地方は中央の2軍じゃない! (小魔神)
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プロローグ
1話


ウマ娘、ゲームリリース日決定おめでとうございます!


12月 川崎 全日本ジュニア選手権にて

 

「速い、速すぎるよ・・・」

 

 スタートが切られる否や、隣りのウマ娘は圧倒的なスピードでハナを切る。そして、それを追いかける数人とで先行集団が形成される。

 正直に言って、私はこの時点では焦ってはいなかった。だって、元々私は差しを得意とするタイプだし、それにこのペースなら間違いなく先行集団は垂れると確信していたから。

 けど、その考えは2コーナーに入る前に打ち砕かれてしまった。追走することすらできな、いや正確に言うならば追走はできる、ただ全力を出さなくてはいけないけれど。それほどまでに先行集団のペースが速すぎる。

 ふと周りを見れば、私以外にも追走することが精一杯なウマ娘が数人いることに気づく。その多くが私と同じ地方の子たちだった。けれど、私たちはましな方だ、既に追走すらできない子もいるのだから。第3コーナーに入る頃には、先行バ群は完全に追いつけない位置に行ってしまった。

 あぁ、もう私に勝ち目はないんだろうなぁ。それでもせめて、見せ場くらいは作らないとね、最後の直線300m、ここに私の全力をぶつける。

 

「ッ、行くよ!」

 

 あのペースで走っている先行集団だ、多少は脚が鈍るはず。応援してくれている地元のみんなのためにも、せめて私の全力を見せないといけない、それが私のできる精一杯だから。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「お疲れ、よく頑張ったな。最後の直線の脚は中々よかったぞ」

 

 レースを終えた私をトレーナーさんが迎える。その声色からは私を気遣っていることが如実に読み取れる。そういう気遣いをさせてしまっていることが、申し訳なくてたまらない。けれど、感情を我慢できるほど私は大人ではなかったみたい。直ぐに、トレーナーさんに泣き言を漏らしてしまう。

 

「トレーナーさん、まるで歯が立たなかった・・・。あの子たち、強すぎます・・・」

 

 ここまで悔しい思いをしたのは初めてだった。もちろん、私も今まで負けたことがないわけではないよ。けど、今日のそれは今でのものとは全く違うものだったから。そもそもレースに参加出来なかったんだから・・・

 

「何を言ってんだよ。それでも14人中8着だろ、そんな絶望するほどでもないさ。帰ってまた練習だな」

 

「トレーナーさんは、本当にそう思うんですか? 私に先着したのは、ほとんどが中央と南関東の子だった。正直に言って、レベルが違ったんです。金沢でいくら活躍しようとも結局は・・・」

 

 世間では、中央で行われるトゥインクルシリーズがもてはやされている。一方、私たちが所属している地方シリーズは、正直に言って扱いはかなり悪い。例外は南関東シリーズくらいだろうか、ここのウマ娘はトップクラスともなれば、中央の子とも渡り合えるほどの実力を持っているからだ。一方で私の所属する金沢なんかは、世間では落ちこぼれが集まるところと見なされているほどだ。

 もちろん理由は分かっているよ。レースレベルは低いし、設備も古いからね。それでも、レースになれば応援してくれるファンや関係者の人たちがいる。そんな人たちの前でライブをするのは最高に気持ちが良かったんだ。

 だからこそ、その人たちの期待に応えたかったんだけど・・・。結果はこんな有様、レース名には全日本なんていう言葉がついているけど、結局私たちはただの数合わせに過ぎなかったんだ。

 

「なるほどな。確かにお前の言いたいことは分かる。じゃあ、お前はどうしたいんだ? あいつらに勝ちたいのか? それとも今まで通り金沢でファンの人たちのために走りたいのか? 別にどっちがいいとか悪いとかじゃないんだ。お前のしたいようにすればいい。その時には、俺が精一杯サポートしてやるよ」

 

 トレーナーさんが親指を立てて、ドヤ顔で私に言う。きっと、内心ではカッコイイことを言ったとでも思っているんだと思う。でも、そんなトレーナーさんだからこそ、私は信頼しているんだ。きっと、私のことを誰よりも考えてくれているのがトレーナーさんだから。

 けれど、私はトレーナーさんの問いに答えられなかった。

 私は、結局どうしたいんだろう? あの子たちに勝ちたいのか、それともシロヤマさんのように金沢を盛り上げるために精一杯尽くしたいのか。

 

「トレーナーさん、それ二つとも選んじゃダメですか?」

 

 これが、私の答えだ。優柔不断な私には、どっちかを選ぶことなんて出来なかった。だって、二つとも私にとっては譲れないことだったから。

 

「ん?」

 

「だから二つです。金沢でファンの人たちのために走りながら、中央の子や南関東の子に勝ちたいんです。我儘ですか?」

 

 トレーナーさんは一瞬、呆気に取られた表情を見せるが、いつものようにドヤ顔を見せつつこういった。

 

「いーや、最高にカッコイイ選択だよ。だったら、覚悟をきめろよ。言っておくが簡単にあいつらに勝てるとは思うな。何だったら、頑張っても勝てないかもしれない。それでも、一度やると言ったんだ、取り消すんじゃないぞ」

 

「はい!」

 

 この日から、私の目標が決まったんです。

 

 

 

 



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中央挑戦 春クラシック
2話


金沢に帰った私は、先ず同じ金沢に所属する先輩に挨拶に向かう。

 

「シロヤマさん、ただいま戻りました。 残念ながら完敗です・・・。シロヤマさんが言っていたようにレベルが違いました」

 

 

「なに、そんなにめげるものじゃない。いい走りだった、ただ相手が強かっただけだ。金沢や、それこそ、他の地方の同世代の子でも君に先着できる者は少ない筈だよ」

 

 シロヤマさんは、ここ金沢のトップウマ娘の一人だ。誰よりもファンの人たちのことを大事にしているし、それ以前にこの金沢レース場のことを考えている。

 

 そんなシロヤマさんが、今回の私の出走を考え直すようにトレーナーさんに直接伝えていたことも知っている。あの時はどうしてとも思ったけど、終わった今なら納得できる。結局、私は井の中の蛙だったということだね。

 

 でも、私の決意は決まっているんだ。

 

「シロヤマさん、私、金沢からトゥインクルシリーズに挑戦しようと思っているんです」

 

 私の発言を聞いたシロヤマさんは、驚いたように固まり、そして首を振る。

 

「カナメ、悪いことは言わない。止めた方がいい、君は確かに強い。けど、この前のレースで分かっただろう? 上には上がいるんだ。ここにいれば君は、トップウマ娘にもなれる。けど、向こうに行ってしまえば。はっきり言って凡百のウマ娘に過ぎないんだ」

 

 確かにシロヤマさんの言う事は最もだと思う。多分、何百回あのレースを繰り返したとしても、私が勝つことは無かったと思う。それほどまでの力の差だったからね。

 けど。

 

「私、負けたままで終わりたくないんです。南関東や中央のウマ娘たちは、私のことなんて眼中にもなかった。嫌な言い方も知れないけど、金沢自体が見下されていたんです」

 

「君の言いたいことは分かる。でも、それは仕方ないことなんだ。正直に言って、地方のヒエラルキーの中でも金沢は下の方だ、それは間違いない。しかし、何も強さだけが大事なんじゃない、ファンの人に喜んでもらえるようなレースをして愛される存在になるのも強いことと同様の価値があると私は思う」

 

「でも、s」

 

 確かに、シロヤマさんの言うことも分かる。実際にシロヤマさんはそれを実践して金沢を盛り上げているわけだから。

 けど、私の考えは違うんだ、そのことを伝えようとした時、誰かが会話に割り込んできた。

 

「いーや、それは違う。それは逃げだよ、シロヤマ。ウマ娘のも本懐っていうのはあくまで勝つことだ。お前の言う事も分からないでもない。けど、それは力の無い奴が言う分には、自分の存在を肯定するための詭弁としか思われないのさ」

 

 発言をしたのは、サウスヴィレッジさん。シロヤマさんと同じ、金沢のトップウマ娘の一人で、金沢最強の存在でもある。現に今年の金沢1のビッグレース、交流重賞白山大賞典では2着に入っている。

 

「シロヤマ、お前なんで、今年の白山大賞典に出なかった? どうせ、ボロ負けでもしたらファンがガッカリするとか、そういうことを考えていたんだろ?」

 

「コンディションが整わなくてね。その件については申し訳ない」

 

「まぁ、お前はそう言うだろうな。そういうやつだ。まぁ、いいさ。お前の生き方にとやかく言うつもりはないからな。けど、お前がこのガキにあれこれ言うのも余計なお世話だろ? こいつはもう、自分で覚悟を決めてるんだから」

 

 その発言を聞いたシロヤマさんは、黙って下を向くだけだった・・・。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 場の沈黙を嫌ったのか、サウスヴィレッジさんが部屋を出ていく。

 私は、シロヤマさんに一礼をして、その後を追いかける。

 

「あの、さっきはありがとうございます」

 

「ん? あぁ、気にしなくていいさ。お前には個人的に頑張って欲しいからな。金沢の中で、お前みたいに向上心を持っているやつは少ない。大体のやつは、どこか妥協している節がある」

 

「はい。ありがとうございます。私、頑張ります!」

 

「あぁ、私は中央では2勝しか出来なかったからな。お前には少なくとも、そこは超えてもらいたい。頑張れよ」

 

 じゃあなと、サウスヴィレッジさんは手を振って去っていく。その後ろ姿は純粋にカッコイイと思えるものだった。

 

「トレーナーさん、私頑張りますね!」

 

「なんだ、気付いていたのか?」

 

 頭を書きながら、廊下の角から出てくるトレーナーさん。まぁ、流石に色々とタイミングが良すぎたからね。

 

「トレーナーさんがサウスヴィレッジさんを呼んでくれたんですよね?」

 

「サウスとは昔から見知っている仲だからな。お前のことを話したら勝手に突っ走っていったよ」

 

 変わらないと呟く、トレーナーさんの表情はどこか明る気だ。きっと、私には分からない2人の関係があるのだろう。

 

「まぁ、それはいい。とりあえず、お前の決意表明はシロヤマに伝わっただろ。これでしばらくすれば金沢の連中全員が知ることになる。良かったな、これで退路は断たれた訳だ」

 

 トレーナーさんが嫌な笑顔を浮かべる。

 

「まさか、トレーニングがきついから止めるなんて言うなよ? 言い出したからは死ぬ気でやってもらう」

 

「はい!」

 

 この時の私は、これから始まるトレーニングを心のどこかで舐めていたんだと思う。そう思うと、あの時の自分を少し戒めてやりたい気持ちだ。

 



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3話

「芝・・・ですか?」

 

 ダッシュとウォーキングを交互に繰り返すインターバルトレーニングを行っていると、唐突にトレーナーさんに呼び止められた。

 

 ちなみに、この練習はトレーナーさんの指示でやっているんだけど、めちゃくちゃキツイ!! なんでも、心肺機能を鍛えるためみたいなんだけどね。

 

「そうだ。カナメ、次のレースでは芝を走ってもらう。お前はテンも遅いし、コーナーリングも下手、おまけにパワーもないからな」

 

 確かに、トレーナーさんの言う事も分かる。

 

 私はここまで8戦して、5勝2着2回それと着外が1回。前回のレースを除いて、基本的に負けたレースは逃げた子を捕まえ切れなかったからだ。

 

 けど、流石にトレーナーさんの言い方は、

 

「ちょっと、言い過ぎじゃないですか?」

 

「まぁ、落ち着け。要はお前は今まで自分の適正からかけ離れたステージで戦っていたっていうことさ。地方のダートじゃ、お前の良さはでない、それこそ雨が降って、バ場が軽くなってもだ」

 

トレーナーさんは私を宥めるように、両手をかざす。

 

まぁ、どっちにしてももう少し言葉を選んでもらいたかったけど。けど、地方の深い砂は向いていないというのは、今までの私にはなかった考えだ。だって私の走るコースは基本的にそういうところしかなかったからね。

 

 

「じゃあ、盛岡に遠征でもするんですか?」

 

 

 金沢もそうだけど、基本的に地方には芝のコースはないんだ。けど、唯一の例外が盛岡。私は、そもそも盛岡に行ったこともないんだけどね。

 

 

 

「違う。お前が走るのは、1月の京都。そこの1勝クラスの特別戦に出走してもらう。距離は1600Mの内回りだ。この時期のレースには余り人数も集まらないからな、気軽に走ってこい」

 

 き、京都! 金沢から距離も近く、昔私もレースを見に行ったことがある。そんな舞台で走るんだ。

 

 でも、思ったよりも数倍早いタイミングだなぁ。

 

「いきなり、中央挑戦ですか・・・。流石に緊張するなぁ。私が通用するかな?」

 

「カナメ、甘い考えは捨てておけよ。いいか、今のお前じゃ99.9%勝てない」

 

 99.9%・・・。それってつまり、勝てないっていうことだよね。それじゃあ、何のために私は走りに行くんだろう。もう少し、トレーニングをしてからでもいいと思うけど。

 

「カナメ、お前の今回の出走の目的は芝の適正を試すのと同時に、中央の雰囲気に慣れてもらいたいからだ。まぁ、お前一人だと心細いだろうから頼りになる助っ人を連れてきたぞ。おーい、来てくれ!」

 

「ハイハーイ。来ましたよ! カナメちゃん、一緒に頑張ろうね」

 

 やって来たのは、シャインスワンプちゃん。さっき言った、私の2敗は逃げたシャインちゃんを捕まえ切れなかったからなんだ。

 

「シャインちゃんも、一緒に走るの?」

 

「そだよー! カナメちゃん一人じゃ寂しいでしょ? それに私も中央で走ってみたいもん」

 

 にこりと笑顔を浮かべてシャインちゃんは言う。シャインちゃんの笑顔はずるいよね、可愛い過ぎるもん。ちなみに私の中でシャインちゃんは、金沢で一番可愛いウマ娘だ。

 

「まぁ、そういうことだ。基本的に京都の内回りっていうのは逃げが圧倒的に有利だ。けど、この時期のクラシッククラスのレースっていうのは基本的にスローになりがちだ。そこで、シャインには逃げを打ってもらおうと思ってな。スローになればシャインに有利だし、流れればカナメに流れが向くだろうからな」

 

 トレーナーさんはキメ顔でそう言った。いつも思うけど、トレーナーさんのキメ顔って全然決まってないんだよね。

 

 けど、そんなことよりもトレーナーさんの発言には引っ掛かるものがあった。

 

「トレーナーさん、それってズルくないですか? なんだか、2人がかりでレースをするなんて・・・」

 

「なーに言ってるの、カナメちゃん? 別に協力している訳じゃないでしょ? カナメちゃんはカナメちゃんの、私は私のベストを尽くすだけ」

 

「あぁ、シャインの言う通りだ。カナメが負い目を感じる必要なんてない。シャインが逃げるなんて、新聞を読めば誰でも分かることだからな。あと言っておくが、こんなこと程度でレースに勝てる程甘くはないからな? 地方と中央の格差っていうのはそれほどのものなんだ」

 

 この日は、トレーナーさんの最後の一言が胸に残ったままだった。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

「また、えらく早いタイミングで挑戦させるんだな?」

 

「なんだサウス、もう情報を聞きつけたのか? まぁ、あいつがここで折れるようなら所詮、中央に挑戦するなんて無理だってことだ。けど、あいつはそうはならないだろうな」 

 

「あぁ、私もそう思う。あいつは強いよ、結果は知らんが何かしらは学んでくるだろう」 

 

「あいつのこと気に入っているんだな」

 

「あぁ、個人的に期待させてもらっているよ。けど、どっちかというともう一人の方が気になるかな・・・」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「私が逃げる・・・かぁ。別に金沢だと逃げが有利だから逃げてただけで、そんなに拘りはないんだけどなぁ。それに、私がカナメちゃんの添え物になっているのも気に食わないし・・・。ねぇ、どう思うグリンさん?」

 

「うーんそうね、シャインちゃんのしたいようにすればいいと思うわ。結局それが一番後悔しないもの」

 

「そっかぁ、うんそうする。なんて言ったって尊敬する先輩のお言葉だもん」 

 

「あらあら、でも頑張ってね。私も中央では2戦して入着もできなかったから、シャインちゃんには私の分も頑張ってもらわないとね」

 

「でも、グリンさんはJBCクラシックでも4着になっているし、私にとっては偉大な先輩だよ」

 

「うふふ、ありがとう」



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4話

新年早々、その日はやって来た。

京都第9R、白梅賞。

 

「うぅ、トレーナーさんいよいよですね。ああ、緊張してきた」

 

 初めての中央は、昨年の川崎の時とは違い酷い緊張に襲われた。あの時は、まだ自分の力量も知らなかったから、気楽だったんだけどね。

 

「はは、カナメちゃん大丈夫だよ。私も一緒に走るんだし!」

 

 私とは対象的にはシャインちゃんはいつも通りだ。凄いなぁ、私も見習わないと。

 

「いいか、お前らはチャレンジャーだ。負けて当たり前、そのくらいの気持ちで走ってこい。誰もお前らに勝てとは言わない、何でもいい、今後の糧を掴んでこい」

 

 そう、トレーナーさんの言う通りだ。自分の走りをすることに徹しないと。少しでも、レベルアップするために。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「ねぇ、カナメちゃん?」

 

 パドックでの挨拶を終えて、ウォーミングアップをしているとシャインちゃんが話しかけてきた。ちなみに、パドックでの私は緊張でガチガチになっちゃった。けどシャインちゃんは、無難にこなしていたんだよね。

 

「どうしたの、シャインちゃん?」

 

「周りのウマ娘たちの視線、気づいてる? 完璧に私たち舐められちゃってるね」

 

 言われて周りを見渡すと、確かにひそひそと陰口を言っている子もいるような・・・。

「あいつが逃げ宣言をした地方のやつか」

「地方のそれも金沢のウマ娘が通用するほど中央は甘くないのよ」

 

でも、あの子たちにもプライドはあるだろうし、見下されてもしょうがないのかな。

 

「うん、そうだね。でも、トレーナーさんも言っていたけど、私たちなんて周りの子たちに比べたら格下なんだし、しょうがないよ」

 

「うーん、それもそだね」

(甘いよ、カナメちゃん。最近のカナメちゃんは卑屈になりすぎ。大体、負けて当たり前? バカにしないでよね)

 

 なんだか、シャインちゃんの返事が素っ気ないような・・・。

 でも、そんなことよりシャインちゃんに聞きたいことがあったんだった。

 

「それよりもシャインちゃん、逃げ宣言なんてすごいね! 新聞にもでっかく載ってたよ」

 

「あはは、少しでも逃げやすくなるかなって思って。でも、宣言しちゃった以上、やるしかないもんね」

 

 頭をかきながら、シャインちゃんは少し困った表情を浮かべる。もしかして、シャインちゃんもこんなことになるとは思っていなかったのかもしれないね。

 

「頑張ってね! シャインちゃんが逃げたら、中央の子も大変だと思うからね」

 

 そうこうしているうちに、会場が俄かに騒がしくなってきた。どうやら一番人気の子がパドックに出てきたみたい。

 

「「頑張れ、スペ」」

「「頑張れ、スペ先輩」」

 

 応援にきたのか、他のウマ娘の声も聞こえる。

 けど、当の本人は私に負けず劣らず、パドックで緊張していたけどね。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「あの二人の様子はどうだった?」

 

「サウスか、お前も大概暇なやつだな、わざわざ金沢から来たのか? カナメはガチガチ。シャインは、まぁ何か考えてはいるんだろうな」

 

「そうか。それよりもこのレース、とんでもない奴が出走するみたいだな」

 

「2枠3番、スペシャルウィーク。圧倒的1番人気も頷ける、あいつはいいところまで行ける逸材だな。正直、カナメを出走させようと思った時には考えてもいない相手だよ」

 

「なんだ、てっきりわざとぶつけたのかと思ったんだが」

 

「そこまで、残酷なことはしないさ。まぁ、あの二人は何にも知らないだろうから変な力みもないだろう」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

『京都9R白梅賞、間もなく出走です。一番人気スペシャルウィーク、ここではどんなレースを見せてくれるのでしょうか?』

 

 遂に本番だよー、心臓がバクバク言っているのが自分でも分かるくらい。

 でも、中央ってゲートも綺麗だよね、金沢とはこういう所も違うんだなぁ、ってそんなこと考えている場合じゃないよね。けど、ちょっとは落ち着けたかな。

 

『さぁ、ゲートが開きました。ハナに立つのは1枠から2人、おぉーっと、逃げ宣言シャインスワンプは最後方からのレースです。同じく地方金沢から参戦のカナメと並び、12.13番手でしょうか。圧倒的一番人気、スペシャルウィークは中盤に付けました』

 

 よし、スタートは綺麗に出られた。トレーナーさんの言う通り、芝って走りやすい! 後はペースを考えて位置を下げてっと。

 って、何でシャインちゃんが私の近くにいるのー! しかも、私より後ろに位置を下げているし。

 

(今頃、カナメちゃんは驚いているかな? 逃げても良かったんだけど、それだと先ず勝てないもんね、それにこのペースはかなり早いはず。もう心は決めた、最後の直線だけに全てを賭ける。カナメちゃんのお株を取っちゃったね)

 

『さて、隊列は整理され一枠の2人が引っ張る縦長の展開になっています』

 

(ふん、地方の子なんて逃げることもできないんだから)

(スペシャルウィークの脚を考えると、もうちょっと離さないと)

 

 流石にペースが早いような気もするけど、芝のレースは初めてだしこれが普通なのかな? 正直、追走で大分脚を使っちゃっているけど、最後方だと流石に厳しいよね。ここは捲っていかないと。

 

 

『1000M通過は、58.6。これはハイペースです。前のウマ娘たちは苦しい。最終コーナーを迎えて、スペシャルウィークはまだ中盤、地方ウマ娘カナメがスペシャルウィークを交わす』

 

 取りあえず中段まで位置を押し上けだけど、失敗だったかな。脚がほとんど残っていない・・・。一番人気の子の前で、後はどれだけ粘れるかどうかだね。

 

『さぁ、最後の直線、一番人気スペシャルウィークがスパートを掛ける。前のウマ娘を並ぶ間もなく交わしていく』

 

 直線を向いた所で、凄い勢いで一人のウマ娘が隣りを抜き差っていった。あれが、一番人気のウマ娘の脚! 凄い、私もあんな風に走りたい。こっちもラストスパート、かなり限界だけど少しでも上の順位にいけるように。

 

(よし、直線。カナメちゃんは残念だけどここまでだね。最後方だけど私の脚はまだまだ残っている。後は全速力で届くのかどうか)

 

 あぁ、ダメだ。何人か前の子を抜かしたけど、後続の子にも抜かれちゃってる。あの捲りの判断が失敗だったかな。

 と、その時私の横を何かが通過した。流石中央、あの一番人気の子と同じかそれ以上の脚を持っている子がいるんだ。

 いや、ちょっと待って、あれは中央の子じゃない。な、なんで・・・

 

「シ、シャインちゃん? なんで、どうして?」

 

(いけるいけるいける、いける! 脚が軽い、これが芝、これが中央。私の脚は中央でも通用するんだ。グリンさんの分も私が!)

 

『スペシャルウィーク、ここで抜け出す。しかし、最後方から一人、飛び込んでくるウマ娘がいるぞー! シャインスワンプだー。シャインスワンプ、前に届くか? 届くか、届きました! 一着はシャインスワンプ! 圧倒的一番人気、スペシャルウィークは2着に敗れました』

 

 勝ったのは、まさかのシャインちゃん。

 どうしてだろう、それはとても素晴らしいことなのに、祝福する気持ちが少しも湧かないのは。

 

「あぁ、嫉妬しているんだね」

 

 ふと、口からこぼれた言葉。無自覚の一言は正に今の心境そのものだった。心のどこかで中央の子に負けるのはしょうがないと受け止めていた、だから負けたこと自体は悔しいけどそこまでじゃない。きっとシャインちゃんが2着だったなら私は祝福できたんだと思う。でも、

 

「なんで、勝っちゃうのシャインちゃん・・・ 」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「あいつ・・・、やりやがったな。ったく、逃げ宣言しておいて最後方からの追い込みか。それにカナメも8着、まぁ初戦にしては合格だ」

 

「フフ、なるほど、グリンのやつがどうも上機嫌だったのはこういうことか。いい脚だった。が、あの一番人気のやつどうも本調子じゃなさそうだったな」

 

「そいつは同感だ、最後は失速していたからな。それでも勝ち切ったことは立派さ、見事な末脚だった。正直、あいつがあんなギアを持っているとは思わなかったよ。後はカナメのフォローをどうするかだな」

 

「それを考えるのがトレーナーの仕事さ。精々頑張りな、それじゃあ、私は一足早く金沢に帰るとするさ」

 

「なんだ、あいつらに声を掛けてやらないのか?」

 

「それは、あんたの仕事だろう?」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「お疲れ様、スペちゃん」

 

「スズカさん、私負けちゃいました・・・」

 

「惜しかったわね、ハナ差だったもの。もしかして、スペちゃん調子悪かった? いつもの走りとは違ったから」

 

「確かに、前走から除外続きで調整が上手くいっていなかったからな。体重も少し増えすぎていたかもしれん」

 

「ト、トレーナーさん。どうしてそれを知っているんですか?」

 

「んなもん、見ればわかるだろ」

 

「普通の人は分かりませんよー」

 

「まぁ、いい。今回の負けは気にするなとは言わない。でも終わったことだ、日本一のウマ娘になるためにこんなところで足踏みしている時間はないぞー。次はきさらぎ賞だ」

 

「ハイ!」

 

「頑張ってね、スペちゃん。あと、この後のライブもね」

 

「あ・・・」

 

 

 

「スペ先輩、負けちゃうとは思わなかったわね」

 

「だよなぁ、しかも地方のやつにだぜ。調子が良くないっていってもなぁ」

 

「そうよねぇ」

 

「おい、お前ら。地方のウマ娘だからってバカにしてんのか? レースに出れば強いやつが勝つだけだ。スぺは負けたんだ、そいつをバカにするってことは、スぺをバカにしているのと同じだぞ」

 

「いや、そういうわけじゃねぇけど・・・」

 

「そうよ、そんなつもりはないわよ」

 

「フン」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「グリンさん、私やりました!」

 

「あらあら、いきなり電話してくるなんて。ライブは大丈夫なの?」

 

「一刻も早く、グリンさんに報告したかったんだもん」

 

「テレビで見てたけど、スゴイ末脚だったわね。最後方からごぼう抜き、金沢ではいつも逃げていたからビックリしたわ」

 

「グリンさんが、したいようにすればいいって言ってくれたからだよ」

 

「はいはい、そろそろライブの準備もしないとだめよ。続きは金沢に帰って来てからね」



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5話

 今日も、ここ金沢の天気は最悪だった。空を見渡せば一面の暗雲、加えて少しばかり多くの水分を含んだ雪も降っている。幸いにも積もる程の勢いではなかったが。

 この時期の金沢レース場では基本的にレースは行われることはない。にも関わらず、多くの記者の人たちが集まっていた。その目的はもちろん・・・

 

「シャインさん、次はどんなレースに出走するんですか?」

「中央のクラシックに挑戦は?」

 

 たくさんの記者の人たちが、一人のウマ娘にマイクを差し出している。金沢から、しかも生え抜きのスター候補が誕生したんだから、この盛り上がりも分からなくはない。そして、私はその喧騒をただただ遠巻きに眺めていた。

 

 たくさんの記者の人たちからマイクを向けられたシャインちゃんは、困りながらもどこか誇らしげにはっきりと質問に答えていた。

 

「次は、きさらぎ賞を目標にしています! その結果をみてクラシックに挑戦したいです」

 

 記者の人たちがシャインちゃんの発言を聞いて盛り上がる中、当の本人はそそくさとトレーニングに向かっていってしまっていた。

 

 金沢に戻ってから、シャインちゃんはこうして連日、記者の人たちから質問を受けている。一方の私はといえば・・・。

 

「はぁ・・・」

 

 トレーニングに身も入らず、こうしてボーっと過ごしていることが多い。

 もちろん、これが良いことだとは思わないよ。けど・・・

 

 

 そうして、練習所の隅で立ち尽くしていた私に、サウスヴィレッジさんが声を掛けてくる。

 雪が降っているというのに、半袖に短パン姿で寒くないのかな。

 

「よう、相変わらず元気ねぇな。なんだ、この前の負けをまだ引きずっているのか?」

 

 相変わらず、真っ直ぐな人だ。普通、落ち込んでいる後輩にここまで直接的に話しかけるだろうか。けど、心のどこかで私はサウスヴィレッジさんに話しかけてもらえるのを期待していた。だって、彼女は私に好意的だったから。きっと励ましてもらえると甘い考えを持っていた。

 

「いや、そんなことはないです。・・・いや、すいません。確かに引きずっています」

 

 そう、サウスヴィレッジさんの言う通り私はあのレースの事をズルズルと引きずっている。厳密には私が負けたことではなくて、シャインちゃんが勝ってしまったことだけど。

 

「そうか。で?」

「え・・・」

「え、じゃねぇよ。なんだお前、私に優しい言葉でも掛けてもらえると思ったか? 勘弁しろよ、私はお前のトレーナーでもママでもないんだぞ」

 

 そのあんまりな言い方に、何か言い返そうか悩んだけど、結局私の口が開くことはなかった。それほどまでに今の私は惨めだった。

 

「・・・」

 

「今度はだんまりか。ったく、シロヤマに啖呵切ってた割には口だけの奴だったってことか、これは私の見込み違いだったかな? まぁ、いいか」

 

 それだけ言い残してシロヤマさん何処かに行ってしまった。そのシロヤマさんとすれ違う形でトレーナーさんが私に向かってくる。

 

「・・・」

「・・・」

 

 遠くて聞こえないが、2人は一言二言言葉を交わしたようだ。

 もっともそれもすれ違いざまの一瞬だけで、トレーナーさんは直ぐに私のところにやってきた。というかトレーナーさんもワイシャツ一枚で寒くはないの??

 

「どうした、元気ねぇな。俺の言ったトレーニングは終わったのか?」

 

「・・・はい、それは済ませました」

 

 確かに、言われたメニューは全てこなしている。本当にこなしているだけだけど。

 

「そうか、それじゃあ今日から新しいトレーニングを追加するぞ。いいk」

「トレーナーさん、トレーナーさんは私に何も言わないんですか?」

 

 我ながら女々しいと思うが、トレーナーさんに聞かずにはいられなかった。心のどこかでトレーナーさんに励まされることを期待していたから。

 

「どうした急に、俺に愛の告白でもして欲しいのか?」

 

 だからだろうか、トレーナーさんの軽口が今はただ無性に鬱陶しかった。だからだろう、自然と私の語気も強いものになっていた。

 

「茶化さないでください! 自分でも分かっているんですよ、今の私がダメダメだって」

「確かに、今のお前はゴミみたいなもんだ。うじうじしてるばかりで、しかもその理由が嫉妬っていうのも情けねぇ。でもな? 俺はお前のトレーナーだし、お前は俺の教え子なわけだ。簡単に見捨てる訳にはいかないだろ、それに言い方は悪いが、今のお前みたいになる、ウマ娘なんて腐るほどいるからな」

「ちなみに、その子たちはその後どうなったんですか?」

 

 これに関しては完全に興味本位だった。今の自分と同じように、打ちひしがれている状態のウマ娘はどういう風に立ち直ったのかを知りたかったから。

 

「それは十人十色だな。そのままダメになる奴もいれば、それをバネに成長する奴もいた。良い悪いじゃなくて、こればっかりは個人の在り方だからな」

 

 残念ながら、望む回答はもらえなかった。そればっかりか聞きたくない情報まで入る始末だ。

 

「トレーナーさん、今まで怖くて聞けなかったことを聞いてもいいですか?」

 

 これは、本当に甘えだった。トレーナーさんの返答次第では私は明日からも頑張っていけるはずだから。

 

「・・・言ってみろ」

 

 きっと、トレーナーさんは私が何を言うのかおおよその見当がついていたんだろう。そして、私の甘い考えもきっと見透かしていた。

 

 

「頑張れば、私でも中央で結果を残せますか? ううん、私には中央で活躍するほどの才能はありますか」

「難しいことを聞くな。仮に無いって言ったらどうするんだ?」

「その時は、・・・諦めます。中央挑戦なんて無理は言いません」

 

 ここでも予防線を張る。私が欲しい答えに誘導するためだ。

 

「なら、言わせてもらう。お前には中央で活躍できるだけの才能はある。だから死ぬ気で頑張れ。これで満足か?」

 

 けど、トレーナーさんの答えは余りに素っ気ないものだった。「この前のレースは運が悪かった」「お前の実力なら中央で通用する」、噓でもいいからこういう言葉が欲しかった。それだけで、また頑張れたのに。

 

「そんな投げやりに言わないでください。私にとってh」

 

 これは、完璧な八つ当たりだ。自分の欲しいものがもらえなくて癇癪を起こす子供と一緒だといってもいい。

 

「ふざけんな! なんで俺が、お前の免罪符になってやらなきゃならないんだ。いいか、お前に才能があるかどうかなんて俺には分からん。だが、断言してやる。シャインよりは間違いなくお前の方が身体能力は上だ。けどな、この前のレース勝ったのはあいつだ」

 

 急に口を荒げてトレーナーさんは私に捲りたてる。

 シャインちゃんが私よりも才能がない? 私も、この前のレースまでは心のどこかでそう思っていた。だからこそ、この前のレースでシャインちゃんに負けたことは認めたくなかった。

 

「お前、この前のレースの2着のウマ娘を覚えているか? あいつも才能だけならな1年に数人いるかどうかのスゴイ奴だった。地方のしがないトレーナーでしかない俺でも見抜けるほどのな。だが、シャインはそいつにも勝った」

「結局、何が言いたいんですか! シャインちゃんがスゴイ、私はダメだってことですか」

「おいおい、そんなにひねくれるなよ。要はシャインでも中央でも勝てたんだ、しかも相手はとびきりときた。なら、お前にできない道理はないだろ? お前が中央で活躍できると保障してやることはできん。だけどな、頑張ってみる価値はあるんじゃないか? シャインにできることがお前に出来ない訳がないんだから」

 

 トレーナーさんの言葉がひどく胸に沁みる。あれだけ、羨ましくて恨ましかったシャインちゃんより、私の方が上だという、一言。この一言だけで私は頑張れる。結局、私は人に褒められて認めてもらいたいだけなんだと思う、けど走る理由なんてそれでいい。きっと、これが私の原点なんだから。

 

「シャインちゃんにできるなら・・・。でも、この前のレースのシャインちゃんは今まで見たこともないくらいの凄い脚でした」

 

 と、決意を固めて見たところで、シャインちゃんの豪脚が頭をよぎる。あの脚は、今までの誰よりもすごいものだった。

 

「ん? あぁ、ありゃ単純にハイペースになって前の奴らがバテただけだ。お前、反省会の話、ちゃんと聞いていなかっただろ。まぁいい、あの時言ってなかったことを、せっかくだし今伝えておく」

 

 ニヤニヤと私を見つめながら、トレーナーさんはそんなことを言う。

 完全に図星だった。あの時は、上の空で反省会の内容なんて、これぽっちも頭に入っていなかった。

 

「・・・なんですか」

「お前、レースセンス無いな。前回のレースでそれが良く分かった。その点、シャインはハイペースなのを考慮して、末に掛けていた。一か八かの策だが、結果はお前のも知っての通りだ」

「ここにきて、純粋な悪口ですか」

「こればっかりは事実だからな。さて、スタートが悪い、コーナリングが下手、レースセンスもない、そんなお前だがいいところもある、何か分かるか?」

「なんか、短所ばっかり挙げてません?」

 

 さっきまで、私のことを持ち上げてくれていたトレーナーさんが、打って変わって私の欠点をあげつらう。まぁ、さっきまでの私だったら不貞腐れるだけだろうから言いたくても言えなかったんだろうけど。

 

「実際そうだろう? まぁ、答えはトップスピードだ、エンジンの掛かりは遅いがな。さて、そんなお前にアドバイスをやる。次のレース、ペース関係なく最後の直線に全てを賭けろ。結局、それが一番実力を出し切れる。言っておくが、最後尾に付けろって訳ではないからな。誤解はするなよ。要は自分のペースを守って、最後の直線に脚を残しておけってことだ」

 

「そうすれば勝てますか?」

 

 

「そりゃあ分からん。今のお前の実力だと展開に頼らざるを得ないからな。精々、前が潰れることを期待しておけ」

 

 結局、運任せかぁ。けど、考えてみればシャインちゃんもこの運を掴んだんだ。なら、私に出来ない訳はない。他の誰でもないトレーナーさんが、私を認めてくれているんだから。

 

「お、いい顔になったな。さて、そんなお前の次のレースだが・・・。ジャーン、来月の東京レース場で行われるG3共同通信杯だ。このレースは芝の1800M、小細工の効かない純粋な力が試される。次こそは、お前の実力を中央の連中に見せつけてやれ」

 

 G3、つまり中央の重賞だ。当然、前走1勝クラスの特別戦で掲示板に乗っていない私には敷居が高いのは間違いない。でも、トレーナーさんがこのレースを選んだことには理由があるはず。なら、私は出来る限りの事をしないと。

 

「意外とうろたえたりはしないんだな」

「だって、トレーナーさんが選んでくれたレースですから、それに私もうG1も走ったことありますからね」

 

 そう、私が中央に挑戦するきっかけになった、あのレース。考えてみれば私は既にG1の舞台で走っているんだ。今更、G3のレースくらいでうろたえたりする必要なんてない。

 

「いいねぇ、その余裕。今思えば、金沢で走るお前は、常に心のどこかで相手を見下しながら走ってたなぁ」

「ちょっと、私が性格悪いみたいじゃないですか」

「はは。さて、出るレースも取るべき戦法も決めた。なら、後は何が必要だ?」

「・・・トレーニングですね」

「その通り、さて話の途中だったが新しいトレーニングをやっていくぞ」

「はい!」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「あの甘ちゃんはどうなった?」

「お陰様で、立ち直ったよ。優しい先輩のアドバイスの効果だな」

「なんだ嫌味か? あれだけ、慰めてくれってオーラ出されたら、こっちもそれをする気が無くなるのも仕方ないだろ。むしろ手を出さなかっただけ褒めて欲しいね」

「あいつは強くなるよ。まぁ、お前は超えるだろうな。ちょっと、手がかかるのは難点だが」

「言ってくれるな、そんなに私の看板は安くないさ。あと手がかかるのは、お前としては嬉しいことなんじゃないか? 」

「あぁ? そんなことねぇよ」

「そうかい」



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6話

 それは、まさに夢のような時だった。

 東北の地に集まった十人のウマ娘。各地の期待をその身に受け、威信をかけて戦った。

 後に黄金時代と呼称されたこの世代。

 

・デビューから10連勝の当地では歴代最強とも呼ばれる者

・同じ地方の伝説に倣えと、オグリキャップ2世と呼ばれた期待のホープ

・地方で最もレベルの高い南関東、その中でも格式高い東京ダービーウマ娘

・後に2年連続で北海道代表ウマ娘に選ばれ、道営最強と呼称された一人

・サクラの名を冠する天皇賞ウマ娘を中央で破ることとなる地元の代表

 

 そんな錚々たるメンバーの中勝利を飾った、そのウマ娘の名は・・・。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 2月の京都レース場。まだまだ寒さが厳しいこの地に私とトレーナーさんはレースを見に来ていた。

 その目的はもちろん。

 

『さぁ、注目の一番人気はこの娘、スペシャルウィーク。前走こそ敗れたものの、その実力は高く評価されています』

 

 パドックでは、恒例のウマ娘の紹介が行われている。

 こうやって外から眺めていると、前回私があそこにいたとは思えなくなるから不思議だよね。

 

「お、そろそろシャインの番だぞ」

 

 トレーナーさんがそう言って直ぐに、実況の紹介はシャインちゃんの番になった。

 

『注目のウマ娘の一人、シャインスワンプ。現在、7番人気とこの評価は不服か? 前走では、上がり最速の輝く末脚で、スペシャルウィークを撫で切っている彼女。ここでも軽視はできません』

 

「トレーナーさん、何でシャインちゃんの人気がこんなに低いんですか? 前走では、一番人気の娘にも勝っているのに」

 

 シャインちゃんが不当に評価されていることに、少しの苛立ちを覚えつつ、トレーナーさんに問いかける。 

 だって、この人気は流石に低すぎるもん。

 

「まぁ、前回のレースはフロックだと思われているってことだろうな。実際、展開が嵌まったっていうのも間違いじゃない。後は、単純に地方のウマ娘が舐められているっていいうのもある」

 

「そんなのあんまりじゃないですか、シャインちゃんは実際に結果も出したのに」

 

「おいおい、落ち着けよ。じゃあ、お前はこのレース、誰が勝つと思う?」

 

「そんなのもちろん、シャインちゃんですよ。前走でも一番人気の娘に勝ってますから。トレーナーさんは違うんですか?」

 

「俺か? 俺の予想だと勝つのはあいつだ」

 

 そう言って、トレーナーさんが指を差したのは一番人気のあの娘だった。ただ、私はそのことについて納得がいかなかった。けどムキになるのも可笑しいと思い、努めて冷静にトレーナーさんを問いただす。

 

「ふーん。ちなみに、どうして、あの娘なんですか?」

 

「なに怒ってるんだお前? いいか、前も言ったがあのスペシャルウィークは、はっきり言って実力、才能、そのどちらも飛び抜けている。このレースの2番人気のウマ娘の戦績を見てみろ」

 

「2番人気のウマ娘って、あの耳飾りを左につけている鹿毛の娘ですよね。えーと・・・えッ、この娘、前走G1を勝ってる!」

 

 彼女の戦績には、阪神JF1着という輝かしい実績が煌めいていた。今回のレースでG1を勝っているのは彼女だけ、普通に考えればあの娘が一番人気になるはずだけど・・・。

 

「そうだ。これで分かったか? G1ウマ娘もいるこのレースで、スペシャルウィークは圧倒的な1番人気なんだ。ファンもバ鹿じゃない、基本的に勝つウマ娘に投票する。その結果がこれだ」

 

 つまり、あのスペシャルウィークって娘は、G1を勝つようなウマ娘よりも圧倒的に強いとお客さんは判断しているということになる。

 でも、負けた私が言うのもなんだけど、あの娘がそこまでのウマ娘とは思えないんだよね。

 

「あの、トレーナーさん。あの娘って、そんなに強いんですか? 正直、川崎で走った娘たちの方が・・・」

 

「まぁ、前回のレースのスペシャルウィーク自体は、そこまでのパフォーマンスを見せてたわけじゃないからな。けど、あの時のあいつは明らかに調整に失敗していた」

 

「つまり、本調子だったらあんなものじゃないってことですか」

 

「あぁ。あいつのデビュー戦の内容は凄いものだった。何でも、あいつのトレーナーは、デビュー前からダービーを取れるって確信していたみたいだぞ」

 

 ダービーウマ娘、それはレースに関わる人間なら誰しもが憧れる、夢の称号と言ってもいい。それを期待されているという事実が意味することは私にも分かる。けど、

 

「でも、シャインちゃんなら今日も勝ってくれますよ」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 ウマ娘の紹介も一通り終わり、落ち着きを取り戻したパドックで、私はシャインちゃんに声を掛ける。

 

「シャインちゃーん!」

 

「ん?」

 

 私の呼びかけに気づいたシャインちゃん、ストレッチを止めて、私の方へ近づいてくる。

 

「ごめんね、ストレッチ中に。頑張ってって一声掛けたかっただけなんだけど」

 

 冷静に考えれば、レース前に集中しているのシャインちゃんに声を掛けるのはどうだったんだろう。

 

「ううん、ありがとう。今日はカナメちゃんがいなくて寂しかったから嬉しい!」

 

「ほんと? ならよかった! シャインちゃんのこと応援してるからね。前回みたいに後ろからいくの?」

 

「んー秘密! あとカナメちゃん声が大きいよ。周りのみんなに見られてるよー」

 

「ご、ごめんね。でも、シャインちゃんならきっと勝てるよ!」

 

  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 きっと勝てる・・・ね。

 カナメちゃんは、本気でそう思っているのかな? 

 多分、そうなんだろうなぁ。

 彼女はいい友達だ。

 この前のレース後少しギクシャクした部分もあったけど、今のカナメちゃんは本気で私は応援してくれている。

 まぁ、その思いが100%純粋なものではないんだろうけど。

 

 ただ、残念ながらカナメちゃんの思いを背負って上げるほどの余裕は今の私にはない。

 いつも明るく振る舞って誤魔化しているけど、正直に言うと周りのプレッシャーに耐えられない。

 グリンさんは気にする必要なんてないって言うけれど、当のグリンさんも私に期待してくれている。なら、気丈に振る舞うしかない・・・。

 結局のところ、これが器というものなんだろう。今の私は、周りの期待を受け入れられず、それが流れ出てしまっている。

 

 もちろん、負けるつもりはない。それを負ける言い訳にはしたくない。

 ただ・・・、勝つことが厳しいということも理解できている。

 

 今はただ、周りの期待を裏切るのが怖い。。。

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『さぁ、迎えたきさらぎ賞。間もなく発走です』

 

 

「トレーナーさん、いよいよ発走ですね」

 

 あぁ、自分が走るわけじゃないのに、すっごく緊張してきた。

 

「分かったから、落ち着け。それより、シャインの様子はどうだったんだ?」

 

「シャインちゃんですか? 緊張しているのが私にも伝わってきましたよ。なので、軽い雑談くらいしかしてないですけど」

 

「ん? そうか。なんていうか、お前ってそういう気遣いとか出来るんだな」

 

「トレーナーさんって、根本的に私のこと下に見てますよね・・・」

 

「まぁ、気にすんな。それより発走するぞ」

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『さぁ、直線を迎えて先頭は・・・。内に潜ったブレイヴカイザーが押している。普段は追い込みの戦法をとる彼女が先行して、現在は先頭』

 

 思ったより、ペースが流れなかった。にも関わらず、予想以上にスタミナが削られている。

 けど、ある程度の位置は取れている。

 後は一番人気の娘に併せてスパートして引っ張ってもらうしかないなぁ。

 さて、あの娘は、もうすぐ仕掛けるかな?

 

『大外からも各ウマ娘が伸びてきている。っとここで内から、内からスペシャルウィークだ! 一気に抜け出す』

 

 うそ? 

 道中では私の方が先行していたのに、バ群が開けるのと同時に次元の違う脚で抜け出ていた。

 前走は、本当に調子が悪かっただけってことかぁ。

 

 これで僅かに残っていた勝機は完全に消えた。

 でも、私にも意地がある。

 脚は重い、息は乱れている、軽い酸欠で意識も朦朧としている、だけど!

