(習作)インフィニット・ストラトス ~一夏とみんなの未来~ (小さな星*)
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短編
もう20年になるだろうか、世界を震撼させた「白騎士事件」。
あの日から、世界は狂った。
女性にしか反応しない世界最強の兵器「インフィニット・ストラトス」、通称「IS」(アイエス)の出現後、男女の社会的な立場が完全に一変、『女尊男卑』が当たり前になってしまった。
宇宙空間での活動を想定して開発された『マルチフォーム・スーツ』なのだが、現代科学を逸脱した圧倒的な性能が、軍事転用を引き起こした。今もなお『ISスポーツ』を隠れ蓑として、兵器開発は継続されている。幸い、いまだ世界大戦は起きることはなく、核兵器に代わる抑止力となっている。
亡国企業も今は無い。
天災の気まぐれも、たぶん落ち着いている。たぶん。
「って、教えるわけにもいかないよなぁ……」
白い息が視界に入った。
車の鍵を冷たく硬い手で弄ぶ。
早く帰れるといっても、この夕凪もそろそろ終わる。
少し調べれば、わかることである。それに、優秀なあの娘たちなら、ちゃんと理解して考えてくれる。だが、『IS学園教員』という肩書きが、俺の前に立ち塞がる。平和を謳う日本という国だから、なおさらだ。
激動の人生を思い返して、あれもこれもと語ってしまいたくなるものが、『ISの系譜』というものは慎重になるべきテーマだ。大っぴらに武力として扱われているのだと、明言を避けるようにしなければならない。
今は、本来の目的として、宇宙空間での活動にもちゃんと使われているしな。
『お前の出番は無いんだよ。』
優秀なお前はそう思うんだろうな。学園を幾度となく襲った悪意を、あいつ自らが前線に立って、主力となって解決してくれた。もちろん、俺も無人機と戦い、時には幹部を撤退に追い込んだ。まあ、その度に『遅い』って言われたけれど。
でもISは戦うための道具じゃない。
IS学園は戦う覚悟を身に着ける場所じゃない。
俺が学んだことを教えたくて、千冬姉と同じ教師の道を選んだ。
「こういうところが、千冬姉には甘いって言われるんだろうなぁ」
まあ、心底嬉しそうに言うのだが。
うっ、なんだか急に頭がズキズキしてきた。
「それに。」
『守るって、お前の言葉には中身がないんだよ!!』
あいつの言葉も、ちゃんと糧にしている。今思えば、承認欲求だとか、存在意義だとか、そういう漠然とした思いが無かったわけではない。それに、『織斑』だから、戦うことは本能的に嫌いではないらしい。でも、千冬姉に対する憧れは本物で、この力は誰かを護るために使おうって、今でも胸に刻んでいる。
「あっ! いちかせんせーだ!」
「えっ! ほんと!?」
慣れた黄色い声援には、ちゃんと笑顔を返す。
何かを護るために戦うことは、ないほうがいいに決まっている。
でも、今も俺は、剣を手放すことはない。
「織斑先生、だろ!」
「「はーい、おりむらせんせー!」」
確かにもう1人織斑先生がいて紛らわしいのはわかるけれど、親しき中にも礼儀あり、だろう。
それに、久しく出席簿で叩かれてはいないが、頭がズキズキと痛んでくる。
このIS学園で珍しい男性教師ということもあって、どうしても注目を集めてしまう。千冬姉は同姓でありながら、今も昔も注目を集める。俺も千冬姉も『織斑』ということが原因だろう。まあ、性格の良い彼女たちは、決して容姿だけで好感を持ってくれているだけではないと信じたい。
「部活お疲れ様。風邪引かないようになー」
「「はーい!!」」
ばいばーい、とジャージ姿の女子たちが手を振っている。
俺も手を振り返す。
「ん? 王理、誰からだ?」
ちょっと抜けている自分をいつもフォローしてくれる、もはや一心同体とも言える相棒が、可視化ウィンドウを表示してくれた。ルクーゼンブルク第7王女、つまりアイリスからのメールのようだ。
「拝啓、アイリス様……ってくらいのほうがいいのか?」
俺を召使いにするくらいのじゃじゃ馬だったが、もう立派な女性からの何気ない近況報告だ。俺からすれば、殿方というべき方と恋愛しているらしい。彼女からの恋愛相談なのだが、俺に聞くのは我ながらどうかと思う。
まあ、応援や後押しがほしいのだろう。
ヨーロッパとの時差って何時間だっけと考えながら、メールを打ち込んだ。
「同窓会、か。いや、みんな忙しいだろうしなぁ……」
鍵を差し込み、真っ白な車に乗り込んだ。
目的地に従って、自動運転してくれるこいつにも、いつも助けられている。いや、ほら、俺とか、アクセル踏みすぎて、壁に激突しそうだ。学生時代は、王理にもかなり負担をかけていた。
学生時代、か。
日本にいる箒たちにはたまに会う。
車窓から見える夜空の、ずっとずっと向こうにも、友人がいる。
アイリスとジブリル、それに、セシリア、鈴、乱音、シャルロット、ラウラ、ヴィシュヌ、ロランツィーネ、コメット姉妹、ベルベット、クーリェ、グリフィン、外国にいる女性たちは元気にしているだろうか。
最後に皆で会えたのは、成人した時だったか。
『俺は、IS操縦者の頂点に立つ!!』
あいつは、今は一体何をしているのだろう。実力は楯無さんくらいで、それに、第二次移行すらしないまま、第三形態の王理くらいの性能を持つIS使いだった。しかし、競技のスペックを遥かに超えているから、俺と同じく大会出禁で、今はもう、ISに乗って戦う場所は、ほとんどないはずだ。
途中、買い物のために、スーパーへ寄った。
荷物持ちや財布、そういう経験が何度かある俺は、いまだに少し身構えてしまう。女尊男卑の風潮は最早存在しないことは、親子連れの多さからも明らかだ。女尊男卑を肯定していた女性たちは母親となり、恥じて、その風潮は少しずつ消えていく。
もちろん、その禍根が完全に修復されたわけではない。
俺は、安売りしている白菜から、できるだけ綺麗なものを選んで、買い物籠に入れた。女尊男卑の被害を受けた男性たちは父親となり、許して、その風潮は少しずつ消えていく。
『俺はお前を認めない。』
あいつはまだ許してくれていないのだろうか。俺は人の感情に鈍い『織斑』だけれど、あいつが嫌っていることは伝わった。それくらい分かりやすかった。数少ない男性操縦者として、どうにか仲良くなろうと思ったのだが、卒業まで嫌われたままだった。というか、本当に最初期からだった気がするので、俺の容姿が嫌いだったのだろうか。
確認しようにも、ほとんど口を聞いてくれなかったし。
「おっ」
暗い気持ちを晴れやかにしてくれたのはまさしくヒーロー、いや、仮面ライダーのデザインの箱のフィッシュソーセージだった。男の子からせがまれている母親に軽く会釈して、買い物籠に入れ、レジに向かう。
いい年した大人が、と思う人もいるだろうが、仮面ライダーが俺も妻も好きなのだ。嫌いなことを語るより、好きなことを語る時間の方が幸せで楽しいのだと、俺は思っている。好きなものを好きと言えないなんて、結構つらいことだ。
姉に、ヒーローに、宇宙に、夢を見る。
月明かりに照らされ、白い鎧を纏った千冬姉の姿が、目に焼き付いている。だから、どんなに汚名を被っても、蔑まれたとしても、嫌いなのだと言われたとしても、前を向いていられた。比較され続けてきた妻だって、楯無さんの隣に立てるように、頑張ってきた。
大好きな姉やのほほんさんたちに対して感情の矛先を向けることができず、俺にそれを向けたこともあった。同じく、姉に対する強い憧れがあることを知ると、むしろ彼女とは気が合うなと思った。それに、無茶をしている彼女を、支えたくなった。
父も母もいない俺だけれど、家族の愛情を知っている。育ててくれた千冬姉のことを、護りたい、支えたいと思うことは間違っていない。そのことを、簪から教えてもらった。
