Persona 5 / Your Friendly Neighborhood (あおい安室)
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Prologue / 契約

 ひどく、まどろんだ闇の中でお前は目覚めた。呼吸することは出来る。足は地面を確かに踏みしめている。胸に手を当てれば心が奏でる鼓動を感じることができた。お前は生きている。

 

 ここはどこだろうか。

 

 意識が疑問を持った時、世界は闇に包まれた青い監獄となった。トイレとベッドしかない独房に閉じ込められていることに気付いたお前は鎖が絡まる鉄格子を掴んで揺さぶる。鉄格子が外れそうになく、振り返ってもそこには闇しかなく帰る手段はなかった。

 

 誰かいないのか。

 

 お前がそう口にすると、鉄格子にバシンと警棒が打ち付けられた。

 

「うるさいぞ、囚人――招待状を受け取って来たのなら客人と呼ぶべきか?」

 

 招待状。そんな名前のものを見た記憶を掘り起こしていると、警棒の持ち主が鉄格子越しに正面に立った。青い制服を身に纏い、右目に眼帯をしている少女。

 

 その姿を見た瞬間不思議な感覚を覚えた。どこかで会ったような――あるいは、初めて会ったかのような。相反する感情に戸惑っていると声が聞こえる。

 

「どちらでも構いません。ここにいるお前はどちらでもありえるのですから」

 

 書類を持った少女がどこかこちらを見下した笑みを浮かべる。青い制服を身に纏い、左目に眼帯をしている少女。彼女を見た時、また同じ感覚が襲ってきた。額を抑えながら戸惑っていると警棒の少女が再び鉄格子を叩き、口を開く。

 

 

「主の御前だ、姿勢を正せ!」

 

 

 奇妙な感情に翻弄されながらも視線を前に向けると、鉄格子の外に広がる広場がライトで照らされた。照らし出されたのは椅子に腰かけながらテーブルに乗せた腕を組んでいる――鼻が長く、目がぎょろりとした老人。人でないはずのそれを見た時、またしても頭の中がかき混ぜられる。

 

「ようこそ、わたくしのベルベットルームへ。お初にお目にかかる――いや、既に会ったことがあるかもしれないが説明させていただく。ここは、夢と現実、精神と物質の狭間にある場所。何かの形で契約を結んだ者のみが訪れる部屋。私は、主を務めているイゴール。覚えてくれたまえ」

 

 イゴール。その名前を聞くとようやく意識が鮮明になってきた。そうだ、あの老人はイゴール。

 

「そして彼女がカロリーヌで」「こいつがジョスティーヌだ。私たちは囚人を導く看守だ、覚えておけよ」

 

 二人の少女が互いを紹介する。右目に眼帯を付けてどこか厳しい雰囲気の少女がカロリーヌ。左目に眼帯を付けてどこか冷たい雰囲気の少女がジョスティーヌ。名前を知る度に心が落ち着く。

 

「先程も述べた通りこの部屋を訪れる者は何かの形で契約を結んだ者のみが訪れる場所だ。ベルベットルームも本来であれば契約者ごとに形を変えるのだが、お前は例外的な形でこのベルベットルームを訪れている。故に今回ベルベットルームはトリックスターのための形をとっている」

 

「だが、お前はこれを疑問に思うだろうな。お前はトリックスターだったのだから」

 

「だが、お前はこれを疑問に思うでしょう。お前はトリックスターを知らないのだから」

 

「「そのどちらも正しくあり、間違いである。ここにいるお前はこの物語を観測するために訪れた客人であるのだから。故に私たちのことを知っている感情と知らない感情が相反している」」

 

「故に先程までのお前の意識がはっきりしていなかったが、名前を知ったことで感情を『知っている』に統一し、相反する感情をまとめたということだ。感謝してほしいものだな、客人?」

 

「困惑している客人を見てしょうがない奴だな、と天使のような笑みを浮かべていたにも関わらず悪魔のように可愛らしい取引を持ち掛けるカロリーヌでした。変わりませんね、本当に」

 

「う、うるさいうるさい! というか悪魔らしいとか言っている割には例えが全然悪魔らしくないのはどういうことだ! 変わっていないのはジョスティーヌもだろうに、全く……」

 

 怒りと呆れ交じりにため息を吐くカロリーヌとくすくす笑うジョスティーヌ。その姿がどうも懐かしいような、そうでないような。思わずクスリと笑うとカロリーヌが鉄格子を叩く。私を笑う余裕があるのならちゃんと話を聞け、とお怒りの様子であった。

 

 

「話を戻すぞ。お前がここに客人として招かれたのは特別な物語を観測するためだ」

 

「そう、特別な物語です。お前はこんな選択をしたことはありませんか? 任務が始まった日に目的を果たすためのルートを確保したか。あるいはその前準備として同盟者との関係を深めたか。はたまた己の実力を高めるための自分磨きに使ったか。あるいは、何もせず時間を潰したか」

 

「何のことかわからないか? 安心しろ、これはわかる奴にだけわかればいい。お前がAという選択肢を選んだ日、別の世界ではBという選択肢を選んだお前が存在するということだ」

 

 カロリーヌが指を鳴らすと彼女がライトで照らされて影が現れる。一筋の影がカロリーヌを起点にいくつもの影に分かれている。選択肢によって分かれた世界を表現しているかのように。

 

「カロリーヌの意見は極端な物ですが、世界はいくつもの選択によって分岐するということです。ですが今回私たちがお見せする特別な物語は極めて異常な分岐の果てに生まれたものです」

 

 ジョスティーヌがカロリーヌと背中を合わせる。ジョスティーヌの影はいくつもの分岐したカロリーヌの影の中に紛れ――ない。異常であることを示すかのように赤く輝いていた

 

「この分岐はお前がどれほどの旅を繰り返したとしても到達することのない分岐です。故にこの世界で起きる物語はお前にとってはとっても特別なものになります」

 

「どんな分岐か、だと? いいだろう、事前にヒントをくれてやる」

 

 空を駆ける乗り物を用いて異国への旅行から帰ってきたトリックスターが最初に直面した事件はなんだ? ああそうだ、強欲の番人を討つために宇宙へと赴いたな。そこでもし、強欲の番人を討つきっかけが起きる前に別の事件が起きたとしたら? それがこの物語の分岐点だ。

 

「カロリーヌはまたトリックスターであった者にしかわからない回答を……とにかく、起きるはずのない事件が起きたことが分岐点ということです。それで理解しなさい」

 

「そういうことだ。今回お前をここに招いたのはこの分岐点から生まれた特別な物語を見せてやるため。通常の手段では絶対に見られない、ここでしか見られない物語だ。これは特別待遇だぞ?」

 

「もっとも、それに当たっては今一度、お前は契約する必要があるのですがね」

 

 二人が広場の中心に佇むイゴールに向き直る。顔を落としていた老人が顔を上げると独特な瞳でこちらを見つめ、一枚の書類を取り出した。ジョスティーヌがそれを受け取って持ってくる。こちらが書類を読み始めると同時にイゴールが内容を読み上げ始めた。

 

 

 

この物語はフィクションである。

 

 作中の如何なる人物、思想、事象も、全て紛れもなく、

 貴君の現実に存在する人物、思想、事象とは無関係である。

 

 同時に貴君がかつて参加、あるいは観測したゲームとはズレた物語である。

 

 以上のことに同意した者にのみ、この物語を見届ける権利がある。

 

 

 

 

 

 

「……観測の継続を肯定とみなしましょう。こちらの書類にサインを」

 

 どこかぼやけた声を聴いて呆けているとジョスティーヌがペンと書類を差し出した。そこにお前は自らの名前を記して返そうとすると、カロリーヌがひったくってニヤリと笑った。

 

「ほう、面白い名前だな。名前は人を現すというがこの名前は実に興味深い」

 

「カロリーヌ、気持ちはわかりますが今は行動が先です。手伝ってください」

 

「わかっているとも。では客人。主からトリックスターの名前を聞くがいい」

 

 双子の看守がどこかへ歩いて行くのに合わせてこちらを見つめ続けるイゴールが口を開き指を鳴らす。ガタン、という音と共にイゴールの背後に巨大なスクリーンが降ろされた。

 

「いま世界は、あるべき姿にあらず。歪みに満ち、もはや「破滅」は免れない……定めに抗い、変革を望む者……それは時に、トリックスターとも呼ばれた」

 

 イゴールが右手を広げる。合わせるようにスクリーンの右側に映像が映し出される。視線を向ければどこかで見たことがあるような、ないような映写機をカロリーヌが操作していた。

 

 映し出されたのは一人の人間。タキシード風の黒いロングコートと赤い手袋を身に着け、ピエロのような仮面の下で不敵に笑みを浮かべる青年。

 

「彼はトリックスターの一人。破滅へ抗うために自らを更生すべく、賊に身を落とした者」

 

 名を、雨宮蓮。またの名を、ジョーカー

 

「そして、この物語にはもう一人トリックスターがいる」

 

 イゴールが左手を広げる。合わせるようにスクリーンの左側がライトで照らし出される。視線を向ければどこかで見たことがあるような、ないような映写機をジョスティーヌが操作していた。

 

 映し出されたのは一人の人間。赤いマスクに白い瞳、全身を赤と青のタイツで覆い、蜘蛛をトレードマークとしたアニメか漫画から飛び出してきたかのような青年。

 

「もう一人のトリックスター。大いなる力に伴う責任を果たさんとするために一人抗う者」

 

 名を、ピーター・パーカー。またの名を、スパイダーマン

 

「これは交わるはずのなかったトリックスターたちが紡ぐ物語。彼らが一つのゆがみに立ち向かった果てに何を得るのか……実に興味深いと思わんかね? ……では、私は席を外すとしよう」

 

 ゆっくり楽しんでくれたまえ。そういうとイゴールは自らが腰かけていた椅子やテーブルごと姿を消した。突然の出来事に戸惑っていると双子の看守はカラカラ、とフィルムを回し始めて――

 

 スクリーンの中のジョーカーとスパイダーマンが動き始める。

 

「大変長らくお待たせした。だが、この物語にはそれだけの価値があると約束しよう」

 

「ワーオ、怪盗団のリーダーは自信満々だ。そのポジティブ思考ボクにも分けてほしいね」

 

「その割にはいつも通りの軽口じゃないか。それだけ言えるなら問題はないのだろう?」

 

「もちろん、軽口はスパイダーマンの持ち味だからね。それじゃ、あの言葉で幕を開けようか!」

 

 互いに頷いた二人の映像を双子の看守がスクリーンの中央へ動かす。二人の姿が交わった瞬間、スクリーンは赤く染まる。赤い世界に突如黒い闇が侵蝕してきたかと思うと、それは螺旋となりいくつもの文字を引き寄せる。バラバラの文字を蜘蛛糸が繋げることで言葉へ変わり――

 

Persona 5 / Your Friendly Neighborhood

 

「「さぁ――Show Timeだ!!」」

 

 トリックスター/親愛なる隣人の、物語の幕が上がる。

 



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The Phantom / 心の怪盗団

「──っと──ちょっと!」

 

 誰かが呼ぶ声が聞こえる。ぼんやりと霧に飲み込まれつつあった意識を覚醒させて目の前にいる厳しい目つきの女性へ焦点を合わせる。表情は厳しいままに女性は口を開いた。

 

「しっかりしなさい。あなたが何をされたのは知っているけれど、この状況でそれを考慮している余裕はないのよ」

 

 だろうな。痛みでひきつる口元で小さく笑みを浮かべる。自分がいるのは薄暗い尋問室だ。ある事情から警察に捕らえられた俺は尋問とは名ばかりの拷問を受け、今はこの検察官に自らがこれまでに引き起こした事件について語っていた。

 

「あなたには真実を語る責任がある。わかっているわね?」

 

「……わかっているとも。責任、か」

 

 ふとした言葉をきっかけに脳裏に一つの事件が蘇った。偶然その意図を察したのか、顎に手を当てて考え込んでいた彼女は手持ちのファイルを開くと一枚の写真を見せた。

 

「いいわ、少しだけ大筋から離れましょう。次の犯行に移る前に一つ聞いておきたい事件がある。時間も何とか余裕はあるしこれだけは聞いておきたいのよ」

 

「……9月のあの事件か?」

 

「察しがいいわね。この事件はこれまでの事件と比べると例外的な事件ではあるけれど、あなたもこの事件に関係していると見ているわ」

 

 写真に写っているのはピンボケした赤と青の衣服をまとった人物。あの頃自分たちに負けず劣らず日本を騒がせていた彼の写真であることはわかった。

 

「この事件は怪盗団とは別の犯人が起こした集団暴行事件だった。けれど最終的に解決したのはこの写真の人物とあなたたち怪盗団だった。故に、聞かせてもらうわよ」

 

 

「あなたはこの写真の人物と事件解決のために協力関係にあった──どうなの?」

 

 

 検事の言葉を皮切りに、奇妙な隣人と肩を並べて戦ったあの事件について語り始めた。

 

 


 

 

 20XX年9月15日、日本。

 

 俺は東京のとあるコンビニでレジ打ちのバイトをしていた。高校生である自分はつい最近まで修学旅行でハワイに行っていたのだが、その関係で財布の中身が非常に厳しい状態。帰国後すぐに馴染みのコンビニへバイトできないかと連絡した結果現在に至る。

 

「5円になります。ありがとうございました」

 

 春頃にこの辺りに転校してからここのコンビニではそれなりにバイトしている。レジ打ちも商品渡しも完全に手慣れたものだ。この調子でテキパキと仕事をこなしていこう──そう思った時。

 

「いらっしゃいま──」

 

「おら、とっとと金を出せ!」

 

 店に入ってきた覆面の男性にナイフを突きつけられる。コンビニ強盗であった。なんだこれは、冗談か? ドッキリか? 割とトラブルに巻き込まれる体質だとは思っていたがまさかコンビニ強盗に出くわすとは。内心やや呆れながらもどう切り抜けたものかと試行を巡らせていると。

 口元に人差し指を当てて静かに、とジェスチャーしている人がコンビニ強盗の背後に立っていた。普段ならそのまま静かにしていたが、その人の容姿に思わず笑ってしまった。

 

「あ? なんだその顔は? 俺の顔がおかしいというのでもいうのか、おいっ!」

 

「「何年も使い古されたそのセリフを使ってるとかダサッ」って言いたいのさ。いい加減新しいセリフ仕入れなよ。サービス悪いと顧客満足度ダダ下がりだよ?」

 

 背後から浴びせられた声にカチンときた男が振り向く。その瞬間、後ろにいた人が男の顔に強烈なアッパーを浴びせ、男は空中に舞い上がった。ガン、と天井に男は頭をぶつけた。

 

「もっとも、君の店の仕入れは悪くて当然なんだろうけどね!」

 

 そのまま男は落下してカウンターに頭をぶつけて気絶。後ろにいた人が男が空中で手放したナイフも回収してカウンターに置き、男を手際よく拘束した。

 

「うちの定番商品不意打ちパンチ&危険物回収サービス、ってね! 大丈夫かい店員くん?」

 

「大丈夫だ。それよりも、どうして俺を助けたんだ?」

 

 コンビニ強盗を拘束した人──奇妙な全身タイツの男は苦笑い混じりの声で答える。

 

「簡単なことだよ。僕があなたの親愛なる隣人だからさ。最近は悪評の方が多くて大変だけどね……おっと、また事件だ。それじゃ、通報よろしく!」

 

 俺の問いかけに答えると、奇妙な男はコンビニを出ていった。この時、彼は俺の背後にある窓から観察していた存在には気づいていなかった。全身タイツの男を見送った俺はスマホから警察への通報を済ませると、窓の外にいた存在と会話を始めた。

 

『危なかったなー、まさかコンビニ強盗に出くわすとは。あの変なヤロウのおかげで助かったけど、お前だけでもどうにかなったんじゃないか?』

 

「だろうな。懐にひそめた銃で脅し返せばどうにかなったと思う」

 

『ちょっ、銃持ってたのかよっ! 模擬銃とはいえバレたら補導されちまうんじゃないか!?』

 

「正直焦っている。こっそり外へ出すから処理を頼む」

 

『仕方ねぇなぁ……後で寿司おごれよ』

 

 任せろ、賞味期限間近の処分品を持って帰れるように交渉する。若干抗議しながらも模擬銃を処理してくれたようだ。相棒の手際に感心していると通報を受けた警察官が入ってきた。

 

「警察だ。通報を受けてきたんだが、最近流行りのアイツらと……ん? これは蜘蛛の糸か?」

 

 警察官は白い糸で拘束された男とナイフを見て何があったかを察した。個人的には彼の行いには感謝しているが、同意しては目を付けられるかもしれない。保護観察中の身である自分にとってはそれは非常に不味い。警察官の愚痴に適当に同意しながら状況を説明した。

 

「突然覆面をかぶった男がナイフを突きつけて金を出せと脅迫されたところに、もう一人覆面の男が入ってきて助けてくれました。その男は赤と青の全身タイツの男──」

 

 

スパイダーマンです。

 

 


 

 

 スパイダーマン。日本から遠く離れた大国、アメリカのニューヨークで一年前から活動している謎の覆面男。名前通り蜘蛛をモチーフとした赤と青のスーツを纏い、超人的な力と腕から放つ蜘蛛糸を武器に戦うニューヨーク1のお騒がせ者。日本でもたまにニュースが流れるほどである。

 そして、20XX年9月15日。日本は彼に関係している騒ぎで悪い意味で盛り上がっていた。ネットを見れば先程の事件に関するつぶやきが噴水のように湧き出てている。

 

 [スパイダーマン、コンビニ強盗のスパイダーマスクを御用! だってさ]

 

 [ただのデマ乙。あいつの評判知らないのかよ、ニューヨーク1の悪党だ]

 

 [あいつを真似する連中のせいで日本、というか東京は大混乱だよ]

 

 [町中にあふれるスパイダーマスクはスパイダーマンが洗脳した部下に決まってる! ]

 

 スパイダーマスク。スパイダーマンのマスクをかぶった人々の略称で、彼らは東京の各地で強盗や家事など様々な犯罪を起こしている犯罪集団であった。数日前に突如現れたスパイダーマスクは正しく民衆の敵と言っても過言ではない状況であった。

 

 [大体今の日本騒がせてるのはスパイダーマンが大本に決まってんだろ]

 

 [俺はそう思えないけどなぁ。スパイダーマンはいくつも事件を解決したって聞いたぞ]

 

 [そいつが仕込んだマッチポンプに決まってるww無視で安定]

 

 スパイダーマスクから発展して大元であるスパイダーマンへの批判的な声は非常に多く、いくつかの声はとある場所へと収束している。

 

 [いや……無視しなくていいんじゃね? 俺らにもやれることあんだろ]

 

 [だな。俺、すぐにチャンネルに書き込んでくるわ]

 

 [チャンネル? なんだそれ]

 

 [知らねーの? ほら、ここ見てみろ https://kaitoch.jp]

 

 [あー、あれか! 俺ももう書き込んでるぜ! ]

 

 [本当に人気だよな、それ。私もちょいちょいチェックしてる]

 

 https://kaitoch.jp。最近誕生したそのサイトには人々が悩みを書き込んでいるのだ。

 

 

 

 

 コンビニ強盗から数時間後。青年は自宅、といっても保護観察者が経営する店の屋根裏にいた。

 彼はとある事情から前科持ちで、保護観察者からの扱いも悪く薄暗い屋根裏に放り込まれているのが何よりの証拠だ。人柄を理解した今ではそれなりに親しい付き合いではあるが。話がそれた。

 

 そこで彼は友人──いや、それさえも超えた特別な関係である仲間たちと集まり、菓子をつつきながら雑談している。話題はもちろん先程起きたコンビニ強盗。

 

「で、全身コスプレのスパイダーマスクに出会った感想はどうだったよ?」

 

「パンサーと同じ路線でなかなかいいスーツだった」

 

「どこ見てるのよ。あっちは男、こっちは女! 比較しないで!」

 

「写真は撮っていないのか? 一度スケッチしてみたいんだが……」

 

「突然のことだから撮影なんてできてねぇっての。いいから話進めるぞー」

 

「そうよ。今日集まったのは今後について大事な話し合いをするためなんだから」

 

「ほらほら、騒いでないで皆ちゅーもーく」

 

 男性三人に、女性三人、そして猫一匹。その中の一人、オレンジ色が特徴な長髪の少女は皆に声をかけると手にしたノートパソコンをいじって『https://kaitoch.jp』を表示した。

 

 サイトのタイトルは『怪盗お願いチャンネル』。

 

「民衆からの改心ターゲットのランキング、お前らが修学旅行でハワイに行ってた頃は一位が大企業オクムラフーズの社長である奥村邦和でほぼ固定だった。ところが、だ」

 

 キーを押す音と共に画面が大手新聞会社の記事へ変わる。

 

 見出しは『スパイダーマスク、増加傾向』。

 スパイダーマンのマスクをかぶった人々が暴れている写真が掲載されており、数日前に彼らが修学旅行から帰ってきたタイミングでスパイダーマスクの犯罪活動が始まったのだ。

 

「私たちの帰国とタイミングを合わせるかのようにこれが起きた。これがきっかけで怪盗お願いチャンネルにはスパイダーマンの改心を望む声が高まっているのは知っての通りよ」

 

「この騒ぎでロシナンテ*1で働いてる同級生がめっちゃ困ってるって聞いたぜ。どうもあそこで売られてたコスプレ用マスクが犯行に使われてるらしい。おかげで批難が殺到してるとか」

 

「で、コスプレ元のスパイダーマンを改心してくれって意見が多いんだっけ。事件を起こしたスパイダーマスクについても改心してくれっていう意見があるんだけど……リーダー、どうする?」

 

 金髪の少女にリーダーと呼ばれた青年、コンビニでバイトしていた彼は首を横に振った。

 

「どちらも無理だ。本名がわからなければどうしようにもない。覆面と物量でこっちの手段を潰してくるとはな……流石の心の怪盗団とはいえ、はっきり言ってお手上げだ」

 

 メガネをかけた青年の意図を察してパソコンの画面が切り替わった。映し出されたのは赤いマスクに白い瞳、全身を赤と青のタイツで覆ったアニメか漫画から飛び出してきたかのような男──

 

スパイダーマン、か。俺たち心の怪盗団にとって最大の敵かもしれない」

 

 青年、雨宮連の言葉に仲間たちは──心の怪盗団は、頷いた。

 

 

 

 心の怪盗団。

 

 スパイダーマンがアメリカで活動するお騒がせ者であるように、こちらも日本を騒がせている集団。半年程、東京にある秀尽学園で起きた事件をきっかけに怪盗団は人々の注目の的となり、今では怪盗団マスクやチョコなど様々な怪盗団グッズが売れていたりとブームを引き起こしている。

 

 そんな彼らの特徴は『心を盗むこと』であり、彼らは『改心』と呼んでいる。

 

 彼らの最初のターゲットとなった鴨志田卓という体育教師を例に挙げよう。彼はかつてオリンピックで金メダルを獲得したほど抜群な身体能力を持っており、顧問を務めるバレー部を全国大会出場レベルまで育て上げるなど、一見優秀な教師であった。

 

 しかし、実態は自らへの名声を傘に生徒への虐待や嫌がらせを頻繁に行う最悪な教師だった。生徒が真実を突きつけても逆に脅し返し退学をちらつかせるといったように、普通の手段では罪を告白させることは不可能である。そう、普通の手段では。

 

「そのゆがんだ欲望、我々心の怪盗団が頂戴する!」

 

 裏を返せば、普通ではない手段なら罪を告白させることができる。その力を持つ者たちこそ、心の怪盗団である。彼らは悪人のゆがんだ欲望を盗み出し、罪を犯した罪悪感へ対抗する手段を奪うことができる。罪悪感へ対抗する手段を奪われると、悪人は──

 

「私は傲慢で、浅はかで、恥ずべき人間、いや、人間以下だ……死んでお詫びします……!」

 

 自らが犯した罪を告白し、普通の手段では暴けない罪を白昼の下に晒しだすことで悪人を裁くことができる。これが心の怪盗団の手法である。

 

 この様な特殊な力を持つ心の怪盗団は『世直し』するために活動しており、彼らを慕うとある少年が開設した『怪盗お願いチャンネル』に書き込まれた人々の救いを求める声に応えている。そんな彼らだからこそ、人々にとって注目の的となっているのだ。

 

 

 そんな彼らに人々がスパイダーマスクの解決をお願いするのはある意味当然のことだったが──心の怪盗団が心を盗むためには、最低でもターゲットの本名が必要。覆面を被っている彼らの本名を怪盗団は探り出すことができず、現状では詰みに近い状況であった。

 

 

 予想外の方向から窮地を迎えつつある怪盗団には7人のメンバーがいる。

 

「だけど今日の事件は状況を打開するきっかけになるかもしれないぜ。犯罪行為を犯すんじゃなくて、逆に取り締まるスパイダーマスク。そいつに接触できれば何かわかるかもしれないぞ」

 

 モルガナ。コードネーム:モナ。

 人の言葉を喋っているが、どう見ても黒い猫である。本人はかたくなに否定しているが。また、怪盗団だけ彼が話す言葉が聞こえており、それ以外の人には猫が鳴いているようにしか聞こえない。彼は怪盗が行う『改心』に関する情報を持っており怪盗団発足に貢献したねk……人物。

 

「だとしてもどうやって探すよ? スパイダーマンのマスクを被ったやつはたくさんいるんだぜ。ロシナンテはコスプレセットを販売停止してるからそうそう増えないとは思うけど」

 

 坂本竜司。コードネーム:スカル。

 秀尽学園二年生で、元陸上部のエース。金色に染めた髪と見た目同様というべきか、性格はいかにもヤンキーといった雰囲気で義理堅くいざという時には頼れる仲間として怪盗団の要である。そして、決めるべき時は決める怪盗団の切り込み隊長。

 

「竜司、そんなこともわからないの? 今日リーダーを助けた方は全身タイツで完全にスパイダーマンのコスプレをしていたんだよ。犯罪起こしてる方はマスクだけだから見分けるのは簡単よ」

 

 高巻杏。コードネーム:パンサー。

 竜司と同じく秀尽学園二年生で、金色の髪を持つが彼女の場合は地毛。アメリカ系のクォーターで読者モデルを務めるほどの美貌を持つ。持ち前の明るさで皆を引っ張るムードメーカーとして怪盗団に欠かせない存在。

 

「もしかすると……アメリカにいるはずの本物なのかもな。この状況にアメリカから日本へ駆けつけたのかもしれん」

 

 喜多川祐介。コードネーム:フォックス。 洸星高校の美術科に特待生で通う高校2年生。独特の感性と天才的な美術センスを持っており、怪盗団に彼ならではの着眼点をもたらしている。心を盗むために必要な道具の作成など怪盗団には欠かせない存在。

 

「そうだとしても問題がある。スパイダーマンの活動範囲は本来であればニューヨーク。東京全体を活動範囲にしていてもおかしくないわ。本物を探したところで見つけるのは困難よ」

 

 新島真。コードネーム:クイーン。

 秀尽学園三年生で怪盗団の最年長でもある。頭脳明晰品行方正、学校では生徒会長とまさに絵に描いたかのような真面目な優等生だが、怪盗団では一二を争うといってもいい実力者。持ち前の頭脳を生かして怪盗団の作戦参謀を務めている。

 

「こっちでもどの辺りを活動しているか絞り込んでみる。それならまだ探しやすいはずだ。生で見てみたいところだけど、探すのは面倒だから任せた。ヨロー」

 

 佐倉双葉。コードネーム:ナビ。

 年齢は高校一年生だがある事情で学校には通っていない。彼女はずば抜けた計算能力とプログラミング能力を持つ天才ハッカーであり、怪盗団でもどうしようにもない状況を電子面のサポートで切り抜けたりと一番新しいメンバーでありながら活躍は折り紙付きだ。

 

 そして、最後に──

 

「任せてくれ。怪盗団の掟は全員一致だ。まずはそれぞれ全身タイツのスパイダーマン、恐らくは本物のスパイダーマンを見つけて事情を聴きだすことで異論はないか?」

 

 雨宮蓮の言葉に怪盗団の一同は頷いた。

 

 そう、雨宮蓮は心の怪盗団をまとめるリーダー。コードネーム:ジョーカー。

 心の怪盗団誕生のきっかけとなった特別な力を手にした秀尽学園二年生であり、前科持ちとして周囲の人々には警戒されがちな青年である。もっともその前科も冤罪であり、己が信じる正義のために信念を曲げることなく突き進む素質を持つ。怪盗団にとってはまさしく切り札である。

