音撃戦士譚 護神鬼 (大ちゃんネオ)
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宵闇の怪異

鬼滅ブームに乗っかろうと思いました(鬼滅とのクロスではありませんご注意を)


 文久二年四月。

 琵琶湖の水面には黄金色の満月が浮かんでいた。

 草木も眠る丑三つ時とはよく言うが、やはりこんな時間に歩くのはよくなかったのだろう。

 東海道を歩くこと二週間。

 目的の場所が近付いてきたからとどうせなら夜も歩いてしまおうと思ったのが間違い。

 生温い風が頬を撫でる。

 木陰に隠れ、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせ呼吸を整える。

 ()()の気配はない。

 逃げ切れただろうか?

 諦めてくれただろうか?

 もう少し休んだら急いでここを離れ……。

 

「見ィつけた」

 

 響く女の声。

 しかしその声を発したのは男だ。

 左目を長い前髪で隠し、ボロボロの衣服を身に纏っている。

 

「見つけた、見つけた」

 

 今度は反対から男の声。

 しかし、女。

 長い前髪で右目を隠した女。

 

「美味しそうな童だ」

「柔らかそうな童だ」

「いただきま~す」

「いただきま~す」

 

 愉しげに迫る二人組。

 いや、彼等は人ではない。

 (あやかし)の類いだと直感で感じた。

 とにかく、逃げねばならない。

 しかし、ついさっきまで全力で逃げ回っていたせいで足がぱんぱんで縺れてしまった。

 土の匂いが鼻につく。

 

「あひゃ……!」 

 

 嬉々と迫る怪人。

 叫びを上げることしか出来ない自分。 

 なにも為せぬままに終わるのかと自身の運命を呪う。

 これまでの記憶が脳裏に浮かぶ。

 平凡な人生。

 些細なものだが、何にも変えがたいもの。

 それが、こんな怪異によって奪われてしまう───。

 

「死にたくねえならとにかく身体ぁ動かせッ!」

 

 男の、よく響く声だった。

 荒っぽい口調ではあったが、間違いなく自分に向けられたものであった。

 続いて、鷹の声、獣の声が響くと小さな鳥や獣を模したもの達が怪人達に勇ましく飛び掛かっていく。

 怯む怪人。

 そして、森の闇の中から人影が飛び出た。

 それは、確かに人の形をしていた。

 だが、決定的に人とは違う。

 全身はまるで返り血を浴びたかのような赤黒い体色。

 身体中に銀色の棘が生えているその様はまるで(いばら)のよう。

 そして、頭部に生える二本の角。

 その特徴からあれを形容する言葉はすぐに見つかった。

 

 鬼────。

 

「鬼だ、鬼が来た」

 

 女が男の声でそう呟いた。

 やはりあれは鬼なのだと納得すると同時に、怪人達の姿が異形のものへと変貌する。

 その異様な光景を目の当たりにし、()は意識を失った。

 

 

 

 

 

 人の姿から変化した怪人……怪童子、妖姫と相対する鬼。

 片腕は蜘蛛の脚のようで気色が悪い。脚の多い生き物は嫌いなのでとっとと倒してしまおうと内心で決めた彼は人間離れした脚力で大地を蹴り怪童子と妖姫に迫る。

 まず妖姫を蹴飛ばして怪童子の首へ掴みかかる。そのまま地面に押し倒して引き摺り回し、怪童子を弱らせると鬼は怪童子を投げ飛ばす。

 

「でりゃあぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 岩に叩きつけられた怪童子への攻撃はまだ終わらない。よろめく怪童子の胸に手の甲から伸ばした鋭い四本の爪を突き刺し動きを封じると、鬼が、口を開いた。

 人のものとは違い、鋭い牙が生え揃えられている。

 そして、異形の口から赤い焔が放たれた。

 全身燃え盛る怪童子。

 苦しみ、喚く怪童子。

 やがて、怪童子は爆散し土塊と化した。

 その様を、怪童子を救おうとした妖姫が目撃していた。

 鬼に挑むかと思われたが、妖姫は夜の闇の中に溶けるように消えていった。

 しばらく身構えた鬼だったが、妖姫が完全に撤退したことを悟り構えを解く。

 そして、鬼の身体が光ると歌舞伎の隈取りのような顔から人間の顔へと変わった。

 荒々しい戦い方とは裏腹に、人前に出しても恥ずかしくない、立派な美丈夫であった。

 先程助けた年端もいかない少女のもとへ歩み寄り様子を伺う。

 

「気絶してるだけのようだな。さて、どうするか……」

 

 顎に手をあて、男は思案する。

 幾何かして、男は気絶した少女を肩に担ぎ上げるとそのままこの森を去って行った……。

 



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運命の邂逅

 目が覚めた。

 しかし、頭はまだ完全には起きていないようでしばらくぼうとして……思い出した。

 あの怪異達のことを。

 そしてはっきりとした頭で気付く。

 

「ここは……?」

 

 どこかの屋敷だろうか?

 飾り気はない部屋で、布団に寝かされていた。

 念のため確認するが、着物は着ていた水色のもの。袴にも特に何かされたような形跡はない。

 荷物も枕元に置かれていて、中身に手をつけられた様子はない。

 盗られたものはなかったと安堵していると、障子が開き壮年の男性が現れた。白髪混じりの丁髷(ちょんまげ)頭で目尻の皺から穏やかな人物だろうと思われる。

 そして私の推測通り柔らかな笑みを浮かべ、怪しい者ではないと言っているようだった。

 男性は部屋に入ると丁寧な所作で正座したので私も姿勢を正して向かいあった。

 

「起きていたんだね、良かった良かった。失くした物とかないかい?」

 

 荷物の確認をしていたことを察せられたのかそう問われた。

 

「あ……はい。盗られた物とかはないようです。えっと、その、ここは……」

「ここは……まあ、怪しい者ではないから安心して」

 

 怪しい者ではないというが、怪しい。

 急に胡散臭くなってきた。

 怪しくないというのなら、名を名乗り、身分を明かせるはずなのにそれをしないというのは何故だ。

 

「昨夜のことでお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」

 

 昨夜のこと……。

 あの怪異と、そして鬼のこと。

 話しても、信じてもらえるようなことではない……。

 

「大丈夫。我々はあなたのお話を全て信じますとも」

 

 心を読まれた!?

 やはり怪しい……。

 あの妖達の仲間だったりしないだろうか?

 

「取って食いもしませんから大丈夫ですよ。あなたは面白いですね。顔に全てが書かれているようですから」

「そ、そんなに顔に出ていましたか……?恥ずかしい……」

 

 顔から火が吹き出そうなほどに、熱い。

 自分がこんなに分かりやすい人間だったなんて……。

 

「君は面白いねぇ。そういえば、お名前は?」

「あ!すいませんまだ名乗っていませんでした。私、江戸より参りました静女詩織(しずめ しおり)と申します。助けていただきありがとうございます」

 

 頭を下げるが、男性から何の反応もない。

 どうかしたのかと、少し頭を上げると男性は何やら考え込んでいるようだった。 

 

「あの、何か……?」

「ああ、いや。なんでもないよ。知り合いと同じ名字だったからもしやと思ってしまってね」

 

 旧い、知り合い……。

 まさか、早速()()()()を見つけたのかもしれない……!

 

「あの!静女紫苑(しずめ しおん)という名前にお心当たりはありませんか!?」

「君……もしかして紫苑君のご家族かい?」

 

 やはり()()を知っていた!

 まさかこんなところで早速見つかるとは思わなかった……。

 

「はい!姉様を捜して京を目指していてその途中で……」

  

 その途中で、あの妖達に目をつけられてしまった……。

 先程、この男性は全て信じると言ってくれたが……。

 

「よし、紫苑君のこともまとめて話をしよう。ついてきなさい」

 

 男性は立ち上がりながらそう言った。

 姉様のこともまとめて……?

 一体、どういうことなのだろうか?