戦う覚悟なんて必要なくて、恐怖すら感じず、戦える『織斑』だ。どんな怪我をしたとしても、再び立ち上がって剣を握ることができる。千冬姉がいなければ、感情のない兵器になっていたかもしれない。『織斑計画』を知った時、真実に押し潰されそうになった。
「大丈夫だ、王理。嬉し泣きってやつ」
俺は、ちゃんと涙を流せる。
スーツの袖で拭って、車窓から星空を見上げた。
こんな普通とは言えない俺でも、愛してくれる人たちがいる。織斑一夏として、変わらず接してくれた。
『弱いお前は何も守れない。』
ISの模擬戦で、俺はお前に勝てないだろう。それくらい、お前は元から優秀だった。いつ鍛えているのか最後まで分からなかったが、嫌われている俺には特に見せないようにしていたのだろう。
それか、あいつも実は、改造人間だったりして。
千冬姉や楯無さんはともかく、箒たちと比べても、俺はIS操縦者としての実力はさほど高くはない。『織斑』としての力、白式のスペック、そして皆で築き上げた織斑一夏が、俺の強さだ。いろんなことを教えてもらってきた。
なんて、ちょっと前の仮面ライダーみたいなことを考えてしまった。俺の生い立ちも結構、仮面ライダーの主人公っぽいのだ。
今の自分のことを前向きに思えるようになったのは。
みんなと、そして何よりも妻のおかげで。
「おっ、着いたか。王理、サンキュな」
支えてくれる人たちがたくさんいる。
こんな俺が、誰かを支えることができている。
「おかえりなさい、一夏」
「ただいま、簪」
玄関の燈夜が、彼女と娘を照らしている。
ここが、俺の帰る場所だ。
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第1話 春休み
連載にあたって、評価の一言設定、外しました。しかし、お二方のお言葉は大切に覚えておきます。
人生は小説よりも奇なり、と言ったところか。
「はぁ……」
俺は最近癖になってしまった溜め息を吐いた。
今日は、中学の卒業式だったのだ。
桜の季節が来ても、別れを直接告げることができない。
入試で間違ってISという、なんとかスーツを動かしてしまった。本来なら女子しか動かせないそれを、男子である俺が動かすことができたことが、世界中でニュースとなっている。それが、かつてISスポーツ界で世界最強となった千冬姉の、実弟なのだから、それはもう大スクープだ。
今はもぬけの殻となっている、我が家にはkeep outの黄色いテープが張り巡らされていることだろう。当然、俺はこっそりと避難することとなり、千冬姉が赴任しているらしいIS学園の寮にやや缶詰状態だ。
本来はもう少し穏便に済むはずだった。
もう1人の男性操縦者が見つかった、という情報がSNS上で拡散され、ニュースや新聞にも出て、どったんばったん大騒ぎだ。2人別々に現れたということが、短期間のトレンドとして、この一件が済まない事態に陥った。
1人で部屋のテレビのチャンネルをあれこれ変えながら、教科書に目を通している。そして、どこもかしこも似たようなニュース番組なので、子ども向けの番組に切り替えた。
「こんなの分かるかよ……」
日本語ではあるが、The理系という感じの文章。
体育の授業は得意だが、数学に関しては平均的だ。
『この本によれば、普通の高校生・常盤ソウゴ。彼には魔王にして時の王者・オーマジオウとなる未来が待っていた。』
どうやらヒーロー番組が始まったみたいだ。小学校でも中学校でも、こういうのが好きな友達はいた。物心ついたときから、千冬姉の代わりに家事をしていたし、専ら朝はニュース番組だった。
「普通の高校生、か」
中学の友達の五反田弾や御手洗数馬は、受験に受かったことは聞くことができた。俺はバイトがあるから無理だけど、『楽器を弾けるようになりたい同好会』にたまには顔を出そうとは思っていた。
今の俺の立場は、普通とは言い難い。
虚構の存在であるヒーローが、画面に現れた。
「千冬姉や山田先生は、仕事だし」
時計の針と違って、勉強の方は思うように進まない。
今から、頭がズキズキしてきた。頑丈な石頭なのだが、それ以上に千冬姉の愛ある一撃が強力だ。俺には悪い癖のようなものがあって、よくカッとなる時があるが、その度にこのズキズキが、俺の拳を緩めてくれた。
「楯無さん……、でもあの人って神出鬼没で、なんか忍者だし」
助けを求めるべく、今の缶詰め状態で会える3名を頭に浮かべた。しかし、千冬姉たちにもやるべきことがあり、毎日が忙しく充実していて、みんなから引っ張りだこらしい。
ヒーローは大変だな、と思う。
常盤ソウゴが目指す王は、もっと大変そうだ。
「今日は、もう1人、来るかな……」
未来からやってきたらしい、もう1人のヒーローと、常盤ソウゴはいつか仲良くすることができるのだろうか。
この学園は、ISの性質上、女子高だ。
技術職の男性がたまに出入りしているくらいで、教員も全員女性で、例年は生徒も全員女子だ。だから、当初は、高校生活3年間は男子1人で、距離感のある孤独を味わうことになるのだろうと思っていた。
千冬姉にとても迷惑をかけてしまったあの事件の後のように、良くも悪くも視線が突き刺さるのだと。
『祝え!全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろしめす時の王者。その名も仮面ライダージオウ。まさに生誕の瞬間である』
虚構の存在のヒーローが画面いっぱいに登場した。
ISとはまた違った『力』を持つヒーローだ。
30分というのはあっという間だが、日曜日の心地よい朝はまだ続いている。長い長い春休み中に、この1年生寮の外に出ることは許可されていない。だが、散歩がてら、寮をふらつくことは日課だ。
今日も、誰もいない。ずっと昔、千冬姉が一晩経っても帰ってこない時の、寂しさを思い出してしまう。もう1人の男性操縦者ならば、俺のように早めに入寮する可能性があるだろうが。
「うん? お菓子か?」
俺は指先で、拾い上げた。
イチゴが描かれた包みの、駄菓子コーナーで見る飴玉だ。千冬姉はこういうのは食べないし、山田先生か楯無さんが昨晩落としていったのだろうか。なんにせよ、今度会った時に渡さないといけない。
「……だれ?」
振り返ると、淡い水色をした髪がまず目に入る。違和感はなく、むしろクセのある髪が綺麗だと感じさせる。女子らしい小柄な身体付き、ちょこんと顔にかけられた眼鏡、そんな彼女はどこかホクホクした笑顔を浮かべていた。
どこか見覚えがある髪の色だと思ったが、楯無さんか。
彼女のように元気ハツラツではない。
「……あれ、男子?」
奥ゆかしいってやつ。
不思議そうに、綺麗な瞳を俺に向けた。
「えっと、俺は、織斑一夏で、す……」
「織斑一夏」
無表情を超え、あからさまな不機嫌になった。
男子があまり得意ではないのだろうか。
IS学園には女子高出身も多いかもしれない。
「えっと、なんかごめん」
「……別に」
プイッと顔を背け、頬をちょっと膨らませる。
参ったなと、俺は頭の裏をかく。
「その、もしかしたら俺にできること、というか、直してほしいこととかがあったら……」
箒も、鈴も、元来は気の強い性格だから、言いたいことがあったらなんでもまず口に出してくれた。俺は昔からちょっと抜けているところがあるし、そういうのは正直助かるのだ。
だが、この女子は、彼女たちとは違う。
ドレスのような部屋着の上に、上質なカーディガンを羽織っている彼女は、たとえ寝ぐせがあったとしても、お嬢様という感じだ。箒も鈴もボーイッシュを体現しているような女子だった。
「……べつに」
同じ言葉だが、さっきより落ち込んだ様子を見せた。
こういうのを放っておくことは、千冬姉はしない。
「えっと、俺が将来、なにかやらかす、とか?
