってくれるはずだと信じて。

 

 話しかけてくれる友達がいなくても、給食をずっと一人で食べることになっても、体育で私のふれたボールに誰も触れたがらなくても、学校に来たら私のシューズがごみ箱に捨てられてても、学校に通い続けた。

 

 でも、変わることはない。

 

 私はこんなことじゃ諦めない。せっかく普通に学校に通えるようになったんだ。

 ママの分まで生きるって決めたんだ。ユウと二人で病気に勝つって約束したんだ。パパとユウと私の三人で幸せになろうって笑いあったんだ。

 

 だから、泣かない。だって、私はお姉ちゃんなんだから。

 

「でも、すこし、つかれちゃった」

 

 放課後、その日の夕飯の買い物に行く途中、見かけた公園でなんとなくブランコに座った。

 なんでそんなことをしたのかわからなかったけど、ブランコをこいでたらだんだん思い出してきた。

 この公園、まだママが元気だったころに来たことがあったんだ。

 

 もう4年前とかかな。あの頃はママも元気で、幼稚園は楽しくて、今度の運動会には藍子と木綿季の好物作っちゃうよ、なんて言われて。パパは運動会のためにカメラ買っちゃったよ、なんて言って。

 木綿季もかけっこで一等賞になるってはりきってて。

 

「あの頃は楽しかったな」

 

 じんわりと視界がにじんだ。

 

「あ、だ、だめ」

 

 だめだ、泣いちゃだめだ。

 そう思うのに一人で楽しかったことなんか思い出したせいで、今まで必死に抑えてた涙が次から次にあふれてくる。

 

「だめ、ないちゃ、だめ、なの……」

 

 目が熱い。ひっくと喉の奥が勝手に音を出した。

 なんで泣いてるのかもう自分でもわからない。

 

 ただ、一度心の中に現れた雨雲はもう心の中から動こうとはせず、ただやまない涙を降らせ続けた。

 

「う、うう、うううう……」

 

 ぼろぼろ零れて。ぽつぽつおちて。ぴちょんと跳ねた。

 

 こんな姿、ユウにもパパにもお医者さまにも絶対に見せれない。

 だれにも、こんな姿見せちゃいけない。

 

「そこにいるの、紺野のねーちゃんか?」

 

 それなのに、なんであなたはこんなとこにいるの。

 

 彼は不思議そうにこちらに歩いてきたのに、私の顔を見た途端いっそ滑稽なほどにあわて始めた。

 

「大丈夫か? どっかいてえのか?! 俺バンソーコーくらいならもってるけど」

 

 そうか、緋彩くんの家は隣とかユウがいってた。だから活動範囲も、買い物に行く店も同じなんだ。

 だから偶然通りがかってしまったってことなんだろう。いやな偶然だ。こんなの誰にも見られたくなかったのに。

 

「紺野のねーちゃん、ほんとうに大丈夫か?」

 

「だい、じょうぶ。こんなの、なんでもないから」

 

「何でもないって、そんなことないだろ! そんなに泣いてるんだぞ!」

 

「なんでもないのっ! 関係ないじゃんそんなの!」

 

「そんなこと―――」

 

「あなただって私のこと病気で怖いって思ってるんでしょ! それなのに同情されたって嬉しくない!」

 

「―――っ」

 

 ほら、黙った。

 

 わかってるんだよ、私。

 私たちが怖いと思っている人たちの多くは、HIVウイルスのことを()()()()()()()()んだ。

 どんなふうに感染するかわからない。どんなふうに対策すればいいかわからない。

 だから遠ざけて、わからないままでもいていいようにしてるんだ。

 

 それは、緋彩くんもきっとそう。

 彼は私たちの病気のことなんてきっとよくわかってないだろう。だって私たちが教えなかったんだから。

 わからないから、怖い。

 それは誰にだってある感情で、だからこそなくならない。

 

「いいよ、私なんかに優しくしないで。あなたが怖いなら、それでいいんだよ。私は平気だから」

 

「で、でもっ! きみは泣いてただろ! それなのに平気なんて、それは、それは嘘だろ!」

 

「大丈夫だもん」

 

「嘘だ! ならなんで誰もいないとこで泣いてたんだよ! 本当に大丈夫な奴は、泣いてるのに大丈夫なんて言わないだろう!」

 

「ああもう大丈夫だって言ってるじゃん! 平気なの! 大丈夫! 大丈夫じゃなきゃいけないの! 私はお姉ちゃんだから!」

 

「お姉ちゃんだからってそんなの」

 

「うるさいうるさい聞きたくない! 約束したんだもん! ママを安心させるために! 私はお姉ちゃんだから、がんばる、って、ぇ……」

 

 視界がにじむ。声が震える。

 もうさっきみたいにぽろぽろ零れてきただけじゃない、あふれた感情と一緒に、止まらない雨が降り続ける。

 

「だいじょうぶ、なの、わたしは、わたしは、おねえちゃん、だか、ら、ぁ」

 

 寒い。やまない雨で、体が寒い。

 

 

「違う、きみは、『お姉ちゃん』じゃないだろ」

 

 

 雨の中、熱い手に触れられた。

 

「え、ちが、わたしは、おねえちゃんで……」

 

「違うよ。違うだろ」

 

 顔を上げると、目の前に苦しげな顔をした彼の顔がある。

 何か感情をかみしめるように、でも真剣に、私を見つめている。

 

「きみは『お姉ちゃん』である前に、ひとりの女の子だろ」

 

「あ……」

 

 やまない雨の向こうから、光が一筋差した。

 

「俺は、俺はクズでカスだ。みんながきみたち二人を無視して、いないものみたいに扱ってるのを気づいて、何もできなかった、ううん、しなかった。怖かった。俺は、どうすればいいのかわからなかったんだ。本当に、ごめん」

 

 彼は思いを吐き出す、懺悔するように、何かの決意を固めるように。

 

「俺はクズでカスだ。でも、いま目の前で泣いてる女の子を見なかったようにするような奴にだけはなりたくない」

 

 だから、と彼が、熱い手で私の両手を握った。

 

「君の名前を教えてくれ。『お姉ちゃん』じゃない、君の名前を」

 

 心の中で降りやまない雨の日に、何よりも温かいその手から気持ちが伝わってくる。

 誰かのお姉ちゃんじゃなくて、『私』を見て頼む、彼の気持ちが。

 

「あい、こ。紺野(こんの)藍子(あいこ)。藍色の子どもで、藍子」

 

「藍子か。いい名前だな。俺のはちょっと変な名前だからうらやましいよ」

 

 彼が、私の涙を指で拭った。

 

「俺はヒロ。緋彩(ひいろ)英雄(ひろ)。緋色の彩りのひいろに、英雄でヒロ」

 

 ヒロ。緋色のヒロ。

 

「俺はクズでカスだ。それにガキだ。頭もいいわけじゃない。でも、それでも、いま泣いてる藍子を助けたい」

 

 助けたい、私を。彼が、助けてくれるの、私を。

 

「だから、こんな俺でも藍子を助けてもいいか」

 

 一人っきりの雨だった。

 ママが死んでから妹を守ろうとしてた。

 この世界には都合のいいことなんてなくて、すべてがうまくなんて行きっこなくて。

 やさしい人もやさしくない人もいて、それが当たり前で。

 

 私たちを助けてくれるヒーローなんて、いなかった。

 だって私たちは普通に暮らせるようになっても、いつか人より早く死ぬことが決まってて、でもここまでよくなったことが奇跡みたいなもので、だからこれ以上を望んじゃいけないって思ってた。

 

 でも、もしそうじゃないとしたら。

 これ以上を望んでいいとしたら。ずっと言えなかった、言っちゃいけなかった『その言葉』を言っていいんだとしたら。

 

 私は―――、私は。

 

 

「たすけて、ヒロ」

 

 

 彼が強くうなずく。

 

「わかった。なんとかする」

 

「なんとかするって、ほんとうに……?」

 

「ああ。きっと、俺の好きな仮面ライダーなら、そうする」

 

「かめん、らいだー?」

 

「ああ、言ってなかったけど、好きなんだよ、俺。今度、木綿季と一緒に見せてやるよ」

 

 彼が立ち上がって、私に手を差し出した。

 

「約束する。藍子の涙を、涙のままで終わらせない」

 

 雨の中差した一筋の光に、私は手を伸ばした。

 

 

 ヒロはそれから私たちのために走り回って、叫んだ。

 

「木綿季と藍子が俺たちに何をした! 何もしちゃねえだろうが! それなのに、わからないからって無視して、馬鹿にして、いじめてればそれでいいのかよ!」

 

 私たちは悪くないと、そう私のクラスにも、ユウのクラスにも、それどころか学年中に叫びまわった。

 

「わかんねえなら勉強すりゃいいだろ! 俺たちはそのために学校に来てんだろうが! 俺はこの前あの二人の担当のお医者様と話してきたぞ! 話してみりゃ感染力は弱いウイルスだってよ! なら無駄だろうが今やってる無視も全部!」

 

 ヒロが担任の先生を警察を呼ばれる寸前まで追いかけまわして、ついに根負けした先生に許可をもらって倉橋先生にHIVウイルスについて教えてもらう特別授業が行われた。

 

「楽しくねーだろーがよこんなの! お前木綿季と藍子の苦しそうな顔見て、それでも満足かよ! ちげーだろ! 少なくとも俺は一ミリも楽しくねえぞ! どうなんだはっきり言えやコラ!」

 

 走って、叫んで、私たちの隣でいつも目を光らせてて、何かがあれば狂犬のごとくかみついた。

 

 このころからヒロは私たちに自分が大好きだという仮面ライダーを見せてくるようになった。

 その熱量と言ったら驚くほどで、なんで今まで表に出してなかったのか不思議に思えたくらいだった。

 

 なんで今になって教えてくれたのって聞いたら、ヒロは頭をガシガシとかいて、恥ずかしそうに言った。

 

「木綿季と藍子は俺にすげー秘密を教えてくれたわけだろ。なら、俺も仮面ライダーと、それが好きになった理由を隠すのはフェアじゃないと思っただけ」

 

 変なところで真面目なんだねって、みんなで笑ったものだ。

 

「うるせえ! ……いまは、これだけだけど、ちゃんと全部話すから。全部さ」

 

 でも、そうした日々の中でも私たちを取り巻く環境は()()()()()()()()()()()

 ヒロが戦ってたのは私たちを取り巻く「世界そのもの」だったから。ヒロたった一人の声かけじゃ、大きくは変わらなかったんだ。

 

 でも、無意味なんかじゃなかった。

 

「藍子、ちゃん」

 

「佳代ちゃん」

 

「ごめんね、私、お母さんから藍子ちゃんとはもう仲良くしちゃだめだよって言われて、でも、本当は、まだお話したいことがあって」

 

「……それは」

 

「ゆ、ゆるして、もらえるとは、おもえないけど、で、でも、私もう一度、藍子ちゃんとお話ししたら、だめかな」

 

「うん。うん……! だめなわけ、ないよ……! だめなわけ……!」

 

 そうだ、無意味なんかじゃなかった。

 少しずつ空気の流れは変わっていった。

 前まで友だちだったみんなが、友達じゃなかったけど遠巻きに見ていた人たちが私たちに話しかけてくれるようになった。

 

 少しずつ少しずつ、そういう人は増えていった。

 

 学年が変わって五年生になるころには新任のやる気にあふれた若い先生が「君たちの力になります!」と意気込んで、クラスはずいぶんと過ごしやすくなった。

 

 

 きっとヒロのやり方は賢くなかったと思う。

 ヒロより賢い人は山ほどいる。ヒロよりみんなを納得させれて人もいただろう。

 

 でも、私たちを助けてくれたのはヒロだ。

 

 口が悪くて、素直じゃなくて、器が小さくて、不器用にやさしくて、ちょっと引いちゃうくらい仮面ライダーが好きな、犬歯がのぞくいたずらっぽい笑顔の、男の子。

 

 私のヒーロー。

 

 ありがとう。あなたに助けてもらって、良かった。

 

 私たちだけの、ヒーロー。

 

 

 

 

 

 夕飯の帰り道、急に雨が降り始めた。

 

「あらら、天気予報じゃ降らないって言ってたのに」

 

 傘を持ってき損ねてしまった。高校生になってこれは少し恥ずかしい。

 

「ユウに電話して傘を持ってきてもらうしかないかなあ」

 

 両手はエコバックでふさがってるから少し面倒だけど、どこかに一度荷物を下ろして……ああ、でももしかしたら、来てくれたりしないかな。

 何の根拠もないけど、なんとなく、ふらーっと、あの日みたいに。

 

「お、藍子やっぱここにいたな。急に雨が降り出したから途方に暮れてるんじゃないかって気はしてたんだ」

 

 雨の中、傘を両手に持ったヒロがやってきた。

 

「……さすがだね、私が傘持ってないのみてたの?」

 

「いんにゃ、急に降り始めたからな。一応傘立て確認しに行ったら、藍子の傘が残ってたからよ」

 

「なあんだ、そうなんだ。感心して損しちゃった」

 

「おいおい、わざわざ雨の中走ってきた幼なじみにそのセリフはねーだろ、そのセリフは」

 

「ふふ、ごめんごめん。ありがとう、嬉しいよ」

 

「ういうい、気にすんな。ほい」

 

 ヒロが傘を差し出してくる。

 あの日から変わらない、紫のライラックの私のお気に入り。

 

 ママが使ってたもので、小さい頃の私はそれがうらやましくてうらやましくて、薄紫の中に咲くライラックの花がかわいくて。

 そしたらママが私にプレゼントしてくれた、大切なもの。

 

 そして、いまこの傘にある思い出はそれだけじゃない。

 

「どうした、何か面白いことでもあったか?」

 

「んーん。ただ、この傘探して持ってきてくれたのもヒロだったなーって思い出して」

 

「……あー、どんだけむかしのこと蒸し返してるんだよ。いちいちいうなよ、そういうこと。恥ずかしい」

 

「ふふ、忘れないよ。だって、すごーくうれしかったもん」

 

「……さよで。ほら荷物どっちも渡せよ、帰るぞ」

 

「これ結構重いし両方持つのきつくない?」

 

「俺は男だぞ。このくらいわけねえって」

 

「ふうん、そっか。なら任せてもいいけど、その時って傘どうやってさすの?」

 

「あ」

 

 完全に忘れてた、という顔のヒロ。

 やっぱり。かっこつけたがりだからこういうところ詰めが甘いんだよね。

 

「半分にしよ? その代わり傘はヒロが持ってよ、一緒に入って帰ろ」

 

「い、一緒に?! いや傘二本あるんだけど―――」

 

「正直片手じゃ持つにはこれ重くて、大変なんだ。だからヒロが傘持っててくれると助かるんだけど」

 

「いやでもここら辺高校のやつらも来るかもしれないし」

 

「毎朝一緒に登下校してるし今更だよ」

 

「木綿季と似たようなこと言いやがって。それでもだな」

 

「私たち幼なじみでしょ? なら、等分だよね」

 

「……わーったよ。重い方渡せよ」

 

「うん。はいどうぞ」

 

 本当は、片手でも持てるけど。うん、せっかくなんだもん。

 

「ん」

 

「ん」

 

 ヒロが私のライラックの傘を開たので一緒に傘の中に入る。

 

 さあさあ。ぽつぽつ。

 

「そういえばさ、ヒロってなんでこの私の傘探してくれたの?」

 

「……その話まだ続けるのかよぉ」

 

「む、ヒロにはどうだか知らないけど私には大事な思い出なんだから。

 だってヒロってばわざわざ傘を間違って持って帰ったかもしれない同学年の人たちに片っ端から間違って持って帰ってないか聞いて回ったんでしょ?」

 

「まだ藍子の見つかってなかったみたいだったから。まあ結局はやっぱり間違えて持って帰った子が……藍子たちの体のこともあって返しにくくなって持ってたってオチだったんだがな。ありゃそのうち自分でも返しに来てくれただろ」

 

「でも、探してくれたのはヒロだよ。ありがとうね」

 

「……だからもういいってば」

 

 傘って不思議だ。

 この小さな空間が雨のカーテンで区切られて、他人が入ってこれない世界に変わる。

 見えなくなったわけでも、私たちの声が聞こえなくなったわけでもない。

 空いた距離はてのひら一つ分。

 でも、いまこの世界には私とヒロの二人きり。

 

 なんか、いいな。こういうの。

 

「それで、ヒロは結局なんであの時傘を探してくれたの?」

 

「……」

 

 ヒロはしばらく黙り込んでいた。

 答えはあるけど、恥ずかしいから言いたくない、といった雰囲気。

 でも、私が根気強くじっと見上げていると、根負けしたように口を開いた。

 

「藍子が、あの傘を大切にしてるの、見たことあったから」

 

「私が?」

 

「ああそうだよ。別に雨なんてあの時だけじゃなかったろ。木綿季を訪ねて遊びに行ったとき、雨の日は毎回あの紫の傘はきれいに手入れされておいてあった。

 だから、藍子にとってあれは、すげー大切なもの……だったんじゃないか、とか」

 

「すごいね、そんなの見てたんだ。あれ、でもその頃って私たちまだそんなに仲良くなかったよね。それなのに覚えてくれてたんだ」

 

「あーーーーー、こういう話になるから言いたくなかったんだよ! ハイソウデス! 俺はまだ仲良くもない女の子の傘の柄覚えてそれがめっちゃ大事にされてるなあとかちょっと気持ち悪い覚え方してましたぁ~~! これで満足か!?」

 

「なんでそんなキレてるの。別に気持ち悪くなんかないよ、すこし、びっくりはしたけど。むしろヒロがあの頃から私のこと覚えてたんだって嬉しいかも」

 

「……さよで」

 

 ふと、気づく。

 ヒロの肩が濡れていた。よく見れば傘だってほんの少し私の方に傾いている。

 

 ああ、もうほんとうにヒロはさ。

 

 あなたはずっとそう。

 泣いてる私に「助けていいか」と聞いたあの時から、あなたは全然変わらない。

 かっこつけて、それでいていつも誰かのことを考えられる自分でいようとしている。

 

 私のヒーロー。

 

 きっと、あなたはだれに対してもそうあろうとしてて、その中での特別に私はたまたま入れてもらえた。

 でも、一番じゃない。

 

 だって、ヒロは一度も私の名前を先に呼ばないんだもん。

 いつだって呼ぶときは「木綿季、藍子」の順番。配信の時だって絶対に「ユウキ、ラン」だ。

 たぶん、意識してのことではない。そんな区別ができるほど器用なタイプじゃない。

 

 だから、私はきっと永遠にヒロの中で「二番目」なんだ。

 

 でもそれでいい。私のヒーロー。私の一番好きな人。

 

 あなたが幸せなら、それでいいの。

 

 私はその幸せを横から見てる、それだけで幸せだ。

 あなたの幸せは私みたいな女じゃなくて、もっと、本当に大切な人とつかんでほしい。

 

 それでいい。それで、私はいいの。

 

 ああでもウィザードだったかな。あのヒロが見せてくれた仮面ライダー。

 絶望を希望に変える魔法使いが主人公で、彼には何よりも大切な女の子がいて、女の子も彼のことが大切で。

 でも、その女の子は途中で死んでしまって、そして最後には主人公は彼女の思い出を宝石みたいに抱きしめて生きていく。

 そういう物語。

 

 それを見た時はうらやましいなって思った。

 

 あんな風に、死んだ後も自分のことを大切に思ってくれるって、ほんとうにきれいだった。

 

「……ヒロ」

 

「ん?」

 

「私、いま楽しいよ」

 

「……そうかい。そりゃあよかった」

 

 ずっとこんな風にいれたらいい。

 いつか私たちの関係が終わるとしても、いまは、いまだけはこの気持ちを宝石みたいに抱いていたかった。

 

「……濡れちゃうよ」

 

 そして私は、いまこの気持ちを雨のせいにして、空いてた距離をそっと詰めた。

 

 

 

 




 
《紺野木綿季》
エグゼイドが一番好き。
ゲームを片手に病気の子どもを助けるヒーローの姿が目に焼き付いてるから。

《紺野藍子》
ヒロとユウキに付き合ってみた中ではウィザードが好き。
もう会えない彼女のことを胸に生きる主人公の姿を本当に美しく思ったから。

《緋彩英雄》
昔は仮面ライダーが好きなのを隠していた。
だいたいなんでも好き。


藍子がヒロに厳しいけど見捨てないのは、ヒロのヒーローの背中を知ってるから。
あの背中を覚えている限り藍子はヒロに失望することはなく、どんなに炎上したとしても、「ほんとうのヒロ」を知ってるから、彼を支えようと思ってる。
ヒーローのヒロを知ってほしいと思いつつも、あのかっこいい彼は私たちだけのものにしたいと言う可愛い独占欲も抱いている。

仮面ライダーウィザードのオープニング「Life is show time」、ヒロも藍子も大好きないい歌です。


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Kを探せ/眠れる騎士たち
さあ、夏休みまでの日数を数えろ


 
劇場版 ソードアート・オンライン プログレッシブ 星なき夜のアリア公開記念更新です。めちゃくちゃ面白かったです。おすすめです。
今週からまた更新していきます。


 

 

 

 

 日曜日。コボルドロード討伐の翌日。

 俺がテレビの前に待機してると眠気まなこの木綿季が顔を出してきた。

 

「おはよー」

 

「おう、おは」

 

「いまヒロのお母さん居ないんだっけ」

 

「うん出張。今日の夕方ごろに帰ってくるって朝連絡あってた」

 

「パパもさっきまだ寝てたし、やっぱりお仕事って大変だ」

 

「だなー。頭が上がらねーわ」

 

 俺の日曜日は速い。なにせスーパーヒーロータイムがあるからだ。

 

 といっても日曜朝のスーパーヒーロータイム、通称ニチアサに早起きしなきゃいけなかったのも過去の話。いまではプリキュアが八時半で九時からライダー、戦隊に至っては九時半スタートで終わるのは十時だ。

 

 正直俺が小二からこの時間帯なので、もう慣れたといえばなれたのだが、だからと言って子供のころに染みついた日曜朝にワクワクしながら早起きする習慣だけは抜けきらず、こうした日曜はやたらと早く起きることになっている。

 

 でもってそんな俺の習慣に引っ張られて、いつからか木綿季も俺と並んでニチアサを視聴するのが恒例になっていた。

 

「うーん、やっぱり今年のオープニングかっこいいねぇ~」

 

「わかるぜ。令和は結構挑戦的な試みが多いからオープニングひとつとってもかなり個性が強い。……ん、へえ、ここでヒロインと」

 

「わ、敵出てきたよ! か、勝てるかな……」

 

「いや残り話数的に……おおっ、ここでフォームチェンジ連続で!?」

 

「でも敵も強いよ! あ、ここでそれを!?」

 

「「 おお~ 」」

 

 ふー、堪能した。今週も日曜朝が一瞬だったな。どの番組をとってもしみじみとした満足感を与えてくれる。

 一週間生きててヨカッター! 

 

「ふたりともー、テレビ終わったー? それならテーブルにお皿運んで―」

 

「あ、はーい」

 

 キッチンからの藍子の声に木綿季がぱたぱたと走っていくのを追いかける。

 

「お、今日はサンドイッチか。やりい」

 

「たまごにハムにー、あ、カツもある!」

 

「ヒロのお母さんに余ってるパン使っておいてってお願いされちゃったから。カツは昨日余っておいたのの再利用。ちょっと重めだけどもう十時だしブランチのつもりなら食べれるでしょ?」

 

「らくしょーらくしょー、じゃあお皿運ぶねー」

 

「なら俺は飲み物でも用意すっか。俺コーヒー淹れるけど木綿季と藍子は何飲む?」

 

「ボクはカフェオレ! 砂糖も入った奴で!」

 

「じゃあ私も同じのを。いい?」

 

「まあいいでしょう。伝説の闇包丁を使うまでもなくお前らを骨抜きにしてやるよ」

 

「コーヒーメーカーのボタン押して牛乳混ぜてるだけなのになんかすごい偉そうだね」

 

 うるさいわい。

 

「ほい、三人分」

 

「わ、ありがとー」

 

「ありがとう、ヒロ」

 

「んー」

 

 コーヒーを俺の前に、カフェオレを二人の前にそれぞれおいてやると、席に座って一息。

 腹は減ってる……が、まあ二人が食前の祈りをしている間は大人しく待つ。

 

 別に急ぐ何かがあるわけじゃないからな。

 

「……よし、おまたせヒロ。食べようか」

 

「おう、じゃあ俺もいただきます!」

 

「はい、めしあがれ」

 

 藍子の声を合図にサンドイッチに手を伸ばす。

 

 最初はやっぱりオーソドックスなハムサンドからだろう。

 からしマヨネーズの塗られたパンはしっとりと柔らかく、一口かじるとハムのうまみとしゃっきりとしたきゅうりの歯ごたえが口の中を飽きさせない。

 ぎゅむぎゅむとかみしめるだけで口の中は満足感で満たされるレベルだ。

 文句なしにうまい。

 

「ん~~~、おいしー」

 

 うーん、木綿季うまそうに食うよなあ。両手でサンドイッチを手に取ってはぐはぐ口に切れる姿はなんかリスっぽい。

 よし、俺も次は木綿季と同じたまごサンドにするか。

 

 薄く切られた食パンの間には、塩コショウとマヨネーズで味付けされたペーストされた卵がぎっしりで、手に取るだけでその圧倒的な存在感が伝わってくる。

 くく、こいつぁヘビーな敵になりそうだ。

 

「はぐっ」

 

 あー、おれこれすき。マヨネーズとたまごってまず合わねえはずねえもんな。

 さすがサンドイッチの鉄板のひとつ。うまい。間違いない。

 

「じゃあ、最後だな。待ってましたのカツサンド!」

 

「ヒロは元気だねえ」

 

「そりゃ朝から贅沢にもカツサンド! これでテンション上げるなっていう方が無理だぜ!」

 

 今まではあとで藍子に味の感想を言うために味わって食ったが、これは豪快にかじりついて本能の赴くまま食らいたい。カツサンドってのはそういうもんだ。

 

 じゃあ、いただくぜ! 

 

 大きく口を開けて一口。パン生地を挟んでのざっくりとした衣の感触、その先の肉の繊維をまとめてかみ切る。

 瞬間、じゅわりとした成長期男子の胃袋を満足させる肉汁と、それを際立てるからしとソースの二重奏。

 下にぴりつくように伝わるアクセントも、口の中に入ってすらこれでもかと存在を主張するでっかいカツも、どれをとっても完璧だ。

 

「あー、美味い。マジで。うん、美味いぜ藍子!」

 

「私はママのレシピ通りに作ってるだけだから」

 

「でも作ってくれたのは藍子だ。なので俺は藍子と藍子のおふくろさんに感謝する。ありがとう、美味い飯を食わせてくれて」

 

「大げさだなあ。でも、ありがとう」

 

 さすがにそろそろ口の中がぱさついてきたのでコーヒーに口をつけてリセット。

 うーん、苦い。苦い……けど、昔に比べると味がわかるようになってきた気がする。

 なんというのか、苦さのあとに香りというのか、豆の甘味みたいなのが舌に残る。

 この感覚はそんなに嫌いじゃない。

 こういう後味を飲み比べられるようになったら大人に近づくんだろうか。

 

「じーっ」

 

「あん、なんだよ木綿季。飲みてえのか?」

 

「え、あ、うーん、ちょっとは興味ある……かも」

 

「ユウには無理じゃないかなぁ。先週試したときも涙目になってたし」

 

「きょ、今日はいけるかもしれないから! たぶん!」

 

「ふうん、じゃあほれ」

 

 マグカップを木綿季に差し出すと、ちらっと不安そうにこっちを見てきた。

 

「ヒロのそのままボクが口つけても、いいのかな」

 

「はいはい今更気にしねえからさっさと飲むなら飲めよー。お前のカフェオレ飲んじまうぞ」

 

「そ、それはだめっ」

 

 木綿季が俺のマグカップを手に取った。

 やれやれ、いまさらこんな回し飲み程度でいちいち不安になるなっての。何年お前らの幼なじみやってきてると思ってんだ。

 

「じゃあ、のむよっ!」

 

 やあっという叫びが聞こえそうなほどの決意に反して木綿季はちびっとマグカップに口をつけて、すぐにうぎゃっと舌を出した。

 

「に、にぎゃい……ね、ねえちゃん……」

 

「はいユウ、カフェオレだよ」

 

「あ、ありがと……」

 

「ワハハ、おこちゃまめ。身長が160になってから出直してこい」

 

 ほれマグカップは返してもらうぞ。

 ごくり。うん、コーヒーは苦い。当然だ。

 

 そのあとはしびびっとカフェオレで舌を落ち着かせている木綿季を尻目に、自分の分のサンドイッチを食べ終わると手を合わせる。

 

「ごちそうさま藍子。今日もうまかったよ」

 

「はいお粗末様です。……あ、ヒロちょっとじっとしてて」

 

「ん?」

 

 なんだろう。

 言われるがまま藍子をぼけーっと見ていると、机の向こうからぐいっと藍子が身を乗り出してくる。

 

 こ、これは!!!! 

 

 しまったこの態勢だとまだ外行き用ではないゆったりとしたルームウェア姿の藍子(木綿季も藍子も窓から俺の部屋に不法侵入してくるので着替えてこない)の服の首元が緩んで、あー、あーーーー! 

 

「ふふ、口元にたまごついてたよ……なにそのポーズ」

 

「俺の体からヤミーが出てこないようにこらえてる」

 

「ふうん? はむっ」

 

「―――っ、藍子さあ、そういうことあんまやるなよな」

 

「? ヒロがユウと回し飲みするのと変わらなくない?」

 

「……さよで」

 

 藍子は俺のことを木綿季と同じ弟かなんかだと思ってる節がある。

 まあ出会ったときに俺が「紺野のねーちゃん」と呼んでたのが悪いんだろうけど、それにしたって心臓に悪い。

 

「むーーー、ボクだけまた仲間外れ」

 

 なんか犬みたいに木綿季が唸ってる。

 

「ヒロ! ボクも口になんかついてる気がする!」

 

「え、ああほんとだ。カツサンドのソースついてんぞ」

 

「ん! とって!」

 

「ええ……それくらい自分でやりなさいよ……」

 

 まあそれくらい別にいいけどさ。

 頬を膨らまして顔を突き出してくる木綿季の口元をティッシュできれいに拭いてやる。

 

「よし、これでいいだろ。きれいになったぞ」

 

「なんかちがう気がする……」

 

 何を求めてたんだこいつ。

 

『いやあ、それにしても大きなニュースになりましたね、ソードアート・オリジンは』

 

『ですねえ。あの公式アイドル《YUNA》のフロアボスクリア後発表された大型イベント告知! これから始まる夏休みに向けた動きといったところでしょうか』

 

『そうでしょうね。今まではコボルドロードしか戦えなかったフロアボスもこれからどんどん増えていくようです。中には大型レジャー施設を貸し切っての攻略企画があるところもあるんだとか』

 

『やはりこの動きはあのフロアボス攻略からプレイヤーが大幅に増加したことも影響してそうですね』

 

『ええ、なんでも一部自治体と連携した大きなイベントになるそうです。大型イベントの最後には大規模なフィナーレイベントが予定されているとの情報もあります』

 

『これからのソードアート・オリジンの動きから目が離せなくなりそうですね』

 

 適当にオーグマーで流してたVR・ARゲームの情報ラジオを聞きつつ、それぞれ飲み物でのどを潤して一息。

 

 さて。

 

「そろそろ、だな」

 

「うん、だね。準備はオッケーだよ」

 

「私も。オーグマーつけてればいいんだっけ」

 

「たぶんな。俺も正直よくわかってないけど、そこらへん含めて自分で説明してもらうとしようぜ」

 

 なにせ俺らにはわからないことだらけだしな。

 

 首にかけていたオーグマーを耳にひっかけて、長めの瞬き二回で起動。

 ここからどうしたもんかな。とりあえずオーグマーをノックして……。

 

「えーと、()()()()?」

 

 変化は一瞬だった。

 

「はい。オーグマー起動に合わせてスリープモードから移行しています」

 

 ぶうんと俺のオーグマーが低い音を立てると、次の瞬間俺たちの視界に一人の女の子が現れる。

 

 腰まである癖のない艶やかな髪は瞳と同じ深い黒。

 対して身に纏う飾り気のないワンピースは、汚れひとつない真っ白。

 ぱっちりとした大きな目と整った顔立ちは人の目を引きそうだが、それよりもいまだ伸びきってない手足のせいで「かわいらしい」といった印象が先に立つ。

 

 簡潔にまとめるとするならば「将来美人になりそうな女の子」が俺たちの前に現れていた。

 

 身長が男の俺は当然として、同世代の中でも小柄な方に入る木綿季や藍子よりも低いあたり実際に子どもなんだろう。

 172ある俺の肩あたりまでないし、たぶん身長は140ないくらいってところだろう。

 

 っと、いつまでも黙ってるのもよくないな。

 

「ええと、あのさ」

 

「おはようございます、ヒロさん」

 

「へ、あ、はい、おはようございます。礼儀正しいな」

 

「はい、朝に人と会ったら挨拶をする、というのが社会に生きる上でのルールだと聞いています」

 

 丁寧に頭を下げられたのでこっちも下げ返す。なんか調子狂うな。

 

「えーと、それでユイ……さん?」

 

「ユイだけで大丈夫ですよ、ご主人さま(マスター)

 

「ま、ますたぁ!?」

 

「ヒロさんは私のいるオーグマーの持ち主なんですからそう呼ぶのは当然ですよ?」

 

「いやそうかもしんないけどさぁ」

 

 なんかこういうのって、ほら、木綿季と藍子が……。

 

「ふうん、こーんなちっちゃい子にマスターとか呼ばせるのが好きなんだー」

 

「ヒロ?」

 

「ほらー言わんこっちゃない! 誤解! 誤解だから!」

 

 木綿季のじとーっとした目が痛い! 藍子は笑顔なのに目が笑ってない! 

 

「とりあえずマスターはやめよう」

 

「では何と呼べば?」

 

「とりあえずヒロって呼んでくれりゃいいから!」

 

「ではヒロさん、と」

 

 まるで笑顔のお手本のような微笑みとともに彼女が頷く。

 ううん、その呼び方もまだまだくすぐったいんだけど……ほかに代案も思い浮かばない。とりあえずはこれで行くしかなさそうだ。

 

「それで、ユイちゃんは私たちにお願いがあるんだっけ」

 

「あ、ボクなんとなく覚えてるよ! 確か風呂の剣士をさがす!」

 

「《黒の剣士》な。それじゃあ銭湯の守護神かなんかになってるから」

 

 あとはアンダーワールドがどうとか言ってたけど……あれはどういうことなんだ? 

 

 いやいや、その前に、だ。

 

「きみ、NPCじゃない、よな?」

 

「違うの? ならプレイヤーなのかな?」

 

「うーん、それは違うんじゃない? ヒロのオーグマーの中にいるのは確かみたいだし。じゃあなんなのかって聞かれるとボクにもわからないけど……」

 

 木綿季がもごもごと口ごもる。

 

「いや木綿季の言うことは正しいぜ。

 SA:O──アンダーワールドには無数の高性能なNPCがいて、俺らはその人たちと話し合うことはできるけど、その人たちとむやみに触れ合ったり動かそうとしたらハラスメント警告が出るようになってんだ」

 

「ハラスメント?」

 

「動かさないでくださいーみたいな表示が出るんだよ。それを無視してNPCにいじわるとかを続けると運営に報告されてアカウント凍結って話だ」

 

「ほへぇ〜、まあ確かにいじわるはダメだよね、いじわるは」

 

 だけど、この子は初めてであったところから動かすどころか、俺のオーグマーに住み着いている。

 これは普通のNPCではありえねーことだ。もちろん彼女が超特別なNPCって可能性もあるが、なんとなく、それは違う気がする。

 

 この子は、いろいろと違う。

 

「みなさんの言うことはどれも間違ってはいません。私はNPCではなく、またプレイヤーでもありません」

 

 その子は、ふ、と年に似合わない大人びた表情を浮かべる。なんだか、どこかで見たような笑顔で。

 

「私は、運営側のAIです。人工知能、と言ってもいいですね」

 

 AI。それって、仮面ライダーゼロワンのヒューマギアとか、鉄腕アトムとかそんなの? 

 この子が? こんな俺たちと普通に話してるのに?

 

「最も正しい表現をするのだとすれば私はこのソードアート・オリジンというゲームを統括するカーディナルシステムから派生するメンタルヘルスカウンセリングプログラム、ユイです。

 みなさんにわかりやすい形に言い直せば、健康管理AI、とでもいったところでしょうか」

 

 かーでぃ、なんて? 

 

「このゲームはカーディナルという自動制御のシステムによって管理されているんです。言うなれば24時間リアルタイムで世界を運営しているAIのゲームマスターです。

 考えたことはありませんでしたか? ソードアート・オリジンというゲームはどうやって無数にいるプレイヤーたちですら把握できないほどのクエストを作っているのかと」

 

「それは、考えたことないとは言わねえけど」

 

「その答えがカーディナルなんです。カーディナルは常に世界中のインターネット、書籍、文献、創作物から学習をし続けクエストを自動生成する機能があります。

 またそれだけではなく、カーディナルはプレイヤーたちの安全性に気を配る機能も存在し、私は特にそのメンタル面の観測、ケアにあてられている端末になります。

 ですが、私自身、いまの状況について理解しかねていることが多くて……」

 

「……細かく説明してくれているとこ悪いんだけどさ」

 

「はい?」

 

 こてん、と首が傾げられる。そういうところは、ちょっと年相応っぽい仕草なんだな。

 

 でも、話すのをやめてくれたのは助かる。なんたって、うん、隣がね。

 

「ZZZ……」

 

「ええと……?」

 

「わるい、木綿季と藍子が話についてこれてねえ。ちょっとまとめていいか?」

 

「あ、ああっ、すみません」

 

 いや気にすんなよ、こういう二人だから。

 というか木綿季は起きなさいっての、ほれ。

 

「むにゃ、もう食べられないよ……」

 

「びっくりするくらいテンプレートな寝言だな」

 

「ヒロがねえちゃんのおやつ食べちゃったのは黙っておいてあげるから大丈夫だってぇ……むにゃ」

 

「……ヒロ?」

 

「シラナイデース! さ、話を続けようぜユイユイ!」

 

「ゆ、ゆいゆい? そ、それ私のことなんですか?」

 

 あたぼうよ。だから話を進めよう、このままじゃ追及が俺に向く。

 

「あとで話聞くからね」

 

「……ハイ」

 

 手遅れみたいですね。くそう。

 仕方ない、眠ってる木綿季はほっといて、俺たち三人で話を進めていこう。

 

「ええと、整理すると、SA:OはカーディナルっていうとってもすごいAIで管理されてて、あなたはそのAIの一部ってことでいいのかな?」

 

「はい。概ねその理解で間違いありません」

 

「なるほどな、だいたい分かった。アンダーワールドはショッカー、カーディナルはショッカー大首領、そして君は地獄大使みたいなもんってことだな」

 

「え、そ、それは正しいのか私のメモリーで判断しかねますが……た、たぶん間違ってないと思われます?」

 

 なら大丈夫だ。じゃああとは、だ。

 

「なんでユイちゃんがヒロのオーグマーから出てきたかってことだよね!」

 

「おわっ、おま、ぶねっ!」

 

 いつの間にか起きていた木綿季が俺を乗り越えてユイちゃんの方へと身を乗り出した。

 こいつ俺が支えてやらなかったら倒れてるところだぞ。

 

 しかし木綿季の言うことには同意だ。

 この子の言うことがすべて正しいのなら、なんで明らかに運営側のAIが俺のオーグマーなんかにいるんだ? 

 あの時俺はただコボルドロードの撃破報酬の《世界の種子(ザ・シード)》とやらをオブジェクト化しただけなんだし。

 

 なにかこれにも理由が……どうしたそんな急にしょぼくれた顔して。

 びしょぬれのチワワみたいになってんぞ、きみ。

 

「申し訳ありません。実は私自身もなぜ私がヒロさんのオーグマーにいるのかがよくわかってないんです」

 

「わかってない?」

 

「正確には『私』というAIのメモリーが何らかの外部ダメージにより読み取れなくなってるんです」

 

「それは、記憶喪失っていうこと?」

 

「そうですね。あなたがた人の『記憶喪失』という状態が、いま私が置かれている状況に一番近いといえるでしょう」

 

 藍子の確認に「正確にそのものとは言えませんが」と付け加えて、彼女は頷いた。

 

 いやいやそれじゃあつじつまが合わない。

 

「きみは俺らにあったとき言ったよな、『黒の剣士を探してください』って。あれはどうなる? なんだって君はあんなこといったんだ」

 

 その質問に彼女は苦笑する。それはかわいらしい顔立ちの彼女には似合わない苦いもの。

 

「私が自分を『記憶喪失そのもの』と言わなかったのとはそこに理由があります。

 実は、私はたった一つだけ覚えているものがあるんです。それは、すごく短い言葉で、それが何を意味するのか私にはわからないけど、きっとそれは私にとってすごく大切なものだったはずなんです」

 

「……それが、その俺らに言った」

 

「はい」

 

 きゅ、と両の手を胸元で抱き合わせて、彼女はさみしそうに言った。

 

「それが『黒の剣士』、という言葉になります」

 

 彼女は表情を変えず続ける。

 

「私は自分を保証するメモリーがありません。なぜここにいるかがわかりません。そして、どこに帰ればいいのかも。

 でも、この『黒の剣士』という人を探せば、それを見つけられるかもしれない」

 

 ああ、そうか、この子は、迷子なんだ。

 

「……私が目覚めたときに、反射的にみなさんに頼んでしまった理由はわかりません。でも、私の中にあるなにかが、そうしろと強く訴えかけたんです。そうしなければ、帰れないと、そう、言っていた」

 

 なんとなく子どもっぽい気がしてた。

 見た目だけじゃない。話し方はしっかりしてても、彼女はどうしようもなく『子ども』だった。

 

 いま、わかった。

 

 この子は迷子なんだ。管理AIという認識はあれど、それを保証する記憶はなく、なぜこんなところにいるかもわからない。

 頼れる人もいなくて、目の前にいる俺たちに思わず助けを求めた。それだけのこと。

 

 話す中で不意に彼女が目を伏せる。

 

「でも、わかってるんです。こんな図々しいお願いなんて迷惑をかけるだけだって。私はヒロさんのオーグマーに偶然入ってきたウイルスのようなもので、私が皆さんに返せるものはない」

 

 つい、と彼女が指を滑らせると俺の視界にウインドウが現れた。

 

「これは?」

 

「全SA:Oプレイヤーに設けられているGM、つまりカーディナルへの報告システムです。これに私のことを報告すれば、ヒロさんのオーグマーは正常に戻ると思います」

 

「戻るって、その時きみはどうなるんだよ」

 

「いくつかの可能性が考えられますが、いちばん高い可能性は消去されるというものです。私は壊れたAIですから残していても仕方ないですし、それに作ろうと思えば私の後継AIはいくつでも用意できることでしょう」

 

 なんでそんな簡単に言えちゃうんだよ。消去って、それはつまり死ぬってことなんじゃないのか。

 

 なんか、腹立ってきたな。なんで自分のことなのにこの子謝ってんだよ。

 

「……ヒロ、あのさボク」

 

「みなまで言うな。わかってんよ。お前だけじゃない」

 

 だろ、藍子?