 

 彼の判断に同意した怪盗団のメンバーはセントラル街や浅草、あるいは同級生やネットといったそれぞれが持つコネクションを生かして情報取集を開始した。

 

「よし、こっちも行動開始と行こうぜ」

 

「そうだな。この時間ならちょうど取引先にあてがある」

 

 モルガナは普段通りにバッグに入り込み──蓮と行動を共にしているモルガナが日常生活で同行する手段──蓮はそれを肩にかけると保護観察者の「あまり遅くなるなよ」という言葉を背に夜が近づく街へと繰り出していく。目的地は歓楽街、新宿。そこで怪盗団の協力者が待っている。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 心の怪盗団の活動は厳密に言えば怪盗団の力だけで成り立っているわけではない。例えば怪盗団のファンが立ち上げた怪盗お願いチャンネルでターゲットの情報を得る。例えば担任から授業のサボりを見逃してもらうことで活動準備を整える。他にも様々な人物と同盟を組むことで活動を盤石なものにしているのだ。リーダーである雨宮蓮は協力者との交渉もこなしている。

 

「やっほー、待ってたよ。珍しいね、キミの方から連絡してくるなんて」

 

 新宿の歓楽街にあるバー、にゅうカマー。名前通り風変わりなこのバーには一人のゴシップ記者が入り浸っている。黒髪のショートヘアにサングラスを乗せていた特徴的な女性、大宅一子。

 

 彼女には怪盗団の情報をある程度提供することで怪盗団関する前向きな記事を執筆してもらうことでイメージアップに貢献してもらっている怪盗団の協力者だ。

 

「すみません、突然連絡して……もう飲んでます?」

 

「モチ! キミも一杯飲む?」

 

「……オイ。ごめんね、すぐに水飲ませるから待ってて」

 

 マスターがドスの利いた声で大宅にストップをかけた。苦笑いしながらマスターが差し出した水をグイっと飲みほした。酔っている状態では情報も聞き出しにくいし助かる。

 

「おいおい……相変わらず酒くせーけど大丈夫かよ……」

 

「問題ない、酔っている時もある程度はちゃんと話を聞いてもらえる」

 

「それ全部は聞いてもらえないってことじゃねぇか!」

 

「んんー? なーんかうるさいと思ったら猫連れてきてんだ。珍しいね」

 

「たまには散歩させないとな……モナ、しばらく静かにしていてくれ」

 

「……了解」

 

 モルガナの言葉は一般人には聞こえない。適当にはぐらかして席につく。

 

「で、今日は何かな? 怪盗団の新しい情報でも見つかった?」

 

「怪盗団の情報はストックはいくらかある。だが今日来たのは逆に情報提供を頼みに来た」

 

「ふむ、情報提供……あー、わかった。スパイダーマスクについてでしょ」

 

「わかるか?」

 

「これでもジャーナリストのはしくれだしね。巷じゃ怪盗団と人気を二分するくらいに大騒ぎ。『正義の怪盗団に対するは悪のスパイダーマスク! 』なんて感じでさ。上からもそいつらの情報を集めろって命じられたし。クソ上司め、アタシを色物担当と勘違いしていないか?」

 

「知らない人から見ればそういう扱いなんだろうな。だが、それなら力になれるかも知れない。実は、本物かもしれないスパイダーマンにコンビニで出会ったんだ。その時の情報を提供できる」

 

「えっ、マジ!? それって昼にあったコンビニ強盗かな。これまでの事件とはだいぶ方向性が違ってたから気になってたんだ、詳しく聞かせてもらえるかな」

 

「もちろんだ。その代わりについて掴んでいる情報があれば教えてほしい」

 

「OK。実はさ、本物のスパイダーマンが日本にいるっていうのは前から分かってたんだ。ちょっと見てほしいんだけどさ」

 

 大宅は手持ちのバッグから一冊のノートを取り出した。そこにはスパイダーマンが解決した事件に関する様々なメモが記されていた。今日のコンビニ強盗はもちろん、交通事故が起きた現場からけが人の救出、子供が壊したおもちゃの修理、はたまたラーメンの出前など。大なり小なり規模は違えど人のためになる活動を行っているのは確かだった。

 

「どうよこれ。アメリカでの悪評はそれなりにあるけど、正義の味方としての評判も大きい。

 だから、スパイダーマスクが起こしてる犯罪とは逆に善行に注目情報集めてたのさ。そしたらそのスパイダーマスクはちゃんとスーツを着てる完璧なコスプレで、蜘蛛糸を使っていたという報告も多い。全身タイツと蜘蛛糸の有無がスパイダーマスクとスパイダーマンの見分け方かな」

 

「……ラーメンの出前に関しては中身ぐちゃぐちゃだったってあるんだが」

 

「いや、それは悪い要素ではあるんだけど、スパイダーマンって蜘蛛糸を建物に貼り付けて振り子みたいに動いてるから仕方ないんじゃないかなー、って」

 

 言われてみればそうだ。あの動きは通称ウェブスイングと呼ばれているとニュースで見たことはあるが、なんでそんな奴にラーメンの出前頼んだんだ依頼者。

 

「だから『本物のスパイダーマン、来日!』って記事を書こうとしたら上から止められたんだよ。スパイダーマンのコスプレ集団が事件起こしまくってるから不味いって」

 

「悪事を働いた人物の弁護になるような記事を出したら叩かれかねないからか」

 

「その通り。この件に関しては上司も珍しく申し訳なさそうにしてたから折れてやったけど。で、ここで一つ問題。そのノートを見て何か気付くことはないかな?」

 

 ノートを改めて見直してみる。全体を軽く見たところ、ノートの中にはスパイダーマンの善行ばかりでスパイダーマスクの事件は全く乗っていない。スパイダーマンの事件が掲載されていないことだろうか? あるいは単純にスパイダーマスクの事件がないことか? 

 様々な選択肢を脳裏に浮かべながら見ていて──各ページに記載された善行のタイトルの横に記載されていた数字に気付く。20XX 09 10。日付を表しているそれに違和感を感じた。

 

 9月10日。その日はまだ修学旅行中で俺はハワイにいた。だが、スパイダーマスクは修学旅行後に姿を現している。

 

「スパイダーマンはスパイダーマスクの暴動以前から日本に滞在していたことか?」

 

「当たり! だからスパイダーマスクはスパイダーマンの名声を落としたい何者かの犯行だとアタシは考えてるんだよ。日本でもいい顔するなよ、的なことを考えた連中とかね」

 

 陰謀説か。考えてみる価値はありそうだ。バッグの中のモルガナに視線を向けると「ワガハイも同じ考えだ」と目で訴えてきた。後でチャットで皆に話してみるか。

 

「上も面白い説とは言ってるんだけど、その証拠がなければ記事にはできないってさ。だからその手掛かりになるような情報を探してるところなんだ……あっ」

 

「どうかしたのか」

 

「な、なんでもない。ちょっとミスったことがあった気がしたんだけど……大丈夫だよ、うん」

 

「……ぜんっぜん大丈夫じゃなかったんですけど?」

 

 入口の方から声が聞こえた。肩で息をしている茶髪の外国人らしき青年が立っていた。俺と同い年くらいだろうか、と考えているとマスターが同じことを考えたのか止めに行った。

 

「いらっしゃい。外国の方みたいだけど坊や、いくつ? あなたにはまだここは早いわよ」

 

「ああ、気にしないで。そこにいる彼女に呼ばれた口だから」

 

「……アンタ、また未成年ひっかけたの?」

 

「違う違う! そういうんじゃないって。彼は日本へ怪盗団の取材に来た子で、アメリカの新聞会社で働いてるからスパイダーマンについて詳しいんだよ。お互いに求める情報が一致してるから情報交換しようってことでここに呼んだの」

 

「そういうこと。まあ、彼女には今日の待ち合わせを二時間ほどすっぽかされたんだけどね」

 

 マスター共々冷たい視線を向けた。大宅は目をそらした。

 

「おかげでひげ生やしと筋肉質の変な人ダブル*2に絡まれて逃げ回る羽目になったんだけど。初めて来た町で初めて会う人の聞き込みやって行きつけの店を見つけるのがどれだけ大変だったことか」

 

「あはは……ホントにごめん。実はさ、怪盗団の方の情報提供者とここで待ち合わせしててさ」

 

 ポン、と背中を叩かれた。「合わせてほしい」と目で言っている。怪盗団の協力者ではあるのは聞いていたが外人と会うことは聞いてないんだが。仕方ない、合わせるしかないか。

 

「雨宮蓮です。怪盗団のファンで、大宅さんに怪盗団の情報を提供しています」

 

「へえ、君みたいな若い子が怪盗団のファンか。って僕も年齢のことを言えないか」

 

「そうですね。見たところあなたも高校生くらいですか?」

 

「あたり。学校がたまたま休みだったんだけど、人手が足りないからって上司に無理やり日本に送り込まれたんだ。ボーナス弾んでくれたとはいえ酷い上司だと思わない?」

 

 苦笑する彼につられて笑みを浮かべると、手を差し出してきた。そして、彼は名乗った。

 

 

「ボクはピーター・パーカー。アメリカのデイリービューグルって会社でカメラマンのバイトをしてる高校二年生さ。専門はスパイダーマンの写真。これからよろしく、雨宮君」

 

 

 彼の手を取った時、誰かと同盟関係を結んだ時に聞こえる不思議な声は聞こえなかったが、似たような感触を覚えた。その感覚が間違いでなかったと気付くのは、もう少し先の話である。

 

 

*1
ペルソナ世界における大型ディスカウントストア。現実世界においてはペンギンがマスコットのあの店。

*2
やたらと竜司が絡まれるあのオネェコンビ。




 怪盗団のチャットより抜粋

<スパイダーマスクは陰謀説ではないか、という意見がある

陰謀説? どういうことだよ、それ?<竜司


<スパイダーマスク出現以前にスパイダーマンが日本で活動した形跡を掴んだ

<スパイダーマンの評判を落とすためにスパイダーマスクが現れた可能性がある

なるほど。考えとしては悪くないわね>真


あるいはスパイダーマン人気に乗っかろうという考えかもしれん>祐介


あー、うちらに対して窃盗団って呼ばれてた連中みたいに?>杏


人気ヒーローに偽物はつきものだからな!>双葉


なんにせよ偽物の存在は好ましいものではない。本物と早く接触したいところだな>祐介


<その件に関してだが、専門家の協力を取り付けた

<ピーター・パーカーというニューヨークでスパイダーマンの写真を撮っている学生だ

<スパイダーマンに関しては誰よりも詳しい自信がある、とのこと

おおっ、いいじゃん! やっぱり生の声って大事だよな>竜司


ネットに上がってるスパイダーマンの写真で評判高いやつは大抵そいつが撮ってるぞ>双葉


デイリー・ビューグルっていう新聞会社に結構写真を買い取ってもらってるみたいだ>双葉


ビューグル? 妙ね。あそこはスパイダーマン批判新聞なんだけど>真


ああ、私読んだことがある。ちょっとウザいから最近は見てないけど>杏


ウザいってどゆこと?>竜司


スパイダーマンを悪であることを前提とした記事しか書かないのよ、あそこ>真


他の新聞では泥棒を捕まえた事件が、逆に泥棒してた内容になっていたりね>真


正直言って信頼性に欠けるから、図書館に置いてる海外新聞の選択肢からは外してるわ>真


アンタも一度見てみる? 英語読めなくてもうんざりしたくなるから>杏


英語読めないけど写真かっこよくて興奮するに一票>双葉


女性陣の評価がヒデェ!>竜司


ふむ。写真には興味がある、後日見せてほしい>祐介


祐介は本当にマイペースな……レンレン、何か言ってくれよ!>竜司


……レンレン?>竜司


<もうねたぞばいもな

寝ちゃったかー……てか変換できてねぇぞモナ>竜司


<おまえらもきょうはもうねようぜ

そんな餌で双葉様が釣られくぁwせdrftgyふじこlpppppppp>双葉


嘘、双葉マジで寝ちゃった!?>杏


モナの知られざる特技だな……>祐介


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Your Friendly Neighborhood / あなたの親愛なる隣人

注意事項
本作に登場するスパイダーマンは様々な設定を流用しています。
原作コミック、アニメ、ゲーム、映画などから色々と採用しております。
そのため、明確に原作と言える作品がありません。

強いて言うなら知名度が一番高いであろうゲーム『スパイダーマン(PS4)』から採用している設定が多いです。
ただし年齢が高校二年生であったりと細かいところで違いが多いのですが、映画『アメイジング・スパイダーマン』等で描かれてきたスパイダーマンと同じと思っていただければ。

長々と前書き失礼しました。


 大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 

 

 この言葉を君は聞いたことはあるかい? そっちの世界でのボクの地元なら子供や大人もみんな知っているかもしれないけど、今君がいるであろう日本での知名度はどうなんだろうね。最近そっちで有名なボクはその辺りのエピソードをかっ飛ばして物語を始めてるって聞いたんだけど。

 ボクはこれがきっかけで今の自分があるわけだからその辺もきっちりやってほしいけど、何度も物語になって語られてたら飽きるかぁ。そういうのって有名税ってやつかもしれないけどさ。

 

 よし、念のためこの言葉について語るとしよう。くどいって思うのなら聞き流し、もとい読み飛ばしてもらってOK。初めての人にはこれを聞いてボクのことを知ってほしい。二回目以降の人には改めて始まりのエピソードを思い出してくれると感謝カンゲキ雨嵐! あれ、なんか違う? 

 

 

 

 ボクはアメリカのニューヨーク市、一番東の方にあるクイーンズってところに住んでいる高校生だ。おっと、アメリカ住まいだからってそっちと大差あるわけじゃない。メガネをかけて運動が苦手、できるのは勉強だけのどこにでもいる高校生だよ……自分で言ってて悲しくなってきた。

 

 そんなボクはある日学校の社会科見学で訪れた研究所で特別な蜘蛛に噛まれて強大な力を手にした。視力が上がってメガネはいらなくなり、いじめっ子にも負けない身体能力を手に入れたボクはこう考えた。

 

「この力でお金を稼ごう」

 

 って。ボクは両親を亡くして叔父さんの家族と一緒に暮らしていて、少しでもお世話になっている叔父さん達の生活を楽にしたかったんだ。新聞広告に載せられていた『3分間プロレスラーと戦い続ければ多額の賞金!』という記事を見た僕はすぐに応募した。

 

 生まれ変わったボクにとってそんな勝負は赤子の手をひねるようなものであっさり1万ドルを手にしたけれど、それ以上に僕はかけがえのないものを失った──叔父さんが、殺されたのだ。

 

「そこの強盗を捕まえてくれ!」

 

「ボクの役目じゃないね。せいぜい頑張って」

 

 試合前、控えの廊下で強盗とそれを追いかける警備員と出会った。試合のために体力を温存したかったから強盗を見逃した結果、強盗は逃げ出すことに成功してしまった。そして、強盗は逃走途中に叔父さんを殺したのだ。ああ、わかっているとも。

 

 これはボクが一生かけても償うことができない罪である、と。

 

 皮肉なものだよね。大切なものを失って初めてボクは力をどう使うべきかということに気付いた。常人を超えたこの力を自らのために使わない。使ってはならない。力を持たない者、力を必要とする者のために使わなければならない。叔父さんが口癖のように呟いていた言葉が脳裏に蘇る。

 

 大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 

 大いなる力を助けを求める誰かのため使う責任を背負い、僕は今を生きている。ここまで話せば僕のもう一つの名前に気付いたかな? それでは名乗るとしよう──

 

 

 ボクの名前はピーター・パーカー。またの名をスパイダーマン。あなたの親愛なる隣人さ! 

 

 


 

 20XX年9月9日:日本時間

 

 さて、ボクの物語はアメリカ、ニューヨークから始まる。スパイダーマンことピーター・パーカーは生まれながらに結構な不幸に見舞われている。自称だけど、マジなんだよ。

 

「はいこれ。ひったくりから取り返したバッグだよ」

 

「やかましい! お前も警察に逮捕されればいいんだ!」

 

 とか。

 

「よーし、今日もヴィランを捕まえて大活躍っと。おっ、デイリービューグルの夕刊だ」

 

『スパイダーマン、今日もヴィランと町を破壊!』

 

 とか。

 

「この写真……うん、完璧。構図もピントも最高。売れること間違いなし!」

 

「没だ没! こんな写真小学生でも撮れるぞ!」

 

 とか。いいことをしても上出来に終わってもオチに大抵ケチがつくのがスパイダーマン、なんてね。ぶっちゃけ半分くらいは同一人物が引き起こしてるんだけど、ボクの身に降りかかる不幸であることには変わりない。そんな毎日を送っていると、ちょっぴりラッキーなことがあった。

 

「ふん、今日の写真はボチボチだな。4枚買ってやる」

 

「ありがとうございます」

 

「給料の振り込みは週末だ。分かったらとっとと次の写真を撮ってこい! ……ああ、私だ」

 

 目の前のちょび髭親父は不愛想な顔でボクが撮影した写真を買い取ると、どこかに電話をかけ始めた。なんだと!? とか罵声を飛ばしているあたり今日もジェイムソンの怒りは絶好調。

 

 彼はジェイ・ジョナ・ジェイムソン。新聞会社デイリービューグルで編集長を務めており、スパイダーマンの写真──事件を解決する前に設置した小型カメラで撮影した物──を買い取ってくれている。ただしその写真は大抵スパイダーマン批判に使われるのが泣き所。

 そう、彼は大のスパイダーマン嫌いなのだ。妻を覆面強盗に殺されたから覆面している奴はとにかく信用してない。理由はわかるけど、もう少し批判記事を手加減してくれてもいいと思うよ? 

 

「そうか、わかっ……いや、待てよ? おい、パーカー。お前の学校はどこだ?」

 

「ミッドタウン高校ですが」

 

「ミッドタウンか。わかった、ブラント、そのチケットはまだ売るな。使い道を思いついた」

 

 ジェイムソンは電話相手のブラント──ジェイムソンの秘書にそういうと、電話を切って向き直った。なんだか嫌な予感はするけど危険察知能力スパイダーセンスは反応していない。

 

「パーカー、私の記憶が確かならミッドタウン高校は数日前に校舎が大破。二、三週間程臨時休校だと聞いている」

 

「ええ。その分課題も増えましたけど」

 

「いらんことは聞いてない! 今のお前は暇かどうか聞いてるんだ!」

 

「……暇ですけど」

 

「それならお前、明日からしばらく日本に行ってこい」

 

「日本? ジャパン? 忍者、芸者、テンプラの?」

 

「それは昔の話だ馬鹿者! 今の日本といえば怪盗団だろう!」

 

「怪盗団……?」

 

「ええい、新聞会社で働いてるなら世界の話題くらい知っておけ! 日本は今心の怪盗団とかいう連中が活動しているんだ。なんでも心を盗んで悪人を改心させるらしい」

 

「なるほど。こっちでいうスーパーヒーローみたいな感じですね」

 

「一見そうは見えるが、今のところ連中は悪人を改心させたという結果以外は一切不明だ。どうせ蜘蛛男に負けず劣らずな悪事を働いているに決まっている。そこでうちも来週心の怪盗団に関する特集記事を書くことにして、日本へうちの記者を派遣する予定だった」

 

 ところが。そう前置きしたジェイムソンの眉間にしわが寄る。

 

「最近シニスターシックスが暴れたせいでのせいでうちの記者も大なり小なり身動きが取れない状況だ、クソ! おかげでせっかく取った日本行きチケットも無駄になるところだ」

 

 シニスターシックス。スパイダーマンを恨むヴィランたちが結成した集団で、メンバーは結構入れ替わったりする*1けどどっちにしろ厄介な集団であることに変わりはない。先日の激しい戦いの果てにほとんどを捕まえることができたけど、ニューヨークは大きな被害を受けてしまった。

 ジェイムソンもかなりの批判をスパイダーマンに浴びせてきたけど、今回ばかりは反論の余地がない。ボクがもっと上手くやれていればこんなことにはならなかったはずだ。

 

「そこでパーカー、お前の出番だ。にっくき蜘蛛男の写真を何枚も撮るお前だ、お前なら心の怪盗団に関する写真や情報を掴むことができるだろう。すぐに準備して明日日本に出発しろ」

 

「あ、明日ですか? そんなすぐには……」

 

「やらなければ今後スパイダーマンの写真は買い取らんぞ。代わりにやってくれるのならボーナスをはずんでやろう。まーあ、私とて鬼じゃない」

 

 夕方まで時間をやる。ゆっくり考えるんだな。ジェイムソンのある意味死刑宣告に近い言葉を背にボクはオフィスを後にした。やれやれ、どうしたものかな。ひとまずは……路地裏に入って着替える。何にって? 決まってるさ。

 

 

The AMAZING SPIDER-MAN is Coming !

 

 掛け声とともに、ウェブシューターから蜘蛛糸一発! ニューヨークの空にウェブスイング……

 

 おっと、翻訳が切れてたね。さっきの台詞は「アメイジングスパイダーマン、参上!」ってところかな。 え、さっきから読者に語り掛けるスタイルはなんだって? 第四の壁、物語と現実の壁を破る能力だね。と言ってもこんな感じで一方的に語り掛けるだけなんだけど。

 実はこれアニメや漫画でのボクは結構持ってるケースが多い*2んだよ、調べてみて。で、この力を使うのはここがアメリカだから。英語の会話は読みづらいだろうし日本語に変えてるのさ。

 

「ウェブヘッド、独り言が多いぞ。黙って手を動かせ」

 

 もっともこれは独り言にしか聞こえないから周りからは不審にみられる。これからは頻度を減らしておくか。蜘蛛糸を飛ばしてガレキ──シニスターシックスに破壊された建物の成れの果て──を運んでいると、同じようにガレキを運んでいる人、黒人の警官が隣に並んだ。

 

「そうは言うけどさ、ジェフ。あなたも結構戦闘中は独り言ぼやいたりしないの?」

 

「全く言わないわけではないが、なるべく少なくしておいた方がいいんじゃないか? 特に今は復興作業中なんだからな。市民に口うるさく言われたくないなら黙っておくといい」

 

「本音は?」

 

「君みたいにうまい冗談を言ってかわす自信がない。そういう面は流石だよ、スパイダーマン」

 

「うわー、褒められちゃったよ」

 

 本当なら今頃家で温かいスープでも飲みながら息子と遊んでいたところだったんだがな、と愚痴るのはデイビス巡査。黒人の警官で、マイルズという息子がいるらしい。何度か事件解決に協力してもらったことがある警察内の頼れる仲間の一人。

 

「しかし今回の惨状は酷いな。ダメージコントロール*3は何やってるんだ? 警官が後始末に駆り出される頻度が多すぎるぞ」

 

「シニスターシックスが最初からダメコン狙いで暴れ回ってたせいでニューヨーク市内では機能不全起こしてるんだってさ。市外から駆け付けてるチームもあるって聞いたよ」

 

「なんてこった……ん? ちょっと待て」

 

 こちらデイビス巡査。警察無線に連絡が入ったらしく通信を始めた。普段なら警察無線を間借りして犯罪を追跡してるけど、この惨状では混乱に繋がるからやめろと言われてる。

 

「ああ、わかった。スパイディ、伝言だ!」

 

 

 ユリコ警部が警察署の屋上で待ってる、行ってやれ! 

 

 

 ごくまれに捕まって連れてこられることもある警察署。今では知名度もいい意味で広がってきたからそれなりには協力関係があり、何度か捜査情報を教えてもらいに来たこともあったり。

 

「やあ、ワタナベ警部。君のコーヒーがあるんだ。一緒にどうかな」

 

「あなたはいらないの?」

 

「それ、ぶら下がり健康法試してる僕への嫌味? 流石に飲めないよ」

 

 近場のコーヒーショップで買ってきた一杯を見せると黒いスーツの女性はため息で返した。とか言いながらもコーヒーを受け取る辺りが彼女の憎めないところ。

 

「……なんだか苦すぎるんだけど。どこで買ったの?」

 

「二丁目にあるカフェ『レイス』ってところ」

 

「名前はともかく味はいまいちね。次はもっとおいしいところにして」

 

 ユリコ。ユリコ・ワタナベ警部。女性警察官で厳しい態度と悪を許さない正義感、そしてボクに負けず劣らずな体術と度胸で戦っているこれぞ警察官!な女性*4

 

「で、ボクを呼んでるって聞いたんだけど。それってやっぱり……シニスターシックスの件?」

 

「一応はそうなるわね。ああ、緊張しなくていい。責めるためじゃなくて、称賛するために呼びだしたんだから。よくやったわね、スパイダーマン。お手柄よ」

 

「気にしないでください、ニューヨークはボクの街ですから守るのは当然です。ただ、今回は失敗しちゃいましたけど」

 

 屋上から一望した街はすでに火災は収まった物の爪痕が大きく残っている。復興にかこつけて犯罪を働こうとするマフィアもいるし状況は決していいとは言えなかった。

 

「責任を感じるなとは言わない。私も何度かミスを犯して大切な人々や仲間を失ったことがあるから。ミスをしないに越したことはないけれど、あなたはまだそういう年でしょう。失敗から学ぶことは必要だけど、失敗で失った物の重みをあなたは知っているのよね?」

 

 その問いに頷く。脳裏に浮かんだのは大切な人、ベン叔父さんの姿。

 

「それに今回の事件で、助けられなかった女の子がいるって聞いた。名前は確か――」

 

「グウェンです。グウェン・ステイシー。去年殉職したステイシー警部の娘です」

 

「名前まで知ってたの? ということは、そのマスクの下は彼女のボーイフレンドかしら」

 

「あはは……そんなところです、はい」

 

 目元を覆って肩を落とす。普段ならワタナベ警部のからかいに若干怒り気味に返すところだけど、その気力がわかなかった。

 

 グウェン。グウェン・ステイシー。ボクの同級生で戦友だったステイシー警部の娘。彼女の父を死なせてしまったショックで上手く立ち直れなかったときに支えてくれて、同時にその罪を許してもらえた。これがきっかけで交際していたボクの彼女であった。

 

 シニスターシックスとの戦いに巻き込まれて、もうこの世にはいない。

 

 ボクの素顔を知らないワタナベ警部でも考えていることが分かったのか、肩を小さくたたいた。

 

「失敗から挫折することもある。そこから立ち直ることだってできるけれど、あなたはまだ若い。これからのことを考える時間はある……ねえ、スパイダーマン」

 

 一度休んでみるのはどうかしら。

 

 幸い今回の事態で警察もかなりの数が集まってるし、シニスターシックス逮捕でヴィランも減少傾向にある。ニューヨークの平和は警察に任せて、一度考えてみたらどう? 優しさに満ちたワタナベ警部の言葉はボクを安心させようとしたものなのだろう。それはわかっていた。わかっていたけれど。心のどこかでこう考えてしまった。

 

 スパイダーマンはもう戦わなくていい。と。

 

 ボクもヒーロー二年目だからかなりの数のヴィランと戦ったし傷を負ってきたけど、「もうそろそろやめていいんじゃないか」とどこかがささやいている。どの道ジェイムソンの依頼を受けなければピーター・パーカーは生きていけない。スパイダーマンを続けることは出来ない。

 

 デイリービューグルのビルに戻ったボクは、編集長室のドアを叩くと依頼を受ける旨を伝えた。珍しく罵声は飛ばなかったが、本気で喜んでいた。これ、多分ボクが集めた情報を基に怪盗団の批判記事を書くパターンだな。なるべくそういう方向につながらない情報を集めるか。

 

 

 

 翌日、ボクは日本の東京にいた。旅行カバンの中には着替えや身だしなみセット、カメラを始めとした取材道具、そして──スパイダーマンスーツ。大いなる責任を肩から降ろすために持っていかない方がいいのかもしれないけど、これがないとボクがボクでない気がするから。

 

「どこにいたってボクは変われない、か」

 

 ボクは、スパイダーマン。どれほどの責任が積み重なろうと、大いなる力がある以上戦うしかないのだ。ボクはその生き方しかできないのだから。呟きながら蜘蛛糸を放ち駆ける日本の空は心なしか冷たかった。

 


 

 

 20XX年9月16日

 

 それから時間が流れ、取材期間は後一週間くらい残っている。

 

「はいこれ、手放しちゃった風船だよ」

 

「ママー! スパイダーマスクが僕の風船盗んだ!」

 

「こら! 危ない人に近づいてはいけません!!」

 

「……ダメだこりゃ」

 

 日本で怪盗団の取材を進めながら、相変わらずスパイダーマン活動していた。困っている人は世界共通でいるものだしね。幸い勉強したおかげで日本語は読み書きは苦手だけど、喋るくらいならどうにかなるからお得意の軽口さえ使えれば特に支障はない。ないんだけど評判は最悪な状況だ。

 

「見ろ! あれスパイダーマスクだぞ!」

 

「ついに空飛ぶ奴まで出てきやがったか」

 

「おい、誰か警察に通報したのか?」

 

 ボクのマスクを使って犯罪を働く連中、スパイダーマスクが出回ってるせいで評判はがた落ち。下手するとアメリカよりもひどい状況かもしれない。一人ずつ何とか捕まえているけど事態が鎮静化するのはいつになることやら。

 

「はいそこ、喧嘩売らない! スパイダーマンのマスクで強くなれると思ったら大間違いだぞ!」

 

「う、うるせぇ……」

 

 サラリーマンに絡んで襲おうとしていたスパイダーマスクを手早くなぎ倒して腕に装備したウェブシュータ──―糸状にもなる特殊な粘液を発射する装置──からウェブを発射して拘束。通報をサラリーマンに頼もうとしたけれど、ボクを見た彼は既に逃げていた。

 はあ。公衆電話探さないとなぁ。下手にスマホから通報してアシがついたら困るし。

 

「お腹空いたしご飯食べようかな。えーっと、あれは……ああなるほど、ハンバーガーショップの広告か」

 

 辺りを見渡すと日本語で書かれた大きな看板を見つけた。こんなこともあろうかとマスクのレンズに自動翻訳機能を付けておいたのだ。分からない文字でもレンズ越しに見れば仕込んでおいたプログラムが解読して表示してくれる便利機能。

 

「どこの国でも広告っていうのは変わらないものだね。さて、食事したら次の犯罪を探そう」

 

 アメリカなら警察に協力者がいるから犯罪探しもお手の物なんだけど、日本だと昔ながらの足で探すしかないのが泣き所。せっかくのマスクに着けた新機能も使い道がないのは残念……ゲッ。マスクの電話機能に着信が入ってきたよ。イヤホンとマイク仕込んでるから脱がずに電話に出られるのは便利なんだけど……

 

「もしもし、パーカーで……」

 

『パーカー! お前が送ってきた資料を見たぞ、なんだこれは!』

 

 はぁ。ジェイムソンの愚痴聞くためにつけた機能じゃないのになぁ。

 

「ああー、見ての通りです」

 

『そうだな。どう見てもスパイダーマスクの記事だな! 確かにスパイダーマン関連の記事は書きたいが今書きたいのは怪盗団なんだ。その情報が一週間経ってもほぼないのはどういうことだ?』

 

「怪盗団は良くも悪くもファンが多すぎるんですよ。信憑性がない情報しか知らない人が多くて詳しく知る人となかなか出会えなくて……でも大丈夫です、昨日怪盗団の情報通と出会いました」

 

『下手な言い訳だな。まあいい、今晩は少しはマシ情報をよこせよ、じゃあな!!』

 

 乱暴に電話を切られた。やれやれ、これは不味いことになりそうだ。大宅さんと雨宮君は昨日挨拶と連絡先を交換しただけで詳しい情報は聞いていない。今日はきっちり取材しないとろくに眠れなさそうだ。ため息を吐いているとまた着信だ。この番号は……うん、今日は運が向いてるかな。

 

「雨宮君、グッドタイミング! 連絡待ってたよ」

 

 必要な時に、必要な人の連絡。ボクにしてはラッキーだね! 