いや、最低最悪の魔王じゃないんだけどさ」
「ジオウ、みた……?」
おっ、ちょっと顔を上げた。
キラキラとした瞳は、なんだか嬉しいな。
「おう。あのヒーロー番組だろ」
「ヒーロー、ではあるけど……」
むっと、そのジト目で見つめてくる。
俺は、彼女の言葉を待つ。
「仮面ライダーは、仮面ライダーというジャンル」
「お、おう、そうか」
人には譲れないものがあるというが、彼女はそこを譲らないらしい。でも、正義のヒーローの一部だろう。正義のヒーローは、普通じゃなくて、『超人』で、正義のために戦うのだ。戦うしかないのだ。
「でも、正義のヒーローなんだろ?」
あれ、なんでヒーローが、好きじゃないんだろう。
なんだか、モヤモヤしてきた。
「ある人が言った、俺たちは正義のために戦うんじゃない」
誰かに語りかけるように、どこか勇ましく、彼女はその言葉を告げる。
「俺たちは人間の自由のために戦うんだと」
そして、言葉を紡いだ。
「……って、通りすがりの仮面ライダーが言ってた」
「わかるか!?」
思わず、ツッコミを入れてしまうと、彼女は信じられないようなものを見る目でこちらを見てきた。俺との距離を縮め、両腕を伸ばして拳を握りこみ、ちょこんと背伸びをして目線をちょっと高くする。
「あなたは! 平成仮面ライダーの歴史を感じるべき!」
「へ、平成……? 歴史……?」
いや、確かに仮面ライダーは長く放送されている。
それに、平成という年号が変わることも知っている。
「仮面ライダーは、いるもん……」
急にしおらしく、俺から距離を取り、自分のスカートの裾を握りこむ。彼女が仮面ライダーを大好きなこととは逆に、俺は虚構の存在なのだと冷えた気持ちでヒーロー番組を見ていた。
「仮面ライダーが好きな女性も、いっぱい増えた。
いっぱい友達がいる。
けど。会えたことは、ない」
人と温度差があることは、とても悲しいことだ。
それに、俺が直すべきところは見つかった。
「俺、見るから。ちゃんとヒーローについて、考えなおすから。これでも、誰かを守れるくらい強くなりたいって思ってるんだぜ」
だからさ、いつも通り。
「こうやって、仮面ライダーについて話そう。だから、俺と友達に」
「ごめん、それはムリ」
差し出した手が、結ばれることはなかった。
なんだか仲良くなれると思ったんだけれど。
「そうか。いや、無理は言わないさ」
「私は、そんなにいい子じゃないから。
あなたには、いっぱいひどいこと言っちゃう。
あなたに、痛いことしちゃうかもしれない。」
ギュっと握られた彼女の手には、中指に嵌めた指輪が一際輝く。彼女が優しいことはよくわかった。だが、今の彼女に、どう言葉をかければいいのだろうか。『俺は頑丈だから大丈夫』、どうしてかそう言いたくはなかった。
そして、背を向けた。
寮の綺麗な絨毯の上を、姿勢よく歩き始める。
振り返って。
「でも。ファンとしてなら、いいよ」
『また来週』、とちょっとだけ手を振ってくれた。
柔らかい笑顔がそこにはあった。
「おう! またな!」
****
「というのが、一夏との、その、ナレソメ……」
同窓会の、広い会場で、ある意味、公開処刑だ。
うぅ、恥ずかしい……
あの時も、いや、弐式が完成してお姉ちゃんと仲直りするまで、心に余裕がなくて、一夏にはいっぱい迷惑をかけたと思う。まあ、仮面ライダーのことをまったく分かっていないことに腹が立ったのは、熱狂的ファンとして許してほしい。
「へぇー、じゃあ一夏とは、毎週会ってたんだ?」
「出会うの、箒たちよりも早かったんだね」
乱音やシャルが満面の笑顔で尋ねてくる。
いや、内面は嫉妬もあるかもしれないけれど。
「ううん。次の日には、勉強教えてって、泣きついてきた」
「うむ。お世辞にも、よめ、一夏の成績は高くなかった」
また嫁って言った。
まあ、IS学園の倍率は非常に高く、成績優秀な人が集まる。普通科高校の受験に向けて勉強していた一夏も、もう1人の男性操縦者も、授業は苦戦していた。始まった頃の勉強会は、本音と一夏と私の3人で、いつしかみんなが参加してくれた。こんな私でも、友達が増えていった。一夏のおかげ。
「織斑先生の、抜き打ちテストを受けた、だったかな」
「オリムラせんせい、やさしいけど、きびしい、もん」
私に続いて、クーリェがそう告げると、箒や鈴やセシリアが頭を抱えた。
3人が特に、暴走癖あったもんね。
「やはり禁断の果実というわけか」
「おい、どさくさに紛れて、さわるなぁ!」
ロランが箒にちょっかいをかけ始めたことには、みんなが苦笑いを零した。
「春って、まだ私たちいなかったわよねー」
「ねー♪」
ファニールはニヤリと、オニールはニコニコと、コメット姉妹が話の続きを促してきた。
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第2話 入学
やらかした、と思うのは誰だって時にはあるだろう。
決して望んで入ったとは言えないIS学園だが、千冬姉もいるから平穏な日々が過ごせると思っていた。良くも悪くも注目を集めることは予想していたが、初日からトラブルを引き起こしてしまった。千冬姉なんて、出席簿がミシミシと音を立てるくらいだった。迷惑かけたなぁ……
「シスコン」
「かんちゃんがそれ言うかな~」
真顔で告げる簪さんに、ダボダボした袖をふりふりしながら本音がツッコミを入れる。簪さんとは、自分の姉を自慢し合うくらいには、仲良くなれた。お互いに、いつか隣に立ちたいのだと、目標がある。
「……まあ、だいたいわかった」
「悪い。助かる」
「さすがのおりむーもギブアップだったね~」
箒と数年ぶりに再会できたことは心の底から嬉しかったし、それに、数少ない趣味を共有する簪さんや、異性の壁を感じさせない本音という、2人の友達を得られたことは奇跡とも言える。
「サンキュ」
「どーいたしましてだよ~」
「あんなに騒がしくしないなら、別にいい」
こうやって会話しながらも、並行してパソコンを操作している簪さんも、お菓子をもしゃもしゃしている本音も、迷惑がっている様子はない。ゴーイングマイウェイで何よりだ。男性操縦者だから『特別』なのだと扱わないことが、今の俺には心地よかった。
だって、普通の人と違うって、なんか嫌じゃん。
あれ、なんでそう思うのだろう。
「どったの、おりむー」
「いや、あー、教室は今どんな感じなのかなって」
どったんばったん大騒ぎな教室から、個人用の整備室まで、本音がこっそり抜けさせてくれた。楯無さんがもはや忍者なように、2人もちょっとだけ忍者みたいなことができるらしい。3人が何者かはまだよくわからない。そういえば、忍者の仮面ライダーっているのだろうか。
「あいつ、大丈夫かな」
「けっこーうれしそうだったけどね~」
学園で学年問わず、話題の種は他にもいる。同性の俺から見ても整った容姿をしている、もう1人の男性操縦者だとか。そんなあいつは、ナントカって会社の御曹司で、すでに専用機を持っていると言っていた。それに、女子の中でも専用機持ちの代表候補性である、えーと、セシなんとかさんというのは、学年主席らしい。
