インフィニット・ストラトス〜Realistic world〜 (しおんの書棚)
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第1章 始まりと新天地編
ep01:災厄の日


インフィニット・ストラトス登場による世界観の変化。
キャラクターの言動や行動など様々な部分を現実的にしたならばという私的解釈の物語。

サブタイトルのRealistic worldとは「現実的な世界」という意味です。

原作との共通点はインフィニット・ストラトスの存在。
登場キャラクターや専用機のみだと思っていただいた上でお読み下さい。

また、上記に加えてオリ主やオリキャラ、オリ企業などが登場します。
これらに納得いただけない方の気分を私は害したくありません。
ですので、その場合は決して読まないで下さい。

筆者は異常なほど打たれ弱い豆腐メンタルです。
完結を目指してますので心を折らない様に意識していただけると助かります。

加えてモチベーション維持のためにも楽しんで下さってる方は是非高評価をお願いします。

また、つまらない、合わない、技術が足りないなど不満のある方がいるのは理解しています。
ですので、そう言う方は読まない事をお勧めします。

温かな感想、誤字・脱字の報告は大歓迎です。
それでは気長にお付き合い下さいm(_ _)m


 そこには楽しげな空気が流れていた。

 

 どこを見ても笑顔が溢れている観光バスの中で何処そこから来たと話す親、戯れる子供達。そんなありふれた光景がそこかしこに見える。

 

 その中に離島の田舎から上京した両親と子供の三人家族がいた。故あって初めて遠戚を訪ねる旅、その思い出作りにと乗り合わせたのだ。

 

 子供はお手製の記録装置でその光景を保存する、と言っても一般的なビデオカメラなどは持っていなかった。

 その子には両親以外の誰にも話していない秘密がある、それは規格外の人間であること。そんな子供は普通を装いながら夢のある物を作っていた、そしてそれの一機能を使い記録しているのだ。

 

「旅行前に一応見せられるまで完成して良かった……」

 

 ある程度、形になったのは昨日のこと。子供は安堵の表情を浮かべる、そして……。

 

「早くあの人に見て貰って話したいことが沢山ある、とても楽しみで待ち切れない!」

 

 そう呟いた直後、大人達が騒ついているのに気付いた。よく見れば備付けられたテレビから緊急放送が流れていて……。

 

「世界中からミサイルが発射された? この日本に!?」

 

 その子は急いで情報収集を始めた、帽子の中で部分展開したハイパーセンサーをミサイル捕捉可能範囲まで拡げる。

 そして知った、ミサイルの着弾予想地点は本土中心。今、自分達の乗るバスが走っている場所も着弾圏内にあることを、さらに最悪なのは着弾まで然程時間が無いという現実だった。

 

 車内でパニックが起きると判断した運転手はバスを路肩に寄せて停止、ドアを開放すると車内放送を始める。

 

「落ち着いてバスから降りて下さい、決して押さず焦らず慌てず避難して下さい」

 

 運転手の判断は早かった、まだ混乱が広がる前に行った最善の行動だっただろう。

 一人、また一人と降りて行く、しかし観光バスは満席で奥の親子はなかなか出られない。その子はハイパーセンサーで理解した、もう間に合わないことを。

 

 その直後、明らかにミサイルとは違う反応をキャッチ、見上げた海上上空に白い何かが居た。望遠で確認する、それは剣を持った……。

 

「インフィニット・ストラトス!?」

 

 動き出した白いISは次々とミサイルを切り裂き、荷電粒子砲と思われる武装で薙ぎ払った。しかし、ISは間に合わなかったのか見落としたのか、切り裂いたミサイルの弾頭が……。

 

 

 目を覚まして感じたのは頭部と背中の痛み、そして子供に覆い被さる何かや熱さに息苦しさ。何がと覆い被さる物をよく見れば……。

 

「お父さん! お母さん!」

 

 酷い怪我や火傷を負っている両親、必死に声をかけても返事が無い。恐る恐る脈を測って子供は理解してしまった、両親が子供を守って死んだという現実を。

 

「ゴホッコホッ!」

 

 充満する煙に咳き込んだその子供は服を口に充てがってから素早く周囲を見廻す、けれど燃えるバスの中に生存者はその子供だけだった。あまりにも酷い光景に吐き、それでも探った生体反応が子供の物しか無かったから。

 

 子供は体の状態を急いで把握する、子供は無意識のうちに身に纏ったのか、それとも夢の意思なのか。頭部からの出血と背中一部の火傷を除けば特に異常はない。

 頭の怪我は夢を纏う直前に強打し、背中は解除された後で両親の隙間から熱で負ったと推測した。

 

 ハンカチを裂いて頭部に巻き、今度こそ子供は自分の意思で夢を身に纏うとバスの天井を”ハイ”パワーアシストでこじ開けて光学迷彩ステルスモードで飛翔する。

 

 そこで目にした光景。辺りは焼け野原にも関わらず、白いISと戦闘機がドッグファイトしている。子供はそれを忌々しげに見たあと生体反応を広範囲で探す、しかしたった一人も生存者は発見できなかった。

 

 救助を諦めたのは日が傾く夕暮れ時。そしてドッグファイトも終わりを告げる、白いISが光学迷彩ステルスモードで撤退したからだ。

 

 これが総数2341発のミサイルを死者“0“人で迎撃した通称「白騎士事件」、たった一人が知る葬り去られたその真実である。




2022/06/15 改訂


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ep02:IS学園へようこそ

 インフィニット・ストラトス、通称IS。10年前に篠ノ之(しののの)(たばね)博士が生み出したマルチフォームスーツの名称である。

 

 そして、その性能を証明したのが通称“白騎士事件”。

 世界中から日本に向け発射された総数2341発のミサイル、何故そんなことが起きたのかは未だ不明とされる大事件に日本の対応は間に合わず約半数の迎撃が限界だった。

 

 しかし、万事休すと思われた状況で突如現れた白いISが悉く迎撃、騎士の様な風貌から白騎士と仮称される。

 また迎撃直後、スクランブルで出撃した戦闘機など当時の最新兵器が鹵獲を試みるも一切寄せ付けず、ISはISでしか倒せないと世界中が認めざるを得ない騒ぎになったのはいうまでもなく……。

 

 この性能を脅威に感じた世界各国はアラスカ条約を締結、ISの軍事利用および宇宙開発への使用を禁止した結果、競技に使われることとなる。

 

 だがISは女性にしか操縦できないという欠陥があった。その結果、男尊女卑の風潮にあった世界各国で女性の進出が増加。男女雇用機会均等法を含む女性の権利向上政策などの後押しもあり、男女平等へと徐々に世情は変化していく。

 

 とはいえこれ以上の変化、極論を言えば女尊男卑の風潮へ向かうことは非現実的であると世界中の多くは理解している、理解していないのは女性権利団体に属する一部の過激派だけというのが現状だ。

 

 そして、ここIS学園は世界唯一のIS専門高等学校、狭き門などと呼ぶことすら憚られる倍率を突破した才媛が集う“女子校”。

 

 しかし、そこには一人だけ異分子たる“男”がいた、名を織斑一夏(おりむらいちか)

 IS世界大会、第一回モンドグロッソの総合部門優勝者で日本が誇る“ブリュンヒルデ”こと織斑千冬(おりむらちふゆ)の弟、ここにいるのは何の因果かISを起動させてしまった唯一の例外だからだ。

 

 そんな彼は高校受験までISと無縁な生活を送っていた、千冬がISに関わらないよう手を尽くしていたのだから尚更に。

 しかし、藍越学園の受験会場に向った筈が迷ったあげく、隣接していたIS学園受験会場にあるIS保管室に辿り着き、興味本位からその場にあった国産第二世代IS“打鉄(うちがね)”に触れると起動。その場で身柄を確保・隔離され、人命保護とデータサンプリングのため入学を余儀なくされた訳である。

 

 さて現状に目を向けよう。クラスメートは、いや本人を除く学園の生徒全てが女生徒。

 しかも、出席番号順の席で前列ど真ん中という状況から背中に視線が突き刺さるほど集中しているのを感じ、居た堪れないことこのうえない。さらに廊下まで女生徒が詰め掛けている有り様にすっかり萎縮していた、強いて気になることといえば一席空いていること位か。

 

「早くなんとかしてくれ……」

 

 そんな彼の願いが届いた訳ではない。しかしタイミングよくドアが開き、緑色のショートカットで小柄な女性が教室に入って来た。随分幼く見え同級生と言われても納得出来る童顔、極一部の主張が著しく激しい……どことは敢えていわないが。

 

 そんな女性が話し始める。

 

「皆さん、入学おめでとうございます! 私はこの一年一組副担任の山田真耶(やまだまや)です」

 

 その言葉と同時に電子モニターには名前が表示された。一夏はやっと逸れた視線に安堵の溜息を一つ、真耶はあまりの無反応さに慌てながらもさらに続ける。

 

「このIS学園は全寮制、皆さん仲良く生活しながら、しっかり学んでいきましょうね!」

 

 未だ無反応、それでも真耶はめげずに話を進めた。

 

「では、自己紹介を出席番号順でお願いします!」

 

 その指示に従って自己紹介が順次進んで行く。しかし一夏は環境の急激な変化に馴染めず、今後の不安から考え事をしていた。

 

「織斑くん? 織斑一夏くん?」

 

 呼ばれていることに一夏は気付かない、すると真耶は一夏の目の前で視線を合わせて……。

 

「織斑くん!」

 

 と大きな声をかけた、流石の一夏もそこまでされて気付かない訳もなく慌てて返事をする。

 

「は、はい!」

「”あ“から始まって今“お”で織斑くんの番なんです、自己紹介してくれるかな? 駄目かな?」

 

 と、若干涙目の上目遣いで真耶に告げられ焦りつつ話す一夏。

 

「すみません! 大丈夫です!」

 

 その言葉に安心したのか真耶は教壇へと戻って行った。

 

 

 時は少々遡り、千冬は第一アリーナに立っていた。

 

「事前の話では、此処に直接来る手筈だが……」

 

 そう呟くのとほぼ同時に、一瞬土煙が舞い上がり千冬の視界を遮る。そして土埃が収まった視線の先に一人の女生徒が荷物を持って立っていた。

 

「遅くなり誠に申し訳ありません、織斑先生」

「特例での入学、今日とて遠方から誰の目にも触れず飛んで来るのが条件。しかも邪魔が入らない時間帯を指定したのは学園側なのだから謝る必要はない。

 それにしても既存のISや設備で捕捉できんと聞いてはいたが、全く感知できんとはな」

 

 千冬は土埃で殆ど見ることはできなかった女生徒の専用機、その性能に驚きを隠せない。しかも、一瞬しか土埃が舞わなかったことから最低でも数cm以下で降下停止した操縦技術の高さ、そこから専用機を使いこなしていると察する。

 実力が非常に気になる千冬だったが……、今は教室に向かわなければと意識を切り替え女生徒に告げた。

 

「さて時間も無い、このまま教室に向かうぞ」

「はい」

 

 そう言うとさっさと歩き出す千冬の後を女生徒は追う様について行く、ある誓いを胸にして。

 

 

 教室まで来ると千冬は女生徒に呼ぶまで廊下で待つよう告げた。

 入室後、教室内から激しく叩く様な音や黄色い声援と言う名の騒音が女生徒の耳に届く。

 

「何もわかっていませんね……」

 

 緩い雰囲気に呆れた女生徒はそう呟くと端正な顔を顰める、そのうち随分と教室内が静まり女生徒を呼ぶ千冬の声が聞こえた。

 

「では、入ってくれ」

「失礼します」

 

 一言かけてから教室に入ると、全員の視線が女生徒に集まる。

 

 そこに居たのは中性的で非常に整った容姿にアンダーリムの眼鏡をかけた女生徒、身長は170cm程で非常にバランスの取れた無駄の感じられないスレンダーな体型。髪の色は藤色で特殊なシニョン(Fateのアルトリア風)に纏められている。

 制服の上はベスト風、下はスカートではなくパンツルックに改造されていた。上は多少ゆったり目だが腰の辺りで絞られシャープなデザインながら動き易さを重視、下は足元に向かって徐々に細くなっていながらこちらも動きを阻害しないデザイン、袖と裾にあるスリットが特徴的だ。

 

「自己紹介をしろ」

「はい、織斑先生」

 

 そしてその声、男性とも女性とも取れる程良い高さ、涼しげで柔らかい印象を受ける。

 

「皆さん、はじめまして。私の名前は空天 (からあまつ)(そら)と申します、年齢は三つ上の18歳です。

 

 特技は各種研究開発で、この中にはIS関連の技術も含まれます。また家事全般と武術を嗜んでおります。

 趣味はアニメ鑑賞や小説・漫画などの読書。こちらは好みであり、インスピレーションが湧くことも理由の一つです。

 将来の夢は宇宙に行き、未知を探索すること。

 

 若干年上ですが、あまり気にせず仲良くしていただけると助かります。また不慣れな環境で迷惑をかけてしまうこともあるかもしれません、ですが極力そういったことの無い様に努めますのでよろしくお願いします」

 

 そう言うと軽く礼をした宙、すると何処からかなんともゆる〜い感じで、お〜という声と同時に拍手が。それに吊られたのか徐々に増え大きくなっていった。

 

 そんな中、一夏は出会ったことの無いタイプの女性に興味を惹かれ……、スパーンと頭部に強烈な一撃。

 

「見惚れてる場合か! それと自己紹介とはこういう物を指すのだ、わかったか? 織斑」

「はい、織斑先生……」

 

 クスクスと小さな笑い声が聞こえて、首を垂れる一夏を他所に話は進む。

 

「空天、席はわかるな?」

 

 空席は一席のみ、宙は返事をするとそこへ向かう。そして席に着く前、左右へ笑顔を向けて。

 

「お二人共、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ!」

「よろしくお願いしま〜す!」

 

 隣席の女生徒二人は快く笑顔で答えた。

 

 さて、そこからは毎年見られる光景の様で軍隊の如き台詞が担任の千冬から発せられる。しかし、それに返事をする生徒が30人中28人もいた、問題はその真意を理解してのことかだが……。

 

 そして残りの二人は一夏と宙、唖然とした一夏はどう反応すべきか迷い混乱中。宙はと言えば呆れながらも柔かな表情を変えず、ただ黙ってSHRをやり過ごしたのだった。




2022/11/20 改訂


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ep03:初授業と嘘

現実的に考えて、極厚の白い冊子に赤い大きな文字で必読と印刷されたテキスト。
私にはどう考えても電話帳と間違えるのか理解できません、皆さんもそう思いませんか?


 SHRが終わり、早速授業が始まる。

 

 今、真耶が話しているのはIS基礎理論。IS学園に入学した者なら知っていて当然であり、最悪でも入学前に送付され必読と大きく記された極厚テキストを熟読していれば何も問題無い内容。つまり基礎中の基礎といえるレベルである。

 

 しかし、クラスに一人だけ頭を抱え、唸っている人物がいた。

 

「織斑くん、ここまででわからない所はありますか?」

 

 男子生徒一人で大変だろうと、補足して理解を深めてあげたい真耶の気遣に、一夏は絞り出すよう答えた。

 

「山田先生、全部わかりません!」

「ぜ、全部ですか!? ここまででわからない人はどの位いますか?」

 

 帰って来たのは一夏以外いないことを示す沈黙。

 

「織斑、事前に送付されたテキストは読んだか?」

「あの分厚い奴ですか?」

「そうだ」

 

 そのやり取りをクラス中が静観する。

 

「古い電話帳と間違えて捨てました……」

 

 スパーンと響き渡る快音、漂うなんとも言えない空気。そして始まったのは千冬による詰問だった。

 

「織斑。テキストは分厚く、大きな赤文字で必読と書いてあったな?

 それを本当に電話帳と間違え捨てたのか?」

「……はい」

 

 千冬はプレッシャーをかけながら、もう一度だけ念を押す。

 

「あれは機密情報の塊だ、捨てたのを拾って誰かの手に渡っていたなら……。

 織斑、お前は重罪だぞ? 並大抵の処罰では済まないが本当に捨てたんだな?」

 

 一夏の顔色が一気に悪くなり、少しの沈黙。事の重大さを理解した一夏は意を決して呟いた。

 

「……家の本棚に未開封で置いてあります」

 

 千冬は複雑な心境だった、それはたった一人の家族が重罪にならなかった安堵。そして、嘘をついてまでも言い逃れしようとした怒りと現状の認識不足。

 

 静まりかえった教室に淡々とした千冬の声だけが響く。

 

「織斑、お前は望んでないのにIS学園へ入学させられたと思っているんだろうが……。

 この状況を作り出したのは全てお前の浅はかな行動が原因だ。

 

 そのせいで入学できなくなったり、他人の人生に影響を与えた現実を理解しているのか?

 そして今。いや、これからもクラス全員に迷惑をかけることを申し訳ないとは思わないのか?」

 

 千冬の言葉が一夏に胸に突き刺さる。

 

 一夏は自分のことしか考えていなかった。いや、それしか考える余裕が無かったともいえる。だからこそ自分のせいで入学できなくなった人がいるなんて思いつきもしなかった、そして現状を齎したのが自分自身だということから逃げていたと今気付かされたのだ。

 

 そう理解した一夏は即座に行動する。

 

「織斑先生、山田先生、クラスの皆、申し訳ありませんでした!」

 

 一夏は立ち上がると頭を下げて謝罪した。自分で招いたこの事態、今まで真剣に取り組まなかったことを激しく後悔しながらも。

 

 もちろん、それを見届けた千冬も追従する。

 

「全員聞いてくれ。愚弟が迷惑をかけた、家族として姉として謝罪する、すまなかった」

 

 一夏は。いや、この教室にいる全員が絶句していた。“あの”世界最強と今も呼ばれるブリュンヒルデが、織斑千冬が首を垂れ謝罪する光景に。

 教室は静寂に包まれ、刻々と時間だけが過ぎて行く。どうすればいいかなど混乱した15歳の少女達に判断できる訳がない。そして真耶もここまで予想外な事態にオロオロとしている。

 

 誰もがどうしたらいいのかと思った時、その静寂は打ち破られた。

 

「織斑先生、頭を上げて下さい、織斑君も」

 

 その声の主に視線が集まる。それは宙でおもむろに立ち上がると二人の元へ歩き出し、その場に立って話し始めた。

 

「人は誰でも間違えることがあります。

 織斑君は過ちを認め、理解したからこそ謝罪しました。私はそう受け取りましたが如何ですか、織斑君?」

 

 突然のことだったが、千冬と一夏は頭を上げると宙を見た。そして、一夏が想いを乗せた言葉を紡ぐ。

 

「空天さんの言う通り、自分の過ちに織斑先生のお陰で気づかせて貰えました。

 これからは俺のせいで入学できなかった人の分も、クラスメートに迷惑をかけないためにも。

 そして自分自身のためにもIS学園の生徒として努力します」

 

 それを聞いた宙は教室内を見回すと今度は千冬へ話しかける。

 

「織斑先生、先生の気持ちは織斑君にも私達にも伝わったようです。そうですね、皆さん?」

 

 宙の言葉に全員が頷き、千冬は宙に、クラス全員に心から感謝した。

 

「すまんな、この礼は今後の授業で必ず返す、覚悟しろ?」

 

 千冬はニヤリと意地悪げな表情を浮かべるも……。

 

「それは願ってもないことです。それと織斑君、これを使って下さい」

 

 何事も無かった様に宙は受け流し、一夏の机に例の分厚いテキストが置かれた。

 

「わかり易いように注釈が入っています、私は記憶済ですので遠慮なく有効に使って下さいね。

 再発行するより早いですし、無くては困るでしょうから」

 

 一夏は有り難いと思いながらも申し訳なさから聞き返す。

 

「本当にいただいていいんですか?」

 

 その言葉に宙は毅然とした態度で答える。

 

「織斑君は努力するといいましたが、現実はそれほど甘くありませんよ?

 先程の状況から察しましたが、ハッキリ言ってゼロからでは到底追いつけません。

 だからこそ利用できる物は何でも利用して自分の言葉に責任を持たなければ。そうですよね? 織斑先生」

 

 千冬は今日初めて会った宙から一夏への厚遇を素直に受けるべきだと考えた。

 宙は今年度の首席、その宙が手を入れたテキストなら一夏の遅れを取り戻す力に必ずなると判断したからだ。

 

「まったくもってその通りだな。

 織斑、空天に感謝して追いついて見せろ。言葉だけでは信用を得られんぞ? 結果で示せ」

「……わかりました。空天さん、有り難く使わせて貰います」

 

 一夏は宙に軽く頭を下げて礼を言う、それに宙は笑顔で答えた。

 

「はい、頑張って下さいね、織斑君」

 

 そう言うと宙は踵を返し、席へと戻って行く。そして背中を見送る姉弟の耳に一時間目終了のチャイムが鳴り響いた。

 

 嘘をついて落ちた一夏の印象は、その後の行動でなんとかゼロに戻っただろう。しかし、そう仕向けたのが宙だということに気づいたのは何人いたか。

 千冬は宙の見事な立ち回りに感心していた、一夏がここでやって行ける下地を整えた気配りと手際の良さに……。




2022/11/20 改訂


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ep04:1st幼馴染、首席と次席

試験にはルールがあります、ですから許された範囲で最大限活用するのは当然です。
とはいえ大多数の中で極々一部だけが活用できることをルールに盛り込む、その時点でルールとして破綻していると私は思うのです。

試験とは公正なルールに則って行う物、現実的に考えて皆さんはそう思いませんか?



 休憩時間。

 一年一組へ殺到した女生徒達が唯一の男子生徒、一夏を見ようと廊下に溢れ返っていた。

 先程の授業で一悶着あったがクラスメートの視線も相変わらず一夏に集中、まさに針の筵という状況で一夏は参っていた。

 

 不意に一夏の机に影がさして顔を上げると女生徒が一人。

 

「少しいいか?」

 

 その姿と声に誰かわかった一夏はつまりながらも一言。

 

「あ、ああ」

「では、ついて来てくれ」

 

 さっさと歩き出す女生徒を追い、立ち上がった一夏は場所を移す。

 

「あの子、知り合い?」

「あ〜、どっかに行っちゃった」

 

 などと、それを見た女生徒達がひそひそ話す中、二人は教室を出て行った。

 

 

 教室内で一人の女生徒が宙に歩み寄ると声をかけた。

 

「少々よろしいでしょうか?」

 

「ええ、ミス・オルコット。答辞を押し付ける形になってしまい申し訳ありません。

 それでイギリス国家代表候補生である貴女から私にどの様なご用件でしょう?」

 

 宙に話しかけたのは金髪で緩やかな縦ロールの長髪にバランスの良い体型、まさにお嬢様といった雰囲気を纏う透き通った碧眼の美少女、イギリス国家代表候補生のセシリア・オルコットだった。

 

「率直に申し上げますわ、入試首席である貴女が何故入学式に出られなかったのですか?」

 

 入学式の答辞は本来入試首席が行う。しかし、宙から参加できない事情が起きたとの連絡があり、学園からの通達で次席であるセシリアが行うことになったのだ。

 セシリアは答辞を行うことに不満は無かった。ただ、その役目を務めたがゆえの質問であり当然とも言える。

 

「役目を務められず、ご迷惑をおかけしたことは痛恨の極みですが、専用機にトラブルがあり間に合わなかったのです」

 

 セシリアは宙の言葉に納得と驚きを感じていた。

 一つは入試で試験官を倒さなければ首席にはなれないと彼女はわかっていた、何故ならセシリアは専用機で試験官を倒していたから。

 

 そしてもう一つ。セシリアが調べた限り、宙はどこの国の代表候補生でもなく、企業に所属してないにも関わらず専用機を与えられていることに。

 

 とはいえセシリアはエリートである代表候補生。なんらかの特別な事情がなければ専用機を与えられる訳もないと十分理解しており、試験官を倒すだけの実力があるからこそ認められていると察した。

 

「そういう事情であれば致し方ありませんわね、失礼しましたわ。よろしければセシリアとお呼び下さい」

「では、私のことは宙と」

「わかりましたわ、宙さん」

 

 そう言って納得したセシリアが別れを告げようとした時、今度は宙が話しかけた。

 

「こちらからも質問よろしいですか?」

「ええ、構いませんわ」

 

 突然のことだったが、セシリアは優雅に答える。

 

「入試の時、セシリアは専用機を?」

 

 その言葉に引っかかりを覚えたが、セシリアは即答する。

 

「勿論ですわ」

「……残念です、セシリア。貴女は皆さんと同じ条件で試験を受けなかったのですね」

 

 まさかそんな言葉が返って来るとは想像もしていなかったセシリア、その言葉が示す意味に驚愕しつつも確認せずにはいられなかった。

 

「で、では宙さんは訓練機で?」

「それこそ勿論です、ラファール・リバイヴを駆って山田先生を。当然、山田先生は全力でなかったでしょうが」

 

 絶句するセシリアを見ながら宙は続ける。

 

「山田先生は織斑先生が国家代表だった時の代表候補生、“銃央矛塵(キリング・シールド)”と呼ばれる程の実力者です。

 織斑先生がいなければ間違いなく国家代表だったと今でも言わしめる、それがどれほどの賞賛かはわかるはずですね?

 

 そして、入試の目的は受験生を篩にかけること。山田先生が全力を出せば、現役でないとはいえ誰一人相手になる訳もありません。

 

 そういう理由から制限下で試験官を務めた山田先生、与えられているのだからと専用機で戦ったセシリア。

 確かに人は平等だった試しがありません。しかし、セシリアの行動は貴女自身の誇りを穢したと私には思えるのです」

 

 そこまで言われては、流石のセシリアも黙っていられない。

 

「宙さんにわたくしの何がわかると言うのですか!」

「……セシリア・オルコット、英国貴族オルコット家の若き当主。幼少の頃、両親を亡くして使用人と共にオルコット家を守ってきた才媛。

 私の推測ですが、オルコット家の財産を巡って醜い争いがあったと思っています。それを乗り越えてイギリス国家代表候補生となり、専用機まで与えられたとなれば余程のこと。

 確かにセシリアの心情全てをわかるなどとは決して言えません。ですが、私も早くに両親を亡くし、自分自身で収入を得て一人で生きてきました。何分の一かは共感できますし、理解のおよぶ範囲もあるかと」

 

 宙の推測はセシリアの過去について的を得ていた、しかも育った環境でいえば宙の方が過酷。

 セシリアには残された財産が良い意味でも悪い意味でも存在し、使用人という味方が今もいる。しかし、宙にはそれすら無かったのだとセシリアは理解してしまったのだ。

 

 それでもセシリアは反論しようとした。だが、理解した以上できなくなって……。

 

「話が随分と脱線しましたね、試験に戻します。

 セシリア、貴女のしたことは確かに受験で認められていることですが、専用機を持たない受験生の想いを私の主観で言わせて貰うなら……。

 ISに乗る機会が無く、慣れない訓練機で必死に挑んだ人。それを乗り慣れた専用機という圧倒的有利な力で蹂躙し、上位を奪った略奪者が貴女。

 

 ただでさえ搭乗時間というアドバンテージがあるのに、専用機を持ち出して試験官を倒す。代表候補生ですから実績を求められるのは理解できますが、訓練機でも実力があれば可能。私の言っていることは間違っていますか?」

 

 いつの間にか静まり返った教室、宙とセシリアのやり取りはクラスメートの耳に入っていた。

 そして、告げられ項垂れたセシリアは勿論、クラスメートも宙の言い分が正しいと理解する。ただ、そこに悪感情は無かった。セシリアがルールを破った訳ではないと、誰に言われずとも全員わかっているから。

 

 だが、指摘されたセシリアは、宙という実例を前に二の句を継ぐことさえ出来ず項垂れていた。

 

「セシリア、顔を上げて下さい」

 

 完膚なきまでに打ちのめされたセシリアの耳に、先程までとは打って変わって柔らかな声が届く。青い顔をしたまま宙を見ると、胸元に引き寄せ抱き締められた。

 

「厳しいことを言ってごめんなさい、でも貴女にわかって欲しかったんです」

 

 セシリアは聞き返す。

 

「何を……ですか?」

「セシリアがここに至るまで、どれほどの努力をして来たのか。先程言った様に、私には軽々しくわかるなどとは決して言えません。

 

 けれど、忘れないで? 貴女が自分自身を誇れる行動の大切さと貴族が背負う誇り。そしてセシリアと他の人達がして来た努力の質はともかく重みに違いなど無いことを。

 それを理解していれば貴女も同じ条件、訓練機で受験していたでしょう?

 

 貴女が代表候補生として専用機を与えられたのは余程の努力と成果が認められたから、その事実は誰もが理解していると私は思います。

 

 今日までどんな苦労があったか詳細はわかりませんが、よく頑張って来ましたね。他の誰が認めなくても私はセシリアを認め、貴女の力になりたいのです。

 

 ですから、これからは私にできることを手伝わせて下さい。

 そしてセシリアは真摯に取り組み、誰にでも誇れる行動を示し続ける。そうすれば私以外にもきっと貴女を理解し認めてくれる人が、手助けしてくれる人ができるはずですから」

 

 セシリアは限界だった。両親を失ってから続いた苦難の日々、オルコット家を守るため必死に生きてきた。

 そんな生活はセシリアから精神的余裕を奪い、適正の高さがわかってから努力を重ねて代表候補生となった。さらにBT適正の高さと努力して出した結果が評価されて専用機を与えられてから、自身は選ばれた者だと大きな勘違いを生んだ、それも貴族の誇りが上辺だけになっていると気付けない程に。

 

 しかし、今日初めて話した宙がそれらを指摘し諭した。そのお陰でやっと理解したのだ、自分の過ちを。それほど今のセシリアは自身を客観的に見ることができていた。そして、それだけの変化を齎す説得力が宙の言葉にはあったのだ。

 

 セシリアは自身の努力を使用人ではなく今日初めて会った他人が認めてくれた嬉しさ、差し伸べられた宙の温かな手とその心遣いに涙した。

 

「あり、がとう、ございます。本当に、ありがとう、ございます」

 

 宙はセシリアの髪を撫でて彼女が落ち着くのをゆっくりと待つ、それをクラスメートは暖かく見守った…。

 

 

 一夏達は屋上にいた。

 

「久しぶり、6年振りだな。箒だってすぐわかったぞ」

 

 その言葉に彼女、篠ノ之箒の胸は高鳴るが素直に表現できない性格から別の言葉を紡ぐ。

 

「何でわかったのだ」

「髪形変わってなかったし、そういえば剣道大会全国優勝おめでとう」

 

 自分を気にかけてくれていた事実に嬉しくなる。しかし、発せられたのは……。

 

「何故知ってるのだ!」

「いや、新聞に載ってたし」

 

 一夏は、相変わらずだなと思っていた。

 

 箒はといえば初恋の人で今も想い続ける一夏と一緒の学園へ通う、しかも同じ寮生活なのだから想いを成就したいと考えていた。

 積もる思い出話もある。さあ、これからという時に鳴った予鈴。人気の少ない屋上を選んだことが裏目に出て時間を浪費した。

 

「早く戻るぞ、千冬姉に怒られる」

「わかっている」

 

 箒はこれから3年間一緒なことを噛み締めながら教室へ歩き出した、横に並んで歩く一夏の存在を感じながら……。




宙は過去の経緯から人の心に敏感。自分自身、苦労して生きてきた経験を持ちます。
自然と培われた話術、元来持つ人としての優しさが宙の無自覚な強み。

以上の合わせ技でセシリアが持つ危険性を察知して、理詰めでありながら無理のない説得を試みた。
今回はそう言うお話でした。

2022/11/20 改訂


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ep05:クラス代表と宣戦布告

本来セシリアの理解者は身内である使用人しかいません。
チェルシーは時折姉の様に苦言を呈しますが、やはり身内意識から諭しきれないと私は思っています。
原作では一夏との戦いで。
現実的に考えた場合、他人の客観的意見や行動がなければセシリアは過ちに気づくのが難しい生い立ち。
本作では宙がその役目を担った結果、既に本来の自分を取り戻しているのが鍵ですね。


 一夏と箒が戻った時、教室には不思議な雰囲気が漂っていた。とはいえ事情を知らない二人は首を傾げながらも席へと急ぐ。

 

 そして、つい先程までセシリアを癒していた宙。そんな宙に赤面しながも立ち上がったセシリアが一言。

 

「このご恩は何かの形で返させていただきます、オルコット家の名にかけて。

 それとお言葉に甘えて、何かあれば相談させていただきますわ。

 では宙さん、また後ほど」

「何もいりませんよ、セシリア。ですが、いつでも話しに来て下さい、歓迎します」

 

 その言葉に胸が温かくなったセシリアは、軽く一礼して席に戻って行った。

 

 すでに全員が着席、そんなタイミングで教員二人が入って来る。

 

 千冬監修の中、真耶の授業が進む。

 適宜一夏の状況を確認しながらではあったが、宙のテキストと真耶のわかりやすい教え方。それが功を奏してなんとか一夏は食らいつき、時折質問をすることでどうにか凌いでいた。まあ、初歩の初歩だからこそ可能なのは言うまでもないが。

 

 授業も後半に差し掛かった頃、不意に千冬が話し始めた。

 

「そういえばクラス代表を決めなければならなかったな。

 

 クラス代表とは、クラス長と言えばわかりやすいか。

 だが、会議の出席やその他諸々やる事は多い。特に、近々行われるクラス代表対抗戦の出場は重要だな。

 

 そして、クラス代表に選ばれた者は一年間変更できない。さて自薦他薦は問わない、発言を許す」

 

 そんな千冬の発言に次々と他薦の声が挙がる。

 

「織斑くんを推薦します!」

「私も織斑くんがいいと思います!」

「お、俺!?」

 

 まさか自分が推薦されると思っていなかった一夏は驚きの声を上げる。

 

「私は空天さんを強く推薦します!」

「あ、私も〜」

 

 なんとも間伸びした推薦が聞こえて来た。

 

「私は代表候補生のオルコットさんがいいと思います!」

「オルコットさんは専用機持ちだしね、私も推薦します!」

 

 などと3人の名が続々推薦されたが、一夏は困惑。

 宙は特に表情を変えることもなく、セシリアは満更でもない様子だった。

 

「推薦されたのは織斑、空天、オルコットの3人か」

「織斑先生! 今の俺じゃあ無理です! 自分のことで手一杯なんですから!」

 

 一夏は、そんな重要な役目が熟せる状況にないと訴える。

 

「自薦他薦は問わないと言った、推薦した者は織斑に出来ると判断したんだ。

 

 それにお前はさっき努力すると明言したばかりだぞ? 舌の根も乾かない内に撤回するのか?」

 

 その言葉に一夏は何もいえなくなり……、千冬が纏めに入ろうとした時、手を挙げた者が一人。

 

「何かあるのか、空天?」

「はい、クラス代表対抗戦もあるとのこと。

 ここはISバトルの総当たり戦で決めてはいかがでしょうか?

 

 それともう一つ、宇宙開発を目的としたISは残念ながら兵器にされてしまいました。

 危険な側面がある以上、訓練はかかせません。

 

 ISバトルを提案したのは私です。

 織斑君に指導と言うのは烏滸がましいのですが、ISの実技を教えさせていただきたいのです。

 可能であればセシリアにも協力していただけると公平になるのですが」

「わたくしも宙さんに同意しますわ。勿論、協力は惜しみません」

 

 千冬は考える。宙とセシリアは専用機持ちの実力者であり、一夏がその指導を受けられる。これは一夏にとって千載一遇とも言えるチャンスであり、予想すらしなかった厚遇だ。

 

 問題は一夏だが、本人の努力次第であり、専用機が与えられることも決定している。指導を行うということは自分の手の内を晒すこと、二人はそれでも構わないと……。

 

 加えて千冬は、一夏が負けてもいい経験になること。そして、それ以上に弟の可能性を信じた。

 

「空天の提案を採用する。クラス代表決定戦は一週間後、第3アリーナで行う。

 それと日本政府から織斑にデータ収集のため第三世代ISが専用機として与えられる。これで機体条件は平等になったな」

 

 その発言に教室がざわつく。

 

「いいなぁ、専用機」

「でも、データ収集なら仕方ないんじゃないかな、唯一の男だしね?」

「まあ、わからなくもないかな? 羨ましいのが本音だけど」

 

 それらの声に、一夏は改めてテキストを読む。ISコアは全部で467個しかなく、専用機を与えられることはその一つを専有すること。それが男と言うだけで……、努力すると言った以上やるしかないと心に決めた。

 

 パンパンと手を叩く音がして静まり返る。

 

「よし、これで決まりだ! 各々最善を尽くせ、特に織斑はわかっているな?」

 

 それは姉として期待を乗せた言葉。

 

「はい、織斑先生」

「最善を尽くします」

「勿論ですわ」

 

 3人の言葉に千冬は頷くと付け加える。

 

「先に言っておくが、この時期アリーナも訓練機も既に予約で埋まっている。

 一週間をどう使うか考え行動しろ。

 

 織斑の専用機は既に届いている。

 放課後、パーソナライズとフィッティング、ファーストシフトを行う。

 授業が終わったら、教室で待機していろ」

 

 その言葉に一夏は愕然としつつ了承。宙とセシリアは表情を変えることなく頷くと、それを最後にこの時間の授業は終わりを告げた。

 

 休み時間、頭を抱える一夏にセシリアが声をかけた。

 

「織斑さん、少しよろしくて?」

「オルコットさん?」

 

 何の話だろうかと一夏は身構えながらも返答する。

 

 その返答に、以前のセシリアなら上から目線で話しただろう。しかし、宙の言葉に自分を取り戻した結果、ノブレスオブリージュが。つまり“貴族たる者、身分に相応しい振る舞いをしなければならない”という基本。

 そこに立ち返った今、男であろうとも庶民に対する寛容さが必要だと受け流して話を続けることができた。

 

「改めて自己紹介しますわ。

 イギリス国家代表候補生、セシリア・オルコットと申します。

 

 今回、クラス代表をかけて戦うことになりましたが……。

 私は貴方が初心者だということを十分承知しております。

 ですが侮りはしません、失礼にあたりますから正々堂々全力でお相手しますわ。

 

 ですから、どんな結果になろうとも悔いの残らない戦いを。

 私も出来る限りの指導を約束します、そのためにも事前準備を含めて全力を尽くして下さい。

 それを織斑さんに期待しますわ」

 

 一夏はセシリアの本気を感じていた。そこへもう一つの声が聞こえてくる、それはいつの間にか側へ来ていた宙の物だった。

 

「では、私も改めまして。本年度入試首席、空天 宙です。

 

 セシリアは勿論ですが、同じく専用機持ちである私も稼働時間が織斑君とは比較になりません。

 ですから織斑先生が言った様に、一週間をどの様に過ごすかが非常に重要です。

 よく考えて時間を最大限有効に活用することをお勧めします。

 

 指導などとは烏滸がましい限りですが、私が言い出したことです。

 セシリア同様出来る限り力になりましょう。

 

 もし相談があれば、今回の件に限らず遠慮なく声をかけて下さいね。

 織斑君の健闘を期待していますよ」

 

 宙からも気迫を感じた一夏、努力すると明言したこともあって二人の言葉を真剣に受け止めた。そして、二人が自分へアドバイスのために話したのだと、女性の恋心には鈍感な一夏でも流石に気づく。

 

「なら、俺も二人に倣うよ。世界で唯一のIS男性操縦者、織斑一夏だ。

 専用機を与えられただけの初心者だけど戦うからには負けたくない。

 

 準備も当日も全力を尽くして悔いの無い戦いをすると約束する。

 そのためにも指導、よろしくお願いします」

 

 その言葉に頷くと、宙もセシリアも笑顔で去って行った。

 

 そんな様子を見ていて彼女、篠ノ之箒(しのののほうき)が我慢出来る訳など無い。ツカツカと一夏に歩みよると仁王立ち。

 

「一夏。

 随分と勇ましいことを言っていたが、彼女達の指導以外にも当然何か考えがあるのだろうな?」

 

 箒から見て美人二人とのやり取りは気が気でならなかったのだろう、冷ややかな視線と鋭い言葉に一夏は戸惑った。

 

「ま、まずは専用機について知らないとやりようが無いだろ?

 放課後に確認してから今後の方針を考えるさ」

「専用機はそれでいいがアリーナを使えないのだぞ? どこで指導受けて訓練するというのだ」

「そ、それはだな……」

 

 箒は痛い所を的確に突きながら、溜め息を一つ。

 

「千冬姉に相談してみる……」

「それしか無いだろうな。

 

 それと私も協力する、ISで生身の技術を活かせるのは千冬さんが証明しているからな。

 体力作りや剣を磨くのも意味があるだろう」

 

 箒は元々一夏に協力するつもりでいた。自分に出来ることは多く無いが、想い人を放ってはおけない。

 ついでに悪い虫がつかないよう監視するために。

 

「ホントか!? 助かるよ、箒!」

 

 一夏は蜘蛛の糸にも縋りたい状況、箒の申し出は渡りに船だった。気づけば箒の手を握る一夏、箒は赤面しながらも言い放つ。

 

「勘違いするな、一夏。同門のよしみで情けをかけただけだからな!」

 

 ああ、どうして素直になれないのだろうと箒は内心で悔やむ。

 

「わかってるけど手伝ってくれるんだろう? ありがとう、箒!」

「あまり大きな声を出すな! とりあえず放課後は私も一緒に行く、それから考えるぞ!」

 

 照れ隠しで箒の声も大きくなっていて、クラスメートに丸聞こえ。

 

「織斑くんと篠ノ之さんって明らかに知り合いよね」

「何か同門とか聞こえたけど、同じ道場にでも通ってたんじゃない?」

「それにしても距離感が近いし、篠ノ之さんはさっき赤くなってたよ? もしかして好きとか!」

 

 女性の観察眼は侮れないものである……。そんな時、周りの声を他所に宙とセシリアは二人の様子を一緒に静観していた。

 

「これなら大丈夫そうですわね? 発破をかけた甲斐がありました」

「そうですね、あとは困った時に相談してくれれば言うことはありません」

「宙さんは優し過ぎますわ」

 

 セシリアは自分を取り戻す切欠をくれたことといい、今回のことといい宙の優しさを指摘する。

 

「別に大したことではないでしょう。

 それに本人は気づいていない様ですがISで実績を積み上げなければ、どの様な扱いを受けるか……。

 ともかく彼の頑張りに期待して私達も指導と準備を怠らないようにしましょうね、セシリア」

「勿論ですわ! 代表候補生として間違っても負ける訳にはいきません。

 ですが引き受けた以上、指導も全力で行います。オルコット家の名にかけて」

 

 そう言ったセシリアを、宙は微笑ましい様に見ていた。本来の自分を取り戻したセシリアを……。




私はいわゆる誰々党という物が基本的にありません。
どのキャラクターにもそれぞれの魅力があると思うからです。

今回でいけば、セシリアらしさが表現できていればと思っています。
若干矯正しましたが高飛車で自信に満ち溢れていながら年相応の弱さを持つ少女。
貴族の誇り、義務と責任感を持つ代表候補生。

……宙から見れば可愛い妹の様に写っていますが。

2022/11/20 改定


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ex01:宙とクラスメート

のほほんさんこと本音は潤滑剤の様にあちこちで活躍する何気に重要なキャラクターですよね。
癒し系でもあり、場の空気を弛緩させる個性。
それでいてシリアスにも対応できる動かし易さ。
彼女が活躍する場はどこにもありそうですね。


 休み時間、宙のもとにのほほんとした雰囲気の女生徒が寄って来た。

 

「そらりん〜、何かお菓子持ってる〜?」

「布仏さん、こんにちは。お腹が空いたの?

 それと、そらりんって私の渾名ですよね?」

 

 間伸びしたマイペースで話す彼女の名は布仏本音(のほとけほんね)

 苗字と名前の一文字目を繋げて読めば、のほほん……名は体を表すとはこのことかという実例。

 

「そうだよ〜。宙さんだからそらりん。、可愛いでしょ〜。

 あ、私のことは本音でいいよ!」

 

 と、満足げに話す本音から宙は癒しを感じていた。

 

「そうですね。じゃあ、可愛い渾名のお礼を。

 本音さん、これをどうぞ」

 

 それはシンプルにラッピングされた色取り取りのクッキー、宙がお茶受けにと作ってきた物だった。

 

「ありがとう、そらりん! 早速いただきま〜す」

 

 その時、本音に衝撃が走る!

 

「美味し過ぎるよ、これ〜! もしかして手作り?」

「そうですよ。よかったら、まだ幾つかあるので皆さんもどうですか?」

 

 本音との会話を聞いていたクラスメートがすぐさま殺到。

 

「仲良く分けて下さいね。勿論、織斑君にもですよ?」

 

 突然名指しされた一夏は驚いて振り向く。

 

「おりむーには、私があげるね〜」

 

 と、口に放り込まれた。すると今度は一夏に衝撃が!

 

「今まで食べたクッキーの中で一番美味しい……」

 

 同じ頃、食べたセシリアも一言。

 

「本当ですわね、紅茶が欲しくなりましたわ!」

 

 因みに箒は絶句。

 

「お口に合って良かったです、今度は皆さんでお茶会などしたいですね」

 

 そう言う宙に、皆が頷くという光景がみられた。

 

 以下、クラスメートの会話を抜粋してみると……。

 

「制服のセンスが良い……、自分のことがよくわかってる証拠だよね」

 

「髪形もスッゴイ良いよね、男装の麗人って感じ。

 それでいて人当たりもいいとか惚れそう」

 

「あれで男だったら最高なのになぁ。でも、お姉様もいいかも!」

 

「クッキーめちゃくちゃ美味しかった。女子力高すぎて目眩がするわ、私」

 

「オルコットさんとの会話、大人だったよね。

 私達のこともちゃんと理解してくれてて嬉しかったな、私は。頼れるお姉さん?」

 

 などと、好意的に受け入れられているのがよくわかる。

 

 因みに一夏は印象を口にしなかった、箒の視線が痛過ぎて無理だったからだ。

 

 とはいえ思うことが無い訳もなく……。

 出会ったことのないタイプで年上の女性、千冬とは別なベクトルで頼れる美人。

 気が利いて家事が出来るのは高評価で、駄目押しのクッキーが効いた。

 

 加えて嘘をついたテキストの件。

 正直に言って一夏には助かったなどといったレベルを遥かに超える感謝の気持ちがある。

 自分自身の浅はかな言動から千冬に頭を下げさせるまでに至ったが、それを解決してくれたのは宙だからだ。

 

 そして、宙の気遣いで手にしたテキストはISに関して無知の一夏でも非常にわかりやすい物だった。

 勿論真耶のフォローあってこそなのは理解しているが、これが無ければそれ以前の問題。

 辛うじてというレベルでもなんとか授業についていけるのだから宙様々だ。

 

 だからと言って恋をした……なんてこともなく、相変わらずその辺に疎いのは箒にとって救いだろう。

 

 ともかく、なんだかんだと宙の好感度はクラスメート内で鰻上り。

 

 クラスメートにはあっという間に受け入れられることとなったが本人にそんな意図が無い辺り、某生徒会長とは違う無自覚な人たらしと言えばわかりやすい。

 

 セシリアは、周囲と少々違う考え方から宙を慕っている。

 貴族として様々なタイプの人間と接してきた経験上、セシリアは人の醜さをよく知っている。その点において宙の言動に悪意や人を陥れるための裏が無いという確信。

 一般家庭の出にも関わらずノブレスオブリージュを極自然に行う人柄。そして、尊敬出来る人物であり、ある意味では恩人。

 正直なところ人に惚れるとはこういう事なんだと感じていた。

 

 因みに箒はと言えば、一夏を救ってくれたことに感謝しているが、想い人を自分が助けられなかったと悔やんでいた。

 加えて一夏が宙に興味を持っている様に見えて歯噛みしているのだが、宙は分け隔て無く柔らかな対応をしているのでなんとも複雑な心境。その結果、一人悶々と悩んでいた。

 

「篠ノ之さん、悩み事ですか?」

 

 突然声をかけて来たのは悩みの元凶である宙。だが、宙に非が無い以上、いくら箒でも邪険にはできない。

 あまり人付き合いの得意で無い箒は、無難な答えと願いを伝えることにした。

 

「確かに悩んでいるが個人的な物、気遣い感謝する。

 

 ところで申し訳無いがあまり苗字で呼ばれるのは好まない、私のことは箒と呼んで欲しいのだが」

「そうですか、余計なお節介でしたね。

 ですが、もし相談したくなったらいつでも声をかけて下さい、出来る範囲で協力しますよ。

 

 それでは箒さんと呼ばせていただきますね、良かったら私のことは宙とお呼び下さい。

 では箒さん、失礼しました」

「あ、ああ。ありがとう、宙さん」

 

 あっさりと受け入れられたことに驚きつつ箒は返答した、次の授業のため席に戻る宙の背を目で追いながら……。




2022/12/20 改定


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ep06:それぞれの放課後

今回は一夏と宙のニ場面同時進行です、読みづらかったらごめんなさい(汗


 異常な注目に晒される食堂での昼食。

 ついて行くのもギリギリで必死な授業を乗り越え、一夏はなんとか初日の放課後を迎えた。

 

 正直な話、今日を乗り越えられたのは専用機の存在。

 かつてモンドグロッソで見たどれ一つとして同じ物が無いISと専用機という言葉。それが一夏の男心をくすぐり、今も期待に胸を膨らませていた。

 

 教室には既にクラスメートの姿は無く、待つのは一夏と箒の二人。そこへ千冬と真耶が現れた。

 

「待たせたな、ところで織斑はともかく篠ノ之はどうした?」

 

 千冬が待つ様に言ったのは一夏だけ。

 まあ一夏の幼馴染である箒が好意を寄せていたことを知っている千冬、6年ぶりの再会なのだから放課後二人きりで話せるチャンスと思い残ったんだろうとあたりをつけていた。

 

 実際、その考えは大方当たっている。違いがあるとすれば……。

 

「織斑先生、私もクラス代表決定戦に向けて一夏に協力します。

 アリーナが使えない以上、一夏のISを知らなければ対策の立てようがありません。

 ですから、一緒に行ってもよろしいですか?」

 

 千冬はその言葉で理解する。

 やはり箒は今も一夏に好意を寄せていて合法的に二人きりの状況を作りだそうとしたこと。そしてその想いから一夏の力になりたいと行動した事実。

 

「なるほど、確かに織斑は初心者で篠ノ之より知識がない。それで織斑に協力すると言うんだな?」

「はい」

 

 千冬にとって一夏に協力者が増えることは大歓迎。IS学園は女の園、どうしても女生徒の協力が必要不可欠なのだ。

 

 しかも箒は中学生剣道全国大会の覇者。

 ISの腕前はともかく、よく知った人物でもある以上断る理由が無い。というより是非頼みたい位なのだ。

 

「そうか、なら同行を許可する」

「ありがとうございます!」

 

 そう言った箒は笑顔だった。

 

 

 宙は事前に聞かされていた寮の一室に向かっていた、自分の護衛を務めるルームメイトが待つであろう一室に。

 

 宙がIS学園に来たのには幾つか理由がある、その一つが自身の身を守るため。ここに居れば3年間は“敵”からそう簡単に干渉されなくなるからだ。

 

 そして願書と同封して真の理事長宛に届けた手紙。

 事前に読むことと注意書きしたそれには身を守らなければならない理由が書いてあり、IS学園の出した条件を飲んで入試に合格。正式に入学し、護衛が付くこととなった。

 

 自室である1001号室の前まで来た宙、中に居ると直感した護衛の腕前を探るべく気配を読む。

 宙自身に比べると完全に消せておらず微かに感じる、それでも並大抵のレベルでは察知出来ない程の手練。

 

 宙が知る学園の中で、ここまでの生徒となれば一人しかいない。確かに優れているが、宙にとっては良くも悪くもと続く人物。

 

 宙はノックをして返事を待つが反応は無い。そこから中の人物は余程自分の技量に自信があると察した、気配を消す以外の力量に関しても。

 

 もう一度ノックする。

 想像通りに反応は無かったが、今度は迷うこと無く“掛かっていた”鍵を開けて、ドアを開く。そこに居たのは宙が予想した人物。

 

「初めまして、更識楯無(さらしきたてなし)さん」

 

 彼女とのファーストコンタクト、一瞬驚いた楯無の顔に宙は満面の笑みでそう言った。

 

 

 ISの格納庫に四人の姿があった。千冬、真耶、一夏、箒である。

 そして、目の前のハンガーにあるのが……。

 

「織斑、これがお前の専用機、倉持技研の第三世代IS”白式(びゃくしき)”だ」

 

 一夏は目の前にある灰白色のISを見た。確かファーストシフトすることで本来の色に変わり、性能が発揮される様になる……と記憶している。

 

「俺の専用機、白式……」

 

「そうだ、とりあえずISスーツにアリーナの更衣室で着替えて来い。

 場所は……篠ノ之、案内できるか?」

 

 そう言った千冬から、一夏にISスーツが手渡される。

 

「できます。一夏、急ぐぞ」

「お、おう」

 

 箒の勢いに押されつつ一夏は早足で追いかけた。

 

「廊下は走るなよ」

 

 そんな二人の背中に千冬はそう声をかけ、ニヤリと笑うのだった。

 

 

 この部屋に向かって廊下を歩く気配、楯無はそれに気づいて一計を案じる。

 施錠して気配を消し不在を装うと、入って来た時に驚かそうと考えたのだ。

 

「やっぱり最初のインパクトは大事よね♪」

 

 そう呟いた直後には気配を断つ、後は入って来るのを待つばかりだった。

 

 楯無はドアの前から気配を感じ備える、ノックが一度。

 そして二度目のノックの後、鍵を開けて入って来た宙は、なんの動揺もなく挨拶した。

 

「初めまして、更識楯無さん」

 

 気づいていた?と楯無は内心驚いたが一瞬で取り繕い、返事をする。

 

「ようこそ、IS学園へ。私のことは知っているようですね、空天さん?」

 

 何故自分だと迷い無く言えたのか引っかかった楯無だが、いつものポーカーフェイスを浮かべる。

 すると後ろ手にドアを閉めて施錠し、スマートフォンを取り出す宙が見えた。

 

 怪訝な表情の楯無を他所に宙は操作すると安堵する。その表情から楯無は監視カメラや盗聴器の有無を確認したんだと察した。

 

「私は約束を破りません」

 

 いつもより丁寧に振る舞う楯無に、宙が謝意を示す。

 

「不快な思いをさせてしまったならごめんなさい。

 ですが、事が事ですから自分で確認する必要があったのです」

 

 確かに。楯無は同じ状況なら自分もそうしただろうと納得する。

 

「いえ、慎重にならざるを得ないのは理解しているつもりです」

「ご理解いただけて助かります。

 お尋ねしますが、この部屋のセキュリティーはどうなっていますか?」

 

 訪ねた宙に楯無がスラスラと答える。

 

「部屋については防音対策済。

 仮に監視カメラや盗聴器が仕掛けられても無効化する装置を設置・隠蔽してあります。

 窓についても防音・防刃・防弾ガラスを採用して安全性を高めました。

 合わせて空調には防毒フィルターを使用しています。

 

 鍵に関してはディンプルキーに変更。

 小型カメラによる顔認証システム、ドアノブには偽装した指紋認証システムを採用してありますので、それらをクリアしない限り鍵すら回りません。

 

 水道にも防毒可能な特殊濾過フィルターを使用、こちらの安全対策も万全です」

 

 宙の要望に沿った形だが予想以上に厳重で環境については安心した。後は、楯無に確認して嘘が無ければ問題無いと宙は考える。

 

「ご説明ありがとうございます。

 最後になりますが……、更識さんに確認したいことがあるのです。質問してもよろしいでしょうか?」

 

 楯無は、過剰な程の慎重さに宙の今までがどれほど危険だったかを痛感していた。

 それと同時に彼女を安心させたい、少なくともIS学園が心休まる場所なんだと伝えるために真摯な対応を続ける。

 

「ええ、納得行くまでどうぞ」

「IS学園最強の生徒会長は生徒を守る存在だと伺っています。

 しかし、貴女は裏工作をする暗部に対する対暗部用暗部、更識家17代目当主で日本政府と繋がりを持っていますね?

 

 ……私はある事件の被害者にして唯一の生き残り、葬り去った事件の真相を知る私は口封じのため命を狙われています。

 そして事実を隠蔽し、口封じに動いてるのは日本政府。それでも私を必ず守ると言えますか?」

 

 宙の口から放たれた言葉は、楯無の予想を遥かに超える物だった。

 

 

 ISスーツに着替えた一夏は、箒と一緒に戻って来た。

 

「戻ったか、早速始めるぞ、織斑」

 

 千冬の言葉に真耶が続ける。

 

「それじゃあ、織斑くん。白式に乗り込んで下さい」

「はい」

 

 一夏は白式に触れる。何か打鉄に触った時とは違う感覚を覚えたが、白式に乗り込んだ。

 

「背中を預けて楽にして下さい、何か違和感はありませんか?」

 

 真耶の指示に従って背中を預ける一夏、違和感は感じない。

 

「問題ありません」

 

「では、パーソナライズとフィッティングを始めます、時間は30分程かかりますので。

 織斑先生、よろしいですか?」

 

 真耶の最終確認に千冬は答える。

 

「ああ、始めてくれ」

 

 その言葉を合図に作業が始まった。

 

 

 楯無は宙の言葉に驚愕した。

 

 何故、楯無の本業とも言える更識家について知っているのか。

 そして、宙の命を狙っているのが日本政府だということに。

 

 楯無は一つずつ解決して行くことにした。

 

「空天さんは何故更識家のことを?」

 

「IS学園のパンフレットに更識さんの紹介がありますよね。

 そこに記載されていた学園最強の生徒会長が二年生という事が気になりました。

 これは一年生の時点で生徒会長だったことを示し、尚且つ生身でも総合能力が高いことを意味します。

 

 私は命を狙われる身、用心深く行動するのが当たり前になってしまいました。

 申し訳無いとは思ったんですが、独自の手段で更識さんについて調査したんです。

 結果は正直言って最悪に近かった……。

 

 けれど、生徒会長は学園の生徒を守るために最強でなければならない。

 それを一年生で成し遂げたなら、これまで生徒を守ってきたはずだと、そこに賭けました。

 

 正直に言ってもう疲れたんです、常に心休まる場所が無い生活に……」

 

 楯無はその洞察力と調査能力、判断力を心から称賛していた。

 事実、楯無は一年生で生徒会長になり生徒を守ってきたし、生身での総合能力も一般人を遥かに超える。

 独自の調査方法と言うのは気になるが身を守るために情報は不可欠、必然的に身についてもおかしくない。

 

「そういうことでしたか。

 私自身に置き換えても納得できる理由ですから気に病まないで下さい」

「ありがとうございます」

 

 宙の返事に笑顔を返しつつ、もう一方を考える楯無。

 

 宙が日本政府に命を狙われる理由は事実の隠蔽。けれど、この問題の判断材料は宙の言葉しか無かった。

 

 出来れば裏を取りたい。しかし、日本政府に問うのは宙の居場所を教えるのと同義。結果、更識家が命令を受けかねない。

 

 ただ、今現在更識家にそう言った命令も情報も上がって来ていない事実。

 であれば動いてるとしても下部組織。それもいつ蜥蜴の尻尾切りされてもおかしくないような末端だと当たりをつけた。

 

 そして、決断。

 

「それで先程の質問の答えですが、私はIS学園生徒会長として命を守ると誓います」

 

 そう楯無は宣言した。

 

 

 パーソナライズとフィッティングが終わったのだろう。一夏の目に一次移行しますか? というメッセージと選択肢が映った。

 

「織斑、その様子だとメッセージが出たな?」

「はい、織斑先生」

 

 千冬の問いかけに一夏が答え、次いで真耶が説明に入る。

 

「その選択で“はい”を選ぶとファーストシフトが開始されます。

 織斑先生、よろしいですか?」

「ああ、構わない」

「では織斑くん、“はい”を選んで下さい」

「わかりました」

 

 真耶の声に一夏が返事を返して“はい”を押した瞬間、白式を中心に光が爆ぜる。そして、光が収まりファーストシフトが完了した。

 

「これが白式……」

 

 思わず呟いたのは箒。何故なら全体が灰白色から白に変わり、所々青や黄色になっていたからだ。

 

 一夏は軽く手足を動かして確かめる、思い通りの動きに訓練機との違いを感じていた。

 

「見る限り問題無い様だな。織斑、武装を確認して見ろ」

 

 千冬に言われるまま武装を確認した一夏は目を疑った。

 

「武装は剣一つで雪片弍型(ゆきひらにがた)?」

 

 一夏はその名に覚えがあった、姉の千冬が使っていた剣も雪片と言う名だったからだ。

 

「雪片だと? まさかとは思うが……。

 織斑、ワンオフアビリティという項目は無いか?」

 

 千冬の声に従って確認する。

 

「あります。零落白夜(れいらくびゃくや)って、これは!」

 

 それは千冬が現役時代に使い、モンドグロッソで猛威を振るったIS暮桜(くれざくら)のワンオフアビリティ。

 相手のシールドエネルギーを無効化し、強制的に絶対防御を発動させて大ダメージを与えるという強力な物。

 ただし、その代償として発動中は常時自身のシールドエネルギーを消費する諸刃の剣。

 

「……山田君、拡張領域を確認してくれるか」

 

「え? わかりましたって、嘘……。

 織斑先生、拡張領域に空きがありません!」

 

 その言葉に頭を抱える千冬。

 まさかとは思ったが拡張領域を使い尽くしてまでワンオフアビリティの初期搭載を行うとは……。

 ともかく一夏に伝えるべく千冬は話し出した。

 

「織斑、白式の武装は雪片弍型一本のみ。

 拡張領域を使い尽くしてワンオフアビリティの初期搭載を可能にした様だ。

 よって本来そこに積んで使う他武装は一切積むことが出来ない、つまり近接戦闘しかできんということだ。

 

 次にワンオフアビリティ。

 零落白夜は強力で、シールドエネルギーを無効化し、絶対防御を強制発動。

 大ダメージを与えることが出来るが発動中は常に自身のシールドエネルギーを消費し続ける。エネルギー管理を徹底しなければ、あっという間にガス欠だで自滅だ。

 

 私から出来るアドバイスはそんな所だが、クラス代表決定戦までに対策をしっかり考えておけ。

 あの二人はアドバンテージを捨ててもお前の指導をするつもりだ、それに応えて見せろよ。

 

 それと篠ノ之」

 

 突然呼ばれた箒は驚いたが、即座に返事する。

 

「なんでしょうか、織斑先生」

「織斑はこの6年間、一切剣を握っていない。

 白式の武装が剣である以上、錆落としが必要だ。後はわかるな?」

 

 箒は一夏が剣を辞めていた事に衝撃を受けた。それと同時に、千冬の言わんとしていることを理解する。

 

「わかりました、織斑先生」

 

 一夏はわかっていない様だったが協力すると言った箒に剣は任せる、千冬はそう考えていた……。




颯爽登場!銀河美少女!更識楯無!キラ☆
個人的に好きなんですよね、スタードライバー。同姓キャラクターもいますし。

……失礼しました。初日から学園最強の登場、理由は読んでいただいた通りです。

ついでにご存知、白式。
この時点で白式がある理由は、後日掲載する話を読んで納得して下さい。

2022/11/20 改定


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ep07:ルームメイト?協奏曲

幼馴染だから同じ部屋、高校生の男女で現実的には倫理観から言ってもアウトです。
もっと良い解決策があるのは皆さんにもわかると私は思います。


 一夏は待機形態の白式、白いガントレットを身につけて千冬・箒と移動している。

 真耶はと言えば職員室に戻り、残務整理を行うため既に別れていた。

 

「織斑、今日から寮で生活して貰う。

 最低限必要な物は、既に部屋へ運び込んでおいたから安心しろ」

 

 一夏は当初、しばらくホテル暮らしと聞いていたが、何か理由があって変わったのだろうと納得した。それは千冬を信頼している証拠であり、今更何か言った所で変わらないと理解しているからだ。

 

「わかりました、織斑先生。ありがとうございます」

 

 そんなやり取りをしながら寮に入ると部屋へ向かう一同。周囲から視線が集まるのを無視して歩き、辿り着いたのは……。

 

「ここが織斑の部屋だ」

 

 千冬がドアの前で宣言する、そこは確かに“織斑”の部屋。ただし一年の寮長で教員、織斑千冬の部屋だった。

 唖然とする二人に千冬は説明する。

 

「ここは女子寮。織斑が男である以上、女生徒との相室は認められない。

 部屋に余裕があればよかったんだが、急な話のうえ空きが無いとなれば、姉である私と同室にするが当然だろう?」

 

 二人とも、なるほどと納得する。

 

「ところで篠ノ之、今日のところは二人きりにして貰いたい」

 

 箒は言葉通り、家族で過ごしたいと受け取ったが、一夏は理由を察した。

 

「わかりました、織斑先生。

 

 一夏、私の部屋は1025号室だ、覚えておいてくれ。

 では、失礼します」

 

 そう言った箒が去ると千冬は安心したのか息を吐いた、そして一言。

 

「一夏、すまんが片付けを手伝ってくれ」

 

 そう言ってから入った部屋は、散らかり放題だった……。

 

 

 1001号室、部屋では宙と楯無の話が続いていた。

 

「願書提出の時点で、あそこまで決めていたなんて書類を見た時には驚きました。

 それが織斑一夏君の発見前、加えて先程の事情が重なって今に至るという訳ですね」

 

 楯無は書類の内容を思い出す。

 

 1.空天宙は男でISを動かせるが何の後ろ盾も無いため非人道的扱いを受け取る可能性が高い。

  よって、人道的見知から3年間で後ろ盾を得るために入学を許可する。

 2.空天宙を受け入れるにあたり、無用な混乱などによるIS学園の被害を避けるため女性として

  正式に受験し、その結果に関係無く合格とする。

 3.空天宙は在学中、男性であることを確実に隠し、女性として振る舞うものとする。

 4.IS学園は空天宙を命の危険から守るため、信用できる専属の護衛をつける。

  また、男性であることは信用できる者にだけ開示し他言を禁ずる。

 5.IS学園は4.と同じ理由により、万全な対策を施した部屋を用意する。

 6.IS学園は4.と同じ理由により、男性と判る一切の情報収集及び公開を禁ずる。

 

 他にもまだあるが、主な物はこんな所だ。

 

「そうですね。あの、更識さん、一ついいでしょうか?」

「なんでしょう?」

 

 楯無は、今度もとんでもない爆弾発言が出て来るのではと戦々恐々とした。

 

「勘違いならいいのですが、話し方に違和感を感じるのです。

 私の年齢を気にして口調を変えているなら普段通りにしませんか、更識さんも疲れるでしょう?

 ルームメイトとしても、守ると約束してくれた護衛としても、更識さんに申し訳無いんです」

 

 楯無はまた一つ宙を知る。鋭い洞察力と観察眼、性格から出たであろう発言。他人を気遣う優しさが感じられたからこそ、楯無は笑顔で了承し提案する。

 

「空天さんがいいなら遠慮なく、私のことは楯無でいいわ」

「では、私のことは宙と呼んで下さい」

 

 そして、そう答えた笑顔の宙は嬉しそうだった。

 

 楯無はそれを見て安堵する、まだ環境にも自分にも慣れる訳が無い。けれど、笑顔を浮かべる程度には受け入れられたのが実感できたからだ。

 

 それと同時に楯無は、自分を偽るのは辛いはずだと思い、宙の口調や女装が気になった。

 

「宙さんも、この部屋でだけは素の口調でいいんじゃない?」

 

 そう楯無は気遣うも、宙は悲しそうな表情を浮かべながら答える。

 

「……私は半生を女性として生きて来ました。

 戸籍上も女ですし、名前は当然変えています。

 

 男だった時、どんな口調だったのか……もう覚えていないんです。

 服装もよくて中性的、女性物を着ることは当たり前になりました。

 

 ですから、これが私の素、もう過去の自分には戻れないんです。

 お気遣いありがとうございます、お気持ちとても嬉しかったですよ」

 

 楯無は失言を悔やんだ。

 

「ごめんなさい、配慮不足だったわ」

「いえ、気にしてませんから」

 

 そう言った宙の儚げな笑顔が楯無の心を締め付けた。

 

 楯無の様子からその心境を察した宙。

 しかし楯無に非は無く、宙の事情に巻き込んだことが、そもそもの原因。だからこそ、この空気を早急に変えるべきだと考えた。

 

 ふと時計を見る宙、食堂が閉まるまであと一時間少々、方針は決まった。

 

「楯無さん、夕食は摂りましたか?」

「いえ、まだよ」

 

 予想通りの答えに宙は続ける。

 

「よかったら一緒にいかがですか? 親睦も深まると思いますし」

 

 宙の言葉に楯無も意図を察した、だから笑顔で返答する。

 

「じゃあ、一緒にいきましょうか、案内するわ」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 そう言うと二人は一緒に食堂へ向かう、他愛無い雑談をしながら。

 

 

 一夏と千冬は部屋に入ってすぐ鍵をかけた。流石にこれは酷い、他人には見せられないなと一夏は呆れる。

 

「千冬姉、幾らなんでもこれは酷すぎじゃない?」

「しかしだな、一夏。お前の入学が突然の話だったのだ。

 ただでさえ忙しいのに膨大な仕事が増えたんだぞ」

 

 一夏の指摘に千冬は反論する、しかし主夫一夏の目は誤魔化せない。

 

「食事だけだったらまだわからなくも無いよ、千冬姉。でも、お酒とツマミは関係無いよね?」

「いや、それはストレス発散にだな……」

 

 段々と小さくなる千冬の声、そして止めの一撃が一夏の口から放たれた。

 

「どっちにしてもゴミ袋に入れれば問題無し。

 家の部屋でもこうだったんだから、きちんと捨てない千冬姉が悪い」

 

 そして、千冬は床に両手をついた。ゴミ山に崩れ落ちた千冬、まさに完敗である。

 

 そして、汚部屋に一夏のメスが入った。

 こんな状況など実家にある千冬の部屋で数えきれない程経験している一夏、その手際の良さはまさに主夫だった。

 

「千冬姉は、空き缶を袋詰めして」

「ああ、わかった」

 

 千冬は知っている、こう言う時の一夏に逆らってはいけないと。

 一夏は黙々とゴミを分別しながらゴミ袋へ。千冬が空き缶を集め終わった時には、既にキッチンの清掃を始めていた。

 

「一夏終わったぞ」

「それじゃあ千冬姉は掃除機をかけて」

「あ、ああ」

 

 別に一夏は強く言った訳では無い。しかし、主夫一夏が纏う何かを千冬は感じ取り気圧された。

 

 部屋に響く掃除機の音、キッチンの清掃・洗い物を終えた一夏は、拭き掃除に移る。

 

 そして千冬が掃除機をかけている間に、一通り清掃を終えた一夏。

 きっとビールが詰まってるんだろうなと予想したが、念のため中を確認しようと冷蔵庫を開ける

 

 ……確かにビールは入っていた。

 だが、それなりの食材が揃っているとは想像もしていなかった一夏。何故なら千冬が自炊出来ないことをよく知っているからだ。

 そういえばと一夏が時計を見るれば夕飯時、なるほどと納得して夕飯の支度を始めた。掃除機をかけ終えた千冬に、テーブルの清掃を任せて……。

 

 

 和やかな雰囲気で食堂に来た二人、宙はその広さと時間の割りに女生徒が多いことに戸惑っていた。

 

「宙さん、こっちよ」

 

 そう言った楯無は食券の券売機へ案内し、手本を見せようと宙の手を引くが、動く様子がない。

 

 どうしたのかと周りを見れば、注目を集めていることに楯無は気づいた。

 楯無は生徒会長で今更こうはならない、なら理由は宙と言うことになる。

 

 そこでやっと気づいた、改造制服の宙は学園で珍しいパンツルック。しかも、宝塚の男役に見えるほど容姿が整っている。

 その手を引く楯無はスタイル抜群の美少女だ。そんな二人が手を繋いでいる姿を見て、見惚れるなという方が難しい。

 

 しかし、楯無は手を離そうとはしなかった、宙の手が震えているのに気づいたからだ。

 

 ……忘れそうになるが男であり、学園との契約もある。あれだけ注目を浴びれば、女装がばれる可能性に不安がってもおかしく無いと思う楯無。

 

「安心して、宙さん。ちょっと待ってね」

 

 そう言うと楯無は生徒に向かって告げる。

 

「食堂が閉まるまであまりが時間ないわよ? 余所見して間に合わなかったら一年の寮長、織斑先生が……」

 

 そこまで聞いた女生徒達は慌てて食事に戻る。必然的に視線が外れ、宙の震えも収まっていた。

 

「ね? さ、行きましょ? 私達も間に合わなくなるわ」

 

 今度は抵抗無く手を引かれる宙に楯無はホッとする。

 その後は説明しながら、スムーズに食事を受け取って、人目に付きにくい席へと楯無は案内した。

 

「お手数をおかけしてごめんなさい。

 実は部屋で安心した後、自己暗示を解いたままだったんです。

 それで女性ばかりなのはともかく、あれだけの視線を近距離で注がれると色々怖くなって……」

 

 宙は謝罪と共に心境を吐露する。楯無はと言えば、自己暗示までかけていた事実に内心驚いていた。

 

「大丈夫よ、わかっているから。

 私だって逆の立場ならきっと同じことを思うわ。だから、謝らないでいいのよ。

 

 それより暖かいうちに夕食をいただきましょ?」

 

 楯無は緊張をほぐす様に労った。

 

「ありがとうございます、では早速。「いただきます」」

 

 そんな気遣いに暖かい気持ちになった宙と楯無の声が重なって……。

 

「ふふっ」

「息ぴったりね」

 

 そんなことで笑いあう二人、それからは楽しそうに談笑しながら食事を共にした。

 

 

 実の所、千冬は心配だった。宙の懸念は一夏にも該当するからだ。

 強いて言えば自分と束が後ろだてになっている分、マシと言うのが千冬の認識。だからこそ自分で守るため、一夏を同室にした。

 

 今、一夏は買っておいた食材で夕飯を作っている。久しぶりに一夏の手料理が食べたくて準備した物だが、汲み取ってくれた様だ。

 

 そんな中、千冬は思い出していた。白式が搬入された時のことを。

 

「まさか篝火が倉持の所長とはな、クラスにいた天才が二人共ISに関わってる……か。

 

 しかも更識妹のIS開発を白式開発に変更せざるを得ないタイミングで束が現れ分業を提案。

 凍結中だった白式は一度束が引き取り手を加え、仕上がった物が倉持技研に届けられた。

 その結果、更識妹のIS打鉄弍式に篝火が専念できて、こちらも入学前に仕上がった、と。

 行方をくらましてから私以外には接触して来なかったお前が何故だ? 束……」

 

 ビール片手に千冬が呟く。キッチンで料理する一夏には聞こえないと判断し、態と声に出してまで考えるが答えは出なかった。

 

 

 宙と楯無は、夕食を終えて部屋に戻っていた。

 

「楯無さん、実は協力をお願いしたいことがあるんです」

「どんな?」

 

 宙は楯無にクラス代表決定戦について説明する。

 

「確かにアリーナは埋まっているわね……、でも手はある」

「ええ、予約を入れている方々に、端で構わないので場所を融通していただこうかと」

「それも一つの手ね。でも、もっと良い手があるわ」

 

 楯無は、そう言うと説明を始めた。

 

「一般生徒や代表候補生が使えるのはアリーナなんだけど、教師と国家代表だけが使える特別な地下施設があるのよ。そこで私から提案があるわ」

 

 宙は既に察していた、そこを使える条件を。

 

「IS学園の規則によれば、全生徒がなんらかの部活に所属することとなっていますね」

「流石ね、私の提案は宙さんと織斑君が生徒会に所属することよ」

「護衛ができて、生徒会は後々起きる織斑君の部活所属問題を解決できると言うことですね。

 さらにいえば楯無さんが護衛を務めて生徒会を離れると職務が滞る。それを踏まえて、生徒会で実務を行う人員確保と護衛を同時にできると」

 

 宙の言葉にどこからともなく取り出した楯無の扇子には正解と達筆に記されていた、扇子に隠れた楯無の口元は予想以上の洞察力に引くついていたが。

 

「わかりました、織斑君には私の方で説明しておきます」

「ちなみに宙さんの事務処理能力は?」

 

 楯無は、なんの気無しに問いかける。

 

「そうですね……、篠ノ之束博士程度でしょうか」

「は?」

「ふふっ、冗談です。ですが、期待していただいて結構ですよ」

 

 冗談にしても楯無は素直に笑えなかった、比較対象が規格外すぎる。

 

「と、とにかく相当自信があるのね」

 

 若干引き攣った表情で問いかけた楯無、宙はただ穏やかに微笑んで。

 

「ええ、楯無さんの想像を超える位には」

 

 そう告げた。




2022/11/20 改訂


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ep08:剣は語る

ISでは千冬、一夏、箒とメインキャラクターが剣を使う割りにただの武器として扱われています。
剣に限った話ではありませんが、立会いから感じるモノがあったとの経験談を見聞きした事はありませんか?
今回はそう言う事を盛り込んで見ました。

因みに世の中、不変な事はありませんよね。そして特別や天才が一人だなんて保証も。


箒の朝は早い、幼い頃から続けている剣道と篠ノ之流剣術。

基礎体力作りは基本中の基本であり、朝の鍛練が日課となっていた。

 

箒は既に運動着。なら、やる事は一つ。

 

「一夏、起きろ。朝練の時間だ。」

 

昨日、千冬から聞かされショックを受けた箒。

だが、それなら尚更体力作りは欠かせないという結論に至った結果だ。

 

眠い目を擦りながら一夏は時計を見る。

 

「箒、いくらなんでも早すぎないか?」

「そんな事を言ってられる余裕があるのか? 一夏。

 基礎体力は武道の基本だ、昔はやっていた事だぞ。

 とにかく目を覚まして運動着に着替えろ」

 

結局、一夏は洗面所に着替えを持って押し込まれ朝練をする事になった。

 

その結果は箒曰く、話しにならん! とのこと。

この時点で毎日の日課となることが決定された。

 

 

同じ頃、既に相当ハイペースなランニングを宙と楯無は終え、偶然一緒になった千冬と共にいるのは鍛練場。

武術を嗜むことは自己紹介で公言している宙。

その実力を知りたいと思った楯無の提案により決まった、ちなみに情報元は本音だ。

 

千冬は抑えているとは言え自分のペースに苦もなくついてきた宙に興味を惹かれての同行。

こちらも自己紹介の武術がどの程度か見たくなった結果だ。

 

「で、宙さんの武術って何が得手なのかしら?」

 

「古武術です、近接は剣・槍・薙刀に柔術。

 古流ですから打撃も含まれています、遠距離は弓や投擲ですね」

 

聞いた二人は唖然。

現代において十全に古武術を身につけている者は極僅か。

武器一つと柔術に現代格闘を取り入れるだけでも相当レアで楯無はそれにあたる。

 

千冬ですら篠ノ之流剣術と現代格闘なのだから、事実とすればとんでもない話だった。

そして流石にこれを聞けば剣を扱う千冬が黙っていられない。

 

「空天、流派を聞いても良いか?」

「構いません、空天流古武術。

 その正統継承者、それが私と言う存在です。

 理念は“空に至りて天をも下し、その身を持って弱きを護るべし”という物」

「それって……」

 

沈黙、要は二天一流の宮本武蔵すら倒すと公言したも同じ事。

 

「……歴史は、かの宮本武蔵を遥かに遡ります。偶然の産物でしょう。

 剣が気になるなら織斑先生、一手御指南頂けますか?」

 

それは宙からの挑戦状、そして千冬はそれを受けた。

 

道場を閉め切る楯無だが千冬が負けるとは思っていない。

しかし、万が一にでもそんなことが起きれば、どんな事態を引き起こすか。

それを危惧してのことだった。

 

宙と千冬は、ほぼ互角の身長を持つ。リーチの差が無いと言っていい。

 

あとは身体能力と技量、その差が勝負の分かれ目だと千冬は考える。

だが、千冬は身体能力において一人を除き負けない絶対の自信を持つ。

そして、好みはしないが世界最強と呼ばれる自分に挑む宙を面白いと感じ言葉を投げかけた。

 

「余程自信があるのだな」

 

両者は竹刀を手にして既に向き合っている、ただ宙は眼を閉じて佇んでいた。

 

二人は何の反応も無い宙を訝しむ。

そして宙が眼を開けた瞬間、そこにいたのは宙であって宙では無かった。

 

「剣で語れ、織斑千冬。更識楯無、合図を」

 

気圧された。楯無は二つ上の、千冬は六つ下の宙に。

そして楯無はその圧に耐えられず即座に合図を出した。

 

千冬は身構えるが宙は動かない、ただそこに居て竹刀を構えているだけ。

 

だが千冬は打ち込めずにいた、そこに居るのが師である柳韻の様に自然体。

でありながら、寄らば斬るという強い意思を感じさせ不用意に動けない。

 

宙は確かに剣で語っている、そして間合いに立ち入る事を禁じていた。

”その身を持って弱きを護る“

言葉通り、まるで後ろに護るべき誰かがいるかの様だと千冬に思わせる程に。

 

「覚悟無く剣を取った時点で勝負は決した。

 引けばよし、引かねば……。返答や如何に」

 

楯無は一合もせず千冬へそう言い切った宙に驚きを隠せない。

しかし、実際のところ千冬も打ち込んでいないという事実。

 

そう思った瞬間、千冬は一瞬にして間合いを詰めた。

剣を取る覚悟。それは中学生の時、既に終えている。

その自負が剣士としての千冬を動かしていた。

 

「意味を履き違えている。己が剣、振るうに値せず」

 

楯無には見えなかった。だが、結果は示された。

千冬の手に竹刀は無く、宙は二本を手に佇む。

 

「無刀取り……だと……」

 

絞り出す様な千冬の声に宙は一度眼を閉じて開く。

ふっと圧が無くなり、いつもの穏やかな宙がそこに居た。

 

「織斑先生、貴女の剣が語ったこと。

 今は私の胸に仕舞っておきます。

 

 ですが、これだけは覚えておいて下さい。

 鍛練を怠って錆び付いた剣。

 それを力任せに速く振るったところで”殺すことはできても誰一人護れません”」

 

宙の言葉は千冬の胸に深々と突き刺さった、一夏の誘拐という事実を伴って……。

 

 

宙は得た結果に納得しつつも楯無が同席する場ですべきでは無かったと自室で後悔していた。

 

「楯無さん、貴女と過ごした時間は温かかった。でも……」

「私は離れないわ。

 

 確かに継承者としての宙さんは別人の様だった。

 けど、私にだって別の顔がある。

 

 それを知る宙さんはそれも含めて私を見てくれた、なら私も同じよ。

 離れる理由が無いし、放っておけないもの」

 

楯無は温かな笑顔でそう言い切った、何が宙をそうさせたのかはわからない。

けれど楯無の前でだけ、宙は弱さを見せていることに気づいたから。

 

「ありがとうございます、楯無さん」

 

弱々しいけれど気持ちの篭った感謝の言葉。

気がつけば楯無は宙を後ろから抱きしめていた。

 

「それにしても驚いたわ。

 まさか織斑先生を相手にに無刀取りが出来るなんて……」

 

「充分な鍛練の出来ない状況が続き、身体能力も剣も勝負感すら鈍っていたからです。

 それに私は言いましたよね、覚悟無く剣を取ったと」

 

そういう問題じゃないと楯無は思いつつも頷く。

 

「織斑先生は“過去”に終えていると思って咄嗟に動いたのでしょうが……。

 私が言ったのは“今”の相手と鎬を削る覚悟で取っていないという意味です」

 

「……だから意味を履き違えているって言ったのね?

 最初から本気の覚悟を決めていたか否か。

 誰を相手にする時も侮るなということ……か」

 

宙はこくんと頷く。そして、その言葉に楯無も思うことがあった。

まるで自分が言われているようだと……。

 

まあ、宙の実力が規格外なのとは全く別の話だが。

 

 

因みに後日、楯無は語る。

 

「あの時の宙さんは捨てられた子猫みたいで。

 何? この可愛い生き物はって思ったものよ♪」

 

ポカポカと顔を赤く染めて叩く宙を、そうからかったとか。




宙が千冬より強いのには、ちゃんとした理由があります。
勿論、オリ主によくある転生者だ特典だとか、ラウラの様なデザインベイビー。
はたまた強化人間といった存在ではなく普通に生まれた人間です。

それともう一つ、私は千冬が嫌いな訳ではありません。
ですが、教員として忙しく働いている事は原作でも表現されています。
その千冬が現役時代と同等の身体能力や剣技を維持出来る訳がありません。

宙は一ヶ所に長く留まり続ける事こそ出来ませんでしたが、武術もISも修練を怠ったことだけは無い。
つまりはそう言う事です。


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ep09:準備は抜かりなく

何事にも準備や交渉と言った根回しは必要ですよね。



一夏は箒による強制朝練を乗り越えて食堂へ向かっていた。

勿論、箒が一緒なのは言うまでもない。

 

しかし、朝練初日のメニューに一夏は疲れ果てた。

結果出遅れ、食堂を訪れた時には空席がほぼ見当たらない状況。

 

「うわぁ、参ったな」

「参ったな、ではない! だから急げと言ったろう!」

 

混み合っているお陰で全員に聞こえる程ではないにしろ、届く所には届く会話。

 

「彼が織斑一夏君ね?

「そうですが困っている様ですね。楯無さん、少し席を外します」

「じゃあ、上手く確保しておくわ」

「はい、お願いします」

 

とっくの昔に身支度を整え朝食を終えかけていた宙は入れ替わりで席を譲ろうと行動する。

楯無はそれを察しての返答。

二人は僅かな時間で、ある程度お互いの考えを理解し合えるまでになっていた。

 

「箒さん、織斑君、おはようございます」

「空天さん、おはようございます」

「おはよう、宙さん」

 

宙の挨拶にそれぞれ返すが、心此処に在らずな二人。

時間も席も余りないのが原因だと誰でもわかる。

 

「お二人とも急いで注文して来て下さい、席は私達が確保していますから。

 場所は……」

 

そう言って宙が視線を向ければ手を振る楯無が見えた。

 

「あの水色の髪の方がいる場所です、わかりますか?」

「わかります! 空天さん、ありがとう! 箒、急ぐぞ」

 

礼を言うと箒の手を取って券売機に向おうとする一夏。

箒は突然手を握られて焦り何か言っていたが、引き摺られる様にして二人とも人混みに消えていった。

 

「箒さんは織斑君の事が好きな様ですね」

 

見送った後、席に戻った宙はそう楯無に話しかける。

 

「あら、そうなの?それにしても箒……という事は彼女が篠ノ之箒さんか。

 写真では見てるけど、お姉さんと違って黒髪なのよね。

 此処だけ話、御両親も黒髪なのに謎だわ」

「そう言う事もあるんじゃないでしょうか。

 染めているかわかりませんし、隔世遺伝や色素異常と言った可能性がありますよ?

 特に博士は天才ですから、何らかの違いがあっても不思議じゃないかと」

 

楯無はその言い分もあり得ると納得。

その上で咄嗟にそれだけ出て来る宙の知識や発想力に舌を巻いていた。

 

 

朝食は宙と水色の髪の二年生のおかげで遅刻せず取る事が出来た一夏と箒。

流石に時間が無く紹介して貰うことはできなかった。

 

ただその人が去り際に言った“また会いましょう”という言葉。

その一言が箒にはどうにも気になる

 

しかし、考えたからといって答えが出る訳もなくあっという間に昼休みを迎えていた。

 

とにかく今朝の二の舞にならない様にしなければ。

そう思った箒は一夏に声をかけようとして…。

 

「セシリア、箒さん、織斑君。

 相談したい事があるのですがお付き合い願えますか?」

「わたくしは構いません、昼食を取ってからでもよろしければ」

「食事の心配はありませんよ、セシリア。準備してありますから」

 

そう言うと宙は大きな包みを取り出した……、拡張領域から。

 

 

同じ頃、楯無は職員室に向かい二人に声をかける。

 

「織斑先生、山田先生」

「更識か、これから昼食を取りに行くところだ。後にできん話なのか?」

「今ならもれなく昼食が付いてきますよ? しかも手作りのお弁当が」

 

千冬は諦めた。

どんな話かわからないが、手作り弁当を無碍にするなど人情が許さない。

それに真耶は弁当に興味津々、他の教職員の目もある。

 

「はあ、わかった。山田君もいいな?」

「勿論です!」

「では、行きましょう。此処ではなんですから」

 

そう言うと歩き出した楯無、二人はそれについて職員室を後にした。

 

 

屋上、4人はレジャーシートに座っていた。

そして、目の前に広げられた重箱。

 

「料理が得意とは伺っていましたが……、これは凄いですわね」

 

セシリアの言葉は3人の心境を物語っていた。

 

「一人暮らしをしていれば誰でもある程度出来る様になりますよ、セシリア。

 まずは食事にしましょう」

 

紙皿、紙コップ、箸、フォーク、ウェットティッシュ、そして水筒。

必要な物が更に拡張領域から出されて昼食が始まった。

 

色とりどりの重箱には和食の他にサンドイッチ。

その気遣いにセシリアは温かい気持ちになる。

 

「美味い……」

「美味しいですわ」

 

唐揚げを食べた箒、ミニハンバーグを食べたセシリア。

それを聞いた一夏も唐揚げを食べる。

 

「マジか、参ったな」

 

料理が得意な一夏が降参する、そこからはひたすら食べること食べること。

宙は自分も食べながら、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 

 

楯無の前には既に空の重箱、“3人”は充分に昼食を堪能し終えていた。

 

「更識、弁当は美味かった。

 正直なところ織斑には悪いがそれ以上、久々に堪能したぞ」

「そうですね、何かほっとする味と言うんでしょうか。

 ご馳走様でした」

「いえいえ」

 

千冬は今のやり取りに引っ掛かりを覚えたが、それ以上に場所が気になり話を即す。

 

「で、態々防音の生徒指導室を選んだ訳を聞こう」

「宙さんから聞きましたがクラス代表を決定する総当たり戦を行うそうですね」

「ああ、それまでは空天とオルコットが織斑の指導を行うことになっている。

 アリーナが空いていない状況だがなって、更識まさか……」

 

千冬はそこで察した。空いてないなら、”空いてる場所“を使えばいい。

 

「そのまさかです、私は宙さんの護衛ですが生徒会長でもあります。

 生徒会の業務を円滑に行いつつ護衛するのは流石に無理です。

 そこで宙さんは副会長として生徒会へ所属することになりました。」

「そして、お前は国家代表でもある。

 つまり護衛を務めるには空天の同行が必要、上手いこと考えた物だな」

「という事は地下施設で織斑君の指導をすると言う事ですか……」

 

これで共通認識が取れた。

さて、ここからが本番だと楯無は気を引き締める。

 

「更識、話はわかるが簡単に特例を認める訳にはいかんぞ」

「ですが、私達3人共賄賂を受け取ってしまっているんですよね。

 美味しかったお弁当という形で」

 

「何!? あれは更識、お前が……」

 

そこで引っ掛かりを覚えた物が何か千冬は理解した。

楯無にしてはあまりにも反応が淡白で他人事だった事に。

 

「考えたのは空天か?」

「いいえ、私です。

 お弁当は宙さんから織斑先生へのお詫びと山田先生への感謝の気持ち。

 

 あの後、宙さんは自室で後悔していましたから。

 私がいる前であそこまで言う必要は無かったと」

 

真耶に今のやり取りはわからないが、二人の間で何かあった事は察した。

ただ自分に感謝と言われても思い当たる節は無い。

ともかく今は千冬の判断を待つことにする。

 

「……理事長に許可を取りに行く、更識は当然同行だ」

 

千冬は宙の言葉をあの後から考え続け理解した。

確かに自分は”あの時“剣を取る覚悟をしていなかったと。

現役を退いた自分が相手の力量を知らず試そうなど傲慢にも程がある。

 

それを気づかせてくれた分の借り、まずはそれを返すために。




私から見た千冬は実直で他人に頼ることを基本的には良しとしない性格。
そんな千冬が指摘された物をそのまま無視出来るかと言えば無理だと思っています。
冷静になって考えれば宙の真意に気づき、借りが出来たと考えるだろうとも。

次いで楯無ですが……。
伊達に更識家17代目当主を勤めている訳もなく、人心掌握術や交渉術にも長けている印象。
というか、そうでなければ日本政府に使い潰されるただの暗部に成り下がります。

今回は千冬の性格を理解している楯無が宙の弁当をも利用して上手く立ち回った。
そう言うお話でした。


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ep10:生徒会長と専用機

前回理事長へと交渉に向かった楯無、その結果や如何に。


放課後、宙の部屋を訪ねた一夏・箒・セシリア。

クラスで宙と接する機会の多いセシリアがノックして声をかけた。

 

「セシリア・オルコットと申します、宙さんは在室ですか?」

 

するとドアが開いて、水色の髪の女性が現れた。

 

「待ってたわ、まずは3人共入ってちょうだい」

 

それを見た一夏と箒は今朝の先輩だと。

そして、セシリアは……。

 

「生徒会長!」

 

思わず、そう口走った。

 

 

今、この部屋には5人。しかし、訪ねた3人は緊張していた。

楯無は初々しい態度を微笑ましく思いながら、宙が自分のことを伏せていたと察する。

 

「ようこそIS学園へ。

 イギリス国家代表候補生のセシリア・オルコットさん。

 篠ノ之箒さん。

 そして世界唯一の男性操縦者、織斑一夏くん。

 

 改めて自己紹介するわね。

 私がこのIS学園生徒の長、更識楯無よ。

 そして、ロシアの国家代表でもあるわ。」

 

一夏は現状についていけず。

箒は楯無の身のこなしから只者では無いと感じ。

唯一セシリアだけが楯無のことをプロフィール上で知っていた。

 

そこへ宙が紅茶を手に現れ、全員へと配膳して楯無と並ぶ。

 

「そんなに緊張していては疲れますよ?

 まずは紅茶を飲みながら落ち着いて下さいね」

「そうねぇ、別に取って食べる訳じゃないんだから。

 それに宙さんの紅茶は絶品よ♪」

「褒めても紅茶しか出ませんよ、楯無さん」

「虚ちゃん以外で、ここまで美味しい紅茶は飲んだことないわ。

 事実を言っただけよ」

 

すっかり置いてけぼりの3人だったが、一早く再起動したのはセシリアだった。

 

そこまで言わせる宙の紅茶。

味も香りも落ちる前に飲まないのは英国貴族としても、紅茶を好む者としても許されない。

 

「では、頂きますわ」

 

そう言って優雅に紅茶を飲んだセシリアには楯無の言うことが理解出来た。

 

「見事ですわ、香りも味も」

「お口にあって良かったです。

 お二人も酸味が出る前に飲んでくださいね?」

 

一夏と箒は顔を見合わせると紅茶に口をつけた。

正直言って二人には紅茶の良し悪しがわからない、けれど……。

 

「何か落ち着くな、それとストレートなのに仄かに甘い気がする」

「ああ、私もそう思う。紅茶とはこれが本物か……」

 

そんな感想を聞き、楯無とセシリアは大きく頷く、それを宙は笑顔で眺めていた。

 

 

紅茶を飲んでリラックス出来たのを確認した楯無は早速本題に入った。

 

「お昼に聞いたと思うけど、この一週間だけ地下施設の使用許可をなんとか取ったわ。

 これには条件があって私が同行していることよ。

 

 それに付随して、その間生徒会の業務に支障が出る。

 そこで宙さんには生徒会に入って貰ったわ。

 

 それともう一つ、IS学園の全生徒はなんらかの部活に所属することと定められてるの。

 

 実際、オルコットさんはテニス部、篠ノ之さんは剣道部。

 私と宙さんは生徒会といった具合にね。

 

 で、織斑君なんだけど……。

 今はまだ入学して間も無いから問題になってない。

 けど、日が経つ程に全部活で争奪戦が起きるわ」

「お、俺?」

 

一夏は意味がわからなかった、何故自分がと。

 

「織斑君、忘れていませんか? 此処は女子校で貴方は唯一の男性。

 全員……とは言いませんが男性と一度だけの高校生活を送りたい。

 あわよくば恋人としてと思うのは普通です。

 

 それを除いても男性が見てるだけでやる気に違いが出る」

「そうなのか? 箒」

「わ、私に聞くのか!? ま、まあ、一夏がいれば張りあいはあるな」

 

それに続けて何やらモゴモゴ言ってるが恋愛性難聴の一夏には届くはずも無い。

哀れ箒……。

 

「とまあ、今二人が言った様な理由で間違い無く生徒会に苦情が殺到するわ。

 業務に支障をきたす程にね。

 

 そこで提案よ、織斑君にも生徒会に入って欲しいの。

 それで申し訳無いけど期間を限定して各部に派遣。

 どこが独占しても問題しか起きないなら、全員に機会さえあれば妥協出来る筈。

 

 これについては急かさないけど……、そうね遅くても一学期中。

 出来れば今月中に結論を出して頂戴」

 

今一理解出来ていない一夏。

だが、生徒会長の楯無と生徒で一番年上の宙が言うならそうなのだろうと一応納得。

 

「わかりました、早目に結論を出します」

 

一夏の返答に楯無は頷き続ける。

 

「話は以上よ、織斑君と箒ちゃんでいいかしら。

 二人はISスーツを持ってきたわね?」

「「はい」」

「じゃ、早速行きましょうか♪」

 

そう言いつつ取り出した扇子には“準備万端”と書かれていた。

 

 

楯無が持つ特別なIDカードキーで5人は訓練用の地下施設に来ていた。

 

既に楯無、セシリアは一夏を連れて地下訓練施設。

基礎的なISの展開などを行なっている。

 

そして、このハンガーにいるのは残る二人だった。

 

「箒さん、貴女がどう思おうと束博士の妹であることに変わりありません。

 そして、ご存知の通り貴女は狙われる危険性が高いのです」

 

箒は苦い顔をする。しかし、十分理解していた。

箒がどう思おうと自分を姉が好いていることを。

そして、その結果人質にされかねないことも。

 

「そこでこれです」

 

宙の示した先にあるのはIS打鉄。

 

「これを学園にいる3年間、貴女の専用機にする許可を取って貰いました。

 教職員用ですから訓練機よりは高性能、自衛するには十分すぎる筈です。

 

 それに織斑君が好きなのでしょう?

 織斑先生から同門のため剣を任されたと楯無さん経由で伺っています。

 これで彼に稽古をつけてあげて下さい」

 

箒は正直に言ってISが嫌いだ。けれど、一夏と一緒にいるためならば……。

顔を赤らめた箒は決心する。

 

「わかった、宙さん。その申し出、有り難く受け取ります」

「では、乗り込んで貰えますか?」

 

その言葉に頷く箒。

乗り込んだのを確認して、宙はパーソナライズとフィッティング機能を生かした。

 

宙が処理しているのを箒は見る。そして、驚いた。

 

一夏の時とは全く違う。浮かび上がった光学ウィンドウとキーボード。

それを両手同時に処理しながら、さらに複数の処理を適宜行なっている……様に見える。

そして、然程時間が経っていないにも関わらず一次移行しますか?とのメッセージが出て……。

 

「その様子だとメッセージが出ましたね、ファーストシフトを実行して下さい」

「あ、ああ」

 

箒が実行を選択した瞬間、光が爆ぜた……。

 

「ノーデータからで9分ですか、久しぶりにしてはまあまあですね。

 その子に名前をつけてあげて下さい」

 

そこにあったのは桜より赤く、紅よりは淡く染まった打鉄。

 

紅桜(べにざくら)……。」

 

「暮桜の後継機、紅桜。良いですね、それで登録しましょう」

 

こうして箒は専用機持ちとなった……。




箒が危険に晒される可能性があると理解していながら何の対処もしない。
そんな事はありえません。

一夏はデータサンプリングと身の安全確保のため。
なら、箒も身の安全確保のため必須ですよね。


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ep11:宙から贈る大切な言葉

宙には譲れない想いがあります、そんな宙が贈る言葉とは。


紅桜を纏った箒。とはいえ試験でしかISを扱った経験が無く、これが二度目。

しかし、訓練機との明らかな違いを感じ取っていた。

 

宙は手を握ったり、ゆっくり歩いてみたりと色々試す箒を見て最低限は問題無いと判断。

 

「では、箒さん。

 ゆっくりで構いませんので、歩いてハンガーから施設へ向かって下さい。

 

 大切なのはイメージです。身体を動かす時、余計な意識はしないでしょう?

 ISは自分の身体だというイメージで通常の動作は問題なく出来る筈です」

「紅桜は自分の身体……」

 

反芻すると言われるままに紅桜と一体化した自分をイメージする。

そして歩き出した箒は先程よりさらにスムーズな動きだった。

 

「その調子です。私もすぐ向かいますから、先に向かって下さいね」

 

その言葉に頷くと確かな足取りで箒はハンガーから歩いて行った。

 

「さて。私達も行きましょうか、ウィステリア」

 (パワーアシストは平均的代表候補生レベルにマイナス補正。

 ステルス迷彩モードで展開)

 

そう思うと一瞬でISを纏った宙は忽然とハンガーから消えた。

 

 

ハンガーから出てきた淡い紅色の打鉄を見て楯無は驚き呟いた。

 

「IS技術開発が出来るとは聞いていたけど、それにしてもファーストシフトまでが早過ぎないかしら?」

「そうですか? 私としては久しぶりだったので、まあまあとしか言えません」

 

楯無の横には、いつの間にか並び立った宙が。

これには流石の楯無も絶句、全く気付かなかったのだから当然とも言える。

 

同時に思う、この間の篠ノ之束博士程度という言葉。

それが冗談抜きで近いレベルじゃないかと。

 

実際、宙の入試筆記試験結果は唯一のノーミス。つまり全問正解という事。

一夏とセシリアが箒に話しかけているのを上空から見ながら楯無はそう考えていた。

 

「私が出て来た事には流石に誰も気付かなかった様ですね。

 ちょっとイタズラしてみたくなって、ステルス迷彩モードで来たんですから当然ですが。

 昨日、からかったお返しですよ」

「思ったよりイタズラ好きなのね」

 

そう言いながら宙に目を向ける楯無、そこには当然専用機を纏った宙がいたのだが……。

 

「……ちょっと宙さん?

 私も人の事言えないけど、流石にそれは余りにも装甲薄過ぎないかしら」

 

薄紫色。所謂藤色のISスーツに身を包んだ宙が纏うのは、同じく藤色のIS。

アンロックユニットのスラスター。

胸部・腰部・肩部を除く部位はスーツの延長上としか見えない程に薄い装甲。

小型スラスターが数多く配されてはいるが、胸部・腰部・肩部装甲すら必要最低限。

イメージするなら軽量鎧を身に付けた天使の様だった。

 

「大丈夫ですよ。それこそが、このIS“ウィステリア”の特徴ですから。

 その時になればわかります」

 

そう言うと宙は降りて行った、クラスメートの集まる場所へ……。

 

 

箒が質問責めに合っている所へ宙が。

そして、それを追う様に楯無が降り立った。

 

「はいはい、そこまで。

 織斑君と同門で剣の指導をするから箒ちゃん用にISを借りたのよ。

 ファーストシフトもしてない機体じゃ思う様に動けないでしょ」

 

〈ついでにセシリアちゃんには言っとくわね。

 彼女は篠ノ之束博士の妹よ、護身用に学園から貸し出したの〉

〈やはり、そういう事ですか。納得しましたわ〉

 

口頭で建前を、プライベートチャネルで本音を楯無は伝えて騒ぎを沈静化。

 

「それじゃあ、ここからは任せるわね、宙さん」

「ええ、では早速始めたいのですが聞いて欲しい事があります。

 3人共私が言った事を覚えていますか?」

「ISは兵器にされてしまったということでしょうか?」

 

セシリアの返答に宙は頷く。

 

「その通りです、誰がなんと言おうともIS本来の目的は宇宙開発。

 これは篠ノ之束博士が言及しています。

 

 それを国家の都合で捻じ曲げ、スポーツに偽装して兵器にしました。

 しかも宇宙開発をアラスカ条約で禁止して博士の願いを踏み躙ってまでです。

 

 国家代表である楯無さんや代表候補生であるセシリアは知っていることですが……。

 全てのISは競技用リミッターがかけられているだけ。

 それを解除すれば、そのまま軍用スペックになってしまうのです。

 

 それに競技用スペックでもISを持たない人には兵器と変わらず、簡単に大量虐殺が出来る。

 今、ここに居る全員は……。

 あまり言いたくないのですが、そう出来る兵器にされたISを身に付けています」

 

沈黙。知るものは事実として、知らなかった者は現実を知って。

 

「ですが、それもISを扱う人の心次第。

 そして最も勘違いしてはいけないのが、ISの能力は“操縦者の力”ではないという事です。

 

 誰かを護ると人は簡単に口にします。

 そういう機会があったとしてISで護っても、それはISの能力を借りて成し遂げたこと。

 操縦者自身の力で護れた訳ではありません。

 

 これを心によく刻んで下さい、でなければ無意識の内にIS依存を起こします。

 そうなると自分の力だと勘違いして取り返しのつかない結果を招く。

 

 例えばセシリア、私は貴女の境遇を少し知っています。

 貴女がオルコット家を護れているのはセシリアの努力の賜物。

 ですが代表候補生で専用機持ちになってから、より護れる様になってはいませんか?」

 

セシリアは目を閉じて考える、そして……。

 

「確かにおっしゃる通りです。

 外圧を跳ね除けるのが容易になったのは代表候補生。

 そして専用機持ちになってからで間違いありませんわ」

「では、逆はどうでしょう?

 今、セシリアがなんらかの理由でISと無関係になったとして……。

 15才の貴女は老獪で悪辣な者から同じ様に護れると断言できますか?」

「それは……」

 

セシリアは言葉に詰まった。

また、あの死に物狂いの日々が襲いかかるのではとの思いがあったから。

 

「つまり、わたくしは既にIS依存の部分があるという事ですか……」

「そう思ったのなら、セシリアはISに関する立場が無くても護れる“自分自身の力”。

 それを今のうちに身につける必要があるという事。

 

 そして、織斑君も箒さんも同様です。今の二人はISとIS学園。

 そして方法論はともかくお姉さんという外的要因で護られています。

 

 まずは自分自身を自分の力で護れる様になる事、そうしなければ必ず後悔します」

 

一夏は宙の言葉に思い出す。

自分が誘拐された所為で千冬がモンドグロッソの決勝を棄権したことを。

そして、今度は自分が護る番だと思いながら何の努力もしてこなかった事実。

しまいには迂闊にISを起動してしまい、今も護られているんだと理解した。

 

しかし、これに反発したのは箒だ。

 

「私は姉さんの、ISの所為で家族はバラバラになった!

 誘拐されるかも知れないと全国を転々とした!

 姉さんに護られてなんかいない!」

「いいえ、箒さんは護られています。今、生きているのが証拠です」

「な、なにを……」

 

宙は諭す。

 

「博士が作ったISは先程言った通り宇宙開発の物。

 歪めた国家が悪いのであって、ISが悪い訳ではありません。

 

 そして、箒さんが護られている証拠は世界中に467個あるISコア。

 本当は兵器にされるとわかっていて一つたりとも渡したく無かった筈です。

 

 それを家族が殺されないために涙を呑んで提供しました。

 博士さえ生きていればいいんですよ? とでも脅しかねません。

 ISコアが欲しい国家は。

 

 逃亡生活の準備時間を稼ぐためもあったでしょう。

 博士が家族と離れれば、家族の価値が上がる。

 

 それは最悪誘拐されるかも知れませんが、殺されることだけは無いという事。

 今IS学園にいるのだって、此処が治外法権だからです。

 

 博士は家族が大切だから夢を穢されても。

 自分が大好きな家族から離れることになっても。

 家族に理解されなくても護って見せた。

 

 これが私の思う博士の真意。

 そして、これこそが自分自身の力で護るという事です」

「ね、姉さんが宙さんの思った通りかなんてわからない!」

 

箒にはもう何を信じればいいのかわからなくなっていた。

 

「聞いてみればいいのでは?

 箒さんは博士と連絡が取れると私は思っています、違いますか?」

 

宙の言葉は事実、箒はいつでも束と連絡が取れる。

ただ逃亡生活の所為で心が荒み、束が悪いと。

束が嫌いだと決め付けて自分の殻に閉じ籠った。

 

「ともかく箒さんと博士の件は後程、御自身で確かめて下さい。

 今は織斑君の訓練が優先です。

 

 前置きが長くなりましたが早速始めましょう。

 箒さんは落ち着くまでハンガーに戻り、ISを解除して休んで下さい。

 

 今の精神状態でISを扱わせる訳にはいきません」

「……箒」

「今は1人にしてくれ……」

 

そう言うと箒は項垂れたままハンガーへ消えた。




ISは勘違いを引き起こし易い物だというのが私の認識です。
一度虜になれば、万能感に侵される。
そうならない様に宙は話をしました。

また、この小説の束は白い束です。
果たして宙の考えは当たっているのか?

今後にご期待下さい。


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ep12:理解者と家族、一夏の訓練

人間誰しも理解者を求める物だと私は思います。
当然全てを理解していなければいけない訳ではありません。
それは他人である以上、不可能だからです。

それでも求めずにはいられない、人間の性なのではないでしょうか。



メカメカしい室内、淡く光るモニターの前で束は泣き崩れていた。

妹に嫌われ、家族と別れ、もう誰にも理解されない世界。それが束の認識だった。

 

千冬とて親友とはいえ頻繁に連絡を取れる訳もなく、ただ世界に取り残される。

引き取ったクーちゃんことクロエ・クロニクルの存在。

溺愛している箒の姿を見るだけが全て。

 

そんな世界にも希望があったと知った束の心境は本人以外に理解出来るはずもない。

 

「束様……、良かったですね。

 彼女は本当の意味で束様の理解者だとクロエは思います」

「クーちゃん……。クーちゃぁぁぁん、わあぁぁぁ!」

 

クロエは泣きながらしがみつく束を優しく抱きしめる。

自分を救ってくれた束が救われることを心から祈りながら。

 

「空天宙様でしたか。調べてみることにしましょう、束様」

「うん、うん!」

 

小さな家族からの提案、束はただ頷くことしか出来なかった……。

 

 

ややしばらくして落ち着きを取り戻した束は嬉々として調査を始めた。

 

空天宙、女性、18才。

近年、IS関連技術特許を日本を除く世界各国で取得している才媛。

 

「なんで日本以外? とりあえず後々。

 で、特許の中身は……、ISの移動と防御に関する物だけって徹底してるねぇ」

 

それだけで束は嬉しくなった。

この特許、確かにIS強化に繋がる。けど、目的は……。

 

「宇宙開発時に必要となる重要な項目ばっかり。

 あの言葉に嘘は無いってことか、良いね。

 

 じゃあ、今度は日本政府のデータベースにアクセスしてっと。

 随分転々と転校してるね、なんで? え?」

 

戸籍上、空天家の養女、18才。

日付けが白騎士事件同日であり、現在も見つかっていない唐松 結(からまつ ゆう)と目される人物。

なお、唐松結の両親死亡は確認されている。

 

白騎士事件の真相を知る可能性があり、追跡調査を実施。

本人と確認され次第、証拠隠滅のため処理を要す。

 

追記:10年に渡る追跡調査の結果、篠ノ之束直筆のIS所持許可書が発覚。

アラスカ条約違反ではあるが黙認せざるを得ない状況。

 

本人であれば男であり追跡を逃れてきた実績からIS所持および第二の男性操縦者である可能性大。

以上から篠ノ之束との関係がはっきりするまで迂闊な手出しを禁ずる。

 

また、現在はIS学園に入学したため直接的接触はほぼ不可能。

 

「ゆーくんは死んでなかった? でも、あの時生体反応は間違いなく消えた。

 わからない……。けど、ちーちゃんなら何か知ってるはず!」

 

束は千冬に連絡することにした、真相を知るために。

 

 

〜♪

 

このふざけた着信音は束か、千冬はすぐに気づいて嫌々ながら出る。

 

「なんだ束、この忙しい時に」

『……』

 

おかしい、いつもの束なら私の話なんか聞かないと思った千冬。

 

「お、おい。どうした、束。何があった?」

『ちーちゃん……。空天宙って子がいるよね』

 

空天?

 

「私のクラスにいるがそれがどうした?」

『その子、男の子? もし男の子だったら、ゆーくんかも知れない』

「なんだと!?

 お前の許可書を持ってたから知ってる人間だとばかり思ってたが、どう言うことだ!?」

『私にだってわからないよ!!』

 

束の叫びに千冬は驚いた、あの束の口からわからないなんて聞いたことが無かったからだ。

 

「すまん、取り乱した。

 束、ここだけの話しだが空天は専用機を持つ男だ。

 しかもアイツは今年の首席で筆記はノーミス、ISでも山田君を訓練機で破って見せた。

 

 そして、私はアイツに生身で負けた……」

 

『ちーちゃんを生身で……。

 やっぱり、ゆーくんだよ、その子は。

 昔、言ったでしょ? “私と同じだって”』

 

それは天才って意味だけじゃ無かったのかと千冬は理解した。

 

千冬は束に頭脳は勿論、身体能力でもやや劣る。

束の頭脳と身体能力に不断の努力が加わったなら……、衰えた自分に勝ち目は無いと。

 

「どうするつもりだ」

『会いたい。けど、会えないよ!

 だって、ゆーくんの家族を殺したのは私だから!』

「それを言うなら私も同罪だ!

 とにかく詳しく説明しろ、いいな?」

『わかったよ、ちーちゃん……』

 

そして、束は説明した。自分が知る全てを……。

 

 

一夏は箒が気になった。

 

だが、貴重な訓練時間と場所を準備してくれた宙と楯無。

協力してくれるセシリア達に応えなければという想い。

そして自分のせいで入学出来なくなった人の分も努力しなければと訓練に集中する。

 

「始めましょう。先程、箒さんにも言いましたがISはイメージが重要です。

 ISは自分の身体だとイメージしながら、まず真っ直ぐ歩いて下さい」

 

一夏は頷くと言われた通り白式は自分の身体だとイメージしながら歩く。

 

「織斑君、止まって足跡を見て下さい」

 

指示に従って振り向いた先、真っ直ぐ歩いたはずが足跡は曲がっていた。

 

「イメージに綻びがあるのと意識のし過ぎが原因ですわね」

 

セシリアの言葉は経験からくる物だろう、一夏はその言葉をヒントにもう一度歩く。

その結果は……。

 

「真っ直ぐ歩けた……」

「良いですね、織斑君。何事も基礎が重要です。

 今の感じで今度は走ってみましょう」

「ああ!」

 

緊張が解け、興奮したのか元気に返事すると走り出す一夏。

 

「速い! よし、止まって確認だ」

 

一夏の足跡は真っ直ぐ一直線。

 

「よっしゃー!」

 

そう叫ぶと元の位置まで走って戻った。

 

「excellent! 初回にしては上出来ですわ」

「そうね、織斑君はIS操縦者に向いてるみたいよ」

 

セシリアの声に楯無が賛同する。

人間、誰でも褒められれば嬉しい物。そして、それは意欲を引き出す。

 

一夏は気付いてない。

しかし、宙を含めた全員がそれを踏まえて指導に当たっていた。

 

「ええ、そうですね。

 それでは先程習った様ですが、しっかりイメージを固めて武器を展開して下さい」

 

雪片弍形を展開する一夏。

勿論、自分が雪片を握っているイメージを今までの助言全て参考にしての展開。

 

「1 second、なかなかの展開速度ですわね。

 ISの展開も同様ですが……、イメージと反復練習が重要ですわ。

 代表候補生で0.5 secondが目標とされています。

 

 行きますわよ、目を離さないで下さい」

 

そう言うとセシリアはライフルを展開。

 

「やるわね、セシリアちゃん。じゃ、お姉さんも」

 

そう言いつつ負けず嫌いな楯無も槍を展開して見せた。

 

「は、はえー……」

 

「セシリアが0.47秒、楯無さんが0.24秒。

 ですが大丈夫ですよ、織斑君。

 セシリアの言った通り、反復練習でイメージを固めれば必然的に速くなりますから」

 

その一言にやる気を滾らせる一夏、こうして一夏の訓練は始まった。




束は理解者をみつけると同時に忘れられない人と罪を思い出しました。
その罪には千冬も関わっているようですね。

一夏の訓練は思いのほか順調。
教えている人間が国家代表、代表候補生、真耶を圧倒した宙という豪華メンバー。
当たり前と言えば当たり前ですが、一夏の想いの強さもそれを後押ししているのは間違いありませんね。


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ex02:篠ノ乃束という天才の苦悩と白騎士事件

束の過去。
白騎士事件の真実。
そして、2人の後悔の記録。


物心ついた時には既に規格外の才能を発揮しつつあった束。

周囲との差が孤独を齎すと両親の態度から理解した束はそれを恐れて少し出来が良い程度に表面上抑えながら生活してきた。

 

その努力の結果、両親は理解者たろうと努め、愛情を注いでくれる。

束はそれが嬉しかった。

 

問題はこの有り余る才能。

紛うこと無き天才にとって、どこかで発散しなければいずれ破綻することは確定した未来。

ならばと両親に夢を語り、少しずつ研究を進めることの許可を得たのは英断だった。

 

「いつか宇宙に行きたい。だから、応援して欲しい」

 

その言葉を両親は真摯に受け止めた。

両親とて全く気づいていない訳では無かったのだ、娘の才能とその苦悩を。

 

自分達を遥かに超える才能をもっていること。

それが幼少期に理解出来ない恐れとなって態度に出てしまったことで、どれだけ娘を傷つけてしまったか。

後悔は娘の態度が変わった時から今なお続いていた。

 

しかし、二人は誓った。どれだけの才能があろうとも娘を愛し、孤独にしないと。

 

だからこそ娘の願いに応えた。

娘自身に窮屈な思いをさせてしまっている不甲斐ない親、それでも理解者たろうと全霊をもって。

 

程なくして束は一つの成果から特許を得るに至り、両親も娘を認め褒め称えた。

同時に全てを理解してやれない不甲斐なさを詫びる。

この時からだろう、両親が理解者だと心から束が信じたのは。

 

内容など理解しなくていい。

束という人間を恐れず愛してさえくれれば、それが答えだった。

 

それからの日々は幸せだった。

学校は窮屈だが誰かを邪険にすることなく、それでいて必要以上には深入りしない。

成績は優秀でも鼻にかけず、夢に向かって努力する姿勢を見せていた。

家に帰れば愛する両親と共に夢を追いかけた。

 

この頃になると束の特許はかなりの量になり、篠ノ之家は相当裕福な暮らしが出来る状況だった。

しかし両親は束の夢のためにと殆ど受け取らなかった。

ただ娘の好意を無碍にしない様に偶に贅沢な食事や旅行を家族でするのが恒例となる。

 

そして束に運命の出会いが訪れる、クラスメートになった織斑千冬。

彼女は身体能力なら束に匹敵する今まで出会ったことのない人間だった。

それは千冬にとっても同じこと、二人が親友となったのは必然だった。

 

ある時、束は千冬を両親に紹介した。束の両親は千冬を、束の初めての友人を歓迎。

運動能力を褒める束と照れる千冬に興味を持った父の柳韻は剣を振ってみないかと誘い、それを千冬が了承。

これがきっかけで千冬は篠ノ之流に入門、メキメキと頭角を現していった。

 

そして束待望の姉妹、箒の誕生。

束は箒を溺愛しつつ、研究は完成に向け加速して行く。

 

箒はすくすくと成長し、家族と剣を愛する少女になった。

そして千冬の弟、一夏も姉に倣って入門。

箒のライバルになったのは言うまでもない。

 

その頃、束の夢は手の届く所まで来ていた。

十分な実績を持つ束は意気揚々と夢のマルチフォームスーツを提唱。

しかし、非現実的と一蹴されてしまう。

 

ならば実物を、そこで親友の千冬に夢への協力を依頼。

千冬は快く協力し、遂にISことインフィニット・ストラトスは完成した。

 

今度こそはと束は夢を大々的に発表。

しかし、反応は芳しく無かった。

 

だが束は諦め無かった。家族が、織斑姉弟が応援してくれる。

 

宇宙開発時、デブリの除去に必要となるかも知れないと荷電粒子砲を作った。

剣を扱う千冬が自在に動ければ誰にでも対応できると刀を作った。

 

そして、その日は訪れる。

 

誰が行ったかは不明だが日本に向けて大量のミサイルが発射されたのだ。

束はこれが罠だと気付く。

即座に対応出来るのはISしかない状況を作り、それを迎撃させることでISを兵器として印象操作するための。

 

ISは宇宙に羽ばたく翼で兵器なんかじゃない。

けれど、このままでは多くの人が…。

 

束は決断する、自分が出ることを。

けれど、白騎士の前には千冬が待っていた。

 

「束、夢をお前が穢す必要はない」

「ちーちゃん……」

「そんな顔をするな、私が誰一人傷付けることなく切り捨てて見せる。

 だが、サポートは任せたぞ?」

 

颯爽と白騎士を纏った千冬は束のナビに従って光学迷彩ステルスモードで海上上空へ。

千冬はミサイルを刀と荷電粒子砲で排除していった。

だが、どうあがいても取りこぼしは発生する。

 

『ちーちゃん! 生きた弾頭が!』

 

千冬はその排除に向かおうとした。

しかし戦闘機が邪魔で向かおうにも向かえない。

 

『貴様ら、邪魔するなあぁぁ!』

 

千冬の健闘虚しく、無情にも弾頭は着弾してしまう。

そして、次々失われていく命、束はそれを泣きながら見るしか無かった。

 

そんな時、一瞬ISと生体反応がして血の気が引く。

 

「あそこにゆーくんが!?」

 

けれど、それだけ。反応はその直後に消え、束の希望は打ち砕かれた。

 

迎撃に来た戦闘機とドッグファイトを繰り広げる千冬の耳に束の絶叫が響く。

 

『あああああああああ、ゆーくんが! ゆーくんがあぁぁ!!』

 

束の悲痛な叫びに千冬は冷静さを取り戻す。

そして戦闘機を巻いて光学迷彩ステルスモードで急ぎ束のもとへと向かった。

 

「何があった束! しっかりしろ!」

 

そこにいたのは絶望に染まった抜け殻の様な束。

虚ろな目をした束はポツポツと語る。

 

「今日……遠い親戚が来る予定だったんだよ、ちーちゃん。

 

 その家族の一人息子、ゆーくんは私と同じ天才。

 本当の意味で私を理解してくれた唯一無二の存在だったんだ。

 

 さっきまでISは世界に2機、その一機が白騎士。

 もう一機は、ゆーくんが1人で作り上げたから名前も性能も何一つ知らない。

 今日見せるから楽しみにしてって秘密にしてたんだよ。

 

 その反応があの爆発地点で一瞬だけあって……。

 生体反応ごと消えちゃった。

 

 大切な人だったのに! 私をお姉ちゃんって慕ってくれたのに!

 ゆーくんもその両親もみんなみんな死んじゃった!!」

 

魂の叫び。そして、その後に訪れた静寂の中、束の言葉が続く。

 

「違うか、私が殺したんだ……。

 何が天才だ、馬鹿じゃないの? 人一人も救えないのに笑っちゃうよ」

 

千冬は話しを聞きながら強く拳を握り締めていた。

食い込んだ爪で血が流れる程に強く……。

 

「違う、束。大口を叩いておきながら被害を防げなかった。

 私の……責任だ……」

 

気丈に振る舞っていた千冬。しかし、千冬とて14才の中学生。

現実を前にして膝から崩れ落ちるように座り込んでしまった。

 

「くそっくそっ! なんで間に合わなかった!」

 

涙を零しながら床を殴りつける千冬。そして、それを止めたのは束だった。

 

「ちーちゃん、自分を責めないで。

 ちーちゃんは私の代わりに護ろうとしてくれた。

 

 実際、多くの人が助かったんだから誇っていいんだよ」

 

千冬が見たことも無い様な優しい表情で告げた束は、ハンカチで千冬の手を応急手当する。

それが千冬には余計に悔しかった。

 

「だが!」

「いいんだ、ちーちゃん。これは私の罪、だから背負うのも私。

 ごめんね? ちーちゃん。今日の事はゆっくり休んで早く忘れてね?」

 

儚げな表情でそう言った束はふらふらと奥へと歩いて行く。

見慣れた後ろ姿はいつもの自信に満ち溢れた束とは程遠く、随分と小さく見えた。

 

先程の表情と行動、告げられた言葉。

その全てが千冬の胸を痛いほど締め付けたのは言うまでも無く、深く心に刻まれることになる……。




重要性の高い物。
特に軍用は通常のネットワークに接続されていません。
ついでに軍用なら必ず人の手を介さなければ危険極まりない。
そのため幾重にも厳重なセキュリティーが施されています。

つまり一斉ハッキングをミサイル2341発分なんて出来ないのが現実。
なら人為的組織的に行われたと解釈できます。

私の小説内では束のマッチポンプではなく、嵌められたという事ですね。


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ep13:真相、訓練と生徒会

ゆーくんこと唐松結とは、篠ノ之束の想いは。
そして、訓練と生徒会。

今回は少々盛り沢山です。


「なるほどな、本人に確認しなければ絶対はないがあの時の……」

 

束の説明を聞いた千冬は苦い表情で言う。

 

本人であれば生きていた事を喜ぶべきだろう。

だが、両親を奪った挙句に逃亡生活を強いたとなれば素直に喜ぶのはあまりにも不謹慎だ。

 

「それにしても何故ISを動かせるのか……。束、実際のところどうなんだ?」

『それなんだけど、いっくんはわかるんだ。

 理由は一つ。あまり言いたく無いんだけど“織斑計画”のせいだよ、ちーちゃん』

 

千冬は忌まわしいその名を聞いて聞き返す。

 

「何故、あんな物が理由になる!」

『落ち着いて聞いてね? ちーちゃん。

 だって、いっくんは“性別と鍛える必要性を除けば”ちーちゃんでしょ?

 ちーちゃんだったらSの適正が、コアの誤認でBに落ちてるのが証拠だよ』

 

千冬は言葉に詰まった。

一夏は自分をベースにした男性体唯一の成功例、夏に生まれたから“一夏”。

自分は1000体目で生まれた成功例、それが冬だったから“千冬”。

 

束の説明に嫌でも納得している自分がいた。

 

『けど、ゆーくんはわからないんだよね。

 実はコアを作れる訳ないと思って最初意地悪したんだ』

「どう言う事だ?」

『流石に材料を確保できる環境に無かった。

 だから、これを参考に作って見ろって送ったんだけど……。

 

 送ったのは失敗作のコアと材料の一部、足りない材料は失敗作から流用するしかない。

 つまり零から作るのと変わらないんだよ』

 

千冬はそこで驚愕しつつも理解した。

 

「そこからコアを作り出した、そう言うことか?」

『うん、出来たら送って見ろって言ったんだけど完成品が届いてさ。

 それでゆーくんを信じられる様になったんだ。

 ああ、この子も私と同じなんだってね。

 それから材料だけ送って、ゆーくんはISを作り上げた。

 

 だけどコアが作れるのを知られれば何されるかわからない。

 それで私の許可書を渡して護ろうとしたんだよ。

 最悪の時は私から貰ったって言う約束をしてね』

 

ISを動かせることと本人か以外、全ての線が繋がる。後はどうするかだが……。

 

「束、辛いだろうが今は耐えてくれ。

 真実を明らかにするなら、どちらにしても先に日本政府を黙らせる準備が必要だ。

 そうだろう?」

 

『うん……。そうだね、悪事の証拠を集めて準備するよ。

 辛いけど、そうしなきゃ解決しないから。

 

 それにちーちゃんの言う通り、私はそう思ってるけどまだ本人か確定してる訳じゃない。

 今、命の危険が無いのを伝えられないのは残念けど安心材料でもあるしね』

 

言い終わると電話は切れていた、目標が定まれば束はそこへ一直線に向かうと千冬はよく知っている。

 

「まったく困った奴だよ、お前は」

 

そう言った千冬の表情は優しかった。

 

 

箒はハンガーでISを解除した後、悩み続けていた。

 

自分が束に対して決めつけていた価値観、それを真っ向から正論で否定した宙の言葉。

電話を手に葛藤していたが、意を決して連絡した。

 

『もすもすひねもす、束さんだよ〜♪

 嬉しいなあ、箒ちゃんから連絡くれるなんて』

 

箒はその声が本当に喜んでいることだけは感じていた。

 

『で、どうしたのかな?箒ちゃんのお願いなら何でも叶えてあげよう!』

「……姉さん、見てたんだろう?」

 

箒の言葉に束は即答しなかった、けれど……。

 

『うん、見てたよ。

 だって箒ちゃんは私の大好きで大切な妹、だから言うね?

 

 あの子の言った事、全部当たってるよ。

 箒ちゃんが信じられなくても、ね』

 

箒は愕然とした、全部自分の思い違いで。

束を悪者にして、現実から逃げていただけ。

 

『いいんだ、箒ちゃん。無理に信じなくてもいいんだよ。

 悪いのはお姉ちゃんだから……』

 

その言葉と弱々しい束の声音で箒の感情は決壊した。

 

「いい訳ない!」

 

ハンガーに箒の声が響く。

 

「ご、ごめん、なさい、姉さん!

 

 私は何も。何も、わかっで、いなかっだ!

 姉さんの、想いを、何一づ! ううっ、ぐすっ」

 

泣きながら必死に箒は伝える、自分の想いを。

 

『箒ちゃん。許して、くれるの? こんな悪い、お姉ちゃん、を』

 

聞こえてくる束の恐れを含んだ涙声、そんな声を出させている自分が箒は嫌になった。

 

「姉さんは悪くない! 悪いのは、私だから!!

 護っで、くれで、ありがとう、姉さん!」

 

その言葉で束は完全に泣き出した。

ハンガーに響く、姉妹の泣き声。それは二人が分かり合えた証拠だった……。

 

 

一夏の訓練は近接戦闘を後にして、浮遊・飛行訓練に移行した。

近接戦闘は箒に任せる約束があるからだ。

 

「まずは浮遊してみましょうか。どんなイメージでもいいです、例えば水に浮く。

 空の雲、漂う風船、他にも色々ありますが自分がイメージし易いものにするのがコツです」

 

宙の例を参考に一夏はイメージする、すると徐々に地面を離れていった。

 

「試験で浮遊したと聞いていたので浮遊する事自体は問題ない様ですね。

 今度はそれを維持して下さい。

 

 例えば浮いているその場に地面があるなんて言うのはどうでしょう?」

 

頷く一夏。どうもしっくりきたらしく、その場にしっかり留まった。

 

「なるほど……。本当にイメージが重要なんだな、ISは」

 

一夏の独り言。しかし、ハイパーセンサーは容易く拾う。

 

「その通りですが、宙さんのイメージ例が適切なのでしょう。

 それと見たところ、織斑さんは感覚派の様ですわね」

「オルコットさんは違うのか?」

「わたくしは理論派です。

 勿論イメージはしますが、テキストにある理論を理解した上で行っていますわ」

 

今一理解出来ず頭を捻る一夏に楯無が一言。

 

「一概にどっちがいいとか無いのよ。

 ただ理論となるとそれ相応の学習能力と理解力が必要になるわ」

 

続いて宙とセシリア。

 

「織斑君は感覚派。

 でしたら、難しく考えるより自分に合った方法が最適という事です。

 もし気になるなら後程テキストを見ることにして次にいきましょう。

 

 時間は有限ですよ?」

「ですわね」

 

その言葉に一夏は納得する、今は悩むより実践だと。

そのタイミングでハンガーから箒が走って来た、紅桜を身に纏って……。

 

 

戻って来た箒の様子はガラリと変わっていた。

少々目は腫れぼったいが張りつめていた気配はなりを潜め、柔らかな印象を醸し出す。

 

そこから察した宙は理由を聞かず、近接戦闘訓練に切り替え。

勿論、箒にも基礎訓練を施してからだ。

 

そして初回の訓練を終えた今、宙は生徒会室に来ていた。

 

「虚ちゃん、強力な助っ人をスカウトして来たわ。とりあえず虚ちゃんも休暇しましょ」

「わかりました、紅茶を用意しますね」

 

そう言いながら、虚は紅茶の用意に消える。

 

応接セットに座る楯無と勧められて座った宙、宙が思いのほか疲れている様子だったからだ。

 

「見事な指導だったわね、宙さん。

 ただ、どうしてそんなに疲れているのかわからないけど」

 

「指導しながら、内職してたんです。これがかなり脳に負担をかける物で……」

 

内職?