 とにかく、この男性について行くしかないようだ。

 意を決して、私も立ち上がり、男性についていった。

 

 

 思っていたよりも広い屋敷だったようで、中庭の植木は緑に萌えて春の到来を感じさせる。

 日の高さからまだ昼前ということを知ると「この部屋ですよ」と案内されて男性に引き続いて失礼しますと部屋に入る。

 中の部屋は私が寝かされていた部屋とは違い、掛軸や季節の華が生けられていた。

 だが、そんなものよりも目を引くのは部屋にいた男達である。

 男達はそれぞれただならぬ気配を発し、緊張感が部屋中に漂っている。

 飲み込まれて、しまいそうだ。

 このただならぬ雰囲気に。

 呆然と立ち尽くしていると、上座に座っている体格が良く人も良さそうな男性が「さあ座って座って」と笑顔で仰ったので言われた通りに座って向かい合う。

 

 目の前には体格のいい男性。その右隣には女の私も羨むような綺麗な長髪をひとつに纏めた美丈夫と呼ばれていそうな男性。左には私を案内してくれた初老の男性。

 右手側には壁に寄りかかり含みのある笑みを浮かべた私より少し歳上そうな男性。

 真後ろにはなんというか、軽そうな男性と、それとは真逆の寡黙そうでキリッとした、傍らに刀を置いている男性。そして私と歳が変わらないような可愛らしい少年が控えていた。

 計七名。

 男だらけの空間に放り込まれた、私。

 やはり、緊張は解けない。

 居心地悪いなんてものではない。

 

「イタダキさん、実は……」

 

 壮年の男性が体格のいい、イタダキと呼ばれた男性に耳打ちをするとイタダキ?さんはかなり驚かれた。

 

「あぁ、失礼。君は紫苑君の……妹さん、でいいのかな?」

「は、はい……。私は静女紫苑の妹です。あの、姉様のことを何か知っているのでしょうか。もし知っていらっしゃるのでしたら……」

「まずはこっちの話からだ。てめぇの話は後だ」

「す、すいません……」

 

 総髪の男性にそうきつく言われたのでおとなしくする。

 どうにもこの人は苛ついているようで怖い。

 苦手な部類の人だ……。

 

「こらバラ!そんなきつくあたるんじゃない。すまないね。どうにも不器用な奴で……。だが悪い奴じゃない。それに、昨夜君を助けたのは彼なんだ」

「えっ……。そ、その節はありがとうございました!」

 

 まさか、この人が助けてくれたなんて……。

 気を失った私をここまで運んでくれたのだろう。

 

「けっ、見た目より重くて苦労したぜ」

「なっ!私はそんなに重くありません!」

 

 女にそんなことを言うなんて……。

 やはりこの人は苦手。いや、嫌いだ!

 

「まったくイバラキさんは女の扱いがなってないからいけないや。それじゃ()()()()になっちゃうよ」

 

 壁に寄りかかって胡座をかいていた青年が茶化すように言った。

 

「ランキ。てめぇそれはどういう意味だ」

「そのままの意味ですよ」

 

 二人の間に険悪な雰囲気が漂う。

 なんというか、置いてきぼりだ。

 

「こらこら喧嘩してる場合じゃないよ。すまないね詩織君。やんちゃな人ばかりで」

「い、いえ。大丈夫です……」

「それで、まず。ええと……何から話せばいいのやら……」

 

 困ったような顔を浮かべる壮年の男性。

 向こうから切り出してくれないと私も困るのだが……。

 

「まず、昨夜の話から伺うのがよろしいかと」

「おっ、そうだね。いやぁキリサキ君はこういうのに向いてるねぇ」

 

 キリサキ君と呼ばれたのは私の後ろにいた寡黙そうな男性のようだった。

 

「それじゃあ詩織君。昨夜のことを聞かせてもらえますか?」

「分かりました」

 

 そして、私は昨夜のことを話し始めた。

 

 

 

 

 私は江戸から京に向けて東海道を歩いていたのですが昨夜は満月で夜も明るいし、京も近くなっていたので少しでも早く着きたかったので夜も歩こうと道を進んでいたのです。

 その途中、あの二人組が現れて……。

 逃げ回っていたところをその、鬼に、助けられて……。

 

 

 

「なるほどなるほど。それで、京に来た理由は……紫苑さんのことかい?」

 

 体格のいい男性が訊ねる。

 首肯して、京に来た理由も説明する。

 

「はい……。昨年末に京に出かけて、文でやり取りしていたのですが返事がなくて心配になって……」

「それで、一人で遠路はるばる江戸から京へ……ううっ!」

 

 なんと、泣いた。

 男が。

 

「あ、あの!泣かれるようなことでは……」 

「もうこれだからイタダキさんは。この人、人情話とかそういうのに弱いから。気にしないで」

「は、はあ……」

 

 若い男性がそう言うのでそうなのかもしれない。

 まさか、身の上話を聞かせてこうして泣かれるとは思わなかったけれど、この人がいい人だというのは理解した。

 しかし……。

 

「お前。今の京がどういう状況か分かってんのか?」

 

 怖い人が、口を挟んできた。

 

「どういう、状況というのは……」

「どうもこうもねぇ。尊王攘夷つって浪士共が好き勝手して、幕府の連中も色々と動いてきな臭ぇ。そのうち戦でもするんじゃねえかなんて噂もある。そんなところにのこのこ女一人で来るなんざ命が何個あっても足りねえよ。……魔化魍もいるしな」

 

 最後の方は聞こえなかったが、言っていることは最もなことばかりであった。

 年の初め、一月には老中安藤信正が坂下門にて尊王攘夷派の浪士により負傷するという事件が起こったばかり。

 江戸でこれなのだから実際に朝廷のある京はもっと過激なこととなっているだろう。

 確かに、軽率かもしれない。

 しかし……。

 

「姉様は私にとってたった一人の家族なんです!心配になって当然じゃないですか!それに……私は覚悟してきたんです!絶対に姉様を見つけるって!」

 

 怖い人に食ってかかる。

 しばらく睨み合うと怖い人は根負けして「ああ、そうか」と言って目線を逸らした。

 

「とにかく、君のことは分かったので我々のことも話そう。それが君のお姉さんのことにも繋がる」

「皆さんのことが、姉様に……?」

 

 姉様とこの人達に関係が?

 けど、一体どんな関係だというのだろうか。

 とにかく、彼等の話を聞こうと気を引き締め、姿勢を正す。

 イタダキという人物が咳払いをすると、私の目を見て静かに語り始めた。

 

「我々は、猛士(たけし)という組織の者だ」

「猛、士……」

 

 この出会いが私の運命を大きく変えることとなる。

 (たけ)(つわもの)達。 

 ()達との出会いが……。



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名は護神鬼

「我々は、猛士という組織の者だ」

 

 猛士とは、聞いたこともない組織だ。

 一体どこの、なんのための組織なのだろう?

 

「イタダキさん。話していいのかよ?」

 

 なんとも軽薄な声が後ろから響いた。

 あの軽そうな男性の声だろう。

 

「紫苑君の家族ともなれば、知っていた方がいいだろう」

「あの、姉様は……」

「ああ、すまない。簡潔に言えば紫苑君は猛士に所属する()だ」

 

 その言葉を飲み込めずにいた。

 どういう、こと?

 姉様が、鬼?

 

「鬼とは古来より魔化魍と呼ばれる魔を祓う者達のことを言う」

「魔化魍?」

「そう。君を襲ったのも魔化魍の一種だ。童子と姫と呼ばれるもので餌を集める役割を担う。親とでも言えばいいか……。まあ、魔化魍は置いといてだ。魔化魍と戦う者。それが鬼。ここまではいいかい?」

 

 まだ理解も納得も出来ていないが、とりあえず飲み込むこととする。

 

「まあ信じられない話だとは思うがそういうことだ。昨夜君も見ただろうしな。それで、鬼達が所属する組織を猛士という。総本山は吉野にあってあちこちに支部がある。そしてここは猛士の関西支部特別班京都守護隊。通称『護神鬼』。俺は()筆頭だ!」

「か、角……?」

 

 堂々と、自慢気に自分を角?筆頭?と言ったので困惑する。

 えっと……?