 

「そうだね、さすがにほっておけないよ」

 

 よし、決まりだな。

 

「なあなあちょっとこっちおいで」

 

「はい?」

 

 言われるままにとことこと近づいてくる。ううん、やっぱ子どもだな。警戒心がない。

 

「なので、ちょいや」

 

「ふにゃあっ!」

 

 とりあえず無防備な脳天にチョップを落とす。

 

「な、なにするんですかぁ!」

 

「きみがあまりにも馬鹿なこと言うからだよ。そういう馬鹿なこと言う子には似合いのお仕置きだろ」

 

「へ?」

 

 自己紹介がまだだったな。ちゃんとやらせてもらうぜ、もう一度。

 

「俺は緋彩英雄。アンダーワールドでの名前は『ヒロ』」

 

「ボクは紺野木綿季! ニックネームもそのまま『ユウキ』だよ」

 

「私は紺野藍子です。ニックネームは藍の読みを変えて『ラン』」

 

 ほら、次は君の番だぞ。

 

「え、ええと、ユイです」

 

「ユイちゃんね! いい名前だね。覚えやすくてかわいい名前だ」

 

 木綿季が目線を合わせるとにぱっと笑った。

 その隣に膝をついて俺も目線を合わせ、言葉を続ける。

 

「俺たちはスリーピングナイツってギルドをやってる。そしてそのギルドで俺たちは誰かを助けるってのを基本に活動してる。ちなみに団長は俺な」

 

「初めての依頼は病気の女の子のためにアイテムを取ってくるってものでさ。結構大変だったけどバッチリやり遂げました!」

 

「ほかにもおつかいをしたり、あわてんぼうのサンタさんの荷物を集めたり、とにかくいろいろやるんだ」

 

「ああそう、もし助けを求める人がいるなら、迷子の女の子だって助けるんだぜ」

 

 ぽかん、と彼女が俺を見上げる。

 

「消去してくれ、とか悲しいこと言うなよ。きみはちっちゃい女の子じゃないか。普通に『家に帰りたいので助けてください』でいいんだよ。子どもの特権だろ、そういうの」

 

「……ほんとうに、いいんですか?」

 

「ああ。俺たちはきみの依頼を受ける。絶対に俺たちがきみを家に帰してみせるよ」

 

「すみません、私」

 

「違うよ、そうじゃなくて。こういう時に言うのは、ね?」

 

 藍子がやんわりと言葉を塞ぐ。

 不思議そうに首を傾げる彼女に、木綿季がこしょこしょと何事かをささやいた。

 黒髪が揺れる。本当にそれでいいのかという主人の動揺を表すように。

 けれど、木綿季が「それでいいんだよ」とウインクすると、ほうと息が吐き出された。

 

「──ありがとうございます、みなさん」

 

 うん、かわいいじゃん。そういう笑顔が一番だよ、きみは。

 

「……にしても、さっきのチョップはなかったよね。女の子なのに」

 

「え?」

 

「うん。あれはマジであり得なかったね。いきなり女の子の頭にチョップだもん。ヒロそういうとこあるよね」

 

 ちょ、ちょっと。

 

 さっと、ユイちゃんが藍子に抱き寄せられた。

 

「わ、触れられちゃうんだね。実体はないけど、あったかいし、やわらかい」

 

「私はNPCではありませんが、この身体データはオリジンにいるほかのキャラクターたちを参考に、きゃっ、ふふ、くすぐったいですランさん」

 

「あーいいなー! ボクも混ざるー! えへへ、かわいいねユイちゃん。ボク妹ほしかったんだー」

 

 藍子とユイちゃんを挟むように木綿季が抱きついた。

 女子三人のハンバーガーだ。

 

「はっ、そうだ! 呼び方まだ決めてなかったよね? 試しにボクのことお姉ちゃんって呼ばない? ボクあこがれてたんだよ、お姉ちゃんって呼ばれるの!」

 

「ええと……」

 

 ちら、とユイちゃんが俺を見た。

 ごめんな、付き合ってやってくれ。ちょっと弟妹に憧れる気持ち、俺にもわかるし。

 

「じゃあ、お姉ちゃん?」

 

「はうーーっ!」

 

 あ、倒れた。

 

「もう悔いない……ボクユイちゃんと出会えて良かった……」

 

「結論出すのが早すぎんだろ」

 

「ユウがお姉ちゃんなら私もユイちゃんのお姉ちゃんってことになるのかな」

 

「それはダメ! 姉ちゃんはボクの姉ちゃんだから!」

 

「わがままだなあ」

 

 ユイちゃんを抱きしめる木綿季を見つつ、藍子はやれやれと肩をすくめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして木綿季と藍子は自分の家に帰っていった。

 

 いつもなら何かしら配信の話し合いでもするところだがひとまず今日はお休みにすることになった。ここんところ根入れてやってたし休憩もたまには必要だ。

 

 木綿季は久々にアスカ・エンパイアに潜るらしいし、藍子もこの前のボス攻略でたまったポイントで買った本を読むとか言ってた。

 俺も俺で、ユイちゃんのあれこれを調べたかったしな。

 

「……マージで、俺のオーグマーに住み着いてんだな。俺のオーグマーのデータが一部どこかに使われてる」

 

「すみません、勝手に住み着くような形になってしまって」

 

「いいっていいって気にすんな。もともと3Dモデル作成以外に負担かけるようなことしてなかったし」

 

 自室の学習机でオーグマーの仮想キーボードを叩く。

 隣ではユイちゃんがひっぱってきた本棚にちょこんと座って、お互いの現状のすり合わせを手伝ってくれてる。

 こういうのは早めにやっとかないと色々大変だろうしな。

 

「私は立ちっぱなしでもよかったんですが」

 

「女の子にそんなことできるわけねーだろ。疲れなくても見てるこっちが気分悪いって」

 

「そういうものなんですか?」

 

 そういうもんなのよ。

 

「それで、ユイちゃんの五感は俺の感覚に基づいてるって考えていいのか?」

 

「基本はそうですね。いまはオリジン運営(カムラ)のドローンに把握できない室内ですからヒロさんの視覚データに頼っているのが現状です。でも、ヒロさんと視界が全く同じというわけではありません」

 

「ほう?」

 

 ユイちゃんが俺の背後に回ると、とつとつといくつかの単語を唱えていく。

 

「仮面ライダーゼロワン超全集、国語辞典、宇宙船八月号、アーガス監修君もモデリングをしよう!……どうですか?」

 

「おお、すげえな。どれも俺の本棚にあるもんだ」

 

「ふふ、すごいでしょう? まだまだ言えますよ? ゲームの特集雑誌に、少年ジャンプ、それに小説版仮面ライダー……あれ、この本さっき中身は出されてたのにカバーだけここに……」

 

「ストーーーーーーップ! わかった! わかったから! きみが優秀なのはよーーーーくわかった!」

 

 だからもういい! それ以上は色々俺のプライバシーがアレになる気がする!

 

「? まあいまのように、先ほどまでヒロさんが見ていたものを記憶しておいて再現することで、私でも自在に動くことはできます。現実的に干渉することはできませんからあくまでも疑似的に再現した世界で、という形になりますが」

 

 これがオーグマーにアクセスできるカメラのある外だと違うんですが、と付け加えられる。

 

「睡眠とかは? 俺がオーグマーを起動してる間は無理やり起こしたりしちゃう?」

 

「いえ、それに関しては大丈夫です。私はAIですからあなたたち人間でいう睡眠の必要性は強くは存在しません。いちおうヒロさんたちに生活習慣を合わせるために夜はスリープモードに映ることになるでしょうが、その時間はメモリーの整理にあてますし」

 

「そっか、俺の行動できみに面倒をかけないのなら気が楽だな」

 

「め、迷惑だなんてそんな! ここにおいてもらえるだけで」

 

「だーかーらー、それは気にすんなって言ってんだろ。俺らはやりたくて君を助けることにしてんだよ。だから必要以上に申し訳がるな」

 

「でもヒロさんはご主人様で、私は壊れたAIなわけですし……」

 

「あとそれ、ヒロさんはやめないか? なんつーか、くすぐったい」

 

「それで言ったらヒロさんだって私を『きみ』というじゃないですか。私たちの距離感としては『さん』つけが適切かと類推されますが」

 

「む」

 

 口の回る子だな。俺より賢そう。親がよかったんだろうか。

 

「呼び方、なあ」

 

 まあ俺のオーグマーに住んでるってことは長い付き合いになるかもしれないんだ。いつまでもきみって呼ぶのもあんまりか。

 

 にしても、なーんかユイちゃんに見覚えがある気がする。

 

 なんだろう……はっ! そうか! 

 

 ぽん、としゃがんで彼女の肩に手を置いた。

 

「ヒロさん?」

 

「敬語のAIで白がメインの服を着た黒髪の女の子……よし、きみの名前はイズだ」

 

「あの、私の名前はユイですが……」

 

「おっとそうか、ごめん、ユイズ」

 

「混ざってます混ざってます」

 

 そうか、すまないあんまりにも仮面ライダーゼロワンに出てくる美人秘書AIイズに要素が似てたもんだから、失敬。

 

 しかしじゃあ何と呼ぶかと聞かれると困るな……ううん。

 

「じゃあ反対に聞くけどきみは俺のことなんて呼びたい? 俺は何でもいいけど」

 

「わ、私ですか!?」

 

 ? なにそんなにびっくりしてるんだよ。この話始めたのはきみなのに。

 

「で、でも、私はAIですし」

 

「あん? いまきみと俺が話してることにAIかどうかなんて関係ねえだろ?」

 

 ほれほれ、何か案出してみなよ。

 

 本棚に座った彼女はしばらくもじもじしていたが、やがて俺の服のそでをつかんで恐る恐る俺を見上げた。

 

「お、お兄ちゃん、とか、でしょうか……」

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

「あ、だ、ダメでしたよね、すみません変なことを言ってしまって」

 

 あ、すごしゅんとしてしまった。

 

「いやだめじゃない。だめじゃないが……ただ、ちょっと意外だっただけだ。いいよ、お兄ちゃんで」

 

「それならよかったです。ならヒロさんのことはこれから『お兄ちゃん』と呼ばせていただきますね」

 

「お、おう」

 

 お兄ちゃん、お兄ちゃんか……木綿季が自分をお姉ちゃんと呼ばせた影響か? いらんことを学ばせたなあいつ。

 いきなり師匠呼びされた時の師匠の気持ちってこんな感じだったのかな。今度聞いてみるか。

 

「じゃあお兄ちゃんは私のことをなんて呼びますか?」

 

「俺、そうだよな今度は俺のターンだよな」

 

 ううん。確か木綿季は『お姉ちゃん』『ユイちゃん』、藍子は『ランちゃん』『ユイちゃん』でまとまったんだっけ。

 なら俺もそれに倣うと『ユイちゃん』呼びになるんだろうが……。

 

 ちら、と俺を見上げてくる小さな女の子を見る。

 

「?」

 

 まあ、せっかく俺のこと『兄』として扱ってくれるんだ、なら俺だってそう返すとしよう。

 

「じゃあ俺は『ユイ』だな。ちょうど俺も髪黒いし、妹っぽいだろ」

 

 わしわしとユイの頭を撫でてやる。実体はないからすり抜けてしまわないように気を付けて、髪をすくように。

 

「ふふ、くすぐったいです」

 

 その笑顔にやっぱり既視感を覚える。

 ううん、どこかでやっぱり見たような……。

 

「お兄ちゃん? どうかしたんですか?」

 

「あ、あー、いやいや俺が兄貴かーってちょっと思うところあっただけ」

 

「そんなに思うところがあるものなんですか?」

 

「あったりまえだろ! 兄貴って言ったら仮面ライダーではかっこいいいの象徴! カブトの地獄兄弟矢車兄貴! ゼロワンの名探偵ヒューマギアでイズの兄ワズ! リバイスの主人公五十嵐一輝! どれもライダー史に残る名お兄様だぜ!」

 

「地獄兄弟……そういう兄弟の方がいらっしゃるんですね」

 

「いや地獄兄弟は兄弟じゃない」

 

「????」

 

「あくまでも地獄兄弟はそう自称してるだけで血のつながりはないんだよ。そういう意味ではちょっと俺たちに近いかもな」

 

「へえ~、奥が深いんですね」

 

「おう、他にもゼロワンのワズは……っと」

 

 しまった、思わず止まらなくなっちまった。こういう話しても木綿季ですらギリ、藍子にいたっては首をかしげちゃうからな。

 

「悪い、こういう話しても面白くないよな。俺いつもこうでさ、ごめんなユイ」

 

「いいえ、私は楽しいです! 私はなんにも知りませんから、こうしてお兄ちゃんといろいろ話してるだけでも、すごく新鮮で楽しくて仕方ないんですよ?」

 

「そ、そう?」

 

 ほ、ほんとに? 楽しいの、俺のオタク語り。

 

「じゃ、じゃあ、見てみるか仮面ライダー。俺サブスクに入ってるから今からでも見れちゃうけど」

 

「ぜひ! 私お兄ちゃんの好きなもの知りたいです!」

 

「お、おお、おおお! じゃ、じゃあまず―――いやまて、一応言っておくと仮面ライダーのシリーズって結構長いんだよ。基本30分番組が一年間50話近く、時間にすると25時間弱くらいあるんだよ。そこが結構ハードルになっててさ」

 

「25時間ですか。それはなかなかですね」

 

「そーなんだよ。木綿季とか藍子も俺に付き合ってみてくれたけど、やっぱ長いからもうしわけなくてさ」

 

 藍子は派手に人が殴り合うのが苦手だと言って、ウィザード以外はあんまりまともに見れてなかったし、木綿季も特に好きなエグゼイドや比較的新しい令和ライダー以外はあんまり記憶がはっきりしてない。

 

「だから、見てくれるのはうれしいけど、見るつもりなら割と覚悟を持ってみてほしい」

 

「そうですね……あ、そういえばお兄ちゃんはサブスクに入っているんでしたっけ」

 

「ん? そうだな。東映特撮ファンクラブだ。仮面ライダーや戦隊なんかの東映の特撮作品が見放題なんだ」

 

 ぱちん、とユイが手を合わせる。

 

「じゃあお兄ちゃんそのアカウントを私に貸してください。私はAIですから主観時間を加速して動画データすべてを閲覧、記憶領域に保存します。これでお兄ちゃんと同じ知識が私にも持てます!」

 

 名案です、と笑うユイちゃん。

 

「あー、なるほど、ううん……」

 

「お兄ちゃん?」

 

「うん、なんつーのかな」

 

 うーーーーーーん。悪いことじゃない。ただ『違う』だけだ。

 でも、そういうのじゃ、なんかダメな気がする。

 

「ヒューマギアは人類の夢なんだよ、バイ、仮面ライダーゼロワン、飛電或人」

 

「え?」

 

「俺の好きな仮面ライダーの主人公の一人の言葉だ」

 

 仮面ライダーゼロワンは人工知能と人間の共存について描いた話で、主人公は人間と人工知能が一緒に生きる未来に向かって頑張るお話だ。

 

 正直、作品の評価としては難しい位置にあるといっていい。

 でもさ、俺好きなんだよ。

 あの主人公の父親が主人公にかけた夢に向かって跳べっていう言葉も、上手くいかないことが山ほどあって、優しくなれない人も、許せない人もいたけど、それでも最後には隣の誰かを許そうとして、前へ進もうとした。

 他の人はいろいろ言うかもしれないけど、俺は好きだ。

 

 ユイは自分にやれることを提案しただけだ。生まれつき俺とは違うことができるから、その尺度を俺に当てはめるのは野暮だってのもわかってる。

 

「でもさ、ユイが今やろうとしてるの、俺を喜ばせるためだろ? 俺せっかく見るなら、そういうのじゃなくてユイに楽しんでほしいんだよ」

 

「―――」

 

「仮面ライダーってさ、たいてい誰かと一緒に見るもんなんだよ。兄弟とか……父親とかがさ、勧めてくれて、それでテレビの前で一緒に見る。

 それって、大人になってもすっごく大切な思い出になるもの……らしい」

 

 まあ正直俺にはよくわからないし、わかるはずもないものだが、仮面ライダーってのはそういうもんなのだ。

 

「だからなんつーかさ、俺は記録じゃなくて『記憶』にしてほしいなって。俺と、仮だけど兄の俺とユイと二人で見たっていう、記憶をさ」

 

 じっとユイが俺を見つめる。

 

「なんで、ヒロさんは、そこまで私にちゃんと向き合おうとするんですか?」

 

 なんで、か。

 

「……今ようやく思い出したんだけどさ、ユイ、ホルンカの村近くの森にいたことはない?」

 

「え?」

 

「俺、そこできみと一度会ってると思う」

 

 ネペントに追われながら森の中を爆走していた時、どうしようもなくなった俺に指をさして道を示してくれた人影があった。

 その結果俺は干し草を見つけることができて、本能寺ファイヤーであの窮地を脱することができた。

 

 そうだ、今話すまでとんと記憶から抜け落ちてたけど、ユイはあの時見た白い人影と似ている、いや、あれはユイだった。

 なんでかわからないけど、俺にはそう断言できる。

 

「すみません、私のメモリーはヒロさんたちに出会った時からのものしかなくて」

 

 そっか。なら仕方ない。

 

「でもあれはユイだったよ。だから俺はそういう困ってる誰かを助けられるきみを道具みたいに扱いたくはないんだ」

 

 ユイはAIで、俺みたいな人間とは違う生まれ方、生き方ができる存在だ。

 だからユイが人間にはできない方法で作品を記憶することは否定されるべきではない。

 

 でも、だからこそ俺は()()()()()()()()

 

「俺はリアルにAIの子と話すのなんて初めてだ。だから正しい付き合い方なんてわからない。だから、俺はユイの扱い方は変えないよ」

 

 ぽんぽん、と背中を叩いてやると唇の端を吊り上げて、笑ってみせる。

 

「ちなみに俺は木綿季にも藍子にも同じように『俺と一緒に仮面ライダーを見ろ!』って言ってきた」

 

 だからすまねえが折れてくれないか?

 このめんどくせえ仮面ライダーオタクのお兄ちゃんにさ。

 

「……ヒロさんは、いいえ」

 

 ふ、とユイは笑った。年相応の、透き通る青空のような笑顔で。

 

「お兄ちゃんがそういうなら、仕方ないですね。いっしょに見ることにします、いろいろ教えてくださいね?」

 

「おう、もちろんだぜ妹よ」

 

 ユイと俺との視線が合うと、芝居がかった口調が面白くて、どちらからともなく笑い合った。

 

 

 

 

「んー、遊んだー」

 

 アミュスフィアを外した木綿季は軽く伸びをするとひょいっと跳ね起きた。

 

「最近あんまり時間取れてなかったけどシウネーやテッチたちも元気そうでよかったなー」

 

 ふんふん、と鼻歌を歌いながら階下に降りる。

 来週からはもう夏休み。もう部屋着は完全に動きやすいTシャツと短パンである。

 

「そういえばヒロとユイちゃん二人だけど何話してるんだろ」

 

 ヒロは骨の髄まで仮面ライダーのオタクだ。別にコミュニケーションに問題があるわけではないが、会話に困ったりしてるんではないだろうか。

 

「ちょっと覗いたりしてみようかな」

 

 うんそうしよう、とつぶやいて自分の部屋に戻る。

 もう知り合って七年。すでに木綿季の中からわざわざ玄関からヒロの家を訪ねるという発想は消えていた。

 

「あ、ユウ、降りてたんだ」

 

 だがその途中、同じタイミングで降りてきたらしい藍子と鉢合わせる。

 

「うん。ちょっとゲームは休憩。そういう姉ちゃんは?」

 

「私も一区切りまで読んだから少し休憩。ついでにヒロの様子でも見て来ようかなって」

 

「姉ちゃんも?」

 

「……ということはユウもなんだ」

 

 くすり、と互いに笑みが漏れた。

 

「やっぱちょっと心配だもんね。ヒロは優しいけどああだし」

 

「うん、ヒロは面倒見いいけどああだもんね」

 

 ヒロは昔から変わらない。ちょっと自分の好きなことに熱くなりやすいけど、なんだかんだ困ってる人を見捨てられないお人よし。

 

「じゃあせっかくだし一緒に行こうか」

 

「だねー。あ、ついでに昨日パパに買ってもらったカステラとか持って行っちゃう?」

 

「いーねそれ! あ、でもその場合ユイちゃんは食べれないんじゃ……」

 

「あー、そっか。ヒロならそこらへんうまいことやってくれないかな」

 

「まあヒロならなんだかんだ言いつつ『わーったよ。なんとかする』ってなんとかしてくれるよ! たぶん!」

 

「かもね」

 

 他愛のない会話をしながらヒロの部屋に向かう。

 いまは藍子がいるのでちゃんと玄関からである。藍子は木綿季が窓越しにヒロの部屋に行くことにあまりいい顔をしないのである。

 わざわざ小言を言われることをする必要もない。

 

 触らぬ神に、というやつである。

 

「ヒロたちいま何してるかな」

 

「そりゃあれだよ、仮面ライダーを見てる!」

 

「だよね。ヒロだし」

 

「まあいつもみたいにちょっと暴走してたらボクらでそれとなーく止めてあげればいいよ」

 

「私たちの時も熱かったもんね。あれ聞いてたらついついこっちも力が入っちゃう」

 

「4、5時間連続でとか余裕で見てるもんね。あとあのディープな話にもなかなかついていけなくて……」

 

「まあでもヒロはああいうのわかってもらうより、説明するのが好きみたいなところもあるだろうし、そんなに気にしなくていい気もするかなぁ」

 

 階段を上り、藍子がヒロの部屋の扉をノック。

 だが、しばらくしても返答がない。

 

「あれ、どうかしたのかな」

 

「集中しすぎて聞えてないのかも。時々ヒロそうなるじゃん」

 

「うーん、ユイちゃんもいるのにそうなるかなあ」

 

 訝しみつつ藍子が扉を開ける。瞬間、今まで扉が隔てていた声が解放された。

 

「ほわぁ~、すごいですかっこいい……いままで白かった体がまるで血が通うように赤く……」

 

「うんうん、わかるわかる。燃える教会の中、家族を失った子どもの涙を見た主人公は戦うという責任に向き合い、『変身』する。ああかっけえ……」

 

「赤はやっぱりヒーローって感じがします。私はなんとなく黒もヒーローのイメージが強いんですけど、こういう使われ方を見ていると仮面ライダーにおいての『赤』は特別な色な気がします」

 

「黒ってなんか強いイメージあるもんな。ううん、もう20年以上前の作品だけど色褪せない良さがあるなぁ」

 

「はい! すっごくおもしろいです! 特にこの主人公の方がすてきですね」

 

「お、やっぱ? なんとなくユイは気に入る気がしてたんだよな。なにせこの作品の主人公はシリーズで一番『人の心に寄り添える』人だと思うんだ。こんな風になれたらってあこがれるよ」

 

「ふふ、もう私にとってお兄ちゃんはそういう人ですよ」

 

「……やめろよ。まだ俺はユイになにもできてねーぞ」

 

「じゃあこれからに期待します、お兄ちゃん」

 

「さよで」

 

「ふふ、はい」

 

 仮面ライダーは見ていた。予想通りだ。

 だが予想に反し、ユイはすごく楽しそうだった。馴染んでいる。いやむしろ馴染みすぎてるとすら言っていい。

 

 しかもユイと話すヒロは心の底から楽しそうで、加えて木綿季にはわからないディープな話も突っ込んでしている気がした。

 

「……姉ちゃん、仮面ライダー、どれくらいちゃんと覚えてる?」

 

「え、ええと、二、三作品くらい……? ユウは?」

 

「ボクは新しいやつは割と覚えてるけど、生まれる前のやつはちょっと……」

 

 ちら、と二人の視線がヒロとユイに滑る。

 

「ほれ、次何見る。もちろん続けてでもいいけど、せっかくだし一通り見て気になるの探してもいいと思うぜ」

 

「そうですね……そういえば先ほどから少し気になっていたのですが……もしかしてスーツのアクターの方がほとんど同じ方なのでは? いまの作品は違いましたが、それより前に見たものだと体格や重心の取り方が非常に似通っているような……」

 

「おおおっ、よくわかったなぁ! その人はレジェンドでさー、平成ライダーのほとんどはこの人が演じてるっていうミスター平成ライダーなんだよ」

 

「やっぱりそうなんですね。おもしろいです。お兄ちゃんが好きなのはどれなんですか?」

 

「俺かー! うーん、難しい質問だけど、強いて言うなら……」

 

 やっぱり死ぬほど馴染んでる。というかいつの間にか膝にまで座っていた。

 さすがにあれは木綿季でもやったことはない。もちろん藍子も。

 

 ヒロの膝の上に乗ったユイが足をパタパタさせながらヒロの好きな作品のことを聞く中、木綿季と藍子が頬に汗を流し始める。

 

「ね、姉ちゃん、ピンチだよピンチ! ユイちゃん思ったよりもヒロの懐に詰めるのが速い!」

 

「そ、そうだね。とりあえず部屋に突撃しよう! カステラ! みんなで食べないとだし!」

 

「うんカステラは一大事だ! うん、置いてけぼりになるのが怖いだけじゃないから!」

 

「ユイちゃんに取られちゃうような気がしてるわけじゃないから!」

 

「「 よし! 」」

 

 なにがよしなのだろう。

 

「ひろーーーお菓子持ってきたよー!」

 

「おわあっ! いつの間に来たお前ら!」

 

「やっほ、ユイちゃん。ユイちゃんっておかし食べられるのかな」

 

「私ですか? そうですね、オーグマーの機能で分析して、それを再現すれば……」

 

 夏休みを目前に控えた日曜日、こうしてスリーピングナイツの黒の剣士探しがやかましく始まったのだった。

 




 
《ヒロ》
きょうだいがいないので突然できた妹に戸惑いつつも、なんとなく嬉しい。
夏休みの宿題は最後の週に藍子に泣きつくタイプ。

《ユウキ》
双子なのに妹なので、密かにお姉ちゃん呼びに憧れていた。
夏休みの宿題は最初にあらかた片付けてしまうタイプ。

《ラン》
ヒロはちっちゃい子が特別好きと言うわけでもないし大丈夫だよね?という不安を持ってる。
夏休みの宿題はスケジュール立てしてコツコツやるタイプ。

《ユイ》
スリーピングナイツの中に現れた圧倒的妹パワーを誇るスーパーAI。
ヒロのオーグマーに住んでいて、ヒロが呼べば出てくる。
地頭の良さと、子どもの無垢さを持ち合わせることでメタ的な仮面ライダーの見方と、子ども特有のヒーローに夢中になる心を併せ持つヒロ特攻の女の子。
ナチュラルにヒロの膝に座るあたり甘えんぼとしての素質が覗く。
夏休みの宿題の答えを聞くと、インターネットへのアクセスを駆使して速攻で最適解を教えてくれるタイプ。

スリーピングナイツ三人+依頼者一人。

次回、黒の剣士捜索配信回。


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その黒の剣士の噂、解放しろ

 
仮面ライダーオーズ完結編とかいう情報に心を揺らがされたせいで完全に更新の予定が狂いました。
ボクっ娘は2027年の話だからヒロはもうオーズ完結編を見てるんですよね……あいつ作者より先にこんなもん見てたのか……。



 

 

 

 

「じゃあお前ら羽目を外しすぎないように。以上!」

 

 一学期最後のホームルームが終わり教室の中が一気に騒がしくなる。

 

「んー、終わったなー。長かったわ、高校の一学期」

 

「楽しかったけどその分やることも増えた感じだよね。夏休みの宿題だってたんまりあったし」

 

「うげぇーやめろよ藍子、せっかく終わったのに宿題の話なんて。俺を苦しみから解放してくれ」

 

「もー、そうやって嫌なことから目をそらしてるとまた夏休みの最後の方に苦しむよ?」

 

「ふ、信じてるぜ、藍子」

 

「そんないい笑顔でサムズアップしても丸写しは絶対させないですからね」

 

 ご無体な。

 

 夏休み、夏期講習がある高校もあるらしいがウチは特にそういう制度はない。

 さすがに受験生の三年は毎日学校に来て勉強するらしいが、一年の俺たちには関係ない話だ。

 

 そういやしののんパイセンは今年受験だよな。インターンするとかも言ってたし、今年の夏は忙しくなるんだろうなぁ。

 

 残りの荷物片づけるとするか。

 たしか後ろのロッカーの方に……。

 

「藍子~、助けてよ~」

 

「佳代ちゃん、どうかしたの?」

 

「もう佳代ったら! ほら山本君帰っちゃうよ! 藍子からも言ってあげてよ!」

 

「私? というか今どういう状況なの?」

 

「佳代が山本くんに連絡先聞きに行く勇気が出ないとか言ってるの!」

 

「ああ、佳代ちゃんと山本くん最近いい感じだもんね」

 

「わー言わないで! 相手がどう考えてるかわからないし、それに迷惑だったらと思うと……」

 

「でもこの夏逃したら次会えるの二学期かもだよ? それは嫌じゃない?」

 

「そ、それは……」

 

「藍子の言う通り! 夏は気になる人と近づける季節なんだから! 高校生の夏って一生の記憶に残るらしいし!」

 

「い、一生!? わ、わかった! 私行ってくる!」

 

「いってらっしゃい、頑張ってね」

 

「じゃああたしも帰るね。緋彩との仲邪魔しちゃ悪いし」

 

「もう、私たちはただの幼なじみだって何度言ったら……」

 

「わかってますとも、お弁当を毎日作ってあげる程度の仲ですよねー」

 

「もう!」

 

 小中学生の頃はこの日はいつも絵具やら習字道具やらシューズやら持って帰るものが多くて木綿季と二人で苦しんだものだが、今ではこの俺も高校生。

 足取りも軽ければ荷物も軽い。これが大人になるってことだよ。

 

 まあホントは藍子が持って帰るタイミングに合わせて俺も荷物持って帰ってただけなんだが。

 

 ええと、一応机の中に忘れ物がないか確認、と。……よしないな。

 

「一生の記憶、かあ」

 

「藍子ー、友達との話終わったかー。木綿季も待ってるだろうし帰ろうぜ」

 

「へ、あ、ああ、そうだね。帰ろっか」

 

 学校指定のカバンを肩にひっかけると藍子とそろって教室を後にした。

 途中クラスメートの声に適当に返答しつつ、下駄箱へ。

 

 さて木綿季は……お、いたいた。そわそわしながら俺たちが来るのを待ってるが、たびたび友人らしき人たちに声をかけられている。

 

「じゃあね紺野さん!」

 

「うんまたねーハルちゃん」

 

「ばいばーい。あ、木綿季ちゃん夏いっしょに遊びに行こうね。海とか!」

 

「あ、由美ちゃん。海かーいいねー。あ、でも彼氏と別れた腹いせにナンパ待ちとかだったらボクは付き合わないからね」

 

「えー、ケチー」

 

 あいつ友だち多いなー。

 まあころころ表情変わってかわいいし、人当たりもよければ運動もできて、地頭いいから勉強もちょっとやればいろいろ教えてくれるしな。

 

「ヒロどうしたの?」

 

「ううん、俺の幼なじみが無敵すぎるとな」

 

「ああ、木綿季。すごいよね、本当に友だち百人くらいいそう」

 

 そりゃあの小学時代を知ってる側からすると嬉しいもんだ。

 

 おろ、なんか男と話してる。

 

「藍子いま木綿季と話してるの誰か知ってるか?」

 

「サッカー部の加藤君だよ。木綿季と同じ二組」

 

「へー」

 

「身長高くて優しいから結構女子に人気らしいよ。たしか身長182センチくらいあるとか。ユウも時々話題に出してたでしょ?」

 

「ふーーーん」

 

 まあ、木綿季は友だちが多いからな。ああやって男子とだって……。

 

「紺野、オマエ夏休みどっか暇あるか?」

 

「ボク? うーん、いろいろ予定はあるけど、さすがにまだ埋まり切ってはないかなー。どうして?」

 

「いやその、来週夏祭りがあるなと思ってさ」

 

「あ、そっか来週夏祭りだ! いいよね、ボク毎年姉ちゃんとヒロと行ってるんだ! 今年は姉ちゃんもヒロも何食べるつもりなのかなあ。姉ちゃんくいしんぼだからボクにちょびーっとしかくれないんだよ? 加藤君は誰かと行くの?」

 

「あ、まあ……」

 

「ならあっちで会えたらいいね! 加藤君は体もおっきいからたくさん食べるんだろうね」

 

「ハア……そうだな……」

 

「?」

 

「いや何もないよ。じゃあまたな、紺野」

 

「うん、またね?」

 

 ……モテんだな、やっぱ。

 なんだかこっちは嬉しいような、いやなような、何とも言えない気持ちだ。

 いやまあ俺みたいなやつに比べたらあの加藤君なんかは百倍いい人だとは思うんだが……ええい、こんなこと考えても仕方ない。カットだカット。

 

 べつに、こんなの今考えることでもない。

 

「あ、ヒロー! 姉ちゃーん! おそいよー!」

 

 あいあい呼ばなくてもいくっての。

 

「ついに夏休みかー。う~、やりたいことだらけでボク困っちゃうよ~!」

 

 三人で並んで家へと向かう。いつも通り俺、藍子、木綿季の順。

 そこまで近くは通らんがいちおうバックは藍子側に向けとくか。車に引っかけたらやだし。

 

「海でしょー、プールでしょー、夏祭りでしょー、あとどこか旅行にだって行きたいな~」

 

「素敵だね。私もやりたいことたくさんだなあ、かき氷に流しそうめんに、お祭りのりんご飴に、ベビーカステラ……」

 

「なんだよ藍子は食い物ばっかじゃねえか」

 

「い、いいじゃん。どれも夏がシーズンだよ!」

 

「いやそりゃいいけどあんまり食べるとまた太ったーって夏の終わりに泣きそうな顔で―――あいたたたたっ!」

 

 脇腹! 脇腹つねるのノウ!

 

「ふーんだ」

 

「今のは全面的にヒロが悪い!」

 

 くそう。ワシは悪くない。この口が悪いんじゃ。

 

「でも、一番この夏にやらなきゃいけないことは、きまってるよね」

 

 ……だな。やっぱり一番は。

 

「ユイちゃんのために『黒の剣士』さん探し、だね!」

 

 にぱっと笑う木綿季を見て思い出したのか、藍子が髪を留めるシュシュを触りながら「そういえば」と切り出した。

 

「そのユイちゃんはいまはどうしてるの? ヒロのオーグマーにいるって話だったけど……」

 

 きょろきょろと藍子が俺の周囲とオーグマーあたりで視線をうろつかせる。

 

「いまは留守番だよ。さすがに学校に連れてくのは退屈だろうしな」

 

「留守番って、でもでもヒロのオーグマーはここにあるのに?」

 

「別にユイは常に俺のオーグマーにいなきゃいけないわけでもない。あくまでもユイのシステムがある場所が俺のオーグマーなだけで、別にユイがそこにいるのは必須じゃない。さすがに長時間離れて云々とかはメモリの問題から言って無理だろうけど」

 

「ええと、つまり?」

 

「ユイの家は俺のオーグマーだけど出歩く分には問題はないってこと。いまはたぶん俺の部屋でテレビ見たり本読んだりしてるんじゃないか」

 

「それなら今度私のおすすめの本とか貸してあげようかな。あ、でもヒロみたいに電子でそろえてないからダメかな……」

 

「ユイくらいになればぱーっとページめくるだけで完全に記憶残してあとで読み返したりできるんだと。だからおすすめの本は喜ぶと思うぜ」

 

「そっか。それはちょっと楽しみが増えちゃった。何貸してあげようかな~」

 

「あ、じゃボクも一緒に選ぶ! ボクの好きなマンガとか!」

 

「待て、あんまり貸しすぎるな。俺と仮面ライダーを見る時間が減る!」

 

「ユイちゃんのひとり占めは禁止でーす」

 

「私は三人幼なじみだしね。妹分だって三人でいっしょにかわいがらないと」

 

「おまえら、その言い方はズルだぞ……」

 

 正直俺としては暇なときはライダーでも見てくれてたらいいと思ったんだが、「仮面ライダーはお兄ちゃんといっしょにみるのじゃないとヤです!」と言われてしまっては仕方ない。

 

 俺の言い分をわかってくれたのを考えると、嬉しいやら気恥ずかしいやらだ。

 

 最近、ユイがめっちゃ可愛く見えるんだよな……俺実はシスコンだったのだろうか。

 

「で、ヒロは『黒の剣士』探しの方針とか決めてるの?」

 

 藍子を挟んだ向こう側、木綿季が髪を弾ませるように俺の顔を覗き込んで来る。

 

「SAOのプレイヤーなんだっけ、黒の剣士さん」

 

「だな。だからとりあえず昨日の夜シリカに心当たりないか聞いた」

 

「はやっ!?」

 

「俺は人探しでも頂点に立つ男……だが、正直空振りだな」

 

「ということは知らなかったの?」

 

「いちおう知り合いではあるらしいが、SAOがサービス終了してからはロクに連絡取れてないんだと。もちろんいま何してるかも情報ナシ。けっ、役に立たねーやつだぜ」

 

「もうヒロせっかく力になってくれたのにそういう言い方はダメだよ」

 

 めっ、と腰に手を当てて叱ってくる藍子。

 

 まあ、そうだな。反省します。ありがとうそろそろ無理ロリ。

 

「あ、じゃあ黒の剣士さんの消息は分からなくても知り合いだったんだよね? ならプレイヤーネームとか聞いてないの?」

 

「それもナシだ。いくらプレイヤーネームとはいえ第三者がほいほいと教えてもらっていいものでもねえだろ。そもそもそこまで突っ込んだ聞いたこと聞くとシリカもなんか勘ぐってくる」

 

 あくまでも『世間話』の範疇ならともかく、特定個人の特定だしな。

 

「なら元SAOのプレイヤーに手当たり次第に聞いてみるとかはどう? 私は詳しくないけど結構有名な人なんでしょ?」

 

「わりーけどそれもナシだ。そもそも元SAOプレイヤーなんて山ほどいるし、それにあんまり動き回ってカーディナルに察知されるとユイが危ないかもしれん」

 

「なんでここでカーディナル?」

 

 こてん、と木綿季と藍子が首をそろって傾げた。

 

「ほら覚えてるだろ、ユイが俺たちに説明してくれたカーディナルのアレコレ」

 

 カーディナルはSA:Oというゲームを管理するゲームマスター。

 それは自在にインターネットを行き来し、情報を集めて、管理する。バグなどを見つければ一人で勝手に直しちまう機能までついてるそうだ。

 

「もし万一、聞き込みの途中で怪しまれてカーディナルに報告されて、それがきっかけで俺のアカウントが調べられたりすりゃ最悪だ。一発でユイが見つかって最悪そのまま削除まで行くかもしれない」

 

 俺たちがやろうとしてるのストーカーみたいなもんだしな。怪しむ人だっているだろう。

 俺たちはユイの帰る場所探しもするが、やっぱり一番大切なのは彼女の安全だろうしな。

 

 だから師匠やユナさん、リズさんに、アスナさんなんかにももちろん秘密だ。情報ってのは知る人が増えれば増えるほど、漏れるリスクも高くなる。

 まあ俺が師匠以外の連絡先知らないのもあるんだけど。

 

 それに閃光(アスナさん)と黒の剣士仲悪いって噂だし。そんな死地に飛び込みたくない。

 

「だからひとまずは―――」

 

 って、なんだよ二人ともぼーっと俺の顔なんか見て。

 

「すごくヒロが普通の人みたい……」

 

「ケンカ売ってんのか?」

 

「ライダーネタで茶化したりしないしすごく普通の人だよヒロ!」

 

「おうやっぱお前らケンカ売ってんだな??????」

 

 俺は買うぞ高く。

 

「いやいやそういう意味じゃなくて、なんかさー、昔っぽいなーって」

 

 昔っぽい?

 

「うん。こういう時のヒロ、もっとたくさんの人に知ってもらえたらいいなって」

 

「なんだりゃ。普段の俺は人に知られたくないってことかよ」

 

「あはは、そうじゃないよ! もちろんボクはどんなヒロでも大好きだけどねっ!」

 

「……さよで」

 

 こんな往来でそんなこっぱずかしいこと言うなっての。

 

「ね、姉ちゃん?」

 

「私、は……」

 

 木綿季が藍子へと笑いかけると、藍子はくしくしとシュシュを触った。

 

「そういうヒロは、私たちさえ知っていればいいと、思うけど」

 

 目線は合わない。ただ、藍子の目はじっと並んで歩く三つの影に向けられている。

 けど、すぐに藍子は顔を上げて、いつものように微笑んだ。

 

「……なんてね。私もヒロのいいところをたくさんの人に知っていてほしいな」

 

「だよねだよね! ちゃーんとヒロのこと知る人が増えたら共感してくれる人も増えると思うんだけどな~」

 

「当の本人がいる横で何話してんだお前たちは」

 

「んー? 普段から変なヒロが好きだよって話?」

 

「やっぱケンカ売ってるな???」

 

 やはり俺とお前は戦うことでしか分かり合えない……!

 

 

 

第十二話 その黒の剣士の噂、解放しろ

 

 

 

「ただいまー」

 

 自室の扉を開けて声をかけると、それまで本を読んでいたユイがぱあっと表情を華やがせた。

 

「おかえりなさいお兄ちゃん!」

 

 そしてそのまま俺の腰に抱き着くとこっちを見上げにこーっと目を細めた。

 

「はいはいただいま。ずいぶん手厚いおかえりなさいだな」

 

「ちゅうもしますか?」

 

「なんで?????」

 

「? 私が調べた限りでは妹というのは帰ってきたお兄ちゃんにそうするのだとありましたよ?」

 

「なんで調べたんだ?」

 

「もちろんインターネットです!」

 

「ううん、そのインターネットに絶大な信頼を置いてるあたりが俺の妹っぽくなってきたな……」

 

「しますか?」

 

「いや俺はいいよ。うん、気持ちだけもらっとく」

 

 もしかして、インターネットって真実ばかりじゃないんじゃない? 怖いな、インターネット。

 

「ふー、やっぱネクタイ慣れねえな」

 

 これだけは一学期が終わった今となってもイマイチ慣れない。中学は学ランだったせいだろうな。

 

「お兄ちゃんたちは明日から夏休みなんですか?」

 

「というよりも、もういまは夏休みといってもいい。ここから二学期の始まる九月の頭まで学校に行くのは数回だ」

 

「つまり日数にするとだいたい40日ですね。なぜそんなに長いんでしょう?」

 

「確か夏は暑くて勉強に集中できないからだったと思うぜ」

 

「暑くて……?」

 

「はは、ユイにはわからねーかもな。俺たちはあんまり暑いと勉強する気も失せちまうのさ」

 

「でもお兄ちゃんの高校にはクーラーがついていましたよね。それを使えばある程度は快適に勉強できるのでは?」

 

 それは……確かに。

 思わずワイシャツを脱いでTシャツ(アルトじゃないと!とプリントされている)に着替える手が止まる。

 

「それにさすがに40日も休んでしまうと宿題があるとはいえ勉学がおろそかになってしまうので、わ、わわっ」

 

 わしわし。

 

「な、なんで頭を、撫でて、わわっ」

 

「妹の頭を撫でるのは兄の特権らしいぞ」

 

 決して答えに詰まる質問をされたからごまかしているとかではない。

 

「ま、いいじゃねえか。夏休みが長いおかげでこれからユイといられるし、黒の剣士探しにだって集中できるんだ」

 

「それはそうかもしれませんが……」

 

「安心しろ、俺はこれでも夏休みの宿題を出せなかったことはねえ! 藍子と木綿季がいるからな」

 

「その根拠の提示はお兄ちゃんだけでは終わらせきれないとカミングアウトしているようなものなのでは……」

 

 みなまで言うな! 今年はマジで計画的にやるから。マジで。

 

 しばらくすると俺の部屋に木綿季と藍子がやってくる。

 さっきの帰り道ではこれからのことを話し終わらなかったから打ち合わせをしようと言っておいたのだ。

 

「なんだよ制服のまま来たのか?」

 

「ヒロだってズボンは制服なのにそれ言うー?」

 

「ヒトの部屋にそういうゆるゆるの格好で来る木綿季の態度が問題だっていってんの。藍子を見習え、藍子を」

 

「あはは、私も着替えるのめんどくさくてそのまま来ちゃっただけだから」

 

 カーペットに正座を崩して座る藍子はきちんとリボンを結んだ制服で緩く笑む。

 

 対して俺のベットの上を陣取る木綿季はリボンと一つ目のボタンを外しているせいでちょっと、いやかなり目のやりどころに困る。

 

「えーなになにヒロ、もしかして女子高生になったボクの色気にくらくら来てたりするのー?」

 

「ハンッ、馬鹿か。俺がいまさら木綿季にドキドキするはずないだろ。何年の付き合いだと思ってんだ」

 

「むー、何さその言い方~」

 

「? でもオーグマーの計測するお兄ちゃんの心拍数は木綿季と藍子(おねえちゃん)たちが入ってきた時にわずかに揺らいで―――」

 

「おっけー余計なこと言わなくていいからなユイ」

 

 膝に座るユイの口を押えて黙らせる。ひょっとして俺この子に隠し事できない?

 

「もがもが。なんで口をふさぐんですか」

 

「俺に質問するな!!!」

 

「あっ、いまのは仮面ライダーWの二人目の仮面ライダーであるアクセル、照井竜の口癖ですね。お兄ちゃんに教えてもらったからわかります」

 

「そっか、ユイはいい子だな」

 

「えへへ~」

 

 ええい見るな藍子! なんだよその何か言いたげな目は! 俺は何もない! 何もないったらないんだ!

 

 コホン、とりあえず本題に入るぞ。

 

「ではこれよりスリーピングナイツによる第一回『黒の剣士』捜索会議を始めます」

 

「おー」

 

「はーい」

 

「はいっ」

 

 全員が返事をしたな。ノリがよくて助かる。

 

「つっても方針自体は帰り道で話した通りだ。表立って聞き込みなんかはできないし、ネットの信頼できねー情報を鵜呑みにもできない」

 

「おお、ヒロがまともっぽいことを……」

 

「出会って七年にしてようやくネットが信頼できないことを悟ったんだね。あ、私なんか感動で涙出ちゃうかも。何があったの?」

 

「まあ、インターネットの信頼性のなさを思い知ったというかね」

 

「?」

 

 首をかしげるユイ。うん、あとでいろいろ変なこと覚えてないか確認しておこう。

 

 それはさておき。

 

「基本は俺たち自身が足で探すしかなさそうだ。W的に言うとフィリップではなく翔太郎スタイルだな。情報は足で稼ぐ探偵だ」

 

「でもお兄ちゃん、探すってどうやるつもりなんですか? 近所の犬や猫を探すのとはわけが違うでしょうし」

 

「どうって、俺たちはスリーピングナイツだぞ? ならできることは一つだろ」

 

「一つ?」

 

 なぜそこで三人とも首をかしげる。俺そんなにおかしいこと言ったか?

