【助けて】呼吸使えるけど、オサレが使えない【転生】 (ぬー(旧名:菊の花の様に))
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死神代行を見守る編
無惨様のオサレ力は低い(確信)


鬼滅×BLEACHがやりたかった。
けど鬼滅の世界にBLEACHを持ってくるのは既存がある。

なら逆で良いじゃないか。

見通し適当なので皆さん自由に感想よろしくお願いいたします。


 オッスオラ転生者。

 20歳半ばで突然死んでしまったけど転生したみたいだ。

 

 最初は元の世界と同じ過ぎてもっかい現実世界をやり直すとかマジクソゲーとか思っていたら、そうじゃなかったらしいです。

 

 多分、ここ鬼滅の世界だわ。

 

 鬼滅ってあれね。

 呼吸というとんでも武術使って無惨様と戦うやつね。

 結構人気出て、リアルタイムで追っていて、面白いと思っていたけど、まさか自分がその世界に転生するとは思っていなかった。

 

 ……ん? 鬼滅の世界は大正の時代だから現実世界と近い世代だと違うだろ?

 

 俺もそう思ってた。

 

 けどさ、考えてみてよ。

 鬼滅の最後って、無惨様は死ぬけど鬼が完全に消えたとは表記してないよね。

 それに最後に鬼残っていたし。

 

 で、考えたわけですよ。

 

 ここは、鬼滅の最終回の後に作られた俺の知らない続編の世界線の鬼滅、だとね。

 

 それなら納得が行く。

 

「お前、明日から高校生になりなさい」

 

 ……人が地面に足を着けないように木に飛び移っている最中に何を言っているのですかクソジジイ。

 

「お主の努力はしっかりと見ていた。

 正直、才能はそんなでもないが、理解の速さとその努力量のおかげで一端の剣士になれていると儂も思っている」

「おいこら待てクソジジイ」

 

 ちなみに、まず前提の話だけど、俺は現状鬼なんて生物とは出会っていない。

 だから俺にとって鬼という存在は想像の中の存在。

 

 だけど、俺にとってこの世界は鬼滅の世界だと言わせる根拠がある。

 

 手に握っていた手頃な木の棒を腰元に構える。

 

 それが、

 

 シィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 霹靂一閃

 

「良い太刀筋じゃ。

 これならどこに出しても恥ずかしくないのぉ」

「努力量とか言いましたけど俺ジジイに殺されかけたんですけど!!! 毎日!!!」

「ほっほっほ。

 一週間後に入学じゃから準備しなさい」

 

 呼吸。

 これは鬼滅の刃で特徴的な、人間ならざる動きを可能にする戦闘術だ。

 本来ならば出せない身体能力を、特殊な呼吸法により、身体能力を活性化させる。

 その方法によって特徴的な型を使うことで、鬼を斬る。

 

「クソジジイ。

 今日は叩き伏せてやるわ」

「ほぅ、今日もやる気十分じゃな。

 それなら来なさい。

 勝てたら免許皆伝にしてやるぞ」

「いらないわクソジジイ!!!」

 

 死ぬのが日常的なあの世界の続編。

 悪い予感しかしない。

 

 だから俺は頑張った。

 頑張った。

 ジジイに殺意を抱きながら、頑張った。

 

 でもジジイにまだ一つも勝てたことはない。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 高校。

 俺の年齢は15歳。

 高校に通う年齢である。

 

 俺の修行は小学校の卒業とともに始まり、中学校時代は学校に行っていない。

 しかし、勉強に関しては前世の下地とジジイのやけに教えの良い勉強でなんとかなっている。

 

 ……義務教育受けてないけど、そこはジジイがなんとかしたらしい。

 あのジジイ、糞なくせして結構な権力と金を持っているらしい。

 

 だからこそ、俺はこうして高校に進学することができた。

 

 今日は入学式……らしい。

 

 三年間住んでいた、何もなさすぎる山から急に始まる一人暮らし。

 前世知識で何とかやっていたが、普通のこどもだったらまずなんともうまくいかないはずだ。

 いやできるのか……?(わからない)

 

「そういえば、学校ってなんて名前なんだろ」

 

 なんとか一週間で引っ越しと地理の把握といろいろとやっていたせいで、変なところが抜けていた。

 

 校門に立てかけてあるパネルを見ると、

 

『空座第一高等学校入学式』

 

 空座……知らないなぁ。

 鬼滅の最終回とか既に記憶の中で薄れてきているのに、最終回の高校の学校の名前を覚えているなんて難しいだろ。

 

 でも……なんか見覚えのある名前……。

 

 なんだろう。

 

 考え事をしながら歩いていき、事前に配布された資料をもとに、たどり着いた教室。

 1-A。

 教室を除くと、一部の生徒同士が仲良く話しているのは見かけられるが、その他はそわそわとしているのが見て取れる。

 当然、まだ全員は来ていないようで、空いている席は多い。

 

 黒板に張り出されたどこの席に座るのかの紙を確認していると、

 

「あっ、こんにちはー」

 

 隣から声をかけられた。

 いたのはわかっていたので、確認して去ろうと思っていた矢先だ。

 

 中学校に通っていないため、面識なんぞないが、誰かと間違えたのかと声の主を見ると、

 

「はじめまして、だよねー。

 私井上織姫っていうんだ―。

 よろしくー」

 

 のんきそうな声で、美人で、オッパイ。

 前世の、というか俺という個人が触れ合えるはずがないであろう美人が声をかけてくれた。

 

 嬉しい。

 やった。

 わーい。

 

 そんな感情が胸の中に襲いかかると思っていた。

 だが、俺の頭の中に広がる感情は、一つ。

 

「井上……織姫……」

「はい、そうですよ」

「えっと……おはよう」

「おはよう!」

 

 BLEACH。

 

 黒崎一護を中心とした、死神という存在を描くバトル漫画。

 目の前にいる彼女は、そんなBLEACHの登場人物の一人。

 

「おはよー織姫……ってあんた誰と話してるの?」

「あ、たつきちゃーん、おはよー。

 なんか見たことない人で同じクラスだからって声かけちゃった―」

「あんた、そんな理由で初対面の人に声かけるなっての……。

 ほら、声かけられて固まってるよ、そいつ」

「あ、いえ、大丈夫です、はい」

 

 ショートヘアで、少し強気そうな顔つき。

 織姫の友達。

 知ってる。

 たつき……この人一護の同級生……

 

 俺はさり気なく(足音とか気配とか諸々最大限に消しながら)自分の席に座る。

 

 遠目に織姫さんとたつきさんを見ると、俺がいきなりいなくなったように見えて動揺していた。

 

 俺はそんな二人を横目に、教室を見渡す。

 

 ……まだ黒崎一護はいない。

 

「おはよっす」

「一護、おはよー」

「黒崎くん、おはよう」

 

 oh……

 

 

 ここ、BLEACHの世界なの……?

 

 まじで……?

 

 俺、呼吸しか知らんよ??????



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15年前に読んだ漫画覚えてるやつとかいる???

 入学してからしばらく経ち、俺は普通の高校生活を営んでいた。

 

 ……黒崎一護? BLEACH?

 

 そんなもんは知らん!!!

 俺は地獄のような特訓で得た、優れた身体能力で華やかでモテモテの高校生活を贈りたいんだ!!!(欲望)

 

 前世の学生生活とかあんまりパッとしなかったから良いだろ?!(半ギレ)

 

 と思っていた。

 

「おっす、ゲンジ

 そんな景気悪そうな顔してどうしたのよー」

「うるへー啓吾。

 フラれたんだ見て分かれよクソヤロウ」

「いやそんな机に突っ伏した状態で何を理解しろってんだよ……」

 

 実際待っていたのは、この学校での俺の埋もれ具合。

 

 俺の身体能力は高い。

 それは確かだ。

 呼吸を抜きにしても、結構な身体の力を身に着けた自身がある。

 

 だけど、この学校には上がいるのだ。

 

 黒崎一護、茶渡泰虎。

 あの二人、俺の呼吸を使わない状態での身体能力より運動神経良いとかまじどうなってんのよほんと。

 それにアイツラ頭良いせいで俺の普通の成績がまるでマイナスポイントみたいに……

 

「ゲンジおはよー。

 フラれたの?」

「水色おはよう。

 ……な?」

「なんで俺を見るんだゲンジ?!

 なんだそのなんでお前は理解できないんだという目は?!」

「え、この状態のゲンジを見てフラれたの分からなかったの?」

「水色ぉ?! お前に関してはなんでわかったの?!」

 

 目の前にいるのは、浅野啓吾と小島水色。

 多分BLEACHでの主要キャラ……だったはずだ。

 

 正直、BLEACHに関して俺はそんなに知らない。

 

 漫画もアニメも見たことはあるのだが、転生する前の話。

 ビジュアルは覚えているので、なんとか主要キャラの顔くらいは覚えている。

 だから正直これから出てくるキャラの名前とかは覚えていない。

 

 ……いや、最初からBLEACHの世界、とかだったら全部覚えてようとしたよ?

 けどさ、この世界を鬼滅の世界だと思っていたから鬼滅の知識は忘れないようにしていたんだよね。

 徒労だったけど。

 

「おはよっす」

「イチゴぉ?! 助けてみんなが俺を虐めヘブシっ!?」

「いきなり来んなよ怖いわ……」

 

「おはよーイチゴ」

「おっす水色。

 今日は早いんだな」

「いやぁ。恵ちゃんが朝早い出勤だからね……」

「相変わらずだなお前は……」

 

「○ね」

「なんで源氏はこんなに好戦的なんだよ……」

「フラれたから……じゃないのか?」

「それなのにイチゴにそんな態度取るってことは……」

「またお前のせいでナァァァァァァ?!?!」

「ってうぉい?!」

 

 高校生活をエンジョイする。

 そう決めた俺は、女の子にアタックしている。

 

 まだ高校に入学してから長い時間経ってないのに告白した回数は、3回。

 

 結果?

 見ろよ、こうして男どもとつるんでるぜ?ハハッ

 

「「あ」」

「なんでそんなに俺に突っかかってくるんだよ?!」

「……ハ?」

 

 前世も含め、童貞付き合いの経験のない俺は、攻めの姿勢を取ることにした。

 そう、告白するのだ。

 俺の今のスペックは悪くない。

 

 だからこそ目指したリア充生活……っ!!

 

「『私……黒崎くんが好きだから……ッ』」

「啓吾正座」

「えっ」

「なかなか似てるからむしろムカつくねそれ」

「えっ」

「流石にないと思うぞケイゴ」

「えっ」

 

 この状況を理解してくれる人は、おそらく『呼吸使えば良いのでは?』とか思っているのだろう。

 だけどそんな人達に言いたい。

 

 俺は三年間死ぬ気で呼吸を使えるようになり、死ぬほど強くなった。

 

 おそらく呼吸を使えば瞬きよりも先にこの教室にいる人を殺せるだろう。

 それくらいの力量はあるつもりだ。

 

 だからこそ、

 

 呼吸使うと手加減が超難しいんだこれ。

 ほんと、一回だけ体育のサッカーで呼吸使ってやろうとしたときは災難だった。

 

 どう頑張ってもボールが消失する。

 俺の蹴りでどうしてもボールが消失する。

 

 こんなもの使って人とぶつかったら死ぬでしょ、まじで。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 朝の戯れも過ぎ、いつもの日常が過ぎる。

 

 正直、一護とかその周辺と付き合っていれば、危険なことに遭うのはなんとなく察知できる。

 そりゃ、この世界はBLEACHの世界なのだから、黒崎一護という主人公を中心に回っている。

 

 だから俺は本来は主要キャラから離れて静かに暮らしたほうが良いと思う。

 

 でも、

 

「一護、今日も行くんか?」

「ん? あぁ」

「ゲンジ、イチゴと帰るの?」

「そうそう、今日はこいつに教えてほしいことあってなー」

「そっかぁ。

 今日は僕無理だなー」

「水色はさっさと女のところに行ってこいよ」

「ハハハ、嫉妬はだめだよゲンジー」

「はぁ?」

 

 放課後。

 俺は一護に話しかける。

 途中水色が話しかけてきたが、ついては来ないようだ。

 俺の睨みに笑いで返しながら、水色は教室を去る。

 

「あら? 啓吾は?」

「ねぇちゃんに頼まれたもんがある、だとよ」

「あいつも災難だな……」

「ま、そう言ってやんなよ。

 あいつのねぇちゃんいい人だし」

「あったことないな……」

「だろうな。

 あいつのねぇちゃんケイゴに容赦ないし、ケイゴも友達会わせたくないだろうし」

 

 一護の準備が終わり、二人揃って教室を出る。

 しばらく二人で歩き、目的の場所に向かう。

 

 着いたのは、俺の家でも一護の家でもない。

 

 そこは、電柱。

 

 本来なら誰もいないはずの、なんてことない電柱なのだが、

 

「あ」

「は?」

 

 俺と一護は、視線を下に向け、声を上げる。

 

 下においてあったのは、花瓶。

 

 倒れた花瓶。

 勢いよく倒れたのだろう、割れ、花が飛び出している。

 

「ヒック」

 

 聞こえる啜り泣き。

 

 俺と一護は電柱の影を見ると、

 

「ヒック……ヒック……」

 

 頭から血を流した女の子が、しゃがみこんで泣いていた。



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オサレとか気にしてる場合ではない

本作では、
・BLEACH漫画版中心に二次創作を行います(アニメ、映画キャラは出ない)
・時系列の変更と物語の変更

があります。
しかし、極力本家の設定、雰囲気を変えないように努めていきますので、よろしくお願いします。


 血まみれの少女。

 普通に考えれば救急車ものだけど、俺らはそんなことを気にしていない。

 

「これ……誰がやったんだ?」

「お嬢ちゃん、これ誰がやったの?」

 

 一護は今いない花瓶を倒した犯人に対して。

 俺は座り込んだ少女に対して。

 

「ヒック……さっきまでここにいた……お兄ちゃんたちくらいの男の人……」

 

 血まみれの少女は、言葉を発する。

 普通に考えれば声を出せるような状態でないのは明らかである。

 しかし、少女ははっきりと言葉を紡ぐ。

 

 この子は幽霊である。

 

 ……いや、別に俺の頭がおかしくなっただけでなく、俺がただの『視える人』だったのだ。

 

 だった、というのも、俺が霊媒体質だというのは高校生になってから気づいたことで、今だって理解はしているが普通に幽霊は怖い。

 だけど、目の前の少女は少しだけ交友のある幽霊で、別に怖いものではない。

 それが理解できているから、こうして普通に話している。

 

 ……というかなんで今まで気づいてなかったかって話だけど、おそらくは山ごもりのせいだろう。

 中学校の頃三年間を俺は山でジジイと過ごしていたのだ。

 幽霊でさえいない山奥でやっていたので、仕方がないといえば仕方がないのだ。

 

「一護」

「源氏」

「「殺るか」」

 

 そんでもって、この隣の黒崎さん家の一護くんも霊媒体質。

 視える聞こえるはもちろんのこと、触れる憑かれると超A級の霊媒体質らしく、少し不憫ではある。

 

 ……というか最初そんな設定だったのね、知らんかったわ。

 俺だって知っていたら警戒していた。

 

 けれど俺が見えてしまうもんだから、それであれよあれよと黒崎と引き合ってしまい、こうして二人きりで幽霊関係の面倒事を片付けている、という算段だ。

 まぁ、なんか化け物が出たら俺は速攻で逃げればいい。

 多分人が死ぬことはない……漫画だったはずだから、俺が関わらなければ一護がなんとかしてくれるだろう。

 

 だが、それまでは普通に友達としてこいつとつるんでいる。

 一護自身も家族以外で霊媒体質のやつを見るのが初めてだったらしく、最初はめちゃくちゃ珍しがられた。

 

 俺も一護の霊媒体質を不憫に思うし、普通にこういう輩とかを懲らしめたいと思う気持ちはあるので、少々手伝いをしている、程度のものだ。

 

「待って、お兄ちゃんたち」

 

 俺らが指を鳴らしながら、突撃の準備をしていると、少女から声がかかる。

 

「お願いがあるの……」

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「いやぁ、あれはスカッとしたなぁ!」

「ま、あれくらいお灸を据えてやれば今度はやらなくなるだろうな」

 

 一護と幽霊の少女と俺で、花瓶を倒した連中を少し懲らしめて(少女を使ってビビらせた)やり、花瓶と花を明日手向ける約束をした帰り道。

 

「それにしても、幽霊って姿を見せれるもんなんだな」

「まぁテレビのだって本物いるし」

「マジ?」

「源氏、お前視えるんじゃないのか?」

 

 俺の山ごもり生活に関しては伏せてある。

 まだ可能性として鬼が出るというのは考えられるため、不要な戦いに一護を巻き込みたくはない。

 それに俺の血筋は何か面倒らしい。

 

 詳しくはジジイから一本取れたら話してやるって話だったからまだ聞けてはいないが。

 

 だから俺に関しては遠くの中学から越してきたやつ、という設定だ。

 

「いやぁ……俺はテレビ越しだとわからないんだよねぇ……」

「そうなのか」

 

 人それぞれなんだな、と一護は納得してくれる。

 

 その瞬間。

 

 

 キャァアァァァァァアアァ!

 

 

 悲鳴。

 幼い少女の悲鳴。

 

「ッ?! 源氏?!」

「聞こえた! これってっ!」

 

 俺と一護は二人で顔を見合わせる。

 俺らの周囲には、住宅街ということもあって人がまばらにいる。

 だけど、その誰もがこの悲鳴に気づいていないのか、関心を示していない。

 

 それに、この悲鳴は。

 

「あの子の悲鳴かっ?!」

 

 一護の言葉に俺も自分の中の予想が確信に変わっていくのが分かる。

 

 走る。

 

 一護のほうが身体能力は高いだろうが、こちとら高校生になってからも全集中常中を鍛えているせいで、持続的に全力を出すのには慣れている。

 息の切れる一護と、一切息を切らさない俺。

 

 たどり着いたのは、先程の電柱。

 

 あの少女は……

 

「オイッ?!」

 

 思わず一護が声を上げる。

 周囲には人がいない。

 良かった。

 

 そんなことを確認しながら、俺は目の前の状況を整理する。

 

 場所は住宅街から少し離れた道路。

 人通りの少ないここは、先程の男どもの様に子供が遊びに来るような場所だ。

 

 そこにいるのは、俺、一護、幽霊の少女、そして、

 

「化け物……」

 

 思い出した。

 虚(ホロウ)

 BLEACH世界における敵の名称。

 でも俺の記憶にあるのは仮面をかぶった人だったはず。

 

 こんな化け物だったか?

 

 目の前にいるのは異様に長い腕と短い足をもった、白を基調とした人のようなフォルムの化け物。

 明らかにおかしいその形態に似合わぬ仮面と、胸に空いた穴。

 

 BLEACHに関する記憶が結構ごっちゃだからか、目の前のが虚だと断定ができない。

 

 けれど、これだけは分かる。

 

「てめぇ! その子を離せ!」

 

 一護は即座に殴りかかりに行く。

 

 そりゃそうだ。

 目の前の化け物は、仮面をしているにも関わらず、大きな口を開けて、その長い腕で捉えた少女を食おうとしている。

 

 状況整理のせいでワンテンポ遅れた俺と、即座に飛び出した一護。

 

 全く知らないシチュエーションに、俺は困惑する。

 

 今の一護は死神なのか。

 物語はこんな始まりだったのか。

 一護はなんで死神の姿をしないのか。

 

 巡る思考が動きを止める。

 

 それに付随する、恐れ。

 

 化け物を目の前にして分かる、恐れ。

 

 死の気配を纏うそれは、到底普通の人間が叶うものではない。

 一護は死神だから大丈夫……

 

 ドガッ

 

 あまりにも鈍い音。

 音の後に一護が吹き飛ばされた後だと気づく。

 

 近くの広場に飛ばされた一護は、砂煙を上げながら地面に叩きつけられる。

 化け物を見ると、少女を持っていない方の手を振るっていた。

 あの一護の体長ほどある手で殴られたのだ。

 

「一護……っ?」

「源氏……お前は逃げろっ……。

 こいつは俺が食い止める……っ」

 

 一護は砂煙の中から立ち上がり、俺に声をかける。

 こんなときでも俺のことを心配している……。

 

 いや、今は俺がいるから死神になれない?

 

 物語的な都合を考える。

 

「キャァァァアァァア!」

 

 

 そこで、思考の糸が切れた。

 

 

「やめだ」

 

 考えるのは、やめだ。

 

 BLEACH? 漫画の世界?

 

 ふざけんな。

 

「友達が傷つけられて、へらへらしているやつがあるか?」

 

 こういう時のために鍛えてきたんだ。

 こんな化け物と戦うために鍛えてきたんだ。

 

 今使わずして何に使う。

 

 生きてる死んでいる関係ない。

 

 友達だから、救う。

 

 シィィィィ

 

 口から音が漏れる。

 

「オイッ! 何やってん……だ…………源氏?」

 

 一護の声が聞こえるが、気にしない。

 

 決着は一瞬だ。

 腰を落とし、まるで居合の姿勢の様な形を取る。

 

 呼吸。

 それは人体の身体能力を飛躍的に上昇させる方法の一つであり、それを利用した型と呼ばれる技は幾重も存在する。

 俺は三年で全ての型を使えるようになり、常中もそれなりの練度まで身につけている。

 

 そして、この型というのは鬼滅世界では基本的に刀を使用して行われる。

 当然だ。

 鬼の頸を斬るには特殊な刀でないと行けないのだから。

 

 だけど、現代に置いて刀をおいそれと持ち歩ける環境ではないのは事実。

 それを汲み取ってか、俺の知っている鬼滅の型とは少し違うものが存在している。

 

 それが、

 

 無手:雷の呼吸:壱の型

 

 霹靂一閃

 

 俺の体は消える。

 

 次に現れるのは、化け物の背後。

 

 手を空に払う。

 

 そして、

 

「は?」

 

 化け物の頸が切れ、頭が地に落ちる。



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問い詰められたときってめっちゃ頭こんがらがる

「何したんよゲンジ」

「撥ねられた」

「にしても右腕だけ?」

 

 虚を倒した翌日。

 俺は首から白い布をぶら下げて登校していた。

 

 これが意味するのは、骨折。

 右腕が使えないことに不便さを感じながらも、生活をしている。

 

 そんな俺の様子を見るなり水色と啓吾は不思議そうな顔で俺のことを見る。

 

「なんでそんな顔で見る」

「だって、そんな一護とかチャドみたいな理由で怪我してくるなんて……ねぇ」

「とうとうお前もそっち側に行くのか……?」

「そっち側ってどこなんだよ……」

 

 思わずツッコミをするが、どうやら信じてもらえたようだ。

 

 これは、先日の手刀による虚討伐の影響だ。

 

 ちなみに骨折と言っているが、そんなもんでは済んでいないのが現状だ。

 俺の右腕はボロボロである。

 正直動かすのに結構痛いので、極力右腕は丁重に扱いたい。

 

 あの戦いで、全集中常中により肉体を強化していたし、人ならば俺の手に何らかのダメージが残るようなことはない。

 けどそれはあくまで人間と対峙したときの話だ。

 化け物相手にその話が通じるなんてことはなかった。

 

 というか無手に関してはあくまで応急的な技であり、本来は武器を持って使用するのが普通である。

 

 一応、ジジイの知り合いの医者に見てもらい、適切な処置をしてもらったから、後は必要な時以外は常中でなんとか治せるだろう。

 医者は一ヶ月必要とか話していたが、常中していれば一週間程度でなんとかなるだろう。

 

 それにしても、少し感じの悪い医者だった。

 ジジイの知り合いだから当然か?

 

「HR始めんぞー」

 

 そこから怪我のときのことははぐらかしながら、朝のHRを迎える。

 

 一護の姿は、なかった。

 

 一護に関しては、俺が倒した後に緊張の糸が切れたのか、気を失っていた。

 俺も腕が大変なことになっていて気絶しようかと思っていたが、そうは行かない。

 

 ここは人通りが少ないとはいえ道。

 誰か通って怪我をしたオレンジ髪の男子と右腕を血まみれボロボロにした男子を見ればどう思うだろうか。

 

 すぐさま右腕に応急処置を施し、常中全開で一護の家まで一護を送り届けた。

 

 常中していたので、別に一護程度はどうということ無く俵持ちで置いてきた。

 

 家の前に投げ捨ててしまう結果となったが、いきなり息子を肩に背負った重症の人間が来たらどう思うだろうか。

 

 その様子からしても、一護はまだ目覚めないんじゃないのか。

 

 それにしても、右腕を使えないというのは面倒だな、と思考を切り替える。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「ゲンジー」

「ん? どうした有沢」

 

 ときは過ぎ、昼休み。

 左手で食えるコンビニ飯を手に屋上にでも行くかと立ち上がると、声がかかる。

 声の主は女子。

 

 しかし声を聞いた瞬間に期待なんてない。

 

 声の主は俺のストライクゾーンを出ている女子なのだ。

 

 有沢竜貴。

 一護の幼馴染で、こいつもまためっぽう運動神経が良い。

 呼吸を使わないと勝てない人間の一人である。

 

「一護のやつ知らない?」

「ん? 一護だったら……ってなんで俺が知ってると思ったんだよ。

 あ、井上さんも」

「いやさ、あんた昨日黒崎と一緒に帰ってたじゃない。

 なんか知らないかなって」

「…………ただのサボりだろ」

「なんで考えたのよ」

 

 有沢の方を向くと、そこにはクラスのマドンナであり不思議生命体の井上織姫さんがいた。

 

 井上織姫。

 我が空座第一高等学校のマドンナ系存在であり、俺の憧れ……とかではない。

 普通に可愛いと思うし、良いなとは思うが、原作というものを知っているばっかりに、この子は一護とくっつくのか……という戦ってもいないのに感じる敗北感から、恋愛対象とかではなく、不思議生命体としてみている。

 なんか……独特な感性を持っているため、時々あれ? 俺会話してるよね? と思う時があるのだ。

 

「別に知らないから思いつく理由と言ったら、って話だよ」

「いーや、明らかになんか考えたね」

 

 有沢の癖に勘が鋭い。

 

「よっ、たつき、井上さん。

 飯誘いたいんだけど、なんかあったの?」

「ゲンジが一護の休みの理由を隠してる」

「あ? アイツサボりじゃねぇの?」

「それだったら誰かに連絡くらいしてるでしょ。

 あいつ真面目だし」

 

 さすが一護の幼馴染。

 一護はたしかにサボるときは誰かに連絡を取って、ノートを借りたりする。

 俺とか有沢によく連絡を入れているはずなので、俺がここで帰って嘘の報告をしたところで、証拠のメールを確かめられるだろう……。

 

「確かに黒崎くんってサボるっていってサボるよねー」

「それにさゲンジ、なんで今日に限って怪我してんの?

 はぐらかされたけど、理由は?」

 

 井上さんのアシストに、水色のゴール。

 

 俺ににじり寄るメンツをどうしようかと冷や汗を浮かべていると、

 

「俺がどうしたんだよ」

 

 みんなの視点が声の方に向く。

 

 そこにいたのは、いつもと変わらない一護の姿。

 

 みんなが何してんだお前、という視線を送っていると、

 

「今日は寝坊したんだよ。

 昨日の録り溜めてたドラマ見てな……ふぁぁ」

 

 一護は自然に話し、あくびを漏らす。

 

 一護なりにかばってくれているのだろう、そんな嘘に俺はありがたみを感じる。

 

 昨日はそんな事できる状態じゃなかった。

 一応応急処置は行って、全身に軽い打ち身が見られた。

 ……軽い打ち身で済むはずないんだけどなぁ……こいつマジで人間か? と思ったのは俺の胸にしまっておく。

 

「それと、源氏のその怪我は、昨日轢かれそうになったところを助けてもらったんだよ」

 

 まじで助かった、という一護の言葉に、みんなは納得したような表情を見せる。

 

「ゲンジ、多分イチゴのことだからあいつが轢かれたとしてもピンピンしていると思うから、助けなくても良かったんだぞ?」

「なわけねぇだろ」

 

 啓吾の軽口に、俺は心のなかで確かに一護は車で轢かれても大丈夫そうだ、と思いながらも、

 

「ふーん」

 

 まだ有沢は俺のことを疑った目つきで見てきた。

 

「それじゃ、屋上行こうよ。

 誰かに取られる前に」

「だな」

「誰かおにぎり持ってくんね?」

「俺が持つわ」

「サンキュ一護」

 

 俺はその視線に気づかないふりをしながら、屋上に向かう。

 

 途中、一護が俺の荷物を持ってくれた。

 

 その時、一護は俺にだけ見えるように、掌に忍ばせていたメモ帳を俺に見せる。

 

『昨日の話がしたい』

 

 ……まぁ、そうなるよねぇ



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オサレじゃないジジイ

※BLEACHの世界では連載初期はスマホないです(ガラケー)


 ヤバい

 

 何がやばいってこの状況がヤバい。

 

 現在俺は、帰る直前である。

 いつもの流れだと、今日は啓吾と水色も特に何もない感じ(昼に話してた)だから、ファストフード店にでも誘われるだろう。

 

 適当にダベって、ポテトかじりながら、ゲーセンにでも寄って帰る。

 

 うん、良い高校生だ。

 

 しかし、おそらく今日はそれが叶わない。

 

 なぜなら明らかに一護が俺の事をチラチラ見ているのだ。

 ホモビなら始まるわ。

 

 失礼。

 

 そんな感じで、現状一護に昨日の事を聞かれるのは確実。

 どの段階で気絶したのかは知らないが、俺が虚を倒したのは目撃されたはずだ。

 

 どうして?

 

 あんな人間をゴミのように扱う化け物を倒した俺に出る感想だろう。

 

 そして一護は色々と思う。

 

 俺が過去のことを話したがらない様子だったり、体育とかで呼吸の調整ミスって超人技かましたことだったり。

 

 その結果俺はどの様に映るだろうか。

 

 多分、多分一護はまだ死神になってないから分からないだろう。

 

 そんな相手に俺はなんと説明すればいいだろうか。

 

 化け物見た後だから、呼吸の訓練で3年間山篭りしてたって言っても伝わる?

 

 …………いや無理だろ。

 100無理だろ。

 

 呼吸を知っていたとしても分からんだろ。

 俺だって戦う対象知らされてないのに訓練してたんだ(鬼だと思い込んでいた)

 

 だから正直なんて言うかマジで悩んでいる。

 

 いやどうしよう。

 ゆっくり片付けながら、憂鬱なため息をつく。

 

 左手だから面倒臭いと思いながら、背後から近づく一護の気配に心が沈む。

 

「なぁげん……」

 

「あ、ちょっと待って」

 

 一護から声をかけられそうになった瞬間、電話が鳴っているのが見えた。

 

 着信音は切っているので音が鳴り響く、なんてことは無いが、カバンの中で光っているのが見えた。

 

 本来なら無視してもいいのだが、今回は電話をかけてきた相手が悪い。

 

『我妻丈』

 

 同じ苗字を持つ相手からの電話。

 

 俺は両親が生まれて直ぐに死んでしまった。

 さらに親戚も居ないことから、同じ姓を持つ人間は一人しかいない。

 

「わりい」

 

 荷物を置いて、携帯だけ持って教室から出ていく。

 

 ナイスクソジジイ。

 

 心の中でそう叫びながら、俺はトイレに向かった。

 

 誰もいないことを確認して、個室に入る。

 

「なに?」

『遅い』

「学校、普通、携帯使っちゃダメ」

『面倒臭いのぉ。

 便利なものは使わんと』

「知らんがな」

 

 開口一番ディス。

 若干ムカつくが、この軽い口喧嘩が俺とジジイの普段のスタイル。

 

 ジジイからすれば子供の可愛い口答え。

 

 俺からすれば殺したい相手に本気の殺意の言葉。

 

 そういうことだ。

 

「で?」

『おぉそうじゃった。

 ちょっと用があっての』

「なんの?」

『お主、戦ったそうじゃの?』

「…………誰から聞いた?」

 

 今更隠す必要は無い。

 ジジイに隠したところで意味は無い。

 

『昨日行ったじゃろが、病院』

「あ、確かに」

 

 昨日俺は一護を送った後、ジジイの紹介した病院に行った。

 ジジイの紹介、ってことは当然、ジジイの知り合いがいるわけで、

 

『聞いた感じ、無刀使って無理して腕ぶっ壊したんじゃろ?』

「まぁ」

『それはそれは』

 

 電話越しにジジイのほっほっほ、という爺らしい笑い声が聞こえる。

 ムカつく。

 

『うむ……。

 話をしてて、聞きたいことが出てきた』

「なに?」

『お主、なんで化け物の正体を聞かないのじゃ?』

 

 あ。

 

 やったわ。

 

 知ってるから聞いてなかったけど、確かに。

 普通聞くよな。

 

 俺もそう思う。

 

「……なんか、別にいいかなって」

『ほう、何故じゃ』

「分からんし」

『儂ならば知っていてもおかしくはなさそうじゃが?』

「倒せるならまぁ、大丈夫だし」

『腕を怪我しているが?』

「次は逃げる」

 

 なんか要領を得ない答えになってしまったが、ぶっちゃけ今後戦いたいとは思わない。

 

 俺部外者だし。

 

 昨日は一護助けるためだったし。

 

 多分一護死神になったら俺出番ないでしょ。

 

『相も変わらず自分本位な考え方じゃのぉ』

「友達位を救えれば上々」

 

 まぁ俺が殺されそうとか、啓吾はいいけど他の友達死にそうだったらまぁ助ける。

 自分死なないのなら(大事)

 

『本当は儂に勝てるようになってからと思ってたんじゃが……』

 

 電話越しのジジイの声は心配そうな声だ。

 ……なんか不穏だ。

 

 なんか、俺の脳内アラートが反応している。

 

 これ、フラグ?

 

『今日』プツッ

 

 今日って言ったよな?

 今日なんかあるのか?

 

 ジジイからの提案とか不安要素しかない。

 てっきり愚痴でも聞かされるのかと思ってたわ。

 

 あのジジイなんか今日本に居ないらしくて、やれ海外は……とたまに俺に愚痴の電話をよこす。

 

 今日は一護との会話を避ける為に使わせてもらったけど、なんかやばそう。

 具体的には分からんけど……なんか鬼出てきそう。

 

 "お前の使命は鬼という名の虚狩りじゃあ!"

 

 うわぁ…………ありそう。

 

 鬼っぽくないけどこの世界の怪物って虚だけだよな?

 

 携帯が鳴る。

 

『我妻丈』

 

 うわぁ……

 

 無視しよ。

 

 これなら一護にトンデモ過去話するほうがマシだわ。

 

 ちらりと携帯を確認する。

 

 メールが一件。

 

 差出人は、『我妻丈』

 

 メールには既読とかないので、一応確認する。

 

『差出人:我妻丈

 件名:死ね

 本文

 今日下の地図の場所に来い。

 今すぐ。

 さもなくば殺す』

 

 いや下に地図ないんだけど、ちゃんと添付しろやクソジジイ。



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おちゃらけキャラはシリアスになった時のオサレが〇

「ここか」

 

 そうして俺は、一護から逃げた。

 

 これだけ聞くと人聞き悪すぎるけど、これにはしっかりと理由がある。

 

 今の俺の状況が分からなさすぎるのだ。

 

 具体的には、俺は鬼滅寄りの人間なのか、BLEACH寄りの人間なのか。

 というか俺って何問題。

 

 実際、俺は虚を殺せた。

 死神じゃないと出来ないと思っていたけど、俺は虚を殺せる存在なのだ。

 

 それはつまり、俺自体がBLEACH寄りの人間である可能性がある。

 

 死神かもしれない!!!!(嬉しい)

 

 なんかBLEACHで人死ぬのとか聞いたことないから、それだけでも生き残る可能性めっちゃある。

 逃げれば大丈夫まである。

 なんだったらオサレ度高めれば無敗行けるかもしれない!!

 

 オサレとかイマイチ理解してないけど!!

 

「合ってるよな?」

 

 本当に目的地が合っているのか分からないので、再度確認を行う。

 

 俺がBLEACH寄りの人間であれば良い。

 それはそれで俺が力をつけて生き残れる可能性が上がる。

 なんだったら呼吸持ってるから無双とか出来るかもしれない(下心)

 

 しかし。

 

 もうひとつの可能性がある。

 

 これが鬼滅寄りな世界だったら、だ。

 

 今のとこ可能性は低いが、なくはない。

 

 BLEACH世界に鬼滅の刃混ざってる可能性も十分にある。

 その時が一番怖い。

 一護とかも死ぬ可能性があるんだよな……あれ……。

 

 だから俺は知っておきたい。

 

 この世界何?

 俺って何?

 死神なりたい。

 

「猫?」

 

 目の前には今、ボロい商店がある。

 大きな看板には『浦原商店』と書かれている。

 誰か外にいる気配はなく、本当に店をやっているのかが分からない。

 

 そんな商店の前に、猫が現れた。

 

 やけに毛並みの整っている黒猫。

 

 近寄って来る黒猫に、人に慣れてるのかと触ろうとすると、

 

 ダッ!!!

 

「???」

 

 俺は後ろに飛んでいた。

 

 反射。

 

 生きるために身につけた、生きるための本能。

 クソジジイから受ける訓練でたまにある死に際を見極めるために身につけた、反射。

 

 それが反応した。

 

 黒猫に?

 

 辺りの気配に変なものは無い。

 いるのは黒猫だけ。

 

 自分でも理解できない状況にたじろいでいると、黒猫は俺に興味を無くしたのか、ぷいと顔を背けて去っていった。

 

「あれ? ここにいるはず……って、どうしたんすか?」

「あ、えっと、ここに用事があって……」

 

 その黒猫と入れ違いで店の中から出てきたのは、特徴的な男性。

 下駄にマント、深いハットを被った痩せ型の男。

 

 手には牛乳瓶を持っている。

 猫にあげるのだろうか。

 

 そんな男が、飛び退いている俺に声をかけてきた。

 

「あ、それならアタシが店主っすけど……」

「え、そうなんですか?」

 

 思わず聞き返してしまう。

 

 こんな変な人が店主……あっ。

 

「……すいません。

 失礼しました」

「あ、いいえ、別にいいんっすけど……」

「俺、我妻源氏って言います。

 祖父からの紹介で……」

「あぁ! 丈さんのとこの!

 お待ちしておりました!」

 

 俺は態度を改める。

 

 いきなり態度を改めたのは、気づいたからだ。

 

 この人か。

 俺が飛び退いた理由は。

 

 恐らくは死神的なニュアンスの人だろう。

 俺のことを見張っている時に殺気が漏れた、的なやつだろう。

 ……分かんないけど。

 

「じゃあ、まずは店内でお話でもしましょう!」

「ありがとうございます」

 

 それにしてもこの人……誰なんだろう……。

 BLEACHの人なのかな……。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「あやつ、儂の出す殺気に気づいておったの。

 なかなか面白いやつじゃ」

 

 猫が自身の前足で頭を撫でる。

 可愛らしいその姿に見合わぬ、人の声。

 

 辺りには誰もいない。

 

「それにしてもあやつの気配は……。

 一度喜助に聞いてみるかの」

 

 いるのは黒い猫。

 不幸を告げる、黒い猫。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「えっと、改めてアタシがここ、浦原商店の店主、浦原喜助っす」

「我妻源氏です。

 我妻丈の孫です」

「お茶です」

「あ、どうも」

「コチラの方は握菱鉄裁さん。

 うちの従業員っす」

「はぁ」

 

 店の中に入れてもらい、なされるがままに茶を出され、お話が始まる。

 握菱鉄裁さん、というのは筋骨隆々で不思議な髪型をしたおじさんだ。

 

 明らかに浦原さんより歳はいっているはずだが、浦原さんが店長なのか。

 

「えっと、それで今回は……」

「ジジイ……祖父からは、ここに来い、とだけ連絡を貰っています。

 それ以外は何も」

 

 茶を啜りながら答える。

 美味い。

 

「うーん……。

 ってことはあたしに一任する、ってことっすかねぇ?」

「あの、祖父からはなんて……」

「出来の悪い孫が行く、頼んだ。

 渡して欲しいものも渡してくれ、と」

 

 思わず額を抑えた。

 意味がわからない。

 

 いや、あのジジイに意味の説明を求める時点で間違いなのは理解しているのだが、それでもこう言わざるを得ない。

 

「えっと、俺から聞きたいことは……」

「幽霊を襲う化け物」

「……はい」

「まぁ、そうっすよねぇ。

 黒崎さんと一緒に襲われたっすからねぇ。

 倒したのは素直に凄いですが」

「相当やられましたけど」

「ははは。

 一般人がそれだけで済んでいるのが奇跡なんすよ」

 

 一般人。

 俺は一般人なのか?

 

 化け物に襲われながら右腕ボロボロになって倒したのは一般人か?

 

 久々に向けられた言葉に自分で困惑しながらも、

 

「あと自分」

「自分、っていうと?」

「祖父からは何も説明を受けず、修行させてもらったので、あんまり分からないんですよね。

 強くなる理由が」

「……ほぅ」

 

 俺の言葉に、浦原さんの目が細くなった気がした。

 ……ハットのせいでよく見えなかったが。

 

 浦原さんは、そのまま少し俺を見たと思ったら、

 

 ピタッ

 

 俺の額に、杖の先が当たっていた。

 

 何を言っているのか分からないだろう?

 俺も何言ってんのかは分からない。

 けど、事実だ。

 

 俺と浦原さんは向かい合って座っている。

 距離は少し離れていて、手が届く距離ではない。

 

 浦原さんの手には何も握られていなかった。

 だけど、一瞬にして俺の額には、J型の杖の先が当たっていた。

 

 反応できなかったことに驚いた。

 

「なんで避けないっすか?」

 

 でも、それだけ

 

「アタシが今敵だったら、あんたは殺されている」

「え? やる気なんですか?」

 

 思わず聞き返してしまった。

 

 こちとら伊達に命懸けて3年訓練してた訳じゃない。

 先程の反射もそうだったが、命を取る行動は、それが当たり前でない限り自然と気配が出る。

 

 それを自然と読み取れるようになっている(ならないと死んでる)ため、今の攻撃に一切の意思がないのは分かる。

 

「…………プッ

 面白いっすねぇ、源氏さん」

「あ、こっちこそごめんなさ……」

 

 瞬間、顔を傾ける。

 

 反射だ。

 

 瞬間で常中へ。

 

 先程まで頬があった部分に、光が走った。

 

 なんなのかは分からなかった。

 けど、分かるのは、

 

「殺す気ですか!?」

「これはちゃんと躱すんすねぇ?」

「感心しないで!」

 

 ふざけとかなしに、俺を殺しに来た。

 いや死んではなかっただろうが、俺に怪我をさせる気はあった。

 

「いやー。

 ほんとに分かるのかって……つい」

「ついで殺される身になってください?!」

「アハハ。

 それは、ほら、アタシのイケメンフェイスで一つ」

「フェイスほとんど隠してる人が何言ってるんですか?!」

 

 この人危ない。

 俺の中で危険度高めの人に設定された。

 

 浦原さんは、俺の背後に出来たであろう壁の穴を見て、直さなきゃとか言っている。

 呑気すぎる。

 

 え?これが普通の世界なの?

 おかしくない?

 

 そんな俺の思考を後目に、浦原さんは立ち上がり、俺を見下ろす。

 

「それじゃあ、お話しますから、付いてきてください」

「どこに」

「それじゃ、こっちっすよー」

「なんで?!」

「鉄裁さんよろしくっす〜」

「HA☆NA☆SE!!!」

 

 もうヤダなにこれなんなの?!?!



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浦原さんってオサレ度高すぎないか?

指摘に対して
『常中って常にするものでは?』
→確かにその通りです。しかし今作ではそこは改変部分として捕らえてください。設定があります(最初から考えていたほう)

本来の常中→基礎力アップ
今作の常中→スーパー○イヤ人


「え? ここは?」

「『勉強部屋』って名前っすかね?

 いいでしょぉ」

「いいも何も周辺住居への影響……」

「え?」

「いや水道管とか……」

「へ?」

 

 俺の疑問に対し、浦原さんに何も通じないことを理解し、口を閉ざす。

 

 握菱さんに背後から捕らえられ来たのは、浦原商店の地下。

 何があるのかと期待していた俺を待っていたのは、広い広い空間だった。

 

 枯れ果てた地。

 

 そういえば伝わるだろうか。

 枯れ木がまばらに、岩山が点々と。

 

 何? 趣味なの?

 

 周りを見渡していると、握菱さんから降ろされる。

 ……ってか俺のことを抱きかかえながらどうやって降りたの? 握菱さん。

 

 周りを見渡していたせいで見落とした。

 

「まず、ここにきた理由は2つ。

 一つは、ここだと話を聞かれないので」

「ここって浦原さんが作ったんですか?」

「えぇ。

 あたしが丹精込めて一つ一つ作りましたよ」

「……はぁ」

 

 思わず出かかった『センスない』の言葉を飲み込み、浦原さんの話を聞く。

 

 浦原さんが作ったのだとしたら、何を思ってこんなところ作ったんだよ……。

 闇系なのか? 病み系なのか?

 

「えっと、それともう一つの理由っすね」

 

 浦原さんは、J型の杖の切っ先をこっちに向ける。

 

 さっきは気づかなかったけどあれ、刀では?

 

 重心が変な場所だし、妙に杖っぽくない持ち方するし。

 

 ジジイが杖を使っているときがあるので、杖の動きはなんとなく覚えている。

 それとは違う。

 杖の形状的な話ではなく、使い方の話。

 

 支えるためではない杖の動き。

 

「丈さんから概要くらいは聞いてるっす」

 

 瞬間、目の前から浦原さんが消える。

 

 体が動く。

 

 常中は先程からしっぱなしである。

 反射能力も何故か上がるので、今度は対応可能。

 

 後ろに回り込まれる。

 

 やっぱ仕込み杖かッ?!

 

 受けるという選択肢はない。

 

 避けなければッ?!

 

「あたしから一本取れたら、話しましょう」

「へ?」

 

 仕込み杖が振り下ろされると思っていたが、俺の背後に回った浦原さんは、杖を腕にかけ、何か手に持っていた。

 

 それは、布の袋に包まれていた。

 細長く、傘より長めの袋。

 

「はい。

 順序は逆っすけど、これを渡しておきます」

「え?」

「これ、丈さんから渡してって言われてるんすよ」

「これを?」

 

 俺が袋を指すと、浦原さんは布の袋を解く。

 そこから現れたのは、

 

「おぉ」

「名を『月輪刀(げつりんとう)』

 これが丈さん……いや、滅却師の使う刀っす」

「めっきゃくし?」

 

 何だその単語は。

 知らない単語だ。

 月輪刀はなんとなく日輪刀のパク……日輪刀に似たもの、っていうのは推測できるけど、めっきゃくし、とは?

 

「それに関しても、あたしと戦ってからっすかね。

 つかぬことをお聞きしますが、いつも丈さんとの修行はどの様な形式で?」

「……あ、ありがとうございます。

 ジジイとの修行は……基本は殺し合いですかね?」

「それは、どの程度の規制で?」

「基本寸止め。

 切ったら、その怪我に相当する部位の使用不可。

 致命傷なら終わりっす」

 

 思い出すのも嫌な『実戦形式』の修行。

 ジジイは呼吸の他にも様々な武術を学んでいるのか、掴みどころがない。

 一を見切れば十の新しさが飛び出してくる。

 

 まるでびっくり箱。

 そのせいでほんとに勝てなかった。

 

 けど、その代わりに強くなった。

 

「じゃあ、そのルールでやりましょうか。

 一応怪我しているので、あたしはそちらに対して攻撃はしませんし、少しは手かげ……」

「あ」

 

 浦原さんが俺に刀を手渡し、話をしながら距離を取ろうとした。

 始めるための準備、として間合いをとる。

 それは普通なことで、なんら不思議なことではない。

 

 

 でも、その姿を見て、俺は伝え忘れていたことと、

 

「寸止めってのは口約束です。

 俺もジジイも峰を使って本気で切りかかっていました。

 それと」

 

 試合の、

 

「始めの合図とかは基本ないです」

 

 不意打ち上等闇討ち最高。

 生きるため、殺すためなら何でもしなさい。

 それでだめだったら死になさい。

 

 片手が使えない?

 両手で刀を使えないと死ぬのよ?(実体験)

 

 シィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 伍の型

 

 熱界雷(ねつかいらい)

 

 下からの切り上げ。

 雷の呼吸の得意とする脚力を使用した切り上げ。

 

 これを選んだ理由は、

 

「ッ?! そうっすか?!」

 

 浦原さんの視覚を奪う。

 

 熱界雷は切り上げ。

 攻撃の用途で使用するなら、自身より頭上にいる相手に対しての攻撃、または振り下ろしの攻撃と鍔迫合うため。

 

 だが、今回はその切り出しを下にする。

 

 更には踏み込みを最大限地面に威力を伝える。

 右腕を怪我しているけど、足の踏み込みさえしっかりしていればなんとかなる。

 

 それによって起きるのは、大きな土煙。

 ここの地面が乾いて、土煙が上がるのは先程確認している。

 

 ダンッ!!!

 

 同時に起こる土煙。

 

 距離を取る。

 

 シィィィィィ

 

 絶やすこと無く次の技へ。

 浦原さんは土煙の中に立たされ、目の前にいるはずの俺に対応しようとしている。

 

 当然、俺がいないことに一瞬で気づく。

 

 だが、その一瞬でいい。

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 霹靂一閃

 

 トン

 

 土煙を後ろに、俺は地に足を降ろした。

 

 斬った。

 

 渡された刀は、恐ろしいほどに、俺が修行の時に使っていた木剣と同じ重さ、重心だった。

 おそらくジジイはこれを見越してあの様な木剣を作ったのだろう。

 

 だからこそ、しっかりと戦うことができた。

 

 怪我をしていたものの、もともと左右関係なく刀は使えるので、問題はない。

 少し右腕は痛むが、そんなことを気にしていられるほど修行は甘くなかった。

 

 それにしても、この『月輪刀』でなければ左手でこれほどの練度で技はできなかった。

 

 振り向き、通り過ぎた土煙に対して声を出す。

 

「浦原さん! そんなに黙ってないで、出てきてくださいよ!」

 

 握菱さんが少し不安なのか、前のめりになってますってば。

 

 確かに斬った。

 

 もちろん峰で行った技は、ノーガードであれば重症だろう。

 けど、俺が叩いたのは人間ではない。

 

「まさか、『血霞の盾』を使わされちゃうとは。

 さすが丈さんのお孫さん。

 ……というか、ほんとに怪我してるんスか?」

「……なんすかそれ」

 

 浦原さんは、先程までいた場所を一歩たりとも動いてなかった。

 しかし、浦原さんの目の前には、赤色半透明の盾が浮かんでいた。

 

 しかもさっきまで持ってた仕込み杖までなんか十手みたいなのに変わってるし。

 

「これっすか? これは【紅姫】。

 死神の使う刀っすよ」

「死神……」

 

 知ってる、斬魄刀だ。

 いろんな種類あるやつだし、なんか話すんだよね、オサレな一言(薄い記憶)

 

「死神、っていうのは源氏さんがこの前殺した虚を斬る存在。

 人間界とあの世……尸魂界(ソウルソサエティ)の調整者(バランサー)っすよ」

「……はぁ」

 

 尸魂界は聞いたことある。

 けど死神ってバランサーだったのは初耳。

 

 というかバランサーとは?

 

 死神って虚殺す人じゃないの?

 

「おっと、話しすぎるといけないっすねぇ。

 あたしはクールでミステリアスな部分が……」

「あるんすかそれ」

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 霹靂……

 

「もうさせないっすよ」

 

 背後から聞こえる声。

 

 ッ?!

 

 死ぬ気で型を途中で変更!!

 

 弐の型

 

 稲魂(いなだま)

 

 一瞬にして斬撃を5度行う技。

 

 怪我なんぞ知るか。

 腕一本で勝てるなら上等。

 悲鳴を上げる左腕にムチを打つ。

 

 稲魂は、雷の呼吸における紡ぎの技。

 

 雷の呼吸では、霹靂一閃と稲魂を工夫したものが技となっている。

 

 そのため、これができないと必然的に他の技ができない。

 

 だから、鬼滅本編で獪岳が壱の型だけできないのおかしいんだよな。

 技術的にはできない理由はないのに。

 

 背後にいる浦原さんに対し、5度の斬撃。

 

 その斬撃に当たった感触はない。

 その代わり待っていたのは、

 

「くっ?!」

「結構無理するっすねぇ」

 

 俺の体の負担。

 本来なら適切な呼吸と型を行うことで使える技を、途中で強制変更した。

 

 フェイントとかではない。

 車の急ブレーキのようなものだ。

 

 もちろん、そんな事すれば車に負担がかかる。

 

 悲鳴を上げる体。

 怪我してるよってずっと囁いている体。

 正直やめたい気持ちは山々。

 

「はっ」

 

 息を吐く。

 こんなところで止まってられない。

 

 目の前に敵はいる。

 温い考えでは死ぬ。

 

 構えろ。

 

「流石というかなんというか……」

 

 浦原さんはいつの間にか、俺の間合いのギリギリ外にいる。

 刀を振るっても余裕で躱されるくらいの場所。

 

 強いな。

 

 それなら……

 

「降参っす」

 

 呼吸を整えた俺に対して、浦原さんは両手を上げる。

 

「は?」

「降参っす」

 

 浦原さんは、俺のとぼけた表情を見て、クツクツと笑いながら、両手を上げている。




クインシーとは話していません。
しっかりとめっきゃくし、と話しています。


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かっこいい単語ってそれだけでアガる

※月輪刀←げつりんとう、と読みます。


「……あれ? 降参ってありっスか?」

「いや、ありですけど……」

 

 ジジイと俺の試合でも、降参というのはあった。

 闇討ちとしても使うので、基本的には信用できないのだが、浦原さんは降参してからの闇討ちなんて狙っていないだろう。

 

 というか、そんなものをする必要がない。

 

 俺は勝てないからだ。

 

 なんか知らないけど、俺の知らない何らかの移動方法を使っている。

 

 呼吸と似ている何らかの移動方法。

 呼吸より出が速く、速度も同等の移動方法。

 

 これを見破るまで勝利の可能性はほぼない。

 それに、あの謎の盾が俺の攻撃に見てから間に合うなら、俺の攻撃できる手段は限られてくる。

 

 霹靂一閃は腐っても雷の呼吸最速の技。

 それを防がれるということは、俺の最速では浦原さんには敵わない、ということ。

 

「いやぁ。

 源氏さん速いっスねぇ。

 やられちゃうところでした」

「はぁ」

 

 そんな人が、やられるかもしれなかった、なんて話している。

 その光景が少し不思議で、面食らっていたが、

 

「実は、あたし的にはこれをする前に合格を出したかったんでスよ」

「あぁ、たしかにこれ合格云々の話でしたね」

「忘れてたんでスか?」

「浦原さんがめっぽう強いもんだからつい……」

「そんなことないっスけどねぇ」

 

 浦原さんとの会話で、状況を整理することができた。

 この人としては、俺に真実を話したらしい。

 だけど恐らく、

 

「あ、これでジジイになんとか言えますか?」

「まぁ、えぇ」

 

 ジジイから、出した試練を教えろ、とかそんなことを言われているのだろう。

 それを話せる程度のデータを取ったので、すぐさま降参。

 

 確かに浦原さんからすればこの上なく効率がいい。

 

 そこで、浦原さんは口を開く。

 

「それじゃあ、本題に移りましょうか」

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 試合を終え、訪れたのは上の部屋。

 流石にもう『勉強部屋』でやることはないとのことで、上がってきた。

 

 込み入った話っぽいから、てっきり『勉強部屋』で話すのかと思っていたが、

 

「ここで話したら美味しくお茶が飲めないじゃないっすか」

「へ?」

「ここでお茶を飲みながら話すなんて風変わりな人ですね、源氏さんも」

 

 少し殴りたくなったが、先程の無理も祟って決断には及ばなかった。

 

 ということで、降りてきた時のはしごを使ったのだが、

 

「そんなに動けるなら鉄斎さんの手助けはいらないスよね」

「え、あ」

「じゃあ、行ってますんでー」

 

 浦原さんと握菱さんはそんな事を言いながら、俺を置いてそそくさとはしごを登っていった。

 一人取り残された俺は、迎えを待つなんて発想はなく、片手で登るという鬼畜プレイをしていた。

 正直はしごは片手で登るものではない(当然)

 

 そして登った先に待っていたのは、先に登った二人と、お茶と、菓子。

 用意してくれるのはありがたいけどそれより手伝ってほしかった。

 

「ささ、はやくはやく」

「誰のせいで遅くなってると思っているんですかねぇ?」

「いやいや、そんなに元気あるなら手伝うほうが野暮と言うもんじゃないですか」

「いや途中落ちそうだったんですが」

「落ちてないじゃないですか!」

「もっかい喧嘩したいんですか?」

「待って待ってさっきやったばっかじゃないですか?!」

 

 俺は振り上げた拳をどこにやればよいのかわからないまま、浦原さんの対面に座る。

 菓子は少しジジくさい感じを除けばおいしそうだ。

 

 俺がお菓子を口に放り始めると、浦原さんは説明を始めた。

 

 始まるのは、虚という存在の話。

 

 ・虚は幽霊と似ているようで違うものである。

 ・虚は幽霊人関係なく食べる。

 ・霊力強い人(霊感強い人)が食われる確率が高い。

 

 詳しい話もしてくれたが、割愛。

 

 それで、その虚を倒す(殺すではなく、罪を洗い流すらしい)のが死神

 

 ・死神は斬魄刀という刀を用いて、虚を倒して尸魂界という場所におくる

 ・死神は護廷十三隊という組織に所属している。

 

 俺が知っている話と、知らない話が出てきた。

 虚をキレイにする(物理)のが死神なのか。

 そんな設定あるのね。

 

 ある程度理解出来た。

 

「ここまでで質問はあるっすか?」

「浦原さんのさっきの十手みたいなのって斬魄刀?」

「なんでそう思ったっすか?」

「勘」

 

 浦原さんから少し睨まれたが、純粋に思ったことなので仕方がないだろう。

 え? もしかしてまずいこと聞いた?

 

「ま、あたしの場合はその尸魂界から隠れてコソコソ商売してるんスよ。

 こんな感じのお役立ち品を売って」

「コソコソしてるんスね」

「ミステリアスっスよね?」

「自分で言ったので減点です」

 

 そんな雰囲気は今の俺らでは長く続くわけもなく、なぁなぁで終わる。

 

 というか浦原さん説明が下手くそだなおい。

 あっちこっちに説明が脱線する。

 俺が相槌打ちながらちゃんと聞きたいこと聞かないと延々と話終わらなかったぞ?

 

「なんとなく、虚と死神については理解できました」

「助かったっス。

 あたし説明がうまくないって言われちゃうんで……」

「説明はうまくないですよ」

 

 ガーン、というSEが聞こえそうな表情をする……ハットでよく見えないのになんでできるんだ、浦原さん。

 浦原さんが少し落ち込んでいるが、俺としてはそんな微々たる話はどうでもいいんだ。

 

 死神虚の話は正直適当でもいい。

 

 問題は俺の話だ。

 

「俺って、なんですか?」

「あぁ、そうでしたね。

 丈さん、源氏さんの話でしたね」

 

 浦原さんは、俺の目の前に指を立てる。

 

「虚。

 これは生者死者問わずに人を襲う存在っス。

 それを退治するのが死神。

 では、人間は虚に食われるのをただ待つだけの存在なのでしょうか?」

 

 逆の手で浦原さんは指をくらおうとする手付きをする。

 小芝居をしないでほしいが、まだ脱線はしてないので黙る。

 浦原さんが俺の答えを待っているように見えた。

 

「あぁ、そうですね。

 俺みたいなのにも見えたので、おそらくは虚から身を守る人……ん?」

「すごいっすね。

 そのとおりっすよ」

 

 小芝居を忘れて、俺のことを見る浦原さん。

 

 俺も自分で言って気づいた。

 だけどそれって……

 

「俺死神じゃないんですね」

「何言ってるんスか? 現世で死神が生まれるわけがないじゃないスか」

「そういうもんですか?」

「そういうもんです」

 

 え? 一護って小さい頃は尸魂界で生まれたの?

 でも一護って小さい頃からここらへんに住んでたって有沢が……

 

「それで、源氏さんは普通の人間の中で虚と対抗するための手段を生み出した存在……滅却師(クインシー)の派生である、滅却師(めっきゃくし)という人たちなんスよ」

「クインシー」

 

 知っているその単語。

 BLEACHの単語だろそれ。

 知ってる単語出てくると少しテンション上がる。

 

「君は、最後の滅却師(めっきゃくし)なんすよ」

 

 なんそれかっこいいやん(脳死)




滅却師(クインシー)
滅却師(めっきゃくし)

表記がごちゃごちゃするので、

滅却師(クインシー)→クインシー
滅却師(めっきゃくし)→滅却師

と表記します。何卒ヨロシクオネガイシマス。


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過去編が流れると雑にオサレ

「まぁ、確かにいきなり言われても理解できないっスよね」

「はい」

「そういう時こそどちらとも言えない感じの返事ではないんじゃないんスか?」

「まじでわからないので」

「……変なところ真面目なんスね」

 

 わからないところはしっかりと分からないと発言する。

 そうしないと行けないって身に教えられた(修行時代)

 

「それで、クインシーというものについて、でスね」

「死神と違う点は、人間か死神以外では、何があるんですか?」

「結構違うっスよぉ」

 

 BLEACHは設定というよりオサレというものが先行しているイメージなので、設定に関しては初見もいいところだ。

 

 ぶっちゃけ今だってそんな違いないんだろ、とか思っていると、

 

 ・死神が虚を倒すと成仏。クインシーが倒すと消滅する。

 ・死神は斬魄刀使う、クインシーは空気中の霊子を使う

 

 クインシーが虚を倒すと消滅するのか。

 後クインシーの空気中の霊子を使うとか意味わからんな。

 

 具体的に何が違うのだろうか。

 

「あれ? 何も思わないんスか?」

「へ?」

「一応、滅却師はクインシーと同じなので、源氏さんも虚を消滅させているんスよ」

「そうなんですか」

「……やけにさっぱりしてるっスね」

「……なんか考えるところ有りましたか?」

 

 浦原さんが俺のことをしげしげと見る。

 何を見ているのだろうかと気になるが、

 

「あ、殺してる的な?」

「まぁ、本来は成仏するはずの魂を消滅させているので、多少は思うところがあったんスけど」

「いやだって殺されそうになっといて、殺し返すのになんか思わなきゃいけないんですか?」

「丈さんのお孫さんっすね」

「なんかむかつく言い草ですね」

 

 別に今更虚になんの思い入れもない。

 家族であろうが何であろうが、殺されかけたら殺し返す。

 自分の命最優先だ。

 

 今更死んでしまった他人の命まで気にかけるほど俺はできた人間ではない。

 

 そんな俺の様子に、浦原さんは少し苦笑いしながらも、話を続ける。

 

「それで、クインシーはその虚を殺すという性質故に、現世と尸魂界の魂の均衡を崩す可能性があったので、200年前に一気に粛清が行われました」

「粛清」

「まぁ、殺したんですよ」

「俺は?」

「丈さんが唯一の生き残りです」

「粛清したのに?」

「丈さんは特殊な人だったんです」

「そうなのか……」

 

 確かに他に呼吸を使っている人を知らないので、その粛清が行われたというのは納得できるのだが、ジジイは流石に強かったのか。

 

 三年修行しても一太刀も入れれないから、てっきり俺が才能ないのかと思っていたわ。

 

「あ、丈さんから『ここらへんで自分が才能なかったわけじゃなかった』とか勘違いすると思う、って連絡きてましたよ」

「クソジジイェ……」

 

 一緒にいる期間が長かったというか、修行時代のときは基本的にジジイとしか相手にしてこなかったので、こういうのは基本的に読まれる。

 ムカつくけど、その通りではあるので沈黙する。

 

「まぁ、これがクインシーの歴史です。

 詳しく話すともっと長くなるんですが、今回は割愛しますよ」

「まぁ、俺としては滅却師の方の話を聞きたいのですが」

「そうでスね。

 ここからが滅却師の話に入ります」

 

 身構える。

 この話には聞き覚えなんてものはないだろう。

 

 それに俺が今後の生き方を考えるのに必要な話であるには違いない。

 

「滅却師。

 クインシーが虚を殺すために技を磨いたのに対し、滅却師は死神を目指した人たちです。

 滅却師は死神と同じ様に、少しだけ特殊な刀を使い、虚と対峙します。

 本来なら、肉体的に遅れを取るはずの滅却師でしたが、とある技で虚に対抗することに成功します」

「あぁ」

「そうです。

 源氏さんも使っていた、呼吸による霊子の取り込みっス。

 クインシーが空気中の霊子をそのまま外部で操作するのに対し、滅却師は体内に取り込んで、自身の霊体に取り込みます。

 一時的に死神に迫るほどの魂を持ったことによる膂力で、滅却師たちは虚に立ち向かっていきました」

「ほう」

「……一応聴くっスけど、理解できましたか?」

「クインシーは武器を創る。

 滅却師は呼吸を使う」

「大体合ってるっスけど……」

 

 そうですね、と少し考える浦原さんは、自身の顎に手を当てると、

 

「ちょっとだけ、失礼しますね」

 

 いきなり俺の額を杖でつついてきた。

 

 少し押された感覚。

 何をするんだ、と抗議をすると同時に感じる倦怠感。

 

「もとに戻しますけど、一応わかりやすく実践です」

 

 俺の間の前には、浦原さんと、地面に突っ伏している俺がいる。

 

「は?」

「今、源氏さんの魂魄を体から一時的に切り離しました。

 いわゆる生霊ってやつっス」

 

 体を確認すると、ギプスもしているし、何か変わったところは……

 

「鎖?」

「生きている人は、魂魄と体がそれで繋がれています。

 体とのつながりを持っているからっすね」

「切れるとどうなりますか?」

「虚になります」

 

 あっぶね。

 こういう知らないもの見ると壊しちゃうタイプなんだよな。

 

 そっとしとこ。

 

「それで、その状態だと息苦しくないっすか?」

「まぁ」

「なんでそんな平気そうなんスか?」

「こんなので音を挙げていたら死にますよ?」

「いやいや、何普通のコトみたいに言ってるんスか。

 普通の人は立っていられないような状態なんスよ」

 

 いやそういうのではないのだ。

 過去の体験に基づく常識なので、たしかに一般の常識ではないのは把握している。

 

 けど、俺の体が覚えているのだ。

 

 この程度でへばると死ぬ。

 

「それで、なんでこうしたんですか?」

「あぁ。

 その状態で、呼吸してみてほしいんスよ」

「……はい」

 

 どういう意味かわからないままに、呼吸を行う。

 もちろん常中。

 

 するとどうだろうか。

 俺の体に何かが集まってくる感覚がある。

 

 それは口から入り、俺の体を満たしていく感じがする。

 

「それが霊子を取り込み、肉体を強化する、ということっス。

 それにより霊体に多くの霊子を集め、肉体にも影響を与え、動けるんスよ」

「すげぇ」

「まぁ、そういう原理だ、ということなので」

 

 浦原さんは、俺が驚く様子を見ながら、何かを投げ渡した。

 小さいそれは、俺の手元に飛んで来る。

 

「薬?」

「はい。

 もとに戻るときはその薬を飲んでください。

 別に戻らなくてもいいっスけど、離れてると勝手に鎖外れる可能性がありますよ」

 

 素早く飲む。

 

 カプセル錠のそれを飲むと、俺の体が引っ張られるような感じがする。

 その感覚に従って力を抜くと、

 

「それが滅却師の特徴です」

 

 畳とキスしてた。

 あ、体の方に戻ったからか。

 

 起き上がろうと腕を使う。

 

 あ、やべ、右腕……

 

「……治ってる?」

「ああのカプセル錠には、霊体の肉体情報を優先させる効果を付けておきました。

 霊体だと傷の治りも速いので、先程の呼吸で結構治ったんスね」

 

 普通に嬉しい。

 刀を振るう分には問題ないんだけど、右のほうがやはりやりやすいので助かる。

 

 ギプスがまだ付いたままだが、このままでは学校の連中に何か言われる可能性があるので、付けてはおく。

 

「滅却師はその能力により、多くの犠牲を出しつつも、虚を消却していきました。

 後はクインシーと同じく、200年前に大粛清が起こり、その血筋は途絶えた、ということです」

「俺の親ってどうなってますかね?」

「……源氏さんのご両親は、滅却師ですら無く、普通の人でしたが、その霊的能力の高さから虚に襲われ……」

「あ、呼吸は継承しなかったんスね」

「本人の意向、だそうっス」

 

 そうか。

 呼吸習ってれば死ななかったのかぁ……

 

 少し残念のような。

 でもそれでいて、普通に生きた親というものを考える。

 

「俺は、呼吸覚えててよかったですね」

「そりゃまたどうして」

「友達守れたんで、それで十分ですよ」

 

 俺が赤子のときとかに両親は死んでいるので、思い出はない。

 だから悲しむとかはないのだが、少しは思うところもある。

 けど、それで俺が今を後悔しているということにはならない。

 

「ま、こんなのが虚とその周辺の話っす」

「そうですか……」

 

 話を整理しながら、とりあえず自分の事を中心に考える。

 

 俺はなんで生まれた?

 多分クインシーはいる。

 石田くんのはずだ。

 

 顔の見覚えはあったし結構頭良かったけど、なんのキャラか忘れたし、一護たちともつるまないんだよな、と思っていた。

 クインシー枠だ。

 

 まぁ、石田くんかどうかは置いといて、俺の設定、なんか追加設定みたいじゃないか?

 こう……適当に考えた雰囲気のあるというか……

 

「そういえば、呼吸って死神が使えるんですか?」

「あ、それに関しては無理でしたね」

「そりゃまたどうして」

「単純に、霊子を操る力ってのが我々は低かったんっスよ。

 呼吸によって取り込んだとしても、その多量の霊子を体内でなんとかできる能力がなかった。

 それに、死神の魂魄から出る霊力が空気中の霊子と混ざり合わないのが大きな要因でしたね」

「……やろうとしたんですか?」

「へ?」

 

 浦原さんの答え方に、俺は思ったことを口にした。

 

「だって、なんか妙に実体験っぽいし……」

 

 話し方が、なんかテストで問題が解けなかったときのような話し方だった。

 なんだかそれがそう見えた。

 

「いやいや、人づてに聞いたんスよ。

 人聞き悪いなぁ」

「人聞きも何も怪しさ満点な状態で何言ってるんですか……」

「お? 流石にミステリアスハンサム店主オーラが伝わってきたっすか?」

「なわけ」

 

 浦原さんと談笑する。

 しばらくし、お茶を飲み終え、菓子を食べ終わり、当たりも暗くなった。

 

「送っていきましょうか?」

「別に大丈夫です。

 腕も治りましたし、これもあるし……」

 

 俺は背中に背負った袋を指す。

 そこには先程頂いた月輪刀があるのだが、

 

「そういえば、これってなんすか?」

「月輪刀っすか?」

「はい」

 

「その刀は滅却師が使う刀で、呼吸と同じ原理でその刀の中に多量の霊子を含むことによって、虚に対し頑丈に作られています」

「なんか能力はあるんですか?」

「多量の霊子を確保するために、使い手の霊力を吸い取ります。

 あ、微量なのでそんな問題はないっすよ。

 困ったら呼吸してください」

「それ以外には?」

「へ?」

「へ?」

 

 俺と浦原さんの間に流れる沈黙。

 

 え、もしや、

 

「これってただの刀?」

「そりゃそうですよ。

 頑丈な刀です」

「なんか、こう、浦原さんの刀の能力的な……」

「そんなの無くても呼吸でなんとかなるでしょう?」

「俺だけ?」

「昔からッスけど」

 

 良かったのか悪かったのかは置いといて、まぁムカつく。

 こんな能力使える感じ出しといてただの刀って。

 

「……これって持ち歩いたほうがいいですよね」

「そうでスね」

「危なくないですか?」

「あ、それに関しては、袋に迷彩の効果を付けておきました。

 充電の続く限り霊的なものとなり、隠してくれますよ」

 

 袋をまじまじと見る。

 あ、メーターある。

 これ充電か。

 

 ……え? 布に充電?

 

 機械的なのを探すがない。

 

「ちなみに丈さんからの餞別なので、あたしにはお礼とかはいいっすよ」

「ジジイが……」

 

 俺の両親のこともあるのか、やけに優しいな。

 いつもそうであってくれよ。

 

「それじゃあ、また今度ー、源氏さん!」

 

 二度とこないような人生であることを望みながら、俺は帰路に着く。

 

 俺は知らなかった。

 

 この時、既に一護は死神になっていたことに。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「大丈夫っスか?」

「もちろんです」

「いやぁ、黒崎さんが覚醒するためには邪魔なので、と思ったッスけど」

「どの程度の実力だと?」

 

「右腕を負傷していて副隊長中堅クラス。

 だけど恐らく死のかかった場面だと、もっと評価は上がるっすかねぇ」

「それほどまでとは」

「丈さんから少しは聞きましたが、どんなスパルタだったのやら……」

「丈殿は昔から度が過ぎますから」

「それ、本人の目の前で言わないでくださいっすよ。

 あたしがしばき倒されます」

 

「それにしても、話さなくても良かったのですか?」

「何を?」

「色々、とです。

 詳しくは知りませんが、外野にいた私でも、あの説明では不十分だとはわかっていますよ」

「ボクは説明が下手ですから……」

「あぁ、そういう設定でしたね」




まだ原作一巻が終わらないのですがゆっくり見ていってください。
明日は投稿できません。


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いいやつに嘘つく時ってめっちゃ申し訳ない感情になる

「それで、貴様は何者なのだ」

「はい?」

 

 俺は今、転校生に問い詰められている。

 

 黒髪ショートの、小さな転校生。

 もちろん女子。

 

 こんなことになったのには、朝から説明する必要がある。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 俺も登校して、最初に聞いたのは、『転校生がこのクラスに来る』ということだった。

 転校生。

 奇妙なタイミングで来る転校生だな、と思いつつも、最初はどんな転校生なのかと普通に興味を示していた。

 

 だって普通の学生生活でも転校生とか結構レアなイベントじゃん。

 それに教室でも人だかりができる、ってことは結構レベル高い可能性もあるわけで。

 

 という一般的な興味を示していたのだが、俺は失念していた。

 

 ここがBLEACHの世界だということに。

 

「ごきげんよう」

「あ」

「……どうしたのですか?」

「あ、いや、ごきげんよう?」

「はい」

 

 そして人だかりが少し減り、野次馬根性で転校生の顔を見ようと接近した。

 啓吾は担任のところに呼ばれて出ていった。

 水色はまだ登校していない。

 一護も。

 

 なので必然的に一人で見に行ったところ、あちらに気づかれて声をかけられた。

 同時に見える容姿。

 その容姿に俺は思わず言葉をつまらせた。

 

 朽木ルキア。

 

 流石に覚えていたキャラ。

 

 俺に声をかけてきたその人は、まさに朽木ルキアその人だった。

 

 とっさにオウム返しでやり過ごし、人だかりから外れて自分の席に座る。

 

「いやぁ……朝から疲れた……。

 あら? どったのゲンジ」

「ちょっとな」

 

 職員室から戻ってきたのであろう啓吾は、疲れた様子を見せながらも話しかけてくれた。

 それは嬉しいのだが、俺の脳内はそんなことにかまっている暇はなかった。

 

 朽木ルキア。

 それは漫画の序盤から結構長いこといるキャラだ。

 というかなんかヒロインじゃなかったっけ?

 

 とりあえず死神なのは確定。

 

 ということは、前に一護は死神だったけどなれなかった?

 

 いや、朽木さんが来たということはこの時点から物語がスタートしている?

 

 頭の中を巡る想像に俺の処理能力がついていってない。

 

「あ、一護のやつ朽木さんと仲いいのか?」

 

 そのタイミングで啓吾がそんなことを口にする。

 一護?

 

 とっさに辺りを見渡す。

 そこには一護と朽木さんの姿が。

 何をしているのかは分からないが、一護が朽木さんの差し出した手のひらを見て、硬直している。

 

「そういえば、一護の家、昨日トラックの衝突事故があったんだってな」

「へ?」

「いやさ、あいつの家、病院じゃん。

 そこに大穴空いていて、どうなったかってので『トラックが突っ込んできた』らしいよ」

「……あいつとうとうヤクザに喧嘩を売り始めたのか?」

「いやいや、一護への恨みとかではないらしい。

 トラックで突っ込んだ人も事故だって言ってた……あれ? どんな人だったっけ?」

 

 そんな姿を横目に、啓吾が心配そうに話し始めた。

 

 その話の内容は、気になるもの。

 トラック?

 俺も最初はヤクザにとうとう手を出したのか一護、とも思ったが、冷静に考えればそれは違う。

 

 朽木さんの突然の転校。

 一護の家にトラックの衝突。

 

 この2つが全く別の事柄なわけがない。

 

「あ、一護きた」

「え?」

「おっはよー! イチゴブアァァ?!」

「朝から抱きついてくるな、気持ち悪い」

「え? そんな悪い子に育てた覚えはないわよ……イチゴ……」

「育てられた覚えはねーよ」

 

 いつもの朝のやり取りをしつつも、イチゴは俺のことを見て、

 

「今日の昼、話がある」

 

 一言告げた。

 

 明らかに死神関連のことかな?

 俺の正体バレたとか???

 

 冷や汗を出さないように神経を集中させつつ、

 

「わかった」

 

 了承した。

 

 昨日の話をはぐらかした一件もあるので、流石に逃げるというわけには行かない。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 そして、昼休み。

 

 転校生が来た以外何気ない1日を過ごし、俺は屋上に来ていた。

 

 屋上はよく俺らが使っている昼休みスペース。

 一護が何か言ったのか、啓吾と水色は屋上に来ないと言われ、俺が一人で屋上に向かっている。

 

 チャドもたまーに来るのだが、今日も休みらしい。

 

「おっす一護―」

「お、来たか源氏」

「貴様か……」

 

 そこにいたのは、一護と朽木さん。

 

 朽木さんは俺のことを見て、少し納得したような表情を見せる。

 

 あー、これは問い詰められる感じですかね?

 

 俺がそっと屋上のドアを締めると、

 

「それで、貴様は何者なのだ」

 

 いきなりそんなことを言われた。

 

「は? 言ったろルキア。

 こいつも死神だっ「たわけが」んだとぉ?!」

 

 その会話を聞いてすぐさま理解した。

 

 一護、俺のこと死神だと思ってたわけね。

 

 確かに。

 虚を斬った瞬間は見ていたはずだから、俺が刀を隠して持っていたと考えてもおかしくはないのか。

 

「本来死神は尸魂界の存在。

 現世に肉体はない。

 あるとすれば、私も使っているような人間のような義骸だが、その雰囲気もない。

 おまけに死神の気配もしない」

「……じゃあ、源氏は」

「だから言うておろうが。

 こいつは何者だ、と」

 

 一護と朽木さんが話しているのを見ながら、俺はどうしようかと考えていた。

 

 話すのは簡単だし、俺としても何も知らないので話したい。

 

 でも、浦原さんの話からするに、俺って昔とはいえ粛清対象だったという。

 正直BLEACHの話で石田くんが死んだとか言う話は覚えがないので、クインシーであれば死なないのかもしれない。

 

 けど、俺はクインシーとは少し違う存在だ。

 ジジイが生きているということを除けば、俺は殺されてもおかしくない存在。

 

 話すかどうかの選択に立たされている。

 

「一護」

「ん? なんだ?」

「朽木さんって、何者?」

「えっ? お前は知らないのか?」

「朽木さんとはあったこともないし、なんで一護が俺がそんな知っていると思っていた風な感じなのか、見当がついてない」

 

 まずは、俺がボロを出さないように話を引き出す。

 あっちの知らないことを話して殺される、なんてのが一番怖い。

 

「えっと……」

「構わん、話してもいい」

 

 そこから始まったのは、聞いたことのあるような話。

 

 一護の家族が虚に襲われる。

 

 朽木さん(死神)が守る。

 

 守りきれずに大怪我。

 

 一護死神の力もらって爆誕。

 

「は?」

「……ほんとになんにも知らないみたいだな」

 

 一応、虚とか死神とか、基本的なことを朽木さんに説明してもらった。

 浦原さんの話があったから理解できたけど、あのゴミみたいな絵を見せられて説明されたら初見じゃ分からなくない?

 

 それで先程の話だ。

 

「なんか、今日の一護はやけに気持ち悪いくらい圧力強いと思っていたけど、それが原因なのね」

「あぁ。

 此奴はどういうわけか霊力が人より高くてな。

 それ故に素人剣技でもどうにかできた」

「倒せたからいいじゃねぇかよ?!」

 

 普通に今日の一護はなんか圧力が強かった。

 強者特有の強みかと最初思っていたけど、なんかそれにしては洗練されてない感じがあったので、不思議には思っていた。

 

「で、今後はどうするの?」

「力が戻るまで、此奴に仕事を手伝ってもらおうという算段だ」

「俺の家族は霊力が高いらしいから、それを守るついでなら」

「何?! 私の仕事を代行してもらうぞ?!」

「いやだよ?! なんで俺がそんな事?!」

 

 ガミガミと始まる喧嘩。

 痴話喧嘩の様に見えるが、言ってはならないようなこの空間に、一人取り残された感じを持ちつつも、

 

「まぁ、俺としてできることはないから、じゃ」

「「待て待て」」

 

 流石に逃してくれないか。

 

「源氏。

 俺の記憶が正しければ、お前は虚を倒した。

 そうだよな?」

「此奴から聞いて驚いた。

 人間でそんなことができるやつがいるのかと」

「……見間違いじゃなければ」

「じゃあ、その腕の怪我はどうしたんだ?」

「これは一護を車から救い出そうと……」

「車に轢かれた記憶はないなぁ?」

 

 言い訳自体を一護に用意してもらっているので、逃げようがない。

 

「……降参」

「それで、貴様は何者なのだ」

「俺は、霊媒師だ」

「「は?」」

 

 そして俺が始めるのは、適当な霊媒師『我妻源氏』の話。

 

 両親を早くになくした俺は、ジジイに拾われ、普通に過ごしていたが、この霊が見えるという体質から、困っていた。

 そこでジジイから霊媒の術を教わり、身を守る程度の霊媒術を身に着けた。

 

 もちろん嘘であるが、嘘を付いた理由としてはホント単純。

 

 俺だけ殺す対象だったわ的なことを防ぐためだ。

 

 多分今後石田くんが話に混ざってくる。

 そのときに折りを見て話せばいい。

 今話して余計なことをしたくない。

 

 あくまで俺はそこらへんの霊媒師的な人でいいのだ。

 

「……普通の人間がそれでも虚を倒せるとは思わないが……」

「いやいや、右腕こんなに怪我してるのよ」

「あー。

 なんか、ゴメンな、源氏」

 

 朽木さんは俺のことを半信半疑で。

 一護は俺の両親がいない、というところから少し申し訳無さそうな表情で。

 

 話を聞いてくれた。

 

 正直信じてくれるか不安だが、俺の過去には空白が存在する。

 そのため、調べても俺が滅却師だという証拠はでない……はずだ。

 

 バレたらそのときには逃げよう。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 そこでタイミングよくチャイムが鳴る。

 

「ってことで、俺としてはこれ以上怪我をしたくないし、虚に関わっても逃げるようにするし、一護に連絡すればいいんだろ?」

「……うむ。

 前はたまたままぐれで倒せた可能性が高い。

 今度は一護を呼べ」

「……不服だけど、源氏のためなら駆けつけるよ」

「ありがとな」

 

 一護が普通にいいやつだから、心に来るなぁ……。

 

 俺は一護の突き出した拳に、拳を当てた。




霊媒師「ボハハハハハ!!!!!」


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オサレな雰囲気も分からなければ猫に小判

「君は何を話した」

 

 嘘までついて俺は一護に自身の事を話さなかったその日の放課後。

 

 一護は昼休みが終わって戻ってくるかと思っていると、なぜか戻る気配はなく、後からこっそり聞いたら「虚が出ていた」と言っていた。

 

 なんか凛々しい顔をしていたので、なんか変化でもあったのだろうか。

 

 まぁ、俺としては関係ない。

 俺はあくまで自衛できる程度の人間。

 

 そういう認識でいいのだ。

 

「な、何を話したってどういう?」

「しらばっくれなくてもいいよ。

 黒崎くん、朽木さん、君で昼休みに話していたのは知っているし、朽木さんから黒崎くんに死神の力が渡ったという話もしっている」

「……ってことは?」

「ちなみに僕は死神ではない」

「はぁ……」

「一応、君のお祖父様……丈さんから聞いたけど、知ったんだってね? 自分の事について」

 

 と思っていた。

 

 思っていたけど、そうは問屋がおろさないとばかりに俺のもとに何かが舞い込んでくる。

 

 時は昼休みを過ぎ、放課後の話だ。

 6限の先生から妙にこき使われるせいで、俺は放課後にプリントを集めて職員室に行っていた。

 

 そのせいでみんなより帰るのが遅れてしまい、教室に戻る頃には、一人しか教室に残っていなかった。

 確かに今日は他の連中は用事があるとかで残ってくれなさそうな雰囲気だったから、特に何か思うところはない。

 

 少しの寂しさを心のなかに残しつつ、俺が荷物を手に取ると、教室に一人残っていた人……石田雨竜くんは、話しかけてきた。

 

「……つかぬことをお聞きしますが、君は……」

「君は同類のことを聞いていないのかい?」

 

 石田雨竜。

 同じクラスの秀才。

 成績優秀、手芸部のエース。

 その2つの異名を持つ彼は、俺がBLEACHという物語の中で覚えている顔だった。

 

 しかし、これまで接触がないところを見るに、関係ないのかと思ってもいた。

 

 ビビビビビビッ

 

 それがどうだ。

 目の前に見えるのは、光の弓。

 それも、まるで石田くんの腕から生えているようなその弓は、圧力を感じる。

 

 まるで呼吸を使うジジイのような……

 

「同類……ってこれが?」

「……クインシー。

 君的に話すなら、滅却師」

 

 石田くんは、いまいちピンと来ていない俺のために、しっかりと話してくれる。

 そこでようやく、俺も確信に迫ったことと、普通に忘れていたことに気づく。

 

「あー! 君がクインシーの?!」

「シッ?! 声が大きい! 馬鹿なのか君は?!」

 

 怒られてしまった。

 慌てて口を噤み、あたりを見渡す。

 

 誰もいない。

 気配的にも誰かがいるのは理解できない。

 

「幸い、ここらには人はいない」

「分かるのか?」

「僕らは霊子を取り扱うことを得意としていて、周囲の霊力を感じることも容易だ。

 君はそういうのができないのか?」

「ぼやっと人がいるとかは気配でわかるけど……そういう霊力的なものではないと思う」

「そうなのか……」

 

 光の弓を消し、少し考え込む様子を見せる石田くんに、俺は彼の目的を考える。

 彼の目的はなんだろうか。

 

 彼はクインシー。

 俺は滅却師。

 浦原さんが話すには、俺らは同系統の存在らしいが、別にその間に交流があったという話はない。

 

 で、石田くんの話から、石田くんはジジイとつながっているのは明白。

 

「で、君は黒崎くんに何を話したんだい?」

「え? あ、一護に何を話したのか?」

「そう。

 君は先日、その力を使って虚を倒した。

 本来刀を使うはずの滅却師が体一つで倒すのは見事だけど、その時に君は黒崎くんと共に行動をしていた。

 それから、君は黒崎くんに何やら神妙な表情で話しかけられている。

 それは恐らく、彼に虚を倒すところを見られたのではないか?」

「……まぁ、はい」

「そこに黒崎くんの死神化だ。

 恐らく、黒崎くんのことだから、彼は君のことを死神かなんかだと思った。

 だから今日のお昼、君と朽木さんと黒崎くんは話をした。

 そこで君は何を話した?」

 

 まくしたてられる。

 

 いや、考察とか諸々あっているし、すごいとは思うけど、

 

 ”俺らのこと見過ぎでは?”

 

 ちょっと、ほんの少しだけど、この人キモいと思ってしまった。

 

 ごめん。

 

「えっと、別に大層なことは話してないよ」

「具体的には?」

「……あー。

 というか、嘘を付きました」

「……それはどうして」

「いや、俺が聞いた話だと、現在でもクインシーとか滅却師とかって殺されてもおかしくない存在でしょ?