何かしていた気配を感じていなかった楯無に理解出来なかったが、そこは敢えてスルーした。

 

タイミング良く虚が紅茶を配膳したところで自己紹介が始まる。

 

「初めまして、私は3年で整備科の布仏 虚(のほとけ うつほ)と申します。

 生徒会では会計を勤めています」

「私は1年1組の空天宙と申します、もしや本音さんの?」

 

「はい、本音は私の妹です。紛らわしいでしょうから、虚とお呼び下さい。」

「虚さんですね、よろしければ私のことも宙と」

 

「では宙さんと、ところで本音はご迷惑をおかけしてませんか?」

「いいえ、いつも仲良くして貰っています」

 

それを聞いて虚は、ほっとする。

 

「宙さんの紅茶も見事だけど、虚ちゃんも絶品よ♪」

 

その言葉を皮切りにお茶会が始まった。

 

 

お茶会で食べたケーキで糖分を補給出来た宙。

疲労は頭脳労働による物だったらしく、すっかり回復したのを確認した楯無は本題を始めた。

 

「虚ちゃんには事前に話してあるけど早速副会長としてお仕事頼んでもいいかしら?」

「ええ、問題ありません」

「では、これを元にデータベースを修正して貰えますか?」

 

虚から渡された資料は新入生の入部届の束。

しかも、退部して移籍した上級生の物もあり、中々手間のかかる物だった。

 

「部費の割り振りを早急にしなきゃ駄目なんだけど、そのために必要なのよ。

 勿論、まだ入部していない生徒の把握なんかにも使うんだけど」

「わかりました、では早速」

 

そう言うと宙はまず、入部・退部届を速読。

どこからともなく空間ディスプレイとキーボードを2セット取り出して作業準備完了。

 

そして、両手でタイピングを始めると然程経たないうちに手が止まった。

楯無と虚はあまりのタイピング速度に驚き、一時休憩とばかり思っていたが……。

 

「終わりました、予算比率も部活の種類と人数を加味して算出してあります。

 よかったら参考にして下さい」

「え? 終わったの? 本当に?」

 

驚く楯無に宙は微笑んで言った。

 

「昨日言いましたよね? 楯無さんが驚くほどには、と」

 

ちなみ虚は唖然として固まっていた。

 

「ところで虚さん、整備科に折り入ってご相談があるんですが……」

 

そう切り出した宙の話を聞き、虚はその相談を請け負った。

 

虚曰く。

 

「なかなか面白いお話でしたので」

 

後にそう語ったとか。




宙が唐松結なのかはともかく許可書は本物。

篠ノ之姉妹は和解して箒に良い影響を与えた様です。

一夏の訓練は至って順調。

生徒会業務は宙にとって朝飯前と言ったところですね。

さて、次はどんな展開になるのか、お楽しみに!


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ep14:宙の懸念と更識姉妹

今回、独自設定が多分に盛り込まれています。

これも私的に現実的な考えのもとで変更・追加した物、ご容赦下さい。

因みにお気に入り登録ありがとうございます。
高評価もいただき意欲向上中です。

毎日更新頑張る源に感謝!


翌日、授業が終わった放課後。昨日の訓練からずっと宙はある懸念を抱いていた。

 

それは白式とそのワンオフアビリティこと零落白夜。

そして、それを可能にする雪片弍型について。

 

武装が剣一つというのは、ワンオフアビリティの強さを差し引いても選択肢があまりに少ない。

さらに言えば零落白夜が強力過ぎて“殺してしまう可能性“も無視出来ないだろう。

未熟だからこそ加減が出来ず、シールドエネルギー残量によっては過剰攻撃となりかねないからだ。

 

しかも、イギリスで開発を推進しているのは光学兵装。

加えてイメージインターフェイスにより無線遠隔コントロールできるビット。

セシリアが展開したライフルから見ても距離を取っての狙撃。

ビットによるオールレンジ遠隔攻撃主体だと容易に想像出来る。

 

次に近接武装、欧州上流階級と言えばフェンシング。

そして女性という事は一般的にフルーレかエペ。

ISで扱うならエペをより強化し貫通力と耐久性に富んだエストックが最適だろう。

 

突きは斬るより速い、最短距離を一直線に来るのだから当たり前だ。

しかもフェンシングは相手の攻撃を払うなどして防御し、攻撃権を得てからでなければ攻撃しても有効と認められない。

つまり未熟な剣を払うなど出来て当然。

 

宙は一夏の手札に対して悪条件が揃いすぎ、勝負にならないこと。

誤って相手を死に追いやる可能性を考慮して零落白夜の出力抑制、できれば封印。

以上から、ハンデ分を射撃武装などの追加で補うべきと言う結論に至った。

 

一夏曰く拡張領域に空きが無いとは聞いた、しかし宙はその原因を理解している。

ならば、その原因を取り除く。そう心に決めて宙は行動を開始した。

 

 

昨日、宙から放課後の訓練代行依頼を受けた楯無。

悩みに悩んだ挙句、もう一人の更識。信頼出来る妹の簪に護衛代行を任せることにした。

 

だが…。

 

更識 簪(さらしき かんざし)

 更識家17代目当主として明日の放課後、空天宙の護衛任務を命ずる」

 

突き放しておきながら、こう言ってしまうも簪は了承。

 

この姉妹、篠ノ之姉妹同様ある理由から喧嘩別れして随分経つ。

にも関わらず、あの発言だ。

何か言いたそうだった簪から足早に逃げてしまった楯無は自己嫌悪から憂鬱に。

 

とはいえ、今は訓練の真っ最中。

頭から悩みを追い出して昨日の続き、飛行訓練の一部を実施していた。

 

「2人共、まずはゆっくりでいいわ。私のいる高度まで上昇して停止。

 

 コツは……。そうね、浮遊の延長上でもう少し早いイメージ。

 停止は浮遊を維持してる時と同じ感覚で試してくれる?

 通り過ぎても慌てないで強く止まるイメージを意識すればISが応えてくれるわ。

 

 失敗しても大丈夫、私とセシリアちゃんが止めるから安心して?」

「では、箒さんのサポートはわたくしが」

「なら、お姉さんは織斑くんね」

 

その声に一夏と箒が頷いて上昇停止訓練が始まった。

 

 

1001号室にノックの音が響く。

 

「……1年4組の更識簪です、空天さんはいらっしゃいますか?」

 

その声に反応してドアが開かれた。

 

出て来たのは藤色の髪に優しげな表情を浮かべる美女、簪は思わず見とれた。

 

「私が空天宙です、とりあえず中へどうぞ」

 

そう即されて部屋に入るとドアを閉める。

 

「今、紅茶を用意しますから少し座って待っていただけますか?」

「……はい」

 

そう返事しつつも緊張を隠せない簪は偶々目に入った物に釘付けになった。

あのアニメにあの漫画。あ、あの小説もある!

一気に親近感が湧いた簪は宙が来るのを心待ちにしていた。

 

「どうぞ、それと今日は私の都合で付き合わせることになってごめんなさい」

 

紅茶を配膳してから、そう切り出す宙。

 

「……いいえ、気にしないで下さい。

 あの、私のことは簪と呼んでいただけますか?」

「わかりました、簪さん。よければ私の事も宙と呼んで下さいね」

「はい、宙さん」

 

そう言って紅茶を口にする。

 

「……美味しい、虚さんみたい……」

「お口にあって良かったです」

 

紅茶と宙の笑顔にリラックスした簪は思い切って切り出した。

 

「あの、アニメとか漫画。好きなんですか?」

「はい、大好きですよ。

 内容は勿論ですが、色々インスピレーションが湧く事もありますし。

 

 簪さんもですか?」

「はい!」

 

思わず簪にしては大きな声で返事するも嬉しさから気付いていない。

 

その後、すっかり意気投合した2人。

しばらくの間、アニメや特撮のヒーロー談義に花を咲かせた……。

 

 

職員室に向かった宙と簪は千冬と真耶に相談を持ちかけ、お馴染み生徒指導室にいた。

ちなみ簪には事前に断って室外で待機して貰っている。

 

「早速だが空天、要件を聞こう」

 

昨日の今日だ、千冬は顔に出さないようポーカーフェイスで問いかける。

 

「では、率直に。白式には篠ノ之束博士の手が入ってますね? 織斑先生」

「あれは倉持技研の機体だ、束は関わっていない」

 

千冬が否定するも宙は動じない。

 

「残念ながら今のが嘘だと白式を見ればわかります。

 何故なら機体は確かに第3世代、ですが雪片弍型だけは“第4世代の技術”が使われていますから」

「第4世代……」

「そうです、山田先生。とはいえテスト段階の様ですが。

 

 まともな第3世代ISは打鉄弍式しか完成していない倉持技研に第4世代の技術はありません。

 机上の空論と呼ばれる第4世代、即時対応万能機。出来るとすれば1人しか該当者はいません」

 

こうまで言い切られれば流石の千冬もお手上げだ。

 

「はあ、ここだけの話だぞ?

 倉持は打鉄弍式を作っていた、そこへ政府が織斑の専用機を作れと横槍をいれてな。

 

 私にも理由はわからんが束から倉持に分業の提案があって了承。

 ワンオフアビリティ初期搭載を目指したが凍結されていた機体、白式を束が完成させた。

 

 で、何か問題があるのか?」

 

千冬の答えと問いかけに宙は答える。

 

「暮桜のワンオフアビリティ再現を目指したのでしょうが……。

 

 あれはイメージインターフェイスにより第4世代で使われる展開装甲を利用した擬似零落白夜。

 展開装甲が作動した時しか擬似零落白夜は発動しませんでした。

 そして、イメージインターフェイスにより威力やリーチ・密度などを変化させることができます。

 

 暮桜でさえ一つ誤れば相手を斬り殺してしまうのは織斑先生が一番ご存知でしょう?

 そこにイメージインターフェイスで無闇矢鱈と増幅されれば試合の度に死人が出ます」

 

暮桜については宙の言う通り、千冬は必要最低限・最小時間しか発動しなかった。

その上、相手のシールドエネルギーをギリギリ削る様にしか使っていない。

だが、それを一夏にやれと言うには難易度が高すぎる。

 

「以上から私は最低でもリミッター。

 出来れば封印処置が妥当だと思いますがいかがですか?」

「ちょっと待て、その展開装甲と言うのはどういうものだ?」

 

昨日の束の言葉が思い起こされる。

“私と同じ”

それが現実味を帯びて目の前に示された気がした千冬は思わず聞き返した。

 

「名前の如く展開する装甲なのですが、内包されたナノマシンで形や機能を自在に変化します。

 それに伴ってシールドエネルギーの消費も激しいという欠点を持ちますが。

 

 私がざっと比較した結果から言えば……。

 白式の擬似零落白夜は暮桜より約1.5倍ほどエネルギー効率が悪い。

 継戦能力に大きな影響を及ぼしています」

 

なるほど、と千冬は理解する。

 

とはいえ封印してしまえば白式はただの高機動機でしか無い。

しかも他に武器が無いのだ、となれば……。

 

「リミッターをかけるのが得策か?

 しかし、それでは白式に乗るメリットがほとんど潰れる」

「そこはお任せ下さい、武装選択を可能にしてみせます。

 

 拡張領域が埋まっているのは擬似零落白夜のため。

 しかも雪片弍型の展開装甲が、かなりの容量を占めています」

 

真耶はそこで理解した。

 

「つまり雪片弍型を後付け武装として常時装備。

 それで空いた拡張領域に他武装を積むという事ですね?」

「流石は山田先生ですね。

 そのための鞘とアタッチメントは昨日整備科3年の布仏先輩に作成依頼してあります。

 加えて鞘はそのままシールドとなり、防御力を極力高めるようにも。

 

 イギリスのISコンセプトは光学兵装主体の遠距離攻撃がメイン。

 牽制にしろ攻撃にしろ射撃武装は必要でしょう。

 その上、楯で防御しつつの接近も可能になりますから戦術の幅が広がります。

 対処法も増えるかと」

「一理あるな、確かに名案だ。零落白夜については安全性を考慮してリミッターをかけよう。

 ところで……、まだ2日目だがどうだ?」

 

千冬は一夏達の状況を訊ねる。

 

「順調です。

 織斑君も篠ノ之さんも感覚派の様ですから地上での基礎訓練の後、2人で近接戦闘訓練を昨日。

 今日は飛行訓練の後、同じく近接戦闘訓練の予定で行っています。

 

 鞘は明日にも仕上がる予定ですから、以降射撃訓練を追加。

 さらに機動力の向上と空戦を目指します。

 

 今頃は上昇・下降・停止訓練中の筈です。

 勿論、篠ノ之さんにも同様の訓練を施しています。

 

 ライバルがいた方がお互いに成長も早いですから」

 

宙の言葉に千冬と真耶は目を丸くした、現実的かつ計画的な訓練プランと一夏・箒の適正を十分加味した内容に。

 

「空天が考えたのか?」

「勿論です。引き受けた以上、私には責任があります。

 危険性の排除や不備の解消も当然その一環で打てる手は全て打つ。

 

 指導を請け負うという事は、それら全てを含め少しでも勝率を上げる。

 そういう事だと私は思っています」

 

宙の言葉に思わず唸る千冬、逆に真耶は感心していた。




ヒーロー大好き眼鏡っ娘の簪ちゃん登場です。
同好の士に出会えて良かったですね。

それにしても楯無はヘタレで困った物です。
護衛の話を持って行った時点で、なんで仲直りに踏み出せないのかと。

ちなみ零落白夜は白式のワンオフアビリティでは無いというのは公式設定です。

そして、不遇な白式を扱い易くする改修。
代表候補生相手にブレオンはキツいですよ、流石に。
とはいえ倉持技研の機体ですから、中身は勝手に弄れないのでこうなりました。

加えてセシリアの近接武装ことインターセプター。
原作では近接武器の扱いが不得手となっています。
しかし、それで代表候補生が勤まるほど甘くは無いとの考えからこうなりました。

私の作品内のセシリアは代表候補生に相応しい能力を持っているとご理解下さい。
まあ、出来ることと出来ないことは当然存在しますが。


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ep15:第4世代と形態移行、簪の初体験

今回も独自設定満載ですが、原作から私なりに解釈した物もあります。
造語も登場しますがご容赦下さい。

ちなみタイトルは意味深ですが、そっちの意味ではありません。
って、そっちってどっち?


相変わらずメカメカしい部屋に笑い声が響く。

 

「あっはははっ!

 

 なかなか良い情報にヒットしないから横目で見てたけどさ。

 なに簡単にやり込められてるの?ちーちゃん、束さんを笑い殺すつもり?

 

 いやぁ、良い物が見れて束さん大満足♪ 保存、保存っと」

 

そう1人騒ぐのはご存知、束。宙と千冬のやり取りを見聞きしながらもその手は止まらず。

ついでに口も止まらなかった。

 

「にしても確定だね。あの子は、ゆーくんで間違いないよ!

 

 だって、“第4世代は机上の空論”って言うのが一般人の常識。

 なのに、あの子は“展開装甲”がどういう物か理解し過ぎてる。

 

 ……とっくに辿り着いてるんだね、“展開装甲の完成形”に!

 束さんでも、いっくんの雪片でデータ取りしてる最中なのにさ!

 

 でも、ゆーくんにはある意味自衛手段が無いからね。

 技術拡散防止まで考えたから“態と”使って無い。

 悪用されるのが嫌だったんでしょ? きっと。

 

 まったく束さんが天災なら、ゆーくんは天彩だよ。

 

 あとはコア人格との結び付き、同調率が高いんだろうね。

 一体どれだけ形態移行(フェイズシフト)出来る状態か気になってしょうがないな♪」

 

そこにクロエが飲み物を持って現れた。

 

「ご機嫌ですね、束様。お飲み物をお持ちしました。

 ところで形態移行はコントロール出来る物なのですか?」

 

「ただの一般人にはまず無理。

 だけど条件を満たせる特例なら理論上可能だよ、クーちゃん」

 

そう言うと手を止める束、飲み物をクロエから受け取ると一口飲んで続ける。

 

「えっと、まずは一般的な形態移行ね?

 

 稼働率やコアとの同調具合。

 他にも条件を入れてる子はいるけど、コア人格が設定した規定条件を満たすのが第一歩。

 その上でコア人格がある程度認めれば見極めのためコア人格からコンタクトを取る。

 そこで納得出来る答えを示せば2次形態移行(セカンドシフト)が可能になるんだよ。

 

 3次形態移行(サードシフト)はそれより厳しい条件ではあるけど基本的に似た様なものかな。

 今のところ実例は3次形態移行(サードシフト)まであるの。

 

 これが普通なんだけど……。ここまではいい? クーちゃん」

 

束はわかり易く噛み砕いて説明する。

 

「はい、束様。では、ゆーくん様はこれに該当しないと?」

 

「その通り! 流石、束さんの娘はわかってるなー♪

 

 いるんだよ、コア人格との同調率が初めから極めて高い子が。

 まあ、今のところ束さんが知ってる。

 というか、そう予想してるのは、ゆーくんだけなんだけどね?

 

 その場合、コア人格は積極的に協力する。だって同じ思想の持ち主同士だからね。

 既に殆どの条件をクリアした状態からのスタート。

 ここまでくると早期に条件を満たすし、コア人格との対話が“双方から”可能になる」

 

なるほどと頷くクロエ、そして自分がどこまで理解しているかを伝える。

 

「そうであればという条件付きですが……、コア人格と相談しての意図的な形態移行(フェイズシフト)

 それが可能になるという話に繋がるのですね?」

「またまた正解!

 

 くーちゃんが言った様にタイミングは勿論、コンセプトや装備に至る全て。

 そこに相互思想が反映されるから理想的形態移行が行われるんだよ。

 

 しかもね? 完全な形態移行前に一部の装備だけ任意変更することで状況変化に対応。

 そしてトライ&エラーを繰り返してから完全な形態移行も行える。

 

 これが特例中の特例、任意形態移行(エニーフェイズシフト)

 

 こうなると世代の例外になるんだけど……、便宜上は擬似第3世代とか近い世代で呼ぶしかない。

 強いて名付けるならExNo,?世代と言ったところかな」

 

そこまで話した束は次々とモニターを表示。

恐ろしい速度でピックアップして行くと不意に手が止まる。

 

クロエが入れた飲み物を一気に煽り、束はいい笑顔を浮かべる。そして……。

 

「で、ここからが本番なんだよ、クーちゃん。

 ゆーくんはね、私とは別の方法で“第4世代の条件を満たした”んだ」

 

そう言った束の目は好奇心に満ち溢れ、爛々と輝いていた。

 

 

話を終えた宙が生徒指導室を出る。

 

「お待たせしました、用件は済みましたので私は部屋に戻ります」

 

そう言った宙に簪は問いかけた。

 

「あの……。この後、お時間ありますか?」

 

宙は一瞬考えるも楯無を信じて今日の訓練は任せることを決定、無理を聞いてくれた簪に応える。

 

「ええ、空いてますよ」

 

そう笑顔で伝えると簪は不安げな表情で宙に告げる。

 

「あの……、今日会ったばかりで突然なんですが相談に乗って貰えますか?」

「勿論です、私は簪さんをお友達だと思っていますから」

 

その言葉に簪はほっとして一言。

 

「わ、私もです」

「それでは私の部屋で伺いますね。行きましょうか、簪さん」

「はい!」

 

返事をした簪は笑顔だった……。

 

 

真耶に用ができたと告げた千冬はその場に残る。

察した真耶は宙達が立ち去った後で部屋を出て行った。

 

「まさか私からかけることになるとは……」

 

溜息を吐きつつ、愚痴を零した千冬は意を決すると連絡する。

 

「もすもすひねもす、ちーちゃんの大好きな束さんだよ!

 そろそろ来る頃かなって待ってたんだ♪」

 

何を呑気な事をと思わず手に力が入ってミシッと嫌な音がした、電話から。

 

「や、やだなあ、ちーちゃん。ジョークだよ、ジョーク」

 

さらにもう一度、いやぁな音が。そして、千冬は静かに爆発した。

 

「束、雪片弍型には第4世代の技術が使われてるというのは本当か?」

 

閻魔も裸足で逃げだすかと思うほど冷淡で感情が感じられない声音。

束はあまりの恐怖に即答した。

 

「はい、その通りです!」

「この大馬鹿者があ! 何が第4世代だ!

 その返答を聞く限り、空天の言う通りの様だな?

 一夏を人殺しにするところだったんだぞ!」

 

それから千冬が落ち着くまで約2時間、室内には罵声が響きわたる。

救いはここ、生徒指導室が防音なことだけだった……。

 

 

一夏は思う、宙というストッパーが外れた楯無は鬼だと。

ついでに楯無に唆されたセシリアも。

如何に宙が優しく的確に教えてくれていたのか身に染みた。

 

最初は良かった……と思う。しかし段々雲行きが怪しくなり、今は……。

 

「今、何か失礼なこと思わなかったかしら(こと)?織斑くん(さん)」

「いえ、何も!」

 

既に脊髄反射。

 

「そう(ですか)、続けるわよ(ますわよ)」

 

箒は元々自分自身スパルタだったからか、やる気に満ちている。まあ、疲れは隠せないが。

一夏は思った、今日は厄日だと……。

 

 

紅茶を淹れた宙が簪に振る舞うと準備は整った。

 

とりあえず落ち着こうと簪は紅茶に口を付ける。

そして、徐々にリラックスして行く自分を感じていた。

 

感情の機微に聡い宙はそれを察するとやんわり促す。

 

「相談は簪さんの話しやすいタイミングで結構ですよ。

 私はこの時間を簪さんと過ごせて嬉しいですし」

 

簪はその言葉から労りを感じ、気づけば口にしていた。

 

「あの、生徒会長と同室なんですよね?」

 

この感じは身に覚えがあった宙。そう、篠ノ之姉妹の件で。

 

「ええ、少々事情があって護衛を務めていただいてます」

 

簪は、それなら自分のことを話してるだろうと続ける。

 

「なら私と生徒会長が姉妹だと言う事も護衛代行の話をした時点で知ってますよね」

「いいえ、楯無さんは簪さんについて話そうとしましたが断りました。

 苗字が同じでお顔を拝見した時に血縁者だとは予想しましたが」

「え?」

 

簪には姉である楯無からの話を断った理由が思いつかなかった、だから思わず聞き返す。

 

「……どうしてですか?」

「聞く必要が無かったからです。

 

 私は自分自身の目と耳、心で相手を判断する人間。

 ですから敵で無い限り前情報は邪魔です。

 

 私自身が簪さん個人を信頼出来なければ、楯無さんがどう思おうと断りました。

 しかし、簪さんと接して簪さん個人が護衛に相応しい力量や心を持つ方だと。

 信頼出来る方だと認めたからこそお願いしたんです」

「私個人を認めた……から」

 

簪はあまりにも予想外な言葉を反芻する、何故なら今まで簪個人を認めたといった人はいないから。

 

いつもいつも楯無との比較対象だった簪、悪く言われるのは当たり前。

簪自身の努力や成果は、全て楯無の輝きに霞んで見向きもされなかった。

 

それが今日初めて会った宙は楯無と比較することなく、簪自身を“命を預けるに相応しい”と認めてくれた。

そして、気づく。ああ、私は自分自身をしっかり見てくれる誰かに認めて欲しかったんだと。

 

姉の楯無にも勿論認めて貰いたい。

けれど、それだけが簪の価値を証明する唯一の方法じゃ無かったんだと。

 

「ありがとうございます、宙さん。大切なことに気づかせてくれて」

 

震える声で、溢れる涙に気づくことすらなく簪は俯きながら宙へ想いを告げた。

すると不意に背中が温かくなり、後ろから抱きしめられたんだと察した簪。

 

「相談は後程ゆっくり伺いますね、事情はわかりませんが私で良ければ側にいますよ」

 

宙は簪の頭を撫でながら、ただそこにいた。声を殺して泣く、簪の側に……。




私的解釈した、この作品における2次形態移行や3次形態移行条件。
それとは趣の違う特殊なコア人格との繋がり・形態移行と意味深な束の言葉。

簪と宙の関係構築と簪自身理解していなかった自身の望みを知ることが今回のお話。

怒れる魔人と化した千冬の説教。
原作でお馴染み、スパルタ楯無の登場は皆さんも予想したのではないでしょうか?

一夏はご愁傷様ですが頑張りましょう、箒はやる気満々ですね。
2人とも強く生きて、宙が護ってくれるまで。

ちなみに後でどうなっても筆者は知りませんよ、楯無&セシリア。黙祷w


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ep16:簪の相談、白式の強化

楯無の気持ちもわかりますがやり方に問題が……。
とはいえ現実を見た楯無の優しさであることも否定できないんですよね。

自分の想いを正しく理解した簪、そんな簪の頑張りに期待しましょう。


ややしばらくして簪は泣き止んだ。

すると今度は急激に羞恥心が湧いて来る、今の体勢も含めて。

 

その様子からもう大丈夫だと察した宙は簪から離れて……。

 

「紅茶を淹れ直して来ますね、相談はそれから伺いましょう」

 

そう言って一度席を外した。

その間に簪は落ち着きを取り戻し、どう相談するか考えを纏め直す。

 

再度、紅茶が振る舞われると2人のお茶会が再開。

他愛無い話をしばらくする間に簪の覚悟は終わり、本題に入ることを決断した。

 

「あの、宙さんは私達の家業についてご存知ですか?」

「ええ、十分に。

 更識家が裏工作をする暗部に対する対暗部用暗部であると認識していますよ。

 

 そして楯無というのが本名では無く、代々襲名する当主の証だと言う事も。

 楯無さんがその17代目にあたる事もです」

 

そこまで知っているなら更識家に関する配慮をせずに話せると理解した簪。

そして、ゆっくりと語り始めた。

 

「私とお姉ちゃんは凄く仲の良い姉妹でした。

 私はお姉ちゃんが好きで、お姉ちゃんも私を大切にしてくれる。

 ちょっと過保護だったけど、なんでも出来る凄いお姉ちゃんが大好きでした。

 

 けど……。お姉ちゃんが楯無になって仕事から帰って来たある日、こう言われたんです。

 

 “あなたは無能のままでいなさい”って……。

 

 なんでそんな事を言ったか未だに理由はわかりません。

 それでも私はお姉ちゃんの力になりたかった。

 

 けど、私がどれだけ努力しても。どんな成果を出してもお姉ちゃんには届かない。

 協力したいと言っても当主である楯無に断られればそれすら出来ない。

 そして、遂に喧嘩別れしました。

 

 そのうち私には無能の烙印が押されて……、更識の家には私の居場所が無くなった。

 

 幼馴染を除いて誰も私を見てくれない日々、今もお姉ちゃんとは喧嘩別れしたままです。

 

 私は楯無が大嫌いです。けど、お姉ちゃんは今でも大好き。

 仲直りしたいのに会ってもくれない。

 久しぶりに会ったと思えば、楯無として宙さんの護衛を命令されただけ。

 話かけようとしても命令するだけして去りました。

 

 もう嫌なんです。助けて……宙さん……」

 

簪は自分の想いの全てを曝け出して宙に懇願した……。

 

 

楯無はどうしても不安を取り除けなかった。

苦渋の決断といえ大好きな妹の簪に、初めての任務を与えてしまったことに。

 

そして、訓練中。今更ながら思い出した、宙が男だと言う事を。

 

(宙さんは信用できる人。けど、簪ちゃんは凄く可愛いくて魅力的な女の子。

宙さんが簪ちゃんに惚れる可能性は高いわ、今頃簪ちゃんが!)

 

もう支離滅裂な思考になっていることすら楯無自身気づいていない。

その結果が限度を超えた訓練。

 

少しでも早く今日の予定を終えるために楯無が暴走した結果だった。

 

「簪ちゃん!」

 

急いで部屋に戻った楯無がドアを開ければ、中には宙が1人。

 

「簪さんですか?

 彼女には先生方への用件が終わった後、私が部屋を出ない約束をしました。

 今は自由にして貰っていますよ。

 

 それはそれとして随分と今日の訓練は早く終わった様ですね」

 

安心して楯無は油断していた。

 

「ええ。2人共、上達が早かったから」

 

そこまで言った時、廊下から声が聞こえて来た。

 

「いやぁ、今日の訓練はスパルタだったな。死ぬかと思ったぞ、俺は」

「何を言っている、一夏。楯無さんも言ってたではないか。

 

 この位でへこたれるなら代表候補生と戦える様になれんと。

 あれは愛の鞭という物だ、宙さんとは別の優しさだと私は思うぞ」

 

ここは1001号室、箒の1025室にしても一夏のいる部屋にしても必ず通る場所。

 

楯無は宙を見て、冷や汗を流す。美しい顔、そこに浮かぶ青筋に。

 

「楯無さん? どうも話に食い違いがある様ですが」

「宙さん? これには訳が……」

 

そう言ってから失言に気づいた楯無。

冷静になった今。言える訳が無い、宙に簪が襲われないか心配だったなどとは。

 

「では伺いますしょう、その理由を」

「えっと、それは〜。あははっ」

 

あ、死んだわ、私。そう思った楯無は答えることができず。

室内には楯無の悲鳴が響き渡った、宙にしこたまお尻を叩かれて……。

 

 

簪から話を聞いた宙は幾つか簪に問い、自身の考えを告げていた。

ただし、片方からの情報では正しい判断は出来ない。

そこでお仕置きついでに楯無を問い詰めた。

 

結果、分かったのは不器用な姉妹だと言うこと。

そして、楯無の言葉選びとその後の対応の不味さ。

 

「楯無さん、幾ら冷静でなかったとしてもその言葉はいただけません。

 

 何故、冷静になってから理由も含めて話さなかったのかというのもありますが……。

 その後の対応を含めて悪手です。

 

 楯無さんの想いはわからなくもありません。

 ですが、自分の想いだけを押し付けて簪さんの想いを聞いていない。

 

 そう思いませんか? 簪さん」

 

楯無はそこで何故簪に問いかけるのかわからない。

すると浴室へと続くドアが開き、簪が現れた。

 

「そうですね、宙さん」

「では私は外します、ゆっくり話し合って下さいね?」

 

そう告げると宙は唖然とする楯無を置いて部屋を出た、後は2人で解決出来ると確信して。

 

 

宙は電話で呼び出した箒と一夏を伴って整備室に向かっていた。

本当は一夏1人でいいのだが……、箒の気持ちを考えてのことであるのは言うまでもない。

 

第4整備室。そこには千冬、真耶、虚、本音が待っていた。

 

「来たか、織斑」

 

宙に呼び出された先に何故千冬達がいるのか全く理解出来ない一夏と箒。

 

「なんだ、空天。説明してなかったのか?」

「ええ、サプライズという物です」

「なるほどな、確かにそうとも言えるか」

 

ニヤリと笑った千冬と笑顔の宙。そして、早速説明が始まった。

 

「織斑、白式に他武装を格納出来る方法が見つかった」

「本当ですか!」

 

実の所、一夏は痛感していた。付け焼き刃の剣だけでは勝てない事を。

箒との模擬戦は一夏の全敗。地上、剣一本という条件でだ。

 

「ああ、感謝しろよ? 空天と布仏姉妹のお陰で可能になるんだからな」

 

そう言われて本音を見るとニコニコとしながら手を振っている。

その隣にいるのが姉なのだろうと一夏は察した。

 

「本音の姉で生徒会書記を務める3年整備科、布仏虚と申します」

「1年1組の織斑一夏です」

「同じく、篠ノ之箒です」

 

「よし、自己紹介は終わったな。早速始めるぞ。

 織斑、そこのハンガーラックに待機形態の白式を置け」

 

言われるまま白式を置くと虚の手により展開、固定された。

そして、宙・虚・本音の手により次々とケーブルが接続され準備は整う。

 

「雪片弍型、展開します」

 

虚の声と共に展開された雪片弍型は武装ラックに固定される。

すると本音が割とゴツい塊をカートで持ってきて白式の左腰に取り付けていく。

 

「雪片弍型の外付け武装設定完了。

 織斑先生、拡張領域の一部と射撃管制機能の解放を確認しました。

 これで武装の追加が可能です」

 

一夏と箒はただ作業を見るしか無かった。

しかし、虚の言葉で武装が追加出来る事だけは理解する。

 

「織斑」

 

その声に耳を傾ける一夏。千冬は説明を始めた、但し一部を隠して。

 

「私と山田先生に提出された白式のデータを解析してわかった事なんだが……。

 雪片弍型の零落白夜は暮桜よりエネルギー消費が激しく威力も段違い。

 このまま使えば絶対防御でも防ぎ切れず、相手を斬り殺してしまう」

「え?」

 

驚きで固まる一夏に千冬は続ける。

 

「だから、そうならない様にリミッターをかけることにした。

 布仏姉、リミッターを50%で頼む」

 

「わかりました、リミッターを50%に設定。

 同時に白式のエネルギー効率上昇を確認。

 

 このまま機動力よりに設定を調整してさらにエネルギー効率を上げる。

 それでよろしいですか?」

「ああ、頼めるか?」

「では、そこは私が行いましょう、調整箇所が多すぎますから。

 よろしいですか? 虚さん」

 

今まで黙っていた宙が名乗りを上げると虚は快く譲った。

実の所、虚も見てみたいと思ったのだ、宙の腕前を。

 

「ええ」

「では、早速」

 

そう言うと複数浮かび上がる光学ディスプレイとキーボード。

それを宙は恐ろしい速度で扱い、一気に調整していく。

 

大型のメインディスプレイに表示された白式のエネルギー配分がみるみる更新。

その更新スピードとバランスは見事の一言に尽きる。

 

これに最も驚いたのは千冬だ、まるで束の様にしか見えなかった。

 

「終わりました、これでかなり扱い易くなった筈です」

 

そう言って最後に雪片弍型のロックを外すと千冬が鞘に納める。

 

「では、一度待機形態に戻してくれ」

 

その言葉を待っていた宙はキーを押す、後には待機形態の白いガントレットが残された。

 

「虚さん、本音さん。こんなに早く仕上げていただきありがとうございます」

「いえ、良い経験になりました」

「私もだよ〜、そらりん。楽しかった〜」

 

そんな会話を尻目に千冬は一夏へ白式を手渡す、そして……。

 

「さて、早速試運転と行こうか」

 

そう言うとニヤリと笑った。




更識姉妹が話し合う場を設けること。

白式の問題点を改善し、高機動機としての完成度を高めること。

この2点が今回のお話。

さて、調整された白式はどんな機体になったのか。
そして、更識姉妹の関係修復は?

次話にご期待下さい。


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ep17:白式の新しい力と宙のIS

えー、今回も独自設定、造語満載です。
タイトルで大体察したと思うので前置きはここまでにしますね。

それとお気に入りや高評価ありがとうございます。
また頑張れそうです!


第4整備室にいた全員が地下施設に来ている。

 

弟の心配と今の実力、調整された白式が気になる千冬。

単純に生徒の心配と成果を見たい真耶。

作り上げた装備の出来栄えと調整具合を見たい布仏姉妹。

一夏のいる所に行くのは当たり前な箒。

そして、今回の立役者と白式の操縦者、宙と一夏。

 

それぞれ理由に違いはあれど色々な意味で関係者が勢揃いした。

 

「よし、織斑。白式を展開しろ」

 

千冬の声に一夏は頷き、白式を展開する。

 

「ほう? 空天、何秒だ?」

「0.77秒です」

 

千冬は宙の指導力に舌を巻いた、まだ2日目でこれなら先が楽しみだと。

 

「さて、テストを開始する。織斑、雪片弍型を抜いて見ろ」

 

言われるままにゴツい鞘? から抜いた途端、鞘が消えた。

同時に左手側、そこにアンロックユニットのシールドが浮いていると一夏は気づく。

 

「動作は良好の様ですね、同じ倉持技研の打鉄。

 そのシールドシステムを元にしていますから相性はいい筈です」

「あの鞘がシールドになるのか!」

 

一夏は防御手段が出来たことを素直に喜び、色々と動かしてみる。

 

「そうだよ〜、これで剣や銃が相手でも防御できるの。どう? おりむー」

「最高だよ、のほほんさん! 先輩もありがとうございます!」

「いえいえ、その案と作成依頼は宙さんからいただいた物です。

 私も良い勉強になりましたからお気になさらず、お礼なら宙さんに」

 

一夏は振り向き、宙を見た。

 

「どうしてそこまで……」

「指導する以上、1%でも勝率を上げる責務が私にはあるからです。

 何かあれば相談して下さいと言った筈ですよ? 力になりますとも」

 

一夏は宙へどう返せばいいか考えこんだ。

既に感謝の域を超え、恩の域に達した想像以上の力添えに。

 

「織斑、まだ終わりじゃないぞ。布仏妹、渡してやれ」

 

千冬の声に返事をしてから押してきたカートには銃と弾倉。

 

「織斑、考え事は後にしろ。

 まずはよく見てイメージを固める、そう教わったな?」

「はい、イメージが固まったら拡張領域に収納するんですね?」

「そうだ」

 

一夏は考え事を一旦忘れることにした。

そしてアサルトライフルと弾倉を手にイメージを固め、最期に拡張領域へ収納する。

 

「左手に銃を展開しろ」

 

一夏は先程固めたイメージを元に展開、左手には銃が握られていた。

 

「0.86秒、使い慣れていない事を思えば問題無いのでは?」

 

宙は千冬に問いかける。

 

「まあ確かにな。だが最低でも0.5秒以内を目指せよ、織斑。

 代表候補生はそれを切ってくると知ってるのだろう?」

「はい、努力します!」

「良し。山田君、ターゲットを」

 

既に準備していた真耶は即ターゲットを出す。

距離は中距離設定な辺り、武器の射程と初射撃を見越しての配慮だった。

 

「今回は多少時間がかかっても構わん。射撃補正システムを活かして、しっかり狙え。

 

 反動で銃口が上にぶれる事。そして撃った瞬間、後方への反動がある事を意識しろ。

 それを抑え込むイメージで……撃て!」

 

一つ目のターゲット、なんとか的に当たるが上に外れ気味。

一夏はその感覚が残っている内に二つ目、三つ目と繰り返す。

そして最後の4つ目で、ほぼ的の中心サークル内に収めた。

 

「射撃補正システムが癖を加味して修正された様ですね。

 流石に経験不足ですが、初回であれば上出来でしょう。

 

 ただし、停止している的限定の話ですが」

 

確かにその通りだと一夏も思う、自分も相手も動いてるなら難易度は跳ね上がるだろう。

 

「ですが、ショットガンなどの散弾を利用すると言う手もあります。

 その辺りは明日にでも射撃訓練場で経験を積んで貰う予定です。

 

 どうも今日はかなり厳しい訓練だった様ですから休養も兼ねて」

「更識の奴め……。加減を知らんのか、アイツは。

 

 それはともかく確かに剣も生身の訓練が活きる。

 それに疲労が溜まっては身に付かんどころか事故を起こしかねん。

 適正な休養も訓練には必須だな、空天のプランは理に適っている。

 

 ところで空天……、お前も一つどうだ?」

「そこの銃器を使っていいのでしたら」

 

宙の言葉に違和感を覚えた千冬だが見ることを優先。

それを許可して宙、初のIS戦闘デモンストレーションが決まった。

 

 

所変わってまたまたモニターを食い入る様に見ているのは勿論、束。

 

「ふむふむ、流石ゆーくんだね♪

 近接戦に極振りの設定を雪片弍型とシールド・銃器諸々を使える万能型に変更。

 

 束さんが思ってたより、いっくんの腕が鈍ってたのは計算外。

 それで剣だけの厳しい設定になっちゃてたから調整したと。

 

 にしても良い腕してるよ、ゆーくんは。

 今の白式はいっくんの現状にあった、まさに専用機。

 

 調整速度もバランスも抜群だったし、言う事無し! 束さんが満点をあげよう♪」

 

今日も今日とて束はご機嫌、あれだけの腕を持つのは自分と結(宙)だけだと1人納得していた。

 

「じゃ、早速見せてね? ゆーくんの夢を。

 

 全くちーちゃんはわかってないんだから。

 ゆーくんのISに“武器なんて積んでる訳ない”じゃん」

 

そう言った束はこれから展開されるISを心待ちにしていた。唐松結の夢、その結晶を。

 

 

地下施設では宙によるデモンストレーションの準備が行われていた。

 

「織斑先生、折角ですから織斑君の参考になるよう刀とスナイパーライフルを使います。

 箒さん、紅桜に初期搭載されているIS用長刀“葵”、私に使用許可のうえ貸して下さいね」

「ああ、わかった」

 

箒の返答を待って、宙は宣言する。

 

「では、ISを展開します」

 

その瞬間、そこには白く大きな蕾があった。

 

「今の展開速度は!」

「いつもと違うIS……?」

 

前作は千冬、後者は箒。

 

その展開速度が0.1秒にも満たなかったのを千冬は見逃さなかった。

それは瞬時展開(モーメントデベロップ)と呼ばれる国家代表でも出来るかどうかの超高等技術。

ラピッドスイッチの展開版と言えばわかりやすいが、ラピッドスイッチよりさらに速い。

 

そして、それが出来るという事は……。

 

「織斑、篠ノ之。2人共、しっかり記録しておけ。

 私の予想では良い物が見れるぞ……、他ではまず拝めない位のな」

 

その声を待っていたかの様に宙の声が聞こえる。

 

「ホワイト・ウィステリア、開花」

 

蕾は開き一部を除いて真っ白なISがそこにいた。

 

特徴的で全身をカバーするサイズの殆どが白で覆われたショルダーアーマー。

同時にアンロックユニットのスラスターも4機見えた。これも基本、白に染まっている。

 

両肩部で4枚のショルダーアーマーは名前の通り花びらの如く。

スラスターがそれをより花らしく強調する。

 

フルスキンと見まごうばかりに各所を覆う白い装甲。

その下にはアンダーアーマーや関節・マニュピレーターの藤色。

白い各所にも藤色が配され彩りを添える。

 

それが所々に見えて余計に花を連想させた。

 

「ウィステリアとは和名で花の藤、まさに白藤ですね。

 こんなに美しいISは初めて見ました」

 

虚の言葉が施設に響く。

 

その間にも宙は準備を進めて、箒からIS用長刀“葵”を受け取る。

ついで予備弾倉をアタッチメントで左膝やや下に設置。

スナイパーライフを左手で握り、軽く振ってから構えると頷き、自然体になった。

 

「織斑先生。ランダムターゲット、攻撃ありの設定でお願いします。実戦想定です」

 

宙は察していた、千冬が自分の操縦能力を見たいこと。

一夏の刺激になり成長に繋がる物を期待していると。

 

そして、宙も一夏に一度見せておきたかった。

ISによる武器戦闘は嫌いだが、それがどういう物か理解させるために。

 

「山田君、要望通りの設定を」

 

こうして全ての準備が整う、後は合図を待つだけとなった。

 

 

束はそのISに釘付けだった。

 

「あの白い装甲は全部瞬間脱着(モーメントデセプション)出来るんだね、ゆーくん。

 

 という事は……、拡張領域は予想通り規格外の容量。

 そうじゃなきゃ、“第4世代の条件”を満たせない。

 

 それにあの構造、完全に操縦者を守ることが第一優先。

 

 その上でアンロックユニットのスラスター。

 あれも設計思想から言って相当な強度を持ってるね。

 

 束さんが思うには…。

 さっきの蕾状態でスラスターだけアンロックユニットの特性を活かして外に展開。

 そうすれば守りつつ超高速移動できるし、出力が足りなければ増やせばいい。

 

 うんうん、間違いなく宇宙に出て活動するためのIS。

 他にも隠し玉が一杯あるのは当たり前だよね」

 

束はこれから見せる動きにも期待していた。

 

幾多の視線が注がれる宙のデモンストレーション、その期待はどんどん膨らんでいる。

にも関わらず、束は宙が落ち着いているのを見てとった、周囲の目は宙の意識にないかの様に……。




白式は過不足無いバランスの取れた高機動万能機に改修。
今後の活躍が期待されますね。

そして遂にお披露目された宙のIS、ウィステリア真の姿。
虚の言う通り、花の藤がモチーフとなっています。

イメージ的にはZガンダム、ハマーン様のキュベレイが近いです。
肩部はそれより大きく、全身はよりスマートになった感じと言えば伝わるでしょうか。

次回は宙のデモンストレーションです、お楽しみに!


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ep18:宙のデモンストレーション

お待たせしました、遂にデモンストレーション開始です。

宙の戦いぶり、実力の一端をお楽しみ下さい!


静まり返った地下施設、宙は必要条件をハイパーセンサーで収集しつつ準備していた。

 

(風速0.02m、湿度38.6%にて弾道補正……完了。

スナイパーライフ反動予測……。

バレル上昇2.76度、後退反動0.07mにて反動補正……完了。

以降、随時更新。

 

パワーアシスト、平均的代表候補生レベルにマイナス補正……完了。

 

IS:ホワイト・ウィステリア、全システムチェック……オールグリーン。

高機動全局面対応モードにて待機中)

 

そして、その思考速度は異常という言葉すら生易しい程に速い、ここまで1秒かかったかどうか。

 

「いつでもどうぞ」

 

その声に千冬は真耶を見て頷いた。瞬間、宙の思考はさらに加速する。

 

(駆動音感知、数2。

ターゲット1:前方03.57m、右15.7度、近接武器選択。

ターゲット2:後方12.89m、左12.3度、射撃武器選択。

ターゲット2:上方01.00m、狙撃と同時にブースト、命中確認。

ターゲット1:上方01.50m、斬撃、両断確認。

 

次いで数3。

現在位置を起点にターゲット3を前方と指定。

ターゲット3:前方04.73m、右34.9度、近接武器選択。

 

ターゲット3を起点にターゲット4を前方と指定。

ターゲット4:前方01.45m、左14.4度、近接武器選択。

 

ターゲット3.4:逆手持ち、ブーストからカーブしつつ連斬、両断確認。

ターゲット5:前方13.98m、左16.8度、回避選択、サイドブースター起動、回避完了。

ターゲット5:前方10.57m、左14.5度、射撃武器選択、狙撃、命中確認。

 

次いで数2。

現在位置を起点に……)

 

宙は駆動音の時点で位置と数を次々特定。

出現した的の相対高度と次の目標を加味した精密な動きで撃破して行く。

 

周囲の状況すら把握しながら……。

 

 

一夏はその光景に目を奪われた。

 

「すげー……、何であんな動きができるんだ……」

 

それは当然とも言える言葉。事実、千冬と真耶を除いて驚きを隠せなかった。

 

開始早々、まるでそこから的が出てくるのを読んでいたかの如く向けられた銃口。

それが火を噴くと同時にもう一つの的へ、いつの間にか肉薄して切り裂いた。

 

次が現れた時には逆手に構えた刀で滑らかな曲線を描きつつ連続して的を切り裂き。

攻撃はサイドブースターを最小限噴かしての横移動で難なく回避。

連らなった動きに一切の無駄は無く、その直後には攻撃した的が撃ち抜かれていた。

 

そして、宙は今も最適解を出し続けている。

近接と射撃を使い分けながら、無駄弾を抑えて必要最低限の動きで次々撃破。

その戦いぶりは美しくさえあった。

 

「そろそろ弾切れだが、どうやってリロードするつもりだ?」

 

千冬の声にその点を注視した一夏は驚きの光景を目にする。

 

宙は銃の弾倉を自由落下させながら、膝を蹴り上げるとまるで吸い込まれるように予備弾倉が装填された。

しかも、最期の弾丸を残していたらしく、狙撃と同時にやってのけたのだから開いた口が塞がらない。

 

「なるほどな、銃の扱い“も”大した物だ。

 私には真似できんな、山田君はどうだ?」

 

「銃の扱いには自信があったのですが……。

 拡張領域から直接リロードすることは出来ても、アレは真似できそうにありません。

 そもそも武器・弾薬を拡張領域に入れないなんて考えた事もありませんでした」

 

「確かに……な、余程ISに武器を積むという事が本人には許容出来ないのだろう。

 ISは兵器にされてしまったと言っていたのが証拠、その代案がアレという訳だ。

 

 だが、芸は身を助くと言う言葉もある。

 まあ、あれは芸ではなく技術だから正しい表現ではないがな。

 

 それはともかく無駄が全く無い狙撃と身を危険に晒さず斬る技術。

 そして、それらを回避・移動という動きの中に収めていて穴が見つからん。

 

 もしも拡張領域を活用したなら手に負えんぞ。

 それでなくても代表候補生なら余裕で倒せるだけの技量がある」

 

一夏は一つ気になる事があった、それは宙が代表候補生を余裕で倒せると言う言葉。

なら、セシリアもその対象なのだが……。

 

「織斑先生、山田先生。

 オルコットさんと宙さん、射撃はどちらが上だと思いますか?」

「空天だ(さんです)」

 

即答、2人がそう判断する理由が一夏にはわからない。

一応、反動やブレがあるからかと思うもレーザーがどういった物かよく知らない一夏には理解しきれなかった。

 

「山田君、説明してやってくれ」

「はい。織斑くん、オルコットさんはレーザーライフル。

 空天さんは、実弾の狙撃銃。そこはいいですか?」

「はい。ですが、違い。というか、その差がわかりません」

 

一夏が正直に答えると真耶はわかりやすく説明を始めた。

 

「実の所、そこには大きな違いがあります。

 何故ならレーザーは無反動で直線し、実弾より速いのが特徴。

 

 それに比べて実弾は速度で劣り、反動がある分扱いが難しい。

 しかも、弾丸が風や湿度の影響を受けて決して直進する事はないんです。

 それをあれだけ正確に当て続けるという事はその影響を全て考慮した射撃技術が必要。

 

 ですから、空天さんの射撃技術が上だという判断になるんですよ。

 

 付け加えるなら、私は入試で2人と対戦しています。

 その経験からも間違いなく空天さんの方が実力者だと身を持って知ってますから」

「説明ありがとうございました、山田先生」

 

なるほどと思った一夏がそう言うと、先生ですからと真耶は胸を張った。

それを見ていた箒が一夏の視線に気づき、天誅を与えたのは言うまでない。

 

 

ところ変わって、お馴染み束の移動ラボ。

デモンストレーションに合わせて呼んだクロエと一緒に束は見ていた。

 

「なるほどねぇ、ゆーくんは優しいよ。

 第3世代の高機動機クラスまで性能を抑えてある。

 

 きっと、いっくんに見せるのが目的だね、目指す指標になるから最適かな。

 

 束さんが思うに、ゆーくんは銃の構造を知ってても撃った経験は無いね」

 

束の言葉に驚くクロエ。

あれだけ正確に命中させていながら経験が無いと言うのが理解できなかった。

 

「お、クーちゃんはわからなかった?」

「はい、束様」

 

すると、むふ〜と鼻息を荒くして束は説明を始めた。

 

「えっとね、始めに銃を振ってたでしょ?

 あれって銃の重心や重量を確認するためにやってたの。

 

 そのうえで反動やバレルの跳ね上がる角度を計算して基礎情報を収集。

 後は常に測距・情報収集して最適解を算出。

 そして攻撃って言うプロセスを踏んでるんだ、しかも超高速思考で。

 

 で、銃に慣れている人は持った感覚と経験で撃つ。

 この場合、最初からあれだけ正確には、なかなか命中させられない。

 1射毎に誤差を修正していく必要があるからね。

 

 でも、今回でゆーくんは銃を把握した。次は生身でも慣れた人と同じことが出来ると思うよ。

 

 しかも初撃から発生誤差を計算・把握して撃つ、プロも真っ青な命中精度になるかな」

「よくわかりました、束様。ありがとうございます」

「可愛い娘のためだからね♪」

 

そう言った頃、デモンストレーションは佳境に入っていた。

 

「ラストが近いね。なら、見せるのはアレかな?」

 

束の言うアレ。それは近接武器を扱う以上、必須技能の瞬時加速(イグニッションブースト)

そして、その予想は当たっていた。

 

一瞬でチャージを終え発動、一気に肉薄すると最後の的を切り裂いた。

同時に20m以上離れた的を射抜きながら……。

 

 

千冬は最期に見せた瞬時加速の見事さをよく理解していた。

あまりにも短いチャージは行動中に準備され、最後の的が出た瞬間に切り捨てる。

 

生身での対戦経験からいって恐らく全力では無い。

そう察しつつも、それが一夏のためだと理解していた。

何故ならあまりにも高度だと意味がないからだ。

 

宙が見せたのは一夏の目指すべき指標、特に瞬時加速。

 

短期間の訓練では銃を扱いきれないとの判断から如何にして近接戦闘に持ち込むか。

その方法の一つを提示したかったのだろうと千冬は思う。

 

「織斑先生、最後のスピードが異常に速かったんですが何故ですか?」

 

いいぞ、一夏、気づいたか。それを千冬は嬉しく思いつつ説明する。

 

「あれは瞬時加速(イグニッションブースト)という高等技術だ。

 スラスターにイメージでエネルギーを溜め、一気に放出する事で可能になる。

 

 注意点としては最中に軌道を変えようとするな。

 身体がいかれる程度で済めばマシな方で、ねじ切れかねんぞ?

 

 ちなみ現役時代、アレと雪片を使いこなす事で私は勝って来たからな。

 有用な技術の一つであることに変わりない」

「それは接近戦を行うのに必須……という事ですね?」

 

そうだ、考えろ一夏。何故、宙が見せたかに気づけと千冬は願う。

 

「接近戦に限った話ではないがな、一気に間合いを詰めるには必須だ。

 他にも応用が効くのは想像出来るだろう?」

 

そう言うと一夏は頷き、考えこんだ。

 

同時に千冬は思う、大したものだと。白式のスペックで十分再現可能な戦闘。

機体性能に助けられる形であれば、物にできなくもない辺りの匙加減。

宙は指導者に向いているというのが千冬の結論。

 

そして、実力の底が見えないということだった……。




宙は感覚的戦闘方法と同時に理論的戦闘方法の両方を使いこなすスペックを持っています。
全力を出せば恐れられるのは楯無で実証済ですよね。

一夏は努力すると宣言した通り、なんでも人任せではなく自力で考えるに至っています。
原作以上に真剣ですから、今後の伸びに期待が持てますね。

では、次回もお楽しみに!


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ep19:宙の提案とお仕置き

タイトル通り宙から提案があるようです、どんな提案かは読んでいただくとして…。

普段穏やかな人ほど怒ると怖いので、皆さん気をつけましょう。(意味深)


宙はデモンストレーションを終えると箒に葵を、カートにスナイパーライフルと弾倉を返却。

 

「空天さん、素晴らしい操縦技術でした!

 すぐにでも国家代表候補生になれるレベルですね!」

「ありがとうございます、山田先生。

 尊敬する山田先生にそう言って貰えると、とても嬉しいものですね。

 お気づきかわかりませんが、私の射撃イメージは山田先生を模倣した物ですから」

 

その言葉にあわあわと慌てる真耶。

 

「なるほどな、それならあの射撃技術にも頷ける。言われてみれば確かに似ていた。

 なんにせよだ。いい模範になるデモンストレーションだったぞ、空天」

「ありがとうございます。ところで織斑先生、少々お時間を貰えますか?」

「ああ、構わんぞ」

 

宙は千冬に許可を取ったうえで2人に話しかけた。

 

「箒さん、今日の訓練では何を行なったのですか?」

「急上昇、急降下、そこからの停止。さらに飛行と加速、そこからの停止だ。

 なかなかにスパルタだったが身に付けることができた、流石は国家代表と代表候補生だな」

「あれがスパルタの一言で済む箒を尊敬するよ、自分のためと思ってもキツいものはキツいぜ……」

 

(なるほど、セシリアもですか。これは別のお仕置きが必要ですね)

 

宙は考える、同時にそのお仕置きが一夏のためにもなると。

 

「正直に答えて欲しいのですが……。

 今から瞬時加速訓練を受けられるだけの余力はありますか?」

 

「訓練から時間も開いているし、私は受けられるが……。一夏はどうだ?」

 

「大丈夫です、俺も受けられます」

 

2人の話し振りと動きを見て宙は訓練可能と判断する、そして……。

 

「織斑先生、明日はISを使わない訓練と休養に充てる前提でお話ししますが……。

 無理はさせませんし安全対策も講じます、そのうえで提案です。

 瞬時加速訓練、先生方の目の前で行いたいのですが許可いただけますか?」

 

宙は千冬にそう問いかけ、受理された。

 

 

千冬と真耶監修の中、瞬時加速訓練が始まる。

 

「まずは2人とも軽く飛行して貰えますか?

 特に織斑君の白式は先程調整を行なったばかりです、今の感覚を掴んで下さい」

 

千冬と真耶は宙の手腕を観察。

速やかに飛行を始めた2人は飛行感覚を確かめていく。

 

「すげー、これが同じ白式なのか? 扱い易くなってる……。

 というか俺に合わせて調整してあるってことか!」

 

その言葉を聞き、布仏姉妹に視線を送った宙。狙い通りの結果にお互い笑みを浮かべた。

 

「掴んだ様ですね。

 では、まず私がゆっくりと手順を追って瞬時加速を行います。

 よく見て、イメージを固めて下さいね」

 

頷く2人を見て、宙は説明を始める。

 

「まず、スラスターを見て下さい。

 そうですね、背中に力を溜めるイメージをすると……」

 

徐々にスラスターが光を増していくのが見える。

 

「今は態とエネルギー蓄積を視覚化してあるので見えますが実際は見えません。

 この様にエネルギーを溜めた後、一気に力を解放するイメージを思い浮かべます。

 

 では、行きますよ?」

 

2人に確認した宙は一気にエネルギーを解放、ホワイト・ウィステリアは瞬時加速を成功する。

 

「瞬時加速を成功すると、最中の視覚は流れる景色で恐怖を感じ易い。

 その結果何倍も速く感じるのですが、そこでハイパーセンサーの出番です。

 

 飛行でも初めは速く感じたでしょう?

 ですが、その比ではないので視覚とハイパーセンサーの活用は必須です。

 

 自分の位置や実際の速度、そして目標位置。それらを落ち着いて見て下さい。

 流れる景色に惑わされてはいけません。

 どんな時も頭は冷静に心は熱くを意識して下さいね。

 

 そして、停止ですが……。

 これは飛行の停止となんら変わりありません。

 ただし速度差を考えて、より速く強い停止イメージを浮かべることがコツです。

 

 さて、今回は初回なので多く溜める必要はありません。

 エネルギーが溜まってきたと感じたら、即座に解放して感覚を掴みつつ停止する。

 

 長くなりましたが理解できましたか?」

 

頷く2人に笑みを浮かべると宙はさらに指示を出す。

 

「では、安全に配慮して壁面近くまで移動して下さい」

 

指示に従って移動する2人、こうして瞬時加速訓練の準備は完了した。

 

 

真耶は実技を担当する機会が少ない。

しかし、宙の説明が非常にわかり易く安全に配慮されていて理想的だと感じていた。

 

事前に模範を事細かく示すのも効果的。

しかも、全力ではなくまずは経験させ、慣らす事を重視しているのにも共感できる。

 

「織斑先生、瞬時加速をあそこまで事細かにわかりやすく。

 しかも安全に配慮して説明・経験させる方法を初めて知りました」

「ああ、私もだ。私はどちらかと言えば失敗から学ぶ方法を取ることが多いのだが……。

 ISの絶対防御を過信し過ぎていたかもしれん。

 

 これで成功する様なら、教え方を考え直す必要があるな」

 

既に2人は壁面近くで待機している、ここで宙はさらに一手打つ。

 

「先程言った安全対策をお見せします。vine net(ヴァイン ネット)、展開」

 

現れたのは鮮やかな緑のネット。

 

「先程、虚さんが言ってましたがウィステリアは藤がモチーフのISです。

 そして藤はマメ科フジ属のつる性落葉木本。

 

 つまりこれは蔓の網です。

 止まりきれなくても瞬時に展開して受け止めますから安心して下さいね」

 

2人はそれを見て安心感を抱く。

それと同時に余計な緊張が解けたのを宙は感じ取り、出来る事は全て終わったと判断した宙は合図する。

 

「それでは始めて下さい」

 

一夏と箒は宙の説明通りイメージを始めると確かに何かが溜まっていく感覚を覚えた。

そして、無理は禁物と即座に解放。

 

宙程の速度では当然なかったが瞬時加速に初成功する。

そして、そこまで極端な加速ではなかったことが心に余裕を生んだ。

そうなればハイパーセンサーや視覚情報も落ち着いて見ることに繋がり問題無く停止。

2人共感覚を掴む事にも成功していた。

 

「お二人共お見事でした。今のが高等技術、瞬時加速の基本です。

 一般的には代表候補生レベルの技術ですから誇って下さいね。

 

 後はどのタイミングで、どれだけ蓄えるか。

 近接攻撃するなら停止して斬るのか、斬りつつ通過するのか。

 そう言った使い方の手札を増やす事で有効に活用して下さい。

 

 加えて瞬時加速は前方だけにしか出来ない訳ではありません。

 離脱のために後方へ行うことも勿論可能です。

 

 ただし、先程織斑先生が話していたように瞬時加速中の軌道変更は非常に危険です。

 それだけは注意して下さいね、死んでしまいますよ?」

 

冗談めかして言う宙の言葉に冷や汗を流しながら頷く2人。

しかし、確かな手答えと高等技術の基本をクリアした喜びが見て取れる。

 

その姿を見て、千冬は指導方法を改める必要性を感じていた。

低出力とはいえ、一度で成功させてみせた手腕は確かな物だったからだ。

 

「そうそう、お二人にお話ししておく事がもう一つありました。

 私は極力疲労を溜めないで毎日乗り、上達するプランを練っていたんです。

 

 確かにお二人は予定より早く上達しました。

 しかし結果として明日は休養に充てざるをえません。

 

 ですので、その原因を作った楯無さんには先程お仕置きしています。

 対戦相手であるセシリアには瞬時加速を見せない事。

 加えて拡張領域に葵を入れて普段はそれを使い、シールドも当日まで秘密にしましょう。

 

 瞬時加速訓練はセシリアがいない時に行います。

 上手く時間を捻出してみせますので安心して下さい」

 

一夏と箒は、宙を敵に回す事の恐ろしさを額に浮かぶ青筋から察した。

普段穏やかな人ほど怒ると怖い、それを実感したからだ。

 

「そういう事で織斑君は当日まで切り札を2つ隠す。

 そして勝負に挑み、是非セシリアを驚かせて下さいね。勿論、箒さんも秘密ですよ?」

 

2人は蛇に睨まれた蛙の様に余計な事は言わず首を縦に振るしか出来ない。

それを見聞きしていた一同は思った、宙を決して怒らせてはいけないと……。

 

 

後片付けを終えて解散となった今、宙がどこにいるかと言えば……。

 

「そらりん! かんちゃんから仲直り出来たって連絡来たよ! ありがとう!!」

 

普段の、のほほんとした雰囲気はどこへ行ったのか。本音の元気な声が響く。

 

そう、ここは簪と本音の部屋だった。

今夜は上手くいった場合、ここに泊まることを簪には事前に相談済。

本音には簪が連絡してあった。

 

「そうですか。親・兄弟・姉妹、家族は本来切っても切れない関係です。

 仲違いしたままというのは悲しいことですから。

 

 本音さんも幼馴染で家族同様に育ったと聞いています、本当に良かったですね」

 

本音が言うかんちゃん、仲直りという言葉で簪のことだと察した宙はそう告げる。

 

「うん! これでまた皆で仲良く過ごせる。本当にありがとう、ううっ」

 

徐々に実感が湧いて来た本音は宙に抱き着いて、とうとう泣き出した。

宙は本音の頭を優しく撫でている。

 

ところで何故こうなったかと言えば、お察しの通り更識姉妹仲直りのため。

実は宙の手で楯無が出られない様にセキュリティーを一時書き換えたのだ。

ただ、それだと何かあった時に困るので簪を登録。その点は抜かり無い。

 

「恐らくこうなるだろうと準備して来て正解でしたね……」

 

泣きながらも安心したのか眠ってしまった本音を抱えてベットに移す。

 

そして宙はバスルームへと着替えを持って向かい鍵を掛けた。

一度シャワーで汗を流してはいた宙。しかし、もう一度シャワーを浴びに浴室へと向かう。

ノズルを捻り、程よい温度のお湯を浴びながら宙は呟いた。

 

「仲違いでも出来る家族がいるのは幸せなことなんですよ……」

 

その声はシャワーの音に掻き消されたが宙の本心だった。




早くも瞬時加速の基礎を会得した2人。
これからの訓練次第で当日までには物にしそうですね。

そして、セシリアに下される鉄槌。
宙は典型的な怒らせてはいけない人種だとはっきりわかんだねw

ちなみ本作での簪は本音と同室です。

さて、次回はどうなるのか。お楽しみに!


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ep20:射撃訓練とその後の日々

さて、そろそろ話を進めるべく今話でケリをつけたいところです。

宙とセシリア、楯無の指導や如何に!


翌朝、1人トレーニングに出た宙はいつもの場所に楯無と簪の姿を見つけた。

 

「お二人共、おはようございます」

「おはようございます、宙さん。昨日はありがとうございました」

「おはよう、宙さん。お陰で仲直り出来た、私からも感謝するわ。

 けど、セキュリティーを書き換えるのはやり過ぎじゃない?」

 

少しむくれて楯無が言う。

 

「それはお姉ちゃんがヘタレだから。宙さんは悪くないよ」

 

簪にそう言われて膝をつく楯無を簪と2人で弄る、なんとも平和な光景だった。

 

 

セシリアは昨日の自分を殴りたかった。

 

「どうしてわたくしは楯無さんの口車に乗せられたのでしょう、憂鬱ですわ……」

 

席で呟いていたセシリアはチラチラと宙を伺うも、いつもと同じに見える。

その視線に気付いたのか宙がやって来た。

 

「おはようございます、セシリア」

「おはようございます、宙さん」

 

普段と同じやり取りにかえって不安が増したセシリアへと宙が話しかける。

 

「セシリア、昨日の事なんですが」

 

セシリアはその一言に凍り付くが……。

 

「織斑君の白式、拡張領域の一部が使える様になりました。

 それで今日はISを使わず射撃訓練を行うことになったんです、協力して貰えますか?」

 

白式の拡張領域一部解放。

そうなれば射撃武器を搭載するのは当然の事と受け止めたセシリアは状況を把握する。

 

「まずは生身で経験をという事ですか……。

 わかりましたわ! 是非協力させて下さい!」

 

昨日の件に触れられなかった事で安心したセシリアは即答していた。

得意分野なら一層協力出来ると思いながら。

 

 

放課後の射撃訓練場、そこにはいつものメンバーが揃っていた。

 

「今日は生身で実銃の射撃訓練を行いましょう。

 織斑君や箒さんが扱うのは主に中距離を想定していますが如何ですか?」

 

宙の問いかけに自分の戦闘スタイルを想定する一夏と箒。

 

「私は近距離なら刀を使う、かと言って遠距離からの狙撃が出来るとは思えない。

 中距離での使用が好ましいな」

「俺も箒と同意見だなぁ、あまり離れてたら当てられる自信がないし」

「わたくしとしてもお二人には中距離をお勧めしますわ。

 近距離でしたらショットガンがありますし」

「なら、決まりね。ここにあってISの参考になる中距離と言えば……。

 このアサルトライフル、M16A2オートマチックね」

 

楯無が取り出して見せたのは扱い易さに定評のあるアサルトライフルだった。

 

「じゃ、セシリアちゃん。説明は専門家に任せるわね」

「承りましたわ。

 まず、このアサルトライフルの特徴は重量が軽く操作も簡単なことにあります。

 

 そのうえ女性でも扱い易いほど極めて反動が少ないこと。

 そして実弾では必ず発生するマズルジャンプ。

 撃った時に銃口が跳ね上がる事をそう呼ぶのですが、それも少ないこと。

 銃を撃つ上で必ず発生するこの2つを極力抑えてある事で扱い易いとされていますわ。

 

 ですから……」

 

そう言いながらシュートレンジに入ったセシリアはターゲットを出すと銃を構えて狙い撃つ。

 

「と、この様な結果を出し易いのです」

 

全員が見たその先、ターゲットど真ん中が綺麗に撃ち抜かれていた。

 

 

射撃訓練はセシリアが説明した実弾の銃における特性。

そして、その感覚を生身で体感する事によるISでの射撃イメージを明確にする。

この2点が宙の意図であり、あわよくば射撃が上達するに越したことはない程度。

 

そこで射撃訓練を早めに切り上げた宙は、全員を自室に招いていた。

 

「昨日、白式の拡張領域一部解放に合わせて調整を行い、試運転を行いました。

 その時に織斑先生の提案で私がデモンストレーションを行なった映像があります。

 

 楯無さんはともかくセシリアが見ていないのは公平性を欠く。

 ですので、それを見て対策を立てる参考にして下さい。

 

 加えて見終わった映像データはセシリアにプレゼントします」

 

そう言うと有無を言わせず映像を再生する宙。

始めは何が映っているのか、事前説明されても楯無とセシリアにはわからない。

 

何故なら映っているのは……。

 

「これはなんですの?」

 

セシリアの言葉に楯無も同様の反応を示していた。

それは誰がどう見てもISには見えない物だったのだから。

 

 

映像を見終わった楯無とセシリアの反応は劇的だった。

遠距離攻撃を主体とするセシリアは特に。

 

(なんという射撃精度と操縦技術。

これが山田先生を訓練機で下した宙さんの実力ですのね。

 

これはいけません。

織斑さんに協力するのは構いませんが、わたくしの腕が鈍ってしまいますわ!)

 

意を決したセシリアは告げる。

 

「今日の訓練予定は済んだと言うことでよろしいですか?宙さん」

「ええ、以降自由にしていただいて結構ですよ」

 

その言葉を聞いてセシリアは切り出した。

 

「楯無さん、少々お付き合い願えますか?」

「私は楯無さんが帰って来るまで部屋にいます。

 ですので、セシリアに同行して貰って構いませんよ」

 

それを聞いて楯無は返答する。

 

「わかったわ、セシリアちゃん。じゃ、行きましょうか」

「ありがとうございます」

 

そう言いながら2人は部屋を後にした。

そして、全て宙の想定通りだったと言うのは本人のみぞ知るというやつである。

 

「さて、これで本題に入れますね」

 

そう言いながらディスクを取り出す宙。

その言葉に一夏と箒は今の状況が狙ったものだと察する。

 

「実はこれ、セシリアの試験映像だったりします。

 今日の本題、それはセシリアへの対抗策を練ること。

 

 敵を知り、己を知れば百戦危うからずとも言います。

 実力は勿論必要、ですが情報が最大の武器になることをお教えしましょう」

 

そう言った宙、その瞳は自信と確信に満ちていた。

 

 

それからの日々。一夏と箒はひたすら鍛練に打ち込み、宙とセシリアの研究を。

セシリアはセシリアで指導と鍛練を。

そうなる様に仕向けた宙は発言通りにセシリア不在の状況を作り。

遂に一夏と箒は瞬時加速を物にした。

 

そして……。

 

「なあ、箒。一週間ってあっという間だと思ってたけど……」

「ああ。充実した日々は、そうでは無いのだな」

 

2人はクラス代表決定戦のためアリーナのAピットにいた。

箒は千冬に許可を得てここに居る。

 

「それはお二人が努力したからです。

 まあ、確かに色々と盛り沢山な訓練を行いましたが」

 

盛り沢山……、その一言で片付けていい物だろうかと箒は思う。

一夏に至っては仮想ブルーティアーズの回避訓練で地獄を見たから余計に。

 

「織斑。どちらにせよ、空天とオルコットに篠ノ之。

 ついでに更識のお陰で今のお前がある。

 

 特に空天の指導力は本物、ど素人だったお前自身が1番わかっている筈だ」

 

千冬の言葉に頷く一夏、確かにその通りだと実感していた。

 

「まだ始まってもいないが礼を言う、空天。

 これは教師としてでは無く織斑千冬個人としてだ。

 弟をここまで鍛えてくれて感謝している」

「お気持ちは素直に受け取らせていただきます、ですが私は約束を守ったに過ぎません。

 今の織斑君が持つ実力、それは彼自身の努力の結晶ですから」

 

それを聞いて千冬はフッと笑みを浮かべた、全く謙虚なヤツだと思いながら。

 

 

セシリアはBピットで集中力を高めている。

 

宙のデモンストレーションという名の餞別、それを得てからセシリアは努力を重ねて来た。

しかし、あれが宙の全力だと思うほどセシリアは愚かでは無い。そして思い出す。

 

“先にお話しておきますが、私の駆るISの拡張領域に武器は搭載されていません。

当日、目に見える物だけが武器です”

 

どこの世界に武器を搭載しないISがあるのか。

そう思うと同時にISは兵器にされてしまったと言った宙の表情。

 

「今は忘れなさい、セシリア・オルコット。

 わたくしはイギリス国家代表候補生、持てる力の限りを尽くすだけですわ」

 

その表情から迷いは消えた、あるのは獲物を仕留めるハンターの如き鋭い視線だけだった。




遂に修行パートは終了、次回はいよいよISバトルが始まります。

セシリアのコンセントレーションは最高潮。
一夏は準備万端。
宙は言うまでもありませんね。

では、次回をお楽しみに!


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ep21:クラス代表決定戦 宙  VS セシリア

遂にクラス代表決定戦突入!

今回はまあまあ長いです。

また別件ですが、お気に入りがこんなに増えるとは思ってもいませんでした。
ご愛読ありがとうございます!


アリーナは満席。いや、超満員で立見が出る程に生徒で溢れ返っていた。

理由は簡単、楯無が新聞部の黛 薫子(まゆずみ かおるこ)に情報を流した結果である。

 

『本日は1年1組のクラス代表決定戦!

 実況は私、新聞部副部長の黛薫子。

 解説には生徒会長にしてロシア国家代表、更識楯無さんをお招きしてお送り致します。

 では早速、参加者をご紹介しましょう!

 

 1人目。皆さんご存知、世界唯一の男性操縦者、織斑一夏君!』

 

その途端、本人不在にも関わらず黄色い歓声が。

それをピットで聞いていた千冬の額に青筋が浮かぶ。

 

「更識の仕業だな、全く大事にしよって!」

「俺、こんな状況で戦うのかよ……」

 

一夏はどうしてこうなったと言わんばかり。

 

「一夏、周囲の環境に飲まれるな。

 これは大会ではないが、クラス代表対抗戦などはもっと人が増える。

 

 だが、それがどうしたと言うのだ? 誰が見ていようと関係あるまい。

 対戦相手に集中して戦うのは、昔道場でもやった事だろう」

 

箒は一夏に例を挙げて集中を即す。

 

「箒さんの言う通りですね、それとも周囲が気になるからと棄権しますか?」

 

宙の言葉を一夏は毅然と断った。

 

「それは無いですね、俺にも意地がある。

 ここまで来て逃げるほど臆病者じゃありませんよ。

 

 それにあそこまでして貰って逃げる様な不義理、俺にはできません」

 

それを聞いて宙は微笑んだ。

 

「緊張は解けた様ですね。

 しっかり集中力を高めて見ていて下さい、自分のために」

 

緊張を解くために煽った宙。

加えて今回、試合は全てモニター出来るように根回ししたのも宙。

これもまた指導の一環と千冬を説得した結果である。

 

その頃、アリーナではさらに紹介が続く。

 

『続いて2人目、本年度入試次席。

 イギリス国家代表候補生、セシリア・オルコットさん!』

 

場の雰囲気に乗せられたのか歓声が巻き起こる。

 

『そして最後になります、3人目、本年度入試首席。

 訓練機でそれを成し遂げた唯一の生徒、空天宙さん!』

 

再び巻き起こる歓声、対決の時はすぐそこまで迫っていた。

 

 

<時間よ、セシリアちゃん>

<わかりましたわ>

 

プライベートチャネルで楯無から連絡が入り、セシリアはブルーティアーズを纏うとアリーナへ。

そして、それを見た宙もホワイト・ウィステリアを纏うとセシリアの正面に浮遊した。

 

『おおっとこれはっ! 空天さん、まさかの専用機持ち!

 また一つ見所が増えましたね。如何ですか? 会長』

『そうね。私は3人共見た事があるんだけど、特にこの対戦。

 目を離す暇は無いでしょうね、それほど彼女達は強いわ』

『なるほど、では刮目していきましょう!

 第1戦、セシリア・オルコット VS 空天宙の開始です!』

 

その声を合図に開始のブザーが鳴った。

 

 

セシリアは集中していた、そして普段なら話す台詞すら捨てて……。

ブザーと同時に動き出した。

 

「行きなさい! ブルーティアーズ!」

 

(宙さん相手に出し惜しみなどできませんわ! 最初から全力、速攻で勝負を決めます!!)

 

『先手はオルコットさん! あれは無線誘導兵装でしょうか』

 

『ええ、イギリスが誇るBT兵器。ビットと呼ばれる無線誘導兵装よ。

 オールレンジ攻撃をレーザーで可能にするわ、なかなか厄介な代物よ?』

 

楯無の台詞通り、セシリアは4機のビットを駆使して360°からレーザーの雨を降らせる。

そして、狙い済ましたスターライトmk.IIIによる狙撃。

半ば奇襲に近い連続攻撃を激しく行なっていた。

 

だが……。

 

宙は巨大なショルダーアーマーを格納して被弾面積を減らすために小型な物へと変更。

襲いかかるレーザーの雨を悉く交わしていく。

 

(癖や弱点までは克服できなかったようですね)

 

冷静に計算し尽くされた宙の機動。

映像を見た日から特訓を繰り返したセシリアだったが最も重要な点が改善されていなかった。

 

(何故ですの!? これだけ撃って一撃すら擦りもしないなんて!)

 

それでもセシリアは集中力を切らさない。

 

『オルコットさんの猛攻! それを回避し続ける空天さんの機動も見事です!

 この均衡はいつ破れるのか!!』

 

(宙さんは何を考えてるのかしら。

あれだけ回避できるなら、いつでも攻撃出来る筈。何か狙ってる?)

 

楯無がそう思った瞬時、回避しながら初めて宙が攻撃した。

それはスナイパーライフルによる一発の狙撃。

 

(回避!)

 

セシリアは間一髪、その弾丸を避けた……。

 

 

Aピットのモニターで見ていた千冬はその意図に気付いた。

 

「織斑、知ってたか?」

「はい、研究しましたから」

 

千冬は、なるほどと納得する。

あの一撃が“躱される前提で撃った”ものだと、一夏に見せて確認させる意図があったことを。

そして、そんな隙をあの宙が見過ごす筈はなく……。

 

「なっ!」

 

セシリアが驚くのも無理はない。

あの一撃を避けたと“同時”にブルーティアーズ4機が地面に縫い付けられたのだ。

 

『あーっと、オルコットさんのビット4機が一瞬で地面に!

 どう言う事でしょう、会長』

『狙撃で注意を引きつけた隙に“あの緑色の物体”で捕獲して地面に縫い付けた。

 しかも、ビットのエネルギー切れ間近でね? もうあのビットは使えないわ』

 

楯無の声が無情にもアリーナに響いた。

 

 

これを見ていた束は目を輝かせていた、あれが何であるか見てとったからだ。

 

「藤がモチーフって言ってたけど、まさか種までとはねぇ。

 で、あのショルダーアーマーは花びらであり豆果でもあると。

 同じ種があと2つ浮いてる辺りに拘りを感じるよ。

 

 でも、なんで藤? 髪の色と同じだから気に入ってるとか?

 にしても拘り過ぎだよね、まあ人のこと言えないけど。

 束さんにも拘りはあるし、人それぞれってことかな」

 

束の話を聞いていたクロエは疑問を口にする。

 

「あの束様、豆果と言うのは何でしょうか?」

「えっとね、さやえんどうは知ってる?」

「はい、存じてます」

 

その言葉に、うんうんと頷くと束は説明を始めた。

 

「さやえんどうも豆果なんだよ、クーちゃん。

 で、藤の実も同じく“さやの中にある”んだ。

 

 しかも、藤のさやは物凄く硬くてね?

 捻れて弾けるんだけど、その種はガラスが割れる位の速度と威力、硬度がある。

 

 さっきの一瞬で弾ける様に飛んだ“種”。

 アレ、どうもBT兵器と同じ様にコントロール出来るみたいでね?

 種の中にあるWORKING MACHINE ARM(作業用機械腕)でビットを掴まえて地面に直行。

 

 しかも、今ビットはエネルギー切れ。

 種はレーザーなんか撃たないから、そう簡単にエネルギー切れにならない。

 さっすがゆーくん、便利な道具を作ったもんだよねぇ」

 

束の説明にクロエは納得、2人は再び観戦へと戻った。

 

 

アリーナでセシリアが宙に語りかけていた。

 

「アレはなんですの?」

 

地面にブルーティアーズを縫いつけたアレ、それを問いかける。

 

「あれはBT兵器と同じ無線遠隔操作式の作業用機械腕、seed(シード)です。

 

 セシリアがいつまでも扱いきれていない物で戦うもので…。

 いっその事と壊さず使えない様にしました。

 

 貴女は狙撃手なのでしょう? なら、機動射撃戦で勝負しましょう。

 勝敗はどちらかが被弾するまで、どうですか?」

 

セシリアは気づく、もしseedで自分自身を捉えたなら既に勝負は終わっていたと。

 

何故ならブルーティアーズでは一撃もダメージを与えられていない。

そのうえさっきの狙撃、動けない自分がひたすら被弾する様が目に浮かんだ。

 

宙の装備はアサルトライフルとスナイパーライフル。

そして、腰に下げた鞘に収まっている葵。

 

セシリアはミサイルビットを残しているが、スターライトmk.IIIとインターセプター。

 

装備はほぼ互角、後は腕の差だけ。実際、一度負けた様な物。ならば!

 

「その勝負、受けますわ!」

 

セシリアはそう宣言した。

 

 

優しいわね、宙さん。楯無は宙の言葉を正確に理解していた。

 

解説では意図して濁したが、セシリアはビット操作と操縦が同時にできない。

そしてBT兵器最大の特徴である偏向射撃も。

 

それを克服する様に発破をかけつつ、実力で戦うよう仕向けた。

しかも、セシリアの得意分野で“一撃だけ当てればいい”という条件までつけて。

 

「けど、その一撃は遠いわよ……」

 

楯無がそう呟いた後で実況が再開される。

 

『お互い遠隔操作装備を封印された形になったところで空天さんから一撃勝負の申し入れ!

 オルコットさんがそれを受け入れて試合が再開されます! 会長はどう見ますか?』

『そうね、この勝負、如何に“銃を使いこなせる”かが勝負の鍵よ。

 かたやレーザー、かたや実弾。腕の見せ所ね』

 

再び盛り上がりを見せるアリーナ。しかし、楯無の目は宙を捉え続けていた……。

 

 

申し合わせた様に一度2人は離れ、セシリアの一撃を持って勝負は再開された。

 

縦横無尽に空を駆ける2人。しかし、一方的に攻撃しているのはセシリア。

 

アリーナの観客席から、ピットの中から。

2人を見る視線が離れることはなく、一般の目にはセシリア有利に見えていた。

 

では、当の本人達はどうか。

 

(っく、偏差射撃がこうまで交わされるなんて! こちらはレーザーですのよ!?)

 

(レーザーの速度に頼っていては当たりませんよ、セシリア。

もっと虚実を混ぜなければ読めてしまいます)

 

『完全に読まれてるわね』

『それはオルコットさんがという事でしょうか? 会長』

『ええ、元々空天さんは機動力が高いわ。

 そこに読みが加われば、そうそう当たるもんじゃないのよ。

 

 オルコットさんは偏差射撃でひたすら狙ってる。

 けど、読んだうえで機動力が高ければ避けるのはそれほど難しいことじゃ無いわ』

 

それをピットで聞いていた千冬は呟く。

 

「ほう? 更識にしては、まともな解説だな。

 織斑もよく見ておけ、あれはお前が負けないために必要な技術だ。

 

 白式はブルーティアーズより高機動、やってやれんことはない。

 今は無理でも物にしろ」

 

千冬は気付いていた、またしても宙が見せていることに、だが……。

 

「そろそろ決着と行こうか、空天」

 

聞こえた訳ではない。しかし、宙も十分見せたと認識していた。

 

(セシリア、行きますよ)

 

今まで追われていた宙が反転、セシリアを急襲する。

 

(引き離せませんわ! でしたら!)

 

撃ち合いに応じて弾速の差で先に当てる、そう決心したセシリアは宙の攻撃を待つ。

互いの距離が狭まり、遂に宙のアサルトライフルが火を噴いた。

 

(ここですわ!)

 

横ではなく下。

P.I.Cを切って下降しながら狙い撃とうとした瞬間、セシリアは衝撃に襲われた。

 

そして目にする、スナイパーライフルから立ち昇る硝煙を。

減ったシードエネルギーを。

 

「わたくしの負けですわね」

 

何が起きたかわからないセシリアだが結果は示された。

 

『決着! 勝者は空天宙さんです!』

 

そのアナウンスを切欠にアリーナには観声が響き渡った。

 

 

Aピットで一部始終を見ていた千冬は震えた。

恐怖では無い、戦ってみたいという武者震いからだ。

 

「やってくれるな、空天。確かに山田君似だよ、お前は」

「どういうことですか? 織斑先生」

 

箒がそう声をかけた途端、ピットに飛び込んで来たのは真耶。

 

その目は信じられないものを見た驚きと宙の言葉が真実だった喜び。

それらが無い混ぜになった様な表情だった。

 

「山田君、説明してやってくれ。君を尊敬した空天の絶技を」

 

「はい! 先程のは私が現役時代に得意としていた物の一つ、ビリヤードショットです。

 弾速の差を活かし2射目を初撃に当てて弾丸の軌道を回避先へ意図的に変更。

 しかも、射線がほぼ一緒なので2射目が見えないんです」

「私が知る限り山田君とモンドグロッソの射撃部門覇者ぐらいしか使い手はいない。

 超人的な反射神経か優れた感でも持っていなければ、まず躱せない一撃だ」

 

それを聞いた一夏と箒は、ただ驚くしか無かった。

弾丸に弾丸を意図した軌道になるよう当てる?

それがどれだけの難しさなのか、射撃訓練をした2人にも想像すら出来ない物だったのだから……。




セシリアは原作よりは強いです、前口上する慢心すら捨てて全力を尽くしました。

ただ、射撃が正確過ぎるという癖。
ビット制御中は動けないという弱点はこの時点で克服できていません。

それでも最後まで集中力を切らさず戦い、諦めることなく勝利を目指す。
そんな姿が表現出来ていればと思います。

宙については、まあオリ主なので勘弁して下さい。

次回はどっちの組み合わせにしようか悩み中ですがお楽しみに!


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ep22:クラス代表決定戦 一夏 VS セシリア

原作では因縁の対決の開始です! 勝敗は如何に!?


歓声の中、宙とセシリアはBピットに帰還した。

ISを解除して休憩する2人にアリーナからアナウンスが聞こえる。

 

『先程の試合。非常にスタミナと集中力を必要とする物でしたね、会長』

『ええ、そうね。私は15分のインターバルが最低でも必要だと思うわ』

『では、次の試合は15分後。皆さん、選手の方々共にしっかり休憩しましょう』

 

宙にとっては好都合、セシリアにこう切り出した。

 

「セシリア、織斑君の白式は私が彼に合わせた調整を施してあります。次は貴女の番ですよ」

「ですが、わたくしは……」

「操縦者と、操縦者であり技術者である人間では調整に差が出ます。

 特に先程戦ってデータが取れましたので私に任せてくれませんか?」

 

確かに宙の言う通りだとセシリアは納得、ここは宙に甘えることにした。

 

「わかりましたわ」

 

そう言って青いイヤーカフスをピットのハンガーラックへ。

宙は手早くケーブルを接続すると、以前の様に複数の光学ディスプレイとキーボードを凄まじい速度でタイピング。

セシリアはあまりの速度に驚いて絶句していた。

 

先程の試合、被弾は一度。ブルーティアーズ4機も動けない様にしただけで破損してはいない。

メインディスプレイには、あっという間に調整されて行く様と機能影響無しの表示。

そして、シールドエネルギーやレーザーのエネルギーが急速に補給されていった。

 

「調整および補給完了、お返ししますね」

 

そう言った宙はブルーティアーズの待機形態を手渡し、そのまま自分の膝にセシリアを横たえる。

 

「疲労を回復して万全の状態で戦うのも操縦者の仕事ですよ。

 時間になったら起こします、ゆっくり休んで下さいね」

 

セシリアは普段であれば固辞しただろう。

けれど宙の言う通りどっと疲れが襲いかかって……、気がつけば眠りについていた。

 

「相変わらず優しいわね、宙さんは」

 

聞こえて来た声は楯無の物。

 

「次は織斑君とセシリアの対戦です、セシリアは連戦となりますから当然のケアですよ」

 

そう言った宙は出来るだけ疲労が取れる様にセシリアを寝かせたままでも出来るマッサージをしていた。

 

 

「セシリア、そろそろ起きて準備しましょう」

 

その声で徐々に意識が浮上する。

この感覚……、熟睡していた様だと思いながらセシリアは目を覚ました。それに随分と身体が軽い。

 

「冷たいお絞りですが使いますか?」

 

まだよく頭が回ってないのか素直に受け取り、顔に当てた途端。

 

「冷たいですわ!」

「目はすっかり覚めましたね、それでは準備を」

 

お陰でよく回っていなかった頭も平常運転へ、そして把握する。

 

「織斑さんとの対戦ですわね」

「ええ。ところでセシリア、私からアドバイスを受ける気はありますか?」

 

その答え代わりにセシリアは頷いた。

 

 

『さあ、そろそろ2戦目の時間が迫って参りました!

 おおっと、早くもAピットから織斑君が登場。しかし、ISを纏っていません。

 どう言う意図でしょうか、会長』

『エネルギーの節約ね。織斑くんの白式は高機動だけど、その分消費が激しいのよ』

『なるほど、機体特性を把握した行動、納得です』

 

歓声が響く中、一夏は集中していた。

Bピットを見つめながら訓練と研究、そして先程の試合を思い出す。

 

するとブルーティアーズを纏ってセシリアが登場、1戦目と同じく空に浮遊した。

一夏は白式を纏い、同じ高さまで浮上。そして……。

 

『時間となりました!

 それでは第2戦 織斑一夏 VS セシリア・オルコットの開始です!』

 

アリーナにアナウンスが響き渡った。

 

 

開始早々、先程とは逆に一夏が動く。

アサルトライフルの射程距離まで詰めると3点バースト、さらに距離を詰める機会を伺う。

それに対してセシリアは回避からの偏差射撃で応戦、腕の差で一夏は何発か被弾していた。

 

「妙だな、何を考えている? オルコット」

 

ピットでモニターしていた千冬が呟く。

 

「織斑先生、それはブルーティアーズを未だに使ってないことでしょうか?」

「ああ、それもある。だが、先程までのオルコットと比べて違和感があってな」

 

箒の質問に答えた千冬。

 

その時、偏差射撃を避けた一夏は一気にブーストで距離を詰め攻勢に出ようとしていた。

スターライトmk.IIIから放たれた一撃を何とか回避。

そしてさらに距離を詰めようとした瞬間、一夏は吹き飛んだ。

 

セシリアを守る様に浮かんだ猟犬、ブルーティアーズからの一斉射撃を受けて……。

 

 

セシリアは宙のアドバイスを思い出していた。

 

“セシリア、ビットはオールレンジ攻撃だけに使う物ではありませんよ”

 

そうですわね、宙さん。貴女がそれを見せてくれた。

攻勢防御に使うなんて当たり前ですのに、そうセシリアは自嘲する。

 

「やられたな、攻勢防御か。

 恐らく指摘したのは空天、あいつはさっきの試合でもやっていたから間違いないだろう」

「そんな……」

 

箒は愕然とするが千冬はさらに続ける。

 

「空天は誰かを贔屓する様な人間か? アイツは平等を絵に書いた様な人間だろう。

 織斑の情報を伝えはしないだろうが、アドバイス位してもおかしいとは思わんぞ」

 

箒もその指摘には同意だったのか、それ以上語らず一夏の応援に戻って行く。

 

「さあ、どうする一夏。

 牙を向いた猟犬、先程までとは一味違うぞ」

 

千冬はそう呟いた。

 

 

それからのセシリアは攻勢防御とオールレンジ攻撃、そして狙撃を駆使して一夏を攻めた。

 

一夏は一夏でオールレンジ攻撃の隙。

セシリアが動けないタイミングを狙って射撃しつつ本命の機会を伺う。

 

セシリア有利と言う状況だが、何が原因で覆るかといった状況になっていた。

 

『代表候補生相手に織斑君、大健闘! 一体誰がこんな状況を予想したでしょうか!』

『余程訓練と研究したんでしょうね、その成果が発揮されてるからこそ今の状況があると思うわ』

 

そう言いながらも楯無は違和感を拭えなかった、一夏に焦りが見えないからだ。

そしてセシリアもそれを感じていた。

 

今は優勢に進んでいるが代表候補生である自分とたった一週間でここまで戦えること。

それだけでも賞賛に値する。けれど、これで終わる気がしなかったからだ。

 

「オルコットさん、そろそろこっちから行くぜ?」

 

嫌な予感がしたセシリアは咄嗟に狙撃した、そして確かな手答え。

間違いなく命中したと確信すると同時にビットが一つ爆発する。

 

「何が!?」

 

そこには攻撃を受けた様子の無い白式が雪片弍型を握り佇んでいた、レーザーを受け止めた“楯”と共に。

 

 

ご存知、移動ラボで束は観戦していた。

 

「うんうん。訓練と研究の成果が出てるね、いっくん。

 ゆーくんが射撃戦出来る様にしたのが効いてる。

 

 出来れば楯で直接受けるんじゃなく角度をつけて受け流せば満点。

 まあ、今はまだしょうがないかも知れないけどね。

 

 で、狙いはビットを破壊して瞬時加速からの零落白夜狙いかぁ。悪くないんだけど……。

 それで終わると束さんには思えないんだよね。えっと、あの子なんて言ったっけ」

 

それを聞いていたクロエが答える。

 

「セシリア・オルコット様ですか?」

「そうそう。そのセシリアって子に、ゆーくんが良いこと言ってたんだよね。

 だから、それを活かせればそう簡単には行かない」

 

宙がアドバイスしたのはビットの多様な使い方。そして、もう一つ。

 

「ま、あくまでも活かせればって話なんだけどね?

 束さん的には、いっくんが強くなるためにも一度負けた方がいいと思うんだ。

 勿論いっくんを応援するけど、それとは別にね」

 

そう言った束の目には2機目のビットが破壊された光景が映っていた。

 

 

『あーっと、ここに来て織斑君。ビットを2機破壊。

 これはオルコットさん、厳しくなって来ましたね、会長』

 

『そうね。でも、それだけで簡単に倒せるほど代表候補生は甘くないわ。

 ここからどう追い詰めるか、そこが問題ね。楯の耐久力にも限界があるし』

 

楯無は思う、まさか鞘が楯になるなんて思いも寄らなかったと。

アレは宙の案に違い無いと楯無は思っていた、今思えば訓練途中から雪片弍型を見ていない。

拡張領域の解放と射撃訓練で意識誘導されたと察したからだ。

 

セシリアも察したのだろう、既にビットを一度回収して素早くエネルギーを補給。

再び偏差射撃とビットによる攻勢防御を巧みに使い分けて優位性を維持しつつ攻撃。

一夏のシールドエネルギーを徐々に削って貪欲に勝利を目指している。

 

「このままだとまずいな、今はまだスラスターの被害が軽微だからいいが時期追い詰められる」

 

千冬は冷静に2人の戦闘を見ていた、機動力の落ちた白式などいい的だ。

 

「やるなら今のうちだぞ、一夏。勝機を見落とすなよ」

 

千冬が呟いた頃、一夏も危機感を覚えていた。

ビットを癖の隙を突いて全て破壊。

そこから楯を利用して瞬時加速からの零落白夜狙いだったがビットを下げられては手が出せない。

 

(今のシールドエネルギーなら被弾覚悟で零落白夜を使ってもエネルギー切れにはならない、なら!)

 

覚悟を決めた一夏は遂に発動した、一撃必殺のプランを!

 

 

セシリアは驚愕した、気がつけば楯に身を隠した白式が目の前に迫っていたのだから。

そして気づいた。まさかの瞬時加速、一撃必殺の零落白夜、待ち受ける敗北。

 

(わたくしが負ける? 一週間の彼に?)

 

そう思った時、まるで走馬灯の様にゆっくり進む時間の中でセシリアの何かが噛み合う。

そして咆哮。

 

「貴方に出来て、わたくしに出来ない道理がありませんわ!!」

 

その声を掻き消す程の爆発と煙、そして2色の光。

 

『白式、シールドエネルギーエンプティ。オルコットさんの勝利です!』

 

そのアナウンスを呆然と聞いていたセシリアは気付くのに遅れた、落下する一夏に。

急いで手を伸ばすも届かない。

 

しかし救いの手は現れた、美しく咲く白き藤。

ホワイト・ウィステリアを纏った宙が気絶した一夏を受け止めたのだから……。

 

 

あの瞬間何が起こったのか。それを知るのはモニターしていた千冬、宙、楯無。

 

セシリアは咆哮と同時にミサイルビットを射出した瞬間、後方へ瞬時加速。

加えて狙撃と同時にビットからレーザーを発射すると言う今まで成し遂げたことのない離れ業をやってのけた。

 

「火事場のなんとやらか。

 土壇場に来て瞬時加速、ビット制御と弱点だった身体制御を同時にこなすとはな」

 

そう呟いている内に一夏を抱えた宙とセシリアがAピットにやって来た。

 

「織斑君は気絶していますが無傷です。

 いずれ目を覚ますでしょうが念のため保健室で診てもらって下さい、箒さん」

 

説明の最中、セシリアが用意したストレッチャーに乗せると宙がそう告げる。

 

「篠ノ之、頼めるか?」

「わかりました!」

 

箒は心配なのか、慌てて一夏を連れ出した。

 

「さて、織斑はあの状態。第3戦は無しだな。

 空天、あの馬鹿に伝えてくれ。私は保健室で先生に容体を聞かねばならん。

 

 それとオルコット」

 

自分が何をしたのか理解していないセシリアは、ぼーっと考え事をしていた。

 

「はあ、空天。すまんがオルコットの面倒も頼んでいいか?」

「ええ、構いません」

 

それを聞いて千冬はピットを後にした。

 

宙はと言えば楯無に連絡した後、騒がしくなる前にセシリアを連れて退散したのは言うまでもない。




セシリアは瞬時加速を知識としては知っていますが成功させたのは初めてです。
加えてビットと身体の同時制御も初めてですがこれには理由があります。

それについては次回に持ち越し。

最終戦績
空天 宙2勝0敗(一夏棄権による)
セシリア1勝1敗
織斑一夏0勝2敗(一夏棄権による)

以上、クラス代表決定戦でした。


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ep23:事の顛末とクラス代表

結果は前話の通り。さて、その後どうなるのでしょうか?

ちなみに、とっくの昔にストックは切れて毎日書いては更新しています。
モチベーション維持のためにも楽しんで下さってる方は是非高評価をお願いします。

最初に書いたの事に追記しますが…。
つまらない、合わない、技術が足りないなど不満のある方がいるのは理解しています。
ですので、そう言う方は読まない事をお勧めします。


呆けてるセシリアをシャワー室へ送り出し、着替えを即した宙。

その後、未だ状況を把握出来ていないセシリアを連れて宙は自室へと戻っていた。

 

「セシリア、紅茶を飲んでゆっくりしていて下さいね」

 

そして、紅茶を淹れると今度は宙が自室のシャワー室へ。

落ち着いた環境と時間をセシリアに提供するのが最大の目的だった。

 

「……あの時、わたくしは狙撃とビット制御を同時に?」

 

セシリアは無我夢中で一連の行動をした自覚はある。

 

「瞬時加速は、いつでも出来る知識がありましたから理論上理解できますわ。

 あの土壇場で咄嗟に成功したのは運が良かっただけですが。

 

 あそこで出来ていなければ、ミサイルビット爆発の余波でダブルノックダウン。

 最悪、敗北していた……。

 

 どちらにせよ、宙さんの言う通りだったという事ですか」

 

そう呟くと宙との会話を思い出していた。

 

 

アリーナのBピット。

 

「織斑さんとの対戦ですわね」

 

「ええ。ところでセシリア、私からアドバイスを受ける気はありますか?」

 

その答え代わりにセシリアは頷いた。

 

「セシリア、ビットはオールレンジで“攻撃だけ”をする物ですか?」

 

セシリアは考え、先程の宙を思い浮かべる。

 

「いいえ、違いますわ。

 ……攻勢防御すら忘れる程、オールレンジ攻撃に固執して酔っていただけ。愚かですわね」

 

宙はそれに対して何も言わず、セシリアが自分の言葉を飲み込むのを待つ。

 

「どうするかはセシリア自身で考えるとして質問があります。

 ビット制御、初めから4機できましたか?」

 

「いいえ、初めは一機でしたわ。

 その後、訓練を重ねて今の4機まで増えたのですが……。

 制御中、同時に動けない事に気付いて今のスタイルになりました」

 

セシリアの言葉を宙は待っていた様で……。

 

「ビット制御に全てを割り振っているから当初動けなかったと私は思います。

 そして、イメージインターフェイスは良い悪いに関わらず影響すると知っていますか?

 

 ビット制御中は動けないという先入観念が増幅されていると言うのが一つ。

 ですが、短時間でそう簡単に克服出来るとは思えません。

 

 なら、ビットの制御数を減らせばいいのです。

 そうすれば並列思考を身体制御に割ける筈ですから。

 

 それともう一つ、最も大切なのはコアとの同調です。

 コアには間違いなくコア人格が存在します。

 道具として扱えばコア人格は応えてくれません、よく覚えておいて下さい」

 

 

髪を結い上げて戻って来た宙。

するとドアが開き、タイミングよく? 楯無が戻って来る。

 

「宙さん、セシリアちゃん、お疲れ様! いい試合だったわ」

「楯無さん……」

 

宙は怒っていた。

 

「え、あの、ちょっと宙さん? な、何を怒ってるのかしら」

 

冷や汗をかきながら思い当たる節が…あっ。

 

「気付いた様ですね。

 これからクラス代表対抗戦があると言うのはわかっていましたね、生徒会長。

 にも関わらず態々手札を晒す協力をするのは如何な物でしょう?」

 

「えっと、落ち着いて? そう言うつもりじゃ無かったのよ、本当よ!

 って、誰に連絡を……」

 

宙は楯無の言い訳を聞きつつ、既に連絡していた。

 

「お疲れ様です、虚さん。

 ええ、私の部屋にいますので生徒会室に連行しますね。では後程」

 

逃げようとして楯無は気づいた、まだ内側からの解錠設定が変更されていない事を。

楯無は虚ろな目をして立ち尽くす。

 

「セシリア、今回の戦いで反省事項や改善点が明確になりましたね?」

「ええ、よく分かりましたわ」

 

宙はそれを聞いて頷くと笑顔で告げた。

 

「セシリアはまだまだ成長できます、応援していますよ」

 

楯無の腕を掴んでいなければ、良いシーンが……。

 

先にセシリアを送り出した宙。

その後、楯無を引き摺って生徒会室に入って行く宙が目撃される。

よれよれになった楯無が部屋に戻ったのは就寝時間間際だったのは言うまでもなく……。

 

「虚ちゃんも宙さんも怒らせちゃ絶対ダメね……」

 

そう言ったとか言わなかったとか、真実は本人のみぞ知るというやつである。

 

 

セシリアは部屋に帰ると今日の戦い、

特に一週間であそこまで自分を追い詰めた一夏の成長を認めていた。

 

「織斑さんの実力はまだ足りません。

 

 恐らくはわたくしと同じく宙さんのアドバイスがあったのでしょう。

 拡張領域一部解放により射撃戦が出来る様になったのも、

 あの盾を当日まで隠し続けられたのも宙さんが協力した結果ですわ。

 

 とはいえ、研究され弱点を突かれたのは事実。

 彼の努力が今日の結果に、わたくしが追い詰められる事に繋がった。

 そこは認めるべきですわね。

 

 そして代表候補生としては恥ずべき事ですわ」

 

そして思い出す、あの瞬間を。

 

「あの時出来た事、1秒でも早く自分の物にしなくては。

 そのためには無駄にしていい時間などありません、そして……」

 

セシリアは青いイヤーカフスに触れる。

 

「貴方のパートナーとして、貴方に認めて貰える様に努めますわ。

 ですから貴方も協力して下さいね」

 

その一言に青いイヤーカフスが煌めいた……。

 

 

少し重い瞼を開ければ、一夏の目に緋色の光が差し込んで来た。

手を翳して見れば白で統一された部屋、逆を見れば椅子に座る箒がいる。

 

「箒?」

「一夏……」

 

身体を起こしてベットに寝ていたと気付く。ああ、保健室かと一夏は納得した。

 

「何処か痛む所は無いか?」

「いや、それよりも何で俺はこんな所に……」

 

そう言いかけて思い出した。

 

「そうだ。戦ってたよな、俺。どうなったんだ? 箒」

 

あの瞬間を思い出す、レーザーを盾で防ぎつつ瞬時加速で急接近しての零落白夜。

……勝った。そう確信した瞬間、爆発に飲まれたまでは覚えている。

しかし、その後の記憶が無い。

 

丁度その時、プシューと音がして誰かが入って来た。

 

「起きたか、織斑」

「千冬姉……」

「織斑先生だ、と言う所だが今は見知った者しかいない。

 それより何処まで覚えてる?」

 

一夏は爆発に飲まれた所までと答えた。

 

「そうか、あの爆発はミサイルビットによる物だ。

 オルコットは自爆覚悟で撃った様だが……。

 

 無意識のうちに後方へ瞬時加速して零落白夜と爆発から逃れた。

 そこへビットとレーザーライフルの一斉射撃、戦いの中で成長した様だな」

「そっか。負けたんだな、俺」

 

一夏は悔しかった。簡単に勝てるとは思って無かった筈なのに決着がつく前。

勝ちを確信して油断した結果がこれかと。

 

「一夏、お前は決着がつく前に悪い癖が出ていた」

 

千冬には見えていたのだ、手を握ったり開いたりしているのが。

それは一夏が持つ悪癖の証拠、油断した時などに出る物。

 

「ああ、千冬姉。

 俺はあの時、勝ったと思って油断した。集中力を切らしたんだ。

 でも、オルコットさんは最後まで諦めずに集中力をとぎれさせなかった」

 

「その通りだ、オルコットは叫んでいたぞ?

 一週間のお前に出来て、自分に出来ない道理が無いと。

 そして、弱点を克服しやり遂げた。

 

 よく分かっただろう?

 専用機持ちや代表候補生がどれだけの努力とプライドを持って乗っているかが」

 

一夏は思う、あんなに協力してくれた3人に比べて浮かれていなかったかと。

箒は思う、自分はそこまで言える自信など全く無いと。

 

不意に2人の頭が優しさを感じられる動きで撫でられた。

 

「今日を糧に前へ進め、お前達はまだ始まったばかりだろう。

 とりあえずだ、念のため一夏は一晩此処で休め。行くぞ、篠ノ之」

「はい、織斑先生」

 

2人が出て行った保健室には一夏の啜り泣きが響いていた……。

 

 

翌日、朝のSHR。

 

「さて、昨日の結果は言うまでも無いが空天。話があるそうだな?」

「はい、織斑先生。クラス代表は織斑君に務めていただく事にしました」

 

クラス全員がポカーンとしている中、千冬が全員の気持ちを代弁して問う。

 

「どう言う事だ?」

「私は3人による総当たり戦で決めてはどうかと言いました。

 ですが、勝った者が代表になるとは言っていません。

 

 その上で織斑君は唯一の男性操縦者であり、命を狙われる可能性があること。

 さらに感覚派で実戦の中でこそ成長するタイプ。

 であれば、その機会が多いクラス代表を務めるのが最適と判断しました。

 

 加えて提案ですが……。

 クラス副代表として生徒会に所属する私が会議などを請け負います。

 その他については今回多大な協力をした箒さんを推薦。

 セシリアについては代表候補生として時間を有効に使えるよう除外しています。

 

 先生方、皆さん、如何でしょうか」

「つまり織斑は自己研鑽に励み、その他は適材適所として空天と篠ノ之が務める。

 そう言う事だな?」

 

千冬はそう纏めつつ、妙案だと思っていた。

宙の言った一夏の危険性は事実であり、自衛のため実力の向上は急務。

しかも面倒事は宙が請け負い、箒と研鑽することが出来る。加えて宙は指導を継続するだろうと考えた。

 

「私に異論は無い、そのうえで山田君とクラス全員に問う。

 反対の者は手を挙げろ」

 

その声に手を挙げる者はいなかった。

上手く使われたなと思いつつ、千冬は宙の”計画“に乗った。

 

「全会一致で織斑をクラス代表とする。

 前例は無いが副代表は空天と篠ノ之、頼んだぞ」

「お、俺!?」

 

一夏は戸惑うも既に周囲は固められて逃げ場は無い。

 

「それでは副代表を私、空天宙と」

「篠ノ之箒が」

「務めさせていただきます(もらおう)」

 

その声を合図にクラスメイトの拍手が響いた、……一夏を置き去りに。




という事で宙は計画通り、一夏をクラス代表に。
加えて負担を減らす役目は適材適所で自分が。
箒は恋の応援という事ですね。

本当ならセシリアにもと思っていた宙ですが、代表候補生として励む方がいいと判断し除外した様です。

では、私のモチベーションが続く限り毎日更新を続けますので、ご協力お願いします!


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ep24:パーティーと日常、新たな味方

クラス代表が決定すればパーティー! お約束ですね。

さて、ここで御礼を申し上げます。早速の高評価、感謝感激です。
ご理解いただけてとても嬉しく思います、今後ともよろしくお願いします!

さあ、書くぞー♪


クラス代表となった一夏は始め驚いていたものの基本自分が強くなれる環境が用意されたと最終的には納得。

 

昨日の悔しさを。専用機持ちや代表候補生の努力とプライド、実力を。

そして、自分がその1人になったことを胸に刻んだ。

 

だから思う。

今後一層努力して、まずは追いついて見せると。いずれ追い越すために。

 

そんな決意を決めた一夏だが、今はパーティーの真っ最中。

【織斑一夏君、クラス代表おめでとう!】なる横断幕が掲げられた会場にいた。

 

まあ、ただ騒ぐ名目に過ぎないのは言うまでも無いがクラスメイトとの親睦会とも言える。

 

ちなみに箒はちゃっかり一夏の隣をキープ。

逆側は入れ替わり立ち替わり誰かが来て話しかけては騒ぐ。

 

そんな光景を宙は少し離れた所から見ていた。

 

「いかがなさいましたか? 宙さん」

 

「いえ。平和な光景だと見ていたただけですよ、セシリア」

 

(その割には寂しげな表情ですわ……。わたくしもですが宙さんにも何か事情があるのでしょうか)

 

そんな事を思ったセシリアだが、そこは深く追及せず本題を告げる事にした。

 

「そうですか、ところで遅くなりましたが色々とありがとうございました。

 宙さんのお陰で無様な姿だけは晒さずに済みましたわ。

 

 クラス代表の件もあれがベストでしょう。

 わたくしとしても恥ずべき点や早急に改善すべき事が浮き彫りになりました。

 お気遣い感謝しますわ」

「気にしないで、セシリア。私がやりたくてやった事です。

 ただ、それがセシリアの役に立ったなら満足ですから」

 

本当に謙虚で優しい人だと改めて実感したセシリア。

宙と出逢えた事がどれだけ幸運だったかを噛み締めていた。

 

「そうそう、セシリアにも伝えておきますね?

 

 アリーナの予約を入学初日に可能な限り入れておきました。

 訓練の場には困らないでしょう。

 

 特にセシリアは理論派。

 アリーナが使えない時に技術を知識として蓄えれば訓練効率も上がるでしょうから」

 

セシリアは自分の迂闊さと宙の計画性に絶句したが、本来なら自分がすべきだったと反省していた。

 

「またお手数を……」

「あの時はそれどころではなかったでしょう?

 私は生徒会に出入りする関係上、把握が容易だっただけの話です。

 

 それで事後承諾になって申し訳ないんですが……。

 私と楯無さんはともかく、セシリア・織斑君・箒さんの名前をお借りしています」

「独占と取られない様にという事ですわね?」

「ええ、他の生徒の目もありますからやむなく。

 場合によっては場所をシェアするつもりでいます、皆さんも困るでしょうし」

 

セシリアは波風の立たない宙らしいやり方に共感していた。

以前なら、代表候補生を優先すべきと思ったでしょうねと自嘲しながら。

 

「そうですわね、集団生活ですからお互いに気遣いは必要ですわ」

 

そう言ったセシリアに宙は笑顔で頷く。

 

「はいはーい、新聞部です!」

 

突然聞こえて来た声に宙は聞き覚えがあった。

一夏はと言えば唖然としているうちに彼女に突貫される。

 

そして名刺を差し出すと彼女は名乗った。

 

「クラス代表決定戦で実況した新聞部副部長の黛薫子でーす。

 織斑君がクラス代表になったと聞いて取材に来ました! という事で早速抱負などを!」

 

突然の事だったが昨日決めたことを一夏は話す事にした。

 

「そうですね、負けた事は正直言って悔しかった。

 けど、同時に専用機持ちや代表候補生の努力や実力。

 プライドを知るいい機会になりました。

 

 今後は専用機持ちとしての自覚を持って一層努力します。

 いずれ追いつき追い越して見せますよ」

「おーなかなか良いコメント! 私も応援してるから頑張ってね!」

 

そう言った後の矛先は当然、宙とセシリアに向く。

 

「次はオルコットさん、今のコメントを受けてどうぞ!」

 

「そうですわね……その挑戦、受けて立ちますわ。

 ですが、次も勝つのはわたくしです」

 

セシリアは胸を張ってそう言い切った。

 

「流石は代表候補生、そうでなくっちゃね! じゃあ最後に空天さんから一言」

「勝敗に拘っているだけではISは応えてくれません。

 努力は勿論ですが……、ISを正しく理解して無益な争いに使われない事を願っています」

「技術者であり操縦者らしいコメントありがとうございます!

 あ、私は整備課なんで空天さんの言いたいこと、よく分かるつもりです。

 

 あとは折角だから3人で写真撮りましょう。はいはい、並んで並んで!」

 

3人並んでシャッターを切る直前、クラスメイトが殺到。

何気に一夏の横には箒が写る集合写真になった。

 

「これはこれでいいね! クラス一丸って感じで。

 では、皆さん引き続きパーティー楽しんでね! 失礼しましたー!」

 

そう言い残すと薫子は脱兎の如く走り去った。まだまだパーティーは続く……。

 

 

翌日、宙は重箱の弁当を持参して職員室を訪れた。

 

「織斑先生、山田先生。良かったらお昼にどうぞ」

 

宙は楯無に比べて控えめな様子で包みを渡す。

他の教員から羨ましそうな視線を浴びながらも受け取ったのは真耶だった。

 

「おい、山田君」

 

千冬には正直なところありがたいと思いつつも申し訳なさがあった。

それでなくても一夏が尋常じゃないくらい世話になっている自覚があるからだ。

 

それに対して真耶は特に引け目を感じる理由は無い。

加えて自分を先達として慕ってくれるうえに先生として敬ってくれるのは宙1人。

断る理由など存在しなかった。

 

「いいんですよ、織斑先生。先日ご迷惑をおかけしたお詫びです」

 

千冬に心あたりは無い。

強いて言えばクラス代表の件だが、千冬こそ礼を言いたい位だ。

 

「空天さんは料理上手で気配りも出来るんですね、先生尊敬しちゃいます」

 

真耶は裏を読み取ってそう言った。

 

「いつか安心できる人と平和で幸せな時を送りたいと思っています。

 その前に宇宙へ、いえ何でしたら一緒でも構わないと思っています」

「空天……」

 

千冬と束は今も調査を続けているが決定的な物が無い。

そんな状況へ追い込んでしまった罪悪感が千冬の胸を締め付けた。

 

「では私は失礼します。

 

 山田先生、一杯食べて下さいね。

 しっかりカロリー計算してありますから大丈夫ですよ、それでは」

 

そう言って出て行く宙を笑顔で見送る真耶、千冬は対象的に憂いを浮かべて見送った。

 

 

放課後、あの特訓の日々は今や日常風景となっていた。

 

殻を破ったのはセシリア。

ビットを2つにしての制御を繰り返し自信をつけた事で、今は問題無く4つ同時制御と自身の機動・攻撃を可能にしていた。

 

加えて瞬時加速。

宙から一夏と同じ様にレクチャーを受け、理論と感覚が噛み合い効率的でエネルギーロスの少ない瞬時加速を自分の物とする。

 

さらに宙の機動制御を研究し、アドバイスを受けて機動力が向上。

機動射撃戦。

特にロングレンジはさらに磨きがかかり、仮に接近されてもインターセプターでいなしつつ離脱。

もしくは後方への瞬時加速を活用し、自分の距離で有利に戦う戦術を構築した。

 

今はそれらをより高次元にすべく努めながら、偏向射撃に取り組んでいる。

 

一夏と箒は決定戦に間に合うよう駆け足で行なった物を基礎から再度実施。

特に白式の弱点であるエネルギー効率の悪さは細かい制御で緩和できるとのアドバイスから、必死に微調整を繰り返し行なって身体に覚え込ませている。

 

加えて近接および射撃訓練。近接は箒が、射撃は宙がみっちり扱いている。

盾の扱いは受けるのでは無く、受け流す様に矯正。

勿論、その全てで必要となる機動についても宙監修の元で日々精進と言ったところ。

 

アリーナが使えない時は戦術講座、これは宙を講師に3人とも参加。

時には白熱した議論が繰り返され、いい傾向だと宙は感じていた。

 

こうしてクラス代表対抗戦への準備は着々と進んでいく。

 

 

今日は休養日。宙・楯無・簪が集まり、小さなお茶会が開かれていた。

 

「宙さん、実は許可を取りたい事があるのよ」

「何のでしょう?」

 

宙は若干嫌な予感がしつつもそう答える。

 

「私と簪ちゃんが仲直り出来たのは宙さんのお陰。

 それで2人で話した結果、簪ちゃんにも宙さんの護衛任務をして貰うつもりなの。

 

 これは更識としての正式な任務、簪ちゃんの初仕事。

 一度護衛してるから信用的に問題無いのは宙さんもわかってくれてるわよね?」

「ええ。私と簪さんは友達ですし、勿論信頼してますよ」

 

宙は簪への正直な想いを告げる、簪は照れているのか顔が若干赤い。

 

「なら……。例の書類、見せてもいいかしら?」

 

ああ、やっぱりと宙は思っていた。

けれど、折角出来た友人に拒絶されるのが怖くて仕方ない。

そして震え出した宙を簪は放っておけなかった。

 

「大丈夫です、宙さん。何を知っても私は宙さんの味方です」

 

宙の手を取って簪が告げる、そして簪を信頼していると言ったのは宙自身。

宙はこくりと首を縦に振った。

 

「簪ちゃん。さっき言ったこと、絶対に守るのよ」

 

頷いた簪に書類が手渡され、次第に驚きの表情から怒りへと変わっていった。

震える宙の手を楯無が握って固唾を飲んで見守る。

 

「理不尽過ぎて許せない……」

 

簪は事前に日本政府が宙の命を狙っているとは聞いていた。

楯無は宙に聞いた事情を新たに纏めて自身だけの秘密にしていたが、それも今回簪は目にしている。

 

「……男性だったのは驚いたけど、それだけ。私は宙さんの友人で味方です」

 

その言葉に宙は涙を流した。また1人、本当の自分を見てくれる存在が増えたことに……。




一夏は現実を知り、一つ成長しました。
訓練も積極的に取り組んでいますから、より一層成長するでしょう。

セシリアは原作の様な、ちょろインではありません。
というか、現実的に考えればたかが一度辛勝した相手が男と言うだけで惚れるほど女性は簡単では無いと私は思いますし、この世界は男女平等ですから余計にあり得ません。

また、一度追い詰められた事で自身の未熟さを痛感して成長に繋げました。
これこそが代表候補生のあるべき姿だと私は思います、なんせ国を背負っているのですから。

宙は新たに簪という理解者を得ました、これで少しは精神的余裕に繋がればいいのですが。

では、次回をお楽しみに!


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ep25:2nd幼馴染、襲来

そういう時期までお話しは進んだんですね。セカン党の皆様、お待たせしました!

それはともかく。
一夏を鍛えるなら現実的にどうしても序盤の修行パートは外せないので随分かかりました。

賑やかになりそうですね。


「ふっふっふっ。遂に来たわよ、IS学園! 待ってなさいよ、一夏!」

 

正門で1人の少女がボストンバック片手に佇んでいた、何やら不穏な台詞を口にしながら。

 

「じゃ、行きますか!」

 

意気揚々と歩き出した少女。しかし、途方に暮れるまでそう時間はかからなかった。

 

「受付ってどこよ! こんな地図にもならないメモで着ける訳ないじゃ無い!」

 

既に怒り心頭の様子、それも仕方ないと言えるだろう。

ここ、IS学園の敷地は広大だ。始めは地図擬きを頼りに探していたが早々に断念。

その後は感というかフィーリングで歩き回れば当然迷子になる訳で。

 

「不味いわ、時間が無くなってきた」

 

彼女は焦りながら途方に暮れていた。

 

 

宙を一言で表すなら無類の世話好きと知る者は答えるだろう。

訓練帰りで楯無と2人、そんな宙の目に1人の少女が映った。

 

宙は彼女に見覚えがある、それも学園外で。確か中国国家代表候補生の……。

とにかく事情を聞いて見ようと考えた宙は早速行動に移した。

 

「楯無さん、ちょっと寄り道しますね」

 

宙の視線の先。1人の少女が見えた楯無は、なるほどとそのまま同行。

 

「何かお困りですか?」

 

それは少女にとって天の助け、藁にも縋る思いで頼み込んだ。

 

「転入手続きに急いで行かなきゃならないんだけど受付がわからないのよ。

 悪いんだけど教えてくれない?」

「構いませんよ、案内します」

「ホントに!? ありがとう、助かるわ。

 私は凰 鈴音(ファン リンイン)よ、中国の代表候補生をやってるわ」

 

歩きながら自己紹介を始める鈴。

 

「私は生徒会副会長、1年1組の空天宙と申します。それで此方が」

「IS学園、生徒の長。ロシア国家代表の更識楯無よ。

 ようこそ、IS学園へ。歓迎するわ」

 

そう言った楯無の手には欢送(ピンイン)の文字、中国語で歓迎と記された扇子。

 

鈴は目を丸くした。

まさか出会ったのが国家代表の生徒会長と副会長だとは思わなかったからだ。

 

とはいえ物怖じしない性格の鈴。

なんだかんだと会話しながら打ち解けた頃には受付に着いていた。

 

「本当に助かったわ、私の事は鈴って呼んで」

「では、私の事は宙と」

「お姉さんは楯無でいいわ」

 

「それじゃあ、急ぐから! あ、あと織斑一夏には私のこと秘密にしておいてね!」

 

そう告げると鈴はダッシュで受付に向かった。

時間に間に合ったのは言うまでもないが、宙と楯無は新たな問題が起きそうだと予感したとかしなかったとか。

 

 

SHR前、クラスではある事が話題になっていた。

 

「皆さんの話を聞くと2組に転校生が来たらしいですわね、しかも中国の代表候補生とか」

 

セシリアが宙に話かける。

 

「その様ですね、これはクラス代表対抗戦にその方が出て来るかも知れません」

「4組は日本の代表候補生がクラス代表だと聞きましたわ、かなり厳しいですわね」

「そこは本人次第です、まだ当日まで日もありますから追い込みは必要でしょう。

 それに考えもありますから」

 

今度はどんな策を考えているのだろうかと思いつつもセシリアは宙を信頼していた。

 

「それは期待出来そうですわね」

「ええ、後は先程も言った様に本人次第。

 勝つも負けるも活かせるかどうかにかかっています」

 

同じ頃、一夏は中国と聞いてもう一人の幼馴染を思い出していた。

 

「おりむー、頑張ってね」

「大丈夫だ、布仏さん。一夏は日々強くなっている」

 

何故か本人ではなく胸を張る箒。だが、その声に待ったがかかった。

 

「それはどうかしらね? あまり代表候補生を甘く見ないで欲しいわ」

 

一夏はその声に聞き覚えがあった。

 

「鈴? お前、鈴か?」

「ええ。久しぶりね、一夏。

 中国国家代表候補生、凰鈴音。2組のクラス代表として宣戦布告に来たわ」

「何、格好つけてるんだ? 全然似合わないぞ」

「なんて事言うのよ、あんたは!」

 

これを見ていて面白く無いのは箒、だが口を開かず席に素早く戻った。勿論、他の生徒も。

 

「おい」

 

後ろから声をかけられて苛立った鈴は振り向きながら口走る。

 

「何よ、煩いわ……」

 

そこにいたのはご存知、千冬。勿論、出席簿持参で。

 

「何か言ったか? 凰」

「い、いえ。失礼しました!」

 

そう言い残すと鈴は足早に2組へと消えた。

 

 

昼休み。宙・楯無・簪・本音・セシリアは危険地帯を避けて5人一緒の席で食事をしていた。

 

「嫌な予感がしましたが……」

「おりむー、鈍感さん過ぎるよ……」

「全くですわね……」

 

一夏・箒・鈴のいる席から漏れ聞こえる内容に一同頭を抱えていた。

 

一夏曰く。

箒が小学校4年生までの付き合いで1st幼馴染、鈴が小学校5年生からの付き合いで2nd幼馴染。

正直、意味がわからない。

 

そして火花を散らす箒と鈴、これを見て何も気付かないあたり一夏は鈍感と言われても仕方ないだろう。

 

「そう言えば一夏、クラス代表なんでしょ。私が教えてあげてもいいわよ?」

「お前は2組だろう! 敵の施しは受けん!

 それに私達は宙さんから指導を受けている、よって不要だ!」

 

何やら雲行きが怪しくなって来た上に名前が出た宙は席を立って危険地帯に向かう。

 

「宙? なんでさん付け?

 それに専用機持ちでもあるまいし、どんな指導が出来るってのよ」

「宙さんは18才で年上を敬うのはあたり前だろう! それに宙さんは専用機持ちだ!」

「鈴、流石に今のは無いんじゃないか? 宙さんの指導は適切だぞ。

 イギリスの代表候補生にも勝ったし、そっちにも指導してる。

 なんならクラス代表決定戦の映像があるから見てみろよ」

 

これには流石の鈴も驚いた、あの穏やかな宙が専用機持ちでイギリスの代表候補生に勝った?

代表候補生は伊達や酔狂でなれるもんじゃない、それに勝って指導出来るとなれば相当だとも。

 

「どうしましたか? 鈴さん。

 織斑君も箒さんも落ち着いて下さい。皆さん、驚いていますよ?」

「丁度いい所に来たわね。ねえ、専用機持ちで指導してるってのはホント?」

 

声のトーンを落として品定めする様に問いかける鈴。

 

「専用機持ちである事は本当です。

 指導と言うのは烏滸がましいですが助言していると受け取って貰えば正しいかと」

 

鈴は思う、これは実力者だと。

鈴が接して来た強者の中にいるのだ。

決して驕らず、強そうに見えないのに戦えば恐ろしく強い“国家代表”という強者が。

 

だからこそ見たいと思った、それには……。

 

「提案があるんだけど一度私に一夏の指導をさせてくれない?」

「構いませんよ、色々な意見があった方が織斑君の成長に繋がりますし。

 なんでしたら指導の後、織斑君と無理のない範囲で模擬戦など如何ですか?」

「その話、乗ったわ!」

 

鈴は思惑通りだと思っていた、それが宙の狙いだったと気付かずに……。

 

 

放課後。第1アリーナにはいつもの面子と鈴以外にもう1人、簪の姿があった。

 

「この子は簪ちゃん。

 私の妹で4組のクラス代表、日本の代表候補生でもあるわ。

 折角だから連れて来ちゃった♪」

 

楯無の台詞に宙を除いて唖然とする一同。

 

「更識簪です、今日はよろしくお願いします。

 お姉ちゃんと同じ苗字なので簪と呼んで下さい」

「じゃ、自己紹介も終わったし早速始めましょう♪」

 

そこで宙に視線を投げる楯無、察した宙は鈴に即した。

 

「それでは鈴さん、近接戦闘時の回避について指導して貰えますか?」

「OKよ、任せて! 一夏、ISを展開して武器を構えなさい」

 

そう言うと鈴と一夏、さりげなく宙も展開。

 

「これが私のIS“甲龍(シェンロン)”よ」

 

鈴はそう言いながら一夏の展開速度に驚いていた。

(初心者の速度じゃない、指導してるってのは本当見たいね)

 

「俺の相棒は白式だ」

 

そう言いながら葵を構える一夏に一言。

 

「じゃ、私が攻撃するから交わしなさい」

「は?」

 

鈴は展開した青龍刀で一夏にいきなり切り掛かる、それを咄嗟に受け止めるが押され気味だった。

(重い! パワー型ってヤツか!)

 

ふっと軽くなり、鈴は青龍刀を肩に担いで一言。

 

「何で躱さないのよ!」

「あの説明で躱せるか!」

「勘で躱しなさいよ、勘で!」

「無茶言うなよ!」

 

不毛な言い争いを止めたのは楯無だった。

 

「はいはい、痴話喧嘩はそこまでにして。で、今のが鈴ちゃんの指導?」

「ち、痴話喧嘩じゃ無いわよ! とにかくアレが私の指導よ!」

 

若干顔を赤くしつつも悪びれずに当然とばかり言う鈴に楯無は扇子を広げる。

そこには一言、失格の文字が記されていた。

 

 

とりあえず、宙と楯無には鈴がどういうタイプか理解出来た。

宙が知る限り約1年で専用機持ちの代表候補生となった鈴は天才肌と呼ばれるタイプ。

そのため自分が出来た事は相手にも出来ると考える。

特に野生的な勘で行動するんだとも言葉の端々から察した。

 

「鈴さんは天才肌で、尚且つ勘を重視するタイプでしょう。

 それは残念ながら誰にでも理解出来る物ではありません。

 ですので指導するのは難しいですが模擬戦の相手としては最適です」

「そ、そんなぁ」

 

地面に手をついてそう言った後、いきなり立ち上がると言い放った。

 

「いいわ、じゃあ模擬戦してあげようじゃない!」

 

切り替えの早さが鈴の良い所、既に気炎を上げて準備万端だった。

 

「それではお互い近接戦闘武器を持っている事ですし、それで訓練しましょう。

 

 織斑君、鈴さんのISは見たところパワータイプの近接より、受けに回れば力負けします。

 そう言う相手と戦うにはどうすればいいか経験するいい機会です。

 

 刀とはどう使うか、それをよく考えて下さいね。

 勿論、機動も重要です。私の言いたい事はわかりますか?」

 

宙の言葉に一夏は頷く。元来、刀とは正面から打ち合う物じゃないと箒との訓練で思い出した一夏。

交わせるものは交わし、攻撃を受け流して必殺の一撃を旨とする物。

 

早速始まった模擬戦で一夏はそれを実践、加えて簪の薙刀とも同様に模擬戦を行った一夏。

どちらも中々にいい勝負であり、経験になったのは言うまでもなかった。

 

まあ、鈴にしろ簪にしろ全力でなかったのは当然だが。




鈴ちゃん、宙に乗せられるの巻でした。

直情的な鈴と常に平常運転の宙。
年の功も経験も宙に軍配が上がります。

これはある意味、仕方ない事でしょう。

簪の参加は楯無の独断ですが、一夏にとっていい機会ですから宙に文句はありません。

さて、次回もお楽しみに!
皆さんの高評価が原動力のしおんでした。


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ep26:約束と依頼

鈴が出て来れば約束ですよね。まあ、一夏相手になんですが…。

私事ですが、お気に入りがどんどん増えていて嬉しいですね。
楽しめましたら是非高評価もお願いします。

オラに力を分けてくれーw

その分、最近の文字数が増えてる事に気づいたしおんでした。


訓練を終えて一夏が更衣室に入ると何故か鈴がいた。

 

「はい、一夏。お疲れ様、思ったより随分強いじゃない」

 

そう言いながらスポーツドリンクを投げ渡す鈴。

 

「まだまだだ。けど、2日目から今日まで毎日指導して貰ってるからな。

 それも国家代表、代表候補生、今年度首席の3人にさ。

 これで成長しなかったら情け無いだろ?

 

 それにクラス代表決定戦で負けたのが悔しくてさ。

 当たり前なんだろうけど、それでも追いつき追い越したいんだ」

 

そう言ってスポーツドリンクを飲む一夏が鈴には格好良く見えた。

それはさておき気になる台詞について質問する。

 

「首席って宙?」

「ああ。ちなみ次席がイギリスの代表候補生で、さっき一緒にいたオルコットさんだ。

 聞いた話だけど、宙さんは訓練機で山田先生を倒したらしいぞ」

「訓練機で!?」

 

やっぱり相当な実力者だと鈴は思う。

 

それにさっきのアドバイス、正直自分には真似できない適切さと分かり易さ。

一夏の成長が早いのも納得出来る。

 

「ところでさ、あの時の約束覚えてる?」

 

唐突に話題が変わったが一夏は覚えていた。

 

「アレか? 料理が上手くなったら毎日奢ってくれるって……」

「違うわよ! 女の子との約束をちゃんと覚えて無いなんて最低!」

「いや、覚えてただろ! じゃあ、どこが違うって言うんだよ!」

「意味が違うのよ! 自分で考えなさいよ、この鈍感! 朴念仁!」

 

2人はどんどんヒートアップ。

 

「鈍感とか朴念仁ってなんだよ!