 

『完全にスペシャルウィークです。スペシャルウィーク、3バ身突き放して今ゴール。二着にブレイヴカイザー。これは強い、スペシャルウィーク。クラシックに向けて大きな一勝です』

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「トレーナーさん、あれって」

 

「あぁ、あいつ無茶しやがって」

 

 最後の直線、明らかにシャインちゃんの動きがおかしいのが分かった。

 正直、最後の直線入り口の時点でシャインちゃんの勝ち目が無かったのは、見ている私とトレーナーさんには、はっきり分かった。きっと走っているシャインちゃんにも分かっていたはずなのに・・・。

 

「カナメ、今シャインのことバ鹿だって思っただろ? しなくてもいい無茶をして結果がこれだからな」

 

「バ鹿っていうよりは、どうして・・・っていう感じです。頑張ったって結果は変わらないのに。それなら、次のレースに備えるべきじゃないですか」

 

「そう。その通りだ。お前は無意識に、その線引きができている。だから、トレーニングに関しても基本的な方針さえ示せば、ある程度安心して放置できる。頑張りと無茶の境界が認識できるっていうのは一つの才能だ。ただ、シャインはそこが曖昧だった」

 

 私には、その気持ちは分からない。けど、同時に少し羨ましくもある。一体、シャインちゃんは何のために自分を省みず走ったんだろう?

 今の私には、そういう大事なものは無かったから。

 

 

 

[きさらぎ賞 シャインスワンプ 13着]

 

 翌日、金沢の新聞に載ったシャインちゃんの結果は実にあっけなくまとめられていた。

 そして横の小さな欄にひっそりと、復帰まで1年以上という文字が書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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7話

 マッチレース。まさに、その言葉を体現したようなレースだった。

 舞台は金沢ダート2600m。時代を築き上げた名ウマ娘と新進気鋭のウマ娘。二人の決戦の火蓋が切られた。

 

 レースは圧巻のものとなった。向こう正面から続く二人の追い比べ、それぞれが全く譲らずゴールに流れ込む。3着につけたタイム差は驚愕の2.6秒。

 

 結果を語るのは無粋だろう。

 ただ、レースの実況をしていたアナウンサーは、こう叫んだ。

 

「いいものを見た!」

 

 

 その後の金沢はこの二人の両横綱体制が続くことになる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ケガ、それはウマ娘にとっては切っても切れないものだ。

 誰しもが、ケガをしないように万全の対策を行っている。けれど、現実問題としてケガが原因でレースの世界から去る子は多い。

 

「決して無理はしたらだめよ。ケガをしたら元も子もないんだからね」

 

「もー分かってるよ。グリンさんは心配性なんだから」

 

「あら、ごめんなさい。それじゃあ次のレースも頑張ってね」

 

 そう言って送り出してくれたグリンさんは、何となく分かっていたのかもしれない。私がこうなってしまうことを。

 

 

 復帰まで1年以上。それはウマ娘にとって余りにも残酷な宣告だった。言ってしまえば引退勧告みたいなものだ。

 けど、心の中でほっとしている自分もいる。確かに悲しいし悔しい、なんで無茶なことをしたんだとあの時の私を諌めてやりたい。

 ただ、この一ヶ月は夢のような時間だった。だって、間違いなくこの私が金沢の主役だったから。インタビューに答えてTVの特集も組まれた。それは、小さなころ頭の中で描いていた光景に少し似ていて、私が誇らしかった。

 結局はプレッシャーに耐えれなくなっちゃったわけだけど。。。

 

「シャインちゃん脚の様子は?」 

 

 あのレースから数日経っても、あの娘は私のことを気遣い声を掛けてくる。嘗てライバルだと一方的に意識していた彼女とは、ケガを機により仲良くなれたような気がする。

 それが、もう戦うことを意識する必要がないからだと理解したとき、私の競技人生は終わったのかもしれない。

 けど、鈍感な親友はこう言うんだ。

 

「早くケガをなおして、また一緒に走ろうね!」

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「お、今日もシャインに会いに行ってたのか?」

 

 着替えてグラウンドに向かうと、珍しくトレーナーさんが既に待っていた。こんなことは、10日に1回あるかどうかかも、

 

「会いに行ってたも何も学校には来ているんですから、顔を合わせるのは当然ですよ」

 

「まぁ、そういうことにしとくよ」

 

 ニヤニヤしている、トレーナーさんに少しイラッとしたけど、ここはスルー。

 トレーナーさんが私より先にグラウンドに来ているということは何か理由があるはずだから。

 

「さて、いよいよ今週末にレースがあるわけだが調子はどうだ?」

 

「調子ですか? 別に普通ですよ。この前のレースもいつも通りの感覚で走れましたから」

 

 この前のレースっていうのは、笠松で行われたクラシック級限定のダート戦のこと。この時期の金沢はレースの開催がないから、遠征する必要があるんだ。

 トレーナーさんに言われたことを意識しすぎて、差し損ねるところだったけど何とか1着をとることができた。

 

「相変わらず、不器用なレース内容だったけどな。まぁ、とりあえずは合格だ」

 

「ち、違います。あれは、ゴール板手前で交わそうと意識していただけですから」

 

 やっぱり気付かれてた・・・。

 レースの後、何も言われなかったから大丈夫だと思ってたんだけど。

 

「まぁ、金沢と違って次の東京は直線が長い。それに1800mってコースは直線勝負になりやすい。お前みたいな不器用な奴にはピッタリだ」

 

「あの・・・トレーナーさん。私ってそんなにセンスないんですか・・・?」

 

「まぁ、お前の場合はセンスってより経験の問題だな。なまじ、脚があるから何も考えずに勝てちまったのが良くなかった。金沢の同期相手なら通用するが上では間違いなく、今のままじゃ勝てん」

 

「へーなるほど! そうですかぁ、うんうん」

 

「なに、ニヤニヤしてるんだ。気持ち悪いな。まぁいい、今日はお前に伝えたいことがあってな。これが次のレースの出走表だ。とんでもないウマ娘が来ちまった」

 

「この娘って! なるほど、確かに強敵ですね・・・」

 

 そこに載っていた名前には見覚えがあった。前回の川崎でただ一人、南関東でも中央所属でもなく、上位に食い込んだウマ娘。勝った娘にこそ2バ身離されたものの、3着の娘には4バ身もの差をつけていたんだから、相当の実力の持ち主のはず。

 

「お前が知っているとは意外だな? あんまり中央の連中には詳しくないと思ってたが」

 

 ん? 珍しくトレーナーさんが変なことを言っている。いや、別に珍しくないっかもしれないけど。もしかして、私をからかって遊んでいるのかな?

 

「何言っているんですか? この娘は地方の娘じゃないですか、それに川崎で一緒に走っているんですから、分かるに決まってますよ」

 

「地方? 何をいっt・・・あぁ、そういうことか」

 

「何ですか、途中で喋るの止めないでくださいよ 」

 

「いやいや、何でもない。それより練習開始だ。ほれ、コース走ってこい」

 

「えぇ、もしかして伝えたかったことってこれだけですか? はぁ、わかりました、走ってきます」

 

 なんだか、拍子抜けだ。てっきり、何か対策でも教えてくれるのかと期待していたのに。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「エルコンドルパサー、あいつは化物だ。前回のスペシャルウィークといい、どうにも強い奴とばかり当たるなぁ」

 

 言われた通り、コースを走っているカナメを見て、溜息を吐く。

 

「おや、溜息とはあなたらしくない」

 

 そんな俺には声を掛けてきたのは意外な奴だった。

 

「シロヤマ・・・。珍しいな、コースに顔を出すなんて」

 

「何、私だって現役のウマ娘だ。コースに顔を出しても不思議じゃないだろ?」

 

 したり顔で、こちらを見つめるシロヤマ。よく、カナメの奴は俺のドヤ顔がどうのこうの言っているが、こいつのにも言ってやった方がいいんじゃないか? まぁ、あいつはシロヤマのこと苦手にしているみたいだから、万が一にも言わないだろうが。

 

「せめて制服じゃなければ頷いてやってもよかったんだけどな」

 

「おや、それは手厳しい」

 

「で、何の用だ?」

 

「いや、本当に用はないんだ。ただ単純に誰かが練習しているところがみたかっただけさ。別に彼女じゃなくてもよかった。だからそう、ここにいるのは、たまたまだ」

 

 そう言って、遠い目でシロヤマは練習を見つめる。こいつはこいつで色々抱えているんだろう。俺にすれば、ガキの癖に生意気としか思わないが。

 そういった点だと、サウスは自分のしたいことしかしないからな、目の前の堅物さんも見習って欲しいもんだ。

 

「勝てるのか?」

 

 ぼそりとシロヤマは呟く。

 独り言と流してしまっても良かったんだが、生憎俺は空気の読めないトレーナーなんでな。

 

「勝てないだろうな。少なくとも今のままじゃ間違いない」

 

「そうか・・・。彼女は勝てると信じているのだろうか?」

 

「さぁな、ただ勝ちたいとは思っているだろうな。あいつの承認欲求は筋金入りだ」

 

 そのせいで、えらく駄々をこねられたからな。そのことをいじると、あいつも恥ずかしいのか慌てて弁明するのが面白い、今や俺のマイブームだ。

 

 

「はは。そうか、なら精々目立ちたがり屋な彼女の欲求を満たしてやらないとな」

 

 何が面白いのか分からないが、シロヤマは上機嫌になり、手を振って去っていった。

 

「いや、あいつ本当に何しに来たんだ?」

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 舞台は2月の府中、芝1800m。

 本格的に芝を走るのは、これが二回目。まだまだ、慣れているとは言えないけれど、トレーナーさんに言われた通り、最後の直線に全てを賭ける・・・はずだったんだけど

 

「って、なんでダートを走ることになっているんですか?」

 

「しょうがないだろ。こっちでは珍しい大雪で芝が使えないんだから」

 

 はぁ、ダート。いや、別に嫌なわけじゃないんだけど。ただ、せっかくだから芝を走りたかったなぁ。

 

「安心しろ、ダートでもやることは変わらん。それに東京のダート1600mはワンターンで直線も芝より短いとは言え500mもある。思いっきり行って来い!」

 

 バンと背中を叩かれる。 

 というか、普通に痛いんですけど・・・

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 トレーナーさんに叩かれた痛みを堪えつつ、レースの待機場所に向かう。

 流石重賞、前の京都と違って内装も綺麗なものになっている。

 

「おー、あなたもこのレースに参加するウマ娘デスね!」

 

「え、うん。そうだけど・・・」

 

 何か、変なマスクしているエセ片言の娘に話掛けられちゃった。

 

「もしかして、緊張してマース? そういうときは深呼吸するといいデス」

 

「いや、別にそういうわけじゃないけど・・・」

 

「おっと、自己紹介がまだでした。コホン、テテンテェーン♪ 世界最強のウマ娘、エルコンドルパサーここに見参デス」

 

 なんで、この娘出囃子があるんだろう?

 でも、これで確信したこの娘はきっと・・・

 

「もしかして、プロレス好きなの?」

 

「ナントっ! もしかして、あなたもデスか?」

 

「いや、私はべt」

 

「いやーグラスもプロレスはよく分からないみたいで、あんまり付き合ってくれませんからね。そうだ、あなたの名前を教えてください! それと私のことは気軽にエルって呼んでくださいね」

 

 何か、凄い勢いで話掛けられてるー。

 完全に藪蛇だったかも・・・。

 シャインちゃんと焼肉に行った時を思い出す。あの時は、お肉を注文するのにあんなに時間がかかるとは思わなかったよ。

 

 って、話が脱線しちゃってた。

 

「あ、えと、私の名前はカナメだよ」

 

「いい名前デスね! もしよければウマスタ交換しませんか?」

 

 ウマスタ、それは最近流行っているSNSの一つで、中にはカリスマ的な扱いをされているウマ娘もいるみたい。

 ただ、レース前は集中したいので、一旦断らせてもらおう。

 

「嬉しいけど、レースの後でもいい?」

 

「あー、それはおススメしないデス」

 

「ん? どうして?」

 

 そんなに、直ぐに交換したいのかな? どうしてもっていうなら、別にいいけど。

 なんだかんだ、私も彼女みたいに明るい娘は好きだ。今度、プロレスのことを教えてもらおう。

 

「多分、レースの後だとそんな気力無くなってるかもしれないデスから」

 

「そこまで、疲れることないと思うけど」

 

「ハハ、違いますヨー。レースでコテンパンに打ちのめされた相手と直ぐに仲良くするのは難しいじゃないデスか」

 

 当然のように彼女はそう言った。

 あぁ、なるほど。前回の京都でのシャインちゃんの気持ちが少し分かる。あの時の私はヘラヘラしていただけだけど、今は心底こう思う。舐めるなよってね。

 

「ねぇ、エルちゃん?」

 

「おぉ、交換しますか?」

 

「ううん、交換するのは、やっぱりレース後にしよう。今、交換しちゃったらレースの後でエルちゃんメッセージくれないでしょ?」

 

「それって・・・。ハハン、分かりました。なら、レース後に交換しましょー」

 

 そう言うと、彼女は背を向けて私の前を立ち去っていった。

 

 よし、言ってやったよシャインちゃん!

 (いや、別に私は関係ないけどね)

 何故か、シャインちゃんの心の声が聞こえたような気がした。

 

「うわ、凄いですね。あのエルコンドルパサーにそんなこと言えるなんて」

 

「いや、そんなことないでs」

 

 声を掛けられて振り返ってみると、そこにいたのは。

 

「えと、私のこと覚えてます? 前、川崎で一緒に走ったんですけど。あ、でも私

8着だったけど・・・

 

「覚えてますよ。今日も同じ地方の娘がいるって、ちょっと安心してました」

 

 なんと、覚えてもらってました。

 なおさら、前回みたいに不甲斐ないレースはしないようにしないと。

 

「あ、嬉しい! 今日はダート1600mだから、前回のリベンジさせてもらうからね」

 

「リベンジって、今日のレースは私より強い娘ばっかりですよ」

 

 またまたー、こういう強い人に限って謙遜するんだよね。

 

「えー、G1で2着なんだから。私の中では今日の一番のライバルだよ」

 

「でも、今日の私は6番人気ですし。さっきのエルコンドルパサーが圧倒的な1番人気ですよ?」

 

 え、あの娘が? 

 というか、前走G1しかもダート1600m戦で2着の娘が10人中、6番人気っていうのもおかしいでしょ。あ、ちなみに私はしんがりの10番人気です。

 

「まぁ、お互いに頑張りましょうね」

 

 発走時刻まで、もう少し。 

 ただ、どうしてだろう? 今はエルちゃんと顔を合わせるのが無性に嫌だ・・・。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「まさか、私が挑発されるとは思ってませんデシタ」

 

 もしかして、地方の娘だから私のレースを見たことない?

 いや、あの娘は一度中央でスぺちゃんとも走っているから、ある程度中央のことも知っているはず。

 ただ、その時のレースでの彼女の走りは正直に言って大したことはない。

 けれど、その時の勝ちウマ娘は、確か金沢の娘だったはず。

 そして、金沢での実績は勝った娘よりもあの娘の方が上。

 ということは・・・

 

「今日のレース、面白くなるかもしれませんネ」

 

 

 

 

 



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8話

 終わったウマ娘。惨敗続きの近走を見て、多くのファンはそう思った。

 かつて掴んだ栄光も、もはやただの飾りに過ぎなかった。

 恥じることはない。どんなウマ娘も衰えには勝てないのだから。

 

 そうして、彼女は金沢の地に別れを告げた。

 

 だが、そんな彼女が次に向かったのは中央だった。

 条件戦を4走し、迎えた重賞レース。

 立ちふさがるのはG1も制した強敵。

 しかし、先頭でゴールを駆け抜けたのは彼女だった。

 

 限界なんて他人が決めたものに過ぎない。

 金沢生え抜きの最後の中央重賞ウマ娘、その名は・・・

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 一般的に東京D1600Mは外枠が有利とされている。理由は単純、外枠の方がスタートしてからの芝の距離が長くスピードがつきやすいからだ。まぁ、トレーナーさんの受け売りなんだけどね。

 

 そして、今回の私は大外10番。これはかなり大きいと思う、だってスタートで遅れても、外の娘に被される心配がないからね。自分でも分かってるけど、私はスタートは下手だし、テンも速くはない。だからこそ、大外は大歓迎だ!

 

『さぁ、各ウマ娘続々とゲートに入っていきます。なんと言ってもこのレース注目は圧倒的一番人気のエルコンドルパサー。衝撃のメイクデビューそして次走の1勝クラスで後続につけた着差の合計は圧巻の16バ身。まさしく、この世代のトップクラスと言ってもいいでしょう』

 

 いよいよ、スタートが迫ってきた。ただ、前走とは違ってあまり緊張はしていない。とにかく、直線まではリラックスして走る! トレーナーさんの言った通りにやってみよう。

 

『さぁ、各ウマ娘準備が整って、今スタートしました!』

 

 よし、ゲートは互角。後は出たなりにポジションを取ってと。

 って、隣りの娘、凄い速いんだけど。

 

『さぁ、注目の先行争いは・・・、8枠と1枠、内と外から2人が抜け出してくる。さて、注目のエルコンドルパサーは、おっと前に付けています。前走までは打って変わって先行策、これがどう出るのか』

 

 うぅー結局、最後尾になっちゃった。出来れば中段位には付けたかったんだけなぁ。でもしょうがない、あとはトレーナーさんの言う通り直線に賭けよう! そのために前のウマ娘のすぐ後ろ、内ラチ沿いのポジションをキープして、少しでも脚を溜めないと。

 

  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「相変わらず、テンが遅いなぁあいつ」

 

 予想していたこととはいえ、最初の数完歩であそこまで差がつけられるのは少し不味いかもしれない。

 

「指導が悪いんじゃないのか、お前はあいつのトレーナーだろ?」

 

「そう言われても、こればっかりは各ウマ娘の生まれもったものが多いからな。まぁ、お前は先行できるタイプだから、こればっかりは分からんだろうが」

 

 最も、こいつの場合は周りのウマ娘とはスピードが違いすぎるだけで、取り立てて出足が速い訳ではないんだがな。実際にグリンなんかと走れば簡単に頭は取り切れないし。

 

「へぇーそんなもんかね。で、今回のあいつに作戦はあるのかい?」

 

「あぁ、とっておきのがな。名付けて直線一気作戦だ」

 

 俺の発言を受けたサウスは難しい顔をして、少しの沈黙の後、口を開く。

 

「・・・なんか、お前昔よりバ鹿になったんじゃないか?」

 

 泣かしてやろうか、こいつ・・・。

 今がレース中じゃなきゃ、一言二言文句を言ってやりたいところだが。

 

「まぁ、聞け。別に俺もこれで勝てるなんで思ってないさ。ただ、一度広いレース場であいつの末脚を計ってみたくてな」

 

 俺の見立て通りなら、あいつの脚は・・・

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『レースは淀みなく進み、3.4コーナ中間。ここでエルコンドルパサー、楽な感じで前に上がっていく、これは完全に先頭を射程圏内に捉えたか!』

 

 まだだ、まだ溜める。勝負は直線、先頭までは10バ身、いやそこまではないかな?

 なら最後の直線500m、ここで他の娘よりも1.5秒速く走ればいい。脚はまだまだ残ってる。

 

『4コーナ周って、最後の直線。外からスーパーチュウザン、更に大外からエルコンドルパサー!』

 

 よし、ここからが勝負! 前には9人、先頭まではまだまだ。けど、今の私なら差し切れる!

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 ふぅー、こんなものデスか。

 まだまだレースの途中だが、こう思わずにはいられなかった。

 

 トレーナーさんの言う通り、今日のレースでは今までと違って前目に付けたけど、特に戸惑うこともない。むしろ、レースをする上では、この戦法の方が私には合っている。

 

 さぁ、最後の直線。正直、この時点で私の勝ちは揺るぎない、唯一喰らいついてくるのは2番人気の・・・、えーと誰でしたっけ?

 ともかく、私の勝ちは決まってマース!

 

『エルコンドルパサー、突き放す。エルコンドルパサー、1着でゴールイン。そして2着にスーパーチュウザン。やはり強いエルコンドルパサー、ゴール前スーパーチュウザンを突き放しました。これで3戦全勝!』

 

 まぁ、当然デスね。

 どこかに、もっと私を楽しませてくれる娘はいないデスかね?

 グラスの復帰も、もう少し掛かるみたいデスしね。

 

 っと、ライブの準備をしないといけませんね。

 ん? あそこにいるのは、あぁ控室で話てた娘ですね。レース前はちょっと期待してたけど、思ったほどでもなかったですね。

 ただここにいるということは・・・、ハァーン口だけではなかったんデスね。

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 4着、それが今回のレースの結果だった。きっと悪い結果ではないと思う、多分周りの人たちも頑張ったと褒めてもらえるだろう。

 

 負けて悔しい訳じゃない、いや悔しいけれど、何より自分の脚じゃどうあがいても勝ち目がなかったという現実が恨めしい。

 才能の違いと言ってしまえばそれまでだけど、今の私は諦める訳にはいかないから。

 

 そうだ、レース前の約束を果たさないとね。

 

「エルちゃん、お疲れ様。今日はエルちゃんの勝ちだね。でも次は負けないからね」

 

 もし、今の私の言葉を聞いている人がいれば、笑われても仕方ないだろう。正直、今日のレースを何十、何百と繰り返してもエルちゃんの勝ちは揺るぎないだろうから。

 

 それでも、私はこう言わずにはいられなかった。じゃないと、2度と彼女には追いつけない気がしたから。

 

「ハッハー。エルは最強デスからね! でも意外でした、てっきり話しかけてくれないかと思いましたよ」

 

「流石にそれは、私カッコ悪すぎでしょ。はいこれ、私のID」

 

 私はエルちゃんにメモを渡す。エルちゃんはそれを受け取り、暫く見つめてからポケットにしまう。

 

「ありがとうございマース。後で連絡しますからね。それじゃあ、私はライブがあるので、失礼しまーす」

 

 そう言うと、エルちゃんはライブ会場の方に向かっていった。

 が、少し歩くと私の方に振り返り、

 

「あ、忘れていましたけど、次も私が勝ちますからね」

 

 それだけ言うとエルちゃんは、振り向くことなくライブ会場の方へ消えていった。

 

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「上がり3F36.2は立派だ。やっぱり俺の見立て通り、この走り方の方がお前には合っているな。ただ・・・」

 

「このレース振りだと、私はエルちゃんには一生勝てないでしょうね」

 

 なんだこいつ、いつになく真剣な顔してやがるな。てっきり4着で浮かれているかとも思ったが。というか、エルちゃん? エルコンドルパサーのことか、いつの間に仲良くなったんだか。

 

「まぁ、それは間違いじゃない。ただ今回は、この戦法を始めての初戦だ。次回以降リズムを掴めば、良い結果が出る可能性もある」

 

 これは間違いじゃない。道中のリズムを大事にすれば、こいつの末脚はもっと伸びるはずだ。欲を言えば、前目に付けられれば最高なんだが。

 

「いや、それじゃダメです。たとえ最後の直線で全力を出しても前目に付けるエルちゃんを捕まえることはできません。そもそもトップスピードでもエルちゃんには勝てませんから」

 

 ん? 本当にどうしたこいつ。いつになく勝ちに拘ってる、いやそれ自体は悪いことじゃない。よっぽど、あのエルコンドルパサーに触発されたか

 

「なら、どうすればいいとお前は思うんだ? いや、どうしたいんだ?」

 

「私はスタートも悪いし、トップスピードでもエルちゃんに勝てない。なら、もうレースをぶち壊すしかないと思うんです。それが私のたった一つの勝ち筋」

 

「何を言っt・・・。あぁそういうことか、だが難しいぞ。金沢のコースならともかく中央のコースでそれをやるのは」

 

 ようするにこいつはこう言っているわけだ。レース中盤からロングスパートを掛けて、ズブズブの消耗戦にしてやるって。実際に地方のレースでは、こういう捲りはよく決まる。ただそれは、地方のレースはレベル差があるのと小回りだという理由が大きい。ということは大回りかつ、基本的に格上相手の中央でそれをやるのは難しいということだ。

 

「分かっています。私も上手くいくかは分かりません。けど、それくらいしかエルちゃんに勝つ方法が浮かばないんです」

 

「まぁ、いい。お前がお前なりに考えたんだ、トレーナーならそれに黙って協力してやるさ。けど、一つ聞いてもいいか?」

 

 これだけは聞かなきゃいかない。

 

「なんでいきなり勝ちに、いや違うな。どうしてそこまで、エルコンドルパサーに拘っているんだ?」

 

「別に理由なんてないですよ。ただ、私エルちゃんと連絡先を交換したんですよ。控室で向こうから話しかけてくれて」

 

 つまり、仲良くなったから負けられないってことか。

 

「そうか、そういうことk」

 

「でも一度も呼んでないんですよ。連絡先の交換もしたのに、私の名前を。というか、もしかしたら覚えてもいないのかもしれません。でも、レースで負ければ勝った娘の名前くらい否が応でも覚えるじゃないですか」

 

「なんだ、要は向こうの眼中に無かったから悔しいって訳か」

 

「なんか、そう言われると私、すごく小物みたいですね・・・」

 

 

 

 

 



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9話

 大井での戦績は40戦9勝。9勝とはいっても大レースの勝ち星は無い。

 南関東で戦うには荷が重い。活躍の場を求め、彼女は金沢に移籍することになる。

 

 そして、この移籍が彼女の才能を開花させた。中でも圧巻なのは金沢での6戦目、白山大賞典。そこで彼女はレコードでの圧勝をして見せる。

 

 ただ彼女はそこで満足をしなかった。金沢で加えた6つの白星、大井の時とは違い大レースが含まれていたそれを手土産に、中央に挑戦する。

 

 そして、彼女は中央で更に大きな2つの星を掴んだ。

 マイルの皇帝を破ったマイラーズC、南関東3冠バを打倒した札幌記念。

 

 レースは予想できる、結末は誰にも予想できない。

 そのウマ娘の名は・・・。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 共同通信杯で4着後、金沢に戻った私はいつものようにトレーニングをしていた。

 一応、4着ということで地元でもそれなりにお祝いムードではあったんだけど、レース内容自体が完敗だったので何となく盛り上がりには欠けてしまったいた。

 

 そんな中、トレーナーさんから練習後呼び出された。何でも次走の発表をするとのことなんだけど。

 

「次の目標レースは若葉S、皐月賞トライアルだ」

 

 若葉S、本番の皐月賞と同じ中山2000mで行われるこのレースは、3つあるトライアルレースの1つだ。

 

「皐月賞トライアル・・・。これに勝てば私も皐月賞に出走できる!」

 

 そう、本来は中央で賞金を加算していない私は皐月賞に出走することができない。けど、このトライアルレースで結果を残すことで皐月賞の優先出走権を手に入れることができる。

 

「正確には2着に入ればだけどな。まぁいい、とにかくお前にはこのレースに出てもらう。だが、今のお前じゃあ2着に入るのは厳しいというのが本音だ・・・」

 

 それはそうだろう。中央のクラシックはウマ娘の誰もが憧れるレース。出走できるのはたったの16人。必死になって権利を取りに来るだろう。

 

「はい、それは私も分かってます。でも、今の私だったらですよね。トレーナーさん教えてください、どうすれば勝てますか?」

 

 けど、私だって簡単に負ける訳にはいかない。勝つためには何でもしないと。

 

「お前、この前のレースの後言ったこと覚えているか? あれを試してもらう」

 

「レースを壊すロングスパート・・・」

 

「中山2000mは基本的にSペースになることが多い。それに向こう正面から最後の直線まではほとんど平坦だ。コース形態的にも3角から動いて捲っていくやつの好走率が高い。比較的、今回の戦法には向いているコースだ」

 

 へーなるほど! やっぱり、トレーナーさんは何でも知ってるんだね。ただ、口に出しちゃうと、いつものドヤ顔を見せつけれそうだから言わないけど。

 

「だったら、3角で仕掛けていけばいいんですね!」

 

 なんだ、これなら分かりやすい。ただ、3コーナーからだと体力が持つかな?

 

「まぁ落ち着け。闇雲に捲っても前々走の二の舞になって終わりだ。だからお前にこれをやる」

 

 そう言ってトレーナーさんが取り出したのは・・・

 

「あのー、トレーナーさんこれって」

 

「マスクとストップウォッチだ」

 

「いや見れば分かりますけど。これで、トレーニングするんですか・・・」

 

「珍しく察しがいいじゃないか。本当は山登りでもしてトレーニングしたいところだが、そんな余裕はないからな。マスクは、まぁその代替品みたいなもんだ」

 

「マスクは想像できますけど、ストップウォッチは時間でも測ればいいんですか? 」

 

「正解! お前はレースのペースを掴むのが下手だからな。本当はタイムだけで判断するのは良いことではないんだが、この際仕方ない。いいか前半は何も考えなくていい。問題は坂を登りきってからだ。ここから、ペースが重要になってくる」

 

 最初のところは聞かなかったことにしておこう。それよりも、中山には急坂があるんだよね。基本的に地方は平坦なコースがほとんどだし、前走の府中も坂自体は緩やかなものだったから、そこがどうなるかだ。

 

 でも、それよりも大事なことは

 

「ペースが流れれば捲って、早ければ直線まで我慢すればいいんですね」

 

「そうだ・・・といいたいが、少し違う。スローの場合はそれでいい、問題はHペースの時だ。前走は最後尾に下がってもらったが、お前の場合それだとキレ負けしちまう。特に中山は直線が短いからな」

 

 キレ負け、つまり瞬発力が足りていないということだ。この瞬発力っていうのは基本的に芝を主戦場にしている娘の方が上だ。もちろん、大まかな傾向に過ぎないけれど。ただ、私に瞬発力があるかと言われれば、残念ながら無いんだろうなぁ。自分でもそれくらいは分かる。

 

「だったら、どうすればいいんですか?」

 

「一番単純なのは位置を取ることなんだが、お前にそれは難しい。仕方ないが、3コーナから仕掛けるしかないな。とにかく、直線に入った時に最高速度を出せる形にする必要がある。だから、Hペースの時はそこまで捲り上げる必要はない。あくまでお前が走りやすいようにするだけだ」

 

 まぁ、そうなんだよね。何度か中央で走って分かったけど、高いレベルの娘たちは出足が速い、こないだのエルちゃんもそうだ。地方でも速い娘はもちろんいるけど、はっきり言って力の差があったから道中で位置を上げることができた。だけど中央の速いペースだとそれも難しい。前々走がまさにそうだった。そして、今回もそうなるかもしれない。

 

「でも、それだと最後まで脚が持たないかもしれません」

 

「その時は諦めろ。まぁ、そうならないようにトレーニングはしていく。そのためのマスクだ。今日からどんなときでもずっとマスクを外すなよ」

 

「えぇー、寝る時もですか?」

 

 マスクをつけて寝るって、すごい息苦しそうなんだけど。流石にそれは無いかな?

 

「当たり前だ」

 

 えぇー。余計なこと聞かなきゃよかった。

 こうなったら、トレーナーさんも困らしてあげないと。ちょっと恥ずかしそうに・・・こんな感じかな。

 

「その、・・・お風呂の時とかは?」

 

「・・・そこでは外していい。とりあえず、今日はマスクをつけて海岸ダッシュだ。俺が車を出してやるから、その間にお前はそのストップウォッチで12秒と13秒を測っておけ」

 

 あれ、意外とトレーナーさん困ってた? 普通に流されて終わりかと思ってたのに。

 というか、今から海岸ダッシュかぁ。でも、勝つためには必要だもんね。よしがんばるぞ! ところで、

 

「12秒と13秒ですか?」

 

 この秒数に何か意味があるんだろうか?

 

「あぁ、そうだ。いいか次のレースはこの1秒差がカギを握ることになるぞ」

 

 はい、ここでいつものドヤ顔頂きました!



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10話

『さぁ、各ウマ娘ゲートに続々入ります』

 

 舞台は中山2000mの若葉S。バ場は良、私的には多少重くなって欲しかったところだけど仕方がない。どっちにしろ、ここで結果を出さなければ皐月賞で好走することなんて難しいに決まっているから。

 

でも何も考えていないわけじゃない。出走が決まってから1ヶ月間、このレースのためだけにトレーニングをしてきた。脚は快調、呼吸も整っている、そしてトレーナーさんからの指示もある、さぁ勝ちに行こう!

 

『さぁ、注目の一番人気はベアエクジスタンス。前走のメイクデビューは上がり最速の脚で差し切り快勝! ここ中山でも自慢の末脚は活かされるでしょうか』

 

 トレーナーさん曰く、今回警戒するのはこの一番人気の娘みたい。理由はその末脚だ。

 とにかく最後の直線入口ではこの娘の前にいないといけない、そうじゃないと私のキレでは彼女には届かないから。

 

『さぁ、各ウマ娘ゲートに入って、体制整いました。 皐月賞トライアル若葉S発走です!』 

 

 さぁ、皐月賞の切符を掴むための切符を取りに行こう!

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『ゲート開きました! おぉーっと、11番カナメが少し出遅れたが大きな出遅れはありません。さて、どのウマ娘が前に行くのか!』

 

「あ・・・」

 

 テレビの前で観戦していた私にとって、まさに恐るべきことが起きてしまった。そう、私の親友はスタートが下手くそだ。何度もレースで戦った私が言うんだから間違いない。

 

「大丈夫よ、シャインちゃん。2000mのレースでこのくらいの出遅れは問題ないわ。彼女は元々、後ろでレースをする娘なんだから」

 

「そ、そうですよね。はぁー」

 

 とはいえ、不利なことには間違いない。レースというものは1秒いや0.1秒を競うもの、その中で一人遅いスタートを切っているんだから当たり前だ。

 今だけは私のスタートと出足を分けてあげたいよ、全くもう。

 

「グリンさん、カナメちゃんはどんなレースをすると思いますか?」

 

「そうねぇ、私は中央では新潟と小倉しか走ったことないから分からないけど、中山の坂はかなり体力を使うみたい。だから、そこまでの脚を残しつつ位置を上げられるのが理想だけど。とにかく、直線まで自分のリズムを守ることが大事ね」

 

 カナメちゃんの好走パターンは大きく分けて2つ。1つ目は向こう正面から捲って4角入り口で先頭に立って押し切る。2つ目は捲りが不発に終わった時の直線一気。

 どっちも中央の高いレベルでは難しい・・・。

 

「・・・だったら、その2つの間かな?」

 

「あら、シャインちゃん。あの娘の考えが分かるの?」

 

「いや、ただの勘ですよ勘」

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「いや、ただの勘ですよ勘」

 

 そう言ったシャインちゃんの顔はどこか誇らしげなようだった。

 本人は恥ずかしがるかもしれないけど、ケガの後の彼女はカナメちゃんの話題に以前よりも関心を示すようになった。前走の共同通信杯なんかはすごかった、

最後の直線の叫び様なんて・・・ね。こっそり撮影していたのはシャインちゃんには内緒だ。

 

 あーあ、私にもそういうライバルがいたらなぁ。あいつは、ライバルっていうよりはムカつく後輩だし。そういう関係って憧れるわ。

 

「そう、だったらその勘が当たるかしっかり見ないとね。シャインちゃんも、しっかり応援しないとだめよ」

 

「もちろんです!」

 

 こうやって、素直に応援できるようになったのも変わったところだと思う。必ずしもそれが良いこととは限らないんだけど・・・。

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 うぅー、出遅れちゃったー。

 けど、これくらいなら問題ない。どうせ、後ろからレースをするんだから大丈夫。むしろ周りに囲まれる心配もないから、これでいい! とにかく、内を通ることを意識してと。 

 

『さぁ、最内枠から一人果敢に前に出てきます。続いて8番、6番と続き隊列がすんなりと決まりました』

 

 隊列がすんなり決まった分、どっちかというとスローな流れかな? いや、トレーナーさんも言ってたのように、前半は何も考えずに自分のリズムを守らないと。

 

『さぁ、隊列固決まって1コーナから2コーナに入って行きます』

 

 来た! ここからだ、ここからペースが重要になる。トレーナーさんが言っていた目安のタイムはハロン12.5。今回はそれよりも少し遅い・・・はず。今の私だとはっきりしたことは分からないけど、ストップウォッチで測り続け勘でやるしかない!

 

『2コーナ回って向こう正面、1000Mの通過タイムは61.6。バ場を考えると少しスローの流れか!』

 

 私の感覚だと、向こう正面に入ってもペースは上がっていない! だったら、ここで位置を上げていく!

 

『おぉーっと、ここで最後方の今回唯一の地方ウマ娘、カナメが位置を上げていく』

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「よし、ドンピシャだ!」

 

 今回のレースは先行争いがすんなりと収まった分、明らかにスローな流れ。これはかなりラッキーだ。あいつには言っていなかったが、正直Hペースだとあいつにはキツかった。

 

「あいつあんなところから仕掛けてるけど大丈夫なのか?」

 

「あぁ問題ない。というか俺が指示したからな」

 

「まぁ、お前が言うなら勝算はあるのか・・・?」

 

「結局あいつは根本的にスピードが足りないんだ。どうせ動かなくても追走で脚を使わされちまう。だから、このロングスパートは勝つためには必須だ」

 

 前走の共同通信杯はダートだったからあいつも気付いていなかったかもしれないが、前々走の白梅賞はHペースで脚を無くして捲りも中途半端になっちまってたからな。

 

『さぁ、3コーナに入るところで前から5番手の位置まで上がって来たカナメ。このまま捲りきれるか!』

 

「よし、いい位置だ。恐らく先頭の3人はこれでオーバーペースにならざるを得ない。十中八九、脱落する。後はあいつが垂れなければいいが」

 

「確かに逃げの連中は厳しいな。とはいえ、意外と後ろの連中は余裕をもって構えているぞ。この流れだと、あいつもろとも差し切っちまうんじゃないか?」

 

「カナメ自体の3-4コーナのペースはそれほど速くない。所詮、地方のウマ娘だと思って甘く見てやがるな」

 

 完敗といえど、あいつは共同通信杯4着。決してこの面子でも実績は引けはとらない。

 さぁ、中央の連中に見せつけてこい!

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 誰かの捲りのせいで先行集団に私にとってはキツイ流れだ。

 

 けれど、私は負けられない、負ける訳にはいかない。

 もし私が負けたら偉大な2人の姉は私のことをどう思うだろうか。

 

 

 15戦連続連対の葦毛の王者、3冠を達成した怪物。この2人の妹に生まれたことを恨むこともあった。だけど今は感謝している、負けられない理由ができたから。私は強くなる、強くなって偉大な姉2人を超えてみせる。

 

 だから・・・

「地方のやつに負けてる暇なんてないんだよ!!!」

 

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 ペースが思ったより上がらない。あの地方ウマ娘の捲りをみんな甘く見すぎている。地方のウマ娘と言えどあの娘には地力がある。このままのペースで差し切れるか?

 

 けれど、私は勝たないといけない。 

 背負っているのは1番人気、多くのファンが私に期待してくれている。

 

 

 いや、そんなのは詭弁だ。本当の理由じゃない。

 私には1つ下の妹がいる。そして、彼女に今日の勝利を約束してしまった。妹はいずれ私を超えるだろう、それは間違いない。彼女の才能は私と比べるまでもないのだから。けれど私は姉だ、姉なのだ。なら、妹の前では常にカッコイイ姿でいたい。私の勝ちたい理由なんてそんなものだ。

 けれど、その思いの強さは誰にも負けていないつもりだ。

 

 だから・・・

「勝つのは私。自慢の瞬発力、舐めないでよね!」

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 いける! 

 少し苦しいけど、このペースなら最後の直線を向いても余力を残せる。あのマスクが効いていたのかもしれない。

 

 ここまで来たんだ、負けたくない、絶対に負けない!

 必ず皐月賞の切符を手に入れるんだ! きっと、これが私の人生のターニングポイント。ここで負けたら何にもならないんだ頑張れ私!

 

 トレーナーさんのため、シャインちゃんのため、金沢のみんなのため、どれも違う。自分の戦う利用を人に預けちゃダメなんだ。だから私は自分のためだけに走る。

 

 そして・・・

「絶対に負けない! さぁ、今こそ肝心要の末脚を見せてあげる!」

 

 

 

 

『各ウマ娘、それぞれの想いを抱いて最後の直線に向きます。勝つのは一体、どの娘だぁーっ!』

 

 

 



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11話

『各ウマ娘、それぞれの想いを抱いて最後の直線に向きます。勝つのは一体、どの娘だぁーっ!』

 

 あらら、これは逃げている娘は残らないなぁ。3-4コーナでペースを上げすぎちゃいましたね。私も本番では気を付けないと。

 前回は、同じコースで差し切られちゃったからなぁ。

 

 おっとレースに集中しないと。さてさて、今回勝つのは誰かなぁー?

 

 

『先頭集団、これは厳しいか。ここで一杯になる。代わって上がってきたのは7番サードエトワールと11番カナメ。びっしりと体を併せて追い込んでくる』

 

 お、あの2人が抜け出しそうだね。確かあの娘は・・・そう前走一緒に走った娘だ。でもあの2人程の凄みは感じないかな?で、もう1人の娘は、スぺちゃんとエルの2人と走っていた地方の娘。え、何でそんなこと知っているのかって? ライバルの情報収集は大事ですから。

 

『ここで、サードエトワールとカナメが並んで抜け出す。この2人の争いになるのか? いや、ただ1人後方からから伸びてくる! ここで来たぞ、一番人気ベアエクジスタンス』

 

 どうやら、決まったみたいだね。さて、もう1人はどうなるのかな?

 

 

 どっちにしろ、本番で勝つのはセイちゃんなんですけどね☆ 

 

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『ここで、サードエトワールとカナメが並んで抜け出す。この2人の争いになるのか? いや、ただ1人後方からから伸びてくる! ここで来たぞ、一番人気ベアエクジスタンス』

 

 これが中山の坂、まるで壁みたい。けれどこの坂さえ超えてしまえば・・・。

 もうちょっとだけ頑張れ私! 絶対、隣の娘に負けない、踏ん張れ!

 

 その時、サァーっと冷たい衝撃が私に走る。

 

『伸びるベアエクジスタンス。ここで前の2人に並び・・・いや並ばない並ばない! これは脚色が違う、粘る2人を交わして一気に先頭に立つ』

 その衝撃の正体が分かったのは自分の前を走るウマ娘が視界に入った時だった。

 

 これは厳しい・・・。私の脚だともう、あの娘は捉えることはできないかもしれない。いや、実際は捉えられないだろう。だったらどうする、1着は諦める? いや、そんなわけない!  

 全力で走って勝つ、そして権利を取る! 2着でいいなんて考えるな!

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『伸びるベアエクジスタンス。ここで前の2人に並び・・・いや並ばない並ばない! これは脚色が違う、粘る2人を交わして一気に先頭に立つ』

 

 これは勝てない・・・。いや、2人のような脚があれば勝てるのかもしれない。けれど今の私は、この差を詰めることはできない。

 

 プツンと何かが切れた。前走の大敗の後、絶対に負けられないと必勝を期して臨んだレース。負けたくない、負けられない、けれど分かってしまった。

 

 このレース・・・勝てねぇ。ちくしょう。

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 伸びろ、差し切れ!

 私の祈りが届いたのだろうか? 今日の私は絶好調だ、いつもの力以上の走りが出来ている。

 

『伸びるベアエクジスタンス。ここで前の2人に並び・・・いや並ばない並ばない! これは脚色が違う、粘る2人を交わして一気に先頭に立つ』

 

 坂を登る。このコースを考えた人は絶対に性格が悪い。こんなの坂じゃなくて、壁でしょ!

 もう少し、もう少しで超えられる。

 

『坂を登って、ベアエクジスタンスが1バ身から2バ身のリード! 続くのはカナメ、サードエトワールは後退気味か。残り100M』

 

 もうすぐゴール! いける、勝てる、勝てるんだ。持ってよ私の脚!

 

 

『ベアエクジスタンス、1バ身のリード! しかし、後ろから1人カナメが差をじりじりと差を詰める』

 

 ッツ、2着でも皐月賞に出られるんだよ! ここは私に勝たせてよ!

 ・・・けどそうはいかないよね。いいよ、相手してあげる。そして教えてあげる!

 

「勝つのは私だーーーッ!」

 

 きっと、これが私の最後の輝きだろうから・・・。

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 坂を登った直後、前までの差は2バ身。

 これを捉えるのは難しい。けど、私は見逃さなかった。

 

 今あの娘、バランス崩した・・・よね?

 

 潰えかけてた勝利への道が、ここに来て見えてきた! 今のあの娘の走りなら、100Mもあれば捉えられる。

 

『ベアエクジスタンス、1バ身のリード! しかし、後ろから1人カナメが差をじりじりと差を詰める』

 

 もう、皐月賞の優先出走権のことなんて頭から離れていた。

 今はただ、このレースを勝つ!

 

 差し切れる! そう思った時だった。

 

「勝つのは私だーーーッ!」

 

 鬼気迫るような声だった。でも、勝ちたいと思う気持ちは私も負けていない。

 

「負けるもんかーーーッ!

 

『ベアエクジスタンス、カナメが並びかける。しかし抜かせない、ベアエクジスタンスがクビ程のリード』

 

 気圧されたわけじゃない。ただ、あと一歩が遠い。

 行けっ! 行けっ!