 

 ……この程度で喜ぶボクはどうやら幸運に飢えているらしい。

 

 

 


 

 

 

 雨宮君からの連絡は、ちょうど学校が終わったからどこかで会えないかという物でボクもそれに同意。と、いうことで渋谷のセントラル街にあるファミリーレストランを訪れた。

 

「いらっしゃいま……えっ、外国の方?」

 

「あー、日本語話せるから大丈夫。友達が先に待ってるって聞いたんだけど行ってもいいかな?」

 

 戸惑う店員と何度か経験したやり取りを済ませて店に入ると、バイクが展示されている近くの席で雨宮君が手を振っていた。その隣にはおどおどした同い年くらいの少年。昔の自分を思い出すなぁ。

 

「やあ、雨宮君昨日ぶりだね。そっちの子は?」

 

「は、はじめまして! 三島由輝です! ねぇ、ちゃんと通じてるかな?」

 

「外人だからって緊張しないで、ボクも同じ高校生だから。それと、会話は普通にこなせるけど読み書きはまだ駄目なんだよね。良かったらおすすめを注文をしてほしいんだけど頼める?」

 

「へ? あ、ああ。任せてくれ。雨宮君の分も注文するけどいいよな?」

 

 雨宮君はその問いに頷く。おどおどした少年こと三島君が注文する横で彼は事情を説明し始めた。

 

「三島は怪盗団に関しては俺以上に熱烈なファンで、ネットで話題の怪盗お願いチャンネルを運営している。怪盗団について話すのなら詳しい人間がいた方がいいと思って連れてきた」

 

「いいね。情報源は多いに越したことないし、頼もしいよ」

 

「そういってもらえるとありがたいよ。実は最近怪盗お願いチャンネルでもスパイダーマンやスパイダーマスクが話題の中心でね。俺もスパイダーマンについて詳しく聞きたいところだったんだ」

 

「なるほどね。わかった、ニューヨーク1スパイダーマンに詳しい自信がある。何でも聞いてくれ。その代わり──」

 

「約束通りこちらも怪盗団の情報を提供しよう」

 

 雨宮君はニヤリ、と笑みを浮かべた。いいね、こういう取引関係。

 

 それからボクらはお互いに情報の取引を始めた。スパイダーマンが活動を始めた時期、解決した事件、ニューヨークでの評判等。逆にこっちからも怪盗団に関して同様の情報を聞き出していく。

 

「スパイダーマンの写真で一番うまく撮れたのはこれかな。『スパイダーマン、グリーンゴブリンを御用!』ってね。一番高く売れたのは別の写真なんだけど」

 

「何の写真が高く売れたんだ?」

 

「ヴィランのロボットを止める過程で街が破壊される写真。うちの編集長はスパイダーマンを悪党にしたいからそういう写真は高値で買い取るんだよ。ファンとしては何とも言えないよ」

 

「うわぁ……そういう意味では俺、怪盗お願いチャンネルを運営しててよかったかも。出来る範囲だけど悪評とかが広がらないようにしてるし」

 

「公正とは言えないけど、確かにそれもありだろうね。たとえるなら戦略的広報担当って感じ?……うん、このハンバーグ美味しい。正式に取材を申し込めるんだったら写真も撮っておくんだけどなぁ。『ぼーいもビックリ、そこには懐かしの母の味』なんて見出し付きで」

 

「ふむ、悪くないセンスだね。だけど個人的にはもう一押し欲しいかな」

 

「怪盗の宣伝役のお眼鏡は高いね……」

 

 時には物品のやり取りもこなしたりと。

 

「──我々は全ての罪を、お前の口から告白させることにした。その歪んだ欲望を、頂戴する』なるほど。これがアメリカでも話題になってた班目一流斎へ送られた予告状ね。もらっても?」

 

「構わない。現場には結構な数が貼り付けられていてこれはその中の1枚だからな」

 

「俺も何枚かコレクションしてるんだよね、予告状。最高にかっこいいだろ?」

 

「わかるよ。ロゴの怪盗っぽさと燃え盛る瞳に確固たる意志を感じる代物だ。ところで、最初の犯行とされている鴨志田卓宛の予告状はないの?」

 

「あー、あれはー、そのー……」

 

「ニャア、ニャオーン……」

『特別翻訳:リュージが作ったへたくそなやつを渡すわけにはいかねぇだろ……』

 

「ん? 猫の鳴き声が聞こえたような……気のせいかな」

 

 といったようにお互いに情報を交換し合って、ついにあの問題について話し合うことになった。

 

「それで、スパイダーマスクについてなんだけど。雨宮君の言う通り陰謀説の可能性が高いと思うよ。確かにスパイダーマンは正義の味方とは言い切れない。彼も失敗することがあるし、それで街を壊してしまったことも少なくない。だけど、彼は親愛なる隣人なんだ」

 

「親愛なる隣人……? 不思議な言葉だな」

 

「Your Friendly Neighborhood.日本語に訳すとあなたの親愛なる隣人。スパイダーマンのキャッチフレーズさ。スパイダーマンはヒーローではあっても完璧な存在ではない。平穏な日常を守り、日々を生きてゆく人々と共に歩む存在である……っていう意味が込められているんだと思うよ」

 

 本物がそれを言ってるこの光景はシュールだけど。

 

「だからこそ平穏を乱そうとするヴィランにとってスパイダーマンは障害だ。彼の評判を落とそうとする手段に出る奴はこれまでにも何度かいたよ」

 

「ってことは今回の事件はそいつが起こした事件ってことか」

 

「犯人の目星はつかないのか?」

 

「無理とは言わないけど、難しい。恨みを持ってる連中なんてごまんといるからね」

 

 三島君はあちゃー、と言って頭を抱えた。今のボクもそんな感じなんだよね。それとは対照的に雨宮君は顎に手を当てて考え込み──何かを閃いたようだ。

 

「ピーター。今回の事件、前例になりそうなものはないのか?」

 

「前例?」

 

「ああ。この事件はただスパイダーマンの評判を落とすだけが目的ではない気がする。

 相手が使っているスパイダーマスク、つまり偽スパイダーマンという手段に意味があるんじゃないかと考えた。ここはスパイダーマンのホームであるニューヨークじゃない。遠く離れた日本なんだ。そんなところでわざわざスパイダーマンの評判を落とす意味なんてあると思うか?」

 

 俺がヴィランなら日本で手を出さず、アメリカでスパイダーマンが帰ってきたと同時に襲撃する準備を進める。日本で手間がかかる偽スパイダーマン軍団を使ったことに意味があるはずだ。

 

「……なるほど。確か、スパイダーマンのコスプレセットは早期に販売停止されてるから、偽スパイダーマンを新たに増やすのは難しい。それなのに一向に数が減ってる気配がないのはわざわざ念入りに準備をして偽スパイダーマンを用意しているから、ってことか」

 

「その通りだ、流石スパイダーマンの専門家だな」

 

「あはは、まあね」

 

 スパイダーマンの専門家、というかスパイダーマン本人だけど。

 

「偽スパイダーマンはスパイダーマンにたたきつけた『予告状』だと考えている。心の怪盗団は予告状をターゲットに送ることで『お前を狙っているぞ』と伝える。偽スパイダーマンを作り出した存在も同じように『お前を狙っているぞ』と言いたいんだろう。あくまでも俺の仮説だが……」

 

「ありがとう、十分参考になった。偽スパイダーマン使いとなると候補は絞れるな……」

 

「ちょっと待って、それならわかるかもしれない。当ててみせるよ」

 

 三島君がストップをかけてスマホを操作し始める。真剣な表情と手慣れた操作で瞬く間に彼は情報の検索を行い──答えにたどり着く。

 

「あった、これ見てよ!」

 

 表示したのは先程会話している時に見せてもらった怪盗お願いチャンネルの掲示板。その中の書き込みの一つで、偽スパイダーマンを使ったヴィランについて触れられていた。

 

 062 .名無しの怪盗 ID:rl8CroW

 偽スパイダーマンか。確か使ってたヴィランはほとんど刑務所にいるな

 カメレオンはこの前捕まったし、今行方が分からないのは……ミステリオ

 

「すぐにレスで流れて話題にならなかったんだけど、印象に残ってたんだ。当たってるかな?」

 

「可能性は……高い、いや、ほぼ確定かも。ミステリオは最初の悪行が偽スパイダーマンに変装して悪事を働いてたんだよ。そして悪党スパイダーマンを正義のヒーローとして倒すというマッチポンプ作戦を企ててた。偽物戦法を得意とするミステリオが犯人の可能性は高いはずだ」

 

「やるな、三島。見直したぞ」

 

「怪盗団の戦略的広報担当としてこれくらいはね」

 

「ありがとう三島。ちょっと調べてくるよ。あ、お代はここに置いてくね」

 

「待ってくれ、ピーター」

 

 既に残額が心もとない財布からなけなしの金を取り出し、店を出ようとしたところで雨宮君に呼び止められた。

 

「ミステリオはあくまでもヴィランとしての名前だろう? 本名はわからないのか?」

 

「ああ、それならわかるよ。ミステリオの正体は──」

 

 

 クエンティン・ベック。

 

 

 普段なら本名を聞かれても、ミステリオについて調べて危険な目にあう可能性があるから教えなかった。焦っていてうっかり教えてしまったボクのミスなんだけど……これが禍を転じて福と為すんだから何があるかわかったもんじゃない。

 

 

「聞いたかジョーカー?」

 

「ばっちりだ。改心に必要なターゲットの本名はわかった。後は──パレスを見つけるだけだ」

 

 

*1
かなりの頻度で入れ替わっており皆勤賞のヴィランがいない程。

*2
日本でなじみ深いのはテレビ東京で放送されていたアニメ『アルティメット・スパイダーマン』シリーズ。スパイダーマンの特徴として採用。

*3
ヒーローとヴィランの抗争で発生した被害の修復を専門とする建設会社。

*4
媒体によってユリ・ワタナベになったり警察署長になったりと設定が異なる。本作はユリコ&警部設定を採用。




 スパイディ・アイテム・コレクション

・ウェブシューター
 スパイディメモ
 ボクにとっては誰よりも頼れる相棒。改良を加えて小型化したり糸の容量を増やしたりとか日に日に便利になってる。ただ、肝心なところでよく壊れるんだよね……

 心の怪盗団メモ:モナ
 なかなかに便利そうな道具だぜ。こっそりこういうのを作っておけば良かったか? まあ、今となっては時間もないし諦めるか。もしも、心の怪盗団をもっと高貴に、ロイヤルにやり直すことがあったら作っておくとしよう。
 ……いや、何考えてるんだワガハイ。やり直すことなんてできないだろ、うん。

・スパイディベル
 スパイディメモ
 クリスマスの時期に偶然助けた作曲家が作ってくれた歌。一応CD化されてて収益はボクももらったんだけど……正直あまり売れてない。でも、メイおばさんとのクリスマスパーティー資金になったしいいか。

 心の怪盗団メモ:ナビ
 スパイダーマンの生歌が聞けるって意味ではレア物なんだけど、後半から結構愚痴混じりがすごいぞ。作曲家のセンスヤバいけど、愚痴の内容は割と好み……ハッ、もしやそういった層を狙ったのか!? ……いやいや、まさか、なぁ。
 

・斑目宛ての予告状
 スパイディメモ
 心の怪盗団がロゴと共に有名になったきっかけの一品だ。こういうのをコレクションしたくなる気持ちがわかる気がするよ。芸術家宛てだからか、どことなくオシャレな雰囲気がグッド。

 心の怪盗団メモ:スカル
 俺は別に前のやつでもよかったと思うんだがなぁ……文面のセンスがないのはわかってたけど、ロゴまで描きなおさなくてもいいじゃん!? ……まあ、そっちの方がカッコいいとは思うけど。でも、基礎のデザインを考えたのは俺だし、やっぱりセンスあるんじゃね?


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Mysterio Palace / 幻想の劇場

情けない話なのですが、書き溜めはこれで切れまして……
次回の更新はすぐにできるかわかりませんが、なるべく急ぎます。



 20XX年9月17日、早朝の渋谷。

 

 セントラル街を始めとした渋谷のスポットをつなぐ駅前広場は土曜日とはいえ早朝であるためか駅前広場はやや人が少なめ。そんな広場の片隅で心の怪盗団は全員集合していた。

 

「ううう……引きこもり脱出したとはいえ、この人混みはつらいぞ……」

 

「大丈夫よ、双葉。前に渋谷からパレスに侵入したことがあったけど特に目を引かれなかったから。ここはあくまでも人が集まる場所であって他人に干渉するかどうかは別の話よ」

 

「だな。で、スパイダーマスク集団の犯人はミステリオって奴で確定なのか?」

 

「少なくともパレスがあるのは確定だ。真偽はそこで確かめるとしよう」

 

 俺は仲間たちにスマホを見せる。表示されているのは『イセカイナビ』。

 

 イセカイナビは異世界へ人を導く機能を持ち、導くのは『認知世界』と呼ばれる人々の認識が生み出した世界。わかりやすく言えば人の心の世界であり、心の怪盗団はそこへ潜入して欲望の根源『オタカラ』を盗み出すことでゆがんだ欲望を消し去り、ターゲットを改心させるのだ。

 そんな認知世界には『パレス』と呼ばれる特別な世界が存在する。とてつもなくゆがんだ欲望を持つ人間だけが持つ世界であり、心の怪盗団が挑んできた大罪人は皆パレスを持っていた。裏を返せば、パレスの存在はターゲットが極悪人であるということを裏付けているのだ。

 

「ミステリオの本名は、クエンティン・ベック」

 

『ヒットしました』

 

 蓮がミステリオの本名を呟くと、アプリが反応した。

 

「本当だ。それじゃあ後は「執着している場所」と「そこを何と認識しているか」だよね」

 

 杏が述べたのはイセカイナビでパレスへ潜入するために必要な情報。本名を加えた3つの情報がそろって初めて心の怪盗団はパレスへ忍び込み、心を盗むことができるのだ。例えば鴨志田卓は『学校』を『自らが支配する城』と認識していた。

 

「執着している場所によっては今度こそ詰むかもしれないわね。ミステリオについて調べてみたけど、やっぱりアメリカで暴れてるヴィランだから場所がアメリカにある可能性もある」

 

「そうなったらまず俺は現地に行けないな」

 

「それはおイナリが貧乏なだけだろ」

 

「つーか、それ以前にこの中で国外旅行ができそうなのって両親が常にいないアン殿だけだぜ」

 

「い、いくらなんでも私一人でパレス攻略はきついって……」

 

「大丈夫だ、その点については確証がある」

 

 スパイダーマンの専門家からしっかり助言を受けている。きっと大丈夫だ。

 

 

 

 昨晩、ビックリぼーいで別れた後俺はふと気になったことがあってピーターに電話をかけた。

 

『やあ雨宮君。何かあったのかい?』

 

 数コール後に出た彼の声と共に何やらキーボードをたたく音が聞こえる。双葉がカタカタとPCを叩きまくっている光景を連想した。

 

「少し聞きたいことがあって連絡した。今は大丈夫か?」

 

『ホテルで新聞会社に送る写真とレポートをまとめてたとこ。作業しながらでいいのなら聞くよ』

 

「助かる。ミステリオについてもう少し詳しいことを聞きたいんだがいいか?」

 

『ミステリオについて、か。ちょうど個人的にも色々と記憶を整理していたから話せることは多いと思うよ。それで何を聞きたいのかな』

 

「やったな。なるべくパレス特定につながりそうなことを聞き出そうぜ」

 

 猫の鳴き声? 電話越しに首をかしげるピーターの声を聴きながら試行を巡らせる。これまでのターゲットは基本的には身近な人物やであった時の印象などからヒントを得ることができた。今回は相手のことを全く知らない状況から始まるから──

 

「ミステリオの性格について教えてもらえないか」

 

 まずは、敵を知ることから始めていこう。

 

『ミステリオの性格か……個人的な意見だけど、執着心が高くて自分を曲げられない奴、かな』

 

「いかにもヴィランらしい性格だな」

 

『彼の場合はそれが顕著な節がある。彼は最初、『正義のヒーローミステリオ』として世間へ売り出そうとしたんだ。意外かもしれないけど、これは本当だよ。そして初陣に選んだのは当時デイリービューグルが悪評をばらまいてたスパイダーマンだった』

 

「だが、実際のスパイダーマンは悪党ではなかった。倒したところでデイリービューグル以外は喜ばなかっただろうな」

 

『その通り。ここで普通なら他のヴィランを狙えばいいのに、ミステリオはスパイダーマンへ挑むことにこだわり、偽物を使うことでスパイダーマンを悪に仕立て上げようとした。ターゲットを変えることをプライドが許さなかったんじゃないかって思ってる。あくまでも推測だよ?』

 

「なるほどな……十分ゆがんだ欲望を持ってるぜ。こりゃあ間違いなくパレスがあると見ていい」

 

『また猫の鳴き声が聞こえたんだけど……雨宮君、猫飼ってるの?』

 

「モルガナだ」

 

 名前は聞いてないんだけどなぁ。でも、いい名前だ。小さく笑いながらピーターは話を続ける。

 

『そして、偽物を使ったことがバレて犯罪者行き。その後はスパイダーマンを逆恨みしてて何度も彼へ挑んでる。毎回スパイダーマンが倒してるけど、相性が悪くて逃げられてるんだよね……』

 

 その後、特殊効果を応用した幻影と幻覚使いのため逃げる力はトップクラスかつ、スパイダーマンを憎むヴィランが結成するグループ『シニスターシックス』への参加回数も多いと聞いた。スパイダーマンへの並々ならぬ執着心を秘めたヴィラン。ならば──

 

 


 

 

「そういえば一つ聞きたいんだけど、どうしてこんな早朝に集合してんだ? 昼でもよかったんじゃね?」

 

「確かに。おかげで朝食をとる時間もなかったぞ」

 

「お前のそれはネタなのかガチなのかわからんぞ……ええい、じゃがりこでもつまんでろ」

 

 恩に着る! 祐介が双葉のじゃがりこで腹を満たしていると、小さな騒ぎが起きた。

 

「おい、あれを見ろ!」

 

「見えねぇって、なんだよあれ」

 

 騒ぎの方向へと怪盗団は注目する。周囲の誰もが指さしている空には、赤と青の全身タイツ男。スパイダーマンが蜘蛛糸を放ちながら空中散歩していた。

 

「マジかよ! 本物のスパイダーマンあっさり見つかったじゃん!」

 

「双葉が集めた情報を一緒に分析したのよ。そこから彼のパトロールコースを計算したら、この時間は高確率で渋谷の駅前広場に出現してるって予測したんだけど、当たりだったみたいね」

 

「そんなことできるんだ……真も双葉もやるね」

 

「感心するのは後だ、時間がない。キーワード、『スパイダーマンがいる場所』」

 

『ヒットしました』

 

 ミステリオが執着する場所。それはアメリカでも日本でもどこでもいい。そこに復讐すべき相手、スパイダーマンがいるのならどこだっていいのだ。今の駅前広場は歩行者の皆がスパイダーマンについて騒いでいる。これで条件が一つ揃った。

 

 

 次に、ミステリオが認識している場所は──

 

 ピーターの言葉が蘇る。

 

『ミステリオは犯罪者だから大分記事が消されてるけど、元々映像制作のスペシャリストだった』

 

『古典的な煙幕を始めとしてCG等近代技術も含めた特殊効果演出に長けていて、それでいてスタントマンもこなしたけれど、地味な裏方作業に飽来てしまったんだよ』

 

『だから裏方から表舞台へ立とうと考えた。スーパーヒーローになることで有名になろうとして、犯罪に手を染めてしまった。だから、それを叩き潰したスパイダーマンに執着しているんだ』

 

 これまでのパレスは持ち主の境遇に関係がある世界を構築していた。

 

 自らが王であるから世界を城だと認識していた者。

 自らが天才であるから世界を美術館だと思い込んでいた者。

 自らが強者であるから世界を銀行だと認識していた者。

 自らが罪人であるから世界を墓場だと思い込んでいた者。

 

 ならば、ミステリオは『ヒーロー』であるから、世界を──

 

「キーワードは、『劇場』」

 

自らが望む演目が行われている劇場だと思い込んでいるはずだ。

 

『ヒットしました。ナビゲーションを開始します』

 

 


 

 

 イセカイナビが最後のキーワードを受け取り、異世界への扉を開いた。周囲の人々の喧騒が静かになり、世界が人々の認識で塗りつぶされていく。わずかにめまいを感じて抑えた目元から冷たい感触が伝わる。それはピエロのような仮面であり──自らに宿る反逆の意思

 

 

 わずかな熱が体を覆い、タキシード風の黒いロングコートと赤い手袋を、反逆の意思を身に纏う。自らが怪盗となったことを確かめるように手袋を引き締めた。仲間たちもそれぞれの反逆の意思を、仮面を身に着けてただの学生から怪盗へと姿を変える。心の怪盗団がそこにいた。

 

「なるほどな。スパイダーマンがいる場所となれば潜入できるタイミングは限られる。早朝に集めたのはそういうことか」

 

「嘘、スカルが賢い……何か変なもの食べたの?」

 

「うっせぇ! つーかここ、どこなんだ?」

 

 スカル──心の怪盗団として活動する時はコードネームで呼び合っている──の疑問はごもっとも。以前とあるターゲットのパレスへ潜入する際もここ、駅前広場から潜入した。その時は歩いている人の姿がパレスの持ち主の欲望に由来する姿となっていたが、街はほぼそのままだった。

 が、しかし。今回同じように潜入したミステリオのパレスは暗い雰囲気は共通しているが全く違う様子の街並み。少なくとも渋谷ではないということは確かだろう。

 

「あんなにたくさんの電光掲示板なんか渋谷にねぇだろ。しかも全部電源が切れててつまんねぇし。ミステリオとかいうやつはどんな頭してんだよ」

 

「駅前広場の名残が何一つ残っていないわね……モナ、何かわかる?」

 

「そうだな。以前渋谷をパレスとして認識していた奴は自分のいる場所以外はほとんどそのままに認識していたから、街は変わらなかった。今度のやつはどんな街だろうと自分にとっては都合のいい『劇場』にしかすぎねぇって認識してるから、街がガラッと雰囲気を変えてるんだと思うぜ」

 

「一理あるな。だってさ、ここ……」

 

 ナビが広場に出現している赤い階段を指さしたのを見て気付く。そうだ、あの階段とこの電光掲示板の並びはテレビで見た記憶がある。パンサーがハッと気づいてここの名前を口にした。

 

「思い出した! ここ、ニューヨークの『タイムズ・スクエア』だ!」

 

「マジかよ、スパイダーマンの活動拠点はニューヨークだから、それとやりあってる奴のパレスはニューヨークがらみじゃないかと思っていたけど……まさかここまでやるとはなぁ」

 

「だが細部には違いがあるようだ。撮影用のセットということか? なかなかいい出来だ」

 

「因縁深い存在と決着を付けるための劇場、か。電光掲示板に電源が通っていないことから考えると恐らくは撮影か公演前っていうことでしょうね。ジョーカー、今のうちに情報を集めましょう」

 

 クイーンの提案に頷いて返す。

 

「それじゃ、私が案内しようか? 昔アメリカに旅行で来た時にこの辺りはある程度うろついたことがあるから観光案内はともかく道案内ならできるよ」

 

「頼んだ、パンサー。ナビ、このパレスの形状はどうなってる?」

 

 問いかけるとナビが持ち込んだノートPCを操作して情報を引き出した。ナビは他のメンバーとは違って戦闘能力を持たないが、パレスを始めとしたイセカイに対する解析能力を持っているのだ。

 

「ニューヨークを再現してる……みたいなんだけど、流石に全域じゃなさそうだ。タイムズスクエアがあることと感知できた範囲から考えるにマンハッタン島のミッドタウン地区だと推測」

 

「それってどんくらい広いんだ?」

 

「そうね。東京で例えると千代田区の半分くらいかしら」

 

「マジかよ……歩きで目的地探すのはきついぜ」

 

「一応現状の測定範囲から推測してるだけだからな。正確に調べるには実地での調査が必要だ」

 

 ナビの予測を聞いた俺は詳しいデータを見せてもらい、その上で相談して一つのプランを実行することにした。普段はとらない方法だがイレギュラーな傾向のパレスだ、少しでも情報が欲しい。

 

 

 


 

 

 

「Excuse me , May I ask you something about this ?」

 

 ナビの分析によるとタイムズスクエアから見て西側を除いた方向にパレスが広範囲に広がっており、現状は相手が警戒していないこともあってかパレスをうろつく怪物──シャドウの姿は非常に少ない。

 

「ソ、ソーリー。俺が悪かったです、はい」

 

 そこで怪盗団を何人かのチームに分けて探索を行うことにした。北エリアをスカル、パンサー、フォックス。東エリアをクイーン、ナビ。そして南エリアをジョーカーとモナが探索している。

 

 北エリアを探索している三人は街を歩いている人に話しかけていた。イセカイであるパレスにはシャドウだけでなくパレスの持ち主が認識している人物、つまり認知上の人物が存在する。認知上の人物はパレスの持ち主の認識から生み出されているため何らかの情報を握っていることが多い。これまでの経験からそう考えた彼らは情報を聞き出そうとするが……

 

「ダーメだ。やっぱ俺じゃ会話になんね。英語はほんっとうに苦手なんだよな」

 

 英語の成績があまり良くないスカルはそもそも会話が始まらない。

 

「私もダメな感じ。話しかけても返事はするけど会話にならない。ちょっといいですか、って聞いても今日はいい天気だねとか株価の上がりは……とか論点がズレてる」

 

 クォーターだから、というわけではないが怪盗団ではかなり英語がうまいパンサーでも相手が会話に応じてくれない以上どうにもならなかった。

 

「フォックス、そっちはどうだ?」

 

「英語の成績は悪くはないがパンサー程じゃないぞ。パンサーが無理な物は俺でも無理だ」

 

「だよねぇ……適当にパンフレットとか持って帰る? よっぽど複雑な文章じゃなかったら解読できるし。あっ、そうだ。街頭広告も見ておこうよ。斑目の時みたいにヒントがあるかも」

 

「ふむ……そうだな」

 

 パンサーの提案にフォックスは班目のパレスを思い出す。

 

 斑目。斑目一流斎。彼はフォックスこと喜多川祐介の元保護者で、表の顔は天才日本画家だが盗作や転売に手を染めて自らの弟子を潰した極悪人。そんな斑目を改心させるために怪盗団はパレスに潜入したことがあり、パレスの形状は大きな美術館だった。

 館内の広告には『現代美術の神』や『生ける伝説の大成』等の彼の自尊心の表した多数の斑目を称賛する言葉が刻まれていた。この様にパレスには持ち主の性格等が反映されることがある。

 

 ふと、そのことを思い出してフォックスは視点を変えることにした。

 

「ん? 何か気付いたのか?」

 

 指をピンと伸ばして即席のファインダーを作る。人の心が現れているイセカイ、並びにパレスは絵を描くことを生業としているフォックスにとって興味深いものが多い。

 これまでにもよくこうしてパレスを観察していることが多かったが、大抵は建築物や家具などの無機物を中心に見ている。無機物から視点を変えて街を歩く人々、生きている者達へと視点を変えて意識を集中する。ファインダーには一般市民とパンサーが収まった。

 

「パンサー、すまないが何かポーズを取ってくれ。俺の考えが確かならこれで何かが見えそうだ」

 

「はぁ? この状況で絵のモデルになってくれってこと? 何考えてんのさ」

 

「そうじゃない。君とこの街にいる人を見比べたい。どうも違和感があるんだ」

 

「……そういうことなら、いいけどさ」

 

 パンサーが足をクロスさせて、腕を頭上で組む。上半身をやや前かがみにして強調しつつ、舌をチロりと出して少しだけかわいさを混ぜる。モデル経験は伊達ではないということか。スカルが小さく口笛を吹いて称賛するのを聞き流しながらフォックスは集中して──気付いた。

 

「やはりな。パンサー、もう大丈夫だ。やはり君は生き生きとしている姿がいい」

 

「了解。で、何かわかったの?」

 

「ああ。む、ちょうど一人歩いてきたな。性別的な差もあるが……やはり、ここにいる人は違う」

 

 どこにでもいるようなスーツ姿の男性にフォックスは近づき、突然肩を掴んだ! 