 

「……もしかして、配信?」

 

「ビンゴ!」

 

 さっすが藍子わかってるな~!

 

「でもさっきヒロは『ユイちゃんのことが大人数に察知されかねないことはダメだ』って言ってたよね。配信とかめちゃくちゃ危ないものの一つなんじゃないの」

 

「ちっちっち、わかってねえな木綿季。ことカーディナルっていうソードアート・オリジンのシステムなら配信中より安全な空間はこの世にはねえよ」

 

「安全?

 でも配信って不特定多数に見られるものだよね。ユウの心配は最もというか……」

 

「いえヒロさんの言うことは正しいです。確かにカーディナルに察知されないということを視野に入れると、配信サイトという場所はもっとも動きやすい場所かもしれません」

 

「ユイちゃん?」

 

 おお、こっちは真面目モード、というかAI寄りのモードのユイだな。

 

「お二人はあの配信サイトで、他にどのような実況活動が行われているか把握していますか?」

 

「ええと、ごめん、私あんまり配信とかみないから……」

 

「あ、ボクはちょっとはわかるよ!」

 

 ビッと木綿季が手を上げると指折りいくつかのチャンネル名を挙げていく。

 

「まずはやっぱり時々ボス攻略をギルドだけでやってるアスナさんの『血盟騎士団』でしょー。次にシリカさんとリズさんの『ドラゴンアイドルシリカ』に、あとはキバオウさんがやってる『キバオウなんでやチャンネル』!」

 

「へ~、キバオウさんってそういう活動もしてるんだ」

 

「どっちかっつーと、配信ではそっちがメインだな。視聴者から投稿されたプレイヤーの問題行動とか、日常のもやもやにキバオウさんがずばっと『なんでや!』と突っ込んでくれるのは結構気持ちいいと評判だ」

 

 指をついついと滑らせて、みんなに見える形で『キバオウなんでやチャンネル』の最新回を表示する。

 

 中世の談話室っぽい背景の前にはさわやかな笑顔を浮かべたディアベルさんと、おなじみのトゲトゲ頭が並んでいる。

 

 

『では続いてのお便りだ! ペンネーム護衛騎士の鑑さんから。なになに、『私はとある一流ギルドのトッププレイヤーで、ギルドの華であるA様の護衛を任されていたのですが、最近では近づくだけで気持ち悪がられてしまいます。私はただA様の安全を守るためにギルド以外の時も常に気づかれぬようにそばでお守りしていただけなのに。なにか誤解を解ける方法があれば教えていただきたいです。追伸、ナンバーワンギルドは我々血盟騎士団だ』……だそうだ』

 

『なんでや!』

 

 早速出た

 これを待ってた

 

『いや嫌われた理由明確やろ! ジブンの距離感が近すぎるせいや! 気を付けぇ! いくらギルドの仕事といえどそれはあくまでもゲームの中のことや、特定個人に入れ込みすぎたらアカン』

 

『ああ。その人に嫌われたくないならまずは品行方正にすることから始めるのがいいだろう。オレと一緒に気持ち的にナイト、始めようぜ!』

 

『あともう一ついうとくとナンバーワンギルドはディアベルはん率いるアインクラッド軍や! 忘れるんやないで!』

 

 ディアベルはんを好きすぎる件

 でもディアベルはん頼りになるし・・・

 コボルドロード討伐かっこよかったですー!

 

 

「あ、物申す系というよりはお悩み相談みたいな面もある感じなんだね」

 

「ああ! 要はスカっとのパクリだ!」

 

「ヒロの言い方ぁ!」

 

 事実だろ。見てるやつらもそういうものだとして見てるし、おもしろいならそんなものは些事だ。

 

「それにこういうのだってSA:Oだけがやってるわけじゃない。GGOだと『LPFMの撃ちまくりチャンネル』とか人気だし、木綿季もやってるアスカだと『三ツ葉探偵社 おしえて探偵さん!』とか俺は好きだな」

 

 指を滑らせながら今言った二つのチャンネルをそれぞれ表示した。

 

 

『あは、あはははっ、やばいよやばいよレンちゃん! 私たち死んじゃうよ! あは、みてあれどう見ても複数スコードロンで討伐するやつだよ!』

 

『見ればわかりますよピトさん! ああ、もうやってやるぅぅぅうう!』

 

『おお、レンがキレたあ! これは今日もなんとかなったかなあ』

 

『……チャンネル登録、評価、よろしく頼む』

 

 い つ も の

 ひえ、レンさんこわ

 また嫁の貰い手がいなくなる

 ピトがいるから安心だね♡

 フカ次郎ちゃーーーーーん!

 レンさんがだいたいなんとかした

 

 

『やれやれ、今日も見に来てくれてありがとう、というべきか。それともこんな胡散臭い自称探偵のチャンネルなんかを見に来る人が多いことを嘆くべきなのか』

 

『探偵さん、そういういい方はよくないです。みなさん探偵さんのことを信じて来てくださってるんですから。精一杯やらなきゃ』

 

『ナユタ、君はヤクモに似てほんとに融通が利かないな……』

 

『お兄ちゃんに任されてますから。さあ今日も依頼がいろいろ来てますよ。コヨミさん、依頼紹介お願いします』

 

『前から思ってたけど私これいるのかな……いちゃつきを見せられてるだけというか……』

 

『馬鹿なことを言ってないで早く依頼の紹介を、コヨミ嬢』

 

『はいはい、じゃあ一つ目のこれは……VR世界に出てくる幽霊の正体を突き止めてほしい? うぇえええ! なにこれ! オカルト!? アストラル系のモンスターじゃなくて?』

 

『なんだそれは。そんなうさんくさいの私は絶対受けないぞ。申し訳ないね』

 

 といいつつ巨乳年下妻に頼まれてまた奔走する探偵なのであった

 探偵さんいつも依頼受けちゃうもんね・・・

 アスカエンパイアの良心

 ステ振りが運しかなくて戦闘ではちょっと頭のいい狐なのしか問題がない

 ヒモじゃん

 

 

 一通り映像を見てしまうと木綿季が感心したように声を漏らす。

 

「へぇ~、ほんっとにいろいろあるんだね~。ボクも勉強はしたつもりだったけど全然知らなかったや」

 

「私なんかもう知らないことだらけで目が回りそうだよ。どれだけ勉強してもこれじゃあ追いつかなさそう」

 

「それだよ藍子、それがカーディナルの目から逃れるのに最適な理由なんだ」

 

「あ……!」

 

 くく、木綿季も藍子もなんとなくわかったみたいだな。

 

「そっか! ()()()()()()()()んだ!

 

「そういうこと。なにせその多さったら同業者の俺たちですら細かいところは把握しきれない程なんだからよ」

 

 巡り合わせのおかげで知名度は上がってきたが、俺たちはまだまだ新人。

 ユナみたいな超有名どころならともかく、まだまだ中堅にようやく指がかかった程度だ。

 

 じゃあ、そんな山ほどいる配信者や動画なんかをいちいちカーディナルは精査しているのか?

 

「答えはノーだ。してない。なにせ俺たちの配信はSA:Oにとってはオマケだ。いちいち細かく監視したりしねえよ」

 

 つーかそもそも配信サイト自体他者のモンだしめんどくせー権利が絡みかねないあれこれは避けるんじゃねえかな。これはオレの勝手な想像だけど。

 

「でも、カーディナルは自動でクエストを作るときにいろんなものを参考にするんでしょ? なら監視じゃなくても勉強のために見てることもあるんじゃないの?」

 

「それはないですね。私も昨日ひととおりアップロードされている動画を確認しましたがどれも根拠となる情報が乏しすぎます。あれでは全く役に立たないのでカーディナルが参考にする可能性は絶無でしょう」

 

「そっちのほうがメインの理由なんじゃない?」

 

 というわけで、俺たちがカーディナルの役に立たない『配信』という形をとる限り、ユイは見つかることはない。

 

 まあそれもあくまでも「ユイが消されない」ためにできることで、根本的な問題解決にはならないんだけど。

 いくら安全とは言えさすがにユイをそのまま配信に出すとかは危険だろうし。

 

「理想としてはここら辺も『黒の剣士』が万事解決してくれることなんだよなー」

 

 ユイの記憶問題、それに帰る場所、あとはカーディナルから隠れなくてもよくなる方法。

 そういうものを探し当てた黒の剣士に何とかしてもらえればこれ以上はないんだが、今考えても答えは出ない。

 

 未来のことを考えても仕方ない。とりあえずは目先のことだ。

 

「まあじゃあ、さっそく今夜あたりに聞いてみるとするか」

 

「聞くって……誰に?」

 

 誰かなんてそんなの選択肢は一つしかないだろ。

 

「俺たちの頼りになる団員たちに、だよ」

 

 

 

 

 

「なぜなに教えてヒロ先生! 俺の解説パートワン! 『ソードアート』シリーズ~!」

 

 なにかはじまった

 いつもの発作か?

 コボルドロード攻略動画から来ますた

 アスナ様の推薦したギルドとあらば見ないのは無作法というもの……

 アクティブも増えたナー

 ほお、これがスリーピングナイツか

 

「というわけでおっすおっす俺参上! スリーピングナイツ団長、そして今日はユウキとランに授業を行うヒロ先生でもある! 団員のみんなは今日は団長じゃなくて先生と呼んでもいいぞ!」

 

「やっほー、ボク参上! スリーピングナイツのユウキです! 団員のみんな今日はいっしょに勉強していこー!」

 

「こんばんは、私も参上です。スリーピングナイツのランです。いつもの団員さんも、初めて見に来てくださったっ方も楽しんでいってくださいね」

 

 団員参上

 団員参上

 おは本能寺

 先生だからフォーゼのお面というわけね

 今日の背景教室なのもおんなじ理由か

 ほお、これはアスナ様に並ぶかもしれないな

 血盟騎士団のオタクがいる……

 絶剣ちゃんも蒼弓ちゃんもよく似てるなあ。双子なんだっけ

 

 

「ボクと姉ちゃんは双子だよ~。それでヒロは幼なじみ!」

 

 リアル幼なじみとは驚いたなあ

 ボクっ子双子幼なじみ……アリだな

 今日はじゃあ戦闘とかはないんだ

 

「今日は最初にも言った通り二人にソードアートシリーズのことを紹介していこうと思う。

 

「どちらかというと雑談に近いものになると思うので、初めての人も軽い気持ちで見ていってくださいね」

 

 はーい、姉ちゃん

 は?ラン姉ちゃんはお前のお姉ちゃんじゃないんだが?

 がんばれがんばれの切り抜き最高でした

 絵本の読み聞かせとか今度してほしい

 ソードアートかあ。SAOしてないから楽しみだな

 もう一年前のゲームだしそういう人もいるかあ

 

 ちなみにこの案を提案してくれたのはユイだ。いきなり黒の剣士のことを話し出すのはあまりにも不自然、でもこうして黒の剣士のことを聞きやすい土台を作っておけば別だ。

 

 せっかく案を出してくれたのにいっしょに配信に出してやれないのが残念でならない。

 いつかカーディナルのことなんか気にせずにユイといっしょに冒険できる日がくればいいな。

 

「まあ、つーわけだけど、二人はこの『ソードアート』ってシリーズについてどの程度知ってる?」

 

「シリカさんに聞いたからなんとなく覚えてるよ。たしか『ソードアート・オンライン』はアーガスっていう会社が作ってて、『ソードアート・オリジン』はカムラって会社が作ってるんだったよね。もう、ソードアート・オンラインのサービスは終了しちゃったけど」

 

「あとSAOの舞台は『アインクラッド』っていう鉄の城で、SA:Oの舞台は『アンダーワールド』!」

 

「おう、どっちも正解だ。ちゃあんと覚えてるな」

 

 補足するならばアインクラッドとは遥か太古の昔にあった『大地断絶』と呼ばれる現象によって作られた城だ。アインクラッドの百層すべてかつては一つの大地だったのだ。しかしある日何らかの意思によって大地は切り裂かれ空に浮かび全百層からなる鋼鉄の城となった。魔法とは『大地』に宿る加護だ。ゆえに大地から切り裂かれたアインクラッドでは魔法は存在しえない。ゆえにこそソードアート・オンラインは剣の世界となるに至ったと言える

 あ、ニキちーす

 安定

 

「解説ドーモ。お前にもずいぶん慣れてきたよ、俺」

 

「なんだかいつもありがとうございます」

 

 ランが目を細めて微笑みお礼を言うが、コメント欄では特に返答などはない。

 実にいつも通りだ。

 

「アインクラッドに関してはさっきの団員の言うとおりだ。いまのオリジンの世界が『アンダーワールド』って呼ばれるのはそこら辺のアインクラッドの関係が大きそうだな」

 

「空に浮かぶ前の下の世界ってこと?」

 

「だな。アンダーワールドではまだ魔法が消え切ってない。

 なぜなら魔法は大地の加護で、アンダーワールドはこの大地に存在する。だからまだこの世界ではアインクラッドと違って魔法が消え切ってないってわけだ」

 

「もしかしてそれってボクらも使えたり!?」

 

「残念。俺たちは放浪者だからな。この大地にやってきた旅人、残念ながら火を出したりする魔法は使えないんだ。モンスターやNPCだとまた別なんだけどな」

 

「ちぇー」

 

「まあそういうなソードスキルだって魔法みたいなもんだろ」

 

「そりゃそうかもしれないけどさー」

 

 すねちゃった!

 でもファンタジー世界で魔法ナシって強気だよなあ

 時々NPCが魔法使って助けてくれたりするのみると使いたくなる

 たしか俺たちのシステムウインドウとかアンダーワールドじゃ魔法扱いらしいぜ

 へえー

 

 おろ、ランが虚空で指を動かしてる。

 ……と、いうことはリアルでシュシュ触ってるんだろうな。

 アバターはショートカットだからこういう動きの差が出やすいんだが、さて、どうしたのか。

 

「姉ちゃんどうかした?」

 

「いや、アンダーワールドってほんとにそういう意味なのかなあって思って」

 

「どういうことだ?」

 

「だってアンダーワールドって『不思議の国のアリス』の中の言葉だもん。二人とも読んだことあるでしょ?」

 

「へ、そりゃああるけど。アンダーワールドなんて出てきたっけ」

 

「私たちは『不思議の国のアリス』っていうのが一番なじみ深いけど、その原型となった物語では『地下の国のアリス』―――Alice’s adventures Under Groudって名前だったの。そこから転じてアリスの行った地下の世界を『アンダーワールド』という人もいた……はずだよ」

 

「「 へえ~ 」」

 

 へえ、嬢ちゃん物知りなんだな

 さすがラン姉ちゃん

 

「た、たまたまですから。ちょっとむかし本で見ただけです」

 

 ぱたぱたと手うちわであおぐラン。

 

「じゃあそこら辺の意味も入れたダブルミーニングだったのかもな。まあこの世界はアリスほどかわいい世界ではない……いやアリスの世界もまあまああれだった気がしてくるな……」

 

「うん、全体的には夢がある気がするんだけど……ふとした時にちょーっと、ね」

 

「そうだっけ?」

 

「まあユウキは本をこれ以上ない入眠素材に使うもんな」

 

「ママが私たちに読み聞かせしてくれた時も私は話の続きが聞きたくて起きてたけど、ユウは秒で寝てたし」

 

「ね、姉ちゃん!」

 

 ユウキちゃんらしいなあ

( ˘ω˘)スヤァ

 仲いいなこの三人w

 幼なじみでしか出てこない会話

 ソードアートシリーズをこういう初心者の視点で聞くのも面白い

 だいたいみんな何かしらで触れてるしナー

 

「ふふ、皆さんが楽しいならうれしいです」

 

「最近はオリジンのプレイヤーも増えてるしこういう話をするのは新鮮でおもしれーかもな」

 

「ユナちゃんの人気とかもすごいもんね。この前ミュージックステーション出てたし!」

 

「さいっこうだったよなあ! あれはVRアイドルというユナだけの利点を生かした最高の演出でもちろん既に海馬に焼き付いて離れないくらいがっつりリピート済みだ」

 

 いきなりオタク出てて草

 団長隠せてないですよ

 団長さんはユナが好きなんだな

 

「は? 好きじゃないが?」

 

「それまだ言い張るんだ……」

 

 言い張ってない。俺はユナのファンじゃない。ちょーっと昔の熱が再燃してるだけ。

 

「ユナちゃんといえばエイジさんは? 連絡先交換してもらったーとかはしゃいでたけど」

 

「師匠も忙しそうだ。既読ついたまま三日くらい返信がない」

 

 それは既読スルーされてるのでは?

 師匠?

 歌姫の騎士のエイジ。この前のボス攻略動画スリーピングナイツのやつ見ればわかるよ

 へえ、あのエイジがな

 弟子(自称)

 

「自称じゃないが!? この前新しい武器だってくれたし! 今度のオリジン実況みとけよ!」

 

 へー、武器新しくしたんだ

 なんだかんだ仲いいじゃん

 そういやユウキちゃんはまだアニールなんだね

 そろそろ乗り換えの時期かぁ~?

 

「ぼ、ボクはまだアニールブレードで行くからね! まだ火力とか不安ないし! ぜんぜんこの子は頑張れるから!」

 

「わーってるよ。でもずっとアニールで行くのは難しいのはわかっとけよ?」

 

「そ、それで言ったら姉ちゃんだってまだ店売りのやつじゃん!」

 

「あ、実は私はリズさんに弓もらっちゃったんだよね。昔知り合いに作ったやつが余ってるからって。だから次の配信の時は私は新武器かな」

 

「うそぉ!?」

 

 ユウキが裏切られたようにランにすがる。

 

「うう、姉ちゃんがボクを置いていくなんて……」

 

「大げさだなあ、武器一つ変えただけで」

 

 やれやれ、とランが肩をすくめた。

 

「それで? どうなんだ新しい弓の使い心地は」

 

「すこし試し撃ちしてみたんですけど前よりもすごくも狙いやすいし、すごーく遠くまで届いて、プレイヤーメイドってどれもこんな性能なんですか?」

 

 まあリズはSAOでも指折りの鍛冶屋だからナー

 SAOの道具屋はあいつの武器が流れたら目の色変えて確保しにいったもんだ

 そも鍛冶師自体が少ない

 

「え、私これタダでいただいちゃったんですけど良かったんでしょうか。『なんか他人の気がしない』って言われて……」

 

 そりゃあ得したナー

 新人育成は先人の責務みたいな面もある

 リズベットは数は作らないが質がいい。SAOwikiのオリジナル武器リストの一ページはほとんどあいつ一人で埋めちまったくらいだ

 オリジンでも武器作ったら売れそうなのに

 鍛冶スキル、気になってくる

 リズベット姐さんってあれだよな、SAOの時黒の剣士の武器作った人

 そうそう。ほかにも閃光とかのも作ってたらしい

 

 ! ()()

 

 ユウキもランもこくりと頷いた。

 

 もし話題が出なけちゃこっちから振るつもりだったが運がよかった。

 いまの流れなら『黒の剣士』のことを尋ねても自然だろう。

 

 いくぞユウキ話し合い通りお前が口火を切るんだ!

 

「ク、『黒の剣士』ってナニー? ボクハジメテキイタナー」

 

 演技絶望的か? 終わりだ。終わった。

 

 あいつのことが知りたいのカ?

 

 お?

 

 黒の剣士か。あいつにはずいぶん振り回された

 ギルドに入らないソロの黒ずくめだろ?

 そういやあんまり最近噂聞かないね

 いやALOで見たってやつもいなかった?

 それ半年は前だろ。もうALOのイベント攻略にだって来てねえよ

 みんなよく知ってるな

 悪目立ちするやあるではあったし

 

 おお、結構食いつきがいい。思ったよりもみんな黒の剣士のこと知ってるんだな。

 もしかしてコボルドロード攻略でSAO生還者(サバイバー)*1が流れて来てたりしたんだろうか。

 

「有名な人だったんですね。どういう人だったんですか?」

 

 変態

 化け物

 黒づくめの変な奴

 LAボーナス最多獲得者

 だってあいつの二つ名のひとつ『二刀流』なんですよ?

 

「二刀流? そんなスキルあったっけ?」

 

「ユニークスキルだな。ううん、てことはまとめwikiにかいてあったことマジなのか……」

 

「ゆにーくすきる?」

 

 そりゃ聞き覚えないよな。SA:Oにはまだないシステムだし。

 

「ソードアートシリーズには武器の種類が山ほどある、がそれは別に最初からすべてが解放されてるわけではないんだよ」

 

 とくに有名なのは刀スキルだ。

 これは初期開放ではなく、曲刀カテゴリの熟練度を上げることで途中から派生させることができる。

 こうした発展形の武器スキルは「エクストラスキル」と呼ばれ、普通のスキルから分けて考えられる。

 上級者専用のスキル、とでも考えればいいだろう。

 

「そしてその中でも特に派生が難しいスキルがいくつかある。二刀流ってのはその一つなんだ」

 

「難しいって、どれくらい?」

 

「獲得のためには二刀流解放クエストを受けなきゃいけないんだが、まずそれを受ける条件として片手剣の熟練度マックス。その上片手剣一本で百体以上出てくるモブを一人で倒した後フィールドボスをソードスキルなしで倒さなきゃいけない。しかも一人で」

 

「ひえっ」

 

「それだけやってようやく使えるスキルなのに、その二刀流ってのがまたピーキーな性能しててさあ」

 

 そうなんだ。かっこよさげに聞こえる

 オサレ度高い。両手に片手剣もてるのアドでは?

 そう思うよナー。でも大した防御スキルがないんだなこれが

 はい?

 いや手数は多くて強いよ? 最上級スキルで27連撃とか超破格だよ? でも相手の攻撃に対して防御手段がPS頼りの回避だけはきついって

 あの、防御用のソードスキルとか……

 一個あるよ。十字に剣を組んで防御する

 それ持ってる意味あります?????

 正直盾使った方が安定するわあんなの

 

「あれ、聞く限りあんま強くないんじゃ……?」

 

「ああ、わかってきたろ、このめんどくせースキル使って最前線で常に一人だけでボス攻略してた『黒の剣士』の変態さが」

 

 まあ、その、はい……

 九個あるユニークスキルの中でも一番とがった性能してる

 しかも極め付きは74層フロアボスグリームアイズの1パーティ攻略

 直前にアインクラッド軍がフルレイドで挑んでボコだったのにさあ

 こわ……

 さすがに盛りすぎでは?

 事実なんだよなあ

 

「フロアボスって、あのイルファング・ザ・コボルドロードと同じ?」

 

「しかも74層って、相当強かったりするのでは……」

 

「単純には測れないけどだいたい階層+10がレベルの目安だったらしいし……コボルドロードの八倍くらいは強いんじゃないか?」

 

「は、ちっ――!?」

 

 改めて聞くととんでもないな

 SAOこわ

 オリジンにはユニークとかないのかなあ

 来ても使いこなせる気がしない件

 

「会ってみたいなあ、黒の剣士」

 

「あ、おいユウキ」

 

 あ、しまったという顔をするユウキ。

 

 今日はあくまでも噂を聞くだけで会いたいということは言わない予定―――。

 

 会えるかもしれないヨ、黒の剣士

 

「は?」

 

 最近黒の剣士の噂が出てるんだヨ

 マ?

 団長たちはさすがに知らねえカ? 

 ああ、もしかして超強い片手剣士の噂?

 

「それ、マジの情報か?」

 

 聞いたことある……気がする!

 なんでもいまオリジンのデカめのイベントにソロの片手剣士がボスのLAボーナス奪って回ってるーってナ

 

「―――」

 

 案外、イベントに顔出したら会えちまうかもナ

 

 

 

 しばらくして配信を終わらせると、俺と木綿季、藍子、そして配信に出ないながらも話は聞いていたユイとで額を突き合わせる。

 

「聞いたか、黒の剣士の噂」

 

「うん。オリジンのイベントに出て回ってるって。ほんと、なのかな?」

 

「でも聞いた感じ特徴自体はおおむね当てはまってる気がするかも」

 

「でも場所がわからねえ。探すとしてもどうすれば―――」

 

 言いかけて、止まる。

 じっとユイが俺たちを見上げていた。宝石みたいにきれいな瞳の中にはゆらゆらと不安そうな色が浮かんでいるような気がする。

 

 ……ま、いまうだうだ言っても仕方ねえか。

 

「そんな心配そうな顔すんなって。探しに行ってみようぜ、みんなで」

 

「うんうんもし見つかったら万々歳だしね!」

 

「うん。きっと見つかるよ、だから、ね?」

 

「ありがとうございます、みなさんっ」

 

 じゃあ問題は……。

 

「どこに行くか、だよね。オリジンのイベントって言ってもたくさんあるし」

 

「だなー、何かこれだっていうのがあればいいんだけど」

 

「夏休みに入ってオリジンも一気にイベント増えたもんね。フロアボスなんかもすごーく増えてるし」

 

 この前はついにユナちゃんと師匠がファンたちとだけでフロアボス倒して大層話題になったものだ。

 それどころか、別の場所にゲリラクエストで出てきたフロアボスはそこに居合わせたプレイヤーの寄せ集めで倒せちまったとかいう話も聞く。

 もっと言うなら週末には遊園地、テーマパーク、デパートなどとコラボして、施設まるまるダンジョンにしちまうなんてイベントもやってる始末だ。

 

 それだけイベントが乱立している今のSA:Oというゲームで一人のプレイヤーを見つけるっていうのは難しい。

 

 ん、ユイ? なんか目が光ってないか?

 

「検索を終了しました」

 

「どうしたんだユイ? 星の本棚に行った?」

 

「いえ残念ながら私には『仮面ライダーW』に出てくる二人で一人の探偵である仮面ライダーWの頭脳担当フィリップのように地球の記憶にアクセスすることはできませんが、普通のインターネットならお兄ちゃんたちとは比較できないほどの速さで調べ物ができます」

 

「お、おう、そりゃすごいな?」

 

「そういうわけでひとまずソードアート・オリジンにおける『黒の剣士』の目撃情報を調べてきました。すべて、ひとつ残らず」

 

 すべて? いまユイすべてって言った? 調べたのってたぶんユイが黙り込んでからだから、二、三分とかだぞ?

 

「そ、そんなことできるの?!」

 

「いままでは『黒の剣士』の情報が少なすぎた余り絞り切れませんでしたが、SA:Oをやっているとなれば話は別です。

 あとはただSNSでオリジンのプレイヤーを抽出、その中から黒の剣士というワードを抜き出し、時間、場所、発言の信ぴょう性などを精査しながら、信頼できるものを精査していくだけです」

 

「す、すごいねユイちゃん……私なんかじゃ」

 

「ふふ、私から見るとお兄ちゃんが夢中になっちゃう料理を作れてしまうランちゃんの方がすごいと思います」

 

 口元を抑えて微笑むユイ。

 

 すげえな……この能力をぜひとも兄妹間での対応の方法を調べるときにも発揮してほしかった。

 

「お兄ちゃん聞いてますか?」

 

「ああ聞いてるぜ。とりあえずあとで一緒にインターネットとの付き合い方勉強しような……」

 

「? わかりました?」

 

 首をかしげるユイだったが、俺に話の続きを促されると先ほどのように淡々と話し始める。

 

「それで検索結果なのですが、どうやら黒の剣士の目撃情報はどれも一か所に集中しており、この噂自体の信ぴょう性は非常に高いもののように思われます、お兄ちゃん」

 

「! じゃ、じゃあそのうわさが集中している場所って―――」

 

「ここです。推定『黒の剣士』というプレイヤーは、この地域周辺のイベントに参加してくる可能性が高いと思われます」

 

 ユイがす、と腕を振ると先ほどまで虚空に浮かべていた配信画面の上に周辺の地域のマップが現れる。

 マップの上には今まで行われたイベント情報と、目撃情報があった時間と場所の情報が添えられている。

 

 しかもその二つは時間も場所も、おおよそ重なっているように見える。

 

「つまり、だよ。このマップの周辺で行われるイベントに参加すれば……」

 

「黒の剣士に会える! だよね?」

 

 ああ、すげえなユイは。協力するって言ってなんだが、ユイが優秀すぎる。

 

 とりあえず頭撫でておくか。なでなで。

 

「見つけような、黒の剣士」

 

「はいっ!」

 

 さて、じゃあ一番該当地域から近いイベントは、と。

 カムラアクアパークSA:Oコラボイベント……これみたいだな。

 

「アクアパーク、市民プールみたいだね」

 

「プール! いいね! ちょうど夏だし絶対楽しいよ!」

 

「もう、遊びに行くんじゃなんだよ?」

 

「いえ、せっかくですしみなさんで楽しみましょう。それに私、プールはインターネットの知識しかないので、楽しみです!」

 

「ユイちゃんがそういうなら……去年の水着まだ入るかな

 

 よし、方針は決まったな。

 

「今週末はカムラアクアパークで黒の剣士探しだ!」

 

 次回! 水着回! こうご期待!

 

 

*1
SAO攻略組の中で第百層まで踏破したプレイヤーたち。この称号はSAOが終わった現在もトッププレイヤーの証とされる。




《ヒロ》
この話でラネタをほとんど使ってない。真面目。
インターネットは真実ばかりを伝えてないのではという疑念に行きつく。ようやく?

《ユウキ》
好きな人の良いところはみんなに知って欲しいタイプ。

《ラン》
好きな人の良いところは自分さえ知っていれば良いタイプ。

《ユイ》
少しの情報から真実に行きつくスーパーAI。
だが時折露骨にポンコツになるかわいいヒロの妹分。
ヒロの膝に座ってテレビを見るのが最近のお気に入り。

《黒の剣士》
ユニークスキル『二刀流』使いの黒づくめ。
SAOにおいては二刀流最高の使い手であり、SAOにおいてはトップクラスの知名度を誇る。
ヒロはまとめwikiで『閃光とはたいそう仲が悪く、攻略会議では衝突が絶えなかった』という記述を見てアスナさんの前で黒の剣士の名前は出さんとこと思っている。

《ユニークスキル》
SAOに存在した()()の習得に難解な条件を必要とするエクストラスキル。
二刀流は特に習得、熟練に練習と先天性の才能が必要とされるため人気が低かった。
この世界では『神聖剣』とは血盟騎士団団長『ヒースクリフ』に与えられた称号であり、ユニークスキルとしての『神聖剣』は存在しない。

《LPFMの撃ちまくりチャンネル》
SAOオルタナティブGGOに登場するメンバーによる攻略動画……なのだが、大抵は攻略法が役に立たないともっぱらの噂。
だが視聴者にはそれはそれとして楽しまれており、レンに関しては畏怖されつつも可愛がられてもいる。
ガンアクションとしての見応えは非常に高く、気になる方はアニメがあるので是非見られたし。

《三ツ葉探偵社 おしえて探偵さん!》
SAOオルタナティブクローバーズリグレットのメンバーによるチャンネル。
狐顔の胡散臭い探偵と、巨乳の年下巫女服助手と、合法ロリおねーさん忍者によるお悩み相談の場。
だが、大抵はVR、ARに絡む素っ頓狂な依頼が投書として送られ探偵さんがぶつくさ言いつつ東奔西走する様子を眺めることになる。
原作既刊3巻。SAOの外伝として非常に高いクオリティを誇るのでおすすめです。



さて、いつもの後書きが終わりましたが、少しばかり紹介を。




【挿絵表示】

わーい! ボクっ娘の表紙絵だー! 
というわけであこさん(https://twitter.com/aco_bearchannel?s=21)に表紙絵を描いていただきました。
すごい……すごい……。Twitterやらでサムネイルが見れるような形だと見れるようになってます。ぜひぜひ読了報告など活用してご確認ください。


次回! 水着回!!


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プール、キターーーー!(前編)

 
少し長くなったので分割です。



 

 

 

「というわけで来たぞ、プール!」

 

「きました! プール!」

 

 週末、俺たちは先日の方針通りカムラアクアパークへ訪れていた。

 一足早く水着に着替えた俺は、濡れてもいい上着をひっかけて木綿季と藍子が来るのを待っていた。

 もちろん頭の側面にはいつも通りお面をつけてる。今日は水場なのでギャレンにした。

 ギャレンは水落ちから生還した代表的なライダーだからな。

 

「にしても、プールにオーグマー持ち込みできるのは驚いたな。防水用のカバーもタダでくれたし」

 

「今日はSA:Oとのタイアップ日ですからね。プレイヤーが憂いなく楽しめるように配慮されているのだと思われます。事前に告知も大きくされていたことから今日は平時の1.5倍の人口密度のようです、お兄ちゃん」

 

「たしかにちらほらプレイヤーっぽいのもいるな」

 

 夏休みというだけあってメインは家族連れや、恋人同士のようだが、ちらほらタッチペンをストラップで手にひっかけている人も見る。

 

 と、そんなことを考えていると、いまの自分を見せびらかすようにユイがくるりと回った。

 

 かわいい。まるで水辺の妖精みたいだ。

 

「お兄ちゃん私の水着どうですか? 似合いますか?」

 

「おー、似合う似合う。フリルがふりふりでかわいいな。妖精さんみたいだ。誰と選んだんだ?」

 

「ランちゃんと選びました! お姉ちゃん(ユウキ)は私に自分のおさがりを着せようとしてランちゃんに叱られてました」

 

「ちなみにどんなの?」

 

「お姉ちゃんの小学校の頃の学校指定水着です。いわゆるスクール水着というものかと」

 

「うん、それは藍子が正しいな。いや年齢的には正しいかもしれんが、まあ、俺はいまのその白のフリフリがかわいいと思うよ」

 

「ふふ、お兄ちゃんのために着たのでほめられてうれしいです!」

 

「そりゃ光栄だな。そのセリフどこでラーニングした?」

 

「ランちゃんの貸してくれた少女マンガです」

 

 あの姉妹そろってユイに与えてる影響がでかすぎねえか? 

 

 隣の椅子に座るユイの水着はユイが自前で用意したものだ。

 なんでも元になる水着の写真でもあればそこから再現して衣装にできちゃうんだと。

 

 別に俺が作ってもよかったのだが、まあさすがにな。

 ユイの裸を見るようなものだし、いくら俺を兄扱いしてくれるからと言ってしていいことと悪いことがある。

 

 ユイはイマイチそこらへんわかってなさそうだったけど。

 

「お姉ちゃんたち来ませんね」

 

「だなー。着替えに戸惑ってるのかもな」

 

「あ、なら私がお姉ちゃんたちを見てきましょうか? オーグマーがあるのでびゅーんと」

 

「はは、いいよいいよ。女子の準備は時間がかかるもんだし、そうでなくてもこれだけの人だ。更衣室から出るのも一苦労だろうさ」

 

「? 着替えって衣装を選択して変更するだけでは? 一分もかからないんじゃないですか?」

 

「そりゃあゲームならな。でもここは現実だ、そんな仮面ライダーの変身のようには着替えられんさ」

 

「でもお兄ちゃんはすごく着替えが速かったです」

 

「そりゃ俺は男だからな。すぱっと着替えるもんだ」

 

「そういうものなんですか?」

 

「そういうもんだ」

 

 覚えておきます、とユイが真剣な顔で頷く。真面目だなあ。

 

 ……にしても来ねえな。

 仕方ない。暇つぶしに動画サイトで仮面ライダーの戦闘シーン切り抜きでも見るとするか。

 

 こういうやつ隙間時間をつぶすのに死ぬほど便利だけど、全く何も生み出さないで時間だけ食うよな……。

 

「そういえば、お兄ちゃんたちは今日は配信しないんですか?」

 

「今日は一般の人もいるからここでは配信は禁止になってんだ。

 その代わりにイベントクライマックス、ボス攻略になって周囲にプレイヤーしかいない段階になると解禁されるって話だ。するならそこからだな」

 

「黒の剣士さんもそこに来るでしょうか」

 

「来てる、と、祈るしかねーな。

 ま、そこらへんはいま気にしても仕方ねーさ。ボス戦の配信の時に見つけられたら御の字だな。そっちはユイといっしょにやれないのが心残りだが」

 

「そんな申し訳なさそうな顔しなくても大丈夫ですよお兄ちゃん。私はお兄ちゃんたちを見ているだけだ楽しいです」

 

「そうか。いつかいっしょに配信やろうな」

 

「はい、楽しみにしてますっ」

 

 ほころぶように笑うユイの頭を撫でようとして、ふと周囲の視線が気になった。

 

「……そういえば、いまユイって俺たち以外の人たちにはどう見えてるんだ?」

 

「私ですか? そうですね……概ねはこの施設内にいるNPCの方々と同じように見えてるのではないでしょうか」

 

「というとオーグマーをつけてると見えて、つけてない人にはユイの姿は見えていない、と」

 

「あ、でも私には彼らと違ってカーソルがありませんから、案外オーグマーをつけている人からだとふつうの人と見分けがつかないかもしれません。

 なので、お兄ちゃんがこうして話していても不自然に思う人はいないのではないでしょうか」

 

 ほー、技術も発達したなあ。

 そのうちアニメとか特撮とかに出てくる通話相手がホログラムで浮き上がるみたいなのもできちゃうんじゃないだろうか。

 いや案外もうすでに技術的にはできることだったりすんのかね。

 

「ん、待てよ。オーグマーつけてる人にはッてことは、それってオーグマーつけてない人にはさ俺……」

 

「はい、お兄ちゃんはさっきからひとりでしゃべりまくっている人です!」

 

「さっきからひそひそ言われてたのそのせいかよ!」

 

 いや別にいいけどね? でもね「しっ。あのお兄ちゃん見ちゃいけません」されるのまあまあ心に来る。大丈夫だけどね。気にしてないけどね。

 

「お兄ちゃん、だいじょうぶですか? あたま撫でてあげますね」

 

「はは、ありがとう、ユイは優しいな……」

 

 ちゃんと髪を触られてる感触が……なんか、この撫でられ方覚えがあるような。

 なんだっけ。

 

「ひろーっ、まったー?」

 

 お、ようやく来たな。やれやれずいぶん待ったぞ。

 

「女子の方混んでたのか? 大丈夫だったか」

 

「ま、ちょっとね。待たせちゃってごめんね。その代わり~、じゃーん! ボクの水着を一番に見る権利をあげちゃいまーす!」

 

「たく、お前の水着なんて今まで何度、も……」

 

 木綿季の水着はリボンのあしらわれた薄紫のビキニだった。両手を広げてくるりと回ると腰元のシースルーのスカートがなびき、アクセントとの赤いリボンも動きに従いふわりと跳ねた。

 いつもは俺が昔作った赤いリボンをつけているが、今日は泳ぐことも考えてか花のようなカチューシャで髪を留めている。

 

 はっきり言おう。俺の幼なじみがかわいすぎる。

 

 やべ、なんか木綿季をまともに見れねえ。

 

「お姉ちゃんすごく似合ってます!」

 

「えへ。ユイちゃんも似合っててかわいーよ」

 

 ユイに褒められると木綿季はにっこりと笑い、そして、今度は俺に一歩近づいてにひっといたずらっぽく笑う。

 

「どう? かわいい? かわいい?」

 

「いいデザインだな。そのままアバターに使えそう。シースルーとかあんまデザインに組み込んだことなかったけど次の衣装の時は組んでみてもいいかもな」

 

「でしょー? これ一目見た時からかわいいって思っててさー……ってそうじゃなくて! ちゃんとボクに似合っててかわいいかどうか感想言ってよ!」

 

「ハイカワイイカワイイ」

 

「心がこもってない!」

 

 木綿季が右に回り込む。目を左にそらす。

 木綿季が左に回り込む。目を右にそらす。

 

「もーさっきから目をそらしてばっかじゃん!」

 

「いやちゃんと見たしかわいいって言っただろ、むぐっ」

 

 ぱちん、と木綿季が俺の顔を両手で挟み込むと、無理やり顔を自分に向けて視線を固定した。

 

「……あっちょんぶりけとでも言えばいいか」

 

「もー、ちゃんとこっち見なきゃダメだよ」

 

 そこまでされるともう目はそらすわけにはいかない。

 いや、もう逸らしたくても逸らせなかった。

 

 すらりと伸びた健康的な手足。大胆にさらけ出されているおなか。水着で強調された胸元。

 ぷくーっと膨らんだほっぺたががわずかに赤いのは、暑さのせいか、それとも俺の前にいるからなのか。

 

「あの、えと、はい、かわいいと思います。すごく」

 

 なんとかそれだけ絞り出すと、木綿季がぱっと太陽のように笑った。

 

「ならよかった! えへへ、ヒロに褒めてもらえるとうれしーな」

 

「……さよで。

 つーかほら、感想言ったんだからさっさと離れろよ……」

 

「それはもったいないな~。えいっ、もっと近づいちゃお~」

 

 ちょ木綿季なんで俺の腕に抱き着く!? あ、やーらかい……じゃねえ! 

 

「おま、ちょ、あたってんだよ、いろいろ!」

 

「あははっ、露骨に余裕のないヒロおもしろいね。そんなにボクにドキドキしちゃってるのかなぁ~」

 

「ああそうだよ悪いか! お前との距離が近くて気が気じゃねえんだよ! これで満足か!」

 

「お、おお、そんなにストレートだと、ちょっと照れちゃうね」

 

「そーかよ……」

 

「うん……」

 

 なんだよ。なんでそんなちょっとうるんだ目で見上げてくるんだよ。

 俺たちはただの幼なじみなのに、なんか、このままだとダメな気がする。

 

 でも、木綿季から目をそらせない。この距離だと普段より木綿季がよく見える。

 まつ毛長いなとか、ふくらんだ唇が柔らかそうだとか、なんだかそういうやつ。

 

 俺は―――。

 

「お兄ちゃんたち、私が邪魔なら言ってくださいね?」

 

「「 うわああああっ! 」」

 

「あ、離れちゃいました」

 

 うわあああ! あっぶね! なんだいまの! すげえ気の迷いがあった気がする! 

 

 俺たちは三人幼なじみ! OK!? 

 

「ふう、ふう、サンキューユイ、助かったよ」

 

「そうですか? てっきりいまからちゅうするから私はお邪魔だったかと」

 

「「 しないよ!? 」」

 

「そうなんですか? 仲良しの男女は普通にするものなのでは……」

 

「なんかユイの恋愛観ちょいちょい距離が近いんだよな」

 

 どっちかっていうと恋人とかより夫婦の距離感でものを語っているというか……。

 

 何はともあれいったん深呼吸だ。ふう。

 

 木綿季の方は……まだちょっと顔赤いけど大丈夫そうだな。

 よし、俺も大丈夫。

 

「コホン。で、藍子は? 木綿季と一緒に出てこなかったのか?」

 

「んーん? でるのは一緒に出てきたんだけど、そういえばいないね。姉ちゃーん?」

 

「あ、あそこの更衣室の前あたりでもじもじしてる人がいます! たぶんランちゃんです!」

 

 ナイスユイ! ちょっと連れてくるからここで待っててくれよ。

 

 ほら、何してんだ藍子。

 

「よっ、今日はお団子にしてるんだな。泳ぐ用か?」

 

「ひ、ひろっ?」

 

「あれ、なんだまだ上着着てるじゃん。水着にならねーのか」

 

「だ、だって、恥ずかしいし……」

 

 そういう藍子は少しオーバーサイズのパーカーで体をすっぽり覆ってる。

 同じ双子でも木綿季とはずいぶん違う。木綿季は結構ノリノリで水着見せてきたもんな。

 

 まあ、藍子も足はがっつり見えてるし首元から水着っぽいのがのぞいてるあたり着替えちゃいるんだろうが……あ、半目で睨まれた。

 

「どこみてるの」

 

「え、あー、上着、脱がねえの?」

 

 じっと藍子が俺を見ていたが、すぐに無言で上着のジッパーを一番上まで上げてしまう。

 

「誰かさんの目線がエッチだから脱がない」

 

「そりゃさすがに言いがかりすぎんだろ! じゃあ俺が見てなけりゃいいの!?」

 

「それは、その……」

 

 藍子の手がいつもはシュシュのあるあたりを空振った。代わりにパーカーのひもをくるくると指に巻き付け、口をもごもごさせる。

 

 ううん、藍子は人目に付くのもそんなに好きじゃないからほかの人の視線が気になるとかだろうな。あと木綿季に比べるとインドア派だし日焼けが気になるとかかな。

 なら別に今無理にパーカーを脱ぐように言うことでもねえか。

 

「ま、とりあえず行こうぜ、木綿季もユイも待ってる。せっかく来たんだし遊ばないのはもったいねえだろ?」

 

「う、うん」

 

 まだ何かを言いたげだけど、みんなでいたら緊張も取れるだろ。

 とりあえず藍子を連れて木綿季たちと合流するとオーグマーを起動しておく。

 

 さて、これからどうしたものか。

 

「おう、オメーら、全員揃ってるかー」

 

「ったりめえだぜリーダー。風林火山、一人残らず参上済みだ!」

 

「へへ、オメーらとこうしてSAO終わってからも一緒に攻略できるのは悪くねえ気分だな」

 

「いや正直大の男が七人集まってプールに集まってるのなかなかきつい絵面ではあるんだがよ」

 

「ばっかそれは言わねえ約束だろうが! そろそろ実家からの圧が辛くなってきてんだよ」

 

「リーダーでもそうか、俺もこの前弟が家に彼女連れて来てさ……」

 

「きっつ」

 

「馬鹿野郎! なにしょげてやがる! 漢クライン27歳独身! 今日こそオリジンで活躍してキレーな女の子といーい出会いをだな……」

 

「リーダーこういう夢見がちなところ直せばすぐ彼女できそうなのにな」

 

「んだとぉ!?」

 

 いろんな人がいるなあ。

 まあこんだけ広い施設だしくる人たちだって目的はそれぞれか。

 

 だがこれから動く方針くらいは決めておきたいものだが……おろ? 