「あいつらとも仲良くしたいんだけどなぁ。あいつにも代表候補性にもなんか嫌われたし、それで、決闘にまでなっちゃって……」
セシなんとかさんから日本のことを馬鹿にされたのは、なんだか千冬姉や簪さんのことを馬鹿にされたと思って、カッとなってしまった。簪さんは代表候補性だし、本音たちも日本人なのだ。
でも、もう1人の男性操縦者には、何か機に障ることしたかな。
「それ、4組まで聞こえてた」
「かっこよかったよ~ みんなおぉ~ってなってた」
「売り言葉に買い言葉だ。もっと冷静になるべきだったよなぁ……」
昔からカッとなる癖は、良くないところだ。
最悪、無意識に、手が出てしまいそうになる。
でも、あの2人にあれだけ啖呵を切った俺なんて、まだスタートラインにも立てていない。授業にもギリギリ付いていけるくらいだ。あ、でも、青い顔をしていたあいつよりは、学力という点では勝っているのか。どんぐりの背比べってやつだけど。
「そうだ。あなたの専用機、見せて」
「え? 俺の?」
簪さんから声をかけてくるのは、仮面ライダー関連以外では珍しい。だから、少し抜けた返事をしてしまった。
「うん。こうなったら参考になるところは参考にしてやるし、うちの子を負けないくらい、スペックに仕上げてみせるもん」
胸の前でギュっと握り拳を作り、やる気を見せた。
簪さんの専用機が未完成ということは知っている。
「いや、まだないけど」
「え? もう来ているはずだけど」
「どんなのかも教えられないし、たぶん、来週?」
「わぉ~ それって けっとーの日じゃん」
「さいあくだ……技術職として論外」
「それな~ だよ~」
少し早口な簪さんの説明によれば、専用機というのは、個人に合うように、ビルド、造るものらしい。もちろん、理論実証機もあるが、それには適正が高い代表候補性が選ばれる。オルコットさん(セシなんとかさん)もそれに当てはまる。したがって、事前にマニュアルも貰えない専用機より、初心者に動かしやすい量産機のほうがまだマシ、と。
「な、なるほど……」
「でも。ISはデータなんかじゃ計れないこともある」
簪さんは指輪に触れながら、じっと見つめた。
我が子を愛おしく見るような瞳だ。
「誰かの力になりたいと思う願いが、私たちを強くする、らしいよ」
そして、くしゃっとした微笑みを零した。
俺は目の前で拳を握りこんだ。
まだスタートラインに立ったばかりの俺だけれど、簪さんと本音がいて、楯無さんがいて、箒がいて、それに、千冬姉がいる。なんて贅沢なことなのだろう。IS学園に来たことは望んだわけではないけれど、高校生活は希望に満ちあふれている。
「ふぐっ!」
「あたま、だいじょうぶ~?」
「……なんだか、すごい音だったよ?」
ようやく、頭が冴えてきた。
「いや、ちょっと喝を入れようかと。いつもは千冬姉が入れてくれるんだけど」
「男子、だからなのかな……?」
顎に手を当てて何か悩む簪さんと、なにかごそごそしている本音を、キョロキョロと交互に見つめるしかない。
「そんなおりむーには~ じゃ~ん」
「本音、それ私のなんだけど」
『まぁ織斑君ならいいけど』とボソッと呟いた。
本音がヘルメットを被せてくることに、俺は従う。
「VRゲームとか~ シミュレータとか言うものだね~」
「織斑先生とか、鬼畜難易度」
「そうか。千冬姉相手で頼む」
「「シスコン」」と、2人から告げられた。
テレビの向こうで活躍していた千冬姉を正面から見れる機会だぞ。逃すはずはない。
「みんなが力を合わせれば、不可能は可能に、絶望が希望に、敗北は勝利に変わる、から」
視界と意識が仮想世界に持っていかれる感覚を味わいながら、簪さんの言葉を胸に刻んだ。
****
「裏で特訓してた、かな。一応」
「このわたくしにも一矢報いた一夏さんでしたが、そういうことだったのですわね」
とはいえ、代表候補性に超初心者が勝てることはなかった。あの時から一夏の成長は見張るものがあったけど、今では射撃部門のトップ3の実力を持つセシリア自身も、伸び代と可能性に満ち溢れていたこともある。
でも、負けてもなんだか満足そうだった。
セシリアと仲良くなったのは、ちょっと妬いちゃった。
「私も剣道の腕をゼロから叩き直してやったな」
「武装の扱い方は、生身でも練習するものね」
どこか誇らしげな箒に、ベルベットさんが冷静な言葉を紡ぐと、誰もが頷く。ISの稼働時間は限られているし、ISに頼っていると筋力が衰えやすいし、基礎体力をつけることにも繋がる。朝から千冬義姉さんと走り、放課後は剣道をして、終わったら仮想空間、その後勉強、今考えると、一夏の身体のことがあったとしてもすごく無茶をしていた。
「それに、千冬せんせの暮桜と、一夏君の白式、似ているところ多いもの。その特訓はナイスだったわよ、簪ちゃん」
「ちかい……」
腕をギュっと、その大きな胸にうずめられる。
歳を考えてよ、シスコン。嬉しいけど。
「だが、奴には勝てなかったな」
「あいつも、ほんっと実力だけは高かったわよね」
「その時のおりむー、けちょんけちょんだったね~」
箒や鈴が言っているのは、もう1人の男性操縦者のことだろう。いわゆる天然ものの天才だった。科学が進歩した現在の大会規定からしても、機体のスペックが逸脱していたし、彼自身も生まれてすぐに訓練を始めたらしいし、そんな彼に勝つのは、暗部当主のお姉ちゃんでさえギリギリだった。すごい努力を、しかも隠れて、しているんだろうなということを感じさせた。
ガチで血反吐を吐くくらいは、私や本音も経験あるけど、お姉ちゃんと虚さんはそれ以上だから。
「このわたくしでも、一方的でしたもの。仕方がありませんわ」
「僕も最初、彼の強さにはほんとびっくりしたよ」
たしかプライベートチャンネルで何か話しながら戦っていた一夏たちだったけど、一夏はどんどん動きが乱れていったはずだ。まあ、良くも悪くも、夫はカッとしやすいところがあるから。
暴力だけは絶対に振るわないけれどね。
それは千冬義姉さんが教えてくれたこと。
「そのあとは、クラス対抗戦があったっけ」
「あー、あったあった。途中でおじゃんだったけど」
「みんな無事だったけど、怖かったよね」
癒子や清香、さゆかがそう話しているが、人伝手にしか聞いたことのないメンバーは再びニヤニヤとしながら、こちらを向いた。
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第3話 学年対抗戦
ゼロワン映画見てきましたが、さすが仮面ライダー
取り調べの待機室として選ばれたのは、生徒会室でした。
染み一つない絨毯、煌びやかな黒いソファ、真新しくも高級感ある机、庶民の俺には場違い感を感じさせる場所だ。いや、はみ出るくらいには駄菓子が入ったダンボールが、部屋の隅にあるけれど。
「「いただきます」」
お湯を入れて3分。
俺は特売の生麺を買うことが多いので、こういうインスタント食品は久しぶりに食べる。台風の時でさえ、食材を買い込んでおくくらいには、俺は食事に関しては用意周到だと自負している。