 

「あと一歩なんだ! 踏み込め私の脚!」

 

「抜かせない、絶対に抜かせない! 勝つのは私なんだーーー!」

 

 

『ベアエクジスタンス、カナメ、この2人の追い比べ。しかし制したのはベアエクジスタンス! 勝ったのはベアエクジスタンスです! 無傷の2連勝でトライアルを制しました!』

 

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 「いいレースだった」

 

 今はその言葉しかでてこない。

 

 

 若葉S 確定

 1着 ベアエクジスタンス

 2着 カナメ

 3着 サードエトワール

 

 1着のベアエクジスタン及び2着のカナメには、G1皐月賞の優先出走権が与えられます。

 

 



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12話

 金沢のウマ娘が中央のクラシックに出走する。文字に起こせばたったのこれだけで完結するが、これがどれだけ偉大なことなことが理解できない者は少しでもこの業界に触れているならばいないはずだ。

 

「おめでとう。正直、今でも信じられないよ。あの時、君のことを凡百のウマ娘に過ぎないなんて言ってしまって申し訳なかった。今の君は間違いなく金沢だけでなく中央でも通用する」

 

 あの12月。初めての全国レベルのレースで敗北し打ちひしがれていた彼女が、今ではとても大きな存在に見える。

 

「シロヤマさん、ありがとうございます! 自分でも、まだ信じられなくて・・・。本当に私が皐月賞に出走できるなんて」

 

 確かに。でもそれ以上に私の方が信じられないさ。まさか金沢から中央のクラシックに出走できるようなウマ娘が出てくるなんてね。

 ただ、少し緊張しているのか言葉が固いね。まぁ、理由は何となく察しているが。

 

「ハハハ。なに、直に実感することになる。少なくとも周りは君のことを放っておかないからね。さぁ、私ばかりに構っていたらダメだよ。記者の人たちも集まっていいる、みんなに凱旋した姿を見せないといけないからね」

 

「は、はい。ありがとうございました!」

 

 そう言って彼女は扉を開けて退出する。まだまだ、場慣れしていないだろう彼女の記者会見がどうなるのか楽しみだ。まぁ、記者の人たちにとってはそっちの方が喜ばしいのかもしれないが。私の記者会見なんて、何の面白味もないものだろうからね。

 

 

 

 

 

「それで、いつまでそんな隅で黙っているんだい? 彼女も萎縮してしまっていたじゃないか」

 

 カナメが部屋にいる間、ずっと黙り込んでいた彼女、サウスヴィレッジに話しかける。それにしても頂けないな、後輩に高圧な態度をとるのは。

 

「それは多分私じゃなくてお前に緊張していたんじゃないか? あぁ、でも前回あいつにキツイこと言ってしまったから、そのせいかもしれないな。まぁ何でもいいさ。今日、用があるのはお前にだしな」

 

 私に緊張・・・? そんなわけないだろう、私程フレンドリーなウマ娘もいないと思うが。十中八九、彼女のキツイことを言ったという、そのことを引きずっているに違いない。うん、間違いない。

 

 と、それよりも、

 

「君が用だなんて珍しい。厄介なことじゃなければいいが」

 

 基本的に彼女の持ち込むことは厄介事が多い。備品が壊れたなんていうの日常茶飯事だ。

 

「なーに、簡単なことだ。金沢もシーズン開幕しただろう? どうだ、私とレースで走らないか」

 

 そんなことか。なら私の返事は決まっている。

 

「あぁ、分かった」

 

「まさか断るなんて言わないだろうな。あのガキは・・・・って、今何て言った?」

 

 どうやら、当の本人が一番驚いているようだね。

 

「だから走ると言ったんだ」

 

「やる気になってくれたのは嬉しいが、何だか拍子抜けだな。てっきりもう少し渋るかと思っていたが」

 

 別に私は走ることが嫌いな訳じゃない、じゃないとわざわざレースに出ようとも思わないさ。けど、これは各々の考え方次第だろうけどね。別に走るのが嫌いでもレースに参加はできるんだから。

 

「なに、私も彼女を見てて羨ましくなってね。久しぶりにスポットトライトを浴びたくなったのさ」

 

 いつだったか、彼女のトレーナーに、彼女の走る理由を聞いたことがある。答えは単純、周りに褒められたいから。その言葉を聞いた時、私は心の重りが取れたんだ。

 そう、レースに高潔な精神なんて要らない。ただ、自分の欲望に従えばいい。もちろん、私には立場もあるし常にそういう訳にはいかないけれどね。

 

「へぇ。お前にもそういう気持ちがあったんだな」

 

 そういう意味では、サウスは正にそれを体現している。

彼女は元々は中央でも通用していた、ある意味で金沢には似つかわしくないウマ娘だ。そんな彼女が腐らずに高いレベルを維持しているのは、ある意味で自分勝手だからなんだろう。

 昔の私、それこそあの時水沢で走った私もきっとそうだった。口には出さずと、小さな時の夢を忘れていなかったからね。今になって思い出すと笑みがこぼれる、今の私は考えることもないだろうその夢を。

 

「フフ、私の小さな時の夢はアイドルになることだったんだ。笑ってくれるなよ」

 

「笑わねぇさ。ここで走ってる奴らなんて基本的に目立ちたがり屋ばっかりだからな。私も似たようなもんさ」

 

 サウスがアイドル・・・。あれ、これって相当に面白いやつなんじゃないだろうか。今の決め顔も相まって笑いが・・・

 

「フ、そ・・・そうか。ハハっ、そう言ってもらえ・・・もらえると助かるよ」

 

「てめぇ、なに笑ってんだよ」

 

 おっといけない。彼女が怒るのも無理はない。深呼吸、深呼吸、よし!

 

「す、すまない。もう・・・大丈夫だ」

 

「まぁ、いい。とにかく、レースに出るんだよな。なら1ヶ月後の金沢スプリングカップ、そこで勝負といこうぜ」

 

 金沢レース場でのシニア最初の重賞である金沢スプリングカップ。舞台としては相応しいだろう。

 

「あぁ、分かった。そこに合わせて調整しておくよ。それよりも彼女には声を掛けないのかい?」

 

「彼女ー? あぁ、あいつか。心配しなくともあいつにも声は掛けるさ。まぁ、あいつが参戦しないってことはないだろうがな」

 

 そう言うと用は済んだとばかりに、サウスは部屋を去っていった。

 

 さぁ、久しぶりのレースへの参戦が決まったわけだが、どうしようか。なんて、そんなこと自問するだけ無駄なわけだが。

 

「金沢の皇帝に相応しい走りを見せつけようか」

 

 全く大層な二つ名をもらったものだ。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 ある日、トレセン学園の寮。

 エルコンドルパサーは困惑していた。

 

「グラスー、聞いて下さーい。カナメちゃんのプロレス知識、偏りすぎなんデスよー」

 

「カナメちゃん・・・? ごめんなさい、私その娘のこと知らなくて。トレセン学園の娘ですか?」

 

「違いますデース。カナメちゃんはこの一緒に走った金沢の娘で、今度皐月賞にも出走するんデスよ」

 

「・・・あぁ、エルの4着だった娘ですね。でもエルが仲良くなるなんて珍しいですね。エルってあんまり他のウマ娘に興味ないと思ってました」

 

「普段はそうなんデスけど、カナメちゃんは特別デース」

 

「もしかして、凄く強くなりそうな娘なんですか?」

 

「いや、そんなことは無いと思いますよ。多分、次の皐月賞も好走するのは厳しいと思うデース」

 

「それならどうして?」

 

「カナメちゃんは、レースの後で次は勝つと私に宣言したデース。チャンピオンとして挑戦者を断る訳にはいきません」

 

「はぁ。なら話を戻しますけど、そのカナメちゃんがどうかしました?」

 

「カナメちゃんとプロレストークをしていたんですけど、カナメちゃんの言っていることが分からないんデース。エル、一生の不覚」

 

「ちなみに、どんなことを言っているんですか?」

 

「えーと、『スタイナーズスクリュードライバーは、受け手が受身の上手いあの人だからこそ、掛けられた技だよね。イシイドリラーなんかもそれの変化形と言えるかもしれないけど、本家はやっぱり違うよね!』って、そもそも受身の上手いあの人って誰なんでデスか!」

 

「あぁ、えーとエル。カナメちゃんは金沢の娘なんですよね?」

 

「そうデスよ」

 

「だったら、受け身の上手いあの人っていうのは、きっと・・・・ですよ」

 

「おぉーそうなんデスね。うん、でもあれ?」

 

 プロレス知識がまた一つ身についたが、そもそもどうしてグラスワンダーがそのことを知っていたのか不思議に思うエルコンドルパサーだった。

 

 

 



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13話

「次走の皐月賞に向けて意気込みをお願い致します」

 

 若葉S後、一躍有名になった私。特にレースの翌日は凄かった。

 記者会見、そしてテレビ出演。昔から目立つことが好きだった私にとっては、願ったり叶ったりだったんだけど・・・

 

「え、えと。じ、次走の皐月賞も頑張りまひゅ。あ、噛んじゃった」

 

 ここまで、テレビが緊張するものだとは思わなかった。ある意味ではレースよりも大変だよ。

 

「はは、頑張ってください! 金沢のみんなが応援していますよ」

 

「は、はひぃ」

 

 後日、この様子が放映された際にはトレーナさん、そしてシャインちゃんにも散々からかわれることになりました。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 一通りのメディア対応が終わって落ち着きを取り戻したある日、トレーナさんと次走についての打ち合わせ行うことになった。

 そこで、私は驚きの言葉を耳にすることになる。

 

「次はいよいよG1皐月賞だ。正直、お前がここまで頑張ってくれるとは思っていいなかった。よくやったな」

 

「どうしちゃったんですかトレーナさん。私のこと素直に褒めてくれるなんて何か悪いものでも食べましたか?

 

 そう、あのトレーナさんが私を素直に褒めたのだ。今までは褒められることはあっても、何か引っかかるような言い方をされていたので本当にビックリだ。そう思わず、悪いものを食べたのではないかと疑うくらいには。もちろん冗談だけどね。

 

「・・・はぁ。まぁいい。知っていると思うが、皐月賞は中山2000mで行われる。つまり、若葉Sと全く一緒だ。だが一つ大きな違いがある、何だか分かるか?」

 

「えーと・・・、強い娘が多いってことですか?」

 

 呆れた様子でトレーナさんは私に問いかける。一番大きな違いは、やっぱりレベルだよね。何て言ってもG1、前回の川崎の時もそうだけどやっぱり特別なものがある。

 

「それも間違ってはいない。が、本質ではないな。一番の違いはペースだ」

 

「ペースですか・・・」

 

 そう言われてみると、前走まで私ってペースとかほとんど考えたこともなかったなぁ。

 

「改めて聞くが、前走のペースはどうたった」

 

「思っていたより、Sペースでした。追走も楽でしたし」

 

 そのお陰で出遅れも何とかなったからね。仮にあれがHペースだと好走できていたかは怪しいかもしれない。

 

「そうだ、だからこそお前も位置を上げていくことができた。でも、次の皐月賞はそうはいかないぞ。確実にペースは早くなる」

 

「だったら、ロングスパートは封印ですか?」

 

「バカかお前。自分の武器を見失うなよ。いくらペースが早くなっても道中緩む場面はあるもんだ。そこを逃さず仕掛けていく必要がある。前もいったが12秒、13秒この2つの感覚は掴めるようにしておけ。」

 

 何となく口にした言葉だったが、トレーナさんには強く咎められた。確かに私の勝ち筋はそれしかない、それは間違いない。ただ、それでも気になる部分はある。

 

「は、はい。でも、トレーナさん、仮に道中のペースが緩まない場合はどうしますか?」

 

「その時は前走の対策と一緒だ。3コーナから上がっていけ。間違っても後方待機なんてするなよ。しんどくなってでも前へ出ろ、お前がしんどければ回りもしんどいもんだ。持久戦に持ち込めば勝機はある。逆に後ろにいれば、瞬発力の差でお前に勝ち目は無い」

 

「分かりました! でも一つ、仮に捲りきったとしても前走みたいに差し切られませんか?」

 

 前走は直線を向いて勝ったと思える程度には自信があった。それでも、最終的には差し切られてしまったわけで。

 

「そこなんだよな。前走ははっきり言って、理想的な展開だった。捲って行った時、そこまで脚を使っていないだろう?」

 

「そうですね、割と余力を残して直線まで行けました」

 

「お前の捲りに対して、中団より後ろのやつは静観していた。結果として逃げ連中だけがペースを上げて自滅したわけだ。つまり作戦自体は成功している。現に1着を除いて、後方から伸びてきたやつはいなかったからな」

 

「でも、負けちゃいました・・・」

 

「実力差・・・というのが正直なところだな。勝ったウマ娘の瞬発力は一級品だった。展開不利を差し切っているんだからな。けど、本番はもっと強いウマ娘も出てくるだろう。じゃあ、どうするかだ」

 

 うーん、何かあるかな。

 あ、自分が差す側で考えればいいんだ。私が差し損なう相手は基本的にシャインちゃんだったけど、大抵既にセーフティリードをつけられていてどうにもならなかったことが多い。つまり、

 

「直線を向くまでに十分なリードを確保するとかですか?」

 

「それができれば理想だが、流石にそれは期待薄だな。とんでもないSペースならともかく、普通に考えれば脚を無くしてお終いだ。だからさっきも言ったが持久戦に持ち込む。理想としては、ペースの緩む向こう正面からの5ハロンのスパート戦だ。直線向いて全員が脚を無くしていれば瞬発力もくそもないからな」

 

「はぁ。でも、どうすればいいんですか? 前走みたいに無視されちゃうかもしれません」

 

 そうなると、前走よりもレベルの高い今回のレースだと間違いなく差し切られてしまうだろう。

 

「前走でお前が無視されたのは地方のウマ娘だと舐められていたからだ。こいつは勝手に垂れるだろうってな。結果的にそれが展開利を生んだ」

 

「ということは、今回は無視されないってことですか。一応、二着になりましたから」

 

 自分で言うのもなんだけど、地方からの参戦ということもあり私もそこそこ注目は集めているはず・・・多分だけどね。

 

「それは正直分からん。まぁ、一番人気のあいつの動き次第だろうな」

 

「一番人気ですか?」

 

「あぁ、そうだ。そいつがお前についてきてくれればペースは間違いなく上がる。警戒している他の連中も動かざるを得ないからな」

 

「あのートレーナさん。その一番人気の娘って誰なんですか? まだ投票もされていないですけど。もしかしてエルちゃんですか?」

 

「・・・お前も少しは情報を仕入れておけよ。そもそもエルコンドルパサーは出走しない。今回の一番人気はこいつ。名前はお前も知っているだろうーーーーだ」

 

 耳にした名前は、この数ヶ月でよく聞いたものでした。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「クシュン!」

 

「あらスぺちゃん。もしかして誰かがスぺちゃんの噂でもしているのかもしれないわね」

 

「えぇー、何か悪いことを言われていないといいけど」

 

「フフフ、もうすぐ皐月賞だものね。それにスペちゃんは一番人気濃厚だから、注目を集めるのは仕方ないわ」

 

「緊張しますよー。スズカさんはこういう時、どういう風にしていましたか?」

 

「うーん。私、あんまり緊張とかしないから」

 

「でも、スズカさんって確か弥生賞のtーー」

 

「スペちゃん、それ以上は言わないで。あれは私の黒歴史だから」

 

「は、はい」

 

 

 

 



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14話

 中央から地方に移籍するウマ娘は基本的には中央で通用するだけの力が無いことが多い。だからこそ、わざわざレベルの低い地方に移籍するわけである。

 とはいえ、中には例外もある。

 

「ここが金沢かぁ、今日から私の戦う舞台・・・。何だか田舎って感じね、うん」

 

 私が金沢に移籍することを決めたのは、つい最近の話。自分で言うのもなんだけど、中央で通用しなかったわけじゃない。現に1勝クラスでも掲示板には乗っている。そんな私がどうして移籍を決めたかというと・・・。

 

「おぉ、よくきてくれたね。君のことはトレーナー君から聞いているよ。短い時間かもしれないがよろしく頼むよ」

 

「はい、よろしくお願いします。石川ダービー、絶対に取ります」

 

 石川ダービー、別にその看板はどうでもいい。ただ、その1着の賞金は私にとっては魅力的なものだった。仮に中央で同等の賞金を得ようとするなら、1勝クラスで1着を取らないといけないからだ。相手関係を考えれば前者の方が容易い事は間違いない。

 

「元気があっていいね。私が言うのも情けないが、君の実力なら石川ダービーも取れると思うよ。今年のメンバーは、有力ウマ娘のケガや路線変更で層が薄いからね」

 

 正直、私の実力は金沢では抜きん出ているとは思う。だからこそ金沢を選んだわけなんだから当然だけど。

 

「はい、頑張ります。ご指導のほどよろしくお願いします」

 

 指導なんて必要ないとは思うけど。今まで通りの走りをすれば、まず勝てるだろうし。

 

「はは、そう硬くならないで。とりあえず、一度レースに登録して走ってみないとね。地方の砂は中央とは別物だからね」

 

 中央の砂に比べて地方の砂は厚いため、パワーがいる。私は地方は走ったことはないけど、多分問題はないだろう。

 

「では、レースに登録をお願いします。それでは色々と挨拶もあるので失礼いたします」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「皐月賞も、もうすぐな訳だが体の調子はどうだ?」

 

 皐月賞を近くに控えたある日、トレーナーさんがトレーニング中の私に話しかけてきた。トレーナーさんは私の体の調子に問題ないことは分かっているはず。そろそろ、トレーナーさんとの付き合いも長くなってきたから分かるけど、これは単なる会話の入り口に過ぎない。

 

「何も問題ありません。ただ、いまいちタイムが伸びてこないのが不安です」

 

 とはいえ、一応聞かれたことには答えないといけない。後半のタイムが伸びずに不安っていうのは本音だけどね。

 

「そりゃそうだ。そもそも短期間で劇的に成長するなんてことはないんだからな。その点、マスクは一時的なドーピングみたいなもんだ」

 

「それは分かっているんですけど・・・」

 

 確かに、そんな直ぐにタイムが伸びれば、誰も苦労しないからね。

 それにマスクも、外した前走は息をしやすかったけど、数日もすれば元に戻っちゃったから。今はまたマスクをしてトレーニングをしているから本番は大丈夫だろうけど。

 

「トレーナーである俺が言うのもなんだが、皐月賞は奇跡でも起きない限りお前に勝ち目はない。当日に雨が降って、ペースがお前に向いてもまだ足りない」

 

「何が言いたいんですか?」

 

 いつかの問答を思い出して、少し不機嫌な声を出してしまった。まぁ、出走を辞めろって言われることは無いだろうけど。

 

「なぁカナメ。お前、皐月賞の後も中央挑戦を続ける気はあるか?」

 

「もちろん、目標は日本ダービーですから」

 

 日本で一番注目を集めるレースは多分ダービーだと思うから、このレースには出走したい。

 

「そうか。実際のところお前が日本ダービーに出走するには皐月賞で掲示板に乗らないといけない」

 

「確かに今の私には難しいかもしれないですけど」

 

 つまり、ダービーに出たいなら相手の薄い別のトライアルレースに回れってことかな? けど、皐月賞も憧れの舞台の一つだし。

 

「違う、そういうことを言いたいんじゃない。要は、皐月賞で勝ちにいくか着を取りにいくかっていう話だ」

 

「着を取りにいく・・・ですか」

 

 今までトレーナーさんからは聞いたことがない言葉だ。だってそれは勝ちを狙わないってことと同じだから。

 

「そうだロングスパートはお前の脚質には合っているし、望み薄ではあるが勝つためにはこれしかない。が、これは言ってしまえばピンかパーの戦法だ。失敗すれば日本ダービーの出走自体も難しくなる。ダービーに出走するための権利を取りにいくなら違う戦法も考えられる」

 

「その戦法っていうのは?」

 

 まさか、逃げってことはないよね。うん、流石にないか。

 

「やることは、共同通信杯の時と同じだ。俺がこのレースで一番注目しているウマ娘を覚えているか?」

 

「えっと、スペシャルウィーク・・・でしたよね」

 

 トレーナーさんは、相当にこのウマ娘に注目しているらしい。考えてみれば、私も一緒に走ったことがあるんだよね。

 

「そうだ。道中はそいつの後ろに付けろ。後は直線まで連れていってもらってそこからスパートだ。進路はあいつが探してくれるだろうし、仕掛けどころもあいつの判断に任せた方が確実だ」

 

 なるほど、最後の直線勝負ってことだね。トレーナーさんの言うことを聞く限り、スペシャルウィークにおんぶにだっこの形になるみたいだけど。でもそれだと、

 

「その戦法だと瞬発力勝負になっちゃうから、勝てないって話じゃありませんでしたか?」

 

「あぁ、そうだ。だから言っただろ、これは着を拾うための方法だって。もちろん、この方法なら必ず権利を取れるって訳じゃない。ただ、ロングスパート戦法よりは可能性は高い」

 

 つまり、勝つことは無理らしい。もちろん、0ではないだろうけど。けど、それなら考える必要もないね。

 

「だったら、私が選ぶのは決まってますよ」

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

『さぁ、舞台は中山2000m。最も速いウマ娘が勝つと言われる皐月賞。この舞台に18人の選ばれし精鋭が集まりました。解説の小山さんの注目はどの娘ですか?』

 

『そうですねぇー。今回の上位人気の3人は弥生賞の上位の3人でもあります。実力的にもこの3人が抜けていますね。ただその牙城を崩すとすれば、弥生賞組以外でしょうね。その中では前走すみれSを快勝したエモーションなんかは面白いですね』

 

『そうですか。では小山さんの本命は?』

 

『2枠3番、セイウンスカイ。彼女に決めました。雨が上がったとはいえバ場はまだまだ荒れています。内枠も引きましたし、グリーンベルトを活かしてもらいたいです。1枠2番のテンカムソウとの逃げ争いに注目です。対抗はキングヘイロー、スペシャルウィークは大外もあって、ここでは軽視します』

 

『なるほど、小山さんありがとうございました。それでは皐月賞、間もなく発走です』

 

 

 

「私、負けっぱなしってやつ、あんま好きじゃないんだよね。それじゃ、大物をさっくり釣ってきちゃいましょーかね!」

「一流のウマ娘は結果も一流…。さあ、価値ある時間をあげるわ!」

「日本一になる夢があるんです! 誰にも勝利は譲りません!」

 

「勝負っていうのは勝つか負けるしかない。勝ちを目指して負ける、それはしょうがない。けど、最初から負けるために走るバカはいない。肝心要のロングスパートで勝ちにいきます! 」

 

 

 

 



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15話

私事ですが、Twitter始めました。
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@minato_hoshi



 G1皐月賞。クラシックの登竜門にして、最も速いウマ娘が勝つとされているステージ。そして多くの伝説が生まれたレースである。

 地方のアイドルホースが制し、日本に大レースブームを巻き起こしたこともあった。

 皇帝がライバルを蹴落とし、皇帝たる所以を見せつけたこともあった。

 そして、昨年は11番人気のウマ娘が大波乱を起こして見せた。

 今年はどのウマ娘が伝説を波乱を巻き起こすのか。

 

『さぁ、各ウマ娘ゲートに入って体制完了。皐月賞発走です』

 

 ゲートが開く。私の枠は17番、決していい枠じゃない。ぞれにバ場も良、今週は雨が続いていたからせめて稍重くらいにはなって欲しかったんだけど。でも、泣き言を言っても仕方ない。とにかく勝つ! それだけだから。

 

『さぁ注目の先行争いは内からセイウンスカイ、更に内からテンカムソウが出てこのウマ娘がハナを奪いそうです。セイウンスカイは控えて2番手。そこにキングヘイロー、エモーションが続きます』

 

 

 いつも通り位置取りは後方。だけどこれでいい。すぐ横にはあのスペシャルウィークがいる。彼女は私より一つ外の大外枠、これはラッキーだ。トレーナーさんが言うには今回のレースで一番の強敵はこのスペシャルウィーク、だったら絶対に内には入れさせない。

 

 

『バ群固まって、テンカムソウが2バ身のリード。セイウンスカイがその後ろに付けて内にエモーション、外にはキングヘイロー。スペシャルウィークは最後方から3人目、カナメと並ぶ形』

 

 っつ、やっぱりG1はペースが速い。前走と同じコースのはずなのに、スピードが全然違う。でも、大丈夫。必ずどこかでペースは緩む、そこまで我慢しないと。

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 横一線のスタート。開けた視界を遮るものはない。なんて思っていたら1人のウマ娘が飛び出していった。

 残念、逃げられなかったなぁ。前の子が飛ばしてる、私はその後ろに付ける。うんうん、グリーンベルトは確保できたね。

 さてさて、他のみんなの位置取りはっと。キングも私の直ぐ後ろ、スペちゃんは分からないけど、きっと後ろの方かな。 

 確かに私は弥生賞では後ろの2人に差された。けどねスペちゃん、弥生賞とは違うんだよ? キングは流石に分かっているみたいだけど。

 でもこのペース。どうやら風は私に吹いているみたいですねぇ。

 

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 私は最初から敵は2人だけだと見定めていた。

 私はキング、キングに土を付けたのだから、今度はやり返してやらないと気が済まないわ。

 レースは予定通り、前に行ったスカイさんを見る格好。グリーンベルトをキープしながら、4コーナで仕掛ける。前走は4コーナの仕掛けどころで置いてかれてしまったのが敗因だ。

 同じ失敗は二度としない。それが一流の証よ。

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 よし、スタートは綺麗にでれた。ここで後ろに下げてっと。

 弥生賞と皐月賞のコースは同じ、だったらやることも変わらない。最後の直線でまとめて交わす。先頭をみるとセイちゃんが逃げていない。キングちゃんとならんで2.3番手の位置だ。

 トレーナーさんは一番警戒するべきなのはセイちゃんだって言っていたけど、逃げていないなら取りあえずは安心かな。

 さぁ内に入って・・・え、内に入れない。一つ隣の枠の子が私のピッタリ横についている。うぅ、でも大丈夫!

 さぁ、待っててねお母ちゃん。絶対に勝つから。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『さぁ、向こう正面に入って1000mの通過は60.4秒。よどみない流れです』

 

 ここまでは早い流れ。そろそろ仕掛けを探らないと、ってここでペースが上がってる。これじゃあ仕掛けられない。

 

だったらどうする? 

 

 ・・・

 ・・・

 

 よし! 覚悟は決めた。3コーナーだ、3コーナーから仕掛ける。もうペースも何も関係ない、どうせ私が勝てるとしたら全力を出し切った上で運を味方に付けた時だけなんだだ!

 ったら、まず全力を出し切らないとね。

 

『残り800を切って先頭はテンカムソウ、セイウンスカイガッチリと2番手、先頭に並びかける。キングヘイロー、エモーションも進出を開始』

 

 スペシャルウィークは乗って来てくれるかな? ちらりと目線をやる。どうやら向こうも分かってくれたみたい。さぁ進出開始だ。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 ちらりと私の内にいた子が、私を見る。レースを走るウマ娘ならその意味は分かる。これは挑発だ。私についてこれるかっていう。

 私の夢は日本一のウマ娘になること。だったら、ここで逃げる訳にはいかない。さぁ、受けて立ちます!

 

『後方はどうか、17番カナメが外を回って上がっていく、連れてスペシャルウィークも進出開始』

 

 走っていて分かったことがある。最初はセイちゃん、キングちゃんだけが相手だと思っていた、勝つためにはこの2人のことを抑えればいいんだって。それは正しいけど間違いだった、レースに出走する全員が敵なんだ。この娘も全力で私を潰しに来てるんだ。

 けど、負けない。日本一のウマ娘になるためにはここで負けられない。

 絶対に勝ちます!

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 3コーナーに入っても、セイちゃんの余力は十分。にゃは、これは来てますねー! 後は4コーナー直線入り口で先頭に並んで交わす。出来る限りリードを開いておかないとスペちゃんやキングが飛んできちゃうもんね。まったく、2人のあの脚は勘弁してほしいよ。セイちゃんにはそんな武器ないんだからね。

 けど、レースは脚の速さだけじゃ決まらないんだよね。位置取り、ペース、仕掛けどころ、何も足りない私はそこを磨いてきた。

 さぁ、大物を釣っちゃいますか!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 作戦通りスカイさんの後ろに付けてここまで来れた。

 仕掛けどころは間違いちゃダメ。早すぎたらスペシャルウィークさんに差される。遅すぎるとスカイさんを捕まえられない。だったらどうする? えぇ、答えは決まっているわ。勘よ、自分がここだと決めたタイミングで仕掛ける。一流は自分の判断を疑わないしどんな結果になってもそれを受け入れる。

 今こそキングの走りを見せて上げる!

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「カナメちゃん、覚悟を決めたみたいですね」

 

「そうだな、迷いのない仕掛けだ」

 

 目の前のウマ娘、シャインスワンプがぼそりと呟く。前走で怪我を負いしばらくは走ることのできないこいつが、レースを見に行きたいと声を掛けてきたのは意外だった。

 

「でも、驚いたよ。まさかお前がレースを見たいなんて言ってくるとはな。カナメの方はともかく、お前はあいつのことが苦手なのかと思っていたよ」

 

「確かに・・・。前までは思うところが無かった訳じゃないですよ。あの娘、ナチュラルに私のこと見下してたし」

 

 本人は意識してはいないだろうが、それはあいつの悪い癖だな。まぁ、レースで走るウマ娘は多かれ少なかれそういう傾向はあるが。

 

「でも、分かったんです。あの娘、要は子供なんですよ。真っ直ぐにものを見ている。そう思うと、何だか可愛いじゃないですか。私に嫉妬していたところとか」

 

「何だ、お前知っていたのか」

 

「そりゃ、同じクラスですからね。でも、トレーナーさんが立ち直らせてあげたんですよね」

 

 おいカナメ。お前の恥ずかしいところ全部ばれているぞ。というかこいつ、本当にカナメと同い年か? バカそうなあいつとは比べてやるのも失礼だな。

 

「さぁな。それよりレースだ。カナメのやつ最後まで脚が持てばいいが、厳しいか・・・」

 

「トレーナーさんから話を振ってきたんじゃないですか。でもそうですね、私も厳しいと思います。あの早いペースで強引に仕掛けて行きましたからね。しかもかなり外を回されてますから」

 

 流石にこいつはレースの流れが分かっているな。惜しむらくは能力が足りていなかったところだな。こればっかりはどうしようもないが。

 

「でも・・・」

 

 シャインが続ける。

 

「私たちに出来ることは一つだけですから」

 

「それは?」

 

「決まってます、応援ですよ。 スゥーー、カナメちゃん頑張ってーーー!!!」

 

 なるほど、これは一本取られたな。俺も自分の愛バを応援してやらないと。

 

「「頑張れーーー!!!」」

 



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16話

「頑張れ」 

 

 そんな声が聞こえたような気がした。もちろん気のせいだとは思う。私は時速60㎞の世界にいる。そこで一つ一つの声を聞き分けるなんて不可能だ。

 ただどうしてもその声が頭から離れることはなかった。

 

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 今だ!

 

 直線入り口、ここで私はギアを上げる。

 前の娘はもう限界。言っては悪いが道中は良い風除けになってくれた。絶対に口には出さないけれど、せめて心の中だけでも言わせてもらうよ、ありがとうってね。

 さぁ先頭に並ぶ、そして交わす。もう何も考える必要はない。

 だって、セイちゃんの作戦はここまでですから。あとは内埒に沿って全力で走るだけ。

 さぁ、全力は出した。勝利の女神は私を選んでくれますかね。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 前でスカイさんが仕掛けた。なら、キングも行くしかないわね。

 私の勘が、ここで仕掛けろと言っている。だったら、仕掛けない理由がない。

 前との差は1バ身。後ろは・・・、見えないから知らないわ。今の私に出来るのは前のスカイさんを交わすこと。さぁ、キングの走りを見せてあげるわ。

 

 おーっほっほっほ!! 勝利の女神は私にほほ笑むのよ。

 

 ・・・いや、違うわね。女神なんて関係ない。私は私の力で勝つんだから。

 

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

『直線に向いてセイウンスカイが先頭。キングヘイローが2番手から並んでくる』

 

  3コーナからのスパートで、私は直線を向いた時にはかなり位置を上げていた。やっぱり最後はこの2人を倒さないとだめだよね。

 ロングスパート対決は私が勝った。後はあの二人を捕まえるだけ! 

 

『おーっとここで、早々とスペシャルウィーク3番手。前の2人に迫ってきた。エモーションが4番手』

 

 そもそも彼女、スペシャルウィークは余りにも特別だった。

 トレーニングを苦とも思わない性格。

 決して掛かることのない精神性。

 そして、デビューの時点でダービーを獲れると言わしめた脚力。鋭くキレるその末脚はこのクラシックのメンバーでも光輝く。

 

『スペシャルウィーク、あっという間に前の2人を飲み込むのか』

 

 ・・・おかしい、絶対におかしい!

 前の2人との差が全く縮まってこない。

 セイちゃんもキングちゃんも強いウマ娘だ。でも、末脚なら絶対に私の方が上の筈。

 なら、どうして?

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 坂を登る。中山の坂は逃げウマ娘には鬼門だ。ここまでリードを保ってもこの坂で捕まるウマ娘は多い。スタミナが尽きたウマ娘にこの坂は余りにもおおきな壁だ。

 でも、私には関係ない。

 確かに私には爆発的な末脚はない。圧倒的なスピードもない。他者をねじ伏せるような走りができるわけでもない。それにスタートも上手くない。期待もまぁ少ないだろう。

 じゃあ、私には何がある? どうすれば勝てる?

 そう考えた時、私には何もなかった・・・。

 だから鍛えた。正確にラップを刻む体内時計を、緩急を付けてレースを支配する術を、利用できるものは利用する強かさを。

 速いウマ娘に私はなれない、だけど強いウマ娘になることはできる。

 そしてその集大成が今日だ。グリーンベルトを最大限に利用して、ペースも味方につけた。バ場の利を展開の利を得た。

 私の最大の武器をぶつけたんだ。だったら負ける理由がない。

 

 

 

『さぁ、先頭はセイウンスカイ、2バ身のリード。キングヘイローがグングン差を詰める。スペシャルウィークは3番手』

 

 逃げるセイウンスカイに待ったをかけるべく飛び込んできたのはキングヘイロー。思えば彼女は一貫してこのレース、セイウンスカイをマークしていた。

 だが、届かない。

 

『セイウンスカイ、粘って粘ってゴールイン!』

 

 勝者の名はセイウンスカイ。

 レースを操り支配した葦毛のウマ娘。

 

 ただし、それだけではない。

 セイウンスカイ、彼女は自分の武器を見誤っていた。彼女のレースセンスは確かに優れている、ただそれだけでは勝てない。一流の走りには屈してしまう。

 では、そこを埋めるのはなんだろう? 答えはただ一つ根性だ。

 そしてセイウンスカイはそれを埋めあわせるに足る勝利への執念を持っていた。

 普段の飄々とした態度の裏には、勝ちへの渇望が蠢いていた。

 それこそが彼女の一番の武器。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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石川ダービー
17話


一応、石川ダービー編(仮)
今回からしばらく一人称が変わります。


「トレーナーさん、次のレースなんですけど私が決めてもいいですか」

 

 皐月賞の惨敗後、私の腹は決まっていた。

 

「なんだ珍しいな。言ってみろ」

 

「はい、次走は石川ダービーに出ます。そして次はJDDを目指します」

 

 まずは原点に立ち返ろう。金沢の大一番、このレースを取りに行く。そしてその後は地方の祭典JDDだ。今まで金沢のウマ娘がここを勝ったことはない、それどころか好走も。だからこそ、ここに挑戦する。石川ダービーを勝てば、このレースの優先出走権を手に入れられる。

 最も、そんな私を見てトレーナーさんは思うところがあったみたいだけど。

 

「・・・ダービーはいいのか? 望み薄だがトライアルレースを使えば出走の可能性も0ではないぞ」

 

「何言っているんですか? ダービーなら出るじゃないですか、それも2つも」

 

 なんて、冗談めかして言ってみる。残念ながら、トレーナーさんは笑ってはくれなかったけどね。

 

「そういう意味じゃないのは分かっているだろ? 俺が言いたい・・」

 

「いいんですよ。今の私の実力はあんなものです」

 

 そう、前走の皐月賞で自分の実力がはっきりとした。自信のあったロングスパートもあっさりと打ち破られてしまったし。とにかく、今の私だと中央のトップレベルには全く太刀打ちできない。

 

「中央挑戦は諦めるってことか?」

 

「へ、何でですか?」

 

「だって、石川ダービーに出るんだろ・・・」

 

「そうですね。でも秋にはまた挑戦しますよ! 次の目標はジャパンカップです」

 

 ジャパンカップの舞台は東京芝2400m、日本ダービーと全く同じ舞台だ。そして、レースレベルは此方の方が上。そんなジャパンカップだけど、過去には地方のウマ娘が2着に食い込んだこともある。古くから地方のウマ娘にも門戸が開かれていたレースだ。だから、このレースには絶対に出走したい。

 

「それは大きく出たな」

 

「いけないことですか?」

 

 もちろん答えは分かっている。そう、あの時と同じドヤ顔でトレーナーさんは言う。

 

「いーや、最高にカッコイイ選択だよ」

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 金沢に移籍した初戦。舞台はD1400m、スタートしてからの直線が短くコーナーも4つあるため圧倒的に逃げ、先行が有利なコースだ。中央時代でも前目でレースをしていた私にとってはうってつけのコース。それにこのメンバーなら楽にハナも取れるだろう。

 そして結果は・・・圧勝。まさに一人舞台だった。

 

 まだ一線級のウマ娘とは走っていないけど、このレベルなら石川ダービーを取るのも難しくはないだろう。現にタイムを見ても例年の石川ダービーウマ娘に比べても全く劣っていない。うん、多分いけるかな。

 

「お疲れ様。今日も頑張っているね」

 

 トレーニング中、こちらでお世話になっているトレーナーさんが話しかけてくる。もっとも、練習メニューは中央時代のトレーナーさんのものをそのまま使っているので、本当に名前だけ貸してもらっているだけなんだけど。

 

「お疲れ様です。いえ、当然のことですから」

 

「この前のレースで地方の砂にも対応していたし、今のところ私が教えることなんて何もないなぁ。それはそれで困ってしまうけどね」

 

「ははは、私なんてまだまだですよ」

 

 お互いに気を遣ったやり取り。まぁ、それもしょうがない。お互いに利益があると思って手を組んだ打算的なパートナーに過ぎないのだから。私は賞金を、彼はそこにプラスして名声を。私的にはこんな低レベルなダービーの肩書なんて、もらってもしょうがないと思うけど。

 

「ところで知っているかい? 石川ダービー、あの娘が参戦するらしいよ」

 

「あの娘・・・ですか? すいません、名前を教えてもらえませんか」

 

「おっとごめんね。カナメちゃんさ。彼、あぁ彼女のトレーナーが言っていたから間違いないはずだよ」

 

 カナメ・・・、クソッ金沢のエースじゃないか!!!

 若葉S2着、皐月賞にも出走したウマ娘。ふざけるな、話が違う。あの娘は中央挑戦するから、ダービーには出ないって話だったじゃないか。

 ここの連中は分かっていないんだ。あの娘の残した実績を凄いの一言でまとめている。中央で走っていた私には分かる、はっきり言って格が違う。

 

「ようやく感情を出したね。さて、どうする??」

 

「どうすると言うと・・・?」

 

「分かっているだろう? 今の君だとはっきり言って相手にならない。君の方が分かっていると思うけどね」

 

「それは・・・」

 

 そんなこと言われなくても分かっている。あの若葉Sのレースは私も見た。あのスパートは驚異的だ。皐月賞では不発だったがあれは相手が悪すぎた。この金沢で彼女のスパートに突っ張っていけるようなウマ娘はいないだろう。

 

「彼女の金沢の戦績を知っているかい?」

 

「いいえ、知りません」

 

「7戦して5勝2着2回。さて君はこの戦績を聞いてどう思った?」

 

「・・・ほとんど完璧な戦績だなって」

 

 連対率100%。まぎれの多い小回りのダート戦でその戦績は彼女の実力が、この金沢では抜きん出ていることの証明だ。

 

「違う、そうじゃない。彼女は2回負けているんだ、しかも同じウマ娘にね。そして、そのウマ娘のトレーナーは君の目の前にいる」

 

「え?」

 

「そして、実際に彼女を負かしたウマ娘もここに居る。なぁ、シャイン?」

 

 そう言って、トレーナーさんが顔を向けた先には、制服を着たくたびれた様子のウマ娘がいた。

 いや、彼女には見覚えがある。・・・そうだ、あのスペシャルウィークを破った地方ウマ娘として一時期はそれなりに取り上げられていたウマ娘。確か、次走で怪我をしてしまったはずだけど。

 なるほど、あのカナメを負かしたというのも納得できる。

 

「はいはい。いきなり呼びつけたと思ったらこのためですか?」

 

「なんだお前、キャピキャピキャラは辞めたのか?」

 

「あーもう、うるさい。それで用件はなんですか?」

 

 完全に私が蚊帳の外に置かれているような気がする・・・。

 どうやら、この2人の付き合いはそれなりに深いようだ。

 

「そうカリカリするな。何とかこの娘をカナメちゃんに勝たせてやりたい。協力してくれないか?」

 

「うーん、それだけですか? それだったら足りないですね」

 

「本当に嫌なやつだな。私も石川ダービーの肩書が欲しい、だから手伝ってくれ。これでいいか?」

 

「ニヒッ、だったらしょうがないですねー」

 

 完全に置いてけぼりではあるが、何やら色々決まったようだ。ただ、私に説明もなしで進めるのは止めてほしい。

 大体、トレーナーさん、私といるときとキャラ違いすぎだし・・・。どうやら、仮面をかぶっていたの私だけではなかったようだ。



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18話

石川ダービー編 その2
おそらく、後二話の予定


 突如として始まった、打倒カナメのトレーニング。

 その内容は、はっきり言ってむちゃくちゃなものだった。

 

「違う、それだと遅いよ」

 

「はぁはぁ」

 

 一体、何度コースを走っただろう? 

 唐突に現れた目の前のウマ娘、シャインスワンプはひたすらに私に走ることを命じる。

 

「疲れた振りはもう十分だよね。さぁ次行くよ」

 

 可愛い顔しているがこいつは悪魔だ、間違いない。大体、言葉のチョイス一つ一つに棘がある。

 

ッ、たかだか地方のウマ娘のくせに

 

 小さな声で悪態をつく。これくらいなら聞かれないだろうと高を括っていたのだが。目の前のウマ娘にはしっかり聞かれてしまっていたようだ。

 

「あれれ―、私、中央のレースでも勝っているんだけど? あなたなら、その時の相手も知っているよね」

 

 それを言われると何も言い返すことはできない・・・。

 彼女が打ち破ったのは世代有数の実力者のスペシャルウィーク。はっきり言って、私が勝てるような見込みは全くないような相手だ。

 

「で、結局このトレーニングは何が目的なんです? 教えてくれてもいいじゃないですか」

 

「そうだねー。まぁあと何本か走ったら教えてあげるよ」

 

 その後・・・・・  

 

「ハァハァ、もうこれ以上は無理!」

 

 あれから何本かの単走を繰り返した後、遂に私は倒れこむ。自分で言うのもなんだけど頑張ったと思う、うん。

 そんな私を見下ろすように悪魔、もといシャインさんは顔を見せる。その、にっこりと笑った表情を見て、釣られて私の顔にも笑みが浮かぶ。どうやら、私はこのトレーニングをやり切ったようだ。

 

「お疲れ様。それじゃあ、最後に一本走ってみようか」

 

 ・・・へとへとじゃなかったら手が出ていたんじゃないだろうか? だから、せめてこれだけは言わせてもらう。

 

「鬼か!」

 

「いいからいいから」

 

「本当にもう無理だから」

 

 駄々をこねる私をシャインさんはスタートまで引きずっていく。

 この人ケガしているはずなのに力強いなぁ。疲れ果てていた私は、そんな頓珍漢なことを考えていた。

 

 

 そこから先のことはあまり覚えていない・・・

 

 

「よく頑張ったね。最後の走りのフォーム、あれを忘れないように」

 

 あのトレーニングの後、クールダウンしている私にシャインさんが話しかけてくる。

 

「フォーム?」

 

 最後の方は走ることに一生懸命でそんなことまで頭が回らなかった。正直、いつもの走りとは全然違っていたような気がするけど。

 

「そう。さっきまでのあなたのフォームだと地方の砂に適用できていなかった。それでも地力がある分、普通のレースなら勝てるとは思うけど」

 

「それ口で言ってもらいたかったんですけど」

 

「あなた、変にプライド高そうだし。それにこういうのは限界まで追い込むと体が勝手に理想のフォームを見つけてくれるからね」

 

 余計なお世話だ。でも言っていることは一理あるのかもしれない。プロ野球の選手も、ギリギリまで追い込むことで理想のフォームが体に身につくと言っていたような記憶がある。

 シャインさんはそう言うと、いつ撮影していたのか映像の入ったメモリーを私に渡す。

 

 

「ところであなた、カナメちゃんとは喋ったことあるの?」

 

 唐突にシャインさんが話題を変える。そういえばシャインさんは、中央でもあのカナメと同じレースで走っていたはず。

 

「・・いや、ないですけど。シャインさんは仲がいいんですよね?」

 

「まぁそうだね。どうせだし明日、話しかけてみるといいよ。相手を知っておくのも悪くないしね。あと、話題は石川ダービーのことにするといいよ?」

 

 その時のシャインさんの顔は何ともいえない、嫌な笑顔が浮かんでいた。。。

 

 

 

 翌朝、座学の授業の合間に私は意を決してシャインさんに言われた通りカナメに話しかけることにした。

 余談だが、この金沢の座学のレベルは中央のトレセンに比べてレベルが高い。というより、中央がレースやライブの方に注力しているだけなのかもしれないが。

 話は逸れたが、目的のカナメは教室こそ違うが直ぐに出会うことができた。

 

「カナメちゃん、この前の皐月賞残念だったねー。私もテレビの前で声出ちゃったよ」

「次は石川ダービーに出るんでしょ? 私も出るんだけど止めてよー」

「また中央に挑戦するの??」

 

 当たり前だが、彼女はここ金沢ではかなりの人気のようだ。まぁ無理もないだろう、なんて言っても残した結果が頭一つどころではなく抜けている。とにかく、そんなもみくちゃにされている彼女だが困惑している様子はなく一緒に盛り上がっている辺り、本質的に彼女も社交的なのだろうけど。

 しかし、これは困った。端的に言うと凄く話掛けにくい・・・。

 えぇい、いくしかないか。

 

「あのー・・・」

 

「ん? 私に用かな?」

 

 お、これはラッキー。直ぐに私に気づいてくれた。

 

「はい。私も次の石川ダービーに出るので挨拶をって思って」

 

「あ、そうなんだー! よろしくね」

 

 そう言ってカナメはニコニコとこちらに手を差しだす。なるほど、私の見立て通りフレンドリーなウマ娘のようだ。

 

「カナメちゃん、この子すごく強いんだよ? 転校生なんだけど、この前のレースは大差勝ちだったし」

 

 その時、周りのウマ娘がカナメに私のことを伝えてくれる。確か、あのウマ娘は前走一緒に走った娘だ。そんな相手に、こうして素直に褒められるのは悪い気はしない。

 

「転校生ってことは、もしかして中央からきたの・・・?」

 

「えぇ一応」

 

「わぁ、すごい! 私も何度か中央で走ったけど、結局勝てなかったからなぁ。でも、秋にはまた挑戦するつもりだけど」

  

 勝ったと言っても未勝利クラスだけどね。いや、それでも自慢できることではあると思うけど。普通にあなたの皐月賞出走の方が実績としてすごいですからね。もしかして嫌味か?