 だから俺としては殺されたくないから、嘘を付きました……」

「ちなみにどういった?」

「霊媒師です、と」

 

 メガネを上げながら会話する石田くんは、しっかりと見ると知的に見えるのかもしれない。

 しかし、現状の俺からしたらちょっと気持ち悪い人位にしか映らない。

 ごめん。

 

「……それで、二人はなんて?」

「納得してくれました」

「……本当に?」

「本当です」

 

 やめてくれ。

 俺も嘘をついた身としてかなり無理があるというのは理解している。

 だからそれ以上掘り返さないでくれ。

 

「君は、死神が嫌いか?」

「……死神ってものを最近知ったから、どうとも」

「そうか」

 

 少し影のある表情をする石田くん。

 何やら死神と因縁ありそうな様子か?

 

「石田くんは?」

「僕? 僕はね……」

 

 石田くんは、その眼鏡をクイと上げ、

 

「死ぬほど嫌いだよ」

「え、マジか」

「本当だよ」

 

 石田くんは、それきり自身のかばんを持って教室を出ていった。

 

 えまってこの状況何?

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 数日経過した。

 

「本当だってば!

 ホントに部屋に横綱が来て、テッポウで壁に穴開けたの!」

 

 学校で見てる分には朽木さんと一護の間に仲の良さは見られない。

 最近では一護が疲れた様子を見せるだけだ。

 

 そして今日、織姫さんが変なことを言い出した。

 最近怪我が多めだったが、今日はそんなことも無くピンピンしているらしい。

 

 それを見ながら朽木さんと一護が何かを話していたのを見たが、何かあったのだろうか。

 

「ゲンジー。

 昼飯食べようぜぇ!」

「ん? あぁ」

 

 同日、昼休みに啓吾から飯に誘われる。

 俺は自炊能力は死ぬ気で身につけたので、弁当。

 一方啓吾は購買。

 水色は一緒に住んでいる女の手作り弁当。

 

 水色に関しては何を話しているのかわからないだろうが、それが事実である。

 

「屋上行こー、おー!」

 

 啓吾はるんるん気分で階段を駆け上る。

 なにかいいことでもあったのか?

 

「昨日、可愛い子を見つけたんだって」

「へぇ。

 それで?」

「……それだけ」

「……あぁ」

 

 それだけで幸せになれるとか最高かよ啓吾……。

 

 ガチャン!

 

 背後で哀れんでいると、屋上の扉が開く。

 そこにいたのは、

 

「おっ」

「あっ」

 

 一護と朽木さんの姿だった。



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呼吸使えたとしてもチャドは理解できない

「また一緒にいる。

 キミたちずいぶん仲いいんだねぇ」

 

 俺と一護の漏れた声には気を止めず、水色は一護と朽木さんの二人でいるのを指摘した。

 

 確かに、学校内では朽木さんと一護がどんな関係なのかということは噂になっている。

 俺もかなりの数を聞くが、一護が怖いからか事実は分からぬまま、という感じだ。

 

「アホ。

 これが仲いいように見えるか?」

「そういうならそうなんだろうけど……。

 一護って周りの目を気にしたほうがいいよ?」

「そんなもん気にしてればとっくに髪を黒く染めてるよ」

「確かに」

 

 水色が一護の隣に座る。

 

 朽木さんは何やらジュースと睨み合っているせいで、気づいていない様子だ。

 

「こんにちは! 朽木さん!」

「こんにちは……。

 えっと……小島くん……?」

「あったり!

 まだ自己紹介してないのによく覚えててくれたね」

 

 外から見ていても、この水色のコミュニケーション能力は凄まじいと思う。

 こういうのがあるから水色は周囲に女に絶えないんだよな。

 

「改めて。

 小島水色15歳!

 趣味は「女あさり」……ったく源氏はひどいなぁ」

「いや事実だろ」

「一護までそんなこと言ってぇ。

 僕は年上しか興味ないから同年代の子は安全なんだよー?」

 

 水色の自己紹介に乱入しながら、俺は円を書くように一護の対面に座る。

 

 啓吾も俺が座ったことにより、円をかくように座ろうとしていたことに気づく。

 

「あ、俺は我妻源氏。

 ……俺ってどんな特徴ある?」

「「「びっくり人間」」」

「びっくり人間?」

「……俺としては非常に不本意だよ、それ」

 

 座り込んだ啓吾も、水色も、一護さえも俺のことをそう話す。

 

 びっくり人間。

 

 それは俺が学校に入学して付けられてしまった不本意なあだ名だった。

 

 きっかけは些細な目立ちたい精神だった。

 

 学校で目立つには、運動ができれば手っ取り早い(自分調べ)

 

 その時の体育は、身体能力テストだった。

 一護を始め、変に身体能力が高い連中が存在した。

 そのため、素の身体能力ではなんともならないことに気づき、常中の呼吸をひっそり使った。

 

 テストの内容は50メートル走。

 

 俺の隣は普通の奴らばかり。

 

 スタートの合図とともに、俺の姿は消え、1秒経つか立たないかの段階でゴールした。

 

 ……まず言い訳をさせてもらうと、呼吸における手加減は非常に難しい。

 一回本気でやってみた時は、いくらを潰さないくらいの力でようやっとシャーペンが壊れなかった。

 

 それを知る前の俺は、軽く走ればいいだろうという心持ちで望み、クラスひいては教員の目をぶっこ抜いた。

 

「50メートル走では瞬きよりも早く。

 サッカーではボールを亡き者に。

 野球ではバッターボックスが消滅」

「盛りすぎだろそれ。

 ふざけるのもいいかげんにしろよ啓吾ハハハ」

「……あながち間違ってないけど」

「何いってんだよ水色ハハハ」

「ちょっとだけだろ、盛ってるの」

「黙れ一護」

「俺にだけ扱いがひどくないか?!」

 

 ちょくちょく試していたら付いたあだ名がびっくり人間

 試すのも悪かったけど、この世のものが弱いのが原因だろ(暴論)

 

「まぁ俺のことは適当で大丈夫。

 危険性ないからさ」

「確かに。

 むしろ傷つけられているもんね」

 

 スッ

 

「なんで無言でウインナー投げる構えしてるのよ源氏」

「構えたくなった」

「やめろやめろ二人共。

 ……あ、こいつ啓吾。

 …………うん」

「おぉい?!

 なんで俺だけそんな淡白な説明なんだよ?!」

「そんな説明することあるか?」

「確かに水色と源氏に比べると俺って特徴ないのは分かるけど!

 ちょっとくらいはあるだろ?!」

 

 ウインナーを下げ、食べる。

 確かに啓吾は俺らの中では特徴がないように見える。

 しかし、こいつがいるからこのグループができたと行っても過言ではない。

 

 憎めない、人の中心にいるやつ。

 それが啓吾だ。

 

「っていうか俺のことはいいんだよ!

 俺としては転校生さんがここにいるのが気になるんだよ!」

「ん? あぁ、別にいいだろ」

「まぁ確かに別に理由は置いといてもいいけど朽木さんこんな男の園にようこそ!!! ありがとう!!!」

 

 啓吾が涙を流して朽木さんに親指を立てる。

 ……若干引いているけどまぁ大丈夫だろう。

 

 そこで人の気配を感じる。

 誰かはわからないが、恐らくこの様子では……

 

「おい黒崎ぃ!?」

 

 誰だおま。

 

「今日こそ決着つぶべへぇっぇぇぇぇ?!?!」

 

 いや誰だおま。

 

「流石に出てきた瞬間に吹き飛ばすのはよくないんじゃないか? チャド?」

「……そこで黒崎を吹き飛ばすやらなんやら話していたから」

「それなら大丈夫だろ」

「なんで啓吾がドヤ顔しているのよ」

「いいじゃねぇか水色ぉ」

 

 そこに現れたのは、浅黒の肌を持った巨人がいた。

 彼は茶渡泰虎。

 俺らのグループの一人。

 あんまり俺は接点はないが、彼こそ空座第一高校における超人の一人である。

 

 素の身体能力では絶対に敵わない自信がある。

 

 そんな彼は、唐突に現れた金髪不良さんを吹き飛ばした。

 なんで人一人をそんな玩具みたいに吹き飛ばせるのか不思議でならないが、こいつはそういうやつなのだと諦めることにした。

 

「あれ? チャド怪我してるじゃん」

 

 そんな中、チャドが怪我をしていることに俺は気づく。

 チャドは基本的に怪我が絶えない。

 一護とは別の方向で血の絶えないやつだ。

 

「頭のは昨日、鉄骨が上から落ちてきた」

「「「鉄骨?」」」

 

 流石に初めて聞いた。

 鉄骨が上から落ちてくる。

 なんで生きてるんだこいつ(疑問)

 

「それで手のこれは……さっき昼飯買いに行ったときに、オートバイと正面衝突した」

「何してんだテメーは?!」

 

 ……なんでこいつは生きてるんだ(超疑問)

 

「で、オートバイの人が重症だったから、病院まで運んできた」

「今日は授業に来ているから遅いのおかしいと思ったんだけど、そういうことだったのね……」

「なぜ生きるのか(省略)」

 

 今までも散々思い知らされたが、チャドは不思議生命体だ。

 ほんと。

 いや呼吸使えるお前が何言ってるんだという話だけど、ほんとまじで。

 

「よっと」

 

 チャドは一通り話し終わり座り込む。

 その拍子に背後にある何かを地面に降ろした。

 

 カチャ。

 

「なにそれ?」

「コンニチハ

 ボクノナマエハ シバタユウスケ!

 オニイチャンノナマエハ?」

 

 しゃべるインコだった。

 

 気になるもん持ってくるじゃんチャド(乗り気)



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チャドデレ

「しゃべるインコ……」

「オニイチャン! コンニチハ!

 ナマエハ?」

「あ、俺の名前は源氏。

 よろしく」

「ヨロシク! ゲンジオニイチャン!」

「おいおいこいつ意思疎通できてるやんけ」

「……もらったインコだ」

「端折り過ぎじゃない?! 説明?!」

 

 啓吾のツッコミに同意しながらも、別にこんなインコ一つに何かあるわけでもないし、というか俺の預かり知らぬことなので、戯れる。

 

「名前はシバタ、だったよな?」

「ボクノナマエハシバタ!」

「そうかそうか。

 何か食べるか?」

 

 俺は手持ちに何かないかと探す。

 パンとかあったらいいんだけど……

 

「啓吾、パン少し分けてやらない?」

「え? 俺の昼飯だけど……」

「たかだかインコに分ける分くらいけちんな。

 焼きそば食えないからパンの部分だけだよ」

 

 啓吾からパンを一つまみもらい、インコに分け与える。

 

「アリガトウ!」

「おうよどうぞどうぞ」

 

 にしても、このインコ意思疎通が取れすぎてるな。

 しかも、気配が鳥っぽくない。

 

 気配察知とかは得意じゃないけど、森で修行していたからか、動物の気配は基本的に察知できる。

 鳥とかは結構わかりやすいから、目の前のインコもそうかと思っていたが、何か違う。

 

 まるで複数の人間の霊が……

 

「源氏! 俺も上げてみたい!」

「……いや、お前の焼きそばパンなんだからお前が上げろよ」

「確かに!」

 

 啓吾の言葉に思考が遮られるが、振り向いた瞬間に見たのは、一護と朽木さんの姿。

 何か二人だけでコソコソと話していた。

 

 ……あぁ。

 

 何か分からないが、何かが起こることは理解できた。

 

「ほーれ、いんこちゅわん、パンですよー」

「ボクノナマエハシバタ!」

「なんかやけに人間みたいな名前だね」

「……飼い主のもとに返してあげたいと思っている」

「あ、迷子……鳥なんだね」

 

 水色が少し言い淀む。

 啓吾はなんかインコの好感度を下げたのか、餌をもらってくれていない。

 

 なんだ、あいつは嫌われる星のもとにでも生まれたのか?

 

「今日は、こいつの飼い主を探しに行こうと思っている」

「俺の方でもいないか聞いてみるよ。

 隣町から飛んできた、ってのも考えられるし」

「僕の方でも探してみるよ。

 こういう鳥って女の人飼いそうだし」

 

 俺と啓吾の笑顔がひきつるが、スルー。

 こいつにこの程度のことで腹を立てていればきりがない。

 

 というか水色的にはこういうのは悪意を持っていっているわけではないので、突っかかるほうが悪い。

 

 そんな会話を繰り広げていると、昼休みは終わる。

 

 インコか。

 

 鳥って飼ったことないから分からなかったけど、結構かわいいもんだな。

 

 

☆☆☆☆☆

 

「…………」

「…………」

 

 どうしてこうなった。

 

 俺は、現在チャドと一緒に帰路についている。

 

 別に俺はチャドと特別仲がいいわけではない。

 たまたま同じグループに属していた、というだけの知り合いだ。

 

 別に嫌いとか好きではなく、知らない。

 知り合い程度の理解しかない間柄だった。

 

 それが、今は仲良く下校している。

 ……仲良くなのかどうかはいざ知らないが。

 

 そして続く無言の時間。

 

 はっきり言って気まずい。

 チャドのことは知らないので、何を話せばいいのか分からない。

 なのでこうした無言の時間がかれこれ5分続いている。

 

「……ここらへんで、今日は探すのか?」

「あぁ」

 

 会話が終わった。

 俺から切り出した苦肉の会話が、一太刀で終わった。

 

 チャドは現在、鳥の飼い主を探すために俺と一緒の道を歩いている。

 俺の下校ルートは栄えている商店街あたりを抜けて行くルート。

 そのため、人通りの多いところでチャドは鳥の飼い主を探すために一緒に歩いている。

 

 チャドの片手には、みんなに見えやすいように持たれた鳥かご。

 通行人は、チャドの大きさに一度驚き、そしてなぜか鳥かごを持っていることに疑問を抱く。

 

 俺としてはなんで隣を歩いているのか不思議でたまらない。

 

「……鳥、好きなのか?」

「……鳥が好きというわけではない」

 

 無言が続いたせいか、弾はまだ温存している。

 出し尽くそう。

 チャドのことを知るいいチャンスだ。

 

 しかし、会話は終わる。

 

 俺は次の弾に移行しようと頭を働かせると、

 

「だが」

「ん?」

「可愛いものは好きだ」

「へ?」

 

 脳が思考を止める。

 何を言っているのか理解できなかった。

 

 入学してから今まで、俺はチャドと接した回数が少なければ、彼のことをアイアンマンくらいにしか考えてなかった。

 

 なので、彼から出たそんな摩訶不思議な言葉に少し思考がショートしながらも、

 

「例えば?」

「……クマトラくん」

 

 知っている。

 うちのクラスでも一部の女子の流行りだしているキャラである『クマトラくん』。

 熊の格好にトラのたてがみ、というそれ熊ライオンでは? というツッコミを喉元にしまわせているキャラクター。

 

 確かに可愛いのは知っている。

 女子と会話するために常に流行は捉えているので、知っているには知っているが……

 

「あれ、可愛いよな」

「……あぁ」

 

 似合わないなぁ。

 嫌似合わないだろぉ、この図体には。

 

 アイアンマンのほうがすごい可愛く見えるよ?

 

「……笑わないんだな?」

「へ?」

「……俺が可愛いものを好きって言うと、大抵のやつは笑う。

 笑わなかったのは、一護とお前だけだ」

 

 ……そんな思考の最中に、チャドが言葉を差し出してきた。

 何やらと思っていると、そんなことだった。

 

 笑ったほうが良かったのか? と一瞬思ったが、

 

「いや、別に何が好きでもいいだろ。

 チャドはチャドだし」

「……あぁ」

 

 個人的には笑うほうがおかしいのでは? と思ってしまったので、つい真面目に返してしまった。

 もうちょっとおちゃらけた会話をしたいのに、チャドの前だと気が狂う。

 

「オニイチャンハイイヒト!」

「……そうだな」

「シバタまで……俺をからかいたいのか?」

 

 挙句の果てまで、町中で話すなと言われていたシバタまで話し始めた。

 

 チャドってこういうやつなのか。

 

 見た目通りというか、優しいやつと言うか。

 

 いいやつだなぁ。やっぱ。

 

「あ」

 

 そこで、栄えている商店街付近から遠ざかるルートに差し掛かる。

 ここを真っ直ぐ行くのが帰りのルート。

 ここを引き返して同様にインコの飼い主を探すのがチャドのルート。

 

 ここで分かれるというところで、チャドは止まる。

 

「……それじゃあ」

 

 チャドは、なんでもない様子で引き返そうとする。

 

 俺もそれに小さく声を返し、行こうとする。

 

 ところで、足を止め、後ろを見る。

 

 背中から見るチャドは、少し小さく見えた。

 

「手伝わせろ」

 

 宿題は徹夜で一護に写させてもらおう。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 インコ探しに俺が協力してから2時間。

 

 夜も更け、あたりは暗くなる。

 

 栄えている付近はやめ、俺らは少し住宅街の方まで足を伸ばしていた。

 流石に2時間もウロウロしているわけにも行かず、様々なところをさまよっていた。

 

 途中警察に職質まがいのことをされたけど、俺が説明した。

 チャドの説明だとやばい奴らに間違われそうになったからだ。

 

「いないな」

「だな」

 

 シバタは黙ってくれている。

 道中、チャドと言葉少ないながらに話をした。

 別に他愛にない話だ。

 

 好きなもの、嫌いなもの、勉強のこと、恋バナ。

 

 残念ながらチャドは色恋とかに興味はないので俺からの話が主にだったが。

 

 チャドはいいやつだ。

 少し独特な雰囲気を持つだけで、根っこは普通のいいヤツ。

 話をしっかり聞いてくれるし、待てば普通に話してくれる。

 

 食わず嫌いは悪いということだ(違う)

 

「そろそろ暗いし帰るか?」

「……そうだな」

 

 もう少し粘りたそうにしていたチャドだったが、流石にこれ以上探し回れば警察に見つかる。

 俺としては親御さんに連絡とか非常にやめてほしいので(世間的にもジジイ的にも)、切り上げようとした。

 

 場所は十字路。

 チャドの家は知らないが、俺とは正反対の方向だろう。

 

 家路につく人もまばらにいる最中、チャドと別れの挨拶をと振り返る。

 

「げん……」

 

 その瞬間、俺の視界はブレる。

 

 聞こえるのは、車の音と、鈍い衝突音と、

 

 ヘヘヘ……

 

 笑い声だった。



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車に轢かれるとか割とレアな経験

 Q:突然の襲撃にはどうやって対応しますか?

 A:悪意を察知するのが一番だと思います。

 

 不意打ち闇討ち大歓迎と教えられた俺だが、不意打ち闇討ちをするからこそ逆にその怖さを知っていると言っても過言ではない。

 

 不意打ちは強い。

 反撃されること無く一撃を与えることができるのだ。

 有効な攻撃ができれば、それこそその後の戦闘に大幅な有利を作ることができるし、その一撃で決まれば勝利することもできる。

 

 だからこそ、精度はまだしも気配には敏感な人間だったはずなのに、

 

 (……車に轢かれた?)

 

 理由が分からない。

 突然轢かれた。

 車の接近に気づかなかった。

 

 人の悪意を理解できなかった。

 

 何が何やらという感情のままいるが、俺の体は無傷である。

 

 そう、無傷だ。

 

 車に轢かれた瞬間にとっさの常中と受け身によって無傷でいることができた。

 

 だけど、半ば無意識に行った行動なので、今自分がどのような体勢で、どこらへんに位置しているのかが分からない。

 

 飛ばされた?

 どのくらいの強さで?

 というか周りに人いなかったか?

 

 思考は加速し、地面から立ち上がる。

 

 そこは十字路から少し吹き飛ばされた場所。

 周りには傷の大小様々だが、数人の人がいる。

 車は近くの壁に衝突している。

 

 ……車の中に人は?

 いない。

 ……誰が運転していたんだ?

 

 交通事故なんて、前世含めあったことなんてなかったから初体験。

 何をすればいいのかはわからないにしろ、こういう時は修行をしていてよかったと心の底から思う。

 

 まずは119番か?

 携帯を取り出そうとポケットに手をのばすと、

 

「源氏?!」

「あ」

 

 チャドの存在を思い出す。

 

 チャドは車に轢かれる位置ではなかった。

 

 俺を心配しているのだろう。

 声を出そうと顔を上げる。

 

 その瞬間。

 

 虚の気配。

 

 場所は……。

 

「チャド!」

 

 チャドの

 

「あぶ……」

 

 うし……

 

 次の瞬間、こちらに向かって走っているチャドの背後に現れた化け物が、その爪を振り下ろした。

 

「カハッ……」

 

 チャドの背中に直撃する爪。

 倒れるチャド。

 

 持っていた鳥かごを落とす。

 金属音が耳を刺す。

 一瞬のことで理解ができなかった。

 

 ……いや、いくらチャドとはいえ、あの攻撃はまずいだろ。

 

 どうしよう。

 

 どうしよう。

 

 まず、

 

「へへへ……これで邪魔者は……」

 

 こいつ(虚)を

 

「いな」

 

 退かす。

 

 シィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 霹靂一閃:殴打

 

 俺とチャドの距離はおおよそ10メートルほど。

 その距離を一瞬で詰め、虚に体当たりをする。

 

 攻撃が目的ではなく、押すことを目的とした霹靂一閃。

 

 その速度と足があれば、これだけ相手が巨体でも……

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……

 

 地面と何かが擦れる音が遠ざかる。

 

 目の前には虚の姿はない。

 

 振り返り、チャドのもとに近づく。

 

「大丈夫かッ?!」

「源氏……そっちこそ大丈夫……か?」

「俺は大丈夫だ!

 お前は……」

 

 地面に倒れているチャドを観察する。

 怪我はどうなっているのか。

 

 薄暗くて正確に見えなかったそれは、少しの明かりだが、近づくことで俺にしっかりと姿を見せる。

 

 血に染まる背中。

 

「だい……じょうぶ……なのか?」

「あぁ……少し休めば……だいじょうぶだ」

 

 チャドの怪我は、恐らく大丈夫でない。

 これはしっかりとした治療が必要だ。

 いくら鉄人、アイアンマン、なんて言われていようが、チャドは人間。

 

 だからこそ、早くしないと……

 

「一護ッ……」

 

 虚、怪我、現在地。

 

 若干の混乱の中、俺が導き出したのは近くにある『クロサキ医院』

 後虚相手だから一護。

 連絡だ。

 

 あいつが虚を任せて、交通事故の人もろともクロサキ医院に運び出せる。

 

 急げ。

 

 俺の体に異常はないはずだが、目の前のチャドの様子から、手元が震える。

 

 少し時間がかかりながらも、通話ボタンを、押した。

 

 コール音が鳴る。

 

『源氏、どうし』

「虚が出た!

 怪我人も出た!

 来てくれ!」

『虚が出た?! 場所は「アンタ、よくもやってくれたな」おい、源氏?!』

 

 一護の声が遠くなる。

 後ろで聞こえた、声。

 

 それは、先程の笑い声と同じ、

 

「ガッ?!」

『…………?! ……?!』

 

 携帯から声が聞こえる。

 けど、そんな声はもう認識できない。

 背後から感じた声と殺意に、体を動かしそうになったが、俺はその反射を抑え込んだ。

 

 今動けば、チャドが犠牲になる。

 

 できない。

 

 背中が熱い。

 

 痛い。

 

「なにしてくれてんだぁ?! アンタはぁ?!」

 

 痛みで歩を止めるのは、死に急ぐのと同じ。

 

 痛みを押し殺し、懐に手を突っ込み、

 

「それはこっちのセリフだぁ!」

 

 殺意と、柄だけの刀を取り出した。

 

「は?」

 

 俺の出した不思議な刀に面食らったのだろう。

 虚は俺の様子に後ずさった後、こちらを見つめる。

 

「なんだそれは?! なめてんのかアンタ?!」

「舐めてねぇよ。

 お前さっさといなくなってくれ」

「お前何言って……」

 

 俺の柄だけの刀から、刃が出現する。

 

 これは、この前もらった『月輪刀』だ。

 柄しかないのは、俺が改造を頼んだため。

 

 流石に今の時代社会生活を営みながら刀なんて持ち歩けない、と相談したところ、『刀の形状の魂を搭載することで、霊力を込めたときに霊子の刃が出現するんスよ』とよくわからないことを言われながら、新しい刀をもらった。

 

 俺の呼吸の力を吸い取ってできている刀。

 

 俺の意思によって出し入れできるらしい。

 少しは練習していたため、出せないなんてことはない。

 

「……アンタ、死神か?」

「ちげぇよ」

「じゃあ……何者だ?」

 

 一護を待つ?

 遅い。

 

 どれだけここから近かろうが、今は一分一秒を争っている。

 

 のんきなことは言ってられない。

 

「ただの、剣士だ」

 

 シィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 参の型

 

 聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)

 

 俺の姿が消える。

 虚はそれに気づいて腕を上げ、顔面をガードした。

 

 それは悪手だ、化け物(クソヤロウ)

 

 聚蚊成雷

 この言葉の意味は「小さな物でも、集まれば大きな力になるということ」

 

 雷の呼吸におけるこの技は、

 

「ガハッ」

 

 変則的な足運びと、稲魂による連続斬撃の組み合わせ。

 

 それによって生まれる、斬撃の嵐。

 

 狙うは足。

 移動を制限する。

 

 虚の周りを円を描くように移動した後、元の場所に戻り、追撃を加えようと呼吸を整えた。

 

「いてぇじゃねぇかよぉ?!」

 

 虚は大声を発しながら、何かを吐き出した。

 何かは分からない。

 けど、近づくのは危ない。

 

 だからこそ、

 

 シィィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 肆の型

 

 遠雷

 

 遠くで鳴る雷のように、斬撃を飛ばす技、ではあるが、そもそも人間に斬撃は飛ばせるわけはない。

 

 だからこそ、この技は対象に近づき、切りつけた後

 

 カチッ

 

 後方に下がる技なのである。

 

 一瞬にして行われるため、まるで斬撃を飛ばしているように見える技であり、実質霹靂一閃の亜種みたいなものである。

 

 俺が飛んできた何かを斬りつけると、それが爆発した。

 霹靂一閃でなくてよかった。

 

 爆風からチャドの盾となる。

 ダメージはないが、チャドにもしものことがあっては大変だ。

 

「やったよ!! へへへ!」

 

 虚は爆風で見えないことから、俺が死んだと思っているのだろう。

 その声を聞いて、場所は理解できた。

 

 シィィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 霹靂一閃

 

 俺が降り立ったのは、虚の背後。

 足を攻撃したのは、躱されないように。

 それが功を奏したのかは知らないが、俺の背後にいた虚は、

 

「ハハハハハ! って……あれ?」

 

 切られたことに気づくこと無く、滅びていった。



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黒崎一護から見る我妻源氏

 死神代行

 そんな物騒な役目を引き受けた俺……黒崎一護は、死神となるきっかけを作った女……朽木ルキアと共に、夜道を走っていた。

 

 話は一本の電話から始まった。

 

 なんてことない平日。

 実家が街の病院なんてものをやっているため、少し消毒臭い。

 そんな実家の、自分の部屋。

 

「げんじ?」

 

 コール音に反応して、液晶を見ると、そこには『我妻源氏』の名前が。

 

 我妻源氏。

 

 高校の同級生で友達。

 運動神経よし、勉強はそこそこ、顔も悪くない、というのになぜか女に振られている奴。

 

 俺個人としては、霊媒体質友達ということで意気投合している部分もある、友達。

 死神になった時は、以前の記憶から源氏のことを死神だと思ったが、本人からも、ルキアからも違うという答えが出た。

 

 それ以降、特にこれと言ったこともないので、気にしないでいたが、

 

「源氏、どうし」

『虚が出た!

 怪我人も出た!

 来てくれ!』

「虚が出た?! 場所は『アンタ、よくもやってくれたな』おい、源氏?!」

 

 いきなりの連絡、虚という言葉。

 

 何が何やら分からない状態。

 

「おい!」

「虚が出たんだろ?!」

 

 そこで俺の部屋の窓からルキアが入ってくる。

 俺の言葉にルキアは少し面食らいながらも、

 

「なら話は早い! 行くぞ!」

「おう!」

 

 ルキアの持つドクロマークの付いた手袋。

 これを俺に当てることにより、俺の死神としての魂が体から抜ける。

 

 倒れ込む俺の体を支え、ベッドに寝かせる。

 自分の体を見るのはまだ慣れないが、そんなことを言っている場合ではない。

 

 部屋の窓を飛び出し、走る。

 

「虚の出現を察知できたのか?!」

「そんなんじゃねぇ!

 源氏から襲われたって連絡が来た!」

「あやつか?!」

 

 どこに行くのかはわからないため、ルキアに案内は任せる。

 その間、俺の胸中には言いようのない不安があった。

 

「あいつ、怪我人も出たって……」

「くっ、被害を抑えなければもっと怪我人が増えるぞ!」

「わかってる!」

 

 源氏は、何かを隠している。

 それは理解できる。

 

 というか、今までの不思議な言動と合致する節があった。

 

 源氏は入学当初、びっくり箱なんていうあだ名を付けられていた。

 

 人間離れした身体能力を度々見せることから付いたあだ名だが、別にそれを誇るわけでも見せびらかすわけでもない。

 まるで間違ってしまったかのような態度。

 

 今ではいつものこと、ということで済まされているが、それは虚から身を守るために磨いたものなのではないか。

 

「もしもあいつが倒してくれたなら……」

「贅沢言ってんな! 源氏は普通の人間だろ?!」

 

 ルキアがボソリとつぶやいた言葉に、俺は反応する。

 本来なら無視してもいいその言葉に突っかかったのは、俺がそうと信じたかったからだ。

 

 薄っすらとある、俺が死神になる前に、虚に襲われた記憶。

 あのとき、俺と源氏は一緒にいた。

 そこで虚に襲われることになった。

 

 俺は虚の攻撃で意識を失う直前、源氏が虚を斬ったのを見た。

 そして翌日、源氏が大怪我をしていた。

 

 今では治っているし、本人的には事故ということで片付けたそうにしていたので、俺は協力した。

 もし、源氏が本当に倒していたのなら、源氏は何者なのか。

 

 源氏でなければ、誰が倒したのか。

 

 ルキアにも話はしたが、そんなことを考えるよりも目の前の虚を何とかすることに必死だったため、今まで議論してこなかった。

 

 そしてその議論の答えが、

 

「待て」

「なっ、げ……」

 

 目の前に出された。

 

 

 遠くには、虚と思われる仮面の化け物。

 そしてそれと対峙している源氏。

 

 周りの様子を見るに、交通事故でも起こったのだろう車と、倒れる人。

 

 そして源氏の後ろには、倒れている人影。

 

 俺の声と同時に、

 

 源氏の姿が消えた。

 

「我妻源氏」

 

 ルキアの声。

 

 源氏の姿は消え、次の瞬間には元の場所に現れる。

 それと同時に、防御の姿勢を取った虚の足がずたずたに切り裂かれた。

 

「本来頭を一撃で倒すことを理想としている虚戦だが、それは貴様のような力あるものにしか推奨されない。

 本来、女のような力が弱く、一撃のもとに屠れない死神には、足を奪うことを推奨されている」

 

 虚はその場に崩れ落ち、自分に起きたことを理解したようだ。

 激怒している。

 

 そして、虚が口から何かを吐き出した。

 

 このとき、いつもなら俺は飛び出していた。

 けど、俺の足は動かなかった。

 

 生まれてこの方、足がすくんだ、なんて経験は少なかった。

 そのせいで後悔したことがあるからこそ、恐怖に臆することを恐れた。

 

「一護。

 もし貴様がこの場で飛び出そうものなら私は貴様を殴ってでも止める」

「なんで……」

「あの戦いにおいて、貴様が足手まといだからだ」

 

 ルキアからの言葉。

 それに俺は少し安心してしまった。

 ……なぜかは、わかりたくなかったけど。

 

 虚の口から吐き出された何かは、正確には見えないが、何らかの攻撃であることは理解できる。

 

 その何かが近づこうとしたその瞬間、源氏は何かをした。

 

 俺の目には源氏の姿が見えなかった。

 それくらい速い速度で、源氏は何かをした。

 その何か、というのは理解できないが、結果は遅れて現れる。

 

 虚の出した物体を細切れにした。

 

 同時に、細切れになった何かは爆発。

 源氏にはそよ風程度の爆風が襲いかかる。

 

「虚は対面で勝負するのは得策ではない。

 虚は食らうため、害すための存在だ。

 死神はそれに対して、生きるための存在。

 虚を殺すことはできても、虚を殺すことに特化しているわけではない」

 

 ルキアは、何やら小難しいことを言っている。

 

「そしてあの手際を見る限り、本来ならあやつは虚を手玉に取れるくらいの実力を持っていると見る。

 それなのに、ああして目の前に立っているということは……」

 

 そこに関しては、俺も理解した。

 源氏は、何かを守りながら戦っている。

 

 爆風の中、虚の笑い声が聞こえる。

 気味の悪い笑い声だ。

 そう感じていると、

 

「あれが虚から身を守れる程度の人間なのか?」

「……分からねぇ」

 

 虚は、その体を2つに分ける。

 

 分裂や取り外しといったものではない。

 

 包丁で何かを切るときのような、切断の意味での、言葉。

 

「そうか。

 なら、まだ追求はしない」

「わかってる。

 俺も同じ気持ちだよ」

 

 我妻源氏とは、何者なのか。

 それは、俺らの間でより疑問になった。

 目で見ることで何をできるのかは知ったが、なぜできるのかは明確ではない。

 

 でも、それよりも今は為すべきことを為す。

 

「救出手伝え」

「当然だ」

 

 俺とルキアは、源氏のもとへと走った。



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月明かりって単語がもうオサレ

お久しぶりです。
生きています。
久しぶりに書いたせいか、少し緊張しております。


 俺は虚を退治したのを確認し、気絶した。

 

 そして目が覚めると、2日が経過していた。

 

 ……いや、あんな余裕綽々で倒しておきながら、なんで寝込んでなおかつ2日も経過しているのか。

 これに対しては、チャドを守るときに背中に食らった一撃のせいだ。

 

 いくら常中をしていようと、俺は所詮生身の人間。

 化け物からの攻撃でダメージを食らうのだ。

 

 幸いにも重症に至ったことはなく、朽木さんや一護のお父さんからの助力もあり、後遺症も傷跡が残るというようなことはなかった。

 

「……ごめん」

「何謝ってんだよ」

「源氏が助けを求めてくれたのに、俺は助けられなかった」

「は? お前は何言ってるんだ?」

 

 そしてまぁ、今俺はクロサキ医院の病床で、一護から謝られていた。

 

 クロサキ医院は小さな町の病院、という雰囲気の場所。

 俺も家から少し遠いが、通わせてもらっている。

 一護の親父さんは能天気に見える、いい人だ。

 

 この人あって一護が育ったんだとよく分かる。

 

 そんなクロサキ医院の病室の一角。

 小さな医院なので、入院患者を取り扱うことは早々ないため、数も少ない。

 

 しかも家と隣接しているせいで、少し晩飯のいい匂いがする。

 

 俺としては晩飯食べたいところだから、話は後回しにしてほしいが、一護の表情は重苦しいものだ。

 倒れた後のことをやってくれたことや、治療してくれたこと。

 これに対して俺は感謝してもしきれないくらいなのだが、食らった言葉は謝罪。

 

「だって……っ、俺はっ……」

「……あぁ、どうせ一護のことだから、俺のせいで源氏が……とか考えているのか?」

「……そうだろ?」

「……まぁ、たしかにそうかも知れない」

 

 普通、こういう展開の王道としては、否定から始まるのがセオリーなのかもしれない。

 それがマンガという物語のセオリー。

 だけど、俺はそんな事知ったものではない。

 

 俺のためにと暗くされた病室に、月明かりが差し込んでいる。

 結構明るいことに、文明の発展を感じながらも、思考を戻す。

 

「一護がもっと早く来てくれれば、俺は怪我一つなかったかもしれない」

「あぁ」

「朽木さんが死神の力を取り戻していれば、チャドは大怪我をせずに済んだかもしれない」

「それは違うだろ」

「違わない。

 それに、俺がもっとちゃんとしていれば、あの程度の虚に対してこんな被害を出さなかったかもしれない」

「なんで源氏がッ?!」

 

 一護は優しいやつだ。

 それはBLEACHという物語を知っているからではなく、俺が黒崎一護という人物を知っているからこその評価だ。

 

 一護のオレンジ髪が、しっかりと俺の目に映る。

 相変わらずうるさい髪色。

 俺は特に気にしてないけど、本人としては昔に何度も言われたことあるから、別に触れても大丈夫だぞ、なんて話していた。

 

「俺からすれば、その程度の認識。

 一護、自分を責めるのは別に構わない。

 もしそれで、俺が死ぬかもしれないってときに助けてくれるならどうぞ、って感じだ」

「源氏らしいな」

「よせやい褒めるなっての。

 それで、俺としては誰に責任があるとか、俺の傷は誰のせいだとかは別にいいの」

「……どういうことだ?」

 

 俺としては、一護が何を悩もうが関係ない。

 そういう風にこの現実は進んでいくのだろう。

 だけど、俺は違う。

 

 俺はこのBLEACHの世界に降り立った異分子。

 いつ死んでもおかしくない。

 物語物語言っておきながら、ここには痛みも辛さも現実も存在する。

 

 正直一護と距離を置けばいいと思う。

 それは一番思うし、今持っている知識(ほぼない)を総動員して、対抗策を考えればいいかもしれない。

 

 けど、それは一護の人生だ。

 

「俺はただ、人命救助に治療、病床まで貸してくれる一護に、感謝してる」

「……俺は何もやってねぇよ」

「なら次やれ」

 

 俺は一護と少しの間だが、友達をしていた。

 だからこそ、物語では語られないことも分かる。

 

 好きな食べ物とか、授業中の態度とか、先生からの評判とか。

 知らなかったけど、結構担任からは頼られてるし、毛嫌いされているように見えて、結構話しかけてくるやつも多い。

 マンガは貸したら大概すぐ読んで返してくれるし、遊びに誘ったら断られる。

 けど、しつこく誘うと結構折れる。

 

 そんな生きてる人間目の前にして、そいつの人生知ったように語れるのか?

 

 死神でもない俺が?

 

「次はすぐ来い、すぐ助けろ。

 以上」

「あ、あぁ」

 

 無理無理。

 一護は一護。

 俺は俺。

 

 背中に痛みがないことと、呼吸がしっかり行えることを確認して、俺はベッドから降りる。

 

「もしそれでも気になるんだったら、今日はここで飯食わせろ。

 腹減った」

 

 呆然とする一護に、俺はため息を吐いて、

 

「一護パッパー!!!

 こいつメソメソないてるよ―!!!」

「おい! 源氏?!」

「なにぃ!? それは大変だぁ?! すぐにパッパが熱いキッスで泣き止ませてあげちょっ! かりんちゃ?! あぁぁぁあぁぁ?!」

「一兄! その人もしまだ傷ついてたらお粥持っていくけど―! どんな感じ―?!」

「ちょっ! かりんちゃ!? ギブギブ! なんか知らない何かがミシミシしt……」

 

 聞こえる断末魔と、一護のキョトンとした表情。

 

「ほれ、怪我あるか?」

「…………あぁ、ねぇ!」

 

 一護は、そんな俺の様子に頭を力強く掻き、背中をぶっ叩いてくる。

 

 怪我は完治したが単純に力強いため、

 

「ッテメこの……」

「次が来たら、嫌だって言っても守ってやる」

「上等だオレンジ頭」

 

 背中の痛みを感じながら、俺は人生で初めて、一護の髪を指摘した。




余談
チャドは半日で退院した。

追記というか補足
本作では主人公の立ち位置は、本人としても少し悩んでいる、というのが現状です。BLEACHとしての世界。自分という人間が生きている世界。その2つの側面で生きているため、思考がどっちつかずに見えてしまうかもしれません。あえてやっている、というかこの年代の揺れ動く情緒とかが、作者が好物なので見過ごしてください。
(この補足は次話投稿するときに消します)


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安寧平和、酒池肉林

タイトルに迷いが生じました。


 退院して、2週間ほど経った。

 

 それまでの間、俺に何かあったということはない。

 

 一護に関しては、人が変わったかのような振る舞いをした時があったらしい。

 一護が珍しく昼飯一緒じゃなかった日。

 昼飯を終えて教室に戻ると、そこには鬼神がいた。

 

 まぁ有沢なんだけど。

 有沢は怒った様子で窓から人が飛び降りた、とか(俺らの教室は3階)織姫の手の甲にキスをした、とか言っていた。

 俺としてはまた虚絡みかと警戒心を挙げたが、その後にいつの間にか現れた浦原さんたちが、俺と石田くん以外のやつの記憶を消して回っていた。

 

 浦原さんが原因のことだったらしく、忙しい忙しいと言いながら、俺も多少の手伝いをさせられた(壊れたものの修復とか)

 そんな騒動が過ぎて、俺は一護から、この事の事情を聞くことになったのだが、

 

「よっ」

「ぬい…………ぐるみ?」

 

 知らないぬいぐるみが喋って俺とコミュニケーションを取ってきた。

 

 死神になるための道具、だったのがこんなのになったらしい。

 聞いてもよくわからないが、とりあえずは一護が死神として活動している時、このぬいぐるみのやつが生身の一護の肉体に入っているということ、だ。

 

 これによって朽木さんがわざわざいなくても、死神になれるようになったらしい。

 

 ぬいぐるみが話しているのには驚いたが、今更化け物を見た後だとそんな印象は薄い。

 

「一応源氏にも知ってもらえればいいと思って……」

「あ、あぁ。

 なんか起きた時は俺がフォローすれば良いのな」

 

 一護からはこう言われているが、恐らくというか確実になんか起きるだろ。

 

 と思っていたが、そんなことはなかった。

 結構このぬいぐるみ……コンと言う名前のやつは良いやつで、少しスケベだが、俺としては話もあう奴。

 

 一護は面倒な顔をしながらも、今日も今日とて死神としての活動を、俺やその他のやつが知らないうちにやっていた。

 

「源氏ー、お前の選択課題って何だっけ?」

「あ? 俺は書道だよ」

「何書いたの?」

「ほれ」

「……なんで『安寧平和』?」

「俺が望んでいるから」

 

 朝、教室の一時。

 啓吾と選択の課題の見せあいをしていた。

 俺、啓吾、水色は書道を選択授業で受けている。

 

 ちなみに一護は国際教養。

 将来は何したいか決まってないらしいけど、とりあえず勉強しとけば問題ないって言う発言通り、一護は真面目だった。

 

 啓吾の苦笑いを受け流しながら、啓吾のかばんから課題を引っこ抜く。

 

「『酒池肉林』……」

「へへっ、いいだろ」

「キモイ」

「ストレートじゃないっすか源氏くん?!」

 

 学生にしてなんて言葉を書いているのか、こいつは。

 そんな感じでお互いの課題を見合っていると、

 

「あ、黒崎くんおはよう!」

「おう! 井上おはよう!」

 

 一護が登校してきた。

 いつもと変わらない様子の一護。

 その一護の様子を見て、声を縣けた井上さんが苦い表情をした。

 

 それに対して有沢となにか話していたがここからだと何を話しているのかは分からない。

 

「よう、啓吾、源氏」

「おっす一護ー。

 コッキョウ(国際教養の略称)って課題ないの?」

「あ? 確かないと思うけど……書道はあるのか?」

「あぁ。

 美術もあるみたいだから、そっちもあるもんかと思ってた」

 

 啓吾と一護の会話を聞きながら、俺は一護にひらひらと手元の紙を見せる。

 それは、啓吾の課題。

 

「……あぁ、啓吾のか。

 てっきり源氏のだと思った」

「なんで俺のだと納得したような表情になるんだよ」

「書いてもおかしくなくね?」

「……確かに」

「……いや、流石にネタよ?」

「「え?」」

 

 俺と一護が二人して啓吾のことを惚けた表情で見る。

 

 そして次の日、一護は学校を休んだ。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「あぁ、おふくろさんの命日か」

「すまねぇ。

 俺としても虚には対応したいんだけどな」

「別に良いってことよ。

 出たら速攻で電話するけど」

「……今日だけは出てこないことを祈るわ」

 

 休んだ日の、昼休み。

 先生の目を盗んで屋上で電話をする。

 

 相手はもちろん一護。

 一護が今日休んだのは、母親の命日ということで、墓参りに行っているから。

 

 薄々知ってはいたけど、一護の口から直接死んでいる、なんてことを聞くのは初めてだ。

 でも、それにしても一護のやつ、そんな素振りを見せなかったな。

 

「おっ、いたいた」

「なにやってんだい源氏?」

「ん? 一護に連絡。

 二限の高原のやつが出してた課題」

「あぁ、あれか」

「僕はやってもらうことにした」

「へ? いいなぁ!

 誰にやってもらうんだ水色?」

「あさのけいごくん」

「俺なの?!」

 

 梅雨の季節は通り過ぎ、夏の日照りが屋上を照らしている。

 そろそろ屋上もきつくなってくる頃合いか、なんて考えながら、俺は自分の弁当を開く。

 

 今日は少し暑かったから手抜き料理だ。

 別に俺が食うから問題ないけど、手を抜いたら抜いた分だけ自分の弁当に結果として出るのは、少し悲しい。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 prrrrrr

 

 放課後、俺の携帯が鳴る。

 授業は終わり、今日は別に遊ぶ約束もないため、

少し買い物をして帰る途中だった。

 空は既に茜色に染まっている。

 

 カラスは鳴き声を挙げ、

商店街からは美味しそうな匂いもちらほらしてきた。

 夕飯変えようかな。

 

 そんなことを思っているときにきた連絡。

 

『黒崎一護』

 

 何かあったのか?

 あ、課題でわからないところでもあったのか?

 

 適当に電話を取ると、

 

『源氏か?』

「……一護?」

『違う違う、コン様だ』

 

 一護の声でコン様、なんて言われると少し意外な感じがするのでやめてほしいのだが、こいつはこんな変ないたずらをするわけはないので、

 

「おう。

 どした?」

『もし時間空いてたら、ーーーーまで来てくれねぇか?』

「ーーーー?」

 

 言われた場所は、知らない住所。

 地理に詳しくない俺でも、なんとなくどこなのかは分かる。

 

 そこらは特に何かあるわけでもない、住宅街だったはず……。

 いや、森もあったっけな。

 

『一護のやつが、結構強い虚と戦っている』

「……やられたのか?」

『いやいや、あいつは殺しても死なないようなやつだろ?』

「ならどうして……」

『コイツラの家族が狙われた』

「そういうことか」

 

 今日一護が行っているところは、墓。

 

 確か今言った住所に墓地があったな。

 そこだったか。

 

「言っとくけど、戦力にはならんし、守りきれるとも言えんよ」

 

 一護と朽木さんに感づかれているのは知っている。

 まあ、虚が出た、という発言の後、虚を俺が倒したのだから知られても当然だ。

 

 だが、それに関して俺はまだ何も聞かれていない。

 

 別に俺としては極力戦闘にはしたくない、というのが本音であり、虚とは戦いたくない。

 

 それに、コンには俺の実力が知られている、なんてことはない。

 だからこいつは俺の力とかを抜きにして、

 

『多分、危ない。

 だから、来なくても良い。

 けど、俺様一人の手であいつの守りたいもんを守れるとも思えない』

 

 コンは、結構賢いやつである。

 エロとスケベの前ではIQが3になるが、それ以外では独自の価値観としっかりとした判断のできるやつだ。

 

 そして俺が危ないのを嫌いなのも、なぜかコンは知っている。

 一護から聞かされているのか。

 

「……晩飯をおごってもらおう」

『一護のやつがおごってくれる』

「分かった」

 

 晩飯は抜き、か。

 

 買い物袋を引っさげながら、俺は全速力で走った。



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無駄足したぜイェイ

「いただきます」

「……あ、はい。

 いただきます」

 

 現在、俺はファミレスにいる。

 地元の隠れた名店とかではない。

 CMもやるくらいのあのファミレスだ。

 青狸がCMやってるあの店。

 

 あのファミレスで、俺は女子と二人で晩飯を食っている。

 

 俺が、女子と、二人で、晩飯を、食べている。

 

 俺のことを知っている人がこれを聞いたならば、感動してくれるに違いない現状。

 だが、俺は今の状況を素直に喜べていない。

 

 なぜなら、俺はここまでで2つ、現状に対して嘘を付いている。

 

 まず1つ。

 

「うむ? 食わないのか?」

「……いや、俺のこと警戒しないのかなって」

「別に警戒する必要もあるまい。

 そちらに敵意がないことなどこれまでで十分に理解できている」

 

 目の前には女子ではなく、女の人が座っている、という点だ。

 

 朽木さん。

 今でこそ一緒に高校に通っている彼女であるが、その実年齢は恐るべき程に高いらしい。

 まぁ、死神というくらいなのだから人間の寿命と一緒にしちゃ悪いとは思っているけど、そんななのかと驚いた。

 

 俺は朽木さんの背後で雨が降っているのを見て、帰りが面倒だなと思考に区切りを付け、飯に食いつく。

 

「おい、俺様に飯はないのか? 源氏」

「ほへはひへはっはの」

「へ?」

「……っ俺は来てやった人。

 なんでそんな俺がお前に飯をたかられなきゃいけないんだよ」

「ケチくさいなぁ」

「うるせぇぬいぐるみ」

 

 そしてもう一つの嘘、というのがこの話すぬいぐるみの存在。

 

 コン。

 先程俺が呼ばれたやつであり、俺に徒労を味わわせた張本人。

 

「それで、その……魚は大丈夫だったんですか?」

「……残念ながら倒すことは叶わなかった。

 しかし、深手を負わせたのも事実。

 しばらく活動はできないだろう」

「そうっすか」

 

 俺はコンからの連絡の後、買い物袋片手に走った。

 それはそれは本気で走った。

 

 人に見つかれば思わず二度見されるほどのスピードで、町を駆けた。

 なるべく人に見つからないルートを選んだし、俺の気配察知にも誰にも引っかかっていない。

 遠距離から見られれば話は別だが、夕暮れ時にそんな外を見ているやつなんていない(偏見)

 

 ちなみに呼吸を全力で使っているし、普通は車で20分程度のところを走って10分程度で到着した。

 ……化け物とかは言わないで欲しい。

 これでも友達のためにやっているのだから。

 

 そして夕日が落ちる頃に付いた墓地では、気を失っている一護とそれを治療していると思われる朽木さんがいた。

 

 コンからある程度事情を聞き、俺が無駄足を踏んだということを知った。

 

 思いっきり肩を落とし、帰ろうかと思っていたが、

 

「まだ他の虚が出る可能性がある。

 私一人でなんとかできないわけではない。

 だが我妻にいて欲しいというところもある」

 

 治療をしながら、朽木さんがそんなことを言ってくれた。

 

 ……ここらへんで実力がバレていることは確定した。

 

 しかし、追求しないあたり優しい。

 そのことに感謝しながらも、俺は自分の買い物袋の中身を確認して、

 

「それじゃあ、適当に気配隠しながら見張ってます。

 連絡あるならコンに言ってくれれば俺の携帯に連絡できるので」

「あぁ。

 死神ではない我妻に頼むのは申し訳ないが、頼む」

「……何も出ないことを祈っといてください」

 

 そう言って俺は姿をくらます。

 本当は一護に挨拶くらいしても良いのだが、朽木さんとコンの状況から、一護に話す精神的余裕はなさそうな感じを悟った。

 

 そのため、気配を消して、一護が目覚めても挨拶をせずに、周辺の気配察知に努めた。

 

 その間、奇跡的に虚が出ることはなく、一護と朽木さんが解散したところで、

 

「一護から晩飯にと少しお金をもらったので、どこか美味しいお店を教えて欲しい」

 

 と朽木さんから言われた。

 

 

 そうして現在。

 俺の目の前ではフォークとナイフを難しそうに扱う朽木さんが目の前にいる。

 俺の隣ではバッグから顔を出したコン(ぬいぐるみ)が、俺の飯を狙っている。

 

 何だこれは(正論)

 

「それにしても、一護はなんであんな感じになってたんですか?」

「……結構ストレートに聞くな、貴様は」

 

 無駄足をさせられたので、思い切ってストレートに聞いてみた。

 すると、朽木さんは思ったより面食らった表情をする。

 

 恐らく俺はこういうときに気を使う人間だと思われているのだろう。

 まぁ、普段ならそれくらいの気遣いはするが、

 

「別に理由はないですよ。

 このバカコンのせいで無駄足させられたので、理由くらいは聞けるかなって」

「……確かに、私も連絡した後に教えてもらったが、申し訳ないことをした」

「いやいや、朽木さんが言うのは違いますよ。

 コンが必要以上にプレッシャーかけてきたのが悪いわけで。

 まぁ、結局一護も結構な怪我をしてたので、完全に無駄足というわけでもなさそうですし」

「……今回の相手は先程も言ったとおり、死神を既に結構な数屠っているグランドフィッシャーという名のしれた虚が相手だった。

 そのせいで一護はあんな重症を負ったのだ。

 私が加勢できれば結果は変わっていたかもしれないが……」

「ま、朽木さんの力が戻らないのは朽木さんのせいではないし、朽木さんも力を取り戻すためになんとかしているっぽいですし、それも違いますよ」

 

 女子? にはしっかりフォローをする男。

 それが俺である。

 

 一護のときとは対応が違うが、それはあいつが男だからだ。

 女には優しくありたい(欲望)

 

「……まぁ、それ以外にも、一護は過去に因縁があったらしいがな」

「……あー、なんとなくわかりました」

「……ねえさん、こいつ分かった風な顔して大抵適当な事言ってるんで、話してやっても良いんじゃないですか?」

「これは私の問題ではないからな。

 一護の口から話したいときに話してもらってくれ」

「一護としても言いたくない感じですもんねぇ」

「……ん? 俺様って無視されてる?」

 

 別にそんなことはないない。

 

 心の中だけでフォローをしながら、俺はあんまり踏み込まなくてよかったと安堵する。

 

 適当に聞いたものの、結構重い話っぽそうだったなぁ。

 BLEACHってそんな重い話だったの?

 

 そこらへんで飯を食い終えた俺は、水を一口飲み、

 

「朽木さんって、今んとこ死神の力が戻りそうなんですか?」

「え?」

「いや、死神のこととかわからないので、面倒だったら『そういうものだ』で済ませてもらっても大丈夫なんですけど。

 朽木さんの力が戻るのって想定だとどのくらいだったんですかね?」

 

 またもなんとなく思いついた話を始める。

 ……ん? これって遠回しになんで力戻らないんだよ?! って感じになってる?

 

「あー、すいません。

 気にしないでください」

「いや、別に大丈夫だ」

 

 朽木さんもちょうど食べ終わったようで、口元をナプキンで拭う。

 結構所作が丁寧だな。

 まじまじと見たことはないので今更だが、朽木さんって育ちがいいんだよなぁ。

 ……でも一護はマンガの受け売りをやっているだけ、って言ってたし、どうなのかな。

 

「本来なら、私の死神の半分の力を譲渡する予定で、それなら半月程度で力は戻る……と思っていた。

 しかし、一護に思ったより力を与えてしまったせいで私の中の死神の力はほとんど消え去っている。

 普通に考えれば一月もすれば回復するのだろうが、何分すべての力を与えてしまったし、先程も鬼道を使ってしまったため、長引いてしまっている、という感じだ」

「そう……なんですか。

 ……ん? 死神の力を一護から戻してもらうってできないんですかね?」

「あぁ、それに関しては2つの理由がある。

 まず、一護が鬼道……あぁ、説明していなかったな。

 霊力を使用した術のことなのだが、それに長けていないと力の譲渡はうまく行かない。

 私はたまたまできる実力を持っていたから良いものの、本来そこらの死神が行えば人間の魂魄ではすぐさま力に耐えきれず弾け飛ぶ。

 まぁ、次の理由としては、一護の霊力が大きすぎるために、私に入ったとしても毒になる可能性が高いというものだ。

 死神とて自身の魂魄以上の霊力を摂取してしまうと魂魄が自害してしまうということがある。

 そのため、一護から死神の力を返してもらえば、恐らく私の魂魄は消滅してしまう」

「へぇ」

 

 サラッと聞いてみたけど、結構重い理由なんだな。

 というか朽木さんって結構な実力者だったのか。

 今でさえ力なくても、力を取り戻したらやばいな。

 

「……ちなみにですけど、俺のことは口外しないってことで大丈夫ですか?」

「……言ってほしくないのか?」

「……まぁ、ちょっと訳ありでして」

「そうか」

 

 朽木さんのそっけない返事に、俺は本当に了承してもらっているのか不安に思いつつも、とりあえずこれで言質取ったからな、と記憶に植え付けることにした。

 

 そうして、女子? と二人で外食をしたにも関わらず、何か起こるということはなく、俺はただ飯を食って業務的な会話をしただけに終わった。

 



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霊媒師☆ドン観音寺☆

「「ボハハハハー!!!」」

「あぁ、ドン観音寺ね」

 

 ファミレスの件から少し経った、暑い夏の日。

 登校すると、啓吾と水色が既に登校していた。

 今日は俺も登校が遅かったせいだろう。

 

 それにしても二人共早くない?

 

 まだ教室に人そんなにいないよ?

 

「源氏って一護と違ってこういうのに難色示さないから面白くないよなぁ」

「また飽きないな、二人共……」

「いやさ、一護って霊媒体質のことあんまり誇らしそうにも嬉しそうにもしないから、そういうのが垣間見える瞬間って面白くて」

「言わんとすることは分かるが、俺は友達として止めておくぞ―」

 

 ドン観音寺。

 今テレビで話題沸騰中のタレントで、水曜夜八時からやっている心霊系番組のカリスマ霊媒師……らしい。

 

 結構見ている人の割合が多いからか、当然うちの学校でも流行っている。

 

「確か、来るんだっけ? ドン観音寺」

「おぉ、さすがは情報早いな」

「情報で遅れると会話付いてけないし、女子と仲良くできないからな」

 

 最近虚絡みのことに駆り出されることは多いが、俺は普通の学園生活を彼女という最高のスパイスとともに過ごしたい。

 そのためには情報収集を怠る気は一ミリもないし、俺が流行りに対して難色を示すことなんてない。

 

 教室には俺に続いて、というか登校ラッシュの時間帯が来て、続々と教室に人が集まってくる。

 クラスメイトは教室に入るなり、友達たちと話し始めている。

 その様子は少しウキウキしていて、まるで祭りがある前のようだ。

 

 クラス全体が妙に浮足立っている。

 

「源氏は行くのか?」

「俺?」

「そうそう、源氏って中学の時とか僕らと違うから、この手の話題ってどうなのかなって」

 

 俺は山で過ごした中学時代のせいで、みんなとはまるで接点がない。

 だからこそ、この手の心霊の話題が啓吾と水色の間で上がったのもこれが初めてだ。

 

「一応、源氏も見える人って設定じゃん」

「啓吾、なんで俺だけ設定なんだよ」

「一護は少しそれ関係でトラブル起きてるから見えるのは何となく分かるんだけど、源氏はそこらへん何も知らないからなぁ」

 

 啓吾の純粋な言葉に、少し警戒を強める。

 中学の頃の話は作り話にしているため、思い出さないといけない。

 もし万が一にも、複数人に違う中学の話をしてしまった日には、面倒なことになる。

 

 そのため、警戒しているが、

 

「でもその感じじゃ、一護とは違ってこの手の話題に関してはそんなに嫌な感じを示さないらしいね」

「……っあぁ。

 見える、って言っても一護ほどでもないからな。

 そんなはっきり見えるわけでもないし」

「そうなんだ。

 初めて聞いた、そんな話」

「別に人に話したところで分かってもらえるようなことでもないし、一護にあってからようやく確信したんだよ」

「「へぇ」」

 

 本当は一護と同じくらいにはっきり見えるのだが、俺も一護と同じくらいの霊媒体質だとしれれば、俺は本当に一護の劣化版と成り下がってしまう。

 

 それだけは阻止しないといけない。

 

「ま、ドン観音寺嫌いじゃないし、普通に見に行きたいな。

 場所どこ?」

「えっと……廃病院で……8時だったね」

「廃病院って……ほとんど隣町じゃねぇか」

「俺は家から近いから助かってるけど、それなら俺の方の町にしてほしかったよ」

「まぁ住所は空座町にあるから仕方がないねぇ」

 

 そんな感じで談笑していると、一護が登校したのか、井上さんにドン観音寺絡みをされていた。

 

 そこにすかさず入る有沢。

 

 ……あぁ、有沢は知ってるのか、一護が嫌いなこと。

 

「「ボハハハハー!!!」」

 

 あいつら……いつの間に……。

 

 一護の表情が曇ったのを確認しながらも、俺は集団に混ざりに行く。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「「来てんじゃん!!!」」

「うるせぇ黙れ殺すぞ」

 

 あの後、どれだけ口説き落としても一護は一緒に行く、ということに対して首を縦に振らなかった。

 

 ま、昔からこれだけ幽霊がはっきり見えていたらなおさらか、と思いながら、俺は一護への口説き落としを途中でやめさせた。

 

 それがどうしてこんなところに……というところで、背後のみんなを見て察した。

 

「「ボハハハハーッ!!!」」

 

 一護のお父さんと、一護の下の妹……確か名前は遊子ちゃんだったか。

 あの二人がドン観音寺のポースをしている。

 恐らくはあの二人に付いてきたのだろうか。

 

 あれ? でもあの二人が霊が見えなくて、一護の上の妹……夏梨ちゃんが見えるんじゃなかったっけ?

 

 なんでその二人が……

 

「あの」

「ん?」

「確か……我妻さん、でしたよね」

「あぁ、うん。

 どうしたの?」

 

 一護と啓吾、水色の言い合いを遠巻きから見ている(ちなみにチャドもいる)と、話しかけられた。

 

 夏梨ちゃん。

 この前は入院したときに看病で見てくれたことを思い出した。

 流石に看護師、とまでは行かないが、さすがは医者の娘、手際は良かった。

 

「確か我妻さんも見える……んですよね?」

「あぁ。

 一護ほど、ってことはないけど、それなりに」

「それなら……なんで来たんですか?」

「……暇だったし、興味がないわけじゃないから……かな」

「あ、ごめんなさい。

 一兄があんまりこういうの好きじゃないって聞いてて、でも学校で見える友達がいるってのは聞いてたからつい……」

「良いってことよ。

 俺は生まれた頃から、とかじゃないから一護たちと違ってあんまり苦労はしてないからね」

「そう……なんですか」

 

 夏梨ちゃん的には、一護以外の見える人というのが初めてなのだろう。

 俺に興味を持つのは自然だ。

 それでも、入院のときから知ってたけど、礼儀正しいな。

 

 こんくらいの年齢の時の俺なんて森の中で野性味を発揮していただけだぞ(修行)

 

「あ、行っちゃった」

「俺もだ」

 

 そんなことを話しているうちに、各々が見やすいところに向かったらしい。

 啓吾と水色が見つからな……あ、チャドで見つけたわ。

 

「それじゃあ、また」

「今度は遊びに来てください」

「あはは、ありがとう」

 

 お互いに手を振りながら、解散する。

 

 そしてチャドにもうそろそろ声をかけれるだろうと思ったその瞬間。

 

「こんにちはー」

「……浦原さん???」

 

 俺の背後から浦原さんが声をかけてきた。



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テレビ撮影の現場とかってどうやったら見つけられるのだろうか

「浦原さん?」

「あぁ、良かった源氏さんでしたね。

 人違いかなぁって思ったからヒヤヒヤしましたよ」

「あ、こんばんは。

 なんでここに?」

「あたしは別に興味はないんですが、あの二人が行くって聞かなくて

 今は源氏さんと話すってことで少し離れてもらっていますが、鉄斎さんも来てるっスよ」

「鉄斎さんも来てるんですか。

 子どもたちは……名前聞いてないですけどいるんですね」

「ジン太とウルルです」

「浦原さんのお子さんですか?」

「さぁ、どうなんでしょうねぇ」

 

 廃病院。

 鳴海町の近くにあるそれは、空座町でも端の地域にあり、ここらへんは住宅街もなく、かろうじて街灯が並んでいる地域だ。

 しかし、ここには今多くの人間が存在している。

 

 本来は夜闇に包まれ、隣の人さえ認識できないほどの場所だったのが、明るく照らされている。

 

 何台もの大型車が並び、その大型車の側面には俺らもよく知るテレビ局の名前が並んでいた。

 

 これから撮影しますよと言わんばかりのここには人だかりができている。

 そんな中、浦原さんはいつもどおりハットを目深にかぶり、ヘラヘラとした雰囲気を出している。

 正直、この人混みの中では少し変な人にも見える。

 

 それにしてもやっぱり人気あるな、ドン観音寺。

 

「俺、友達と来てるんで」

「あ、すいません。

 お友達のところに行くのは良いんですけど、少し一緒にいてくれませんか?」

「は?」

「ちょっと源氏さんにお話がありましてね」

「……はぁ」

 

 浦原さんから話だなんて、何かあるのだろうか。

 

 というか、浦原さんが来る時点でここ怪しいのでは?

 帰る……とかは今の状況では他の奴らに問いただされると思うし、チャドも啓吾も水色も虚が出てきたら怪我をしてしまうかもしれない。

 

「……あの、浦原さん。

 もしかしてこれから危ないことが起きるとかそんな感じですか?」

「いえいえ。

 まだわかりませんが、ここ、本当に出るので安全が確認できるまで一緒にいてもらおうかと」

 

 浦原さんは表情ひとつ変えずに(というか見えない)話しかけてくる。

 その様子から俺は本当にここが危険になるかどうかの判断がつかない。

 

 本当に人死がないとは言い切れない。

 

 それは心に命じているため、懐にある柄だけの刀があるかを確認する。

 

「あ、多分源氏さんは今回万に一つも戦うことはないと思うっスよ」

「なんでですか?」

「だって、いるじゃないっスか、黒崎さん」

「あ、確かに」

「源氏さんはなるべく争いたくない、んスよね?」

「そうですよ。

 俺は生身の弱々しい人間。

 虚なんて化け物と戦えばただじゃ済まないですから」

 

 浦原さんのわざとらしい言葉をスルーしながらも、気配察知に集中する。

 

 人が多いせいで感知しづらいが、今の所脅威になりえるものはない。

 

「ところで、源氏さん」

「なんですか?」

「あなたは『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』……っと」

「うるさっ」

「どうやら番組の方がテリトリーに踏み入れたらしいっスね」

「テリトリー?」

「あぁ。

 確か源氏さんは魂魄についてはまだ知らないことが多いんスよね」

 

 浦原さんが話しかけてきた途端響いた不快な大声。

 

 人間の腹から出るにはとても大きく、おぞましいその声は、俺と浦原さん以外には聞こえていないらしい。

 

 キモいしうるさいし気にするなという方が無理ではあるが、別にこれで俺の体が攻撃されているわけでもないので、切り替える。

 

「……源氏さん、大丈夫なんスか?」

「別に、うるさくてキモいだけですよね?

 不快ではありますけど、別にそんな倒れるほどじゃ……」

「結構図太いですよね、源氏さんって」

「そうですかね?」

 

 俺から言わせてみれば、啓吾の図太さと比べればパスタの麺ほどの太さだ。

 誇るほどでもない。

 

 それに、今俺が顔をしかめれば周囲に何かあったと心配される可能性はある。

 

 別に心配されること自体は面倒ではないのだが、一緒に来ている友達に迷惑がかかる。

 それと比べれば何のそのだ。

 

「……それで、魂魄についての話なんスけど。

 この世にはいくつもの死んだあとの魂魄のあり方があります。

 しかしその全てが以前見たような、因果の鎖に繋がれています」

「……死んだあとにも肉体と鎖つながってるんですか?」

「いえいえ。

 死んだ時点で肉体との因果の鎖は切れ、魂葬されるか、虚になるかの二択っス。

 あたしが言っているのは、死んだあとの因果の鎖は、その魂魄の念によって、絡みつくことを言ってるんスよ。

 ほら、ちょうどあれみたいに」

 

 浦原さんの説明は、今日はわかりやすく、俺も多少の合いの手を入れながら進めていく。

 その最中、浦原さんが顔を向けた先は、廃病院。

 

 廃病院は先程まで何も異常がなかったように見えたが、今は違う。

 

 病院全体に、鎖が絡みついていた。

 

「なんですかね、あれ」

「あれが念の付いた因果の鎖。

 場所に、人に、モノに。

 鎖は様々な形でまとわりつきます」

「それが、今の例は廃病院だと」

「そうっすね」

 

 俺と浦原さんは人混みの後ろにいる。

 そのせいで、鎖の先が見えないのだが、何かいるのは確実だろう。

 

 なにやら叫んでいるようにも聞こえるが、少し遠くて聞き取りづらい。

 叫んでるのが分かって、言語として聞き取れない程度だ。

 

『それでは撮影を始めます!』

『5秒前!』

 

『4! 3! 2! 1!』

 

『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』

『ーーーーーーーーーーーーー』

『ーーーーーーーーーーー』

『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』

 

 撮影が始まった。

 何か話しているが、恐らくはぶら霊恒例の前置きだろう。

 

 恐らくはこの廃病院で何らかの霊障が起きている……とかそんな感じの。

 

 でもこれ少しは霊感ある人でも結構気づかないのかな、この声。

 

『それでは登場していただきましょう!』

『新世紀のカリスマ霊媒師! 地獄のメッセンジャー!!!』

 

『ミスタァア~~~』

 

『ドン! 観音寺ィィ~~~~~!!!』

 

「お、今回は空からっスか。

 金かかってるッスねぇ」

「え」

 

 ぼーっと見ていると、いつの間にかみんな空を見上げていた。

 慌ててみると、そこには暗闇が広がるばかり。

 

 いや、違う。

 一つ、影がある。

 

 それはだんだん大きくなり……

 

「ごきげんいかがかなベイビーたち!!」

 

「スピリッツ・アーーー!」

 

「オールウェイズ!!」

 

「ウィズ!!!」

 

「ィィユーーー~~~~~!!!」

 

 人が落ちてきた。

 流石にパラシュートを開いたその人の声に、隣から、いや周囲から割れんばかりの黄色い歓声が出た。

 いやほんと、マジでよく出るわ。

 

「すごいっすねぇ相変わらず!」

「浦原さんはファンじゃないんですか?!」

「別にあたしは普通ですよ!!!」

 

 周りがうるさすぎて大声で会話するしかない俺ら。

 それほどまでの人気を誇る彼は、いつものポーズをしながら地面に着地する。

 

 そのまま続いていく番組。

 会話を入れないようにと大きなカンペが出されながら、こちらにも声が届くように、メガホンが使用されていた。

 

 それによると、何やらここはどんな感じのことが起きていて、誰それの霊が存在していて、何かが起きている、という話だった。

 

 内容が適当なのは、拡声機を使用しても絶妙に聞き取りづらいから、こんな薄い内容になっているだけだ。

 夜闇が打ち消されている今、俺はぼーっと前の人の後頭部を見ている。

 

「どうやら何もないみたいっスね。

 取り越し苦労だったか『スメルズ・ライク・バッド・スピリッツ!!!』……あぁ」

 

 浦原さんと二人で呑気に見て、そろそろ俺もチャドたちのところに戻ろうかと思っていたところ、変な掛け声が発せられた。

 

 あ、こんなのもあったなドン観音寺。

 

 そして、直後、ドン観音寺のセリフとともに、

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」

 

 

 絶叫が辺りに響き渡った。



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おばさんの勘違いとか誰に需要があるんですかね

 その絶叫は、先程のうめき声とは比べ物にならないほど、しっかりとした絶叫だった。

 

 光に照らされ、大きな拡声機が付いているこの場でそんな大きな絶叫を出せば、誰もが目につくだろうし、気になる。

 だけど、周囲の人達は何も気になっている様子はない。

 思わず耳を塞ぎたくなるような大声に俺は顔をしかめる。

 

「ちょっと……まずそうでッスね」

「こちらにいましたか」

「鉄斎さん」

「これは……対策は?」

「別に虚になるくらいならばアタシらが手を出す必要はないんじゃないんですかね」

 

 隣では、いつの間にか現れた鉄斎さんと、ちびっこ二人(ジン太くんとウルルちゃんだったはず)がそばに来ていた。

 鉄斎さんも聞こえているのか、何らかの動きを見せようとするが、それを浦原さんは止める。

 

 ジン太くんとウルルちゃんも聞こえているのか、顔をしかめている。

 

 流石に子供は耐えられないか。

 

「俺行きますか?」

「……こういうことには首を突っ込まない主義なのでは?」

「別にそれで人として最低な行為を見過ごせるか、ってのは話が別ですよ」

「もしやアタシに惚れちまってポイント稼ごうと……」

「惚れてもないしポイントってなんですか」

 

 いつの間にか取り出したセンスで口元を隠す浦原さん。

 そんな様子に突っ込んでいる最中にも、叫び声は続いている。

 

「多分源氏さんがいなくとも大丈夫だとは思うッスよ」

「どういうことですか?」

「ほらあれ」

 

 叫び声に気を取られていたせいで気づかなかったが、やけに前のほうが忙しい。

 よく目を凝らし、人混みの間に視線を通すと、ちらりと見えたのは、多数の警備員と……

 

「一護?」

「えぇ。ルキアさんも一緒にいるようッスね」

「一護のやつ……バカでは?」

 

 死神の仕事って、人間に対して秘密なのでは?

 ここからでも何か朽木さんと一護が話しているのが聞こえる。

 何話しているのかは分からないが、人目多すぎない?

 

「それにしても、あれはまずそうッスねぇ」

「不味そうどころか、今日って生放送ですよね?」

「う、うん」

「あ、ありがとうウルルちゃん。

 ……で、生放送ってことはアイツラ全国にこの姿が……」

 

 血の気が引いていく。

 別にテレビに映ることは悪くない。

 けど、テレビで虚や霊について話したらそれはそれで面倒。

 

 更に警備員が多数いる状況から、教師に怒られるのも面倒。

 

「源氏さん」

「……はい?」

「あの状況どうにかしてくれないッスか?」

「俺に何ができるっていうんですか」

「これ、はい」

 

 もうこの場から逃げ出してやろうかと頭を抱えていると、浦原さんから何かを差し出される。

 それは、手袋。

 

 手の甲にドクロマークが描いた、中学生の採捕道具で使われそうな装飾のもの。

 

「何ですかこれ」

「これはルキアさんも持っているんスけど、肉体から魂魄を剥離させる効果がある道具ッス」

「……つまり?」

「これを使って黒崎さんの体をどつけば、黒崎さんは死神化します」

 

 手袋を受け取りながら、俺は思考する。

 確かに一度だったか一護が朽木さんの手によって死神化するのは見たことがある。

 そのときには手のひらで体を押すような感じでできていたのだが、もしかしてこれを付けていたのだろうか。

 

 自分の手元にある手袋を見ながら思案し、思い出す。

 

「これって浦原さん手袋無くても……」

「それじゃあアタシらは事後処理するんで後はヨロシクオネガイシマスー!!!」

 

 顔を上げて質問すると、そこには既に浦原さんの姿はない。

 

 ……逃げた?

 

 俺がこの前同じようなことをされた時、浦原さんにやってもらったよな。

 あの時は杖でやられた……ってことは、

 

「押し付けられたのかぁ……」

 

 まぁ、浦原さんは事後処理してくれるらしいし(多分)、やれば良いのだろうか。

 

 でも、俺から一護たちまでの距離は少し遠いし、人混みが途中である。

 どうすれば良いんだろうか。

 

 人混みをかき分けよう。

 

 ここで変に呼吸とか使う必要はない。

 単純な力で言えば、結構ある方なので、問題はない。

 それに剣術意外にもそれなりの(本当にそれなり)体術の知識もあるから、なんとかなるだろう。

 

 人混みに手を入れて、避けようとすると、

 

「「キャァァァ!!!」」

「へ?」

 

 目の前にいた人はおばさん二人で、俺が触れた瞬間叫び声を上げた。

 一瞬で頭が真っ白になる。

 

 なんで叫ばれた。

 別に腰あたりを触っただけでセクハラではないはず。

 というかおばさんに対してセクハラとは。

 え、待ってこれ俺悪いの?

 というかおばさんブサイクすぎない?

 

 目の前のおばさん二人は何かガミガミ言っているが、頭の中に入ってこない。

 というか絶叫のせいでまともに聞こえない。

 

 やばいこれは。

 

 俺が捕まったら最悪の展開だ。

 

「す、すいません!」

 

 踵を返し、走る。

 本気で走る。

 

 おばさん二人は背後から何かを言っていたが、聞かないふりをした。

 ……というかなんでおばさん二人が俺から触られただけで叫び声を上げたんだよ。

 俺のほうが損してるじゃねぇかよ。

 

 数十秒走ると、人混みは遥か彼方。

 暗闇でガタガタの道路が続いている。

 

 両端は森。

 

 俺はこのまま帰るでも、人混みに入るでもなく、

 

 森の中に入る。

 

 いや、正確には木の上に登った。

 

 少し低めの枝に登った俺は、人混みの先にいるであろう一護と朽木さんを確認する。

 

「あれか」

 

 人混みをかき分けれない以上、何らかの方法で俺は気付かれないように、なおかつ騒ぎにならない程度に一護のもとに行く必要がある。

 

 だからこそ、ちょっと小狡い方法を使う。

 

 シィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 霹靂一閃:無刀

 

 枝からまっすぐ、一護のもとへ。

 常人の目には高速で移動する物体にしか見えないくらいの速度で、空中を横に落下する。

 

 多分踏み込みで乗ってた枝は壊れたけど、誰にも迷惑かかってないから大丈夫……だと思いたい。

 

 流れる景色の最中、チャドの姿を見つけた。

 恐らくは一護を助けるためだろう。

 良いやつだ。

 

 そして、一瞬の景色のブレの後、俺は一護に対して極力まで手加減と優しさと自愛を込めたグーパンをお見舞いした。

 

「ブベボホォォォォ?!」

 

 その勢いのせいか、死神の一護は肉体から勢いよく飛び出し、地面にこすりつけられていた。

 

 それを確認する暇も、一護と会話する必要もない。

 

 シィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 霹靂一閃

 

 歩法のみの使用。

 連続の使用は結構面倒だが、2発程度なら問題はない。

 それに同じ型を2回。

 他の型を連続して行うよりずっとやりやすい。

 

 俺の姿はカメラに突如写った残像、位のものであるはずだ。

 

 写ったら……高跳びするか???

 

 ジジイもいるし、別に海外で食い扶持探すくらい……。

 

 そんなくだらないことを考えながらも、二回目の霹靂一閃で森の中に消えていく。

 

 どうなったかは知らないけど、俺はこのまま逃げよう。

 テレビで生中継してるし、家帰ってから見ればいい。

 

 チャド、啓吾、水色には申し訳ないけど。

 

 森を出ずに帰るかどうか思案していると、背後で急に爆発音がなる。

 火薬が炸裂したかのような爆発音。

 何だ何だと後ろを振り返る。

 

 ここから一護たちのところまでは間に人混みがないため、森の中で暗いとは言え、しっかりと見える。

 

 そこには、爆発に驚いた死神姿の一護と、その背後にいるドン観音寺。

 霊の姿も、あの大きな鎖に関してもない。

 

 ……どこいった?

 

 成仏したとか?

 

 呑気なことを考える。

 

 絶叫の消えた現場、人混みも爆発音が聞こえたのか、黙りこくっている。

 そんな中、俺の気配察知が警報を鳴らした。

 

 警報の度合いはとても低い。

 別に強いというわけではないが、どこからかがわからない。

 ここら一帯が危険な感じがしている。

 

 そして、その危険な感じはどんどん一つに集まり、

 

 虚の形をしていった。



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体育教師は生活態度取り締まりがち

 その虚は、まるでカエルのような姿をしていた。

 それにしては手がやけに長い、謎の生物。

 

 白い何かが集まり、形成した虚は、その特徴とも言える仮面を最後に形成する。 夜空に浮かぶ白い月のよう、というと聞こえは良いが、実際に目にしているのはキモい虚である。

 

 俺が倒してしまおうかとも思ったが、あの虚の強さ具合からして、別に一護の相手にならないであろう。

 

 ということは、俺が気にするのはそこじゃない。

 

「みんな気づいてないっぽいなぁ」

 

 当然、虚の姿は霊が見えない人には見えるはずがない。

 だからこそ、脅威も何も見えない何かとドン観音寺が退治しているだけ、という奇妙な状況に見える。

 

 テレビ局の人も、見てみるとドン観音寺のリアクションに疑問を抱いている。

 確かに、カメラに映らない何かを映していても画面にナニカ起こるわけはない。

 

 他から見ればドン観音寺の一人芝居。

 

 だからこそ、一護はやりづらい、と。

 

 危険でもなんでもないし、一振りで終わるのだが、先程のやつでみんなは俺の方に少し関心を持っている。

 だってみんなドン観音寺より、さっきのちらっと見えたかげはなんだ?! っていう感じであたりをキョロキョロしているし。

 

 これはうかつに出て見られたくない。

 あとなにかがあって友達に見られたくない。

 

 ……こういう時、死神の姿は便利だなとか思ったりする。

 

「それにしても、なんで浦原さん来たのかなぁ」

 

 一護より、正直ソッチのほうが気になるわ。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「まったくもって、信じ難し!!!」

 

「自分たちが何をしたか理解しているのか?!」

 

 俺は今、校長室に呼ばれている。

 昨日の事件は見事解決した。

 

 一護に後から適当に聞いてみたところ、”ドン観音寺は変なやつだったけど、まぁ良いやつだった”と苦笑いしながら言っていた。

 苦労したのが分かるその話し方に、俺は少し同情した。

 

 それで、今回の話は終わりのはず、だった。

 

「これを見ろ!」

 

 校長室に付けられたスクリーンに映されたのは、でかでかと映る一護の顔。

 眉にシワの寄っている顔なのに、校内で結構人気のある顔面なんだと、クソヤロウが。

 

 時刻は昼休み。

 みんなは一斉に昼飯を掻き込んでいる最中に、俺らは呼び出された。

 

「昨日、わが町で撮影された生放送のテレビ番組で全国に流れた放送だ!

 全・国・に!」

 

 そこで俺らのことを叱っているのは、体育の鍵根。

 こんな顔なのに年頃の子供を三人抱えているクソッタレだ。

 

 ちなみに、ここにいるのは

 ・一護

 ・朽木さん

 ・啓吾

 ・水色

 ・チャド

 ・有沢

 ・井上さん

 ・俺

 

 というメンツである。

 放映されたのは、一護だけらしい。

 俺の姿や朽木さんの姿は、CMの関係もあって何も触れられていないし、テレビに写ったわけでもない。

 

 正直めっちゃホッとした。

 

 浦原さんは、あの場の事後処理を程よくやったらしい。

 何をしたのかは具体的には教えてもらえなかったが、何かはしていたらしい。

 なにかしていたと思いたい。

 

「俺によく似てますね」

「正真正銘お前だ馬鹿者!!」

 

 一護と鍵根の争いは続く。

 

 鍵根は一護のことを入学前から知っていたらしく、粘着質にイチャモンを付けてくる。

 ぶっちゃけ髪だ。

 髪色のせいで一護が損している。

 

 それに対して一護はどこ吹く風。

 成績優秀で生活態度も文句なし、親は小さいながらも医者をしている。

 文句の付け所がないから、この手の話題になると饒舌になる。

 

 有沢は啓吾が誘ったという話をなかったコトにして逃げようとしている。

 

 ……まぁ、俺としてはそれが正しいと思う。

 啓吾が自分が怒られるならばまとめて……という雰囲気をしているが、有沢は啓吾の会話を突っぱねる。

 

 可哀想(有沢が)。

 

「それにしても、俺が驚いたのはお前らだ! 我妻!」

 

 そこで声がかかったのは、俺と朽木さん。

 

 周りの奴らは、俺がやけに静かな姿を見て、今更ながらいたのかと思いだしていた。

 

「お前のような優秀な生徒がなんでコイツラと一緒に遊びに行っているのだ」

「別に遊ぶ相手くらいは自分が好きな相手と行きたいし、優秀な生徒って言うなら一護のほうが優秀ですよ」

 

 俺はなんだか先生たちから評判がいい。

 勉学は上の中(一護に及んでいない)

 運動は上の中(呼吸が使えない状態では一護とチャドに及ばない)

 生活態度は優秀(一護と同じ)

 

 俺は一護の完全劣化と言っても差し支えない。

 しかし差があるとすれば、髪の色。

 俺の地毛は特に色が付いているというわけではないので、別に問題はない。

 

 俺としても黄色い髪色は憧れたけど、現実に黄色い髪色のやついたら怖いなってことで憧れなくなった。

 

 まぁ、そんなこんなで俺は髪の色一つで一護より先生より評判がいい。

 というか、一護と一緒にいるだけで一護の評価も俺が吸い取ってしまっている形だ。

 

 その代わり一護には女子のファンができたけど。

 

 交換しろよその立場……(血涙)

 

「そうやってお前は……」

「すみません」

 

 俺の少しやさぐれた態度に、珍しさを感じたのか、鍵根はため息を着く。

 そこに間を置かず、朽木さんが発言。

 

 ・そこから朽木さんがする話は、自分のせいで一護が止められなかった。

 ・自分が悪い。

 ・え? 先生自分悪くないんですか?

 ・なら一護はどんな事があってもいいけど自分は見逃して。

 

 最初は朽木さんがフォローするのかと思っていたけどこれ罪なすりつけてるわ。

 俺の方から会話の矛先が変わったことには安心したが、朽木さんも大概だな。

 

 一護は朽木さんと話している間に校長室窓から脱走するし。

 

 ……ま、俺も付いてったんだけど。

 

「いやー、うまく逃げられたな―。

 めでたしめでたし♡

 それもこれもぜ―っんぶ、朽木さんのおかげっ♡」

「やだ、そんなこと」

「バカ褒めんなよ。

 こいつ俺だけ売ろうとしたんだぞ」

「でも朽木さんのその演技のおかげでこうして逃げれたわけだけど?」

 

 校長室を離れ、適当にずらかろうと階段を降りながら、みんなで会話する。

 

 確かに朽木さんを褒めても良いものなのか。

 

 後ろの方で話を聞きながら、また鍵根になんか言われるの面倒だなぁ、なんて思っていると、

 

「でも、源氏にはびっくりしたなぁ」

「ん?」

 

 いきなり啓吾から声をかけられた。

 

「だって、あの鍵根に向かってズバッとあんな事言うし」

「確かに、私も鍵根にあんな事言うとは思ってなかった」

「俺のことなんだと思ってるんだよ……」

「「びっくり人間」」

「掘り返すなっての!」

 

 有沢も啓吾も俺のことをどう思っているのかは知らないが、あれくらいのこと言うやつとは思われてないのだろうか。

 

「結構熱いよね~、源氏って」

「遊ぶ相手は好きな相手がいいって……かっこいいぃ~」

「茶化すなバカ」

 

 水色と啓吾はニヤニヤとしながら俺の方を見ている。

 

 ……だけど、確かにあれは熱くなりすぎたかもしれない。

 割と教師とは反発しないような感じで行きたかったんだけどなぁ。

 

「それにしても……源氏はあの時どこにいたんだ?」

「あ、確かに。

 最初は一緒にいたけど、途中ではぐれちゃったよな」

「あそこに知り合いがいて、話し込んでたんだよ」

「女?」

「違うわってか女子の前でそんな発言はやめなさい」

 

 源氏に春がきたのかとヒヤヒヤしちゃった~、という水色の少しずれた発言を尻目に、

 

「我妻ってここらへんに知り合いいるの?」

「……源氏ってここに越して来たんだよな?