 

「What!?」

 

 男性がじたばたと暴れ始め、仲間たちも驚愕して止めようとする。

 

「ちょおっ!? お、お前何やってんだ!?」

 

「これでわかるはずだ。フンッ!!」

 

 イセカイに侵入したことで身体能力は上がっている。フォックスは力任せに無理やり掴んだスーツを下に引きずりおろす。ビリビリと服が破れて露わになった男性の上半身は──

 

 白いプラスチックでできていた。

 

 男性は悲鳴を上げてどこかへと走り去っていく。その悲鳴を聞いた他の人々も逃げ惑い始めた。

 

「やはりな。奴ら、人間じゃない」

 

「人間じゃない、って言ってる場合じゃないってば! 騒ぎを起こすとか何考えてんのよ!」

 

「いいからこっちこい、こういうのはここにいたら面倒になるやつだ、逃げるぞ!!」

 

 パンサーが先導し、うんうん頷くフォックスをスカルが無理やり引きずって路地裏へと隠れる。騒ぎが収まる気配はなく、北エリアでの情報収集はこれ以上は無理だろうと判断。三人は仲間へと連絡を入れながら他のチームへ合流するため行動を開始した。

 

 

 

 東エリア担当のクイーンとナビはかつてニューヨークで最も高いビルとして名をはせていたエンパイア・ステート・ビル付近で調査していた。ビルを見上げながらPCをいじるナビに問いかける。

 

「どう、ナビ。ここから先に違和感があるってことだけど」

 

「まあな。怪盗団ではわたしが一番新人だから情報不足なのもあるんだけど、メメントス──怪盗団がほどほどな欲望の持ち主の改心に使ってる大衆のパレスだっけ。あそこを解析してた時のデータから判断するに多分これ以上東に行ったら現実世界に出るぞ」

 

「なるほど。ってことはここから先は調査の必要はないってことね。ちょっとがっかりかも」

 

「むしろわたしからしてみればバンバンザイだぞ……クイーン、お前わたしを殺す気か」

 

「……か、帰りは安全運転するから」

 

「それ絶対安全運転の圏内で飛ばすってことだろ!?」

 

 暗視ゴーグル風な仮面の奥で表情を引きつらせるナビ。クイーンはイセカイで使える特殊な力として、バイクに搭乗することができる。そこで調査する範囲が広いと推測していた東エリアは機動力と探知力に長けたコンビで調査していたのだが……

 某スカルから世紀末覇者先輩と呼ばれたこともあるクイーン。生徒会長やそれに関連する評価に反して結構派手にやるタイプ。バイクも全力でかっ飛ばすので後ろに乗っていたナビは疲労状態。

 

「合流したらジョーカーから怪盗ウエハースチョコ奪い取ってやる……」

 

「ああ、あのチョコ。怪盗団人気のおかげかほぼ全部の状態異常治療してくれるのよね」

 

 ある意味怪盗団自身が一番人気の恩恵を受け取っているわね、とクイーンはクスリと笑う。

 

 イセカイ、認知世界は思い込みが力になる世界である。例えばこの世界にモデルガンを持ち込んだとしよう。現実世界での主な用途は観賞用であり、エアガンと違って発砲機能は全くない。

 しかし、思い込みが力になる世界なら、本物と見間違うほどの銃を向けられたらどうだろう? それがモデルガンと知っていれば心配ないが、何も知らずにいきなり向けられたら「撃たれる」と思い込んでしまう。その思い込みが玩具に本物の力を与えてくれる。

 現実世界では怪盗団がなんでも解決してくれるという思い込みが広がっており、人気にあやかって販売された怪盗ウエハースチョコにも同様の力が備わっているのだ。

 

「それで、さっきスカルから報告があったここの人は人間じゃないってことだけどどう考える?」

 

「ジョーカーから事前に聞いたパレスの持ち主に関する情報から推測はしてる。彼らはいわゆるモブキャラなんじゃないかしら。背景にいるにぎやかしってことね」

 

「把握。怪人に爆破されたりヒーローに助けられる市民Aってことか」

 

「そういうこと。演出家にとって主役たちを引き立てるのには欠かせない存在であるけれど、重要な役割は担っていない。だから彼らは外から見える部分だけが人間で、本質はマネキンなのよ」

 

「なるほどなー。よし、それすぐにチャットに上げとく。情報共有は大事だしなー」

 

 会話が成り立たないのも当然である。彼らと舞台に上がる役者が会話する必要は基本的にない。ピンチが起きた時に騒いだり、普段の日常を送っていればそれでいいのだから。

 

「……しかし、なんか合点がいったかも。わたしさ、まだ渋谷みたいな人通り多いところは本当に怖い。ひとりだと動けなくてうずくまっちゃうし、ジョーカーや皆といても背筋のあたりがゾクゾクする感じの軽い恐怖を感じることがある。でも、ここはそれがない……」

 

 作り物の世界だから、誰も生きていないから。私が恐れる物が何もないんだ。

 

「でも、今の状態で普通のパレスに放り込まれたらマジで身動き取れないな! あはは……はぁ。せっかく怪盗団に入ったのにわたし、何も変わってない気がしてきた」

 

 肩を落としたナビの背中をクイーンはそっと叩く。

 

「大丈夫。人にはそれぞれ強みと弱みがあるものよ。ナビのその意見は結構貴重よ。今はただの想像に過ぎないけれどジョーカーと意見を突き合わせれば何かが見えてくる気がしてるから」

 

「そ、そうか?」

 

「そうよ。それに私たちは怪盗であり、怪盗団なのよ。皆の長所と短所を互いに活かしあい、補い合うためにみんなで戦うのが怪盗団……そういう考え方もあると思うな」

 

「……そう、か。そう、だな。クイーンも雷は苦手だしな、うん」

 

「雷? 強いとは言えないけれど、弱くはないつもりだけど」

 

 首をかしげるクイーン。話がズレていることに気付いたナビはポン、と手を叩く。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい助けてお姉ちゃん助けて」

 

「ちょ、それどうして知ってるの!?」

 

「私の部屋に置きっぱなしにしてた盗聴器が偶然拾ってた」

 

 消しなさい、消すのよ、消して!! 諸事情で双葉の家を訪れた際に、雷+突然現れた双葉に驚いて晒した自らの恥ずかしい場面のリプレイに仮面の下を赤めながらクイーンはナビに迫る。ニヒヒ、どうしよっかなー、とニヤニヤ笑うナビの心に恐怖心はなかった。

 

 

 南エリア担当のジョーカーとモナは徒歩でそのまま南下しながら周辺の構造を確認していた。

 

「んー、どいつもこいつも英語ばっかりだな。ワガハイも多少はわかるが大丈夫か?」

 

「問題ない、俺の知識は知恵の泉だ」

 

 仮面の奥で瞳を輝かせながらニヤリと笑った。その例えはよくわからんが心配なさそうだな、とモナは納得する。とはいえここの性質上パレスの住民から情報は聞き出せそうにないので北エリア担当同様に街の様子から情報収集するしかないが――ジョーカーの場合は一味違う。

 

「――研ぎ澄ませ」

 

 ジョーカーが仮面の額を抑えて呟く。すると、ジョーカーに見える世界がわずかに暗転し、この世界に隠された物が視界に浮かんできた。これはジョーカーが持つサードアイという能力で、闇に隠された獲物を見透かす『賊』の技。この能力で彼はパレスに隠された様々な謎を解き明かしてきたのだ。

 南エリアの探索を開始してから何度かサードアイで周囲を確認しているが、見たところ特に隠されたものは見つかっていない。だが、ここでようやく視界に引っかかるものを見つけた。

 

「モナ。あいつが何か反応しているがどう思う」

 

 街を歩いている一般市民の中の一人。特に特徴がなく人ごみに紛れている私服の老人にサードアイが反応していた。サードアイが危険度合いに合わせて映し出す色は黄色。現在の怪盗団と同格レベルの脅威であると告げている。

 

「あいつか? 特に怪しいところはないが……尾行してみるか。行くぞ、ジョーカー」

 

「ああ。いつも通り隠れながらいこう」

 

 怪盗姿の俺たちは普段なら目立っているがこの街の住民は彼らにかまうことなく普段通りの生活を送っている。住民に紛れることはたやすく、距離を取りながら尾行を開始した。

 

 怪盗団として活動する際は様々な障害がある。物理的なトラップやスイッチなどの仕掛け、そしてパレスを徘徊するシャドウ。特にシャドウは厄介で、見つかるとパレスの持ち主が警戒心を抱き、潜入活動が困難になる。だからこそ、俺たちにはシャドウに見つからないための術がある。

 

「ジョーカー、あそこ行けるぜ。いい具合の物陰だ」

 

 ゴミ箱の影に素早く移動し、深呼吸。影と自らの波長を合わせて存在を隠す――カバーする。これによって俺たちはシャドウの視界から消えることができる。

 

「……気のせいか。ばかばかしい」

 

 尾行対象が行動を再開したのを見届けると、影から出て再び歩き出す。これまでの怪盗団活動で磨いてきた腕の見せ所だ、肩慣らしにもちょうどいい。

 

「今のところ一般人としては妙なそぶりはねぇな。もっとも、この世界の住人としては怪しすぎるが。なんで誰も興味を持たない怪盗団に気付いてんだ、アイツ?」

 

「普通の世界ならそれが正常な反応だが、このおかしな世界においては異常な反応だ。なんらかの鍵を握っているに違いない」

 

「同感だ。このまま後を付けて何か怪しいことを始めたらワガハイ達だけでひっとらえようぜ」

 

 モナのその言葉に俺は頷いて追跡を再開した。

 

 

 この時、俺は違和感を覚えるべきだった。

 

 このまま後を付けて何か怪しいことを始めたらワガハイ達だけでひっとらえようぜ。

 

 モルガナはそんなことを言い出す奴だったか? 普段のモルガナなら慎重に準備するか、仲間の到着を待つように言うはずだ。それを言いださないということは――まさか?

 




ジョーカー? 見えてたら返事して>真


ダメだ、通信妨害がかかってるっぽい。新規メッセージ受信不能って奴だ>双葉


なんとかならねーのかよ?>竜司


そもそもスマホにアクセスできないから物理的な妨害電波で遮断されていると推測>双葉


現地に行って直接状況を確認するしかないな、嫌な予感がするぞ>双葉


こっちは調査をそこそこに切り上げたから向かってたけど、前方にシャドウがいる>杏


ルートを探しているが恐らく戦闘は避けれん。時間がかかりそうだ、そっちは?>祐介


迂回路を今探してるとこ>真


ごめん、こっちは重要人物を追跡してる。しばらくバイクに揺られるから返信できん>双葉


重要人物?つーことは見つけたのか!>竜司




スパイダーマンを!




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Let's shake on it ! / 契約成立!

お待たせしました。
次回もまた時間かかりそうですが、ゆっくりお待ちいただけると幸いです。


 20XX年9月17日、怪盗団がパレスに侵入する少し前。

 

 スパイダーマン、もといピーター・パーカー、つまりボクの朝は早い。夜明け前に宿泊しているホテルを出ると、適当な路地裏に入り込んで準備運動を始めた。

 

「イッチニー、サンシー、ニーニー、サンシー、だっけ。なんでイチ飛ばすんだろ」

 

 マスクはなくとも軽口の質は変わらないってね。既に取材開始から一週間ほど経っていることもあって時差ボケはだいぶ直ってきた。とはいえ取材期間も残り一週間切ってるから多分ニューヨークに帰った後はまた時差ボケに苦しむ羽目になるんだろうけど。

 苦笑しつつ体中の曲げ伸ばし運動を終わらせると、周囲の人眼を確認しつつ着替えを始める。上着やズボンを脱いで持参したリュックサックに収めてスパイダーマンのスーツ姿に。

 

 マスクを被ってレンズのスイッチを入れれば、準備完了! 

 

Your friendly neighborhood SPIDER-MAN at your service ! 

 

 親愛なる隣人、スパイダーマン参上! ってね。スパイダとマンの間のハイフン、忘れないでよ。近場のビルの壁を駆けあがり、物置場らしきところにリュックを隠す。ここを掃除に来る人がいないことは確認済み、後でピーター・パーカーに戻る時は忘れずに回収しよう。

 一応レンズに仕込んだカメラ機能で隠し場所を一枚パシャリ。レンズに表示されるスーツの状態を確認しつつ移動を開始した。持ち込んだメンテナンスキットでは簡易的なメンテナンスしかできないけれど、日本にはスーパーヴィランはいないから今のところ特に損傷無し。

 

 とはいっても、これから戦うことになりそうなんだけど。

 

 雨宮君との会話で捜査線上に上がったヴィラン、ミステリオ。彼は緑のスーツと紫のマントを身に着けたい古典的なヒーローっぽい奴。そして、最大の特徴は水晶玉みたいなヘルメットだ。

 彼はボクの感覚を惑わせるほどに強力な幻覚作用がある煙幕使いで、それを自らが吸い込まないためにヘルメットを装着しているのだ。この煙幕にはボクも何度苦しめられたことか。おかげでまともに捕まえるのが難しくてボクにとってはかなり苦手な相手なんだよ、全く。

 

 もちろん対策をしてないわけじゃない。出来る限りのことはした、後はお手並み拝見ってね。

 

 マスクの下でニヤリと笑ったタイミングで電話がかかってきた。着信相手は──これはアタリ! 

 

「やぁ、ハリー。久しぶりだね」

 

『よぉ、ピーター。日本での生活はどうだ?』

 

 通話相手はハリー・オズボーン。高校の同級生で、友達が少ないボクにとって大切な親友の一人だ。ただ、彼の父親にはちょっと問題があるんだけどこれはまたどこかで語るとしよう。

 

「ボチボチかな。少なくともご飯は美味しいよ」

 

『そうなのか。日本食はうまいって評判だし俺も一度どこかで食べてみようかな。しかし、しばらく見ない間に日本に行っているとか聞いてないぞ。ビューグルのブラントさんに問い合わせて初めて知ったぞ』

 

「ああー、ゴメンゴメン。急に決まったから連絡する余裕がなかったんだよ」

 

『お前はいつもそういう面倒ごとに巻き込まれるよな。不運体質極まれりだ』

 

「笑いたいけど笑えないな、それは」

 

『アハハ、なら俺が笑ってやるよ……本題に入るぞ。グウェンの葬式の日程が決まった』

 

 グウェン。好きだった女の子の名前を聞いて一瞬意識が呆ける。ウェブを飛ばすタイミングが遅れて落下しかけたけど急ぎ修正して間に合った。

 

『明日だ。ブラントさんから聞いた予定だとお前が帰ってくる頃には彼女の墓も完成するそうだけど、一度こっちに戻ってくるか? ブラントさん曰くお前が昨日送った記事にジェイムソンは満足してたみたいだから取材を切り上げて帰国しても怒られないだろうって』

 

 ジェイムソンは満足。ブラントさんのお墨付きもある。だけど。

 

「……ゴメン、ハリー。ボクは帰れそうにない」

 

 だって、ボクにはまだやることが──

 

『そうか、そうだよな。いくら何でも恋人の葬式に立ち会うのはきついよな』

 

 スパイダーマンとして、ミステリオを止めなければならない。

 

『お前の分もちゃんとグウェンに伝えておくよ。大丈夫、グウェンならきっと許してくれるさ』

 

 それをハリーに伝えることは出来ないけれど、彼の言葉を聞いて一つの疑問が浮かんだ。

 

『またな、ピーター。日本でも元気でやれよ。土産話楽しみにしてる』

 

「うん、またね、ハリー」

 

 電話が切れる。目的地である渋谷の駅前広場を見下ろすビルの屋上にたどり着いたボクはうつむくと大きく息を吸い込んだ。胸に居座る重苦しい感情が軽くなる気はしなかった。大いなる力には大いなる責任が伴う。

 

 その言葉通りボクはスパイダーマンとして活動しているけれど、それは──逃げではないのか? 

 

 大いなる力には伴うのは大いなる責任だけじゃない。周りの人を巻き込んでしまう罪も伴う。

 

 ベン叔父さんやグウェンだけじゃない。スパイダーマンとして戦う中で多くの人が事件に巻き込まれ、命を落とす場面をこの目で見てきた。そのことを夢に見る日は決して少なくない。その度に次はもっと上手くやろうと誓っていたけれど、それは逃げているだけではないのか。

 

スパイダーマンの蜘蛛糸では、救えない者がいることに目をそらしているだけではないのか。

 

 瞳を隠すように手を当てる。無性にグウェンの声が聴きたくなった。ボクよりもずっと賢くて物事を見据えることができる彼女の意見を聞きたかった。もう、この世界にはいない。

 

 

「驚いた。スーパーヒーローでも悩むことってあるんだね」

 

 

 その代わり。ボクよりもずっと賢くて物事を見据えることができるであろう人がここに現れた。事前に連絡してこの場所で話をすることになっていた現地の探偵。グレーのスーツが特徴的な学生服に身を包み、茶色の髪と瞳がチャームポイントな甘いマスクを持った少年。

 

「当たり前さ。ヒーローだって人間、悩むことだってある。君もそうだろ、探偵王子?」

 

「まあね。僕にも他人に言えない悩みや秘密は結構あるから」

 

 人を食ったかのような笑顔を浮かべながら語り掛けてきたのは明智吾郎。かつて日本に存在していた探偵王子と呼ばれた人物の再来と言われる彼は、これまでいくつもの難事件を解決してきた。

 

 彼は心の怪盗団に関して捜査しており、結構ネットでは怪盗団信者に叩かれ気味だとか。そんな彼にピーター・パーカーとして一応怪盗団に関する取材を申し込んだけれど、格の差がありすぎて全然取り合ってもらえなかった。だけど、スパイダーマンとしてなら交渉の余地はある。

 なぜなら彼は現在スパイダーマスクについて調査をしている。テレビや雑誌でそういった情報が出回っており、スパイダーマンとして接触を申し込めば何らかの動きがあると思った。

 

「それにしてもとんでもない方法で接触してくるね。怪盗団のポストカードを依頼書として僕の家に送り付けるとか一週回ってセンスあるよ。コメディアンに転職したらどうだい?」

 

 明智吾郎が取り出したのは怪盗団のトレードマークであるシルクハットを被った燃え盛る仮面が描かれているカード。その裏にはボクが書いたメッセージが記されている。

 

 探偵王子、明智吾郎殿。

 ボクは巷で話題の親愛なる隣人ことスパイダーマンだ。

 日本で暴れているスパイダーマスクに関する情報を掴んだが、情報が少ない。

 キミの捜査に協力させてくれないか? 明日の早朝渋谷○○ビル屋上で待っている。 

 

 日本での活動はボクはほんの1週間くらいだが、彼はボクよりもずっと長く独自の捜査網を持っているだろう。協力してもらえればかなりの力になるだろうと考えたのだ。

 

「実は初期の頃はそれも考えてた。だけど正体を明かせないから講座は教えられないし、給料もらう時にスパイダーマン名義の小切手だったら交換できないだろ?」

 

「だろうね。それはコメディアンとして致命的だ」

 

「給料休日ともにゼロのスーパーヒーローなら問題はないよ」

 

「思いっきりブラック企業だね。日本の悪い意味での名物だ。もし良かったらいい転職先紹介しようか? 給料はともかく食事つきで業務内容もそこそこ、応募資格も緩いよ」

 

「マジでそんなとこあるの? 日本ってすごいね」

 

「ああ。日本の刑務所っていうんだけど。紹介状書こうか?」

 

「うわぁ、さらっと逮捕進めるとかこの探偵王子凄く腹黒っ!!」

 

「あははは。どんな人には裏があるものだよ」

 

 明智吾郎はカラカラと笑うが、その表情の下で何を考えているのか表情を隠すマスクマンとして気になるところだ。意外とブラック方面とはいえユーモアのセンスもあるし闇が深いのかもしれない。だが、細かい追及は後回しだ。ここに呼んだのはこんな会話をするためではない。

 

「程よく場も温まったところで本題に入ろうか。ここに来てくれたっていうことはボクと取引する準備があるってことだろう?」

 

「ああ。僕は心の怪盗団スパイダーマンは捕まえなければいけない存在であると考えている。法の下ではなく自らの思想の元に悪人を裁いている君たちは危険な存在だからね」

 

「手厳しい意見、どーも」

 

「だけど、今の優先順位はスパイダーマスクの方が上だ。キミも怪盗団も自分なりの正義に従って行動を起こしているが、あいつらの相手を選ばない暴力には正義があるとは思えない」

 

「ならば認めたくない存在と手を組んででも正義でない存在、いわば悪を倒す方が先決だと?」

 

「その通りだ。考えには反するけど手を貸してくれるなら心強い。昨日のキミは事件を解決するだけでなく子供が手放した風船を取ってあげてたそうだし、ある程度は信頼できるからね」

 

「えっ、もしかしてそれ見てたの?」

 

「まさか、その時はテレビの収録中だよ。これでも仕事上いろんなところに目があるから君がスパイダーマスク発生以前から活動してたことも知ってるし、悪事を働いてないことは確認済みだ。もっとも僕の目が届く範囲での話だから、隠れて犯罪を行っている可能性はゼロじゃないけど」

 

「これは侮れないな……恐れ入ったよ、探偵王子。ニューヨークでもやっていけるんじゃない?」

 

「誉め言葉として受け取っておくよ。それじゃあ情報共有と行こうか」

 

 手に持ったスーツケースからいくつかのファイルを取り出す明智吾郎。ボクは何も持ってないからレンズにPDFファイル表示して台本を読む役者のように情報を語るしかない。あるいは暗記。

 こういうのがスーパーヒーローのつらいところだよ。やれやれ、車の一台でも欲しいところだ。

 

 


 

 

「スパイダーマンをはめる陰謀説。そしてスパイダーマスクは本物に対する予告状、と。陰謀説については僕も考えていたけどスパイダーマスクを予告状として考えるのは面白い手法だね」

 

「ああ。ボクは犯人がミステリオじゃないかと考えてる。探偵王子の意見を聞かせてほしい」

 

 雨宮君や三島君の意見を基に組み立てた情報、そしてミステリオと戦った経験を補足して明智吾郎にミステリオ犯人説を語った。ミステリオの幻覚はある程度他人を操る力があり、操られた一般人を暴徒化させた実績もある。だが、それを聞いた上での明智吾郎の表情はどこか暗かった。

 

「確かにいい線行ってるとは思うよ。だけど、君の言う通り仮説を出ないがスパイダーマスクを予告状として考えるのなら心の怪盗団も犯人候補として挙げるべきだね」

 

「心の怪盗団を? 彼らはヒーローだって聞いた。悪人を改心させて罪を自白させるって。おっと、これはキミの前で言うべき発言じゃなかったか」

 

「そう、そこだよ。心の怪盗団は悪人を改心させて罪を自白させるとされている。裏を返せば彼らには心を操る手段があるということだ。その上でこれを見てほしい」

 

 そう言って手渡してきたのは名前と顔写真、そして容態が記された多くの人々のリストだった。

 

「これは……カルテかな?」

 

「僕なりにまとめたものだけどね。これはスパイダーマスクとして犯罪を働いた人々のリストだ」

 

「えっ、こんなに? 明らかに僕が捕まえた量より多いじゃないか」

 

「日本の警察は優秀だよ。報道されない事件が多いっていうだけでこれまでに30人以上逮捕してる。ただ、ここまで来ると混乱を治めるために警察が報道を規制している可能性もありそうだ」

 

「……報道規制か。心当たりがなくはないね」

 

 脳裏に浮かぶのは取材協力した記者の大宅さん。彼女がスパイダーマンに関する記事を出せなかった理由がこれなのではないか。

 

「話を戻そう。彼らの容態だが診断した病院は精神暴走事件の被害者と同一であると判断した」

 

「精神暴走事件?」

 

「日本で起きてる不可解な事件だよ。人が突然暴れ始めたり意識がなくなる事件で、4月には地下鉄脱線事故を起こして多くの被害者が出てる。容疑者にはその間の記憶がないという厄介な事件で、スパイダーマスクとして逮捕された人にも同様の特徴が見られてる」

 

「なるほど、スパイダーマスクはまさにマスクを被った精神暴走事件というわけか。探偵王子はその犯人として心の怪盗団を疑っているわけかい?」

 

「ああ。悪人が罪を自白する、いうならば善人に改心させられるのならその逆で善人が罪を行う方向へ改心させることもできると僕は考えている。彼らが犯人という可能性も考えたい」

 

「……個人的にはそうじゃないと考えたいね」

 

「その心は?」

 

「ただの勘だよ。ボクの勘って結構精度は高いからね」

 

 同じ正体を隠すヒーローとして信頼したい。というのもあるけど。

 

「なるほどね。あくまでもこの意見は僕の考えだ。僕が考えている怪盗団なら逆に事件を解決しようとしているだろうし、最低限は犯人の可能性を疑っているだけだよ。むしろ君を犯人と考えて予告状を送り付けて改心する可能性もありそうだ、警戒しておいてくれ」

 

「Wow、住所不定のスーパーヒーローに予告状を叩きつけに来るのか。それは面白そうだ」

 

「見物になりそうだね。もし届いたらこの番号に連絡してくれ。僕のスマホにつながる番号だ」

 

 明智吾郎は手帳にサラサラと番号を記すとページを破って手渡してきた。

 

「OK、怪盗団に出会ったら電話するよ……ってこの流れで渡してくるということはフェイク?」

 

「本物さ。スパイダーマスク事件解決まで共同戦線と行こう」

 

「了解。履歴が残らない公衆電話からかけるよ」

 

「手慣れてるね。うっかり自分のスマホからかけるようなら逆探知して正体を暴いてやろうかと考えたんだけど、そうはいかないみたいだ」

 

「あらら、気が抜けない取引相手だね。ま、仲良くやろうよ。こっちは心の怪盗団の方に何とかして接触できないかやってみる。後は普段通りスパイダーマスクの悪事阻止だね」

 

「なら僕はミステリオについて調べてみる。そもそも彼がこの国にいるのかどうか、いるのならどんな活動をしていたか調査するよ。見つけたら……よし、テレビで合図する。しばらく夕方の生放送番組にゲスト出演するんだ。見つけたら白い手袋を付けるからそれがサインだ、連絡してくれ」

 

「人気者ならではの連絡手段だ、羨ましーい」

 

「これも一種の役得さ。それじゃ、また会おう」

 

 明智吾郎はひらひらと手を振ると屋上から立ち去った。それじゃ、ボクもパトロールの続きと行こう。ビルの縁に立って足元に広がる駅前広場の喧騒を見下ろしたその時──

 

 

 突然、視界が暗転した。

 

 

「なっ──?」

 

 異常があるのは視界だけで、スパイダーセンスは危険を感知していない。しかし、突然周囲の音が減った。駅前広場を歩いていた人々の会話や車の音が消え、呼吸音と風の音だけが残った。

 

 


 

 

「探偵王子、まだいるかい!?」

 

 呼びかけてみるが彼の反応はない。既に声が聞こえる範囲にはいないのだろうか。顔に触れるとマスクのざらついた感触があって頬を引っ張れば痛みもある。触覚や痛覚に異常はなくどうやら視覚にだけ異常があるようだ。まさか、ミステリオの幻覚に巻き込まれているのか? 