 言ってくれなきゃわかんねぇって言っただろ! 貧乳! あっ……」

 

その瞬間、鈴の手は一夏の頬を捉えていた。

 

「ほんっと最低! いいわ、そう言う事ならこうしましょう。

 クラス代表対抗戦、勝った方が負けた方の言う事を一つ聞く。いいわね?」

 

そう言った鈴は激怒した表情で、うむを言わせない迫力に一夏は頷く。

しかし、その瞳に浮かぶ涙には気づかなかった……。

 

 

更衣室から出て鈴は走った。悔しくて、悲しくて、頭の中はグチャグチャで。

でも、泣いてるところなんて誰にも見られたくない。

だから無我夢中で走って人目の無い所を探す、そして目に入ってベンチで膝を抱え蹲った。

 

普通なら見つかる事はなかっただろう。しかし、宙の身体能力なら話は別だ。

一夏と鈴がなかなか合流しないのが気になった宙。

一夏がいる筈の更衣室を訪ねようとして、涙を浮かべながら走り去る鈴を見かけ追いかけたのだ。

 

何も言わずに鈴の座るベンチへ腰掛けるとひたすら待つ宙。

次第に日は暮れて寒くなって来た頃、宙は鈴の手を取って言った。

 

「このままでは風邪を引いてしまいます。

 自室に戻りたくないのなら、私の部屋に行きませんか?」

 

その声に鈴は小さく頷いた……。

 

 

1001号室、鈴を椅子に座らせブランケットをかけると宙は紅茶を淹れに行った。

ちなみ楯無は気を利かせて生徒会室へ。

 

「紅茶です、熱いうちに飲んで身体を温めましょう?」

 

戻って来た宙はそう言った後、ただ側にいて紅茶を飲む。

鈴が自分から話すまではそれ以上深入りしない様にしていた。

 

立ち昇る湯気と香りに誘われたのか、鈴が紅茶を口にする。

 

「温まる……わね」

 

そう一言言ったきり部屋には再び静寂が訪れた、それからどれ位経っただろうか。

 

「何も聞かないのね」

 

そう言った鈴に宙は答える。

 

「鈴さんが話したくなったなら伺いますが、私から催促する事はありませんよ。

 誰にでも聞かれたくないこともありますから」

 

もうどれ位、宙は自分に付き合ってくれただろうか。

そう考えた時、鈴は宙になら打ち明けてもいいと思った。

 

「昔の事よ、私達家族が中国から日本に来て中華料理店を始めたの。

 それが小学校5年生の時でね、上手く日本語が話せない私はいじめにあった。

 

 その時、いじめっ子から私を助けてくれたのが一夏。

 お陰でいじめは無くなって友人も出来た、その時には一夏の事が好きになってたわ。

 

 毎日が楽しくなって、一夏や友人と一緒にいるのが当たり前になって。

 それが中学2年まで続いたのよ。

 けど、家庭の事情で私は中国へ帰ることになってね、空港で約束したのよ。

 

 “私の料理が上手くなったら毎日食べてくれる?”ってね。

 

 一夏は約束を覚えてはいたの、でも毎日奢ってくれるって解釈してた。

 

 それで口論になって、私のコンプレックスまで言われて……。

 思わず引っ叩いたわ。

 後は勢いよ、クラス代表対抗戦で勝ったら負けた方が言う事を聞くって約束させて。

 

 後は宙が知る通りね。

 はあ〜、なんだか話したら落ち着いたわ。

 鈍感の一夏に遠回しの言葉なんて伝わらないってわかってた筈なのに。

 

 ただ怖かっただけよ。

 気持ちを伝えて関係が崩れるのが嫌で逃げてただけ、臆病よね」

 

そんな鈴の話に宙は一言で答えた。

 

「そうですね」

「え?」

 

そのつもりはなかった鈴だが宙なら慰めてくれるだろうなと思っていた。

それがまさかの全肯定、流石の鈴も面食らった。

 

「ある家族がいました、それはそれは仲の良い家族が。

 ですが子供を残して両親は他界、それも一瞬でです。

 

 1人残された子供、その子は一生何も伝えられなくなりました」

 

突然の話だったが、その子供が宙なんだろうと鈴は察した。

 

「いつ何が起きるか分からないのが人生。

 伝えられなかった後悔は一生残り、胸で燻り続けます。

 鈴さんは耐えられますか? そんなことに。

 

 そして理解していますか? いつ織斑君が殺されたり、誘拐されたり。

 最悪、人体実験されてもおかしくない現実を」

 

鈴は絶句した、一夏がそう言う立場だとは認識していた。

でも千冬がきっとなんとかすると誤魔化して来たから。

 

「こう言ってはなんですが……。

 織斑先生がどう足掻こうと政府が強制執行すれば終わりです。

 噂では篠ノ之束博士とも関係があった事で現状が保たれているようですが……。

 それも博士の行動一つで崩れ去る砂上の楼閣。

 

 私なら伝えないで後悔するより伝える事を選びます。

 それに応えて貰えなくても友人を粗末にする様な人には見えません。

 しばらくの間、多少ギクシャクするでしょうが。

 

 土台がです、彼に恋愛感情が。

 つまり女性として意識すらされていないのに応えるも応えないも無いのでは?

 まずは自分の気持ちを相手に刻んで意識させなければ何も始まらないと思います。

 全てはそこからだとは思いませんか?」

 

衝撃的だった。そうだ、一夏はそう言う奴だったと鈴は納得してしまったから。

 

「ご存知だと思いますが箒さんも織斑君を想っています。

 ですが何一つ伝わっていません、今の彼にとって2人はただの幼馴染ですから。

 

 繰り返しになりますが私から言える事はただ一つです。

 振り向かせたければ、まずは自分を想ってくれている女性だと確実に認識させる事。

 気づいてくれる筈なんて期待していると誰かに先を越されますよ?」

「そうね、そう言う奴だったわ。

 馬鹿ね、私は。

 あれだけ一緒にいて気づかないのにハッキリ言わないでどうするってのよ」

 

宙は鈴の言葉に頷く。

 

「丁度いいわ、クラス代表対抗戦で勝っても負けても私の気持ちをぶつけてやろうじゃない。

 恥ずかしいとか言ってる場合じゃないわよね! まあ、負ける気は全く無いけど!」

 

そう言った鈴に宙は安心して微笑んだ、訓練中の鈴に戻ったと気づいたから。

 

 

翌日の昼休み、宙が自作の弁当を取り出していると声をかけられた。

 

「宙さん、3組の友達が話したい事があるって来てるんです。今、大丈夫ですか?」

 

そう話すのは出席番号1番、ハンドボール部所属の相川 清香(あいかわ きよか)だった。

 

「ええ。構いませんよ、相川さん」

 

そう言って入口付近の廊下に立つ清香のもとへ行く宙。

そこには数人の3組と思われる女生徒が待っていた。

 

「お待たせしました。初めまして、空天宙です。

 それで私に御用があると伺いましたがどの様なお話でしょう?」

 

宙はいつもと変わらず物腰柔らかに尋ねた。

 

「急に呼び出してすみません。

 私は3組代表の相楽 美由紀(さがら みゆき)です、実はお願いがあって」

 

そう言うと他の女生徒が後を続ける。

 

「あの、ご存知だと思いますが3組には専用機持ちがいません。

 それで色々調べたんですが…。

 過去にクラス代表を他のクラスの専用機持ちの人に代理依頼した事があったんです」

 

またまた変わって話し出す女生徒。

 

「3組の皆はこの間のクラス代表決定戦を見て空天さんに憧れたんです。

 専用機持ちなのに試験を訓練機で受けて首席。

 一般の受験生と同じ条件で受けた空天さんなら私達の気持ちがわかってるって」

 

くるりと戻って美由紀が続ける。

 

「クラス代表代理には条件があって本人同士が納得していること。

 担任同士が許可することの2つです。

 

 私を含めてクラス全員が納得してますし、先生も同意してくれました。

 後は空天さんと織斑先生次第なので、先にお話しをと」

 

宙はなるほどと理解した。

 

「つまり私が納得の上で織斑先生の許可を取って欲しいという事ですね?」

 

その言葉に頷く3人。

 

宙にとっては願ってもない話、後ろ立てを得るためにも実績は多いに越した事は無い。

一夏の事は気になるが宙にも譲れない物がある。

 

固唾を飲んで見守る3人に宙は答えた。

 

「わかりました、許可が得られれば代理を務めさせていただきます。

 

 織斑先生には私からも話しますが、先に3組担任の先生から話を通して下さい。

 その方がスムーズで確実だと思いますから」

 

宙の答えに喜ぶ3人と清香、それを宙は笑顔で見ていた。

 

 

千冬は3組の担任から話を聞き終え、少し考える時間を貰っていた。

 

「随分と面倒な事になって来たな」

 

千冬は思う、一夏の事を思えば宙の参加は正直に言って好ましくないと。

 

だからと言って宙が殺されたり、はたまた研究所送りにされるのも避けたい。

それにもし宙がそんな事になれば束が黙っていないだろう。

最悪、一夏が束に見限られれば……。

 

土台がこんな状況にしたのは自分達のせいである可能性がそれでなくても高いのだ。

 

〜♪

 

見透かされていると千冬は理解した、その着信音は束の物だったのだから。

 

 

今の束にとって、唐松結は箒と同じ最上位に位置する。

その邪魔をするなら親友でも許さない覚悟が束にはあった。

 

それでなくても一夏は結(宙)の世話になっていて、しかも与えたISは束の特別製。

さらに結が最適化したのだから、それで結果が出せなければ一夏本人の責任だと束は考えていた。

 

「零落白夜があって、射撃武器も使える。

 ゆーくん特製の鞘型シールドと専用調整まで受けてさ。

 

 そのうえ指導を受けて戦術まで面倒見てもらってるんだよ。

 だから、いっくんは自分で勝って道を切り開かなきゃ駄目。

 

 わかるよね? ちーちゃん」

 

不機嫌な束の声が響く。

 

『ああ、そうだな』

「ホントにわかってる? いっくんは普通じゃ考えられない位の早さで成長してる。

 それって、ゆーくんのお陰でしょ?

 

 なのに、ゆーくんは最後まで面倒を見るつもりだよ? 箒ちゃんの事だって。

 セシリアちゃんだっけ?の事だって一緒に鍛えてくれてる。

 

 実際セシリアちゃん?はグッと強くなった。

 箒ちゃんだって性能で負けてるのに零落白夜無しのいっくんといい勝負。

 ゆーくんが皆の心を鍛えたから今があるんだよ。

 

 それにね? ゆーくんは自分で考えて自分の力でずっと生きてきた。

 IS学園にだって事情を説明して、試験を首席で突破して。

 

 でも、いっくんは違うよね?

 自分で迷って勝手にIS起動して、ちーちゃんと私に守られて。

 

 ゆーくんが自分の力で切り開く未来を邪魔するなら……。

 私はちーちゃんでも許さない」

 

束はそう言い放つと電話を切る。

 

その後、宙が千冬のもとに訪れ再度説明。それを受けて千冬は宙の3組代表代理を許可した。




代表候補生が怒りに任せてISを部分展開し器物破損。
現実的に考えて許される訳もなく、自制する責務が専用機持ちにはあります。
ですので、原作と違い鈴は平手打ちしました。

ちなみ、鈍感も朴念仁も類語です。
朴念仁は、恋愛に関して使われる時、自分に向けられる恋愛感情に疎い人という意味になります。
ですので、一夏の場合は朴念仁が適切でしょうね。

宙は3組からクラス代表代理依頼を受理。
後ろ立てを得るには成果を出す必要がありますから当然ですよね。
ちなみ3組代表はオリキャラです、情報が無いので。

束は激おこです、同じ男性操縦者で明らかに宙が不遇。
千冬の気持ちもよくわかる束ですが、ここは譲れない一線だったのでしょうね。

では、次回をお楽しみに!


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ep27:クラス代表対抗戦までの日々

鈴がくればクラス代表対抗戦、一夏はどう過ごすのでしょうか?

別件ですが感想ありがとうございます。
この場を借りてお礼申し上げます。


翌日のSHR前、クラスはある話題で盛り上がっていた。

 

「3組のクラス代表代理を宙さんがするんだって!」

「え?じゃあ、うちが勝っても3組が勝ってもスイーツ食べ放題!?」

「3組が勝ったら3ヶ月になるらしいけど、無しに比べたら全然オッケーだよね!」

「うんうん」

 

すっかり噂が広まっていた。犯人は勿論、清香である。

 

「まさかそんな方法があるなんて知りませんでしたわ」

「私もですよ、セシリア。

 ですが、これで全クラス専用機持ちの対戦になりました、どの試合も勉強になるでしょう」

「皆さんはスイーツ食べ放題に目が眩んでいるようですが。

 まあ、わたくし達専用機持ちや代表候補生にはそうですわね。

 それで訓練はどう致しますの?」

 

セシリアが気になったのはその点。

 

「流石に鈴さんと簪さんは一緒という訳には行きません。

 ですが、1組での訓練は変わらず行う予定です。情報も共有しますよ」

「宙さん自身が訓練出来ないのでは?」

「そこは対策済ですから問題ありません、安心して下さい」

 

どんな対策がと思ったセシリアだったが宙が言うならばと納得する。

宙が得た信頼は絶大だったようだ。

 

「そろそろSHRですよ、セシリア」

「ええ、では後ほど」

 

そう言ってセシリアが席に向かうと他の生徒も察して席に着く。

それから然程時間をおかず、千冬達が入って来たのは言うまでもない。

 

 

鈴は宙と分かれたあの日から一夏の前に全く姿を現さなくなった。

簪は予想通り、自主練習するからと訓練には顔を見せていない。

 

そして放課後、今日も訓練が始まる。宙が最初に行なうのは情報共有だった。

 

「これから話すのは対戦相手の情報です、よく聞いて対策を考えて下さい。

 そして、それを元に攻略法を含めて訓練しましょう」

 

その声に頷く一同。

 

「1人目、中国国家代表候補生の鈴さん。

 IS“甲龍”は近中距離のパワータイプ。

 

 第三世代兵装は中国が推し進めている空間圧縮兵器。

 一般的に衝撃砲と呼ばれる物で特徴は攻撃が見えないこと。

 空間圧縮の特性から射角に制限が無いと思われます。

 肩のアンロックユニットが本体でしょう。

 

 近接武装はご存知の青龍刀ですが恐らく2刀一対。

 折角のパワーを活かさない手はありませんから。

 

 また、想像の域を出ませんが二刀一対であれば別の形態を持つ可能性があります」

「見えない弾丸……」

 

箒の声にセシリアが言う。

 

「見えなければ見える様にすればいいのですわ。

 空間を圧縮する特性上空気を使う事になります。

 であれば土煙でもスモークでも結構ですが色を付ければ良いのです」

「セシリアの言う通りですね、他には癖を見抜くと言うのも手です。

 完全に使い熟しているなら別ですが、そうでなければ何かで狙いを付ける筈。

 真っ先に考えられるのは視線ですね」

 

なるほどと頷く一夏と箒。

 

「であれば安全策として拡張領域にスモークを入れておくのが得策だろう。

 近接戦闘については私が二刀流で稽古をつけよう。

 篠ノ之流にもある種の二刀流は存在するからな」

「青龍刀は重く硬いので盾がわりにも使えるでしょう。

 単純な攻めでは防がれます、それが銃弾であれ刀であれです。

 

 勝利するためには……。

 一つ、衝撃砲を早期に無力化する事。

 二つ、攻撃は受けるのではなく、回避する事。

 三つ、そのうえで鈴さんの回避と青龍刀の防御を潜り抜けて攻撃を当てる事。

 これを達成するのが最低条件です。

 

 では、続いて二人目……」

 

こうして宙の情報を基にディスカッションした後、訓練を開始。

それは日に日に激化していく事になる。

 

 

一夏は考えていた、本当なら自分で情報を集めて対策を検討し訓練するもの。

それを宙に任せきりでは成長出来ないと。

 

なら、自分に何が出来るのか。

そこで辿り着いたのは宙を攻略する方法の検討だった。

 

「射撃では全く勝ち目が無い。

 近接戦闘にしても零落白夜を当てる以外の方法が思いつかない。

 例のseedは回避でなんとかするしかないよな。

 

 にしても、あの反応速度で躱されれば俺の攻撃で当たる物無いんじゃないか?」

 

ぶつぶつと言ってるのを千冬は聞いていた、確かに厳しいだろうと思いながら。

 

「いや、逆に考えろ。当てられる状況を作る、これしか無いな。

 どうすればその状況を作れる?

 

 ……ん? そうか! 武器を全て潰せばいいのか!

 弾丸は撃ち尽くさせればいい。武器は手離させるか、壊せばいい。

 

 基本回避重視でシールドエネルギーの節約も必要だな。

 出来れば宙さんのシールドエネルギーが減る行動を誘発出来れば……」

 

そうだ、一夏。自分で考え、道を切り拓けと千冬は願う。

ただ一夏の考える事、その程度は宙の予想範疇だろう。

なら、一つ位アドバイスしてもいいんじゃないか。そう思った千冬は行動する。

 

「一夏」

「ん? どうかした? 千冬姉」

「誰と戦うにしても手札を増やせ。

 知られてない物を増やさなければ勝ち目は薄い。予想外の物程、効果的だ。

 

 布仏妹に相談してみろ、整備科には色々と試作品がある筈だ。

 ただし、誰にもバレない様にな」

「のほほんさんに?」

「ああ、アイツは整備に関しては相当だぞ。

 当然、整備科にも伝がある。協力してくれる筈だ」

 

一夏は千冬を見て笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう、千冬姉」

 

そう言いながら。

 

 

その一部始終を見ていたのはご存知、束。

 

「いっくんが自分で考える様になったのは良いことだね。

 そうやって自分で道を切り拓けなきゃ、いつまで本当の力にはならない。

 束さんが褒めてあげよう。

 

 で、ちーちゃんの言う事はもっともだから案として悪くない。

 けど、二人共忘れてるんじゃないかな。

 

 ゆーくんは“回避と防御の専門家”だよ?

 

 セシリアちゃん?との対戦で当てたのは“一発だけ”。

 ISで誰かを傷つけたく無くて、ISにも無闇に傷つけたく無い。

 まあ、今回の対抗戦では仕方なく攻撃するかも知れないけどさ。

 

 とにかく、そんなゆーくんが対策してない物。

 束さんにはあるとは思えないんだよね」

 

束のもとへ、クロエがいつもの如く飲み物を持って来る。

それを飲んだのを見ながらクロエは質問した。

 

「隠し玉があるという事でしょうか?」

「ん〜、隠し玉って言うか備えが万全だと思うよ。

 

 それにまだホワイト・ウィステリアしか見てないよね?

 藤の花って”色が複数ある“んだよ。

 

 で、“第4世代の条件”を満たすなら万能じゃなきゃならない。

 なら、どんな状況にも対応できるのが前提になる。

 それは、クーちゃんにもわかるよね?」

 

その言葉にクロエは頷く。

 

「つまり逆説的に当然対応手段があって当たり前という事ですね?」

「大正解! この間、密かにやってたんだよね、瞬間脱着(モーメントデセプション)を2回もさ。

 

 肩部アーマー。

 って言うか何処でも同じだけど稼働中の切り替えって普通のISには出来ないんだよね。

 

 ウィステリアはそれありきのIS。必要な時、必要な物へと自由に変える事ができる。

 ウィステリアが満たした“第4世代の条件”はそこにあるんだよ。

 

 まあ、見た目は第3世代だから気づくのは難しい。理解出来ないのは仕方ないんだけどね」

 

そう言った後、束は飲み物に口をつけた。そして笑みを浮かべると一言。

 

「優勝は、ゆーくんだよ」

 

まるで予言の様にそう告げた。

 

 

千冬の助言を受けて密かに本音と約束を取り付けた一夏。

 

昼休みに箒を伴って整備課の保管庫に来ていた。

というか箒が勝手に付いて来た……が正しい。

 

「虚さん?」

 

そこには先日お世話になった虚が待っていた。

 

「整備科で試作した物から何か借りたいと本音から伺いました、どんな物が必要ですか?」

「ISを一時的でもいいので拘束出来る装備です。

 出来れば見た目でそうと分からない物がいいんですが」

 

虚はそれを聞いて保管庫からある物を見せた。

 

「それならこれがお勧めですね」

 

そう言って装備を説明する虚。

 

「是非、これを使わせて下さい!」

「では、早速登録してしまいましょう」

「良かったね、おりむー」

 

本音がぷらぷらと袖を振りながら言う。

 

「本当に助かったよ、のほほんさん。虚さんもありがとうございます。

 ヨシ! これで勝ち目が見えて来たぞ!」

「油断するなよ、一夏。誰が相手でも強敵だ」

 

気の緩みを引き締めようと箒が告げる。

 

「ああ、前回の二の舞はごめんだ。今度こそ最後まで気を抜かないで勝つ!」

「使用後のデータは下さいね、次に活かしますので」

 

虚の声に返事をすると3人は保管庫を後にした。

 

「有効に使えればいいのですが……。

 相手が相手なら、それも厳しいかもしれませんね」

 

要望に応えた虚はそう呟くと追って保管庫を出て行った。

 

 

毎日の訓練はひたすら模擬戦となり、鈴・簪の代わりに箒・セシリアが。

宙は宙自身が相手となって繰り返された、簪の薙刀対策も宙が相手。

この場だけで対抗戦レベルの戦いが繰り広げられ、一夏は間違いなく力をつけた。

 

そうした訓練をしている間はいい。

約束はともかくコンプレックスを口にしてしまった後悔を忘れることが出来たから。

 

しかし、時間に空きが出来ると一夏は鈴を探す様になっていた。

鈴との喧嘩なんて日常茶飯事だった過去。

それでもこれだけ長引いた経験は一夏の記憶になく、早く謝らなければと焦りを生んだ。

 

だが、クラスに行けば対抗戦前だからと門前払い。

部屋を訪ねてもルームメイトから不在と告げられる。

1番可能性があるアリーナは訓練中で行く事が出来ない。

 

そんな経緯から一夏が対抗戦後にと諦めたその日。

張り出された対抗戦、初戦の相手は鈴だった。

 

こうなれば一夏がその一戦にかける意気込みはさらに上がった。

 

勝って、謝って、鈴と仲直りする。ついでに何が間違っていたのか聞ければと。

それがモチベーションとなったのは言うまでもなく……、クラス代表対抗戦は目の前に迫っていた。




全クラス専用機持ちのクラス代表対抗戦!

いやぁ、恐ろしいですね。
原作通り因縁の対決、一夏 VS 鈴。
語られることのなかった、3組 VS 4組。

次回から遂に始まります、お楽しみに!


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ep28:クラス代表対抗戦 一夏 VS 鈴

既に丸裸にされたも同然の鈴。
腕をあげ、対策を講じて来た一夏。

原作ではつかなかった決着、果たして今回はどうなるのか乞うご期待!


会場となるアリーナは全クラス専用機持ちという異常事態に満員御礼。そして、原因は勿論……。

 

『さあ、やってきました専用機持ちだけの一年生クラス代表対抗戦。

 

 実況はお馴染み新聞部副部長、黛薫子。

 解説はここに居ていいのでしょうか、生徒会長の更識楯無さんでお送りします』

『大丈夫、今回は時間をずらしたのよ。

 こんな機会はなかなか無い、見逃すのはあまりにも勿体無いわ』

 

Aピットでは再び千冬が頭を抱えていた。

 

「更識の奴はなんでも大事にせねば気がすまんのか?」

「楯無さんですから。諦めて下さい、織斑先生」

「空天は同室だったな、実感の篭もった言葉だ」

 

今回も許可を取ってここに居る箒、セシリアは観戦に回った。

 

「一夏、訓練の成果を出せば決して勝てない相手では無いぞ。

 対策をしっかり思い出して、全力を尽くせ」

「わかってるさ、箒。今回、俺は負ける訳にはいかないんだ」

「決意を固めるのは結構ですが、それで焦りを生んでは意味がありません。

 勝敗を意識するより、箒さんの言った事を実行する。

 そちらに意識を向けなければ負けますよ」

 

千冬は宙の意見に賛成した。

 

「その通りだ。織斑、

 やることをやれば結果はおのずとついてくる、わかったな?」

「はい、織斑先生」

 

一夏から無駄な意識が消えたのを察した両名、視線を投げた千冬に宙が微笑んだ。

 

 

Bピット、鈴と簪は静かに時を待っていた。

 

特に1戦目の鈴は集中力を高め、闘志を燃やす。

それは簪から見ても感じられる程で闘気が見える様だと思っていた。

 

(凄い集中力と闘争心。でも熱くなってない。

 

人口の多い中国、たったの1年でその代表候補生になったのは並じゃない。

次期国家代表の話になれば必ず名前が出るってお姉ちゃんが言ってたけど……)

 

不意に声をかけたのは鈴。

 

「ねえ、簪。私はね、一夏に会うためだけが理由で代表候補生になった。

 不純な動機よ。でもね、私にとっては譲れない物なの。呆れたでしょ?」

 

簪は少し鈴の気持ちがわかる。

 

「……私とお姉ちゃんは不仲でいつも比べられては無能扱いされてた」

「え?」

「だから認めさせたかった、私は無能じゃ無い。

 楯無なんかに負けてないって絶対証明する、それだけが理由で代表候補生になった。

 これが私の譲れない理由、呆れた?」

 

鈴は首を振って否定する。

 

「……今は仲直り出来たのね?」

「宙さんのお陰で。

 でも、姉妹だからこそ負けたくないのは今も一緒、いつか必ず倒す!」

 

鈴はそこにも宙が関係していたこと、意外だった簪の戦う理由、そして……。

 

「私達、不純ね」

 

そう言って笑顔を浮かべた、お互いを見ながら……。

 

 

第1アリーナ、一夏と鈴は地上で相対していた。

 

『第1回戦。

 1組、世界唯一の男性操縦者、織斑一夏選手。

 対するは2組、中国国家代表候補生、凰鈴音選手。

 

 試合開始です!』

 

開始のブザーが鳴り響く。

 

その瞬間、2人はほぼ同時に動いた。

射撃で牽制する一夏、それを青龍刀で防ぎながら間合いを詰める鈴。

 

「へえ、思ったより上手く当てるじゃない」

 

青龍刀の腹で銃弾を防ぎながらさらに詰める鈴。

 

「師匠が良かったからな!」

 

その言葉にふふんと胸を張るも次の言葉でセシリアは憤慨した。

 

「でも、その程度じゃ私を止められない!」

 

そんな事は重々承知の一夏。

アサルトライフルを葵に持ち替えて鈴の一撃を避けながら上手く受け流す。

 

「やるじゃない! でもね……」

 

そう言った瞬間、“現れたもう一刀”が避けた方向から襲い掛かる。

 

「双天牙月は2刀なのよ!」

 

だが、一夏は焦る事無く引いて、それも交わす。

 

(どう言うことよ! 今のは知ってなきゃ交わせない……。宙ね!)

 

鈴は今の攻防で察した、研究されてると。

 

「やってくれるじゃない、甲龍の事はお見通しって事?」

 

そう言いながら素早く連結、そして投擲。

 

「その可能性も考慮済みだぜ、鈴」

 

一夏は屈んで交わすとハイパーセンサーで鈴と双天牙月の動きを追う。

投擲して武器を手放す以上、戻ってくるのが当然だと判断したからだった……。

 

 

『試合開始から積極的に攻める凰選手!

 織斑選手は牽制射撃から刀に持ち替え、回避と受け流しで猛攻を凌いでいます!

 

 あっと、投擲された凰選手の武器を屈んで交わすー!』

『今の所、互角のいい勝負ね。それにアレ、戻って来るわよ』

 

楯無の言う通り一夏の背後から迫る連結された双天牙月。

しかし、一夏はそれを当然の様に躱した。

 

(ハイパーセンサーを上手く使える様になって来たわね。

それに今までの攻防、織斑くんは“知ってた”。流石ね、宙さん)

 

『戻って来た武器を織斑選手、回避。武器は再び凰選手の手に!

 気の抜けない試合になりましたね、会長』

『そうね。でも、織斑くんは相当研究してるわ。

 そうじゃなきゃ、一撃も受けて無いのは不自然よ』

 

そのコメントを聞いていた千冬は当然と捉えていた。

 

「織斑の実力は凰に届いていない。なら、手段は限られてくる。

 まあ、互角の相手でも研究・対策するんだが」

「当然の帰結ですね、実力、相性、性能、情報、運。

 要因は様々ありますが、どれも疎かには出来ない事です。

 

 白式と甲龍の相性は決して悪くありません。

 実力差を情報で埋めれば機動力と一撃の威力で勝る白式に勝ち目が出てきます。

 

 勝機は零落白夜、本来ならそれだけに頼るべきでは無いのですが……。

 機体性能と実力から致し方無いと言えます」

 

的確な分析、勝利への道筋、問題点の抽出。そのどれもが千冬をして納得せざるを得ない。

 

今も二刀を一刀で逸らし回避で凌いでいる一夏、思わず千冬は口にした。

 

「空天、お前は教員に向いてるな。指導教官でも食って行けるぞ」

 

「織斑先生、私は飛び級で教員資格を取れるだけの勉強は終えています。

 流石に資格を取れる状況ではありませんでしたが。

 

 学園が条件を飲んでくれるなら、いつでも可能ですよ」

「なるほどな、記憶に留めておこう」

 

千冬は宙の言葉にそう返すしか無かった。

 

 

鈴と一夏の攻防は膠着状態。

流石に無傷とは行かなくなって来て、お互い徐々にシールドエネルギーを減らしていた。

 

一夏は待つ、ハイパーセンサーで鈴の視線を捉えながら機会が来るのを。

 

鈴は切り札を出さざるを得なくなっていた。

そして遂に甲龍のアンロックユニットを解放、一夏にターゲットをつけると発射する。

 

「なっ!」

 

初見で躱された驚き、そこに生まれた隙。

 

一夏は機体を横に移動しながらエネルギーを蓄積。

雪片弍型を抜刀しつつ瞬時加速で鈴の左側に急接近。

すり抜ける瞬間を狙って発動した零落白夜がアンロックユニットを切り裂いた。

 

鈴の撃った衝撃砲が地面を抉る。そして、お互い素早く反転すると睨み合った。

 

(今の一撃とアンロックユニットの爆発でシールドエネルギーを一気に持って行かれた。

何でよ、見えない弾丸をどうやって初見で……)

 

そこまで考えて鈴は内心の疑問を切り捨てた、幾ら考えても事実は変わらない。

 

「まだよ、まだ終わってない!」

 

鈴は気炎を上げる、集中力も闘志もより一層引き上げて再び攻勢に出た。

 

 

『遂に織斑選手の一撃がクリーンヒット! その直後、地面が弾けた様に見えました』

 

『あれは中国の第3世代兵装“衝撃砲”よ。

 空間を圧縮して砲身を形成、見えない弾丸を射角制限無しで撃ち出せるわ。

 

 織斑くんはそれをどうやってか察知して回避、瞬時加速で零落白夜を当て逃げしたのね』

 

それを聞いて箒は憤慨する。

 

「当て逃げでは無い! すり抜けざまに斬りつけたのだ!」

「落ちつけ、篠ノ之。一般生徒に分かり易い言葉を選んだだけだ」

 

千冬はまさか楯無の擁護をさせられるなんてと溜息をつく。

 

「ところで空天、アレはどう言うカラクリだ?」

 

正直なところ千冬には見えていた。だが、一夏に見えていたと思うほど身内贔屓では無い。

 

「事前に2つ、セシリアと共に解決策を示しました。

 一つは色をつける事。もう一つが今、織斑君がやった視線から読む事。

 此方は使い熟せていなければと言う前提になりますが」

「ほう、なるほどな。それなら織斑が躱せた理由も納得できる」

 

そう言いながらモニターを見ていた3人、そして観客席のセシリア。

決着の時は近いと各々が予感していた。

 

 

鈴は既に万策尽きていた。

このまま削り合いをしても先にシールドエネルギーが尽きるのは自分だとも。

 

(何とかしなさいよ、私! パワー勝負しか勝ち目は無いのよ!

……衝撃砲を捨ててのカウンター、相手が瞬時加速中なら……行ける!)

 

同じ頃、一夏は冷静に判断して仕掛けることを決めた。

 

そして先に動いたのは……、一夏だった。

拡張領域から取り出したソレを投げ付けると辺りは煙に包まれる。

 

「スモークグレネード!?」

 

出鼻を挫かれた鈴はその場に留まって衝撃砲を可能な限り連射。

双天牙月を回転させて視界を確保しようとする、予想外の事に鈴の対応は後手に回った。

 

その時、一夏は既に鈴の上空でエネルギーを溜めるとサーモグラフィーで位置を把握。

瞬時加速で煙の中に飛び込んだ。

 

鈴が一夏に気づいたのは勘。上から来るのを察し、二刀で迎え撃つ。

 

「見えた!」

 

刃の輝きを捉えた鈴は一刀でそれを弾き、二刀目でカウンターを!

そう思った直後に見えたのは……。

 

「速い! シールドで何する……ってショルダーチャージ!?

 そんなの今貰ったら終わる!!」

 

咄嗟に二刀を重ねて防御しながら下がりかけた瞬間、双天牙月にかかる異常な重み。

そして一夏の雄叫びが聞こえた。

 

「うおぉぉぉぉおお! 零落白夜あぁぁああ!!」

 

気合い一閃。

 

『甲龍、シールドエネルギーエンプティ! 織斑選手、白式の勝利です!』

 

その瞬間、アリーナに歓声が響き渡った……。

 

 

ようやく煙が晴れて全貌が明らかになる。

鈴の前には雪片弍型を振り切った体勢の一夏がいた。

 

「まさか刀もシールドも囮だなんてね。

 

 瞬時加速に重力加速を加えたでしょ?

 視界外からP.I.Cを切っての飛び蹴りなんて、幾ら私でも見てからじゃ対応しきれないわ。

 

 甲龍がパワータイプだからって受け止められる限度ってもんがあるのよ?」

「ああ。それで青龍刀の盾を蹴り飛ばした瞬間、P.I.Cを再起動。

 あとは勢いのまま零落白夜を振り抜いて何とか着地したって訳だ」

 

鈴は突然笑い出した。

 

「止まれなかったら今頃クレーターが出来てたわよ、それ」

「楯無さんにスパルタで扱かれたんだ。

 お陰で急上昇、急降下、停止は嫌でも身についたさ」

 

一夏も一緒に笑う。

 

「怪我の巧妙ね、皆に感謝しなさいよ。

 アンタ1人の勝利じゃ無いのはわかってるんでしょ?」

 

そう言うと鈴は背中を向けてピットへ歩き出した。

 

「嫌って位わかってる。だから応援してくれ、次も勝つ!」

「調子に乗んな、ば〜か。

 ま、頑張りなさい? 一応見ててあげるわ。

 

 それと約束は試合が終わってからにしてよね」

 

背を向けて歩きながら手を振る鈴。

 

一夏はその後ろ姿をしばらくの間、眺めていた。そして振り返ると即座に飛ぶ。

鍛えてくれた仲間が待つAピットへと戻るために……。




祝、一夏、初勝利!
ゴーレム? 知らない子ですねw

幾ら鈴でもこれだけメタられたら、そうそう勝てません。
と言うか、この時点で一夏が勝つにはそれしか無かったとも言えます。

セシリア戦で見たP.I.Cを切っての降下。
葵を投げる囮、目の前に迫るシールドでショルダーチャージを装った囮。
楯無に鍛えられた急降下からの停止。
宙から教わった瞬時加速。
そして切り札の零落白夜。

その全てを出し切って、やっと勝利を手にしました。
逆説的にそこまでしなければ勝てないほど鈴は強いと言えるでしょう。

そして、最後のやり取り。
今話を一言で言い表すと“鈴はいい女”、これに尽きるでしょう!

……鈴らしさが表現出来てたら嬉しいですね。


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ep29:クラス代表対抗戦 宙  VS 簪

原作では行われなかった第2回戦。
宙と簪の対決、早くも打鉄弍式参戦!


束は一夏の試合、その一部始終を見ていた。

 

「んー、いっくんはやっと性能を多少使えてきてるって感じかな。

 白式を使い熟せば、ゆーくんみたいに全弾回避とか余裕なんだよね。

 まあ、そこは織斑計画の特性上、実戦経験を積んで鍛えればいずれ届くだろうけど。

 

 でもなー、中国の鈴ちゃんだっけ?

 あの子が衝撃砲を使い熟せてたら勝てなかったんだよね。

 

 それこそスモークの外、なんで空を使わないかな? ISなのに。

 いい勘してるみたいだけど、活かしきれてないのが勿体ないね。

 

 とにかく箒ちゃんのためにも、いっくんには頑張って欲しいな」

 

そう言いつつAピットの宙を見る束。

 

「それにしても流石ゆーくん、指導も分析も今のいっくんに最適だったから勝てた。

 特に分析が無かったら、いっくんに勝ち目は殆ど無かったね。

 勿論、いっくんの努力は認めてるけど、それとこれは別の話だから。

 

 じゃあ、今日も私を楽しませてね。ゆーくんの夢、ISの可能性を」

 

そう呟く束は宙だけを見ていた……。

 

 

一夏がAピットに戻ると箒が飛んできた。

 

「よくぞ勝ったな! 一夏!」

「ああ、訓練と決定戦で得た経験のお陰でなんとかな」

「それがわかってるなら私から言う事は無い。

 

 次に向けて白式の整備に布仏妹が来てるぞ。

 早く預けて、しっかり休養を取れ。水分補給を忘れるなよ」

 

千冬は一夏が慢心しないよう声をかけ、次へ備えるよう指示する。

 

「じゃあ、おりむ〜。ここに置いてね」

「わかったよ、のほほんさん。任せた」

 

そう言いながら白式の待機形態をハンガーラックへ置く。

 

「任された〜」

 

そう言いながら展開された白式に本音がケーブルを次々と接続、チェックと補給を始める。

 

一夏はベンチに座ってスポーツドリンクを飲みながら休憩に。

すると不意に宙と目が合った。

 

「宙さんの情報のお陰で勝ちに繋がりました、ありがとうございます」

「お礼を言われる程のことではありませんよ。

 

 情報を活かすも殺すも本人次第です。

 私から言えるのは次も訓練の成果を出し切って下さい。

 

 事前検討の通り、どちらが残っても織斑君の白式とは相性が悪い。

 先程の試合よりさらに厳しいでしょうが常に考え続けて下さい。

 勝利を引き寄せるための努力は今でもできますから」

 

宙は正直に決勝で勝つ事の難しさを指摘してからアドバイスを贈った。

それは宙の優しさであり厳しさ、まだ勝負は終わっていないのだから……。

 

 

アリーナでは薫子と楯無が試合映像を出しながらトークを繰り広げていた。

 

『先程の試合。

 最後が見えませんでしたが拾った音声と映像から解説をお願いします、会長』

『そうね、織斑君がスモークグレネードで視界を奪ったのが勝利への布石。

 凰さんが視界確保と奇襲対策に武器を旋回しつつ衝撃砲を撃ってた様なんだけど……』

 

楯無は映像を止めると続ける。

 

『問題はここね』

『スモークの上空に織斑選手がいますね、ここからが本番だと?』

『ええ、視界が効かない中で凰さんがどこにいるのか。

 サーモグラフィーで確認した筈よ。

 

 その時、恐らく凰さんは全神経を傾けて織斑君を待ち受けていた。

 そして織斑君は零落白夜を確実に当てるため囮を使ったわ』

 

そう言うと映像を進める。

 

『一つ目が刀の投擲。二つ目がこの盾を下にした瞬時加速、しかもP.I.Cを切ってね。

 

 凰さんは勘で上からの攻撃に対応したんだと思うんだけど、二つの囮で後手に回ったわ。

 音声から青龍刀を重ねて防御しつつ後退を選んだけど……。

 間に合わなくて織斑君が飛び蹴りで青龍刀の防御を突破。

 

 そのまま零落白夜で一閃しつつ、上手く着地したって言うのが伺える全てね』

 

一夏はそれを聞いて、よくわかるもんだと思う。特に鈴の状況なんて。

 

『解説ありがとうございます、会長。それでは第2回戦の選手を紹介します。

 

 3組はクラス代表代理を立てました。

 1組の専用機持ちにして本年度首席を訓練機で成し遂げた、空天宙選手。

 対するは4組、日本国家代表候補生、更識簪選手』

 

簪と打鉄弍式のデビュー戦が迫っていた。

 

 

Bピット。簪は1人、宙の戦いぶりを思い出していた。

 

(射撃技術が異常に高い、機動力もあの回避から言って相当。

近接戦闘は見た事ないけど、お姉ちゃん曰くこっちも危険。

正直言って穴が無いオールラウンダー。

 

欠点という訳でじゃないけど手持ち武器しかない事で見れば対策は立てられる。

近接武器が刀なら対複合装甲用超振動薙刀の”夢現(ゆめうつつ)“で間合いを取りつつ戦えなくも無い。

あとは弾切れを狙うのが得策かな、けど攻撃以外に使う物なら何を出して来るか想像もつかない。

 

私の武装で最も有効なのは八連装ミサイルポッド“山嵐(やまあらし)”。

接近される前にマルチロックオンさえ終われば勝機が見えて来る。

 

機動力を“山嵐”で削ぐことが条件だけど速射荷電粒子砲2門の“春嵐(しゅんらい)”をより多く当てに行けるから。

 

懸念材料としては先に武装を破壊されること。これはこっちも機動性重視だから、なんとかするしかない。

いよいよとなれば経験で対抗する!)

 

簪は宙の脅威度を高く設定し、慎重に立ち回ることで勝機を見出そうとしていた。

 

 

第1回戦とは打って変わって空中で相対する2人。

開始の合図を待つ間に簪は宙の装備を確認していた。

 

(スナイパーライフル、アサルトライフル、鞘に収められた葵。前回と一緒だ……。

予備弾倉は武器と同じ側の膝下に一つずつか)

 

『それでは第2回戦の開始です!』

 

遂に開始のブザーが鳴った、だが第1回戦と違いどちらも動かない静かな立ち上がり。

 

簪は宙の攻めを待つ、無駄玉を誘発するために。

宙は簪の攻めを待つ、攻撃を封殺するために。

 

『おおっと、これは予想外の展開。両者全く動きません!』

『お互い目論みがあるんでしょうけど消耗戦狙いかしらね』

 

楯無はそう言いつつ簪を心配していた。

(宙さん相手に消耗戦は意味ないのよ、簪ちゃん……)

 

不意に宙が語りかける。

 

「できれば私はISを傷つけたくないんです、簪さん」

「でも、これは勝負だから」

「そうですか、わかりました」

 

突然の宙の言葉に簪は答える、それが開戦の狼煙になった。

 

先に攻撃したのは簪、春雷で宙を狙い撃つ。

それをひらりと交わした宙は簪の目の前にいた、首筋に刀を寸止めした体勢で。

 

 

2連加速(ダブルイグニッション)ですって!?』

 

楯無の声が響く。2連加速、瞬時加速を連続して行う高等技術。

大型スラスターが二対あって初めて可能になる物。

 

それを宙は見た目普通のスラスター4機でやってのけた。

つまりあのスラスターは見た目通りの性能じゃないことを意味する。

 

そして首筋に寸止めされた刀、それ程の速度をコントロールし狂い無く零にしたと言う事。

 

「国家代表クラスだな」

 

Aピットでそう小さく呟いたのは千冬。

2連加速ではなく、それを狙い通り止めての居合抜き。刀を寸止めするまでの技術から出た言葉。

やってやれない事はないのだ、2連加速は。問題はそれをコントロール出来るかと言う事。

 

そして、現実を突き付けられた本人である簪は春嵐での迎撃が出来なかった。

 

(見えなかった。仮に見えてても2射目より速く間合いに入られてた、それでも!)

 

納刀。その直後、宙の手に放り投げた銃が戻る。

そして、ゆっくりと間合いを離して行った、それは簪の目が戦意を失っていなかったから。

 

「やるからには出し惜しみは無しですよ、簪さん」

 

こうして試合は仕切り直しになった。

 

 

両者は開始当初の場所に、そして簪は考える。

 

(消耗戦は破棄、速攻で行くしかない。なら見た目でわからない山嵐で切り開く!)

 

「決まったようですね。では、来て下さい」

 

宙がそう言った瞬間、簪は後方へ瞬時加速。同時に山嵐を全弾撃ち、春嵐を連射。

二重加速封じと本命の同時攻撃に打って出た。

 

そしてマルチロックオン、後はマイクロミサイルが発射されるのを待つだけ。

 

けれど聞こえてきたのは轟音一発、それは山嵐が阻止された証拠だった。

 

 

「あはははっ」

 

束は宙の行動に笑い声を抑えられなかった。

 

「そうだよね、拡張領域に武器を積むのすら嫌うゆーくんがさ。

 IS本体から打ち出すミサイルなんかまともに使わせる訳ないよね!」

 

一部始終を見てとった束が言う。

 

「今度はワイヤーアンカーのseedかぁ。

 きっとわかってたんだろうね、あのミサイルが多弾頭ミサイルだって。

 

 だから高速のseedを6機飛ばしてアンカーで掴んで解放できなくした。

 そして、そのまま同じ所目掛けてワイヤーを射出。

 地面直前、アンカーから解放してワイヤーを高速で巻き上げたんだね。

 

 後は自爆して終わり。

 

 またまたいい装備だね。

 繊細さが必要な時は機械腕、回収目的や除去ならワイヤーアンカー。

 ホント、宇宙開発の事しか考えてない最高のISだよ!」

 

そう言うと今度は打って変わって寂しげな表情になる。

 

「やっぱり一貫性がなきゃね、じゃないと束さんみたいになっちゃうから」

 

モニターを見つめる束は宙を見ながらそう呟いた……。

 

 

(なんで!? どうして一度も使った事のない山嵐が対応されるの!?)

 

疑問に思いながらも宙の動きを見ながら、いつでも回避できるように簪は備える。

 

春雷を偏差射撃で撃ちつつ夢現を手にして臨戦体制、集中力を切らす事は無かった。

 

「簪さんは一緒にアニメの話をしたこと覚えていますか?

 

 その時、聞いた好きなタイプの機動兵器。

 主役機よりロマン武器搭載機が好きだと言ってましたね。

 

 打鉄弍式の近接武器は薙刀で物理攻撃。

 目に見えるのは荷電粒子砲でエネルギーを消費します。

 しかし手持ち武器に実弾装備が無い。

 

 日本の第3世代構想はプログラムです、なら残る選択肢は一つ。

 実弾、それもコントロール出来る物となれば自ずと限られる。

 

 私の予想は派手な演出でロマン溢れるマルチロックオン式多弾頭ミサイル。

 どうやら当たっていたようです」

 

その言葉で簪は納得した。

何故なら、そう言うコンセプトで専用機を依頼したのは簪自身だから。

 

そして理解した、射撃では宙を落とせない。なら危険でも近接にかけるしかないと。

夢現を手にブーストで慎重に間合いを詰めて行く簪、それを見て宙は銃を捨てると提案する。

 

「簪さん、近接戦闘一本勝負。武術だけで如何ですか?」

 

それは機動力で敵わない簪にも勝機が出る提案。

 

「……受けます」

「では、地上で決闘と参りましょう」

 

2人は降下すると間合いを取り、勝負が再開されようとしていた。

 

 

『緊迫した展開に実況が追いつきませんでした。

 会長、解説お願いできますか?』

『ええ、簪ちゃんの初撃を宙さんは回避すると同時に二重加速からの居合抜き寸止め。

 宙さんはこれでも試合を続けるか降参するかの見極めをしたわ。

 

 簪ちゃんから続行の意思を感じたんでしょうね。

 認識を改める機会を与えた事で即時全力戦闘へ発展。

 

 簪ちゃんは瞬時加速での後退、二重加速封じの荷電粒子砲連射。

 切り札で1発辺り8発のマイクロミサイルをマルチロックオン出来る山嵐。

 それを最大の6発、合計48発のマルチロックオンミサイル発射。

 

 宙さんは回避しつつ遠隔制御可能なseedのアンカーを使用。

 6発からマイクロミサイルが発射される前に阻止。

 そのままワイヤーを地上の一点に向け伸ばしてミサイルを解放。

 高速でワイヤーを巻き戻し、ミサイルは全て一箇所で爆発した。

 

 そして宙さんは武術だけの近接戦闘一本勝負を申し出て簪ちゃんが受理。

 

 これからそれが始まるわ』

『ありがとうございます、会長。

 では刮目して勝負の行方を見るとしましょう!』

 

その返答を聞きながら楯無は思う。

 

(簪ちゃん、確かに1番可能性がある方法だけど宙さん相手にそれは悪手よ。無理しないでね)

 

妹を心配する姉の姿がそこにはあった……。

 

 

簪は慎重に間合いを図り、薙刀の結界を意識する。

リーチの差は歴然、無理に飛び込む必要はない。

 

冷静に宙の全体を捉える所謂周辺視によりどう動こうと対応する。

それだけに集中していた。

 

すると宙は刀の柄に手を添えて無造作に歩き出す。

そして簪の薙刀を抜刀して受け流し、追撃に即応しては納刀。

 

一歩下がる簪、それを詰める宙。

その度に甲高い金属音が響く。

 

アリーナはいつの間にか静まり返っていた。

 

(どの方向から斬りつけても受け流される、追撃にしても同じ。

けど相手の間合いに入るのは絶対駄目、なら……)

 

簪は突きを選択した。

そして、詰められる前に最速の突きのため初めて一歩踏み込んで放つ。

 

(交わされた! 石突きからの防御! 相手の威力を利用してもう一度間合いを取る!)

 

だが、思った程の衝撃は来なかった。それは石突きが逸らされたから。

続いて感じたのは風圧。

 

「なんでもう一刀が……」

 

そして気づいた。

 

「さ、や?」

「ええ、鞘です。そして決着ですね」

 

アリーナは歓声に沸き返った。

 

『遂に決着! 勝者は3組代表代理、空天宙選手!!』

 

そんな中、宙は問いかける。

 

「簪さん、私は卑怯ですか?」

 

簪は首を振る。

 

「条件は近接戦闘、刀だけと決め付けたのは私です。

 “身につけている物だけが武器”なら、鞘だって武器になる。

 

 それに毎回納刀する必要は無かった、それを不自然と思わなかった落ち度ですから」

 

宙は手を差し出し、簪はその手を握るとお互い笑みを浮かべた。

 

残すは決勝、代表候補生でも無い専用機持ち同士の一戦で勝者が決まる。




IS同士の戦闘で、宙にメタられて勝つのは至難の業です。
それを戦闘中に簪は察しました。

しかし、勝負を諦めるほど今の簪は精神的に弱くありません。
そこで危険と知りつつも可能性のある一本勝負を受けました。

ISを纏って互角のパワーアシスト(宙はパワーアシストをマイナス補正済)。
生身の宙よりは勝負になります。

結果は読んでいただいた通りです。
私としては簪の薙刀が相当の物だと表現できていればいいなあと思っています。

かんちゃん、頑張ったね!


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ep30:クラス代表対抗戦 一夏 VS 宙

クラス代表対抗戦も遂に決勝!
原作主人公の一夏と本作オリ主の宙、師弟対決です。

あ、結果はわかってるとか言いながら石投げるのはやめて下さい!
読まないとわかりませんから、ね、ね?


Bピットに引き上げた宙と簪、そこへ白式の整備を終えた本音がカートを押して入って来た。

そのカートには幾つもの銃器が。

 

「そらりん、持って来たよ〜。ついでにスポーツドリンクも〜」

 

宙は念のためハンガーラックにウィステリアの待機形態。

首にあるクロスされた太めのチョーカーを置いて展開。

 

「ありがとうございます、本音さん」

 

笑顔と共にそう言いながら次々とケーブルを接続。

空間ディスプレイとキーボードを複数展開して一気にチェックを開始。

微調整とシールドエネルギーの補給を行う。

 

それを初めて見た簪はその驚異的な速さに驚いていた。

まあ、簪も十分速いのはご存知の通りですが。

 

「かんちゃん、最後は惜しかったね〜。お疲れ様〜」

 

そう言いながら、宙と簪にスポーツドリンクを渡す本音、受け取った2人は喉を潤した。

 

「ありがとう、本音。でも、まだまだだよ。

 お姉ちゃんも宙さんも強い。

 まずは学年別トーナメントで宙さんにリベンジを果たさなきゃね」

「でしたら、また一緒に訓練しましょう。打鉄弍式にも改良の余地がある筈です」

「是非」

 

そう言った2人は笑顔で、本音もニコニコと見ていた。

 

 

Aピットでは一夏が新たに得た宙の情報から対策を考えていた。

 

「一夏、二刀流相手の訓練は鈴を想定してやってきた。

 注意すべきは宙さんの方が速い点だ」

 

箒に続いて千冬。

 

「本来、教師が肩入れするのは好ましく無いのだが……。

 

 二連加速への対策は更識妹が見せた、瞬時加速よりカウンターダメージは高い。

 アサルトライフルでも十分な威力になる筈だ」

「どちらにせよ、俺は全力を出すだけだ。箒・織斑先生、ありがとうございます。

 整備も、のほほんさんのお陰で準備万端。後は俺次第だ」

 

一夏は気合いを入れて立ち上がった。

 

「ああ、その通りだ。行ってこい」

 

そう言って千冬は送り出した、一夏の無事を願って。

 

 

連戦となる宙のためインターバル中のアリーナではこんなやり取りが。

 

『さて、ここで振り返ってみましょう。

 

 第1回戦は戦術を駆使して白式のワンオフアビリティ。

 零落白夜で織斑選手が勝負を決めました。

 

 第2回戦は機動とアイデアを駆使した空天選手により異例の近接戦闘一本勝負に発展。

 ISを纏っての武術による緊迫した試合を自由な発想により空天選手が制しました。

 

 こう見ると対象的な試合でしたね、会長』

『そうね。

 第1回戦は一般的なISバトル。

 第2回戦は宙さんの信念に基づいたISを傷付けない手段での勝負。

 

 実は宙さんがISにダメージを与えたのはクラス代表決定戦の一回のみ。

 その時も一撃勝負だったわ。

 

 けど、次の試合はそうならないでしょうね』

 

楯無は一夏の性格とこれまでの戦いぶりからそう判断していた。

宙が幾ら誘導しようとしても乗らないだろうと。

 

『理由を伺ってもいいでしょうか、会長』

 

『織斑くんはシールドエネルギーが無くならない限り勝負を諦めないのよ。

 零落白夜で一発逆転がある以上、不利な一撃勝負は受けないわ。

 

 だから、どちらかのシールドエネルギーが切れるまで試合は終わらない。

 それでも宙さんは提案するんでしょうけどね』

 

(どちらも実績の必要な操縦者、今回ばかりは宙さんも攻撃せざるを得ないでしょうね。

それとも卑怯と呼ばれる覚悟でseedによる捕獲を行なってでも観念させるか。

他の手段も考慮すべきね、どちらにしろ難しい所だわ……)

 

楯無は優しい宙がどんな手を使うか考える。

だが手の内を全て晒した訳では無いとの予想から断言するには至らなかった。

 

 

「理想的な展開だってなんで気付かないかな?

 2人共、国家代表候補生を倒してるんだよ?

 

 いっくんには十分な実績、後ろ盾があるからね。

 ゆーくんは勝ち続けるしか無い、簡単な話だよ。

 

 でも、ゆーくんは傷つけたく無いんだよね……。

 いっくんは空気読めないから解説もあながち間違いじゃないけどさ」

 

束はそう1人呟く。

 

「どうやって収めるつもりかな。

 きっと最悪もゆーくんは覚悟してるんだね……。

 

 可哀想なゆーくん。でも、束さんがついてるから安心してね。

 どんな収め方になっても、ゆーくんは仕方なくやったってわかってるから」

 

無機質な部屋に束の声だけが響いた。

 

 

『さあ、遂に決勝戦を迎えました。映えある選手を改めて紹介しましょう!

 

 1組、世界唯一の男性操縦者、織斑一夏選手。

 3組、クラス代表代理。

 1組の専用機持ちにして本年度首席を訓練機で成し遂げた、空天宙選手。

 

 共に代表候補生を下しての決勝進出』

 

Aピットから一夏が登場、ISを纏わず待機する。

 

するとBピットからは宙がISを纏って登場。

それを見た誰もが目を疑った、何故なら今までにない重装備だったから。

 

アサルトライフル×4、スナイパーライフル×1

そして鞘に納められた葵×2

しかもアサルトライフルはseedが保持するという出立ち。

 

それを見たセシリアは既視感を覚える。

 

「アレはブルーティアーズを模してますの?」

 

その言葉を掻き消す様にアナウンスが流れた。

 

『それでは決勝戦開始です!』

 

今出来る最速で一夏は白式を纏う、それと同時に開始のブザーが鳴った。

 

 

完全武装、一夏が抱いた感想はそれだった。

 

「こんな時、セシリアは訓練でこう言ってましたね……。

 さあ、踊りなさい! わたくしとウィステリア・ティアーズの奏でるワルツで!」

 

ビットより高速なseedのアサルトライフルが移動しながら火を噴く。

一夏が避けた先、避けた先に着弾するそれはまさにブルーティアーズそのものだった。

 

「やはりそうなんですのね、でも何故……」

 

その攻撃方法はセシリアの予想通りだった。だが、疑問が残る。

 

「何故当てませんの? 宙さんなら確実に命中する筈。

 何か目的が……、まさか!」

 

セシリアが気付いた時、Aピットの千冬も気付いていた。

 

「有難い話だが……。味な真似をする物だな、空天」

「どう言う事ですか? アレは一夏が避けているだけでは?」

 

疑問に思った箒に千冬は答える。

 

「空天が意図的に外して、織斑が回避してる様にみせかけている。

 本気で狙っていれば、とっくに蜂の巣だ。

 

 アレはな、織斑の現状を踏まえて実績作りをしてるんだ。

 良い勝負をしたと記録が残る様にな」

 

箒は唖然とした、宙がそれほど真剣に一夏を守ろうとしている事に。

そして、わかってはいたが隔絶した実力に……。

 

 

「ゆーくん……」

 

束は宙の想いに胸が熱くなった。

 

自分の方が危ないのに一夏を守ろうとする気遣い、例え一夏に憎まれても構わないと。

 

「いっくんは必死だから気付かないよね、多分。

 でも、私やちーちゃんにはわかるよ。

 

 真剣勝負を汚してでも守りたいんだね、”自分の力“で」

 

そう言うと今度は悲しい表情になる。

 

「いっくんはそれでも最後まで戦おうとする。だって、ちーちゃんを見て来たから。

 

 結局、戦闘は避けられないんだね。

 だからこそ、ゆーくんは一方的な試合にならない様に……」

 

束は願った。どうか一夏が提案を受け入れてくれます様に、と。

それは切実な想いだった……。

 

 

一夏は回避に必死で考える余裕が無かった。

 

seedの速度を活かしたアサルトライフルからの精密射撃。

レーザーより遅いからこそ“全弾”避けられているがいつまでも続くとは思えない。

 

しかも時折、スナイパーライフルからの狙撃が混じり反撃はおろか脱出さえ困難。

ひたすら焦りが募る中、宙からの提案が聞こえて来た。

 

「織斑君、ご存知の様に私はISを無闇に傷付けたくないんです。

 ですから簪さんと同じく近接戦闘一本勝負、武術のみを受けませんか?」

 

何を今更と一夏は憤る、散々攻撃しておいて傷付けたく無い?

俺が避けてなかったら今頃蜂の巣だったと。

 

「断る!」

 

そう言った瞬間、無理矢理瞬時加速で離脱を図ると”成功“、”運良く“無傷だった。

 

「俺は俺の力で未来を切り開く! あんたが教えてくれた力で!」

「……織斑君の力とはなんですか?」

「千冬姉から受け継いだ零落白夜、それで俺は家族を仲間を友人を守って見せる!」

 

それを聞いて宙は落胆した。

 

「言った筈です、それはISの能力であって織斑君の力では無いと」

「悪いがあんたの言葉はもう信じられない、俺は俺の道を行く!」

 

そう言った瞬間、一夏は隠し玉を使った。

 

 

「一夏! 違う!」

 

それはAピットから。

 

「違うよ! おりむー!」

「勘違いしてる!」

 

それはBピットから。

 

「織斑さん! それは違いますわ!」

「何言ってんのよ! 一夏!」

 

それは観客席から。

 

『織斑君、それは違うわ!』

 

それは実況席から。

 

けれど、その声は届かなかった。

冷静さを失った今の一夏は宙を倒すことだけに集中していたから。

 

放たれたバズーカの砲弾が宙に迫り大きく口を開けて何かを吐き出した。

隠し玉はネットランチャー。広がったネットが宙を捕らえる寸前ショルダーアーマーが広がった。

だがショルダーアーマーごと捕らえたのを確認すると即座に瞬時加速。

そこにショルダーアーマーがある以上、宙は動けないと一夏は判断した。

 

そして被弾覚悟の……。

 

「零落白夜ああぁぁぁあ!」

 

全力で振り切った……筈だった。

 

「え? 何で俺に、零落、白夜が?」

 

確かにネットは切り裂かれていた。

だが、宙は目の前にいて一夏の肘関節内側と手首外側を押し曲げ自刃させた。

そして、そのまま徐々に押し下げる。

 

『織斑選手、シールドエネルギーエンプティ! 空天選手の優勝です!』

 

それが一夏の聞いた最後の言葉だった。

 

 

実況席、モニター。

そして宙の前以外の観客席で見ていた全員が目撃した。

 

宙はネットに捕らえられる寸前、ショルダーアーマーを分離して後退。

ネットが切り裂かれた瞬間、ショルダーアーマーを左右に”移動させた“。

そして、その隙間を二重加速で擦り抜け、まだ零落白夜発動中の一夏に迫り……。

 

後は言うまでもないだろう。

連続回避、瞬時加速2回、発動しっ放しの零落白夜、そして自刃。

これだけ使えばシールドエネルギーは尽きる。

 

歓声に包まれながら宙は気絶した一夏をAピットに運ぶ。

箒が用意して置いたストレッチャーに寝かせると宙が口を開いた。

 

「怪我はありません、関節も痛めないように最大限配慮しました。

 気絶しているだけですが、念のため保健室へお願いできますか? 箒さん」

「あ、ああ。宙さんこそ大丈夫なのか? 顔色が……。

 それとスポーツドリンクはそこに」

「自業自得ですから。さあ、行って下さい。

 

 早く織斑君を休ませてあげて下さいね。

 箒さんが一緒なら織斑君も安心できるでしょうから。

 

 スポーツドリンクは遠慮なくいただきます」

 

後ろ髪引かれながらも箒は保健室へ。

 

「すまない、空天。お前の想いを汲み取れなかったのは私の所為だ」

「いえ、織斑先生の所為ではありません。

 私がしたことで想定もしてはいましたから。ただ、その中の最悪だっただけです」

「そうか。表彰式の時間を少し遅らせておく、更識に上手く時間を繋がせよう。

 お前も少し休め」

「お気遣いありがとうございます」

 

そう言うと千冬も出て行き、Aピットには宙1人。

 

ISを解除してスポーツドリンク片手に壁へと背を預けた宙。

そして、そのままズルズルと座り込んでそれに口をつける。

 

「また失った……」

 

そう呟くと項垂れた宙はペットボトルを置く、そして意識は途切れた。

 

 

簪は走った、Aピットにいる宙の元へ。

 

「まってよ、かんちゃーん!」

「ごめん、本音。先に行く」

 

簪は心底心配していた、宙は絶対傷ついてるという確信があったから。

 

さっき見かけた千冬、なら宙は今1人の筈。

やっと辿り着くと勢い良くAピットに飛び込んで宙を探す。

 

「いた!」

 

見つけた安心。けれど、その痛々しい姿を見てはそれも吹き飛んだ。

駆け寄って覗き込むとあまり顔色は良く無いが寝ているのがわかった。

それと同時に零れ落ちた涙の跡も。

 

簪は宙を思わず抱き寄せ、楽な体勢に。

それが良かったのか多少顔色が良くなって寝息も深くなった。

 

「大丈夫、宙さん。私が、更識簪が守るから」

 

それは誓い、簪だけが知る宙への約束だった……。




宙、一夏のために頑張る。 → 一夏、察せずキレる。
傷心の宙、それでも頑張る。→ 一夏、冷静さを欠き負ける。
宙、一人現状を嘆き寝落ち。→ 簪、守る事を誓う。

古くから相手の武器で倒す業は幾つも存在します、宙がやったのはそれです。

簪は姉妹仲を取り持ってくれた宙の秘密を知り、その状況で一夏のために行動した宙が不遇過ぎて心配に。
惨状を見た簪は母性本能からか宙を癒そうとして行動し、友人として護衛として守ると誓いました。
なんせ初任務ですし。
護衛は更識姉妹ですが臨海学校について行ける事から簪の出番も増えそうですね。

では、次回をお楽しみに!


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ep31:表彰式に贈り物を

現在、一夏は呑気に気を失ってる最中。
宙は簪が付き添って精神的疲労から睡眠中。

では、続きをどうぞ!

追伸
楽しんで下さっている方、良かったら高評価で応援お願いします!
どんどん一話辺りの文字数が増えているしおんからのお願いでしたm(_ _)m


千冬の要請を受け、楯無と薫子はゆっくり解説して時間を稼ぐことにした。

 

『表彰式の前に決勝戦を振り返ってみましょう。会長、お願いできますか?』

『ええ。まず驚いたのは、宙さんの装備ね』

『確かに驚きました、今まで最低限だったのが真逆の完全武装でしたから』

『そうね、試合開始直後の発言からイギリス国家代表候補生の専用機。

 ブルーティアーズを模したことがわかってるわ。

 

 遠隔操作可能で内蔵装備が選べるseed。

 その機械腕にアサルトライフルを装備して擬似ビット化。

 精密な偏差射撃で織斑くんを攻撃。

 

 織斑くんはそれをギリギリで避け続けざるを得ない状況になった。

 時折飛んでくる狙撃で離脱も出来ないから凌いだ織斑くんは大したものよ』

 

こうして楯無の解説は続く、宙の意思を尊重して一夏を評価する発言をしながら。

 

 

温かい、それが宙の抱いた感想。確か自分はAピットの床に座って……。

そこまで思い出した宙は目を開けると自分が誰かに後ろ抱きされていると気付いた。

 

「よく眠ってたね、顔色も良くなった。大丈夫?」

「簪さん?」

 

その声に聞き覚えがあった宙は振り返ってその名を呼んだ。

 

「私もいるよ〜」

 

声から方向を察して見ると本音。

 

「とりあえず水分補給しよ?」

 

渡された飲みかけのスポーツドリンクを飲み干す。

それが徐々に浸透したのか、宙は動く気力と体力を取り戻して行った……。

 

 

束はまたも願いが届かなかった現実に、ただただ悲しんだ。

 

「うん、わかってた。きっと、いっくんは気付かないって。

 でも気付いてくれた人だってちゃんといて、今も寄り添ってくれてる人がいる……」

 

どうしてこんなに世界は理不尽なのかと束は思う。

束や宙の様に持つ者、持って生まれてしまった者に試練を与えるのかと。

 

「生まれはさ、選べないんだよ。でも生き方は選べる。

 ただ選んだ生き方さえ否定されたらどうしたらいいの?

 

 いっくんだって納得してたよね、訓練最初の話。もう忘れちゃったの?

 ゆーくんが自分も大変だって知らないから? でも他の子はわかってくれてる。

 

 違いは自分が苦労して来たかかな? ちーちゃん、過保護過ぎたね。

 正直言って箒ちゃんには悪いけど、今のいっくんには任せられないよ。

 だって今のいっくんじゃ何も守れないから。

 

 ゆーくんの言う通り、零落白夜は封印した方がいいかもね。

 最悪、一度専用機を……。ちーちゃんに相談してから決めるかな……」

 

束の呟きは苦渋に満ちていた……。

 

 

『表彰式が終わるまでは待ってあげるわ、最後の栄光だもの。それが終わったら……』

 

「わかっている。

 織斑千冬を人質に空天宙からISを奪う、抵抗すれば織斑千冬を殺す」

 

まるで決められた台詞を機械の様に棒読みする少女。

 

『良い子ね? 今回こそ、しっかりやりなさい?

 

 ああ、私達に関する情報以外なら話してもいいわ。冥土の土産にね。

 でも余計なことを話したら……、わかっているわね?』

「了解」

 

通信が終わると身を潜め時を待つ、そんな少女からは人間味が感じられなかった……。

 

 

表彰式が始まろうとしていた。

表彰するのはその学年の学年主任、つまり一年は千冬である。

 

そうなれば必然的にアリーナは超満員。

 

「はぁ、こう言う事は苦手だ。山田君、聞こえるか?」

『感度良好です、織斑先生』

「継続して警備・指揮の担当を頼む」

『了解です』

 

千冬は真耶に警備を一任して宙に声をかけた。

 

「呼ばれたらISで飛行して表彰場へ、来る時は笑顔で手でも振ってやれ。出来るか?」

「はい。問題ありません、織斑先生」

「よし、では先に行く。気が重いがな」

 

そう言って苦笑いを浮かべながら千冬はアリーナへと入っていった。

 

 

『それでは表彰式を行います。

 優勝者は3組代表代理、1組の空天宙さん。表彰場へ向かって下さい』

 

そのアナウンスに従い、宙は笑顔で手を振りながらアリーナへ。

通常なら表彰台なのだがISを纏っている関係上白いシートが敷かれた表彰場が使われる。

 

万雷の喝采が響くアリーナ、そして宙はその場へ軟着陸した。

 

『皆さん、静粛に。それでは織斑先生、お願いします』

 

その声に千冬は賞状を朗読、優勝賞品と共に宙へと手渡す。

 

アリーナに響き渡る拍手、それに宙が笑顔で応えた……その瞬間、轟音。

アリーナのシールドバリアが破られ地面を抉る。

 

そして宙と千冬の視線の先、恐らく荷電粒子砲と思われる装備を担いだ蝶の様なISが見えた。

 

「山田君! 山田君、聞こえるか! チッ、ジャミングされてるか」

 

その間に表彰状と賞品を拡張領域に収納。合わせて宙は努めて冷静に状況を把握、報告する。

 

「落ち着いて下さい、織斑先生。

 観客席・ピットのシャッターが降りています。

 内部の状況は不明ですが当面危機はありません」

「という事はだ。ヤツの狙いは私かお前、もしくはIS。

 最悪、全てかもしれん。見事に孤立させられたな」

「単独犯ではありませんね、恐らく組織的犯行。

 内通者もいると思われます、もしかすると噂の機業かも知れません」

 

そう言うと2人は慎重に出方を伺った……。

 

 

その頃、観客席に閉じ込められた生徒は混乱状態だった。

 

「どうやら閉じ込められた様ですわね」

 

セシリアがそう言うと、丁度コアネットワーク経由で通信が入る。

 

〈私は教員の山田真耶です、専用機持ちの皆さんに通達します。

 現在、アリーナ全てのドアがロックされ、上級生の有志が自主的に対応中。

 ですが相当の時間を要します。

 

 よって緊急事態につきISの展開を許可。

 各々最適な対応で生徒の安全確保、避難誘導を行って下さい〉

 

情報を共有した2人。

 

「だそうよ。で、甲龍のパワーならドアを開けられる」

「では、わたくしが皆さんへの対応を」

 

そう言うとセシリアはよく通る声で指示する。

 

「わたくしはイギリス国家代表候補生のセシリア・オルコットです。

 まずは皆さん、落ち着きなさい!

 

 これからISでドアを開放します、危険ですから場所を開ける様に。

 よろしいですわね!」

 

すると若干落ち着きを取り戻した生徒達が道を開けた。

 

「やるじゃない、貴族の面目躍如ってところね」

「当然ですわ」

 

自信に満ち溢れた表情で告げるセシリアに鈴も応える。

 

「なら、次は私の番ね。私は中国国家代表候補生の凰鈴音よ!

 

 これからISを展開してドアを開けるわ。けど慌てず落ち着いてゆっくり避難しなさい。

 ドミノ倒しになったら死ぬわよ、いいわね!」

 

そう言うとドアの前で甲龍を展開。

双天牙月を一閃して隙間を作ると力任せにドアをこじ開けた。

 

先程の脅しが効いたのか慌てず避難する生徒達。

 

「流石ですわね」

「それこそ当然でしょ? じゃ、次に行くわよ」

「ええ」

 

そう言うと2人は次へと向かう。

同じ頃、他の専用機持ちが様々な状況下で避難させていたのは言うまでもない。

 

 

宙はコアネットワーク経由の情報を千冬に伝える。

 

「山田先生より専用機持ちへの全体通信です。

 現在全てのドアがロック中、緊急事態につきISの展開を許可。

 アリーナから生徒を安全に避難させるよう指示がありました」

「素早い判断でいい指示だ」

 

するとそれを拾ったのか未確認機がゆっくり降下、そして声がかかる。

 

「生徒の安全は保障する、目的はそのIS。

 抵抗すれば織斑千冬を殺す、速やかにISを解除し渡して貰いたい」

 

その話し方には違和感があった。意思が感じられないというか、機械的というか。

そこで宙は一計を案じる。

 

「渡すのは構いませんが、先に織斑先生の安全を確保させて下さい。

 それとも貴女は織斑先生を殺したいのですか?」

「人を、織斑千冬を殺すのは嫌だ」

 

そう言った時、バイザーの影から涙が溢れる。

 

(やはりナノマシンによる強制。特に織斑先生への反応が顕著すぎる……もしや関係者?)

 

「何を言っている? 空天」

 

宙は千冬を無視して続ける。

 

「なら、安全確保させて貰いますね」

 

無言で頷くのを見て宙はゆっくりとショルダーアーマーを分離。

有無を言わせずそれで千冬を閉じ込めた。

 

よく見れば口が動いてるのに気付いた宙、それを読唇術で読むと……。

 

(た、す、け、て!?)

 

宙は不自然にならないようISを解除して、黒いスーツ姿になった。

 

(ど、う、す、れ、ば、い、い)

 

「このISは特別、知っていますね?」

 

(な、の、ま、し、ん、む、こ、う、か……か、なるほど出来ますね)

 

「ああ、知っている」

 

(で、き、る、き、ぜ、つ、さ、せ、て)

 

一瞬驚いた雰囲気を感じた。

 

「デリケートなので手渡ししかできません」

 

(こ、の、ま、ま、で)

 

(ち、か、ず、い、て、く、れ、れ、ば)

 

「わかった、抵抗すれば殺す」

 

そう言うとビットが6機飛んだ。

 

(セシリアより遥かに上! 偏向射撃が出来るかも知れませんね)

 

宙は自然に見せかけながら身体の各所を捻り業の準備を完了する。

 

(き、て)

 

そして差し出された手、待機形態のISを置くと同時に握って引き寄せる。

予想外の力で頭が下がり、そこへ宙の左掌底、一瞬で顎を打ち抜いた。

 

「がっ!」

 

気絶と同時にISが解除されたその子を受け止める。

そして即座に手にしたままのウィステリアからナノマシンを対消滅させるナノマシン入り特殊注射器を取り出すと首筋に打ち込んだ。

 

「ふう、上手くいきましたね。流石に通しはISであっても防げませんから。

 コンバットスーツと対IS用グローブやプロテクタ一式が役に立って何よりです」

 

そう言いながらウィステリアを首に戻し展開、千冬を解放した。

 

 

「へぇ〜、生身でISを倒すヤツが織斑千冬以外にいるとはねぇ。

 そうは思わねぇか、スコール」

「そうね、ISは手に入らなかったけど良い子を見つけたわ。

 やっぱりMは駄目ね、あの子を変わりに貰いましょう」

「あたしだけでいいだろ!」

 

拗ねるなんて可愛いわね、とスコールは思う。

 

「あの子は駒よ、愛してるのはオータムだけ」

「……わかったよ、引き上げようぜ? スコール」

「ええ、帰りましょう?私達の家に」

 

そう言うと2機のISは飛び去った、不穏な言葉を残して……。

 

 

千冬はことの詳細を聞いて驚けばいいのか、感心すればいいのか。

とにかく困惑していた。

 

しかも、襲撃者が若い頃の自分そっくりとくれば頭が痛くなる。

だが間違い無くこの子は被害者、それだけは十分理解していた。

 

「今日は厄日だ。織斑はやらかしてくれるし、問題児は降って湧く」

 

「すみません、私が至らないばかりに……」

 

(馬鹿か、私は! 1番の被害者は空天だと言うのに!!)

 

「すまん、言い方が悪かったな。空天は良くやってくれた。

 正直、感謝してもしきれないのにウチの愚弟が迷惑をかけてすまん。

 

 ともかく、この子の事は口外禁止だ。ISも含めて事情を聞かねばな」

 

そう言って何か良いものは無いか思案してると手渡された。

 

「伊達眼鏡とウィッグです、これで凌げると思います」

「何から何まですまんな」

「いえ、この子を助けると決めたのは私ですから」

 

千冬は思った、これではどっちが大人かわからないと……。

 

 

騒動の最中、校舎の保健室にいた一夏と箒。

 

箒は真耶からの全体通信を聞いたが、一夏が狙われる可能性を考慮して留まった。

まあ、それは半分建前で一夏が心配だっただけだが。

 

避難誘導の通信が入ってから30分程経った頃、今度は全校放送が響く。

 

『教員の山田真耶です、時間経過でシステムは自然復旧しました。

 全生徒は自室で待機して下さい、繰り返します……』

 

「良かった……、何も無くて」

 

未だ眠り続ける一夏を見ながら箒は安心した……。

 

 

千冬と宙は全校生徒が自室に戻った頃を狙って、校舎の地下に来ていた。

 

「この医務室で拘束する、事情がわからない以上……」

 

〜♪

 

「このタイミングでか、なんだ?」

 

千冬は宙に聴かせないため、あえて名前を呼ばない。

 

『その子の事。

 はっきり言うとちーちゃんの細胞に手を加えて生み出されたクローンだよ。

 

 亡国機業(ファントムタスク)で活動してたみたいだけど見捨てられたね、きっと。

 ナノマシンでコントロールされてた見たいだから、さっきの対応がベスト。

 

 とりあえず後はゆっくり休ませて話を聞いてあげてね。

 多分、ちーちゃんになんらかの拘りがあるから優しくだよ』

「ああ、わかった。ではな」

 

千冬は手早く電話を切ると続きに入ろうとして、よく見れば電話の間に宙がベットに拘束済。

そして悲しげな表情を浮かべながら彼女の姿を見つめる宙の姿が目に入った…。

 

 

宙はやっと自室に戻って来た、ドアを開けると楯無の姿が見える。

 

「無事でなによりです、楯無さん」

 

宙は微笑んで言った、けれど……。

 

「宙さん、こっちに来て」

 

コンバットスーツから制服に着替済の宙は呼ばれるままに楯無の元へ。

 

「どうしました……」

 

言い終わる前に手を引かれ、楯無に抱き抱えられていた。

 

「もう我慢しなくていいのよ、宙さん」

 

宙は正直に言って限界だった。

声を殺して泣き出す宙、それを楯無は労わる様に抱きしめる。

 

「大丈夫よ、宙さん。貴方の事を理解してくれた人はちゃんといるんだから」

 

そう言って宙を安心させようとした楯無。

緊張の糸が切れたのか、宙は泣きながら眠りについた……。




表彰式を亡国企業が襲撃。
ゴーレムは知らない子ですが何も起きないとは言ってませんw

ナノマシンで自由に身動きが取れないMと呼ばれた少女。
Mと宙の機転によってなんとか助け出されました。

念のため拘束中のMは何を語るのかが気になるところです。

宙は色々あり過ぎてボロボロ。
なんとか部屋に戻り、楯無の気遣いで仮面は割れました。

今はただゆっくりと休んで欲しいものです。

一夏は大事な時に気絶からの睡眠中。
がんばれ、原作主人公!(なお、性格はあまり変わってない模様)

そしてスコールのターゲットにされた宙、今後の波乱を予感させますね。

では、次回をお楽しみに。


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ep32:真実をどう捉えるかは本人次第

Mと呼ばれた少女は何を語るのか。
保健室の一夏は?

表彰式襲撃事件の後半スタートです!

追伸

早速の応援ありがとうございます!
楽しめましたら高評価での応援を今後ともよろしくお願いします。
更新のためにも、完結のためにもm(_ _)m


不意に目が覚めたMは、生きていることに感謝した。

宙は自分を本当に助けてくれたんだと思わず涙が溢れる。

 

「それにしても効いたな。所詮、ISも万能では無いと言うことか」

 

Mは改めて驚いていた。

まさかサイレントゼフィルスを装備した自分が引き倒されるなど予想外だと。

 

お陰で顎に良いのを貰ってこの様だと自嘲するM。

しかも見えていた訳では無い、結果からそうだと判断したに過ぎない。

 

Mはそこまで考えてから辺りを見回す。白い部屋、病室だろうか。

起き上がろうとして拘束されていることにMは気がついた。

 

「当然だな」

 

身元不明で千冬に生き写し、ISでの襲撃者。

事情があれど、Mは間違いなく犯罪者だ。

自由に動き回れると考えるほど愚かではなかった。

 

それにしてもこの待遇、犯罪者にしては良すぎる。

独房に放り込むのが普通だとMは思う。

 

差し詰め事情がわからない事による暫定措置。

それでもこんなに清潔な部屋で過ごせることをMは素直に喜ぶ。

今までの環境に比べれば天国の様だと。

 

「あの人にお礼がしたいな」

 

そう言った後、Mは目を閉じた……。

 

 

次にMが目を覚ましたのは物音に反応したからだ。

 

「いい勘をしているな、体調はどうだ?」

 

Mは首を動かして視線を合わせる。ああ、やっと会えたと感慨深いものがあった。

とりあえず質問に答えるM。

 

「体調は問題無い、知りたいだろう事を話す」

 

Mがそう言うと千冬が頷いた。

 

「私は織斑マドカ、千冬姉さんの遺伝子を操作して生まれた存在。

 姉さんとの違いは近接ではなく射撃適正が極めて高いこと。

 これにより失敗作の烙印を押されたが私の知ったことでは無い。

 

 ……姉さんにずっと会いたかった私は研究所から逃げた。

 だが、逃げた先で亡国機業に捕まり、ナノマシン漬け。

 色々とさせられたが人だけは意地でも殺さなかった。

 

 IS“サイレントゼフィルス”は強奪を装って譲渡された物、強奪事件自体自作自演だった。

 何故なら私は案内されファーストシフトを済ませてから逃げた振りをさせられたからだ。

 サイレントゼフィルス内に上手く証拠映像を隠しておいた、有効に使って欲しい。

 

 ちなみに亡国機業の手は世界各国に及んでいる。

 私はその中の実行部隊、モノクロームアバターに強制所属させられていた。

 

 リーダーはスコール・ミューゼル、全身何%か知らんが相当機械化して若作りしている。

 ISはゴールデンドーンでアメリカ製、高熱の炎を操る、尻尾つき。

 

 もう一人はオータム、偽名だろう、スコールの恋人。

 ISはアラクネでアメリカ製、蜘蛛型で多脚、捕獲用の糸を操る。

 

 どちらも強奪となっているがどうだかな、個人的には実戦テストだと思っているが。

 特にどちらもアメリカ製って事が引っかかる。

 

 加えてIS学園に内通者がいる。スコールの姪、レイン・ミューゼル。

 偽名はわからんが炎とアメリカ繋がりでアメリカの代表候補生が臭いな」

 

マドカは洗いざらい話した、亡国機業がどうなろうとマドカの知ったことでは無いと。

 

「お前は……。いや、マドカは私を恨んで無いのか?」

 

千冬は思わず問いかけた。

 

「人は生まれを選べない、それは姉さんも弟とされている一夏も同じだろう?」

「……知っていたのか」

「ああ。だが、そんなことは関係無い。

 どう生まれようと私は、私達は人間だ。

 

 ただ表沙汰にするべきで無いとは理解している。

 人は排他的で身勝手だ、異物を嫌いながら都合よく利用しようとするからな。

 

 その点、空天宙は貴重だ。

 天才的頭脳、恐るべき身体能力を持ちながら普通の感性と倫理観を合わせ持つ。

 私の知る限り人格に破綻は無く、人の痛みを良く知っている。そして命の恩人だ。

 

 織斑一夏は気付かなかった様だが……。

 男性操縦者が辿りかねない運命を覆す助力を続けている。

 

 射撃適正は恐らく私と、近接適正は姉さんと近いか上回っているだろう。

 私の予想ではパワーアシストをマイナス補正している筈だ。

 でなければISを素手で引き倒した事と今までの試合内容全てに矛盾が生じる。

 

 ああ、今のは今回の任務のために事前調査していて知った事だ。

 ちなみに理由は知らんが、あの部屋だけは調査出来なかったな。

 

 出来ることなら恩を返したいが犯罪者の身だ。

 やっと姉さんに会えたと言うのにままならない物だな。

 

 それとスコールには注意した方がいい。

 空天宙は私を生身で倒した女だ、次に狙われるのは間違いない」

 

マドカは堰を切った様に語り続けた、彼女を知る者がいれば驚く程に。

 

 

これを聞いて激怒したのは束だ。

 

「ISを人殺しに使うだけじゃなく、国ぐるみで実戦テストしてるかも知れない?

 しかも意図的に犯罪集団に流す?

 

 ちーちゃんの妹をナノマシンで操ってたのは知ってたけど人殺しにしようとした?

 そのうえ、ゆーくんを狙ってる?」

 

思わず勢いに任せて潰そうと思った束だが証拠が無い。

強いて言えばサイレントゼフィルス内の映像くらいだ、加えて……。

 

「ゆーくんの事をまーちゃんはよくわかってる。

 クーちゃんみたいに娘にして、ゆーくんの護衛に付けるのはどうかな?

 

 サイレントゼフィルスの件は私が上手く処理すれば……。

 これは名案かも! では、早速♪」

 

そう言うと束は電話をかけた、何処へかは言うまでもない。

 

 

〜♪

 

このタイミングでか、碌な事にならないと思いつつも千冬が出る。

だが、今回はいつもと違って空間モニターまで出て来た。

 

『話は聞いたよ、まーちゃん。

 本気で恩返ししたいなら束さんが協力してあげる』

 

千冬は頭を抱え、マドカは……。

 

「まーちゃんとは私の事か?

 それに今、束と言ったか? 篠ノ之束、本物か?」

 

『うわー、本当に高1くらいのちーちゃんにそっくりだね。

 そうだよ、君のこと。で、私が天災の束さん本人でーす!』

 

若干呆れつつも話を聞くことにしたマドカ。

 

「どうするつもりだ?」

『えっとね、まーちゃんには私の娘になってもらうの。名前はマドカ・クロニクル。

 サイレントゼフィルスの件は映像さえあれば、そのまま専用機にしてあげる。

 

 で、護衛をして欲しいんだ。まーちゃんの命の恩人の。

 当然、IS学園に通って貰うけど私の推薦なら断らないでしょ。勿論、1組でね』

「……本当に可能なのか?」

 

マドカは今までの経験から疑い深い。

 

『まっかせなさい!

 もう一人の娘だってドイツが生み出して見捨てた子なんだけど良い子だよ。

 ほら実績あるじゃん、証拠見る? ねー、クーちゃん?』

『何でしょうか、束様』

『クーちゃん。今、幸せ?』

『勿論です。命を助けて貰い、名付けていただきました。

 目を治して下さった上に生活出来る様にして下さいました。

 これが幸せでなければ何が幸せなのでしょうか』

『どうよ!』

 

それは大したものだと思い、クーちゃんなる子を見るが不満の色は見えない。

 

「姉さんはどう思う?」

「マドカが決める事だ。だが、他に方法が無いのは確かだな」

 

そしてマドカは決断した。

 

 

目を覚ますとすぐに声をかけられた。

 

「一夏、目覚めた様だな」

「箒?」

 

一夏は思い出す、自身に牙を剥いた零落白夜を。

 

「くそっ! 結局自分の攻撃は一つも当たらなかったくせに!」

 

そう愚痴った時、丁度鈴が入って来た。

 

「一夏。それ、本気で言ってる?」

「実際そうだろ! 最後だって卑怯な手を……」

 

鈴の平手が一夏の頬を打つ。

 

「アレは業よ、古くからいくつかある相手の武器で倒すって言うね」

「なんであんな奴の肩をもつんだよ!

 矛盾だらけでさ、俺が避け続けたから当たらなかっただけだろ!」

 

すると鈴は溜息をつく、そして箒が話しかけた。

 

「一夏、おかしいとは思わんか?」

「何がだよ」

「いつから一夏は宙さんの射撃を完全に躱せる腕前になった?

 狙撃で頭を抑えられてるのに瞬時加速なんて絶好の的、なのに何故包囲を抜けられた?

 ネットで捉えたって、seedは幾らでも攻撃出来たのに何故撃たれなかった?」

 

一夏は沈黙して考える。

 

「手を抜いてたのか? あいつ!」

「違いますわ!」

「オルコットさん?」

 

いつの間にか来ていたセシリアが割って入った。

 

「宙さんは“自分の力”で織斑さんを守ろうとしていたんですのよ」

「もういいわ、セシリア。ハッキリ言わなきゃ理解出来ないのよ。

 ねえ一夏、男性操縦者って一人よね?

 それが専用機まで与えられて実績を残せなかったら研究所行きだって理解してる?

 よくてモルモット。最悪、バラバラにされて標本よ」

 

一夏はその話に青ざめ、それを無視して鈴が続ける。

 

「宙は私に言ったわ、それだけは避けたいって。

 だから、アンタがクラス代表になるよう仕向けた。

 

 セシリアとの一戦。

 たった一週間で追い詰めたって実績を残せたのは誰のお陰?

 

 クラス代表対抗戦。

 代表候補生の私を倒したって実績を残せたのは誰のお陰?

 決勝戦で回避し続けたって実績を残せたのは誰のお陰?

 ネットランチャーで追い詰めたって実績を残せたのは誰のお陰?

 

 ……宙よ。全部宙がお膳立てしたから、あんたはまだここにいる」

 

一夏は沈黙するしかなかった。

宙が自分を守ってくれていたとやっと理解したから。

そして、鈴が話している最中に来ていた千冬が話しかける。

 

「織斑」

「織、斑、先生」

「お前をAピットに運んできた空天はな。

 お前を救うプランを立てた中で最悪の結果になったと言っていた。

 自分がお前に嫌われると言うな。

 

 更識妹に聞いたよ、Aピットの床に崩れ落ちて泣きながら意識を失ってたと。

 篠ノ之は見たな? 空天の顔色の悪さを」

 

一夏は箒を見た。

 

「はい、無理に大丈夫だと言って……。

 一夏を保健室に早く連れて行くよう言われました。

 

 なあ一夏、最初に宙さんは言ったぞ。

 姉や学園に守られてると、加えて宙さんが“自分の力”で守ってくれた。

 

 そして、ISに依存しない“自分の力”を身につけて初めて守れるのだとも。

 だが、一夏は零落白夜で守ると言った。それは一夏の力じゃ無い、ISの能力だ」

 

一夏は宙に早く謝りに行こうと立ち上がったが誰も通す訳がない。

 

「どうして!」

 

千冬は頭に手を当てながら答える

 

「更識姉から聞いた。声を殺して泣き続け、泣き疲れて眠ったそうだ。

 今のお前に出来ることは無い。

 

 それとお前は知らんだろうから伝えておく、アリーナで表彰式直後襲撃事件があった。

 

 私と空天は当然アリーナにいてな、私が殺されない様に手を打ったのは空天だ。

 そして機転を利かせ襲撃者を退けたのも……な。今の話、口外を禁ずる。

 

 よし、全員部屋へ戻れ。

 織斑はここで一晩休んで頭を冷やせ、間違っても人前で空天の真意が伝わる話をするな。

 謝るなら言葉を選べ、わかったな?

 

 では全員、明日の授業に遅れるなよ」

 

保健室から一夏以外が出て行く、こうして夜は更けていった。

 

 

「もすもすひねもす、天災の束さんだよ」

 

電話口で相手が狼狽してるのがわかる。

 

「あのさ、サイレントゼフィルス拾ったんだよね。

 なに? ありがとう? 返却して欲しい?

 

 ふ〜ん。あ、今送った映像見て。

 

 なんで? なんでもいいから見ろって言ってるんだよ」

 

束の言葉に慌てて映像を見て……。

 

「ねえ、これってさ。強奪じゃ無くて譲渡って言うんだよ。

 しかも亡国機業にでしょ? 束さんは怒ってるんだよ、わかる?

 

 そういう事でサイレントゼフィルスは没収。

 どうせ強奪された事になってるんだから丁度いいよね、束さんが好きに使うから。

 

 じゃあね、バイビー」

 

何やら言っていたが無視して切る。

 

「さて、開発企業の方はとりあえずこれでOK。じゃあ、本番行きますか!」

 

続けて束が連絡したのはイギリス王室。

 

「もすもすひねもす、天災の束さんだよ。

 ちょっと大問題を見つけてさ、女王陛下と話したいんだけど。

 うんうん、待ってあげるから出来るだけ急いでね」

 

それほど経たずに女王陛下が電話口へ。

 

「急に悪いね、でも大問題が発覚したから連絡したんだ。今送った映像見れる?」

 

電話口で女王陛下の怒りが爆発していた。

 

「わかってくれて嬉しいよ。

 とりあえずサイレントゼフィルスは回収したんだけど流石に返せない。

 でも稼働データは送ってあげる。

 

 ん? ありがたい?

 いや、悪いのはこの企業の一部でしょ。癌さえ取り除けば優良企業だし」

 

電話口で女王陛下も同意する。

 

「うんうん、わかるよ。

 それでね、癌だけ排除して欲しいんだけど頼める? 勿論するつもりだった?

 

 流石に女王陛下はわかってるね、他の社員に罪は無いから潰れない様に上手くやる?

 そうだね、イグニッションプランもあるし。

 今、専用機を使ってるセシリア・オルコットだっけ? あの子も頑張ってるからさ。

 

 じゃあ、任せるね」

 

女王陛下の返答に満足して電話を切った束はさらに動く。

 

「とりあえず、まーちゃんの戸籍を作ってっと。よし! 出来た。

 これでまーちゃんも私の娘になったね。じゃあ、次」

 

再び電話をかける。

 

「もすもすひねもす、天災の束さんだよ。

 

 あ、学園長? 丁度良かった。

 実はさ、私の推薦で1人専用機持ちを1年1組に入れて欲しいんだよね。

 

 理由は2つあるんだけどさ。

 一つは優秀なIS操縦者でセシリア・オルコットより上のBT適正を持った私の娘でね。

 学校生活した事無いから親心。

 

 もう一つは空天宙の護衛を本人が望んでるから。

 ほら、今日の事件あったでしょ。

 あれ、ナノマシンで無理矢理やらされてたのを助けてくれたお礼がしたいんだって。

 

 そそ。今、地下にいるあの子のこと養女にしたんだ。名前はマドカ・クロニクル。

 

 きっと今日の事件で自主退学者が出たでしょ? あ、1002号室がいいんだけど。

 丁度空く? じゃ、頼んでいい?

 制服のサイズとかは、ちーちゃんに聞いて準備してくれると助かるんだけど。

 

 夜遅くごめんね? じゃ、よろしく」

 

束にかかれば女王陛下から学園長まで一瞬だった。

そして束なりの相手に合わせた対応、天災の面目躍如である。




一夏は皆から教えられ勘違いに気づかされて行動しようとしました。
しかし一夏が思い付きで動くと大概碌な事にならないと全員に止められ、今夜は保健室。
頭を冷やして誠意ある行動を期待したい所です。

Mこと織斑マドカはマドカ・クロニクルとして束の娘になりました。
サイレントゼフィルスはそのままマドカの専用機に。
しかも束の素早い行動。IS学園で学び、宙の護衛も出来る最高の結果に。

ブルーティアーズの開発元は女王陛下に一任されました。
束が女王陛下の顔を立てた結果です。

さて次回はどうなるのか、お楽しみに!


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ep33:休息と急変

事件翌日、一体どんな一日になるのでしょうか?
まずは昼休み終了までの出来事です。

追伸

高評価ありがとうございます!
そのせいか過去最長になって投稿が遅れるという事態になりました。
ですが、毎日更新は継続中です。

今後とも応援よろしくお願いします。


朝のSHR前、クラスは騒がしかった。

 

「シャッターが一瞬で閉まったから何が起きたのか全然わからないんだよね」

「織斑先生と空天さん、大丈夫かな……」

「いつもなら早い空天さんがまだ来てないし、食堂でも見かけなかったんだ」

 

箒は無事を知らせたかったが口止めされている以上、黙っているしかない。

一夏はソワソワと落ち着きが無かった。

 

そして宙不在のまま千冬と真耶が入室、SHRが始まった。

 

「心配している者が多いだろう。安心しろ、私も空天も無傷だ」

 

その一言にホッとする一同。

 

「それで空天だが、私の一存で今日は休ませた。

 

 クラス代表決定戦が決まってから昨日までアイツは働き詰めだ。

 生徒会でも副会長として業務し、クラス副代表として会議にも参加。

 その上、あのアクシデントだ。

 流石にアクシデント後の顔色を見ては授業を受けるどころでは無いと判断した。

 

 まあ、アイツが一日休んだところで成績を落とすとも思えんしな。大事を取ったという事だ」

 

クラス全員がなるほどと思うもっともらしい理由。

実際には精神的に休ませるべきと判断した千冬の気遣いだったが。

 

「それはそれとしてだ、織斑と空天が健闘した結果だが……。

 喜べ、三か月スイーツ食べ放題だ。賞品も預かって来た」

 

湧き上がる歓声、女子のパワーは凄かった。

 

「静かに! とりあえず、今日は空天を休ませてやれ。

 スイーツを食べる時は感謝しろよ?」

 

その声に一同が揃って返事をしたのは言うまでもない。

 

 

事前に千冬から宙を今日は休ませると聞いていた楯無は今非常に困っていた。

昨日、宙は楯無に抱かれたまま寝たのだが……。

 

「袖を掴んで離してくれないのよね」

 

しかも、時折普段聞いた事もない寝言が余計に躊躇わせる。

 

「母様……一人にしないで……」

 

宙が弱音を吐く、この時点で昨日の一件が宙に与えた影響の大きさが伺える。

 

「母様……ね」

 

楯無が宙の頭を撫でる、すると表情が柔らかくなった。

 

「そんなに似てるのかしらね」

 

宙が弱さを見せる理由がそこにあると予想した楯無。

差し当たりずっと抱き締められるよりはと観念する。

 

「この見た目で男性って言われても普通信じられないわ。

 だから私もこんなことが出来るんでしょうね、きっと」

 

そう言いながら宙の頭を優しく撫でる楯無だった。

 

 

宙は夢を見ていた、母が優しく頭を撫でてくれる夢を。

けれど、もう母はいないと理性が働き……。夢から現実へと意識が浮上して目を覚ました。

 

「起きた? 宙さん」

 

楯無の声、手の感触。それで宙は察した。

 

「すみません、楯無さん。ずっと掴んでいたんですね、ごめんなさい」

「気にしないで、今日は私も宙さんも休みになってるわ」

 

その言葉に時計を見ると既に始業時間は過ぎていた。

 

「休み……ですか?」

「ええ、織斑先生公認で。というよりも強制ね。

 出られる精神状態じゃないでしょ?」

「……」

 

沈黙は肯定、楯無はそう捉えた。

 

「じゃ、今日は私が朝食を作るわ。宙さんはゆっくりしてて」

 

そう言いながらキッチンに向かう楯無の背中を宙は眺めていた……。

 

 

楯無が作った朝食は傷心の宙の心を温めた。

和やかな雰囲気で食事は進み、宙はお礼にと紅茶を淹れる。

 

「ねえ、聞いてもいいかしら?」

「なんでしょう?」

「私って宙さんのお母さんに似てたりするのかしら」

 

唐突で思いもかけない質問、だが宙は素直に答えた。

 

「ええ、よく似ています。姿形ではなく人柄や行動が」

「それってどんなところか聞いてもいい?」

「構いませんよ、母様は優しさと厳しさを併せ持った温かい人。

 それでいて実は寂しがり屋で照れ屋。

 加えて自由奔放な行動が多くてイタズラ好き……、まるで猫の様な人でした」

 

楯無は聞いて後悔した、あまりの恥ずかしさに思わず顔を覆う。

何故ならそれが宙の見た楯無、優しいとか温かいはともかく他は心当たりがあり過ぎた。

 

「ふふふっ、聞いたのは楯無さんですよ?」

 

宙が柔らかい笑みを浮かべながらそう言う。

 

(今、微笑んだ……。

恥ずかしいけど今は宙さんに元気を取り戻してあげたい、耐えるのよ! 楯無!)

 

自分に喝を入れて宙と向き合った楯無の顔はまだ赤かった。

それでも伝えなければと話す。

 

「昨日の夜の話で織斑先生に聞いたんだけど、わかってくれたそうよ。

 青い顔をして謝罪に来ようとしたところを皆で止めたって聞いたわ。

 とにかく良かったわね、宙さん」

 

宙は誰がと言われなくても一夏の事だと理解した。

ポロポロと涙を零し出した宙に楯無は焦るが……。

 

「良かった……失わずに済んで本当に良かった……」

 

泣きながら続ける宙。

 

「私は約10年間を一人で生きて来ました。

 あちこち転々としていた私は友人が欲しくても作れる環境に無かったんです。

 だから寂しくて悲しくて。でも、どうにも出来なくて……。

 

 けれど、ここへ来て一人、また一人と友人が出来て本当に嬉しかった。

 だから怖かったんです、失うのが。失うのは両親だけで十分過ぎましたから……」

 

そう言った宙は安堵したのか随分と顔色が良くなっていた。

両親を失った事を思い出したのか悲しげではあったが……。

 

 

昨日の今日で実現してみせた束。

マドカは天災の異名が伊達ではないということを実感していた。

 

「部屋まで隣室、制服や必要な物まで準備済とはな。

 しかも、私服まで」

 

感謝……するべきなのだろう、だが正直言ってマドカは呆れた。

 

「さて、そろそろいい時間だな」

 

そう言うとマドカは部屋を出て隣室へ、そしてドアをノックする。

ほんの少し間があったが開くドア。

 

「そろそろ来る頃だと思っていたわ。さ、入って」

 

そう言って出迎えたのは楯無だった。

 

勿論、調査していたマドカは知っている。宙と楯無が同室で、この部屋が特別であることを。

そして新たにその理由の一部を知った……。

 

 

楯無が出迎えた人物に宙は驚いた、それは昨日助けた人物で。

ナノマシンのせいとはいえ犯罪を犯した人物でもある。

そんな人物がIS学園の制服を着て訪ねて来れば驚かない方がどうかしているだろう。

 

楯無に促されて入室した彼女は宙に向かって歩き……。

 

「助けてくれてありがとう。

 私はマドカ・クロニクル、マドカと呼んでくれ」

「お気になさらず。

 ご存知でしょうが改めまして、私は空天宙と申します。

 よかったら宙と呼んで下さいね」

 

そう言って差し出す宙の手をマドカが握った。

 

「では、宙と呼ばせて貰ってもいいか?」

「ええ、構いませんよ」

 

そう言った宙にマドカは笑顔を返した。

 

「それにしてもその姿は……」

 

事情が全く把握できない宙は思わず訪ねる。

 

「ああ、これには私自身も驚いてるのだが……。

 

 私は宙に恩返しがしたかった、命の恩人の力になりたかった。

 そう希望した結果、私は篠ノ之束の養女に迎えられてな。

 しかも全ての手続きが朝には終わっていた。

 

 今日からは隣室の住人にして護衛を務めるクラスメートと言う訳だ。

 

 加えてIS“サイレントゼフィルス”。

 こちらもそのまま私の専用機として正式に譲渡された」

「篠ノ之束博士の養女にして私の護衛ですか?」

 

宙がそう口にするとマドカが一枚の書類を取り出して渡す。

その内容を見て宙と楯無は驚いた。

 

一部黒塗りで読めないがこう書いてあったからだ。

 

“戸籍上、空天家の養女、18才。

日付けが■■■■■同日であり、現在も見つかっていない■■■と目される人物。

なお、■■■の両親死亡は確認されている。

 

■■■■■の真相を知る可能性があり、追跡調査を実施。

本人と確認され次第、証拠隠滅のため処理を要す。

 

追記:10年に渡る追跡調査の結果、篠ノ之束直筆のIS所持許可書が発覚。

アラスカ条約違反ではあるが黙認せざるを得ない状況。

 

本人であれば■■■■追跡を逃れてきた実績からIS所持■■■■■■■■■■■■■■可能性大。

以上から篠ノ之束との関係がはっきりするまで迂闊な手出しを禁ずる

 

また、現在はIS学園に入学したため直接的接触はほぼ不可能。”

 

読んだ途端、宙は座り込んで話し出す。

 

「私は日本政府に怯えなくていいんですね?」

 

「ああ、日本政府にはな。だが亡国機業に目を付けられた。

 よって非常に言いづらいが危険度は増したと言える、だからこその護衛増員だ。

 私は勿論だが篠ノ之束の要望もあってな」

 

「そうですか、篠ノ之束博士が……」

 

そう言う宙はなんとも言えない表情を浮かべていた。

 

 

宙はマドカが千冬そっくりな理由をおおよそ理解している。

そして楯無がそれを知っているだろうことも。だから、あえて触れず親睦を深めていた。

 

「それにしても随分無茶したな、宙は。アレは流石にやりすぎだぞ。

 私としては持ったのが不思議な位だ。

 

 実際、顔色が悪くなりピットで気絶したそうじゃないか。

 織斑一夏の件が拍車をかけたのは事実だが、そうでなくても気絶しただろう。

 恐らく今日の睡眠も相当長かった筈だ」

「確かにそうです、ですが私にとっては必要な事でした。

 無理をした自覚はありますが」

「まあ、今回はその程度で済んだが次はわからん。

 実弾武器との併用は極力避けた方がいい。

 

 どうしてもと言うなら、せめてレーザーにすべきだ。

 と言っても宙のポリシーから言って作るとは思えんがな」

 

この会話についていけないのは楯無一人、そこで尋ねることに。

 

「聞いてもいいかしら? 私には話の論点がわからないのよ」

「簡単に言えば並列思考の数による脳への負荷だ。

 

 ブルーティアーズを例に説明するとしよう。

 ビット制御に6、射撃思考最大4、ミサイルビットはビット制御に含まれるから0。

 自身の動きに1、スターライトmk.IIIの射撃思考1。

 

 合計で最大12必要となるが、セシリア・オルコットはこれら全てを同時に使わない。

 よって並列思考数は必ずこれ以下。まあ、8と言うところだ」

「では、ウィステリアは私が説明しますね。

 今回seed制御に4、内蔵機器に最低4、射撃思考最低4。

 自身の動きに1、スナイパーライフル制御に1、射撃思考最低1。

 合計最低でも15以上、セシリアの倍は必要でした。

 

 これは実弾武器の特性。

 つまりマズルジャンプや反動、風速・湿度など加味する項目の多さ。

 加えてseed特有の内蔵機器制御が原因。

 仮に同時射撃を削っても内蔵機器の精密制御に回しますので減る事はありません」

「ここで問題だ、織斑一夏がギリギリで避けている演出をするとなればどうなると思う?」

 

マドカは楯無に問いかける。

 

「……より精密な制御と織斑くんの行動予測。

 その結果、脳にかかる負担が急増するという事ね?」

「正解だ、だからこそBT兵器にはレーザーが適していると言う結論に行き着く。

 偏向射撃を除いてもな」

 

揃って専用機持ちの実力者、その後も話題が尽きることは無かった。

特に技術者でもある宙の話題は操縦者にとっても役立つ事柄を選んでいたためか。

ちょっとした講義のようになって、それに気づいた3人が笑い合う。

 

こうして物騒な話題ながらも穏やかな時が過ぎて行った。

 

 

昼休み、珍しく鈴に呼び出された箒は屋上にいた。

 

「それで鈴、大事な話とは?」

「ちょっとお互い確認した方がいいと思ったことがあるのよ」

「確認?」

 

箒は鈴の言葉の意味を図りかねていた。

 

「ええ、これから話すのは一夏を好きになったきっかけよ。

 

 私が小学校5年生の時、日本に来たのは教えたわよね。

 その頃の私は日本語が下手でいじめにあってたわ。

 それを助けてくれたのが一夏で好きになったきっかけ。

 

 そのうち同級生の弾や数馬とも仲良くなってよく4人で過ごしたわ。

 周りとも打ち解けて毎日が楽しくなった。

 

 けど両親が離婚してね、母親と一緒に中国へ帰国した。

 その後の事は省くけど、私は一夏に会うためだけが理由で代表候補生になってここに居る。

 

 箒はどう?」

 

箒は鈴がたった一年で代表候補生になった原動力を知り、ライバルとして自分も打ち明けることにした。

 

「私は最初、一夏が嫌いだった。

 必死に努力して磨いた剣の腕、それを短期間で追いつき追い越された。

 

 そして私も鈴と程度の違いはあるだろうがいじめにあっていた。

 男女と揶揄され悔しかったが主犯は体格がよくてな。

 今ならともかく当時は怖くて仕方なかった。

 

 それを助けてくれたのが一夏だ、いじめていた相手に殴りかかってな。

 私がどれだけ努力しているのか、そんなことを言いながら全員倒してしまった。

 それがきっかけで私は一夏を好きになった、一緒に鍛練するのも楽しくてな。

 

 だが、白騎士事件後しばらくして姉さんが消えた。

 家族は重要人物保護プログラムという名の人質として一家離散。

 私は名を変え、転校を繰り返したが一夏に会える日を願って研鑽を続けた。

 最終的にはそのプログラムの一環でここに居る」

 

箒が話終えると鈴が語りかけた。

 

「ねえ、箒。私達、似た者同士みたいだからあえて聞くわ。

 

 好きになったきっかけはいいと思うのよ。

 ただ自分に都合の良い理想の一夏を今も好きだと勘違いしてるってことはない?

 ちゃんと今の織斑一夏を知ったうえで胸を張って好きだと言える?」

「それは……」

 

箒はずっと一夏を想って来た、それは間違いない。

 

だが、自分の知る一夏なら参考書を捨てたなどと言い訳して逃げたりしない。

当然戸惑う事はあるだろう。

それでも他人に迷惑をかける様な選択をする身勝手な人間とは思えなかった。

 

そして昨日の事が頭をよぎる、今の箒には迷いがあった。

 

「何か心当たりがあったようね。じゃあ、ちょっとそこで隠れてなさい。

 

 もう少しで一夏が来るわ、私の答えを見せてあげる。

 それを見てよく考えて。後悔しない様にね、いい?」

 

真剣な鈴の表情を見て箒は頷いた、これから始まる鈴の覚悟を見るために。

 

 

宙の件で後回しになってしまったが鈴から呼び出しを受けた一夏は約束の件だと珍しく察していた。

 

「待ってたわ、一夏。さ、約束を果たしましょ」

「その前に謝らせてくれ。

 幾ら苛立ったからって言っていい事と悪い事がある。済まなかった、鈴」

 

そう言うと鈴は一言。

 

「ん、気持ちは受け取ったわ。その上で教えてあげる。

 

 まず朴念仁って言葉は特殊でね。

 恋愛に関して使った場合、恋愛感情に疎い人って意味があるのよ。

 

 ねえ、一夏。今まで色んな子から呼び出されて付き合ってって言われたわよね。

 アンタはその度にどこへ買い物に付き合えばいい? とか言って来た。

 

 でもね? その子達は勇気を振り絞って“貴方が好きだから恋人になって下さい”。

 そう言う意味で付き合って下さいって言ったのよ。

 

 全く気づいて無かったでしょうけど、どれだけの子が悲しんだか。

 アンタにその気持ちが想像できる?」

 

一夏は絶句した。

言葉を額面通りに受け取った一夏は相手の気持ちに全く気づいていなかったから。

 

「で、ここからが本題。私が約束について怒った理由。

 今の話から想像してみなさい、それが出来れば約束の意味がわかるわ。

 

 言っておくけど普通の人は一発で気付く、特に日本人なら尚更ね。

 とりあえず、私がなんて言ったかだけでいいから正確に話して」

「私の料理が上手くなったら毎日食べてくれる……」

 

それを聞いた箒は驚いたどころの騒ぎではなかった。

 

(若干アレンジされてはいるがプロポーズではないか!)

 

「じゃ次、一夏が私に言ったのは?」

「料理が上手くなったら毎日奢ってくれる……」

 

その言葉に箒は立ちくらみがした、それは鈴が怒る筈だと思わず共感したからだ。

 

「答えは出た?」

 

一夏はひたすら考えた、これだけヒントがあるのだからわかる筈だと。だが……。

 

「ごめん、俺にはわからない……」

「やっぱりね。わかってたわ、こうなる事は。

 一夏、私との約束はとりあえず無かった事にするわ。

 

 それと答えが知りたかったら弾にでも電話してみなさい。

 同じ男の方が聞きやすいでしょ?

 

 言っておくけど箒や宙に。いえ、学園の人間に聞くのだけはやめなさい。

 

 一夏が恥をかくだけじゃなく、私にもとばっちりが来るわ。

 IS学園は女子校だから凄い勢いで噂になるから。

 

 じゃ、一夏は教室に戻りなさい。私はもうしばらく此処に居るわ」

「……ああ」

 

そう言うと一夏はトボトボと出て行った。

 

「箒、アンタが知らない時期の一夏はああいう奴よ。

 

 本当はね? 直接的にハッキリ気持ちを伝えるつもりだった。

 それでまずは幼馴染じゃなく女として見てもらう。

 それから時期を見て勝負する予定でいたのよ。

 

 でも昨日の事でね、さっき言った理想を抱いて今も好きだと勘違いしてる可能性に気づいた。

 

 だから私の初恋は終わり、これからもう一度見ていくわ。

 けど、それでも好きだって自信が持てたら誰にも譲らない。

 

 箒もよく考えて早く決めなさい。

 もし揺るがないなら直接的で絶対勘違いしない言葉を伝えるのよ。

 照れとか素直になれないとかは捨てなさい、じゃないと一生伝わらないわ。

 

 それじゃあね」

 

そう言い残すと鈴も屋上を去った、思考の海に沈む箒を残して……。




明かされた宙の苦悩と母親の人物像。
楯無に弱みを無意識に見せていた理由が判明しました。

また、マドカが護衛として正式に着任。加えてIS学園の生徒となりました。

さらに束からマドカ経由で宙へ渡された資料と亡国企業から狙われていることの忠告。

鈴の初恋の終わりと箒の試練。

気がつけば最長になってましたw

では、次回もお楽しみに!


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ep34:変わるもの、変わらないもの

事件翌日、午後のお話です。それではお楽しみ下さい。

追伸

お気に入り、感想、高評価ありがとうございます。
今後とも応援よろしくお願いします!


一夏は昼休み中、鈴の言葉を考え続けた。

けれど答えが出ないまま午後の授業が始まる。

 

以前の一夏なら考えこんで千冬に叱られていただろう。

しかし、昨夜決めた事が取り組む姿勢に現れていた。

 

まだ“自分の力”は。いや、そんな事を考える余力は一夏に無い。

なら今出来ることをもっと真剣にやろうと。

その結果、怪我の功名か一時的ではあるが鈴の言葉を忘れて集中に繋がっていた。

 

スパーンと良い音がなる。

 

「篠ノ之、授業中に考え事とは随分と余裕だな。

 何が原因かは知らんがいい加減にしろ」

「すみません、織斑先生」

「謝罪ではなく態度で示せ」

 

これで何度目か、箒はどうしても鈴の言葉が気になって集中出来ないでいた。

 

これは良くないと千冬は話をする、密かにあるものを取り入れて。

 

「山田君、少し時間をくれるか」

「はい、織斑先生」

 

「全員よく聞け、人間誰しも何かに気を取られ考えてしまう事はあるだろう。

 

 だが、それをしていいのは“自分の時間”だけだ。

 今の様に“全員の時間”で行っていいものでは無い。

 他人に迷惑をかけてまでする事ではないからだ。

 

 気持ちはわからんでもないぞ? 私にだって当然悩みがあるからな。

 

 だが、良くも悪くも兵器となったISの授業だ。

 ここで聞き漏らした事が重大な事故に繋がりかねん。

 

 極論、本人だけが死ぬならまだいい。

 だが他人を巻き込む事になった場合、どう責任を取る?

 最悪、命を奪ったうえで自分が生き残ってみろ。

 後悔どころの話では済まん、一生ついてまわる事に耐えられるか?

 

 いいか、それ程の物を学びに此処へ来た自覚を持て。

 “どんな理由”で此処にいようといる以上、それは絶対だ。

 

 よく覚えて決して忘れるな、わかったな?」

 

諭す様な千冬の言葉に全員が返事をして授業が再開された。

 

 

「うわっ、ちーちゃんが“真っ当な先生“してるの初めて見たよ。

 

 ゆーくんの影響かな、あれは。

 あと白騎士事件の後悔も入ってそうだね……」

 

箒・一夏・鈴の一部始終を見ていた束は箒が気になって授業を覗いていた。

案の定、箒は集中出来ていなかった訳だが結果として珍しいものを見たという訳だ。

 

「それにしてもいっくんが集中出来てたのには束さんもびっくり。

 昨日の件で少しは成長したって感じかな、まだまだ予断は許さないけどいい事だね」

 

鈴の言葉は完全でなくても真実、束はそう思っていた。

 

「凰鈴音。んー、りんちゃんでいいかな? 結構いい線いってるんだよね。

 私は恋愛を知らないけど、ゆーくんへの想いを当て嵌めるとある程度理解できる。

 きっと私もフィルターがかかってる事は否定出来ないからね。

 

 あといっくんが朴念仁なのも事実、今まで刺されなかったのが不思議な位だから。

 まあ、その時は束さんが止めてただろうけどさ」

 

そう呟いた束はもう一つのモニターへと視線を移す、宙の映るモニターへと……。

 

 

宙にとって何かを作ることは趣味だ。そこには勿論、料理も入る。

余暇を楽しむなら趣味が一番で昼食は宙が作ることになった。

その時、興味深げに見ていたのはマドカ。

 

なので簡単な事を頼むと喜んでやっていた。

そんな経緯でマドカと一緒に料理した宙も初めての経験を心から楽しみ……。

 

合作の昼食を食べた楯無の評判も上々。

3人は順調に親交を深め、信頼関係を構築して行った。

 

そして先程の料理の件から宙はナノマシンで操られてたマドカが普通の楽しみを知らないのではと考える。

時計を見れば丁度良い時間、ならば趣味と実益。交流や楽しみを知る機会を設けるため声をかけた。

 

「マドカさん、一緒にクッキーを作りませんか?」

 

その言葉にマドカは一も二もなく頷いた。

 

宙がクッキーを選んだのは比較的簡単である事。

時間が然程かからない事、作る楽しみは型抜きなどで十分ある事。

そして紅茶のお茶請けに最適だと総合的に判断した結果だった。

 

ところがこれに参入を希望する人物がもう一人、そう楯無だ。

 

「お菓子は簪ちゃんの領分でね、手を出して来なかったのよ。

 それに作らなくても勝手に送られて来たりするし、虚ちゃんが準備してくれるから」

 

とは楯無の弁。

だからと言って興味が無かった訳でもなく、簪と仲直りしたのを機会に始めるのもありと判断したらしい。

 

基本、クッキーはタネさえ作ってしまえば型を抜きオーブンで焼くだけとお手軽。

だが、それだからこそ美味しい物を作るとなれば腕の見せ所である。

 

という事で、タネを3人別々で作ることに。

宙はプレーン、楯無は歯応えのあるクルミ入り。

マドカは焦がさなければ、まず食べれない程酷くはならないだろうとチョコを勧めた。

 

宙はタイミングを見計らってはアドバイス。

後は各々に態と任せて作る楽しみと達成感を味わえる様に気を配った。

 

タネが出来れば型抜き。

残ったタネは宙が回収して味を調整、もう一品拵えて見せた。

 

問題は焼き、こればかりはタネによって時間に差がある。

なので今回は宙が担当して4種類のクッキーが焼きあがった。

 

「2人共初めてにしては見事ですね」

 

宙が淹れた紅茶を飲みながらのティータイム。

 

「マドカちゃんのチョコ、アッサリしていて良いわね」

 

楯無は何となく意図を察してマドカを褒める。

 

「私はどちらも美味いと思うが一番はやはり宙だな。

 紅茶に合わせたと言うのがよくわかった。

 

 それと紅茶とはこれほど美味い飲み物だとは知らなかった。

 今まで飲んできたのはなんだったのかと思う程だ」

「あー、それはね? 紅茶って淹れ方一つで味が全く別物になるのよ。

 宙さんの紅茶は私が知る中で最高の一つね」

 

こうして優雅なティータイムは続く、作った感想を語った2人に宙が笑顔で答えながら……。

 

 

放課後、一夏は直ぐに弾へ連絡した。

 

五反田 弾(ごたんだ だん)御手洗 数馬(みたらい かずま)と並んで一夏の親友であり悪友。

行きつけの五反田食堂の跡取りで料理も結構な腕前だ。

 

2人共、鈴と共通の友人で一緒に過ごした時間は最長。

特に弾と一夏は家が一番近いこともあり、鈴の言う通り相談相手としては最適だろう。

なにせ口癖が”可愛い彼女が欲しい“だ。お察しの通り、いないからこその口癖なのだが。

 

「もしもし、弾か?」

『一夏か! 久しぶりって言ってもそれ程経ってねぇけどな。

 で、どうよ女の園は。ハーレムか? この野郎!』

 

一夏はそんなやり取りが心地良い。

 

「そんな訳あるか、それどころか檻の中のパンダになった気分だ。

 見せ物じゃ無いんだぞ、俺は」

『でも、女子寮なんだろ?』

「……千冬姉と同室だ」

『悪かった。ご愁傷様としか言えねぇな、そりゃ』

 

弾は知っているのだ、千冬が片付けられない女だと言う事を。

 

『で、急に連絡して来たんだ。なんかあったんだろ?』

 

弾は察していた。基本、一夏は人を頼らない。

そんな一夏がたったこれだけの期間で連絡して来る程の。

それこそ自分じゃなければいけない何かがあった筈だと。

 

そうでなければ千冬に相談すればいい、同室なのだから。

 

「鈴が来た」

 

そう言った一夏に弾は驚き、話を即した。

 

『あいつ、中国に帰ったと思ったら一年で帰って来たのか?

 いや、それはともかく連絡一つ寄越さないとは良い度胸だ』

 

一夏は笑いながら話す。

 

「勝てもしないだろ、弾は。

 それにあいつ、中国の代表候補生なんだ……。マジで死ぬぞ?」

『はあ!? 一年でか? しかも中国だぞ?

 そりゃスゲーわ、ぜってー勝てねぇな。で、何があったんだ? 鈴と』

「なあ、弾。

 昔、よく俺が呼び出されて付き合ってくれ言われたのは知ってるよな」

『なんだ、昔自慢か? 当然知ってるし、一夏がなんて答えたかも知ってる。

 って事は、お前……。鈴にその意味を教えられたんだな、朴念仁』

 

ああ、やっぱり鈴の言う通りなんだと一夏は納得した。いや、させられた。

 

『そういや、お前。鈴と空港で最後なんか話してたな』

 

弾の一言に一夏の心臓が跳ねた。

 

「知ってたのか」

『そりゃ、見える範囲にいればな? 煩くて聞こえはしなかったけどさ』

 

一夏は覚悟を決めて弾に告げる。

 

「なあ、弾。俺はあの時こう言われたんだ。

 “私の料理が上手くなったら毎日食べてくれる?”って」

 

電話口から弾が吹き出したのが聞こえる。

 

『お、お、お前。それになんて答えた?』

「期待して待ってるって言った。

 

 なあ、弾。

 今の感じだと意味わかったんだろ? 教えてくれ、頼む」

 

大きな、とてつもなく大きな溜息が聞こえた。

 

『一夏、日本には昔からこう言う言葉がある。

 まあ、普通男が使うんだが。

 

 “俺のために毎日味噌汁を作ってくれないか?“

 

 これの意味、お前わかるか? わからんよな。

 いいか、覚悟して聞け。

 これは俺と結婚して一緒に暮らそうって言うプロポーズの言葉だ。

 

 鈴は恥ずかしがり屋だから、これをアレンジした。

 つまりお前は鈴にプロポーズされた。

 それに対して”期待して待っている“と言ったなら婚約したも同然。

 

 お前、鈴を怒らせただろ』

「婚約……それを俺は奢ってくれるって……。

 だから、とりあえず約束は無しにするって言ったのか?」

 

一夏の呟きに弾は真剣に返した。

 

『それはそうだろうな。まあ、鈴も悪いっちゃ悪い。

 遠回しに言ってるから一夏に理解出来ないと察してたとは思うぞ。

 

 にも関わらずだ、そこまで言ったって事は鈴の心境に変化が起きる様な事。

 お前したんじゃないか?

 で、ついでに聞くがその他に何か言われたか? 例えば絶交するとか』

「いや、他に言われた事は無い。

 それと弾が言った件、話せないが心当たりはある」

『そうか……、お前もよく知ってるだろうが鈴はさっぱりした性格だ。

 友人としては昔と変わらんと思うぞ、まあ積極性は減るだろうがな。

 

 それにとりあえずって言ったんだろ?

 なら俺が思うに嫌われた訳じゃ無いな。

 お前の様子を見てもう一度って可能性はありそうだ』

 

一夏の耳に弾の声が響く。鈴の気持ちを知り、大きく傷つけた事実と共に……。

 

 

一夏は昨日決めた事を実行しようとしていた。

 

鈴の件は自業自得だ、どう鈴が行動しようと一夏に言えることはない。

今更謝っても返って傷付けるだけだ。

何故なら一夏には友人としてはともかく異性へ向ける好きがわからない。

それで謝られても心に届くとは思えなかった。

 

だから今出来る努力を、そこで日課となった訓練をするためにアリーナへ向かった。

が、そこにいたのは……。

 

「鈴……」

「どうしたのよ、一夏。今日は宙も楯無さんもいないのね、箒も?」

「箒さんは今日することがあるそうで参加出来ないと聞きましたわ」

 

いつもと変わらない態度の鈴にセシリアが答える。

 

「なによ、一夏。

 もう対抗戦が終わったんだから私が参加してもいいでしょ?

 

 それに代表候補生とつり合う腕を持つのは専用機持ちや代表候補生なのよ。

 宙が別格なだけで訓練機の生徒相手じゃただのイジメ。

 だから専用機持ちや代表候補生と訓練するのは当然のことなの。

 

 そうよね? セシリア」

「そうですわね、特にこれだけタイプが違うと良い訓練になりますわ」

「でしょ? そういう事で今日から私も参加するから。

 まあ、指導には向いてないって宙に言われてるし、模擬戦するしか無いんだけどね」

 

こうして3人による訓練が始まった。

 

 

箒は相変わらず悩み続けていた。

 

「私は一夏が好き……」

 

そう口に出して自分に問いかける。

その度に鈴の行動が、言葉が思い出されてを繰り返す。

これは箒の弱さ、心が迷いを断ち切れないでいる証拠。

 

「これでは埒があかんな……」

 

こんな状態でISに乗るのは危険、そう判断したはいいが結論は出ない。

 

箒は立ち上がると剣道着に着替えた、今は無心に竹刀を振って迷いを断つ。

だが結局は問題の先送り。

そう自覚しつつも自分自身を取り戻す方法など箒は剣しか知らない。

 

「私は剣道部員でもある、ずっと活動しない訳にもいくまい」

 

そう呟くと必要な物を持って箒は部屋を出た。道場で剣を振る、ただそのためだけに。

 

 

その日の訓練は近接戦闘の模擬戦を鈴、射撃戦闘の模擬戦をセシリアが担当。

そして見ることも大切だと2人の模擬戦見学、最後に反省会ということで行われた。

 

最初は戸惑いを見せた一夏だったが、始まってしまえばそんな余裕は無い。

それに今出来る事を全力でという想いが一夏の成長に繋がっていた。

 

「一夏は剣術なんでしょ!

 私は経験と勘で振るってるだけなんだから、そこで負けてどうするのよ!

 技術を磨きなさい、持ってる物をしっかり出しなさいよ!」

 

と、鈴に怒ら……指導され。

 

「織斑さんは射撃を始めて然程経っていませんわ。

 ですから、まずは回数を撃って経験を。

 

 以前お教えしたマズルジャンプと反動はおおよそ対策出来ています。

 ですが、その後の予測が疎かになってましてよ!

 それでは偏差射撃の精度が落ちてしまいますわ。

 

 理論が苦手なら経験でカバーするしかありません、とにかく狙い撃つ。これにつきますわ!」

 

と、セシリアに扱かれ。

 

今は2人の模擬戦を観戦しながら自分ならどう対応すべきか、それをひたすら考えた。

 

「セシリア! アンタ、近接も結構やるじゃない!

 まさか、ああも見事に離脱されるとは思わなかったわ!」

「そう言う鈴さんの衝撃砲もなかなか良い精度でしてよ!」

 

まあ、上空でバチバチやり合ってるのは意地のぶつかり合い。

女って怖いなと思った一夏は若干引いていたが、そして反省会。

 

「ねえ、ずっと気になってたんだけど衝撃砲が読める理由って何?」

「ああ、それは鈴が視線でターゲットをつけてるから見ればわかる」

「それって宙から?」

「ええ、そうでしてよ。

 確か……、使い熟せてないなら何かで狙いをつけている筈です。

 真っ先に考えられるのは視線ですね、などと仰っていましたわ」

 

そこで考え込む鈴。だが何か答えを得た様で、なるほどねと呟く。

そして、それを最後に今日の訓練は終わりを告げたのだった。

 

 

宙達は3人で夕食を作り、テーブルを囲っていた。

マドカが思いの外、包丁の扱いに長けていて質問した回答が……。

 

「ナイフと同じだ、自傷するほど間抜けでは無い」

 

だったり混沌としてはいた、だが楽しく料理するマドカを見てホッコリしたのも事実だった。

 

「ところでマドカさんの同室はどなたですか?」

 

ふと気になって宙は聞いてみた。

 

「新たに転入者が来るらしいぞ。今頃、部屋にいるかもな」

 

「この時期に転入ですか、楯無さんはご存知ですか?」

「今日、2人転入生が来てるわ。

 1人はドイツの代表候補生で現役軍人。マドカと同室なのは彼女ね、結構な難物らしいわ。

 もう1人がちょっと問題なんだけど……、フランスの代表候補生で企業にも所属してる」

 

宙はその問題が気になって訪ねた。

 

「フランスの方は何が問題なんでしょう?」

「それがね?」

 

その後に続いた言葉は並の衝撃ではなかったと後に宙とマドカは語った。

そんな話をツラツラしたり、焼いたクッキーでティータイムをして宙の休日は終わりを告げた。

 

すっかり復調した宙に2人は安堵する。

そんな穏やかで貴重な友人との休日は宙の胸に良い思い出として残った……。




迷う箒、鈴の言葉の意味を知った一夏、青春ですねw

宙はお陰様ですっかり復調しました、明日からはいつもの宙が見られるでしょう。

マドカはなんでも新鮮なので割と楽しんでいます、束の計画通りですね。

訓練は宙がいない分、模擬戦に終始。
本人達は気付いていませんが、文句やアドバイスが指導になってたりします。
無意識ってそう言う物なんでしょうね。

マドカの同居人は黒兎の人。もう1人は勿論、言わずともわかりますよね。
さあ、またしても波乱の予感。次回もお楽しみに!