 

「そうなんですね。私もこの前の皐月賞みてましたよ。ちなみに、カナメさんは石川ダービーの後はどこに出走するつもりなんですか?」

 

「ん? JDDに出走するつもり。去年の川崎よりは勝負になると思っているんだけどね」

 

 考える素振りもなくカナメは答える。どうやら彼女の中で、そのレースに出走することは確定事項のようだ。

 

「ちなみにカナメちゃんは石川ダービーでも後ろからレースするの?」

 

「そうだね、捲っていくつもりだよー! だから、あんまり早く逃げないでね」

 

「えぇー。どうしようかな?」

 

 カナメが他のウマ娘と盛り上がっているのを見て、私は教室を出ていく。挨拶はこのくらいで十分だろう。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「どうだったカナメちゃんは?」

 

 廊下に出た私にシャインさんが話しかけてくる。そう言えば、シャインさんとカナメは同じクラスだったはず。ということは一部始終を見ていたのか。

 

「最初は凄い明るくて友達も多そうなウマ娘かなって思いました」

 

「ふーん。最初だけなの?」 

 

「えぇ。きっと彼女は私のことなんて何にも思ってませんよ。現に名前の一つも聞かれなかった。それに彼女の次走はJDDですって、これがどういう意味か分かりますか? 石川ダービーは勝つ前提なんですよ。あげくに戦法もベラベラ喋るし」

 

「まぁ、カナメちゃんはナチュラルに見下してくることあるからなぁ。悪い子じゃないんだけどね。実際、私も仲良しだし」

 

「金沢に来てここまでイラついたのは初めてです。絶対に石川ダービーでぎゃふんと言わせてやる」

 

 決意を新たにし、私は自分の教室に戻る。

 シャインさんが浮かべていたにやけ顔には気付かないままで。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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19話

「逃げですか?」

 

「そう。カナメちゃんに勝つにはそれしかない。少なくとも直線に入る前に捲られてしまえばそれでお終い。だったら、それをされないように差をつけるしかない。実際に私がカナメちゃんに勝った時はそうしたしね」

 

「・・・まぁ逃げ自体は妥当だと思いますけど。問題は逃げられるかですね」

 

 金沢に限らず、基本的に地方のレース場は圧倒的に逃げが有利。実際に前走は私も逃げきって勝利しているわけだし。ただ、逃げはどうしても他の娘との兼ね合いがでてくる。

 

「あぁ、それなら大丈夫。あなたの実力なら間違いなく前は取れるはずだよ。展開も向きそうだしね」

 

 ん? 少なくとも展開は向かないような気がするけど。他に逃げたい娘も多いだろうし。

 そんな私の考えが見透かされたのかシャインさんは続ける。

 

「他の娘はカナメちゃんに一度は土を付けられているからね。だから、基本的にはカナメちゃんをマークするはず。ただカナメちゃんのスパートには誰もついてはいけない。だったら、みんなが取る方法は二つしかない」

 

「スパートしても届かない位置を取りにいくか。展開待ちの後方待機ですね」

 

 勝ちにいくなら前者一択だとは思うけど。実際にそのために私も逃げるわけだし。

 それに出走する娘のレベルを考えれば、展開待ちもなにもカナメに追いつけないに違いない。

 

「そう。ただ展開的にはあなたが逃げることは、みんな予想しているはず。だから、あなたの番手に付けたい娘は多いだろうね。あなたはまだカナメちゃんとの勝負付けが済んでいないから。前に付ける娘は、あなたに直線まで連れていってもらって最後にちょい差しを狙うはず」

 

 着狙いの娘もいると思うけどね、とシャインさんは付け加える。ただ私の後ろに他の娘が密集してくれるのはありがたい。

 

「それは好都合ですね。カナメも外を回して捲ってこないといけないでしょうし。ちなみに、他の娘が無理して逃げる場合は競ってでも前に行った方がいいですか?」

 

「基本的に前は取り切ってしまった方がいいとは思うけど。まぁ、向こうが絶対に引かないようだったら行かせるしかないよね。共倒れが一番残念な結果だし。けど、あなたのテンの速さなら問題ないはずだよ」

 

 やっぱりそうか。私も多少の無理をしてででも前は取るべきだと思っていた。他の娘を行かしてしまうと、どうしてもペースのコントロールは難しくなる。それに前の娘が垂れてきた場合、距離のロスも考えられる。

 

 あとの懸念事項は、

 

「カナメはどこら辺で仕掛けてきますかね?」

 

「うーん、基本的には最後の直線には先頭で入りたいだろうから、逆算して最後の向こう正面くらいから進出してくるんじゃないかな? だからあなたもそこまでにはある程度、カナメちゃんを離しておく必要がある」

 

 確かに、金沢の小回りコースならば最後の直線入口では先頭に立ちたいはずだ。あの短い直線で追込一気とは考えにくい。そうならと私も色々と対策する必要がある。

 

「ですね。本当はスローで逃げたいところだけど、それだと捲られてしまいますよね。ある程度速いペースで脚を使わせないといけないか」

 

「そうだね。速いペースで逃げること、これが前提条件。後はカナメちゃんとの、もがき合いだね」

 

 Hペースの逃げ、一歩間違えればあっさりと後ろの娘に差し切られてしまう可能性もある。が、今回の面子ではその心配は少ないだろう。あくまで相手はカナメ一人。驕りかもしれないけれど、警戒すべきは彼女だけだ。

 とにかく捲られないこと、これが一番重要。おそらく彼女はコーナーでは外を回されるはず、だからコーナリングの差で彼女を押さえ込む。

 

「もがきあい・・・。とはいえ、直線での競り合いは私に不利ですよね。だから私にも作戦があります」

 

「作戦・・・?」

 

「金沢のインコースは砂が深いですからね。彼女にはそこを走ってもらいましょう。直線入口まではコーナリングの差で前を守って、直線入口で外に進路をとります。もし、彼女が私より外を回すなら距離をロスしますし、内を回すなら深い砂の上で走ることになりますから」

 

 これが私の作戦。昔、とある3冠ウマ娘が実際にされた作戦でもある。もっとも、その3冠ウマ娘は圧倒的な実力で完勝したわけだが。

 

「なるほど。多分、外から捲ってくるカナメちゃんは勢いを殺したくないだろうから外を回すだろうね。けど、あんまり外に突っ張ったら内を掬われる可能性もある。そこは気を付ける必要があるよ」

 

「もちろんです。シャインさんの分も戦ってきますよ」

 

 作戦は決まった。後は本番でその通りに走るだけ。そうすれば自ずと勝利も付いてくるはずだ。

 さぁ、後は本番を待つだけだ。

 



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20話

石川ダービー編、終了です。


『さぁ金沢レース場、本日のメインレース石川ダービー、各ウマ娘の入場です』

 

 遂に来た本番の日。バ場コンディションは重、できれば良でやりたかったのが本音だけど、こればかりはしょうがない。

 いや良い意味に捉えよう、このコンディションのおかげでスピードバ場になれば中央の砂で走っていた私には有利になるはずだ。まぁ、相手は中央の芝G1に出走した相手でもあるんだけど。

 

『流石のダービー。各ウマ娘の気合の乗り方もいつもと違って見えます。さぁ、1枠1番はこの娘。前走で見せた末脚は今日この舞台でも発揮されるのか』

 

 番号の小さいウマ娘から順に場内に入り、それと同時に実況がそれぞれのウマ娘の紹介をしていく。なんというのだろうか、この雰囲気は嫌いじゃない。

 ちなみに私は4枠4番、カナメは大外8枠12番だ。なんて、そうこうしているうちに私の番だ。

 

『さぁ、ファンはこの娘を2番人気に支持しました。前走は逃げて圧勝。今日も逃げて他の娘たちを完封するのか。足取り軽くスタート地点に向かいます』

 

 流石実況さん、よく分かっている。そうこのレースで勝つのは私、華麗な逃げ切り見せてやる。

 

『続いては5枠5・・・』

 

 その後も続々と他のウマ娘が入場していく。

 そして遂にあいつの番だ。

 

『そして満を辞してこのウマ娘の入場だ。圧倒的1番人気、前走は皐月賞、前々走は中山若葉Sで2着、その実績はここでも光り輝く。今日も自慢の末脚で他のウマ娘を置き去りにするのか? 主役は遅れてやってくる、8枠12番カナメの入場だー』

 

 

 なんだか、明らかに一人だけ力が入っているような気がするんだけど。2番人気の私と比べても、明らかに・・・ねぇ?

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「よーし、固くはなっていないようだな。これもお前のおかげかな、シャイン」

 

「なーに言ってるんですか。大体トレーナー、ほとんど私に彼女のこと投げたくせに。彼女が勝ったら少しは賞金分けてくださいよ?」

 

「ははは、彼女みたいにプライドの高いタイプは、地方の人間の言うことなんて聞き入れないからね。実際、彼女を指導していたトレーナーは僕と比べても実績があるのは間違いないし。でも、シャインのいうことは聞くだろうと思ってね。なんせあのスペシャルウィークに勝ったくらいなんだから」

 

「全く都合のいいこと言って。そのウマ娘のトレーナーが自分なんだから胸を張ればいいのに」

 

「とはいうけど、あのレ-スはシャインが自分の判断で追い込んで勝ったじゃないか。私の指示は無視でね」

 

「それもしかして、根に持ってます?」

 

「いや、そんなことはないよ。良いレースだったさ。それだけに色々惜しいなと思ってね。まぁそれはいい、とりあえず今日のレースを見届けようか」

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了』

 

 ふぅ、いよいよ本番。

 調子は完璧、枠も悪くない、心も落ち着いている。なら、負ける筈がない。

 

 ガコン!

 

『さぁ、ゲートが開いて各ウマ娘一斉に飛び出します。注目の先行争い、前にいくのはどの娘か』

 

 よし、最高のスタートだ。これなら楽に前に行ける、後は徐々にペースを上げていけばいい。とにかく、隊列を縦に長く伸ばして少しでもカナメとの距離を付ける。おそらくあいつは、最後方に近い位置取りのはず、これなら逃げ切れる。

 

『隊列はすんなり決まって1コーナーへ。ペースは平均といったところ、展開に大きな影響はなさそうです』

 

 ははは、全て思った通りの理想形だ。これなら勝てる、さぁガンガン行こうか・・・!

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

『今、ゴールイン! 圧倒的な着差で今年のダービーを制したのは、やっぱりこのウマ娘。断然の1番人気に応えたカナメ。次走もますます楽しみです!』 

 

 なぜ、どうして、どこで間違えた? 

 向こう正面でペースを上げすぎた? 

 それとも序盤を抑えすぎた?

 

 考えれば考えるほど、自分の走りを見失いそうだ。でも、本当は自分でも分かっている。ただ、その現実は、余りに直視するには残酷すぎた。

 

 付けられた着差はざっと8バ身、完敗だ。少なくとも私はそう思う。きっと何回やり直しても、このレースには勝てないだろう。

 

 ・・・それからのことはあまり覚えていない。もちろん、私もプロだ。ライブはしっかりやりきったし、メディアの取材にもきちんと対応はした。ただ、どこか空虚な気持ちであったことは否めない。ちゃんと、私はライブで上手く笑えていたのかな?

 そんなことを考えて、控室の隅でうつむくことしかできないでいた。

 

「・・・聞こえてる? おーい」

 

 そんな私を、現実世界に引き戻したのは、あの人の声だった。

 なんてことない、我が愛しのお師匠様だ。

 

「あぁ、シャインさん。すいません、完敗でした。シャインさんから見て、今日のレースはどうでしたか?」

 

 私は、この質問に一縷の望みを賭けていた。ただ、シャインさんがその期待に応えてはくれないことも分かっていたけれど。

 

「そうだね。大枠でみれば理想的な展開だったと思うよ。単騎で逃げられて前半はMペースながらバ群も縦に伸びていたし。それに向こう正面でのペースアップも事前に話していたように上手くいっていた」

 

 ただ、とシャインさんは続ける。

 

「それでも負けてしまった理由は一つ、カナメちゃんがもっと強かったから。残念で残酷だけどそれが現実」

 

「そっかぁ。私の作戦は上手くいっていたんですね・・・」

 

「言っておくけど、私は慰めてあげたりはできないよ? 中央で走っていたあなたなら分かっていると思うけど」

 

「えぇ、この世界のことはきっとシャインさんより分かっていると思いますよ」

 

 今まで、未勝利戦を勝ちきることができずにトレセンを離れていったウマ娘は多々見てきた。1勝クラスを勝ち切れずに何年も同じクラスで走り続ける先輩も、地方の能力検定をパスできずにデビューできなかったウマ娘も周りにはいた。けど、そんなこと私には関係ない。

 

「でもねシャインさん。私は諦めが悪い方だと思うんですよ。そりゃ今は凹んでいます、今日の夜は良くは寝れないでしょうね。でも、後ろを見ることはありません。だって、目は後ろにはついていませんから。それになんやかんや言っても走るのは好きなんですよ。好きなことをしてお金も稼げるって最高じゃないですか」

 

「だろうね。あなたはそういうタイプだと思ったよ。少なくともメンタル面ならカナメちゃんは敵わないなぁ。カナメちゃんはメンタルよわよわだからね」

 

「ははは、なら1勝1敗ですね。それとシャインさんに言わないといけないことがあるんですよ」

 

「・・・いいよ、言わなくても。短い間だったけど楽しかったよ」

 

「そうですか。・・・こちらこそありがとうございました!」

 

 さぁ、次はどこを走ろうか。時期的に次は・・・高地ダービーかな? これまた賞金も魅力的だし、私はプロだしお金もこだわらないとね。

 ははは、またトレーナーさんに頼まないといけないなぁ。

 

 きっと私は、どこまでいっても走ることしか出来ないんだろうなぁ。

 

 

 

 

 



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説明回
その1


ちょっとした説明回


軽い説明回です。

 

それじゃあ登場人物から

 

オリジナルキャラ(ウマ娘)

 

■カナメ

 

 本編の主人公。脚質は差し追い込み。毛色は青毛。金沢での戦績はダービー終了時点で8戦6勝2着2回の完璧な戦績。中央では4戦して2着1回、掲示板1回、着外2回の戦績。

 

 スタートが下手でレースでは後手を踏むことが多い、コーナリングが上手くないこともあって、地方のレース場との相性はよくない。ただ金沢の他のウマ娘とは力量の差が大きいため大味なレースでも勝ち切ってしまう。

 一方、芝では瞬発力の差から、一流ウマ娘が相手だとスピード負けしてしまうので重バ場が理想。共同通信杯以降は捲り戦法で戦っていくことになる。

 

 性格は社交的で快活。基本的に誰とでも仲良くなれるし、目上の人には敬語をしっかり使うタイプ。ただ上述の戦績から、同期の金沢のウマ娘を無意識に見下している節がある。

 本人も気づいていないが、本心では承認欲求の塊であり、誰かに褒めてもらいたい、ちやほやされたいという思いが根底にある。もっともそれを表に出すことは少なく、基本的には年相応の少女といった感じ。

 

 なお、本編では言及してはいないが勝負服は黒地の袴に金色の刺繡で梅の花が描かれているもの。

 

 

 

■シャインスワンプ

 

 カナメの親友兼ライバル。毛色は明るい栗毛。脚質は基本的には逃げ。金沢でカナメに先着したことがあるウマ娘はこのシャインスワンプのみ。

 

 カナメとは対象的にスタートが上手く、地方のレース場の特性を活かして逃げることが多い。身体能力はそれほど高くはないが、それをレースセンスで補うタイプ。

 

 白梅賞では乾坤一擲の走りでスペシャルウィークを差し切り勝利。一躍、金沢のヒロインとして注目を集めるが、彼女のメンタルはそこまでは強くはなかった。周りの期待に応えるべくオーバーワークでのトレーニングを繰り返したため、次走のきさらぎ賞で、彼女の脚は悲鳴をあげてしまう。

 

 対外的には猫を被ることが多く、愛されキャラを演じることが多い。実際に白梅賞の後はその性格と、恵まれた容姿からかなりの人気を集めた。

 かつてはカナメに思うところもあったが、ケガをしてしまった今では純粋に友達として仲良くしている。もっとも、それがいいことかどうかは分からないが・・・。

 

 ちなみに彼女の練習はオーバーワーク時のものを除いても、かなりハードなもの。それは、石川ダービーで一時的に指導する側に回った時にも垣間見える。

 

 

 

■サウスヴィレッジ

 

 カナメ曰く金沢最強のウマ娘。脚質は逃げ、先行。数多くの地方重賞のタイトルに加え交流重賞白山大賞典2着という実績がある。

 

 元々は中央でデビューし2勝を挙げている。中央成績は8戦2勝3着1回。

 金沢に移籍後はメキメキと頭角を現し、先述の白山大賞典まで20戦し16勝2着4回ととんでもない成績を残している。

 

 自分の実力に絶対の自信を持ち、周りにも強く当たりがち。ただ、レースに対する知識自体は豊富で元来の面倒見の良さもあって彼女を慕うウマ娘も多い。ちなみに、実は家庭的で自炊や裁縫もお手の物。よく備品を壊してしまうが、しれっと新しいものを作って置いておくことがあるとか。

 

 小さい頃の夢はお姫様になること。

 

 

■シロヤマルドルフ

 

 金沢のトップウマ娘の一人。かつて、ダービーグランプリという大レースを制した実力者。

 

 金沢のウマ娘やファンのことを誰よりも考え行動している。実際、彼女がいなければ金沢の経営自体が危ぶまれるとも言われている。しかし、ここ最近は運営の事ばかりを考え、走ること自体の楽しさを忘れかけていた。自分が負けるとファンが落ち込むという理由で大レースの出走も見送る程に。

 

 そんな彼女だが、サウスヴィレッジが金沢最強の看板を掲げて白山大賞典に挑戦したこと、そしてカナメが無謀とも言える中央挑戦を行ったことで少しずつ変わっていく。

 

 ちなみに、その外見や雰囲気そして名前から中央のシンボリルドルフをもじり、金沢の皇帝の二つ名が付けられている。

 

 小さい頃の夢はアイドルになること。

 

 

■グリンフォレスト

 

 サウスヴィレッジのライバル。主な実績はJBCクラシック4着、白山大賞典2着等。とある青毛ウマ娘と不思議な縁を感じるとか。

 

 先述のサウスヴィレッジの4敗の内3つで勝利している。残る1敗は移籍初戦で金沢のダートに慣れていなかったことを踏まえると、金沢で互角に戦えるのは彼女だけになる。なお、彼女とサウスヴィレッジの戦った北國王冠は名レースとして語り継がれている。

 

 面倒見がよく後輩に慕われている。後進の育成にも積極的でよくアドバイスをしているが、そのアドバイスは難解であまり評判はよくないらしい。余談だがサウスヴィレッジのアドバイスはぶっきらぼうなものではあるが非常に分かりやすいと評判である。

 

 ちなみに、本編では触れていないがシャインスワンプが彼女を慕っているのは、彼女が重賞を制してライブで踊っているのを見ていたため。今も、シャインスワンプの憧れのウマ娘は彼女にほかならない。

 

 なお、サウスヴィレッジに対してだけは当たりが強いらしい。

 

 

 

■ベアエクジスタンス

 

 若葉Sでカナメに勝利したウマ娘。毛色は鹿毛。脚質は差し。

 

 展開不利の若葉Sでカナメを差し切る程の瞬発力を持ち合わせている。

 カナメは彼女に抜かれた時の勢いを冷たい衝撃と言い表していた。

 

 普段は一つ下の妹と仲がよく、若葉Sにも妹と勝利の約束をして臨んでいた。

 ただ本心では妹の持っている才能が自分と比べるまでもなく優れていることに気づいており、姉としての威厳を保つためにも勝利を求めていた。ただ、妹は姉の事を純粋に慕っているだけではあるが。

 

 彼女の脚は若葉S前から調子が悪く、本人もそれを分かってはいたが無理を押して出走した。

 レース中、カナメは彼女がぐらついたことに気づいていたが、それがまさしく脚の不調からくるものであった。

 

 勝利の代償は大きく、長期休養を余儀なくされることになる。

 

 万全の彼女が見せる末脚を大舞台で見たかったというファンは多く、ケガが非常に惜しまれるウマ娘である。

 

 余談だが、そんな彼女の妹は翌年のクラシック戦線の主役として走ることになる。

 

 



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夏の激闘
22話


話は少し戻って、5月の第2週。この週末、中央ではあるG1レースが行われていた。クラシック級のマイル王を決めるレース、NHKマイルカップだ。

 

「トレーナーさん、エルちゃんが圧倒的な一番人気ですね」

 

 テレビではバ場に入場するエルちゃんがピックアップされていた。

 それにしても、前回走った共同通信杯の時とは打って変わって、見事な晴天だ。あーあ、私も芝で走りたかったなぁ。

 

「なんたって5戦5勝、しかも前走は初芝でも快勝ときている。距離が1ハロン伸びるのも歓迎だろうし、疑う余地はないな」

 

「でも、2番人気の娘も4戦4勝で強そうだなぁー」

 

「確かにそっちの方も前走のスプリント戦では0.8秒差で快勝してる。ただ中山でしか実績がない点が割引だな。とはいえ、ポテンシャルが相当高いのは間違いない」

 

 基本的には、レースの距離が短くなるほどタイム差はつき辛い。スプリント戦での0.8秒差は圧勝と言ってもいい大差だ。なるほど、これは強敵に違いない。

 

「ちなみに、トレーナーさんは誰が勝つと思うんですか?」

 

 ちなみに、私の予想はエルちゃん。他のウマ娘をあまり知らないというのも理由だけど、それでも一度対戦した時に感じた差は相当なものだった。

 

「俺か? そうだな・・・、エルコンドルパサーだろうな。あいつの強さは一緒に走ったお前も分かるだろ?」

 

 どうやらトレーナーさんの考えも私と変わらないようだった。

 

「確かに、共同通信杯の時は手も足もでない完敗でした。実際、あのレースは何度繰り返しでも勝てなかったと思います」

 

 今まで中央で何戦か走ってきたがレースになっていなかったのはあの共同通信杯だけだ。前走の皐月賞も、結果論だがスペシャルウィークを外に回すこと自体は成功しているし、もしかしたらそれが勝敗を分けたのかもしれない。

 けど、共同通信杯は違う。ただ追走してそのままなだれ込んだだけ。もっとも、あの時は直線まで脚を溜めるっていう作戦だったから仕方ない面もあるけど。

 

「そうだな。ただあのレースは少し特殊だった。実際、お前も最終直線くらいしかレースに参加していないと言ってもいいからな。まぁ、今のお前ならもう少し善戦できるさ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 確かに私も、あの時に比べて成長しているはずだしもうちょっとは戦えるようになっているはず。ただ、トレーナーさんに面と言われると、少し喜んでしまうのは悔しいところだ。

 

「それにしてもお前の世代は飛び抜けた才能を持った奴が多いな。エルコンドルパサーにスペシャルウィーク、それにグラスワンダー」

 

「グラスワンダー? ジュニアのチャンピオンですよね」

 

 その名前は、去年散々聞いたから覚えている。中央のことをあまり知らない私も知っているくらいだから相当有名に違いない。何でも噂ではジュニアの身でありながら、年度代表ウマ娘の候補にもあがったとか。

 

「あぁそうだ。今は怪我をしているらしいが、実力は疑うまでもない。少なくとも今回のNHKマイルに出走していれば一番人気は間違いなくグラスワンダーだったはずだ」

 

「そこまでですか?」

 

「一度、去年の朝日杯の映像をじっくり見てみろ。否が応でもその凄さが分かるはずだ」

 

 トレーナーさんはよくウマ娘を褒めるが、ここまでのはあまり聞いたことがない。グラスワンダー以外だと、あのスペシャルウィークくらいだろうか。つまり、グラスワンダーはスペシャルウィークと同じくらいの能力はあるということだ。まぁ、私が知っているくらいだから当然なのかもしれないけれど。

 

「ちなみに、この前の皐月賞を勝ったウマ娘はどうなんですか?」

 

「セイウンスカイか? 個人的には好みのタイプだが、さっきの3人に比べると身体能力という点では1枚落ちるな」

 

 なるほど。ウマ娘にとって一番大事なものはその身体能力だ。そもそも脚が遅ければ、いかにスタミナがあっても追走できないし、レースに勝つことはできない。それにスピードは先天的なものだけれど、スタミナはある程度は鍛えることもできる。

 トレーナー目線だと、そこに目が行くのは仕方ないことかもしれない。ウマ娘にとっては残酷なことだけどね・・・。

 

「でも逆に言えば身体能力が低くてもレースでは勝てるってことですよね」

 

「・・・言っておくが、身体能力が低いといってもその3人と比べればだからな。お前はセイウンスカイよりも下だ。レースセンスは言うまでもない」

 

「そんなはっきりと言わないでくださいよ。凹んじゃうじゃないですか」

 

 まぁ、流石の私でも気づいてはいたことではあるけど。ただ、今更そこに文句を言っても仕方ないのも分かっている。結局、貰ったもので勝負するしかないんだし。

 

「その返しができているうちは大丈夫だ。なーに、それでも勝つ手段はあるさ。何度も言うが、シャインだってあのスペシャルウィークに勝ったんだからな。心配しなくとも、能力的にはシャインよりお前の方が上だ」

 

「喜んでいいんですかね・・・? なんだか、シャインちゃんに失礼な気がするんですけど」

 

 褒められるのは悪い気はしない。シャインちゃんの前では絶対に言わないで欲しいけれど。

 

「別にあいつは何も思わないだろうがな。シャインはそこら辺の割り切りができるタイプだ」

 

「うーん、でもそれってどうなんですかね?」

 

「どういう意味だ?」

 

「だって、自分の実力が分かっちゃったら努力なんてする気が起きないじゃないですか。どうやっても勝てない相手も分かるでしょうし。私は逆に自分の実力なんて知らない方がいいと思いますけど」

 

 レースに向かって頑張れるのは勝てるかもしれないという希望があるからだ。それがないと分かったとき、果たして私は努力することができるだろうか?

 

「まぁ普通の奴ならそうだろうな。だけど、あいつはそこで妥協はできない性質だったのさ。だからこそ常に自分の有利なレース展開にもっていこうと努力する。お前には足りない部分だ」

 

 はぁー、どうもトレーナーさんはシャインちゃんを過大評価しているきらいがある。もちろん、シャインちゃんは努力家でスゴイ娘だとは思う。けれど、シャインちゃんの本質はそんなに強く美しいものではないと思う。まぁ、私が言うのもおかしい話ではあると思うけどね。

 

「・・・なるほど」

 

「ただ最近のお前はよく頑張ってるよ。皐月賞も結果はともかく内容は悪くなかった、トレーナーしては純粋に褒めてやってもいいくらいだ。残酷かもしれないが単純な実力差がそのまま勝負の結果になっただけさ」

 

「それって、逆に辛いですね。展開不利で負けたとかなら言い訳が効くんですけど」

 

 実力で負けているって、一番どうしようもないやつだしね。

 別に分かりきっていたことではあるけど。もちろん、皐月賞も負けるつもりで走った訳じゃない。逃げ争いで前半のペースが上がって、中盤ペースが落ち着いたところで捲り切って、逃げた娘が垂れて後続の進路がなくなって、内のきれいなバ場をとる、幾つものたらればが積み重なれば私にも勝目はあったはずだ。もっとも、それくらいの幸運が無ければ勝ち目はなかったのは事実だとは思う。けれど、それはレースが終わった今だから考えられることではあるとは思う。結局、レース前やレース中は勝つビジョンしか見ていないからね。

 

「そういう言い訳を考えているうちは結局そこまでなんだよ。なんども引き合いに出すがシャインはそうじゃなかっただろ? 確かにお前に勝ったこともあるが、逆に圧倒的に展開有利な場面でお前に差されたこともある。その時、あいつはお前のことを理不尽な奴だと思っていたに違いない」

 

「え、なんか照れますね」

 

「別に褒めてるわけじゃないけどな。とにかく、お前ももう少し頭を使うことを覚えないといけないってことだ。能力で劣っているんだ、せめてそれくらいしないと勝てる筈もない」

 

「頭の痛い話です・・・」

 

「まぁ、前にも言ったがお前に足りないのは経験だけだ。白梅賞の時に比べて前走の捲りの判断は、格段に成長していた。案外、お前の勝負勘自体は悪い物じゃないと思うぞ?」

 

「ははは、まぁ成長していなかったらそれはそれで問題だと思いますけどね」

 

「そうだな。ところで次の石川ダービーだが、正直今のお前なら負けることは考えられない」

 

「そうですね。過信しているわけじゃありませんけど、私もそう思います」

 

 正直、今の私が金沢の同世代のウマ娘に負けることはないと思う。それこそ、シャインちゃんがいればもしかしての可能性もあっただろうけどね。

 

「あくまで本番はJDDだ。流せとは言わないが、ある程度次走のことも考えた走りをしないとな」

 

「具体的にはどうすればいいですか?」

 

「そうだな、普段できないことを試してみてもいい。例えば、大外からじゃなく内側を突いて上がっていくとかな。もちろん、金沢の内は砂が深いし、利口な策とはいえん。が、芝を走るときや大井で走るなら内を突く場面も必ずある。その予行だとおもってやってみろ。大丈夫、今のお前ならその程度のロスがあっても、金沢の面子相手なら勝ち切れるはずだ」

 

 確かに、金沢では基本的に内は開けて走るのが当たり前だ。逆に言えば、そこは絶対に詰まる心配はない可能性はない。どうせいつかは必要になるんだし、練習するのも悪くないかな?

 

「そうですね、石川ダービーでは意識してやってみます。もちろん、最後の直線は外目に進路を取りますけど」

 

「あぁそれでいい。とにかく、今のお前はレースで使える引き出しを増やすことが大事だからな」

 

「はい!」

 

 そうして私は石川ダービーに向けての決意を改めたのであった。

 

 

 ・・・ちなみに、テレビの向こうのレースはエルちゃんの圧勝で終わっていた。

 



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23話

「よし、よくやったな。まぁ今のお前なら、ここで負けるわけがないとは思っていたが」

 

「はい。とりあえずこれで、JDDに出走はできますね」

 

 あくまで私の目標は次走のJDD。紛うことなきG1レースだ。

 JDDは実質的にクラシック期ウマ娘のダート日本一決定戦だ。もちろん、中央からも選りすぐりの精鋭がやってくる。

 とはいえ、ダート戦は地方と中央ではまるで求められる能力が違う。中央はスピード、地方はパワーといった感じだ。

 まぁ、私はどっちも中途半端なんだけどね。

 

「大井の2000mはお前にとっても悪くない舞台だ。できれば一雨欲しい所ではあるがな」

 

「作戦はどうしましょうか。捲っていきますか?」

 

 大井の外回り2000mは地方のレース場では直線が一番長い。流石にそれくらいは私でも知っている。中央はともかく地方に関しては私もそれなりに知っている自負があるからね。

 とはいえ、以前走った東京程は長くはない。それに私の能力的にも捲っていくのが一番だと思う。

 

 けど、トレーナーさんはそんな私に呆れたような顔を向ける。

 なんか、小ばかにされてるみたいでちょっとムカつく・・・。

 

 

「まぁまぁ落ち着け。お前にとっては勝って当たり前のレースではあるかもしれないがこのレースは石川ダービー、金沢でも有数のビッグレースなんだ。メディア関係者だって控えているし、お前を祝福したい人たちだっている。先ずは顔を出してこい」

 

 ・・・確かにトレーナーさんの言うことは正しい。正直、今回のレースはただのステップレースとしか考えていなかったから。

 でも純粋な金沢のファンの人にとってこのレースはステップでもなんでもない、メインイベントなんだ。そう考えれば、確かに私の態度は褒められたものではないと思う。

 

 そうして、トレーナーさんに押し出されて今回設けられて記者会見の場に向かう私に一人のウマ娘が話しかけてくる。

 なんてことはない、それは今回出走の叶わなかった私の友達だった。

 

「カナメちゃん、おめでとう! 圧勝だったね。いやー金沢でカナメちゃんに勝てる娘ってもういないんじゃない?」

 

「ははは、今日はシャインちゃんが出走していなかったからだよ。それにサウスヴィレッジさんやシロヤマさんもいるからなぁー、私なんてまだまだだよ」

 

 これはお世辞でもなんでもない。実際、シャインちゃんが万全で出走していたらこんなに簡単には勝てなかったかもしれないから。

 それでも友達が褒めてくれるのは気分がいい。まぁ、サウスヴィレッジさんやシロヤマさんは地方全体でみても上位の実力者だから、今の私では敵わないのは分かっているけどね。

 ただその二人でも、南関東の哲学者や水沢の英雄なんかには厳しい戦いを強いられるんだよね。

 

「ふーん、なるほどね。結局、あの娘の想いは届かずか・・・

 

「ん? ごめんシャインちゃん最後の方、聞こえなかった」

 

「あぁ、気にしないで。それよりも記者の人たちも待ってるから行って行って!」

 

 

 薄く笑顔を浮かべたシャインちゃんは、私の後ろに回って背中を押し出す。

 私はなすすべもなく会見場まで押し出されてしまったのだった。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「カナメさん、おめでとうございます!」

 

「あ、ありがとうございまひゅ」

 

 相変わらず、記者会見って緊張しちゃうなぁ。

 少し噛んじゃったし。

 

「まさに圧勝でしたね、今のお気持ちは?」

 

「えと、トレーナーさんと事前に打ち合わせたようなレースができたと思います」

 

 これはポイント高い筈。前回の時はトレーナーさんのことすっかり忘れちゃってたからなぁ。少しはトレーナーさんも立ててあげないとね。

 

「次走はまた中央に挑戦するんでしょうか?」

 

「つ、次はJDDに出走する予定でしゅ」

 

「おぉ! 大井の2000mを走るのは初めてだと思いますが、なにか秘策はありますか?」

 

「そ、そうですね。トレーナーさんと一緒に考えたいと思います」

 

「未だ金沢のウマ娘がJDDに勝利したことはありませんが、かつてシロヤマさんがダービーグランプリを制したように、カナメさんにも期待しているファンも多いと思います。ファンの人たちに一言お願いします」

 

「次走も頑張って、ファンの人たちの期待に応えられよう走ります! 応援よろしくお願いします!」

 

 か、完璧だ! 嚙まずに言えた。きっとお茶の間に流れるのは最後の部分だけだから、今回はからかわれずにすむはずだ。

 

 

 なお、残念ながらノーカットで全編が公開されたことで、今回のインタビューも周りに相当いじられることになりました。

 

 

 

 



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24話

「カナメ、今週の日本ダービーは見に行かなくていいのか?」

 

 5月最終週、天気は晴れ。

 この日は、全てのウマ娘の憧れの舞台である日本ダービーが開催される。

 当然、私も一ウマ娘として憧れていることには変わりない。

 ただ、今の私にはそれよりももっと大事なことがあった。

 

「はい、今の私が見る必要はありませんから。それに府中の2400mは私が秋に走るまでにとっておきたいんです」

 

 言うまでもない、その条件で行われる大レースは一つだけ。今の私にははっきり言って荷が重いのは否めないが、それは現時点での話。とにかく、そこで走るためにも次走の好走は欠かせない。

 

「そうか・・・。まぁ、お前がいうならそれでいい。ところで次走のJDDまでは1か月以上間が空くが、その間にレースを挟んで置くか?」

 

「いいえ、正直金沢の他のウマ娘と走っても余り意味は無いと思いますから。それよりもトレーニングに集中したいです」

 

 前走の石川ダービーではっきりと分かった。今の私にとって金沢のウマ娘は、はっきり言って敵ではない。レースに出てもレベルの違いから得られるものは多くないのは明らかだ。

 

「そうか、確かにその通りだ」

 

 ふぅ、どうやらトレーナーさんも理解してくれたようだ。トレーナーさんはどちらかというと、レースで体を作らせるタイプだから受け入れてくれるかどうかは怪しかったけど。

 

 それじゃあ早速、今日の練習メニューを聞こう。そう口を開こうとしたとき、バンっと大きな音が部屋に響き渡る。

 

 

「おいおいおい、金沢の他のウマ娘と走っても意味がないだと? 随分、生意気なこと言うようになったな」

 

 その音の元凶はサウスヴィレッジさんが部屋のドアを力強く開閉した音だった。この前のことから、何となくサウスヴィレッジさんと会うのが気まずいんだよね。

 

「サウス!? お前なぁ、もう少し静かに入ってこいよ」

 

 トレーナーさんは慣れているのか、呆れたようにサウスヴィレッジさんに声を掛ける。前から思っていたけど、この2人ってどういう関係なんだろう?

 

「おっと、そいつは悪かった。ところで話を戻すが、えらく自信家になったじゃないか」

 

 が、サウスヴィレッジさんは何も気にしていない様子で私に指を突き付けて言い放つ。

 

「えと、あの、さっき言ってた金沢の他のウマ娘っていうのは同期の娘たちのことでサウスヴィレッジさんやシロヤマさんのことじゃないっていうか・・・」

 

「はぁ、シロヤマ? なんで、その名前が出てくるんだ」

 

 あれ藪蛇だったかな? まずい、とりあえず何か言わないと。

 

「でも、前走のスプリングカップはシロヤマさんが勝ったじゃないですか?」

 

「・・・まぁ、それに関しては言い訳はしねぇよ。仮にも一度は地方最強の名誉を手にしたウマ娘だ、やっぱり強かったさ」

 

 ほっ、とりあえず納得してくれたみたいだ。それにスプリングカップは見ている私も手に汗を握る激戦だった、ただシロヤマさんの勝ちはその中でも揺るぎないものだったようにも思えたけど。

 

「が、勝負は時の運。次の白山大賞典では私が勝つ! 本番で勝てばファンも関係者も前走の負けのことなんてすっかり忘れちまうからな」

 

 この切り替えの早さがサウスヴィレッジさんの凄いところだと思う。というより、割り切りができているのかな?

 いずれにしても、それも一つの才能ではあると思う。

 

「で、サウス。結局、用件はなんだ? 言っておくがこいつとレースさせろなんてあほなことは言うなよ?」

 

「そんなの当たり前だ、今のこいつが私に勝てる訳ないだろ?」

 

 逆に当然といった様子で口をひらくサウスヴィレッジさん。

 正直、あまり気分のいいものではない。が、ここは抑える。今の私ではサウスヴィレッジさんに通用しないというのは紛れもない事実だから。

 

「じゃあ、何しに来たんだよ?」

 

「いや、シロヤマに呼び出されて廊下を歩いていたら、面白そうな会話が聞こえたんでとりあえず首を突っ込んでみただけだ」

 

 シロヤマさんに呼び出されるってことは、また何かやったんだろうなぁ。サウスヴィレッジさんは備品壊しの常連らしいし。

 

「だったら早くシロヤマの所に行って来い」

 

「おぉ、それじゃ邪魔して悪かったな。それと、カナメ」

 

「はひ?」

 

 急に話しかけられたから焦って声が裏返っちゃった。

 

「なに素っ頓狂な声出してんだよ。まぁいい次のJDD頑張れよ、私もそれなりに期待しているからな」

 

「え」

 

「なんだ? 私が応援しちゃおかしいか?」

 

 別におかしくはないけれど、前回顔を合わせた時もほとんど話してくれなかったし、てっきり嫌われているのかと。

 

「いえ、そんなことは。 じゃあ私からもサウスヴィレッジさんに一ついいですか?」

 

 ただ、せっかくエールを貰ったんだ。一つ、私からもサウスヴィレッジさんに一言言っておかないとね。

 

「なんだ?」

 

「秋が楽しみですね」

 

 これはさっきの意趣返し。舐められっぱなしは嫌だからね。

 

「ハハ、あぁ全くだ」

 

 何故か機嫌を良くした様子のサウスヴィレッジさん。

 ちなみに、シロヤマさんにはかなり怒られたらしい、一体何をしたんだろう?

 

 



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25話

 それは突然の閃きだった。いや、天啓と言ってもいいかもしれない。

 

「トレーナーさん、私考えたんですけど、レースにおいて差し追い込みのメリットってあるんですかね?」

 

「なんだ、急に」

 

 トレーナーさんは相変わらず、なんだこいつみたいな顔で私を見てくる。いやいや、今回はちゃんと考えがあるんだよ。

 

「たまたまヒトの陸上競技をみていたんですけど、最後方からの追い込みなんて戦法をとる選手なんていなかったので。基本的には先頭集団の人たちがそのままゴールするって形でしたし」

 

 ヒトの陸上競技の方が競技人口も多いのは間違いない、基本的に競技人口が多い=競技レベルが高いと言うことだろうし。それで採用されていないということはそういうことじゃないだろうか?

 

「確かに目の付け所は悪くない。というか実際にレースにおいては逃げ先行が圧倒的に有利だ。それはどのコースでも基本的に変わらない」

 

「じゃあ、後方脚質のメリットは無いんですか?」

 

 その話だけ聞けば、全く利点は無さそうだけど。

 

「そうだな。強いて言えば、後ろからレースをすれば周りの妨害なんかは少なくなる。ポジション争いが無いからな。それとレースを俯瞰で見ることができる。この2つくらいだろうな。後は空気抵抗が少ないっていうのはある」

 

「なるほど。後はペースが早ければ有利になるくらいですね」

 

「それもあるが、基本的にペースっていうのは先行集団が作るものだからな、それをレースプランに組み込むのはリスクが高い。もちろん、場合によっては決めうちで走る必要もあるがな。それこそ皐月賞の時みたいにな」

 

 実際、番狂わせっていうのは得てして逃げや追い込みといった極端な脚質から生まれやすい。そういった極端な脚質の方が嵌まった時には大きなリターンがあるからね。最も、嵌まる場面というのがほとんどないんだけど。

 

「だったら私も前の位置をとるようにした方がいいですか?」

 

「お前が?」

 

「はい」

 

 信じられないと言った表情を浮かべるトレーナーさん。まぁ、なんとなく理由はわかるけど。ちょっと失礼じゃない?