 それにしてはぼやけた感覚がしない。となるとこれは……レンズに仕込んだカメラの異常かな? 

 

「レンズの縁に触れて強制手動モードに切り替えて……っと」

 

 ウェブシューターやスーツの状態を表示する機能は生きている。外部を映す機能だけが故障しているようだ。やむを得ず昔ながらの目視確認に切り替えた。

 

「よし、これでちゃんと見えるようになった! ……いやいや」

 

 ちゃんと見えるようになっただって、これで? 自らの発言を疑わざるを得ない光景が足元に広がっている。自らが立つビルも含めて周囲のビルには電光掲示板が大量に設置されており、駅前広場には見覚えがあるRuby-Red Stairs、赤い階段が存在していた。

 

「気が付くとそこは懐かしのタイムズスクエア……なわけないだろ、日本とどれだけ離れてると思ってるんだ。これミステリオの幻覚だよね?」

 

 細部が本物のタイムズスクエアと異なっているけど、感覚としてはかなり現実に近い。マスクを奴が用いる幻覚作用がある煙を吸い込まないように改良したのにこの有様だ。ミステリオを見つけてとっちめるか煙が巻かれているであろう範囲から離れるかしないと。

 

 思考を巡らせていると、地上の方で突然轟音が鳴り響いた。

 

 今度はなんだ? 目視だから望遠機能は使えないが赤い階段が破壊されているのが見えた。円状に抉り取られた階段の中央には黒い大男が立っている。幻覚かもしれないけど何かありそうだし見に行ってみるか。ビルから飛び降りつつウェブをひっかけて落下速度を落として着地っ、と。

 

「やあ、ミスタージャイアント。こんなところで何してるんだい?」

 

 ゆらり、とこちらを向いた大男はまるでライノ*1を思わせるかのような図体で、鋭い黄色の瞳でこちらを睨んできた。大男が階段を破壊して起きた土煙が晴れ、全身が露わになる。

 

「──ぷっ。上半身ムキムキマッチョなのに下半身は普通よりも小さいのか。いろんなヴィランと戦ってきたボクだけどこんなに愉快な外見の奴は初めて見たよ」

 

「うるせぇ! 全身タイツの蜘蛛男がそれを言う資格ねぇだろ!!」

 

 軽口に大男が反応した。が、口元が動いた様子が全くない。

 

「下だ、コンニャロウ!」

 

 下? 大男の足元を見つめて声の主を探そうとしたその時、肌を覆うかのようなざわつく感覚が生じた。蜘蛛の第六感、スパイダーセンスが危険を察知している。スパイダーセンスに従って首を小さくそらす。顔の横を小さな鉄球がすり抜けていった。

 

「ほぉ、流石はスパイダーマン。向こうでの活躍は本物ってわけか」

 

 声の主は黒猫をマスコット化したかのような小さな生物。その手には装飾が施されたパチンコ。

 

「……ミステリオ、幻覚の精度高くなったとちょっとだけ見直したけどこれはないだろ。街が結構リアルなのに敵が巨大な蛇やゴーストなんかじゃなくて童話のネコちゃんとか手抜きすぎるって」

 

「幻覚でもねぇしネコじゃねぇ! 認知上の存在とはいえ軽口まで本物そっくりかよ!」

 

「認知上の存在? それってどういうこと──ッ!!」

 

 スパイダーセンスが再びざわつく。今度は体をねじるかのように大きく跳躍しその場を離れる。あの猫もそれを見て咄嗟に距離を取ると、先程までボクらがいた場所に雷が降り注いだ。

 

「外したか……! 賊にしてはなかなかやるようだな」

 

「ミステリオ様の脚本にあなたたちはいません。ご退場願いましょうか」

 

「Huh! 下半身が蛇のヴィラン共の登場か! そうこなくっちゃね!」

 

「おいおい、囲まれてんのにそんなこと言ってる場合かよ!」

 

 雷がバチバチいってる槍を持った蛇男に怪しい瞳でこちらをみつめる蛇女。それが軽く見た限りで合わせて10体ほどがボクらを包囲している。絶対に逃がさないぞ、と言葉はなくとも言ってくる奴らに慌てるネコ。カオスな状況がニューヨークらしくなってきたな、とマスクの下で笑った。

 

「囲まれているからこそ、さ。軽口叩いて勇気を絞り出して悪に挑む。ボクはいつもそうやってきたからね。それで、君はどうするんだいテーマパークのマスコット?」

 

「まともな名前で呼べねーのかお前は! ったく、仕方ねぇ……!」

 

 大男ともにネコはボクに背を向けて蛇人共に向かって戦闘態勢を取った。

 

「あいつらはシャドウと言ってワガハイにとっても敵である存在だ。一時的だが共闘してやるよ。終わったらワガハイの話に付き合ってもらう、いいな?」

 

「シャドウ? しゃれた名前だね、ちょっとうらやましいかも」

 

 同様に猫に背を向け、手をパキパキと鳴らす。

 

「ボクはスパイダーマン。スパイディでもウェブヘッドでも呼び方はなんでもOK。君は?」

 

「モナだ。こっちのでっけぇのはゾロ。それじゃ、行くぞスパイディ。へばんじゃねぇぞ!!」

 

「よぉし、いっちょやってやろうか!」

 

 蛇男が槍をふるう。放たれた電撃をかわしながらボクらは互いに敵へ突入する。ウェブを建物にひっかけ、粘着力を生かして高速で跳躍。勢いそのままに蛇男の顎を蹴り飛ばす。ひるんだ隙に手首からウェブを放ち、相手を掴むとグルグルとハンマー投げの要領でぶん回して壁へぶつける。

 

「やぁやぁ蛇人間の諸君! ここからは親愛なる隣人が送る蜘蛛男ショーの時間だ! みんなまとめて冬眠の時間だよ!」

 

 回した蛇男をかわそうとした蛇人間たちが体勢を立て直してそれぞれの武器を構える。

 

「黙れ、スパイダーマン! この数をどうにかできると思うなよ!」

 

「ならそれを今から証明して見せるさ!」

 

「面白い……その言葉、後悔しないことね!」

 

 蛇女たちが奇声を上げて突撃してくる。芸がないね。ニヤリと笑みを浮かべながら腰を低く落とし──足に込めた力を解き放つ。蜘蛛の身体能力が一瞬で空中へと運んでくれる。突撃してきた蛇女たちは勢いそのままにぶつかり合ってもみくちゃになる。蛇男たちが飛び上がったボクに向かって槍を向け、叫ぶ──

 

ジオンガ!!」

 

 その言葉と共に槍が電気を帯び、槍を振るうと電撃が放たれた。

 

「へぇー、電気の魔法でも使えるのかい、君たち?」

 

 残念だったね? 

 

 咄嗟にスーツの一部をウェブで覆う。そして、放たれた電撃をはじいた! 

 

「なっ……ジオンガが効かないのか!?」

 

「こっちがどれだけエレクトロ*2と戦ってきたと思ってるんだ! スーツには絶縁体仕込んでるし、ウェブの耐電性もバッチリさ! さしずめ電撃耐性持ちってところかな!」

 

 驚愕する蛇男たち、もみくちゃになっている蛇女たち。もう一手差し込む! 両手を蛇人間たちへ向けながら回転しつつ──ウェブを思いっきりぶちまける! 

 

ウェブ・ブロッサム!!」

 

「くぅっ! み、身動きがぁ!!」

 

 何人かはまだ動けるようだが、ほとんどの身動きを封じることに成功した。ここからどう料理してやろうか。周囲の使えそうなものを探していると、モナの声が聞こえた。

 

「よし、続いて行くぞ! どきなスパイディ!!」

 

 大男の姿が何故か消えているのが気になったが、ナイフ片手に切り込んできたモナが煙に包まれる。すると現れたのはモナカラーのワゴン車。

 

「Amazing! 車に変身できるとは恐れ入ったよ!」

 

 ほめたたえる声に答えるかのように車へ変化したモナが加速して蛇人間たちをひき潰し追い打ちをかける。蛇人間たちは黒い体液を吹き出すと、体が崩れてチリとなって闇へと還った。なるほど、故にシャドウか。

 

「油断してんじゃねぇ、まだ残ってるぜ!」

 

 ドリフトするかのようにボクの傍で急停車するとモナは再び猫の姿へ戻った。

 

「こいつらは人間じゃねぇ。手加減する必要は一切ないぞ!」

 

「それもっと早く言ってよ! 全力なら一撃必殺なのに!」

 

「ほんとかねぇ……おあつらえ向きに残ってるのはナーガ共か。手本を見せてやるよ!」

 

威を示せ! ゾロ! 

 

 モナの叫びと共に先程の黒い大男が姿を現す。手にした剣をふるうと辺りに風が吹き荒れた。蛇男の電撃みたいなものか? 吹き飛ばされないように踏ん張っていると、蛇男がみな風で体を切り裂かれているのが見えた。

 

「こいつら、シャドウには弱点の攻撃ってのがある。それをうまく突けば戦いやすいぜ?」

 

「殴る蹴るしかできないボクには関係ない言葉だね」

 

「蜘蛛糸があるじゃねぇか。さて、もう身動き取れる奴はいねぇ。フィナーレと行こうぜ!」

 

 掛け声とともに突然体中に力がみなぎった。全力で相手を叩きのめせる、その力でとどめを刺すのだ。そんな暗示がかかっているかのように。好都合だ、利用してやる! 

 

「我らの恐ろしさを味わえ!」「Eat this!」

 

 蜘蛛男と猫。奇妙な二人はシャドウたちへ総攻撃を仕掛ける──!! 殴る蹴る切る叩く投げる、持てる力の全てを使った猛攻にシャドウたちは命を吹き出し、闇へ還った。

 

「──Phew」

 

「ジ・エンドだ」

 

 


 

 

「……ふむ、大体は理解した。お前の状況から察するにワガハイのパレス侵入に巻き込まれたんだろうな。それに急な状況だったから気付かなかったが、お前は認知上の存在とは違うしな」

 

「認知上の存在? 一体どういうことだい?」

 

「言ったろ? ここはイセカイのパレス。人が持つ欲望が具現化した世界であってな──」

 

 戦いが終わるとボクらはモナが破壊したRuby-Red Stairsに腰かけながらお互いに情報交換を始めた。

 モナ曰く、ここは人々の認識が生み出した世界でイセカイと呼んでいる。簡単に言うと人の心の世界であり、この奇妙なニューヨークもどきの町はミステリオの心の中の世界らしい。モナがパレスと呼ぶこの場所にはミステリオが認識している他の人もいて、それが認知上の存在らしい。

 そして、ミステリオのパレスはスパイダーマンがいる場所に出現するらしくモナがパレスに侵入する際に条件でもあるボクが巻き込まれたんじゃないかとのこと。

 

「ということはボクがミステリオの認識上のスパイダーマンじゃないかって疑ってたのか?」

 

「最初はな。だが、こうして近くで見てみれば匂いが違うから気付いた」

 

「匂いでわかるとか猫じゃなくて犬の方がふさわしくないかな」

 

「犬じゃねぇし猫でもねぇ!!」

 

「わかったわかった。それじゃあ僕からも質問。あのゾロとか言うでっかいやつはなんだい? 君の意思に従って動いてるように見えるけど」

 

「あれはペルソナ。誰もが心に秘めているもう一人の自分がこの欲望に満ちた世界に対する反逆の意思として具現化した存在だ。さっき戦ったシャドウに対抗する手段でもある」

 

「なるほどね。でもボクにはそんな力はないから羨ましいよ」

 

「なんだと!? それなりにやるようだとは思っていたがペルソナ抜きとはな……てっきりどこかで覚醒させてきたのかと思ったぜ」

 

 全くだよ。そんな不思議な力があるのならボクも欲しい……いや、面倒なことになる気がする。シンビオート*3と言いボクが新しい力を得ると大抵代償がついてくるんだよね、悔しい。

 

「ところで、モナはこんなところで何をしてたんだい?」

 

 もしかして、ミステリオを改心させようとか? 

 

 直球で聞くとモナは鋭い目つきで睨んできた。

 

「怖い顔しないでよ。実はちょっと前までとある名探偵とスパイダーマスク談義しててね。あの偽スパイダーマン軍団をどうにかするために、真犯人捜査の協力を取り付けてたんだ」

 

「名探偵……ああ、噂の明智吾郎か」

 

「批判してくる人物のことは流石に知ってるか。彼は「心の怪盗団は一般人の心を操作してスパイダーマスクを作り出している可能性がある、ただし彼らの正義に背く活動であり可能性は低い」と言ってたんだ。心の中の世界とか聞いたら疑わざるを得ないだろ」

 

「ほぉ。あの明智吾郎がねぇ。お前も明智も見る目はあるじゃねぇか」

 

「お褒めの言葉ありがとう。それで、君はミステリオがスパイダーマスク事件の真犯人とみてこの世界にやってきたでOK?」

 

「そういうことだ。本来なら仲間がいるんだがどうも別の場所に飛ばされたみたいで、気がついたらあの赤い階段の中にいたんだ。なあ、スパイディ。目的が同じなら協力しないか?」

 

 ふむ。口元を抑えて少し考え込む。この奇妙な状況は正直言ってミステリオの幻覚ではないかと疑っている部分はある。あいつの幻覚はスパイダーセンスを麻痺させるレベルで、マスクのフィルター機能を強化したとはいえ完璧に防ぎきれるとは思えない。

 探偵王子から心の怪盗団犯人説を聞いた直後に心の怪盗団と出会うとは、正直言って何者かに踊らされているのではないかと疑いたくはなる。自分が不幸体質であるという点も含めて。

 

 だが不慣れな東京で裏社会方面込みで捜査するには正直言って時間がかかりすぎるし、帰国のタイムリミットを迎える可能性が高い。ミステリオを現実世界からのアプローチで探せないのなら。

 

「──よし、手を組むのもありだね。Let's shake on it?」

 

「は?」

 

「取引成立、記念に握手しようってことさ。英語が苦手とか女の子にモテないよ」

 

「そ、そんなわけあるかー! いや、でも英語ができればパンサーと……」

 

「パンサー。雌猫の名前とみた」

 

「ちげーよ! 怪盗団のメンバーだ。お前もあってみればその美貌に驚くぜ」

 

「Huh、それは楽しみだ。期待してるよ」

 

 気になる人物が出てきたところでモナと握手を交わし、心の怪盗団との取引成立。それじゃ、ミステリオの心を探索開始っと! オタカラとか出てくるといいなぁ。

 

「しかし噂の心の怪盗団のメンバーがこんな猫とは。やるね」

 

「だーかーらー! ワガハイはネコじゃねぇ!」

 

 


 

 

 スパイダーマン、スパイディとの取引成立させたワガハイ、モルガナはスパイダーマンの背中にしがみついていた。そして、肝心のスパイダーマンはというと。

 

「Yeeeehaaaaw!」

 

「バ、バカ野郎! 早すぎるっての!!」

 

「えー、これくらい普通だよ?」

 

「お前の普通はワガハイにとって普通じゃねぇ……!」

 

 蜘蛛糸、本人曰くウェブを駆使して街を南に向かって進んでいた。このパレスはとても広大で改心に必要なオタカラの気配がよくわからない。なんとなく南の方に何かある気がしたのでスパイディにしがみついて移動している。

 

 車になればいいだろって? 

 

 スパイダーマンは「免許持ってないし荒い運転しかできないよ?」とのことなので逆に断ってきたが、それに内心ほっとしている自分がいる。今の自分は力不足なんじゃないか、と不安だから。

 心の怪盗団にクイーンという頼れるブレーン、そしてナビという強力なサポーターが加わったことで自分が怪盗団においてこなせる役目が減ってきた自覚がある。せいぜいメメントスで皆を運ぶ足役くらいだ。戦闘においても役に立てる機会が減ってきた気がしなくもない。

 

 モルガナは心の怪盗団に必要とされていないのではないか? 

 

 そんな考えが頭から離れず、スパイダーマスクの一件で心の怪盗団が足踏みせざるを得ない状況でなければ逃げ出していたかもしれない。偶然とはいえ足としての役目をスパイダーマンに求められなかったことに安堵している。もしも、このままこいつが改心に協力してくれるのなら……

 

 移り気な思考がまとまらない。だからワガハイだけ皆とは別の場所に出たのかもしれない。

 

 当初の作戦ではミステリオのパレスに潜入後、認知上のスパイダーマンもターゲットの一つだった。スパイダーマンと敵対している相手の認識上の存在とはいえ、何か本物につながる情報が出ると考えていたのだ。そこから本物に接触を図ろうと考えていたが思わぬ形で出会ってしまった。

 

 

 思考の揺れはまだ収まりそうにない。

 

 

*1
サイの能力を持つヴィラン。媒体によってサイがモチーフのパワードスーツだったりサイの遺伝子を取り込んでいたりと差があるが、基本的にはパワードスーツの方が多い。

*2
電撃を操るヴィランで、媒体によっては自らを電気に変えることができたりと非常に強大な力を持つ。

*3
一時期スパイダーマンに強大な力を与えた生物。とある事情から分離した結果、ヴェノムというヴィラン誕生につながった。




 スパイディ・アイテム・コレクション

・レンズ
 スパイディメモ
 スパイダーマン超科学ガジェット! って名前で売り出せば子供だけでなく大人も買いそうなくらいに高性能なレンズ。小型スクリーンとして情報を映し出したり、カメラや望遠機能もあったりとまさにハイテクな一品。ホライズンラボっていうところの協力がなかったら完成しなかったよ。

 心の怪盗団メモ:フォックス
 瞳部分は仮面のデザインにおいて重要な部分だ。俺たち心の怪盗団の仮面は基本的に瞳周りに装飾を施しつつ骸骨や豹といったトレードマークを押し出したデザインとなっている。スパイダーマンの場合は蜘蛛の巣の覆面に着けた瞳を全面的に押し出しつつ、表情に合わせて自由に動く目がトレードマークと言ってもいい。ある意味モルガナに通じる部分があるかもしれんな。


・怪盗団ポストカード
 スパイディメモ
 心の怪盗団の存在は予告状で広く知られている。で、その予告状に描かれていたカッコいいロゴマークと『TAKE YOuR hEaRT』の一文をあしらったポストカードがこれだ。探偵王子への予告状ならぬ協力要請状として使ったけど、入手が大変だったなぁ。プレミアもついてるとか。

 心の怪盗団メモ:ジョーカー
 俺たちが使っている予告状のデザインをそのまま使ったシンプルなポストカードだ。店では赤い封筒にカードが入っている状態で売られていて、噂によると通常版に紛れてスカルが書いたロゴ版のシークレットがあるとか。確かに鴨志田事件にしか使わなかったからレア物ではあるが。
 取引相手に送れば……少なくともスカルには好評だろうな。時々ロシナンテで探してみよう。
 

・ウェブ
 スパイディメモ
 ボクが改良しているのはスーツやウェブシューターだけじゃない。ウェブそのものも改良しているんだ。エレクトロ対策に耐電性、強度や伸縮性に粘着力等改良している部分は多岐にわたっている。ただ……調合代も馬鹿にならないのがね。日本では貴重な薬品を使っているから現地調合しようとしたら金欠確定。持ち込んだ量も多くないし残量に気を付けながら使わないと。

 心の怪盗団メモ:パンサー
 街をビュンビュン飛び回るあの姿にはちょっと憧れがあるのよね。誰も見てないときに鞭で同じことができないか練習したことがあるんだけど、やっぱり鞭じゃ再現できないかぁ。でも、その練習もあってスパイダーマンがどれだけウェブの扱いに長けているか分かった。彼と同じみんなのヒーロー、心の怪盗団として私ももっと頑張らなきゃね。


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Team up / 星が交わる時

大変お待たせしました。


 20XX年9月17日:ミステリオパレス:南エリア路地裏

 

 街を歩く人々すら作り物の幻想の劇場において一般人の反応を見せた不審な老人。彼を尾行していたジョーカーとモナは路地裏に入り込んでいた。老人が周囲を見渡すと、何かから隠れるように突然路地裏に入ったのだ。尾行している一人と一匹も警戒しながらついて行く。

 

「明らかに怪しいぜ……ここまで来ると素人にも見えるが油断は禁物だな」

 

「俺たちはこのパレスに入り込んだ招かれざる客だ、一瞬の油断が命取りとなることはわかっている。時に慎重に、かつ大胆にやって見せるさ」

 

 モナはその回答に「その通りだ」と言葉はなくとも称賛していた。老人は路地裏を歩き続ける。ナイフやたばこをちらつかせるチープなギャング姿の人々──市民と同じくこちらを気にしてこない──をすり抜けて、奥へ奥へ。突然敵意を向けてこないかと注意しながら尾行を続ける。

 そして、老人の歩みは路地裏の突き当りで止まる。ゴミやフェンス、建物に囲まれたちょっとした広場となっているそこで立ち尽くすと建物の壁を見上げていた。

 

「何もないな。こういう場所には落書きや誰かの愚痴なんかがよく書き記されているものだが」

 

 老人が呟いた言葉をジョーカーは聞き逃さない。そして、老人は告げる。

 

「だが無地のキャンパスだからこそ描けるものがある。そう思わないか、怪盗よ」

 

 気付かれていたか。だが相手のハッタリという可能性もある。ここで姿を見せるのは悪手であると考えてモナを手で静止しつつ様子を見る。

 

「出てこないか。スパイダーマンであれば文句の一つでも言いながら出てくるのだがな。まあそれも演出としては面白い。ならば貴様の代わりに私が名乗るとしよう──」

 

 老人が手を広げる。同時にどこからか煙が立ち込めてきた。咄嗟に口元を抑えるが少しは吸い込んでしまい、体の力が抜けてしまう。歯を食いしばって何とか耐えたが、物陰から姿を現してしまった。老人がニヤリと笑みを浮かべてジョーカーを見つめる。

 

「さぁ、仮面の奥に隠した瞳を刮目するがいい! 我こそは世界最高の幻術師!!」

 

ミステリオ!! 

 

 煙に包まれた老人が姿を変える。緑のスーツに紫のマント、顔をすっぽりと隠す水晶玉のようなヘルメット。何もなかった壁にミステリオの姿が描かれると共にパレスの主が臨戦態勢で現れた。

 

「マジかよ、もう主のお出ましか! ジョーカー、行けるな!?」

 

「やれなくはない……だがこの状況で挑むのは無謀だ。隙を見て撤退するぞ……!」

 

 懐に隠したモデルガンをミステリオに向かって構える。思い込みが力を持つこの世界においてはモデルガンは本物と同様の力を持つ。足元を崩すダウンショットを放とうとしたその時。

 

 鉄球がモデルガンを弾き飛ばした。

 

「──モナ?」

 

 モナはパチンコをジョーカーに向かって構えていた。戸惑うジョーカーに向かってモナはそのまま数射する。手首、足首、膝。弱点を撃ち抜かれたジョーカーは膝をつく

 

「ハハハ、おいおい、いつからオレがあのにゃんこだと勘違いしていた?」

 

 モナ──否、偽モナは声色を変えてジョーカーをあざ笑う。

 

「私は心の怪盗団が来ることを予想していた。故に存分に情報収集してから貴様らの到着を待ちわびていたのでね。まずは頭を落とすことから始めることにしたのだよ」

 

「精巧な偽物と仲間を進入時にすり替えてやる。加えて警戒せずに貴様らを迎え入れてやれば油断する隙が生まれるだろう、とな」

 

「上手く誘い出して窮地を迎えたその時! リーダーは仲間の凶弾に倒れるのであった……これぞまさに最高のショーだ! 人々のヒーローが信じるべき仲間の真偽を見抜けなかったことで命を落とす。私好みの演目だな。スパイダーマンとの対決前の余興としては面白かったぞ」

 

「ッ、貴様……!」

 

 歯を食いしばりながらミステリオと偽モナを睨みつける。ミステリオはジョーカーが落としたモデルガンを拾うとまじまじと見つめた。

 

「ほほう。なかなかに出来がいい銃だな。小道具としての出来は最高ではないか。コソ泥にはもったいない一品だな。貴様にはもっとおもちゃらしい拳銃の方が似合っているのではないか?」

 

 水晶玉の中でニヤニヤ笑っているであろうミステリオがモデルガンをジョーカーの頭に向けて狙いを定める。そして、躊躇なく引き金を引いた。広場に破裂音が響く。

 

 倒れたのは──ミステリオ。

 

「な、あっ……!?」

 

「おもちゃの拳銃がふさわしいといったか? お前は一つ勘違いしている」

 

 おもちゃの拳銃にも使い道はあるのさ。そう笑うジョーカーの袖からおもちゃの拳銃の銃口が覗いていた。それは空気砲。怪盗団が扱う簡易的な武器で、威力は低いが取り回しやすく緊急時用に仕込んでいるのだ。認知によって低い威力が強化されて相手を吹き飛ばすくらいの威力はある。

 

ペルソナッ……!」

 

 立ち上がり、体勢を立て直したジョーカーが仮面に手を触れて反逆の力を奮い立たせる。

 

「アラミタマ、ミラクルパンチ!」

 

 出現したのは怒りの表情を浮かべた赤い勾玉のような物体。高速で回転しながら突撃し、戸惑っていた偽モナをぶっ飛ばして体勢を崩した。わずかに生じた隙にジョーカーは再び叫ぶ。

 

「アヌビス、デクンダ!」

 

 叫びとともに現れたのは天秤を構えた黒い犬の顔をした人型。傾いていた天秤が平衡になるとジョーカーの体が淡く輝き、ガスの効果がジョーカーの体から抜けて健康状態に戻った。

 アラミタマとアヌビス。本来ペルソナは一人一体しか持たないが、ジョーカーにはワイルドという特性を持っており、複数のペルソナを宿している。これによって様々な状況に対応できる彼は例えるならワイルドカード。これが彼が心の怪盗団のジョーカーである理由の一つだ。

 吹き飛ばされたミステリオが落とした拳銃を取り戻し、ミステリオに向かって構える。

 

「なるほど、これがペルソナか。たかが精神力と侮ったのは間違いだったな……!」

 

「甘いな、ミステリオ。俺たち心の怪盗団をその程度で倒せる訳がないだろう。加えて大切な仲間を詐称した罪、そう簡単に許してやると思うな!」

 

 ジョーカーは戸惑いなく引き金を引く。ミステリオがマントを翻すと、銃弾が弾かれた。

 