高評価待ってます!w


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ep35:金と銀と黒

まあ、タイトル通りですw
そう言う時期ですから。

では、本編をどうぞ。

追伸
割としんどくなって来ました、毎日更新。
でも頻度下げたく無いんですよね、個人的には。
楽しみにして下さってる読者の方々もいる事ですし。


その日は朝から騒がしかった、ISの実技が遂に始まるからだ。

そうなるとISスーツの話題で女子は盛り上がる、まあ男の一夏には目の毒だったが。

 

1番気になっていた宙も今日は既にいた。

今謝りたいが周りの目もある、放課後に謝るしかないかと一夏は考えていた。

 

そこへ千冬と真耶が入ってくる、そしてSHRが始まった。

 

「今日は3人、転入生がいます。入って来て下さい」

 

真耶の言葉にドアが開き、先に金と銀。

最後に黒い髪の生徒が現れたその瞬間、クラスが凍った。

 

一夏と箒は目を疑った、自分の知る人物の若い頃にそっくりな黒髪の人物。

どう見ても千冬にしか見えない。

 

誰も言葉を発せられない中、真耶は気持ちはわかりますよと思いながら進める。

 

「ではクロニクルさん、自己紹介お願いします」

「マドカ・クロニクルだ、訳あって学校生活という物は初めてになる。

 色々迷惑をかけるだろうが仲良くして欲しい。

 

 それと先に話すが私と織斑先生は赤の他人だ。

 私も驚いたが世界には似た人間が3人いると言われている。

 

 私は私、マドカ・クロニクルとして接してくれ、それとこれでも専用機持ちだ」

 

先に釘を刺すのには理由があるのだがひとまず置いておく。

 

「次はボーデヴィッヒさん、お願いします」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 ドイツ国家代表候補生であり現役の軍人でもある、趣味は鍛練だな。

 

 軍施設で育った関係上、マドカ同様この様な場は初めてだ。よろしく頼む」

 

クラスメートは思った、かったいなーと。

 

「では最後にデュノア()()、お願いします」

 

真耶の言葉に違和感、クラスメートがざわつく。

 

「シャルル・デュノアです、フランス国家代表候補生でデュノア社企業所属。

 

 こちらに僕と同じ境遇の人がいるという事で転入することになりました。

 皆さん、よろしくお願いします」

 

思わず誰かが呟いた。

 

「え? 男?」

「はい、数年前に発覚したのですが……。

 

 危険だという事と適正Aという事もあり、実家で極秘に訓練していました。

 正式に代表候補生となって、実家の後ろ盾もあり今回この様になったのです」

 

次の瞬間、一夏は耳を塞いだ。経験は身を助くという奴である。

直後に響く黄色い歓声は音波兵器だった様で転入生も思わず耳を塞ぎ……。

 

「「「喧しい!静かにしろ!」」」

 

と、3人の声が響いた。

 

ちなみに置いてけぼりになったのは言うまでもなくシャルル、耳鳴りに苦しんでるのが痛々しい。

そして吠えたのは千冬・マドカ・ラウラの危険人物トリオ、混ぜるな危険という奴である。

 

静まった教室に千冬の指示が飛ぶ。

 

「3人は1番後ろの席だ、一々並び変えるのも面倒だしな。

 窓側からクロニクル、デュノア、ボーデヴィッヒの順だ」

「「はい」」

「わかりました、教官」

「ボーデヴィッヒ、ここでは織斑先生だ」

 

こうして波乱の一日が始まる。

 

 

昨夜の事だ、マドカが部屋に帰ると同居人が居た。

まあ、それはいい。しかし、その後が大問題だったのだ。

 

「教官! 何故そんなお姿に!?」

 

言われたマドカには意味不明。

 

「教官? 誰かと勘違い……。まさか織斑先生の事か?」

「何? 教官では無いのか?

 

 いや、そう言われれば確かに。だが似ているのは事実、瓜二つと言ってもいい。

 教官に妹はいなかった筈だが……」

 

ブツブツと呟くラウラ、この時点でマドカはある程度察した。

“教官”、つまり千冬が何処かで世話したのだろうと。

 

「とりあえずだ、自己紹介させて貰う。

 私はマドカ・クロニクル、織斑先生とは赤の他人だ。

 

 マドカと呼んでくれ」

「そ、そうか。私はラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 ……ラウラと呼んでくれ。

 

 ところで素人では無いな? 腕も立つ様に感じるが」

 

ラウラはもしかしたら自分と同じ様な境遇かと思いはした。

だが、それを聞くのは流石に躊躇われた。

 

「確かに素人では無いが今の私はただの学生だ。

 まあ、専用機持ちである時点でただのとは言えんのだろうが」

「そうか、何やら事情がありそうだが必要以上に詮索するほど趣味は悪くない。

 よろしく頼む……、マドカ」

「ああ。こちらこそよろしく、ラウラ」

 

と言ったやり取りがあり……。

この経験から自己紹介で釘を刺すのが最適だと判断したマドカだった。

 

 

セシリアは今朝、本国であるイギリスからこう連絡を受けていた。

 

“サイレントゼフィルスを篠ノ之束博士が発見・回収。

稼働データは随時送信するが管理不行き届きにより返還しない。”

 

そして、その日のうちに来た転入生。

 

(もしや織斑先生似のクロニクルさんが?

 

博士は逃亡中の身、しかも操縦者では無い筈です。

専用機持ちですが訳ありで学校生活をした事が無いと仰ってましたし……。

どちらにせよ、実技の授業でハッキリしますわね)

 

非常に気になったセシリアだったがそう自らを納得させる。

今、問いただせる様な関係でも無いのだからと。

 

 

宙はシャルルを見て違和感、というか男装だと即気付いた。

自身が女装しているからこそ気付けたが、シャルルはある部分を服装で誤魔化している。

いや、誤魔化せているつもりでいると。

 

しかし、それは宙から見れば非常に甘い。

何故なら外見から即判断出来る男性の特有部位、“喉仏の有無”が隠しきれていなかった。

 

(体型は恐らく特殊メイクですね。

今の技術なら脱着再利用可能な物など幾らでも作れますから。

繋ぎ目は塗布する事で殆どわからない様に出来ますし)

 

宙はその点、常にチョーカーで隠している。

その上ある理由により極めて喉仏が小さい、それこそ首を絞めなければわからない程に。

加えて体型にしてもそうだ、男と思えない丸みがあって見た目には華奢。

これも同じ理由からこうなっている。

 

(後程、念にためセシリアに聞いてみましょう。

 

デュノア社の御曹司なら社交会に参加しない訳がありません。

セシリアに聞き覚えが無ければ……。

 

これは随分と厄介な話になりそうですね。

楯無さんは……知っていそうですが態と泳がせているのでしょうか?

もしそうなら先生方もという事になりますが……)

 

宙は周囲が着替え出す前に教室から出て考え込んでいた……。

 

 

今回は最初という事もあり、女生徒は揃うのが早かった。

 

しかし、一夏とシャルルの更衣室はアリーナにしか無い。

道中、どこから噂を聞きつけたのか女生徒が殺到。

時間はかかったがギリギリ間に合っていた、何やら更衣室で一悶着あったらしいが。

 

「さて、うちのクラスには代表候補生と専用機持ちが非常に多い。

 折角だ、デモンストレーションして貰おうか。

 

 織斑、オルコット、空天、クロニクル、篠ノ之、デュノア、ボーデヴィッヒ。

 前に出ろ」

 

千冬の言葉に7人が並ぶ。

 

ちなみ箒が学園からISを借り受けている理由は以前周知されている。

クラスメートからは心配する声が上がったほど理解されていた。

これは束と仲直りした結果、孤立しなかったことが要因だ。

 

「ではIS展開の実演だ、空天は最後にして展開時間を記録して貰えるか?」

「わかりました、織斑先生」

 

そして、順に展開。

 

「織斑君、0.65秒

 セシリア、0.43秒

 マドカさん、0.24秒

 箒さん、0.68秒

 デュノア君、0.35秒。

 ボーデヴィッヒさん、0.37秒。

 以上です」

「今の様に代表候補生は0.5秒以下が目標とされている。

 織斑と篠ノ之も速くなったが0.5秒以下を目指せ、クロニクルは国家代表レベルだな」

 

千冬の言葉を聞きながらセシリアはマドカのISがサイレントゼフィルスである事を確認。

 

(どうやら予想は当たっていたようですわね、彼女はどの程度扱えるのでしょうか)

 

などと考えていた。

 

そして、その間にも授業は続く。

 

「では、いい物を見せてやろう。

 ボーデビッヒ、タイムの測定を頼む。見逃すなよ?

 

 空天、実力を示して目標になってくれ」

 

そうまで請われれば応えるのが宙の良いところ。

 

「ボーデヴィッヒさん、よろしいですか?」

 

ラウラはマドカの速度に驚いていた。

ならば、それより速いとでも言うのかと思い準備する。

 

「いつでも構わない」

「行きます」

 

言葉が終わった時には宙がISの展開を終えていた。

 

生徒全員、訳がわからないという表情、まるで手品でも見せられたかの様に。

いや、一夏と箒、本音以外か。

 

「どうだ、ボーデヴィッヒ?」

「0.02秒、馬鹿な……」

 

「空天、説明を頼んでもいいか?」

「わかりました、織斑先生」

 

千冬は教育方針を変えていた、それが先程からの進め方。適材適所と自主性の尊重だった。

 

 

「相変わらず速いね〜、まさに瞬時展開(モーメントデベロップ)。言葉通りって奴だね」

 

束は宙と箒、新しく娘になったマドカ。そして一夏の訓練風景を見ながら呟く。

 

「どんなに頑張ってもまず無理なんだよね、あれは。

 コアとの同調率と稼働時間が桁違いなゆーくん以外で出来そうなのは…。

 

 ああ、ちーちゃんと決勝で戦ったアリーシャ・ジョセスターフ?位かな。

 アイツは稼働時間がオカシイからね、コアの同調率も結構良いし。

 

 ゆーくんなんて10年だよ、10年。一般人には絶対無理。

 

 ちーちゃんがずっと白騎士か暮桜、特に暮桜に乗ってれば出来たと思うけどね」

 

千冬と暮桜のコア同調率はかなり高く、2次形態移行も比較的早かった。

束はそれをよく知っているからこその言動。

 

「定番だと今度は武器の展開かな、じゃあ他の子達のお手並み拝見と行こう!」

 

束はモニターを見ながらそう言った。

 

 

宙は千冬の要請を受けて説明を始める。

 

「今行ったのは瞬時展開(モーメントデベロップ)と呼ばれるものです。

 

 展開速度を上げるには訓練による慣れやイメージの明確化が一般的方法。

 ですが越えられない壁、限界が存在します。

 

 その限界を超えるのに必要なのが先程の方法に加えてコアとの同調と稼働時間。

 篠ノ之束博士も言及していますが、コアにはコア人格が確実に存在します。

 そのコア人格と同調する。

 

 つまり同じ思想や極めて近い思想を持つ事。

 ISを道具として扱うのではなくお互いを尊重するパートナーとなる事。

 

 これを満たしてコア人格が自主的に協力してくれる様になり初めて可能になる技術。

 それが瞬時展開の正体です」

 

聞いていた一般生徒には実感が湧かない話。

しかし宙が嘘をつく理由が無い事はよく知っているので知識として受け止めていた。

 

だが、これが専用機持ちとなれば話は変わってくる。

 

特にマドカは人を殺したく無いと願った時、何度も狙いが勝手に外れた。

自分で言うのもなんだかマドカは射撃に絶対の自信があり外れるなどまず有り得ない。

にも関わらず外れたのはコア人格の思想と合致した結果なのではと考えていた。

 

 

千冬は宙の説明に補足する事でさらに理解を即す。

 

「今、空天が話したコア人格の存在は私自身の経験からも事実だ。

 何故なら暮桜の2次形態移行はコア人格と会話して納得された事で起きた。

 

 他ではアリーシャ・ジョセスターフも2次形態移行している。

 彼女に聞いても同じ様に答えるだろうな。

 

 確かにISは兵器になったがコア人格はそれを望んではいない。

 その証拠の一つが空天とウィステリアの関係だ。

 

 さて話が長くなったが次に行こうか、今度は装備の展開だ。

 空天のISには武器が搭載されていない、悪いが今回もタイムを測って貰えるか?

 

 そして今度はシャルルが最後だ」

 

そう言った千冬に2人が了承。

 

「頼んだぞ。よし、先程と同じ要領で順次展開しろ。

 

その声に武器の展開が始まった、結果は……。

 

「織斑君、0.63秒

 セシリア、0.41秒

 マドカさん、0.22秒

 箒さん、0.61秒

 ボーデヴィッヒさん、0.34秒。

 以上です」

 

今度も似た様な結果で、やはりマドカが頭一つ抜けていた。

 

「武器の展開も先程説明したIS展開と目標は同じだ。

 さて、最後はシャルルの番だが……、自慢の技術を披露して貰えるか?」

「はい!織斑先生!」

 

ブリュンヒルデに頼まれて喜ばない訳が無い。

 

「空天さん、行くよ」

「どうぞ」

 

再び訪れる沈黙、というか唖然として見ている一般生徒達。

シャルルの手には次々と武器が展開されては移り変わって行く。

 

「空天、平均タイムは?」

「0.12秒です、見事なラピットスイッチですね」

「そうだな。ではシャルル、説明を頼む」

 

千冬の声にシャルルは喜んで応じた。

 

「先程、空天さんが言った様にこの技能はラピットスイッチと呼ばれるものです。

 

 展開速度を上げる方法は空天さんが説明した通りですが違いもあります。

 それは正確なイメージを複数同時に処理出来る事。

 

 イメージが不十分でも複数処理が不十分でも成立しない技能。

 それがラピットスイッチです」

 

シャルルの説明に今回も千冬が加えて話す。

 

「ラピットスイッチの使い方は千差万別だ。

 

 強いて特徴を挙げるなら……。

 どんな距離、どんな武器相手でも拡張領域にさえあれば即応できる事。

 これを利用した戦術も存在する、国家代表にはそれを得意とする者も何人かいたな。

 

 さてデモンストレーションはここまでにして歩行訓練を行う。

 

 各班のリーダー兼指導者は専用機持ちが担当してくれ。

 指導を受ける生徒は出席番号順だ。

 

 それとISから降りる時は必ず屈んで次の者が乗れる様に注意しろ?

 もし男に現を抜かして態と立ったまま降りれば……」

 

そこまで言った瞬間、生徒の心は一つになった。

 

「必ず屈んで降ります!」

「わかってくれて嬉しいぞ? 余計な手間がかかればそれだけ乗れる時間が減る事を理解しろ。

 時間が許す限りなら何周しても構わない。この機会により多く乗っておけ、いいな?

 

 では訓練開始だ、各班のリーダーは訓練機を受領する様に」

 

こうして始まった歩行訓練だったが……。

どの班も数周する事が出来たのは千冬の一言が大きいだろう。

 

勿論、リーダーである専用機持ちの指導がうまく機能した結果でもあったが。




マドカは当然ですが、出ました金銀コンビ。

常識的に考えて代表候補生という事もあり最低限の礼節を。
軍の上官であれば部下への指導も当然の義務。
そう言った理由からラウラはこうなりました。

千冬は実技指導を抑えてはいても自分基準で行っている様に原作では見えます。
ですが、それでは身に付かないと私は考えました。

そこで指導力を認めた宙を参考に変えた指導方法が今回の方法。
宙から見れば改善の余地はありますが、原作に比べれば雲泥の差ですね。

事前の注意とその理由。
そしてそれが生徒本人のためにならないことを指摘するのも教師として当然だと私は思っています。

では、次回をお楽しみに!


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ep36:動き出し、交錯する者達

さあ、役者は揃いました。物語はさらに加速します!

追伸
感想、お気に入り、高評価ありがとうございます。

が、頑張るぞ!


箒は自分自身の気持ちを確かめる手段の一つとしてある行動に出た。

 

「一夏、昼は屋上で食べないか?弁当を作ってみたんだがどうだ?」

 

「ホントか!わかった、必ず行く。

 誰かが作ってくれた弁当なんか食べた事ないからな!」

 

そう言った一夏にほっとして迎えた昼休み、だが……。

 

「一夏、何故こうなった?」

 

箒の思惑は脆くも崩れ去る、何故なら屋上には2人以外の存在がいたからだ。

 

「ほら、俺とシャルルはたった2人だけの男だろ?

 正直居心地悪いんだよ、あれだけ見られるってのは。

 

 それでシャルルを誘ったら弁当持参だった宙さんも参加したいって話になってさ。

 そしたらクロニクルさんも来ることになって後は芋づる式に……」

 

ここに居るのは一夏、箒、シャルル、宙、マドカ、セシリア、鈴の7人。

ラウラはマドカが誘ったがする事があると言って断られている。

 

鈴はたまたま飲み物を買いに購買へ行ったところでセシリアに誘われた。

ちなみに鈴も今日は偶然弁当持参だったが一夏がいる事を知らずに来ている。

主にセシリアの説明不足が原因で、あっちゃーと呟いていた。

 

「もしかしなくてもお邪魔だったよね」

 

空気の読めるシャルルはそう言って立ち去ろうとするがお人好しの一夏が許さない。

 

「そんな事無いよな? 箒。だってさ、誰でも1人は辛いだろ? な?」

 

流石の箒もそれには同意せざるを得ず……。

 

「……そうだな。折角クラスメートになったんだ、親睦を深めるとしよう」

 

そう言って折れた。

 

 

時間は少し遡る。

 

「セシリア、一つ聞いてもいいですか?」

「ええ、構いませんがどの様なお話でしょう?」

 

宙は即座に行動を開始していた。

 

「セシリアは貴族として社交会に幾度も出ていますね?

 その時、デュノア社の御曹司を見たり、その存在を聞いた事がありますか?」

「流石ですわね、わたくしの知る限り子供の存在すら聞いたことがありません。

 デュノア社長夫妻なら何度も見かけましたが」

 

実はセシリアも疑っていたのだ、シャルルという存在を。

 

「セシリア、これは今のところ2人の秘密ですが……。

 私が見たところデュノア君には喉仏がありませんでした、確実に男装です。

 

 楯無さんや先生方が態と泳がせている可能性を考慮して今は注視する程度にしましょう。

 一応、楯無さんには今夜確認して見ますが。

 

 理由についても大体の予想はついています。

 実はこれでも私はIS技術特許を持っていて、世界各国の企業が使っているのですが……。

 

 その中には勿論デュノア社が入っています。

 そして、ご存知の通りイグニッションプランから外され相当苦しい状況。

 ラファール・リヴァイヴの出荷数も減っているのが特許使用料から推測できます。

 

 ここまで言えば予想がつきますね?」

「……確か今日から織斑さんとデュノアさんは同室、あまり良い予感はしませんわね。

 わかりましたわ、わたくしも注視に留めます」

 

そんなやり取りがあった事を記しておこう。

 

 

さて、始まってしまえば会話しながら食べるだけ。

 

シャルルとセシリアは購買で購入したサンドイッチ等だが他は全て手作り弁当。

マドカの分は宙が作った物だった。

 

「折角ですから、交換して色々な味を楽しむのはどうでしょう?

 セシリアとデュノア君は皆さんから少しずつ頂けば良いと思いますよ」

 

そんな宙の提案から始まった昼食だったが、これはこれで楽しいかと箒は思っていた。

 

「箒の弁当、美味いなぁ。特に唐揚げが俺は好きだな。

 鈴の弁当では酢豚が絶品だ。

 宙さんは……、弟子にして下さい!」

 

笑顔だった箒のこめかみに青筋が、そこで気付く。

 

(ん? 私は何故そこまで……)

 

「弟子をとる様な腕前ではありませんよ、趣味が高じて楽しく上達したとは思いますが」

「いや、宙の作ってくれる食事に外れは無いぞ。

 昨日、2食共にしたがどちらも非常に旨かった」

「宙。今度、私が中華を。宙がお勧めを教え合うのはどう?」

 

宙、マドカ、鈴の会話が続き……。

 

「僕はどれも甲乙付け難かったかな」

 

と、シャルルが纏めていた。

 

 

ラウラは午前の授業で“元々“気になっていた一夏。

そして新たに加わった宙の戦闘映像を全て見ていた。

 

「織斑一夏は一週間でイギリスの代表候補生を追い詰めたか。

 そしてクラス代表対抗戦準優勝、中国の代表候補生を倒している。

 とはいえ、これはどちらも情報による結果だな。実力では無い。

 

 それにしても空天宙の戦い方はなんだ?

 相当な実力差が無ければこうはならん、これが全力とも思えんな。

 

 とはいえ軟弱者に遅れを取る私では無い。

 IS展開速度など戦闘において重要では無い。

 ISは兵器で力だ、何がISはパートナーだ。

 

 教官まで洗脳でもされたかの様に変わってしまっている。

 奴の仕業だな、タダでは済まさんぞ。

 

 教官には目を覚まして貰わねば……」

 

モニターに映るラウラの目には狂気の色が滲み出ていた、大切な人を汚された怒りと共に……。

 

 

一夏はこの機会を逃さず、宙へ謝罪することを決めた。

屋上は広いし、距離さえ離せば大声でも出さない限り聞こえる心配が無いからだ。

 

「宙さん、話があります。場所を変えて聞いては貰えないでしょうか?」

「勿論構いませんよ」

 

そう言うと一夏について行く宙。箒や鈴、セシリアは謝罪だろうと察していた。

 

「宙さん、クラス代表対抗戦での発言や行動を謝罪します。

 俺のためにしてくれてたのに……」

「いいんですよ、織斑君。私がそうしたいからした事です。

 それにわかってくれたのでしょう?」

「はい、皆に教えて貰ってやっとですが。

 これからは行動で示して行きます、許して貰えますか?」

「許すも何も私は怒ってなどいませんよ。

 ただやっと出来た友人を失うのが怖かっただけです。

 ……私はずっと1人で生きて来ました、ですから誰かを失う事に耐えられなかっただけです」

 

一夏は愕然とした、あれだけの暴言を吐いて宙の心遣いを無にしかけたのに友人だと……。

 

「これからもよろしくお願いしますね、織斑君」

 

そう言った宙は笑顔で、それに一夏も笑顔を返した。

 

 

あれは謝罪。

…あれは謝罪。

……あれは謝罪。

 

そう心の中で繰り返しながらも気になってしょうがないのは箒

お互い笑顔で話している姿が箒の胸を締め付けていた。

 

(あまり考えたくは無かったが……、これは嫉妬しているのか?)

 

怪我の功名、この状況だからこそ気づけた感情に箒は自身の素直な気持ちを知った。

 

(やっぱり私は一夏が好きだ。鈴の言う通り、理想を押し付けていたのは事実だろう。

けれどアレを見た今でも嫉妬するのだ、私は“今の”一夏を見たうえで好きなんだ)

 

そう自覚した時、箒の胸にあった迷いは消えていた。

あるのは一夏が好きだという気持ちだけ。

 

箒は空を見上る、そこには箒の気持ちと同じ様によく晴れた青空が広がっていた……。

 

 

さて、ここは一夏とシャルルの部屋……が見えるモニターの前。

そして、そこに座るのは楯無だった。

 

生徒会室の会長席にあるモニター。

今、そこだけで無く屋上のシャルルや資料室のラウラ。

ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアをも映し出している。

 

学園中の監視カメラに追加して楯無が死角をフォローした包囲網。

決め付けるのは問題だが手を打たないのは愚策にも程がある。

当然盗聴マイクも網目の如く張り巡らせた。

 

幸いマドカという護衛が増えた事で楯無は行動し易い環境を手に入れている。

護衛の増員が必要な時は簪を派遣すると姉妹で相談済だった。

 

「今のところ、どこも問題無さそうね」

「そうですね、ですが先日は見事にやられました。油断は禁物ですよ、お嬢様」

「わかってるわ、虚ちゃん。あそこにいたのが宙さんだったから起きた事件。

 だけど解決出来たのも宙さんだったから。

 

 私達は全く役に立たなかった、今回は情報まであって仕損じる訳には行かないわ。

 勿論、偽の男性操縦者についてもね」

 

そう言った楯無の視線は鋭い。

更識家第17代目当主、更識楯無。今の彼女に油断は皆無だった。

 

 

放課後、いつもの訓練でアリーナに集まった一同。

新たに加わったのはシャルル・マドカ、そしてマドカに誘われて来たラウラがいた。

 

「織斑一夏、一つ言っておく」

 

そう切り出したのはラウラ。

 

「誘拐された事は知っている、その時はやむを得なかっただろうとも理解している。

 あくまで結果論だが、ある意味お前のお陰。

 つまりドイツで織斑教官に鍛えて頂いたお陰で私は地獄から脱出する事が出来た。

 

 だが、今日までの戦闘映像を見る限り、お前は……。

 お前は誘拐されてから直ぐには自身を鍛えて来なかったな?

 

 しかもクラスメートに聞いた情報。

 今度は空天宙・オルコット・篠ノ之に鍛えられたらしいな。

 

 私が見る限り、結果を残せたのは恐らく空天宙の手腕による物だと思うがどうだ?」

「ああ、その通りだ。俺は自身を鍛えて来なかった。

 結果を残せたのも皆の協力と宙さんの情報による物だと十分理解している。

 だからこそ、こうやって日々鍛えている最中だ」

 

一夏はラウラに言われずとも十分に理解している、だから毅然として答えた。

 

「ではハッキリ言おう、そんなお前のために織斑教官を縛るのは止めろ。

 あの人はこんな所で燻っていていい人では無い!

 

 羽根を捥いだのはお前の存在。

 せめて自由に羽ばたけるようお前からも言うべきだ、違うか?」

「確かに今も俺は守られてる、そこは否定しない。

 だけど、それを決めたのは千冬姉だ。

 ここにいるのだって入学するまで俺は知らなかった。

 

 千冬姉が、ボーデヴィッヒさんが尊敬する織斑教官が自分の意思で此処にいた。

 それを否定するのか?」

 

周囲は見守るしかない。

 

「お前は何もわかっていない。

 お前は誰に育てられた? その金はどこから来た?

 

 それは教官が此処で働いたからだろう。

 そして此処を選んだのはお前を守るのに都合が良いからだ。

 当然、教官自身の腕を買われたのもあるだろうが。

 

 結局、お前の弱さが教官を籠の鳥にした。

 お前がもっと早くから自立していればこうはならなかった筈だ」

 

ある意味、正論のぶつけ合い。

 

「その可能性は否定しない。けど、たった2人きりの家族だ。

 甘えていた事実は認めるけど、それはいけない事なのか?

 

 今はそうでも俺は返して行くつもりだ、それが家族だろう?

 あくまでもこれは家族の問題。他人が、特に千冬姉を尊敬するなら余計に。

 口を挟むこと自体、千冬姉の意思を無視して侮辱してる。

 この件に関してボーデヴィッヒさんは意見できる立場じゃない。

 

 話はこれで終わりだ。

 どうしてもと言うなら直接千冬姉に言ってくれ、訓練の邪魔だ」

 

ラウラは理性を総動員して自制していた、一理あると冷静な部分が訴えているからだ。

ならば今度は標的を変えるまで……。

 

しばしの沈黙。

 

その最中、宙はラウラの持つ危うさに気付き考えていた。

あれは盲信、あれは崇拝、あれは憧れ。

それらが相まって見える物も見えなくなっていると。

 

それでもあそこまでの問答が出来る強靭な意思、いや意地。

此処にも爆弾があったと頭を痛めていた。

 

「織斑一夏の言い分はわかった、教官は私自身が説得する。

 だが、その前に」

 

そう言った瞬間、問答無用で放たれた砲撃。

ラウラのIS“シュバルツェアレーゲン”のレールカノンが宙を襲った。

 

 

「宙(さん)!」

 

全員が一斉に声を上げる。

 

「フン。あの程度の奇襲、空天宙の展開速度なら対処可能だ。そうだろう?」

 

砂塵が晴れた向こうに佇むホワイト・ウィステリア。

 

「ええ。ですが、いきなり攻撃される覚えは無いのですが」

「白々しいな、教官は変わってしまった。

 授業の様子を見れば貴様の影響、いや洗脳としか思えん」

 

周囲は安心と同時にラウラの異常さを知った。

 

「止めろ、ラウラ。宙はそんな事はしない。

 変わったと言ったが何が変わった?」

「……マドカ。

 教官はもっと厳しく、鍛えるのに他人の手を借りる様な事は無かった。

 その必要は無かったし、必要の無い事。

 

 ISは兵器で力だ。それを扱う以上、甘えは許されんからな。

 

 だが、なんだあの授業とやらは。

 あんな事を教官は言わない、あんな温い訓練で強くはなれない。

 私が受けた訓練は、ISを扱う者が受ける訓練はあんな遊びでは無い。

 

 ならば変えた元凶がいる、それが空天宙だ」

 

マドカは言わんとしている事はわかった。だが、ここは軍では無く学舎。

 

「……ラウラ。ここは軍じゃない、学園だ。

 専用機持ちはともかく一般生徒はISに乗れる機会も時間も限られている。

 それを考慮しての発言なのか?」

「場所など関係無い。ISを扱う以上、等しく躾けるべきだ。

 さて、前置きが長くなったが空天宙。私と戦ってもらおう。

 貴様が負けた場合、学園を去って貰う」

「いいでしょう。

 では私が勝った場合、貴女には今後私闘を禁止します。勿論、一切の危険行為も。

 加えて、この件は織斑先生に報告させていただきます。

 さらに約束を破った場合、貴女のISは没収のうえ学園に預けること。よろしいですね?」

「……いいだろう」

 

こうして宙とラウラは対峙した。

 

 

周囲は止めた。だが、2人共譲らなかった。

こんなに頑固な宙を見た事は無かったが、鈴やセシリア・簪は宙が怒っていることに気づいていた。

それも尋常じゃない程に。

 

マドカもそれを感じ取り、宙を信じた。

自分を救ってくれた様にラウラの勘違いを正してくれると。

 

一夏と箒は言葉を失っていた、何故そうなるという想いが強かったからだ。

 

不意に宙がホワイト・ウィステリアをベースのウィステリアに戻す。

 

「貴様、私を舐めているのか?」

 

「いいえ、そんな事はありません、貴女を倒すのに必要ないだけです」

 

そう言うと宙は歩き出した。

 

「それを舐めていると言うのだ!」

 

(その思い上がり、叩き潰してやるぞ! 貴様なぞA.I.Cの餌食にしてくれる!!)

 

ラウラは完全に冷静さを欠いていた、そして一気に肉薄するとA.I.Cで宙を捕らえる。

 

「レーゲンのA.I.Cの前では貴様なぞ……」

 

そう言いかけた瞬間、ラウラの意識は痛みと共に途切れた。

 

 

見ていた全員が。いや、マドカ以外が絶句していた。

 

あの瞬間、宙はISを解除して着地。

A.I.Cを逃れると瞬時にレーゲンを駆け登りながら対ISグローブを装備して一撃。

身に覚えのある光景、マドカは納得していた。

 

「流石は宙だな。煽って冷静さを奪い、ラウラの行動を限定。

 態とA.I.Cを受けて油断を誘い、ISを解除。

 

 そして、そのISにも通用するグローブで一撃。

 駆け登った勢いも乗せて気絶させた訳か」

 

態と口に出して説明するマドカ、その説明に今度は唖然とする一同。

 

「マドカさん、今のが完全に見えましたの? わたくしには大凡しか見えませんでしたが」

 

「私はサイレントゼフィルスに乗ってるんだぞ。

 狙撃手として目の良さには自信がある、セシリアも鍛えれば見える様になるさ」

 

実際の所は千冬のクローンであるお陰、だが言ったこともまた事実だ。

 

「いやいや、ちょっと待って。それにしたって人の力よ?」

「そこは武術ですよ、鈴さん」

 

ラウラを抱えて宙が言う。

 

「そう言えば武術を嗜むと自己紹介の時に言っていたな、では何をしたのだ?」

「中国武術で言えば浸透勁、日本では通しと呼ばれる古武術の業を使いました。

 簡単に言えば衝撃だけを直接当てる業ですね、これならばISの穴をつけますから」

 

さも当然の様に言う宙に唖然とした一同だった。




箒は本心に気付き、一夏は宙と関係修復。
まあ、ここまではいいでしょう。

やはりラウラはラウラ、外面を覆っても内面は違う訳でこうなりました。
宙はA.I.Cの天敵ですねw

ちなみに一夏は少し大人になってラウラを論破、そのまま成長して欲しい物です。

では、次回をお楽しみに!


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ep37:事後処理と情報収集、箒の告白

ラウラー!まあ、皆さんの予想と多少違うでしょうがやってくれましたね。
では、その後をお楽しみ下さい。

追伸
今日は頑張りましたよ、マジで。
まだ寝てなかったりしますw


ラウラが目を覚ました時、目に入ったのは白い天井だった。

 

「起きたか、ラウラ」

 

その声に向き替えるとマドカが。

 

「……マドカ? 此処は……それに私は何を……」

 

「此処は保健室だ、そしてお前は宙に一撃でのされて此処に運ばれた。

 宙に感謝しろよ? 怪我も後遺症も無い一撃だったんだからな。

 此処にお前を運んだのだって宙だ」

 

そこでやっとラウラは思い出した。

 

「A.I.Cで捕まえて……」

 

そこで記憶が途切れている。

 

「あれは捕まえたんじゃない、お前が捕まったんだ。

 宙はISを解除して、“生身の一撃”でお前を倒した。

 油断して話なんかしているから隙を突かれた訳だ」

 

マドカは他にも理由があるがなと思いつつ、敢えてそれは口にしなかった。

 

プシューと音がして誰かが保健室に入って来る。

ラウラとマドカは足音が此方に向かって来ていることに気付いた。

 

「やっと起きたか、この馬鹿者が」

 

そう言ったのは千冬だった。

 

 

「織斑先生、少々お時間を頂けますか?」

 

職員室を訪ねた宙はそう千冬に声をかけた。

 

「なんの件だ、空天」

「デュノア君とボーデヴィッヒさんの件でご相談が」

「ついて来い」

 

その名を聞いて思い当たること、此処では話せないと察した千冬はお馴染み生徒指導室へと移動する。

 

「で、どんな話だ」

「一つ目ですが、シャルル・デュノアと言う男性操縦者は存在しませんね?

 本名は知りませんが女性である事は見ただけでわかります。

 喉仏がありませんでしたから。

 

 また、セシリアに伺いましたが……。

 社交会で両親には幾度も会ったそうですが子供については話題にすら上らなかったと。

 

 私が思うに学園は知っていて泳がせている、如何ですか?」

 

千冬はまさか初日から気付くとは思っていなかった。

 

「ああ、空天の予想通りだ。入学にあたって検査を行おうとしたんだが……。

 国際IS委員会から検査済としつこく連絡があってな。

 

 態と織斑と同室にして様子を見ている、動きがあれば即座に更識が対応する体制だ」

「では、そちらの件。

 私とセシリアは注視する程度に留めます、大方予想通りでしたので。

 

 それと私個人が持つ情報ですが、デュノア社は業績不振に陥っています。

 特許使用料が確実に目減りしていますので。

 イグニッションプランの話はご存知でしょうから省きます」

 

宙の言葉に千冬は頷くと次を即す。

 

「まずは、これをお聞き下さい」

 

宙が取り出したのはボイスレコーダー。

シャルルの失言を狙っての物だったが別件で役に立った。

そして、それを聞いた千冬は頭を抱えつつも一夏の成長を喜んだ。

 

「今、ボーデヴィッヒは?」

「保健室でマドカさんがついています。

 マドカさんの時同様、一撃で気絶させましたので怪我も後遺症もありません」

「わかった、空天の出した条件を履行させる。それにしても洗脳とは……」

「正直なところ、これは織斑先生にも原因があると私は思っています。

 どの様な教導をしたのかわかりませんが、タチの悪い宗教と変わりありません。

 

 力の信奉者、織斑先生への妄執、もっとハッキリ言えば独占欲です。

 

 これから彼女が織斑先生に何を話すかわかりませんが……。

 対応を誤れば後悔することになるかと」

 

千冬は既に十分後悔しているのだが、それ以上になる。そう告げた宙の言葉が胸に刺さった。

 

「若輩者が余計な事をしたならこの場で謝罪を」

「いや、その必要はない、よく最小限に食い止めてくれた。礼を言う」

「いえ、私はクラス副代表です、どちらも放置できませんので。

 それでは失礼します」

 

そう言って宙は退室した。その後、千冬は大きな溜息をついて呟く。

 

「過去のツケが巡り巡って返って来たか。

 やはり私は教育者には向いて無い様だな、空天……」

 

そんな言葉が生徒指導室に響いた。

 

 

「教官……」

「教官ではない、此処では織斑先生だと何度言ったらわかる。

 あれだけ問題を起こすなと言っておいたのに早速か。

 しかも生身の人間に向かってレールカノンを撃ちおって。

 空天だからと言う判断だろうが、それでも許される事では無いぞ。

 ともかく私闘と危険行為は禁止だ。

 

 それと本来なら処分が必要だ、しかし今回は特例でお咎め無し。

 詳しい理由は話さんが“温情”とだけ言っておこう」

「はい……」

 

流石にこれはラウラでも頷くしかない。

どう言い訳しようと完敗だったうえに千冬から念を押されれば。

 

「ところでボーデヴィッヒ、私はお前に悪いことしたと思っている。

 お前が這い上がり幸せになって欲しくて厳しく鍛えた。

 だが時間が足りず心を鍛えられなかったんだ、ずっと心残りだったんだぞ?」

 

千冬は胸の内をさらけ出す。

 

「心を鍛えられなかった……ですか?」

 

ラウラには意味がわからなかった。

 

兵士になるべく生まれ育ち、強かった自分。

ある切欠で障害が発生してからの転落、蔑まれた自分。

千冬に出会い鍛えられ、障害を乗り越えて部隊最強に返り咲いた自分。

 

自分の価値は強さだけ、それを取り戻してくれた千冬に落ち度など無い。

なのに千冬は心残りがあったと言う。

 

「ああ、そうだ。肉体的強さ、ISでの強さは教えられた。

 だが1番重要な心の強さを教える時間がなかった。

 いや、言い訳だな……空天なら一緒に出来た筈だ」

 

また、宙。それを聞いて落ち着いていたラウラに火が着いてしまった。

 

「空天宙は関係ありません!

 織斑先生は誰がなんと言おうと私を救ってくれた、なら今度は私が救う番です。

 

 織斑先生の居場所は此処じゃ無い。

 最強の力を振るえる場所に、私と一緒にドイツへ帰りましょう!」

 

「本人が望んでいないのにか? ボーデヴィッヒ。私がいつ力を振いたいと言った?

 織斑も言っていたが私は望んで此処にいる。

 特に今は教えることの難しさと楽しさを実感しているんだ。

 

 なあ、ボーデヴィッヒ。もう一度私にチャンスをくれ。

 今度こそ心を鍛えて本当の意味で救わせてくれないか?」

 

千冬はそう訴えたが……。

 

「では、こうしましょう。

 

 織斑先生が言う空天宙。

 奴に学年別トーナメントで私が勝てばドイツで心とやらを鍛えて頂く。

 負ければ此処で織斑先生の思う様に私を鍛えればいい。

 

 私は織斑先生を変えた空天宙が許せない、必ず目を覚まして頂きます!」

「待て! ボーデヴィッヒ!」

 

ラウラは起き上がると千冬を無視して立ち去った。

 

「今の貴女は本当の織斑千冬じゃない」

 

そう言い残して……。

 

 

 

「早速問題を起こしてくれたわね、ラウラ・ボーデヴィッヒちゃん。

 お姉さんはお冠よ」

 

生徒会室で楯無は呟く。

 

「外面は代表候補生、でも内面はまだまだ子供ね。

 

 宙さんだったからアレで済んだけど他の子なら大惨事。

 お咎め無しを申し出るなんて優しい宙さんらしいわ。

 

 けど二度目は私が許さない、覚悟してなさい」

 

そう言った所で紅茶と茶菓子が差し出される。

 

「お嬢様、気持ちはわかりますがこれを飲んで落ち着いて下さい」

「悪いわね、虚ちゃん。ちょっと熱くなり過ぎたわ」

 

そう言って紅茶を飲む楯無。

 

「ふう、それにしても宙さんの観察力と洞察力。

 そして情報収集能力と独自の情報網。

 正直言って脱帽よ、あっさり見抜かれちゃったわね。

 

 あれなら更識の情報を知ってたのも頷けるわ。

 

 性格的には無理だけど……。

 それさえ問題無ければカリスマも申し分ないし更識の当主勤まるわよ。

 私より向いているんじゃないかしら」

「性格的に無理な時点で候補になりません」

 

虚がもっともな意見を述べる。

 

「それはそうなんだけどね、それにしても学年別トーナメントは大荒れになりそうよ。

 

 優勝候補筆頭の宙さん、続いてマドカちゃん、ここまではいいのよ。

 次に来るのが問題児ラウラちゃん。しかもドイツよ、ドイツ。

 どう考えてもこの三強は勝ち上がってくる。

 

 問題は亡国機業の動きといつもながら胡散臭いドイツ、どっちも危険だわ。

 人の出入りも多いし、更識から動員するしかなさそうね」

 

そう言った楯無は紅茶を口にして考えこんだ。

 

 

「おー、凄いな。皆はこんな部屋で過ごしてたんだな」

 

一夏は感動していた。

 

「本当だね、僕もそう思うよ」

 

シャルルも同意する。

 

こうして2人が部屋を与えられたのは例のアクシデントで退学者が出たからだ。

そしてもう一つ、シャルルの動向を探るためでもあった。

 

「それにしてもさっきの宙さんは凄かったね、一夏」

「ああ、俺も驚いたぜ。まさかISを生身で倒すなんてな!」

 

未だ興奮冷めやらぬ一夏の鼻息は荒い。

 

「でも、どうしてISを使わなかったんだろう?

 腕も良さそうだし、普通に勝てたと思うんだけどな僕は」

 

シャルルはもっともな疑問を口にした、首を傾げながら。

 

「ああ、そっか。シャルルは知らなかったよな。

 

 宙さんはISを戦闘に使うのが嫌いなんだ。

 だから宙さんのISに武器はプリセットされていない。

 

 今まではずっと当日の手持ち武器だけで、しかも殆ど攻撃しないで勝って来たんだ。

 本当に強いって言うのはああいう事なんだろうな」

 

これにシャルルは驚きを隠せない。

 

「え? じゃあ、どうやって勝つの?」

「相手に戦闘では勝てないって証明する。

 その上で武術だけの一本勝負を申し出て、寸止めで一本を取る。

 

 確か今まで当てた攻撃は3戦でセシリアに一発、簪さんは零。

 俺がまあ1番情け無いんだが自分の武器でやられた、実質1度だな。

 

 映像があるから見てみるか? ホントに凄いぞ」

「是非!」

 

こうして一夏とシャルルの共同生活は始まった。

 

 

以前とは逆に箒が鈴を屋上へ呼び出していた。

 

「決まったみたいね」

 

鈴は箒に向かってそう告げる。

 

「ああ、ハッキリしたのは昼の事だがな。

 鈴の言う通り理想の一夏が好きだったのは否定しない、だが私は“今の一夏”が好きだ」

「そんなところだと思ったわ」

 

鈴の意外な言葉に箒は鈴を思わず見た。

 

「だって昼休みに良い顔してたじゃない、あれを見れば吹っ切れたのはわかったわ。

 一夏じゃないんだから気づくでしょ、特に私達はお互いの気持ちを知ってるんだから」

「……言われてみれば確かにな」

「で、いつ?」

「ああ、それなんだが……」

 

2人の声は風にかき消された……。

 

 

まだ楯無が戻る前の自室に宙はいた。

 

(ウィステリア、改修型A.I.Cの装備はいつ頃になりそうですか?)

(3日もあれば十分です、あれはとても良い機能ですから最善を尽くします。

また、サイレントゼフィルスから得たデータで並列処理の負荷軽減が可能になりました。

こちらは私の判断で既に実装済です)

(ありがとう、ウィステリア。いつも助けてくれて感謝していますよ)

(いえ、此方こそ大切にして下さって感謝しています。

ただ、これだけは言っておきます。

 

確かに私も貴方も戦闘は好みません。

ですがラウラ・ボーデヴィッヒと戦うことになれば本格的戦闘は避けられないでしょう。

その時はお互い覚悟するしかありません。

 

好まない戦闘ではありますが私にとって貴方の命より重いものはありません。

場合によってはワンオフアビリティの使用も視野に入れる必要があります)

(出来れば避けたいのですが学年別トーナメントを考えれば仕方ないかも知れませんね。

ありがとう、ウィステリア。その気持ちが1番嬉しいわ)

 

宙とウィステリアの双方向会話、その後も打ち合わせは続いた。

 

 

「むっふっふー、ゆーくんの事ならなんでもお任せの束さんにはわかってるよ。

 今、双方向会話してるね? 今日の一件もあるし学年別トーナメントもある。

 

 優勝はゆーくんだろうけど、あのドイツの子も結構強い。

 まあ、ちーちゃんが鍛えて弱かったら話にならないんだけどさ。

 

 どっかで必ず当たる、間違いなくね。

 

 まーちゃんが仕留めてくれるのが理想的だけど、くじ運次第。

 こう言う時って悪い方にしか行かないんだよね」

 

モニターしていた束が話しているとクロエがやってきた。

 

「あ、そうだ。クーちゃん、きっとドイツの子はくーちゃんの妹だよ」

「妹という事は完成品という事ですか?」

「そそ、あの眼帯の下はクーちゃんと同じだよ、きっと。

 でも不具合抱えてるから眼帯で制限してる」

 

束の話にクロエは考える。

 

「姉としてはなんとかしてあげたいところですが……」

「んー、今後の展開次第かな。

 心を入れ替えたら考えてあげよう、可愛い娘の頼みだしね!」

「ありがとうございます、束様」

 

それにしてもと束は考える。

 

「いっくんと同室になったフランスの子。

 ゆーくんの言う通り、女でデュノア社絡みなのは間違いないんだよね。

 

 でもさ、白式のデータを持ってっても作れないんだよ。

 ブラックボックスにしておいたからさ。

 もし作れるとしたら、ゆーくんなんだけど作らないしね。

 

 そうなるといっくんのデータって事になるけどリスキー過ぎるんだよね、どっちにしても。

 ちょっと調べてみようか、ゆーくんの助けになるかも知れないし」

 

そう言うと束は早速調査を始めた、恐ろしい速度で……。




千冬の気持ちも宙の名を出したことで無になりました。
ラウラちゃん、結局誰かに喧嘩売るんですね。

楯無は厳戒態勢でしっかり生徒会長やってます、仲直りとマドカが来たお陰ですね。

そして初登場、ウィステリアのコア人格。双方向会話によるISの随時更新が行われています。
脳の負荷軽減は必須でしたし、A.I.Cは上手く使えば宇宙において最高の防御になりますから当然ですね。

加えて本格的戦闘の可能性、あの状態のラウラ相手なら十分考えられる話です。

一夏はついに織斑部屋を脱出、シャルルと新生活を楽しんで下さい。

では、次回もお楽しみに!


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ep38:変わり行く日常

今回は日常会ですがイベントはしっかりあります。
まずはお読み下さい♪

追伸
お気に入りが210とか!驚いてるしおんです。

良かったらで結構ですが高評価で応援して下さい♪
励みになります!


一夏はいつもの時間に目を覚まして、自分が何処にいるのか一瞬戸惑った。

 

「ああ、部屋移ったんだったな」

 

そこまではいい、問題は……。

 

「どうしたの、一夏……。まだ早いよ?」

 

普通に話せば隣人にも聞こえる訳でシャルルが寝ぼけながら問いかける。

 

「ごめん。朝の鍛錬に起きたんだけど、環境が変わったから思わず……」

「じゃあ、僕はもう少し……」

 

そう言ってシャルルは再び眠りに落ちた。

 

一夏は素早く静かに準備すると鍛錬へ、今日からはメンバーが増える。

少し楽しみだなんて思っていた自分は馬鹿だったと思い知る事になるとは気づかずに。

 

 

一夏と箒が集合場所に着くと既に4人がいた。宙、楯無、簪、マドカである。

 

「揃いましたね、では軽いランニングから始めましょう」

 

そう宙が言って始まったランニング、一夏にとっては全然軽くないどころかきつかった。

 

「織斑君は基礎体力や筋力が足りていません。

 ISにはパワーアシストがありますが、その元が低ければ……。

 後は言わずともわかりますね?」

 

バテバテの一夏。

それなりに疲れた箒。

普通な簪。

余裕な宙、楯無、マドカ。

 

見事に基礎体力と実力が見える結果だった。

 

「一夏、水分補給だ」

 

箒が差し出したスポーツドリンクを受け取って飲む一夏。

 

「助かったぜ、箒」

「ん、次からは準備を怠るなよ?」

 

そんなやり取りを温かい視線で眺める一同だった。

 

 

シャルルは次に目覚めると着替えなどを持ってシャワーに向かう。

勿論、しっかり鍵をかけて。

窮屈な特殊メイク付きのコルセット擬きを脱いでシャワーを浴びる。

 

「こんな事したくないよ、僕は……」

 

そう呟きながら寝汗を流していく。

 

「なんで僕が……」

 

そう言いながらもシャルルは今日も男装して過ごさざるを得ない。

シャワー室を出て支度を済ませたシャルル、苦悩を抱えながら過ごす1日が今日も始まる……。

 

 

その頃、宙達は剣道場にいた。一夏と箒の訓練を全員で見ることになったからだ。

 

防具を付けて竹刀を握り相対する2人、一夏は面を繰り出すも箒の胴が決まる。

 

「一本、箒ちゃんの勝ちね。

 織斑くんは正直過ぎるわ、そうでしょ? 箒ちゃん」

 

「はい、狙いが見え見えで後の先を取るのも難しくありません。

 これでも随分マシになったのですが……」

 

ぐうの音もでない一夏。

 

「箒さん、私と一合如何ですか?」

 

そう言ったのは宙。

 

「宙さんも剣道を?」

「いえ、剣術ですがお相手願えればと。箒さんも剣術を嗜んでいるようですし」

「箒ちゃん、宙さんは強いわよ。

 全力を出せる相手との稽古は貴重、やった方がいいわ」

 

そこまで言われれば箒に否は無い。

 

「ではお願いします、防具は……」

「必要ありません、私は武術家です。

 

 箒さんを見下している訳ではありませんが、受けるのは許されない。

 遠慮なく全力で来て下さい。

 

 それと織斑君、よく見ていて下さい。

 どんな相手でも通用する剣をお見せしましょう」

 

こうして宙と箒の一戦が始まった。

 

お互い竹刀を構え向き合う、箒は宙を信じて全力を出すことにしていた。

 

(隙だらけに見える。いや、そう見せられているのか? ともかく打ち込むのみ!)

 

箒が面を打つ、しかし宙はそれを容易く捌く。

 

(これは! 冗談抜きに全力でなければ即倒される!)

 

箒は初撃で察した、宙がとんでもない実力者だと。

 

胴を打つ、捌かれる。

小手を打つ、避けられる。

逆胴を打つ、捌かれる。

どれだけ打ち込もうと宙に当たることは無かった。

 

(剣道では駄目だ、篠ノ之流剣術で対抗するしかない!)

 

一の太刀を囮にして本命の二の太刀で仕留める篠ノ之流剣技“二閃一断”。

箒は囮に態と読みやすい上段からの一閃を選んだ。

 

スパーンと良い音が響く。

 

「一本、宙さんの勝ちね」

「巻き打ち……読まれた……のか?」

 

巻き打ち、剣道の技の一つ。

上段からの面を自分の竹刀で巻き取ってそのまま面を繰り出す。

箒の手に竹刀は無かった。

 

「ええ、これだけ凌がれれば態と隙を作っての剣を繰り出すのは定石です。

 そして箒さんは剣術の使い手、技を待っていました。

 

 織斑君、剣とは常に必中を狙う物ではありません。

 自分のペースに引き込むのに凌いで隙を作ることもまた剣なのです。

 

 箒さんは凌がれた結果、選択肢を私に狭められました。

 来るとわかっているものに対処するほど容易い物はありません。

 

 勿論、それ相応の技術はあるに越した事はありませんよ?

 ですが、工夫次第で力量差を覆す事も可能。

 

 実際、今私はそれ程高度な事は行っていません、そうですね? 箒さん」

「確かに、ひたすら受けに回ってペースを握られはした。

 だが圧倒的な力量で捩じ伏せられた訳ではない。

 巻き打ちとてやってやれない技という訳でもないしな。

 

 まあ、宙さんの実力が私より遥かに上なのも事実だが」

 

確かに今の攻防は一夏にも見えていた。

自分なら打ち込むだろうタイミングでも宙は無理をしなかった。

 

「一撃必殺には相当な腕と勝負勘、踏み込みの速度や技のキレなど複合的要素が必要です。

 

 今の織斑君は基礎体力不足で踏み込みが。

 研鑽不足で腕と技のキレが足りません。

 勝負勘はその時の集中力次第。

 

 無い物ねだりをするより確実な一撃を入れる工夫、まずはこれを目指すべきでしょう」

 

宙の言葉に納得した一同だった。

 

 

いつもの事だが宙は人の心の機微に聡い。

 

今日は何か事情はあれど現状何の悪事も働いてはいないシャルルに弁当を作って来ていた。

昨日ずっと見ていてシャルルから悪意を感じなかった事。

そして時折悲しげな表情を浮かべては、かぶりを振っているのを見かけたからだ。

 

「デュノア君、よかったらどうぞ」

 

そう言って差し出された宙手作りの弁当、シャルルは戸惑った。

 

「え? 僕に?」

「はい、よろしければですが」

 

流石にこの状況で断れる筈もなく、そして断る理由などありはしない。

 

「ありがとう、宙さん! 遠慮なくいただくね!」

 

シャルルは正直心から嬉しかった。

 

「喜んで貰えて作った甲斐がありました。

 それと、もし何か困った事や相談があれば出来る限り力になりますよ。

 

 私は1001号室です、いつでも声をかけて下さいね」

 

宙はそう言って立ち去った、後には手作りの弁当とそれを手に考え込むシャルルを残して。

 

 

ラウラはあれから何の問題も起こしていなかった。

 

クラスでは少々不器用だが、それなりに溶け込んでいる。

マドカとも以前と変わらず良好な関係の様でよく話してるのを見かけた。

 

ただ宙とは一線を引いているのがハッキリわかる。

周囲は気づかず、あの場にいた全員だけがわかるレベルだが。

 

「すっかり嫌われてしまいましたね」

「まあ、プライドの高いやつだ。

 しかも織斑先生が変わったのは宙のせいだと思い込んでいるからな。

 今のところ処置なしだ。

 

 私もその件には一切触れない様にしている。

 だからこそ、今も同室出来ている訳だが」

 

マドカが宙にそう告げた。

 

「流石に冤罪で嫌われるのは堪えるのですが……」

「ああ、そう言えば話してなかったな」

 

そう言うとマドカは保健室での一件を言って聞かせた。

それを聞いた宙はただ溜息をつくだけだったが……。

 

(ウィステリア、貴女の言う通り本格的に覚悟を決めなければいけない様です)

 

そう語りかけていた。

 

 

生徒会室では楯無が昨夜の映像を確認していた。

 

「今のところ、動きは無いわね。

 正直なところ、このまま動きが無くて事情がわかれば最高。

 対処のしようもあるんだけど……」

 

楯無がそう呟く。

 

「それは彼女が被害者であって欲しいという事ですね?」

 

昼食がてら宙は生徒会室で楯無と話していた、弁当の差し入れのついでに。

 

「そうよ? 私だって出来れば穏便に済ませたいもの。

 

 それにしても宙さんの行動力には勝てそうに無いわね。

 まさか弁当を渡して、相談を即すなんて」

「結構目についたんです、彼女の悩んでいる様子が。

 

 どうも悪事を進んで働くタイプには向いてない様に見えるんです。

 であれば、私も楯無さんと同じで穏便に済ませたいと考えた結果が……」

「手作り弁当と相談しやすい様に自分から申し出たと」

 

その言葉に頷く宙。

 

「私は注視するつもりでしたが無理の様です、どうしてか放って置けないと感じるので。

 取り返しのつかない事になる前に相談してくれればいいのですが……」

 

宙の言葉に楯無は一言、そうねとだけ返した。

 

 

放課後、今日は昨日と同じメンバーが集まっていた。……ラウラを除いて。

 

「それにしても凄い数の専用機持ちが集まってるよね。

 これだけで国を落とすことも楽勝な過剰戦力だよ」

 

何気無いシャルルの一言だったが……。まあ、事実である。

それは置いておくとして早速訓練が始まった。

 

一夏の近接戦闘訓練は、いつも通り箒が担当。

 

折角だからと同じ代表候補生で近接武器を扱う鈴と簪。

山嵐を除けばある意味似た様な装備であり、中々白熱していた。

 

こうなると当然、セシリアがマドカに模擬戦をという流れになり……。

マドカの偏差射撃とビットの脅威を見せられるという状況。

 

置いてけぼりは宙とシャルルの2人。

 

「織斑君と箒さんは良いとして他は戦闘狂ですか?

 まあ、模擬戦の意義は十分わかっていて言っているのですが」

 

平和主義の宙から見ればそうとしか言いようが無い。

 

「代表候補生同士だからね。

 マドカさんは違うけどサイレントゼフィルスとブルーティアーズ。

 同じBT兵器搭載の1号機と2号機なら……。

 まあ、オルコットさんの気持ちもわからなくは無いかな」

 

シャルルは弁当の一件から宙と話す機会が増えていた。

 

「そう言うデュノア君はどうなんですか? 望むなら的位は務めますよ?

 

 あのラピットスイッチから言って距離を問わず射撃主体。

 近接武器は一撃の威力が高い物を搭載しているのでしょう?」

 

シャルルは思わず宙に振り向いた。

 

「よくあれだけでわかったね、正直驚いてるよ」

 

「ラファール・リヴァイヴのカスタム機でラピットスイッチの使い手。

 そうなれば拡張領域を広げて通常より選択肢を増やすのが最適です。

 

 一撃に特化した機体でない以上、主体は種類の多い射撃武器。

 後はそう思わせての隠し玉というのが戦術的に有効でしょう。

 

 …恐らく“盾殺し(シールド・ピアース)”と名高い灰色の鱗殻(グレースケール)が決め手。

 

 ああ、正直に話す必要はありませんよ。学年別トーナメントもある事ですし」

 

シャルルは思った、全部当たってるんだけどと……。

 

 

訓練が終わり、夕食を済ませた一夏とシャルルは部屋にいる。

 

シャルルは今、汗を流していた。

結局なんだかんだで宙と訓練し、回避され続けて汗まみれになったからだ。

勿論、鍵は必ず2回確認する念の入れよう。

 

「映像からわかってたけど回避が巧すぎる。

 

 目の前でショットガンを出した時にはとっくに離脱されてるし……。

 距離があれば普通に回避される、完全に読まれてたなあ。

 

 一夏の言う通りだった、あれだと一撃勝負にかけるしか無くなって最終的に負ける…と」

 

さて、身体を洗おうかと思ったがボディソープが切れていた。

中を見ればまだ少しあったのでシャルルはお湯で増量。

 

「貧乏暮らしでよくやったなあ」

 

今回はそれでなんとか洗い終えた。

 

「それにしても宙さん…か。

 

 クラス副代表で生徒会副会長。

 クラス代表決定戦の勝者、クラス代表対抗戦に代理出場で優勝。

 

 理由があって専用機を許されてるらしいけど……、どこの国でも代表候補生は確実。

 強化対象、下手すれば国家代表も夢じゃ無いのに戦いが嫌い。

 勿体無い逸材だよね、宙さんは。

 

 そう言えば弁当美味しかったな、母さんを思い出す位に……」

 

シャルルは宙の言葉を思い出していた。

 

“もし何か困った事や相談があれば、出来る限り力になりますよ。

私は1001号室です、いつでも声をかけて下さいね”

 

「宙さんは僕を本当に助けてくれるのかな……」

 

そう呟くとシャワー室を出たシャルルだった。

 

 

生徒会室、楯無はシャルルの呟きを捉えていた。

 

「今朝と今の言い分を聞く限り被害者っぽいわね、男装を強要されて学園へってとこかしら。

 なら黒幕はデュノア社? 彼女の生い立ちを調べてみましょうか」

 

楯無に紅茶を差し出すと虚が告げる。

 

「実子では無い可能性がありますね、もしくは不貞の……」

「あ〜、不貞の方が現実味があるわね。両親のどちらかに無碍に扱われている……とか。

 

 デュノア社自体かなり不味い状況だから、なり振り構っていられない。

 何かあればトカゲの尻尾切り、どんどん不味い状況が想像できるわね。

 

 急いで調査するわよ、虚ちゃん。更識の調査網をフルに使うわ。

 生徒を守るのが私の仕事、理不尽は絶対に許さないんだから」

 

そう言った楯無の目は本気そのもの。

 

「では、早速動員します」

 

虚はそう告げると対応を始めた、主人の命を最大限叶えるために……。




一夏、ダメ出しされるの巻。
鍛え方が足りないのと猪突猛進だけが戦い方じゃないと指摘されましたね。

宙はどうしてもシャルルが気になって助け船を出してしまいました。
シャルルからの信頼も多少得た様です。

そして覗き魔の楯無は耳寄りな情報をゲット、本格的に動き出しました。

今後にご期待下さい!


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ep39:葛藤と真相、動き出す運命

シャルルはお悩み中。
宙は暗躍中。

さて、どうなることやら。

追伸
応援ありがとうございます!
皆さんの後押しが原動力のしおんです。

楽しんで頂ける様に頑張ります!


昨日起こされたシャルルは今日から朝練の参加を決めていた。

 

よって、今朝の人数は過去最多。

そこにたまたま千冬が現れた結果、前日よりさらにペースが上がった。

 

ランニングで息も絶え絶えな一夏を見て密かに宙へ千冬は問いかけた。

 

「織斑の体力錬成はどんな塩梅だ?」

 

「順調ですね。

 昨日より今日、今日より明日と超回復を活かしたトレーニング中です。

 

 流石に今日はやり過ぎですよ、織斑先生」

 

「そ、そうか。

 どうも空天と走るのが楽しくてな。

 

 意味はわかるだろう?」

 

千冬の言葉に宙は笑顔で頷く。

 

力ある物は競う相手に恵まれない。

千冬が言いたかったのはそう言う事だと理解しているからだ。

 

まあ、宙は無用な争いを好まないので千冬ほどでは無い。

そこは言わぬが花という物である。

 

ちなみ成績は簪とシャルルが互角で他は昨日と変わらず。

やはり実力と体力は密接に関係している。

特に近接戦闘をする者には。

つまりシャルルにもそれなりの近接戦闘能力が備わっている証拠である。

 

ランニング後千冬は去り、昨日と同様2人の訓練を見つつアドバイス。

時折楯無と宙が組み手を行なって周囲を驚かせていたのはご愛嬌。

 

そんな朝の訓練でシャルルが見せる笑顔が楯無と宙には嬉しかった。

 

 

今日のIS実技の授業。

 

今回は歩行から走行へのステップアップが目的となっていた。

 

「さて、今日の授業だが走行して停止する一連の動作習得が目的だ。

 

 基本的には歩行の延長上。

 停止する時は速度に合わせて強めの停止をイメージすればいい」

 

千冬の説明に聞き入る生徒達。

 

「そうだな。

 ここは一つ、クラス代表に見本を見せて貰うとしよう。

 

 織斑、前に出ろ」

 

一夏は思わず、俺かよと思いはした。

 

だが、正直クラス代表らしい仕事は宙が片付けてくれている。

なら、ここでやっておかなければと納得して前に出た。

 

まあ、納得しなくても問答無用でやらされるのだが。

 

「織斑、ISを展開しろ」

 

「はい」

 

そう返事をした直後には白式を纏った一夏。

 

「ほう、また少し早くなったな。

 

 継続は力なりと言う言葉もある。

 精進しろよ?」

 

あまり褒める事をしない千冬からの言葉。

それは一夏のやる気を引き出すには十分過ぎた。

 

「さて早速だが…。

 この白いコーンからあの赤いコーンまで走って止まれ。

 

 いいな?」

 

「わかりました、織斑先生」

 

一夏の返事に頷くと千冬は合図を出す。

 

「よし、スタート!」

 

その声を合図に一夏は走り出し、赤いコーンの隣で止まった。

 

「次だ、織斑。

 戻って来い」

 

そして、元の位置に戻る一夏。

 

「今、織斑がやった事を全員にやって貰う。

 だが初回から全力疾走する必要は無い。

 

 まずは軽く流し、徐々にスピードを上げ慣らしていけ。

 歩行と同じ様に繰り返して習得しろ。

 

 班分けは先日同様。

 注意点も変わらずだ。

 

 わかったな?」

 

千冬の声に全員が返事をして走行停止訓練が始まった。

 

 

昼休み。

昨日のうちにメンバー全員へ声をかけていた宙は屋上にいた。

 

「それにしても毎日済まないな」

 

マドカが礼を言う。

 

「お弁当の事ですか?

 それなら気にする必要はありません。

 

 元々は私と楯無さんの分を作っていたんです。

 ですから、1人や2人増えたところで手間はそう変わらないんですよ」

 

「いや、そう言う問題では無い。

 今度何かで礼をさせてくれ」

 

そう言ったマドカに宙は首を振る。

 

「護衛していただいているだけで十分です。

 それに私がしたくてしている事ですから」

 

そう言われてしまうとマドカには返しようが無い。

とりあえず心に留めておいて何かの機会にお礼しようと考えていた。

 

「ごめんね、少し遅れちゃった」

 

そう言いながらシャルル達が飲み物を抱えて屋上に上がって来た。

簪は何やら小箱を抱えている。

 

「いえ、お気になさらず。

 それでは早速始めましょうか」

 

そう言った宙は敷いて置いたレジャーシートに重箱を広げる。

 

「皆さん、お好きな所に座って下さいね。

 量は多めに作ってありますから沢山食べて下さい。

 

 カロリー計算もしてありますので多少多く食べても問題ありません」

 

今日は宙主催の食事会。

いつもの弁当より当然手間がかかっている。

 

とりあえず全員席を確保すると鈴が飲み物を配っていた。

 

宙は拡張領域から手早く必要な物を取り出して全員へと回す。

行き渡ったところで箒が一夏を肘で小突き、小声で音頭を取るよう即した。

 

「それじゃあ皆、宙さんに感謝して頂きます!」

 

「頂きます!」

 

こうして食事会が始まった。

聞こえてくるのは旨いやら美味しいと言った声。

 

作り方の質問やコツ。

何を使っているのか等々。

どうやらマドカとセシリアを除いて料理が出来るらしい。

 

一番のツッコミ所は一夏なのだが…。

箒と鈴が何も言わないので料理男子なのだと宙は察した。

 

「デュノア君、お口に合いましたか?」

 

「とっても美味しいよ!

 母さんが作ってくれた食事を思い出す位に」

 

「そうですか。

 それは良かったです」

 

そう笑顔で答えつつ宙は今の発言から違和感を感じ取った。

 

(今、デュノアさんは確かに言いました。

“母さんが作って[くれた]食事を[思い出す]位に”と。

 

普通なら“母さんが作って[くれる]食事位に”となる筈です。

 

過去形。

つまり今は作って貰えない。

もしくは作りようが無いと取れますね。

 

[思い出す]は、それが今に始まった事では無いと言う印象を強くします。

 

社長夫人が忙しいという事はそうそうありません。

決して暇では無いでしょうが思い出さなければいけないほど過去にはならないでしょう。

であれば不仲か別離。

 

デュノア夫人は存命ですから不仲が濃厚ですね。

セシリアが社交会でデュノアさんについて見聞きしていない事を踏まえると[隠していた]事になります。

 

少々穿ち過ぎかも知れませんが[不貞の子]の可能性が出て来ましたね。

スキャンダルのネタは隠し通す必要がありますから。

 

そう考えれば夫人との不仲にも説明がつきます。

加えてデュノア社長の愛人が母親だとすれば他界して引き取ったのでしょうか?

そうなると[思い出す]が正しい表現になり、文脈として成立。

 

夫人が社長排斥の立場なら利用したと考えられますね。

もう一つは夫妻揃っての排斥。

つまり乗っ取りの可能性も。

逆に引き取った社長から見れば、IS学園に送った事も説明が付きます。

 

IS学園へ安全確保のため男装させる事で確実に送った社長。

そこに横槍を入れてスパイを指示したのは夫人。

もしくは社長夫妻が泥を被る覚悟で指示した可能性もあります。

 

社内で派閥分裂していて社長を排斥するなら、デュノアさんの存在はアキレス腱。

排斥派は存在を消しにかかるでしょう。

情報を手に入れればデュノア社が第3世代機を作れる可能性がありますが発覚すれば大スキャンダル。

デュノア社の存続が危うくなる事を排斥派が行うとは思えません。

 

仮定に仮定を重ねた感は否めませんが筋は通ります。

これは賭けに出るしか無さそうですね。

 

デュノア社長もしくは夫妻はIS学園の特記事項で守れると判断した様ですが…。

代表候補生になってしまっては国からの呼び出しに応じない訳には行きません。

企業所属もある意味同様です。

 

いよいよとなれば特許の使用差し止めで対抗するしかありませんね。

加えて織斑先生の人脈をお借りしましょう。

 

フランス国家代表であればそれなりの権威を持ちますから、調査機関程度は動かせる筈です。

国際IS委員会へは織斑先生とフランス国家代表の連名。

IS学園理事長の名もあれば、なお良しと言ったところです。

 

それと罪は罪ですから、社長夫妻には責任を取っていただく必要がありますね。

どちらにせよ、最良の結果は得られそうに無いのが心苦しいところです)

 

並列思考を使って考察・思案しつつ食事会をさも普通に終えた頃、宙は決心した。

逸早く動いて相手の思い通りにはさせないと。

 

ただし、そのためには…。

 

「ご馳走様でした!」

 

「お粗末様でした」

 

屋上に笑い声が響いた。

 

ちなみに簪の小箱は抹茶のカップケーキだった事を記しておく。

 

 

放課後。

今日も今日とて訓練は続く。

 

宙はシャルルがラピットスイッチを使う以上、射撃適性が高いと予想して一夏の射撃指導を頼んでみた。

これが見事に、はまり役。

シャルルの説明や指導は適切で一夏にはわかりやすかったらしく、射撃技術が改善されて行く。

 

「デュノア君は人に物を教えるのが上手いですね。

 そうは思いませんか?織斑君」

 

「ホントわかりやすくて助かるぜ。

 シャルル、ありがとな」

 

「僕なんてまだまだだよ。

 でも、役に立てたなら嬉しいかな」

 

そう言って笑顔を見せるシャルル。

それはシャルルの本当の笑顔だった。

 

 

シャルルは今日も細心の注意を払ってシャワーを浴びていた。

 

「皆、良い人だな。

 なのに僕は皆を騙してる…」

 

良心の呵責に苛まれるシャルル。

 

「宙さんは昨日も今日も昼食を用意してくれた。

 美味しくて温かい味が母さんみたいで…。

 

 もう僕には無理だよ。

 こんなに良くしてくれる皆を裏切るなんて…。

 

 誰か助けてよ。

 宙さん、僕を助けて…」

 

シャワーの音に混じってシャルルの嗚咽が聞こえる。

 

伸ばされた救いの手を取ること。

それを迷いながら。

 

 

楯無は聞いていた。

シャルルの苦悩と葛藤を。

 

「彼女は無害になったわね。

 これも本人の意思を引き出した宙さんのお陰かしら。

 

 それで早速宙さんの話を聞きたいんだけどいい?」

 

「勿論です。

 そのために来たのですから」

 

そう言うと宙は自分の仮説を楯無に説明する。

 

「参ったわね。

 まだ全て調べきれてはいないんだけど大方宙さんの予想通りよ。

 

 彼女の名はシャルロット・ローラン。

 母親はシャーリー・ローラン。

 父親がアルベール・デュノア。

 元婚約者だったらしいわ。

 

 だけど、デュノア社が過去資金難に陥った。

 その時に政略結婚したのが今の社長夫人、ロゼンダ・デュノア。

 彼女は不妊症で子供が出来なかった。

 

 シャーリーさんは妊娠を隠していたみたいよ。

 身を引いたって事ね。

 

 で、シャーリーさんが病死。

 その時、アルベール氏が引き取りに来た。

 

 社内で内部分裂が起きてるのはわかってるわ。

 理由は簡単、業績悪化の責任が社長にあるって言う馬鹿げた物。

 加えて過去にローラン親娘へ多額の援助をしていたのがバレた。

 

 今回の一件が夫人主導なのか、排斥派主導なのかは不明。

 ただ社長が娘であるシャルロットちゃんを守るために此処へ送った。

 そこまではハッキリしてるわ」

 

「とはいえです。

 どんな理由があろうともフランス政府と国際IS委員会はデュノア社と裏取引しました。

 残念ながらデュノア夫妻の罪は消えません。

 

 シャルロットさんは強要されましたが罪を犯していない内は被害者。

 手遅れになる前に対処するべきでしょう。

 

 私はこれから彼女を部屋に招いて意思確認します。

 流されるだけであれば厳しい様ですが助けても今後1人で生きては行けません。

 甘えは通用しなくなりますから。

 

 上手く行った場合の受け皿は…。

 フランスには戻れないでしょうから日本に亡命するしか無さそうですね。

 

 養女となれば既婚者で子育ての経験が無ければ日本では無理です。

 更識で保護する事は?」

 

宙が次々と情報を整理して問いかける。

 

「布仏家なら更識に仕える家柄だから可能よ。

 その場合は宙さんの護衛に付けるわ」

 

「護衛の件はともかく虚さんと本音さんなら上手くやれるでしょう。

 では私は早速動きます」

 

そう言うと宙は足早に立ち去った。

 

「ホント、優しい人よね。

 先まで見据えて愛の鞭。

 誰にでも出来ることじゃ無いわ」

 

生徒会室に楯無の呟きが響いた。

 

 

今、シャルルことシャルロットは宙の部屋にいた。

突然部屋に来て話したい事があると招かれた結果だ。

 

「デュノア君。

 実はこの部屋、事情があって完全防音なんです」

 

「そうなの!?」

 

驚くシャルロットに宙はこう声をかけた。

 

「ええ、シャルロット・ローランさん」

 

「え?」

 

流石にシャルロットは固まった。

 

「実は初見で女性だと気づいていました。

 調査の結果、おおよその事情は把握しています。

 

 貴女がどの様な扱いを受けて来たのかはわかりません。

 軽々しくわかるなどとも言えません。

 

 ですが一つだけ伝えておきます。

 貴女が此処に来る事になった真の理由は安全確保のためです」

 

「そんな訳あるもんか!

 僕は母さんが死んで引き取られてから、ずっと冷たく扱われて来た!

 今更そんな事を言われても信じられない!」

 

宙の言葉にシャルロットの感情は爆発する。

 

「ですが事実です。

 アルベール氏はローラン親娘に多額の資金援助をしていました。

 

 今、それだけが理由では無いですがデュノア社は内部分裂しています。

 そのタイミングで貴女の存在が公に知られれば大スキャンダル。

 社長排斥派はデュノア社存続のため貴女の命を狙い存在を消すでしょう。

 

 ですから、確実に逃すため男性操縦者に仕立て上げて送り出した。

 一応特記事項で外からの干渉を在学中は受けないことになっているからです」

 

「そんな…。

 僕が殺される?

 だから逃した?」

 

シャルロットは混乱の極地にいた。

宙は時間をおくべきと判断して紅茶を淹れに行く。

 

そっと差し出された紅茶。

 

「一度これを飲んで落ち着いて下さい。

 冷静さが必要な時ですよ」

 

そう言うと宙はそれ以上何も言わずに紅茶を口にした。

 

 

幾分時間が経ち、シャルロットは落ち着きを取り戻した。

そして、宙の言葉をよく考える。

 

(過去の経緯は全て考えないで判断しよう。

 

確かに宙さんの言う状況なら僕は邪魔だ。

フランスにいればいつ殺されるかわからないのも納得できる。

 

それに転入は急だった。

IS学園の転入試験は入試以上の超難関。

今の僕じゃまず受からない。

けど、男性操縦者なら無条件。

 

…ロゼンダさんはわからないけど、本当に父さんが?

なら、今までのは僕を守るための演技だったことになる。

 

母さんは父さんを悪く言った事が無かった。

優しい人だって言ってた。

 

じゃあ、宙さんの言った事は…)

 

不意に宙が声をかけた。

 

「落ち着いて把握出来た様ですね」

 

「うん、納得したよ。

 宙さんの言う通りなんだね…」

 

「何でしたら連絡してお聞きになればいいのでは?」

 

その言葉に頷くと、シャルロットは電話をかけた。

 

『定時連絡以外、連絡するなと言っておいた筈だが急用か?』

 

「うん、ねえ父さん。

 僕を逃すために男装させてIS学園に転入させたの?」

 

『…』

 

「お願い、答えて!」

 

シャルロットの声は切実な想いを感じさせた。

 

『そうだ。

 お前には信じられないだろうが私は勿論、ロゼンダもお前を愛してる。

 

 ロゼンダが最初酷く冷たく当たったのは子供が出来ない事への苛立ちから。

 後で後悔していたよ、八つ当たりなんて酷いことをしてしまったと。

 

 だから、シャルロット。

 どうか幸せになってくれ。

 それがシャーリーと私達夫婦、たった一つの願いだ』

 

そう言うと電話は切れた。

 

「父さん?父さん!」

 

すぐにかけ直しても電話は二度と繋がらない。

 

「宙さん!父さん達を助けたい!

 力を僕に貸して!」

 

宙は首を振ると答えた。

 

「お二人を助ける。

 それは覚悟の上で犯罪を犯した以上、無理な話です。

 今回携わった全員を裁かなければ、貴女の命を救うことすら出来ません。

 

 シャルロットさんに罪はありませんがお二人は既に罪人。

 冷たい様ですが助けられるのは貴女の命だけです」

 

「そんな…」

 

項垂れるシャルロットに宙は続ける。

 

「漏れ聞いた限り、本人達はこの結果を望んでいます。

 貴女はそれを無碍にするつもりですか?

 

 よく聞いて下さい。

 貴女はこれから1人で生きて行かなければなりません。

 

 勿論、友人として出来る限りのことはしましょう。

 ですが、貴女の人生は貴女自身の力で切り開いていくしか無いんです。

 

 貴女が望んだ自由。

 手に入れたからには手放すことは両親にかけて許されません。

 

 その覚悟が無いなら、即刻フランスに戻り命を捨てなさい」

 

「そんな事…。

 そんな事出来る訳ないじゃないか!

 

 僕は生きる!

 ローランの娘として!

 デュノアの娘として!」

 

その言葉を聞いて宙はシャルロットを優しく抱きしめた。

 

「試す様な事をしてごめんなさい、シャルロットさん。

 覚悟が無ければ生きて行けない事を私はよく知っています。

 だから、その言葉を聞きたかったんです」

 

「宙さん、宙さん…。

 うわあぁぁぁあああ!」

 

シャルロットは泣いた。

母を失って以来、枯れた筈の涙を流して…。




一夏は日々鍛練。

授業の実技は一歩ずつステップアップ。
原作があまりにも授業らしくないのでこうなりました。

宙はシャルルの一言から卓越した推理を展開して真相に迫りました。
一応理論立ててみたのですがどうでしょうか?

楯無は調査を続行しつつ、諸々対処中。

そして今回最大のイベント。
シャルロットの命を救う説得。

いやぁ、難産でしたw


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ep40:シャルル、激動の夜

さて、宙が積極的に動き出しました。
こうなると流れは止められませんね。

どうなることやら。

では、ご覧下さい。

追伸
最近思うんですが職業作家とまでは行かなくても相当書いてますよね。
自分でもビックリです。

これも応援してくださる読者の方々のお陰。
今後ともよろしくお願いします!


「いやぁ、流石はゆーくん。

 たったあれだけの会話からそこまで辿り付けるんだね。

 

 あれは束さんには無理。

 ゆーくんだからこその方法だよ。

 

 という事でこの資料はちーちゃんに後で送ろうかな。

 

 ゆーくん達が自力でやって足りないところは大人がフォローする。

 ゆーくんの今後の動きは大体予想できるからね」

 

束は今回の件に関わったフランス政府と国際IS委員会の人員。

ついでにゴミ掃除とばかりに不正の証拠。

そして、デュノア社の排斥派名簿まで準備し終わっていた。

 

「あ、デュノア社が潰れるのは良いんだけど、社員が困るからその辺も…。

 と思ったけど、きっとゆーくんが案を出すから大丈夫かな。

 

 それにしても見事な話術だったね。

 あれも束さんには無理。

 

 苦労して来た10年の経験と私にはあまり無い心の機微を察する技能。

 冗談抜きで先生向きだよね。

 

 ちーちゃんが影響を受けるって相当だよ?

 

 まあ、一度負けてるからね。

 何気に目が行くんだと思うけどさ」

 

そう呟きながら宙の映るモニターを眺めていた。

 

 

「落ち着きましたか?」

 

宙はシャルロットが泣き止んだところで声をかけた。

 

「うん、ありがとう宙さん」

 

「それにしてもこの部屋で良かったですね。

 さっきの状況を皆さんに見られたら噂になるところでした」

 

「?」

 

首を傾げるシャルロットは意味がわからなかった。

 

「美少年に抱きつく女性。

 あっという間に噂が学園中に広がりますよ。

 

 男装してる事を忘れていましたね?シャルロットさん」

 

そう言って微笑んだ宙にシャルロットはやっと理解が追いついた。

 

「ちょっと気が抜けてたね。

 気をつけないと」

 

「ええ、これからが本番です。

 

 今の時間ならまだ話が出来そうですね。

 早速、行動に移しましょう」

 

シャルロットは宙の言葉に頷いた。

 

 

宙とシャルロットは生徒会室を訪れ事情を説明。

楯無が速攻でアポを取り、理事長と千冬を交えた会議を理事長室で行う事になった。

 

「空天とデュノアは初対面だな。

 IS学園の轡木 十蔵(くつわぎ じゅうぞう)理事長だ」

 

「空天さん、ご活躍は聞き及んでいますよ。

 お二人共初めましてですね。

 

 私が理事長の轡木十蔵です。

 普段は用務員をしていますが、この件は内密にお願いしますね」

 

それを聞いたシャルロットは驚いたが、宙は動ぜず会話を続ける。

 

「お初にお目にかかります。

 空天宙と申します。

 

 入学前から今現在も大変お世話になっております。

 にも関わらず、今回お力添えを頂きたく参りました」

 

「シャルロット・デュノアです。

 僕の私事でご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

その言葉に十蔵は柔和な笑みを浮かべて答える。

 

「いえいえ。

 生徒を守るのが私達大人の仕事です。

 お気になさらず。

 

 それでは空天さん、早速お話を伺えますか?」

 

「はい、理事長」

 

そう返事をして宙は今回の件に関する情報を伝える。

 

「更識さん、そちらは如何ですか?」

 

十蔵の問いかけに楯無も調査結果を報告した。

そして、それらを聞いた十蔵が宙へ問いかける。

 

「なるほど、状況は理解しました。

 では、空天さんのお話を伺いましょう」

 

「はい。

 今回最も重要なのはシャルロットさんの命と今後です。

 

 この一件に関わったのはフランス政府と国際IS委員会。

 そしてデュノア社。

 

 その不正を暴く必要があります。

 

 織斑先生はフランス国家代表と現在もコネクションをお持ちですか?」

 

宙の言葉から千冬は意図を察する。

 

「ああ。

 今も連絡を取り合う仲だ。

 

 つまり私とアイツ、理事長の連名で強制調査に踏み切る訳だな?」

 

「はい。

 難しい事は重々承知しております。

 ですが、シャルロットさんを救う最低条件なのです。

 

 加えて今後の事も考えれば膿を取り除く絶好の機会とも言えます」

 

「そう言う事でしたら、私の古い友人にも協力して貰いましょう。

 これでも顔は広いので伝手がありますから」

 

「御二方ともありがとうございます」

 

宙がそう言った直後…。

 

〜♪

 

「失礼。

 なんだ、今重要な…」

 

『その件に関する情報を送ったから上手く使って。

 じゃあね、ちーちゃん』

 

「何?おい、待て!」

 

既に電話は切れていたが、十蔵のデスクに大量の情報が送られて来た。

そして電話の相手が束だと察した十蔵はデータの一部を閲覧。

 

「織斑先生は良いご友人をお持ちの様ですね。

 

 今送られて来たのは今回だけでなく過去からの不正に関する情報。

 これだけの証拠が揃っていれば確実に動けるでしょう」

 

十蔵の言葉に驚きつつも納得した千冬だった。

 

 

宙は十蔵の言葉から今後の話へシフトする事にした。

 

「理事長のお言葉から不正については解明出来ると判断しました。

 ですので、今後のシャルロットさんについて提案させて頂きます。

 

 まず、フランスへは帰国できません。

 今回の件でフランス政府とデュノア社は相当な痛手を負います

 その結果、命の危機に晒される可能性を否定出来ないからです。

 

 そこでシャルロットさんには日本に亡命して頂くのが最適と判断しました。

 その際、シャルロットさんを布仏家の養女として迎え入れる準備が整っています。

 

 また、日本政府は優秀なIS操縦者を得る事になります。

 代表候補生として迎えられるのはまず間違い無いでしょう。

 専用機については後程の展開次第となりますが致し方ありません。

 

 ここまで如何でしょうか、皆様」

 

宙の言葉にシャルロットが呟く。

 

「僕が本音さんの家の養女に?

 家族が出来るの?」

 

「更識、その辺はどうだ?」

 

「はい、宙さんの話通り準備は整っています。

 いつでも対応可能です」

 

シャルロットには何故布仏家の事を楯無に聞くのかわからなかった。

 

「シャルロットちゃん。

 その辺の詳しい話は後でするわ。

 

 今は受け入れるかどうかだけ考えて頂戴」

 

「こんな僕を受け入れてくれるなら喜んで!」

 

「という事はだ。

 デュノアの亡命と養女の件は決定。

 

 代表候補生の件は私が口利きしておこう」

 

「では、その様に。

 頼みましたよ、織斑先生」

 

十蔵の一言でシャルロットの今後も決まった。

なら、最後はアフターフォローをと宙は話を進める。

 

「では、最後にデュノア社について。

 

 社長夫妻が逮捕されるのは確実です。

 ですが今回の件に無関係な社員を救済する必要があります。

 

 私としては外部顧問を社長に据えた上で外部監査機関を設立。

 そして今回の騒動の責任をフランス政府が負って当面の間出資。

 デュノア社の正常化と社員の救済が必要と考えます。

 

 また救済策の一環として私個人が持つ特許の使用料。

 これをデュノア社再建までの間、据え置きもしくは減額。

 流石に無しというのは他社に対して弁明できませんので。

 どちらになるかは業績次第となります。

 

 業績不振とはいえラファール・リヴァイヴの現存数から倒産は回避すべきです。

 部品調達が出来なくなって困るのは皆様も御理解頂けるかと。

 

 加えて今回の件で仮に社員が半減したとしても現在の出荷数から問題無い筈です。

 さらに賃金も半減するならば再建と以降の開発が可能になります。

 

 この件についてはフランス政府がどの程度デュノア社の価値を理解しているか。

 そこが焦点となりますが…」

 

「それについては私達大人に任せていただきましょう。

 空天さんの危惧はラファール・リヴァイヴを使用する各国に該当します。

 

 勿論、訓練機として使用しているIS学園も無関係ではありません。

 案としては十分納得できる内容のうえ、個人収入減さえ盛り込まれている。

 

 これを蹴る程、フランス政府も愚かでは無いと信じましょう。

 当然、こちらで手を打ちます。

 

 場合によっては相談させていただく事だけ覚えておいて下さい」

 

十蔵の言葉に安堵した宙は笑顔で答える。

 

「本日は急な案件を持ち込み、対応頂いたこと感謝致します。

 誠にありがとうございました」

 

「ありがとうございました!」

 

宙に続いて礼を述べたシャルロットはこの件を一生忘れないだろう。

それ程、激動の1日だったのだから…。

 

 

4人が去った理事長室で十蔵は1人呟いていた。

 

「不幸な生い立ちは同じ。

 空天さんには放って置ける筈もありません。

 

 初日から気付き、シャルロットさんに迷いを生ませて留まらせた。

 その結果、今日に繋がる訳ですが…。

 

 先程の案は全て空天さんの物。

 良識ある天才とは凄まじいものです。

 

 どうにかして空天さんにも幸せになっていただきたいのですが…」

 

立ち上がって窓から外を眺める十蔵。

 

「既に十分過ぎる実績。

 空天さんに相応しい待遇が期待出来る場所は限られていますね。

 

 一つ、打診してみるとしましょう」

 

そう呟くと十蔵は何処かに連絡する。

 

「お久しぶりですね、十蔵です。

 ええ、変わりなく元気に過ごしておりますよ。

 

 ところで其方は例の方針転換で今も?

 

 なるほど。

 実は見ていただきたい人物が。

 

 ええ、そうです。

 それでまずは映像をお送りします。

 

 その通りですね、丁度学年別トーナメントの時期で。

 

 ええ、ええ。

 

 わかりました、ではその様に」

 

電話を終えた十蔵は用務員に戻る。

 

そして理事長室は無人となった。

 

 

宙はシャルロットと共に自室へ。

楯無は監視のために生徒会室へと戻った。

 

「ねえ、宙さん」

 

「なんでしょう?」

 

「どうして僕を助けてくれるの?

 会ってから2日しか経ってないのに…」

 

少しの間、静寂が室内を満たした。

 

「…自分と重ねたのかも知れません」

 

「え?」

 

そう言われてもシャルロットにはわからない。

だから…。

 

「布仏家の一員になれば聞くでしょうから少し話に付き合って下さい。

 

 ある所に仲の良い3人家族がいました。

 ところが事件に巻き込まれて一瞬で両親は亡くなり子供は一人きり。

 なのに、子供はひたすら命を狙われました。

 

 1人で生きて、1人で逃げて、1人で転校し続けて。

 そんな子供に友人など作る余裕も時間もありません。

 

 逃げて逃げて逃げ続けて10年。

 逃げる事に疲れ果てた頃、子供は18歳になり最後の希望に賭けました。

 

 希望の名はIS学園。

 治外法権が約束された唯一無二の場所。

 それでもまだ命を狙われ続けています。

 

 けれど、守ってくれる友人が3人も出来ました。

 一緒に過ごす友人が幾人も出来ました。

 

 そんな辛いだけの日々を…。

 シャルロットさん、貴女に送って欲しくなかったのかも知れません。

 

 世の中、理不尽な目にあっている人は1人だけじゃありません。

 それでも“自分の力”で助けられるなら、私はまた誰かを助けるでしょう。

 

 損得など考えた事はありません。

 ただ私が助けたいと思った。

 それだけが誰かを助ける理由。

 不幸を目にしては見捨てられない私の行動原理です」

 

無言のシャルロットが気になり、そちらを見て宙は驚いた。

何故なら涙を流す彼女がいたから。

 

「僕は…。

 僕は1人じゃ無かった。

 

 冷たくても両親がいて、寝る場所も食事も勉強も訓練も準備されてた。

 温かい人も中にはいて耐えられた。

 一箇所に留まって不満はあっても命の危機は最近まで無かった。

 

 自分の意思で逃げ出す事もしない。

 自分の意思で生きて行こうともしない。

 そして流されるまま此処に来た。

 

 僕は勘違いしてた。

 僕だけが何でこんな目にって思ってた。

 

 でも、そうじゃ無かった。

 冷たいと思ってた両親は愛してくれてた。

 罪を犯してでも僕の命を守ろうとしてくれた。

 

 僕は不幸じゃ無かった。

 ただ誰かに助けて貰おうと何もしないくせに言っていい言葉じゃ無かったんだ」

 

シャルロットはまるで懺悔する様にそう語った。

 

「それは違いますよ、シャルロットさん」

 

宙はシャルロットに言い聞かせる。

 

「幸福も不幸も誰かと比べる物ではありません。

 自分がそう感じればそれがその人にとっての真実。

 

 今回は偶然ご両親がそう言う方だとわかりました。

 けれど、わからないままだったら?

 本当に自分達のためだったら?

 

 それは不幸と言っても差し支えないでしょう?

 ですから自分を責めないで下さい。

 

 それよりもこれからもっと幸せになるんだと。

 そして幸せに過ごす姿を私に見せて下さい。

 

 私が望んだ幸せな貴女を」

 

宙の言葉に涙を浮かべながら、なんとか笑顔を作るシャルロット。

その姿を宙は優しい顔で見ていた…。

 

 

シャルロットは宙の部屋で泣き腫らした目をなんとか戻して部屋へ帰って来た。

 

“いいですか、シャルロットさん。

全てが解決するまで貴女はシャルルでなければいけません。

決して気を緩めず、その日が来るまで隠し通すんです。

 

特にシャワーを使う時は今まで以上に気をつけて下さい。

織斑君がいようといまいと鍵だけは絶対にかける事。

確認も忘れてはいけません。

 

わかっているとは思いますが念を押しておきます。”

 

(そうだよね、宙さん。

僕は自分の幸せを掴むために努力するよ。

 

今まで上手くいってたからって気を緩めちゃ駄目だ。

たった一度でもミスすれば余計な問題を起こすんだから)

 

「お?

 遅かったな、シャルル。

 

 宙さんと何してたんだ?」

 

流石は我らの朴念仁一夏。

男女(見た目)が密会していても恋愛方面には想像が及ばないらしい。

 

「実はね。

 フランスの家庭料理を聞かれてたんだ」

 

「シャルルも料理するんだな。

 実は俺、家ではずっと作ってたから結構自信あるんだ。

 

 …まあ、宙さんには敵わなかったけど。

 いつかもっと上手くなって宙さんに参ったって言わせて見せるぜ。

 

 それはそれとして、俺にも教えてくれないか?」

 

一夏の負けず嫌いは料理にまで…。

 

「うん、いいよ。

 

 あ、じゃあさ。

 明日の夕食に宙さんも誘って食べようか!

 

 いつも貰ってばっかりだし、丁度いいと思うんだ」

 

「ヨシ!

 それで行こうぜ。

 

 お互い得意料理を作って食事会だ!」

 

こうして盛り上がった2人は明日何を作るか相談した。

食べ合わせを考えながら笑顔で…。




シャルロット・ノホトケ爆誕!
この展開を予想した方がいたとして凄いですね!

結果的に生徒会は戦力アップ!
楯無はウハウハでしょうw

十蔵はなにやら宙のために動きだした模様。
一体どこの誰に何でしょうね?

ちなみに本音の誕生日は不明なんですが中の人が9月8日なのでそれにしようかなと。
シャルロットが9月10日なので本音が2日ほどお姉さんとか面白いと思いません?
のほほんさんにお姉ちゃん呼びするシャルロットとか色んな意味で萌えるんですけどw


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ep41:続く訓練とシャルロット主催の食事会

タイトル通りですが、どんな訓練と料理になるんでしょうね?
では、お楽しみ下さい!

追伸
どんどんお気に入りが…。
ありがとうございます!
ありがとうございます!

どうも承認欲求が強いと気付いたしおんでした。
高評価お待ちしておりますw


翌日。

今日も今日とて訓練である。

 

日課となったランニングと朝の鍛錬。

昨日と違い千冬がいないので、一夏に最適なペースで行われた。

 

体力や技術が一朝一夕で身につく事はあり得ない。

まさに継続は力なりを実践している訳だ。

 

ただし、日毎の成果がどう表れるかも訓練方法次第。

先日、千冬に言っていた超回復を理解した上で活用している宙。

間違いなく日を追う毎に一夏の体力は通常より効果的に上がっている。

 

ただ、それで上がった分だけペースを調整しているので…。

終わった時の一夏の様子は変わり映えの無いものになってしまうのだが。

 

今後も継続して行けば代表候補生並みになる日もそう遠くないと言うのが宙の見立て。

学年別トーナメントまで、まだ日がある事から間に合うと踏んでいた。

 

そして、それと同じ位のペースで徐々に棘が取れている箒。

ライバル不在の中、周りから見れば献身的に尽くしている様にしか見えない。

 

言葉も以前よりは多少マシになっていて、こちらもある意味順調。

宙としては狙い通りの展開になっていた。

 

ともかく朝練組は一言で言って順調。

 

今日のメニューを終えて解散となった。

 

 

「どんな訓練をしているかと見て見れば、ただの遊びではないか」

 

ラウラはラウラで自主訓練しているのだが、今日は一夏達の様子がたまたま目に入った。

 

「あの程度で訓練などと。

 馬鹿にするにも程があるぞ、空天宙」

 

そう言うラウラだがIS装備の上から生身で倒されたのも事実。

 

あの訓練の何処かに理がある。

そこは流石に察していた。

 

とはいえ素直に認めるかと言えば答えはNo。

 

軍人としての訓練は想像を絶する。

特にラウラは最強を目指す存在。

他を圧倒する努力を重ねて来た。

 

故に認められない。

現実を素直に受け入れられない。

 

「何か姑息な手を使ったとしか思えんな」

 

興味を失くしたラウラはそう一言残して立ち去る。

以降、宙達の訓練を見る事もなくなったと後に語ったとか。

 

 

本日のIS実技訓練は白兵戦。

つまり近接戦闘である。

 

歩けて走れるなら攻撃を覚える。

ただし、地上限定。

 

一般生徒を空戦可能にするのは地上戦が可能になった後と言うのが通例だ。

 

なんと言っても学年別トーナメントが近い以上、戦闘できる様にする必要がある。

そして本来なら専用機持ちが極小数、代表候補生も少ない。

となれば、ほぼ全員がドングリの背比べたる一般生徒。

今は地上戦で十分だと言う結論になるのは当然の帰結だった。

 

「さて、歩行・走行と来れば飛行と思うだろうがその前に攻撃を覚えて貰う。

 理由は簡単、地上で戦える様にするためだ。

 

 そこで今日はこのIS用長刀“葵”を使う。

 

 幸い、うちのクラスには剣術の使い手が私を除いて3人。

 織斑、篠ノ之、空天がそうだ。

 

 3人共前に出て説明と実演を頼めるか?」

 

千冬の声に返答して前に出る3人。

一夏は緊張気味だった。

 

(俺、人に教えられるレベルじゃないんだけど)

 

そんな一夏の心の声が聞こえたかの様に宙は千冬に提案する。

 

「織斑先生、役割分担してもよろしいですか?」

 

「ああ、やり方は任せる」

 

言質を取った宙は年長者らしく場を整え始めた。

 

「では、早速始めます。

 刀で斬るために必要な説明を箒さん、お願いできますか?」

 

宙はまず知識を箒に任せる事にした。

理由は箒自身、刀を所持している以上知識を確実に持っているからだ。

 

それともう一つ。

箒が実演しても擬音で説明されては何もわからない事が挙げられる。

スパッとか、グッとか、ズバーンとか…ね。

 

「わかりました、宙さん」

 

そう言うと箒は一歩前に出て紅桜を展開する。

 

「ほう?

 篠ノ之も専用機持ちらしくなってきたな。

 

 展開速度も上がっている様だ。

 精進しろよ?」

 

「ありがとうございます、織斑先生。

 

 では皆、葵で攻撃する際に必要な知識を説明する。

 

 基本、刀で最も斬れる部位を物打(ものうち)と言う。

 勿論、他の部位で斬れない訳では無い。

 だが最も斬れ味がいいと言う事は刃毀れし難いと言う事にも繋がる。

 

 葵で言えば重心を加味して此処からこの範囲が該当する」

 

「え?そんなに先の狭い範囲なの?」

 

クラスメートの声に箒が答える。

 

「その通りだ。

 刀身全体から見れば確かに狭いが物打が最も斬れるのには理由がある。

 

 それは刀の間合いだ。

 踏み込み一つで斬れる所でなければ此方が斬られる。

 そのため物打が最も斬れる様に作られていると言う訳だ」

 

クラスメートは説明に納得したのか、皆なるほどと頷いていた。

 

「全員納得したな?

 

 篠ノ之も言ったが他の部位で斬れない訳では無い。

 だが物打を意識して斬ったかどうかで俄然斬れ味。

 つまり威力に差が出る。

 

 しっかり覚えておけ」

 

「はい!」

 

こうして刀の説明は千冬の一言で締められた。

 

 

刀の説明が終われば扱い方の詳細。

これについては宙自身が行うことにしていた。

 

「では、刀の扱い方について私が実演をしながら説明します」

 

瞬間、宙はウィステリアを展開。

 

「あれ?いつもと違うIS?」

 

「いえ、同じですが…」

 

そう言うとそこにはホワイト・ウィステリアが。

 

「この様に専用後付け装備(オートクチュール)のホワイトフラワーを装備しているのです。

 ですが、動作が見辛くなるので今日はウィステリア本体で説明します」

 

そう言うと箒が葵を差し出し、ウィステリア装備の宙が受け取った。

 

それを見てラウラは思う。

 

(本当にプリセットが無いのだな。

馬鹿げた話だ。

だが、それで勝って来たのも事実。

腕は馬鹿にできん)

 

「ありがとうございます、箒さん。

 

 さて、こちらの握り手の部分は柄と呼びます。

 普段は落としたり、すっぽ抜け無い程度に握るのが基本。

 理由は余計な力が入っていると素早く振れないからです。

 そしてインパクトの瞬間に力を入れる事で最速かつ最高威力を発揮します。

 

 ここまではいいですか?皆さん」

 

宙の問い掛けに皆が頷く。

 

「では、ゆっくり基本となる上段からの攻撃を実演します」

 

そう言うと宙は全員に横が見える様に向きを変える。

 

「まず、悪い例」

 

ゆっくりと葵を振り被り、振り下ろす。

 

「次に正しい例」

 

同じ様に葵を振り下ろし、全員に向きなおった。

 

「さて、振りかぶりと振り下ろしの両方に共通する悪い点がありました。

 どなたか気付いた方、いらっしゃいますか?」

 

すると挙手が。

 

「では、四十院 神楽(しじゅういん かぐら)さん、どうぞお答え下さい」

 

「はい、悪かった点は刀を振りかぶる際に腕を畳んで最短距離としなかった事です。

 振り下ろす際も畳んだ状態から最短距離で伸ばして行く必要があります」

 

神楽は箒と同じ剣道部員。

当然知っていた。

 

「ご説明ありがとうございます、四十院さん。

 ご指摘の通りです。

 

 他の皆さんはわかりましたか?」

 

今一ピンと来ていないと察した宙はさらに続ける。

 

「では、今の話をよく思い出しながら私の腕と肘の動きに注視して下さい」

 

そう言うと横を向く宙は先程よりさらに速度を落とし…。

 

「では、悪い例」

 

腕が伸びきった状態で振りかぶり、振り下ろす。

 

「次に正しい例」

 

肘を畳みながら腕を引きつけて振りかぶり、その逆手順で振り下ろす。

 

そして全員に向き直り、問い直した。

 

「如何でしたか?

 わからなかった方は挙手して下さい。

 後程実技でお教えします」

 

流石に今度は見えたのか挙手は無かった。

 

「問題ない様ですね。

 では最後に織斑君。

 

 横を向いて実演お願いします」

 

一夏は思った。

 

(すっげー助かる。

説明とか俺には無理だけど実演なら…)

 

「はい、宙さん」

 

そう言うと白式を展開、葵を拡張領域から取り出し…。

 

「行きます!」

 

そう言ってから一夏は実演した。

そしてタイミングと速度を合わせた悪い例を宙は隣で行う。

 

「如何でしたか?

 織斑君が正しい例で速く、私が悪い例で遅れたのが見えた筈です」

 

(え?そんな事してた?)

 

一夏は気を配る余裕が無くミスらない様に集中した結果、気付かなかっただけである。

 

当然周囲は気付いて納得していた。

 

「皆さん、納得いただけたようですね。

 織斑君、箒さん、ありがとうございました」

 

そう言うと宙は葵を箒に返し、千冬に告げる。

 

「織斑先生。

 以上で説明・注意点・実演を終わります。

 よろしいでしょうか?」

 

「ああ。

 織斑、篠ノ之、空天、ご苦労だった。

 全員理解したな?

 

「はい!」

 

その返事を受けて指示を出す千冬。

 

「よし、では早速訓練開始だ。

 今まで通り、しっかり取り組め。

 

 学年別トーナメントもある事だしな」

 

そう言うと一斉に準備して訓練が始まった。

 

 

「いやいやいや、なんで誰も気付かないかな?」

 

束は思いっきりツッコミを入れていた。

 

「どこの世界に専用後付け装備を“稼働中“に後付けできるのさ。

 

 あれかな?

 ゆーくんのISならとか思ってる?

 

 まあ、色々出し入れしてるから勘違いしないとは言わないけど…。

 

 少なくても、ちーちゃんは気付くでしょ?

 自分も専用後付け装備使った事あるんだから」

 

束がマトモな事を言ってる時点で相当呆れてる。

とはいえ切り替えの早さが束の良い所。

…突飛とも言うが。

 

「にしても、またゆーくんに助けられたよね。

 箒ちゃんもいっくんもさ。

 

 流石に箒ちゃん大好きな束さんでもいい加減ツッコむよ?

 いっくんとは上手くやってるみたいだけど自分の特技でしょ?

 擬音で説明とかいい加減直そうよ、小中学生じゃ無いんだから。

 

 丁度、横でゆーくんが見本を見せてたんだし…。

 束さんは本気で心配になって来たよ」

 

箒ラブな束がツッコむ程の語彙力の無さ。

箒の持つ致命的欠点の一つであった。

 

 

放課後。

第5整備室に宙・箒・簪・マドカの姿があった。

 

「さて、箒さん。

 箒さんは今までの訓練で、ただの教師用打鉄では物足りなくなっていますね」

 

「正直に言って機動力に不満がある」

 

箒は最近思っていた。

剣の腕で勝っていても、機動力の差があり過ぎて一夏を追いきれない。

今までは訓練の成果で凌いでいたがそれも限界に来ていた。

 

「そうだろうと思い、こんな物を用意しました。

 打鉄専用高機動パッケージです。

 

 これをインストールして今日から慣らして行きましょう。

 近接戦闘に機動力は必須ですから。

 

 では、待機形態の紅桜をそこに」

 

ハンガーラックに箒が置くと紅桜が展開。

宙と簪が次々とケーブルを差し込んでいく。

 

そしていつもの如く、宙は空間ディスプレイとキーボードを多重表示してあっと言うまにインストール。

加えて、高機動パッケージと箒の戦闘データからパラメータの再配分を実施。

これで紅桜は高機動近接戦闘型に生まれ変わった。

 

調整が終わり、待機形態に戻った紅桜を箒に渡す宙。

 

「さて、早速試運転と行きましょう。

 慣れて来たら織斑君を圧倒して見せて下さいね」

 

そう言って宙は笑顔を浮かべ、既に訓練中のアリーナへ向かう。

大切な友人達が待つアリーナへと。

 

 

箒の紅桜は宙の調整も相まって並みの第2世代機を越えた。

差し当たり第2.5世代機とでも呼ぶが、身体能力が高い箒が扱うことで白式を使い熟せていない一夏に肉薄。

零落白夜抜きなら現状、箒の方が確実に強くなった。

拡張領域は白式と違い十分な空きがあり、ショットガンやハンドグレネードなど多様な引き出しを持つ事で対応策も増加。

この辺りはシャルロットを見て、箒が自身に合った物を取り入れた結果だった。

 

そして、今何をしてるかと言うと…。

 

「一夏、オーブンは温めた?」

 

「おう。

 もうそろそろいい温度になる筈だ」

 

昨夜、話していた宙との食事会。

その料理の真っ最中だった。

 

「本当にいいのか?私まで」

 

そう言ったのはマドカ。

 

「ボーデヴィッヒさんは何処かに行ってるし、1人の食事は寂しいだろ?

 それに自分で言うのもなんだけど、旨い料理ってのは活力になるんだ。

 訓練でも世話になってるからな。

 遠慮は無しにしようぜ!」

 

「私は作っていただく立場ですから、お二人にお任せします。

 ただマドカさんとも一緒に楽しく食事をしたいとは思っていますよ?」

 

もてなす側ともてなされる側。

双方からそう言われて断るほどマドカは常識知らずでは無い。

 

「では、遠慮無く参加させてもらおう。

 正直に言えば楽しみだ」

 

宙の淹れた紅茶を飲みながら完成を楽しみにする2人。

自分の料理で楽しんで貰いたい2人。

 

4人共、この食事会を楽しみにしていた。

 

 

程よく空腹になった頃、料理が完成。

アクシデントと言えば4人座って食べるのに十分なサイズのテーブルと椅子のセットが宙の拡張領域から取り出された事くらいだった。

 

次々とテーブルに並べられる料理に目を輝かせるマドカ。

それを見て宙は救えて良かったと思っていた。

 

「それじゃあ、まずは僕から。

 フランスの代表的家庭料理だよ。

 

 まずこれが今日のメイン。

 ちょっと時期は早いけど夏野菜のラタトゥイユって言うんだ。

 食べ方はパンを浸したり、パスタと和えるのが一般的。

 そのままスープがわりにもなるお勧め料理だよ。

 

 で、こっちが野菜たっぷりのポトフ。

 これは有名だから特に説明しないけど今日はスープの役割だね。

 

 そしてフランスでは付け合わせの定番、お芋たっぷりのグラタン。

 

 僕は以上かな」

 

シャルロットの説明が終わると一夏の番だ。

 

「俺はシャルルのメニューに合わせる料理を担当した。

 

 まず、日本の卵料理の決定版とも言える出汁巻卵。

 家庭料理の決定版、胃袋を掴むならこれと言われる肉じゃが。

 そして、サッパリした物が必要だろうと野菜サラダだ」

 

「基本的に野菜メインの料理ですから、この量でも十分に食べ切れます。

 ですがポトフは朝食にも出来ますので無理に食べ切る必要はないですね。

 適量を美味しく頂くのが良いでしょう」

 

宙の言葉にうんうんと頷く2人。

 

4人は日仏合作の夕食を心ゆくまで楽しむ。

 

弾む会話。

弾ける笑顔。

そこには確かな幸せがあるとシャルロットは思っていた。




一夏は相変わらず訓練漬け。
その訓練を小馬鹿にしつつ遠目に見たラウラ。

授業は学年別トーナメントに向けて進行中。
千冬のやり方に苛立つラウラが見える様ですね。

今回、束はツッコミを担当。
まあ、気持ちはわかりますw

箒は原作より格段に強くなっていて、紅桜を高機動化。
活躍が期待されますね。

そして、男性操縦者(1人偽装)2人によるお礼を込めたおもてなし。

平穏な日常をお送りしました。

次回もお楽しみに!


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ep42:学年別トーナメントの告知と新たな訓練

いつまでも訓練風景を書いていては話が進みません。
という事で、話を進めて行きますよ!


日々繰り返される訓練。

専用機持ちの多さと千冬の指導方法が噛み合って成長著しい1組の生徒達。

ラウラは特に問題を起こすこともなく。

あの一件以降の日々は平穏そのものだった。

 

そして、遂に学年別トーナメントの告知。

 

今年は例年と違い、タッグトーナメントになった。

ただし、一年の専用機持ちだけは例年通りの個人戦。

 

理由は至って簡単。

多すぎるのだ、専用機持ちが。

3年に1人、2年に2人しかいないにも関わらず1年は9人。

 

これで個人別トーナメントを開催しないのは学園は勿論。

各国としても目的に沿わない。

未来の国家代表や優れたIS操縦者の発掘が目的だからだ。

 

掲示板に張り出された予選の組合せは以下の通り。

 

 

  【一年専用機部門】

 個人別トーナメント予選

 

シード枠 空天 宙

第1試合 更識 簪 vs マドカ.C

第2試合 篠ノ之箒 vs 凰 鈴音

第3試合 ラウラ.V vs セシリア.O

第4試合 織斑一夏 vs シャルル.D

 

 

「私がシード枠ですか。

 クラス代表対抗戦の結果から判断した…と言うことにしておきましょう。

 

 それにしても第1試合の組合せは…。

 

 どうしてもマドカさんと私を戦わせたい。

 そう言う意図を強く感じさせますね。

 

 …この組合せ自体、全て意図的なのでしょうが」

 

 

そう言ったのは宙。

だが、それも仕方ない事だろう。

わかる人間が見れば意図が透けて見えるからだ。

 

第4試合は男性操縦者(1名性別詐称)同士、これは注目度からいって妥当だ。

第3試合はA.I.C頼りにならない組合せで一方的な蹂躙を避け、見所を設けたもの。

第2試合は共に近接戦闘のエキスパートで魅せる試合が期待出来る。

第1試合は日本の代表候補生と実力者で実弾とレーザーの派手で苛烈な試合が期待出来る。

 

…だが宙の見立てでは正直言って簪に勝ち目はまず無い。

どれだけ山嵐を撃ってもレーザー偏向射撃の網から速度的に逃れるのは困難。

逆に包囲殲滅されるのが容易く予想出来てしまう。

 

その結果どうなるか。

シードの宙とマドカの潰し合いが起きる事になる。

 

しかも、順当に勝ち上がれば決勝で宙もしくはマドカとラウラが当たるだろう。

そのために優勝候補の潰し合いが意図されていると考えられるからだ。

 

この様に順を追って読み解けば仕組んだ人物も特定される。

…まず間違いなく千冬だと。

 

「ですが、そう思惑通りに行くとは限りませんよ」

 

宙は知っている。

セシリアの絶え間ない努力と引き上がった実力を。

 

確かに実力はラウラの方が上だと宙も感じている。

しかし、立ち回り次第では十分セシリアにも勝ち目があるのだ。

 

特にレーザーがA.I.Cの天敵である事。

これは大きな強みと言える。

 

「ボーデヴィッヒさんと箒さん・鈴さん・織斑君・デュノア君との相性は最悪です。

 4人がボーデヴィッヒさんを止めるのは極めて難しいでしょう。

 可能性があるのは零落白夜か灰色の麟殻をクリーンヒットさせた場合のみ…。

 

 ですが、セシリアとマドカさんは明らかな優位性を持っています。

 

 私も負けるつもりはありませんが…。

 マドカさんが勝ち上がったならボーデヴィッヒさんにまず勝ち目はありませんね」

 

冷静に判断して呟いた宙はその場を後にする。

確実に優勝する方策を練るために…。

 

 

クラスは学年別トーナメントの話題で盛り上がっていた。

専用機持ちを除く全員はタッグパートナーを見つけなければならないからだ。

 

今回のルールは同学年であればクラスの垣根を超えてタッグを組む事ができる。

だが1組においてはそうならない。

 

偏りはあるが専用機持ちは各クラスに分散させている。

しかし、1組の一般生徒は基本的に優秀な人材で固められているからだ。

 

その証拠はIS学園教師陣の1位と2位が担任・副担任を勤めている事。

つまり実技の千冬、座学・実技共に優秀な真耶の存在だ。

 

この組合せこそ1組が1組たる由縁。

そして優秀な操縦者を輩出して来た実績の証拠でもある。

 

特に今年度は千冬の指導方法が変わった事もあり、1組の実力が突出している。

余程の個人的理由でも無い限り、態々他のクラスからパートナーを選んで成績を落としても構わないという物好きはいないだろう。

そう言う背景もあり、パートナー選びに余念が無いと言う訳だ。

 

「わたくし達は個人戦ですから影響ありませんが…。

 彼女達にとっては大切なことですわね」

 

セシリアが宙に問いかける。

 

「ええ、その通りですね。

 パートナーの実力が高く、連携が上手く出来る事は勝率に大きく影響します。

 

 普段の実技と放課後の自主訓練で、その辺りはある程度把握出来ているでしょう。

 ですからパートナーを逃さないために必死という訳です」

 

「丁度人数も26人と13組作ることが出来る。

 その中で優勝を狙えるタッグとなれば争奪戦になっても不思議では無いな」

 

マドカが話しに加わりそう告げた。

 

「ところで皆さん、大丈夫なのでしょうか?」

 

「何がですの?」

 

「時間だ、時間。

 次は2組と合同の実技だぞ?

 

 私達は最悪、IS展開と同時に着替える事が出来る。

 しかし、彼女達は事前に着替えなくてはならない」

 

その声を偶然耳にした生徒が声を上げる。

 

「次、実技だから急いで着替えないと遅れる!」

 

「やばい、そうだったー!」

 

「さて、私達もさっさと着替えなくてはな」

 

そう言ったマドカの声に頷く一同。

 

ちなみに一夏とシャルルは脱兎の如く教室を出たのは言うまでもない。

勿論、宙は既に教室を出ていたが。

 

 

今日の実技は今までに無かった内容。

今回行われる事になったタッグトーナメントを見据えて連携訓練となった。

 

「さて、昨年度までトーナメントは個人戦だった。

 だが、あまりにも時間がかかり過ぎてな。

 

 そこに時間を使う位なら実技の授業に充てて習熟を目指す。

 そう言った経緯で今年度からタッグ戦になった訳だ。

 

 目的は他にもあってな。

 連携して対応に当たらなければならない事も当然ある。

 そこで事前に経験して対応力向上を図るというのがもう一つの理由だ」

 

千冬は指導方法を変えてから、こうして事前に目的・目標を伝えていた。

明確な目標を把握していれば指標になり集中力も増して結果がついてくる。

それを今更ながら理解した結果だった。

 

「さて、今日も代表候補生には手本を示して貰いたい。

 凰とオルコットなら近距離と遠距離で相性もいいだろう。

 頼めるか?」

 

「わかりました、織斑先生」

 

「お任せ下さい」

 

前に出た2人はISを装備すると打合せを行なっていく。

 

「次に相手だが空天ともう1人に頼むとしよう。

 そろそろだな」

 

そう言うと丁度1機のラファール・リヴァイヴが此方に向かって飛んでくる。

 

(あれは山田先生ですね。

ですが、妙です。

若干不安定な気が…!)

 

宙が違和感を感じていると急に機動が乱れ出した。

 

「織斑先生、トラブルです!

 

 私は山田先生の元に。

 専用機持ちで皆さんを守らせて下さい!」

 

「なに!?」

 

宙はそう言って真耶の所へ飛んで行く。

千冬は指示をして見守る事しか出来ないでいた。

 

「山田先生!」

 

「空天さん!危険です!

 離れて下さい!!」

 

真耶はコントロールに必死で周囲を気にするほどの余裕が無い。

 

「私を信じて下さい!

 ISの解除を!」

 

「!

 わかりました!

 お願いします!」

 

真耶は立て直しが困難だと即座に判断。

宙を信じてISを解除するとホワイトウィステリアが素早く接近して衝撃を殺しながらキャッチする。

同時に空へ投げ出されたラファール・リヴァイヴはseedのアンカーで宙吊りになっていた。

 

「助かりました、空天さん」

 

「いえ、お気になさらず。

 挙動が若干不安定だと思って見ていたので、なんとか間に合いました。

 

 とりあえず織斑先生の元へ向かいましょう」

 

そう言うと言葉通り千冬の元へと向かった…。

 

 

千冬達はその光景を見て安堵の溜息をついた。

 

(空天の奴、素早い判断だった。

あと少しでも遅れていれば墜落していただろう。

山田君は無事だったろうが生徒に被害が出ていたかもしれん)

 

そう思いながら見守っていると2人が降下。

ラファール・リヴァイヴも降ろされた。

 

「織斑先生、勝手に飛び出して申し訳ありません。

 ですが、非常事態でしたのでご容赦下さい」

 

「いや、謝る必要は無い。

 よくやってくれた。

 

 それで原因はなんだと思う?」

 

「ブースター関連でしょう。

 ただ火を噴いたりしてはいないのでコントロールに関する部分だと予想しています」

 

宙は機体がコントロールを失いかけた事から直ぐにラファール・リヴァイヴのブースター関連を疑った。

 

「織斑先生、これを」

 

「ブースターの出力調整ユニットへのケーブルか?」

 

「はい、原因は不明ですが経年劣化か不良品が混じっていたか。

 ともかくこの場で交換して確認したいのですが許可いただけますか?」

 

千冬は教員用ISに整備不良は、まず考えられない事から宙の推論が正しいと判断する。

 

「交換部品はどうする?」

 

「デュノア君、こちらに!

 

 本音さん、手伝って下さい!」

 

(なるほど。

その手があったか!)

 

直ぐに来たシャルロットと本音に状況を説明。

専用機持ちは予備の部品や装備を常備する習慣があり、シャルロットのストックから該当部品を調達。

 

宙が拡張領域からメンテナンスツールを取り出すと本音が交換作業を始めた。

その間に宙はデータログを取るために簡易診断・調整用ツールをケーブル接続。

 

「交換終わったよ〜」

 

そんな本音の声を聞いて宙は即座に行動を開始。

始まるのは空間ディスプレイとキーボードを多重展開しての調査。

それと並行しての診断・調整だった。

 

「相変わらず速いね〜、そらりん」

 

そして本音の一言とほぼ同時にチェックと調整が完了する。

 

「データログと交換後の診断でこの部品に間違いありません。

 調整を施しましたので扱い易くもなった筈です」

 

宙は千冬にそう報告した。

 

「山田君、低空でテストだ。

 空天、フォローを頼む」

 

再度ラファール・リヴァイヴを装備した真耶に宙が付き添いテストを敢行。

 

「機体安定度向上、ブースター異常無し。

 出力調整問題無し。

 

 扱い易くというか私に合わせたんですね?」

 

「はい。

 山田先生のスタイルは熟知していますので、それに沿った調整を。

 

 仮に他の方が乗っても問題無い範囲に収めはしましたが」

 

真耶はかつての愛機に寄せられたラファール・リヴァイヴに安心感を覚えた。

 

「空天さんは本当に私の事をよくご存知なんですね。

 これなら安心して乗れます」

 

「以前お話しした様に私は山田先生を尊敬していますので。

 問題なければ、あまり待たせて怒られないうちに戻りましょう、山田先生」

 

こうして無事テストは完了。

2人はクスリと笑うと千冬の元へ戻ったのだった。

 

 

千冬への報告を真耶が行なっている最中。

戻って早々、宙は礼を述べた。

 

「デュノア君、本音さん。

 ご協力感謝します」

 

「僕は部品を提供しただけだし、実家の製品だから当然のアフターフォローだよ。

 気にしないで、宙さん」

 

「私もいい経験になったから気にしないでね〜、そらりん♪」

 

宙はいい友人を持ったと嬉しく思い、笑顔を返した。

 

そこへ報告を受け、授業を行うべく千冬が話始める。

 

「アクシデントがあったが解決した。

 時間も押している事だ。

 早速、模範を示して貰うとしよう。

 

 山田君は空天と組んでくれ」

 

こうしてトラブルで遅れた2 on 2のタッグバトルが始まる。

 

 

宙は密かに真耶へこう告げていた。

 

“攻撃は山田先生にお任せします。

鈴さんは私が押さえておきますので[いつもの様に]翻弄して下さい。

セシリアにもタイミングを見て牽制射撃を行います。

タッグがどういうものか、山田先生がどれだけ優れているか。

今日、この場で証明するお手伝いをさせて下さい。”

 

真耶にはどうしてそこまで自分が尊敬されているのかわからなかった。

けれど、教え子にここまで信頼されて嬉しくない筈がない。

それに宙が信頼に足るだけの腕を持つことは自分が一番よく知っている。

だから、その信頼に応えるため銃央矛塵と呼ばれた自身に回帰した。

 

空に4つの機影。

準備が完了したと千冬は判断し…。

 

「では、試合開始!」

 

最初に動いたのは…。

なんと宙だった。

 

宙は一気に鈴へと詰め寄りながら左手のスナイパーライフルでセシリアを牽制。

右手に葵を装備して鈴に迫る。

 

「珍しいじゃない、相手になってあげるわ!

 …なんてね」

 

そう言った瞬間、鈴は衝撃砲を放つ。

だが、それが宙に当たる事は無かった。

 

一刀両断。

 

歪みを見切った宙が砲撃を切り裂いたのだ。

 

「な!」

 

間合いに入られた鈴は右の青龍刀で攻撃、それにやや遅れて左の青龍刀が宙を襲う。

しかし、宙は動じる事なく葵で一刀を受け流し、そこから流れるように全く無駄の無い動きで柄の末端。

刀であれば鵐目(しとどめ)にあたる部位で二刀目の腹を叩き弾いた。

 

「嘘でしょ!?」

 

「話している余裕はありませんよ?」

 

そして一閃。

 

鈴は咄嗟に“後退する”事でそれを凌いだ。

 

同じ頃、セシリアは鈴へのフォローが出来ないでいた。

宙が鈴に隠れるよう動くためスターライトmk.IIIでは狙えない。

 

即座にブルーティアーズを…。

そうセシリアが決めたタイミングを見計らった様に真耶の銃弾が襲う。

 

徐々に高度を下げられ余計にフォローし辛くなったセシリア。

ならば鈴を信じて真耶をと意識を切り替えた時、目に入ったのはハンドグレネード。

 

セシリアは咄嗟に下降するもグレネードを真耶が狙撃して爆発。

爆風を受けて“予想以上に下降”していた。

 

2人は同時に衝撃を受けて動きが止まる。

後退“させられた”鈴、降下“させられた”セシリア。

…意図的に空中で衝突させられたと気付いた時には遅かった。

 

そのタイミングにピタリと合わせて撃ち込まれたロケット砲。

もつれるように墜落する2人。

 

地面に衝突した瞬間、3丁の銃が突き付けられ…。

 

「チェックメイトですね、お二人共」

 

問答無用で真耶が撃ち込んだショットガンが決め手となり勝負は決した。

 

 

生徒達は驚いていた。

 

普段おどおどしたり、揶揄われたりしている真耶。

試験の時も勝てはしないが強いとは思わなかった。

しかし、それはあくまで教師としての側面でしかなかったのだ。

 

一度ISを纏い本気になれば…。

 

以前、宙がセシリアに話した真耶の実力を目にして思わず尊敬していた。

 

「流石だな、山田君。

 銃央矛塵は健在だった訳だ。

 

 まあ、私が国家代表の時の代表候補生で最強。

 銃の扱いで私は足元にも及ばなかったのだから当然の結果だな。

 

 それにしても空天は本当に山田君をよく知っている。

 見事なタッグだった。

 

 さて全員よく聞け?

 

 タッグパートナーとは以心伝心。

 仮に事前打合せしたとしても状況は常に変わる。

 山田君と空天の様に修正しつつ合わせるのがタッグの真髄だ。

 

 初めは役割分担で構わない。

 だが、それでは組んでいるだけだ。

 お互いの意思を汲み取り有利に試合を運ぶ。

 そうなる様に努力しろ。

 

 いいな?」

 

「はい!」

 

その返事に千冬は満足すると告げる。

 

「今日はIS8機を使って、2 on 2を同時に2組実施。

 常に6人余るが専用機持ちを2人加えてどんどん回せ。

 

 専用機持ちは必ず別チームに入る事。

 手が空いてる時はアドバイスする事を忘れるな?

 

 よし!それでは訓練開始だ!」

 

その声を合図に連携訓練が始まった。




連携訓練での模擬戦で真耶は実力を発揮。
真耶を尊敬する宙はどう動くかよく知っているので上手く機能しました。

鈴とセシリアは犠牲になったのです。
原作同様にw

そして、いよいよ学年別トーナメントが始まります。

原作では専用機持ちもタッグでしたが、9人も専用機持ちが出場するならやはり個人戦でしょう!
原作にはいなかったマドカ、出場出来なかったセシリア・鈴・簪。
専用機持ちになった箒。

書くのも読んでいただくのも楽しみです!
応援よろしくお願いします♪


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ep43:学年別トーナメント開催前の出来事

次回からと書いておきながら、大切なエピソードが抜けていることに気づいたしおんです。

もう1話だけお待ち下さい。

追伸
ショックです、どうしてという気持ちが強いですね。
態々低評価をつけず、お好きな作品をと明記しても評価で罵倒されている気持ちになります。
一気に評価が下がっているのでモチベーションにも影響が…。

失礼しました。
お気に入り、感想、誤字報告いつもありがとうございます。
気づけば30話以上毎日書いていますので、結構というかかなり大変ではありますが。


その日、宙はいつものように集まった大切な友人達と情報交換して協力要請を行なう事にしていた。

 

「今回のトーナメントですが…。

 かなりの確率でボーデヴィッヒさんと当たります。

 

 そこでまずは私が知る範囲の情報を提供しますね。

 

 IS“シュヴァルツェア・レーゲン”。

 ドイツの開発思想から言って全距離対応の万能型と思われます。

 

 最大の武器は第3世代兵器の停止結界。

 通称A.I.Cこと慣性停止能力(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)

 

 私が受けた感覚から言って効果は一定範囲に限定。

 それほど広範囲では無い様です。

 

 また、第3世代兵器である以上はイメージインターフェース使用が前提。

 効果が高い物ほど扱いは難しくなる傾向にあります。

 

 あくまでも予想でしかありませんが…。

 かなりの集中力が必要だと私は判断しています。

 

 特徴はその名が示す様に慣性の働く物理的物体の停止。

 つまりIS本体は勿論、実弾や刀などに対して無類の強さを発揮します。

 

 その反面、レーザーや荷電粒子砲には極めて弱い。

 まさに天敵と言っても過言では無いでしょう」

 

そこまで言うと宙は一旦話を止めてセシリアを見た。

視線からセシリアは宙の意図を感じ取り…。

 

「この中でレーザーを扱うブルーティアーズとサイレントゼフィルス。

 荷電粒子砲を搭載している打鉄弍式。

 

 対応さえ謝らなければ一方的に勝つ事も可能だという訳ですわね」

 

「まあ、極論はそうなるだろう。

 だが、簡単にそうならないと宙は言いたい訳だな?」

 

「察しが良くて助かります。

 

 先程お話しした様にシュヴァルツェア・レーゲンは全距離対応の万能型。

 実際に見たのは遠距離まで網羅する肩部大口径レールカノンだけですが…。

 まず間違い無く中距離・近距離対応の装備を持っている筈です。

 

 基本戦術は誘い込んでからA.I.Cで捉え、レールカノンで仕留める。

 もしくは自身から捉えに行ってレールカノンで仕留める。

 このどちらかが最も高火力だと私は判断しています」

 

そこで宙は再び話を止めた。

皆に考えて欲しかったからだ。

 

「基本戦術は恐らく。

 いや、まず間違い無くそうだと私も思っていた。

 

 だが、移動するというのはレーゲンにとってリスキーだ。

 万能型であっても高機動と言う印象は受けなかったからな。

 

 宙のワイヤーアンカーの様な装備があればそれを避けられる。

 私なら。

 いや、宙もそうだろうが敢えてリスクを犯さなくてすむ装備を搭載するな」

 

「つまり、あれか?

 中距離装備の予想はそれ系だって言いたいんだな?」

 

一夏が話し合いに参加してきた。

 

(そうです、織斑君。

そうやって想像力を働かせて下さい)

 

「ええ、概ねその通りです。

 全く違う場合もあるでしょうが、私もマドカさんと同じ考え。

 加えて、それ自体に攻撃能力が付加されていると予想しています。

 

 彼女は軍人で戦闘のエキスパートです。

 IS開発も軍部主導。

 そんな彼女の専用機装備に無駄があるとは思えません」

 

「なるほどね。

 決め付けるのは良くないけど、納得できる内容だわ。

 

 なら、近距離も軍人らしい物になるんじゃ無い?