 だれなんだ?」

「ん? 近所の駄菓子屋の店主。

 よく利用してるから」

 

 当たり障りなく話してみた。

 みんなは駄菓子屋って言ってピンときていないようだったが、別に嘘は言ってない。

 

 そこで少し朽木さんが俺の方を鋭い目線で見たような気がしていたが、気にしないことにしよう。

 

 そんなくだらない会話は、あっという間に終わった。

 

 叱られたせいで時間がなく、昼休み中に弁当を食いきれなかった、ファッキン。



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犯罪行為はいけないんだぞっ☆

「源氏さん。

 ちょっと手伝ってほしいことがあるんスけど……」

「いやです」

 

 浦原商店、客間。

 丁寧に茶と茶菓子を出された俺は、何を言われるのかとソワソワ指していた。

 

 ここに来たのは、一本の連絡だ。

 浦原さんから、ちょっとお話したいことがあるんスけど、という文言のメール。

 

 内容が不透明な上に、浦原さんはジジイとも関わりがある。

 何を言われるのかわからないまま、ぶっちゃけ無視しようと思っていた。

 

 それを浦原さんが許すわけもなく、

 

『ちなみに、丈さんにはしっかりと許可を取りました。

(無視したら丈さんから連絡が行きます)』

 

 心の声が漏れているというべきか、脅しだろと言うべきか。

 どちらにしろ、浦原さんのこの言葉で、話を聞くだけ聞こうという気持ちは固まった。

 

「いやいや、断るなんていけずッスねぇ。

 ちょっと位話を聞いてもいいじゃないっすか~」

「その入りと今のセリフで面倒なことは把握しました。

 いやです」

 

 一応、何を言われるのかを考えてみた。

 けど、浦原さんからわざわざ話されるような内容のことはないのでは? という結論に至った。

 ジジイに話を通す内容。

 俺の知る限りではそんな内容のことが、まともな内容であるはずがない。

 

「明日午後、恐らく空座町は虚に満ち溢れます」

「……は?」

 

 異常発生とかするのか? 虚。

 元は人間の魂なのにそんな事あるんか?

 

「理由は少し不明っすけど、予測自体はあるので、一護さんと石田さんに協力をお願いしています」

「石田……って確かクインシーの?」

「そうッス。

 普段は死神に任せていますが、今回は緊急事態だからってことで参加してもらうことになりました」

「石田くんは……」

「快く了承してもらいました」

 

 浦原さんは、目深にかぶったハットを取らないまま、飄々とした態度で話を続けていく。

 

「……ってことは俺に対してのその虚駆除を?」

「あぁいや、空座町のものに関してはお二人で大丈夫だと判断したので、源氏さんには別の場所をやってもらいたくて」

「別の場所」

 

 俺は茶をすすり、話を聞く。

 

 ……ん? なんでいつの間にか話を聞いてるんだ?

 

「その異常発生は、空座町の範囲で収まるんスけど、一部の虚は隣町にまで行ってしまう可能性があるんスよね」

「鳴海町とかそこらへんですか?」

「そうですね」

「それを俺が担当しろと?」

「もちろん、こちらから隣町に出現した虚の情報は送ります。

 けど、何分範囲が広いので、足の速い源氏さんにお願いしている状況です」

 

 話が終わったようで、浦原さんは俺になにか聞きたいことはあるかとこちらを見てくる。

 

 一応話は理解できたが、めちゃくちゃ突っ込むところがありすぎる。

 

「死神は?」

「そりゃ一護さんが参加「んなわけ無いでしょう、違う死神ですよ」……あぁ、そのことですね」

 

 明日虚が大量に来るのが分かっている。

 それを事実とするならば、なぜ死神側は手を打たないのだろうか。

 浦原さんの話によれば、死神は一つの組織である。

 

 ならば、このような危機が事前にしれている状況であれば、対応するのではないのか。

 

「本来、この程度の虚の出現は、基本的に朽木さん一人で対処できていたんスけど、生憎その朽木さんが力が戻っていないようなのでこうなってます」

「……ん? 朽木さんが力を失っていることは死神側には知られていないんですか?」

「えぇ。黒崎さんに力を譲渡したのがバレてしまえば、彼女は最低でも死刑です」

「……力の譲渡だけでそんなに重いんですか?」

「本来死神は人の知られぬところで活動するもの。

 知られてはいけないんスよ」

 

 朽木さんの死神の力が戻ってないからあれだけど、死神増やせるから別に悪いことではない気がするけどなぁ。

 というか、朽木さんってやっぱ優秀なのか。

 

「まぁ、わかりました。

 要は朽木さんが本来対処できるはずのものが、一護一人ではできない可能性があるから、石田くんと俺に協力を頼んでいる、と」

「そういうことになりますね」

 

 この口ぶりだと、クインシーに関しても一護は既に知っていた、ってことか。

 俺の正体に付いても知っている可能性はあるな。

 

 それでも追求してこないあたり、ホント良いやつだな一護。

 

「あ、学校……は午前授業だわ明日」

「もし午前に出た場合は、アタシから学校に一報入れておきます。

 その許可を丈さんにはもらいました」

「あぁ、そういう事」

 

 仮にもジジイは俺の保護者という扱いで高校には通っている。

 だからこその許可だったということか。

 

「浦原さんたちは何するんですか?」

「アタシたちは壊れたものの修理や、記憶に関しての修正を行っていきます」

「……多分浦原さんが行ったほうが速いんじゃないですか?」

「何をおっしゃいますかぁ、源氏さん」

「いやだって……」

「アタシたちは死神から目を付けられているんで、うかつに手出しができない状態なんですよ」

 

 浦原さんの少し低めのトーンでの言葉。

 珍しく真面目な雰囲気で話す浦原さんに、少し面食らう。

 

「ってことで、アタシらは事後処理を主に担当いたします。

 ぶっちゃけ、隣町などに出る影響は少ないと思うので、よろしくお願いします」

「……本当に、数体しか出ないんですよね?」

「えぇ。

 アタシたちの方で事前に感知したものをご連絡いたしますし、町の中を走り回っても大丈夫なようにこちらを差し上げます」

 

 浦原さんはいつの間にかいつものおちゃらけたトーンで話しながら、背後から何かを取り出した。

 

「マント?」

「はい。

 これは刀と同じ原理で霊力を吸収して、自動的に姿を消すことができる装置です」

「……それってはんz」

「ちなみにこれはしっかりと鬼道……霊力の使い方を身に着けていれば、死神にさえ認識されないというスグレモノです」

「だからはんz」

「これを特別に源氏さんにプレゼントします」

「ありがとうございます」

 

 別に犯罪行為に手を出そうってわけではない。

 俺がちょっと透明人間とか興味あるというわけだ。

 

「ちなみに人道フィルターって言う機能を取り付けて、犯罪になりうる場所での解除機能も取り付いてます」

「……ありがとう……っございます……」

 

 犯罪行為いけないんだよ(血涙)

 

「それでは、明日はよろしくお願いいたします」

「……ん?」

 

 浦原さんはそのまま流れるようにアタシは用事があるので、という言葉とともに俺の目の前からいなくなった。

 残されたのは俺一人。

 

「なぁにぃちゃん。

 キャッチボールするか?」

 

 いや、店番に残されたジン太くんと、俺だけだった。

 

 待って俺了承した?



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お金は大事、いつでも大事

「いやぁ、スミマセン源氏さん。

 お金忘れてて……」

「別に良いんですけど……ってか良いんですか?」

「何がですか?」

「いや、俺としてはもらえるのもいいですけど、虚ってお金になるのかなって」

「あー……。

 それに関してはちょっとツテがあるんスよ」

「はぁ……」

 

 浦原さんから半ば押し付けられるように仕事を頼まれ、了承していないのに了承したことになった。

 翌日の昼頃、俺は浦原商店に出向いていた。

 

 浦原さんからの連絡で、『忘れ物があったので学校が終わり次第こちらに来てもらえるっすか?』と来た。

 俺も少しは文句をつけようと、授業が終わり次第急いで浦原さんのところに来たら、急にお金を渡された。

 

 俺が鳴海町まで行くタクシー代を渡してくれたのだ。

 確かに鳴海町はここと若干近いところにあるため、交通機関で行くのは面倒だし、歩いていくには少し遠い。

 

 バスはあるにはあるのだが、そんな頻繁に通っているわけでもない。

 

「これで源氏さんはすぐにタクシーで個々の場所に向かってほしいんですけど」

「あの、浦原さん。

 俺別にやるってわけじゃ……」

「あ、今回はちゃんと報酬は用意しています。

 昨日渡したマントと多少なりともお金を融通できれば、と思っています」

「……」

「いやいや、源氏さんが強いとは言え、命がかかっているんスから、こちらとしてもそれ相応のお礼はしたいと思ってるっスよ」

「別にそういう問題では……」

「というか、丈さんにも説明しているので、多分やらないと面倒くさそうっすけど……」

 

 俺の顔面は明らかに今、面倒くさそうな表情をしている。

 

 頭の中には天秤。

 

 ここで断った場合と、ここで了承した場合。

 どちらが良いのだろうか。

 

「……ちなみに出てくる虚ってどんなもんですか」

「そうっすね……基本的には知能がないものが大半っすね」

「知能ないのって弱いんですか?」

「虚は強くなればなるほど、しっかりとした知能を持っていくっスから、基本的にはそうっスね」

 

 今まで敵対した虚に知能があったのかどうかを思い出す。

 

「……あの、俺知能のない虚と戦えるんですかね?」

「へ? まぁ、普通にやって負けるほうがおかしいとは思いますけど……」

 

 俺の中の天秤は、グラグラと傾きを続ける。

 断った場合のジジイの面倒臭さが頭によぎり続ける。

 そして受けた場合のメリットも俺の頭の中に響き続ける。

 

「……やります」

「そんな嫌そうな顔をしながら言うやりますはこちらとしても気が引けるんスけど……」

「……やるからもうちょっとお金弾んでください」

「そんな嫌そうな顔をしながらでも、しっかり言うところは言うんスね……」

 

 そうして、結果として俺はしっかりと浦原さんからの依頼を受けることになった。

 

 しっかりと内容を確認すると、別に命に別状があるというわけではなさそうだった。

 

 要は空座町から漏れる虚の討伐。

 

 しかも要員は俺だけではなく、他にも足に特化した要員が存在して、周辺の警戒をしてくれるらしい。

 夜一さん、という人らしいのだが、多分俺とは警戒区域が違うので会わないだろうと浦原さんは言っていた。

 

 ……正直その夜一さんという人のことが気になるんだけど、会わないのならば、触らぬ神に理論で聞くことをやめた。

 

「それじゃ、いってらっしゃいっす」

「はい」

 

 タクシーに搭乗し、浦原さんから事前に教えてもらった、俺だったらここにいれば大抵の範囲はカバーできる場所、というのに移動する。

 気乗りはしないけど、鍛えてはきたし、ちゃんと対価をもらうということなら、しっかりとやる。

 

 ……あ、一護と石田くんに話しかけるの忘れていたな。

 

 今日は午前授業で昼休みもなかったし、学校で不用意に虚とかの話をしてしまうことはないので、話す機会もなかった。

 

 今日は共に虚の討伐に向けて活動するのだから、連絡でもすればよかったかな。

 

「あ」

 

 一護にだけでもエールの言葉を送ろうか、そう考えてポケットを弄るが、なにもない。

 それはそうだ。

 

 浦原商店で、万が一壊れたらということで荷物は預かってもらっているし、今持っている連絡手段は、浦原さんからもらったどこのものとも分からないケータイ一つだ。

 

 確かに虚との戦闘で壊れてしまっては面倒だ、と思って預けたな。

 

 ……ま、朽木さんもいるし、なんとかなるだろ。

 

 タクシーの揺れを身に感じながら、空座町の空を見上げた。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「ふぅ」

「お疲れさまです」

「進捗は?」

「上々です。

 両名が接触しました」

「預けたものは」

「しっかりと使っていただけるようです」

「それはそれは」

「それにしても、気づかれないのでしょうか」

「誰に、ッスかね?」

「それは」

 

 源氏の去った浦原商店。

 二人の男が会話をする。

 

 ガタイのいい男が察してくれと言わんばかりに視線を外にやる。

 

「結構こっちも狙ってるっすからね。

 しかも何かあっても意味はわからないっすから」

「だとしても、です」

「……確かに、信頼を裏切る形になってはいます。

 しかし、それよりこちらの方が優先される、というだけです」

「もしこちらに敵意を向けてきた時は……」

「その時はこちらも誠意を持って、謝って、どうにもならない時は、そういう時ッス」

 

 帽子を目深にかぶった男は、視線を地に落とし、少し黙り込む。

 

「丈さんの系譜であれ、アタシの計画はしっかりと進めて行きますよ」

 

 ガタイのいい男は答えない。

 

「さ、アタシたちもしっかりと働いていきますよ」

「はい」

 

 ハットの男は、名前を呼ぶ。

 少年と少女が付いてくる。

 ガタイのいい男は、目の前の男の背中を見ている。



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できないものはできないけど、やりたい時はある

「っとと」

 

 背にした化け物の首は、体と離れる。

 地に落ちるくらいで、その体はこの世から完全に消滅した。

 

「次は……」

 

 体をすっぽりと覆うマントに中は学生服。

 少しミスマッチな服装だが、別に問題はない。

 

 服装でパフォーマンスが変わっていたら、恐らく俺は全裸で戦うのが最適になる。

 

「まだか」

 

 鳴海町の、指定された場所に付いてから30分ほどで、浦原さんの言う通り、大量の虚が出現した。

 空には亀裂が走り、空座町に吸い寄せられるように虚は集まっていく。

 

 正確な察知ができない気配察知でも、しっかりと感じ取ることのできる大量の虚の気配。

 

 遠くからでも分かるその気配は、出現しては消え、出現しては消えを繰り返していた。

 恐らく一護と石田くんが頑張ってくれているのだろう。

 

 俺は現在2体目を倒したところだ。

 恐らくあちらの出現率に比べれば、特にこちらに危なげはない。

 寧ろ浦原さんから聞いていたのより、結構虚が弱くてホッとしているところだ。

 

 俺でも一発で首を切断できる。

 

 力という点ではあまり秀でた点がない雷の呼吸でも斬れるということは、かなり弱いということだ。

 

「っふぅ」

 

 と、いうことは、だ。

 

 暇だ。

 

 出てくるにしても、10分に1体出るかどうか。

 30分が経過している現在で、俺は暇を持て余していた。

 

 恐らく、普通に歩いていれば暇を持て余すことはないと考えられる。

 結構警戒範囲が広いし、普通に走って10分くらいかかるところにまばらに出現するし、大変なんだろう。

 

 だが、俺にはマントとこの足がある。

 

 人間の範囲での手加減は難しいが、地面や屋根、電柱に対する手加減はできる。

 

 そのせいで、現れた瞬間に1分経たずに瞬殺、というのがパターンだ。

 

 ピロロロロロロロロ!

 

「出た」

 

 間隔早くなってるな……

 でも近い。

 

 あそこか。

 

 シィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 霹靂一閃

 

 電柱の上から、駆ける。

 

 歩数は一歩。

 時は過ぎ去り、

 

「ふぅ」

 

 敵は斬られたことに気づかず、斬られている。

 

「このペースだったらあっちに加勢しても大丈夫だと思うけど……」

 

 ちょっと調子に乗ってそんな発言をする。

 

 まぁ、流石にこんなに暇であれば出る発言だ。

 

 しかし、その発言のせいなのかは分からないが、

 

「ん?」

 

 空の亀裂が、動いた。

 

 いや、まず空に亀裂が走っている、って段階でおかしいんだけど、それが動いている。

 

 まるで罅が伝って、集まるように。

 

 地面からじゃ見えづらいから、適当な家の屋根に登って見ると、

 

「集まって……る?」

 

 遠くのせいで見えないが、虚が集まっているように……見えなくもない。

 気配察知に関しては、相変わらず大量の虚を察知しているせいで、精密な動きが分かりづらい。

 

 ただ、遠目で見て集合しているのがうっすら分かる。

 

「集まってるな」

 

 それが確信できたのは、虚が集まってある程度形を築き始めてから。

 何か大きな塊になっているような、そんな雰囲気の、モノ。

 

「合体的な?」

 

 一人でぼやいているが、気配察知の警報が大きくなっているのに気づく。

 あれは……強い感じの。

 

 いや、森の中で修行した時、そこらを仕切っている熊の集団に目を付けられた時みたいな……

 多勢に無勢、みたいな感じの気配。

 

「……おいおい倒せんのか?」

 

 流石にでかい。

 

 マンション。それも結構大きめのマンションを優に越える体長の、鼻の尖った仮面を着けた、山のような虚。

 いや、気配察知が伝えている。

 

 大勢の塊の、個の虚。

 

 矛盾を孕んだ存在。

 

 無言で手元の連絡機を使い、浦原さんに電話を繋ぐ。

 

『はいはいもしもし~』

「浦原さん」

『はいはいなんでしょうか~』

「あれ、見えてる?」

『……まぁ、見えていますけど』

「あれ、倒せるの?」

『一護さんと石田さんなら大丈夫じゃないですかねぇ?』

「そういう問題なんですか?」

 

 呼吸には、特色がある。

 それは各々が持つ特徴。

 

 一応知識としてこの世界に来てから他の呼吸のことは勉強させられたが、あの手の巨大なものを倒すのは炎の呼吸関係のものしかない。

 

 雷の呼吸はあくまで速さを追求した、先手必勝の具現化のような型。

 

 俺個人にアイツを倒す方法が無くはないが、それなりに命をかけないといけない。

 

『本当に、大丈夫ですって』

「……行きますか」

『いえいえ、本当に大丈夫なので~。

 こっちも用事があるので、失礼しますねー」

 

 切られる電話。

 

 何か……隠している?

 

 直感的にそう思った。

 何を隠しているのか。

 今までの話で隠しているような話をしていたか?

 

「ん?」

 

 そう言えば、石田くんって死神キライって言ってなかったっけ?

 ……死ぬほどキライって言ってたような……。

 

 じゃあこれは石田くんがッ?!

 

 ……いや、それなら虚なんて紛らわしい真似をする必要ないな。

 これはこれで普通に起きている事象だろうな……。

 

 俺の思考の最中に、巨大虚は、歩いた。

 

 振動がこちらまで伝わってくる。

 

「四の五の言ってられないかッ?!」

 

 呼吸を始めようとしたその瞬間。

 

「待つんじゃ」

「ッ?!」

 

 後ろに気配。

 

 咄嗟に振り向く、後ろに下がる。

 刀を構える。

 目の前の敵に……って。

 

「猫?」

「儂が夜一。

 お主にはあちらに行ってほしくないのでな、呼び止めた」

「……??」

「何を呆けておる」

 

 目の前には、黒猫。

 それはそれは普通の黒猫だ。

 何か特徴があるとすれば、毛並みがキレイ、といったところか。

 

「そんなことでは、死ぬぞ」

「っ?!?!?!」

 

 そんなことを考えていたら、声が後ろから聞こえた。

 

 猫までの距離は5メートルほど。

 猫にそんな移動速度があるわけがない。

 そう油断していたら、背後を取られた。

 

 流石に背後を取られるとは思っていなかった。

 

 反応したのは、死にかけることで鍛えられた反射。

 咄嗟にその場で横に一回転。

 周囲の敵を薙ぎ払うように刀を振るう。

 

「そんな刀じゃ当たらんわ」

 

 しかし、いつの間にか黒猫は先程と同じ場所に立っていた。

 

 いつの間に、というのは今更。

 俺と似たような歩法か、それ以外の技術か、知らない何かか。

 

 どれにしても、警戒度はあげる。

 

 目の前にいるのはただの黒猫ではない。

 

「ようやっと警戒心を強めたようじゃが、儂は別にお主と戦う気はない。

 警戒を解け」

「今更言われて信じると?」

「儂は危害を加えない。

 あくまでお主をあそこに近づけさせない、というだけじゃ」

「それはなん……」

 

 瞬間、後ろに悪寒。

 

 振り向くと、先程の巨大虚が、口元に何かを収束させていた。

 

「虚閃(セロ)

 一定以上の強さを持つ虚の行う、全力の一撃」

「あぶな……」

「見ておれ」

 

 その何かは、収束し、足元に放たれた。

 

 そして、何かに衝突した。

 

 何と衝突しているのかは見えなかったが、

 

「一護……」

「ほう……あれ程とはな」

 

 後ろの黒猫は感心しているが、俺の内心はヒヤヒヤしている。

 喰らえば無理だ、あれは。

 

 どれだけ鍛えていようと、俺は人間。

 あんな怪獣バトルの光線のようなものを受けて生きていられるとは思えない。

 

 それなのに、一護の気配が、あの光線と衝突している。

 

「「っ」」

 

 一瞬の拮抗の後、何かが天空に上がる。

 それは斬撃。

 強大な、恐ろしいほどに雑に強い、力。

 

 それが巨大虚の体を切り裂いた。

 

「メノスを両断するとは……アホなやつじゃ」

「……一護?!」

 

 俺の足は動く。

 友のために。

 

「やれやれ、お主の言うとおりになったぞ、喜助」

 

 その足は、2歩目を踏み出す前に、暗闇に足を堕とした。



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サプライズできる人は尊敬する

「良いのか喜助」

「何がです?」

 

 寂れた商店の、一室。

 そこにハットを目深にかぶった男と、毛並みのきれいな黒猫が一匹いた。

 

 傍から見れば飼い猫であろうその猫は、ハットの男に対して会話をする。

 

 その時点でこの黒猫が通常の黒猫とは異なる存在だと理解はできる。

 

「まぁ、源氏さん、ですから」

「あやつだからこそ、あんなふうに話した、と?」

「そうなりますかねぇ」

 

 一方で、黒猫が話すことを全く意に介していないハットの男は、黒猫の言葉に返答する。

 まるで友人との語らいかのようなその空間。

 

 残された3つのお茶と茶菓子。

 既に誰もいない場所においてあるお茶は、そこに座っているものであれば、飲みきってから帰るのが普通だった。

 

「ほぅ……。

 お主があやつをどう捉えているのかは知らないが、よくあの会話でことが収まったわい」

「……一応、理由だけでも聞いておきましょうか」

「本来、儂が眠らせた時点で、喜助とつながっていることを理解してはいた。

 そして残るのは、不信感。

 なぜなのか、なんでなのか」

「確かに。

 源氏さんも少しおっかなびっくりな会話でしたね」

「そんな程度のものかの。

 儂からすれば、目の前のものが信じられない、という瞳に見えたがの」

 

 外は暑い。

 梅雨も開け、夏真っ盛りなこの頃は、どうしても涼しい部屋を求めてしまう。

 しかし、この部屋にあるのは見るからにオンボロな扇風機が一つ。

 

 そんな環境でも、ハットの男は汗一つかいていない。

 

「でも、理解してもらえましたし」

「理解してもらえた?

 流石に『アタシらの都合に対して源氏さんに介入してほしくなかったんですよ』といった時は斬られてもおかしくないと思ったぞ」

「いえいえ、あそこで適当な嘘を吐くほうがアタシらしくない」

「寧ろそこで嘘を吐くのが浦原喜助というものではないのかの?」

「嫌だなぁ。

 そんなところで嘘を吐くなんて性格悪い人じゃないですかぁ」

「どの口がそんなことを話すのかの」

 

 黒猫は座っていた状態から四足歩行に切り替えた。

 それは言外に帰る、外に出る、といった意味を含んでいる。

 

 ハットの男に背を向ける黒猫。

 

「あっと、夜一さん」

 

 黒猫に声を掛けるハットの男。

 黒猫は返答すること無く、立ち止まる。

 

「言っていませんでしたけど、あの人が丈さんのお孫さんです」

「……そういうことか」

「何かするなら、後ろにあの人が付いていると思わないと」

「だからこその……いや、理解はした。

 それではの」

「それじゃ、また~」

 

 黒猫は何やら得心いった様子で、窓から逃げ出した。

 それをハットの男は追うことはない。

 夏の日差しが降り注ぐ中、少し一人で考えたハットの男は、立ち上がり、どこかに歩いていった。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「ぺっ」

 

 唾を吐き捨てる……真似をした。

 

 流石に実際にする勇気も意味もない。

 

 現在、俺は昼下がりの空座町を、帰宅している。

 

 もちろん、今日は学校で、俺以外の同じクラスの連中はしっかりと授業に参加しているだろう。

 

 しかし、俺は少し特殊な理由から今日は学校を休んでいた。

 

「んだよ……」

 

 頭を力を強めに掻く。

 少し痛いくらいが今は丁度いい。

 

 結論から述べよう。

 浦原さんにしてやられた。

 

 何を考えているのかは知らないが、俺は浦原さんの計画において参入してほしくない存在らしい。

 そのため、夜一さんに頼んで俺をあの時眠らせた、と。

 

 事の顛末自体は聞いていて、結果としては一護と石田くんであの巨大虚はなんとかしたらしい。

 

 それに関しては安心した。

 正直、倒せないで町に被害が出るとかのほうがすごく駄目なので、それは良かった。

 

 で、俺、我妻源氏のスタンスとして話すなら、危険なことに参入しなくてよかった。

 命あってのすべて。

 それは俺の中でしっかりと息づいているものであり、それを心のなかに常に留めている。

 

 だから、良かったっちゃ良かった。

 

「おばちゃん、コロッケ一つ」

「あいよ」

 

 昨日の学生服は脱ぎ、適当な半袖Tシャツを着ているため、パッと見で高校生、それも空座第一の、とはならないから良いだろう。

 

「ほら」

「ありがと」

 

 この夏の糞暑い日にコロッケを頬張りながら、頭の中で感情を整理する。

 

 さっきから考えてい入るが、危険なことに首を突っ込むことがなくて良かったとは思っている。

 

 良かった。

 

 だけど、

 

「チッ」

 

 イライラする事は事実だ。

 一護の力にさせてくれなかった、ってのもそうだし、

 俺が邪魔者扱いされた、ってのもそうだし、

 浦原さんが結構俺に嘘を吐いている、ってのもそうだ。

 

 最後のは浦原さんの口から直接は聞いていないが、流石に事の顛末を聞けば多少なりとも理解できる。

 

 というか、俺に関してはなんで気づかなかったというレベルだ。

 

 石田くん、わりかし存在感薄いからな(責任転嫁)

 

「浦原さんのあの俺のことを見越した話し方も……」

 

 あとこれが最大級にムカつく。

 

 浦原さんは俺のことを理解している。

 我妻源氏という人間のスタンスを理解していながら、

 我妻源氏と我妻丈という人間の関係性を理解していながら、

 

 こういう行動を取ったのだ。

 

 現に、俺がジジイに泣きついてもことは何も変わらない。

 ジジイが言うには、『弱きものは守られる代わりに語ることができない』だそうだ。

 

 それに関しては俺もそうだと感じた。

 

 ジジイと一緒に、というか修行を生き抜いて行く過程で、本当に弱いってのは面倒だと言うことに気づいた。

 だからこそ、俺はある程度発言できるような力を着けたつもりだった。

 

 けど、それをこうして今日、浦原さんに力の差という部分で黙殺されてしまった。

 確かに普通にやって浦原さんに勝つことは万に一つ、レベルだろう。

 

 だけど……

 

「ムカつくもんはムカつく」

 

 コロッケを食い終わり、包み紙を強引にポケットにねじ込む。

 油がどうだろうと知ったこっちゃない。

 

「訓練、やるか」

 

 今までなまらないように適度に軽く運動はしていたが、流石に力不足を感じたら、やるしかない。

 

「やって浦原さん殴るか」

 

 のらりくらりと躱されるだろうが、やると決めたからにはやる。

 

 めんどいけど、辛いけど。

 

 ……ホントにめんどくさいけど!!!

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「あの」

「なんだ」

「俺らって今から一人の死神のことを確認しに行くんスよね」

「あぁ」

「それなのになんで」

 

 

「隊長が二人(・・)も必要なんすか?」

 

 

「そんなカタイ事言わんといてな、阿散井ちゃん」

 



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石田雨竜/朽木ルキアから見た、我妻源氏

 僕、石田雨竜は、人間としては特殊な人間である。

 

「石田、一緒に飯食おうぜ」

 

 僕からしたら、それが普通で当たり前で、他の人みんなが特殊だと思っていた。

 

 だからこそ、少しだけ、僕は仲間と呼べる存在である、君と親近感を持っていたのかもしれない。

 

「何キョロキョロしてるんだ?」

「今日、我妻くんは?」

「源氏?」

「あ、アイツなら今日は風邪で休むって」

「珍しいね、源氏が病気だなんて」

「というか、源氏って病気するようなタマか?」

 

 黒崎という人間と騒動を起こした次の日。

 奇妙なことに、僕は黒崎に昼飯に誘われた。

 正直、この状況下で誘ってきたことに少しは驚いた。

 だが、この黒崎という男がそういうことをするのは慣れた。

 

「あ、今日の飯は啓吾のおごりだ」

「はぁぁ?!」

「……なら行こう」

「意外と庶民派?!」

 

 僕だって一般的な金銭感覚を持っている。

 だからこそ、おごりと聞けば嬉しい。

 だから、行くのだ。

 

 仕方がないか、と黒崎とつるんでいる浅野くんは自分の財布を見ながらため息を吐いている。

 

 浅野くんを先頭に歩く僕ら。

 

「なぁ」

「なんだい?」

「源氏のこと、知ってんのか?」

「どうしてだ?」

 

 いきなり、黒崎から質問が来る。

 前にいる二人には聞こえないような声量。

 

 我妻源氏。

 

 クインシーと起源を共にする、虚に対抗する人間種。

 しかしその成長と歴史の違いから、お互いが知り得る情報は少ない。

 だからこそ、僕も知っているのは、彼が滅却師という部類の人間であること。

 

 そして、特殊な方法を使い、己の肉体による戦闘方法で虚を滅却すること。

 

「いや、なんとなく……。

 石田と源氏には、似たような気配を感じるから」

 

 感心だ。

 黒崎は霊力の感知を始めとした、霊的探査の能力が低いから、気づかないと思っていた。

 

 確かに、僕と我妻くんの間では多少の似た要素を感じることはある。

 

 霊子を外的に操作し、利用するという点においては僕と我妻くんの間には差がない。

 

 それをどの様に使うのか、どのようにして活用するのかが違うため、そこからは全くの別物となるのだが。

 

「確かに、似たようなものを感じてもおかしくはない」

「それって……」

「だけど、僕は我妻くんのことに関して、多くのことを知っている訳ではない。

 恐らく、君と同程度の情報だけだ」

「……そうか」

「だけど、僕は彼が、僕らの知っている以上に何かを知っている、持っている、ということは確信している」

 

 滅却師、というのはクインシーと比べると浅いが、それでも日本の中において歴史は深い。

 それこそ武士というものと一緒くたにされている、という話もちらりと聞いた。

 

 クインシーが影での暗躍だとするならば、滅却師は表の英雄としても存在している。

 

 そして両者の間には大きな隔たりがあった。

 今となっては知る由がないが、クインシーとして生きている僕が情報を得られないという時点で、理解はできる。

 

 それが何なのかは分からないが、彼にも彼なりの何かを持っている。

 

「……良いのか、そんなこと言っても」

「これに関しては僕の知っていることからの推測も混ざっている。

 当てにはするな」

「そうか」

 

 黒崎がどんな表情をしているのかは知らないが、我妻くんは何を考えているのか。

 一度の接触の時、もちろん僕は彼も死神に対して何かの感情を持っているものだとして接触した。

 

 けど、結果は違った。

 彼のことは察知しづらいため、正確に何をしていたのかは知らないが、少なくとも黒崎のために手を貸している、ということは把握した。

 

 そして今、それに黒崎は気づいていない。

 

 いや、気づいていはいるが、理由が分からない、といった様子だ。

 

 僕も、彼の原動力は知らない。

 

「だが」

「ん?」

「彼は悪いやつではない」

「……お前、変なこと言うのな」

「うるさい」

 

 僕も、それくらいのことは理解している。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 我妻源氏。

 霊媒師と名乗る少年。

 刀と、瞬歩に似た高速戦闘術を得意とする。

 

 その実力は未明。

 

 しかし、四席……私の実力と匹敵、凌駕する戦闘能力はある。

 虚との戦闘においても、自身の優位を利用しながらも、虚を討伐。

 

「はぁ」

「何書いてんだ、ルキア」

「なっ?! 何を見ておる?! 貴様は?!」

 

 思わず書いていたノートを胸元に引き寄せ、抗議の声をあげる。

 

 黒崎一護。

 死神代行として、死神の力を奮ってもらっている彼から聞けば、『人間びっくり箱』と言われた。

 

 正直、現在でもその評価の理由は分からない。

 以前にそうと言わせるような事柄があった、らしいのだが、今ではその面影はない。

 

 そのことについて話すのなら、普段の我妻源氏と呼ばれる人間から、戦いに向かう人間の匂いは感じられない。

 でも、言われてみれば、という点はいくつかある。

 

 剣タコ、筋肉の付き方、歩法。

 些細な部分でそれらのことは見られるが、それこそじっと見ていてそれだけしか気づけなかった。

 

「いや、授業終わっても何か書いてるもんだから」

「だからといって覗く馬鹿者があるか馬鹿者?!」

「えぇ……」

 

 そして、彼の裏には浦原喜助が絡んでいると見て違いない。

 明確に話しているのを見た、ということはないが、彼の口から浦原商店だと思われる発言は聞いた。

 

 浦原に実際に問い詰めてみると、お客さんのプライバシーなんで守らないといけないっすよー、とはぐらかされた。

 

「次は……美術か」

「お前、またあの絵の続き描くのかよ」

「なんだその口ぶりは。

 何か私の絵に文句でもあるのか?」

「美術の先生も、お前のあまりにも堂々とした姿に、本当に朽木さんの絵は素晴らしいものなのかもしれない、って思ってるんだぞ」

「……何か問題でもあるのか?」

「問題も何も、うまくなべへぇ!!!」

 

「朽木さーん? 今一護の汚い声が聞こえた気がしたけどー」

「別にどうってことありませんわ」

 

 一護は、彼の所見のイメージ以外では、めっちゃ普通のやつ、と言っていた。

 

 それは私の認識とも非常に合っている。

 しかし、同時に一護はこう話してもいた。

 『でも、アイツの戦っている様子に、俺は足が前に出なかった』

 

 母親の敵ともいえる虚との戦闘。

 そこで漏らした数少ない本音。

 何を思ってそこで我妻源氏の名を出したのかは知らない。

 

 だが、

 

「げん……あ、あいつ今日休みだったか」

 

 黒崎一護という存在の中で、我妻源氏という存在が非常に大きいものだということは、私でも分かる。



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夜に散歩に出るとめっちゃ怖い道がある

投稿遅れちゃいました。
リアルの取り巻く環境が変わりました。
そのため、少し慣れるまでの時間を要していた、というのが理由となります。
正直、このまま継続して投稿できるかと聞かれれば、多分どっかで止まる可能性はあると思います。
だから隔日投稿、というより一週間に2回投稿くらいの気持ちで待っていてください。
多くの方に見ていただいているので、できる限り尽力しますが、投稿できなかったら申し訳ない!
許してクレメンス!


『……起きているかい?』

「あ?」

 

 思わず口が悪くなってしまうのは仕方がない。

 

 俺が今いるのは、山奥。

 といっても、生い茂った山というか、丘というか、そんな場所だ。

 

 現在の時刻は24時。

 

 以前起こった巨大虚の事件からは少し時間が経過している。

 

 ちなみに、一護と石田くんは俺がいたことを知らないようだった(俺が休んだことに対して何も知らない様子だった)

 

 別に俺としては何も力になれなかったし、言ったところで何にもならないので話さないでおいた。

 

『……すまない。寝ていたかな』

「あーっと、普通に外に出てるけど……今体動かしてて、気が立っていただけです」

 

 電話の相手は石田くん。

 

 俺が気が立っている理由は、疲れていたから。

 

 山奥に来て疲れたわけではなく、体を動かした……つまりは修行をしていたからこそ、疲労していたのだ。

 

『少し電波が悪いようだけど、一体どこにいるんだい?』

「えーっと……どこだここ?」

 

 あたりを見渡す。

 地形に傷をつけないように修行をしていたから、自分がどちらから来たのかとかはわからない。

 

 手近な気に登り、位置を把握する。

 

 空座町からははるか遠く。

 

「結構遠いな」

『……何をしているのかわからない音が聞こえてくるのだが』

 

 おそらく木々の音や、俺の足音を指して言っているのだろうが、それでバレるほうが怖い。

 

「ちょっと体を動かしてて。

 それで、どうしたの?」

『……あぁ。

 少し、外に出ないかと誘おうと思ってね』

「外に」

『既に君は出ているようだけど、僕も急に出たくなってね』

「……そんないきなり外に一緒に出ようと言われるような関係性だとは思わなかったけど」

『なかなか手厳しいな。

 でも……そうだな。

 君だからこそ、今連絡をしている、というところかな』

 

 石田くんの発言には、何か含ませているような感じが分かる。

 けど、それで分かるほど俺の察しの悪さを舐めないでほしい。

 

「何を考えているのかが全くわからないので、説明お願いします」

『……ちょっと、探知を行ってほしいのだけれど……』

「こっからじゃ空座町が一切はいらない」

『本当にどこにいるんだい、君は』

「山」

 

 というか、結構小さい山だと思ったけど、結構でかいな。

 

 ちなみに、しっかりと人と会わないように、探知は最大限に行っている。

 

『……それじゃあ、早いところ空座町に戻ったほうが良い』

「何かあったの?」

『別に。

 何もまだ起きていないんだけど、念のために』

「……一護には?」

 

 最初から感じていた疑問を投げると、石田くんは少しの沈黙の後、

 

『だから、君に連絡をしているのさ』

 

 俺はその言葉に電話を勢いよく切る。

 

 それは俺でも分かった。

 

 一護が危険な目に合う、ということか。

 

 前の反省と言うわけではないけど、今度は、間に合う。

 

 修行の成果は何一つ出ていないけど、それでも行く。

 一護に言ったからこそ、一番先に間に合わなきゃならない。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 いきなり電話を切られてしまった。

 

 恐らくは、僕の言っている意味が理解できたからこそ、急いで来る必要があるということだろう。

 

 今探知できたのは、3つの死神の反応。

 

 しかもそのどれもが洗練されている霊力。

 かろうじて一人だけならなんとかなりそうなものだけど、あの二人を同時に相手にするのは骨が折れる。

 

 なんとかなりそうな一人と、強いやつが一人だけならまだしも、三人となれば戦いになったときに難しい。

 

 黒崎のやつに言ったとしても、同じ死神連中のことだから、何か起こるに違いない。

 一番最悪なパターンは黒崎が相手側になること。

 

 ないとは思うが、それが一番考えられる中で最悪なもの。

 

 だからこそ、連絡したのは我妻君。

 彼ならば、死神が相手だとしても、最悪なパターンになることはない。

 

 なぜ電波の悪いところで、空座町から離れているのかはわからないが、それでも彼ならばなんとか辿り着くだろう。

 

 彼はたまたま外を出歩いていても大丈夫だけど……。

 

 自分の部屋を見渡す。

 何か外に出る名義を考えておかないと。

 

 その時、たまたま最近買った裁縫道具が目に入る。

 

「これなら大丈夫か」

 

 そして僕が手にとったのは、裁縫ショップの袋。

 これを持っていれば、僕らしい自然な理由で外に出る口実になる。

 

 朽木さんの行動を追っている様に見えるから、先回りすれば朽木さんのみを逃がすことは可能だ。

 後は口実だが……。

 

「たまたま裁縫道具を買いに来た……うん」

 

 これで完璧だ。

 怪我が完治をしていないが、戦うことに支障はない。

 包帯でぐるぐる巻きの右腕を確認し、家を出る。

 

「もしかすれば、貸し一つ、か」

 

 黒崎に貸しを作れれば、今後役に立つだろう。

 我妻君には何もなかったら何かを奢ることにしよう。

 もしうまくいけば、黒崎のおごりにしよう。

 

 家の鍵を閉める。

 

「よし」

 

 闇へと足を踏み出した。




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死神みんな服装同じ過ぎて個性出しづらい

「ん……?」

 

 石田くんに呼ばれ、山を駆け出してしばらく。

 

 浦原さんからもらったマントのおかげで、人目を気にすることがないのは助かる。

 夜風に顔が当たり、心地よさを感じるとともに、顔だけ出てしまうのを防ぐために、フードを抑える。

 

 木から木に。

 

 電灯から電灯に。

 道路を駆けて、街明かりが見える。

 

 そして空座町に入ってからしばらくして、探知に何かを感じた。

 

 一護に似た……けど、こっちの方が強い。

 それが分かる、洗練さ。

 

「……死神?」

 

 そう思うと同時に、一つの気配が急に現れる。

 

 石田くん。

 少し特殊な気配。

 まるでとても存在感の強い武器を持っているかのような、そんな気配。

 

 先日の巨大虚との戦いで、少しイメージは理解している。

 そんな気配が、何かと戦っている?

 

 死神の霊圧は……3つ?

 

 戦っているのは、1つ。

 

 他の2人は……動きはない。

 

「奇襲……」

 

 気配を消していける。

 姿もマントを利用していると消えることができる。

 

 けど、死神側からしたらどんな気持ちなのだろう。

 いきなり知った風な感じの知らない人間が目の前に現れたら。

 

 ……これは脱ごう。

 

 修行用の色々を持ってきているリュックの中に、マントを強引に詰め込む。

 その間にも、石田くんと死神の気配は戦いを進めている。

 

 ……っ?!

 

 石田くんがやられた?

 

 いや、やられてはいない。

 

 怪我をしたのか……。

 

「もしかして、やばいのか」

 

 ちょっと悠長にことを構えていたせいで、やばそう。

 

 別にここから遠いわけではない。

 多少運頼りにはなるが、屋根に飛び乗って走っていくか。

 

 服装は暗めの服だし、大丈夫だろう。

 

「っし」

 

 呼吸はなるべく使わない。

 

 相手が死神ということは、呼吸をすれば見つかる可能性が高い。

 ……いや、呼吸をすれば見つかるかどうかは知らないんだけど。

 でも、ジジイには呼吸をすると動き読まれるから、やって損はないはずだ。

 

 雷の呼吸は、その速さにあるが、本来は気づかれる前に斬ることが最適とされているため、隠密も叩き込まれる。

 

 虚が相手だと基本防衛戦から、隠密の必要はあんまりないから、役には立たなかったけど。

 

「ふぅ」

 

 息を吐く。

 力を入れるのではなく、力を抜く。

 

 本来気配も殺意も敵意も感情も、力とともにある。

 だから、力を抜くことで、自分を希薄にする。

 

 行くか。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 無様だ。

 

 今の僕の様相を、まさにそう表現するのだろう。

 

 死神の気配を3つ感じた。

 2人までならまだしも、3人は多いと我妻くんに連絡したが、まだ来てないらしい。

 

 2人どころか、1人にすらやられてしまうとは……。

 

 もしこれを黒崎に見られたら、笑われてしまう。

 

「阿散井恋次。

 テメェを殺す男の名だ」

 

 動けよ、体。

 

「なっ?!」

 

 体に感じる振動。

 

 何かが地面に衝突し、その振動が伝わってきたのだろう。

 体が揺れる。

 

 その振動が、感じる霊圧が、やけに心地よくて、

 

 意識が……

 

「黒崎一護!

 テメーを倒す男の名だ!

 ヨロシク!!!」

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 黒衣に身を包んだ人間が4人。

 

 一人の少女。

 

 黒衣の人間は、そのうちの2人が、白い羽織を纏っている。

 

「なぁ」

「……」

「あの少年オモロイなぁ」

「…………」

「大きい斬魄刀に、バカでかい霊圧」

「敵ではない」

「そう連れないこと言わんといてって。

 ボクはただ与太話をしたいだけやから」

 

 白い羽織を纏う二人は、会話をする。

 背に大きく漢数字の六を記した羽織を着用しているのは、美男子。

 黒髪の美男子は、難しい顔をして、黒衣の蓋地を眺めている。

 

 もう一人の白衣を着た男の背には、大きく漢数字で三が記されている。

 銀色の髪をした、青色の目の男。

 雰囲気からも分かる通り、飄々とした雰囲気と、黒髪の男は雰囲気があっていないようだ。

 

「それでも、あの子がまだあれ以上の霊圧を隠し持っていて、始解もできるんなら、話は別やない?」

「その時は、出る」

「与太話って知ってます?

 別にいいんやけど、それじゃあ女の子にモテんよ?」

 

 黒髪の男は、その言葉にギロリと睨みつけた。

 オー怖い、そんな芝居めいた言葉を口にしながら、銀髪の男は顎に手を当てる。

 

「……それにしても、弱かったんやね」

 

 銀髪の男の目には、切り裂かれた黒衣の、オレンジ髪の男の姿が映る。

 もう1人の、赤髪の黒衣の男は、オレンジ髪の男に対して、何かを話している。

 

 そうして、トドメだと言わんばかりの、赤髪の男の、蛇腹刀による斬撃。

 

 どう見ても、終わり。

 

 これでオレンジ髪の男は切り裂かれ、終わる。

 

 ガキィン!!!

 

 だけど、そんな未来は訪れない。

 

「は?」

 

 誰の言葉なのかは知らない。

 けど、その言葉を口には出さずとも、心の中に出したのは、この場にいる皆の総意。

 

 1人の少女も、斬撃を止めようと体当たりをしようとしていたが、その動きを止めた。

 

「あの……話し合いでなんとかならない状況?」

 

 それは、少女の知る人物。

 

 倒れた男の呼んだ人物。

 

 

 そして、

 

「一護、お前また倒れるんか?」

 

 オレンジ髪の死神の、友達。



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銀髪とか既に主要キャラなのが分かる。

 いやいやいや。

 

 いやいやいやいや。

 

 なんだこの状況。

 

 石田くんは倒れている。

 

 一護は怪我をしている。

 やられそう。

 

 一護を殺そうと、蛇腹剣を持っている人(伸びてた、正直びっくりした)がいる。

 

 服装的に死神。

 そして後ろに控えているのは、タイプの違うイケメン。

 

 銀髪と、黒髪。

 

 どちらも白い羽織を羽織っている。

 

 その二人のもとには、手を後ろにしたまま抑えられている朽木さん。

 

「一護、お前また倒れるんか?」

 

 一応発破を掛ける。

 起きるとは思うけど、一応。

 

 というか、この状況は何?

 え、まじでこの状況は何?

 

「オメェ、誰だ」

「誰も何も、後ろのやつの友達です」

 

 この赤毛の人、強いな。

 ジジイほどではないけど、それなりには強い。

 

 持っている刀は、節を持っている刀。

 ……いや、あれ刀って言って良いのか?

 

 一応死神なのは分かる。

 一護と同じ服装。

 

 でも、違うのは腕に謎の腕章をしていて……

 

「死神……ですか?」

「なんでテメェがそれを知ってんだ。

 見たところ、普通の人間だろうよ」

 

 普通の、という部分を強調する辺り、見えている事自体が異常、って感じの口ぶりかな。

 

「でも、なんで刀なんて持ち歩いてんだ?

 死神の真似じゃあるまいし」

 

 赤髪の死神は、蛇腹剣を肩に担ぐ。

 

 赤髪の死神が指摘したように、俺は刀を持っている。

 もちろん、浦原さんからもらった柄だけの刀(今は刃先が出ている)だ。

 防げはしたし、刀が壊れる気配はないけど、あんなふざけた刀なのに結構重かった。

 

 横から叩かなきゃまともにやりあえなさそう。

 

「いやいや、現代の若い子は普通に刀を持ち歩いているもんですよ」

「ハッ! 適当なことを言いやがって!

 そんなのが嘘だってことくらい分かって……」

 

 赤髪の死神は笑ってこちらを見てくるが、その顔が徐々に曇っていった。

 それは俺に向けられた視線ではない。

 

 俺の後ろに向けられた視線。

 

 その視線の正体に、俺は気づいている。

 

「悪い、寝てた」

「遅いわ、ねぼすけ」

 

 ひしひしと伝わる一護のバカみたいな存在感。

 今までこれほどの威圧感を感じたことがあっただろうか。

 

 これほどまでの高まりであれば、

 

「俺はアイツやるわ」

「じゃ、後ろので」

「……今日はやる気だな」

「理由は知らないけど、まぁ、察した」

「そうか」

 

 勝てるやろ。

 

 合図はいらない。

 

 俺が足を出せば、後ろでも一歩踏み出している。

 

 シィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 霹靂一閃

 

 目の前には銀髪と黒髪の男。

 

 そしてそれに囚われている朽木さん。

 

 

「峰……」「させへんよ」

 

 

 おいおい。

 

 朽木さんに攻撃しないように、目の前で止まって刀を振るっている。

 だから本来よりは遅かった。

 

 けど、油断はしてない。

 赤髪の男より、静かな気配を持っている後ろの二人を警戒していないわけがない。

 

 だけど、だとしても、

 

「ボクの仕事や」

「……それが、滅却師か」

「そうみたいやね」

 

 超密着状態で、鞘走りの段階で止めるなんてあるのか?

 

 体に押し付けられた刀は痛くない。

 いや、痛くないのに、技を出せないってどういう状況よ。

 

 本来なら力が込められている状況でしょ、この状況。

 なのに、俺の技だけが止められている。

 

「バカ! 我妻! 其奴は……」

「さ、ボクらだけでやろうや」

 

 瞬間、視界がブレる。

 気づけば、

 

「うァァあああぁァァっぁぁ!?」

 

 空中に投げ出されていた。

 

 普通に考えて、死。

 

 眼下を通り過ぎる、街の風景。

 そして飛んでいくのは、俺が来た方向。

 結局戻っている、なんて呑気なことを考えていると、

 

「あら、君歩けないの?」

 

 隣で聞こえる声。

 そちらを見ると、そこにいたのは先程の銀髪の男。

 投げられて速いからよく見えないけど、歩いてね? 空中。

 

「あはは、それは不便やなぁ。

 ま、堪忍してな」

 

 流石に常中までしているが、空中では雷の呼吸特有の速度は活かすことができない。

 斬られれば、終わる。

 

 それを理解しているからこそ、男の何もしない、という行動が不気味に映る。

 

「それじゃあ、後から行くわ」

 

 銀髪の男は、その言葉とともに、はるか後方に行った。

 

 いや、止まったのか。

 

 それで、俺が動いているせいであっちが動いている用に見える、と。

 

 体が重力を感じている。

 

 落ちる先は森。

 多分、死ぬ。

 

 ワンチャン木々のおかげで死ぬことを回避できるかもしれない。

 

 でも、運。

 

「流石に無様すぎるッ!」

 

 やったことはないけど、土壇場で成功させるしかない。

 

 シィィィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 霹靂一閃:連

 

 狙うのは、枝。

 

 横

 横

 横

 横

 横

 …

 …

 

 

 枝から枝に。

 見えるものから片っ端に。

 下に落ちる勢いを、横飛と多少の上飛びで相殺。

 地面に足をつける頃には、

 

 

 スタッ

 

 

 勢いは完全に消えている。

 

 

「っっっっっっっっはぁぁぁぁ」

 

 肺の中の空気を全部吐く。

 連続して使いすぎた。

 

 他の型につなげるよりかは幾分はマシだけど、ああも何回も使えば死ぬほどきつい。

 

 思わず膝を着く。

 

「おもろいねぇ、キミ」

 

 朦朧とする意識。

 だけど、気配察知は警鐘を鳴らしている。

 立て、構えろ。

 

 体は動く。

 

 いや、動かしている。

 

 生きる意志が、動かしている。

 

「うんうん。

 なかなかの逸材」

 

 肺に空気を取り込む。

 吸う。

 吐く。

 吸う。

 

「流石は、我妻丈の血を引く者、かな」

「……ん?」

 

 落ち着いたと思ったら思わぬところで名前出てくるんだけど、ジジイ。

 

「なんで今ジジイの名前が……」

「おっと、よそ見は危ない」

 

 咄嗟に相手の方に顔を向けると、銀髪の男はこちらに刀の切っ先を向ける。

 何してるんだ。

 そう思う前に、

 

「射殺せ 『神槍』」

 

 俺の体は貫かれていた。



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人間死にそうになれば大抵なんでもできそう

「へ?」

「……まさか避けるなんて、思ってもなかったわ」

 

 今、俺の体が縦に別れた。

 そのはずだった。

 

 過程は分からないが、銀髪の男の持っている刀の刀身が、果てしなく伸びていた。

 

 いびつな刀は、その刃を俺に降ろした。

 

 油断していた。

 気を抜いていた。

 呆然としていた。

 

 どんな言い方でも良い。

 俺は目の前の攻撃に対して、届かないとマジレスをしていた。

 

 だが、今俺がいるのはトンデモ世界だ。

 

 そんな常識に囚われていたら、死ぬ。

 

「いやいや、ちゃんと死んでましたよ、ホント」

「でも生きとる。

 それは謙遜やなくて、嫌味や」

 

 しかし、俺の体は脳と違って非常に優秀だった。

 振り下ろされた刀を寸でのところで躱した。

 

 後少しでも右にずれていれば、俺の体は刃に切り裂かれていた。

 

 銀髪の男は、とてつもなく長くなった刀を持ち上げる。

 

 そんな長い刀持ち上げられるのか? と疑問に思ったが、それを解決するかのように、刀は元の長さまで戻る。

 

「……脇差」

「なんや、見てわかるんかいな」

「そんなことないですよ」

「謙遜ばっかやなぁ、自分。

 友達いなくなるで」

 

 適当に会話をして時間をかせぐ。

 正直、勝てるかと言われたら微妙な相手。

 

 場所と相手の油断度合いによる。

 

 ……あ、多分正面でぶつかって勝つことは無理。

 

 さっきのはたまたま死ぬ攻撃だったから、なんとか避けることができた。

 体の反射と呼べる部分での、気合避け。

 

 そうそう何度も的確に行くとは限らない。

 

「あぁ、そう言えば、キミのことは聞いてるよ。

 うちの総隊長から」

「総隊長?

 頭的な?」

「かしらって……オモロイ表現するなぁ、自分」

 

 というか、正直さっきから目の前の銀髪の男から敵意を感じない。

 殺意もない。

 さっき避けれたのが謎なくらいだ。

 

 修行のせいかと言うか、副作用というかそんなもので、俺の体は殺意と敵意に敏感になった。

 

 普通の人だってある程度の敵意を発するし、微弱な殺意を持っている。

 

 すごい集中して、気の所為くらいにしか感じることはできないが、それでも普通の人でも持っている感情。

 

 ことそれが戦場では顕著に現れる。

 いや、出ないほうがおかしい。

 

「っと。

 で、うちの総隊長が話すには、『面白い人間が存在する。もしかしたらそのものと衝突する可能性がある』って話してたのよ」

「……それが、俺だと?」

「いやいや、話では40年前くらいの話だから、キミやない。

 キミのおじいさんや」

「……そこで、ジジイの名前ね」

「そ、恐らくは子を持っていて、何らかの接触はあるかもしれないってことで、ボクが今回忙しい中来たんやけど」

 

 そこから先を銀髪の男は話さない。

 

 夜風を感じる。

 今このタイミングで感じるほどに、この静寂は軽い静寂だった。

 

 木々に囲まれた森。

 周囲に人里はない。

 虫のざわめき、木々の揺れ。

 

 気配を必死に探っているのが、集中を散らされる。

 

「ビンゴだったみたいやね」

「言うんかい!!」

 

 銀髪の男は、溜めて溜めて言葉を話す。

 そして同時に、刀を横薙ぎに振るう。

 

 俺は、思わずツッコミをしながら、しゃがむ。

 

 銀髪の男の行動に、今度は対応できたはず。

 

 しゃがみながらも、男の様子に目をそむけない。

 

 そして、気づく。

 

「は、ず、れ」

 

 男は刀を伸ばしていない。

 

 最初の時点で気づいていたあの刀の弱点。

 

 伸ばした後は次に攻撃をするためには一度短くしないといけない。

 簡単に言えば、伸ばしたら攻撃は見え、隙が生じる。

 

 それを狙うはずだったが、ブラフをかけられた。

 

 まるで俺のことを見抜いているかのような……

 

「それじゃあ」

 

 短い脇差だからこそできる、流れるような太刀筋の切り替え。

 その太刀筋は、縦。

 

 俺のいるところを確実に仕留めに来る斬撃。

 

 横に逃げるか。

 

 いや、これもフェイントだったら。

 

 これ以上無理に動けば、次はない。

 

 なら、次に繋げる動きを。

 次に繋げる動きとは。

 何をすればいい。

 

 何をすれば。

 

 刀を上に。

 

 横に。

 

 受け、

 

「フンヌゥゥゥッゥ!!!」

 

 柄にもない声。

 気合というより、呼吸。

 呼吸というより、空気漏れ。

 

 そんな音を出しながら、上からの衝撃を受け止める。

 

 当然というか、なんというか、斬撃は来た。

 

 俺の動きを見て判断しているのだろうが、ここまでは読み通り。

 しかし、斬撃が重い。

 

 それはそうだ。

 見えなくなるまで伸びた刀の重さは?

 計り知れない。

 

 重力と、脇差状態で振り下ろした時の速度。

 重いに決まっている。

 

 だからこそ、受け止める。

 

 折れたら一生恨む!!! 浦原さん!!!

 

 常中しているから体はギリ大丈夫。

 だけど地面がひび割れ、俺の体が沈んでいく。

 

 耐えきれる。

 

 確信ができた。

 

 だから、次は、

 

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 雄叫びとともに、前に進む。

 刀はそのまま。

 つまりは鍔迫合っている状態で、前に詰める。

 

 刀が重いのなんの。

 

 ふんばれ、進め。

 

 足には自信がある。

 行ける。

 

「キミ、オモロイねぇ」

 

 重さが消える。

 刀を縮めた。

 

 銀髪の男は、次の斬撃のため、腕を引いた。

 

 一瞬の、隙

 

 防御が間に合うかどうか、そのくらいの、一瞬。

 防がなければ、次でやられる。

 だから、

 

 シィィィィィィ

 

 一瞬でお釣りの来る

 

 雷の呼吸

 

 この技で

 

 参の型

 

 詰める!

 

 聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)



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期待とかされても困る

 雷の呼吸における型の遍歴は、基本的に繋がっている傾向がある。

 

 壱の型と弐の型を基礎とし、そこに足りないものを補うのが雷の呼吸。

 

 特に参の型は顕著で、これは壱の型と弐の型の複合の典型例である。

 

 霹靂一閃の足捌き。

 稲魂の剣筋。

 

 この2つが組み合わさることで、生まれるのが聚蚊成雷。

 

 本来、雷の呼吸では戦いでの対応が2つ存在し、その2つで基本なんとかなる。

 

 遠距離には、壱の型。

 近距離には、弐の型。

 

 単純だが、強力な戦法。

 遠距離から、高速移動の居合抜き。

 近距離では、高速乱切り。

 

 だから、本当はそれ以降の型は、ある特定の状況でしか使わないのが基本だ。

 

「……何をするのかと思えば、思い切りがええなぁ」

 

 上段切りに対して、受け止める選択をした後、聚蚊成雷で一瞬にして太刀筋から逃れた。

 その後、細かいステップとともに、フェイントを織り交ぜながら銀髪の男に接近した。

 

 そして行われる、複数の斬撃。

 

 参の型は、巨大な相手や、一刀のもとに屠れない相手に対して、手傷を追わせるのが通常だ。

 しかし、このような速さに対して対応できる相手に対しても有効である。

 

 聚蚊成雷はかなり融通の効く型で、行動する前にある程度のルートを構築すれば、そのとおりに動ける。

 

 壱の型にはない強さ。

 

「……ははは」

 

 乾いた笑い。

 もちろん俺の。

 

 俺の乾いた笑いとともに、銀髪の男の髪の毛が、少し切れる。

 それは俺から見ても以前と全く変わった様子はなく、逆にイケメンさに磨きをかけてしまったくらいだ。

 

 それが、俺の決死の行動の結果。

 

 心が折れそう。

 

「ほんま、気が抜けない……なぁ!」

 

 銀髪の男は、なんてことない会話をしながらも、刀を振るう。

 横薙ぎ、俺の足首を渫うように。

 

 間合いは離れている。

 

 相手の刀のことを考えれば、近距離がいいに決まっているのだが、無理。

 

 最初の刺突を見ているせいで、突っ込んで生きていける予感がしない。

 

 今も詰めれる限界。

 対応できる限界の間合いまで詰めている。

 

 なのに、俺の足はこれ以上進むと死ぬかも、という警鐘を鳴らしている。

 そういう予感には、素直に従う。

 

 けど、だからといって安全なわけではない。

 

「ほらほら、伸びるかどうか、判断しいな!」

 

 足元への斬撃は、無視。

 

 伸びない。

 

「ちゃんとわかってるのが気持ち悪いなぁ」

 

 右腕を切るように振るう斬撃。

 

 避ける。

 

 伸びた。

 

「ほれ!」

 

 しかし、初回ほどと比べれば、俺との最低限の間合い分しか伸ばしていないので、途中で太刀筋が変化する。

 

 首元を狙う斬撃。

 

 これは伸びる。

 

 首元で鍔迫り合う。

 

「これも躱すか」

 

 俺の対応を見て、感心する男。

 

 俺はそれに対して、決定打のない現状に対して、打開策を求める。

 あるにはあるが、準備が無理。

 

 それを作れるか思考を回し、死なないように体を動かす。

 

 何回もやってきた光景、状態だ。

 今更失敗などするもの……

 

「なら、これはどうや」

 

 背後から聞こえる銀髪の男の声。

 

 頭が考える前に、呼吸すら使わない一振り。

 ノールックで振るう刀。

 あちらも予想外だろうこの攻撃。

 

「おぉ怖い」

 

 高速移動?

 

 俺が気づかないほどの?

 

 夜一さんと似たような?

 

 どうやって?

 

 頭の中は疑問で埋まる。

 だが、今はそんなこと必要ない。

 

 銀髪の男は、俺の斬撃を体を後ろに倒すことで避けた。

 惜しい。

 しかし、先程の隙で俺が攻撃されなかったことが上々。

 

「……あの」

「なんや?」

 

 距離を詰め、接近状態になる。

 今しかないと振るう刀。

 呼吸を使う必要はない。

 

 呼吸はあくまで必殺。

 雷の呼吸は特にその節は多い。

 だからこそ、少しの溜めが必要で、そんな溜めを作ったら死ぬことも理解できる。

 

 だからこそ声をかけてみた。

 

 正直、殺す気がないのでは、と思ってる。

 先程の一瞬の移動もそうだけど、この人から殺意を読み取るのがめちゃくちゃ難しい。

 

 だけど、先程のやり取りや、初見での攻撃には、明らかに……いや、あからさまに殺意を向けて刀を振るっていた。

 まるで、気づいてほしいかのように。

 

 まるで、気づいてもらわなきゃ困ると言うように。

 

「なんで、本気でやらないんですか?」

 

 こいつは俺を生かしている。

 そう捉えても問題はないはず。

 

 確かに俺が避けているから仕留めきれない、というように見えなくもないが、俺からすれば数回死んでいてもおかしくないほどに、銀髪の男とも実力は離れていると見ている。

 

「本気? ボクはいつでも本気やけどなぁ」

「……そうですか」

 

 しかも、この人のえげつないところは、こうやって話している最中にも、まるでいつもの散歩のように刀を振るって、殺しにかかるという点だ。

 

 避けて受けてを繰り返している。

 だが、銀髪の男は、俺の回避に慣れてきている。

 

 俺の回避は半ば本能に従う形で回避をしている。

 

 暑いものに手を触れてしまったときに、手を引っ込めるように、俺の回避にはパターンが存在してしまう。

 本来なら、一瞬のうちに終わらせる雷の呼吸において、それは特段デメリットにはならない。

 

 というか、自分でも気づいているくらいにはワンパターンだから、長期戦は本来したくない。

 

「そうそう。

 本気に、真摯に取り組んでるよぉ」

 

 首元を狙う斬撃。

 

 先程と同じ太刀筋、それより洗練された速さ。

 それに対して、俺は首元に刀を添える形で、鍔迫合おうと刀に力を込める。

 

「真摯に」

 

 次の瞬間。

 

 男の刀は視界から消えていた。

 当然、それが意味するものとは、

 

 銀髪の男は刀を縮め、自分の胸元に添える。

 切っ先をこちらに向けて。

 理解するよりも早く、未来を見た。

 

 俺の心臓が貫かれる未来。

 

 鍔迫り合いを待っていたために力を込め、すくんでしまった足。

 ここから動くためには、ワンテンポの遅れが生じる。

 

 何をするにも間に合わない。

 

 死ぬ。

 

「誠実に」

 

 できることは、ない。

 

 ならば、俺は……

 

 

 俺の体に刀が突き刺さる。

 

 胸元を貫いた刀は、血を一滴もつけず、俺の体を貫く。

 銀髪の男は、表情を変えない。

 

 俺の体が膝をつこうとする。

 

 胸元に刀はない。

 膝をつくのに支えはない。

 

 俺の体は、地面に倒れ伏す。

 

「……なんや、期待させおって」

 

 倒れ際、そんな声が聞こえた。



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熊には死んだふりが通用しないらしい

 夜は暗いが闇ではない。

 月明かりの照らされた、自然あふれるそこに、独りの男は倒れていた。

 

 顔を地につけ、膝を地につけ、その姿は物言わぬ人そのもの。

 

 そこに、夜よりも黒い猫が現れる。

 

 どこから現れたのだろうその猫は、男を見つめ、眉を潜めた。

 まるで、人間がなにかに疑問を持つときのようなその表情は、猫とは言い難い。

 

「……生きておるのか」

「っはぁ!!!!」

 

 猫は語りかける。

 

 それと同時に、倒れていた男は起き上がった。

 

 まるで長らく水面に潜っていたかのような様子の男に、猫はまたも語りかける。

 

「お主……どうして……」

「へ? あー、夜一さんか」

「何をしておったのじゃ、貴様」

「……何って、死んだふりですけど」

 

 猫の表情は豊かに変わる。

 バカを見るかのような表情。

 男は黒いがゆえに見えないその表情に目を凝らしながらも、

 

「いやだって、あんなの敵わないですって」

「あんなの、というのは貴様と戦った男のことか?」

「え、見てたんですか?」

「いや何、成り行きを聞いただけだ」

「それならいいですけど」

 

 少し怪しげな表情をする男。

 黒猫はその男の様子を見ながら、どこ吹く風で話を進める。

 

「その血は?」

「俺のです」

 

 黒猫の視線の先は、男の足元。

 そこには血の跡ができている。

 少しの怪我をしたときくらいの、血。

 

「して、傷は?」

「塞いでます」

「どうやって」

「筋肉で」

 

 だが、男からは血が出ている様子も、怪我をした様子もない。

 服の胸元についている血を見なければ、彼が怪我をしたとは到底思えない。

 

「筋肉とは……バカか?」

「いやいや、別にそんな筋肉バカ的なものじゃありませんよ」

「自分が言いだしたことではないか」

「これは筋肉だけで止めてるわけじゃないんですよ」

「……どういうことじゃ?」

 

 男は座り込む。

 胡座をかいて、上を見上げる。

 

 シィィ、という微かな音が聞こえる。

 

「胸元の傷は刺し傷です。

 つまりは刀による刺突の傷。

 刀の厚みなんて、早々大きいものじゃありません。

 だから、最後に一番傷つかない場所を切らせた」

「なぜ、そんなことを?」

 

 黒猫の言葉には、様々な意味が込められている。

 男の実力を持ってすれば、こんな回りくどいことをしなくとも、逃げ切れるはずだった。

 

 なのに、黒猫が来てみれば死に体で倒れている。

 

 少し、ちぐはぐなの光景に、黒猫は疑問を抱いた。

 

「真っ向から戦っても勝機がないのはすぐに気づきました。

 なので、あの連中にも通用した潜伏の技術を利用して、後ろから仕留めます」

「そのための、死んだふりだと?」

「俺の潜伏が通用する、ってことは死んだふりをしてもバレない確率のほうが高いってことじゃないですか」

「無謀のように思えるが?」

「……世の中には、死んだふりを極めないと死んじゃうシーンってあるんですよ」

 

 男は、足元に落ちた刃のない刀を拾い上げる。

 途端、刀の柄から刃が出現する。

 

「じゃ、追います」

 

 男はそれを片手に、準備体操を行い、

 

「やめい。

 すでに黒崎一護ならば敗北しておる」

「……は?」

 

 黒猫の方を向く。

 表情で『何言っているのかわからないんですけど』と言っていた。

 

 そんな分かりやすい様子に、

 

「黒崎一護は、残った二人に敗北した。

 普通に考えて手も足も出ない相手じゃ。

 当然の結果と言えるであろう」

「いやいや、あの一護が敗北するとか、ありえないって」

 

 黒猫の淡々とした言葉遣いに、男は信じられないと言わんばかりに言葉を返す。

 持っているの刀が揺れる。

 

「事実じゃ。

 あやつは三人のうちの黒髪の人間に敗れた」

「……見に行って」

「ならぬ」

「なんでですか」

 

 男は膝を曲げ、今にも走り出すと言わんばかりの体勢で、止められる。

 後は膝を伸ばすだけ。

 

「黒崎一護は、死神としての力を失った」

「は?」

「あやつは、死神における重要な器官を失った」

「……いやいや、それがないと無理なんですか?

 復活とかしないんですか?」

「魂魄の損傷、それも霊力の発生を司る器官に関しては、替えがきかない。

 あやつは、死神としての能力を失ったのだ」

 

 男はその場から消える。

 飛び出した。

 

 伸ばした膝。

 脚部から生まれる大きな移動エネルギー。

 男の体は加速し、森を、山を抜けていく。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 数分経たずして、男は市街地の、とある場所に訪れる。

 

 それは、男が友人に叱咤激励した場所。

 男が、友人とともに戦おうとした場所。

 

 そこには、何も残されていない。

 

「瞬歩を使わずしてここまで速いとは、感心じゃな」

「……一護はどこにいるんですか」

「……あやつならば今、救出している」

「浦原さんですか」

 

 男は震える声を出しながら、拳を握りしめた。

 黒猫は、そんな様子の男を見て、ふわりと飛ぶ。

 

 そして着地したのは、男の頭の上。

 

 玉乗りをするかのように自然に登った黒猫は、

 

「少し頭を冷やせ。

 黒崎一護に関しては、助かる」

「本当ですか?」

「儂がこの期に及んで嘘をつくように見えるか?」

 

 男は胸を撫で下ろす。

 黒猫はそんな様子の男を見て、

 

「一つの提案があるのじゃが」

「……聞くだけ聞きます」

「お主、黒崎一護を特訓してみないか?」

「……は?」

 

 唐突に意味不明な提案をしてきた。



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そこそこ想っただけでも原動力

「えっと、何を言っているんでしょうか、夜一さん」

「だから、お主の腕を見込んで、黒崎一護を鍛えてみないかといっておるのじゃ」

「俺の腕を見込んでって……一護は死神の力を失ったんじゃ?」

「そんなもん、喜助のやつがどうにかするに決まっておるじゃろう」

「なんてやっつけ感……」

 

 銀髪頭に勝てないことを悟り、咄嗟に死んだふりを強行した。

 よくよく観察されたらバレる、とかが一番怖かったが、特にバレることはなかった。

 

 死んだふりで利用したのは、『息抜き』という技術だ。

 常中を身につける過程で、肺活量の増加と常時の呼吸を行えるようにするのだが、才能がない人はまずこの呼吸をするという感覚を掴めない。

 

 これは常中ができていない状態を理解するのに必要なのだが、これが感覚でできないと、この『息抜き』はやることになる。

 

 簡単に言うと、死ぬほど息を吐く。

 

 それだけ。

 

 酸欠状態、意識朦朧、体の衰弱。

 それらの現象が一気に襲ってくるこの状態を経験することによって、常中は身につく。

 

「でも、俺なんかが一護の相手が務まるんですか?」

「……そんなことを気にしておるのか?」

「いや、あんな気配出している人間と正面切って戦えって言う方が難しいですって」

 

 これを利用した気配の隠匿方法を、雷の呼吸では学ぶ。

 雷の呼吸は最速の技。

 そのための準備を怠ることはない。

 

 だからこそ、俺の気配を消す技術も、割と高いレベルで存在している。

 

「ならばちょうどよいではないか」

「へ?」

「お主は黒崎一護と戦って強くなる。

 黒崎一護は強くなったお主と戦って強くなる」

「無茶苦茶すぎませんか? その理論」

 

 そのお陰でこうして現状の生きている状況は作れている。

 しかし、一護が負けたと聞いたときは理解ができなかった。

 

 俺はBLEACHという物語に関しての知識をほぼ持っていない。

 それはもうすでに割り切っていることなので、別にいい。

 

 それなら、俺が介入しないことを優先するつもりだった。

 

「何を言っておる。

 黒崎一護はその速さに敗北したのじゃよ」

「……速さで?」

「そうじゃ。

 敵さんの方も少しは速く、気を抜いた瞬間に一撃じゃ」

 

 介入しなければ、変わることはない。

 BLEACHにおいて死亡するキャラはいなかったと記憶しているので、自分の身に危険が訪れた場合に限り、俺の持つ力を振るえば済む話だと思っていた。

 

 けれど、今ではこの有様だ。

 

 俺が一人を引きつけることによって、一護が勝てる可能性をあげようと考えていた。

 三人来るのが史実なら、二人にすれば勝てるのだと。

 

「あの」

「なんじゃ」

「俺より、そいつ速かったですかね」

「そうじゃの、あれより貴様は遅い」

「……そうですか」

 

 甘えた考えだ。

 

 俺がいるからなんとかなるかも。

 

 いや、違う。

 

 俺がいるからなんともならなかった。

 

 もしこれが既定路線なのだとしても、

 

「夜一さん、一護の件、少し考えさせてください」

「リミットはおそらく……3日じゃの」

「そうですか。

 ……多分、明日までに結論は出せます」

「そうかの」

「それじゃあ、少しやることがあるので」

「そうかの」

 

 夜一さんは、俺の様子を察してなのかはわからないが、多くを聞いてこない。

 嬉しい反面、見透かされている気分だ。

 

 頭の上から消えた夜一さん。

 少し物寂しい感じがしながらも、俺は自分の持ち物を置いてきた場所に戻る。

 夜遅くというのもあって、誰にも盗られてはいなかった。

 

 ホッと胸を撫で下ろしつつも、持ち物の中から、携帯を取り出す。

 

 prrrrr

 

2コール目、通話が繋がる。

 

『なんじゃ』

「よっ」

『なんじゃ、こんな夜遅くに』

 

 しわがれた声が、電話越しにも聞こえる。

 

 我妻丈。

 

 俺の祖父であり、この世界における滅却師の一人。

 浦原さんの話によれば、死神に淘汰された中を生き延び、現代に残る数少ない虚を倒すことのできる人間。

 

「今大丈夫?」

『聞いてやろう』

「どんだけ上から目線なのさ……」

『ほう。

 おそらく頼み事をする前なのに、そんな口を聞いても大丈夫なのか?』

「……別に大丈夫だよ」

 

 俺の声色から察したのか、会話のトーンを落とすジジイ。

 こういうところがムカつくけど、悪くないと思えるところだから、嫌だ。

 

 俺は少し言葉を選びながらも、ゆっくりと話す。

 

「負けた」

『そうか』

「戦ってる最中にわかったくらいには、負けた」

『そうじゃの。

 源氏は弱いからの』

「わかってるっての。

 それでもさ、そこそこにはやれると思っていた」

『そうか』

 

 ここで変に茶化さないあたりもムカつく。

 こういうときは察しがいい。

 嫌いだ。

 

「多分、この先ものうのうと生きていこうとすれば、きっとこの力は強いし、わりかしどんな状況でも死ぬことはないと思う」

『そうじゃな。

 源氏だって今も敗北したはずなのに、生きておる』

「そ。

 でも、少しムカつくことがあって、負けて、思った」

 

 浦原さんに俺のことを理解された上で、何も話されなかったこと。

 夜一さんになすすべ無かったこと。

 銀髪頭のやつに勝てなかったこと。

 一護が負けたこと。

 

 これら全部をひっくるめて、俺の感想は、

 

「強くなりたい」

 

 BLEACHの世界?

 

 関係ない。

 

 物語の世界?

 

 関係ない。

 

 俺はこの世界で生きて、思った。

 

 ここは俺にとって、現実だ。

 前にも同じことを思った。

 

 だけど、その時は自分のできる範囲で、なんて考えていた。

 

「できること全部やって、ムカつくやつぶっ飛ばせるくらいの力がほしい」

 

 でも今は、できないことが多いことに気がついたから、もっと強くなりたい。

 

 動機は不純。

 志に高尚さはない。

 覚悟はそこそこ。

 信念もそこそこ。

 子供みたいな原動力。

 

 

 俺にはオサレの欠片もない。

 

 

 そんなことは理解してるけど、強くなりたいと強く想った。

 

 

 そんな言葉を聞いて、愛すべきクソジジイは、

 

 

『なれば良し』

 

 愛すべきクソジジイだった。



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訓練前向きにやるとかドMだよね

「ほれ、やるぞ」

「は?」

 

 クソジジイに教えを請うたあの日から、数日。

 ジジイはいきなりだと難しいから、修行について考える時間が欲しい、ということで俺に自主訓練を言い渡した。

 

 俺は言われるがままにその自主練を行っていたら、ジジイから突然の連絡。

 

 それは浦原商店に訪れよ、という唐突な話だった。

 

 まぁ、浦原商店の地下には、訓練におあつらえ向きの施設が存在する。

 そこを使うということなのだろう。

 そう納得した。

 

「なんでジジイはここにいるんだ?」

「なんじゃ? 儂がいることに不満でもあるのか?」

「いや、別に不満はないけどいることが不思議というか……」

「ならばよかろう。

 それにしても、儂が見ていないというのにしっかりと訓練はしていたようじゃのう」

「俺から言い出したことだし、しっかりやりはするけど……」

「ふむ。

 それでは一つ質問をするが、辛かったか?」

「確かに息抜きは辛いけど、それでも辛かったのは最初だけだった」

「そうかそうか」

 

 自主訓練で俺が言い渡されたのは、『息抜き』の継続。

 休め、という一般的な言葉の受け取り方ではなく、呼吸使いとしての息抜きの継続。

 つまりは死ぬほど気配を消して生きることの継続。

 

 最初はもちろん辛かった。

 

 それはそうだ。

 限りなく呼吸を浅く、息を吐いて生活するのだから、辛い。

 

 そう思っていたのだが、途中から認識が変わっていった。

 

 いうほど辛くないのでは? これ。

 

 確かに辛い。

 息を吐き続けないとだめで、辛い状況であることは確実なのだが、それでも続けば所詮この程度、である。

 

 辛さが変わったということはないのだが、超絶空腹とか一睡もせずに3日超えるとかよりかはよっぽどマシ。

 

「流石に気絶するほど息抜きをするようでもなかったんじゃな」

「自分で倒れる直前くらいは理解できるって」

「昔は倒れるまでやるバカがいたもんじゃよ」

「そんなやついるのか」

 

 だから、これを訓練と言っていいのかは少し疑問だったが、ジジイがいうからにはそれなりの意味があると信じてやっていた。

 ちなみに今も絶賛息抜き中だ。

 

「それじゃあ、息抜きを行ったまま訓練を行うぞ」

「ちょ、ちょっとまった」

 

 ジジイは俺と似たような柄のみの刀を取り出し、構える。

 もちろん同じだと言わんばかりに、柄だけの刀からは刃が飛び出す。

 

 その行動に待ったをかけ、俺は後ろを見た。

 

 先程も言ったように、ここは浦原商店の地下。

 勉強部屋と呼ばれている場所だ。

 

 そこは殺風景な場所で、生きとし生けるものが砂と化している場所。

 思わず浦原さんがやんでいる可能性を疑うくらいには、不気味な場所。

 

 そして俺の後ろ、少し遠目にあるものに、視線を向け、

 

「あれ、何」

 

 そこにある真っ黒い穴を指した。

 

「何って、穴じゃが」

「ANAって、航空の?」

「……?」

「おいおい息子の精一杯のギャグだぞ突っ込めよジジイ」

「……?」

「え、待って本気で知らないやつ?」

 

 とぼけるジジイにボケる俺。

 何一つ意味のわからないこの対話に、一人の人物が割り込んでくる。

 

「あの~、親子ともども涙の再会はよろしいんですけど……」

「「なわけない」」

「息もピッタリっスね……」

 

 ハットを目深にかぶった男。

 浦原喜助。

 ジジイと知り合いである彼は、俺がここに来てから少し姿勢を正しているように見える。

 いつもはけだるげで、姿勢悪い感じなのに、今日は少しいつもより背が高く見える。

 

 気の所為かと捨て置くこともできるくらいの違和感だが、俺は気になって仕方がなかった。

 

「あれは今ウルルが頑張って穴を掘ってくれていまス。

 今後使う予定があるので」

「使う予定」

「あ、別に源氏さんに使う予定はありませんよ」

「え、いや、今更穴に落とされたところでなんとも思いませんよ?」

 

 壁くらい走れなければ俺はすでに死んでいる(名言)。

 

「ちなみに、あたしの方は色々考えて行動をしているんでスけど、そちらの方は何をするんでしょうか」

「……ん?」

 

 いやお前だよお前、と言わんばかりに俺と浦原さんはジジイの方を見る。

 ジジイは何を考えているのかは知らないが、穴を見つめ、少し考えた素振りを見せていた。

 

「あぁ、儂の方は少し戦いの勘を取り戻させつつ、底上げをしようと思っての」

「戦いの勘?」

「まぁ、生きるための勘、という観点で言えば源氏は十分に生きていける程度のものを持っているんじゃが……」

「俺がそれだと足りないので、今回は修行をします」

「そうっスか」

 

 浦原さんが俺に対して哀れみの目を向けてくる。

 

 ……ん? 違うな

 

 どえむなんすか?

 

「ちゃうわい!」

「おぉ、中々のツッコミニストっすねぇ。

 黒崎さんといい勝負じゃないっすか?」

「俺はどっちもできるんですよ」

 

 あんな奴らと絡んでいれば、どちらもできるようになるに決まっている。

 

 ちなみに、今日から夏休みが始まっている。

 

 俺は学校が終わり次第ここに直行してきている。

 

「それじゃあ、あたしは黒崎さんを迎えに行きまス」

「あ、一護も来るんですね」

「丈さんとも話して、少し手伝ってもらうつもりっすから、それまでに死なないでくださいッスね~」

 

 浦原さんはそう言って穴を掘っているウルルちゃんを呼び出し、勉強部屋を去っていく。

 

「じゃ、やるかジジイ」

 

 昔にやらされたところに比べれば、多少はあるやる気を奮い立たせ、俺もジジイと同じ様に、刃のない刀を取り出す。

 そして現れる刃。

 

 いつ息抜きはやめればいいんだと思いながらも、ジジイの様子を見ると、何やら考え込んだ様子をしている。

 

 何を考えているのかは知らないけど、一応隙は見せている。

 今のうちに斬りかかるか?

 

 そんな考えが頭をよぎるが、それで過去に何度失敗したことかを思い出す。

 すでに数は数えていない。

 とりあえず勝てないということは理解している。

 

 だからこそ、息抜きをしっぱなしで勝てるなんて甘っちょろいことは考えない。

 

「おーい」

「……それでは、息抜きをしたままで、全力でこちらに来なさい。

 儂はそれを捌く」

「は」

 

 声を掛けて、不意打ち。

 

 息抜きは継続している。

 

 それはつまり全力ではないということ。

 しかし、だからといってパフォーマンスを落とすようでは何回も俺は死んでいる。

 

 それに、呼吸法における型は呼吸だけではない。

 体の使い方、足法、刀法などにも型の真髄は詰まっている。

 

「い!」

 

 常人ならば感じ取れないほどの速さ。

 

「そうかそうか」

 

 ……だったと思う。

 

 ジジイの首元を刎ねるつもりで振るったその刃は、ジジイの肩辺りで止められていた。

 

 ちなみに、俺の身長は高校生の平均くらいだが、ジジイの身長はそれより低い。

 

 つまりは体格的な有利はこちらにあるということ。

 力も、体重もこちらが勝っているというのに、

 

「サボってはおらぬようじゃが」

 

 人差し指と親指で刀を挟んで止められるとか聞いてないんだけど……

 

「温くはなったようじゃな」

 

 顔面。

 避け……

 

「バカモン、フェイントじゃよ」

 

 土手っ腹にトラクターが突っ込んできた。

 

 

 ……いや、これはジジイに失礼だわ。

 

 

 土手っ腹に、新幹線が突っ込んできた。



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見惚れる、って漢字、エッチだよね

 ガラガラガラ

 

 こんな軽い感じで表現していいのか、というくらいの音が鳴り響く。

 鈍い倒壊音。

 聞いたことがあるだろうか。

 

 超間近で。

 

 自分がその音の原因だと自覚しながら。

 

 俺は現在進行形で地面と水切りごっこをして遊んでいる。

 ちなみに俺は石。

 

「よっ! ほっ!」

 

 大きな声で気合を入れながら、地面との対話を試みる。

 地面くんは俺のスピードについていけないよと言わんばかりに俺の着地を拒否する。

 

 しかし、それを許すと俺が死ぬので、力づくで対話を要求。

 

 その結果、地面と足がガリガリと音を立てながら対話をする羽目になる。

 

 すでに息抜きなんぞしている場合ではない。

 

 呼吸しなければ死ぬ。

 

 そういうことだ。

 

 俺の体が持っていた慣性を押し殺し、その場に留まる。

 

 結構広いはずなのに、もう後ろに壁あるのよくわからないんですけど。

 

「うむ」

「わっ、びっくりした」

 

 後ろを振り向くと、そこには俺を突き飛ばしたはずのジジイの姿が。

 俺は察知系が苦手で、敵意と殺意を隠されると探知できないのを知られているため、ジジイに背後を取られやすい。

 

 そのため、自分の生存本能にも従って敵意も殺意もないけど死に至る攻撃を避けることができるのだが。

 

 そんなジジイは、俺の背後に立ちながらも、少し感慨深いと言った表情で腕を組んでいる。

 

「自主練をしているようで安心したの」

「……はぁ」

「昔のお前ならば、全集中を使う場面だったが、今となっては常中のみでこれを生き残るとはな」

「使う暇なかったけど……」

「使う暇がなくとも、生きるために使うのが源氏じゃろ?」

「まぁ、うん」

 

 イマイチわかりにくい説明だけど、言っている意味は理解できる。

 

 今しがた吹き飛ばされてきた道(道というかは定かではない)を見返し、思う。

 

 以前に銀髪男に投げ飛ばされたとき、俺は木々を全集中の呼吸を使うことによって生き残ったが、今はそれを使わずとも生きている。

 

「息抜きを継続することで、動きのムダが取れ、呼吸が効率化される。

 重いものを持った後に物を軽く感じるのと同じやつじゃ」

「そんな一般的な感じで説明して大丈夫なの? それ」

「本質的に似ているのならば、問題はなかろうて」

 

 体は岩に衝突して痛いけど、常中の呼吸によって常人より頑丈な肉体になったため、まだ助かっている。

 だけど、今までだったら流石に怪我をしていた。

 

 それが、今は打ち身程度。

 改めて思い返してみると、結構すごい。

 

「本質的に似ている、という話はその後も含めて似ている、ということでの。

 つまりはもう一度源氏を投げ飛ばすと、次は全集中の呼吸を使わないと死ぬ」

「?!」

「まぁ今度はしないけどの」

「ふぅ」

 

 リアクションのみで会話していると思われがちだが、言葉を紡ぐ必要があるなら、警戒に集中力を割いたほうがまだマシだ。

 会話なんてリアクションで十分。

 

「まぁ、また息抜きをしつつ、型の練習をするぞ」

「…………ふぅ。

 型の練習? なんで?」

「浦原から聞いているかどうかは知らないが、お主らに残された時間は一月。

 その中でも修行に使えるのは半月らしい」

「……はぁ」

「その中でできることが、自力を上げることと、型というものそのものへの理解度の向上じゃ」

 

 昔から、ジジイは結構聞きやすく、理解しやすい口調で説明をする。

 そのお陰で今日というこの日まで生きてこれた。

 この分かる説明がなかったら俺は生きていない。

 

 そう思ってはいるのだが、

 

「俺らに残された時間が一月ってのは?」

「なんじゃ? 聞いとらんのか?」

「いや、はい」

 

 意味がわからないものはわからない。

 

「一月、というところが分からないと思っておったが……」

「俺はてっきりまた来る死神たちに対抗できる手段を身につける、位の気持ちでいたけど」

「そうなのか」

「事情……聞かせてもらったほうがいいよね」

「そうじゃな……」

 

 ジジイの相槌に俺はマジレスしながら、息抜きの辛さを実感する。

 

 息抜きは以前もやったのだが、最初が異様にきつい。

 こうして一瞬解いた後にしてもきついのだから、もっと時間を空けていれば相当だろう。

 

 辛いには辛いが、目の前にジジイが立っているという時点で弱さを見せることはできない。

 気丈に振る舞う。

 

「それでは……説明は浦原のやつに任せるとして、訓練を続けるか」

「……はぁ」

「後から来たアヤツを問いただせばなんとかなる話だろうて。

 それでは、行くぞ」

「いや、俺の、りょうしょry」

 

 その後、俺が文字通り死ぬ気で生き残ったことは誰もが周知のことだろう。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「ここは……」

「ここは勉強部屋といいますッス!」

「何をするための……」

「快適な修行ライフとそれをサポートする形の様々な癒やしをこの部屋は提供するッスよ!」

「いや、快適って源氏?!」

 

 源氏の悲鳴が上がってから半刻。

 勉強部屋と称する空間に現れたのは、二人の男。

 

 一人は目深にハットをかぶった怪しげな高下駄の男。

 この殺風景な部屋を快適、癒やしと話す段階でその人の性格は推して図ることができる。

 

 もう一人は、オレンジ頭の男。

 こちらは青年で、服装の雰囲気からも分かる通り、学生である。

 オレンジ髪の男……黒崎一護は、勉強部屋を見渡して、ツッコミをしようとした段階で、目の前に突如どこからともなく飛び出してきた人物に声を掛ける。

 

「一護!」

「どうしたんだそのきずってうぉぉぉぉ?!」

 

 源氏の体は、傍から見ても簡単にわかるくらいにはボロボロで、服は汚れ、至るところに擦過傷がある。

 医者の息子であるため、怪我や病気には見慣れている一護だが、このタイプの傷が生まれるのは、とある状況下だけ。

 

 それを理解する前に、源氏の目の前に影が現れた。

 それの動きを一護は捉えることはできない。

 それはまるで風の様に自然に、目につかないくらいに自然に、自然のように当たり前に、

 

 クソ速かった。

 

 源氏が黒い影がちらついた瞬間に刀を振るうと、源氏の体はどこかにすっ飛ばされてしまった。

 

 その後に起きたのは、音。

 

 金属の衝突音が、目の前の光景に遅れて来る。

 

「なんだ……ありゃ」

「よーく見てくださいね、黒崎サン。

 あれが人間の最高峰っすから」

「……源氏と戦っていると思われる人が、だよな」

「……まぁ、見えないのは想定済みっす」

 

 一護から見る源氏は、一護の知らない源氏だった。

 

 黒崎一護の知る我妻源氏は、変なやつで、面白いやつだけど、こんな真面目に刀を振るう人間には見えなかった。

 

 目の前で、常識が壊れる感覚。

 

 そして同時に感じる、あの時と同じ足のすくみ。

 

「それでは、あたしたちも訓練を始めましょうか」

「……」

 

 一護はハットの男……浦原喜助の話を聞かない。

 いや、聞こえていない。

 

 彼の瞳には、ただひたすら、友の姿が映っている。

 

「それでは~、遠慮なく~」

 

 背後から忍び寄る杖を構えた男の姿にも気づかずに、



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今は素手喧嘩って読めない子が多いの?