「フハハハハ、そう焦るな怪盗。私の演目は精々上映前の舞台挨拶が終わったところだ。これから始まるショーを是非とも楽しんでもらいたいものだな。近いうちにまたお目にかかろう」

 

 笑い声と共にミステリオは煙の中へと消えていく。マガジンが尽きるまで発砲を続けるが当たった感触はなく、残されたのは偽モナとジョーカーのみ。だが、偽モナは体勢を整えていた。勝負は互角に戻ったのは、わずかな間だけ。

 

「そういうことだ、ジョーカー。ここからただで逃がすと思うなよ?」

 

 偽モナが指をはじくと、煙が渦巻きシャドウが出現した。空を切り裂いて現れた鷲の体に獅子の頭を持つアンズー。ゴミ箱から這い出てきたどこか体が崩れている化け物、ピシャーチャ。各種二体現れたことによって数は五体。流石に一人では厳しい状況──だが。

 

 ジョーカーはまだ諦めていない。何故なら。

 

 

『伏せろ、ジョーカー! 広範囲攻撃行くぞ!』

 

 

 窮地に仲間が駆けつけてくれると信じていたから。伏せると同時に、上空から風が吹き荒れた。

 

「覚悟しやがれ! マハガル!!」

 

 空から聞こえる相棒の声と共に風が煙を吹き飛ばすと共にシャドウ達を切り裂く。ただし、アンズーは風攻撃を反射する特性を持っているため無傷どころか攻撃が跳ね返った、が。

 

「甘い甘い! フタバのパレスでどれだけ反射されて苦戦したと思ってんだ?」

 

 相棒はわずかに体をひねって反射された風を回避してジョーカーの傍に着地した。

 

「遅かったじゃないか、モナ」

 

「わりぃ、ちょっと手間取った……で、こいつがワガハイの偽物か?」

 

「ああそうとも。待ってたぜ、本物さんよ」

 

 偽モナがニヤニヤ笑いながら本物のモナを見つめている。一触即発の状況で通信が聞こえる。

 

『待たせたな、ジョーカー! 無事みたいだけど、状況はどうなってる?』

 

「ナビか。偽モナにおびき出されて罠に嵌められて2対5と行ったところだ。しかしそっちもよくモナが偽物であることに気付けたな」

 

『気付いたのはついさっきだ。突然通信がつながらなくなったから慌ててジョーカーのところへ急行してたら本物のモナとばったり会って、それで状況を把握したんだ』

 

「そういうことだ。全く、ワガハイが最初から入れ替わっていることにくらい気付けっての!」

 

「すまない。後で寿司をおごる。ちゃんと箱入りだ」

 

「ニャハッ!? 約束だぜ、忘れんなよ!」

 

『現金だなー。気付けなかった私が言うことじゃないけど』

 

「……おい、テメェら! 真面目にやる気あんのか!?」

 

 偽モナがキレて地団駄を踏む。ペースを完全に乱された彼は──仕込まれた伏兵に気付かない。

 

「やる気のあるなしを問う前に君は警戒心が足りないね!」

 

 背後から放たれた白い糸が覆面に貼り付いた。偽モナが気付いた時にはすでに時遅し、白い糸が偽モナの覆面を剥がしてその正体を暴いた。露わになったその正体の顔は白いヒヒ。覆面が奪われたせいか変装が解けて現れたのは心の怪盗団がトートと呼んでいる小型のシャドウだった。

 

「よっと! 偽モナの覆面ゲット! ボクの新しいマスクに改造しようかなー」

 

 壁に貼り付きながら手首から蜘蛛糸を放ち、偽モナの正体を暴いた赤と青の全身タイツの男。彼の登場に偽モナ、もといトートだけでなくジョーカーも驚きその名を呼ぶ。

 

「「スパイダーマン……!?」」

 

「そう、ボクの名前はスパイダーマン! あなたの親愛なる隣人さ!」

 

 名乗りを上げたスパイダーマンは壁を蹴って空中で一回転。モナと同じようにジョーカーの隣に降り立つと手を差し出してきた。

 

「はじめまして、キミがジョーカーだね。モナから事情は聴いてる。今は敵に囲まれてちょっとピンチってわけだ。詳しい事情は後で話すとして、蜘蛛糸の助けは必要かい?」

 

「ふっ……そうだな、遠慮なく力を借りるとしよう」

 

『夢のタッグキター!』等とナビが叫ぶ声を聴きながら、ジョーカーは差し出された手を握り返す。そして、ジョーカー、モナ、スパイダーマンの3人で戦闘態勢をとった。

 

「先に言っておくけど、ボクはペルソナとか言うのは持ってない。代わりに物理的にボッコボコにすることとウェブを使った妨害は得意だから足止めは任せてくれ」

 

『それとジョーカー、1個注意な。ミステリオに潜入がバレたせいか周囲のシャドウの反応が増えててこのままだと脱出できなくなる。周囲にクイーンたちを配置して増援をそっちに通さないようにはするから、急いでそいつらをぶっ飛ばすんだ。なるはやで頼むぞ!』

 

「了解した。だが、この十全なメンバーなら不安もあるまい。スパイダーマン、一つ聞くが──」

 

 懐から小さくあるものを見せてスパイダーマンに視線を向けた。言葉がなくとも考えていることが分かった彼が頷くのを確認してからシャドウ達に視線を向けると、待ちくたびれたトートがどこかから取り出した本を振り回していた。

 

「散開!」

 

 トートが唱えたフレイラという魔法がジョーカーたちに向かって炸裂する。スパイダーマンは咄嗟に上空へ飛び上がり、モナは小柄な体を生かしてシャドウの足元を潜り抜け、ジョーカーは転がって回避と、三者三様にかわした。

 

「モナ、こちらの攻撃後にアンズーを撃ち崩せ! スパイダーマン、ひるんだ敵をウェブで拘束して足止めしろ!」

 

「了解した!」「yes sir!」

 

 仮面に手を触れてアヌビスを呼び出す。連続使用は疲労が凄まじいが、この程度は問題ない! 

 

「光に焼かれるがいい──マハコウガ!」

 

 アヌビスが手をふるう。5体のシャドウが祝福の光に撃ち抜かれ、特にピシャーチャは弱点ということもあってひるんで倒れこむ。

 

「ハッ、そんなの効くわけないだろ、馬鹿か!?」

 

 祝福の攻撃が効かないトートが笑っているが、その間にスパイダーマンは空中に蜘蛛の巣を作り、ひるんだピシャーチャを空中に蹴り上げて蜘蛛の巣に貼り付けていく。

 

「Hey モナ! もっと獲物をよこしなよ!」

 

「わかってるっての、受け取りな!」

 

 モナはパチンコを引き絞り、蜘蛛の巣から逃れようと上昇するアンズーの翼を撃ち抜く。姿勢を崩したアンズーは蜘蛛の巣へ落下、そこへスパイダーマンがウェブを放って強固に拘束する。

 

「予想以上にちょっと暴れてるね。そんなに長くはもたないよ、ジョーカー!」

 

「ほんの少し持てばいい! それが作戦だ」

 

 ジョーカーは懐にしまっていた武器を取り出す。ニヤリと笑いながらモナも同じ武器を取り出し、蜘蛛の巣に向かって放り投げた。燃料が入った小さな瓶。いわゆる──火炎瓶である。蜘蛛の巣に貼り付いたそれをジョーカーは即座にモデルガンで撃ち抜き、蜘蛛の巣を大炎上させた。

 

「「GYAAAAAA──!?」」

 

「うわっ、凄い悲鳴だね。今使ってるウェブってすごく強度は高い代わりに耐火性に難があって割と燃えやすいんだけど、まさかここまで燃えるとは。火炎属性を弱点にしちゃったとか?」

 

「ただの火炎瓶でも割と燃えるんだ。お前の蜘蛛糸が合わさったらこうもなるだろうよ」

 

「──さて、残るはお前一人だな?」

 

「クソがぁ! こんなめちゃくちゃな連中とまともにやってられるか!!」

 

 残り一体となったトートが背を向けて逃げ出す。逃がすものか。ジョーカーとモナが互いの武器を構えて追いかけようとする。その横を蜘蛛糸を飛ばして加速したスパイダーマンが駆け抜ける。

 

「待ちなよ、モンキー。怪盗団との顔合わせなんだ、最後は派手に行こうじゃないか!」

 

 スパイダーマンがウェブを放ちながらトートに殴り掛かる。勢いそのままに壁に貼り付くと壁を蹴って跳躍。再びトートへ殴り掛かって壁に貼り付く。跳ぶ。殴る。貼り付く。跳ぶ。殴る。貼り付く。跳ぶ。殴る。貼り付く──見失ってしまいそうな速さで飛び回る。

 

 彼の姿が見えなくなった時、トートは壁や地面をに貼り付けられていくつものウェブで拘束されていた。さながら、巨大な蜘蛛の巣に囚われた獲物の様で。

 

「Get ready !? マキシマムスパイダー!!」

 

 スパイダーマンの叫び声が空から聞こえた。勢いそのままに落下するスパイダーマンがトートを蹴りつける。ブチブチと切れながらも蜘蛛糸が弾力を発揮し、地面まで蹴りつけられたトートが空中に放り出される。そして、スパイダーマンはからかうような声で──

 

Havin' fun ?

 

 楽しんでもらえたかい? そう、問いかけた。同時にトートは空ではじけて、闇へと還る。

 

 

「──ほう。あれは総攻撃か?」

 

「だな。間違いないぜ」

 

 心の怪盗団は認知を利用して悪人の心を改心させているが、イセカイの戦闘においても認知を利用している部分は多い。シャドウを窮地に追い込んで「負けてしまう」「もうどうしようにもない」と言った心理状態に持ち込んで、シャドウから見た心の怪盗団を強大な存在と認知させる

 これによって一時的に増した力で一気にシャドウを始末する攻撃を総攻撃と呼称している。スパイダーマンが先程放ったマキシマムスパイダーという攻撃もその類と見ていい。

 

 仲間になってくれるのなら期待できるな。などと考えていると──

 

 

『──あ、あわわわわ! ヤバイヤバイ!! 強力なシャドウ接近中、ジョーカー急げ!!』

 

 ナビの悲鳴交じりの警告が聞こえた。

 

「わかった、逃走ルートは!」

 

『北方向から接近中、タイムズスクエアまで戻る余裕はない! 一か八か大通りからこのまま南方向に突っ走ってイセカイと現実世界の境目から脱出するぞ!』

 

「了解した。スパイダーマン、北から敵が接近中だがお前はどうする?」

 

「逃げるっていうなら付き合うよ。一度色々と情報を整理したいところだしね。親愛なる隣人警備キャンペーン中だし、護衛はお任せあれ」

 

 ウインクしながら敬礼する蜘蛛男が心強い。大通りに向かって三人で急いで駆け出す道中で、周囲に散らばって敵を食い止めていた仲間たちと合流する。

 

「うぉっ、本物のスパイダーマンじゃん! やっぱこう、迫力? みたいなのが違うな!」

 

「お褒めの言葉ドーモ、Mr.スカルヘッド。君も結構イカしてるぜ」

 

「後で一枚絵を描きたいのだが、いいだろうか」

 

「ああもう興奮すんな男共! 今は逃げるのが先でしょうが!」

 

 スパイダーマンに歓喜した男性陣にパンサーがキレたり、ナビが息絶え絶えになりながらついてきたりとと俺たちらしい場面を挟みながら、大通りに出た。北の方を向くと緑色の煙が迫ってきている。恐らくあれはシャドウに関係する何かだろう。巻き込まれるのは不味い。

 

 

「モルガナ!」

 

「わかってるっての! 仕方ねぇなぁ!!」

 

 


 

 

 モルガナが車の姿へ変身する。急いで乗り込む心の怪盗団たちを横目にボクは、スパイダーマンは車の屋根に飛び乗った。

 

「スパイディ、何やってんだ!? 早くワガハイの中へ入れ!」

 

「どう見ても追い付かれる方が先だ! ボクが屋根の上で迎撃する、フルスロットルで飛ばせ!」

 

「そうさせてもらおう。振り落とされるなよ、スパイダーマン!」

 

 ジョーカーの忠告と同時に車が勢いよく発進した。おおー、加速力はいい感じだ。それなりに速度出てるしスーパーヒーローの車並みのスペックはあるんじゃないかな。頭の中で軽口をたたきながら屋根の上にしっかりと手足を貼り付けて体を固定した。

 

「ニャフッ!? く、くすぐってぇ……」

 

「集中しろモナー! 変な反応したら座席が揺れるんだっての! スパイダーマン、聞きたいことがあるからなるはやで答えろ! NYCWallCrawlerっていうのはお前が使ってる端末か!?」

 

 車内から叫び声が聞こえる。確かモナと一緒にウェブスイングしてたらバイクに乗って追いかけてきた怪盗団の女の子。コードネームは確か……

 

「そうだけど、それがどうしたのさナビ!?」

 

「ちょいと端末ハッキングさせてもらうぞー! 失敗したら勘弁な!」

 

「なっ、それ本気で言ってんの!?」

 

 端末というかレンズに仕込んだコンピューターの名前は確かに正解だ。だけどハッキング対策でセキュリティ強化してるから簡単には──とか考えてたら、レンズのシステムが落ちた。そして勝手に再起動すると、この奇妙な世界に来てから不調だった機能が正常に機能していた……ワーォ。

 

『とりま、イセカイに対応できるようにシステム調整と通信機能で私達怪盗団とつないだ! わたしのペルソナの探知能力とリンクさせてるが、レーダー機能はちょい時間かかるから待ってろ!』

 

「そこまでしてくれるとか君すごいね。怪盗団の椅子の人*1、ってやつかな?」

 

『ニヒヒ、そうともいう……敵シャドウ急速接近、来るぞ!』

 

 迫りくる緑の煙の中をレンズの動体検知機能で覗くといくつかの飛行物体の影が見えた。グライダーのようなものに乗ったシルエットには見覚えがある……そして嫌な予感がすっごく。

 

 煙を切り裂いて小さなブーメランのようなものが飛んできた。

 

「甘いっての!」

 

 ウェブを発射してブーメランをからめとってぶん回し、煙の中へ放り込んだ。直後、ブーメランが爆発。煙が晴れると共に飛行物体が現れる。飛行物体達が現れる。

 

HAHAHAHAHA!! 」「HAHAHAHAHA!! 」「HAHAHAHAHA!! 

 

「やかましい! 普段僕も軽口でうるさいけど笑い声重ねまくるとかただの不協和音だっての!」

 

「それはどうかな?」「それはどうかな?」「それはどうかな?」

 

「……人の話聞く気ないな、こいつら。ああ、そうか。元々君らって──ゴブリンだもんね」

 

 頭を抱えるボクの周りをグルグルと飛び回りながら笑い声を浴びせるのはグリーンゴブリン

 グリーンのゴブリンスーツを身に纏ったヴィランで高い身体能力だけでなく爆弾付きブーメランとジェットエンジン付きグライダーで火力と機動力を合わせもつボクの宿敵──なんだけど。

 

 明らかに数が多すぎる。一人や二人どころじゃないぞこれは! 

 

「Hey navi! ゴブリン何人いるか教えて?」

 

『無茶ぶりだな!? 一応数えてはいたけど……探知出来た範囲で約100人、だ』

 

「……冗談だろ?」

 

「ギャハハハッ! 冗談じゃないだなこれが!」

 

 ゴブリンの一人が掛け声をかけると空にゴブリンが集結していく。一人二人十人三十人。レンズの機能で捉えた数はちょうど100人。すごーい、100匹ゴブリンの編隊飛行だ! まさにアメーイジング! ……とか言ってふざけて笑ってる場合じゃないぞこれは……! 

 

「聞け、賊ども! 我らはこのニューヨークを支配するゴブリンレギオンなり!!」

 

「この街へよくぞ侵入したな? そこだけは褒めてやろう!」

 

「貴様らには特別に我々から贈り物をしてやるとしよう」

 

「贈り物ねぇ……美味しいパンプキンパイなら大歓迎!」

 

『甘い味付けならレヴューは星5にしてやってもいいぞ!』

 

 ボクの軽口に乗っかるナビ。ヤケになってると見た。その気持ちよくわかるとも。 

 

「HAHAHAHAHA!! よかろう、では特別にパンプキンボム増量提供と行こうじゃないか? ゴブリンレギオンアルファチーム、攻撃開始せよ! 30秒後にブラボー、チャーリーと続くのだ!」

 

「「「「Yeeeehaaaaw!」」」」

 

「Oh my god……ゴブリン共の空爆だ……!!」

 

 無数のゴブリンが隊列を組んでハロウィンのカボチャを模した球体の爆弾を投下し始めた。ウェブで撃ち落とす、あるいは掴んで放り投げるなど力一杯迎撃するが如何せん数が多すぎる! ナビの通信を通して聞こえる車内も大混乱の様子だ。

 

『お、おいおいおい! 空爆とかかわせんのかよモナ!!』

 

『ワガハイに言われてもどうしようにもないっての! ニャータリーエンジンは全開で回してる、爆弾を交わす分は運転するジョーカーに任せるしかねぇ!!』

 

『いくらジョーカーの運転センスが高いとは言っても限界があるわよ! この状況じゃ私が運転を変わるのは無理だし、いっそ私が囮に……!』

 

「その声はバイクの女の子、クイーンだろ!? 君がバイクで囮になろうにも──うわっ、あぶなっ!! この状況じゃかえってモナの進路の妨害になりかねない、やめてくれ!」

 

『だが、今明らかに爆音が近かったぞ! そっちは大丈夫か!?』

 

「ギリギリだけど、通信に混ざる余裕はある! けどこの状況何時まで続くのさ……!」

 

『もうちょっと、もうちょっとでイセカイを抜けるはずだ! それまで頑張れ!』

 

「『簡単に言ってくれる……!』」

 

 ジョーカーと愚痴の内容、タイミングが一致する。マスクの下で思わず笑みを浮かべた。

 そうさ、下手な冗談で相手をからかいながらマスクの下で笑って勇気を絞り出して戦うのがボクのやり方なのだ。まだ笑えてるうちはやれるさ、もうひと踏ん張りだ。小癪な連中め、とゴブリン達が苦々しい表情でこちらを見ているのが見えた。再び空爆が始まるが──

 

『スパイダーマン。派手に揺れるぞ?』

 

 通信越しにジョーカーの声が聞こえた。きっと、彼も同じような笑みを浮かべているのだろう。

 

「揺らすぞじゃなくて確定事項ね……わかった、落ちないよう気を付けるけどサポートは切らさないとも。安心してドライブを楽しんでくれ」

 

 ウェブを足元へ飛ばし、車と自分をしっかりと固定した。運命共同体ってやつ? 

 

『頼もしいな。モナ、後ひと踏ん張り行くぞ』

 

『ったく、しょうがねぇなぁ……! エンジン120%だ、ぶっ壊れたら承知しねぇぞ!!』

 

 車がスピードを上げる。空爆の着弾点がズレてボクが手を出すまでもなく見事にかわした。さらに右へ左、左へ右と車を蛇行させて相手が狙いにくい軌道を描きながら通りを駆け抜ける。空爆がわずかに乱れて隙が生まれたところで──ジョーカーがもう一手、行動を起こす。

 

『パンサー。この辺りで右は行けるか?』

 

『この辺りは……大丈夫、行ける! 右に曲がってもすぐ別の通りに出るよ!』

 

「──なるほどね。ウェブでサポートする、速度気持ち高めでOKさ!」

 

 ジョーカーが返事代わりに大きくハンドルを切り、車体が大きく揺れる。かなりの速度でハンドルを切ったため横転しかねないほどに傾きそうだが……! 

 

「ウェブドリフト、なんてね! うーん、語感はいいけどイマイチ」

 

 ウェブを建物に向かって飛ばし、手元でがっしりと掴む。急に曲がって不安定になる挙動を力づくで安定させた。そして、同じように曲がって隣の通りに出ると再びモナが南へ加速する。

 ゴブリン達は急な軌道変更に対応できず、空爆の雨が一時的に止んだ。ジョーカーの作戦成功、ってね。

 

『ナイス、スパイダーマン。もうすぐ出口……あっ』

 

『ナビ、どうしたの? ……何か嫌な予感する声なんだけど』

 

『や、ヤバいっ! この速度で現実世界に出たら壁とかに激突して死ねる! ジョーカーブレーキブレーキ!!』

 

「ちょっ、このスピードで!?」

 

 恐らくジョーカーが慌ててブレーキを踏んだ。車が前のめりになるどころかそのまま前転しかける。そして、突然視界が光に包まれた。

 

 ウェブで足を固定していたボクは対衝撃体勢を取ることが出来ず──

 

「ぐぇっ!!」

 

 突然出現したビルの壁へ頭から激突した。

 

「ちぃっ!」「ニャァッ!」「うわっ!」「きゃぁっ!」「むうっ!」「っと!」「ぬわーっ!」

 

 何が起きたのか戸惑っていると怪盗団の面々の悲鳴が聞こえる。多分同じように着地失敗したと見た。本当ならここで軽口の一つや二つ飛ばすところなんだけど。

 

 ……あたりどころ、不味かったのか。意識が遠のく中で電子音声が聞こえた──

 

 

『現実世界に帰還しました。お疲れ様でした』

 

 


 

 

 パレスから脱出する際に侵入時とは別の場所から出ると、現実世界に戻った時は侵入時とは別の場所に出ることになる。現実世界とリンクした欲望の迷宮であるが故の特徴だ。

 

「皆、無事か?」

 

 俺たちがいたのはどこかの路地裏。侵入した渋谷の駅前広場でないのは確かだった。

 

「いきなり放り出されたのもあるけど、なんとかね」

 

「日頃の経験から咄嗟に受け身を取れたのもあるがな。だが、スパイダーマンは……」

 

 起き上がって体の状態を確認する怪盗団の面々と違って床に大の字で転がっているスパイダーマンは微動だにしない。真が恐る恐る手やマスクの口元に手を当てて状態を確認する。

 

「……大丈夫。脈はあるし息もある。本来なら目の状態も確認したいところだけどマスクを剥がしていいのかしら」

 

「変身ヒーローの素顔を暴くのは禁止だぞ! それに目なんて見ればわかるだろ」

 

「まあ確かに見ればわかるな……つーかなんでモナじゃないのに現実でも目が自由に動いてるんだけど。あんなに大きな目なのに普通に目を閉じてるとかどんな構造になってんだ?」

 

 確かに謎である。アニメのように自由自在に動くその目はどうなっているんだ。

 

「お前ら何やってんだ……? ここがどこなのか確認してきたワガハイを見習えっての」

 

「助かる、モナ。それでここはどこなんだ?」

 

「聞いて驚け、四軒茶屋だ。すぐそこにルブランがあるぜ」

 

 ルブラン。ジョーカーこと雨宮連の保護者である佐倉惣治郎が経営する小さな喫茶店で、雨宮はそこの屋根裏部屋に住んでいるのだ。最近は怪盗団のアジトとしても使っているためかなりの人数が部屋に入ることが多くそのうち床が抜けるのではないか、と少し不安だったりする。

 

「マジかよ!? ってことはアジトから直でパレスに入ることもできんのか?」

 

「条件であるスパイダーマンがいる場所を満たせるのならな。付近をスパイダーマンに飛び回ってもらえれば条件を満たすのはたやすいだろうが、俺たちに警察等の目が向く可能性もある」

 

「渋谷の方が人目も多いしそっちでやるべきね。何はともあれ移動しましょうか。それに意識がないスパイダーマンを放置するわけにはいかないし、何とかして運ばないと」

 

「安心しろ、今日はそうじろーは古い知り合いに会いに行くとか言ってて店にはいない。目立つスパイダーマンも気を付けながらなら運べるだろ」

 

 なるほどな。怪盗団の男性陣がスパイダーマンを抱え、女性陣が周囲の様子を観察する。言葉を交わすことなくテキパキ行動する仲間たちを見て──ジョーカーは一つ、思いつく。

 

 

「皆待ってくれ。竜司、俺の部屋の段ボールから取ってきてほしいものがある」

 

 

 竜司に取りに行かせたのは自分の私服。それを相変わらず意識がないスパイダーマンに着せて一見気分が悪い男性に見せかけると竜司と二人でとある建物に連れ込んだ。

 

「じゃ、俺はアジトに戻るかね。皆で待ってるぞ」

 

「ワガハイも席を外すか。また後でな、ジョーカー」

 

「ああ」

 

 モナ入りバッグを竜司に託して建物に入りスパイダーマンを連れ込んだ部屋の前に立つ。事前に決めた通りの回数ドアをノックする。

 

「待って、モルモット君。すぐ開ける」

 

 ドアを開けたのはくたびれた雰囲気──最近はよく笑うようになった──のパンクロッカーな女性、武見妙。女性がいた部屋はどこか消毒液の匂いがする診察室。

 彼女は四軒茶屋で診療所を経営する医者であり、雨宮は彼女が開発した薬の治験に参加する代わりに彼女が調合した特別な薬を販売してもらっている。購入した薬は怪盗団のパレスにおける活動で負傷した際の治療に役立てており、言わば彼女は心の怪盗団の取引相手であった。

 

「全く。突然見てほしい患者がいる、それも秘密で、なんて言って人を連れてきたと思ったらまさか噂のスパイダーマンとはね。あなたの交友関係どうなってるのよ」

 

「すまない。近くの路地裏で倒れていたから放っておけなかった」

 

「犬か猫を拾う感覚で連れてくるもんじゃないでしょ、全く。そもそも彼全身タイツで財布は持ってないみたいだけど治療費どうするのかしら」

 

「え、っと……俺が払います」

 

「……まあ、いいわ。君には普段からお世話になってるし。半額でサービスしてあげる」

 

 その代わり次の治験はとびっきりの薬だから。耳元で囁かれた言葉に背筋が冷えるのを感じたがもともとそういう取引だ。次の治験に備えてしっかり度胸を鍛えておこう。そう決意して診察室に入ると──ベッドに腰掛け黄昏ている上半身裸のスパイダーマンの姿が。なんだこれは? 

 

「……ん? ああー、もしかして君ジョ──―」

 

「無事だったか、スパイダーマン」

 

 コードネームで呼ばれかけたので咄嗟にさえぎる。取引相手である彼女がいるこの状況で自分が心の怪盗団、並びにその関係者と疑われるのは不味い。

 

「無事かどうかでいうと無事かな、うん。さっき飲まされた薬が凄く苦かったんだけど何アレ?」

 

「シャキットカプセル。目まいや物忘れ、眠気に効く気付け薬よ。気分はどうかしら?」

 

「最悪。効果は認めるけど味はどうにかならないのドクターレディ?」

 

「良薬は口に苦し、って言葉知ってる? 第一味が良くても効果がない薬は基本的には役に立たないから。味が悪い代償に効果がある薬の方がずっとマシよ」

 

「……君、このドクターとどういう関係なの?」

 

「……主治医?」

 

「ええそうね。可愛いモルモット君の主治医よ」

 

 本当にどういう関係なんだ? 細くなった瞳からスパイダーマンの困惑が伝わってきた。楽しんでないか、この医者。笑ったのが聞こえたぞ。ジョーカーとしては短い間だが会話も交わしたが、雨宮蓮として会うのはこれが最初。頼むから変な印象を植え付けないでくれ……! 