 

「お兄さんたちさっきから立ち止まってどうしたの? もしかして放浪者さんたち?」

 

 シスター服の女の子に話しかけられた。年齢は、たぶん俺らと同じくらいか。

 あきらかにプールに来る服じゃないし、こりゃたぶんオリジンのNPCだな。

 この前コボルドロードの攻略会議の場所まで案内してくれた騎士サンと同じようなポジだろう。

 

「ええ、実はそうなんす。俺はヒロ、こっちは俺のツレです」

 

「どうもユウキです! ヒロとは幼なじみです!」

 

「私はええと、いまはラン、かな。この子のお姉ちゃんです」

 

「ユイです。いちおういまはお兄ちゃんの妹です」

 

 少しつり目がちのシスターさんが表情を和らげる。

 

「そうでしたか。ということは、みなさんも今日のスイリュウサイにいらっしゃったのかしら」

 

「すいりゅーさい?」

 

「水の流れ……いえ、水の龍の方でしょうか……」

 

 首をかしげる木綿季とユイにシスターさんが微笑んだ。

 

「前者の方が正解よ。水流祭。今日はこの水の都ロービアと、周辺のいくつかの村合同のお祭りの日なの。年に一度しかない大きなお祭りだからお兄さんたちのような放浪者さんたちもたくさんおいでになるわ」

 

 水流祭。なるほど今日のコラボイベントはオリジンの世界―――つまりアンダーワールドのNPCにとってはそういう認識になってるのか。

 

「俺ら今日はちょっと人探しに来ててさ、たぶん放浪者なんだけど、『黒の剣士』ってひと、知らないかな?」

 

「くろのけんし? うーん、聞いたことないわ……」

 

「そっか。すげー強い片手剣士って噂なんだが、そっちも聞いたことないか?」

 

「ごめんなさい、私はシスターだからそういうのはわからなくて……ああ、でももしそんなに強い剣士様なら午後の海馬討伐にはいらっしゃるんじゃないかしら」

 

「海馬討伐、ですか」

 

「ええ。この町の北の方に大きな湖があってね、そこに少し前からとても大きな馬のようなモンスターが住み着いているの。いまのところ大きな害はないんだけど近くの街の飲み水はあそこから引いてるものだからそのままにするわけにもいかなくて」

 

「ああ、それで放浪者に討伐のお願いをしているってことっすか」

 

「そうなの。でもまだ人は集まり切ってなくて村長たちも頭を抱えていて……」

 

 なるほど、これはもしかすると……ちょっと待ってくださいねシスターさん。

 

 ユイ、どうだろう、これってやっぱそう? 

 

「間違いありません。レイドボスのクエストフラグですね。カムラアクアパークでは今日の午後からSA:Oのレイドボスのイベントがあることが公式サイトに掲載されています」

 

「参加方法は? 私たちがしなきゃいけないこととか」

 

「ええと……会場NPCに聞いてください、とありますね。なんだか非効率的ですね」

 

「まあまあそれもゲームの醍醐味だろ。つーことはあのシスターさんに……」

 

 あれ、木綿季がいつの間にか隣にいない。

 

「シスターさんボクらモンスター討伐手伝います! 困ってる人がいるなら放っておけませんし!」

 

「ほんとうっ? ありがとう、心強いわ!」

 

 あっという間にシスターさんのところに行ってた。行動はえーな。木綿季らしいというかなんというか。

 

 まあでも手伝うのは同意だ。黒の剣士探しもそうだが、困ってるっていうなら助けないわけにはいかないよな。

 

 それで、俺たちは何をすればいいんだ? 

 

「とりあえずは力試しからですね。じゃあお兄さんたち、これどうぞ」

 

 あ、どうも。

 

 これは……周辺マップか。

 あ、でもアイテムストレージに入ったからゲームアイテム扱いだ。

 

 カムラアクアパークはだいたい正方形のような形をしていて、主に左上の遊具エリア、左下の流れるプールエリア、右下に子ども用の噴水プールの併設された食堂と休憩エリア、右上の波のプールエリアに分かれていて、中心には三つのエリアにつながるウォータースライダーがあるようだ。ウォータースライダーは波のプール以外にそのまま滑って移動できるのか。

 

 ふむ、いまいるのは流れるプールの入り口手前くらい、と。

 

「そのマップにあるとおりこの街は主に五つのエリアに分けられているわ。そしてその五つのエリアにはそれぞれスタンプが隠されているの」

 

 シスターさんがふふっといたずらっぽく笑う。

 

「ここまで話せばなんとなくわかってくれたかしら。

 力試しの内容は、さっき渡したマップに右上を除く4つのエリアそれぞれで見つけたスタンプ、計4個を押印すること。

 そしてそのマップを次鐘が二つ鳴る(午後二時)までに街の北門にいる衛兵さんに見せることができれば討伐部隊に参加できるわ」

 

「もし間に合わなかったりスタンプが見つからなかった場合はどうなるんでしょうか」

 

「別にどうにもないわ。ただ討伐に参加する力は少し足りてないから衛兵さんは討伐には連れて行ってくれないとは思うかな」

 

「スタンプ集めて力を示す、か……沸いてきたぜ!」

 

「あ、いまのは令和三作目仮面ライダーリバイス主人公五十嵐一輝の口癖、実家が銭湯であることと気持ちが盛り上がることをかけた『沸いてきたぜ』ですね。リバイスは変身アイテムとしてスタンプを用いますから、なるほど、ぴったりのセリフです」

 

「さすがだユイ……パーフェクトハーモニー……」

 

「あ、今のは平成七作目仮面ライダーカブトに出てくる……」

 

「たんまたんまそれ永遠に続いちゃう気がする! ボクらはともかくシスターさんおいてかれてるから!」

 

「ええと、こ、個性的なご兄妹ですね?」

 

「すみません変な人ですみません。私の幼なじみが変な事教え込んでてごめんなさい」

 

 その後、シスターさんと別れると、四人でもらったマップを覗き込む。

 

「探さなきゃいけないのは、『遊具エリア』とー、『流れるプール』とー……」

 

「『噴水プールと食堂のエリア』、『ウォータースライダー』だね。波のプールは入ってなかったけどなんでだろう」

 

「そこがボス戦に使われるからだろ。さすがにボスのいるとこにスタンプ探しに行くのは締まんねーよ」

 

「あ、確かに」

 

「情報を整理すると、このカムラアクアパークを使ったスタンプラリーのようです。そして集めた四つのスタンプを指定の場所まで持って行くとレイドボス攻略の受付が完了する、という解釈でいいと思います、お兄ちゃん」

 

 ならとりあえず俺たちがするべきことはプールをめぐってスタンプを見つけることってわけだな。

 

「なんか昔こんな感じのやつやったよな。ほら、中一の宿泊研修でのやつ」

 

「ああ、ユウが間違えてヒロのジャージを着てた時の」

 

「そうそう荷造りの時に紛れてたの気づかないでそのまま着たんだよ。そのせいで入学早々こいつしばらく緋彩ちゃんって呼ばれてたんだぜ」

 

「そんな昔のこと掘り返さないでよ! いーじゃんしばらくしたらみんな忘れたし!」

 

「ばあか! お前のせいで俺の呼び名が『緋彩ちゃんじゃない方』になったんだよ! 緋彩は俺だってのに!」

 

「じゃーボクも言わせてもらうけどヒロが落とし物一緒に探してあげた後輩の女の子に気の迷いから告白されたとき『俺、幼なじみがいるからさ』とかいって断ったせいで、そのあとボク後輩の子に『緋彩先輩とずっと仲良くいてくださいね』とか涙目で言われたんだからね! ヒロだってボクに迷惑かけてるんだからおあいこでしょー!」

 

「それは……申し訳ないが! でもそれを言うなら―――!」

 

「ふにゃっ! そ、それならヒロだって―――!」

 

「―――!」

 

「! ~~~!」

 

「どうしてお二人はお互いに黒歴史を暴露しあってるんでしょう。仲良さの証明? いえ無意識みたいですし……どちらかというとお互いとの思い出を忘れてないと再確認してる? ああ、わかりました! これがケンカップル、というものですね! 私本物は初めて見ました」

 

「「 いやそれは絶対違うから! 」」

 

「わあ、声ぴったり。やっぱり仲良しさんです」

 

「うん、ごめんねー、ユイちゃん。確かにボクとヒロは仲良しだけどカップルではないっていうかそれは姉ちゃんに悪いっていうかー、ね?」

 

「ゆ、ユウは余計なこと言わなくていいから……!」

 

「えー、ほんとにいいのかなー。せーっかくの水着も……」

 

「わー! わー!」

 

「何やってんだお前らは。

 なあユイ、その、お前の言葉の覚え方変な気がするっていうか……どこで覚えた?」

 

「もちろんインターネットです!」

 

「わーすごくヒロの妹ー」

 

 えへんと胸を張るユイの隣で半目を向けてくる藍子。

 

 これは俺悪くねーだろ。

 

「まあいいや。とりあえず最初に行くところ決めよーぜ」

 

「はいはいボクウォータースライダーがいいなー!」

 

「う、ウォータースライダーか~~。そ、それはちょっと最初からクライマックスすぎやしねえか?」

 

「? ヒロ普段から俺は最初からクライマックスだぜって言ってるのにそれ言う?」

 

「ぷ、プールには順序ってもんがあるだろ! なあユイ!」

 

「え、確かにこのマップを見る限り流れるプールか、噴水、食堂のエリアに最初に行くことが想定されているようですが……正直どこから行ってもいいのでは?」

 

「なん……だと……?」

 

 ええい、こうなれば、あん、なんだよ木綿季その物言いたげな目は。

 

「いやさー、ヒロ高いところ怖いからウォータースライダー行きたくないだけなんじゃないの?」

 

「そ、そそそそそそそんなわけあるか!」

 

「お兄ちゃんの目が外に飛び出しそうなくらい泳いでます!」

 

「わかりやすいなあ」

 

 ええいうるさいわい! こうなれば、藍子! なんとか言ってくれ! 

 

「えー、私に振るのー」

 

「お前だけが頼りだ! せめて、こう、ウォータースライダーが最初以外のルートを!」

 

「……調子いいんだから、もう。

 まあとりあえず食堂とかのエリアはお昼ごはんの時に回ればよさそうだし、そこは除いて考えていいと思う。

 それでエリアを移動するにはウォータスライダーを使えばいいみたいだし、それなら流れるプールから回って、お昼ごはん、そのあとにウォータースライダーを使って遊具に行く、が一番効率的じゃないかな」

 

「じゃあそれで!」

 

「迷いないなあ」

 

 ウォータースライダーを後回しにするためならなんだってしてやるわい。

 いや全然怖くなんかないですけどね? そのために橘さんのお面にしたわけだし。

 

「じゃあまずは流れるプールからだな。ユイ、道案内まかせていいか?」

 

「もちろんです……と言いたいところですが、すみませんこの辺りは人が多くて地形データと視覚データの参照ができなくて」

 

「ああ、ユイちゃんの身長だとあんまり周囲が見えないのかな」

 

「お力になれずすみません……」

 

 ふうん、なら……よいしょっと。

 

「わ、わわっ、なにするんですかお兄ちゃん!?」

 

「肩車。これなら見やすいだろ」

 

「見やすいですけどこれはちょっと、恥ずかしいというか、私周囲から見たら不自然じゃありませんか?」

 

「大丈夫だって。そういったのはユイじゃねえか」

 

 な、木綿季、藍子。

 

「うん、オーグマーつけてる人にはヒロもユイちゃんも仲いい兄妹に見えるんじゃないかな」

 

「うんうん。それにヒロはもともとちょっと変だから失うものはないと思うし!」

 

「それは確かに……」

 

「ユイ? 何が確かになんだ?」

 

 つーか触った感触はするし持ち上げられるけど重さがないってかなり不思議な感じだなー。

 

「まいーや。ユイ、とりあえずまっすぐでいいんだよな?」

 

「あ、ですね。順路に従って進んで一番最初に見えるのが流れるプール──って、きゃあああ!」

 

「目的地まで、振り切るぜ! アクセル!」

 

「あ、まってよボクもいく! あと肩車ボクもあとでやってよー!」

 

「ちょっと二人ともプールで走らないでって、ああもう! ほかの人見てるから!」

 




 
《ヒロ》
長袖の濡れてもいいパーカーに黒のシンプルな水着。
シンプルだがいつも通りつけてる安っぽいお面(ギャレン)が印象を破壊している。
幼なじみと付き合うとかナイナイ。

《ユイ》
白のフリル付きのワンピースタイプの水着。
藍子の「悩むなら自分の水着を誰に見て欲しいか考えるといいかも」との言葉から悩んだ末に今のものをチョイスした。

《ユウキ》
シースルー生地の組み合わされた紫のビキニタイプ。
店を藍子とユイの三人で回ってるときにほとんど一目惚れで買ってしまった。
恥ずかしさよりもいまの元気な姿で歩き回れることが嬉しさが勝ってる。
なんだかヒロに見られると顔が熱い気がするが、きっと夏のせい。

《ラン》
まだダメ。


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プール、キターーーー!(中編)

アンケートは区切りがいい時に時折すると思われるので、気軽に答えていただいていいやつです。


 

 

「うわー! ヒローほんとに流れてるよー!」

 

「ふ、俺も一気に行くぜ!」

 

「もー、二人とも準備運動しなくて平気なの?」

 

「ギャレンの加護を信じろ! ダディは全てを解決する!」

 

「でもギャレンの橘さんって肝心なとき以外役に立たないとか言われてなかったっけ……」

 

「お、お兄ちゃん! ほんとに水が流れてます! こ、こんなにたくさん!」

 

「はは、ユイ怖がってちゃもったいねえって。ほれほれ、こっちこいよ」

 

「で、でも、私こういうの初めてで……」

 

「ならユイちゃんは私と一緒に浮き輪に乗る? ぷかぷか浮いてて楽しいよ」

 

「は、はい、ありがとうございますランちゃん」

 

「ていうかランはまだ上着脱がねーの?」

 

「そういうヒロだってまだ上着たままじゃん。いろいろ言われる筋合いはないよ」

 

「ん……ねえ、ヒロヒロなんかあそこの底の方光ってない?」

 

「あん? ほんとだ。落とし物か?」

 

「うーん、それにしては周囲の人が気にしてない……はっ! もしかしてあれがシスターさんの言っていたスタンプなんじゃ!?」

 

「なにっ! ということはあれを見つければとりあえず一個目はクリアってことか?」

 

「きっとそうだよ! いけヒロチュウ!」

 

「ピッピカチュウ! ……よし、取れたぞ!」

 

「わあすごいですお兄ちゃん!」

 

「ええと、マップは確かアイテムストレージに入れたから、あった。おーい、ヒロー、こっちだよー」

 

「おー今行く……はうっ!」

 

「ヒロ?」

 

「あしが、攣った……俺は……ここまでだ……」

 

「お、お兄ちゃんが流されていきます!」

 

「ひ、ひろーーーっ!」

 

 

 

第十三話 プール、キターーーーーー! 

 

 

 

 

「ひどいめにあった」

 

「だから準備運動しようって言ったのに」

 

「足が攣る。急激な寒暖差や、急な運動、栄養失調、水分不足などから起こることもある。別名こむら返り。なるほど、足が攣る、についての検索を終了しました。人体は不思議なことが起こりますね。やっぱり痛いんですか?」

 

「痛いのもあるけど足が動かせなくなるのがなー。水の中であれは死を覚悟するレベル」

 

「近くのバンダナのおじさんが手を貸してくれてよかったよねえ」

 

「それな。マジでいい人だったなあの人……」

 

 流されていく俺を「大丈夫かボウズ」って助けてくれた人には感謝してもし足りねえ。

 おじさんっていわれてめちゃくちゃショック受けてたけど。

 

 クラインさんだったっけか。お礼に見つけたスタンプを渡しておいたし、うまくいけばまたボス戦で会えるだろう。

 

「このあとはどうしよっか。いちおう予定じゃ噴水プールの方に行ってスタンプを探すようにしてたけど……」

 

「いいんじゃない? ボクも早めに探しに行きたいし」

 

「ああでも先に飯にするってのもありか? 俺は正直まだ大丈夫だが……」

 

 ぐううう。

 

「……なんだよ木綿季腹減ったなら腹じゃなくて口で言えよ」

 

「ええっ、ボクじゃないよ! そーいうヒロこそこんなタイミングでアピールしなくてもいいから」

 

「あん? 木綿季じゃねえの?」

 

「ヒロでもないんだ」

 

 ……ということは、だ。

 

「……」

 

「―――」

 

「ふ~む」

 

「お兄ちゃんいまの音なんですか? ランちゃんのお腹から聞えてきたように思われます」

 

「ユイちゃん無慈悲だね! 姉ちゃんいま必死にすました顔して『私じゃないよ?』みたいな無駄な努力してたのに!」

 

「ゆ、ユウ! ひ、ひろ〜」

 

 ふ、そんな恥ずかしそうな顔でこっちを見るな。任せとけよ。

 

 いいか、ユイ覚えておけよ。

 

「いまのは藍子の腹の虫がはやく昼飯を食いたくて仕方がないと訴えた音だ」

 

「そうなんですね。ランちゃんは食いしん坊さんなんですね」

 

「うう、いじわる! ヒロとユウのいじわる!」

 

 そんなぽかぽかされてもいたくないぞー。

 藍子はおっとりしてるように見えて俺らの中では一番食べるのが好きだからな。

 コンビニスイーツとかにも目がないし、冷蔵庫の藍子のスイーツ勝手に食ったら二、三日はねちねち言ってくる。

 そのめんどくささたるや俺と木綿季の中でTwitterのリツイートするとお金がもらえるツイートと藍子のお菓子には手を出すなという取り決めができているくらいだ。

 

 ちなみに俺は物は試しにリツイートしてみるし木綿季はぼんやりしてお菓子を食べる。そういうことなんですね。

 

「まあつーわけで飯にすっか。スタンプ探しはあとでいいだろ」

 

「さんせーい!」

 

「はい! ランちゃんのお腹の虫さんをこれ以上泣かせるのはかわいそうです」

 

「うう、もう。ありがとうございます」

 

 なら噴水プールは素通りしてその奥の方の休憩スペースに行かなきゃな。

 

「とりあえず手分けして空いてる席を探すとしようぜ。一つくらい見つかるだろ」

 

 やっぱり食事時ということもあってかこの辺は割と混んでるか。

 

 まだ頼りない足取りの子どもとか、小学生未満くらいの子どもも多い。

 ああいう年頃の子の水着ってプリキュアとかアンパンマンとかそういうデザインが入ってるのがおおいよなー、お、あっちのは今年の仮面ライダーだな。

 お父さんの足にしがみついてかわいいもんだぜ。

 

 ほんとに、楽しそうだなあ。楽しいんだろうなあ。あんなに笑っちゃってまあ。

 

「お兄ちゃん、だいじょうぶですか?」

 

 あん? 

 

「気のせいかもしれないですが、なんだか、怒ってます?」

 

「……なんで?」

 

「いえ確証はないんですが、オーグマーをつけてるので私にはある程度お兄ちゃんの身体状況がわかるというか、あとは表情が、なんだか」

 

 ……。

 わしわしわし。

 

「わ、わわっ、なんで頭を撫でるんですかっ」

 

「話してわかることではない! そして見えているものが正しいとは限らない。お前は何もわからず私は真理に至る!」

 

「確かにお兄ちゃんの言うことは仮面ライダーを知らないと半分くらい何言ってるかわかりませんが……あ、もしかしてこれも仮面ライダーのセリフですね。待ってください少し検索します」

 

「ふっふっふ、まだまだだなユイ」

 

 いまのうちにお面をつけておくか。へーんしん、ってとこだぜ。

 

「二人ともー、何してるのー、席空いてるとこあったよー」

 

 と、わちゃついてたら木綿季たちが席を見つけてくれたみたいだな。ありがたい。

 

「席は見つかったのはいいけど、飯はどうするよ。オーグマーの電子マネーがあるから売店とかで買ってもいいと思うけど。たこ焼きとか」

 

 あらかじめコンビニでお金をいくらか電子に……ってうお! なんか突然木綿季に手を払われた。

 

「甘いよヒロ! ヒロは甘い! りんご飴にわたがしかき氷にベビーカステラたい焼きくらい甘い!」

 

「お前そこに見えてる出店のもの食いたくなってんだろ」

 

「えへへ、姉ちゃんと回ってたらなんかどれもおいしそうで……じゃなくて! お昼は準備する必要はありません! ねー、姉ちゃん?」

 

「う、うん……そう、だねー」

 

 藍子がパーカーのひもをいじいじと指で弄ぶ。

 

 何言ってんだ。昼飯食うなら準備しなきゃダメだろ。いま俺たちの手元には何も食うものないんだぞ。

 

「はっ! お兄ちゃんお兄ちゃんちょっと耳貸してください」

 

 ユイ? そんなに一生懸命背伸びしてどうしたんだ。耳打ち? このくらいしゃがめば届くか? 

 

「お兄ちゃん思い出してください。今日朝集まるときランちゃんなんか荷物多くなかったですか」

 

 ああ、確かに。着替えかと思ってたけど……今思い返せばにしては多いよな。移動の時もなんかゆっくり歩いてたし。

 

 あ、もしかして、そういうこと? 

 

「はい。たぶんランちゃんは今日おべんとうを作ってきていると考えられます……!」

 

 弁当! じゃあ今木綿季が言わんとしてることはそういうことか。

 

 だいたいわかった(いつものBGM)。

 

「藍子、今日弁当持ってきてくれてるのか?」

 

「うん、といってもいつものものとあんまり代わり映えしないシンプルなやつだけど……あ、でもおにぎりはユウが手伝ってくれたからそれだけは特別かも」

 

「ね、姉ちゃんそれは言わなくていいってばもう」

 

「はは、そうだったのか。今まで黙ってるなんて二人も人がわるいっての。言ってくれてたなら昼がもっと楽しみだったのに」

 

「ちょっとしたサプライズみたいなものだよ」

 

「まあそれにこっちについたら売店の方に目移りするかもなーとか思っちゃって、ね?」

 

「バァカ、お前らの作ってくれたのに比べたらすべては、ハイ豚の餌ぁ~~~!」

 

「い、言いすぎじゃないかな……」

 

「安心してくださいお姉ちゃん、ランちゃん! いまのは仮面ライダーカブト30話『味噌汁昇天』でのセリフです。ちなみにこの回は料理によって人の心を支配する悪の料理人が伝説の魔包丁である『黒包丁』を手にすることで悪虐を尽くそうとするのを主人公たちが止めるというというストーリーになっています。最終的には登場人物の8割が料理を食べて昇天しています」

 

「それ本当に仮面ライダーのあらすじ? 食戟のソーマとか美味しんぼとかじゃなくて?」

 

「この回ではハイパーフォームが先行登場してたりと地味に重要な回だぞ」

 

「えっ嘘でしょ!?」

 

 マジだぞ。

 

「と、話がずれたな。まあ弁当があるならそれ以上のことはねえ。どこに置いてるんだ? 女子の更衣室の方か?」

 

「うん。保冷材も一緒に入れてるから悪くはなってないとは思うけど、少し重いから一人じゃない方がいいなあ」

 

「そうか、ならみんなで行くか? 木綿季は大丈夫か?」

 

「ボクは全然姉ちゃんに付き合うけど、そうなると席とられちゃわないかな。ほら、いま混んでるし」

 

「ならユイでも残していくか? それなら席とっておけるだろ」

 

「ええっ、ダメだよ子ども一人残すなんて! ユイちゃんがかわいそうだよ!」

 

 え、あー、確かに。いまのは俺の明らかな失言だったな。

 仮面ライダー剣斬的に言うなら、『いまのはマジないわ』、だわ。

 

「? 私は別に残っても―――残っても……オーグマーをつけてない人には私の姿は見えないですから意味ないかもしれないですね……」

 

「ああ、ああ、露骨にしゅんっとすんなって。いまのは俺がそもそもクズでカスすぎたからユイは気にすんな」

 

 けど、どうしたもんか。

 

 俺だけだと女子更衣室には入れないから俺だけで取りに行くわけにもいかないし、かといって藍子を一人にするのもだめだ。でも三人で行くとなると席が空き、ユイを一人残しても席は取っておけない、か。まあそもそも子どもを一人残していくこと自体が論外なので俺は反省すべきなんだが。

 

「あ、そっか」

 

 ぽん、と手を打った木綿季がにひっといたずらっぽい笑顔を浮かべた。

 

「姉ちゃんとヒロの二人でとってきてよ、おべんとう」

 

「私と?」

 

「俺で?」

 

 いや別にいいけど、木綿季とユイは? 

 

「ボクとユイちゃんでここ席とっておくよ。それならいろいろだいじょーぶでしょ?」

 

「私もですか?」

 

「うん。ボク一人だと退屈だし暇つぶしに付き合ってほしーんだ」

 

 ぱちっとウインクする木綿季はなんだか楽しそうだ。

 

 こういう時の木綿季はたいてい何か企んでいるんだが、まあ、こいつの出した案に特に問題はない。

 

「じゃあ俺と藍子で行くか」

 

「え、ええっ!?」

 

「嫌なら俺と木綿季を反対にするけど……」

 

「嫌じゃない! 嫌じゃない! じゃ、ないけど……」

 

 ちら、と藍子がユウキを見ると、木綿季は楽しそうに笑いつつ藍子の耳に顔を寄せた。

 

「いーじゃん、二人っきりで行ってきなよ。せっかく、今年の夏はヒロの思い出に残すために頑張るって決めたんでしょ~?」

 

「ゆ、ユウ!」

 

 何話してるんだろ、あ、藍子が頬膨らましてこっちに来た。

 

 って、うおお、いきなり袖掴まれて引っ張られ、倒れる倒れる! 

 

「あ、藍子?」

 

「行こうヒロ! ユウがここで席は取ってくれてるらしいし!」

 

「お、おお」

 

 ずんずんと歩いていく藍子に引きずられないように、足を速めると、まだいたずらっぽい笑みの木綿季が一言。

 

「あ、少しくらいは待てるけど、ボクもご飯は食べたいからあんまり寄り道とかはしないでね~」

 

「知りません! もう!」

 

 藍子に袖をつかまれたまましばらく歩く。

 

 なんだろう、藍子さっきからなんかぶつぶつ言ってるし、お、怒ってるのか? 

 

 いやでも藍子が怒ってる時は感情表に出さず静かに怒るし……わ、わからない! 

 いまの藍子の気持ちがどういうものなのかさっぱりだ! 

 

 あのー、藍子さーん? 

 

「……だって……いつもユウは……からかって……でも今年だけ、今年だけは……」

 

 ううん、ダメだな。俺の声が聞こえてない。なんかこういう藍子は珍しいな。

 

 あ、あそこのお姉さん綺麗だな。髪もそうだし、つーか、胸でけえ……。

 アスナさんもおねーさんって感じできれいで胸もデカかったが、アイテテテッ! 

 

「……スケベ。知らない人の水着なんかじろじろ見て」

 

「べ、別に見ちゃいねえよ! 見てたのはーー、空だ! あの雲の形が仮面ライダーデカイドの変身ベルトに似てたんだ!」

 

「デカイド?」

 

「ディケイドでーーーーーーす!」

 

 しまったさっきのお姉さんのデカパイに引っ張られて謎の仮面ライダーを捏造してしまった。一生の不覚過ぎる。

 

「ヒロは、さ、やっぱり、好きなの、女の人の水着」

 

「え、な、なんだよその質問。それ俺がどう答えてもちょっとこう、セクハラっぽくなりませんかね」

 

「いいから、答えてよ」

 

 藍子は俺の前を歩いてるせいで顔は見えない。

 だからこれがどういう意図なのか推し量る手段はないし、ああもういいや。正直に答えてやれ。

 

「ああ好きだよ好き。木綿季とかユイとかが見せてくれた時は『いま俺はこの人に信頼されてるんだな』とか思ってうれしくなった。あと純粋に肌とか胸とか普段隠されてるところが見えてるとめっちゃドキドキする」

 

「ヒロのえっち」

 

「理不尽じゃねえ?」

 

 やっぱ正直に答えなきゃ……うおっ!? 

 

 急に藍子がつかんでいた俺の上着の袖を引っ張って、そばにあったシャワー室の物陰に俺を引き寄せた。

 

 そして、唇を薄くかんで、目線を下に落とす。

 

「藍子?」

 

「ヒロは、さ。見たい、私の水着」

 

 え? 

 

「だ、だから! 私の水着を、ヒロは見ることをしたいのですか、という、質問でして」

 

「そ、そうですね……お、俺は、藍子の水着を、みせてくれるのなら、みたいです。その、いいのですか」

 

 なんで英語の教科書の日本語訳みたいな話し方してるんだ藍子。いや俺もだけどさ。

 

「じゃあ、いいよ、ヒロになら。みせてあげる」

 

 周囲に人気はない。どこからか子どもの声が風に乗って聞こえてくるが、そんな喧噪すらも今はどこか遠い。

 きっと今俺たちを見ている人はいない。誰もこんな物陰のことなんて見向きもしない。

 

 藍子の細い指がパーカーのファスナーにかかる。

 小さな音を立てて、するすると指が下へと降りていき、その動きに従って今まで彼女の体を覆い隠していた帳がするりと滑り、俺の前に藍子の水着姿をあらわにした。

 

「ど、どう、かな」

 

 まず目に映ったのは黒。そして、大胆にこちらに見せられている胸、そして肩だった。

 それもそうだろう、なにせ肩へとつながる布地が左肩にしかない。右肩はそのままこっちに見えているのだ。

 いわゆる、ワンショルダービキニ、というものだと思う。ユイの水着のこととか工面するときに勉強したからわかる。

 

「な、なんか言ってよ……」

 

 赤い顔で薄く唇をかむ藍子の視線は俺とは合わない。

 ただ体を隠すようなことはせずに、じっとそこにいる。俺の言葉を、待つように。

 

「あ、その、綺麗だ。すごく、綺麗だ」

 

 ああ、これしか感想出てこないってマジ!? 

 

 なんかこう、気の利いたこととかさ! あー、いま俺に天道総司並みの語彙力があれば! 勉強しておけばよかった! 

 

「ふ、ふふっ」

 

 藍子? 

 

「そっか。綺麗か。それなら、良かった」

 

 藍子が口元に手を当てて、笑う。安心したように、楽しそうに。

 

「ありがとう、ヒロ」

 

 まるですべてを魅了する月のように、明るく微笑んだ。

 

 なんだろう、これ。今日はやたらと胸がうるさい日だ。

 

 俺たちは幼なじみなのに、なんでこんな。

 

「え、あー、そ、そのー、いい水着だな! 自分で選んだんだよな! はは、木綿季もそういってたもんな。はは、ユイなんか俺に見せるためとか言っててさ、ユイは時々びっくりするようなこと言うから困っちゃうよな」

 

「そうかな。好きな人に水着見てもらいたいって普通の気持ちだと思うけど」

 

「あ、あー、そうなんだ。そこらへん俺にはわかんないなあ。男だと動きやすさで選んじゃうからさー」

 

 ああ俺なに言ってんだろう。何かしゃべってないと普通を保てないとかなんか相当変だぞ今日の俺。

 

「……私も、そうだって言ったら、ヒロはどうする」

 

 へ? 

 

「私も、見てほしい人がいたから水着を選んでたら、どうする?」

 

 あの恥ずかしがり屋の藍子に水着を見てほしい人だって? 

 

 一体誰が。

 いや待て、藍子はずっとパーカーで水着を隠してて、それでその水着は今日のために選んだもので、いまその水着を見せてもらっているのは、一人しかいない。

 

「あ……」

 

 藍子が潤んだ瞳で俺を見つめている。

 

 なんだよその目、どういう気持ちなんだ。俺はどうしたらいいってんだよ。

 

「藍、子」

 

「ヒロ……」

 

 俺は藍子を目の前にして、どうしたいんだ。

 待てよ、そういうのはしないって決めただろ。俺みたいなクズでカスじゃあだめだって、でも、でも。

 

 足が進む。

 そして、俺の手はいつの間にか藍子が背にする壁に手をついて、そして―――。

 

 

《 おっめでとー! 隠しキーへのタッチの条件クリアで噴水プールエリアのシークレットスタンプ進呈ー! これ持ってたらいいことあるよー! 》

 

 

「「 うわああああああっ!! 」」

 

 ユナの声!? ユナの声なんで!? 

 

「って、びっくりした隠しアイテムゲットのアナウンスかよ! あの人イメージキャラクターだからこんなことまでしてんのかよ!」

 

「ああ、いまヒロが触った壁が隠しアイテムがあるところだったんだ、それでアナウンスが流れてきた、と……」

 

 いつの間にか俺の手の中にはきらきらと光る白いスタンプがある。

 

「……あー」

 

「えと……」

 

 もう、さっきまであったなんだかわからない気持ちはずいぶん薄れた。

 なんつーか、これは運がよかったのか悪かったのか、いやまあ、うん、とりあえず。

 

「おべんとう、とりにいこっか」

 

「だな。木綿季もユイも待ってるし」

 

 何はともあれ、昼飯だな。うん。

 

 

 

 

 ヒロと藍子が二人でわちゃわちゃとスタンプゲットの幸運に見舞われていること、木綿季とユイはだらだらととりとめもない雑談をして二人を待っていた。

 

 天気は快晴。さんさんと太陽はてっぺんで光り輝く中、にぎやかな声があたりに響く。

 

「そのあとヒロがさー、ご飯にざばーっとかけちゃって」

 

「それはびっくりですね。ネットを検索しても類似の例はあまり見られませんし」

 

「だよねー。あー、おかし」

 

 ユイは木綿季のことを「お姉ちゃん」と呼び。木綿季もまたユイのことを妹のように扱う。

 木綿季は元来社交的で、おしゃべりで、そのうえ聞き上手の側面も併せ持つというパーフェクトコミュ強である。

 ユイはメモリーがほとんどなく、経験こそ少ないものの人間の心をいやすことを目的として作られたAI。故に木綿季と同程度、場合によってはそれ以上の聞き上手。

 

 したがって二人の話のテーマは自然と『お互いが好きなこと』が中心となり、そして会話の中には一人の少年がたびたび登場することになっていた。

 

 ちなみにその少年の方は熱くなると話し上手でも聞き上手でもなくなり好きなことをマシンガンのようにオタク語りをするタイプである。めんどくせえ。

 

「そういえば、なんで二人に行ってもらったんですか、お姉ちゃん」

 

「お弁当のこと?」

 

 はい、とユイが頷く。

 

「確かにお姉ちゃんの提案は効率的でした。

 でもあの時のお姉ちゃんはどちらかというとお兄ちゃんとランちゃんを()()()()()()()()()()()()()気がしたんです」

 

「あ、あははー、そればれちゃったんだー……」

 

「私、壊れちゃったけどこれでもメンタルヘルスカウンセリングプログラムですから。えへん」

 

 胸を張るユイに、木綿季は降参とでも言いたげにほほ笑んだ。

 

 そして、机の腕にべたーっと体を寝そべらせると、とつとつと語り始める。

 

「姉ちゃんさ、ヒロのこと好きなんだよね」

 

「好き、ですか?」

 

「うん、そう。ボクにそうだって一度も言ったことはないけど、わかるよ、姉妹だもん」

 

 簡単な言葉だ。でも、いま言葉にするとやっぱり間違いないな、という気持ちになってくる。

 

「『好き』って、私もお兄ちゃんのことは好きですけど、それがランちゃんの場合だと何か変わるんですか?」

 

「あはは、全然違うよ、きっと。

 だって、ユイちゃんはヒロのことを『お兄ちゃん』として好きでしょ? 頭を撫でてくれたり、一緒にテレビを見てくれたり、肩車をしてくれたり。

 それで胸の奥の方がほわほわ~っとするの。この人と一緒にいると楽しいな、とかそういうことを思う」

 

「な、なんでわかるんですか!?」

 

「にひひ、お姉ちゃんだから、かな」

 

 目を真ん丸にするユイは年相応でかわいらしい。

 生まれてこの方16年、ずっと妹をしていた木綿季としては、かわいがりたくなる身近な子、というのは新鮮なのだ。

 

「でもきっと、姉ちゃんのはそうじゃないんだ。

 姉ちゃんはヒロにね、『恋』してるんだよ」

 

「こい……?」

 

「うん、そ。

 ……ボクたちがちょっと厄介な病気を患ってるの、ユイちゃんには話したよね」

 

「え、あ、はい。いまは小康状態だと」

 

 木綿季と藍子は不治の病を患っている。

 幼いころはずいぶん苦しめられたし、この病のせいで悲しい別れも経験した。

 けれど今は一日に数回の薬を休まず飲むことで発症を抑え、他の人と変わらない日常を送ることができるようになっている。

 でもそれはずっと綱渡りを続けていくようなものであると、心のどこかで彼女たちは思っている。

 彼女たちはほとんど普通の人と変わらない生活ができる。

 

 でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だからかな、姉ちゃんは小学校のころは誰かと過度に仲良くするのを怖がってた。ボクはクラスの友だちの家に行ったり、連れてきたりとか時々してたけど、姉ちゃんはそういうのあんまりなかったみたいだし」

 

 いまは普通に友だちと遊びに行ったりしてるけど、と木綿季が付け加える。

 

「でもね、そういう中で姉ちゃんはヒロを好きになって、すっごく大切な人にしてる。水着とか、ヒロにだけ見てほしい! とか思っちゃってるんじゃないかな。

 ちょっとわがままに聞こえるかもしれないけど、そういうの、ボクからしたら結構うれしくてさ、応援したくなっちゃうんだよね」

 

 木綿季にとって藍子はずっとお姉ちゃんだった。

 いつも気丈な姉に憧れていて、自分のことを守ろうとしてくれることがうれしくて、そして、一緒に泣けないことがさみしかった。

 

 だからこそ、あの姉が誰かの前で『お姉ちゃん』でいないことが、木綿季は嬉しい。

 

「恋。誰かを好きになるって好きってどういう気持ちなんでしょうか」

 

「うーん、その人だけが欲しいとか、そばにいられないと寂しいとか、えっと、あとは、スキンシップしたいとか、一緒の名字になりたいとか、そういう感情……なのかな?」

 

「曖昧ですね……」

 

「ごめんね、ボクそういうのあんまりわからなくて。

 告白もしたこともされたことないし、友達には『おこちゃまのユウキにはわからない世界よ』なんてからかわれるし」

 

 別に恋バナが嫌いとかではないし、恋愛マンガなんかを読めばドキドキづることもあるけど、イマイチ自分のことに当てはめられない。

 

 たぶん、自分にはまだ早いんだろうな、と木綿季は思っていた。

 

 けど、そんな話を聞いてユイがこてんと首を傾けた。

 

「お姉ちゃんはお兄ちゃんが好きなんじゃないですか?」

 

 不意に頬を撫でた風が、木綿季の吐息と混ざる。

 

「好き? ボクが? アハハないない! だってボクとヒロだよ? 

 見たでしょさっきのヒロ、ボクを女の子として見ることなんかないんだよ。

 困っちゃうよねー、あそこまで近づかないと誉め言葉ひとつ言わないんだから」

 

「そう、なんですか?」

 

「そうなんですそうなんです。

 それに、ヒロには姉ちゃんみたいな人が似合ってるよ。姉ちゃんもヒロのことが好きだし、お似合いだよ」

 

 料理がうまくて、家事ができて、おしとやかで、頭がよくて、ついでに胸も木綿季より大きい。

 

 ボクが勝っているところなんて、身長が一センチ大きいだけだよ、なんて思ってしまう。

 

「でもっ、ヒロは手ごわいから姉ちゃんも苦労してそうだなー」

 

「お兄ちゃんが?」

 

「うん、だってヒロ『三人』でいることにすごくこだわるからさ」

 

「確かに、お兄ちゃんはことあるごとにみんな、いえ『三人』でという言い方をよくしますね。最近は私を気遣ってか四人で、と言う割合も増えているようですが」

 

 どうしてでしょう、とユイがまたまた首をかしげる。

 それに対して、木綿季は寝そべったまま、一瞬黙り込んで、けどほとんど考え込んだ様子なく言葉を続けた。

 

「たぶん、僕らの関係に何か変化があったら『二人と一人』になるのが怖いんと思う」

 

「怖い? あのお兄ちゃんが?」

 

「ふふ、ヒロ、ユイちゃんの前だとめっちゃくちゃカッコつけるからね。そう思っちゃうのも無理ないかもね」

 

 木綿季がん-っ、と伸びをして気持ちよさそうな声を漏らす。

 

「でもボクなら大丈夫だよ! あの二人が付き合ってもボクらが幼なじみなのは変わらないんだし! ぜーんぜん応援できるから!」

 

 今年の夏の藍子は見るからに張り切っている。

 きっとうまくいけばそう遠くない未来、ヒロと藍子がサクッと付き合っちゃう未来もあるんじゃないかな、などと木綿季は思ってたりする。

 

 木綿季は笑う。太陽みたいに、あたたかく、朗らかに。

 

「お姉ちゃんはそれでいいんですか?」

 

「あったりまえだよ。ボクは姉ちゃんが幸せなら嬉しい。ヒロが幸せなら嬉しい。そしてその二人が一緒に幸せになれることなんて、ダメなはずないよ!」

 

「そう、なんですね。はい、その気持ちはわかります。私もみなさんには楽しい気持ちでいてほしいですから」

 

「でしょー? あ、そういえばさ今日のお弁当は―――」

 

 話し上手で、聞き上手な二人の話は次へと移る。

 楽しげに弾む会話の中、大きな丸い太陽にどこからか現れた薄い雲がかかり、細い影を落とした。

 

 

 

 

 

「ま、マジで行くのか、ウォータースライダー、なあ、木綿季ぃ~」

 

「もー、おいしい昼ご飯も食べたしやる気は十分でしょ?」

 

「それでもなんだってこんな高いところから低いところに落ちるだけのものにのぼるんだよぉ~」

 

 藍子の作ってくれたおかずと、木綿季のちょっと不格好なおにぎりで腹を満たした俺たちは当初の予定通りウォータースライダーに来ていた。

 ちなみにもう藍子はさっきみたいにパーカーを着ていたりする。

 

「でもヒロ、私たちがさっき噴水エリアのスタンプは見つけちゃったんだし、次はウォータースライダーのスタンプ見つけないとボス討伐に行けないよ?」

 

「だけどさぁ~~」

 

「お兄ちゃんがすごい駄々っ子みたいになってます……」

 

「ほら、さっき言ったでしょ。ヒロはユイちゃんの前だとカッコつけてるって」

 

「やかましいわーい! 何が悲しくてこんな高いところ……!」

 

 高所恐怖症なのにもかかわらずクレーンで十メートルくらい吊り上げられてこの世の終わりみたいな顔になっていた仮面ライダーゼロワン主人公アルト役ふみやくん……同じく高所恐怖症なのに鳥種怪人だからやたらと木の上に登らされて震えてたオーズの相棒アンク役のりょんくん……いま俺は君たちの気持ちがわかる……。

 

 俺は悲しい。ポロロン。

 

「うわあ~、たっかいね~。うわー、ここから滑ったらすごい気持ちよさそうだなー!」

 

「滑るルートが三つもあるんだね。これがそれぞれのエリアにつながってるんだったかな」

 

「はい。右のスライダーが流れるプールへ、真ん中が噴水・休憩エリア、そして左が遊具のプールになります」

 

「ボクたちはこれから遊具のプールに行くから左のスライダーを滑っていけばいいってことだね」

 

「ああ、頑張ってくれ!」

 

「なんで他人事なのさ!?」

 

 やめろー! やめてくれー! 俺はマジで高いところは無理なんだよー! 