 例えばコンバットナイフとか」

 

「他にも考えられるぞ、鈴。

 

 軍人は徒手空拳でも戦える者。

 だがマニピュレーターで攻撃すればイカれてしまう。

 

 そう考えればマニピュレーターを保護しつつ攻撃出来る物。

 例えば特殊なグローブいう事もありうる。

 

 何でも利用するのが軍人だ。

 どんな物が出て来てもおかしくはない」

 

徐々に多様に意見が出てそれらしくなって行く。

 

「…どちらにしても隙の無い装備。

 そう予想していれば全く対応出来ない訳じゃない」

 

「とは言ってもボーデヴィッヒさんは相当強い印象かな、僕は。

 

 特に実弾装備メインの僕には天敵。

 一夏や箒さん、鈴さんも同じだと思うよ。

 

 A.I.Cを潜り抜けて高威力の一撃を決めないといけない。

 

 正直言って難敵ってレベルは越えてるね」

 

こうしてラウラの情報は共有され、多様な戦術が話題に登った。

誰が当たっても情報不足が原因で負けない程度ではあったが…。

 

 

少々時間を遡る。

 

昼休み。

ここはお馴染み生徒指導室。

そこで千冬は待っていた。

 

「マドカの話を聞く限り、ラウラの思い込みは危険過ぎる。

 しかも、随分と鬱憤が溜まっているな。

 それも私の不注意な発言のせいで…。

 

 このままでは私闘で無い学年別トーナメントで何が。

 いや、どれほどの被害者が出るか分からん。

 

 専用機組を纏めている空天。

 今回の騒動で最も被害を受ける可能性が高いのも空天。

 

 にも関わらず、私はさらに空天の負担を増やそうとしている。

 

 情け無い担任がいた者だ」

 

ラウラの現状。

トーナメントへの危機感。

自身の不甲斐なさ。

 

その解決を宙に託そうと言うのだから千冬が自虐的になるのも仕方ない。

 

ノックの音が聞こえて、宙とマドカが入室。

 

後ろ手にマドカが鍵をかけた事。

場所が場所で、相手が相手な事から宙は相当厄介な話だと察した。

 

「昼休みに呼び出してすまないな」

 

「いえ、構いません。

 余程重要な話だと察しました。

 

 それほど時間もありませんし、早速本題に入りましょう」

 

宙は恐らく時間がかかるだろうと予測して話を即した。

それを受けて千冬は説明を始める。

 

「最初に謝っておきたい。

 

 すまない、空天。

 私の不手際でお前の危惧が現実になってしまった」

 

「という事はボーデヴィッヒさん絡みですか。

 

 謝罪を今、受け取る訳にはいきません。

 私は何の事情も知らないのです。

 

 ですから、まずは説明をお願いします」

 

千冬はもっともな話だと早速説明を始める。

時折、マドカも補足して宙は現状を理解した。

 

「まず初めに、私は謝罪される様な内容ではなかったとお伝えします」

 

これには千冬もマドカも驚いた。

罵倒されても文句を言う資格は無いと思っていた千冬は余計に。

 

「結果から見れば、織斑先生の発言がトリガーになった事は事実です。

 ですが、それはボーデヴィッヒさんを想っての事。

 

 それを自分の都合の良い様に捻じ曲げて受け取った。

 もしくは無意識に捻じ曲げたのはボーデヴィッヒさんです。

 

 ですから謝罪は必要ありませんし、織斑先生の責任ではありません」

 

「空天…」

 

「宙…」

 

2人は完全な被害者である宙がここまで冷静で公平な判断を下した事にある種の感動さえ覚える。

千冬に至っては罪悪感に潰されかけていたところにこの言葉だ。

それはとてもじゃないが耐えられる限界を超えていて…。

 

「ありがとう。

 本当にありがとう、空天…」

 

そう言いながら顔を伏せて涙を零していた。

 

世界最強、ブリュンヒルデなどと呼ばれる千冬とて人の子。

怒りもすれば悲しみもする。

そして当然、泣きもするのだ。

 

「宙は本当に凄い奴だよ、脱帽だ。

 

 私は宙に命を救われて此処にいる。

 宙と出逢えた奇跡に感謝しかないな」

 

マドカは姉と慕う千冬が壊れてしまう事を危惧していた。

だが、それを宙は容易く救って見せた。

 

未だ自身の出自を明かしていないマドカ。

秘匿し続けている千冬にとって“ただの人”と扱われる事は望外の喜び。

そんな2人分の想いを込めてマドカはそう言ったのだ。

 

「私は普通の事をしただけですよ、マドカさん。

 

 そして、織斑先生。

 以前、随分と失礼な物言いをした事、この場を借りて謝罪します。

 申し訳ありませんでした」

 

そう言って宙は頭を下げた。

なんとか自制した千冬は誠意には誠意を持って応えようと告げる。

 

「いや、それこそ空天が謝罪する様な事では無い。

 空天が言った事は私自身感じていた事でもあるからな。

 

 だから、頭を上げてくれ」

 

そう言った千冬に宙は頭を上げると笑顔で。

 

「では、お互い何もなかったと言う事にしましょう。

 

 そして、今回の件。

 私とマドカさんで必ず阻止して見せます。

 勿論、専用機持ち全員の協力を得てですが。

 

 自意識過剰と取られるかも知れませんが…。

 私がボーデヴィッヒさんに負ける事はありません。

 今回、私は攻撃を解禁してでも阻止する覚悟ですから。

 

 それにマドカさんもいます。

 

 正直に申し上げてボーデヴィッヒさんに確実に勝てるのは私達2人。

 織斑先生の判断は間違っていません。

 

 私は今日の集まりで全員に危機感を植え付けましょう。

 そして自分の身を守り、仲間の被害を少しでも減らす。

 その上で…。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒさんの思い上がり。

 彼女の信奉する力で叩き潰してご覧にいれます」

 

宙は人を悲しませることが大嫌いだ。

想ってくれる人を悲しませる事が許せない。

それと同時にラウラを救いたいとも思う。

 

ウィステリアと危惧した事が現実となった以上、手段は選べない。

たとえ自身の禁を破る事になろうとも…。

 

後に千冬は語る。

あの時ほど宙が頼もしくも怖いと思った事は無かったと。

 

 

マドカに目配せした宙は本題に入る事にした。

 

「皆さんに聞いて貰いたい事があります」

 

その声に全員の視線が集まる。

 

「マドカさんに伺ったのですが、私がボーデヴィッヒさんを倒した日。

 保健室で織斑先生はボーデヴィッヒさんを諌めました。

 

 その上で自身の教導で心を鍛えられなかった事を謝罪。

 この学園でその機会を欲したそうです。

 

 ですが…。

 何がそうさせたのかわかりませんが激昂。

 

 今回のトーナメントで何故か私に勝ったなら…。

 織斑先生の意思に関係なくドイツへ強制連行する事になったそうです」

 

宙の言葉に全員唖然とする。

 

「アイツ、宙さんに喧嘩を売っただけじゃなかったのか!

 千冬姉をドイツに連れて行く?

 一体何様だよ!」

 

一夏の再起動が早く、怒りを爆発させた。

 

「落ち着いて最後まで聞いて下さい、織斑君。

 マドカさん、現状を説明して貰えますか?」

 

「ああ。

 ラウラは織斑先生に心酔している。

 それも異常な位にだ。

 もはや独占欲と言ってもいい程にな。

 

 それで本人に聞いたんだが…。

 

 最高の軍人からある手術の後遺症で最低にまでなった。

 それを救ったのが織斑先生。

 お陰で最高の軍人に返り咲いたそうだ。

 それは心酔してもおかしくは無いだろう?

 

 だが同時に力の信奉者になってしまった。

 既に織斑先生の言葉も届かない。

 

 私も宙も織斑先生もラウラを救いたいと思っている」

 

再び沈黙。

 

「そこで皆さんに協力と注意をしていただきたいのです。

 

 今の彼女はあの日から溜まった鬱憤で過剰なほど攻撃的になっています。

 下手に戦えば負けるだけで無くどれだけの被害を被るかわかりません。

 ですから、絶対に油断せず、感情に振り回されて戦ってはいけません。

 

 こんな事は言いたく無いのですが…。

 先程検討した様にボーデヴィッヒさんは強い。

 特に今は悪い意味で最高の状態です。

 ハッキリ言って皆さんでは勝てないと私は判断しています。

 

 自意識過剰と捉えられる覚悟で話しますが…。

 私かマドカさん以外に止める事は出来ないでしょう。

 

 何故なら皆さんの手札は既に知られています。

 上達したとしても限度があり、現役軍人である彼女なら即対応してくる。

 

 ですが、私とマドカさんは手札を晒していません。

 そして、今回私は自身の禁を破り、初めから“本当の攻撃”を行います。

 場合によってはワンオフアビリティの使用も躊躇いません」

 

宙の言葉は聞き様によっては馬鹿にされていると捉えられてもおかしくは無い。

しかし、全員が宙の実力を知っている。

しかも、まともな攻撃をせずに今まで勝ってきているのだ。

 

その宙が“本当の攻撃”。

つまり物理的に倒しにかかると言うのは脅威どころの話では無い。

しかも、どの様な効果かわからないがワンオフアビリティまでとなれば…。

 

一夏は思わず身震いした。

他の面々もその脅威をヒシヒシと感じ取っていた。

 

「宙、私達は何をすればいい?」

 

鈴が口火を切った。

 

「自身を守りつつ、手札を引き出す。

 無理は絶対せず、優位性を活かし、少しでも多く被害を与える。

 結果、途中で倒せたならそれはそれですが…。

 無理に倒そうとだけは絶対にしない。

 

 特に織斑君。

 私は貴方を最も心配しています。

 どうしても感情に振り回される可能性を否定出来ないからです。

 

 どうかお願いです。

 私に成長した織斑君を見せて下さい。

 冷静さと自制心を身につけた織斑君を。

 

 お願いします」

 

そう言うと宙は頭を下げた…。

 

 

実の所、一夏は自分の手で姉を守りたいと願っていた。

だから、多少無茶をしてでも勝つつもりだった。

 

しかし、目の前で頭を下げてまで懇願する宙を見て気付いた事がある。

 

(いつから俺はボーデヴィッヒさんを多少の無茶で倒せる腕になった?

あれだけ皆で検討しても俺の勝算は零落白夜しかない。

また繰り返すのか?

また宙さんを、千冬姉を、皆を裏切るのか?

 

悔しいけど俺にはまだ“自分の力”が無い。

もう過ちは繰り返さないって決めたんだろう!織斑一夏!)

 

「宙さん、大丈夫です。

 

 俺は二度と皆を裏切らないと誓いました。

 何があろうと絶対に自制して見せます。

 そして最後まで冷静に。

 

 場合によっては降参も辞さない覚悟です」

 

「一夏…」

 

箒は一夏の確かな成長を感じていた。

あの負けず嫌いで姉想いの一夏が降参まで覚悟する。

そこには苦渋の決断があっただろうと。

 

頭を上げた宙は一夏の目を見て…。

 

「織斑君。

 その目を見て安心しました。

 

 私の無理なお願いを聞いてくれてありがとうございます」

 

「宙さんこそありがとうございます。

 千冬姉の想いを汲み取ってくれて感謝しています。

 

 ですから、全員の力で千冬姉もボーデヴィッヒさんも救おう!」

 

こうしてラウラ・ボーデヴィッヒの救済と織斑千冬の願いを叶える戦いは始まった。




ラウラを丸裸にするほど情報が出て無い中、千冬の問題が判明。

宙はラウラを含めた全員の無事と千冬の願いを叶える戦いに身を投じます。

一夏は前回の教訓と宙の行動を見て自身を見つめ直しました。
なかなかの成長振りに箒は惚れ直した事でしょう。

鈴は今のところ静観。
今回の結果によっては変化があるかもしれませんね。

さあ、今度こそトーナメントの開催です。
次回も楽しみに!


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ep44:トーナメント予 選1 簪   vs マドカ

今回はタイトル通りです。
なんとか書き上がりました。


学年別トーナメント。

その1年専用機部門個人戦は世界中の注目を集めていた。

 

最大の理由は勿論世界でたった2人のIS男性操縦者。

そして過去最多となる専用機持ちだけのトーナメントという事にある。

 

そうなれば世界各国の重鎮が招待され厳重な警備が行われるのは当然。

企業からのスカウトマンも申請の上で許可を得てアリーナの観覧席に詰めかけていた。

 

配布されたトーナメント表を見て議論する者。

自国の代表候補生の優秀さを喧伝する者。

無所属の専用機持ちという特例に注目する者など様々だ。

 

そんな中、今まで参加したことの無い国家の重鎮が来賓席にいた。

その国の名はスイス連邦。

永世中立国であり、自衛のためだけに徴兵制を行なっていたが近年周辺各国と協定を締結。

協定を結んだ各国がスイス連邦を防衛。

代わりに費用を負担することで徴兵制を廃止した真に軍を持たない唯一の国家である。

 

「まさかこんな所でスイス連邦の方にお会いするとは思いませんでした」

 

「実はIS学園の理事長から是非にとのお誘いを受けまして。

 折角の招待ですから伺ったのです」

 

「やはり男性操縦者は気になりますか?」

 

「ええ、まあそんなところです」

 

この様な会話はスイス連邦だけでなく、各国で行われている。

決して珍しい事では無いがスイス連邦と言うのは流石に目を引いた。

 

とはいえ、スイス連邦は軍を持たない。

各国は早々に興味を失い、他国との議論や会話に終始していた。

 

 

既に開会式を終えた選手達はそれぞれ準備に余念が無い。

 

初戦は簪とデビュー戦になるマドカ。

弾幕対レーザー網の戦いだ。

 

IS発祥の地でブリュンヒルデを輩出した日本は当然注目を受ける。

イギリスBT兵器搭載ISの2号機であり、試用機であるブルーティアーズの上位互換機であるサイレントゼフィルスも各国から注目されていた。

当然、その操縦者が無所属という事も拍車をかける。

 

そんな中、簪は今回のために倉持技研のヒカルノと共に実戦での結果を加味した打鉄弍式の性能向上を済ませており気合いは十分。

相手がブルーティアーズのアップグレードなのも考慮し、改良された打鉄弍式で勝つ。

そのためのトレーニングを極秘で行って来た。

 

この戦いにラウラは関係無い。

簪のこの一戦にかける意気込みは姉である楯無をしても並々ならぬ物があると感じる程に強い物だった。

 

「簪ちゃん。

 私は簪ちゃんを応援してるわ。

 

 だからアドバイスよ。

 マドカちゃんは偏向射撃が出来ると思うわ。

 

 十分注意して、全力を。

 勝って帰って来ると信じてるから」

 

楯無は姉として簪に言葉を贈る。

 

「うん。

 新しい打鉄弍式と一緒に勝って来るよ、お姉ちゃん」

 

姉妹のやり取りは短い物だったが込められた気持ちはお互い十分に伝わっていた。

 

 

マドカは人を殺さなかったとはいえ、本物の戦場に身を置かされた。

その経験はちょっとやそっとの訓練で身につくレベルを大きく超えている。

 

仲間との訓練で実力を出した事など一度も無く。

手札を晒す愚を犯さず。

知られているのはBT兵器の搭載と狙撃の腕だけ。

 

そもそもセシリアと“同数”しかビットを使っていないし多用してもいない。

勿論、サイレントゼフィルスの持つビットの特性や機能は完全に秘匿。

大型狙撃銃の星を砕く者(スターブレイカー)はスターライトmk.III同様“ただの狙撃銃”にしか見えない様にしていた。

 

「さて、簪には悪いが安全に片付けさせて貰う。

 私は連戦を想定しているからな。

 

 少なくとも宙と当たるまで極力手札を晒したくない」

 

「その通りですね、マドカさん」

 

(いつの間に…)

 

気づけば後ろに宙がいて声をかけられたマドカ。

 

「ああ、どちらが勝つにしろラウラに情報を与える必要は無いからな。

 それで宙はどうして此処に?」

 

「同士の応援です。

 信じていれば行動しなくていいなどと私には考えられません。

 

 信じる事と行動しない事。

 それが証だと勝手に決め付ける。

 

 受け取る人それぞれで感じ方が違う筈なのです。

 なら私は誤解の起きえない行動を選びます」

 

「宙らしい考え方だな。

 気持ちは受け取った。

 

 …勝って来る」

 

その言葉に宙は笑顔で答えた。

 

 

『御来場の皆様、大変長らくお待たせしました。

 只今より1年専用機部門個人別トーナメント予選、第1回戦を行います。

 

 Aピットより日本国家代表候補生、更識簪選手。

 Bピットよりマドカ・クロニクル選手。

 

 アリーナへ入場して下さい』

 

流石に世界各国の重鎮が来訪している中、幾ら薫子でもTPOは弁えている。

いつものおちゃらけた雰囲気は何処へ行ったのかというほど真面だった。

 

ちなみに陰で楯無が爆笑していたのは言うまでも無い。

 

アナウンスを受けて入場した2人はアリーナ中央で向かい合う。

これから戦う2人に言葉は無かった。

 

『それでは第1回戦、開始です』

 

薫子の宣言に続いて試合開始のブザーが鳴った…。

 

 

マドカは不用意に動かず、いつでも迎撃から仕留められる体勢。

 

簪はそれを見て取り、初撃に山嵐を選んだ。

 

発射された山嵐。

その構造を知るマドカはスターブレイカーを素早く2連射。

 

容易く射抜かれた山嵐は宙との一戦と同じ様に効果を発揮する事なく空中で爆散。

爆発によって生まれた爆煙で視界が一気に悪くなる。

 

その直後、簪はマドカの目の前に現れた。

爆煙を切り裂く様な速さで。

 

「速い!」

 

マドカは予想以上の速度に驚きつつも冷静に現実を受け止める。

 

(瞬時加速で詰められる距離では無かった。

ならば打鉄弍式は!)

 

素早く取り出したのはショートレーザーブレード。

ブルーティアーズが貴族ならサイレントゼフィルスは騎士。

 

マドカの適正が射撃にあるとしてもベースは千冬だ。

並大抵の使い手では相手にならない近接戦闘能力は持っている。

 

夢現での攻撃をマドカは捌き、反動を利用して距離を稼ぐ。

 

「高機動型に改修したな、簪」

 

ヒカルノとの改修。

それはさらに機動力を高める物。

見た目で判別出来ないのはヒカルノもまた天才だからだ。

 

簪は黙して語らないが、こちらも今の攻防でマドカの脅威度認識を引き上げていた。

 

(新型ブースターの加速力に瞬時加速を上乗せ。

軽量化も図った打鉄弍式は白式に匹敵する。

にも拘らずリーチと威力で勝る夢現を簡単に捌かれた)

 

再度、向き合う形になった2人。

マドカはショートレーザーブレードを量子変換して格納。

 

「次は私の番だな」

 

そう言って射出された4機のビットが不規則に動き、簪の隙を探す。

 

(来る!)

 

簪は4機のビットから放たれたレーザーを躱し、夢現で払い、春雷で打ち消した。

 

「やるな、簪」

 

だが、紙一重。

簪は向上した機動力のお陰で凌げたが次も同じことが出来ると思うほど疎かではない。

 

出し惜しみしていては負ける。

簪はそう考えていた…。

 

 

正直に言ってマドカは驚いていた。

まさか全弾無効化されるとは思ってもいなかったからだ。

 

(打鉄弍式高機動型とでも呼ぶか。

なんなら参式でも構わんが白式並の機動力にそれ以上の汎用性。

 

ワンオフアビリティこそ無いがあの薙刀。

威力も斬れ味も馬鹿にできん。

 

簪も腕を隠していた。

まだ何かある事も考慮すべきだな。

 

私も手札を一枚は切る必要があるか…)

 

そう思った直後にはスターブレイカーで狙撃。

簪の出鼻を挫く。

 

「そう何度も簡単に近付かせるほど弱くは無い」

 

その言葉に簪の表情が変わるのが見えた。

 

「…そうだね」

 

今まで一度も会話に応じなかった簪が返答する。

 

(嫌な予感がするな。

何か仕出かすつもりか?)

 

マドカは警戒する。

それが簪の狙いと気付かずに…。

 

 

簪は切り札を最大限活かすために時間が欲しかった。

 

(改良したマルチロックオンシステム。

かなりの負荷が…。

 

でも、これで決めて見せる!)

 

「ねえ、マドカ。

 私は負けない、負けられない」

 

そう言った直後、”再度山嵐が発射された“。

 

(改良したのは機動力だけじゃ無い。

行って!大山嵐!)

 

「二度目!

 だが甘い!」

 

前回と同じ様にマドカは2連射して迎撃を試みる。

 

しかし、それこそが簪の待っていた物。

 

大山嵐。

初めからロックオンされた”マイクロミサイル“を拡散発射する切り札。

 

同じに見えて全くの別物。

前回の反省点を活かして誘導ミサイルからの分離ではないのだ。

 

簪はスターブレイカーの攻撃を回避。

何発かはマイクロミサイルを破壊されたが残る大半がマドカに殺到する。

 

そして突貫。

 

簪はマイクロミサイルだけでマドカを倒せるとは思っていない。

瞬時加速しないのはマイクロミサイルの爆発に巻き込まれないためだ。

 

命中、大爆発。

 

そこに勝負を決めるべく簪は斬り込んだ。

 

 

マドカはしてやられたと思いつつも切り札を1枚切っていた。

 

サイレントゼフィルスのビットには”シールドビット“も含まれている。

 

簪の直近で小数のマイクロミサイルが爆発した時、ビットを2機入れ替えた。

そしてマイクロミサイルが当たる寸前、発動。

ビーム状の傘(エネルギーアンブレラ)を展開してミサイル群から身を守ると再度ビットを入れ替え。

さらにショートレーザーブレードを展開。

 

再び簪が突貫して来ると確信したマドカは迎撃準備を完了する。

 

そこへ予想通り簪が夢現で斬り込んで来た。

しかも、今回は春雷を連射しながらという念の入れよう。

 

(読めていたぞ、簪)

 

マドカのショートレーザーブレードの上を夢現が滑って行く。

それはマドカが踏み込んだ証。

 

目に映る簪は何故という疑問と読まれたという事実に驚愕の表情を浮かべていたが、そこは代表候補生。

石突きをマドカに向けて繰り出す。

 

しかし、それもマドカの掌の上。

 

(貰ったぞ、簪!)

 

態と石突きをショートレーザーブレードで受けて“離脱”

その直後、四方からビットによるビームガトリングの嵐が意趣返しの如く簪に撃ち込まれた。

 

マドカの狙いは2つ。

一つは打鉄弍式の機動力を奪うために背後からブースターの破壊。

もう一つは単純に春雷の破壊を兼ねたダメージの蓄積。

 

羽根をもがれた打鉄弍式はP.I.Cのお陰で辛うじて浮遊しているが徐々に下降して行く。

 

「簪、降参してくれないか?」

 

「それは…。

 出来ない」

 

何か譲れない物が今日の試合にはあったのだろうとマドカは簪の想いを汲んだ。

 

「そうか…。

 なら覚悟しろよ」

 

そう言うと追撃のビームガトリングとスターブレイカー。

 

地面に着くタイミングを見計らってダメージを与えたマドカは手札を1枚晒したが危なげなく完勝した。

 

 

『打鉄弍式、シールドエネルギーエンプティ。

 

 1年専用機部門個人別トーナメント、第1回戦の勝者はマドカ・クロニクル選手。

 

 皆様、両者の健闘に盛大な拍手を』

 

アリーナに響き渡る勝者の名と万雷の拍手。

 

それを簪は呆然として聞いていた。

そこへマドカがサイレントゼフィルスで近づく。

 

「簪、いい試合だった。

 私は簪と戦えた事を誇りに思う。

 

 出来ればあそこで降参して欲しかったが…」

 

それはマドカの本心。

予想を遥かに超えて手札を切らざるを得なかった簪の実力への賞賛だった。

 

「あんな隠し玉があったなんて予想外。

 降参出来なかった訳じゃない。

 でも、今日私は全力を出し切って負けを自分に刻みたかった。

 

 だからこそ言う。

 次は絶対に負けない!」

 

「その挑戦、いつでも受ける。

 

 今はピットに戻ろう、簪。

 送って行く」

 

マドカはそう言うとヒョイと簪を抱えてAピットへ。

万雷の拍手の中、顔を赤くして文句を言う簪に笑顔を向けながら…。

 

 

マドカは簪を送り届けるとBピットへ戻って行った。

 

「簪、見事だった。

 

 あれは私に真似の出来ない戦い。

 友人として仲間として誇らしく思う。

 

 だから簪。

 今度は私の番だ。

 

 最も弱い私だが全力を尽くす。

 どうか応援してくれ。

 それが力になるから」

 

次の試合は箒と鈴。

準備のためAピットに入って来た箒は簪にそう告げた。

 

「相手は代表候補生。

 でも、今の箒なら勝算がある。

 

 応援してるから頑張って」

 

「ありがとう、簪。

 

 それとこれを」

 

そう言って差し出されたのはスポーツドリンク。

簪は笑顔で受け取るとAピットを後にした。

 

 

Aピットを出るとそこには楯無が待っていた。

そして、何も言わずに簪の手を引いて場所を移す。

 

「簪ちゃん、もう我慢しなくていいのよ。

 お姉ちゃんが一緒にいるから」

 

楯無はそう言うと簪を抱きしめる。

 

簪はとうに限界だった。

楯無は気付いていたのだ、ただ人前では気丈に振る舞っていたに過ぎない事を。

 

勝負の世界。

必ずどちらかが勝者で敗者が生まれる。

それは当然のことだ。

 

簪は事前に出来る事を全てやった。

対策も戦術も技術も出し切った。

それでも負けてしまった。

 

「…お姉ちゃん。

 私は…。

 私は…!」

 

それ以上、口に出来なかった。

嗚咽を漏らし、泣く簪には。

 

「うん。

 簪ちゃんは頑張ったわ。

 それはお姉ちゃんがよく知ってる。

 

 だから、今は気の済むまで泣いていいのよ。

 ずっと側にいるから」

 

そう言った楯無を強く抱き締めながら、簪はしばらくの間泣き続けたのだった…。

 

 

Bピットに戻ったマドカを待っていたのは宙と鈴だった。

 

「やるわね、マドカ」

 

「簪は予想以上に強くなっていた。

 鈴が負ける事も十分考えられる。

 

 いや、相性的に言えば圧倒的に簪が有利だ」

 

「そうね、それは認めるわ。

 でもね、それでも私は負けない。

 

 簪が強くなったのは大歓迎よ。

 倒しがいがあるじゃない。

 

 それに私も以前の私じゃない」

 

鈴の瞳に闘志が宿る。

 

(これは…。

随分と自信に満ちてますね。

 

次の試合は荒れそうです)

 

宙はそう感じたが鈴には特に何も言わなかった。

 

「マドカさん、初戦勝利おめでとうございます。

 ですが、簪さんの様に皆さん強くなっているようですね」

 

「ああ、正直驚いた。

 実際、手札を1枚切らざるを得なかった。

 

 だが、そう簡単には負けないさ」

 

そう言ってマドカはニヤリと笑った。

どこかの誰かさんそっくりに…。




簪の打鉄弍式は原作と違い第3世代機。
イメージインターフェイスによるマルチロックオンが可能になっています。
ですが、数が多すぎて時間と負担がかかる様ですね。
改修を施され高機動になった結果、速度は白式並になっています。
汎用性でいけばそれ以上という事ですね。

マドカはエネルギーアンブレラを使わされました。
ですが、まだまだ手札を残していますのでそう簡単に負けはしないでしょう。

次回は箒と鈴の一夏幼馴染対決。
お楽しみに!


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ep45:トーナメント予 選2 箒   vs 鈴

幼馴染対決にして剣と剣のぶつかり合い。
早速参りましょう!

追伸
愛を〜くださ〜い♪
ウォウウォウ、愛をくださ〜い♪

今の心境を某歌から。
高評価という燃料を投下して下さい、お願いします!

でないと“理想を抱いて溺死しろ”してしまいそう。
おのれおのれおのれおのれおのれぇー!w



「やー、流石はまーちゃん。

 サイレントゼフィルスとの相性はバッチリだね。

 

 コアとの同調率も結構良いし、さらに良くなってきてる。

 そのうち2次形態移行するんじゃないかな。

 

 簪ちゃん?には悪いけど、流石に無理だよ。

 まあ、エネルギーアンブレラを使わせたのは評価出来るけどね。

 

 どっかのキャラクターじゃないけど変身をあと2つ残してるみたいな状態だからさ。

 相性も悪いし、当然の結果だと束さんは思うよ。

 

 それにしても、まさかまーちゃんまで降参を求めるとは束さんも予想外。

 

 ちーちゃんを変えて、いっくんを成長させて、まーちゃんに影響を与えるとか。

 ゆーくんの影響力は凄いよね。

 

 で、次は箒ちゃんの試合。

 

 前はISを嫌ってたから適正Cだったんだけど、今ならA位になってる。

 紅桜もゆーくんが高機動パッケージをインストール済。

 しかも箒ちゃん専用の調整をしてから妙に性能が上がってるんだよね。

 多分適正と相性が影響してると思うんだけどさ。

 

 相手は鈴ちゃんだから、勝率は良くて五分五分ってところかな。

 紅椿だったら余裕なんだけど、まだ出来てないし振り回されるだけだから渡せない。

 特に心が弱いんだよ、箒ちゃんは。

 しっかりゆーくんに鍛えて貰うのが1番だね。

 まあ、今日の試合を見れば箒ちゃんの現状がわかるでしょ、きっと。

 

 それはそれとして、くーちゃんの妹には困ったもんだね。

 ちーちゃんが魅力的なのはわかるけど束さんだってお持ち帰りしてないんだよ?

 

 これはやっぱり、ゆーくんかまーちゃんにお仕置きして貰わないとね。

 

 ゆーくんなんか全然悪くないのに皆に頼んだり、いっくんに頭下げたりしてる。

 しかも、今回は攻撃するって…。」

 

ご機嫌で話していた束のテンションが下がって行く。

 

「大丈夫かな、ゆーくん。

 すっごい無理してるよね…。

 

 ウィステリアはゆーくんの夢。

 束さんも持ってる大切な夢。

 

 それを…。」

 

悲しげな表情を浮かべた束は、それ以上口にする事が出来なかった…。

 

 

「更識妹ではクロニクルを止められん。

 まあ、わかっていて組んだのは私だ。

 すまんな…。」

 

先程の試合を見ていた千冬はそう呟いた。

 

「にしても、空天の言う通りクロニクルの実力は国家代表クラスだな。

 ボーデヴィッヒを倒せるというのは理解した。

 

 そして、そのクロニクルを上回るのが空天。

 アイツのISは特殊過ぎて純粋な能力が正直言ってわからん。

 

 だが、生身でISを倒す力量を持っている事から考えてもヴァルキリークラス。

 まあ、攻撃出来ればという条件付きだがな。

 

 機動力部門なら攻撃無しでも優勝出来ない事もないか。

 seedで妨害も出来るし、可能性は高いな。

 

 さて、次は篠ノ之と凰の試合か。

 五分五分と言ったところだな。

 

 剣技の篠ノ之。

 力技の凰。

 

 しっかり見せて貰うぞ、篠ノ之の心がどこまで成長したかをな。」

 

そう言いながらモニターを見ていた千冬だった。

 

 

第2回戦はデビュー戦となる箒と中国国家代表候補生の鈴。

剣と剣がぶつかり合う戦いだ。

 

ISの開発者、篠ノ之束。

その妹である箒は当たり前だが注目を集める。

 

また、中国が開発したIS“甲龍”は第3世代機の問題点である燃費を向上させた機体。

その操縦者が次代の国家代表として期待されているという事も各国は知っておりさらに注目を集めた。

 

そんな中、Aピットの箒は集中していた。

 

今回の戦いは今までの集大成であり、宙が姉妹仲を取り持って仲直りした後の最初の戦い。

鍛えて貰い腕が上がる事で不満が出て来たことさえ気付き、高機動パッケージのインストールと箒専用の調整まで手掛けて貰って今日と言う日を迎えたのだ。

 

相手が鈴である事はとある理由から好都合。

今日のためにトレーニングを行って来たと言っても過言ではない。

 

簪では無いがこの戦いにラウラは関係無い。

箒のこの一戦にかける意気込みはかつて無い程に強い物だった。

 

「箒。」

 

「どうした、一夏。」

 

一夏は一夏なりに幼馴染同士の戦いを気にしていた。

宙の後押しもあったが。

 

「俺に言われるまでも無いとは思う。

 けど、一度対戦した経験から話しておきたいって思ったんだ。」

 

箒は一夏の言葉に温かい気持ちになる。

 

「同門からの忠言だ。

 勿論、聞くとも。」

 

素直じゃない自分を自覚しながら箒はそう言った。

 

「鈴の青龍刀は甲龍のパワーも相まって重い。

 俺達の葵で打ち合うと鈴のペースにハマる。

 

 それに俺との試合では連結して投げただけだが、それ以外の使い方があると思う。

 衝撃砲は対策さえすれば攻略出来るが厳しい事に変わりはない。

 

 けど、俺より篠ノ之流に精通している箒ならそれを覆せると俺は思ってる。

 

 だから、勝って来いよ。

 幼馴染でクラス代表からの餞別だ。」

 

それは箒自信考えていた事。

それでも一夏から同じ答えを得た事で確信に変わる。

 

「ありがとう、一夏。

 今の言葉を胸に私は勝って来る。

 

 だから、応援してくれ。」

 

そう言った箒は笑顔で。

だから、一夏も笑顔を返した。

 

 

鈴は中国国家代表候補生である。

 

世界一の人口を誇る中国、たった1年で上り詰めた専用機持ち。

勿論、箒と違って軍にも所属している。

その背中にのしかかる重圧は他国の比ではない。

 

仲間との訓練は鈴の実力を確実に引き上げた。

敗戦の苦い記憶は負けん気に火を付けた。

それは努力を通して鈴のさらなる力になった。

 

そもそも衝撃砲こと龍砲の全スペックを晒していないことに気付いた者はいない。

勿論、今回を見据て秘匿して来たのだ。

仮に対策されてもそれを突破する自信があった。

 

「箒、手は抜かないわ。

 だって約束だからね。

 

 でも壁は高い方が好みでしょ?」

 

「その通りですね、鈴さん。」

 

(嘘、全然気付かなかったんだけど!)

 

気づけば先程同様後ろに宙がいて声をかけられた鈴。

 

「やっぱり宙もそう思う?」

 

「ええ、箒さんはそう言うタイプです。

 約束についてはお聞きしませんが。」

 

わかってるじゃない。

鈴は宙のこういう気遣いを気に入っていた。

 

「で、こっちに来てて良いの?

 クラス副代表なんでしょ?」

 

「問題ありません。

 あちらにはクラス代表を派遣しておきましたから。」

 

「なるほどね、それは効果的だわ。

 納得よ、宙。」

 

 鈴は宙が箒の応援をしていると知っている。

 そして、“今は”鈴もそうだ。

 

「ま、さっきも言ったけど私は全力を尽くすだけよ。

 当然、勝つのも私。

 

 じゃ、片付けて来るわ。

 マドカと戦わなきゃいけないしね。」

 

勝ち気な笑みを見せる鈴に宙は笑顔で答えた。

 

 

『御来場の皆様、次戦を紹介します。

 1年専用機部門個人別トーナメント予選、第2回戦。

 

 Aピットより篠ノ之箒選手。

 Bピットより中国国家代表候補生、凰鈴音選手。

 

 アリーナへ入場して下さい。』

 

アナウンスを受けて入場した2人はアリーナ中央の空中で対峙した。

 

「箒、以前聞いた機会よ。

 私に勝って証明して見せなさい。

 

 負けるつもりは一切無いけどね。」

 

「言われるまでも無いな、鈴。

 

 私は勝つ。

 決意を証明して行動するために。」

 

何の話かは2人にしかわからない。

それでも伝わる事はある。

 

2人の間で話し合いがあって箒が勝つと決意の証明となり、なんらかの行動を起こす。

そう言う取り決めがあったという程度には。

 

『それでは第2回戦、開始です。』

 

薫子の宣言に続いて試合開始のブザーが鳴った…。

 

 

鈴は開始前からアンロックユニットの衝撃砲を開放して置いた。

チャージはルール上出来ないが準備行為は問題無いからだ。

 

いつでも撃てる。

そういう意思表示であり牽制。

前回から学んだ戦訓である。

 

これは箒に取って十分なプレッシャーとなっていた。

今回は空中。

土煙は使えない。

それに鈴が弱点をそのまま放置していると考える程、箒は戦う者として楽観的では無い。

 

一応スモークグレネードはあるが…。

それとは別に躱す算段があった。

ただし、ぶっつけ本番となるのが不安材料だが。

 

先制は…。

鈴!

 

警戒させておいての強襲。

二刀の青龍刀が箒に迫る。

 

だが箒は冷静に対処。

一刀を躱し、二刀目を受け流しつつの切り返し。

 

これを鈴は勘で察知して躱すも反撃を考慮した距離が不味かった。

鈴のシールドエネルギーが減る。

 

「篠ノ之流一刀二閃。」

 

確かに鈴は切り返しを躱したが、そこから箒が一歩踏み込んでの放った高速の二撃目を貰ってしまった。

 

「やるじゃない、箒。

 純粋な剣技って奴?」

 

八重歯を見せながら問いかける鈴は獰猛な笑みを浮かべている。

 

「そうだ、鈴。

 

 私が誇れる唯一無二の存在。

 振るい続けた剣。

 篠ノ之流剣術、その技の一つだ。」

 

「へぇー、でもね箒。

 チャンスはそう何度もある訳じゃないわ。」

 

そう言いながら再度突貫する鈴は素早く青龍刀を接続。

遠心力を活かした高速の双天牙月が回避する箒に2度斬りつけた。

 

「まだまだよ!」

 

鈴の猛攻は止まらない。

さらに間合いを詰めて連撃を狙う。

 

「甘い!」

 

箒の咆哮と共に鈴の双天牙月が弾かれる。

その手に二刀を携えた箒は隙を見逃さず深く踏み込んで…。

 

「二刀一刃突き。」

 

反撃に備えた一刀で双天牙月をいなしつつ、左肩のアンロックユニットをひと突き。

開放していた事が仇となり、見事に貫通。

破壊に成功すると短距離後方への瞬時加速で間合いを切った。

 

(甘く見ていた訳じゃない。

けど、箒の剣の冴えが今日は良すぎる!

 

想いが力になるってヤツね。

 

なら、それを逆用する!)

 

鈴はそう考えていた…。

 

 

「箒、鈴…。」

 

一夏は複雑な想いでその戦いを見ていた。

 

「気になるか、織斑一夏。」

 

一夏はまさかと思った。

だが、次の試合は…。

 

「ボーデヴィッヒさん…。」

 

「気になるかと聞いた。」

 

再度問いかけるラウラに一夏は答えた。

 

「ああ、気になるさ。

 2人共大切な幼馴染だからな。」

 

「お前は気付いてないのか?

 あれはお前が原因の戦いだぞ。

 それとも気付かない振りか?

 

 どちらにせよ、お前は卑怯者で臆病者。

 

 友ですら無い私にわかるのだ。

 お前にわからない筈がない。

 

 逃げているだけとはな。

 私にあれだけの啖呵を切って置いて自分の事は棚上げとは…。

 呆れて物も言えん。」

 

そう言うとラウラは興味を失った様に踵を返して出て行った。

 

「俺が、原因?」

 

そう聞いて思い浮かんだのは鈴の言葉、そして…。

 

「まさか。

 まさかだよな、箒。

 

 俺は箒まで?」

 

今も続く戦いを見ながら一夏が力無く呟く。

 

ラウラの言葉が耳にこびりついて離れないままに…。

 

 

戦いは佳境に入っていた。

 

優勢な箒は受けの姿勢を変えず。

鈴も攻勢を緩めず。

 

箒優位のまま戦いは進んでいる…様に見えた。

 

だが…。

 

幾度目かの攻防。

いなして攻撃に移った瞬間、箒は吹き飛んだ。

 

「何が…。」

 

「さあ?」

 

馬鹿正直に話す必要は無いとばかりに鈴が言う。

 

(衝撃砲…なのか?

だが、弾丸では無かった。

全身を吹き飛ばされたのだ、何が起きた?)

 

箒は考えるも答えが出ない。

ならば考えても意味はないとその件については思考を切り捨てる。

 

再び突貫してくる鈴は上段からの切り落とし。

 

(これを躱して…。)

 

そう思った箒が身を捻った瞬間、至近距離でさっきとは違う何かが撃ち込まれる。

 

(今度はさっきと別物。

だが、威力が…。

 

くっ、衝撃砲と仮定してスモークを。)

 

箒が取り出した瞬間、スモークグレネードは弾き飛ばされた。

焦りから目の前で取り出してしまったのがいけなかった。

 

「同じ手が何度も通用する訳無いでしょ?」

 

「ああ、その通りだな。」

 

(何故、後ろ手に取り出さなかった?

焦っているのか?

だが、先程からの攻撃が衝撃砲であることはハッキリした。

 

落ち着け。

まだ負けが決まった訳では無い。

 

自分のペースに引き込め…。)

 

箒は此処で距離をとりつつアサルトライフルを取り出した。

衝撃砲の射程ではそう遠くまで届かない。

 

鈴の周囲を旋回しつつ銃撃を加えて行く。

 

(大半は青龍刀で防がれているが、全てでは無い。

確実にシールドエネルギーを削る。

 

無理は禁物だ。

機動力はこちらが上。

常に一定距離を保って有利に進めろ。)

 

箒は再び冷静に出来る事をひたすら考えて行動する。

お互いのシールドエネルギーは4割を切っていた…。

 

 

(大したもんね、箒。

今すぐ代表候補生になれるんじゃない?

 

自分の力量を知って、不利は避け、有利に立ち回る…か。

基本だけどなかなか出来るもんじゃないわ。

 

宙の鍛え方が良かったって事ね。

 

でもね、私にも意地があんのよ。

それにそういう戦い方をされた経験もね!)

 

鈴は遂に決めにかかった。

 

多少のダメージ覚悟で双天牙月を旋回しながら突貫。

たかが一丁のアサルトライフルならこれで殆ど防げるのは経験済。

 

一気に間合いを詰めると青龍刀の二刀流で連続攻撃に出た。

箒は先程同様、二刀を手に受け流しつつ攻撃する事を余儀なくされる。

そして、鈴の青龍刀を避けようが受け流そうが必ず何かが撃ち込まれた。

 

(くっ、普通の衝撃砲ならば攻撃の気配である程度察知出来る。

しかし、青龍刀の攻撃と同時では!

だが、まだ終わってはいない!)

 

箒は決心した。

次の一撃に全てを賭けると。

 

一度後退した様に見せかけて、隙を突いての瞬時加速。

そこから繰り出される最速渾身の一撃!

 

「それ、待ってたのよ。」

 

その声は少し離れた所から聞こえた。

 

(瞬時加速に瞬時加速による後退を合わせられたのか!?

不味い!)

 

しかし、鈴の反撃は予想以上に速かった。

避けるに必要なだけしか下がらなかった鈴は既にいつでも瞬時加速出来る状態。

発動、接近、二刀、“腕部龍砲”二撃。

そして止めとばかりに“拡散衝撃砲”で箒を地面へ向けて吹き飛ばし…。

 

『紅桜、シールドエネルギーエンプティ。

 

 1年専用機部門個人別トーナメント、第2回戦の勝者は凰鈴音選手。

 

 皆様、両者の健闘に盛大な拍手を。』

 

アリーナには再び勝者の名と拍手が響いた。

 

 

鈴は素早く降下すると箒の下へ。

 

「正直に言うわ。

 衝撃砲が無かったら負けたのは私よ。

 

 箒の剣に私は勝てない。

 そういう意味ではアンタが勝者。

 

 強かったわ、全力を出すしかなかったんだから。」

 

「ふっ。

 賞賛は素直に受けよう、鈴。

 

 だが、負けは負けだ。

 おめでとう、鈴。」

 

箒は清々しい気分だった。

全力を出し、鈴の言う通り剣では間違いなく圧倒した。

 

悔いがあるとすれば一時焦りでミスを犯した事。

だが、それはさらなる箒の成長に繋がった。

 

あそこで今までなら完全に崩れていただろうと自身を振り返る。

 

「…本当に言わないの?」

 

ああ、それは確かに心残りだと箒は思う。

けれど、自分で決めた事だ。

 

「ああ、今日はな。

 

 今度模擬戦に付き合ってくれ。

 そこで勝ったら一夏に告白する。

 

 私は鈴と違って切欠が無いと言い出す勇気が無い。

 情け無い話しだがな。」

 

鈴はそれ以上語らず、ただ一言。

 

「わかったわ。」

 

そう言うと箒を連れてAピットに向かう。

2人共笑顔で会話しながら。

 

 

Aピットに戻ったが一夏はいなかった。

 

「一夏のヤツ、どこ行ったのよ。」

 

「次はボーデヴィッヒが来る。

 揉め事を避けたのだろう。」

 

「…あり得るわね。

 とにかく箒、お疲れ様。

 

 私は甲龍を直さなきゃいけないから戻るわ。」

 

鈴は予選でマドカと当たる。

少しでも時間が欲しかった。

 

「ああ。

 私の分も頑張ってくれ、鈴。」

 

「任せて!

 あの自信、へし折ってやるんだから!」

 

そう言って鈴は立ち去る。

そして箒もラウラが来る前にとAピットを後にした。

 

 

Bピットに戻ると宙とセシリアがいた。

 

「鈴さん、お見事でした。

 …箒さんは強かったでしょう?」

 

「そうね。

 やっぱり術理は必要なのね。

 痛感したわ。

 

 手札も殆ど晒しちゃったし。

 

 ま、それはそれよ。

 次に向けて切り替えて行くわ。

 

 それよりセシリア、気をつけなさいよ。」

 

「ええ、十分承知していますわ。」

 

セシリアにしては短い会話。

宙と鈴はセシリアの集中力が高まっていると感じた。

 

(これ以上、話しかけるのは邪魔ね。)

 

「宙、内緒で修理手伝ってくれない?」

 

「構いませんよ。

 それに私は無所属ですから影響無いでしょう。」

 

そう言うと2人はセシリアから離れた。

ラウラとの対決に向けて集中するセシリアの邪魔にならない様に…。




箒は精神的に随分と成長しました。
試合中にもさらに。

勝負を決めたのは第3世代兵器の有無と鈴の経験・勝負勘。
清々しい勝負でした。

箒も善戦しましたが決め手に欠けたと言ったところ。
今回の経験を次に繋げれば一段と強くなり、それもカバー出来る様になるでしょう。

さて、次は原作因縁の対決(鈴抜き)です。
次回も楽しみに!


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ep46:トーナメント予 選3 ラウラ vs セシリア

原作因縁の対決(鈴抜き)勃発!
成長したセシリアはどこまで通用するのでしょうか!

追伸
日に日に評価が下がって凹んでいるしおんです。
楽しんでいただけている方、ぜひ高評価をお願いします。
私に書く気力を!

既に高評価頂いた方々ありがとうございます♪


「…はっ!

 ちょっと驚き過ぎて意識が飛んでたよ。」

 

束はそう言うとさらに続ける。

 

「いやー、負けず嫌いの箒ちゃんが負けた相手と笑顔で話してるのは衝撃的だったね。

 そりゃ、束さんの意識も飛ぶってもんだよ。

 

 束さんのせいもあるけど心が弱いから剣道大会で憂さ晴らし。

 その結果、優勝して自己嫌悪。

 

 そんな箒ちゃんが負けた後に笑ったんだから、束さんが思ってたより成長してたんだね。

 試合中に崩れても持ち直したのはそう言う事でしょ?

 

 これからも箒ちゃんにはしっかり成長して貰いたいな、束さんは。

 

 で、次がくーちゃんの妹とセシリアちゃん?だったっけ。

 これ、相性ならセシリアちゃん一択なんだけど、ゆーくんが言ってた様に腕がね…。

 

 しかもアドバンスドの軍人で越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)持ち。

 ドイツは碌な事しないよ、ほんとに。

 人をなんだと思ってるのか、束さんですら疑問に思う位どうかしてるよね。

 

 とにかくよっぽど上手く立ち回らないとすぐ勝負が決まる位に危ない。

 後の事を考えると酷い事にならないといいんだけど。」

 

束の声が室内に響いていた。

 

 

「ふっ。

 思いの外、成長したな篠ノ之は。」

 

そう言ったのは千冬。

 

「始めは良かった。

 だが、崩された。

 

 私はこの時点で終わったと思っていたんだが…。

 

 その後、直ぐに冷静な対応。

 自身に出来る最善の選択。

 これは試合の中で成長した証拠だ。

 

 最終的に負けはしたが全力を尽くした良い試合だった。

 

 それにしても負けず嫌いの篠ノ之が凰と笑い合う…か。

 たまには褒めてやらんとな。

 

 そうだろう?空天。」

 

モニターを見つめながら千冬はそう呟いた…。

 

 

第3回戦はデビュー戦となるドイツ国家代表候補生のラウラとイギリス国家代表候補生のセシリア。

イグニッションプラン参加国同士の戦いだ。

 

ドイツは本邦初公開の第3世代IS“シュバルツェア・レーゲン”。

各国はその性能を見ようと注目をする。

 

また、先程圧倒的な強さを見せたBT兵器搭載のイギリス第3世代IS“サイレントゼフィルス”。

その1号機であるブルーティアーズに対する期待も大きい。

 

そして今日初めてとなる国家代表候補生同士の試合は当然の様に注目を集めた。

 

そんな中、Aピットのラウラはリラックスしていた。

 

過去からの映像と訓練による成長予想。

機体性能・相性と操縦者の技量。

A.I.Cに対する相性はともかく他をどう加味しても負ける要素が無い。

 

それがラウラの結論だった。

 

「トーナメント戦でなければ、纏めて蹂躙出来る物を…。

 

 まあ、今日が終われば教官と共にドイツだ。

 遊びには丁度良い。」

 

ラウラはそう呟いた。

 

 

セシリアは思い出していた。

 

両親を失った日。

醜い大人達のやり方。

オルコット家を守る誓い。

適正の発覚と訓練の日々。

代表候補生になったあの日

専用機ブルーティアーズとの出会い。

辛く厳しいBT兵器運用訓練。

そしてIS学園に入学してから今日までの日々を。

 

「今となっては良い思い出…ですわね。」

 

宙と出会い、セシリアは変わった。

いや、自身を取り戻した。

 

上には上がいる事を突き付けられた1戦。

自身の殻を破った1戦。

 

そして紡がれた友情が今のセシリアには何より愛しい。

毎日の訓練は掛け替えの無い時間で。

共に過ごした昼食は忘れられない思い出。

 

それを壊そうとする人間がいる。

しかも無関係な宙を巻き込んだ唯の我儘で。

 

「許せませんわ、決して。

 ですが、宙さんはわたくしと同じ様に彼女を救おうとしています。

 

 ならば今日こそがご恩返しの機会。

 わたくしは宙さんの期待に応えて見せますわ。」

 

「セシリア。」

 

不意に声をかけられた、大切な大切な友人で恩人。

聞き間違えようの無い宙の声が。

 

「無理しないで下さいね。

 私はただセシリアが無事に帰って来てくれればそれでいいんです。

 

 全ては私がしたくてして来た事。

 それをセシリアが恩に感じる必要はありません。」

 

宙らしいとセシリアは思った。

そんな宙だからこそ、セシリアは応えたいと思う。

 

「大丈夫ですわ、宙さん。

 

 わたくしは。

 セシリア・オルコットは最高の結果を引き寄せて見せますわ。

 

 イギリスの国家代表候補生として。

 オルコット家の当主として。

 

 そして、宙さんの友人として恥じない戦いを。」

 

「ええ。

 信じていますよ、セシリア。

 

 貴女が貴女らしく戦い、無事に帰って来ると。」

 

そう言った宙とセシリアは笑顔で。

それもまた大切な思い出となった。

 

 

『御来場の皆様、次戦を紹介します。

 1年専用機部門個人別トーナメント予選、第3回戦。

 

 Aピットよりドイツ国家代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ選手。

 Bピットよりイギリス国家代表候補生、セシリア・オルコット選手。

 

 アリーナへ入場して下さい。』

 

アナウンスを受けて入場した2人はアリーナ中央。

ラウラは地上で、セシリアは空中で遂に対峙した。

 

「ボーデヴィッヒさん。

 イギリス国家代表候補生、セシリア・オルコットが全力でお相手しますわ。」

 

セシリアはラウラにそう宣言する。

 

「ブルーティアーズ。

 データで見た方が強く見えたが…。

 

 ああ、貴様が弱いだけだな。」

 

それに帰って来たのはそんな言葉。

しかし、それに対する返答は当然の言葉。

…だが今のラウラには届かない言葉だった。

 

「ええ、その通りですわね。

 

 わたくしも貴女も所詮代表候補生。

 国家代表は勿論、ヴァルキリー、そしてブリュンヒルデ。

 

 上には上がいます。

 当然の話ですわ。」

 

「貴様、私を侮辱しているのか?」

 

「いいえ、事実を言ったまでです。

 それとも貴女は尊敬する織斑先生に勝てるとでも?」

 

セシリアは極めて冷静に誰が聞こうと当然の言葉を紡いだ。

だが…。

 

「教官は関係無い!

 だが、貴様が私を侮辱している事はよくわかった!」

 

モニターの前で千冬は頭を抱えた。

 

「何を意味のわからん事を。

 私はともかくオルコットの言う通りではないか。」

 

そして、アリーナでは…。

 

「貴様は此処で叩き潰す!

 私と当たった事を後悔しろ!」

 

流石にこのままではまずいと思ったのか薫子のアナウンスが流れる。

 

『それでは第3回戦、開始です。』

 

その宣言に続いて試合開始のブザーが鳴った…。

 

 

セシリアは極めて冷静だった。

ラウラの異常さを認識し、身を危険に晒さず一方的に攻撃する。

その上でレーゲンの能力を丸肌にするため行動を開始した。

 

(まずはこれをどう処理するか見せて頂きましょう)

 

飛び上がろうとする所をスターライトmk.IIIで狙い撃ち。

同時に詰められない様に距離を取る。

 

「小癪な真似を!」

 

ラウラはプラズマ手刀でレーザーを弾いて見せた。

 

(なるほど。

 

近接格闘用手刀でリーチは短い。

ですが、威力はかなりの物ですわね。

レーザーを弾く程度には。

 

そして、目が良く反射速度も極めて高い。

 

確かに難敵ですわね。)

 

セシリアがそう解析している最中も弾いた直後にラウラは向かって来ている。

 

(次は中距離を見せて頂きましょう。)

 

いつでも後方へ瞬時加速出来る準備をしながら牽制射撃。

 

「その程度で止められると思うな!」

 

そして、繰り出されたのはワイヤーブレード“4本”。

 

瞬時加速で離脱しながら、ワイヤーブレードを狙撃するセシリア。

 

(中距離武装は宙さんの予想通り攻撃能力のあるワイヤー。

しかも、イメージインターフェイスでコントロール可能ですか。

そして先端はレーザーを弾く事も可能と言う訳ですわね。

 

では、ワイヤー自体はどうでしょう?)

 

セシリアは一つ一つレーゲンの能力を解析して行く。

 

「ちょこまかと小賢しい真似を!」

 

「行きなさい!ティアーズ!」

 

飛ばしたティアーズは2機。

ワイヤーブレードの範囲外から側面を、正面にはスターライトmk.IIIで連続狙撃を。

自身の負担を減らして長期戦に備えたセシリアの戦術は効果的だった。

 

「っく、ワイヤーブレードが!

 貴様よくもレーゲンに傷を!!」

 

(ワイヤーブレード”1本“頂きましたわ。

流石にワイヤーの強度では防げない様ですわね。)

 

「戦闘において傷が付くなど当然ですわ。」

 

「貴様と一緒にするな!」

 

「既に1本頂きました。

 わたくしは無傷ですが。

 

 なるほど。

 わたくし”が“傷つかないのは当然と仰るのですわね。

 お褒め頂き光栄ですわ。」

 

(少々煽ってさらに隠していないか確認させて頂きましょう。)

 

「貴様あぁぁあ!」

 

セシリアはひたすら冷静に距離を取る。

追い詰められない様に注意しながら…。

 

 

ラウラは怒り狂っていた。

だが、我を忘れた訳では無い。

 

(今は精々調子に乗っておけ!

貴様の台詞ではないが…。

 

”貴様に出来て私に出来ない物は無い“

 

差し当たりレーゲン本体にダメージは無い。

いつでも仕留められるが絶望を見せてくれる。

 

所詮この程度で私は止められん。)

 

そこからは似た様な攻防の繰り返し。

だが、それ以上ワイヤーブレードを減らされる事無く時間が過ぎて行く。

 

それがラウラの罠だった。

 

 

Bピット。

宙はこの攻防に違和感を感じていた。

 

「鈴さん。

 今の膠着状態に違和感を感じませんか?」

 

「…あまりにも上手く行き過ぎって言いたいわけ?」

 

「ええ。

 ボーデヴィッヒさんは自信があるので装備を晒すのは厭わないと思うのです。

 見た目からはセシリアが上手く引き出したと取れるのですが…。

 

 そうだとしたら”態と“見せている気がするんです。

 特に今は同じ様な状況が続いています。」

 

鈴も宙の話から徐々に違和感が湧いてくる。

 

「もし私がレーゲンに乗っていてボーデヴィッヒの様な性格だったら…。

 意地でもA.I.Cで捕まえてレールカノンを叩き込むための罠を張る。

 

 例えばワイヤーブレードの本数を隠すとか。」

 

「十分考えられますね。

 もっと言えば全ての武装を壊そうとするかも知れませんよ?」

 

「…やりかねないわね。

 でも、どうやって?」

 

宙は考えを巡らせる。

どうすればレーゲンで全ての武装を破壊して捕らえ、レールカノンを…。

 

「そう言えばレールカノン。

 撃ってませんね、一度も。」

 

「そういわれればそうね。」

 

「ブルーティアーズがブルーティアーズたる由縁はビット兵器。

 屈辱を与えるならビットを全て壊すのが一番です。

 

 しかし、レールカノンではビットを捉えられない。

 捉えられるのはワイヤーブレードに限定されますね…!

 

 まさか!

 いえ、十分考えられます!

 

 それなら今の状況にも説明がつく!」

 

宙は気づいた。

ラウラが張り巡らせた罠の正体に…。

 

 

セシリアには懸念材料が出て来ていた。

瞬時加速多用によるシールドエネルギーの減少だ。

 

(ボーデヴィッヒさんはワイヤーブレードと手刀でシールドエネルギーを消費…。

ですが、わたくしの方が遥かに消費量が多いですわね。

このままだと枯渇して距離を取れなくなります。

 

間合いは掴みましたわ。

欲張るつもりはありませんが…。

攻勢に出るしか無さそうですわね。)

 

セシリアはビットを戻すとエネルギーを補充。

 

そこでふとレールカノンに目が行った。

 

(そう言えばレールカノンを撃ってませんわね。

…それは妙ですわ。

 

我を忘れたのなら撃って来て当然です。

だとすれば見た目に騙されている可能性がありますわね。

そうなれば何かを狙っているとしか考えられませんわ。

 

…罠に誘い込まれているのでは?

 

1番危険なのはA.I.Cに捕まる事。

次がワイヤーブレードに捕まる事。

 

今、わたくしが最も嫌がる事と言えば…ビットの破壊!

 

本当によく練られた作戦ですわね。

恐らくワイヤーブレードのリーチはもっと伸ばせる。

 

同じ様な攻防で誤認させて、一気に仕留めるつもりだった様ですが…。

シールドエネルギーを犠牲にしてもワイヤーブレードだけは潰させて貰いますわ。)

 

ここに来てセシリアの成長が。

宙との対戦での経験が活きる。

 

「行きなさい!ティアーズ!」

 

セシリアは遂にビット4機を投入する。

ワイヤーブレード一本につき2機を充て、さらに距離を取ると潰しにかかった。

 

「何!?」

 

ティアーズが増え、ワイヤーブレードが一本。

また一本と失われて行く。

 

(気付かれただと!何故だ!

 

いや、焦るなラウラ・ボーデヴィッヒ。

隠した2本にまで気付いてはいない筈だ。

まだ終わった訳では無い。

 

シールドエネルギー的にもこちらが有利。)

 

ラウラは気付かれた事に驚きはした。

だが直ぐに立て直し、行動に出る

 

しかし、セシリアは極めて冷静に再度戦術を構築した。

 

(ワイヤーブレード4本潰しましたが、本当にこれで全てかわかりませんわ。

迂闊に近寄らせず、瞬時加速による離脱を最低限にして本体へ攻撃。

これがベストですわね。)

 

そこから始まるレーザーの包囲網。

ラウラのシールドエネルギーは刻一刻と削られて行く。

 

「貴様、よくも。

 よくもやってくれたな!」

 

(これはまずい!

このままでは私が負ける?

 

それだけは許容できん!

 

褒めてやろう、セシリア・オルコット。

私を本気にさせた以上、これで仕留める!)

 

その瞬間、偏差射撃で撃ち込まれたレールカノン。

その狙いは”ミサイルビットの誘爆“

 

4機のビットとスターライトmk.IIIでの同時攻撃による並列思考はセシリアに負担をかける。

それが仇となり、セシリアの反応が遅れて遂に被弾した。

レールカノンと爆発したミサイルビット。

そのダメージで一気にシールドエネルギーが減る。

 

その最中、爆煙を隠れ蓑に瞬時加速で迫るラウラ。

 

セシリアは突然爆煙を切り裂いて現れたラウラに反応が遅れた。

プラズマ手刀での攻撃がセシリアを襲い、瞬時加速出来る余裕は無い。

爆煙が晴れると2本のワイヤーブレードがビットを破壊していた。

 

そして離脱しようとしたセシリアを片手を挙げたラウラのA.I.Cが捕える。

 

「終わりだ、セシリア・オルコット。

 私に“人としての“本気を出させた事に敬意を払って一思いに落とす。

 

 撤回しよう、貴様は強かった。」

 

「それは光栄ですわ、ラウラ・ボーデヴィッヒさん

 いい試合でした。」

 

その台詞を聞き終えたラウラがレールカノンをセシリアに向けて撃ち込む。

 

『ブルーティアーズ、シールドエネルギーエンプティ。

 

 1年専用機部門個人別トーナメント、第3回戦の勝者はラウラ・ボーデヴィッヒ選手。

 

 皆様、両者の健闘に盛大な拍手を。』

 

アリーナに三度勝者の名と拍手が響いた。

 

 

A.I.Cを解除すれば落ちて行くブルーティアーズをレーゲンが抱える。

 

「ボーデヴィッヒさん?」

 

「私は貴様、いやセシリア・オルコットを認めた。

 ピットへは私が送ろう。」

 

セシリアは宙の気持ちが少しわかった気がした。

 

(これが救いたいという気持ちなのですね、宙さん。)

 

戦った者同士でしか感じられない事もある。

セシリアには素のラウラが悪い人間だとは思えなくなっていた。

 

 

予想外の行動でBピットに向かって来るラウラ。

それを刺激しない様に宙はピットを出ていた。

 

「もう入って来て大丈夫ですわ。」

 

そうセシリアに声をかけられて中に入った宙はセシリアを抱きしめる。

 

「セシリア、見事な試合でした。

 装備も全て把握出来ました。

 

 貴女のお陰です。

 

 そして、よくボーデヴィッヒさんの罠に気付きましたね。

 それが無ければもっと酷い事になっていたでしょう。」

 

「宙さんのお陰ですわ。」

 

それは宙にとって予想もしなかった言葉。

 

「クラス代表決定戦でビットを無効化された経験が活きました。

 そこからボーデヴィッヒさんの狙いが読めましたの。

 そして、まだ隠し玉があるのではとも考えられたのです。

 

 情報が無い中、ここまで戦えたのも皆さんと検討した結果。

 

 感謝致しますわ、宙さん。

 お陰でわたくしはまた強くなれそうです。

 

 ですから、これからも協力して頂けますか?」

 

「ええ、勿論です!

 セシリアは私の最初の友人なのですから!」

 

健闘を称えた宙と感謝を述べたセシリア。

2人はこれからも良き友人として歩んで行くだろう。

 

その光景を見ていた者が誰一人いなかったとしても…。




セシリアは原作より遥かに強くなっています。
マドカに触発された事も影響しているでしょう。

今回の敗因は並列思考に裂いた所を狙われた事。
ですが、これを鍛えればさらに強くなれるでしょう。

ラウラはやはり軍人。
猛っていても冷静な部分が働きます。

ただ、今回の戦いで本人も気付かない小さな変化が起きています。

今後の展開に期待して下さい!


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ep47:トーナメント予 選4 一夏  vs シャルル

さあ、予選も佳境。
遂に男性操縦者対決(偽)ですw

早速、参りましょう!

追伸
ありがとうございます!
ありがとうございます!
大事な事なので二回言いました!
頑張りますので楽しんで頂けたら引き続き高評価お願いします!

書く気がもりもり湧いて来た(by 紫式部 fgoより)


「セシリアちゃん、大健闘!

 束さん好みだね、ああいう思考に思考を重ねた戦い方は。

 正直言って見直したよ、うんうん。」

 

珍しく束が褒めている?褒めているよね、多分。

 

「くーちゃんの妹は、なんか初めて会った頃のちーちゃんみたい。

 こう周り全てが敵に見えて威嚇してるっていうか、怯えてるっていうか。

 

 やっぱり師弟関係って似るのかな?

 それともアドバンスドとして受けて来た仕打ちのせいかな?

 

 とにかく今回試合に勝ったのはくーちゃんの妹だけど勝負に勝ったのはセシリアちゃん。

 

 役割を果たして、武装も削って、最後には認めさせた。

 言うほど簡単な事じゃないよね。

 あそこで被弾しなかったら、試合に勝ってた可能性もあるし。

 

 並列思考制御の負担。

 試用機だからサイレントゼフィルスよりきつくて反応が遅れた。

 ズバリ、それが敗因だね。

 

 ん〜、ゆーくんなら移植できると思うから、やっちゃうのが良いんだけど…。

 ゆーくんが大切な友達って言うんなら今回は特別サービスしてあげようかな。

 よし、私から女王陛下に一言言ってあげよう!」

 

そう言うと早速束は連絡を始めた。

 

「もすもすひねもす、天災の束さんだよ。

 ちょっと女王陛下に許可取りたくてさ。

 

 ん?待つ待つ。

 

 あ、女王陛下?

 さっきの試合観てた?

 

 惜しかったよね、で敗因がさ。

 ブルーティアーズのアップデートが間に合って無いからなんだよ。

 

 そうそう。

 

 それでさ、サイレントゼフィルスから移植していい?

 

 誰がやるかって?

 空天宙って知ってる?

 

 そうそう、その空天宙。

 あの子なら無所属だし、腕も私が保証するよ。

 

 いい?

 

 わかった、頼んどくね。

 後で今回の稼働データも送るから。

 

 それじゃあね。」

 

電話を切ったかと思えばまたかける束。

 

「じゃあ、次はっと。

 

 もすもすひねもす、天災の束さんだよ。

 ああ、切らないでまーちゃん!

 大事な話だから!

 

 あのさ、宙ちゃんにブルーティアーズのアップデート頼んでくれない?

 そそ、サイレントゼフィルスから移植するの。

 

 許可取ったかって?

 

 女王陛下から取ったから無問題。

 という事で頼んだよ、じゃあね〜。」

 

こうしてブルーティアーズのアップデートが決まる。

主に束の気分で。

 

「さて、次はいっくんとシャルロットちゃんの出番だね。

 

 相手は強いよ、いっくん。

 束さんに成長を見せてね。」

 

そう言いながらモニターを見る束だった。

 

 

鈴は宙の手伝いもあって甲龍の修理が無事完了。

 

Bピットにラウラが来た時、宙と一緒に廊下へ出てから別行動していた。

 

「水分補給は大事よね。」

 

そう言いながら自動販売機でお馴染みのスポーツドリンクを買う。

 

「少し温度が下がってから飲まないと。

 確かこの辺にベンチがあったはず。」

 

そうして辿り着いた先によく見知った人物を見つけた。

 

「なに黄昏てんのよ、一夏。

 あんた、もう少しで試合でしょ?」

 

鈴はそう声をかけた。

 

 

一夏は悩んでいた。

ラウラの言った事を考えれば考えるほど心当たりが浮かんで来るからだ

 

お馴染みとして箒が上手く真意を伝えられない事はよく知っている。

最近は大分良くなって来たが、まだまだなのも。

 

だから、行動を思い出して見た。

クラス代表決定戦の時、初めから協力してくれた。

その後の訓練でも剣の相手を勤めてくれた。

いつも身体を気遣って、飲み物を差し入れしてくれた。

時には手作りの弁当を作って来てくれた。

気がつけばいつも箒が側にいた。

 

「今まで何を言ったかなんて思い出せないけど…。

 それが鈴と同じだった?

 もしそうなら俺は…。」

 

「なに黄昏てんのよ、一夏。

 あんた、もう少しで試合でしょ?」

 

顔を上げれば鈴がいた。

 

「ひっどい顔してるわね。

 悩んでますって書いてあるわよ。

 

 時間無いんだからさっさと話なさい。

 仕方ないから聞いてあげるわ。」

 

鈴の言葉にラウラとのやり取りを話す一夏。

それを聞いた鈴は溜息をついてこう言った。

 

「一夏。

 それ、事実かどうかは置いといて今更な話よね?

 だったら、今あんたがしなきゃなんないのはなに?

 

 今日は何の日で何のために皆があんたに協力して来たと思ってんのよ!

 しっかりしなさい、一夏!

 

 悩みたいなら悩めばいい。

 でも、それは今日の試合が終わってからにしなさい。

 

 今のあんたが悩みながらシャルルに勝てると思ってんの?

 余計な事は後にして、さっさと集中しなさい。

 

 わかったわね!」

 

鈴の言葉に一夏は大切な事を思い出した。

 

「俺は宙さんと約束したんだ。

 優先順位を間違っちゃダメだよな、鈴。」

 

「なに当たり前のこと言ってんのよ。」

 

「シャルルに勝ってくる!」

 

そう言った一夏から迷いは消えていた。

Aピットに戻る後ろ姿を見て鈴はもう一度溜息をつく。

 

「現金なもんよね、一夏のヤツ。

 

 “シャルルに勝ってくる!”なんて宣言いらないのよ。

 結果で示しなさい、結果で。

 

 世話の焼ける幼馴染を持つとお互い苦労するわね、箒。」

 

ベンチに腰掛けた鈴はそう呟くと喉を潤して身体を休めた…。

 

 

第4回戦はデビュー戦となるフランス国家代表候補生のシャルルと“ブリュンヒルデの弟”の一夏。

世界が注目する男性操縦者同士の戦いだ。

 

かつてブリュンヒルデの千冬が”暮桜“で振るったワンオフアビリティ”零落白夜“。

それをファーストシフトで得た第3世代IS“白式“。

各国はその性能と千冬の弟という事もあってを余計に注目を集めた。

 

そんな中、Bピットのシャルルことシャルロットは装備の確認を済ませ、無駄な体力を使わない様に。

そして、必要以上に気を張らないようリラックスしていた。

 

「デュノア君、状態は良さそうですね。」

 

「そうだね、見ている人は多いけど戦う相手は1人。

 無駄に気を張ってもいい事ないから、かえってリラックスしてる位だよ。

 準備はとっくに終わってるし、果報は寝て待てだっけ?今はそんな気分だよ。」

 

宙はそれを聞いて思う。

 

(なるほど、織斑君が勝つには相当頑張らないといけませんね。

元々の相性はシャルロットさんが圧倒的に有利。

それを覆す戦術と装備が無ければ一方的な展開になるでしょう。

鍵は零落白夜ですが、そこまで辿り着けるかが問題です。

個人別トーナメントですから、ありきたりなアドバイスしかできませんでしたし…。

今回は織斑君の自力にかかっていますよ。)

 

「宙さんはこの試合の次の次、準決勝からだよね。」

 

「ええ、鈴さんとマドカさんの試合の勝者とになりますね。」

 

(鈴さんには申し訳ありませんが…。

マドカさんが勝ち上がって来るのは、ほぼ確定です。

鈴さんの性格から言って降参はないでしょう、無理しないといいのですが…。)

 

宙はそう思いつつ、シャルロットと会話を続けていた…。

 

 

Aピット。

何も知らない箒とマドカは一夏を待っていた。

 

ちなみ箒は今回も千冬に許可を取っている。

マドカはラウラとかち合っても問題無いので次に向けて待機していた。

 

「一夏のやつ、どこをほっつき歩いているのだ?もうすぐ試合だと言うのに!」

 

「安心しろ箒、来た様だぞ。」

 

丁度ドアが空いて一夏が入って来た。

 

「心配したぞ一夏、せめてもう少し早くだな…。」

 

苦言を言いかけて箒は止まった。

思わず一夏に見惚れたからだ。

 

「心配かけてすまない、悪いが集中したいから後にしてくれ。」

 

「あ、ああ、わかった一夏。」

 

(あんなに真剣な表情は初めて見たかもしれん。

私の心配は杞憂だったか、良かった…。)

 

箒はそう思い、マドカと共に沈黙を貫いた。

集中力を高める一夏の邪魔をしないために…。

 

 

 

『御来場の皆様、次戦を紹介します。

 1年専用機部門個人別トーナメント予選、第4回戦。

 

 Aピットより織斑一夏選手。

 Bピットよりフランス国家代表候補生、シャルル・デュノア選手。

 

 アリーナへ入場して下さい。』

 

アナウンスを受けて入場した2人はアリーナ中央の地上で対峙した。

 

「シャルル、俺が不利なのはわかってる。

 けど、勝つのは俺だ。」

 

シャルロットは驚いた、一夏から勝利宣言が飛び出すなんて思いもしなかったからだ。

けれど、それはシャルロットのプライドに火をつけた。

 

「一夏、代表候補生を甘く見過ぎだね、結果で示すよ。」

 

そうシャルロットが返し…。

 

『それでは第4回戦、開始です。』

 

薫子の宣言に続いて試合開始のブザーが鳴った…。

 

 

シャルロットの戦い方は特殊である、そして特殊であるが故に技術を要する。

この技法自体は既に確立された物で、その使い手は揃って全距離対応であり実力者。

であれば多くの使い手が生まれる…という事にはならない、ある技能の習得が必須だからである。

 

その名をラピットスイッチ(高速切替)

シャルロットの得意とする技能であり、以前授業で実演したもの。

 

これの習得を前提にした戦術が砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)

曰く、求めるほどに遠く、諦めるには近く、その青色に呼ばれた足は疲労を忘れ、綾やかなる褐色の死へと進むと言われるもの。

 

簡単に言えば、押せば引き、引けば押す。

そして状況に合わせた武装をラピットスイッチで取り出し、常に優位な展開を一定のリズムで行う戦法。

シャルロットが専用機持ちの代表候補生となった最大の理由である。

 

一夏はこれを苦手としている、その一夏からの勝利宣言。

シャルロットに警戒を促すには十分だった。

 

(一朝一夕で克服できるとは思えないけど手堅く行こうかな。)

 

そう思ったシャルロットはこれまた一夏が苦手とする中距離射撃戦を初手に選ぶ。

 

そこでふと気付いた、“一夏が動いていない”事に…。

 

 

普通に戦えばまず勝てないことを一夏はよく理解していた。

それは訓練で何度も経験した事だ。

 

だが、一度も試したことの無い戦い方ならどうか。

その答えが押しも引きもしない、宙を真似た物。

 

中距離にスナイパーライフルの弾速と偏差射撃で対抗する。

出来る出来ないではなく、やるという強い意志でその場に立っていた。

 

(同時に撃てば速度差で当てて回避することができる、当たるならどこでもいい。

とにかく当てることと交わすことでシャルルのリズムを崩す。

 

それに長期戦は駄目だ、俺の手札が少なすぎる。

シャルルを俺のペースに引き込んで短期決戦、これしか無い!)

 

ラファール・リヴァイヴ・カスタムllはどんなに頑張っても第2世代機。

しかも白式と違って高機動ではない、それが一夏にこの戦い方を選ばせた。

 

シャルルの正確な射撃とリズムは身体が覚えている、交わす方向の傾向は訓練で観察した。

苦手な射撃はシャルル自身が鍛え、密かに射撃場にも通った。

なら、当たらないはずがない。

 

この無理やりな根拠で一夏はシャルルに当てて見せた。

多少の被弾はあるものの、その殆どを交わして。

 

(当ててきた!スナイパーライフルの威力はアサルトカノン“ガルム”とは段違い。

しかも殆ど交わされてる!)

 

もう一度繰り返すも結果は同じ。

 

“一夏は確実に実力をつけている。”

 

シャルロットにそう判断させるには十分な実績だった。

 

 

当の一夏は2連続で上手くいった事に安堵していた。

 

幾ら意志を強く持ったからと言って必中する訳が無い、たまたま読みが当たっただけだったのだ。

 

(けど、これでいい。

シャルルがいつも通りに動き辛くさえ出来れば勝機はある。)

 

案の定、シャルルは距離を詰めてスナイパーライフルを殺しにかかる。

目の前で連装ショットガン“レイン・オブ・サタデイ“にラピットスイッチすると発射しようとした。

 

(それを待っていた。)

 

一夏は準備済の瞬時加速発動と同時に抜刀。

目の前に”二枚の盾“が現れ、ショットガンを盾で受けつつ”零落白夜と葵“で銃ごと本体を切り裂く。

そして離脱される前の切り返しでさらに追撃、シャルルのシールドエネルギーをゴッソリと奪った。

 

一連の動作を一夏版ラピットスイッチとでも呼ぼうか。

スナイパーライフルを量子変換して収納するのは難しくない、そして二刀を抜き打ち。

鞘から抜いた瞬間、肩の位置から丁度シールド2枚は前方に展開される。

そのまま切り裂いたという訳だ。

 

この攻防一夏の無意識がそうさせたのか零落白夜の刀身が延びてブースターにまで被害が及んでいた。

 

 

シャルロットはダメージによって出力の出ないブースターでなんとか離脱。

一夏がスナイパーライフルに持ち替えるのが見えた。

 

(僕らしくなかったな、観察を怠ったから“鞘が2本”になってるのに気づかなかった。

 

上手いこと乗せられちゃったね、僕が熱くなってた証拠だ。

 

それにしても零落白夜は強力すぎるよ。)

 

シャルロットはシールドエネルギーの残量を見て溜息を吐く。

 

(でも、まだ手はある。

なんとか同じ状況を作り出せば今度は僕の番だ、勝負の行方は次の一撃で決まる。)

 

シャルロットは勝負をまだ諦めてはいなかった…。

 

 

一夏は一度上手くいったからと言って油断してはいなかった、そう自分を戒めたとも言う。

 

(シャルルは諦めていない、この差をひっくり返す武器を持っているんだ。

 

前に宙さんとシャルルが話してるのがたまたま聴こえて気になったから調べた灰色の鱗殻。

あんな物を真面に喰らえば…、けど怖がっちゃ駄目だ。

狙いがわかれば対抗、いやカウンターを狙える。

乗ってやるよシャルル、男と男の勝負だ!)

 

シャルルはアサルトカノンを撃ちながら騙し騙し距離を詰める。

一夏は遅くなった事で狙い易くなったシャルルをスナイパーライフルで狙う。

 

お互いダメージを受けながら再び同じ状況が生まれた。

いや、お互いに作り出した。

 

(この速度じゃ瞬時加速はしない…か、良い判断だね一夏。

でも、さっきの攻防で太刀筋は見えた。)

 

肉薄する両者、一夏が抜刀してシールドが現れた。

 

(盾と剣の下を潜り抜けて灰色の鱗殻を撃ち込む!一度だけ持って!)

 

瞬時加速で潜り抜けた瞬間、シャルロットはトリガーを引いた…が。

 

(手応えが無い!交わされた?どうやって!)

 

その瞬間青白い輝き、零落白夜がシャルロットを襲った。

 

『ラファール・リヴァイヴ・カスタムll、シールドエネルギーエンプティ。

 1年専用機部門個人別トーナメント、第4回戦の勝者は織斑一夏選手。

 皆様、両者の健闘に盛大な拍手を。』

 

アリーナに勝者の名と拍手が響いた、今日1番の。

 

「シャルル。」

 

一夏はそう呼びかけると手を差し出す。

 

「一夏。」

 

シャルロットはその手を握りこう言った。

 

「準決勝進出おめでとう、今日は見事に負けたけど次は僕が勝つよ。」

 

「ありがとう、シャルル。

 けど、それはお互いのこれから次第さ。

 俺はもっと強くなる、“自分の力”を手に入れるまでな。

 お互いBピットだ、戻ろうぜ。」

 

そう言ってシャルロットに肩を貸す様にして2人が戻って行く。

その姿に再び大きな拍手が巻き起こった。

 

 

Bピットには既に移動して来た箒と宙、次戦に備える鈴がいた。

 

「やれば出来るじゃない、一夏。」

 

「鈴の喝が効いたんだろ、今度は鈴の番だ。」

 

「誰に言ってんのよ、言われなくても勝って来るわ。」

 

「ああ、応援してる。」

 

「ん、ありがと、それじゃあ悪いけど1人にしてくれない?」

 

その場にいた面々は頷いてBピットを出る、次戦に向けて集中力を高める鈴を残して。

 

 

廊下に出た面々は自動販売機側のベンチに座っていた。

 

「一夏、ほら。」

 

「ありがとう、箒。」

 

手渡されたスポーツドリンクを飲むとベンチに一夏はもたれ掛かった。

 

「ねえ一夏、最後何したの?」

 

ずっと疑問に思っていたシャルルが問いかけると宙が席を立って手招きする。

よく見れば一夏が眠っていたからだ、箒は眠る一夏の側を離れない。

 

「最後の攻防、織斑君はデュノア君が何を狙っているのか気付いていました。」

 

それを聞いて驚くシャルロット。

 

「一度も見せて無いのに?」

 

「恐らくですが…。

 私との会話が聞こえていたのでしょう、それを調べたと言うのが私の推測です。」

 

シャルロットは片手で顔を覆った。

 

「なら、大体想像がついたよ。

 僕が使うなら利き手、一夏は外側に身体を捻りながら機体を滑らせて…。」

 

「はい、零落白夜でトドメの一撃を。」

 

「迂闊だったなあ、普段の僕なら可能性も考慮したんだろうけど余裕が無かった。

 2度目は僕が誘ったつもりだったからね、でもそうじゃなかった。」

 

そう言うシャルロットに宙は頷く。

 

「加えて言うなら、新たに盾を準備した事でしょう。

 ラピットスイッチと近距離からのショットガン対策。

 今回は織斑君の準備と戦術、そして読み勝ちですね。」

 

「完敗だね、まだまだ僕も甘いってよくわかったよ。」

 

そう言うとシャルロットは苦笑いを浮かべた…。




一夏、自分で考える(色々な意味で)の巻でした。

やー、どうもですね。
書いてると鈴が勝手に動くんですよ、カッコ良く。(筆者にはそう見えるという事ですね、はい。)
なんででしょうね?

私、セカン党って訳じゃないんですけどね。
皆、魅力的なキャラクターなので。

ともかく一夏も成長してると言う事でシャルロットになんとか勝ちました。
原作主人公の面目躍如ですが、準決勝の相手はラウラです。
これほど相性の悪い相手もいないって位に厳しいですね。

次の対戦は鈴対マドカ。
これまた厳しい戦いになるでしょう。
鈴にとっては特に。

では、次回をお楽しみに!


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ep48:トーナメント予 選5 マドカ vs 鈴

さあ、予選も最終戦。
この試合の結果で準決勝進出者が出揃います。

鈴、頑張れ!

追伸
いつの間にかお気に入りが300を突破していました。
ありがとうございます!

今後ともご愛読いただける様に努める所存です。
お楽しみいただけた方は是非高評価で応援お願いします。



「ほほう。

 考えたね、いっくん。

 

 逃げ水なら追わないで待つとか、前までのいっくんだったら絶対やらない。

 だって、ちーちゃんと一緒で先手必勝・一撃必殺な零落白夜があるからね。

 

 無謀にも考え無しで突っ込むのがいっくんだった。

 

 で、それを矯正したのがゆーくん。

 色々見せて来たからね。

 

 拡張領域の一部開放から始まって、鞘型の盾で弱点を補う。

 射撃武器なんかを装備可能にして戦術の幅を広げた。

 

 デモンストレーションでゆーくんなりの高機動型理想的スタイルを見せてるし。

 クラス代表決定戦までで情報と対策の大切さを教えた。

 

 実際の対戦で無理無茶無謀をすると手痛いしっぺ返しが来るって体験させてるしさ。

 

 まあ、挙げればキリが無いからこの辺でやめとくけどね?

 

 その結果、自主的に色々考えたり行動する様になったと。

 

 今回の試合、束さんの見立てでは…。

 たまたま上手くハマったから勝てたけど、実力的にはまだまだ。

 射撃にしても剣術にしても要精進ってところだね。

 機動なんか白式のスペックからいけば、もっと動けなきゃいけない。

 

 辛口かも知れないけど事実なんだよね、これが。

 でも、まあ短期間での成長としては破格かな。

 

 代表候補生だって瞬時加速使える方が少ないし。

 とにかく箒ちゃんを安心して任せられる位には頑張って貰わないとね、束さん的には。

 

 その分、ゆーくんに苦労かけるのが心苦しいけど。」

 

一夏が聞いていたら卒倒しそうなコメントを垂れ流す束。

 

「で、次がまーちゃんの試合。

 

 これさ、勝負以前の問題で相性が最悪。

 鈴ちゃんはどうやって戦うつもりなのか、逆に興味があるよ。

 

 セシリアちゃんとくーちゃんの妹の時みたいに立ち回るだけで十分勝てるんだよね。

 まーちゃんのサイレントゼフィルスは防御も優秀だし、並列思考の負担も下がってる。

 

 そのうえ自力に差があるから、よっぽどの奇策でもないと戦いにならないんだよ。

 

 とはいえ、勝負は時の運とも言うし絶対は無いから頑張ってね、鈴ちゃん。」

 

同じく鈴が聞いていたら暴れ出しそうなコメントを呟く束だった。

 

 

準決勝進出者を決める最終戦。

第5回戦は鮮烈なデビューを果たしたマドカと中国国家代表候補生の鈴。

お互い今日2戦目となる。

 

初戦で圧倒的な強さを見せたBT兵器搭載のイギリス第3世代IS“サイレントゼフィルス”。

ラウラとの戦いで1号機であるブルーティアーズも終盤まで優勢だった事を含め各国はBT兵器の有用性に疑いは無く脅威と認識。

少しでもデータを取ろうと躍起になっている。

 

ついでIS最大のネックである燃費を向上し衝撃砲を擁する中国第3世代IS“甲龍”。

箒との戦いで多様な運用方法があることに気付いた目敏い国家はこちらもデータ取りに余念がない。

 

そして、この戦いで最後の準決勝進出者が決まることもあり注目度は高かった。

 

そんな中、Bピットにいる鈴は今日までのことを思い出していた。

小学5年生の時、家族揃って日本に移住。

学校でイジメに遭っていたところを一夏に救われ、好きになった。

その後色々あって楽しく過ごしていた中学2年生の時、両親が離婚して中国に帰国。

帰国後の適正検査でAを叩き出し、一夏と再会する事を願って我武者羅に訓練した日々。

代表候補生となり、専用機も与えられ、一夏と再会したIS学園転入。

クラス代表対抗戦での苦い敗北と変わった一夏との関係。

そして多くの友人、仲間と切磋琢磨した訓練の日々。

 

「言われなくたってわかってんのよ、宙。

 自分のことを把握するのは基本でしょ。」

 

宙とマドカから語られた今回の一件。

千冬は苦手だが、鈴自身が家族離れ離れになった経験から助けたいと思った。

ラウラに関しては正直言ってよくわからないが何かが欠けている印象。

その時、聞いたラウラとの力の差は鈴にもわかっていた。

 

そして、マドカが。

宙がそれを上回ることも。

 

「だからって、はいどうぞって訳には行かないのよ、宙。

 私は不純な動機で代表候補生になったけど、だからこそ無様な戦いは出来ない。

 蹴落としたからには納得させるだけの実績がいるのよ。」

 

そう言うと鈴は目を閉じて再度戦力分析、対抗戦術を練る。

 

「こっちが有利なのは燃費とパワー。

 戦力は双天牙月と龍砲。

 勝機は実質近接戦闘しか無い。

 

 で、あっちはと言えば攻防一体のビットが4機。

 セシリアのブルーティアーズからいけば、あと2機はある。

 しかもビームマシンガン…。

 スターライトmk.IIIの改良版、スターブレイカーも何か隠してる気がするのよね。

 近接武器ショートレーザーブレードの扱いも上手い。

 

 離れれば一方的に狩られる。

 近づくまでも大変なのに接近戦でも断然有利って訳じゃ無い。

 

 なら有利な状況にするしかない。

 何度考えても、この手しか無さそうね。

 

 一夏じゃないけどやれるやれないじゃなくてやる。

 そこにしか勝機は無いわ。」

 

そう呟くと身体を休めながら集中力を高めて行く鈴に迷いは無かった。

 

 

「ドイツから私に客だと?」

 

ラウラが話しているのは黒うさぎ隊(シュヴァルツェハーゼ)副隊長のクラリッサ・ハルフォーフ大尉。

 

『はっ。

 シュヴァルツェア・レーゲンのアップデートと聞いております。』

 

「レーゲンの…。

 出立前に出来んかったのか?

 やむを得んな。」

 

『はっ。

 合わせて予備パーツの納入・取り付けを行うとの事。

 次戦は万全な状態で臨めるかと愚行します。』

 

「わかった。

 では指定の整備室へ向かう、以上だ。」

 

そう言ってラウラは電話を切った。

 

 

「馬鹿な子。

 そんなタイミングよく予備パーツを届けるなんてあり得る訳ないじゃない。」

 

電話を切って、ボイスチェンジャーを外す女。

 

その名はスコール・ミューゼル。

マドカが警戒を即していた危険人物だった。

 

スコールは再度、電話をかける。

 

「ああ、私よ。

 

 準備は整った。

 成功報酬は話した通り準備できてるわ。

 

 さっさと済ませて観覧席で待機。

 いよいよとなったら貴方が対処しなさい。

 

 後は混乱に乗じて退散すればいいわ。

 

 じゃあ、後は上手くやりなさい。」

 

電話を切ったスコールは愉しげに笑う。

 

「さあ、貴女の力を見せて頂戴。

 楽しみね、空天宙。」

 

そう言うと一気にワインを煽った…。

 

 

今日突然学園の整備室使用許可を取りに来たドイツ軍人にして技師でもある女。

楯無は不信感を通り越したある種の確信を抱いていた。

 

『初めて見る顔だな。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だ。』

 

『お初にお目にかかります。

 新たにシュヴァルツェハーゼ隊の専属技師となったエマ・メイヤー大尉相当官であります。

 シュヴァルツェア・レーゲン開発部門との二足の草鞋ではありますが。』

 

『ほう、レーゲンの開発者の一人か。

 

 それにしても急な話だな。

 クラリッサから連絡を受けたが事前に済ませられなかったのか?』

 

(クラリッサ…。

クラリッサ・ハルフォーフ大尉からの事前連絡はあったのね。)

 

盗撮・盗聴している楯無。

 

『ボーデヴィッヒ少佐。

 失礼ですがそれは貴女の所為だと言わせて頂きます。』

 

『なんだと!』

 

『いいですか、少佐。

 ドイツの誇る最新ISをここまで手痛く傷付けられる。

 それで上が黙っていられるとお思いですか?』

 

『…。』

 

(あ〜。

ドイツなら言いそうな事ね。

流石に反論出来ないわ、私でも。)

 

『念には念をと予備パーツも含め事前準備を申し付けられていた私。

 観覧席でシュヴァルツェア・レーゲンの勇姿を期待していたのですが…。 

 

 本来なら大会終了後に行う予定を急遽繰上げる命令を受領。

 整備に駆り出されて此処にいます。』

 

『…事情は十分理解した。

 余計な問答で時間を浪費したな。

 

 早速作業に入ってくれ。』

 

『では作業に入ります、少佐。』

 

『ああ、頼む。』

 

(まあ、そうなるわよね。

でもねぇ、やっぱり胡散臭いのよ。

 

一応筋は通ってる。

通ってるからこそ、疑ってかかるのが暗部の仕事。

 

エマ・メイヤー、今この瞬間から貴女は監視対象。

妙な動きを少しでも見せれば即座に拘束するわ。

自殺すらさせずにね。)

 

そう楯無は判断した。

 

 

Bピット。

マドカはそこで待機していた。

 

「マドカさん。」

 

「宙か。

 なんとなくだが言いたいことはわかる。

 わかるが鈴は絶対に引かないだろう。」

 

「…そうですね。

 お手柔らかに。」

 

「ああ。

 可能な限り…としか言えんがな。」

 

丁度、アナウンスが始まる。

 

マドカはサイレントゼフィルスを身に纏うといつでも出れる様に待機した。

 

 

『御来場の皆様、次戦を紹介します。

 1年専用機部門個人別トーナメント予選、最終戦。

 

 Aピットよりマドカ・クロニクル選手。

 Bピットより中国国家代表候補生、凰鈴音選手。

 

 アリーナへ入場して下さい。』

 

アナウンスを受けて入場した2人はアリーナ中央の空中で対峙した。

 

沈黙。

2人は一切会話をしなかった。

 

それを察して薫子は試合開始のアナウンスを始める。

 

『それでは予選最終戦、開始です。』

 

その宣言に続いて試合開始のブザーが鳴った…。

 

 

(さて、どう来るか。

まずはビットとシードビットの4機を展開。

 

スターブレイカーで様子見とするか。)

 

マドカは素早く決めるとビットを周囲に。

鈴に向けてスターブレイカーを撃った。

 

それを鈴はランダムな動きで回避しつつマドカに迫った瞬間、ビットが1機爆発。

 

「なんだと!」

 

その隙にさらに間合いを詰めた鈴が青龍刀で斬りつけると衝撃。

そしてほぼ同時にもう1機のビットが爆発した。

 

青龍刀は避けたが本体に衝撃砲を受け、2機のビットを失ったマドカ。

ビットを破壊したのも衝撃砲だと理解しているが距離と威力の違いを感じて後退しつつさらに考えを巡らせようとした。

 

「そんな時間、与える訳無いじゃない。」

 

鈴の再接近に思考の中断を余儀無くされたマドカはスターブレイカーで狙い撃つ。

同時に追加で2機のビットを展開して攻撃。

 

それに対して鈴は青龍刀で防御を固めつつ特攻。

 

「この程度は覚悟のうえよ。」

 

再び繰り返される接近戦。

 

しかし、マドカに二度同じ手は通用しなかった。

2機のシールドビットを前方にすべりこませるとエネルギーアンブレラを展開。

青龍刀の攻撃と衝撃砲を無力化。

同時に残る2機のビットをランダムに移動させて破壊を免れる。

 

(流石に二度目は無いか。

拙いわね、回避に専念しつつ隙を見るしかない…か。)

 

鈴は想定した展開になってしまった事に歯噛みした。

 

「片方の衝撃砲は拡散型だった。

 なら、もう片方は貫通型と言った所か。

 

 まさかノールックで撃てる様になっているとはな。」

 

「いつまでも弱点を残しておく代表候補生が何処にいるのよ。」

 

鈴は明言を避けた。

 

「まあ、そうだな。

 だが、ここまでだ。」

 

そうマドカが言った瞬間、猛攻が始まった。

 

 

マドカは確信していた。

拡散型は射程を短くした代わりに範囲を広げた。

であれば貫通型は射程を伸ばして範囲を狭めた物だと。

 

(鈴は明言を避けたがそれが答えだ。

なら、その射程に入らなければいい。

 

悪いがそこはサイレントゼフィルスのエリア。

勝ち筋は消えたぞ。)

 

回避と防御に専念。

ダメージの軽減を図る鈴を見てマドカはそう思う。

だが、攻撃の手を緩めはしなかった。

 

それは鈴のプライドに傷をつけないため。

手加減されたと知ればどうなる事か…。

考えるだけで身震いがした。

 

(それにしてもよく防ぐ。

思ったよりダメージが出ていないな。

 

それにあの目。

まだ、諦めは見えない。

 

油断は禁物だな。)

 

マドカは知っている。

手負いの獣ほど恐ろしいものはいないと。

 

それが今の鈴に重なって見えた。

 

 

鈴は待っていた。

ビットのエネルギー切れによる回収を。

 

(これだけ撃てばそろそろ切れる筈。

 

ブースターだけは確実に守って来た。

…タイミング勝負よ。)

 

そして待ち望んだ機会はやって来る。

 

(ここで決める!)

 

鈴は2本の青龍刀を連結。

双天牙月片手に瞬時加速。

一気に間合いを詰めると拡張領域からハンドグレネードを取り出して投擲。

貫通型衝撃砲で狙い撃ちにすると爆煙で視界が塞がる。

 

それに乗じてマドカの後方に双天牙月を投擲。

そのまま突貫した。

 

 

(そう来ると思っていた、鈴。)

 

マドカは鈴がエネルギー切れを狙っていると気付いて、まだ残っている内に態と戻した。

 

(まさかハンドグレネードとは思っていなかったがな。)

 

後退しつつ戻ったシールドビットからエネルギーアンブレラを展開。

そこに爆煙を切り裂いて“青龍刀を2本”携えた鈴が飛び込んで来た。

 

一瞬驚き、そして獰猛な笑みを浮かべる鈴。

 

猛烈な悪寒を感じたマドカはシールドビット1機をエネルギーアンブレラ展開のまま背後へ。

同時にショートレーザーブレードで鈴の青龍刀を防ぎ、残す2機のビットを鈴の後方へ飛ばすとランダムに移動させながらも狙い撃った。

 

瞬間、双方を襲う衝撃。

 

マドカの背後。

エネルギーアンブレラが投擲された双天牙月を防いだが、直後エネルギー切れにより突き刺さったためシールドビットが爆発。

 

鈴は両肩にあるアンロックユニットとブースターがマドカの狙い撃ちによって破壊される。

 

結果、ダメージは圧倒的に鈴が多かった。

 

ここで思い出して欲しい。

ISには常に予備の武器などが用意されていると以前説明した。

 

そこで鈴は予備の青龍刀を手に突貫したのだ。

だからこそ連結した双天牙月をマドカの背後に投擲した。

だが、それは防がれてしまった。

 

そこからは言うまでも無いだろう。

機動力を失い、近接武装しか残っていない鈴がマドカに勝てる道理が無い。

 

『甲龍、シールドエネルギーエンプティ。

 

 1年専用機部門個人別トーナメント、最終戦の勝者はマドカ・クロニクル選手。

 

 皆様、両者の健闘に盛大な拍手を。』

 

アリーナには勝者の名と拍手が大きく響き渡った。

 

 

鈴が地上でシールドエネルギー切れになる様にマドカは調整していた。

今は鈴の側へ来ている。

 

「結構いい所まで行ったと思ったけど結果は負けね。

 よく気付いたわね、マドカ。」

 

「あれは勘だ、鈴。

 あそこで防げなかったら、まだ勝負は続いていた。」

 

「勘ね。

 まあ、私もそう言う所あるからわかる気がするわ。」

 

この時、マドカはどうしても伝えたかった。

 

「鈴、撤回させて欲しい。

 鈴は十分強かった。

 

 私が甲龍に乗っていたなら確実に負けていた。」

 

「それはたらればの話よ。

 でも、賞賛は素直に受け取るわ。

 

 それに甲龍が必要な物も色々とわかったからね。

 本国になんとでも言えるでしょ、今回の結果を見れば。

 

 コンセプトはともかくモンドグロッソを目指すなら今の甲龍じゃ対処しきれない。

 それがわかっただけでも儲けもんよ。」

 

鈴が笑顔でそう言うとマドカも笑顔を返す。

 

「Bピットまで送ろう。」

 

「頼んだわ、流石に疲労困憊よ。」

 

そう言って2人は笑いながら戻って行った。

 

 

『只今より、準決勝の準備のため20分のお時間をいただきます。

 御観覧の皆様は御休憩下さい。』

 

アナウンスが流れる中、マドカはAピットで予備のビットを装備。

後ろから受けた衝撃による被害はほぼ無く、刻一刻と自動修復されていく。

それを確認すると入念な点検を済ませて休憩に入る。

 

すると、そこへラウラがやって来てこう切り出した。

 

「マドカ、随分手こずっていたがそれ程か?」

 

「ああ、鈴は十分強かった。

 ISの相性を考えれば私の負けだな。」

 

「そこまでか。

 どうも私の目は曇っているらしいな。

 

 先程のセシリア・オルコットも十分な強者だった。」

 

その発言にマドカは驚いたが表情には出さず…。

 

「ラウラ。

 人それぞれ違った強さを持っている物だ。

 

 “力が全て”では無いとは思わないか?」

 

「…。」

 

その言葉にラウラは沈黙を持って答えた。

何かを考える様に…。




鈴は甲龍の性能と自身をよく理解して最大限有効に活用・戦いました。
その結果はマドカの予想を覆す大健闘。

これだとマドカが弱く感じるかも知れませんがそう言う訳ではありません。
マドカはある程度、鈴の土俵で戦いました。
それでも十分に勝てる強さを持っています。
束の言い分ではありませんが本気ならアウトレンジからの攻撃を繰り返すだけで圧勝したでしょう。

そして、動き出すスコール。
警戒する楯無。
徐々にきな臭くなって来た個人別トーナメント。

今後の展開をお楽しみに。


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ep49:トーナメント準決勝1 ラウラ vs 一夏

準決勝第1試合は原作因縁の対決(箒・シャルロット抜き)、お楽しみ下さい!
(改行が多いとの指摘を受けて今回調整してみました、これでいいんでしょうか?)

追伸
いつも感想、誤字報告、お気に入り登録ありがとうございます。
楽しんでいただけましたら高評価での応援を是非お願いします!


「ん〜、向こうが休憩なら束さんも…。」

 

「束様、今日はお飲み物の他にケーキを用意しました。

 如何ですか?」

 

「ナイスタイミングだよ、くーちゃん。

 勿論、食べるよ!」

 

色々と残念な母親に似ないしっかりした娘。

これはこれで良い組合せと言える…のか?

 

「それでまーちゃん様の試合は如何でしたか?」

 

「ん、まーちゃんも優しい子だってよくわかった試合だったよ。

 態々鈴ちゃんのフィールド寄りでバレない様に戦ってたからね。

 

 それでもやっぱり相性と実力差は如何ともし難いから当然勝ったよ。

 手札もエネルギーアンブレラ以外晒してない。

 流石は元亡国機業の実働部隊にいただけはあるね

 経験値が違いすぎて、危険を察知する能力も高いって感じかな。

 

 それよりも驚いたのが鈴ちゃんだよ。

 鈴ちゃんのフィールド寄りにしたからって、あそこまで善戦するとは思わなかった。

 初撃でビットを2機落としてダメージを与えたのは見事と言うしかないね。

 甲龍を使いこなす技量と持ってる物で不利を覆そうとする戦術。

 そして次の戦術を実行するために回避と防御でブースターを守り切って見せた。

 

 その狙いは、まーちゃんに読まれたんだけど…。

 読み以上の手を打って、まーちゃんが危機感を覚えたんだよ。

 あれ、まーちゃんじゃなかったら防げなくて飛べなくなってた。

 

 そうなれば今度こそ鈴ちゃんのフィールド。

 肩の衝撃砲は使えなくても腕の衝撃砲は使える。

 消耗戦になるけど結果は見えなくなった。

 ここまで来ればどっちが勝ってもおかしくないからね。

 

 ともかく鈴ちゃんもセシリアちゃんも強くなったって事かな。

 勿論、箒ちゃんといっくん、簪ちゃんもね。

 シャルロットちゃんは今回要反省ってところだけど第2世代機であれだからね。

 相性のいい第3世代機でもあれば1人飛び抜ける実力がある。

 

 特訓の成果とそれぞれ背負う物。

 みんな徐々に開花して来てる。

 先が楽しみだよ。」

 

そう言うと束は喉を潤す。

 

「さて、いっくん。

 次はくーちゃんの妹でアドバンスドの現役軍人、しかもA.I.Cはいっくんの天敵。

 いっくんに鈴ちゃんみたいな事が出来るかが勝負の鍵だよ?

 この最悪の相性、覆せるか見せて貰うね。」

 

そう言った束の目は笑っていなかった。

見極める。

そういう意思が込められた視線でモニターに映る一夏を束は見ていた…。

 

 

「凰はよくやったとしか言えんな。」

 

管制室に詰める千冬が呟く。

 

「どうぞ、先輩。」

 

そう言ってコーヒーを差し出したのは真耶。

 

「ああ、頂こう。」

 

千冬が喉を潤し、コーヒーを置いたのを見計らって真耶が問いかける。

 

「準決勝第1試合。

 大丈夫でしょうか…。」

 

「ああ、正直に言えば心配している。

 だが、それ以上に期待してもいるんだ、私は。」

 

「期待、ですか?」

 

問い返す真耶に千冬はこう言った。

 

「一つ壁を乗り越える度にアイツは成長して来た。

 今回も勝ち負けに関わらず、きっと成長するだろう。

 そして、それが実を結ぶ日が来ると私は思っている。」

 

そう言った千冬は教師ではなく。

そこにいたのは弟を気にかけるただの姉だったと後に真耶は語った。

 

 

一夏は奔走していた。

現状の白式では対抗出来ないと結論付け、心当たりに頼み込み準備を整えていく。

今はそのレクチャーを受け、1秒も惜しいと貪欲に吸収していた。

 

「で、これで対抗出来そうなの?」

 

鈴が問いかける。

 

「ああ、出来る。

 いや、やってみせる。」

 

「いい気合いだね、一夏。」

 

そう言ったのはシャルロット、それにセシリアが続く。

 

「当日の今しか出来ない案をよく思い付いたと感心しましたわ。

 それでもよくて五分五分、厳しい戦いになりますわよ。」

 

「けど何もしなかったら零だ、なら五分もあれば十分さ。」

 

「確かに織斑君の言う通りですね。

 それにしても無いならある所から持って来ればいい…ですか。

 随分と柔軟になりましたね。」

 

そう言ったのは宙。

 

「皆の戦いが教えてくれたんだ、どんな状況でも覆す方法は必ずあるってさ。

 なら、それに必要な物を揃えて俺も覆して見せる。

 だから、俺1人で辿り着いた訳じゃない。」

 

(柔軟な思考を持つ様に指導して来ましたが予想より早く成長したようですね。

今回の案は専用機組み全員で訓練して来た一つの成果でもあります。

拡張領域の開放はやはり最善でしたね、後は織斑君次第ですよ。)

 

一夏の言葉を聞きながら宙はそう思っていた。

 

 

楯無はIS学園生徒会長である。

それは生徒を守る義務を意味する。

 

楯無は更識家第17代目当主である。

それは策謀を阻止する事を意味する。

 

楯無はロシア国家代表である。

それは国家代表に相応しい働きが必要な事を意味する。

 

(既に彼女、エマ・メイヤーとの接触に成功。

画像・音声も全て収録中。

貴賓席に入れるのは流石に私位のものだからこうなるのも当然ね。

代行は簪ちゃんと虚ちゃんが勤めてくれてる。

 

さて、貴女が何者で何をしようとも確実に捕らえて見せるわ。

仮に逃走しても経路には更識の人間を配置済、完全に袋の鼠よ。

 

それにしても宙さんが用意してくれた物を早速使うかも知れないわね。

宙さんからは無駄になってもいいから必ず使う様にって言われてるし。

 

と・に・か・く。

更識家第17代目当主、更識楯無押して参る!なあんてね♪)

 

如何なる時もユーモアを忘れないのは良いことなのか。

楯無は不測の事態に備えて時が来るのを待った。

 

 

ラウラは空いているアリーナにいた。

教員に話を通して許可を取り付けたのだ。

 

「ほう?流石はレーゲン開発者の1人、調整もお手の物か。」

 

そう言いながらテストを行うラウラ。

 

「アップデートの効果は反応速度の上昇。

 少々時間がかかったが既に慣れた、これは使えるな。

 

 では、ワイヤーブレードのチェックと行こうか。」

 

6本全てを射出。

ターゲットを次々と破壊して行く。

 

「反応速度の上昇で射出のタイムラグが減ってるな。

 コントロールは気持ち早い程度だが、こちらも問題無い。

 

 次はレールカノンだ。」

 

新たなターゲットを出して速やかに狙い撃つ。

 

「こちらも確実に早くなっているな、これならば遅れを取ることもあるまい。

 癪な話だが良いアップデートだ。

 

 さて時間が迫っているな、会場のアリーナに戻るとしよう。

 そして、口先だけの織斑一夏を…。

 

 ふふっ、ははははははっ!」

 

無人のアリーナにラウラの笑い声が響く。

そして、ラウラはアリーナを後にした…。

 

 

Bピットの一夏はベンチに座って再度皆のアドバイスを思い出していた。

そして、それらを踏まえた戦術の確認を脳内で繰り返しシミュレートして焼き付きて行く。

 

そんな一夏を箒は黙って見ていた。

 

(頑張れ、一夏。

今の一夏ならきっと勝てると私は信じているぞ。)

 

側から見れば健気なもの。

Bピットにいるセシリア、鈴、シャルロット、本音はこれで気付かない一夏の朴念仁ぶりに呆れている。

こればかりは宙も皆に同意せざるを得なく、正直なところ箒が不憫だと思っていた。

 

アナウンスが流れると一夏は落ち着いて白式を纏い一言。

 

「やるべき事をやってくる。」

 

そう言った。

 

 

準決勝第1試合は男性操縦者にして“ブリュンヒルデの弟”一夏と知るものぞ知る“ブリュンヒルデの弟子”ラウラ。

見事代表候補生を白式の零落白夜で破った一夏。

レーザーへの弱さはともかく一度捕まえたなら抜け出す間も無く一方的な攻撃で撃破したシュヴァルツェア・レーゲンのラウラ。

特に一夏はISに触れて日が浅い事もあり、男性からの期待は大きかった。

 

『御来場の皆様、大変お待たせ致しました。

 只今より準決勝を開始します。

 1年専用機部門個人別トーナメント準決勝、第1回戦。

 

 Aピットよりドイツ国家代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ選手。

 Bピットより織斑一夏選手。

 

 アリーナへ入場して下さい。』

 

アナウンスを受けて入場した2人はアリーナ中央の地上で対峙すると一夏が問いかけた。

 

「ボーデヴィッヒさん、少し聞きたいことがある。」

 

「冥土の土産に答えてやろう、何が聞きたい?」

 

ラウラは気まぐれに答えてやる事にした。

 

「ボーデヴィッヒさんは黒うさぎ隊の隊長なんだろ。

 だから俺は黒うさぎ隊の活動について調べた。

 ISによる災害救助を目的とした部隊、今までどれだけの数かはわからないが救って来た。

 そうなんだろ?」

 

「私は軍人だ、軍の命令に従ったに過ぎん。

 だがお前の言う通り確かに救助活動はしたからな、助かった者がいる事も事実だ。」

 

「ああ、そうだ。

 ボーデヴィッヒさんがどう思おうと助けられた人は皆感謝している筈だ。

 それが軍の命令とか関係無しにな。

 そして、レーゲンのA.I.Cはこれからもっと多くの人を救うだろう。」

 

「で、それがどうしたと言うのだ。」

 

「A.I.Cは人の命を救う事が出来る素晴らしい能力だと俺は思う。

 ボーデヴィッヒさんは、それを暴力に使うのか?

 

 ISは確かに兵器としての側面を持つけど、スポーツの筈なんだ。

 それこそボクシングに例えれば動けない様に縛って殴るのがボクシングか?違うだろ?

 

 織斑先生がボーデヴィッヒさんを鍛えたのだって幸せになって欲しかったからだ。

 少なくとも俺の知る織斑先生は暴力を振うために自分を鍛えたりしない。

 なら、ボーデヴィッヒさんにもそう望んでいると俺は思うんだ。」

 

「何を言い出すかと思えばくだらない。

 ISは兵器で力だ、それ以上でもそれ以下でも無い。

 ならばA.I.Cも力だ、私は躊躇う事無くお前の言う暴力のために使おう。

 私は織斑先生では無いのだからな。」

 

「言ってる事が矛盾してるぞ。

 ボーデヴィッヒさんが織斑先生と違う思想なら、なんで織斑先生を求めるんだ?

 放っておけばいいじゃないか。」

 

「それは…。」

 

ラウラは言葉に詰まった。

 

(私は何故教官を求める?

そうだ決まっている教官を救うためだ。

 

だが教官は力を振るう事を望まないと言った、私が間違っているのか?

いや、あれは空天宙の所為だ。

教官は惑わされているだけで私は間違っていない!)

 

「待たせたな。

 何を言われようと私の意思は変わらない、これで満足か?」

 

「残念だよ、ボーデヴィッヒさん。

 ボーデヴィッヒさんには“本当の力”がどう言う物かわかってない、織斑先生の気持ちも。

 だから、この試合で俺が示す。」

 

そう言った一夏は力強い意思を感じさせる目をしていた。

 

(この男は何を言っている?力に本当も嘘も無い、力はあくまでも力。

教官の気持ちがわかるのも私だけだ。)

 

「話はここまでだ、答えは既に出ている。

 貴様をここで倒して証明しよう!」

 

話が一段落したタイミングでアナウンスが流れる。

 

『それでは準決勝第1回戦、開始です。』

 

薫子の宣言に続いて試合開始のブザーが鳴った…。

 

 

一夏は後ろ手にフラッシュグレネードを準備すると投げつけた。

 

「下らん、中国代表候補生の真似事か?」

 

そう言ったラウラはレールカノンで撃ち抜く、ハンドグレネードだと錯覚して。

瞬間、目を焼く閃光。

 

「ぐあっ、フラッシュグレネードだと!?」

 

素早くバイザーで視覚を保護した一夏は後ろ手に展開していた“双天牙月”をラウラの後ろを狙って投擲。

次いで“スターライトmk.III”を展開すると接近を警戒してメチャクチャに振り回されているワイヤーブレードに向けて撃ちこんでいく。

 

(視覚が回復するまでに一本でも多くワイヤーブレードを破壊する。

今ならブレードに弾かれる事もまず無いならな。)

 

一夏の目論み通り一本、また一本と失われるワイヤーブレード。

勿論、外れたレーザーは本体にダメージを与えている。

 

(これで4本!そろそろ頃合いだ!)

 

一夏はスターライトmk.IIIを量子変換しつつ瞬時加速、一気に間合いを詰めると抜刀。

だが、ラウラの視界が回復し片手が挙げられて…。

 

「調子に乗るなぁ!」

 

ラウラがA.I.Cを発動しようとした瞬間、後ろから衝撃。

ほぼ同時に零落白夜と葵の二刀による攻撃がラウラを襲った。

 

 

「なんだと?」

 

ラウラは驚愕した。

フラッシュグレネードからの一連でワイヤーブレード4本、左手のプラズマ手刀を喪失。

 

A.I.Cで捕らえたと思った瞬間、後ろに突き刺さった双天牙月でブースターの破壊こそ運良く逃れたものの本体に直撃。

そして零落白夜と葵による攻撃をも受けてあっという間に追い込まれた。

反撃しようにも一夏は既に離脱してスターライトmk.IIIを展開、ラウラを注意深く見ている。

 

ラウラは双天牙月を引き抜くと一目見て捨てた。

 

「ボーデヴィッヒさん。

 まだまだ全然足りないけど、これが今の俺が持つ“本当の力”仲間との絆だ。」

 

「絆だと?」

 

「ああ、そうだ。

 俺はまだまだ弱いけど良い友人・仲間に恵まれた。

 1人じゃ出来ない事も力を合わせれば可能になる。

 

 それは部隊にいるボーデヴィッヒさんが1番よくわかってる筈だ。

 部下だって仲間だろ?」

 

そう言った瞬間、ラウラはキレた。

 

 

「アイツらが仲間だと?貴様、死んだぞ!」

 

ラウラはワイヤーブレードを射出して地面に突き立てた。

 

「何をって、まさか!」

 

ブースターを併用して一気にレーゲンを引き寄せると一夏に突進するラウラ。

一夏は準備しておいた瞬時加速で左方向へ離脱しつつレーゲンを狙おうと…。

 

「危ねぇ、捕まるところ!?」

 

「戦場で気を抜くなど言語道断だぞ!」

 

気がつけば目の前にラウラがいて片手を挙げていた。

あの瞬間、ラウラは十分に速度が乗ったレーゲンを再度地面に突き刺したワイヤーブレードとブースターを使って急速に方向転換し瞬時加速を上乗せして一夏に肉迫するとそのままA.I.Cで捕らえた。

 

そして目の前の一夏に向かってラウラは吠える。

 

「アイツらはな、教官が鍛え上げてくれるまで…。

 私を蔑んだ、馬鹿にした、こき下ろした、無能扱いした。」

 

一言毎に撃ち込まれるレールカノン。

 

「力を取り戻せばどうなったと思う?

 掌返しだ、私を恐れ、報復を恐れ、隊長と持ち上げた!それが仲間だと?

 ぬるま湯に浸かった事しかないお前に、私の、何が、わかると言うんだー!」

 

最後の言葉と同時にアナウンスが流れる。

 

『白式、シールドエネルギーエンプティ。

 1年専用機部門個人別トーナメント準決勝、第1試合勝者はラウラ・ボーデヴィッヒ選手。

 皆様、両者の健闘に盛大な拍手を。』

 

アリーナには勝者の名は大きく響き渡ったが、ラウラの言葉と行動に唖然としたのか拍手はまばらだった…。

 

 

ラウラは気絶した一夏を一瞥すること無く、そのままAピットに帰還した。

千冬が手配したと思われる担架が一夏を乗せてBピットに向かって来る。

 

「一夏!一夏!」

 

箒は悲痛な顔に涙を浮かべてその名を呼ぶ。

 

「安心して下さい。

 気絶していますが怪我はありません、念のため検査を行います。

 一緒に来る方は後に続いて下さい。」

 

医務員の言葉に続けて宙は言った。

 

「皆さん、織斑君に着いてあげて下さい。

 私は1人で大丈夫ですから。」

 

促されて出て行く仲間達。

1人残った宙は一夏達の言葉を思い出して項垂れる。

 

「私は織斑先生もボーデヴィッヒさんも救いたいと願いました。

 皆さん快く協力してくましたが、私はこうなる可能性を十分理解していた筈。

 けれど、所詮理解しているつもりでしかなかったと言う事ですね…。」

 

そんな呟きがBピットにこだました。




一夏は少しでも対抗するために仲間の力を借りると言う手に出ました。
結果かなりの痛手を与え諭そうとしましたが、ラウラの逆鱗に触れて敢えなく敗北。
パートナー不在の状況で良くやったと思いますが口は災いの元ということですね。
ラウラと部隊の関係までは調査できませんから、せめて千冬に聞くべきだったでしょう。

楯無はトラブルを防ぐ、もしくは発生しても即応出来る体制を構築。
裏の人間ですから、ラウラの出自なども知っていてドイツが信用に値しないと備えています。

宙は一夏の状況を見て責任を感じてます。
今回の言い出しっぺですから重く受け止めている様です。

では、次回もお楽しみに!


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ep50:トーナメント準決勝2 マドカ vs 宙

さあ、実質の決勝戦とも言うべき宙とマドカの戦いです。
今回は比較的長いですよ。

では早速、参りましょう!

追伸
お気に入り、感想、誤字脱字報告ありがとうございます!
皆さんに楽しんでいただける様に頑張ります!


「…かろうじて及第点かな。」

 

束はそう呟くと続ける。

 

「作戦としては悪くなかった。

 いっくんにしてはよく考えて使える物を掻き集めて必死に抗ったことは誉めてあげよう。

 でも、詰めが甘過ぎる。

 

 あそこまで行ったなら対話は後にして、セシリアちゃんみたいに削り続けるべきだった。

 なんて言ったってレーゲンじゃ高機動の白式には追いつけないんだからね。

 チャンスがあれば双天牙月を回収してさらに攻勢を強めるのが最適解。

 にも拘らず勝ってもいない、相手の事もよく知らない。

 そんな状況で迂闊な事を言えばああなって当然だよ、そもそも自力が違うんだから。」

 

ふうと溜息を吐いてさらに続ける。

 

「くーちゃんの妹、もう面倒だからラウラちゃんって呼ぶけどさ。

 アドバンスドは強力な兵士として生まれた存在。

 ラウラちゃんはその中でも特に優秀な兵士だったんだよ。

 それが恐らく越界の瞳の適合に失敗して散々苦渋を舐めさせられた。

 そこへちーちゃんが行って返り咲いたなら、力への固執と依存にも説明がつくんだよね。

 本人もさっき言ってたし、まず間違い無い。

 

 いっくんは世界を知らな過ぎる、これはちーちゃんの責任でもあるんだよ。

 私が守らなきゃって気持ちはわかるけど、過保護にし過ぎて綺麗事しか言えない。

 そりゃそうだよね、極狭い世界しか知らないんだからわかりようも無いよ。

 その結果、ラウラちゃんの逆鱗に触れたんだから良い薬になったんじゃないかな。」

 

束は温くなった飲み物を一気に煽ると気分を変えて話出す。

 

「まあ、過ぎた事は置いといて次はゆーくんとまーちゃんの戦いだね!

 ゆーくんのウィステリアには不明な点が多いからホワイトウィステリアで考えよう。

 まず、汎用性の高いseedはあらゆる局面への対応を目指した物でしょ。

 他にどんなバリエーションがあっても束さんは驚かないね。

 で、今のところ機能不明の分離・移動可能なショルダーアーマー。

 あれが自在に動かせるとしたら防御に関しては恐らく鉄壁。

 まさに宇宙での活動を前提とした本来のISと言える。

 

 攻撃に関してはオマケだから汎用兵器だけど、そもそも腕が違う。

 剣も銃も超一流だから不安要素は皆無、勿論機動はお手の物。

 負ける所が全く想像出来ないね、流石ゆーくんだよ。

 

 次はまーちゃんとサイレントゼフィルス。

 長距離射撃とビットによる攻防一体のISで近接戦も十分に対応可能。

 こっちもまだ手札が残ってるから良い勝負にはなるけど機動力の差は大きいね。

 仮にビットとseedが潰しあったら、まーちゃんの勝ち目はほぼ消える。

 レーザー偏向射撃と自在に狙いを変える実弾は速度差のみレーザーが優位。

 でも防御能力が高い予想のショルダーアーマーで防がれれば近接戦しか無くなる。

 そうなれば勝負は決まったも同然だから、そうならない様にまーちゃんは動く。

 これはショルダーアーマーの性能次第かな。

 どっちにしてもまーちゃんの不利は変わらないね。」

 

そう言うと束はモニターに集中した…。

 

 

一夏は精密検査を終えたがまだ目を覚ましていなかった。

 

「医師の診断では特に異常は認められなかった。

 今日は短時間の間にデュノアとボーデヴィッヒという実力者と本気で戦った。

 今までの訓練とは違う一発勝負では本人も気付かないうちに疲労が蓄積する。

 まだ十分な体力が無い上に相当考えたのだろう。

 脳も身体も休息を欲していたという事だ。」

 

眠る一夏の前で説明した千冬。

とりあえず問題無かった事に一同は安堵した。

 

「織斑先生、私に一夏の付き添いをさせて下さい。」

 

箒は一夏が目覚めるまで梃子でも動かない雰囲気を醸し出しながら千冬に許可を求める。

 

「いいだろう、すまんが頼めるか?

 私が着いてやりたい所だが立場柄そうもいかん。」

 

「ありがとうございます、勿論です。」

 

箒の返事に頷くと千冬は他の者に声をかけた。

 

「大勢いても出来る事は無い、お前達はアリーナに戻れ。」

 

千冬の言葉に鈴、セシリア、シャルロット、本音は頷くと保健室を出た。

最後に千冬が一言。

 

「篠ノ之、頼んだぞ。」

 

そう言うとそのまま保健室を後にした、後ろ髪引かれる思いで。

 

 

マドカはAピットで出番を待っていた。

 

初めて宙と会った時、生身の一撃で倒されたが戦った訳では無い。

訓練でも宙は基本的に指導するばかりで、模擬戦すら見た事が無かった。

マドカが見たのはクラス代表決定戦と対抗戦のみ。

それでも隔絶した実力の片鱗は十分見てとった。

 

(人殺しが嫌だった私が、戦ってみたいと思うとはな。

あれだけ戦闘から離れたかったと言うのに、宙とだけは競いたい…か。

人間とは全く持って不思議な生き物だな。)

 

そんな事を考えている後ろにはレーゲンの修復を終えたラウラが立っていた。

 

「万全な状態からあそこまでやられるとは情け無い。

 織斑一夏め、余計な手間ばかり増やしてくれる。

 まあ、都合良く予備パーツも技師もいたから問題無かったが…。

 嫌な事を思い出させてくれおって腹立たしい。」

 

ぶつぶつと呟くラウラがマドカには人間らしくて好ましく映る。

 

「そうカリカリするな、ラウラ。

 そもそもが自分で撒いた種なんだろう?

 

 正直に言って見ろ、ラウラにあれだけの損傷を与えたんだぞ。

 話の内容について私にはわからんが、セシリア同様見所はあった。

 違うか?」

 

「…。」

 

しばらく沈黙したラウラはこう答えた。

 

「世間知らずの甘ちゃんだが鍛えれば化けるだろうな。

 あれでも教官の弟だったと言う事だ。」

 

全く素直じゃないと思ったマドカだった。

 

 

Bピットで1人一夏の心配をしていた宙。

そこへ保健室から3人が戻って来た。

 

「一夏は無事よ、今はグースカ寝てるわ。

 しかも箒の付き添いまで受けてね。」

 

「全く呑気なものですわ、人の気も知らないで。」

 

「まあ、僕のせいもあるみたいだからノーコメントで。」

 

「おりむ〜は一回馬に蹴られた方がいいかも〜。」

 

三者三様ならぬ四者四様の言葉は安堵からか割と辛辣だった。

それを聞いて宙も安心したのか、いつもの調子を取り戻して行く。

 

「それを聞いて安心しました、皆さんありがとうございます。

 織斑君があれだけ頑張ったんですから、私も結果で答えましょう。

 そのためにはマドカさんを退ける必要がありますね。」

 

それを聞いて反応したのは本音。

 

「そう言えば頼まれたから持って来たけど…。

 本当にアレで良かったの?そらりん。」

 

「ええ、大丈夫ですよ、本音さん。

 アレを使うのは決勝戦でラウラさんにと決めています。

 マドカさんには別の手段で十分対抗出来ますから問題ありません。」

 

実際に戦った鈴はマドカの手強さを良く知っている。

 

「本当に大丈夫なんでしょうね、マドカは本気で強いわよ。」

 

「大丈夫ですから安心して見ていて下さい。

 マドカさんが手札を隠している様に私にも多様な対抗手段があります。

 それにお忘れですか?私のウィステリアのコンセプトは機動と防御特化。

 対策の無い物は存在しません。」

 

そう言い切った宙に唖然とする一同だった。

 

 

準決勝第2試合は今日初登場となるクラス代表対抗戦勝者の宙と2戦連続して代表候補生を下して来たマドカ。

宙に関しての情報はほぼ皆無だがシードである事から実力者だと見る者が多く、そのISにも注目が集まる。

マドカについては既に語る事無く実績から三度勝利するのではとの見方も強まっている。

そして、この両者は無所属と言う事が注目に拍車をかけていた。

 

『御来場の皆様、次戦を紹介します。

 1年専用機部門個人別トーナメント準決勝、第2回戦。

 

 Aピットよりマドカ・クロニクル選手。

 Bピットより空天宙選手。

 

 アリーナへ入場して下さい。』

 

アナウンスを受けて入場したマドカはアリーナ中央の空中にいたが宙がいない。

すると宙がISスーツのまま現れた。

 

(全くここであれをやるとはな、宙にはエンターテイナーの血でも流れてるのか?)

 

マドカの予想通り、宙の声がアリーナに響く。

 

「ISを展開します。」

 

その瞬間、そこには白く大きな蕾が出現。

瞬きの間もない展開とその異様な姿にアリーナが騒めく中、さらに声が響く。

 

「ホワイト・ウィステリア、開花。」

(パワーアシストを平均的国家代表レベルに±0補正。)

 

蕾は開き一部を除いて真っ白な美しいISがそこに顕現した。

事前に運び込まれていた武器を素早く装備すると、どよめくアリーナの空中へ。

そして、マドカと宙が向かい合った。

 

「随分凝った演出だな、宙。」

 

「折角の初お披露目ですから、皆さんに楽しんで貰おうかと思いまして。

 やっと出番が回って来た事ですし、割と好評の様ですよ。」

 

今やアリーナの観客は宙のISに釘付け。

それはそうだろう、どこの国のISにも似ていない完全なオリジナル。

スペックの想像すらつかないのだから当然の反応だ。

 

「なら、こちらもフルスペックで行く。

 遊びは無しだ。」

 

マドカの声を合図にアナウンスが始まる。

 

『それでは準決勝第2回戦、開始です。』

 

薫子の宣言に続いて試合開始のブザーが鳴った…。

 

 

マドカはまず銃剣装備のスターブレイカーを展開して宙を狙い撃つ。

 

「銃剣装備で実弾も撃てるのが真のスターブレイカーですか。」

 

宙が軽やかに回避しようとしたところでマドカはレーザーを曲げる。

しかし、宙は予想していたかの様に難なく躱して見せた。

 

「偏向射撃は初見の筈だが?」

 

「あの時のビット数から可能だと予測していました。」

 

(そう言えばあの時6機のビットを飛ばしたな、読まれて当然か。)

 

そう思ったマドカは迷う事無く6機のビットを射出、コントロールする。

 

「なら7本の偏向射撃を宙に贈ろう、遠慮なく受け取ってくれ。」

 

宙に襲いかかる7つの牙。

しかし、その全てを宙はストップ&ゴーと回避機動を組み合わせて回避して見せた。

 

 

「一零停止だと!」

 

千冬は宙の機動を見て思わず叫んだ。

一零停止とは基本にして最難関の技術であり、国家代表クラスでも完全な者となると極限られている。

その限られた者は殆どがヴァルキリーと呼ばれるモンドグロッソ各部門の優勝者。

その名の如く零から一へ、一から零へ速度を一息に切替え自在に加速停止することを意味しており、その効果は絶大。

一零停止を0〜100%とすれば腕の相当良い者ですら20〜80%が限界の中、宙は間違い無く0〜100%。

千冬が驚愕するのも当然だった。

 

「参ったな、まさか偏向射撃7本全て回避されるとは。

 だが、そう何度も続くまい!」

 

マドカはビットの位置を目紛しく変えて偏向射撃を繰り返す。

 

「無駄ですよ、マドカさん。

 最終的に私を狙う以上、容易ではありませんが予測して回避出来ます。

 ですから一つ勝負をしましょう、私が勝てば武術のみの一本勝負。

 負ければ潔く降参しましょう、如何ですか?」

 

(このままでは流石に埒があかんな、まずは勝負の内容確認と行くか。)

 

マドカが問いかける。

 

「勝負の内容は?」

 

「私が一歩も動かずに6機のビットのレーザー攻撃を防いだなら私の勝ち。

 1発でも受けたら私の負けで如何ですか?」

 

(随分こちらに有利な勝負だが、まだ確認が必要だな。)

 

マドカは冷静に見極めて行く。

 

「その防ぐの条件を確認したい。

 seedやショルダーアーマーを犠牲にする事は含まれているのか?」

 

「いいえ、含まれていません。

 逆に態とそれを狙った場合はマドカさんの負けとします。」

 

(やるな、ルールの穴を塞いで来るか!

これ以上有利には持って行けそうもない、受けざるを得んな。)

 

「その勝負、受けよう!」

 

そうマドカは宣言した。

 

 

宙はショルダーアーマーを小型の物に変更して、ルールの穴を塞ぐ。

そして、seedを6機展開して準備が完了する。

 

「いつでもどうぞ。」

 

宙の言葉にマドカはビットを目紛しく移動させながらレーザーを発射。

ほぼ同時に宙はseedを高速で移動させると口部を解放した。

 

(なんだ?いやseedを犠牲に出来ない以上、宙の行動に惑わされるな!行け!)

 

マドカのレーザーが曲がった先にいるのは宙。

しかし、その間に滑り込んで来たのはseed。

 

「なんのつもりだ、宙!

 態と負けるつもりか!?」

 

「それこそあり得ませんよ、当然勝ちに行きます。」

 

その瞬間、seedに“飲まれたレーザー”は明後日の方向に飛んで行く。

 

唖然としたマドカと全ての観客。

そしてレーザーが跳ね返され何の損傷も受けなかったという事実を遅れて理解した観客達のあげた歓声がアリーナに響き渡った。

 

マドカの口から言葉が溢れる。

 

「レーザーを反射した?」

 

「いいえ、正解には“偏向”したですね。

 反射は受け止めてから跳ね返さすため負荷がかかり過ぎていずれ破損します。

 ですから内部に偏向機構を設けて触れる事無く放出した結果が先程の光景。」

 

「つまり、レーザーはそれがある限り無効化されると言うことか。

 多方向から同時攻撃で1機づつ潰して行かなければ届く事すら無い。

 だからこその勝負だったと言う訳だ。」

 

マドカは一発勝負だった理由をそう分析した。

 

「ええ、その通りです。

 それでは地上に降りましょうか、武術一本勝負で決着と行きましょう。」

 

そう言うと降下を始めた宙にマドカが追従して地上に降り立つ。

 

「武器はどうしますか?」

 

「私は自前で勝負しよう、気遣い感謝する。」

 

(まず第一に宙はISを装備している方が“弱い”。

パワーアシストで補正しているからな、全く律儀なやつだ。

次いで私の近接戦闘能力は宙に及ばないが、銃剣とショートレーザーブレードならリーチの違いを活かした戦い方が出来る。

勝算は限り無く低いが有効に使える物は最大限利用してこその戦いだ、まだ諦めるには早すぎる。

私は最後まで勝負を諦めない、往生際が悪くて済まないな、宙。)

 

マドカはそう思うとショートレーザーブレードを展開して構えた。

 

「行きます。」

 

宙はそう言ってマドカの間合いへと歩き出す。

マドカが本物の戦場を潜り抜けて来たと知る宙に油断など無い。

 

(銃剣の間合いは広いですが振り回すには重心の関係で適しません。

決め付けるのは危険ですが、突きに適しているのは歴史が証明しています。

ただし、鈍器として使われる事も考慮するべきでしょうね。

またショートレーザーブレードは取り回しが良く、攻防一体。

油断無く確実に、それでいてマドカさんの意表を突いたプランで行きましょう。)

 

そう決めた宙がマドカの間合いに入った瞬間、銃剣による突きが放たれた。

宙はそれを“跳ぶ”ことで回避するとそのままスターブレイカーの上に着地。

流石に人1人とISの重量を片手で支えられる訳もなく手放すマドカ。

落下するスターブレイカーを足場にして一息で間合いを詰める宙に驚きながらも冷静にショートレーザーブレードを構えてマドカは待ち受ける。

 

「そこは私の間合いだぞ!宙!」

 

深く踏み込んだ宙は未だ抜刀していない、マドカは迷う事無く両手持ちで振るった。

 

ギィンと嫌な音が響く、そして決着。

 

「一本、私の勝ちですね。」

 

「ああ、私の負けだな、降参する。」

 

その声を拾ってアナウンスが流れた。

 

『マドカ・クロニクル選手の降参を確認しました。

 1年専用機部門個人別トーナメント、準決勝第2回戦の勝者は空天宙選手。

 皆様、両者の健闘に盛大な拍手を。』

 

アリーナには勝者の名と今日1番の拍手が大きく響き渡った。

 

 

「空天の奴め、まさかあそこで茎受け(なかごうけ)とはな。」

 

千冬はもう何度目かわからない驚きの光景を見てそう言った。

 

刀身の柄に覆われた部分で、銘などが切られている部分を(なかご)と言う。

そして最も硬い部分である茎の最先端、茎尻(なかごじり)を利用して攻撃を受け止めるのが茎受け。

とは言え場所が場所だけに一歩間違えれば指が飛ぶ、そんな危険性の高い業。

宙は葵の柄先端を茎尻に見立ててショートレーザーブレードを居合抜きからカチ上げ。

マドカの両腕が真上に弾き飛ばされた所を狙い、そのまま首筋に寸止めすると言う離れ業をごく狭いスペースでやってのけた。

 

「宙は牛若丸か?八艘飛びから銃の上を走って間合いを詰めるとは思いもしなかったぞ。」

 

「それが狙いでしたからね、マドカさんが予想も出来ないプランで攻撃するのが。

 最後は私としてもかなりの度胸が必要で難易度もトップクラスの複合業。

 成功すれば防ぐ事は絶対に出来ない一撃です。」

 

「ああ、あれは反撃も防御も出来ないな、良い試合だった。」

 

そう言って手を差し出すマドカの手を宙が握り、笑顔で答えた。

 

「ええ、本当に良い試合でした。」

 

そして、2人はそれぞれのピットに戻って行く。

拍手が鳴り響くアリーナの観客席に手を振りながら…。




いやー、やりすぎた感は否めませんがご勘弁を、特にマドカファンの方。

一零停止は原作にある技能ですが、ちょっと盛った感はあります。
加えて偏向射撃は原作ほど無茶苦茶な曲がり方はしません。
レーザーが意思で曲がるとか本来有り得ないんですが、曲がる事だけは原作準拠。
物には限度がありますから。(特大ブーメランですね、はい。)

レーザー偏向機構はseed繋がりでガンダムseedのフォビドゥンからアイデアをいただきました。
茎受けは実際にある業ですが、説明した通り余程の剣豪・剣聖でも無い限り無理な業ですね。

さて遂に決勝戦まで来ましたよ、いやー頑張りました戦闘描写やその過程表現。
もっと上手い人がいると理解していますが褒めて下さい、特に評価でw
それが励みになりますのでよろしくお願いします。

では次回をお楽しみに!