勘違いして投稿忘れしてました。


「オギャァァーーーーーー?!」

 

 一護の体は地面に倒れ込んだ。

 すくんだ足とて反射に逆らうことはできない。

 前に出した足は、コケる速度に間に合わず、盛大に転ぶ姿を演出した。

 

「い、いきなり何しやがんだてめぇ?!」

 

 一護は後ろを振り向き、自分を転ばせた張本人……浦原喜助を睨む。

 

「お?」

 

 しかし、そんな視線を固定することは敵わない。

 一護の体は傾き、足を地につけた。

 

 まるで酔っ払ったようなその足取りと表情に、浦原は話を始める。

 

「初めてでしょう?

 ”死神”じゃない状態で肉体から出るのは」

 

 少しこの状態に慣れた一護は、だるい体を動かし、浦原の方に視線を向ける。

 汗が滲んで見えるくらいに、一護の体調は悪いことは分かる。

 

「息苦しくありませんか?

 意外と動きにくいもんでしょう? 魂魄の体ってのは」

「っ?!」

 

 一護はようやく、自分が自分の体から出ていることを理解する。

 自分の胸の真ん中にある鎖の存在が、一護にその事実を如実に教えてくれる。

 

「今のあなたは、朽木白哉に霊力の発生源である『魄睡』と、ブースターである『鎖結』を破壊されている。

 つまり、現在霊力を持たない”普通の人間”の”ただの魂魄”なんスよ。

 死神と戦うには、その失った霊力をもとに戻すところから始めなくちゃ、お話にならない」

 

 一護からすれば、話を理解するだけでも一苦労。

 でも、こういうときにこそ変なものに意識が向く、というもので、浦原の持つステッキがゆっくり動く姿に、意識を少し取られていた。

 

「まずはその”魂魄の体”を自在に動かせるようになりましょう。

 霊力とは、霊なるものに働きかける力。

 霊力が高まれば、それだけ魂魄の体は鋭い動きが可能になる」

 

 浦原はゆっくり動かしていた杖の先端を一護に向ける。

 なんだか目が惹きつけられるその杖に意識を向けながらも、話を聞く。

 少しは一護も慣れたが、それでも辛いものは辛い。

 

 どうにかなるのならば早くしたい、というのが本音だった。

 

「逆に言えば、その魂魄の体で実の肉体以上の動きができるようになれば、それは『霊力の回復』を意味するんスよ」

「なんかよくわからねーけど、じゃあラジオ体操でもやればいいのか?」

「まさか」

 

 立ち上がり、何をするのかと尋ねる一護に対して、浦原は少しおどけた様子で返しながら、

 

「教えるよりも実践したほうがいいっスね。

 お願いしまーす!」

 

 浦原の少し調子のいい言葉とともに、一護の背後に向けてそのセリフは放たれる。

 自分の後ろに何が? という純粋な疑問で振り向いた一護だったが、そこにはなにもない。

 

 RPGでなにもない空間を調べたときのような空虚感。

 それに一護は疑問を思っていると、

 

 ドゴォォォン!

 

 何かが降ってきた。

 

 大砲が着弾したかのような音に、思わず一護は驚き後ずさる。

 

 一護のおよそ正面二メートル前。

 そこに着弾した何かは、その衝撃で土煙を上げる。

 何かいるのは分かるが、何がいるのか分からない一護は、目を凝らしてそこを見る。

 

 すると現れたのは、

 

「KUSOZIZII!!!」

 

 一護の友人の、我妻源氏だった。

 

「源氏?!」

「一護?! なんでここに?!」

「いやさっきから来てたけど分からなかったのか?!」

「いやそんなの……」

 

 いつもの調子で話す源氏。

 ボロボロの様子の源氏に戸惑いながらも、いつもの調子で話す源氏に、一護の調子は狂う。

 

 体には無数の切り傷があり、血まみれ、とまでは行かなくても血に塗れた、というにはふさわしい格好。

 本人としては何も気にしていない様子だが、その様子はまさに映画でしか見たことのないような傷の付き様。

 

 そんな源氏は、一護と話している最中に、急に目つきを変えて刀を構えた。

 まるで敵が迫ってきているというようなその表情に、一護も源氏と同じ方向を向く。

 

「もっとよく感知するんじゃ」

 

 そして次の瞬間には、二人は背後を取られていた。

 振り向く源氏と一護。

 

 そこにいるのは、源氏よりも背の小さい老人。

 しわがれた、という表現が非常に似合っているその姿。

 

 和服を身に着け、その立派な白髪は、仙人を思わせる風貌。

 片手には刀を持っている。

 源氏はもちろんのこと、一護にもこの刀は見覚えがある。

 

 源氏の持っている刀と同じ刀。

 

 そこから導き出されたのが、

 

「源氏の……じいちゃん?」

「あぁ。

 いかにも」

 

 背後を取られた一護。

 一護とおじいさんの距離はおおよそ4メートル。

 何歩か歩かないと届かない距離。

 

 しかし、一護の気づかないうちに、おじいさんは目の前に現れた。

 

 まばたきはしてない。

 警戒も解いてない。

 なのに、まるでさっきからそこにいたかのように、おじいさんは一護の目の前に立っていた。

 

「儂は我妻丈。

 あそこの愚孫の、祖父をしておる」

 

 差し出された手。

 ひきつる頬を必死に隠しながら、手のひらを差し出す。

 

 手を差し出している間に思うのは、珍しく家族のことを話したある日の源氏のこと。

 

 

『源氏の家族って?』

『俺んちは両親がいなくて、父方の爺さんに育てられてるよ』

『へぇ。

 それじゃあ結構甘やかされてきたり?』

『水色。

 世の中の甘いジジイを大切にしろ。

 そうじゃないと俺が泣く』

『全く意味が分からないんだけど』

 

 おじいさんは、両親代わりとして厳しく育てているのかな、とその時の一護は考えた。

 けど、そういうことじゃない。

 

「ふむ。

 流石に現状では力を測るもなにもない、ということか」

 

 源氏の言っていたことは、何も精神面に限った話ではない。

 肉体的に、甘くない、ということ。

 

 

 それを理解した頃には、一護の体は宙に舞っていた。

 

 

 

「ガハッ」

 

 

 一護の肺の中の空気が抜ける。

 地面に背中から落ちる。

 

 前にも一護は巨体を相手にして、投げ飛ばされたことはあった。

 だが、その時は流石に持ち上げられて、投げ飛ばされる、というアクションがあった。

 

 それに比べ、今のはなんだ。

 

 いきなり落ちていた。

 まるでワープしたかのような体験に、一護は頭の整理が追いつかなかった。

 

「それじゃあ、黒崎さんにはこれをつけてもらって、源氏さんと戦ってもらいます」

「……源氏と?」

 

 息が苦しい中、一護を見下ろす影が一つ。

 目深に被ったハットの中が少しだけ見えながらも、浦原の素顔に一護はサラサラ興味などないので、話の内容を理解し直す。

 

「はい。

 彼にとってのしっかりとした訓練になるし、それに黒崎さんも力を取り戻すってことでラッキー」

「……俺は源氏を斬ることはできないぞ」

「いやいや、刀なんて持っていたら危ないじゃないですか」

 

 浦原は、一護を見下ろしながら、両手の拳同士をぶつけ、

 

「昔から、男同士と言ったらこれじゃないですか」

「は?」

「す・て・ご・ろ♡」

 

 浦原が言うと気色悪いな、と正直に一護は思いながらも、

 

「したこと……ないなぁ」

 

 ちょっとだけ、興味は湧いた。



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友達を殴る時は、喧嘩か河川敷

「反射で避けるな!」

「生きるためだけの行動をするな!」

「次を考えろ!」

 

 浦原さんが一護のことを呼びに行ってしばらく。

 俺はジジイが言いたいことはおおよそは掴んできた。

 

 現在、息抜きの辛さには少しは慣れてきつつ、どうやってジジイに反撃しようかと考えながら、必死に受け身や回避でダメージを軽減しようとしている。

 

 当然、死にたくないと考えている俺の基本理念を考えれば、当然の行動なのだし、いつもならジジイもこの行動に関してはとやかく言わないのだが、今回は違う。

 

 やれ本能で避けるな、次を考えろだの、こちとら避けるので精一杯なのに無茶な要求をしてくる。

 

「ムズい!」

「それをやるのじゃ!」

 

 ジジイの辛辣な言葉に、心が折れそうになる。

 けど、それと同時にジジイの言っていることが理解できるので、辞める理由も見つからない。

 

 ジジイの言っていること。

 それは単純な戦闘への対応能力の向上。

 

 俺は今まで生きるために強くなってきた。

 どれだけ安牌を出せるか、どれだけ相手を目の前にして死なないかを考えてきた。

 

 その結果、俺はこうして強くなれたし、実力で敵わなかった銀髪相手にも、勝敗関係なく生き残ることができた。

 

 それくらい、俺の生き意地の汚さはとてつもない。

 

 現在もジジイを目の前にして、生きることはできている。

 ジジイも手加減はしてくれているのだが、放つ攻撃はどれもが下手をすると死ぬ攻撃となっていて、俺の生存本能はビンビンに警鐘を鳴らしている。

 

「どうやればいいんだよ!」

「相手の動きをよく見るのじゃ!

 源氏はその答えを知っておる!」

 

 さっきから尋ねても尋ねてもこれを返される。

 

 ちなみにその間に俺は殴られたり斬られたりしている。

 いてぇし、息抜きで疲れるし。

 

 辛いからこそ思考がよく回らない。

 だけど、だからこそ動きは洗練されていっている。

 

 吹き飛ばされるのにも、力で強引に生きるのではなく、要所で力を入れることによって、勢いを殺し、最適に着地をすることができる。

 

 斬撃にも、安全をとって回避するのではなく、最低限の生きるためだけの回避をすることができている。

 

 というか、そうしないと俺が持たない。

 

 息抜きをしながらこれほどまでに連続行動をしたことがないので、バテている。

 だからこそ、博打とも思える動きをする羽目になっている。

 

「今のじゃ!」

「なんのやつだ!」

 

 一呼吸で蹴りと斬撃を繰り出し、片手で掌打を放ってきながら、それをすべて致命傷をかわしながら受けた俺。

 更に刀の柄で顔面を叩いてきたのを躱し、俺が反撃と拳を繰り出したのを掴み、俺を投擲。

 

 いや、この中でどれを持って今の、と発言したんだこの耄碌ジジイは。

 

 流石に体力も限界で怪我も増えてきて、息抜きを解除しようかと考えたその時、

 

「うむ、少し休憩じゃ」

 

 空中で俺は投げ飛ばされているはずなのに、ジジイの声が目の前から聞こえた。

 いや、よくわからないけどジジイって空中飛べるの?

 

 この歳で最高に驚いたんだけど、どうすればいいよ。

 

 そんな場違いなことを考えた瞬間、俺の腹に手が添えられる。

 咄嗟にインパクトをずらそうと体を動かすが、

 

「動くな、死ぬぞ」

 

 その一言とともに、俺の体は流れ星となった。

 

「KUSOZIZII!!!」

 

 地面着弾、俺糾弾。

 

 思わず韻を踏んだ。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「源氏の足りていないものは、戦闘経験じゃ」

「藪から棒にどうしたジジイ」

 

 その後、一護が来たのに驚いたり、ジジイが一護のことを投げ飛ばしたりと意味不明な展開が続いたが、俺はジジイに呼び出されるなり、いきなりそんなことを言い渡された。

 

「源氏は生き物や化け物といった、人間でないものとの戦いには慣れている」

「確かに。

 森では散々な目にあったし、虚も倒したし」

「しかし、その一方で人間との戦闘経験は儂と浦原を除いて他にないであろう?」

「まぁ、戦う相手なんてそこらにもいないし、戦う必要もなかったし」

 

 俺の戦う目的の最優先は、やはり生きること。

 

 人間と戦うなら逃げたほうがマシだということが多い。

 だからこそ、俺は人間との戦闘経験は乏しい。

 

「そこで、今回はあの黒崎というものの手を借り、お主の戦闘経験を向上させていきたいと思う」

「……まぁ、言いたいことは分かるけど、今一護って死神じゃないんじゃないのか?」

「あぁ。

 そこで、浦原のやつに多少は手を貸すことで、こちらもあちらも得になる、ということじゃ」

「……ん? 俺得になってる?」

「まぁ、浦原のやつにも今回は手伝ってもらうのでな。

 そのお返しだと思え」

「え、浦原さんが教えてくれるの?」

 

 どうやら、一護を死神として復活させることで浦原さんから教えを受けることができ、一護との訓練を行うことができるらしい。

 

 正直、一護と戦うのは難しい。

 友達だし、殴る理由も斬る理由もない。

 

「浦原の教えは良いのか?」

「いや、でも霹靂を止められたから、強いのかな、って」

「そういうことか」

 

 ジジイは少し笑みを浮かべながら、浦原さんと一護の方を見る。

 

 二人は何やら会話を続けている。

 何を話してるんだか。

 

「あの黒崎の坊主を死神にするために、死ぬかもしれない状態を作る必要がある」

「……じゃあジジイがやれば」

「儂では思わず殺してしまう可能性がある」

「……そうだわ」

 

 ジジイの最大にしてクソみたいな欠点は、手加減したとしても強い、ということだ。

 

 いや、俺も手加減とかは超苦手。

 特に呼吸が絡むとすごいむずい。

 

 でも、俺の手加減はジジイより繊細である。

 これは言い切れる。

 

 ジジイの手加減は手加減ではない。

 マシンガンがアサルトライフルに変わるだけだ。

 

 ジジイは戦うことに半生を費やしたので、手加減の必要がない人生だった……らしい。

 本人の口から語られていることなので、非常に胡散臭いが、その話を差し引いても、あのジジイは手加減が苦手。

 

 俺くらい生き意地が汚くないと、多分速攻で死ぬ。

 もしくは殺される。

 

「それに、死の恐怖を味わわせるならお主でもできるであろう」

「……そういうことか」

 

 ジジイの瞳は怪しく光る。

 良からぬことを企んでいる。

 というか、俺は何をしようとしているのかを理解した。

 

 一護、すまん。

 

 犠牲になってくれ。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「ルールは簡単ッス。

 黒崎さんは源氏さんの攻撃を避けてください!」

 

 そうして設けられた特設喧嘩。

 浦原さんはヘラヘラとした様子でこちらを見ている。

 その隣に立つのは、ジジイ。

 

 ジジイは浦原さんにばれないように口角を微妙に上げている。

 

「なぁ、源氏」

「ん?」

「ほんとに大丈夫なのか?」

 

 俺と一護は、少し距離を離して、開始の合図を待っている。

 

 その距離はおおよそ5メートル。

 

 俺はぼーっとしながら突っ立っていると、一護が話しかけてきた。

 

 その言葉は、文字通りの心配の意味。

 

 俺の姿を見れば分かる。

 

 俺は服がボロボロ、全身に切り傷や打ち身の跡がある。

 どう見積もっても、ボロボロ。

 

 俺がこんな平然としているのが一護にとっては不思議なのだろう。

 

「大丈夫! 多分関係ないから!」

 

 一護は俺の言葉に首をかしげるが、俺としては言葉通りの意味なのだ。

 

 そう、言葉通りの。

 

「それでは行きますよー!」

 

 浦原さんの声。

 

 一護は、事前にもらったはちまき型の変形防具を装着して、顔面と拳を保護している。

 

 その姿は喧嘩上等、やってやるのポーズ。

 

 一護は普段絡まれることもあって、喧嘩をする。

 俺は外から見守っていたが、一護は素の戦闘能力も高い。

 

 だからこそ、死神として最初から強かったとも言える。

 

「はじめ!」

 

 でも、

 

 関係ない(・・・・)

 

「っ?!」

 

 一護のファイティングポーズは解ける。

 

 まるで、体を支えられているかのような不自然な姿勢。

 

 壁に前かがみに寄りかかっているかのような、不自然な体勢。

 

 一護の体は動かない。

 

「さ、一護」

 

 俺は構える。

 

 それは、居合の構え。

 

 息抜きは、既にしていない。

 

「今から俺は一護の目の前にゆっくりと行く」

 

 息抜きは、息を吐くことで存在感を消す技術。

 

 ならば、存在感を上げる。

 いや、殺意や敵意を最大限まで引き出すには、

 

「それまでに」

 

 息を吸えばいいのである。

 

 全集中、常中。

 

「なんとかしろよ」

 

 全開



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昔、戦闘狂? って言ったら微笑んでた。怖

「わお」

「どうした、そんな驚いた顔をして」

 

 浦原喜助は、驚いた。

 そのリアクションに、我妻丈はまるで当然と言わんばかりのリアクションをした。

 

「なんスか、あの霊圧は」

「何、とはなんだ」

「……アタシの知っている源氏さんの霊圧は、良くて四席程度。

 剣術や危機管理能力、型というものへの理解と戦い方から、副隊長程度の戦闘力、と判断しました」

「そうだな」

 

 丈は浦原の言葉を肯定する。

 

「でも、なんスかあの霊圧は。

 あれなら副隊長クラスの本気の霊圧ッスよ」

「だろうな」

「……何か、隠してないっスか?」

「別に、隠していることなどない」

 

 浦原は、我妻丈の言葉に疑問を抱く。

 

 浦原の知っている我妻源氏の能力は、先に上げたことが大きく、本音で二番隊の副隊長くらいにならなれると思っていた。

 でも、蓋を開けてみればこの霊圧。

 

 最初に浦原に対し、丈が言っていた戦力とは違う状態が、目の前にはあった。

 

「アヤツの戦闘能力は、浦原の言った通りのものだ」

「それなら」

「そう、あれは戦闘では使えない能力」

 

 丈の言葉に、浦原は源氏を見る。

 現在、五メートル程度あった源氏と一護の距離は、一メートルほど縮まった。

 

 これまで一分ほどかかっている。

 

 長い。

 

 正直に言って、すごく長い。

 

「あれは戦闘では使うことができない……瞑想している、とかってことっすかね?」

「あぁ、いや、そういうことではない」

 

 源氏の歩みは、亀の歩み。

 一つも姿勢を変えず、ひたすらにすり足でにじり寄るその姿に、苛立ちさえ覚えてしまいそうだ。

 

 だけど、対面している黒崎一護は、全く、そんなこと、一ミリも、頭に思い浮かべてないはず。

 

 それは彼の表情を見れば分かる。

 

「あれは戦闘中でも使用すること自体はできるが、非常に戦闘向きでないだけだ」

「戦闘向きでない?」

「あぁ。

 雷の呼吸において、あれほどまで溜めが長いのは、論外ということ」

 

 黒崎一護の額に浮かぶのは、玉のような汗。

 彼はこの一分身動き一つしていない……いや、できていないからこそ、出るはずのないもの。

 

 それを彼は噴出させている。

 

「そもそも、呼吸は人間のために生み出された誰もが使えるはずの戦術。

 あれほどまでの深い呼吸を必要としない」

「……確かに、ルーツを考えれば」

「源氏は戦闘に関しては凡人だが、呼吸というものに対する理解は人一倍高い」

「源氏さんの技の冴えは確かに、肝が冷えるものがあるっスけど……」

 

 浦原喜助には理解できる。

 

 副隊長の本気の霊圧。

 それを今の黒崎一護が受け続ければ、何を思うのか。

 

 恐怖。

 

 ひたすらな恐怖。

 

 押しつぶされ、圧し潰され、消えてしまいそうになる恐怖。

 

 それが一分も目の前にいるのだ。

 動きたくても動けないのが現状であろう。

 

「短い年数で、源氏には生きる力と呼吸の力を身に着けてもらった。

 戦闘は我流、素人もいいところ」

「……それって、剣術に関しては教えていない、ということっスか?」

「それが?」

 

 今の我妻源氏を見て、剣術を習っていないと誰が思おうか。

 あれに近づけば、間合いに入れば死ぬのなんて、少しでも武を齧っていれば理解できる。

 

 でもそれは、

 

「あれはあくまで型の途中。

 それが源氏の強みで、これから露見していく弱点だ」

「競り合ったときの対処、っすか」

「そう。

 既に剣術を教える時間も、基礎もない。

 それなら、源氏が現在身につけている我流剣術を磨いて、それに対して戦闘の心得を身に着けさせれば、勝手に強くなっていく」

 

 半ば投げやりに聞こえる発言。

 

 しかし、浦原喜助には理解できた。

 この我妻丈という男の、最大限の孫への信頼を。

 

「そうは簡単には行かないと思うっスけど?」

「そうだな。

 源氏は型や呼吸の理解度は高けれど、戦闘が上手いわけでもなければ、飲み込みが早いわけでもない」

 

 孫に対して散々ないいようだが、これが我妻丈。

 

「しかし、源氏には類稀なる生きる力がある」

「確かに、胸を刺されて生きるとか人間っすかね?」

「あれは儂がちらりと教えただけなのだが……まさか実戦でやって生きて帰ってくるとは……」

 

 浦原喜助は、自分のもとに現れた数日前の源氏の姿を思い出す。

 

 胸元を血で汚し、夜一とともに現れたあの日。

 一護のことを心配していた彼を止め、傷を見てみると、それはまるで奇跡のような傷だった。

 

 天才外科医のメスのような、体に傷の残らない、美しい切り傷。

 おおよそ狙ってなければ不可能なその傷に、最初浦原は真面目に『これ自分でつけたやつじゃないっスよね?』と聞いたくらいだ。

 

 そして源氏の口から聞かされる、おそらく隊長格との戦闘中の話。

 

 思い当たる人物がいながらも、その人物と戦っていてはまずできないような神業に、舌を巻いた。

 

「あんなもんなんで教えたんすか」

「あれは座学の余興みたいなものよ。

 呼吸、戦闘をするためにはまずは理解から。

 そう思って教えた奇跡的生還を、再現してみせるとは」

「なんか生きるために必死過ぎてキモいッスよ」

「そう言ってやるな」

 

 丈の言葉には、同意の意味も込められているのを浦原は理解できないわけではない。

 

「だからこそ、どんな状況になろうとも、そうそう死なない。

 そうすれば、どうなると思う?」

「事実上、無限に強くなれますけど……」

 

 苦笑いで返す浦原に、ニコリと笑い返す丈。

 

 爺の顔で笑われると、少し暖かい気分にでもなるものだが、ことそれが我妻丈だと、怖さのほうが優先されてしまう。

 

「それにしても、まだ続くっすかね?」

「いいや、そろそろだ」

 

 浦原が丈から視線を外し、二人の青年の方に向けると、そこには全く変わらない風景が広がっている。

 

 変わったところは、汗の滴りと、距離。

 

 既に距離は二メートル五〇程度。

 

 半分を切った。

 

「そろそろ、黒崎のほうが動く」

 

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」

 

 丈の言葉通り、一護が声を上げた。

 

 源氏の間合いに一護は入っていない。

 

 それは威圧されて動けないだけ。

 要は、覚悟が決まればどうとでもなる。

 

「ちなみに、型の途中ということは、相当な死を向けられているはず。

 殺意は無きにしても、目の前で動いて何度死んだかを数えるのは辛かろう」

 

 性根が戦闘好きすぎる爺。

 そう浦原は思いながら、話を聞き流す。

 

 一護は様々な未来を見ている。

 

 足を動かして死ぬ。

 手を動かして死ぬ。

 髪が揺れて死ぬ。

 感情が揺れ動いて死ぬ。

 

 様々な死を、目の前の我妻源氏という男から見せられ、威圧された。

 

「それ、どう動くのか」

 

 この状況を抜けるには、おおよそ2つのパターンが有る、と浦原は予想する。

 

 一つは、避ける。

 見える死の予測をもとに、躱す。

 

 これが妥当。

 

 もう一つは、振り払う。

 

 源氏の手には現在、刀は握られていない。

 今まで見せられたものはすべて幻覚だと思い込み、一歩踏み出す。

 

 これは邪道。

 

 どちらを選択するのか。

 

「ああああああ!」

 

 一護は、その汗を拭いもせず、目の前に足を出す。

 幻覚だと言い聞かせたのか? そう浦原は思う。

 

 抜かれる幻想の刀。

 

 おおよそ一護にも理解できたであろう太刀筋で、源氏の振るう見えない刃は一護の首を刎ねようとする。

 

 それに対して一護は、

 

「だらぁ!」

 

 『自分の頭を自分で下げさせた』

 

 おそらく対応できないスピードと、怯む体に対して、一番早く動く手を使い、強制的に動かす。

 次の手を考えていない、向こう見ずな行動。

 

 しかし、その行動は確かに、

 

「合格っすね」

 

 一護の霊体での動きを劇的に向上させた。



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死のその先に何を見る

オサレなことは一つも言えないけど
  オサレな人生ではないけど
   俺の人生の主役は、俺


「ふぅ」

 

 刀を納刀する。

 

 ってところで刀を持っていないことに気づく。

 

 あ、そっか、刀持ってない状態でのことだったか。

 

 ジジイとの戦闘が続いていたせいで、かなり入ってしまった。

 これではジジイと変わらない。

 

「大丈夫? いち……」

「怖かった!!!」

 

 目の前に土下座の姿勢でいる一護に手を貸すと、いきなり一護の顔がバッと上がる。

 驚いたが、一瞬で思い立ち、

 

「ごめん」

「なんだありゃ?!」

「あはは……」

 

 とりあえず笑って返すことしかできない現状。

 

 さきほどしたのは、ただの溜めが長く、使い物にならない呼吸。

 集中した分だけ威力が上がる呼吸だが、これほどまでの時間は戦闘では生まれない。

 だからこそ、使い物にならない呼吸。

 

 しかし、時としてそれを使うときが来る。

 それが今だったということだ。

 

「おやおや黒崎さん、なーに土下座しちゃってるんスか?」

「うらっ?! 何いってんだ……」

 

 浦原さんがどこからともなく現れる。

 いきなり出現するのは驚く。

 敵意がないから察知しづらいのは確かなんだけど、それ以上に気配を隠すのが上手い。

 

 一護は、浦原さんの言葉に自分の姿を見る。

 

 俺の呼吸の圧力に対して、一護は気合でなんとか乗り越えた。

 

 更には、俺の一撃(刀なし)を自分の体を動かすという強硬策で避けていた。

 意味わからない行動であったのは確かだが、結果として避けて生きることができている。

 

「これは勢い余って!」

「いやいやぁ、そんなに怖かったんスかね? 源氏さんのこと」

「それは……」

 

 一護の言葉は尻すぼみになる。

 言いたいことは分かる。

 

 俺はその一護の微妙な表情に対して、ちらりと、後ろにいるジジイのことを見た。

 

「自身の価値観で、決めるがいい」

 

 こういうとき、やはりジジイは厳しい。

 ……いや、優しいときなどなかったな、訂正。

 

「一護。

 多分俺のことについて聞きたいと思うから、話す」

「源氏」

 

 一護の表情は、申し訳無さそうな表情だった。

 

「では、黒崎さんの次の修行まで少し休憩にしましょう。

 今回の修行の成果である、霊体での肉体以上の動き、という点では解消されたっすからね」

「……あ」

「おそらく、何度も何度も動いては源氏さんに斬られる未来を見た中で、霊体は常に死の危険にさらされ、強化されていっているはずです。

 それを慣らすためにも、一度体の中に入り直しましょうか」

 

 浦原さんからの助け舟。

 俺は少しホッとしつつも、何を話そうかと、顎に手を当てた。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「おっ」

「よっ」

 

 一護が体の中に戻っている最中、少しの時間で自分が何を話すべきかと検討していた。

 そこで、思った。

 

 俺が話すには、俺、自分のこと知らなさすぎでは?

 

 俺の正体だって浦原さんに聞いたくらいで、俺はただひたすら殺されそうになっていた人、だよ?

 それで何を説明しろと?

 

 いきなり森の中で3年間住んでて呼吸身につけた☆ なんて理解できるか?

 

「ちょ、待って」

「うん」

 

 トイレとでも思っている表情を尻目に、俺は少し遠くで佇んでいるクソジジイに近づく。

 

「おい! ジジイ!」

「なんだ?」

「俺、自分の正体知らなさすぎなんだけど、どうすればいい?!」

「……浦原から聞いてないのか?」

「全部覚えれるわけ無いだろあんな話?!」

 

 一応覚えてはいるが、説明できる自信がない。

 

 というか、説明するにもクインシーの説明から……

 

「石田くん知ってるやん」

「ん? 石田……あぁ、そういうことか」

 

 ジジイの反応に少し違和感を感じながらも、早く一緒に来いと待っていると、

 

「良い良い、お主の知っていること、経験したことを話せば良い」

「はぁ???」

 

 何を言っているのだこのジジイは。

 そんなことを言っては理解できないに決まっているではないか。

 

「今更源氏の実力を見て、その話を理解できないと思うのか?」

「いや、森に入っていたとて呼吸とは」

「それならば普通の人間なのに死神になる方が」

「……確かに」

 

 ジジイとの少しの会話で言いくるめられた俺は、すごすごと一護のもとに帰る。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫」

「……そうは見えないけど」

「別に気にするほどか?」

「俺から見れば即病院に行くレベルだけど」

 

 手持ち無沙汰にしている一護に声をかける。

 どうやら先程から俺の体のことを気にしてくれているようで、いい友達だなと素直に感じる。

 

 けど、正直この程度の怪我で痛いとかやばいとか言ってるのは無理だ。

 

「あ、痛いには痛いのよ」

「痛いには痛いのか」

「だけど、これくらい無視できるくらいじゃないとやばいってだけで」

「痛みを無視?」

 

 何やら変人を見る目で俺を見てくるが、不思議なことでも言っただろうか。

 一護だって結構な大怪我をしていることに変わりはないのだから、どっこいどっこいなのでは?

 

 というか、常中を行っていればこの程度の怪我は筋肉の収縮で結構塞がるし、自然治癒能力も上がるし、死に際分かるし、平気平気。

 

「んっと。

 俺の話なんだけど」

「……あぁ」

「正直、信じられない話ばっかりだから、話半分にでも聞いてくれれば助かる」

「……覚悟はしてる」

「助かる」

 

 いい友達だ。

 

 固唾を飲んでいる一護に感謝しながら、俺は話し始める。

 

 話す内容は、俺が石田くんと同じクインシーの系列の人間で、死神と似た戦い方で虚と対抗する人間だということ。

 

 クインシーと同様、現在ではかなりの数の粛清が行われ、数少ない滅却師の一人となったこと。

 

 そして、自分が滅却師だと知らず、生き残るすべを身につけるためだけに、ジジイにしごかれ、山の中で中学3年間を過ごしたこと。

 

 そして身につけた、呼吸という技術。

 

 体内に巡る血流の流れ、そしてエネルギーの循環を、呼吸によって回すことにより超人的な力を得る術。

 

 大雑把に、しかし簡潔にわかりやすく述べた。

 でもまぁ、話していて思ったのが、俺の人生やべぇ。

 

 何をトチ狂った人生なのだろう。

 正直、追及されると前世の話云々の話をしないと難しい部分があるので、なんと言い逃れをしようかと考えていたが、

 

「………………それだけ?」

 

 俺の話を聞き終えた一護から出たのは、その一言だった。

 

「へ?」

 

 思わず聞き返す。

 

 いや、聞き返すだろ。

 

 それだけ、とは。

 思わずグーグル検索みたいな返しをしてしまいそうになったわ。

 

「源氏は、それで強くなってここまでしてるのか?」

「……まぁ、死にたくないし」

 

 俺の真面目な言葉に、一護は開いた口が塞がらない様子、といったところだ。

 何か不思議なことでも話しただろうか。

 自身の話したことを反芻していると、

 

「いや、なんか……源氏っぽいなぁ」

「源氏っぽい???」

「なんか、こう、なんて言えばいいのかわからないけど、源氏だなぁ、って感じの理由で」

「答えになってないぜメン」

「普通、死にたくないからって理由で強くなるか?」

 

 それは死なないために最低限の自衛を……というところで、気づいた。

 

 ここまで強くなる必要ないのでは?

 

 というか、逃げ特化した訓練をしていればよかったのでは?

 頭の中でピースがカチリとハマった感覚。

 

「一護に正論を言われた……」

「なんで俺が正論を言うとだめみたいな感じなんだよっ?!」

「別に悪くはないけどムカつく~」

「ギャル風に言うなよ」

 

 こうなってしまった原因を遡りながら、改めて反省する。

 

 言われてみればここまで強くなる必要はなかった。

 それこそ、昔の俺からすれば最低限の刀の扱い方だけ覚えて、それ以外は足回りに集中して鍛えるべきだった。

 

 だけど、中途半端に力をつけてしまった。

 

「でもなぁ……。

 後悔してないなぁ」

「っ……」

 

 俺の口から出た言葉に、一護は言葉を呑んだ……様な気がした。

 顔に手を当てているから、顔を見なかったから、分からなかった。

 

「どうして、源氏はそう言えるんだ?」

「確かに反省はある。

 もっと強ければ、とか。

 ここで逃げ切れれば、とか」

 

 訓練してたときとかは基本反省してた。

 生きて、なんとか生き延びて、反省して、次に活かす。

 

 それだけ。

 まじでそれだけ。

 

「でも、俺がここまで強くなっていたからこそ、俺は後悔しない選択をしてきた。

 それは言える」

 

 反省と、後悔は別。

 

 俺は俺の選択を悔やんでない。

 女の子に告白したことから、銀髪野郎に胸を刺されたことまで。

 

 その選択は俺がした選択で、こうして生きているのは、ここにこの状態で生きているのは、全て俺が選んできたから。

 

「源氏は、すごいな」

「そうか?」

「すごいよ。

 俺は、後悔ばっかだ」

「別にいいだろ、後悔」

「へ?」

 

 なんださっきの俺みたいな顔しやがって。

 

 こんな場所で辛気臭い顔してると死ぬぞ?

 俺は数回死んだと思った、ここで。

 

「俺は選んだから後悔しなかった。

 普通はそんな意識して選ばないって」

 

 普通に生きてきて、選択を強いられることはない。

 一護だって、幽霊が見えるだの何だの言っておいても、結局は普通の人で。

 

 死神になっても、その身に染み付いた”普通”は抜けない。

 

 だからこそ、選択をし損ねる。

 

「大事なのは、それで死んでもいっかな、って思える選択をすること。

 後はそれで死なないこと」

 

 ちなみに俺は死んでもいいと思う選択はしてきたけど、絶対に死にたくない。

 というかこれで死んだらマジで死ぬので死にたくないから死なない、という小泉構文なのでつまりそういうことだ(適当)

 

「とりあえず、俺の人生はそんな感じ。

 今の目標は、俺を殺しかけたあの銀髪クソ野郎を半殺しにすること」

「えぇ……」

「ついでに朽木さんも救ってやるわ」

「俺が言うのも何だけど……可哀想だなぁ、あいつ」

 

 なんかくしゃみが聞こえたような気が……しなくもない。

 

 生命の気配がないこの空間で、怪我だらけの俺は立ち上がり、呼吸を始める。

 

 もちろん、息抜き。

 

「俺はちょっとちゃんと強くなるから、一護も頑張れよ」

「ハハハッ」

「どした?」

「いや、なんかさ、人間って結構死なないんだなって思った」

「……いやいや、日常に死、めっちゃ潜んでるから」

「ハハハハッ」

 

 一護に笑われる義理はないが、笑っているくらいの一護のほうが丁度いい。

 

「じゃ、また」

「また」

 

 軽く手を振り合い、俺はジジイのもとに向かう。

 

「おいジジイ」

 

「なんだ?」

 

「死闘しようぜ」

 

「よかろう」

 

 瞬間、俺の体の塞がりかけの傷が、一気に開く。

 汚い再戦の合図だ。



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生理現象って結構我慢できる

評価ありがとうございます。
励みです。


「強くなる:とは」

「知らぬ」

 

 時間が経つのは早い。

 そうは言うが、だからといって現在の一秒が長くなるわけはなく、つまり俺の死は目の前まで来ていた。

 

「慣れたものじゃな」

「ナレルワケ・ナカロウテ(1999~)」

「ハハハ」

「笑いながら殺してくるのこわ」

 

 一護とのちょっとしたじゃれ合いから、2日が経過した。

 いや、正確には2日と半日、か。

 

 ここにいると時間経過とか分からなくなるのだが、流石は森の中で生きていたこともあり、腹がしっかり減る。

 あとは浦原さんから適当に聞いて、時間の感覚はズレていない。

 

 一護はなにやら穴の中に落とされているようで、俺は様子を見ていない。

 

 浦原さんが言うには、上がってくる頃にはなんとかなっている、そうなので信用はならない。

 

「反撃したいんだけど」

「すればよかろう」

「全部誘い隙なの無理すぎるんだけど」

「そうか」

「しかも分かりづらいから本当に隙かと思うしっ」

 

 俺とジジイは一護が穴の中で健やかに? 暮らしているときも、ラブラブ二人で殺し合っていた。

 いや、殺し合い、ではないわ。

 

 虐殺、だわ。

 

「前に出ないのか?」

「隙も作ってくれてるのは理解してるから、出たい」

「ならば出ればよかろう」

「流石に遺言を書き記しておきたい」

 

 初日に比べれば、戦闘の勘が戻ってきた。

 刀を受ける回数は減り、俺の余裕も出てきた。

 

「ぐべえぇっ!」

「ぼはぁっ!」

「がっ!」

 

 だからといって、俺の怪我が減るわけではない。

 

 刀を受ける回数は減ったが、その代わりに増えた死なない攻撃……当て身に当たるようになった。

 

 骨が折れているが、筋肉でなんとか持ち直してる(きつい)

 反撃しようにも、それに反撃するとやばい、という隙しかない(つらい)

 というか避けに専念してるとフェイントに引掛かる。

 

「いくぞ」

 

 大事なのは、呼吸を合わせること。

 

 相手を知り、相手の呼吸を則れば、それは相手を乗っ取ることになる。

 

シィィィィィィィィ

 

 呼吸の音が、かすかに聞こえる。

 

 もちろん、俺は息抜き状態。

 常に最低限の力と状態で受けに徹している。

 その状態に対して放つ、ジジイの呼吸。

 

「よっs

 

 意識を集中させた瞬間、俺の意識は暗転する。

 

 気づく。

 

 気を失っていた。

 

 目を開けると、そこは空中。

 背中には空の壁。

 

 なんとか受けきって上空に飛ばされた。

 体がダメージに気づく前に結論を導き、どうするかを考える。

 

「くぅっ……」

 

 そして気づく、ダメージと衝撃。

 

 現実が雷の呼吸に追いついていない。

 

 現実が気づくとき、またそれは俺の体が気づくとき。

 

 背後での轟音。

 背中での衝撃。

 体が地面に吸い寄せられるように落ちていく。

 

 空中に打ち上げられ、天井にぶつかった俺はその衝撃を殺せずに、衝突。

 反作用と重力により、地面落下。

 

 おそらくこれが答え。

 俺がその事実にたどり着くのは、終わってから。

 

「やばいっ」

 

 このときの脳内にあるのは、ひたすらな危険信号。

 地面が向かってくるその光景は何度目か。

 

 14回(数えてた)

 

 だから、これも死なない。

 

 息抜きは継続。

 

 脱力。

 

 地面。

 

 眼前。

 

 スタ。

 

 大きな音はしない。

 

 まるで、軽くジャンプして地面に足をついたかのような、静かな音。

 

「ふむ」

 

 背後からの声。

 

 いや、なんで強者ってこう、背後からの登場好きなの???

 

 流れるように構え、後ろにいるジジイを見る。

 

「やはりというか、生きるためとなると飲み込みが早いの」

「飲み込み早くしないと死ぬから」

「ここ数日で全く戦闘技術は向上せんのに、以前できなかった上空からの着地はすぐできた」

「だからできないと死ぬから」

「しかも、息抜き脱力付きで。

 これを戦闘に活かすことができればのぉ……」

「だから死ぬからやっ」

 

 10センチ後ろ。

 

 携帯一つ分くらい頭を後ろに引く。

 

 目の前には、刀が通り過ぎる。

 

「回避も息抜きありでもかなりやれる様になって……」

「息抜きありでできないと死ぬので」

「……そうじゃな」

 

 人を殺しかけておいてよくのうのうと孫の成長を実感できるこのクソジジイ。

 

 でもまぁ、心が折れずにここまで生きるための技術を身につけられたのは、素直に意識の違いであったと思う。

 

 強くなるために、やらなきゃいけないこと。

 やったほうが良いこと。

 

 それを自分の意志で、生きる意志に打ち勝たせられたこと。

 

「でもまぁ……なぜ戦闘に応用できないんじゃのぉ……」

「それはごめん」

 

 ジジイの攻撃が止むことはない。

 

 俺はひたすらに最低限の動きで避けていく。

 

 ジジイ曰く、脱力ができるのなら、呼吸がもう一段階レベルアップするらしいのだが、どうしても回避以外で脱力ができない。

 マジで、冗談抜きで。

 

 生きるために必死になりすぎて、自分でもどうやっているのか理解できていないからこうなっている。

 

「まぁ、生きれるならそれでよいか」

 

 なんか褒められているんだかよくわからない言葉を聞きながら、回避を続けていると、

 足場が消えた。

 

「へ?」

「少し休憩じゃ。

 穴の下の寝坊助を叩き起こしてこい」

「へ?」

 

 15回目だ(数えてた)

 

☆☆☆☆☆

 

 

 穴の中に落ちてから、2日と半日が経過した。

 一向に穴を登れる気配はない。

 

 穴の上からはクソガキたちが話しかけてくれたり、浦原さんが様子を見に来てくれたりしている。

 

「あいつ、生きてるかなぁ」

 

 他人の心配する前に、自分が虚にならない様に心配するべきなのだが、それでも気になる。

 

 穴の上から話しかけてくれる、ということは音が聞こえるのだ。

 この穴から聞こえるのは、悲鳴と、轟音と、剣戟。

 

 どれもこれもあいつを想起させる音。

 

「黒崎殿」

「わかってるって」

 

 一応、自分が命の危険にあるのはしっかりと理解している。

 

 最初に因果の鎖を斬られた時は焦ったりもした。

 

 それにタイムリミットが近づいてきていることにも。

 

「……っし」

 

 穴を登ろう。

 今できるのは、それだけ。

 

 後ろに封じられた両手を器用に使い、立ち上がり、上を見て、

 

「は?」

 

 何かが落ちてきた。



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俺より一護のほうがやばい(責任添加物)

「ああぁああぁああぁぁぁぁ!」

 

 説明しよう!

 

 今、俺は壁を登っている!

 

 なぜかって????

 

 それは俺の友達に殺されそうだからだよ!

 

「一護ぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 ジジイとの戦いの最中、俺は策略により足を踏み外し、一護が入っている穴の中に落ちた。

 結構ちゃんと足を踏み外したから、キレイに落下していった俺は、後頭部を何かと打ち付けた。

 

 結果として数秒の意識の跳躍に遭遇してしまったわけだが、流石は俺というか俺の生き意地の汚さというか、数秒で気絶から復活した。

 

 自然で気を失うとか睡眠以外ありえないので、本能で起きた俺は、何に衝突したのかを理解する。

 

 一護だ。

 

 一護の頭と奇跡的なマッチングをして、俺は数秒気を失った。

 下敷きにしていたことに申し訳無さを感じ、体を避けたその時、

 

 ボウッッッッッッッッッッ!

 

 台風が発生した。

 

 いや、正確には台風が発生なんてしていない。

 まるで台風の中のような錯覚に見舞われた。

 

 それは霊圧の暴風雨。

 

「は?」

 

 思わず立ち上がり、台風の中心地を無意識に見る。

 そこにあったのは、

 

「一護?」

 

 寝転んでいる一護の姿だった。

 

「源氏殿! 離れて!」

 

 情報の処理が追いつかない俺の頭に、声が届く。

 鉄裁さんの声。

 穴の中には一護と鉄裁さんがいたのか。

 

 え、ちょっと何してたの?

 

 そんなことを思ってもおかしくはないが、今はそんな状況ではない。

 とりあえず離れると、

 

「はぁ!!」

 

 鉄裁さんが何かを唱えているのは聞こえる。

 それに呼応して、周囲の空気が変わる。

 

 なにかが起こるのは理解できる。

 一護の周囲を囲もうとしている力の動き。

 

 それの中に入ってはまずい。

 直感に従い、距離を取ろうとすると、

 

「くぅっ!」

 

 鉄裁さんの苦悶の声が聞こえる。

 その原因は、一番一護に近い俺ははっきりと分かる。

 

 一護の力の流出が多すぎて、鉄裁さんの力の流れが阻害されている。

 

 これでは何をしようにも遮られる。

 

「源氏殿! 逃げてくだされ!」

「え、てっさ……」

 

 鉄裁さんの声はすぐさま理解出来、逃げようとも思った。

 だが、鉄裁さんの声を聞いたからこそ、鉄裁さんも逃げれるのか、という疑問が俺の足を一瞬止めた。

 

 しかし杞憂というかなんというか、鉄裁さんはしっかりと一護の周囲を囲おうとした力を自分の周囲に固定していた。

 

 あれは防御するよ、という意思表示。

 

 察し。

 

 次の瞬間、

 

 爆発。

 

 景色がスローモーションに見える。

 

 息抜きをやめた。

 

 全力で呼吸した。

 

 とりあえず後ろに走った。

 

 壁があったから垂直に走った。

 

 そして俺は、後ろから思い切り背中を押された。

 

 

「一護ぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

 今日で何回天井とぶつかるんだよ俺。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 60時間。

 これが意味するところは、残りが半日を切ったということ。

 

 様子を見に来た浦原。

 後ろには二人の子供がいる。

 

 

「あいつ、どうしてるかな」

「何か動きがあったら鉄裁さんから連絡が来るはずなんで、まだ動きはないと思うスよ」

 

 

 ジン太の言葉に浦原は至って普通に返事をするが、その胸中は少し穏やかではない。

 自分でけしかけたとはいえ、それは勝算合っての発破であり、それで失敗することは可能性として少しとしか捉えてはいない。

 

 だからこそ、連絡が一つもない、というのはあまりよろしい事態ではない。

 

 長い長いはしごを降り、ようやっと足をつけた地面。

 あたりを見渡しても生気のないこの空間に、浦原は少し懐かしい思いになりながらも、何もせずに立っている丈に声をかける。

 

「どうしたんスか?」

「少し休憩だ」

「そうでスか」

 

 丈が戦っていないところを見て、少し意外そうにしながら、浦原は次に思いついた疑問を口にする。

 

「あら? 源氏さんは?」

「あいつならばそこだ」

「そこ?」

 

 丈が指差す先を目で追う浦原。

 

 そこは、浦原が手伝ってもらって作った穴。

 その作った目的は、今ここに降りてきた目的と同じ。

 

 つまりは、

 

「えぇ?!

 源氏さんを落としたんスか!」

「いやいや、自分で落ちただけだ」

「そんな言い訳がましいことを言わないでください!」

 

 この穴は特別製であり、生身の人間が落ちたところでなにか起こるということはないが、一護になにかあっては困る。

 というか、落ちた源氏よりも一護のほうが心配になってくる。

 

 浦原からの我妻源氏の評価は、だいぶ変わっていった。

 

 最初は利口な子供で、身の丈をわきまえている人。

 

「大丈夫じゃろ、あいつなら」

「黒崎さんには何かあるかもしれないっすよね?!」

「ふむ、孫のことは心配してくれんのか?」

「今更?!」

 

 今では、変態。

 

 あれだけのシゴキとシゴキを受けても生きている。

 不思議な生命体。

 

 しかも生き残れば残るほどにしぶとくなっていく。

 

 まるでゴ……これ以上は本人の名誉のためにやめてあげよう。

 

「「「っ?!」」」

 

 

 そんな失礼なことを思ったから、というわけではないが、事が起こる。

 台風。

 そう言うに然るべき、霊圧の暴風が穴の中から吹き荒れる。

 

 危ないことは理解しているが、それが危ないものだと理解しているからこそ、覗きたくなる。

 浦原は何が起こったのかと不安に思いながらも、確信はあった。

 

 黒崎一護が何かをした。

 

 それだけは確信めいた予想だった。

 

「一護ぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 数秒。

 

 霊圧の嵐が起きて、ほんの数秒。

 

 次の瞬間には、人が飛び出してきた。

 

 鯨の潮吹きに巻き込まれたみたいに。

 

 

 膨大な霊圧が起こした爆発とも言える現象に、浦原は固唾を飲む。

 

 

「おいおい、何だこいつは……」

 

 ジン太も、なまじ理解できるからこそ分かる、大きさ。

 ウルルも声を出さないながらも、その様子を肌で感じている。

 

 上がる土煙に、何かがいるのを理解する。

 それは、人影。

 

「おい、あれ、オレンジ頭だよな?」

 

 ジン太のつぶやきは、誰にも答えられない。

 

 浦原は佇み。

 

 ジン太、ウルルは立ちすくみ。

 

 我妻丈は立ちはだかる。

 

 そんな様子の観客に、声が響く。

 

「なんだよ? おめでとうもなしか?」

 

 声。

 

 それは、ここに来れなかったものの声。

 

 そして、その声がするということは、

 

「オレンジ頭!」

 

 ジン太の声。

 そして、そこにいたのは、

 

「ふうっ」

 

 黒崎一護……死神の姿だった。

 

 しばらく手を握ったりして、体を動かした一護。

 

「オメデトウさ~ん!」

 

 パチパチと手をたたきながら近づいてくる浦原。

 その様子を体を動かしながら一護は聞いている。

 

「ちゃんと死神になれたじゃないっすか!

 レッスン2はクリアっすね!」

 

 その言葉の終わりとともに、一護は手元の斬魄刀の柄尻で浦原の顔面をどつく。

 

「目が痛いっ!」

「やかましいわ!」

「ふふふ……

 俺が戻ってきたのが運の尽きだぜ……」

 

 腕を組み、凄む一護。

 

「俺は誓ったんだ!

 生きて戻ったら、テメーをぶっ殺すってな!」

「へぇ」

 

 目元から手を離し、凄む一護に浦原は、

 

「それはスイマセン。

 それはあとになると思いまス」

「は?」

「だって、次のレッスンは……」

 

「…………ぉぉぉぉぉぉおお!」

 

 浦原の言葉を遮るように聞こえる、怒声。

 

 それは徐々に近づく。

 

 一護も、浦原も顔を上げ、気づく。

 

 上空から人が降ってくる。

 

「親方! 空から男子高校生が?!」

「浦原さんっ?!」

 

 ボケた浦原に対して、一護はすかさずツッコミをするが、そんな場合ではない。

 普通の人が上空から落ちて、無傷なわけがない。

 

 普通なら死んでしま……

 

 スタ

 

 一護の思考の最中に、源氏は地面に降り立つ。

 その音、衝撃はともにまるで軽くジャンプをしたときのようなもの。

 

 まるで意味のわからない光景に一護は呆然としながらも、

 

「てめぇ一護!

 お前のせいで死にそうだったぞ!」

「は?」

「は? じゃないの!!! 人が! 俺が死にそうになったの!」

 

 一護の脳のキャパシティは、ツッコミという許容量を遥かに凌駕し、ショートした。



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フラグとかオサレとか気にしてたら多分首から上は今頃ない

「じゃ、次のレッスンに行きましょうか」

「俺の安全ェ?!」

 

 死神の力を取り戻し、浦原さんに復讐を誓った数秒後。

 空から友達が降ってきて、俺に文句を言ってきた。

 

 な、何を言っているのかよく分からねぇが、俺もよく分からねぇ。

 

「一護! 一回殴らせろ!」

「なんでだよ?!」

 

 空から降ってきた源氏は何やら物理法則さえも無視し始めたのか、高高度から落ちたはずなのに、平然としていた。

 

 意味不明な光景に目を疑ったが、気の所為かもしれないから触れないでおく。

 

 いや、気の所為としか言いようはないだろ。

 一応石田も普通の人間の体の強さ、ってのは聞いてるから、源氏も同じはずなのに、丈夫なわけ無いって。

 

「ほれほれ、お主ら、喧嘩はよさんか」

 

 瞬きをした記憶なんてない。

 けど、俺らの間には、一人の老人が立っていた。

 

 俺より小さな身長の、老人。

 

「うるさ……」

 

 ドンッ!

 

 源氏が軽口を叩いたその瞬間。

 源氏の姿はそこから消えていた。

 

 そして響く音。

 結果を感じてから経過を考えている時点でおかしいが、おそらく今、源氏は殴り飛ばされた。

 

 俺にも見えないスピードで。

 

 明らかにあの時の朽木白哉より速い速度で。

 

「あーあ、吹っ飛んじゃったっすね」

「別に構わない。

 次に来たら話せばよかろう」

「はいはい」

 

 浦原さんは遠くのものを眺めるように、目元に手を添えて飛んでいった源氏を眺める。

 この現状に若干ついていけない。

 というか源氏死んだんじゃ……?

 

 そんな不穏なことを考えていると、

 

「それでは、次のレッスンスけど……」

 

 浦原さんは目元が隠れているはずなのに、わかりやすくニヤニヤして、

 

「このおじいさん……我妻丈さんと戦っていただきまス!」

 

 あーあ、死んだわアイツ

 

 背後からそんな言葉が聞こえてきそうなことを言われた。

 

 我妻丈。

 

 源氏のおじいさんで、保護者。

 最初は少し源氏が反抗期かと思ったけど、そんなことはない。

 この人には反抗するくらいで行かないと殺される。

 

 現に投げ飛ばされた。

 

 それに、今ここに現れた瞬間を目で追えなかった。

 そして死神だからこそ理解できる、この意味不明な霊圧。

 

 まるで感じない霊圧。

 

 どんな人でも……いや、強ければ強いほどに感じる霊圧という存在感が感じない。

 

 それはつまり、そこにいるのかどうかが霊圧では判断できないということ。

 そして丈さんの動きは目で追えない。

 

 そんな物をどう捉えれば良いのだろうか。

 

「それでは、よろしく頼もう」

「え、えっと、もう始める感じ?」

「そうッス!」

 

 浦原さんの眩しいくらいの笑顔。

 苦笑いをしているであろう俺の視界には、霊圧を感じないが威圧感はたっぷりの老人が目の前にいる。

 

「ぷぷぷ」

 

 その直後、背後から聞こえる声。

 

 何も感じていないからこそ驚いて振り向く。

 

 そこにいたのは、

 

「源氏……」

「お前、しごかれるんだってな、ぷぷぷ」

 

 半目でニヤニヤしている源氏の姿があった。

 確実に面白がっているであろう友人の姿に殺意を覚える。

 裏拳をかまそうとするが、躱される。

 

 そういえば、源氏も霊圧を感じない。

 今も後ろを取られたし……ってかどうやってあそこまでふっとばされてここまで来たんだ?

 

「それじゃ、がんば「待て」IYADA!」

 

 源氏が俺に後ろ手を振りながら去っていこうとするが、丈さんが呼び止める。

 何かを察しているのか、即答の源氏。

 

「俺は浦原さんから訓練をつけてもらって生きたいんだ!」

「死んでないのにそんな口を聞くではない」

「死んでないのは俺の努力!

 決して違うお前の功績!」

 

 若干韻を踏んでるのにはツッコミはしない。

 だって顔がマジだから。

 

「ある程度できることが増えたからもういいじゃん!

 俺強くなりてぇよ!」

「そのために生きる手段を身に着けよと言っている!」

「身につけすぎ!

 流石に天空から落ちて助かるのはやりすぎだって!」

 

 自覚ありなのか……

 

「それは儂も引いた!」

「ならなんで覚えさせたし!」

「勝手に身に着けただけであろうが!」

「知らんわならば殺すな!」

 

 二人の仲睦まじい? 祖父孫喧嘩を眺めていると、浦原さんが近寄って話しかけてくる。

 

「あの、一応レッスンの内容なんですが、あの丈さんに触ってみてください。

 死なないように」

「触る?」

「はい」

「タッチ?」

「はい」

「なんで?」

「丁度いいからッス」

 

 こっそり話してくる浦原さんに疑問に思いながらも、丈さんの方を見る。

 

 行ける?

 

 見るからに隙だらけだ。

 

 今なら……

 

「俺は強くなりたいと何度言ったら……あっ」

 

 駆け出す。

 丈さんとの距離はそんなに遠くない。

 今の膂力だったら余裕でたどり着く。

 

 触れるだけだから刀はいらない。

 ……ってか折れてるからむしろ好都合か。

 

 源氏は俺のことに気づいた。

 しかし遅い。

 既に丈さんは後数歩のところにいる。

 

 しかもこちらに気づいている様子はない。

 

「もらっぶべぇ!!!!!!!!」

 

 後少し。

 

 そのタイミングで俺の視界はホワイトアウトする。

 すぐさま地面の熱い抱擁で目覚めるが、理解できずにすぐさま顔を上げる。

 

「おやおや、なにかしたかな?」

 

 そこには、先程と変わらない場所に立つ丈さんの姿。

 こちらを見て、微笑んでいる。

 

 ジンジンと顔面に感じる痛み。

 

「……じゃ、俺はそういうこと「源氏さんは引き続き、丈さんと戯れてください!」HA☆NA☆SE!!」

 

 何にも掴まれていないのにそんなことを言っている源氏を尻目に、考える。

 

 どうしたら触れられるのだろうか。

 一見隙だらけ。

 

 もう一度……

 

「やめときな」

「っ?!」

 

 そう思った瞬間、隣に源氏が現れる。

 離れていたはずの源氏がここまで来たことに驚きながら、言葉の意図を聞く。

 

「どういうことだ?」

「別に、言葉通りの意味。

 無策で行くならやめたほうがいいよってだけ」

「いや、でも」

「仲良く話しているようじゃが、いいのか?」

 

 もう驚かない。

 

 俺と源氏の目の前に降り立つ丈さん。

 倒れている状態の俺は、見上げる姿勢で丈さんを見上げるが、失敗だ。

 

「敵は、待っては、くれないぞ」

「敵なのかよ、ジジイ」

 

 この人に容赦なんて甘い文字は存在していないということだ。

 

 次の瞬間、肺の中の空気が全部漏れ出す。

 上から、何かが落ちてきたような。

 圧し潰されそうな、そんな感触。

 

 踵落とし。

 それが理解できたのは、微かに映った丈さんの体勢からわかったことだ。

 

「はぁ」

 

 既に地面を見つめる俺の耳に聞こえるのは、ため息。

 

「鬼さんこちら」

「ほう」

「刃が鳴る方へ」

「やる気、なのかの?」

 

 急いで体を起こす。

 そこには既に二人の姿はない。

 

 既に二人は走り出し、刀を振るっていた。

 

「一護!」

「っ! なんだ!」

「やばい助けて!」

「早くないか?!」

 

 こうして訓練の幕は開ける。

 

 そして知る。

 

 多分訓練より敵地のほうがマシだということを。



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瀞霊廷逃走編
辛いことの後って何でもないことが幸せなことのように思う


「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁああぁ!!!」

 

 何回目なんだよ落下は?!?!

 

 そう叫ぶ俺は、他の連中より遥かに慣れた様子で天空から落下していくのであった。

 

 尸魂界の空を。

 

 

 俺と一護がジジイからのクソみたいな訓練を受けさせられてから5日程度。

 一護はひょっこりと始解という死神の強化を得ることができた。

 

 それに普通に死神として戦うのが非常にうまくなった。

 一護の土俵で戦えば、俺だって普通に負ける可能性があるくらいには強くなった。

 

 まぁ、一護の土俵に上がりさえすれば、って話だから決して俺が弱いわけではない。

 決して。

 

 そうして、いつの間にか戦えるようになっていたチャドと織姫さんを加えて、俺らは尸魂界に突入することになる。

 道中少し死にかけた(拘流に絡め取られた)が、チャドのお陰で助かった。

 

 でもまぁ、最後の最後で織姫さんが守ろうとした結果、こうして衝撃によって空中を飛んでいるのだが。

 

 ってか速度がやばい。

 みんな大丈夫かな。

 

「…………私……す…!」

 

 というところで微かに織姫さんがなにかしているのは見えた。

 なんとかはなりそうだ。

 

 俺は余裕を持って着地を決める。

 

 他のみんなは土煙を上げながら地面と接触した……様に見えた。

 実際には織姫さんが使用した三天結盾という能力によって、みんな無事だった。

 ……これなら俺着地する意味なくね?

 

「ぷぅ!

 みんな大丈夫?!」

 

 織姫さんが周囲を見渡すと、そこにいるのはバラエティの芸術的な姿勢で着地をしている一護の姿。

 

「黒崎くん芸術的着地姿勢!」

「プッ」

「うるせぇよ」

 

 俺も思わず笑ってしまう。

 一護はこういうときに結構持っている人間なので、外さない。

 

「源氏、マントの方は大丈夫か?」

「ん? あー破けてるわ」

 

 チャドは俺のことを見ながらマントの心配をしてくれた。

 先程の勾流という物体に触れたとき、絡め取られて破れたのだろう。

 というか、チャドが引っ張ってくれなかったら今ごろ俺は死んでいた。

 

「これ、浦原さん特製のやつなんだけど、俺が身につけてれば勝手に直るんだって」

「中々便利だな」

「だろ?」

「それより君たちは平然と着地している我妻くんに対して疑問を持つべきなのでは?」

 

 織姫さんとチャドは、石田くんの言葉に確かにとこちらを向いてくる。

 

「気にしなくても大丈夫大丈夫。

 そんなに変なことでもないでしょ?」

「まぁ、そうかも?」

「……そうか」

「いいのかそれで……」

 

 石田くん、気にしたら負けですよ。

 

 一護だけは俺がどんな高度から落ちても結構平気なことを知っているからか、何も言わない。

 

 ちなみに俺の服装は、以前もらった体を覆うことのできる黒いマントを身に着けている。

 その下は昔の軍隊服のようなものを身に着けている。

 

 ぶっちゃけ、マントは違くても下はめっちゃ鬼殺隊の服装で最初はビビった。

 

 いきなりジジイから渡されたもんだから最初は気づかなかったけど、着てみるとびっくりそのまんまで本当に驚いた。

 

「それにしてもみんな大丈夫で「大丈夫なわけ無いわたわけが!」痛いっ?!」

「三天結盾の盾本体に衝突したからいいものの、六花本体が触れておればただでは済まなかったのだぞ!」

 

 六花、というのは織姫さんが使役している式神的なものらしい(正確には違う)

 チャドは腕を何やら物騒にして戦うことができるらしく、なんか強そうだった(語彙力)

 

「いいじゃねぇかみんな助かったんだから」

「お主ら自分らの状況をわかっておるのか?!」

 

 黒猫の夜一さんは、織姫さんとチャドの訓練をしていたらしく、今日初めて遭遇した。

 俺としては浦原さんと同レベくらいの信じられなさの人だけど、この人には未だに敵うとは思えないのが不思議だ。

 黒猫なのに。

 

 本当は死神とかでは???(適当)

 

「土煙が晴れてきた」

 

 石田くんの言葉で、みんなは周囲を見渡す。

 

 おそらく石田くんが一番霊圧の感知に長けているため、彼が何も言わないということは敵が近づいてきているということはないと思う。

 俺の探知にも引っかかってないということからも、同様だろう。

 

 土煙が晴れ、見えてきたのは、古めかしい町並み。

 あばら家、少しの店。

 寂れているように見えるここが、尸魂界。

 

「ここが尸魂界?」

「そうじゃ。

 ここは俗に流魂街と呼ばれる地域で、尸魂界へと導かれた魂が最初に住まうところ。

 死神たちの住まう瀞霊廷との外苑に位置する。

 尸魂界の中で最も貧しく最も自由で、最も多くの魂魄が住まう地域じゃ」

「その割には人影が少なくないかな……」

 

 少し違うのか。

 ってか尸魂界の中でも貧困差とかあるのか、きびし。

 

 のんきにそんなことを考えながらも、警戒は怠らない。

 何が来ても大丈夫なように。

 

「なんだ? あっちの方は随分町並みが違うじゃねぇか」

「あぁ、あれが……」

「わかった! あっちが死神たちの住んでるナントカって街だろ?」

 

 一護が駆け出す。

 

 ……分かる。

 分かるよ一護。

 

 あのクソジジイのじごくから 抜け出せてはしゃいでるのは分かる。

 非常に分かるけど、

 

「まぁ待っとけって」

「……んだよ源氏ー」

 

 ぶーたれるではない高校生。

 夜一さんも見ろ、何か叱ろうとしていたのをホッとしているぞ。

 

「一護、流石に危ないだ……」

 

 ガンガンガンガンガンガンガンガン!!!!……

 

 瞬間、目の前が壁になった。

 

 先程まで目の前が町並みだったのに対して、一瞬にして壁が現れた。

 

 いや、今の感じを見るに降ってきたのか? 壁が?

 

 眼の前に現れた、身の丈を有に超える壁。

 俺と一護はそれを目の前にして、ホッとした。

 

「「っぶねぇ……」」

 

 後少し足を前に出していれば、死んでいた。

 尸魂界ついた瞬間死ぬとか笑えんから、マジで。

 

 俺と一護が後ろのみんなと合流しようとしたとき、

 

「久すぶりだなぁ」

 

 声が聞こえた。

 今の壁の出現に合わせてきたのか。

 びっくりして気づかなかった……いや、気づくまでなかったか。

 

 安心して目の前を見ると、何やら影が続いている。

 俺はその影を追って視線を上に上げて上げて……

 

「え、でかくね?」

「通邸証もなすにここを通ろうとするやつなんて、久すぶりだぁ」

 

 壁の落下によって生まれた土煙は晴れていき、目の前の存在の全貌が明らかになる。

 そこにいたのは、降ってきた壁とまでは行かないものの、俺らを優に超える巨人。

 

「久々のオラの客だぁ。

 もてなしてやるぞぉ」

 

 そんな巨人が、手を振り上げた。

 

 その手に持っているのは……斧?

 

 俺らの身長の二倍はあろう斧を振り上げた巨人は、もちろん、

 

 振り下ろした。

 

 場所は俺らの目の前。

 俺の生存本能が警鐘を鳴らさないということは当たらないということ。

 

 それでも、

 

「こわ」

「マジな」

 

 一護と軽口を言い合いながら、目の前に降ってきた斧を見届ける。

 

 かなりの衝撃はある。

 風が吹く。

 

 後ろでおそらく夜一さんが何かを俺らに言っている。

 

「多分だけど引こうとしてると思うんだけど」

「何言ってんだ源氏」

 

 あぁ、一護さん。

 

「これくらいなら押して通れるだろ」

 

 やっぱはしゃいでるねあんた。

 

 まぁ内容に関しては俺も同感だけど。

 

 兕丹坊はその巨体に比例して大きくなった声で話す。

 

「さぁ! どっからでもががっでごい!」



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いきなり出てくるんだもの、びっくりして隠れちゃったわ

「で、おめだつのうちのどっちが最初なんだべ?」

 

 威勢のいい発言だな、なんて思っていたが出鼻を挫かれる。

 

「この状況で一対一を望むんかい」

「んだおめだつ田舎もんだな。

 決闘は一人ずつってルールが都会にはあるんでだぞ」

「別に俺は良いけどな」

 

 コラ一護、はしゃいでるからって有利を捨てるんじゃありませんの。

 有利捨てたくらいで負けないのは理解できるけど、だからといって楽に勝てるかどうかってのは違うんだぞ。

 

「……じゃ、よろ」

「ん? なんか今言おうとしたか?」

「心の声心の声」

 

 一護の指摘に笑いながら返す。

 てか俺の今の一瞬の間で何を感じ取ったんだよこいつ。

 こわ。

 

「今の顔は絶対俺のことディスったなこの」

「なぁんの話でしょうか」

 

 一護は俺の白々しい瞳(自覚あり)を見て、ため息を吐き、

 

「いいぜ、俺から相手してやるよ」

「こんぺいとから相手が」

「ぷっ。こんぺいと」

「笑うな、下がってろよ」

 

 少し一護を嘲笑ってやると、微妙な表情をしていた。

 流石に金平糖は初めて例えられたか。

 

 俺は踵を返し一護から距離を取ろうとすると、織姫さんとチャドがこちらに向かってきた。

 

「おうおうウォウウォウどうしたんだGUY」

「源氏くん! 私も!」

「源氏、加勢する」

 

 二人は何やら力を開放しようとしているのか、不思議な力の流れを出している。

 チャドは左腕から。

 織姫さんは髪飾りから。

 

 俺はそんな二人を止める。

 

「ちょっと待ってって」

 

 二人は俺の顔を見る。

 どうやら俺と一護が平然としているのが気になっているのか、疑問の表情を浮かべている。

 

「加勢する必要ある?」

「ヤツの名は兕丹坊。

 尸魂界全土から選びぬかれた豪傑の一人。

 この四大精霊門西門……通称『白道門』の番人じゃ」

 

 俺の言葉に返したのは、夜一さん。

 夜一さんは恐らく一護が別に大丈夫だということを理解している筈……

 

「奴がこの任に就いてから300年。

 奴の守る白道門は一度たりとも破られていない」

 

 ん?

 

「その斧の一振りで30体もの虚を討ち殺したという伝説を持つ」

「そんなやつなんですか……」

 

 あ、そういう話の流れ?

 てか石田くんも霊圧でわからないもんかな?

 一護勝てるよ? 普通に。

 

「一度引くことが正解のように思えるが……」

 

 そこで夜一さんがこちらを見る。

 なんの視線だと思いながらも、目は逸らさない。

 

「なぜ一人で戦わせた」

「いくらなんでも無謀すぎるんじゃ……」

「いやいや」

 

 俺の言葉と同時に、みんなが後ろを見た。

 え、何見上げてんの?

 

 別に危なくないよね? まだ生存本能反応してないし。

 

「負けるわけな……」

 

 ガギィィィィィィィン!!!

 

 俺の言葉を遮るように鳴る金属音。

 一見甲高い音のようで、しかし低く思い衝突音の交じるこの音。

 

「ほら」

 

 俺は後ろを見て指し示す。

 

 恐らく巨人……兕丹坊がしたのは、単純な振り下ろし。

 その一撃は巨体だからこそ生まれる最大の威力の攻撃であり、普通であればひとたまりもない一撃だ。

 

 まぁ、普通であれば。

 

 衝撃とともに見えるのは、一護の姿。

 

 兕丹坊の一撃を片手で刀を持って受け止めている。

 まるでこんなもの、と言いたげな視線の一護に、みんなは俺の方を一斉に見る。

 

「黒崎は何をしたんだ?」

「え? 死ぬ気で頑張った?」

「ふざけて聞いているわけじゃないんだよ。

 真面目に答えてくれ」

「いや、真面目に答えてこれなんだけど」

「……喜助のやつ、何をしたんじゃ?」

 

 石田くんの言葉に俺はどう話そうもんかと考える。

 真面目も何も、ひたすらにそれだったんだけど……。

 

 というところで、夜一さんの言葉が聞こえる。

 え? 夜一さん俺らの訓練内容知らないの?

 

「浦原さんは俺らのことを特別鍛えたわけじゃないですよ?」

「ん? 小僧は喜助の奴が担当していたのではないのか?」

「あ、はい」

「ならどうやって……」

「ジジイ……我妻丈に訓練をしてもらいました」

 

 瞬間、夜一さんの体が硬直する。

 明らかに俺のジジイのことを知っていての反応。

 

 というか夜一さんジジイの事知っているのか。

 

「我妻丈、というのはお主の祖父に当たる、あの我妻丈か?」

「はい」

「……我妻くんのおじいさんはすごい人、というのは知っているけど、そんな人から教えを受けていたのかい?」

「いや、教えも何も、殺されかけただけだけど……」

 

 俺の言葉に、夜一さん以外の人は理解できないという表情になる。

 まぁ、分からなくもない。

 

 一般人のおじいさんに殺されかけるという謎の言葉。

 

 俺だって信じられない。

 

 そして、先程から一護に攻撃を受け止められて笑っていた兕丹坊が、真面目な表情で攻撃を行う。

 次の攻撃は振り下ろしの連撃。

 

 一見デタラメ……いや確実にでたらめな攻撃だけど、理にはかなっている。

 体が大きいからこそ、小さな相手に当てるためには精密さを要求されるのを、数でカバーする。

 一撃は受け止められる相手に慈悲を与えない攻撃。

 

 良い攻撃だな、なんて思うが、

 

「我妻丈。

 鬼人と恐れられ、死神とて触れてはならぬと言われた人間」

 

 え、マジ? ジジイって死神の中で有名なの?

 

「その人と我妻くんのおじいさんは同一人物なのですか?」

「あぁ」

「そんな人の孫だったのか、源氏」

「ってことはその人に教えられて?」

 

 石田くん、チャド、織姫さんは三人とも勘違いした目線……きらびやかな視線をこちらに向けるが、

 

「いやいや、さっきも言ったけど、教えるなんて大層なことじゃないっての」

 

 あ、一護は当然受けきっていた。

 そりゃ、ジジイの攻撃に比べれば、重りが降ってくるだけの攻撃なんて屁でもない。

 

 ジジイの攻撃は常に死ぬかもしれない。

 受けても、躱してもそこには確実に死がつきまとう。

 

 攻撃受けて腕の骨折るなんてよくあるだろ(ない)

 

「俺も一護も、ひたすら死にかけて、殺しに行った。

 真剣で、5日間、ずっと」

 

 ちなみに昔と同じく睡眠休みなんてものはない。

 

 俺らが襲えばジジイはすぐにでも起きて俺らを切りに来るし、ジジイが俺らの寝ている最中に襲ってくるなんてザラだ。

 訓練最初にできて悲しくなる『寝てるのに警戒できる』ができるようになる。

 

「……それって訓練なのかい?」

「なわけ無いだろ実戦に限りなく近い虐殺だよ」

 

 一護が心のなかで非常に同意してくれているのが理解できる。

 

「で、正直そんなジジイと比べると、コイツラなんて大丈夫なのよ」

 

 兕丹坊は自身の攻撃が効かなかったことに対して焦っているのか、最後の両手にそれぞれ斧を装備した状態で攻撃をする。

 それ強いのかどうかはわからんぞ?

 

「終わらせてくれ、一護」

「あぁ」

 

 返事が、聞こえた。

 

 驚いた。

 こっちに意識向けてるんだ。

 

「わりぃ、潰すぜ、その斧」

 

 一護の言葉に現実が追いつくように、振るった刀は2本の斧と衝突して、

 

 ガン!

 

 斧を折り伏せた。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 衝撃は巨体の兕丹坊を吹き飛ばし、兕丹坊は尻もちをつく。

 そこからは怒涛だった。

 

 兕丹坊が自分が負けたことを受け入れられず、号泣。

 

 もちろん巨体から出る涙と声は絶好調。

 まるでサイレンのようなその声に困惑しながらも、一護は謝罪を行った。

 すると兕丹坊はその言葉に胸打たれ、敗北と門の通行許可を出す。

 

「ありがとな!」

 

 一護はいきなりの展開に困惑しながらも、兕丹坊にお礼を言う。

 

「僕たちも通してもらって大丈夫なのか?」

「いいんだ。

 おめだづのリーダーにまげだがら、おめだつ全員を通しても大丈夫だ」

「なっ、黒崎がリーダーではモゴモゴ……」

「そうそう、この金平糖がリーダーなんで、通してもらって……」

 

(何をするんだ我妻くん!)

(今は黙って従いなさい)

 

 途中で少しひと悶着ありながらも、兕丹坊はその巨体の力を最大限に使用し、門に手をかける。

 恐らく俺ら普通の人間が到底持ち上げることが困難な門を、

 

「ふんっ!」

 

 兕丹坊は持ち上げて見せる。

 

 夜一さん曰く、ここから通れるなら想定しているよりもかなり余裕を持って救出できると話している。

 それは嬉しいことd……

 

「あ、あぁあぁ」

 

 門を持ち上げた兕丹坊が、恐れを抱いている。

 恐れを抱いている。

 

 二度言わねばならぬほどに絶望に満ちたその顔、視線の先には、

 

「誰だ」

「三番隊隊長……市丸ギン……」

「あかんなぁ。

 門番は門開けるためにいるんとちゃうやろ」

 

 銀髪に白い羽織。

 

 兕丹坊の言葉で名前を知る。

 

 そしてその知覚と同時に、

 

 兕丹坊の腕が切れた。

 

 まるでフィギュアの腕をもぐように。

 ぽろりと取れた腕。

 

 あれは違う。

 俺と戦ったときに利用していた伸びる刀ではない。

 ただ刀を振るった結果起こった、斬撃という事象。

 

 その過程で生まれたのが、兕丹坊の腕の切断。

 

「ふっ!」

 

 片腕落ちれば門落ちる。

 その門を背で受け止めた兕丹坊は、流れる血に苦しみながらも、門を支える。

 

「おー、サスガ尸魂界一の豪傑。

 片腕でも門を支えることができるんやね」

 

 兕丹坊は何も話さない。

 それは苦しみによる沈黙か、これだけの人物を相手にしての沈黙かは分からない。

 

「でも、門番としては失格や」

「オラはっ! まげだんだ!

 まげだ門番は門をあげるっ! あだりまえのごどだべ!」

「ーー何を言うてんねや?

 門番が負けるいうんは門を開けるゆうことやない。

 門番が負けるいうことは、”死ぬ”いう意味やぞ」

 

 ゾッとするほどの威圧。

 一歩も前に進めないほどの威圧。

 

 だけど、そんな中、飛び出した。

 

 ギィィィン!

 

 衝突。

 いきなり飛び出した一護。

 そしてそれに対応する市丸ギン。

 

「俺らと兕丹坊の勝負はついたんだ。

 それを後からちょっかい出すなキツネ野郎」

 

 キツネ野郎、ね。

 ちょっと分かる。

 

「井上、兕丹坊の治療頼む」

「あっ、は、はい!」

「そんなにやりたきゃ俺が相手してやる。

 武器も持たないやつに斬りかかるクソ野郎は、俺が斬る」

「ハッ。

 おもろい子やな、ボクが怖ないんか?」

「もう止せ一護! もう退くぞ!」

 

 夜一さんの言葉に、市丸ギンの様子が変わる。

 一護、というのが知れ渡っている……?

 

 なら、俺のことも知れ渡っている、ってことか?

 

 でも俺は完全に死んだことになっているはず。

 

 だからこそ、こうして今兕丹坊の後ろに身を隠しているんだ(・・・・・・・・・)

 

「へぇ、キミが」

「知ってんのか? 俺のこと」

「なんや、やっぱりそうかぁ」

「おいっ! どこに行くんだよ!」

 

 市丸ギンは踵を返し、後方へ歩いていく。

 一護はその様子に退くのかと思っている。

 

 しかし、俺には理解できる。

 

 この後、アイツは振り向いて、

 

「ほんなら尚更、ここを通すわけにはいかんなぁ」

「その脇差で何するんだよ」

「ただの脇差やない」

 

 そう、あれは、

 

「ボクの斬魄刀や」

 

シィィィィィィ

 

「射殺せ」

 

 雷の呼吸 壱の型

 

「『神槍』」

 

 霹靂一閃



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ざまぁみそ汁たくあんボリボリ

 まず、ギンの刀が伸びる。

 文字通り、刀の柄から先が伸びた。

 

 そして同時に、兕丹坊の背後から源氏が飛び出す。

 その速度は、死神の誇る高速移動術、瞬歩に勝る速度。

 

 戦いとは、勝るものが勝利するとは限らない。

 様々な要因が絡み、結果としての勝利が残るだけ。

 

 そしてそれが今、我妻源氏に微笑む。

 

 我妻源氏は相手を知っていた。

 覚えていた。

 

 市丸ギンは相手を知らなかった。

 忘れていた。

 

 ギンとの距離が残り半分を切ったところで、源氏は知覚される。

 護廷十三隊三番隊隊長市丸ギンだからこそ、理解できた相手の正体。

 

 そこで一つの思考が市丸ギンの中に飛び込んでくる。

 

 なぜ?

 

 疑問、怒り、惑い、喜び、悲しみ。

 それらの感情は、人を鈍らせる。

 戦闘という合理性の戦いで、それは大半が弱さとなる。

 

 一方、我妻源氏の心には迷いがない。

 ただまっすぐに、最短最速で向かう。

 

 訪れる、市丸ギンに対する選択肢。

 

 目の前の敵か、後ろの敵か。

 

 しかし、いくら強きものであろうとも選択ができるほどの時間は今はない。

 

 これが重なり、起きうる事象は、

 

 一護がギンの刀によって門の外に弾き飛ばされ、

 源氏がギンの胸元に一閃を刻み込んだ。

 

「浅……」

 

 源氏は気づく。

 あの一瞬でギンは半歩下がることにより、致命傷を避けたことに。

 

「源氏!!」

 

 一護の声。

 門の外にいた皆も、同様に叫ぶ。

 

 それは、一護が兕丹坊と共に弾き飛ばされたことによる、門の閉鎖。

 源氏は落ちる門に視線を向けながら、

 

「じゃ、また」

 

 そんな呑気なことを話す。

 もちろん、そんな言葉で納得できるものでは無い。

 

 扉の先は敵地。

 そんなものに1人だけ置いていけるわけがない。

 一護含め門の外にいたみんなは扉に駆けつけようとする。

 だが、兕丹坊が吹き飛んでくるのに対応しないといけない。

 

 そんな迷いの思考を嘲笑うかのように、一瞬にして門は閉じる。

 

「ええんか?」

 

 そんな門の閉まる様を見届けた源氏。

 目の前には、敵。

 

 ギンは、胸元に刻まれた横一閃の傷を押さえながら、問いかける。

 

「良いも何も、こっち入るのが目的だから、俺が正しくてあっちが失敗してるでしょ」

「ここに侵入するのが目的、ねぇ」

「ま、俺としてはあんたを半殺しにするのが目的でもあるけど」

「ボクを?」

「殺されかけたから」

 

 ギンは、キョトンとした表情をする。

 そして、笑った。

 

「半殺しってっ……おもろいなぁ、キミ」

「え、なんかまずい?」

「まずくないわ、ホンマ。

 けどまぁ…………」

 

 ギンは押さえていた傷から手を離す。

 未だ流れる血が、浅いながらも無視できない傷だと主張する。

 

 それでも、市丸ギンは嗤う。

 

「相手が悪いわ」

 

 源氏を襲う力の本流。

 隊長。

 それは護廷十三隊という、死の世界を司る神の名を背負った集団の、頂点に近いもの。

 

「前に戦った時は限定されとったからアレやけど、今は違う。

 全開や」

「知ってる」

「なんや、知ってるんか」

 

 その力の本流を受けてなお、我妻源氏は折れない。

 戦う事に恐れがない。

 

 源氏は事前に聞いていた。

 浦原喜助から現世での死神に対する制限を。

 

 それを知った上で、我妻源氏は目指している。

 

「それ踏まえた上で、半殺す」

「おー、こわ」

 

 源氏は構える。

 何も以前と変わらない構え。

 

 ギンは警戒する。

 

 一体何をするのか。

 自分の限定を理解した上で用意してきたのだ。

 何か、考えているはず。

 

 源氏から漂う、霊子の収束、霊圧の増大。

 なにか来る。

 

 そう思った瞬間に、源氏は後ろにいる。

 

「シッ!」

 

 一呼吸で幾度も放たれる剣戟。

 並の死神ならこの速さについて行くことは難しい。

 

 けれど、

 

 ガガガガガガガッ!!

 

 細かい連撃はその悉くが弾かれる。

 

 連撃を終えた瞬間、源氏は一歩踏み出す。

 速さは先程の比ではない。

 

 だが、踏み込んだのはギンの背後から。

 死角、攻撃不能、タイミングの遅れ。

 

 戦闘における定石。

 

「なんや、ガッカリやな」

 

 そんな立ち回りに、ギンはため息を着く。

 

「なーんも変わっとらんやん、キミ」

 

 10日。

 

 ギンと戦ってから経過した時間。

 それだけあれば、ギンは何らかの成長をしてくるのかと考えていた。

 しかしまぁ、最初に驚いて食らっただけで、別になにか変わっている点はない。

 

 黙々と、淡々と、刀を振るえばいいだけ……

 

 振り返りざまに首に薙ぎ。

 ギンの頭の中の彼は、これを躱せない。

 

 一瞬の終わり。

 そう、思っていた。

 

 ガンッ

 

「ん?」

 

シィィィィィィィ

 

 音が聞こえた

 自分の刀が止められたことに気づいたその時には、

 

 ギンの体は後ろに飛んでいた。

 背中に感じる痛み。

 

 斬られた。

 

 そう理解したとともに感じる疑問。

 今の攻撃は完全に彼の意識の死角をついた。

 しかし結果としてギンの斬撃はまるでそこに来る反撃だとわかっていたかの様に対処され、反撃をされた。

 

「っし」

 

 ギンの中の警戒度が上がる。

 

「真面目にやらんとあかんみたいやねぇ」

「……それは困る」

「なんや、意気揚々としとったのに消極的やなぁ」

「別に本気で戦いたい訳では無いから……」

「なのにそんなバリバリ来るん?」

「いや、前に刺された恨み、晴らさでおくべきかと」

 

 同時に、本気度も上がる。

 この少年相手に手を抜いたら、こちらが食われる。

 

 ギンは目の前の相手の対処を必死に考え、

 

「そうやな」

 

 顎に手を当て、

 

「じゃ、他のやつに任せるわ」

「は?」

 

ダダダダダダダダ

 

 源氏の惚けた言葉と共に聞こえる、足音。

 それは1人や2人などという些細なものでは無い。

 

 数十のではないかと言うほどの、軍勢。

 

 源氏の目に入る、ギンの後ろにいる大量の死覇装を纏った人間たち。

 

「君が狙ってるのは僕。

 でも、他にもなにか目的はある。

 こんなもんやろ。

 後は他のやつで……」

「市丸隊長!」

 

 たどり着いた死神の1人が、ギンに声をかける。

 

「そ、そのお怪我は?!」

「あー、油断しとってね。

 ついつい」

 

 死神たちがざわめく。

 それはそうだ。

 

 死神たちが目指す最高戦力。

 それが隊長。

 

 その隊長に一太刀だけでなく、いくつもの傷を残した。

 

 そんな相手が……と死神たちが源氏のいた方向を見ると、

 

「なんや、変な奴やなぁ」

 

 そこに源氏の姿はない。

 やけに霊圧を隠すのが上手い彼は、恐らく今の動揺に生じて逃げたのであろう。

 

 普通で、臆病。

 

 普通で、隠れる。

 

 普通で、強いものに傷を付ける。

 

 少しだけ、普通じゃない普通の敵。

 

「市丸隊長! 我々は旅禍の探索と捕獲を行います!