 

「猛士では位を将棋の駒に(なぞら)える。角とは俺達鬼のことを指し、その中でもイタダキさんが長なので『角の筆頭』というわけだ」

 

 後ろのキリサキという男性がいまいちどういうことか理解していない私の様子を察してくれたのか説明してくれた。

 簡潔で分かりやすい。

 この人から全部教えてもらいたいなんてことを思ってしまったのは内緒である。

 

「まったくイタダキさんは。筆頭になれて()()()()()()んだから」

「仕方ないだろうラン。嬉しいものは嬉しいんだから」

 

 照れながら頭を掻くイタダキさん。

 やはり、この人は人が良い。

 この威圧的な空気の中にあってただ一人親しみがわく。

 

「たっく。筆頭ならもっと締まりのある筆頭でいてくれ」

「ははは。バラは手厳しいな相変わらず」

 

 そうだそうだ。

 もっと優しい言葉をかけてあげるべきだ。

 そういうことばっかり言っていると嫌われてしまうぞ。と、心の中で叫ぶとイバラキという男は私を睨みつけてきた。 

 また心を読まれてしまった。

 ……そんなに顔に出ているかなぁ?

 

「おほん!イタダキさん。話を戻しますよ」

「あ、いや~すまない源さん。えーと、そうだ護神鬼まで話したんだ。それでだ、君のお姉さん。紫苑君は護神鬼に所属する鬼に()()()()()()()

「なるはずだった……?」

 

 ということは、姉様は護神鬼には入らなかった。

 そういう口ぶりであった。

 

「さっき、昨年末に京へと出かけたと言ったね。ちょうど同じ頃、護神鬼が設立されて紫苑君は合流する予定だったんだ。しかし、紫苑君は護神鬼には合流しなかった」

「それじゃあ、姉様は……。二月前までは返事があったんですよ!それまでの間は一体……」

「三ヶ月前に紫苑君と京で会った時、彼女はこう言っていたんだ。『別の任務を与えられた』と。だから紫苑君は二月前まではその別の任務にあたっていたんだ。もしかしたら今も任務は継続中で、訳あって返事を出せないでいるのかもしれない」

 

 優しい声色でイタダキさんはそう言ってくれた。

 しかし、一番あり得る可能性を。

 自分も想像したが、すぐにそんなわけないと切り捨てた可能性を。

 イバラキという男は、無情にも口にした。

 

「魔化魍に殺されたってのが一番濃厚な線だがな」

「バラ!」

 

 イタダキさんが叱りつける。

 だが、この男はどこ吹く風といった様子。

 この、人は……!

 

「当然だろう。鬼というのは常に死と隣り合わせ。仲間が知らぬ間に死んでるなんてイタさんだって経験あるだろう」

「だがなバラ……」

「おいお前。黙って江戸に帰れ。さっきも言ったが京は危険だ。だから帰れ」

 

 この人は……。

 この人だけは……!

 

「そんなこと出来ません!姉様の無事を知るまでは……!のこのこ帰るなんてこと……出来ません……」

 

 袴を握りしめる。

 涙が溢れて、零れ落ちる。

 姉様が、死んだなんてこと、信じたくはない。

 まだなんの確証もないというのに……。

 

「……まあ、イタさんの言う通り任務中ってだけかもしれねぇ。吉野に確認取れば分かるだろう。源さん、悪いが後で一筆頼む」

「そうだね。式神に送らせれば明日か明後日には返事が来るだろう」

「え……」

 

 その言葉が、あの悪鬼羅刹のような男から出たとは思わなかった。

 

「えっと、その……ありがとうございます!」

 

 床に額をつける勢いで礼をした。

 私のためにわざわざそんなことをしてくださるなんて……。

 

「礼を言われるようなことじゃねえ。たださっさとお前に帰ってもらいてぇだけだ」

 

 イバラキさんはむすっとした顔でそう言うと立ち上がり、部屋を出ていった。

 別の仕事があるという。

 イバラキさんがいなくなったので、もう話を切り上げようということになりその場は解散。

 私も部屋に戻された。

 

 

 

 

 ふう、とため息をつく。

 昨夜から色々なことがありすぎて自分でも知らないうちに疲れていたようだ。

 しかし、ため息はいけない。

 姉様がよく私に「ため息をしたら幸せが逃げてしまう」と言っていたのでため息は極力しないようにしていたというのに……。

 ……それにしても、暇だ。

 部屋でゆっくり休んでいてと言われたが、なにもすることがない。

 なにもすることがないと暇である。

 そして、不安が募り、嫌なことばかり考えてしまう。

 家にいた頃は家事だ内職だと忙しかったので何かしていないと落ち着かない。

 

「そうだ、何か手伝えることがないか探してみよう」

 

 今はとにかく体を動かしていたい。

 男所帯で女性の姿が見えなかったので炊事などは自分達でやっているのかもしれないし、それなら手伝える。

 それに、姉様のことのお礼もしたい。

 そうと決まれば、部屋を出て……。

 

「何をしている」

「わっ!?」

 

 唐突に声をかけられた。

 心臓が止まるかと思った。

 見ると、縁側で茶を飲む長髪を後ろ髪で結っている男性がいた。

 隣には、日本刀が置かれている。

 あの寡黙そうな人物であった。

 

「えっと……キリサキ、さん?でしたよね?」

「左様」

「その、何をしているんですか?」

「あんたの監視だ」

 

 静かに彼はそう言い放った。

 かんし?

 漢詩?

 けど筆も紙もないし違うかんしのようだ。

 かんし……かんし……監視……。

 

「かっ……!監視ってなんでですか!?」

 

 監視という言葉に気付いて問い詰める。

 なんで私が監視なんかされなればならないのか!

 

「部外者だからな。もしかしたら魔化魍に利用されている人間が俺達のことを探っているかもしれない。若しくは魔化魍そのものか。そういう理由であんたを監視するよう命じられた」

「そんな……私は人間です!」

 

 そう反論するとキリサキさんは湯呑みを置いて私に目線を向けた。

 なんとも静かで、水鏡のような目……。

 

「安心しろ。誰もあんたを魔化魍とは思っていない。単に形式上の問題というだけだ。そうでなければ、正直に監視しているなど言わない」

「あっ……確かに……」 

「ところで、部屋を出た理由はなんだ?」

「そうでした!その、何かお手伝い出来ることはありませんか?体を動かしていないとなんだか落ち着かなくて……。炊事でも洗濯でもなんでもやりますから!」

 

 私がそう頼み込むとキリサキさんは少々考え込んでしまった。

 一応、監視されているという身だから好き勝手されるのは駄目なのかもしれない。

 

「キリサキく~ん。交代の時間だよ……って、何してるの二人で?」

 

 キリサキさんを呼ぶ声が聞こえると、あの場にいた優しそうな、なんというんだろう、言っちゃいけないのだろうけれどあの中にいた男性の中では優男の部類に入る。どこか、頼りなさそうな印象を受けてしまう。

 緑色の着物のせいか草のようでもある。

 

「ああ、何か手伝えることはないかと言われてな。どうしたものか」

「手伝えること?んー監視の身だからなぁ。けどまあ……一緒にいればいいんじゃないかな?今日の炊事当番キリサキ君でしょ?手伝ってもらえばいいよ。僕も監視がてら手伝うからさ」

「そうか、タツマキがいるなら百人力だ。というわけで、炊事だ。行くぞ」

 

 そう言うとキリサキさんは綺麗で無駄のない所作で立ち上がり足早に行ってしまった。

 

「ああっ!置いていかないでください!」

「ははっ。キリサキ君は行動が速いからね。あっ、さっきキリサキ君が言ってたけど僕はタツマキ。よろしくね」

「あ、よろしくお願いします静女詩織です」

「うんよろしくね。さて、早く行かないとキリサキ君に怒られちゃうから追いかけるよ!」

「は、はい!」

 

 小走りでタツマキさんと共にキリサキさんを追いかける。

 なんとなくだが、たしかにキリサキさんは遅刻とかには厳しそうだ。

 きっと、誰もがみんなそうだと思うが、怒られるのは嫌なので早く行こう。

 

 

 

 