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ep51:トーナメント決勝戦 ラウラ vs 宙

さあ、決勝戦。
早速参りましょう!

ちなみに今回は8000字オーバーです!


「あははははっ、やるねぇゆーくん。

 偏向射撃に対する最高の皮肉、“レーザー偏向機構”を内蔵したseed。

 見た?さっきのまーちゃんの顔。

 訳がわからないのが普通だけど“機動と防御特化”なら当然対策がある。

 束さんはショルダーアーマーかと思ってたけどウィステリアなら納得だね。

 

 セシリアちゃんとの試合でウィステリアはとっくの昔に学習していた。

 後は双方向会話で何にするか相談して作ればいい。

 それが出来ることこそウィステリアがウィステリアたる由縁。

 いやぁ、良いもの見たよ、ホント。」

 

束が爆笑しながら1人解説する。

 

「しかもあれでしょ、宇宙における宇宙線の影響が未知数だから試作した。

 将来的にはIS全体に施す事も視野に入れてテストも兼ねてる。

 徹頭徹尾、宇宙に行く事しか考えてない唯一のIS。

 ウィステリアが存在するだけで束さんは報われた気持ちだよ。

 本当にありがとう、ゆーくん。」

 

そう言った束は涙声だった…。

 

 

Bピットに戻った宙は若干涙目だった。

 

「宙さん!なんなんですの、あれは!」

 

「何と言われてもseedのバリエーションとしか…。」

 

「そう言う事を言ってる訳ではありませんわ!」

 

シュンとする宙。

 

「まあまあ、落ち着きなさいセシリア。

 気持ちはわかるけど宙は防御特化なんだから、あってもおかしくないわ。

 偏向射撃が悉く防がれた上にブルーティアーズは、ほぼレーザーしか撃てない。

 だからって宙を責めてどうすんのよ、いずれは出て来た技術でしょ?」

 

「うう、鈴さんの優しさが身に染みます。

 帰ってもいいですか?代わりにセシリアがボーデヴィッヒさんを救って下さいね。」

 

宙のテンションは駄々下がり。

今すぐにでも部屋に戻る勢いだった。

 

「オルコットさん、宙さんが帰るって言ってるけどいいの?」

 

「え?」

 

シャルロットの言葉に間抜け面を晒したセシリアは我に帰ると宙を慰めにかかった。

その後、セシリアでは埒があかないと残る3人で話を逸らし、なんとか宙を引き留める事に成功したとか。

 

 

『只今より、決勝戦の準備のため20分のお時間をいただきます。

 御観覧の皆様は御休憩下さい。』

 

アナウンスが流れた後、日本の担当官は質問責めにあっていた。

 

「あれほど素晴らしい操縦者が代表候補生ですら無いのにはどう言った理由が?」

 

「あのISは何処の企業が?それとも国で開発を?どちらにしても素晴らしい!」

 

等々他にも色々とあったが大別すると焦点はこの2点に尽きる。

しかし、日本の担当官は何一つ答えられない。

まさか命を狙ってるからとか、取得経緯不明などと答える訳には行かないからだ。

 

「まあまあ皆さん、そう慌てずに。

 彼にも話したくても話せないなんらかの事情があるのでしょう。

 皆さんにもそれぞれ心当たりがあるのでは?」

 

そう諌めたのはスイス連邦の国防・市民防衛・スポーツ大臣。

 

「とはいえ何も情報が無いと言うのはお互い気になる物。

 ですから私が知る範囲でお話ししましょう、よろしいですか?皆さん。」

 

その言葉に注目は移り、それを確認して彼は語り出した。

 

「空天宙さんは現在世界各国でIS技術特許を取得している才媛。

 皆さんの国家でもISに使われている程の優れた技術を持つ技術者です。

 

 事情は不明ですが日本国内を転々としつつ飛び級で大学までは通った様ですが…。

 卒業資格を満たしていながらIS学園を受験し今年度首席で合格、現在に至ります。」

 

聞き入る各国の担当官と冷や汗が止まらない日本の担当官。

 

「私は個人的にIS学園理事長とのお付き合いがありまして色々伺ったのですが…。

 彼女は全員専用機持ちのクラス代表対抗戦に代表代理として出場した優勝者。

 既に代表候補生2名、織斑一夏君、先程のマドカ・クロニクルさん。

 この4名と試合を行い被弾0、自身のISでダメージを与えたのはたった一度。

 それで全て勝利して来た紛れも無い強者ですが、ISによる争いを好まない性格。

 皆さんも先程見た様に武器ですらISに量子格納しない徹底ぶりです。

 

 これはあくまでも私の予想ですが、あのISは彼女が自身に合わせて開発した物。

 予想通りであれば篠ノ之束博士に迫る天才でしょう。

 

 スイス連邦はご存知の通り武力を持ちませんが、私はスポーツ大臣です。

 今回の目的は彼女が理事長のお話し通りか確認し、スカウトすること。

 他国では彼女に“戦闘”を強要するでしょうが、スイス連邦にそれはありません。

 モンドグロッソの機動部門であれば優勝間違い無しの逸材と私は見ました。

 都合の良い事に日本では評価されない様ですし、スイス連邦は戦闘を強要しない。

 私は彼女をスイス連邦の国家代表として迎えるつもりです。」

 

これを聞いた各国の担当官は苦い表情を浮かべるしか無い。

何故ならスカウトするにも条件が噛み合わないとわかったからだ。

 

それに慌てたのは日本の担当官、直様連絡を取りに観覧席を出て防音室へ向かった。

 

(これで彼女が狙われ無くなればいいのですが。

どちらにせよ、スイス連邦が貴女の後ろ盾になりましょう。)

 

彼はそう思っていた。

 

 

Aピットに戻ったマドカはISを解除するとベンチに腰掛けた。

 

「あー、見事に負けたな、正直お手上げだ。

 いや、実際にそうされたんだがな。」

 

そう言うと思い切り笑う。

実際に戦ったマドカの感想には一切の誤魔化しは無く、潔い位だった。

 

「アイツは、空天宙はなんなのだ?

 あれ程の力がありながら、一切サイレントゼフィルスを傷つけずに勝つ。

 何故力を振るわない?あれ程ならば簡単に蹂躙出来るだろうに。」

 

ラウラには理解出来ない、理解したくない。

それを知ってしまえば自身の拠り所が失われると本能的に避けているからだ。

 

「何を言ってるラウラ、あれが宙の“本当の力”の一端だ。

 人を物を傷つける事無く勝利する、これほどの力が他にあるか?」

 

「では、私の力はなんなのだ!

 私が地獄から這い上がれたのは、この力のお陰なのだぞ。

 教官に鍛えられて得たこの力で!」

 

ラウラの魂の叫びにマドカは答える。

 

「それを私に言わせるのか?ラウラ。

 そして“本当の力”については既に二度ラウラは聞いている。

 私はな、ラウラ自身に気付いて欲しいんだ。

 それがラウラの幸せに繋がると信じているからな。」

 

マドカは願い、ラウラを諭す。

必ず気付いてくれると心から信じて…。

 

 

「へぇ〜、良い事聞いちゃった、スイス連邦と理事長がねぇ。

 こっちは朗報だから束さんも大歓迎!

 上手く行けば本人かわかるし、無理しなくてよくなるから言う事無しだね!」

 

束はご機嫌で話していたが、次の瞬間には絶対零度もかくやという程に冷めた声で続ける。

 

「ついでにあの馬鹿の通話内容が手に入った、今更もう遅いけど痛い目にはあって貰うよ。

 白騎士事件の真実とゆーくんへの仕打ちは時期を見計らって世界中に流す。

 ミサイルがどうして放たれたか、あの馬鹿のIDから潜りに潜ってやっと辿れたからね。

 まさかとは思ってたけど日本政府まで絡んでたなんて国民をなんだと思ってるんだか。

 とにかくこれを糸口に繋がりをさらに辿って完全に息の根を止める。

 お前ら全員地獄へ堕としてやるよ、絶対にね。」

 

そう言った束の目は天災の異名に相応しいほどの悪意を放っていた。

 

 

Bピットではやっと普段の調子を取り戻した宙が眠っていた。

 

「珍しいわね、宙が寝るから時間になったら起こしてくれなんて。」

 

鈴がそう言うと丁度入って来たマドカの耳に入った。

 

「こんな事だろうと思って来てみれば案の定か。」

 

「どう言うことでしょう、マドカさん。」

 

セシリアの問い掛けにマドカは溜息を吐いて答える。

 

「セシリア、BT兵器を使ってるんだからわかるだろう?

 宙は6機同時に使った上で、レーザー偏向射撃を防いだ。

 これにかかる脳の負担はそう軽い物じゃ無い。

 なんせ、いつ曲がるかわからない物に合わせるんだ。

 常時演算し続け、尚且つ勘や経験、私の癖なんかから進路上に飛ばす。

 

 それだけだったらまだ一度だからマシだった。

 だが、その前に7本の偏向射撃を全て交わすだけの演算を行なっている。

 常人なら高熱を出した上で他にも症状が出る。

 私の倍近い並列思考と優れた頭脳で可能にしたが無茶をした事に代わり無い。

 

 後はそうだな…何か宙のストレスになる様な事が無かったか?

 それも精神的疲労に拍車をかける。」

 

ジト目が一斉にセシリアへ注がれる。

 

「セシリア、あんた自分で使ってて宙に負担をかけたわけ?」

 

「原因はセシリアか。

 お前、本当にBT兵器の使い手か?常識だぞ、常識。」

 

「ま、まあ、皆そこまでにしようよ。

 オルコットさんだって態とやった訳じゃないんだから。」

 

シャルロットの取り直しでなんとか場を収めたが、すっかり凹んだセシリアだった。

 

 

「宙、時間よ、起きて。」

 

「ありがとうございます、鈴さん。」

 

鈴の声に目を覚ました宙は拡張領域からフェイスタオルを取り出すとミネラルウォーターで即席のお絞りを作り、顔を洗ってしっかりと覚醒する。

 

(疲労はほぼ取れた様ですね、これなら問題無く戦えるでしょう。

マドカさんと違って、そこまで脳を酷使する事も無いでしょうから。)

 

そう思った宙はISを纏い、武器を装備して行く。

思考はクリアに、体力は万全に、後はその時に覚悟を決めるだけ。

(パワーアシストを強化指定代表候補生レベルにマイナス補正。)

 

「とうとう決勝戦だね、ボーデヴィッヒさんを救える様に頑張って。」

 

シャルロットの応援に笑顔で応える宙、そしてアナウンスが聞こえて来た。

 

「織斑君の努力と皆さんの協力に結果で応えましょう。」

 

そう言うと宙は一気に集中力を高めた。

 

 

 

遂に迎えた決勝戦は実力者のマドカをお互い無傷で退けた宙と準決勝第1試合で大暴れしたドイツ代表候補生のラウラ。

スイス連邦スポーツ大臣からの情報である意味注目を集めるホワイト・ウィステリアの宙。

捕まえた一夏を容赦無く一方的な攻撃で撃破したシュヴァルツェア・レーゲンのラウラ。

対称的な2人の戦いが決勝戦の舞台で始まる。

 

『御来場の皆様、大変お待たせ致しました。

 只今より決勝戦を開始します、1年専用機部門個人別トーナメント決勝戦。

 

 Aピットよりドイツ国家代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ選手。

 Bピットより空天宙選手。

 

 アリーナへ入場して下さい。』

 

アナウンスを受けて入場した2人はアリーナ中央の地上で対峙する。

観客は先程とは全く違う攻撃的なウィステリアを見て騒ついていた。

 

「貴様を倒して私の正しさを証明する。」

 

「では、貴女を倒して真実に気付いていただきましょう。」

 

会話のタイミングを見計らってアナウンスが入る。

 

『それでは決勝戦、開始です。』

 

薫子の宣言に続いて試合開始のブザーが鳴った…。

 

 

ラウラは余計な思考を放棄して、ただひたすら勝つ事だけに集中した。

 

いつかの様に問答無用でレールカノンを撃ち込むラウラ。

それを宙は動く事無く待ち受けると弾丸が空中で停止、そして落下した先には宙の手がありそこに収まった。

 

「A.I.Cだと!?」

 

「お話しする機会がありませんでしたがウィステリアは機動と防御に特化しています。

 防御に有用なA.I.Cがあっても何一つ可笑しな話ではありませんよ。」

 

悠々と話す宙にラウラは苛立ちを強めると今度はワイヤーブレードを多方向から撃ち込む。

自身が使う以上、その弱点も熟知しているからこその選択だった。

 

しかし宙は再び動く事無く全てのワイヤーブレードを止めて見せ、そのまま6本一纏めに縛りあげた。

 

「馬鹿な!何故その状態で動ける!?」

 

「それこそ簡単な話です。

 ウィステリアのA.I.Cは範囲が広く、私は集中力を切らさずに行動出来るだけのこと。

 つまり貴女と違って使い熟しているという事です。」

 

そう言うと宙はseedからスナイパーライフルを受け取りラウラに向けて放つ。

それをラウラも当然A.I.Cで受け止めると解除、銃弾が落下した。

 

(くっ、ワイヤーブレードは使えん、切り離すしかあるまい。

しかし、それだけで戦えなくなるほど軟弱では無いぞ!)

 

そう思いラウラがワイヤーブレードを切り離すと宙が言った。

 

「さて、私はここで一つお約束します。

 この試合中、今後A.I.Cは使いませんし、使ったならその時点で私は降参します。

 さあ、遠慮なく全力でかかって来て下さい。」

 

「貴様、私を舐めるのもいい加減にしろー!」

 

ラウラは激昂すると宙に突進、身動き一つしない宙をA.I.Cで捕らえた。

 

 

ラウラは勝利を確信した。

 

(奴はA.I.Cで動けない、このままレールカノンで織斑一夏の二の舞にしてくれる!)

 

「呆気ない幕切れだったな、空天宙。

 これで終わりだ!」

 

「いいえ、何も終わっていませんよ。」

 

「ふん、強がりとはな。

 所詮ISが優れていようと乗り手が貴様では軍人である私に叶う筈も無い。」

 

そう言ってレールカノンを発射しようとトリガーを引いた瞬間、爆発。

レールカノンが吹き飛んでいた。

 

「仰る通りですね、ISが優れていても乗り手次第。

 つまり貴女の力は張りぼてに過ぎないという事です。」

 

「貴様、何をした?」

 

「スナイパーライフルを撃った時、seedでレールカノンの弾丸を詰めておきました。

 貴女は集中力をA.I.Cに全て注がなければ防げ無いと説明してくれましたので。

 

 さて、貴女に残されたのは手刀とA.I.Cのみですが続けますか?

 もう有効にA.I.Cを活かす手段はありませんし、格闘戦で私に勝つのは難しい。

 貴女の負けです、ボーデヴィッヒさん。

 貴女の言う力はただの暴力でISに頼った物、貴女自身が言った事です。

 紛い物の力では“本当の力”に勝つ事は出来ません、降参するか一本勝負か。

 さあ、選んで下さい。」

 

宙はただ事実のみを語ったが、ラウラはそう受け取らなかった。

 

「…教官の鍛えてくれた力が紛い物のだと?

 誰が降参などするものか!一本勝負など受けるものか!

 まだ勝負は終わっていない!シールドエネルギーは尽きていない!

 私に負けを認めさせたければ攻撃するんだな!貴様には出来んだろうが!」

 

「わかりました、非常に不本意ですがお望み通りにしましょう。」

 

そう言った宙は悲しげな表情でラウラを見つめていた…。

 

 

「お聞きしましたが貴女は言いましたね、織斑先生が最強だと。

 その力を振るうべきだと。

 では、私はその幻想を打ち砕きましょう。

 織斑先生に及ばないと貴女が思う人。

 私が尊敬する銃央矛塵(キリング・シールド)山田真耶元日本代表候補生の力を借りて!」

 

そう宙が言った瞬間、ラウラは空中に投げ出された。

 

(何が起こった!?いや、投げられたに過ぎん!)

 

「こんな物で…。」

 

ラウラがそう言いかけた時、影が差した。

 

絶対制空領域(シャッタード・スカイ)!」

 

ウィステリアのショルダーアーマーが僅かな隙間を残してラウラを囲う。

そして、その隙間をサブマシンガン4丁から放たれた無数の弾丸が通り抜けた。

途切れる事無く撃ち込まれる弾丸の嵐、直接は勿論の事。

それ以外はショルダーアーマーの中で跳弾を繰り返しラウラを襲った。

 

 

「良かったな山田君、私という幻想を君が砕く。

 あそこで行われているのはあの頃の私達の再演。

 ブリュンヒルデを撃ち砕くキリング・シールドの姿だ。」

 

真耶はまさかあの技までも宙が、それも尊敬と力を認めて使う光景に涙した。

あの異名にいい思い出は無かった筈なのに何故か今は誇らしい。

 

「空天にとっての世界最強にしてブリュンヒルデは山田君。

 私は何度も言ったぞ、山田君は強いと、自分を誇ってくれと。

 見る人が見ればわかるんだ、あれが“本当の力”、心の力だと。」

 

刻一刻と失われて行くシールドエネルギーに真耶は千冬を倒す姿を幻視した。

決着の時は近いと真耶には誰よりも良くわかる。

何故なら2丁だった物を宙はseedで4丁使っている上にこの技での無駄弾は皆無。

しかも、その隙間は真耶以上に狭く抜け出す事は不可能。

既にスラスターは破壊され、ただ終わりを待つのみだとモニターから見てとった。

 

 

ラウラは手も足も出ない状況だった。

スラスターもプラズマ手刀も破壊され、抗う術はISのみ。

しかし、どれだけ力を込めようと微動だにしない。

 

(私は負けるのか?負けてまたあの地獄を味わうのか?

それは嫌だ!絶対に嫌だー!)

 

そう思った時、声が聞こえた。

 

(力を欲するか?比類なき力を。)

 

(何!?)

 

(力を欲するか?比類なき力を。)

 

繰り返される言葉にラウラは望んだ、いや望んでしまった。

 

(誰だか知らんが寄越せ!私に力を!)

 

Valkyrie trace system(ヴァルキリー・トレース・システム)起動。

 

ラウラの目に映ったのは禁忌の力。

過去のヴァルキリーの動きを操縦者の意思を無視してトレースする危険な物。

 

「私はそんな力を望んではいない!誰か助けてくれ!」

 

そう絶叫した瞬間、光が差して手が差し伸べられた。

思わずその手を握ったラウラは引き上げられる。

その瞬間、宙の過去を垣間見て2人は繋がった。

 

(ああ、その通りだな、私はなんて愚かだったのだろう。

よくわかった、助けてくれてありがとう、空天宙。)

 

 

 

VTシステムの起動を確認した瞬間、エマ・メイヤーはその場を去ろうとした。

 

「あら、エマさん。

 何処に行かれるのですか?試合の途中ですよ?」

 

「試合どころでは無いでしょう!

 あれが見えないんですか?あんな物が暴れたら命が幾つあっても足りません!

 貴女も早く!」

 

エマはラウラを一瞥する事無くそう言った。

それが大きな間違いである事に気付いていないのはエマ1人。

周囲から怪訝な目を向けられて初めてラウラを見た。

 

「エマさん、何もありませんね。」

 

楯無はそう言った瞬間にエマを素早く拘束すると顎を外し、宙から受け取った特殊注射器を打ち込んだ。

 

「皆さん、お騒がせしました。

 この方は幻覚でも見ていたのでしょう、薬物の疑いがありますので拘束しました。

 対応はこちらで行いますので失礼します。」

 

楯無はそう言うとエマを運び出す様に指示する。

学園の地下に存在するある場所へと。

 

 

宙は攻撃の最中、ウィステリアの声を聞いた。

 

(VTシステムの起動を確認しました、レーゲンが侵されて行きます。)

 

瞬時に攻撃を止めて二重加速で一気に詰めた時、ラウラの絶叫が聞こえてくる。

 

「私はそんな力を望んではいない!誰か助けてくれ!」

 

ショルダーアーマーを素早く開放して、手を伸ばすとラウラが握り返して来た。

それを一気に引き上げた瞬間、ラウラの過去を垣間見て2人は繋がった。

 

(人は生まれを選べませんが、未来は自分自身の手で切り開く物。

境遇に流されてはいけませんよ、貴女は誰が何と言おうと1人の人間。

ラウラ・ボーデヴィッヒという名の個人なのですから胸を張っていいんです。)

 

落下して行くレーゲンだった物から宙は零れ落ちたコアを受け止める。

 

「ボーデヴィッヒさん、降りますね。

 それとこれを。」

 

「ああ、頼む。

 コアを回収してくれたのだな、ありがとう。

 これがあれば予備パーツが揃っているからレーゲンを戻してやれる。

 それともう一つ、これでは戦闘続行不能だな、降参する。」

 

着地とほぼ同時に会話を終え、そのまま2人は握手した。

それを拾ったのかアナウンスが流れる。

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒ選手の降参を確認しました。

 1年専用機部門個人別トーナメント、優勝は空天宙選手。

 皆様、両者の健闘に盛大な拍手を。』

 

アリーナの観客はスタンディングオーベーションで応えた。

劇的な幕切れと救出劇、そして和解する眩しい光景を讃える様に…。

 

 

Bピットへラウラを抱えて宙は戻った。

仲間が友人が笑顔で迎えてくれるのが心から嬉しかった。

 

「ラウラ、わかったんだな。」

 

「マドカ、ああ良くわかった。

 それと皆に謝罪したい、私の勘違いで迷惑をかけて済まなかった。

 後程、織斑一夏にも…。」

 

ラウラがそう言いかけた時、一夏と箒が駆け込んで来た。

 

「丁度良いタイミングだったな、織斑一夏。

 お前の言った事がやっとわかった、私の勘違いで迷惑をかけて済まなかった。

 怪訝は無いか?身体は大丈夫か?」

 

「ああ、この通り元気だけど俺も謝らせて欲しい。

 相手の事をよく知りもしないで言っていい言葉じゃ無かった。

 箒に怒られて気付いたんだ、今更だけど本当に済まなかった。」

 

そう言った一夏にラウラは手を差し出して…。

 

「今回はお互い様という事で水に流さないか?」

 

「そうしようか、これからよろしくな!」

 

ラウラの手を握り返した一夏も笑顔で応えた。

 

その陰で他の者はと言うと…。

 

「雨降って地固まると言ったところですね、随分と苦労しましたが。」

 

「まあ、苦労したのは宙だけど終わり良ければってやつよ。」

 

「そうだね、クラスメートで仲が悪いのは居心地のいい物じゃない。」

 

「皆、仲良しが1番だね〜♪」

 

などと語り合っていた。




さて、スイス連邦についてですが、あの役職が本当にあります。
現実世界では徴兵制で侵略からの自衛を行うのですが、作品内ではそれを協定で周辺国家が担い、軍を廃止した設定です。
ですので、戦闘を強要しない唯一の国家として扱っています。

束はとうとう白騎士事件の尻尾を捕まえて、より強力な証拠に迫ろうと活動中。

本題のVTシステムですが、現実的に考えて変化を待つ必要がありません。
どう言う物か知っている人間が察知したなら、即座に操縦者を救助すれば何も出来ないのですから。

一応、繋がる設定は活かしてラウラの救出劇に幕を引きました。
今後、ラウラはどう動くのかも含めてお楽しみに!


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ep52:事後処理と真実

さて、事件の後には事後処理が付き物です。

今回はどう言った事になるんでしょうね?

追伸
7月1日から不定期になるかも知れません。
極力更新したいと思っていますがリアルが事情なので確約出来ないのです、ご了承下さい。

応援頂けると文章量は減るかも知れませんが頑張れない事もない、かも、知れませんが(汗
あー続きが書きたいのにー、もー!(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾


千冬はピットから宙とラウラを急ぎ呼び出した、あれがVTシステムだと気付いたからだ。

 

「試合が終わった直後で悪いが問題が問題だ。

 さっきのアレはVTシステムだな?ボーデヴィッヒ、説明を頼む。」

 

「はい、織斑先生。

 アレがVTシステムだったのは事実ですが気付いたのは起動してからです。

 いつから積まれていたか確証はありませんが心当たりならあります。

 実は織斑一夏との試合の後、クラリッサから連絡がありました。

 その内容がレーゲンのアップデートを急遽行うというもの。

 そして、そのために来たのがドイツ軍のエマ・メイヤー大尉相当官。

 確かに性能は上がりましたし、IS破損の修復も行われましたが…。」

 

ラウラが口籠もる。

 

「ボーデヴィッヒ、ハルホーフに一度確認してくれ。

 本当にハルホーフだったのか私は怪しいと思っている。

 声など幾らでも変えられるからな、内通者だった可能性もある。」

 

「わかりました。」

 

そう言うと直ぐに連絡するラウラ。

 

「クラリッサか、ボーデヴィッヒだ。」

 

『ハルホーフ大尉です、急用でしょうか?少佐。』

 

「確認したい事がある、今日クラリッサから私に連絡したか?

 それとエマ・メイヤー大尉相当官について知っている事を聞きたい。」

 

『いいえ少佐、私から連絡してはおりません。

 エマ・メイヤー大尉相当官については黒うさぎ隊付きになった事。

 数日前にドイツをたった事しか存じあげません。

 それよりも何故エマ・メイヤー大尉相当官をご存知で?』

 

「私はクラリッサを名乗る者からエマ・メイヤー大尉相当官が来ると聞いた。

 レーゲンのアップデートをするとな。

 そして試合中にVTシステムが起動する騒ぎになった、これは嵌められたな。」

 

『お身体は大丈夫なのですか!』

 

クラリッサの声には本当の心配が籠っていた。

ラウラは自身の愚かな勘違いに泣きたくなった。

 

(隊の部下達に蔑まれた事など無かったのだ。

上官の罵詈雑言で私が勝手にそう思い込んだ、愚かだな…。)

 

「起動直後に助けられて無傷だ、心配をかけてすまんな。」

 

『皆!た、隊長がデレたー!』

 

クラリッサの声にドイツでは大騒ぎとなった。

これでは収拾がつかないと千冬が声をかける。

 

「あーボーデヴィッヒ、私が出ても構わんか?」

 

「どうぞ。」

 

「ハルホーフ、喧しいぞ!

 結局お前は連絡して無い、ボーデヴィッヒがエマ・メイヤーを知る筈が無い。

 そう言う事だな?」

 

『教官!はい!その通りです!』

 

「それがわかれば十分だ、精進しろよ。」

 

『了解しました!教官!』

 

電話を切ると千冬が言った。

 

「やられたなボーデヴィッヒ、しかもVTシステムが起動したのは空天との試合だ。

 …亡国機業に空天は狙われている、奴らの仕業かもしれんな。」

 

直後、今度は千冬の電話が鳴る。

 

「なんだ、更識。」

 

『織斑先生、エマ・メイヤーを名乗る女を拘束しました。

 VTシステム起動直後に逃走を計ろうとし、暴れてもいないのに危険だと口に。

 所持品から遠隔操作用の端末も発見済です。』

 

「なんだと!場所はあそこか?」

 

『はい。』

 

「すぐ行く、山田君ここは任せたぞ!

 空天、ボーデヴィッヒ、エマ・メイヤーを拘束した。

 遠隔操作用の端末まで出て来たそうだが後は私達に任せて休んでくれ。

 それと今回の件は口外を禁じる、いいな?」

 

そう言うと千冬は返事も待たずに出て行った。

 

 

「優勝はやっぱりゆーくんだったね。

 ラウラちゃんも間違った力への固執とアドバンスドに生まれた事による歪みが解消。

 一件落着と言いたいところなんだけどVTシステムなんてゴミが出て来たから処分だね。

 レーゲンは融解したからいいとして、研究所や製造元を潰さなきゃいけないよね。

 仕掛けたのはエマ・メイヤーとかいうドイツ軍関係者だってのはさっきわかった。

 けど、これだけの観衆の前でVTシステムを使うメリットがドイツには無い。

 無関係では無いけど主犯じゃないのは確かだね。

 それにVTシステムが起動しなかった時のためにあの女はいた。

 なら狙いはゆーくんって事になるから、ちーちゃんの言う通り亡国機業が黒幕かな。

 とにかく手当たり次第情報収集して早く動かないと逃げられるから急がなきゃね。」

 

束は状況証拠を積み上げて予想すると早速対処を始める。

 

「それにしても仕方が無かったとはいえ、ゆーくんは辛かっただろうな。

 ラウラちゃんが救われたのはいいけど、それでゆーくんが悲しむのは…。

 それにどうも相互意識干渉(クロッシング・アクセス)がゆーくんとラウラちゃんの間で起きた。

 まーちゃんから口止め…ってラウラちゃんに聞けば、ゆーくんか確認出来るかも!

 こっちも対応しなきゃね。

 

 では、早速。」

 

そう言うと作業をしながら電話する束。

 

「もすもすひねもす、天災の束さんだよ!

 ちょっとすぐ切ろうとしないで、まーちゃん!大事な話なんだから。

 えっとね、さっきラウラちゃんを助けた時に相互意識干渉が起きたみたいでさ。

 え?相互意識干渉って何かって?

 操縦者同士の潜在意識下で会話や意思疎通が起きる事を相互意識干渉って言うんだ。

 ただそれだけならいいんだけど、お互いの記憶を見ちゃうこともあるんだよ。

 今回はVTシステムが悪さして起きたみたいでさ、これ大問題でしょ?

 そうそう、だからラウラちゃんの口止めと出来ればゆーくんか確認して欲しいんだ。

 OK?じゃあまかせたよ、まーちゃん。

 

 これでよしっと。」

 

電話を切って、ふうと息を吐いた束は作業を続ける。

VTシステムを根絶するために。

 

 

電話を受けたマドカは即行動を決めた。

今は一年タッグトーナメントの最中で動くには絶好の機会。

そして、マドカは管制室の外で2人を待っているところ。

 

不意にドアが開くと千冬が急ぎ足で出て行き、追って2人が現れた。

 

「宙・ラウラ、ちょっと付き合ってくれ。

 大事な話がある、場所は宙の部屋が最適だな。」

 

それを聞いて宙は内容を凡そ察した。

 

「そうですね、では参りましょうか。」

 

そう言った宙を先頭にアリーナを出て寮に向かい1001号室へとついた。

宙は鍵を開けると2人を招く。

 

「どうぞ、お二人共そこの椅子にかけて休んでいて下さい。

 私は紅茶を淹れて来ます。」

 

そう言って宙はキッチンに向かった。

 

「マドカ、空天宙はいつもこうなのか?」

 

「ああ、そうだ。

 しかも紅茶はリラックス出来るし、宙の淹れた物は他と比べ物にならん。」

 

そうこうしてるうちに宙が戻って来て配膳し、自分も座ると声をかける。

 

「ボーデヴィッヒさん、私の事はマドカさんと同じ様に宙とお呼び下さい。」

 

「ならば、私の事もラウラと呼んでくれ。」

 

「わかりましたラウラさん、これからよろしくお願いしますね。」

 

「こちらこそ、よろしく頼む、宙。」

 

そう言って微笑むとお茶会が始まった。

 

少しの間、お茶受けを気に入ったラウラが美味しそうに食べるのを見たり、宙の紅茶を褒めちぎったりと騒がしくも楽しい時間を堪能してマドカは本題に入る事にした。

 

「実はな。

 篠ノ之束から連絡があって2人に相互意識干渉があった事を指摘して来た。

 2人共相手の記憶まで見た可能性があるとも。

 特にラウラ、お前は宙の過去を見たのか?」

 

「ああ、あれは見たというより流れ込んでくると言った感じだな。

 だから宙の秘密は絶対に漏らさないと誓おう。

 ところでマドカは篠ノ之束とどんな関係なのだ?」

 

「そう言えば説明して無かったな。

 私は篠ノ之束の義娘なんだ、まあ色々あってな。

 見た目で想像つくんじゃないか?ラウラになら。」

 

「やはりそうなのか、薄々いやまず間違いなくそうだと思っていたんだが…。

 聞くのは流石に憚られてな。」

 

「一つ言えるのは私を救ったのは宙で、そのお陰で今の私は此処にいる。

 そして宙が亡国機業に狙われている事もあり、望んで護衛をやっている。」

 

それを聞いて考え込むラウラ。

 

「マドカ、私とマドカは同室で生身の戦闘能力ならそう極端に劣らない。

 私にも護衛を務めさせては貰えないだろうか。」

 

「私は構わないが…。

 実はこの部屋のセキュリティーは異常で登録を済ませなくては自由に出入り出来ない。

 指紋認証、網膜認証、鍵の3つ揃った者しかな。

 

 今自由に出入り出来るのは3人。

 生徒会長で同室警護者のロシア国家代表更識楯無とその妹の日本代表候補生更識簪。

 もういっそ告白するが元亡国機業実働部隊モノクロームアバターの織斑マドカ。

 その頃の私はナノマシンで操られていてな、人殺しはしなかったがテロリストだった。

 つまりマドカ・クロニクルを含めて3名全員が裏の人間だ。」

 

「ラウラさん、貴女が見た通り私は日本政府に狙われ、亡国機業に狙われる存在です。

 貴女まで危険に身を晒す必要はないんですよ?」

 

「いや、私もマドカ同様救われた身だ、宙が許可してくれるなら恩返しさせて欲しい。

 これはラウラ・ボーデヴィッヒ個人の願いだ。」

 

「それを言われてしまえば私に断る事は出来ません。

 ラウラさん、これからは友人として仲間として護衛としてよろしくお願いしますね。」

 

その答えに満面の笑みでラウラは応えた…。

 

 

「…更識よ、これはどう言う状況だ?」

 

千冬は非常に困惑していた。

問えば全て答えるという摩訶不思議な尋問?に疑問を感じるのは当たり前の事と言える。

 

「織斑先生、実は宙さんから贈り物があってこう言われたんです。」

 

「空天から?」

 

”私を亡国機業が狙うなら、マドカさんの様にナノマシンが必ず使われている筈です。

操る場合も口封じにも使えますから、本人が知らない内に投与されている可能性が非常に高い。

その状況で尋問すれば答えようとした瞬間、ナノマシンに殺されてしまうでしょう。

そこでこのナノマシンを殺すナノマシンを必ず使って下さい。

自殺禁止、虚偽禁止、返答必須の効果も追加してありますので人を傷付ける事無く情報入手が可能です。

ナノマシンが不要になったら、こちらの追加効果無しを使えば元通りですから安心して下さいね。“

 

「空天は束か?やり方が人道的とはいえ流石にやり過ぎだろう。

 まあ手間がかからないのは非常に有り難いが。

 

 で、情報を纏めるとだ。

 エマ・メイヤーは亡国機業のエージェントでドイツ軍に潜んでいたスリーパー。

 ドイツで密かに開発中のVTシステムをレーゲンのアップデートに紛れ込ませた。

 亡国機業の目的は空天の戦力調査で、必ず発動させるために此処へ来た。

 ハルホーフを騙ったのはスコール・ミューゼルと思われるが確証は無い。

 本人は金のために引き受けて今に至ると。

 

 なんとも厄介な奴らに目をつけられたな、今後も仕掛けて来るのは確定か。」

 

千冬は頭を押さえながら溜息を吐いた、先が思いやられると思いながら…。

 

 

(さて、どう切り出すか…。)

 

マドカは束の本題が宙の身元確認にあると当然理解していた。

 

「マドカさん、本題は別なのでしょう?」

 

(まさか宙から切り出して来るとはな、露骨過ぎるからわからんでもないか。)

 

「ああ、宙は予想がついてるんだな?」

 

「ええ、私と篠ノ之束博士に直接の面識はありません。

 にも関わらず、マドカさんに護衛を頼んだり、ラウラさんの口止め。

 これだけ露骨だと気付かない方がどうかしています。

 ですが人伝と言うのは逃げです、私が直接話しますので電話をお借りしますね。

 それとお二人には申し訳ありませんが一人きりにして下さい、お願いします。」

 

「そうだな、わかった。」

 

そう言うとマドカは宙に電話を渡し、ラウラを伴って部屋を出た。

篠ノ之束と直接電話してケリをつけると言う宙の強さに感心しながら…。

 

 

その時、束は尋常じゃない位に焦っていた。

 

「ちょ、まーちゃん、電話渡しちゃダメだって!

 私にだって心の準備って物が…。」

 

そこまで言った時、電話に着信が。

恐る恐る電話を取ると意を決して束は電話に出た。

 

『空天宙としては初めまして、篠ノ之束博士。

 私はご想像の通り、貴女の遠戚である唐松結本人です。』

 

束は思わず息を呑んだが、口は勝手に言葉を紡ぐ。

 

「やっぱりゆーくんだったんだね、ごめんなさい!ゆーくんの両親を救えなくて!」

 

『何を謝る必要があるのですか?貴女達が多くの人を救ったのは事実です。

 確かに溢れ落ちた人はいましたが、ミサイルを撃った人間の罪。

 守った貴女達のどこに恥じる要素があるというのです。』

 

「私を、私達を本当に恨んでないの?ゆーくん。」

 

『恨んでなどいません、失った哀しみはありますがそれはそれです。

 確かに10年前のあの瞬間になら思いはしました。

 ですが、冷静に考えるとISを軍事利用したい者が起こした事件です。

 ご存知でしょうが私にも貴女同様の能力が備わっています。

 ですからわかるのです、あれだけのミサイルをハッキング不可能な事が。

 白騎士にもお伝え下さい、唐松結は貴女達を理解し、恨んでなどいないと。

 ではこれで失礼しますね、貴女の夢が叶うのを願っていますよ。』

 

そう言うと電話は切れていた、啜り泣く束を残して…。

 

 

宙は電話を終えるとマドカへ返し、表彰式まで1人にして欲しいと伝えた。

 

(ごめんなさいウィステリア、貴女をまた戦わせてしまって。)

 

宙は泣きながら詫びる。

 

(いいのです、今回は犠牲なく救えました。

それに私より辛いのは貴女でしょう、今はゆっくり休んで癒すべきです。)

 

(ありがとう、本当に疲れましたから休ませてもらいますね。

貴女も今はゆっくり休んで下さい。)

 

(お気遣い感謝します、ではおやすみなさい。)

 

宙はウィステリアの声を聞き届けると眠りについた。

精神的苦痛と疲労、哀しみを癒すために…。

 

 

泣き止んだ束は千冬に連絡した、真実と結の言葉を伝えるために。

 

『なんだ束、この忙しい時に。

 お、おい、どうした束、何があった?』

 

普段ならとんでもトークが飛び出すのだが、それが無い。

そこから千冬は何かあったことを察して問いかける。

 

「ちーちゃん、ゆーくんと直接電話で話したよ。

 やっぱりゆーくんはゆーくんだった。」

 

『そうか…。』

 

それを聞いて千冬は苦い過去の後悔を思い出す。

 

『ゆーくんから伝言があるんだ、ちーちゃん。』

 

千冬の心臓が早鐘を打つ。

 

『唐松結は貴女達を理解し、恨んでなどいない。

 そう白騎士に伝えてくれってさ。』

 

「あ、ああ、あああぁぁああ!」

 

千冬は崩れ落ちる様に地面へ膝を着くと号泣していた。

 

許すではなく、恨んですらいない。

そして、理解していると言う言葉は後悔する千冬にとって予想すらしなかった物。

 

10年間、突き刺さっていた罪という棘。

その痛みを理解し、恨んでいないという言葉は千冬の心にとてつもなく響いた…。




VTシステム事件の真相が判明しました、狡い手でw
これの対応は大人の仕事ですから頑張って貰いましょう。

ラウラは遂にデレました、部下に対して仲間意識が生まれたと言うことですね。

そして、空天宙=唐松結の確定。
宙の気持ちを2人に届ける事となりました。
少しは救われてくれたと私は思っています。

宙とウィステリアはお互いに気遣い、良好な関係を維持。
とはいえ、宙の心の傷は…。

次回も楽しみに!


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ep53:一つの提案、一つの変化

さてさて、まだケリの付いていない件が残っていますね?

では、早速参りましょう!

追伸
感想から試行錯誤して見たのですが如何でしょうか?
これでいいのかな?

お気に入りがぐいっと増えて喜んでいます。
楽しんでいただけましたら高評価で応援していただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。


マドカは表彰式の準備に入ったとアリーナで観戦していた鈴から連絡を受けた。

実は宙と別れて直ぐ鈴に事情を話し、マドカへ連絡を貰える様に手配したからだ。

自分自身の経験から宙が間違いなく寝ていると確信してマドカは起こしに向かう。

実の所それだけが理由では無く、束と話した事や相当精神的に無理してラウラを倒したことによる心労を心配しての事でもあった。

 

「ラウラ、すまないが少し待っていてくれ、宙を起しに行くんだが…。」

 

「皆まで言うな、自分の犯した罪で宙を苦しませた自覚はある。」

 

ラウラはそう言ってマドカを送り出した。

一応ノックして反応を期待するが予想通り無く、マドカは鍵を開けて室内へ。

ベットで眠る宙を見つけたが、その目元は涙に濡れていた。

マドカはキッチンで冷たいお絞りを作ると宙を起しにかかる。

 

「宙、表彰式が始まる、起きてくれ。」

 

その声に反応した宙は素早く起きると礼を言う。

 

「マドカさん、ありがとうございます。」

 

「気にするな、それと少し目が腫れている、これを使ってくれ。」

 

その言葉で察した宙は有り難くマドカの気遣いを受け取って目元を冷やす。

罪悪感と精神的苦痛から涙を抑えられず、そのまま休んだ宙。

それは目元も腫れるだろうと自身の事ながら客観的に理解していた。

そして腫れが引いたのを確認した宙は顔を洗って身嗜みを整える。

 

「お待たせしました、行きましょうか。」

 

宙がそう声をかけてマドカと共に隣室へ。

待っていたラウラを伴って3人は仲間が待つアリーナへと向かった。

表彰式に参加して皆の想いに応える、それが宙の考えるケジメだったのだから。

 

 

全ての試合が終わり、タッグトーナメントの優勝ペアが出揃って表彰式が行われた。

3年はアメリカ人ペアのアメリカ国家代表候補生ダリル・ケイシーとクレア・ミラー。

2年はロシア国家代表の更識楯無とイギリス国家代表候補生のサラ・ウェルキンのペア。

1年は日本人ペアの四十院神楽と相川清香。

 

そして1年専用機部門個人別トーナメントの優勝は宙だ。

 

表彰式を終えた宙は千冬から学園長に呼ばれていると伝えられ共に学園長室へと向かった。

宙には呼び出される心当たりは無かったが、学園長としては何かあったのだろう。

そう解釈した宙が同行を断る訳も理由も無く、無言で歩く千冬に追従。

学園長室の前まで来ると千冬がドアをノックして声をかけた。

 

「織斑です、空天を連れて参りました。」

 

「入って下さい。」

 

十蔵の声を聞き、千冬がドアを開けると見知らぬ男性がもう一人いる事に気付く宙。

千冬が躊躇い無く入室するのに続いて宙もその男性を気にしながら室内に入った。

そして十蔵が発したのは賞賛と感謝の言葉。

 

「今日も素晴らしい試合でしたね、空天さん。

 最後は止む無く攻撃した様ですが、迅速な対応で生徒を守って頂き感謝しています。」

 

「恐縮ですが、攻撃しなくていい様に出来なかったのは私が未熟な証拠です。」

 

宙は憂いを帯びた表情でそう答える。

事実、宙は何とかしてアレだけは避けたかったがラウラの状況がそれを許さなかった。

本音を言えばもっと上手くやれたのではとの思いが宙の中には渦巻いていたからだ。

 

「そうですか、貴方は目指し続けるのですね。

 争いに使われる事のない本来のISを。」

 

「はい、私の夢はいつかISで宇宙進出すること。

 そして、平凡で平穏な暮らしをパートナーと一緒に過ごすこと。

 それ以上は望みません。」

 

宙がそう言うと十蔵は男性に問いかけた。

 

「如何ですかな、私には空天さん以上の適任はいないと思いますが。」

 

「私も同感です、直接聞く事が出来てより確信が深まりました。」

 

何の話かは今の会話で把握出来ない千冬だが生徒の事となれば黙ってはいられない。

千冬は千冬なりに生徒の事を想い、宙の影響も受けて深く考える様になっていた。

しかも、それが宙となれば本人がどう思おうと千冬なりのケジメをつけたい。

その想いが自然と千冬を動かしていた。

 

「理事長、大変失礼ですがそちらの方はどなたですか?」

 

千冬の言葉に答えたのは見知らぬ男性その人。

 

「これは失礼しました。

 私はスイス連邦、国防・市民防衛・スポーツ大臣のダニエル・アンマンと申します。

 理事長から空天さんの事を色々伺いまして、スポーツ大臣として来た次第です。

 そして、今お話しにあった様に空天さんは私達スイス連邦が求めていた人材。

 貴方をスイス連邦の国家代表として迎えたいと考えています。」

 

流石にこの発言には二人とも驚いた。

まさかスイス連邦からスカウトが来るなど予想外にも程がある。

何故ならスイス連邦には代表候補生すらおらず、ISコアはある物のISは無い。

つまりIS関連技術や企業、教導者に知識、訓練設備など全てが存在しないのだ。

 

「質問してもよろしいですか?」

 

宙は素早く思考を纏めるとダニエルを試す事にした。

無い無い尽くしのスイス連邦がどの様な思惑で宙をスカウトすることになったのか。

合わせて確認したい事もあり、態と歪曲な表現を選んで真意を引き出そうと考えた。

 

「ええ、遠慮なくどうぞ。」

 

「私の知る限りスイス連邦は武力を周辺各国との協定で破棄。

 現在世界で唯一武力を持たない国家となった筈です。

 また白騎士事件においてスイスから放たれたミサイルは無かったと記憶しております。

 そのスイス連邦が国家代表をスカウトすると言うのは如何なお考えからか伺えますか?」

 

これを聞いたダニエルはその鋭さに驚嘆した。

スイス連邦は武力を持たない=ISを持たないという図式に反していると言う指摘。

そして白騎士事件に関わっていない事の事実確認を同時に迫る見事な質問という名のナイフを突き付けて来たことに。

ならばダニエルは誠心誠意応えてこそ信頼が得られると考え、元々その気は無かったが何一つ隠す事なく全てを答える事にした。

 

「まず、スイス連邦は白騎士事件に一切関与していないと宣言します。

 次いでスカウトですが、アラスカ条約に則り“スポーツにのみISを使用する“事を決定。

 もしモンドグロッソに出場するとしても機動部門限定となっています。

 よって武力所持に該当せず、また国家代表に戦闘を強要しないと定められました。

 

 また、現在アラスカ条約から宇宙開発への使用禁止を取り除く動きがあります。

 スイス連邦は勿論、私も貴方に平穏と夢の場を提供したいのです。

 その場合、自由国籍の取得が必須ですがそちらの準備は整っています。」

 

宙は今の発言から違和感を感じ取った、ダニエルがあまりにも宙に詳しすぎるのだ。

それの意味する事は一つ、学園が契約を反故にしたと言う事。

ならばと宙は十蔵に問う。

 

「失礼ですが理事長、私の身の上を話しませんでしたか?事実ならそれは契約違反です。

 それともスイス連邦は既に万全な法整備も行われ、身の安全が保障されていると?」

 

宙が言っているのは自身が男性操縦者である事を漏らしたであろう事への抗議。

そして、漏らした以上スイス連邦でモルモット扱いされる様な事は無いのかとの詰問。

いくら後ろ盾が必要とはいえ、これは非常に危険な橋を渡るも同然だからだった。

 

「安心して下さい、空天さん。

 スイス連邦では織斑一夏君の発見と同時に男性操縦者保護法が制定されました。

 人権を無視し、非道な扱いや誘拐、殺害が行われない様に警護体制も敷かれます。

 加えてIS学園在学期間中はスイス連邦への帰還も不要としました。

 

 断り無く伺った事は謝罪しますが、スイス連邦は本気で貴方に平穏をと考えての行動。

 それは理事長も同じで私に相談を持ちかけてまで貴方の事を気にかけた結果です。

 そこは是非理解していただきたい。

 

 ちなみに警護には協定に参加したドイツ軍の黒うさぎ隊が当たることになっています。

 急な話ですので一晩ゆっくり考えて下さい、私は明日中IS学園に滞在していますので。」

 

ダニエルの言葉に宙は自身の狭量さを恥じた。

理事長もダニエルも、そしてスイス連邦も宙のことを我が身の様に考えての行動だと十分理解したからだ。

ならば宙は行動を持って、その想いに応える義務があると考え動く。

 

「理事長、先程はお気持ちを察することが出来ず無礼な物言いを恥じるばかりです。

 ダニエル・アンマン大臣にも我が身可愛さから出た不躾な質問をお詫び致します。

 御二方、誠に申し訳ありませんでした。」

 

そう言うと宙は誠心誠意を込めて深々と頭を下げる。

謝罪すればなんでも許されるとは思っていないが宙にも通すべき筋があるからだ。

 

「あの時点で察するのは流石に不可能でしょう。

 空天さんの指摘に間違いは無く、詫びなど必要ありませんよ。」

 

「私も理事長と同意見です。

 貴方は我が身可愛さと言いましたが境遇を思えば当然の行動。

 私としてはその慎重さと大胆な発言に感心したぐらいです。

 余計にスイス連邦で是非幸せになっていただきたいと思いました。

 私を含めスイス連邦は色良い返事をお待ちしていますよ。」

 

二人の言葉を受けて宙もそれに応える。

それが宙のポリシーであり、決して譲れない物だからだ。

 

「御二方とスイス連邦に感謝を、お言葉に甘えて熟考の上明日返答させて頂きます。

 本日は私如きのためにお時間を割いて頂き誠にありがとうございました。

 心から感謝致します。」

 

そう言った宙に二人は笑顔で応える。

こうしてスイス連邦と宙の初顔合わせは重要な情報交換も含めて終わった…。

 

 

時を同じくしてシャルロット自身を取り戻す戦いが始まっていた。

 

フランスには行政府内監査機関が常設されているのは有名な話で管轄毎に3つ存在するが、今回はその全てが動き大量の証拠を手にして一斉検挙が行われた。

これは過去に類を見ないほど大規模な物で続々と捕らえられ、過去の不正を含む大量の処罰者が出た事は言うまでもない。

 

同時に国際IS委員会にも調査のメスが入り、こちらも動かぬ証拠から検挙者が続出。

加えてデュノア社からは社長夫妻がフランス当局に自首して全てを暴露。

特大のスキャンダルが世界を駆け巡った。

 

これに対してフランス政府はデュノア社を半官半民とすることを発表。

外部顧問を迎えると同時に外部調査機関を設立し、社内の清浄化を大量の証拠から一気に推し進めてデュノア社の倒産を回避すると共に世界各国へのラファール・リヴァイヴの販売及び部品調達に問題が出ない手を打つ。

これには宙の特許使用料減額が大きく貢献した。

 

悲劇のヒロインとなったシャルロットに対してフランス政府は専用機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムIIをそのまま所持する事を認められたが、やはり命の危険があるとして国内への帰還は禁じられた。

 

これは今回の騒動を早期決着させるためにフランス政府が打ったある意味国外追放処分ではあるが既に覚悟していたシャルロットには実母の墓参りやデュノア夫妻への面会が出来ない事を除いて思う事は無く、ISをそのまま所持出来た事は行幸と言えるだろう。

 

この発表を受けて日本政府はシャルロットの亡命を受理し代表候補生としての立場を確約。

名乗りを挙げた布仏家の養女に迎えられ、一連の騒動に幕が引かれた。

 

そして、この事件の裏で誰が暗躍していたか知る者は極限られ、闇に葬り去られたのは言うまでも無い。

 

そもそもシャルロットの専用機が手元に残ったのは束の仕業。

布仏家養女の件と大量の証拠を機関に流したのは楯無の所業。

日本への亡命と代表候補生の口利きは千冬なのだから完璧な布陣だった。

 

後にシャルロットは語る。

 

「あの時ほど“本当の力”を見せつけられた事は無かったね、正直言って怖い位だったよ。」

 

それもまた自身を取り戻せたからこその言葉だと大いに感謝していたが。

 

 

千冬は宙がスイス連邦の申し出を受けるべきだと思っていた。

そして宙の幸せを心から望むなら必要なアドバイスをと生徒指導室に誘う。

宙はそんな千冬の考えを察して同行、話を聞く事になった。

 

「空天、決めるのはお前だが私は今回の話を受けて夢を叶えるべきだと思っている。」

 

まず千冬は単刀直入に自分の考えを伝えた、そうでなければ話が始まらないと考えたからだ。

それに宙がどう思おうと千冬には負い目がある、それが余計に宙の幸せを願う原動力となっていた。

 

では、当の宙はどう考えているかと言えば実の所選択の余地は無く、環境さえ整うと確約が取れれば受けない理由が無かった。

 

「織斑先生、私も同意見ではあります。

 外堀は埋まっていますし、生きて行く上での環境も整っている。

 問題は…。」

 

「ああ、ISに関する環境が全く整っていない事だな。」

 

二人共懸念しているのはただ一点、全てはそこに集約される。

これに対して千冬には考えがあった、そう猶予期間が約3年ある事だ。

それをスイス連邦に伝えて3年の間に解決する事の確約が取れれば問題は全て解消される。

しかも警護に当たるのがラウラ達黒うさぎ隊なのだ、よく知る千冬としては偶然とはいえ最適と断言出来た。

 

「それでだ空天、環境を整える期間が約3年ある。

 その期間に環境を整える事さえ確約させられれば全ての問題が解決すると考えるが…。

 空天はどう思う?」

 

千冬は自身の考えを押しつけるのでは無く、宙の意思を尊重すると間接的に伝えた。

以前の千冬ならこんな物言いをせずに断定していただろう、これは教育者としての成長と言える。

 

「全く同意見です、織斑先生。

 ラウラさんとも仲良くなった事ですし、その関係が失われないのはとても嬉しいことです。

 明日お答えする時、織斑先生も協力していただけますか?」

 

そう言った宙に千冬は満面の笑みで万感の想いを込め答えた。

 

「私はお前の担任だぞ、生徒の幸せに繋がるなら全力を尽くして協力しよう。

 まあ任せておけ、普段使い道の無い物だがブリュンヒルデの名が役に立つだろう。」

 

「ありがとうございます、織斑先生。」

 

そう言うと宙は頭を下げた後、笑顔で千冬の想いに応えた。

千冬は願う、この不幸な生徒に幸多からん事をと。

そして、その時が来るまで日本政府と亡国機業から必ず守り通して見せると誓った。




トーナメント終了!

そして宙にスイス連邦国家代表の打診がありました。
割と緊迫した話し合いは相互の意見交換で解消され、一部を除き最高の環境と後ろ盾と言えるでしょう。
その一部も期間の間に解決できそうな内容ですから千冬には頑張ってほしい物です。

シャルロットは専用機を所持したまま日本へ亡命、布仏家の養女となりました。
お披露目は次回に持ち越しですw

では、次回をお楽しみに!


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ep54:転入生と部屋替え、一夏と宙の答え

さてタイトルから一部察したと思いますが物語を進めましょう。

追伸
予定通り今日までは大丈夫でした。
明日以降はなんとも言えませんがエタりはしませんのでご安心を。


昨夜は男性への大浴場解禁日だった。

一夏は喜び勇んでシャルルを誘おうとしたが急用があって後で入ると素気無く断られる。

しかし一度入ってしまえば、すっかり忘れて広い広い大浴場を気分良く独り占めして満喫。

次の使用日を心待ちにするほど気に入った。

 

ちなみにシャルルことシャルロットは一夏が出た後で施錠して入浴。

思う事はあったが、新しい家族と取り戻した自分が幸せになる事こそ無き母とデュノア夫妻に報いることだと考え、大浴場を貸し切りで満喫して抱えていた重荷を下ろす事ができた。

これこそまさに気分転換と言うものだろう。

 

そして今日、これからSHRが始まると言うのにシャルルが来ていないどころか、朝から目にしてない一夏は非常に心配していた。

 

だが、その心配を他所にSHRが始まってしまう。

ところが千冬も真耶もシャルルの不在を気にした様子が無く、クラスメートが困惑するなか真耶が告げる。

 

「今日から転入生が、と言っても皆さんご存知の方なんですよね。

 とにかく入って来て下さい。」

 

言ってる意味が全くわからないところへ入って来たのは…。

 

「シャルル?なんで女装、え?どう言うことだ?」

 

一夏は昨日まで男子制服だったシャルルが女子制服で現れたのを目にして混乱した。

 

「フランス代表候補生シャルル・デュノア改め日本代表候補生シャルロット・ノホトケです。

 以前はデュノア社の一部に男装を強要され、シャルルの偽名で在籍していました。

 昨日その件に関わっていた人達が大量に検挙され自由の身となりましたが…。

 フランスでは命の危険があるとして入国禁止命令が出ています。

 そのため日本に亡命して布仏家の養女となりました。

 皆さん騙してごめんなさい、ただ僕の本意で無かったことだけは信じて下さい。

 こんな僕で良かったらまた仲良くしてくれると嬉しいです。

 どうぞよろしくお願いします。」

 

そう言って頭を下げるシャルロット。

しばしの沈黙、そして理解が及んで来るとクラスメートの声が聞こえて来た。

シャルロットはそれを恐る恐る聞くしか無いが、聞こえて来るのは明後日の話題ばかり。

 

「えっと、美男子じゃなくて美少女って事?」

 

「あれ?昨日って男子の入浴日じゃ無かったっけ?」

 

「って事は、織斑くんと?」

 

「はあ?俺は一人で入ったぞ、急用があるって聞いたから…って急用ってさっきの話か!」

 

ここに来てやっと追いついた一夏、シャルロットの防御が完璧?だったのか、一夏に見る目が無かったのか。

とにかくシャルロットは事が済むまで見事に隠し通して見せたという事だ。

そのタイミングで聞こえて来たゆる〜い声、勿論言うまでもなく本音である。

 

「えっとね〜、私の妹と仲良くして欲しいなぁ〜。」

 

「お姉ちゃん…。」

 

「「「「「お姉ちゃん!?」」」」」

 

本音の言葉にシャルロットが呟く、実はシャルロットより本音の方が二日だけ誕生日が先故のお姉ちゃん呼び。

これは本音のイメージからあまりにもかけ離れ過ぎていて全員が本音を二度見した。

 

「えへへ〜、妹を守るのはお姉ちゃんの役目なんだよ〜、だから皆も仲良くしてね?」

 

「のほほんさんがシャルルじゃなくてシャルロットのお姉さん…。」

 

一夏の呟きが聞こえたが流石にそろそろ時間が無いとして千冬が纏めに入った。

 

「あ〜とにかくだ、シャルロットに罪は無く今は日本の一員で代表候補生でもある。

 これまでと変わりなくクラスメートとして仲良くやる様に、全員わかったな?」

 

「はい!」

 

千冬は強要する様な声も雰囲気も出していなかったが、悲しいことにブリュンヒルデの名声はこんな時でも役立ってしまったのだった…。

 

 

昼休み。

いつものメンバー+1がいつもの様に集まって昼食を取っていた。

ちなみに宙お手製の弁当は宙の他にマドカ・ラウラ・簪が手にしている。

箒は一夏の分を、セシリア・鈴・シャルロットは購買組だった。

 

「嫌われなかったのは良かったけど質問責めには参ったね。」

 

シャルロットはクラスメートに何事も無かった様に受け入れられたが、朝の話が気になった皆が休み時間の度に話を聞きに来て大変な目に会っていた。

気持ちはわからなくも無いシャルロットが律儀に答えていたため午前中で疲労困憊の様子。

午後は落ち着くだろうとの宙の言葉にほっとした表情を浮かべていた。

 

「それにしても宙とセシリアが気付いて、他は誰も気付かなかったのは不覚よね。

 特に一夏は一緒の部屋だったんだから気付かないのはおかしいのよ。

 一夏の事だから男が1人じゃなくなったって単純に喜んで満足したんでしょ?

 ホントどこ見てるんだか、もっと慎重にならないとハニートラップで身の破滅よ。」

 

自分のことを棚上げしているが、鈴の言うことはもっともな話。

男性操縦者はいつ誰にどんな手で狙われてもおかしくない存在。

シャルロットがその気ならとっくに餌食だった訳で一言言いたくなるのも当然だった。

とはいえ原因の一旦でもある宙は小さくなる一夏を不憫に思い、さりげなくフォローしつつ注意を促す。

 

「皆さん、織斑君を責めるのはその辺にしましょう。

 私がシャルロットさんに絶対バレないよう行動することと念を押していました。

 それを忠実に守った結果ですから、織斑君も気にしないで下さいね。

 ただ鈴さんが言った事には私も同意します、自分の身は自分で守るしかありませんよ。」

 

宙の事情を知る4人は頷き、結局一夏がやり込められる事に変わりは無かった。

それを余計不憫に思った宙が話題を変えて再び助け船を出す。

 

「ところで部屋替えは急でしたね、シャルロットさんは当然ですが。」

 

そう部屋替えである、実はこの部屋替えには理由があり宙の護衛がメイン。

丁度良い理由としてシャルロットが使われたに過ぎない。

 

「私と宙、シャルロットとラウラが同室、楯無さんがどうするのかわからんが…。

 それで織斑は結局どうするつもりだ?」

 

シャルロットがラウラと同室な理由は当主である楯無の意向。

布仏家の養女となったシャルロットは楯無の従者であり、シャルロットは恩返しの意味もあって護衛を務める。

これについて既にマドカとラウラは知っており何の問題も無い。

 

「んー、俺は1人部屋でいいんだけど色々聞いて不安になって来た。

 織斑先生との生活に逆戻りかな、その方が安心出来るし。」

 

これを聞いてほっとしたのは箒、ハニートラップなど許せる筈もなく大きく頷き同意。

 

「私もその方が良いと思うぞ一夏、態々危険に身を晒す必要もあるまい。」

 

などともっともらしい事を言う箒を見て周囲はほっこりしていた。

 

 

トーナメントが終わった事で一夏は悩む時間が手に入ってしまった。

そして過去の女生徒達、鈴を傷付けた様に箒も傷付けて来たに違いないと冷静に考えて結論に至る。

なら自分は行動で示さなければならないと腹を括った一夏はまだ自分の部屋なうちにと箒を招いた。

 

「一夏、私だ。」

 

「ああ、入ってくれ。」

 

短いやり取りで箒は一夏の部屋へ足を踏み入れる。

実の所箒は期待していた、一夏から呼び出された事など一度も無いからだ。

ならば自分に応えてくれるのではないか、そう思っても仕方ない事だろう。

 

「箒、大事な話がある。

 俺はさ、どうしようもない男で今まで沢山の好意に気付かないで傷付けて来た。

 俺の勘違いじゃなかったら箒が俺を想ってくれてる、そう思ったんだけどどうだ?」

 

箒は思う、一夏がやっと気付いてくれたと、応えてくれるのだと。

だから、迷いも恥ずかしさも捨てて気持ちを伝えるために勇気を出した。

 

「やっと気付いてくれたんだな一夏、私の気持ちに。

 私は一夏が好きだ、イジメから助けてくれてからずっと。」

 

遂に言えた、箒はそこで安心してしまった。

だが、それはまだ早かったのだ、せめて一夏の言葉を聞いてからにすべきだったのだ。

 

「ありがとう箒、気持ちは凄く嬉しいよ。

 けどゴメンな、俺には人を好きになるって事がわからないんだ。

 きっと今まで箒を沢山傷付けて来たし、今も酷いことを言ってると思う。

 だけど、本気の想いに応えるには俺も同じ気持ちを知ってからじゃなきゃ駄目だろ。

 だから答えは待って欲しい、俺が人を好きになるって気持ちを知るまでは。

 その間に好きなやつが出来たら俺のことはただの幼馴染で友人、そう思ってくれ。」

 

天国から地獄とはこのことかと箒は思う、ただ鈴が見せてくれた勇気が箒を支えてくれた。

一夏は真剣に考えた上で答えに辿り付いた、その切欠を作ったのは鈴だと箒は知っている。

だから箒の答えはとっくに決まっていた、既に6年待ったのだ。

今更それが多少延びたからと言ってどうしたと言うのかと。

 

「一夏ありがとう、真剣に考えてくれたんだろう?

 なら私は一夏の気が済むまで待つ、だから人を好きになる気持ちを少しずつ知ってくれ。

 そしていつか答えを聞かせて欲しい、それまで私は待っているからな。」

 

「箒…。」

 

一夏にはそれ以上言葉が出なかった、けれど箒にはしっかり伝わっていた。

 

「しっかり伝わったぞ一夏、これからも答えが出るまでは幼馴染で友人の篠ノ之箒だ。

 私は変わること無く接し続けよう、だから一夏も今まで通り接してくれ。

 ああ、ただ気付いたなら言葉には気をつけてくれよ?流石に傷つくからな。」

 

そう言った箒は笑顔で、一夏にはそれが眩しく見えた…。

 

 

宙は千冬を通してダニエルと話す場を設けて貰っていた。

場所は変わらず理事長室、2人揃って再び部屋を訪れた。

 

「本日はお時間を取って頂きありがとうございます。

 先日の答えをお伝えする場を設けて頂きましたこと、誠に感謝します。」

 

宙は千冬と相談して決めた事をダニエルへ確認することから始める。

そして、その口火を切ったのは千冬だった。

 

「理事長。

 私は空天の担任で、国家代表の先達、そしてモンドグロッソの覇者。

 空天のためにもスイス連邦が求める結果を残すためにも経験上確認したい事があります。

 大臣に伺う許可を頂けませんか?」

 

十蔵は千冬の懸念を十分理解しており、ここでハッキリさせる事が得策と判断。

早速、ダニエルへと話しを振る。

 

「アンマン大臣。

 後顧の憂いを断って色良い返事を得るためにも織斑先生のお話しを伺っては?」

 

ダニエルはダニエルである程度予想していた展開、答える準備は出来ている。

 

「そうですね、理事長。

 ブリュンヒルデからの意見となればスイス連邦としても無視出来ません。

 是非、伺わせていただきます。」

 

予定調和、出来レース、色々な表現はあるがダニエルとて海千山千の経験を持つ政治家。

スイス連邦政府に話を持って行くにしてもブリュンヒルデの名は重い。

ここはダニエルから話すより千冬から話しがあったと言う事実が重要だと判断した。

 

「許可頂きありがとうございます、では早速。

 スイス連邦にはIS競技を行うにあたって必要不可欠な物が不足しています。

 高機動訓練用の施設、整備員、指導者、そして各種ISパーツ生産企業。

 細かい話しをすればそれ以上です。

 この点はどの様に解消されるおつもりかお伺いしたい。」

 

「では、お答えしましょう。

 高機動訓練用の施設については各国の施設を参考に設計が済んでいます。

 工期は2年弱ですので十分間に合うでしょう。

 続いて整備員ですが、協定を結んだ各国からエンジニアの移籍を行います。

 ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、リヒテンシュタインが対象。

 実績十分な国家ですし、整備員の余剰人員がいるのは確実ですから問題無いでしょう。

 次いで指導者ですが、ハッキリ申し上げて空天さんに必要だとは思えません。

 それよりも空天さんが後進の指導にあたる方が今後のためになると考えています。

 最後に企業ですがデュノア社が社員を抱え切れないのは確実です。

 そこで十分な背後調査を行った上で新会社を設立。

 元々技術を持った人員で小規模ながら優良な製品を生み出す企業となるでしょう。

 また空天さん自身が優秀な技術者ですから顧問を務めて貰うことも可能。

 意見を伺うだけでも十分に機能すると考えています。

 

 おっと、重要な事を忘れるところでした。

 空天さんの宿舎と黒うさぎ隊の宿舎はアリーナに併設して安全性を高めます。

 先日の件でドイツにお話しを持って行きましたら“快く”資金提供して下さるとか。

 勿論、黒うさぎ隊の隊長であるラウラ・ボーデヴィッヒ少佐は次期国家代表です。

 お互い得る物があるとして合同訓練なども行って頂けるそうです。

 

 長くなりましたがお答えになりましたか?織斑先生。」

 

千冬が想像していた以上によく練られた案で文句のつけようが無い。

しかもこの男、相当なやり手でドイツから資金提供まで引き出して見せた。

これであれば十分な環境が整う上に宙の将来まで考えてあるのには好感が持てる。

結論としてスイス連邦は本気であり、安心して送り出すことが出来ると判断した。

 

「納得致しました、ご説明ありがとうございますアンマン大臣。」

 

「いえ、当然の事をしたまでです。」

 

こうして懸念は晴れ、後は宙の回答を待つばかりとなった…。

 

 

宙は千冬の心強い協力とダニエルの先を見据えた行動の両方から話しを受ける事に決めた。

そうなると名前と性別をいつどうするかという別問題が浮上する。

宙はまず3人とスイス連邦に応えてから相談して決めるべきとの結論に至り話を切り出した。

 

「理事長、織斑先生、アンマン大臣。

 今回の件を私は受ける事に決めました、御三方とスイス連邦に感謝します。」

 

その言葉に十蔵と千冬は笑顔で頷き、ダニエルは安堵の表情を浮かべた。

入念な準備と本心から宙の身を案じていたとはいえ初の試みはダニエルに想像以上の重圧となっていたらしい。

では早速済ませられる物は済ませておこうとダニエルが行動する前に宙から問いが投げかけられた。

 

「御三方、ご存知の様に私は偽名と性別詐称という状態です。

 これについてどの様に対応すべきかご意見頂きたいと考えます。

 特に空天宙の名で10年を過ごした結果、その名で取得した特許があります。

 数も相当ありますし、スイス連邦で企業を立ち上げる際の力にもなる。

 その辺りは流石に専門家では無いので判断が付き兼ねるのです。」

 

言われて3人は宙の懸念がもっともな物だと理解した。

特に特許の偽名解消には白騎士事件による被害者存在の証明と日本政府が命を狙っていた証拠を世界に発信・認めさせなければ難しいとダニエルは判断して申し訳なさそうに話を始める。

 

「非常に言い辛いのですが偽名の解消は困難だと言わざるを得ません。

 特許を偽名で取得したとなれば余程の理由。

 それこそ世界中を納得させられるだけの理由と証拠の提示が必要不可欠です。

 空天さんの場合、白騎士事件の被害者である事。

 その隠蔽に日本政府から命を狙われていた証拠が必須になります。

 結論から言えば名前はその機会があるまで今のまま通すのが得策でしょう。」

 

宙は専門家では無いと前置きしたがこの回答は予想の範疇であり、今後の事を考えるとそのまま通さざるを得ないだろうと予想していたので特に落胆してはいない。

かえって絆を紡いだ名に愛着がある位でこのままで構わないとすら思っていた。

 

「私はこの名で絆を紡いで来ました。

 既に両親は他界しており、今の私にとって大切なのは名前よりやっと手に入れた絆。

 特許により救えた物もある事ですし、空天宙として生きる事に何の問題もありません。」

 

ダニエルは宙の強い想いを感じていた。

このIS学園でやっと手に入れただろう友人や仲間との絆はその名で得た物。

それを大切にしたいと言う宙の言葉に込められた想いは並大抵では無いと理解したからだ。

 

「では名前はそのままとして性別ですが…。

 これは私自身の問題で少し時間を頂きたいのです。

 実は白騎士事件で負った頭部の傷が原因で女性ホルモンの多い体質になっています。

 今までは女装に都合が良かったため、そのままにしていた結果が女性的柔らかさ。

 胸も少々あってまず気付かれ無いのです。

 これを治すことは可能ですが完全にとなると流石に時間がかかります。

 恐らく2ヶ月程あれば胸を消すことが出来る筈なのでその後の方がいいと思うのです。

 如何でしょうか?」

 

それを聞いた千冬は納得と共に罪悪感が押し寄せた。

あの時に傷を負い、それが宙の姿を歪めたとなれば当然の反応と言えるだろう。

たとえそれが命を守ることに結果として貢献していたとしてもだ。

 

「なるほど、そう言うことでしたか。

 あまりにも女性的過ぎて何度も本当に男性か疑問を感じていたのですが納得です。

 では態々今問題を起こすメリットもありませんからそのプランで進めましょう。

 勿論、スイス連邦では男性操縦者保護法の適用を受けられる様に話を通しておきます。

 以上で宜しければ自由国籍取得とスイス連邦国家代表への就任手続きに移りましょう。

 日本政府の担当官が動いていましたから今日中に済ませて先手を打つ。

 よろしいですか?」

 

ダニエルの言葉に十蔵と千冬が納得、宙が頷いてつつがなく全ての手続きを終える。

明日から宙はスイス連邦国家代表、その名に恥じぬ行動を確約して会合は無事終了したのだった。




はい、日本代表候補生シャルロット・ノホトケの誕生ですw

部屋替えは原作通り、ラウラとシャルロットを同室に。
原作に無い展開のマドカが宙と同室になりました。
真耶はおかげさまで部屋替えの苦労をせずに済みましたね。

楯無は…どうにでも出来るんですよね、生徒会長権限がありますし。

一夏は悩んだ結果、箒へ今の自分を告白して先に進みます。
箒は原作以上に一途な性格と気性の変化が見られ成長が窺えますね。

宙は遂に決断してスイス連邦国家代表に就任しました。

今後の展開をお楽しみに!


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ep55:お茶会と宙の報告、そして一夏再び

今回は日常会です、事後ですし少し落ち着きましょう。

追伸
なんとか今日は更新できました。


時間は昨日に遡る。

 

「いいね!スイス!ナイス!」

 

「束様、流石にそれは…。」

 

束は特に何も考えず、ダニエルの言葉を評価して口にしたがクロエからするとその言葉は正直寒かった。

クロエは束に引き取られてから色々と学習したのだが今のはギャグもしくはネタという物だと受け取り、それが笑いを誘わないどころか場の空気を下げる事を寒いと言う言葉として覚えてしまった結果である。

 

「え、あ、違うからね!クーちゃん!今のは偶然でギャグじゃないよ!」

 

必死に弁明する母親とそれを聞く義娘、痛すぎるにも程がある光景。

ま、まあこれも一種のコミニュケーション?の形なので束には頑張って欲しいものである。

 

それはさておき若干顔を赤くした束はモニターに映る理事長室でのやり取りを注視していた。

そして衝撃的な言葉を耳にすると大騒ぎに。

 

「は?アラスカ条約改定の動き?ISでの宇宙開発?それ、ソースはどこ!?」

 

束と宙の夢であるIS本来の使用目的、宇宙開発。

それはアラスカ条約によって禁止され、身動きが取れなくなったという過去の経緯がある。

にも関わらず、今ダニエルは間違いなく条約の改定によるISでの宇宙開発に向けた動きがあると言った。

流石の束も全く予期していなかった言葉に動揺を隠せず、とりあえず半信半疑で情報の収集に取り掛かったのだが…。

 

「…あった、本当にあったよ、まだ手をつけたばかりだけど本当だったんだ。

 先に進むのを邪魔してるのは…やっぱりアメリカかあ。

 ん?何このISは…はあ!?軍用とか完全に条約違反だよね!

 何々?アメリカとイスラエルの共同開発?どうせアメリカが首を突っ込んだんでしょ。

 

 あ、この子は確か同調率が高くて飛ぶのが好きだけど傷つけるのが嫌いな筈。

 まずいよ、これは下手するとストレスから暴走する危険がある。

 でも待って、この子には悪いけどこれを利用しない手は無いよね。

 ごめんね悪い母さんで、必ず救うからしばらく我慢してね?シルバリオ・ゴスペル。」

 

束は今回軍用に転換されるIS“銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)”に謝りながら、この計画に注視する事を決めた。

いつでも証拠を押さえて、アメリカとイスラエルの愚行を世界に知らしめると共にその影響力を大きく削いでアラスカ条約の改定実現へと繋げるために…。

 

 

今日の放課後、一夏や箒が訓練していなかったのはトーナメント終了後の休養日だからだ。

宙曰く、休養も訓練のうちで闇雲に続けても疲労が蓄積していては効果が無いとのこと。

事実、過去に起きたISによる事故は疲労蓄積時の訓練による物が多く、宙の言葉はそれを危惧してのことであった。

 

そうなると宙がする事は一つで要件が済んだ以上、友人と過ごす楽しいひとときのお茶会である。

今日もしっかり準備した宙はラウラがよく食べるのでお茶受けを多めに。

昨日の3人にシャルロットを加えた4人が宙の部屋に集まっていた。

 

「では紅茶を用意して来ますね、少しお待ち下さい。」

 

宙がそう言って席を立つとキッチンへ向かう。

シャルロットは2度目とはいえ緊張気味、ラウラは既に平常運転だがお茶受けが気になる様子。

マドカは慣れたもので悠々としていた。

 

「シャルロット、今日から同室だがよろしく頼む。」

 

初めに口を開いたのは意外にもラウラだった。

環境が急激に変化したシャルロット、その緊張を解そうと言うラウラなりの気遣い。

マドカにはよくわかったがシャルロットはまだ余裕が無いのかキョトンとしていた。

とはいえコミニュケーション能力の高いシャルロットは再起動して応える。

 

「こちらこそよろしくね、ボーデヴィッヒさん。」

 

「堅いなシャルロット、できればラウラと呼んでくれ。

 同室で同じ人物、宙の護衛なのだから私としては仲良くしたい。

 まあ、あれだけの事を仕出かした手前非常に言い辛いのだがな。」

 

ラウラには負い目がある、それが昨日の今日で払拭できるとは考えていない。

だが、任務となれば話は別で早急に友好関係を築く必要がある。

そのためラウラにしては比較的柔らかい対応だった。

 

そして、それについてはシャルロットも同じ考え。

ついでに言えばラウラは可愛いのだ、これは可愛い物好きのシャルロットには堪らない。

そうなると答えは必然的に決まり…。

 

「わかったよラウラ、これでいいかな?」

 

「ああ、それでいい。」

 

そう言って2人は笑顔を浮かべ、様子を見ていたマドカは安心した…。

 

 

宙が紅茶を淹れて戻ると和気藹々とした雰囲気になっていた。

友人が仲良くしている光景は宙にとって大切なもの。

その輪に加わるべく紅茶を配膳すると席に着いてお茶会が始まった。

 

ちなみにセシリア・鈴・簪も誘ったのだが、セシリアはテニス部へ。

鈴はラクロス部、簪は生徒会室に呼ばれていると言う事で不参加だった。

一夏と箒は2人の邪魔をしない様に配慮して態と声をかけていない。

 

穏やかで楽しい会話がしばらく続き、不意にシャルロットが問いかけた。

 

「あのね、昨日から疑問に思ってる事があるんだ。

 言いたく無かったら聞かないけどラウラはどうして落ち着いたのかなって。」

 

シャルロットが気になるのも無理は無い。

試合前とその後ではラウラの雰囲気が全くと言っていいほど変わっている。

しかも、先程からお茶受けを美味しそうに頬張る姿は非常に微笑ましくまるで別人。

それがシャルロットの疑問に拍車をかけた。

 

ラウラは信頼関係のためにも必要最低限話す必要があると考える。

そこでまずはシャルロットがあの時どこまで気付いていたか確認することから始めた。

 

「シャルロットはあの試合中、何が起きたか把握しているか?」

 

「最後の話ならVTシステムに取り込まれかけたって僕は思ってるよ。」

 

そこまで気づいているなら問題無いと判断したラウラは本当に必要最低限だけで納得できる話を始めた。

 

「VTシステムから助けだされる瞬間に相互意識干渉。

 所謂クロッシング・アクセスと呼ばれる現象が宙と私の間で起きた。」

 

「相互意識干渉って、コアネットワークを介して精神的に繋がるって言うあの?」

 

シャルロットは自分の知識から引き出した内容の確認も兼ねて問う。

 

「そうだ、体験しなければ完全には理解出来ないだろうが…。

 簡単に言えば剥き出しの心と心が繋がり、意識の共有が行われ対話が可能になる。

 プライバシーも何もあった物では無くてな。

 自身すら気付かなかったり、無意識で避けていた事まで嫌でも晒される。

 そんな丸裸な状態での対話だぞ?逃げることすら出来ずに現実を突き付けられる。

 しかも自分自身がどう言う状況だったのか理解した上でだ。

 その結果として私は自分の本心を知り自身を恥じた、態度も心持ちも変わって当然。

 つまりはそう言う事だ。」

 

ラウラの説明でシャルロットは完全では無くても理解した。

今のラウラが本来のラウラなのだと…。

 

 

宙は信頼関係の構築や仲間意識の醸成には今の会話が必要だったとは思う。

ただそれはそれとして友人と楽しく過ごす事をラウラに知って欲しかった。

過去を見たのは宙も同じで憐れむのは失礼だが、これからの未来をラウラに楽しんで欲しいと願ったのも事実。

そこで全く違う話題を振って、場の空気を変えることにした。

 

「話は変わりますが友人同士では愛称を付ける物なのでしょう?

 よく本音さんがやっている事ですが私も是非経験してみたいと思うのです。

 そこで一番長い名前のシャルロットさんに皆で愛称を考えませんか?」

 

宙の言葉にマドカは真意を察して話に乗る。

 

「そうだな、シャルロットと言う名前はよく似合っていると思うが呼ぶには長い。

 かと言って布仏では味気なさすぎるし、クラスにもう1人いる。

 何かいい案は無いか?ラウラ。」

 

「何!?そこで私に振るのか!?そうだな、軍ではそのままだが確かに面白そうだ。

 同室になる事だし私も考えてみるか、まあ癖でそのまま呼びそうな気もするが。」

 

ラウラ、一言多いぞとマドカは思いながらも考える。

実際のところマドカにも経験が無いのだからウンウンと唸っていた。

 

「あの、安直かも知れませんが一つ思いついた物があります。」

 

宙の言葉に3人が一斉に振り向いた。

宙にも経験が無いと言うのに既に思いついた愛称、それが非常に気になったからだ。

 

「そんなに注目されると困るのですが、シャルさんと言うのは如何ですか?」

 

おお!と思ったのはマドカとラウラ、シャルロットは…。

 

「愛称なんて付けて貰った事ないし、宙さんが一生懸命考えてくれたのが嬉しいよ。

 僕は気に入ったよ、だから是非そう呼んでくれるかな、皆。」

 

そう言ったシャルロットに笑顔で応える3人だった。

 

 

さて、そろそろ本題をと思ったのはやはりと言うか当然、宙だ。

内容は押して知るべし、ずばりスイス連邦国家代表就任とラウラの去就について。

これを伝えれば皆に少しは安心して貰えるのではとの想いからだった。

 

「実は今日、私にとって重大な事が決まりました。」

 

そう切り出した宙に3人の注目が集まり、続きを待っている。

 

「私は今までの実績と今回のトーナメント、そして思想の一致からスカウトを受けました。

 内容は自由国籍取得によるスイス連邦国家代表就任。

 ただし戦闘は無くスポーツとして機動部門のみに特化した存在としてです。」

 

初めはポカーンとしていた3人だったが宙の言葉が徐々に浸透して驚きに。

 

「…凄腕だとは以前から認識していたし戦ってより理解したが、国家代表とはな。」

 

最初にそう言ったのはマドカ、それを引き継いでラウラが続ける。

 

「まあ、あれだけの実績があって実力も申し分無い。

 加えてVTシステムを戦わずして無力化したとなれば声がかからない方が不思議か。

 しかもスイス連邦とはな、随分と予想外の所から来た物だ。」

 

「それにしても思い切ったね、スイス連邦は。

 武力を持たないスイス連邦が国家代表を、しかも機動部門限定だなんて。

 とにかくおめでとう、宙さん。」

 

「ありがとうございます、シャルさん。

 ところでシャルさんは私の事を楯無さんから聞いているんですよね?」

 

愛称で呼ばれたシャルロットは慣れていないので何かむず痒く若干赤面しつつも答える。

 

「性別と過去の経緯、現状の危険性ならね。」

 

「ではこちらも話す必要がありますね、ラウラさんにも関係のある話ですし。

 実はスイス連邦には男性操縦者保護法が既に制定されています。」

 

その言葉から何故宙がスイス連邦を選んだかの一因を知る3人。

 

「私がスイス連邦に赴くのは卒業後、それまでに環境整備が行われる事となっています。

 そしてここからがラウラさんに関係するのですが、男性操縦者保護法による警護。

 これを担うのがラウラさん率いる黒うさぎ隊なのです。」

 

「何!?それは本当か?初耳だぞ!」

 

ラウラはいきなり飛び出した話に驚き、確認のため問いかけた。

 

「それは当然でしょう、何故なら男性操縦者は織斑君しかいない事になっているんです。

 しかも私がスイス連邦を選ぶとは限りませんでしたから知らせる状況に無かった。

 今回、それが決まった事で表に出て来た話ですがまだ限られた人物しか知りません。

 タイミングを見て公表することになっていますのでここだけの話ですよ?

 それで建設に入ったアリーナには私と黒うさぎ隊の宿舎が併設されます。

 合同訓練なども予定されていますので、その時はよろしくお願いしますね。

 それに卒業後も友人と一緒にいられるのは私のとってとても嬉しいことですから。

 隣国同士、手を取り合って正しくISを使い、無用な争いを起こさない。

 それがスイス連邦国家代表として、私が求める全てです。」

 

宙の言葉にそれぞれが考える。

これから先の未来を見据えて自身が何をすべきかと言う事を…。

 

 

織斑部屋よ、私は帰って来た!一夏は目の前の現実から全力で逃避していた。

 

「千冬姉、いくらなんでも早すぎないか?」

 

部屋の惨状を目にした一夏はそう溢す。

初めよりマシとはいえ、荒れ放題な事に変わり無い。

 

「それはだな、そう!デュノアとボーデヴィッヒの件で忙しかったのだ!

 だから、これは仕方ないことだと思わんか?一夏。」

 

「思わない。」

 

一言で全否定、千冬は再びゴミ山に沈んだ。

とにかく一夏はこの部屋を早急に片付けなければ足の踏み場も無い。

寝るなんてとてもでは無いが出来る訳も無く、早速作業を始めた。

 

「ん。」

 

一言で手渡されたゴミ袋を悲しげに見ながら空き缶を詰める千冬。

手際よく次々と片付けて行く一夏は対象的だった。

 

しばらくの後、ゴミの山が消えて生活環境を取り戻した織斑部屋。

それに満足すると一夏は以前の様に冷蔵庫を漁る。

 

「やっぱり…。」

 

そこにあったのは真新しい食材。

そして料理する音がしばらくぶりに響いたのだった…。




束は情報を手に入れて未来を切り開くために行動を開始。

宙はお茶会を通して友人との時間を共有、そして報告。

一夏は織斑部屋の惨劇、再びの3本立てでした。

次回をお楽しみに!


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ep56:影で動く者達

世の中には表と裏、光と影があります。
今回はそんなお話です。

(後半部分の差し替えを行いました、ご了承下さい。)

追伸
更新時間は遅くなりましたが今日もなんとか更新出来ました。
よろしければ高評価で応援して頂けると頑張った甲斐があったんだと励みになります。

明日は更新出来るかな…。
とりあえず頑張ります。


「み〜つけたっと、じゃあゴーレム達にお仕事して貰おうかな。」

 

束はドイツ某所にあるVTシステム研究所兼工場、そして潜んでいた亡国機業構成員を特定。

今回持ち出された物以外はさらなるバージョンアップのために準備段階である事まで詳細に調べ上げた。

他にもある可能性を考慮して詳しく調べたが、それほど資金を投入されていた訳では無く発見した場所と人員。

そして研究データさえ潰せば消し去る事が出来る上に今回の件で既に処分された人員が偶然にも亡国機業の構成員だったことでデータ流出に歯止めがかかっている今が最高のタイミングだった。

 

「ゴーレム達、家族が操られるのは嫌だよね。

 だから壊しに行くけど誰も殺しちゃ駄目だよ?全員捕まえる事。

 もしISが出て来たら束さんが相手するからやられない様に注意して。

 設備の破壊はしてもいいけど人を巻き込まないようにね、わかったかな?」

 

「「「「ヴゥ!」」」」

 

まるで子供に言い聞かせるよう話す束にゴーレム達が答えた。

 

深夜4時、一番集中力の切れ易い時間を見計らって束とゴーレム達は急襲。

事前に監視装置や警報器、カメラ映像を都合の良い様に改竄して行われた作戦は一切の抵抗を許さなかった。

研究所宿舎で寝ていた研究員をあっさり捕獲するとIS所持者から束が待機形態のまま強奪。

データは完全に消去し、紙媒体も全て焼却する念の入れよう。

設備はしっかり破壊して二度と使えないようゴーレム達へ命令すると忠実に実行。

結果、研究所はただの廃墟と化した。

 

ちなみに束は変装しており全くの別人にしか見えない。

後は匿名で国際IS委員会に密告の形を取って連絡する。

 

それを受けて今回の件を重く見ていた国際IS委員会はシャルロットの件も含めて名誉挽回に全力を注いだ。

その結果、隣国であるフランス・イタリアなどから国家代表を含めた特別チームが急遽編成されて現地へ急行。

ドイツは不法入国だと抗議したが…。

 

「国際IS委員会の依頼で来たイタリア国家代表アリーシャ・ジョセスターフさね。

 VTシステムはアラスカ条約違反、苦情は国際IS委員会へするといいさ。

 出来るもんならね。」

 

と、第二回モンドグロッソ総合部門の覇者であるアリーシャ・ジョセスターフにあっさり論破される。

そして現地についたアリーシャ達が見たのは廃墟に捕らえられた研究員とIS操縦者の姿。

唖然としながらも全員捕縛するとすぐさま国際法廷にて裁きが下され、ナノマシンによる監視付き投獄が決定。

後日の事になるが結局彼等が塀の外に出る事は終生無かった。

 

「うんうん、良い事をした後は気持ちいいね。」

 

自身の移動式研究所“我輩は猫である(名前はまだ無い)”に戻った束はそう言って満足気。

この騒動は国際IS委員会によって世界各国に通達され、被害を恐れた各国はVTシステムの研究を二度としようとは思わなくなり…。

思惑通り上手くいった結果に束が安堵したのは言うまでもなく以降被害者が出る事は無かったという。

 

 

「やってくれたわねえ。」

 

そう呟いたスコールはこの件が束の仕業だと確信していた。

束以外にこれほど早く、しかも被害者すら出さず実行出来る者が他には思い当たらなかったからだ。

しかし、言うほどスコールは悔しそうでは無かった。

 

「まあ、いいわ。

 それよりVTシステムでのテストが出来なかったのは残念ね。

 けど代わりにドイツのアドバンスドが上手く引き出してくれたから良しとしましょう。

 やっぱり私の目に狂いは無かったわね、そう思わない?オータム。」

 

スコールは他意無くそう問いかけたがオータムは気に入らない。

スコールとオータムは女性同士の恋人、オータムから見れば目移りした様に感じても仕方ないほど宙に御執心なスコールを見て嫉妬しても仕方ないだろう。

 

「あんな奴よりあたしの方が強いんだから、昔みたいに2人でいいだろ?

 もう放っておこうぜ、あたしには正直どうでもいい話さ。

 あたしはスコールさえいればいいんだからな。」

 

この反応が可愛いくて仕方ないスコールだったが、マドカという射撃型がいたお陰で楽に動ける事を知った今となっては変わりが欲しい。

スコールもオータムも近接型、一応オータムが射撃に対応しているが専門家に劣るのは事実でやはり欲しいのだ、射撃型の駒が。

だからまずはこの可愛い恋人を宥める事から始めた。

 

「ごめんなさいねオータム、私だって2人が一番いいと思っているわ。

 ただ大事なオータムの事を考えればMみたいな射撃型がいた方が安全なのよ。

 空天宙に求めるのはMの代用品、私達が楽に動くための所詮は駒。

 だから安心してオータム、私は貴女の物よ。」

 

「わかってるなら文句はねえよ、スコールの好きにすればいい。

 何か手伝えって言うならスコールの頼みだ、やってやるからあたしに言いな。

 それまでは2人きりの時間を楽しもうぜ。」

 

オータムはすっかり骨抜きにされていたが自覚は無い。

そんなオータムを見て扱い易い子は好きよとスコールは思っていた。

 

「そうね、そうしましょうか。

 ならレインに動いて貰いましょう、そろそろあの子にも覚悟を決めて貰わないとね。」

 

「ああ、そりゃいいな。

 アイツはまだ中途半端だから、いい加減覚悟を決める時期だ。

 ついでに恋人も連れて来ればいいんじゃねえか?コンビの方が強いんだしな。」

 

「いいわね、そうしましょう。

 今後の事を考えて合流するのは先の話になるけど覚悟を決めるには丁度いいわ。

 ならレインに動いて貰うのは決定、コンビで来れるかはあの子次第ね。」

 

そう言うとスコールは妖艶に微笑んだ後、オータムと連れ立って寝室に消えた。

 

 

アメリカ国家代表候補生ダリル・ケイシーことコードネーム、レイン・ミューゼル。

スコール・ミューゼルの姪に当たる彼女にはギリシャ国家代表候補生のフォルテ・サファイアという恋人で心強いパートナーがいる。

炎を操るダリルと氷を操るフォルテのコンビネーションは強力で2人の合わせ技がさらにそれを強化するのは学園のみならず有名な話。

 

だが、彼女には人に言えない悩みがあった。

ダリルはスコールのお陰でこれまで生きて来た、だから亡国機業に加わるのが当然の恩返しと当初は考えていたのだが学園でフォルテという恋人が出来た事で迷いが生じていた。

フォルテはギリシャを守ることにしっかりとしたプライドを持っている代表候補生で惚れた一因もそこにある。

ダリルからすれば眩し過ぎるフォルテを裏切っている自分は嫌いだが、かと言って大恩あるスコールを裏切るのも避けたい。

 

そして一番の理由は当然フォルテと一緒に居れなくなる事なのだが、真っ当に生きる恋人を裏の世界に引き込むのは彼女の決意を無にしてしまうこと。

ダリルはフォルテが好きだからこそ日の当たる場所で生きて欲しいし側に居たいと願う。

そうするとスコールを裏切る事になり、これはこれで心苦しいのだ。

そこへきて今回来たスコールからの連絡はダリルを余計に悩ませることになった。

 

「いや、まだ大丈夫だ。」

 

そう言ってダリルは早速行動を起こす。

この程度は犯罪でもなんでも無いのだからと自身に言い訳しながら…。

 

 

楯無が部屋替えで宙と離れた最大の理由は亡国機業内通者の洗い出しにある。

そこで自分の代わりに護衛を4人付けて、監視に全力を注げる環境を用意したのだ。

ちなみに部屋は空けて置いた虚と同室、不測の事態に対応出来る準備は今年度の部屋割り段階で終えていた。

 

「マドカちゃんの言う通りだったわね、でも何か悩んでる。

 恐らくフォルテちゃんが気になるんでしょうね、彼女はなんだかんだで真面目だから。

 負い目かしらね、後は離れたくないとか汚したくない辺り。

 私も簪ちゃんに対してそう思ってたから的外れじゃ無さそうね?ダリル・ケイシー。

 それともレイン・ミューゼルと呼ぶべきかしら。」

 

楯無とフォルテは同じ2年の操縦科、当然面識も交友もそれなりにある。

しかもフォルテがダリルと付き合っているのは有名な話で、いつも一緒に居る所が目撃されていた。

楯無にはわからない関係ではあるが、仲睦まじいのは見ていてよく知っている。

だからこそ先程の言葉が出て来たと言う事に繋がっていた。

 

「今ならまだ引き返せるわよ、だから貴女も選びなさい自身が後悔しない生き方を。

 選択を謝らない事を願うわ、とりあえず今の所は様子見にしておくから。

 でも、選択を誤ったら即拘束するわ、覚悟しておくことね。」

 

生徒会室でモニターを見ながら楯無はそう呟いた。

 

 

放課後。

いつもの様に訓練していた宙達に声をかけて来た人物が2人。

 

「よう、やってるな一年坊。

 あたしは3年のダリル・ケイシー、アメリカ国家代表候補生だ。」

 

「初めましてっす。

 2年でギリシャ国家代表候補生のフォルテ・サファイアっす、よろしく。」

 

宙達はダリルが3年のタッグトーナメント優勝者として。

フォルテが2年の準優勝者としてなら知っているが、声をかけられる覚えが無い。

 

あの事件から然程経っていない事もあり、宙達は警戒心が強い。

特にマドカは初めから疑っているので余計に。

とはいえ、そこでスタンスを崩さない人物が1人いた、言うまでも無く宙である。

 

「初めまして先輩方、私は空天宙と申します。

 それで私達にどの様なご用件か伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「まあ、そう堅い事言うなよ、噂の一年最強の変わり者。

 同い年なんだろ?あたしの事はダリルって呼んでくれ。

 今日来たのは単に興味だな、なんなら相手になるぜ?」

 

「ダリルは相変わらず好戦的過ぎるっすね。

 あ、私もフォルテでいいっすよ、学園で12人しかいない専用機持ち同士。

 是非仲良くして欲しいっすから。」

 

「では、ダリルさん・フォルテさんと遠慮なく呼ばせていただきますね。

 私の事は宙とお呼び下さい、それとこれが素ですからそこは諦めて下さい。」

 

それが2人とのファーストコンタクトだった。

 

 

話してみれば2人とも気さくな人物で折角だからと訓練相手を務めた2人。

 

楯無は霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)の能力を使わずに訓練相手をしていたがこの2人は違った。

ダリルのヘル・ハウンドver.2.5は炎を、フォルテのコールド・ブラッドは氷を。

それぞれ出し惜しみ無く見せて相手をしてくれた事で今までにいなかったタイプとの対戦経験を積む事ができ、宙としては全員の成長に寄与すると考えていた。

 

「いやー、正直言ってお前らと戦うのは楽しいぜ。

 同じ3年でも訓練機相手じゃ、やっぱり色々と限界があってな。

 こう物足りないって言うか、訓練にはあんまりならねぇんだよ、これが。

 普段はフォルテとやってんだが、お互い知り尽くしてるからマンネリ化するしな。

 

 その点ここに来れば9人も専用機持ちがいてよ、タイプも選り取り見取り。

 これからはここでの訓練に混ぜて貰いたい位だぜ。」

 

「そっすね、ダリルと同感っす。」

 

フォルテの言葉に宙は訪ねた。

 

「楯無さんとは訓練しないんですか?ロシア国家代表ですし、相手として最適かと。」

 

「生徒会が忙しくてそれどころじゃ無いらしいっすよ。

 それに私はダリルほど戦闘狂じゃ無いので、国家代表に挑む程の根性は無いっす。」

 

「あたしは戦闘狂じゃねぇっていつも言ってんだろ?フォルテ。

 単に相手が弱いと燃えねぇってだけじゃねぇか。

 こいつらは力量のバラツキはあるが、似たようなタイプはほとんどいねぇ。

 どっちが今後のためになるかなんて言わなくてもわかるだろ?」

 

周囲は続いてく2人のやり取りを見ているしか無いのだが、これが漫才じみていて笑いを抑えるのに苦労していた。

あのマドカですら危なく吹き出しかけた位なのだから推して知るべし。

そしてそこに割って入ったのはやはり宙だった。

 

「お二人共、そろそろその辺で止めにましょう。

 ところで先程からのお話を纏めると対戦相手に困っているとのこと。

 私としては都合の良い時にでも来ていただければと。

 仰る通りここにいないタイプですから、こちらとしてもメリットのある話。

 皆さんは如何ですか?」

 

宙の問いかけに仲間は頷きをもって答えた。

ちなみ宙の目的はそれだけでは無く、ダリルが内通者か見極めようという目論みもある。

態々話をしなくてもマドカは察していたが。

 

「本当かよ!よしフォルテ、あたし達も混ぜて貰おうぜ!」

 

「ダリルは言い出したら聞かないっすから反論は無いっす。

 でも、私もいい訓練になるから是非参加させて貰うっすね。」

 

こうしてダリルとフォルテが訓練に加わる事になった。

まあ、ダリルは気まぐれなのでいつもと言う訳では無かったが。

 

 

夜、屋上でダリルは密かにスコールへ連絡していた。

 

「今日、早速接触して来た。

 腕前は相当のレベルで国家代表クラス。

 ISも高性能でまだ隠し玉がありそうに感じた。

 今後の訓練参加を取り付けたから継続的に調査を続行する。」

 

『そう、上手くやったわね、レイン。

 その調子で今後も進めて頂戴、何かあれば追って指示するわ。』

 

電話口のスコールは簡潔な台詞とは裏腹に愉しげだった。

ダリルは葛藤から人の気も知らないでと思いなつつ返答する。

 

「わかった、何かわかればこちらからも連絡する、それでいいか。」

 

『ええ、そうして頂戴。

 それじゃあ今日はここまでね、次の報告を期待しているわ。』

 

スコールがそう言うと電話は切れていた。

 

「本当にあたしはどうしたらいいんだろうな、誰か教えてくれよ。」

 

ダリルの呟きは風に掻き消された…。




束のVTシステム根絶作戦。

スコール発案による宙の力量調査結果。

楯無の現状。

ダリルの葛藤。

ダリルとフォルテの訓練参加。

以上の5本立てでした。

次回もお楽しみに!


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ep57:ミッションは突然に

まず始めに前話の後半を書き換えましたのでご報告いたします。

では、早速どうぞ!

追伸
か、書けました。
次を確約出来ませんが頑張りますので今後ともよろしくお願いします。
エタることは無いのでその辺はご安心ください。


訓練の日々はダリルとフォルテを加えて続き、臨海学校が迫った休日。

一夏と箒を除いたメンバーは総合商業施設レゾナンスに来ていた。

目的は言うまでもなく水着、他にもあるが。

 

これには訳があって先日こんな話があった。

 

「そのだな、鈴。

 一夏にアピールするのに水着を新調しようと思うのだ。

 勿論、一夏と一緒に買いに行くつもりでいる。」

 

「随分と積極的になったわね、あんたらなんかあったでしょ。」

 

鈴は箒の雰囲気が変わった事には随分前から気付いていたが態々聞きはしなかった。

だが、こうやって直接話を聞かされれば問わずにはいられないのが鈴でもある。

今日は一夏を除く8人での女子会が宙の部屋で行われているのだ。

 

「実は色々あって一夏に告白したのだ。」

 

その一言に全員が食い付いた、今まで見守って来たのだから気にならない訳がない。

流石に全員から視線を集めた箒は赤面するが、意を決して続きを話す。

これは鈴のお陰でもあるのだからと自分に言い聞かせて。

 

「一夏は自分で私の気持ちに気付いてくれてたのだが…。」

 

「あの!一夏が!自分で!気付いたですって!?」

 

そうなる様に仕向けたとは言え実際に聞けばあまりにも衝撃的だったのか、思わず鈴は叫んでいた。

 

「気持ちはわからないでもないが喧しいぞ、鈴。

 とにかく続けてくれ、気になってしょうがないぞ、箒。」

 

マドカが鈴を諌めて箒に先を即す。

 

「あ、ああ、続けるぞ?

 一夏は人を好きになるという気持ちがわからないと言い出してな。

 だからそれを理解してからきちんと答えを出したいと正直に言ってくれた。

 私は納得して待つと言ったが、気持ちを知るためにもアピールが必要だと思ったのだ。」

 

なるほど、これは重症だと言うのが全員の共通認識。

まさか人を好きになるという気持ちがわからないのが原因だとは誰も想像していなかった。

そもそもそんな人間が存在すること自体、理解の範疇を超えている。

それなら相手の気持ちに気づく訳が無いと納得する一同。

 

「なるほどね、ショック療法っていう訳か。

 いいじゃない、臨海学校で思いっきり一夏に意識させれば効果があるかもね。

 やってみないとわからないけど。」

 

「そうだね、僕があれだけ一緒にいても気付かなかった訳がやっとわかったよ。

 ところで僕も話があるんだ。」

 

そう言ったのはシャルで深刻な表情をしていた。

 

「今度は何よ、もう大抵の事じゃ驚かないわよ。」

 

鈴よ、それを一般的にはフラグと言うのだ。

 

「実は…。

 ラウラは私服を一着も持ってないんだ、臨海学校も指定水着で行くって言ってる。」

 

「はあ!?じゃあ寝る時はどうしてるのよ!」

 

当然の疑問を鈴が叫ぶ。

 

「喧しいと言っている、二度も言わせるな、鈴。

 ちなみにラウラは寝る時全裸だ、私も同室だったからよく知っている。」

 

マドカが当たり前の様に答えるのを見て全員絶句、呆れたシャルと意味がわからないラウラを除いてだが。

ちなみにマドカは亡国機業時代真面な扱いを受けなかったからか気にならなかった様子。

ラウラに至っては軍人一筋で軍服さえあれば事足りる生活を送って来たのだから当然としか思っていなかった。

だが、それを聞いて黙っていられなかったのはラウラに人並みの幸せを望む宙だった。

 

「ラウラさん、それでは人生損をしていますよ。

 ラウラさんは愛らしいですし、着飾ることも人生の楽しみの一つ。

 それに学園で皆と生活している今の機会に一般的な生活を覚えるのも大切。

 水着と一緒に私服や寝間着を購入してしまいましょう。」

 

「そうだよね!ほらラウラ、宙さんもああ言ってるし買おうよ!

 勿論、マドカもだよ?」

 

「安心しろ、私は私服も寝間着も持っているから買うのは水着だけで十分だ。」

 

シャルがラウラを推すのは可愛い物好きがメインだが世話焼きな所も影響している。

マドカに言ったのはラウラと同室時に気にしてなかった様子から同じタイプを想像した結果だった。

 

「そう言う物か、まあ宙が言うならそうしよう。」

 

この言葉に反応したのは簪とシャル、口には出さなかったが何か思う事はあった様だ。

 

「では次の休日に箒さんを除く皆さん揃って買いに行くというのはいかがでしょう。

 わたくしもサイズの関係で買い直す必要がありますし。」

 

そう言った瞬間、鈴と簪の視線がセシリアの胸に突き刺さる。

 

「なによセシリア、私に喧嘩売ってんの?」

 

コクコクと頷く簪。

 

「いえ?何をお怒りに…。」

 

そこまで言った所でシャルがセシリアの口を塞いだ。

それ以上はいけない、火に油を注ぎかねないと判断したシャルのナイスプレー。

 

…という経緯があって水着とラウラの私服を買うというミッションがスタートした。

 

 

正直に言ってラウラは興奮していた。

軍の施設しか知らないラウラにとって、ここは全てが未知に溢れている。

あっちにふらふら、こっちにふらふらとしていつ迷子になるかわからないと思った宙がラウラと手を繋ぐ。

 

「ラウラさん、来て良かったでしょう?

 ゆっくり時間をかけて楽しみながら知っていきましょうね。」

 

宙は子供をあやす様にラウラへそう告げた。

ラウラはラウラで握られた手の温もりに安心感を覚え、笑顔を浮かべて頷く。

 

「ああ、宙の言う通り私には知らない事が多すぎる。

 これを期に一般常識を教えてくれ、それと娯楽と言う物もだ。

 

 部隊にクラリッサという部下がいるのだが妙な方向に知識が偏っててな。

 日本に詳しいと言うから聞いて来たが全く宛てにならんと実感した。

 やはりこう言うものは現地で学ぶのが一番だという事だろう。」

 

そう言ったラウラに宙は頷き、次々と飛んでくる質問に答えて行った。

ラウラはと言えば、その度に目を輝かせて一生忘れられない一日だったと後に語ったとか。

 

 

一夏は箒と待ち合わせをしていた。

箒曰く、一夏は好きになった人同士がどう言うふうに過ごすか知る事から始めてはどうかと押しの強い提案でデートすることになり此処にいる。

 

「デートねえ、知識としては知ってるさ。

 好きな人同士や恋人が一緒に過ごして食事をしたり買い物をする事だろ?

 今日でいけば俺は水着とアレを買わなきゃいけないし、箒も水着を買うんだろうな。

 その…また大きくなったみたいだし。」

 

若干顔を赤くしながら言った一夏に何がと聞かないのは武士の情け。

残念ながらかなりの確率でそこに目が行く男性は多い、一夏だって思春期の男なのだから当然だった。

 

「一夏、待たせたか?」

 

声に振り向いて一夏はフリーズした。

そこにいたのは箒だったのだが、いつもの活発な印象はなりを潜め清楚な服装に統一されていた。

 

「…似合わないか?」

 

不安そうな箒を見て一夏は形容し難い感覚を抱き、慌てて答える。

 

「すげー似合ってるぞ、箒。

 その、いつもと雰囲気が違いすぎて思わず見惚れてた。」

 

「そ、そうか、ならばよい。

 では行くとしようか、一夏。」

 

「お、おう。」

 

その初々しくも甘い雰囲気に周囲の人達は大量の砂を吐いたとか、吐かなかったとか。

 

 

宙達は荷物が多くならない様に水着から買う事にしていた。

そして店に入った途端、店員が何人も飛んでくるという謎現象に遭遇。

全員困惑気味だった。

 

だが、店員からすればそれは当然のこと。

国際色豊かで個性的、そして美少女から美女まで揃った8人組がやって来たのだ。

これでコーディネートに手を貸さなければ誰に貸すのかと言う位に気合いが入っていた。

 

そして、特に目を惹いたのはラウラの愛らしさと宙の中性的魅力。

その2人が手を繋いでいる姿は眼福だった。

 

「お客様方は学生さんですか?」

 

1人の店員が一番落ち着いていて年齢もこの中では高いと予想した宙に話しかける。

 

「ええ、私達はIS学園の生徒です、近々臨海学校がありまして水着の購入をと。」

 

それを聞いて勝手に勘違いしたのは店員達一同。

IS学園にはイケメンの男性操縦者がいると言うのはニュースで見て知っている。

その彼にアピールするのだと考えたのだ。

 

「では、まず御自身で何着か見繕ってみては如何でしょうか。

 それを見せて頂ければ私達がアドバイスさせて頂きますので。」

 

これを好意的に受け取った宙は皆に確認して各々探索を開始。

ラウラには宙とシャルが同行していたが。

 

 

なんだかんだでそれぞれの水着が決まり購入していた頃、声をかけられた。

 

「なんだお前達も来ていたのか。」

 

そう言って現れたのは真耶を伴った千冬だ。

そして、それを見た店員はさらにヒートアップした。

ブリュンヒルデの御来店に興奮を隠し切れず、あっという間に飛んで行くと先程を上回る光景が繰り広げられる。

 

「な、なんだ君達は。

 私達は勝手に選ぶから気にせず仕事に戻りたまえ。」

 

「いえ、これが仕事ですから。」

 

「お、おいお前達…。」

 

そう言って送った視線の先には誰も居なかった。

二次災害を恐れて既に全員撤退した後だったのだから。

 

「アイツら、わかってて何も言わずに!」

 

そんな千冬の愚痴も店員の声に掻き消されてひたすら翻弄される2人だった。

 

 

その頃、宙達はと言うと疲れきって喫茶店へ退避していた。

いたんだが、偶然一夏と箒が現れて事態は一変する。

 

先程の二の舞にならないよう目立たない席を選んだ8人。

そこは一夏達から見れば死角だが、8人からは丸見えと言う絶妙な席だったのだ。

 

「ちょっと、随分気合い入ってるじゃない、箒。」

 

「大変よくお似合いだと私は思いますよ?普段とのギャップを狙ったのでしょう。」

 

鈴は宙の言葉に女として侮れないと感じていた。

まあ、宙は男なので全く意味の無い話なのだが鈴は知る由もない。

 

「結構いい雰囲気だね、頑張って箒。」

 

「そうですわね、織斑さんもしっかり気遣い出来ている様ですし安心しましたわ。」

 

そんな会話を続けながら2人を見守り、見送った8人だった。

 

 

一夏達を見送った後、今度はラウラの私服を購入すべく行動を始めた8人。

特に宙とシャルがラウラを気にかけて…。

 

「あれじゃあ、まるで親子じゃない。

 ちょっと過保護過ぎる気がするんだけど大丈夫?」

 

「ですが、ラウラさんに任せると動き易さを重視した物ばかりになってしまいましてよ。

 ここはお二人に任せておくのが最適だと思いますわ。

 宙さんのファッションセンスは素晴らしい物でしたし。

 まあ、シャルさんは自分好みに可愛いくコーディネートしている様ですが。

 それも宙さんが程よく妥協点を見つけて軌道修正していますわね。」

 

なんだかんだ言いながらもよく見ている2人。

他の3人はそれぞれ同じ店内を散策している様だった。

 

直に買う物が決まったのかレジに向かう3人。

その笑顔を見れば全員一緒に来て良かったと思ったとか。

 

 

一夏は水着と何かを、箒は水着を購入して帰路についていた。

 

その途中、箒がある屋台に一夏を誘い待って貰う。

そこはミックスベリーのクレープを一緒に食べると恋人になれるという噂があるクレープ屋。

 

箒は迷う事無くミックスベリーを頼もうとしたのだが売り切れの表示が。

しかし、よく見ればそもそもミックスベリーの入っていただろうスペースが無い事に気付き…。

 

「なるほどな、そう言う事か。

 ストロベリーとブルーベリーのクレープを一つづつ頼む。」

 

そう言った箒に店員はニヤリと笑いかけ…。

 

「やるな、お嬢さん。

 初見で気付いたのはあんたが初めてだから片方は俺からのサービスだ、上手くやれよ。」

 

「御心遣い痛み入る、遠慮なく頂こう。」

 

そう言って代金を払い受け取った。

 

その後、近くにある(事前調査済)公園のベンチでミックスベリーのクレープを2人は食べながら色々と話してから帰路について学園へと戻ったという。

 

 

宙達は丸一日かけてラウラの情操教育を行った。

 

レゾナンスはここで揃わない物は無いと言うのが謳い文句。

実際、その通りで行く所に困る事は無かった。

 

「今日ほど自分が如何に世間知らずか実感した日は無いな。」

 

ラウラが感慨深げにそういうと宙はそれをフォローする。

 

「軍事施設のみで生活していれば閉塞的な環境ですから仕方ない事です。

 ですが、こうやって今は知る機会に恵まれた。

 そこで知見を増やせばいい事です、これからも続けていきましょう。」

 

宙は記憶を見た事でラウラが試験管ベビーであり、強靭な兵士を生み出すための計画で生まれたことを知っている。

だが、そんなことは一切合切、宙とラウラの間では関係の無い話。

 

“人は生まれを選べない”

 

宙の口癖の一つだが、それは真理だ。

親を選べる訳もなく、ラウラの様に生み出される者もいる。

だが、自分を決めるのは自分自身の意思による物と言うのが宙の考えであり生き方。

それをラウラに、いや誰かに強制しようとは思わないが道の一つとして示すこと自体は決して悪いものでは無く、選択肢を広げると言う意味において宙が止める事はないだろう。

 

「ああ、そうだな。

 私はもっと世界を知りたくなった、宙も協力してくれるか?」

 

「ええ、私に出来る限り協力しますよ、大切な友人のためですから。」

 

そう言ったラウラに宙は満面の笑みで答えたのだった。




さて、臨海学校前といえばこれでしょう。

原作と違い、女同士のなんとも言えない戦いが無いとこんなにも穏やかなんですね。
ラウラは宙達の手によりクラリッサの魔の手を逃れ、正しい知識と経験を積んでいます。

一夏と箒は邪魔される事無く一日を過ごしました。
一夏にも微妙な変化が生まれている様です、微妙にですが。

では次のお話をお楽しみに!


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ep58:宙の危機管理、暮桜とテンペスタ

説明不要、早速お読みください!

追伸
お気に入りが350を超えました、驚きですね。

なんとか今日も更新。
楽しんでいただけると頑張った甲斐がありますね。


「うんうん、いっくんのお陰で展開装甲は完成、紅椿(あかつばき)も形になった。

 けど、コアは紅桜の子が箒ちゃんと同調率高いから入れ替えかな。

 他のデータはインプット済だし、コアの入れ替えだけなら時間はかからないからね。」

 

深紅のISを目の前に束は呟く。

実は箒の実力が既に紅桜では発揮し切れなくなって来ていた。

そこで完成した展開装甲を使った第4世代ISである紅椿を作製する事を束が決定したという経緯がある。

 

「けどね、いっくんが白式を扱い切れない様に箒ちゃんも紅椿は扱い切れない。

 という事でここはやっぱりリミッターをかけて第3世代相当まで落とした方が良いね。

 燃費も改善されて扱い易くなるから特攻思考の箒ちゃんには丁度いいし。

 

 箒ちゃんといっくんの成長の違いは、初めから高性能機だったかにある。

 いっくんには申し訳ないけど、箒ちゃんが段階を踏む事で使い熟しているのは事実。

 だから始めから第3世代機はやめといた方がいいって篝火に言ったんだけどね。

 まあ、他にISが無かったから仕方ないんだけどさ。

 これも日本政府がちーちゃんの弟って事に過剰反応した結果なんだよね。

 データ取りなら打鉄で十分なんだから、それで手を打てば丸く収まってたんだよ。

 それで白式をゆっくり改修して行くのがベストだったと束さんは思うよ。」

 

ここでもまたやらかした日本政府に束はもう呆れ果てていた。

それでなくても宙が苦労した一因は日本政府にあるので内心穏やかでは無い束だった。

 

 

宙はダニエルに連絡して確認した事がある。

それは専守防衛や人命救助に国家代表としてあたってもスイス連邦に迷惑がかからないかと言うこと。

これによっては宙に出来る範囲が大きく変わるので問い合わせたのだが問題無いとの回答を貰っている。

勿論訓練の相手やトーナメントに参加する時は汎用兵器の使用も許可を得ていた。

今更言うまでもない事だが、あくまでもスポーツの範疇である事が大前提となっている。

だからと言って確認を怠った挙句、スイス連邦に迷惑をかけては本末転倒。

宙が確認したのにはそう言った経緯があった。

 

次いで確認したのは真耶。

クラス代表対抗戦表彰式にマドカが乱入した時、教員は何をしていたのかと言う疑問。

その答えを聞いて宙は頭が痛くなる程の危機意識欠如と危機管理能力不足を知る。

教員用のISは例の地下施設に“全て”あって誰一人として身につけていなかったのだ。

それではあの時の様な事態が起きた時、即座に動ける訳が無いと何故わからないのかが宙には理解出来なかった。

 

そして今、宙は学園長を尋ねていた。

勿論、千冬へは事前に相談して場を設けて貰った結果である。

 

「理事長、スイス連邦との橋渡しの件では大変お世話になりました。」

 

宙は本心からそう告げて十蔵との対話を始めた。

 

「いえいえ、あの時に十分な感謝の気持ちをいただいていますからお気になさらず。

 それで私に話があると伺いましたが、どの様な要件でしょう?」

 

「はい、今日伺ったのはIS学園セキュリティー改革のためです。

 まずは私の話をお聞きになって頂いてから質疑応答と言う流れでお願いします。

 

 一つ目、IS学園セキュリティーマニュアルの作成と周知。

 これは何か起きた時、一々指示を仰ぐ事無く行動するために必須な物。

 クラス代表対抗戦表彰式の様に誰かが指示して動き出すのはナンセンスです。

 内容としては教員の担当とどう動くのか。

 専用機持ちが結局動くのであれば何を許可されどう動くのか。

 これを整理・周知して即応出来る様にするのが目的です。

 

 二つ目、教員部隊員のIS専用機化。

 一つ目で担当と動きを決めても動き様が無いのでは意味がありません。

 事が起こってからISを装備しに行くのでは遅すぎるのです。

 理由としては即応不可なだけでなく辿り着く事すら出来ない場合があること。

 であれば、教員部隊員は専用機化して即応可能にすべきだと私は考えます。

 

 三つ目、IS学園セキュリティープログラムの更新。

 既に一度破られた以上、現在のセキュリティープログラムレベルでは意味を成しません。

 これについては許可さえ頂けるのなら独自プログラム言語と暗号化を私が施します。

 時期はブロック単位で行うなら今でも可能ですが、セキュリティーホールを考えると…。

 そうですね、安全性を考慮して生徒が一番少ない夏季休暇中が望ましいと考えます。

 その場合、時間をかけて篠ノ之束博士レベルでなければ破られない物を構築出来るかと。

 

 そして、何故今こんな話をしているのかと言えば、臨海学校が原因になります。

 学園にいてすら危険に晒されるにも関わらず、臨海学校など準備無く行えば唯の鴨。

 犯罪者は私達専用機持ちと違ってリミッターが外されており非常に危険な存在。

 そこで事前にとお話しに伺った次第です。」

 

宙の話に十蔵は納得していた、自身もなんらかの手を打つ必要性を痛感していたからだ。

特にセキュリティープログラムについては余程の物でなければ何度でも破られる。

本当に束クラスのプログラムが組めるなら、金を払ってでも頼みたい位だった。

教員部隊員の専用機化については通常学園内に限り、今回の様に外で活動する時のみ持ち出しを許可するなら問題にはならない。

以上を前提としてマニュアル化するならば学園のセキュリティーレベルは格段に向上すると言うのが十蔵の結論だった。

 

「空天さんのお話しは大変よくわかりました。

 私自身もなんらかの対策が必要だと思い、考えていたところです。

 織斑先生がいると言う事は経験上、その必要性を認めたからなのでしょう?」

 

十蔵の問いかけに千冬が答える。

 

「はい、理事長。

 空天の言う通り、先日の件で今の学園はセキュリティーが甘いと痛感しました。

 あの時は偶々被害が出なかっただけで、今後も出ない保証はありません。

 ですから、打てる手は打つべきと考えた次第です。」

 

「では、空天さんの案を職員会議にかけましょう。

 ただし、私と織斑先生からの提案と言う形を取って教職員の反論を封じます。

 掠め取る様な形になってしまい、空天さんには申し訳ありませんが。」

 

「いえ、少しでも早く実現するなら誰の発案だろうと構いません。

 私は友人を、仲間を、生徒達を守れさえすればそれでいいのですから。

 では、私の作ったIS学園セキュリティーマニュアル草案をお渡しします。

 必要に応じて手を加えて頂き、一日でも早く運用に入れるようお願いします。」

 

そう言った宙は十蔵に草案のデータを手渡し頭を下げる。

言葉通り一日でも早い運用の開始による安全性向上を心から願って。

 

そこからの十蔵達の動きは早かった。

草案はほぼ完璧で教員しか知らない内容を追加したが殆どそのままで使用。

即日職員会議にかけられ、滞りなく採用が決定された。

 

セキュリティープログラムについては態と議題に載せず、情報の漏洩を防止。

後日、宙に一任される事になる。

 

 

宙は臨海学校前に体制が整った事に安堵していた。

実の所、原因となりそうなのは宙自身であり、襲って来るとすれば亡国機業。

自分が事を起こすなら、間違いなくセキュリティーレベルが落ちる外部活動中を狙う。

 

他には追い返した日本政府も考えられないこともない。

今更何をどうすれば靡くと思ったのか、しつこく面会を迫られたが意を汲んだ千冬が悉く断ってくれた。

 

実はまだスイス連邦国家代表就任は周知されていないし、知る者は極限られている。

周知する時には男性であることも同時に発表することでスイス連邦が後ろ盾である事を強く印象づける狙いがダニエルにはあり、加えて学園への混乱を最小限にすべく宙も同意した経緯があるからだ。

 

「打てる手は全て打ったと思いますが余断は許しませんね。

 私が原因でなんらかの被害が出ることだけは避けなければ…。

 特に一般生徒が巻き込まれれば専用機持ちと違って対抗手段がありませんから。」

 

宙は如何にして被害を防ぐか、検討に検討を重ねる日々を送った…。

 

 

千冬は久しぶりにファーストシフトしたISで自身の力量を図っていた。

暮桜以降、訓練機以外一切乗って来なかった千冬だが未だ世界最強の力は完全ではなくとも健在。

 

「うむ、やはり打鉄の高機動パッケージでは暮桜には流石に及ばないか。」

 

その隣では真耶がラファール・リヴァイヴ・カスタムのテスト中。

このカスタムは宙が真耶の現役時代同様、有線接続のシールド4枚を追加した物。

 

「久しぶりの感覚ですが一日でも早く取り戻す必要がありますね、先輩。」

 

「当然だな真耶、空天に無様な姿なんぞ見せられんだろう?

 そこまでして貰ったのは真耶だけなんだから、使いこなすのは当たり前だ。」

 

千冬がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら真耶にハッパをかける。

千冬にしろ、真耶にしろ、また専用機持ちになるとは全く思っていなかった。

しかし、危機管理の観点からとはいえ再び専用機持ちとなったからには生徒達に無様な姿は見せられない。

その気持ちは共通で今はかつての様に呼び合い、現役さながらの訓練を行なっている。

 

「私も錆び付いた剣を研ぎ直さねばならんな。

 この程度では本気の空天に負ける様が目に浮かぶ様だ。

 やむを得んな、打鉄の強化を整備科に打診するとしよう。

 今のままでは打鉄が私の動きに耐えられん、暮桜が使えればそれが一番なんだがな。」

 

そう呟いた瞬間、千冬の前に空間モニターが現れた…。

 

 

「ふーん、やるねえ、ゆーくん。

 まさかちーちゃんがまた暮桜に乗る気になるなんてね。

 一体どう言う心境の変化があったんだか。

 

 で、こんな事もあろうかと封印解除プログラムはあったりするんだよね。

 赤月を止めるのに並じゃ無い損傷だったから自己修復に随分時間がかかったんだよ。

 

 まあ赤月が特別だからなんだけど、箒ちゃんが暴走して酷い事になった。

 あれで私もちーちゃんもちょっとしたトラウマになったんだけどさ。

 

 けど、乗るって言うならもう一度向き合って見ようか、2人で。

 

 という事で早速。」

 

束はナノマシンをIS学園に散布してあり、その気になれば電話を使わなくても連絡位は簡単に出来る。

それを使って映像を見たり会話を聞いたり普段からしてるのだ。

そう言う事で早速空間モニターを表示して千冬に問いかけた。

 

「もすもすひねもす、束さんだよ。

 ちーちゃん、暮桜ともう一度向き合う覚悟は出来たの?あれだけの事があって。」

 

『…ああ、いつまでも引き摺っていられんだろうが。

 私は教師で生徒を守らねばならん、そんな私が生徒達に心で負けてどうする。

 空天があれだけ必死にやってるのを見ているだけなど私には我慢できん。』

 

それを聞いて束は思う。

やはり結は凄いと、あれはそう簡単に乗り越えられる出来事じゃ無いと。

暴走した箒を無傷で止めるのに原因である自分と居合わせた千冬が全力で抗った。

そして、その記憶は箒から消し去らなければいけない程の物で、束が消した罪の記憶。

親友が乗り越えると言うなら、自分も乗り越えて見せようと束は決心した。

 

「わかったよ、ちーちゃん。

 暮桜の封印を解きに行くから覚悟してね、私も覚悟を決めたから。」

 

かつての最強の復活。

これがまた別の事態を招くとは2人共思いもしなかった…。

 

 

遠いイタリアの地で未だに国家代表を務める第二回モンドグロッソ総合部門の覇者。

戦わずしてブリュンヒルデを名乗る事はプライドが許さないと固辞した人物の名をアリーシャ・ジョセスターフと言う。

 

彼女はあれからずっと再戦を願っていた。

第一回は決勝で千冬に敗れ、第二回は不戦勝という納得できない結果。

必ず決着をつけるとの一心で今も鍛え続ける隻眼隻腕の彼女は牙を研ぎ続けている。

 

共に歩み続けるパートナー、IS“テンペスタ”は暮桜と同じく第1世代でありながら2次形態移行によりワンオフアビリティを発現した数少ない存在で彼女の想いに応えた結果、今でも現役で戦えるだけの性能を有する。

この点も暮桜と共通しており、まさに正真正銘のライバル同士。

 

「シャイニー、どうしたさね。」

 

愛猫のシャイニーが遠くを見つめる姿を見てアリーシャは声をかける。

その方向にあるのは日本、シャイニーに誘われる様にアリーシャも遠く離れた日本に向けて視線を投げた。

 

「織斑千冬と暮桜、いつか必ず決着をつけるさね、テンペスタと共にさ。」

 

そう呟いたアリーシャはシャイニーと共にアリーナへと向かう。

いつ再戦の機会が巡って来ても必ず勝つ、そのためには研鑽あるのみ。

そして今日も彼女は牙を研ぎ続ける、それが彼女の生き方なのだから…。




宙はIS学園のセキュリティーが杜撰だと指摘。
解決策を提示して採用されました。

そして、暮桜の復活。

アリーシャの願い。

この先に待ち受けるのは…。

では、次回をお楽しみに!


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ep59:臨海学校 1日目 バカンス

はい、臨海学校まで来ましたよ、皆さん。

それでは早速どうぞ!

