親の借金で素直じゃない幼馴染のペットになったけど、俺への好意が丸見えです (和鳳ハジメ)
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第1話 借金一億円!

俺が一番、小悪魔系・銀髪巨乳幼馴染ラブコメを書けるんだと某所に投稿しましたが。
(恐らく)下ネタ攻め過ぎたのか警告食らったので諸事情により初投稿です。
セクハラバカ男と幼馴染のラブコメをお楽しみください!!


 

 

『ごめん、一緒には暮らせない

 

 いま、北国のオカマバーに居ます。

 

 このオカマバーのボーイとして、父はお金を稼いでいます。

 

 本当はケツの穴が怖いけれど……。

 

 でも、今はもう少しだけ知らないふりをします。

 

 俺の稼ぐお金で、きっといつか、借金を返せるから……。

 

 追伸。

 ガチャ爆死して、借金一億円つくっちゃったテヘペロ。

 今年の学費は先納済みだから問題ないが、家賃と生活費は自分で稼いでくれ。

 そうそう、怖い黒服のお兄さん達がやってきたら土下座して帰って貰ってくれ。』

 

「……………………――――――は?」

 

 帰宅したばかりの学生、早乙女敦盛(さおとめあつもり)は思わず硬直した。

 青天の霹靂とは正しくこの事。

 季節は春で新学期初日、二年への進級、一年の時と同じ顔ぶれのクラスメイト。

 新生活を言うには少々大袈裟だが、ホームルームのみの午前授業でウキウキと帰宅したその瞬間で。

 

「え、ええっ!? は? マジ? マジなのかよクソ親父いいいいいいいいいいいいい!!」

 

 リビングの上の置き手紙、そこには堂々たる失踪宣言。

 いや、行き先を書いてあるだけマシなのだろうが。

 

「ちゃらんぽらんだと常々思ってたけどさぁッ!! 一応男手ひとつで育てて貰った恩もあるから飲み込んでたけどさああああああああああああ!! いい加減、死んだ母ちゃんに似てるキャラへ無秩序に貢ぐのヤメロって言っただろうがッ!!」

 

 それだけ妻への愛は深かった、そう言えば心なしか綺麗に聞こえるが。

 息子として言えば、ただのバカである。

 

「くぅ~~~~、ごめんよ母ちゃん。ごめんよぉ……、あんなに親父に好き勝手させちゃいけないって頼まれたのに…………――――俺、は、無力、だ……」

 

 彼は、ふらふらとした足取りで部屋の隅に。

 そこにある仏壇の遺影の前で、がっくしと膝を着く。

 もし彼が美少年であったら絵になったであろうが、生憎と自称フツ面の中肉中背の凡骨高校生。

 誰かが見ていたら同情を引けるかもしれないが、同情するなら金をくれである。

 

(帰ってきたら一発ぶん殴ってやるッ!! 絶対にだッ!! 許さねぇぞ親父ッ!!)

 

 メラメラと闘志を瞳に浮かべ、しかして頭の冷静な部分が告げた。

 かの手紙には、とても不穏な事が書いていなかったかと。

 

(………………おい待て、家賃を稼げとか書いてたよな)

 

 慌てて手紙を見返すと、やはり見間違いではない。

 正直、何かの間違いであって欲しかったが。

 

「マジかよ……、俺バイトもしてねぇぞ…………」

 

 顔から、ゾゾゾ、と血の気が引く音が聞こえる、妙な寒気と共に冷や汗が止まらない。

 

「――――――確かこの部屋の家賃、十万ぐらいしたよな」

 

 田舎と言えば田舎だが、都心の田舎でマンションだ家賃は推して知るべし。

 本来ならば、二人暮らしには不必要な広さだがこの部屋は亡き母の思い出がある。

 それは、父も同じ故に少し無理してでも維持していて。

 

(俺の生活費を切り詰めて……、売れる物は売って金に換えて………………当座だけでも凌げるのか?)

 

 最悪、家賃は待って貰うとしても。

 最悪、借金を新たに積み重ねるとしても。

 そもそも、その前に。

 

「生活保護、いや児童相談所か? いやでもそれだと親父がネグレクトとかそんな感じので……犯罪者?」

 

 考えれば考える程、暗い未来が見える。

 親父が恥さらしとして世間に知られるのは、まだ許容できる。

 だが、だが、だが、それは草葉の陰で母が泣いてしまう案件ではなかろうか。

 そしてその前に。

 

「いったいどうやって一般人がガチャで借金一億もどっから借りたんだよっ!?」

 

 闇金か横領か強盗か、それとも敦盛の知らぬ内に株取引でも手を出していたか?

 

「ま、待て冷静になれよ俺……、ええっと手紙には……黒服のお兄さんが………………、黒服のお兄さんが?」

 

 クエスチョン、借りた金の先は?

 アンサー、闇金融。

 そう、この書き方だと十中八九闇金融である。

 そして、闇金融といえばその大元は『ヤ』のつく御職業の方々。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!? 詰んでるッ!? 俺ッ! 詰んでるんじゃねぇのッ!?」

 

 これはまさか、敦盛自身も逃亡する案件ではなかろうか。

 父の作った借金を、かの人種が。

 息子への請求をしない、道徳的で法律的な清廉潔白の行いを選択するであろうか?

 

「――――よし、俺も逃げる。取りあえず児童相談所へ行こう」

 

 即断即決であった、母の遺志、父への情、思うところは多くあったが命と尊厳あっての人生である。

 

「スマホと充電器、財布と通帳ヨシ。……母ちゃんの遺影も持って――――」

 

 その瞬間であった。

 ぴんぽーん、と警戒に来客を知らせる電子音。

 敦盛は、ピシリ、と固まって、ギギギ、と首を玄関の方向へ向ける。

 

(おろろろおおおおおおおおおおおおおんッ!? ちょっとお仕事熱心じゃねぇかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?)

 

 借金取りだ、そう直感し頭を抱えたのであった。

 

 



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第2話 電動マッサージャー

 

 

 危機的状況において、人は本性を露わにするという。

 それは今この瞬間の敦盛にも当てはまる、――行動する前に一呼吸置いて考える事。

 亡き母の教えが、彼の中に現在も息づいていた。

 

 父の作った多大な借金、それを取り立てに来たと思しきドアの外の客人。

 推定・怖い黒服のお兄さん達にどう対応すればベストか、今、彼の頭脳は高速で回転をスタート。

 

(対応は三つ、逃げるか家に上げるか居留守を使うかだ!)

 

 一番デメリットが大きそうなのは、家へと招き入れる事。

 逃走も効果的に思われるが、一番穏当に済ませるには居留守を使うべきではないか。

 即座に脳内シミュレーションを開始するが、どれも上手く行きそうになく。

 

(くッ、何がベストだ? 逃げる? ここは三階で分が悪い、なら息を潜めて……ここは角部屋だし隣はアイツの――――ッ!? ダメじゃねぇかッ!! この時間はあのバカしか居ねぇッ!!)

 

 ありふれた幸せとありふれた不幸、世間一般でいう平凡な半生を送ってきた敦盛であったが。

 唯一、幸か不幸か他人から羨まれる事といえば美少女の幼馴染みが居る事である。

 残念な事に彼女は多大な欠点と、それを帳消しに出来そうで出来ない才があるが――そも引きこもりという社会不適合者だ。

 

(迂闊に逃げられねぇじゃねぇかッ!! となると家にあげるしかねぇけどさ…………)

 

 ノックは続く、しつこいぐらいに続く。

 しかして無言、只ノックの音だけが聞こえ、だからこそその不気味さが敦盛の精神をガリガリ削る。

 

(お、落ち着け……、土下座して帰って貰えば良いんだ、俺を被害者だとバカ親父に巻き込まれた被害者だと思わせれば…………ワンチャン……あるか?)

 

 ドッ、ドッ、ドッ、と心臓が高鳴って五月蠅い。

 事は万全を期さなければ、あくまで敦盛を被害者に見せるのだ。

 やる事が決まれば、幾つか選択肢が浮かぶ。

 

(――――首吊るフリでもすっか? いや、それは弱みを見せるのと同じだ、つけ込まれて丸め込まれて内蔵を売ることになっても不思議じゃない)

 

 泣き落としは通用しないと考えた方が良い、彼らはその手のプロの筈だ。

 そこまで考えた時、敦盛の脳裏に担任教師の言葉が思い浮かぶ。

 一年から続投した若き担任教師、他の教師達から一目置かれる優秀な彼は以前こう言っていた。

 

『交渉っていうのはね、最初の一撃が大切なんだ。相手の意表を突くインパクトが重要なんだよ』

 

 そしてこうも。

 

『でも忘れちゃいけない、それは相手の弱みであってはいけないんだ。最悪、遺恨が残るからね。だからあくまで混乱させる、攻撃性の無い、でも心に残ってしまう様な――』

 

 次の瞬間、敦盛の目にはソファーの上の電動マッサージャーが写って。

 ――ノックは続いている、迷っている暇などない。

 

「見せてやるぜ、俺の一世一代の大舞台ッ」

 

 敦盛は全裸になると、電動マッサージャーをスイッチオン。

 震動は最大、ブブブと鈍い音が響き始め。

 それを、――――股間に当てる。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんッ!! なんたる快楽ッ!! エクスタシいいいいいいいいいいい! しゅっぽしゅっぽ、機関車が行くぞおおおおおおおおおおおお!!」

 

 いざ行かん玄関へ、股間に当てた電マはキープし精一杯快楽に溺れる演技。

 

(思ったより震動キツイッ!? 俺の竿が壊れる前に決着をつけるッ!!)

 

 これこそが敦盛に許されたたった一つの冴えたやり方、ドアノブを握り、回して、さあ見るがいい。

 

「当方オナニー中でしゅううううううううう!! 何かご用で――――………………」

 

「え?」

 

「はい?」

 

 ブブブ、ブブブと電マの鈍い音がマンションの廊下にまで響く。

 扉の外に居た想定外の人物に、敦盛は思わずあんぐりと。

 そして、来客はニンマリと嘲る様に口元を歪めて。

 ――ついでに、その大きな胸を揺らして。

 

「…………うわぁ、あっくん何してるの? ついに気でも狂った?」

 

 そこには、白髪赤目のアルビノの特徴を持ったゴス女が。

 件の美少女、幼馴染みである溝隠瑠璃姫(みぞがくれるりひめ)の姿があって。

 

「いっそ殺せええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! 来るなら来るって言えよバカああああああああああああああああ!!」

 

「ぷぷぷーー、偶には家を出てみるもんね。アンタのこんな情けない姿が拝めるなんてラッキーだわ、はいチーズ!」

 

「撮るんじゃねーよ引きこもりデブッ!! つか入ってくるんじゃねぇッ!! ああもう畜生ッ、今日は厄日だッ!! 帰れッ! テメーに構ってる暇なんてないんだよ!!」

 

「へー、ほー、ふーん? そんな事言って良いんだぁ……。この写真、クラスのライングループに流しちゃおうかなぁ」

 

「~~~~ッ!! とっとと中に入れクソオンナ!!」

 

 一抹の安堵と、大きすぎる敗北感と羞恥心。

 敦盛は震え続ける電マで股間を隠しながら、瑠璃姫が我が物顔で家に上がるのを眺める事しか出来なかった。

 

 



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第3話 溝隠瑠璃姫

 

 

 ――溝隠瑠璃姫。

 それは、早乙女敦盛の幼馴染みである。

 隣の部屋に住み、家庭環境も同じ様なものだ。

 そう、彼女もまた幼い頃に母親を亡くし。

 

(それ以来だっけか、コイツが引きこもりになったのは)

 

「どうしのあっくん? アタシの美しい美貌に見とれちゃった?」

 

「黙れ隠れ肥満、お腹のぷにぷにを無くしてからもう一度言え」

 

「へーえぇ、そんなコト言って良いんだぁ……、土下座して謝るなら今の内よ!」

 

 まるで自分こそがこの部屋の主だと言わんばかりに、ソファーでふんぞり返る美少女。

 確かに彼女は美しい、銀髪に見える白髪、神秘的とも捉えられる赤眼。

 整った顔立ちは、彼女が普段から愛用しているゴス衣装とよく似合っており。

 

「ふッ……、まぁお前がそんな事を俺に言うのも。それこそ今のウチだな、精々楽しんでおけよ」

 

「――――ううーん、アンタ今日はヘンね。というかいい加減さ服着たら?」

 

「言われなくても、この俺の肉体美はお前には勿体ないからな」

 

「もっと鍛えて腹筋が六つに割れてから言って頂戴な」

 

「はいはい、オジさんには俺より優しく接してやれよな」

 

「……………………アンタ、マジでどうしたの? 悪い物でも食べた? 熱でもあるの?」

 

 ぎょっと目を見開き、怪物を見る表情の彼女に敦盛はため息。

 彼女にはあまり言いたくなかったが、この際である説明しなければならない。

 

(コイツのお守りも今日限りか、……少しは寂しくなる…………なるか?)

 

 腐れ縁とはいえこの顔と、認めたくはないが魅力的な巨乳が見納めなのは残念だ。

 一方で彼女のお守りがこれまでどれだけ手間だったか思い出してしまい、敦盛は顔をしかめる。

 

「あのな瑠璃姫、これからはもう面倒は見れない。だから今日からはしっかり生きていけ、――俺が居なくても、だ。」

 

「そう、それで?」

 

「…………え、何だそのニヤツいた顔。きもいぞ」

 

「その言葉、後で後悔しないと良いわね」

 

「は? いや良いか。お前は天才なんだからさ、これからはまともに学校に通って、ちゃんと大学行って、就職してオジさんに迷惑かけない生き方をしろよ」

 

「で?」

 

「で? いや分かれよッ! 俺は今から身を隠すッ、だからテメーの世話は自分でやれって事だよッ!!」

 

「大変ねぇアンタ、小父さんの借金一億五千万、それも全部ガチャで国中どころか海外の闇金にまで借りて」

 

「分かってんなら――――おい待て、何で知ってるッ!? というか額が増えてるじゃねーか、しかも海外の闇金!? なんで知ってるんだテメェッ!!」

 

「ちょっ!? そんな勢いで揺らさないでっ!? 脳細胞が死んじゃうっ!? 天才の脳細胞が死ぬとか世界の損失よっ!?」

 

 血走った目で、敦盛は彼女の華奢な肩を揺さぶった。

 瑠璃姫からしてみれば頭は激しく揺れるし、全裸なのでぶらぶらする股間は見えるし最悪である。

 

「おいテメェ……、何か知ってるだろ、絶対に何か知ってるだろッ!!」

 

「手を離しなさいってばっ! 話すから離しなさいよ、痕が残ったらどうしてくれるのよお嫁にいけないじゃないっ!」

 

「はん、テメェが嫁になんていけるかよ社会不適合者、精々、エロライブチャットで小銭を稼ぎながら惨めに死んでいけ」

 

「エロライブチャット何処から出てきたのよっ!?」

 

「いや、俺が将来計画してた事だが? だってこのままだとババアになるまで引きこもりだろお前、だから三十になる前に老後の資金を稼がせようと、な?」

 

「サイコパスっ!? アンタ絶対サイコパスよっ!? こんな可愛くて美人な幼馴染みのお世話してるのに、どうしてそんな発想が出てくるのよっ!? つーかアンタ、アタシの頭脳を何だと思ってるワケっ!? 日本やアメリカだけじゃなく世界中の研究機関から引く手数多の天才を何だと思ってるのっ!?」

 

「自意識過剰で性格バカな面倒くさい女」

 

「もっとアタシを敬いなさいよぉっ!?」

 

「そういう所だぜ?」

 

 ぐちぐり文句を言う瑠璃姫に、敦盛は盛大なため息を吐き出した。

 そう、彼女は天才だ。

 引きこもっているのも、別に母を亡くした所為ではない、勿論アルビノの美貌をからかわれて幼心が傷ついた……訳でもない。

 

『はぁ? なんでアタシが三歳で理解した事をわざわざ出かけて学ばなきゃいけないの? バカじゃないの? あ、あっくんはアタシと違ってバカだったわねメンゴメンゴ』

 

 と小学校高学年になる頃には登校を拒否、中学も同じく高校二年の今に至るまでテストの時しか登校していないのだ。

 そして、引きこもって何をしているかと思えば。

 

『あっくん! 今日は好感度を計る眼鏡を開発したわ! 試してきな――――あ、ごめん三秒後の爆発するわ』

 

『今すぐステーキが食べたいわ、買ってきて作ってよあっくん』

 

『今すぐパンツを脱げ? ヘンタイになったのあっくん? え、違う……一週間同じパンツ履くな? ええぇ……一々洗う方が非効率的じゃない? そうそう病気にならないってデータで出てるんだから』

 

 等々。

 変な発明をしては、敦盛を巻き込み。

 食事の世話も敦盛任せ。

 更には洗濯や掃除、はたまた学校からの各種通達も敦盛を介してだ。

 

(しかも勝てない癖に勝負を挑んでくるんだよなコイツ、勉強以外の全てがダメダメだってのに…………うん?)

 

 そして彼は気づいた、確かに彼女はアホだ。

 幼馴染みで美少女で巨乳で柔らかで良い匂いがするが、世界有数と幼い頃は騒がれていた天才ではあるが――アホだ。

 その彼女が、父の借金の事を敦盛以上に知っている。

 

「………………おい、お前まさか親父を唆したりしてないよな?」

 

「唆す? 変な事を言わないで、アタシがしたのはアンタのお母さんに似たキャラが出てるソシャゲを紹介しただけよ、ついでに闇金のリストもね」

 

「うーんこの、今すぐぶち犯すぞこのアマ。今日がテメェのハメ撮りAVデビューの日だぞ?」

 

「あらそう? 小父さんの借金を肩代わりして払った領収書と、お給料を働く前に出してくれる好条件の就職先を持ってきたんだけど…………、全部ナシにして良いわよね? サービスで借金一本化して『ヤ』の付く自由業の人達にアンタ名義で渡そうと思うんだけど」

 

「何が望みだ瑠璃姫、姫って柄じゃ全然無いのに名前にナチュラルに姫が付く瑠璃姫さんよ。肩を揉むぞ? 足を舐めるか? それとも望むなら今からお前の前でオナニーするが?」

 

 見事な全裸土下座だった、白旗降伏であった。

 そんな敦盛を彼女は満足そうに見下ろして。

 

「よろしい、では今から面接を始めようと思いますっ! 月収百万前渡し昇級アリ家賃手当保険手当アリ食事手当アリのラッキーな求人は先着一名のみよっ!」

 

「よし乗ったァッ!!」

 

 完全に踊らされいる、だが乗るしかないこのビックウェーブに。

 敦盛は全裸で万歳三唱した。

 

「その前に着替えなさいよ見苦しい」

 

「おっとそうだった」

 

 ともあれ、彼女の言う面接とやらが始まったのであった。

 

 



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第4話 理由

 

 

 服を着直した敦盛であったが、冷静になると疑問は浮かぶ。

 出しっぱなしの炬燵を挟み瑠璃姫の向かいに座ると、率直に投げかけた。

 

「始める前に疑問に答えてくれニート」

 

「アンタ……アタシを一々ディスらないとダメなワケ?」

 

「お前がお前で、俺が俺である限り……俺はお前にマウントを取る事を止めないッ!!」

 

「あらそう、じゃあ借金は良いのね」

 

「おっぱい揉ませてくれ」

 

「それ誉めてるつもりッ!? それでアタシが喜ぶと思ってるのッ!? というかアンタ好きな人が居るんでしょうが!! あの子にもセクハラするの!?」

 

「は? 何をバカ言ってるんだ。あの人はこの世に生まれた聖女、セクハラするのは恋人になってからだ」

 

「頭痛い……、隣の席になっても見てるだけの癖によく言うわよね。それでいつか恋人になれるって思ってるのも、セクハラしようとしてるのも全部キモイ、死ねば?」

 

「ぐぐっ、言うてはならん事を……ッ!! お腹たぷたぷするぞゴラァッ!!」

 

「それで脅しになるって考えてるのがアンタの限界ね」

 

「え、今日はお腹たぷたぷして良いのか?」

 

「したら殺す」

 

「脅しになってるんじゃねぇの? まぁいいか、それより質問に答えろよ。――この事はオジさんは知ってるのか?」

 

「父さん? 勿論知ってるわよ、だって小父さんが行ったのは父さんの店の一つだもの」

 

「あぁ……、そういやそうだったッ!! なんで気づかなかったんだ俺ッ!!」

 

 瑠璃姫の父、もとい『母』の職業はオカマバーの経営者だ。

 という事は、この茶番は最初から全部仕組まれていたのか。

 

「ちょっと、何か変な誤解してるでしょ」

 

「誤解? 何が誤解か言ってみろよ」

 

「そもそも小父さんが小母さんの死を拗らせて、似た人に貢ぐのはいつものコトじゃない」

 

「…………まぁ、そうだが」

 

「そりゃね、アタシもしまったと思ったのよ。父さんとの約束で聞かれても答えないってコトになってたのに、喋っちゃったから」

 

「つまり……故意では無いと?」

 

「そうよ、でも聡明なアタシは考えたの。これを期に大火傷をしたら流石に懲りるんじゃないかって」

 

「巻き込まれる俺の事をもっと考えろ?」

 

「だから金さえ払えば何とかなる闇金をリストアップして後で渡して、アンタにもこうして稼ぐ宛を斡旋しようとしてるんじゃないっ! 感謝しなさいよ!!」

 

「ありがた迷惑って言葉知ってるか?」

 

「どうもありがとう天才美少女瑠璃姫様、って言う単語なら知ってるわ!」

 

 胸を張るゴス女に、敦盛は訝しんだ。

 確かに、母の死に起因する父の奇行を敦盛は止められなかった。

 なので、彼への被害を考えなければ父への良いお灸となっただろう。

 だが。

 

「確かに俺とお前の親は仲が良い、俺にとってもオジさんはもう一人の親父だし、きっとお前もそうだろうと思ってる」

 

「へぇ、アンタにしては殊勝な言葉じゃない」

 

「けどな、だからってお前が手を出す問題じゃないだろう。これは俺たち親子の問題だ。――何を企んでる」

 

「やっぱり気づくわよね、いいわ教えて上げる」

 

「やけに素直だな」

 

「ええ、隠すとアンタは暴走するもの」

 

「そうか?」

 

「そうよ、アタシも大概な自覚はあるけど。アンタもアンタで自覚しなさいな」

 

「お前に言われたくねぇ」

 

 むすっとふてくされる敦盛に、彼女は神妙な声色で続けた。

 

「――――ねぇ、あっくん。知ってた? アタシはアンタが嫌なの、それこそ顔を見るのも嫌な程」

 

「その割には、俺を家政婦みたいに使ってたよな」

 

「だから考えたの。……父親思いのあっくんなら、小父さんの借金返済を自分も手助けするって」

 

「そうか? 俺は逃げる気満々だったぞ?」

 

「嘘ね、安全を確保してからお金を稼ぐ気だっただけでしょ」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定と捉えるわ」

 

「チッ、だがそれがテメーの企みとどう繋がる?」

 

「あら、まだ分からないの?」

 

「そうとも、この愚かな俺に教えてくれるか?」

 

「簡単な事よ」

 

 瑠璃姫はソファーから立ち上がり、敦盛をビシっと指さして。

 

 

「アタシには夢があるっ、一生好きなことだけして引きこもって生きていくという夢があるっ! だから――――アタシの命令を何でも聞くペットになりなさいあっくん!! 借金一億はマジなんだから、ノーとは言わせないわっ!!」

 

 

「ふざけんなド畜生おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 あまりにあまりな理由に、敦盛は思わず叫んだ。

 叫ばずにいられようか。

 彼を縛り付ける為に、何処の誰が大金を積み上げるというのか。

 しかも、月収百万を払うとも言っているのだ。

 

「お前バカか? マジでバカなのかッ!? そんだけの為に親父の借金見過ごして――いやこれは親父の自業自得だから良いけど、その借金払ったのか? マジかよテメェッ!?」

 

「バカとは失礼な、――アタシは正気よ」

 

「さてはお前……俺の事が好きなのか?」

 

「は? 寝ぼけてるのアンタ? ちょっとトイレ借りていい? 吐き気がしてきたんだけど?」

 

「そこまで真顔で言われると、ちょっと悲しいんだが?」

 

「アンタに使い勝手の良い駒以上の感情があるワケ無いじゃない、自惚れも程々にしないと恋人も出来ないわよ? あ、だから告白すら出来ないのねアンタ」

 

「テメェ……、さては喧嘩売ってるな?」

 

「あっくんを月百万で買うんだけど?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 睨む敦盛、余裕の笑みで態とらしく腕を乳の下で組み強調する瑠璃姫。

 そして。

 

「同い年の美少女のペットになる仕事よ、やるのやらないの? 言っておくけど断ったら利子はトイチだから」

 

「嘘じゃない証拠は? そもそも何でそんなに金を持ってるんだ」

 

「言ってなかったかしら? アタシは天才だから特許で年収億単位で稼いでるのよ? 必要なら幾らでも証拠を出せるけど?」

 

「何で俺なんだ」

 

「ふっ、そんなの決まってるでしょう。……この天才のアタシが負け続けて十年以上っ!! アンタをこき使うコトこそ復讐になるのよっ!!」

 

「月に百万も払って?」

 

「そんなのアタシにとって三秒で稼げるわ」

 

「やっぱ俺の事が好きなんじゃねぇの? もしや知らぬ間に俺はお前に愛されてた? でも……ごめんな、俺、好きな人が居るから」

 

「寝てないのに寝言なんて器用なバカねあっくん」

 

「やっぱ喧嘩売ってるな? ん? ん? 拳で解決すっぞ?」

 

「じゃあこの契約書と持ってきた百万円は持って帰るわね」

 

「足を舐めれば良いんだな?」

 

 そうして、敦盛は高校生にして月収百万。

 幼馴染みの美少女のペットになる仕事に、就職する事になったのであった。

 

 



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第5話 契約締結

 

 

 雇用が決まったならば、次は契約書だ。

 敦盛は瑠璃姫が用意した書類を熟読しながらサインをしていき。

 

「しっかり判子押すのよ、あ、母音でも良いわよ」

 

「え、俺の乳首をッ!? 変態め男の乳首を要求するとはッ!!」

 

「アンタ脳に精子でも詰まってるワケ? 減額するわよ」

 

「…………おっぱいをしゃぶろうか瑠璃姫様? それぐらいの屈辱なら喜んで受け入れ……、受け、受け入れ――――くっ、ダメだッ! いくら外側が綺麗だからって俺はッ、俺はなんて情けない男なんだッ! 許してほしい……お前のおっぱいをしゃぶる勇気を持てない情けない男と罵って貰っていい……」

 

「誰がしゃぶらせるかバカっ!! というか相手がアタシ以外だったらしゃぶるってーのっ!?」

 

「は? 勿論だが? 特に隣のマイスイートハニーなら例え脇部先生に止められても断固実行するが?」

 

「今の録音しておいたから、脇部先生とあの子に送っておくわね」

 

「マジでヤメロォッ!? 俺の社会的立場が死ぬぅッ!? クラスカーストが最低辺に落ちるだろうがッ!?」

 

「いや、ウチのクラスはクラスカーストもクソも無いでしょうが。他のクラスと同じでバカ騒ぎ大好きクラスでしょ」

 

「だよなぁ…………ああん?」

 

 あれっ、と敦盛は書類から顔を上げた。

 今のは少し聞き流せない台詞だ、何せ彼女は学校に通ってなくてクラスメイトとの接点も無い筈で。

 

「――うん? なんで引きこもりの癖に知ってるんだ? 先生はともかくハニーの連絡先まで何で知ってる?」

 

「え、登校してないだけでクラスの女子とは仲が良いけど? オンラインで勉強見てあげる時もあるし、偶にはアンタの言うハニーとお出かけするわよ?」

 

「なんで俺を誘わねぇんだよッ!! ――はッ!? まさか俺がハニーを口説くのに嫉妬してる……?」

 

「アンタってばホントに頭が精子でお花畑なのね、お情けで良いこと教えてあげるけど――あの子、好きな人居るわよ?」

 

「ぐはッ!! し、しししし、知ってるしッ!! そんなの知ってるしッ!!」

 

「うぷぷぷーー、ウケる動揺してやんのーーっ!! ところで好きになった瞬間って?」

 

「いや、ハニーがな。いつもツルんでる馬鹿の事、すっごい切ない顔で愛しそうに見てる時あんだよ。――――それが、とても綺麗に思えたんだ。思わず抱きしめたくなって、幸せにしてやりたいなって」

 

「うわキモ……、っていうかそれ出だしから詰んでない?」

 

「言うなッ!! 友情と恋愛に悩む高校生らしい青春送ってるんだよッ!! お前のペットになるなんて予定外だってーのッ!! おら署名して判子押したぞ、受け取れ畜生ッ!!」

 

 雇用契約書を叩きつける敦盛、彼女はそれを折り畳むとスカートのポケットに入れ。

 

「そこは胸の谷間に挟むとか、サービスする所じゃねぇの? テメー本当に高校生男子を飼うご主人様の自覚あんのか? 巨乳美少女のアドバンテージを理解して男心を弄ばないとか、人生舐めてる訳?」

 

「なんでアタシ叱られてるのよっ!? というかどんな文句っ!? どんな思考したらそんな言葉出てくるワケっ!?」

 

「おっぱい」

 

「思春期の高校生かアンタはっ!!」

 

「いや思春期の高校生だぞ俺もお前も」

 

「確かに……じゃないわよっ! あーもう、あっくんと話してると疲れるってもんじゃないわよ……」

 

「すまん……俺のチンコ揉むか? スゲー嫌だけど、幼馴染みのよしみで我慢するぞ?」

 

「下ネタ絡めないと喋れないの?」

 

「ああ、お前と話す時だけ下ネタを言わないと俺は死んでしまうんだ」

 

「あの子に言うわよ」

 

「ほう、信じるかな? 俺は彼女に紳士に接しているぞ?」

 

「……もう一つ教えてあげる。アンタのそれ売れない芸人のコントみたいで逆に微笑ましいって」

 

「……………………え、マジ?」

 

「マジマジ、大マジよ」

 

 心の底から哀れむような表情に、敦盛は思わず己の顔を両手で覆って天を仰ぐ。

 馬鹿な、そんな馬鹿な、パーフェクトなコミュニケーションで好感度を稼いでいたと思っていたのに。

 

「いっそ……殺せ……」

 

「アンタ、アタシのペットなんだから今ここで自殺しないでよ? 迷惑するのはコッチなんだから、遺書にはアタシは関係ありません、むしろ感謝してますって書いてから死んで」

 

「そこは止めてくれよォおおおおおおおおお、幼馴染みだろおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「あ、そうそう死ぬ前に一つぐらいご主人様の命令を聞きなさいよ」

 

「くっ、俺はこんなにも傷ついているのにッ、血の涙もねぇな、何でも言えよご主人様ッ!! やぁあああってやるぜッ!!」

 

「泣くのか熱血するのかどっちかにして、まぁ楽にしなさい、今日はサービスでマッサージしてあげる」

 

 そう言うと彼女は書類を入れていた紙袋から棒状の器機を取り出す。

 魔改造されてるとはいえ、敦盛にはその形状に大いに心当たりがある。

 

「女の子が電マでマッサージ……、AVで見たシチュだなッ!!」

 

「ふふっ、そんなセクハラ発言をほざけるのも今のウチよっ! 見なさいこの新機能をっ!!」

 

「AVで良く見る電マに新機能だとっ!? それはいったい何なんだ博士ッ!」

 

「一つ目っ、強化されたバイブレーション! 威力は既製品のおよそ十倍っ!」

 

「わおッ! そいつは強力だぜッ!! それでアヒンアヒン言わせる訳だなッ!!」

 

「そして二つ目っ! チンコ型アタッチメントを装着っ!!」

 

「女の子がチンコなんてはしたないと思わないか?」

 

「黙まらっしゃいセクハラ男っ! これは伸縮自在、膨張自在の優れ物っ!」

 

「…………それ、単品として売った方が良くない?」

 

「ふっ、アタシを甘くみないで。もうアダルトトイ会社に売ったわ、かなりの金額でよ。――そう、アンタの給料はこのハイパーちんこ君で出来ているの……」

 

「名前ダサッ!?」

 

「そして三つ目……、快楽のみを与える電流!! これぞ最強のマッサージ棒っ!!」

 

「俺に散々セクハラだの精子脳とか言っておいて、テメェはエログッズしか開発してねぇじゃねぇかっ!!」

 

「下手に開発すると研究機関が五月蠅いのよっ、それに金になるのよアダルトグッズ! 仕方ないでしょっ!!」

 

「あ、なんかスマン」

 

「というワケでぇ――今からこれでアンタを癒しちゃいまーすっ!! さあケツを丸出しにするのよあっくん! アンタを雄豚ペットとしてしつけてあげるわ!」

 

「うおおおおおお、これが初めての仕事! 百万の仕事だなッ!! やぁああああってやる――――って言う訳ねぇだろがド畜生おおおおおおおおおお!!」

 

「ま、言わば今度売り込む新製品のモニターね、実験台になりなさいよペット」

 

「それペットと書いてモルモットだなッ!? 実験台と書いてモルモットってやつだなッ!?」

 

「さぁ、さぁさぁさぁっ! 今日から男の子のバイバイしなさぁ~~いっ!!」

 

 超魔改造電マを持ってにじり寄る瑠璃姫に、敦盛は盛大に顔をひきつらせた。

 

 



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第6話 仁義無きチャンバラ

 

 

(ぬおおおおおおおおおおッ、超絶ぬかったァアアアアアアアアアアアアアア!! これかッ! これが目的だったのかコイツッ!?)