 台所は広かった。

 屋敷も広いので台所が広いのは当然に思えるかもしれないが、そんな広い台所で炊事するのが三人だけなので余計に広く私は感じた。

 しかし、キリサキさんとタツマキさんは三人もいると狭く感じると言う。

 普段は一人か二人で炊事しているかららしい。

 

「まあ、ここにいるの十人ぐらいなものだしね。それに、献立も具材を鍋に入れて煮ただけってのが多いし」

 

 タツマキさんはそう言うと冗談っぽく笑いかけてくれた。思わず、こちらも笑顔になってしまうような素敵な笑顔だった。

 

「だが、タツマキは料理が上手い。俺達の中では一番だ」

 

 確かにタツマキさんは手際がいい。

 芋の皮を剥く包丁も危なげはないし、私よりも早く丁寧だ。

 そしてキリサキさんも同じくらい上手い。

 

「けどキリサキさんも切るの上手じゃないですか」

「ただ切るのが得意なだけだ。それ以外はあまり得意ではない」

「キリサキ君は上手い方だと思うけどね。他の人が作るやつ大体大味だから」

 

 なるほど、男性らしいと納得すると同時にこれまで出会ってきた男性達と比較すると……。

 

「けど、こうして台所に立って料理するなんてすごいです。男子厨房に入るべからずって言うじゃないですか」

「孟子の一説だな。あれは本来は違う意味らしいが……まあいい。俺達鬼は()()がいない限り一人で行動することが多い。大体のことは自分で出来るようにならねばいけないのだ」

 

 また、専門的な単語が出た。

 ひしゃ?

 将棋の駒に準えると言っていたので飛車だと思うが何をする人なのだろう?

 

「飛車っていうのは鬼と一緒に行動して支援する人達のことだよ。昔は桂馬とか香車って言ったらしいけどね」

「お二人には飛車の人はいないんですか?」

「いないねぇ。特に護神鬼は集団だからつけなくてもいいだろうって上からの御達しでね」

「上って、確か吉野に手紙を送ると仰っていましたよね?そこが『上』なんですか?」

「そうそう。鬼の里って呼ばれてね。猛士の総本山。えらーい人とかつよーい鬼がたくさんいるんだよ」

 

 偉い人と強い鬼。そして鬼の里と聞いて、幼少の頃に姉様から読み聞かせてもらった桃太郎の物語に登場する鬼ヶ島のようなものを想像してしまった。

 吉野と言えば桜だというのに。

 そういえば、まだ気になることがあった。

 

「あの、鬼って言いますけど皆さん人間、ですよね?あの夜見たのとは違う姿ですし……」

「鬼というのは人が鍛錬の末に成るもの。昔話に出てくるような鬼という妖怪とはまた別物なのだ」 

 

 なるほど。

 どうしても昔話の鬼達を想像してしまうから違和感を覚えたのか。

 それにしても……。

 

「私、姉様が鬼になるような鍛錬をしていたなんて知りませんでした……」

「確かにあの人、鬼の鍛錬を積んできたようには見えなかったな。線も細かったし」

 

 それをあなたが言うかと思って苦笑いを浮かべたが確かにその通りで姉様はとても淑やかで町でも評判の美人。

 とてもじゃないが鬼というのは想像出来ない。

 

「しかし奥州のフブキという女鬼も女性らしい風貌であった。あまり、関係ないのやもしれんな」

「なるほど……。女性で鬼をやっている人はどのくらいいらっしゃるんですか?」

 

 自分も同じ女性として気になったので質問するとタツマキさんが「うーん」と唸った。

 

「そうだなぁ。引退するまでに一人会えるかどうかって言うよね?」

「吉野勤めなら珍しくもないと聞いたが、並の鬼ならばそんなところだろう」

「やはり、男の人の方が多いんですね……」

「ま、昔から男社会だしね。修行も厳しいし」

「鬼に男も女も無いからな。皆等しく鍛錬を積む」

 

 鬼になるほどの鍛錬を姉様はいつしていたのか?

 私がまだ寺子屋に通っていた時だろうか?

 寺子屋に行っている間、姉様が何をしていたかなんて分からないし……。しかし、それでは修行というにはあまりにも短すぎはしないだろうか?

 朝から昼までが寺子屋で、家に帰れば姉様が出迎えてくれたのだ。

 たったそれだけの時間で修行なんて……。

 

「さてと、じゃあ僕は折角だしあと一品作るから詩織ちゃん鍋お願いね」

「分かりました!……詩織ちゃん?」

「ん?あれ、名前間違えた?」

「いえ、そういうわけじゃないんですが……」

「安心しろ。タツマキはいつもこうだ」

 

 キリサキさんが澄ました顔で言うと、タツマキさんが何の話?と問う。

 それをキリサキさんは流すとタツマキさんが食い下がる。

 なんとなくだが、お二人の人となりは理解出来た。

 思っていたよりもここは、優しい人達の集まりなのだろう。

 




すまない……
全然変身しなくてすまない……
あともう少しだけ待っていてください……


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深紅の暗雲

 出来上がった夕食を三人で運んでいると、赤毛のあの軽そうな男と出会った。

 なんとなく、苦手な部類の人である。

 

「ん?なんでそいつ連れてるんだ?」

「何か手伝えることはないか~って言われたから夕飯作るの手伝ってもらったんだよ」

「へぇ。働き者だな。いい嫁さんになるよ将来」

 

 赤毛の男はそう褒めてくれた。

 まあ、働き者だとは周りから言われていたので慣れているが……。

 

「ツラヌキ君駄目だよ~?この間だって舞妓さんと修羅場になってたでしょ」

 

 タツマキさんの言葉にやはりそうかと納得した。

 何処と無く、助平そうな顔というか、女の敵という感じがしたのだ。

 こういう甘い顔をしている男ほど気を付けろと、長屋の隣に住んでいたおばちゃんがよく言っていた。

 

「タツマキお前見てたのかよ!?違うあれは向こうが勝手に……」

「冷めるから早く行くぞ」

「は~い」

 

 キリサキさんの号令で先に進むことに。

 折角の夕飯が冷めるのは勿体無い。

 

「おい!待ってくれよ!あれは向こうが勝手に俺と夫婦になるとか言い出してだな、それを聞いた木村屋のタエちゃんが……」

 

 膳を並べていると、ツラヌキという男が弁明しに追いかけてきた。

 二人の女の子の名前が出てきた時点でもう色々と駄目だと思う。

 

「もうさ、結婚して女遊びやめたら?」

「いや、ツラヌキが止められると思うか?こいつの妻となった女性が悲しむばかりになるぞ」

「そっか……そうだね……。そっちの可能性の方が高いね!」

 

 キリサキさんとタツマキさんは言いたい放題。

 しかし言われてもしょうがないと思うし、私も色々と言ってやりたいぐらいだ。

 

「おいおい。俺は自分から女を泣かすような真似はしないぜ。結婚したらきっぱり女遊びは止める。絶対だ」

「舞妓の子泣いてたよ?」

「ちゃんとよく聞け、自分からだ。あいつは勝手に泣き出したから計算には入れん」

「だそうだけど、詩織ちゃんはどう思う?」

「えっ!?急に私に振らないでくださいよ!」

「いいから、思ったことを言え」

 

 思ったことって言われても……。

 

「……理由はなんであれ、女の子を泣かすなんて最低です」

 

 しまった、もう少し角の立たない言葉を選べば良かった。

 言われたツラヌキさんは、数歩後ろによろめくと尻餅をついた。

 そして、がっくりと項垂れた。

 分かりやすく凹んでいる。

 

「あっはっはっ!やっぱりツラヌキ君は僕達男の言葉より女の子の言葉の方が効くね!」

「ああ……心臓を槍でぶっ刺されたような気分だ……」

「す、すみません!その、あまり気になさらず……」

 

 声をかけても項垂れたままのツラヌキさん。

 キリサキさんに放っておけと言われたので、放っておいた。

 彼のために私に出来ることは無さそうだから、ごめんなさい。

 

 配膳を終えると、ぞろぞろと皆さんが集まってきた。

 イタダキさんに手伝ったことを伝えると特に咎められるようなことはなく、むしろお礼まで言われてしまった。

 そしてさっきとほぼ変わらぬ顔触れで夕食の時間となり私もここで食べることになったのだが……。

 

「どうしたラン?食欲がないのか?」

 

 ラン(確かランキだったはず)と呼ばれた青年は一切食事に手をつけない。

 どこか具合でも悪いのだろうか?