 よろしいでしょうか!」

「ええよー。

 ボクはちょっと調べたいことがあるし」

 

 斬魄刀を使わない、刀を使う男。

 そして死神と同等の戦力を持つ男。

 

 殺したと思っていたらどんな手品か生きてここにいる。

 

 知っておかねば面倒になる。

 ギンはその読めない表情で、隊士達とは逆方向に歩き出す。

 

 その頭の中に過ぎるのは、あの一瞬だけ異常に研ぎ澄まされる剣筋。

 

「あ」

 

 そこでギンは、少し的はずれなことに思いつく。

 

「普通で、やなくて。

 普通だから、やんか」

 

 普通だから、臆病。

 

 普通だから、隠れる。

 

 普通だから、強いものを対策する。

 

 普通だからこそ、強く在るのではなく、強くなる

 

「これはこれは……怒られるやろなぁ……」

 

 もしかしたら案外簡単に捕まってしまうのかもしれない。

 ギンの頭の中に、総隊長が怒る様子がありありと浮かぶ。

 

 まぁ、その時は彼がどうにかしてくれるだろう。

 

「それにしても、久しぶりに斬られたなぁ」




黒崎一護
尸魂界闘争編
我妻源氏
尸魂界逃走編


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死なない男

 現在俺は、死神たちの住処に一人で乗り込んでいる。

 太陽の雰囲気と腹時計の感じからして、5時間以上が経過した、ということになるだろうか。

 

 自信はないが、辺りは暗くなってきているから、まぁそんくらいだろう

 

 俺が現在までこうして適当に過ごせている理由はいくつか存在する。

 まず1つは、このマント。

 俺の持っているマントは、知っての通り浦原さんからもらったもの。

 

 これは以前、一護と石田くんが大量の虚を退治したときにもらったものであるため、俺という人間の体を隠すための迷彩効果が付属されている。

 

 もちろん、それはここでも発動されるわけで、

 

「ありがとうございます」

 

 しばらく探索してみてわかったことは、ここには死神以外の人達も暮らしている、ということだ。

 しかもその誰もが和服を着ている。

 

 現在マントの下は、適当なTシャツとジャージを着ているため、もしこの中でマントを取って歩いてしまえばたちまち俺は目立つ。

 だからこそ、こうして迷彩効果を発動して町中を散策している。

 

 ちなみにこれは俺が霊的な術を使えないことを見越して、呼吸をするだけで使えるという素敵な仕様である。

 

「流石に盗みはしたくないけど、かなり美味しそうだったな」

 

 町中を散策して五時間。

 既にあたりは暗く、人の姿は少ないが、俺の頭を過るのは明るいときに見えた美味しそうな食べ物の数々。

 

 腹が減ってはなんとやら、とは言うが確かに水はないとかなりきついため(経験談)どこかで水は確保しておきたいところである。

 水くらいなら井戸とか在るのでは? という一抹の期待を募らせながら歩いている。

 

「ここにはいたか?」

「いないな」

「次に行くか」

 

 閑話休題。

 

 俺がここに侵入して見つからない理由その2は、死神たちがあまり強くない、というところにある。

 

 一応浦原さんからの話では、姿を隠すだけでなく、霊圧も隠すことができるマントと話は聞いている。

 もしかしてこれ、非常に高性能なのでは? と思っているのだが、それを鵜呑みにする俺ではない。

 

 恐らく、今まで見つかっていない時点でその能力は保証されたも同然なのだが、一応俺は死神たちの気配を感じ取っては気配をかいくぐって侵入している。

 

 修行時代にもよくやっていた隠れる能力がここで役に立つとは思ってもいなかった。

 

 これと身体能力を十分に利用しながら、俺は現在この場所を外側から調べている。

 

「やっぱ外側は住宅街的なとこなのかな」

 

 これが5時間掛けて調べることができた成果。

 

 この場所……瀞霊廷(街行く住人が漏らしていた)は真ん中を護廷十三隊という死神たちの組織の詰め所になっていて、外側が住宅街となっているらしい。

 

 これは憶測も入っているが、ほぼ確実と見て間違いないだろう。

 

 現在外側に出現した壁を見ながら探索しているが、死神の数が思ったより少ない。

 それに、結構普通の人が多いイメージだった。

 

 それに反して死神は基本的に真ん中の方……高い建物のある方角から来ていることが大半で、戻るという言葉を口にするものは中心に戻っていく仕草をしていた。

 

 まだチキって中心の方には行けていないが、そろそろ侵入しどきなのでは? という思いが存在する。

 

「でも、真ん中でどうするか、何だよなぁ」

 

 と、思ってはいるのだが、問題が一つ在る。

 

 これ入ってから抜け出せるのか問題。

 

 門を使えば簡単なのだが、あの門を一人で内側から開けられるわけがない。

 本来なら夜一さんが出る方法を知っているはずなのだが、それを聞きそびれてしまったので俺は実質詰み、ということになってしまう。

 

 最初の方は少しだけ朽木さんを攫って速攻帰れば問題ないのでは? とか考えていた。

 しかし朽木さんの場所も知らないわ死神の巣窟に行くわで俺の心の中の一般高校生ハートが許してくれない。

 

 とりあえず一周してみてから中に入ってみるか。

 このペースで、というかた多分こっから適当に飛ばして行くと思うから、後二時間もあれば大丈夫だろう。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「クソっ!」

 

 夜一さんが猫なのに表情豊かに苦しそうな顔をしていた。

 

 現在は源氏と離れてから1時間が経過した頃。

 

 俺があの銀髪の市丸ギンとかいうやつに兕丹坊ごと吹き飛ばされてから、織姫に頼んで兕丹坊の腕を直してもらっている。

 

 全快になれば門を開けることなど容易いことなのだが、織姫の治療でも結構な巨体であるから、完全に直しきるまでには至らないらしい。

 

 その間、俺らの中で会話はなかった。

 

 ただただ沈痛な面持ちで、みんなが考え事をしている。

 

「提案なんだが」

「なんじゃ」

「もう一度、あの扉を破壊することは?」

「兕丹坊があの門の門番になってから300年、破られたことはない、とは言ったが、あの扉と壁に関しては作られてから一度たりとも傷が付いたのを見たことはない。

 先程の一護を見ておったじゃろ?」

「それじゃあ、どうやって行くっていうんですか」

 

 幸い、流魂街のみんなが俺らのことを迎え入れてくれたことで、なんとか宿は確保することができた。

 

 石田も珍しく焦っている。

 それはそうか。

 源氏のやつが一人で瀞霊廷の中に行っちまったから。

 

「方法として入る方法はあるのじゃが、最短でも明後日が最速じゃ」

「それじゃあ……」

「既に儂らのことは知られている。

 探されて、見つかれば終わりじゃ」

 

 夜一さんが絶望的な声色で話す。

 

「大丈夫だって」

 

 そんな中、みんなの悲観的な考えを笑うように、俺は話す。

 

「大丈夫だって?!」

「一護、どういうことなんだ?」

「いくらあやつが鬼人の孫であろうと、死神たちにかかれば……」

「いやいや、そんな常識で図らないほうが良いって」

 

 は?

 

 ここにいる三人?(二人と一匹)が全員不思議な表情をする。

 

 正直、俺だってこんなことを話したいわけではない。

 源氏は友達で、俺のワガママに付き合ってくれているイイやつだ。

 

 だけど、俺は確信している。

 

「源氏は多分、あそこの中で生きている」

「それは、霊圧を感じるということか?」

「馬鹿な。

 瀞霊廷の外と中は霊的に完全に遮断されている。

 それで霊圧を感じることなんて……」

「そういう話じゃない」

「じゃあ、なんだって言うんだい? 黒崎」

「源氏はどれだけ死神に囲まれたところで、死ぬわけがない」

「確かにアヤツの生存能力は化け物のようだが……」

 

 夜一さんには何か心当たりがあるようだが、チャドと石田はなんのことやら、って感じだ。

 

「俺が源氏の爺さん……丈さんにしごいてもらった、って話は聞いただろ?」

「あぁ」

「まぁ、話は」

 

「俺はその中で戦闘についてとかそんな高尚なものじゃない、戦いということを教えてもらった。

 斬る覚悟、斬られる覚悟。

 そして、生きることの難しさ」

「だからあんな巨体を前にしても冷静でいたのか」

「あぁ。

 あんなのに比べたら丈さんを目の前にしただけで死ぬからな」

 

 笑ってはいるが、どうやら石田とチャドにはこの話は通じない。

 夜一さんは苦笑いしているあたり、理解してるっぽいけど。

 

「そんな訓練の中、俺と並行して訓練をしていた源氏はひたすらに殺されかけてた」

「さっきから話している殺されかけるとか殺されるってのは?」

「比喩として、ということで聞いてはいるけれど……」

「違う違う

 本当に首元に刀を向けられる」

 

 二人が震えたような気もしたが、気の所為だろう。

 俺の殺気なんて二人にはまだまだ届かないのだから。

 

「俺は殺さずに殺されていたぞ、って言われ続けたんだけど、源氏の場合はどれだけ死にそうでも丈さんは刀を絶対に途中で止めない」

「それって一歩間違えれば……」

「俺もそれはずっと思ってた。

 けど、訓練を見れば見るほど、源氏は生きていった」

 

 昨日振った刃は既に見切られていて、

 

 半日前に振った刃も見切られていて、

 

 一時間前に振るった剣筋も当然のように避けられて、

 

 終いには振る前から躱されている。

 

「源氏は強くはないけど、死ぬことからは一番遠いやつだ。

 多分どんだけやっても死なない」

「それが。我妻丈って人の教え方なのかい?」

「違う」

 

 石田の言葉にノーを向けたのは、俺ではなく夜一さん。

 夜一さんはポツリポツリと話し始める。

 

「我妻丈という人は恐れを知らない殺戮者と呼ばれ、かつてあの十一番隊隊長を屈服させ続けた男、と言われている」

「十一番隊?」

「死神の中でも武闘派連中が集まる隊のことを指し、恐らくその隊長は隊長の中でも最強クラス。

 その男が一度も地に膝をつかせることができなかった男が、我妻丈じゃ」

「……まぁ、たしかに俺も寸止めさせられてなかったら今頃何回も死んでた」

「何回もって……」

 

 訪れる再びの静寂。

 俺は手を叩き、

 

「それじゃ、俺織姫のとこ行って差し入れしてくるわ」

「あぁ、それならボクもなにか手伝えることが在るか……」

「それなら他のところに行っててくれ。

 俺は俺でやってるからよ」

 

 源氏と別れた最初。

 門を何度も切りつけた。

 

 だけど、びくともしなかった。

 

 だからこそ、あんたの言葉を信じる。

 

 丈さん。

 

 我妻源氏は、死なない男、だよな。



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行けそうやん? そう思った時がフラグの立て時です

 一番隊隊首室。

 

 そこに、銀髪の男……市丸ギンは現れた。

 

 理由は簡単。

 呼び出されたから。

 

 緊急招集。

 めったにかからない号令によって集められた市丸ギンは、既に予想づきながらも、扉を開く。

 

 そこにいたのは、

 

「来たか」

 

 十二名の死神。

 それぞれが死覇装の上に、ギンと同様の白い羽織を纏っている。

 その背には大きく漢数字が書かれていて、みな、違う数字を背負っている。

 

「さぁ! 今回の行動について弁明を求めようか!」

 

 そして次に特徴として挙げられるのは、並び。

 十一名の死神は左右に列を為し、真ん中を開けている。

 そして一人。

 真ん中の列の先には一人の死神がいる。

 

「三番隊隊長ーー市丸ギン!!」

 

 老齢で既に足腰は弱り果てているように見える姿をしているが、その姿の気迫はさることながら、纏う雰囲気は強者そのもの。

 彼を前にして怯むことがないギンは、この場にいる死神たちを見渡し、

 

「なんですの?

 イキナリ呼び出されたかと思ったらこんな大袈裟な」

 

 一歩ずつ歩いて前に進むギン。

 しかしまぁ、本人としても今この場に呼び出された理由に関してはわからないわけはない。

 それを知りながら、言葉を紡ぐ。

 

「尸魂界を取り仕切る隊長さんが、ボクなんかのために揃いも揃ってまぁ……」

 

 そこで、ギンはあえて溜めを作る。

 言葉の主導権は自分だと言わんばかりに。

 

「……でもないか。

 十三番隊隊長さんがいらっしゃいませんなぁ。

 どないしはったんですか?」

「彼は病欠だよ」

「またですか、それはお大事に」

「おい」

 

 ギンの言葉に返すのは、髪を編み込みにして、サングラスをかけた男。

 一瞥もくれずに言葉を返すサングラスの男に、ギンは白々しく返事をすると、大きな体躯の男に声をかけられる。

 

 その男は太陽のような髪型で、眼帯をつけた男。

 おおよそ戦うものには見えないその男は、ギンに対して不服そうな視線を向ける。

 

「どんなやつだった」

「はい?」

「お前に手傷を負わせた野郎だよ。

 お前が手を出したのにはムカついてるが、お前に傷を負わせたってことはかなりのやつだってことだろ?」

「確かに腕は立つかもしれませんけど、あれは強いというより強か(したたか)って感じですよ」

「どっちでも良い。

 良い切り合いができればな」

 

 その巨躯の男は不気味な笑みを浮かべながら、ウズウズしている。

 

「それにしても、キミの実力も落ちたのではないか?」

 

 そしてもうひとり。

 話しかける人物。

 それは人として良いのかわからない肌の色。

 耳は見られず、髪も見られない。

 

 おおよそパッと見が人間の様に見えるだけで、見れば見るほど人間との差異が目立つ。

 

「それもそうかも知れませんねぇ」

「でも、確認された旅禍は5名。

 それを一人の侵入を許し、残りは殺しきれなかったとはどういうことかね?」

「あら、残りは死んでなかったんですね?」

「何?」

「いやぁ、殺したと思っとったんやけど……」

「バカを言うな。

 貴様が手を抜いて殺しそこねただけだろうがっ」

「うるせぇな。

 斬られたいなら外に出ろ」

 

 三者三様。

 同じ言語のはずなのに、全員が食い違った言葉を話すこの空間は、少し異質だが、周囲の者からすればいつもの光景に見えるらしい。

 

 そんな言い合いも長く続くわけはなく、

 

「ペイッ!」

 

 妙な一喝によって終了する。

 それを口に出したのは、背に一の数字を背負う老齢の男。

 

「辞めんかいみっともない。

 更木も涅も下がりなさい」

 

 男の言葉に、ギンに絡んでいた二人は引く。

 それほどまでに老齢の男の発言力が強いのが見て取れるこの状況。

 

「それにしても、最もみっともないのはお前じゃ、市丸。

 護廷十三隊の隊長ともあろう人間が、旅禍を取り逃しただけに飽き足らず、傷をつけられて帰ってきたとはどういう事じゃ?」

 

 その見えない瞳をチラつかせ、老齢の男はギンに問いかける。

 その言葉は、重い。

 

 老齢の男の凄み、という点も十分。

 だがそれ以上に、尸魂界というものが抱えている歴史が、重く市丸ギンに降りしきる。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 夜。

 

 俺を探している死神も、さすがに数が減ってきた深夜。

 

「あともう少し」

 

 後2時間あれば外周をぐるっと回れる。

 そしたら侵入でもしようかと考えていた矢先、

 

ガンガンガンガンガンガンガンガン!!!!

 

 なんか響き渡った。

 

 え、これなに?

 

 なんもしてないはずだけどめっちゃ怖い。

 ってかなに?

 は?

 

 若干キレ気味になりながらも、俺は周囲への警戒レベルを引き上げる。

 すると、感じた。

 

「マジかよ」

 

 でかい力。

 

 あ、この世界では霊圧、だっけか?

 そのでかい霊圧は、この遠くからでも結構伝わる。

 そこらの死神とは比べ物にならない感じ。

 

 俺が見つかったならこっちに真っ直ぐ来るはずだけど……

 

「ん?」

 

 なんか様子がおかしい。

 

 具体的には遠ざかっている。

 どうした?

 

 俺のそんな疑問を他所に、でかい霊圧はどんどん遠ざかっていく。

 これは……気にしない方がいいな。

 

「あ、一護たちかなぁ?」

 

 ここでは遠距離による通信手段が存在しない。

 携帯も使えないらしく、結構不便である。

 

 というか、それしてもこの状況的に一護たち以外にあり得ないし……。

 

 行くか?

 

 見つからないのは何となく分かってはいるけど、それでも怖いもんは怖い。

 

「ん?」

 

 そこで、とあることを思いつく。

 

 今、一護たちが来たのなら、死神って結構出払って居るのでは?

 ということは……。

 

 安全に入れるじゃん中央。

 しかもこの手の場合って囚人警護の人数は最低限になるだろうし。

 

 バカでかい霊圧の人もいないし。

 

 こっそり行く分には大丈夫やろ。

 

「終わったら一護の方に合流すればいいし」

 

 一護の事だ。

 黙っていられることなんて出来ないだろう。

 意外にみんな脳筋じみてるから……。

 

「そうと決まれば」

 

 まずは情報集め。

 あわよくば、朽木さん捜索。

 

 あわよくば、攫って帰る。

 

 あと出来れば、銀髪野郎1回殴れば半殺しになるんじゃない?(私怨モリモリ)



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え、その顔で兄様?

「と、いうことで参りました朽木さんのところ」

「何がということで、だ! バカモノ!」

 

 俺は朽木さんの収容されている懺罪宮という場所にやってきた。

 目の前には、白い和服を纏った朽木さんが、檻越しに俺のことを呆然と見ている。

 お? 惚れたか?(超自画自賛)

 

「どうやってココに……」

「どうやっても何も、正面からこっそりと」

「正面からこっそりは、こっそりなのか……?」

 

 結構な情報収集と、この騒ぎのお陰で朽木さんがここに閉じ込められていることも、処刑が早まったことも話に聞いた。

 なぜ早まったのか、という点に関しては調べきることができなかった。

 なんか偉い人たちの決定だから、下の人達には理解できないらしい。

 

 というか結構死神さんたちって序列に厳しい感じなのね、しっかりしているというか前時代的と言うか。

 

「確かに目の前に現れた時は驚いたが、看守もどうやって」

「こう、トンって」

「トンでなんとかなるほどのものではなかったと思うがの……」

 

 気絶させてからは、適当に刀で立っているように見せかけている。

 遠目で見れば少しうつむいている程度にしか映らないだろう。

 

 というか、気絶させるくらいならわけない。

 霊圧とか意味不明なものに頼るのではなく、研ぎ澄まされた手刀が物をいうのだ、こういう時は。

 

 こらっ、手刀は砥げないとか言わないの! 目の前でやってるの見たこと在るんだから!

 

「ま、そこらへんは良いんだけどさ」

「良い話かの……」

「率直に聞くけど、出る?」

「……この檻から、ということかの?」

「まぁ、それもそうだし。

 この尸魂界から、って意味でも」

「出られるのか?」

 

 朽木さんの表情は明るくない。

 まぁ、一護から話を聞いた感じでは、朽木さんが助けを求めたわけじゃない。

 

 アイツのしようとしていることは、死神という世界へのいちゃもんだ。

 

 我儘。

 

 それを通そうとココに来ている。

 そしてそれに賛同するものが居た。

 で、俺はというと、

 

「ぶっちゃけ、助けてほしくはあるの?」

「ッ?!」

 

 絶賛反対。

 正確に言うと、ちょうど半々だったのが、朽木さんの顔を見て反対になった。

 

 だって、朽木さんの表情はまるで、

 

「助けてほしくなさそう」

「そ……それはそうであろう。

 死神としてのルールを破ったのだ。

 裁かれるのは必然」

「ふーん」

 

 休憩でもするか、と腰を下ろす。

 少し硬い地面だ。

 コンクリに似たような、硬い匂いがする。

 陽の光は最低限。

 周りは白い壁に覆われて、

 

「話そう」

 

 お話には割りかし最適だ。

 

「は?」

「話そう。

 俺、我妻源氏と朽木ルキアで」

「……こんな状況で、か?」

「こんな状況で」

 

 少しの間だけ、俺は話し相手になろう。

 

 俺は朽木ルキアという人間をそんなに知らない。

 それこそ、学校での猫を被ったあの姿しか知らない。

 だからこそ、俺は今一度知る必要がある。

 

「話せば、心が決まるかもしれない」

「何の心だ」

「出るか、居るか」

「……」

 

 沈黙は金、とは言うけど、この沈黙の意味を悟れるほど俺は人付き合いは得意ではない。

 

「……空座町に来たのはなんでだっけ」

「そ、それは私が空座町の地区を担当することになったからだ」

「それってさ、虚討伐の?」

「そうだ。

 私が赴任してからは虚の出現の頻度は高かったがな」

「あ、流石にあんな頻度で出るわけ無いか」

「そうだろう。

 人の命は限り在ることと同時に、虚の数も限りが在る。

 あんなに出ては死神がいくら居ても敵わない」

 

 朽木さんは、俺の言葉に最初は動じたが、普通に返してくれる。

 学校でのあの猫をかぶった感じではなく、いつも通りと言った感じ。

 

「実際さ、朽木さんって死神的にどのくらいの強さなの?」

「……並程度、といった程度だな。

 鬼道に関してはそこそこ優秀である自信はあるが、剣の腕に関しては並かそれ以下、だな」

「偉くないの?」

「まぁ、何も強さだけで序列を決めるものではない。

 家柄や知能、知恵も必要になってくる」

「ってことは努力して偉くなったタイプなのか、朽木さんは」

「……いや、私は家柄が良かったのだ」

 

 少し落ちたトーンに、俺は返す言葉を一瞬見失った。

 

 いや、だって家の話とかする流れじゃなかったよね? これ?

 俺のせい???

 

「ま、まぁ家柄のことはいらないよ。

 難しそうな話だし」

「……こういうことを知りたいのではないのか?」

「確かに環境がどうだったから性格がどうとかは分かるけど、結局は中身の問題だし」

「そういうものかの?」

「そういうもん」

 

 まぁ、そうじゃなかったら転生者とかやってられませんて。

 転生者じゃなかったら鬼滅だとか思う前に死んでるよ???

 

「あ、一護って死神でも強いほうなの?」

「まだ私ほどではないかもしれないな。

 斬魄刀の名も聴けていない。

 先程話した鬼道も使えていない。

 アホほど大量な霊圧と戦いのセンスだけで乗り切っているという状況だ。

 それこそ、ピンチになった時の霊圧の量は隊長にも勝るほどだと思う」

 

 

 こう聞くと結構朽木さんって頭いいなぁ、と思う。

 普通に観察眼に関しては素晴らしい。

 

「それこそ、そうだな。

 あやつがより強者との戦いを経験すれば、私などすぐに抜かれる」

「なら、楽しみにしてな」

「は?」

「あいつ、結構強くなってるから」

「……そうか」

 

 少し諦めた表情をする朽木さんに、苦笑いを俺は返す。

 そんな中、朽木さんは唐突に、

 

 

「……それでいうなら、源氏殿もどんな訓練を受けてきたのか?

 私の見る限り、それは教えてもらう剣技ではなかろう」

 

 俺のことについて聞いてきた。

 結構今までは俺のことなんか興味ないのかと思っていたけど、朽木さんからしても俺の存在は気になる、ってこと?

 

 ……俺、朽木さんになにかしたっけ?

 別に最初以外あんまり接点ないけど。

 

 というか俺の戦っている姿見られたっけ?

 

「気になる?」

「気にならないほうがおかしいであろう」

「確かに」

 

 虚を獲物ありでも屠れる男とか確かに怖いわ。

 

「俺の正体は……」

 

 

「正体がなんであれ、そんなものは関係ない」

 

 

 飛び退く。

 

 朽木さんの檻の前……俺が先程まで居たところに、人がいた。

 それは奇妙な金飾りをした、白い羽織を羽織った男。

 

 背には六の漢数字をデカデカと表している。

 

 その男が、俺の居たところの、首に当たるところを横薙いでいた。

 もし俺が動かなければ、死んでいた。

 

「久しぶり?」

「挨拶などいらぬ」

「釣れない」

 

 俺の気さくな挨拶に、男は応じない。

 俺の脚が地面に着くかつかないかのタイミングで、男の姿が消えた。

 

 背後がチリチリする。

 移動では間に合わない。

 

 攻撃されるであろうところに刀を置く。

 

 突如、衝撃。

 

 俺の体は前方に吹き飛ばされる。

 

 そっちは懺罪宮の出口。

 

 何にもぶつかることはなく、俺の体は懺罪宮から叩き出される。

 

 懺罪宮の目の前は長く不安定な橋が存在している。

 

 危うげに着地を決める。

 橋の不安定さに舌打ち。

 振り返る。

 

「今の一撃で死なぬとは、あの死神の男よりはやるのだな」

「あの男ってのは、一護のことか?」

「さぁ、知らぬ」

「そっか」

 

 もし一護なら、この程度の斬撃躱せなきゃココに来る前に死んでいる。

 だけど、わざわざ敵に塩を送ることもないので黙っておく。

 一護、次にさっきのやられた時、反撃しろ、ガッツリ。

 俺が許す。

 

「貴様は尸魂界のものではないな?」

「まぁ、いずれ来るもの、ですね」

 

 死んだら。

 

「ならば、今来ても変わらぬだろう」

 

 瞬間、男の高速移動……瞬歩が行われる。

 死神の戦闘に関して、浦原さんから教えてもらった高速移動方法、瞬歩。

 

 ぶっちゃけ霹靂やん、と最初は思った。

 

 けどちょっと違うのね、これ。

 

「避けるか」

「もちろん」

 

 瞬歩は歩法。

 

 霹靂一閃は踏み込み。

 

 多分最高速なら霹靂一閃で、取り回しなら瞬歩なんだろうなって思った。

 

 またも首元を通り過ぎる刀をしゃがんで躱しながら、思考をする。

 

 相手は恐らく隊長と呼ばれる部類の人間。

 一応夜一さんの話によれば、出会ったらすぐに逃げろ、とのことだ。

 もちろん一人だったら逃げてる。

 けど、今回は近くに朽木さんがいる。

 

 逃げるにも、もう一度来るのは面倒だし、もしかすると暫定危険人物とブッキングする可能性もある。

 

 一番は朽木さんを攫って逃げることだけど、今のところココを逃げる方法が存在しない。

 夜一さんたちが来るのを待つのが安牌だけど、何時来るのかが分からない。

 

「随分余裕にしているのだな」

「ん? あぁ、ちょっと」

 

 考え込んでいると、男が話しかけてくる。

 なんだよ話す価値なし、的な判断してきた癖に。

 

「前回はわざとやられたふりをしていたのか」

「ま、まぁそうだよ?」

 

 思わず動揺して死にかけるが、躱す。

 

 現在俺が隊長と呼ばれる人間とやりあえているのは、修行の成果。

 

 現在俺は『息抜き』の状態で刀を躱している。

 別に手を抜いているというわけではなく、立派な戦術としての『息抜き』だ。

 

「貴様の狙いは何だ、ルキアか」

「? 知りたいの?」

「何、ココまでやれるのならば、聞くに値する」

「え、教えるわけ無いって」

「そうか、ならば本気で行こう」

 

 お、ギアが上がるか。

 

 やっぱ背後から来る……いや、

 

「っぶねぇ」

「よくわかったな」

 

 正面だ。

 

 そうだよ、この人隠密うまいやん。

 いきなり俺の近くに現れるし、音鳴らないし、瞬歩なめらかだし(浦原比較)

 

 息抜きのレベル上げてよかったぁ

 

 息抜きは力を抜く。

 

 これはもはや霊力を排出する行為であり、生物的には衰弱している状態だ。

 だけど、その分体は些細なことに生存本能を働かせる。

 その結果、俺の避けは一段階レベルが上がっている。

 

 このおかげで、隠密行動をする敵に対しても一つも当たらないをできるようになってきた。

 

「ならば」

「やめてください! 兄様!」

 

 距離を取る男。

 どうするか決めあぐねている俺は、様子を見るが、後ろから声が聞こえる。

 それは先程まで居た懺罪宮の中から聞こえる。

 

 後ろを振り向き、目を凝らすと、檻の中の朽木さんがこちらに向かって叫んでいた。

 



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事実は小説より割と奇

「今はお前の話を聞いている暇はない。

 旅禍に対して然るべき措置をとるだけだ」

「その旅禍は、何をしたのですか」

「長らく破られることのなかった尸魂界に侵入した」

「侵入しただけで罪なのですか?!」

「それ自体は罪だ。

 罰は受けねばならない」

 

 朽木さんは、願うような様子で俺と退治している男……兄様? の方を向き、説得をしている。

 

「ならば、此処で本気の剣を使わずとも!」

「更に、三番隊隊長市丸ギンに対して手傷を負わせた。

 これは尸魂界に対する敵対行為だ」

 

 朽木さんが俺の方をにらみつける。

 俺は申し訳無さそうに軽く礼をすると、朽木さんは苦い表情をしながら、

 

「それにしても! それは市丸隊長にも非が……」

「口説い!」

 

 兄様……いや俺が兄様って呼ぶのもおかしいか。

 男の一喝。

 

 その言葉に、朽木さんは萎縮する。

 

「規定を犯すものに、慈悲はない」

 

 その言葉は、まるで俺に向かって言われた様に見えたけど、

 

「え、今朽木さんに話した?」

 

 朽木さんに向かって話しているようにも見えた。

 まるで、言い聞かせるような口調。

 空気がひりついてくる。

 おそらくは男のほうが本気を出そうとしているのだろう。

 

 死神は体内から霊圧を放出する。

 それも自身で度合いを調整し、手加減をすることができる。

 

 その手加減を、取り払ったのだ。

 

「名は何という」

「ん?」

「此処まで来たなら、名を聞こう」

 

 いきなり名前聞くとか俺がJKだったら通報されてるよ。

 風が吹いて橋が揺れる。

 

 少しだけ、考えた。

 

「俺は、源氏」

「そうか。

 私は朽木白哉」

「あ、本当に兄妹なのね」

 

 その言葉を最後に、俺は話す暇さえなくなる。

 

 右。

 左。

 逆袈裟。

 右。

 左と見せかけての上段。

 拳。

 ん? ビーム?!

 死神ビーム撃てるの?!

 突き。

 

 恐らく俺の体験における二番目の速さでの剣閃。

 

 その剣閃は躱すのに精一杯で、反撃の余地はない。

 苛烈になる攻撃。

 

 触れないように躱していく。

 

 右、左、コブ……

 

「フッ!」

 

 拳と見せかけての首薙だった。

 

 俺の首の目の前を通り過ぎる。

 

 間合いを詰めなくてよかった。

 生きた心地がしない。

 

 相手から目を離せない。

 キレイで努力の跡が見える剣閃。

 俺なんかとは大違いだ。

 

 俺は生きるため。

 

 こいつは信じるもののために戦っている感じ。

 

「ハァッ!」

 

 男……白哉からの一撃。

 このまま躱していても、埒が明かない。

 それなら、ここでなにか手を打っておくのが必要だ。

 

 することと言っても、反撃をしようにも俺の生ぬるい攻撃では返り討ちにあう。

 やるとすれば、型。

 

 しかも本気も本気で挑まなければ詰んでしまうだろう。

 

 そのために必要なのは、隙。

 

 一瞬でもいい、針の穴のような隙。

 

 俺が取った行動は、

 

「未熟」

 

 刀を受け止める。

 

 白哉の上段。

 鍔迫ろうと刀を横にして迎え撃つ。

 

 恐らく、未熟という言葉は俺の行動に対して言われたものだ。

 今の俺では、白夜の剣を防ぐことはできない。

 

 知っている。

 この速さ、重さは俺の剣では到底受け止めることはできない。

 だからこそ、

 

「ッ?!」

 

 俺は刀身を消失させた。

 

 この刀は特別製。

 現実でも持てる様にと、俺の意思で刀身を出現できる。

 これはまた逆も然り。

 

 好きなときに刀身を消すことができる。

 

 もちろん、相手の刀身が消えるなんて早々ないこと。

 そして、刀身が消えれば迎えるのは、俺への直撃。

 

 白哉の剣は鈍ることはない。

 

 そう、それで良い。

 

 シィィィィィィィィ

 

 

 迷わなくてよかった。

 俺がいる場所を斬ってくれてよかった。

 

 

 雷の呼吸

 

 

 俺はすべてを知っていて、半歩後ろに下がる準備をしていた。

 

 

 弐の型

 

 

 マントは俺の体を覆うように着ている。

 だからこそ、体すれすれでマントは縦に斬られ、

 

 

 稲魂

 

 

 一瞬の隙を生み出した。

 

「散れ、『千本桜』」

 

 瞬間、地面から湧き上がる桜の花弁(はなびら)。

 

 反応している暇なんてない。

 少しでも先に。

 一瞬でも先に決める。

 

 キィィィィン!!!

 

 振るって気づいた、花びらの正体。

 この花弁(はなびら)、刀……。

 

 そして俺は、花弁(はなびら)に包まれた。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 男、朽木白哉にとって、それは一瞬の驚異(脅威)だった。

 

 まるで吹けば散る綿毛のように、弱々しい相手。

 旅禍の一人である、源氏という男の評価はそんなものだった。

 

 しかし蓋を開けてみれば、綿毛のように刀を躱し、掴み取ることすらできない存在のように感じる。

 

 目の前にいるのに、居ない。

 ある意味で何と戦っているのだろうかと思わされる相手だった。

 

 そして、あの一瞬。

 

 刀が消失し、当たると思われた上段が空を斬ったあの時、

 

 危険を、感じた。

 

 それは源氏が息抜きを通じて得た、自身の潜在的な霊力保有量を上げたことによる、強化だったかもしれない。

 あるいは、白哉が油断をしていたからかもしれない。

 

 だが、その一瞬で朽木白哉は気づけば、源氏を殺していた。

 

「ッ……」

 

 苦い表情。

 それは、護廷十三隊隊長に命じられた許可なき始解の開放によるものであり、

 

 同時に源氏に対して最大限の敬意を払うことなく倒してしまったことに対する、後悔。

 

 桜の花弁は、源氏に襲いかかり、その身の一切を切り刻んだ。

 残ったのは、おそらくは残虐な骨肉。

 

「ってぇ……」

 

 聞こえないはずの声がした。

 

 それは旅禍であるはずなのに呑気な声をして、白夜に話しかけた相手であり、

 

「死ぬって、まじで」

 

 先ほどとは違い、副隊長程度の霊圧を発する、源氏の姿だった。

 

 源氏の体は血に塗れている。

 しかしそれはすべて肉を抉っているわけではない。

 皮一枚で済んでいた。

 

 多数の切れた血管から血は出ているものの、その全てが致命傷を避けている。

 

 手加減でもしたのだろうか。

 白哉の頭の中に、自分への疑念が生まれる。

 自分はとっさに始解の開放で手を抜いた?

 いや、あの時の防衛本能は確実に相手を殺すように千本桜を振るった。

 

 ならば、なぜ。

 

「はぁ」

 

 目の前の相手は唯一つ、ため息を吐いて、

 

「逃げるか」

 

 消え去った。

 

「ま……」

 

 混乱していた思考では、霊圧の上昇とともに一瞬で消えた源氏の姿を探すことはできず、白夜は俯く。

 

「してやられたねぇ」

 

 そのタイミングで、背後からの声が聞こえる。

 とっさに後ろを振り向き、刀を構えると、

 

「いやいや、そんな怖い顔しないでって」

 

 そこに居たのは、銀髪で白い羽織を身に着けた、市丸ギンの姿だった。

 両手を上げて焦った表情をするギンに、白夜は刀を納める。

 

「僕もさっき来たとこなんやけど、すごいねぇ、彼」

「……見ていたのか?」

 

 意識の死角であったため、完全に無意識に攻撃を行ったため、白哉からすればなぜ源氏が生きているのかは不思議でたまらなかった。

 それに答えるように、ギンは先程まで源氏の居たところを指差し、

 

「朽木隊長が使った千本桜は、たしかにあの近距離であの男の子を襲った。

 それこそ、彼の打ち込んだ連撃なんて追いつかないくらいの千本桜。

 それに対して彼は」

 

 そのまま指を自身の顔の前まで持ってきて、

 

「むちゃくちゃ刀を振るってた」

「……」

 

 バツを描いた。

 

「そんな怖い顔しないでください。

 でも僕はあの千本桜に飲まれた瞬間を見たんですから」

「……何を言いたい」

「僕が思うに、千本桜を叩き落としたんだと」

「千本桜を、叩き落とす?」

 

 白哉からすれば、荒唐無稽な話。

 千本桜はそれこそ名前だけのものではない。

 人の処理できる以上の数の花弁を出現させ、それらすべてが刃となっている。

 

 すべてを落とすとなれば……

 

「それは……」

「まぁ、信じがたいことですけど。

 彼、的確にダメージになるもんだけを落としたみたいですね」

 

 そう、正確には落とせていない。

 それこそ皮一枚を切り刻んだ。

 

 逆に言えば、皮一枚の花弁は無視して、それ以外の重症になる花弁のみを落とした、ということだ。

 

 白哉の頭の中で出る結果にも、理解できていない。

 それこそ、そんな芸当ができるなんて、夢物語の世界だ。

 どれほどの判断をあの中で行い、刀を振るったのか。

 

「もしかしたら、の話ですけど」

 

 その言葉に、白哉は返す言葉を見失った。



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事前に頑張れるタイプはすごい

「強すぎ無理だわやっぱ」

 

 尸魂界西側の倉庫。

 

 そこで一休みしていた。

 一応持ってきた応急処置系の荷物をフル活用して死なない様に治療を施す。

 

「やっぱあるよな、始解」

 

 一応、始解という存在に関しては十分な注意を受けていた。

 それこそ、一護がでかい出刃包丁を手にした辺りから強くなったので、パワーアップ的なものだと捉えていたのだが、

 

「隊長のは揃いも揃って強すぎんか?」

 

 市丸ギンの始解は、伸びる刀。

 突きで使われるのが一番怖いが、反応できないほどではない。

 振るった刀の間合いが自在なのが個人的には強いと思っていた。

 

 そして、その対策のためにと、市丸ギンには攻撃の後の伸び切った刀の隙を突いて一撃を入れることができた。

 市丸ギンの始解に関してはそうやって対処できたのだが、

 

「花弁の刀、ねぇ」

 

 あの白哉の始解はどう攻略していいか分からない。

 

 さっき躱すことができたのは、半分がまぐれだと言っても過言ではない。

 

 多分、白哉からすれば俺があの花弁をかなり叩き落としていたように見えるかもしれない。

 

 でも本当は、『遠雷』を使用したから、躱すことができた。

 

 あの瞬間、稲魂が始解に防がれたあの瞬間、俺はとっさに稲魂から遠雷へと技を繋いだ。

 

 遠雷は、踏み出し、斬りつけ、引き下がる技だ。

 

 この最後の部分から強制的に型を行い、花弁の全衝突を避けた。

 

 俺の息抜き修行で一番成長したのは、『遠雷』だ。

 遠雷はその性質上、出てから下がるまでを極端に最適化することが求められる。

 しかし、今の息抜きを即座に行える状態であれば、踏み出し、斬りつけ、引き下がりに息抜きを混ぜることで、より相手を惑わすことができる。

 

 それを利用して、俺の位置を誤認させ、後ろに下がって致命傷に成るのはすべて稲魂で撃ち落とす。

 まぁ、数が多すぎるってのとかなり間近だったってことでここまで死にかけてるんだが。

 

「まぁ、死なないから大丈夫だろ……」

 

 今は呼吸を最低限にし、全身の筋肉を硬直させて血の排出をふせぐことで命をとりとめている。

 呼吸を行うのが治療には一番早いのだが、それでは霊圧で死神に見つかってしまう。

 

 そのため、あくまで呼吸は気づかないくらいの範囲で行い、今の治療と体への知識で乗り越える。

 

「きっつ……」

 

 結果として朽木さんは助けることはできなかったが、相手に緊張感を与えることはできた。

 オレ一人でこれくらいの緊張感だ。

 更に複数敵が入ってきたとなれば、あちらとしても混乱は必須。

 

 俺は朽木さんの場所を知り、相手の強さを知り、地理を把握したことで逃げれる可能性は上がっている。

 

「ふぅ」

 

 そして、俺が回復せずともやらなければいけない最後の行動は、

 

「行くか」

 

 目的の混乱。

 

 こっから休み無しで尸魂界を、荒らしていく。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 尸魂界は闇に包まれた。

 深夜と呼ぶにふさわしいこの時間。

 人は眠りにつくはずだが、ココでは死神がせわしなく動いている。

 

 夜なのにホタルのように行灯はちらつき、ろうそくの匂いを漂わせている。

 

「おい! 聞いたか!? 旅禍の話」

「聞いた聞いた。

 旅禍が朽木隊長と戦ったんだってな」

「更木隊長が死ぬほど羨ましがってたってさ」

「でもまぁ、旅禍のやつも大変だよな。

 隊長と戦うなんて、運がない」

「朽木隊長に始解を使わせたらしいってな」

「え、ほんとか? あの朽木隊長が、始解を?」

「隊長格の尸魂界内での始解は制限されているのに、そこまでしなければならなかったってことか?」

 

 人々の会話に出てくるのは、先程の懺罪宮での出来事。

 

 曰く、六番隊長と旅禍が戦闘を行ったらしい。

 曰く、そこで旅禍は隊長に対して始解を使用させたらしい。

 曰く、それを受けて死にかけたらしい。

 

 現在の状況では旅禍を捕まえるまで朽木隊長の始解の無断開放は保留するとして、現在旅禍は怪我を負い、動き回れるような状況ではないらしい。

 

 そのため、こうして下っ端隊員に捜索の命が降りているのである。

 

「それにしても見つからねぇか?」

「確かに。

 これくらいあれば報告の一つや二つあってもおかしくなさそうだけどな」

「それだけすばしっこいってことじゃないのか?」

「そうそうそれだけ……ってお前誰だ?!」

 

 そんな中で捜索を中断して無駄話をしていた隊員は会話に入ってきた人物の方を見る。

 

 そこに居たのは、体を大きなマントですっぽりと覆い、頭までフードを深く被った男。

 暗い中、行灯の光だけでは判断もつかない。

 

 隊員が行灯を上に上げて顔を確認しようとすると、

 

「さ、俺は食べ物でも奪おうかな」

「なっ?! お前、食料を!」

「備蓄は大事な財産だ!」

 

 マントの男からなにか、呼吸の様な音が聞こえた。

 次の瞬間、男たちの近くにあった備蓄庫の南京錠は壊される。

 

「なっ?!」

「何をする!」

「だから、食料泥棒です」

 

 後ろを振り向き、現状を確認した段階でもう遅い。

 

 隊員二人の意識は刈り取られ、その視界を闇に染めていった。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 二番隊、隠密機動、隊舎。

 そこでは情報が錯綜していた。

 

「こちら、西ほ-八、出現情報。

 聞き取りによると、金目の物を泥棒しようとしている、とのことです」

「こちら西に-二、出現情報。

 聞き取りによると、食料狙い、とのことです」

 

 次々と現れる旅禍の出現情報。

 それはまるで、一人ではないかのような量。

 

 黒づくめの人物たちが何人も情報を持ってくる。

 

 そしてその情報のすべてが、ちぐはぐだ。

 

「おいおいなんでこんなに違う情報しか来ないんだよ?」

 

 そんな中で書類の山に埋もれているのは、太った男……大前田希千代。

 彼はすべての隠密の情報の書かれた紙に次々と目を通し、その量にめまいをしている。

 

 先程から鳴り止まない出現情報と、そして全く見えてこない目的。

 

「これを信じるとあれが信じられなくなって……あぁくそっ!」

 

 書類をぶん投げる大前田。

 見て分かる通り、こんな深夜に集めさせるとは思えないほどの情報量。

 大前田の言葉は、ここの人間たちにとっては幾度も繰り返された気持ちなのだ。

 

「ふむ」

「あ、隊長!」

 

 現れたのは、黒髪の少女。

 背に二の文字をあしらった白い羽織を身に纏った少女。

 堂々とした佇まいはこの場にいる者たちの中でも位が高いことを示唆している。

 

 少女は床に落ちた紙をいくつか手に取り、目を通していく。

 

「いくつもの目撃証言。

 纏まってはいるがちぐはぐな目撃証言。

 そしてその全てが死神からのもの」

「ったく、なんでわざわざ隠密機動隊が駆り出されなきゃならないんですかねぇ?」

 

 媚び、というものを体現するかの様に、大前田は少女……二番隊隊長、砕蜂に話しかける。

 

「それは三番隊隊長がおめおめと傷をつけられ、あまつさえ死神共がこの旅禍を捕まえられていないからだろう」

「そうですよね! 死神共に任せていれば捕まらないので俺らが出張っているんですよね!」

 

 大前田はわざとらしく同調する。

 砕蜂はそんな大前田を無視しながら、次々と床に散らばっている紙を手に取り、目を通していく。

 

「……この旅禍の身体的特徴は」

「背丈は五尺七寸。

 大きなマントを身に着けた男のようです」

「……そうか」

「なにか気になることでも?」

「いや、なんでもない」

 

 大前田は砕蜂の一瞬の思案を見逃さず、言葉を掛ける。

 砕蜂は、次々と目を通していき、頷いた後、

 

「時間を半刻ごとにまとめ、地図で確認してみろ。

 恐らく、一筆書きで移動していると思われる」

「え、ど、どういうことですか?!」

「言ったとおりだ。

 旅禍の報告は一人。

 もし一人でこの様な目立つ動きをするなら、目的は二つ。

 一人だと思われたくない、ということ。

 そして、何かを隠そうとしていること」

 

 砕蜂の言葉に、周りの隠密機動はすぐさま資料を集め始める。

 

「もしあるとすれば、コヤツが移動した後、もしくはやけに長くとどまっていた場所に何かを隠している可能性は高い。

 また、これから何かをしでかす可能性も考えられる」

「えっ、あっ」

「そして、私の言ったことが事実であった場合は、移動場所を予測できる。

 迎え撃て。

 隠密機動は死神より優れているということを証明しろ」

 

 砕蜂は、その言葉を残し、ゆったりとした足取りで隊舎を出ていく。

 

 大前田はそんな砕蜂の後ろ姿を見届ける。

 後ろでは、せわしなく動いている隊員の姿を映しながら。



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結果が同じであればまぁ過程はよかろう

「くっそ」

 

 思わず出てしまう本音。

 

 俺は現在、敵に囲まれている。

 それも、死神の連中ではなく、黒装束の連中。

 明らかに足音の無さや気配の希薄さを鑑みると、忍者的なやつら。

 

 ついに忍者出てくるとかどうなっとんじゃこれ。

 

「貴様が旅禍か」

 

 現在の場所は、尸魂界東の端。

 人気のない場所に連れ込まれてしまい、非常に困っている。

 

「よもや一人とは、まさかとは思ったが」

「一人じゃ悪いですかね?」

「男か」

「さぁ?」

 

 会話には応じる。

 なんか雰囲気を見るに死神としては旅禍……俺を問答無用で殺すというスタンスではないっぽい。

 

 捕らえるのが優先らしい。

 だからこそ、あちらは投降できるかどうかを見定めるため、基本的には会話を試みる。

 

「一人で複数人の旅禍がいると見せかけるため、随分と面倒なことをしたようだな」

「……一人? 気の所為では?」

 

 死神たちも刀を抜くが、即座に斬りかかろうとはしていない。

 ガラの悪い連中……おそらくはどこかの隊の人たちは、戦闘好きが多いのだが、それ以外の死神たちは最初から殺しには来ない。

 

「……まぁいい。

 お前がしていたエリアごとに目撃証言をほぼ同時に、複数の目撃情報を与えるために無理をしたな」

 

 流石隊長さん、わかってら。

 

 俺のやったことは簡単。

 めっちゃ高速で動いてみんなに見つかるようにした。

 

 死神は俺の呼吸による霊圧に反応してくれるから、各所で遠雷の技術を用いて、死神たちに襲撃もどきを仕掛けた。

 

 もちろん、証言を多くするためになるべく殺さず、気絶も短く済むように仕向ける。

 

 死神に限定しているのは、霊圧に過敏反応してくれるから、息抜き状態での奇襲が成功するため。

 

「何を言っているのやら。

 自分にかまっていても良いんですか?」

 

 そして、これは俺の口から一人だと言ってしまえば、あっちとしても一人で確定になり、俺のやっていることが水の泡になる。

 

 少しでも複数人の可能性を与え、警備を散らすことが大事だ。

 そうすれば、一護たちが来てくれたときに逃げやすいし、救いやすい。

 

「そうか、ならば」

 

 目の映る隊長……少女にしか見えないけど、隊長さんは壁の上に立ち、月を背にしている。

 輪郭しか見えないので、顔はわからない。

 でも、こんな連中を束ねているということは、

 

「死ね」

「だろうよ!」

 

 後ろから心臓を一突き。

 

 ……隊長さんって後ろから攻めるのが定番なの?!

 

 体を捻り、刺突を避ける。

 

「これを躱すか」

「じゃ!」

 

 今回は戦闘は選ばない。

 今の体の状態は、結構ひどい。

 

 戦えないことはないが、パフォーマンスは落ちているし、判断能力も鈍い。

 だからこそ避けの冴えは鋭いのだが、思わぬところでミスって死ぬ可能性もある。

 

 結果、逃げ一択。

 

「逃げれると思っているのか」

 

 俺が飛び出した方向に現れるのは、黒装束の連中。

 この人達、さっき現れたと思ったら俺の行きたい方向知ってるみたいな感じで道塞いできたんだよね。

 

 読まれているのか、感知能力が高いのか。

 

 どちらにせよ、

 

「甘い!」

 

シィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 参ノ型

 

 聚蚊成雷

 

 この型は本来、霹靂一閃にステップを加え、相手の周囲から攻撃する技だが、これを利用すれば、

 

「なっ?!」

「いつの間に!」

「じゃな!」

 

 黒装束の人たちは、囲ったと思った相手がいきなり包囲網を抜けたことに驚いているだろう。

 取り囲まれた城壁を超え、その先の城壁の上に降り立つ。

 霹靂一閃とは違い、スピードは格段に落ちるが、この手の隙間を縫うことにも利用できる。

 

 後ろを振り向かず、前に進む。

 

「何をしている」

 

 そして次の瞬間、

 

「ノロマだろうが」

 

 目の前に隊長少女が居た。

 

 蹴り。

 受け止め、いや、まずい。

 

 これは、重い。

 

 ダァン!!

 

 直撃を避けた結果、城壁に振り下ろされた隊長少女の蹴り。

 それは城壁を軽々と破壊した。

 

 もし受け止めていたらと思うとゾッとする。

 

「良い判断だな」

「どうも」

「しかし、判断は遅い」

 

 え、ここでそんなセリフ来るのか。

 

「とっさに判断をして、私の蹴りを避けようとしたのは良かった。

 間に合わないと判断して拳をぶつけることで回避したのも良かった」

「ありがとうございます」

「しかし、その右手、しばらく使い物にならないであろう」

 

 御名答。

 

 俺の右手は絶賛蹴りを殴ったせいでしびれている。

 10分もあれば直ると思うが、現在の状況での10分は痛すぎる。

 

 無理して動かしているが、刀を握るのは難しい。

 

「逃げは遅い、反撃の手はない。

 投降を勧めよう」

「……仲間のところにいかなきゃならないもので」

「ふっ、強がりを」

 

 あとから来るんだって(強がり)

 

 にしても、流石にやばい。

 怪我だらけ、手が使い物にならない、速度負け。

 

 これは厳しい。

 

「さぁ、両膝を突いて投降しろ」

「ふぅ」

 

 息を吐く。

 

 シィィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

「ふっ、今更何をしても……」

 

 壱ノ型

 

 霹靂一閃

 

 

 累(かさね)

 

 

「なっ……やつは……

 どこに行った……?」

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「砕蜂様! やつはどこに……」

「報告にある通り、姿を隠したのでは?!」

「馬鹿な! それならば我らの用意した第二陣にかかっているはず……」

 

 源氏の姿が砕蜂たちの目の前から消えて、数分後。

 現場は混乱を極めていた。

 

 隠密機動としての動きは、簡単に分けて3種類。

 

 まず、源氏の動きを誘導し、指定の逃げ場のない位置までおびき寄せること。

 これに関しては、砕蜂の指示によりスムーズにことが進む。

 源氏の行動パターンとして、死神が複数いる場には寄り付かない、目立つルートを使わないなど、まるで知っているかのような采配で砕蜂は追い詰めた。

 

 次に、隠密機動による人的包囲の実現。

 これに関しては、先の誘導を利用して実現をした。

 源氏は姿を消す能力を有しているという情報はあったため、姿を隠している敵を察知するため、特殊なゴーグルを技術開発局から拝借し、空気の流れから姿を消したことを察知することで対策を取る。

 

 そして最後に、砕蜂による実力行使。

 事前に六番隊隊長、三番隊隊長からの情報によると、源氏は怪我をしているという情報があり、そこから推測するに砕蜂であればどの様な速度を前にしても対処が可能だという結論に至った。

 

「……やめろ」

「た、隊長!」

「即座に対処を! 必ずや見つけてみせます!」

 

 隠密機動の隊員は、砕蜂の表情に違和感を抱きながらも、自分らの失敗を取り戻そうと躍起になる。

 

「そういうことではない」

「……そういうことではない?」

 

 復唱する隊員。

 それに呼応するように、周囲の隊員も動揺に疑問を浮かべる。

 その疑問に答えるように、砕蜂は話し始める。

 

「旅禍は、すでにこの周辺には姿形もない」

「それは、旅禍の能力で……」

「そうではない」

「申し訳ありません。

 それは、どういうことでしょうか」

「旅禍が最後にしたのは、恐らく奴の持つ最速の移動術。

 その結果生まれたのは、単純な大幅移動。

 私の予測によれば、旅禍はすでにこの尸魂界のどこにでも存在している可能性がある」

「それは……。

 それでは、私達はどのようにすれば」

 

 砕蜂は目を閉じ、

 

「してやられた。

 先程の大幅移動により、尸魂界の全域に潜伏している可能性が出てしまった」

「それでは、全域に隊員を……あっ」

「そうだ、複数人いると見せかける。

 旅禍は明らかに戦力の分散を狙っている。

 乗らまいと考えていたが、これでは結果は同じになってしまった」

 

 砕蜂の眉間にシワが寄る。

 

「まぁ良い。

 策に乗った上でそれを謀殺してやろう。

 即座に尸魂界全域に派遣しろ」

「ハッ!」

 

 砕蜂の言葉で、その場にいる黒装束の人間たちは散開する。

 そして一人になる砕蜂。

 

「ここまで私の考える『私と同程度の能力を持っていたら、どの様に動くのか』を忠実に再現してくれる」

 

 誰に話すでもない、思考の整理。

 

「しかし、ところどころズレが存在する。

 何が違うのか。

 それは目的、であろう」

 

 空を見上げ、沈む月を見据えて、

 

「遊びは終わりだ。

 必ず私のもとに平伏させてやろう」



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意外なことで成長するよね、人間

こっから
弓使う→滅却”師”(クインシー)
源氏とか→滅却”士”
という表記に分けようと思います。
時間あったら過去のにも手を入れます。


「できた」

 

 ボロボロな姿でそう話す一護。

 

「ほう、先程まで成功のせの字も見せなかったお主が、できるようになったとな?」

「あぁ」

 

 凛々しい表情をする一護。

 隣に佇む空鶴はため息をついて、

 

「どれ、見てやろう。

 夜一、ついてきてくれ」

「良かろう」

 

 一護に連れられるまま、儂らは練習場所へと向かう。

 

 そこには、一護を除いた三人がそこに居た。

 

「お主ら……」

「黒崎くんが頭を下げて『俺に教えてくれ』っていうから……」

「俺もだ……」

「僕にまで頭を下げるとはね……」

 

 織姫、チャド、石田の三名は一護のことを珍しいものを見るような目で見る。

 意外だ。

 情に厚い、義理に従う、筋を通すとは思っておったが、その中身は男子高校生程度だと思っておったが……。

 

「岩鷲……」

「別に手伝ったわけじゃないんだよ姉ちゃん……。

 隣で練習してただけだ」

 

 視線を動かすと、そこに居たのは志波岩鷲。

 死神と何やらひと悶着あった様子で、一護にも突っかかっておったが……。

 

「で、できるようになったんだよな。

 見せてみろ」

「うす」

 

 今回の一護たちに課せられた課題は簡単。

 霊力を使用して起動する砲弾の弾の作成。

 

 それも、人間が中には入れるほどの弾。

 本来ならば何もなしに作るのは難しいんじゃが、志波空鶴作成の道具を使用することで可能にしている。

 

 正直、難しいことはない。

 霊術院に入れる程度の霊力操作ができれば完璧である。

 

 じゃが、黒崎一護は死神となってから時間は経っていない。

 おまけに、本人の保有する莫大な霊圧のせいで操作が困難。

 

 一護は最後の最後まで粘ると思っておったが……。

 

「ふぅ……」

 

 一護は砲弾作成のための弾を持ち、呼吸を整える。

 

 一護がとある人物と訓練をともにしてから、身についた集中のためのルーティン。

 

 次の瞬間、少し不安定ながらも一護の周りに霊力の層ができる。

 

「っし」

「……うん、合格だ」

「あざっす!」

「おや、集中も切らさないとは、立派なもんだ」

「……」

 

 一護はその言葉に一瞬目をそむける。

 その行動の意味を考えるのであれば、

 

「さっきそれをやって、織姫さんになんとかしてもらったんですよ」

「えへへ……」

 

 ふむ、大方三天結盾で防御してもらったと……。

 

「失敗をわかっているなら大丈夫だ。

 明日の朝、出るぞ」

「待ってくれ!」

 

 空鶴が一護の完成に一息つき、踵を返そうとすると、一護が呼び止める。

 空鶴は振り返ることなく、

 

「なんだい?」

「すぐにでも出発したい」

「なんでだい?」

「あの中に、一人仲間がすでに入っている」

「?!?!」

 

 一護の言葉に、空鶴は驚く。

 儂も後で言おうと思っておったのじゃが、この馬鹿め。

 

 この反応の感じだと、岩鷲の方は知っている、ということかの。

 

「もちろん、ルキアのことを連れ出そうと思っている。

 だけど、それと同時にあのバカを連れ戻して一発ぶん殴る」

「……そのために、こんなに早く?」

「そうだ。

 アイツなら確実に生きている。

 けど、それでも」

「友達のためにすぐにでも危険な敵地に飛び込みてぇってのか?」

「それ以外に理由がいるか?」

 

 一護の言葉に、空鶴は目を見ることなく、少し考えてから、

 

「こっちでも多少の準備はいる。

 二時間だ。

 二時間で終わらせる」

「押忍!!!」

 

 我妻源氏。

 

 儂からの評価は、少し戦える若者。

 

 滅却士の末裔であり、恐らく現存する最後の滅却士。

 死神を真似て刀を持った虚への抵抗をする人間。

 滅却師とともに粛清され……いや、特定の人物を除いて粛清された。

 

 それがここまで大きな存在となった。

 

 今でも強いとは言えない。

 

 生きることだけが取り柄の戦士。

 強くなる、というより小狡くなっていく戦士。

 

「一護」

 

 だから、少し聞いてみる。

 

「どうした? 夜一さん?」

「お主は、すでに我妻源氏が死んでいると考えたことはないのか?」

「…………?」

 

 一護はとぼけた表情をして、儂に何を言ってるんだと言う顔をしてくる。

 ムカつく。

 

「あぁ……確かに……そうかも知れないけど……」

 

 一護は、その後儂の言っていることを理解したのか、宙を見上げて少し考えてから、

 

「ないだろ、アイツに限って」

「そうか」

「……黒崎、なんでそんなに我妻くんが生きていると思っているのかい?」

 

 儂も概ね同意。

 現世で隊長格と競ったあの実力ならば尸魂界でも生きていられると踏んでいる。

 それこそ、あやつならば隊長格と遭遇しないように立ち回ることも可能。

 浦原特製のマントをもらっているからの。

 

 しかし、この言葉には何も根拠がない。

 それこそ、我妻源氏という人間を知らない限り、この言葉が出ない。

 

「人って、結構死なないんだよ」

「は?」

「いや、ちゃんと話繋がるから。

 俺も訓練してて思ったけど、どんだけ殺されかけても死なないのよ。

 それこそほんと、意外と死なない」

 

 一護の言葉に、少し要領を得ていない全員。

 

「で、俺は死神だし回復が早いんだけど、源氏は生身で俺の倍は怪我をして、ズタボロになりながらも戦ってた」

「……本当かい?」

「マジのマジ、大マジよ」

 

 儂は織姫とチャドの訓練に付き合っていたから知らないが、浦原に後で聞いたら『流石に引いたッス』と答えていた。

 それほどまでのことをしたのだろう。

 というか、どうやったら死なないのか知りたいの、儂も。

 

「だから、死なないのは確信してる。

 それに、アイツは一度戦えば相手の剣閃を理解できる」

「一度戦えば?」

「こっちも強くならないとアイツに二度目の戦いは通用しない。

 それこそ、浦原さんでも少し工夫しないとだめだった」

 

 ……これじゃ。

 これが我妻源氏の最大の理解不能ポイント。

 浦原が悔しそうにしていた。

 

 『一度戦うと本当に通用しなくなる』

 

 速さを求め、生きるという点を極めた結果が、絶対に生き残る才能。

 

 いや、才能なんてチープな言葉で片付けるのは侮辱にあたる。

 

「あいつは、『水』なんだよ。

 斬っても水、割っても水、叩いても水。

 そして写すのは、自分の姿」

 

 ”まぁ、源氏のじいさんの受け売りだけどな。”

 そう、一護は締めくくった。

 

 尸魂界突入まで、後2時間。



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ナチュラルに来るやん

「死にそう」

 

 いや、マジで。

 

 少女隊長から逃げ出してそんなに時間は経過していない。

 正直、累(かさね)まで使わされるとは思っていなかった。

 

 というか累に関しては以前使ったときは死にそうになってたけど、今となってはそこそこ疲れる、ってくらいなんだな。

 何がどうなって疲れないのかは知らないけど、多分ジジイと訓練をしたからだと思っていいだろう。

 

 この手の俺の不思議な強化は、たいていジジイが絡んでいたりする。

 

「にしてもどうすっかな……」

 

 現在俺がいるのは先程まで居た東の端の反対、西の端だ。

 適当な使われていない備蓄倉庫で時を過ごす。

 

 累は使い所が難しい代わりにかなり大味な結果を出してくれる。

 あと、高所からの無衝撃着地がここで役に立つとは思っていなかった。

 なんなんだよこれまでジジイ計算してたのかよ怖いけどありがとう。

 

 ただ、反動はかなりでかい。

 

 体はあちこちが悲鳴を上げている。

 先程から上げているが、今回のは動かすと使い物にならなくなる系のやばい。

 

 正直、累を使うのは正解だったけど、今の状況を鑑みるに早計だったかもしれない。

 

「ふぅ……」

 

 息抜きをする。

 

 本来、体を弱らせる行為なので死に近づく行為だ。

 

 だけど、先程の戦闘で使って気づいた。

 

 息抜きでも回復量があがる。

 

 多分死にかけると生きたいと思って体が頑張るとかそんなもんだろう(適当)

 呼吸をすると霊圧が出て、敵に見つかる可能性があるので、助かっている。

 

「ねむ……」

 

 だけど、息抜きが体を弱らせるというのは事実であり、この状態で使うと精神的にはきついのには変わらない。

 でも背に腹は変えられない、というか死に代わる生はないので、苦しいのは後回しにする。

 

 夜が明けるまでもう少し、というところか。

 早くてこのくらいに来てくれると踏んでいたが、流石に見積もりは甘かったようだ。

 先程から情報を集めている最中に一護たちの情報はなかった。

 

 おそらくは市丸ギンを斬った俺に対しての警戒心を上げたおかげで出回っていない可能性もある。

 

 旅禍が侵入して何かをしている。

 

 その旅禍は隊長に迫る実力を持っている。

 

 それに複数人いるみたいだから、十分に警戒してかかる様に。

 

 それ全部俺。

 

 もし一護たちがすでに侵入していて潜伏しているなら、俺は見つける手段を失っている。

 あちらからアプローチしてほしいが、あちらが逆に俺を見つける手段が不足している。

 なので、俺はこれからも頑張るつもりでいかなければいけない。

 

 ……不安じゃないのって?

 

 不安だよ馬鹿野郎!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 いや信じてるけどね!!!!!!!!!!!!

 

 怖いもんは怖いし寂しいもんは寂しい!!!!!!!!!!!

 

 ……と、心の中で叫びを続けていたのだが、今は寝ながら警戒をすることにしよう。

 緊張感的には、誰か一人でも入ってきたら起きるようにしておこう。

 

 殺意を向ける……とかの気持ちでいるとうっかり捕まる可能性もあるからな。

 

 それでは、おやすみなさい……。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 飛び起きる。

 

 すぐさま臨戦態勢。

 寝ぼけ眼を使うのではなく、肌の感覚、匂い、気配を最大に使って現在の状況を理解する。

 

 視覚的情報は復活するのに時間を要するし、莫大な情報なので瞬時の対応に不向き。

 

 目の前にいるのは、

 

「……? 夜一さん?」

 

 女だ。

 

 体型やシルエットは女。

 だけど、気配や匂いは完全に夜一さん。

 

 適切に起きて対応したにもかかわらず、混乱している。

 だが、攻撃してきた時の対応はできる。

 

 息を抜け、最大限に生きることに集中しろ。

 すべてを生きることに繋げ。

 

「ふむ……思っていたのの数倍重傷じゃな」

 

 言葉に騙されない。

 目は閉じたまま。

 一挙一足に集中する。

 

「これこれ、警戒するでない」

 

 次の瞬間、俺の目の前に夜一さんが現れる。

 

 と、同時に俺は夜一さんの背後に立っている。

 

 寝ぼけているが、本能は起きている。

 反応は良い。

 

「ほう……これを反応するとはな……」

「変に驚かせないでください」

 

 後一行動で切り捨てることはできるが、この一行動を詰めるまでが大変だ。

 ここらへんでやめてくれると助かるけど……

 

「やめじゃ。

 今のお主に冗談は通じないようじゃからの」

「結構やばい感じなので、真面目にしていただけると助かります」

「……ピンピンしている様に見えるがの」

「やせ我慢です」

「……なかなか単純なことをやっているんじゃの」

「大体そんなもんです。

 言い方がきれいなだけで」

 

 ようやっと俺は目を開けると、そこにいたのは褐色の美人。

 一瞬誰だ? となるが気配的に夜一さんであることは決まっている。

 

 でも、普通に驚く。

 

「なんじゃ、この姿がそんなに驚くもんかの?」

「いや、猫が人間になれば普通は驚くと思いますけど……」

「そうかの?」

「そうです」

 

 ノータイムの返しに頬を掻く夜一さん。

 正直、未だに目の前にいるのが夜一さんだと言う事実に驚きを隠せない。

 というか、マジで?

 

 夜一さんは床に座り込み、胡座をかく。

 

「まぁ良い。

 お主もかなりのダメージを負っているのは理解した。

 それに、街の様子を見る限り、かなり派手に立ち回った様子じゃの」

「一護たちが動き回りやすいように、です」

「しかしのぉ……一護が期待通りに動いてくれるかは別ではないかの?」

「は? 一護に隠密をしろと?」

 

 夜一さんの言葉に、思わず変に返してしまった。

 別に意図してやったわけではないのだが、自分の口を手で押さえる。

 

「……? 一護に隠密は期待していない?」

「あ、はい。

 一護はあんな感じですし、多分俺のことを探しながら、朽木さんを助けに行くと思うんですけど、多分見つからないようにとか無理ですね、髪の色からして」

「と、いうことは」

「本命は一護以外です。

 俺が事前に流した複数名の旅禍がすでに潜んでいる、という情報と、追加で来た皆さんのこと。

 これで石田くん、井上さん、チャドの三人に朽木さんを見つけてもらおうとします」

 

 怒って無いようで良かった。

 

 夜一さんを始め、一護たちがどうやって侵入したかわからないが、おそらくは見つかっているはずだ。

 だからこそ、俺の蒔いた情報が役に立つ。

 

「ということは、相手は儂らを人数以上の相手と認識した状態で相手にしている、と」

「それに目立つのは恐らく一護一人のみ。

 どうしても戦力は分散され、隙が生じます」

 

 そう、それが狙い。

 俺一人で攫ってからあっちが来てくれるのを待つのも良かったのだが、それでは朽木ルキアが目的だということが相手に伝わってしまう。

 

 だからこそ、食料庫を始め適当に襲撃を繰り返し、目的を分散させた。

 

 もし、俺と戦った隊長二人が朽木ルキアの奪還が目的だとわかっていても、現状の諍いを見逃せるような立場のようにも見えない。

 それくらいに戦火を大きくすることで、隙を作る。

 

「なんというか……やり口がコスいというか……」

「これくらいしないとこの規模にはどうにもならないと思いますが」

「それもそうじゃが」

 

 夜一さんは立ち上がり、何かを決めたような表情で、

 

「それじゃあまずはお主を回復させるかの」

「後半日くれれば最低限回復できます」

「いや、三時間で回復させる」

「え、俺の体なのにどうやれと?」

「回復させると言っておるじゃろうが」

 

 あ、回復アイテム的な?

 

「え、それ危なくないやつですよね」

「……死神でないものに使用しても良いのかの?」

「不安。超不安」

「別にいいじゃろう。

 お主は強い子じゃ」

「その漠然とした謎の期待やめてもらっていいですかね?

 怖すぎて怖いんですけど(重複)」

 

 夜一さんはにじり寄ってくる。

 俺の背後は出入り口なのですぐに逃げられるが、正直ここから外に出ても良いことはない。

 

 これは夜一さんに従うしか無いのか……

 

「分かりました、着いていきます」

「最初からそうしていれば良いのじゃ」

「夜一さんが不安に成ることを言うからでしょ」

「前例がないから仕方がないであろう」

 

 夜一さんは腰に手を当て、やれやれとした表情でこちらを見る。

 その様子に呆れながらも、体の様子を確かめる。

 

 あの寝たときから1時間経ったくらいか。

 多少は回復しているが、戦闘には荷が重い。

 

「……そういえば、なんで俺のことを見つけられたんですか?」

「喜助のやつがお主のマントに発信機をつけておいたのじゃ。

 良からぬことをしない用のものじゃが、役に立ったの」

 

 ……発信機?

 

 マントを見る。

 え、こわ。

 人に発信機付のものプレゼントするの?

 あの人何考えてんの?

 

「ちなみに、発信機というよりマント全体で微弱な電波を発していて、それを探知する機械を持っておるので探しても無駄じゃよ」

「変に高性能……」

 

 それこれつけている間は対策できないじゃんかよ……。

 

「それでは行こうかの」

「え、どっかに行くんですか? アイテム的なものではなく」

「あぁ、そこはお主もよく知っている場所だと思うぞ」

「え、よく知っている場所? 来たの初めてですけど」

「着けばわかる」

 

 しっかりと着いてくるんじゃぞ? と言ったのに普通に頷いた。

 

 んでもってめちゃくちゃ早くてムカついた。



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戦っているときに成長するとか無理だから、マジ

「え」

「どうじゃ、驚いたじゃろう」

「まぁ、驚いたというよりも……」

 

 ここ、『勉強部屋』じゃねぇか。

 

 忌まわしきジジイとの戦いが蘇る。

 頭によぎっては消える記憶との格闘をしていると、夜一さんは何かを見つけたかのようにこちらに声を掛ける。

 

「こっちじゃこっち」

 

 夜一さんが元気に手を振っている。

 正直、まだ人間姿の夜一さんに見慣れないのだが、心のなかで必死に頭に言い聞かせている。

 

 夜一さんのところにたどり着くと、そこにあったのは、

 

「温泉?」

「そうじゃ、温泉じゃ」

 

 めちゃめちゃ久しぶりに温泉を見た。

 

 一人暮らしでは面倒で湯船も入らないし、ここ最近は戦い続きで温泉なんて入ってない。

 というか、水辺って結構足の動き取られるから本能的に避けちゃうんだよな、嫌だけど。

 

「え、この傷だらけの状態で入れと?」

「説明するのも面倒じゃから、入れ」

「え、なん……」

「いいから!」

 

 夜一さんに尻を蹴られる。

 めちゃめちゃ気を抜いていたため、普通に蹴られる。

 落ちる。

 

「ごぼがぼ(ふくきて)!」

「そんな深くないじゃろて」

「…………あ」

 

 溺れると足掻いてしまったが、すぐに地面に脚をつけることができる。

 少し恥ずかしさを覚えながらも、服を着ていたことを思い出し、

 

「あ、服……」

「ここに替えの服を置いていくからの」

「え?」

「昔の喜助のお古じゃ。

 お主に似合うかどうかはわからんが、サイズはピッタリと喜助が話しておったぞ」

「あぁありがと……ってなんで浦原さんが俺の体のサイズ知っとるねん」

「さぁ?」

「さぁで済まされる話題なのだろうか」

 

 温泉から少し話したところに服を置いてもらい、夜一さんはどこかに足早にでかけていった。

 

「あれ? 俺何すれば良いんだろう」

 

 そして残された俺は、一人暇を持て余した。

 

「あ、もしかして一護たちに連絡してくれてるとかかな」

 

 独り言を話しながら、濡れた服を脱ぎ捨てていくと、あることに気づく。

 

「んぉ?」

 

 目に見えて傷が治っていく。

 小さな傷からだけど、少しずつ傷が治っていっている。

 

 まるで 回復魔法を使っているかのような治り様に少し興奮するが、

 

「え、怖くね?」

 

 急に怖くなってきた。

 なんでこれ回復するの? え、副作用的なのある感じ?

 

 上がる。

 

 全裸。

 

 でも誰も居ない。

 

「……なんともない」

 

 てっきり傷がぶり返したりすごく眠くなるとかありそうだと思っていたけど、そんなことはない。

 体を見渡すが、細やかな傷が減っている。

 

 大きな傷も治るまでは来ていないが、これは……

 

「呼吸?」

 

 をしている状態に近い。

 

 それも、治癒に集中した時の呼吸。

 

「ってかこれ……」

 

 温泉をよく視てみる。

 

 よーく視ると……

 

「霊圧? 霊力?」

 

 少しの霊力が流れているのがわかった。

 霊力を視ることはできないが、温泉の流れに沿って何らかの力が流れていることを理解した。

 

 それも、少し強め。

 神聖な場所の数十倍くらいの濃度の霊力。

 

「強制的に治癒状態にする?」

 

 呼吸には副作用がない。

 

 唯一言えることとしては、自分の限界以上に霊力は入らない、というところだ。

 それを超えると、人間としての枠組みを超えるため、壊れてしまう。

 というか、それ以上入れようとしても普通はできない。

 

 食いすぎて死にそう、的な状態になるから……

 

「治癒ってもしかしてこの世界だと霊力で結構早めに回復する感じ?」

 

 右手を入れる。

 先の戦いで骨に罅が入っているかもしれない。

 

 霊力が中に入ってくるのが理解できる。

 

 呼吸の時の、力を巡らせるイメージをする。

 

 手に入ってきた力が体に流れた。

 

「うおぁ」

 

 驚いて手を温泉から抜く。

 

 体をめぐる力は、しばらく巡った後、呼吸として排出される。

 

 こうやって霊力を循環させることで滅却士は戦うのだが……

 

「とりあえず、入るか」

 

 副作用はないと判断して、入る。

 寒いし。

 

 温泉に入ると、俺の体の中にどんどん力が入ってくる。

 普通はこんなに来んのか? と思いながら、少し考え事をする。

 

 これは霊力に満ちた温泉。

 たぶん夜一さん的にも怪我を早く治すため、ということで俺にこれを勧めたのだろう。

 でも、俺は現状かなりのスピードで回復している。

 

 普通こんなに回復するもん?

 

「お、やば」

 

 しばらく入っていると、体の限界を感じる。

 俺の呼吸の最大値は結構大きい。

 しかし、その最大値まで集中するためには時間を要してしまうため、最大まで力を込めることは早々ない。

 

 ……?

 

 そういえば、ここで息抜きすればどうなるんだろか。

 

「ふぅ」

 

 適当にやってみる。

 

 抜ける。

 

 体に満ちた力が抜けていく。

 そして同時に、新たに霊力が入ってくる。

 

「おお」

 

 呼吸をしてないのに、呼吸をしているみたいだ。

 

 肺の空気がなくなるので呼吸をしないで呼吸をする……ちょっと面倒くさい表現だが、酸素を吸って……

 

「?」

 

 呼吸じゃなくても外から霊力って取り込める……

 

「あ」

 

 石田くんも同じくやっていた……

 

「あぁ」

 

 というか俺、

 

「あああああああああああああああ!」

 

 ジジイが呼吸して強化してるとこ見たこと無い?!

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「そういえば、丈さんはどうするんすか?」

「どうする、とは?」

「いや、あちらに行ったお孫さんが心配かと」

「んなわけあるかい」

 

 浦原商店。

 

 そこで、浦原喜助と我妻丈は話していた。

 

「そうなんですか。

 てっきり結構可愛がっているものだと」

「別に可愛がってなどおらん」

「そうですか……」

 

 お茶を飲む丈。

 浦原の内心は、あまり穏やかではない。

 

 丈はそれこそ、滅却師の粛清のタイミングで『粛清デキズ』として処理された人間。

 護廷十三隊の総隊長、山本元柳斎重國を持ってしても、殺し切るには払うものがでかすぎる、と言わしめた傑物。

 

 当時を知らなかった浦原でも、その名前は聞き及んでいる。

 

「そういえば、丈さんは源氏さんみたいな技、使えるんスか?」

「技? あぁ、雷の呼吸、じゃったか」

 

 浦原はどんな状況でも会話をつながらなければ、と話を振るが、丈の反応は悪い。

 何がそんな反応を悪くしてしまったのだろうか、と思っていると、

 

「源氏のあの型は、儂が教えたものではない」

「はい?」

「儂は滅却士に伝わる闘法を教えはしたが、あの様に型にまで修練させたのは、源氏の力だ」

「……独学で、ということですか?」

「基礎として、滅却士の『虚空』を使っておるが、その先はおそらくは独学。

 最初それを見たときは天才かとも思わされた」

 

 丈の口ぶりは、少し機嫌が悪そうと同時に、少し楽しそうだった。

 まるで、見てない間に成長する息子を見る親のように。

 

「しかしまぁ、結果としてはあの様な変態的な戦い方になったが、それはそれでいい」

 

 いくら嬲っても這い上がるのは非常に良いことじゃからな! と話す丈に少し引いた浦原だが、少し疑問が生じる。

 

 丈が教えていない。

 独学で開発した虚空の亜種。

 

「どうやって、作ったんでしょうね」

「……それに関しては聞かないで置いている。

 なにか、源氏の方にも秘密があるとも思われるしの」

「秘密、ッスか」

「まぁろくなもんでもなかろう! 漫画でも読んで作ったとか、そんな辺りじゃろうがな」

 

 カッカッカ、と笑う丈に、浦原は思考を巡らせる。

 

 滅却士の仕組みについては、丈が協力してくれたおかげで理解できている。

 それと同じ仕組みを使っている、もしくは丈がまだ教えてくれていない技法を使っていると思っていた源氏。

 呼吸という新しい闘法。

 もしかしたら……

 

「丈さん」

「なんだ?」

「源氏さんって、どこまで強くなると踏んでるッスか?」

「どこまで……」

 

 浦原の唐突な質問に、丈は少し考える。

 

 お茶を飲み、虚空を見上げ、

 

「実力のある敵との戦い、という点での意味で言うなら、あやつはどこまでも強くなっていく。

 それこそ、儂さえも超える実力を持つ可能性もある」

「……ホントっすか?」

「まぁ、儂を超える頃には儂はくたばっていると思うがの」

 

 先ほどと違い、にこやかに笑う丈の姿に、浦原は苦笑いをするしかなかった。



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そっすか

「回復したかの……って珍しいの、瞑想なんて」

「……」

「?……どうしたんじゃ?」

「……」

「……おーい!」

「ッ?!」

 

 いきなり声をかけられたことに驚いて、夜一さんを睨みつける。

 

「さっきから声をかけておったが、反応が無いとはどういうことじゃ?」

「え? さっきから声をかけてたんですか?」

「そうじゃよ。

 瞑想していて返事がないからこうやって大声を出したんじゃ」

「……マジか」

 

 地面におろしていた腰を上げる。

 乾いた土の感触を確かめながら、俺は伸びをする。

 

「怪我の方はどうじゃ?」

「大丈夫です」

「そうか。

 それで、なんで瞑想をしていたのじゃ?

 瞑想なんてする柄だったかの?」

「別に瞑想くらいしてもいいじゃないですか……」

 

 夜一さんは疑わしい目線で俺を見てくる。

 確かに瞑想なんてしている柄にも見えないだろうが、瞑想はしっかりと教えられた。

 

 色んな意味があるが、別に瞑想はしたところで強くなるものではない。

 だからこそ、瞑想に意味をもたせるのは良くも悪くも自分だ。

 そう教えられた。

 

「瞑想してたのは、俺自身のためです」

「お主自身?」

「少しだけ、自分のやっていたことを思い出しまして」

「なにか、変わったのかの?」

 

 夜一さんにじっと見られるが、別に俺に変化は無いだろう。

 

 今だって息抜きをしているし、怪我が治っただけで特に何かをしているということはない。

 

「まぁ、後で教えますよ」

「……そうかの。

 それならば後で期待をしておくが……それにしても、似合わないのぉ、服」

「用意したの夜一さんって……浦原さんのものでしょうが」

「まぁもとは喜助のものじゃから似合わないのは当然なんじゃが、なんか違和感というか……」

 

 今着ているのは、ダボッとした和服。

 浦原さんっぽいだるっとした感じだなぁ、と袖を振り回して思っている。

 

 鏡を見れていないので確認のしようもない。

 

「とりあえず、このまま町民に紛れながら朽木ルキアの救出に向かうぞ」

「あっ、ハイ」

 

 夜一さんは昨日から着ていた忍者風の服装を着替える。

 

 え、いま何時着替えた?

 早、え?

 

 着替えた後の夜一さんは、髪を下ろし、町民の服を来た普通の人間だった。

 なんか、夜一さんって立ち振舞が少し堂に入っていると言うか……気品があるよなぁ。

 

「瀞霊廷には本来死神しか居ないが、商売許可などを貰えれば普通の人間でも歩くことができる」

「あ、はい。

 そこら編の常識とか会話は情報収集済みです」

「……お主、変なところが冴え渡っているのぉ」

「少しでも知らないことは減らしたいですから」

 

 怖いやん、無知。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「まぁ及第点じゃろう」

「現代っ子なんで許して」

 

 勉強部屋を出た後は、歩きながら所作や身分についてのすり合わせ。

 一応俺の身分は一番低く、死神には基本的に逆らえない力関係になっているらしい。

 

 というか、逆らおうにも勝てるわけがないから、逆らえないらしい。

 

「よし、それでは儂が先をゆくから、お主は後ろをしずしずと着いてくるのじゃぞ」

「え、しずしず、とは」

「影を薄く、じゃ」

 

 尸魂界の外れに現在位置していて、ここには基本的に人の出入りはない。

 それこそ、死神でも滅多には来ない。

 ここらへんには昔利用されていたいろいろな施設があったりする。

 それこそ、血みどろの穴とか、処刑小屋とかあった。

 

 何をしていたのかは知らないが、結構尸魂界闇深いな、と思った。

 

 そんなことを思いながら影を薄く……息抜きの出力を最大にして歩いていると、人がチラホラと見えてくる。

 それこそ死神だが、夜一さんが上手いこと死角に入りながら移動してくれているおかげで、全然見つからない。

 

「……お主」

「はい」

「何をそんなに気配を消しておるのじゃ?」

「え、言われたから」

「死にかけほどの霊圧にしろとは言っておらぬぞ?!」

 

 あぁ夜一さん、見つかっちゃうって。

 俺は両手をあたふたと目の前で動かしていると、

 

「ん? どうしたお前ら」

 

 あぁ言ったこっちゃない。

 死神が一人話しかけてきた。

 

 大柄な男で、持っている刀が少し小さく感じる。

 

 男は警戒なんてしている様子はなく、単純な質問から話しかけてきているようだった。

 

「あぁ、私達は少し中心の方まで用事があって……」

「現在尸魂界は封鎖している。

 どこから来た」

 

 え、あ、たしかに。

 壁在るやん。

 それで言い訳だと思っているの? 夜一さん。

 

「いえ、先日の朝からこちらの方で知り合いに宿を貸してもらっていて……」

「……そうか。

 ちなみに誰か聞いてもよかろうか?」

「護廷十三隊六番隊隊長、朽木白哉様です」

「?!?!」

 

 白夜。

 

 ルキアの兄。

 

 なんで今その名前?

 

 というかその名前聞いた途端相手の死神さん膝着いちゃったけど?

 もしかしてあの兄様、すごい人?

 

「こ、これは大変ご無礼いたしました!

 白夜様のお知り合いなどいざしらず、申し訳ありません!」

「いいえ、今回私達は誰にも知らせずに来ているので仕方ないのですが……何かあったのでしょうか?」

「えぇ、外を見て分かる通り、現在旅禍の侵入を許し、その追走と処分のために勤しんでおります」

「それは……私は付き人がいるから良いですが、皆様は頑張ってください」

 

 ……夜一さんってもしかして良いところの生まれとか?

 というか、死神? 人間? 猫?

 

 色々わからねぇな、この人。

 

「付き人……わっ?! い、居たのですか」

「えぇ、影にいるのが得意で……」

 

 あ、俺に気づいてなかったのね。

 

 ……あれ? なんかおかしくね?

 死神の人、夜一さんの方見てる?

 俺のことはしっかり見ているけど、なんか夜一さんは違うっていうか……

 

「それでは、失礼しました」

「えぇ、頑張ってください」

 

 オホホホホ、とでも言いたげな夜一さんの口ぶりに感心しながら、俺は後ろをついていく。

 

 しばらく歩き、死神さんの気配が遠のいた頃、

 

「はぁぁぁぁ。

 疲れた」

「お、お疲れさまです」

「まぁ、こんなことはあろうとブラフを用意しておいたのじゃ」

「ルキアのお兄さん、すごい人なんですね」

「あぁ……ん? お主、朽木白哉を知って知っておるのか?」

 

「まぁ、会いました」

「……逃げ切ったんじゃな、流石じゃ」

「殺されかけましたが」

「そうかの……そんなやつには思えないが」

 

 夜一さんは思案顔をするが、俺は先程の疑問をぶつけてみる。

 

「あの、さっきの死神と話してた時、なにかしてました?」

「気づいたかの」

 

 夜一さんは俺の質問に待っていましたと言わんばかりに、胸元から何かを取り出した。

 え、エロ(直球)

 

「これは顔の認識をできなくするという装置で、儂とあったものは顔の認識が難しくなり、覚えていることができなくなる」

「……はぁ」

「これで万が一のときにも、顔が割れることはない」

「で、なんで朽木白哉の名前を使ったんですか?」

 

 顔が割れることはない。

 つまりは返すと顔が割れると面倒。

 

 確かに、顔がバレると面倒なのはわかるが、それならば全員分それを作ってもたせればいい。

 持たせない理由としては、作れなかった、もしくは持たせなかった。

 

 持たせない理由はあったとしても俺が知る事はできないので除外。

 

 作れなかった、としたら作ることのできた一つを夜一さんに持たせる必要があった。

 それこそ、隠密に長けている夜一さんに持たせないといけない理由があった。

 

 ……黙ろう。

 

「相手はあのガタイで六番隊の通常隊員。

 肩の腕章で判別できるが、その隊の隊長は朽木白哉。

 ましてや貴族ともなれば理解できない事情は多い。

 それを理解できるということでふっかけてみたら、案の定じゃったな」

「結構考えてるんですねぇ」

「まぁ、儂じゃからの」

 

 ふふんと鼻を高くするが、ふわっとだけど察しはついた。

 というか、以前から思っていたことだが、

 

「なんで、浦原さんと夜一さんは俺らに手を貸すのですか?」

「もちろん、良心じゃ」

 

 ノータイムの返答。

 

「そっすか」

「そうじゃ」

 

 まだ、認められていないと、そういうことですか。



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強いと弱いで分けるのって意味なくね?