 

 敦盛は激しく後悔した、月収百万の各種手当てマシマシの美味しい仕事。

 実の所、小指の先ぐらいは期待していた。

 何せ溝隠瑠璃姫という女の子は、神秘的な巨乳美少女の外観の持ち主。

 そんな彼女のペットとくれば、好きな人が居るとはいえ色々と期待してしまう。

 

(一億の借金ッ、百万円はもう受け取ってしまったッ、退路が無ェッ!!)

 

「ほらほらぁ、どうしたのあっくん? あっくんはアタシのペットになったんでしょ? ご主人様が可愛がってあげるわよ、それにお望みのエッチなシチュエーションよ喜びなさい?」

 

「喜べるかドアホッ!? いやああああああ、そんなもの近づけないでェエエエエエエエエエエ!?」

 

「ほれほ~~れ、アンタに逃げ場はもう無いのよっ、一生アタシの世話しながら実験台として弄ばれなさいっ!!」

 

「こ、断「トイチ」卑怯者めッ!!」

 

 瑠璃姫は天才だ、どんな用途でどんな機能の物も高性能で仕上げる。

 ――偶に失敗して爆発するが。

 ともあれ、今回はそこまで複雑な構造をしていないと素人の敦盛でも判断できる。

 故に。

 

「童貞を卒業する前に、処女を喪うのか俺はッ!?」

 

「これまでアタシにセクハラ三昧してきたツケを払う時が来たのよ、――大人しくしてれば天国に連れて行ってあげる」

 

「ぬおおおおおおおおおおおッ! お、俺はどうすれば良いんだッ!!」

 

「観念するのねあっくんっ!! 今日こそがアタシが勝利者となる時っ!!」

 

(何か…………何かないのか起死回生の手はッ! 駄目だ駄目だ駄目だッ、俺には守るべきケツの穴があるんだアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! )

 

 その時であった、追い込まれた敦盛の脳裏にスーツ姿の男性が浮かぶ。

 

(せ、先生ッ! 俺の心の中の脇部先生ッ!!)

 

(いやぁ君も追いつめられてるねぇ敦盛君、先生、何だか懐かしくなってくるなぁ)

 

(ヤバッ、俺の妄想の筈なのに妙にリアルッ!?)

 

(それだけピンチだって事さ、今の僕は敦盛君の走馬燈みたいなモノだから)

 

(走馬燈でも何でも良いから解決策を教えてくれ先生ッ! 先生なら知ってる筈だッ!!)

 

(仕方ないなぁ敦盛君は、前にも言っただろう? もし恋人にお尻の穴を狙われた時、その解決法は一つだけだって)

 

 虚像の担任教師と敦盛の心が重なる。

 

((掘られる前に反撃して降参させろ!!))

 

 この間、おそよ一秒である。

 次の瞬間、敦盛は俊敏に動いて食卓に置きっぱなしであった父の電マを回収。

 それを剣の様に両手で握りしめ、瑠璃姫に対峙。

 

「――――覚悟しろよご主人様よォ」

 

「へぇ、減額されてトイチでも良いんだぁ」

 

「馬鹿言うなよ、俺がペットだぜ? ……飼いたてのペットと言えばご主人様に噛みつくのが仕事だろうが」

 

「ふぅ~~ん? つまり勝負をしろって? 勝ったらケツの穴は狙わないと誓えって?」

 

「そうだ、それだけで許してやるよ」

 

「随分と生意気なペットね、――でも立場は依然としてアタシが上、どうしてその勝負に乗らないといけないわけ?」

 

「ははッ、また負けるのが怖いのか? 勉強以外で俺に勝てた試しが無いもんな、せっかくペットにしたのに負けるなんて無様だもんなァ」

 

「――――吠えたわね、あっくん?」

 

 刹那、瑠璃姫の纏う空気が変わった。

 形の良い眉をつり上げ、赤い目を爛々と輝かせ百年の恋も冷めるような鬼の形相。

 同時に、彼女の持つ魔改造電マが唸りを上げバチバチ火花を散らし。

 

「「いざ尋常に――――、勝負!!」」

 

 炬燵を中心に、両者はゆっくりと周りながら対峙する。

 

(身体能力は俺が上だ、だがコイツの計算能力は未来予知の領域)

 

(――あっくんは距離を詰めて突き、アタシはそれを左手でガード。いえ、駄目よ後ろに下がるべきだわ)

 

(多分、普通にチャンバラしてたら勝てない。なら俺の電マを捨ててアイツのを奪う……のも読んでるなきっと、だから――――)

 

(三手目であっくんは電マを態と落として気を引いてアタシのを奪う、同時にスカートめくりで不意打ち、だから金玉を蹴るっ!)

 

 やがて二人は制止し、同時に炬燵と食卓の何もないスペースへ飛び出す。

 

「っしゃオラァアアアアアアアアアアア!!」

 

「電マを投げるパターンも読んで――っ!? っ、きゃあっ!? ぬおおおおおおおおおおおおおっ!? なんでおっぱいと股間を手で直接狙ってくるのアンタはっ!?」

 

「テメェ相手にまともに戦ってられるかッ!! 電流がどうした震動がどうしたケツの穴もくれてやるッ!! だがその前におっぱい揉むしこのゴットフィンガーでで潮噴かせてやらぁああああああああああああああ!! AVで見よう見まねで覚えた手つきを味わうがいいッ!!」

 

「ヘンタイヘンタイヘンタイっ!! あの子にチクるからねっ! こっちに来ないでよバカバカバカぁっ!!」

 

「ひゃっはああああああああああああ、どーせ破滅するなら今日がお前の素人AV撮影日じゃあああああああああいっ!!」

 

 尋常に勝負とはいったい何だったのか、敦盛は執拗に瑠璃姫の服を掴もうと追いかける。

 彼女としては逃げるしかない、だが――身体能力としては敦盛の上。

 その上、貞操を狙われて冷静に対処出来なくなった瑠璃姫は思わず。

 

「こっちに来ないでってばっ、これでもくらいなさいっ!!」

 

「はいキャーッチっ!! そして俺のも回収ッ!! これでダブル電マだァ!!」

 

「しまったっ!? ひ、ひいいいいいぃ!! 来ないでぇっ!?」

 

「カカカッ、もう逃げ場は無いぞ…………!! いや誘ってるのか? そこの後ろは俺のベッドだぜ?」

 

「ふぇっ!? しまっ――――躊躇無く押し倒すなっ!?」

 

「ふふふッ、自分で発明したエロアイテムで快楽落ちするがいい……」

 

「や、やめーーーーーっ!? 洒落になってないからぁっ!? 待てっ、スカート延びちゃうパンツを脱がそうとしないでええええええええええ!? 一時休戦っ! 一時休戦しましょうっ! そうっ、月収百十万! だからチャラ! チャラにしましょう!!」

 

「…………ほーう? 処女とお別れする挨拶はそれで良いのか?」

 

 にたにたと下卑た笑顔をする敦盛に、瑠璃姫は涙目で告げる。

 

「アンタ、マジでそのまま犯したら警察に映像持って駆け込むから」

 

「………………あー、キャメラ、何処かに、アルゥですネー?」

 

「動揺したわね? ブラフだと思うなら犯しなさい、父さんにも自動転送するように処理してあるから」

 

「………………………………マジ?」

 

「逆に聞くけど、嘘だと思う? アタシが何の保険も無しにアンタをペットにすると思う? この天才であるアタシが?」

 

「う、うーん?」

 

 敦盛の額に冷や汗が大量に流れる。

 

(コイツはともかく、恩ある小父さんを悲しませるとか出来ねぇッ!! コイツはともかくッ、コイツが堕落の末に俺に唆されてエロライブチャットで稼ぐようになるなら兎も角、小父さんに娘を犯す姿をお届けとかどんな鬼畜の所行だよ俺罪悪感で生きていけないってーーの!!)

 

 ごくりと唾を飲み込み、彼は彼女のスカートを掴む手をゆるゆると離して。

 そろりそろりと距離を取った。

 ゴトリと電マを床に置き、――――土下座。

 

「あー、その……、どうか俺の童貞を貰ってください?」

 

「まだセックス諦めてないのアンタっ!? その根性だけは認めてやるわよ精子脳っ!!」

 

「へへっ、照れるな」

 

「誉めてないっ!!」

 

「ところでご主人様? そろそろ晩飯でも作ろうと思うんだけど何が良い? カレーとカレーとカレーのどれだ?」

 

「カレーしか無いじゃないのっ! スープカレーにしなさいっ!」

 

「あいよ、ところで…………マイスイートハニーには」

 

「蒸し返すと言うわよ、というかあの子のことハニーとか言うの止めなさい、勘違いキモ男過ぎて警察に通報したくなるわ」

 

「今すぐメシ作る! 俺は瑠璃姫の忠実なペットだからなっ!」

 

 敦盛のペット生活初日は、ぐだぐだのまま終わったのであった。

 

 



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第7話 追加規約

 

 

 そして二日目である。

 登校にも朝食にすら早い時間に叩き起こされた敦盛は、珍しく制服姿の瑠璃姫を目撃する事となった。

 

「今日はテストだったか?」

 

「普通の授業の日よ」

 

「…………俺はまだ寝てるのか、起こすときはノーパンノーブラで媚び媚びにしてくれ」

 

「アンタをノーパンノーブラで登校させるわよ?」

 

「…………」

 

「いやなんで黙ったのよ?」

 

「――――うええええええええええええッ!? 瑠璃姫がこの時間に起きてるううううううううッ!? 遅刻かッ、遅刻だなッ!? それとも雪か畜生ッ!!」

 

「馬鹿ね、昨日アンタの身に何が起こったかよーく考えてからモノを言いなさい。ボーナス無しにするわよ」

 

「ボーナスあるのかッ!? いやっほおおおおおうッ!! この世の春じゃッ! こんなチョロい奴の性奴隷になるだけの仕事でボーナスなんてこの世の春じゃッ!!」

 

「ボーナスカットね」

 

「なんでッ!?」

 

「いや分かれよ理解しろよおバカっ!? アンタはアタシに絶対服従のペットでしょうがっ、なに朝っぱらからご主人様ディスってんのよっ! というかソレよソレっ! 追加で十万上乗せしてあげるからルール追加させて貰うわよっ!!」

 

 ウキーと叫んだアルビノ美少女、制服をムチっと盛り上げる胸ときゅっと締まった腰、スカートをさりげなく押し上げる臀部が大層魅力的ではあるが。

 

「ルール追加は良いが、ちょっとこの紙袋を被って三十分程、雌豹のポーズしてくれねぇかご主人様?」

 

「誰がするかっ!! というか紙袋にあの子の写真貼ってるんじゃないわよっ!? そういう所よホント、マジそういう所がアンタがクラス非モテランキングトップなのよっ!」

 

「俺知らねぇよそのランキングッ!?」

 

 思いもよらない情報に、敦盛は目が飛び出る程驚いた。

 そんな彼の姿に、瑠璃姫は冷たい視線で言い放つ。

 

「だってクラス女子オンリーのライングループの話だもの、知ってる方がキモいでしょ」

 

「つまり俺は今この瞬間、キモくなった?」

 

「最初からキモいからトップから殿堂入りになっただけよ、ちなみにアンタが好きなあの子は言うまでもなくクラスの女子全会一致だったから」

 

「ふぇぇ……、もう学校いけないよぅ…………」

 

「そ、じゃあ登校する時はアタシの鞄持ってね」

 

「そこは幼馴染みとして、大丈夫おっぱい揉む? っって優しくしてくれるシチュじゃねぇの?」

 

「好感度が足りないわね、――じゃないわよ、話を戻すわよ。着替えながらで良いから聞きなさい」

 

「あ、マジでルール追加すんのな」

 

 すると彼女は、額に青筋を立ててギロっと睨んだ。

 この幼馴染みは昨日の出来事を忘れてしまったのだろうか、ペットという名目とはいえ就職したのを忘れているではないだろうか。

 

「追加しないとアンタ絶対ルール悪用するでしょ、というか仕事舐めてるの? 昨日サインした書類は弁護士にも監修して貰ったマジモンよ、アタシのさじ加減一つで懲戒免職からの裁判で借金倍増まで確定なのは心しておきなさい」

 

「そこまで確定ッ!? ……――しゃーねぇ、金の問題だもんなぁ。じゃあ着替えるからそこのパンツ取ってくれね?」

 

「ああコレ? ――って、アタシのパンツじゃないっ!? くのっ! くのっ! くのっ!! 地獄に堕ちなさい何時盗んだのよっ!?」

 

「いやテメー昨日忘れていっただろ、ご丁寧にパンツ二枚履きしてやがって男心舐めてるのかッ!!」

 

「二枚履いてて正解だったじゃないっ!! というかその場で返しなさいよ変態っホント信じられないっ!? 変なことに使ってないでしょうねっ!?」

 

「あー、メルカリの出品は取り消しておくわ」

 

「もしもし警察ですか?」

 

「困ります困りますご主人様ッ!? あー、困ります、小粋なジョークだったんです、何でもするから許してチョンマゲッ!!」

 

 器用にも制服を着ながら土下座する敦盛、床でもぞもぞと蠢く姿に瑠璃姫は頭が痛くなってきたが。

 何はともあれ、言うべき事は言わなければならない。

 彼女はビシっと指さして叫んだ。

 

「追加項目第一条っ!! アタシにガチ恋禁止!」

 

「いやそれは無い」

 

「追加項目第二条っ!! アタシを犯したら裁判と賠償コース!!」

 

「ば、馬鹿な……、エロい事して主従逆転するという完璧なプランがッ!? 俺の自慢のチンコの出番はッ!?」

 

「んなもん来世でも無いわよ追加項目第三条っ! アンタが恋愛したり結婚するのは自由っ!!」

 

「つまりお前に惚れなければ良いと? 簡単じゃねぇか」

 

「昨日アタシを犯そうとしたのは誰だったかしら?」

 

「いやアレはあくまで電マで責めるだけの予定だったから、そもそも幼馴染みじゃん俺ら。ガチ恋とか肉体関係とか対象外だろお互いにさ」

 

「後半は同意するけど前半に関してはアンタの脳に問題あるんじゃない?」

 

「そうか? 女の子に電マ使ってみたいという全国の高校生男子の夢を叶えようと思っただけだが?」

 

「捨ててしまえそんな夢っ!! ともかくっ、アンタはアタシにぎゃふんと言ってれば良いのよっ!!」

 

「ぎゃふん」

 

「心が籠もってない」

 

「かー、残念だなぁおっぱい見せてくれたらぎゃふんって心の底から言うんだけどなぁ、残念だなぁ!!」

 

「くぅ~~~~、この駄犬がっ」

 

 余裕綽々の敦盛に、悔しがっていた彼女は次の瞬間ガラっと雰囲気を変えて。

 彼がそれを不思議に思う前に、ワイシャツの胸元の釦を外し始めた。

 

「…………瑠璃姫? いったい何をしてるんだ? まさか本当に?」

 

「ふふっ、後悔するのはアンタの方よ心の底からぎゃふんと言わせてやるんだから」

 

「え、ええっ!? もうブラもお腹も見えちゃってるぞッ!? これは俺得展開ッ!?」

 

 敦盛の熱い視線が瑠璃姫の白い肌、胸の谷間に突き刺さる。

 それを誇らしそうに笑い飛ばしながら、彼女はぺろりと舌なめずりして。

 

「ねーえーあっくん? アタシお腹空いちゃったぁ……、今すぐフレンチのフルコース作ってぇ」

 

「お、おっぱ胸ェッ!? お、おおお、おっぱああああああッ!?」

 

「作ってくれたら、ご褒美……あ げ る」

 

「ご褒美は先払いで良いで――――はぅあッ!? そういう事かガッデムッ!?」

 

「何の事かしら? ね、あっくん、ふふっ、ベッドの上で耳元で愛を囁いて欲しい? それとも……アタシを押し倒しちゃう?」

 

「ぬあああああああああああああッ!? ド畜生オオオオオオオオオオオオオッ!! 追加規約はこれが目的かッ!? 生殺しじゃねぇかッ!!」

 

 妖艶に誘う処女に、しかして手を出してはいけないルールと状況に。

 敦盛は為す術なく股間を堅くするだけであった。

 

 



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第8話 アンタなんか嫌いよ

 

 

(おおおおおお、落ち着け俺ェッ!! おちおちおちオチンコォ!? じゃなかったクールに、クールに行こうぜもう駄目だァッ!!)

 

 率直に言おう、敦盛は非常に動揺していた。

 ワイシャツ越しに押しつけられた柔らかな乳房の感触、その暖かみ。

 頭一つ分背が高い所為で、瑠璃姫の銀髪から香る甘い匂い。

 

(くらくらする……、コイツってこんなにエロかったっけェッ!?)

 

 というか。

 

(なんかこう演技だって分かってるのに甘えんぼ系で誘われるとむっちゃ可愛く見えてくるんですけどッ!?)

 

 これは演技、敦盛を敗北へ誘う策略だと分かっていても鼻の下は延びるし今すぐ押し倒したい衝動が襲う。

 

「もぅ焦らさないで……、アタシ(お腹が空いて)我慢出来ないの…………」

 

「ぎゃーーッす!? 耳元で囁くなッ!? 童貞虐待法違反だぞ瑠璃姫ッ!?」

 

「童貞? そんなの関係ないでしょ? だってアンタはアタシのとーーっても可愛いペットになったんだもの」

 

「こひゅー、こひゅー、こひゅー」

 

「心臓がばくばく言ってる……よく聞こえるわ」

 

「あああ死ぬんだ……俺、ここで死ぬんだ……」

 

 ぴとっと彼女が敦盛の胸板に耳をくっつける、それと同時に足を絡ませて、自然と巨乳も強く押しつけられて。

 彼としては硬直するしかない。

 

(落ち着けェ……マジで落ち着け俺ッ、手を出したら借金倍増ッ! というか俺の理性が切れてマジで犯したら泣くだろコイツ、俺は前科一般で罪悪感マシマシで学校も退学どころかクソ親父に迷惑かけるッ! そこまで読んで誘惑してるよなコイツはッ!!)

 

 この状況を解決するのは簡単だ、腕力で振り払って朝食の支度をすればいい。

 昨日の残りのカレーを出せば良いだけだ。

 だが、――彼女を振り解くだけの行為が酷く億劫である。

 なにより。

 

(負ける? この俺が? この頭とツラだけのバカに? ちょっと誘惑されただけで……負ける?)

 

 認めよう、これは価値ある敗北だ。

 早乙女敦盛は攻めに強いが守りに弱い、それを自覚出来ただけでも僥倖。

 ――体から、興奮が冷めていく。

 

(うん? 切り替えたわねコイツ素直に誘惑に負けてれば良いものをっ)

 

 天才でも無い、金も無い只の少年に出来ることは何か。

 敦盛の脳裏に再び恩師の言葉が蘇る、勝つための、否、せめてドローに持ち込む道筋を描く為に。

 

『君たちもそろそろ理解する事だろう、――僕ら人一人が出来る事なんて限られてるって。それは恋愛においても同じだよ』

 

 続いて脇部先生はこうも言っていた筈だ。

 

『もし相手に敵わなくとも、考える事だけは止めちゃいけない。そうすれば相手の土俵をひっくり返す事も可能になるんだからさ』

 

 そう土俵をひっくり返すのだ、敦盛は瑠璃姫の土俵で戦いを強いられている。

 誘惑に負けて手を出したら、そして誘惑に勝ってもそれは彼女の実質的な勝利だ。

 ならば、着地点を何処に持って行けばいいのか。

 

(――――コイツに根を上げさせる)

 

(あっくんはアタシの勝利だけは防ぐ、なら考えられるのは此方への誘惑っ!)

 

(それはコイツも読んでる筈だ、でも誘惑するしか無い。…………本当に?)

 

(はんっ、幾ら甘い言葉を囁いてもアンタの言葉なんて心に一つも響かないのよ! そもそも贔屓目に見てフツメンで年中セクハラしてくる男に何を言われても平気だっての)

 

 ならば、ならばならば。

 敦盛は深呼吸をひとつ、そのまま歯を食いしばって優しく瑠璃姫を引き剥がす。

 

「やぁん、お触りはダメよあっくん」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇ、ほらちゃんと前向け釦止めてやっから」

 

「ふぅーん、どんな風の吹き回し? アタシはアンタにとって魅力的でしょ? 今すぐ獣欲のままに押し倒したいでしょ? ――ほら、こうしたら見えちゃう」

 

 スカートを持ち上げて、妖艶な笑みを浮かべる瑠璃姫。

 だが敦盛は目もくれずに、さっさとワイシャツの釦を留める。

 

(エロい事なんて考えるなッ、俺なら出来るッ、コイツみたいに演技じゃない――本気の本当の心、その一部だけを考える事をッ)

 

 もう彼女の魅力は認めたのだ、脳裏にリフレインする感触と匂いと肌色は封印、鍵は後日オナニーする時まで忘れておけばいい。

 今必要なのはエロじゃなく、瑠璃姫を誘惑する事でもなく。

 

「――――ぇ?」

 

「ありがとう、瑠璃姫」

 

 敦盛は彼女を正面から抱きしめた、邪念無く、ただ感謝の念だけを携えて柔らかく抱擁する。

 

「は? アンタいったい何を言い出すわけっ!?」

 

「そのままでいい聞いてくれ……、本当にありがとう瑠璃姫、お前は俺の恩人だ」

 

「何がよっ!? いや確かにそうだけど素直に言われるとキモイっ!!」

 

「一度失敗しないと親父は目が覚めなかったと思う、そして優しいお前は俺たち親子に取り返しの付く形で失敗させてくれた。――お前への借金一億、それには額面以上の価値がある」

 

「~~~~っ!!」

 

 抱きしめてるから、表情は分からなかった。

 だが、抱きしめているからこそ彼女の体が強ばった事を感じる。

 

「瑠璃姫……才能あるお前に嫉妬していつも邪道で勝ちに行きセクハラばかりしてる俺を助けてくれるなんて、俺はなんと言ってお前に恩を返せば良いのか分からない」

 

「そんなコトっ、そんな台詞なんてっ!!」

 

「だから――ありがとう、俺をお前のペットにしてくれて。俺を今まで通りに側にいさせてくれて…………感謝してる」

 

 ギリ、と歯が鳴る音がした。

 地雷を踏んでしまったのだろうか、しかし彼女は腕の中から逃げ出さず。

 

「………………ぃ」

 

「瑠璃姫?」

 

「…………アンタなんて嫌いよ」

 

「それでも、ありがとう」

 

「大嫌い、本当にムカツクっ」

 

「ありがとう」

 

 感謝の言葉を繰り返す敦盛に、やがて瑠璃姫は深いため息を吐き出して。

 ――何故か、震えていた。

 うざったそうに抱擁から抜け出す、再び見えたその顔はどんよりと曇って。

 

「アンタの堅いままのチンコが当たったままよバカっ!! もう少しムードを考えて言葉を出しなさいっ!!」

 

「うえッ!? マジでッ!? いや今は勃起してないぞッ!?」

 

「今萎えただけでしょソレ、あーあもうペット失格だったらありゃしないわ。昨日の残りのカレーでいいからとっとと用意して」

 

 そう敦盛の部屋を出る瑠璃姫、彼女の姿が完全に見えなくなってから彼は力なくベッドに腰を下ろして。

 

「…………これは、どうにかなったのか?」

 

「なにしてんのっ! 早くして久しぶりの登校なのに遅刻させる気? 言っておくけど鞄もアンタが持つし自転車の後ろに乗せなさいよ!!」

 

「はいはい、今行くって! ――ま、良いか」

 

 敦盛は苦笑すると、自分の鞄を持って部屋を出るのであった。

 

 



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第9話 学校に行こう!

 

 

「馬になってあっくん、ご主人様を二階まで運ぶのよっ」

 

「俺の世間体ッ!? というか二階までってどういうこったよ、お前乗せて階段上がれって言うのか?」

 

「バカなのあっくん? 当たり前じゃない」

 

「不思議そに言うなッ!? せめておぶってとかお姫様だっことかあるだろッ!!」

 

 上履きに履き替えた途端、これである。

 確かに敦盛は彼女のペットとなった、だがこれでは奴隷と変わらないではないか。

 

「――条件がある」

 

「あら、てっきり断固拒否すると思ったんだけど?」

 

「は、テメー相手に負けを認めるものかッ!! いいぜ二階まで運んでやるッ、だがな…………俺の顔にお前のケツを乗せろ、それが条件だ」

 

「世間体はどうしたのよおバカっ!? そんなのこっちが断固拒否よ、何が悲しくて久しぶりに登校したのに変態行為しなきゃいけないワケっ!?」

 

「俺を馬にして上まで行かせようとした時点でアウトだろ」

 

「はぁ? それはセーフなんですけど? むしろ変態のアンタを支配してるって意味でアタシの評価にプラスなんですけど?」

 

「ほう? この俺を支配するって? なら俺も考えを改める、――お前の思うよう背中に乗れ、ヘイッ! カモーーーーンッ!!」

 

 即座に四つん這いになる敦盛に、瑠璃姫はタジっと一歩下がる。

 このパターンはダメだ、ろくな展開にならない。

 そう経験上悟った彼女は、恐る恐る問いかける。

 

「…………あっくんあっくん? 念のために聞くけど、アタシが乗ったらアンタどうするワケ?」

 

「決まってるだろ、お前のケツの肉感だとか体温の感じだとか大声で実況して、――そうだな、ペットであることを嬉しいと大声で叫びながら馬になる」

 

「乗るわけ無いでしょうがっ!? 馬にさせられるぐらいで自爆技使うんじゃないわよっ!?」

 

「男には……やらなきゃならない時があるんだぜ」

 

「本音は?」

 

「ウケケケケッ、テメーだけに良い思いさせるもんかテメーの所為で俺が損するなら諸共に自爆してやらぁッ!!」

 

「懲戒免職する? 懲戒免職いっちゃう?」

 

「わかった、今この場でお前の性奴隷として高らかに誓いの言葉を叫ぶから許してくれ」

 

「じゃあ許すから、性奴隷としての誓いを言ってみせなさいよ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………………え、マジ?」

 

「マジマジ、大マジ」

 

 瑠璃姫が世間体を捨てられなかったから、敦盛が調子に乗るのだ。

 ならば、彼女も羞恥心と共に世間体も投げ捨てるまで。

 

「別にいいのよアンタがペットだろうが性奴隷になろうが、アタシへのエッチなお触りは禁止だし。むしろ童貞のままアンタを飼ってると自慢してやるわ」

 

「コヒュー、コヒュー、コヒュー」

 

「あはははっ、なに変な呼吸してるのおかしいったらありゃしないんだからっ、うぷぷぷぷ~~アンタが望んだんでしょ性奴隷になるって言いなさいよ」

 

「ううッ、ぐぐぐぐぐぐぐぐッ、こんにゃろめェッ!!」

 

 不味い、非常に不味い事態だ今の敦盛にはやり返す言葉が見つからない。

 だが言葉を撤回するのは負けだ、朝のやり方ならと過ぎるが恐らく無駄だろう。

 瑠璃姫の鋭い眼光は彼の変調を見逃さず、口を開く前に先手を打たれる筈だ。

 

(まだ、――まだここで諦める訳にはいかないッ! ここを耐えれば勝機が来るッ)

 

(チェックメイト、……いえ違うわ、あの目はまだ諦めていないっ)

 

 交差する視線、瞬間、敦盛の瞳が校門の方へ動く。

 

(頼むッ、ウヤムヤにする手段は、一人だけでもッ)

 

(左? 何を見た――ちっ!! しくったっ! ここは家じゃなくて学校っ!!)