 

「とりあえず軽く見た限り深刻な怪我はしてないみたいね。胸と肩を強打しつつ、頭にも強い衝撃受けたみたいでこぶができてる。ひとまずハンゲン軟膏塗ったから痛みはすぐにひくはずよ」

 

「……ハンゲン軟膏?」

 

 半額でも3200円と地味に高い薬では。

 

「脳に悪影響があるかもしれないからしばらくは睡眠薬等は避けるように。どうせ再診には来ないんでしょ、マスクヒーローさん?」

 

「まあね。パスポートを見せるわけにはいかないし、手持ちも心もとないし」

 

「そんなことだと思った……となると他の医薬品も持たせた方がいいか。大治癒促進パッチ……は支払い担当のモルモット君の顔が青くなったしやめておこっか?」

 

 勘弁してください。半額でも45000円の医薬品は本当に財布にダメージがデカい。

 

「それじゃ、ハンゲン軟膏と小治癒促進パッチを処方するからしばらく待ってて。起床時と就寝前に強打した部分に軟膏を塗って特に痛む部分には小治癒促進パッチを貼ること。いいわね?」

 

「ラジャー、ドクター」

 

 指を二本伸ばし、目元にあててシュッと飛ばす。いかにもチャラい動作に武見さんは苦笑しつつ医薬品が置いてある部屋に向かった。そして、二人だけになった部屋で互いに向き直る。

 

「……で、君が心の怪盗団のジョーカー、でいいんだよね?」

 

「さて、な。偶然スパイダーマンが倒れているのを見かけた一般人と言えば通らなくはないが、否定する時間が惜しい状況だ。ああそうとも、俺が心の怪盗団のリーダー、ジョーカーだ」

 

「だろうね、髪型と声がまんまだし。ボクは親愛なる隣人、スパイダーマン。改めてよろしく」

 

「よろしく頼む。彼女がすぐに薬を持って戻ってくるだろうから単刀直入に言う。俺たち心の怪盗団に力を貸してほしい、スパイダーマン」

 

「その目的はミステリオを倒すため……いや、改心させるためってことでいいのかな」

 

「ああそうだ。モナからパレスについて聞いているか?」

 

「ミステリオの心の中の世界、つまりさっきまでいた世界だろ? それを出現させるためには奴が執着しているスパイダーマンがいる場所という条件が必要だと聞いてる。そのためにそっちの指示で市民の前に姿を現せってことかい?」

 

「鋭いな。本来ならミステリオのパレスに存在するであろう認知上のスパイダーマンに接触し、現実世界のスパイダーマンにつながる情報を得るつもりだったが……目論見が外れた」

 

「ミステリオの心の中にいるボクからスパイダーマンに連絡を取る手段を探そうとしてたの?」

 

「ああ。そうだ。ネットからスパイダーマンはマスクに電話を仕込んでいる可能性がある、という情報を掴んだ。ヴィランならその電話番号に関する情報を知っているかもしれないと思ってな」

 

「なんと無茶な……上手くいかなかったらどうするつもりだったんだい?」

 

「怪盗チャンネル経由で予告状を出しておびき出す」

 

 派手にやるつもりだね! ほんと、漫画のスーパーヒーローみたいだよ。マスクの下で笑っているスパイダーマンに不敵な笑みを浮かべて返す。悪人っぽい? そっとしておけ。

 

「まああんな世界を見た以上手を貸すのはいいとも。だけど一つ条件がある」

 

「条件?」

 

「ああ。こっちが手を貸すだけじゃない。お互いに協力しないか? 具体的にいうと──」

 

 ボクをパレスに連れて行ってほしい。

 

「……そういうと思ったよ」

 

「ダメかい?」

 

「難しいところだ。スパイダーマンはペルソナを持っていないが十分パレスで戦えるだろう。だが今回の一件は状況が状況だったが、正直まだ信用が置けないのが一番の理由だな」

 

 スパイダーマンの評判は善人悪人で半々。怪盗団は彼を信用するには値するが、完全に信頼するかどうかで言えば否だった。評判では善人、中身は悪人。怪盗団が改心させてきた悪人はそういう連中で、スパイダーマンもその可能性がゼロではない。

 理解が足りないヒーローに背中を任せるには不安が残る──そう考えていた時。

 

「──なら、これが理由になるかな」

 

 スパイダーマンがマスクを脱いだ。

 

 突然の行動に驚きつつ、マスクの下の見知った素顔に戸惑う。彼は言葉を続ける。

 

「ボクは普段マスクで顔を隠している。それは正体がバレて周囲の人間が危険にさらされるのを防ぐためだ。君たちが正体を明かさないのも似たようなものだと考えてるけどどう?」

 

「……沈黙は肯定として捉えるよ。これでお互いの正体を握ったことになる。元々知り合いでもあるし、互いに重要な秘密を握ったとなれば信頼できるだろう?」

 

「パレスが危険な場所なのは知ってるとも。だけどミステリオはボクの相手だ。心の怪盗団にとって敵であるだろうけど、スパイダーマンが戦うべきヴィランなんだ」

 

 覚悟を決めるように。スパイダーマンがマスクの下に隠していた鋭い目と共に口を開く。

 

大いなる力には大いなる責任が伴う

 

「ボクがスパイダーマンでいる責任を果たすために、この力を君たちに貸す。代わりに怪盗団の力を、ボクに貸してくれ。君たちみたいにかっこよく言うのなら取引だ。どうかな?」

 

 彼が手を差し出した。その手を俺は迷うことなく取った

 

 彼が俺に伝えたのはただの言葉でしかない。だが、言葉と共に表れた信念を俺は信じられる。

 瞳の奥に輝く信念の形は違えど、俺たちと同じところを目指しているトリックスターであると確信を持てる。

 

 

 スパイダーマンとの取引が成立した。どこかから、少女の声が聞こえる――

 

 

我は汝……汝は……

汝、たなる契りを得たり

契りはち、

囚われをらんとする反逆の翼なり

我、し人のアルカナが宿す大いなる力を得たり

自由へと至る、なる力とならん……

 

 

「取引成立。世が裁けぬ悪を改心させる心の怪盗団の手腕に期待しているよ――」

 

「無論だ。大いなる責任を果たそうとする親愛なる隣人の力に期待しているとも――」

 

 

「雨宮連」「ピーター・パーカー」

 

 

 互いの真なる名前を呼びあい、ニヤリと笑いあった。

 

 

 反逆の意思を育てる人間関係『吊し人』コープが解禁された。

 

 そして、心の怪盗団と親愛なる隣人が手を組み共に戦う時が、チームアップする時が来た。

 

 トリックスターたちの物語は幻想の劇場へと誘われてゆく――

*1
映画に出てくる、椅子に座りながらヒーローにあれこれ指示を出す“椅子の男”







<ミステリオ、お前に話がある

<本来ならおまえが事件を起こして怪盗団をおびき寄せて罠にかける予定だった

<ところが現実はどうだ? おまえが起こした騒ぎが大きすぎて逆に怪盗団も動かない状況だ

どう責任を取るつもりか……と言いたいのかな?>


そもそもの話だが、私は貴様の脚本に従うつもりは全くない>


<なんだと? わざわざ日本に呼んでやったと言うのにこの私に逆らうというのか?

逆らう? 面白い冗談だ。私ではない、貴様が逆らっているのだよ>


思い通りにならぬヒーローを操るからこそ面白い。当然、私の脚本に抜かりはないとも>


全てを手の上で転がして満足するようなありきたりな演出家にはわからんだろうがな>


<ふん、戯言を……役目は果たすのだろうな?

契約は遂行するとも。これは貴様の望みだが、私の望みでもあるからな>


<いいだろう。だが貴様の命は私が握っていることを忘れるなよ

面白い。奴隷に既に逃げられたことに気付かぬ愚かな船長の発言ではないな>


<……ほう? まさか逃げられるとでも?

<貴様の動向は私の配下である特捜部が常に追っていることを忘れたか

その程度かわしてみせるとも。最後に演出家として予言してやろう>


貴様はスポットライトを動かす人間としては一流だ>


この私を呼び出した手腕、事態を膠着化させた手腕は見事な物だ>


だが、スポットライトを浴びる価値があるヴィランとしては実力不足である>


野望の光に目を焼かれ、足元の奴隷に気付けず舞台から引きずり降ろされるに違いない>


では、さらばだ。ああ、契約は果たすとも。心配しなくていい、小物よ>


<貴様……!口を慎め!私を誰だと思っている!!

ヴィランだとも>



「この私には遠く及ばない三流だがな!」

 貸し与えられた端末が罵声を聞き取って雇い主とのチャットに自動入力される。それを見届けると端末を破棄。スーツに着替えた老人はアジトを出た。

「動くな!!」

 雇い主が感情に任せて自分を処分する指示を出したのか、すぐに武装した警官達に囲まれてしまう。だが、この程度あの軽口がやかましい蜘蛛男に比べれば大したことない。

「が、ウォーミングアップとしては悪くない獲物だ」

 スーツが緑色の煙を放出し、戸惑う警官達を幻想の世界へと誘い込む。自らが得意とする幻想の世界で彼らを翻弄しながら、老人は付けなれた顔を覆う球体のマスクの中で呟く。

「私はここにいるぞ。私はここで待っているぞ。早く来い――」


 スパイダーマン、そして心の怪盗団よ! この私、ミステリオが貴様らを始末してやろう!!

 老人の叫び声に警官の悲鳴が混じる。阿鼻叫喚の喧騒が通りを満たす光景をミステリオは満足そうに眺め、誰の物とも知れぬ笑い声を最後に、いつしか――アジトがあった場所は静寂へ還った。


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MiSSiON STaRt ! / 動き始めるヒーロー達

大変長らくお待たせいたしました。
次回更新も……多分お待たせしそうですが、読んでくださるだけでとてもうれしいです。
今回の話も楽しんでいただけると幸いです。



 20XX年9月17日、純喫茶ルブラン屋根裏部屋。

 

 心の怪盗団のアジト兼雨宮連の自室となっているそこに怪盗団の全メンバーが集っていた。事前に話は聞いていたけど見るからになかなかに個性的なメンバーだ。スーツを脱げばさえない高校生のボクとは大違いな君たちなのによく正体バレないね。

 

「私一人の調査であっさり正体がバレたことがあるけどね」

 

「それは真の調査力が高かっただけなんじゃ……」

 

「実際のところバレたのはリュージの不用意な発言が原因だけどな」

 

「し、仕方ねぇだろ!まさか聞かれてるとは思わなかったんだし!」

 

「今の時代はどこに目があるかわからないからね。アメリカも日本もそこは変わらないからヒーローにはやりにくい時代だよ。公衆電話でヒーロー姿に着替えるのも難しいか」

 

「警察に通報すればそのまま不審者として連行もワンチャン」

 

 そうなったらスパイダーマンの名前は数十年間笑いものにされかねないぞ。この時代も悪いことばかりじゃないんだけどね。やれやれ。肩を落としながら席に着き同じテーブルを囲む。

 

「それじゃ、改めて。ボクはピーター・パーカー。アメリカ、ニューヨークのマンハッタンにあるミッドタウン高校に通ってる高校二年生だから君たちと大体同い年で、その正体は――」

 

 スパイダーマン。

 

 蜘蛛の巣をモチーフにした装飾、闇に輝く白い瞳が特徴の赤いマスクをちらつかせながら正体を語った。ただの高校生に着替えて出直してきたボクを見た時点で察しただろうけどね。

 

 


 

 

 スパイダーマンとの一時的な協力体制、そしてパレス攻略に同行する件について怪盗団のメンバーは了承してくれた。マスクを脱いで素顔と正体を明かしたことも効果的だったけど、

 

「ジョーカーが、俺たちのリーダーが信頼するのなら俺たちも信頼する」

 

 とのこと。硬い信頼関係で結ばれている彼らが少しうらやましいよ。ボクの信用している仲間といえば……ワタナベ警部をはじめとした一部の警察くらい?量はともかく質で負けた気がする。

 

「よし、これで全員揃ったな。状況を確認していこう」

 

 ジョーカー、もとい雨宮君が皆を見渡して声をかける。怪盗団の参謀であるという一歳年上の女の子、新島真が何枚かの資料をテーブルの上に置いていくが日本語で書かれているからボクにはほぼ読めないのがネック。マスク被らないと翻訳機能使えないからなぁ。

 

「今回のターゲットはミステリオ。本名はクエンティン・ベック、昔ハリウッドでSFXをはじめとした特殊効果で名をはせた男で日本で公開された映画でも何本か彼が関わった映画があるわね」

 

「私もネットで調べたら見たことがある映画があってびっくりしたよ。ほら、中学一年の頃にやってたパニックジュラシックって映画あったでしょ?恐竜が大暴れして研究所を壊すシーンでの爆発や食い殺される研究員はミステリオの演出らしいよ」

 

「あーっ、あれか。すっげえ迫力だったのは覚えてるわ。もしも恐竜が現実にいたらーって考えてよく眠れなかったっけな」

 

「ただし肝心のシナリオがいまいちだったから本国では不評。派手なアクションと演出は日本好みだから日本ではそこそこ高評価みたいね……まあ、日本でもシナリオはやっぱり不評だけど」

 

「技術はあっても作品として世に出る場所が悪かった……ということか」

 

「そういうことだよ、フォックス――おっと、喜多川君だったっけ」

 

「ああ、喜多川でも祐介でも構わない。後で一枚スパイダーマンの絵を描きたいんだ。機会があればよろしく頼む、ピーター」

 

「No problem.その代わりかっこよく描いてくれよ」

 

 拳を突き出すと、喜多川君がそれに合わせる。契約成立、なんてね。新島さんが咳ばらいをしながら睨んできたのでミステリオに関係ない話はこの辺にしよう。

 

「で、演出家としていまいちパッとしなかった彼は特殊効果の才能を生かしてヒーローになろうと考えた。そこで目を付けたのがスパイダーマン、つまりボクね。スパイダーマンに成りすまして悪事を働いてからの「ミステリオ参上!覚悟しろスパイダーマン!」的な感じでスパイダーマンを倒して有名になるつもりだったんだ」

 

「うわっ、典型的なマッチポンプじゃん。その時は大変だったんじゃないの?」

 

「本当にね。全く、弁護士の一人でも雇ってこういう偽物に対処してもらおうかと思ったよ」

 

「そういう手もあるのか……もし怪盗団の仲間増やすとしたら、弁護士探す?」

 

「竜司。ピーターは冗談で言ったんだと思うが。後政治家の知り合いはいても弁護士はいない」

 

「わ、わかってるっての!てか政治家の知り合いがいる蓮もスゲえよ……」

 

「微妙に面白くないジョークはその辺にしましょう。ピーター、ミステリオの能力について詳しく解説を頼んでもいいかしら。イセカイにミステリオがいるってことは戦うことになるでしょうし」

 

 ぐぇっ、新島さんが辛辣だ。言わなくてもいいだろ。

 

「OK.ミステリオの能力を一言で言うなら幻術だ」

 

「幻術かぁ……私のペルソナが使うテンタラフーみたいなものかな」

 

「テンタラフー?」

 

「あっちの世界、つまりイセカイで使える魔法で相手を混乱させる作用があるみたい。後で私たちが使える技の名前と効果をリスト化して送りましょうか?」

 

「そういうことね。リストも後でもらうよ、新島さん。ミステリオの場合はテンタラフーを使ってくると思えば間違ってはないと思う。正確には特殊な薬品が調合されたガスをスーツから噴射して相手にいろいろな幻覚を見せてくるんだけど……残念だけど対策は結構難しいかな」

 

「難しい?あのスパイダーマンでもか?」

 

「ミステリオに目をつけられてるスパイダーマンだから、だよ。研究し尽くして改良したガスを使ってくるから、マスクを二重にしても完全には防げない。厄介なことにあいつのガスを吸ってるとボクが持ってる危険感知能力スパイダーセンスが不調になるくらいだし効果はかなり危険だ」

 

「ってなるとイセカイでも同様かも。おイナリや真はあっちだと結構攻撃かわしてるけど、勘が鈍って回避能力が落ちるかもだ。永続デバフってやつかな」

 

「ガスの効果で幻覚が見えていたとしたら距離感もつかめん。物理攻撃に頼ることも多い俺にとっては厳しい相手だな」

 

「残念なことにガスの効果を無視できたとしても、あいつは精巧なホログラム発生装置を持ってる。ジャパニーズコミックで例えるとニンジャの分身の術みたいなことしてくるよ」

 

「薬で脳を騙し、映像で目を騙す、ってか。やれやれ、ガスをワガハイのペルソナで吹き飛ばしたとしてもそう簡単にうまくいきそうにないぜ」

 

「で、それはあくまで現実世界での話だろ?あの鴨志田のスパイクがイセカイだったらすごく強化されてたみたいに、ミステリオの幻術もイセカイなら強くなってそうだ」

 

「リュージにしては賢いじゃねぇか」

 

「うっせぇ!」

 

「とにかくガスに対して何らかの対策が必要だな。使えそうな装備を後で探しておく」

 

「じゃ、私はホログラムの方で何か対策できないかちょっと考えてみる。ナビの方もジャミング対策必要だしこれは骨が折れそうな予感だなぁ……チラッ」

 

「……ついでにお徳用うみゃあ棒も買ってくるよ」

 

「ヨシッ!」

 

 ガッツポーズする佐倉さん。隣にいた坂本君にいつもこうなのか、と耳打ちして聞いてみる。佐倉さんは雨宮君の保護者の娘ということで、ちょっとした兄妹みたいに懐いているらしい。

 

「ターゲットについてはこれくらいでいいだろう。それでミステリオは今回のスパイダーマスク騒動の推定首謀者かつ、アメリカでもすでに悪事を働いていることから改心対象としては問題ない」

 

「で、後は念のために全会一致を取るんだが……これ、スパイディには言ってなかったか?」

 

「初耳だね。詳しく聞かせてよ」

 

「俺らは元々性根が曲がった大人に苦しめられた経験があったんだよ。そんな俺たちが心の怪盗団を始める時に、改心させる相手は大物を狙おう、って話があった」

 

「そうすることで心の怪盗団が有名になって、困っている人を勇気づけられるって考えたの。ただし、誰彼かまわずにターゲットを選ぶんじゃなくて、皆が改心に賛成できる相手を選ぶ」

 

「故に心の怪盗団が改心を行う際は相手が行っている悪事の規模にかかわらず全会一致という方法をとっている。これなら俺たちが進むべき道を誤ることもないだろう」

 

「誰か一人なら道を間違えてしまう時も仲間が止めてくれる。そう信じあえる私たちならではの掟、かしらね」

 

「人呼んで心の怪盗団鉄の掟!だ。ヒーローにはこういうのつきものだからなー。初めて聞いた時はちょっとだけワクワクしたのを覚えてるぞ」

 

「――Amazing」

 

「え?」

 

「あ、いや。純粋にすごいと思っただけだよ」

 

 全会一致。心の怪盗団ならではの掟であり、基本一人のボクには、スパイダーマンには縁がない言葉だ「お互いに監視しあっているだけで犯罪者であることに変わりはない」なんてジェイムソンは笑うかもしれないが、彼らの心が生み出したその掟がうらやましかった。

 

「ミステリオは……あいつとは何度もやりあってその技術力には舌を巻くことが何度もあった。どうしてそれを映画を作る才能にとどめられなかったのか、と。改心させることで罪が消えるわけじゃないけれど、少しでも正しい道へ進んでくれるというのなら。改心させることに賛成だよ」

 

「決まりだな。パレスに侵入する時はこちらから招集をかける」

 

「で、ボクは人通りが多いところでウェブスイングすればいいのかな。それで大衆の認知をスパイダーマンがいる場所に上書きして、パレスへの侵入条件を整える、だろ?」

 

「すげぇなスパイディ。理解するのが早いぜ」

 

「HAHAHA.こう見えても地元では結構頭いいんだよ?ひねくれたヴィランが出してくる謎解きはもちろん、蜘蛛糸を発射する装置やいろいろなガジェットを作ったりと技術力も抜群だからね」

 

「いろいろな意味で漫画の中から出てきたヒーローね、あなたは……」

 

「あ、そういえばふと気になったんだけど、ピーターは学校どうしてるの?私たちと同じ高校生っていうことはアメリカでも学校が始まってるんじゃ?」

 

「ヴィランが大暴れして校舎が崩壊したからまだ休校中なんだ。後一、二週間すれば校舎の修理も終わって授業が――」

 

 そこまで言った時、スマホが軽快な着信音を鳴らす。よくあるアメリカの人気曲のメロディと共に画面にはJJJの文字。ジェイムソンからの着信だ。

 

「ごめん、ちょっと電話するから静かに」

 

 口に人差し指を充てるジェスチャーをして、皆がうなずいたのを見てから少し離れる。そして、電話に出た――あ、ジェイムソンとの電話は英語なんだけど、描写上は日本語ね。

 

「はい、パーカーです」

 

『出るのが遅い!』

 

「ここは外国、日本ですよ?そりゃあ電話にもズレがあるんじゃ……」

 

『そんなもんあるわけないだろ。私が今どこにいると思っている。日本だ!日本の東京だぞ!』

 

「えええっ!?ジェイムソンさんも日本に来るとか、そんなこと聞いてないですよ!」

 

『突然決まったことだからな。それに事前に言っておけば焦って怪盗団に関する資料を書き上げようとするだろう?そうやって作った資料はどこかにボロがあるもんだ。いきなり見に来てやれば進捗も確認できるからな。で、どうなんだその辺は?』

 

「そ、そりゃあもう完璧……あ、いや、8割、7割くらいですかね?」

 

『私に聞くんじゃない!はっきり言え、馬鹿者!』

 

「情報をまとめた分は7割がたで、班目一流斎宛ての予告状を入手したりと順調です、はい」

 

『ほぉー、予告状を入手したのか。そこは褒めてやる……と言いたい、が。お前うちの新聞でいつ心の怪盗団特集をやるのか忘れてないか。今週だぞ、今週!というか今日だ!』

 

 ヤバイ、スパイダーマン活動をいろいろ頑張りすぎて完全に忘れてた!

 

『どちらにせよ今週はシニスターシックス特集をやる予定に差し替えたから問題はないがな。来週には記事を完成させる必要があるから早急に本社に送れ。お前の滞在期間も後一週間だってこと、忘れるんじゃないぞ!』

 

「りょ、了解です!……で、何しに日本へ来たんですか?」

 

『そんなことを知りたいのか?テレビだよ。日本のテレビ番組にスパイダーマンの専門家として呼ばれただけだ。断るつもりだったが本社の連中がぜひ行って来いとうるさくてな』

 

 ……それ、本社の人がジェイムソンがうるさいからどこかにどけたかったんじゃないの?

 

『何か言ったか?』

 

「いえ、何も。今取材中ですのでこの辺で」

 

 電話を切る。溜息を吐く。ややこしいことになってきたぞ、これは。

 

「あー、えーっと……なんか怒られてるのはわかった!お疲れ様」

 

「当たり。スーパーヒーローと学業を両立させるのにはお金が足りなくてね。それで新聞会社でカメラマンやってるんだけど、学校が休校中だからって上司に日本に怪盗団の取材に行ってこい!って言われてるんだよ」

 

「マジか……どこの国にもクソな大人はいるもんだな。って怪盗団の取材ィ!?」

 

「今こうして普通に素顔さらしてるけど、私たちの正体も記事に書くの!?」

 

「書かないってば。ボクだってスパイダーマン、世間に正体を隠すマスクヒーローだよ。もしも正体がバレたら周りの人に被害が及ぶってことは自分でもよくわかってるから」

 

「……なるほど。私たちの正体をあなたは知った、あなたの正体を私たちは知った。互いにバラしたら危険が及ぶ秘密を持つことで抑止力になるってわけね」

 

「そういうこと。記事の方は普通に取材して手に入る情報の範囲で済ませるから安心してくれ。何なら下書きを送るけど、当然全文英語なのが問題かな。怪盗団に読める人いる?」

 

 すっと手を挙げたのは4名。おお、英語に強い人多いね。グローバル怪盗団だ。

 

「パパっとピーターのスマホをハッキングしておいて私たちのチャットへ加入させておいた。そっちに下書きを送れば皆見れるし問題ないぞー」

 

「またハッキングされてるのか……やれやれ、後でスマホのセキュリティ強化しておかなきゃ」

 

「ふっふっふ。超える壁が高いほど燃えるっていうことを教えてしんぜよう」

 

 今もノートPCをカチャカチャ叩いている佐倉さん。やれやれ、天才ハッカーとは言っていたけどここまでとは。スーパーヒーローであるボクも負けていられないね。

 

「程々にしておけよ、双葉。ところでさっきの会話の中で一週間がどうとか言ってたがなんだったんだ?」

 

「おっと、そうだった。日本には取材で来てるから滞在期間が決まっててね。こっちの時間で言うと25日の朝の便でアメリカに帰る予定なんだ。……ってことはパレス攻略できるのは24日がリミットになるか。ごめん、重要なことをもっと早く言っておくべきだった」

 

「気にするな、ピーター。皆、今までのターゲットは大体二週間は猶予があったが一週間となると急いで解決する必要がある。いつでもパレス攻略できるように準備を整えてくれ」

 

 雨宮君の号令にみんなそれぞれに返事を返す。OK、MiSS iON STaRt!

 

「……ってあれ?そういう話をするっていうことは今から行かないの?」

 

「その気持ちはわからなくもないが、イセカイに行ってワガハイ達はペルソナという心の力を使役しているだろ?だから心身ともに相当疲労するんだ。一日に二度もイセカイに侵入するっていうのは安全面から考えてお勧めしないぜ」

 

「死んでしまえば俺たちはそこで終わる。時間的に余裕は少ないが無理をするべきではないだろう」

 

「そうそう。ペルソナを使うとその日の夜っていまいち頭が回らなかったりするし。おかげで勉強もなかなか進まなくて……ピーターもヴィランと戦った日はゆっくりベッドで寝たくならないの?」

 

「気持ちはわかるけども……まだこれからヴィランと二、三戦こなせそうなくらいには体力余ってるんだよ。そんなに言うほど疲れる?」

 

「蓮、聞いたか。本物のスーパーヒーローは言うことが違うぜ」

 

「ヒーロー業を続けるうちに疲労感覚マヒしてないか、ピーター」

 

 蜘蛛の力で身体能力がかなり上がって以来そんなに気にしたことがなかった。今後肉体労働した後は反応に気を付けよう。思わぬところから正体がバレかねない。

 

 


 

 

 20XX年9月17日、渋谷、セントラル街。

 

 今日は解散して、明日から本格的にパレスの攻略を開始する。会議の最後にそれを確認した後ボクはピーター・パーカーの姿で渋谷のセントラル街に来ていた。

 

「Wow、なかなかの人通りだ。っていうかここもかな。日本に来てから人通りが少ないところってあのルブラン周辺みたいな裏通りでしか見てないんだけど」

 

「東京が特にそういうところってだけよ。ちょっとした国レベルの人口があるし」

 

「よく目立つようなことでもなけりゃ周囲の人にも目を向けねぇし、気にしなくていいぞ」

 

「さっき通り過ぎた駅前広場があるだろう?あそこからある人物のパレスに入ったことがあるが、特に見つかっていない。ミステリオのパレスもあそこから入ったな」

 

「なるほどね。じゃ、気楽に行こう」

 

 それに同行するのは雨宮君と新島さん、そして雨宮君のバッグ入りのモルガナ。あのバッグの中モルガナが入ってたとは驚きだ。しかも、現実でのモルガナの姿は猫そのものだったし。イセカイでモルガナがしゃべったのを聞いたおかげでこっちでも普通に話せるのも驚き。

 

「オイ、ワガハイは猫じゃねぇぞ」

 

「なんでわかったのさ」

 

「勘だ。怪盗団古参メンバーなめんなよ」

 

 ……古参?

 

「最初の頃は俺たちは4人だけだったんだ。俺、モルガナ、竜司、杏。他の三人は後から加入したメンバーだ」

 

「祐介、私、双葉の順に入ったからこう見えても結構新入りよ。それにしてもセントラル街を歩いていると懐かしくなるわね。まだ三か月くらいしか経ってないのに私が仲間に入ったのが何年も前の出来事みたいに思えるわ」

 

「ほほう……面白そうな話と見た。時間がある時に取材させてほしいな」

 

「ええっと……ごめんなさい、取材拒否で」

 

「あの話をするとなれば真がキレた部分を含むからな」

 

「人が濁したことを言わないで」

 

「向こうでの姿を考えたら大体察した。雨宮君と合流する前にはバイクで追いかけてきていきなり背後からドカンとやってきた新島さんだ、ド派手にやったんじゃないの?」

 

「……真?」

 

「あ、あの時はモルガナがさらわれたと思ってつい……」

 

「状況的に仕方なかったのはわかるが、死ぬかと思ったぜ……ワガハイはマコトが使う核熱属性の耐性持ってないからなぁ。弱点じゃないだけマシか」

 

 ウェブスイングしていたらいきなり爆発が襲ってきた時は驚いたよ。一歩間違えれば背負っていたモルガナといっしょに焼き蜘蛛と焼き猫になっていたところだ。

 

「と、とにかく。ロシナンテに用があるから後は別行動ね。それじゃあまたアジトで」

 

「ああ。取材の件、考えておいてね」

 

 ひきつった笑顔が返ってきた。ダメっぽいね。肩を落としながら蓮と一緒に路地裏へと入っていく。そこにあるのは小さなミリタリーショップ、Untouchable。

 

「ここが例の店?」

 

「そうだ。モデルガン以外にも防具やライト、マスク等を取り扱っている。向こうではどれだけリアルに作られているかによって性能もだいぶ変わってくる。そういった品物を取り寄せたり、あるいは売却する際に使っている。ここならピーターが探している素材もあるんじゃないか?」

 

「見てみる価値はありそうだ。助かるよ」

 

 パレスの攻略にあたってとある疑問があった。イセカイでは認知が力になる世界であり、ペルソナを持っていないボクがあそこまでシャドウと戦えたのはスーパーパワーだけでなくスパイダーマンのスーツにスパイダーマンは超人的な力を持つという認知がかかっていたのではないか、と雨宮君とモルガナは推測した。ということは、スーツを強化すればパワーアップできるのではないか?