 

「それができれば苦労しないが。ただお前、スタート悪い上に二の足も遅いからなあ」

 

「うぐっ、それを言われると厳しいですけど。例えば、そこからでも強引に脚を使ってポジションを取るとか」

 

「外枠ならできなくもないが、内枠だとまず無理だな。あっという間に被されて終わりだ」

 

 確かにそれはその通り。前にウマが並んでしまえば、それより前には出れないからね。ただ、私には考えがあった。

 

「そこはまぁ、強引に体をぶつけるなりなんなりで」

 

 実際、海外のレースだど激しいポジション争いはつきものだと聞いたことがある。私も別にそれはやぶさかではないんだけど。

 

「お前、意外とでもないが脳筋だよな」

 

「な、、」

 

 失礼な。普通、年ごろのウマ娘にそういうこと言わないと思うんだけど。ただ、あながち否定できないのも辛いところだけど。

 

「とにかく言いたいことは分かった。が、結論から言うとおすすめはしないな」

 

「それはスタートが悪いからですか?」

 

 正直、これが私の一番の弱点だということは分かっている。もちろん、脚が遅いとかそういう能力の話は置いておいてだけど。

 

「まあ、簡単に言えばそうだな。少なくとも今のお前には後ろからの方が合っているのは間違いない。が、いずれは試してみるのもいいかもな。ウマ娘のなかにはスタートが改善した例も少なくはないことだし」

 

「一朝一夕で、身につけるのは難しいってことですね」

 

 まぁ、所詮はただの思いつき。私も、次のレースで前目のポジションにつけるとか、そういう考えを持っていたわけではない。

 

「それは別に脚質に限らずだがな。たださっきの体をぶつけるって発想は悪くない。もちろんやりすぎはだめだが、時にはそういう強引な走りも必要になるのは間違いないからな」

 

「それは私も分かります。大外を捲るだけならともかく、内を突こうと思えば狭い進路に飛び込むことも必要ですからね」

 

「あぁそうだ。お前は体幹がしっかりしているから、多少強引に行くくらいなら問題ない。何度も言うがやりすぎない限りでな」

 

 やりすぎてしまえば、降着やケガのリスクもあるので当然だ。ただ、それでもやるなとは言わないのがトレーナーさんの良いところだと個人的には思うんだけど。

 

「さて、雑談はこの辺でいいだろう?」

 

「ははは、やっぱり分かっていました?」

 

 おっと、トレーナーさんには私の薄い考えは見透かされちゃったみたいだ。大体、私からこういう話を振ること自体がおかしいと言えばおかしいのかもしれないけど。

 

「まぁな。さぁ、去年の川崎とは違うところを見せて見せてこい! このメンバーならお前にも勝機は十分ある」

 

 去年の川崎は、まさに言葉通りの大惨敗。もっとも、そのおかげで中央挑戦を決めたんだから、悪い経験ではなかったのかもしれないけどね。

 あの時とは違って、今の私ならもう少し勝負になるはず。それに今回のコースは私にも合っている。それに対戦相手もうん、それについてはトレーナーさんに聞こうかな。

 

「このメンバーならって言うのは余計じゃないですか?」

 

「お、いつもの調子が出てきたな」

 

 欲しい答えはもらえなかったけれど、その答えも悪くはない。さぁ、準備は整った。

 

「お陰様で。じゃあ行ってきますね」

 

 今日の舞台は大井D2000m。待ちに待ったjpn1ジャパンダートダービーだ。



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26話

『さぁ、やってきましたjpn1ジャパンダートダービー。クラシッククラス最強のダートウマ娘を決める一大決戦、地方、中央から16人のウマ娘が集まりました』

 

 東京ダービーの上位3人が出走を回避、ジュニアのチャンピオンは姉と同じく芝のスプリント路線に進んでしまったこともあり、今年のジャパンダートダービーは、はっきり言ってメンバーレベルが低い。

 が、1人だけ纏う雰囲気が違うウマ娘がいる。ユニコーンS、名古屋優駿を連勝してきたこのウマ娘は間違いなく今回の大本命だ。

 カナメも今回は人気を集めているが、果たしてどうなることか。

 

『各ウマ娘、返しウマでゲートに向かいます』

 

「で、お前らはどう思う?」

 

「まぁ、なるようになるだけだろ。それよりも、あいつ4番人気になってるぞ」

 

「彼女は芝のリステッド競争で2着。この実績だけ見れば一番人気のウマ娘よりも上だからね。ファンの中には、そういうところに着目している人たちもいるんだろう」

 

 今回一緒についてきたのはお馴染みのサウスと、どういう風の吹き回しかシロヤマだ。まぁ、場所は違えどシロヤマもかつてはクラシック期の地方No.1ウマ娘になったわけだしな、思うところもあるんだろう。 

 あとはシャインのやつも一緒には来たんだが、とある理由でグリンと2人で違う場所で観戦中だ。

 

「シロヤマの言う通りだろうな。それにあいつは一応、ダートで行われた共同通信杯でも4着。前走の石川ダービーを見てもこのメンバーじゃ上位と捉えられてもおかしく無い」

 

 実際に共同通信杯の上がり3Fは大したものだった。いくら湿ったバ場で最高方からと言っても、あのタイムを出せるウマ娘はそうはいないはずだ。レース自体は完敗だったがな。

 

「なるほどな。確かにこのメンバーならそうなってもおかしくはないか。まぁ、1人だけ別格っぽいやつもいるが。どう思うシロヤマさんよぉ」

 

「一番人気のあのウマ娘は、はっきり言ってこのメンバーの中では実力は抜きん出ているだろうね。正直なところ私と比べてもそうかもしれない。ただ、レースっていうのはやってみるまで分からない部分もある」

 

 どうやら、この2人も気づいたみたいだな。仮にも金沢ではトップクラスのウマ娘、流石に力量は見誤らないか。

 

「そりゃそうだ。で、今回はあいつにどんな指示をしてやったんだ?」

 

 今回あいつに与えた指示は一つ。まぁ、いつも通り特段大したことは言ってない。

 

「別にいつもと変わらん。行けそうな時に行け、これだけだ。下手に指示を出してもカナメは考えすぎちまうからな。それに皐月賞の時のあいつの仕掛けのタイミングは悪くなかった。だったら、その本能に任せて見ようと思ってな」

 

 そういう意味では、俺がここまで出張る意味も本当はないのかもしれないな。まったく、トレーナーの仕事をさせてくれないウマ娘だ。

 

「ということは今回も後ろからのレースにはなるわけだね」

 

「そこは俺もカナメも大前提だ」

 

 ついさっき本人とも話したが、そもそもあいつは前に行けない。本音としては、あいつの先行策も悪くはないとはおもっているんだが‥。どちらにせよ、それができるのはもう少し先の話しだな。

 

「あいつスタート下手だしな」

 

「まぁな。だけどあいつはスタートが下手な代わりにいいところもある。本人には言ってはいないが」

 

「いいところ?」

 

「あぁ。あいつはキックバックを気にしないんだ。だからバ群の後ろで中でもすんなりとつけることができる」

 

 キックバック、簡単に言えば前のウマ娘が走ることで後ろに飛び散る砂のことだ。芝と違いダートでは大きな影響を与える。目に入れば当然、視界は塞がれるし、何より砂そのものが体に当たるのは単純に痛いらしい。考えてみれば当たり前だが。

 

「それはダート戦においては大きな利点だね。キックバックを極端に嫌がってダート戦だと力を出せない娘もいるくらいだし。基本的にジュニアやクラシック期のウマ娘はそういう傾向が大きいものだが」

 

 レースに慣れていないウマ娘はキックバックを嫌がることが多い。そのため、逃げや追い込みといった極端な戦法をとるウマ娘もいれば、外枠でしか好走できないといったウマ娘もいる。

 

「私は普段から、前でレースするからあまり気にしたことはないな。逃げない場合でも真後ろではなく外目につければいいだけだ」

 

 サウスは確かに金沢では常に前目のポジションをとっている。もちろん、それがレースに勝つためには一番の方法なのだから当たり前だ。だが、こういうタイプのウマ娘ほどバ群に揉まれた時に好走できなくなるものだ。わざわざ、口には出さないが。

 

「金沢ならそれでいい。実際に内ラチ沿いは砂が深いしな。ただ、大井は違う。ここで走るなら内ラチ沿いのポジションは押さえておきたい。さっき大した指示はしていないといったが、仕掛け所までは内ラチ沿いを走れとは指示をしている」

 

 人によっては大井のレースは内ラチを取るゲームだと言うくらいだしな。流石にそれは言い過ぎにしても、内ラチをとった方が有利なのは間違いない。

 

「だがそれだと、彼女が得意な捲りが難しくなるんじゃないかい?」

 

 シロヤマが、どうなんだとばかりに質問を投げかけてくる。確かに普通に考えればバ群の内側から位置を上げるのは難しい。前にも横にも壁ができるからだ。

 

「おそらく、それは問題ない。はっきりいってこのメンバーなら道中のペースにもついていけないやつも多いはずだ。実際のところバ群に囲まられるようなことにはならない」

 

「なるほど」

 

 どうやら納得したようだ。

 もっとも、こいつの場合は、初めからこの答えは予想していたような気がするが。

 シロヤマ自体、ある程度後ろからもレースをするウマ娘だからな。そこら辺はなんとなく分かるだろう。

 

「まぁ、このメンバーならそうなるかもな。ただ一番人気のあいつも後ろからの脚質だろう。逆にペースが落ち着いて一団になることはないか?」

 

 サウスの疑問はもっともだ。ただ、そのペースでもついていけないウマ娘は多いはずだ。それほどまでに、実力差は大きい。

 

「ペースが落ち着くにしてもバ群は縦長になるはずだ。ごちゃつく場合は前にでるしかないがな。ペースが遅くなるなら捲りも決まりやすくなるだろうし、そこは歓迎だ。まぁ問題は、カナメが前のウマ娘を掃除した後で、後ろから一番人気に差される可能性の方だな。こればっかりは考えても仕方ないが」

 

「ただ、予想される展開ではあるね。おそらく彼女もレース展開は想定済みだろう」

 

 カナメはここまで捲りを見せすぎたかもしれない。捲りっていうのはある種奇策みたいか面もあるからな。

 

「結局のところは出たとこ勝負ってわけか」

 

 珍しくサウスが良いことを言ったな。カッコつけて言えば既に賽は投げられたってやつだ。レースの展開は始まってみるまで分からない、結局のところ運っていうのもある程度は必要なのは間違いない。

 

 さぁ、そろそろ時間だ。

 あいつの実力と運を改めて見させてもらうとしよう。

 

 

『さぁ、いよいよファンファーレです』

 

 jpn1ジャパンダートダービーが始まる。

 

 

 ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「グリンさん、どうしてみんなとレースを見なかったんです。サウスさんと仲が悪いからですか?」

 

「シャインちゃん、意外とはっきり言うわね。まぁ、それもあるんだけど、どっちかと言うとシロヤマさんの方ね」

 

「あー、シロヤマさん。シロヤマさんの前だと緊張しちゃいますもんね」

 

「そっかぁ、シャインちゃんたちは知らないのね。今のシロヤマさんはそうだけど、昔のシロヤマさんって凄い怖かったのよ? 殺されるって思うくらいにはね」

 

「え、そうなんですか?」

 

「シロヤマさんも丸くなったから。それでも、未だに苦手意識があるのよね」

 

「なんだか意外です」

 

「それ以外にも理由はあるんだけど。でもシャインちゃんと2人で見る方が楽しいのは間違いないしね」

 

 



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27話

 

 大井の2000mはスタートから最初のコーナーまでの直線が500mもある。だから枠順の有利不利も少なくて力通りの決着になることが多い。

 過信しているわけじゃないけれど、このメンバーなら私の実力は決して低くはない。十分に勝ちを意識できるはず。

 

 

『さぁ、各ウマ娘スタートしました。おっと、これはバラバラなスタート。金沢から参戦のカナメは少し後ろからのレースになりました』

 

 結局、今回もいつも通り出遅れてしまった。

 でも、逆に言えば揉まれずにレースを進められるということでもあるわけで。

 

『さぁ、どのウマ娘が先手を主張していくのか』

 

 だから、出遅れは大きな問題じゃない。

 今、一番大事なことはラチ沿いのポジションをとることだけど。

 

『押し出されるように1枠1番、地元のラフモデレイションが逃げる形。徐々にバ群が縦長になっていきます』

 

 よし、トレーナーさんの指示通りに、ラチ沿いは確保できた。

 長い直線のお掛けで7.8番手くらいにはつけられてもいる。

 悪くない展開だ。

 

 今回のレースは16人のウマ娘が走っている。でも実際のところ、勝負に参加してると言えるのは10人もいないはず。残りは追走で精一杯で、勝ち負けには加われないだろうし。

 

『縦長の展開で1コーナーから2コーナーへ。落ち着いたスローペースでレースが進んでいきます』

 

 明らかに緩い流れでレースが進んでいっている。このペースなら間違いなく最後の決めて勝負になるはず。

 トレーナーさん曰く、大井のコースは3~4コーナーで極端にペースが落ちることが多いらしい。だから、ギアチェンジとコーナリングが上手いウマ娘が有利になるコースだ。つまり、私には不利。

 でも、それが活きないレース展開にさせればいいだけ。そう、要はいつもの捲りだ。もがき合いなら、私にも分があるはず。

 

 さぁ、あとはどこで仕掛けるか、それだけだね!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「メテオ、お前は相変わらずエンジンの掛かりが遅いな」

 

 教えてもらったのは自分の弱点。私は不器用だ、だからレースでも追込か捲る形でしか走れない。

 

「お前、名前は? …メテオか。いい名前だな。よし、次のレースを勝ったらいいものをやろう」

 

 プレゼントでもらったのは、お世辞にもセンスがいいとは言えない星の形の大きな髪飾り。今では私の宝物。

 

「キレる脚がない? 心配するな、そもそもダートで重要なのはパワーとスピードの持続力だ。まぁ、瞬発力もあった方がいいのは間違いないがな!」

 

 気づかせてもらったのは自分の強み。ちなみに、私は最初芝を走りたかったんだけど、気づいたらダートに登録させられていた。

 

「次のレース? そうだな、道中は溜めて溜めて溜めるんだ。極限まで弓を絞るようにな。ただ、直線まで我慢したなら遅すぎる。分かるだろ? 仕掛けどころはお前に任せる。そうすればこのレースの勝者はお前だ」

 

 期待してもらっているのは自分の勝利。だったら、勝って見せつけよう、あなたの愛バの晴れ姿を。

 

 

 さぁ、回想は終わり。レースは、うん概ね事前の予想通りの展開。怖かったのは同じ中央の娘のハイペース逃げだったけど、結局は誰も逃げたくなかったみたいだ。

 勝負に参加してるウマ娘自体のバ群はかなり短く密集している。こうなれば、決めての差で前のグループのウマ娘に後れをとることはない。むしろ注意を向けるべきなのは。

 

『縦長の展開で1コーナーから2コーナーへ。落ち着いたスローペースでレースが進んでいきます』

 

 このペース、仕掛けどころが重要になってくる。私から仕掛けてもいいんだけど…、いやここは我慢だ弓を絞るんだ。

 今回のレース、後ろからのウマ娘で警戒するのはカナメ、あの地方の娘だ。彼女は確実に捲りを打ってくるはず。ちょうどいい具合に、私のポジションは彼女の後ろ。だったら、私はそれに乗せてもらおう。

 

 放たれた矢は勝利の星に向かって飛んでくだけだ。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「今年のメンバーは低調だな」

 

「いやいやそんなことないって、1番人気のメテオディレクターちゃんだっけ? あの娘なんて強いウマ娘だと思うよ。それに他にも」

 

「それは認めるが、それ以外のメンバーはどうだ。私たちと戦えるレベルのウマ娘はいると思うか?」

 

「うーん、あの金沢の娘なんか個人的には好きだけどねぇ」

 

「なるほど。英雄様に気に入られるということはそれなりに力のあるウマ娘であるのは間違いないか」

 

「いやー、ほとんどフィーリングだけどね。ちなみに南関東の哲学者様はどう思うの?」

 

「私か? そうだな、メテオディレクターの力は認めている。ただ、それ以外のウマ娘には正直、目を引かれることはないな」

 

「だったら、あの金沢の娘が勝ったら私の方が見る目があったってことだね。まぁ、なんて言っても私ってば英雄様だしね」

 

「フッ、それでその英雄様はいつになったら地元の魔王の討伐をしてくれるんだい?」

 

「ちょっとー、変なこと言わないでよ。それとも何、ケンカでも打ってるの?」

 

「そういうセリフは私に一回でも勝ってから言うんだね。川崎記念も帝王賞も私の完勝だろう?」

 

「マ、マイルなら私が勝つし。秋の南部杯、絶対に参加してよ。私の力を見せつけてあげるから」

 

「そうだな。まぁ、前向きに善処するよ」

 

「絶対に、絶対だからね」

 

 

 

 

 



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28話

 今だ! ここで仕掛ける。

 第3コーナーを迎えたタイミングで私は決意した。

 

『さぁ勝負は第3コーナー、先頭はラフモデレイションが変わらず引っ張っている。スローペースのこの展開、逃げ切ることはできるのか』

 

 以前からのトレーニングで、ある程度のペース感覚を身に付けられて良かった。スローなのは私にとっても悪くはない展開だけど、流石にここまでペースが落ちるのはまずい。当たり前だ、余力の残った状態で全力を出して走れば、有利なのは前にいる方。

 

 だから、それをさせてはいけない。ここで潰しにいく!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 このレース、誰が私の勝ちを期待していただろうか?

 いや違う。期待してる人はいたかもしれないけど勝てると思っていた人はいただろうか?

 まぁ、いないだろう。当然だ、私の実績に誇れることはない。強いて言えば、薄いメンバーの地元OP戦を一度勝っただけ。東京ダービーには出走すらしていない。

 

 きっと、周りの人たちは私が勝負服着たさにこのレースに出走したんだと思っている。実際、ウマ娘のほとんどは勝負服を着る機会はない。当然だ、最高峰のレースでしかそのチャンスはないんだから。だから、周りの人たちがそう思っても不思議じゃない。

 

 でも、1人、ただ1人だけ私がこのレースを勝てると思っている者がいる。

 トレーナー? いや、違う。

 友人?    いや、違う。

 家族?    いや、違う。

 私がこのレースを勝てると本気で信じているのは、他の誰でもない私自身だ。

 

 過信でもなんでもない、私は私の力を信じている。

 そして1枠1番、この番号が出たとき私は自分の戦い方をきめた。

 奇をてらう必要はない。基本に忠実に、最も勝率の高い戦い方を選ぶ。 

 

『押し出されるように1枠1番、地元のラフモデレイションが逃げる形。徐々にバ群が縦長になっていきます』

 

 そしてこの瞬間、私の方程式は完成した。

 押し出されるように? 違う、内枠の私が外枠の娘の先駆けを許さなかっただけ。

 

 有力のウマ娘が後方脚質に多くいることは分かっていた。だったら精々後ろで牽制しあってもらおう。

 

『縦長の展開で1コーナーから2コーナーへ。落ち着いたスローペースでレースが進んでいきます』

 

 作戦通り、誰も私をつついてこない。それもそうだろう、下手に脚を使えば後ろのウマ娘に差されるのがおち。だったら勝負所まで脚を溜めたいと思うのも理解できる。

 

 でも残念、あなたたちに勝負所なんて来ないんだけどね。

 

『さぁ勝負は第3コーナー、先頭はラフモデレイションが変わらず引っ張っている。スローペースのこの展開、逃げ切ることはできるのか』

 

 よし、よし、完璧だ。焦るな、セオリー通りここでペースを落として直線にかけて一気にギアをあげればいい。そうすれば位置取りの差で私が勝つ!

 

「勝てる、勝てる、勝てるんだ!!!」

 

 思わず声が漏れる。

 これで私も憧れのG1ウマ娘だ。

 

 その時、外側から私に並びかけるウマ娘がいることに気づく。

 だけど、慌てることはない。今はコーナーの途中だ、同じ速度なら、内を回る私が前に出られる。 

 

 何も問題はない。ないはずだけど、何故か悪い予感を感じた。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 私アルンドーファイタは、このレース敵は1人だけしかいないと考えていた。その相手はメテオディレクター、この世代のダートウマ娘では疑う余地もなく最強の存在だ。

 以前、端午ステークスで戦った時は私が4着で彼女は3着。とはいえ前残りの展開で後方から最速の上がりを繰り出した彼女と中段前目で運んで伸び切らなかったか私とは大きな差がある。

 

 だから、このレース私には作戦があった。道中は控えてメテオディレクターの前に立つ、そして彼女のスパートの前にセーフティリードをとること。彼女は長く良い脚を使うけどトップスピードになるまでには時間がかかる。

 

 おそらく彼女は不器用なタイプだ、このコース特有のコーナーでのギアチェンジはできないはず。

 

『さぁ勝負は第3コーナー、先頭はラフモデレイションが変わらず引っ張っている。スローペースのこの展開、逃げ切ることはできるのか』

 

 ここまでのスローペースは大歓迎、お陰で脚はまだまだ残っている。あの逃げウマ娘は眼中にない、後は溜めた脚を使って直線入口で先頭に立てばいい。

 

「行ける!」

 

 思わず呟いてしまった。

 だってそうだ、ここまで私の思う通りにレースが進んでいるんだから。

 

 さぁ、ここで先頭に立てば私の勝ちだ。

 内か外かどちらを突くか。一瞬の逡巡の後、距離のロスを少しでも軽くするために内を選択した。

 そうして内へ踏み込んだ時に何か違和感を覚えた。

 

 明らかに強い踏み込み。内を選択した私とは違って外を回したウマ娘。

 おかしい、どうしてあいつがいるんだ…。

 これじゃあの時と一緒じゃないか。

 

「カナメっ…!」

 

 ぼそりと漏れた名前。

 思い出したのは14着に破れた若葉S。

 

 そしてこの展開、間違いなくあいつもやってくる。前回はベアエクジスタンスがいた、そして今回はあいつがいる。

 

「メテオディレクターが来る!!!」

 

 悪い予感ほどよく当たる。

 あの威圧感、あの迫力、これがメテオディレクター。

 見えなくても分かる、あれは死神だ。私たちの命を刈り取る死神。

 

 追い付かれたら死ぬ。

 走れ、走れ、前を向け。それでも意識をそらすことはできない。

 

「う、おおおおおおおぉぉぉ」

 

 自分を鼓舞するように声を出す。

 私のレースは終わっていない!!!

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 私の名前はポアトーベーカリー。変な名前とか言わないでよね。

 このレース、みんなの注目はアルンドーちゃんや、メテオちゃんだと思うけど、私って実は2人に勝ったことあるんだよね。

 なのに私が3番人気ってひどくない? まぁ、別にいいんだけどね。人気でレースしてるわけじゃないし。でも気になるは気になるんだよね。

 

 今回のレース私の作戦は単純でアルンドーちゃんをぴったりマークすること。結局、メテオちゃんは来るか来ないか私にはどうしようもできないからね。アルンドーちゃんに先着できれば、それがメテオちゃんを抑えることに繋がるんだろうし。

 

 だから、私の道中はアルンドーちゃんの内をとってポジションを取らせないようにした。まぁ、ここまでスローペースだとあまり意味はなかったかもしれないけどね。

 

『さぁ勝負は第3コーナー、先頭はラフモデレイションが変わらず引っ張っている。スローペースのこの展開、逃げ切ることはできるのか』  

 

 あれ、アルンドーちゃん仕掛けるんだ。ちょっと早すぎない? せっかくのスローペースなんだからもう少し運んでもらえばいいのに。まぁいいや、私はもう少し我慢しようかな。

 

 と、その時、小柄なウマ娘が私の横を駆け抜けていく。

 

 しまった、この位置だと踏遅れちゃう。後方勢が捲り上げてきているんだ。

 勘弁してほしい、これじゃあ早仕掛けにも程があるよ。だけどこれに乗らないと、勝ち目が無いことも分かっている。

 しょうがないか。

 

 「えっ?」

 

 外に出ようした私に、上がってくるウマ娘が体を合わせてくる。  

 これじゃあ外に出せない。だったら内だ、そう思って切り替えると次は捲られたウマ娘が垂れてきた。これだと内にも外にも出せない。

 そして、迫るのは今回のレースの大本命。

 

 あーあ、私のレース終わっちゃったかな。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 今回のレース、様々なウマ娘がそれぞれ思惑を持ってレースに臨んでいた。

 では、レースを支配したのは誰なのか?

 逃げてペースをコントロールしたラフモデレイションか?

 中盤でいつでも対応できる体制をとっていたアルンドーファイタか?

 捲りを打ってペースを狂わせたカナメか?

 いや、この中の誰でもない。

 

 今回のレースの主役は、自らは動かず他のウマ娘を動かしたメテオディレクター、彼女に他ならない。

 そして、その彼女が動きだす。

 

 放たれた矢は落ちることはなく、ただ真っ直ぐに進むのみ。 

 

 

 

 



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29話

『3~4コーナー中間点、ここで一気にペースアップ。後続のウマ娘たちが前に迫ってきた!』

 

 よし、前のウマ娘がスピードを上げる前にポジションを進められた。捲りを打つ上で一番大事なことは中途半端にならないこと。下手に息を入れるタイミングを作ったらジリ貧になってしまう。だから、

 

「ここで前のウマ娘は潰す!」

 

『ここでアルンドーファイタが進出を開始、しかしそれを一気に叩いてカナメがポジションをあげていく!アルンドーファイタも負けじと応戦する。先頭のラフモデレイションまでは約2バ身』

 

 と、内の娘が応戦してきたね。外に張られると厄介だけど、でも速度の乗った私に対抗するなら内を回さないと厳しいはず。ここは一気に捲り切って直線入口で先頭の娘を捕まえる。

 

 大井の直線は約390m、この距離をしのげば私の勝ちだ!

 

『直線に向かったところでアルンドーファイタとカナメが先頭にピタリと並んでくる。さぁいよいよ勝負は最後の直線へ!』

 

 逃げている娘は内ラチを空けて走っている。コーナーで速度を上げればカーブの際には膨れてしまうので当たり前ではあるけど。問題なのは私の進路取り。本当なら内にもぐってラチ沿いを走りたいところではあるけど、内に併せてきている娘もいるのでちょっと厳しい。だったら、

 

『直線を向いてカナメがラフモデレイションを捉えたか、アルンドーファイタは内に潜り込む。その後ろは3バ身、ポワドーベーカリーは少し踏み遅れたか、代わって上がって来たのはメテオディレクター』

 

 っ、思ったより逃げウマの娘が垂れるのが早い。できればしばらくは併せて欲しかったけど、このまま単騎で抜け出すとどうしてもレースがしにくい。もう少し、逃げた娘を可愛がるべきだったか? だけど、今さらどうすることもできない。脚は使っだけれど先頭は私。だったら後は、死ぬ気で走りきるしかないでしょうが!!!

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 悪い予感は当たっていた。

 

『3~4コーナー中間点、ここで一気にペースアップ。後続のウマ娘たちが前に迫ってきた!』

 

 コーナー中間点付近では慌てる必要はなかった。完全なスローペース、間違いなく勝てる流れだ。ハナをとりきった私はそう確信していた。

 

 ただそれは大きな過信だった。

 

『ここでアルンドーファイタが進出を開始、しかしそれを一気に叩いてカナメがポジションをあげていく!アルンドーファイタも負けじと応戦する。先頭のラフモデレイションまでは約2バ身』

 

 私に並びかけてくるそのウマ娘、ハッキリ言ってスピードが違った。これは完全に私を潰すための捲りだ。

 

 こいつらはバカなのか、どうして後方の連中にチャンスを与えるようなことをするんだ。こんな急激なペースアップで脚が持つわけがない。

 

 でも、抜かせるわけにはいかない。少しでも抜かされれば私が抜き返す可能性は限りなく少ないのは分かっている。だからここは外に張ってでも抜かさせない。

 

 

「勝つのは私だ!」

 

 少しでも自分を鼓舞するために声を出す。

 さぁギアを上げろ、腕を振れ!

 

 横に並んでくるのは一際小柄なウマ娘、つれてもう一人のウマ娘もつ

 さぁくるぞ、脚を使え合わし切れ!

 向こうは確かに速い、でも内をとっている私の方がコーナーでは圧倒的に有利なんだ。

 

『直線に向かったところでアルンドーファイタとカナメが先頭にピタリと並んでくる。さぁいよいよ勝負は最後の直線へ!』

 

 辛うじてリードは保ててはいる。保ててはいるが脚を使い過ぎた。このままだと間違いなく差される。でも諦めるものか、少しでも脚を残すんだ、そのためにはラチ沿いをとって真っ直ぐ走りきるしかない。 

 

 ドンッ!

 

「え!?」

 

 その衝撃が私の体から起きたものだとはすぐには気づかなかった。目の前には遠ざかる二つの背中。近づいてくるのは一際力強い足跡。

 

 その衝撃の正体と自分の置かれた状況に気づいたときには、既に私に勝ちの目は残っていなかった。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 前のウマ娘が動きだした。だったら、彼女はどうだ?

 

『ここでアルンドーファイタが進出を開始、しかしそれを一気に叩いてカナメがポジションをあげていく!アルンドーファイタも負けじと応戦する。先頭のラフモデレイションまでは約2バ身』

 

 やっぱりカナメは動いた。そしてアルンドーちゃんも応戦すると。

 

「絶好の展開だ」

 

 ボソリと声が漏れてしまう。

 あとは精々、2人で脚を使いあってもらおう。あとは直線で捕まえるだけでいい。仕掛け所を見誤らなければ私の勝ちだ!

 

 位置を上げる。

 並ぶものはいない。

 見据えるターゲットはただ一人。

 

 

 あぁ、走るのは楽しい。そして誰かは抜き去るのは格別だ。

 でも、一番嬉しいことは…

 

「あぁ、トレーナーさん。あなたの愛バがG1ウマ娘になったら、一体どんな顔を見せてくれるんだろう?」

 

 想像するだけで体が震える。

 私に全てを教えてくれたトレーナー、その指導が間違っていないことをここで示す!

 

『直線を向いてカナメがラフモデレイションを捉えたか、アルンドーファイタは内に潜り込む。その後ろは3バ身、ポワドーベーカリーは少し踏み遅れたか、代わって上がって来たのはメテオディレクター』

 

 ポワちゃんはタイミングを逃したみたい。

 アルンドーちゃんも接触したのか少しふらついている。

 やっぱりターゲットはカナメ、彼女一人だけだ。

 

 まだまだ脚は残っている。上手く捲りに乗ってスピードを上げられた。だけどまだ、私のギアは残っている。

 

 さぁ、勝利の矢を放つ時がきた。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『直線早々、カナメがラフモデレイションを捉えて単騎先頭。二番手はアルンドーファイタが内に潜り込んで伸びてくるか? ラフモデレイションは苦しくなった。おっと、ここでラフモデレイションとアルンドーファイタが接触。ラフモデレイションは完全に後退』

 

 背筋がぞくぞくするこの感覚。

 間違いない、誰かが私を狙っている。

 感覚で分かるこの相手に並ばれれば間違いなく飲み込まれる。

 

 かつて夢見たG1の舞台。

 レベルの高さを見せつけられた昨冬、あの時は回ってきただけの8着。でも今は違う、私は堂々とこのレースを走っている。

 

 脚は重い、肺は痛い、心臓は今にも飛び出しそうだ。

 だけど走ることは決して止めない。

 体を心を魂を燃やして走り切る!!!

 

 あぁ、そうしてあのゴール板を1着で駆け抜けた時、どんな景色が見えるんだろう…?

 

『直線残り100mの地点でメテオディレクターがすごい脚で前に迫る。先頭のカナメのリードは1バ身、飲み込むかメテオディレクター』

 

 残り100m、秒数にして5秒足らず。この僅かな時間、リードを守れば憧れのG1ウマ娘だ、だけど今の私にはその時間が果てしなく長く感じる。

 

 

『メテオディレクターがここでカナメに並びかけ…いや並ばない並ぶ間もなく交わし去る』

 

 私の横を一人のウマ娘が抜き去る。

 若葉ステークスと同じ、冷たい衝撃が私に伝わる。

 

 後数秒、どうして後数秒が粘れないんだ。

 

「待って…」

 

 思わずそのウマ娘に手を伸ばす。

 だけどその手は届かなくて…。

 

『体勢決した。メテオディレクター、圧巻の差し切り勝ちで今ゴールイン! 2着は直線粘ったカナメ。3着はアルンドーファイタがそれぞれ入選』

 

 

 



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30話

「よーし、メテオよくやった! 流石の末脚だ、俺の目に狂いはなかったな」

 

「はい! あれもこれもトレーナーさんのおかげです。トレーナーさんは嬉しいですか?」

 

「当たり前だ。教え子の活躍を喜ばないトレーナーがいるわけがないだろう?」

 

「そうですよね。私も頑張りました」

 

「あぁ知ってるよ。メテオの努力が俺が一番知っている。というわけでじゃじゃーん!」

 

「…これは?」

 

「せっかくこんな大レースを勝ったんだ! 何かご褒美がないわけにはいかないだろ」

 

「あ、ありがとうございます。って、またこれですか?」

 

「…なんだ、あまり気に入らなかったか?」

 

「いえ、最高です!!!」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

「ッ、また勝てなかった…」

 

 確かな手応えがあった。

 今日こそは勝てたと思ったのに、あと数秒しのぎきれなかった。周りから見れば一瞬の出来事だっただろうが、私には永遠とも思える瞬間だった。

 

「あぁ、そうだな」

 

 トレーナーさんはいつもと変わらない様子で私の言葉に答える。ただ、一緒に来ていたはずのシャインちゃんたちの姿は見えない。でも、その方がいい。負けた姿を見られることほど惨めなことはないんだから。お陰で言いたいことも言える。

 

「トレーナーさん、私には一体何が足りないんですか? 今日のレースも全力でやりきりました」

 

「確かにな。お前が持ってる力は全て出しきれていた」

 

「じゃあ、これが私の限界なんですか?」

 

「そうだ。それは間違ってはいない」

 

 これが私の限界‥。確かにそう言われても、否定する材料は何もない。ただ、もしそれが事実なら示す事実はただ一つ。

 

「だったら私は一生大レースに勝てないってことですか? レースの前にも言いましたけど、私は負けると分かってるレースはしたくありません」

 

「まぁまてまて。誰も勝てないなんて言ってはいないだろ?」

 

 私を宥めるようにトレーナーさんは言う。

 なぜか、少し笑みを浮かべているのも腹立たしい。

 

「でも、この走りが私の限界なんですよね」

 

「今のところはな。大体、お前は勘違いしている」

 

「一体、何をですか?」

 

「そもそもレースなんて、個人の能力差だけで決まるもんじゃあない。その時の状況次第でいくらでもひっくり返るもんだ」

 

「でもそれって結局、自分の力だけじゃ勝ちきることはできないってことですよね」

 

 人のミスを待つことでしか勝利を得られないなら、勝てないのと同じじゃないかと私は思う。

 

「そう卑屈になるなよ。だったら良いことを教えてやる」

 

「良いことですか?」

 

「あぁ。今日のレース、お前があと4秒仕掛けを待てればお前の勝ちだった」

 

「‥何を言ってるんです急に」

 

 あと、4秒? その意味が咀嚼できずにいた。それに何より、勝てたレースを落としたという事実が受け入れ難い。さっきまで全力を出して勝てないことが悔しかったのに、勝てたレースを落としていたとなると素直に受け取れないのは、自分でもどうかとは思うけど。

 

「冗談だと思うか、まぁいい。ところでお前は今日のレース、何を考えて走っていた?」 

 

「え、内ラチをとったあとはいつ仕掛けるかとか、あとはそう、捲りを打つ仕掛け所を探っていました」

 

「それは勝つための仕掛けか?」

 

「あ、当たり前じゃないですか」

 

 勝つために走って、勝つために捲りをうっているんだから当然だ。

 

「違うな、今日のお前の仕掛けは前を潰すための仕掛けだった。あぁ、勘違いするなよ、良いとか悪いとかそういう話じゃないんだ」

 

「何が言いたいんですか?」

 

「今まで俺は、お前に全力を出させることに注力していた。そういう意味では今日のレースは素晴らしいものだった。お前は全力を出しきって、僅差の二着だ。だけどここから先はそれだけじゃあダメだ」

 

「じゃあ何が必要なんですか」

 

 中々、結論を言ってくれないトレーナーさんに少し苛つきを覚えつつ発言を促す。もっともトレーナーさんも察したのか、宥めるような仕草をしつつ発言を続ける。

 

「おいおい怒るなよ。このレース、俺もシロヤマもサウスもレースが始まる前から、お前が捲られた後に直線で差される展開を予想していた」

 

「え?」

 

「そして結果そうなったわけだ。俺たちはこのレースで一番の強敵はメテオディレクターだと確信していた」

 

 だったらどうしてレース前に言ってくれなかったのか、なんて疑問は当然でてくるけど、その答えはなんとなく想像がつく。さっきも言っていた全力を出させるというのがそうだろう。

 

 けど、それを知ってでも私にも言い分はある。

 

「でも、その結果になったのは結果論に過ぎないじゃないですか? ドスローの展開で前が残ることも十分考えられたはずです」

 

「それはお前の言う通りだ。だが、結果的には逃げウマ娘が早めに垂れてしまったせいでお前が単騎で抜け出す形になってしまった」

 

「つまり私の早仕掛けだと」

 

「簡単に言うとな。だからさっきも言ったろ、もう4秒仕掛けを待てばお前の勝ちだったと」

 

「あぁ、それって本気だったんですね」

 

 確かに単騎で抜け出すのが早かったのは、レース中の私も感じていたことだ。もう少し追い比べの形になれば直線も粘れただろうし、何より、勝った娘の仕掛けのタイミングも変わっていたはず。

 

「今日の仕掛け所も悪い訳じゃなかった。ただお前はどうしても前しか見えていない。逃げてるウマ娘が強ければお前の捲りのタイミングは完ぺきだ。だが実際のレースは必ずしも前を潰せば良いってものでもないからな」

 

「だけど前を潰さないと勝つことはできません」

 

「それはその通り。だが、潰して後ろから差されれば意味がない。前のウマ娘を可愛がってやる必要もあるってことだ」

 

「難しいですね」

 

 元々わたしの捲りはエルちゃんを、言ってしまえは前を走る娘をズブズブの消耗戦に持ち込むために考えたものだ。だから、後ろから差される可能性はハナから考えてはいなかった。ただ若葉Sの時もそうだけど、この戦法はどうしても後ろの瞬発力のある娘相手には厳しくなる。

 

「そうでもないさ、要は力の割り振りだ。今のお前は中段から常に全力でスパートしている状況だ。正直大したものだとは思うが、結果として末が甘くなっている」

 

「つまりどこかで息を入れる必要があるということですか」  

 

「それも手ではあるな。だが、そろそろ新しい戦法に取り組むのも悪くない」

 

「新しい戦法‥。捲りを止めるってことですか」

 

 冗談で前に行くとは言ってみたことはあるものの、今更捲りを止めるのは少し思うところがある。実際に私の成績は、このロングスパートを始めてから良くなったのは間違いない。

 

「あぁそうだ。考えてもみろ、歴代の名ウマ娘と呼ばれる連中で捲り一本で活躍したやつなんてほとんどいないだろう? それだけ捲りっていうのは不合理な走法なんだ。だがそれはしょうがない。お前には一流の瞬発力もなければ出足もないからな」

 

 言われてみればそうだ。そもそもレースは前の位置で運べる方が有利、それくらいは分かっている。先行が王道のレースと言われるのはそれが理由だ。

 

「今更、そこには文句は言いませんよ。それで新しい戦法っていうのは?」

 

 とはいえ、私の持っている武器で今更新しい戦法なんてあるかな?

 共同通信杯でやったような直線一気のレースなら辛うじて可能性はあるかもしれない、いやそれだと瞬発力勝負になった時に明らかに分が悪い。馬場がかなり重くなれば可能性はあるだろうけど。

 

 だから、この後のトレーナーさんの発言には心底驚かされた。

 

「そんな大したことじゃない。お前、次のレース先行してみろ」




感想もらえると喜びます笑


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31話

「というわけで、特別ゲストの登場だ」

 

 ジャパンダートダービー後、初めての練習で開口1番トレーナーさんは言い放つ。

 

「特別ゲストですか‥?」

 

「あぁそうだ。お前、この前のレース後に俺が言ったことを覚えているか?」

 

「例の脚質転換の話ですか? 正直に言って抵抗はありますけど」

 

 捲りをやめて先行してみろって言うのがトレーナーさんの意見だけど、はっきり言って先行が向いていないことが私が1番分かっている。

 個人的にはあまり乗り気じゃないんだけど。

 

 けど、トレーナーさんは私の様子に構わず話を続ける。

 

「まぁ、物は試しだ。それに俺も向いていない戦法を押し付ける気もない。とりあえずお前の次走は今月末のMRO金賞だ。ここを勝てば菊花賞トライアルへの優先出走権が手に入れられる」

 

「でもそれだと、MRO金賞から次のレースまで2ヶ月近く間隔が空いてしまいます。できればレース間隔はあまり空けたくありませんね」

 

「個人的には一度、間隔を開けるのも悪くはないと考えているんだけどな。まぁ、お前が走りたいというなら止めはしないが。ただ、走れるレースがないんだよなぁ。金沢の一般戦を走っても仕方ないだろうし」

 

「できれば強い相手と走りたいですね。しばらくダートが続いたので早い流れも経験しておきたいです」

 

 ダートと芝では道中のペースがまるで違う。追走に苦労しないためにも一度速い流れを経験しておきたいところだ。ただ、トレーナーさんの言う通り身体を休めることも大事なのかもしれない。まぁ、そこら辺はトレーナーさんに任せよう。きっと私以上に私の身体については詳しいだろうし。

 

「分かった。それはこっちで考えておく。とりあえず今はMRO金賞だ。が、正直に言ってここは通過点、負けてもらっては困るレースだ。それにお前が出走するとなれば間違いなくメンバーは集まらない」

 

「心配いりません。はっきり言って負けるとは思いません」

 

 ここでは、私と他のウマ娘ではレベルが違う。レースには絶対はないとは言うけど、ここで私が負けるとは想像できない。

 

「頼もしい限りだな。ところでそろそろゲストのやつを呼んでもいいか? 向こうも律儀に待ってくれていることだした」

 

「あ、そうですね」

 

 ゲストって一体誰なんだろ? まぁなんとなく、サウスヴィレッジさんなんじゃないかなぁって気はしてるんだけど。

 

「おーい来てくれ」

 

「はーい。どうもグリンフォレストです。って、どんだけ待たすんですか?」

 

 予想に反して、現れたのはグリンフォレストさん。サウスヴィレッジさんと鎬を削る、押し押されぬ金沢のトップウマ娘の1人だ。ただ、私はほとんど面識がないので、少し気まずい感じにはなるけれど。ちなみにシャインちゃんはグリンフォレストさんとすごく仲がいいらしい。

 

「すまなかった。こいつがしつこくてな。改めて今回のゲストのグリンフォレストだ」

 

「わ、私のせいですか?」

 

 グリンフォレストさんとは、ほとんど面識がないんだから、あまり変なことを言わないでほしいんだけど。

 

 

「別にいいんですけどね。それより久しぶりに話しかけてきたと思ったら一体なんなんですか?」

 

「悪いな。こいつにちょっと先行のコツを教えてやってほしくてな」

 

「コツですか? 私に教えられることなら構いませんが」

 

「いやいやちょっと、トレーナーさん。なんでグリンフォレストさんがここに居るんですか!」

 

 なんか当たり前に受け入れてしまっていたけど、グリンさんがここにいるのはおかしいよね?

 

「だって、シロヤマのやつは差しタイプだし適任とは言えないだろう? サウスのやつも前目でレースはするが、あいつはスピードの差で前に立ってるだけだ。金沢のトップウマ娘で適正があるのはグリンだと思ってな」

 

「いや、そういうことじゃなくて」

 

 どうも、トレーナーさんの返事は的を外している。いやまぁ、シロヤマさんやサウスヴィレッジさんか来ても緊張しちゃうんだけど。

 

「でも、どんなことを知りたいんですか? 今のカナメちゃんは、正直に言って私でも勝てるか分からないですし」

 

「簡単に言えば序盤の位置取りだな。今のこいつは出たなりにしか位置が取れていないが、今後はある程度前目でレースをさせたい」

 

「そうですねー。金沢のレースでしたら内がポッカリ空くのでどうにでもなるんですけど、そういうことじゃないですよね?」

 

「あぁ。ある程度汎用性のあるところで頼む」

 

 いつも思うけど、トレーナーさん顔が広いよね。金沢のトップウマ娘の知り合いも多いみたいだし。でも、本人曰く成績はそこまでいいわけじゃないみたいだけど。

 

「ですよね。じゃあカナメちゃんに一つ質問」

 

「な、なんですか?」

 

 予期していないところで話しかけられたので、少し虚をつかれてしまった。グリンさんに気づかれてなければいいけど。

 

「なに、緊張してるんだお前。私はG1で2着ですけど、あなたはどうなんですか? くらいの意気込みでいけ」

 

 トレーナーさん、うるさい。

 そんなのできるわけないのに。大体そんなこと言ったら、グリンフォレストさんだってJBCクラシック4着の実績があるわけで。

 

「あそこのおバカさんは放っておいて、カナメちゃんは内枠と外枠だとどっちの方がレースがしやすい?」

 

「外枠ですかね、前に被されることがないので。あと道中でも動きやすいですし」

 

 内枠だと、場合によっては動けないこともあるし。特に私は後ろからレースをするから、詰まる危険性もある。

 

「それだけ? カナメちゃんはキックバックは平気なんだ」

 

「はい、別に気になりません」

 

 そこに関しては私は全く気にならない。同期の娘の中にはすごい嫌がる娘もいるんだけどね。そういえば、シャインちゃんも痛いって言っいてたかな?

 

「だったら、ある程度前でレースができると思うわ。いいカナメちゃん、先行ウマ娘にとって大事なのは内枠を引いた時なの。特にカナメちゃんみたいにスタートが苦手な娘はね」

 

「本当ですか? 一体、どうすればいいんでしょうか」

 

 正直に言って、今の段階では先行できるビジョンが見えてこない。

 

「そうねぇ。基本的にポジション争いは最初の1コーナーで決まるの。逆に言えばそこまではある程度真っ直ぐに引かずに走れていれば外側の娘も内を閉めには来にくいはずよ。安全に進路を取るなら2バ身のリードは欲しいところだし」

 

「なるほど」

 

「だからカナメちゃんはスタート直後から押して上がっていかないといけないの。逆に言えば2バ身離されなければ前を取られないわけだから」

 

「つまりいつもは温存している脚を始めから使っていくわけですね」

 

「そう。カナメちゃんくらい脚がある娘は勘違いしがちだけど、普通は位置を取るためにある程度みんな脚を使っているの。中にはスピードが勝ちすぎて、楽に先行できちゃう娘もいるけど」

 

「ただそれだと、最後に脚が残らなくなっちゃうかもしれませんね」

 

 バ群に揉まれて走るというのも、余計に体力を使ってしまいそうだ。ただ、そこら辺は慣れの問題もあるんだろうけどね。

 

「そこは、内を回れるっていうことと、前のウマ娘が風よけになるっていう先行のメリットとのトレードオフね。ただ個人的には先行の方がメリットは大きいと思うわ。それに先行しててもカナメちゃんの得意な捲りは打つことができるわけだし」

 

「確かにそうですね。皐月賞の時みたいに捲り切れないリスクを考えると前につけた方がいいかもしれません。強い相手がいれば早めに動いて消耗戦に持っていくこともできそうですし。でも実際にはどうすればいいんでしょうか」

 

 なんとなくのイメージは湧くんだけど、実戦に移ったときにできる自信は‥。けど、グリンさんはそんなことを分かっていたとばかりに。

 

「ふふ、大丈夫ちゃんと教えてあげる。まずスタートになったらガッといって、少しでも前を目指すら後はこうバッと張り出す感じで次はーーー」

 

 ん? まぁやってみればわかるかな?