 

「なんでお兄ちゃんはここまで高いところを怖がるんでしょう?」

 

「あー、まあ、小さいころにいろいろあったみたいなんだよね。本人も普段は直したい直したい言ってるんだけど、こういう場所になるといつもこうで……」

 

「あ、私たちの番みたいだよ。ほら」

 

「ひ、ひいい……」

 

「歩き方がおじいちゃんみたいです……」

 

 つ、ついに俺たちの番が来てしまった。あ、そうだスタンプ……スタンプさがそ……。

 

 ん、なんかぬっとでかいガチムチのおっさんがいる? 

 

「兄ちゃんこの村きっての度胸試しフットイキモの滝に来た度胸は褒めてやる。

 だがもしスタンプを探しているのなら、まず兄ちゃんたちはこの滝のコースを滑らなきゃならねえ。もしそれができたら下にいる俺の仲間がお前さんらにスタンプを押してやる手はずになっている」

 

「え? つまり俺たちはこれを滑らなきゃスタンプもらえないんですか?」

 

「そういうことになる」

 

「俺帰りまーす!!!」

 

「お兄ちゃん!?」

 

 だって無理だって! こんな高いんだぞ!? 滑っていくって、俺気を失うよ!? 

 

「もー、ヒロってば本当に意気地なしだななあ。そんな怖いならもう目つぶって滑ればいいじゃん」

 

「目をつぶったらいつ恐怖がやってくるかわからず余計怖いだろうが……!」

 

「めんどくさっ」

 

 ため息をするな、ジト目で見るな、呆れるな。怖いものは怖いんだよ。

 

「ま、いーや。ボクとりあえず行っちゃうから。先いい姉ちゃん」

 

「いーよ。じゃあ私はユウの次に滑るね」

 

「じゃあヒロは姉ちゃんのあとだね。ユイちゃんもヒロと一緒においでよ。ヒロのオーグマーにいるからそれがいいと思うし」

 

「はい、わかりましたっ」

 

「すごい勢いで俺の滑る順番が決まっていく……」

 

 おっさん助けて……だめだこのおっさん大胸筋をぴくぴくさせることに夢中で俺の話聞いてない……。

 

「じゃあいっちゃうね! また下で! やっほー!」

 

「お、いい勢いだなあ。姿勢も完璧……ナイスなフットイキモだな」

 

「あ、おじさん次は私が行ってもいいですか?」

 

「おう! 前の嬢ちゃんも、うむ、いま下についたようだ。では嬢ちゃんもいくといい」

 

「ヒロ先に行って待ってるからね。きゃっ、きゃああああっ!」

 

「これまたナイスなフットイキモだ! じゃあ次は兄ちゃんだが、早くいきな!」

 

「うう、このおっさん他人事だと思いやがって……あと筋肉ぴくぴくさせなくていいから」

 

 個性的すぎるだろ、NPCのくせに。

 

「ええいわかったわかった! 行けばいいんだろ行けば!」

 

「お、覚悟が決まったか。いいねえ、俺にお前のフットイキモを見せてくれ!」

 

 わかった、行くぞ! はい、行く。あと三秒、3、2、1、はい、覚悟の準備ができたー。変身の準備ってわけなんだよな。マジで次行くから、はい! このあと滑る! 

 

「あの、お兄ちゃん、滑らないんですか……?」

 

「待て話しかけるなユイ! いまの俺は覚悟をひとつずつ積み上げてる段階だ! 今話しかけられるとすべて台無しになる!」

 

「で、ですが、その、後ろの人がだんだん上ってきてて具体的に言うとあと2秒でお兄ちゃんが滑らなければかなり渋滞になるというか、お兄ちゃんがヒンシュクを買いそうです!」

 

「そんなこと言われても―――なんだ?」

 

 

《 WARNNING! 》

 

 

 なんだ? 急に目の前に赤いアラートと、これは……風? 

 

「この風の吹き方は……まさか、やつが来たのか!?」

 

「知ってるのかおっさん!」

 

「この風の吹き方はこのフットイキモの滝の向こうの森林、カエッテコンの森にいる主のが巻き起こすものだ! 奴は気まぐれにこの辺りに来ては度胸試しをする男を狙って襲ってくるんだ! そのせいで毎年一つの尊い命が犠牲になっている!」

 

「やめちまえそんなところでの度胸試しなんて!!!!」

 

「犠牲になっているのは主の方だ! 安心しろ!」

 

「あ、だから命の数え方が一つなんですね」

 

 っ、何かが飛んでくる。おそらくあれが主なんだろう。一体どんなモンスター―――っつ! 

 

「あ、あれは、ギラファノコギリクワガタ!?」

 

「……の、ようなモンスターです! 私の視認範囲では『サイクロン・ギラファード』と書いてるように見えます!」

 

「む! いかん兄ちゃん! やつが襲ってくる! 身を引くくしろー!」

 

 おっさんの言うとおりだ、とりあえずここはあいつがどこかに行くのを……あれ、あいつこのままの軌道で飛んだらユイに襲い掛かっていかないか? 

 

 いやオリジンのプレイヤーじゃないなら素通りしていくのか、いやでも、ユイは一応俺たちに見えてるわけで、ああ、いまユイに言えば避けてくれる―――ああもうめんどくせえ! 

 

「はあああっ! くそ、てめえの相手は俺だあ!」

 

「兄ちゃんがやつを素手で受け止めただと!? いや、無謀だ離せ! そのままだと兄ちゃんの持ってるマップが引き裂かれちまうぞ!」

 

 おっさんが何か言ってるが、俺はもうこの距離になったら引けない。

 

 だって今の俺には―――仮面ライダーギャレンの加護がある! 

 

 せっかくのチャンスだしそれっぽいセリフも言わせてもらう! 

 

「俺はすべてを失った。信じるべき正義も組織も愛するものも……何もかも……」

 

「えっ、お兄ちゃん愛する人がいるんですか?」

 

「だから最後に残ったものだけは失いたくない!! 信じられる……仲間だけは!!」

 

「お兄ちゃんには仲間以外にも残ってるものはたくさんあると思います!」

 

 悪いユイ、俺はこいつと、落ちる! 

 

 付き合ってもらうぜ、ウォータースライダー(じごく)までな。

 

「うわあああああああああっ!!」

 

「お、お兄ちゃーーーーん!」

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、ひどい目にあった……」

 

「お兄ちゃん大丈夫ですか?」

 

「え、ああ、俺のオーグマーにいるからユイはそばにいるのか」

 

 ええと、うん、ここはどうやらウォータースライダーの下みたいだな。

 

 でも木綿季たちがいないな。なんかいつの間にか手の中にはスタンプがあるけど。

 

「あ、スタンプならそれは恐らく先ほどのモンスターが変質したものだと思われます。さっきお兄ちゃんたちが持ってきたシークレットスタンプ、というものではないでしょうか」

 

 なるほど、いちおうあいつを倒してもクリア判定にしてくれるらしい。

 

「まあそれはともかく、ここどこだ? 木綿季たちは近くにいないみたいだけど……」

 

 ユイ、ここどこかわかる? 

 

「ここはどうやら先ほど私たちが昼食を食べたエリアの隣にある、散歩スペースの近くのようです、お兄ちゃん」

 

「てことは俺もしかして木綿季たちと違うスライダー滑っちゃったのか?」

 

「はい……私も教えようとしたのですがお兄ちゃんは上の方ではずいぶん焦っていましたから……ごめんなさい」

 

「いや謝るのはこっちの方だ。迷惑かけて悪いな」

 

 だがそうなると遊具のプールの方に行った木綿季たちとは反対だな。

 

 ううむ、とりあえずどの道を行けば早いか……ん? 

 

「ユイ、何か聞こえないか?」

 

「?」

 

「いや、なんか、あっちの散歩道の奥の方から、こーん、こーん、ってさ」

 

「あ、ほんとうですね。

 正確にはわかりかねますが……木を切る音、でしょうか?」

 

 木? 

 

 誰かいるのか? 

 プレイヤー、ではないだろうし、NPCかもしれないな。

 それなら道案内をしてくれるかもしれないな。

 とりあえず近くに……あ、いた。

 

「ん? こんなところに人なんて珍しい……あ、もしかして水流祭を見に来た放浪者さんたちかな」

 

「あっ!」

 

 その人は俺たちの姿を見るとにこやかに笑って、手に持っていた斧を傍らに置いた。

 

 今日はお祭りなのに仕事か? ん、ていうかこの人の顔どこかで……あ! 

 

「あれあなたもしかしてこの前の騎士サンじゃないすか?」

 

「え、僕らどこかで……ああ! この前迷宮区の主を倒しに言っていた迷子の放浪者の!?」

 

「そうっすそうっす! いやあ、騎士鎧じゃないんで気づかなかったですよ!」

 

「あはは、今日は非番でね。せっかくお祭りだし少し故郷に遊びに来てたんだ」

 

「あ、俺はスリーピングナイツってギルドの団長してます、放浪者のヒロです」

 

 俺が手を差し出すと騎士サンは、亜麻色の髪の汚れを払い、美しい翠の目を細めてこちらに手を差し出してくれた。

 

 

「僕は整合騎士長ユージオ・ハーレンツ・ワン。よろしくね」

 

 

 

 




《ヒロ》
高いところがマジでダメ。
今日はなんか変な感じが多い気がする。

《ユウキ》
恋愛感情とかはよくわからない、らしい。
大好きなお姉ちゃんと一番特別な人がうまくいけばいいと思っている。

《ラン》
ヒロに水着を見せたあとはまた鉄壁のパーカーが帰ってきたらしい。
めちゃくちゃ大胆な水着だったので顔から火が出るくらい恥ずかしかった。

《ユイ》
好きってなんだろう。

《ユージオ・ハーレンツ・ワン》
もとはルーリッドの村の苗字も持たぬ木こりだったが、当時の騎士団長『ベルクーリ・ハーレンツ・ワン』にその才能を見出され整合騎士見習いになるとともに養子に。
数年の修行の末決闘に打ち勝ち、『ワン』の位、つまり整合騎士団長の座を引き継いだ。
好物は央都セントリアにある跳ね鹿亭の糖蜜パイ。


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プール、キターーーー!(後編)1

(後編)1ってなんなんでしょうね



 

 

 

「なるほど、はぐれた幼なじみと合流したい、と」

 

「そうなんすよ。いちおう連絡は取って落ち合う場所は決めたんすけど……なんかそこまで案内してもらっちゃうことになってすんません」

 

「あはは、気にしないでよ。今日は非番だけど、こういったことは僕の仕事だって前にも言っただろう?」

 

 うお、騎士サン爽やかだな~。

 いまはこの前見た騎士鎧じゃなくてザ木こりみたいな服装だけど、『騎士の笑顔のイメージ』として教科書とかに乗ってていいレベル。

 

「へえ~、騎士様にも幼なじみがいらっしゃるんですね。お兄ちゃんと同じですね」

 

「そうなんだね。僕の方は二人なんだ」

 

「あ、なおさら奇遇っすね。こっちも二人、双子の女子っす」

 

「こっち男子と女子と一人ずつだ。一人はいたずらっぽくても頼りになるやつで、もう一人は生真面目だけど少しいたずらっぽい……んん、これじゃあ紹介がかぶっちゃってるかな?」

 

「はは、なんとなく関係性が見えてきましたよ。大方騎士サンが幼なじみ二人にめちゃくちゃからかわれてるポジでしょ」

 

「参ったな。僕そんなにわかりやすい?」

 

「騎士様はすごく優しそうですから、なんとなくそんな雰囲気がします」

 

「だな。騎士サンはニチアサだったら2クール目くらいに仲間になって周囲に引っ張られてレオタードとか着せられるポジだ」

 

「どういうポジ?」

 

 騎士サンが苦笑いしつつ頭をかく。

 

「というかその『騎士サン』『騎士様』って呼び方やめないかい? なんとなくさっきからむずがゆくて仕方ないんだ」

 

「でも騎士様は整合騎士団の騎士長なんですよね? 本来は私たちがこうして話すのも難しいNPC―――立場の方のはずです」

 

 まあ、だよな。

 騎士長がどのくらい偉いのか俺は知らないが、『騎士長』ってことは騎士の中で一番強くて偉いってことなんだろうし、それをなれなれしくってのもなあ。

 

「やめておくれよ。僕は騎士長といっても今年に入ってから任されたばかりの新参だし、それにいまは非番だ。気軽にユージオ、と呼んでほしいな」

 

 「代わりに僕もきみたちのことは名前で呼ばせてもらうから」と微笑む騎士サン。

 

「あくまでもそこで知り合った友だちのつもりで、ね?」

 

 友だち。

 へへ、まあそれなら悪くないか。

 アンダーワールドでの友だちか。なんか嬉しい。

 

「じゃあ、ユージオさんってこっちは呼ばせてもらうっす。ユイもそれでいいよな?」

 

「はい。私はユイです。ユージオさんの呼びやすいように呼んでくださって構いません」

 

「そして俺はスリーピングナイツのヒロ! アンダーワールドみんなとダチになる男です!」

 

「お兄ちゃんにはそんな壮大な目的があったんですね。知りませんでした」

 

「ああ、今思いついたからな」

 

 ドンドンカッ!

 

「あ、ちなみにさっきのは仮面ライダーフォーゼ如月弦太朗の口癖ですね。彼は学校にいる人みんなと友だちになることを目標にする人で、いつも握手をすることで友情を結んだ証にするんです」

 

「はは、アンダーワールドの人みんなと友だちとは大きく出たね、ヒロ君」

 

「気持ちはそれくらい大きいってことっすよ、ユージオさん」

 

 というわけで、俺のアンダーワールドの友だち一号はユージオさんっすね。

 ヘイヘイ、握手っすよ。

 

「君は不思議な人だな。放浪者なのに僕と握手か」

 

「別にこのくらい普通でしょっと」

 

 ガシギュッドンドンカッ、と。

 

 おろ、どうしたんだろう。ユージオさんが目を細めてる。

 

「ユージオさん?」

 

「いや、なんとなくヒロ君がさっき話した幼なじみのひとりに似ててさ」

 

「俺が?」

 

「なんとなく雰囲気がね。放浪者なのに君は僕らを対等に見てるって言うか、変に立場を気にしてないって言うか」

 

 対等。

 

 それは……そうだろうか。

 もしかしたらユイと出会ったおかげかもしれねーな。

 

 ユイは実体がないだけで思考のレベルや話してる感じにほとんど違和感がない。

 それはユージオさんもそうで、ここまで俺と話しててつっかかることなんてほどんどない。

 たぶん俺NPCカーソルがなかったらユージオさんのことプレイヤーって勘違いしたレベル。

 

 まあ、だからこれはユイのおかげというかなんというか、つーかそもそも同じ人の姿をしてる人と仲良くしたいって思うのってそんなに不自然なことか?

 

「あはは、そういう風に真面目に悩むあたり、君は根が真面目だね」

 

「いやいや買いかぶりすぎですって。俺中々のクズでカスですから。あとめんどくさいラオタですから。ユージオさんも俺の本性知ったらびっくりしますよ」

 

「そんなことありません! お兄ちゃんはすごくいい人です! 私が保証します!」

 

「と、君の妹は言ってるみたいだけど?」

 

 ……どうにもやりにくい。

 ガシガシ好意を向けられるのは慣れてないというか、なんとなくだましてる気持ちになるというか。

 

「姉ちゃんヒロ見つかった?」

 

「ごめんこっちからはあんまり。お面が見えれば一発だとは思うけど人も多いし……」

 

 お、あれってもしかして。

 

「お兄ちゃんあれお姉ちゃんたちです!」

 

「だな。あんまり探し回らなくてよかった……ってあそこにあるの波のプールの入り口だな」

 

 入り口付近にNPCの衛兵っぽい人もいるしたぶんスタンプを提出するのはあそこなんだろう。

 

「じゃあ僕はここまでだね」

 

「あれそうなんすか?」

 

 せっかくだし木綿季と藍子に紹介しようと思ってたんだけど。

 

「あそこはこの周辺に出る海馬討伐の手続きをしてるんだろう?

 僕にも立場があるから、こういうのには口をはさめないことになってるんだ。それに今日は非番だしね」

 

 へー。

 ユージオさんが騎士であの人たちが衛兵だから同じ組織ではないせいか。

 結構指揮系統ちゃんとしてるなー。

 

「あと勝手に戦うと騎士長補佐にばれた時が怖い。厳しいんだ、彼女」

 

「……それが本音じゃないんすか?」

 

「はっはっはっは。まさか」

 

 嘘つくのへっただなぁ……。

 

「ま、そういうことならこの先にいるモンスターの討伐は俺たちがドーンと任されました! ユージオさんはのんびりしててくださいよ!」

 

「うん、それは頼もしいな」

 

「うっす! 任せてくださいよ俺たち強いんすから!」

 

……戦って守れる君たちがうらやましいよ

 

 ユージオさん?

 

「あ、あそこにいるのヒロじゃない? おーい!」

 

「ほんとだっ! ひろーーっ!」

 

 木綿季と藍子が走ってくるのを感じながら、俺たちに背を向けたユージオさんが遠ざかっていく。

 

「ユイ、さっきユージオさんがなんて言ったかわかったか?」

 

「すみません、お兄ちゃんが聞き取れなかったことは私にも聞き取れなくて……」

 

 そっか。ワリいな。

 

「い、いえ! でも声のトーンからどういう感情から言ったのかは類推されます」

 

 ユイが少し考え込んだあと、恐らくですが、と前置きをして言葉をつづけた。

 

「あれは、羨望、でしょうか」

 

 羨望。うらやましいってことか。ユージオさんが、俺を?

 

 いったい、ユージオさんは俺の何がうらやましかったんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 木綿季と藍子と合流するとスランプが全種揃うこととなった。

 二人は合流する前に遊具のプールのエリアで偶然スタンプを見つけたらしい。

 遊具のアスレチックの上の方にあるのを藍子が見つけて、そしたらそのまま木綿季がしゅたたたーっととってきてしまったんだそうだ。優秀。

 

 それで衛兵さんから許可をもらって波のプールのエリアに入ってこれたのはいいんだが……。

 

「けっこう人いるねー」

 

「もう13:30だもんね。順調に集められた人はもう入場できるだろうし」

 

「オーグマーをつけてる人がプレイヤーだと考えると、ひーふーみー、40人いないくらいか。この分だと最終的に40人くらいは集まりそうだな」

 

 フルレイドには足りないが、おそらくコボルドロードほど強くはないだろうし大丈夫だろう。

 コボルドロードは一帯のフロアを統治する強力なボスだったが、カムラアクアパークの中のボスならフィールドボスがせいぜいだ。基本ボスの強さはダンジョンになってるエリアの大きさに比例するものだし、フルレイドに足りなくても戦えるだろう。

 

「じゃあ私はそろそろですね」

 

「……と、そうだな。さすがにボスが出てくるようになるとカーディナルも監視するだろうしな。悪いな」

 

 ごめんな、と頭を撫でると、ふるふるとユイが首を振る。

 

「いえ、こちらこそお願いします。私にはもう応援することしかできませんから……」

 

「みなまで言うな。まかせろ! 俺が何とかする!」

 

「ふふ、はい! じゃあオーグマーから応援してますから、お兄ちゃん!」

 

 ユイがしゅわっと小さな音を立てて俺たちの前から掻き消えた。たぶん俺のオーグマーに戻ったんだろう。

 話すことはできないが、こっちからの声とか映像とかは伝わってるはずだし退屈はしないんじゃないかな。

 

「そういえばボクよくわかってないんだけど、今日このあとのボス討伐で黒の剣士が見つかったらどうするの? ユイちゃんといきなり合わせるの?」

 

 うーん。

 

「とりあえず事情を話してユイと話せる状況を作る……かな」

 

「慎重だねえ」

 

「仕方ないよ。私たちはユイちゃんの記憶にある言葉を追いかけてるだけで本当に『黒の剣士』さんがユイちゃんの知り合いの確証なんてないんだし」

 

 そうなんだよなー。

 ユイの記憶がないこと、カーディナルに見つかると消されそうなこと。

 理想は黒の剣士がそこら辺の問題についての答えを知ってて、解決するための手段を持ってることなんだが……こればっかりは現状じゃ何もわからない。

 

 いま俺たちができることは『黒の剣士』を見つける。それだけだ。

 

「まあとりあえず配信始めるか。時間的にもあとちょいでボス戦開始だろ」

 

「なら私たちもSA:Oをちゃんと起動しなきゃ……あれ、でもここ他の人もいるけど大丈夫なの?」

 

「オーグマーの設定上全員アバターだし、それにアバターじゃない人にはオリジンのシステムがフィルターをかけることになってんだ。全体の雰囲気はわかっても特定個人がわかるような情報はオリジンの配信からは読み取れねえよ」

 

「全体の雰囲気ってどんな?」

 

「んー、木綿季とかなら髪の色くらいしか残らないんじゃねーの? もっと個性的な髪形してたら違うだろうけど」

 

 キバオウさんみたいな。

 

「じゃあヒロはアバターでもアバターじゃなくてもお面の不審者ってことかだね。特だね」

 

「デメリットしかない気がするけど……あ、でもどっちにしろ評判がかわらないなら口を滑らせないようにしてる緊張感のある今の方が得……?」

 

「きみたち俺に厳しくない?」

 

 なんでかな。俺のせいだしいつも通り? そう……。

 

 まあ配信の準備でもするか。いちおうSNSでつぶやいて、と。

 …………よし、これであとは14時になれば配信が開始できるはずだ。

 

 少し時間もあるし一周囲の地形でも確認しておこう。

 

 波のプールは緩やかに弧を描いたような形をした半円で、中心に近づくほど深く、波も強くなる。

 オーグマーを起動してみると、プールは深めの湖になっていているようで、周囲にはうっそうと茂る木々が広がっている。

 森の中のオアシスとでもいったとこだろう。斧とか投げ込んだら女神が出てきそう。

 

 なーんかボス戦で利用できそうなもんないかなー。

 周囲にいるのは衛兵っぽいNPCに、シスター服っぽい人が何人かいる救護院っぽいとこ。あそこで怪我を治してくれたりするんだろうか。

 

「あら、そこにいるの今朝の放浪者さんたちじゃない?」

 

 通りがかったシスターさんのひとりから話しかけられた。

 淡い金髪……あのマップをくれた人だ。

 

「お兄さんたち、無事にこれたみたいね。おめでとう、そして、討伐を手伝ってくれてありがとう、と言わせてもらうわ」

 

「いえいえボクらはできることをやるだけなので」

 

 シスターさんがほんの少し微笑む。

 

「この湖にいる海馬はもうじきここに現れるはずよ。二つの鐘が鳴るころになると衛兵さんが呼び出すためにエサをまくと言っていたから間違いないわ」

 

「湖なのに出るのは海馬なんだ……」

 

「馬鹿こういうのは様式美なんだからそういうこと言うなっての」

 

 令和になって仮面ライダーがバイクに乗らなくなっていっても『仮面ライダー』と呼ばれ続ける……それと同じなんだ。

 もっというとウィダーインゼリーはもうウィダーが手を引いてただのインゼリーだけどみんななんとなくウィダーと呼んじゃうあれ。

 

「それでシスターさんはなんでここに? 別にモンスターを倒しに来た、って感じではないっすよね?」

 

「ええ。私は討伐じゃなくて、あっち」

 

 す、とシスターさんが湖の奥の方、救護施設の方を指さした。

 

「今日は私たちシスターはあそこでケガ人の治療よ。

 あなたたち放浪者様には私たちのおまじないでの治療は効かないけど、その分ポーションはたくさん持ってきてるから怪我したらいつでも来てね」

 

「わあ、いいんですか!」

 

「ええ、もちろん。私たちはこれくらいしかできることがないから」

 

 へえ、ポーションくれるんだ。

 こういうのは基本SA:Oゲーム内の店売りか連携してるリアルの店の中の飲み物なりを買わなきゃいけないんだが、プールってことで回復アイテム配ってクリアしやすくしてるとかかな。

 俺たち含めて結構若い人が多いし。

 

「って、あんまりおしゃべりしたばっかりしてちゃダメね。じゃあ応援してるから頑張って!」

 

 救護施設の方へと走っていくシスターさんに手を振りつつ、視界の端に目を滑らせる。

 時間は……14:00ぴったり。そろそろだな。

 

 さてもし配信していいならオーグマーに連絡が……お、来たな。配信していいってことだろう。

 

「ユウキー、ランー、そろそろ配信するからタッチペン出して準備してくれなー」

 

 はーいとユウキが気の抜けた声を出しつつ、俺の方に近づいてくる。

 なんで?

 

「ちょ、なんだよユウキ俺の上着に手なんて、ちょ、やめろ近い!」

 

「はいはいちょっとじっとしててねヒロ」

 

 ユウキがグイッと体を寄せ、そのまま俺の背中におぶさるように手を前に回してパーカーのポケットをごそごそ。

 水にぬれた肌が上着越しに密着し、無防備な首元にユウキの吐息がかかる。短い髪先がさわさわと頬を撫でて、俺のポケットの中を動き回る右手も合わさって俺をからかっているようだ。

 

 こいつ、だから、無防備なんだよ……!

 

 高校生の男女の距離感じゃねえだろうが……!

 

「えーーーと、あったあった、ボクのタッチペン……え、なにどしたのヒロほっぺたそんなに引っ張って」

 

「気にするな、ちょっと気を引き締めてるだけだから。あといつ俺のポケットにタッチペン入れた」

 

「水着見せた時。ヒロは上着脱ぐ予定なさそうだからちょうどいいかなーって」

 

「したたかな奴め」

 

「幼なじみの特権だね。ヒロのポケットはボクのものだよ。その代わりゲームでのボクの力はヒロのものだね」

 

「力を担保に暴利を貪るの、劇場版ジャイアンが傭兵やってるみたいだな」

 

 というか離れなさい。俺は鉄の男。背中に押し付けられるおっぱいの一つや二つで心乱されたりしないが人の目もあるので迅速かつ急速に離れなさい。

 

「……あれをどっちも嫌がらずにやるんだもんなあ」

 

 藍子?

 

「んーん何でもない。私も準備おっけーだよ。配信する?」

 

 何か言いたげみたいだったけど、まあ無理に聞くほどのことでもないか。

 

 さて、団員たちの様子は、と。

 

 祝 水 着 回

 だがアバターだと見えないんだよなあ……

 かなしみ

 団長のお面予想しようぜ。俺バイオライダー

 シャウタの代わりのオーズ

 まさかのギャレン説を推す

 カムラアクアパークか~。プール最近行ってないなー

 

 うん、いつも通りだな。時間的にも……お、十四時ぴったり。

 もういいだろう。じゃあ配信スタート。ぽちっとな。

 

 始まった

 お面の答え合わせが!

 

「おっすおっす俺参上。スリーピングナイツ団長ヒロだぜ」

 

 団員参上

 団員参上

 海ではなく河原とかのフィールドかな

 お面ギャレンじゃん

 的中した奴いて草

 

「ふ、ギャレンは崖から海に落ちたけど生還したという水回りに強いライダーだからな」

 

 でもあの人戦績めっちゃ悪くない?

 大事な時しか勝ってないというか・・・

 肝心な時しか頼りにならない男

 

「肝心な時に頼りになりゃ十分だろうが……!」

 

 ちょっと団長っぽいナ

 ああ……

 ああ……

 

「どういう意味……もしかして俺が普段頼りにならないって言ってんのか」

 

 うん

 うん

 うん

 

「うんじゃないが」

 

「はいはいいつまでモダモダやってるのさ。やっほーボク参上! スリーピングナイツのユウキだよー! 団員のみんなはアバターしか見えてないだろうけどいまは水着でーす」

 

 絶剣ちゃんの水着……だと……?

 俺たちから見るといつものアバターなんだけど!

 団長位これはいったいどういうことなのかしら?!

 まさか水着姿をひとり占めする気で!

 

「え、こう、だっていくらアバターとはいえ水着って、ほら、こう、裸見るような気持ちになるというか……そういうの、悪いじゃん」

 

 思ったよりかわいい理由だった

 お面の向こうで赤面してるのがわかる

 男の子だなあ

 

 やーまし。

 正直なところ木綿季と藍子の体のデータはなんとなくわかるし作れなくもなかったんだけど、まあそう不特定多数に晒すもんでもないだろ。

 あと純粋に時間がなかった。カムラアクアパークに行くと決まってから今日まで一週間なかったからね。

 

「ふふ、SA:Oの配信はこの前のボス戦以来だからなんだかお久しぶりって感じですね。こんにちは、スリーピングナイツのランです。最近暑いですが団員のみなさんは夏バテとかしてないですか?」

 

 だいじょーぶでーす

 クーラーに頼り切りでやってます

 最近めんどくなってそうめんばっかになってる

 

「ダメですよちゃーんと食べなきゃ。夏バテはビタミンB1を取るといいって言われてますからお茶漬けに梅干しなんか入れて食べたりとか、あとはお肉も……これは冷しゃぶとかがいいかもですね。少し検索かけたらいろいろレシピが出ると思いますよ」

 

「冷しゃぶ……ボク食べたことないかも……」

 

「あん? 去年食わなかったっけ。俺ランに作ってもらったの覚えてるぞ」

 

「えなにそれボク知らない」

 

「ああ、そういえばあの時ユウは友だちと外に食べに行ってたっけ」

 

「えーずるいボクも食べたい! 今度作ってよぉ~」

 

 だだっこかわいい

 イイナー

 ついでに料理の配信とかしてくれ

 ラン姉ちゃんが作り方教えてくれるなら俺たちも作るよ

 

「え、ええっ! わ、私別にそんな上手とかじゃないですし、そんな畏れ多くて……」

 

「あははいーじゃん。姉ちゃんがおしゃべりしつつ~とかで」

 

「も、もうユウは他人事だからって。ヒロもなんとか言ってよ」

 

「いーんじゃねえの」

 

「……ヒロの裏切り者」

 

 大げさだなあ。

 見たとこ少し興味はあるだろランは。ならいいじゃんやってみれば。

 

 まあそれも今のもろもろ片付いて落ち着いてからにはなりそうだが。

 

「つーわけで前置きはここまで。今日はタイトル通りカムラアクアパークのSA:Oコラボイベントに来てるぜ。土日ってこともあって人は多めだが……まあこの前のコボルドロードほどじゃねえな」

 

 森林の中の湖ステージかー

 ボスが出てくるんだっけ?

 

「そうそう! 今日はこの辺り……あ、オリジン世界(アンダーワールド)ではだけど、お祭りがあってるらしいんだよね。それでボクらプレイヤーも含めてたくさんの人が来てて、その中からここに出てくるボスを倒す人を探してるらしいんだー」

 

「なんでもこの湖と奥の方にある滝から飲み水を引いてる人も多いらしくてここにモンスターがいるのは困るみたいです」

 

 プレイヤー全員参加?

 にしては数が少なくね?

 

「ああ、誰でもボス討伐にこれるってわけじゃねえんだよ」

 

 かくかくしかじか。

 

 へー4エリアでスタンプ集め

 楽しそう

 バトらなくてもボス戦来れるのおもろいな

 

「ふっふっふ、たーいへんだったんだぜー? どれも一筋縄ではいかないところに隠してあって手に汗握る大冒険を繰り広げたんだ。みせてやれないのが残念だ」

 

「うんうん。ヒロなんか流れるプールで足がつって桃太郎みたいに流されていったもんね」

 

「途中で気のいいおじさんが助けてくれてよかったよ、まったく。私は準備運動した方がいいって言ったのに」

 

「そういうのは水に流しておけ」

 

「流されたのはヒロじゃない?」

 

「いまの俺はギャレンのお面をつけてるので水系の失態は全て無効でーす」

 

「給食のお替りじゃんけんで負けた後に『今の練習だから無効ね』って言ってくるくらいの無法だよ!」

 

 ギャレンの有効活用

 準備運動せずに入って後悔するの、小学生の失敗例なんよ

 どんなボスとかわかってるんだろうか

 

「ああ、それは案内してくれたシスターさんから……」

 

「お、お前さっきおぼれてたボウズじゃねえか!」

 

 ん? この声さっきの……。

 

「よおボウズ! ボウズもここに来れたんだな!」

 

 誰だ?

 この声は!

 知ってるのか!

 知らんけども

 知らなかった

 

 赤いバンダナと赤い鎧。腰に佩いた刀。

 顔つきは少し荒っぽいが、こちらに向けられる笑顔は親しみがあって、どこか『気のいい親戚のおじさん』といった雰囲気がある。

 

 さっきと違って水着ではないが、うん、間違いなくおぼれた俺を助けてくれたクラインさんだ。

 

「どもっすクラインさん。俺たちはなんとか。そちらは―――」

 

「こっちも見ての通り全員クリアよ! なあオメーら!」

 

 おう、と野太い男の声が後ろの方でいくつか重なる。

 

「っと、まだちゃんとしたあいさつしてなかったな。俺ぁ風林火山のクライン! よろしくな」

 

 手を差し出された。握手だな。気持ちいー人だなー。

 

 風林火山のクライン! 

 これはまた有名どころが……

 誰?

 SAOの攻略組。それも生還者(サバイバー)のひとりだナ

 あの黒の剣士の74層の一件で一緒にいたって人か

 

「俺たちも改めまして、俺はヒロです。こっちは俺の幼なじみでギルドメンバーの」

 

「ユウキです! 片手剣士です!」

 

「ランです。いちおう武器は弓を。さっきはヒロを助けてくれてありがとうございます、クラインさん」

 

「オーケーオーケー、ヒロの字にユウキちゃんにランちゃん……ん?」

 

 ? どうかしましたクラインさん。そんな急に汗かいて頭抑えたりなんてして。

 

「待て待て待て待て待て。ヒロにユウキにランの幼なじみ三人組……って、オメーらまさか『スリーピングナイツ』か!?」

 

「あ、ボクたちのこと知っててくれるんだ。ありがとうございます!」

 

「いやいや俺はヒロの字たちがアニブレを取りに行ってた頃からの団員……いやそうではなくお前たちここにいるってことは配信しに来てるんだよな」

 

 てことはまさか……と、俺を見て、近くをふよふよ飛んでいるカムラ製のドローンに目を向けた。

 

「いま、配信中?」

 

 うん

 うん

 うん

 

「団員が『うん』って連打してる」

 

「やっぱりぃぃぃぃ!?」

 

 頭抱えちゃった

 まあそりゃそうとは知らずに配信に入ってきちゃったら、ネ?

 こいつSAOのころから変わらねえなあ

 

「俺今すぐ消えるんで! はいすみませんでしたー!」

 

「あ、待ってよクラインの()()()()!」

 

「おじっ、ほっぐうーーっ!」

 

「あ、膝から崩れ落ちた」

 

「ど、どうしたんですかクラインおじさん」

 

「バッカユウキクラインさんが()()()()()()()()()()()()()()でもおじさんはねーだろおじさんは!」

 

「うぐっ」

 

「あっ、ご、ごめん……つ、ついうっかり……」

 

「いくら本当のことでも言っていいことと悪いことがあるだろ。まあ確かにクラインさんはアバターも老け顔でなんか落ち武者みたいだが……」

 

「はぐーーっ!」

 

「ストップストップヒロがトドメ刺してるこれ。クラインさんがさっきから陸に打ち上げられた魚みたいになっちゃってるから」

 

「まだ活きがいいからおじさんじゃないってこと?」

 

「ランもうまいこと言うなあ」

 

「そ、そんなこといってないからっ! 変な風に取らないで!」

 

「ダメだ俺はもう……キリの字……エギル……俺は先に行く……」

 

 なにやってんだ……お前は

 いつの間にか俺たちはおじさんに……うっ

 いまの子どもはもうDSを知らない

 それは俺たちもわかんないけど

 いまは2027年でですよ?

 ソーシャルゲームもVRゲームの隆盛とともにあらかた消えたからな……

 なん……だと……

 

 とりあえず瀕死のクラインさんを蘇生させると、話はそのままボスのことに。

 クラインさんはしきりに配信画面から出ようとしたが、ユウキが誘うとでまんざらでもなさそうにいろいろ教えてくれた。

 

「敵はSAO第四層のフロアボスだったやつと同じタイプのモンスターっちゅー話だな。あたりを水浸しにしてプレイヤーの動きを阻害してくる系だ。このエリアの街の名前も4層と同じで、特徴も同じ『海馬』ってんだから間違いねえだろうな」

 

 四層ボス

 ウィスゲー・ザ・ヒッポカンプだナ。SAO時代は水浸しになるたびに扉を開けて水抜きして倒したらしいゾ

 ボコボコにメタられててくさ

 ギリシャ神話の半馬半魚ヒッポカムポスが元ネタかな

 

「今回は外だから水抜き戦法はできなさそうだね。正面突破になりそうだけど、うまくいくかなあ」

 

「姉ちゃんは心配性だなあ。だいじょーぶだって、ボクだって頑張るし、クラインさんたち風林火山さんだっているしね! ね、クラインさん?」

 

「お、おお! あったりめえよ、任せてくれユウキ!」

 

 ユウキとクラインさんが腕をぶつけ合わせる。相変わらず木綿季は打ち解けるのが早い。

 

 ……だいたい40人、か。さて、どの程度戦えるか。

 

 それぞれの駒は結構優秀だと思う。

 ユウキは類を見ない程に優れた反射神経から繰り出される卓越した剣技があるし、ランは視力の良さと持ち前の容量の良さから身に着けた高い援護技術と射撃の腕がある。

 

 風林火山についてもリーダーのクラインさんはもちろん、他のメンバーもかなり安定してる。装備面もそうだが、たたずまいからかなり『できる』のを感じる。

 ユウキですら少し緊張してそわそわしてるのに、彼らはいたって普通。気負った様子も、何もなくこれからのボス戦ことを話している。

 その雰囲気はどこか師匠(エイジ)や、アスナさんに似ている……ような気がする。たぶん。SAO生還者(サバイバー)である経験のせいなんだろうか。

 

 他のプレイヤーも初心者っぽい人はいるにはいるが、それも少数だ。全体的にプレイヤーのレベルは高いと思う。

 

 でも連携に関しては未知数だ。

 

 コボルドロードの時はディアベルさんとキバオウさんがいたけどなー。今回はいねーんだよなー。

 

 む、ランが腕を引いて、顔を寄せてきた。

 たぶん画面はユウキにいろいろSAO時代の話をしているクラインさんの方に行ってるからカメラからは見えていない角度だ。

 

 こしょこしょとランがささやく。

 

「この中に《黒の剣士》さん、いそう?」

 

「わからん。見たとこそれっぽい人はいないが、そもそも俺が黒の剣士について知ってること二刀流で黒づくめの男ってくらいなんだわ」

 

「二刀流で黒づくめ……それってあんまりにもふわっとしてるというか……というかSA:Oじゃ二刀流スキルないしそんな人現れないんじゃ……」

 

 わかってるよ。でもネットで調べてもそんくらいしかわからなかったんだよ。

 

 でも何も探すための方針がないわけじゃない。

 

「《黒の剣士》はSAO時代からLAボーナス……つまりボスのとどめを刺しに来ることが多かったらしいんだ。そしてユイが調べてくれた限りそれはSA:Oでも変わってねえ」

 

「もしいるならここでもとどめを刺すタイミングで現れる可能性が高いってこと?」

 

「……と、信じるしかない」

 

 さて、《黒の剣士》さんよ、アンタはいったいどこにいる?

 そしてユイとはどんな関係なんだ?

 

 この戦いのあと、それが分かってることを願いたいもんだな。

 

 

 

 




《ヒロ》
ずっとパーカーを着たままなのでユウキに勝手にタッチペンを入れられてた。
勝手にポケットを使ってきたことに不満はあるものの、ユウキのスキンシップ自体にそんなに思うところはない。

《ユウキ》
ボクのものはキミのものだからキミのものはボクのものでいいよね?
信頼がスキンシップに出る。仲良くなれば距離感が近くなる。

《ラン》
お料理配信をそのうちやる。
料理のレパートリーは洋食が多いがヒロの母親に習って和食もそれなりに作れるようになっている。

《ユイ》
スリーピングナイツのボス攻略配信を生で見るのは初めてなので少しワクワクしてる。

《ユージオ・ハーレンツ・ワン》
騎士長補佐の女性に頭が上がらないらしい。

《クライン》
風林火山のリーダー。
面倒見が良くて、ゲームの腕も確かで、顔もそこそこ広い漢の中の漢。
ただ彼女はいない。アラサー手前。

《団員たち》
水着は見れない。是非もなし。
SAOのプレイヤーと面識があるような人も何人かいるらしい。



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プール、キターーーー!(後編)2

 

 

「放浪者さま! 来ます!」

 

 衛兵さんの声かけでプレイヤーたちが揃って武器を構える。

 

 俺も師匠にもらったこの新しいバスタードソード、試し斬りと行こうか。

 

 おお、なんか湖の水面が波打ってきた

 ゴジラとか出てきそう

 

 湖が揺れる。空気が(いなな)く。この世界を支配するモンスターその一体が姿を見せる。

 

「ヒロの字、お前さんレイドの指揮の経験は?」

 

「全然です。いちおう俺がリーダーなのでほかの二人に指示くらいは出してます。けど、それ以上を求められると正直頼りにならないと思います」

 

「俺の方も正直似たようなもんだ。まあやれるだけやるしかないわな」

 

「っすね。一応視野は広く持つようにします」

 

 

《 Nuks the Hippokumpos 》

 

 

「ヒロ出てきたよ!」

 

 勢いよく上がる水しぶきの中目を凝らす。ヒレとうろこのある馬のような姿、前情報通り海馬……んん??

 

「違う……海馬、だけじゃねえぞヒロの字! ()()も混ざってる!」

 

 ボスキターー!

 羽? 小さいけど翼ないこれ

 四足の馬の姿にしっぽの場所に魚のひれで、背中には羽っぽいのまでついてんじゃん。やば

 ペガサスとヒッポカムポスのいいとこどりかよww

 中学生が考えたモンスターみたい(小並感)

 これ空飛ぶのかね

 

「読み方はヌクス・ザ・ヒッポカムポス、でいいのか?」

 

「団員さんが言ってた『ウィスゲー・ザ・ヒッポカンプ』とは姿と名前が違うね。羽自体は大きくないし、湖から出てきたってことは基本は水の中で生きてるモンスターだとは思うよ」

 

「だな。でも油断はできねえ、とりあえず距離を取って―――ユウキどうかしたか?」

 

 そんなぼーっとして。もうボス戦は始まってるんだぞ。

 

「いやなーんかあのフォルムに見覚えがあるというか……あれがペガサスとヒッポカムポスの合体には見えないというか……」

 

「はあ? いやどう見ても羽とヒレのある馬じゃんかよ」

 

「いやそれはそうなんだけどさ。なんとなく口の形とかすごい大きくてしゃべりそうで」

 

 ……確かに口、というか顔がでかい気もする。でもほかに特筆すべきことなんかないだろ。

 せいぜい座り方が馬っぽくない膝を折り曲げた……ん?

 

 翼があって、しゃべりそうで、膝を折り曲げたように座るモンスター?

 

「これさ、もしかして『スフィンクス』の馬バージョンだったりしない?」

 

 スフィンクス!?

 いやでも水場ですよ

 ヒッポカムポスとかペガサスってギリシャ神話だろ。それなのにスフィンクスまざってるの変じゃない?

 いやエジプトのイメージが強いスフィンクスだけどギリシャ神話にもスフィンクスは登場するんダ。あの有名な『朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か』って質問だってギリシャ神話の方のスフィンクスの話だからナ

 そうなんだ!

 

 いやそれにしたってスフィンクスってそれはさすがに――――。

 

『娘、よくぞ我の正体を見破った』

 

 キャアアアアシャベッタアアアアアア!

 馬の口が器用にパクパクしてるのちょっと面白いな

 

「ひ、ヒロほんとに話し始めたよ!?」

 

「いやお前がスフィンクスじゃないかって言ったんだろ」

 

「だ、だってなんとなくそんな気がしたってだけでほんとに当たるとか思ってなかったというか」

 

『娘』

 

「ゆ、ユウ、呼ばれてるよ、ほら前に出た方がいいんじゃない」

 

「ね、姉ちゃんなんで押すのさ。あ、やめて、姉ちゃん!」

 

 なんかボスがさっきからユウキに向けて話しかけ続けてる。

 周りは……あ、どうぞどうぞって感じで下がってるな。突然話し始めた馬にちょっとみんな引いてるわこれ。

 

『娘』

 

「は、はいい……」

 

 ガクブルじゃん

 そりゃ身の丈より大きな馬がしゃべってたら……

 ユウキちゃんがんばれ~

 

『我こそは枯れ泉のロロー・ザ・スフィヌクスの三番目の子の孫……』

 

「けっこう血筋離れてるんですね」

 

『……それでも我が力に陰りなし。我、スフィヌクスの血族として勝負を申し込ませてもらう』

 

「勝負?」

 

『いかにも』

 

 鷹揚に頷くモンスターはそのまま重苦しく言葉をつづける。

 

『我と尋常なる、()()()()()()()()()

 

 はい?