 

 一秒にも満たない刹那、二人の思考は回転し。

 

(気づかれたッ、先手を打たれる前にこっちからアプローチ、だが何を言えば、スカートめくりしかねぇッ!)

 

(読めたわ、待ってるのねオトモダチを。そして少しでも時間を稼ぐ為にそう右手が動き出すっ、見え見えなのよアンタの手はスカートめくりするつもりね!!)

 

 次の瞬間、敦盛の右手首を瑠璃姫が掴む。

 彼は本能的に左手で敢行、それも彼女は制して。

 

「俺の両手を封じてどうするつもりだ? キスしてくれるのか?」

 

「お生憎様っ、こうするのよっ!」

 

「~~~~ッ!? あだだだだだだッ!! テメッ、足を退けろォ!?」

 

「オーッホッホッホッ、可愛いペットちゃんは次にどう動くの? まさか頭突きでもする? 公衆の面前で暴力を振るう?」

 

「卑怯者めェ……、だが暴力はお前の方じゃないか?」

 

「あら、自分の評価を考えてみたら? 非モテセクハラ男を取り押さえる美少女、傍目から見ても悪いのはドッチ?」

 

「………………そう、か」

 

 ギラリと、敦盛の目が輝く。

 屈するのは簡単だ、馬になるのも仕事の範疇かもしれない。

 だが――譲れないモノがある。

 

(頭と顔と体だけのコイツに負けてられるかってーーのおおおおおおおおおおおおッ!!)

 

 敦盛は別に瑠璃姫を軽んじている訳ではない、むしろその逆だ。

 その美貌も、才覚も、明るい性格も、全てそう全て認めている。

 故にだからこその、コンプレックス。

 彼女の勝利しないと、幼馴染みとして隣にどうして立てようか。

 

「――グッバイ、俺のファーストキス…………」

 

「ちょっとアンタ、何そんな変な覚悟決めてるのよっ!? ぎゃーーっ!? ぎぃやああああああああっ!? 顔を近づけるんじゃないぶっ殺すわよっ!!」

 

「そう思うなら手を足を退けるんだなッ、光栄に思え貴様のファーストキスの相手はこの俺だッ! 言っててちょっと気持ち悪くなったからキスした瞬間吐くかもだが気にすんなッ!!」

 

「マジで青い顔して言うんじゃないっ!? 美少女の唇奪おうとして吐くとか何考えてんのっ!? 吐きたいのはこっちだわ、なんでアンタなんかとキスしなきゃいけないのよっ!!」

 

「なら早く降参しろォ!! 俺は世間体も尊厳もファーストキスも諦めたぞォ!!」

 

「ぐぎぎぎぎぎぎっ、負けるものですかっ、アンタなんかに負けるものですかああああああああああ!!」

 

 だが悲しいかな、身体能力では敦盛が上。

 二人は不本意過ぎるファーストキスに秒読み、だがその瞬間であった。

 

「チェストオオオオオオオオオオオオ!! 敦盛キサムァ!! この人生五十年男め俺の女神になにしてるんだっ!!」

 

「ちょっと敦盛から離れてよ溝隠さん!! オレの親友にはもっと良い人と結ばれて貰うんだからね!」

 

「助かったがテメェ女の趣味大丈夫か竜胆ッ!? んでもって円はちょっと俺の事好きすぎじゃねぇのまた婚約者に怒られっぞ!?」

 

 割って入ったのは二人、一人は眼鏡をかけたイケメン、顔の傷が特徴的なイケメンで――何故か瑠璃姫に惚れている入屋見竜胆。(いりやみ りんどう)

 もう一人は、女子の制服を着た――男子。

 女顔が特徴の、婚約者から偏執的な愛情を注がれている樹野円。(いつきの まどか)

 彼らは、敦盛の親友であった。

 

 




という訳で、後は一日一話投稿予定です。
とりま60話前後で一区切り/完結の予定です!


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第10話 バカ者たち

 

 

 朝の忙しい時間、下駄箱に四人でたむろっていたら迷惑というものだ。

 敦盛達は教室へと場所を移し。

 

「――お前を殺す」

 

「くそっ、何で溝隠さんなんだよ敦盛! こんな女のペットになるぐらいならオレがお金出すのに!!」

 

「アンタの友達って愉快ねぇ」

 

「暢気に見てないで竜胆を止めてくれッ、おいテメェ小学生じゃないんだからカンチョーはヤメロォ!?」

 

 二人に事情を話した途端コレである、竜胆は殺意バリバリに円は不満タラタラでジトッと睨むばかり。

 そして瑠璃姫は、にやにやと眺めるばかりだ。

 

「アタシ関係ないもーん、自分で処理しなさいったら」

 

「すまん敦盛、オレは今スカートだからな。激しく動くとパンツが見えるんだ」

 

「誰が男のパンチラなんて引っかかるんだよッ、一年の奴らならいざ知らずウチのクラスは慣れっこじゃねぇかッ!!」

 

「卑怯だぞ敦盛!! 円のパンチラで俺を釘付けにするつもりだな!?」

 

「なんでテメーが引っかかるんだ――ぬおおおおおおッ!? 何故チンコを狙ったッ!? 言えッ!?」

 

「愚問だな、瑠璃姫さんの貞操を守る為なら――俺はお前のチンコを素手でもぐ覚悟だ」

 

「捨てちまえそんな覚悟ッ!!」

 

「いい気味ねぇあっくん? そう言えば昨日アタシに何したっけアンタ?」

 

「ま、まさかこのクソ女に手を出したんじゃないよね敦盛っ!?」

 

「樹野? なんでアタシ敵視されてるの? ホモなの? あっくんに惚れてるワケ?」

 

「聞いても無駄ですよ瑠璃姫さんっ、円は自分が男なら敦盛に抱かれていたと豪語する男です。奴は完全に敦盛の味方だ」

 

「えへへ、照れるなぁ」

 

「照れてるんじゃねえ円ッ、良いか見てろよ瑠璃姫……おい円テメーの婚約者をデートに誘って良いんだな?」

 

 その瞬間であった、ゴゴゴと地鳴りのするような空気と共に円が冷え冷えとした空気を醸しだし。

 

「――――斬刑に処す、その六銭無用と思え」

 

「ぬおおおおおおおおおおッ!? テメーまでカンチョしてくるんじゃねぇッ!? ほら見ろ月厨がブチ切れたじゃねぇかッ!!」

 

「ククク、これで二対一だな敦盛……ペットはペットらしく去勢されるが良い…………クハハハハッ!!」

 

「ね、ね、月厨って何よあっくん」

 

「今それどころじゃねぇ、オラァ瑠璃姫バリアー! はい俺ムテキーー! ムテキバーリアーー!!」

 

「ずりぃぞ敦盛っ!?」

 

「敦盛が一番小学生なんじゃない?」

 

「アタシを盾にするなっ、というか何処触ってるのよ、ぎゃああああああああ、お尻に顔を埋めるじゃなぁああああああああああああああああいっ!?」

 

「ウルセェ、ペットはご主人様の後ろに隠れるって相場が決まってるんだデカイケツなら俺の顔ぐら――あだッ!? あだだだだだッ!? ゲンコッ!? 脳天にゲンコはキツいぞテメェッ!?」

 

 非道外道ここに極まれり、白昼堂々と美少女の臀部に顔を埋める敦盛。

 彼女から拳骨を食らうもガンとして離れず、彼女が盾になってる故に二人は手を出せず。

 

「殺す、殺おおおおおおおおおおおおおおすっ!! 俺の女神に何してるんだ敦盛いいいいいいいいい!!」

 

「ばぁ~~かめッ!! この早乙女敦盛、たとえ女子から総スカンくらっても瑠璃姫にセクハラするしお前らには負けんッ!!」

 

「あちゃー、敦盛が逆境モード入っちゃたよ」

 

「こうなった敦盛は手強いぞ、流石は倉美帝高校四天王の一人なだけはあるっ!」

 

「ちょい待ち、何その四天王って俺知らねぇぞッ!?」

 

「待つのはアンタよド変態ッ!! てりゃあっ!!」

 

「~~~~~~ッ!? ィ!? ァッ!? き、金的は男の子壊れりゅうううううううッ!?」

 

「ふっ、ご主人様に無礼を働いた罰ね」

 

 ゴールデンボールへの一撃がクリーンヒットした敦盛は教室の床をゴロゴロ転がり。

 

「この変態」「テメェ何羨ましい事を!!」「やっちゃえやっちゃえ!」「天罰である」「後で感想聞かせろよな」「動画撮っておいたけど幾らで買う?」「早乙女くん、後で感想聞かせてね」「俺はお前を尊敬する――だが死ね」

 

 これ幸いとクラスメイトから足蹴に、それを見た竜胆と円は顔を見合わせて。

 

「この光景を見ると、ちょっとホッするよな」

 

「そうそう、敦盛はこうでなくちゃね!」

 

「……アンタ達、本当にあっくんの友達なワケ?」

 

「「勿論、マブダチだぜっ!!」」

 

「あっそう」

 

「見てないで助けろよッ!? というかテメーらも蹴りすぎだッ!! もう昼飯作ってこねーぞッ!!」

 

「怪我はない早乙女くん?」「へっ、無事か敦盛太助に着たぜ」「さぁ手を取れ敦盛、そしてメシだけ置いていけ」「またカレに作るレシピ頼んまーす!」「お前ってメシはマジで旨いんだよなぁ」

 

 そう、敦盛の数少ない特技は料理。

 彼はその特技を生かして、クラス内で一定の人気を得ているのであった。

 ――もっとも、そのピエロっぷりも好意的に(一応は)見られてはいるが本人の知る所ではない。

 ともあれ

 

「あー、酷い目にあった」

 

「ふふっ、今日も賑やかね」

 

「――ッ!? 鈴の鳴る様なその声はッ、学校一の美少女ッ!! なんか年齢査証してるんじゃないかってくらいエロスの持ち主、隣の席の副寿奏さんじゃないかッ! 副寿奏さんじゃぁないかッ!!」

 

 彼の背後から声をかけたのは、黒髪ロングでスタイル抜群の大和撫子、副寿奏。

 学校で彼女と会うのは瑠璃姫にとって久しぶりであったが、それはそれとして敦盛の言動が気になる。

 彼の自己申告では、密かな片思いの様に聞こえていたのだが。

 

「ポチ説明」

 

「説明しましょう瑠璃姫様っ!! あのバカは奏の阿呆に惚れてるのですっ! 本人は気づかれてないしセクハラもしてないと思っていますがガンガン気づかれてるしセクハラもしてます寺で焼け死ね敦盛!!」

 

「ちょっと竜胆ダメだよ本当の事言っちゃっ!? というかポチ扱いが自然過ぎるっ!? 敦盛よりペットぽいっ!?」

 

「ちょっと待って欲しいのは俺だよ、衝撃の真実なんだけどッ!?」

 

「――――その、私は早乙女君の事は嫌いじゃないから。ただ消しゴム落としたフリしてローアングルで覗き込むのは止めて欲しいと思っているわね」

 

「円、介錯を頼む。竜胆、ちょっと踊るから敦盛流してくれ」

 

「あ、そうだわあっくん、惨めすぎるアンタに一つ言っておくコトがあったんだけど……」

 

「何でも言ってくれ、今の俺は何よりも澄み切った心だ動揺などしない」

 

「奏は竜胆が好きみたいだけど?」

 

「薄々分かってたけどやっぱりかあああああああああああああああああああああああああッ!! おろろろおおおおおおおおおおおおおおおん」

 

「――悪いな、俺は瑠璃姫さん一筋なんだ」

 

「まったくもう……つれないわね竜胆」

 

「なんか毎度の事って感じのやり取りしてるしッ!? 竜胆のクソ男おおおおおおおおおおおお、奏さん大好きですううううううううううう!!」

 

「あわわっ!? 何処行くの敦盛っ!?」

 

「おうち帰りゅから代返頼むうううううううう、青春なんて大嫌いだぁああああああああああああ!!」

 

「ぷぷぷっ、哀れねぇあっくんっ! アハハハハハっ!!」

 

「…………俺、敦盛に少し優しくしてやるか」

 

「そうだね、こんど二人でゲーセン奢ってやろうよ」

 

 泣きだし駆けだした敦盛を親友二人は同情の視線で見送って、瑠璃姫はゲラゲラと笑い――――奏は意味深な視線で一瞥。

 なお彼は、ホームルームの前に担任の脇部英雄に引きずられて戻ってきたのであった。

 

 



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第11話 福寿奏

 

 

 そして昼休みである。

 午前中はどん底気分で過ごし、瑠璃姫の悪戯にも無反応だった敦盛であったが。

 隣の席、つまり奏から密会のお誘いが来たならテンションアゲアゲで行くしかない。

 

「さーて、お昼だぞォ!! 瑠璃姫ェ、そしてオマケに竜胆と円ッ! 弁当俺の分まで食べてて良いぞ! ちょっと用があるから出てくるッ!!」

 

「は? え、ちょっとあっくんっ!?」

 

「――分かり易いなアイツ」

 

「え、竜胆分かったの?」

 

「まぁな、…………面倒な事にならなきゃ良いんだが」

 

 そんな会話があった事など露とも知らず、彼は食堂の片隅へと向かう。

 

(いやぁ、授業中にノートの切れ端で食堂デートのお誘いとかッ!! やっぱ朝のは幻聴で奏さん俺の事好きなんじゃね?)

 

 となれば、昼飯は豪華に日替わりセットSだ。

 彼の敬愛する担任、脇部英雄の口利きにより導入された、値段も豪華、味も豪華なステーキ定食を奢る事こそ男気と言えよう。

 ――――だが。

 

「あ、弁当なんすね奏さん」

 

「ええ、竜胆の手作りなの。……はぁ、妹と一緒じゃなくて私だけに作ってくれたらいいのに」

 

 残念な事に彼女は弁当、しかも親友である竜胆の手作り。

 これには敦盛も、思わず血の涙を流すしかなくて。

 仕方なしに自分のだけ購入。

 

「憎しみで……憎しみで人が殺せたらッ!! しかし美味いッ!! 美味いぞステーキ定食ッ!!」

 

「ふふっ、やっぱり早乙女君は愉快な人ね」

 

「この男・早乙女敦盛、貴女の為ならどんなピエロにもなりましょうぞッ!!」

 

「――――本当に、ピエロになってくれるの?」

 

「……………………はい?」

 

 ステーキ定食は美味しい、そして奏がお弁当を食べる仕草、飲み込む喉動きすら優雅。

 だが、なんだろうかこの空気は。

 彼女の綺麗な瞳が、妙に濁ったような。

 

「単刀直入に言うわ、私に協力して欲しいの。――これは、早乙女君にしか出来ない事よ」

 

「何でも言ってください奏さんッ! 例え火の中、水の中、スカートの中までお供しますともッ!!」

 

「ありがとう、じゃあ竜胆を恋人にするのを手伝ってね」

 

「わっかりまし――――…………え、今何と?」

 

「竜胆を私の男にしたいの、手伝ってね」

 

 にこやかに繰り返された台詞に、敦盛は思わず箸をテーブルに落とす。

 同時にテンションが大幅ダウン、悲しみと辛みで涙が出そうだ。

 

「………………俺、奏さんの事が好きなんだけど?」

 

「ありがと、私の事が好きなら手伝ってくれるわね?」

 

「それサイコパスのやり口ィ!? 好きな人の好きな人への橋渡しを手伝うとか地獄の所業だぜッ!?」

 

「そうね、それについては私も思うところがあるわ。だから報酬を用意します」

 

「報酬?」

 

「月に一度、デートをしてあげる。でもお触り無しで遊びに行くだけ」

 

「徹底的に好意を利用されてるッ!? 期待だけ持たせて弄ぶ気じゃねぇかッ!?」

 

「あら人聞きの悪い……、徹頭徹尾利用しようとしているだけじゃない」

 

「なお悪いッ!? 泣くぞッ!? 泣きつくぞッ!? というかこの事あのバカとか竜胆に言うぞッ!!」

 

「残念、私の性格は竜胆にはとっくの昔にバレてるし。瑠璃ちゃんも知ってるわよ、樹野君は薄々気づいてそうねぇ」

 

「知らなかったの俺だけッ!?」

 

「恋は盲目って言うでしょ」

 

「それ奏さんに言われたくねェッ!? ぐぬぅおおお……、まさか奏さんがそんな悪女だったなんて……、でもそれを魅力的ィ!! 俺はどうしたら良いんだッ!! ワンチャン……無いと分かってても可能性を感じてしまうッ!! デートしたいッ!? けど前提が厳しい!!」

 

 激しく苦悩する敦盛に、彼女は苦笑した。

 己が酷い事を頼んでいる事は理解している。

 ――だが、そうしないといけない程に奏は危機感を覚えてる。

 

(学校は私の聖域だと思ってたんだけどね……)

 

 敦盛は知る由もないが、竜胆には現在二人の女の影がある。

 一人は奏、残る二人は一つ下の妹だ。

 

(瑠璃ちゃんの事を好きだとしても、登校しないのであれば大丈夫だと思っていたわ。――でも、アレは危うい)

 

 初めて目の当たりにした、竜胆が瑠璃姫に接する態度をその言葉を。

 思わず立ちすくんで、暫く観察してしまった。

 幸いなことに瑠璃姫は、敦盛にしか眼中に無いが。

 

(早乙女君に恋をしてる、そんな風には欠片も見えないし、むしろ……いえそれは私の問題じゃないわ、彼女は早乙女君に拘っている、それだけで良い)

 

 だからこそ、万が一でも起こる前に手を打たないといけないのだ。 

 

(何で死んじゃったのよ……貴女なら諦められたのに)

 

 かつて竜胆には恋人が居た、奏の双子の姉だ。

 だが彼女は死んだ、彼に大きな心の傷を残して。

 当時、自殺でもしそうな雰囲気の彼を救ったのは瑠璃姫。

 その事が感謝している、実際に話してみるととても良い子で、妙に気が合うのも友情を深める原因となった。

 

(あの日以来、竜胆は恋愛の話すら避けてきた。――今なら、私にもチャンスがあるかもしれない、これを逃すつもりは無いは。……例え、彼の親友である早乙女君を傷つけるとしても)

 

(なーんか考え込んでるな奏さん、雰囲気的に俺に恋してるから天の邪鬼な態度を取ってるの! って感じじゃねぇよなァ……)

 

(本当にごめんなさい早乙女君、瑠璃ちゃんにフォローする様に言っておくから)

 

(しかも何か覚悟を決めてるっぽいしィ……、いやでも覚悟を決めろ俺ッ!! 食堂なんて雰囲気の欠片もない状況だが言うぞッ、マジで告るぞッ!!)

 

 視線が交差する、奏は恋に殉じる覚悟でもって、敦盛は純粋な好意を胸に。

 そして、先に動いたのは敦盛であった。

 

 



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第12話 ラブイズオーバー/芽生えた感情

 

 

「ちょっと場所を変えないか?」

 

「ええ、校舎裏で良い?」

 

「屋上の方が(告白が成功しそうな)雰囲気出て良いんだが」

 

「そう校舎裏の方が(告白をフる)雰囲気が出て良いと思うのだけれど」

 

「奏さんがそう言うなら喜んでッ!!」

 

 という訳で二人は無言で昼食の残りを急いで食べると、妙な緊張感の中で校舎裏へ。

 途中、何かに感づいた者達が敦盛を哀れな犠牲者を見るように敬礼していたが大きなお世話だ。

 

(俺は奏さんと恋人になってみせるってーのッ!! いや実は欠片も可能性感じてないけどさッ!! でも好きじゃん、先に封殺される前に言うしかないじゃんッ!!)

 

 福寿奏と初めて会ったのは、高校の入学式のその日だった。

 桜が舞い散る中、新入生の誰かを見つめる切ない瞳が気になって。

 

(一目惚れだったんだ……)

 

 同じクラスになって、隣の席になって運命を感じた。

 最初は見ているだけだった、だから彼女の視線の先も直ぐ理解してしまって。

 でも分からないフリをしていた、だってその先には友人となった竜胆の姿があって。

 

(アイツは良い奴だ、けど奏さんの思いに答えないならさ……俺にもチャンスがあると思うじゃん)

 

 女子達の噂を立ち聞きした事がある、中学の時に彼女が竜胆にフられている事。

 そして、竜胆のカノジョが奏の双子の姉だった事も。

 

(俺は、その痛みを癒してあげられたのかな)

 

 少しぐらいは、そうだったかもしれない。

 でもきっと、彼女の心の支えになっていたのは竜胆で。

 

(いやいやいやッ、なに告白する前に負けた気分になってるんだ俺ッ! 大切なのは当たって砕けろの精神ッ! 本当に砕けるつもりは無いけどッ!!)

 

 一歩一歩、校舎裏に近づいていく。

 彼女との二人っきりの時間が、関係が変わる決定的な時間が来る前のこの時間が、永遠に続いて欲しいとさえ思える。

 けれど、それは直ぐに終わりが来て。

 

「二人だけね早乙女君、それでこんな場所で改めて話す事って何かしら?」

 

「分かってる癖に、俺が思ったより意地悪なんだな奏さんは」

 

「幻滅したでしょう」

 

「いいや、惚れ直した。だから――正式に言わせて欲しい事がある」

 

「……」

 

 神妙な表情の敦盛に、奏も先手を打って断るなどと無粋な事をせず。

 これは儀式なのだ。

 彼にとって、彼女としても、どうにもならない感情に区切りをつけて前に進む儀式。

 

「福寿奏さん、貴女が好きです。入学式の前に見かけて一目惚れしてからずっと、貴女の事が好きです。竜胆を見つめる奏さんの目、とても綺麗だったけど辛そうだった。俺はそれを癒したいって思ったんだ――誰よりも幸せにします、俺と恋人になってください」

 

 普段の彼らしくない率直で真摯な言葉、それに虚を突かれ奏は目を丸くした。

 彼女の心に、少しの嬉しさと罪悪感が入り込む。

 

(――――そう、早乙女君は私の事を本当に好きだったのね)

 

 反省する、彼の好意はもっと軽い気の迷いの様なものだと勝手に思っていた。

 普段の態度から、てっきり顔や体だけが好みだから。

 もっと言えば瑠璃姫と、白と黒、正反対の容姿だから当てつけの様に好意を寄せられていたのだと。

 

「…………答えを、貰えないか?」

 

 だからこそ、ちゃんと答えないといけない。

 だからこそ、覚悟しないといけない。

 己の大切な、でも浅ましい思いを貫く為に。

 

 ――敦盛は顔を真っ赤にして、心臓が飛び出そうな程緊張して彼女の答えを待った。

 そして。

 

「ごめんなさい。早乙女敦盛君、私は竜胆が好きなの。愛しているの。だから貴男の事は友人でクラスメイトで、竜胆の親友以上には見れないの」

 

「…………やっぱりかァ。あー、クるなこれ……、なんだコレ、死んじまいたいぜ」

 

「本当にごめんさい」

 

「もう一度考え直して貰えるチャンスとかって、ある?」

 

「…………いえ早乙女君? 貴男意外と引き際悪くない?」

 

「いやでも好きだし、はいそうですかって引き下がるのも違くない?」

 

「普通はそれで良いと思うわよっ!?」

 

「まぁ、奏さんも迷惑だと思うからさ…………おっぱい揉ませて貰えれば、思い出にして振り切る」

 

「晴れやかな笑顔で言わないでッ!! ちょっと見なした私がバカみたいじゃないッ!!」

 

「うるへェ!! 男子高校生の性欲舐めんなよッ!! フられた以上ッ!! そもそも学食で俺の好意を利用して竜胆をくっつこうてるじゃねぇか!! テメーの扱いは瑠璃姫レベルだ容赦はしねェ!! おっぱい揉ませろォ!!」

 

 豹変した敦盛に、奏は思い至った。

 彼は確かにセクハラ男だが、料理と奏への思いには真摯であった。

 そしてクラスのムードメーカーでもある、だからこの言動は。

 

「…………もしかして、私を気遣ってセクハラを?」

 

「見抜いても言うんじゃねぇよッ!? 俺がピエロじゃんかッ!! ――だがな、覚えておけよ。男子高校生の脳味噌は性欲で出来ているという事をッ!! おっぱいさえ揉めれば解決出来るって事をよォ!!」

 

「瑠璃姫と竜胆と樹野君に言いつけるわよ」

 

「はッ、それがどうしたッ!! ビビると思ってんのかマジでやめてください、ごめんなさいッ!! ああ見えて竜胆はお前の事となればガチギレするし円は問答無用で殴ってくるし、瑠璃姫には生命線握られてるからもはや家を喪うレベルでヤバイんだってッ!!」

 

「ふふっ、ありがとう早乙女君。これからもお友達でいてね、お詫びと言っちゃなんだけど、瑠璃ちゃんにおっぱい揉ませてあげる様にさりげなく言っておいてあげるわ」

 

「あ、それは断る。アイツのセクハラするのはマウント取る一貫であって、確かに欲情はできるが精神的にダメだ」

 

「…………成程ねぇ」

 

「え? その何もかも分かってます素直じゃないんだからって顔は何ッ!? 違うぞッ!? マジで違うからなッ!?」

 

 慌てた敦盛に、奏はくすくすと可憐に笑って。

 それは彼にとって、見惚れてしまう程に美しく。

 

(駄目、駄目ね……、覚悟が出来てると思ったけど。私には駄目ね、早乙女君を利用は出来ない。こんな顔で見てくれる純粋な人を利用したら、竜胆に顔向け出来ないわ)

 

「…………おーう」

 

「ふふっ、どうしたの変な顔して、――そうそう、食堂で言った事は取り消すわ。優しい早乙女君を利用したら、きっと私は駄目になる、……思いとどまらせてくれてありがとう」

 

「俺は何もしてねぇぜ、テメーが勝手に思い直しただけだ」

 

「それでも、よ」

 

 告白する前よりさっぱりした彼女の表情に、敦盛はため息を一つ。

 自分でも愚かしい申し出だとは思うが、フられても彼女の事はまだ好きだし、親友の事も大切だ。

 

「なぁ、別に撤回しなくても良いぞ」

 

「え?」

 

「デートは要らん、俺は瑠璃姫のお守りで手一杯だ。その代わり貸し一つだ後で利子つけて返せ」

 

「良いの? 私の事を好きなのに竜胆との仲を応援してくれるの?」

 

「好きな人、だからな」

 

 胸を張って告げる敦盛に、奏は女として直感した。

 確かに彼の己への好意は本物だった、だが――この切り替え方、虚勢混じりとはいえ立ち直りの早さは多分。

 

「さ、教室に帰りましょう早乙女君」

 

「一緒に帰ったら竜胆に誤解されるかもしれないぜ!」

 

「それは無いわね、あのヒトは私の好意を受け入れない癖に、自分を愛してるままだと確信してるクソ男だもの」

 

「ああ、そんな節あるわ竜胆には」

 

 そして教室の前、彼女は足を止めると振り向く。

 何事かと敦盛が思った瞬間。

 

「気づいてない様だから言うけど、早乙女君って実は私より瑠璃ちゃんの方を大切に思ってるわよね」

 

「え? はぁッ!?」

 

「早乙女君はセクハラ多いけど、体に直接触れるのは瑠璃ちゃんだけよ」

 

「ご、誤解だッ!?」

 

「そこで誤解って言えるあたり本当に気づいていないのね、じゃあオマケで言うけど……午前の授業中、私より多く瑠璃ちゃんの事を見てたし、瑠璃ちゃんも貴男の事を見てたわよ」

 

「ふわッ!? え、あ? ああああんッ!? どういうこったよッ!?」

 

「ふふっ、早乙女君の言ったとおり協力してもらうわ。でも私も応援する、協力しあいましょ」

 

「ななな、な、な、なッ!?」

 

 動揺する敦盛を置いて彼女は教室に入る、残された彼は愕然と口を大きく開けて。

 

「なああああああああああんでだああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 瑠璃姫を見て、頬を赤らめて叫ぶ事しか出来なかった。

 

 



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第13話 ストレスフル

 

 

 午後からの敦盛は、誰から見ても挙動不審だった。

 うーんうーんと唸ったと思えば、瑠璃姫を見て震えそして机に頭を打ち付ける。

 竜胆や円が心配しても上の空、尊敬する恩師の言葉も素通り。

 帰りのホームルームが終わるや否や、彼はダッシュで教室から逃げ去り。

 

「ちょっと敦盛っ!? 帰るならアタシも――ってもう居ないしっ、もうっ、歩いて帰れって言うのまったく……」

 

「ふふっ、ごめんなさいね瑠璃ちゃん。ちょっと突っつき過ぎたみたい」

 

「…………アンタ、敦盛に何を言ったワケ?」

 

「早乙女君が無自覚だった事を、少しね」

 

 微笑ましそうに困ったように微笑む奏に、竜胆はジトっとした視線を送り。

 

「チッ、やっぱ警告でもするべきだったか。だから言ったんだ女狐には気をつけろと」

 

「ああ、そういえば言ってたね。でも敦盛はガンスルーしてたから無意味じゃない?」

 

「まったく、敦盛の好きな奴がお前でお前が女だっら俺も素直に応援したんだが」

 

「残念ながらもしもに過ぎないお話だね、オレは正真正銘の男だからなぁ」

 

「…………今からでも遅くないんじゃないか? 外国で性転換手術してくるか?」

 

「それやったら火澄ちゃんが激オコで、敦盛の方を殺そうとするから」

 

「お前も難儀な女に捕まってるな」

 

「そう? 確かにオレの女装は火澄の趣味だけど。自分で言うのもアレだけど似合ってるからしてる訳だし」

 

「ベタ惚れ?」

 

「うん、婚約者だからって口説いたのオレだし」

 

 幸せそうな親友の片割れに、竜胆は思わずキメ顔と斜め四十五度で。

 

「――――俺も、アイツが生きてたらなァ」

 

「そのちょいちょい悲劇の過去アピール止めてくんない? 例の彼女さんも草葉の陰で迷惑してない?」

 

「それがな? 遺言で未練がある限り、悲しんでるアピールしろって」

 

「重ぉいっ!? 何その遺言っ!? ちょっと会ってみたかったよ!?」

 

「まぁ端的に言えば、……女版敦盛?」

 

「なんでそんな気になる事を言うのっ!? 敦盛をオレの総力を上げて女装させるよっ!?」

 

「マジで止めろよフリじゃないぞ円っ!? ちょっと敦盛に重ねて見ちゃう時がまだあるんだからなっ!?」

 

「………………ごめん、ちょっと引いた。今度敦盛を女装させておくな?」

 

「謝るな実行するんじゃねぇっ!? 鬼か貴様っ!?」

 

 男二人の会話を奏は呆れたように、瑠璃姫は悪い顔をして眺め。

 

「あ、そうだ! どう? これからウチに来ない皆で、まぁウチって言っても敦盛の方なんだけど。晩ご飯も出すわよ敦盛が」

 

「ですってよ竜胆、樹野君もどうする?」

 

「敦盛の家? うん行く行く! 今日は火澄ちゃんが来る日じゃないから予定は開いてるぜ!」

 

「そうだな、アイツのメシは美味いからな。――久々に泊まって徹夜でゲームするか」

 

 という事で、四人は敦盛の家へ向かったのだが。

 一方で当の本人はと言えば、スーパーでしこたま食材を買って。

 

(いやいやいや? 無いって、ぜってェ無いって!! 俺がアイツを好き? それも奏さん以上に? あり得ないだろあり得ないんだってッ!!)