「で、どこに向かってるんですか?」

「着けばわかる」

「そりゃ着けば分かりますけど……」

「ほらキビキビ歩かんか」

「歩いてますって」

 

 先程の死神との邂逅から10分ほど経過して、俺らは一度も他の隊士と出会うことなく、死神たちの隊舎のある地区に来ていた。

 ここが何番隊の隊舎なのか全く知らないので、いつまた俺の知っている隊長が出てくるのか内心ヒヤヒヤしている。

 

 現在、死神たちの殆どは出払っている。

 それこそさっきから遠くから聞こえる『オレンジ色の髪の死神』と『巨人』という二人のために人数が集まっているのだろう。

 

 ……チャド、お前もなのか。

 

「一護以外に期待して、と言っていたがチャドもなかなかじゃの」

「……チャドは全員倒すとか考えてないだろうけど、多分普通に目立ってるだけだと思います」

「せっかく情報を撹乱させたのに、惜しいのぉ」

「まぁ、正直俺が動けるようでもありますので、いいですよ」

 

 でも本来なら後続が静かに入ってくれればなんとかなったんだけどなぁ。

 今更そういうことを考えても仕方がない。

 俺は俺のできることをやろう。

 

「さぁ、ここからこの中に入るぞ」

「……え、隊舎に?」

「あぁ、とある人物に話があっての」

「とある人物」

 

 目の前にあるのは、『十三』という文字をあしらった入り口。

 それは護廷十三隊における十三番隊の隊舎であることを示していて、

 死神たちの姿は見えないから良いが、これでは……

 

「殴り込みでも掛ける?」

「そんな野蛮なことはしないわ。

 少し、話があってきたんじゃよ」

 

 死神に知り合いがいる、と。

 何がなんだかわからない状態だが、俺はとりあえず極力気配を沈めていればいい。

 夜一さんが闘うことになれば、俺邪魔だろうし。

 

 というか、結構隊舎って広いのな。

 道場くらいのものと考えてたけど、かなりの広さだ。

 

 物々しい門を通り抜ける。

 数人の隊士がこちらに気づく。

 

 そりゃこんな非常事態の最中、死神でも無い普通の人が入ってきたら気になるよな。

 夜一さんはどうするのかと見ていると、

 

「十三番隊隊長はどこじゃ」

 

 もはや演技などすることなく、ストレートに聞いていた。

 あら、アポ的なものを取っていらっしゃる? とか思っていたけど、

 

「誰だ貴様は。

 ココに入るには許可証が必要だし……今は尸魂界の非常事態なのだ。

 出歩くではない」

 

 あ、そうですよね。

 

 てっきりここが六番隊の隊舎かと思っていたけど、違うらしい。

 十三番隊……何をするところなんだろう。

 

 尸魂界を回っている中で、大まかに隊ごとに役割があることを理解してたが、それこそ十三番隊は見回りでもなかなか話を聞かなかったな。

 

「どちらだ?」

「それよりそちらの話を先にだ……」

 

 隊士が倒れた。

 え、今なにかしたよね?

 

 なんか夜一さんの手元がシュッて動いたんだけど。

 え、それで気絶させたの?

 なにゆえ?

 

「ふむ、知らないようじゃ。

 まぁ、どこも隊舎なんて昔から変わってないだろうから、適当に行くとするかの」

「あの、なんで気絶させたの?」

「……相変わらず気配が小さすぎて忘れてしまうんじゃが……。

 まぁ、見られて変に警戒されるよりだったら、ここで気絶させたほうが後腐れないじゃろう」

「後腐れあるでしょそれ。

 気絶させてるんだもん」

「道端で寝ていたと思うじゃろうよ」

 

 え、そうなの? って俺が思うくらいに夜一さんは平然としている。

 ……いや、ちゃうやろ。

 思わず騙されそうになる意識にツッコミをする。

 

「それじゃ、着いてくるのじゃ」

「え、はい」

 

 夜一さんの歩みに合わせて後を追いつつ、倒された隊士をちらりと確認する。

 ……針?

 暗器か。

 

 そういう戦い方もあるのか。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「さっき聞きそびれたから聞くんだが」

「あ?」

「一護、てめぇの師は誰だ」

 

 夜一達が十三番隊隊舎に入った頃と同時刻。

 黒崎一護は、斑目一角との戦いを終えていた。

 

「この俺を相手に無傷で切り抜けたその体捌き。

 自分の強さを理解しての防御を貫通するほどの一撃。

 筋は良いがところどころ荒い。

 けど自分の足りないところを補って余りある強者との戦いへの勘の鋭さ」

「お、おぉ」

 

 褒められ慣れていない一護は、一角の言葉に少し動揺するが、一角の真面目な様子にしっかりと表情を整える。

 

「誰がてめぇを育てたのか気になってな」

「育てられた……まぁ、俺は別に育てられたとは思ってないけど、それに当たる人なら」

「誰だよ」

「浦原喜助、我妻丈」

「ッ?!」

 

 一角の表情が凍る。

 一護からすれば、何をそんなに驚いているという話だが、

 

「その男二人に師事を受けたのか。

 そりゃつえぇわけだ」

「そんな有名なんだな」

「そりゃ有名なんてもんじゃねぇ。

 その名前は最近の奴らは知らねぇが、昔から死神してる奴らからすれば背筋の凍る名前だぜ」

「まぁ、滅法強かったな」

「だろうよ」

 

 一角は乾いた笑いをして一護を見上げる。

 負けたのに見る空は、とても心に大きなキズを着けたが、その分こいつのことを隊長に伝えたい、とも思った。

 

 こいつは、隊長の乾きを少しでも紛らわせてくれるかもしれない。

 そう思って……

 

「なぁ」

「あ?」

 

 一護からの問いかけ。

 何だと一角が一護の顔を見上げると、

 

「お前らでさ、我妻源氏、ってやつを知ってるか?」

「我妻丈じゃなく、源氏? 聞くに血縁関係だと思うが……知らねぇな」

「あー、じゃいいや」

「まて」

「ん?」

「そいつも、強いのか」

 

 一角の問いに、一護は少し悩む。

 そんな難しい質問だったかと困るが、一護は重苦しく口を開く。

 

「勝てない」

「は?」

「強いとか弱いとかの話は源氏にいたってはいらないんだよな。

 アイツにとっては生きてるか、死ぬかくらいの気持ちで戦っているだろうし」

「……なんだそれは」

「うーん。

 通じるかどうか知らないけど、あいつ、丈さんと三日三晩戦い続けて生きてられるんだけど、それで通じる?」

「ははは、冗談はきついって」

「まじまじ。

 この目で見た」

 

 意外と視力良いんだぜ? と話す一護。

 

「それじゃ、行くわ」

「あ、あぁ」

 

 一護はそのまま去っていく。

 一角は過ぎ去っていく一護の背中を見て、考える。

 

 あの我妻丈と三日三晩戦い続ける事ができる。

 

 あの隊長でも、一晩戦い続けて伝説になっているのに?

 

 もしや、市丸隊長をやったのがそいつ……

 

 一角は、一護とともに来た、まだ見ぬ旅禍に恐怖を抱く。

 

 もしかして、もしかすると。

 

 俺は隊長が倒れる瞬間を見るのかもしれない。

 

 そう、予感がした。



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隊長ってすごい(小並感)

「浮竹十四郎! いるか?!」

「ちょ?! 夜一さん?!」

 

 俺と夜一さんは十三番隊の隊舎を誰とも会うことなく歩いていく。

 正直ここまで人と出会わないと不気味なんだけど、それは無理もない。

 

 気配を探る限り、この隊舎に現在進行系でいる人間の数が少ないのだ。

 

 一護とチャドの方に人数を割いているのだろうが、ここまで来るということを考えていないのだろうか。

 

 そんな真面目なことを考えていたのだが、夜一さんの言葉で吹っ飛んでしまった。

 あたふたとしていると、目の前にある障子がガタリと開き、

 

「なんだなんだ、いきなりフルネームで名前を呼ぶなんて……」

 

 中から出てきたのは、白く光る長髪をこしらえたイケメンだった。

 てかこの人隊長なのね、白い羽織着てるやん。

 

 え、そんなイケメンがいるの? ここ? と現実と似たような絶望感を感じるが、気を引き締める。

 

 長髪イケメンさん……浮竹さんは障子の先にいる俺らの姿を見るなり、表情を固めた。

 

 そして少し考えた後、

 

「君たちは、何のようで来たのかな?」

「何、少しお話をしようと思ってな」

「うん、それなら立ち話もなんだし、中に入ってくれ。

 今日は調子がいいから茶を入れよう」

 

 朗らかに夜一さんの言葉に答える。

 え、ちょっとついていけないんだけど、大丈夫?

 

 夜一さんの顔を見ると、ニコリと笑っている。

 てか、顔が認識できないってことは使ってるな、認識阻害。

 

 俺にもかかるんかい。

 面倒くさいな。

 

「おや、早く入らないか。

 今は忙しいから俺としても早めに済ませてもらえると嬉しんだが……」

 

 いやいや、浮竹さん。

 あんたもよ。

 ワイら侵入者だし、隣の人顔認識できないし、俺に至っては気配しぬほど消してるし。

 

 疑うという何らかのあれはないわけ?(語彙力)

 

「それでは……」

 

 ってか止めなくていいの? これ?

 

 こんな時の出番でしょ?

 

 さっきからこっちを見張ってる人たち。

 

 ザッ

 

 一瞬。

 

 夜一さんが脚を踏み出したその瞬間、俺と夜一さんの首元に刀を向ける人物が二人。

 

 一人は男性。

 頭に鉢巻を巻いた男性。

 袖をまくった様子からも、生粋の漢、という感じの男性だ。

 

 もうひとりは女性。

 金髪で小柄な女性。

 華奢な印象を受けるが、足さばきを見る限り、その実力は高い。

 

 男性が俺に。

 女性が俺に。

 

 首元に刀を突きつけた……様に見えた。

 

「仙太郎! 清音!」

 

 俺と夜一さんは、二人が動いた瞬間に対応していた。

 

 夜一さんは例のクソ速い移動法で。

 俺の方は遠雷を使用した残像じみたことで。

 

 更にその二人の裏を取った。

 

「君たちにはかなわない相手だ。

 それに、二人共殺意がない。

 話を聞いて見る価値はあるんじゃないか?」

「隊長! そうは言っても!

 この状況で来る死神でもない女と気配の薄すぎるマントの人間ってやばいですて!」

「小椿に同調するわけじゃないっすけど私もそう思うっす!!!」

 

 そうそう、そういうことよ。

 普通は警戒するもんなのよ。

 こんなに警戒心零なんておかしいでしょ、ねぇ?

 

「……それなら、要件を聞いてみれば良いんじゃないか?」

 

 その時、浮竹さんがキョトンとした顔で二人の死神を見る。

 その言葉に、夜一さんはニヤリと笑い、

 

「無論、お主らの部下の救済のための話、じゃ」

「ほら」

「「うーん」」

 

 うーん。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「まずは自己紹介と行こうか。

 俺の方は名前は知られているみたいだけど、一応。

 護廷十三隊、十三隊隊長、浮竹十四郎だ」

「儂はナナシじゃ」

「えっ、えっと、源氏、です」

「うん、ナナシさんと源氏さんか」

 

 いつの間にか部屋に入れてもらってお茶まで出してもらっている。

 俺半日前まで死にかけてたけどどういうこと?

 

 とりあえず、あっちから殺意とかは感じないので良いけど、浮竹さんの後ろに控えている二人がどう出るかは気になる。

 

 正直、後ろの二人もそこそこ強いが、隊長ほどではない。

 まぁ、ほんとにそこそこ。

 一護よりは弱い、と思う。

 

「それで、俺の部下の救済、ってのは朽木さんのことかな?」

「そうじゃ」

「やっぱり」

「ほう、流石に気づいておったか」

「あぁ。

 そりゃ、市丸隊長と朽木隊長の報告を聴けばわかるだろ?」

 

 流石にバレるか。

 

「まぁ、君たちかどうかは知らないけど、その後すぐさま目的錯乱のために要所を襲撃したのは少し惑わされたかな。

 あ、でも人的な被害が極端に少なかったのが君たちの目的特定に至った理由ではあるね」

 

 いや、殺すとかいけないやん。

 ほら、市丸は斬ってもいいし、殺されかけたから(適当)。

 

「それならば話が早い。

 お主らに一つ、頼みたいことがある」

「ははは。

 頼み事、ってのは下から来るけど、そのためにはその変な道具をやめてもらえると嬉しいな」

 

 浮竹さんの気軽な言葉に、空気が凍りつく。

 

 後ろの二人は、浮竹さんの言っている意味がわからないのか、俺ら二人を交互に見ている。

 

「仙太郎、清音。

 あの女性の顔をよく覚えようとしなさい。

 恐らくだけど、何らかの道具で俺らが顔を覚えられないようにしている」

「……あっ」

「え、なんで?」

 

 すごいな隊長。

 これ、言われないと意外と気づかないもんなのよ。

 

 例えて言うなら、適当に自分の中で顔を当てはめちゃう感じ。

 声だけ聞いて顔を想像してる、あの感じ。

 

 だから騙せるかなぁ、とか思っていたけど、そうはうまくいかないか。

 

 だまって夜一さんの方を見る。

 夜一さんは浮竹さんの方をじっと見つめて、

 

「ほれ」

「ほぉ、やっぱり夜一殿か」

 

 道具を解除した。

 

 結構すんなり解除するもんだな、と思っていたけど、浮竹さんのリアクションから隠していても仕方がないと言うものだったのだろう。

 

「先程の体捌き、もしやと思っていたけれど、夜一殿だったとは。

 お元気でしたか?」

「現世というものも悪くはない。

 お主らも、そこそこ百年で風変わりしておるようじゃの」

「若い世代がどんどん来ているので、ヒヤヒヤしていますよ」

「時に、副隊長殿は?」

「それは……」

 

 完全に二人の会話をしている。

 俺には理解できないが、二人は元々知り合いだったようだな。

 

 でも後ろの二人は口をパクパクさせて、

 

「お前は!」

「しほ……モゴモゴ!」

「おい! 迂闊にしゃべるな!

 ここにいるのが見つかったら俺らまでやばいんだぞ!」

 

 なんかやり取りしてる。

 教えてほしい。

 つか知りたい。

 

 声を出したいけど、情報を与えたくない。

 

「うむ、そうか。

 それは残念じゃったな」

「あぁ、それで朽木も沈んでいて、今となっては元気になって現世任務をしたというのに……」

「現在は上と掛け合っている、というところかの?」

「あぁ、暖簾に腕押しだけど、やらないでいるよりはマシだ」

「それは良かった」

 

 いつの間にか会話も進んでるし。

 何だこの空間。

 

「ちなみに、その隣の幽霊みたいな子はどうしたんだい?」

「あ? こいつか?」

「あぁ、先程からやけに静かだし、気配も殆どないし、少し怖いね」

「こやつが先程の市丸ギンと朽木白夜とやりあったやつじゃ」

「「「?!?!」」」

「えっ」

 

 思わず声を出してしまった。

 

 なんでバラす?

 無意味に警戒されるけど?

 は?

 

「それはそれは……。

 彼も死神の力を?」

「いいや、滅却士……我妻丈の系譜じゃよ」

「これは……またオールスターな名前だねぇ。

 丈さんもこちらに?」

「いいや。

 我妻丈はこちらには来ないな。

 曰く、こいつで大丈夫だ、といっていたようじゃ」

 

 え、そんなこと言ってたの?

 てかジジイここと絡みあるの?

 

「……フード越しで分かりづらいんだけど、彼も驚いている顔をしているような気がするんだけど」

「まぁ、我妻丈のことじゃからろくに話しておらぬのじゃろう」

「確かに、丈さんらしいけど……」

 

 えぇ、色々聞きたいんだけどこれ俺話していい感じ?

 声だそうと思ってるんだけど、大丈夫な感じ?

 

 

 いや、さっき声出ちゃったし、そんな気遣いいらないか。

 

 

 いいや、話しちゃ……

 

 

「それで、本題なのじゃが……」

 

 あ、タイミング……

 

「朽木ルキアの救済、ってのはどこまでのことを話しているんだい?」

「それこそ、処刑からの脱却、じゃ」

「その後は?」

「儂らで現世に匿おう」

「…………」

 

 浮竹さんが黙る。

 

 というか、この人はルキアさんにとってどのポジションの人間なんだろう。

 この人もルキアさんの救出をしようとしている、って話したし……。

 

 茶の湯気が消えかけたその瞬間、

 

「少し、待ってくれないか?」

「なにゆえじゃ?」

「まだ時間はある。

 それこそ、逃がすことだけならできるかもしれないけど、そうした場合の朽木の今後はどうなる」

「ふむ、最もじゃな」

 

 ……頭いいなこの人。

 さっきから思ってたけど、先の先まで考えてる。

 

 隊長ってみんなすごいんだな(小並感)

 

「だから、動くのは待っていてほしい。

 それこそ、お仲間の旅禍にも話してくれれば助かる」

「それに関しては無理そうじゃ」

「……連絡は取っていないのかい?」

「生憎、その手の頭が足りない奴らでの」

「そうか……」

 

 浮竹さんが腕を組み、少し考える。

 何を考えているんどあろうかは知らないが、恐らく俺の及ばないことを考えているのだろう。

 

「それじゃあ、旅禍は捕獲ということにしようか。

 全員の人数と人相をざっくりで良いから教えてくれないか?」

「人数は儂らを含めて6人。

 初期にこちらに飛び込んだのは源氏一人」

「……それは、本当かい?」

「あぁ、嘘偽りなく、じゃ」

「……そう、か」

 

 ありゃ、なんかやった?

 内心何が起こっているのかは理解できないが、何かが起きているということは理解できる。

 

 浮竹さんは、俺の方を向いて、

 

「君はこの中に入ってから、一人で行動していたのかい?」

「はい」

「その過程で、この隊舎の地域に入ったことは?」

「いいえ。

 懺罪宮には行きましたが、隊舎のある地域は避けました」

「そうか……」

 

 浮竹さんは俺の言葉に更に考え込んだ。

 なにか俺を殺すとかしないでほしいんだけど、大丈夫?

 

 思わず夜一さんを見るが、夜一さんも理解できていないのか、難しい表情をしている。

 

「わかった。

 それでは早急に旅禍は殺さず、捕獲することを優先しよう。

 命は保証するし、万が一でも死なないように各方面に当たる」

「わかった。

 儂らは引き続き、裏でコソコソしていよう」

「…なるべくこちらに被害を出さないようにしてくれると助かるが……」

「それはわからん」

「あはは……」



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休める時に休もう

「ついつい話し込んでしまったわい」

「ついついってレベル?」

 

 夜一さんが浮竹さんと話してしばらく。

 恐らく見知った顔で、しばらく会っていなかったのだろう、結構話していた。

 

 最後は浮竹さんが誰かに呼ばれて終わってしまったが、あのまま放っておけばどこまでも話し込んでしまいそうな勢いだった。

 

 その後、夜一さんは忍者服に着替え、俺と一緒に瀞霊廷の中を駆け回っている。

 

「で、最後になんか渡してたけど、あれは何だったんですか?」

「あれは朽木ルキアを救うための秘密の手段じゃ」

「秘密の手段」

「もし儂らが間に合わなくても間に合うような細工じゃよ」

「ふーん」

 

 少し気になっている感じを俺は出しているが、実はそんなことはない。

 

 最後の紙の内容はどうでもいい。

 

 それよりも、

 

「なぜ儂らが朽木ルキアを救うのか」

「……」

「お主が気になっているのはそこじゃろう?」

 

 俺は無言で次の言葉を促す。

 ぶっちゃけ、その通り。

 

 話を聞いていて思ったが、浮竹さんは朽木さんの隊の隊長らしい。

 話しぶりとか聞いていて思っただけだけど。

 

 そして、今十三番隊には副隊長が在籍しておらず、その人に朽木さんが結構なついていたらしい。

 

 まぁ、そんな感じで朽木さんを救う理由は浮竹さんにはあるのだが、

 

「お主からすれば、儂らと朽木ルキアの間に何があるのか、気になるじゃろうな」

「そりゃ、気になります」

「……お主にそれを教えるのはもったいない」

「は?」

 

 ここは教えてくれる流れでしょ。

 夜一さんに視線を向けながら、脚は緩めない。

 

 結構夜一さん速いのよ。

 

「お主には教えないで自ら真実に迫ってもらったほうが面白そうじゃ」

「えぇ……」

「まぁ、教えなければならないときが来たら教えてやるが、それ以外では特段教えん」

「いじめ?」

「別にそんなわけではない。

 儂としては、お主が知らない状態で何を選ぶのか気になる、それだけじゃよ」

「えぇ……」

 

 俺知りたいよ? 色々。

 だって結構今回の突入だって半分以上私欲で来たし。

 

 借りは返せたから、次は一護の助けになりたいんだけど……。

 というか、朽木さんともろくに話してないから。

 

「それにしても、先程の大きな霊圧、あれは一護のものじゃの」

「あー、確かに」

 

 浮竹さんと話している時に感じた大きな霊圧は、確かに一護のものだ。

 あの霊圧の感じで行くと、修行の時に未完成だった技でも使ったのか?

 

 正直、威力で言えばかなり強く、俺みたいなひ弱な人間が当たれば一発で死んでしまう。

 だがまぁ、一護の刀は非常に遅いので別にあたってやる必要もないので、食らったことはないのだが。

 

 練習でも死にそうになった時に使えたので、そこそこ苦戦している、ということか。

 

「一護拾ってきます」

「あぁ良い、お主は一護とともにいると良い」

「は?」

「儂は儂の方で動いている」

 

 せっかくここまで連れてこられたのに?

 そう思っていると、夜一さんは少し溜めを作った直後、

 

「それでは、頑張るんじゃよ」

「えぇ……」

 

 消えた。

 

 おそらくは本気の瞬歩をしたのだろう。

 直線での総移動距離で言うと、あちらのほうが長いので、俺が追いつくことは難しい。

 

 そのため、俺は消えた虚空を見つめ、

 

「行くか」

 

 軽く走り出した。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「一護さん!」

「おい一護!」

 

 懺罪宮の見える広場。

 そこに、三人の人影が居た。

 

 一人はガタイの良い和服の男。

 もう一人は死覇装を着た、線の細い男子。

 

 そしてもう一人は、

 

「んだよ、ピンピンしてるよ」

「いやいや! 血出てますって!」

「死にゃしないから大丈夫だよ」

「そういうことじゃねぇだろ! 治療してくれるんだから治してもらえ!!」

「いや、時間惜しいって」

「そういうことじゃねぇだろ?!」

 

 オレンジ髪の死神。

 

 身の丈ほどの刀を背負った彼は、声を掛ける二人を邪険に扱う。

 確かに、オレンジ髪の死神……一護は怪我をしている。

 それこそ、刀による裂傷、打撲の跡。

 

「お前はこれからも戦ってもらわないと行けないんだよ! そのためには回復しろ!」

「んだよおかんかよ、このくらい唾つけとけば治るんだよ」

「それは俺みたいなキャラが言うんであって、現時点で怪我してるお前は言っちゃいけないんだよ!」

 

 そのどれもが見ていて痛々しくはあるが、一護はこうして元気にしている。

 

 ガタイのいい和服の男……岩鷲は、そんな一護のことを見て説得しながらも、少しの恐怖を抱いていた。

 一護のあまりにもたくましいタフネスと、その強さに。

 

 最初は副隊長、三席でも危ういと思っていた岩鷲だったが、その誰もを攻略している。

 三席は無傷。

 副隊長は多少の怪我で倒してみせた。

 

 最後の攻撃に至っては、岩鷲でもわかるくらいの高威力。

 あれを食らってもなお死なないところで、岩鷲は敵に感服したくらいだ。

 

「で、でも一護さん、これから同じ様な敵と出会ったら」

「これくらいだったらまだまだ戦える」

「今は地下水道に移動して時を過ごしましょう!」

「ん? そっからのほうが近いのか?」

「遠回りですけど、誰にも会うことがないのでいいですよ」

「なら普通に行けばいいだろ」

 

 線の細い死神……山田花太郎は、畏怖していた。

 最初は怖い人、そして強い人、そして、強いヒト。

 

 同じ人間、死神とは思えないその佇まい、存在に山田花太郎は、恐怖と少しの期待を抱いていた。

 檻の中のあの人を、解き放ってくれるだろうと思っていた。

 

 だけど、この人なら……檻自体をぶち壊してくれると、希望を抱いた。

 

 だから、この人の力になりたい。

 

 そのために、この人を止めなきゃならない。

 

「いや、行けるって」

「何を根拠に!」

「げん……友達だよ」

「どんな友達なんだよそいつは?!」

 

 二人が一護にツッコミをすると、一護は困った表情をして、

 

「この程度の傷でも全力出せるやつ?」

「いやいやいやいや、それ見間違いでは?」

 

 花太郎は手を振る。

 花太郎は護廷十三隊の四番隊……治療隊に所属している。

 その中でも花太郎は斬魄刀の兼ね合いもあり、治療の腕はそこらの死神よりも長けている。

 その腕と目を以てして理解できる。

 

 一護のこの怪我で十全に実力を発揮できるわけがない。

 それこそ、怪我は体の危険信号。

 

 痛みを発するからこそ人間は無理ができないわけで、痛みを発する以上、それは体が悲鳴を上げているということ。

 

 それを無視できる、というのは人としての仕組みが欠落しているとも取れる。

 一護は平然としているが、花太郎から見ても霊圧はゆらぎ、無理をしていることがわかる。

 

「その人はおかしいんですよ。

 治療しますんで、お願いします」

「源氏はおかしいのは確かだけど「誰がおかしいんだよ、誰が」そりゃ、源氏って……」

 

「「「えぇ?!?!」」」

 

 その場にいる三人は、突如として現れた人物に驚く。

 大きなマントを身にまとったその人は、現在この場にいる三人の誰にも感知されることなく、一護の背後に現れた。

 

 音も、気配も、霊圧も、その全てが感知されることなく現れたその人物は、一護に対して親しそうな口ぶりであり、

 

「源氏?!」

「んだよなんだよ」

「無事だったのか!」

「まぁな」

「どっかで生きてると思ったけど、やっぱ生きてるんだなぁ」

「なんか信頼はわかったんだけどかなり不服」

「そう言うなって」

 

 岩鷲、花太郎の両名は、ここに来てようやく事態を理解し始めた。

 

「お、おい一護、そいつ」

「一護さん、その人って」

「あぁ、こいつは俺らの仲間で、昨日からここに入ってた、我妻源氏だ」

「あ、我妻源氏です」

「こんなよわっちそうなのが?」

「まぁ、ハイ。

 よわっちいのでやらせてもらってます」

 

 少しおどけた様子の源氏に、岩鷲は面食らいながらも、まじまじと観察する。

 

 一護からある程度の話は聞いていたので、岩鷲はどれほどの豪傑が来るのかと期待していたが、目の前にいるのは自分でも倒せそうな、花太郎より弱そうな男。

 

「えっと、源氏……? さんはどうしてここに?」

「あぁ、一応こっちから一護の霊圧して、心配がてら来た」

「えっと、誰かと遭遇とかは……」

「まぁ気配消してるし、見つからないようにはしてた」

 

 花太郎は、源氏の気持ち悪さを感じていた。

 それこそ、その気配の薄さ。

 

 まるで風前の灯のような霊圧に、音のない足運び。

 目の前にいるのにふと目を離せば消えてしまいそうなその出で立ちに、奇妙さを感じていた。

 

「で、なんか俺の悪口言ってたみたいだけど、どしたん?」

「いや、このままルキアのこと連れ帰ろうと思ってたんだけど、こいつらが休めって……」

「あ、あぁ。

 それくらい怪我してんのに、一護の野郎、お前さんがいつもこんくらいだから大丈夫って言いやがんだよ」

「そ、そうです! ただでさえ副隊長を退けたとはいえ、それほど怪我をしていれば問題があります!

 止めてください!」

 

 岩鷲と花太郎は、目の前の一護の仲間に助けを求める。

 

 どちらにせよ、一護の今の状態は回復に専念すべき。

 

「…………」

 

 源氏はその言葉に一護の体をまじまじと見る。

 

「うん、休んだほうが良いかもしれねぇ」

「お前もそういうのかよ」

「確かに、一護的には俺がいつもこれ以上に怪我をしているから、って言い分はわからなくはない。

 けど、怪我の仕方がまずい」

「怪我の仕方?」

 

 一護と岩鷲が疑問符を浮かべる中、花太郎は驚嘆していた。

 この人はしっかりと体のことを理解している人だ。

 

「正確には知らないけど、その怪我の様子だと走りと握りが鈍りそうな感じがする。

 現に斬魄刀今背負ってるし。

 痛いんだろ? 今」

「……」

 

 源氏の言葉に一護は言葉を返さない。

 言外にその通りである、と言っているようなものだ。

 

「まぁ、行くことを咎めはしない。

 けど、それでお前はやりきれんのか?」

「でも今しか……」

「時間に関してはそんなに無いのか?」

「な……くはない」

「治療にかかる時間は?」

「あ、えっと、それくらいだったら4時間で完治できます!」

 

 源氏は行こうとする姿勢を取る一護にたいして、頭を掻きながら、

 

「行くなら俺が力づくで止める。

 つか、さっきの一護のバカ霊圧で人が死ぬほど来てる。

 行くか治すか、さっさと選んでくれ」

「……分かったよ」

 

 一護は気だるそうな源氏の言葉に了承の意を示す。

 花太郎、岩鷲の両名はホッと一息つき、

 

「え、今そんなに人が来てるんですか?!」

「あぁ。

 別に特段多いってわけじゃないけど、それこそ放っておけば結構来るな。

 どこ逃げようか」

「そいつら倒してからでもいいんじゃねぇか?」

「お前はここにいる人間全員倒すつもりかよ。

 さっさと逃げるぞ」

「あ、それなら自分、いい場所を」

「採用」

「聞いてないのに?!」

「顔採用」

「顔?!」

 

 源氏の独特なノリに花太郎はツッコミをしながらも、少しの安心感を抱く。

 目の前の消え入りそうな気配に気を取られていたが、ちゃんとした人ではある。

 

「さ、行くぞ……太郎さん?」

「花太郎です……わざとですか?」

「あ、はなたろ……覚えづらくね? 名前」

「花太郎っていうのかお前……」

「花太郎っていうのかお前……」

「わざわざ二人共同じことをずらして言わないでください!

 ってかさっき話したでしょ?!」

 

 花太郎は三人を誘導して地下水道に逃げ込む。

 そして、護廷十三隊にまたも、衝撃的なニュースが響き渡る。

 

 ”六番隊副隊長が旅禍に重症を負わされた”



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低気圧で気だるそうにしてる人の気持ちが分からない

「どうすっかな」

「なんだよ」

「いや、俺暇だなって」

 

 一護の様子を見に行くと、そこには結構厳しい怪我を負った姿があった。

 一緒に居た知らない人……岩鷲さんと花太郎さんが言うには副隊長とやりあって勝利したけど、結構な手傷を負ったらしい。

 

 俺だったら無理する感じだけど、花太郎さんが治療できるというので、甘んじて受け入れろと話したが、

 

「俺暇やん」

「そりゃピンピンしてるからな」

「いや、その前死にそうになってたけどね?」

 

 俺が暇になった。

 正直、俺一人で朽木さん救出してもいいのだが、

 

「そういえば、こっから脱出する方法って知ってんのか?」

「あー……。

 夜一さんが知ってる」

「マジか……。

 俺知らないぞ……」

 

 ということで救ったとしても一人で朽木さんを連れながら夜一さんと合流して脱出しないと行けないという事になっている。

 

 それは流石にきついので、人数揃えて夜一さんに見つけてもらうほうが早い気がしているので、現状俺は暇だったりする。

 

「ちなみにさ、ここまでどうやって来たんだ?」

「ん? 見てなかったのか? 空」

「空?」

「俺ら空から入ってきたんだよ」

「は?」

 

 正直、俺は一護たちがここまで来る時に普通に寝ていたので、どうやって入ってきたのか知らない。

 もしかしたら来るときと同じ方法で帰れると思ったが、

 

「遮魂膜、っていう結界に似たものが存在するんです。

 基本的には外界からの敵を遮断するために利用していますが……」

「それを姉ちゃんの開発した砲台を利用して、消えないほどの高密度の霊子で入ってきたってわけよ」

「なるほどよくわからん」

 

 とりあえず、何らかの装置を使わないと空から侵入することはできない、と。

 

「ちなみに花太郎さんは、旅禍の人数とかは聞いてる感じ?」

「あ、僕らは治療専門なので、敵を倒すとかその手の情報はあんまり……。

 あと、さん付けは大丈夫です」

「……あ、そう?

 じゃあ花太郎ってなんで協力してる感じ?」

「先程も話したんですが……」

 

 そこから始まったのは、花太郎と朽木ルキアの、少しの出会いと、少しの経験の話。

 その話は、きっと一護も先に聞いていて、それを聞いたからこそ、

 

「うっし、早めに治してくれ」

「は、はい!」

「お、潔い」

「確かにいの一番に助ける、とは思ってるけど、俺は死んでアイツを救いたいわけじゃねぇ。

 生きて、アイツの目の前にいかないといけないんだよ」

 

 ええやん。

 

 俺は立ち上がり、小部屋を後にする。

 

「どうしたんだ?」

「せっかくだし修行。

 こっち来て気づきを得た」

「珍しいな」

「まぁな」

 

 俺は成長しない。

 その代わり、相手を理解すること、見切ることに注力する。

 

 弱いからこその戦い。

 

 だけど、いつまでも弱いままでいたいわけではない。

 

「っし、ものにするか」

 

 座禅をする。

 

 集中。

 

 常中:無呼吸

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「っし、行くか」

「最初は治療途中で抜けると思ってたけど、意外と素直なんだな」

「……確かに、途中で終わろうとは思ってた」

「えぇ……」

「でも、時間はまだある。

 それに源氏の言う通り、ここで準備を怠りたくはねぇ」

 

 治療から四時間。

 

 幸いなことに、ここは四番隊しか使っていない通路。

 それに、地下深くに存在するため、霊圧も届きにくい。

 そんな要素が重なり合って、一護の回復は誰にも邪魔されることなく終了した。

 

「それにしても源氏ってやつ、一度も一護のこと見に来なかったな」

「気遣いじゃないでしょうか?」

「……多分だけど」

 

 岩鷲のボヤキに、花太郎は好意的な解釈をするが、一護は苦笑いをしながら小部屋から出ていく。

 

 しばらく歩いていく。

 それに岩鷲と花太郎はついていく。

 

「どこ行くんだよ」

「源氏のとこ」

「分かるんですか?」

「まぁ、今は結構わかりやすいな。

 気配隠されるとわからないんだけど、戦っているときは結構分かる」

「そんなもんか?」

「まぁな」

 

 三人で話しながら歩いていると、岩鷲と花太郎は異質な気配に気づく。

 

 まるで、爆弾。

 

 たどり着いた三人の思い立った感想は、それだった。

 

 水路にある小さな小部屋。

 これもまた、この水路に隣接してある休憩所の一種なのだが、そこに源氏は座っていた。

 

 胡座……いや、座禅と行ったほうが良いのか、そんな姿勢をしていた源氏は、妙な雰囲気を身にまとっていた。

 

 触れれば爆発しそうな霊圧。

 それは、外に向けられたものではなく、内に、内に溜め込まれた霊圧。

 

 この部屋に来て分かる、その静まり具合。

 強きものほど強さは理解される、とは言うが、ここまで近づかないと理解できないというのが不自然。

 

「よっ。

 何してんだ?」

「ん? あぁ、もう四時間か。

 かなり瞑想してたからわからんかったわ」

「こっちは全快だけど、そっちはどんな感じだ?」

「ぼちぼち。

 いまいち新しい技術が難しくて」

「新しい技なんて覚えたのかよ」

「型、とかではないな。

 むしろ俺の強化的な」

 

 一護は平然と話しかけるが、二人からすればヒヤヒヤするものである。

 目の前にあるのは、膨大な霊子を抱えた爆弾のようなもの。

 

 強い、ではなく恐ろしい。

 これをただ霊圧として放つだけでもかなりの威力であろう。

 それこそ、先程の副隊長を有に超えるほどのものである。

 

「にしても、この部屋の感じも源氏のせいなのか?」

「部屋の感じ?

 あぁ、確かに出てったやつが充満してるし、俺も吸ったまんまだったわ」

 

 岩鷲と花太郎には何を話しているのかはわからないが、何かをしているからこの状態になっているということは容易に想像が着く。

 

「その状態、普通に解除できるのか?」

「あ、岩鷲さん……

 別に大丈夫ですって。

 長い時間かけて吐き切りますんで」

「えっと、それって……」

「あ、そっか。

 一護以外は知らないのか。

 俺の技的なやつ。

 周囲の霊子を取り込むんだよ」

 

 ここで花太郎は違和感を抱く。

 

 彼自身が治癒という特殊な技術を習得しているからこそわかったことだが、周囲の霊子を取り込む、ということの違和感。

 

 本来、死神はその魂から出る霊力を使用して闘う。

 それこそ、それが顕著に形として出るのが、斬魄刀。

 

 そして、一般の魂は、これができない。

 できたとしても、それこそ小さな灯火程度。

 

 それなのに、彼の霊圧はこの近さでないと知覚できないにしろ、隊長に迫るほどの霊圧。

 

 それを、外部から取り込んでいる?

 

 それでは、まるで……

 

「ふぅ」

 

 その瞬間、源氏の体から霊圧がゆっくりと吹き出していく。

 ゆっくりと、静かに。

 風の流れのように、鮮やかに。

 

「……」

 

 そしてそれは、彼の呼吸が止まった後も続いていく。

 一分経過しただろうか。

 その頃には、先程のようなはちきれそうな爆弾のような感じはなくなり、最初に会った頃の今にも消えてしまいそうな霊圧の源氏が残っていた。

 

「すまんね。

 かなり遅くて」

「使えるのか?」

「いや、現時点では全く。

 遅い、集中必要で実践なんて無理そう」

「残念だな……」

「でもできるとは思う。

 それこそ、コツさえ掴めばって感じ」

 

 一護は霊圧を感知する感覚に疎い。

 だからこそ、先程の源氏のような指向性のないゆるやかな力の移動は感知していない。

 

 花太郎は、その光景に少し現実離れを覚えつつも、

 

「さぁ、先程の道から再度出て、懺罪宮を目指しましょう」

「あぁ」

「おっけい!」

「もう行っちゃうか」

 

 薄暗い地下水道で、四人の声が小さく響く。



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案外あっけなく死ぬ、まじで

「うわ、夕暮れ」

「きれい」

「えぇ、こんな時に……?」

 

 地下水路を抜け、外に出ると、きれいな夕焼けに街が染まっていた。

 懺罪宮なんて真っ白だからめちゃくちゃオレンジ色だよ、きれい。

 

「そんな感動するか? あれ?」

「あれ一応罪人の入れられる場所なんですけど……」

「はぁ? お前ら外からみて中の罪人見れるんですかっての~」

「なんでそこで源氏は喧嘩腰なんだ?」

 

 一護のツッコミにボケるのをやめながらも、俺はマントのフードを被り直し、

 

「それじゃ、このまま突き進んでいく、ってことで」

「あぁ」

「僕は案内します。

 三人はついてきてください」

「あ、それに関しては大丈夫。

 好きに進んでいって」

「え?」

「一応ここの地理は全部頭に入ってるから、俺が先回りして雑兵は倒しておくわ。

 騒ぎになられる方がだめでしょ?」

「ま、まぁそれができるならそうしたほうが良いですけど」

 

 それなら、と俺は先程から使っている常中:無呼吸を使い、軽々と城壁の上に登る。

 マントは呼吸に反応して姿と霊圧を消してくれるので、俺の姿は誰にも見つけられなくなる。

 

「え、今……。

 …………行きましょう!」

「あ、諦めた」

「え?! あれってスルーするやつなの?!」

「岩鷲さん。

 諦めって大事ですよ」

「諦めろ。

 あれが源氏って生き物だ」

「え?! 俺が悪いの!?」

 

 岩鷲さんは俺の行動に疑問を抱いているようだが、別に不思議なことをしたわけではない。

 姿を消して、霊圧消して、こっそりしているだけだ。

 

 ……普通だろ。

 

 自分に言い聞かせながらも、俺は脚を進める。

 

 恐らく、花太郎は本当に真っすぐ進んでいくつもりだ。

 おそらくは、時間帯的に隊士が入れ替わる時間だと踏んでいるから。

 

 でも、少し宛が違っていたな。

 

 おそらくは、さっきの副隊長を倒したことで、かなりの人数の隊士が警戒してるよ。

 

「えっ、なんで今……」

「カッ……」

「アッ……」

 

 花太郎が見つけた隊士は片っ端から気絶させていく。

 もちろん、攻撃の瞬間はなるべく最小最短で。

 

 型を使うと透明化解除されるから少し面倒くさいんだよな、これ。

 

「え、今……」

「源氏だ」

「えっ」

 

 岩鷲さんと花太郎は驚いているけど、俺言うたやん。

 やるって。

 

 フードを脱ぎ、透明化を解除して、

 

「安心して進んでもろて」

「あ、はい」

「おい一護、お前の仲間なのか? 本当に?

 忍者とかじゃなくて?」

「……それに関しては判定が微妙だな」

「判定が微妙ってどういうことだよ!?」

 

 岩鷲さんのツッコミが光る。

 すごいなぁ。

 

 俺は再度フードを被り直し、姿を消す。

 

 このペースだと、おそらくは30分もかからずに到着することができる。

 

 もしかしたら、ここに兵を固めている可能性を考えていたんだけど……。

 

 トントン眠らせて進んでいると、

 

「「「ッ?!」」」

 

 三人の足が止まった。

 

 俺も脚を止めて、三人から距離を取る。

 

「あぁー。

 面倒くさかったぜ? 待つのは」

 

 三人の振り向いた方に居たのは、ガタイのいい男。

 

 だけど、岩鷲さんなんて比にならないほどの長身。

 小学生のお日様のような髪型に、鈴の音。

 白い羽織を着けているところから、隊長であることはわかった。

 

 だけど、なんで気づかな……なんだ、あの”両目の眼帯”は。

 

「お前らの中にやけに感知が上手いやつがいるからなぁ。

 俺とやりあってもらえねぇかと思ったから、少し頭を使わせてもらったぁ」

 

 その男は、片目の眼帯を外す。

 

 その瞬間、あふれる霊圧。

 

 これは…………。

 

 最初に俺が危険だと判断したヤツの、一人。

 

 特段バカみたいな霊圧を持つ、危険人物。

 

 恐らくあの眼帯が霊圧を押さえる道具。

 

 それを使用して隠れて待っていたってわけか。

 

「少しは三番隊隊長さんにも感謝しねぇとなぁ。

 その御蔭でこうして、遊べそうだ」

 

 男は、背中から刀を取り出す。

 

 いや、それは刀と判断して良いものなのだろうか。

 

 刃先はこぼれ、すでに鉄の塊。

 

 本来、その切れ味と技で相手を切るはずの刀が、まるで相手の悲鳴を聞くためだけに作った拷問道具の様な形状をしている。

 

「花太郎ッ?!」

 

 気づけば、後ろで岩鷲さんが声を上げていた。

 花太郎が倒れている。

 

 そりゃそうだ。

 普通に生きていてこんなもん食らうことなんてそうない。

 それこそ、それに反応しきらないように、体が自衛で意識を途切れさせる。

 

「っ! 岩鷲! 花太郎連れて先行ってろ! 後で追いつく!」

「おまッ! こんなやつ倒せるとでも……」

「行け」

「……死ぬんじゃねぇぞ」

「すぐ追いつく」

 

 一護の判断は正しい。

 二人が居ても、何かに成るということはない。

 

 ここでの正解は、誰かが食い止める、もしくはこいつを倒す。

 ……正直、結構むずいとは思うけど……。

 

「てめぇだな、オレンジ頭」

「……んだよ」

「オメェが一角を倒したやつか」

「あぁ……あんたんとこの隊員だったか」

「礼を言うぜ。

 一角を無傷でやれるってことは、俺とはそこそこいい勝負ができるんだろ?」

 

 遠目で見ているだけだけど、吹き荒れる霊圧で目を瞑ってしまいそうだ。

 それにこの殺気。

 

 ジジイで慣れてるとはいえ、これほどの殺気と霊圧を喰らえば……。

 

 一護は男から目を離さないようにする。

 そりゃそうだ。

 こんなもん浴び続けて目を離せという方が異常だ。

 

 かく言う俺も、自分に殺気が向けられていないにもかかわらず、身構えている。

 

 俺も手助けに入るとして、勝てるか? あの化け物に。

 

「ふぅ」

「準備はできたか?

 気を抜くな。

 注意しろ。

 すぐ終わらないようにな」

 

 次の瞬間、男は走り出す。

 

 いきなりの行動に俺と一護は反応することができなかった。

 

 いや、その殺気の増大に気を取られた。

 まるですでに殺されたかのような感覚。

 

「へぇ」

 

 だけど、大丈夫だ。

 

「すまねぇな」

 

 これくらいで止まるほど

 

「すぐ終わらせるぜ」

「楽しもうやぁ!」

 

 俺らは地獄を見ていない。

 

 男の正面からの唐竹を、一護は斬月で受け止める。

 

 俺も加勢して……。

 

「見つけた」

 

 あ?

 

 後ろを向くと、そこには黒尽くめの集団が俺に向かってきていた。

 

 くっそ、あの化け物のせいで感知できなかったか。

 

 しかしまぁ、俺の姿は見えない……あぁ。

 

「なんか作ったのね」

 

 囲まれるその瞬間、俺は前に乗り出し、一人をぶん殴る。

 

 地面に叩きつけられた黒装束。

 俺はその体を踏みつけ、前に乗り出した。

 

 囲まれていたはずなのに、俺はそれを正面から突破する。

 

 後ろを振り向き、誰も居ない空間に襲いかかった黒装束たちを見て、

 

「囲うときはしっかりとカバーリング考えろって」

「同意だ」

 

 くっ

 

 

 

 そぉ! 反応遅れた!

 

 どうにもバカ霊圧同士が戦っているせいで感覚が鈍る。

 

 本能で避けたけどかすったわ。

 頬から血が滴る。

 

「この様に映るのか。

 あの連中も偶には良いものを作る」

 

 そこに居たのは、

 

「うっわ」

「その反応、よほど死にたいように思える……」

 

 少女隊長だった。

 もはや羽織すら羽織ってない。

 黒装束を来ている。

 

 ……なんで肩出し? それ本当に隠密の服?

 

 少し疑問に思いながらも、俺の視線はとある場所に向く。

 

 少女隊長の左手。

 そこには、黄色いとんがりコーンみたいなのがあった。

 

「聞く必要はない。

 後一撃で貴様は死ぬ」

 

 次の瞬間、俺の体に少しの異変が起きる。

 

 体に、異物が混入した感覚。

 

 これは……さっき攻撃があたった頬……。

 

「シッ!」

 

 次の瞬間、怪我をした方からの攻撃。

 

 今度はしっかりと警戒しているため、体をのけぞらせて躱しきれる。

 よく見るとしっかり武器やん、とんがりコーン。

 

 ってか、なんかあまりにも静かすぎない? その武器。

 普通霊圧とかビンビンに感じるんだけど。

 

 でもさ、

 

「それ、危ないな」

「気づくのが……」

 

 やばい感じはすごいのよ。

 

 背後に移動した。

 っぱ速い。

 

 だけど、躱せる。

 

 拳を流す。

 

「はぁ!」

 

 それはブラフ。

 

 わかってる。

 

 俺の本能がビンビンに言ってるんだわ、その左手の危険性。

 

 だから姿勢に余裕作るために、拳を流したのよ。

 

 躱す。

 

 次が来ると身構えていたが、来ない。

 少女隊長は、武器の着いてない方の指をこちらに向けて

 

「縛道の三十『嘴突三閃(しとつさんせん)』」

 

 

 なんか声を出した。

 力の流れから、何かをされるのはわかっていたけど、何が来るのか分からない。

 次の瞬間、少女隊長の指先から、3つの嘴が出現し、こちらに向かってくる。

 

 

 どこに避け……

 

 

「は?」

「捕まえた!」

 

 後ろから誰かに羽交い締めにされる。

 気づかなかった……黒装束の人……

 

 やばい?!

 

 嘴は俺と後ろの捕まえた人をもろとも壁に叩きつける。

 両腕、腰を縫い付けられる。

 

 やば。

 

「詰みだ」

 

 死……



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っぱ持つべきものは友ってこと(イキリ)

「ッ?!」

 

 はい死んだ。

 この瞬間死んだと意識した瞬間、少女隊長は、横に向かって蹴りを繰り出した。

 

 何かが飛んできて、それを少女隊長が蹴り飛ばしたのだろう。

 

 何だったのかは見えなかったけど、

 

「おいおい」

 

 隙。

 

 天に祝福されてるとかどういうことだよマジ。

 俺そういうキャラじゃないでしょ。

 

 シィィィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 伍の型

 

 熱界雷

 

 脚を振り下ろす。

 

 下に?

 

 いや、壁に。

 

 熱界雷はその技の特性上、一瞬における脚力も凄まじい。

 それこそ、本気でやれば脚が埋まる。

 

 今回は脚を埋めるとか悠長なことを考えない。

 

 本気で脚力だけに注力して、

 

「グバァ!!」

 

 後ろの羽交い締めのやつ越しに、壁を蹴る。

 すまんだけど死にかけてくれ。

 

 俺と同じくらいの背丈の黒装束の人が、背後の壁に埋まる。

 

 それはつまり、少しだけ空間に余裕ができるということで、

 

「どりゃ!」

 

 両腕を引き抜くことに成功した。

 

 最初は胴体も抜くつもりで居たけど、この嘴って力の塊だからかできた隙間をすぐ埋めてきやがった。

 

「小細工を……チッ」

 

 何かを蹴飛ばした後、少女隊長は俺の姿を見て、舌打ちをするも、

 

「見る限り、スピードに能力を重視しているのだろう。

 拘束には弱い」

 

 おっしゃる通りで。

 

 俺は単体能力的な力はない。

 それこそ型っていう技で補っているだけで、腕力的なパワーはそんな無い。

 

 だからこそ、こうやって捕まえられると厳しい。

 

「両手が空いていようが、構わん」

 

 俺の今の状態は、胴体を壁と縫い付けられた状態で、恐らくやばい武器を保った少女隊長と相対している。

 

 なんとなく、そのとんがりコーンの能力的なのは予想が付くけど、付いたところでこの状況を打破できない。

 

「さぁ、じっくり嬲ってやろう」

 

 少女隊長は、先程と同じ様に、武器を保っていない方の指をこちらに向ける。

 

 あの力の集まり方は……

 

「縛道の三十『嘴突三閃(しとつさんせん)』」

 

 追いですか。

 

 さいですか。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 先程の源氏のピンチを救ったのは、岩鷲だった。

 

 一護と更木剣八を相手にし、先を急ごうとした瞬間、源氏が何者かに襲撃されたのを、岩鷲は視界の端で捉えた。

 

 あいつなら、大丈夫だろうか。

 

 岩鷲の思考は、そんな考えに包まれる。

 

 花太郎は更木剣八を目の前に気絶し、使い物にならない。

 死にたくない、だから、逃げる。

 

 それは至極当然である。

 それを攻めるものはいない。

 

 花太郎が起きていたって、逃げることを優先しただろう。

 

 ガンッ!!!

 

 その直後、岩鷲の意識を戻すためのように、視界で変化が起きる。

 

 いつの間にか姿を表していた源氏が、壁に縫い付けられていた。

 後ろには誰かいるのが見える。

 羽交い締めにされて拘束された、というのは岩鷲にも十分理解できた。

 

 脚を止める。

 

 誰かが、拘束された源氏に攻撃しようとしている。

 

「おっっっっっっりゃァァ!」

 

 気づけば、岩鷲は腰にしまっていた花火を放り投げていた。

 

 狙いは源氏を攻撃しようとしているやつ。

 当たる。

 倒せずとも、源氏に時間を作れ……

 

「クソッ!」

 

 そんな甘い話はない。

 

 砕蜂は、鬱陶しそうに岩鷲の投げた花火を蹴る。

 

 恐らく岩鷲自体の確認も、同時に行ったのだろうが、歯牙に掛ける様子もなく、源氏の方を向いた。

 

 そのことに、岩鷲は、

 

「クッソォ!!」

 

 腹が立った。

 あんな路傍の小石でも見つめるような。

 羽虫を払うような視線で、こちらを見てきた。

 

 確かに、格も、強さも、実力も、何もかも差があるのかもしれない。

 

 だけど、

 

「一泡吹かせてやるっ!」

 

 納得できなかった。

 

 岩鷲は、花太郎を起こしながら、源氏が縫い付けられている建物の壁に突っ込む。

 

「切破!!!」

 

 しかし、岩鷲が掌で円を描くと、瞬時にその壁は砂に成る。

 崩れた砂は丸い穴となり、岩鷲を建物の中に入れた。

 

「ん? んん……」

「花太郎! すまん! 死ぬかもしれねぇ!」

「へぇ?」

 

 岩鷲は建物の中に駆け回る。

 目指すは、

 

「あいつ助けりゃ、一花咲かせたことに成るだろうが!」

 

 源氏のもと。

 

「え、あの! 岩鷲さん?! さっきの人ですね!」

「すまん花太郎!」

 

 花太郎が、先程出会った更木剣八の強さを話そうとしたその瞬間、岩鷲はお目当てのところに着く。

 

 岩鷲だって死神の弟。

 それなりに気配や霊圧を察知できる。

 

 それこそ、さっきみたいにバカみたいな霊圧を源氏が発してくれたおかげで、

 

「切破ぁ!!!!!!!!!!」

 

 居場所なんて、すぐに分かった。

 

 壁は砂に成る。

 砂から最初に見えたのは、一人の男だった。

 

 黒装束の男。

 見えていたので蹴り飛ばす。

 

 そして次に現れたのは、大きなマントを被った男。

 

「源氏!」

「岩鷲……さん?」

 

 源氏の表情は、驚いたものとなっている。

 それはそうだろう。

 源氏にとってこの状況は、まさに未知。

 

 後ろの壁が砂に成って、視界に出てきたのは、岩鷲。

 

「ホッ!」

 

 倒れる源氏を支える。

 

 そして、見上げる。

 

 否、見つめる。

 

「ざまぁみろ」

「羽虫如きが……」

 

 次の瞬間、砕蜂は姿を消し、岩鷲たちの目の前で拳を振り上げる。

 

 岩鷲には到底対応できないスピード。

 

 自分が死んだことに気づかずに死ぬ。

 

 ガァン!!!

 

 響く金音。

 

 岩鷲は、自分の目の前に景色が、一瞬で変わったと思った。

 

「岩鷲さん、ありがとうございます。

 逃げてください」

 

 岩鷲の目に映るのは、気絶させたはずの源氏がいつの間にか岩鷲たちを守るように、砕蜂と対峙している様子だ。

 

「二番隊隊長……」

 

 花太郎は、その顔を知っていた。

 

 尸魂界全土にいる無数の死神のうちの最高戦力の一人。

 砕蜂。

 

 隠密機動隊総頭であり、同時に隊長の任を任された死神。

 その速さは尸魂界随一の速さ。

 

 並の死神では何か起きたと感じる前に終わっているほどの速さ。

 そんな速さを持つ人物と、今、源氏は競り合っている?

 

 その情景の疑問を解決できないまま、

 

「わかった」

 

 岩鷲の一言で、二人は逃げ出した。

 

 それこそ、戦いたかった。

 

 できることなら。

 

 でも、さっきと一緒だった。

 

 邪魔になる。

 

 岩鷲と花太郎の予想は、一致していた。

 だからこそ、二人は駆け出し、

 

「追え」

 

 砕蜂は、殺す。

 

 先程まで待機していた黒装束たちが、建物の中に入り、岩鷲たちを追う。

 

 シィィィィィィ

 

 そんな建物の中に、不思議な音。

 これは、砕蜂の中の予想が、確信を得る。

 

 今までも聞こえていた、不思議な音。

 目の前に対峙している敵から発せられる、音。

 

 音が発する時、それは……

 

 ダダダダダダダダダダッ!!!

 

 源氏の体が、幾重にも見える。

 残像が残るほどの速さ。

 

 その残像たちは、岩鷲たちを追う黒装束すべてのもとに現れ、

 

「させるわけ無いだろ」

 

 砕蜂から距離を取って現れた源氏の一言と同時に、

 

「やはり、その音は……」

 

 倒れた。

 

 砕蜂ですら目で追えないほどの速さだった。

 

 霊圧の上昇は、死神で言うなれば隊長目前。

 

 ゆっくりと、源氏の体から霊圧が消えていく。

 

「技、それも純粋な殺すための技」

「殺してねぇよ」

 

 荒い口調で返す源氏に、砕蜂は身構える。

 先ほどとは明確に違う、臨戦態勢。

 

 刀を腰だめに。

 まるで居合術のようなその姿勢。

 

「慣れねぇな」

 

 シィィィィィィィ

 

 音が、聞こえた。

 

 来る。

 砕蜂は、集中する。

 

「守るのって」

 

 そして訪れたのは、地震。

 

 砕蜂の視界が、傾いた。



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ここって時は、かっこつけろ

 雷の呼吸について、おさらいしよう。

 

 雷の呼吸は、本来6つの型から構成され、鬼滅の刃作中では7つ目を我妻善逸が完成させたことで、7つの型ということになっている。

 

 一応、俺は6つの型は使える。

 

 というか漆ノ型に関しては、霹靂一閃の上位互換なので、習得もクソもないとは思うので除外。

 

 正直雷の呼吸は移動と居合の二つを組み合わせた技が主である。

 そのため、生き残ることや一瞬で仕留めることに重点が置かれ、非常に助かったシーンは多い。

 

 そんな中、俺が滅多に使わない型がある。

 

「貴様……こんなものを隠し持っていたとは」

「はっ」

 

 陸ノ型 電轟雷轟(でんごうらいごう)

 

 この技、今までの呼吸のコンセプトとかなり違う運用をしていたりする。

 

 表面をなぞらえるなら、弐の型 稲魂を収束させたもののように見えるが、やってみるとかなり違う。

 稲魂は技、電轟雷轟は力、という感じ。

 

 用途で分けるなら、稲魂は対人、電轟雷轟は対物。

 

 崩れていく建物。

 

 累(かさね)まで使用して建物を叩き切った。

 切る、というより叩き潰すという表現のほうが正しいのだけど。

 

 多分、花太郎と岩鷲さんに関しては生きているだろう。

 それこそ、岩鷲さんのさっきの壁を砂にするやつを使えばなんとかなりそう。

 

「どこまで通用するか」

 

 息を吐く。

 俺の足元も、支える足場がなくなり、崩れ落ちていく。

 

 累を使った場合、落ち着かないと霊子の過剰保有で魂が悲鳴を上げる。

 しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

 少しだけ息を吐き、

 

 シィィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 参の型

 

 聚蚊成雷

 

 飛び出した。

 

 目指すは少女隊長。

 

「小賢しい!」

 

 瓦礫が落ち、視界が悪い。

 聚蚊成雷の足運びで、無数の瓦礫を渡る。

 対する少女隊長は、こちらを迎え撃とうと拳を握る。

 

 衝突する刀と武器。

 

「?」

 

 軽い。

 

 少女隊長はそう思っただろう。

 それはそうだ。

 

 俺は攻撃したのではない。

 

 シィィィィィィィ

 

 足場に着地しただけだ。

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 霹靂一閃

 

 少女隊長を足場にする。

 何故か死神は空中を歩けるらしいので、もしかしたらと思ったら案の定かなり足場が安定していた。

 

 そのまま俺が飛び退いたのは、近場の建物。

 

 何の用途で使われている建物かは知らないが、高い建物が乱立していてよかった。

 

 壁に着地。

 

 勢いを殺す着地は、こうして一時的に壁さえも地面にすることができる。

 

 シィィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 霹靂一閃

 

「クッ!」

 

 少女隊長は、俺の霹靂一閃に、腕を負傷しながらも躱してみせる。

 

 やっぱり、少女隊長はこの速度に反応できる。

 というか隊長に対して普通の型は完全に通らない。

 

 マジで、最速の技だよ? 俺の。

 なんでそうも躱してくれるんだよ……。

 

 技を打ち終わり、地面に着地。

 

 シィィィィィィィ

 

 さぁ

 

 雷の呼吸

 

 こっから

 

 壱の型

 

 チキンレースだ。

 

 霹靂一閃。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 懺罪宮、四深牢に続く道。

 

 そこには白い建物が乱立している。

 それこそ、人が住む建物ではないので、壊れても構わない建物。

 

 音が、聞こえない。

 

 建物の中心にいるのは、砕蜂。

 羽織を脱ぎ捨て、始解を開放して、本気で戦っている。

 

 そんな砕蜂が、追い詰められている。

 

 周囲に居た隠密機動たちはすでにその相手に倒された。

 

「くぅっ」

 

 苦悶の声。

 砕蜂は護廷十三隊の中でもその速さに追いては引けを取らない。

 

 それこそ、あの瞬神をもすでに超えたと思っていたが、

 

 たった一人の男に、その幻想を打ち破られようとしている。

 

「はぁっ!」

 

 時とすれば、10秒にも満たないその時間で、砕蜂の思考は激しく働く。

 

 目の前の旅禍は、速い。

 それこそ、砕蜂も負けを認めるわけではないが、この旅禍は速さの種類が違う。

 

 砕蜂のものが、速さと距離のどちらにも適用できる瞬歩。

 旅禍のものは、初速に全てを掛けた殺すための技。

 

 それがこの四方を建物で囲まれた場所で、縦横無尽に攻撃されている。

 

 一瞬が、長く感じる。

 

 その長い一瞬でも、対応できない。

 

 砕蜂は、焦りながらも、解決策を見出していた。

 

 瞬歩だろうと、連続使用は肉体に負荷がかかる。

 それこそ、先程隠密機動を倒し、建物を崩した。

 そんな大技を連発していれば、ガス欠が来る。

 

 この技だって、躱せないわけではない。

 体に無数の傷を負ってもなお、砕蜂の目には勝機が見えている。

 

 そして数撃、再度砕蜂に源氏は襲いかかる。

 

(速くなっている?!)

 

 最初と比べて、徐々に速くなっている。

 それに、霊圧が上がっている。

 

 先程までは本気ではなかったということ……、そんな勝機の無くなりそうな考えが砕蜂の頭によぎる。

 

 だが、砕蜂の考えも間違っているわけではない。

 

 源氏の呼吸は、周囲の霊子を取り込んで技を行う。

 だからこそ、本来なら体内の霊子を扱って闘う死神とは違い、滅却士は使えば使うほどにその身を強固に、強くなっていく。

 

 それは裏を返せば、連発すれば霊子の過剰保有によって魂が破裂することを意味しているのだが。

 

(こやつ……)

 

 それに、砕蜂も気づいた。

 

 滅却士、という存在にたどり着きはしなかったが、砕蜂はこれは限界があると見える。

 

「ならばッ!」

 

 砕蜂も、奥の手を開放する。

 

 鬼道を体内に巡らすことで身体能力の急激な上昇をする、新しい技。

 

 まだ開発中で、それこそ奥の手だが、今使わなければ、あの刃は砕蜂の喉元に届く。

 

「ここだぁ!」

 

 上昇した身体能力、それに伴って上がる反射神経にものを言わせ、砕蜂は限界まで速くなった源氏の霹靂一閃を捉える。

 

 鍔迫合う。

 

 速さは衝撃となり、砕蜂は押され、後退していく。

 

「命を捨てるのか」

「んなこたねぇよ」

 

 その瞬間、砕蜂は捉えた。

 

 体がひび割れる、源氏の姿を。

 

 そう、源氏の体はすでに限界を超えていた。

 

 魂はひび割れ、体は朽ちまいと形を保っているが、これが限界。

 

「ならば、せめて引導を渡してやろう」

 

 砕蜂の一撃。

 膂力、反射神経、速度。

 現在その全てにおいて源氏より勝る砕蜂の一撃は、源氏の腹に直撃する。

 

「がっ!」

 

 ギリギリで源氏は躱すが、そのダメージは目に見えてひどい。

 

「降参するが良い」

 

 地に落ちた源氏の腹は、三分の一抉れていた。

 

「その状態では遅かれ早かれ死ぬ。

 それでも、やるのか」

 

 溢れ出る血。

 

 死にかけ。

 

 まさにそんな言葉が似合う源氏。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息も絶え絶え。

 

 砕蜂は、手を挙げる。

 

 それは、殺すための手。

 

 死への手招き。

 

 そこで、

 

「ッ?!」

 

 巨大な霊圧が、二人を包む。

 

 その霊圧の主は、

 

「いち……ご」

 

 黒崎一護。

 

「この霊圧は……」

 

 更木剣八を凌ぐのではないかと思われる霊圧に、砕蜂の意識は取られた。

 

 目の前で死に体の人間から。

 

「一護」

 

 砕蜂は、視線を戻し、見た。

 

 倒れていた男が、立ったところを。

 

 腹の怪我が治っている。

 

 どうして……

 

「技、借りるぜ」

 

 砕蜂は顔を上げて、見た。

 

「鬼……」

「霹靂天衝」

 

 源氏の額に浮かぶ一本角と、

 

 天を衝く霹靂の一太刀を。



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塞翁が馬って信じる?

「お前らの中にやけに感知が上手いやつがいるからなぁ。

 俺とやりあってもらえねぇかと思ったから、少し頭を使わせてもらったぁ」

 

 何だこいつは。

 

 それが最初の感想だった。

 源氏に偵察と雑魚を任せて進んでいたら、変なやつに出会った。

 

 最初は、ガタイのいいヤツ。

 次に、殺気。

 

 何だこの殺気。

 

 まるで、波。

 大きな殺気の塊が、こちらに向かって流れているような、そんな感覚。

 

 そいつは、両目に不思議な眼帯をしていたのを外す。

 

 するとあふれる霊圧。

 

 まるで、全てを圧倒して押しつぶしたいと言わんばかりの霊圧。

 こんな霊圧、あるのかよ……。

 

「少しは三番隊隊長さんにも感謝しねぇとなぁ。

 その御蔭でこうして、遊べそうだ」

 

 俺の反応を見てか、眼帯を外した男は、嬉しそうに刀を抜いた。

 それはボロボロの刀だった。

 

 そんなもんで切れるのか、そう思いたく成るような刀だった。

 

「花太郎ッ?!」

 

 気づけば、後ろで岩鷲が声を上げていた。

 後ろを確認すると、花太郎が倒れている。

 

 わけもねぇ。

 こんな霊圧と殺気に当てられちまえば、そうなるのも分かる。

 

「っ! 岩鷲! 花太郎連れて先行ってろ! 後で追いつく!」

「おまッ! こんなやつ倒せるとでも……」

「行け」

「……死ぬんじゃねぇぞ」

「すぐ追いつく」

 

 せっかく生きるために、勝つために回復させてもらったんだ。

 ここで目的を忘れるほど馬鹿じゃねぇ。

 

 岩鷲は能力的に障害があってもなんとかできる。

 それに花太郎のサポートがあればまずルキアのところに行ける。

 

「てめぇだな、オレンジ頭」

「……んだよ」

「オメェが一角を倒したやつか」

 

 目を離せない。

 目を離せば、死ぬ。

 

 それが理解できる。

 

「あぁ……あんたんとこの隊員だったか」

「礼を言うぜ。

 一角を無傷でやれるってことは、俺とはそこそこいい勝負ができるんだろ?」

 

 一角……あいつも強かった。

 それこそ、丈さんのシゴキがなかったら、ただじゃすまなかったな……。

 

 多分、源氏は俺とこいつのことを見ていると思う。

 こんな化け物面前にして源氏が俺を放って追いて逃げるようなやつではない……と思いたい。

 

 いや、あいつのことだから逃げてもおかしくないな……。

 

「ふぅ」

 

 源氏のことは気にしない。

 あいつが参戦してくれるなら、俺の邪魔にならないようにしてくれる。

 そもそも、あいつは俺の持っていない速度っていう武器を持っているからこそ、それが可能だ。

 

「準備はできたか?

 気を抜くな。

 注意しろ。

 すぐ終わらないようにな」

 

 その言葉とともに、男は駆け出した。

 溢れ出る殺気と霊圧に夢中になるあまり、反応できなかった。

 

 しかも、走り出す瞬間の殺気で、脚がすくんだ。

 

「へぇ」

 

 男は唐竹を俺に叩き込んでくる。

 

 ぼさっとしていれば、体が二つに別れていてもおかしくないだろう。

 だけど、大丈夫だ。

 

「すまねぇな」

 

 これくらいなら、

 

「すぐ終わらせるぜ」

「楽しもうやぁ!」

 

 丈さんのほうが強ぇ。

 

「オラ!オラ!オラ!オラ!」

 

 嵐のような連撃。

 技もクソも無い、力の暴力。

 

 受けて受けて受けて受けて、見る。

 

 丈さんのシゴキに耐えて身につけたのは、生きる能力。

 それこそ俺は源氏みたいな素早さはない。

 

 あるのは斬月だけ。

 これだけで闘うには、まずは斬月の強さを知ることが大事。

 それが、シゴキで最初にやらなきゃ死ぬと思ったことだ。

 

 斬月の強みは、シンプルかつ強力。

 硬い、重い。

 

 それだけ。

 それだけだからこそ、こうやって使える。

 

「おいおいその程度かよ!!!」

「うるせぇ!」

 

 怒号が聞こえるが、気にしない。

 こいつの刀は技はない。

 

 けど、どの攻撃もしっかりと重い。

 丈さんの攻撃を思い出す。

 

「はぁ!」

 

 でも、丈さんと比べれば、隙だらけ。

 

 これならば、行ける。

 

 黒崎一護は、そのときは知らない。

 今相手にしている更木剣八の『剣八』という名前の由来を。

 

 それは、『斬られても倒れないもの』

 

 つまりは、

 

「良いぜぇ、期待したとおりだ!」

「なっ!?」

 

 一護の斬撃は、更木剣八の皮を切り、血を流させるだけに留まった。

 

「クッ!」

「おいおい、そんなデケェ刀持ってる癖にちまちました戦い方だな、おい」

「ッ!」

 

 俺の斬撃は、あいつの皮を切っただけに終わった。

 

「すごいじゃんイッチー!」

 

 そのタイミングで、あいつの背中からひょっこりと誰かが出てきた。

 桃色髪のショートヘア。

 奇抜な髪色はさることながら、その小さな体躯は小学生と言われても遜色ないほどの大きさ。

 

 そんな子供が、男の背中から出てきた。

 

 二対一。

 

 頭の中でそんな構図が浮かび上がる。

 

「あ、別に私は戦いに参戦しないよ~。

 それこそ剣ちゃんに怒られちゃうしね」

「あぁ、やちるには邪魔させねぇよ」

 

 男は笑いながら刀を担ぐ。

 

「うんうん、でもまだまだイッチーの刀はだめだねぇ。

 それだと剣ちゃんを切れないよ?」

「んだと?」

 

 斬月だとこいつを切れない?

 

 何を言っているのかと思っていると、

 

「少しは頑張ってるけど、このくらいの霊圧じゃ剣ちゃんに負けちゃうよ」

「負ける……?」

「簡単なことだ。

 霊圧ってのは押し負ければ弾かれちまう。

 それこそ、これくらいしか斬れない程度には、俺の垂れ流しの霊圧に負けちまってるんだよ、オメェの剣は」

 

 男の言葉に俺は斬月を見つめる。

 

 名前を聞き出して、シゴキに耐えて、いろんなやつと戦って。

 それでも足りない。

 

 何が足りないんだ?

 

「そろそろ休憩は終わりだ。

 お前らの仲間は横取りされちまったからなぁ」

 

 男の言葉で、俺はハッと顔を上げる。

 後ろに感じるのは、源氏の気配。

 

 それと、

 

「仲間か」

「いいや、あのチビがお前らの仲間の一人を殺したいって言うから協力しただけだよ」

 

 それならば、むしろ俺のほうが早く片付けて行くべきだ。

 

 霊圧で負けてる?

 よくわからないけど、全力で振ればどうにかなるだろ。

 それこそ、同じとこ攻撃してりゃなんとかなる。

 

「お、やる気になったか。

 そろそろ再戦と行こうか」

 

 首を鳴らす男に、俺は警戒心を上げる。

 

「久しぶりの手応えある相手だ。

 そりゃ、あいつから教わってるってことは、そうだよなぁ」

「あいつ?」

「我妻丈。

 あの勝ち逃げ野郎だよ」

「丈さんは、あんたに勝ったのか?」

「あぁ? それこそお前らを半殺しにしておびき出せば来るだろうから、それも楽しみにしてるんだよ」

 

 ここでも出るのか、丈さん。

 すごいな。

 

「よかった」

「どういうことだよ」

「丈さんなら勝てるのか。

 なら大丈夫だ」

「舐めた口聞いてくれるなぁ」

 

 男は怒りからか、霊圧が上がる。

 

 男の話が正しければ、これでまた俺の刀は通りづらくなった、ってことらしいけど。

 やべぇな、墓穴ほっちまった。

 

「ふぅ」

「行くぜ」

 

 詰め寄られる。

 速い。

 でも、丈さんよりは遅い。

 

 唐竹。

 さっきよりも速い。

 斬月で受け止める。

 おもっ?!

 

「だぁ!」

「ハハハッ!」

 

 食いしばって弾き飛ばすと、すでに目の前に男の姿は無い。

 

 

 チリン

 

 

「ッ?!?!」

 

 振り返って反応。

 また重いっ!!

 

 脚が埋まる。

 

 返さないと押し切られる。

 

「だらぁっ!!」

 

 返しの刃。

 皮一枚でまた切れる。

 

 まだこれくらい。

 いや、これだけ振り絞ってもこれだけ。

 

 この瞬間でそれを判断できはしなかった。

 

「ハッ!」

 

 一呼吸。

 そんな鼻で笑うような音とともに、俺の体に刀が降り注ぐ。

 

「あぁ!」

 

 それは奇しくも源氏との勝負の時に使った回避方法。

 自分の体を掴んで動かす。

 

 恐怖で、攻撃で、すくんだ体を無理矢理にでも生きる道に引き戻す。

 髪を引っ張り、紙一重で避ける。

 

 途中で体を斬られたが、皮一枚。

 

「おもしれぇ!」

 

 更に一歩、前に詰めてくる。

 足がすくむ。

 恐怖が脚を絡め取る。

 

 なら、

 

「アァァああぁ!」

 

 刀だけじゃねぇ!

 

 脚に力入れて、前に思い切り、頭を突き出す。

 

 狙いは顔面っ!!

 

 鈍い音。

 視界に散る火花。

 

 くっそ硬すぎないかあいつの顔面ッ?!

 

「良いねぇ!」

 

 多少は食らったのか、少しのけぞりながらも男はこちらを見て微笑んでいる。

 なんでだよっ、多少はダメージ入った素振りしろよ!!!

 

 でも、これで防御が間に合う!

 

 男が振り上げた刀がこちらに衝突してくる。

 しょ……うげきを! 後ろに流す!

 

 後ろに死ぬほど飛ぶ。

 

 かなりの速さで俺は飛んでいき、脚を地面に擦り付けてようやく減速。

 顔を上げる。

 目の前には、

 

「死ぬなよぉ!」

 

 男の姿。

 刀を躱す。

 

 返す刃。

 皮一枚。

 

 反撃。

 躱す。

 

 返す。

 皮一枚。

 

「いいねぇ! いいねぇ!」

 

 男は皮一枚斬られながら、血を体から滴らせながら、こちらに微笑んでくる。

 くっそ強い人ってなんでこう戦ってる最中に笑顔になるんだよ?!

 

 そしてとある一つの攻撃。

 

 油断しているわけでもなかった。

 

 ただ、一つ。

 

 俺は、考えてなかった。

 

 数々の連戦。

 強敵との戦い。

 

 斬月そのもののことを。

 

 ブンッ!!

 

 何度も斬撃をもらい、振るい続けてきた刃の先には、刀がなかった。

 

「ちっ、詰まんねぇ」

 

 次の瞬間、俺の体には、刀が貫通していた。



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生きるのムズ

なんか予約投稿ミスってました


「なんで、お前は闘うんだよ」

「いきなりどうしたんだよ」

 

 勉強部屋。

 訓練の最中に唐突に聞かれた質問。

 

「いやさ、一護に前に聞かれたやん? 俺がなんで戦うのかって」

「まぁ、聞いたな」

 

 訓練も残り数日というところで、源氏は質問を切り出してきた。

 

 確かに、俺は源氏に訓練が始まって丈さんに殺されかけて、つい聞いてしまった。

 

「いやまぁ、俺は終始生きるために戦ってるんだけど、一護って何と戦ってるのかなって」

「……俺は、目の前にあるもんを守りたいだけだ」

 

 この手の届く範囲で、守りたい。

 守れる力があるから、守りたいと思うから、守りたい。

 

「いやさ、今って守りたいもんが手の外にあるってことやん?

 朽木さんのことをわざわざ救いに行きたいだなんて」

「……寝覚めが悪いから、だな」

「何だその理由」

 

 別に、御大層な理想を掲げていたりするわけではない。

 岩鷲のやつにも聞かれたが、俺は俺が助け出すと決めたから、助けるんだ。

 

「でもさ、死ぬかもしれんぞ?」

「だから、死なないようにこうしてるんだろ?」

「いやいや、死なないようにするために死にかけてるとか本末本末」

「……それは否定できねぇな」

 

 源氏の真面目な顔をしたツッコミに思わず正気に戻る。

 

 こんなことになるとは思ってなかったし、こんなことなら、と思わなくもないが、

 

「一護、正直さ、俺は無理だと思うんだよ。

 朽木さん救うの」

「ん? そうか?」

 

 こんだけしごかれてちゃ救えると思ったんだけど、と続ける前に、

 

「こんなにボロボロになってさ、救えるかどうか分からないことをして、やる意味あるのか、って思わん?」

「……考えたことなかったな」

「……正直、俺は一護に死なれる方が困る。

 行け、とは言えないんだよな」

 

 頭をガシガシと掻いて、源氏は照れくさそうに話す。

 結構、こいつって友達のことを見ている。

 それこそ、さりげないフォローとか、空気を読む力とかはしっかりある。

 

 俺が一歩引いてる感じ、と言われることがあるが、源氏を見ているとこういうことなんだな、って理解できる。

 

「今回のシゴキで本当は諦めてくれるかと思ってたんだけど、かなり辛抱強くて、引いた」

「おい、源氏もやってんじゃんかよ」

「俺は別にいいのよ。

 個人的にぶん殴りたいやつがいて、それのついでに朽木さんを救おうかな、ってスタンスだから」

「んだよそれ」

 

 それを言うなら源氏も意味がわからない。

 生きるために闘う、と言いながら結構死にかけてるし、それなのに生きている。

 

 ほんと、こいつは『生きる』やつだ、と毎回思わせられる。

 

「いやほんと、やる必要ある? って感じは、マジである」

「……そんなに不安か?」

「いやいや、俺は遠くから見てたけど、お前毎回死にかけてんじゃねぇかよ」

「毎回では……ないと思うけど……」

「いやいや顔顔、こっち向いて話しなさいって」

 

 源氏がこちらを見て微笑んでいるというのが理解できる。

 あんまり長い付き合いではないのに、良いやつだからか、源氏はそばに居た。

 

 そんで虚を倒して……あのときはごまかし方面白かったな、あれ。

 

「それにさ、そんなにボロボロになってさ、周りのやつしっかり見てるか?」

 

 そこで、源氏の声がワントーン落ちる。

 

 明らかに、真面目に話している。

 それが理解できたから、俺は源氏の顔を見る。

 

 少し、悲しそうな顔だった。

 

「別にお前が決めたことで何をしようと構わねぇけど、それで傷つくのはお前だけじゃないんだぞ?」

「わかってるって」

「わかってないんだよ、お前の行動は」

 

 少し、源氏の声が荒ぶる。

 

「傷ついて、笑って、眉間にシワを寄せて、頑張って、傷ついて」

「……そう見えるか?」

「見える」

「……そっか」

 

 俺は、源氏の顔から視線をそらす。

 

「俺は、これ以上見ていられない」

「そうか」

「これ以上傷ついて、これ以上傷だらけに成って、何を得たいんだ」

 

「お前のためになるのか?」

 

「どうすれば、一護の脚を止められる?」

 

 源氏から……いや、あいつからの言葉。

 

 立ち上がる。

 

「知ってるよな?

 源氏に俺が『なんで闘うんだ?』って聞いたときの答えの、続き」

 

「あいつはさ、『生物的に死ななければいい』とは言ってないんだよ」

 

「源氏はさ『俺は俺が死なないように、生きる』って言っていたんだ」

 

 源氏が死にたくないのは、ここで死んだら嫌だ、と思うから。

 ここで死んだら、我妻源氏という存在が死を認めるから、絶対に死なない。

 

「それが、答えだったよな」

 

「斬月」

 

 瞬間、勉強部屋の風景は空気に溶けていき、空座町の光景が映し出される。

 

 そして源氏の居たところには、

 

『なぜ、わかった』

「源氏は生き意地汚いとか、泥臭い様に見えて、その中に自分がいるんだよ。

 わかってて、やったろ?」

『……私は、不安だ』

「不安?」

『死に迫り、迫り、迫り、迫り。

 そしてなおもお前の中にはあの男への憧憬が存在している』

「誰だよ」

 

 わかってるけど、照れくさい。

 

『存在も、生き方も、信念も、全て違うのに、お前は何をあの男に見ている』

 

「……さぁ?」

 

『……』

 

 疑問符を浮かべる。

 

 確かに、俺はあいつに憧れを抱いている。

 それは確かだ。

 

 でも、それがなんでかと言われると、

 

「わからん。

 とりあえず、勝てないから?」

『……理解できていない、と?』

「いや、俺もなんとなく、分かるんだよ。

 届かなくて、嫌になる気持ち」

 

 源氏がつねづね語るのは、生きるためには強くならなきゃならなくて、強くないとできることが少ない。

 それはなんでも同じだ、と。

 

 腕力でも、学力でも、知力でも。

 

「だから、したいことのために頑張る。

 それこそ、自分が死なないように」

『お前も、そう在りたい、と?』

「俺は守りたいんだから、そのために強くなるんだよ」

『あくまで、自分は自分、か』

「そうだろ、あいつと俺は違う。

 俺ができないことがあいつにはできるし、あいつにできないことが、俺にはできる」

 

 だから、

 

「俺は、お前の力を借りる。

 手を貸してくれ、斬月」

 

『私はお前のためを言っているのだぞ?』

「なら俺に手を貸してくれ。

 友達を、救いたいもんを、救うために」

『私は、お前から手を離したのだぞ?』

「でもお前は俺の斬魄刀だ。

 何度だって声を聞いてやる」

『恐れているのに、まだ闘うのか」

 

「恐れるからこそ、臆するからこそ、そこで踏み出すのが勇気だ」

 

 斬月はこちらを睨む。

 硬直。

 

 そして、

 

『私が手を貸せるのは、ほんの少しだ。

 傷口は止める。

 一発で決めろ』

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「あぁ?」

 

 更木剣八は、脚を止めた。

 

 斬ったあとのものには興味がない。

 それこそ、肉となり朽ちて行くだけだ。

 

 それが、興味を持った。

 

 いや、持たされた。

 

 その膨大な霊圧に。

 

 その姿に、

 

 そしてその、

 

「なぁに笑ってやがる」

「いや、まだ、俺はこいつと協力できてなかったなって」

「斬魄刀と協力?

 何いってんだお前?」

「その斬魄刀、悲鳴を上げてるな」

「糞、斬られて頭までおかしくなったのかよ?」

 

 更木剣八は、会話のできない一護に苛立ちを覚えながらも、自分の体が歓喜の悲鳴を上げているのに気づく。

 

(こいつなら、本気を出しても大丈夫そうだ)

 

 長らく忘れていた、本気。

 勝ち逃げされてから、開放することはめったになかった、この眼帯。

 

 霊力を、霊圧を食い尽くす化け物。

 更木剣八は、己の力を封じ込めることが敵わないため、つけることを了承した、手加減(うっとおしいもの)。

 

 おかげで楽しい戦いはあったが、心は踊らなかった。

 それが今、踊っている。

 

 こいつなら、こいつであれば、

 

「いいぜぇ」

 

 眼帯を外す。

 体からあふれる、霊圧。

 それは周囲の建物を押しつぶす。

 

 台風のような霊圧。

 

「ーーーーーー」

「ーーーーー」

「ーー」

「何話してんだ! 一発でぶった切ってやるよぉ!」

 

 そんな霊圧の中、凪の様に落ち着くふた……一人の姿。

 一護は誰かと話すように口を動かす。

 しかしその声は更木剣八には聞こえない。

 

 荒れ響く霊圧の台風。

 それが刀を振り下ろす。

 

「行くぜ、斬月」

 

 それが、更木剣八の聞いた最後の言葉。

 

 上段に構えられる斬月。

 一護から溢れ出る霊圧。

 剣八の霊圧を超えるほどの霊圧に、心が躍る。

 

 刀ごと叩き折るつもりで、振り下ろす。

 

 しかしその瞬間、斬月は、消えた。

 

「『月牙』」

 

 剣八が刀を振り下ろした先には、一護は居ない。

 

 手応えは会った。

 

 だけど居ない。

 

 なんで。

 

 そう、剣八が思った瞬間、

 

「『一閃』」

 

 横薙ぎに刀を振り抜いた一護の姿があった。

 

 

 あの瞬間、一護は自身の最大の技を最大限に当てるために、源氏の型を真似た。

 

 それは歪かもしれない。

 雑かもしれない。

 

 だけど、

 

「くっそ……」

 

 この瞬間、

 

 この一瞬では、

 

 ドサッ

 

 致命を分けた。

 

 

 地に倒れる更木剣八。

 流れ出る血。

 

 同時に、

 

 黒崎一護は、倒れた。

 その体からは、血が流れ出る。



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死んだかと思ったって言葉の意味で使ってるやつそんないない

 まどろみの中から目覚める感覚は、水から上がる感覚に近い。

 唐突に音が変わり、瞳は空気に触れ、触覚は鋭敏に成る。

 

 そんな感覚を味わいながら、俺はゆったりと目覚める。

 

「まじか」

 

 珍しくガッツリ寝たな。

 ここんところ警戒しながら寝るのが普通だったから、こんなに寝れたのは久しぶりだな……。

 

 ん? なんで俺って久しぶりにガッツリ寝たんだ……あっ

 

「戦ってた……」

 

 記憶にあるのは、最後にはなった見様見真似の月牙天衝。

 

 ってか、俺の体終わったよな? あの時。

 呼吸使いすぎて魂魄崩壊したと思ったんだけど……。

 

 起き上がり、自身の両手を見る。

 

「普通や……」

「何をしておるのじゃ、お主は」

「あ、夜一さん……ってここ、勉強部屋ですか」

 

 至って何も変わらない普通の両手を見つめると、夜一さんから声をかけられる。

 それに伴って周囲を見渡すと、ここが勉強部屋であることも理解できた。

 

 夜一さんは、いつも通りの黒装束に着替えていて、こちらを興味深そうに見ている。

 

「何見てるんですか」

「いや、怪我一つ無いな、と思っての」

「別に怪我一つ無いのはいいことじゃないですか」

「霊圧とお主の様子と、そいふぉ……相手の様子を見る限り、怪我では済まないほどのものだと思ったがの」

「……まぁ、確かに」

 

 あの戦いは、それこそ守るもののために、逃げられない、逃げたくない戦いだった。

 それこそ、あそこで死んだとして、いつもよりは後悔が少ないくらいには頑張った。

 

 ……まぁそれでも死にたくなかったけど。

 

「なのに傷一つなく生きている。

 挙句の果てに少し風変わりしたお主の霊圧。

 何を取り上げれば良いのやら」

「傷一つないのは知りませんて。

 ……ってか、霊圧が変質している?」

「そうじゃ。

 先刻戦う前のお主……いや、今までのお主の霊圧は、人間の霊圧そのものだった。

 しかし、今では少し違う……。

 例えるのに同類を使うのは申し訳ないが、我妻丈のものとよく似ている」

 

 怪我がないことは良いことだ。

 それこそ、もしかしたら土壇場で何らかの俺の秘めたる力、的なのが出たのかもしれない。

 

 というのはすでに分からないものだとして、それとは別の霊圧の変質ってなんだ?