赤いキツネと緑のタヌキ、というフレーズがあるが、こちらは赤い天ぷらそばだ。年末にはそば出汁をゼロから作るほどの凝り性な俺だが、湯気を立てているこのスープの香りも、十分に食欲をそそる。
「足りなかったら、そこのお菓子、食べていい」
「ん? まあ、そうさせてもらいそうだな」
食べ始めないことを不思議に思ったのか、簪さんが声をかけてきた。
そんな彼女は全身浴させたかき揚げを、タヌキそばになるように、箸でつついて崩している。簪さんが部屋から持ってきてくれたのだが、このカップそばが一押しなのだろう。
「本音は、お菓子買いすぎなくらい」
あのダンボールは、やっぱり本音のものだったのか。確かに、お腹ぺこぺこなので、そう言ってもらえるとありがたい。栄養の偏りよりは、この空腹感を満たしたいと思いつつ、そばを勢いよくそそる。
半身浴のかき揚げが、口の中でサクッと音を立てる。
お互いに食べることに集中していて、久しぶりに誰かと過ごす静寂の時間が流れる。箒やセシリアと過ごす時間も多いし、最近は鈴も学園にやってきて、いい意味でますます騒がしくなった。
入学して早々、外部からの侵入者が来るなんて。
みんなを守りたい、俺は必死だった。
『守るって、お前の言葉には中身がないんだよ!!』
その言葉が、声が、最近ふと思い返される。腕に常に身に着けている白式というISは、千冬姉から継承した鎧と剣のようで、なんだか嬉しくなった。
でも、画面の向こうの仮面ライダーのように、誰かを守りたいという俺の目標は、青臭いのだと指摘された。
『お前の出番は無いんだよ。』
みんなの盾になるべく、剣を構えた俺よりも、さらに前へあいつは進んでいった。無人機というAIの反応速度を超えて、その剣で相手を捻じ伏せる。攻撃は最大の防御という感じであり、まさしく俺の出番はなかった。
「足りた?」
「いや、八分目でもないんだな、これが」
男子学生にとって少なめな量は、あっという間に食べつくしてしまった。いつもならやらないのだが、塩分補給だと思いつつ、俺は具材の浮かんだ汁を飲み干す。
そして、お茶に手を伸ばそうとして、いつのまにか空になっていたことに気づいた。
「これでチャラ、だから」
丁寧な所作で、急須からお茶を注いでくれる。
簪さんが言っているのは、先程のことだろう。
「いや、俺は特には……」
「ううん。倒したと思って、私は油断してた」
急遽動けるIS使いは、各クラスの代表の中でも専用機持ちだけで、つまり、俺と鈴、簪さんの3人だけだった。俺にはよく分からないが、システムのハッキングのせいで、セシリアは来れなかったみたいだし、ちょうど楯無さんは別アリーナにいたし。
「あいつがいなければヤバかったかもな」
「彼、実力は高いから」
あいつはどこからともなく駆けつけてくれた。お礼を言うべきは、あいつの方だろう。俺が声をかけようとしたら『あんなの余裕だった』って言い残して、そそくさと去っていったけれど、今度お礼言っておかないとな。
なんだかこう、クールに去るぜって感じだったけど、もっとみんなと話していけばいいのに。
「織斑君のおかげで、私はケガしなかったのは、事実。だから、その、か、身体は大丈夫そう?」
「ああ。絶対防御、だっけ? それがあったから大丈夫だ……いや」
鈴にも言われた。
絶対防御を過信するな、と。
「うん。威力の高い攻撃は防ぎきれないこともある。それに、掠る程度なら、わざと発動しないように設定することで、エネルギーを節約できたりもする。織斑君の白式も設定されている。だから気をつけて」
「な、なるほど」
最高最善の王様を目指している彼のように、お世辞にも俺の成績は高くはない。それを理解している簪さんは、俺でも分かりやすいような説明をしてくれているのだろう。俺より、白式のことに詳しいと思う。
「一応。その、背中、見せて」
「お、おう」
制服をたくし上げると、背後の簪さんが、背中の上ですーっと指を動かす。触診というやつだろうか、簪さんはそういうこともできるのかと、感心するだけだ。
「誰かの命を救うためにも、生き抜く責任がある」
『ドクターじゃなくても』と、言葉を紡いだ。
それならば、優しい王様に倣ってこう言おう。
「目の前の困ってる人や、友達を放っておける訳ない、だろ?」
「うん。あなたもそういう人」
大丈夫だったと言わんばかりに、ポンッと手のひらで、背中を柔らかく叩かれた。
「でも、不養生はダメ」
「善処します……」
最近の生活を思い返すと、我ながら、頑張りすぎたと思う。それに、こういうことがある度に、たぶん無茶をしてしまうのだろう。まあ、もし俺の身に何かあれば、簪さんのように泣いてくれる人がいるし、心配はかけたくない。
「で、本題なんだけど」
空腹を満たすため、簪さんがどんどん広げ始めたお菓子を勢いよく食べながら、取り調べ内容について話し始めた。隣に、水色の上品なハンカチを置いてくれたのだが、それで指を拭くことはそれなりに抵抗がある。
「えーと、あれって結局、無人機なんだっけ?」
尋ねながら、俺も見習って、安物のハンカチを取り出した。
「そう。緘口令が敷かれるから、口が滑らないようにしてね。そこだけ注意してもらえればいいから。特に織斑君は」
「りょ、りょうかいです……」
それについては苦笑いしかない。先日、鈴と喧嘩して、そのことを相談した簪さんにも白い目を向けられて謝りに行かされた。口は禍の元というやつだ。鈴のコンプレックスを口に出してしまったことは、男子としては論外だったな。いわゆる、親しき中にも礼儀あり、か。
でも、簪さんって、普通に大きめだと思うけれど。
こう、なんだ、手のひらサイズというか。
「織斑君。女子って、結構そういう視線に、敏感」
「も、申し訳ない……」
ほぼ女子高なのだから、こういうことには気をつけないといけないな。ただただ平謝りする俺だが、どうしてか彼女は満更でもない表情を浮かべていた。あまり怒っていないようなら、それはそれでいいのだけど。
「む、無人機ってできるものなのか?」
「ううん。私も初めて見た」
簪さんですら知らない科学力ということか。
なぜか、高笑いするあの女性が頭に浮かんだ。
「学園を襲ってきたことは、許せない。
けど、開発者に会ってみたい、とは思う」
「そうか。簪さんらしいな」
思わず口に出してしまうと、彼女は照れた様子を見せた。
そして、縮こまって、なにか呟いた。
「うん……ほんとうに心が躍る」
****
みんなに話すのは、無人機の襲撃のことくらいだけど。
一夏のことを好きなのだと自覚したきっかけだけは、話すことを避けさせてもらった。大切な宝物だから。
「そうね、再起動するなんて、流石のあたしも予想外だったわ。間に合ったのは、今思えば、一夏の本能のおかげというかなんというか」
鈴が冷静にそう言うけれども、その時は庇ってくれた一夏のことで私は頭がいっぱいだった。
「あのとき、かんちゃんを慰めるほうが大変だったよ~」
「だって、あれだけの熱量だったもん。普通なら大ケガ」