 

 もはや、自分で何を買っているか意識すらしていない。

 本能の赴くまま、大量の食材と共に家へと猛ダッシュ。

 その勢いのまま調理を開始して、――そう彼はストレスを料理を作る事で発散するタイプなのだ。

 

(そりゃ確かにアイツは綺麗だし体エロいし、外から見れば明るい性格で天才で優良物件だぜ?)

 

 トントントン、ザクザクジュージューと手際よく。

 

(でもお互いオネショした数まで知ってるし、お腹がぷにぷにしてるし、なんならアイツの生理とか便秘かどうかまで把握したくないけど把握してる仲だぜ? もはやオカンの領域、そんな恋とか愛とかぜったいねェ!! 百歩譲って父性本能とかそんなんだってッ!!)

 

 テレビで見たありとあらゆる時短テクを駆使し、常備菜も容赦なく投入。

 明日以降の食材だとか、そもそも本来は食事の用意は二人分でいいとか当然の様に気づかずに。

 

(何であんな事を言うんだよ奏さんッ!? これじゃあ俺が瑠璃姫の事を気にしてるみたいじゃないかッ!!)

 

 メインが終われば次はデザートだ、彼はフルーツの缶詰やホットケーキミックス、実は昨日から用意していた作りかけのプリンも流用し。

 

(――考えるな、アイツの何処が好きかなんて考えるんじゃないッ!! 確かにアイツのおっぱいはヤベェけど! きっと奏でさんの方が大きいしエロい筈だ!! おっぱいを思えッ、大きいおっぱいを考えろッ! おっぱいこそが世界を救うんだッ! その大きさに貴賤は無し!! ビバおっぱいッ!!)

 

 本人に言えば否定するだろうが、年頃の高校生としては平均よりおっぱい好きで欲望に素直。

 その情熱が、料理に加わって。

 

(燃えろ俺の料理魂ッ!! ちょっと作り過ぎちゃったが、何か変なの作っちゃったが、どーせ食うのは俺とアイツのみッ!!)

 

 最後の一品が完成した頃、瑠璃姫達も到着して。

 彼女はまるで自分の家に招き入れる様に、躊躇無く奏達を中へと誘い。

 

「帰ったわよバカの特盛、みんな呼んだから――」

 

「お帰り瑠璃姫、丁度よかったぜメシ作りすぎたからな」

 

「…………? ちょっとアンタ、なんで顔を背けてるの?」

 

「いやちょっと、今手が離せなくてな」

 

「何も持ってないし、作り終わって…………――――っ!?」

 

「よぉ敦盛、遊びに来たぜってもう晩飯か? 一時間ぐらい早いぞ、ゲーム大会でもしようぜ!!」

 

「またえらく作ったね敦盛、どれも美味しそう!! でもちょっと早いのには同意かな、スマブラとコントローラー持ってきたから遊ぶよ!!」

 

「お言葉に甘えてお邪魔するわね、……あら、用意が良いのね。いつの間に連絡してたの瑠璃ちゃん。……瑠璃ちゃん?」

 

(不味い……これは不味いわよっ!? え? そんなにストレス溜め込んでたワケっ!? ヤバイヤバイヤバイってコレはっ!?)

 

 瑠璃姫は戦慄した、付き合いが長い故に理解してしまう。

 彼が料理を作りすぎる時は、ストレスが発露した時だ。

 そして今回はそれだけじゃない、彼女は見てしまった。

 まだ食卓に出されていないデザート、即ち――――おっぱいプリンを。

 

(なんでおっぱいプリンっ!? しかも等身大で妙に見覚えがある……――やっぱアタシのサイズじゃないご丁寧に黒子の位置まで再現してっ!? え? ええっ!? ペットの事がそんなにストレスだったワケっ!?)

 

 以前にも覚えがある、それは彼の大事にしていたアイアンマンのフィギュアを魔改造に失敗して壊してしまった時。

 その時の敦盛はとても悲しい顔をして溜息を吐き出し、――その晩に出てきたのは等身大アイアンマンケーキ。

 あの時の顛末は思い出したくもない。

 

(ああもうっ、あっくんのストレスは完璧に管理してた筈なのにぃ!! どーしてこうなるのよっ!!)

 

 瑠璃姫は戦々恐々としながら、ゲーム大会に加わるしか術は無かった。

 

 



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第14話 いつも封印される最新技術

 

 

 食卓に並んだ料理は豪華であった。

 昨日のカレーはピラフにされ、ふわふわの卵で包まれている。

 スーパーで買える最高級のステーキに、コンソメスープは自家製。

 カツ丼、シーザーサラダ、明太子スパゲッティ、ニョッキのボロネーゼ、牛肉が口の中でほろほろに溶けるまで煮込まれたビーフシチュー。

 唐揚げにポテト、回鍋肉に棒々鶏。

 デザートにプリン、ショコラプリン、フルーツポンチ、そして中央に鎮座するは――――推定・瑠璃姫の等身大おっぱいプリン。

 

「いやお前、作りすぎじゃね?」

 

「豪華ねぇ……、どうやってあんな短時間で作ったの? 今度私にコツを教えてね」

 

「ラッキー、今日は敦盛が作りすぎた日だな! こういう時は特に美味しいんだよねぇ……!!」

 

「………………たぁーいむっ!! ちょっとあっくん以外はこっちに集合!!」

 

 誰もが目をそらしたおっぱいプリン、流石に敦盛の変調を理解したのか三人は素直に彼女に従ってリビングの片隅へ。

 

「え、俺だけ仲間外れ?」

 

「アンタはちょっと黙って待ってなさいっ! ――――ごめんねみんな、ちょっと不味い事態になってる」

 

「ああ、やっぱりアレか?」

 

「その……テーブルの真ん中に乗ってるアレ? そこまで問題なの?」

 

「見事なおっぱいプリンだったな、なぁ溝隠さん敦盛をちゃんとヌいてあげてる? アイツ欲求不満じゃない?」

 

「黙れ樹野……、アタシとアイツはそういう関係じゃないし。今はそれどころじゃないのっ!!」

 

 焦った様子の彼女に、奏達も感じ入った物があるらしく。

 

「――――おい、まさかアイツが料理作りすぎる時って」

 

「お、勘が良いね竜胆。そうなんだよ敦盛が作りすぎる時ってストレス爆発した時でさぁ」

 

「分かってて楽しんでるわね樹野君?」

 

「確かにそうだけど……アンタ達は全然分かってない、中央のおっぱいプリン見たでしょっ!? ああいうのが出てきた時はストレス爆発でも特大のストレスが爆発した時なんだってっ!! 最低限、全部の料理食べてなおかつ問題解決しなきゃ――――ああ、考えたくもない」

 

 青い顔で震える彼女に、三人も冷や汗を流して。

 

「え、そこまでアレってそこまでなの? そんなにヤバイのアレ? ……しまった、火澄ちゃんを巻き添えで犠牲にするべきだった」

 

「躊躇無く最愛の恋人を生け贄にしようとしたな、前々から思ってたけどお前結構鬼畜だろ?」

 

「福寿さんを女として見てないフリしてる竜胆程じゃないと思うぜ?」

 

「なんでそれで親友やってんの?」

 

「「女関係以外は最高に馬が合うから」」

 

「それは女関係で壊れ……いえ何でもないわ、今は対処を考えるべきね」

 

「その事でちょっと協力して欲しいのよ、今から新しい発明品を持って来て本音を探るから――」

 

 奏と竜胆と円は、その提案に頷いて。

 そうと決まれば即決行である、彼らはまず敦盛を取り囲み。

 

「もう終わったか? つーか何を話してたんだ?」

 

「まぁまぁ、大したことじゃなかったよ。それより今日は疲れたんじゃない? 肩でも揉むよ」

 

「こんなに料理を作ったんだ、腕があがらないだろう? 俺が食べさせてやる。ほれあーん」

 

「なんで竜胆なんだよッ!? そこはせめて奏でさんがしてくれよッ!?」

 

「ふふっ、実は早乙女君にサプライズがあるの。目を隠しても良い?」

 

「うっひょう!! 奏さんの手の感触だぜいやっほ――って蹴るんじゃねぇ誰だ今のッ!?」

 

「俺じゃないぞ」「オレでもないね」

 

「嘘付けテメーらのどっちかしか居ねぇじゃねぇかッ!!」

 

(本当なんだが)(本当なんだけどなぁ)

 

 二人は語らなかった、奏でがこれ幸いとゲシゲシ蹴っていたのを。

 彼らにだって慈悲はあるし、日頃からセクハラしている罰だろう。

 その時であった。

 

「――――待て、なんでアイツの声が聞こえない? テメェら何を企んでやがるッ!?」

 

「ヤベ、バレたぞ円」

 

「そこでオレに振る? じゃあ奏でさんゴー!」

 

「じっとしててね早乙女君」

 

「こ、この背中の感触は――おっぱいッ!? 奏でさんのおっぱいッ!!」

 

「あ、オレのお尻」

 

「なんでテメェなんだ円ァアアアアアアアアアア!!」

 

「一つ言っておくぞ敦盛、――奏へのセクハラ言動は許すが、触れたら俺がお前を地獄に落とす」

 

「きゃっ、嬉しいわ竜胆。やっぱり私の事を……」

 

「いや? これも遺言でな。結婚するまで奏を清い体のままにしろと」

 

「これ私、なんてコメントしたらいいの?」

 

「それを聞かされてる俺と円もなんて言えば良いのか分からんのだが?」

 

「気にするな――勿論ウソだ(まぁ、実は本当なんだが)」

 

「テメェぶっ殺すぞゴラァ!?」

 

「竜胆……、夜の寝室には気をつける事ね」

 

 その瞬間であった、バタバタを元気な足音と共に瑠璃姫の声が。

 

「お待たせみんなっ!! さぁこれを――こうっ!!」

 

 彼女が敦盛に仕掛け終わった瞬間、三人はすぐに離れてる。

 当然、目隠しもなくなり彼の視界は開けたのだが。

 

「やっぱ何か企んで――――…………ああん? 眼鏡?」

 

「ふふっ、名付けて『アタシのメロメロ視線は釘付けくん』!! ――もう、アンタの目線はアタシにしか行かないわっ!!」

 

「は? こんなのすぐに外して…………って、外れねェ!?」

 

「ねぇ瑠璃ちゃん? 只の眼鏡に見えるのだけれど」

 

「よくぞ聞いてくれたわねっ!! これは横を向いても下を向いても目を閉じても、なんなら他の部屋に行ってもアタシの顔を脳波で直接映し出す眼鏡よっ!!」

 

「うわマジだ目を閉じても見える気持ちワルッ!?」

 

「天才だとは聞いていたが、こうも高度な技術で無駄な発明品を……」

 

「いや高度な技術で済ませて良いもんじゃないよねコレっ!? オレ聞いたことないよ脳波で直接映し出すとかっ!?」

 

「…………苦労してるのね早乙女君、これからは手ぐらいは触っても良いわ」

 

「おい奏? ウソだろ奏? え、ええっ? さっきの意趣返しだよな? な? な?」

 

「どう? 褒めてくれて良いのよ?」

 

「これは予想してなかったなぁ……、こんなの世に出たら大騒ぎじゃないか。――うん? もしかして敦盛はいつもこんな発明品の対処を?」

 

「今更理解しないで止めて欲しかったッ! マジで事前に止めて欲しかったッ!!」

 

 脳波でどうのこうの等、SFでしか聞き覚えの無い事だ。

 出回っている最新のVR機器でさえ、ヘッドセットに画面を映し出すだけだというのに科学の時計を何年進めているのだろうか。

 

「ふふーん、もう遅いわよあっくん……これには何とアタシの問いかけでアンタの本心を言っちゃう機能もついてる優れ物、――――さぁ、罪を数えなさいあっくん!!」

 

「なんつーもんを作ってるんだテメェえええええええええええええええええええええええ!?」

 

 という事で、敦盛に窮地が訪れたのであった。

 

 



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第15話 チチ

 

 

「あ、それじゃあオレ達はこれで。また明日ね敦盛!」

 

「これは逃げたんじゃない、戦略的撤退ってヤツだ敦盛。――悪く思うな」

 

「ごめんね早乙女君、料理は家に持ち帰って美味しく頂くわ。……瑠璃ちゃん、程々にしなさいな」

 

「分かってるってば、ばいばーいっ。――こらっ、動かないのあっくん!」

 

「ぬおおおおおおおおおおおッ、テメーら逃げるんじゃねぇッ!! 少しは俺の苦労をな、ああッ、ドアを閉めるなアアアアアアアアアアア!!」

 

 満面の笑みで彼ら三人はドアを閉じて、オートロックで鍵がガチャリと施錠される。

 そう、竜胆と奏でと円の三人は事態を重く見て撤退を選んだのだ。

 自分たちは人類には少し早そうな科学技術なんて見てない、何も聞いていない。

 そう、――敦盛の作った料理をタッパーに詰めて帰宅である。

 

「つーか何時まで俺の上に乗ってんだテメェ……、デブなんだから気を使えッ!!」

 

「『命令』今の気持ちを答えよ」

 

「そのケツ揉みしだくぞ、いちいちエロいんだよテメェ!!」

 

「…………アッレーぇ? ちゃんと動いてる筈なんだけどなぁ、それともそれが本音?」

 

 首を傾げる瑠璃姫は未だ敦盛の背中の上、あれは早業であった。

 彼が周囲の三人を押しのけて逃走しようと考えた瞬間、行動を読み切った彼女によって膝かっくんからのてこの原理で床に押し倒しフォークを首筋に突きつけ。

 そして敦盛は、泣く泣く三人を見送る事となったのである。

 

「さぁ~~て、奏達は帰ったし。――躾の時間よあっくん! 別名ドキドキわくわく生殺したぁーいむっ!! 変にストレスなんて溜めてないでペットとしてアタシの事だけ考えていなさいっ!!」

 

「誰の所為でストレス溜まってッ…………うむ? よく考えると、もしかしてテメェの所為じゃあ…………いやよく考えなくてもお前の?」

 

「何ワケわかんないコト言ってるのよあっくん、逃げないって約束するなら退くわよ?」

 

「逃げないから退け」

 

「『命令』本当に逃げない?」

 

「むしろこのまま押し倒して犯す――って、どうなってるんだコレッ!! エゲツないったらありゃしねぇぞッ!?」

 

「うわキモっ(うわキモっ)」

 

 これが世に出回ったらどうなるのか、そもそも視界が彼女に固定されるのすら危ない。

 何が危ないかと言うと。

 

(どんな技術で視界が動かせるんだよコレッ!? というか余りにいつもの風景で気づかなかったけどワザワザ着替えて来たなコイツッ!? そのゴス服、胸を強調してるし谷間だけ露出とか何考えて選んでるんだよッ!!)

 

 そう――、今の敦盛には瑠璃姫の白く大きな形のよい釣り鐘型の胸の、その窮屈そうな谷間が丸見えであった。

 下から上から斜めから、オマケにムニっとした臀部のラインが出るスカートもまじまじと見れて。

 

(だから体だけはエロいって毎度毎度言ってるだろうがッ!! なんでこんな時にこんな状態で二人っきりなんだよッ!! いつも以上に視線が行くだろうがアアアアアアアアアアアア!!)

 

(うわキモ……、あっくん絶対アタシの胸見てる、お尻も絶対見てる。調べなくても絶対に見てる)

 

(落ち着けェ、落ち着くんだ俺ッ、今更コイツをエロい目で見るなんて今更じゃねぇか、フラれた事と俺がコイツを意識してる事だけはどんな事をしても隠し通さないと地獄だぞッ!!)

 

(…………この様子、どんな手を使ってでも『命令』から逃れるつもりね? さぁて、どうしようかしら)

 

 敦盛としては、そもそもペットの条件に瑠璃姫へのガチ恋禁止が盛り込まれている故に。

 借金の事を考えても、幼馴染みとしても、奏への想いが残ってるからこそ、心は隠さないといけない。

 

 瑠璃姫としては、こんな絶好の機会は逃したくない訳ではあるが。

 そもそも彼のストレスの対象が自分である以上、慎重に動きた。

 今回ばかりは、本当に心当たりが無いのだ。

 

(ペット……いやペットは違うでしょ。アタシはコイツに救いの手を差し伸べたワケだし? だいたいコイツがそれぐらいでストレス爆発させるワケが無いもの、逆に利用してマウント取ってくるぐらいじゃない)

 

(やはりおっぱい、頭をおっぱいを――畜生、目を閉じてもコイツのおっぱいが視界に飛び込んでくるッ!!)

 

(…………となれば、昼の出来事ね。後でアレを確認しておかないと。今直接聞き出すのは悪手ね、自滅覚悟で力任せに来たら勝てないもの)

 

(あ、コイツなんかまた企んでるな? そうだおっぱいばかり見ないで顔だけ見れば――、いや改めて見ると睫長いな、んでもって可愛い……じゃねぇよ? え、なんでドキドキしてるんだ俺? なんで唇見ちゃうの俺? 意識してねぇからッ!! 絶対意識してねぇぞッ!!)

 

 ううっ、と顔どころか首筋まで赤くする敦盛。

 その湯気すら出そうな様子に、首を傾げるしかなく。

 

(――――もしかしてコイツ、アタシのコトが好き? いやいやまさかね、いやまぁこの美貌とスタイルで性格良し高収入のアタシなら惚れるのも無理はないけど? …………考えたらゲロ吐きそうなぐらいイヤなんだけど? ある意味僥倖って感じだけど本当に吐き気がしてきたんだけど?)

 

(拷問だ……、これは新手の拷問だ、――いや、逆に考えたらどうだ? むしろバレちゃっても…………ハッ!? 待て待て待てバレて笑われるのはまだいい、けどマジでごめんなさいされたら俺の心が死ぬゥ!?)

 

(あ、今度は青くなった器用ねコイツ。んじゃあまぁ……)

 

 瑠璃姫は首筋からフォークを離して自らも背中から退く、解放された敦盛はシュバっと立ち上がり彼女から距離を取った。

 それを感情の籠もらない目で眺めていた彼女は、『解放』の一言で特性メガネを外し。

 

「それ、捨てておいて。どうも壊れちゃったみたい」

 

「…………? 何を企んでる? というかマジで凄い発明――いや、粉々にしとく。人類には早すぎる」

 

「ま、このアタシという天才に世界が追いつけない以上、無用なトラブルはゴメンだわ」

 

「何処からツッコめば良い?」

 

「今のドコにボケがあったの?」

 

 真顔で問い返す瑠璃姫に、敦盛は溜息を一つ。

 

「んじゃあメシにすっか」

 

「そうね、あ、でもその変態プリンはアンタが全部食べなさいよ」

 

「………………一口ぐらい食べないか?」

 

「イヤ」

 

「しゃーなし、――いただきますッ」

 

「いただきまーす、…………そうだ、何かあったなら聞くわよ幼馴染みとしてね。少しぐらいは力になってあげるわ」

 

「へぇへぇ、一応覚えておくぜ」

 

(なぁーーんてねぇ、アンタの隠し事は丸裸にしてやるわっ! 精々油断してなさい!)

 

(後でコイツの部屋に突入して邪魔してやろ、絶対に諦めてねぇ、俺は秘密を守りきってみせるッ!!)

 

 ウマい美味しいと二人は表面上、和やかに食事をし。

 裏では、バチバチを火花を散らしあっていたのであった。

 

 



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第16話 秘密を暴け/隠せ

 

 

 そして次の日、瑠璃姫はまともに登校した。

 これには彼女の父もニッコリであったし、賑やかだが大きな波乱も無く放課後からの帰宅へ。

 

「あ? 何で今日も俺の家に居んだよテメー」

 

「は? アタシが何処にいようと勝手でしょ、だいたい今月の家賃はアタシが払っといたし、そもそもアンタの役目は何? ペットでしょ。なら飼い主であるアタシが居る権利があるってもんよ駄犬盛」

 

「牛丼みたいな罵倒してくるんじゃねェ!!」

 

「はいはい、あっちゃんは吠えるのが得意なわんちゃんでちゅねぇ~~っ。――ほれ、とっととメシ作りなさいよ。アタシは仕事あんだから」

 

「メシ出来たら呼ぶから自分の部屋でやれよ隣だろ……」

 

「なんか言った?」

 

「…………ハラ空かせて待ってろ」

 

 そうしてキッチンに行った敦盛であったが、そもそも昨日の今日である。

 まだ料理は残ってるので新しく作る理由は無い、単に彼女の真正面から向き合うのが気まずいだけである。

 

(恨むぜ奏さぁああああんッ!! 目を合わせて話すだけでも何か緊張するじゃねぇかッ!!)

 

(はっ、魂胆は分かってるし。もう校舎裏での会話は知ってるのよ、――さぁて、どう弄んでやろうかしら?)

 

(嫌な予感がする、だいたい仕事すんなら自分の部屋の方が機材そろってんじゃねぇか。つかほらァ、なんもしてねーし)

 

(ふふふっ、あっくんの不幸はアタシの幸せ~~。晩ごはんも美味しくなるってもんよっ! 問題は出方ね、失恋とアタシへの恋心…………いやその前にアタシを本当に好きなのかを確かめないとねっ)

 

 くしし、という笑い声に敦盛は背筋を震わせ。

 瑠璃姫はニヤニヤと台所に立ち尽くす彼の背中を見つめる、彼女だって把握しているのだ今晩の為に料理する必要なんて無い事を。

 その事に遅蒔きながら気づいた彼は、故に直感する、己が相手の罠にかかっているという事実を。

 

(まさか――バレてるのかッ!? どこから? 奏さんッ!? い、いや落ち着け、確かに二人の仲は良いがあの奏さんがわざわざ話す――…………あ)

 

 敦盛は思い出した、あの時、フられた後から教室に入る前の間。

 果たして彼女は何と言っていたか?

 

(応援するって、俺との仲を応援するってッ!? 何処まで話した? クソッ、瑠璃姫はポンコツだが察しの悪いヤツじゃないッ!! むしろ昔から妙に鋭いッ、まるで側で見てたか聞いてたかしてた様な鋭さを持つ女だッ!! ――――気づかれている、そう考えるべきだ)

 

 無意識におたまを握りしめながら、敦盛の頭脳は冷え切って回り始める。

 ならば、ならば、ならば、それを前提に動くべきだ。

 失恋と好意、この先を考えると。

 

(俺が奏さんにフられたのは遅かれ早かれ竜胆や円にも伝わる筈だ、それによってペット業務に支障は出ない、……だが)

 

 好意、それだけは不味い。

 

(まさか――アイツはこの事態を見越して最初にルールを変えた? 何故だ? 決まってる俺を弄ぶ為だ、何の為に、アイツは…………俺と恋人になるのを望んでいない?)

 

 浮かんだ考えは、敦盛に妙な冷や汗をかかせた。

 なんだかんだ言って、彼女とは普通の幼馴染みより親密な関係にあると言えよう。

 そして今、ペットと主人という新たな関係になった。

 

(関係を維持するという観点から見ると、アイツも俺にそれないの好意を持っていると言える)

 

 もしかして、もしかすると。

 

(――――アイツは俺に好きだと言わせてマウントを取ろうとしている、か?)

 

 自然と心が跳ねる、これはもしや甘酸っぱいアレコレな関係で青春なソレなのではと。

 となれば、絶対に瑠璃姫は失恋と好意の両方でからかって来る、そうからかってくるだけである。

 

(………………おっぱいかケツ)

 

 おたまをそっと置き、指をわきわきさせる。

 おっぱいだ、ケツだ、何か理由をでっち上げて――揉む。

 そうすれば瑠璃姫は慌てるだろう、彼女への好意も追求するのを忘れる筈だ。

 

 ――彼の空気が変わった事を、彼女は敏感に察知していて。

 振り返った敦盛と瑠璃姫の視線が交わる、ソファーに座る彼女とキッチンの彼と彼我の距離が縮まる。

 そして彼は彼女の隣に座ると、その白いたおやかな手を取って。

 

「聞いてくれ瑠璃姫、話したいことがあるんだ」

 

「へぇ、改まってなんの話? 告白でもする?」

 

「――気づいてんだろう。俺が奏さんにフられた事」

 

「ええ勿論知ってるわ、それで? アタシにアンタを慰めろって?」

 

「そうだ、……俺は今深く深く悲しみに包まれている、だから」

 

「おっぱい揉む? それともお尻がいいの?」

 

「ああ、だから――――……………………はい?」

 

「さ、揉んでアンタが癒されるなら揉みなさいよ。幼馴染みのよしみで今日だけは許してあげる」

 

 予想だにしない台詞に、敦盛は雷に打たれた如く盛大に固まった。

 大口を開ける様を見て、瑠璃姫はそっと彼の手を己の胸に触れるかどうかの寸前まで誘導する。

 

(ば、バカなァアアアアアアアアアアアッ!? これは罠ッ、罠だ分かってるッ、だが言葉が出てこないッ!!)

 

「ふふっ、なんてマヌケな顔してるのよ。言ったでしょう飼い主としての責任があるって」

 

「い、言ったかそんな事ぉ!?」

 

「声裏返ってる、まぁアタシの気まぐれに感謝しなさいよ大サービスなんだから。普段あれだけ揉む揉む言ってるんだから嬉しいでしょ? ね? ね?」

 

「――誰だテメェッ!! 瑠璃姫を何処にやった偽物だなッ!! 俺の瑠璃姫を返せッ!! 瑠璃姫はそんな事言わないッ!!」

 

「言っておくけど、揉んだらアンタを金輪際性的な接触しないから。だって契約違反じゃない。さ、揉みなさいよ、何なら一時間でも二時間でも丸一日でも好きなだけ揉みなさい、でもこれっきり、アンタとアタシはこれっきりで――幼馴染みじゃない、只のペットと飼い主」

 

「~~~~~ッ!? ばッ!? お、おまッ!? ~~~~~~ド畜生オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 やられた、先手を打ったつもりが完璧に遅れを取った。

 そして何より。

 

(分かんねぇッ!! コイツ何考えてるんだよッ!! 俺を慰めたいのか弄びたいのか誘惑してんのか全然理解出来ねぇッ!!)