 しかしそんな風でもない様子で私のことをじっと見つめている。

 顔にご飯粒でもくっ付けてしまっているのだろうか……?

 顔に触れて確認するがご飯粒はついていなかった。

 それでは一体なんで私のことを……。

 

「これ、君が作ったんだよね?」

「は、はい。そうですけど……」

 

 何か、問題でもあっただろうか……?

 

「君、魔化魍でしょ。それでこの料理には毒が仕込まれている。違う?」

「ち、違います!私は人間ですし毒なんて入れてません!」

 

 キリサキさんが誰も私のことを魔化魍だとは思っていないと言っていたが、まさか疑っている人がいるとは思わなかった。

 

「ラン!失礼なことを言うな!詩織君は魔化魍ではない!立派な人間だ!その証拠にこの味噌汁は旨い!」

 

 それは人である証拠として充分なのだろうかと思ったがそれはさておきイタダキさんがこう言ってくれたので少しはランキさんも懲りたようだった。

 

「そうだよランキ君。ちゃんと僕が()()()()()。だから、安心して。キリサキ君もその場にいたし。ね?」

「ああ、俺も見ていたが不審な動きは何もなかった」

 

 一緒に炊事をしたタツマキさんとキリサキさんも擁護してくれた。

 

「そうだぜランキ。大体毒仕込まれたってんなら俺達もう死んでるぜ」

「それは毒の種類にもよりますけどねツラヌキさん。まあ、タツマキ君とキリサキ君が見てたなら安心か」

 

 そう言うと、ランキさんは食事に手をつけ始めた。

 それからは黙って、さっさと全て平らげると足早に出ていってしまった。

 

「あの、すいません……。私が作ったから……」

「詩織君が謝ることはない。ただ……ランには少し事情があってな。初対面の人間には警戒心が強いんだ。最近はマシになってきたと思っていたんだが……。とにかく、あいつの代わりに謝罪する。すまなかった」

「そんなイタダキさんが謝ることじゃ……」

 

 頭を下げるイタダキさん。

 その姿は組織の長というよりも、家族が悪いことをしたので謝っているような気がした。

 

「あいつは昔、住んでた村を魔化魍によって失った孤児なんだ。そしてその魔化魍というのが人間の姿に化ける能力を持っていて、あいつの親に刷り変わっていたらしい。それ以来、初対面の人間をまず魔化魍じゃないかどうか確認する癖がついてしまって……。昔は苦労させられたものだ」

 

 懐かしむ顔で言うイタダキさん。

 幼い頃にそんなことがあったのなら仕方ないだろう。

 幼少の頃に強烈な恐怖を体験すると大人になっても忘れられないと聞いたことがある。そして、ずっとその恐怖を抱えることになると……。

 

「イタダキさんはランキさんのこと、ランって呼ばれてますけどランキさんとは付き合いが長いんですか?」

「ああ。ラン、それからバラとはもう十年以上の付き合いなんだ。というのもランを助けたのが俺の師匠で、師匠がランを連れて帰って来て以来、俺が親代わりになったんだよ。まだ元服してすぐだったのにいきなり子持ちにさせられて困ったよ」

 

 穏やかな笑みを浮かべて話すイタダキさんの脳裏にはランキさん達との思い出が映し出されているのだろう。

 そういう話をされると、姉様のことを思い浮かべてしまう。

 優しく、私の親代わりでもあった姉様。

 今、どこにいるのですか……?

 

 

 

 

 

 

 星空の下を飛ぶ一体の赤い鳥。

 アカネタカという名を持つこれは音式神と言って、鬼が主に情報収集に用いる式神である。

 詩織の姉、静女紫苑のことを記した手紙を脚にくくりつけ飛ばされたそれだったが、謎の攻撃が右翼を砕き、錐揉みしながら落下していく。

 落下していった先は、何者かの手の上だった。

 山中にいるというのに、高価そうな洒落た柄の紅い着物を羽織る男はアカネタカの脚にくくりつけられた手紙を取るとアカネタカを投げ棄て、手紙に目を通した。

 

「……ほう。あの女に妹がいたか……」

 

 一通り目を通した男はそう呟くと、どのような仕掛けか一瞬で手紙を燃やし尽くした。

 妖しげな紅い炎。

 暗闇の中、照らされた男の瞳は紅かった。




次回、ようやく戦闘です()


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荊の鬼

 日も落ち、台所で食器洗いを手伝っていた。

 元々炊事当番のキリサキさんと手伝いを買って出たツラヌキさんの三人でちゃちゃっと終わらせようと桶に張られた冷たい水に悪戦苦闘する。

 ツラヌキさんがずっと口を動かしていたので、退屈ではなかった。

 

「詩織は紫苑さんとはいくつ離れてるんだ?結構歳の差あるだろ」

「十離れてます。両親がいなかったので、姉様が親代わりだったんです」

「ほう。そりゃいい女になるわけだ紫苑さん。それにしても十離れてるってことは詩織は十六か」

 

 しれっと歳を言い当てられたのに驚いてうっかり手を滑らせて小皿を落としてしまったが桶の中だったので無事だった。

 姉様の年齢を知っていなければ出てこない台詞。

 もしかしてツラヌキさんは姉様にも手を出して……!

 

「おっと大丈夫か……ってなんだよその目は」

「女性の敵に向ける目です」

「なんだよ別に悪いことはしてないだろう。なあキリ?」

「さぁな」

 

 キリサキさんはツラヌキさんをそう冷たく突っぱねた。

 男は寡黙な人がいいと言っていたおばちゃんの言葉は正しかったとこの場で思う。

 

「そういえば……」

「ん?なんだ?」

「あの、皆さんってその、本名なんですか?キリサキさんとかツラヌキさんとか……皆さん名前の最後が『キ』で終わってるじゃないですか。偶然そういう人達が集まったと言われたらそれまでですけど……」

 

 そうは言うがそんな可能性は限りなく低いだろう。

 

「これは鬼名(おにな)だ」

「鬼名?」

「ああ。鬼は修行を終えると鬼名を与えられ、鬼を辞めるまでこの鬼名を名乗る。それが基本だ」

 

 鬼を辞めるまで……。

 

「それじゃあ鬼を辞めてからは……」

「鬼を辞めてからは人名(ひとな)……生まれた時に付けられた名を名乗るんだ。で、鬼を引退したら裏方に回るなり隠居するなりのどっちかって感じさ」

 

 なるほど……。

 鬼という字は『キ』とも読むので恐らく皆さんの最後の『キ』は『鬼』なのだろう。

 しかしどうにも私は実感が湧かない。

 鬼というものは恐ろしいものと幼い頃に言い聞かされてきたのでどうにも人間を守る鬼というものが想像出来ない。

 いや、昨日出会った鬼が私を助けてくれたのでこうして生きていられるわけなのだが……。

 

「あの、昨日私を助けてくれたのって……」

「ああ、それならイバラキさんだ」

「あとでちゃんとお礼しないと……。あの、イバラキさんはまだ戻られないんでしょうか?」

「昨日逃げられた魔化魍を追撃するって言ってたからなぁ。イバラキさんのことだから、仕事は早いと思うが……」

「正直、どの程度かかるか分からん。童子を失ったことで姫も慎重になり身を隠しているだろうからな」

「そう、ですか……」

 

 イバラキさんはいま、戦いに赴いている。 

 私がこうしているなかで、彼は命をかけていた……。

 

 

 

 

 

 

 木々が鬱蒼としげる深い森の闇は深い。

 魔化魍の奴等がどこから現れてもおかしくはない闇の中を一歩、一歩と進んで行く。

 四月ではあるが、まだ少々夜は肌寒い。

 いや、もしかしたら恐ろしくて寒気を感じているのやもしれない。

 

「まさか」

 

 自信の考えを否定し、そう吐き捨てる。

 魔化魍が恐ろしい?