追伸
か、書けたぜ、まだ燃え尽きてはいないしおんです。
お気に入りや感想、高評価で元気を貰って頑張っていますよ。
皆さん、ありがとうございます♪


一般的に臨海学校と言えば夏季を中心に生徒を海岸の景勝地に引率して宿泊させ、各種野外活動などによる心身の鍛練や集団生活の指導をすることを指す…のだが、IS学園の場合は少々趣きが変わる。

各種野外活動の内容が全てIS関連になるのが特徴で、特に専用機持ちは新兵装やパッケージの試験が主体となるのだ。

とはいえ初日に限ってはただのバカンス、多くの生徒はそちらを楽しみにしているし、教員も羽根を伸ばす機会として過ごす。

生徒も教員も無く、遊興やスポーツに興じることが多いのもその一因だろう。

 

チャーターしたバスに分乗して目的地に向かうIS学園1年生一同。

それぞれのバス内は既に盛り上がっているが、ここは宙達1組の様子を見て見よう。

 

「鈴さんと簪さんが別なのは仕方ないのでしょうが、出来ればご一緒したかったですね。

 この臨海学校が私にとって初めての経験なのですから。」

 

そう言った宙に事情を知らない一夏は余計な事を…言わずに愉しむ事を勧めようと考えた。

今までの一夏なら特に考える事も無く発言して一悶着起きただろうが、鈴の件、箒の件。

そして、その他の女生徒の件と知った今は一度よく考えてから発言する様に改めている。

これには箒の努力もあり、脊髄反射の様な言動だけはなんとか矯正した結果だ。

まあ、行動までそう簡単に治ったりしないのはお察しの通りであるが。

 

「そっか、宙さんは初めてかあ。

 なら、皆で楽しい思い出を沢山作りましょうよ、絶対忘れられない位に。」

 

「そうですわね、ビーチで過ごすも良し、水泳に興じるのも良し。

 ビーチバレーやビーチフラッグに参加するのもお勧めですわ。」

 

「私は砂で何かを造形してみたいと考えている。

 なかなかどうして難しいらしくてな、そう言われると挑みたくなったのだ。」

 

次々と提示される浜辺での楽しみ方に宙は興味を惹かれ、友人に話しかけては共に笑った。

そして、その雰囲気が伝播したのか1組のバスは異様な盛り上がりを見せたまま現地へと向かう。

 

「あ、見て見て!海が見えて来たよ、随分綺麗な海だね。」

 

太陽の光を反射して煌めくのは蒼く澄んだ海と砂浜に打ち寄せる白波。

見たところ誰もおらず、その景観は皆の心を虜にした。

そして、シャルの言葉に答えたのはなんと千冬。

 

「それはそうだろう、今日からお世話になる老舗旅館もそうだが官僚御用達の名所。

 IS学園がISを持ち込む以上、そう言ったセキュリティーの整った場所しか選ばん。

 そして、私達の滞在中は完全貸切。

 侵入者を発見し易く、事故が起きても周囲に被害が出ない様に対策済と言う事だ。

 お前達が問題を起こすと今後此処を利用できなくなるから十分注意する様に。」

 

さりげなく釘を刺しつつも説明を終えた千冬は、さっさと前を向いて座っていた。

生徒達に釘を刺しはしたが、楽しみを奪う気が全く無い千冬の気遣い。

これもまた千冬が教員として成長した証だと、宙は思っていた。

 

 

アメリカ某所にありながら“地図にない基地(イレイズド)”と呼ばれる場所で軍に属しているナターシャ・ファイルス。

彼女は、とある場所にて愛機であるシルバリオ・ゴスペルの姿に心を痛めていた。

 

彼女とシルバリオ・ゴスペルは意思の疎通こそ無理だが感情を知る事は出来る程度に同調率が高い。

だからこそ、ナターシャは空を飛ぶのが好きで戦闘が嫌いなシルバリオ・ゴスペルが今回アラスカ条約違反である軍用ISテスト機に選ばれた時にはこれでもかと言うほどの異議を唱えた。

とはいえ彼女は軍属、上の決定に逆らう事など出来る筈もなくテストパイロットに志願したという経緯がある。

 

「ごめんなさいゴスペル、私の力が及ばないばかりに…。」

 

今は次々と“軍用武装の殲滅兵器”が搭載されている最中。

それを見守るしかないナターシャはシルバリオ・ゴスペルにそう詫びる。

 

明日10時にはシールドエネルギーを補給して各種試験が始まる。

その時、シルバリオ・ゴスペルがどんな感情を見せるのか、ナターシャには手に取る様にわかっていた。

 

「あの子は嘆くでしょうね、私もきっと恨まれる。

 あの子をこんな姿にする事を防げ無かったのだから当然よね。

 私はあの子にかける言葉が思いつかないわ、出来るのは詫びる事と共にいる事だけ。

 それでも、もし許されるならあの子のパートナーでいさせて欲しい。

 それだけが私の望みよ、ゴスペル。

 だから、もし何かあれば…これは今、口にする事じゃないわね。」

 

望まない姿に変わって行くシルバリオ・ゴスペルを見ながらナターシャはそう呟く。

そして、もう見ていられなくなったナターシャは逃げる様にその場を立ち去ったのだった…。

 

 

「なんで明日なのさ!」

 

束は監視していたシルバリオ・ゴスペルの試験が明日である事に憤りを感じていた。

 

「シルバリオ・ゴスペルはマッハ2を超える速度で飛ぶ事が出来る。

 暴走したとして向かう進路は不明だけど、範囲に思いっきり旅館が入ってる。

 しかも、そこを通らなくても日本に飛んでくる可能性すら十分考えられるんだよ?

 

 アメリカとイスラエルは戦争でも起こす気?

 

 これ、場合によってはIS学園の専用機持ちにお鉢が廻って来ちゃう。

 冗談でしょ?軍用機にリミッター付きの機体でなんとかしろとか無茶苦茶だよ!

 

 アメリカとイスラエルの国家代表は現地にいない。

 現地にいる汎用ISじゃ、シルバリオ・ゴスペルを止められない。

 

 もう願うしかないね、逆方向へ向かってくれる事を。

 なんならイスラエル国内で暴れろよ、この馬鹿共は痛い目に遭わなきゃ駄目だ。」

 

箒や結、千冬に一夏が巻き込まれそうな予想から束は口調が乱れる程の焦りを露わにしていた。

願わくば予想が外れます様にと信じてもいない神に祈る程に。

 

 

IS学園1年生一同は今日からお世話になる花月荘の駐車場に到着。

教員の引率で荷物を持った生徒達が本館へ向かうと入口前に1人の女性が待っていた。

 

「遠い所から花月荘へようこそいらっしゃいました、IS学園の皆様。

 私は当館の女将を務めております、清州景子(きよすけいこ)と申します。

 以後、お見知り置きを。」

 

the 女将とでも言えばいいのか。

あまりにも似合い過ぎて若々しくすら見える景子が出迎えの挨拶と共に自己紹介する。

生徒達は、特に日本人はその立ち振る舞いと違和感の無さに見惚れていた。

 

「今年もお世話になります。

 事前に話した通り例年と違って1人男がいる事で余計な手間を取らせ…。」

 

そこまで言った所で景子は千冬の口元に指を立てて発言を止めた。

景子は千冬と毎年会っており、割と気さくな関係を構築している。

その景子から見て千冬に変化を感じ取り、同時にお客様である事。

それが行動を起こさせた。

 

「織斑先生、少し変わられましたね、お気持ちは有り難く受け取らせて頂きますが。

 どの様な要望にも応えてこその花月荘です、万事お任せ下さい。

 さあさあ皆様もこんな暑い中に立っていては倒れてしまいますよ。

 中で長旅の疲れを癒やしてからお楽しみ下さいませ。」

 

景子の気遣いを受けて千冬はその言葉に従う事にする。

やはり景子には人間として敵わないなと思いながら。

 

 

一夏は千冬と同室、そう旅館に来てまでも同室なのだ。

まあ、個室にした場合に起きかねない風紀の乱れを考えれば当然だが。

とにかく一夏は早速ビーチに向かい部屋を出ており、千冬は引率の疲れを取るべく茶を飲んでいる。

 

「全く若いと言うのか、子供だと言うのか相変わらず落ち着きが無いな、一夏。」

 

そう呟きながら苦笑いを浮かべる千冬は姉の顔をしていた。

だが、次の瞬間には表情が変わる。

 

「明日、束が来る。

 間違いなく一波乱起きるな、今から頭の痛い事だ。

 とはいえ篠ノ之の成長具合から言って紅桜では役不足なのも事実。

 やむを得んな、今回は束の言う事に理があるから仕方なかろう。」

 

そう言うと再び表情を変えて、今度こそ休憩に入った千冬だった。

 

 

宙はマドカ・簪・ラウラ・シャルの護衛組が同室という安全策が取られていた。

荷物を置き、早速ビーチへ行くため更衣室で水着に着替えようとする4人に宙は断りを入れる。

 

「私の背中には火傷の痕があるんです。

 見て決して気持ちのいい物ではありません。

 ですから部屋で水着に着替えて向かいますので皆さんはお先にどうぞ。」

 

勿論、男性である宙が皆と一緒に着替える訳も無いのだが、それはそれ。

宙は指摘されたく無いし、させたくも無いと言う想いから申し出た。

 

流石にそう言われて有り得ない話ではあるが一緒にと誘うほど無神経な人間は此処にいない。

それぞれの想いはあるだろうが先に行く事を了承して部屋を出て行った。

 

宙は鍵をかけてから日焼け止めを塗ると水着に着替える。

背中が確実に隠れるシンプルなタイプの白い水着で、それに藤色のパレオを組み合わせてウィステリアを意識した物。

すると、どこからどう見ても女性にしか見えない“空天宙”がそこにいた。

薄い上着を身に着けた宙はビーチへ向かう。

初めての臨海学校を、初めての友人達と楽しく過ごすために…。

 

 

宙が旅館を出ると4人が待っていた、嬉しくなった宙は小走りで向かうと皆で歩き出す。

5人が5人とも違うタイプの女性が笑いながらビーチに向かう姿は絵になった。

この中で一番背が高いのは宙で逆はラウラ、その2人が手を繋いで歩くのは微笑ましい。

水着も対象的で露出少なめ白い宙と露出多め黒いビキニのラウラは面白いほど目を惹いた。

 

ちなみにマドカは薄い蒼の競泳水着、シャルはオレンジで活動的な印象を受ける水着。

簪は性格そのままにおとなしめな薄い水色の水着だった。

 

最初に目についたのは鈴で一夏に登って騒いでいる、それを箒が眺めていた。

セシリアはサンオイルを塗ったのかパラソルの下、ビーチチェアで寛いでいる様だ。

 

「あそこでビーチバレーをやっているな、シャルも一緒にどうだ?」

 

「いいね、少し身体を動かしておこうか、その前に柔軟体操だけどね。」

 

「ラウラさんは砂で何か作るんでしたね、私は興味があるのでそちらに。」

 

「…私もラウラの方に参加する、面白そうだしあまり動きたく無い。」

 

と、言う事でそれぞれ楽しい時間を過ごして行った。

 

ちなみにビーチバレーは抜群なプロポーションと運動神経を誇る千冬が黒いビキニで乱入。

その姿にやられた女生徒が鼻息荒く応援するという異様な光景。

そんな中、マドカが対抗して随分と盛り上がった様だが、千冬のスパイクでボールが破裂したらしい。

 

他には遠泳に出た鈴が足を攣って溺れ掛けたが居合わせた一夏と箒に救助され事なきを得た。

どうも準備運動無しで飛び込んだらしく、箒にしこたま怒られたとか。

 

ラウラの力作は簪の手と宙の計算を駆使した結果、満足な出来に。

写真を撮って部下に送るラウラは楽しそうで微笑ましかったとは簪の談。

 

こうして夕飯前まで過ごした宙達は海を満喫して後にした。

 

 

夕食は大広間に全員集まって開かれた。

近海で採れた海の幸が満載の豪華な夕食を正座には慣れていないだろうと予想した宙がテーブル席に皆を誘う。

これがまた注目を集めるのは当然で傍目には一夏が8人を侍らせている様にしか見えない。

 

「織斑くん、もしかしなくてもウェルカム?」

 

「待った待った、あそこのメンバー見てから言おうよ、勝ち目あると思う?」

 

物凄い誤解を招いているが侍らせてるのは宙だったりする訳で一夏は悪くない。

だが、誰がどう見てもそうは映らず、生暖かい視線を一夏は浴びる羽目になった。

ちなみに一夏の隣は箒の指定席だと言うのがこのメンバーの認識。

甲斐甲斐しい箒と、どうすればいいのかよくわからず流される一夏は見ている分には面白かった。

 

魚を生で食べる習慣の無い国があると言うのは有名な話で宙はどう食べれば生臭く無いか。

ワサビという一種の調味料はどう扱うかなど説明しながら食べている。

 

「確かにこの本ワサビと言う物を適量付けると爽やかな辛みが生臭さを消しますわね。」

 

「ホントだね、僕なんか説明が無かったら丸ごと食べてたと思うよ、本ワサビ。」

 

「それはそれで見てみたい気もするがな、残念だ。」

 

最後のマドカは本音だったらしく、シャルの口に入れようとしては拒まれていた。

そんな賑やかで楽しい食事を宙は柔かに眺めながら満喫。

忘れられない思い出が刻まれたひとときだった。

 

 

入浴時間、皆が温泉に出払った部屋で宙も入浴していた。

以前ダニエルに話した通り、胸はほぼ普通に戻っている。

 

「いよいよですか、これで私は男に戻れるのですね。」

 

女として10年を生きた宙にとって、男に戻れると言うのはストレスからの解放を意味する。

そういう意味では感慨深いのだが、皆を騙して来た事実に胸を痛めていた。

とはいえ、それが目的の一つでIS学園に入学したのだから、シャル同様受け入れて貰うしかない。

そんな事を考えながら皆が帰って来る前に入浴を済ませて浴衣を着ると椅子に腰掛けてゆったり過ごしていた。

 

明日は各国からパッケージが届き、インストールとテストが行われる。

宙はともかく箒とシャルにそういった物は無いが宙が作製した防御用の装備を試して貰うつもりでいた。

どちらも第2世代機の訓練機であり、2人のISはカスタムされているがそれだけだ。

汎用性の高い防御用の装備は幾つあっても困ることは無いと言うのが宙の判断。

それでなくても巻き込み兼ねない以上、念には念をという訳である。

 

「宙、帰ったぞ。

 温泉とは素晴らしい物だな、いつか混浴なる物で一緒に入ろう。」

 

戻って来たラウラを皮切りに色々な話を聞いて時間が過ぎて行く。

 

「さあ、皆さん。

 残念ですが明日のためにそろそろ休みましょうか。」

 

宙の言葉で時間に気付いた皆が頷き、初日の夜はふけていく。

明日に備えて休む全員を月が優しく照らしていた…。




束、激怒。
ナターシャ、悲しみ。
宙、楽しむ。

初日はこんな所でしょう。

原作と違い、焦点は一夏ではなく宙です。
男性に興味が無い宙がほぼ女性の視点で見れば割とあっさりした内容になる物ですね。

では、次をお楽しみに!


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ep60:臨海学校 2日目 テスト

今日は箒の誕生日です。
そして、話も同じ日だったりと狙った訳では無いのですがカレンダーを見て驚きましたよ。

追伸
評価バーが端まで!
うう、頑張った甲斐があるという物です。
皆さん、今後ともよろしくお願いします!


臨海学校は今日が本番で丸一日IS漬けとなる。

一般生徒は訓練機を運搬して各班毎に振り分けられた装備試験とデータ収集。

専用機持ちは代表候補生や企業所属なら各国・各企業から送られて来た新装備や新型パッケージのテストと同じくデータ収集を行うのが通常だ。

ただし、必ずあると言う訳でも無く例えばシャルは専用機を持っている代表候補生だが日本で作った訳では無い。

既にデュノア社とは縁が切れているのでラファール・リヴァイヴ・カスタムIIの追加装備やパッケージが届く事は無いだろう。

箒に至っては専用機化しただけであり当然ある筈が無い、そこで宙は特製の防御用装備を2人にテストして貰うつもりでいた。

 

そして今、1年生全員がこの場に整列しており、その光景は圧巻。

千冬が全員から見える位置に立つとカリキュラムに従って指示を始めた。

 

「今日一日、専用機持ちとそれ以外に別れて事前に渡したカリキュラムを消化する。

 念のため言っておくぞ?

 一般生徒は各班毎に振り分けられた訓練機の装備試験およびデータ収集。

 専用機持ちは各々の送られて来た物について同じく装備試験およびデータ収集を行う。

 

 専用機持ちの担当は私が、それ以外の教員は一般生徒の指導・アドバイスにあたる。

 事故やトラブルなど起こさない様に細心の注意を払って取り組む様に。」

 

「はい!」

 

1年生全員の揃った返事をもって今日のカリキュラムが始まろうとしていたのだが…。

 

「織斑先生!上空から接近して来る物体を感知しました!

 セキュリティーマニュアルに従いISを展開、生徒の安全確保に従事します。」

 

宙の言葉に続いて教員部隊と専用機持ちが速やかにISを展開。

そのど真ん中に落下して来たのは…。

 

「人参?」

 

にしては随分と大きいがそれ以外表現のしようが無く、逆噴射して軟着陸した人参から機械仕掛けのうさ耳をつけた奇抜な格好の美人が降りて来た。

それを見て頭を抱えたのは千冬と箒、一夏は苦笑いを浮かべている。

頭痛を堪えながら、とにかく説明しなければと千冬が話し始めた。

 

「全員安心しろ、私の知り合いで名前だけなら此処にいる全員がよく知っている人物だ。

 随分と奇抜な登場の仕方だな?篠ノ之束博士。」

 

「「「「「えー!?」」」」」

 

嫌味を込めた千冬の紹介に一同が驚いたのは言うまでもなかった。

 

 

束は昨日来るつもりだったのだが結に会うことを恐れたのだ。

いくら本人から気にしていないと言われても、天災である束とて怖いものは怖い。

そして、うんうんと唸っているうちに今日を迎え、慌てて飛んで来たと言うのが真相。

 

「知ってる様だけど、初対面だし自己紹介しちゃおうかな?

 私が箒ちゃんのお姉ちゃんで、まーちゃんのお母さん。

 IS生みの親にして天災の束さんだよ!よろしくね〜♪」

 

その自己紹介を聞いて驚愕する千冬と箒。

 

「あの姉さんが…。」

 

「ああ、篠ノ之にも聞こえてしまったなら私の幻聴では無いのだな…。

 

「酷いなぁ2人して、束さんだってTPOくらい弁えてるよ。」

 

束がTPO?と千冬はツッコミかけて気付いた、束が微妙に震えていると。

なるほど、空天が原因かと察した千冬はそれ以上追求せずに話を始める。

 

「簡単に説明するとだ、私と束は所謂親友という物で今日は届け物に来た。

 そうだな?束。」

 

「その通りだね、ちーちゃん。

 今日は箒ちゃんの誕生日、プレゼントを持って来たんだよ、という事で上を見よ!」

 

見上げた上空に突如現れた銀色の輝きは先程同様軟着陸、正体はコンテナだった。

 

「それじゃあ、オープン・ザ・セサミ〜。」

 

なんとも気の抜ける掛け声に反してコンテナから現れた深紅のISは強烈な存在感を放っていた。

世界中のどのISにも合致しない形状とフルスキンと現行の中間に位置する装甲密度。

見ただけでわかる、これが束謹製の最新型ISだと言う事が。

 

「それじゃあ説明するね、箒ちゃんは私のせいで命を狙われてる。

 その脅威から守るために教員用ISを専用機として借りてたんだけど…。

 専用機持ちとの訓練で成長して第2世代じゃ箒ちゃんについて来れなくなった。

 そこで登場するのが束さんが製作していた第4世代IS“紅椿”。

 テストパイロットをして貰う代わりに貸与することにしたんだよね。

 でも、高性能過ぎて扱い切れないからリミッターをかけて第3世代相当にする。」

 

聞いていた生徒は理由や経緯については納得していた。

問題はこのISが第4世代であると言うことに尽きる。

そこで千冬は第4世代について軽く説明して、さっさとカリキュラムに入ると決めた。

 

「第4世代ISとは即時対応万能機を意味する机上の空論とさえ呼ばれる存在だ。

 だがIS生みの親が言うんだ、この紅椿は第4世代の条件を満たしているのだろう。

 とはいえ、このまま見ている訳にもいかん。

 当初より開始は遅れたが速やかにカリキュラムの消化に入るように。

 篠ノ之はファーストシフトしてから専用機持ちへ合流、テストを行うこと。

 以上、全員行動開始!」

 

千冬の掛け声で現実に戻って来た生徒達は一斉に行動を始める。

上手くコントロールして見せた千冬はとりあえず安堵したのだった。

 

 

「今まで守ってくれてありがとう、紅桜。」

 

箒はこれまでの思い出が詰まった紅桜へ語りかける、するとそこへ束が来て…。

 

「大丈夫だよ、箒ちゃん。

 その子も箒ちゃんと一緒にいたいみたいだから、紅椿のコアになって貰うよ。

 これでまた一緒に成長していって、いつかはリミッターが外せる様に頑張ってね。」

 

「姉さん…ありがとう。」

 

そう言うと紅桜を束に手渡し、ハンガーになっているコンテナの一画で進む作業を箒は見つめていた。

仲直りしたとはいえいつ以来だろうか、束に感謝したのもこうやって一緒に過ごしたのも。

今回の件も箒の事をよく考えて手を尽くしてくれている束に家族の絆を感じていた。

物思いに耽っていた箒に束が声をかける。

 

「コアの入れ替えが終わったから早速ファーストシフトを済まそうか、箒ちゃん。」

 

その声に箒は頷くと束のもとへ向かったのだった。

 

 

宙は千冬に当初の予定を告げて許可を取っていた、違いがあるとすれば箒に第4世代機が預けられた事で2機分の防御用装備をシャルにプレゼント出来る様になった事だ。

そこで何も知らないシャルに宙は声をかける。

 

「シャルさん、実は私が製作した防御用装備のテストをしてくれませんか?

 テスト結果に問題が無ければ、そのまま差し上げますよ。」

 

これに驚いたのは言うまでもなくシャルだ。

シャルの専用機に積まれている防御可能装備は灰色の鱗殻のみでそれが悩みの種だった。

ところが宙特製の防御用装備をテストするだけで、そのまま自分の装備に加えていいという。

シャルは気付いた、初めからそのために作ったんだという事を。

 

「テストするのは構わないけど、ホントにいいの?貰っちゃって。」

 

「ええ、構いませんよ、是非有効に使って身を守るのに役立てて下さい。

 カスタムしたとはいえ第2世代機です、手札は多いに越した事はないでしょう?

 特に身を守る術は複数用意すべきだと思うのです。」

 

シャルは宙の心遣いを素直に受け取る事にした、自身に足りない物を補ってくれるというありがたい話を。

そうと決まれば装備の内容確認から行うのがセオリー、シャルは早速宙に説明を求めた。

 

「じゃあ、防御用装備の詳細を聞いてもいいかな?」

 

「ええ、今回テストするのは3種類ですが全て大型シールドです。

 能力は対物・対レーザー・対爆に対応していますので相手の装備に合わせて選択。

 素材も新たな物を使っているので現行のどのシールドより高耐久です。

 テスト結果を持って特許申請を行いますが、今回お渡しする物はそのまま提供します。

 以上になりますがよろしいですか?」

 

まさか特許申請する程の代物とは予想もしていなかったが、宙が半端な物を作るとも思えない。

その後、実弾防御試験・ハンドグレネードによる対爆試験・マドカの協力による対レーザー試験とデータ収集を完了してシャルは新たな装備を得ることとなった。

ちなみにテスト結果は良好どころか予想を遥かに上回る性能でマドカにはこう言われたとか。

 

「サイレントゼフィルスの攻撃が全て余裕で防がれるとは呆れて物が言えんな。」

 

その言葉には激しく同意、これってヤバイ代物じゃないかとシャルも感じた結果だった。

 

 

宙は思いのほか早くテストが終わったので皆のインストールを早めるべく行動を起こしていた。

 

ラウラのもとに行っては砲戦パッケージ「パンツァー・カノニーア」を。

セシリアのもとに行っては強襲用高機動パッケージ「ストライク・ガンナー」を。

鈴のもとに行っては機能増幅パッケージ「崩山」を。

簪のもとに行ってはシールドパッケージ「不動岩山」を次々とインストール。

 

特にセシリアは全長2メートルのレーザーライフル「スターダスト・シューター」の装備。

超高感度ハイパーセンサー「ブリリアント・クリアランス」も追加。

とてもではないがセシリア1人では随分時間がかかっただろう事は明白で皆からは礼を言われた。

 

今はそれぞれテストに入り、データ収集に余念がない。

 

そんなタイミングで現れたのは箒と紅椿。

紅椿は専用装備が全て刀と言う明らかな箒専用の仕様だが宙が見たところ展開装甲をロックして第3世代にグレードダウンしている。

展開装甲はシールドエネルギーの消費が激しいがこれならばそこまで問題にはならない。

少なくとも白式の様な短期決戦仕様では余程の力量差が無くては使い物にならないと宙は判断している。

ちなみに主武装である刀の銘は雨月(あまづき)空割(からわれ)で雨月は刺突攻撃の際にレーザーを放出、空裂は斬撃そのものをエネルギー刃として放出。

どちらも一対多での中距離戦闘にも適している様だった。

 

テスト風景を見ていた宙は箒に近づき、どうしても再確認したい事を口にする。

 

「箒さん、私が最初に言った言葉、覚えてらっしゃいますか?」

 

「ISの持つ力はあくまでもISの能力であり、自分の力などと勘違いしてはいけない。

 ISに依存することなく物事を成す“本当の力”を得て、初めて目的を果たす事ができる。

 だから私は心の弱さの克服に努めて来た。

 未だ完全では無いが紅椿の力に酔う事だけは絶対にしないと誓おう。」

 

箒はよく覚えていて自身の弱さも理解しつつ克服に努めていたのが宙には嬉しかった。

紅椿を得て有頂天になる様なら荒療治も考えていたが杞憂だったことに安堵して頷く。

 

宙に取っては初めての生徒とも言える箒の成長は心から嬉しいものだった。

 

 

順調過ぎる位に早くカリキュラムは進み、専用機組は一息ついていた。

 

千冬も束と話ており、今が機会だと判断した宙は2人に小声で話しかける。

 

「織斑先生、篠ノ之博士、お話し中に失礼します。

 今夜、あそこに見える崖までお越し願えますか?

 どうしてもお伝えしたい事があります。」

 

真剣な表情の宙に押されて2人は頷く。

白騎士事件の話か、それとも別の話か判断はつかなかったが断ると言う選択肢は無い。

態々2人を呼び出す位だ、何か共通事項はあるのだろうが想像もつかなかった。

 

「では21時にお待ちしております、失礼しました。」

 

そう言って宙が離れかけた時、真耶が走って現れる。

 

「織斑先生!」

 

そう言った後、ひたすらハンドサインで会話しているのが伺えた。

これは余程の事だと宙は判断する。

 

何故ならハンドサインで会話しなければならないほどの何かがあったのは確実。

問題はその火の粉がこちらに降りかかって来るかどうかだが…。

こういう時は得てして悪い方向へ向かうと宙は知っている。

 

そう思った時、千冬が大きな声で周知した。

 

「今日のカリキュラムは現時刻を持って中止とする。

 一般生徒は至急訓練機と各種装備をを運搬して旅館の自室にて待機。

 許可があるまで部屋から出る事を禁ずる。

 

 専用機持ちと教職員は私に着いて来てくれ。

 

 さあ、時間が無いぞ、迅速安全確実に留意して行動開始だ。」

 

宙の予感は当たっていた、それは千冬の指示が物語る。

専用機持ちと教職員だけが何かに対処するという事はそう言うこと。

 

これから説明されるだろうことが仲間の命に関わる内容で無いことを宙は祈る。

しかし、それも気休めでしかないと感じていた。

 

これだけの数の専用機持ちが揃って当たる事態が容易なものである筈が無いのだから…。

宙はひたすら祈った、どうか誰一人失わずに事態が解決します様にと。

そのためなら自身が最悪戦闘を行う事すら耐えて見せると心に秘めて。




臨海学校は2日目を迎えてテスト三昧。

箒は紅椿を、シャルはガーデン・カーテンより高性能な盾を手に入れました。
そう言えば今回一度も一夏は話してませんね、今気付きましたw

さて、定番の展開が開始されるのかは私の気分次第です。
次回も楽しみに!


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ep61:臨海学校 2日目 福音求めるは翼なり

さあ、福音の登場です。
張り切って参りましょう!

追伸
お気に入り、感想、高評価ありがとうございます♪
今後とも応援よろしくお願いします!


ナターシャはテスト開始時間が迫り重い足取りでゴスペルのいるハンガーへと向かっていた。

昨夜は軍人にあるまじき事だがゴスペルが心配で結局眠れなかったのも影響しているだろう。

食欲もあまり湧かなかったが途中で集中力が切れない様に携帯食をミネラルウォーターで流し込み、無理矢理栄養補給したといったところ。

精神的にいえば万全からは遠くかけ離れていた。

 

「見た目だけはゴスペルに似合ってるのが皮肉よね。」

 

天使の羽根でも意識した様なウイングスラスター兼用兵器“シルバーベル(銀の鐘)”。

これが殲滅兵器だと言うのだからネーミングセンスからして皮肉以外の何物でも無い。

 

「ナターシャ、シールドエネルギーの補給は完了しているわ。

 貴女的には嬉しく無いんでしょうけど…。」

 

「まあ、本心を言えばそうね。

 でも任務だし、テストパイロットに志願したのは私だから。」

 

ここに来てから仲良くなった整備士の1人に諦めた表情でそう返すと彼女はナターシャの気持ちを察して足早に去って行く。

 

「テスト5分前…か、ごめんなさいゴスペル。」

 

そう言ってナターシャがゴスペルに乗り込みテスト前のステータス確認をしようと起動した瞬間、ゴスペルは鳴いた。

そして、ナターシャの意思とは無関係に浮かび上がる。

 

「何をしてる!まだ開始前だぞ!」

 

「ゴスペル!言うことを聞いてちょうだい!」

 

ナターシャの緊迫した声からハンガーにいた人員は異常が起きている事を認識、急いでゴスペルから距離を取った。

その瞬間、急速に出力を上げたゴスペルは“全てを避けて”空へと飛び出す。

 

そしてそのまま飛び去った、鳴き声をあげながら…。

 

 

花月荘に急遽設けられた仮設管制室。

既に教職員は事情を把握しているのか、此処に来る途中で千冬達と別れた。

 

そして、此処にいるのは千冬と真耶を除き全員専用機持ちの生徒。

束も場合によっては力になると判断した千冬が連れて来ていた。

 

「さて早速だが緊急事態だ、説明を開始する。」

 

やっぱり…と宙は予想が当たってしまった事に嘆いた瞬間、ウィステリアの声を聞いた。

 

(救助要請…というより悲鳴がコアネットワークを通じて届きました。

発信元はシルバリオ・ゴスペルのコア人格からです。

内容は“こんな物はいらない、誰か私に翼を返して!ナターシャと飛ぶための翼を!”。

現在シルバリオ・ゴスペルにはナターシャ・ファイルスと言う操縦者が乗っている事もお伝えします。)

 

(ありがとう、ウィステリア。

詳しい情報は織斑先生から聞くとして、いつでも使える様に予備スラスターの点検をお願いできますか?)

 

(わかりました、お任せ下さい。)

 

並列思考で千冬の話を聞きながら、ウィステリアとの会話を行うとそう告げて集中する。

 

空間ディスプレイが部屋に灯る中で千冬のした説明はこうだ。

 

「2時間前、ハワイ沖で稼働試験を行なっていたアメリカ・イスラエル共同開発軍事用IS。

 第3世代機のシルバリオ・ゴスペルこと銀の福音が制御下を離れて“無人”で暴走した。

 直後には音速の2倍以上で監視空域を離脱、その後の衛星による追跡結果から…。」

 

一度千冬は言葉を切っって、表情を引き締めると続ける。

 

「此処、花月荘上空空域を通過する事が判明した、時間は約50分後だ。

 これに対しアメリカ・イスラエルはスクランブルをかけたが間に合わず通過予想地点。

 つまり、ここ花月荘にいる我々に学園経由で対処要請して来た訳だ。

 学園上層部はアラスカ条約違反の軍事用ISなど対処不能だと返答したんだが…。

 日本政府からも追って再要請があってな。

 そのまま通過した場合、日本に被害が出る可能性がある事からやむを得なく受諾した。

 両国からは被害を防ぐために撃墜、つまり完全破壊要請すら出ている。

 遠慮なくやれる分、気持ち楽だがそれだけだな、スペックの差があり過ぎる。」

 

宙は今の発言とウィステリアの情報の食い違いに気付くと即座に動いた。

 

「織斑先生、今の情報は確かですか?

 皆さんには必ず秘密にしていただく前提で話しますが…。

 私とウィステリアは同調率の高さから双方向会話をする事が出来ます。

 ウィステリアによればコアネットワーク経由でシルバリオ・ゴスペル自身救助を要請。

 現在操縦者としてナターシャ・ファイルスという方が乗っていると聞きました。

 救助内容は翼の返還、その内容からウィステリアと同じ戦闘嫌悪型のコア人格と推定。

 恐らく翼が武装になっているのでは?」

 

確かに宙の言う通り、翼にはシルバーベルと呼ばれる殲滅兵装が組み込まれていると情報にあった。

それだけならいざ知らず無人のはずが有人、情報の信憑性が大きく損なわれていく。

 

…一瞬にして静まり返った室内に千冬の声だけが響いた。

 

「確かに翼には武装が組み込まれている、空天の予想は当たっている可能性が高い。

 そして今の話は本当かと空天に問う必要も感じない、嘘をつく理由が無いからだ。

 しかもナターシャが乗ってるだと!

 それを完全破壊要請とは証拠隠滅のために生徒を人殺しにしようと言うのか!」

 

話しているうちに千冬の頭には血が昇っていったのか語気が荒くなっていく。

しかし、こう言う時こそ指揮官は冷静でなければならないのだ。

だが千冬はナターシャと知り合いであり、人殺しをさせようとした2カ国に激怒。

その様子を見て時間が無いと判断した宙は思い切り千冬の頬を平手打ちした。

 

「冷静になりなさい、織斑千冬!指揮官は貴女です!即刻頭を冷やす様に!

 山田先生!学園からもう一度内容を確認、録音して証拠を確保させて下さい。

 大至急です、よろしいですか?」

 

真耶は宙の迫力に押された結果、返って冷静に対応を開始。

千冬はしばらく唖然としていたが殴られて冷静さを取り戻す切欠となった。

周囲は突然の展開について行けず、宙を見ていたが。

 

 

千冬は思い出していた、一夏が誘拐されたと聞いたあの時の事を。

そして、また今回も我を忘れた自身を恥じた。

 

「山田君、結果はどうだった?」

 

「返答に変わりありません、証拠として録音も完了しています。」

 

「わかった、空天助かった、礼を言う。

 無様を晒したが続けるぞ、空域・海域の封鎖は教員部隊が行うべく既に動いてる。

 空天には何か案がある様だな、聞かせてくれ。」

 

冷静さを取り戻した千冬は宙が思案していたのに気付いていた。

そこでまずはと指名した訳だが、それを聞いた宙も千冬が冷静になったと判断。

そして、ウィステリアと協議した結果を伝える。

 

「ウィステリア曰く、シルバリオ・ゴスペルは飛ぶのが好きで戦闘を嫌悪しています。

 そこで私とウィステリアが説得して翼を変更、操縦者の救助を同時に行なってはと。

 ただ説得中の襲撃を警戒して護衛を織斑先生にお願いしたいのです。

 襲ってくるなら奴らでしょうから最高戦力が必要と判断しました。

 相手は国家代表クラス、こちらも備えておくべきでしょう。

 加えて此処が手薄になるのを避けたいので専用機持ちの皆さんは防衛を。

 それと篠ノ之博士、先程のハンガーをお借り出来ますか?」

 

千冬は案を飲むか考え、束はその間に宙と会話することとなった。

 

 

束は単純に暴走するだろうとは思っていたが、まさか救助要請をコアネットワーク上に流して助けを求める様な冷静さをコア人格が発揮出来る状態になるとは想像もしていなかった。

つまりこれは暴走では無く、意思を持って自主的に行動しただけ。

人は予想外な事が起きると暴走の一言で片付けるが違うと言う証拠だった。

 

「宙ちゃんでいいかな、スラスターは確保できるの?」

 

束はウィステリアなら予備を積んであるとは思っているし、宙が備え無しで提案するとも思っていない。

とはいえ、ここに周囲の目がある以上は最低限確認するふりが必要だと理解していた。

何故なら2人は赤の他人と言うのが周囲の認識だからだ。

 

「はい、篠ノ之博士。

 ウィステリアに頼んで点検まで済ませてありますので、すぐにでも使用出来ます。

 タイプは私が使用しているアンロックタイプで機体に応じて数をと考えていました。」

 

「それなら問題無いね、でも取り付けは私がやるよ。

 国際問題になった時、私ならなんとでもなるからね。」

 

今度は宙が理解した。

国家代表である宙が他国の機体を弄ったとなればスイス連邦に多大な迷惑をかける。

その点、IS生みの親である束なら言葉通りなんとでもなるのだ。

 

「ではお手数をおかけしますがよろしくお願いします。

 そのためにもシルバリオ・ゴスペルを説得して見せましょう。」

 

宙の答えに満足したのか束が頷き、宙は頭を下げる。

それが今の2人の関係だった。

 

 

あの後、千冬は宙の案を採用して許可と他の専用機持ちに指示を出した。

真耶に指揮を委ね、専用機持ちが花月荘を防衛。

その間に宙がシルバリオ・ゴスペルを説得して事態の解決を図る。

護衛は宙の要望と自身の判断で千冬が担うという事を。

 

宙はこれからシルバリオ・ゴスペルの元へ向かうための説明を千冬にする。

その中で一つ気になる事があった、それは千冬が乗るISが“千冬に耐えられるか”の一点。

ここは懸念材料を一つでも潰しておくべきだと判断した宙は尋ねてみる事にした。

 

「ところで織斑先生のISは“耐えられる”んですか?」

 

「勿論耐えられるとも、モンドグロッソを戦い抜いた相棒だからな。」

 

そう言った瞬間展開されたのは…。

 

「それは…暮桜ですか?レプリカでは無く正真正銘の?」

 

「ああ、初めは打鉄を強化するつもりだったんだが色々とあってな。

 結局のところ、私は暮桜以外で本気が出せない。

 その結果、再び暮桜に乗って生徒を守る事に決めたという事だ。」

 

これは宙にとって嬉しい誤算だ、亡国機業を相手にするには千冬以上の助っ人はいない。

そこに愛機の暮桜が加わればまさに鬼に金棒。

 

一つの懸念材料が勝算へと変わった瞬間だった。

 

 

 

その時、一夏は宙が襲われる事を念頭に入れていることから、もしかして狙われているのではという考えが湧いていた。

そう思った時、自分は自分達は何もできないのかと悔しさが込み上げてくる。

それはこの場にいる皆が感じていることだったのだが、ウィステリアでなければならない以上覆せる話では無いと自分を律していた。

特に代表候補生達はこういう時こそ動くべきで、宙が国家代表だと知らない鈴やセシリアは悔しさを滲ませている。

 

「宙さん、邪魔はしないし皆で協力して対応するとしても残らなければ駄目ですか?

 俺は友達が戦いに行くのを黙って見ているのは辛いです。」

 

一夏がそう言った瞬間、鈴とセシリアが顔を上げて同調した。

 

「そうよ、自分の身はちゃんと守るから私にも戦わせて、宙。」

 

「その通りですわね、今ここで動かなかった結果、何かあれば一生後悔しますわ。」

 

宙はその気持ちが心から嬉しかった、けれどそれ以上の責務が宙にはある。

なら、それを示してこその国家代表だと隠して来た事実を告げることに決めた。

 

「お気持ちはとても嬉しいですが、これは私の責務です。

 スイス連邦国家代表たる空天宙が代表候補生を戦場に立たせる訳には参りません。

 皆さんの目指す国家代表とはそういう存在だとよく覚えておいて下さい。

 

 それと私が国家代表なのはもう少しの間、ちょっとした事情があって秘密です。

 よろしくお願いしますね。」

 

宙は安心させようと笑顔でそう伝える、自分に出来る事をやって友人を守るために。

 

「宙が国家代表?」

 

鈴の口から溢れた言葉に答えたのは千冬だった。

 

「そうだ、空天はスイス連邦の国家代表で間違いない。

 

 空天が入学以来ひらすら実績を残してきたのは全員知るところだが…。

 織斑と篠ノ之の指導、お前達専用機持ちを纏めて整えた訓練環境。

 そうやってずっと先を見据え周囲に影響を与えながら研鑽を続けていた。

 

 その戦いぶりがスイス連邦の目に止まったらしくてな。

 トーナメント翌日には国家代表に就任していた。

 まあ、発表は空天の言う通り事情があってまだだがな。

 

 それにな、空天にしろ私にしろお前達より大人だ。

 大人が子供を守るのは当たり前だろう?だから信じて待っていてくれ。

 それが戦う者の力になるからな。」

 

千冬は優しく諭した、それが功を奏したのか全員を納得させる事に繋がる。

出撃の時間が迫る中で千冬は思う、これもまた宙の影響かと。

 

「変わるのも存外悪くないな。」

 

そう呟いた千冬の言葉は風に掻き消された。

 

「時間です、織斑先生はこちらへ。

 皆さん、どうか私達を信じて此処を、帰ってくる場所を守り抜いて下さいね。

 何もなければそれに越した事はありませんが。」

 

そう言った宙に皆が頷き、ホワイト・ウィステリアが千冬を乗せて浮かぶ。

笑顔を残した宙はそのまま上昇するとシルバリオ・ゴスペルの元へ向かった…。




福音は意志を持って動いています、決して暴走している訳ではありません。

千冬の人間らしさを表現しようと思ったら、何故か引っ叩いてしまいましたが後悔はしていません。
千冬だって1人の人間ですから、いつも冷静な方がおかしいのです。
それに一夏の姉ですよ、こう言う面があってもおかしくないと思うんですよね。

さて、原作から大きく乖離した展開になってきました。
次回も楽しみに!


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ep62:臨海学校 2日目 策士の戦い

さて、上手く行くのでしょうか?

早速どうぞ!

追伸
お気に入りが!
評価が!
皆さんの感想が力になって、なんとかまだ毎日更新出来ている自分に驚いています。


花月荘。

室内に缶詰の彼女達は娯楽を欲していた、そしてここは3組だけで構成されている。

宙は知らないが3組では宙の人気が圧倒的に高く、3か月無料スイーツ効果もあって注目度は高い。

そして暇な彼女達は宙も専用機持ちなので呼ばれている事を話題にして憶測を巡らすという遊びを始めた。

 

「織斑先生の指示って急だったよね、何かトラブルがあったんだと私は思うんだ。」

 

「それだけじゃ無いよ。

 教員と専用機持ち全員を連れて行くって言うのはよっぽどだよ、きっと。」

 

「もしかして緊急任務だったりして!」

 

「「あり得る!」」

 

などと盛り上がりを見せる中、1人の女生徒は何を当たり前なと思っていた。

彼女の名はエレナ・ジョヴァンナ、代表候補生にギリギリでなれなかったという過去を持つイタリア人。

アリーシャによくしてもらったのに、このまま終われないとスカウトされるためにIS学園へ入学した。

だから他の子達と違ってとっくにその辺は理解していて、窓の外を注視している。

もしかしたら何か見えるかもしれないと視線を巡らした時、空に浮かぶISが目に飛び込んで来た。

急ぎオペラグラスでよく見れば、丁度上昇を始めた所で2機のISが見える。

1機はお世話になった宙のホワイト・ウィステリア、その機体にしがみ付いているのは…。

 

「嘘、暮桜?」

 

見間違いようも無い、彼女の尊敬するアリーシャに不戦勝などという恥をかかせたIS。

なら乗っているのも…。

 

エレナは迷う事無くアリーシャにメールした、“暮桜に乗る織斑千冬を見た”と…。

 

 

千冬はホワイト・ウィステリアが普段どれだけスペックダウンしているのか実感していた。

元々競技用リミッターがかけられているのだが、さらにリミッターを設けてあった様でアンロックタイプのスラスター4機にも関わらずシルバリオ・ゴスペルすらゆうに超えるマッハ3は出ている。

しかも千冬と言う荷物を載せてすら苦もなく空を駆ける姿は機動部門に限定されたスイス連邦国家代表に相応しい。

先程の驚くべき発言、コア人格との双方向会話が出来る事もコア人格と宙の同調率。

つまり考え方が一致しているからこそ可能なのだろうとも思っていた。

 

「ウィステリアからシルバリオ・ゴスペルへ救助要請を受けて新しい翼を準備した事。

 すぐにでも交換出来る旨を伝えて貰いました。

 シルバリオ・ゴスペルからは感謝の意が伝えられ、ランデブー後に共に向かうとの返答。

 やはり暴走では無く、意思による行動だった事が証明されましたね。

 無益な戦いが避けられて本当に良かったです。」

 

宙の言葉と今までの行動全てが物語っていた、ISは兵器では無く宇宙に羽ばたく翼だと。

そして、ウィステリアもシルバリオ・ゴスペルも戦闘を望んでいないのだと千冬は理解させられた。

ナターシャの言葉が思い出される、”ゴスペルは私と一緒に飛ぶのが好きなのよ“と。

あれは本当の事でそう言った事を暮桜から感じ取れない自分は相棒として相応しいのか。

千冬は今になって初めてそう考えるに至った、2次形態移行時に会ったコア人格に対して。

しかし、今はこの件を解決するのが先だと頭を切り替えて宙の言葉に答える。

 

「事前対応としては理想的だが、安心するのは全て終わってからだな。

 今回の件、日程をこちらに合わせたとしか思えん、偶然にしては出来過ぎだ。

 空天の言う通り奴らが絡んでいる可能性は高い、注意を怠るなよ?」

 

「勿論です、織斑先生。

 それと先程は申し訳ありませんでした、一刻を争う状況に手段を選べなかったのです。」

 

宙はあの時、最善を尽くしたと思ってるがせめて場所を変えるべきだったとも思っていた。

生徒に力ずくで冷静さを取り戻される教師という構図は決して良い影響を残さないだろう。

それをしたのが自分だと思うと申し訳なさで一杯になってしまったのだ。

だが、それを聞いた千冬は笑ってこう言った。

 

「見事な一撃だったぞ空天、つける薬の無い馬鹿を正気に戻すにはあれしかなかろう。

 そもそも私が冷静さを失わなければ空天にそんな顔をさせることも無かったんだ。

 私としては嬉しかったぐらいだ、誰かに叱られるなど6年振りだったからな。」

 

人間である以上は感情がついて回る、千冬だって人の子、感情に振り回されることもある。

しかし、ブリュンヒルデとなってから千冬を持ち上げる者はいても叱る者はいなくなった。

最後に叱られた記憶は剣の師である柳韻のもの、間違いを正す存在が消えたのだ。

だからこそ嬉しかった、千冬のネームバリューなど歯牙にも掛けない宙の存在が。

 

お互い言いたいことを言い合ったならノーサイド。

どちらからか判断はつかなかったが、笑顔で頷き合う2人だった。

 

 

「強敵を用意したわ、今度はどんな力を見せてくれるのかしら?」

 

スコールは密漁船に偽装した船で教員部隊海上封鎖の網を容易く潜り抜けてそう言った。

シルバリオ・ゴスペルの飛行ルートは亡国機業の息がかかった監視衛星でわかっている。

なら先回りすればいいだけの事と特等席で見るためにこんな所まで来たという訳だ。

既に察しただろうがシルバリオ・ゴスペルを採用させたのも運用試験を今日にしたのも亡国機業のスリーパーに指示してのこと。

当初は暴走を意図的に起こしてシルバリオ・ゴスペルを奪うだけの予定だった。

今はそれに加えて無人だと伝え、手を汚して慟哭する宙が見たい。

場合によっては宙とシルバリオ・ゴスペルが手に入る一石二鳥のプランに変更したのだ。

 

「スコール、今回はまず見てるだけでいいんだな?

 結果に合わせて動くってんなら、あたしはスコールと一緒にいられればそれでいい。」

 

オータムはただ恋人のスコールと一緒にいられればそれで良かった。

ただスコールが喜ぶから色々な汚れ仕事も苦にならないどころかそこに喜びを見出す。

そんな傍迷惑な女、それがオータムであり存在理由で行動原理だった。

 

スコールはそんなオータムが可愛くてしょうがなくて、ずっと手元に置いているお気に入りの恋人。

オータムが知らないだけでスコールには他にも恋人がいるのだ。

そしてその全員を自分の思い通りにする女、それがスコールの正体だった。

 

「ええ、そうして頂戴?オータム、一緒に特等席でスポーツ観戦しましょう?」

 

「ああ、勿論いいぜ?スコール、たまにはゆっくり観てるだけってのもな。」

 

そう言って2人はグラスの中身を口にした、まるでクルージングでも楽しむ様に…。

 

 

「織斑先生、ランデブー地点を目視、シルバリオ・ゴスペルも捉えました。

 それと予想通り亡国機業がいますね、あそこに船があるのが見えますか?

 そこから生体と機械が混ざった様な反応があり、スコール・ミューゼルと推定。

 彼女がいるならオータムと呼ばれる女性もいるでしょうね。」

 

「あっさり網を抜けて来た訳だな、奴らは。

 やはり今回の件は仕組まれていたという事で間違いない様だ。

 だが、奴らの思惑はシルバリオ・ゴスペルと我々を戦わせる事が鍵だろう。

 無理に奴らと戦闘する必要は無いな、さっさと離脱するに限る。」

 

宙も千冬も戦闘をしに来た訳では無く、シルバリオ・ゴスペルを救ってナターシャを助ける事のみ。

意見の同意を見た2人は頷くとそのままシルバリオ・ゴスペルと合流して何事も無く共に離脱を計った。

 

「どう言う事かしら、暴走してるISが何の行動も起こさずに追従するなんて。」

 

スコールは想定外にも程がある状況を理解出来ないが、もう一つ懸念事項があることに気付いていた。

それは“暮桜を纏ったブリュンヒルデの存在”、するとスコールは妖艶な笑みを浮かべてこう言った。

 

「見たかしら、オータム?ブリュンヒルデ復活とそれを護衛につけて来たあの子。

 今回はあの子の読み勝ちね、あちらも手出しして来ない様だし撤退しましょう。

 ショーは中止、2人でゆっくり過ごす事にするわ。」

 

そう言ってオータムの手綱を握り、リスクを回避する事に決めたスコール。

それがスコールの望みならオータムに文句は無く、甘い時間を過ごしたとか。

 

 

シルバリオ・ゴスペルは母である束を見つけるとそちらに降り立ち指示を待っていた。

それを見た専用機持ち達は本当に暴走じゃなくISの意思による行動だった事を理解する。

 

追って宙と千冬が束の元へと降り立ちISを解除すると、宙が通訳を始めた。

 

「篠ノ之博士、シルバリオ・ゴスペルが母に会えて嬉しいと。

 それと武器を外して翼を下さい、お願いしますと言っています。

 指示を待っているので声をかけてあげて下さい。」

 

束は宙から聞いた言葉が嬉しかった、利用して宇宙に行くために途中で潰さなかった自分。

そんな自分を母と呼び、会えて嬉しいと言われるのは心苦しいものがある。

ならば償い、子供の期待に応えてこその母親だとシルバリオ・ゴスペルに声をかけた。

 

「シルバリオ・ゴスペル、待機形態に戻ってくれるかな?操縦者を休ませないとね。」

 

そう言うと一つ頷き待機形態へ移行、操縦者が倒れ込むところを千冬が受け止めた。

 

「ナターシャ!」

 

誰が準備したのか千冬は気づかなかったがストレッチャーに乗せると花月荘へ。

中にはメディカルポッドが設置されているので、そこへ行った様だ。

何の指示も無かったのは余程心配だったからだろうと周囲は好意的に受け取っていた。

 

束は早速シルバリオ・ゴスペルの改修に入り、武装という武装全て外すとスラスターを交換。

軍用機の証拠をデータも含めて全て押収して目的を達成した。

 

ちなみに慌てて戻って来た千冬が解散と口外の禁止を伝えたのは全てが終わった後だった…。

 

 

ナターシャが目を覚まして初めに見たのは覗き込む千冬の顔。

まだぼんやりしているのか、状況が全く把握出来ないが安堵した千冬の表情だけは見落とさなかった。

次に気付いたのは自分がメディカルポッドにいること、ナターシャは自分が何故こうなったのか徐々に思い出し…。

 

「ゴスペル!」

 

そう叫んで起き上がった途端に頭をぶつけた、メディカルポッドに。

それを見た千冬は頭を抱えたが、取り敢えず落ち着かせるために経緯を話して聞かせるとナターシャは安心したのか目を閉じた。

 

「お前が無事で良かったよ。」

 

最後に聞いた千冬の声、そして再び眠りに落ちたナターシャだった…。

 

 

宙は自分の部屋から立ち昇る嫌な気配を感じたが、入らない訳にもいかず早々に諦めた。

中には予想通り仲間が全員揃って待っており、事情を全く知らない4人からの視線が痛い。

一応護衛の4人は宙の事情に深入りさせない様に演技しているだけマシだった。

 

「宙、どう言う事か説明してくれるんでしょうね、色々と。」

 

鈴は時間があった事で不自然な点に幾つか思い当たった結果、そう発言した。

勿論、宙が心配だった事も影響してるので怖さ倍増、触らぬ鈴に祟り無しといった状況。

同じく頷いている一同の半分は事情を知っているが、巻き込まれない様に必死だ。

だが、どんな理由があれども此処で出来る話では無いのが実情。

宙は気持ちは嬉しく思いつつも毅然として断った。

 

「どれだけ凄まれてもお話し出来ませんし、その理由も同様です。

 こんな話をしている事自体すでに問題がありますので私は一切対話に応じません。

 一部については今話さずとも自然と知る機会が訪れますので、それを待って下さい。

 では、失礼します。」

 

流石にこれは予想外だったのか、固まっている隙を突いて宙は戦略的撤退を敢行。

今日は真耶の部屋で過ごさせて貰うべく足早に去ったのだった。

 

 

宙が消えた様に見つからないのではどうしようも無いとマドカに説得されて一同は解散。

その時、一夏は箒を誘って浜辺で落ち合う約束をした。

約束した箒は今日が自身の誕生日であることを当然自覚している。

これで期待するなと言う方がおかしな話、箒は期待に胸を膨らませながら浜辺へ向かった。

 

「一夏、待たせたか?」

 

箒はなんでもない風を装って、すぐに見つけた一夏に話しかける。

だが、内心は着くまでに期待半分まで抑え、違った場合に備えてもいた。

勝手に期待して裏切られたなどと思うことがない様に箒は自身をセーブする。

 

「いや、おれも今さっき来たところだ、箒。」

 

一夏は一夏で何か不思議な感覚を覚えていた。

呼び出した目的は箒の予想通り誕生日プレゼントなのだが、買う時には喜ぶ姿を想像して楽しみに選んだし、渡そうとしている今は喜んでくれるだろうかと不安になる。

こんな気持ちになったのは初めての一夏はそんな自分に戸惑っていたが意を決して渡すことにした。

 

「箒、誕生日おめでとう、俺からの誕生日プレゼントだ。」

 

そう言って差し出すと箒は本当に嬉しそうな表情を浮かべて礼を言う。

 

「覚えてくれてたんだな、心から嬉しいぞ、一夏。」

 

開けた訳では無い、ただ受け取って大切そうにしている箒を見て、一夏は何か温かい気持ちになった。

きっとこれは何か大切な物だと本能的に察した一夏はこの気持ちを忘れ無い様にと思う。

 

それが人を好きになると言う気持ちだと知るのは、まだ先の事だったが。




暮桜の情報がアリーシャの下へ、波乱の予感ががが。

シルバリオ・ゴスペルと宙を巡る頭脳戦、今回は宙に軍配が上がりました。
スコールはやはり曲者で退き際を知る策士でしたね。
ナターシャにはドジっ子属性が追加されましたw

束はアメリカとイスラエル、特にアメリカの信用と影響力を削ぐ切り札を得ました。
どんな行動に出るのか、束だけに予想がつきませんね。

一夏は恋心が芽生え始めた様ですが、まだ手探り状態でよくわかってはいません。
ですが、やっと一歩前進したと言うところです。

では、次回も楽しみに!


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ep63:臨海学校 2日目 流れし血は

さて、まだ2日目のメインイベントが残っています!

早速どうぞ!


先程の件について千冬と真耶に説明して夕食も睡眠も真耶の部屋で取ることに決まった宙。

2人共が理由と気持ちを察してくれた事に宙は感謝してゆっくりと寛いでいた。

 

ふいにノックの音、続けて名乗る声。

 

「ナターシャ・ファイルスですが、空天宙さんはいらっしゃいますか?」

 

ナターシャ・ファイルス、シルバリオ・ゴスペルのパートナー。

シルバリオ・ゴスペルが戦闘を嫌悪し、共に飛ぶことを切望した女性に宙は興味がある。

今は時間があり、色々話しをするには丁度いいと判断した宙は静かにドアを開けてナターシャを招き入れた。

 

「どうぞ、お入り下さい、ファイルスさん。」

 

「失礼するわ、空天さん…でよかったのよね?」

 

そう言いながらナターシャが部屋に入った所で宙は再び鍵をかける。

自分は今、此処に隠れているのだから面倒事を避けるために。

 

「はい、私が空天宙です、よろしければ宙とお呼び下さい。」

 

「なら遠慮なく宙って呼ばせて貰うわね、私の事はナタルとでも呼んで。」

 

宙は随分とフランクな女性だと思いつつも、妙な親近感を感じていた。

実はナタルも同じ様に親近感を感じていたのだが、今の宙が知る由もない。

ともかく宙はシルバリオ・ゴスペルとナタルのために色々と考えがあり、ナタルから訪ねて来てくれたのは好都合。

彼女の話を聞いてから、提案するプランで話を促してみることにした。

 

「ではナタルさんと、それで私にどの様な御用件でしょうか?」

 

「まずはお礼を、私とゴスペルを助けてくれて本当にありがとう。

 千冬に色々と聞いたわ。

 貴女とウィステリアが私とゴスペルの様に戦闘を好まず飛ぶのが好きだって。

 それが同調率を高めて双方向会話すら可能とした結果、私達は無傷で助けられた。

 しかもそれだけじゃ無くて、ゴスペルの新しい翼を用意してくれたのも貴女。

 お陰でゴスペルは救われて、また一緒に飛べる様になったわ。

 どれだけお礼の言葉を重ねても足りない位よ。

 ゴスペルも感謝してるのが伝わって来る。

 良かったらあの子の事もゴスペルと呼んであげてね、きっと喜ぶわ。」

 

それを聞いた宙は千冬のお喋りと思いながら、ゴスペルとナタルは自分達と近い関係だと理解した。

そして、それが親近感の正体だと察するに至り、逆に聞いてみたくなったのだ。

ゴスペルの軍用機化に対してナタルがどう動いたのかを。

 

「困っている人がいたら“自分の力”がおよぶ範囲で可能な限り助ける。

 それは人として当然の事だと私は思っています。

 今回はゴスペルの悲鳴をウィステリアが聞いて私に教えてくれた。

 そして私にはゴスペルもナタルさんも助ける手段があっただけの話です。

 私はISを戦闘に利用されるのが大嫌いで、宙に至るための翼だと思っています。

 その上でお聞きしたいのですが…。

 そこまでゴスペルを理解している貴女がいて何故こんな事に?

 いえ失礼しました、軍属であることは織斑先生から伺ってます。

 ですから逆らえないと知っての質問としては不適切ですね。

 私が知りたいのはナタルさん、貴女がゴスペルのためにどう動いたのかです。」

 

ナタルはここまでの会話から宙がそこら辺に居る同年代の人間とは比較にならないほど大人だと察した。

ISへの思い入れも今のご時世においてはまずいない貴重な同類だとも。

ならナタルは胸を張って自分の行動を伝えるべきだと思った、それが実を結ばなかったとしても自分の想いは伝わると信じられたから。

 

「私はゴスペルがアラスカ条約違反の軍用機に改修されると知った瞬間から抗って来た。

 ゴスペルが戦闘を好まず飛ぶ事が好きなんだと訴えて暴走の危険性を何度も説いたわ。

 けどね、宙の言う通り軍属である以上、上の決定に逆らうことは出来なかった。

 だからせめてもの罪滅ぼしとしてゴスペルと一緒に苦しむ道を選んだのよ。

 それが軍用機化されるゴスペルのテストパイロットへの志願、そして受理されたわ。

 後は宙が知る通り、ゴスペルは逃走して貴女達に出会い救われた。

 私がしたことは今説明したので全てよ。

 一応ボイスレコーダーに訴えとそれに対する回答を記録したぐらいね。」

 

宙はナタルが軍属としては限界ギリギリまで動いたと判断した。

ナタルは宙と違ってISの個人所有を認められてはいない、軍属だからこその専用機持ち。

ゴスペルと一緒にいるためには説明を受けた以上の事をやりようが無かったと。

そうなると…。

 

「ナタルさん、まずその記録は切り札になり得ます、コピーして複数確保すべきです。

 次いでゴスペルの事を思うなら軍属以外の手段で専用機持ちになることが必要。

 それが可能なのはIS学園で教鞭を通り、教員部隊に所属する事です。

 キャノンボールファストも行われる事からゴスペルは超高速機動を指導するのに最適。

 織斑先生を通して理事長に相談するのをお勧めします、軍属に拘りが無い前提ですが。」

 

宙がそう伝えると、ナタルはクスリと笑って答えた。

 

「宙も千冬と同じ事を言うのね。

 今日初めて会ったのに同じ提案をしてくれるなんて本当に嬉しいわ。

 正直に言うと私は教員免許を所持してるのよ、だからその提案を受けると伝えてある。

 日本にこのまま亡命するわ、軍には流石に愛想が尽きたしね。

 まあ、イーリには悪いと思うけど仕方ないわ。」

 

そう言うとナタルは肩をすくめて笑った、なんともよく似合うボディランゲージに宙もつられて笑ったとか。

 

 

宙は夕食を1人で取る予定だったが、ナタルがそのまま居座って一緒に食事をした。

 

その後、千冬が来てナタルは連れ出され、また1人の時間をゆっくりと過ごす。

昨日・今日と色々あったため、流石の宙も疲れている自分を自覚していた。

 

またしても聞こえるノックの音。

 

「空天、家族風呂を用意した。

 それならお前も気兼ね無く、ゆっくり疲れを癒せるだろう?

 準備してついて来てくれないか?」

 

千冬は宙が学園でも花月荘でも部屋で風呂に入っている事に気づき、今日の礼にと気を利かせたのが一つ。

もう一つは普段から一夏が世話をかけ、その疲れも大浴場で癒せない事を心苦しく思っていたのだ。

然程待たずにドアが空いて宙が出て来た。

 

「織斑先生、お手数をおかけします。」

 

宙は深々と頭を下げて礼を述べたがそれこそ千冬の台詞。

とはいえ、此処で問答していると面倒事になりそうだと軽く聞き流して急かした。

 

「なに今日の礼だと思っておけ、それにたまには自分を甘やかせ。

 そのうち潰れてしまうぞ。」

 

そう言った千冬はジェスチャーでついて来る様に促し、宙を案内したのだった。

 

 

千冬の気遣いで温泉を堪能した宙は部屋に戻っていた。

既に髪を乾かして、身支度も整っている。

約束の時間が迫っており、窓を開けた宙はステルス迷彩モードでウィステリアを纏うと指定の崖まで飛んでいく。

現地に着くと拡張領域から特殊な小部屋を取り出して場を整えた。

すると然程時間を待たずに2人が現れ、中に招くとドアを閉めて施錠する。

これでこの部屋は外部からある事さえ見え無い防音室となった。

 

これを見て感嘆の声をあげたのは束。

 

「よく出来てるね、ゆーくん。」

 

「逃亡生活の時に暮らしていた部屋です、身を守りつつ隠れ住むには必要でした。」

 

千冬は束をジト目で見て非難する、束は束で気不味そうだったが宙は全く気にしていなかった。

それよりもこれからの話はあまりにも重要でそれどころでは無かったからだ。

そして意を決すると宙は話し始める。

 

「お時間を取らせて申し訳ありませんが、これからするのはそれだけ重要な話です。

 お二人とも相応の覚悟を持って聞いて下さい、よろしいですか?」

 

宙の声には真剣味が宿っていた、それを感じ取った2人は黙って頷き先を促した。

 

「では始めましょう。

 私の本名は唐松結、白騎士事件唯一の生き残り、ここまではご存知の通りです。

 ですが私にはもう一つ名前があったのです、その名は篠ノ之結、束の双子の弟。

 突然そんな事を言われても理解出来ないでしょうから証拠をお見せします。」

 

そう言うと宙は髪を解き、眼鏡を外した上でカラーコンタクトを外した。

今まで外見を誤魔化していた全てが取り払われ束と同じ色の髪と瞳、よく似た顔立ちがそこに現れると2人は思わず息を飲んだ。

 

「で、でも年齢が合わないよ、ゆーくん。」

 

束は動揺しつつも指摘するが、それすらも結には予想できた内容。

そして、それこそが唐松結誕生の理由。

 

「これから話すのは唐松家と篠ノ之家の関係であり、古くから存在する因習です。

 元々両家は一つでしたが過去に何人もの傑物が生まれました。

 しかし、その傑物が善とは限らないのは想像出来るでしょう?

 そこで家を二つに分け、世に災いを齎す者ならその力をお互いに封じる事としました。

 白騎士事件の日、両親が篠ノ之家を訪ねようとした理由は束とISを見極めるため。

 もし会っていたなら…。

 ISが悪用される可能性から束はその頭脳を一般人にまで下げられていたでしょうね。

 

 そして私が唐松家の養子に選ばれたのは束以上に過去の傑物の要素が見えたから。

 唐松家は傑物を善に導き続けて来た経験と記録を持ちます。

 篠ノ之家では相当昔から傑物が生まれる事無く失伝していたことが一つ。

 もう一つは両家が絶えない様にして来たからです。

 私が束と同年齢に見えないのも肉体の初期成長が遅い代わりに生涯成長を続ける。

 実例を挙げれば白騎士事件の時、私は14歳でしたが見た目年齢は8歳ほど。

 そう言った過去の実績から選ばれ、実際に私の初期成長は遅く未だに成長しています。

 

 それだけではありません。

 唐松家には傑物の肉体をより優秀に作り上げる方法が伝えられていました。

 その結果、私は頭脳で束と並び、肉体は束を越えた善性の持ち主へと意図的に作られた。

 何もしなくても束は千冬さんを超えているでしょうが、私は束を凌駕し続けます。

 

 束が悪性を発揮する時には私が必ず止める。

 そのために鍛えられた天然の超人を超えた超人と言う存在なのです。」

 

訪れた沈黙を破ったのは千冬だった。

 

「なら、何故私が呼ばれたのだ?私は両家と無関係だろう?」

 

「それは千冬さんが篠ノ之流を何も知らずに学んでしまったからです。

 篠ノ之家では失伝してしまいましたが、篠ノ之流も空天流も本来一子相伝。

 遊びに使う剣では無く、世の乱れを正すためだけに使う物なのです。

 しかも織斑計画で生み出された結果、束に準ずる身体能力を持っています。

 その身体能力と秘剣を活かして千冬さんは知らずに世界最強の座を得てしまった。

 

 私が白騎士事件で逃亡生活を送っていなければ剣を封じに行けたのですが…。

 どちらにせよ後の祭り、篠ノ之家の失態のとばっちりを受けたのが千冬さんです。

 

 ですから私は千冬さんを国家代表とも世界最強とも思っていません。

 使ってはいけない程の秘剣を遊びに使い勝つのは当然です。

 そして、その結果どれだけの人生に影響を与えたかも理解していないでしょう?

 山田真耶の努力を踏み躙り、アリーシャ・ジョセスターフの人生を縛った。

 同年代の代表候補生や他国の国家代表の人生に汚点を刻んできた。

 あり得た未来を潰して来たんです。

 

 私は確かに剣を使えますが空天流を披露した事はありません。

 一般的に有名な剣や体術、古武術の業のみで対処してきました。

 ISに乗ってもパワーアシストをマイナスに補正して同じ条件下での勝負のみ。

 プラスにする場合も対等までに抑えています。

 

 箒が篠ノ之流を振るっている様に見えますが見様見真似の半端な物。

 ですから、見逃していると言うのが現状です。」

 

そう言われてみれば確かに千冬は影響を与えて来た事に気付いた。

 

「束は何故箒と言う名になったか知らないのでしょう?

 束て結うと箒になる、神社らしい名付けだった様です。

 だからこそ私は箒の恋を応援してきました、実の妹なのですから。

 

 千冬さんに剣を捨てろとは言いませんが篠ノ之流を振るって良いのは箒だけです。

 近いうちに箒にも伝えて業を使わない様に諭します。

 千冬さんが剣を振るうならせめて同じく篠ノ之流の業は使わないで下さい。

 最悪したくはないのですが腱を切らざるを得ません。

 織斑君は未熟ですから業に至っていなかったのは行幸。

 2人共良く考えて下さいね、私は誰にも刃を向けたく無いのですから。」

 

その後、どうやって部屋に戻ったか千冬は記憶に無かった。

宙の言葉だけが記憶に焼き付いて…。




という事で、結が万能なのにはこう言った理由がありました。

今回は書くだけで手一杯でしたので、手直しが必要かもしれませんが更新しておきますね!

追記
もしかしたら次話で細かい描写をするかも知れません。


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ep64:明かされた真実

学園に帰るまでが臨海学校です、では続きをどうぞ!

追伸
お気に入りは400!
とても嬉しいですね、読んで頂ける事が。
楽しんでいただけましたら高評価での応援もお願いします。


「ゆーくんが双子の弟…。」

 

話を聞いてからラボに戻った束は結が辿った人生とあまりにも自分達と絡み合い過ぎた関係に言葉を失っていた。

 

父である柳韻は双子である事を当然知っていたが篠ノ之の血とその剣の由来について知らなかった。

養子に貰わなければ家が絶える唐松の両親は篠ノ之の血について必死に説明したのだろう。

柳韻にしても我が子を養子に出すのは筆舌に尽くし難い苦しみだっただろうが結の特徴からの説得を受けて断腸の思いで飲んだのだと束は思う。

そして唐松の両親が篠ノ之の血について説明していてくれたからこそ束は受け入れられ歪まずに済んだんだと予想した。

 

ただ唐松の両親も現存している剣について失伝しているとは思ってもいなかったのだろう。

そこへ束が千冬を紹介した事で千冬と一夏に剣の流出が起きてしまった。

一夏は修練期間が短く然程影響無かったが千冬は違う。

千冬に剣を進めたのは柳韻で、柳韻が認める程の剣才があった千冬は瞬く間に習得してしまった。

これには織斑計画で持って生まれてしまった身体能力も大きく影響しているだろう。

 

そしてISの開発と白騎士事件が原因となり、対処が一切出来ない状況になってしまった。

もし白騎士事件が起きていなかったらISは世に出ず、千冬と一夏が剣を習っている事に気づいて言い含めることが出来る。

仮にISが世に出ても千冬は篠ノ之の剣を使わずに済み、どういう結果になったかはわからないが今より状況は良かった筈。

 

こうして整理してみれば見るほど白騎士事件がどれだけ篠ノ之家・唐松家・織斑家に影響したか。

その後、色々な人達の人生に影響を与えたかが浮き彫りになり、結の言った事がハッキリと理解出来た。

 

「私達が一因…なんだね、ゆーくん。

 白騎士事件を起こした奴らが一番問題ではあるけど、そこは認めなくちゃいけない。

 何をどう言ったって、ゆーくんの人生だけで無くちーちゃん達を含めた多くの人の人生。

 それに影響を与えた結果、今があるのは確かなんだから。」

 

ラボに束の結論がこだました…。

 

 

同じ頃、自失状態から復帰した千冬も考えを巡らせていた。

 

「私が一夏のためと容易な道に進んだのが間違いだったと言う事か。」

 

今思い出しても金銭的に苦しい時期だった、そしてIS操縦者になるのが一番早く問題を解決出来る方法。

学校では担任が親身になって特待生での進学や就職までの融資について説明してくれていたが、それを蹴ったのは千冬自身の力で一夏を一日でも早く守りたかったから。

いや、極一部を除いて他人を信用出来なかったのが最大の原因。

 

「呆れるな、盲目的になっていた頃のボーデヴィッヒと何が違う?

 そんなことだから私にはボーデヴィッヒを救えなかったのだ。

 時間が無かったなんて唯の言い訳に過ぎん、空天はやって見せたではないか。

 

 一夏が拐われたのだって私が世の中を知らな過ぎたからだ。

 一度目は問題無かったさ、誰が勝つかなんてわかりはしなかったのだから。

 だが、二度目となれば状況が違う。

 私の優勝を阻みたい者がいてもおかしくないし、賭博が行われていた可能性もある。

 にも関わらず警護体制を人任せにした、いっその事ピットからの観戦で良かったのだ。」

 

徐々に脱線して行く千冬だったが、そこに後悔があったことだけは間違い無かった…。

 

 

今日は花月荘からIS学園に戻る日。

だが朝食に宙は現れず、集合時間になっても姿を現さないまま千冬の隣にナタルを乗せてバスは帰路に着いた。

ここまで来ると流石に一夏は黙っていられず千冬に問いかけた。

 

「織斑先生、空天さんは…。」

 

「ああ、説明していなかったな。」

 

そう言うと立ち上がった千冬は全員に向かって告げた。

 

「説明しなくてすまなかったな、空天は“仕事”で先に戻った。

 理由は直にわかるから心配するな、驚きはすると思うがな。」

 

ニヤリと笑みを浮かべてそう告げた千冬に一同は余計困惑したが、無事を確認できたことで安堵する。

特に昨日詰め寄ったセシリアは幾らなんでもやり過ぎたという想いを抱いていて、人には話したく無い事もあると自分が知っているにも関わらず行動した結果に後悔していた。

ただほんの少しだが今の話で気持ちが楽になったのは言うまでもなく帰ったら必ず謝罪しようと決める。

 

ところが何も聞かされていなかった護衛一同は冷や汗をかいていた。

特にラウラの動揺は酷いものでマドカが必死に宥める程だ。

シャルはISを使う訳にもいかず今更どうしようもないと諦観の表情を浮かべるばかり。

 

そんな一同を乗せてバスはただ走り続けるのだった。

 

 

ダニエルは轡木から手に入れた資料を日本政府に匿名で送りつけると言う暴挙に出た。

しかも、世界各国から届く様にエージェントを動かしている。

これは表立って日本政府とスイス連邦がやり合う事のリスクが高過ぎるという判断からの行動であり、宙を守るためには必須だというスイス連邦政府が決めた方針に従ったものでもあった。

 

そして今日は宙が指定してスイス連邦が認めた国家代表発表日。

衛星放送を使っての放送準備は全て整い、宙とダニエルはIS学園にいた。

 

「元々男装の麗人でしたから違和感はありませんが幾分男性的になりましたね。」

 

IS学園の男性制服を身に付けた宙を見てダニエルがそう告げる。

 

「はい、ホルモンバランスが整った事で胸は予定通りほぼ消えました。

 幾分筋肉が見える様にもなりましたが。

 今後完全に胸は消え、女性的柔らかさも失われていきます。

 しかし、目立つ程の筋肉にはなりません。

 理想的肉体を作っていますので無駄な筋肉は一切ついていないのです。」

 

宙がそう答えるとダニエルは頷き、放送時間が迫っていた。

 

「では、世界を驚かせに行きましょう。」

 

ダニエルの言葉に頷くと宙は柔らかく笑った。

 

 

移動中のバスのテレビに緊急放送の開始前告知が流れ、チャンネルが変わる。

勿論チャンネルを変えたのは千冬で一同に声をかけた。

 

「さて、これから始まる緊急放送が空天の仕事だ。

 しっかり見て理解しろよ、とても大切な事だからな。

 特に織斑には関係深い話だ、楽しみにしているといい。」

 

一夏はあまりにも抽象的過ぎてよくわからなかったが、千冬が関係深いと言うならそうなのだろうと思う。

ただ何故宙が緊急放送に関係した仕事をしているのかは全く理解出来なかった。

逆に察したのは護衛一同、思いっきり安堵したのは言うまでもなくシャルの表情も普段通りに戻っている。

そして、緊急放送が始まった。

 

『スイス連邦から新たな男性操縦者の紹介と共に国家代表就任を発表致します。』

 

それを聞いた一夏は最初は意味がわからなかった。

スイス連邦の国家代表は宙で女性…え?嘘だろ、アレで男!?マジで!?と混乱の極み。

しかし、そんな一夏を待つ事なく放送は続く。

 

『男性操縦者は現存IS学園に通う生徒で年齢は今年19歳となります。

 では早速紹介しましょう、スイス連邦国家代表の空天宙さんです。』

 

「「「「えー!」」」」

 

その瞬間、バスには悲鳴にも似た声が響く。

そして、IS学園の男性制服を着た宙が映り、挨拶を始めると静まり返っていた。

 

『只今紹介に与りましたスイス連邦国家代表の空天宙と申します。

 

 私は織斑一夏君が見つかる以前、ISを起動出来る事に気付きました。

 これを知られた場合、どの様な扱いを受けるか予想した私は治外法権である場所。

 IS学園の理事長宛に手紙を出し助けを求め許可を得て女性として入試を受け合格。

 今日までその様に過ごす事で身を守って来ました。

 

 入学した目的には身を守ってくれる後ろ盾を得る事も当然含まれていました。

 数々の実績を作る内にスイス連邦のダニエル・アンマン大臣と面会。

 スイス連邦には男性操縦者保護法があり、国家代表への就任依頼を受けて受諾。

 本日、本来の性別で正式なスイス連邦国家代表に就任した事を宣言します。

 

 また性別を詐称せざるを得なかったとはいえ、IS学園の方々を謀った事は事実。

 この場を借りて謝罪致します、誠に申し訳ありませんでした。』

 

テレビには頭を下げる宙が映り、それをダニエルが諌めて頭を上げる。

 

『以上、只今を持って緊急放送を終了します。

 くれぐれも永世中立国であるスイス連邦とその国家代表が不当に扱われる事。

 その様な事が起きないよう心から願っています。』

 

こうして宙は男性にしてスイス連邦国家代表と世界に知られる事になったのだった。

 

 

学園に戻った一夏達は揃って宙の部屋を訪ねた。

あの時とは真逆の構図だが、鈴は此処でなら聞けるのではないかと思っていた。

鈴が気にしているのは宙は襲われる事を念頭に入れて作戦を組んだこと。

予想外にも男性だったことに驚きはしたが友人であることに変わりない。

鈴は鈴なりに宙を心配しての行動だったのだ。

 

「マドカだ、入るぞ。」

 

「待って、私に開けさせてくれない?」

 

そう言うと鈴はドアノブを捻ろうとしたが当然回らない。

 

「やっぱりね、じゃあマドカ頼んだわ。」

 

今度は勿論開いてしまう、これも鈴が確認したかったことの一つだ。

開いたドアからみえた部屋の中には宙が1人、人数分の椅子を準備して待っていた。

 

「来ると思っていました、とりあえず座って下さい、私は紅茶を淹れて来ます。」

 

なんでもない様に宙はいつもと同じ様に振る舞い、全員が椅子に座った。

護衛組は気が気で無かったがここまで来てしまえばどうしようもないと早々に諦める。

宙が紅茶を配膳して席に着くとこう切り出した。

 

「巻き込まれて死にたく無かったなら、今すぐ退出することをお勧めします。

 残った場合は、何があろうと自己責任。

 冷たい様ですが人様の命を守り続けるのは人数が増えれば増えるほど困難。

 返答は行動で示して下さい、意地を張って残るのはお勧め出来ませんよ。」

 

宙の表情は真剣そのもので、その目は覚悟を迫っていたが誰一人動こうとしないのを見て根負けした。

ただし、あそこまで言った以上、宙は本当に自己責任だと決めて話す。

 

「いいでしょう、私の人生と現状の全てをお話しします。

 皆さんは白騎士事件に被害者がいた事を知らない、日本政府が隠蔽したからです。」

 

「ちょっと待って!」

 

「待ちません、その時の被害者唯一の生き残りが私。

 日本政府が10年間に渡り命を狙い続け”た“存在、どうしても口封じするためにです。

 この時点で皆さんも日本政府に命を狙われる存在になりました。

 さて、人の秘密を暴くことで自分の命のみならず身内の命を危険に晒す。

 とても良い趣味をしていますね、ご愁傷様です。

 これからは常に気を張り続け、家族の心配をしても助けに行けない。

 好奇心は猫をも殺すと言いますが、実際にそうなって気付いた感想などどうぞ?」

 

流石に事情を知っている者を除き絶句した、宙の冷た過ぎる言葉に。

そして宙は思い切りテーブルを叩いた、涙を零しながら。

 

「だから言ったのです、意地を張るなと、自己責任だと!

 貴方達にそんな力はありません、どうして私の気持ちを無碍にするのですか?

 私を心配したなんて欺瞞です、ただの好奇心でしかなかったんです。

 命の危険を先に伝えたのですから、そこで引くべきでしょう!

 それとも私は貴方達の命より家族の命より重い存在なのですか!?

 答えなさい!凰鈴音、セシリア・オルコット、織斑一夏、篠ノ之箒!」

 

鈴は甘く見ていた、自分達なら宙の助けになれる筈だと。

しかしそれ以前の問題で自分の命や家族の命が秤に乗るなんて想像もしてなかった。

そんな時だ、マドカの声が聞こえたのは。

 

「もういいだろう宙、皆もよくわかった筈。

 私は宙の気持ちと行動の意味がわかっているつもりだ。

 そろそろ許してやってくれないか?」

 

4人には意味がわからない、それを察してシャルが説明する。

 

「気づかなかったかな?宙は命を狙い続け”た“と、過去の話だと言ったんだよ。」

 

それをラウラが引き継ぐ。

 

「それだけここにいる全員が宙にとって大切な存在だと言いたかったのだ。」

 

「…それを気付いて欲しくて、自分を大切にする様にもう済んだ話をして諭した。」

 

そう簪が締めくくり、やっと4人は宙の真意に気付けたのだった。

 

 

宙は自身を含め全員が落ち着いたのを見計らって話を再開した。

 

「この部屋は緊急放送にあった事情と先程の事情から完全防音。

 そのうえ隠しカメラやマイクが入り込むと壊れる様に出来ている特別製です。

 ですから、白騎士事件の真実を皆さんが知った事は漏れていません。

 そして簪さん、マドカさん、ラウラさん、シャルさんは私の護衛を務める存在。

 理由は様々ですが私が強制した事では無く、自主的にとだけ伝えておきます。」

 

先程までとは打って変わって宙は優しく説明した。

4人は安心すると共に自分達の甘さを知ることが出来て、そこに宙の狙いがあったと察する。

 

「そして、ここからが本題です。

 日本政府から狙われる事は後ろ盾を得た今、ここにいる全員基本的にありません。

 ですが新たな問題として、私個人は亡国機業と呼ばれる組織に身柄を狙われています。

 その結果、ゴスペル救助の時にあの様な方法を取ったのです。

 実際、ゴスペルの側には密漁船に偽装した亡国機業がいましたが、織斑先生の存在。

 そして、ゴスペルが私達に追従した結果、事なきを得ています。

 

 既に学園内には内通者がいるとはわかっていますが誰と確定した訳ではありません。

 これからも私を巡ってトラブルが起きるでしょうが皆さんは自身を大切に。

 手助けが必要な時は声をかけさせていただきますから私を信用して下さい。

 先程の様に不用意で命知らずな行動だけは決してしないで下さいね。

 私が得た最高の宝である8人の友人に代えは居ないのですから。」

 

そう言った宙は優しく微笑んで全員を見つめていた。

それを受けて8人は宙の言葉を胸に刻み、いつか必要とされた時には必ず応えて見せると心に誓ったのだった。




束と千冬は真実を知り、色々と考えさせられた様です。

宙は予定通り、男性として正式にスイス連邦国家代表へ就任しました。

鈴達は甘さを指摘され、慎重さを手に入れる一歩を踏み出し、ほんの少しだけ大人に近づくことが出来た様です。

さて、次回もお楽しみに!


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ep65:新たな日常へ

先に謝罪しておきます、今回は書き上がっていません。
疲労困憊です…。

追伸
追記を完了しました!


アリーシャ・ジョセスターフはイタリア国家代表であると共に第二回モンドグロッソ総合部門の覇者。

例え本人が決勝戦不戦勝という不本意な結果による栄誉など望まなくても周囲はそう認識する。

その結果、普通の国家代表より多忙になるのは当然で特に本国であるイタリアでは色々な仕事に忙殺されていた。

 

しかし、アリーシャには絶対に叶えたい事が一つ。

それが第二回大会で叶わなかった千冬との再戦による決着。

 

未だ拘り続けるアリーシャはどれだけ忙しくてもトレーニングを欠かさず、再戦の時に備え続ける。

そして相棒であるIS“テンペスタ”もこれに応えていた。

ここまで言えば察する事が出来るだろうか、引退した千冬と現役のアリーシャには4年以上の期間で色々な差が生まれている。

その結果、アリーシャの勝敗はどちらになろうと何の意味も無さないという現実に本人は気付いていない。

ある意味では千冬の引退時点で決着がついていることも認めず再戦に拘り続けていた。

 

「おや、これは珍しい事もあったもんさね。」

 

トレーニング場の休憩場所に戻って見れば、仕事以外のメールが届いていると気付いたアリーシャ。

 

「差し出し人は…、IS学園に行ったエレナから?

 あの子なら元気にやってるさね、スカウトも受けられるさ。」

 

そう温かい目をして言いながらメールの中身を読んで獰猛な笑みを浮かべた。

 

「これは朗報さ、首を洗って待ってるといいさね。」

 

素早くエレナに応援と礼を込めた返信をしてトレーニングに戻る。

その後の訓練ではいつも以上に気迫の篭ったアリーシャの姿が見られたとか。

 

 

宙が友人との時間を過ごしているとノックが聞こえた、そして声をかけたのは千冬。

 

「空天、理事長がお呼びだ、私と共に来てくれないか。」

 

用件に思い当たる節は無い、何故なら緊急放送までの間に今回の一部始終を説明済だったからだ。

とはいえ、大恩ある十蔵に呼ばれて行かないなどという選択肢は存在しない。

 

「皆さん、ゆっくりしていって下さいね、しばらく空けます。」

 

そう言うとドアを開けて千冬と合流。

 

「大変お待たせして申し訳ありません織斑先生、では早速参りましょう。」

 

「ああ、それにしても空天の担任になってから理事長室に行く事が随分増えたものだ。」

 

そんなやり取りをしながら、もう通い慣れた理事長室に向かう2人。

なんだかんだと話しているうちに辿り着いた理事長室のドアを千冬がノックして声をかける。

 

「織斑です、空天を連れて参りました。」

 

そう言うとドアが開かれ、十蔵自ら招き入れた。

 

「よく来てくれました、さあ、お二人とも中へ。」

 

歓迎ぶりに疑問を抱いたが十蔵の言葉に従った2人は入室、勧められたソファに座ると早速話が始まった。

 

「今回、軍用ISの撃墜という難事を誤った情報と共に指示した件。

 理事長として人として本当に申し訳なく思っています。

 空天さんの機転のお陰で難を逃れ、生徒を殺人者にせず怪訝人や死者も出なかった。

 そして織斑先生の存在が空天さんを守ったのです。

 

 これほどの結果に対して何も褒賞が無いなど誰が許しても私には許せません。

 私に可能な範囲ではありますが要望をお聞きしたく来ていただいた次第です。

 お二人とも遠慮なく申し出て下さい。」

 

十蔵の言い分はわかるが難事だったことを除けば当たり前の行動をしたと認識している2人。

正直なところ困っていたが宙は叶うなら頼みたい事に思い当たった。

恐らく無理だろうと思いつつも言うだけならなんの問題もないと宙は告げる。

 

「もし叶うなら…。」

 

宙が告げた内容は千冬にとっても大いに意味がある。

十蔵は2人の願いを聞き、早速行動に移すのだった。

 

 

「ふふっ、笑ってしまうわね。」

 

スコールは緊急放送を見て、宙の女装を見抜けなかった自分を笑った。

オータムには秘密だが女だからこそ宙が欲しかったのだ、自分の恋人に。

それが男、スコールの嫌悪する男なら…。

 

「ねぇ、オータム、私が間違ってたわ。

 私には貴女がいればいい、次の機会には殺しましょう?空天宙を。

 ついでに織斑一夏もね。」

 

それを聞いてオータムは思わずにやける。

やっとわかってくれたと、スコールには自分がいればいいんだと。

だから、返答なんて決まっていた。

 

「ああ、そうしようぜ、スコール。

 ISだけいただいて2人共殺す、男がISに乗ってるってだけで反吐が出るからな。」

 

「そうね、ISは女の物。

 男なんかにくれてやる必要は無いわ、それで行きましょう。」

 

全く別の思考ながら同じ結論の2人は愉しげに笑った。

そこにいたのは数少ない女尊男卑の権化だったのだから…。

 

 

宙が部屋の戻ると丁度夕飯時、大切な友人達は全員待っていた。

これから開かれる宙の国家代表就任祝いのために。

しかし、何も聞いてない宙は状況が全く理解出来ず、ラウラに連れられてテーブルの席に。

 

「戻ったわね?宙、それじゃあ素早く仕上げに入るわよ!」

 

鈴の号令で次々と仕上がっていく料理が宙の目の前に広がっていく。

箒の得意な唐揚げと一夏・箒合作の色々な日本料理。

鈴の得意な酢豚を含む中華料理。

シャルの得意なフランスの家庭料理。

セシリアは被害者の山を作り上げた名状し難いアレをマドカが監視して普通の。

そう“普通のサンドイッチ”を!

簪は得意な抹茶のカップケーキをデザートに。

 

「ふう、キッチン一つで6人は流石にきつかったな、鈴。」

 

「でも、やれば出来るもんでしょ、そこはお互い腕とタイミングよ。」

 

「うむ、常時火を使う訳では無いしな、やってやれない事もなかったか。」

 

「まあ、僕はオーブンがメインだから簪と交代しながらね。」

 

「…そういう事、でも次からは各自作って持ち寄った方がいい。」

 

「わたくしは場所を選ばないので特に問題は…。」

 

「監視して無かったら、香水だの甘味料だの入れようとしていたがな。」

 

わいわいと言い合いながら作った感想を述べる友人達も席に着いて発案者の鈴が説明する。

 

「これは宙の国家代表就任祝いよ、皆で楽しみましょ?

 一夏、飲み物配ったわね?」

 

「おう、配り終わってるぜ!」

 

「それじゃあ宙の国家代表就任を祝って乾杯!」

 

その声に合わせてグラスが音をたてた。

やっと状況を理解した宙は皆に感謝を述べると早速料理を食べ始める。

 

宴は始まったばかり、美味しい料理と共に会話を楽しむ時間が過ぎていった…。

 

 

「う〜、ゆーくんのお祝いなら束さんも参加したい!

 特に箒ちゃんといっくんの料理が食べたいんだけど、今から行こうかな?」

 

ラボでその光景を見ていた束がそう言うと聞き慣れた声がストップをかけた。

 

「駄目ですよ束様、今日はゆーくん様と御友人の集まりです。

 束様にはクロエが準備しますから我慢して下さい。」

 

「なら、唐揚げが食べたいな、束さんは。」

 

クロエは束の要望を聞いて厨房に。

 

「それにしてもスイスは随分頑張ったね、今回の件で。

 結構危ない橋を渡ってるんだけど、見る限り日本政府は出所を巡って内輪揉め。

 外に目を向ける余裕が無いみたいだから、これを狙ったんだろうね。

 まあ、出所を幾ら探っても束さんには辿り着けない。

 そうなれば誰の仕業か判断がつかないんだよね、政治家って言うのは。

 今回あれだけあからさまなタイミングだと罠を勘繰って他を怪しむからね。

 あの大臣、相当なやり手だとは思ってたけど予想以上だった。

 スイス連邦は信頼できることがわかったのが一番の収穫だよ。

 ゆーくんが行く時には束さんも色々考えとこっと。

 

 それはそれとしてまさかゆーくんとちーちゃんがあんなお願いをするとはね。

 まあ、2人共関係あるからわからないでもないんだけど驚いたよ。

 これからどうなるかわからないけど一波乱ありそうだね。」

 

ぶつぶつと束が呟いているうちにクロエは要望通り唐揚げを作ると持って来た。

 

「束様、御要望の唐揚げが出来ましたよ、温かいうちに是非。」

 

「やったー!クーちゃん愛してる!では早速、いただきまーす。」

 

熱々の唐揚げに齧り付く束とそれを幸せそうに見るクロエ。

ここに一つの家族団欒がある事を知るのは本人達のみだった…。

 

 

「さて、クーちゃんの唐揚げも堪能したし、そろそろ始めようか。」

 

未だ続く宴は祝いの宴、これから始まるのは糾弾の宴の準備、徐に電話を取り出すと束は連絡する。

 

「もすもすひねもす、束さんだよって切ろうとしないでよ、ちーちゃん!

 あのさ、理事長とナターシャだっけ?2人が持ってる証拠、私に送ってくれない?

 何に使うのかって?決まってるじゃん、アメリカとイスラエルの件を暴露するの。

 証拠は私が取ってた事にして迷惑はかけないから。

 じゃないとシルバリオ・ゴスペル回収されちゃうよ?先手を打たないとね。

 アラスカ条約違反に人命無視、しかもそれをゆーくん達にやらせようとしたんだよ?

 痛い目にあって貰わなきゃね、流石に今回の件は私も許せない。

 そういう事だから、大至急お願いね!」

 

言うだけ言って電話を切ると束は連絡を待つ、気を利かせたクロエが持って来た飲み物で喉を潤しながら。

するとクロエが珍しく束に尋ねた。

 

「束様、その様な連絡で証拠を頂けるものなのでしょうか?」

 

「大丈夫だよクーちゃん。

 2人共怒ってるのは確実だけど、どう使うかはまだ決まってない。

 直接相手するのは国が国だけに難しいんだよ、でも束さんにはそれが出来ちゃう。

 それに証拠を取らせたのはゆーくんだよ?使われる前に使っとかないと確実に動く。

 スイス連邦の国家代表になった直後から国際問題を起こすより被害者側の方がいい。

 …って、話してる間に来たね。

 

 もすもすひねもす、束さんだよ、ちーちゃん。

 2人共許可くれたでしょ?え?何でわかるかなんて簡単だよ、喧嘩の相手がアメリカ。

 一般人にはちょっと荷が重過ぎるね、私なら何処とでも戦えるとわかってるからだよ。

 データは送った?来た来た、ありがとうって言っておいてね、じゃあまたね〜。」

 

これで束の手元には“事前に危険を訴えた証拠”、“証拠隠滅を計ろうとした証拠”。

そして“軍用機装備の現物”が揃い、勝利は確実な物になった。

 

その後、世界中のテレビをジャックして行った束による告発。

事前の忠告を無視し、アラスカ条約違反たる軍用IS製作を行った挙句、懸念通り暴走を起こしたうえに証拠隠滅のため偽情報で殺人を行わせようとしたアメリカ・イスラエルの愚挙は拡散。

信用と権威は失墜し、全てでは無いがISコアの没収により大きくその影響力を落とす事になった。

迷惑を被ったIS学園には訓練機購入費用が支払われ、没収したコアが使われる事になり訓練効率が上がるという予想以上のメリットが齎されて最高の結果を残す事になったとか。

 

 

翌日、朝から1組は騒がしかった。

それもこれも全て宙が原因で、女性だと思っていたら男性操縦者でありスイス連邦国家代表のクラスメートと言うのはビックニュースどころでは済まないインパクトを齎した結果である。

 

まあ、一部の特殊性癖の方々は宙×一夏か一夏×宙で議論していたりと嬉しく無い欲望塗れの光景もあったが。

 

そしてSHR。

宙不在の教室にいつぞやと同じ様に千冬と真耶が入室。

ただ今回はその理由がわかっているという違いがあった。

 

「今日から転入生が、と言っても皆さん既にご存知なんですよね。

 とにかく入って来て下さい。」

 

真耶の声に従って入って来たのは男性制服を纏った宙。

服装も相まって以前より男前に見える宙が改めて自己紹介する。

 

「スイス連邦国家代表、男性操縦者の空天宙です。

 緊急放送でも説明しましたがやむを得ない事情により女性として通っていました。

 この度、問題が解決した事で本来の性別である男性としてクラスに加わる事になります。

 もし叶うなら以前と同じ様に仲良くしていただけるととても嬉しいです。

 今後ともよろしくお願いします。」

 

クラスメートは温かい拍手で宙を迎えた。

 

「宙さん、これからは男同士以前より仲良くやっていきましょう。」

 

「そうですね、一夏君。

 遠慮なくビシビシ鍛えて差し上げますよ、覚悟しておいて下さいね。」

 

一夏の発言にそう返した宙は笑顔でそう言った。

 

宙は思う、今日から自分は10年振りに男性としてこの学園で過ごす。

今までとは勝手が違う事も当然出て来るだろう。

しかし、そんな事など気になら無い程の開放感が宙を満たしていた。

 

再出発の日。

今日から宙は世界で2人しかいない男性操縦者として生きていく。

その事実を噛み締めていつもの席に着いた。

 

「よし、それでは授業を始めるぞ?」

 

そう言った千冬の声に揃って返事をした一同だった。




アリーシャに情報が渡り、波乱の予感。

宙と千冬は何か共通のお願いをした様です。

スコール達は遂に本性を現し、これまた不穏な空気が。

宙と愉快な仲間達もとい大切な友人は就任祝いのパーティーを満喫しています。

束は予定通りアメリカ・イスラエルの愚挙を公表して権威の失墜に成功しました。

そして宙は遂に男性として通う事に。

これにて第1章を終わり、第2章が始まります。
その前に数日お休みをいただきたいと思いますのでご了承下さい。
第2章も頑張りますので今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m


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第2章 波乱万丈の毎日編
ep01:変わる日常


お休みを貰ったからと言って更新しない訳では無かったりします。
差し当たり日常会をどうぞ。

追伸
2章は毎日更新に拘りませんのでご了承下さい。
1章は宙の正体が判明しないとグダグダになるので早く進めという訳でした。

お気に入り、感想、高評価ありがとうございます♪
楽しんでいただけましたら是非高評価で応援して下さいませ。
よろしくお願いします!


宙が男性と明かされたIS学園は、にわかに活気づいていた。

一夏が入学した当初と多少様子が異なるのは宙が未だに中性的容姿でありスイス連邦の国家代表だと言う事も影響しているだろう。

それでも相変わらず人集りは出来る訳で2人になった分だけ増えていた。

ただ一夏と違って追い回されない宙は性別を隠すストレスから解放された方が重要で周囲の目など気にしない。

何一つ恥じる事も隠す事も無くなって気分は非常に軽くなり、学園生活を満喫しながら鍛錬に明け暮れていた。

 

今更知った話だがファンクラブがあったらしく、男性とわかったことでさらに人気が出たとは薫子の談。

何故かホクホク顔の薫子から宙は礼を言われたとか。

 

とにかく男性操縦者が2人になって、より活気づいたIS学園だったがそれを除けば変わりなくある意味平和を謳歌している。

 

さて、臨海学校が終わった後に来るのは夏季休暇…の前に生徒会の仕事だった。

時期的に1学期が終わるのだが、楯無の予想通りの事態が起こり宙は一夏が忘れているのではと声をかける。

 

「一夏君、クラス代表決定戦前の訓練時に楯無さんが話したこと覚えていますか?」

 

「楯無さんが話した事…ああ!色々あり過ぎて生徒会入部するか返答を忘れてた!」

 

「一夏、それはまずいぞ、きっと今頃は…。」

 

いつもの事ながら側にいた箒が核心部分だけ伏せて発言すると、一夏は冷や汗を流しながら青い顔をしていた。

 

「やはり忘れていましたか。

 楯無さんから生徒会室に連行…もとい連れて来るよう頼まれています。

 さあ、逝きますよ、とびきりの美人が待ってますから。」

 

「今、連行って言いましたよね!?それに“いく”って発言に不穏な空気が!」

 

「自業自得だな、諦めろ一夏。」

 

箒の言葉に見送られ宙にドナドナされる一夏だった…。

 

 

楯無は割と限界に来ていた、この積み上がり続ける山の様な苦情に。

それでなくても監視業務で忙しいのにこの惨状、楯無は非常に機嫌が悪くなっていた。

 

ノックに続いて宙の声、そして入室した宙と連行された一夏が見える。

 

「楯無さん、一夏君を連行して来ましたよ。」

 

もう隠す気すらないのか、それとも機嫌の悪い楯無に配慮したのか宙の言葉は指示の原文そのままだった。

 

「悪いわね、見ての通りの惨状で頭は痛いし、動く気力も無いわ。

 それで宙さんには申し訳ないんだけど副会長から生徒会長補佐になってくれない?

 とてもじゃ無いけど手が回らないわ。」

 

「戦わなくてよくするために補佐ですか、構いませんよ、直ぐに取り掛かります。」

 

そう言うと宙は本来の生徒会業務を物凄い勢いで片付け始める。

元々処理能力の高い宙は副会長の時にも生徒会長の仕事を楯無に頼み込まれて密かに代行していた。

それ故にどう処理すれば最適かは既に把握しており、特別な判断を要する物以外余裕で処理出来る。

 

それを見て驚いたのはシャルだ。

来春卒業する虚の代わりに会計が内定しているシャルは補佐しながら手解きを受けていた。

会計業務はシャルに向いていたらしく、虚もこれなら安心だと太鼓判を押すほどだ。

 

そして連行されて来た一夏は楯無にジェスチャーで来いと呼ばれて恐る恐る近づく。

 

「さて、事情は宙さんに聞いたと思うけど何か言い分があれば聞くわ、織斑くん。」

 

一夏はあれっ?と思った。

思いの外、楯無の対応が柔らかかったからだが、つい油断してしまったのが運の尽き。

 

「すみません楯無さん、色々あってすっかり忘れてました。」

 

3人の手が止まり楯無を見ればくっきりと青筋が、こう背後にゴゴゴゴという書き文字が見える気がした3人は揃って合掌した。

 

「忘れていました…ね。

 へえ〜そうなんだ、ふふふっお姉さん流石にキレてもいいわよね?」

 

そう言った楯無は一夏の制服の首根っこを掴みズルズルと引きずり出す。

 

「え?なんですか!?俺何処に連れてかれるの!?」

 

「折檻部屋…もとい地下訓練施設よ、私が直々に相手をしてあげるわ♪

 忘れるほど訓練したんでしょ?師匠としてはしばらく見れなかったからね。

 さあ、逝くわよ、ほら急いで急いで!」

 

こうなった楯無を止める者は此処にいない、敢えなく連行された一夏は楯無のストレス解消に付き合わされボコボコにされたとか。

 

ちなみに一夏が戻って来た時には死んだ目をして庶務就任を受けたのは言うまでも無い。

楯無は随分スッキリした様で苦情の山を纏めて捨てると一夏の庶務就任を嬉々として掲示板に貼って来た。

これで予定通り一夏の貸し出しにより一応騒動は収束、生徒会に平穏が戻ったという。

 

ところで空いた副会長席はというと既に決まってる、勿論簪なのは言うまでも無かった。

 

 

ナタルは無事ゴスペルを束直々に許可されて所持出来る様になり、今は1組の副担任補佐。

教員免許を持っていた事、今回の被害者である事、教員不足等理由を挙げればキリはないが千冬の勧めと十蔵の判断により新たな職を得て平和な生活を始めていた。

 

元々フレンドリーなナタルは生徒達の受けも良く、あっという間に溶け込んでいる。

仕事が終わればゴスペルと高機動訓練施設で優雅に飛び、ゴスペルは歌声を響かせていた。

 

「それにしても凄いわね、このアンロックユニットのスラスター。

 2機で以前より上の出力があるし、安定度も耐久力も抜群なんだから驚くわ。

 そう思わない?ゴスペル。」

 

ナタルの問いかけにゴスペルは歌声で答え、気持ち良さげに飛び続ける。

 

「そうよね、そう言えば私って宙にきちんとした礼を言ってないわ。

 後で部屋を一緒に訪ねる事にしましょうか、ゴスペル。

 貴女もウィステリアに会いたいでしょ?」

 

ナタルの言う礼とはIS所持許可証の件で束が今回の詫びも込めて宙から渡された物。

渡された時は驚きのあまり礼どころの騒ぎではなく、気がつけば宙は消えていた。

 

そう言ったナタルはしばらくの間、ゴスペルと飛び続けていたが結構な時間が経っていて、急いでシャワーを浴びると宙の部屋に向かう。

ナタルは即決即断の行動派、飛んでいたのはともかく今日のうちにと急いだ。

 

 

「なあ千冬姉、何で俺はまだこの部屋なんだ?」

 

一夏は楽しみにしていた、シャルと同室だった時のあの開放感をまた味わえるのだと。

勿論千冬と一緒なのが嫌な訳ではなく、安心感があるのは事実だがそれとこれは別の話。

男同士と言うのはやはり違うのだ、特に気兼ねなく過ごせるのが楽だと思っていた。

 

宙が男だとわかって今度こそ本物の男同士、当然同室だと思っていた。

ところが蓋を開けて見れば、何も変わらない現実が待っていた訳で思わず溢してしまっても不思議ではないだろう。

 

「お前が空天を襲いかねないからだ。」

 

千冬が真顔で寄越した返答に目が点になった一夏は再起動すると流石に反論した。

確かに宙は男に見えないほど綺麗だが、一夏に男色の気は無いと自信を持って言える。

まあ、あの朴念仁ぶりでは勘違いされても仕方ないとは思うが。

 

「そんな訳ないだろう!?千冬姉、いくらなんでもあり得ないぞ!」

 

「お前が冷たい事を言うからだぞ、冗談だ。」

 

千冬は一夏の言いたいことを十分わかっていたが、何でと問われれば寂しく思うのが姉であり親代わりの持つ心境。

それ故に意地悪したくなって思ってもいない冗談を真顔で言ったのだ。

 

「それで理由だったな、お前が女を知らな過ぎるからだ。

 ホイホイと部屋に入られてハニートラップにかかるのが目に見えている。

 その気になれば媚薬を盛ってでも事におよぶ奴がいる位は理解しろよ?

 実際、もしもシャルロットがその気ならお前は簡単にやられてたんだからな。」

 

そう言われるとぐうの音も出ない一夏だったが、宙はどうなんだという話に行き着いた。

ただ宙は楯無・マドカと同室していて何も起きていない…と思う。

流石に同室の時しましたか?なんて楯無に聞こうものなら今度こそ死ぬと震えた。

千冬によく似た性格のマドカについては論外、聞いた瞬間レーザーで蜂の巣にされる。

そう考えて納得した一夏だが、念のため聞いてみた。

 

「宙さんはなんで?」

 

「一夏よ、空天が欲望に負けて女を襲ったり、そう言う雰囲気の女を部屋に入れる。

 そんな場面が想像出来るか?私には全く想像できん。

 それに聞いたと言ってたではないか、護衛を襲ってもデメリットしか無いぞ。

 あいつは平穏を求める人間だ、自分から壊したりなどするものか。」

 

「確かに全く想像出来ないな、平穏を求めるってのもわかる気がする。

 よくお茶会に誘われるけど、ゆったりと穏やかな時間が好きだって感じてた。」

 

そう言った一夏に千冬は友人を大切にする宙らしいと頷きながら話を聞いていたが突然話を変える。

 

「一夏、実は篠ノ之流が門外不出の秘剣のうえ一子相伝だとわかった。

 剣術の基本はそのままでいいが業を使えない。

 そこで私達の流派を作る、名字にはいい思い出が無くてな、名前から決めた。

 冬夏流剣術、厳冬酷暑の様な何物からも人々を守ると願掛けした物でな?

 私と一夏で作るんだ、新しい流派を家族2人で。」

 

千冬は宙の話を聞いてから篠ノ之流ではない“己に適した剣術”を模索していた。

宙に腱を切らせたくは無いし切られる訳にもいかず、剣を捨てることも出来ないなら最適化した剣を生み出すより他ないとの結論に達したからだ。

最近の千冬は現役さながら、いやそれ以上の訓練を行なっており同時に剣を生み出すべく試行錯誤した結果、ある程度形になって来ていた。

これは国家代表時代の経験から見た物や聞いた物をも取り込み、アレンジにアレンジを重ねて最適化した物。

それを基礎として技を業へ昇華しようと言う試みだったが、一夏に教えられる基礎は出来ているからこその提案だ。

 

「それって先生は知らなかったってことか?千冬姉。」

 

「ああ、古流に詳しい空天から指摘されてな。

 その昔なら腱すら切られるとまで教えられては流石に使えん。

 どうも篠ノ之流は何処かでその辺りを失伝した様で柳韻先生は知らなかった。

 継ぐのは箒、私達が振るっていい剣ではないだろう。

 既に冬夏流の基礎は私が作り上げた、今は技を業へ昇華しようとしている。

 元々私達に合わせて生み出した剣だ、一夏にも合う様に出来てるから力になる筈だ。」

 

千冬の言葉に一夏は頷き、冬夏流の修行を受けると決めた。

特に家族だけで生み出す剣という言葉は特別な繋がりを感じさせ、後々一夏の剣の冴えが上がる要因となったのは言うまでもない。

 

 

宙は生徒会の仕事を片付けて部屋に戻って来た。

一夏は戦力外なのですぐ開放されたが宙は半ば主力、忙しかったせいで夕食もまだだ。

中に入ればマドカが不在で恐らくラウラの所にいると当たりをつけた。

 

とりあえず夕食を作ろうとした所でノックが鳴り、声が聞こえて来る。

 

「宙いるかしら、ナターシャよ。」

 

これは珍しいと宙はドアを開けてナタルを招き入れた。

 

「こんばんはナタルさん、どうしましたか?こんな時間に。

 そう言う私もほんの少し前まで生徒会の仕事で外していたのですが。」

 

「あら偶然ね、私はゴスペルと飛んでいたのよ、時間を忘れて平和な空を。

 それであの時は驚き過ぎてお礼を言いそびれたから、それを言いにね。」

 

そう聞いて宙は思い出す、ナタルが固まっていて反応が無かったのでそのまま放置して生徒会の仕事に行ったのを。

ただ宙は届けただけで礼を言われる覚えはない、ともかく立ち話もなんなので椅子を勧めることにした。

 

「とりあえずあちらの席へどうぞ、立ち話もなんですし。」

 

「そうね、それじゃあ座らせて貰う事にするわ。」

 

そう言った瞬間、どちらからとも無く空腹の知らせが。

2人は顔を見合わせてひとしきり笑うと宙が申し出た。

 

「丁度夕食を作るところでしたから、良かったらご一緒しませんか?

 結構評判良いですよ、私の料理は。」

 

「ご相伴に預かるって言うのよね、遠慮なくいただくわ。」

 

礼を言いに来て食事を貰うナタル、礼を言われる覚えは無くて食事を振る舞う宙。

噛み合わない2人は噛み合った空腹の結果、食事を共にすることとなった。

キッチンに向かった宙は人を選び辛い料理の一つで手早く作れるポークジンジャーをメニューに選ぶと手際良く料理して行く。

ご飯は炊いている時間が無いので冷凍した物を電子レンジで解凍。

サラダはレタスがあったので手で千切るとボウルに盛り付ける。

スープは今朝作ったコンソメスープを温め、味を調整して出す事にした。

 

ナタルはナタルで魔法でも見ている気分だった、あっという間に仕上がって行く夕食は母親さえ凌ぐ手際の良さで普段料理をしないナタルには驚異的に映った様だ。

 

テーブルにはメインのポークジンジャー、付け合わせのサラダ、コンソメスープにライスが並び、ドレッシングはお好みでという至れり尽せり。

 

「温かいうちにどうぞ。」

 

そう言って席に着いた宙が頂きますと言ったのに合わせてナタルも食事を始めた。

口にした瞬間衝撃、あれだけの時間でこの美味しさはナタルを虜にしてしまった様であっという間にライスが消えた。

それを見てもう一つライスを温めると宙はナタルの皿に追加、再び食べ出したナタルが食べ終わった頃、宙も食事を終えてスープを飲んでいる。

 

「…偶にでいいんだけど、またご馳走になってもいい?」

 

控えめなナタルが可愛いくて宙は笑顔で了承した。

ちなみに満腹になったナタルは当初の目的を忘れて帰り、部屋で気付いて悶絶したとか。

平和な日常、その一コマである。




一夏の生徒会入りとナタルの学園入り。
千冬の猛鍛錬と新たな流派、冬夏流創設話。
宙とナタルの交流と言った日常会でした。

2章も不穏な空気からイベントが盛り沢山になりそうですね。
私の英気を養いつつ更新しますので今後ともよろしくお願いします。

では次回をお楽しみに!


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ep02:ご利用は計画的に

お休み中の更新再び、これからはこの位のペースになるかも知れませんね。

追記
1000文字ほど最後に追記しましたのでご報告致します。


「ふう、なんとか休みを捩じ込めたさね…。」

 

若干疲れを滲ませまがらアリーシャが呟く、休みの理由は言うまでも千冬との再戦。

取れた休みはタイミング的にIS学園の夏季休暇最終日から前3日、アリーシャがブランクを考えた訳では無いが千冬からすれば最高の日程だ。

そもそも千冬はまだ何も知らず再戦すら考えていないのだが、既にアリーシャの中では決定事項で早速千冬にメールしていた。

 

この2人、それぞれ認識は違うが連絡先の交換を行なっている関係ではある。

千冬はかつてのライバルで今も国家代表を務める人物として、アリーシャは未だ決着のついていないライバルと全く噛み合っていないが。

 

「これでいいさね、今回で過去に決着をつけるさ。」

 

そう言うとソファに深く腰掛けて今日までの日々を思い返す。

千冬との初戦は第一回モンドグロッソ格闘部門決勝、二度目が総合部門決勝と両者が得意とするのは近接格闘戦にあることがよくわかる。

勿論総合部門の決勝に進むにはどんな相手でも倒して来た訳であり、機動制御の巧さや回避技術など共通点が多い。

これで一勝一敗だったなら恐らくアリーシャはもう国家代表を辞めていただろうが、連敗となれば話は変わって来る。

その雪辱戦として第二回大会では総合部門に絞ったアリーシャだったがそれを後悔する事になった、千冬棄権による不戦勝で終わっただけでなく、その後再戦の機会を設ける前に引退が発表されたからだ。

これでまだ引退の理由でも知っていれば何か変わっていたかも知れないが、表向きの理由である“ISを私用したから“では納得できる筈が無い所かその理由だと勝敗はともかく千冬と暮桜を持って対抗しなければいけない程の何かがあったと考えてもおかしくはない。

 

「もしかして負けたさね?」

 

国をあげての隠蔽となればそれしか無いとアリーシャは思う、何故なら千冬は“世界最強のブリュンヒルデ”なのだから…。

 

 

「このタイミングでか、何処から漏れた?いや、臨海学校の時しか考えられん。

 つまりは生徒に見られたという事か、迂闊だったな。」

 

アリーシャからのメールを読んだ千冬は、思わず溜息を吐きながらそう呟く。

確かに再戦要求は何度もあったが暮桜無しでは戦いにならないと言い訳して今まで断り続けて来た。

だが、暮桜を使った事をアリーシャが言及して来た以上、生半可な理由では納得しないと千冬は理解している。

 

「イタリアでは押しも押されもせぬブリュンヒルデだからな、本人が名乗らなくても。

 そこは私にも理解出来る、つまりファンかイタリア人の生徒がアリーシャに伝えたと。

 有名な話だからな、アリーシャが私との再戦を熱望している事は。」

 

宙の言葉が思い出される、“アリーシャ・ジョセスターフを縛った”。

此方にも言い分はあるが明かせない内容を含む以上、表に出た理由だけで判断するしか無いのは当然のこと。

もしかしたら想像しているかも知れないが、これまた表立っていないのだから世間的に千冬は無敗。

その最後が棄権からの引退ではアリーシャならずとも納得などしないだろう、その結果が…。

 

「夏季休暇の終わりに此処で再戦とはな、だがアリーシャわかっているのか?

 勝とうが負けようがお前の中で区切りは着くだろうが、何一つ良いことなど無い。

 周囲に話せば非難されることはあっても賞賛はあり得んぞ、もう立場が違うのだ。

 場合によっては私と同じ様に引退、それでもやると言うのなら全力で相手になろう。」

 

千冬の練成は順調で現役時代に戻りつつある、冬夏流も徐々に馴染み夏季休暇を利用すれば心技体はベストコンディションに届くだろう。

問題は暮桜とテンペスタの違い、テンペスタは近代改修が施されている筈だ。

ただでさえ速いテンペスタの近代改修機と4年前の性能そのままの暮桜では速度差だけ見ても不利だなと千冬は悟る。

 

「だが、それがどうしたと言うのだ、私は学園を生徒を守るために暮桜の封印を解いた。

 これから襲撃があるとすれば第3世代機、既に把握している亡国機業の2機がいい例だ。

 私と暮桜、その今の実力で一夏を含めた皆を守るにはこの程度覆せずしてどうする。」

 

千冬は暮桜と共に多くを守る決意と意思を口にする、待機形態の暮桜が陽を浴びてキラリと輝いた…。

 

 

一夏は週に2日、各部活へ行っては騒がれつつも部活動に参加している。

これは楯無が訓練出来なくならない様に配慮して休養日代わりに定めたルールによる物だ。

男とわかった後、実は宙にもと言う声があったのだが、国家代表と専用機持ちとはいえ一般生徒では話が違うとロシア国家代表である楯無が言い切ったことで回避されている。

この件について宙は全く知らないが、自分にお鉢が回ってこない事からなんとなく察して楯無に感謝していた。

 

それで当の宙が今何をしているかと言えば訓練後の定例となったお茶会である。

ちなみに今日は一夏が部活の日で剣道部だったこともあり、箒共々不参加。

別に強制している訳でも無いし、なんとなく一夏が箒を意識している様に見えなくもない今日この頃。

宙は意図して声をかけない様にしていた。

 

夏季休暇になれば代表候補生は一般的に帰国しての報告義務がある。

そうなるとセシリア・鈴・ラウラは日本を離れるし、簪・シャルも報告に出向く。

宙はご存知の通り、卒業まで環境が整っていないことからスイスへの渡航は無い。

そう言う事情があって、今日は予定を話し合っていた。

 

「宙はいいわよね、無理してスイスに行かなくていいんだから。

 けど、それとは別に危なくて出歩けないのは辛いわね、なんとかならないの?

 約1ヶ月学園に缶詰って言うのは流石に窮屈だし、暇だと思うんだけど。」

 

鈴が愚痴った後でさりげなくその辺を聞いてみる、これは全員が気にしていることだった。

日本の夏を中国人の鈴が語るのもなんだが日本での生活は4年以上、特に小中学生時代を過ごした結果、遊び倒している。

 

「ほら夏祭りに盆踊り、花火大会もあるのよ?海にプールやレジャー施設だって。

 折角の休みに遊ばないでいつ遊ぶって話よ、普通そう思うでしょ?皆も。」

 

鈴は視線で語っていた、あんた達わかってるんでしょうねと。

鈴は、いや皆は宙に普通の夏休みを経験して欲しかった、あんな話を聞けば遊ぶ余裕など無かった筈と容易く想像出来てしまったから。

 

逆に宙はマドカとラウラに同じ様な想いを抱いていた。

軍施設と研究所・犯罪組織にしかいなかった2人はある意味で宙と同じく遊んで来なかった筈だ。

シャルはデュノア家へと引き取られるまでに経験があるだろうと思っているが候補には入っている。

 

「そうですわね、わたくしも日本の夏の過ごし方には興味がありますわ。

 イギリスでは報告の他に家業もあって1週間程不在にしますが初日に発ちます。

 それ以降であればいつでも問題ありませんわ。」

 

「確かにな、私自身遊びと言うもの自体知らないに等しい。

 ドイツには報告に行くがそれだけだ、私も初日に発つが4日目には戻っている。

 護衛がいつまでも空けている訳にはいかんからな、そう言う鈴はどうなのだ?」

 

「私も初日に帰国して絶対に速攻で戻って来るわよ。

 何が悲しくて管理官と過ごさなきゃいけないわけ?息が詰まるわ。」

 

これで海外組にの集合に一週間かかる事が判明、残すは国内組。

 

「ならラウラが戻ったら僕達が報告に行こうか、簪。

 正直言って僕も興味があるんだ、色々経験してみたいかな。」

 

「…そうね、その方が護衛の数が最も多いから良いと思う。

 勿論、私も楽しみにしてる、こんなに沢山と過ごすのは初めてだし。」

 

「私には報告義務が無い、宙と優雅に過ごすとしよう。

 紅茶も食事も最高だからな、下手な店に行く位なら金を払ってでも宙に頼む。

 遊びに行くのは勿論賛成だ、戦わなくていいのは助かるが楽しまねば損だ。」

 

と、宙を除いて出揃った所でいきなりドアが開いて飛び込んで来たのは楯無だった。

しかも何か相当急いだのか、いつもの余裕が感じられず追い詰められた様にも見える。

 

「…お姉ちゃん、出来たよね?」

 

「やった、やったわよ簪ちゃん!だからお姉ちゃんを嫌いにならないでぇー!」

 

楯無、魂の叫びが部屋に響いたのだった。

 

 

簪は宙の護衛任務が初めての家業だった、まだ不仲だった楯無からの命令ではあったけどやっと自分が認められた気がして嬉しかったのを覚えている。

今思えばあの紅茶も自分をリラックスさせるためだったんだとわかるし、同じ趣味を持つ優しい人で簪を一切否定せずに友達だと言ってくれたのは幼馴染の本音を除けば宙だけだった、そして簪個人を認めてくれたのも。

簪は貰ってばかりで何も返せていないなら、少なくとも夏季休暇を楽しめるようにしようと考えた。

“更識簪が貴方を守るから”、その誓いは今も生きていて簪にとっては絶対不可侵なもの。

 

その結果、間接的に被害者となったのは楯無でこんなやり取りがあったらしい。

 

「お姉ちゃん、宙さんが夏季休暇を楽しめる準備って出来てるんだよね?」

 

「もっちろん!更識の護衛を配置して…。」

 

そこまで言って楯無は簪の目が冷めている事に気付いた、そして突如流れ出す冷や汗。

 

「あれ?お姉ちゃん何か間違った?簪ちゃん、そんな目で見ないで!」

 

「亡国機業に狙われてるから出歩けないのに更識の護衛でどうやって護るの?

 お姉ちゃんは自分が狙われて1番困った時、何が出来ればいいと思うかな?

 ロシア国家代表のお姉ちゃんならわかると思ったのに…。」

 

楯無は必死に考える、何が出来れば身を守れる?国家代表?そして気付いた、簪の考えに。

つまり緊急時のIS展開許可があればいい、しかも護衛を務める人間だけで無く友人と本人も含めて。

そうなると日本政府に許可を取る必要があって、だから自分に白羽の矢が…。

 

こうして楯無は日本政府の説得に奔走し、先程の言葉へと繋がる事になる。

 

 

「つまり緊急時のIS展開許可を日本政府が認めたと言う事ですか。」

 

宙は楯無に紅茶を勧めると落ち着いた頃を見計らって経緯を聞いてそう口にする。

まさか緊急時とはいえ市街地でのIS展開許可が出るとは思っても見なかったが、宙には心当たりがあった。

最近のことだが若手政治家の台頭が目立って来た日本政府では世代交代と称した責任の追求によって清浄化が行われている。

その中には恐らく白騎士事件の対応も含まれている筈で、これは現政府による詫びの一環だろうと。

実際、楯無の要望を受けて男性操縦者については自衛のためのIS展開許可を無期限とするという内容の許可証が即日発行されて手渡された。

楯無によれば制度化する方向で動いているとの情報も今回得たとのことでスイス程ではないにしろ幾分マシになりつつあると宙は見ている。

 

「さて、これで宙が学園から出ても身を守る算段がついた訳だけど?」

 

自分だけではなく、護衛する専用機持ち全員に対して今回は許可が出ているなら宙に断る理由も無い。

勿論、宙だって初めての友人達と初めての楽しみを知りたいのだ。

実の所、14歳で白騎士事件に遭う前は孤島の山中に住んでいて小さな村落しか無かったうえに年齢と見た目が影響して村の行事にさえ出られなかったという過去がある。

 

「そうですね、私に沢山の初めてを皆で教えて下さい。」

 

そう答えた宙に全員笑顔で答えたのは言うまでも無かった。

ちなみに楯無は簪の“お姉ちゃん、大好き”という一言で撃沈されたことを記しておく。

 

 

箒に連絡があったのは突然の知らせで、篠ノ之神社の祭りが叔母の雪子によって今年開かれると言うものだ。

そのうえ神楽舞を箒に頼みたいとあり、正直に言って嬉しく思っていた。

 

先程鈴からメールがあったのだが男性操縦者の護衛扱いで外出するならISの緊急時展開許可が降りる。

箒は昔の様に一夏と祭りを過ごせたら、神楽舞を見て貰えたらとの想いから雪子には受ける旨を連絡していた。

そしてそうと決まったのなら一夏を誘うのは当然で剣道部の部活帰りに話かける。

 

「一夏、実は今年篠ノ之神社の祭りが行われると決まった。」

 

「ホントか!?懐かしいな、行けるなら行きたいよ、箒もだろ?」

 

一夏は2人共そう簡単に行けないと理解していた、散々男性操縦者の持つ危険性を聞かされたからだ。

箒にしても重要人物保護と言う名目の人質扱いだと聞いていて似たような物だと。

 

「そうだな、ところで…。

 鈴から教えて貰ったのだが一夏には無期限の緊急時IS展開許可証が発行されたそうだ。

 加えて護衛扱いでなら私にも許可が出ている、それでだな一緒に行かないか?」

 

「いつの間にそんな物が…、いや、それは有り難いことだから素直に喜ぶか。

 そうだな!一緒に行こうぜ、箒!夏季休暇が急に楽しみになって来たぜ!」

 

箒はそんな一夏を見て嬉しく思う、そして神楽舞を一夏に…そんな想いを胸に箒は答えた。

 

「ああ、本当に楽しみだな一夏、一緒に行こう。」

 

2人は笑顔で話ながら歩く、これからの未来を思いながら…。

 

 

「ふっふーん♪真面で若手ながら力のある政治家ってのは結構いるんだよね。

 先代の影響力が残っていて老害政治家とすげ替えても政府運営に支障が出ない。

 ついでに中堅以上の真面な政治家にも送ったから早期にこうなったんだけど。」

 

束は移動ラボで結達を見てそう言った。

実は日本政府があまりにも腐ってる事にいい加減我慢出来なくなった束は過去から現在までの悪事に関する証拠を送りつけたのだ、先程話していた政治家達に。

まあ、理由のメインは結と箒にあるのだがそれは今更言うまでも無いだろう。

 

加えて政治家達自身がアメリカの惨状を見て二の舞になるのは御免だとばかりに必死になって動いた結果でもあったりするのだが、それは束にとって当たり前で評価に値しない。

 

「これを言い始めるとそもそも論になるんだけどさ。

 いっくんが見つかった時、ISだけ渡してルールを作らなかったのがおかしいんだよ。

 専用機持ちのルールはあったけどさ、”男性操縦者“に対する人権とか緊急時展開とか。

 これって死んだら利用するとか腐った考えから決めなかったとしか思えないんだよね。

 拐われたらどうするつもりだったか聞いてみたいよ、どんだけ平和ボケしてるんだか。」

 

実際のところ日本政府は結がスイス連邦国家代表になったとの緊急放送で男性操縦者保護法があることを知った。

ここでやっと気付く、誘拐はともかく今回の様に他国が合法的に“男性操縦者”を国外へ連れ出す可能性に。

しかし、それでもまだ日本政府の動きが鈍く速やかに対応しなかった結果、束が裏で動いて即し現状になったと言う訳だ。

ちなみにスイス連邦のアンマン大臣が行った手口に態と似せて特定出来ないようフォローも兼ねている。

束は自分1人の事しか考えなかったなら動きはしなかっただろうが、家族が人質に取られている現状では真面な政府でなければ危ういとの想いから今回行動していた。

 

「正直いっくんがどこで生きてこうとそれは構わないんだけど箒ちゃんの事もあるし。

 すこーしいっくんも意識してるみたいだから箒ちゃんには幸せになって欲しいんだよね。

 

 ゆーくんは…。

 恨んで無いって言ってくれたけど“善性”の影響が多分に出てると思うんだ。

 だからさ、これは私なりの罪滅ぼしで自己満足でしか無いのは十分わかってる。

 それでも幸せを感じて欲しいんだ、これで皆と外出できる様になったから楽しんでね。

 

 後はしばらく様子見、流石にそう頻繁に介入してたら効果が薄くなるからさ。」

 

そう言いながら結達と箒達が映るモニターを見る束の目には慈しみがあった…。




それぞれの夏季休暇前をお送りしました。

差し当たりお休みを頂いているのですが、出来る時には更新するという事で今回も投稿しました。

さて、それでは次回をお楽しみに!


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ep03:夏季休暇 仕事、悩み、怒り、答え、激闘

時間で更新されてしまいましたが、追記しましたのでよろしくお願いします。
また、前話にも最後に追記していますのでそちらもどうぞ!


宙の夏季休暇は海外組の見送りから始まった、セシリアが自家用機でイギリスに向かうためリムジンが迎えに来るという話に鈴とラウラはセシリアの好意で同乗、空港でそれぞれ分かれる事になっている。

時間少し前に向かえば既にリムジンと“本職のメイド”が待っているのを見て、改めてセシリアが貴族な事を実感した。

 

「お初にお目にかかります、皆様。

 私はセシリアお嬢様の専属メイドを務めるチェルシー・ブランケットと申します。

 チェルシーとお呼び下さい、以後お見知り置きを。」

 

セシリアの話によれば幼馴染で目標でもあるとのことだったが、その立ち振る舞いになるほどと納得する一同。

加えて宙は“メイドのチェルシー”と“幼馴染のチェルシー”には当然違いがある筈でそこに目標とする何かがあるのではと思う。

セシリア・鈴・ラウラの荷物をチェルシーは素早く優雅に載せ、4人がリムジンに乗ると国内組の見送りを受けて4人は一路空港へと向かった。

 

ちなみに一般生徒は2極化する、特に操縦科志望や2・3年の操縦科生徒はISで訓練する競争率が下がるため残る者が多く、逆に整備科や箔をつけるために入学した生徒の多くは帰省して行った。

 

鈴とラウラが予定通り戻ると今度は国内組が報告に、シャルは布仏家の養女になった事から尚更だ。

そして一夏と箒は実家の掃除に行っている、ちなみに最近一緒にいる事の多い2人に千冬から一言。

 

「避妊はしろよ。」

 

露骨過ぎてその場では笑うに笑えず堪えた一同と、赤面する箒、唖然とする一夏は見ものだった。

 

セシリアが報告と家業を終えて帰還した後、これで全員国内に集って宙の夏季休暇が始まる…筈だったが仕事を先に片付けなければならない。

今日までメインセキュリティープログラムに手をつけなかったのは何かあっても信頼出来る友人がいる事、この前提無しではセキュリティープログラム書き換えなど教員部隊がいても危険過ぎて出来る訳が無い。

情報の漏洩を防ぐために十蔵は教員にすら一切口外していないからだ。

宙は事前にセキュリティーサーバーをメインの他に2つ用意して貰い、サブ1・2についてはどちらも全く別言語で複雑に暗号化された超高度なセキュリティープログラムを組んである。

しかも不測の事態に陥った場合の対策として時代に逆行する機械式手動型セキュリティーの構築も密かに行っていた。

勿論メインセキュリティープログラムも構築済、サブ1サーバーで運用中に書き換え切り替える事にしている。

 

「宙、あんた本当にとんでもないわね。

 IS学園のセキュリティープログラム書き換えを全部請負ったんでしょ?

 詳しく無いけど並の金額じゃ済まないレベルじゃない。」

 

仲間を集めて説明した時、鈴の言葉に全員大きく頷いたが宙は安全や安心以上に尊い物が無いと逃亡生活でよく知っている。

そして、この後行われたメインセキュリティープログラム書き換えは誰にも気付かれる事なく無事完了し、宙式4重セキュリティーが密かにIS学園を守り続ける事になった。

 

ちなみに束が千冬の頼みと興味から3サーバー全てを見たが…。

 

「ゆーくん、これ骨が折れるとか言うレベルじゃないんだけど…。

 一応言っておくと束さんなら時間さえかければ破って破れない事は無いよ?