 

 はい?

 はい?

 はい?

 ああ、スフィンクスだから……

 

 

「なぞ、なぞ?」

 

『左様。この場に現れた我と汝らが相対する以上、それは必定』

 

「ボクらこの湖を解放したいだけだからあなたとどうしても戦いたいわけじゃなくて! この湖から近くに住んでいる人が飲み水を引いてるんだ! あなたがほんの少し上の方に行ってくれたりするだけで……」

 

『我が矮小なりし人間に気を遣うだと? 面白い冗談だな、娘よ』

 

「むーー」

 

『人の子よ、帰るがいい。我もまたこの場所が気に入っている。それに人の子が苦しむ姿は我としても痛快でな。

 だがどうしてもどかしたいならば、汝らが我より上だと証明せよ。それならば汝らの頼み考えてやってもいい』

 

「ボクらの方が強いってわかったらどいてくれるの?」

 

『左様。だが我は知恵も力も一流である。汝らは、力とその知恵、すべてを以てして我に打ち勝ってみよ』

 

 力と、知恵?

 

「つまり私たちに戦闘もしながらなぞなぞにも答えろってこと?」

 

「ええ、なんだそりゃめんどくせえ……」

 

「でもチャンスかもな。俺らは寄せ集めのプレイヤーで練度もまちまちだが、なぞなぞに答えながらっていうならいくらかマシになるかもしれねーぞ、ヒロの字」

 

 まあ、確かに。

 ある意味これは「戦闘だけでボス戦を解決しない」というための手段なわけか。

 

 なぞなぞ答えられたらボーナスでバフとかかかりそう

 ボスのリソースも無限じゃねーからナ。みたとこそいつは言語化エンジン、なぞなぞを出すための簡易AIまで積んでるから、純粋な戦闘オンリーボスよりはやりやすいかもヨ

 

「ま、どのみちこいつはそういう風に作られてるボスだし、攻略するにはこれしかないわけか」

 

 つーわけでユウキ、乗ろうぜ、なぞなぞアンド剣のバトル。

 

 ユウキが強くうなずくと、目の前の巨大なボスに向けて声を張る。

 

「やろう。この湖をかけてボクらと勝負だ! ボクらが勝ったらここで人の邪魔するのやめてもらうからね!」

 

『よかろう―――ならば場を整えよう』

 

「へ? 場って、わっ!」

 

 うお!

 なんか海馬から薄いバリアみたいなのが出てきたぞ?!

 

「ユウキ!」

 

「だ、大丈夫だよ! ダメージとかはない! けど、なんだろうこれ……バリアというか……『壁』?」

 

「壁……」

 

 ぽつり、とランがつぶやく。

 その視線はボスを中心に広がっていく半透明のバリアのようなものに向かっている。

 

「ヒロ私ちょっとユウのそばに行くから! これ私の想像通りならユウだけじゃまずい気がする!」

 

「ちょ、ラン!?」

 

 ラン姉ちゃんが走っていった!

 広がったバリアが止まったな。広さ的に湖の周辺一メートルくらい?

 絶剣ちゃんたちがバリアの中に閉じ込められた

 なんかバリアというより部屋っぽいな

 

『この空間は我の体力を削り作り出した『絶対回答空間』。

 この中にいる限り汝らは我から危害を加えられることはないが、その代わり汝らも我に危害を加えることはできない。

 汝らができることはたった一つ、我の質問に答えることだけ。正解すれば汝らには我の先祖スフィヌクスの加護がかかる』

 

「ちょ、お前らがなぞなぞ答えてる間俺らは何すりゃいいんだよ!」

 

『お面の放浪者よ、この空間は神聖。何人も犯すことは許されん。

 しかしそうさな、この空間を隔てる壁、これは我の体力を削り作り出している。もしこの壁、破壊することができたならば、回答空間の外のものも回答に加わることを許そう』

 

「む……」

 

 つまりこのボス戦のルールは大きく三つ。

 

 ひとつめ、ボス戦はなぞなぞ対決と、普通の戦闘が代わりばんこに行われる。

 ふたつめ、なぞなぞには回答専用の空間があり、それはボスの体力を削って作られている。空間の外のプレイヤーはなぞなぞに答えることはできない。正解した場合はプレイヤーにバフがかかる。

 そしてみっつ、空間の壁は攻撃でき、もし壊せれば全員が回答権を得る。

 

「クラインさん、俺たちは」

 

「とりあえずは外から動くしかなさそうだな。まあ風林火山のやつら指揮りつつほかに声かけられそうなプレイヤーいたらそう誘導しとくわ。オメーもなんかあったら声かけろよ?」

 

「っす、頼みます」

 

 やっぱ正解したらバフあったな

 なぞなぞあるのは楽しそうだな

 いま中にいるの絶剣ちゃんとラン姉ちゃんとプレイヤーが二、三人か

 さてどんななぞなぞが来るか

 

「ユウキ! ラン! 俺たちは外でこの壁を壊してみる! お前らはお前らで頑張ってみてくれ!」

 

「まかせて! 直前で姉ちゃんが入ってきてくれたからたぶん行けるよ!」

 

「ユウもちゃんと考えてね、成績だけなら私に勝ってるところもあるんだから」

 

「えっ」

 

 ……大丈夫、だよな?

 

『では第一問。ひみつがだいすきな仕事ってなーんだ』

 

「え? スパイとか?」

 

『それが答えでよいな?』

 

「あ、ダメですダメです! いまのなし!」

 

『本来お手付きは認めぬ。だが、今回限り特例として許そう。次はないぞ』

 

 ……ダメかもな……一応壁の強度を試しておこう。

 唸れ! 師匠にもらったバスタードソード! 両手剣単発技サイクロン!

 

「……ふっ、みねうちだ」

 

 全然傷ついて無くて草

 団長の剣両刃なのにみねとかあるの?

 

「やかましいわ。いーんだよ、そんなに柔らかい壁じゃないと分かっただけで」

 

 負け惜しみか?

 安心せいみねうちじゃ

 反撃とかはなしカ。壁の耐久値はボスの頭上にあるHPバーでわかるみたいだナ

 だいたいいま2割くらい削れてるか

 ラン姉ちゃんだいぶ長考だなー

 

「ひみつが好きな仕事……基本的になぞなぞは知識よりも思考の柔軟性を試してくることが多いから恐らく大事なのは問題文をちゃんと読み込めるか……」

 

「なぞなぞかー、小学生の時によく本で読んだよね。『世界の中心にいる虫は何ですか』とか、ああいうの」

 

「あったね。答えは『蚊』で、『せかい』の真ん中にある文字が『か』だからっていうの」

 

 『ひみつが大好きな仕事はなんですか』なあ

 探偵とかスパイとかそういうストレートな答えじゃないってことだよな

 あー、わかったかもナ

 デジマ?

 俺も完全に理解したわ(わかってない)

 ヒントおしえてやろーカ?

 

「あーやめてくださいやめてください! いま私もいいとこまで来てるので! もう少しで解けるので!」

 

「姉ちゃんこういうとこちょっとムキになるよねー」

 

「ひみつが好きな仕事……ひみつの言いかえ? シークレット? 内緒? それとも隠し事……」

 

「ん? 隠しごと……()()()()?」

 

 ぽん、とユウキが手を打った。

 

「わかった! 答えは『作家』だ! 書く仕(隠し)事が好きな職業だもん!」

 

『ほう、正解である。やるな、娘』

 

「あーーー! ユウが横取りしたー!」

 

「してないもーん! やっほー、あたると気持ちいい~!」

 

「次! 次は私が当てるから!」

 

 おおー!

 ヒントなしで当たった!

 ラン姉ちゃん妹に負けちゃったww

 ムキになってるの可愛い

 

 ボスが空に向けて嘶きを上げると、俺たちを隔てていた壁が砕け、その破片がそのまま俺たちの体に降りかかる。

 

「おお、マジでバフがかかったぞ! オメーら、行くぞ!」

 

「おうともよリーダー! SAOサバイバーとしてかっこいいとこみせようぜ!」

 

 かかってるバフは、攻撃力上昇に防御力上昇か。

 ユナの《吟唱》ほど細かいところのサポートはできなさそうだけど、それでも癖がなくて使いやすいバフだ。

 

「よし、お前ら武器構えろ。俺らも攻撃に回るぞ!」

 

「ヒロがいるってことはバリアは壊れたんだね!」

 

「お前らのおかげでな。ユウキ、俺たちはこのまま前だ! ランは後ろから弓を―――」

 

 ラン? なんでそっぽを向いて頬膨らましてるんだよ。

 

「……次は私が当てるから」

 

 こ、これはラン姉ちゃんがいじけている!

 レアすぎる

 ユウだけじゃ危ないかもって言った後だったもんねえ

 かわいい

 

「だぁー! いつまでそれ言ってんだ! いつも通り援護頼んだぞ!」

 

「……わかった」

 

 まだちょっと悔しそうだが、ランのことだし大丈夫だろ。

 

『ブルオオオオオォォオオ!』

 

 ボスが吠えると、周囲の湖の水が波打ち、こちらに向けて大きな波を作りだす。

 

 へっ、こんなARの演出、恐るるに足りねえ!

 いまそこに近づいてやる―――と、おお?

 

「あばばばばっ!」

 

「ひ、ひろーーっ!」

 

 波に取られててすっころんだぁ!

 なにやってんだよ団長ぉ!

 お、クラインが助けたな

 腕を引っ張り上げるクラインおじさん、武士の鑑

 

「大丈夫かヒロの字。ボスモンスターはARだがこの波はリアルにあるもんだ。たぶん俺たちの目の前のプールに入ると波に足を取られるようになってるっぽいぜ」

 

 なるほど、波のプールを使った特有の演出ってわけか。憎いことするぜ。

 

『ブルオオオオオォォオオ!』

 

 俺がプールの浅瀬でクラインさんに抱き起されたタイミングで、ボスが波に乗ってこちらに襲い掛かり、その巨大な足を振り下ろそうとする。

 

「って、容赦ねえな!」

 

 やべ、剣のガードが間に合わ―――。

 

「見えた」

 

 蒼い光芒がボスの膝を打ち抜き、ボスが足を引っ込めてそのまま波にのって湖の奥まで引っ込んでいく。

 

 この攻撃は……!

 

「ふう、ちゃんと当たった。やっぱりリズベットさんの弓に変えてから命中精度がよくなってるみたい」

 

 ラン姉ちゃん!

 ほしいところで援護くれるいぶし銀

 なぞなぞ正解できなくても仕事はしてて偉い

 

「むっ、次は私が正解しますから!」

 

 まだ気にしてんのか……。

 

 まあ俺は俺のやるべきことをするか。

 

 ええと、湖は現実では波のプールで、その深さはそんなにないけど一番深いところで大人の腰下くらい? いま俺たちのいる浅瀬だとくるぶしくらいだけど、ボスが来るのはもう少し深め、すねから膝くらいのとこまでか。

 

 うーん。ちょこちょこ動かれると面倒だな。

 

「クラインさん、いまボスは扇状の浅瀬の部分を周回するように動いてるっす。俺とユウキはこのままプールの左側に行くんで、風林火山のみなさんは真ん中に来たボスの反撃まかせていいっすか?」

 

「おお、構わねえけどよ……なら右側は?」

 

「あー、俺たち以外のプレイヤーはさっきのボスの攻撃を避けて右に寄ってるのでそっちは任せる……ですかね」

 

「おっしゃわかった。なら風林火山のやつからひとり右側に伝達出してやるよ。それで一応フォーメーションは出来上がるだろ」

 

 サーセン、助かります。

 

「ユウキ、俺たちはこのまま左に行ってそこでボスにダメージを与えよう」

 

「おっけー! 連携はいつも通り?」

 

「おう。俺が前で攻撃を跳ね上げるからユウキがダメージを与えてくれ。膝くらいまでは波が来るから走り回れないとだけは思っておけよ」

 

「りょーかいっ! ヒロも溺れないでねっ!」

 

 問題ない。俺には今水場の守護神ギャレンがいるからな。

 

「ヒロの字! 左側行ったぞ~!」

 

 きたきたきたきた!

 うお、でっか・・・

 二人で行けるか~?

 

「問題ねえよ! おらっ! っ、―――スイッチ!」

 

「まかせて、バーチカル!」

 

 蹄をはじいてそのままユウキにスイッチ。

 ユウキのアニールブレードがライトグリーンの色に包まれ、膝の関節を一閃。

 ボスが叫び、湖の中で起きた波に乗って俺たちの前から下がっていく。

 

「ナイスユウキ。久々だけど戦闘の腕はなまってねーな」

 

「もっちろん! と、言いたいとこだけどここはダメだね。水が足に絡んでちょー動きにくい」

 

「ここら辺は浅瀬だから良いけど、もう少し奥だと確かにきっちいな」

 

「うん。水場だから走ってボスに追いつくとかも難しいし」

 

 AR特有のめんどくささだね

 明日筋肉痛になってそう

 アニブレじゃそろそろ火力きつくなーい?

 ある程度はPSで補えるし好きな武器使うのが一番

 もうすぐ体力バー残り二本!

 

 お、ほんとだ。

 たしか最初が体力ゲージが3本だったから悪くないペースだ。

 即席のフォーメーションだったけどまあまあ悪くなかったらしい。

 

 しばらく右、中心、左で攻撃を回していたが、2周目のユウキのソードスキルが命中した時、ふたつめの体力ゲージがすべて透明になる。

 

『ブォォォオオオオオ!』

 

 ボスの体力を使って湖の中心にいるボスから半透明のフィールドが広がっていく。

 

 二本目突入!

 おー、さっきのクイズ空間出てきたな

 さてさて今回ラン姉ちゃんは正解できるか?

 というかまあまあ後ろで弓撃ってるけどエリア内にこれるか

 

 エリア内……うわ、ほんとじゃん。

 さっきとエリアの範囲が同じならランの場所からここまで来るのは厳しそうというか……。

 

「姉ちゃん! なぞなぞくるよ! ほらほら!」

 

「急げラン! エリア展開終わっちまうぞ!」

 

「え、ちょ、そんな急に言われても、間に合わないって、あっ!」

 

 あー

 エリア閉じちゃいましたね……

 ラン姉ちゃんさん……

 

「むーっ」

 

 な、なんだよ、仕方ねえだろ。俺は前線にいたから入っただけで別にお前から回答権を奪ったわけじゃ、ええい、だからそんなふくれっ面するなっての!

 

「お、ヒロの字は今回中か。頑張って答えてくれよー」

 

「あれ、クラインさんは中に入らなかったんすか」

 

「俺はそういうの難しいのパス。外で壁壊すやつもいると思ったしよ」

 

 あ、そっか。壁壊したら回答権を得られるんだったな。

 

 ということでラン、回答権が欲しいなら早く壁壊すしかなさそうだぞ。

 

「そーだね。じゃあ私クラインさんたちとも頑張ってくるよ」

 

「ふふーん、のんびりしてるとボクがまた正解持って行っちゃうからね!」

 

「むー。クラインさん行きましょう、壁を壊すんです」

 

「お、おお! 任せとけ、俺の刀の冴えを見せてやるよ!」

 

 ランとクラインさんが壁際から少し離れて、武器で攻撃を始める。

 

 さて、俺たちも俺たちでやることやりますかね。

 人数は俺たち含めて10人くらい。

 さっきよりちょっと多くなってるのは突発的な巻き込まれではなく自分で中に入るかどうか考える時間があったせいか。

 

 来い馬面のスフィンクス!

 

『では第二問、そこにいるだけでどんどんおじいさんになる場所ってなーんだ』

 

 年を取っていく場所

 なんだそりゃ

 今回はさっきよりも簡単かもナー。結構シンプルだヨ

 もうわかった団員いて草

 

「おじいさんになる場所……? 精神と時の部屋とかか?」

 

「あ、ダメだってヒロ簡単に答えたらお手付きになっちゃう!」

 

 とと、確かに。そうはいっても答えなんてパッと思いつかねーぞ。

 他のプレイヤーの誰かが答えてくれるまで待っちゃダメ? ダメか。そうだよな。

 

 なぞなぞってのはいっしゅのとんちだからナ。大事なのは思考の柔軟さだヨ

 団長頭固そうだし厳しそうw

 

「は?????? 俺にかかれば楽勝だが????????」

 

 無理すんなって

 橘さんの加護でもそれは無理

 大人しく蒼弓ちゃんが来るのまとう?

 

 やかましいわ。見てろよ。こんな子供だましのなぞなぞに俺が止められるはずがない。

 

 俺を止めらえるのはただ一人、俺だっ! あと藍子。そして木綿季。あとユイと母さん。

 

 割といるな……まあいいでしょう。

 

 さて問題は、ふむ………………よし。

 

「俺はわからん。ユウキ何かわかったか?」

 

「悩むのみじかっ」

 

 だってマジでわからねーんだもん……。

 なにこの問題……なんで速攻でわかってる団員とかいるんだよ……。

 

 うーん、とユウキが口元に手を当てて唸る。

 

「確か姉ちゃんは問題文をちゃんと読むことが大事って言ってたよ。もっかい問題文思い出してみよ―よ」

 

「問題文……なんだっけ、私の体のどこかにあるちょっと小突くだけで体力が全損する弱点はどこでしょうとかだっけ」

 

「それはヒロの願望が出すぎだね。そんな都合のいい問題ではなかったよ」

 

 まかせろ。教えてやれ、長文ニキ

 自分でやらんのかい

 そこにいるだけでどんどんおじいさんになる場所ってなーんだ

 ちゃんと覚えてて草

 

 そこにいるだけでどんどんおじいさんになる場所、かあ。

 

「おじいさんになる……たぶんここがひっかけだよね」

 

「だなー。なんかそこがあからさまだ。おじいさん、おばあさんでもいいのか? 時間がたつ? 成長する……」

 

「成長する……ん? なんかでてきそう……年を取る……」

 

 年を取る、か。なんかそんな話仮面ライダーWにもあったよな。

 

 仮面ライダーWは探偵である主人公たちが探偵事務所に持ち込まれる謎を解き明かしながら街の人たちを救う話だ。

 その中で出てくる怪人「オールド・ドーパント」、やつは人間を強制的に老化させてしまう能力を持っており、主人公の翔太郎とフィリップも大変苦労させられたもんだ。

 

『そろそろ答えを聞こう』

 

「うんうん、この答えも案外オールドドーパントがいる部屋とか言うのだったりしてな。はっはっは、まあこんなのが答えなはずないしこんなこと言ったら間違いなく―――」

 

『不正解である』

 

「そう、不正解になる! ……ん?」

 

 んんんんん????

 

 あれ、いつの間になんかボスが俺をじっと見てる。

 

「……あのー、いまなんて?」

 

『不正解である。汝の答えは間違っている』

 

 …………ちょっと待って。

 

「ヒロなにしてんのさ?!」

 

「いやちょっと待て今のどう考えても俺の独り言だったろ! これを回答扱いにするのは意地悪すぎじゃね!?」

 

『だが我は汝らに答えを問おうと言ったぞ』

 

「だとしてもこう雰囲気でさぁ!」

 

 何やってんだよ団長!

 これだからラオタは……

 あーあ、ラン姉ちゃん来る前に終わらせちゃった

 そういや答えは何だったんだ?

 『廊下』だと思うよ

 ああ、おじいさんになる『老化』と歩く『廊下』でかけてるわけね

 おもろ~

 

「待て待て待て! いまのなし! ダメ!? よくない!? ほら、お手付き一回セーフ! みたいな!」

 

『残念だが回答権については第一問の時にそこにいる娘に説明はした。回答は回答である』

 

 あ、説明?

 そこの娘ってことは、なに、ユウキさっきお手付きしたの?

 

「てへっ」

 

 てへではないが。

 

『汝らは間違いなく誤回答……が、運がよかったな』

 

 お?

 

『あちらの右奥の娘子の一人がほとんど同時に正解をした。よってこの問題、一応は汝らの正解、ということになる』

 

 おおっ! マジかよ! 誰だか知らないけど回答してくれた人サンキュー!

 

 やったぜユウキ俺たちのミス帳消し……どうしたユウキそんな歯の間に挟まった若芽を下でとろうとしてるみたいな顔で。

 

「……いや、いちおう? 普通に正解じゃなくて」

 

『その通り。一応、である。問題は正解した。だが()()()同時に回答を誤った。故に、ペナルティを貸させてもらう』

 

「ぺ、ペナルティ? いや、そんなこと聞いてないんだが……」

 

『正解した時だけ加護がかかるのは不公平であろう。故に、汝らに重しをつけさせてもらう』

 

 重し……?

 

 ぶるるん、とボスが鼻を鳴らすと俺とユウキの腕あたりに水がまとわりついていき、淡い光を放ち始める。

 

 え、なにこれ説明してくれないか!?

 

 こわいこわいこわい、あ、なんか光が収まって来た……あれ?

 

「ここは、あれ、ヒロ君どうして」

 

「あら、私はさっきまで救護施設の方にいたのに……」

 

「ユージオさん!? ……に、ユウキの隣はさっきのシスターさん!?」

 

「うぇええっ!? なんでシスターさんがこんなとこに!?」

 

「放浪者さま! と、ユージオ義兄(にい)さま!?」

 

「せ、()()()? なんでこんなところに」

 

 ユージオにいさま? セルカ? 知り合いなの? というかなんで俺たち手枷で繋げられたんだ?

 

 なにプレイヤー?

 どういうこと!?

 いや、イエローのカーソルがついてるしNPCだナ

 団長とユウキちゃんの手にそれぞれ水の手錠みたいなのついてる

 なるほどこれがペナルティってことね

 

 おーい、この手枷なんだよ! なぜにこんなのがついてる!

 

『汝は誤答をした。それは我との間の『規則(ルール)』を破ったということだ。ならばそれに対して咎が与えられるのは当然であろう』

 

「いやだとしてもユージオさんとシスターさんを連れてくることなかったろ!」

 

『否定する。そこの二人もまた我の定めし規則を破った。故に汝らに繋いだまでよ』

 

 二人も規則を破った?

 

「あのー、ちなみにボクは何で一緒に繋がれてるの? ボク問題とか間違ってないような……」

 

『汝、近くにいたし……』

 

「急に理由が雑だよ!」

 

 あ、ボス逃げた。待て! 確かに戦闘のターンだがこれに関しては説明を必要とする! ちょっと!

 




『ユージオ』
義兄さまらしい。ヒロの左腕に繋がってる。

『シスターセルカ』
義妹らしい。ユウキの左腕に繋がってる。

少し長くなったので後編3まで分割してます。
22:00に後編3が投稿されます。


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プール、キターーーー!(後編)3

 
後編2を同時に更新してます。まだ読んでない方は気をつけてください。




 

 

 

 

 

 

 言うべきことはもうないとばかりにざばばっと波に乗って俺たちの前から消えるボス。

 

「あのー、これって攻撃したら外れないのかな」

 

「どうなんすかね……ちょっとやってみますか」

 

 俺の左腕とユージオさんの右腕を傷つけないようにぷるぷるした水の手錠のようなものに剣を振り下ろす。

 

 うーん、だめだな。明らかに硬さとかはないのに剣が通らない。これはシステム的な防御だな。

 

「ダメっすね。たぶんこれあの馬を倒さないとどうにもならないっすね」

 

「そうか……」

 

 ユージオさんが表情を少し陰らせる。そ、そんなに俺とつながったままは嫌っすか……そりゃ嫌だろうけど……。あ、そうではない? そうっすか。

 

 そういえばユージオさんは騎士だから一応こういうのは慣れてるけどシスターセルカはどうだろう。

 

「な、なんで、私が……もしかして、昨日の晩一人でここに来たから……」

 

 シスターセルカは震えてる。

 まあ、そうだよな。シスターセルカは明らかに戦える人じゃない。包丁以外の刃物も持ったことはなさそうだし。

 

 困ったな、これじゃあ腕がつながったユウキはさっきまでみたいに戦えないだろう。

 

 どうしたもんか……ユウキ?

 

「大丈夫だよ」

 

 ユウキがシスターセルカの両手をきゅっと握った。

 そしていつも通り朗らかに、太陽のように笑顔を咲かせる。

 

「シスターさんのことはボクが守るよ。言ったでしょ、ボクらけっこう強いんだよ?」

 

「で、でもそしたら放浪者さまが戦えないんじゃ」

 

「だいじょうぶだいじょうぶ。ボクが戦えなくてもだいたいヒロが何とかするから」

 

 はい?

 

「できるでしょ? ヒロなら」

 

 なんでこいつはいつも俺にそんなに真っ直ぐな目を向けてくるんだろう。

 俺なら何とかするって本気で信じてる目。信頼。もしかしたらそれよりもっと重いもの。そんな目で見られたら否定できない。したくなくなる。

 

 ユウキの想いに応えたくなる。俺の心の小さな種火を熱く、大きく燃え上がらせる。

 

 ……ったく、俺もいまユージオさんと手がつながれてるんだがね。

 

「わかった。なんとかする。任せとけ」

 

 だから、お前はちゃーんとシスターセルカを守れよ? この人マジで突然呼び出されただけの被害者だからな。

 

「おーい、ヒロいつまでぼんやりして―――どなた?」

 

「ラン、紹介しよう。こちら俺の友だちのユージオさん。んで、ユウキの手とくっついてるのがさっきも会ったシスターさん。シスターセルカって言うらしい。俺たちは誤答のペナルティで一心同体になった」

 

「うん、全然わからない」

 

 でしょうね。

 

「とりあえずユウキにはシスターセルカを守りながら戦ってもらうことになったからランは俺よりもユウキに目を配ってくれ。あ、でも俺がやばかったら助けてくれ。あとボスの攻撃もやばそうだったら牽制をしてくれ」

 

「私に求めるハードル高いね」

 

「できるだろ?」

 

「まあそりゃできますけど」

 

 できるんだ……

 やさしい

 団長のランちゃんへの信頼が厚すぎる

 まあでもランちゃんなら何とかするやろ・・・

 団員もまあまあランへの信頼デカいナ

 

 あん? 藍子(ラン)だぞ。そんくらいやれるに決まってるだろ。

 体に負担がかかるとか、無理なことなら頼まねえけどさ。

 

「ユージオさん、俺はこれからシスターセルカとユウキをボスから離すためにもう少し中央に寄ったところで戦いたいんすけど大丈夫っすか?」

 

「―――ああ。構わない。セルカの安全のためなんだろう」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 じゃあ次は―――おっと、もうこっち岸にボスが来たな。

 

「ユージオさん、少し動きます。たぶんかなり引きずっちまうと思いますが……」

 

「動きは片手剣だね。それはバスタードソードだけど両手剣の剣技は出すのかな?」

 

「へ? あ、あー、普段は使うんすけど、いまからはユージオさんがいるので片手剣だけで戦おうかと思ってるっす」

 

「そうか。なら君は好きに動いてくれ、()()()()()()()

 

 合わせる?

 

「僕のことは気にしなくていいってこと。ほら、来るよ!」

 

「お、押忍!」

 

 ユウキたちを下がらせつつ、前に出て蹄の踏み付けをかわし、巻き起こる波の槍を剣の腹で受け止める。

 

 とりあえず片手剣の横薙ぎ、いやユージオさんがいるから縦で―――やべ、ボスから飛んできた水の槍が!

 

「―――ふっ!」

 

 寸前、ユージオさんの左拳が水の槍を殴り散らした。

 ユージオさんはそのままの流れで二発目の拳をボスの伸びた足に叩き込む―――が、あれ、体力が減らないな。

 

「やっぱり、か。ヒロ君横薙ぎ! 振って!」

 

「―――は、はい!」

 

 さきほどの俺の思考を読み取ったようなその声のままに剣を薙ぎ―――その動きにシンクロするようにユージオさんが体を運んだ。

 

 剣は二人がつながっているというペナルティを感じさせないほど鮮やかに一文字を描き、腹に斬撃をくらったボスが吠える。

 

「ヒロ! 頭左!」

 

 さっきとは違う高い声。その声に逆らわず反射的に頭を左に振ると、視界の端をランの矢が駆け抜けていく。

 

 ナイスフォロー!

 蒼弓ちゃんの援護が前にもまして光る

 NPCさんかなり動けるな……

 

 そうだ、戦いやすい。てかいまさっきユージオさん俺の動き読んでたよな? どうなってんだ。

 

「僕は片手剣士だからね。あいにく今の僕は丸腰だけど、()()()()()()()()()()()に合わせるくらいならできるよ」

 

「さらっといってますけどかなりすごくないっすか!?」

 

「そうかな……先代騎士長と僕の剣の師匠もこれくらいはできると思うけど……」

 

「ええ……」

 

 バケモンすぎだろ……。

 

 今度はボスが右から真ん中に行った

 だいたい二本目の半部くらいか。悪くないペースだナ

 てか右側になかなかのダメージディーラーいるな。減りが早い

 むしろ団長側がユウキちゃんいなくなってダメージ減った感

 

 こっち側にボスは来ていないが油断はできない。

 ボスの巻き起こす波はただでさえ足元をすくわれそうになるし、水の散弾銃のような威力は強くはないが避けにくい攻撃も飛んでくる。

 なるべく攻撃を当らないようにしつつ立ち回らないといけない。

 

「……すまない」

 

 攻撃をかわすために走り回る中、ぽつりとユージオさんが言葉をこぼした。

 

「僕のせいで君に余計な手間をかけさせてしまっている。僕が、あいつと戦えなかったばっかりに……」

 

 水にぬれた亜麻色の髪が額に張り付き、ユージオさんの翠の瞳を覆い隠す。

 でも、白くなるほど強く嚙み締められた唇までは隠すことができない。

 

「ユージオさんは戦いに行ったんすね、あいつと」

 

「……うん。ただ僕ではあのモンスターを倒すことはできなかった。いや、傷つけることができなかった、ということが正しいかな」

 

「?」

 

規則(ルール)だよ。あの巨大な海馬が戦いが始まる前、君たちにも言ったんじゃないかな。やつと戦うには手順が必要で、それは『なぞなぞを受けた後じゃないと傷つけられない』というヤツを守る強固な盾になっている」

 

 なるほどナ。ボスモンスターの「なぞなぞと力比べでどちらも自分を倒せ」ってのを、ひっくり返して「なぞなぞを組み込んだ戦いでしか傷つけられない」ってことにしてるってわけカ

 で、間違ったらペナルティを科してくる、と。めんどくさ~

 でも正解したらバフかかるし平等にいろんな人が活躍できるシステムではあるだろ

 クイズあるのは普通に楽しそう

 

 なるほど。たぶんこの言い方だとたぶんユージオさんは……。

 

「僕は乗らなかった……いや、正確には()()()()()()()()()()()()

 ヤツが僕と戦いの場に上がることはなく、焦れた僕がそのまま戦いを挑んだら規則(ルール)違反だと何か呪いをかけられてね。

 そのせいでここに丸腰で呼び寄せられた。しかも僕はこの戦いに初めからいなかったからヤツの『なぞなぞに答えた相手からは攻撃が当たる』という条件も適応されない」

 

 そうか、だからさっきユージオさんの拳は全くボスにダメージを与えられていなかったのか。

 

「……まあ、僕がやつと戦えなかったのはほかにも理由があるかもしれないけど」

 

 ふ、とユージオさんが力なく笑う。

 

「ふがいないよ。これは僕らアンダーワールドの人間で向き合う問題なのに」

 

 アンダーワールドの人間、か。

 

「ユージオさん、俺とユージオさんってどんな関係でしたっけ」

 

「……友だち?」

 

 そうっすね。あってますからそんな「急に何を言い出したんだこの子?」みたいな顔しないで。

 

「ついでに言えば今俺とユージオさんの腕は繋がってて一心同体とも言えますね」

 

 言うなれば仮面ライダーWだ。フォーゼフュージョンステイツ、クローズビルドビーザワンでもいい。

 

「俺、カムラアクアパーク(ロービア)に来てこの街の人といろいろ話しました。どの人もすげー俺らにやさしかった」

 

 最初に困ってたらシスターセルカが話しかけていろいろ説明してくれた。

 軽食を食いに行った売店では気のよさそうなおばちゃんがポーションをくれた。

 スタンプを全部集めたら衛兵さんが「すごいな、さすが放浪者さまだ」ってほめてくれた。

 肝試しの滝に行ったら筋肉もりもりのおっちゃんがハッパをかけてくれた。

 

 そして、道に迷った俺に「幼なじみのところまで案内するよ」と言ってくれたのはあんただ、ユージオさん。

 

「そりゃ俺はよそ者ですけど……今日会ったアンダーワールドの人たちが困ってるなら俺も助けたいっすよ」

 

 たとえそれがAIなんだとしても、さ。

 

「俺はこの街の人間じゃないっすけど、でもそんなこと区別してどうすんすか。

 いーじゃないっすか、俺の戦いはユージオさんの戦いで、ユージオさんの戦いは俺の戦いで」

 

 だって、さ。

 

「俺たちはいまこうして手がつながった一心同体で、友だちじゃないっすか」

 

「―――――」

 

 ユージオさんが懐かしいものを見るように、ぼんやりと俺を見ている。

 深く、美しい翠の瞳。それはどこか俺ではなく、俺の向こうに誰かを重ねて見ているようでもあった。

 だがしばらくするとゆるゆると首を振り、微笑む。

 

「ああ、そうだね。そうだ。僕らに違いなんてない。そう教えてくれた人がいたのにな、忘れてたよ」

 

「何か思い出したんすか?」

 

「ああ。少し、幼なじみのことをね」

 

 幼なじみ……俺と少し似てるって言ってた人か。

 

「ありがとう、ヒロ君。君の言葉は嬉しかった。僕が戦えたら君に今すぐにでも貸したいところだ」

 

「へへ、ならそれはいつか返してもらうとしますかね。いまはあのボスを倒しましょう!」

 

 団長、たまーになんか深いこと言うよな、ラオタなのに

 ラオタなのに

 ライダーは助け合いでしょ!

 NPCと人間が同じはさすがに言いすぎな感もあるわ

 まあオリジンのはリアルだから時々びびるときはある

 おっと、いつの間にか二本目の体力ゲージなくなりかけてないカ?

 うっそだろ

 

 は? さっき半分になったところ……ってマジじゃん。もうラスト一本になりそうじゃん。

 

 ずいぶん強い人が向こう側にいるみたいだな。

 

「ヒロの字―! もうすぐラス1だー! 行動変化に注意しろよー!」

 

「あ、うーっす! クラインさんも気を付けて!」

 

「ハッ! 俺たちを心配するなんて100年はえーよ!」

 

 それもそうか、SAOサバイバーだもんな。俺が心配するまでもなかったか。

 

 とか言ってたら体力バーもラスト一本。ここからが正念場だ。気合い入れなおせ。

 

『許さぬ。人の子でありながら、ここまで我を傷つけるとは―――最早、容赦はできぬ』

 

 すう、とボスが大きく息を吸う。

 

 なんだ、まるで今から深く潜るみたいに……?

 

『ブルォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 嘶き、絶叫、そして前2回までのように体力を消費して作られたバリアが生み出され―――シスターセルカを守るためにプールの一番端、壁を背にしていた()()()()()()()()()()()()()()隔離した。

 

『第三問、閉じると見えなくなって、開けると見えるようになるものってなーんだ?』

 

 そして、さらなる質問を二人へと投げかけ―――同時に、無数の水の槍をユウキたちに打ち出した。

 

「セルカ!」

 

 ユージオさんが叫び、ちょうど俺たちの目の前にあった半透明の壁を叩く。だが壁はびくともしない。当たり前だ。この壁はボスが消費した体力分のダメージを与えるまで壊れないのだ。

 

 そして、水の槍がユウキたちに殺到する。

 

 アカーン!

 ユウキちゃん逃げてー!

 だめだって手の先にNPCいるから避けれない

 

「ユウキ──!」

 

 波と水が弾ける。飛沫が視界を埋め尽くし──そして、その中からほんの少し体力を減らしたユウキと、無傷のシスターさんが現れる。

 

「っぶなー、急に攻撃してこないでよ。いまなぞなぞの時間じゃないの? 大丈夫、シスターさん」

 

「だ、大丈夫です。放浪者さまは……」

 

「だいじょぶだいじょぶ。あ、あとユウキでいいよ。さま~とか肩こっちゃうし」

 

 こ、こいつ、ほんとにさあ。

 

「いやでもユウキよくやった! そのまましばらく攻撃防いでてくれ! なぞなぞは……」

 

「さすがに無理! 攻撃防ぐだけで精一杯!」

 

 だよな。

 なら次は……おいこの馬野郎。

 

「おいこらなにやってんだてめえ! シスターセルカとユウキだけ隔離して何のつもりだ!」

 

『なぞなぞである。我らにあった取り決めであっただろう』

 

「いやでもわざわざロクに動けねえユウキとシスターセルカを狙うのは根性悪すぎだろーが! あと攻撃すんな! 回答に集中できねーだろ! ルール違反だ!」

 

『我は規則(ルール)を守るだけ。破ることはない。

 我は一度も規則の提示の際に回答中に攻撃しない、とは言っていない。ならば今汝らに攻撃することは理屈の通らぬことか?』

 

「ああ、ああ! 通るとも屁理屈がな!」

 

『ならば、不公平はなくそう。汝らすべてが、我らの敵だ』

 

 ボスが嘶き、今度はユウキたちだけではない、俺たちすべてのプレイヤーに水の槍が、飛沫の散弾銃が打ち出された。

 

 くそ、いまは少しランのとこまで下がるしかねえ! ユージオさん!

 

「……くっ、ああっ」

 

 ボスの攻撃をかわして、転がるように後ろへと走る。

 はあ、はあ、やっぱSA:Oのボスのモーション変更はちょっと意地悪だな。

 

 と、ランどうしたそんな悔しそうな顔で。

 

「ごめん、私二人に声かけるの遅れちゃって……そのせいで……」

 

 ……なんだ、そんなことかよ。あのなあラン。

 

「あの海馬の攻撃は迅速かつ、僕たち全員の不意を突いていた。対応できなくても仕方ないよ。そう自分を責めないでいいとも」

 

 ユージオさん……。

 

「は、はい……あの、すみません……」

 

「なんで君が謝るんだい。悪いのはああいう方法をとったあの海馬の方だろう?」

 

 シスターセルカはユージオさんを「にいさん」と呼んでいた。

 さっきシスターセルカが閉じ込められたときの焦りようから考えても、きっと浅からぬ仲だろう。

 本当は心配でたまらねえはずだ。

 俺だってお兄ちゃん歴は一ヶ月ねえが、ユイが危険な目にあってるって思うとめちゃくちゃ辛い。

 

 なのにこうしてランに慰めの言葉までかけてくれる。なんつーか、人間ができてる。

 

 ……助けてえ、ユウキとシスターセルカを。この優しい人に報いたい。

 

 ユージオさん!

 

「わ、な、なんだい急に手なんか握って」

 

「なんとかしてユウキとシスターセルカを助けましょう。きっと俺たちならできます」

 

「あ、ああ。もちろんそうしたいけど……」

 

 ユージオさんが俺に握られた手にたじろぎつつ、咳払い。表情を引き締める。

 

「でもどうする。確かあの壁を攻撃し続ければいつかは割れると君は言っていたけど、悠長にそんなことをできるほど時間はなさそうだよ」

 

 それは……そうなんすけど……。

 

「私が見る限りユウはたぶんあと二分くらいは耐えられるけど、それ以上は厳しいかも。壁を壊すのは、正直何とも言えないかも。たぶんうまくいけば三分あれば壊せるとは思うけど……」

 

「ユウキとシスターセルカはそんなに耐えられない、か」

 

 クソ、詰んでんな。

 

 いや諦めるな。俺はユウキとシスターセルカに何とかするって言ったろ。なら何とかするんだ。

 

「あの壁が厄介だね。いまセルカたちが出られないのは答える余裕がないからだ。もしに誰かが代わりにあの空間の封鎖を解くことができるなら……」

 

「解くって、そうなぞなぞみたいに簡単には、いか、ない……」

 

 なにか、いま、引っかかって―――。

 

 

 ―――確か姉ちゃんは問題文をちゃんと読むことが大事って言ってたよ。もっかい問題文思い出してみよ―よ。

 

 

 読む、もう一度、正しく問題を―――状況を読み解く。

 

 団長?

 これは来たか「肝心な時に頼りになる」モード

 

 ここは湖だ。周囲は木々。近くには救護施設。湖の水は街の方にも引かれてる。

 そして、その湖の水はもっと奥にある―――滝から、流れて来てる。

 

 そうだ。そうだ! そうだ!! 

 滝と言えば、俺たちは一度似たもんを経験してるじゃねえか!

 

「ユージオさん、二人を助けに行きましょう! 俺たちがあの空間の内側に入って答えるんす!」

 

「? でもあいつの規則は破れないはずだよ。僕らがあそこに入るにはあの壁を壊すしかないはずだ」

 

 いや別にそうでもないんすよ。まあそれは俺を信じてもらうとして……ラン!

 

「俺たちちょっと抜けるから、クラインさんたちと話して壁は攻撃しといてくれ。俺たちがダメだった時の次善の策として」

 

「……何か思いついたんだね?」

 

「ああ。うまくいくかはわからないけど、ここからちまちま壁を攻撃するよりは可能性はある」

 

「うん。わかった。じゃあ任せる。いってらっしゃい」

 

 ありがとよ。

 いつも通りの笑顔だ。藍子(ラン)はいつだって俺を信じて送り出してくれる。背中を押してくれる。

 

 この笑顔には応えなくちゃな。じゃあユージオさん行きますよ! とりあえずついてきて!

 

 団長どこ行ってんの?このままじゃボスエリアから出ちゃわない?

 迷いない足取り

 マジでボスエリアから出ちゃったぞ

 逃げるの?

 

「ヒロ君いったいどこに……」

 

「ユージオさん、この辺り少し進んだあたりに肝試しの滝がありますよね」

 

「え、ああ、フットイキモの滝か。確かにあるけれどそれが何なんだい?」

 

「あそこの滝はいまは肝試しに使われてますけど、一年中そうってわけじゃありませんよね。一部の下流はそのまま街への方へ引かれてたりするんじゃないんすか?」

 

「その通りだけど……まさか」

 

 そうだよ、ユージオさん。俺たちはいまからあの滝を滑って、波のプールのエリアの裏側に出る。

 あのエリアの奥の方には滝があった。そこから流れてきた水が溜まっていまの戦闘エリアである湖になっている。現実では波のプールの場所だ。

 

 そして、カムラパークで滝と言えば『ウォータースライダー』だ。

 

 この二つの共通点が偶然だとは思えない。これは何かしらの意味があるんじゃないか?

 

 そう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がある、とか。

 

 だって俺たちはスタンプ集めでわざわざ全エリアを回らされたんだぞ?

 あれに何も意味がなかったとは考えづらいだろ、普通。

 

「あるんじゃないっすかユージオさん、あの滝の先、湖に流れていく支流みたいなもんが」

 

「……ある。肝試しには向かないからきみたち放浪者に紹介されていない細いものが」

 

「ビンゴ!」

 

 おおマジ!?

 あー、オーグマーをつけてたら視界はゲームエリア専用になるもんナ。おもしれー仕掛けダ

 ほんとだ、いま軽くググったけど施設紹介に四つのエリアにつながるウォータースライダーってあるぞ!

 

 ユージオさんとつながれたままスライダーの方まで走る。……と、言ってもプールサイドは走ったら危ないので限りなく走るに近い早歩きだけど。

 

「……どうして」

 

 ん?

 

「どうして滝がつながってるってわかったんだい? 君はこの街のことなんて知らなかったんだろう?」

 

「なぞなぞっすね」

 

 なぞなぞ?とユージオさんが首をかしげる。

 

「ユウキが―――正確にはランが言ったことみたいですが、『なぞなぞは問題文に仕掛けがあることが多い』って言ってました。ならあいつが作り出す空間にも何か穴があるんじゃないかって、正攻法ではない何か思考の転換で解決できる方法があるんじゃないかって思ったんすよ」

 

 スライダーへの道を二人で進む。

 

「『俺のルールで相手をぶっ潰す! それが仮面ライダーバルカンだ!』。俺の好きな作品の、自分の生き方がすべて仕組まれてて、それでも自分の生き方を決めた男のセリフです。

 俺たちは自分で決めていいんすよ、何に従うかも、何をルールにするかも。だって、生きていくってそういうもんでしょう?」

 

「……決められていても、自分で決めていい」

 

 ユージオさんが噛み締めるように、俺の言葉を繰り返す。

 

 もしかしたらこの人も何かに縛られた人だったのだろうか。いままでも、ずっと。

 

「―――! ユージオさんそろそろ滝ですよ!」

 

 滝の肝試し(スライダー)の順番待ちは幸運にも少なく、俺たちはほいほい駆け上がりガチムチのおっちゃんのいる頂上まで登り切る。

 

「お、おお! さっき森の主と一緒に落ちていったニイちゃんじゃねえか! 無事でよかったぞ!」

 

「悪いおっちゃんそういう話してる暇ないんだわ。俺たち急いでるんだ」

 

「たち……って、あ、あんたは整合っ!」

 

「いまは非番ですし戦うすべも持ちません。

 ですから要件だけを伝えます。ここにロービアにつながる湖へとつながる支流の滝がありますね、そこを使わせてもらいたい」

 

「使うって、いやあるにはあるが……」

 

 なんだ言いたくないのか。

 

 でもおっちゃんちらっとこの辺見たな。ならここら辺の草むらに、お、あんじゃんあんじゃん、それっぽい川が。

 一応オーグマーを外して確認して……うし、やっぱりあるな。これがオーグマーつけてた人には最初から見えてたんだろうが、俺たちはずっとつけてたからすっかり騙されたぜ。

 

「しかし……」

 

 高いな。いやでも降りるんだ。この先に行くしか道はない。

 

 怖い。けど絞り出せ、俺の心の中の勇気の炎を。

 

「ヒロ君、大丈夫かい? 膝がずいぶん震えているけれど」

 

「だ、だいじょうびですよ」

 

「全然だいじょうばなさそうだけど……」

 

 何言ってんだ大丈夫なんすよ俺は! ユウキとランのためなら俺はいくらだって大丈夫になれる! いくぞ!