 そんなわけはない。

 これまで何体もの魔化魍共を土塊としてきたのだ。

 それに相手は土蜘蛛。

 これまで五匹は倒してきたのだ、大した相手ではない。

 

『では、なにを恐れる?』

 

 声が聞こえた気がした。

 己に問いかける声が。

 

『お前が恐れているのはあの女であろう?』

『紫苑の妹』

『奴に知られるのが怖いのであろう』

 

「うるせぇ」

 

 己が声を否定するために呟く。

 そんな呟きは闇へと吸い込まれて、消失した。

 問いかける声も聞こえなくなり、呼吸を整えて再び歩を踏み出す。

 すると、目の前の茂みが揺れたので身構えるがなんてことない。自分が遣わせた音式神『瑠璃狼(ルリオオカミ)』であった。

 

「見つけたか」

 

 そう問うと瑠璃狼は首を縦に振り、その身体を円盤状に変えて俺の手へと収まる。

 そして、それを音叉へと接続し回転させ、瑠璃狼の見たものを頭に流し込む。

 こうやって、音式神が得た情報を元に鬼は魔化魍を探す。これが基本。初歩中の初歩である。

 得た情報を元に森の中を抜ける。

 暗い森ではあるが、そこらの人より森の中を歩き慣れているため難なく進む。

 そして……。

 

「ここか……」

 

 開けた場所に出ると目の前には高い斜面。

 崖の下のようだ。

 だが、魔化魍……土蜘蛛の姫の気配はない。

 瑠璃狼は確かにここで姫の姿を捉えていた。

 音式神の気配を察して逃げたか?

 そう思った矢先、足下に転がる大きな石ころだと思っていたものが別のものだと気付いた。

 

「こいつぁ……姫の腕か!」

 

 土塊となっていた姫の腕。

 特徴的な蜘蛛の脚のような腕だったものである。

 そしてそれに気付いた瞬間、地面がひび割れ、細長い脚が地面に根を下ろす。

 

「なるほどな。てめぇの親を食ったってわけか!」

 

 現れたのは土蜘蛛。

 自身の親である姫を喰らったことで育ちきった()()である。

 茶色い体色なのは地域差というやつだろう。

 

「てめぇには感謝してやるぜ。てめぇだけ倒せば済むからなぁ!」

 

 護神鬼の羽織を脱ぎ捨て、右手に構えた二つ折りの音叉を開く。

 そして現れる鬼の顔。

 これは鬼へと変身するためのもの。

 

『変身音叉音棘(おんきょく)

 

 イバラキのためのものである。

 右手で構えたそれを右肩に打つと澄んだ音が響き渡り、額の前に音叉を翳すと鬼の顔が自身の額に現れ波紋を打つ。

 そして己が鬼名を名乗った。

 

「──────荊鬼(イバラキ)

 

 紅蓮の炎が勢いよく燃え上がった。

 己が身体を焼く業火。

 否、これは邪なる魔化魍を祓う清き炎。

 その炎の中で、肉体が変化していく。

 

「すぅ………ハァッ!!!」

 

 両腕を思い切り開き、炎を振り払いその姿を現す。

 赤黒い体色に銀色の襷をしているような装飾が施され、頭部には同じく銀色の二本の角。  

 そして荊の名を冠する通り、その身体の至るところには銀色の棘が備えられていた。

 

「ちゃっちゃと終わらせてやらぁ!!!」

 

 勢いよく飛び出し土蜘蛛へと迫る。

 近付けまいと土蜘蛛は糸を吐くが全て回避してみせ、思い切り土蜘蛛の細い脚を前腕で殴り付けた。

 これが結構響いたようであるが相手は蜘蛛。

 残り七本も脚があるので一本どうにかなったところである。

 反対の前肢が踏み潰そうと迫るのを受け止めた。

 力比べ。

 体躯の大きな魔化魍であるが……。

 

「チィ!!!おらぁ!!!!!」

 

 鬼の筋力を持ってして土蜘蛛を押し返した。

 背中から倒れた土蜘蛛は体勢を直すことが出来ずに蠢いている。

 今が好機!

 土蜘蛛の腹の上に飛び乗ると帯に備えられている小さな薄い太鼓のようなもの『音撃鼓火華鼓(ひばなつづみ)』を土蜘蛛の腹へと押し当てる。

 すると小さな太鼓はみるみる巨大なものとなり人が打つ太鼓としては大きなほど。

 そして、この音撃鼓に『清めの音』を打ち込むことで成体の魔化魍を倒すことが出来る。

 腰に装備している(ばち)『音撃棒(ほむら)』を手に取ろうとする。

 だが……。

 

「チッ……クソが……」

 

 手が、動かない。

 金縛りにでもあったように、手が、身体が、動きを止めてしまった。

 どうしても、()()()のことを振り払えない。

 あの時のことを思い出してしまって、撥を手に取れない。

 

 戦いの最中、こんな風に動きを止めるのは殺してくれと言っているようなものである。

 土蜘蛛の脚が、荊鬼を突き刺さんと獲物を前にした蛇のように少しずつ、少しずつ迫る。

 もう、いつでもこいつの命を奪えると土蜘蛛が確信した瞬間、空から、大地から小さき者達の反攻を受けた。

 主を救おうとした音式神達である。

 

『ピィーーーッ!!!』

 

 音式神『茜鷹』の鳴き声が荊鬼の耳をつんざいた。

 ここでようやくハッと戦いに意識を取り戻した荊鬼は迷いを振り切り音撃棒を手に取った。

 彼をそうさせたのは、自身の命が危機的な状況に置かれていたということから発する命の防衛本能。

 決して、音撃棒を抜きたいから抜いたわけではなかった。

 そして、荊鬼は技を繰り出した。

 

「音撃打!鉄火伝法(てっかでんぽう)!!!」

 

 力強く振るわれる清めの音。

 魔化魍である土蜘蛛はこの音に苦しみ、逃れようとするがもう遅い。

 

「でぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 何度も何度も清めの音を叩き込まれることで土蜘蛛の力は弱まっていき……。

 

「ハァッ!!!」

 

 型が終わると、土蜘蛛は土塊として爆散した。

 元の大地へと還ったのだ。 

 魔化魍とは大地が悪気にあてられたことにより生まれたものであるとされている。

 鬼はそんな魔化魍をこうして悪気を清め元の土として大地に還す役割を担うのだ。

 こうして、清められた土があることで大地もまた清められ新たな生命を育むことだろう。

 

「あぁ、くそ。なんだってんだ……」

 

 荊鬼は自身の不甲斐なさを詰った。

 最近ようやっとマシになってきたというのに、あの女が来たせいかまた逆戻りしてしまった。

 その手に握る撥を腰に戻すと鬼の変身が解かれる。

 鬼の変身による炎などによって燃えない、破けない糸『鬼糸(きいと)』で作られ、背中に『鬼』の文字を背負った白装束の上に脱ぎ捨てた赤紫色の羽織を羽織った。

 イバラキの肩に茜鷹がとまる。

 

「なんだ?心配してるのかお前?」

『ピューイ』

「心配いらねえよ。今日はちょっとついてない日だったのさ。明日になりゃ元に戻る」

 

 そう茜鷹に言い聞かせると茜鷹を円盤に戻して中央の穴に紐を通す。

 他の音式神達も同じようにして腰にぶら下げていき回収完了。

 あとは拠点にしたとこまで戻って馬に乗って帰る。

 帰る頃には朝になるだろう。

 空を見てそう判断し、イバラキは再び帰路についたのだった。




ようやく変身、戦闘ですお待たせしました……
これでよしじゃねえわ他にも鬼たくさんいるんですけどぉ!
他の面々はちょっとまた待っててね()
あとオリジナル設定も出たのでしばらくしたら設定資料も投稿します!