 

 敦盛は歯を食いしばって血の涙を流しながら手を魅惑のおっぱいから離して。

 そして、男らしく言い切った。

 

「――――ご主人様、この哀れな失恋ペットに膝枕のサービスとか如何でしょう、かッ!! おっぱいとかケツとかエッチな接触じゃなくてッ、なんか青春の一ページな感じの思い出でペットとして癒して貰えませんでしょうかねぇッ!!」

 

「どうしてそうなるのッ!? そこは性欲に負けて揉んで一生後悔して生きるとか、我慢して無様を晒して玩具になるとかしなさいよッ!!」

 

「は? お前が言ったんだが? 飼い主としての責任があるって、ペットのメンタルケアも飼い主の責任だろ? それに俺は今、失恋してエッチな事で癒されないから、エッチとは程遠い青春的行為で癒されたいだけだから」

 

「だからって何でアタシが膝枕しなきゃいけないのよッ!! そもそも勝手に失恋したのはアンタじゃないッ!!」

 

「そこを何とか――頼む、お前を美少女として、幼馴染みとして、そして何事も経験豊富な天才として頼んでいるんだ。はよ膝枕しろお腹ぷにぷに女、テメーのそのお腹を枕にしても良いんだぞ?」

 

「バカでしょアンタッ!? それが頼む態度なのディスってるだけじゃないっ!! だれが絶対そんなコトするかっ!!」

 

「成程、俺が膝枕でエッチな目で見る事を心配してるんだな?」

 

「誰がそんなコト言ったのよっ!? つか話を聞きなさいっ!!」

 

「その疑念は理解できる、なら――全裸になろう、そして証明してみせるッ、俺は膝枕で勃起する男じゃねぇと!!」

 

「おわああああああああああああああっ!? 服を脱ぎ出すなブラブラさせないでっ、分かったかっ、分かったからナニを回すなぁああああああああああ!!」

 

「おし、膝枕ゲットー」

 

「せめて服を着てからにしなさいよっ!?」

 

 かくして、敦盛は全裸で恋人でもない美少女に膝枕してもらうという偉業を成し遂げた。

 その偉業による安寧は夕食時まで続くと思われたのだが、あわれチン長を計りだした瑠璃姫によって第二次チン長ウェストサイズ戦争が始まりによって、終わりと告げたのであった。

 

 



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第17話 ベランダ

アンケートにお答え頂きありがとうございました!
あの長いタイトルを肯定して頂いた方の方が多かったのですが
やっぱ長過ぎるんじゃアアアアッ!!
という自分の心の叫びは誤魔化しきれなかったので、メインタイトル短くしました。
ではでは、引き続きお楽しみくださいませ。


 

 

 その日の深夜、瑠璃姫は眠れないでいた。

 お気に入りの古びたパジャマ、――すり切れても繕ってきている母の遺品の。

 よく眠れる筈の、彼女の衣服としては野暮ったいパジャマを着ているというのに、眠れない。

 原因は理解している。

 

「――――また、負けた」

 

 ギリっ、と歯ぎしりする音、コチコチ、と時計の針の音。

 起動したままのパソコンの音が妙に気に障る。

 これで通算何回目の敗北だろうか、敦盛は知らないだろう彼女が彼に負ける度に寝付けない夜を過ごしている事を。

 

「憎いったらありゃしない」

 

 現在の所、二人の関係は瑠璃姫の計画より芳しくない。

 只の幼馴染みの関係では駄目なのだ、もっともっと。

 

(もっと、あっくんには幸せで居て貰わなきゃならなってのに……)

 

 彼が福寿奏に恋している事は、入学式のその日にもう気づいていた。

 詳しく聞き出すまでもない、その日の敦盛の様子は正に恋煩いといった様子でぼーっとしていたからだ。

 

(――――奏にフられるのは想定済み、けど早すぎたわ)

 

 計算を練り直さなければならない、竜胆が瑠璃姫に好意があるとは知っていたが。

 そのベクトルや熱意までは、それに対する奏の反応までは読み切れていなかったからだ。

 

「ううーん、どうすればベストかなぁ……」

 

 ごろんごろん、とベッドを転がる。

 敦盛を籠絡するのは容易い、そんなもの裸でベッドに誘えばイチコロである。

 だが、――瑠璃姫の目指す所はそういうモノではない。

 

(あっくんは今、アタシを異性として意識している)

 

 以前の、主人とペットになる前の関係なら。

 夕方の様に誘った場合、彼は確実に性欲に負けて瑠璃姫の乳房を揉むだけに飽きたらず最後まで突き進んだだろう。

 そして良くも悪くも、心から奏の占めるスペースを瑠璃姫へと塗り替える事になった。

 そう確信している。

 

(でも、それは最後の手段……アタシがアイツに告白するなんて、裸で迫るなんて吐き気がするわ)

 

 苦々しい表情で瑠璃姫は天井を睨む、あくまで彼女は。

 

(あっくんの意志で、奏を諦めてほしい。……アタシの幸せの為に)

 

 ならばどうすれば良いか、幼馴染みと親友の間でどんな会話があったか瑠璃姫は把握している。

 この世の誰よりも勝る頭脳は、瞬時にルートを検索して。

 ――真綿で首を締める様に、早乙女敦盛といく存在に幸せを導くのだ。

 

(…………思い立ったら吉日って言うわね)

 

 瑠璃姫は立ち上がった、そして迷うことなくベランダへ。

 今の彼ならば、九割九分の確率で眠れていない筈で。

 だからきっと、――そこには、ほら。

 

「眠れないのあっくん? そんなに奏のコトがショックだった? ビックリだわ、アンタにそんな繊細な心があっただなんて」

 

「テメーも寝てねぇじゃねぇか、ウンコして寝ろぽっちゃりオンナ」

 

 少し驚いた顔の敦盛の姿が。

 そう、彼も眠れていなかったのだ。

 少し前まで、夕方の出来事を思い出して悶々と。

 

(何で今この瞬間ッ、テメェが居るんだよ瑠璃姫ェエエエエエエエエエエエエッ!!)

 

 然もあらん、普段から彼女にセクハラ三昧である彼だが。

 そも童貞である、裸になったのだって自棄っぱちの虚勢。

 勃起しない事に必死になっていたのに、彼女の太股の感触は柔らかく――とても良い匂い。

 

 すこし汗ばんだ、でもどこか甘い。

 体臭かそれとも香水でも付けているのか、ともあれ心惹かれて。

 

(ベランダ越しで助かったぜ……、つかコイツも親離れ出来てねぇな小母さんのパジャマじゃねーか)

 

 瑠璃姫が今着ているパジャマは良く覚えている、それは彼女の母が病室で着ていたお気に入りのそれだ。

 敦盛としても、その事を特段からかうつもりも無く。

 

「――――懐かしいな、昔は良くこうして話してたっけな」

 

「ええ、でもすぐにお母さんやお父さんにバレて怒られたわね」

 

 悪くない雰囲気だ、彼の脳裏に告白するなら今では? という考えがよぎったが。

 慌ててそれを振り払う。

 第一に、まだ奏に未練がある。

 第二に、告白するほど彼女が好きなのか自覚できていないという根本的な問題があるのだ。

 

「…………このままでいいか」

 

「は? 今のままで良いワケないでしょ? アンタはバカなの?」

 

「おい、今のはただの独り言だ」

 

「へーえ、独り言にしてはやけに大きかったけど?」

 

「いやあるだろ、思わずぽろっと心の声が出る時って」

 

「そんな感じで奏にも告白したの?」

 

「そんなんだったら奏さんもきっと見逃して――――ってテメェ! 誘導尋問とは汚ねぇぞッ!!」

 

「まさか、ただのジャブよジャブ」

 

「お前はジャブで俺をからかうのか?」

 

「だってアンタだってジャブでアタシにセクハラするでしょ?」

 

「真顔で言うな? 確かにそれは俺が悪いような気がするが、真顔で言うな?」

 

「悪いような気がする、じゃなくて明確にアンタの落ち度じゃない? ちょっと借金倍額にしてみる? 名目は上司へのセクハラ示談金」

 

「あ? ふざけてんのかテメー、土下座すっぞ? 足でも舐めるぞ? これからは風呂はいる時に背中流すぞ?」

 

「はいセクハラ~~、これで倍額ね」

 

 すっと目を細めて本気の表情、なまじ美人なだけに迫力がある。

 敦盛は即座に顔を引き締めて提案した、このまま攻撃を続けたら本当に実行するのが瑠璃姫という存在だ。

 故に、下手に出るまで。

 

「どうだろうか、交番の前でお前の名前を叫びながら謝罪オナニーして来ようと思うのだが」

 

「アンタにそんな度胸なんて無いわ、いっつも口先ばっかりで夕方だって揉む度胸すら無かったじゃない」

 

「おまッ、あんな条件突きつけといてそれはねぇだろッ!? ――――分かった、俺のチンコを揉んでいい。それで謝罪の代わりにしてくれ」

 

「あっそ、キンタマ潰していいならそうするけど?」

 

「念のために言うが、俺の自慢のゴールデンボールが潰れた場合。新しい扉を開いて名実ともに変態ペットとなるがよろしいか? 覚悟は出来てるな俺は全然出来てないッ!!」

 

「そこは覚悟が出来てるって言いなさいよッ!!」

 

「お後がよろしい様で、ではこれにて御免候。今宵のパンツを教えてくれないと夜中忍び込んでスマホで撮る」

 

「今ノーパンだけど?」

 

「え、ま、マジでッ!? るるるるる瑠璃姫さんッ!? それ反則じゃないッ!? 意識しちゃうよ俺ッ!? 今すぐ嘘だって言わないと、これから三十分間お前の名前が荒い吐息とともに聞こえてきちゃうぜッ?」

 

「ウソに決まってるでしょ、本当は黒のレース」

 

「ヤメロォ!? ちょっと期待しちゃうような事を言うんじゃありませんッ!?」

 

 器用にも小声で叫ぶ敦盛に、瑠璃姫は呆れた視線で言い放った。

 

「ばーか、それよりアンタに用があるからベランダに来たのよ。とっとと本題に入らせなさい」

 

「用? 明日じゃ駄目なのか? もう寝ないと朝起きれなくなるだろうが」

 

「…………よく聞きなさいあっくん。アタシ考えたの」

 

「何を」

 

「アンタの恋を応援しようって」

 

「――――――は?」

 

「聞こえなかった? ならもう一度言うわ、……一度フられたぐらいで引き下がるなんてアンタらしくない、でもアンタだけだと同じコトの繰り返しでしょ」

 

「お、おい? 何を言って……」

 

「だからね、アンタと奏が恋人になれる様にアタシが協力してあげるっ!!」

 

 またも予想すらしなかった言葉に、敦盛は目を丸くして口を大きく開けたのだった。

 

 



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第18話 二兎を追う者は

 

 

 聞き間違いだと思いたかった、だが瑠璃姫は輝く笑顔で繰り返す。

 

「ねぇ、ちゃんと聞いてる? 喜びなさいよ奏との仲を応援してあげるって言ってんだからっ」

 

「…………理由を聞いて良いか? 何の為にテメーはそんな事を言い出したんだ?」

 

「え、そんなの幼馴染みのよしみで、飼い主としてのメンタルケアじゃないの」

 

「俺が言うのもアレだけどな、こういう時は傷心に付け込んでお前に俺をゾッコンに惚れさせるってのがセオリーなんじゃねぇのか?」

 

「何処のセオリーよそれ、どーせアンタの少女マンガとかラブコメ少年マンガとかのお約束でしょ。くっだらない、現実にそんな甘い展開望んでるワケ?」

 

「お、やるか? 今すぐそっち乗り込んでセクハラ攻撃すっぞ? 少女マンガにもちょっとエッチで都合のいいラブコメにも等しく夢があるんだよッ!! ちょっとぐらい現実になったらいいなとか夢みてもいいじゃねぇかッ!!」

 

 ゴゴゴと怒る敦盛に、瑠璃姫は盛大な溜息を。

 そもそも、彼の失恋の原因がそこにある事に気づいているのだろうか。

 

「その夢を見て、大口開けて待ってるだけで奏は惚れてくれた?」

 

「ぐはッ!?」

 

「ある日突然、宇宙人とか月の精霊の女の子と知り合って同棲して、それに嫉妬した奏と急接近とかあったかしら?」

 

「ひぎィ!?」

 

「奏を陰から見守って、チャラ男に絡まれていざ助けに行って恩返しデートっていざ駆けつけて。――竜胆が先を越されたし、そもそも奏に助けは必要なかったわよね?」

 

「なんで知ってるんだッ!?」

 

「アンタのコトなんて全部お見通しよ、――書き掛けのラヴレター、完成した? ちゃんと出した? まだよね机の二段目の引き出しの奥にしまったままよね?」

 

「それ俺のトップシークレットォッ!?」

 

「は? ドコがトップシークレットだったワケ? 後ろから堂々と見てたアタシに気づかないで書いてたわよね?」

 

「殺せェ……いっそ殺せェエエエエ!」

 

「まだあるわよ? もっと言って欲しい? アタシは良いわよアンタの苦しむ顔は好きだもの」

 

 月明かりの下でサディスティックに笑う彼女に、敦盛は直感で答えを導き出した。

 本気だ、この極悪な幼馴染みは本気で。

 

「…………まさかテメー、俺を本気で哀れんでる? 失敗しても成功しても、俺が七転八倒する様をあざ笑おうと? つーか失敗前提で動いてるんじゃ――――?」

 

「あら、理解が早いのはペットとして好ましいわね」

 

「そこは幼馴染みの情とか、実は俺が好きだったとか言って慰めて俺を攻略しろよ籠絡してくれよッ!!」

 

「いやよ、何が悲しくてアンタのヒロインにならなきゃいけないワケ? ちょっと自惚れが激しくない? 自分の顔を鏡で見てきたら? というかセクハラ三昧の行動で好かれてるとか本気で思ってた?」

 

「マジトーンで言うなッ!?」

 

 容赦ない瑠璃姫の口撃に、敦盛のメンタルは圧殺寸前だ。

 

(ああもうッ、なんだコレッ、本当になんでこんな展開になってんだよォ!?)

 

 お隣の美少女は、幼馴染みは、敦盛に気があるんじゃないかと思っていた。

 否、期待していた。

 彼自身としても、奏に教えられた――瑠璃姫の事を実は一番優先して考えているのではないか、と。

 

(なんでお前は、他の女との……って、これじゃあ俺がコイツをマジで好きみたいじゃねぇかッ!!)

 

 福寿奏という少女は、とても魅力的な人物だ。

 意外な一面を知ったばかりだが、そこだってグッと親近感が沸いて。

 しかも彼女には、瑠璃姫との仲を応援するとの言葉を貰ったばかりだ。

 

(え、あれッ!? 俺、もしかして二人の女の子から押しつけ合いされてねェ!? なんかハズレ扱いされてねぇかッ!?)

 

 グサッ、どころではない、グチャリ、と心を押しつぶされた感覚だ。

 思わず彼はベランダの手すりを背もたれに、力なく座り込む。

 

(俺、は……どうすれば良いんだ?)

 

 早乙女敦盛は、福寿奏の事が好きだ。

 早乙女敦盛は、溝隠瑠璃姫の事が好きだ、――多分。

 そして二人からは、それぞれ違う相手との仲を応援されて。

 

(なんて―― 中途半端 なんだ―――― 俺は)

 

 愕然となる、一度に二人の女の子を好きなっていただなんて。

 不誠実極まりない、そうどこかで声がする。

 誰かを好きになる事は、ヒトとして当たり前の事だと、そうどこかで声がする。

 でも、敦盛はどちらにも頷けずに。

 

「――――驚いた、アンタでもそんな顔出来るのね」

 

「あんだよ……、からかうなら明日にしてくれ」

 

「バカね、そんな顔で放っておけるワケないじゃない」

 

「そんな顔? 俺が――」

 

「泣いてる」

 

「…………え?」

 

 指摘されて初めて気がついた、己が涙を流している事を。

 触れた指先に水滴がつき、じわじわと例えようの無い感情が溢れそうになってくる。

 その時だった。

 

「よしよし、よしよし、泣かないのあっくん」

 

「瑠璃姫……」

 

 彼女はベランダを隔てる壁、その非常用の扉を開けて。

 しゃがんで敦盛と目線を合わし、頭を優しく、とても優しく。

 頭を撫でられる感触が、なにより温かくて。

 それが一層、彼の涙を誘った。

 

 

「ま、アンタがどんな恋をしようとさ、どんな死に方をしようともね。――アタシが最後まで隣に居るわ」

 

 

「――――…………ぁ」

 

 

 まるで親友の様に優しい口振りで、幼馴染みの気安さで。

 今まで一度も見たことがない、赤子を安心させるような笑み。

 

(――――駄目、だ。それは―― とても 卑怯 ――――だ)

 

 ボッ、と敦盛の顔が赤くなる、ひゅっと音を立てて涙が止まる。

 

(無茶苦茶チョロいじゃねぇか俺ッ!?)

 

 衝動が体の奥底から沸き上がってくる感覚、今すぐに行動に移さなければ後悔する、そんな第六感。

 言葉にしなければ、今すぐに言葉にしなけばならない。

 

「――――? どうしたの? 風邪でも引いた? 顔が赤いし震えてきたわよ? あ、もしかしてだから凹んでたワケ? アンタも可愛いトコロが「瑠璃姫ッ!!」

 

 手をつかむ、その華奢な手を敦盛は両手で掴み。

 

「結婚してくれ、瑠璃姫ッ!! 俺の嫁になってくれッ!?」

 

「…………ハァっ!? 気でも狂った? アンタ奏に未練があるんじゃなかったの?」

 

「勿論、奏さんもまだ好きだッ!! チャンスがあれば恋人になりてぇッ!! それはそれとして、お前も好きだッ!! 愛してるって今気づいたッ!! 俺の人生に必要なのはお前だッ!!」

 

「おわあああああああっ!? 近い近い近いっ!? 顔近づけるなっ!? というかアンタ自分が何言ってるか理解してんのっ!? どうしてアタシが好きなのか奏が好きなのかハッキリしなさいよっ!?」

 

「不誠実な事を言ってるは分かってる、だが奏さんは諦めきれないし、お前を俺の人生から逃がしたら絶対に後悔する」

 

「~~~~~~っ!? 本気で言ってるのっ!? 仮にアタシと奏、両方とつき合えるコトになったらどうするってのよっ!?」

 

「その時は…………その時に決めるッ!!」

 

「おバカッ!! そもそも奏にはフられてるしアタシはアンタとくっつくのは心底嫌だって言ってるでしょうが~~~~~~っ!!」

 

 完全なノープラン、衝動の赴くまま脊髄反射でまくしたてる敦盛に彼女とていは想定外極まりない。

 どうしてこうなった、何が原因でこうなったのだ。

 

「嗚呼……、なんて清々しい気分なんだ。それに――お前はかなり良い女だな瑠璃姫、まるで月の女神の様だ」

 

「ひぇっ!? あ、あっくんが壊れたっ!? あっくんはそんなキザでダサい台詞言わないっ!! 解釈違いにも程があるわよっ!? ほら、おっぱい触る? 今なら一秒ぐらいは許すわよ?」

 

 ごくりと唾を飲み提案する瑠璃姫、その表情は青ざめて。

 少し前の敦盛だったら、手を伸ばしたかもしれない。

 最終的に実行せずとも、手を伸ばしただろう。

 ――――だが。

 

「自分を大事にしろよ瑠璃姫、テメーのおっぱいは…………俺が自分の意志でその時になったら蹂躙する」

 

「偽物よっ!? こんなのあっくんじゃないっ!?」

 

「今俺は生まれ変わったんだ……本当に大切な存在に、大切にしなきゃいけない心に気づいたからな。――宣言するぜ、俺のセクハラを喜んで受け入れるぐらいに惚れさせてやる」

 

「そこはセクハラ止めるって言いなさいよっ!! つーかペット! そうアンタはペットじゃないっ!! 契約違反、契約違反で借金倍額で解雇するわよ!!」

 

 それが、瑠璃姫に現状残された最後の一線であった。

 しかし敦盛は、情熱のこもった視線で彼女を見つめ。

 

「それがお前の隣に居る条件なら、そうしろ。例え親父がこさえた借金といえど何年かかってでも返してやるぜ」

 

「無敵かアンタはっ!?」

 

「そうだ、――愛に目覚めた俺は無敵だ」

 

 不敵に笑う彼は、しかして冷静に考えを巡らせていた。

 確かに、理由がどうあれ感情がどうであれ、彼女は敦盛に恋をしている気配は無い。

 ――ずっと隣に居たのだ、眼が開いた今ではハッキリと理解出来る。

 

「絶対っ、絶対にアンタと恋人にはならないし結婚だってしないわっ!! お情けでペットにしてあげてるの分かってんのっ!?」

 

「…………なるほど」

 

 このままならば、借金倍額返済という一番迂遠な道になる事は間違いなしだ。

 故に、――起死回生の一手とは。

 

「じゃあ勝負しようじゃないか」

 

「は? 勝負?」

 

「俺はお前のペットのまま、お前を惚れさせてみせる」

 

「…………アタシを煽る気? そもそも奏の事はどうするのよ」

 

「奏さんを争う相手は竜胆だ、それにその時はお前の好きにしろ、俺を裏切り者として刺すなり借金倍額なり自由にしてくれていい、――――ま、俺がテメーを堕として全部チャラで言いなりにさせるけどな」

 

 敦盛の言い草に、瑠璃姫は冷徹な目で考えて。

 

(…………ばっかじゃないのコイツ、アタシが好きって言わなければ良いだけじゃない)

 

 彼女は彼の事を異性として見ていない、そして目指している関係も、彼が望んでいるのとは別だ。

 何よりも。

 

「随分と自分勝手な言い分じゃない、――いいわ、乗ってあげるその勝負っ!! アタシがアンタに負けるなんてあり得ないんだからっ!!」

 

「へぇ、いっつも負けてるヤツが吠えるもんだな」

 

「はっ、最終的に大勝ちすれば良いのよ。アタシはその為に動いてるんだから」

 

「………………」

 

「………………」

 

 二人は睨みあって、そして同時に立ち上がる。

 

「惚れさせてやるからな、瑠璃姫」

 

「二兎を追う者は一兎をも得ず、失恋という絶望で死なないと良いわねあっくん?」

 

 敦盛と瑠璃姫の、新しい関係が始まったのであった。

 

 



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第19話 申請書

 

 

 二人の関係に変化が訪れたところで、学校生活が劇的に変わる訳ではない。

 三日後、投稿した敦盛は担任教師・脇部英雄に呼び出され職員室へ。

 

「やぁ、呼び出してすまないね早乙女君。君に書いて欲しい書類があるんだ」

 

「脇部先生のお呼びなら、職員室だろうが月だろうがお供しますッ!!」

 

「慕われてるのは教師として嬉しいけど、ちょっと僕の事を好きすぎない?」

 

「いえ、脇部先生は俺の人生の師!! 俺も――脇部先生の様な臨機応変に行動できる大人に成りたいと思っていますッ」

 

「そこまで言われると素直に嬉しいね、さ、この書類だよ」

 

 脇部英雄、彼はこの倉美帝高校の卒業生であり。

 在学時には、今日まで続く伝統行事を幾つも立ち上げた伝説的OBである。

 中でも模擬結婚式やバレンタイン聖戦、天下一ベストカップル大会等々は近隣校にも影響を及ぼし。

 はたまた在学中で生徒という身分にも関わらず、結婚、妊娠出産した時に学校側からフォローする制度を作ったなど、特に恋愛面において破天荒な功績を残した人物だ。

 

(えーと何々? ストーカー申請書? …………うん? はい? ストーカー……申請書?)

 

「不思議そうな顔してるね、もしかして初耳かな?」

 

「いや脇部先生? これ、何ですか?」

 

「ああ、もしかして自覚無かったのかな?」

 

「俺には先生が何を言っているかが分かりません!」

 

 すると脇部先生は神妙な顔をして、彼の肩を叩き。

 

「君の恋愛は茨の道だろう、――だが話し合いとお互いの妥協点を探すことで幸せへの道が開くはずだ」

 

「え、俺の恋愛そんなに厳しいんですかッ!? というかどっかそんな話がッ!? というか俺の恋愛とストーカー申請書が繋がらないんですけどォ!?」

 

「君の事情なら簡単な話さ、前々から溝隠さんも申請出してたしね。それに噂話って、特に恋バナは教師にも伝わるってもんだよ」

 

「は? 瑠璃姫がこの申請書出してたんですかッ!?」

 

「うーん、それにしても意外だったなぁ。僕の見立てではてっきり君の方が早くこの申請書を出しそうな感じだったのに」

 

「俺の評価どうなってるんですッ!?」

 

「愛が重い系のセクハラ男だね。いやぁてっきり溝隠さんの方かと思ってたけど、彼女はカウンター目的の方だったか」

 

「訳わかんねぇッ!?」

 

 頭を抱える敦盛に、担任教師は頷いて説明を始めた。

 

「いいかい早乙女君、これは僕の在学前からの一種の伝統なんだけどね」

 

「伝統? 在学前から?」

 

「ウチの高校は――――ヤンデレという人種が多いんだ」

 

「…………は?」

 

「おっと、その顔は信じてない顔だね? まぁ無理もないさ、取りあえず愛が重くてストーカー行為に走る生徒が多くてねぇ……いやぁ僕も苦労したもんさっ!! あっはっはっ!」

 

 途端、周囲の教師から尊敬とも批判ともつかない奇妙な視線が担任に突き刺さるが、彼はそれを気にせずに。

 

「ま、少しでもコッチで知っておかないといざという時に対策が取れないんだ」

 

「ぬおおおおおおおッ、理解しましたけどッ、理解しましたけどッ!! いやそれ俺にあんま関係なくないですよねッ!?」

 

「いやでも、溝隠さんから頼まれちゃったし。普段の君たちの様子を見てたら、君も出しておいた方が良いよねって。――――早乙女君、いざとなったら自分の命と引き替えに交際を迫るタイプだろうし」

 

「畜生、あのオンナァ!! というかショックなんですが先生ッ!? 俺、マジでそんな評価なんですかッ!?」

 

「ふふっ、これでも在学中から色んな恋人たちを見てきたからね」

 

「ああもうッ、色々納得いかないけど書きますよッ、書けば良いんですよねッ、名前に学籍番号、相手の名前…………いや使用機器って何です?」

 

 思わず我に返った敦盛に、脇部先生はさらりと答えた。

 

「盗聴や盗撮する子も多くって、いっそのコトこれもコッチで管理しようかなって。結構効果あるんだ、相手に通知いくし除去手段もコッチで渡すし。――あれ? なんで早乙女君知らないの? 一年の時に書類渡したよね?」

 

「はあッ!? 知らないッ、俺そんなの知らないッ!?」

 

 実は魔窟であった校内の恋愛事情と、思わぬ事実に敦盛は混乱間近だ。

 

「……これはやられたね早乙女君、僕からも伝えておくけど溝隠さんにペナルティ一つ、後一回で処分下されるって言っておいて」

 

「ちなみに処分って?」

 

「最悪で警察行き、軽くて停学、ほぼ無傷で反省文。これに関しては君の気持ち一つだから、よーく考えるように」

 

「あ、思ったより容赦のない制度なんですね」

 

「愛という言葉で言い繕っても、犯罪は犯罪だからね。…………はぁ、僕がどれだけ苦労したと。いや早乙女君には関係ない話だった」

 

「超気になるんですが?」

 

「コツは独占欲をどう意識改革させるか、これに尽きるんだ。――早乙女君は人事じゃないからね?」

 

「いや盗聴されてたの俺なんすけど?」

 

「そこが気になる所なんだよねぇ……」

 

 考え込む担任教師に、敦盛としては何処が気になるのかが分からない。

 瑠璃姫の盗聴問題、裏を返せば彼女は敦盛に恋していたとも取れるが。

 

「――――注意しておくんだ早乙女君、僕の見立てでは君の恋路は本当に厳しいかもしれない」

 

「と言いますと?」

 

「あくまで推測だから話半分で聞いておいて欲しいんだけど。…………溝隠さん、君への異性的好意はゼロかもしれない」

 

「は?」

 

「福寿さんの方は、まぁ君にまったく気がないし。君がどれだけ好意を抱いても、君自身がそういう行為に及ばないタイプの感情だろうから安心だけど」

 

「俺、それを聞いてどうすれば良いんですッ!? 先生から見て奏さんは絶望的なのは何でなんですかッ!?」

 

「それは福寿さんを一番良く見ていた君が、一番理解出来るんじゃないかな。認めたくないだけでさ」

 

「先生、先生? ハートブロークンで死にそうなんですが?」

 

「ま、セクハラに注意しつつ頑張れって感じで。くれぐれも命は大切にね」

 

「流されたッ!? というか俺どんだけ恋愛に命かけるんですかッ!?」

 

 にっこり笑ってそう締めた担任に、敦盛は書類を書いて提出するしかなく。

 となれば。

 

(教室に戻ったら、絶対に問いつめてやるッ!!)

 

(ちょっと要注意案件かなぁ、いやぁこの学校は恋愛の問題が多くて困るね)

 

 敦盛は、全力ダッシュで教室に戻ったのであった。

 

 



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第20話 友情!!