親友な幼馴染が言うように、泣きながら謝り続ける私を、ケロっとして立ち上がった一夏も一緒になって、慰めてくれた。人前で泣くことなんてめったにないから、それなりに黒歴史だ。もっと昔は、訓練の度に泣いてばかりだった気がするけれど。
「この件については、うちの愚姉が申し訳ない……」
「気にしなくていいわよ、箒ちゃん。だって、あの気分屋な博士ですもの」
箒のお姉さんも、以前よりは落ち着いた。まあ、今も世界を引っかき回すことは確かだけれど、ちゃんと夢に向かって、いい意味でみんなを巻き込んでいる。個人的にも、尊敬している科学者の1人だけど、たった一度あのクリスマスの時に、本気で一夏をコロそうとしたことは、私は決して赦さないだろう。たとえ一夏が許したって赦さない。
でも、みんなには、お調子者のお姉さんで知っておいてほしい、かな。
「一夏ったら、無茶ばっかりだよねー」
「うむ。私のことも命がけで救ってくれた」
一夏の無茶については、誰もが頷いた。
そこに惹かれるけれど、とても心配させられる。
「学年別トーナメントの時ね」
「あの時も一夏さんと組んでいらしたの、よね?」
箒、セシリア、鈴、シャルが、ゴゴゴゴとオーラを立てる。
「やはり、簪から聞くことになりそうじゃないか?」
「私たちは1学期いなかったもんねー?」
早くきてよ、いちかぁ……
苦し紛れに一度、オレンジジュースで喉を潤した。
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第4話 特訓期間
ISを使うことには少し慣れたが、今日のように晴天のアリーナを空を飛ぶというのは、本当に気持ちいいものだ。ISの一番の魅力は、やはり空を飛ぶことにあるのだと、この初心を忘れないようにしないと。
いつか、あの仮面ライダーのように、みんなで宇宙に行けるといいな。
「織斑君、一旦降りてきていいよ」
「りょうかい」
プライベートチャンネルで連絡が来たので、ゆっくりと降下する。以前の授業のように、地面に激突するようなヘマは、さすがにもう起こさないようになった。簪さんは『その勢いの良さを見習いたい』って言ってくれたけれど。
「どうだった?」
「この数値、悔しいけど凄い」
空中に表示されたディスプレイを見ながら、思考の海に入っているようだ。俺からすればじゃじゃ馬で燃費が悪く、スピードだけが自慢の白式なのだが、科学者目線だと、高性能な機体らしい。
「でも。ここまで上げると、さすがにスラスターがもたない、か。それに、白式はもう少しこの角度を……」
さて、手持ち無沙汰な俺はキョロキョロと周囲を見る。学年別トーナメントに向けて、たくさんの生徒が特訓に励んでいる。毎日が予約でいっぱいで、今の俺は、整備課志望の生徒たちに紛れているだけだから、基礎的な動きを見直す日にしている。
「白式、ちょっと調整させてもらうね」
「何か手伝えること、いや、じっとしてます……」
目の前の簪さんに視線を戻す。
本人は自信なさげに言っていたけれど、他の女子に決して紛れず、簪さんも可愛いと思う。普段はあまり見せない白い肌も綺麗で、それに、引き締まった身体は上手く鍛えられている。
って、女子はこういう視線に敏感なんだっけ。
でも、今は集中しているから大丈夫そうだ。
「今やっているのは、スラスターの調整。
織斑君に使いやすいように、ね」
開発元で俺に合わせて調整されたわけではないし、それに、俺自身にノウハウが皆無だ。だから、簪さんを初めとする整備課の人たちには、このじゃじゃ馬の整備や調整を任せっきりになっている。
「うん。調整できた。」
「サンキュ」
『気にしないで』と言う代わりに、首を振った。
「私の弐式には、白式の稼働データ、使わせてもらっているから」
「それなら、こっちだって、えーっと」
どう言うべきか。
白式の弱点は、燃費の悪さと容量の少なさで。
「白式に汎用機の稼働データをディープラーニングさせれば、もう少し安定性が増すと、思う。ちょっと古いコアを使ってるみたい。出力は高いんだけれどね。」
「な、なるほど……ギブアンドテイクだな」
白式のことを俺よりよく知っていると、常々思う。
俺も頑張らないとな。
「それに、雪片弐型のおかげで、武装も進んだ」
「それならよかった」
簪は全距離に対応できる打鉄を目指しているらしいが、近接特化の武装が役に立つのだろうか。薙刀は最近完成したようだが、あれのどこに雪片弐型の技術が使われたのやら。
まあ、俺が千冬姉から継承した鎧と剣を褒めてくれることは、とても嬉しいことだ。ウォズから祝われる常盤ソウゴも、こういう気分なのだろうか。
「確認のため。飛ぼう、織斑君」
「おう!」
非固定ユニットが目立つ。
そして、全体的に軽装備な打鉄弐式だ。
ISを展開させながら、俺も来るように促した。簪と並行して飛ぶことを意識するが、さっきより飛びやすいと実感がある。さっきの調整のおかげか、はたまた、他の要因があるのか。
「学年別トーナメントが終わったらね、お姉ちゃんに挑戦してみようと思う」
「楯無さんに?」
こくりと頷く。
代表候補性を超える、国家代表なのだ。
「生徒会長は最強たれ、お姉ちゃんは最強」
「……じゃあ、俺は千冬姉に挑戦するかな」
たとえ勝てなくとも、ぶつかってみないと分からないことがある。だから、簪には頑張ってほしい。
「シスコン」「シスコン」
お互いに言葉が重なり、くすりと笑った。
大好きな姉が、目標というのは恵まれていると思う。
「おりむ~!かんちゃ~ん! 競争だー!」
「本音、危ないから!……もぅー」
もう1つの汎用機、ラファールのカスタム機体がスラスターを噴かせて、追い抜いていく。俺以上に抜けている彼女だが、機体制御は俺より上手い。まあ、俺と同じく、射撃に関する授業は、補習の常連なのだが。
簪さんが瞬時加速でスピードを上げたので、俺も意図した瞬時加速で追いかける。俺の場合成功率が100%とは言えないので、上手くいってよかった。真っ直ぐ飛ぶことすら、ISはそれなりに難しいのだ。
『はーい、そろそろ交代時間よー!』
おっと、4組担任のフランスィ先生が、俺たちに放送で声をかけた。今日やるべき数学の課題の存在を思い出しながら、2人と一緒に無事に地上に降り立った。
「どうだった~?」
「うん。問題なく、瞬時加速できたわね」
「さ、片付けて戻りましょうか」
本音が機体から降りると、整備課志望の1年生たちから声をかけられている。俺も、整備室に行くので、彼女たちの運搬を手伝うことにした。それに、本音と簪さんから誘われたとはいえ、この場の俺って本来は部外者だし。
「本音って、代表候補性だったのか?」
「ううん。コンクールに応募するため。だから一応、テストパイロットではある」
たしかに、IS学園の生徒たちで、毎年いくつか機体を造って発表するとは聞いたことはある。とはいえ、1年生の1学期から、すでに開発に携わるなんて、IS学園は本格的だなと感じる。
「1年からって、すげぇな」
「かいちょ~のを 参考にさせてもらってるけどね~」