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選択の岐路

 護神鬼の屋敷に来てから四日が経った。

 明日か明後日には返事が来るだろうと言っていた源治さん(金岡源治さんという。あとで知った)であったがその予測は現状外れていた。

 

「おかしいねぇ。急ぎで返事をくれと頼んだんだけど……」

 

 いつも皆さんと食事をする居間で源治さんと手紙のことについて話す。

 源治さんも返事が来ないことを訝しんでいた。

 

「いえ……。返事が来るまで待ちます私」

 

 そうは言ってもだ、いつまでもここで皆さんの厄介になるわけにもいかない。

 掃除、洗濯、炊事と皆さんのお手伝いをしてはいるがやはり日毎に居心地は悪くなってくる。

 皆さん優しいので気にするなとは言ってくれるが……。

 

「源さん。ちょっといいかな」

 

 イタダキさんが源治さんに用があるようでやって来た。

 室内にいた私を見つけるとイタダキさんはちょうど良かったと仰ったので返事が来たのかと期待したが違ったようであった。

 しかし、全てが全て違ったというわけでもないらしい。

 

「明日から吉野で会合があるのでこれから発つんだが、紫苑さんのことを聞こうと思う。まあ、返事が遅れてるだけかもしれないがね」

 

 優しく微笑みながらイタダキさんはそう言った。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 もうここに来てから何度目かの礼。

 本当にこの人達には頭が上がらない。

 

「まあまあ頭を上げて。当然のことをしているまでさ」

「いえ!もうどうお礼すれば……」

「礼なんてとんでもない!ここ数日詩織君のおかげで旨い飯が食えている。それで充分さ」

「ですが……」

「いいからいいから。本当に気にしないで」 

 

 本当に、本当にここの人達は優しい。

 ひとしきりお礼を言うと、イタダキさんは源治さんと共に部屋を出た。

 明日の会合のことで至急確認したいことがあるという。

 ……それから三日後のこと。

 

「どういうことですか、それ……。教えられないって……。」

「紫苑君について教えることは出来ないとね……。それの一点張りでどうしようもなかった」

 

 イタダキさんですら教えてもらえなかったなんて……。

 

「本当にすまない。君との約束を果たすことが出来なかった」

「そんな! 頭を上げてください……。イタダキさんは何も悪くありません」

 

 三日前とは逆転して今度は私が頭を下げられる立場になってしまった。

 それも、謝罪。

 

「吉野がそう言ったなら仕方ねぇ。言えないとは言え生きてるってことだろう。それだけ分かったなら充分だ。だからさっさと江戸に帰れ」

 

 イバラキさんのその言葉に私はとうとう堪忍袋の尾が切れた。

 

「帰れません! ちゃんと無事なのか確認出来ないと……。私……」

「なにか、紫苑さんにあったのかい?」

 

 イタダキさんが優しい声で問いかける。

 私は肌身離さず持っていた姉様からの最後の手紙をイタダキさんに渡した。

 封の中から手紙を取り出し目を通すイタダキさん。

 手紙の内容はこうだ。

 

『お元気ですか。 寒くなってきましたね。京では雪が降りました。江戸はどうですか。この冬は寒くなるという話ですから詩織も気を付けてくださいね。ちゃんと暖かくして過ごしてください』

 

 ここまでなら、よくある手紙。

 だが……。

 気になるのはここから続く最後の一文。

 

「叶うのであれば、もう一度貴女に会いたいです……。なるほど、これは気になるな……」

「はい……。どうしても心配になってしまってすぐに返事を出したんですがこれ以降の返事がなくて気が気でなくて……」

 

 そうしていよいよ居ても立ってもいられず江戸を出て京を目指した……。

 

「……詩織君。正直なことを言うと、今お姉さんと会うことは厳しいだろう。だから江戸で帰りを待っているのがいいかもしれない」

「そんな! 諦められません!」

「イタダキさんがこう言ってんだ。大人しく帰れ」

 

 ッ……。

 無理だ、諦めきれない。

 だったらもう最後の手段だ。

 

「分かりました。ここから出ていきます。お世話になりました。ですが江戸には帰りません。京に残って姉様を探します!」

「なっ!? てめえ言っただろうが京はいま危ねえんだ! 攘夷浪士どころか魔化魍だっているんだぞ! 分かってんのか!!!」

「姉様を見つけるまで死んでたまるものですか! とにかく出ていきます!」

 

 立ち上がり部屋を出ようとする。

 もうこんなところいられるかと。

 しかし、そんな私を源治さんが呼び止めた。

 

「まあまあ落ち着いて。詩織君も一旦座って聞いてほしいんだ。なあどうだろうイタダキさん。詩織君をここで働かせるというのは」

 

 その言葉に私も含め全員が驚いた。

 それも当然だろう。

 まったくの予想外だったのだから。

 

「しかしだな源さん……」

「俺は源さんの意見に賛成だぜ。飛車がいれば助かるしな。それに詩織ちゃんの飯は旨い」

 

 ツラヌキさんが早速賛成の声をあげると続いてタツマキさんも賛成した。

 

「確かに飛車がいてくれれば助かるが一人だけでは負担が大きいだろう」

「まあ、飛車が必要そうな任務につけて他のことはいつも通り俺達でやる。それでいいだろ?」

「俺は反対だ。今までだって俺達でなんとかなってんだ。それで充分だ」

 

 イバラキさんはやはり反対した。

 だが、思わぬ言葉が飛び出たのだ。

 

「でもさ、お姉さんを探すとか言ってあちこちうろちょろして嗅ぎ回られるのも面倒でしょ? だったらこっちである程度手綱を握るということでここに置いてもいいんじゃない?」

 

 ランキさんが理由はとにかく賛成を表明。

 意外過ぎてビックリしてしまった。

 

「まあ、一人雇うくらいならわけか……」

「おいイタダキさん……」

「そういえば、イバラキさん小姓が欲しいとかなんとか言ってませんでした? ちょうどいいじゃないですか」

 

 ランキさんがイバラキさんに対して追撃する。

 何処と無く今のランキさんは楽しそうに見えた。

 

「キリサキ。お前はどう思う?」

「……イタダキさんの決定に任せる」

 

 悩むイタダキさん。

 というかそもそも……。

 

「詩織君はどうしたい?」

 

 私の意思は……。

 

「ここで働かせてください。お願いします!」

 

 やはり、一人で探すよりも姉様と関係ある人達と行動を共にするのが良いだろう。

 

「決まりだな。こんな形ではあるがよろしく頼むよ詩織君」

「はい! 精一杯働かせていただきます!」

「それじゃあまずは研修だね。キリサキ君の任務に同行して魔化魍との戦いというのがどういうものか見てくるといい」

 

 魔化魍との戦い……。

 途端に緊張が走る。

 気を引き締めていかないと。

 

「それじゃあキリサキ君よろしく頼むよ」

「承知」

 

 傍らに置いていた刀を取り立ち上がるキリサキさん。

 行くぞと言われ、後を追った。

 ここからが、ここからが本当の始まり。

 皆さんのお手伝いをしていけばきっと、姉様に繋がる何かが得られるはずと信じて。




次回「切り裂く鬼」お楽しみに


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切り裂く鬼

 屋敷を出て歩いて半刻(一時間)ほど。

 十歩ほど前を歩くキリサキさんの背中をずっと見ている。

 紫色の布に巻かれた何かを背負って歩いているが全く疲れている様子はない。

 

「あの、キリサキさん……」 

「なんだ」

「その、少し休憩を……」

 

 都から少し離れた村への道中。

 私は膝に手をついて立ち止まった。

 背負う荷物が重いのだ。

 それに近くに茶屋もあるし休憩にはちょうどいい。

 熱いお茶とお団子……。

 

「駄目だ。一秒でも惜しいからな」

「そんなぁ」

 

 少しぐらいいいではないかと抗議を目で訴える。

 が、逆にキリサキさんの涼しげな目が私を捉えた。

 

「俺達鬼でなければ魔化魍は倒せない。だから急がねばならんのだ」

「え……?」

「一人でも多く救いたい。あんたも、そうは思わないか?」

 

 一人でも多く。

 あの夜のことを思い出す。

 魔化魍に殺されかけたあの夜を。

 私は助けてもらったからこうして生きているが、もしも間に合わなかったら……。

 

「そうですね。頑張ります!」

 

 そう意気込んで荷物を背負い直しキリサキさんに追い付く。

 きついけど、人命がかかっているのなら……!