 

「ニイちゃんやめておけそっちの傾斜は残り三つとは比べ物にならな―――」

 

「大丈夫です! はい! 行きます! 行けます! 変身!」

 

「あ、待ってくれいま僕ら手がつながってるから―――」

 

 っしゃああああああああああああああああたっけえええええええええええええええええ!

 

 だ、団長ダイーン!

 団長とNPCの人が転がりながら滝を落ちていく……

 溺れない?

 いやウォータースライダーの安全設計はちゃんと計算されてるからナ……

 じゃあこの死ぬ前のセミみたいな動きしてるのは団長がビビりまくってるだけなんだな

 団長ぉ・・・

 

 あばばばば、溺れ……あ、終わった。

 スライダーを滑り切った先に、俺とユージオさんの体がプールに受け止められる。

 

「ゆ、ユージオさん、生きてますか……」

 

「ああ……たぶん君よりは生きてるかな……顔色すごいことになってるよ」

 

 なら大丈夫です。たぶん。

 

 それでボスとユウキたちは―――やべ、早く助けに行かねえと!

 

 ボスの作り出した結界の奥から手前の方へ、ユウキとシスターセルカのいる方へと走る。そして、いままさにボスと一対一の戦いを押し付けられているユウキたちの前に割り込んだ。

 

 押し付けられたルールを、ユウキたちに襲い掛かっていた波を切り裂いて、そこに立つ。

 

「よお、待たせたなユウキ」

 

 ニッと笑ってやると、一瞬ユウキが目を丸くして、すぐに少し頬を膨らませる。

 

「遅いよ。もうボクへとへと」

 

 でも、とユウキが濡れて頬に張り付いた髪を耳にかけて微笑んだ。

 

「信じてた。ヒロは一番いいとこでボクらを助けに来るってさ」

 

 そりゃ、期待に応えられてよかったよ。

 

「すまないセルカ、危険な目に合わせてしまって」

 

「いえ、そんなユージオ義兄さま! で、でもどうやってここに」

 

 シスターセルカが祈るように手を組んだまま、困惑したように目を揺らがせる。

 その揺らぎに重ねるように、いまもまだ攻撃の手を止めないボスも声を上げた。

 

『そうだ。汝ら、ここにどうやって入って来た。我の結界は完璧のはず。ほころびなどあろうはずもない。一度結界が閉じれば何人も行き来できぬという規則(ルール)が―――』

 

「前からは、だろ? お前前面に広げるだけで裏側があきっぱだったじゃねえか。あ、でも別にルール違反はしてねえぞ。ただ()鹿()()()()()()()()()()()()()

 

 つーかだいたいだな。

 

「こーんな女の子たちを二人だけ閉じ込めて考える暇もないほど攻撃しまくってるやつが偉そうにルールを守れとかいろいろ言うんじゃねえよ! 性格悪いんだよ! お前友達いないだろ!」

 

『は、ハア? いるが?』

 

「いーやいないね、お前は友だちがいない。見てわかる。お前賢さ自慢して『あいつマジないわ……』って言われてるの聞いちゃって夜一人家で後悔するタイプだろ」

 

『面の汝、我を監視しているのか?』

 

 図星なのかよwwwww

 まーた先に口が出る……

 なんでボス煽ってるんだよこの人

 子どものケンカかな?

 

『ええい、そこまで言ったのだ。汝はもちろん我のなぞなぞはわかってるのであろうな』

 

 なぞなぞ、だと。馬鹿野郎そんなの、そんなの…………。

 

「ヒロ?」

 

「やばいユウキ俺全然なぞなぞの答え考えてなかった! どうしよう!」

 

「なんで答え考えずにここにきてそのうえボスまで煽っちゃったの?!」

 

「つい……」

 

「ついで言っちゃうレベルを超えたあおりだった気がするけどぉ!? どうすんのさ!」

 

「どうしようか……」

 

 頼りにならないモードの団長に戻ったな

 うーん、安定

 

『ふ、汝は口先だけだったようだな。さあ、そろそろ答えを―――』

 

「その答えは、僕が言おう」

 

『聞こう―――何?』

 

 ボスに声に一つの凛とした音が割り込んだ。それは、俺の隣にいるユージオさんのもの。

 彼の声は大きくなかったにもかかわらず、まるで真冬に咲く一輪の花のように、その存在を静かに示した。

 

「僕は、見えていなかった。いや、この世界を一面的にしか見れていなかった」

 

 両の足で立って、ボスを、ルールを押し付ける誰かを前に彼は高らかに叫ぶ。

 

「僕の目はずっと見るべきものが見えていなかった。『彼』と別れたあの日から、どうするべきかわかっていなかった。自分に課せられた規則(ルール)、それとどう向き合うべきかを定められない暗闇の中にいた」

 

 それは宣誓だった。覚悟だった。一人の人間の決意に満ちた言葉だった。

 

「ルールは守るもの。それはそうだ! でもそれは自分の生き方を強制されるべきものではなく、自分がどう生きるかを定めるべきもの!」

 

 ユージオさんが片手を掲げる。

 

「閉じると見えなくなって、開けると見えるようになるもの。その答えは、『目蓋』。それは閉じると暗闇に、開ければ光へと導くもの。僕の視界を狭めていたもの。けれど、いまはもう違う!」

 

 俺たちの周囲の壁が砕け、雪の結晶のように散った。

 

「いまこそ再び名乗ろう!

 我が名はユージオ・ハーレンツ・ワン!

 公理教会所属整合騎士団騎士長にして、いまここで我が友に手を貸す、一人の騎士だ!」

 

 ユージオさんの姿が変わっていく。いままでの木こりのような服装から、青と銀、白に彩られた騎士鎧に。

 

 そしてその手には―――。

 

「来い、青薔薇!」

 

 どこからか現れた青と、白の片手剣が握られる。

 

 は????!!!

 整合騎士!? 整合騎士ってあの!?

 間違いない!アンダーワールド最強の武装集団ダ!あいつらがプレイヤーに手を貸してくれることとかあんのかヨ!?

 しかも今この人騎士長とか……え、どういうこと?

 あの片手剣見たことあるぞ!央都セントリアに飾られてた整合騎士長の『神具』だ!レジェンダリーウェポンだよ!やべー!

 NPCがなんか言ってたな、アンダーワールドの最強を決めるとしたら間違いなく整合騎士の中にいるって

 

 なんかめちゃくちゃ団員が困惑しつつテンション上がってる。

 

 え、もしかしてユージオさんって俺が思う百倍くらいすごい人だったりします?

 

「いまはヒロ君の友人の一人さ。かしこまらないでほしいな」

 

 そ、そうは言いましても……俺のアンダーワールドの友だち第一号世界最強なの? マジで?

 

『整合騎士……しかし、汝はいまだ我の規則(ルール)に縛られている。汝の攻撃で我に傷をつけることは……』

 

「できないだろうね。だけど、それならそれでやりようはある。だってルールを馬鹿正直に鵜呑みにすることはない、らしいからね」

 

 とん、とユージオさんが片手剣で水面に触れる。

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

 瞬間、片手剣を中心に水面が氷結し、ボスの足をがっちりと固めた。

 

『これ、は、我の動きが止まって―――!』

 

「ルールは破ってない。ただ。お前の足元を固めただけだ。でも、もうさっきまでのように湖を動き回ることはできない」

 

 ひゅん、とユージオさんが剣を振って腰に佩いた鞘へとしまう。

 

 なんだいまの!?

 SAOの前の時代だから多少は魔法が残ってるって聞いてたけど、これは、やべえな……

 整合騎士ってのはみんなこんなことができるんか?

 やば~

 

「ユージオさん、いまのは」

 

「ちょっとしたおまじないさ。放浪者のきみたちにはできないらしいけど、僕たちにはこういう力が残されていてね。そうだ、攻撃でないものが効くというなら―――」

 

 とん、とユージオさんが俺とユウキの水の手枷を叩くとスライムのようだった水がカチコチに固まる。そしてその氷の手枷は軽く力を入れただけで砕けてしまった。

 

「あ! こうすりゃよかったのか!」

 

「みたいだ。あの海馬の体力がずいぶん消耗したから効いた、というのもありそうだけれどね」

 

 さて、とユージオさんが目を滑らせる。

 

「いまなら攻撃できる。さっきまでのように戦力を散らすことなく、全員で」

 

「―――!」

 

 声が、聞こえる。背後からの無数の足元も一緒に。

 

「ヒロの字よくバリア壊してくれたぁ! オメーら全員でボスに突っ込むぞ! いくぞおおお!」

 

「うおおおおおお!!」

 

 クラインさんの叫びで風林火山の面々が、そのほかのプレイヤーたちも続く。

 

『ブルォォォオオオオオオオ!』

 

 波のプールの手前側、脛ほどの深さで氷に固められたボスへと次々に攻撃が叩き込まれる。

 

「ユウ! よかった大丈夫だったんだね」

 

「姉ちゃん!」

 

 俺たちのもとにランが走ってきて、安心したように息をついた。

 

「それにヒロも、考えはうまくいったんだね」

 

「おう、あたりめーだろ! 俺がお前との約束破ったことあるか?」

 

「うん、ないね。『もう炎上しないように気を付けて配信します』って約束だけは守ってくれたことないけど」

 

「それはマジすいません」

 

「姉ちゃん姉ちゃん、それにヒロなぞなぞの答え考えてなかったから、ユージオさんがいなかったらやばかったんだよ」

 

「あ、コラばらすなよ!」

 

 草

 うーん、いつもの流れ

 さてそろそろあれですね

 あれですねえ

 

「セルカのことは僕がここで守る。君たちは」

 

「はい、俺たちはあいつを倒します。ユージオさんの代わりに」

 

 視線が交わるだけで、それ以上お互い何も言わなかった。

 それだけで十分だったからだ。俺も、ユージオさんも。

 

「──よし」

 

 右隣にユウキが並び、左拳を上げた。

 左隣にランが並び、右拳を上げた。

 

 俺は両拳を上げてそれにぶつけ合わせた。

 

「行くぞ、ここからが俺たちのクライマックスだ」

 

「おっけー!」

 

「うん!」

 

 そして、ユウキと並んでボスのもとまで走り出―――せねえ! 水おもっ! めっちゃまとわりついてのろのろしか進めねえ!

 

『ブルォォォォォォオオオオ!』

 

 嘶き、そして攻撃。

 

 足は止まっても尚ボスの攻撃はやむことはなく、凍ってない場所の水を槍にして、口からブレスを吐いて俺たちを狙う。

 

「ユウキスイッチ!」

 

「はぁぁああ! ホリゾンタル・アーク!」

 

 

 だけど、さっきまでの波に乗ってのあばれ周りに比べりゃかわいいもんだ。

 

 それにやっぱクラインさんたちがつええわこれ。スイッチの瞬間の無駄がない。指示なんかも最低限、ほとんど一言でコミュニケーションが完了してる。

 師匠はもっぱら一人で戦ってたからこういう連携のテクはあんま見えなかったんだよな。

 

『ブル、オオオオオオオオオ!』

 

「―――っ!」

 

 この状況でなぞなぞ出すか!

 プレイヤーほとんどエリアに巻き込まれたな

 こんだけの数のプレイヤーいたら回答される確率も上がるよね

 それだけ苦肉の策なんだろうサ。ここが分水嶺だネ

 

『最終問題、勇者になれない者ならば誰しもがみなかかりうる病気と言えば何か!』

 

 ボスの問題に少し周囲がざわついた。

 

「ゆ、勇者になれない人? それがかかる病気……ヒロ?」

 

 勇者になれない人がかかる病気。勇気がない人、その病気。

 は、簡単じゃねえか。そういう気持ちは痛いほどわかるしな。

 

「『臆病』。なんだよ、苦し紛れの問題で精度が下がってるんじゃねえか?」

 

『ぐ、ぐ、正解、で、ある……!』

 

 空間が砕け、欠片がバフとなって降り注ぐ。

 

 息をするように煽っていくゥ!

 これが20回を超える炎上をした男の実力……

 

『ブオオォォォォ―――!』

 

 ボスが口の中に俺たちを攻撃するための水球を溜める―――が。

 

「させない」

 

 後方からのランの射撃がそれを砕いた。正確に水球の核になる場所を打ち抜く、曲芸のような援護。

 

 だが、まだボスはあきらめない。今度は首を鞭のようにしならせて俺とユウキにたたきつけてくる。

 

「させっかよ! ユウキ!」

 

 けど、いくらなんでもその攻撃は見え見えだ! 十分俺でも受け止められる!

 

 HPのこり少し!

 ユウキちゃんLA行けるよ!

 削り切るには四連撃……いや五いるか?

 

『オ、オオオオ―――!』

 

 至近距離でボスと目が合った。

 

 ああ、せっかくだこれだけは言っとく。

 

「さっきのなぞなぞの話だけどな、俺は臆病になったりしねえよ」

 

 なにせ俺の『勇気』はずっとそばにいるからな。

 

「片手剣四連撃技―――バーチカル・スクエア!」

 

 深緑の閃光がボスの体に鋭い斬撃を刻み込む。

 

 やったか!?

 はいフラグ

 ドット残ってるな

 アニブレやっぱそろそろきちぃか?!

 あと一撃だれか~

 

『ブルォォォォオオオオオオオオオオオオオオオン!』

 

 やべ、氷が砕けてめちゃくちゃ強い波が、おわわっ!

 

「やべ、うおっ!」

 

「ヒロぉ! 波に流されちゃう!」

 

「あこら抱き着くな、あ、立ってられねえ!」

 

 しまった最後の最後に波で流された! まだボスの体力を削り切ってないのに―――。

 

「大丈夫。あとはやる」

 

 え?

 

 断ってられないほどの波に、ほとんどのプレイヤーが流され、クラインさんたちでも転びかけている中一人だけびくともせず立っている人がいた。

 

 その人は剣を構え、踏み込んだ。瞬間、踏み込んだ周囲の水が一瞬吹き飛ぶ。

 

 は?

 水が吹き飛んだ?!

 おまけにそのまま走ったぞ?!

 うっそだろ、地上の何倍の負荷だと思ってるんだ

 

 剣士は、踏み込みでボスとの距離を縮めると、剣を上段に構え、振り下ろした。

 

 

「―――ホリゾンタル」

 

 

 鋭い剣閃がボスを両断し、ついにそのHPバーを完全にゼロにする。

 

『ブルォォォォォォオオオオ!』

 

 絶叫。

 ボスの体が弾け、周囲にポリゴンのかけらが散って……ん?

 

 いまなんかポリゴンのかけらの中から小指みたいなサイズのタツノオトシゴみたいなやつが出てきた。えいや。

 

「なんだお前」

 

「あ、やめて! 大声を出さないで! ワイの存在を周囲に悟られないで! バレたら潰されちまいやす!

 あ、やめてくださいあんさん。ワイはこんなちっちゃいんでっせ」

 

「ヒロなに見てるの? なにこれ?」

 

「うーん、たぶんあのボスの……中身?」

 

 うん、そんな顔になるよな。なんだこいつ。

 

「えーと、きみが操ってたの? あのスフィンクスみたいなお馬さん」

 

「は、はい……」

 

「じゃあ完全無欠に悪いヤツじゃねえか」

 

「旦那ぁ! 許してください! あの馬の体はワイが何十年とかけて作った神聖力の塊なんですぅ! ちょっと強くなったからって調子に乗ってました! すみません! 見逃してください!」

 

「えー……おまえスフィンクスがどうとか言ってなかった?」

 

「完全なフカシです! そういった方が怖がられるかなって! へへ、旦那たちも現に結構ビビってましたしね」

 

「……」

 

「あ、あ! 無言で手の中で転がさないで! ごめんなさい〜〜! 見逃してくださいぃ~!」

 

「でもお前見逃したらまた悪さするだろ」

 

「しません! ステイシア神……とかいう人間どもの信じる神はともかくワイの祖先に誓います! もう悪いことしないで細々と海で泳いでます!」

 

「ヒロ、いいんじゃない? ここまで言ってるんだし」

 

 ……ま、そうだな。悪いことはしないって言ってるんだし、信じてやるか。

 それにこんなサイズのやつ、できることもないだろ。

 

「ほらよ。もう悪さすんなよ」

 

「あ、ありがとうございます! この恩は忘れません!」

 

「はいはい、どっちかっていうと恩よりは俺たちとした約束の方を忘れるなよ」

 

 ぽいっと湖の中にボス(だったもの)を投げると、そいつはそのまま奥の方に潜って、消えていった。

 

 

《 Congratulations! 》

 

 

 ファンファーレと一緒に紙吹雪が舞った。どうやらこれで完璧にボスを倒せたみたいだな。

 

 ランがこっち来た。おーす、おつかれー。今日もナイス援護ー。

 

「ヒロ、さっきの最後の人!」

 

「最後の? ああ、あのすごい一撃の。それがどうしたんだ?」

 

「どうしたじゃないよ! 私たちが何のためにここに来たか忘れたの!?」

 

 なんのため―――あ、黒の剣士!

 

 最後の最後、俺たちがトドメをさせなかったとき走ってきた人!

 

 まだ近くにいるはずだ、近くに―――いた!

 

 あ、あれ『黒の剣士』じゃねえか?

 マジ?

 おお、ほんとだナ。あの綺麗な黒髪、間違いなく噂になってた『黒の剣士』だナ

 

 ファンファーレが響き、水飛沫が舞う中、鮮やかな剣閃でボスにとどめを刺したのは濡れた『黒髪』をかき上げる、()()

 

「あなたが……黒の剣士?」

 

 自然と言葉が出ていた。そして、その質問に対する答えは意外な方向から聞えた。

 

「あ、黒の剣士? キリトのことか?」

 

 へ? クラインさん? キリトってなんす―――おわっ!?

 

「いまキミ黒の剣士って言った?! 黒の剣士を知ってるの!?」

 

 な、なんだなんださっきの黒髪の子が一気に近づいて―――いや胸でけえ! さっき遠かったからわかんなかったけどこの人無茶苦茶スタイルいいぞ!? 大学生か!?

 

 って、そうじゃなくて!

 

「いや、あなたが黒の剣士なんじゃ、団員はみんなそう言ってるんすけど……」

 

「は? こいつがキリト? おいおいヒロの字、キリトは()()()?」

 

「私が黒の剣士? なんで? 私の方が探してるのに。というか、そっちのおじさんは『キリト』と知り合いなんですか?」

 

「おじっ、お、俺はまだ28だぞぉ!?」

 

 ちょ、俺越しに、俺越しに、話さないで! 俺がつぶされるから!

 

「あたしは『リーファ』。あなたが言う『黒の剣士』の妹よ。いま私はお兄ちゃんを探してて―――」

 

「ちょ、ちょーっと待って! ボクらあなたの話はちょー気になるんだけど、それよりもいったんヒロから離れて! 息できてないから!」

 

「あ」

 

 で、デカパイに溺れる……。ぐう。

 

 

 




 
『ヒロ』
水には溺れなかったがデカパイに溺れた。

『ユウキ』
シスターセルカに傷一つ負わせなかった。

『ラン』
結局私なぞなぞ答えられてなくない?

『ユイ』
やっぱりお兄ちゃんは誰かの心に寄り添える人です。

『ユージオ』
ルールの穴をつくことを覚えた。19歳。

『シスターセルカ』
怪我しなかったのでめちゃくちゃユウキに感謝してる。16歳。

『クライン』
おじさんではない。

『リーファ』
本名「桐ヶ谷(きりがや)直葉(すぐは)」。
スタイルが非常にいい高校三年生。詩乃っちパイセン(シノン)と同い年。
「キリト」を探しているらしい。



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幕間 木綿季とヒロ

 
お久しぶりです。

本日2022年11月6日13:00は原作『ソードアート・オンライン』において、SAOがサービス開始された、言わば『始まりの日』です。
きっと多分今ワクワクでキリトさんが「帰ってきた……!」とか言ってる。

なので、ボクっ娘は久々の更新となりますが、木綿季とヒロの始まりの出会いの物語をお届けします。
以前更新した「藍子とヒロ」の裏面のような話です。
二つを照らし合わせて、どちらがどういう順番で起きたのかを考えてみるのも面白いかもしれません。




 

 

 

 ボク/私にとって『諦め』は日常だった。

 

「お前らビョーキ? なんだろ、近くに寄んなよ!」

 

「ひっ、触らないで……」

 

「紺野菌タッチー! 早く消毒しろよー」

 

「……紺野さん、その、周りがみんな怖がっていますから、ね」

 

 ボク/私が悪いんじゃないと、お医者さんは言ってくれた。

 科学は進歩している。しっかり治療を続けていけば元の生活にだって戻れる、と。

 

 でも、治療は辛くて、日に日にやつれていくママを見るのが悲しくて涙を流してしまうこともあった。

 

 でもそんなときママはボク/私にきまってこう言った。

 

「神様は耐えることのできない試練をお与えにならないの。だから、いつかまた一緒に笑える日が来るわ」

 

 本当にそうだったらいいな、と私は思った。

 

 ママの言葉で話して欲しい、とボクは思った。

 

 また笑える日なんて来るのかな、とボク/私は思った。

 

 そんな都合のいいこと、あるとは思えなかったから。

 

 でも、そんなボク/私の元に「ヒーロー」はやって来た。

 

 彼は全然凄くなかったし、賢くもなかったし、口は悪かったし、それでいてとてもカッコ悪かったけど。

 

 それでも、やって来た。

 

 ボク/私を、もう一度笑顔にするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「辛いときに助けてくれる都合のいいヒーローなんていねえよ。

 この世界は、そういう世界なんだよ。夢見てるんじゃねえよ」

 

 彼は、全てを諦めたようにそう言った。

 それがボクが初めて聞いた彼の―――ボクの幼なじみになる緋彩(ひいろ)英雄(ヒロ)の本音だった。

 

 

 

 

 ママがボクたちの傍からいなくなってしばらくして、ボクと双子の藍子(姉ちゃん)は転校して新しい学校に通うことになった。

 

「今日からこの3年1組に一人仲間が加わることになりました。紺野さん、みんなにあいさつして」

 

「は、はじめまして! 今日転校してきました紺野木綿季です! え、えと、よろしくお願いしますっ!」

 

 ボクがあいさつするとクラスの子たちはわいわいとたくさんの質問を投げかけてくる。

 

「はいはい、紺野さん得意な教科なに?」

 

「え、たぶん国語、かな。あ、でも体育も好きだよ」

 

「隣のクラスにも紺野って子が来てるけどそのことはどういう関係なのー?」

 

「あ、それはボクの双子の姉ちゃんで」

 

「そんなことより紺野さんって赤組だよな? いま一人人数少ないし。サッカー得意? いまウチ白に負けっぱなしでさぁ」

 

「じゃあさじゃあさ―――」

 

「わ、わわ……え、えーっと」

 

 どれに答えていいかわからずにとりあえず耳についてことから答えていると、先生がぱんぱんと手を鳴らした。

 

「はいはい、質問はそこまで。話したいことがあるなら授業が終わってから休み時間に一人ずつ話しなさいね。

 紺野さん、紺野さんの席は窓際の4列目のところね」

 

「あ、はい!」

 

 窓際の4列目……ここだ。

 えと、まずは教科書を整理して次の時間の……あれ、次の時間ってなんだっけ。ええと、時間割は……。

 

「次の時間は国語。教科書とノート、あ、いつもはじまりには漢字練習があるから漢字ドリルも用意しておくのがいいと思う」

 

「え?」

 

「時間割わからないんだろ? あ、もしかして教科書ねえのか? それなら俺が一緒に見せてやってもいいけど……」

 

「だ、だいじょうぶ! それはあるので。でも教えてくれてありがとう。ええと……」

 

 ええと、名前は……。隣だし、机とかに書いてないかな。

 だけど、ボクが名前を見つけるよりも早くとなりの席の男の子はいたずらっぽい笑顔を浮かべて、こちらに手を差し出した。

 

緋彩(ひいろ)英雄(ヒロ)。英雄って書いてヒロだ。ヘンな名前だろ」

 

「変だとは思わないけど……でも珍しい名前だね。ボクも割と珍しい名前だから、少し親近感わくよ」

 

「あはは、確かに君も珍しい名前だな。ま、とりあえずよろしくな、紺野」

 

「あ、うんよろしくね、ヒロくん」

 

 名前を呼ぶとヒロくんがすごい苦々しい顔をした。

 まるで昨日カフェオレと間違ってパパ用の苦いコーヒーを飲んでしまった姉ちゃんみたいだった。

 

 な、なれなれしかったかな。

 

「あー、いやうん、ゴメン。君は悪くないよ。ただ緋彩って呼んでくれると嬉しいかな」

 

「じゃあ緋彩くん?」

 

「ん。それで。悪いね、あんま英雄(ヒロ)って名前好きじゃなくてさ。なんか、物々しいじゃん?」

 

「たしかに。あんまりするっとは読まれなさそうな名前だよね」

 

「そうなんだよなぁ。そう言う君も苦労してそうだな、紺野モメンキなんて……」

 

「ユウキだけど!? ボクの自己紹介聞いてた!?」

 

 ボクが声を上げると、彼は楽しそうにからからと笑った。

 なんとなく、その笑顔がとても印象に残って、少し心が揺れた。

 

 

 昼休みになってわかったことだったけど、緋色くんはクラスではけっこうな人気者だったみたい。

 

「うおーい、緋彩ーサッカー行くぞサッカー。あとついでにメンバー集めもしてくれ~」

 

「やりてえなら」

 

「あ、緋彩くーん、美化委員会の子が緋彩くんに頼みごとがあるって。なんかウサギ小屋の扉のところが壊れたとかで……」

 

「げ、またかよ。安藤先生がこの前治してたのに……。わーった、放課後にでも手伝うよ」

 

「緋彩どうしよう次の時間体育なのに体操服がない! どうしたらいい!?」

 

「知らーん! 自分でなんとかしろ! 職員室に行って頭下げたら予備のを一個かしてもらえるはずだから!」

 

 昼休みになれば彼に声を掛けに来る人はいつも彼の周囲に集まっていて、それに対して緋彩くんは文句を言いつつも、なんだかんだと手を貸してあげている。

 

「緋彩くん、人気者なんだね」

 

 ボクがつぶやくと、近くにいたサラちゃん(さっき友だちになった)がいやいや、と首を振った。

 

「あいつお人よしだから何でも断らないだけ。そのせいで図書委員会も美化委員会も飼育委員会もあいつに仕事押し付けるし、ほんと馬鹿なのよ馬鹿」

 

「ただやさしいだけな気もするけど……」

 

 ボクが時間割のことで困ってた時もすぐに気づいて教えてくれたし、面倒見がいいのかもしれない。

 

「うん?」

 

 そんなことを考えながら緋彩くんを見ていたら、ふと彼と目が合った。

 

 緋彩くんは周囲の人たちに「ちょっとワリ」と断ると、ずんずんとボクのもとまでやってきてよう、とボクの前の席に座ると、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「紺野、サッカー得意? ちょっと人数足りてないんだけど、付き合ってくれる気ない?」

 

「え、苦手ではない……と思う、けど」

 

「攻撃と守備どっちが好き?」

 

「攻撃?」

 

「じゃあ赤と白なら?」

 

「えーと、白?」

 

 ボクが答えると緋彩くんはにひっと笑うとボクの腕を掴んだ。

 

「うっしサッカーメンバーひとり確保。田山ー、白に一人加えるぞー」

 

「ちょっと、いまユウキちゃんとは私が話してたんだけど!」

 

「お、佐藤。ならお前も一緒に入るか。ディフェンダーでいいか?」

 

「まだやるなんで言ってないのだけれど!」

 

「やらないのか?」

 

「やるけど!」

 

「じゃあグラウンド集合な。あ、俺赤チームだから紺野負けても泣くなよ?」

 

 む、もう勝った気でいられるのはちょっと腹が立つかも。

 

「へえ、なら勝負するか? 負けた方は来週の冷凍みかんを勝者に渡すってことで」

 

「えっ、そ、それは……」

 

「なんだやっぱり負けるのは怖いか?」

 

「そんなことないもん!」

 

「なら俺と勝負だ! どっちがゴール数が多いかのな! 最終的に相手より多くシュートを決めた方が勝ちで!」

 

「の、望むところだよ!」

 

 売り言葉に買い言葉、言ってしまってからハッとする。

 だが、緋彩くんは既ににやっと笑って「その言葉忘れるなよ!」って言い残して走って行ってしまった。

 ちらっと隣にいるサラちゃんに目を向けると、深々としたため息が吐き出されているのが見えた。

 

「えーと、止めないの?」

 

「もう約束したものを何を止めろっていうのよ」

 

「う゛……そ、そうだよね……」

 

 うう、冷凍みかん……給食食べるのも久しぶりなのにすでに来週のデザートまで取られるかもしれないなんて憂鬱だよ……。

 

「まあ、でもユウキちゃんが心配するようなことにはならないと思うけどね」

 

 へ? 

 

「ま、うん、そのうちわかると思うわよ」

 

 首を傾げたけれど、サラちゃんはそれ以上何も教えてくれなかった。

 そして不安を感じつつも挑んだサッカー勝負。

 

 その結果は! 

 

「……というわけで、4―0で白チームの勝ち!」

 

 なんか普通にボクのチームが勝った。

 しかも緋彩くんは0ゴールでボクが2ゴール。あれえ? 

 

 試合が終わると緋彩くんの周りでクラスメートの子たちがワイワイと言い合いを始めてしまう。

 

「お前なんでディフェンダーなのに前出て来てんだよ緋彩!」

 

「いやだって今回に関しては色々あってだな……」

 

「そのせいで点入れられちゃったじゃんかよ!」

 

「後半はちゃんと守ったろ!」

 

「前半に4点入れられてんだよ!」

 

「俺だって攻めたいときはあるんだよ!」

 

「やめとけ、お前攻撃に回ると打ち上げられて三日の魚みたいな動きになるんだから」

 

「それはもう死んでんだよ」

 

「そう……攻撃中のお前は死んでるんだ」

 

「生きてるが?」

 

 ぎゃあぎゃあと言い合う緋彩くんたち。

 と、止めた方がいいのかな……。

 

「ま、心配しなくても大丈夫よ。あれ割といつもの光景だから」

 

 あ、サラちゃん。

 

「緋彩はいっつもディフェンダーなのよ。あと攻撃は普通に下手くそ。たぶん緋彩以外みんな分かってるわね」

 

「そうなんだ……あ、だからサラちゃん大丈夫って?」

 

「うん。私の知る限り緋彩がゴール決めたの見たことないわ」

 

「なんでそれでボクに勝負を挑んだんだろう……?」

 

「言ったでしょ、馬鹿なのよ。馬鹿」

 

 散々な言われようだなあ。

 

 ボクたちがそんな話をしていると、緋彩くんが鼻の頭を擦りながらこちらに歩いてい来る。

 

「モメン」

 

「ユウキね。で、えーと、この勝負、ボクの勝ち……」

 

「やるな紺野、俺から一本取るとは」

 

「え?」

 

 一本? 

 

「もちろんあらかじめ言っていた通りこれは三本勝負だからあと二回勝負があるわけだが……」

 

「え?」

 

「次の勝負……逃げるなよ?」

 

「なんで負けた緋彩くんが強者感出してるの?」

 

 君いまボクに負けたんだよね? 

 

 それからというもの、緋彩くんはことあるごとにボクに勝負を挑んできた。

 

「紺野! 体育の50メートル走で勝負だ!」

 

 勝った。なんか緋彩くんはスタート同時に靴紐を踏んで転んでいた。

 

「紺野! 次の漢字テストで勝負するぞ! 俺は90点以上取ったことがない……この意味が分かるな?」

 

 勝った。ボクは92点で緋彩くんは回答欄がすべて一つずつズレていて0点だった。

 

「紺野! どちらが給食を早く食えるか勝負するぞ!」

 

 勝った。緋彩くんはご飯を食べた瞬間にかなり豪快に歯が抜けて10分間苦しんでいた。

 

 そんな勝負が毎日続き、そしてそのたびに緋彩くんは変な不運に見舞われて、ボクはそれほど苦労せず価値を重ねていく。

 

「この俺が負け続け……?」

 

「えーと、緋彩くんもう12戦目なんだけど……」

 

「こ、これ20戦勝負だから……」

 

「それでも緋彩くんの負け越しだよ」

 

 昼休み、うなだれる緋彩くんをよそにクラスメイトがわいわいと僕を囲んで来る。

 

「ユウキちゃんすごいね、緋彩にもう12連勝だよ」

 

「緋彩は割と小器用だからこういう引き出し勝負になると一個くらいは勝ちを拾うイメージあったのにそれもないもんね」

 

「足も速くて勉強もできて、加えて優しいんだもんな。ヒロと違ってうるさくないし」

 

「完全に緋彩の上位互換だよな、紺野さん」

 

「そ、そんなことないって。運が良かっただけだよ」

 

 どれも緋彩くんがドジしたおかげみたいなものだし。

 もし緋彩くんがちゃんとボクと戦えたらもっといい勝負になったんじゃないだろうか。

 

 でもクラスのみんなにそれはささいな問題らしく、やいやいとボクの勝利をほめてくれる。

 まだ転校して一週間だけど、こんなに人と話せるなんて少し意外だったかも。

 

「随分楽しそうだなぁ、モメンよぉぉおお……」

 

「うわっ、急に背後から現れないでよ! あとボクの名前は木綿季ね」

 

 だがそんなボクを恨めしそうに見る緋彩くんはズモモモとねっとりとした影を纏って、ボクの肩に手を置いた。

 

「緋彩ー、いい加減に負け認めろよー。お前じゃ紺野さんには勝てないって」

 

「結末を勝手に決めるな! 結末は俺が決める!」

 

 緋彩くんはからかうようなクラスメートの言葉に吠えるように言い返す。

 そして、次にまるでクライマックスの名探偵がそうするように、ずびしっとボクを指さした。

 

「紺野木綿季、お前に勝負を挑む! 俺の得意種目で、最後の勝負だ!」

 

 

 

「ゲーム?」

 

 緋彩くんから最後の宣戦布告をされたその日の放課後、ボクと緋彩くんは並んで通学路を帰っていた。

 

「そうだ。モメンもやったことくらいあるだろ?」

 

「いや、あんまり……というか、名前は木綿季ね」

 

「ふうん。モメンの家けっこうキビシイんだな」

 

「きびしいっていうよりも、なんかやるきっかけがつかめなかったというか。まあ、そんな感じかも。……というか、木綿季だって」

 

 正直、前から興味はあった。

 前いた学校ではみんながswitchでポケモンをしたりとか、スプラトゥーンとかをしてる話がよく聞こえてきていた。

 ちょっぴりやってみたいなあ、買ってみたいなあとは思っていた。

 でも当時はママも病気で大変だったし、ボクたちもボクたちで闘病が辛かったのもあって、あまりそういうわがままを言う余裕はなかったんだ。

 

 緋彩くんはボクの返答に「ふうん、そっか」とだけ声を漏らして、ぽりぽりと頭をかいた。

 

 ちょっと気を使わせちゃったかも。

 

 となりを歩く緋彩くんのランドセルでがっちゃがっちゃと揺れるキーホルダーを見ながら、何か話を逸らせないかと考えてあたりを見渡す。

 

「えっとー、あ、そういえば緋彩くん今どこに向かってるの?」

 

「ん? ああ、俺んちだよ。ゲームやるなら取りに行かなきゃだろ」

 

「あ、そっか……て、ことは緋彩くんの家もこっちの方角なんだ」

 

「その口ぶりだと紺野の家もこっちの方なんだな」

 

「あはは、偶然だね。ぜんぜんしらなかったよ」

 

 あ、ちょうどボクの家が見えてきた。

 ママが元気なときに家族みんなで住んでて、今はボクと姉ちゃんとパパの三人で住んでいる白い家。

 お隣にはおじいちゃんおばあちゃんが住んでいる和風な少しおおきめなおうちがあったりするんだよね。

 

「「 ボク()の家はあそこの角のところなんだけど 」」

 

「「 うん? 」」

 

 ほとんど同時に、ボクらの声が重なった。

 

「え? いやあそこの角って……俺の家があるところなんだけど……えっ、まさか」

 

「まさか……お隣のあの和風のでっかいおうち緋彩くんの家なの!?」

 

「てことはあの隣の庭のある白い家は紺野んちか!?」

 

 まさか、お隣さんだったなんて。

 

「「 確かに表札に紺野(緋彩)って書いてたけど…… 」」

 

「「 あれ? 」」

 

 声が重なる。

 ぱちくり、と二人で顔を見合わせて目を丸くする。

 

「ぷっ」

 

「く、くく、マジかよ」

 

 そしてどちらもこらえきれなくなって笑い声を漏らした。

 

「はは、お隣に住んでて気づいてないとかどんな偶然だよ。しかも同じ学校で同じクラスなんだぜ?」

 

「ふ、ふふ、あははっ、ほんとだよ! というかこんな苗字なら気づいて普通なのにさー」

 

「いや一週間とはいえ登校中一度もかち合わなかったのマジで奇跡だな。くく、おもしれ」

 

 緋彩くんはいつものようにいたずらっぽく笑う。

 

「ま、こんだけ近いなら俺んちじゃなくて紺野んちでゲームしてもいいかもな。

 ついでにいくつか手堅く遊べそうなの貸してやるよ」

 

「えっ、い、いいの?!」

 

「いいけど……えらく食いつきいいんだな?」

 

「あ、ご、ごめん……」

 

 思わず声が大きくなっちゃったせいか、緋彩くんが少し驚いたように瞬きをした。

 

 う、ちょっと大げさだったかな。

 でも憧れてたんだもん、友だちとゲームを貸し借りするような、なんかそういう「ふつう」のやつ……。

 

「……ま、いいさ。紺野は何かやってみたいゲームとかあるか? 俺は割と揃えてる方だから、希望には応えられる可能性が高いぜ」

 

「そう言われても、ボクそういうの詳しくないし……ええと、うんと……」

 

「あー、思いつかないならいいって。いろいろ貸してやるから、やりつつどのゲームが好きか見つけていけよ」

 

「いいの? 一応ボクらこれからゲーム勝負なんだよね?」

 

「いいっていって。初心者ボコったって面白くないしなー。一番俺が勝てそうなゲームチョイスするために紺野の実力見極めるだけだから」

 

「急に性格悪っ」

 

「俺は何が何でも紺野に勝ちてえんだ……! 俺のようなクズでカスの連敗野郎は勝つことでしかその存在意義を示せないから……」

 

「ボクへの敗北で自信を失いすぎている……」

 

 12連敗は中々緋彩くんの心にダメージを与えてるみたい。

 

 その後、緋彩くんはボクを連れて一旦緋彩くんの家の方に行くと、ボクを玄関に待たせて自分の部屋にゲームを取りに行く。

 

「じゃあこれswitchとジョイコン。ちょっと古いけどこっちは3DS。ソフトはポケモンとスプラとドラクエとどうぶつの森とマリカーとスマブラとモンハン、カービィ他にもいろいろ……というわけで、半分は持ってくれ」

 

「想像の倍くらいの量のゲームが運ばれてきた!?」

 

 ほれ、と緋彩くんは大量のソフトのパッケージをボクの手に押し付けて持たせた。

 テレビのCMで見るだけだった色とりどりのパッケージ。名前だけ聞いていたタイトルのプリントされたそれは、まるで宝箱に入っている宝石みたいで、胸の奥の方がどくどくっと跳ねるような気がした。

 

「すごいね、緋彩くん。ボク、初めて自分でゲーム持ったよ」

 

「なーにパッケージ持っただけで目をキラキラさせてんだっての。そんなんじゃマジでゲームやったときに気を失いそうだな」

 

「そ、そんなことないもんっ」

 

「どうだかなぁ」

 

 からからと緋彩くんがいたずらっぽく笑った。

 

「あら、ヒロちゃんお友だち?」

 

 そんな時、玄関の向こうから声がかかる。

 見れば、いつの間にか廊下には優しそうな顔のおばあさんがいて、珍しそうに緋彩くんとボクを見ていた。

 

「ああ、まあそんなとこ。ほら、隣に白い家あるだろ? あそこに住んでる紺野って子」

 

「あらそうかい。ヒロちゃんと仲良くしてくれてありがとうねえ」

 

「い、いえ! ボクこそ緋彩くんにはお世話に……お世話に……?」

 

「なんで不安になってんだよ」

 

「だって緋彩くんには勝負に勝った後やたらと絡まれてばっかりな気がして……」

 

「いま俺を笑ったな……?」

 

「え、笑ってないけど」

 

 おばあさんがボクらのやり取りを聞いて楽し気に口元を抑えた。

 

「ふふ、仲がいいんだねえ。

 さて、そんなお嬢さんに何かあげられるものあったかね……。そうだ、確か棚にカステラが残っていたはずだったから少し待っててもらってもいいかい」

 

「あー、いいっておばあちゃん。お菓子なら自分のお小遣いで買うし、な、紺野?」

 

「え、あ、はい! ダイジョウブです!」

 

「そうかい?」

 

 おばあさんは少しだけ残念そうだったけど、すぐに目を細めて優しく微笑む。

 

「そういえば、お母さんは遅くなるって連絡があったから、今晩はばあちゃんがご飯作るけど、食べたいものあるかい?」

 

「んー、じゃあなんかあれ。野菜をニンニクで炒めたやつ。あれで」

 

「うん、じゃあそれにしようかね。あんま遅くならないように帰ってくるんだよ。道を渡るときは車に気を付けて」

 

「隣なんだから横断歩道とかないから大丈夫だって。じゃ、いってきます」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

 おばあさんが手を振ってくれたのでボクもあいさつをして頭を下げた。

 

「優しそうなおばあちゃんだね。それに緋彩くんとも仲良さそうだし」

 

「別に普通だよ。俺がゲームしてたら目が悪くなるとか言うし、ピーマンは食えって言うしさ。紺野んとこは?」

 

 ボクのところ。たぶん、ボクの家のおばあちゃんはどうなのかってことだろう。

 

「ボクのうちは……まあ、あんまりね」

 

「そか。ま、色々あるわな。俺も母さん側のおじいちゃんおばあちゃんしか知らんしな」

 

 いたとは聞いたことがあるけど、あんまり関わりはない。

 パパの実家とは、ママが病気になったときにいろいろあったらしい。

 だけどあんまりパパはそういうの話したがらないから、ボクも姉ちゃんもあんまり「おばあちゃんとおじいちゃん」と言われても身近ではなかったりする。

 

 だから、緋彩くんにあんな風な家族がいるのは少しだけ羨ましい。

 ボクがそう言うと、緋彩くんは「いやいや、そんないいもんじゃねえって」肩をすくめた。

 

「おばあちゃんはさっき言った通りだし、お母さんは俺が宿題しようとしたときにやりなさいって言ってくるし、おじいちゃんなんか俺をクラゲだらけの春の海に連れて行って投げこんだりするんだぜ?」

 

「えっ、それ大丈夫だったの?」

 

「いやめっちゃクラゲに刺されてクソ焦ったじいちゃんに連れられて病院行った」

 

「生き方がファンキーだよ!」

 

「まあそうだけど……まあ、いいおじいちゃんだよ。若いころはよく旅してたらしくてそのころの武勇伝とか色々聞かせてくれるしさ」

 

「へえ~。あ、じゃあ―――『お父さん』は?」

 

 笑った流れでそう聞いて、次の瞬間後悔した。

 だって、『お父さん』と言った瞬間、緋彩くんの顔があからさまに厳しいものになった。

 

 まるでそれは思い出したくないものを思い出すような―――苦々しいものだった。

 

 だけど緋彩くんがそれを表に出していたのは本当に一瞬のことで、すぐにいつもみたいにからからと笑う。

 

「ふ、それを語るには三日三晩の時間をもらうことになるぜ? その覚悟、紺野にあるかな?」

 

 口調はいつも通りだけど、その言葉には熱がなかった。

 まるで目の前に薄いガラスを張られたように、緋彩くんの言葉は冷たい。

 

 それ以上踏み込まれるのを拒絶するように、緋彩くんはいつも通りの笑顔でボクの質問を遠ざけた。

 

 もしかしたら、それは気のせいだったかもしれない。

 でもなぜかボクには、その時の緋彩くんの顔がすごく記憶に残っていた。

 

 

 いつしか、ボクの家に緋彩くんが来てゲームをすることは「当たり前」になっていった。

 

「ねえねえ、緋彩くん、なんでゲームこんなに付き合ってくれるの?」

 

「あん?」 

 

「だって緋彩くんとボクいろいろゲームしてるけど、最近は遊んでるだけっていうか、勝負なら君の勝ちでついてるような……」

 

「なーにいってんだ、オマエ初心者。俺熟練者。そもそも勝負の土台に立ってねえよ、いままでのは全部練習だ」

 

「おお、結構フェアなんだね」

 

「当たり前だ。俺は仮面ライダーに……こほん、まあ正々堂々とした正義の男になりたいからな。弱い者いじめはしない」

 

「でも緋彩くんボクにまあまあの割合で負けてない?」

 

「うるせぇ! まだ俺全然本気じゃないだけだから。いまは紺野にゲーム教えてるターンだから! そのうち紺野が俺の持ってるゲーム全部クリアしたらそのうち戦いを挑むから! 覚えてろよ!」

 

「ぜ、ぜんぶぅ!? それって緋彩くんの家にあるあのたくさんのやつをひとつ残らずやった後てこと!?」

 

「あたりめーだろ。いろいろやらないと何が俺に有利で紺野に不利で俺が一番勝ちやすいゲームなのかわかんねえだろが!」

 

「あ、この前言ってたそれ照れ隠しとかじゃなくて本気だったんだ……」

 

 緋彩くんとするゲームは本当に楽しかった。

 緋彩くんはゲームのことにいろいろ詳しくて、ボクの知らない裏設定とか、キャラのお話とかをいつも色々教えてくれて。

 

 あたらしいゲームを買ったときには二人で代わりばんこにわーわーいいながらプレイしたこともあったし、時には姉ちゃんも交じって三人で遊ぶこともあった。

 

 ボクにとって自分が届かないと思っていた「ふつう」の遊びは、緋彩くんのおかげでボクの当たり前の日常に変わっていった。

 緋彩くんはきっと気づいていなかったけど、ボクにそんな当たり前をくれたのは君が初めてだったんだよ? 