 

 それこそ怪我一つ無いのが関係しているのか?

 

 だとしても、

 

「ジジイに近いってなんですか。

 何もピンとこないですよ」

 

 霊圧は、人によって様々だ。

 それこそ、強いものは霊圧の近くが何か他の感覚器官と結びついてしまうこともある。

 

 ジジイので言えば、視覚に影響して、目が見えなくなったりする。

 これを技に組み込んでいるときとかは、めちゃくちゃ厄介だったりする。

 それはそれとして、

 

「まぁまぁ、お主ら滅却士はそもそも数が少ないから、滅却士として似てきたのか、血筋として似てきたのかは皆目検討はつかないんじゃよ」

「……だけど、明らかに変質したのは確か、ってことですよね?」

「まぁ、傍から見て分かる程度には違うかの」

「……どれくらい違うのか、俺から理解できないんですけど」

「魚だけどマグロから鰹になった、くらいかの」

「赤身だけど変わった、みたいな感じですかね」

「……そんなもんかの」

「なんか自信なさそうですけど」

 

 夜一さんの回答は端切れが悪い。

 何か、小骨が喉に刺さったかのような話しぶりだ。

 

「まぁ良い。

 お主が助かって何も異常がないのならば、後で喜助にでも確認してもらえばよかろう」

「正直怖いですけど」

「まぁお主に異常がなければよかろう」

「……そういうもんですか?」

「そういうもんじゃろ」

 

 夜一さんに懐疑の視線を向けるが、当の本人は何もわからないのか、知らんぷりを貫いている。

 まぁ知らんぷりというより知らない、というのが正解なのだろうが、なんで知らないならそんな不吉なこと言ったんだこの人……

 

「一応話しておくと、お主が寝ていたのは四半日。

 朝日が今登ろうとしておるところじゃ」

「……結構寝たな」

 

 多分、四半日ってのは一日の四分の一だから……6時間か。

 意識閉じて寝たのは久しぶりだったから、少しの間でもかなりの睡眠効果を得られたように感じる。

 

「ちなみに一護も拾ってきた」

「一護も? ってことはあいつ負けたんですか?」

「相打ち……いや、怪我の状態を見るに一護の勝利、と言っても過言ではない。

 それこそ、相手があの更木剣八だったからこそ、傷を負っていてもなお倒れなかったようなものだが……」

 

 ホッと息を着く。

 とりあえず死んでないなら大丈夫だ。

 

「それで、一護はまだ寝てます?」

「あぁ。

 最低限の治療はしたが、それこそお主と比べれば傷の治りは遅い。

 後四半日はかかるじゃろう」

「……結構な怪我ですね」

「あれだけの実力を兼ね備えたと成るとは……厄介なやつじゃの」

「そこは心強い、って言うところですよ夜一さん」

 

 俺の言葉に夜一さんはおどけた様子でこちらを見る。

 俺の話はもう少し聞きたかったが、別に今すぐでなくても大丈夫そうだ。

 それこそ、知っていたとしてもこの人は教えてくれるとは限らないから、面倒くさいのだが。

 

「じゃ、俺は温泉にでも入って、動きます」

「待て」

「はい?」

「そういえば、お主、自分と黒崎一護がどうなったかを知らぬようじゃな?」

「どうなったか? あ、確かに。

 チャドはともかく、井上さんと石田くんはどうなったんだろう」

 

 きっとあの二人のことだ、秀才コンビでなんとかするだろう。

 

 と、思っていたが、

 

「あやつらなら、捕まった」

「……?」

「捕まった、と言っておる」

「ツカマッタ?」

 

 言っている意味が理解できない。

 だってあの人達が動きやすいように俺は動いて、それで……

 

「お主が最初に市丸ギンに傷をつけ、懺罪宮ではもう一人の隊長を相手に大立ち回り。

 すでに副隊長以上には斬魄刀の始解開放は許可されておったが、副隊長が破れたことで状況は一変。

 一級戦闘警戒態勢じゃぞ、今は」

「……ん? ん? 待ってください?

 いつもって斬魄刀開放できないんですか?」

「そうじゃ。

 尸魂界と言えど、その世界は狭い。

 隊長格が本気を出したとなれば、それこそこの尸魂界が崩壊することが考えられる」

 

 待ってそれってつまりは……

 

「俺が荒らしたせいで警戒心爆上がりイエェ?」

「なんじゃその言葉遣いは……。

 まぁ、そんな感じじゃ」

 

 額を押さえる。

 自分が何をしたのかを理解できた。

 

 つまりは俺は、いらぬことをしたのか。

 

「まぁ、市丸ギンを退けた時点でこの結果は見えておったし、遅かれ早かれ斬魄刀の開放許可は出ていた。

 それを見ればお主の撹乱は悪くなかったかの様に思えるぞ」

「何も言わないでください。

 なんか惨めになります」

「別に良いではないか。

 無駄なことをしていないと言っておるからの」

「……ん? じゃあ、市丸ギンが俺らに対して最初に始解を使用したのって、ブラフ?」

 

 夜一さんは顎に手を当て、

 

「確かに、今考えるとお主が生きていることを知ったからこそ、斬魄刀を開放した、と言えなくもないのぉ」

「そうなのか……」

「いや、これはあくまで結果論であるんじゃから、そんなに落ち込むことはないぞ」

 

 なんか夜一さんに励まされているけど、正直心のダメージはでかい。

 だって俺が余計なことをしただけって……それって……。

 

「はぁ」

「そ、そんなため息を吐くでない。

 それほどまでに騒ぎを起こしたからこそ生まれた時間や行動があったということよ」

「……そう思っておきます」

 

 頭を強めに掻く。

 頭を巡る過去の光景。

 

 何も後悔した行動をしたつもりは無いが、それらが逆効果だったと思うと、結構来る。

 

 でも、

 

「っし、切り替える」

「……お主のその異様なタフさ、嫌いではないけどのぉ」

「失敗したけど、結局それは俺の知識不足。

 なら今度はしっかりと勉強して動く。

 それだけじゃないですか」

「簡単に言うのぉ。

 まぁ、それが一番じゃがの」

 

 立ち上がり、ストレッチ。

 

「それで、今度は何をすればいいですかね? 夜一さん」

「……儂に指示を仰ぐのかの?」

「そりゃ当然」

「ならば逆に問うてみるか。

 今、お主の理解している範囲で次はどんな行動を起こすべきじゃ?」

 

 夜一さんの方を向いて質問すると、夜一さんは嬉しそうにこちらに質問を投げかけてくる。

 言葉の意味は理解できるが、俺はこの先の方法なんて、朽木さんを攫うこと……。

 

「待つ?」

「ほう」

「……だよな。

 だって俺2回襲撃してるし、これ以上行っても警備厳しくなるだけ……。

 だから夜一さんは内通者を作る動きを……。

 でも、それが朽木さんを救うのに……。

 なにかのタイミング?」

 

 思考を働かせるが、今わかるのは『今攫いに行くのは尚早』ということ。

 それこそ夜一さんと一緒に居たからこそ、何かのタイミングを見計らっているのは理解できる。

 だけど、なんのタイミングを図っているんだ?

 

 それこそ、内通者に時間をかけて開放してもらう……。

 

「スパイ?」

「……まぁ、妥当な判断じゃの」

 

 内通者をもとに俺らが死神になりきり、警備の一人として紛れる。

 その過程で下調べと消える算段をつける。

 

 こんなもんだろうか。

 

「って、感じですかね?」

「まぁ、60点、といったところかの」

「平均点」

「本来ならば、今の段階で攻め入るのが実は効率が良い。

 それこそ、お主たちが倒した隊士たちの回復を待たずに済むからの」

「確かに」

 

 相手に回復のタイミングを与えては本末転倒か。

 時間をかけて兵を補充されるより、このタイミングで攫うほうが良い。

 

「じゃが、そんな中儂は不穏な話を聞いた」

「不穏な話?」

「護廷十三隊で殺人が発生した」

「……殺人?」

「そうじゃ。

 しかも、その相手は隊長」

「隊長……が?」

「そうじゃ」

「それって……どこの隊……」

 

 

「五番隊隊長、藍染惣右介」



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休暇をもらった、けど有意義に過ごせない

「ん?」

 

 なんか聞いたことあるような、無いような名前。

 すごい喉元にくる、その名前。

 

 マジで一切の原作知識を忘れて、一護の顔と井上さんの顔だけ覚えていた俺からすれば、何か重要な人物である気がしてならない。

 

「どうかしたかの?」

「いや、会ったこと無いな、ってだけで……」

「そうじゃろうな。

 てかお主は隊長に会いすぎなんじゃよ」

「そうですかね?」

「そうじゃ」

 

 夜一さんにはごまかせたと思う。

 というか実際何も知らないので、ごまかすもクソもないんだけど。

 

 顔見れば思い出すかと思うんだけど……。

 

「まぁ、其奴が殺され、護廷十三隊内では儂ら……旅禍がこの殺人を起こしたのかと疑われているらしい」

「まぁ、そうでしょうな」

 

 俺も一護も殺しをしたいと思う人間ではないため、おそらくは殺してはいないと思う。

 半殺し程度にはしていると思うけど、それだって命を奪わない程度に止めているだろう。

 

 殺されかけ慣れているからこの手の手加減は身を以て知っているのだ。

 

 だけど、

 

「やってないですよね? 確認ですけど」

「……それはもしや儂に言っておるのか?」

「いや、まぁ夜一さんの行動知らないですし」

 

 この人の隠密能力的に一人位殺していても何ら疑問ではない。

 というか実際やってないの?

 どうなの?

 

 そんな気がして質問するが、対して夜一さんは、

 

「もちろんやったという可能性はあるが、護廷十三隊の誰にも気づかれずに殺人を行うなんて、今では無理に等しい。

 それも一般隊士ならともかく、隊長を殺すとなればそれ相応の反撃をもらうじゃろうて」

「確かに」

 

 あの隊長連中なら普通に殺されるなんて意味がわからない。

 

「詳細を知りはしないが、隊長を殺せる人間となると必然容疑者は絞られてくる。

 いずれ捕まるじゃろうて」

「まぁ、逃げ出したらその人が犯人って言っているようなもんですしね」

「それこそ、儂らに罪をなすりつけてくるじゃろうが、それを言い張る人物こそが怪しいと言ってもよかろう」

「まぁ、隊長が殺された件に関しては、夜一さんがなんとかしてくれるんでしょ?」

「任しておれ」

 

 夜一さんの言葉を信じるとして、この件は俺の胸のうちに秘めておくとしよう。

 気にはなるけど、死んだのであれば問題はない。

 

 ……でもなんで死んだはずの人の名前がこんなに気になるんだろう。

 

「一応確認しておきますが、その人って本当に死んだんですか?」

「まぁ浮竹のやつからの情報じゃからの。

 あやつが儂らを騙すとは思えん」

「……なら、良いです」

 

 夜一さんは俺の言葉に少し不思議そうにするが、話を続ける。

 

「現在隊長を一人失った護廷十三隊は、捕まえた旅禍たちへの対応を考えているようじゃ。

 幸い、浮竹ともう一人のやつのおかげで処刑には至っておらぬ」

「もう1人のやつ」

 

 恐らくは俺の知らない協力者であろう。

 というかそんなに協力してくれるなら俺ら、いらないのでは?

 まぁそんなことを口に出していいとは思えないので黙っておく。

 

「で、隊長が殺されたから、俺らは黙ってた方がいいとかそんな感じ?」

「だが、ただ潜伏しているのは割に合わん」

「なんか下準備をするとか?」

「下準備、なんてものではない」

 

 準備以外に何かあるのか? とは思わなくはないが、聞いてみる。

 

「黒崎一護の強化じゃ」

「強化?」

 

 あぁ、このタイミングで修行か……。

 確かに一護の成長スピードだと、これから3日でも訓練すれば強くはなるけど、それで何か変わるような感じか?

 

「死神には斬魄刀、というものが存在する。

 中には持たぬものもおるが、基本的に死神は全員持っていると考えてもいい」

「はぁ」

「そして、普通の死神の斬魄刀には、本当の名前が存在する。

 これを斬魄刀から聞き出し、本来の形にすることが、始解と呼ばれる行為」

「あぁ、確かに」

 

 大体みんな名前呼んでたような……。

 あれ? 呼んでたっけ?

 

 曖昧な記憶を辿りながら、夜一さんの話を聞いていく。

 

「これは本来、斬魄刀というものの固有の力しか引き出していない」

「まだ強化があるんですか?」

「そう。

 それが…………卍解」

 

 一瞬で卍解の漢字が思い浮かんだわ。

 卍でしょ、卍。

 これは流石に知ってる。

 

「護廷十三隊の隊長は、ほぼ全ての死神がこれを使える」

「…………ん?」

「まぁ、それこそ卍解は死神にとって最高の力。

 そう易々と使うものでは無い」

「手を抜いていたって訳では……」

「いや、特定の状況下でしか使えない卍解などもある。

 人による、というやつじゃ」

 

 俺の会った隊長全員そうでありますように。

 というかそうであれ。

 卍解とか使わないでくれ。

 

「それで、それをどうするんですか?」

「それを、一護に習得してもらう」

「そんな明日までに課題やってこいみたいな感じでできるんですか?」

「そのための道具を貴様らが寝ている時に先程回収してきたところじゃ」

 

 卍解に至るための道具、ね。

 それこそ浦原さんが作ったものなんだろうな、ってのはまぁ、理解できる。

 

「……ちなみに習得できるまでの平均的な日数とか聞いても大丈夫ですか?」

「通常は習得ができない」

「は?」

「本来は、始解……斬魄刀の名前を聞くことだけでも10年はかかると言われている」

「え、でも一護……」

「更に、始解ができたとしても、そんなにホイホイ卍解できる人間は生まれない。

 それこそ、卍解できる人間=隊長、というのが通常の認識であるからの」

「そんなのに?」

「儂の持ってきた道具を使えば、一週間で習得できる可能性がある。

 事実喜助はこの方法で卍解を習得した」

「じゃあ浦原さんも……」

「儂も卍解の内容は詳しく知らぬ」

 

 そういうことではないけど……。

 浦原さんってつまりはもともとこの護廷十三隊の隊長に匹敵する人間だったってことでしょ?

 

 かなりすごい人だな、浦原さん、とか考えながらも、

 

「それで、一護にはこれで朽木さんの刑の執行までに覚えてもらってどうするつもりなんですか?」

「それこそ、卍解の能力にもよる。

 大立ち回りできるなら、小回りがきくなら、搦め手ならば、小狡く。

 そこから作戦を考える」

「出たとこ勝負すぎやしませんかね?」

「それくらい状況は切羽詰まっている、ということじゃ」

「夜一さんが手伝ってくれればいいのに」

「儂は前に出る人間ではない」

 

 これはどんだけ頑張ってもやってもらえないな。

 それにしても、

 

「一護に卍解を覚えられる可能性はある感じですかね?」

「……卍解を覚えようとすることで、結果として習得できなかったとしても、その経験は力と成る。

 元に卍解を習得せずとも、その習得までの方法は死神の修行にも受け継がれているものだぞ」

「へぇ」

「じゃあ夜一さん。

 早速やるか」

 

「「?!」」

 

 夜一さんと俺は、声のする方に驚く。

 俺らの探知能力はかなりあると言っても良い。

 それこそ、夜一さんの探知能力は高い。

 

 それなのに声の主の接近に気づけなかった。

 その声の主は、

 

「一護」

「お主、起きても大丈夫なのかの?」

「流石にいてぇけど、居ても立っても居られるかっての」

「バカ、いてぇなら寝てろ、バカ」

「バカで挟むな、全部バカみたいに成る」

「全部バカだからバカって言ってんだよ」

「なんでだよ?!」

「いやいや、その傷」

 

 一護のことは先程夜一さんから聞いた程度なので、状態は知らなかったが、今のこの状況を見て言える。

 

 流石にヤベェ。

 

 だって全身包帯ぐるぐる巻で、今でさえ一護の霊圧は小さい。

 それこそ、死にかけって感じが一番しっくり来る感じだ。

 

 今だって力の流れがおかしな感じになっていて、寝ていろってのは本気で思ったくらいだ。

 

「とりあえずここに座れ、一護」

「お、おぉ。

 夜一さんもそんなに言わなくたって自分がやばい状況なのは理解できてるよ」

「それがわかっているのに変なことをするではない」

 

 ありがと。

 そう言いながら一護は俺らのそばに座り込む。

 

 座った瞬間に痛そうにしてんなお前。

 

 しかも少し包帯から血が滲んでるぞ。

 それ袈裟斬りにスパっといかれたな。

 しかも結構深め。

 

「呼吸は大丈夫か?」

「あぁ」

「筋肉は? 力入れると痛いのは?」

「基本的に全身痛い。

 筋肉痛的な」

「裂傷の痛みじゃない?」

「まぁそっちもぼちぼち痛いけど、そんなではない」

 

 俺の質問に、一護は淡々と答えていく。

 

「あ、多分だけど、こいつのおかげだと思うんだ」

「あ?」

 

 そう言って一護が懐から取り出したのは、仮面。

 それもなんか気色悪い仮面で、

 

「なんか虚みたいだな」

「そうなんだよ」

「そういえばこれ、死神になったときとかにもしてたよな?」

「あー、してたっけ?」

「あぁ、変な仮面、って思った」

 

 確かに、変な仮面だな。

 一護が懐の仮面をそう評したところで、夜一さんが口を開く。

 

「一護」

「ん?」

「それをよこせ」

「え、なん「よこせと言っておる!」……はい」

 

 夜一さんは強い口調で一護から仮面をもらう。

 

 何かあの仮面にあるのか?

 俺からしてみても虚っぽい仮面だったけど……。

 

 あれ、もしかして呪いのアイテム的な?

 

 ……そんなゲームみたいなものではないか。

 

「で、夜一さん。

 その卍解ってやつだけど、現実的に考えて何時からやるのがいいんだ?」

「ふむ……。

 処刑までは後8日ある。

 ちなみに、この道具の仕様の限界は一週間だ。

 それ以上は習得できるできない関係なくやめてもらう」

「わかった。

 ってことは、明日からか?」

「いや、動けるなら温泉に入って回復してもらい、数時間後にやってもらう。

 一護の卍解の能力で今回の動きを決めるのでな」

「そっか、わかった。

 ……温泉?」

 

 一護は周囲を見渡し、温泉を探す。

 ここからだとちょうど見えない位置なので、

 

「あそこの岩の裏にあるんだ。

 傷に効くなんてものじゃねぇよ。

 ゾンビになれる」

「それ死んでるじゃねぇか。

 へぇ、そんな温泉が」

「気づいておるかは知らぬが、ここは浦原が商店の地下に作った『勉強部屋』の元になった部屋なんじゃよ」

「……あぁ!」

「気づかなかったんかい」

 

 こんな殺風景で作った人のセンスを疑う場所、そうそう忘れられないと思うよ。

 

「……そう思ったら悪寒がしてきた。

 来ないよね? 丈さん」

「来ない来ない」

「…………」

「なんで夜一さん無言なの?!」

 

 一護のツッコミに、俺は少し恐れる。

 え? 来る可能性が少しでもあるの?

 

「来ないとは思うが、あの人のことじゃから行動を先読みすることなんてできないんじゃよ……」

「そこは源氏が……」

「俺は来れないもんだと思ってた。

 こんなところ来たくてしょうがないだろうから」

 

 結構強い人いるし。

 俺の危険センサーのおそらく一番強い人だと言っている、最後の一人とか勝負できそうだし。

 

 ちょいちょい思ってた。

 

 なんでジジイは来ないのか。

 

「ジジイってここ来れないとかじゃないの?」

「別に来れないわけではない……と思うのじゃよ?」

「なんだその曖昧で嫌な感じの返事!」

 

 やっべ途端に怖くなってきた。

 

 味方になってくれるならすごく心強いのは確かなんだけど、万が一にでも立ちはだかられたと考えたら……。

 

「やめやめ、考えるだけ心に良くない。

 今は目の前にあることだけを考えよう」

「そ、そうじゃの」

「た、たしかにな!」

 

 この場の三人の意見が一致したところで、俺は一番思っていたことを質問する。

 

「で、夜一さん。

 俺って何すればいいの?」

「……うむ」

 

 少し考え込む夜一さん。

 何を考えているのかは知らないが、まぁ夜一さんはしっかりと考えてくれるだろう。

 そんなことを思って回答を待っていると、

 

「待機じゃ」

「へ?」

「待機。

 黙って待ってろ、ということじゃ」

 

「???????????????」

 

 どういうこと?????????????????



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誤解したときに謝るのって、少しの勇気が必要

 と、いうことで3日経った。

 

 ……は? なんでいきなり3日経ってるのかって?

 

 いや、そりゃ見どころも特筆すべきところもなかったからだよ。

 

 状況を簡潔に伝えると、

 

 

・一護が戦った赤髪の人がなんか朽木さんの処刑が早まったことを伝えに来る。

・一護、卍解を習得。

・卍解が俺より速い。

 

 はい。

 

 サザエさん並みに、短くなったわ。

 

 ちなみにこの前の夜一さんの黙って待機、というのは強くなってろ、という意味合いで俺は夜一さんから霊力の使い方を学ぶことになった。

 

 死神で言う鬼道というものを習得する、という話になった。

 

 その結果、

 

「はぁ」

「おいおい、まだ凹んでるのか?」

「凹んでない。

 なんか世界が残酷なことに諦めているだけ」

「それは凹んでいるとは言わないのか……?」

 

 凹んでると思ってないから凹んでないんだよ(暴論)

 

 俺は一護のような主人公ムーブでもできるかと思っていた。

 だって隊長とやりあって勝ったみたいだし?

 

 無傷になったから治癒とかできるとか思ったり?

 

 思いましたよ?

 

 なにか悪いですか?(逆ギレ)

 

「心配するな。

 其奴には外部に霊力を放出するすべがなかっただけじゃ」

「それが致命的なんだよなぁ」

「まぁまぁ、俺もできないし」

「一護はなんかよく分からん技撃てるやん」

「あれは結構疲れるんだよ。

 日に何発も撃てる代物じゃないし」

 

 それでそうか、って言うと思ったのか一護よ……

 俺は一護のケツを蹴り飛ばしながら、思い返す。

 

 結論から述べると、俺に鬼道というものは使えなかった。

 体内に大量に溜め込んだ霊子を放出して、利用できるとは夜一さんの話だったが、俺は一切できなかった。

 

 いや、ほんと一ミリも成長はないの。

 

 他の訓練するくらいがマシでは? って思うくらいだけど、まぁ良い。

 

「俺がクソ雑魚な分一護に働いてもらおう」

「クソ雑魚なんて言うなっての。

 少し敵わなかったくらいで拗ねんなって」

「俺のアイデンティティなのよ、それ。

 ってかわかっていってんだろ質悪いなぁ……」

 

 ため息を突きながら、一護の卍解について考え直す。

 

 一護の卍解は、死覇装から変化していた。

 なんかスタイリッシュというか、シュッとした衣装に変わって、バカデカ斬魄刀もシュッとしていた。

 語彙力なくて申し訳ないんだが、見た目の変化はそんな感じ。

 

 そこで、俺と試しに戦ってみたら、

 

「初めて一本取ったんだ、嬉しくなるだろ?」

「ムカついた」

「それは源氏の感想だろ。

 俺の話だよ」

 

 一本取られた。

 俺の呼吸の隙に、おそらく俺より速い速度で俺の喉元に刀を突きつけていた。

 

 最初は驚いた。

 正直あそこから振り抜こうとしていれば躱せる自信はあるけど、俺らのルールでは負け。

 

 俺は一護に初めて敗北したのだ。

 

「俺、結構訓練とかしてこの速さ身につけたのよ?

 それを3日って……3日って……」

「ははは」

「笑うな殺すぞ」

「ストレートに罵倒するなぁ。

 そんな敵意持つなって。

 それこそ殺し合いになれば多分五分五分になるだろうしさ」

「殺し合いで勝てると思うなよ……」

 

 俺は命かかってれば強い。

 ……大抵の人はそうか。

 

「お主ら、準備はできたかの。

 それでは、行くぞ」

「おう」

「はぁ」

「また溜息ついてる」

「うるさい」

「えぇ……」

 

 後普通に一護のテンションの高さがめんどい。

 

 嬉しいのは分かるけど、ムカつくからやめてほしい。

 今度絶対しばく。

 

「刑の開始と共に、一護はこれを使用して双極を止める。

 それと同時に、儂らが突撃し、各個撃破」

「不意打ち任せて」

「信頼性が高いのぅ」

 

 夜一さんからのお墨付きをもらいながら、俺は夜一さんからもらった地図を確認する。

 正直、双極、というのがどの様な刑罰なのか知らないため、なんでこんな屋外でするのかは理解できない。

 死神における極刑を意味するらしいのだけど、夜一さんも見たのは片手で数えられるくらいらしい。

 

 というか朽木さんの刑罰ってそんな重い感じなの?

 

 夜一さんから聞いた話だと、死神の力の譲渡が抵触した違反だって聞いたけど、別によくない? それくらい。

 

 だって話に聞く限り、死にそうだったって言ってたし、一護。

 

「ちなみに誰やればいいとかありますか?」

「……隊長からやれ。

 副隊長程度なら、儂らの相手ではない……のか?」

「まぁ、大丈夫そう」

「俺……副隊長とやったこと無いけど、大丈夫?」

 

 副隊長とやったことあるのかと思って前に夜一さんに聞いてみたが、副隊長はそれこそ卍解のない隊長レベル、ということで結構強いらしく、それなら多分やりあってないだろう。

 

「隊長と同程度だ」

「それなら副隊長やったほうが早くない?」

「しかし、最後の最後で隊長は切り札を使う可能性がある」

「やっぱり隊長からにしよう」

「そんな発言フワッフワで大丈夫なのか?」

「は? 綿飴よりは重いわ」

「比較対象よ……」

 

 一護のツッコミにレベルの上昇を感じながら、準備を終える。

 その様子を見ている夜一さんが唐突に笑い出す。

 

「はっはっは! お主らはなんでそんなにいつも通りなんじゃ?」

「いつも通り?」

「あぁ、学校の登校のように冗談を言いながら、お主らが向かおうとしているのは死地じゃよ?」

 

 俺と一護は互いの顔を見合わせる。

 少し考えて、

 

「いや、別に死に行くわけじゃないし」

「まぁ、そうだよな」

「後冗談は源氏が話してるし」

「おい、俺のせいにするつもりか」

「こいつ、いつもこんな感じなんだよ」

 

 なんか一護から俺のせいにされた。

 なんでだ。

 

 夜一さんはこちらを見て、

 

「お主は……何を考えて戦場に向かっておるのかの?

 いや、別に真面目な質問じゃない。

 適当に答えてもらっても構わないんじゃよ?」

「えぇ……。

 別に、戦いだって戦ったことってそんなないからかなぁ……。

 いつも唐突に死ぬかもしれないって思ってるから?」

 

 適当に答えるも何も、この質問にボケれると思わないから、普通に答える。

 別に戦おうと思って戦っているわけではない。

 

 いつも真面目に、だから適当に。

 

 適度に当然のように。

 

「……なぜか、今の言葉に我妻丈の姿を思い浮かべたわい」

「あ、夜一さんも? 俺も」

「そうじゃよな」

「え? どゆこと?」

「いや、どういうことも何も、思い浮かんだものだから、仕方がないというか……」

「丈さんの雰囲気と似てるって感じかなぁ……」

 

 二人は俺の聞き返しに戸惑いながら言葉を連ねる。

 まぁ、別に育てられたから……育てられたとは到底言えないけど、似てる部分はしょうが無いと思う。

 

「でも嫌だ!!!」

「あ、嫌なんじゃな」

「嫌なんだな」

 

 仕方がないと思うのと認めるのは違う。

 俺は断固として拒否していく方針を取ろう。

 

「さ、行きますよー」

「これ以上似ている話しされたくないからさっさと行くつもりっすよ、夜一さん」

「まぁ、照れ隠しと受け取っておこう」

「コソコソ話でしょ、その話は。

 俺に聞こえてんのよ」

 

 夜一さんと一護はめちゃめちゃ手を口に当てながら、クソデカボイスで話している。

 それは俺へのなんのあてつけだよ。

 

 ふふふ、と俺のツッコミに二人は笑いながら、準備したものを手に持つ。

 

 ため息を吐く俺は、トボトボと勉強部屋を出ることにした。

 

 去り際、はしごを登りながら、後ろを見返して、思った。

 

 

 心病んでるとか思ってすいません。

 

 普通に再現ですやん。

 

 子供の頃の秘密基地作るタイプのちょっとうらやましいやつですやん。

 

 

 心のなかで、ここにはいない人物に謝った。



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とらえられているお姫様って実は超絶暇なのでは?

 四番隊総合救護詰所。

 地下救護牢〇七五番。

 

 あるのは白い壁と、寝場所。

 そこで、一人のオトコは目を覚ます。

 

「ここは……」

 

 白い和服に身を包んだ細身の男…石田雨竜は起き上がる。

 妙に重い体に、鮮明ではない記憶。

 

 徐々に思い出される、激戦。

 

 十二番隊隊長と戦い、勝利を目前にして逃走された。

 そして自分は力を……。

 

「おい、大丈夫か?」

「うわぁ?!」

 

 雨竜が周囲を見渡した瞬間に、包帯男が目の前に現れる。

 顔を包帯まみれにしているため、誰かは分からないが、上から現れたことと言い、雨竜の理解を超えている存在になっていた。

 

「何だよテメェ!」

「強盗か?! 何をするって言うんだい」

「こんな牢屋で強盗なんてするかよ!」

「じゃあ……」

「俺だよ俺!」

 

 そこで包帯ミイラは自身の包帯を取り、顔を見せる。

 そこにあったのは、

 

「が、岩鷲君!

 君、生きていたのか!

 強くないからてっきり死んでしまったのかと……」

「その言葉、そっくりそのままテメェに返すよ……」

 

 ガンジュは青筋を立てながらも、雨竜の言葉を飲み込む。

 

「いや、待ってくれ……。

 なんで僕らは捕まって、生きているんだ?

 本来なら、僕らは尸魂界にとっての敵のはずだ。

 殺されていてもおかしくないはず……」

「状況が変わったんだ」

「ッ?! 茶渡くん?!」

 

 雨竜のいう疑問はもっとも。

 現在、雨竜達旅禍は尸魂界における敵。

 それこそ、源氏の行いも含めると現在の旅禍への対応は重度のものになっている。

 

 本来であれば、即刻処刑が妥当ではあるが、

 

「看守たちの会話を聞いていたんだが、どうやら尸魂界内で隊長が殺されてしまったらしい。

 犯人は不明。

 俺らはその、重要参考人、というわけらしい」

「取り調べのために生かされた、ということか」

「そういうこった」

 

 茶渡の言葉に、雨竜は自身の現状を理解する。

 再度の説明を聞いた岩鷲は、自身の両腕につけられている手錠を見て、

 

「この殺気石からできている手錠なんてなきゃ、俺の石破で一発なのによぉ」

「そうか、これで霊圧を封じて……」

 

 雨竜は自身の両腕につけられてた手錠を見る。

 これのせいで……そう思おうとした瞬間、雨竜の頭に思い浮かぶのは、最後の戦闘。

 

 あの時、雨竜は己の全てを賭けて戦った。

 そして、逃げられた。

 

 何も残すことなく、生きた石田雨竜だけが、そこに残った。

 戦えもしない、石田雨竜が。

 

「とにかく、だ。

 俺らが生かされてるってことは、他の連中は捕まってないってこった」

「そうだ。

 ここにいない、ということは治療中、もしくは捕まっていない」

「だからこそ、俺らは助けを待つ!

 みんなは生きている!」

「戦闘に向かない井上さんは捕まっている可能性は高い。

 あと残っているのは、源氏、一護、夜一さん」

「夜一さんは捕まるとは思えないな」

 

 雨竜は、夜一のことを評価している。

 具体的には、自分には理解できないからこそ、評価している。

 

 おそらくあの猫は何かを隠している。

 いいや、猫ではない可能性もある。

 おそらく強いことは理解できるが、分からない。

 あくまで雨竜の考えだが、遠からずだろう、と読んでいる。

 

「一護はまだ捕まってないし、生きてる」

 

 チャドは、一護を信じている。

 それこそ、ここにいるメンツは一護がどんなやつかということを知っている。

 

「あいつなら、絶対に助けに来てくれる」

 

 だからこそ、信じれる。

 

「源氏は……生きてるかどうか」

「ん? 最後に見たのかい? 我妻くんを」

 

 そこで話の主導は岩鷲に向く。

 岩鷲は不安そうな表情をしている。

 

 その表情に、この場にいるみんなの気も引き締まる。

 

「あいつは、俺と一緒に居た花太郎……協力してくれたやつを一緒に助け出してくれた。

 それこそ、身を挺して……」

「身を挺して……。

 あいつがそんなことを」

「相手は隊長だった。

 多分、殺され……」

「それは、ない」

 

 岩鷲は見ていた。

 護廷十三隊隊長を目の前にして、自分たちを助けるために正々堂々と立ち向かったことを。

 

 背後で膨れ上がる霊圧を。

 

 そして感じることのなくなった、霊圧を。

 

 だが、その話に待ったを掛けるのは、チャドだった。

 

「あいつは、それこそ真面目に見えないし、普通なやつだ。

 だからこそ、生きている」

「……普通?」

「あぁ。

 あいつは俺らの中でどこまでも普通だ。

 だからこそ、『逃げる』が選択肢に入る」

「……逃げれる、か」

 

 雨竜の頭の中には、戦ったあの相手の姿が思い浮かぶ。

 それこそ、雨竜は全てを投げうって、何も得られなかった。

 

 それこそ、あの場では逃げることを優先させればよかったのだろうか。

 

 だが、それでは滅却師としての誇りが……

 

「それに、あいつは『生きる天才』なんだろ?」

「僕はわからないけど……」

「あぁ……」

 

 岩鷲もチャドの言葉にうなずくが、頭の中にあるのは、あの隊長との戦闘。

 あいつは強かった。

 それこそ、源氏が食い止めなければあそこで全員が死んでしまったというくらいに。

 

 生きる天才なんて言われてるけど……

 

「だからこそ、来てくれ……」

 

 ドゴォン!

 

 チャドの言葉とともに、轟音。

 その音が示すのは、破壊の音。

 音のする方向は、扉。

 

 まるで話を聞いていたのではないのかと言うくらいにちょうどいい轟音。

 

 淡い期待が空間が支配するなか、現れたのは、

 

 そこに居たのは、

 

「居たな」

「ヒィィィィィィ!!」

 

 反応は三者三様。

 

 岩鷲は驚き、

 雨竜は呆然、

 チャドは臨戦、

 

 それこそそうだろう。

 扉の先に居たのは、大柄な男。

 白い羽織を羽織ったその人物は、三人を見下ろし、

 

「おい、お前らが一護の仲間か」

「更木剣八ィィィィィィ?!」

「お前らに用があって」

「なんでここにィィィィィ?!」

「うるせぇな」

「ハイっ!」

 

 驚愕する岩鷲に剣八は一睨みする。

 その視線に姿勢を正す岩鷲。

 

 一方、雨竜も臨戦態勢となり、迎え撃つための準備をする。

 

「そんなにビクビクしないでいいよ!

 剣ちゃんは別にみんなと戦う訳じゃないし!」

「あぁそうだ。

 別に俺は敵対する訳じゃねぇ。

 ただ、一護ともう一度戦いてぇって話だ」

「黒崎と?」

 

 剣八の言葉に、雨竜は疑問符を浮かべる。

 知っている知識に当てはめれば、目の前にいるのは護廷十三隊の隊長に当たる人物。

 それこそ、自分の戦った隊長があぁだったために、警戒心は高まる。

 

 それと同時に、本当に敵意を感じないところからも、違和感を感じる。

 

 それに目の前の隊長……更木剣八の口から一護の名前が出ることにも、違和感を感じた。

 

「お前の目的は、なんだ」

「あぁ? そりゃ一護のやつと再戦することだよ」

「それなら、俺らは必要ないはずだ」

「んもう、それは……」

「私が、お願いしたの」

 

「「井上(さん)」」

 

 チャドの問いかけに面倒くさそうにする剣八とやちる。

 そんな空気に現れるのは、織姫。

 しかも、剣八の背中から顔を出した。

 

 奇想天外な状況にこの場の誰もが受け入れられていないが、

 

「実は、私、捕まっちゃって……」

「それはあいつに……っ?!」

「ううん、捕まったのは別の人で、それで気づいたらこの人の前に連れてこられて……」

 

 雨竜は自身のせいで織姫が捕まったのだと一瞬考えてしまうが、そうではなかった。

 織姫も、話しながらも戸惑っている様子ではあり、それに気づいたチャドは、拳を下ろした。

 

「俺は一護のやつともう一度殺し合いがしてぇ。

 そのためには、一護のやつにまた現れてもらわなきゃならねぇ。

 それでお前らを使えば一護のやつは現れるって踏んだわけだ」

「そ、そんなむちゃくちゃな」

「別に俺に決まりなんざ関係ねぇ、

 切り合いができればそれでいい」

 

 意味がわからない。

 それがこの場にいる剣八とやちる以外が思った感想であった。

 

 ただ、それでも感じたのは、本気。

 

 剣八が本当に一護との斬り合いを望んでいるという、本気さ。

 冗談で話しているとは到底思えない、本気さ。

 

「それで、だ。

 お前らは一護の場所を知ってるんだろ? 教えろ」

「え?」

「ん?」

「は?」

 

 訪れる静寂。

 数秒経過し、剣八は何やら自分の望んでいる展開ではないことに気づく。

 

「お前ら、知らないのか?」

「……知ってたとしても教」

「僕らも知らないんだ! だから提案がある!」

 

 岩鷲はさらりと剣八の言葉に悪態をつこうとしたが、この状況下でそんな挑発じみたことをされては困る、ということで雨竜が名乗り出た。

 剣八は何も気にしていないよと言うような様子で、雨竜の方を見る。

 

「僕らは黒崎と合流したい。

 目的は朽木さんの救出だ。

 そして正直、そのあとにあなたと斬り合いになっても構わないと思っている」

「ほう」

「だから、ここは一緒に黒崎を探す、ということでいいだろうか」

 

 雨竜の言葉に岩鷲は驚く。

 それこそ、一護がこの化け物と戦って生きている、というのは察したが、もう一回やっても勝てるとは限らない。

 それともう一度戦うのは構わない?

 

 何をいっているんだ、そう抗議しようとした途端、

 

(待て)

 

 チャドが岩鷲のことを引き留める。

 

(んだよ!)

(あれは考えがあってのことだ)

(考えって……)

 

「どうだろうか、僕らは必ずあなたの目の前に黒崎をつれてくる。

 それは信じてほしい。

 だから、まずはこの手錠をはずしてくれないか?」

 

 ここで岩鷲も雨竜の真意に気づく。

 とりあえずここは穏便に進め、自由を手にいれる。

 

(約束はあとでどうにでもなる)

(え、それって……)

(それはあとで話す)

 

 岩鷲はチャドの言葉の真意は図り損ねているが、とりあえず黙ることにした。

 

 雨竜は、両腕に施されている殺気石の手錠を差し出す。

 ここで解除してくれるなんて都合のいいことなんて、ないとは思うけれど、

 

 そう思った瞬間、

 

 バキン!

 

「へ?」

 

 雨竜は呆然とする。

 目に写るのは、破壊された手錠と、自由になった両腕。

 

「これでいいか?」

 

 そして、平然としている剣八の姿だった。

 

「どうせお前らがかかってこようが俺には勝てねぇ。

 そんくらい、どうってことねぇよ」

 

 豪胆。

 まさにそんな男である。



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後悔先に立ちがち

「いいなぁ、それ」

「これすごいよなぁ」

 

 突撃を決め込んでからしばらく経ち、俺らは処刑場が見え、なおかつ遠い場所に位置取っていた。

 少し高めの建物の屋根に上って、夜一さんは観察をしている

 望遠鏡ないと見えないくらいの距離である。

 

 ちなみに俺は一護が夜一さんから貸してもらった道具をつけるかどうかを見守っている。

 

 でね、それがかっこいいのよ。

 

 なんか原理的には俺のマントよりいいものらしくて、腕になんか巻き付いてるの。

 ドラゴン的な、竜的なやつが。

 デザインがいい。

 もう中二心をくすぐるのよ、デザインがね。

 

 でこのドラゴン腕巻き、何がすごいって、

 

「うん、安定して出せるようになった」

「いいなぁ」

「さすがになくされると困るから貸さねぇよ?」

「救出終わったら使わせてほしい」

「それは夜一さんに聞いてくれ」

 

 翼生えるのよ。

 飛べるのよ。

 

 言わばタケコプター(違う)。

 

 それのかっこいい版よ?

 

「いいなぁ」

「お主ら、いい加減にせんか」

「いで」

「いた」

 

 そこで夜一さんからの拳骨がやってきた。

 頭を押さえながら、俺は夜一さんに、

 

「俺もあれほしい」

「お主にはいらぬじゃろうて」

「飛びたいです」

「いや、お主が飛んだところで。

 足のよさを殺すことになるのじゃぞ?」

「そういうもんだいではないです」

「急に童(わっぱ)っぽい話し方をするでない……」

 

 いや、飛びたいやん、普通。

 人類の夢を目の前にして俺は諦めろと?

 

「それならば、お主がここで頑張ったなら、貸してやろう」

「マジですか」

「マジもマジ、おおマジじゃ」

「俄然やる気出てきたぁ」

 

 腕を回す。

 正直貸してもらえないとさえ思っていたので、貸してもらえるかもしれないってので嬉しい。

 …………ん?

 

「それって俺使える?」

「使えると思うぞぉ」

「え、待って俺の目を見て言ってほしいな。

 マジでこっち見ないじゃん。

 え、待ってなんで。

 どうしてよ、使えるでしょ?」

 

 俺のことを一切見ないで望遠鏡を覗く夜一さんに話しかけるが、無視される。

 

「使えるって大丈夫だよ」

「お前それで俺鬼道使えなかったんだぞばか野郎???」

「そんな希望持たせただけでディスられるのかよ……」

「いらねぇ希望はいらねぇんだよ!!!」

「情緒……」

 

 こんな素晴らしいおもちゃ目の前にしてどうして冷静でいろと?

 

「っ! 動きがあったぞ」

「「ッ?!」」

 

 そんなふざけ合いをしていると、夜一さんから真面目な声がかかる。

 二人で処刑場の方を見ていると、霊圧の高まりを感じた。

 これは……人に向けていいものではないだろ?

 

 一目で分かる。

 

 俺にはどうにもできない。

 一種の無力さを感じる。

 でも、

 

「一護!」

「応!」

 

 できないことは、できるやつに任せる。

 

 一護はドラゴン腕巻きを使用する。

 次の瞬間、腕の龍は動き、翼を生やす。

 

 それが羽ばたいたと思ったら、

 

「行って来い!」

「あぁ!」

 

 一護の姿はなくなっていた。

 遠ざかる影。

 

「それでは、儂らも行くか」

「最初はどれをやったほうが良いとかあります?」

「……できるなら、あそこにいる爺さんを止めてほしいのぉ。

 おそらく後から来る連中が押さえてくれるとは思うが、それはそれとしても押さえておけるなら、という感じじゃ……」

「了解です」

 

 夜一さんが言うなら、大丈夫だろう。

 累(かさね)一発当てれば、なんとかなるだろう。

 

 シィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

「が、あやつは強いから気をつけ……」

 

 霹靂一閃 累(かさね)

 

 視界が一瞬にして吹き飛ぶ。

 累は、その速さと威力から、俺の目で捉えることができない。

 だから、技の途中でキャンセルとかマジでできない。

 それも霹靂一閃だとなおさら、最高速の最高速で、

 

「h…………………」

「あ」

 

 俺の脚は止まらなかった。

 

 だが、日頃の鍛錬は意思とは関係なく技を遂行し終わるわけで、

 

 ギン!!!

 

 金音がした。

 それは、高速で刀と刀がぶつかった時に出る音。

 

 それは、わかった。

 音よりも早く、音より早くを心情としている霹靂一閃において、音が後から認知できるのは理解できる。

 

 しかしそれを納得できるかは別問題だ。

 

 今回の襲撃で俺が一番気にしているのは、殺さないこと。

 正直、殺すことに躊躇がないのだとしたら、何人もの死神を殺すことができただろう。

 しかし、そうしなかったのは俺らが犯罪をするということではないこと。

 

 そして、俺がしたくなかったからだ。

 

 結果として、今の今までそれを続けてきている。

 今だって峰でしっかりと技を決めた。

 

 はずだった。

 

 この技から音が発生するのは、打撃音。

 

 ただ、鋭い衝撃音が聞こえるはず。

 

 なのに、金音がするということは、

 

「ほぅ……久しぶりの客人じゃのぉ

 まさか、ここで再会するとは……」

 

 後ろを振り向く。

 そこに居たのは、火の鳥に照らされた、白い髭をこさえた老人。

 それは威厳に溢れ、それこそ静かだが、うちには荒々しい霊圧を秘めている。

 

 瀞霊廷内で、会いたくない人のうち、最後の一人。

 

「……だれじゃ、お主は」

「……はじめまして」

 

 いやこわい。

 普通に怖い。

 圧力がすごい。

 

 なんだろう、あの化け物さんはプレス機みたいな感じなんだけど、この人は万力的な。

 ジリジリ来る霊圧。

 しかもこれで全力ではない。

 それがひしひしと伝わって来る。

 

 だからこそ、

 

「お手合わせ、お願いできますか?」

 

 挑発してみる。

 まぁ、挑発と言うには少し稚拙だが、死神の人って結構武人なイメージだから乗ってくれそうな気がする。

 

 今ほしいのは、ひたすらに時間。

 隊長殺しのことで今この場には隊長、副隊長の人数が少ないのは事前に確認済みである。

 だからこそ、今が最良のタイミング。

 

 朽木さんをつれて逃げ出す、絶好のチャンス。

 

 俺の横で写っているのは、あのクソデカ火の鳥を受け止めている一護の姿。

 あいつが朽木さんに関してはやってくれる。

 

 あいつが、俺にできないことをやってくれる。

 

 だから、

 

「ほう、お主、儂が誰だかわかっているのか?」

「知りません」

「ふむ。

 お主が更木をやってくれた張本人かの?」

「あ、それはあいつです」

 

 会話でもなんでもいいから、時間を稼げ。

 集中を乱さない。

 目の前の化け物に気を張らせ。

 

 しなければ死ぬのは自分。

 

 背後で巻き起こる熱風に乾燥していく眼球。

 瞬きさえ惜しい今。

 

 気づく。

 

 浮竹さんの霊圧。

 あと二人のお着きの人の霊圧も。

 

「何をするつもりじゃ……」

「よっ」

 

 爺さんが動きを見せようとする。

 その瞬間を狙い、動く。

 

 それこそ、この一撃は殺すための一撃なんかではない。

 呼吸さえ使わない、ただの斬りつけ。

 力なんて籠ってない、命に触れることさえできない一撃。

 

 恐らく直撃したところで、相手の霊圧に押し負けて傷一つつけることはできない。

 

 だけど、

 

 キィン

 

 防いだ。

 

「小僧、お主に構っている暇はない」

「ん? そうですか?」

 

 本来なら俺の攻撃なんて防がなくても大丈夫。

 

 なのに、俺の攻撃を防いだ。

 なんでか。

 

「我妻」

 

 爺さんの霊圧の雰囲気が変わった。

 それは、吹き荒れる嵐のような激烈な霊圧で、気を抜いていれば吹き飛ばされる。

 だけど、ビンゴだ。

 

「お主、丈のなんじゃ?」

「弟子」

 

 非常に甚だ不愉快だけど、一応俺はそれに当たる。

 血縁とか、そういうのの前に、弟子。

 ジジイは俺の師匠。

 

 そしてすでに理解している。

 ここにいる連中は、明らかにジジイのことを知っている。

 それもほとんどの人が知っているという状況。

 

 しかもあの眼帯化け物も知っていて、勝てなかったと言っていたらしい。

 ということは、

 

「そうか、お主が…………」

「お手合わせ、お願いできますか?」

 

 怖いでしょ。

 俺の挙動が。

 

 それこそ、一番始めに現れた時、この人は俺を誰かと間違っていた。

 最初、それは気のせいかと思っていたけど、今の一言で確信した。

 

 この人は、ジジイのことを知っていて、俺をその人と勘違いした。

 それこそ、夜一さんもそれは俺に指摘していた。

 気にしてはいないけど、利用できるなら利用する。

 

「ふむ、ならば、叩き潰してくれる」

 

 あ、ちょっと今後悔してきた。



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走りながら新聞紙を腹にひっつけない??

 現場は混乱を極めていた。

 双亟。

 死神における極刑。

 

 滅多に行われることのないそれは、多くの死神がはじめて姿を目撃することになる。

 火の鳥。

 

 もはや芸術の域にまで思えるその鳥は、見るものを魅了する。

 それこそ、これからその鳥に包まれる朽木ルキアでさえ、そう思った。

 

 目を瞑り、一瞬。

 それで、己の生は終演を迎える。

 すべてに別れを告げ、ルキアのなかに後悔はないはずだった。

 

 そう、思っていた。

 

 朽木ルキアは、疑問を抱く。

 自分の意識が途切れない。

 連綿と続く思考に疑問を抱き、目を開ける。

 

 本来なら死んだはずの自分が目を開けるなんてできないとは思うが、開けてみる。

 

 そしてそこにあったのは、光。

 

 眩しいほどの光が、最初にルキアの目を焼いた。

 真っ白になる視界に眉を潜める。

 

 次第に光に目が慣れていく。

 色を取り戻した視界は、黒を教えてくれる。

 

 影?

 

 そう思った。

 

 しかしそれは、一人の死神で、

 

「よう」

 

 オレンジ頭のよく知った顔だった。

 大きなマントに身を包み、黒い死覇装に身を包んだ男。

 身の丈ほどの大刀を持ち、背には双極を控える。

 

「あ……」

 

 思考に訪れる空白。

 それは当然だ。

 よもやこんな未来が訪れようなど誰が思うのだろうか。

 

 それを自分の中で飲み込んで、最初に出た一言は、

 

「莫迦者!! なぜここに来たのだ!」

「あぁ?!」

「貴様ももうわかっているだろう!

 貴様では兄様には勝てぬ!

 今度こそ殺されるぞ!」

 

 罵倒。

 同時に、心配。

 それこそ、処刑の寸前に願い出た旅禍の安全の確保。

 

 それだけが、処刑を目の前にしたルキアの心残りであった。

 

「私はもう覚悟を決めたのだ!

 助けなど要らぬ!

 帰れ!!」

 

 その叫びはどこか、軽い言葉であった。

 

 いや、重い言葉であると同時に、

 

 何か別の感情も含まれているようであった。

 

 表情を変えない一護に、環境は変化する。

 

 双極が、一護から距離を取った。

 

「うおっ?!」

 

 与えられていた圧力がなくなり、体制を崩す一護。

 振り返り、

 

「二撃目のために距離を取ったってことか」

「よせ一護! もうやめろ!

 二度も双極を止めることなどできぬ!

 次は貴様の体まで粉々になるぞ!」

 

 一護は構える。

 身の丈を有に超える双極に対して、一人の力でどうにかなるものには思えない。

 それこそ、無茶無謀。

 

 そんな衝突を目の前にして、戦況は大きく動く。

 

 まず最初に、数人が処刑場に現れる。

 

 腰まで伸ばした白髪をこさえた、隊長羽織の男。

 そしてそれに付き従う様な二人の姿。

 

 白髪の男は、自身を隠せるほどの盾の様なものを持っている。

 木製のそれは何かを守るようには見えず、盾とは言えない。

 

「くそっ! 間に合わなかった!」

「隊長!」

 

 次に、もう一人が出現する。

 それは羽織の下を包帯に巻いた砕蜂の姿。

 いかにも満身創痍なその姿に、副隊長である大前田は驚愕する。

 

 先の戦闘で旅禍にダメージを負わされた砕蜂は、目覚めはしたが今回の処刑には来ない予定に成っていた。

 

 そのため、大前田が来ていたわけなのだが、その本人も隊長の来訪は聞いていない。

 

「あやつら! 双極を破壊する気だ!」

「えっ?!」

「止めろ!」

「俺っすか?!」

 

 砕蜂のいきなりの登場と、そのセリフに大前田は理解が追いついていない。

 

 それこそ、この場にいる人間のうち、浮竹の持っている物品の正体に気づいたのは砕蜂のみ。

 四楓院家の家紋が記されたそれは、用途を考えれば双極の破壊一択。

 

 止めねばならぬ。

 止めなければならないが、人数が足りない。

 

 浮竹、副隊長二人を目の前にして砕蜂が止めるには数秒かかる。

 そしてその秒数があれば、浮竹は双極を破壊してみせるだろう。

 

 止めれる可能性があるとすれば総隊長だが、その総隊長は、見覚えのある旅禍が相手をしている。

 

 このタイミングでは、止められない。

 

 そう砕蜂は確信した。

 

「よっ、遅いじゃない色男」

「済まん、開放に手間取った」

 

 そして、京楽が動く。

 

 まるで、この現状がわかっていた様な口ぶりに、連携。

 

 浮竹が盾のようなものから何かを飛ばす。

 それは黒い縄で繋がれた何かで、距離を取った双極に絡みついた。

 

「いくぞ!」

 

 浮竹の言葉で、二人の隊長は己の斬魄刀を盾に突き刺す。

 それに連動するように、黒い縄は光りだし、徐々に全てが光っていき、

 

 バンっ!

 

 火の鳥は、その姿を消滅させた。

 大きな矛となった双極は、力を失い地面に墜落する。

 

 

 まだ、変化は終わらない。

 

 

 一護は双極の破壊を確認次第、後ろに飛び退いた。

 そこはルキアの処刑台。

 

 この磔架は双極の対。

 斬魄刀100万本の破壊能力に値する矛に耐えうる処刑台。

 

 これを使わねば、先程の矛が処刑人もろとも全てを破壊してしまうために作られた処刑台。

 

「な、何をする気だ一護!」

「決まってんだろ、壊すんだよこの、処刑台を」

「な……

 よせ! それは無茶だ!」

 

 ルキアは止める。

 

 しかし、一護は止まらない。

 斬月を高く、上段に構える。

 

 それは、信ずる一撃。

 

「良いか! 聞くのだ一護! この双極の磔架は……」

「いいから」

 

 高まる霊圧。

 強く握る刀。

 

「黙ってみてろ」

 

 斬月は、天より振り下ろされる。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「え?」

 

 源氏は思わず目を疑った。

 唐突な戦況の移り変わりに対して、理解が追いついていなかったのだ。

 

 浮竹の出現と、京楽の裏切り。

 破壊される双極。

 一護の磔架の破壊。

 

 一部聞いていたところはあれど、ここまで意味不明な現状になるとは予想できていなかった。

 それを同意するかのように、元柳斎も動きを止めていた。

 

 確かに朽木ルキアの処刑に関して、元柳斎の胸中に不信感が有ったかもしれない。

 しかしそれは、総隊長としての責務を果たすことの遮りにはならない。

 

 この瞬間、元柳斎が何を思ったのかは本人でさえ知ることはできていなかったが、

 

「……どうやら、早急に事を済まさねばならぬようじゃの」

 

 己が責務が元柳斎を動かす。

 まずは目の前にいる小僧から。

 

 霊圧の質は丈に似ているが、特筆するのはそれだけ。

 

 元柳斎は副隊長、雀部に目配せをし、一護の相手に向かわせる。

 

 と、同時に行動を開始した。

 

 体重の移動を一切しない移動。

 見るものが見れば瞬間移動にも見えるその移動は、源氏が感知できるはずのないもの。

 

 そして移動をした瞬間、元柳斎は気づく。

 

 自身の行動が読まれていることに。

 それこそ、移動する前。

 行動するという意思を固めた瞬間に、丈の弟子は回避を開始していた。

 

 顔面を持って地面に叩きつけようとしていたが、その場には源氏の姿はない。

 

 すぐさま元柳斎は次の行動へ。

 接近、後の白打。

 

 今度は先程より早く。

 

 躱される。

 

 白打。

 

 先程より速く。

 

 躱される。

 

 白打。

 

 先程より速く、早く。

 

 当たる。

 

 速く重い攻撃は、それだけで十分な威力になる。

 白打が直撃した源氏は、勢いよく吹き飛ばされる。

 

 本来、並の死神であればその一撃で戦闘不能になるはずの白打。

 勝負はついたように見えたが、

 

(……)

 

 元柳斎は己の拳を見る。

 そこには何も変わらない拳がそこにあった。

 

 そして次の瞬間、

 

 ギィィィィン

 

 甲高い音が響き渡る。

 それは、刀の衝突音。

 周囲には誰もいなかった。

 

 それなのにこんな音が聞こえるのは、

 

「クッソ反応できるのか」

 

 目の前にいる、倒したはずの男のせいである。

 

 元柳斎が拳を見たのは、あまりにも衝撃が軽かったから。

 まるで雲を殴ったかのようなその感触と、目の前に映る白打の衝撃の光景の違和感が、元柳斎に違和感を抱かせた。

 

 元柳斎からすればこの程度の速さは脅威にすらならない。

 

 だが、時間がかかる。

 

 そのため、

 

「少し、撫でてやるかの」

 

 始解を開放することにした。

 

 ソレは源氏にも理解できた。

 あたりに広まる死の気配。

 

 何によるものなのかは明確ではないが、何かが迫りくるのは明白。

 いち早く退散することを心がけ、後ろに体重を掛ける。

 

 そこを元柳斎は見逃さない。

 間を詰める。

 すると、源氏は逃げることができない。

 

 元柳斎を中心とする死に迫られている。

 

 元柳斎の気まぐれで迫る絶望の気配。

 

 死が源氏の頬を撫でた瞬間、

 

「ほうら!」

「加勢する!」

 

 元柳斎の背後から、誰かが襲いかかる。

 

 元柳斎は背後への警戒を強いられる。

 

 逃れる死の気配。

 同時に避けられない人の波。

 

 襲撃者……浮竹と京楽は元柳斎を押し込もうと押し出す。

 それに応じるように元柳斎は押される。

 

 それにどうしようもなくなって押し込まれる源氏。

 

(アバババババババ)

 

 その速度に源氏は高速道路で車に張り付いた新聞紙みたいになっていた。



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靴舐めてでも嫌なことは人生で結構ある

「ブッ! ベッ! ボッ!」

 

 は行後半を響き渡らせながら、俺は地面と友情を誓いあう。

 なんか死にそうになってから展開いきなり過ぎてよくわからないんだけどどういうこと?

 

 というか地面さん久しぶり、元気してた?

 俺はお前と二度と接触事故なんて起こしたくないんだけど。

 意外と地面って寝心地良さそうに思えて悪いのよ。

 そう、悪いの。

 

 ……え? なんで現実逃避してるかって?

 

 そりゃもう、俺の近くで霊圧がぶつかり合っているからだよ?

 

「ほっほっほ、ここまで飛ばせるとは、やるようになったよのぉ」

「山じいだって不意打ちしたのにここまで誘導されるみたいに移動してきた癖に……」

「ははは、そう言ってやるな京楽。

 気遣いなんだ」

「それにしてもお主ら、こんなところに来ても良いのか?」

「ん?」

「どういうことです?」

 

 ほら、俺死ぬほど気配を消してるからさ、こんな人たちの視界に入ってないわけよ。

 

 というか死んでるとか思われているのでは?

 

 正直地面さんとはすごく仲いいから怪我は一つもないんだけど。

 

「先程の愚行。

 本来なら処罰は避けれぬが、罪は副隊長に責を負わせれば良い」

「……生憎、自分のやったことの始末は自分でつけようと思うんだけど」

「そんなことをするような人に見えましたかね?」

 

 ほら、臨戦態勢やん。

 地面に伏せていても分かるよ。

 霊圧が高まってきてるやん。

 

 もう俺は出番ないよね。

 

 下がろうかな……。

 

「まぁ良い。

 その件に関しては全てが終わった後に処理すれば良い」

「「?」」

「今は」

 

 ?!?!?!?!

 

 頭、死ぬ

 

 顔を上げる。

 

 背筋を最大限活用して鯱のモノマネを披露すると、目の前にあったのは拳。

 

「ほう、狸寝入りの罰は拳骨、とおもったのじゃが」

「狸寝入りなんてそんな……。

 お邪魔になるかと思って……」

「ふむ」

 

 あのさ、さっきからそうなんだけど、この人の行動理解できないのよ。

 殺気とか敵意とかはあるし、本能で気合避けしてるけど、どれだけ行動を見てもなんでその行動になるのか理解できないんですけど。

 

 今だって注意してたよ?

 

 だけどいつの間にか拳骨が俺の鼻先にあるんだよ?

 

 意味が分からない。

 

「どうやら、丈とは違ってなかなか、小狡いやつのようじゃの」

「はは」

 

 思わず漏れる笑い。

 もうどうにもならない状況に対して、思わず漏れた笑い。

 

 口の端が釣り上がり、目が少し閉じる。

 

 他人から見れば、笑顔に見えているのかと思う。

 

 けど俺の今の感情は、

 

「どぅわっち!」

 

 悲しみである。

 

 即座に両手両足で横に避ける。

 低空に浮かんだ隙間に、手足をねじ込み、立ち上がる。

 

 ……え? 拳骨あった場所の地面何もしてないのにドンってなったんだけど。

 

 地面くぼんだんだけど。

 ドラゴンボールじゃん。

 

 そんなことを思いながらも、両肩に感じる死の気配を避ける。

 しゃがみ。

 拳一つ分下に。

 

 その瞬間、ふわりと香るのは田舎の匂い。

 目の前が目の前の景色が黒くなる。

 

 そして顔面の横を通った2つの肌色。

 

 見上げると、

 

「これでも避けるか」

「はは」

「仕方がないのぉ」

 

 こっわ。

 その温厚そうなフェイスでこちらを見る……ってあれ?

 

 この人、めっちゃ体すごい……

 

「万象一切、灰燼と為せ」

 

 ちょちょちょちょちょちょちょ

 

 やばいそれやばい。

 死ぬっ!

 

 シィィィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 伍の型

 

 遠雷

 

 すでに逃げ技として使うことの多い遠雷。

 というか普通に遠雷は逃げる時大抵使えるからめっちゃ重宝するのよ。

 

 重宝するのよ。

 

 いやさ、分かる。

 刀を使って闘うってのは理解してたし、それこそ白哉の始解が桜の花びらだったから、こういうわかりやすいのあるかなって思った。

 

 けどさ、

 

「無理ゲー」

 

 炎って無理なのよ。

 

 俺人間なのよ。

 

 本来は火を扱った最初の生物なのよ?

 なんで俺がその炎に殺されそうにならないといけないの?

 

 ってかあっちぃ。

 

 マジであっちぃ。

 

「『流刃若火』」

 

 しかも霊圧重い。

 死ぬって。

 

 暑いって。

 

 ほんと。

 

 目の前のこの炎の爺どうすれば時間稼げる?

 俺死なないようにするだけでもすごくない?

 

 どうする? 命乞いする?

 

「ほれ、来ねば」

 

 あ、やばい。

 

「行くぞ」

 

 聞いてくれないなこれ。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「この人が尸魂界に居てくれてよかった、そう本心から思うよ」

「全く同じことを考えてた」

 

 浮竹十四郎と京楽春水は、眺めていた。

 

「隊長! 何をしていて……ってあれは」

「おぉ七緒ちゃん。

 ちょうどよかった。

 見てかない?」

「見てかない、って大丈夫なんですか? あれ?」

 

 そこにたどり着いた八番隊副隊長……伊勢七緒は、目を丸くする。

 

 炎。

 

 先程も双極での炎を目撃したが、それよりも洗練された、炎自体に生が宿っているような、そんな炎。

 

 そんな炎が、蠢いている。

 それこそ、なにかの目的を持っているように。

 それは、七緒にもすぐにわかった。

 

 誰かが、対峙している。

 あの恐ろしく美しい炎に。

 呑まれればこの世から命を失う炎に。

 

「それがなんか大丈夫らしいんだよねぇ」

「はぁ」

「いやいや七緒さん。

 本当の事なんだよ」

「浮竹隊長まで……」

 

 七緒は正直、あんな炎を目の前にして生きている、とか隊長の冗談だろうと思っていた。

 しかしここでまさかの浮竹からの同意の言葉に苦笑いを浮かべてしまう。

 

 それこそ、悪い冗談だ。

 

 今だって勝負が終了し、総隊長が現れるのだ。

 そう、思っていた。

 

「え? いや、なんで……」

「気付いたみたいだね」

「もう七緒ちゃん、疑ってたの?」

「疑っていたもなにも……」

 

 感じたのだ。

 強大で、壮絶な炎の霊圧のなかに感じる、一筋の霊圧を。

集中していないとわからない。

 それこそ、戦っている人がいる、と思って見ていなければ理解できなかったほどの霊圧。

 

 遠くで見てもわからない、一瞬の霊圧を。

 

「それにしても、彼、丈さんの血縁らしいね」

「えぇ?! 本当に!?」

「丈……って我妻丈、ですか?」

 

 浮竹が目の前の戦いに集中しながらこぼした言葉に、七緒だけならず、京楽も驚いている。

 

「え、あの人って結婚するような人だったの?

 生涯一人で斬り合い楽しんでいる人だと思っていたよ?」

「えっ……と、お二人は我妻丈本人と出会ったことがあるんですか?」

「あぁ、七緒ちゃんはその頃は知らないよね、そりゃ」

「資料的な意味合いでは知っていますが……」

「確かに、七緒さんはあの事件のあとに死神に副隊長になったからね」

「いやぁ、ほんと、結構お世話になったよねぇ」

「お世話になった…………?」

 

 京楽と浮竹の懐かしむような会話に七緒は違和感を抱いているようだった。

 

「あの、お二人に質問したいんですけど、我妻丈、という人は罪人という認識で大丈夫ですか?」

「……あー、そっか、あの人を知らないとそんな感じになるのかぁ」

「まぁまぁ、上の判断だし、僕らは真実を知らないのだから仕方がないよ」

「我妻丈。

 滅却士の一人で、その技と力量で尸魂界に一人で殴り込みをかけて、当時の半数の戦力を壊滅させた人物……」

「あぁ……」

「七緒さん、それは言わないでやってくれ」

「え?」

「恐らく「いいからいいから、話さなくていいから」……そうか。

 なら本人の口から聞いてくれ」

「えぇ、ここまで引っ張ってですか……?」

 

 七緒は浮竹の笑みの意味を理解できず、京楽のほうを見る。

 京楽は七緒のほうを向かずに、目の前の戦いに集中している。

 

「それにしても彼、頑張るねぇ。

 斬魄刀もない状態で戦ってるんでしょ?」

「……まぁそうですね。

 死神ではないのにどうやって」

「それは虚空、という技術だろうな」

「虚空?」

 

 これ幸いと、京楽は話をそらそうと目の前の戦いにコメントする。

 それがわかっていながらも、こういうときは話してくれないのを理解しているため、話に乗っかる。

 それに対して手伝う形で話を繋げる浮竹。

 

「虚空、というのは滅却士特有の霊子の収束を利用して、体内に霊子を抱え、それを動力として爆発的な身体能力を産み出す闘法だよ」

「……それ、可能なんですか?」

「お、ちゃんと勉強してるね七緒ちゃん。

 確かに、滅却師……種別の違う人たちは、外部に武器として顕現することでその能力を発揮していた。

 それこそ、これは理解できるよね?」

「まぁ、死神における鬼道と似たようなものだとは……」

 

 まるで勉強会のような雰囲気だが、目の前では炎が吹き荒れ、今にも巻き込まれてしまいそうになっている。

 しかし、よく見ると浮竹達に近づく前になにかにぶつかって炎は消滅している。

 

「本来、霊子はそもそも外部から摂取するものじゃないし、それができるなら霊子は固有性を失うってことだからね」

「そうですよね」

「だけど、なんでか知らないけどあの人たちはそれを可能にしている」

「正直、すべてが理解できている訳ではないんだよ」

「そうなんで…………」

 

 七緒が浮竹の話にうなずいていると、炎の中からなにかが飛び出した。

 それは人影のようなもので、浮竹たちのもとに飛来していき、なにか衝突した。

 人影のようなもの……というか人影は、見えない壁に顔をすり付け、

 

「た”す”け”て”!!!!!!!!!!!!!!」

 

 死にかけていた。



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しぶといやつを例えるときって大抵虫

 世界ってのは残酷だ。

 どうしようもないことは目の前に突然現れて、周りの人は俺を知らんぷりする。

 

 轟ッ!!!

 

 目の前で炎の嵐が吹き荒れる。

 

 シィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 陸の型

 

 電轟雷轟

 

 四方に繰り出す斬撃。

 それは周囲の炎をえぐり取るように。

 空気を拒絶するように刀を振るう。

 

 そんなことできるのか?

 できるできないの話ではない。

 やれないと死ぬ。

 

 累(かさね)は溜めが必要であるため、即座に型を出す現状には適していない。

 それこそ、出したとしても俺の限界が早まるだけ。

 

「ほっほっほ、相変わらず人間には思えんのぉ」

 

 相変わらずも何も初対面なのにどうしてそんな昔から知っている感じなのですかぁ?!

 口には出さない。

 

 出す暇がない。

 

 後口大きく開くと喉が焼ける。

 今だって呼吸きついし。

 多分やけどしてる。

 

 並行して無呼吸呼吸(霊子だけ入れるやつ)やってるけど、全然うまくいかん。

 お世辞でもいいから上手く行ってくれ、マジで。

 

 ぶっちゃけ呼吸の霊圧上昇じゃなくて、素の身体能力でなんとかしてるまであるわ。

 後工夫。

 

 マント破って刀にくくりつけて振り回して回避してるし。

 効果あるかは知らないけど、やらないよりかはマシ。

 後マントがバサバサしてる関係でお爺さんを見なくて済む。

 

 今のお爺さんマジで怖いんだけど。

 

 ジジイと同レベよ?

 ほんと、訓練終盤で俺がだんだん慣れてきたときと同じくらいの本気度よ?

 

「まだ、生きるか」

 

 まだって何? まだって。

 ゴキブリかなんかだと思ってる? 人間様のこと。

 

 シィィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 参の型

 

 聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)

 

 その足取りは流麗な水なんてものではない。

 虫のような、速く、刺すような軌道で炎の抜けを見つけ、移動していく。

 

 というか、なんでだろう。

 目の前でこんなにも苦しんでいるのに、なぜみんなは手を差し出してくれないんだろう。

 

 え、怖い。

 そんな俺の戦いハイレベルとかじゃないよね?

 多分普通に炎怖いから近づけないんだよね?

 

 こちとら困ってるの。

 いやもう困ってるとかのレベルじゃないけど。

 死ぬって。

 

 死んじゃうって。

 

「まるで嫌われているかのように感じてしまうの。

 少しは近寄らんか」

 

 やばいこのお爺さん自分の危険性を全く理解できていない系の人だ。

 どうすれば炎まみれの中で近づくの?

 

 その炎さ、お爺さんの周囲になればなるほど強くなるやんね。

 だから近づけば炭になるんですが。

 

 だからこまめに距離とってるんですけど。

 

 ……ん?

 

「それならば、ここら一体焼き払っても……」

 

 お爺さん物騒なこと言ってるけどさ、分かったわ。

 助けに来られないなら助けを求めれば良いんだ。

 

 目の前まで来て助けてください、って言われて助けない人ではないはずだ、浮竹さんは。

 

 足取りが軽くなる。

 先程までの終わらない戦いに終止符を撃てる可能性が出てきた。

 あわよくば戦いを代わってもらいたい。

 

 そう、代わってもらいたい。

 

 そうと決まれば、

 

 シィィィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

「ほう、ここで決めに来るかのぉ?」

 

 霹靂一閃

 

 お爺さんが勘違いしてくれてよかった。

 少し迎え撃とうとしてくれたおかげで、俺が振り向くのに反応が遅れている。

 

 目指すは浮竹さんたちの霊圧。

 何か他の霊圧も感じるが、別にそんなことはどうでもいい。

 

 炎の壁を無理やり突っ切り、目の前に現れたのは、壁。

 

 明らかに空間を遮っている壁を見つけた。

 おそらくは結界的なサムシング。

 知ったことか。

 

 俺に恥はない。

 

「ぶべっ」

 

 壁にぶつかろうが、

 

「えっ」

 

 どれだけ恥を晒そうが、

 

「た”す”け”て”!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 俺は生きる。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「えっ」

 

 七緒は思わず引いてしまった。

 

 それはそうだろう。

 ところどころ服を燃やしてすすだらけの顔をした軍服姿の高校生男子が、結界に顔を擦り付けて助けを懇願しているのだ。

 

 おそらく失礼に当たるとは思うが、だとしてもあまりにもこのプライドのプの字もない姿には、一歩後退りしてしまった。

 

「ははは」

「わ”ら”わ”な”い”で”」

 

 源氏は浮竹の笑いに思わず声をあげる。

 どうやら喉がやけどをしているせいで声が枯れてしまっているのだろう。

 濁声が更に情けなさに拍車を掛ける。

 

「まさか本当に生きているってか……結構ピンピンしているね」

「そ”ん”な”こ”と”な”い”で”す”」

 

 京楽の口からは驚愕の言葉が出る。

 正直、旅禍の一人にここまでの期待はしていなかった。

 

 殺されてしまうだろう、そんなことを考えて、それでも浮竹と自分が総隊長と対峙しなければ良い。

 そう考えて、ここで黙っているという選択肢をとった。

 

 だが目の前にいるのは、生きている旅禍の姿。

 

 それこそ、浮竹が我妻丈の弟子、といったときは少しは可能性を考えていたが、ここまで五体満足で生きているとは思えなかった。

 

 腕の一本や二本、失うくらいには想定はしていた。

 

「ほら、京楽、結界を解いてあげてくれないか?」

「いいのかい?」

「あぁ。

 ここまでやってくれたことに敬意を表して、代わるとしようじゃないか」

 

 浮竹は自身の斬魄刀に手を掛ける。

 少し意外だ、と京楽は感じた。

 

 浮竹と眼の前の旅禍にはなんら接点はないはずだ。

 それに、浮竹もおそらくは京楽と同じことを考えている、と思っていた。

 手を出さなくて済むならば、それに越したことはない。

 

 何かあるのか、そう思わせる行動。

 

「それじゃあ、僕もやりますか」

「いいのかい?」

「ははは、僕の真似か? 浮竹。

 それこそ、最初からやる気でいたよ~」

「ははは」

 

 浮竹が笑う。

 それこそ、京楽の嘘に気づいたから笑ったのだろう。

 

 結界が解ける。

 結界に張り付いていた源氏は重力に従い、地面に力なく落ちる。

 

 腰の斬魄刀に手を掛ける京楽。

 

「お主ら、手を出してよいのか?」

 

 そして聞こえるのは、重く、響く霊圧。

 

(このっ! 霊圧はっ!)

 

 七緒は自身の場違いを一瞬で理解する。

 この霊圧、重さ、格。

 

 すべてが違う。

 

 覚悟していたが、それを優に超える圧力。

 

 息が苦しい。

 まるで自分の体に重りが付いているみたいで、鈍い。

 

「ほれ、そこにいる副隊長と大馬鹿者の旅禍に全てをなすりつければ、今であれば引き返せるぞ?」

「数度の警告、ありがとうございます」

「だけど引き下がるわけにはいかないよ、山じい」

「教えたはずじゃ。

 正義を忽せにするものを儂は許せぬ、と」

 

 そんな中、炎を纏った鬼は、こちらに近づいてくる。

 

 無理だ。

 そんな感情が七緒の心を支配する。

 

「でも、その前に」

 

 京楽が後ろを振り向き、元柳斎から七緒を守るように立つ。

 

「大丈夫」

 

 次の瞬間、二人の姿は消えた。

 

(え、逃げた?)

 

 源氏は心の中で最大限の失礼を働く。

 そして数秒とせずに京楽は再び同じところに姿を現す。

 

「ほう、一瞬で遠くまで行けるように成ったの」

「ありがとうございます」

 

 傍らに七緒の姿が無いのを見るに、京楽は自身の瞬歩で七緒を逃したことが容易に理解できる。

 それこそ、隊長だからこそできる技。

 

 それを理解した源氏は。

 

「え” お”れ”も”」

「あ」

 

 思わず自分も志願した。

 倒れた状態で京楽を見上げて話しているため、見下ろした京楽もやべ、という顔で源氏を見る。

 

「ま、まぁ彼はまだ戦えるようだし、協力してもらおうじゃないか」

「え”」

「そ、そうだね。

 彼にも働いてもらわないと」

「な”ん”で”」

 

 働いてもらうのだとすればすでに働いただろう。

 そう思ってしまう源氏であった。

 

「良い。

 どちらにしても、その小僧は叩き潰してやらないとのぉ」

 

 気迫。

 

 もし、この場に七緒が居たとすれば、意識を手放すのは想像に難くないほどの気迫に、源氏は。

 

「え”ぇ”……」

 

 温く(ぬるく)返す。

 

 それに、京楽と浮竹は少し驚く。

 

 これほどまでのプレッシャーを向けられてなお、倒れたままでいるその神経に。

 

「よ”っ”こ”ら”」

 

 枯れた声で緩やかに立ち上がる源氏。

 

 その姿はまるで強者を彷彿とさせる。

 

 が、

 

(これでなんとかなる。

 さっきの数倍はマシになった。

 というよりこの状況で逃げても良い?

 よくね? 女の子逃してたし。

 今行くか?

 それともある程度頑張りを見せてからのほうが……)

 

 内心ではこんな情けないことを考えている源氏には、そんな気迫は関係ない。

 気迫は先程から受けているし、死ぬかもしれないと分かれば自分の体が反応してくれる。

 

 それより頭にあるのは、自分の生存と時間稼ぎの件。

 

 生き残るのは、多分人が増えたからなんとかなりそう。

 もしどうにもならなかったら全力で逃げる。

 それだけ。

 

 しかし時間稼ぎの話だ。

 これが加わることで話が変わってくる。

 目下一番の問題は、どんくらい時間稼ぎするのかが分からない、という点。

 

 聞いときゃよかった、と源氏は心のなかで愚痴る。

 

「ほっほっほ、隊長二人に、羽虫が一匹かの」

 

 元柳斎は、笑う。

 

 その笑いは、親が子を見守る様。

 

 そして変わる。

 

「足りんのぉ」

 

 鬼の姿へ。

 

「さぁ、ひと頑張りしますか」

 

 京楽の言葉に、誰も言葉は返さない。



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人は無言になるとき一番怒ってると思う

 まず、ここで呼吸における累(かさね)というものについて解説をする。

 

 累は俺独自に開発した技術で、その技術とは単純明快で『型の最中にもう一度呼吸する』というものである。

 本来、型というのは誰もがある程度の強さを発揮できる技術であるのに対して、これは本来の速さ、動きを大幅に超えることができる技術である。

 

 これは型を二回行うのとは意味が違い、霊子を取り込んだ状態に更に霊子を取り込むため、爆発的な能力を使うことができる。

 

 だからこそ、霊子超過を引き起こす可能性が高いため、基本的には使いたくない。

 

 今でこそ、色々あって霊子の保有量が増えたから良いが、昔は一回使うだけでしばらくは息抜きをしないといけないくらいだった。

 

 そして、全集中の最中にさらに集中を求められるため、普通にむずい。

 

 タイミング外すと失敗するし。

 

 ……という謎の解説。

 

 なんで今してるかって?

 

「波悉く我が盾となれ 雷悉く我が刃となれ(なみことごとくわがたてとなれ いかずちことごとくわがやいばとなれ)」

「花風紊れて花神啼き 天風紊れて天魔嗤う(はなかぜみだれて かしんなき てんぷうみだれて てんまわらう)」

 

「『双魚理(そうぎょのことわり)』」

「『花天狂骨(かてんきょうこつ)』」

 

 そんなおしゃれな……失礼、オサレな台詞と共に斬魄刀の始解を披露されれば俺だってなにか張り合う方がいいと感じる。

 だからこうして分かっていることを復唱して、解説風にしている。

 なんかこれでオサレって上がるの? ようわからんけど。

 

「とりあえず、三人もいるんだから理知的に闘うってのはどうだい?」

「ほう春水からそんな提案が出るのは珍しいな」

 

 それにしても、二人して二刀流ってなんかあるんですか?

 二刀流強い、的な?

 それだったら俺楽できるんで最高なんですけど。

 

 俺は二人の話を聞きながら、息抜きを行って気配を消しつつ、少しでも回復できるように努める。

 正直、この二人が協力してくれたとしても、俺が逃げれる保証はない。

 

 いざとなればこの二人を切り捨ててでも……

 

「一人が囮役、残りがサポートだ」

「まぁ、人数の利を活かすという点では賛成だが、あの元柳斎殿を相手に囮なんて……」

「え、いや」

「あぁ」

 

 へ? なんでお二人はこっちを見てるんでしょうか……。

 え、というか気配消してるのにどうしてそんなこっち見るの?

 

「この戦いの最中にあまりにも霊圧が小さいと、嫌でも目に入ってしまうよ」

「と、いうことで」

 

 は?

 俺の言葉が届くことはない。

 隊長二人が俺の腕を引っ張り、思いきりお爺さんの方に投げる。

 

 おいおいおい天下の隊長さんが一人のいたいけな少年を極悪爺さんに向かって投げるとか道徳心はどうなってるんですか?!

 

 あ、死神だから道徳心とか尋ねても無駄か。

 

「一人、やられに来おったか」

 

 首を全力で横に振る。

 別にやられに来た訳じゃないし! むしろ一番生きようと思う気概があったと思いますよ?!

 

 空中で体勢を立て直す。

 

 雷の呼吸、というか人間ってだいたいそうなんだけど、空中って身動きとれないのよ。

 だからこの状況は俺的に非常に不味い。

 

 だから、すぐにでも反応できる呼吸を準備して、

 

 シィィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 参の型

 

 目の前には、炎を纏う鬼。

 死は近い。

 ……ワンチャン刀を地面に見立てて避けるか?

 

 そんなことが頭を過った瞬間。

 

「ご苦労様」

 

 下から声が聞こえた。

 ちらりと見ると、そこには花柄の羽織が写る。

 

 え?

 

「ほうら!」

 

 軽い一声とは裏腹な、命を狙う一閃。

 いや、ハサミのようにして斬魄刀を扱うことで逃げ場を減らしている。

 回避としてあげられるのは、しゃがむ、飛ぶ、仰け反る。

 

 俺だったらしゃがみ一択。

 次の行動に繋げやすいから。

 

「「やっぱり」」

 

 俺と花柄隊長の声が重なる。

 このセリフが出るということは、目の前で予想通りのことが起きることであり、

 

「分かっていた、という雰囲気じゃが」

 

 目の前では、お爺さんが二振りの斬魄刀を素手で止めている姿。

 自身の斬魄刀を使うまでもないと地面に突き刺している。

 

 素手で斬魄刀止めるとか意味不明なんだけど、そんな意味不明をしてくるのがこのお爺さんなんだなぁ、とすでに理解しておりました。

 

 だからこそ、次の一手は見ないでも分かる。

 

「まだ甘い」

 

 俺は花柄隊長の後ろに着地するような位置にいる。

 なので、目の前に花柄の羽織が広がっていくのだが、それが俺に近づいてくる。

 俺は空中にいるため身動きはできない。

 つまりは花柄隊長がこちらに向かってきているということ。

 

「おっとごめんよ!」

 

 頷いて返す。

 

 俺は花柄隊長を受け止め、そのまま流されて後ろに飛ぶ。

 

 え? つまりは斬魄刀を素手で持ってそのまま俺の方に投げ飛ばしたってこと?

 意味わからないんだけど。

 

 と、視界の隅に写ったのは、お爺さんの背後にいる浮竹さん。

 

 まぁ、花柄隊長が前からということは、素直に行ったのだろう。

 で、当然お爺さんには気づかれている、ということで、

 

 聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)

 

 先程から使わずにおいたこれを放つ。

 地面に足が接触することで、ようやく輝き出す俺の機動力。

 京楽さんの背後を抜け、その独特なステップで振り向いたお爺さんに後ろから近づく。

 

 そして、俺とお爺さんは同時に動いた。

 

 お爺さんは、浮竹さんを拳で撃ち抜く。

 浮竹さんは背後に回避したようだ。

 そして、それと同時にもとの方……俺の方を向く。

 

 それはまるで知っていたかのように。

 俺が来るためにタイミングと速度をあげて、振り返る。

 同時に裏拳も構えているあたり、恐ろしすぎる。

 

「累(かさね)」

 

 対する俺は、多分対応されると理解していたからこそ、累(かさね)を使う。

 霊子超過に関しては、先程からまともに呼吸できていないので、正直余裕。

 

 先程の花柄隊長が投げ飛ばされていなければ、これはできなかった。

 

 型の最中に呼吸をする。

 

 これは同時に同じ型を累ることで型毎に特殊な挙動を見せる。

 

 今回の聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)は、

 

「羽虫染みておるのぉ」

 

 独特なステップの重複により、分身して見える。

 分身は全員が一斉にお爺さんに襲いかかる。

 もちろん、俺が増えるわけではないため、一連の動きであるだけ。

 

 しかしそれら一つ一つは、俺の残像であり、軌跡であるため、

 

 スッ

 

「う”す”か”わ”い”ち”ま”い”!!!」

 

 その強靭で硬い体に、無数の切れ目を残す。

 

 正直致命傷もくそもない攻撃だが、これでも傷一つつかなかったところから見ると成長だ。

 いや、成長ではなく協力の成果なんだけど……

 

「うん、よくやったじゃないか」

「おぉ、進歩だねぇ」

 

 隊長二人のフォローが心に染みる。

 

 ……冷静に考えて、なんでこんな一撃が軽いのをチョイスしたんだろ。

 もっと熱界雷とか霹靂とかあったのに。

 

「こんなものを残しておるとは」

 

 それにダメージ与えられてないのに警戒心だけあげちゃったし。

 お爺さんこっち見ないで、ホント。

 俺集中されたら死ぬって、そろそろ。

 

「さぁ、若い子にだけやらせてないで、僕らも頑張るかな」

 

 お爺さんを通り抜け、浮竹さんの近くに着地すると、浮竹さんは俺の前に立ち、その両刀を構える。

 めっちゃ頼もしい……。

 

 浮竹さんが腕を交差するように双刀を構える。

 

 片方を勢いよく振ると、不思議な現象が起きる。

 

 周囲にあった炎が刀に吸収されていった。

 

「ッ?!」

 

 思わず驚く。

 だって今まで悩まされていた炎を除去できるとかそれだけでも最高なのに。

 

 しかし、俺はすぐに構えた。

 

 それは、後ろから見た浮竹さんの顔が苦い表情だったからだ。

 

 浮竹さんは、それからまたすごいことをやってのける。

 

 浮竹さんの双刀は、柄の部分が紐で繋がれているのだが、それが光ったと思ったと同時に、もう片方の刀から炎が飛び出した。

 ちなみに、ゆっくり解説しているが、この間は一秒とてない。

 

 常人では理解できない速度で炎の吸収と放出を行った。

 どんな仕組みかはさっぱりだが、とりあえずこれで思いっきり呼吸できる。

 

 シィィィィィィ

 

 雷の呼吸

 

 壱の型

 

 俺が型を止めると、当然のように浮竹さんから放たれた炎は一瞬で消え去る。

 

「この炎が儂を傷つけられ」

 

 霹靂一閃 累(かさね)

 

 霹靂一閃の累。

 型の最中に呼吸をする都合、この技は累までにかなりの距離を保ってないと使うことができない。

 

 だからこそ、この累は開けた場所で、かなり距離があった状態じゃないとできない。

 

 だけど、今だったらーー

 

 お爺さんの言葉を途中で切り、俺は飛び出す。

 目指すは最短最速の、自身最強の技。

 そして、これならば……

 

「あっ、でっ…………ぅ…………ーーーー」

 

 上手く行くとでも思っていたのか?(戒め)

 

 見事にコケた。

 

 最速の技で、めっちゃ使ったことのある技で、コケた。

 

 タイミングいつもより早くして、間違った。

 

 つまずいた。

 

 そのため、俺の体は勢いを殺すことができず、地面と水切り状態である。

 なんとか四肢を最大限利用しておろし金状態は避ける。

 

「ぶべっ」

 

 そしてなんか知らん木と衝突した。

 

 結構痛いけど、地面に比べれば柔らかい。

 

 地面にぽとりと落ちた。

 ゆっくり立ち上がろう。

 隊長二人が止めていr

 

 

 ビクッ

 

 

 しゃがむ。

 

 

 は?