 

 

 

 

 

 あれから一刻(約二時間)ほど歩いて到着したのは小さな農村。

 村の人達はみんな笑顔で迎え入れてくれたので良い空気の村だ。 

 なんならキリサキさんのことを村の人達は知っているようだった。

 

「あの、キリサキさんこの村は?」

「ここは()の村だ」

 

 歩?

 また将棋の駒が由来だと思うけれど一体何をする人達なのだろう?

 

「歩は猛士の協力者達だ。情報収集や鬼に宿泊場所を提供する。特にこの村は歩の村と言われる。村全体が歩なのだ」 

「へぇ。あ、あれはなんですか?」

 

 私と同じか少し年下と見られる少年達が五人ほど列をなして走っている。

 そしてその少年達の列に並走する壮年の男性。

 男性は時折大声で少年達に声をかけているようだった。

 

「あれは()()。鬼となるための修行を積んでいる者達で男の方は師匠だな」

「すごい大変そうですね……」

「鬼になるには生半可な鍛え方ではいけない。厳しい修行を乗り越えた者だけが鬼となるのだ」

 

 なるほど。

 確かに鬼になるなんて普通ではないので本当に想像以上の修行を積むのだろう。

 一生懸命に走る少年達を眺めながらそんなことを考えているとキリサキさんがいつの間にか私を置いてすたすたと歩き去っていたので慌てて追いかける。

 こちらは重い荷物を背負っているのに!

 せめて声をかけてほしいと思うのは私だけではないはずだ。

 小走りで走り出した瞬間であった。

 女性の悲鳴が村を駆け巡った。

 

「なに!?」

 

 声がした方を振り向いた瞬間、風が通り抜けた。

 いや、風だと思ったのは駆けるキリサキさんであった。

 あまりの速さに呆けてしまったが私も後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 赤い鎧武者のような魔化魍【火焔大将】は異形な剣を振り上げ、今にも女を斬らんとしていた。

 

「だ、誰か……」

 

 女は赤子を抱いていた。

 赤子だけは守りたい。

 だが、どうしようも出来ないという諦めが女を蝕んでいた。

 だが、ここには既に()がやって来ていた。

 

 火焔大将が剣を振り下ろす。

 だが、その刃は女には届かなかった。

 

「やらせるわけにはいかんな」

「ッ!?」

 

 魔化魍の剣を受け止めたキリサキの刀。

 白刃が太陽の光を反射し、火焔大将の目を眩ませた。

 その隙を見逃すような真似を精鋭護神鬼の鬼であるキリサキが見逃す真似はしない。

 火焔大将の剣を弾き、がら空きとなった胴を蹴り飛ばす。

 

「早く逃げろ」

「は、はい……」

「静女、その女性を頼む」

「分かりました!」

 

 追いついた詩織にそう指示を飛ばすと、キリサキは刀を鞘に納め、火焔大将と睨み合う。

 背負っていた荷物を近くの小屋に立て掛けると懐から変身音叉音角を取り出し、鯉口を切った。

 鞘から覗く刃に音角を当て、響かせる。

 清らかな音が、村に鳴り響く……。

 

「────切裂鬼(キリサキ)」 

 

 音角を額の前に掲げ、自身の鬼名(おにな)を紡ぐ。

 額に音角に象られた鬼の顔が浮かび上がり、キリサキは白い光に包まれた。

 

「眩しッ!?」

 

 女を安全な所まで送った詩織はその眩しさに思わず顔を隠した。

 キリサキの周囲が見えなくなるほどの強烈な光。

 小さな太陽が地上に現れたかのようだった。

 

「─────はッ!!!」

 

 居合が光を切り裂き、鬼は現れた。

 白い身体。

 紫色の隈取と腕。

 上半身を襷掛けしたように走る弦の色は返り血のような赤。

 そして、刀の(きっさき)のような紫色の一本角が陽光を反射して煌めいていた。

 

 切裂鬼。

 名の如く、魔を斬る鬼である。

 

 刀の鋒を火焔大将に向ける切裂鬼。

 じわり、じわりと間合を互いに見合い……同時に踏み込んだ。

 異形の刀と斬り結ぶ切裂鬼の刀。

 魔化魍の剣と比べると貧弱そうに見えるが鬼のために鍛えられたこの刀は見た目こそ普通の刀ではあるがその強度、切れ味は正に業物。

 それも()()()()()()()()

 鬼刀 魔切守白鶴(きとう まきりのかみしらつる)と言えば鬼の中では知らぬ者はいないほどの名刀であった。

 そしてそれを扱う切裂鬼は鬼きっての剣の腕前。

 鬼に金棒ならぬ切裂鬼に刀と謳われるほどであった。

 

「はあッ!!!」

 

 火焔大将を押し返し、神速の突きを繰り出す切裂鬼。

 しかし火焔大将もまた鬼になどやられてたまるかと間一髪、刃が顔を掠めはしたが避けることは出来た。

 

「!?!?」

 

 だが、それで終わりのはずがなかった。

 繰り出される弐の突き、参の突き。

 いや、それ以上。

 刃の嵐が赤い鎧を削っていく。

 これ以上はまずいと牙の生える異形の口から吐き出した炎で切裂鬼を牽制する。

 目の前に広がる炎を後退して回避する切裂鬼。

 それを逃さんと火焔大将。今度は剣ではなく、両腕についた斧を用いた肉弾戦で切裂鬼に挑む。

 近い間合にやりづらさを感じる。

 確かにこれは切裂鬼にとっても苦手な間合である。

 しかし、そんな間合だからこそ研究し、対策を講じるのが一線で活躍する鬼である。

 

鬼幻術(きげんじゅつ) 鬼蛍(おにぼたる)

 

 火焔大将の拳、斧の連撃を回避した切裂鬼は一瞬の隙を突き、火焔大将の眼前で自身の両拳を殴り合わせた。

 すると、そこから強烈な光が発せられる。

 それを間近で見てしまった火焔大将は自身の光を失い、暗い闇の底を彷徨うこととなった。

 

「終わりだ、魔化魍」

 

 刀を握り直し、構える切裂鬼。

 白刃が真白の光を発すると次の瞬間には切裂鬼は火焔大将の背後にいた。

 

「ァ……」

 

 色を失い、土へと還る火焔大将。

 

 『鬼剣術(きけんじゅつ) 光輝刃(こうきじん)

 

 切裂鬼の得意とする技が火焔大将を切り裂いた。

 残心。

 火焔大将が確実に倒されたことを悟って、切裂鬼は変身を解き刀を鞘に納める。

 そして足下の火焔大将だった土を見下ろす。

 

「キリサキさーん! 大丈夫ですかー!」

 

 詩織がキリサキに駆け寄り無事を確認する。

 問題ないとだけ伝えて、キリサキは再び視線を戻した。

 

「火焔大将。戦場だった土地の土が魔化魍となったものと伝えられている」

「戦場だった土地……」

「この辺りは歴史上戦乱が多かった土地故に火焔大将やそれに近しい魔化魍が多い。魔化魍についても学ぶのだな」

 

 詩織にそう告げ、キリサキは踵を返した。

 再びキリサキの元へ駆け寄り、並んで歩く詩織。

 彼女は目の前で起こった戦いのせいか若干興奮した様子で話を切り出した。

 

「魔化魍も一瞬でやっつけちゃいましたしこれで仕事終わりですね! 思ってたよりも早くて驚いちゃいました」

「いや、今回の任務はあれを倒すことではない」

「え」

 

 キリサキの言葉に固まる詩織。

 てっきりあれが今回の任務で倒すべき魔化魍なのだと思い込んでしまっていたのだ。

 

「行くぞ。思わぬ闖入者だったが任務はこれからだ」

「そ、そんな……」

 

 項垂れる詩織。

 だが、姉である紫苑のことを思い起こせばなんてことない。

 まだ、全ては始まったばかりなのだからと自身を奮い起たせた。



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