 それにいつの間にか、先行を試してみたい気持ちもでてきたし。

 

「‥そういえばこいつ、講師には向いていないタイプだったな」

 

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 

「こうですか、グリンさん」

 

「そうよカナメちゃん、いい感じ! じゃあ、もう一本行きましょう。次はもっと踏み込みをバンって感じで」

 

「これでどうですか?」

 

「カナメちゃんすごいすごい。私も色んな娘にアドバイスしてきたけどカナメちゃんはその中でも飲込が1番早いかも」

 

 グリンさんの教え方っですごい。イメージでしか分からなかったものが身につくって感じ。

 

「‥まぁ、アイツにはあのくらいの教え方の方がちょうどいいのかもしれないな」

 



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32話

『今年のMRO大賞の勝者はやっぱりこの娘、断然人気のカナメがぶっちぎりでゴール!!!』

 

 

「ふう、とりあえず前哨戦は勝ちましたねトレーナーさん」

 

 結果は完勝。正直この相手関係なら、何度レースを繰り返しても負けることはないはずだ。

 

「あぁ、中々上手く先行もできてたじゃないか」

 

「スタートは若干、出負けしましたけど上手く挽回できました。グリンさんのおかげですね」

 

 今回のテーマの先行だけど、グリンさんのアドバイスのおかげか道中は好位の3番手でレースを進めることができた。実際のレースでやってみて思ったことは、先行の方がレースをしていく上で非常に楽だということ。捲りの時とは違って、レースに対して余裕を持って臨めるし。

 

 さて、ステップレースを快勝したところで問題は次走だ。

 

「ところで、次走はどうしますか?」

 

「そうだな、お前はレースを挟みたいと言っていたが、俺としては直行でトライアルに向かいたい」

 

 以前、話した時もそうだったけどトレーナーさんはどうもレースを挟むことに消極的だ。

 

「理由を聞いても?」

 

「簡単に言えば適レースがないからだ。今のお前が出走できて間隔的にちょうどいいのは小倉日経OPあたりなんだが、このレースは小回り1,800mのシニア混合戦。はっきり言って、今のお前には走らせたくはない」

 

 小倉レース場の特徴といえば中央の全レース場で1番直線が短くて、平坦なこと。だから、先行争いが激化するしハイペースになりやすいとトレーナーさんが言っていた。そしてクラシック路線のレースは基本的にスローになる傾向がある。特に本番の菊花賞は3,000mという距離の問題もあってその傾向が顕著だ。

 

「なるほど。分かりました、トレーナーさんに従います」

 

「どうした、えらく素直だな」

 

「私も正直なところ、走った方がいいのかそうじゃないのかが分からなくて。だったら、経験のあるトレーナーさんの言うことに従いたいと思います」

 

 要はトレーナーさんは、私のペース感覚が狂うことを心配しているんだろう。私としても、下手に早いペースを経験すると本番に引きずってしまうのは否定できない。だったらトレーナーさんのいうことに従っておくべきだろう。

 もっとも、トレーナーさんはなぜか不服そうではあるけれど。

 

「‥まぁいいか。なら話は早いな、次走は菊花賞トライアルの神戸新聞杯もしくはセントライト記念に出てもらう。俺としては出走するならセントライト記念の方を推したい」

 

「どうしてですか?」

 

「まずは中山で好走した実績があることだな。神戸新聞杯自体は阪神レース場で行われるが本番の菊花賞は京都だ。だから、敢えて阪神で走る必要はない。それと、これが大きな理由なんだが、セントライト記念の方がメンバーレベルが低い」

 

「何というか後ろ向きな理由ですね」

 

「そうは言うが、今回のレースで大事なことは3着以内に入って優先出走権をとることだ。地方所属のお前はそうしないと菊花賞に出走すらできないからな。なら、当然その確率が高い方を狙っていくのが道理だろう? 力比べは本番の京都でやればいい」

 

「それは確かにその通りですね」

 

 私としてもそこに関しては異論はない。ただ、このトライアルレースである程度の目処をつけられる走りをしておかないと本番で好走できるわけがないのも事実だ。だから、菊花賞で歯牙にも掛からないウマ娘と走っても意味がないと思う気持ちを少しはあるのは否定できない。

 

「それと、ある程度ここで先行の形も試しておきたい。神戸新聞杯はそのコース形態上、ドスローからの瞬発力勝負になりがちだ。そこもセントライト記念を推す理由でもある」

 

「だったらセントライト記念に出走しましょう。敢えて神戸新聞杯に出走する必要もないでしょうし」

 

 ドスローのレースで先行の練習をしても意味はないだろう。それに瞬発力勝負も本番に結びつくとは思わないし。なら、相手関係を考えてもセントライト記念の方が実のあるレースになりそうだ。トレーナーさんはきっとこの辺りも考慮にいれていたんだろうし。

 

 ただ、トレーナーさんは急に真剣な声色になって私に言葉をかける。

 

「一応、聞いておくが白山大賞典に出走はしなくていいんだな? 白山大賞典からジャパンカップのローテーションもできなくはないが」 

 

「‥そうですね、迷いましたけど。白山大賞典は確かに金沢で1番の大レースですし、ある意味菊花賞より憧れの舞台ではありました。でも、白山大賞典は来年も走れますから。ただ、ファンの方には申し訳ないですけどね」

 

 いつか、白山大賞典を勝つようなウマ娘になりたい。そう言って、トレーナーさんと契約を結んだのがはるか昔に感じる。実際は2年も経っていないのに。それだけ中身の濃い時間だった。

 

 小さい頃の私にとって大レースと言えば、日本ダービーでも有馬記念でもなく白山大賞典だった。だから私にとって1番勝ちたいレースは何かと言われれば、白山大賞典が上位に入ることに間違いはない。

 そして何より、交流重賞となってからの白山大賞典では金沢のウマ娘が勝利したことはないのも大きい。だから、私が初めて金沢のウマ娘として勝利したいという気持ちも嘘じゃない。そして少なくないファンの人たちがそれを期待しているのも知っている。

 けれど今の私は同じくらい中央のクラシックレースを走りたい気持ちもある。金沢所属の私が地元の大レースを捨てて、そっちを取るのは見方によっては裏切りのようなものなのかもしれないけれど。

 

「そうか分かった。まぁ、そっちの方は頼もしい先輩方に頑張ってもらえばいいさ。とにかく約1ヶ月半、次走に向けて準備をしていくぞ」

 

 私の葛藤を知ってか知らずか、トレーナーさんは笑いながら軽口を叩く。だったら私もそれに明るく答えるべきだろう。

 

「はい。まずは何からしましょうか?」

 

「そうだな。とりあえず、どこか遊びにでも行ってこい」



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説明会その2
33話


軽い説明会その2です。

 

■トレーナー

 

 カナメのトレーナー。中年の笑顔が似合わないおじさん。

 トレーナー歴は長く、金沢ではそれなりに名前が知られている。ただ近年は、これといったウマ娘の担当をすることもなく成績も下降気味。サウスヴィレッジやグリンスマイルといった一戦級のウマ娘とも、担当こそしていないものの良好な関係を築いている。

 

 カナメに関しては、金沢レベルでは抜きん出た脚を持っていると早くから注目していた。一方のカナメも、トレーナーの実績は知っていたために比較的順調に契約を結んだ。

 カナメの脚力に関しては評価している一方で、その不器用なレーススタイルには頭を悩ませることも。

 

 指導方針は比較的放任であり、できないことはできないと諦めるタイプ。いわゆる短所を補うより長所を伸ばす方針。

 

 好きな脚質は王道の先行抜け出し。反対に極端な追い込みや大逃げといった奇策の類は好まない。とはいえ、勝つために極端な戦法を使うことに反対はしない。

 

 ウマ娘に1番必要な才能はトップスピードと瞬発力、その次にレースを組み立てるセンスだと考えている。反対にスタミナは鍛えることで補う考え。先述のカナメとの出会いも模擬レースでの上がりタイムに着目したため。

 

 従順なウマ娘よりは、手のかかるワガママなウマ娘の方が教えがいがあると考えており、カナメに関してもその内面にあるエゴイストな本性については気に入っている。最近は優等生なウマ娘が増えたことに対して、どこか寂しさを感じているとか。また、自身の信条から担当するのは金沢生え抜きのウマ娘だけと決めており、当時中央から転入してきたグリンフォレストの担当を辞退している。

 

 総じて、優秀なトレーナーと言えなくともないが、あくまでそれは地方レベルでの話。

 

 

■メテオディレクター

 

 ジャパンダートダービーでカナメを差し切ったウマ娘。毛色は鹿毛。

脚質は差し、追い込み。大きな星の耳飾りが特徴。

 

 この世代最強のダートウマ娘の呼び声も高く、他の追従を許さない強烈な末脚が武器。一方、レースを組み立てることは苦手で差し届かずといった場面も多々見られる。ただ、確実に伸びてはくるので着外となることはほとんどない。

 

 基本的に口数は多くないが、慣れた相手にはグイグイいくタイプ。そのため初対面の時とのギャップに驚くこととしばしば。元々、芝を走りたいと思っていたが、スカウトしてきたトレーナーの一言でダート路線へ。そんなこともあり、トレーナーとの相性が良くないと感じていたが、今では彼女の方が執心気味。現在はトレーナーと良好な関係を築いている。

 

 数年後、ダート王者となった彼女の前に、真の勇者や舶来の衝撃が立ち塞がることは、まだ誰も知らない。

 

 

■名無しウマ娘シリーズ

 

1. 南関東の走る哲学者(27話)

 

 現在、ダートミドルディスタンスでは最強の呼び声が高いウマ娘。その名声は中央にも広まっており、多くの中央ウマ娘が彼女に挑んでは敗れ去っている。普段は近寄り難い雰囲気を醸し出しているが、盛岡への遠征を旅行と勘違いして浮かれるなど、抜けた面もある。

 遠く離れた異国の地ドバイへの遠征も視野に入れてはいるが。実際に行うかは今の時点ではなんとも言えない。

 

2. 水沢の英雄(27話)

 

 哲学者がミドルディスタンスなら英雄はマイルで輝く。ことマイルに関しては哲学者をも下す実力の持ち主。非常に気さくな性格で、地元ファンの人気も高く、遠征の際には応援団が結成されることも。

 地方の大レースはミドルディスタンスでの施行が多いため、適鞍を求めて中央への遠征も検討しているらしい。

 余談だか、岩手にはそんな英雄すらも一蹴する魔王様がいるとか。

 

3..名無しウマ娘(石川ダービー編)

 

 石川ダービー編の主人公?

 元々は中央で走っており、一勝クラスでも掲示板に載るなど確かな実力の持ち主。金沢へは石川ダービーの賞金を求めて移籍してきた。

 移籍初戦は実力の違いから、あっさりと逃げ切りを果たす。満を辞して石川ダービーに向かうが、突然の路線変更でカナメが参戦することになり、彼女のプランは変更を強いられることになる。

 金沢で唯一、カナメを破った経験のあるシャインスワンプの指導(しごき)の下、戦いを挑むが結果はご存じの通り。

 

 賞金を求めて、地方移籍をしていることから守銭奴のように思えるかもしれないが、根は走るのが好きな普通のウマ娘。自分の才能の限界を分かっており、その中でも最大限の結果を出そうと努力ができる娘。

 

 石川ダービーの後は、高知ダービーへの出走のために高知へ移籍。ここでも人気は集めたものの結果は大敗。現在は再度移籍を行い園田で走っている。いつか、力をつけた彼女がカナメの前に立ち塞がる時がくるかも?



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中央挑戦 秋クラシック
34話


『秋を迎えた中山に、クラシック最後の冠を狙うべく今年は13人のウマ娘が集まりました』

 

 中山2,200mセントライト記念。私の目標はこのレースで3着以内に入ること。逆に言えば勝たなくてもいい、そんなレースなわけだ。だけど、勝つために走らないっていうのは気分が良くない。走るからには勝たないと。

 

『天候は雨、馬場は重。生憎のコンディションではありますが、ダービー3着ウマ娘や夏の上がりウマ娘。今やお馴染みとなった、地方から参戦のウマ娘など、好メンバーが揃いました』

 

 思えば重馬場の芝を走るのは初めてだ。トレーナーさんは、重い芝は私向きだとは言っていたし、走っている私からしてもそう思う。少なくとも超高速馬場になるよりは遥かにマシだ。

 こうして返しウマでゲートに向かっている今も、脚の感触は悪くない。ただ、滑りやすくはなっているだろうから、そこだけは気をつけないと。

 

『注目の一番人気はこの娘、前走シニア混合の二勝クラスで2着ロイヤルキング、ファンの期待がとても高いウマ娘の一人です。二番人気はダービー3着の実力者フソウタイカ、実績から見てもここでも好走が期待されます。続く三番人気は金沢から参戦、G12着の実績を引っさげてやって来たカナメ。その他4人まで、全く差がなく続きます。かなりの混戦ムードです』

 

 私が中央の芝重賞で三番人気。なんだか感慨深いものがあるのは否定できない。でも所詮人気は人気、勝たないと意味がない。そういう意味ではら今回のレースの強敵は一番人気の娘よりも二番人気の娘だ。彼女だけは、同世代の最高峰のレベルで好走した実績がある。

 

 

 そんなことを考えながらゲートに向かっていると、ふと観客席のある物に目が向いた。それは私のグッズと私の投票券(流石に私のグッズを持っているんだから私の投票券だと思う)を持った若い女性だ。金沢ならともかく中央で地元民意外のファンを見るのは珍しい。よし、少しサービスでもしようかな。馬場を確認するフリをしてスタンドに近づく、そうしてお互いの顔が分かる位置になったところで、軽く手を振る。が、その女の子の人は手元のスマートフォンに夢中のようだ。まぁ、本当に私のファンなら、普通はバ場入場も見るか。大方、私のパカプチが人気無くて売れ残って値下げでもされてたんだろうね。

 

 なんとなく恥ずかしいので、直ぐにゲートに向かい直す。その後に背中から聞こえるのはカシャカシャというシャッター音。どうやらお姉さん、今更気づいたのかな?

 そうして振り返ると、彼氏らしき男の人と自撮りをしているお姉さん。

 その後、私は後ろを振り返ることはなかった。

 

 

 

 さぁ、いよいよゲートインだ。

 今回の私は一枠一番。普通なら絶好枠だけど。スタートが遅い私にとっては鬼門の枠だ。それに雨の影響で内のバ場は荒れている。

 とはいえ、大外枠よりは遥かにましだけど。

 

『さぁ、各ウマ娘ゲートイン完了。今、発走です。大きな出遅れはありません。さて誰が前に行くでしょうか』

 

 多少、スタートは遅れたけど許容範囲内かな。それにこのバ場で他の娘たちの二の足も鈍い。これなら十分に上がっていける。

 

『先ずは外枠から押し出されるように、リオコウウが前に上がって行きます。続いてオリンピック、その後ろ3番フソウタイカ内から押し上げて3番手。そして、おおっとカナメがこの位置、4番手まで上がっています』

 

 多少滑るような感覚はあるけど、バ場もそんなに走りにくいわけじゃない。むしろ金沢のコースに比べれば、走りやすいくらいだ。

 お陰で多少脚は使ったけれど前に取り付くことができた。このままインに張り付いて、抜け出すタイミングを測る。3番の娘の出方が気になるところだけど、お互い今は様子見だね。

 だけど、おそらく最後の敵は彼女になるはず、できる限り脚を使わせたい。よし、ちょっと仕掛けようか。

 

『1コーナーに入って、ここで先頭に立っていたリオコウウを一気に叩いて、3連勝中のグランドサクセスがハナを奪います。リオコウウは2番手キープ。その後ろに変わらずオリンピック。4番手になったフソウタイカのインにカナメが潜り込んで並走状態。人気のロイヤルキングは後方からとなりました』

 

 荒れたバ場を気にして内を開いていたのがラッキーだった。少し強引だけど、体をねじ込む。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 このレース、私フソウタイカには大きな不満があった。

 どうしてこの私が一番人気じゃないのかだ。今回のメンバーは、ほとんどの娘が春のクラシックで走ることすらできていない、その中で私はダービー3着だっていうのに。

 もちろん人気でレースをするわけじゃないのは分かっている。それでも不満は不満だ。

 

 いや、落ち着こう今はレースに集中だ。

 スタートは悪くない。ダービーの時は末脚比べて負けてしまったが、今回のメンバーなら私の力は一枚上な筈。重馬場ならなおさらだ。

 落ち着いてレースを運べば必ず勝てる。

 

『先ずは外枠から押し出されるように、リオコウウが前に上がって行きます。続いてオリンピック、その後ろ3番フソウタイカ内から押し上げて3番手。そして、おおっとカナメがこの位置、4番手まで上がっています』

 

 悪くない位置だ。ダービーの時とはメンバーが落ちたせいか、楽に前の位置をとれた。後はこのまま、ポジションをキープできれば前の娘は差し切れるはず。できればペースを落として欲しいところだけど。

 

 っと、外の方で動きがあったみたいだ。できればこのまま進んで欲しかったんだけど。

 しょうがない、私も少し外に振って包まれるのを避けるか。

 

 この判断は間違っていないはずた。少なくともセオリー的には正しい。ただ1人、ここには中央のセオリーが通用しないウマ娘がいただけだ。

 

 ドンッ!

 鈍い衝撃が私の右側に伝わる。

 

『1コーナーに入って、ここで先頭に立っていたリオコウウを一気に叩いて、3連勝中のグランドサクセスがハナを奪います。リオコウウは2番手キープ。その後ろに変わらずオリンピック。4番手になったフソウタイカのインにカナメが潜り込んで並走状態。人気のロイヤルキングは後方からとなりました』

 

 その衝撃の正体が身体をぶつけた時の衝撃と知った時には完全に内を取られていた。

 

 

 一般的に中央では内側からの追い抜きは敬遠される。もちろんスペースが有れば別だけど。けど今回のような1人分のスペースが辛うじて有るか無いかくらいの時は突っ込まないのが暗黙の了解だ。その理由は何より危ないからだ。ウマ娘の時速は60キロを超える、その中での接触は重大な事故を招きかねない。

 だけど、今私に並んできたのは地方の娘。当たり前だけど、このルールは明文化されたものじゃない。だから、審議の対象にはならないし、私の文句もお門違いではある。

 

 それでもだ、文句の1つくらいは言いたくなる。

 

「っ、ルールを知らないの、強引すぎるじゃない!」

 

「なら内を空けなきゃいいだけでしょ?」

 

 返ってきたのは冷徹な一言。

 

 よし決めた、この娘だけには絶対に勝つ!!!

 

 

 

 

 

 



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35話

お久しぶりです。
寒い日が続くので体調管理に気を付けてください。
私は正月にコロナになりました。

【挿絵表示】



..

 

良い位置をとったな」

 

「あぁそうだな。にしても、あいつが前でレースをするとはなぁ。こう言っちゃなんだが、面白味は無くなったな」

 

「そう言ってやるなよ、サウス。大体、捲りなんてリスキーな戦法、いつまでも続けられるものじゃない。結局、捲って勝つっていうことはそのウマ娘の実力が抜けていただけなんだよ

 

「まぁ、そう言われればそうなんだが。ただ私が戦うとしたら、先行するあいつより捲りを打ってくるあいつの方が嫌ではあるな」

 

「それは、お前が前でレースをするからだろ? そりゃ、下手な捲りでペースをかき乱されるのは迷惑な話だからな。でも一つ、勘違いしているぞ」

 

「勘違い?」

 

「あぁ。捲りっていうのはな、どこからでも打てるんだよ」

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 内目、4番手。うん、悪くない位置だ。

 この雨で多少馬場は荒れているけど、それでも外を回されるよりは遥かにいい。

 

 問題はいつどのタイミングで仕掛けるか、多分ペースは緩まない。なら、この位置をキープするのもありではある。

 けど、私の横には例の3番の娘がいる。さっきの接触の件もあるし直線まで動かなかったら、間違いなく進路を閉められる。その場合前の娘が垂れてくれば私はお終いだ。

 

 ‥だったら、いつもと同じように早めに仕掛ける。と、いきたいところだけど、中山の外回りはいつもの内回りと違って仕掛けるタイミングが難しい。外回りは基本的にペースが緩まない。だから仕掛けるタイミングは4コーナー、荒れた内を避けて外に振ったタイミングで一気に内を突く。

内が開かなかったら? その時はその時だ。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

10番人気? そんなものは関係ない。

このレース、私リオコウウには作戦があった。

なんてことはない、とにかく前に行くだけだ。たったそれだけかと言う人もいるかもしれないが、たったそれだけの作戦がこの舞台では大きな武器になる。

 

「コウウ、お前の走りはどうもチグハグだな。前に行ったり後ろに行ったり。まあそれでも掲示板をほとんど外さないのは流石だが」

 

「でも、トレーナー。レースには展開っていうものがあるんです。柔軟な対応ができないと上のクラスでは通用しないのでは?」

 

「馬鹿。そんな小難しいこと考えるな。いいか、今のお前にそんな器用な真似は無理だ」

 

「そこまで言わなくてもいいじゃないですか」

 

「そう怒るなよ。いいか、そんなお前に俺がアドバイスをやる」

 

「アドバイスですか?」

 

「あぁそうだ。いいか、騙されたと思って前に行け。グランドサクセス辺りの出方次第では逃げてもいいくらいだ」

 

「・・・逃げですか。正直、自信はありませんね」

 

「心配しなくても今のお前がどんな戦法で走ったところで自信なんて出ないさ。だったら俺の指示通りに走った方が気が楽だろ? それに大穴っていうのは、逃げ先行が開ける。それにメンバー的にも前が有利になるはずだからな」

 

「さすが大穴ウマ娘のトレーナーとして名が知れている人は詳しいですね」

 

「ならおめでとう、次のレースが終わった暁にはお前もその大穴ウマ娘の仲間入りだな」

 

「ハハ、とにかくやるだけやりますよ」

 

 

 さぁ、本番。ゲートが開かれる。

 

 『先ずは外枠から押し出されるように、リオコウウが前に上がって行きます。続いてオリンピック、その後ろフソウタイカが内から押し上げて3番手。そして、おおっとカナメがこの位置、4番手まで上がっています』

 

 スタートは悪くない。競りかけてくる娘もいない。だったら、逃げるか。

 中山2,200mは外回り、ペースは緩まない。ただ、どこかで息を入れる必要はある。そういう意味では単騎の逃げは願ったりかなったりだ。後は如何にペースを落とすか。

 なんて、考えていたら外から位置を上げるウマ娘に気付かなかった。

 

『先ずは外枠から押し出されるように、リオコウウが前に上がって行きます。続いてオリンピック、その後ろフソウタイカが内から押し上げて3番手。そして、おおっとカナメがこの位置、4番手まで上がっています』

 

 前に行ったのは人気を集めるグランドサクセス。ただこれは、考えようによっては悪くない。風よけもできるし、何よりペース配分に気を使わなくていい。

 人頼みにはなるけど、今の私にとってこれも立派な戦いだ。

 

 

 さぁ、大穴ウマ娘の仲間入りを果たしてこよう。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 ここまで目下三連勝。私グランドサクセスには4番人気に支持される理由があった。

 

 おそらく、今回の最大の敵は2番人気のフソウタイカ。ダービーではあの皐月賞ウマ娘セイウンスカイに先着しての3着。それにダートでも勝利しているようにパワーもある、この重馬場ではそれも怖い。

 

 後は、カナメ。ダート実績ではフソウタイカよりも遥かに上。それに芝でも若葉S2着と実績もある。その時の1着ベアエクジスタンスは、怪我で皐月賞には出走できなかったもののかなりの実力者。油断はできない。ただ、この舞台なら彼女の捲りは不発の可能性も高い

とみている。

 

1番人気のロイヤルキングについては、ノーコメントだ。

 

 この2人に勝つためにはどうすればいいか考えた。1つは逃げること、これが一番勝率は高い。ただ、前に行くウマ娘が多いのも事実。ペースが早くなって自力勝負になればフソウタイカにはかなわない。

 だったら、ここは賭けに出る。道中は後ろから、それもカナメの後ろまで下げる。後は彼女の捲りを利用して上がっていく。前は彼女が掃除してくれるだろうし、風よけがいるだけ私の方が脚は残るはず。それに今回のレースの目的は、あくまで権利取り。勝ちに行く必要はない。

 よし、腹はくくったこの作戦でいく!

 

 

 ・・・と思っていたのに。

 

『先ずは外枠から押し出されるように、リオコウウが前に上がって行きます。続いてオリンピック、その後ろフソウタイカが内から押し上げて3番手。そして、おおっとカナメがこの位置、4番手まで上がっています』

 

 スタートは悪くなかった。後は下げてポジションを取る。そう考えていた時、私の眼には

内目でポジションを上げるカナメの姿が見えていた。

 

 ふざけるな! そう言ってしまいたくなる気持ちを必死でこらえる。たた、完全に描いていたプランは崩れてしまった。

 

 どうする? このまま後ろからレースをするか。いや、私一人の脚だととてもじゃないがそれは厳しい。なら、前に行くしかない。幸いなことにペースは緩い、ここからでも十分に巻き返せる。叩き所は1コーナー。ペースが緩んだ瞬間にハナまで取りきる。

 

『1コーナーに入って、ここで先頭に立っていたリオコウウを一気に叩いて、3連勝中のグランドサクセスがハナを奪います。リオコウウは2番手キープ。その後ろにオリンピック』

 

 よし、作戦は成功。多少脚は使ったけどハナはとりきった。あとは、いかに直線までお釣りを残せるか。番手の娘があっささり私を前に迎え入れたのも気になる。でも、考えたって仕方ない。なるようになるだけだ。それに逃げた以上は着を取りに行くのは難しい。

 

このレース、私には厳しい戦いになるのは間違いない。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 



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お出かけ回

32話の後の話です。




「遊びに行けって言われてもなぁ」

 

 午前中の授業を終えた教室で、机に突っ伏しながら私はいう。

 次のセントライト記念まで1ヶ月半。少しでもトレーニングを積みたいところなんだけどなぁ。

 

「なになに、カナメちゃんどこか遊びにいくのー?」

 

そんな私の様子を見て声を掛けてきたのはシャインちゃん。というか、他の娘たちはお昼に行っちゃってるし。

 

「そうなの、トレーナーさんに言われちゃったんだよね」

 

「へー。で、どこにいくの?」

 

「いや、全然決めてないんだよね」

 

 というか、正直めんどくさい。私って昔からそうだけど出不精なんだよね。友だちと約束してても当日になると行きたくなくなるタイプ。行ったら行ったで楽しいのは分かるんだけどね。

 

「カナメちゃん、あんまり外で遊ぶイメージないもんね。普段はオフの日に何してるの?」

 

「うーん、本を読んだり、ゲームしたり、インドアばかりかも。それにトレーニングしない日はできるだけ身体を休ませたいんだよね」

 

「あぁー、それはよくないよカナメちゃん。私たちみたいな年頃は遊び回っていないと」

 

 やれやれといった様子で首を振りながらシャインちゃんは言う。

 

「そういうシャインちゃんは、結構遊びにいったりするの?」

 

「うーん、それなりに」

 

 まぁ、シャインちゃんは外で遊んでても絵になるもんなぁ。何て言うか、青春の一ページみたいな。

 それにしても、あんなハードなトレーニングをして休みの日に遊びに行けるなんてシャインちゃんはすごいなぁ。私もトレーニングしている方だとは思うけど、シャインちゃん程じゃないし。

 

「大体、カナメちゃんなんて、レースの賞金ですごい稼いでいるんだから遊びにもっと使えばいいのに」

 

 確かに、これまでの賞金を全て合算したらかなりの額にはなるはずだ。でも、私にはお金を自由に使わない理由がある。

 

「私、全部お母さんに預けちゃってるからなぁ」

 

「え、お小遣い制?」

 

「ううん、欲しいものがあったりするとお母さんに都度頼んでる。あ、でもちょっとはお金ももってるんだよ」

 

 私、お金の管理とか苦手だしね。それにそんなにお金を使う機会もないし。それだったらお母さんに預けておいた方が安心だ。ただ、シャインちゃんはどこか引いたような目で見てくるのは気になるけれど。

 

「…は、はは。そうなんだ。じゃあさ今度私と一緒に遊びに行こうよ。友だちも誘ってさ」

 

 うーん、正直めんどくさいだけどなぁ。部屋でゴロゴロしたいのが本音だ。けど、トレーナーさんにも言われてるし遊びに行くか。考えてみればシャインちゃんと一緒に出掛けたこともなかったし。ただ、一つ懸念事項がある。

 

「友だちかぁ。でも、私プライベートで遊ぶような友だちほとんどいないからなぁ」

 

 そう、シャインちゃんとも出掛けたことのない私。当然、一緒に遊びにいくような仲の娘なんているわけもない。いやまぁ、入学当初にご飯とか一緒に食べに行ったりした娘はいたんだけど。だんだんと疎遠になったり、転校や引退もあったりして今じゃほとんど交流がない。

 

「あ…、そうなんだ」

 

 また、シャインちゃんから哀れむような視線を向けられる。これはまずい、訂正しておかないと私がボッチだと思われちちゃう。

 

「地元に行けばいるんだからね! こっちでいないだけだから」

 

 ひろくんとけんちゃんとみぃちゃん。うん、3人は確実にいる! なんだったら呼びつけても来てくれるかも。いや、そんなことはしないけどね。

 というか、こっちでも私ってそれなりに人気者だから、遊びに誘ったら付き合ってくれる娘もいるはずなんだけどね。

 

「大丈夫。わかってるよ」

 

「絶対、分かってないでしょシャインちゃん」

 

「分かってるってば。じゃあ私と2人でいく?」

 

 シャインちゃんと二人でも悪くないけど。どうせ出掛けるならもう少し人数がいてもいいなぁ。だったら、

 

「どうせならグリンさんでも誘う? 最近、グリンさんにトレーニング見てもらってるし。シャインちゃんも仲いいもんね」

 

「グ、グリンさん。えと、カナメちゃん誘えるの? 私、オフの日に遊びに行ったりしたことないんだよね。もしカナメちゃんが誘えるならお願いしてもいい?」

 

「ん? 別にいいよ。じゃあグリンさんに聞いて見るね。返事もらえたらシャインちゃんにも伝えるよ」

 

 



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37話

 彼女は天才だった。

 

 どれだけ離していてもゴールする頃には必ず抜かされていた。

 踏み込みの力強さ、追い縋ることもできないスピード。

 デビュー前から数えて何度戦っただろうか。ついに私は彼女に先着することができないままに現役を退いた。人によっては早すぎるという人もいたかもしれない。でも、私は十分に満たされていた。どうあがいても彼女に勝てないのは分かっていたし、それに彼女を真剣に応援したくなったのだ。そう私は、その小柄な身体をいっぱいに使った走りに、すっかり魅了されていたのだ。

 

 そんな彼女が遂に日本を代表する大レースで走ることになった。しっかりと魅了されていた私も当然テレビの前で観戦することにした。小さなころ一緒に走った彼女が、こんな大舞台に出走していることが誇らしくもあった。

 テレビに映る彼女はいつもと変わらない様子に見えた。

 そしてレース本番。

 テレビに映る彼女は私の知っている天才ではなかった。そう、そこにいたのはバ群に沈みながらも必死で食らいつき少しでも上の順位を目指すただのウマ娘だった。

 

 そう彼女は天才"だった''のだ。

 

          ------あるウマ娘の独白------

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『先頭はまだグランドサクセス、その後ろにリオコウウがピタリとマーク。その後ろにフソウタイカとカナメがピタリと併走。ワールドカップは苦しいか。そして、1番人気のロイヤルキングに未だ動きはありません」

 

 この時点で私フソウタイカには勝ちの目が見えていた。

 うちの地方の娘との併走が続いているが、道悪を考慮しても今回は明らかにスローペース。これならペースアップの時に外を回っている私の方が優位。

 それに前を走るリオコウウはこのメンバーでは格落ち。おそらく垂れるはず。そうなればあの娘に進路はない。私に喧嘩を売ったことを後悔させてやる。

 

『4コーナーを迎えてグランドサクセスのリードは1バ身』

 

 よし、ここだ今日のバ場なら後ろからの追い込みは効かない。早め先頭で押し切る!

 そう思って進路を外に切り替えようとしたとき、私の視界には1人のウマ娘の背中が見えていた。

 

『ここでリオコウウが仕掛ける。直線入口を迎えるところでグランドサクセスに並んだ。グランドサクセス抵抗できるか』

 

 リオコウウの仕掛けが早い。

 でも、彼女と私なら私の方が力は上。グランドサクセスともがきあって体力を使うなら、なおさら私が負けることはない。

 ここは様子見だ。

 

 けれどこれは間違いだった。リオコウウが仕掛けた時点で様子見を決めたなら、私は内で我慢するべきだったんだ。

 進路を外にとったところで、彼女にスペースが生まれてしまった。

 

『グランドサクセスここで後退。リオコウウが代わって先頭。おっと、狭い進路をこじ開けてカナメが内を割ってきた』

 

 まさか、あの狭い内を突くなんて。完全にしてやられた。それでも内の馬場は荒れている。私が外から抜けないはずがない。

 

 大丈夫、勝てる! なんて言っても私はダービー3着。このメンバーで負けるはずがない!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 勝った!

 このレース、ここまで私リオコウウにとっては最高の流れだ。ハナを取られたときは少しヒヤっともしたけど結果的には大正解。

 グランドサクセスは最高のペースで走ってくれた。後ろにつけていた私にとっては風よけにもなってくれたし、まさに様々だ。

 

 脚は溜まっているし仕掛けようか。どうせこの馬場だ、瞬発力もかなり削がれるはず。それなら直線入口で先頭に立って押し切ってしまえる。

 

『ここでリオコウウが仕掛ける。直線入口を迎えるところでグランドサクセスに並んだ。グランドサクセス抵抗できるか』

 

 抵抗できないでしょう。私と彼女じゃ使った脚が違う。ただすぐには交わさない。あくまで先頭に立つのは直線に入ってからだ。

 このレース最大の敵はフソウタイカ。早目に抜け出せば彼女の目標にされてしまう。それにフソウタイカが動けば、後ろのロイヤルキング辺りも動きだす。彼女の末脚も怖い。

 

 まだだ、まだ抜かない。

 

 今だ!

 

 一気にギアを上げる。

 中山の直線は310m。

 後はこの距離を走り切るだけ。

 でも、私は知っている。このまま楽には勝てないことを。

 

 誰が来る?

 フソウタイカか? ロイヤルキングか?

 

 この馬場だ、警戒するのは外!

 そう思っていた時、内からバ体を併せるウマ娘がいた。

 

 グランドサクセス、まだ脚が残っていたのか。

 いや、違う。

 それにフソウタイカでもロイヤルキングでもない。

 併走している相手はそれより一回り小柄だ。

 

『おっと、狭い進路をこじ開けてカナメが内を割ってきた』

 

 まさかまさかの地方の娘だ。

 いや、むしろ大穴ウマ娘の相手にはピッタリだ。

 さぁ最後の直線、もう後ろの子たちは関係ない。この地方の娘にかつだけだ。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 今日の私はついていた。

 2番手の娘が外から仕掛けてくれたこと。

 逃げている娘が2番手の娘に身体を併せて抵抗してくれたこと。

 3番の娘が仕掛けどころを見失って私へのマークを緩めたこと。

 この全部が私の追い風になった。

 

 逃げている娘とラチの間のスペースは、とても広いとは言えないけれど、抜け出すには十分だ。

 

 内から身体をねじ込み併せる。

 

「ッ、、」

 

 接触を気にしたのか、前を走っていた娘が外にふくれた。

 今しかない!

 さぁ、私の肝心要の末脚を見せてあげる!

 

『おっと、狭い進路をこじ開けてカナメが内を割ってきた』

 

 完璧だ。もしかしたら、デビュー以来1番のレースかもしれない。

 だったらここで勝たないわけには行かないでしょ。

 

 この馬場だ、きっと後ろの娘たちは外を回すはず。

 でも、それじゃ間に合わない。

 私のJDDの上がり3Fは37.0。最後の1Fは12.2。

 この馬場でも、大井の砂よりは軽い!

 

 なら私の敵は並んでいるこの娘。3番の子はもう盛り返せないはず。

 

『直線迎えて、カナメとリオコウウが身体を併せての追い比べ。その2バ身後ろにグランドサクセスとフソウタイカ。その他は離れた。中山の直線は短いぞ、後ろの娘たちは間に合うのか』

 

 抜ける、抜かす! 

 馬場を考えれば少しでも外を走っている彼女の方が有利。

 それでも末脚比べなら負けるわけにはいかない。

 

「さっさと潰れろ! 勝つのは私だ!」

 

「ふざけるな、お前が潰れろ!」

 

『カナメとリオコウウの追い比べがまだまだ続く! 3番手はフソウタイカで固そうだ』

 

 長い長い追い比べが続く。

 中山名物の急坂、相変わらず壁みたい、本当にこのコースの設計をした人は性格が悪い。

 この坂を見ると若葉ステークスの時の2着を思い出す。あの時の悔しさを思い出せ。

 

 もうちょっとだけ頑張れ私! 

 絶対、隣の娘に負けない、踏ん張れ! 

 

『坂を駆け上がったところで、カナメが先頭に立つ。リオコウウはわずかに遅れをとった』

 

 行ける!

 まだ、脚は残っている。あの時感じた冷たい衝撃も今日はない。

 だったら、私が負けるわけがない!!!

 

『カナメが先頭。リオコウウが2番手。カナメが突き放してゴールイン! 鬼気迫るレースぶりを見せたカナメが5度目の挑戦にして遂に中央初勝利! 地方ウマ娘初のクラシック勝利に向けて、金沢の雄カナメが菊花賞に向かいます!!!』

 

 勝った‥

 勝ったんだ‥

 ハハ、やればできるじゃないか私。

 

 そしてそんな勝利の余韻を味わう間も無く、私の耳は大きな音を捉えていた。 

 

『そしてお聞きください、この声援! 偉大な挑戦をするウマ娘を後押しするかのように多くのファンが祝福の声をあげています』

 

 私の耳に入ってきたのはカナメコール。多くのファンの人たちが私に声援を送ってくれていた。

 そして、その中には涙を流して声を出すあの女の人もいた。

 

「なんだ、しっかりファンだったんだ。だったら悪いことしちゃったな」

 

 思わず笑みが溢れる。

 

 そして噛み締める。

 菊花賞トライアル、セントライト記念を買ったのは金沢所属のウマ娘カナメだと。

 

 セントライト記念 確定

 1着 カナメ

 2着 リオコウウ

 3着 フソウタイカ

 

 1着のカナメ、2着のリオコウウ及び3着のフソウタイカには、G1菊花賞の優先出走権が与えられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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38話

「よくやった! 遂に中央初勝利、それもG2の舞台で決めるとは、俺も誇らしいぞ」

 

 トレーナーさんがご機嫌、というか有り体に言って浮かれていた!

 まぁそれもそうだ、私も思わずにやけてしまうし。

 

「いやー、やっちゃいましたね私! 自分で言うのもなんですけど、最高の走りができました。それにライブの盛り上がりったらなかったですよね。やっぱりセンターは違いますよ」

 

 初めての中央のセンターは最高だった。金沢は金沢で味があるしいいんだけど、中央の場合は演出がド派手でとにかく盛り上がりがすごかった。ファンの人たちのカナメコール、気持ちよかったなぁ。ちなみに例のお姉さんもしっかり最前列にいたので、気持ち多めに視線を送ったんだけど、気づいてくれたかな?

 

「全くだ! 特に好位の位置を取り切ったのはよかった。以前のお前のように捲りに構えていたら、今日の馬場だと届かなかったはずだ。それから直線手前のイン突き、よくあそこに進路をとったな」

 

「先行できたのはグリンさんの教えのおかげです。それに、私も勝ちに拘りたいと思いました。確かに強引だったかもしれないけど、あの時、あの場面で最善の策をとったつもりです」

 

 実際、今日のイン突きはあれしかないという乾坤一擲の策だった。もし、少しでも躊躇っていたら私がライブのセンターに立っていることはなかったはず。

 

「そうか。まぁ、お前なら大丈夫だとは思うが、怪我だけはするなよ」

 

「大丈夫ですよ。私、そこら辺の感覚については優れている自信がありますから」

 

 自慢じゃないけど、私は怪我をしたことがほとんどない。トレーナーに言わせると、頑張りと無茶の境界を認識できているってことみたいけど、私本人はよく分かっていないんだよね。まぁ、とにかく気をつけておけばいいか。

 

「確かに、俺もデビュー当初から怪我の心配だけはしたことない。そこに関しては全幅の信頼を寄せているくらいだ」

 

「ハハ、ありがとうございます。で、次走のことですが」

 

「あぁ、予定通り菊花賞にいく。そこからジャパンCだ。正直、ローテーション的には厳しいがこれでいかせてもらう」

 

「えぇ、問題ありません。それにジャパンCを走らないわけにはいかないですから」

 

「エルコンドルパサーか?」

 

「はい。エルちゃんと走るならもうここしかありません。最後の最後でエルちゃんの首を取りにいきます」

 

 エルちゃんは、毎日王冠をステップにジャパンCに出走することを早くから表明している。同時に秋は二走しかしないことも。

 来年以降のことは分からないけど、エルちゃんと戦えるのはこのジャパンCが最後かもしれない。それなら、出走しないわけにはいかないでしょ。

 

「まぁ、落ち着け。まずは菊花賞からだ。知っての通りこのレースは京都3,000m、今までとは距離がかなり違う」

 

「えぇ分かっています。でも、私もスタミナには自信があります。むしろ距離が伸びるのは相対的に有利になるはず」

 

 普段、パサパサの砂を走っているんだ、足腰は相応に鍛えられてるはず。それに距離が伸びれば追走も楽になるだろうし。

 

「とは言っても、お前は2,200mまでのレースしか走ったことがない。もちろん俺も、お前は長距離向きだとは思うがな」

 

「ここも先行策でしょうか」

 

「あぁ。というより、このレースで先行できるようにするための、先行練習だった。京都レース場は3〜4コーナのアップダウンがある。特に直線入口に入るまでが下り坂になっていて、スピードが乗りすぎるとコーナで上手く回れない。つまり、捲るのには不向きな舞台だ」

 

「なるほど。でしたら先行一択ですね。とはいえ、3,000mのスタミナも考えないといけませんけど」

 

 あまり、最初に脚を使ってしまうと、肝心な時に馬群から抜け出せなくなってしまうかもしれない。だったら気をつけないといけないのはスタートかな?

 

「そうだな。まぁ、そこら辺はおいおい考えるさ。とりあえず、今からのお前は大変だぞー?」

 

「分かってます。厳しいトレーニングにも耐えて見せます!」

 

 やっぱり、スタート練習は必須だよね。後はスタミナ強化。それに上り下りのアップダウンにも慣れないと。

 

「違う、違う。お前、中央の重賞を勝ったんだぞ? しかもクラシックトライアルだ。間違いなくメディア陣が駆けつけてくる。皐月賞前の時よりも数倍の人数でな。それの対応もしなきゃいけない。もちろん、あまりにひどいようなら、俺やシロヤマで対処するがある程度は答えてやらないとな」

 

 完全に忘れていた。そっかぁ、インタビュー対応か。

 確かに若葉ステークスの後には、結構インタビューされたもんね。でももしかしたら、今回は全国的にインタビューされちゃうかも。いやどうしよう、カナメフィーバーとか起きたらするのかな?

 

「よし、今度は噛まないようにしなくちゃ」

 

 今のところ、私のインタビューはほとんど噛んだものしか残っていない。というより、噛んだとこばかりが流されているような気がする。まだ、石川ローカルだからいいけど、全国ネットでそれが流れることは何としてもさけたい。

 

「むしろ、多少噛んだ方が愛嬌あって人気になるかもしれないぞ? あと、これは俺個人のお願いにはなるんだが」

 

 そんな理由で人気になってたまるか!

 と、それよりもトレーナーのお願い? 一体なんだろう。

 

「どうしたんですか? トレーナーさんが珍しいですね」

 

「そのインタビューの時に金沢のアピールでもしてくれ。それで少しでも

 

入学者が増えれば万々歳だ」

 

 あぁ、そういうこと。こう見えてもトレーナーさん、金沢生え抜きの娘しか担当しなかったり、意外と地元意識高いんだよね。もちろん、私も金沢生まれ、同じように地元は大好き。

 だから返事は当然こうなる。

 

「もちろんです、ばっちりアピールします。そしてこう言ってやるんです!」

 

 そう、それはずっと思っていたけど中央で勝ててなかった私には言えなかった一言。でも今なら言える!

 

「何をだ?」

 

 それはきっと地方の関係者みんなが思っていること。

 

「地方は中央の2軍じゃない!」

 

 私はキメ顔でそう言った!

 

 

 

 




当初はここで終わりにしようと思っていましたが、まだまだ書きたくなったので書きます。
引き続きよろしくお願いします!