 

 

 なんで今俺しゃがんだ?

 

 

 え、てか顔熱。

 

 

 火の粉?

 

 

「……」

 

 顔を上げるまでもなく、俺の目の前には物言わぬ鬼がいるのが理解できた。



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マジで言ってるときの目ってもはや凶器

 そろそろ死ぬ。

 

 そう思って早どのくらい経過しただろう。

 俺は奇跡的に五体満足で生きている……。

 

 いや、五体はあるけど満足はしてない。

 火傷だらけ、死にそう。

 喉はすでにやられた。

 

 喉やられるとね、呼吸が痛い。

 ずっと熱い何かを吸ってるみたいな感じ。

 

 ジリジリとかそういうレベルではない。

 ジュージューです。

 というか今呼吸できてる?

 分からん、気合で生きてる

 

「そろそろ手札が尽きてきたけど……」

「僕もそろそろ策は尽きてきたかな……」

 

 俺ら……浮竹さんと京楽さんは、とうとう攻め手というか、色々万策尽きてきた。

 正直、あの爺さん強すぎ。

 

 なんであんな強いの?

 もうね、普通に死ねる。

 

 それこそ本気できてないのは、すでに理解している。

 それこそ浮竹さんも京楽さんも本気の本気ではない、というのは理解している。

 

 お互いに奥の手を隠している、というか使いたくないという状況のようだ。

 

 で、そんな中で源氏少年は何をしているのかというと、

 

「ならば、終いにしよう」

 

 全力で囮をしていた。

 

 最初の方は俺も混ざろうと呼吸を積極的に使っていたが、霹靂の累をした後から俺が執拗に狙われるようになった。

 

 そのせいもあって、俺が上手いこと隊長二人を死角にしたり、その逆に俺が消えることで思考を惑わしたりなど、色々と策を巡らせていた。

 

 多分、一人だったらここまで生きていない。

 それこそ、二人の隊長のおかげで今この瞬間まで生きているのは事実。

 

 浮竹さんは炎を対処してくれて、京楽さんは俺の代わりに攻撃を受けたり攻撃をして余裕を作らせてくれる。

 

「さぁ、次は正真正銘全方位の一撃だけど…」

「俺と京楽の結界で耐えれるかどうか…」

「に”げ”ま”す”」

「「それはだめ(むりだな)」」

 

 しかし二人は俺の離脱を許してくれない。

 まぁ、多分離脱しようとしてもお爺さんが阻害してくるんだろうけど。

 

 すでに諦めの境地に達していて、生きた心地なんて最初からしていないけど、ここからどうするかに頭をフル回転させる。

 

「ふぅ……」

 

 人は、呼吸をする。

 これは必然であり、それをしない人は人という枠組みから外れているとも言える。

 

 そんな呼吸は、様々な意味合いを持つ。

 それこそ、心情を整えるための呼吸。

 気合を入れるための呼吸。

 

 そして、

 

『護廷十三隊各隊長及び副隊長、副隊長代理各位。

 そして、旅禍の皆さん』

 

 俺らは驚きで息を呑んだ。

 

 警戒は怠らず、意識は声に向く。

 お爺さんも滾る火を抑える。

 

「こ”れ”は”」

「天挺空羅。

 縛道……死神における術の一つで、任意の人間に連絡を行うことのできる手段だよ」

 

 二人にそっと尋ねると、京楽さんが答えてくれた。

 こんなリアルで頭の中に声が……を経験するとは思わなかった。

 

 というか、なんで俺らにまで話す必要あるんだ?

 

『こちらは四番隊副隊長、虎徹勇音です。

 音声は届いていますか?』

 

 届いているも何も、聞こえていなければわからないだろうに。

 少しマジレスを心のなかで交えながらも、安堵する。

 

 少しでも回復する時間が取れたのは幸いだ。

 

『緊急です。

 これは四番隊隊長卯ノ花烈と私、虎徹勇音よりの緊急伝心です

 どうかしばしの間、ご静聴願います』

 

 このような状況では、息抜きのほうが効果的だったりするので、迷わず息抜き。

 体が悲鳴をあげているが、それで回復しようと霊子を多く取り込む。

 

 はよ回復してくれ、体。

 後普通に苦痛に俺が耐えきれないんだけど。

 

『ーーーー。ーーーー、ーー。

 ーーーーーーーーーーーー』

 

 え、マジ?

 

 死神の界隈に関しては、それこそ潜伏でかなりの知識を得たつもりだったけど、そのせいで話している内容が分かるのなんの。

 まぁー番隊副隊長、とかー番隊隊長とか言われてもピンと来ないからあれなんだけど、普通に謀反やん。

 

 謀反どころかやばいやつじゃない?

 それこそ死神は尸魂界における決定力は少ない。

 上の組織がいるからこそ、死神は統率されている組織だったはずだ。

 

 それが、すでに潰れていたなんて……。

 

「藍染が……」

「だってさ山じい。

 こんな事してる場合じゃないんじゃない僕ら」

 

 京楽さんの停戦のセリフ。

 助かる。

 ほんと、助かる。

 

 今すぐにでも喜びたい感情だが、そうは言ってられない状況だし、何よりまだ戦いそうな匂いもする。

 俺は戦闘を避けたい。

 

 ほんと、これ以上戦えば死ぬ。

 

「よかろう、行くぞ」

「あいさ」

「わかりました」

 

 お爺さんの了承の言葉で、二人は早々に霊圧をしまう。

 本当に助かった。

 マジで、生きるってすばら。

 

 そんなことを考えていると、いつの間にかお爺さんの近くに誰か来ていた。

 びっくりした。

 音もなく現れてない? この人。

 

 西洋風イケオジの体現のようなその人は、お爺さんの隊長羽織を持ち、渡していた。

 

 上半身を脱ぎ捨てて、その体を見せていたお爺さんは、服を来て、羽織を羽織る。

 先程まで炎をふるいまくっていた極悪爺だとは到底思えない。

 

 そんなことを考えて影を薄くしていると、

 

「ほれ、行くぞ、丈の弟子」

「へ”?」

「何を霊圧を収めておる。

 この騒動に関わったのであれば来い」

 

 思わず声が出ない。

 というかそもそも喉やけどしてて声とか出ない。

 

 待ってこの人本気で言ってる。

 目が本気の目だもん。

 

 え? ここから来ないとかマジで言ってる? 的な目だよ?

 

 少しの沈黙が訪れる。

 いや、ここは浮竹さんか京楽さんがこの子には荷が重いです的な発言を待っているのよ?

 なのに二人共こっち見るやん。

 

 何だったらイケオジもこっち見るし。

 

「は”い”」

「それでは追いつくのじゃぞ」

 

 思わず頷いてしまうのが日本人の悪いところ。

 マジで悪いところだから、ほんとに(半ギレ)

 

 俺はため息を尽きながら、お爺さんのことをぼんやりと見ている。

 

 そして俺は思い出す。

 

 俺より遅いが距離は果てしなく長く移動できる瞬歩という技術のことを。

 そして思い出す。

 

 自分の新聞紙みたいにお爺さんに貼り付けにされていたことを。

 

「あ」

 

 ビュン!!!

 

 俺の一言と同時に俺の周囲の人達は消えた。

 あ、やっべ、出遅れた。

 呼吸しなきゃ追いつけないからワンテンポ遅れ……

 

「遅いですよ」

 

 あ、いけおz……

 

「あばばばばばばばばばばばば」

 

 ちょ! 襟元はだめだって!

 首締まるから!



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恐れ 怖い

 おいおいおいおい待て待て何だこの状況は。

 

 イケオジから連れてこられた場所に、そんな感想を抱いた。

 場所は双極……処刑場だ。

 

 草木一つ生えていないここに、大勢の人間が居た。

 

 多くが羽織を纏ったものと、その側に控えるもの。

 隊長と、副隊長の多く。

 処刑をするときと同等、もしくはそれ以上の戦力がここに集まっている。

 

 そんな人達の中心にいるのは、三人の人物。

 

 一人目は、目元を隠した人物。

 浅黒い肌をした人物。

 特殊な髪の編み込みが特徴のその人物は、首元に刀を向けられている。

 

 二人目は、白髪のイケメン。

 目を細めているように見える彼は、それこそ俺を一度殺しかけた人物。

 市丸ギン。

 こちらも首元に刃を向けられている。

 

 三人目は、この場の中心にいる、茶髪の人物。

 メガネをかけ、優男風な印象を持っている。

 おそらく彼が藍染、という男なのであろう。

 その人には、少女隊長と夜一さんが首元に刃を向けている。

 

「藍染……」

 

 浮竹さんがメガネの男……藍染に向かって発言する。

 声を掛けられた藍染は、何も言わない。

 

 

「終わりじゃ、藍染」 

 

 

 そんな最中、俺は地面に視線が向く。

 よく見れば、地に伏している人物が数人存在する。

 犬……? 人?

 後は赤髪の人と、一護がいた。

 

 それに気づいて、俺は顔を上げ、藍染の方を見る。

 

 そして、気づく。

 

 

 あいつ、笑って……

 

「離れろ! 砕蜂!」

 

 夜一さんの声。

 瞬間、空から光が降り注ぐ。

 離れた夜一さんと少女隊長……砕蜂は、光をかすめたのか、それぞれの獲物が欠けていた。

 

 あの光は……

 

 光をたどり、空を見る。

 そこには、罅があった。

 小さな、小さな罅。

 

 その罅が、広がった。

 

 飛び出したのは、無数の手。

 無数の手は、罅の縁を掴み、閉じないように抑え込んでいる。

 

「大虚(メノス・グランデ)……」

 

 その言葉に、以前一護が石田くんと争った時に出た大きな虚のことを思い出す。

 あれが、軽く見ただけでも数十体。

 

「ギリアンか……。

 何体いやがんだ……」

「いや……。

 まだ奥に何かいるぞ……?!」

 

 誰かの放った言葉に、俺はじっと罅の奥を見つめた。

 その奥に居たのは、大きな目。

 得体の知れぬものに、誰もが言葉を失う。

 

 すると、罅の近くから新たに3つの光が飛び出した。

 

 一つは、浅黒の男。

 

 一つは、市丸ギン。

 

 そして最後の一つは、

 

「は?」

 

 

 俺。

 

 

 自分の周りが光っていることに気づき、理解に苦しむ。

 ちなみに俺の周りにいたイケオジとお爺さんは俺から距離を取った。

 

「莫迦者! なぜ避けぬ!」

「え、え?」

 

 お爺さんからの叱咤に思わず呆けてしまうが、俺は痛む体にムチを打ち、光の外側に出ようとする。

 

 ゴッ

 

 そして、頭をぶつけた。

 

「……それは『反膜(ネガシオン)というての。

 大虚が仲間を助ける時に使うものじゃ」

「はぁ」

「その光に包まれたが最後、光の内と外は干渉不可能な完全に隔絶された世界となる。

 大虚と戦(たたこう)たことがあるものはみんな知っている。

 その光が降った瞬間から」

 

 お爺さんは溜めて、

 

「儂らは藍染に触れることも、

 お主を助けることもできなくなったのじゃ」

「え」

 

 思考停止する。

 何を言うとるんだこのお爺さんは。

 というところで、俺の体が……というか光に包まれていた人たちの体が浮き上がる。

 

「東仙!」

 

 そこで、倒れていたはずの犬の人が起き上がり、名前を呼ぶ。

 

「降りてこい東仙!」

 

 犬の人は、血塗れになりながらも、名を呼んだ。

 その視線の先は、浅黒の男。

 

「解せぬ!

 貴公は何故死神になった!?

 亡き友のためではないのか!!

 正義を貫くためではないのか!!

 貴公の正義は何処に消え失せた!!」

 

 浅黒の男は、犬の人の言葉に、天から見下ろしながら、

 

「言っただろう狛村。

 私のこの眼に映るのは、もっとも血に染まらぬ道だけだ。

 正義は常に其処に在る。

 私の歩む道こそが、正義だ」

「東仙……」

 

 犬の人は満身創痍で浅黒の男……東仙を見上げた。

 

「藍染……何故其奴が共に行っておるのじゃ」

「彼? あぁ、虚空の彼のことか」

「そうじゃ」

「彼は崩玉の一つの可能性を見せた。

 そして、彼がいれば、ここには居ない老害の相手も容易くなるだろう?」

 

 老害。

 すなわちそれは俺の爺さんのことを指している。

 そして、俺はもしや。

 

「人質とは……」

「いいや、彼には仲間に成ってもらうだけさ」

「仲間……」

「それは見てのお楽しみだ」

 

 夜一さんがこちらを見るけど、俺も理解していないので呆けた表情で返すしか無い。

 正直、お爺さんの説明の後から逃げることは度外視している。

 

 なんか触った感じでわかるもん。

 これ硬いとかそういうやつじゃないって。

 

 俺は浮いていく体楽しい、とか適当なことを考えつつ、下を見る。

 

 其処に居たのは、倒れた一護。

 

「源氏!!」

「すぐ帰るわー」

 

 ゆるく返事。

 一護は眉間にシワを寄せて、こちらを睨んだ。

 

 大丈夫だって。

 

「俺は死なない」

 

 その言葉に、一護はなんとも言えない表情をした。

 はは、どんな面だよ。

 

 ……心のなかでは、まじ怖い。

 さっきから感じてた、藍染とかいうやつ。

 あいつはやばい感じがする。

 

 実際に会わないと分からない、やばい感じ。

 

 俺がどうなるのかは知らない。

 

 けど、確実に体は震えている。

 

「何が、目的だ」

「高みを求めて」

「地に堕ちたか、藍染……!」

 

 浮竹さんは、俺のことを一瞥して、藍染を見る。

 その言葉に、藍染は雰囲気を変えた。

 

「……驕りが過ぎるぞ、浮竹。

 最初から誰も、天に立ってなどいないのだ」

 

 俺の吸い込まれる先は、大虚の群れ。

 この体で、どうなるのか。

 震える体。

 止まらない恐怖。

 

「君も

 僕も

 神すらも」

 

 藍染はメガネを外し、

 

「だがその耐え難い天の座の空白も終わる」

 

 その髪をかき上げ、

 

「これからは、私が天に立つ」

 

 黒の中に吸い込まれていった。

 

 俺の目の前に広がる、黒。

 

「はは」

 

 乾いた笑いが出る。

 

 体の痛みが消え、ただ寒気が残る。

 

 動かないはずの手は、拳を握る。

 

 喉は渇く。

 

 息が、詰まる。

 

「大丈夫」

 

 誰にでもなく、言い放つ。




と、いうことでここで瀞霊廷突入編は終了とさせていただきます。
終わりではありませんが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

応援等々ありがとうございます。

面白かったら、評価、感想よろしくお願い致します。


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主人公アブダクション編
あぁ無丈


「……馬鹿者め……」

 

 つぶやくものが一人。

 これは、旅禍侵入、また五番隊隊長、藍染惣右介他隊長3名の裏切りから、一週間が経ようとしていた。

 

「あっ! 朽木さん! 起きてたんですか!」

 

 ここは病室。

 すでに誰もいない病室で、殻のベッドを見つめている朽木ルキアは、冴えない男……山田花太郎に話しかけられる。

 

「どうしたんですか?

 そういえばさっき朽木さんのことを探している旅禍の……いえ、客人の方がいましたよ」

「あぁ、それはありがたい。

 ……念のため聞いておくが、女性だったか?」

「えぇ、そうですね。

 確か井上さん? でしたっけ?」

「あぁ、それであっている。

 そうか、私のことを探していたか……」

「なんか布を持っていたんですけど……なんのようだったんでしょうか?」

「布……?」

 

 ルキアはなんの心当たりもないため、なおさら不思議に思う。

 

「まぁ良い、私が探しに行こう。

 おそらく井上も少しすればこちらの方にもどってくるはずだからな」

「あ、はいっ」

 

 山田花太郎は、仰々しく返事をする。

 未だに花太郎の中ではルキアの印象は高貴というイメージがあるままなので、もちろんなのだが。

 

「ところで、なんで……

 なんで、一護さんの病室に来ているんですか?」

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「チャドくーん!」

「ふぅ……」

 

 織姫は、勉強部屋と呼ばれる場所を訪れていた。

 本来織姫はここを知らないはずだが、道中で聞き回ったところ、何をどう間違ったのか、この勉強部屋にたどり着いた。

 

「あぁ、あんたは一護の……」

「えっと……阿散井、さんだっけ?」

「あぁ、どうしたんだ? こんなところまで」

「えっと、朽木さんを探してて……」

「ルキア? あいつなら今日はなにか用事があるって朝早くから出たけど……」

「えっ! そうだったんだ!」

 

 織姫の呼びかけに返事をしたのは、阿散井恋次。

 事件当時は傷こそ深かったが、護廷十三隊の誇る医療チームの活躍で、現在では全快するに至っている。

 そんな彼は現在、チャドとともに訓練を行っていた。

 

 事件当時に傷が浅く、体を持て余してたチャドは、自身の弱さを自覚し、現在はどこかにでかけていて、瀞霊廷内にいない夜一から勉強室の存在を聞き出し、利用していた。

 

 本来なら誰にも話していないはずなのに、織姫が急に現れたことに驚いていたのだが、織姫特有の謎の行動力のせいかと、少し安心した。

 

「チャドくん、今日も訓練?」

「……あぁ」

「やっぱり、気がかり?」

「そうだな。

 俺はあの時、何もできなかった。

 あの場にいたのに、何も、できなかった」

 

 自身の拳を握る。

 チャドは、悔いていた。

 あの時を。

 

 その舞台にすら上がることができなかった、自分に。

 

「なぁ、こいつっていっつもこんな感じなのか?」

「え? いつもって?」

「ほら、こんな感じで辛気臭い感じで」

「いつも……」

 

 阿散井に聞かれ、思い出してみる織姫。

 いつものチャドは、たしかに言われてみれば辛気臭い雰囲気を出していたかもしれない。

 けど、それでも辛気臭いとは何一つ思わなかった。

 

 それは……

 

「うーん……そうだな、私は辛気臭いとは思わないなぁ」

 

 織姫は、知らないフリをした。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「よぉ、またか?」

「あぁ、行くぞ」

 

 場所は変わり、瀞霊廷内、高台。

 ここは先の事件でも大きく関わりのある、極刑の執行場所である。

 そこで木刀を持ち、戦うのは二人の男。

 

 一人は、オレンジ髪の死覇装を纏った青年。

 もう一人は、太陽のような髪型をした、傷だらけの大柄な男。

 

「それじゃあ」

「行くぞ」

 

「黒崎くーーーん!」

 

 そんな二人が、剣呑な様子を醸し出している最中、大きな声がかかる。

 その声に青年……黒崎一護はずっこけ、大柄な男……更木剣八は、ため息を付いて木刀を肩に担いだ。

 

「あ、ごめんなさい、なにかしてる最中でした?」

「いいや、死にたがりの相手は飽きてきたからな、俺はどっかに行ってる」

 

 声をかけた井上は、剣八に断りを入れるが、剣八は面倒くさそうにため息を付いて何処かへ去っていった。

 その様子に、一護は声をかけ損なうが、すでに剣八の姿はない。

 

「ごめんね、邪魔、しちゃったかな」

「いや、大丈夫だ。

 剣八もやる気じゃなかったみたいだしな」

「うん、そう、みたいだね」

 

 井上織姫は、知っている。

 事件が起きて3日後。

 黒崎一護はその重症の体を起こした。

 

 そして、今に至るまで、ひたすらに鍛錬を行っている。

 

 もちろん、卯ノ花から厳重に言われ、斬魄刀を使用したものは禁止されているが、それでも毎日どこかしらで訓練をしている。

 

 織姫はそれを知っている。

 知っている上で、声をかけることができなかった。

 

 でも今偶然、ルキアを探すのに夢中になっていて、声をかけることができた。

 なにか、なにか話をしよう。

 そんな思いが、何故だか織姫の胸中にはできていた。

 

「で、どうしたんだ?」

「あ、そうだ、えっとね、朽木さん、見てない?」

「ルキア?

 見てねぇな、あいつ、かなり重症だっただろ?」

「あはは……見てないなら大丈夫、かな」

 

 黒崎くんがそれを言う?

 そんな言葉を胸にしまい込んで、織姫は愛想笑いをする。

 

「ところで、さっきまで何してたの?」

「ん? あぁ、剣八のやつに頼んでさ、訓練してたんだ。

 次に備えて」

「うーん、黒崎くん、体休めたら? そのほうがいいと思うよ」

「……まぁ、そう、かもな」

 

 黒崎は、織姫の言葉に、地面に倒れ込んだ。

 会話は、ない。

 そうして生まれるのは、この状況の生み出した、今はここにいない人物。

 

 織姫は、我妻源氏という男との接点が少ない。

 もちろん、ないというわけではないが、その関係性はただのクラスメイト止まり。

 

 だからこそ、少しだけ、ほんの少しだけ、織姫は嫉妬してしまっている。

 我妻源氏、という存在に。

 別に黒崎を取られたわけではない。

 でも、黒崎一護、茶渡泰虎の心は、確実に連れて行かれてしまった。

 

 我妻源氏という男に。

 

「黒崎、くん」

「ん? なんだ?」

 

 本当は、言ってしまいたい。

 

 彼なら大丈夫だ。

 

 彼なら戻ってくる。

 

 心配する必要はない。

 

 そう、織姫だからこそ言える言葉。

 

 ずるい、言葉。

 

 だからこそ、

 

「……ううん、なんでもないや、訓練、がんばってね」

 

 言えなかった。

 

 一護がその言葉に返答をしようとした、その瞬間、

 

ヒューーーーーー

 

 なにかが落ちる音がする。

 どこか、聞き覚えのある音。

 それは、遠くの方から聞こえて、

 

ダダダダダダダダダダダダッ!!!

 

 地面に並ぶ。

 

 そう、それは一護らが侵入するときにも阻んだ、壁。

 瀞霊廷を守るために造られた、いまだ破られていない壁。

 

「あれは……」

「なにか、来たってこと?」

 

 一週間。

 一週間しか、いや、一週間もというべきなのであろうか。

 

 その時の長さは、その人が判断する程度のものであり、

 

 今この時、敵は襲ってきてもおかしくはない。

 

 だからこそ、自然と、二人の体に力が入る。

 

「ふたりともっ!」

 

 そこに駆けつけたのは、ルキア。

 

「ルキアっ!」

「朽木さんっ!」

 

「ふたりとも、よく聞いてくれ」

 

 ルキアはすでに帯刀をしており、臨戦態勢と言った状態でいる。

 そして息も絶え絶えに、苦笑いをしながら、

 

「旅禍だ」

 

 一護、織姫の体がこわばる。

 悪い予感があたったか、そんな気持ちが胸中に広がる。

 

「すでに身元が判明している」

 

「一人は、四楓院夜一」

「一人は、浦原喜助」

 

「そして、最後の一人が……」

 

バァン!

 

 降りてきた壁の一つが、上に跳ね上がった。

 まるで、スーパーボールのように上にはね飛んだそれを、思わず見ながら、

 

「我妻、丈」

 

 その言葉だけは、しっかりと聞こえた。



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爺はいつの時代でもとても強い

「はぁ?!」

「え、我妻くんのおじいさん? だっけ?」

 

「馬鹿者! 今は事態を窮しているのだぞ!」

 

 壁が天空に蹴り上げられたことにあっけにとられたが、とっさに我に帰るルキア。

 いつになく強い口ぶりは、一護と織姫に事態の困難さを伝えているようだった。

 そんなルキアは、まるで失態だったと言わんばかりに自分の髪を掴みながら、

 

「おそらく我妻丈……鬼人の目的は連れ去られた孫への報復と考えられる!

 ったく……名前を聞いたときに思い出して居ればよかった!」

「え? 丈さんってそんなに有名な人なの?」

「有名も何も、我妻丈。

 その名前は今では真央霊術院……死神を教育する学校の教科書に載っている人物だ」

「え、それってすごいことじゃ……」

「ただし、大罪人として、だがな」

 

 大罪人……?

 一護と織姫はその事実を知らないため、一体何のことか皆目見当もついていない。

 

「とりあえず、そこでだ!

 現在護廷十三隊隊長、副隊長。

 そして貴様ら旅禍の出席が求められている!」

「えぇ?! 私達が?!」

「なんで俺らなんだよ! 殺されちまうぞ!」

「それはなんとしても阻止する! だがお主らがいないと会話が成り立たない可能性もあるから! 出席を求められているのだ!」

 

 織姫は、なんでそんなものに自分が呼ばれるのだろうか、という疑問から。

 一護は自分が行ったところであの爺さんの前では無力だという絶望から。

 

 二人は同じようなリアクションを取っている。

 

「えぇい! つべこべ言わずに早く来い!

 何を言おうとも総隊長の命なのだ! 連れて行くぞ!」

 

 そうして、ルキアはしびれを切らした。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 場所は移り変わり、尸魂界、東、青流門。

 

「一応近隣に存在する人たちは全員退避させといたよ」

「念のため、武装をできない人たちのために最近開発されたシェルターへの追加避難も現在行っています」

 

 そこには、護廷十三隊の戦力の八割が、揃っていた。

 護廷十三隊の、現存するすべての隊長、副隊長。

 そのすべてが、揃っていた。

 

 彼ら全員は、中央に元柳斎がたち、他隊長は横並びに青流門の方を向く。

 副隊長は、それぞれの隊長に付き従うように、もしくは隊長が不在のところは、隊長に変わり前に立っている。

 

 現在会話しているのは、浮竹、京楽の二名。

 それも、総隊長、山本元柳斎への報告のみだ。

 

「よかろう」

 

 そんな数々の報告を、一言で終わらせた元柳斎は、ただ一点を見つめる。

 そこには、誰もいない。

 ただ、一点を見つめ続ける。

 

「山じい、ほんとに来るのか?」

「黙ってみておれ」

 

 ただ続く静寂に待てなくなったのか、声を出したのは更木剣八。

 そわそわとした様子で、まるでプレゼントを待っている子供のように体を揺らす。

 

「もし」

 

 元柳斎が、口を開いた。

 

「もし、殺し合いになるとすれば、直様退避命令を出す。

 それが出たら、有無を言わずここから離れ、護廷十三隊を含めた隊士全員を尸魂界の外に脱出させるのじゃ」

「それほどまでに、強大な相手なのですか?」

 

 そこで口を開いたのは、伊勢七緒。

 彼女も近年副隊長となった人材。

 我妻丈。

 その名を教科書でしか知らない一人だ。

 

「そうじゃの」

 

 そんな質問に、元柳斎は白く長い髭を一撫でしてから、

 

「勢い余って、儂が瀞霊廷をすべて燃やし尽くしてしまうかもしれないから、のう」

 

 その言葉は、どう聞こえるのか。

 元柳斎という人物の戦いぶりを見たことない人間からすれば、なんで自分で壊してしまうのか。

 

 その戦いぶりを知っているものからすれば、それほどまでに強大な相手であることが。

 

「申し訳ありません! 連れて参りました!」

 

 そのタイミングで、複数人の影。

 それは、ルキアの連れてきた旅禍。

 しかし岩鷲を除いたメンツだ。

 

「ご苦労」

 

 その言葉に、元柳斎は依然として視線の方向を変えることなく、一点を見つめている。

 それはまるで、恋する乙女と言っても差し支えはない。

 

 それほどまでの存在なのである。

 

「あの、ルキアさん、僕らはなんでここに」

「馬鹿者! 今から始まるから見ておれ!」

「質問しただけなのに……」

 

 一方で、ろくな説明もされずに連れてこられた雨竜、チャドの両名は、現在何が起こっているのかすら理解できていない。

 といっても、ルキアとて総隊長と会話できる機会も早々なく、そこからの直々の命令ということでテンパっているのは確かだ。

 だからこそ、雨竜に対してもこんなぞんざいな扱いをしてしまっている。

 

「来るぞ」

 

 元柳斎の一言で、周囲に緊張が張り詰める。

 旅禍である四人と朽木ルキアは、その意味をよくわからずについていけてないが、周囲の緊張感は理解している。

 

 ただ一人、黒崎一護を除いて。

 

「これはこれ、大層なお出迎え、ご苦労じゃの」

 

 元柳斎が、何もない虚空に視線を落とした。

 その瞬間、元柳斎の目の前には一人の老人が佇んでいた。

 

 元柳斎に比べれば小さい背。

 身長だけで言えば、日番谷冬獅郎より少し大きいくらいか。

 そんな身長の老人は、この隊長、副隊長の中で殆どのものに気づかれることなく、山本元柳斎重國の目の前に現れた。

 

 これに気づいたのは、四名。

 

 一人は、山本元柳斎重國。

 我妻丈という為人を知っていて、またそれで持ってこの状況ならば、と考えられる人物。

 

 そして、それに連なって気づいたものが、浮竹十四郎、京楽春水。

 この二人もまた、為人を知っていたからこそ、この出現を予測できた。

 しかしこの二人もまた、知覚能力によって感知したわけではない。

 

 最後が、黒崎一護。

 あの人この現れ方好きだからなぁ、そんな感覚で出現を予感していた。

 もちろん、知覚能力によって感知できた訳では無い。

 

「重國」

 

 その最中、丈は話し始める。

 

「今回は、ただのお話だ」

「おらぁ!」

 

 その直後、更木剣八が斬りかかる。

 この反応には、誰もが納得のいった結果である。

 逆に今まで一瞬でも耐えられたことが不思議であり、いつ飛び出すのかと思っていたくらいだ。

 

 ここでどんな現象が起きるのか。

 それを隊長、副隊長たちは観察したかった。

 

 どんな対応でも、ここにいる者たちからしたら貴重な情報だ。

 それを見届けるための試金石でもあった。

 

 我妻丈の反応は、

 

「五月蝿い」

 

 踵落とし。

 

 いや、この中の誰もがその現象を観測できなかった。

 なにか動いた。

 それは理解できたが、その結果、いつの間にか更木剣八が地面に埋まっていた、というだけだ。

 

 それが踵落としなのがわかったのは、地面にめり込んだ更木剣八の頭が、我妻丈の足元にあったから。

 そして更木剣八の頭を中心に地面がひび割れていることからの推測だ。

 

「今代の剣八はこんなに手が早いのかい?」

「歴代の中でも最強ではあるのじゃがの」

「まぁ、手加減している時点でお察しだがの」

 

 会話だけ切り取れば、悠々とした爺の会話。

 そんな光景に、この場にいる全員は戦慄する。

 あの更木剣八を、一瞬で行動不能にした。

 

 その事実と同時に、

 

 一切霊圧を放たないこの我妻丈という人間に、恐怖を覚えた。

 これだけの膂力を持っていながら、何も感じられない。

 理解ができない存在に、どう反応したらいいのかわからない。

 

「ふむ、本当に話だけのようじゃの」

「そう言っておるではないか」

「では、どれ、十四朗、春水」

 

「はい」

「はぁ」

 

 元柳斎は、どこかホッとした様子を見せながら、二人の名前を呼ぶ。

 年代からしても、この二人が我妻丈という人間と接点があるのは確実。

 そして、二人の様子から察するに、何かを知っている様子。

 

「ほう、変わらないの」

「丈さんこそ、お変わりのないようで何より」

「ほんと、お孫さんにもほとほと呆れちゃったよ」

 

 ここで春水が、おそらく今回の本質であろう話をする。

 もちろん、春水とてヒヤヒヤだ。

 ここであり得ない反応が返ってくる可能性もある。

 だからこそ、慎重に、軽薄に話したのだが。

 

「おぉ、弟子を見たか」

 

 丈は至って普通そうに、

 

「そうか」

 

 満足そうだった。



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扱いが雑と定評のある主人公

「それで、何があったか説明してくれるかい?」

「あ、あの、浮竹隊長! お身体の方は……っ!」

 

 十三番隊隊長室。

 ルキアは、呼び出された。

 自身の所属する隊の隊長に。

 

 それは、なんら珍しいものでは無い。

 浮竹十四郎は十三番隊をよく見ている。

 それこそ、木っ端の隊員から副隊長まで、全ての隊員の名前を覚えている。

 さらに、その趣味嗜好も知っているという少し変態的な知能を持っているが、それが気にならないほどの人柄を有しているため、こうした地位に就いている。

 

 だからこそ、ルキアはこの呼び出しになんら怒りの意味が無いことを理解はしている。

 そんなことより気になることがルキアにはある。

 

「お怪我の方は……」

 

 現在、浮竹十四郎はボロボロである。

 体の至る所に擦過傷があり、包帯でぐるぐる巻きである。

 

 これの説明をするのはとても簡単だ。

 

 我妻丈がやった。

 

 それだけだ。

 

「アハハ……みんなそんなに心配しないで、別に死んでるわけじゃないからさ」

「現在進行形で死にそうに見えますが?!」

 

 だが、そんな大怪我に反して、浮竹の表情は明るい。

 いや、包帯でぐるぐる巻きにされていて表情は分からないが。

 

「うん、でもそれほどまでに僕にとってあの人との再会は嬉しいもので、懐かしい気持ちになれるものだったからね」

 

 その言葉にルキアは返す言葉もない。

 浮竹十四郎の、隊長ではない表情。

 ただの、少年のようなその表情に。

 

「それで、僕が寝ている間に何が起きたのか、教えて貰っても大丈夫かい?」

「あ、はい。

 それでは、隊長も知っての通り、我妻丈の……その、訓練によって浮竹隊長、京楽隊長が……その、虐殺? された後、戦いは起きませんでした」

「まぁ、今の隊長副隊長は丈さんのことを知る人は少ないからね、それも当然か」

 

 浮竹はルキアの言葉選びを否定することなく、淡々と手元の紙に記していく。

 

「その後、1度。

 1度だけ、鍔迫り合いが、総隊長と我妻丈の間で行われました」

「ちなみに聞いてみるけど、何か分かったかい?」

「…………申し訳ないですが、一瞬たりとも知覚が出来ませんでした。

 あの時は突如起きた衝撃に身を守るので精一杯で、鍔迫り合いが起きたことも、その後に見た光景からの推察です」

 

「いや、見たことで大丈夫だよ。

 隊長に聞いてもはぐらかされるし、副隊長たちも今は忙しいだろうからね」

「あ、あの、私はこんな所でお話をしていて大丈夫なのでしょうか?」

「ん? どういうことだい?」

「いえ、あぁ、そうですね。

 今、我妻丈は、一護たち現世のもの達と話しています。

 おそらく雰囲気的には訓練だと思います。

 そんな訓練をしているのに、私はお話をするだけでいいのかと……」

「あぁ、それなら心配はないよ」

 

 不安そうにするルキアに、浮竹は微笑みながら言葉をかける。

 

「先程聞いた話だけど、今回丈さんは何かアクションを起こす気は無いらしい」

「……それは、どういう点で」

「それは、そうだね……。

 わかりやすく話すと、今回お弟子さんである源氏君の誘拐に関して、関与しないと言っていた」

「なっ! それはっ!」

 

 ルキアは驚愕のあまり、立ち上がろうとする。

 しかし、今ここでなにかしても意味は無い、そんな考えも同時に頭によぎった。

 すぐに座り直しながら、

 

「仮にも、孫、なんですよね?

 自身の親族を誘拐されている……ましてや藍染惣右介に連れ去られているのに、何も、しないのですか?」

「むしろ、誘拐されたからこそ、だね」

「誘拐されたから……?」

「誘拐、ってのは手間がかかる。

 ましてや今回は裏切りだ。

 もし、源氏くんが最初から藍染惣右介と繋がっていたならまだしも、あれは彼の意志に関係ない」

「それは、そうですが」

 

「だからこそ、何故、誘拐したのかが大事になる」

「何故? それは、何か源氏が藍染の欲しいものを持っていた?」

「そう、そうだね」

「でも、それはものじゃなくて源氏そのものを連れていかなければならない……?」

「そうだよ」

 

「源氏は……源氏に、何かをなさせる為に、連れていった?」

「よく分かったね」

 

 いつの間にか浮竹は娘の成長を喜ぶようにぱちぱちと拍手をしていた。

 

「ま、待ってください。

 ということは、源氏には特別な何かが……」

「あ、それはないね」

「…………ないんですか?」

「あぁ、連れ去られる前、僕がこの目でしっかりと見た。

 彼は凡庸だねぇ」

「ひ、酷い言い草というかなんというか」

 

 ルキアは自分の表情が引き攣るのを止められない。

 仮に源氏がいたら『喧嘩ですかぁ?!』とでも言って殴りかかりそうだ。

 いや、源氏なら殴り掛かる、そうルキアは確信づけた。

 

「いや何、これは最上級の褒め言葉だよ?

 だって彼は凡庸の身でありながら、隊長と互角に渡り合った」

「まぁ、話は聞いておりますが」

「砕蜂は口を割らないから詳細は分からないが、口を割らないってことは闇討ちとか騙し討ちではなく、純粋な勝負で負けたんだろうよ」

「…………」

 

 ほんとこの人は、人をよく見ているというか。

 ルキアは少し怖くなった。

 微笑ましくしている下に、何を考えているのやら、と。

 

「さ、それで鍔迫り合いの後はどうなったんだい?」

「あぁ、そうでした、話の続きですね。

 鍔迫り合いの後、我妻丈は総隊長と仲が良さそうに肩を組んで、一番隊隊舎へと向かっていきました」

「そうか、付き添いは許さなかったか」

「雀部副隊長はついて行きましたが、それ以外には……」

「そうだろうね」

 

 浮竹はルキアの話に微笑みながら、

 

「よし、それじゃあ分かった。

 僕はここでもう少し仕事をしてから丈さんに会いに行こうと思うから、好きにしていていいよ」

「そ、そのお体で大丈夫なのですか?!」

「大丈夫大丈夫、丈さんの前でそんなこと言ってられないから」

 

 ルキアは、浮竹隊長の事を全て知っている訳では無いが、こんなことをする人ではないことを十分理解している。

 だからこそ、この時のルキアは苦笑いをするしか出来なかった。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「我妻源氏について、今後の話じゃ」

 

 勉強部屋。

 俺たちは丈さんに呼ばれ、ここに集められていた。

 チャド、石田、井上、俺。

 現世からやってきたものたちが呼ばれ、ここに集まっている。

 

「まぁ、そんな堅苦しくなくて良い。

 今日は流石にこれは使わんからな」

「……使わなくても更木剣八を圧倒していたように見えたのですが」

「ハッハッハ、手を抜いたあいつにこれを抜くなんてそれこそ無駄ってもんだ」

 

 腰の刀を揺らしながらケタケタと笑う丈さんだが、相手はあの剣八だぞ?

 ちょっとよく分からないと思いながらも、

 

「……なんで、俺らに源氏のことを?」

「いや何、ただの老婆心じゃよ」

「老婆心……?」

 

 思わず疑問符を浮かべてしまった。

 そして次の瞬間には、

 

「老婆心、じゃよな」

「Yes Sir!」

「うむ」

 

 首元に刀が添えられていた。

 いやマジでわからん。

 ほんとにこの人の太刀筋は分からない。

 

 よくこんなんかわせるなほんと。

 

 ほら、周りのヤツだっていつの間に刀を抜いたのか気になってというかビックリして状況飲み込めてないって。

 

「まぁ、まずは、ありがとう」

「えっ?!」

「な、なにを」

「頭あげてください! 源氏くんのお爺さん!」

「何をしているんですか!」

 

 あの我妻丈が、頭を下げた。

 死んでも頭を下げないように見えるこの人が下げるのが本当に衝撃的で、思わず止めるとかでもなく固まった。

 

「あのバカ源氏は、生きる。

 尸魂界に侵入なんて馬鹿なことやって生きていけるのは、あのバカだけ。

 それを共に行い、そしてあまつさえ生き残ったことに、感謝する」

 

「そ、そんな、僕らの方こそ力になれなくて……」

「そ、そうです!

 結局最後まで戦っていたのは源氏くんだったし……」

「不甲斐ないと思っている」

 

「それでも、あのバカのせいで死ななくて、有難い」

 

 感謝の方向性が独特だが、なんとなく、源氏への信頼も感じとれるから、俺は何も言わなかった。

 訓練している最中にも感じたけど、ほんと仲良いんだよな、この人たち。

 

「まぁ、感謝は伝えたとして。

 今から、我妻源氏という人物に関して、少し教えよう。

 流石に全て教えるのはプライベート? 侵害? らしいからあれじゃがの」

 

 多分よく分からないけど源氏が話していたんだろう、少したどたどしいながらも、丈さんは自慢げに話す。

 

「この話で、理解して欲しいのは、我妻源氏は生きている。

 そして近い将来、お主らの目の前に立ふさがる、という事じゃ」

「「「「?!」」」」

 

 いきなりの発言に、俺らは全員息を呑む。

 

「恐らくじゃが、あやつは藍染惣右介に利用され、こちらを裏切る形を取る。

 形はどのようであれ、少し戦ってこちらに戻ることが出来ないと判断した場合、即座に殺す」

「ちょっ! ちょっと待ってくれよ!

 連れ去られたのは分かるし、利用されるのもわかるけどよ、あいつが俺らを裏切るなんて有り得るのか?!」

「有り得る、というか確実に裏切る。

 ……だって、あやつ、絶対裏切る性格してるじゃろ?」

 

 だれも、その言葉に言い返せなかった。

 ほんと、なんで誰も言い返せねぇんだよ、源氏さんよ……

 

「そしてあやつは生かしているとまじで本当にいいことがない。

 だから本当に早急に無理だと思ったら、殺してくれ。

 と言ってもお主らには出来ないじゃろうから、その時は儂に言うんじゃ」

 

 それじゃあ、先に現世に戻る、とそう言い残して、丈さんは去っていった。

 

 残った俺らは暫く無言だった。



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そろそろ登場しますんで、よろしく

「イーーーチーーーゴフゥ!!!」

「おーすケイゴ」

「朝からなんて仕打ち……」

 

「おはよ一護」

「おはよう水色」

 

 朝、新学期が始まって初の登校日。

 朝から一護は騒がしい友達連中と戯れながら、教室に入る。

 

「おっはよう! 黒崎くん!」

「…………ム」

「おはよう。

 今日も脳天気な髪型で何よりだ」

 

 織姫、チャド、石田。

 それぞれから朝の挨拶をされた一護は、石田の言葉に苦い顔をしていると、

 

「一護一護一護!

 大変なんだ! あの集団おかしくないか?!

 チャドに、何故か井上さん! それに何故か何故か石田も?!」

 

 ケイゴは一護に語りかける。

 まるでありえないものでも見たかのようなリアクションは面白いの一言に尽きるのだが、

 

「まさに美女と野獣と眼鏡!

 プリンセス&モンスター&メガネ!

 夏休み前あの三人あんなに仲良かったっけ?!

 一体この夏の間に一体どんないかがわしいことが!」

「おーす」

「そしてなぜかそこに一護もゲットイン!

 ついに始まる壮大な仲間はずれの予感?!」

 

「ぐっ…………もーにんひめぇぇぇ!」

「ひぇぁ!」

 

 ケイゴの泣き言も終わらぬうちに、次の騒動が起きる。

 千鶴が後ろから織姫を抱きしめ、あろうことか乳をもんだのである。

 これには流石に織姫もびっくりとした声を出すが、

 

ゴッ!

 

 突如飛んできた蹴りにより、千鶴は地面と数回バウンドしながら飛んでいく。

 

「ふふふ…… 夏は終えてもツッコミは健在ね……」

「だからツッコミじゃないっつってんでしょ!

 はぁ、あんたは夏でも秋でもサカリっぱなしね」

「いえすあいどぅー! あいわながーーーる!」

「水色ぉ、俺もあんなふうに素直に生きられたらどんなに素敵なんだ……」

「僕はちょっと……」

 

 朝から騒々しい人たちである。

 だが、それが日常で、本来ならこれが正しい姿なのだが、

 

「あれ?」

 

 ケイゴがわざとらしく辺を見渡す。

 

「ここらへんでいつもゲンジがツッコミをしてくるはずなんだけど……」

「っ……!」

 

 その言葉に、一護、織姫、チャド、石田の空気は少しだけ、張り詰める。

 

「あー、源氏な、なんかどっか外国に行ってて帰れないらしいぜ」

 

 その中、一護は何でもないような感じで話をする。

 

「海外? あいつって海外行くようなやつだったっけ?」

「夏休み後半使ってなんかおじいさんと旅行行ったんだけど、紛争地帯に行っちまって帰れないらしいんだよ」

「さすが源氏……そういう謎の引きだけは強いよね」

「まぁ、たしかにここ一番の引きの悪さは相変わらずだな」

 

 ケイゴと水色の反応に、どうにかごまかせたと、真実を知る者たちは安堵する。

 しかし、

 

「だとしても、なんで一護だけ知ってんの?

 あいつのことだからこういうときってみんなに連絡するよね?」

「確かに、あいつ意外と小心者というか寂しがり屋だから、こういうときは連絡するよな」

 

 たつきの発言に、ケイゴはうなずく。

 確かに、一護からしても一護だけに話しているのは違和感だ。

 

 と言うのは理解していたため、

 

「いやさ、源氏からもしもこのときになったらそう話しておいてって言われたんだよ。

 もしかしたら源氏の爺さんがなにかやらかして俺は生きてるけど帰れなくなる可能性があるって」

「……そっか、あいつのじいさんってすごい破天荒なんだっけ?」

「俺はムキムキって聞いたぞ」

「伝説のヤンキーだったって話もあったよ」

 

 一体自分の爺さんをなんだと思ってるんだ……、だから自分の爺さんから殺すなんて単語が出るんだよ。

 そう思わずにはいられない一護。

 

「ま、あいつなら生きてひょっこりやっほーって帰ってきそうだな」

「確かに、源氏って運は悪いけど、なんとかするよね」

「そ、そうだよねー」

「あれ? 姫、我妻くんと仲良かったっけ?」

「ん? いや、夏休みに少し遊んでねー」

 

 織姫も会話に参戦しようとうなずいていると、千鶴から厳しい指摘が。

 確かに、織姫はみんなの前で源氏となにか仲良くしている素振りを見せたことはない。

 

 だからこそ適当に嘘をついたが、それが墓穴をほった。

 

「姫! それは一体いつなんどきの何秒「おーいてめぇら席につけー」……あ」

 

 同時に鳴るホームルームを知らせる鐘。

 

「えーっと、みんな席ついたなー。

 それじゃあ出席……あ、そうだ、我妻なー。

 あいついないけど、爺さんから連絡があって、海外の紛争地帯で迷子らしい。

 多分帰れると思うけど帰れる目処がないです、って連絡きたわ」

 

 クラスの連中がざわざわする。

 流石にいきなりクラスメイトが海外に行った、紛争地帯に行ったなんて話されれば、少しはどよめきだつだろう。

 だが、

 

「まぁ、あいつのことだから意外にひょっこり帰ってくるとおもうから、そんときは差の付いた学力で見返せー」

 

 その担任の一言で、みんなは納得した。

 別に源氏は暮らすというか普通に生活していて自身の力をひけらかしたり、見せつけたことはない。

 しかし、端々から漏れる武人の立ち振舞が、いつの間にか源氏に対する安心感を与えていた。

 

「えっと、それ以外は……大島と反町か、アイツラはヤンキーだから元気にやってるだろ、よし」

「一人欠けたけど容赦なく授業進むから気をつけろー」

「我妻死んだ扱いっすか?!」

「あ、そうだった、あいつ死んではないのか」

 

 どっと起きる笑い声。

 少し不謹慎だが、意外と源氏もクラスの噂程度にはおかしいことをしている。

 

 と言うか殆どが一護やチャドと絡んでいるときにできたものなので、あの二人と同類と捉えられているせいで、こうしたイメージなのだが。

 

「えっと、それじゃあ転校生を紹介しまーす」

「便所っす!」

「おい! 黒崎!」

「「便所っす!」」

「ってうぉぉい! 茶渡に井上まで!」

 

 そして転校生紹介のタイミング。

 担任が扉を開けた瞬間、一護は走り出した。

 それとタイミングを同じくして、追うようにチャドと織姫も教室を飛び出した。

 

 出て行きながら、担任と織姫は何かを話していたが、あっという間に三人の姿はなくなっていた。

 

「ったく、最近のやつは……」

 

 そして担任も担任で、見つからない転校生を諦めながら、教室に戻って淡々と授業を始める。

 それでいいのか教師、とも思わなくないが、それがこのクラスにとっては常識なのだ。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「あの」

「なんじゃ?」

「それ、誰を想定しているんですか?」

「もちろん、愛弟子じゃよ」

 

 現世、勉強部屋。

 我妻丈は、一人ここで動き回っていた。

 その動きは、まるで誰かといるような。

 

 そして、その誰かと戦っているような。

 

 だが、浦原は違和感を感じる。

 それは戦いではなく、一方的な攻撃。

 それでいて、相手は執拗に回避している。

 

「あの、攻撃しすぎじゃないですか?」

「あの愛弟子に攻撃の隙を与える意味もない」

「まぁ、我流の型だからか分からないっスけど、だいぶ正面対決に向いてないっすよね、あれは」

 

 浦原は、休憩をしている丈に飲み物を渡しながら、源氏のことを話す。

 

 源氏の使用する雷の呼吸は、全体的に溜めが存在している。

 それは呼吸をするタイミング。

 たった一瞬の呼吸のタイミングだが、その一瞬が首と体が離れるかどうかの一瞬なのだ。

 

 今までの源氏は、その一瞬を攻撃しながら、回避しながら行うことで騙し騙しやっていたが、それもこの鬼人、我妻丈の眼の前では無意味と化す。

 

「今のあやつのレベルでは、の」

「今の源氏さんの、っていうと、成長する可能性があると?」

「少なからず、今度相まみえるときのあやつは、確実に俺等の知っている段階ではない」

「源氏さんとは尸魂界に送る前しか会ってないので、その可能性は高いっスけど」

 

 浦原は、源氏が成長するタイプの人間には思えなかった。

 それこそ、訓練をしているのを見ると、それはそれは魔法のように相手の太刀筋を見切るが、それとてその場限りのもの。

 

 浦原とて、源氏を殺してみせろと言われたら、いくつもの手立てを思いつく。

 

 そんな気楽そうな浦原の言葉に、丈は真剣な表情で、言葉を紡ぐ。

 

「『虚空』を、使えるようになっていると見て間違いない」

「?! 『虚空』を、っスか?」

「完全でなくとも、きっかけを掴んでいるのは確かじゃろうな」

「虚空を持っていて、こちらについてくれていれば……」

「おそらく藍染惣右介も、それが狙い、と見ていい」

 

 丈は、渡された飲み物を飲み干し、地面においた。

 

「源氏は、しぶとくなった。

 これ以上に」

「あたしも準備、したほうがよろしいですかね?」

「少なくとも、儂ができなかったときのことを考えてくれれば」

 

 浦原は、その言葉に心底驚いた。

 浦原の知る鬼人、我妻丈は、そんな言葉を口から出さない。

 常に飄々、絶対的な自信に満ち溢れ、その圧倒的な力で周囲を納得させていく。

 その姿は、あり方は違えどその弟子に、確実に受け継がれている。

 

 常に飄々と、その歩みは死なないからという確信を持ちながら、恐れ、怖がりながら自身の目的を的確に果たしていく。

 

 元来、人が生きるための剣術を極めるものの、ある意味別種であり同等の行き着く先。

 だからこそ、それは自分の弟子を認めているということなのか、それかもしくは……

 

「私が、もし源氏くんを切っても殺さないでくださいね」

「その時は儂は死んでいるじゃろうよ」

 

 浦原は、その言葉の意味が、分からなかった。



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敵からもらうから優しさが目に染みるわけではない、優しさが久しぶりすぎて目に染みるのだ

こんな感じに唐突に更新が途切れることもあるので要注意


「さて、キミには選択肢が2つ存在してる」

 

 拝啓、現世の皆様、元気にお過ごしでしょうか

 

「一つは藍染隊長の言うことを聞いて、素直に我妻丈を殺すこと」

 

 私の方は、まだギリギリ生存はしています。

 

「もう一つは、ここで死ぬこと」

 

 そりゃ、生きることにかけては、とかなんとか言われている手前、正直いやもう無理だわ、って場面でもそれなりに火事場の馬鹿力という名前の小さなプライドを燃焼して生きてきましたが、

 

「で、どうする?」

「ぁあ我妻丈をぶっ殺します!!!」

「ほらね?」

「話には聞いたとおりだね。

 だが、本当に彼はやるのかい?」

 

 俺が今、目の前にしているのは、はじめましてな悪の親玉、藍染惣右介さん。

 そして、にっくき半殺し友達、市丸ギンさん。

 最後に、こちらは名前しか知らないはじめましてな隊長さん、東仙要さん。

 

 キャトられた俺は、いつの間にか気絶して窓のない真っ白い建物に閉じ込められている。

 そういえば気絶する前まで総隊長と戦ってたもんだから気絶するよねそりゃ。

 

「いやいや、この子はやるでぇ。

 なんせ隊長と連戦全生存。

 それに扱う技はあの我妻丈と同一のもんや」

「そうだね。

 我妻丈は確かに強力だ。

 それも、こちらの戦力的に相性が特に悪いと来ている」

「しかし、このような人間を利用する必要はないのではないでしょうか」

「要、だからこそ、彼を利用するんだ。

 我妻丈という、世界における異分子を倒すためには、彼のような異分子を利用しないといけないんだ」

 

 ちなみに俺を無視して完全に会話が繰り広げられています。

 

 その間、一応情報を集めるために周囲を見渡すが、何の情報もない。

 窓がないから外の景色を確認するすべがない。

 

 霊圧を探ろうにも、ここばかみたいな霊圧の人が多すぎてまともに索敵できている自信はない。

 多分鬼強い人は10人? なのかなって感じなんだけど、ここまじでおっきい霊圧が入り乱れすぎててよくわからん。

 

 あと、俺の傷が良くなっている。

 

 具体的には全治一ヶ月から一週間くらいに治ってる。

 

 おそらく気絶してからそんなに時間も経ってないと思うから、そんなに回復しているはずはないんだけど、もしかしたら目の前の三人のうちの誰かが治してくれたのかもしれない。

 

「わかりました。

 それで、彼をどうするんですか?」

「あぁ、それなら、いいもんがあるんですよ」

 

 そんな思考に耽っていると、目の前でなにやら話が一段落したようで、市丸ギンがなにやらふところから取り出した。

 

「これ、面白い首輪でね」

 

 取り出したのは、黒いチョーカー。

 ただの紐に見えるそれは、おしゃれ目的でつけていても何ら問題はなさそうな代物だ。

 

「これはつけるだけでその本人の微弱な垂れ流しの霊圧を使って機能する優れもので」

 

 そのチョーカーをブンブンと指に引っ掛けて振り回しながら、こちらに近づいてくる。

 なにやら嫌な予感がする。

 

 非常に嫌な予感がする。

 

「これ、つけるとその人の命令に従わなくならないといけなくなるんですよ」

「えっと……それ、洗脳的なアレですか?」

「あら、流石は滅却士か、ここにいるだけで調子が良くなるんか」

「その回復の様子だと、おそらくもう虚空は使えるのかな?」

「いや、僕が見る限りまだ虚空モドキは使用していましたけど……」

 

 俺の話しかけに、手が止まる。

 よし、このまま忘れてくれれば、と言うかこれはやばい、なんかやばいのがわかる。

 

「あの!」

 

 ならば、やるしかない。

 

「俺、ほんっとに死ぬ気でジジイ……我妻丈を殺してきます!

 昔……一年前も、こんな感じで俺さらわれてあのジジイと戦えるのは俺しかいないって言われて!

 その時修行で虐められすぎて本気で殺してやろうと思ってマジで本当に殺しに行ったんですよ!

 結果の方は聞かなくても明白だとは思うんですけど! 最後まで倒れないで10日間ぶっ続けで戦い続けたんですよ自分!

 別に本当に手を抜いていたとかではなく、本当に本気でやって軍の支援とかもあってやってたんですけど、なんか軍のほうが物資の無駄とか言ってやめちゃったんですよね! あのときは後一ヶ月戦い続ければなんとかなるとは思ってたんですけど!

 だからほら、俺そういう裏切り行為とかめっちゃ得意なんでその首輪は本当にいらないとおもうんですよね!」

 

 懇願詠唱。

 

 その昔、言えない国の軍が俺のことを今回みたいに同様に拉致って同じような状況になった時があって、そのときはこれで信頼を勝ち取った。

 

「……」

 

 そう、ドレッドヘアーの人! その目だよ!

 そのドン引きの目! 命がかかってるからって堂々と肉親ぶっ殺す発言とか引いちゃってほしい!

 あわよくばそれで同情とかしてくれると尚良し!

 

 そんでもってこっちの市丸さんは……

 

「そうかそうか」

 

 あめっっっっちゃ笑顔!

 

 すごい! しっかり目の笑顔だ!

 

 止まらない!

 

 逃げるしか……

 

「動くんじゃない」

 

 ピタっ

 

 俺の動きが、止まった。

 正確には、俺の体が意思に反して動くのをやめた。

 それは、ただ一つの生理的反射から。

 

 恐怖。

 

 俺は、目の前の藍染惣右介の霊圧に当てられ、動きを止めた。

 それは、銃を目の前にして立ち止まる一般人のように。

 

 あ、俺だったらその状況でも動かない自信はあるけど。

 

「さぁ、ギン、つけてくれ」

「はいはい」

 

 あっ、だめっ、あーーーーーっ!!!

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「驚くほどに、普通だね」

「ですよね」

 

 藍染は、ギンに語りかける。

 

「過去、滅却士の一掃は、本懐を達成しつつも、一つの大きな問題を残した。

 それが、我妻丈。

 彼の存在は、それほどまでだった」

「確かに、昔に乗り込んできたときは、本当にえげつなかったなぁ」

「あの時、我妻丈もともに消えたことは予想外だったけど、予想内の予想外だった」

「そして、それがあったから、こうして目の前に我妻丈を殺すための手札が現れた」

「彼には鏡花水月を掛ける必要もない。

 そして、崩玉もまた、彼には見向きもしない」

 

 藍染は、手元にある、四角い箱に入った謎の文様の入った玉……封印された崩玉を弄びながら、見つめる。

 ギンは、その言葉に返すことなく、軽い調子で話を変える。

 

「それにしても、東仙さんに預けてよろしかったんですか? 彼?」

「あぁ、おそらくだが、彼の戦い方はそれこそ東仙が一番教えやすいだろう。

 それに……」

「それに?」

「……いや、まだ彼には早いだろうから、大丈夫だよ」

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「それではまず、こちらに打ち込んできてくれ。

 ただし、鬼道を使わずに、白打と剣術のみで」

「えっと」

「どうした? やらないのか?」

「いえ、それより、ここどこかなって」

 

 拝啓、背景が砂だらけで非常に困っています。

 

「ここは虚圏、虚たちの住む世界だ。

 現世と尸魂界の間に存在して、ここには多数の虚が存在している」

「あ、ありがとうございます」

 

 冗談はさておいて、俺は実質死刑台の上に常時首をかけている感じになってしまった。

 

 さっきの首輪、大事なところを端折ってしまったが、あの首輪はつけたものの命令に背く、もしくはつけたものが命じる事によって、急速に収縮して首をチョンパする代物らしい。

 

 当然、俺につけたのは市丸ギンであるから、彼が命じれば俺はいつでも死に放題なのである。

 全くもってお得ではない。

 

 そして、俺にくだされた命令は、4つ。

 

『藍染惣右介が自害を命じたら、自害すること』

『東仙要が自害を命じたら、自害すること』

『ニヶ月以内に我妻丈を倒すこと』

『強くなること』

 

 最初の2つは、わかる。

 これがあれば例え市丸ギンが命じていなくとも、俺を処刑することはできる。

 そして3つ目、これもわかる。

 最初俺がキャトられた時点でわかっていたことだけど、キャトられるということは、俺に使い道が存在するからキャトるわけで。

 

 なので俺は割りと生き残れるんだろうなぁ、とか思ってここに来たらなんとびっくり首輪をつけられたという話。

 

 そして最後。

 

 市丸ギンは面白そうだし、命じておく、と命令したけど、俺にとっては意味不明なものだ。

 

 強くなる、という命令に反するということは誰が判断するのだろうか。

 市丸ギンが成長してないなって思った瞬間死ぬのか。

 

 色々考え事をしていると、

 

「そちらから来ないのなら」

 

 眼の前の東仙さんが、

 

「こちらから行くぞ!」

 

 こっち来た。

 

 そして一瞬で俺の輝かしい頭脳が感知する。

 

 あ、殺気ゼロ

 

 優しい

 

 やばい、当たる。

 

 これは当たる。

 

 というか俺の体が避ける気力をなくしている。

 

 絶対当たる。

 

 ほら

 

「いっっっっってぇ!」

「なんで普通に受け止めるんだ!?」

「……ありがとうございます」

「なぜ攻撃を受けて感謝をするんだ!?」

 

 ありがとう、ございます。

 

 なんで俺、敵の攻撃で優しさ感じてるんだろう……。



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こちとら理不尽の塊と生きてきたもんで

 首輪がつけられてから3日が経過した。

 ちなみに現在の日にちも教えてくれた。

 

 今日は8月20日らしい。

 どうやら俺は連れ去られてから丸二日寝ていたらしく、そんな意識は俺にはない。

 そしてこの3日間、俺は最高に

 

「充実している……」

 

 超充実した生活を送っていた。

 

「どうしたんだ、源氏、今日はもう終わるぞ」

「あ、東仙さん!

 ありがとうございました!」

「はは、そんなお礼を言わないでくれ。

 こちらも飲み込みが早くて助かっているんだ」

 

 今は夜。

 虚圏では常に夜であるため、基本的には時間の感覚がないのだが、東仙さんは時計を所持しているらしく、俺の体内時計を調整するためにも規則正しい生活を心がけてくれる。

 

「いえ、東仙さんの教え方がうまいだけですよ」

「君のその圧倒的なまでの戦闘経験は、知識というものをつけるだけで化ける。

 こうやって目の前で成長していくのを見るのは心地良いものだよ」

「いや、それほどでも……」

 

 東仙さんはめっちゃ優しい。

 今まで罵倒と無言の暴力だった今までに比べると、間違っているところは間違っている、あっているところはあっていると話してくれる東仙さんは、仏だった。

 

 しかも、教え方と戦闘スタイルがとても似ていて、学べる所も多い。

 

 最初は怪我が全快していないから、という理由で軽い立会とか座学が中心だったが、俺が息抜きを始めるとみるみると怪我が回復していき、今では普通に戦うことができる。

 

 それと同時に、東仙さんが今まで俺が知らなかったけどなんとなくやっていたことを言語化して教えてくれるから、戦闘に対する理解が深まった。

 

「源氏はどうも前に出ることで死の危険を回避する節がある。

 確かに、前に出ることも大事だが、時として半歩下がることも大事だ」

「隙は作るものというのはたしかに正解だが、君のスタイルだと隙とさえ言えない部分を突くことができる。

 直感的な回避と、理性的な回避。

 これによる二手先の回避は、おいそれと乗り越えられるものはいない」

「不意打ち、暗殺、それらが得意だからこそ、正面の戦闘を極めることが死なないための近道だ」

 

 もう首を縦に振りすぎてもげる、ほんとに。

 

 あと、この人の太刀筋、ほんとに殺気がない。

 

 ほんとに教えられてるなぁ、って感じの太刀筋で、戦闘中に考える癖がついてきた。

 

 そして、虚圏の城に帰ろうとしたその瞬間、

 

「なんだテメェ等、ママゴトでもしてんのかァ?」

 

 突如、殺気の塊が、現れた。

 

「……グリムジョー」

「最近なにか連れ回してるって話があってよ。

 統括官様が何してんのかと見てみれば、なんだその雑魚は」

「藍染様からのご命令だ」

「ハッ、その雑魚の面倒を見ることが、か?」

 

 俺は殺気が、大きく分けて2つの種類に分類されると考えている。

 

 一つは、動きのないもの。

 もっと簡潔に述べるなら、静の殺気ということだろうか。

 大概、馬鹿みたいに強いやつはこれを持ちがちだ。

 

 ただ、殺すという気が存在するそれは、人によっては苦手な人も多いだろう。

 ちなみにこれの最大限は未だにジジイが最高。

 

 本気でやるときのあの動かない殺気はマジで人が倒れるくらいだ。

 

「霊圧も感じねぇ、覇気もねぇ。

 おまけに俺を目の前にしてビビってやがる。

 吹けば死にそうな野郎だぜ?」

「……お前には、そう見えるのか?」

「は?」

 

 そしてもう一つが、この眼の前の殺気。

 殺気自体が生き物、というか意思に応じて殺気が動いている。

 こいつの殺気は、獣だ。

 

 まるで、豹。

 

 眼の前のすべてのものが戦うべき対象で、戦うために生きている。

 正直、ここまでのレベルは見たことないが、俺はこの最高潮と一週間前に戦っていた。

 

 そう、総隊長。

 

 あの人は巧妙に隠していたが、そのうちに秘めている炎のような殺気は、人生ベストワンだった。

 

 それを考えると、この目の前の殺気は、

 

「ちょ、やめましょう東仙さん」

「お前には、彼が怯えているだけの人間に、見えるのか?」

「そうだよ、こいつがただのビビってる雑魚じゃなきゃ何なんだよ」

「いや、俺が雑魚なのは変わりないと言うか、別に認めても……」

「彼は、強い」

「あの、東仙さん?」

 

 いや普通に怖いけどね。

 めっちゃ怖いよ、ほんとにマジでちびるって。

 戦ってもないのにこれくらいの殺気出せるとか正直化け物すぎるでしょ。

 

 しかもこの人虚? なのかな?

 穴空いてるし。

 

 霊圧の本質が同じなんだけど、いかんせん強すぎ。

 目の前にして尸魂界にいた人たちより遥かに強いんですが。

 

 そんな人にさ、なにやってんの東仙さん。

 

「なら」

 

 瞬間、俺の体は貫かれた。

 

「確かめてやるよ」

 

 眼の前の彼と同じ位置。

 

 虚であることを象徴している穴。

 

 彼のもつそれと同じ位置を貫かれ、俺は死んだ。

 

「あっぶな」

 

 様に見えた。

 

「何やったんだ」

「え、えっと、スッと、動きました」

 

 俺は右足を引き、体の向きを90度変えて、攻撃を躱した。

 そのせいで、俺の胸先三寸を手刀が貫いているのだが、俺の体に怪我はない。

 

「それは……」

「えっと、ちょっとした小技です」

 

 東仙さんも驚いている。

 確かに、東仙さんには呼吸を一度も見せていないな。

 

 今やったのは、もちろん遠雷。

 

 一瞬で霊圧を高め、その後霊圧を消して躱すことで、相手に攻撃が成功したと誤認させた。

 

 ただ、今の一瞬に呼吸をする暇はなかった。

 本来、全集中の呼吸には一瞬の溜めが生じてしまう。

 だからこそ、今の一瞬は本来であれば単純な回避になるはずだったが、俺はここに来て、新たなことができるようになったため、避けることができる。

 

「チッ」

 

 俺が東仙さんに対して受け答えしていると、眼の前の手刀が拳の形に変わり、俺の顔面に襲いかかる。

 もちろん、鼻先スレスレで躱そうと試みるが、

 

「死ね」

 

 拳は俺の顔面の前に来ると、その手を開いて俺の顔を掴みに来る。

 思わず、俺はその襲いかかる手首を掴み、止めようとする。

 

「えっ、力強」

「人間如きに止められるかよ」

「源氏!」

「危ないって」

 

 ただし、そんなので止めれるとは思うなかれ。

 俺が力を入れてもその手は俺の顔面を掴みに来ようと迫ってくる。

 

 東仙さん、焦るんならそんな挑発的な言葉をまずかけないでほしかったなぁ、と思いながらも、俺は迫ってくる手が動かないことを利用する。

 まずは足を地面から離し、地面にそのまま落ちる。

 

 もちろん、俺が後ろに避けていることを理解したのか、手は俺に迫ってくる。

 

 このままだと、俺は地面に叩きつけられるが、

 

「おら」

 

 地面から離した足……いや、正確には地面を蹴り上げた足で、お相手虚さんの顔面を更に踏みつけて、空中一回転を披露する。

 疑似バク宙だ。

 

 いや、もうちょっと武道的に話すとするならば、合気道の空気投げをされにいった、というところだろうか。

 

「よっこいしょ」

 

 そして残るのは、前のめりになったお相手虚さんと、バク宙をしたあとの俺。

 

「テメェ……」

 

 流れる静寂。

 

 俺は知っている。

 

 この後を。

 

「ぶっ殺してやろうか!」

「辞めろ」

「東仙! テメェ!」

 

 逃げる準備は万端だった。

 回復しているし、超絶ダッシュを見せてやろうと思っていたが、その準備虚しく、東仙さんが抜刀していた。

 

 あ、もちろん柄悪虚さんも抜刀しようとしてたよ?

 

 柄悪虚さんの首元に今は東仙さんが刀を添えてるけど、俺それに安心してもいいんですか?

 逃げたほうがいいですか?

 

「止まれ、それをすれば藍染様のお怒りを買う」

「はっ! こんな虫! いてもいなくても気にならねぇだろうがよ!」

「だが、君はそんな虫さえも、先程のやり取りで潰せなかった」

「だまってろ! 今すぐ……」

 

「グリムジョー!」

 

 そのタイミングで、遠くからあんまり強くない霊圧と、声が聞こえてくる。

 姿は見えないが、こちらに聞こえるということは、

 

「……まぁいい。

 その程度の虫、いてもいなくてもいい」

 

 柄悪虚さん……グリムジョーさんは刀を納刀して、声の聞こえる方に一足で行ってしまった。

 東仙さんはその姿を目で追いながら(見えてないからその方向に顔を向けている)納刀し、

 

「済まなかった。

 君のようなものがいわれのない暴力にさらされるのが我慢ならなくて」

「それを言うなら最初から助けてくださいよ」

「あぁ、最初ので躱せるとは思っていたからね」

「えぇ……」

「ところで、先程の技だが……」

 

 会話を続けていく。

 まぁ、これくらい充実していたらこの程度の障害はつきものだ。

 

 あれくらいの理不尽絡みは日常茶飯事。

 それくらいなら、全然大丈夫、そう思っていた。

 

 

 翌日

 

 

「あ、源氏くん。

 これから現世に行ってくれない?

 この子たちと」

 

 どうやら俺は現世に帰れるらしい。



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カスにはなってもクズにはなるな

 9月3日

 天気 晴れ。

 気温は最高気温が25度、最低気温が19度。

 過ごしやすい天気となりますが、夜は冷え込みますので、風邪を引かないように気をつけましょう。

 

 時は午前九時。

 ちょうどこれから人々は活動していく、そんなとき。

 

 空座町東部

 

 ちょうど、そこは主要道路からも近く、何より地域で運営している道場が存在した。

 そこには、休日ということもあり、町内の高校の空手部が、それを利用している。

 

 今日は隣町との合同練習ということもあり、道場にいる部員も、練習に力が入る。

 しかも今日はあつすぎるということもないので、外で軽く準備運動をしてから。

 

 そんなタイミングで、それは、来た。

 

 

 ドゴン!!!

 

 

 強烈な衝撃。

 それは、空からまっすぐ降り注いで、地面に衝突する。

 

 幸い、人気も木々もないところだったため、怪我人は出なかったが、衝撃による風が道場を揺らし、外にいた空手部員たちも、それで起きた風に、自身の顔を覆った。

 

「なんだ?」

 

 その中には当然、空座第一高校空手部の、有沢たつきの姿もある。

 たつきは、最初は隕石でも落ちたのかと思ったが、そんなことが、どうでも良くなる。

 

「は?」

 

 なんだこれは。

 有沢たつきは、強い。

 といっても、競技としての空手を行うもの、という限定になるが、それでもそれなりには戦いというものを経験している。

 

 だからこそ、感じる。

 というより、感じざる負えなかった。

 

 なんだ、この圧迫感は。

 

 例えるなら、殺意。

 

 その言葉を体験した。

 

「なんだなんだ、見に行くか?」

「まぁ、そうだな、一応確認だけしにいくか」

「ま、まって……」

 

 周りの空手部の人達は、この圧迫感に気づいていない。

 何故気づいていないのか、そんなことさえどうでも良くなるが、みんなはまるでこれが一般的なことのように振る舞っている。

 

 自分だけがおかしいとさえ思えるこの状況。

 

「あ、有沢、気分悪いのか?

 休むか?」

「そ、そういうことじゃ」

「大丈夫大丈夫、見てくるだけだからって。

 隕石とかだったらテレビに取材されるかもしれないしな」

 

 周囲の気楽さに、脳は更に混乱し始める。

 

 なんだ、なんなんだこれは。

 

 さらに言えば、なんで、なんでこんなに。

 

 徐々に殺意と圧迫感は強まっているのだろうか。

 

 まるで、スポンジに水を与える様に、みるみる圧迫感と殺意は大きくなっていく。

 

 有沢は、その恐怖に怯えながらも、空手部が進んでいく方についていく。

 有沢の目には、崖から飛び降りているようにしか見えないそれに、気づかず行く仲間たちを心配して。

 

 暫く歩くと、件の隕石が落ちたと言われる空間にたどり着く。

 有沢は、目を見開く。

 

 そこには、三人の人間がいた。

 

 一人は、人間とは到底思えない巨大な体躯の人間。

 もう一人は、細身の人間。

 この二人は、どちらも白い服装に身を包んで、人間らしからぬ穴を、胸元に存在させている。

 

 最後に、一人。

 真っ白い軍服に身を包んだその人は、遠くを見つめ、何かを思案している様に遠くを見つめている。

 こちらは身体的には普通の人間に見える。

 

 これらのことから、有沢の頭が理解したのは、2つの情報。

 一つは、この白い軍服姿の人間が、この自分を襲う圧迫感と殺気の正体である。

 今もなお、肥大化していく気配に押しつぶされそうだが、なんとか保つことができている。

 

 そしてもう一つは、この白い軍服姿の人間を、有沢たつきは知っているからだ。

 

「げん、じ?」

「ん? なんもねぇじゃねぇか」

「そうだなぁ、それじゃあなんでこんなことになってるんだ?」

 

 他の人間たちは、目の前の三人に気づいていない。

 それはまるで、一護が黒い装束を着ているときのように。

 

 だが、それにしても、おかしい。

 

 たつきの目にしか映らない三人、その中の大きな体躯の人間が、白い軍服姿の人間……我妻源氏に対してなにやら怒鳴っているのが理解できる。

 この圧迫感の中で、その怒鳴っている男の圧迫感もまじり始める。

 

「んだよ、なんもねぇんじゃ……」

 

 そんな様子を見ていると、何かが、自分たちを襲った。

 

 たつきは、それが理解できないままに、気を、失った。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「チッ! テメェ何しやがるんだよ!」

「こうやって誘い込むんだろ?」

 

 俺、我妻源氏はただ今絶賛現世に訪れている。

 

 もしこれが、拉致ったことに対して罪悪感を抱いた藍染さんの優しさによるものならば万々歳だったのだが、そうは問屋が卸さないようで。

 

「これほど巨大な気配を放っていればすぐに飛んでくるだろう」

「いまも霊圧を一気に高めて剣気を周囲にはなった。

 力があるものならばすぐ来るだろうさ」

「俺様がいればそんなモノ関係ねぇ!

 ったく、イラつくぜぇ」

 

 この大柄な男……ヤミーと細身の男……ウルキオラと来たのは、とある目的のため。

 それは、黒崎一護を排除すること。

 

 最初聞かされた時は驚いた。

 

 そして、俺がこの行動に同行させられるのにも驚いた。

 

 なぜ、俺が必要なのか。

 それは今回俺に課せられた命令を聞けば、すぐに理解できる。

 

『ヤミー、ウルキオラの行動を阻害しない』

『正当防衛以外の戦闘行為の禁止』

『我妻丈が出現した場合、戦闘行為を例外的に解禁する』

『ヤミー、ウルキオラ以外との会話の禁止』

 

 今回俺に命じられた命令はこれ。

 つまり、黙ってジジイだけに対処しろ、ということ。

 理由は、俺に殺させるためなのか、それとも別の理由なのか。

 

 さり気なく聞いても無視されたので、よくわからないけど。

 

「おい、ここら一帯の魂、暇だから吸っちまってもいいのか?」

「好きにしろ」

「いや、すぐに来るさ」

「んだと?」

「今から狙うやつは、そういうやつだ」

 

ザッ

 

 俺は、今ここら一帯に霊圧と気配と殺気をばらまいている。

 これは単に『深呼吸』と同じ原理である。

 

 大きく、ゆっくりと霊子を蓄えることで、通常よりも多く霊子を取り込むようにする技術。

 それに、ジジイ直伝(見て盗んだ)殺気のあわせ技でモリモリに殺しに行きますよ感を出している。

 これをすれば、すぐにでもここらの人たちは向かってきてくれるはずだ。

 

 一番はジジイに来てもらうことなのだが、この際浦原さんでもいい。

 

 ちなみに一般人にこれは結構効くようで、今ので周囲にいる人は全部気絶させることに成功していると思う。

 

 ……有沢がいたのは驚いた。

 強めにそこに殺気当てたから気絶していることを祈るのみなんだけど。

 

「お前らっ」

「えっ、我妻……くん?」

 

 と思っていると、遠くから気配自体は掴んでいた二人が現れた。

 

 チャドと、井上。

 

 やばい。

 

 正直言ってやばい。

 

 何がやばいって、二人でこの化け物二人に勝てるわけがなさすぎる。

 このヤミーとウルキオラというやつ、かなりのやる。

 

 それこそ、力の順序で行けば圧倒的にウルキオラのほうが上なんだけど、多分ヤミーってやつも強い。

 さっきから見ているけど、力のブレが尋常じゃない。

 下から上までかなりある。

 

 俺でも倒せるのでは? と錯覚してしまうほどだが、それこそやばいと思う理由。

 

「ウルキオラ! あいつか?!」

「いいや、違う」

「そうだな、情報とは一致しないし、そいつは」

 

「ゴミだ」

 

 ウルキオラが、言葉を紡ぐ。

 

 確かに、お前らからすればゴミだろう。

 ヤミーの拳が、霊圧を纏ってチャドに襲いかかる。

 チャドはとっさに反撃を。

 井上はとっさに防御をしようとしている。

 

 もちろん、この瞬間というか、ここにこの二人が現れた瞬間に、理解できる。

 

 負ける。

 

 この二人は、確実に、負ける。

 

 命を失うことが、ほぼ確定している。

 

 それこそ、漫画の主人公がここに現れて、全員を倒しでもしない限り。

 

 俺は、

 

「死ね」

 

 俺は、

 

「なぁ、ヤミー」



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人のことなんだと思ってます? こどものおもちゃ?

「なぁ、ヤミー」

「あん?」

 

 今から行うのは、足止めだ。

 ヤミーの気を逸らして、チャドと井上の命を繋ぐ。

 あわよくば2人が逃げれるような状況を作る。

 正直、人間でもないこいつらを足止めするとか、正気を失っていると思ってくれて大丈夫だ。

 

 正攻法は力でわからせるのが一番いいのかもしれない。

 けれど、そんなことできないし、したらどんな方法だろうと結果として俺が死ぬ。

 今信じるのは、腕っぷしでもなんでもなく、人よりニ倍は生きている自分の舌のみ。

 

 だから、まずは問いかけから行う。

 

「そんなゴミ潰して楽しいのか?」

「楽しいぃ? 何言ってんだよテメェは」

「違うのか?」

「人間だってやってるだろ? 蟻を潰したり虫の羽をちぎったり。

 あれと同じだ、そこに感情はねぇ」

 

 やっぱり。

 

 この2人は、強い。

 だからこそ、無頓着だ。

 生き物の命に。

 

 これが中途半端に強くて知恵が回るヤツだったら危なかった。

 

「なら逆にもっと面白くしてみないか?」

 

 ちなみに今更だが、首輪のこともちゃんと考えてる。

 俺だって仲間を助けたいから自分の身はどうなってもいい、なんて思っちゃいない。

 いや思いたいけど俺は自分の命大事だからね?

 

 俺はどっかのばかみたいなお人好しでもないので、勝率のある賭けを行う。

 

「なんだぁ? テメェが俺を楽しませてくれるのか?」

「まぁ極端な話、それでもいいさ。

 ただ、俺は今手を出されないと……」

 

 次の瞬間、俺の視界はブレる。

 景色は前方へと過ぎ去り、背中に衝撃を感じる。

 

「おいおい、雑魚かと思ったら本当に雑魚じゃねぇかよ」

「……」

「ウルキオラも止めねぇよ!

 ははは、お前本当にツイてねぇな!」

 

 先程まで数歩先にいたヤミーの声が、遠くに聞こえる。

 怒鳴り超えがでかいせいで、結構ふっとばされてもヤミーの声だけが聞こえる。

 

 ま、調子に乗ってくれればそれで良し。

 

 ちなみにさっきまで張り巡らせていた霊圧は、トンと消してある。

 ヤミーからすれば、気絶したかのように見えるだろう。

 

「うし」

 

 俺は、一切ダメージがない体で、霊圧を調整する。

 

 俺は霊圧に関しては、虚圏に来るまでふわっとしか理解していなかった。

 それこそ、殺気とかそういうのとごちゃまぜにして感じていた。

 それが虚圏に来ることによって、純度の高い霊子空間によって、俺は霊圧の独特な感覚を理解することに成功した。

 

 結果として、できるようになったのが、

 

「クソ……」

 

 霊圧の調整を行うことができるようになった。

 

 手加減を、覚えることができたのだ。

 

 無呼吸呼吸により、俺は自身の中の手加減ゲージを覚えた。

 今までは、呼吸による100と、息抜きによる0に使い状態と、通常の状態しか知らなかったから、できなかったこと。

 

「生きてやがったか。

 しぶてぇやつだ」

「いきなり何すんだよ……。

 こちとらお前らと違って頑丈なわけじゃないんだぞ」

「あぁすまねぇ。

 ちょっと小突いただけでこれだもんな!」

 

 腕を抑えて、少し足を引き釣りながら、苦しい声を出す。

 霊圧は弱々しく、呼吸を浅くする。

 チャドと井上も、俺の姿を見てこっちに駆け出そうとしている。

 

 それを制するように、タイミングを見計らって、

 

「あぁ、そうだ。

 これでも俺は今回のターゲットの仲間なんだぜ?

 俺を利用すればいい」

「おいおい、それじゃあなんだ、オメェをもっといたぶればいいってのか?」

「そ、そんなことはいってな」

「あ? なんだってぇ?」

 

 情けない声で命乞い。

 しかも仲間まで売るような素振りを見せる。

 

 そんな会話の最中に、ヤミーは耐えきれずに俺のことを攻撃してくる。

 移動方法が瞬歩と似ているが、少し違う。

 なんというか、スキーとスノボくらい違う移動方法で近づいてくる。

 

 攻撃方法も、ちょっと面白い。

 拳に霊圧を込めて殴ってる。

 インパクトのときの衝撃は強くなってるから、これをあの二人が受けたら一発でひとたまりもなさそう。

 

 いや、ダメージないけどね。

 だってこれ、インパクトの瞬間を外して、霊圧のゆるいところに当たれば全然痛くない。

 むしろ相手の当たり心地を調整するほうが難しい。

 

 インパクト外しすぎると気づかれるし、当たりすぎると痛いし。

 

「オラオラオラ!」

 

 ヤミーはそんな俺に構うことなく、連発で攻撃をしてくる。

 ここまで予想通りな人格だと、転がしやすくて助かる。

 ジジイもここまで下劣だったらいっその事清々しく殺せたんだけどなぁ。

 

 そんなどうでもいいことを考えながら、俺は攻撃を器用に食らっていく。

 ちゃんと利き手じゃない方の骨をおるくらいのパフォーマンスを見せないと行けない。

 

 痛い。

 

「ははははは! おいみろウルキオラ!

 あいつ虫みてぇにピクピク動いてやがる!」

「……」

「チッ、釣れねぇやつだ。

 ……あ? あいつまだ息があるじゃねぇか」

 

 一応、霊圧は調整して、最初の頃から段階的に下げているから大丈夫なはず。

 俺は折れた腕を抱きながら、ヨロヨロとした立ち振舞をする。

 そうそう、チャドも井上も、そのまま黙って俺の殴られ様を見てろよ。

 

 ん? なんか話してる?

 

「そろそろなにか来てもおかしくねぇから、こいつ殺るか」

 

 お? 締め?

 俺殺されるのには慣れてるから渾身の殺され上手さんですよ?

 見せちゃいますからね。

 

 そう行ってヤミーが俺のもとに高速移動して、俺の顔面をつかむ。

 ゆるりと持ち上げられる体。

 え、その持ち方首疲れるからやめてほしんだけど。

 

「このままオメェの首をもぎ取る。

 泣いたって無駄だ、俺には顔が見えないからなぁ!」

 

 顔面に霊圧の集まりを感じる。

 いやぁ、流石に首もがれるのは経験ないからなぁ。

 まぁでも、

 

「おい」

 

「あ?」

 

「俺のダチに、何しやがる」

 

 オサレの化身登場しちゃいますからね?

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「源氏くん!」

「源氏!」

 

 不思議な、光景だった。

 いきなり現れた敵に、源氏くん。

 私とチャドくんは、殺されると思っていた。

 

 それが何故か今、源氏くんが殺されかけている。

 仲間割れ? のようにも見える。

 

 私はある種の確信を抱いていた。

 源氏くんは、敵ではない。

 源氏くんのおじいちゃんが話していた通り、裏切ってはいるけど、敵となったわけではない。

 

 茶渡くんも、気づいている。

 最初に違和感を抱いたのは、源氏くんが私達に迫るおっきい人を止めた時。

 本来、あそこで止める必要はない。

 正直、こんなことを言うのはいやだけど、私達を殺してしまっても、この敵としては大丈夫っぽい。

 

 それでも、たつきちゃんもいたから抗おうと思っていたけど、敵わないのが心の底から理解できていた。

 だから本来源氏くんは何もしなくてもいいのだ。

 だけど、今はこうしてわたしたちの代わりに攻撃を受けている。

 

 そうして、もう一つの違和感は、

 

「俺のダチに何しやがる」

 

 霊圧が、キレイすぎる。

 それこそ、普通に見ていたら気づかないだろう。

 源氏くんの霊圧は、今も死にそうなほどに弱っている。

 

 そう見える。

 

「お? オメェは……」

「ヤミー」

「あぁ?」

「そいつだ」

「いいねぇ!

 楽しませてくれよぉ!」

「井上! こいつを頼む!」

 

 黒崎くんに襲いかかる巨漢の人。

 おそらく大丈夫だと思うけど、友達の襟を掴んで投げるのは良くないと思うよ。

 源氏くんが空をボロ雑巾のように飛んで、こちらに来るのを見ながら、思い出す。

 

 私は、源氏くんの普段を知っている。

 もちろん、戦闘中にいきなり強くなることも知っているけど、クラスメイトとして知っている源氏くんは、もっと霊圧を揺らめかせていた。

 それが、今はコップの水の様に凪いでいる。

 弱々しいと評しても、それは間違いではないんだけど、それにしては、弱っているように見えない。

 

 ちなみに、それとなくチャドくんに伝えたら、難しい顔? をしていた。

 

 ドサッ

 

 目の前に投げられる源氏くん。

 受け身を取っていないあたり、本当に弱っているのかと思うけど、どちらにしても治療は行うべきだ。

 

「舜桜・あやめ、双天帰盾(そうてんきしゅん)、私は拒絶する」

 

 盾舜六花を使って、目の前に転がる源氏くんを回復しようとする。

 

 え?

 

 そこで、再び違和感。

 

「源氏くん……?」

「どうした、井上」

「これって……」

 

 もちろん、怪我はしている。

 利き腕ではない方の腕。

 骨がきれいに折れている。

 

 治しやすいようにきれいに折れている。

 

 体に擦り傷はある。

 けど、軽くころんだ程度。

 

 それ以外に、外傷がない。

 

 これくらいだったら、すでに治しきれている。

 もっとひどい怪我を予想していたのに、これはいったい……

 

「井上っ!」

 

 そんな私の思考を遮るように、茶渡くんが呼びかける。

 押される体。

 後ろに倒れる私。

 

 そして、目の前には、

 

 左腕の、肩から先がない茶渡くんと、

 

「出番だ、やれ」

 

 最後の一人の白装束の人が、源氏くんの首根っこを掴んで、空中に投げ飛ばしていた。



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