 

 

 彼が職員室で衝撃の真実を知る直前、教室では竜胆と円が敦盛不在の机を囲んで。

 

「なぁ円、やっぱ例の書類の件で呼び出されてるよなアイツ」

 

「というか知らないみたいだったし、――やっぱり溝隠さんは敦盛に相応しくないみたいだね」

 

「それには同意する、アイツは溝隠さんに相応しくない」

 

「いや逆でしょ」

 

「お前こそ逆では?」

 

 二人は認識の違いに首を傾げ、しかし結論はほほ同じと言えよう。

 なので。

 

「――――ではここに、敦盛の恋応援し隊を結成する!」

 

「どんどんぱふぱふ~~! ところで竜胆、具体的には?」

 

「俺は溝隠さんと敦盛が恋人にならなきゃそれで」

 

「オレも同じ」

 

「………………いや貴方達? それって応援してるの?」

 

「というか、よくアタシが居る前でそんな話出来るわねぇ……」

 

 思わずツッコんだ奏と瑠璃姫、彼女たちもそれぞれ敦盛の恋路を応援する立場。

 隣の席で談笑していた彼女達は、話に加わるべく身を乗り出して。

 

「竜胆、私としては早乙女君は瑠璃ちゃんとお似合いだと思うのだけれど」

 

「お前の目は節穴か奏?」

 

「ねぇ竜胆? アタシとしては奏こそ敦盛にお似合いだと思うんだけど」

 

「いえ瑠璃姫さん、敦盛にコイツは勿体ないです。違う相手を探すべきでしょう」

 

「解釈違いだけど、やっぱり同意だね!」

 

「――――前々から聞きたかったのだけど、なんで早乙女君との仲を執拗に否定するの瑠璃ちゃん?」

 

「そっちこそ、あっくんはセクハラ男だけど情に厚い有望株よ? どうしてフったの?」

 

「…………」「…………」

 

「へぇ」「ふぅん」

 

 バチバチと瑠璃姫と奏の間だで、見えぬ火花が散り始める。

 発起人をさしおいて始まった女の戦いに、男二人は困惑するしかなく。

 

「(ちょっとちょっと竜胆っ!? 福寿さんは君の女でしょ! どうなってるのコレっ!?)」

 

「(俺にも分からねぇよ!! なんでいきなり二人でバトってるんだよっ!?)」

 

「(ううっ、可愛そうに敦盛……奏さんが好きなのに溝隠さんとの仲を応援され)」

 

「(俺はアイツが瑠璃姫さんに気があるように見えたがな、奏へはどっちかというと憧れに近くて)」

 

「(それがもし正しくても、今の状況は地獄じゃない?)」

 

「(………………瑠璃姫さんの相手には相応しくない事は繰り返し強調させて貰うが、確かにこれは地獄だ)」

 

 ひそひそ話をする男子二人を余所に、クラスの中でも、否、学校でも一位二位を争う美少女は静かに言い争いを始める。

 

「ああ、ごめんなさいね瑠璃ちゃん。早乙女君が私が好きなのを嫉妬しているのね、素直にならないと早乙女君は振り向いてくれないわよ?」

 

「アンタこそ、竜胆より大切にしてくれるあっくんと恋人になるべきじゃない? 結構お似合いだと思うわよ?」

 

「ふふっ、お似合いだなんて……その言葉を言って欲しいのは瑠璃ちゃんの方ではなくて?」

 

「あらあら、照れてるの? アンタこそ素直になってあっくんの好意を受け入れたら?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「早乙女君の何処が嫌なの?」

 

「逆に聞くけど、アンタこそあっくんの何処が不満だって言うのよ?」

 

 お互いに敦盛を押しつけあう光景に、彼の親友二人は涙を禁じ得ない。

 

「(ううっ、敦盛……。お前、幼馴染みである瑠璃姫さんにまで嫌がられて)」

 

「(こんな会話、敦盛に聞かせられないっ! 不憫すぎるぜ本当に福寿さんは脈なしじゃないかっ!?)」

 

「(セクハラを除けば敦盛は良いヤツなのにっ、くっ、どうして女共はアイツの良さを分かってくれないんだ!!)」

 

「(オレが……オレが本当に女だったなら敦盛の恋人になったのにっ!! 男だし恋人が居て幸せなオレを許してくれ敦盛!!)」

 

 二人は男泣き、そして同じく会話を聞いていたクラス全員が同情して。

 

「なぁ、誰か敦盛の恋人になってやれよっ!!」「ああ、お情けでいいっ、誰か幸せにしてやってくれっ!!」「アイツは良いヤツなんだよセクハラ癖は最悪だがっ!!」

 

「ね、どう思う?」「早乙女君が本気で好きな人が居るなら応援したいけど……」「友達としては良いんだけど」「セクハラ癖も可愛いもんだけど、友達止まりでしょアイツ」

 

 好意的な声は多くも、誰一人として立候補はせず。

 それがまた、親友二人には不憫でしかなくて。

 

「どうしてだっ、クラスからこんなにも人望があるのに敦盛には恋人が出来ないっ!! 円の言うとおり、俺も女だったらアイツの恋人になったやったのにっ!!」

 

「ちょっと竜胆っ!? 貴方、早乙女君への好感度高すぎないっ!?」

 

「こうなったら下級生や上級生にもオレから声をかけて、――今まで溜めてたお年玉、全額払えば誰か敦盛の恋人になってくれないかな?」

 

「いや樹野? アンタもどうしてそんなにあっくんの好感度高いのっ!?」

 

 美少女二人が友情に驚く中、親友二人はふと気がつく。

 

「――――おい円? お前今、大金出せるって言ったよな」

 

「竜胆こそ、女だったらって言ったよね」

 

「ふっ、もしかして考える事は一緒か?」

 

「そうみたいだな、――覚悟は出来ているか? オレは出来てるよ」

 

「俺も覚悟を決めた、奏はアイツには無理だ瑠璃姫さんとくっつくのは嫌だ、ならさ俺がやるしかねぇよな!!」

 

「「女装して敦盛の恋人になるっ!!」」

 

 瞬間、クラスの空気が凍った。

 何を言い出すのかこのバカ共は、頭がおかしくなったのか。

 奏が唖然とし、瑠璃姫が目を丸くする中。

 

「おおおおおおおっ、ナイスアイディアだ竜胆っ!!」「協力するわ竜胆君!!」「ひゃっはー、メイクは任せろぉ!!」「よし女装部から衣装借りてくるぜ!!」「男の娘部から下着借りてくるわっ!」

 

「ちょっとみんなっ!? 何考えてるのよっ!?」

 

「落ち着いて皆っ!? 竜胆を女装させて早乙女君が喜ぶわけないじゃないのっ!!」

 

 制止する二人に、円と竜胆は仁王立ちをして。

 

「止めてくれるな奏、お前が敦盛を幸せにしないのなら――――俺がアイツを幸せにするっ!!」

 

「そうだともっ!! 敦盛を幸せにするのは――オレ達だっ!!」

 

 その瞬間であった。

 

「ゴラァアアアアアアア!! クソ瑠璃姫ェエエエエエエエエエ!! 盗聴器と盗撮の件とっとと吐けや――――え、何この雰囲気?」

 

「逃げて早乙女君!! 竜胆が貴方の事を狙ってるわっ!!」

 

「今すぐ逃げるのよバカ盛!! アンタこのままじゃ男で童貞を失うかケツの穴の処女を失うわよっ!!」

 

「え、いきなり何だ? んん? なんで円は俺の腕を掴んでる? なんで竜胆は制服脱ぎだしてる?」

 

「俺は――――涙を飲んでお前の恋人になる」

 

「普通の女の子の恋人を探せなかったオレ達を恨んでくれ敦盛……、さ、幸せは今からスタートするんだよ」

 

「……………………――――どうしてこうなってるんだよおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

「しまった逃げられた!! 追うぞ円!!」

 

「勿論だ竜胆!! みんなも手伝ってくれっ! きっと敦盛は自分が女の子の方が良かったんだ女装させるぜ!!」

 

「「「「協力するぜ(わ)!!」」」」

 

「そ、そんな竜胆の恋人が早乙女君だなんてっ!? 私を裏切ったわね早乙女君っ!!」

 

「いやアンタまで流れに乗ったら収集つかなくなるんだけどっ!? 正気に戻りなさいよ奏っ!!」

 

 その日は昼休みを越えて校内鬼ごっこが勃発、クラス全員が担任である脇部英雄に怒られ。

 次の日、連帯責任で全員が女装と男装で過ごす事になったのであった。

 

 



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第21話 洗脳装置

 

 

 昼休み直前の少し浮ついた空気、誰も彼もが昼食に思いを馳せ気もそぞろ。

 授業をしている担任、脇部も懐かしそうに苦笑して。

 そんな中、瑠璃姫は密かに焦っていた。

 

(四角関係になるのは予想してたわ、――でも)

 

 先ず最初に予想が外れたのは敦盛、結果オーライとはいえ彼が二兎を追うのは想定外であった。

 次に竜胆、敦盛と奏という天秤では彼女に傾く……それは間違ってない筈だったのに。

 

(本気? 本気であっくんの恋人になろうとしているワケ? 男同士で? どっちもその気は無いのに?)

 

 これが奏を敦盛から守るフェイクだったらどんなにいいか、瑠璃姫が見る限り自分を犠牲に丸く収める気迫である。

 

(奏もさぁ……、いや実際にあっくんと恋人になっても困るんだけど)

 

 彼女に関しては、完全に読み間違えた。

 あくまで竜胆目当てを崩さない、残酷にもフった敦盛に協力を求める強かさ。

 だが今の彼女は……。

 

(なんであっくんを睨んでるワケっ!? もうちょっと竜胆を信用するか、これを切っ掛けに竜胆を押し倒すぐらいのガッツを見せないよっ!)

 

 そう、奏は一昨日の騒動からずっと動揺しっぱなしである。

 ウルウルと竜胆を見つめたと思えば、敦盛を殺意の光に満ちた目で睨み、はたまた縋るような視線を二人へと。

 行動を、何一つ具体的に起こさないのだ。

 

(それに比べてコイツは……、いやちょっとは空気読むとか奏のしおらしさを学ぶとかしなさいよっ!!)

 

 瑠璃姫は隣の敦盛を、そっと睨む。

 あのベランダでの会話以降、食事の質はグレードアップするわ。

 身なりには、指摘せずとも気を使うようになるわ。

 遂には、二人っきりになると歯の浮くような口説き文句を。

 

(うざったいったらありゃしないっ!! なんでアタシばっかりアイツのターゲットになってんのよ!! ちょとは苦労しなさいったらっ!!)

 

 という訳で。

 昼休みに入ったら開口一番、瑠璃姫は敦盛達を集める。

 

「不公平だと思うの」

 

「いきなり何だ瑠璃姫、何が不満なんだ? ――さ、俺に何でも言ってくれお前の為なら今この場で全裸になろうッ!!」

 

「このバカはともかく、言ってくれれば力になるぜ瑠璃姫さん!!」

 

「と言ってるバカ共は置いておいて、オレは分かるよ溝隠さん。――今の四人の関係の事だね?」

 

「私たちの関係?」

 

 首を傾げる奏に、同じく不思議そうにする竜胆。

 敦盛はと言えば、流石に心当たりがあるのか視線を反らして。

 

「まぁ食べながらで良いから聞いて、先ずは状況の整理からしようと思うの」

 

「瑠璃姫さん? 俺にはまったく分からないんだが?」

 

「いやお前は言われなくても分かってろと当事者ッ!?」

 

「はいそこのバカ、諸悪の根元であるアンタには発言権はありませーん」

 

「うーん、ごめん敦盛。オレはフォロー出来ないぜ」

 

「わざわざ言うなッ!! つか瑠璃姫ッ、テメーも大胆だなよくも真正面から言いだしたよなッ!? メシ食いながらする話かッ!?」

 

「だからアンタはバカなのよ、こういう話は早めに正面からする方が効率良いでしょうが」

 

「瑠璃ちゃん? もう少し具体的にお願い出来るかしら?」

 

「奏、アンタはアンタで理解できないフリしないの。――アタシ達の四角関係の事よ」

 

 あまりに率直に出された言葉に、円以外は食事をする手が止まる。

 然もあらん、本当に食べながらする話ではない。

 一歩間違えれば、刺した刺されたの修羅場に発展する可能性がある事柄を食べながら話す事だろうか。

 

「…………――うし、俺は覚悟を決めたぞ」

 

「アタシ、アンタのそういう所は尊敬してるけどすっごく嫌い」

 

「何故ッ!?」

 

「つまり、俺と敦盛のどっちが受けか攻めか?」

 

「ううっ、正気に戻って竜胆!! 私は嫉妬のあまり早乙女君の大事なところを潰してしまうわよっ!!」

 

「なんで俺ッ!? 犠牲になるの俺なのッ!?」

 

「…………グッバイ敦盛、俺は男として女の子になったお前の責任を取ってやるから」

 

「潰されるの前提で話すなッ!? 助けて瑠璃姫、大切な幼馴染みのピンチだッ!!」

 

「はいはい、潰すときは先に言いなさい。アタシが前もって右側を潰しておくから」

 

「味方が居ないッ!?」

 

「大丈夫さ敦盛、――その時はオレが女装の仕方を教えてあげるよ」

 

「マジで味方が居ねェッ!?」

 

 逃げるべきか、それとも反撃するべきか迷う敦盛。

 だが答えを出す前に、瑠璃姫は鞄から奇妙な機械を取り出して。

 

「そこでコレよっ!! どんな相手の本心だって言わせちゃう、ドキドキ本音告白洗脳マシーン君!!」

 

「俺はクールに去「お願い竜胆」「逃げるな敦盛」チクショウ離せえええええええええッ、テメーらコイツの発明品がどんなモノか一応知ってるだろうがッ!!」

 

「――――ごくり、ねぇ瑠璃ちゃん。これって本当に効果があるの? なんでも命令聞かせられる?」

 

「まだ試作段階だから、心の内側を告白するぐらいね。まぁ実験するのはコレが初めてだから効果は保証しないけど」

 

「ヤメロォ、悪魔の誘いに乗るな奏さんッ!! その先は地獄だぞッ!! どうせ爆発するか変な効果がでるに決まってるッ!!」

 

「なるほど、興味深いね。――竜胆試してみる?」

 

「いやここは適任が居るんじゃないか? なぁ敦盛?」

 

「それもそうだね、頑張って敦盛!」

 

「成功を祈っているわ早乙女君……!!」

 

「だ、そうだけどあっくん? アタシが言いたいことは言わなくても分かってるわよね?」

 

「うぐぐッ、どうしてこうなったッ!!」

 

 敦盛へ徐々に近づく洗脳装置、それを手に持つ瑠璃姫はニヤニヤと彼をあざ笑い。

 

(コイツゥ……!! ペットだから断れないってか?ふざけんなッ! しかも奏さんは奏さんで竜胆の事しか考えてねぇし!!)

 

 とはいえ奏に実験台になれとは言えない、惚れた弱みというヤツだ。

 故に彼が取る行動とは――。

 

「チェストオオオオオオオオッ!! テメーが犠牲になれ瑠璃姫ェッ!!」

 

「危ない瑠璃姫さ――」

 

 あ、と誰かが言った。

 敦盛が向きを変えた洗脳装置は、瑠璃姫へと向く前に竜胆に正面を晒して。

 

「――――キスしようぜ奏。俺、今すげえお前をキスしたい」

 

「ひゃん!? り、りんどう!? 嬉しいけど今ここでなんて大胆――――…………ん」

 

「ん、はぁ……お前の唇は相変わらず柔らかいな」

 

「ぷしゅう…………はふぅ…………私、死んでも良いわ…………」

 

「竜胆!? いきなり何してんだっ!?」

 

「わお、これは失敗ね」

 

 キス、竜胆は躊躇無く止める間も無く奏にキスをして。

 

「だからッ、何でだよォオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「おい敦盛」

 

「テメェなに奏さんと――って顔近い近い近いテメェ何を――」

 

「キス、しようぜ敦盛。さっきからキスしたくて堪らないんだ」

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! 誰か助けてくれッ、俺のファーストキスがピンチだァアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 キス魔、入屋見竜胆が爆誕したのであった。

 

 



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第22話 キスキスキス

 

 

「俺と――禁断のキスをしないか敦盛……」

 

「顎をクイッとすんじゃねェ!! つーかテメェら助けろォ!! 女子共はチャンスだとクラスで二番目ぐらいのイケメンとのキスするチャンスだぞ!!」

 

「ぷぷぷっ、ざまぁないわねあっくん! ちなみに一番のイケメンは?」

 

「勿論俺ええええええええ、って会話してる場合じゃねえええええ!! 力強ッ!? 押し負けるッ!?」

 

「悪い子だな、――俺のキスを前に浮気か?」

 

「テメェ絶対後で後悔すんだからなッ!」

 

 状況は実に危機的だった、キスしようと強引に迫る竜胆。

 彼の力は強く、顔面を両手で押し返していた筈がいつの間にやら恋人つなぎ状態に。

 今は敦盛が体を大きく反らして辛うじて防いでいるが、唇がくっつくには時間の問題に思えた。

 

「おいどうする?」「いや逃げるの一択だべ」「すまんな敦盛、オレらは自分の貞操の方が大切なんだ」「……男同士の生キス、撮影したら需要あるか?」

 

「いや何テメェら廊下に逃げてんだッ、適応力高過ぎじゃね!?」

 

「ごめん私カレ居るから」「二次元に命の捧げたの……」「入屋見君とのキスは福寿さんに悪いから」「そうそう、早乙女くんに悪いから……」

 

「全滅ッ!? はッ、意外と人気ねーなテメェだから俺に唇は勘弁してくれねぇかというかよく考えたら奏さんにキスしてたよなぶっ殺す!!」

 

「ま、ガンバんなさいあっくん。アタシは今から廊下で洗脳君を修理するから」

 

「はァッ!? テメ何言っ――――いつの間にか奏さん以外居ないッ!? 円!? 円!? 親友の大ピンチだぜ助けてくれよッ!!」

 

 無情なるかな、クラスメイト達はキスの余韻に浸る奏を残し全員廊下に退避。

 ご丁寧に、ガチャっ、と鍵の閉まる音が。

 

「お労しや敦盛……折角だから今日は人生五十年していいぞ、オレは見守ってる。いやー、男のキス魔相手とかやってられないでしょ」

 

「テンメェええええええええええええええ!! 覚えておけよッ!」

 

「さぁ、一つになろうぜ敦盛…………」

 

「何かッ、何か無いのか助かる方法はッ!!」

 

 かくなる上は竜胆を殴り倒してでも解決する、そう即断即決した敦盛だが。

 ここで問題が一つ、――身体能力は竜胆の方が上なのだ。

 ついでに言えば、喧嘩の腕でも竜胆方が上。

 

(考えろ、冷静に考えろ俺ッ!! このバカはキスしたい、無力化すれば後はなんとかなるんだろが……ッ)

 

 変な方向に効果は出たがこの手の場合、効果は長時間持続しないのが彼女の発明だ。

 ――長い年月を経て、その倫理観を植え付ける事に成功したというのが正しい。

 

(瑠璃姫が直すのを待つか? ――いや、それはダメだ例によって今回もこんな発明は世に広められるもんかッ!!)

 

 壊す、今すぐドアを蹴破って壊す。

 その為に必要な隙、竜胆を無力化する手段。

 心当たりはある、……必要なのは敦盛の覚悟。

 

(神よッ、どうして試練を与えるのですかッ!!)

 

 あまりにも、そう、あまりにも(敦盛個人にとって)非道で外道な。

 俗に言う、脳が破壊されてしまう的な。

 傍目から見れば、丸く収まっているのでは的な感想が浮かぶのが(敦盛の)涙を誘う所である。

 

(――――だが、やるしかないッ!! 生き残る為にッ!! つーか瑠璃姫ェ!! テメーをお尻ぺんぺん百叩きの刑に処すまではッ!! 俺は何でもするッ!!)

 

「ククク、どうした敦盛……黙り込んで恥ずかしいのか?」

 

「ウルセエ……俺の覚悟を見せてやるぜッ!! 秘技奏さんバリアー!!」

 

「ふぇっ!? え? ええっ!?」

 

「カモン奏っ、クレイジーに抱いてやるぜ!!」

 

「~~~~~~~っ!? な、何コレっ!?」

 

「苦渋の決断ですッ、分かって貰えますねッ!!」

 

 説明しよう、奏バリアーとはいつの間にか背後に奏が居た事を利用して竜胆の矛先を奏に返る技である。

 なお、二人のキスで敦盛の心は死ぬ。

 

「ん、……ん、ん……」

 

「奏……愛してる、奏…………」

 

「お、俺はなんという事をしてしまったんだ…………ッ!!」

 

 目の前の光景から目を背ける敦盛、――心の何処かで安堵している自分が心底嫌で。

 だが、今はそんな事に構ってる暇は無い。

 彼は扉に向けて全力ダッシュ、そのままタックルでぶつかり。

 

「オラァ!! 顔貸せや円ッ!! 女子は瑠璃姫見張っとけ男子は扉を死守しろッ!!」

 

「なんでオレっ!? や、ヤメロォ!! オレに手を出したら火澄ちゃんが――――っ、ま、まさか火澄ちゃんを召喚したな!?」

 

「ウケケケケッ、今頃気づいたかッ!! 今この瞬間にもう向かってる筈だッ!!」

 

「そんないつの間に!?」

 

 円を羽交い締めにして、体格差で無理矢理押し切って竜胆へと向かう敦盛。

 

「良いことを教えてやろう円ッ!! テメーのカノジョから俺は日頃の言動を報告するバイトを受けているッ!!」

 

「聞いてないッ!? オレ聞いてないッ!!」

 

 叫ぶ円、だが敦盛の暴露に廊下のクラスメイトは。

 

「あ。私も」「俺も」「僕も」「というか樹野以外の全員がこの話されてるんだよなぁ」「あん時は怖かったなぁ」「ウチの美少女四天王の上の魔王に位置する人だからな」

 

「何やってるの火澄ちゃんっ!? オレってそんなに信用ないっ!? というかそれ以上近づけるなぁ!!」

 

「――――ほう、感心するぜ敦盛。今度は円か、一度男の娘とキスして見たかったんだ」

 

「のわああああああああああっ! 誰か敦盛と竜胆を止めろおおおおおおお!! オレがやられたら次はお前達を犠牲にするぞコイツらは!! 今オレを助けないと――」

 

「フハハハハ!! 俺を見捨てた罰だッ!! さぁ竜胆にキスしてもらえ!!」

 

「親友よ……こんな事になるなんてな。――でも後悔はさせない、一緒に禁断の果実を食べようぜ」

 

「――――はぅあっ!? だ、ダメよ竜胆! キスすすなら私だけに」

 

「倉美帝高校一の美少年っ! 最大のピンチ!! オレの美貌が悪いんだねっ!? このオレがこんな蠱惑的な美貌をしているからっ! ――美しさは罪っ!!」

 

「結構余裕あるなお前、あと三十センチぐらいだが大丈夫か?」

 

「大丈夫な訳ないだろバカ盛!!」

 

 男でもゾクっとするような流し目で、竜胆は右手で円の顔を撫で。

 ゆっくりと、唇を近づける。

 円の顔が盛大にひきつり、その惨劇に敦盛が目を反らした瞬間であった。

 

 

「――――その汚らしい手を離しなさい、下郎」

 

 

 誰よりも冷ややかで、しかし怒気のこもった声が響きわたる。

 カツカツカツ、という足音が何故か、ドシンドシンドシン、と地響きの様に聞こえて。

 

 …………伊神火澄(いかみひずみ)

 純日本人ではあるが、突然変異で赤い髪と琥珀色の瞳を持つ、夕闇の化身のような美少女。

 その神秘的かつ、荘厳さまで携える美貌とスタイルは他の追随を許さず。

 

 なお余談として、リンゴを右手一つで握りつぶせる腕力の持ち主であり。

 卑屈な人物、ドロドロとした暗い感情のを尊ぶ重度の中二病患者であり。

 全てを円に優先する、重い愛の持ち主でもあって。

 

(間に合った……僥倖ッ、これは奇跡ッ!! 二度と無い奇跡ッ!!)

 

 敦盛はそっと円から離れると、即座に彼女に土下座。

 校内カーストがあるとすれば、物理と美貌共にトップが火澄である。

 そして、睨みつけられた竜胆は。

 

「…………あ、あわ、あわわわわわっ、ち、違っ、伊神先輩これは誤解っ、そう誤解で――――? お、俺はなんでこんな事をッ!?」

 

「へぇ、誤解? どうなの下僕」

 

「はッ! 原因は竜胆ではありませんが、犯行に及んだのは竜胆ですッ!!」

 

「テメェ敦盛っ! 円を盾にしたのはテメェだろうが!!」

 

「――下僕?」

 

「元凶である瑠璃姫は俺がお仕置きしておきますッ!! んでもって駅前の恋人限定スイーツセットを予約しておくので多めに見てくださいッ!! 伊神先輩を呼ばなければ遅かれ早かれ円は犠牲になっていたのでッ!! ちょっとだけっ、ちょっとだけ早まっただけですッ!!」

 

「円?」

 

「…………敦盛は拳骨一発で」

 

「テメェ後で覚えておけよ円ッ!! 先に見捨てたのはテメーだろうがッ!!」

 

「ふふっ、円は悪くないわ……そう、悪いのは入屋見、下僕、そして溝隠。そうね?」

 

「俺を外してくれると助かります先輩ッ!!」

 

「拳骨二発」

 

「増えたッ!?」

 

「――――円に手を出した罪、例え未遂といえど覚悟しなさい!!」

 

 その後、竜胆の悲鳴が。

 続いて敦盛の悲鳴。

 そして瑠璃姫は装置の改良とその引き渡しを約束され。

 今日も彼女の発明は闇に葬られ、ついでに帰宅後に百叩きでケツが赤くなったのであった。

 

 



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第23話 奏だと思ってみる?

 

 

 あれから数日、平穏な日々を二人は送っていた。

 表面上はそう見えた。

 ――だが、瑠璃姫には分かっていた敦盛が考え込んで、否、未練がましく思っている事を。

 

(まったく、コッチはまだお尻がヒリヒリするってのにっ、あっくんと来たら…………あったま来るわね)

 

 彼の家、キッチンで料理を作る後ろ姿をソファーの上クッションを抱きしめながらテレビを見ているフリ。

 件の洗脳装置は失敗に終わった、それは効果が不十分だったからではない。

 敦盛と奏の間に、瑠璃姫にとって上向きの変化が見られなかったからだ。

 

(――――竜胆と奏の仲が進展したのは良いコトだわ、けどアタシは)

 

 把握したかったのは、あのベランダの夜の敦盛の心が何処まで本気なのか。

 それを知った奏がどう出るか。

 ところが結果は、どうだろうか?

 

(竜胆は奏を意識し始めた、奏はこれを期に攻勢を仕掛けようとしている。…………んでもってコイツはさぁ)

 

 敦盛は鼻息混じりに機嫌良く料理している様に見える、だがそれはあくまでポーズに過ぎない。

 その内面は。

 

(ぬおおおおおおおおおおおおおおっ、俺のバカあああああああああああああああああッ!! なんで、なんであの時バカの邪魔をしてしまったんだッ!! 洗脳を言い訳に奏さんにキス出来たかもしれないのにッ!!)

 

(なーんて考えてるんでしょうねぇ……)

 

(ううッ、けどそれで奏さんを傷つけていた可能性も……そういう意味ではパーフェクトな結果に終わったかもしれないがッ、パーフェクトな結果が気に食わんッ!! なんで竜胆なんですか奏さああああんッ!?)

 

(手に取るように分かるわ、確実に奏にキスしたいって思ってるし、これで良かっって心の底から思ってる自分に苛立ってる。――バカみたい)

 

 溝隠瑠璃姫は恋していない、むしろ不要とすら思っている。

 ……彼女は生まれついての天才だった。

 故に、自分がその才能で生涯金銭に困らない事は早い段階から理解していたし。

 子供が欲しくなったら、精子バンクから種を貰うか養子を取ればいい、そう思っていた。

 

 彼女の人生において誤算だったのは、母の死。

 もしもっと早く気づけたなら、母が病を隠さなかったら、きっと母は今でも生きていた筈だ。

 

 彼女の人生において理解不能なのは、幼馴染みである早乙女敦盛という存在だった。

 明らかに瑠璃姫よりスペックが大幅に劣っているにも関わらず、――勝てない。

 客観的に見ても、迷惑をかけているというのに――好意を抱かれている。

 

(ま、好意についてはアタシも意図的にしてたトコもあるけどさ)

 

 彼女の人生において、最大の誤算と理解不能な事。

 それは、――敦盛が奏に恋をした事だった。

 

(でも……だからこそ気づいたコトもあるわ)

 

 彼女の人生において、敦盛は必要不可欠である。

 彼女の人生において、敦盛は生きる理由である。

 

(アタシばっかり不公平じゃない、――だから、あっくんもアタシのコトで悩まないとねっ)

 

 ニタァ、と口元が歪む。

 彼は振り返らずとも、その雰囲気を感じ取って。

 

(…………なーんか嫌な予感がするぜ)

 

(ま、ベタだけどこの手で行きましょ。あっくんなら効果絶大ってねっ)

 

(近づいてきてるッ、迎撃するか? いやでも煮込んでる途中だしッ)

 

(さぁ思う存分に苦しむといいわっ!!)

 

 バッ、と振り向く敦盛、予想済みだと彼の顔を両手で掴む瑠璃姫。

 そして。

 

「ね、奏にキスしたいんでしょう? だったらアタシを奏と思ってキスしてみない?」

 

「貴様ッ!? 心を読んだ――――…………はぁッ!? な、なななななな、何言ってんのオマエッ!?」

 

「アンタのコトなんてお見通しよ、……悩んでるんでしょ? 後悔してるんでしょ? だーかーらぁー、アタシとキスしてみない?」

 

「マジで良いのかッ!? じゃねぇよッ!? なんでいきなりそんな話になるんだッ! 仮にテメーの言う通りだとしてもッ、テメーとキスする理由にならないだろうッ!!」

 

「え、アンタは思わなかったの? ――竜胆が奏にキスしたみたいに、アタシにも奏にもキスしたいって」

 

「奏さんだけなッ!!」

 

「へー、ほー、ふーん? ところであの様子だと竜胆と奏はキスしたの初めてじゃなさそうだったけど? そこんトコロはどー思ってる? これはアンタへの提案なんだけど、奏とキスする前にアタシで練習してみる?」

 

「情報量が多いッ!! テメーは俺の心を折りに来たのかッ!? 竜胆と奏の事はあんま考えたくなかったのにッ!!」

 

「だから現実逃避して、奏とのキスの事だけを考えてたんでしょ? ね、いい? アンタは竜胆に大きく遅れを取っているの。ここから巻き返すのは至難の技と言ってもいいわ」

 

「現実を突きつけるな、逃避させろこのヤロウ」

 

「ヤローじゃなくて女の子よ、んでさ――万が一、いえ億が一、アンタと奏がキスするコトになったとしてよ」

 

「億が一ってよォ…………」

 

「え? 無量大数が一の方が良かった?」

 

「それ数の単位の限界じゃねぇかッ!! 実質無理って言ってるよな? 不可能って言ってるよなそれッ!?」

 

「なら、――なおさらキスぐらい経験しておくべきじゃない? このままだとあっくん、一生キスを経験しないで終わるでしょ」

 

 あまりに率直な台詞に、敦盛はさめざめと両手で顔を覆った。

 その直前、律儀に鍋の火を消してしまう自分の冷静さが恨めしい。

 

(あんな光景見てたらさァ! そりゃマジで脈なしってちょっと理解してきたけどさァ!! この言い方はねぇだろッ!! コイツにも脈ナシとか心折れるぞマジでッ!!)