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39話

 菊花賞まで残り僅か。

 私はトレーナーさんと菊花賞に向けての打ち合わせをしていた。

 

「さて、菊花賞に向けて大体の情報が集まってきたな」

 

「えぇ、出走メンバーは大体分かってきました。トレーナーさんが思う注目ウマ娘は誰ですか」

 

「まずは別線トライアルの上位4人、スペシャルウィーク、キングヘイロー、エモーション、ブレイブカイザー。そしてシニア級、それもメジロブライトなんかのトップ連中から逃げきったセイウンスカイ。ここら辺が中心にはなると見ている」

 

「なるほど。やっぱり前走で結果を残している娘たちが中心にはなりますね」

 

 名前の出ている5人のウマ娘については、説明不要だろう。クラシックに出走しているなかでは、既に結果を十分に出しているウマ娘たちだ。

 

「その点だとお前もトライアル一着だ。ここも勝負になると見ている」

 

「珍しいですね、トレーナーさんがそんなこと言うなんて。皐月賞の時はボロクソだったじゃないですか」

 

 皐月賞の時は勝てないと言われていたからなぁ。まぁ、実際にボロ負けだったので言われてもしょうがなかったんだろうけど。

 

「元々俺は、お前がステイヤーだと思っていた。ゆくゆくは北國王冠に勝てるだろうと」

 

 北國王冠は金沢で行われる2,600mの重賞だ。最近だとグリンさんとサウスヴィレッジさんの激戦もあった、金沢を代表するレース。確かに私が目指しているレースの一つでもある。

 

「つまり距離が伸びた方が私にはいいってことですね」

 

「あぁ。お前は脚が遅い、だから前半が流れるレースだとどうしても後半の脚が鈍る。追走で脚が使われるからだ。逆に重い芝程度なら体力を使わずに走ることができる。それはパワーもそうだがスタミナがあるからだ」

 

「3,000mでもバテずに追走できますか?」

 

 正直、3,000mは私も走ったことはない。トレーニングの1つとして長距離を走ることもあるけど、基本的にはランニングあくまで全力で走っている訳じゃない。

 

「行けるとは思うが、お前にとってここから先は未知の距離だ。それに他のウマ娘も3,000mは走ったことがないからな。だからこのレースは、大体2つのパターンになる」

 

「2つですか?」

 

「あぁ。一つ目は良くあるパターンなんだが、スローからの決め手勝負になるパターン。これはスタミナを温存するために前半を抑えすぎるからだ。そして2つ目が完全な前残りパターン。これも理屈は一緒で、前に行ったやつを誰も捕まえに行かず、結局逃げたやつがそのまま逃げきっちまうことがある」

 

「今回はどっちになると思いますか?」

 

 スローの場合は嫌だなぁ。どうしても瞬発力勝負は苦手だ。

 とりあえずトレーナーさんにどっちになるか聞いてから考えよう思ったら、意外な答えが返ってきた。

 

「まずはお前が考えてみろ。今回のメンバーを見てだ」

 

 珍しい、トレーナーさんがこんなこと言うなんて。まぁでも、自分で考えることも大切だよね。

 

「えーと。まず末脚ならスペシャルウィークとキングヘイローの2人がキレますよね。前に行く娘だとセイウンスカイ、それとこの前走ったリオコウウとかですか」

 

「あぁそうだな。そこに関しては俺も同意見だ。強いて言うならフソウタイカ辺りも前でレースはするだろうな」

 

 よし先ずは合ってたみたい。最近、私も色々と分かってきたんだよね。ちょっとは勉強した甲斐があったよ。

 

「それでも、スペシャルウィークの末脚がやっぱり一番だと思います。エルちゃんもウマスタで言ってました。スペちゃんの末脚は要注意デースって」

 

「つまりスペシャルウィークの決め手が上ということか?」

 

「正直、ダービーの時と同じ脚を使われたら勝てる娘はいないと思います」

 

 ダービーの映像を見たとき、あの豪脚には心底魅せられた。確かにあの脚を見れば、トレーナーさんが惚れ込むのも分かる。あの勢いで迫られば並ぶ間もなく交わされてしまうだろう。

 

「よく見えているな。少し前までの俺もそう思っていた」

 

「今は違うんですか?」

 

「あぁ。俺はこのクラシックはスペシャルウィークが3つとも持っていってもおかしく無いと思っていた。それだけあいつの力は抜きん出ていたからだ。だが、この前のレースで考えを変えた」

 

 そう言うとトレーナーさんは一拍開けてこう言いきった。

 

「今回のレース、一番警戒すべきはセイウンスカイだ。いいかカナメ、セイウンスカイの番手だ、そこを確実に取りきれ」

 

「なぜと聞いてもいいですか?」

 

 私が言うのもあれだかトレーナーさんはスペシャルウィーク贔屓だ。今までも、彼女のことを褒めているところはよく見ていた。

 一方でセイウンスカイに関しては身体能力で一歩劣ると言っていた記憶がある。そのトレーナーさんがセイウンスカイを上にとるなんて。

 

「あいつはペースを間違えない。前回のメジロブライトを破ったレースを見たが、魔法を見ているようだった。とくに向こう正面の息の入れ方は見事としか言いようがない」

 

 

「それほどですか」

 

 私はそのレースよりも、同じ日に行われていた毎日王冠の方に気をとられてしまっていたので正直覚えていない。

 あぁ、エルちゃん惜しかったなー。まぁ当の本人は、本番はジャパンカップなのでそこで勝てばいいデースって言っていたけど。

 おっと話が逸れちゃった。

 

「あぁ、シニアになってからはともかくいまの時点ではセイウンスカイの完成度は図抜けている。スペシャルウィークでも今のセイウンスカイには届かないはずだ」

 

「だから私にマークしろと」

 

「あぁ、だが今回のレースはそれだけじゃあだめだ。おそらくセイウンスカイは後ろを離して逃げるだろう。ピタリとマークすればバ群が短くなって、スペシャルウィークなんかの餌食になる」

 

「じゃあどうすればいいんですか」 

 

 つまりマークはしつつも後ろにはつけるなということだ。果たしてそんなことができるんだろうか。

 

「番手は譲るな、そしてセイウンスカイとの間隔は空けろ。そして2周目、お前がセイウンスカイを交わせると思った位置で仕掛けるんだ。ただし仕掛けをあまり遅らせるなよ。あまりゆっくり構えていると、他の連中がポジションを上げてくるからな。その隙を与えるな」

 

 …難しい。間隔を開けちゃうとその間に他の娘が入られることが考えられる。

 それをさせないためには、私がスタートで後手を踏まずに後続を抑えて先行するしかない。出遅れた時点で、セイウンスカイから間隔を空けた番手をとるのは不可能だ。

 

 それでも懸念がある。

 

「仮に他の娘たちが道中で捲りあげてきたらどうしますか?」

 

「絶対に番手は譲るな。このポジションを取られたら終わりだ。心配しなくて長丁場の3,000m、早々と捲りに来るやつなんていないさ。それでもいた場合は体をぶつけてでも止めに行け。もちろん限度はあるがな」

 

 これまた珍しい。トレーナーさんがここまで言うってことは番手を譲る訳にはいかない。きっと番手をとることが勝つためには必要不可欠なんだということが実感できる。

 

「分かりました番手は絶対に譲りません。死守します」

 

「あぁ、その意気だ。それとセイウンスカイにペース配分はすべて委ねろ。お前に必要なのはセイウンスカイとの間隔を常に一定に保つことだ。余計なことは考えるな、お前は番手を守りきることと最後の仕掛けどころだけを考えていればいい」

 

「冷静に考えると、すごい人任せな戦法ですね」

 

「まぁ、そうとも言えなくはないな。それならセイウンスカイに菓子折りでも持っていったらどうだ? 次のレースではよろしくってな」

 

「あ、それいいですね」

 

 なるほど、菓子折りかぁ。金沢は和菓子が有名だしね。それにエルちゃんにも持っていってあげようかなぁ。

 

「は? おい、冗談だぞ」

 

 

 もちろん私もトレーナーさんが冗談で言ったことくらい分かっている。それでも、菓子折りを持っていくのは悪くないと思うんだ。



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40話

「やって来ました、トレセン学園!」

 

 東京都府中市、東京レース場に程近い場所にトレセン学園はある。すごい場所だとはグリンさんやサウスヴィレッジさんから聞いていたけど、見ると聞くとじゃ大違い。

 ここと比べると金沢の設備が悲しくなってきちゃうよ。

 

「全く、本当に来ることになるとはな」

 

「トレーナーさんのおかげですよ。まさか、トレーナーさんに伝手があったなんて」

 

 なんでも、トレーナーさんの古い知り合いがここで働いているらしい。詳しいことは教えてくれなかったから、よく分からないけどね。

 とにかく、トレーナーさんのお陰でこうして簡単にトレセン学園に侵入、もとい見学することができたわけだ。

 

「まぁ、長いことトレーナー業をしていると知り合いの1人や2人はいるもんさ。で、お前の方も大丈夫なのか?」

 

「任せてください! 今日の私は中央転入希望生です、ちゃんとエルちゃんにもそう話していますよ」

 

 そう今日の私は、中央転入を検討している期待の地方ウマ娘。実際に中央の重賞レースを制したわけだし、このこと自体は何もおかしくはない。

 

「と、噂をすれば」

 

「カナメちゃーん、遅くなりましたデス」

 

「全然大丈夫だよ、こっちこそ色々お願いしてごめんね」

 

 現れたのは、何を隠そう中央G1ウマ娘エルコンドルパサー、もといエルちゃん。今日は彼女が私たちを案内してくれることになっている。

 

「うーん、この人がカナメちゃんのトレーナーデスか」

 

「あぁそうだ。うちのカナメが世話になってるみたいだな」

 

 ジロジロとトレーナーさんを見つめるエルちゃん。いや、確かにトレーナーさん、見た目はあれだけど変な人じゃないからね。まぁ、面白そうだから言わないけど。

 

「ふぅーん。カナメちゃんはいいトレーナーさんを見つけましたネ」

 

「お前にそう言って貰えると光栄だよ、エルコンドルパサー」

 

「え、エルちゃん。一体、どこを見てそう思ったの? ぱっと見だと冴えないおじさんにしか見えないと思うんだけど」

 

「おい」

 

 トレーナーさんが抗議の声を上げるけど無視無視。それともトレーナーさんって、エルちゃんの目から見てもすごいトレーナーさんなのかな?

 

「だって、カナメちゃんのトレーナーさん、エルの脚をチラチラ見てましたから。いいトレーナーさんはウマ娘の筋肉を見て、走るかどうか分かるらしいデスよ」

 

 いやいや、それはまずいでしょ。

 ということは今まで私の脚もジロジロ見られてたってこと? 私は別にいいけど、他の娘のを見るのはちょっと。

 とにかく問いたださないと。

 

「ちょっとトレーナーさん、それって本当ですか」

 

「いや見てない見てない。適当なことを言うなエルコンドルパサー」

 

 必死に否定するトレーナーさん。そこまで強く否定すると返って怪しい。どうやって問い詰めようか、そんなことを考えていると。笑いを堪えた様子のエルちゃんが声を掛けてくる。

 

「ハハ、すいませんデス。カナメちゃん、冗談デスよ。それじゃ、張り切って案内するので付いてきて下サーイ」

 

 そうしてエルちゃんに連れられた私とトレーナーさんは、トレセン学園の設備の凄さをまざまざと見せつけられた。

 なにあのプール、あんなのずるいでしょ。金沢なんて普通の25mプールしかないんだからね。

 ジムの設備もすごいし、ライブの練習場も充実してた。  

 とにかくすごいし、すごい!

 

「トレーナーさん、中央ってすごいですね」

 

「あぁ。なんせ資金力が違いすぎる。地方との差が開くのもしょうがないのかもしれないなぁ」 

 

「トレーナーさんがそれを言いますか」

 

 金沢大好きなトレーナーさんがそれを言ったらおしまいでしょ、全くもう。

 

「いやそう思っちまうのも無理ないだろう。大体、なんだあの坂路。あれに比べれば金沢の坂路なんて平坦と一緒だぞ」

 

 確かにあの坂路はすごかった。普段からあれでトレーニングしていれば中山の急坂にも対応できるようになるかもしれない。

 まぁ、そもそも地方のレース場は基本的に平坦コースが多いから、坂路自体は筋力トレーニング用でしか使われないんだけど。

 

 それに色々と見学した結果、金沢のトレセンの方が優っていることも見つかった!

 例えばこれなんてそうだ。

 

「でも、学業なら私の方ができますよ。というより、金沢の方がレベルが高そうです」

 

 そう学力。おそらく中央の娘たちはトレーニングを重視するあまり、勉強をあまりしていない!

 つまり、金沢のウマ娘の方が賢いってこと!

 ただトレーナーさんの返答は芳しくない。

 

「地方のトレセンっていうのはどこもそんなもんだ」

 

 まぁ、そうなんだよね。結局のところ地方の娘っていうのはレースで活躍して身を立てるレベルに無い娘が多い。要は早期引退も多々あるということ。だからある程度勉強の方も重視しておく必要がある、ただそれだけのことだ。

 

「あのー2人とも、エルのこと忘れてませんか? 取り合えず、一通りは見て回りましたけど、他に行きたいところはありマスか?」

 

「俺は別にいい。カナメは行きたいところあるんだろ?」

 

「そう言えばエルちゃんってセイウンスカイさんと仲がいいんだよね。ちょっと会いたいんだけど、会えるかな?」 

 

 さて、いよいよ今回の1番の目的、セイウンスカイとの対面だ。エルちゃんがセイウンスカイと仲がいいのはウマスタで聞いてるし、会えるといいんだけど。

 

「セイちゃんですか? 連絡してみますけど、会えるかは分かりませんよ?」

 

「その時はその時でいいよ。お願い!」

 

「分かりました。えーと、『セイちゃんへカナメちゃんが会いたがっています。』送信したデース!」

 

 いやいやエルちゃん、セイウンスカイは私のこと知らないでしょ。カナメって誰? ってリアクションになっちゃうよ。

 

 と、そんなことを考えていると、ピロンと、エルちゃんの携帯が鳴った。

 

「お、カナメちゃん。セイちゃんが会ってもいいって言ってるデス」

 

 返信早! いや、こっちとしては大歓迎なんだけど。

 

「それじゃあエルちゃん、案内してくれる? トレーナーさんはどうしますか?」

 

「俺は校門のところで待ってるから、終わったらそこで集合でいいだろ。オッサンがついて行っても会話が弾まないだろうしな」

 

 トレーナーさん、絶対にさっきのこと根に持っている。いい大人なのに。

 まぁ、元からセイウンスカイと会うのは私1人の予定だったし別にいいんだけどさ。

 

「じゃあ、カナメちゃん行きマスよ!」

 

 そう言うなり、エルちゃんは私の手を引いて駆け出す。

 いや、別にそんなに急がなくてもいいんだけど。

 

 そうして駆け足で集合場所まで向かっていると、何やら視線を感じた。いや、エルコンドルパサーに手を引かれて走ってる見知らぬウマ娘がいたら注目されるのも当然かもしれないけど。が、どうやらそういうわけでもないようで。

 

「あの、カナメさんですよね?」

 

 声をかけてきたのは、見知らぬウマ娘。いや、どこかで見たような気がしないでもない。

 とりあえず、エルちゃんも気を遣って一旦止まってくれて何よりだ。

 

「どこかで会ったことは…ないよね?」

 

「えぇ、私はありません。ただ私の姉があなたと走ったことがあります」

 

 私と走った娘? 目の前のウマ娘に似てる娘だよね。うんうん考えていると、ふと思い出した、あの冷たい衝撃を。きっと彼女の姉というのは、あの娘だろう。

 

「あなたの名前は?」

 

 名前は聞いておくべきだと思った。

 彼女とはもう走ることは無いだろうけど、彼女とは走るかもしれない。だったら覚えておくに越したことはない。

 

「私はナリタトップロード、デビューはまだなんですけどね。今年の冬ごろの予定で。それよりも今度の菊花賞、見に行きます。すごく、すごく応援します! 頑張ってください!」

 

 応援してくれるなら期待に応えないとね。とくに死力を尽くして戦った彼女にされるなら。

 

「任せて、あなたのお姉さんが1番強かったってみんなに伝えられるよう頑張るよ」

 

 

 

 

「カナメちゃん、トップロードさんと知り合いだったんデスね。にしても、さっきのセリフカッコいいデスね。あれって勝つ自信ないと言えないデスよ。それ以外のところも含めてカナメちゃんらしいデス」

 

「いや、初めて会ったよ。ただ、色々と縁があってね。あとさっきのは我ながらカッコつけすぎたと思わなくもないなぁ」

 

「エルはそういうのは好きデスよ。と、ここがセイちゃんの約束の場所です」

 

「ここ?」

 

 連れてきてもらったのは、なにもないただの広場。てっきり、どこかの部屋だと思ってたけど。

 

「ハロハロー。あなたがカナメちゃん? 皐月賞以来だねー」

 

 と寝転がってたウマ娘が突如起き上がりこっちに向かってきた。あんまり記憶にないけど、彼女がセイウンスカイだよね?

 

「えと、セイウンスカイさん?」

 

「そそ。で、一体私に何の用かな?」

 

「次の菊花賞よろしくお願いします、っていう挨拶をさせてもらいにね」

 

 別に嘘じゃないよね。挨拶は挨拶だし、お願いはお願いだ。

 

「へー。それってどういう意味のお願いしますなのかな?」

 

 あれ、勘付かれてる? やっぱり一筋縄じゃいかないかぁ。

 一応カマをかけてみようかな。

 

「どういう意味だと思う?」

 

「質問を質問で返すのは良くないなぁー。まぁ、条件次第なら乗ってあげなくもないよ」

 

 あ、完全にバレてますねこれは。まぁでも、そっちの方が諸々交渉しやすいしいいか。 

 

「へぇー。私が何を言いたいのか分かるんだ。じゃあ、単刀直入に次の菊花賞先頭で逃げてもらえない?」

 

「それはどうしてかな。言われなくてもセイちゃんは逃げるとは思わなかったの?」

 

「ペースコントロールならあなたが1番得意でしょう、私はそういうの辛っきしだから。そのかわり私が番手を守りきってあげる」

 

 これは嘘じゃない。実際、私に長距離のペースコントロールは無理だ。信頼できるペースメーカーが欲しいのは間違いない。

 その点、トレーナーさんも言っていたけれど、目の前のセイウンスカイのペースコントロールはピカイチだ。

 

「つまり、セイちゃんが逃げるの援護してくれると。でも、それだけだとわざわざ私に言いにくる必要はないよね? 勝手に番手を取り切ればいいんだから」

 

「確かにその通り。だから私があなたに求めるのはハイペースの逃げ」

 

「長距離でハイペースで逃げるって、セイちゃんにメリットないですよね? スローで逃げて脚を残した方がお得ですし」

 

「スローの瞬発力勝負に持ち込めば私もあなたもスペシャルウィークの末脚には敵わない。特に馬群が密集してしまえば」

 

 そして、馬群を密集させるには、番手の私が先頭との距離を詰めればいいだけ。

 もちろん、セイウンスカイはそんなことは分かりきっているはずだ。つまり、ハイペースで逃げなければ自滅覚悟の私に潰されるということを。

 

「なるほど。それでカナメちゃん、私がハイペースで逃げるとして、どんな見返りをくれるのかな?」

 

「他の娘が競りかけるのを阻止するだけじゃ足りない?」

 

 これで済めば1番楽だけど、そうはいかないよね。さて、どんな条件が出されるかな。

 

「足りないですねー。それだけなら私にだってなんとでもできますから。10バ身、坂の頂上の段階でそれくらいの差は欲しいところだね」

 

「10バ身は足下を見過ぎじゃない?」

 

 セイウンスカイがどれだけのペースで逃げてくれるかは分からないけど、おそらくはそこまでハイペースにはしないはず、10は厳しい。

 

「いやいや、ハイペースで逃げるんですよ。それくらいのリードは必要じゃないかな。じゃあ、おまけして8バ身、これでどう?」

 

「分かった。ただしあなたがペースを緩めでもしたら一気に詰めるからね」

 

 とりあえず楔は打ち込んだ。後は彼女の作るペース次第。仮に遅ければ遠慮なく潰しに行く。

 

「にゃは、そこは信用してもらわないと。とりあえず有意義な話ができてよかったよカナメちゃん。それじゃあエル、しっかりカナメちゃんを送ってあげてね。怖い人に捕まらないように」

 

 私もセイウンスカイもお互いが本当に約束を守るとは思っていない。ただそれでも、お互いに利用できることは理解できたようだ。少なくともセイウンスカイもある程度のペースでは走ってくれるだろうし。

 後はお互いにどのタイミングで裏切るかだけだ。

 

 

 

「それじゃカナメちゃん帰りますよ」

 

 セイウンスカイがお昼寝に戻ったところでエルちゃんが声をかけてくる。なんでもエルちゃん曰く、彼女はいつもそこで寝ているんだとか。

 そういえばエルちゃん、私とセイウンスカイの会話には一回も入ってこなかったなぁ。

 

「あ、うんそうだね」

 

 来た時と同様にエルちゃんに手を引かれて駆け足で、校門に向かう。どうもトレセン学園では駆け足がデフォルトのようだ。なんでも廊下は静かに走りましょうっていう決まりがあるんだとか。

 ともかく、数分ほど走ると校門に寄りかかるトレーナーさんが見えてきた。

 

 ということはエルちゃんともそろそろお別れかぁ。おっと、別れを惜しむ前に言っておかないといけないことがあった。

 

「エルちゃん。さっきの話は…」

 

 できればスペシャルウィークには言わないで欲しい、そう続けようとした私を遮ってエルちゃんは。

 

「大丈夫デス、エルは何も聞いてませんから」

 

「ありがとう、エルちゃん」  

 

 意外とエルちゃんって気を遣えるんだよね。基本的に自分が1番強いと思っているからかもしれないけど。トレーナーさんが私によく言う、無意識に見下すってやつに近いのかもしれない。

 

「どういたしましてデス」

 

 こうして円満に私の1日は終わるはずだったんだけど、それはある栗毛のウマ娘の乱入によってそれは叶わなくなってしまった。

 

「ちょっと待ってください。エル、このまま何も言わずに彼女を帰すつもりですか?」

 

「あー、グラス。聞いてたんデスか?」

 

 現れたのはグラス?というウマ娘。どうやらエルちゃんの知り合いみたいだ。

 ただ、どうもエルちゃんもバツの悪そうな様子だ。もしかして仲があんまり良くないのかな?

 

「そこのあなた。エルが知らないウマ娘と走り回っていると聞いて様子を見にきたら。さっきのセイちゃんとの話、あれはなんですか」

 

 まぁ、あれだけ視線浴びてたしね。やっぱりエルちゃんって有名人なんだなぁ。

 とにかく、あの話があんまり出回るのはまずい。とりあえずお願いしておかないと。

 

「もしかして聞こえてた? できればスペシャルウィークには秘密にしておいてくれる?」

 

 エルちゃんとの友達ってことはスペシャルウィークの友達ってことでもあるよね。何とか秘密にしておいてくれないかな。

 

「恥ずかしいとは思わないんですか! 正々堂々、勝負に挑もうとする他の娘たちに対して」

 

 私のお願いを聞いたグラス?の雰囲気が変わったのが分かった。端的に言って怒っているねこれは。

 

「ちょ、グラス落ち着いて下さーい」

 

「エルは黙ってて下さい。それでどうなんですか」

 

 エルちゃんが宥めようとしているけど、グラス?は私に対する怒りを抑えようともしない。

 あとエルちゃん、本気で宥めようとしてないでしょ? 

 まぁ、怒りを向けられてるこのは私だしここは真摯に答えるしかないか。

 

「恥ずかしいと思うかどうか?」

 

「何度も言わせないでください。その耳は飾りですか?」

 

 あー、彼女が怒ってる理由はそれか。そんなに声を荒げなくてもいいのにね。

 大体、どうしてそんな分かりきったことを聞くんだろうか。

 ただ正直に答えるともっと怒るよなぁ。でも、気を使うのも癪だし。まぁいいか、どうせ2度と会うこともないだろうし、ここは正直に答えておこう。

 

「思わないよ。私は全くそうは思わない。そもそも恥ずかしいと思ってたら、こんな状況にはなってないでしょ? そっちこそ、その頭は飾りなのかな?」

 

「なるほど、所詮地方のウマ娘ですか。実力が足りなければ勝負に対する意識も低い。つくづく、情けない」

 

 あー、これはやばい。ちょっとヒートアップしてきちゃったなぁ。というか止めに入ってたエルちゃんはどこにいったの? 

 しょうがない、ここは奥の手だ。

 

「トレーナーさん、聞き耳立ててるの知ってるんですから早く何とかしてください」

 

 さっきからチラチラこっち見てるの気づいてますから。

 とにかく、私の呼びかけに答えてトレーナーさんが重い腰を上げてこっちに向かってきた。

 

「はいはい、そこまでにしてくれよグラスワンダー。あとカナメ、お前も熱くなるなよ。余所に迷惑かけると後が面倒だぞ」

 

 ようやく、トレーナーさんが間に入ってくれた。ていうかトレーナーさん目の前のウマ娘のことグラスワンダーって言った?

 やばい、超大物だよ。そんなウマ娘に噛みついちゃったなんて。

 

「あなたは彼女のトレーナーですか?」

 

「いかにもな」

 

「なら、あなたもあなたです。教え子を正しく導くのがトレーナーの仕事じゃないんですか」

 

 おっと、怒りの矛先がトレーナーさんに向かった。

 トレーナーさんは大人だし、上手く丸め込んでくれるでしょ。

 後は私のことを忘れてくれると助かるんだけど。

 

「うちは放任主義なんでね。それにこいつは良くやってるよ。まぁジュニア王者のお前から見るとそう見えないのかもしれないけどね」

 

「何が言いたいんですか」

 

「グラスワンダー、お前のそれは驕りだよ。いつからウマ娘の代表になったんだ、ジュニアの王者だからか?」

 

 めちゃくちゃ煽るじゃないですか、トレーナーさん。穏便にいきましょうよ穏便に。

 

「私はただ、あんな卑怯な真似は許せないだけです」

 

「どこが卑怯なんだ。勝つためのベストを模索しているだけだろう? 勝つために最善の努力をしているこいつを誉めてやりたいくらいだ」

 

「そうですか。ですが、私はレースは1人で戦うものだと思っています。自分の実力を出し切り、その結果についてくるものが勝利だと。レース中に他人の力を借りて勝利して、それで自分を誇ることはできません」

 

「お前が道理を語るなよ、グラスワンダー。それは考えの押し付けだ。それにそういうのは実力があるやつが言わなきゃ説得力がない」

 

「私の実力があなたの教え子に劣るとでも」

 

 グラスワンダーが私を一瞥する。

 いや、私よりあなたの方が強いっていうのは大多数の意見だけどさぁ。

 

「お前の前走は毎日王冠5着、かたやカナメはセントライト記念1着。俺は馬鹿だからな、同じグレードのレースなら5着のやつより1着のやつの方が強いと思っちまうな」

 

 よく言ったトレーナーさん。そうそう、なんて言っても私は前走勝ってますから。

 まぁ、グラスワンダーと一対一で走って勝てるかと言われたらそんなことないんだけどね。

 

「っっ! ここまで馬鹿にされるとは思いませんでした」

 

「はいはい、グラスそこまでにしましょう。カナメちゃんのトレーナーもここまでデス」

 

 2人の間に入るエルちゃん。

 エルちゃんが間に入ったことで2人の熱が下がったのが見てとれる。まぁ、ここでエルちゃんに強くでたら、ただの八つ当たりだからね。グラスワンダーもそこは分かっているはずだ。

 

「全く、止めるならもっと早く止めろよエルコンドルパサー」

 

「変なところで止めると不機嫌なグラスの相手をするのはエルなんデスよ?」

 

 やっぱり途中から宥めるのをやめてたよねエルちゃん。というか今までどこにいたのさ。

 

「ちゃっかりしたやつだな」

 

「あーでも、カナメちゃんのトレーナーさん?」

 

 あれエルちゃんの雰囲気が変わった? 

 トレーナーさんの耳元で何か言ったみたいだけどここからじゃ聞こえない。まぁ、後でトレーナーさんに教えて貰えばいいか。

 

「私の友達をコケにしたこと忘れませんからね。吐いた唾は飲み込めないこと、あなたなら知っているでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、最後エルちゃんに何を言われたんですか?」

 

「大したことじゃない。とりあえず帰って練習だ、にしてもお前グラスワンダーを敵に回すとは大したやつだな」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべるトレーナーさん。いや、きっと私も同じような表情なのかもしれない。

 

「いや、途中からトレーナーさんが煽ってたじゃないですか」

 

「でも、お前ってそういうの好きだろ?」

  

 さすがトレーナーさん、私のことをよく分かっている。

 

「よく分かりましたねトレーナーさん。なんて言っても、私って無意識に他人を見下しているらしいですから」

 

 あのトレーナーさんに言い返せずに歯噛みしているグラスワンダーを見るのは愉快だったことに間違いはない。



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41話

「そういえば、お前は京都を一回走ったことがあったな」

 

「はい、シャインちゃんやスペシャルウィークと一度」

 

 あの時のシャインちゃんの脚は今思い出してもすごかった。なんせ、あのスペシャルウィークを後ろから差し切ったんだから。

 

「その時の記憶は忘れろ。今回は同じ京都でも外回りだ、正直別物のコースと思ってもいい」

 

「まぁ、忘れるほど印象ないんですけどね。あの時はただ回ってきただけですから」

 

 本当にあの時の私って、何もしてないよなぁ。ファンの人たちが、回ってくるだけかって野次を言うけど、あの時の私はまさにそんな感じだった。

 

「それもそれでどうかと思うがな。まぁいい。とりあえず、この外回りだが、お前とは相性がいい筈だ。有名な話だが京都外回りは坂を下ってから直線に向く」

 

「それが私に向く理由ですか?」

 

 正直、ピンとこない。というより、今まで急な下り坂が長く続くようなコースを走ったことがないから分からないんだよね。中山で、急な坂を登ったことを何度もあるんだけど。

 ここはトレーナーさんにご教示いただこう。

 

「あぁ、この下り坂で勢いがつくからな。ズブいやつほど効果がある。京都の得意なウマ娘っていうのは昔からいるが、大概はこの坂の勢いを上手く使えるやつだ」

 

「なるほど。下り坂の勢いを上手く使って、いつもより早く加速ができるってことですね。つまり私でもスピードに乗った状態で、自然と直線に入れると」

 

 確かに、坂を下ればその分スピードが出るのは当たり前だ。今までは、瞬発力の関係から早仕掛けをせざるを得ないことが多かったけれど、京都ではそこが誤魔化せる。

 

「それがそうとも言い切れないんだよな。下り坂は確かにプラスだ、そこは間違いない。問題はコーナリングだ。京都の4コーナーは特殊でな、角度がかなりキツい。コーナリングの悪いお前にとってはそこがネックだ」

 

 久しぶりにコーナリングの問題が出てきたかぁ。確かに私がコーナリングが苦手なのは周知の事実。前走のセントライト記念は直線に向くまでペースが上がらなかったから内を突けたけど、それ以外は基本的に外を回している。 

 

「下り坂で加速しすぎると、外に膨れる危険があるということですね。とはいえ、加速しないことには勝負にならないですし」

 

「あぁ。そこでビビって加速を緩めれば勝ち目はない」

 

「なら、コーナリングの練習ですか? 正直、すぐには身につかないと思いますけど」

 

 まぁ、今までも練習してないわけではないしね。ただ、スピードを乗せると、どうしても上手く回れないんだよね、

 

「まぁ待て。お前の交渉のおかげでセイウンスカイはハイペースで引っ張ってくれることになったんだろう? なら、坂の頂上あたりからは伸びた馬群を縮めようと後ろの連中も仕掛けてくるはずだ。お前が番手を取り切れば、必然的にそれより後ろの連中は外を回すことになる。それなら多少膨れても問題はない。中にはラチ沿いをピタリと回してくるやつもいるだろうが、人気どころの連中はそこまで仕掛けを待てないはずだ。だから早仕掛けは禁物だな。ただ、さっきも言ったが加速する必要はある。この塩梅が難しい」

 

 なるほど。つまり私が外に膨れても他の娘はそれ以上に膨らむということか。私の内を突くには内で、私の仕掛けを待つ必要があるわけだし。

 

「なおさら番手を取り切ることが大事ということですね。ただ、私、セイウンスカイさんと約束しちゃって、坂の頂上まで8バ身開けることになってるんですよね」

 

 あんまり仕掛けを遅らせると差しきれない可能性があるなぁ。8バ身は想像以上に厳しいだろうし。

 

「そんなの無視すればいいだろ。差せる位置まで詰めておけ。というか、お前もそのつもりだろうが。俺に言わせるなよ」

 

「いや、トレーナーさんに言われた方が罪悪感湧かなくて済みますし」

 

 やっぱりトレーナーさんにはバレてたか。まぁ、セイウンスカイとはお互い裏切ることを前提とした協力関係みたいなものだ。私も、何をされても恨み言を言うつもりもない。ただ、スローで逃げたりしたら全力で潰しはするけどね。

 

 ただトレーナーさんは呆れたような感心したような顔で私を見つめ、言葉をつづける。

 

「何だかお前、セントライト記念あたりから、いい意味で変わったな。誰の影響かは知らんが」

 

「まぁ、色々ありまして。ちょっと勝負に対する意識を改めました。詳しいことは秘密ですよ?」

 

 今思えば、トレーナーさんが勧めてくれたお出かけはリフレッシュという面ではもちろん、それ以外でも非常に有意義なものだった。まぁ、トレーナーさんには教えてあげないけどね。

 

「別に何でもいいさ。勝ちに貪欲なのはいいことだからな。菊花賞、ここは正直に言って、お前にも勝つ目があると見ている。これは本気だ。もちろん、厳しい戦いになるのは間違いない」

 

「トレーナーさんがそんなこと言うなんて珍しいですね。でも、正直に言って、私も勝ちを意識してレースに臨めそうです」

 

 皐月賞の時とは違って、私もトレーナーさんも勝ちを意識してレースの準備をしている。

 あの時とは違って空気も軽い。そんな空気に当てられてか、トレーナーさんが軽口をたたく。

 

「トレーナーはバ券を買えないが、お前のバ券をしこたま買ってやりたいくらいだよ。どうせ人気もないだろうしな、見返りは大きそうだ」

 

「ハハハ、私のバ券を買うのは斜に構えた人か、ファンの人たちくらいですよ。でも、そういう人たちに大きなプレゼントを渡すのも悪くないですね」

 

 特に金沢のファンの人たちには還元してあげないとね。なにせ、金沢じゃ私のバ券を買ってもリターンがほとんどないんだから。

 

「言うじゃないか」

 

 ニヤリとトレーナーさんが笑う。

 そんなトレーナーさんに私も笑みを返して続ける。

 

「で、トレーナーさん。話を戻しますが、私が番手を取り切るための作戦を思いついたんですけど」

 

 そのためにも番手は必ず確保しないといけない。

 色々考えている中で、頭に浮かんだのは、去年のダービーウマ娘。彼女が大一番で使った作戦を私も使わせてもらおう。

 

 その作戦を聞いたトレーナーさんは、何とも言えない表情を浮かべ、煮え切らない返答をする。

 

「なるほどな。まぁ、有りか無しかで言えば有りではあるが、その後が怖いぞ?」

 

 確かにトレーナーさんの言うことも分かる。

 でも、トレーナーさん一つ大事なことを忘れてますね。

 

「勝てば、称賛の声と雑音しか聞こえませんから」



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42話

 クラシック最終戦となる菊花賞、この中である陣営の発言が物議を醸している。

 

「今度の菊花賞、何がなんでも先頭は譲りません!」

 

 この発言をしたのは前走のセントライト記念を快勝したカナメ。菊花賞に出走する中で唯一の地方ウマ娘である彼女は、本番の舞台でもダークホースとならある存在だ。

 そんな彼女の唐突にも見える逃げ宣言。というのも、彼女は地方、中央いずれのレースにおいても逃げた実績が無いからだ。前走こそ、積極的な先行策で勝利をしたものの、それまでのレースでは後方からの捲りを主体に戦ってきた彼女。  

 ここにきての意外とも言える逃げ宣言はどのような意味があるのか。

                               』

 

 目の前の新聞には、私の逃げ宣言が堂々と記載されていた。そして紙面上では、私の逃げ宣言に関する考察が色々されている。勝つための奇策に出たとか、元々逃げが向いているタイプだとか様々な理由が書いてあるけど、全部ハズレ。だって逃げる気なんてないしね

 

「いやー、大注目ですね」

 

「そりゃ、今まで逃げたことのないウマ娘がG1の舞台で逃げ宣言なんてしたら目立つに違いないさ。にしても、これで逃げなかったら反響が怖いぞ」

 

「勝てば問題ないですよ。それに番手さえ取っておけば、ハイペースのセイウンスカイさんについていけなかったって言い訳もできますから」

 

 そう、この宣言は楽に番手を取るためにしたのが1番の理由だけど、もう一つ大かな理由がある。セイウンスカイに対する発破だ。ハイペースで逃げなければお前を潰すという意思表示に他ならない。まぁ、彼女なら気づいてくれるでしょ。

 

 

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 カナメちゃんの逃げ宣言かぁ。全く、これじゃハイペースで逃げないといけないじゃないですか。

 

「トレーナーさん、どうしますか?」

 

 ここまでプレッシャーをかけられたなら、いっそ逃げなくても‥。いや、それはダメですねぇ。ペースを握る立場じゃないとスペちゃんやキングに飲み込まれてお終いだろうし。

 

「うーん、まぁ逃げとけばいいんじゃないか」

 

「またまた、簡単に言いますね」

 

 まぁ、それしか無いだろうしね。それにトレーナーさんもそんなことは重々承知。

 

「お前なら前半に多少飛ばそうが、ペース配分はできるだろうしな。それに向こうさんも、お前のことを利用してやろうっていう算段だ。そこまで突いてはこないさ」

 

「セイちゃんのこと買い被りすぎじゃありませんか?」

 

「何を今更言ってるんだ? お前が1番強いウマ娘だってことは、契約を結ぶ前から知ってるよ。速いウマ娘なら他にいたけどな」

 

 う、トレーナーさんたら、またそんなことストレートに言って。この前も俺の愛車はセイウンスカイとかわけのわからないこと言ってたし。

 あの時のセイちゃんの気持ち分かります? どれだけ揶揄われたことやら。でも、嫌な気はしなかったかな。

 

「次も勝つんだろ?」

 

 それでもそんなトレーナーさんにそんなこと言われたら、こう返すしかないじゃないですか。

 

「当たり前ですよ」

 

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「トレーナーさん、これって」

 

「あぁ。てっきりセイウンスカイが逃げるもんだと思っていたが、色々と考える必要があるな。場合によってはハイペースになる可能性も十分にある」

 

「だったら、どうしましょうか」

 

「ダービーの時を思い出せ。直線の脚ならお前が1番だ。大事なのは直線を迎えた時に前のウマ娘を捉えられる位置にいること、これに尽きる」

 

「直線までにある程度位置を上げておかないといけませんね。確か、ゴールドシップさんが坂の登りから仕掛けていけって言ってました」

 

「あの、バカ。いいか、登りで仕掛けてゴールまでスパートできるのは一部のスタミナお化けだけだ。登りはゆっくり登るのがセオリーだ。大事なのは4コーナーの下り坂、ここが肝だ。ここで上手く加速をつけていって直線を迎える。決して焦るなよ」

 

「坂をゆっくり登る‥ですね。分かりました!」

 

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「ほぉー、カナメちゃんの逃げ宣言デスか」

 

 カナメちゃんが、ここまで思い切った策にでるとは。エル的には好印象デスけど、後が怖いデスよ?

 まぁ、セイちゃんもここまでプレッシャーをかけられた以上は、ある程度のペースで逃げざるを得ませんね。

 

「あぁ、例の地方の娘ですか」

 

「デスデス。これは菊花賞面白くなってきましたネ」

 

 今のところはカナメちゃんの思った通りの展開デスね。逆にスペちゃんには厳しい展開。ただ、それでもスペちゃんは強いですよ?

 もっとも、1番警戒しないといけないのはセイちゃんだと思いますけどネ。

 

「確かにどうなるかは楽しみです」

 

「へー、グラスはてっきりカナメちゃんのことなんてどうでもいいと、思っていましたけど」

 

 まぁ、グラスの反応が見たくて、わざと大きな声で独り言なんて言ってみたんデスけどね。思ったより意外な反応でした。

 

「あれだけ啖呵を切られたら見届けないわけにはいきません。個人的には好かない相手ですけどね」

 

「あちゃー、カナメちゃん嫌われちゃいましたね」

 

 グラスに目を付けられると怖いですよ? 少なくとも同じレースでは当たりたくないデスね。

 

「むしろ、どうしてエルがあの娘と仲が良いのか不思議です」

 

 まぁ、グラスからしたらそう思うのは不思議ありませんネ。

 実際に共同通信杯で初めて顔を合わせた時は、あまり気にしてはいませんでしたし。

 

「まぁ色々理由はありますけど、カナメちゃんは自分の強さを知っていますからね」

 

 あの日、エルが快勝したレースで、カナメちゃんは負けた後に話しかけてきました。てっきり、開き直ったのかとも思いましたケド、それは違いました。

 

「強さですか?」

 

「カナメちゃんは素直なんデスよ。負けを負けとして受け止める度量があります。その点は私より上かもしれないデスね」

 

 そう、あの時のカナメちゃんは、私を倒そうとする目をしていた。負けても、呆然とすることなく、それを受け止めて次への糧にする。それは簡単なようで難しいデス。実際にカナメちゃんは、次のレースから戦法をガラリと変えていました。

 

「単なる、負けず嫌いなだけでは」

 

「だったらグラスと同じデスね。同族嫌悪ってやつデス」

 

 実際、グラスもとんでもない負けず嫌いデスしね。案外、似ているのかもしれません。

 当のグラスは不服そうデスけどね。

 



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43話

『クラシック最終戦、菊花賞。最も強いウマ娘が勝つと言われるこのレース。最後の一冠を掴むのはどのウマ娘か』

 

 大勢のファンの声がこだまする。

 ここは京都レース場、そしてクラシック路線の終着点。一つの世代の集大成の場所だ。

 

『それでは、各ウマ娘のバ場入場です』

 

 流れるのG1ではお馴染みのあの楽曲。今日もこの場所で1人のチャンピオンが生まれる。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『1枠1番、そしてもう一つの1を狙ってひた走る、前走の快勝は記憶に新しいところ、6番人気アドミラルリーオー。神戸新聞杯で見せた最速の末脚は今日も炸裂するか』

 

 前走では、初めての重賞勝利をトレーナーさんにプレゼントできた。次はG1勝利のプレゼントの番だ。

 ある程度、勝負の形は見えてきた。狙いはスペシャルウィークただ1人。道中は彼女をマークし続ける。

 そして、最後に笑うのは私とトレーナーさんだ。

  

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『1枠2番、シニア級と鎬を削ったその実力は侮ることなかれ。シービー、ルドルフが伝説を達成したこの場所で、彼女の力が爆発する。名門シンボリからの刺客シンボリオーカンは9番人気です。』

 

 京都3,000mは伝説が生まれる場所だ。そして、ルドルフさんもシービーさんもその伝説を生み出してきた。

 だったら、その2人に教えを受けた私が続かなくてどうするんだ。

 最後の王冠を掴むのはこの私しかいない!

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『2枠3番、春に見せた末脚をファンを忘れてはいません。今日も一部のファンから熱狂的な声援を受けて登場。11番人気サンハオウズイです』

 

 はい、こんにちは。サンハオウズイです。

 こう見えても、ダービーでは掲示板に入っています。なんでも私、穴人気?ってやつに結構なるみたいで、一部のファンの人たちからは熱狂的に応援されているんですよね。

 まぁ、期待されている以上応えないわけにはいかないので、今日も一生懸命走ってきます。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『皐月賞ウマ娘の登場です。2枠4番セイウンスカイ。絶好枠を引き当てて、青雲の空の下、今日も悠々一人旅。2冠に向けて準備は整ったか。2番人気に支持されています』

 

 どもどもセイウンスカイです。今日の作戦? もちろん考えていますよ。

 にしても、いいお天気ですよね。セイちゃん眠くなってきたかもしれません。

 というわけで、後は他のウマ娘のところでお願いします。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『そして出ました、3枠5番地方から唯一の参戦、その名もカナメ。逃げ宣言の彼女が今回のレース展開を握っています。地方初の夢を、ファンは7番人気に支持しました』

 

 皐月賞、あの時は勝つなんて夢にも思えなかった。

 ダービー、そもそも走ることすら叶わなかった。

 

 そして今、最も強いウマ娘が勝つと言われる菊花賞で、私は勝ちを意識してレースに臨む。 

 地方の夢? 金沢の期待? 大いに結構、その全てを受け止めて私は私のために、このレース絶対に勝つ!!!

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『同枠6番リオコウウ。前走セントライト記念では先行策で大穴を演出。ここも前々で運んで前走の再現を狙います。12番人気の評価も彼女には追い風かもしれません』

 

 大穴は常に逃げ先行から。

 前走、確かに大穴を開けたけど、それでもあくまで2着どまり。大穴ウマ娘の仲間入りにはパンチが弱い。

 でも、今回も12番人気。そして舞台はG1。ここで勝ってこそ、真の大穴ウマ娘になれる。

 つまり、風は私に吹いている!

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『こちらも前走セントライト記念から参戦。4枠7番はフソウタイカ。日本ダービー3着の実績はここでも侮ることはできません。長距離向きの評価を背に、4番人気で菊花賞に臨みます』

 

 前走は完全にしてやられた。特にあの地方のウマ娘にはだ。

 ただ、熱くなった私にも非があることは分かっている。

 冷静に運べば、私の力はこの中でも上位なはず、この距離なら私の持ち味を存分に出せる。

 最強の座につくのは、この私だ。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『ダービー2着ウマ娘の登場です。4枠8番はブレイブカイザー。8番人気の評価は不服でしょう。末脚は魅力十分、ファンの度肝を抜く走りを期待します』

 

 人気がないのはいつものこと、そう思うには私は幼すぎた。つまり何が言いたいのかというとだ、人気なさすぎない!?

 大体、ダービー14番人気っていうのが、もうおかしいのよ。ダービー前にG2も買ってるし、重賞でも2回複勝圏内に入ってるのに。

 それに今回も8番人気ってどういうわけ? 

 こうなったら勝って、私のファンに大サービスしてあげないと。考えようによっちゃ、ファンの人も伸び伸びとライブを見られるってことだし。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『3番人気はこのウマ娘。かつての3強も、気付けば彼女1人が無冠。この菊花賞を勝利して、真の最強を証明する。5枠9番、キングヘイローの馬場入場です』

 

 ダービーでは無様な姿を見せてしまった。

 それでも私は私。キングの走りに反省はあっても後悔はないもの。

 

 それに色々分かったこともある。今の私はスペシャルウィークさんには末脚では敵わない、かと言ってスカイさんのような技術もない。

 それでも、他のウマ娘に負けない、いやそれ以上の一流のトレーナーが私にはついている。 

 だったら、それだけでキングが負ける道理はないわね、

 

 さぁ、あなたと私で作り上げた一流の走りを見せてあげるわ。



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44話

『前走見せた末脚はG1ウマ娘の母親ゆずり。この菊の舞台で母を超えるか。5枠10番からシンコウシングラーが走ります」

 

 私の母親はG1ウマ娘、そのせいか世間は私を良血と騒ぎ立てる。まぁ間違いではないと思う、実際に私に才能はあったから。だからこの言葉を送ろう、今までありがとう。

 今日から私は母親とは関係ない1人のG1ウマ娘になる。         

 さぁ、イギルコヤ!

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

『京都の長距離には、この一族の存在は欠かせません。6枠11番は9番人気メジロランバート、豊富なスタミナを武器にこのレースに臨みます』

 

 盾の勝利はメジロの使命。今まで多くの一族がその栄誉を手にしてきました。

 そして、メジロの使命は私の使命。同じ京都の長距離のこの舞台、格好を示さなければメジロの名が廃ります。一族の誇りを胸に、いざ参ります。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

『6枠12番はロイヤルキング。前走は1番人気の期待を裏切る形になってしまいましたが、本番のここではファンの期待に応えたい。15番人気の低評価をバネに王者への道を突き進みます』

 

 ふぅ、リラックス、リラックス。よし大丈夫、無駄な力は抜けている。

 前走はちょっと緊張してしまったからね。僕の実力が分かっているファンが多いのはいいけど、まさか1番人気になるとは。でも、今回は大丈夫。僕の本来の実力を今度こそみんなに見せてあげるとしよう。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

『前走16番人気ながらスペシャルウィークの3着と波乱を起こしたガーデンスタイル。17番人気の今回もレースに波乱を巻き起こすべく、6枠13番からの発走です』

 

 今の私は未勝利を勝っただけ、当然この評価も頷ける。でも、順当な結果だとつまらないよね?

 レースに波乱はつきもの、だったら私がその波乱を巻き起こす。

 テイビョンはもうすぐそこだ。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

『スピード勝負ならこのウマ娘も負けてはいません。春のトライアルでは涙をのみましたが、ここでその悔しさを晴らします。16番人気のセイジュクヒナタです』

 

 春のプリンシパルステークスでは不覚をとってしまった。あれは焦って逃げてしまった私のミス。今回は自分のスピードを存分に活かす。距離は不安だけど、きっと大丈夫。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

『皐月賞4着のエモーション。晩成評価もなんのその、シニア級ウマ娘を相手に前走は完勝。2強の一角を崩すのはこのウマ娘かもしれません。7枠15番からの発走です』

 

 私のママはオークスウマ娘。ママに負けないためにもクラシックのタイトルがほしい! トレーナーさん曰く、私が強くなるのはシニアになってかららしいけど、そんなの関係ない。直前の練習でもかなり動けたし、ここで私は勝つ!

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

『8枠16番はバースエレガント。芝に転向して2連勝の勢いそのままにシンガリ人気からのG1奪取に挑みます』

 

 私の初勝利は9月の未勝利戦。はっきり言ってギリギリの勝ち上がりでした。そんな私が菊花賞に出られるなんて、夢のよう。精一杯頑張ってきます!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

『一際大きな歓声を背に、ダービーウマ娘の登場です。8枠17番はスペシャルウィーク。今日も自慢の末脚は爆発するでしょうか、圧倒的1番人気に支持されて、二冠を目指して突き進みます』

 

 日本一のウマ娘。それを目指してここまで走ってきた。

 セイちゃん、キングちゃんが相手でもここの勝ちも譲りません。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

『最後に登場するのは大外18番、骨折から戻ってきたベアエキジスタンス、前走は大敗もその末脚は大きな魅力。春の輝きをもう一度示せるか』

 

 何とかこの舞台に立つことはできた。ただ、はっきり言って怪我前の状態には戻し切れていない。このメンバーで勝ち負けは難しい。でも、それは難しいだけ。勝ちの目がないわけじゃない。

 

 だから・・・観客席でこちらを見ている妹に向けて、私は宣言する!

 

「勝つのは私。自慢の瞬発力、舐めないでよね!」 

 

 

 



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45話

『さぁ、各ウマ娘ゲート入りです。強いウマ娘が勝つといわれる菊花賞、あなたの選んだウマ娘がその栄冠を掴みとるのでしょうか。

 

 1番人気はダービーウマ娘スペシャルウィーク、世代屈指の末脚はこの距離でも錆び付くことはありません。ここを勝利して世代最強を示したい!