どうやら、俺たちの会話が聞こえていたらしい。
「アクア・ナノマシンよ、織斑君」
「オリジナルは、有線型ビットくらいです」
「おみくじなんかもあるよ?」
なるほどわからん。
おみくじについて、特にわからない。
「学年別トーナメントより、私たちはこちらが優先ですから。うちの簪ちゃんと織斑さんにはぜひ頑張っていただきたいですね」
「そうそう。4組の期待の星!」
「おりむ~は1組のきたいのほし~」
「無茶言わないでくれ……セシリア、鈴、シャル、ボーデヴィッヒさん、それに、あいつだっているだろ?」
例年より、専用機持ちや代表候補性が多い。男性操縦者の調査を兼ねていて、世界各国がこぞって、候補性を学園に送り込もうとしているらしい。いや、俺もあいつも、なんで動かせるか見当もつかないのだが。
「ええ。1年生の中でトップクラスでしょう」
「あれよね。ゲームでいうチートってくらいの強さよね」
「でも、ちょっと女子のこと、見すぎかなー」
そして、男子である俺がいるから話しづらい内容なのか、彼女たちは苦笑いで誤魔化した。隣を歩く簪さんに至っては、持っている荷物で自分の身体と顔を隠している。
やっぱり、簪さん、さっきちょっと見てたの気づいていたのかな。
「えーと、気を付けます...」
ISスーツってほぼスクール水着だからな。誰だよ、こんなデザインにしたの。
IS実習の度に、目のやり場に困る。
「私たちはへーきなほうだけどね」
「織斑さんのそういうところ、かわいいですよ」
みんなが、うんうんと頷く。
女子の言う、かわいいってよくわからん。
「まー、思春期男子って、ああいうのも多いのかな」
「さあ、どうなのでしょうね」
「そんな彼だけど、最近はボーデヴィッヒさんにご執心みたい。もしかして、組むのかしら?」
最近転校してきたドイツの代表候補性、俺も彼女とはどうにか関係を良好にしたい。ドイツの一件は個人的にも黒歴史なのだが、千冬姉が好きな同士として、仲良くなれると思うんだけどな。
ていうか。
「あの2人がか……」
2人とも実力は高い。
でも。
『仲良しごっこが楽しいか?』
あいつに、皮肉を込めて言われた言葉が頭に思い浮かんだ。そして、ボーデヴィッヒさんからは『お遊びだな』と指摘された。そりゃあ、平凡な俺には、誰かに教えてもらいながら、少しずつ学んでいくことしかできない。高校生活が充実していると感じるのは、みんながいるからだ。
だから。
「勝たないとな」
誰かがくじければ、誰かが支える、それがこのIS学園だ。シャルのことだって、楯無さんがちゃんと解決してくれる。だから、俺がするべきことは、友情の力をあの2人に知ってもらうことだ。
「織斑君は、青さも甘さも弱さも、ひっくるめて強さに変えてくれる、ね」
「ああ、友情の力で勝ってやろうぜ」
弾や数馬たちにも、ようやく連絡を取ることができた。
近況報告を聞くだけで嬉しくなるものだ。だから、彼らとも、あれだ、ずっ友でいたい。
「かんちゃんもおりむ~も いいこという~」
「やたっ! 織斑君とも友達だ!」
「簪ちゃん共々、よろしくお願いしますね」
こんな風に、クラスの垣根を超えて、仲良くなることだってできるのだ。だから、あの2人とも、どうにか仲良くなろう。
「ありがとう、織斑君」
「えっと、どういたしまして?」
いろいろ助けてもらってばかりなのは、こっちのほうなのだが。
****
「えっと、つまり、あんまり練習はできなくて……」
「IS学園、もう少し広くしてほしかったわよねー」
「……うらやましい」
2学期以降は乱音たちも転校してきたし、ますますアリーナが手狭だと感じさせた。何回か襲撃があったせいで、アリーナが増設されたのは、私たちが2年になってからだった。ベルベットさんやグリフィンさんに至っては、その前に卒業した。
「本音も立派になって、ないわね」
「そんなに変わってないよね」
「ぶ~ 成長したもん~」
清香たちがそう言うけど、本音はちゃんと表向きの職に就いている。技術職として、私は同じチームで開発に携わることもあったけど、昔からそのダボダボな袖でよく細かい作業できるなと感心する。あと胸の大きさとか、ぐぬぬ……
「今日だって、一夏さんが、呼び掛けた、おかげ」
「私たちもオフの日でよかったわ」
ロシアの新しい国家代表のクーリェだったり、女優のコメット姉妹だったり、たくさんの世界的に有名な人が集まっている。そして、そんな人たちと、今も友達でいられるのは、一夏のおかげだ。彼にはたくさんのものを貰った。
一夏から連絡が来ていないかな、って、今は眼鏡型ディスプレイを身に着けていなかったっけ。
「それで、肝心の学年別トーナメントかな?」
「やはり、なにか起こったのでしょうかね」
ロランさんやヴィシュヌが話の続きを促した。まあ、頷いたラウラの許可もあるし、この場では話していいだろう。いや、また私が話さなきゃなの……
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第5話 タッグマッチ
ついにタッグトーナメントの日がやって来た。
箒からは剣の使い方を、セシリアからは射撃の回避を、鈴からは攻守のタイミングを、シャルからは状況判断を、楯無さんからは高速戦闘を、そして簪からは連携を。
すごいと思える人、尊敬できる人、そういういろんな人たちと出会うことで強くなれる、だったよな。
VIP席からの視線をかき消すくらいに、1組や4組のみんなの声援が俺たちを勇気づけてくれた。流されるがままに入学して、右も左も分からないような状態だった俺でも、今は白式を纏って1人の生徒としてフィールドに立っている。
簪にとっては初の公式試合だが、緊張はもうないみたいだ。
「よしっ! 勝つぞ、簪!」
「うんっ! 一夏!」
「フン、雑魚が馴れあっても無駄だ。」
隣り合っている俺達に相対しているのは、ドイツの代表候補生のボーデヴィッヒさんは黒い鎧を纏っている。まるで戦車のようなレールカノンはすでに俺に向けられており、よほどヘイトを飼っているらしい。
「……なぁ、あいつはなんで後ろにいるんだ?」
「私1人で十分だからだ」
そう答えた彼女にも、ずっと奥にもう1人の男性操縦者のあいつはペアのはずだ。現状は金色の巨大な翼を折りたたんでいる鎧に表情が隠されており、珍しく第一世代寄りの全身装甲であって、コアの問題から彼にしか扱えないらしい。
ともかく、あいつが連携をしてこないってのは内心ホッとした。
俺は、唯一の剣を両手に握り込んで一歩踏み出す。
簪は、薙刀を構えて俺の背後に並ぶ。
『試合、開始!』
「うぉぉぉぉ!」
わざと大きな声を出しながら、飛び上がって俺は前へ加速する。
「馬鹿の1つ覚えか」
性能では白式のほうが速いのに、すでに見下すように上をとられていた。
手をかざす仕草、やっぱりこいつはAICを過信しているよな。まるでトラップをしかけたかのように、俺の動きを強制的に停止させてから、無防備なところへ砲撃を放つのだろう。
でもタイムジャッカーたちと違って、こいつのあれは位置指定の技だろ?