 そこで何かスーツの強化に使えそうな素材を売っている場所がないかと相談して今に至る。

 

「いらっしゃい……ってなんだ、お前か。店を手伝いに来たのか?生憎だが今日は特に任せられる仕事はないぞ」

 

 店内に入るとたくさんの銃や軍人風の服装と共に帽子を被ったコワモテのおじさんがお出迎え。おお、いいねこういう危ない雰囲気。ニューヨークで戦ったマフィアのアジトを思い出すよ。

 

「いえ、今日は友達を連れてきました」

 

「初めまして、パーカーです。日本にはちょっとした観光で来てます。彼からすごく品ぞろえがいいミリタリーショップがあると聞きました」

 

「……そうか。俺は店長をやってる岩井ってもんだ。こんな小さな店だが質は保証するぜ。で、何を探してるんだ?銃か?ウェアか?」

 

「どちらもかな?向こうではそれなりにイジったりしてるからパーツとか使えそうなモノを見に来たってところ。ただ貧乏だからジャンクから組んでたことが多くてね」

 

「ほぉ、自前でカスタムする派か。雨宮の紹介だから腕は信頼するが国に持ち帰る時に面倒を起こすなよ。一応うちもカスタムで生じた余剰パーツや破損品をいくらかまとめてはいるが何が起きても自己責任だ。わかったな」

 

「イエッサー」

 

 さっと敬礼してジャンクパーツを見に行く。構造次第だけどウェブシューターの強化や予備のシューターが作れるかもしれない。しっかりと見ていこう。

 

「……で。雨宮。おまえあいつにうちをどんな店として紹介したんだ?」

 

「……物騒なものなら大抵揃う店?」

 

「ウチで扱うブツの幅を減らすか」

 

 勘弁してください。頭を下げる雨宮君はここまで来ると一種のすがすがしさを感じた。普段の君は一体ここでどんなものを買ってるんだ?おっ、このハンドガンのノズル精度が良さそうだ。うんうん唸りながらパーツを吟味しているとふと気になる声が聞こえた。

 店内に設置されている小さなテレビを店長と雨宮君が見ていた。いい感じのパーツを抱えてレジに乗せる。雨宮君と一緒にパーツを広げて店長に渡しながら覗き込んだテレビには――

 

『だから私は言っているのです!スパイダーマンは悪党である、と。彼がいくら善行を働いたとしても彼の模倣犯に満ちたこの東京に住むあなたたちにはそれがわからんのですか!』

 

「ゲエッ、ジェイムソン……」

 

「知ってるのか?」

 

「あー、まー……ニューヨークの敏腕編集長と書いて年中無休の怒りやかんみたいな人です」

 

「ふっ、そうか……老けたな、あの記者も」

 

「ん?店長さん、昔のジェイムソンを知ってるんですか?」

 

「ちょっとだけだ。ほら、人の個人情報に首突っ込んでる暇があったらこのパーツ持って帰ってとっとと組み上げてやりな。バラバラのままじゃ銃が泣くぜ?」

 

 帽子の奥で鋭い瞳を輝かせながら紙袋を受け取る。……あっ。パーツサービスされてるみたいだなこれ。なかなかいい店長と見た。雨宮君の交友関係のおかげかな、うん。

 

 

 

 

「――あいつの交友関係、どうなってるんだか」

 

 雨宮とパーカーが去った店内で岩井はぼやく。雨宮の友人であるということである程度はパーカーのことを信頼していたがパーツを選ぶ目つきがどうも奇妙だった。

 何人かいる常連のように血走った目でジャンクパーツを覗き込む奴はいるが、パーカーの目はそれとは異なっている。一度、戦場を味わったことがある奴の目だった。自らの命を預けるのに値する武器を探す者の目である、と勘が囁いていた。万が一の時は行動する必要があるかもしれない。

 

 思考を巡らせながら視線をとりあえずTVに向ける。相変わらずジェイムソンがやかましくしゃべり司会者を困らせていた。

 

『――えー、特別ゲストのジェイムソン編集長のトークで場が温まったところで彼にも登場してもらいましょう!ご存じ二代目探偵王子、明智吾郎君です!!』

 

『あはは、盛大な拍手ありがとうございます。初めまして、ミスタージェイムソン。スパイダーマンの専門家に会えて光栄です』

 

『ふん、不名誉な称号だな。で、おまえは今日ここに何しに来たんだ?』

 

『ストレートに聞きますね。ズバリ、日本を騒がすスパイダーマン、もといスパイダーマスクについて専門家の意見を伺おうかと。参考になる話を聞けるといいんですが……握手しません?』

 

『すまんが儂は探偵にあまりいい思い出がないからそこまで関係を深める気はない*1。第一その気取った手袋の色が気に入らん。おまえには向いてないぞ』

 

『えっ、そうですか?じゃあどんな色がいいんです?』

 

『――黒だ。おまえには腹に隠したどす黒いものがあると儂の勘が言っている』

 

『ちょ、ちょっとジェイムソンさん何を言ってるんです!?』

 

『別にいいですよ司会者さん。このご時世常に潔白でいられるような探偵業というのはなかなかありませんから特に僕みたいな探偵はなおさら、ね』

 

 

 だから、せめてこの手だけは白いままでいたい。そう思ったから今日は白い手袋をつけているんですよ。

 

 

 ジェイムソンは不機嫌そうにそうか、と返答してニュース原稿に目を通し始めた。それらしい返答に納得はしていないがひとまずそういうことにしておくつもりだ。やれやれ、嚙みつくのはスパイダーマンだけにしてもらえないか、と明智吾郎は内心ぼやく。

 

 

 見ているか、スパイダーマン。こちらの情報の準備はできたぞ。

 

 

 白い手袋のサインが伝わっていることを信じながら明智吾郎はジェイムソンと言葉で殴り合いを始めた。その様子はやや明智吾郎嫌いの節がある竜司も同情するほどだったとか。

 

*1
ピーター・パーカーの調査を依頼した探偵をヴィラン、スコーピオンにしてしまったことがある




 スパイディ・アイテム・コレクション
・イセカイナビ
 スパイディメモ
 心の怪盗団がイセカイに入るために使うアプリケーション。実はボクのマスクに仕込んでいたコンピューターにもいつの間にかダウンロードされていたんだけど……一体どうなってるんだこれ。どうやってこんなヘンテコなアプリをダウンロードしたんだ?一体誰が?何のために?得体が知れないアプリを使ってる心の怪盗団って勇気が凄いのかも。

 心の怪盗団メモ:ナビ
 わたしにも詳しいことはよくわからんアプリ、以上!……えっ、これだけじゃダメ?ショウガナイナー。パレスへの案内機能は言うまでもないが、大衆の欲望が集うパレス、メメントスへアクセスできる。基本的な機能はわたしのコードネーム同様のナビ機能だが、実はちょっとした裏技考えていてだな……
 おっと、これ以上は内緒だぜ。しゃべりすぎってやつだ、うん。

・ジョーカーのハンドガン
 スパイディメモ
 ジョーカーが使っているハンドガン……当然ながらモデルガンなんだけど非常に出来がいい。見た目が本物そっくりだからボクも勘違いしそうなくらいだけど何より重量バランスが本物と同じなんだよ。
 細かいところまで精密に作りこむ技術はある種の芸術だね。製作者が捕まらないことを祈る。

 心の怪盗団メモ:ジョーカー
 イセカイにおいて自らの命を預けるに値する逸品だ。ダンジョンで入手、あるいはペルソナを変換して作成した銃も全て一度岩井さんの手を通してから使っている。
 細かい道具にもちゃんと手入れとカスタマイズを欠かさない。ちょっとしたミスで怪盗団が全滅するようなことがあれば、その時俺たちは怪盗団の未来だけでなく命を失うことになるだろう。
 ……今後ともよろしく頼む。さぁ、Show Timeだ!


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Confession / 罪人の告白

本当にお待たせして申し訳ない……!
ノーウェイホーム公開日までにギリギリ間に合わせるためになんとかしました。
近いうちに次回も更新しますので、お待ちください……!


「俺はよ、自分がどうしようもねぇ悪人だってことはわかってる」

 

 男は暗闇の中で懺悔する。照明こそあるが、ここは地下に造られた罪人の罪を告白させる場所である。それ故か雰囲気そのものが暗いな、等と男の罪を聞く者は考えていた。

 

「既にあんたには話したけど、昔の俺はバカだったし、見た目も良くねぇし金もなかった。底辺も底辺、地の底にいるような虫みたいなものだった」

 

 男の罪には覚えがあった。過去の経験から犯罪に走ってしまった人を何度も見てきた。

 

「何度もバカにされたことが嫌だった。そこから這い上がろうとしてもがきあがいた。同じ思いを抱いた仲間と一緒に生きていく内に、いつの間にか……今度は俺が人をバカにする奴になってた。笑っちまうだろ?」

 

 笑わない。どうしても、どうしても。そうせざるを得なかった、それしか道がなくて歪んでしまったヴィランを何人も捕まえてきたから。

 

「そんな、俺でもよ……仲間の心配をするくらいは、別にいいだろ?捕まえてブタ箱に突っ込む形で問題ない、どうか、頼むよ。でなきゃ、あいつは……!」

 

「わかった。君の告白は聞いた、任せてくれ。やれるだけのことはやってみせる」

 

 

 この親愛なる隣人、スパイダーマンの蜘蛛の糸で君の仲間を救いだして見せるとも。

 

 

 その誓いを聞いた罪人金城潤矢の表情が僅かに晴れた。何故我らが親愛なる隣人スパイダーマンが彼の望みを聞き遂げたのか、そしてここはどこなのか?それを説明するには少し時計の針を巻き戻す必要がある――今回の物語はスパイダーマンらしく行くとしよう!!

 

 


 

 

20XX年9月17日夕方、霞が関某所

 

 夕暮れ時、職員の帰宅時間を少し過ぎた頃。法の万人のお膝元とはいえ、この時間帯の警察署の駐車場は人影が少なく車や建物の物影で秘密の会談を行うには持ってこいな時間だった。

 

「……とはいえ、今のここはボクにとってかなり危険な場所だってことわかってる?スパイダーマスクが世間の敵である今、警備も厳しいこのエリアをスイングするだけでかなりヤバいことになるんだけど」

 

「でも、君は大きな騒ぎを起こすことなくここまで辿り着いた。ちょっとした実力テストみたいなものさ、あまり深く考えなくていい」

 

 そう、例えばお互いに世間から注目の的であるマスクヒーローと高校生探偵が顔を会わせる場としては、持ってこい。

 

「ハイハイ。で、結果は?スパイディ堂々の金メダル!だと嬉しいね」

 

「そうだね……80点くらいかな?覆面ヒーロー引退したら僕の助手をやってみるのはどうだろう」

 

「うわっ、微妙に嬉しいレベルの評価。後その提案は遠慮しとくよ。有名人の相棒なんて柄じゃない。僕は市民の隣人くらいがちょうどいいのさ」

 

「ふむ、それは残念だね。冗談はここまでにして本題に入るとしよう」

 

「Yes sir.君がテレビで例の白い手袋を付けてたから電話、そしたら詳細話す前にここの住所指定して電話切ったんだっけな」

 

「大体そうだけど、なぜそんなことを今振り替えるんだい?」

 

「読者へ説明するための独り言……いや、変な目で見るなよ、冗談だから。本当はジェイムソンにボロクソにされてた君を労いたかった、って感じだよ」

 

「……あの老人は大変だった。君もよく向こうではヒーローをやれるものだと感心したね」

 

 苦笑しながら明智吾郎はいつも持ち歩いているケースを開く。取り出したノートPCを近場にあったゴミ箱の上に載せるととある事件の捜査資料を表示した。

 郊外にある倉庫で警察と犯罪者がドンパチやった末に犯罪者には逃げられた、という不甲斐ない事件。

 

 問題はその犯罪者が恐らくミステリオである、という点であった。

 

「武装警官約10名が容疑者を逮捕すべくアジトへ突入、しかし直後に容疑者は緑色の煙幕を放ち警官の行動を妨害。容疑者は現在も逃走中……」

 

「別資料に警官のカルテもまとめているが皆軽度の幻覚症状を訴えてる。一応君の意見も聞いておこうか」

 

「ミステリオがよく使うタイプの幻覚剤の症状だと思う、免疫がない日本の警官が食らえば数日は後遺症が出るだろうね」

 

「やはりそうか……警察もこれはミステリオの仕業だと気づいたみたいで現在ニューヨーク市警に協力を要請してるらしい」

 

「懸命な判断だね。ニューヨーク市警はミステリオが用いる幻覚剤に聞く中和剤も持ってるんだよ、それを送ってくれたら被害にあった警官の現場復帰も早いかもね」

 

「君が作った中和剤、だろ?」

 

 そこまで知ってたか、とマスクの下で笑う。過去に病院を舞台とした事件があったのだか、酷い幻覚でまともに動けなくなった経験がある。

 そんな事態を打破するために貯蔵されていた薬物を元に即席の中和剤を作ったことがあるのだ。その際の余りをちゃんとした薬剤師が作り直して警察署等に販売してるらしいね……1割、5%でいいから売り上げ分けてくれないかな。ウェプフリュイド*1代も馬鹿にならないんだよ。

 

「資格もないマスクマンの作った薬っていうのは法的にアウトだと思うけどね」

 

 デスヨネー。それくらいわかってるっての。

 

「そんな訳で手痛くやられた警察だけど、市民への混乱を防ぐためにまだこの情報は一般に公開するつもりはなさそうだ。今回の情報も僕の個人的なツテからもたらされたものになる」

 

「なるほどね……できれば事件現場を個人的に調べてみたいんだけどできるかな?」

 

「無茶を言わないでくれ、僕はあくまでも探偵。部外者に事件現場を見せる権限はないよ」

 

「……仕方ない、忍び込むか。ボクが潜入することは黙っていてくれたまえよ、探偵くん?」

 

「判断が早すぎるしトラブルになるだろうから控えてくれ。代わりに調査許可をもらった僕の方で現場の捜査をできる限りしておいたよ。詳細と僕の目から見て気になった部分についてのメモをこのUSBに入れてあるから後で確認するといい。ただ、一点だけ見せておきたい物があるんだ」

 

 USBメモリーを受け取るとスーツに仕込んである小型ポケットに仕舞う。これくらいの小さい物なら入るさ。そして、探偵王子は事件現場で撮影した一枚の写真をPCに表示した。テーブルに転がされたタブレット状のお菓子らしきイラストが描かれた缶詰。

 この缶詰は見覚えがある。それも、向こうで何度も。

 

「これは……ドラッグだよね?何度か向こうで取引されてるのを見たことがある」

 

「流石だ、向こうでの取引にも詳しいんだね。ミステリオのアジトから麻薬数種類と売人のリストが見つかった。恐らくこれを日本国内に流通させることで活動資金を得ていたと思われるんだけど、売人の中に面白い名前もあった。先日逮捕された――」

 

 

 カネシロジュンヤ

 

 

 僕ら以外の声が答えを告げた。声がした方向にウェブを放とうとしたが、探偵王子が制した。

 

「大丈夫、この人は僕の協力者だ。紹介するよ、スパイダーマン。彼女は――」

 

「言わなくていいわよ、明智君。自己紹介くらい自分でできる。まさか本当にあなたの関係者が噂の蜘蛛人間だったとはね……ましてやこんなところで出会うとは思わなかったわ」

 

 声の主は女性だった。ワタナベ警部と同い年くらいと思われる女性は灰色の長髪を直すとボクを睨みつける。おまえを疑っているぞ、と言わんかのような視線で射抜いてきた。

 

「新島冴。地検特捜部の検察官よ。スパイダーマン、金城潤矢があなたを呼んでいるわ」

 

 ご同行願いましょうか。そう言って彼女は指を弾く。手首に硬い感触あり。

 

「……あのー。探偵王子?これ、手錠に見えるんだけど?」

 

「手錠だね。流石に何もなしで犯罪者に会わせることはできないから。」

 

「まだ会うと一言も言ってないんですけど!?」

 

「会ってももらわないと私が困るのよ。ほら、さっさと行くわよ」

 

 そう言った女がもう片方の手に手錠をはめれば逮捕されたスパイダーマンの出来上がり。そして左には女検事、右には探偵王子。パパラッチにでも撮影されたら色々とデマ流されそうだな……

 

 

 ●

 

 ●

 

 ●

 

 

 それから、ボクは女検事に連行される形で警察署を訪れることになった。

 スパイダーマンの格好をした人物を偶然捕まえたからこれから尋問する、みたいな体で守衛や窓口に説明しているのは我ながらシュールな絵面でマスクの下で笑った。それが聞こえた彼女から厳しい視線を向けられたから、なるべくおとなしくしよう。

 探偵王子?調査があるとか言って帰ったよ。後で文句の電話いれてやる。

 

「スパイダーマン。今のうちに聞いておくけど、金城潤矢についてどこまで知ってるの?」

 

「おっ、ようやく世間話をする気に――睨まない睨まない。美人が台無しだよ?」

 

「冗談はいらない。事実だけ早く言いなさい」

 

「わかりましたわかりました……7月頃まで渋谷全域を根城にしていたギャングで、ターゲットは主に高校生でドラッグ中毒にしたり運び屋まがいのことをさせてたと聞いてる」

 

「大まかに言えばその通りよ。そして、7月上旬に彼は警察へ出頭、これまでの罪を告白する形で自首した。恐らく鴨志田卓や斑目一流斎と同じく心の怪盗団に改心させられたと見ているわ」

 

 知っている。ここまでは三島君や怪盗団のリーダーである雨宮君本人に聞いていることだ。

 

「で、その彼がボクを、スパイダーマンを呼んでいると。一体何事なのかな」

 

「それはこっちが聞きたいわよ。金城は逮捕後に逮捕後の彼は自分とつながりがある売人等の情報を全て明かしたというのに、ミステリオのことは一切口にしなかった」

 

「……へえ?それは奇妙な話だね。探偵王子の話ではミステリオのアジトを捜査したところ彼とのつながりが判明したらしいけど」

 

「ええ。だからずっとここの地下にある尋問室で詳しい事情を聞き出そうとしているんけど、黙秘を貫いている。ただ、一言。「スパイダーマンを呼べ。あいつになら言えることがある」とだけ」

 

 女検事がエレベーターの前で足を止める。エレベーターに入ると僕たち二人は地下へと向かっていく。狭い部屋の中で女は告げる。

 

「いい?これからあなたと金城を尋問室で二人きりにするから、限り彼からミステリオの情報を聞き出しなさい。これはあなたがやっている法から外れた子供じみたヒーロー活動じゃないわ。我々の捜査の一環であることを肝に銘じておくことね」

 

「私たち検察と警察はその様子を監視カメラで確認しているわ……だろう?」

 

「よく知っているのね。下手な行動に出ればあなたはこの地下で死ぬまで閉じ込める覚悟がある。いいわね、スパイダーマン。あなたは私たちの監視下にあるのよ」

 

「……あっ、そ。わかりましたよ、氷の検事様」

 

 チン、とエレベーターがチャイムの音が鳴らす。扉が開くとそこで待っていた刑事がボクを見て驚く。はいはい、いつものいつもの。女検事が彼らに説明をするのを聞き流しながら瞳を閉じる。

 

 ――スパイダーセンスが感知した人の数はおよそ6……7人くらいかな。

 

 本来第六感の類であるスパイダーセンスで人の数を数えるというのは大まかにしかできないが、参考にはなる。これくらいなら万が一の時逃げるくらいはできるかな。

 これまで歩いた道を思い返しながら脳内で脱出ルートを確立させていく。それを知ってか知らずか女検事は様々な手続きをボクに代わって進めると、通路の奥にある部屋へ入るように促した。部屋の中には無骨なテーブル一つと椅子二つ。そして、椅子の上にはくたびれた男が腰かけていた。

 

 力なき瞳を伴った男がボクを見てクスリ、と笑った。

 

「――マジかよ、本当に来やがった。つか、逮捕されてるんだな」

 

「No problem.手錠くらいすぐに外せるさ。外していいかな検事さーん?」

 

「……ダメよ」

 

「じゃあ壊すけど」

 

「っ……わかった。少し待ちなさい」

 

 女検事はポケットから小さなカギを取り出すと、ボクの手錠を外した。よし、これでいいだろう。コキコキと手首を鳴らすと練習がてらウェブを少し出して小さなボールを作った。

 

「これ、お近づきのしるしにウェブボール。ウェブ饅頭の方が良かったかな」

 

「はっ、蜘蛛の糸饅頭なんて誰も食わねぇよ。俺も売ろうとは思わない」

 

「それもそうか。じゃ、話を聞こうか……カネシロジュンヤさん?」

 

 ギィィ、と背後から音が聞こえる。耳をすませばカチリとロックがかかる音も聞こえたし、検事が扉を閉めたのだろう。やれやれ、男と二人きりというのはちょっと気が進まないところはあるけれど、ミステリオへ迫る情報を得るチャンスだ、やるしかない――

 

 

 

 

 そして時計の針が冒頭へと戻る。

 

 金城はスパイダーマンに向かっていきなり頭を下げた。

 

「単刀直入に言う。俺の部下を――右腕だった男を助けてやってほしい」

 

 突然の行為にスパイダーマンは困惑するが、それも金城はわかっていたのだろう。順を追って話さないとわからねぇよな、すまねぇ、と謝罪すると自分の過去を語り始めた。

 かつての自分は周囲の人々から見下されていたこと、それを見返してやろうともがきあがいていく内に同じ意志を持つ連中とつるみ始めたこと、そいつらと成り上がるために金を求めて――ドラッグに手を出し、闇商売の世界へ弱者たちを落としていったことを懺悔するかのように語り。

 

「……俺は、あいつらのこともここに来た時に自白した。だけど、俺の右腕を務めていた男がまだ捕まってねぇらしい。まだシャバでヤクを売りさばいているとも聞いた」

 

「それを止めてほしい、と?」

 

「それも……ある。だけどよ、聞いた話じゃ……ミステリオが来たんだろ?」

 

「……ああ、そうだ。今ミステリオはボクの偽物をばらまいて東京を混乱の渦に巻き込もうとしている。大元を絶つしか止める方法はない、ってボクは考えてるんだ」

 

「なら……俺も知ってる限りの情報を話す。アイツのアジト日本に来てからの計画もある程度わかっている。だからよ――ミステリオから俺の右腕を救ってくれ。あいつは俺が改心したのはミステリオの仕業だ、とか言ってたんだ。もしかしたら、奴の怒りを買って殺されてるかもしれねぇ

 

 金城は必死になってボクへと懇願する。だが、その前に一つ聞きたいことがあった。

 

「一つ、質問してもいいか。どうしてボクを頼るんだい?日本の警察は優秀だと聞いたけど」

 

「それは……っ、言っても構わねぇか。信用できねぇんだよ」

 

「信用できない?」

 

「俺が虐げられていた時代に大人たちは何もしてくれなかった。俺よりも上に立ってる連中は皆、俺たちを搾取するだけの存在だと……どうしても考えちまう。だから警察は信用できない気持ちが、心の奥でその根っこが変わらないんだ」

 

 でもよ。何故だか信じれるものはある。胸に手を置くと、金城は語る。

 

 

心の怪盗団だよ」

 

 

「周囲の連中は突然俺が罪に耐えきれず警察に出頭しようとするのを引き留めたし、警察の連中もそれを疑問に思った。心の怪盗団に改心させられたんじゃないか、って」

 

「確かに言われてみたらそうなのかもしれねぇ。だからといって……あいつらを恨む気にもなれないんだわ。どうしても、どうしようにもなく、変われなかった俺を怪盗団は変えてくれたってことだからよ。あんなガキみてぇなヒーローどもをどこか信じちまうんだよ」

 

「――スパイダーマン。俺はあんたにあいつらと同じものを感じちまうんだ。なんでだろうな?」

 

 金城。金城潤矢。怪盗団曰く暴食のパレスを司っていた彼は悪人であったが、心の怪盗団の手で確かに改心していた。それが正しいことなのかどうなのか、語るのは野暮だろう。

 だから、ボクはこう答える。僕の、言いなれたフレーズで。

 

 

Your Friendly Neighborhood.意味はあなたの親愛なる隣人」

 

「ボクはこんなキャッチフレーズを言っているんだけど、これは心の怪盗団に通づる部分もあると思ってる。スパイダーマンも、心の怪盗団も人々の傍にいる。隣人なんだよ」

 

「だからこそ、ボクが、ボクらが伸ばす手は困っている人にとって手に取りやすい親しみがある手でもあるのさ。安心してくれ、金城。ボクらは――悪人であろうと救って見せる」

 

 

 そんな言葉をきっと、雨宮蓮も、ジョーカーも言うのだろう。知り合って間もない関係だが、そんな気がした。金城はうつむきながらつぶやく。

 

「俺はよ、自分がどうしようにもねぇ悪人だってことはわかってる」

 

 男は暗闇の中で懺悔する。照明こそあるが、ここは地下に造られた罪人の罪を告白させる場所である。それ故か雰囲気そのものが暗いな、等と男の罪を聞きながら考えていた。

 

「既にあんたには話したけど、昔の俺はバカだったし、見た目も良くねぇし金もなかった。底辺も底辺、地の底にいるような虫みたいなものだった」

 

 男の罪には覚えがあった。過去の経験から犯罪に走ってしまった人を何度も見てきた。

 

「何度もバカにされたことが嫌だった。そこから這い上がろうとしてもがきあがいた。同じ思いを抱いた仲間と一緒に生きていく内に、いつの間にか……今度は俺が人をバカにする奴になってた。笑っちまうだろ?」

 

 笑わない。どうしても、どうしても。そうせざるを得なかった、それしか道がなくて歪んでしまったヴィランを何人も捕まえてきたから。

 

「そんな、俺でもよ……仲間の心配をするくらいは、別にいいだろ?捕まえてブタ箱に突っ込む形で問題ない、どうか、頼むよ。でなきゃ、あいつは……!」

 

「わかった。君の告白は聞いた、任せてくれ。やれるだけのことはやってみせる」

 

 

 この親愛なる隣人、スパイダーマンの蜘蛛の糸で君の仲間を救いだして見せるとも。

 

 

 その誓いを聞いた罪人金城潤矢の表情が僅かに晴れた。金城はスパイダーマンが、親愛なる隣人が差し出した手を取って固く握手すると、ミステリオのアジトの場所、そして計画の片鱗について語り始める――その会話も、もちろん全て別室の警察及び検察が聞いているのだ、が。

 

 

 

「――なんですって!?もう一度言ってくれる!?」

 

『ですから!非常事態です、急いで避難してください!!』

 

 

 彼らは既にミステリオの計画に呑まれつつあったことを、スパイダーマンはまだ知らない。

 

 

『警察署を過激派集団が襲撃しています、その数およそ――100人!スパイダーマスクです!』

 

『それを先導する謎のグライダー男も確認!発砲の許可が遅れて対処に手間取っています!』

 

『都内各所に応援を要請していますが間に合うかどうか……!んっ、なんだこれは!?』

 

『おい、迂闊に触るんじゃ――』

 

 

 刹那。爆音が流れた後、新島冴のスマホから返事が返ってくることはなかった。

*1
スパイダーマンのウェブ、糸を作り出す原液




スパイダーマン。事後連絡になるが伝えておく>蓮


現在警察署前でスパイダーマスクによる大規模テロが発生した>蓮


現実での俺たちにはできることはないが……イセカイなら話は別だ>蓮


モナいわく大衆のパレスであるメメントスから変なにおいがするらしい>蓮


もしかすれば。メメントスのスパイダーマスクに接触してこちらから止められるかもしれない>蓮


メンバーが揃い次第突入するが、おまえは現実の方のスパイダーマスクを頼む>蓮


互いにできることを全力でやるぞ。健闘を祈る>蓮


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