 

 本当に可能性が無ければ、彼女はこんな際どい事を言い出さない。

 そう信じたかったが、断言するには色々と勇気が足りない。

 だが、初めてのキスへの大きなチャンスである事にも違いなくて。

 

「ねぇ、どうするの? アタシを奏だと思ってキスしてみる?」

 

「………………奏じゃなくてお前自身として見るのは?」

 

「それはNGよ、だってアタシはあっくんと奏の仲を応援しているワケだし」

 

「……………………………………雰囲気作りから、とかオッケー?」

 

 絞り出す様に、躊躇いと動揺と欲望と、そして恋心の混じった言葉。

 瑠璃姫はニマニマと蔑むように笑い、無言でリテイクを要求する。

 その事に気づいた彼は。

 

「…………キス、させてくださいご主人様ッ!! 奏さんにするように雰囲気作りからッ!!」

 

「よろしい、――じゃあ何処から始めるの?」

 

(そのツラ出来るのも今の内だと思えッ!! 絶対にお前の方から降参を言い出すぐらいにロマンチックに決めてやるぜッ!!)

 

(絶対に攻めてくるわねあっくんは、――アタシの難攻不落っぷりを見せつけて執着させて、奏とのキスの事なんて考えられなくしちゃうんだからっ!!)

 

 そうして、敦盛と瑠璃姫はキスする……のかもしれなかった。 

 

 



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第24話 キスなんて興味ない

 

 

 台所では雰囲気も何も無い、という訳でソファーに移動した二人であったが。

 

「で? ここからどーすんの?」

 

「…………あー、恋人繋ぎとか、ダメですかね?」

 

「なんで疑問系なのよ、奏にするようにって言ったでしょ。アンタ、あの子の前でもそうやって怖じ気ずくの?」

 

「やったらァ!! 手ェ出せッ!!」

 

「はいはい、威勢だけは良いんだから。――はい、これでいいかしら?」

 

 瑠璃姫の右手と己の左手を繋ぎ、指を絡ませる。

 彼の右手は彼女の腰に回され。

 

「このままキスするの? それじゃあ落第ね」

 

「まさか、――愛の言葉を囁かせてくれ」

 

「ふぅん、アンタがどうやって奏を口説くのかよく聞いておいてあげる」

 

「それじゃあ――…………」

 

 熱っぽく、色っぽく、恋している様に瑠璃姫を見つめ。

 ――目の前の彼女はとても綺麗だった。

 シミ一つない肌、勝ち気そうな目はよく見ると切れ長で耽美にすら思える。

 柔らかそうな唇、今からこの唇とキスをするのだ。

 

(俺は…………、何を、何て言えば良いんだ?)

 

 そして、言葉が出ない。

 口紅を付けていないのに赤い唇から目が離せない。

 けれど原因は、それではなくて。

 

「………………あっくん?」

 

「いやちょい待ち、タイム」

 

「ここで?」

 

(こんな形でコイツとキスして良いのか?)

 

 彼女はとても美しくて、――鮮明に思い出せる、あのベランダの夜の彼女の神秘的な顔を。

 彼女はとても温かくて、――正直、駄肉贅肉と思っていた体つきは非常に魅力的で。

 

(こんな俺の隣に居てくれているコイツに、こんな形でキスして……いいのか?)

 

 背筋がゾクゾクと震える、胃にずっしりと重苦しい熱い何かが生まれる。

 

(俺は……、俺、俺は……ッ)

 

 気づいてしまった、奏の代わりに瑠璃姫とキスするという罪深さに。

 気づいてしまったのだ、好きな人の代わりに、また違う魅力をもった大切な女の子とキスするという背徳を。

 だから。

 

「…………止めようぜ。これはダメだ」

 

「あら、どうして? 美少女とキスする絶好のチャンスじゃない」

 

「だがな……」

 

 体を離そうとする敦盛に、瑠璃姫は絡まった指に力を込めて。

 己の左手で彼の頬に手を添えて、逃がさない。

 簡単に振り払えそうな拘束、しかし今の彼ならば逃げないと確信して。

 

「ね、言ってよあっくん。愛の言葉、アタシは聞きたいわ」

 

「俺は……」

 

 力なく反らされる視線、彼女の口元は歪み。

 そうだ、これなのだ。

 

(ふふっ、うふふふっ、これが見たかったのよ――)

 

 彼女は確信していたのだ、敦盛がこのキスの意味に気づき行為を止める事を。

 二つの女性への好意に迷う、この瞬間を。

 ……瑠璃姫は、敦盛を泥沼に誘う様に己の顔を彼の耳元へと近づけて。

 

「大丈夫よあっくん、今アンタの目の前に居るのは奏。アンタがだーい好きな奏、よく見て? 長い髪、同じでしょう? 白い肌、一緒でしょう? 知ってた? 腰の細さ、殆どサイズが違わないの」

 

「――――~~~~ッ お前ッ」

 

「アタシを奏だと思って、愛の言葉をちょうだい?」

 

(なんでこんなことッ!!)

 

 耳元で囁かれるウィスパーボイス、意識してしまう、重なってしまう。

 瑠璃姫の髪が、黒く見えた。

 腰の細さを確かめるように、手が動いてしまう。

 白い肌から、目が反らせない。

 

 ――だからこそ、気づいてしまう。

 奏と瑠璃姫は違う、重なったからこそ浮き彫りになる。

 敦盛が好きなもう一人の女の子は、瑠璃姫の様な事を言わない。

 こんなに感情の籠もらない瞳で、微笑まない。

 そう、この状況で冷静に表面だけの笑みなど作らない。

 

(俺は、誰と一緒に居るんだ?)

 

 いつも一緒に居た女の子の、始めてみる顔。

 それが何を意味しているかは、まだ理解出来ないけれど。

 

「――――、綺麗だ、反則だよお前」

 

「あら、ありがと」

 

「気づかなかった、お前の髪がこんなに綺麗だなんて」

 

「いつも苦労して手入れしてるのよ、勿論あの子も」

 

「白い肌って、正直不健康に見えてた。でもこれってさ……神秘的って言うんだな」

 

「ふぅん?」

 

 流れが変わった、瑠璃姫はそう直感する。

 

(奏への言葉じゃない、――アタシへの?)

 

(届け、いや届かせる。奏さんじゃなくて、俺は、今この瞬間の俺は)

 

 視線が交わる、彼女の赤い瞳は無機質に彼を覗いた。

 彼の目はそれを受け止めて、感嘆の息を漏らす。

 

「バカみたいだ俺って、テメーのそんな。害虫を見るような目を魅力的に思うだなんて」

 

「酷い言い草ね。女の子への愛の言葉じゃないわ、――でも嫌いじゃないわよ」

 

「…………何を、考えてる? 瑠璃姫は俺に何を望んでるんだ? 代わりにキスしても、虚しいだけだろう俺もお前も」

 

 すると彼女は殊更ににっこり微笑んで、敦盛にはそれが猛獣の笑みに見えた。

 次の言葉が彼女の本音だと、そう確信する。

 そして。

 

「――――ねぇ、奏と竜胆がキスして……どう思った?」

 

「テメーは……」

 

「ねぇ、ねぇねぇねぇっ、好きな人が恋敵とあんな熱烈なキスしてっ、それで満更でもないしむしろ幸せそうな顔してっ、アンタはどう思ったのっ? アタシは知りたいのっ! アンタの心が知りたいのよっ!!」

 

 狂気すら感じられる勢い、だが不思議と敦盛は違和感なく受け止めている自分に気づく。

 きっと、これが瑠璃姫の心の確かな所の一部なのだと直感した。

 だから、無言を貫いて。

 

「ねぇ、ねぇ……答えて、答えなさいよあっくんっ? アタシを好きだと言った口で奏も好きだって言ってさ、その挙げ句に奏をかっさらわれてどう思ったの? キス、したいでしょう? 悔しいでしょう? いいよあっくんなら、その憤りをアタシにぶつけていいの…………」

 

 何も答えない敦盛に、彼女の心はささくれ立った。

 彼の、この幼馴染みの事など好きではないのに。

 彼が、己の親友の事を好きだという事実を。

 

(嗚呼、嗚呼、嗚呼…………、どうしてくれようかしらあっくん?)

 

 冷静に受け止めなければいけない、自分が天秤の片方に乗っている事を。

 瑠璃姫は熱い吐息を一つ、ゆるやかに彼と体を離して。

 

「このヘタレ」

 

「すまん」

 

「謝ったってもう遅いわ、時間切れ。何なのアンタ、まともに雰囲気一つ作れないじゃない」

 

「いやそれ俺だけの責に「――ホントに奏の事が好きなの?」

 

「――――…………は?」「んっ」「はァアアアアアアアアアアアアアアアっ!? い、今ッ、お前何したッ!?」

 

 敦盛の唇に、瑠璃姫の唇が重なった。

 ふい打ち過ぎた、虚を突かれた、あまりの言葉に怒るより先にキスが来て、彼の頭が真っ白になる。

 

(え、え? なんでッ!? なんでコイツキスしたッ!? いやマジでキスされたの俺ッ!? 何でッ!?)

 

 戸惑う彼の前で、彼女は己の唇を色っぽく舌で舐めて。

 確かにキスしたのだと、意識しろとアピール。

 それが分かっていて、敦盛は視線を釘付けになる。

 

「ふふっ、アンタの初めてのキス。貰っちゃった」

 

「お、おまッ!? オマエッ!?」

 

「残念ねぇあっくん? アンタはこれから一生、奏にファーストキスを捧げられないの……。あ、奏のファーストキスはきっと竜胆だからイーブン……いえ、あの様子だと何度もキスしてるわね」

 

「~~~~~~ッ!? だから何でッ!?」

 

「ホントにお気の毒さま、アタシで我慢してねっ」

 

「そう言うならもう一回してみろよバカッ!!」

 

「いいわよ?」

 

「は?」「んー、ちゅっ」

 

「二回目ェッ!?」

 

 顔を真っ赤にしてソファーから立ち上がる敦盛に、奏はニマニマと笑いながら告げる。

 

「これは先払いよ、――これから先、アンタがキスする事になったら思い出しなさい。アンタのファーストキスの相手がアタシで、…………アタシのファーストキスの相手がアンタだって。これは命令っ」

 

 いつもの様にからかう声色、しかして無機質で。

 そして、無味乾燥な瞳の輝き。

 

「~~~~~~このバカ女めッ!! 俺はメシ作りに戻るッ!!」

 

 逃げ出した敦盛は。熱さが移ったような唇の暖かさに、柔らかな弾力に。

 ――――奇妙な興奮と、焦燥感に溺れそうになっていたのであった。

 

 

 



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第25話 交換する?

 

 

 翌日、敦盛は朝からボーッとしていた。

 瑠璃姫が何を言っても上の空、それでも家事洗濯などなど完璧にこなしているのは流石であった。

 ともあれ、それは登校後に教室に入って席に座っても続き。

 ――昼休みである、今この瞬間も。

 

「おい敦盛? 大丈夫か?」

 

「………………はぁ」

 

「敦盛? 大丈夫? 聞いてる?」

 

「なぁ瑠璃姫さん、コイツどうしたんだ?」

 

「そうそう、昨日までは普通だったよな」

 

「知らなーい、知ってても教えなーい」

 

 投げやりに聞こえる瑠璃姫の台詞を、竜胆は然もあらんと頷き。

 円としては眉を顰めたが、ともあれ彼女が話す気が無いなら本人に問うしかない。

 だが当人はこの有様で。

 

「どうする円?」

 

「どうするって言われても……、敦盛が元に戻るまで放置するしかなくない?」

 

「いやでも気になるだろっ、だってコイツあからさまに瑠璃姫さんと何かありましたってツラしてるだろっ!!」

 

「まぁ確かに、敦盛は一回も溝隠さんの顔を見てないけど」

 

「くぅ~~、なんて奴だ敦盛っ! 俺が瑠璃姫さんのペットならご主人様をこんな風に放置しないのにっ!!」

 

「あ、そこなんだ」

 

「――――今なんて言ったッ!!」

 

 円が呆れた視線を竜胆に送った瞬間であった、窓の外を眺めていた敦盛はぎゅるんと顔を竜胆に向けて。

 

「敦盛? お前ようやく」

 

「今、なんてッ、言ったんだ竜胆ッ!!」

 

「あー、ご主人様を放置しない?」

 

「その前ッ!!」

 

「俺がペットなら」「そうソコッ!!」

 

 ビシッ、と指さす敦盛に竜胆も円も、横目で見ていた瑠璃姫と観察に徹していた奏も。

 皆一様に、不思議そうな視線を彼に送って。

 果たして、敦盛は何を言い出すのか。

 

「――――竜胆、一日だけで良い。交換しよう」

 

「何をだ、言葉が足りてないぞ」

 

「ペットだよペット! 今日一日だけでいいからお前がアイツのペット! 俺がお前の代わりに奏さんの好きな人になる!!」

 

「あっくん!?」「敦盛?」「何を言い出すの早乙女君!? 竜胆、断りなさいっ!!」

 

 困惑の視線二名、思わず机を叩いて抗議した者一名。

 そして竜胆は重々しく頷いて。

 

「――――ダメだな」

 

「そうよそうよ! それで良いのよ竜胆!」

 

「もっと利益を寄越せ敦盛、――それで乗ってやる!」

 

「ちょっと竜胆っ!?」

 

「くッ、足下見やがって!!」

 

「はいはい待ちなさいって、何でアタシの意志を無視して話を進めようとしてるのよっ」

 

 待ったをかけた瑠璃姫、ふしゃーと戦闘態勢を取った奏。

 興味深そうにする円の前で、男二人の視線は交わり。

 

「――――良いだろう、交渉を始めるぞ竜胆」

 

「ああ、そうこなくっちゃな!!」

 

「あれっ!? アタシ達無視っ!?」「くぅっ、竜胆が……竜胆が瑠璃ちゃんのペットになってしまう……!!」

 

「うーん、見事に無視されてるねぇ」

 

 二人はアウトオブ眼中、苦笑する円が見守る中で交渉は始まる。

 

(ここは一日でも距離を置いて自分を見つめ直すッ!! その為に今俺が竜胆に出せる物ッ、それは――)

 

(何があったか分からんが……これは瑠璃姫さんに合法的にご奉仕出来るチャンスッ!! ついでに吐き出してもらうぞ敦盛ッ!! 貴様の瑠璃姫さんコレクションをッ!!)

 

(…………ふふッ、小出しにはしない。それでいて瑠璃姫に怒られないセーフラインを見極めたお宝……裏を行くか?)

 

(貰いすぎると後で禍根を残す、ここは敦盛にもリターンがある交渉を……、裏を行くぜ!)

 

 そう、彼ら二人。

 もとい円を含めた親友三人組のルール、重大な頼みごとする時は物々交換で。

 ちなみに、円が婚約者の火澄から一日逃げた時は過激なIVとグラビア写真集がトレードされていた。

 そして今回は。

 

「――――オメーの好きな黒髪ロング巨乳の子の水着写真!!」

 

「こっちはテメーの好きな銀髪ロングの子の町中スナップショット!!」

 

「なんで早乙女君が私の写真を竜胆に渡そうとしてるのっ!?」

 

「は? なんでアタシの写真をあっくんにっ!?」

 

「いや君らなんで自爆してるの?」

 

「…………中々やるな竜胆」

 

「へっ、お前こそ……」

 

 外野を無視して、二人はお互いの差し出した写真を同時に懐に入れる。

 まだ交渉は終わらない、これは前哨戦である。

 

「こんなもんじゃねぇぜ竜胆ッ!」

 

「俺もだ敦盛っ!!」

 

 貴重な奏のスク水写真と、これまた貴重な瑠璃姫の外出時の写真。

 彼らの感性としては、同等の価値。

 

(チッ、これは長引くと自爆ダメージがデカいッ!! 後で瑠璃姫に付け込まれる隙が出来てしまうッ!!)

 

(不味い流れだ……、確かに好みの写真ではあるし奏のなら俺が持っておくべきだ。――だが、これではアイツが言い寄る機会を与える事になる)

 

(どうする? 瑠璃姫の写真……いや取っておきの……ダメだッ、俺が下手にアイツの物を渡すと……)

 

(コイツに効果的なのは奏の私物っ! 持ってはいる、持ってはいるが……)

 

 火花をバチバチと飛ばし苦悩する二人、一方で瑠璃姫と奏もお互いの顔を見て。

 

(――――もしかして、これは話に乗る流れね?)

 

(何だかんだ言って竜胆は私の事……いえ、今は無邪気に喜んでいる場合では無いわ)

 

(あっくんは奏とアタシを天秤にかけている、……その今どっちに傾いてるの? ――試してみるべきね)

 

(主導権を握るなら今、竜胆と早乙女君の決着が付く前。…………そうね瑠璃ちゃん)

 

 二人は手と手を差しだし握り、頷きあって。

 そうとは知らない敦盛と竜胆といえば。

 

(――――――――よし、覚悟を決める。アイツの未使用パンツを出そう。瑠璃姫が買った、それだけで竜胆には価値がある筈だ。その後のダメージは未来の俺に任せるぜッ)

 

(出すしかないのかっ、奏が未使用のままなくしたリップクリームっ! なんでか俺の部屋に落ちてたけどっ! ちょっとその意味考えたくないがっ、ともかく未使用でも価値はある筈だっ!! 気づかれたら俺は終わりかもしれないが――――これは逃せないチャンスなんだっ!!)

 

 男二人、壮絶な覚悟を決めて静かに鞄に手を。

 その瞬間であった。

 

「別に良いわよ、取りあえずこの昼休みだけなら」

 

「そうね、昼休みだけなら面白いんじゃないかしら」

 

「…………へッ!?」

 

「うん?」

 

「………………竜胆?」

 

「仕方ない、今回は無効試合で」

 

 男二人は鞄の中身に気づかれないように、そーっと戻し。

 

「あ、そうそうあっくん? 新しく買ったアタシのパンツ返しなさいよ、先週アンタんチに置いて来ちゃったヤツ」

 

「竜胆、そういえば私が買ったリップ。貴方の部屋に忘れたのを思い出したわ。後で返してくれないかしら?」

 

「あッ、はい……」

 

「も、勿論大丈夫だぜっ!!」

 

「つかぬ事を聞くけどさ、竜胆? 敦盛? 君たち次は何を出そうとしてた? 冷や汗が凄いけど……」

 

「それは秘密だぜ円!! 男の友情の秘密ってヤツだッ!!」

 

「そうだぜ円!! トップシークレットだぜ!!」

 

 ひきつった笑みを浮かべる二人に、女性陣は肩を叩く。

 

「出せ、今なら許すわ。今はアンタはペットじゃないし? 気の迷いにしてあげる」

 

「私の好きな人じゃないんでしょう? 返すつもりで持ってた事にしてあげるわ」

 

 どうして気づいたのだ、なんで知っているのだと男二人は戦々恐々としながら恭しく献上し。

 ともあれ、瑠璃姫のペットは昼休みの間だけ竜胆となったのだった。

 

 

 



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第26話 素直じゃねぇなお前は

 

 

「決まったんなら、俺、帰るわ」

 

「ちょっと早乙女くん?」

 

「いやだってさ奏さん、竜胆が瑠璃姫のお守りしてくれるならそれで良くね?」

 

「成程、それが目的か敦盛……」

 

「次の授業は脇部先生だよ? それでもサボるの?」

 

「――ああ、今の俺には……静寂が必要なんだぜ」

 

 遠い目をしてカッコつける敦盛に、円と竜胆と奏の三人は目を丸くして。

 一方瑠璃姫は内心ほくそ笑む、これは昨日の事がだいぶ大きなダメージになっているからだ。

 

「バカな……敦盛が脇部先生の授業をサボるだと!?」

 

「いやマジで何があったの? 敦盛がそんな事言い出すなんてよっぽどだぜ!? くっ、これだから溝隠さんは敦盛に相応しくないんだっ!!」

 

「――――瑠璃ちゃん? 昨日、早乙女君と何した訳?」

 

「そうねぇ……、あっくんがサボらなければ口が軽くなる……かもねっ」

 

「戦略的撤「いや逃がさないぜ、お前は俺の代わりに奏の好きな人の役目があるんだからな?」

 

「ぬおおおおおおおおッ!! 離せッ! 助けてくれ円!」

 

「ごめんね敦盛、これを期に福寿さんとの恋人になった時の雰囲気を掴んでみたら? 可能性は薄いけど勉強しておくことに意味があると思う」

 

「その気遣いはいらねぇよッ!? カモン奏さん!! 助けてくれないとおっぱい揉むぞ!!」

 

「………………そうね、良いわよ別に。今の早乙女君は竜胆な訳だし、ふふっ、ええ、一度ぐらいなら許してあげる」

 

「マジでッ!?」「はぁっ!?」

 

 奏の言葉に、男二人は絡まる。

 円は静観し、瑠璃姫は眼光鋭く推移を見守って。

 

「かーッ、こんな事で奏さんの胸は揉みたくないんだけどなぁ、かーッ、こう言われちゃ男として揉まなきゃ失礼だよなぁ、なんたって今の俺は竜胆なんだから、なッ!!」

 

「おまっ!? このバカっ!! 揉むなよ絶対に揉むなよフリじゃねぇぞっ!! 揉んだら最後、俺もお前も地獄行きだぞっ!!」

 

 瑠璃姫への当てつけもあり、これ幸いと指をわきわきさせる敦盛。

 一方で、竜胆は非常に焦った顔。

 奏と瑠璃姫はアイコンタクトで頷きあって。

 

(糞っ! やられたっ!! これは罠だっ! このアマ状況を利用して罠を仕掛けてきやがった!!)

 

(まー、マジで揉むつもりはねぇけどさぁ……。不味い事態だぞコレ、揉んだら後で瑠璃姫に付け込まれて、竜胆はこれを口実に奏さんに迫られる)

 

(――俺は信じる、敦盛は揉まない。いや、俺が揉ませない。…………だからっ!)

 

(竜胆は揉まない前提で進める筈だ、瑠璃姫と奏さんはどっちでも構わない。――――それがどうしたってんだオラァ!! おっぱい一つで立つフラグがあるかもしれねぇだろッ!!)

 

 次の瞬間、敦盛が手を伸ばすより早く。

 

「ペットとして足をお揉みします瑠璃姫さん!」

 

「はッ!? ズリィぞテメェ!!」

 

「ズルい? 何も問題ないだろう、俺は純粋な気持ちでマッサージを。お前は不純な気持ちで胸を揉む。――そこに何の違いがあるって言うんだ」

 

「まったく違うじゃねぇかよ!!」

 

「だいたいお前、今は俺なんだろう? 何の権限があって止めるんだ」

 

「権限って……いつもお前が止めてるじゃねぇか!」

 

「いや、俺は瑠璃姫さんがゴーサインを出したら止めないぞ?」

 

「え、マジ?」

 

「という訳で瑠璃姫さん、どうかご許可を」

 

「そうねぇ……どうしようかしら」

 

「早乙女君は竜胆なんだから、マッサージを止めるなら私は嫉妬して貴方を止めるわ」

 

「味方が居ねぇ!?」

 

 どうすれば良い、と迷う敦盛を竜胆は静かに見据える。

 

(正直な話、ガキじゃねぇんだ胸の一つぐらいは事故だ。――でもな、お前はそう思わないだろう敦盛)

 

 親友である、価値観を共有している、引いては理解者である故に彼は理解していた。

 敦盛は今、分岐点にある。

 瑠璃姫と奏、どちらが本当に大切な人なのか。

 

(選ぶのはお前だ敦盛……ま、奏を選んだのなら俺は応援してやるけどな)

 

 いざそうなったら本当に応援できるのか、心の奥底の叫びが聞こえたが竜胆は気づかないフリをした。

 何より彼の見立てでは――。

 

(ホント、素直じゃねぇよなお前は。瑠璃姫さんとの距離が近すぎて見えなくなってるんだよ)

 

 果たしてどちらを選ぶのか、竜胆だけではなくクラス全員が静かに見守って。

 静寂。

 ゴクリ、と敦盛の唾を飲む音が響いた。

 

 瑠璃姫か、奏か、彼の決断で四角関係に大きな変化が訪れる。

 クラスの誰もがそう思っていた、思いこんでいた。

 だが、四角関係、つまり見守る竜胆以外には二人が居て。

 

(――――どうか、早乙女君が後悔しない決断を)

 

(くくくっ、あはははははっ!! なんて愉しいのっ!! あっくんのこんな顔をみれるなんてっ!! たかだか立場を交換しただけでっ、まだ何もしてないってのにっ!! まるでこれで全てが決まるみたいじゃない!!)

 

 動く、瑠璃姫の手が伸びる。

 その先は敦盛――ではなく、竜胆の顔。

 たおやかに、淫靡な手つきで彼の頬に手を添える。

 

「瑠璃姫ッ!?」

 

「あらあっくん、今のあっくんは竜胆なんでしょう? そして竜胆はアタシの意志ならば止めない」

 

「…………瑠璃ちゃん?」

 

「瑠璃姫さん、何を――」

 

 何をする気だ、何を言う気だ、敦盛が焦燥に駆られ二人が身構えた瞬間。

 

「何をってキスするのよ、――――昨日みたいにキスするの。忠実なペットにはご主人様からご褒美があるでしょ?」

 

「敦盛っ!?」「そんな信じてたのに敦盛!!」「早乙女君?」

 

「~~~~~~ッ!? ば、バカ野郎ッ!! なんで今そんなッ、言うんじゃねぇよノーカンだノーカ……………………あ」

 

 途端、クラス中から黄色い歓声が上がって。

 

「聞いた聞いた!?」「聞いた、あの野郎!」「ま、そうなると思ってたけどな」「奏さんに賭けてたのに!」「やっぱ瑠璃姫さんは……」「ふむ、詳細を希望するぜ!」

 

「ち、違うッ! これは違うんだッ!!」

 

「へぇ、悲しいわあっくん。アタシのファーストキスだったのに……ぐすん」

 

「テメェ敦盛!! 瑠璃姫さんとキスして何否定しとうとしてるんだ!!」

 

「あちゃー、女狐の罠にハマちゃったかぁ……」

 

「瑠璃ちゃんにキスして、私の胸を揉もうとしたの? ――――軽蔑するわ」

 

「ノオオオオオオオオオオオオオオオ!! なんでこうなるんだアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 頭を抱え叫ぶ敦盛に、周囲は彼の不調の原因を確信する。

 彼はファーストキスに戸惑う、ピュアピュア童貞ムーブをしていたのだと。

 

「ごめんねあっくん、アタシとのキスがそんなに忘れられなかったのね? 奏のおっぱいを揉むなんて言って、本気じゃなかったんでしょ? 憧れと好きの区別も付かなくて戸惑ったのね? ――元気だして、おっぱい揉む?」

 

「揉むかバカ野郎!!」

 

「あら残念、じゃああらためて竜胆に足をマッサージしてもらいましょうか」

 

「させるかバカオンナ!!」

 

「へぇー? ほーお? ふーん? どんな理由であっくんは止めるのかなぁ?」

 

「殴りてぇ…………!!」

 

「きゃーこわーい、助けて奏!」

 

「ふふっ、素直にならなきゃダメよ早乙女君」

 

「――――ゴフッ!?」

 

 バタっ、と倒れ伏す敦盛。

 その背を堂々と踏みつけ高笑いする瑠璃姫、そして奏と竜胆は冷静に考えを巡らせる。

 

(これで早乙女君の気持ちは瑠璃ちゃんに傾いた……彼の性格からして、キスしてしまったらもう確定ね。――後は素直にさせるだけ)

 

(瑠璃姫さんと敦盛が……、やっぱ落ち込みもしねぇな俺。自覚してた通り、ただ恩義を感じてただけか。――それより、だ)

 

(早乙女君と瑠璃ちゃんがくっつけば、それを口実に出来るわ。一時的にでも仮にでも、理由をつけて恋人に持ち込む。……私はやるわよ)

 

(これを見逃す奏じゃねぇよな、瑠璃姫さんか敦盛か、奏がテコ入れするのは……敦盛だな。なら俺が側に居て阻止するか、二人の仲は二人で決着をつけるべきだろう)

 

 四角関係が、大きく動こうとしてたのだった。

 

 

 



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第27話 スケスケ眼鏡

 

 

 敦盛の知らない所で恋愛事情が動こうと、時は平等にながれ週末。

 竜胆と奏が妙な牽制合戦をしていたのは気になるが、相変わらず瑠璃姫の唇を意識してしまう彼には深く考える余裕などなくて。

 

「出来たわよあっくん!! 題して、スケスケ眼鏡!! これを掛ければ奏の下着が服の上から見えるわよっ!!」

 

「なんつー危険なモン作ってんだテメェ!! というかだッ!! 今の俺にはテメーに構ってる余裕ねぇんだよ!!」

 

「え、折角の日曜だし暇してるでしょ、あっくん。今だってソファーでぼーっとしてるだけじゃない」

 

「色々考える事があんだよッ!!」

 

「奏への好意が憧れだったとか? それともアタシとのキス? 奏のおっぱい揉みたかった? ペットの枠を越えてアタシを恋愛関係になりたい?」

 

「んもおおおおおおおおおおおおおッ!! 全部分かてるならそっとしておいてくれよォ!!」

 

 こんなに心がぐちゃぐちゃな状態で、どうして彼女の対応ができようか。

 ぷいとそっぽを向いた敦盛に、瑠璃姫は躊躇無く抱きつく。

 自慢の大きなおっぱいを押しつけて、猫なで声を出す。

 

「ね、ね、構ってよあっくん~~。いつも喜んで実験台になるフリして壊すとかさぁ、ちょっとは期待してたのよ?」

 

「いや壊されるモンを作った自覚があるなら、そのまま壊してどうぞ?」

 

「これを見て、アタシを見てみたくない? 今……下着履いてないのっ」

 

「とっととブラとパンツ付けろ」

 

「むぅ……これは手強いわね」

 

 重傷だ、とてつもなく重傷である。

 普段の敦盛なら、一にもなく飛びつきなんだかんだとスケスケ眼鏡を堪能して壊すのに。

 こんな色仕掛けしたら、警戒しつつ喜んで更にその上を目指して反撃するものだが。

 

(………………うーん、ちょっと突っつき過ぎたわねぇ)

 

 彼女が計画としては上々、奏に傾いていた天秤が逆に傾いていると感じているのだが。

 

(惑わされるな俺ッ、誰がなんと言おうと奏さんへの想いは憧れなんかじゃ無い!)