「ここだッ!」
癖で思わず声に出てしまったが、授業でもやった急降下を行う。
「フン」
やっぱりあの時と同じように俺の視線は自然と地面に向いてしまい、白式のアラートが耳に響き、砲撃が来ることを警告してくれる。
だがこれで視線を釘付けにできたぜ。
「いっけー! 簪!」
6機かける8門、48発のマルチミサイルが発射される音がした。その隙に俺は何とか体勢を整えてから地面の上で滞空し、空を見上げる。
「くっ、止めきれん!!」
それでもいくらかミサイルがAICで止まっていて、あのまま直進していたらと思うとヒヤヒヤする。
簪が開発している最中の『山嵐』って、あれでも未完成らしい。手動で設定する必要があるから俺が囮になったわけだ。もし完成すればさらに細かく狙えて、しかも目線とかでも指定できるらしい。
観客席のみんなも驚いているし、さすがのボーデヴィッヒさんもこの初公開の武装には対応できないみたいだな。
数発のミサイルが直撃して、止まっていたミサイルと共に大きな爆発を引き起こした。セシリアが放ったミサイルに俺も直撃したことあるけど、その時とは量が違いすぎる。
ISのバリアがあるとはいえ。
「だ、大丈夫なのか? 」
別に敵でもないし、クラスメイトとして心配していたが。
なんか、急に寒気が。
ガンッという衝撃の後に、白式のアラートが鳴り響く。
「ッ!?!?」
慌てて揺れた頭を振って、今自分が壁に激突していることまでは分かった。
「一夏、そこから離れて!!」
「え……」
簪の焦る声に応じて動こうにも、諦めた。
セシリアのISのレーザーなんて比じゃない。
目が焼けるかのような光が広がっている。
こんなISを相手にするの、無理だろ……
「ァァァ!!?!?」
一瞬思考が飛んでいた。
熱いという感覚、そして遅れてやってくる痛み、咄嗟に腕で防いだが特にISスーツで守れていないところがひどい。白式の装備は俺へのダメージを肩代わりしてくれたかのように損傷しており、大きな翼は欠けている。
しかしなぜか思考は、いつもより冷静でいられた。
「おいおい、さすが主人公様、タフだな」
転がっていた剣を拾い上げて弄んでいる『敵』は、何かよく分からないことを言っている。
頭に熱を感じ、ズキズキとして、しかしそれを無視して一歩一歩、敵へ向かう。こいつらを倒さないといけないと本能が告げる。
「だが好都合だな。そこで見ていろよ」
剣士の姿をした黒い泥が、水色の髪の味方を襲っている。薙刀で打ち合っているが、敗北は時間の問題だろう。
そして俺に剣は無く、戦況は不利だが。
「お前の出番はないんだ。俺があいつを助けて、今度こそ手に入れる」
別に、こいつがやってもいいかもしれない。だがどうにもこいつは高威力の武装であの泥を壊すことしかしないように思える。
本来の力を出さない剣を舌打ちして放り投げて、再びあの高出力のレーザー銃を構えた。
なぁ、お前ならできるんだろ。
「だから力を貸せよ、白式!!」
「なっ! てめぇまた横取りする気かよ!」
白式は鎧を最低限に保ちつつ、その粒子を消費して左手に爪のような武装を作り出した。剣とまではいかないが、鋭利な近接武器というのはありがたい。
「オリムライチカ、対象を...」
頭がズキズキと痛む。
「...簪! もう少しそいつを抑えててくれ!」
「わかった。信じる!」
俺は片翼のスラスターだけで飛翔する。なんともバランスが悪く、地面スレスレな飛行だが、一撃ぶん殴るだけでいいんだ。
よく見れば、千冬姉の暮桜に似ていて、まさしくアナザー暮桜というべきかもしれない。俺もお前も千冬姉に憧れてるのは一緒みたいだな。
「うっ、やっぱり私なんかじゃ...」
まずい、簪の薙刀が弾かれてしまった!
「簪! 伏せなさい!」
「援護しますわ!」
鈴の龍砲、セシリアのレーザー、それぞれの射撃にアナザー暮桜は的確に剣で対処する。でも2人のおかげで隙ができた。
「単一仕様能力! 発動!」
爪に零落白夜を纏わせ、剣と打ち合えば、いわゆる偽雪片のエネルギーは霧散した。やっぱりこの黒い泥はなんらかのエネルギーでできているみたいだな。
「戻れぇぇぇ!!」
再び爪を振り下ろし、やがて元の黒い装甲に当たったとき、視界に雪のような真っ白な世界が広がっていった。
なぜか、俺はIS学園の制服を着ていて、ボーデヴィッヒさんは軍服を着ていた。たぶん現実の世界じゃなくて、夢とか精神世界とかだと思うけど。
「……教えろ」
「ん?」
どうやったら出れるのかキョロキョロしていたら、話しかけられた。
「お前がこのVTシステムに向かってくるのは見えていた。お前はなぜそこまで強い?」
「鍛えてるからって、自信持って言えるわけじゃない。やっぱり、みんながいたからだな」
それだけは自信を持って言える。
「周りに助けられてばかりだよ。俺も、千冬姉も」
千冬姉も家事とか書類整理はとことん苦手だから、山田先生によく助けてもらってるみたいだ。
「千冬姉のように誰かを護りたいって思うし、強くなりたい。まあ、国を守る仕事をするお前と比べれば狭いけど、俺もせめて手の届く範囲くらいはな」
「フッ、強いな」
「千冬姉からすれば、まだまだヒヨッ子らしいぜ」
あの時セシリアに対抗できたのも慢心していたからだし、鈴やシャルはもちろん、なんなら基本をしっかり学んで剣道の実力が高い箒にだって練習で負けることが多い。楯無さんには楽しそうにボコボコにされるし、乗りたての本音相手にも勝ちきれないし。
まあ、負けたら悔しいけど、ISスポーツってのは楽しくはある。命の取り合いとか、世界の命運がかかった決闘でもないしな。
「千冬姉に教えてもらおうぜ、いろいろと」
「そうだな。あの人は眩しいくらいに強い」
そして彼女は手を差し出してくれて、俺はその手を取った。俺の心が強いって意味なら、それは千冬姉に教えてもらったからだ。
「ラウラと呼んでくれていい、一夏」
「おう、ラウラ」
視界が光ると、俺たちはISスーツを着ていて、握手をしたままだった。お互いの健闘を称え合い、なんかもうテレビでよく見るスポーツ選手って感じだな、俺たち。
「あ~、これ試合はどうするんだ? 仕切り直しか?」
「あいつは知らんが、私としては完敗だな。次は負けんぞ」
慌ててこちらへ駆けつけてくる山田先生たちと入れ替わるように、あいつは背を向けて去っていく。その途中で、千冬と何か話してたけど。
「一夏、あんたバカァ?」
「そ、そんな怪我で戦ってましたの?」
鈴やセシリアに指摘されたが、まあ、身体中が痛いな。てかこれがあいつからの1発分のダメージとか、チートだろ。弾や数馬とやったゲームでもここまでのバランス崩壊はないぞ。
「一夏、ちょっと反省しよっか??」
「ふごっ...!?」
恐ろしく早い手刀で簪に気絶させられた。ふんわりと夢の世界へ旅立たせる威力というのが、さすが簪だぜ。めっちゃ鍛えてる。
てか、なんか事件が起こる度に、俺って医務室送りだな。
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