 

 2番人気は同じく2冠を目指すセイウンスカイ。前走で見せた変幻自在の逃げは多くのファンを魅了しました。逃げ宣言のカナメを相手にどのようなレースを展開するのでしょうか。

 

 世代最後の戦いに向けて他のウマ娘も虎視眈々と頂点の座を狙っています。

 

 今ゲートインが完了して、菊花賞のスタートが切られました』

 

◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇

 

『まず、ハナを切ったのはやはりこのウマ娘。逃げ宣言のカナメがエンジン全開で飛び出します』

 

 力を出し惜しみするな。

 今までのレースで1番の出なのは間違いない。とにかく先ずは前に行く。。セイウンスカイの番手を取るためにも、後のことは考えず今は前へ。

 

『カナメがかなり押している。しかし内からセイウンスカイも位置を取りに行く。激しい逃げ争いが繰り広げられています』

 

 よし、約束はきっちり果たしてくれそうだね。先ずは一安心。さて、ここら辺で前を譲ろうかな。

 後はこの2番手を守りきる。取り敢えず後ろの娘も位置をとってくるだろうし少し牽制しておかないと。

 

『ここで内枠の利を活かしてセイウンスカイが前に出ます。カナメは内を開けての2番手、しきりに後ろを気にしています。リオコウウが上がる形を見せますが、ここは3番手に収まりまそう。そしてブレイブカイザー、フソウタイカがその後ろ。注目のスペシャルウィークは中段からレースを進めます』

 

 取り敢えず、最高の形を取ることができた。ただ一つ懸念があるとすれば、

 

『ハナを進むのはセイウンスカイ。これはかなりのペースで飛ばしています。この長距離でこのペース、最後まで持つのでしょうか』

 

 いくらなんでもペース早すぎない? いや、私のペース感覚だから当てにはならないんだけどね。でも、重馬場だったとはいえ、2,200mの前走よりかなり流れている気がするんだけど。

 

 ううん、ここはセイウンスカイのペース感覚を信じるだけ。

余計なことを考えればスタミナがその分削られる。考えるのは番手を守ることと、いつ前を捕まえにいくかだけ。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 満員のスタンドの最前列、この場所をとるのは相変わらず苦労する。何せ、朝イチから張り込んでなきゃいけないからな。

 いつものようにサウスとシロヤマの2人と見に来たものの、やっぱりこの人混みは堪えるな。

 

 が、それに見合うだけのスタートをあいつは見せてくれた。

 

「行けるぞ! 悪くない出だ。後は作戦通りにやるだけだが」

 

 グリンとの練習以降、あいつのテンは劇的に改善されてきている。はっきり言って予想外ではあったし、同時に少し悔しくもある。あいつと出会った時からその指導をしていれば、もっと上のステージに行けたかもしれない。

 

 今更言ってもしょうがないが。

 

「ちょっとペースが早いんじゃないか? このペースだと前は潰れるだろ」

 

 サウスの言う通り確かにペースは早い。おそらく1,000m60秒フラット、いやそれを上回るペースだ。だけどこれでいい。

 

「心配ない。セイウンスカイはペースを読み間違えないからな。下手なことを考えずについていくのがベストだ」

 

「ずいぶんとその娘を信用しているんだね」

 

「セイウンスカイのレースセンスは抜群だ。将来性はともかく今の段階での完成度は抜けている」

 

 あくまで今回の出走メンバーの中で最強と言えるのはスペシャルウィークだけどな。あいつの脚ははっきり言ってモノが違う。ただあれは天賦の才、普通のウマ娘には手に入れたくても入れられない。カナメもそれなりに才能があるウマ娘には違いないが、あそこまでのモノはない。

 

「なぁ、シロヤマ。お前長距離の経験はどうだ? そこのトレーナーが言う通りに、このペースが持つとは思えないが」

 

「私も長距離の経験はほとんど無いが、君の言う通りこのペースはかなり早い。ただ、私は元々差しのタイプだし、レース展開を作る立場でレースを走ったことはない。結局のところ逃げてる娘の感覚次第だろうね。流石にこのペースのままいくとは思わないが」

 

 金沢で長距離の大きいレースは北國王冠くらいしかないからな。ただ、シロヤマならそつなくこなせる気はするが。流石に地方No.1に立ったウマ娘なだけはあって、こいつの仕掛けのタイミングは金沢のレベルでは遥かに抜けているからな。

 

 それに見る目もある。

 

「あぁ、シロヤマの言う通りセイウンスカイは必ずどこかで息を入れる。そこでカナメがどういう立ち回りをするかだ」

 

 1番不味いのが距離を詰めてバ群を密集させてしまうこと。そうなれば後方勢の切れ味にかなわない、勝つためにはロングスパートの持久戦に持ち込むしかなくなる。

 

 理想としてはセイウンスカイを差し切れるギリギリの間隔で追走することだが、どうなるか。

 

 そろそろレースが動く。

 



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46話

 先頭の1000m通過は60秒を切ってるはず。いくらなんでも早すぎるよね。前を走るセイウンスカイも肩で息をしているし。

 

 これは早めにセイウンスカイを捨てる必要があるかもしれない。

 チラリと後ろを見れば、ダービーの上位陣が見える。スペシャルウィークは後方みたいだけど、警戒するに越したことはないよね。

 とりあえず、少しセイウンスカイとの間隔を離しておこう。

 

 

『セイウンスカイが後ろとの差を広げたか? 5バ身から6バ身のリード。カナメが二番手、その後ろにリオコウウ。さらに開いてボールドエンペラー、フソウタイカ、キングヘイローと続いています』

 

 この様子なら間違いなく前は差せる。後はどのタイミングで仕掛けるかだ。ギリギリまで引き付けてからスパート、とにかく脚を使わせるんだ。

 

◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇

 

「キング、ダービーは申し訳なかった」

 

「ねぇ、トレーナー。私、菊花賞で勝ちたいの。あなたの言いたいことは何となく察しがついている。でも、今の私にはそれを言わせる権利をあげられない。私は最初、お母様に見せつけるためにレースに勝ちたかった」

 

「…今は違うのかい?」

 

「えぇ。いや、それも無い訳じゃないのよ。でももっと優先すべきことがあると思って」

 

「それはーー」

 

「一流のコンビにクラシックの勝ちがないのはどうかと思うの。私の実力もトレーナーの手腕も、スカイさんやスペシャルウィークさんたちに負けていると思って?」

 

「いや、僕たちこそが一流だ」

 

「そうね。だったら一番強いウマ娘が勝つと言われる菊花賞。私がこのタイトルを手にするためには何が必要かしら。一流のトレーナーさん」

 

 

 

 私に必要なのはこの位置。この位置でレースをするしか今の私に勝ち目はない。スカイさんを差し切れるギリギリの距離、そしてスペシャルウィークさんを凌ぎきれるギリギリの距離。

 

 皐月賞はグリーンベルトを通ったスカイさんを差しきれずに二着。ダービーは、正直に言うと舞い上がって自分の走りができなかった。

 同期で走る最後のレース。最後に笑うのは私しかいない。

 

 そして、この位置でレースを進めれば間違いなく最後の一冠は私に輝く。何せ、一流のトレーナーが私にはついているんだから。

 

 確かにペースは早い。でも、スカイさんならペースは間違えない。だからこの間隔、この間隔を何としても維持する。

 

 

『セイウンスカイが後ろとの差を広げたか? 5バ身から6バ身のリード。カナメが二番手、その後ろにリオコウウ。さらに開いてボールドエンペラー、フソウタイカ、キングヘイローと続いています』

 

 だけど、何かがおかしい。スカイさんとの間隔が開いていく。ペースが上がった? いや、そんなはずはないわ、流石のスカイさんでもここでのペースアップは考えられない。

 

 だったら私が遅くなった? いや、違う。私じゃない私たちだ。二番手の娘が明らかにスカイさんとの間隔をとっている。

 

 これはまずい。あの娘はスカイさんの恐ろしさを分かっていない。

 

「どうやら、勝つのは一筋縄ではいかないようね」

 

◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇

 

 私の名前はエモーション。皐月賞4着の実績あり。

 ちなみにママはオークスウマ娘ね。あのニシノフラワーに勝ったんだからすごいでしょ。

 

 まぁそれは置いておいて。今回のレース、私は結構自信がある。何といっても直前のトレーニングの感触がよかった。実際、この時のタイムは今回のメンバーでも最高だったと思う。それに前走はシニア級のウマ娘、それも重賞ウィナーにも勝った。

 

 はっきり言って、この菊花賞も勝てると思う。これでママとお揃いのクラシックウマ娘ってわけ。

 

 とまぁ、そんな簡単にいけばいいんだけど、そうは問屋が卸さない。このレース一番に唯一警戒するべきなのはスペちゃん、彼女だけ。ダービーも一緒に走ったから分かる、スペちゃんの末脚は、正直レベルが違う。同じ位置でスパートをしたら負けちゃうのはしょうがないしね。

 

「中段に構えるのはエモーション、少し掛かっているか。その後ろにスペシャルウィーク。スペシャルウィークは中段です」

 

 掛かってる訳じゃないよ、相手をスペちゃんに絞っただけ。スペちゃんの前で常にレースをして同じタイミングでスパートをする。それでスペちゃんを押さえきれば私の勝ち=レースの勝ちになるはず。

 

 つまり、私が言いたいのこれ。

 

「スペシャルウィーク、君にだけは負けないからね」

 

 おっとと危ない、素がちょっと出ちゃった。でも、女王の子が一番強いウマ娘に輝くのが、物語としては王道だとは思わない?



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47話

「あいつ、前との間隔を広げていないか?」

 

「どうやらそのようだ。恐らく前は差し切れると見て、後ろを警戒しているんだろう」

 

 概ねその通りだろう。ペース読みが苦手なあいつでも、流石にこのペースが早いことは気づいたか。

 ただ、それを加味してもその選択は褒められたものじゃない。

 

「カナメ、そいつは愚策だぞ」

 

「そうか? このペースなら前は持たないと思うが。警戒するなら後ろの連中だろ」

 

「そうだね。私も後ろのスペシャルウィークの末脚の方が気になる。現にセイウンスカイは肩で息をしている」

 

 なるほど、まぁそう思うのは無理はない、というより当たり前だ。この2人は金沢のトップウマ娘。レース状況も読み解くのにも長けている。だがその目の良さが仇になる。

 

「そう思った時点で、お前らの負けだ。いいか、確かに前半の1000mはハイペースだった。だがそこからは明らかにペースが落ちてる。全員セイウンスカイの術中にハマってるんだよ。特にカナメのやつはな」

 

 事前に余計なことを伝えすぎたか。以前のあいつなら前を離すようなことはしなかった。が、今更悔やんでもどうにもならない。

 それに今のあいつなら差し切れる可能性もないわけじゃない。というより、それができなきゃあいつの負けだ。

 坂上までには詰めてくれよカナメ。

 

◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇

 

 大外はよかった。

 今の私にはスタートから位置をとる脚はない。それならむしろ割り切って走れる大外の方がいい。  

 

 春の若葉ステークス、あのレースで私は全てやりきったと思った。最後の輝きをトップロードに見せつけたんだと。 

 でも違ったみたい。あの怪我で走れなくなった春、テレビで見た皐月賞、日本ダービーは輝いていた。

 

「なんで私はあそこで走っていないの。たとえどれだけ恥をかいてもどれだけ叶わない夢だとしても、あの場所で戦いたかった」

 

 きっとそれが私の本音。そこからの私は全てをリハビリに費やした。お陰でレースにこの菊花賞に出走することができた。そういえばレースの出走が決まってから、数日が経った時トップロードが何か言ってたっけ。

 

「この前カナメちゃんに会いましたよ」

「へ、なんで?」

「何か、トレセン学園にいたので」

「いやあの娘、地方の娘じゃん。まぁいいや、でどうしたの?」

「お話ししました!」

「いや、それは分かるよ。何を話したの?」

「うーん、菊花賞頑張ってくださいって応援しました。そうしたらカナメちゃん何て言ったと思います? あなたのお姉さんが1番強かったってみんなに伝えるって言ったんですよ! カッコいいです! 私の姉も喜びますって伝えました」

「いや、それって」

 

 我が妹ながら、ちょっとポンコツすぎない? 最後のセリフ的に私引退したみたいな扱いになってるじゃん。まぁそこが可愛いんだけど。

 

 カナメ。あの若葉ステークスで一緒に走った地方の娘。あの時は私が残して辛勝した。まぁ、怪我が無ければ普通に勝ってたけどね。

 

 それでも私にとってライバルと言えるのは彼女なのかもしれない。なんと言っても私の最高のパフォーマンスを見せたレースの相手なんだ。彼女は何も思っていなくても私は色々と思うところがある。

 

「あなたのお姉さんが1番強かった・・・か。悪くないね」

 

 今の位置は最高方。はっきり言ってこの位置じゃ何があっても勝てない。自慢の瞬発力を見せるまでもなく試合終了だ。

 ハイペースだったレースも1000mを過ぎて落ち着いてきた、というよりスローになっている。けど、私のライバルさんはそれに気づいていないみたい。

 

 このレース、1番強いのはスペシャルウィークに違いない。でも1番レースが上手いのはセイウンスカイだ。

 最後方はレースがよく見える。セイウンスカイの苦しそうな走り、あれは演技だ。実際肩で息はしているように見せてるけどフォーム自体は崩れていない。

 

『セイウンスカイが後ろとの差を広げたか? 5バ身から6バ身のリード。カナメが二番手、その後ろにリオコウウ。さらに開いてボールドエンペラー、フソウタイカ、キングヘイローと続いています』

 

 って、前との間隔開けちゃってるよ。なおさら今の位置だと勝つのは無理だ。というより後ろの娘たちがかなり苦しい。先行集団のキングヘイローあたりも動きたくても動けない状況か。

 まったく、私のライバルはすごいことをしてくれるね。

 

 さて、どうする? 今のままじゃ私の見せ場はゼロ。

 ・

 ・・

 ・・・

 ・・・・腹を括るとするか、

 

 ちゃんとトップロードに伝えてよね。

 

◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇

 

「見てオペラオーちゃん。姉さんが走ってる」

 

「あぁそうだね、トップロードさん。覇王たる僕にもその輝きが伝わってくるよ」

 

「何が輝よ。あなた誰にでも同じようなこと言うじゃない」

 

「おっと嫉妬かな、アヤベさん。ハーハッハ、心配しなくでも僕の度量は大きい、アヤベさんも受け止めてあげるとも」

 

「流石です、オペラオーさん」

 

「全く下らないわ」

 

 

 何かがおかしい、何か違和感が・・・。

 これは確かめるしかないようだね。

 



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48話

『セイウンスカイがマイペースで逃げている。これはしめしめと言ったところでしょうか。後ろの間隔が大きく開いて7.8バ身。ここにカナメがいます。後ろにリオコウウ。更に2バ身開いて先行集団が続きます』

 

 まだだ、まだ溜める。あのペースだ、セイウンスカイの脚も持たないはず。坂上までこの間隔を維持できれば、下りの加速で前は差し切れる。それだけの脚は残っている。

 

 焦るな。焦るな。焦るな。

 焦ったら負ける。JDDを思い出せ。

 

『おっとここで最後方からベアエキジスタンスが上がってくる。釣られてロイヤルキングも前に進出する』

 

 後ろが動いた? 

 でもこんなに早く動いても脚はもたないはず。

 

『ベアエキジスタンス、一気にペースアップ登り坂を前にして4番手集団に取り付いた。その動きに呼応して後ろの集団も上がってきた』

 

 だけど、これはチャンス。

 この展開は私が最も得意な形。

 そう、"残り1000mのもがきあい"

 

 この展開ならもう前を庇う必要はない。

 一気に差を詰める。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 後ろが仕掛けた?

 この位置から、一体誰が。

 

 その正体はすぐに分かった。だって私の横にまでそのおバカさんは来ているんだから。

 

「お膳立てはしたよ、さぁ私が1番強かったって証明してこーい!」

 

 きっとその声は聞こえていないはず。

 それでも確かにレースは動き始めた。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 坂前の時点で集団のペースが上がった。

 スローペースで動くに動けない展開でしたが、これは好機。

 今から問われるのはスピードではなくスタミナ。瞬発力ではなく持久力。そしてここは京都レース場。すなわち、メジロの庭。

 

 私、メジロランバートに勝ちの目が見えて来ました。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 ペースが上がった?

 でも菊花賞のセオリーはゆっくり登ること。下りの加速さえ気をつければ大丈夫ってトレーナーさんも言っていたし。

 末脚なら私が1番。決して焦っちゃいけない。

 そうすれば2冠目も取れるはず。

 

 私、スペシャルウィークはこのスパートには乗っちゃいけない。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 ヤバイなーこれ。脚もたないかもー。

 いつも後ろからレースしてるけど、何となくこっちの方がいいかと思って先行してみたら、これがキツイ。流石に4番手は無理ありすぎたかも。

 私って差しウマ娘なんだね。うん、よーく分かった。次からはそういうレースしようっと。

 

 で、このレースだけど、どうしようかな。後ろからのロングスパートでペースは上がっているけど、今の私の脚的にここからのスパートは無理。絶対に脚が上がっちゃう。

 

 それなら一縷の望みを託して最後の直線勝負。これしかない。坂を下るまでとにかく最内で我慢する。

 

 勝率は低いと分かってても、私、ブレイブカイザーにはそれしか残っていなかった。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『さぁ、坂の頂上で逃げたセイウンスカイのリードが3バ身まで詰まってきた。後続が殺到している。3番手リオコウウは厳しいか。代わって4番手集団が上がってくる』

 

 ここまでの作戦は完璧だった。最初の1000mをハイペースにして、次の1000mはスローに落としたことを勘付かれないようにした。

 実際に私の演技もあってか、カナメちゃんは確実に騙されていた。2週目2コーナーの時点では正直勝ったとも思った。

 

 一体誰が動いた?

 スペちゃんはない。キングもない。他に自力で動きそうな娘もいなくはないけど、ピンとこない。だって動いたら不利になるペースだったし、そのためにペースを作った。

 

 そんなことを考えている間にゴールまでは残り500m。坂の下りで私のリードは無くなってきているのが分かる。

 

「約束はどうなったのかなぁ? まぁ、お互い様だけど」

 

 でも、まだ私の方が有利。後はゴールまでもがき続けるだけ。

 

 精々足掻いて見せるとしますかー!

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「グラス、どう見ますか?」

 

「途中までは完全にセイちゃんの逃げがレースをコントロールしていました。でも・・・」

 

「あのロングスパートで全てが変わったデス」

 

「えぇ、キングちゃん辺りはセイちゃんの企みに気づいてはいたでしょうけどあのペースでは動くに動かなかった」

 

「カナメちゃんがレース下手くそなせいデスね。でも、こういう展開になったらカナメちゃんは強いデスよ。逆にスペちゃんは厳しいデス、後ろで悠長に構え過ぎてマス」

 

「えぇ。ですけどスペちゃんには絶対的な末脚があります。前が潰れれば飛び込んでくるでしょう。それにキングちゃんもいつもの末脚が出せればチャンスはゼロではありません」

 

「グラス、素直に認めましょう。このレース、勝つのはセイちゃんかカナメちゃんのどちらかデス。後ろは間に合いません」

 

「・・・えぇ、そうですねエル。ちなみにあなたはどちらか勝つと思っていますか?」

 

「ここまで来ると分かりませんね。まぁ、若干、マイペースで逃げたセイちゃんが有利だとは思います。少なからずカナメちゃんは脚を使っていますからね。それとグラス気づきました?」

 

「何にですか?」

 

「あの2人、約束全然守ってないデスよ」

 

 

 

 

 



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49話

 

 彼女、いやカナメを初めて見たときは金沢レベルでしかないと思っていた。実際に川崎への遠征も止めたくらいだ。

 

 そんな彼女が今、中央のクラシックのタイトルをつかもうとしている。

 

「行け、差せ!」

 

 横ではサウスが叫んでいる。いや、この声は私か? 

 もうそれすらも分からない。

 

『坂を下って直線。先頭はセイウンスカイ、しかし2番手からカナメが追い込んで、そのリードが徐々に詰まってきている。後ろからはキングヘイロー、メジロランバート。エモーション、スペシャルウィーク。これは前で決まるのか』

 

 今まで、多くの金沢のウマ娘が中央に挑んできた。中には当時最強と言われていたマイルの皇帝を破った者もいた。中には、G1ウマ娘を相手に完勝した石川ダービーウマ娘もいた。

 

 それでもG1には届くどころか勝負にもならなかった。

 

 地方は中央の二軍。確かにその言葉も一理ある。中央で未勝利戦を勝ちきれず、地方に転入してくるウマ娘は毎年多くいる。そしてそんな彼女たちにも地方の大多数のウマ娘は勝つことはできない。

 

 それでも、二軍には二軍の意地がある。今年の白山大賞典はサウスが金沢の意地を見せつけた。

 それでも、まだ中央には見下されている。だったら、向こうのホームで勝つしかない。

 

「絶対に勝て! 死んでも勝て! 金沢の意地を見せつけろ!」

 

 視線は2人に吸い寄せられて、そこが世界中心だと錯覚するほどまでにのめり込んでいた。今の私には、この大歓声も私の叫び声も耳には入らない。

 

 

 金沢の意地は中央に届こうとしている。

 

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

『先頭はまだまだセイウンスカイ、2バ身のリード。2番手からカナメが追い込んでくる。そこから開いてエモーションがスパートをかけている。内ではキングヘイローの手応えはどうだ。注目のスペシャルウィーク、脚色はどうだ?』

 

 行ける! 残すは最後の直線だけ、中山と違って坂もない。だったら今の私に差せない理由はない! 

 

 残り1,000mからのもがきあい。私も苦しいけどセイウンスカイも厳しいのは間違いない。

 ここからは気力の勝負。勝利への最後の要は私の根性。

 

「差されろー!!!」

 

 もう、後ろは関係ない。あの娘を差すだけ、それだけを考えて走る!

 

 残りは1.5バ身。

 

 脚が痛い。肺が痛い。頭が痛い。それでも先頭は潰しきる!!!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

『しかし残り200で先頭はセイウンスカイ。38年ぶりの逃げ切りなるのか。追いすがるカナメは1バ身後ろ。大外突いてはスペシャルウィークが上がってくるがこれは届くのか』

 

 大地の弾む音が聞こえる。

 間違いない、後ろとの差が縮まって来ている。

 残りは1バ身ってところかな?

 

 それでも、残りは200m。約23~24秒しのげばいいだけ!

 

 それにこの感覚、スペちゃんもキングも私には届かない。

 だったら、この死神から逃げきれば私の勝ちだ!

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 前が遠い。

 脚はまだ残っているのに。

 

『しかし残り200で先頭はセイウンスカイ。38年ぶりの逃げ切りなるのか。追いすがるカナメは1バ身後ろ。大外突いてはスペシャルウィークが上がってくるがこれは届くのか』

 

 どうして!!!

 

 登坂のペースアップのタイミングでついていかなったから? 

 下り坂での加速が鈍かったから?

 

 いや、考えてもしょうがない!

 とにかく全力で走る! 

 

 ただ、それでも前に届かないことは、この時点で分かってしまっていた。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 前との差は詰まってきている。ただそれでも、捕まえることは難しい。

 

 言い訳は嫌いだけど、これは距離の壁だ。内々を回ってロスを抑えたつもりだったけれど、こればかりはしょうがない……なんて言うわけないでしょ。

 

 えぇもちろん、最後まで足掻いて見せるわ。まだレースは終わっていないんだから。

 

 勝負は最後の最後まで何が起こるか分からない。

 

 

 それに諦めるなんて、一流の私には有り得ない行為だもの。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「やるじゃんライバル」

 

 前でグングン先頭との差を詰めていくあの娘を見ると誇らしかった。

 

 ただ一つ誤算だったのは。

 

「意外と脚使えたなぁ」 

 

 私の伸びが意外とよかったことだ。これなら賞金くらいは咥えて帰ってこれたかもしれなかったなぁ。

 

 まぁいい。だって今はそれよりも欲しいものがあるから。

 

「菊花賞ウマ娘に勝ったっていう肩書きくらいもらってもいいでしょ?」

 

 それくらいの見返りはあったっていいでしょ?

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 残り100m、先頭までは半バ身。

 

『残すかセイウンスカイ、差すのかカナメ。皐月賞ウマ娘のプライドが地方ウマ娘の意地か』

 

 勢いは私の方が上。差せる、差せる、差す!!!

 

 若葉SをJDD を思い出せ。いつだって私のライバルは、私を差し切ったじゃないか。

 だったら私にもできないわけはない!!!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 あと少し、あと少しで粘り切れる。

 余計なことは考えるな。腕を振れ、脚を動かせ!

 

 死神の鎌が首にかかる前に、ゴール坂を駆け抜ける。

 

『粘る、粘る、セイウンスカイ。ゴールまでは残り50m』

 

 私はキングやスペちゃんの末脚もしのいできたんだ。ここで負けたら、これまでのレースの価値だって下がる。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 

 シンプルに私が勝ちたいんだ!!!

 

『セイウンスカイ、カナメ、セイウンスカイ、カナメ。2人が並んだままゴールイン。二冠達成か地方の夢が叶ったのか。これは写真判定です』

 

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 聴覚が、視覚が、そして世界が現実に戻る。掲示板に写るのはレコードの赤い文字。そして写真判定の文字。

 

「おい、今の差しきったか?」

 

「いや、俺の目にも分からなかった。脚色は勝っていたが…」

 

 横の2人もレースに見入ってたんだろう、どこか夢うつつのようだ。

 けれど、この2人も分かっているはずだ。

 

「2着だ。内のセイウンスカイが残っていた」

 

 その言葉を聞いて黙る2人。そしてすぐに大きな歓声が上がる。

 

『写真判定の結果、1着はセイウンスカイ。皐月賞ウマ娘の意地が僅かに残していました。2着カナメも大健闘、歴史に残る菊花賞でした』

 

「いいレースだった」

 

 私の口から出たのはそんな言葉。

 

「確かにあのチビは頑張ったな」 

 

「あぁ、カナメは頑張った」

 

 誰が彼女の走りをバカにするだろうか。少なくとも金沢の関係者は誰一人そんなことを言うはずがない。

 ただ、それでも。

 

「「「-------‐---------かった」」」

 

 きっと3人、思うことは一緒だったはずだ。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

「サウス、一つお願いがある」

 

「どうしたシロヤマ? あんたにしちゃ珍しいな」

 

 きっと彼女は来年も中央に挑戦するんだろう。だったら、金沢の先輩として彼女の道を切り開く。それに私自身が彼女の行く末を見届けたい。

 

「確かにそうかもしれない。サウス、私が中央でデビューする予定だったのは知っているかい?」

 

「あぁ? まぁあんたの一族は有名だからな。当然中央で走るもんだとは思うな」

 

 私の一族、それはシンボリ。

 その名前はウマ娘に携わる物で知らない者はいない名家だ。そして私のかつての名前でもある。

 最も今となっては忌み嫌うだけの名前だが。

 

「そうかなら話は早い。私は端的に言って中央が嫌いだ。というより金沢が好きだ」 

 

「そりゃ知ってるさ。お前ほど金沢を大事にしてるウマ娘はいない。余所者の私にも分かる。で、そろそろ本題を言え」

 

「私は浦和記念に出走する。どういう意味か分かるだろう?」

 

 浦和記念、このレースで二着以内に入ればあるレースへの優先出走権が得られる。

 

「それは私のためか、それともあのちびのためか?」

 

「分かっていることを聞いてどうする?」

 

 答えは決まっているんだから。

 

 

 



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50話

私事ですが、この度の地震で断水などの被害を受けてしまいました。

皆さんも天災にはくれぐれもお気をつけてください。


『写真判定の結果、1着はセイウンスカイ。皐月賞ウマ娘の意地が僅かに残していました。2着カナメも大健闘、歴史に残る菊花賞でした』

 

 良いライブだった。スペシャルウィークが3着に入ったことで、本命党の人も喜んでたし、何と言っても私が2着になったことで穴党の人は大歓喜だ。

 

 我ながら良い仕事をしたと思わなくもない。その分、多くの人の恨みも買ったような気がするけど。まぁ、それはバ券を買った人の見る目がなかっただけなので、知ったことじゃないけど。

 

 それにしても、

 

「また負けましたね、トレーナーさん」

 

 ハナ差の二着、一歩届かなかった。

 いやー、勝ったと思ったんだけどなぁ。最後の100mが伸びきらなかったか。

 

「もう少しだったがな。だが見せ場は十二分にあった」

 

「ハハ、勝てなきゃ一緒ですよ。ちょっと道中悠長過ぎましたね」

 

 思えば、ペースが早いと思って間隔を開けたことが間違いだった。今さら悔やんでもしょうがない。あの時の私はあれがベストだと思っていたわけだし。

 

「…そうだな。セイウンスカイを舐めてただろ?」

 

「舐めてた訳じゃないんですけどね。まぁ垂れるとは思っていましたけど」

 

「ペース読みが甘かったな。中盤に後方が動いたから良かったものの、そうじゃなければあいつが逃げきって終わってたぞ」

 

 そういう意味ではラッキーだった。後ろの誰かが仕掛けてくれたお陰で私の得意な形、ロングスパートの消耗戦に持ち込むことができた。

 トレーナーさんの言う通り、後ろからの仕掛けが無ければセイウンスカイが悠々と逃げきったはず。

 

 はっきり言ってペースが読めてなかった。けれど、今の私にはそこまではできない。

 

「トレーナーさん。無理なものは無理だと割り切らないといけないですね。今の私にはペースのことまで考える余裕がない」

 

「ならどうする?」

 

「作戦はあります。少なくとも次のジャパンカップは勝てる、本気でそう思っています」

 

 ジャパンカップ、

「すごい自信だが、一体どうするつもりだ」

 

「簡単なことですよ。私は次のジャパンカップ、一番強いウマ娘はエルちゃん、エルコンドルパサーだと思っています。だったら徹頭徹尾、後ろを走り続ける。そして最後の直線でチョイ差しする。これしかありません。エルコンドルパサーに先着する=1着です」

 

 今回のセイウンスカイへのそれとは違う徹底マーク。はっきり言ってエルちゃん以外への先着はこの際考えない。エルちゃんに勝つことだけを考える。

 

 

「理屈としては分からなくないが、エルコンドルパサーの力がジャパンカップで通用するかは、未知数だぞ?」

 

「トレーナーさん、それは考えるだけ無駄です。少なくとも私はエルちゃんが1番強いと思っていますから。今はそれだけで十分です」

 

 こうは言ったけど、私には確信がある。エルちゃん、彼女が今の芝王道路線では最強だ。まともに走ればエルちゃんが勝つはずだ。

 ただレースでは強いウマ娘が勝つわけじゃない。現に私もシャインちゃんには何度か足元を掬われている。だったら私がエルちゃんの足元を掬う。

 

 

「ならその方法で走ってくればいいさ。ただ一つ言いたいことがある」

 

「何ですか?」

 

 まだ何かあったっけ? とりあえず自分の意見はトレーナーさんに伝えたはずだけど。

 

「お疲れさま。よく頑張って走ってきたな」

 

「ハハ、私もトレーナーさんも気が早かったですね。えぇ、頑張って走ってきました、クラシック2着だなんて誇らしいですよねトレーナーさん」

 

 あぁそうだ、がんばった。確かに私はがんばったんだ。

 痛い脚を動かして、苦しい肺を動かして3,000mを走りきった。

 誰かに労われて、誉められて、それくらいのご褒美はあっても良いはずだ。何てったって私の承認欲求は筋金入りなんだから。

 

「全くだ。お前のお陰で俺もハナが高い。金沢の他のトレーナーにも自慢してくるさ」

 

 それなら良し! この一言だけでも私は嬉しい。

 

「次はもっと自慢できることになると思いますよ」

 

 この調子ならもっと大きな勲章をプレゼントするのも悪くはないかな。

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 史上最高のダービーGP、あの時の走りは、そう評されていた。

 

『ここで抜け出したのはシロヤマルドルフ、後ろを完全に突き放した』

 

 それでもあの時の彼女は万全じゃなかった。明らかに跛行していたし、誰の目にも練習不足だと見て取れた。

 

『今、ゴールイン! 昨年王者も、砂塵の名探偵も寄せ付けず古豪ここに復活』

 

 そんな彼女が満足なコンディションでトレーニングを積んできたらどうなる?

 きっと、これが答えだ。

 

「次の目標は東京大賞典」

 

 そんな彼女の言葉に、私は興奮を隠すことができなかった。



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51話

『菊花賞回顧。

 

 クラシック最終戦菊花賞はセイウンスカイの二冠で締め括られた。改めてこのレースを振り返ってみよう。

 

 1着セイウンスカイ。

 序盤からハナを切ると緩急自在な見事なペースメイクで先頭の座を譲らなかった。特に中盤での息の入れ方は見事。前走、メジロブライトら強豪を相手に完勝した実績は伊達ではなかった。

 後方からの仕掛けが早かったために最後は詰め寄られるも、最後まで粘り通し二冠達成。これからも非常に楽しみなウマ娘の1人。

 

 2着カナメ。

 逃げ宣言をしていたことから序盤の出方が注目されていた。結果的にテンは出していったもののセイウンスカイに前をあっさり譲ったのは不満。逃げ宣言とは一体何だったのか。

 道中はそのセイウンスカイを見る形で進め、後方勢の追い上げに合わせて進出。ハナ差まで追い詰めるも結果的には道中でセイウンスカイを楽にさせていた分届かなかった。

 戦績的にも狙いにくい1人ではあったものの世代上位の力を持っていることは示せた。

 

 3着スペシャルウィーク

 圧倒的1番人気も差し届かずに3着。皐月賞同様外枠が響いたか。

 セイウンスカイのペースに惑わされたのか終始後方の追走。坂を下って脚を伸ばした頃には既に届かない位置取りのなっていた。上がり最速の脚は使っているだけに道中の位置取り、仕掛けるタイミングといったミスが目立つ結果に。力量は世代上位なだけに、次のレースでは期待したい。

 

 4着エモーション

 以前から注目されていた良血ウマ娘がここで好走。特に今回のレース直前のトレーニングではそのタイムが注目されていた。

 道中やや早めに仕掛けたことから最後はスペシャルウィークに差されてしまったものの、自ら動いて勝ちに行ったところは高く評価できる。元々晩成評価のウマ娘、これからの飛躍に注目したい。

 

 5着メジロランパード

 道中6番手からジリジリと脚を伸ばし掲示板を確保。キレは無いものの持続力のある末脚はまさにメジロといったところ。最後も垂れてはいないだけに、もう少し早めに動いてスタミナを活かす形になれば、着順を上げられた可能性も。長距離の消耗戦が予想される場合は今後も軽視できない。

 etc.......』

 

 目の前に広げられているのは菊花賞の記事。何社かの記事を見比べて見ても書いてあることは大体一緒。

 

「思ったより反響少なかったな」

 

「まぁ、一応二番手ではありましたからね。これが後ろから捲ってたら文句言われたかもしれませんけど」

 

 懸念していたのは私の逃げ宣言の反響。思えば戦前からトレーナーさんはそれを心配していた。もっとも私が考えていたように大事にはならなかったみたいだけど。

 

「全く、図太いなお前は。ネットあたりじゃ叩かれてるぞ?」

 

「いいです、いいです。結局、バ券外した人たちの恨み言に過ぎませんから。あの人たちも自分の身を削って稼いだお金を失ってる訳ですから、それくらい言わせてあげましょうよ」

 

 ちなみに私はエゴサをよくする。

 基本的にレースの後は悪口しかないし、今回もいつも通りと言えばいつも通り。まぁ、文句の一つくらい言いたい気持ちは私にも分かる。

 

 まぁ終わったレースの話。今は未来の話をしよう。

 

「というわけで、当然次走はジャパンカップです」

  

 クラシックの時には走ることのできなかった東京2,400m。今回は堂々と獲得賞金で出走できる。

 

「それはそうだろうとは思ってたよ。作戦もこの間のやつだろう?」

 

「はい。この前も言いましたけジャパンカップではエルちゃんだけをマークします。もっと言うと後ろに張り付きます」

 

 セイウンスカイの時とは違う本気のマーク。はっきり言ってエルちゃんが凡走したら共倒れになる。それでもエルちゃんがそうなるとは考えられない。

 

「まぁ、お前の好きなようにやってみろ。そういえば東京の芝は初めてだったな」

 

「確かにそうですね。前走ったのはダートでしたから。でも関係ないですよ、どこで走ろうとマークする相手はただ一人ですから。ちなみに他にはどんな娘が出走する予定ですか?」

 

「そうだな、まずはスペシャルウィーク。府中2,400はダービーと同じ舞台だ、俺の中ではこいつが1番怖い。そして女帝エアグルーヴ、こいつも実力者だな。外国勢だと北米芝チャンピオンなんかも出走するそうだ」

 

 何やかんやスペシャルウィークと一緒に走るのは4度目。何気に中央では1番走ってる相手だ。とはいえ菊花賞で先着した相手、今回も負ける気はない。ただシニアの方はあんまり分からないんだよね。後外国の娘も。

 

「なるほど」

 

「興味ないんだったら聞くな」

 

「いや、ばれちゃいました? だって誰が出走するとか関係ないですからね」

 

 正確には興味じゃなくて知識が無いんだけどね。けど、誰が出走しようと関係ないっていうのは本音。厳密に言うとエルちゃんには出走してもらわないと困るんだけど。

 

「ところでな?」

 

「はい?」

 

「お前、どうやってエルコンドルパサーの番手につける気だ?」

 

「えーと…。また逃げ宣言でもしますか?」

 

 やばい何も考えてなかった‥。とりあえず菊花賞と同じ作戦、つまり逃げ宣言からエルちゃんを迎入れるくらいしか思いつかないんだけど。

 

「今回は通用しないな。何て言ってもチアフュージティブがいる。こいつが間違いなく先手を奪う」

 

「その娘は強いんですか?」

 

 聞いたことないウマ娘だ。まぁ、シニア級のウマ娘なんてさっきも言ったようにほとんど知らないんだけどね。

 

「逃げればしぶといタイプだ。そして何より徹底先行タイプ。生半可には前を譲らない。それにそもそもエルコンドルパサーは逃げるタイプではないしな」

 

「じゃあどうしたらいいですか?」

 

「枠が隣なら簡単なんだがな。エルコンドルパサーもテンは早い。まず出遅れたら終わりだ。1番いいのはエルコンドルパサーの内枠を引いてエルコンドルパサーを迎入れることだな」

 

「外枠の場合は?」

 

「無理だ。少なくとも真後ろはとれん。こればっかりは運だな。なに、レースは枠順が発表されてから行われるんだ。外枠を引いたときのことはその時に考えればいい」

 

 えー、結局最後は運勝負か。まぁ、それも悪くないか。どっちにしろ自分の実力で勝ちきれない私が悪い訳だし。運を味方につけるために神頼みでもしてみますか。 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

「エル、本当にジャパンカップに出走するんですか?」

 

 寮でテレビもつけながら呟く。

 私、グラスワンダーのルームメイトであるエルコンドルパサー、彼女はマイラーだと周りの人たちは言う。かくいう私もエルはマイルの方が向いていると思います。

 

「もちろんデース。マイルチャンピオンシップと迷いましたが今のエルならどっちでも勝てますから」

 

 ただ、今のエルは自信に満ち溢れている。今の彼女にはジャパンカップを勝つ姿か想像できているようです。

 

 私もそこを目指していましたが賞金の関係で出走は不可能なってしまいました。

 とはいえ、エルと戦う機会はまだあります。

 

「私は今回出走しませんが、有マ記念には間に合わせるつもりです。決着はそこで」

 

 有マ記念、このレースはファン投票で出走権利が得られます。この制度なら私も出走できます。

 

「…エルは有マには出走しません」

 

 ただエルの言葉は予想外なものでした。

 

「それはどうして?」

 

「有マは確かに日本で一番盛り上がるレースデス。でも世界的な評価はジャパンカップの方が上。そっちを勝ったなら無理をする必要はありませんから」

 

 エルの海外志向が強いことは前から知っていました。確かに有馬記念は特殊なレースですし、ジャパンカップの方が世界的な評価が高いのは外国生まれの私にはよく分かります。

 

 ただそれでも、私に勝ち逃げしていくのは気に食わない!

 

「つまり、ジャパンカップに負けたら有マに出走すると?」

 

 エルと決着をつけるためには有マ記念に引っ張り出すしかない。そのためにはジャパンカップで名声を得られなければいい。

 

「さぁ、どうデスかネ? でも、エルが負けることなんて有り得ません。グラスがエルの首を取りに来ますカ?」

 

「…今の私にはそれはできません」

 

 そう、前走のアルゼンチン共和国杯で惨敗した私はジャパンカップに出走するための賞金を得られていない。

 つまり他のウマ娘に託すしかない。

 

「だったら、スペちゃんデスか? 今のスペちゃんには負ける気はしませんけど。後はエアグルーヴ先輩デスかね」

 

 確かにダービーの時のスペちゃんなら今のエルを打ち負かす可能性もあったかもしれない。でも、今のスペちゃんには難しい。

 

 同じチームのエアグルーヴ先輩は確かに実力者ではある。それでもエルに届くかと言えば何とも言えない。

 

 そんなことを考えるとテレビでちょうどジャパンカップの特集が流れていた。

 そして、そこに映っていたのは私も見知っていたウマ娘。 

 

『レースの作戦ですか? 決まってます。エルコンドルパサーをひたすらマークそれだけです』

 

『エルコンドルパサーですか。菊花賞で走ったスペシャルウィークや、女帝エアグルーヴなどはどういう対策を?』

 

『していません。私がエルコンドルパサーを差し切れば一着ですから』

 

 そのウマ娘は菊花賞ハナ差2着の公営の星。ただ彼女にそれを託すには荷が重い。はっきり言って実力不足だ。

 ただそれでも。

 

「いや、一人だけいるかもしれないデスね」

 

 隣のエルだけは真剣にテレビの画面を見つめていた。

 



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52話

「やぁ、少しいいかな?」

 

「どうした、お前が声を掛けるなんて」

 

 カナメのトレーニング中、声をかけてきたのはシロヤマだ。トレーニング中と言っても伝えたメニューを消化するだけだから、こいつと話すのは問題ない。

 

「この前の浦和記念を見てくれたかい?」

 

「ん? あぁ、お前が完勝したレースだな。全くあそこまで走れるなら白山大賞典も取れただろうが」

 

「ありがとう。けれどあの時のサウスは中々手強いな。グリンも完全にお手上げだった」

 

 白山大賞典はサウスがグリンを突き放しての圧勝。グリンも決して弱いウマ娘じゃない、適正距離なら中央オープンでも戦えるレベルは持っている。それでも、今のサウスには歯が立たない。とどのつまり、今のあいつには交流重賞を制覇する力が間違いなくある。

 

 ただ、そういう意味なら目の前のこいつにもその力はあるわけだがな。

 

「で、本題は?」

 

「私は東京大賞典に出るつもりだ。そしてサウスも」

 

「なるほど、そのための浦和記念か。それでどうした?」

 

 浦和記念の上位には東京大賞典の優先出走権利があるからな。こいつの場合、真っ当に出走しようと思っても獲得賞金でハネられるわけで、浦和記念を走る必要があったというわけだな。

 

「なに、カナメにもぜひ出走してもらいたくてね。もちろんジャパンカップで勝ったならその必要はないのだけれど」

 

「お前、何をする気だ?」

 

「カナメを勝たせてG1ウマ娘にする! そうすれば来年以降の出走もしやすくなるだろう? なに、勝たせるといっても大したことはしないさ。」

 

 なるほど。確かに地方のウマ娘はシニア級に上がると一気に出られるレースが少なくなる。ただこれには抜け道があって、G1を獲得してるウマ娘は中央のウマ娘と同様な方法で出走権を得られる。

 こいつは来年以降もカナメを中央に挑戦させるために、こんなことを言っているにちがいない。

 

「具体的には?」

 

「サウスが前を叩いてペースを作る。私は南関東の哲学者を抑えきる」

 

 つまりペースメーカーと後ろの牽制役を用意するわけだ。

 ただそれでも懸念はある。

 

「それができれば理想だが、あの二人は日本ダート界の二強といってもいい実力者だぞ。特に南関東の方は2,000mだと敵な

し。今のお前に抑えきれるのか?」

 

 あいつの実力は、はっきり言って歴代のダートウマ娘の中でもトップクラス。シロヤマも実力者ではあるが、指導者の俺から見てもその力量には差がある。

 

 

「なに、こう見えても私はそれなりに名前が売れている。向こうが勝手に意識してくれるさ」

 

 確かにレース中はそういった細かいところが大きな差にはなる。それは間違いない。だけどこれだとまだ届かない。

 

「すごい自信だな。ただそれだけだと埋まらない差はあるがな」

 

「それだけのパフォーマンスを見せてきた自負はあるからね。それに相手を大外を回させることくらいならできるさ」

 

「確かに全盛期のお前は地方トップクラスではあったな」

 

 ニヤリと笑って言うシロヤマだが、確かにそれは間違いじゃない。こいつの走ったダービーグランプリのメンバーはかなり揃っていた。その中でこいつは圧勝しているわけだ。

 

 後、さらっと恐ろしいこと言うんじゃねぇよ。そういうのは今のご時世うるさいんだから。

 

「まるで今は全盛期ではないみたいな言い方じゃないか」

 

「実際にそうだろ? 体の調子はいいのかもしれないが、出力が落ちている」

 

 あのダービーグランプリの時は調整不足であのパフォーマンスだ。水沢の小回りを後ろから動いて差しきるっていうのは中々できることじゃない。

 が、今のシロヤマにはそれはできないはずだ。

 

「まぁ、それは否めない。どうしてもギアの入りに時間がかかるようになってはいるね。ただそれでも、私の力量はそれなりのものはある」

 

「あの浦和記念を見ればそれも間違いじゃないんだろうがな」

 

 2着の名探偵もかなりの実力者。そいつをねじ伏せているわけだから、今のシロヤマの力は疑う余地はない。

 

 ただそれでも、クラシック級の時に感じた凄みはなかった。

 まぁ、当の本人がそこら辺は1番よくわかっているとは思うがな。

 

「それで、どうだい? カナメを出走させてくれるかい」

 

「最終的にはあいつが決めることだがな。ただひとつ、確信できることはある」

 

「なんだいそれは?」

 

「あいつが出走しても、十中八九勝つことはできないぞ」

 

 だってあいつ、冬のパサパサのダート走れるほどパワーないしな。JDDもはっきり言って周りが低レベルだっただけ。

 要は今のあいつにダートの一線級の力はないってことだ。



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