 

 春に出会って、夏が来て、秋が溶けて、冬が去っていく。

 

 学年が変わっても、ボクと緋彩くんのゲーム対決は続いていた。

 

「あ、緋彩くんカイリュー持ってるんだ。いいなあ」

 

「だろだろ~? 進化前のハクリューもなんかすらっとしてていいけど俺はこのカイリューのどっしりしたフォルムが好きなんだよな。ドラグレッダーからドラグランザーに進化したみたい……じゃなくて、まあほら、愛嬌のある顔もしてるし」

 

「わかるわかる。ムーミンみたいでかわいいよね、カイリュー」

 

「ポケモンを他の作品のキャラクターで例えるやつ初めて見たな……」

 

「あ、そうだ。緋彩くんってカイリューに間違われるムーミンの真似できる?」

 

「どういうこと? だから俺はこおり四倍じゃないって! とか言えばいいのか?」

 

「! 緋彩くん色違いのタマザラシ持ってるんだ! ぶどうみたいでかわいいね!」

 

「聞けや」

 

 緋彩くんとボクの関係は出会ったころから変わらない。

 友だちで、ライバルで、お隣さんで。そんな心地よい距離間だった。

 ずっとこんな関係が続けばいいなって、いつしかそんなふうにも思い始めちゃうくらい。

 

 そんなある日、学校からの帰り道に通りがかった店の前で、緋彩くんが何か真剣に広告を見ていた。

 

「なに見てるの?」

 

「ナーヴギアだよ。来年出るSAOってゲームが遊べるゲームハード」

 

「そーどあーと、おんらいん」

 

 緋彩くんの視線の先にはヘルメットのようなゲーム機と、『これはゲームであっても、遊びではない』と書かれたチラシがある。

 これが緋彩くんの言うソードアート・オンラインというやつなのだろう。

 

 ぼーっとガラスの向こうのナーヴギアを見る緋彩くんの隣に同じようにしゃがんで並ぶ。

 

「ナーヴギア。次世代フルダイブインターフェース。ざっくりいうとVR世界でゲームをするために必要なデバイスだな」

 

「買うの?」

 

「もちろん買う! ……と、言いたいところだがさすがに無理だな。だってこれ一個12万円くらいするんだぜ」

 

「じゅうにっ―――」

 

 十二万円って、ゲームひとつにそんなにするものなんだ。

 いったいアイスいくつ分だろう……。

 

「くー、俺が自分で金を稼げる大人であればなあ。いくらでも買ったんだがなぁ」

 

「やっぱ緋彩くんはやりたいの?」

 

「当たり前だろ。世界初のVRMMORPGだぜ。これをリアルタイムで遊べるなんて、今の大人はずるいよなぁ。ガキの俺には手が出せないぜ」

 

 はあ、と緋彩くんがため息をついた。

 あの緋彩くんがここまで興味を惹かれているナーヴギア。一体どんなゲームなんだろう。

 

「なんだかすごいんだね、ナーヴギア」

 

「すごいなんてもんじゃないさ。なにせ、ナーヴギアを使うと自分の意識が完全にゲームの中に行っちまうらしい。実際に剣で敵を倒したりとか、中には空を飛んだりとかいうのもあるんだと」

 

「空を?」

 

「そうそう。ここじゃないどこかで、自分じゃない自分になれるもう一つの世界! それがナーヴギアを使ってやるゲーム、なんだと」

 

「自分じゃない、自分……」

 

 なんとなく、手をきゅっと握った。

 

 今のボクじゃないボク。

 それはつまり病気じゃないから怪我も怖がらずに好きなだけ運動出来て、毎日いろんな薬を欠かさずに飲んだりしなくてもよくて、姉ちゃんやパパと体のことを気にせずどこかに行ったりできちゃうような、そういうボクになれるということなのだろうか。

 

 もし、そんな世界にボクもいけるのなら―――。

 

「やってみたいなぁ」

 

 思わずつぶやいてしまってから慌てて口を抑えたが、どうやら遅かったらしい。

 それを聞き逃さなかったらしい緋彩くんは少し考えるように腕を組んだ。

 

 しまったこんなこと言っても緋彩くんを困らせるだけだよ。ええと、なにか言い訳をしなきゃ。ええと……。

 

「あ、や、やってみたいなあってそんな本気じゃなくてさ、なんというか」

 

「これはウワサなんだけど」

 

 緋彩くん? 

 

「川沿いの道をずっと登って行ったところのデカイ電気屋にナーヴギアの試遊ができる場所がある……らしい」

 

「……ホントに?」

 

「正直、わからん。ウワサだからなあ。俺も二組の高橋が兄貴の友だちが言ってたって言ったのを又聞きしただけだし」

 

「そ、それは確かにあんまり信用ならないね……」

 

 うーん、と緋彩くんが腕を組んで唸る。

 

 緋彩くんの言うウワサの内容が真実かはわからない。

 そもそもどの店か緋彩くんですらよくわからないみたいだし、川沿いにのぼっていくならバスとか電車ではなくて歩きになるのだろうし……。

 たどり着くかもわからないし、むしろ無駄足になる可能性の方が高いかもしれない。

 

 でも、その「わからない」はなんだか、すごく胸がわくわくした。

 

「ねえ、緋彩くん行ってみようよ! その店、探してみよう!」

 

「行ってみようったって……ほんとにあるかはわかんねえぞ?」

 

「それがいいじゃん! あるかわからないのに出発するなんてさ、なんか『冒険』っぽいもん! ワクワクしない?」

 

「それは―――」

 

 緋彩くんが人差し指で頬をポリポリとかいた。

 わかる、あれは緋彩くんがちょっと迷ってる時にする仕草だ。きっと緋彩くんもほんとはちょっと行ってみたいんだと思う。

 

「緋彩くん、だめ、かな」

 

「……。

 んーーーー、あーーーーー、それは……」

 

 三秒。緋彩くんは俯いてたっぷり悩んで、やがて空を見上げて大きく息をついた。

 そしていつもみたいにいたずらっぽい笑顔を浮かべて、勢いよく立ちあがった。

 

「うっし! なら探してみようぜ、ナーヴギアを遊べる店!」

 

「ほんと!?」

 

「おう。俺も行ってみたかったしな」

 

 からからと緋彩くんが笑う。

 

「となると出発は朝がいいな。バスは小回りが利かないしお金もかかるから……自転車だな。紺野、お前自転車乗れる?」

 

「えっ、いや、それが乗っちゃダメって言われてて……」

 

「おーけー。なら俺の自転車の後ろにでも乗ればいいか。紺野くらいのバランス感覚ならいけるだろ。

 あ、言うと止められるかもしれないから大人には内緒にしとけよ。あ、あと紺野のねーちゃんにもな」

 

 緋彩くんはサクサクと計画を立てて、あっという間に『冒険』の段取りを整えてしまった。

 ボクがしたことなんて、緋彩くんの言いつけを守ることと、出発の当日に寝坊をしないことくらいだった。

 

「おはよー……ふわーあ……」

 

「おう、はよ」

 

 朝七時ごろにボクが家を出ると、緋彩くんはもう既に自転車の準備をしてボクのことを待っていた。

 緋彩くんはボクに軽く手を挙げて挨拶をすると、時間が惜しいとばかりに自転車に乗る。

 

「ん」

 

 そして、顔だけこちらに向けて自転車の荷台部分を見てから顎をしゃくった。

 荷台のところにはクッション(私は神だ! と書いてある)が紐で縛り付けられている。

 

 よく考えてなかったけどここに座るってことは、緋彩くんの身体が結構近づくんだよね。

 

 ちょっと、キンチョーするかも。

 

 ボクが恐る恐る荷台に腰かけて、緋彩くんのTシャツの裾を控えめにつかむ。

 

「あ、そんくらいじゃダメだって。もっとちゃんと捕まらないと紺野のこと落としちまう」

 

「こ、このくらい?」

 

「だから服掴むくらいじゃダメだって」

 

「な、ならこう!」

 

「腕を掴まれると運転できないだろ。腰、腰に手を回すんだよ」

 

「な、ならこれでいいでしょ!」

 

「おう、それなら大丈夫だ」

 

 最後には半分くらい緋彩くんに抱き着くような形になってしまった。

 腰に回して腕に、なんだかボクや姉ちゃんより太い骨の感触を感じる気がする。

 

 気のせいかもしれないけど、なんか、すごく『男の子』って感じがした。

 

「じゃあ行くか。バランスとりにくくなるから俺から手を離すなよ?」

 

「うん、りょ、りょうかい!」

 

 ぐいっと緋彩くんがペダルを踏み込むと、ゆっくりと自転車が動き出す。

 最初はゆっくりとした回転だった細いタイヤは次第にスピードを増して、しばらくすると二人分の重量を載せて滑らかに道を滑るようになる。

 

 緋彩くんは大きな道は走らずに川沿いまで行くと、そのまま上流を目指すように川べりを走っていく。

 

「自転車、こんな感じなんだ」

 

 空気をかき分けて進む感覚。肌をかすめるような風。走るよりずっと早く、でも車で行くよりもずっと遅く景色は流れていく。

 まだ登り切らない太陽の光を川面が反射してきらきらと光る。

 

 回した手から、緋彩くんの大きな鼓動が伝わってくる。

 

 こんなこと知らなかった。緋彩くんが乗せてくれなかったら、もしかしたら一生知らないままだったかもしれない。

 

「ありがとう、緋彩くん。こんなの知らなかったよ」

 

「あー? なんか言ったかー!? わりい風で良く聞こえねえんだ!」

 

「……ううん。なんでもなーい! この先ってどうするつもりでいるのー!?」

 

「とりあえずこのまま登ってみる! 店も探しつつ行くけど運転に集中したいから、紺野は店がないか気を付けてみておいてくれ!」

 

「わかったー!」

 

「よーし、行くぞ紺野!」

 

「おっけー! ごーごー!」

 

「おわっ! こら暴れるなって! ったく、ああもうさ! はは!」

 

 ボクの笑い声と、緋彩くんの笑い声が風の向こうに溶けていく。

 そうしてボクらは進んだ、初めての二人っきりの『冒険』のために。

 

 

 自転車を走らせて、それっぽい店を見つけるたびに降りて、また自転車を走らせてまた降りて、そんなことを一日中繰り返して、ボクたちが元の町に帰って来たのちょうど、夕日が沈むころだった。

 

 結論を言うと、結局ゲームセンターは見つからなかった。

 一件ウワサのもととなったと思わしき店を見つけたけど、試遊ができたのは過去にとあるゲームベータテストの時の一回っきりで普段は特に試遊などはしていないらしかった。

 

 残念ではあったものの、元から大きく期待していたわけではなかったので、緋彩くんもボクも大きく落胆することはなかった。

 

 今は川べりの公園で二人で並んで、ぼんやりと沈む夕日を見ながら最後に家に帰るまでの元気を充電中だった。

 

「ほい、コロッケ」

 

「え、いいの?」

 

「なんだモメンらしく一反木綿のオモチャとかが良かったか?」

 

「ボクの名前は木綿季だって。で、それどうしたの?」

 

「そこのところの肉屋さんがコロッケ売っててさ。めっちゃ美味そうだったから買ってきた」

 

「わ、ありがとう。えと、お金……」

 

「150円。家帰ってからでいいよ。それより熱いうちに食べちゃおうぜ」

 

 ほれ、と茶色の紙袋に包まれたコロッケがボクの目の前に差し出される。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

「ん。いただきます」

 

 貰った……はいいけど、これどうやって食べるんだろう。お箸とかないよね? 

 

「もが」

 

 緋彩くんはどうしているのかを確かめるために隣を見る。

 すると、緋彩くんはびゃっと適当に紙袋を開けてアツアツのコロッケにがぶりと噛みついた。

 そして「あちち」と声を漏らしながらもざくざくとコロッケを頬張っていく。

 

 おお、ああやって食べるんだ……なんだかすごくワイルド。

 

 ふと、緋彩くんが視線に気づいたのか首をかしげた。

 

「紺野、食べないのか? 嫌いだったなら俺が食べるけど……」

 

「いや、たべるよ。たべます! いただきます!」

 

 とりあえず緋彩くんの見よう見まねで袋を開けた。

 するとそれと同時に香ばしい揚げ物の香りと、ぎゅっと濃縮したような肉の甘い香りと一緒に薄い熱が立ち上った。

 においにつられる様に、口の中に知らず知らず唾液があふれた。なんだか胃の奥の方もぎゅっとなるようで、たまらずに一口コロッケにかぶりつく。

 

「おいしい……」

 

 ざっくと衣をかみ切るとその奥から閉じ込められていた肉汁があふれ、ミンチの肉と玉ねぎのがっつりとした味わいが一緒に口の中をガツンと殴りつけてくる。

 

「これ、美味しい。すごいよ緋彩くん! こんなおいしいコロッケ、初めてだよ!」

 

「はっはっは、そうだろうそうだろう。買い食いコロッケには魔力があるよなぁ」

 

「魔力?」

 

「そう。こうして外でかぶりつくコロッケは家で箸で食うコロッケとは別次元の上手さがあるのさ」

 

「そう、なの?」

 

「そうなんだ。んなこと誰でも知ってる当たり前だぜ」

 

「当たり前。当たり前かあ。ならそれをボクに教えてくれた緋彩くんには感謝しなくちゃね」

 

「お、おう。感謝しろよ、うん」

 

 ベンチで並んでコロッケを食べながら夕日を眺める。

『冒険』は無駄足だったけど、最後に見られるのがこれなら文句をつけたら罰が当たるくらいに、その景色はきれいだった。

 

「なんか青春っぽいね、こういうの」

 

「せいしゅん~~~~~?」

 

 緋彩くんがなんだそれと言わんばかりに目を細める。

 

「昨日姉ちゃんが見てた9時からのドラマでそんなこと言ってたんだー。

 なんでも、『幼なじみ』とこういうことをするのは青春なんだって!」

 

「ほおん、セイシュンねえ……ライダー部みてえなもんか?」

 

「らいだー部?」

 

「あー、いや、なんでもねえわ。えーっと、そうだ、紺野にそういうのはいないのか? なんか、子どもの頃一緒だった幼馴染みたいなの」

 

 幼馴染。ボクに。

 

「うーん、いないかなあ。姉ちゃんとは生まれた時から一緒だけど、姉ちゃんだから違うもんねぇ」

 

「はは、なら今から作ったらどうだ?」

 

「えー? ボクらもう4年生だよ? いまから幼馴染を作るってなんか遅くないかなぁ」

 

「そうでもないだろ。

 いま俺たちが4年生で10才だろ。仮に80歳まで俺たちが生きるなら残りは70年。

 70年も一緒にいるなら、たかだか10年くらい一緒にいなかったのかもう誤差だろ誤差」

 

「―――」

 

「紺野は性格がいいからな。たぶん幼なじみになりたいやつとか山ほどいるんじゃねえか? 

 サラとかは仲いいし、喜んでなってくれるんじゃねえの?」

 

「それは、すごく、すてきだね」

 

「だろ?」

 

 からからと笑う緋彩くん。

 

 すてきだと思うのは本心。そんな、ずっと一緒にいられると思うような人がいるなら、それはきっとすごく幸せな人生になると思う。

 

 でも、それはきっと無理だろう。

 

 だから微笑む。緋彩くんの提案をボクも良かったと思ったのは本心だと伝えるために。

 

「でも、うらやましいけど、ボクはいいかな。いまで十分だよ。

 なんか、幼なじみになってください! っていうの、恥ずかしいしさ」

 

 そして、緋彩くんの提案をやんわりと否定した。

 

 ボクと姉ちゃんは病に侵されている。

 今は小康状態で、薬で日常生活を送れるくらいには落ち着いてはいるけど、それは細い道を踏み外さないように歩き続けるようなもので。

 

 だから、ボクには70年先のことなんて、とてもじゃないけど考えられない。

 ボクにあるのは今だけだ。いまを精一杯に、後悔しないように生きて、それで十分なんだ。

 

 だから、ボクに幼なじみはいらないんだ。

 

 さて、そろそろ緋彩くんに今日のお礼を言って―――。

 

「なら、俺にしとくか、幼なじみ」

 

 緋彩くんが突然そんなことを言った。

 

「よく考えれば俺たちももう二年の付き合いだし、つーかこのところ一番遊んだの紺野なんだよな。

 なら俺たち、幼なじみでいいんじゃないか」

 

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 でも、なんかそれは……。

 

「あー、やめろってその顔。その、なんだ? つまんなさそうな笑った顔。それ見てると、こう、腹の奥の方がムカムカする」

 

 だから、と緋彩くんが立ちあがってボクを指さした。

 

「今日からお前は俺の幼なじみだ! 

 またこうやって無駄足になるかもしれない馬鹿なことやって。コロッケ食って、だらだらゲームしようぜ」

 

 そして緋彩くんはからからと笑った。

 

 それはボクの体のことをしらないからこそ出てきた言葉だった。

 たぶん彼はボクの体のことを知れば同じようにそう言ってくれることはなかったと思う。

 

 でも、だからこそその気持ちが本心なんだと分かった。

 

 だからその言葉が嬉しかった。当たり前のように未来を語る彼の姿に励まされる気がした。

 

「ふふ、あははっ! あはははっ! あーもう緋彩くんには勝てないや!」

 

 気づけば笑い出していた。何故だかわからないけど胸の奥の方が熱くて、緋彩くんが隣にいることがとても面白くて、嬉しくて、満たされるような気持ちにあった。

 

 ボクは残りのコロッケをひと息に食べてしまうと、立ちあがって夕陽を背に緋彩くんに向き直った。

 

「そうだね、またしよう! 冒険! ボクらならきっとたのしいよ!」

 

 緋彩くんは一瞬ボクを見て言葉を失ったように目を瞬かせ、そして次にはいつもとはどこか違う笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうだな。また行こう、俺たちで」

 

 その笑顔はどこか遠くに感じた緋彩くんの、ガラスの向こうにある本当の気持ちだった気がした。

 

 その日以降、遠くにあった緋彩くんの心がだんだん近くに感じることが増えてきた。

 

 でも、その関係はいとも簡単に崩れてしまった。

 

 

「やめてっ!」

 

 乾いた音があたりに響いた。

 それがボクの口をつけたジュースを回し飲みしようとした緋彩くんをボクが叩いてしまった音だと気づいたのは、頬を抑えてこちらをポカンと見上げる緋彩くんを見てからだった。

 

「あ、ぼ、ボク、そんなつもりじゃ……」

 

 なんて事のない日常の一幕だった。

 緋彩くんは「ふつうの子」がそうするようにボクの飲みかけのジュースを一口貰おうとして、ボクはそれに過剰に反応してしまった。

 

 ボクと姉ちゃんはHIVキャリアーだ。

 

 HIVウイルスは実はイメージされているほどにその感染力は強くない。

 血液を通してや、性的行為や、ボクたちのような母子間での感染が主だけど、逆に言えばそれ以外ではほとんど感染することはない。

 

 だから、緋彩くんがボクのジュースを飲むのだって、別にいいことのはずなんだ。

 

 でも、駄目だった。

 頭じゃ危険はないってわかってる。問題ないって知っている。

 

 でも、もしも、もしも。

 もしも、ボクのジュースを飲んで彼が、()()()()()()になったなら、この学校で出会った、たくさんの「ふつう」を教えてくれた緋彩くんの身に何かあったらのなら。

 

 きっと緋彩くんはボクを許してくれない。もう会えないし、話せない。

 

 なにより、ボクがボクを許せない。

 あの『冒険』の帰り道にコロッケを買ってくれた彼の、『幼馴染』になろうといってくれた彼の未来を、奪うことになったボク自身を。

 

 でも、そのために緋彩くんを傷つけるのは、違ったのに。

 

 あ、謝らなきゃ。で、でもなんていえばいいの。

 叩くのは悪いことだ。今まで誰かにこんなことしたことなんてない。

 正直になんで叩いたのかを話して、違う、それじゃダメだ。

 そんなこと言ったら緋彩くんは離れてしまう、なら、ならなら、ならならなら―――。

 

「ひ、緋彩くんボク」

 

「いや、ごめん。悪ノリが過ぎた。……とりあえず今日は帰るわ」

 

「そ、そんな、わ、悪いのは」

 

「俺だ。とりあえず頭冷やすよ」

 

 緋彩くんは頭をガシガシとかくとランドセルに手をかけて立ち去った。

 

「ユウ……」

 

 気づけば、いつの間にか姉ちゃんがボクのそばに来て、やさしく肩に触れてくれていた。

 

「ね、ねえちゃん、ぼ、ボク……緋彩くんが、ボクのにふれそうで、それで」

 

「うん、わかってるから、わかってるから」

 

 姉ちゃんはボクの言葉を遮るように、ボクのことを抱きしめた。

 その手つきが、声が、においが、あたたかさがもういないママと似ていて、目頭が熱くなって、ぽろぽろとあふれるものを我慢できなくなった。

 

「う、うううう……ぐすっ、う、うう……」

 

 こんなふうにしたかったんじゃなかった。

 ただみんながそうするように「ふつう」に、仲良くできたらそれでよかったのに。それ以上なんて望んでなかったのに。

 

 ちゃんと謝らなきゃいけない。

 

 そしてまた学校が終わったらボクと姉ちゃんと、緋彩くんでゲームをして―――。

 

「お前エイズ? ってヤバいビョーキなんだってな」

 

 ある日学校に行って、クラスメートの一人に言われたときに、ボクはそんな「ふつう」はもう二度と訪れないことを知った。

 

 どこから漏れたかはわからないけど、ある日ボクが学校に行ったときにはクラスの全員がボクの体のことを知っていた。

 

 この前まで普通に話していた同級生がボクの触れたものに触れるのを嫌がる。給食の時に席を近づけるのを嫌がる。先生が露骨にボクや姉ちゃんを腫物のように扱う。

 

 まるで教室の中に見えない檻が作られて、ボクはその中に入れられてしまったみたいだった。

 

 ああ、これは罰なのかもしれない。

 身体のことを隠して、「ふつう」になれないボクが、みんなと違うボクが、「ふつう」になろうとしたことの。

 

 でも、それなら、それならきっと乗り越えられるはず。

 

 だってママはいつもボクと姉ちゃんに言ってくれていた。

 神さまは私たちに乗り越えられない試練はお与えにならない。だから私たちが今辛くても、きっと乗り越えられないことなんてないんだよ、って。

 

 ならこの辛さだって、乗り越えられる。きっと、そうなんだ。

 

 みんなの目が変わってからしばらくして、廊下で緋彩くんと出会った。

 緋彩くんとは同じクラスだけど、教室の様子が変わってからボクらはしばらく学校に来てなかったから、こうして会うのは久しぶりだ。

 

 ここのところはジュースの一件で気まずくてまともに話してなかったのに、わざわざ会いに来てくれたみたい。

 

「紺野、ちょっと話をしたいんだ」

 

 緋彩くんの瞳は真剣そのもので、心の奥がぐらっと揺れてしまいそうになる。

 

 ありがとう、って言って何もかも話してしまいたい。

 辛いんだ、といまのこの気持ちを受け止めてほしい。

 ボクらの身体はそんな言われるほど怖いものじゃないんだ、って説明したい。

 

 そしてまたいつものように、ゲームをして、笑ったりしたい。

 

 でも、うん、それはだめだ。

 

「俺、お前に―――」

 

 ボクは緋彩くんの話は聞かずに、その横をすり抜けた。

 話は聞かず、目もむけず、まるで気づかなかったように。

 

「あ? 待てよ紺野、ちょっと話を」

 

 聞えない。見てない。振り返らない。

 

 ボクは緋彩くんに気づかなかった。ボクは緋彩くんと仲良くなんてない。

 そうなんだ。そういうことに、するんだ。

 

 ボクはこの辛さをちゃんと乗り越える。

 だから、緋彩くんをボクのことに巻き込まない。

 これが緋彩くんのためなんだ。

 だって、ボクと話していたせいで緋彩くんまで嫌われるのは、いやなんだ。

 

 だから、ごめん緋彩くん。もう、君とは話せないよ。

 

 そうやって緋彩くんから逃げるように過ごしていた。

 

 だけど緋彩くんはクラスも同じだし、家も隣だから帰り道だって同じだ。避けようとするには限界がある。

 だからある日ついに、ボクが日直の仕事で一人で掃除をしているところで緋彩くんにつかまってしまった。

 

 緋彩くんは珍しく本気で怒っているようで、いつものふざけるときの大声よりも尖った声でボクを責めた。

 

「紺野なんでお前俺のことムシするんだよ!」

 

「別に無視なんて……」

 

「してんだろ!」

 

 緋彩くんがイラついたようにボクに詰め寄る。

 

「確かに俺たちはいろいろあったけど、それでも! お前がそんななってんのに見過ごすほど、俺は腐っちゃいねえよ!」

 

「……」

 

「俺がお前のためにできることが何かあるはずだ! だから、なんか言えよ! 俺から逃げるなよ! そんなに頼りないかよ、俺は!」

 

 緋彩くんは叫ぶ。

 きっとそれはボクたちの体のことが皆に知れてから、ずっと緋彩くんがおなかの奥の方に溜めていた気持ちだったんだろう。

 

 緋彩くんは頼りないのか、か。

 

 その答えはもう決まっているんだ、緋彩くん。

 

「うん。ごめんね、君には頼れないよ」

 

「な、んで……」

 

 なんで、かぁ。

 

 

「だって、君いつも何かを我慢してるんだもん」

 

 

 ボクがそう言うと、緋彩くんが言葉を失ったように、それまで握っていた拳を力なく落とした。

 その手は、少し震えている気がした。

 

 その手をボクは握ってあげることはできないけど、せめて緋彩くんは悪くなんだよ、と伝えるために微笑んだ。

 

「緋彩くんはずっと本当の自分を見せないようにしてるんだよね。

 みんなにがっかりされないように、みんなと仲良くできるように」

 

 いま思えばボクに勝負を仕掛けたのもボクがクラスに早くなじめるようにするためだったのだろう。

 転校生とクラスのおひとよしが勝負するというわかりやすい舞台のおかげで、ボクに話しかけやすい空気が生まれた。

 そのおかげでボクはいろんな人と話せたし、話題に困ることもなかった。

 

 緋彩くんがドジで、やかましくて、人の頼みを断らないのは誰でも知っていた。

 

 求められたことを、人のために、自分の気持ちを殺して行ってくれる。

 いい人だ。だからみんな頼るし、彼は知らず知らずに重荷を背負っていく。

 

 そして、それを緋彩くんは望んでいる、気がした。

 

「きっと、緋彩くんは自分のことが好きじゃないんだね。

 だからそうやって本当の自分を仮面の下に隠して、みんなのためになる自分を作ってる」

 

 からからと笑う緋彩くんは、付き合いやすいバカの仮面をつけた男の子は、違和感すら感じないほどに付き合いやすい。

 

「君は、そんなことしなくてもいいのに。そんなことしなくても、あの日コロッケを買ってくれたありのままの君がとっても素敵なのに」

 

 緋彩くんは感情を見せない人間なんかじゃない。

 笑うし、怒るし、悲しむし、悔しがるし、おどけてみせる。

 

 でもボクらが見える緋彩くんのそういう面は全部ガラス一枚隔てた向こうにあるもので、本当の緋彩くんじゃないんだと思う。

 

「でも、きみはそうやって生きたいから、そうするんだよね」

 

 その理由はボクにはわからない。

 ボクが体のことを隠していたみたいに、緋彩くんにもいろんなことがあって、だからそういう風に生きている。

 

 だから、せめてボクにできるのは君に助けを求めないこと。

 あの日の夕日の中で笑顔を見せた優しい君が、これ以上傷つかなくていい様に。

 

 ボクはせいいっぱいに笑って、緋彩くんに「大丈夫だよ」と言った。

 

「神様は乗り越えられない試練は与えないんだ。

 だから、今度のこれもきっと乗り越えられる。

 だから、緋彩くんはさ、ボクのことなんか気にせず―――」

 

「いねえ、よ」

 

 え? 

 

 

「いねえよ、いねえんだよ。

 神様も仮面ライダーも、辛いときに助けてくれる都合のいいヒーローなんていねえんだよ!」

 

 

 絞り出すような声だった。

 初めてみる表情だった。

 

 それは、ガラスの向こうじゃない、「気のいい緋彩英雄」の仮面の下に隠していた顔だった。

 

 緋彩くんは自分の額を抑えて、苦々し気に舌打ちした。

 

「さっきから聞いてりゃぐちぐち言いやがって。俺の気持ちを勝手に分かった気になるな。

 俺は、俺は、俺だって、こんな俺になりたかったんじゃなかった……くそっ」

 

 そして何かを戒めるようにごん、ごん、と何度か自分の頭を拳で叩いて、言葉を絞り出す。

 

「俺は、こんな自分になりたかったんじゃなかった。誰からも嫌われるのが怖くて、だから誰からも求められるようになりたくて……ただ、()()()みたいにだけは、なりたくなくて、だから……」

 

 緋彩くんが拳を握る。手が白くなるほどに強く、強く。

 

「俺が、俺が本当になりたかったのは……」

 

 そして緋彩くんは、つぶやいた。

 

 

「おれはただ、こんなおれでも、お前を助けたいんだ、紺野」

 

 

 ―――。

 

「乗り越えられる? お利口ぶってんじゃねえ。

 乗り越えられることと、辛いことは別問題だろうが」

 

 緋彩くんの言葉に、次第に熱がこもっていく。

 今までのガラス越しのものではない、仮面をかぶったうえでの言葉ではない、むき出しの緋彩くんの言葉が、紡がれる。

 

「辛いことはそれが何であろうと辛いもんなんだよ! それを我慢することがえらいなんて、そんな綺麗な言葉は知らねえよ! 

 乗り越えられるかどうかは、それが一人でがんばらなきゃいけない理由には、ならねえだろ!」

 

 緋彩くんが頭をがりがりとかきむしって、ボクへと再び一歩踏み出した。

 

「俺はいま、()()()綿()()を助けたいんだよ!」

 

 あ―――。

 

「他人なんかもう知らねえよ! 俺がそうしてえ! お前のそのしみったれた面を見るのが腹が立つ! まるで時々仮面ライダーに出てくるゲストがやたらと性格が悪かった回みたいな感じで、俺の腹の奥がもやもやすんだよ!」

 

「か、かめん……?」

 

「うっせえ! お前に意見は求めん! 俺に質問をするな! 

 つーかなんだ色々聞いてりゃ、大人ぶったこと言いやがって。

 いっちょ前にわかった気になるな! 大人になんかなるんじゃねえよガキが!」

 

「が、ガキってなにさ!」

 

「お前なんかガキだ! やーいガキガキガーキ!」

 

「は、はあ!?」

 

「お前の言うことは立派だよ! 何でも逃げずに向かっていくのはすげえよ! でも馬鹿だ! 一人で何でも乗り越えられるわけねえだろ! ガキの上にバカだ!」

 

「~~~っ! ならどうしろっていうのさ!」

 

 ガキだ馬鹿だといわれてあまりにも腹が立って、ママの大切な言葉を信じているボクへの言葉を許せなくて、緋彩くんにつかみかかる。

 

 ぎゅっと緋彩くんのシャツを握って、それで、ああもう、なんで涙が出てくるんだよ。

 悲しくなんかないのに、もう、止まらない。

 

 こんな、泣きたいわけじゃなくて、ボクは怒っているはずなのに。

 

「みんなボクと姉ちゃんのことを嫌ってる! だれも助けてなんてくれない! 

 先生も、クラスのみんなも、みんなボクらなんかいなくなればいいと思っている! 

 そんな中で、ボクがなにができるっていうのさ!」

 

()()()()()()()!」

 

 緋彩くん、が? 

 

「まだどうしたらいいのかわからない。でも俺は、何かしたいんだ。お前のために」

 

 なんで、そこまでしてくれるの。

 ボクと君なんて、ただ同じクラスで、付き合いだってそれほど長いわけでも無くて、家が隣なだけの……。

 

「くだらねえこと言うなよ、俺たち『幼なじみ』じゃねえか」

 

 それ、は、でも……。

 

「知ってるよ。紺野の病気大変なんだって。だから、あの時紺野は幼なじみはいらないって、そう言ったんだよな」

 

「もしかしたら長生きできないかもしれないっていうのも、知ってる」と、緋彩くんは付け加える。

 

「でもさ、死ぬ未来ばっか考えて、今だけ楽しければいいなんて、悲しいこと言うなよ。

 俺はまだお前とやってないゲームが山ほど残ってるし、『冒険』だってたった一回しか行ってない」

 

 緋彩くんがふっと、頬を緩めてボクの肩に手を置いた。

 

「だからさ、()綿()()、今じゃなくて未来のことも考えようぜ。

 俺たち幼なじみだろ、幼なじみで、いようぜ。いっしょに、今までがどうでもよくなるくらいの俺たちだけの「特別」な冒険を、しようぜ」

 

 ずっと「ふつう」を求めていた。

 みんなと同じように遊んで、みんなと同じように勉強して、みんなと同じように生きていく、そんな「ふつう」を。

 

 でももし、未来が他の人よりも短いボクが、「ふつう」ではなくて、ボクしかもってない「特別」を望んでいいのだとしたら。

 

 ボクは、ずっと、ほんとうは……。

 

「いま、つらいんだ」

 

「うん」

 

「姉ちゃんも頑張ってるのがわかるから、寄りかかれない。ボクも助けてあげられない」

 

「うん」

 

「……緋彩くんは、なんとかしてくれるの?」

 

「ヒロだ」

 

「え?」

 

 ニッと、緋彩くんが笑った。

 

「俺のことはヒロって呼べよ。幼なじみだしな」

 

「……いいの?」

 

「まあ、俺は紺野……じゃなくて、木綿季のあんま知られたくないこと知っちゃったわけだしな。これくらいおあいこってことで」

 

 すっとボクの前に手が差し出される。

 ボクより少し大きな手。さっきまで震えていた手は、いまはただボクが握り返してくるのを待っていた。

 

 ああ、もう、勝てないや、ほんとうに。

 

「よろしくね、ヒロ」

 

「お、おう……」

 

「あはは、ヒロってば赤くなってる」

 

「な、なってねえわ!」

 

 

 もしかして、名前を呼ばれて照れてるのかな。案外かわいいところあるんだなぁ。

 

 ちょっといままでのヒロとは印象が違う。

 そういえばさっき仮面ライダー? の話してたけど、そういうの好きな人なのかなぁ。

 

「ま、とりあえず見ておけよ」

 

 見ておく? 

 

「お前の幼なじみが―――、すげえやつって、ところをさ」

 

 そこからヒロの戦いが始まった。

 

 走って、叫んで、いろんな人を説得に回って。

 ボクのクラスにも、姉ちゃんのクラスにも、職員室にだって行っていたし、ボクらの主治医の倉橋先生のところにも通っていたみたいだった。

 その運動は学校全体を変えるには余りにも微々たるものだった。

 

 それでも、ヒロは戦い続けた。

 

 ほとんど何も変わらなかった。

 でもヒロの叫びは少しずついろんな人に伝播して、すこしずつボクや姉ちゃんの周りにも人が戻ってきた。

 

 ここのところずっと暗い表情をしていた姉ちゃんも、だんだん友だちが戻って来て嬉しそうで、ボクもちょっと安心した。

 

 あ、そうそう、姉ちゃんと言えば、いつの間にか姉ちゃんとヒロがかなり仲良くなってたんだよね。

 

「木綿季! 今週のドンブラザースの話していいか?! 主人公にダメだしされた99点のおにぎり屋が闇落ちして人間を襲い始めて大変だった回なんだけどよ!」

 

「待ってユウ! ヒロ捕まえて!  またSNSですごい炎上してる件について話を聞かないとダメなの!」

 

「いや俺は悪いくないんだよ、掲示板で書き込みしたらそれが特定されてえらい炎上を……」

 

「だーかーらー! なんでヒロはネットで書き込みするときになったら異常にけんかっ早くなるの! もうだめ! ヒロはネットの掲示板禁止です!」

 

「げ、げぇーっ! 藍子それは勘弁してくれよあれは俺の趣味の一つなんだよ~!」

 

「ダメなものはダメです!」

 

 なんだかパチンコをするダメな亭主とそれを叱る妻みたいだなあ。

 

「なーんか姉ちゃんとヒロいつの間にか仲良くなったよね?」

 

「そ、そう?」

 

「そうだよ、いつの間にか名前呼びになってるし」

 

 姉ちゃんがちょっと顔を赤くする。

 

 藍子に、ヒロ。

 前までは「緋彩くん」と「紺野のねーちゃん」とか呼んでいた気がする。

 

「ま、いいじゃねえか、三人幼なじみってことでさ。仲良し! って感じで」

 

「それは確かに! 三人で一つ! いいね!」

 

 ほんとうは特別でなくなったのはちょっぴち惜しかったけど、でもボクの大好きな人と、大切な人が仲良くしてるのは嬉しかった。

 この『三人』でいられることが、いつしか大切な時間へと変わっていった。

 

 

 ヒロは、ヒーローなんていないって言った。

 

 そうかもしれない。

 だっていまボクの隣にいる男の子は人に嫌われるのを怖がって自分を出せなくて。

 誰かに頼まれたら断り切れないようなお人よしで。

 好きなことには一生懸命になっちゃう……なり過ぎちゃうときもある人で。

 

 それはきっとみんなが思う「ヒーロー」には程遠いんだろう。

 

 たぶん、ヒロ自身がそう思っている。

 

 確かに現実に「ヒーロー」はいなかった。

 

 その代わりに、君がいたよ、ヒロ。

 

 ボクを助けてくれたのは君。

 

 都合のいいヒーローじゃなくて、「緋彩英雄」っていう、他の誰でもない、素顔の彼に。

 だからボクは、彼のことが大好きなんだ。

 

 ボクを助けてくれた、君だから。

 

 だからね、ありがとう、ヒロ。

 

 ボクにたくさんに「ふつう」と、「特別」を教えてくれて。

 

 

 

 

 

「ヒロ、次の配信どうするの?」

 

「あー、どうすっかなあ。今度アスナさんの推薦でフロアボス攻略に行くから、そのための武器整えに行きたい気もすんだよなあ」

 

 姉ちゃんに頼まれたお使いの帰り道、たまたまバイト帰りのヒロと鉢合わせた。

 

「あ、あそこの肉屋さんコロッケ置いてる」

 

「お、いいね。買おうぜ」

 

「買い食いすると姉ちゃんに怒られるよ?」

 

「それは木綿季をこのコロッケで買収するということで手を打ってもらう」

 

「ふふ、それはワルだね」

 

「くくく、お代官様ほどではございませぬよ」

 

 ヒロが買ったコロッケをひとつ貰って、二人で食べながら家へと帰る。

 

 いつの間にか時刻は夕暮れ。

 道路の向こうの方で、いつか見たような気がする真っ赤な夕日が沈もうとしていた。

 

 こうしてヒロと買い食いして帰るのも、いつの間にか「ふつう」になっちゃったなぁ。

 

 最初はずいぶん特別に感じたのに、いまではなんて事のない一幕だ。

 

 ふと、時間を重ねる、生きて行くっていうのは、もしかしたらこういうことを言うのかもしれないと思った。

 

 たくさんの「とくべつ」を、当たり前の日常の「ふつう」にしていくこと。

 それが「生きる」っていうことなのかな。

 

 なんとなく隣にいるヒロの顔を見上げる。

 

 小学生の頃はほとんど変わらなかった身長は、いつの間にかボクよりずっと高くなってしまった。

 そのことに、少しだけヒロに置いて行かれたような気持ちになる。

 

「ねえ、ヒロ」

 

「んー?」

 

「ヒロは好きな人とかいないの?」

 

「急にぶっこんで来たな」

 

「いやだって気になるじゃん。もしヒロに恋人ができたら、こうしてコロッケを一緒に食べたりもできなくなるだろうし……」

 

「ふ、まあ俺が最近配信でイケイケだから心配になるのはわかるが……」

 

「?」

 

「心底不思議そうな顔するな。悲しくなるから」

 

 ヒロが配信でイケイケ……イケイケで炎上してるって意味かな? 

 

 と、わわ、ヒロ? なに急に頭を撫でてきて。

 

「ま、心配するなよ。何が起きても俺と木綿季と藍子は幼なじみだよ」

 

 そして、ヒロはニッと笑った。

 初めて「木綿季」と呼んでくれてからずっと見せてくれている、ガラス越しでも、仮面の上からのものでもない、ヒロの素直な笑顔を。

 

 そのことに、体の奥がぐつぐつっと熱くなって、頬が思わずにやけちゃうくらいうれしくなって、胸がどきどきと跳ねて。

 自分の気持ちがこらえきれなくて、ヒロの腕に飛びついた。

 

「あははっ! もー、ヒロはボクと姉ちゃんのことが大好きなんだからさー!」

 

「ちょ、こら、急に抱き着くな! ああ、もう八百屋のおばさんとか見てるから!」

 

「ならっ! 人に見られないよう急いで家に帰ろう! 姉ちゃん待ってるよ!」

 

 夕陽の中、走り出す。

 あの日からずっと隣にいてくて、きっとこれからもずっと隣にいてくれる『幼なじみ』の手を引いて。

 

 

 

 




 
ソードアート・オンライン 冥き夕闇のスケルツォ 見てきました。
ザSAOでマジで最高でした。


《紺野木綿季》
ヒロの素顔を肯定してくれた人。
ヒロがコロッケを食べ終えた時にゴミを何も言わずに受け取ってくれたりとか、自転車にクッションをつけてくれてたりするような、根っこの部分の優しさに救われたと思っている。
特に好きな人はいないが、好きな人のいいところはみんなに知って欲しい派。

《紺野藍子》
ヒロを「ヒーロー」にしてくれた人。
助けを求めた時に力強く頷いて、誰かのために走り続けるヒロの姿こそがヒロの本質で、そのヒーローの姿に救われたと思っている。
好きな人のかっこいいところは、自分だけが知ってればいい派。

《緋彩英雄》
根本的に自分が好きではない。
そのため、小学生の頃は誰からも嫌われないよう仮面ライダーの話を控えて、付き合いやすい外面をつけていた少年。
今は木綿季と藍子が聞いてくれるという恵まれすぎている環境に甘えてライダーのことを話しまくるようになった。
好きな人のことはみんなに知って欲しいが、それと同時に自分が一番であるのは揺らがせないというクソデカい独占欲を開花させる可能性もある。

 


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