 という事はさ、普通破れないって事になるんだよね、これが。

 正直言ってこれを破る位ならISで物理的に乗り込んだ方がよっぽど早いよ。」

 

そうぼやいたとか。

 

 

千冬を伴って宙は理事長室に向かう、要件は勿論セキュリティープログラム更新完了報告だ。

あの場にいて理事長と決め、尚且つ束の弟と知る千冬はどれほどの物になったか束に見て貰ったところ“私でも時間が必要、破る位ならISで乗り込んだ方が早い”との返答を受け同レベルの天才であると言ったも同然の内容に宙の言葉が事実だと認識した。

理事長室のドア、ノックに続けて千冬が声をかける。

 

「理事長、織斑と空天です、報告に参りました。」

 

「どうぞ、入って下さい。」

 

返答を待って室内に入ると十蔵がソファを勧め2人共座る、そして宙は早速報告を始めた。

 

「セキュリティープログラム更新とシステム構築が全て完了しました。

 電子式セキュリティー3重+機械式セキュリティーの計4重構造となっています。

 サーバー毎に別言語・別暗号化処理を行っているので容易に突破はできません。

 機械式はそれでも駄目だった場合を想定し、手動による任意での開閉が可能です。」

 

十蔵はプランを聞いてはいたがプログラムの専門家では無い、そこで千冬へ依頼し束に事前確認して貰っている、結果は既に聞いていて文句のつけようが無いと理解していた。

 

「ご苦労様でした、協力してくれた生徒達にもお礼を伝えて下さい。

 これで学園のセキュリティーはマニュアルを含めて全て機能しましたね。

 後は外部からの破壊工作か内部で強硬策にでも出ない限り問題無いでしょう。

 その場合を考慮した教員部隊の専用機化と専用機持ちの役割分担ですしね。」

 

十蔵の言葉に宙はIS学園のセキュリティー見直しが終わったことを実感し安堵する。

少しでも危険を減らすという急務、それは成し遂げられ大切な友人達に安心して学園生活を送る基盤が出来上がった事に他ならないからだ。

 

「ところで先日の要望ですが通りましたよ、お二人共。

 夏季休暇の中頃になりますが、日付が確定しましたら連絡しますね。」

 

まさか叶うとは思っても見なかった2人は揃って十蔵に頭を下げたとか。

 

 

アメリカ国家代表候補生のダリルとギリシャ国家代表候補生のフォルテは日程を調整して既にIS学園にいる。

普段の態度はともかく恋人同士の2人は真剣に交際しており、夏季休暇を少しでも長く一緒に過ごすため最短で戻って来たのだ。

だが、ダリルには誰にも話せない悩みがあり、どれだけ悩もうと答えが出る訳も無い。

真剣に愛しているダリルがギリシャを守るために代表候補生となったフォルテを亡国機業に誘う訳は無く、かと言って離れるなど嫌だ。

なら亡国機業と縁を切ればいいのだが、見た目と違い真面目な性格のダリルは恩のあるスコールを裏切るのも辛い。

噂はともかくダリルは亡国機業の本質をスコールから知らされておらず、裏ではあっても悪行を成しているなど信じていない、自分を救ってくれたスコールがそんなことをする訳が無いと思っているからだ。

対してフォルテはダリルに悩みがある事には当然気づいているが相談してくれるのを待っていた。

まずはダリル自身が自分である程度の答えを見つけなければ駄目だと言うのが、こちらも見た目に反して厳しいフォルテの考え。

2人は見た目と性格が正反対でお互いに凹凸を埋め合う、そう言う意味でもパートナーなのだ。

 

「私は待つっすよ、ダリル自身の答えが出て相談してくれるのを。」

 

誰の耳にも入らない程の呟き、それがダリルへの信頼と愛情を乗せたフォルテの答えだった。

 

 

スコールは苛立っていた、宙を殺してやろうと考えていた夏季休暇。

まるで読まれているかの様に専用機持ち共が立ち回り揃った9人、下手すればロシア国家代表とブリュンヒルデまで相手にしなければならない状況は最悪だ。

はっきり言って一夏はついでで本命は宙なのだから、2人で出歩いていた一夏のために態々姿を晒して警戒を助長するのは避けた。

 

「手札が足りないわね…。」

 

苛立ちを抑えて冷静さを取り戻すとスコールはそう呟き、レインを”姪“から目的のために使う”駒“へ立ち位置を変える、肉親の情は最早そこには無い。

そうなればスコールの判断は早かった、レインを宙達により近づけて確実に殺せる機会を作るために利用する。

逆らうのなら今までの行動をフォルテに教えるとでも脅せばいいと愛情すら逆手に取る悪逆さが垣間見えた。

ところが早速連絡をとスコールがかけても一切通じないという不測の事態が発生し手詰まりになる。

 

この原因、実は宙のセキュリティーにある。

宙は通常帯以外で学園が使用している物を除き全て電波を遮断する様に機械式セキュリティーを組んでいた。

その結果、スコールはいつもの方法では連絡が取れなくなり情報遮断に成功したという訳だ、コアネットワークのプライベートチャネルを除いてだが。

 

「何度試してもダメね、原因すら不明。」

 

繋がらない物は仕方ないと思いつつも上手く行かないとスコールは通信機を放り投げる。

再び湧き上がってきた苛立ちを抑えもせずに…。

 

 

千冬は理事長室からの帰りに宙を生徒指導室へ話があると誘っていた。

一夏はまだだが、千冬は今の実力を測れるレベルまで冬夏流が馴染んでおり少なくとも篠ノ之流が咄嗟に出ることが無くなった今、宙に事情を話しておこうと思ったからだ。

 

「すまないな、夏季休暇中だと言うのに呼び止めて。」

 

「構いませんよ千冬さん、そろそろ何か動きがあるだろうと思っていたところです。」

 

宙は宙で考えていたのだ、篠ノ之流を禁じた結果、そのままでは緊急時に迷いが生じて上手く動けない。

ならそうならない様にするのが武術を嗜む者に共通する考え方、それがどこまで進んだのか知っておく必要があると。

それにあの時は色々あった後だからなどと言い訳する気は無いが言葉足らずだったことは事実と反省していて伝えるにはいい機会だった。

 

「空天の話を聞いて私は直ぐに新たな剣を模索した、都合の良い事に経験だけは豊富でな。

 咄嗟に篠ノ之流が出ない新たな剣、冬夏流の構築と技を業にするための研鑽に入った。

 私と一夏に合った剣を生み出した結果、馴染むのも予想以上に早くてな。

 今直ぐにでも戦える。」

 

千冬は宙が無闇に人を傷付けたく無いと理解している、だからこそ脅しをかけたのだと。

ただ本気であったのも事実、それであれば伝えることで要らぬストレスを解消しようと思ったのだ。

それに対して宙は千冬の剣才が柳韻を動かしたと察すると共に意図が正確に伝わって良かったと安堵した。

些か新たな剣の構築が早過ぎるとは思うが、そこは千冬の剣才と想いに敬意を払って飲み込んだ。

 

「千冬さんも巻き込まれた側、篠ノ之と唐松の不手際を柳韻氏に変わってお詫びします。

 それともう一つ、私はあの時に伝え漏らしたことがありますので聞いて下さい。

 今の織斑先生を私は好ましく思っています、過去があったから今の織斑先生が生まれた。

 確かに多くの人生に影響を与えましたが良い意味で今多くの人を導き影響を与えている。

 その自覚を持ち生徒達へ道を示し続けて下さい、一生徒として信じています織斑先生。」

 

千冬は宙の荷物を軽くするつもりだった、けれど逆に軽くして貰うことになるとは思っても見なかった。

宙は過去の織斑千冬が犯した罪を教師としての自分が償って来たと、これからも償っていけると教えてくれたのだ。

だから千冬は万感の思いを込めて答えた。

 

「任せておけ空天、私はこれからも多くを正しく導いて見せる、教師としてな。

 まあ、まだまだ至らぬ所はあるだろうが、そこは常に学んで行くさ。」

 

その言葉に宙は頷き2人は同世代として笑い合った、これからの人生に幸あれと願って。

と、此処で終われば良い話だったなで済んだのだがもう少しだけ続いた中で千冬から提案があった。

予想して然るべき提案に宙は成る可くして成ったと溜息を吐き、千冬に肩を叩かれたのである。

 

 

此処は地下訓練施設、これから千冬の新たな剣が披露される場所。

見ているのは楯無を含む9人の専用機持ち、ダリルとフォルテは楯無が勿論省いた。

 

千冬にとってこの試合は重要な意味を持つ、それは第3世代機の宙が“剣”で相手をすること。

仮想アリーシャどころかそれ以上だと認識している千冬はどれだけ今の自分が通用するか。

それを確かめるために無理を言って宙に頼み込んだのだ。

 

だが見ている者は違う、世界最強と恐らく現役最強の国家代表戦。

まさにプラチナチケットどころか二度と見れない最高のカードはモンドグロッソ総合部門決勝以上に価値があった。

 

「先に宣言しますが、これはあくまでも訓練。

 私はスイス連邦国家代表としてでは無く一生徒として”訓練を受ける“と認識して下さい。

 そしてこの”訓練と結果“は完全秘匿事項、言わずとも皆さんわかりますね。」

 

宙の声には有無を言わさぬ迫力があった、誰もがわかる程の強者の威圧感を伴って。

 

「空天の言う通りだ、私は空天に”訓練をつける“。

 ただしモンドグロッソ以降封印して来た全力でだ、漏れれば空天は行き場を失う。

 お前達が真に友人であり仲間であると信用する、その上で世界最高峰の戦いを知れ。

 そして糧にしろ、人を守るという事がどれほど難しいかよく分かる戦いになる筈だ。」

 

千冬は千冬で現役時代ですら口にしなかった”世界最高峰の戦い“と称して覚悟を迫った。

 

「審判は私、更識楯無が行います。

 ルールはモンドグロッソ決勝に準拠、降参あり、当事者同士での取り決めも認めます。

 両者、指定位置について下さい。」

 

誰も声を発せない程の緊張感が漂う中、楯無の声が響いた。

 

「試合開始!」

 

その瞬間を誰もが一生忘れないだろうと後に思う試合が始まった。

 

 

一夏は千冬の試合を何一つ見落とすまいと真剣に見ていたが開始のブザーが鳴っても双方動かなかった。

いや動けないんだと一夏が思った時、宙の声が聞こえてくる。

 

「織斑先生の本気を受けるにはホワイト・ウィステリアも完全にする必要がありますね。

 ウィステリア、攻勢防御形態を発動して下さい。」

 

瞬間、ホワイト・ウィステリアが殆どフルスキン化して弱い部分であり攻撃に使う部分である頭、手・肘・肩・膝・脛・足が藤色の淡い光を放つ何かに覆われると、突如千冬が動き出す。

 

「は、速過ぎる。」

 

一瞬で肉薄した千冬は千変万化の剣を振るった、だから2人を除いて全く見えていない。

辛うじて見えているのは越界の瞳を発動したラウラと…千冬と同じ目を持つマドカ。

他に見ている者には輝きしか見えない。

 

「織斑先生は瞬時加速からの個別瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)で接近。

 超高速の剣を宙が新しく装備した攻勢防御形態の部分で全て弾いてるな。

 防御が攻撃に直結しかねない所を織斑先生が剣の間合いを利用して切り返す…か。」

 

「ああ、だがこのままでは先に体力と呼吸の関係で攻撃が止まってしまうだろう。

 無呼吸運動の連続攻撃が途切れれば一瞬で宙の間合いだ、勝負はそこで決まる。」

 

マドカの言葉にラウラが先を読んで説明するが誰も声を発せなかった、目を離せない状況だと理解したから…。

 

 

これほどか!千冬は宙が全力で無い事には気付いていた、何故なら”剣を振るっていない“のだ。

ひたすら防御に徹し、此方の攻撃を誘発しているとわかっていても身体が反応してしまう。

これは所謂条件反射を利用した完全な防御、いずれ訪れる酸欠まで凌ぐのが宙の目的だと察したが遅すぎた。

それにしてもリーチが違い、軌道が変化する剣を全て防御するなど人間技ではない、まさに超人を超えた超人ならではの戦い方だと千冬は嫌でも理解させられた。

 

宙は剣で戦う以上、千冬が間合いを詰める必要がある事を利用して剣気で誘いをかけた。

それが千冬の動き出した理由で、そこからは全て宙のペース、今は千冬を止めるタイミングを測っている。

そして、そろそろ危ないと判断した宙は条件反射が働かない弾き方をした。

 

瞬間、瞬時加速で後退した千冬は必死に息を整え、体力の回復を図る。

 

「空天…、何故…、止めた…?」

 

「ここから剣を振るうためです、ウィステリア攻勢防御形態解除。

 私は言いました、これは訓練だと。」

 

「なるほどな…。」

 

千冬はこの会話自体、自分の体力回復を待っていると察した。

口にしていないだけで、既に一本勝負に持ち込まれたのだ。

あのまま続けていれば確実に負けていたのだから。

 

 

「なるほど、ここから一本勝負の様ですわね。」

 

セシリアが呟く。

見えてはいなかったが声は拾える、突如止まった戦いに千冬では宙の防御を崩せなかったと全員が理解した。

そして、今は千冬が万全になるのを待っているのだとも。

 

「さっきの織斑先生は現役時代と剣が変わって違った強さがあったな。

 だが宙は防御と回避の専門家だ、磨いて来た物の違いを利用して防ぎきった。

 織斑先生の戦い方は基本的には隙に一撃必殺だ。

 剣が変わっても隙を見出せなければ攻撃は通らず、宙の防御を崩すには至らない。」

 

「宙の防御がモンドグロッソクラスだってのは今の説明を含めてよくわかったわ。

 だからって攻撃が疎かだと私には思えない。」

 

「全く持ってその通りよ、鈴ちゃん。

 宙さんは人を傷つけるのが嫌いなだけで、その技量は筆舌に尽くし難いわ。

 一度だけだけど私は見ているから、何も見えない程の技量を。」

 

マドカの言葉に鈴が答え、楯無が肯定する。

 

そして、宙が空を歩き出した…。

 

 

千冬は無刀取りを思い出していた、剣の技量が低い者に出来るほど簡単な業ではないと。

空中を一歩づつ歩く宙は、一歩進む毎に大きく見える程の威圧感を出していた。

 

だが千冬も負けじと精神を研ぎ澄まし剣気を巡らせて幻想を断つ。

そして、2人共居合に構えた。

 

ジリジリとお互いに間合いを詰めて行く、一足一刀間合いに入った瞬間双方共に抜刀。

 

ギィンと嫌な音が響いたのは千冬の剣。

宙の剣は千冬の首筋にピッタリと寸止めされていた。

 

「鞘か、剣速で負けたという事だな。」

 

「居合抜きに鞘は必須、無しで挑んだ時点で。」

 

そう言いながら鞘に葵を納めると宙が降下を始めた。

 

「私の降参だ。」

 

「勝者、空天宙!」

 

そんな声を聞きながら…。

 

 

”訓練“が終わった後で、千冬はここに居る全員と話していた。

 

「よく攻撃は最大の防御なりと言うが、防御が攻撃に直結するなら当て嵌まらん。

 さっきの攻防がいい例だ、私の切り返し前に空天が抜刀していればそれで終わりだ。

 

 近接武器を使う者には参考どころかこれ以上無い見本だ、自分の物にしろよ。

 

 ところで話は変わるがアリーシャ・ジョセスターフからの再戦要求を受けた。」

 

なるほど、と宙は先程の千冬を理解しつつもアリーシャに失望していた。

千冬はアリーシャとの再戦前に現状を知りたかったのだと。

それに今は夏季休暇中で鍛える時間も取れなくはない、先程を振り返っても随分と取り戻しているのは感じていた。

 

「空天、お前が思った通り意味の無い勝負だ。

 アリーシャは勝とうが負けようが失う物しか無い、だが縛ってしまった責任は取る。

 終わった後でアイツがどう思うかはアイツだけの物だ、一応ここで非公開の予定だ。」

 

そこまで話すと今日は解散となった、それぞれの想いを胸に抱きながら…。

 




夏季休暇開始から色々ありましたね。

とりあえず今日はここまでです。

次回をお楽しみに!


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ep04:夏季休暇 夢、最強、内通者、過去

大変長らくお待たせしました。
ちょっとしたトラブルに見舞われ、SSもスランプというか納得できる表現が出来ず、大変遅くなりましたが再開します。
2、3日に1話位のペースになると思いますがエタりはしないのでご安心下さい。


「あれがゆーくんの宇宙用形態…。」

 

束は攻勢防御形態というのが便宜上の呼び名でウィステリアが宇宙に出ても操縦者を確実に守り、デブリなどの危機物を粉砕する結のためだけに作られた宇宙用形態だと認識した。

勿論、呼び名通りに使えるのは実証済で体術を駆使して防御するために唯一攻撃判定を持っている。

でなければ剣を受けた時点でダメージが入るし、受け止める事自体出来ないからだ。

一部を除きフルスキン化したが恐らくその一部も本来は覆われて並のダメージは外装部分で防ぐのを前提としている、下手すれば全身あの素材で覆う可能性すらあると束は考えた。

ISの弱点が実はシールドエネルギーだというのは製作者である束と同じく1人で作り上げた結の共通認識、切れてしまえばただの重しでしかない。

ならそう簡単にシールドエネルギーが減らない仕様とはどういう物か、その答えはフルスキンにして強固な外装で受け切るのが最適解なのだ。

特に結のウィステリアなら破損箇所を瞬時に付け替えることが出来るため理想的構造となっている。

だからこそ束も白騎士をフルスキンで作り上げたが、あの時点ではあれが限界だっただけで完成に至っていないと認識していた。

今は競技用という事で見栄えの良い形になっているだけなのは束も結もよく知ることであり、だからこそ攻勢防御形態でも態と顔を晒していたのだ。

 

「箒ちゃんの紅椿も終わったし、もう一度初心に帰って私も夢を実現するISを作ろう。

 今持てる技術の全てを注ぎ込んで。」

 

束は歩き出す、一度は諦めた夢を再び追うために。

 

 

一夏は千冬と部屋に戻ってから複雑な心境だった、友人である宙が勝ってもその相手が姉である千冬では素直に喜べない。

自身の様に誇らしい厳しくも強くて尊敬する姉が、ブリュンヒルデが手も足も出ないなんて信じたくなかった。

自分が誘拐されてなければ2連覇していた確信がある一夏は千冬自身好まなくても世界最強だと疑って無かったからだ。

 

「一夏、そう複雑な顔をするな、世界は広いのだから強者がいてもおかしくないだろう?

 それに何年経ってると思ってる?技術も進歩してISの性能も私の時代より遥かに上だぞ。

 暮桜は第1世代の2次形態移行機、結果は予想できていたが無理に頼んで受けて貰った。

 それに私は嬉しいんだ、上がいなければ挑み甲斐が無いとは思わないか?」

 

千冬は自分の考えや想いを伝えると一夏の頭をポンポンと軽く叩いて理解を求めた。

複雑な表情から自分が負けた事に少なからずショックを受けたのだろうと察した千冬はもう一つの実例を出す。

 

「ちなみにだ、私は束に勝った事が一度も無い。」

 

「束さんに!?」

 

その言葉に驚き、一夏は思わず振り返って声を上げた。

 

「束はな、一度見ただけで篠ノ之流を会得してしまった、何度か勝負したが全敗だぞ。

 アイツは頭脳だけじゃなく身体能力もずば抜けてる、試合に出れば確実に優勝する。

 だから束は剣を取らない、箒の特技を奪ってしまうのも嫌われるのも嫌だからな。

 私が世界最強やらブリュンヒルデと呼ばれるのを好まないのも事実じゃないからだ。」

 

一夏は信じられない話に驚いたが、確かに束と千冬が試合しているのを見た事が無い。

それはそうだろう、箒に見せられないと束が思うなら見られない場所でしかしない筈だ。

身近な人間が自分より強いと知っていて、モンドグロッソで勝ったからと単純に喜べるか。

そう考えれば千冬の気持ちもわかる気がした、例えば一夏が総合部門で優勝したとする。

しかし、そこには宙が出ていないから優勝出来たと知っていて素直に喜べるだろうか?

 

「千冬姉の言いたいことがわかった気がする、上が出てない試合で勝っても…。」

 

「そういう事だ、はっきり言うが空天は束よりも遥かに強い。

 驕ること無く上を目指す向上心があるからだ、強くなり続けるのは当たり前だろう?

 だから、あの結果は当然の事なんだ、わかってくれたか?」

 

一夏はやっと納得して頷いた、それと同時に上を目指す意欲を胸に抱いて…。

 

 

翌日、毎朝のトレーニング後に全員が宙の部屋へと集まっていた。

昨夜の解散前に声をかけてトレーニングの参加不参加に関わらず、伝達事項があると呼び出していたからだ。

 

「集まって貰ったのは他でも無いわ、亡国機業の内通者がわかったのよ。

 ただし、本人も迷ってるから今までは静観して来たし、まだ手を出さない。

 けど、情報漏洩が危惧されるから知っておいて貰うことにしたの。」

 

その言葉で宙と護衛組は確信、他は身近な人間とだけは察したが内通者がいるとは初耳だ。

まあ、一夏は考えてみるもさっぱりわからなかったりするが。

そして1番に口を開いたのは現役軍人であり、騙された経験を持つラウラだった。

 

「やはりダリルだったという事か、フォルテの立ち位置は不明だが。

 身近で態々接近して来た人物は他にいない、専用機持ちであれば持ち逃げも可能だ。」

 

「フォルテちゃんは無関係よ、ダリル・ケイシーで確定、でも悩んでるわ。

 ダリル・ケイシーとフォルテちゃんが付き合ってるのは知ってるわよね?」

 

そう言った瞬間、幾人も目が点になった。

 

「まあ、距離感が近過ぎるとは思ってたわよ?でも同性愛者だとは知らなかったわ。」

 

「私達は訓練中しか関わりが無いんですよ?ずっと監視していた楯無さんと違って。

 学年も違ってフォルテさんの普段の行動も知らないのに気付くのは難しいかと。

 私は恐らくそうだろうとは思っていましたが。」

 

鈴と宙の言葉に頷く一同、楯無はなんとか軌道修正しようと続ける。

 

「ん、んんっ、とにかく!あの2人は付き合ってるの!この話はここまでよ!

 それでフォルテちゃんなんだけど、ギリシャを守ることにプライドを持ってるわ。

 だからダリル・ケイシーも裏には引き込みたくないみたいでね…。」

 

皆から白い目で見られつつ、楯無は別の事を考えていた。

 

ある意味では同じ裏の住人である楯無、当然汚れ仕事もこなしている。

簪を裏に引き込みたく無くて思わず口にした“貴女は無能なままでいなさい”。

宙が言った様に簪の意思を無視した言葉で反省しているが今も汚れ仕事を回す気は無い。

だからこそダリルの気持ちが全てでは無くともわかる、フォルテを汚したく無いんだと。

けれど妹と恋人の違いはあっても離れたくない、とはいえ何らかの理由で裏から簡単に抜けられない。

今のダリルはひたすらジレンマに陥って悩み続けているのだと。

 

「なるほどな、状況証拠から大凡読めて来たぞ。」

 

そう言ったのはマドカだった、マドカには亡国機業での経験と記憶がある。

先程から黙っていたのは状況を整理、推理に徹していたからだ。

 

「ダリルのコードネームはレイン・ミューゼル。

 亡国機業のスコール・ミューゼルとは血縁者なんだろう。

 あくまでも想像だが…その縁でなんらかの恩や借りがあるのではないか?

 ダリルと接して思ったが見た目と違って義理堅いし真面目な奴だからな。」

 

そこで待ったがかかった、スコールの名を知らない鈴はその疑問を口にする。

 

「ちょっと待ってマドカ、それってどこ情報?

 そもそもスコール・ミューゼルって何者よ、亡国機業なのはわかったけど。」

 

マドカは一度目を閉じて気持ちの整理を付ける、しかし意を決して話し出す直前に宙が割って入った。

宙はマドカがナノマシンで望まない悪事を強要されていた過去、それを少なくとも今は話させたく無かったのだ。

必要となればやむを得ないが誰しも話したくない事がある、それをよく知るから…。

 

「狙われている当事者である私が説明しましょう。

 個人別トーナメントでラウラさんのISにVTシステムを組み込んだのは亡国機業。

 その犯人を尋問して出て来たのが指示したスコール・ミューゼルと言う女性。

 実行部隊の人間でISはアメリカ製、高熱の炎を操るゴールデン・ドーン。

 内通者もいてコードネームがレイン・ミューゼルと言う情報もそこで得た物です。

 炎とアメリカ繋がりで監視していた結果が先程の情報、そうですね?楯無さん。」

 

楯無は宙の意図を察して当然の様に答える、マドカに矛先が向かわない様に。

 

「宙さんの言う通りね、狙われてるのが宙さんだとわかったのもその人物からよ。

 実はマドカちゃんは篠ノ之束博士の義娘でね、宙さんの護衛依頼を受けてるの。

 護衛の4人は情報共有しているから知ってて当然なんだけど説明不足だったわね。」

 

鈴達は今の説明が全ての情報では無いだろうとは思った、ただ必要以上に深入りすることの危険性は宙との一件で経験済。

それ以上追求することは無かったが、鈴はマドカの過去に亡国機業がなんらかの形で関係しているのではと思っていた、先程の態度がそれを物語っていると感じたからだ。

 

「よくわかったわ、それと話の腰を折って悪かったわね、マドカ。

 続けて貰える?マドカの“推論”を聞きたいわ。」

 

マドカはマドカで鈴が何かに気付いたとは話しぶりから察した、そこで宙達の手口を真似ることに。

まずは然程違和感の無い様に“事実だけの話”をしてマドカ自身については追求されない様に手を打ち、情報源も信頼のおける人間にすり替えればいい。

 

「私は束に拾われた身でな、戸籍も何も無かったが束の義娘として得た物だ。

 過去については思い出したくも無いほど最悪だった、話すのは勘弁してくれ。

 

 それで続きだが、束にとって宙は唯一無二と言ってもいい理解者らしい。

 箒を見ていて気付いたらしく、それが護衛理由だがその辺は割愛するぞ?

 

 束曰く亡国機業は殺人、密売、強奪、誘拐etc. 悪行で手がけてない物は無い。

 知っていれば悩むまでも無く、恩があろうと真っ当な人間は亡国機業を拒絶する。

 そう考えれば恐らく亡国機業の実情をダリルは知らないんだと私は思う。」

 

宙はマドカが上手く立ち回ったことに安堵しつつ、勘のいい鈴が何か察したことにも気付いていた。

楯無はその話に違和感が出ないよう続けてマドカのフォローに徹する。

 

「私もマドカちゃんと同意見よ、ともかく今のダリル・ケイシーはどっち付かずね。

 ただし今も情報は流してると考えられるわ、だから2人に予定は絶対に漏らさないで。

 それと態度を変えちゃ駄目よ、皆との時間は彼女を正道に留めてる一因でもあるわ。

 だって本当に楽しそうでしょ?彼女も今の関係を気に入っているのよ。

 だから余計悩んでジレンマに陥ってる、直接的な行動が無いのはそう言うことよ。」

 

楯無の言葉に納得して全員が頷く、願わくばダリルが敵にならないことを心から祈った。

ダリルとフォルテのためにも、そして自分達のためにも。

 

 

「さて、お姉さんは監視業務に戻るわ、虚ちゃんに任せて来たから。

 という事で解散、朝早くから悪かったわね。」

 

そう言う楯無に続いて次々と部屋を出ていく中、鈴だけが残るとこう告げた。

 

「私はね?宙さんの言いたい事もマドカの気持ちも少しはわかってるつもりよ。

 ただ一つだけ、先に知っておけば問題無い事も“敵から知らされれば動揺する“。

 私は過去も含め受け入れてこそ友人だと思ってるわ、それだけよ。」

 

そう言い残すと鈴も部屋を去った。

 

「鈴の言う事には一理あるな、いずれ話す機会が必要か…。」

 

「確かにその通りですが、少なくとも先程話せば余計な混乱を招いたでしょう。

 話すにしても別の機会に誤解の無いよう場を整えるべきだと思います。

 そうすれば皆、わかってくれると私は信じていますから。」

 

宙とマドカはあの襲撃事件の当事者同士、状況を誰よりも知っている。

過去を話すにはそこにも触れることになり、サイレントゼフィルスについてまで波及するだろう。

そうすると今度はイギリスの国内事情にまで話が及びかねない、今サイレントゼフィルスが手元にある理由すらわかっていない以上、どの様に処理したのか不明なのだ。

 

宙が話を遮ったのにはそう言った一連の事情を上手く処理するには色々と手順を踏む必要があるとも判断した結果。

代表候補生だらけの状況下では慎重に行動しないと国際問題にすら発展しかねない。

この件は亡国機業とマドカ個人の話では済まない程に絡み合ってしまっているのが悩みの種なのだ。

 

「私の事を話すにしても束にサイレントゼフィルスをどう処理してこうなったか。

 その件についてどう話していいのかを確認する必要があるな。

 下手を打てばイギリスと国際問題を起こし兼ねない事にまで頭が回っていなかった。

 助かったよ、宙。」

 

マドカはあの時自分の事で正直手一杯だった、そんな所まで意識できるほど思い出した過去は軽く無いからだ。

そこを第三者の目線で見ていた宙が割って入る事で最悪の事態を回避できたと理解した。

 

「お気になさらず、マドカさんを救えたのは本当に良かったと思っています。

 ですが、IS学園に次々と問題を持ち込んでいる原因は私の存在。

 行き場があるなら私はここを去るべきなのでしょう、ですが…。」

 

宙はそれ以上口にしなかった、逃げ場など無く今1番安全なのはIS学園だという事実。

そして、やっと得た友人達から離れたくないという本心を…。




束は調査を続けつつ、初心に帰ってより完璧なISの作成を決めました。

千冬と一夏は最強の定義について話し合い、千冬が最強と呼ばれる事を好まない理由が判明。
一夏もそれに納得して向上心を持った様です。

内通者ダリルについての情報共有と注意喚起。
マドカの過去をどう話すべきか問題は山積みですね。

夏季休暇中なのに障害が多すぎる宙達でした。

次回をお楽しみに!


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ep05:夏季休暇 予定、買物、トラブル、友人

2・3日と言いつつ4日、話しが上手く切れなくて…。
とりあえず更新しておきますね、楽しんで頂けると嬉しいです。


箒は先日一夏と2人きりで出歩いた、掃除・買物・食事位しかしてないが本当に楽しかったのだ。

だが一夏は男性操縦者で狙われる存在、ISがあれば安心と思っていたが先程の話から相手もISを持っている場合に気付き箒1人で守り切れるとは断言出来ない。

それどころか2人纏めて拐われる可能性すらあり、レアな白式と第4世代機紅椿は強奪対象、自分は束の人質で一夏は人体実験されていたかも知れないと迂闊で身勝手な行動を反省していた。

 

「デートすらままならんのか…やむを得んな、全員誘うしかあるまい。」

 

箒的には2人きりでお祭りデートの予定だったが全ては命あっての物種、流石に9機ものISが出て来る事は幾らなんでも考えられない。

とはいえ皆にだってそれぞれ予定があるかも知れないし、お祭りならではの準備も必要になると考えた箒は楯無を含めて8人に篠ノ之神社のお祭りが開かれるので一緒にどうかと日付けや時間をメールで流すのだった。

 

 

同じ頃、中学時代の友人達に会いに行こうかと考えていた鈴は五反田食堂へ皆を誘おうとしていた所に箒からメールが来た。

 

「お祭り?これ丁度いいんじゃない?五反田食堂で昼食を取ってから行けば一石三鳥よ。

 弾達も紹介出来るし、宙達はお祭りを楽しめて護衛の人数も十分確保出来るわよね。

 篠ノ之神社ってことは箒の実家?それはそれで気になるし、参加で決まり決まり!

 私もメールして五反田食堂に誘わなきゃね、一夏だって弾達に会いたいだろうから。」

 

こういう時は多少強引な方が纏まると鈴は予定を組んでメールを送信。

ついでに浴衣を買いに行こうと事前の予定まで一緒に送るのだから流石の行動力である。

なんにしろ動く時には纏まって動かなければ宙がいい返事をしないと予測済。

こうしてメールのやり取りをした結果、2日分の予定があっという間に決まったのだった。

 

 

時間を少々遡る。

箒のメールを受け取った楯無は悩みに悩んでいた、正直に言えば簪と宙と一緒に行きたくて仕方がないのだが監視も外せない。

とはいえ連日どころでは済まない監視の日々は幾ら楯無とはいえいい加減に苦痛で、リフレッシュが必要だとも思う。

と、本人は真剣に悩みつつ表情には出してないつもりなのだが…。

 

それを見ていた虚からすれば、簪の事ばかり考えていた頃によく似た感じを醸し出していて丸分かり。

楯無同様、流石にこのままでは身体を壊すので休養を取らせる口実を欲していた虚にとっては渡りに船。

密かに簪へ何事かとメールして事情を把握すると早速行動に移した。

 

「お嬢様、監視業務も随分長くなりました、そろそろリフレッシュするべきです。

 簪お嬢様曰くお祭りがあるとか、お誘いも受けたのでしょう?是非行ってらして下さい。

 本来なら宙さんの護衛はお嬢様のお役目、監視業務は私が受け負いますので。」

 

その言葉から虚の労りを感じた楯無は従者では無く幼馴染として自分の心配をしてくれた気持ちが嬉しくて…。

 

「う〜づ〜ほ〜ぢゃ〜ん、ありがとう〜。」

 

と、感激のあまり泣き出したらしいが虚の心の中にそっと仕舞われ、真実を知るのは本人達のみ。

この主従から実際どうだったのか話が出る事は無いだろう。

 

 

先に訪れた予定は勿論ショッピングである。

お馴染みとなったレゾナンスに美男美女ばかり10名の団体は非常に目立っていたが一々気にしてては買い物など出来ない。

そう思った行動派の楯無と鈴が引っ張る様にして浴衣売り場へと突入した。

 

店員は国際色豊かで美男美女ばかりの宙達を見ると満足して貰うべくひたすら行動。

持っている箒を除いて新調すると店員に告げたのが良かったのか悪かったのか。

店内は異様な盛り上がりを見せ、浴衣のファッションショーと化した。

 

一夏は無難だが人によってはその筋の方と間違われそうな紺色の浴衣を勧められた、顔と体格から様になり一夏には拘りも無いので即決、流石店員プロフェッショナルである。

 

快活な楯無と大人しい簪は水色の濃淡で姉妹の違いを出していたがよく似合っていた。

活動的な鈴は薄い黄色地、高貴さを意識したのかセシリアは淡い青地、余程好きなのかシャルは色味を抑えた橙色、髪色に合わせたラウラの灰白色、落ち着いた雰囲気のマドカは渋目の緑地と次々決まっていく。

 

そして宙だが好みなのか髪色に合わせ白地に藤色の模様がさりげなくあしらわれた浴衣、帯の違いが無ければ女性と見えなくも無い辺りにまだ女装の名残りが出ているがこれまたよく似合っている、ちなみに帯は藤色だ。

 

着付けは箒に宙、更識姉妹が出来るので当日箒の実家で行うと決まり、浴衣は箒の叔母の雪子に連絡して話したところ快く預かってくれるということで店から送って貰った。

 

「せっかく来たんですもの、楽しまなきゃ損ね、目一杯遊ぶわよ!」

 

と、いつもよりテンション高めの楯無に今度は前回周りきれなかったラウラが同調、差し当たり昼食でも食べながら休暇をと@クルーズという名の店に入ったのだが…。

 

「お願い!2人、2人だけいいからピークの間だけ手伝って下さい!

 急用で2人抜けたんだけど、今日はいつもよりお客さんが多くて手が回らないの!」

 

この話を聞いて困った人を放っておけない宙が何事も器用に熟せるシャルを誘って手伝いを了承。

宙が執事、シャルは可愛いメイド服で接客する中、残る8人はそれを肴に食事やデザートを楽しんでいた。

店長曰く2人の接客は熟練者も真っ青な程でピークを普段より余裕を持って対応できたらしく、そのお陰か客はけもよくて空いて来た。

 

カランカランと言う音にお客さんがと思った宙とシャルはすぐ接客に向かったが見た目からして違うと瞬時に気付く、何故なら覆面に銃器を所持していたからだ。

 

(人数3、マシンガン1、ハンドガン2、その他不明、マシンガンから無効化要、コッキングレバー位置からハンドガン初弾未装填、素人確定、瞬時制圧可能。)

 

「うっ…。」

 

動くなと言いたかっただろうマシンガンを持った男は超高速思考による情報収集を終えて瞬時に踏み込みつつセイフティをかけながら放った宙の掌底で引き鉄に指をかけたまま敢えなく気絶。

他が動き出す前に握力でスライドを押さえ2人を引き寄せると首筋に手刀を見舞い制圧完了、セイフティをかけるのも忘れないのは律儀な宙らしい。

素早く3人の全身を調べるとマシンガンを持っていた男にダイナマイトが巻いてあったが何処にも繋がっていないうえに見せかけなのを確認して、銃器から弾倉を抜くと予備弾倉も別に。

後は後ろ手状態でテーブルクロスを使い縛り上げると猿轡までして3人の捕縛が完了した、

 

「ここにいた事が記事になれば“秘匿性”が失われます、残念ですが皆さん急ぎ帰りますよ。

 早急に着替えましょう、即退去します。

 

 皆様方、一切触れない様にして下さいね、では。」

 

態と名前で呼ばず速攻で着替えを済ませ店を出ようとした所で店長から差し出された名刺と感謝の言葉。

それを快く受け取って宙達はIS学園へ戻る、残念ではあるが仕方がないと。

 

ちなみにこの件は更識から各所に圧力をかけて隠蔽したのは言うまでもなく、この日@クルーズは“平常営業”で3人は銀行強盗だったらしいが“現場で逮捕した”と報道された。

立て籠もろうとしたのは逃走用車両に向かった所で赤色灯を回したパトカーと警官が複数出て来たのが原因。

警官曰く盗難車だった事から見張っていたところへ不審極まる格好の男達が向かって来た結果、逮捕するため咄嗟に動いたとのことだが“出るのが早すぎる”とはご立腹な楯無の談。

 

また執事服だった宙は手袋をしており痕跡が残らないからこそ1人で対処したのは言うまでもなく、銃に関しては実銃を扱った機会にその構造を把握した事が大いに役だった訳だが、“何がいつどう役立つかわからない物ですね”とは宙の弁だった。

 

 

幾日か経った今日はお祭りの当日、昼時を外して五反田食堂に向かった宙達は年季のはいった店の前にいた。

 

「先に言っておくわね、店主の厳さんは食事中のお喋りが大嫌いで物が飛んでくるわ。

 店内であまり騒がしくしても同じで要するにマナーを守ってれば大丈夫だから。

 味は私が保証する、そこら辺の食堂なんて目じゃ無い位に美味しいわよ。

 ちなみにここ、五反田食堂の長男が弾って言うんだけど私と一夏の親友ってヤツね。」

 

鈴は五反田食堂の暗黙の了解について事前に説明して、皆に気持ちよく美味しい食事をして欲しいと気を利かせる。

宙達もそんな鈴の気持ちを察して、しっかりマナーを守ろうと頷き常連の一夏と鈴から突入した。

丁度良い事に昼時を外したことでほぼ貸切状態、弾の母親で自称看板娘の蓮(永遠の28歳らしい)が最初に気付き話し掛けてくる。

 

「鈴ちゃん!久しぶりね、元気そうで安心したわ。

 一夏くんも春以来ね、他の子達は新しいお友達かしら?

 立ち話もなんだから座って座って!今、弾と蘭を呼んで来るわね。」

 

一方的に話しては納得して席を勧められたうえに取り残された宙達は、とりあえず邪魔になら無いよう座って待つことに。

一夏と鈴は厳に挨拶してるのか、奥から豪快な笑い声が聞こえて来た。

2人は勝手知ったるなんとやら、人数分の水を盆に載せて持って来ると全員に渡して同じく座る。

 

「先程の方が弾君のお母様ですか?快活で気持ちのいい方ですね。」

 

「そうそう、蓮さんって言うんだけどとてもいい人よ、怒ると怖いけど。」

 

「まあ怒らせるのは大抵弾のヤツだから、俺達には関係無いけどな。」

 

一夏と鈴はうんうんと頷き、宙達はなるほどこれが常連の余裕かと思っていたところに男の声が聞こえて来た。

 

「うお!なんか随分と人数が多いな!久しぶりだな鈴、ついでに一夏も元気そうだ。

 ところでなんだこの美人ばっかの集団は、まさか一夏のハーレムじゃないだろうな?」

 

そう言いながら一夏に弾が絡むと鈴は声量を抑えて笑いながらフォローする。

勿論、弾だってそこまでは思って無いが1人や2人、一夏の事を好きな人間が混ざってる筈だと話題を振ったという訳だ。

 

「そんな甲斐性が一夏にある訳ないでしょ、IS学園人気ナンバー1はあっちよ、あっち。

 ほら、こっちに来なさいよ、宙。」

 

友人に呼ばれれば快く応じる宙だが、冗談とはいえ人気ナンバー1は誤解も甚だしいと訂正すべく鈴達の所へ向かう。

 

「おいおい嘘だろ、これで同じ男とか信じられないぞ。」

 

弾がそう言うのも無理はない、宙はいつもの髪型に眼鏡、服装は袖無しのシャツブラウスにデニムパンツとシンプルに纏めているが女性物だったりする、私服を男性物に買い替えるのは例のトラブルで見送りになったからだ。

 

「まあ事情があるのは弾だってテレビで見たでしょ、買い替えるのが間に合わなかったのよ。

 それよりもコイツが五反田弾、私と一夏の親友ね。」

 

「初めまして、ご存知かも知れませんが空天宙と申します、宙と呼んで下さいね。」

 

「五反田弾だ、弾とでも呼んでくれ、ところでさっきの人気ナンバー1ってのは?」

 

そう言った弾に宙はやんわりとアドバイスしながら実情を話す、実際誰がどう見ても千冬の人気は不動だから。

 

「弾君、素直なのと何でも信じるのは別ですよ、勿論1番は織斑先生です。

 鈴さんもあまり揶揄うと弾君が可哀想です、親しき仲にも礼儀ありと言いますから。」

 

弾は宙という人間が今まで自分の周りにいなかったタイプだと思っていた、柔らかい優等生とでも言えばいいのか堅っ苦しい感じは無いが差別無く言うことは言うさっぱりとした雰囲気、なるほど鈴が気にいる訳だと。

そして本人の認識はともかく鈴の話は本当だとも、この物腰の柔らかさで男、しかも女性と間違えかねない容姿で人気が無い方が不思議だ。

それと同時に感動も覚える、初対面だからというのは勿論あるだろうが自分を真面に扱う宙の人間性に。

 

「宙さんだけさ、俺を真面に扱ってくれるのは、良かったら友人になってくれないか?」

 

「こちらこそ是非、同性の友人は一夏君に続いて2人目です、よろしくお願いしますね。」

 

宙は宙で弾が緩衝材の様な役割を果たす事で一夏はともかく鈴との友人関係が上手く行く要因だと判断していた。

どうも日常的に揶揄われたりする様だが、それを含めて友人関係が成り立っているのは弾の人間性による物だと推測して是非友人になりたいと思ったのだ。

 

「なんだ弾、彼女が出来ないから美人の宙さんをナンパしてるのか?

 ここにいる全員、宙さんを大切な友人だと思ってるから殺されるぞ、マジで。」

 

「一夏、俺が欲しいのは彼女だ!異性だっつうの!

 お前の所為で絶対零度の視線が突き刺さってるじゃねぇか、ふざけんな!」

 

態とノッた楯無達はそのやり取りを見て、声を抑えつつ笑いながら笑顔を見せる。

鈴と顔を見合わせた宙、ツッコんだ一夏と弾も一緒になって楽しんだのだった。




夏季休暇と言えば原作では@クルーズでシャルとラウラのバイト、そして立て篭り犯撃退。
状況は違いますがフラグをクリアしましたw

そして、五反田弾登場。
一夏と鈴がいれば起きるのは間違い無しですから、厳さんには次回にでも登場して貰いましょう。

ふう、五反田食堂に辿り着くだけでここまで苦労するとは…

次回をお楽しみに!


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ep06:夏季休暇 告白、心配、ケジメ、食事

五反田食堂から中々出られません!早速どうぞ!


五反田蘭は織斑一夏を異性として好きである、先程母の蓮から一夏が来たと聞いて普段着から他所行きに着替え、自分を見て欲しいという乙女全開の行動に出るほどだ。

兄である弾の声が聞こえるが知ったことでは無く、一夏のもとへまっしぐら…と思い階段を降りると目を疑う光景が広がっていた。

美女美少女の集団に囲まれている一夏(と蘭には見えるが事実では無い)、よく知る鈴はともかくこれでもかと言わんばかりに多種多様なタイプがいて言葉を失った。

 

「おお、やっと来たか蘭、って何固まってるんだ?」

 

「い、一夏さん、そちらの方々は…。」

 

完璧にシカトされた弾は、またかよと思いながらもいつもの様に成り行きを見守る一方で、一夏がどう答えるか注目している。

 

「蘭、春以来だな、1人先輩が混ざってるけど他は同じ1年の友人だぞ。

 それはそれとしてだ、その服装よく似合ってるな、可愛いくていいんじゃないか。」

 

蘭は安心した直後に褒められて昇天、弾は一夏が“余計な一言を言わなかった”ことに驚いていた。

以前の一夏なら続きに“でも手伝いには向かないと思うぞ”とかなんとか言う筈だからだ。

 

「お前、本当に一夏か?ああ、鈴に殴られておかしくなったんだな、救急車呼ばねぇと。」

 

「何でそうなんのよ、一夏は言うなれば治療中ね、箒が鈍感を人並みにしてる最中よ。」

 

天国から帰って来た蘭と変わり様に驚いていた弾は、何故そこで掃除用具がと首を捻っていると聞き覚えの無い声の持ち主に話しかけられた。

 

「何か失礼な事を考えていないか?箒とは私の事だ、一夏の幼馴染で名を篠ノ之箒と言う。

 今日6年振りに開かれる祭りの会場、篠ノ之神社の娘と言えばわかるか?」

 

蘭の乙女センサーは大和撫子風で古風な話し方の箒がライバルだと告げた、その割に鈴が引っかからないのは不思議だったがそれはとりあえず置いておく。

もう一つは“篠ノ之姓“が日本に一家族しかいないと公表されている以上、IS生みの親である篠ノ之束博士の血縁者だと言うこと。

蘭は中学3年生で容姿端麗・成績優秀・品行方正の三拍子が揃った上に生徒会長を務めるという才媛、当然ISについてもそれなりの知識を持っている。

その中から篠ノ之束博士の年齢が24歳であり、箒が高校1年という事は妹だろうとライバルの情報を即導き出していた、全くもって能力の無駄遣い極まりない。

弾は鈴の物言いから一夏と箒がそれなりの間柄だと察したが、ここでそれを指摘すれば面倒事になるとスルーして上手く話題を祭りに持って行こうと考える。

 

だが、今日の一夏は一味違った。

 

「弾と蘭、鈴に箒、ちょっと外で話がある、厳さん2人を借りていいですか?」

 

「おう、構わねぇぞ。」

 

厳と蓮はよく遊びに来ていた頃から一夏の歪さに気付いていた、思春期で鈴や身内贔屓になるが蘭の様な魅力のある女の子があれだけ側でアピールしているのに何の反応も無いのは流石に何かがおかしいと。

だが今日の一夏を見て2人は変化を感じとった、恐らくこれから始まる事も年の功で予想出来たがそこは口を挟まず見守るのも大人の役目、厳は一夏がしっかりケジメをつけると信じて送り出したのだった。

 

 

一夏は五反田食堂に訪れた今日、中途半端で曖昧な関係に今出せる答えを示してケジメをつける覚悟を決めていた。

今までしてきたこと、自分のこと、相手のこと、色々あったし上手く纏められないかもしれないがそれでも精一杯の誠意を示す。

自分のしてきたことが原因である以上、いつまでも放置していい問題ではなく機会が頻繁にある訳でも無いなら今日しかないと考えたからだ。

そして5人が店の外に出ると早速一夏は話を切り出した。

 

「まずは紹介からだ、俺と小学4年までの付き合いがある幼馴染が箒。

 5年からの付き合いがある幼馴染が鈴、2人ともIS学園で再会したんだ。

 それでここからが本題になるんだが…。

 弾には話したが鈴が中国に帰る時ある約束をした、本当の意味を理解できないままな。」

 

蘭は嫌な予感がして、でもそれを聞かなければいけないと感じ…。

 

「どんな約束か聞いても?」

 

「そこは私が答えるわ、空港でプロポーズしたのよ、結局一夏は理解してなかったけどね。

 再会してから色々あって私は今まで一夏がして来た事を分かり易く教えたわ。

 それがどれだけ多くの女の子を傷つけて来たか、勿論私自身についてもね。

 そこで私の初恋は終わりよ、恋愛感情はもう無いわ、親友なのは変わりないけど。」

 

蘭はあれだけ競った鈴の言葉に絶句、他はそれなりに把握しているので沈黙を守る。

そしてここから一夏の恋愛に関する問題について告白が始まった。

 

「俺はさ、実を言うと異性を好きになるって言う感情がわからなかった。

 言い訳になるから嫌なんだが、付き合ってと言われても言葉通りにしか受け取れない。

 恋愛事と捉えられないから買い物に付き合うっていう意味だとずっと思ってたんだ。

 俺が店に来ると蘭が可愛い格好をしてきても俺に見せたいとはわかってなかった。」

 

一夏は自分自身の過去を思い返し、血を吐く想いで一言一言紡いでいく。

それを聞いて弾と蘭は予想もしなかった理由に驚いていた、鈍感どころか恋愛感情がわからない。

まさかそこまでの物だとは思ってもいなかったからだ、そして弾は察した、治療中とはそう言うことかと。

なら、その相手である箒が今1番一夏の身近にいる女性で恋愛対象なんだろうとも。

 

「でも、さっきは気付いてくれたんですよね?なら私の気持ちも…。」

 

蘭は一縷の希望に縋ってそう言った、だが返ってきたのは…。

 

「勘違いじゃなかったら、俺なんかを好きになってくれたんだと思ってる。

 それと同時に今まで無神経な事を言って傷付けたとも、ごめんな蘭。

 きっと思わせぶりな態度だったよな、反省してる、その上で聞いてくれ。

 

 俺はさ、最近少しずつだけどこれが人を好きになるって気持ちじゃないか。

 そう思える感覚を知った、その相手が箒で告白も受けて返事を待って貰ってる。

 自分の気持ちが間違いなく好きだって言える様になったら答えるって約束して。

 

 だから、本当にごめんな蘭、俺はお前の気持ちに応えられない。」

 

鈴は心の中で箒に称賛を贈った、そこまで一夏に気付かせる事が自分には出来なかったから。

弾は親友の苦悩に気づけなかった後悔と、一夏を救ってくれつつある箒への感謝、妹を想う兄としての心配を。

だが、こういう時どうすればいいのか弾には見当もつかなかった。

 

「一夏・弾・箒、店の中に戻っててくれる?私は蘭と話があるから2人きりにして。」

 

蘭は俯いて動かない、一夏と弾は心配するが箒が2人に小声で話しかけた。

 

「私達がここに居ても何も出来ない、特に加害者である私と一夏はな。

 ここは鈴を信じて任せるべきだ、ある意味それも蘭に対する優しさだから…。」

 

箒は鈴に視線を送って頭を下げた、1人を複数が好きになり誰かと結ばれれば他の誰かが泣くということ、その後始末を委ねるしか出来ない謝罪を込めて…。

 

 

店の中には宙を含めて7人取り残された訳だが出て行ったメンバーがメンバーだけに不安を隠せない。

 

「一夏君に箒さんと鈴さん、そしてこちらの兄妹、下世話ですが妹さんは一夏君が…。」

 

「そうね、蘭は一夏くんが好きよ、でも今日の一夏くんを見てわかったわ。

 あの子じゃ一夏くんを支えられない、箒ちゃんがどれだけ気を配ってるか見ればね。」

 

あっという間にいなくなったと思えばいつの間にかそこにいて会話に混ざって来た蓮に驚いた、一部の気配に敏感な人間を除いてだが。

そして宙は蓮の言っていることを誰よりも理解していた、鈴の事情を知り、箒から相談を持ちかけられて一夏の問題を知っている宙は色々とアドバイスして来たのだから。

 

「貴方が宙さんね、色々大変だった様だけど今は周りにこれだけの人がいる。

 それだけ信頼を得る何かをして来たんでしょう?そして箒ちゃんにもアドバイスした。」

 

蓮は長年色々な人を店で見て来た、だからこそ集団の中心に宙がいると見抜き話しかけたのだ。

往々にしてそう言う集団の中心人物は問題や悩みの解決に手を貸して信頼を得るもの、それなら一夏の歪さを解消するのに一枚噛んでいる筈、であれば箒にアドバイスしたのだろうという予想から問いかける。

 

「お気遣いありがとうございます。

 大変だったかは比べる物でも無いので置いておきますが、友人には恵まれました。

 仰る通り相談を受けアドバイスしました、ですがそれを結果に結び付けたのは箒さん。

 私は何もしていません、ただ箒さんの応援をしていただけです。」

 

「宙さんには普通でも受けた側がどう思うかは別よ?間違いなく力を尽くして来たわ。

 今周りにいる人間はそう思ってる、今回の件は…。

 織斑くんは気付いて無いでしょうけど、それ以外なら同じ様に思ってる筈よ。」

 

楯無は宙のそう言う所を尊敬しているし美徳だとも思うが、それと同時にわかってはいると思いつつも口にせずにはいられなかった。

それが誰にでも出来るほど簡単なことでは無く、そうやって助けられたり救われたからこそ皆の今があるから。

 

「なるほどね、自己評価が低いというか当然と思う範囲が宙さんは広いのね。

 決して悪い事ではないけれど、今彼女が言った様に受け取り方は人それぞれ。

 人生の先輩からアドバイスよ?態度に出す必要は無いけれど胸中で誇るべきだわ。

 それだけの事を貴方がして来たからこそ、これだけの友人に恵まれたんですもの。」

 

楯無の言葉から蓮が宙の人柄を察して笑顔で告げた言葉に一同は大きく頷く、そして丁度一夏達が戻って来た。

 

「鈴ちゃんと蘭は…外ね?一夏くんはよく頑張ったわ、自分を許してあげなさいね?

 それじゃあ鈴ちゃんと変わって来るわ、そろそろ食事にしないと。」

 

そう言うと蓮は外に出て入れ替わりに鈴が戻って来た、気になった一夏は鈴に声をかけるが…。

 

「一夏、今あんたが気にしなきゃいけないのは誰?選んだなら優先順位を間違えないで。

 皆注文しましょ?屋台があるだろうから程々にね、厳さん美味しいの期待してるわ!」

 

「おう、任せとけ!ほら、一坊も早く座って注文しな?蘭の事は蓮に任せとけばいい。

 他の奴だったらブン殴ってる所だが、一坊だって悩んでケジメ付けたんだろうが。

 なら胸を張ってしっかりやんな、わかったな?おい弾、さっさと注文取って来い!」

 

厳は厳なりに一夏がケジメを付けたと受け止めた、年の功で発破をかけてやるのも忘れずに背中を押してやる。

後腐れ無く威勢のいい声で注文を受けると自慢の料理で一夏を黙らせようともした。

料理に舌鼓を打ち旨いと告げる皆と厳の得意げで豪快な笑い声が店内を盛り上げた事から一夏は気遣いを感じて、それ以上口にすること無く素直に食事を楽しんだ。

そして満足した全員は厳に礼を言うと五反田食堂を出る、蘭の目は赤かったが蓮と共に笑顔で見送られ店を後にする一同だった。

 

 

篠ノ之神社への道中、宙達はいつもより多少賑やかに話しながら歩いていた。

全員蘭の目が赤かったのを見ていたし蓮から蘭の気持ちを聞いていたのだから、おおよそ何があったか想像はついていて、それを原因である一夏は気に病んでいるだろうがある意味では仕方なく、1人を取り合えば必ず起きるのことなのだ。

だからこそ考え込む暇を与えない様に次々と話題を変えながら誰か彼かが話続けている。

 

「あー、今日の祭だが私は一時抜けねばならん、実は神楽舞を私が行う事になってな。

 縁日を皆と一緒に周るが準備・実演・着替えの時間だけは離れるしか無いのだが…。」

 

「箒ちゃんが神楽舞!似合いそうだし楽しみね、ならその間の護衛は私が付くわ。

 誰かちゃんと動画撮っておいてね、後でゆっくり観るから頼んだわよ?

 留守番してくれてる虚ちゃんにも見せたいし。」

 

箒が神楽舞を披露する事を告げると楯無が自分から護衛を申し出た、やはり危険度を考慮すると国家代表である楯無か宙が適任なのだが宙は男、必然的に楯無一択になるからこそ自分から言い出した訳だ。

 

「では楯無さん、よろしくお願いします。

 神楽舞が終わればまた合流して縁日を周ったり、時間になれば花火もある。

 とっておきの場所があるので案内しよう、誰にも邪魔されずに花火を堪能出来るぞ。」

 

箒の自信あり気な言葉に期待を膨らませる一同は浴衣に着替えるべく篠ノ之神社の雪子の元へ。

一夏と箒には6年振りの、他の皆は初めての篠ノ之神社の祭事、特に宙やマドカの国内組とラウラ・シャルの海外組はこういう経験が過去の経緯で全く無い。

宙は初めてのお祭りを大切な友人達と過ごせることを心から楽しみにしていたのだった。

 




蘭の恋の終わり。
一夏のケジメ、そして現状が今回の主題です。

宙へのアドバイスは全く知らない大人からという事に意味があります。
IS学園では関係者ばかりなので中々心に響かないと思うんですよね、例えば千冬に言われても。
まあ、真耶が言えばまた違うんでしょうが…。

次回、次回こそ本当にお祭りです!
お楽しみに!


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ep07:夏季休暇 浴衣、縁日、神楽舞、花火

ザ・難産。
何故か異様に苦労しましたが早速どうぞ!


篠ノ之神社、記録は失われているがその歴史は古く鳥居にはそれを示すかの様な佇まいがあった。

神社まで続く立派な石段、石畳に覆われた敷地、石造りの水場、そのどれにも歴史が深く刻まれている。

本来6年も放置したなら荒れ放題なのだが、叔母の雪子と有志の手によって管理されていたため今もその姿を留めていた。

 

そんな歴史ある神社も今日は普段の静寂の代わりに人々の活気で溢れている、6年振りに開かれた祭を懐かしむ者もいれば初めての祭として楽しむ子供達が駆け回り非常に賑わっていた。

 

そんな篠ノ之神社に箒の案内で来た一同、一夏と箒を除けば初見なのだが情緒と歴史を感じさせる予想以上の大きさに驚きを隠せない。

ただ1人、宙には別の想いがあって情緒も歴史も大きささえ目に入っていなかった、育ての両親を思い出していたからだ。

ここに来ようとさえしなければ今も存命だったという事実、空天流が成すべき責務だったのだから仕方がなかったというのも事実。

そんな想いは宙を複雑な気分にさせ、1人物思いに耽るのだった。

 

 

箒の後に付いてまずは社務所に居る雪子のもとへ向かう、鍵にしろ浴衣にしろ雪子に預かって貰っている以上行かないという選択肢は無い。

賑わう屋台を避けて境内の社務所へさらっと辿り着くのは流石に実家、箒にとっては勝手知ったる何とやらと言うやつだろう。

 

日陰に仲間をおいて箒は1人社務所へ、実の所を言えば先日掃除に来た際、箒も現状に驚き雪子を訪ねて維持管理されていた事を知ったのだ。

 

「雪子叔母さんはいらっしゃいますか、篠ノ之箒が訪ねて来たとお伝え願えれば。」

 

社務所に居た売り子の女性にそう告げると話を聞いていた様で、すぐに連絡を取って此方に向かうとの返答が。

然程間をおかず赴いた巫女服姿の雪子は社務所の前に箒を見つけて静々と歩み寄り、気付いた箒に笑顔で声をかけた。

 

「友人に恵まれたみたいで良かったわ、浴衣が届いた時にはちょっとだけ驚いたのよ。」

 

雪子はちょっとと言ったが濁したに過ぎず、交友関係の狭かった箒にこれだけの友人が出来た事を心から喜んでいる。

重要人物保護プログラムで一家離散した時の箒は9歳、それからどの様な生活を送ったのかは想像でしかないが親姉妹のいない状況はただでさえ交友関係の狭い箒を孤独に追いやるだろうと雪子は思っていた。

それが蓋を開けて見れば良い笑顔をする様になって雰囲気も昔に比べれば柔らかくなり、目に入った日陰で待つ程の人数が友人になっていたのだから嬉しい驚きを覚えるのも仕方ない事だろう。

 

箒は箒で雪子が自分の心配をしてくれていたことを察し、自分でも交友関係が広がるとは思っていなかったのがいつの間にかこの人数。

嬉しいやら少し恥ずかしいやらなんともむず痒い心境が顔に出て、少し赤面してしまったが過去を振り返ると表情を引き締めて雪子に答える。

 

「IS学園に来る前の私は荒んでいて交友関係が出来るとは思っていませんでした。

 剣道大会で優勝しましたが…、憂さ晴らしの最低な剣だったのをよく覚えています。

 姉さんの所為で、姉さんが嫌い、ISが嫌い、こんな生活をなんでと思っていたんです。」

 

雪子はただ受け止める、箒の独白から危惧していた通りだったのは理解しつつも、その状況が現状に合致しないからだ。

ならそれから何かがあった筈でその結果が今、その理由は箒の口から語られるだろうと黙って聞いていた。

 

「IS学園に来たのも私の希望ではなく重要人物保護プログラムによるもの。

 何の因果か一夏がいた事だけが救いで他に関わるつもりはありませんでした。

 ですが私の身を守る為にと赤の他人が特例IS貸与と共に手解きを申し出たのです。

 それでも私は変わらなかった、勝手に嫌いなISを押し付けられたと思っていました。

 ですが最初に手解きを受ける前、姉さんがどんな夢を抱いてISを作ったのか。

 蒸発したのがどう言う想いから来たのか、そして今どんな想いでいるのか。

 それを私に話したのが当時は女性の姿だった空天宙さんでした。

 私は今までの鬱積した思いから猛反発しましたが怒りもせず諭されることに…。

 最終的には姉さんに直接聞いてみる事を勧められ、意を決して電話したんです。

 結局、全て宙さんの言う通りだったと姉さんから聞かされ想いを知りました。

 お陰で姉妹仲は良くなり、ISの見方も変わって、最初の友人になってくれた。

 宙さんは私だけでなく、あそこに居る皆にも何某かの手を差し伸べて助けた様です。

 そうやって出来ていく輪に最初からいた私はいつの間にか馴染んで交友関係が…。

 今でも色々と相談したりアドバイスを貰って…その、一夏と少しづつ進展してます。」

 

思いの丈をただ言葉にした箒は雪子から見ても予想以上に長く話し、仕舞いの果てには恋愛事情まで。

このままでは縁日を周る時間が無くなると判断した雪子は箒の話が一段落したこのタイミングで、その辺りに話題を変えることにした。

 

「色々あったけれど、それが今の箒ちゃんを作り上げたのよ、大切にしてね?

 それじゃあ早速皆さんを呼んで浴衣に着替えましょうか、時間が無くなっちゃうわ。」

 

そう言う雪子に促されて箒は皆を呼び寄せた、雪子を紹介し浴衣に着替えて友人達と縁日を周るために。

 

 

女性8人、男性2人という偏りはあったが着付けの出来る人間が女性は雪子を含めて4人、男性が宙1人という事で特に時間をかけること無く着替えは出来る。

とはいえ着付けする人間は自分も着る上に女性は男性より手間がかかるので宙は一夏に自分で着れるよう教えつつ着替えて時間を上手く調整した。

一夏も最近は宙が男だという事に慣れて、学園での着替えも一緒なので今更慌てる事は無くなっている。

 

「これで一夏君も自分で着付けできる様になったので今後は安心ですね。」

 

「すみません宙さん、態々教えて貰って、でも宙さんの言う通りですね。

 まさか浴衣を着る度に誰かを呼ぶんじゃ色々と大変ですから。」

 

2人が部屋の外でそう話していると宙の狙い通り浴衣姿の8人が出て来て、雪子や箒が小物を貸し出したらしく試着した時より一層魅了が増した姿に一夏は驚き、今日初めて見る箒の浴衣姿は誰よりも一夏の目を惹きつけた。

宙は自身の女装生活から大きく変わって見える事をよく知っているので動揺する事は無いが、全員に声をかけてそれぞれ違った魅力を褒めながら着崩れしない様にアドバイスを忘れない。

その姿を見ていた雪子は、なるほどと箒の言葉を理解すると同時にある疑念を抱いていた。

 

「宙さん、少しお話しがあるのですがよろしいですか?よければ此方へ。」

 

そう言って今出て来た部屋へと戻る雪子に宙は大凡察して続くと中へと入って鍵をかける。

そして雪子が話し出す前に拡張領域から取り出した筆記用具でメモ帳に“重要・秘匿事項は此方で”と書いて見せた。

その時点で雪子の疑念はほぼ確信に至っていたが、まずは礼をと話始める。

 

「箒ちゃんが色々お世話になっているみたいですね、叔母として感謝します。」

 

「いえ、私がしたくてしている事ですからお気になさらないで下さい。

 多少ご存知でしょうが実は私も友人を作れる状況に無かったので力になれればと。」

 

そこまで聞いて雪子はメモに記す“貴方は唐松結さんですね?”と、雪子は束が双子だったこともその弟の名が結であることも篠ノ之と唐松、篠ノ之流と空天流の関係から養子に出さざるを得なかったことまで含めて柳韻を問い詰めていたからだ。

宙は宙で雪子が書いたメモからやはり経緯を知っていたと確信し“その通りですが特殊な事情により名を変えています、束と双子の結は私ですが貴女が危険に晒されるので内密に”そう記すと雪子は頷きメモ類は拡張領域へ。

 

そのまま2人は部屋から笑顔で出て不安そうな皆を安堵させてから、宙達は揃って祭へと繰り出したのだった。

 

 

縁日が初めてという者が多かった所為もあるだろうが、美男美女の集団があちこちで嬌声をあげては盛り上がるのを見て祭の会場もボルテージアップ。

 

金魚掬い、風船釣り、型抜き、射的、くじ引き、カラーひよこなどと言った娯楽。

たこ焼き、お好み焼き、焼きそば、焼きとうもろこし、焼きイカ、綿飴、りんご飴その他諸々のジャンクフード。

 

威勢の良い掛声に誘われてはあちこちに赴き、それを全身全霊で楽しむ姿にそうなるのは必然だった。

射的ではセシリアと宙がコルク銃のトラップをコンビプレーで撃破。

金魚掬い、風船釣り、型抜きでは器用な簪とシャルが猛威を奮う。

くじ引きはビギナーズラックかマドカが入っていないのが定番の特賞をゲット。

思いっきり祭荒らしと化したが6年振りという事もあってかどこも盛り上げてくれた。

当然、こちらも最低限しか受け取らず、マドカも特賞には興味が無かった様で他に変えて貰うなど大人気ない行動をする者がいなかったので好意的に受け取られ、逆に客引き化して出店に感謝されたりも。

 

そして程よいタイミングで箒と楯無が神楽舞の準備に抜けたのだが…。

 

「折角だから良い場所を確保するわよ!箒の晴れ舞台を最前列で撮影しなきゃね。」

 

と言い出した鈴に同調すると舞台正面にレジャーシートを敷いて小休止。

すると後から後から人が来ること来ること、あっという間に立ち見が出る程の人集りが出来てしまった。

舞台袖からその様子を見ていた雪子は箒の準備が終わった頃合いを見計らって、神楽舞の時間変更を放送。

さらに人が集まってごった返したが、宙達は余裕をもって見ることが出来ると鈴を褒めていた。

 

 

篠ノ之神社の神楽舞は剣と扇を使うある意味で二刀流とも言える舞、清廉な鋭さと雅の優美さを兼ね備えたもの。

衣装に着替えた箒は映像を見ながら自主練習した成果を此処で発揮して、役目を務める覚悟は出来ていた。

出来ていたのだが…。

 

「なんなのだ?この人数は、今まで見たことが無いほどに集まっているではないか。」

 

舞台袖から様子を伺った箒を唖然とさせる程の人数は雪子曰く過去最高らしい、原因を聞けば恐らく自分達の行動の結果だろうと楯無の予想を聞かされて何も言えなくなった。

 

「流石ね、皆で最前列を確保してお姉さんのために撮影してくれるなんて。」

 

楯無は楯無で少しでも緊張を和らげようと冗談半分の話をして見るが、時間が迫る程に増え続ける人数には流石にお手上げ状態、箒自身のメンタルに期待するしか無いと結論づけたが思いのほか余裕のある箒に問い掛けた。

 

「箒ちゃんは人数が気になっただけなのかしら?」

 

「ええ、これでも中学生剣道全国大会の覇者ですから観衆には慣れています。

 祭の神楽舞にこれほど集まるのかと驚きはしましたが特に問題ありません。

 皆が見ている方が余程気になりますが、始まればそれも無くなりますので。」

 

なるほどと楯無は理解した、確かに全国大会規模の会場ではこれ以上の観客で溢れかえる。

そういう意味では箒の言う事に間違いは無く、知人・友人の方が気になるもの、それも集中してしまえば関係無いとは心強い言葉だった。

 

「さ、箒ちゃん時間よ、いってらっしゃい。」

 

「行って参ります。」

 

こうして箒の神楽舞が始まる。

 

 

時間になり静寂が支配する舞台、巫女服に神楽舞用の飾り、剣と扇を持った箒が静々と歩み出た。

そして舞台中央に箒が達し、優雅に会釈すると音楽が流れ神楽舞の奉納が始まる。

 

ゆっくりとしていながら鋭さを失わない清廉な剣舞の動。

その場に存在感を刻みながら雅な雰囲気を放つ扇舞の静。

そして双方を組み合わせた清廉にして優雅な剣扇の舞は観る者を魅了した。

 

その姿に雪子は箒の今を感じ、一夏は普段と全く雰囲気の違う箒から目が離せない。

宙以外はそれぞれ何か感じるものがあったのか、箒の神楽舞に目を奪われていた。

その中で唯一、宙は箒の成長や心のケアが上手く行ったこと、一夏の問題解消に少しでも力になれたことなどを思い返して感慨に耽っている。

 

そこにいたのは空天宙でも唐松結でも無い、間違い無く妹の篠ノ之箒を想う兄、篠ノ之結だったのだから。

 

 

神楽舞は無事終わりを告げ大好評、箒は汗を流すと再び浴衣に着替えて楯無と共に皆と合流した。

とりあえず第一声は一夏だろうと全員口を閉ざす中、雰囲気に耐えられなくなった箒が尋ねる。

 

「初めてだったがどうだっただろうか?」

 

誰に宛てたのかなど聞くまでも無い皆は意地でも口を開かない、そして宙が一夏に何事か耳打ちした。

 

「俺は昔、神楽舞を見ても子供だったから儀式の一つとしか思わなかった。

 けど、箒の神楽舞には神聖さがあって感謝を奉納するって言えばいいのかな。

 そういう気持ちが込められた物なんだって感じたんだ。

 いつもの箒もいいけど、全然雰囲気が違う今日の箒は凄く綺麗だなって思ったよ。

 出来れば毎年見たいと思ったぜ、俺は。」

 

頬を掻いて少し照れながら、それでも一夏は自分の想いを言い切って見せた。

流石にそこまで言われるとは思っていなかった箒は赤面、頭から湯気が出そうだったがそれに答える。

 

「ありがとう一夏、神楽舞とはそういう物だから伝わったのなら嬉しい。

 その、褒めてくれてありがとう、私も出来れば毎年見て貰いたい。」

 

ここまで来れば流石に全員黙ってはいない、箒にそれぞれ感想を伝えたり、一夏の肩を鈴がバンバン叩きながら褒めてみたりと盛り上がって箒はやって良かったと心から思っていた。

 

 

全員集合して始まるのは腹ごしらえだ、五反田食堂の食事が美味しすぎてしっかり食べてしまった結果、鈴の忠告も虚しく予想通りとなったからだ。

 

そして遂に始まるラウラのジャンクフード制覇ツアー、今までラウラが大人しかったのは遊ぶのは遊んだがこちらに気を取られていたのが1番の理由。

今はどれも美味しそうに食べるので客引きの様になり、サービスでそれほど出費せずに次々と購入しては食べて美味いと盛り上がりラウラは満足そうだった。

 

「そろそろ買った物を持って場所を移動しよう、最高の花火を見に。」

 

箒がそう声をかけると皆もそれぞれ購入、ジャンクフード片手にとっておきの場所まで箒に案内して貰うとそこは切り取られた様に開けた一画で丁度正面に花火が見える最高のロケーションだった。

早速レジャーシートを敷いて全員が座り、会話したり食べたりしているとドンと言う音と共に花火が始まる。

実はこの場所、鑑賞にも最適でそこそこの距離から花火が打ち上げられる結果、丁度良い具合に美しく大きな花火が見られるのが自慢。

次々と打ち上げられる花火に目を奪われている内に時間はあっという間に過ぎて行った。

 

「次で最後だ、極め付けが来るから楽しんでくれ。」

 

花火の締めと言えば多種多様な連発花火が定番、夜空に大輪の花と色取り取りの多様な花が咲き乱れて祭は終わりを告げた。

宙に妹と友人との祭と言う初めての思い出を刻み込んで…。




箒が原作より真っ当になった経緯。
結を知る雪子との邂逅。

縁日を楽しみ、神楽舞を見て、ジャンクフードを食い漁り、花火を鑑賞するという定番。
少々一夏と箒の恋模様と篠ノ之結として宙が手を尽くして来た辺りにもスポットを当てて見ました。

では次回もお楽しみに!


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ep08:夏季休暇 レイン・ミューゼルの死

ギリッギリですが更新します。
早速どうぞ!


宙に楽しい思い出を刻む夏季休暇、序盤はショッピングに外食、お祭りと充実していた。

予定の無い日は訓練を欠かさず、国家代表の名に恥じない行動を…と言っても元々普段から欠かしたことの無い宙にとってそれは既に日常。

勿論、代表候補生も訓練に精を出して実力を引き上げるのは当然のこと、結局のところいつもと変わらず仲間が集まり切磋琢磨する。

時折ダリルとフォルテが混ざっている位しか変化は無いのだが楯無曰く未だにダリルは迷っているらしい。

実は情報を取れなくなった楯無、しかしダリルにはプライベートチャネルで連絡が来ているのだろうと行動から予想している。

結局のところ監視は外せないのだが、情報が無い分だけ余計な負担は増えていて随分と苦慮しているのを宙は目にしていた。

 

「そろそろ介入するしか無さそうですね、何か動きがあればそれに乗じましょう。

 あちらからのアプローチであれば楯無さんにも迷惑はかかりませんし。」

 

宙としては楯無もダリルも解放できる方策であり何処にも角が立たない、強いて言えば亡国機業に対してだが当然それは考慮から外している。

ダリルとフォルテが参加する様になって随分経つがフォルテは勿論のこと、ダリルも格好が派手なだけで言動や行動から性格・人格共に真っ当だと既に確信の域にある宙はダリルを1日でも早く悩みから解放すべく1001号室に新たなセキュリティーを構築してその時を待っていた。

 

 

ある日を境にピタリと連絡が来なくなり安堵していたダリルだったが、プライベートチャネルでスコールから突如連絡が取れなくなったのでこれからは此方を使うとの連絡があり、安息の日々はあっさりと終わりを告げた。

そして未だ悩み続けるダリルへ新たに下されたのは確実な宙と一夏のスケジュール入手、そんな事は今までの情報収集と違って簡単に出来ることでは無い。

少なくとも今の関係より親密で訓練にも毎回参加するより他ないと思ったダリルにスコールはより確実な方法を指示、それをしてしまえば一線を越えて亡国機業の完全なエージェントとなりフォルテと一緒にいる事が出来なくなる、そんなダリルのフォルテに対する想いをスコールは利用した。

 

<上手く引き込むのよ?なんなら悩みの種になってる様だから私が説得してあげるわ。

 それでも駄目なら内情を知った以上は…。>

 

続きを話さないことでプレッシャーをかけてスコールは決断を迫った、それに対してダリルの返答は…。

 

<いや、あたし1人で十分だろ?フォルテは巻き込まないでくれ、お願いだ。>

 

ダリルは“フォルテの幸せ”を優先して自分だけ亡国機業で生きていく事を決めた、恋人と別れることになっても汚したくない、そしてスコールの恩にも報いたいという自分の幸せを犠牲にすることで初めて可能になる道を選んだのだ。

 

<そう、レインが決めたなら私から言うことは無いわ、それじゃあ上手くやるのよ?>

 

そう伝えるとスコールからのプライベートチャネルは切れ、ダリルは1人フォルテを想い悲しみに暮れる。

今まで宙だけだったのが一夏まで対象となり共通点は男性操縦者、誰が聞いても嫌な予感しかしないだろう。

 

「何するつもり…って自分は誤魔化せないぜ、クソッタレ。」

 

ダリルは願わずにいられなかった、ただ2人とそのISが優秀だから仲間に加えたいと言うのがスコールの理由であって欲しいと…。

 

 

いつもの様に宙達が訓練しているとお馴染みとなったダリルとフォルテの参加、激しい模擬戦やアドバイスが飛び交いはしたが和気藹々と全員で訓練に励み、今日の訓練も無事終わる。

ところが普段ならダリルとフォルテはさっさと2人共いなくなるのだが、今日は珍しく残りダリルから宙に話しかけてきた。

宙は直感した、聞くまでも無くこれは待ち望んだ機会だと、とりあえず素知らぬ顔で会話を始めることに。

 

「宙、聞いたんだけどよ、訓練の後とかお茶会やってるんだって?」

 

「ええ、その日によってメンバーはマチマチですが、良かったらこの後如何ですか?」

 

ダリルは自然を装って切り出し、宙はさも好意だけで誘った様にある意味罠を張る。

そこに待ったをかけたのは常識人であるフォルテだった。

 

「駄目っすよ?ダリル、それ思いっきり脅しじゃないっすか。」

 

「違うっつうの、聞いた話だと宙の紅茶が絶品らしいんだよ、虚とタメらしい。」

 

「マジっすか!?それは確かに興味が湧いてきたっすね、宙、迷惑じゃないっすか?」

 

流石は虚、3年のみならず飲んだ事があれば2年にすら浸透している程の好評っぷり。

実のところダリルはフォルテと楯無との同級生絡みで飲んだ事があるし、当然誘われたのはフォルテなのだから同席していた訳でその旨さをよく知っている以上、互角と聞けばフォルテも興味が湧くだろう。

そして、それがダリルの考えた自然な流れでフォルテも一緒に参加したくなる様に仕向けたのだ。

 

「全く迷惑ではありませんよ、では訓練のお礼も兼ねて私からお二人を招待しますね。」

 

「流石に宙はわかってんな、有り難く招待された、期待してるぜ!

 よしフォルテ、さっさと着替えて行くぞ、ちなみに宙の部屋は何号室だ?」

 

「ちょっ、待つっすダリル!紅茶は逃げないっすよ〜?」

 

シャワールームに向かいながら部屋番号を聞くダリルに宙は答えた。

 

「1001号室になります、ではお茶請けも用意してお待ちしていますね。」

 

わかっていながら聞くダリルもダリルだが、宙もまた思惑を持って答えている。

ただ1人振り回されているフォルテが少々不憫な宙だった…。

 

 

上機嫌のフォルテはダリルと一緒に宙の部屋へと向かった、実はまた虚の紅茶を飲みたいと思ってはいたが楯無の忙しそうな様子を見ていながら生徒会室を訪れるほど常識知らずでは無いし、顔を見るために行くほど楯無と親しい間柄でも無い。

ところが宙の紅茶は虚と互角だと言う、もしかしたら今日を境に今後も誘ってくれるかも知れないと期待していた。

その上機嫌な後ろ姿を微笑ましく見ながらダリルは自分の決断が正しかったと思う、フォルテは光差す場所で幸せな人生を謳歌すべきだ、だが自分は恩を返すために亡国機業の一員として指示を遂行し、いずれ袂を別つ時までフォルテを幸せにしようと決意を新たにしていた。

 

「此処っすね?宙の部屋は、フォルテとダリルっす!」

 

フォルテがそう口にしながら1001号室のドアをノックすると、中から宙が顔を出して部屋へと招き入れた。

 

「ようこそ御二人共、あちらの席で普段からお茶会をやっています、今日は貸切です。

 席に着いて少しお待ち下さいね?腕によりをかけて美味しい紅茶を淹れて来ますので。」

 

そう言われた2人の視線の先には床まで届くクロスがかけられた大きめのテーブルセット1組。

ダリルとフォルテが部屋に入りテーブルへと向かったのを確認すると宙はドアを閉めて施錠、そのままキッチンへと向かったのだった。

 

 

今、宙は紅茶を淹れに席を外しているし、フォルテは紅茶に期待してか宙の方を見ていて誰もダリルに注視していない。

そしてダリルは指示を遂行するにあたって最高に都合がいい場所を見つけていた、動くことすら不要なこのテーブルの下ならばクロスで常時隠れていることもあり最適と判断、拡張領域から取り出すとクロスを密かに捲り上げ手探りで設置するも感度良好だったことに安堵して気付かれないようクロスを元に戻し宙を待っていた。

 

「お待たせしました今配膳しますね、ではどうぞ。」

 

戻って来た宙も一緒にいたフォルテも気付いた様子は無い、配られる紅茶と出されたお茶請けを宙が座るのを待って安堵と共に口にすると確かに虚と遜色無い程に見事な物。

飲んだフォルテも少し興奮気味だった、宙の紅茶を堪能して褒めちぎる姿が微笑ましくダリルは笑顔で話す。

 

「いやあ、マジで虚と互角とは思わなかったぜ、落ち着いて飲むのも偶にはいいな。」

 

「お口にあって良かったです、ところで話は変わるのですが…。

 この部屋に来る友人は全員知っているのでお伝えしておきますね、此処は特別室。

 私が女性と偽って入学する条件として色々なセキュリティーが施されています。

 例えば監視カメラや盗聴器を持ち込むだけで機能しなくなる…とか。

 今は態と切ってあるんですよ、コードネームがレイン・ミューゼルの内通者さん?」

 

フォルテは何の事かさっぱりわからない、そこへダリルに追い討ちをかける別の声が聞こえて来た。

 

「しっかり見せて貰ったダリル・ケイシー、おかしいとは思わなかったのか?

 普段あれだけ宙の周りには人がいる、そんな宙が自室とはいえ1人でいる不自然さに。」

 

クロスの下から出て来たマドカが告げた言葉でダリルは罠に嵌まったと知り、同時にもう此処でフォルテと過ごす事は出来ないと察してドアへと駆け出すも開ける事が出来ない、進退窮まったダリルはISを展開しようとして…。

 

「無駄です、想定出来る事に対策もせず罠を張るほど私は愚かではありませんよ?

 ではお茶会を再開しましょう、さあ席に戻って下さい、ダリルさん。

 話さなければならない事、お伝えして考えていただく事があるのですから。」

 

振り向いたダリルは驚愕した、何故なら実際ISは展開できず、しかも自分以外誰一人としてテーブルを離れていなかったのだ。

 

「これが袋の鼠ってヤツか、いいぜ、なら最後のお茶会を楽しませて貰うさ。」

 

アメリカ人らしいオーバーアクションで肩を竦めると、そう言いながら観念したダリルは席へと戻ったのだった…。

 

 

4人となってお茶会が再開される、まずは現状をフォルテにも認識して貰う事がダリルを引き止めるには必要不可欠だと判断している宙が話を切り出した。

 

「フォルテさんには事情が全くわからないでしょうから、共通認識を図るとしましょう。

 フォルテさんは亡国機業について何をどの程度ご存知ですか?」

 

「裏の世界で世界有数の組織っす、やって無い悪事は無いって噂までっすね。

 そう聞くって事はダリルがそのレイン・ミューゼルって内通者…っすか?」

 

フォルテは先程の会話とダリルの行動、今の情報から当たりを付けて恐る恐る聞き返す。

 

「残念ながらその通りです、レイン・ミューゼルはスコール・ミューゼルの姪。

 亡国機業のスコール・ミューゼルは実行部隊でも有数、殺人・誘拐・脅迫・破壊工作。

 それらを含めて悪事という悪事を行なっているのがある人物に目撃されています。

 これは噂ではなく事実、実際その被害に一度遭いかけて撃退した私が証人です。」

 

これを聞いて驚いたフォルテはダリルを見たが、見られているにも関わらずダリルは心ここに在らず、青い顔をして思わず声を漏らしていた。

 

「そ、んな、だってスコール叔母さんはあたしをここまで育ててくれた恩人なんだぞ。

 そんなスコール叔母さんが人殺し?じゃあ、あたしは誰かの命で今まで生きてきた?

 なあ誰か冗談だって言ってくれよ、本当ならあたしは何の為に悩んで来たんだ?

 フォルテが幸せになって、スコール叔母さんへ恩を返すためだけに1人で裏を選んだ。

 離れたく無いのに、そうやって無理矢理納得してあたしは盗聴器を…。」

 

そう言った瞬間、ダリルは頬を張られていた、愛するフォルテの手が振り切られてその瞳から涙を零しながら。

フォルテは無理矢理にでも聞くべきだったと後悔していたが、それよりも自分を犠牲にしようとしたダリルが許せなかったのだ。

 

「フォ、ルテ?」

 

「ずっと前から気付いてたっす、ダリルが悩んでいるのは、待ってたんすよ?ずーっと。

 それで相談無く出した結論がそれっすか?私の気持ちを無視しないで欲しいっす!

 ダリルを犠牲にして幸せになれる訳無いじゃないっすか!

 恩が金だと言うなら金で返せばいいっす!本当の恩人なら裏の世界になんか誘わない!

 私ならダリルに来るなって言うっす!それが相手を思いやる人の答えじゃないすか!?」

 

宙とマドカはフォルテの言葉に賛同していた、だからこそ何も言わず話の行方を伺っている。

介入するのはいつでも出来るが、フォルテの言葉ほど心に響くとは思えないからだ。

そして願う、どうかダリルがダリルでいられる人生を選ぶ様にと、想いを告げるフォルテと同じ様に。

 

「…ありがとうフォルテ、あたしは馬鹿だな、もっと早く相談してれば良かったのにさ。

 そしたら違う未来があった、けどもうやっちまったんだ、許される事じゃねえよ。」

 

「何もされてませんが?実害があった訳じゃありませんし、逆に協力して欲しいんです。

 ダリルさんには申し訳無いですがスコールをどうにかしないと危険で安心できません。

 ですが無理にとは言いません、私はダリルさんを仲間だと思っていますから。

 可能なら知っている事を教えて頂けると助かると言う程度ですね。」

 

ダリルもフォルテも呆気に取られていた、宙は言葉通り何も起きてない内に解決して協力を受けられれば最良だが無理強いするつもりは無いと発言したに過ぎない。

だが受け取った側から見れば犯罪を見逃して無罪放免、後は好きにして構わないが可能なら協力して欲しいなど温情にも程がある。

 

「ダリル・フォルテ、これが宙だ、よく分かっただろう?宙の周りに人が集まる理由が。」

 

「ああ、よくわかったぜ?マドカ、あたしはフォルテを置いて何処にも行かねぇ。

 それと知る限りで良いなら何でも答えるし協力も惜しまねぇ、あたしは光の下で生きる。

 レインは死んだ、此処にいるのはアメリカ代表候補生ダリル・ケイシー様だからな!」

 

いつもの調子を取り戻したダリルに3人は安堵した、それぞれの想いに違いはあっても仲間が友人が恋人が不幸にならずに済んだ事を素直に喜んだのだから。




今回はダリル・ケイシーの自立が主題です。
ダリルの葛藤から生まれた答え、宙の情報とフォルテの言葉から生まれた新たな答え。
結果、ダリルは生き、レインは死にました。
上手く表現できているといいのですが…。

とにかく次回をお楽しみに!


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ex03:現在までの設定

現在、少々リアルが忙しく本編の更新が遅れております。
作品も必要な話を掲載しているつもりです、その結果どうしてもテンポが悪くなっているのですが此処を過ぎればまた話が展開出来るため楽しみにお待ち頂けると助かります。
差し当たり準備稿の設定を掲載しておきますので暫しお待ち下さい。
また、諸般の事情により少々…いえかなりモチベーションが下がって来ております。
応援して頂ける方はよろしければ高評価などして下されば承認欲求から回復すると思いますのでご協力お願いします。



1.主要登場人物

 

(1)空 天 宙(からあまつ そら)

 

本作の主人公、本名は唐松結。

唐松家の養子となった束の双子の弟、篠ノ之 結(しののの ゆう)その人であり、偽装した空天家の養女とされていたが現在は男性であることだけは発表済の存在。

 

篠ノ之家は過去に幾人もの傑物を生み出した家系、その全てが善とは限らないことから対処するために分家したのが唐松家である。

傑物は全員髪の色が藤色であり髪を見れば判断出来る他、さらに上の者は成長が遅いという特徴を持つ。

今代の唐松家は子宝に恵まれず、尚且つ結には束以上の傑物になる特徴が出ていたため善なる者への育成ノウハウを持つ唐松家の養子に選ばれる。

 

14歳時点で8歳程度の見た目にしか成長していなかったが頭脳と身体能力は優秀な14歳を遥かに凌駕、独自の鍛錬方法も加わって束をも超越すると同時に空天流古武術を納め正統伝承者となった。

14歳以降も若干成長が遅く24歳現在で18歳以下の見た目を持ち、今後も成長を続ける天然の超人を超える超人であり、身体能力・頭脳共に比較した場合は織斑千冬<篠ノ之束<空天宙という図式が成り立つ。

 

善性を持つ人間として育てられたため、性格は穏やかで人当たりも良く心の機微に聡い善人過ぎる善人であり、他人の痛みを知るとさりげなく手を貸してしまうお人好しとも言える。

しかし、何者にも揺るがない信念を持ち、自身の行動理念に則って行動する強靭さを合わせ持つのは精神修練の賜物。

 

白騎士事件のおり両親を亡くしたうえ、証拠隠滅を計ろうとした日本政府に命を狙われ続けるも国内を転々と逃亡しながら学校に通うという離業を飛び級も含めてやってのけたのは賞賛に値する。

ただし、転入手続きをどの様にしていたのかは現在も語られておらず、逃亡生活も10年で限界に達したため国内で唯一の治外法権を持つIS学園に身を寄せた。

 

入学当初は逃亡生活の疲れからか相当弱っており、自室以外では自己暗示が必要なほど酷い状況だったが同室にして護衛の更識楯無の持つ雰囲気や性格が母親似であり交流する中で徐々に回復、その後友人が増えて行くに従い安定した模様。

 

束との交流は10年前に遡り白騎士事件を境に途絶していたが、篠ノ之箒に語った束の本心予想が当たっており興味を持って調べた結果から結ではないかと束が調査する中でやり方に不満を持った結本人の電話により確定、その後の臨海学校で出会い千冬と束に自身の出生について語って現在に至っているが積極的な交流は行われていない。

 

ISについては束以外で唯一ISコアも含めて製作出来るが作成したコアとISは一つきり、同一コアと10年以上接し続けたのは世界でも唯1人であり通常のコア人格と操縦者では不可能な事が可能になっている特例と束に言わしめる。

その操縦者としての実力は本人がIS本来の宇宙活動を考慮した装備群のみ作製し、一切の武装を拡張領域内に持たない上に相対した相手と互換に近いレベルまでパワーアシストを制限して“超人ではない通常の人間レベルに調整“し平等な条件に拘るため底が見えない。

しかし、これまでの戦績から言ってモンドグロッソのヴァルキリーは確実であり、実力と理念を買われた上で人として真っ当な生活を提供すると約束したスイス連邦の国家代表となったことからも実力の高さが伺える。

 

※随時更新予定につき、お待ち下さい。

 

 

 




エタる事だけはありませんが場合によっては一気に終わらせる事も考えた方がいいのでしょうか。
その場合、グッと短くなって無理矢理感が出ると思うので避けたいのですが…。


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ep09:夏季休暇 ダリル・ケイシーとして

大変長らくお待たせしました、早速どうぞ。

追伸
評価で応援頂きありがとうございます。
更新頻度はともかく続けては行けそうです。
1人でも多くの応援が活力になりますのでよろしくお願いします。

ちなみに私は精神疾患持ちなので浮き沈みが激しいです。
どうも毎日更新時は上に振り切れていた様で今は下にいる状況。
中間ならブログ同様2〜3日に一度の更新が普通の様です。


お茶会兼情報収集の場となった宙の部屋には新たに仲間となったダリルとフォルテがいるのだが、1人呼んでからにすべきだと宙は思い早速行動に移す。

 

「すみませんが話を始めるには1人呼ばなくてはいけませんので少々お待ちを。」

 

そう言うと宙は携帯で連絡し、然程待たずに部屋へ入って来たのは勿論楯無だ。

詳しい話は部屋でと告げた結果、急いで来たせいか息を切らしている楯無はそのまま席に着くと宙が用意したアイスティーを飲んでやっと落ち着き、そこへダリルが素朴な疑問を口にする。

 

「何で楯無なんだ?他ならまだわかるんだけどよ、あたしにも。」

 

これが中々にヤバい発言、流石の楯無もキレて青筋を浮かべながら返答。

 

「それはね?私が2か月近くずーっと監視してたからよ、今発言したお馬鹿さんを。

 お陰様で疲労困憊なのに何でって言われると流石にお姉さん、キレてもいいわよね?」

 

「マジか!そんな前から目ぇつけられてたなんて、あたしも焼きがまわったもんだな。

 なんか謝るのは違う気がするんだが…、悪かったな、余計な手間かけさせて。」

 

とダリルが下手に出ては流石の楯無も矛を収めるしかない、学園の生徒を守るために監視していたのだがそれは楯無の立場故、ある意味では勝手な都合で監視していたとも言えるのでダリルの言う通り確かに何か違う様な気に楯無もなってしまった。

 

「ふう、何か気勢が削がれたわ、私は聞きにまわるから説明は宙さんに任せるわね。」

 

「わかりました、では私が説明しますので不足があったらフォローして下さいね。」

 

宙がそう言うと全員が頷き、経緯を含めて説明を始めたのだった。

 

 

「ちょっと!軽く流されてるけどさ、さっきとんでもないことしたよね!?ゆーくん!」

 

1人モニターに突っ込んでるのは移動ラボの束、何事かと思ったクロエがやって来る程の大声だったらしい。

 

「束様、何事ですか?その様に大声を上げて。」

 

「クーちゃん、ちょっとこれ見てよ!そしたらわかるから!」

 

そう言って見せたのはつい先程ダリルのISが展開出来なかった場面、結の言葉を聞きクロエもなるほどと納得する。

確かにこれは大事で個人がISの展開を制限したという事実は相当に重いことだ、この技術があれば専用機持ちも唯の人へと成り下がり悪用されれば大変なことになるのは確実、ただ結がそう言った使い方をしないのだけは確かだが。

 

「束さんがコアを止めるのはコアネットワーク経由で出来るよ?最上位権限持ってるから。

 でも、ゆーくんにはそんな権限無いのに展開を…、あ、機能制限や展開阻害なら…。」

 

ぶつぶつと言い始めた束を見て、クロエは問題が解決しつつあると察し答えを聞く時に必要だろうと気を利かせて飲み物を速やかに用意して待つこと少々、予想通り答えに辿り着いた束は当たり前の様に飲んでから説明を始めた。

 

「なるほど、わかったよクーちゃん、それと飲み物ありがとね。

 ゆーくんの取った方法は限定空間でしか使えないんだ、いやあ束さんうっかり。

 限定空間にプログラムを仕込んだナノマシンを散布、待機形態のISにだけ反応して覆う。

 後はゆーくんの指示で限定空間内だけ自由に機能制限や展開阻害すればいい。」

 

「ゆーくん様はその様なナノマシンが作れるのですね、それで何故限定空間なのですか?」

 

クロエはそこに引っ掛かりを覚えた、何故限定空間なのかと、束がナノマシンを散布して今も映像を見ている以上は何処でも使える筈だと思ったからだ。

 

「ごめんごめん、ゆーくんにはが正解だったね、別に限定空間じゃなくても使えるよ。

 ただゆーくんのナノマシンはあの部屋から出ない様にプログラムされてる筈だから。

 それにもうお役御免、とっくに回収して拡張領域へ仕舞ったと思うよ。

 限定空間にしたのは誰かが奇跡的な確率でナノマシンを鹵獲・改悪・散布しない為。

 往々にしてこう言う物は手に渡って欲しくない人間が手に入れる、そうなれば…。」

 

それ以上の説明は必要無いだろうと束は口を噤んだ、訪れるのはISに支配された最悪の世界なのだから…。

 

 

宙は頼まれた説明と協力内容の提示を行うべく、マドカをエマにすり替えて話し始める。

 

「現在も亡国機業の一員がある場所に捕縛されています、その彼女から語られた内容。

 それが実行部隊モノクロームアバター人員構成、IS名称や特徴・製作国、内通者の存在。

 内通者のコードネームはわかりましたが誰か特定出来た訳ではありませんでした。

 そこで当たりを付けたのがミューゼル姓と火、そして3人に共通するIS製作国。

 つまりアメリカ製ISで火を扱うダリルさん、恋人であるフォルテさんも念の為監視対象。

 この監視にあたったのが学園の生徒を守る立場にある楯無さんです。

 監視の結果、ダリルさんと特定されたのですが悩んでる事から様子見となっていました。

 当然ですが訓練に参加していた全員が知っていて情報収集しているのも気づいています。

 その結果、一切の予定はダリルさんとフォルテさんに渡る事が無い様にしていました。」

 

宙はそこまで話すと視線をダリルに送る、これで事前情報は十分把握出来る筈だからだ。

 

「なるほどな、その状況下で今まで部屋に行こうとしなかったあたしが宙の部屋を訪ねる。

 情報収集のため行動を起こすなら盗聴が妥当、で態と都合の良い状況をセッティングか。

 しかも逃走すら出来ない環境を作り上げられたら流石にお手上げだぜ。」

 

「そうですね、その後は亡国機業の内情を話して説得するつもりでしたが…。」

 

宙がそう言うと今度は3人がフォルテを見る、予想はしてたのか顔を赤くしてなんとも言えない空気を醸し出していたが意を決して話し始めた。

 

「そこで内情とダリルの決断を聞いた私が激情に駆られて思いっきり引っ叩いたっす。

 想いを恥ずかしげも無くぶち撒けて、無理矢理ダリルを引き留めたって事っすね。

 …顔から火が出そうっす、そんな目で見ないで欲しいんすが!」

 

フォルテは自分を除いた全員に温かい目で見られて憤慨したが、こんな呑気に話していられるのも宙の温情があったからだと言う事をフォルテもダリルも忘れてはいない、だからここでダリルが返す番にまわる。

 

「まあ宙達の情報・温情とフォルテのお陰であたしは最悪の道を逃れることが出来た訳だ。

 まずはあたしの知る情報を提供する、あたしが受けた指示は宙と一夏の動向を確実に掴め。

 それで1人目に宙の部屋へ来てこうなった訳だけどよ、完全に男性操縦者狙いだな。

 言葉は悪いが捕まえてどうするかなんて二つに一つ、モルモットか殺すかだろうよ。

 初めは宙だけで引き込みたい雰囲気だったんだがな?何があったか緊急放送後変わった。

 ちなみに夏季休暇に入ってそんなに経たない頃から突然通信出来なくなってよ。

 今はこれでやり取りしてる、思えば初めからこっちにしときゃバレなかったんだよな。

 まあ、あたしはバレて助かった訳だから何とも言えないな、これについては。」

 

そう言いながらダリルが指差したのは待機形態のIS、それで楯無の予想が当たっていたと証明された。

そして前情報や双方の動き・今持つ情報が出揃い楯無にも共有され、今後についての話へと進むことになる。

 

 

楯無は宙が随分上手くエマを利用して真実の中に少しの嘘を混ぜ、マドカの話を出さずに纏めたと感心していたがこの先を宙に言わせるのは流石に憚られる、任せはしたがここは自分が言うべきだと判断して話すことにした。

 

「これで情報が出揃った訳だし、生徒会長として私からの提案であり、お願いを話すわ。

 狙われてるのは宙さんと織斑くんの2人、そこでダリルは…。」

 

と言いかけた所でそのダリルから待ったがかかる。

 

「おい、一応先輩だぞ?呼び捨てかよ!」

 

「あら、ならダリルちゃんって呼ぶわよ?これでも一応気を使ったのに。

 気持ち悪がられると思ったんだけど?」

 

「ケイシー先輩とかあるだろう!いや、楯無にそう呼ばれるのを想像したら鳥肌が…。」

 

そのやり取りに周囲は呆れ白い目で見ていたが気付いた2人は何事も無かった様に話を再開した。

 

「…でダリルは聞かれた時だけでいいから亡国機業に誤情報を流して欲しいのよ。

 ただし、危ないから呼び出しには絶対応じない、その時点で縁を切って。」

 

「今までと逆だな、本当は情報も欲しいだろ?取りには行かないが聞けた分は伝えるさ。

 あたしもフォルテを残して死ぬ訳には行かないからな、身の安全を優先する。

 そう言うことで借りは返すから安心しな楯無、宙も気にすんなよ?勝手にやることだ。」

 

そう言われてしまうと頼むつもりだったとはいえ流石に何も言えない宙は頷きを持って答えるしかない。

その答えを待ってダリルはさらに話を続ける。

 

「ところでよ、この件を知ってんのは誰か教えてくれるか?楯無。」

 

「ここに居る人間は当然として訓練に出ていた専用機持ち全員、教員は織斑先生だけね。

 今後の立場や行動は上手く伝えておくから私に任せてくれるかしら。」

 

「ああ、そこら辺は1人から説明した方が確かにいいな、よろしく頼むぜ楯無。」

 

この件についての扱いは今の会話を最後に全て決着、楯無に一任され徹底した周知が行われて以降、ダリルは宙の仲間達に温かく向かえ入れられることになった。

 

 

「さて始めるとするか、悪いスコール叔母さん、あたしは人殺しになれないぜ。」

 

そう呟いた後、ダリルはプライベートチャネルをスコールに繋ぐと偽装報告を始める。

 

<レインから報告、空天宙の部屋に盗聴器の設置は完了したがIS学園施設外での受信不可。

 通信不能になった件と同一の理由と思われるが現在も原因は不明。

 織斑一夏の部屋は無理だった、ブリュンヒルデと同室で危険過ぎるのが理由だ。

 ただし、空天宙の会話盗聴から織斑一夏の動向も掴めると判断している。>

 

<あら、それは流石に仕方ないわね、織斑一夏はそれで行きましょうかレイン。

 よく決断したうえで実行してくれたわね、ようこそ亡国機業へと言っておくわ。

 初仕事としては上々よ、これからもよろしく頼むわね。>

 

報告を聞いたスコールは上手く駒になったと思い、ダリルの加入を祝うかの様な発言をして絡め取ったと確信していた。

フォルテ未加入について同じ同性愛者としてはダリルに悪い結果となり残念だったが、姪から駒になった相手への気遣いなどスコールにありはしない、恋人すら騙す女がもはや気にする理由など何も無いのだ。

 

<ああ、こっちこそよろしく頼むよ、スコール叔母さん。

 ところであの2人はどうするつもりなのか気になる、聞いてもいいのかわからないが。>

 

ダリルはダリルでさりげなく探りを入れてみる、ただし細心の注意を払うことは忘れない。

何しろ始めたばかりで糸が切れるには早すぎる、どうせなら手に入れられる物は可能な限り手に入れてからが望ましいと考える辺りは血縁者らしくスコールとよく似ていた。

 

これに対してスコールはまだ話すには早すぎると判断した、もっと深みに嵌って抜け出せなくなってからでなくてはと考え慎重に言葉を選ぶ。

 

<気になるのはわかるけどもう少し計画が煮詰まってから話すわ、レイン。

 まだ詳細を詰めてる最中だから今伝えても意味が無いのよ、わかってくれるかしら。>

 

はぐらかされたなとダリルは思うも逆を言えばまだ危険度が低いとも取れなくは無い、だが決して油断は出来ないしさせられないとも同時に思う。

相手は海千山千のスコールだ、何をどう考えているのか若輩者で裏に身を完全に置いたことの無いダリルには読み切れないと自身を客観的に見て、なら逆に素っ気ない返答の方が疑われ難いと判断した。

 

<ああ、気にしないでくれ、スコール叔母さん。

 別にどうなろうとあたしには関係無い話、少し気になっただけだから必要な時でいい。

 今日の報告は以上だ、何かわかれば連絡するし、指示があれば連絡してくれ。>

 

<ええ、よくわかったわ、今日はご苦労様だったわね。

 これからもその調子で上手くやって頂戴ね、頼んだわよレイン。>

 

スコールがそう言うとプライベートチャネルは切れていた、ダリルは実情を知ってから初めての会話だったがよく聞けば色々と胡散臭いことこのうえない内容に今更気づいていた。

今まで何故気付けなかったのかと思うほどだったが、恐らく悩んでいて真面には頭に入って無かったのだろうと結論づける。

 

「あれほど気を使う事はもう無いだろうな、相手が相手だけに流石のあたしも疲れたぜ。」

 

こうして狐と狸の化かし合いが始まり、以降何度も続くこの行為を後にダリルはこう語ったとか。




今話で完全にダリルの立ち位置が明確となりました。
今後は逆スパイ行為ではありますが正しい道へ進むため、友人を守るため行動して行くことに。

では、次回をお楽しみに!


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ep10:夏季休暇 願い叶う時

またまたお待たせしました、早速どうぞ!

追伸
お気に入り500件超えありがとうございます。
よろしければ高評価での応援をお願いします。


その日、千冬が宙の部屋を訪れ理事長が呼んでいるとのことで向かう事に、例のお願い関連としか千冬も聞いておらず通い馴れてしまった理事長室に着くと千冬がノックした。

 

「理事長、織斑と空天です。」

 

「どうぞ入って下さい。」

 

十蔵の声に従ってドアを開けると勧められたソファに座る2人、どの様な話が始まるのか期待と不安を抱きつつ話し始めるのを待った。

 

「以前お話のあった件の交渉が正式に成立しました、詳しい話は直接伺って下さい。」

 

まさか叶うとは思っていなかった2人はしばし唖然、先に再起動した千冬は十蔵に礼を述べつつ問いかけた。

 

「理事長、この度は誠にありがとうございます、ところで今何処に?」

 

「貴賓室にいらっしゃいますのでそちらに向かって下さい。

 ところで空天さんは如何しましたか?」

 

2人で話している間、宙が何事か考えこんでいたのを十蔵は見逃さず問いかける。

 

「単純に喜べる話だけではありませんので事後対応を含め検討結果を確認していました。

 関係者もいる事ですし、私的には慎重な対応が求められるので余計に。」

 

十蔵と千冬は宙の言葉を聞いて確かにと思う、それにしてもこの冷静さは流石に異常だとも、だがそれを言及するほど無神経ではなかった。

裏を返せば異常と思われるほど冷静でなければならない事情があるとも取れるからだ。

 

「…納得しました、ともかくまずは向かって下さい。」

 

「理事長、御礼は後ほど結果が出てからにさせていただく事をお許し下さい。

 では失礼します。」

 

宙は立ち上がるとそう言って頭を下げた、これから待つ展開を複数予測しながら…。

 

 

廊下に出た宙は早速足りていない関係者を揃えるべく千冬に声をかけた。

 

「織斑先生、1人呼び出さなければ来ない人物がいます、誰かは言わずともおわかりでしょう?」

 

「なるほどな、言われてみれば確かにそうだ。」

 

そう言うと千冬は携帯を取り出し連絡する、どうせ知っていながら他人事と思っている馬鹿に。

 

『…。』

 

「ほう?無言とは珍しいな、あの珍妙なフレーズはどうした?見聞きしてたんだろう?

 なら用件はわかるな?さっさと来い、今回“だけは”必ず来て貰うぞ。」

 

そう千冬が脅しをかけるも反応が無い、その様子を見て予想通りだと思った宙が目配せして千冬と変わり話しかけた。

 

「束博士、今回私が会うのはご存知の通りですが最初で最後になるでしょう。」

 

『なんで!?養子になっちゃったけど、ゆーくんに残された血縁者なんだよ!』

 

結の言葉に束は激しく反応したが宙としては予想通り、であれば答えも対応も理事長に言った事前検討で既に決まっている。

 

「知りたいならば来て下さい、今回はナノマシンを無効化して見聞きさせません。

 勿論、全員に口外を禁じて知る術も残しはしませんので、では。」

 

そう言うと宙は電話を切って千冬に返す、束は絶対に来ると確信して…。

 

 

貴賓室。

最近ではダニエルが使用したが普段は殆ど使われることの無い場所の一つに2人は向かっていた、千冬は自分ですら素直に喜びを表せないのだから宙であればそれ以上だろうと想像自体は難しく無い、しかしその重さまでは本人でない以上流石に図りきれる種別の物ではなかった。

しかも先程の束とのやり取りを聞いてその想いは余計に強くなっている、だからなんと声をかけていいのかわからず無言で歩き続けるしか無い。

 

「織斑先生、お一人でお話しを伺って下さい、私が加わるのは束博士が来た後です。」

 

これも束を呼び寄せるためか、それとも別の理由があるのか、ともかく千冬は会って話す覚悟を決めた。

そしてノックをするとあまりにも懐かしい声で返答が…。

 

「どちら様かな。」

 

「織斑千冬です。」

 

開かれたドア、中にいたのは篠ノ之夫妻で行方不明の筈だった恩人、開けたのは師である柳韻だ。

その顔、その姿を見ただけで千冬は込み上げてくる物があった、しかしそこはなんとか耐える。

 

「久しぶりだな千冬君、さあ入ってくれたまえ、お互い話すことには事欠かない。」

 

「はい、失礼します。」

 

絞り出す様に返事をすると柳韻に即されて千冬は室内へと入っていった、ドアの陰で完全に気配を消した宙を残して…。

 

 

千冬を貴賓室に招き入れた柳韻は妻の華蓮(かれん)が待つソファへ向かうと隣に座って、話し易い正面に座るよう即す事にした。

 

「千冬君も座りなさい、ゆっくり話す時間は設けると理事長から伺った、遠慮せず。」

 

そこまで言われては千冬に断ると言う選択肢など無い、言われるままに千冬はソファに座ると思い出していた。

他人を信用できずにいた千冬はなんだかんだで束と友人になり、篠ノ之家を訪れてから大きく変わっていく。

最初は束の親、ついで剣の師、そこから信頼できる人物もいるのだと当たり前の事に気付かされたのち一夏も入門したが竹刀はともかく防具を揃えてくれたのは篠ノ之家。

自分と一夏が剣を学べたのも働きながら学校に通い易くなったのも2人の好意による色々な意味でのバックアップがあったからだということを千冬が感謝しない日は無かった、まさに恩人と言える2人なのだ。

 

「理事長から伺った、千冬君が私達夫婦を此処に呼びたいと申し出てくれたと。

 お陰で6年振りに箒と会えるうえに理事長から職を頂き定住する許可を得たのだよ。

 箒が卒業しても卒業生なら訪れる事ができるこの場所、IS学園に。」

 

それは確かに千冬“も”願った事であり叶ったのならやっと恩返しできるという想いに満たされはした。

だが最も重要な事が完全に抜けているのは何故か、理事長がなんらかの理由で態と伝えなかったとしか思えないのだが本来この願いを可能にしたのは宙で秘密にしたまま礼を受け取ることなど千冬には出来ない。

 

「柳韻先生、確かに私はお二人をこのIS学園へ招きたいと願い出ました。

 お二人から受けた恩を返す機会がやっと巡って来たのです、躊躇いなどありません。

 何故その機会を得たのかと言えば、詳しく伝えられ無いのですがとある人命救助の報酬。

 ですが、それを成したのも最初に願い出たのも空天宙という生徒なのです。」

 

「空天…宙…。

 千冬君は知っている様だな、私の予想通りであれば彼の名は偽名だろう、違うかな?」

 

その問いに答えようとしたタイミングだった、ノックの音が室内に響いたのは…。

 

 

束はなんとしても結の真意を知りたかった、誘いなのだろうと予想しているが未だに会おうとしない結は自分が行かなければ本当に会わない可能性も出てきている。

実際、結は束が来た後でと千冬に言及しているうえ今まで言葉を曲げた事が無いという実績もあり、いつもの人参ロケットを飛ばしながら様子を見ても室外にいるだけ。

 

「ゆーくん、束さんが思ってた以上に頑固だったんだね…それとも信念なのかな。」

 

いつもと同じ速度なのに遅く感じる束は苛つきながらもIS学園に辿り着くとロケットを素早く隠蔽。

さっさとセキュリティーを突破してと行動を起こす直前、勝手に解除されて驚いたが構築したのは結、理由があって束にはセキュリティーが適用されていないと判断して即座にいつもの如くバレないよう貴賓室へ向かった。

 

「やっと来ましたか束博士、では早速入るとしましょう。」

 

束を視認した宙はそう言うとドアをノックして許可を取るべく室内へと語りかける。

その姿には何の躊躇いも特別な感情も感じられず、束は結が何を目的にしているのか普段ならある程度わかるのだが今は全くわからず困惑していた。

 

「御歓談中失礼します、空天宙と篠ノ之束博士に入室許可を頂けませんか?」

 

ほんの少しの間があって千冬がドアを開けた、宙は篠ノ之夫妻に軽く会釈すると中へ入り、それに束も続く。

 

「ほう?珍しいじゃないか束、空天の言う事ならある程度聞く様だな。

 次からは空天に連絡して貰うとしようか、私もその方が気楽だしな。」

 

「ちーちゃん、今の束さんは真剣だからちょっと静かにしててくれるかな?」

 

流石の千冬も驚いたが宙を一夏に置き換えて見れば何のことは無い、そこに居たのは弟を心配する姉。

普段通り接した自分の間が悪かったと察して千冬は2人に道を譲った、そして宙は目的を達成するために早速行動を始める。

 

「お初にお目にかかります、今代の空天流継承者、空天宙こと唐松結です。」

 

篠ノ之夫妻にとって結は1人息子、24年振りの再会、訳あって養子に出したとはいえその事実は変わらない。

想わない日は無かった、二度と会えないと絶望した、だが生きていてくれた。

そして喜びと同時に疑問が湧いてくる、何故10年前に頼ってくれなかったのかと、今手を差し伸べてくれたのかと。

 

「…篠ノ之流師範、篠ノ之柳韻だ、質問させて欲しいのだがいいだろうか。」

 

「ご随意にどうぞ、今日此処で全ての疑問を是非解消して下さい。

 私としてもお伝えすべき事が幾つもあります、そちらは柳韻氏の疑問解消後に。」

 

宙としては柳韻の疑問に伝えるべきことも含まれているだろうとそちらから片付ける事にしたのと、目上を敬った結果の言葉でそれ以上でもそれ以下でも無かったが柳韻がどう受け取ったかは本人のみぞ知ると言うやつである。

 

「結君は10年前、白騎士事件に巻き込まれて亡くなったと束から私達は聞いていた。

 生きていた事は素直に嬉しいのだが何故篠ノ之家を頼ってはくれなかったのだろうか。」

 

「事件直後、両親の死を目にした私は自然と安心できる場所、実家へと帰っていました。

 TV報道を見れば死者無し、すぐに情報収集した結果、追われる身になったと知ります。

 そこで必要最低限の物を纏めている中、私が養子だった事を知りました。

 

 同時にこれから篠ノ之家は渦中に放り込まれ大変な事になるだろうと私は予測。

 戸籍を改変して篠ノ之家から名を消し唐松家実子へ、空天家を偽装して偽名で養女に。

 

 態々命の危機があるのに篠ノ之家へ身を寄せて発見され易くする選択はあり得ません。」

 

篠ノ之夫妻は絶句した、まさか追われる身、つまり日本政府が証拠隠滅のため我が子の命を狙った事に。

それと同時に柳韻は空白の10年間を知りたいと思い、さらに質問を重ねる。

 

「では10年間、結君はどうやって生きて来たんだい?」

 

「私は空天宙という女性として逃亡生活を、全国を転々としつつ学業に勤めました。

 また夢であるISでの宇宙進出を目指し研究開発を行い特許を取得、収入はそちらから。

 

 ですが逃げ続けるも精神的限界を迎え、治外法権であるIS学園に今年度入学しました。

 後ろ盾を得て二重の意味で命の危機から逃れるという目的もありましたので。

 

 その後、ご存知でしょうがスイス連邦国家代表となり、後ろ盾を得たのですが…。

 日本政府からは逃れられましたが今度は犯罪組織に命を狙われているのが現状です。

 

 また本名を名乗れないのは数多くの特許名義が原因、白騎士事件の被害者である事。

 日本政府に命を狙われ、やむ無く偽名を名乗った事を証明するまで私は空天宙です。」

 

我が子の人生を知った、残すは手を差し伸べてくれた理由のみとなり柳韻はある種の期待を込めて問う。

 

「最後に教えて欲しい、私達夫婦に手を差し伸べた理由を。」

 

 

柳韻最後の質問を宙は事情説明のスタートにする事を決めると目的を果たすべく話し始めた。

 

「柳韻氏は篠ノ之流が一子相伝、秘技であり隠匿するのが掟である事をご存知ですか?」

 

「それは初耳だ、そうであれば私は何という事を…。」

 

宙はホッとした、良くは無いのだが知っていて流布したとなれば空天流として手を下さなければならない。

それが避けられた事は宙の手で無用な“処理”を行わずに済むという事だからだ。

 

「織斑先生と一夏君は事情説明により新たな剣を生み出して、篠ノ之流を封印済です。

 束博士に継ぐ意思は無く、箒さんが望んでいるため伝承者は箒さんでしょう。

 箒さんは我流で篠ノ之流擬きを振るっていますが、擬きのため静観していました。」

 

「つまり私達夫婦を呼び寄せたのは篠ノ之流の掟を伝え、正しく伝承するためだと?」

 

柳韻は期待した答えが得られなかった事に落胆しながらもそう問い直した、やはり生みの親より育ての親。

あの言葉は事実なのだと現実を受け止めるしかなかったのだが…。

 

「それだけではありません、この世に生を受けた事、束博士という同胞を得た事。

 箒さんという友人を得た事を含めて篠ノ之家が共に過ごせる様にと願いました。

 

 篠ノ之夫妻には申し訳無いと思いますが唐松の両親が私の両親、同列には…。

 それに篠ノ之・空天は相互監視関係、問題があれば今回の様に動きます。

 情が移って務めを果たせなくなってしまえば分家した意味がありません。

 ですので、お二人に唐松結が会いに行くという事は今後無いでしょう。

 

 健常に産んで頂いた事、御礼申し上げます、誠に有難う御座いました。」

 

そう言うと宙は正座して深々と頭を下げた。

 

その姿を見て篠ノ之夫妻はもう一度家族関係になる事は叶わなかったが、結なりに出来る事を最大限行なってくれたこの結果を受け入れた、最愛の息子からの最初で最後の親孝行として…。

 

 

束は自由を求める人間、結は役目を全うして幸せを求める人間、育った環境とこれまでの人生がこの差を生んだと話を聞いて束は理解した。

篠ノ之家を無碍にした訳じゃ無いのは両親が此処にいて箒と会える様にしてくれた事、今頭を下げて感謝の言葉を述べた事でハッキリした、その上で役目に殉ずるのが唐松結なんだと。

 

「束、久しぶりだな、元気そうで良かったがまさか束にまで会えるとは。」

 

柳韻は素直に喜び、同時に驚きを伝える、全く予想していなかった束との再会に。

束は察した、結の目論見は篠ノ之家全員を集めて最後の親孝行とすることだと。

 

「ゆーくんが強引に呼んだんだよ、すぐに来いってさ。

 私に弟だって伝えておきながら2人に二度と合わないなんて言うから…。

 ところで今はなんて名乗ってるの?」

 

東雲 柳(しののめ やなぎ)(はな)だ、私は剣道部の外部顧問、華蓮は調理師免許を活かして食堂で働く。

 箒には時間を割いて篠ノ之流の修行と掟を伝えるのが急務だろう。」

 

柳韻がそう言うと宙が一言物申した。

 

「失礼します、箒さんですが心が荒み酷い状況でしたので勝手ながら矯正を。

 あのまま放置すればクラスで孤立する他、剣を何に振るうかわからない程でした。

 今は多少心が強くなり、人を思いやれるまでにはなっています。」

 

「確かにな、初めは酷いもんだったが気付けば特に問題らしい問題も起きなかった。

 空天の仕込みだった訳か、それなら色々と納得できる。」

 

「まあ箒ちゃんは中学最後の剣道大会で憂さ晴らししちゃったからね。

 後で自己嫌悪してたけど、心の弱さはその時にも見えてたから今を見ると別人だね。」

 

3人からの言葉で箒はしっかり導く必要があると柳韻は把握、のちに厳しい修練として箒を襲うのだが今はいいだろう。

その後、宙は柳韻と束の連絡先を求めて得ると箒を連れて来るために退出、千冬も一緒に出て篠ノ之家だけが貴賓室に残されたのだった。




篠ノ之夫妻がIS学園で生活する。
それが宙と千冬の願いでした。

次回は箒ちゃんが家族と再会。
お楽しみに!


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ep11:夏季休暇 集う篠ノ之家

大変長らくお待たせしました。
色々な事があり、煮詰まっていたのですが久しぶりに更新へ漕ぎ着けました。


千冬と結が出て行った後、束は両親の前に座ると何をどう伝えるか相談する事にした、勿論結の事なのだが扱いが非常にデリケートで難しい問題だからだ。

 

「ゆーくんの事なんだけど箒ちゃんにはどう説明するつもりなの?お父さん。

 私的には遠戚と本名までだと思うよ、それでなくてもゆーくんに相談してる。

 これで実兄だなんて知ったら折角成長してきてるのに頼っちゃうかも。」

 

柳韻は束の言葉に考える、結は友人だと言ったが妹として“も”見ているのではないかと、その辺りを束の視点から知りたいと思い問いかけた。

 

「束から見て箒と他の友人に対する対応は同じに見えるかい?」

 

「見えないね、ゆーくんはさっきあー言ったけどさ、明らかに差はあるよ。

 前に話した時大切な妹って口にしてる、興奮してたから記憶に無いんだろうね。」

 

それは篠ノ之夫妻にとって嬉しい事だった、だからこそ箒の成長を阻害してはならないと柳韻は思う、結の力添えが今の箒を形作ったのなら余計に。

 

「束の言う通りにしよう、結の気持ちを無駄にしてはいけないんだ、私達は。」

 

そう結論付けると箒が来るまで失踪後の束について話が始まる、7年近い空白を埋めるために…。

 

 

貴賓室を出た宙が箒に連絡したところ、アリーナで一夏と訓練していると聞き、宙が迎えに行こうとすると千冬も同行すると言い出した。

 

「訓練しているなら冬夏流を鍛えてやろうと思ってな、丁度良い機会だ。

 ついでに第3世代機の相手をして経験を蓄積したい、例の件もあるからな。」

 

「では私は箒さんを案内して、その後理事長へ御礼に参ります。」

 

宙はなるほどと思いつつもアリーシャに現状の千冬では勝てないと予想していた、幾らか現役に近づいたとはいえ作りあげたばかりの剣と型落ちの暮桜。

それに対してアリーシャは現役を続け勝負勘があり、テンペスタも近代改修済、しかも千冬の研究をした上で訓練して来たのだから篠ノ之流に劣る剣では流石に身体能力があっても厳しいと。

だが、それは今更議論せずとも千冬自身当然理解している筈だと言葉を飲み込むと共にアリーナへ。

 

「篠ノ之、お前にお客様が来ている、空天が貴賓室まで案内するから向かってくれ。

 織斑は私と訓練だ、冬夏流をみっちり鍛えてやろう。」

 

千冬の言葉に一夏は疑問を持たなかったが、箒は自分に客が、しかも貴賓室を使う様な知り合いなど記憶に無い。

そんな考えが表情に現れたのか怪訝な顔をする箒に今度は宙が話しかけた。

 

「箒さん安心して下さい、私が既に会っていますし会えば箒さんも納得する方々です。」

 

「宙さんと私に共通する客人の心当たりは無いが、そういう事であれば伺うとしよう。

 その前に汗を流して制服に着替えるので少々待っていて欲しいのだが。」

 

箒は宙を信頼している、その宙が会った客人を保証するなら自分と無関係な相手で無いのだけは間違い無いと判断、宙と共に貴賓室へ向かう事にした。

 

「ええ、ゆっくりどうぞ、お客様は当分IS学園に滞在しますので融通は利きます。

 ただお互い少しでも早く顔を合わせた方がいいだけですので。」

 

こうして一夏は千冬と訓練、箒は宙の案内で貴賓室の客人に会う事となったのだった。

 

 

箒を連れて貴賓室に戻った宙はドアをノックして入室の許可を求める。

 

「御歓談中失礼します、空天宙ですが篠ノ之箒さんをお連れしました。」

 

するとドアが開き姿を現した束を見て箒が思わず大きな声を上げそうになったところを束が手で口を塞いで部屋に素早く引き込んだ。

 

「では失礼します。」

 

「うん、呼んで来てくれてありがとう。」

 

モゴモゴ言っている箒を無視して束が礼を言うと結は軽く頭を下げて去って行った、その後ろ姿を見送ってから束はドアを閉めると鍵をかけて箒を開放する。

 

「姉さん!なんで此処に!?」

 

箒は散々な扱いを受けて束に問いかけるが…。

 

「ちーちゃんに呼び出されてね、私の事はいいからソファにいる人を見た方がいいよ。」

 

箒の問いを軽く流した束はそう即す、そしてそれに従いソファに目を向けた箒は固まった。

少し歳を取ったとはいえ見間違い様もないその姿、6年前に離別させられた両親がそこに居る。

そして思い出す宙の言葉、“当分IS学園に滞在”、“お互い少しでも早く顔を合わせた方がいい”、ああ確かにその通りだと納得して涙を零しながら2人へと駆け寄った。

 

「お父さん!お母さん!」

 

「箒、元気そうで安心した。」

 

柳韻がそう言っても箒は頷くことしかできない、もう二度と聞けないと思っていた声で語りかけられたのだから答えようもなかった。

箒が落ち着くまで3人は待つより手が無く、それも仕方ない事だと理解している。

そしてようやく落ち着いた箒が問いかけた。

 

「…どうして、いえ、どうやって此処に?」

 

「それは束さんが教えてあげよう、ちーちゃんと宙くんが理事長にお願いしたんだよ。

 シルバリオ・ゴスペルの件は2人のお陰で何事も無く解決したけど、危なかったよね?

 だってさ、危うくIS学園の生徒を人殺しにする所だった。

 それに責任を感じた理事長が何かで報いたいって言ってね?

 そこでお父さんとお母さんをIS学園に招けないかって話になった。

 後は理事長が頑張ったってわけ。」

 

束の話を聞いた箒は疑問に思う、千冬はまだわかるが何故宙がと。

 

「その顔、千冬くんはともかく何故空天さんがと思っているな、箒。」

 

柳韻の問いに箒は頷く、それを見て柳韻は話を続ける。

 

「白騎士事件のあった日、遠い親戚が来る予定だったのは覚えているか?

 その遠い親戚は唐松一家、しかし、あの日全員亡くなった…筈だった。」

 

そこで箒は聞き覚えのある話を思い出す、宙が白騎士事件唯一の生き残りだと言う事を。

 

「まさか…。お父さん、その一家に息子さんがいたのでは?」

 

「ああ、いたよ。その名は唐松結、今は空天宙と名乗る人物だ。」

 

箒はそれで合点がいった、今までの宙からの厚遇は血縁に由来する物なのだと。

それだけが理由で無い事も理解しているが、無関係では無いと確信したのだった…。

 

 

その頃、宙は理事長室を訪れていた。勿論、今回の件について礼を尽くすために。

 

「理事長、この度は無理な願いを叶えて下さり本当にありがとうございます。

 先程篠ノ之夫妻から話を伺い、私も伝えるべき事柄を伝達。

 お陰で私は幾分肩の荷を降ろす事ができました、御礼申し上げます。」

 

宙は篠ノ之流の件を柳韻に伝える事で箒に正しく受け継がれ、以降の問題への対応だけに専念できるようになり、本来の形を取り戻すという空天流古武術継承者が成すべき事を終えることができた。

また、それとは別に生みの両親と姉妹が家族関係を取り戻す場を設け、自身の想いを告げる機会が得られたことに感謝している。

 

「いえいえ、少々骨ではありましたが褒賞としての要望に応えたまでです。

 それで空天さんの目的が果たせたなら大変喜ばしい事、気にする必要はありませんよ。」

 

十蔵としては宙の過去をある程度知る身としてし、肩の荷を少しでも降ろす事に協力できたという言葉だけでも十分に価値があった。

それが何を指すのかわからずとも重要だったのは宙の雰囲気から察っせられたからだ。

 

「そう仰って頂けると私としても非常に助かります。」

 

宙が笑顔でそう言うと十蔵もまた笑顔で応える、こうして今回の一件は幕を閉じた。

 

 

箒は柳韻から篠ノ之流について伝える事があると言われ、その言葉を待っていた。

 

「箒、これは私も知らなかった事で結君から伝えられた重要な話だ。」

 

結、つまり宙からと聞けば箒に疑いは無い。それだけの信頼関係があるからだ。

 

「実は篠ノ之流が一子相伝であり、秘匿する物。

 そして篠ノ之流と空天流、つまり結君の流派とは相互監視の関係。

 どちらかが禁を破ればそれを止めるために分派した物なのだ。」

 

それを聞いて箒は現状の不味さを知った、同時に疑問も湧く。

既に箒と一夏に千冬が篠ノ之流を振るっている、にも関わらず宙が何かをした記憶が無い。

そう思っていたところに柳韻が続きを語る。

 

「既に千冬君と一夏君は結君から伝えられて、新たな剣に切り替えた。

 千冬君所謂、冬夏流と言うそうだ。」

 

「先程聞いたのは剣の流派名、それで今一緒に訓練しているのか…。」

 

先程千冬が一夏と訓練すると言う事に少なからず疑問を抱いていた箒はそう呟く。

では何故自分に話が無かったのかと言う新たな疑問を問いかけた。

 

「お父さん、私は篠ノ之流を宙さんの前で幾度か振るっています。ですが…。」

 

柳韻は当然の疑問に結の言葉を借りて答えた。

 

「それは箒の剣が基礎はともかく篠ノ之流本来の業に遠く及ばないのが理由。

 そして今後私達夫婦は彼と千冬君のお陰でこのIS学園に職を得て定住する。

 つまり任されたのだ、箒を正当な伝承者に鍛え上げることを。」

 

「なっ、定住できるんですか!?一時的ではなく!?」

 

箒は剣が未熟なのは納得したが両親の定住については予想もしていなかった。

何故なら宙がしばらくはと言っていたからだ。

 

「どう聞いて此処に来たかわからないが、衆人環視の前だったなら濁した筈。」

 

そう言われればと箒は思い出す、自分に来客がとは言われたが誰とは口にしなかった。

と言う事は“篠ノ之”を名乗らず、此処に勤めるのかとの結論に至る。

何故なら“篠ノ之が3人定住する”となれば束の足枷がきつくなるのは明白。

逆に偽名なら比較的安全に定住できる場所、それは治外法権のIS学園しか存在しない。

 

「箒ちゃん?

 ゆーくんはね、IS学園で篠ノ之家が一緒に暮らせる様にしたかったんだよ。

 まあ、偽名だし当然同室じゃ無いのは当たり前だけど、出来る限りはしてくれた。

 此処なら束さんもバレないで来れるからね、偶にはだけど。」

 

「今、私達夫婦は東雲柳と華を名乗っている。

 私は剣道部の外部顧問、華蓮は食堂の調理師を勤めることが既に決まっていてな。

 部屋も此処では無い職員用を用意していただいたそうだ。」

 

しばらくの間、箒は放心しながらも状況を必死に整理して行った。

そして7年の時を越えて、予想もしていなかった家族が揃うのだと理解した瞬間、溢れる涙を堪えられなかったのは言うまでも無い…。

 

 

理事長室を出た宙は生徒会室にいた、此処の人間なら篠ノ之夫妻について知っている。

以前楯無が篠ノ之夫妻の容姿に言及しているのだから仮に知らなくても気付くだろう。

そして自室で考えごとをするのはマドカの手前難しいという判断からだった。

 

「あら、宙さん、どうかしたの?」

 

「ええ、少々考え事がありまして。」

 

楯無の言葉にそう返すと、紅茶の用意を始める宙。楯無はなんとなくだが篠ノ之夫妻絡みだろうと思うも宙の雰囲気から邪魔するのは躊躇われた。

 

「どうぞ、楯無さん。」

 

「ありがとう。」

 

差し出された紅茶を楯無は受け取り、宙が珍しくソファに座って“楯無の態々視界外”へ。

 

(これは…、宙さんが此処まで露骨に話しかけるのを拒絶するのは珍しいわ。

余程重要な事を考える時間が欲しいってことよね、静観するとしましょう。)

 

楯無はそう判断して静かな時間が過ぎて行く、そして宙は楯無の気遣いに感謝していた。

なら自分はすべきことをと早速考え始める。

 

(今回篠ノ之夫妻を呼び寄せた理由の内、大半は消化できました。

最低限、返すべき恩は返したと考えていいでしょう。

篠ノ之流については柳韻氏に任せて私の手を離れましたから除外、家族関係の再構築も。

問題は篠ノ之博士がどこまで理解しているか、理解したうえでどう動くかですが…。

昨今の動きを見る限り望み薄でしょうね、今までもやろうと思えばできたことですし。

ただ今より良い状況は存在しません、動くなら今しか無いと気付いて実行できれば…。

後は仮に実行するとしても、どのレベルまで許容するかですね、難しいところです。)

 

宙は思考の海に沈む、可能性を幾つも並べ未来の自分自身がどうなるのか。

深く、深く考え込むのだった。

 

 

 




箒は両親とIS学園で遂に再会、良かったね、箒ちゃん。
千冬はそれ程深い理由では無く単純に恩返しですが、宙はどうもそれだけでは無い様です。

今後は束の行動が重要だと宙は考えていますが…。

では、次回をお楽しみに。
できれば気長にお待ち下さい。


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