 

 そう、これは瑠璃姫の策略だ。

 奏への想いを断ち切らせる為の、陰謀。

 

(負けるものかッ、この愛を俺は貫いて――――ん?)

 

 奏への愛を貫く、それは何を意味しているのだろうか。

 奏への愛を貫く、それを何故彼女は邪魔しようとしているのか。

 そして己は、瑠璃姫のそういった行動が不快ではなくて。

 

(…………………………もしかして)

 

 もしかすると。

 

(瑠璃姫は……、俺の事……好き? え? マジ? そういう事なのかッ!?)

 

 あくまでペットだの、恋仲になるのは禁止だの、奏との仲は応援するなど口では言って。

 実際の彼女の行動はどうだ?

 

(なんでキスした事を皆にバラした? というか何でキスした? あっちからキスしてきたんだよな)

 

 そもそも。

 

(親父の借金の原因の裏側にアイツが居たと仮定して、そこに何の利益が? ――俺を独占したかった?)

 

 もし借金の原因が手紙通り自業自得だったとして、一億という大金だ。

 

(幼馴染みといえ、金持ってるとはいえ、流石に見捨てるよな? うん、普通は見捨てる。普通全部肩代わりして一本化して、ペットとして今まで通り世話してれば月に百万とか、ありえないよな?)

 

 となれば。

 

(え? マジでコイツ……俺の事が好きなの? もう愛してるって次元じゃないのコレッ!?)

 

 途端、顔が赤くなる感覚。

 胸がムズムズして、口元が笑ってしまいそうな。

 

「――――嬉しいのか、俺?」

 

「何が嬉しいの?」

 

「うわッ!? まだ居たのかテメェッ!?」

 

「まだ居たのって、さっきからずっと同じ体勢でくっついてるじゃない。アンタがぼーっとしてただけでしょっ」

 

「あ、ああスマン」

 

「妙に素直に謝ったわね……」

 

「まぁ取りあえず離れろ、話はそれからだ」

 

 そうして瑠璃姫は背中から離れ、彼の正面に移動しようとして。

 

「……いや、隣に居ろよ」

 

「………………何か悪い物でも食べた? いや良いけど」

 

 彼女は素直に隣に座る、ピタッ、と隣に座り直してみるも彼は少し頬を赤くするだけで無言。

 これには瑠璃姫も彼の変化を感じ取って。

 

(やっぱ隣に座ったッ!! これは確定ッ!! 俺はッ! 俺はこんな分かりやすいフラグを見落としていたと言うのかッ!!)

 

(わっかり易いわねコイツ……大方、アタシが惚れてるとか勘違いしてるんでしょうけど。――うぷぷぷぷっ!!)

 

(この雰囲気、悪くねぇよな……もしかしてイケるのか? 手とか握っちゃたり? それ以上も!?)

 

(ま、ここは限界まで焦らすの一択ね! アタシに弄ばれなさいあっくん!!)

 

 敦盛は手を開いたり握ったり、瑠璃姫がそれをニマニマと眺めている事に気づかぬまま。

 

「…………手、握るぞ」

 

「どうぞどうぞ」

 

「……………………すべすべしてるなお前の手」

 

「あら、ありがと」

 

「暫くこのまま――「これ以上はアンタが奏をどう想ってるかね」

 

「ん?」

 

「聞こえなかった? アンタがだーい好きな奏の事はどうするって聞いてるのよ。アタシの手を握って次はどうする心算だったの? まさか、奏が好きなままアタシを抱こうと考えてた? 借金の事も忘れて?」

 

「んんんんんんんんッ!?」

 

 悪辣な笑みで問いかける瑠璃姫に、敦盛は冷や汗を流すしかなかった。

 見抜かれている、下心も奏の事を忘れていた事を。

 

(やっべぇええええええええ!! 忘れてたあああああああああああああああああッ! …………いや、忘れてたって事は実はその程度って? いやそうじゃねぇだろ俺ッ!! いやでもッ、瑠璃姫は俺の事が好きで、俺は奏さんも瑠璃姫の事も好きでッ!!)

 

(あらあら迷ちゃって……、おかしいったらありゃしない。ホント、あっくんはピエロよねぇっ!!)

 

(落ち着けェ、落ち着いて考えろッ!! 俺は瑠璃姫の事が好きで、奏さんの事も好き――ってループしてるだろうがッ!! …………はっ! いっその事、コイツとセックスすれば分かるのでは??)

 

 戦国時代や明治時代ぐらいまで遡れば、日本だって正妻や妾の概念があった、一応。

 だが今は現代だ、恋人は一人、結婚相手も一人、法律でも一夫多妻制は認められていない。

 そして今時、体だけの関係とか、体を繋いで気づく恋とか良くある話である。

 ならば。

 

(このままでもワンチャン、最悪全裸土下座で頼めばセックス! 初体験!! それでコイツの事が好きだって分かれば丸く収まる訳だし!)

 

(なーんて理論武装してるの丸わかり、ホントあっくんはおバカ可愛いでちゅねぇ~~!)

 

(セックス! セーックス! おせっせ!! 初体験!! 相手はアルビノ美少女の処女で幼馴染み!  最高級の相手!! ――もしやこれは運命では?)

 

(――――でもねあっくん、答えなんて出させない)

 

 敦盛が鼻息荒く、瑠璃姫の肩を抱こうとした瞬間であった。

 ぴんぽーん、と来客が。

 彼が思わず硬直した瞬間、彼女はすかさず立ち上がった。

 

「お、おい。今はほっておけよ……」

 

「バーカ、そうはいかないのよ。なんたって――――アンタの為に奏を呼んであげてるんだからっ!」

 

「………………はぁッ!?」

 

「じゃ、そういう事だからお茶の用意でもしてなさい」

 

「る、瑠璃姫ッ!? 瑠璃姫さんッ!? ご主人様ッ!? ……………………マジ、かッ!!」

 

 何のために奏を呼んだのか、悶々としながら敦盛は歓迎の用意の為に立ち上がったのであった。

 

 



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第28話 修羅場なオンナ

 

 

 早乙女家にやってきた奏の私服姿は、敦盛にとって新鮮に見えた。

 彼が普段目にするのは、常時胸元を大きく開けた、或いは巨乳を強調するゴスロリ姿の瑠璃姫。

 白いニットワンピースは、とても似合っていて。

 ――ともあれ、三人はソファーに座り。

 

「それで、話って何? 竜胆が呼ばれていない訳だし想像はつくけれど」

 

「話が早くて助かるわ、……というかあっくん、さっきから何をバカな顔して奏を見てるの? その緩んだ顔戻しなさいったら」

 

「あら瑠璃ちゃん、焼き餅?」

 

「冗談キツいわよ奏、ジェラるような関係じゃないってーのっ」

 

「ふぅん、まぁそういう事にしておいてあげるわ」

 

「勝手にそうしてなさい、それで本題に入りたいんだけど――」

 

 私服姿に見惚れている敦盛を放置して、瑠璃姫は彼女を呼び出した用件を話そうとした。

 だが。

 

「悪いけど、早乙女君と恋人になれってのはナシね」

 

「あれ? 俺処刑されてる?」

 

「は? あっくんの何処が不満なの!? 掃除洗濯料理全てパーフェクト! 顔は普通でファッションセンスも普通! 油断すると躊躇無くセクハラしてきてさっきも全裸土下座して童貞卒業しようとする欠点があるけどもっ!!」

 

「やっぱ俺、処刑されてるよな? つか俺の頭の中を勝手に読むなッ!! ちょっといい雰囲気になってただけじゃねぇか無駄に誇張すんなッ!!」

 

「早乙女君、本音は?」

 

「コイツ俺の事好きじゃねって思ったので、取りあえず――――はぅあッ!? 誘導尋問とは卑怯だぞ奏さんッ!?」

 

「へぇ~~、やっぱそんなコト考えてたんじゃない」

 

「早乙女君? ちょっと警察行く?」

 

「俺おうち帰る!!」

 

「残念、アンタのお家はココよ」

 

 逃げようにも逃げ場はない、というか何故に敦盛はわざわざ休日にこんな辱めを受けなければならないのだろうか。

 

(マジでコイツは何考えてるんだよッ!! スケスケ眼鏡とはワケ分からん怪しげなモン作って――――いや待て、なんで奏を呼ぶ日に、俺にそんなモン見せたんだ?)

 

 そもそも奏と会うなら外でも良いし、瑠璃姫の家でも良い。

 わざわざ敦盛の家に呼び、その前に発明品を使わせようとした理由とは?

 

「…………」

 

「どうしたの早乙女君、難しい顔をして。あ、私と竜胆の仲を進展させる良い方法でも思いついたかしら?」

 

「アンタが何考えたって、バカの考え休むに似たりってね。どうせなら、奏を口説き落とす台詞でも考えたら?」

 

(コイツらは…………ッ!!)

 

 敦盛の事が好きな筈なのに、何故か奏との仲を推す瑠璃姫。

 竜胆第一で、敦盛の好意は瑠璃姫に向いていると決めつける奏。

 この場には居ないが、何故か瑠璃姫に妙な忠誠心を持ち、奏の事を愛しているのが丸わかりなのに拒絶する竜胆。

 

(なんで俺の好意だけ行き場が無いんだよッ!!)

 

 確かに、同時に二人の女の子を好きになってしまったという不誠実な所は自覚している。

 同時に、性的にガッついてるみっともない所も自覚している。

 だが、だけど、これは無いだろう。

 

 恐らく瑠璃姫は、敦盛の奏への好意にテコ入れする為に彼女を呼んだ。

 そして奏は、それを分かっていて利用する為にわざわざ来た。

 ならば。

 

(俺にだって、役得があっても良いじゃねぇの?)

 

 プチっと何かがキレた、直後彼は立ち上がって食卓に置かれたスケスケ眼鏡を手に取る。

 

「早乙女君?」

 

「ふーん、アンタそれ使うの?」

 

「――――ああ、使う。それがテメーの目的で、奏さんを呼んだ理由の一つだろう? ……いいぜ、踊ってやるよ」

 

「っ!? もしかしてソレ瑠璃ちゃんの発明品っ!? ちょっと貴女何のために私を呼んだ訳っ!? 早乙女君を押しつけようとする為じゃないのっ!?」

 

 困惑する奏、ニヤニヤする瑠璃姫。

 そして。

 

「ふおおおおおおおおおおお!! こ、これがスケスケ眼鏡くん!! 服の上から下着が丸見えになるという男の夢!!」

 

「瑠璃ちゃん!? ――ってコッチ見ないで早乙女君!!」

 

「ふふふ……隠すのが少し遅かったな奏さん。俺には黒レースの下着がばっちり…………うん? なんだコレ、経験人数の分かる……?」

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!? 今すぐ外しなさい早乙女君!!」

 

「うっそマジでッ!? これマジで経験人数分か「天誅!!&奪取!!」鳩尾ィ!!」

 

「ギャハハハハハ!! 残念ねぇこれでアンタに厳しい現実を教えてあげようかと思ったのに」

 

「いえ瑠璃ちゃん? 自爆覚悟で変な事しないでくれるっ!? 技術は凄いけど世に出す発明じゃないし、早乙女君に一番渡しちゃいけない発明よねコレっ!?」

 

 敦盛が操作を戸惑った一瞬、距離を詰めた奏が重いボディブロー。

 それがいい感じに入った敦盛は踞り、彼女は悠々と眼鏡を回収する。

 

「お、お前ェ……マジで何がしたいんだよッ!!」

 

「え? いつもの発明品テストだけど?」

 

「なんで私を呼んだのよっ!?」

 

「だってアタシだけだと矛先がアタシに向くし、あっくんに下着なんて見られたくないじゃない」

 

「私も嫌よ!! 私の下着を見ていいのは竜胆だけ!!」

 

「アタシはノーダメージ、それにあっくんは奏相手だとセクハラ攻撃は言葉だけでしょ。――ほら、今日こそはアタシの勝ちってねっ!!」

 

 形の良い大きな胸を張って揺らす瑠璃姫は、ほら、と奏に眼鏡を渡すように手を出す。

 だが彼女は呆れた顔をして、その眼鏡をポケットへとしまい拒否。

 

「奏? 返してほしいんだけど?」

 

「そーだそーだ奏さん! それは俺が責任を持ってコイツへのセクハラに使うッ!!」

 

「ダメよ、早乙女君に渡すと私にまでセクハラ被害が来るし。――何より、こんな便利な物を手放すなんて出来ないわ」

 

 それは彼が今まで見たことが無い、暗い笑顔だった。

 くつくつ、と不気味な声を漏らし。

 情念深い女の姿、そのものである。

 

「いや奏? アンタに使い道ないでしょ」

 

「は? これがあれば竜胆を監視出来るのよ? ――それは凄いアドバンテージじゃない」

 

「奏さん? 男相手に使うのか? アイツの下着を監視してどうするんだ?」

 

 すると彼女は怒気を孕みながら、瑠璃姫の両肩を掴んで問いつめる。

 

「…………経験人数よ、これは経験人数や回数が分かるのよね瑠璃ちゃん」

 

「ま、まあ、直前数時間ぐらいだけど」

 

「いつもながらどんな技術使ってるんだ? 未来に生きすぎてるぞ?」

 

「そう……ふふっ、分かるのね? これで、これで私が優位に立てる!! あはっ、あははははははははっ!!」

 

 高笑いする奏に、瑠璃姫は恐怖と困惑で顔が歪む。

 そしてそれは敦盛も同じで。

 だからこそ、理由を聞かなくてはならない。 

 

「その……なんだ? なんで竜胆の経験人数を監視する必要があるのか教えてくれないか?」

 

「そ、そうねっ。あっくんなら下心だけだろうけど、なんで竜胆に……」

 

「……………………竜胆はね」

 

 すると、奏は座った目でぎょろりと二人を見て。

 幽霊も裸足で逃げ出す威圧感に、幼馴染みコンビは震えた。

 

「竜胆はね、今――――私と妹で取り合ってるの」

 

「え? どゆことです奏さん?」

 

「だからね? 今現在、竜胆と肉体関係を持っているのは二人居るの。私と妹。そしてどちらも恋人じゃない。――――理解した?」

 

「ちょっと理解したくないんですがッ!?」

 

「何なのっ!? アンタ達、尋常じゃないぐらい爛れてないっ!? え? 死んだ双子の姉と竜胆が付き合ってて、今度はアンタと妹が取り合ってるのっ!?」

 

「正確には、あの子が生きている時からよ。――まったく、思い出になってしまったら勝ち目が無いじゃない! 生きていたら諦めきれたのにっ!! だから私だけの竜胆にするには…………この眼鏡で出し抜くのよっ!!」

 

(あ、コレもしや俺にマジで百パーセント脈ナシなパターンじゃね? いやまだワンチャン、ワンチャンあるから!!)

 

(コイツっ!? 四角関係でも動じないと思ってたら、もっとヤバい修羅場をくぐっていたというのっ!?)

 

 ゲームセット寸前でも諦めきれない敦盛、戦慄する瑠璃姫。

 二人は戦意喪失したと見て、奏はそのまま立ち去ろうとし。

 

「ていッ」

 

「ちょっと早乙女君っ!? それを返しなさいっ!! おっぱいぐらい揉ませてあげるからっ!!」

 

「それで揉んだら、俺への好意が今の友達以下のゴミ屑になった挙げ句に一生利用すんだろテメェ!!」

 

「当たり前じゃない! ああもう待ってっ! 待ちなさい早乙女君!!」

 

「バカ野郎俺は奏さんが好きなんだぞそれ以上に竜胆には幸せになって欲しい気もするんだ後悔するだろうけどもっと後悔しない為に――――――」

 

 狭いリビングの中で逃げる敦盛、追う奏。

 そして、彼は血の涙を流し。

 

「最後に瑠璃姫の下着を確認して…………ってテメェ!! なんで何も履いてないんだよッ!!」

 

「ああ、見ちゃったわねあっくん。それ、アンタがアタシを見ると三秒後に自爆するから。いやぁ念のために用意してて良かったわ」

 

「テメェ!? うおおおおお間に合えエエエエエエエエエエ!!」

 

 敦盛は慌ててゴミ箱に投げ入れて直後、ドカン、と小さな爆発音。

 数秒間、誰もが無言で。

 

「――――ちょっと奏さんや、俺、瑠璃姫のおっぱい揉もうと思うのだが」

 

「奇遇ね早乙女君、でもそれは私に任せてくれないかしら。妹を行動不能にする秘技、瑠璃ちゃんにも試そうと思って」

 

「あ、アタシ家に帰るわ」

 

「逃がすかテメェ!!」「逃がさないわよ瑠璃ちゃん!!」

 

「ぬおおおおおおおおおおおっ!! 頑張れアタシ!! ちょっと予想以上に奏が強敵で貞操がヤバイけどきっと乗り越えられるわっ、この天才であるアタシならっ!!」

 

 狭いリビングの中、今度は瑠璃姫を二人が追いかけて。

 三十分後、彼女は逃げ切ったかに思えたが敦盛の策により、自室に奏と二人っきり。

 何か色々と、揉まれてしまったらしいのであった。

 

 



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第29話 同じ穴の狢

 

 

 翌日、午前の授業中である。

 竜胆と福寿三姉妹(内、長女は故人)のドロドロな修羅場を知った敦盛は悩んでいた。

 一つ、奏には己の恋心は成就しそうに無い事。

 二つ、どうして瑠璃姫は敦盛のアプローチを拒んだこと。

 

(瑠璃姫の方は多分、……俺が奏を好きなことが嫌なんだ……と思う)

 

 絶対の自信はない、だがそうでなければ説明がつかない。

 己とかの幼馴染みの仲は、深くて長く、そして良好と言えよう。

 もし彼女が敦盛の事を愛しているなら、当然、奏と彼女を天秤にかけて両方を取ろうとしている現状は気に入らないだろう。

 

(どっちかを諦めたら楽になるけどさぁ……、いやこの考え方がダメなのか。――そう、ここは)

 

 どうすれば、彼女達にとって幸せになれるのか。

 敦盛ではなく、二人の女の子の幸せ。

 少なくとも、奏の望みは理解している。

 

(……奏さんへのアプローチじゃなくて、なら矛先は)

 

 そうする事はとても悔しいが、でも奏という女の子が幸せになるのならと。

 だから動くことにした。

 具体的には昼休みに入った瞬間、竜胆を校舎裏まで引っ張って。

 

(ったく、黙りこくりやがって……。絶対これ奏絡みだろ。しかし何を言うつもりだ? 離れろもつき合えもコイツの言動からして微妙な線だが)

 

(――――覚悟は決めた、あとは完遂するだけだッ)

 

(思えばコイツと瑠璃姫さんの仲も妙だよな、付き合ってても不思議じゃないぐらいの仲で。でも瑠璃姫さんは敦盛と奏を応援してる)

 

(これが正しいとは思えねェ、けどお前が悪いんだからな竜胆……)

 

 真剣な顔で熱く竜胆を見つめる敦盛、彼は一歩踏み出して。

 

(来るか……!)

 

 また一歩、また一歩と、距離が縮まる。

 これは話し合いの雰囲気ではない、竜胆は拳を握って敦盛の一挙手一投足を注視。

 そして、敦盛の右手が上がるグーではなくパーで。

 

(張り手っ! ――いや違うっ、これは…………)

 

「――――キス、しようぜ竜胆」

 

「………………は?」

 

「気づいたんだ、(奏さんの幸せの為には)お前とキスするべきだって」

 

「は? はぁっ!? ~~~~~~~っ!? な、なに言ってんだテメェっ!?」

 

 思わず一歩下がると、そこは壁。

 次の瞬間、顔の横にドンと手が付かれ。

 

「お前が(あくまで友人として)好きだ、(目的達成の為に)キスさせてくれ」

 

「気でも狂ったか敦盛っ!? いきなり何だよ俺にそんな気はねぇよ!! つかさっきから言葉の間を省略してっだろうテメェ!!」

 

「ふっ、俺を焦らす気か? 可愛いヤツだな竜胆……こいよクレバーに抱いてやるぜッ!!」

 

「ぬおおおおおおおおおっ!? 股間に手を延ばすんじゃねェ!!」

 

「ウルセェ!! とっととチンコ出しやがれ!! 友情のよしみでケツの処女は手を出さんが、俺の処女はくれてやるぞオラァ!!」

 

「ギャーース!! 敦盛が狂ったっ!?」

 

 途端に始まる追いかけっこ、しかし身体能力では竜胆の方が上。

 逃げきれる筈であったが、覚悟を決めた敦盛はカッターナイフを取り出して。

 

「――――いいぜ、テメェがその気ならバイオレンスに行かせて貰うッ! その服、無事だと思うなよ!!」

 

「いや待て待て待て待て待て待てぇ!! 訳をっ!! 話せっ!! 頼むからっ!! 俺の服をどうするつもりだ瑠璃姫さんが泣くぞ奏も泣くぞっ!!」

 

「…………………………ぐぬぬぬッ、お、俺は成し遂げると――――ッ」

 

 止まった、敦盛は葛藤するように顔を歪めて。

 これだ、これである。

 理由と原因は定かではないが、親友の目的は恐らく四角関係の脱出だろう。

 

「落ち着け、落ち着け、な? 落ち着いて話そう、俺が納得する理由を行ってくれたならば親友としてお前にケツを貸そう。不本意だが……俺の処女をやっても良い」

 

「…………本当か?」

 

「ああ、俺が納得の行く理由ならな」

 

「――――――ならば、全裸になれ。俺も全裸になる」

 

「…………………………分かった」

 

 男二人、服を脱ぎ始める。

 誰かに見られたら誤解ものだが、そもそも敦盛の行動を考えるとあながち誤解でもなく。

 

(敦盛は何をしようとした? 俺を犯そうと……目的は何だ、奏か瑠璃姫さんに関わること、俺の貞操を奪って二人の利益……いや、敦盛に利益が?)

 

(竜胆は頭が回るッ、今必死に俺の目的を考えている筈だ。――――はッ、誰が男なんか犯すかよフェイクに決まってるじゃねぇか!!)

 

(待った、アイツの奇行はもしかして全裸にさせる為のハッタリか!? 利益とかどうのこうのじゃねぇ、俺をこの場から逃げさせない為の――!?)

 

(ケケケ、気づいたな? 手が止まった、だがテメェはもうパンツを下ろしている!! もう遅いぜ!!)

 

 そう、全てはこの為の布石。

 今から話す事は、いつも竜胆が避けてきた事だ。

 同時に、敦盛が目を反らしていた事でもあって。

 

「――――脱いだな竜胆」

 

「ああ、脱いだぜ敦盛」

 

「言いたいことは分かるな?」

 

「…………奏の事だろう」

 

「そうだ」

 

「ったく、手の込んだ事しやがって。素直に男同士の話とか言えばいいじゃねぇか」

 

「何が男同士の話だ、俺に奏は相応しくないとか言って逃げるのがオチじゃねぇか」

 

「なら、分かるだろが。確かにこの状況じゃすぐに逃げれない。だがそれで俺の気持ちが変わるとでも?」

 

 男二人、フルチンで校舎裏で対峙。

 今までの答えを覆さない竜胆に、敦盛は拳を握りしめて腰を落とす。

 それを見た竜胆も右手を前に、左手は腰に構え。

 

「――――お前、奏さんの妹さんとも肉体関係持ってて、恋人が居た時からドロドロの四角関係だったんだって?」

 

「……………………………………マジ待って? 何で知ってるんだ?」

 

「奏さんから聞いたッ!! 分かるかッ!! 今の俺の気持ちッ!!」

 

「あー、つまり一発殴らせろと」

 

「違う」

 

「それじゃあ何か? 俺を犯してホモにして瑠璃姫さんも奏も両取りとか?」

 

「殺すぞ?」

 

「…………はっきり言え」

 

 そして敦盛は冷たい声で。

 

「――――いったいいつまで、死んだ人間に逃避してんだよテメェ」

 

「あ゛あ゛ん゛?」

 

 瞬間、竜胆の眉は釣り上がる。

 男二人の、全裸に相応しい本音の話が始まった。

 

 

 




再開します(ストックがあるとは言ってない)
もうちょいしたら、(敦盛の)地獄行きに付き合ってくだされば嬉しいです。


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第30話 青春をテメェと(なお全裸である)

 

 

「もう一度言ってみろ敦盛、今なら聞かなかった事にしてやる」

 

「何度でも言ってやる、――死んだヤツばっか見て奏さんを傷つけてるんじゃねぇ。今も完全に拒絶出来ずに抱いてるんだろう? この半端野郎がッ」

 

「はっ、奏も口が軽い奴だ」

 

「バカめ、これは俺の推察だ。引っかかったのはどのバカかな?」

 

「テメェ…………、マジでヤるつもりだな?」

 

 明らかに竜胆を責める敦盛、だが修羅場の経験値が違う。

 彼は怒りをぐっと堪えて、いつもの答えを崩さずに。

 

「敦盛、言っておくが挑発しても無駄だ。確かに俺はあの姉妹を弄ぶクソ男だろう。けどな、それはお前に言われる筋合いは無い、お前が奏を好きで、奏が俺を好きでも、俺は――」

 

「――奏に相応しくない、テメェはいつもソレだ。なぁ竜胆? お前は俺の気持ちを考えた事があんのか?」

 

「敦盛の? 訳が分からん、奏が好きなら自由に口説けばいいじゃねぇか。俺の出る幕は無い」

 

「それが考えてねぇって言ってんだよッ!! お前は見たことがあんのかッ!! 奏さんがいつも切なそうにッ、悲しそうにッ、テメェを見てるのをッ!!」

 

「――っ、そ、それは…………」

 

「俺は奏さんを愛してるッ、幸せにしたいって思った。けどなッ、奏さんはどう見てもテメェしか幸せに出来ねぇだろッ!! 中途半端なんだよッ、拒絶するなら奏さんを徹底的に避けろッ! 思わせぶりに側に置いてッ、それが一番残酷な事をしてるっていい加減に気づけッ!!」

 

 そう叫んだ敦盛の目は潤んで、竜胆の心の柔らかい所を刺激する。

 

(――――そうか、コイツも俺と同じ。届かない想いをっ)

 

 死んでいるから届かない、生きているからこそ届かない。

 違いはあれど、同じ。

 だが。

 

「分かってるのか敦盛……、それはお前の失恋に繋がってるんだぞ?」

 

「覚悟してなかったら、今この場に居ないッ!!」

 

「――――瑠璃姫さんの事はどうするんだ」

 

「テメェがそれを言うか? あのバカへの気持ちは忠誠心だとか言って、それが奏さんをどれだけ傷つけてるか知らねぇで」

 

「ならコッチも言わせて貰うが……、つまる所、テメェの行動は瑠璃姫さんを俺に取られたくないって言ってるの同じじゃねぇのか?」

 

「それがどうしたッ!! 奏さんを中途半端に拒絶してッ、忠誠心とか抜かして瑠璃姫の事も最初から諦めてるテメェよりかマシだッ!!」

 

「敦盛ぃ!!」

 

 竜胆は怒鳴った、確かにそれは彼が目を反らしていた事の一つだったからだ。

 あの日、恋人を失い命を絶とうとしていた彼を止めたのは瑠璃姫だった。

 その強さに、優しさに惚れた。

 

(でも敦盛、テメェが居たから俺はっ!)

 

 諦めた、奏達の気持ちも恋人への想いも残った状態で、これ以上を抱えたくなかったからだ。

 

「テメェが言えた事かっ!! ならどうして敦盛は瑠璃姫と恋人になってない!! お前なら押し倒しても許されるだろうがっ!! 据え膳も食べないで奏に現を抜かしてるのは敦盛テメェだろうがよ!!」

 

 その言葉に、敦盛の脳のどこかがプチンと切れる音がした。

 確かに事実だ、幼馴染みという距離が近くて見えなくなっていたなんて言い訳にもならない。

 否、それすらも言い訳、目を反らしていた言い訳。

 

「歯ァ食いしばれ竜胆おおおおおおおおお!!」

 

「ふざけんな敦盛いいいいいいいい!!」

 

 とうとう二人は、殴りあいを始める。

 敦盛がパンチを繰り出せば、竜胆は悠々と回避して同時に裏拳を。

 ダメージを気にせず、彼は竜胆の足を踏み。

 それはまたしても避けられ、逆に脛への蹴りを貰ってしまう。

 

「何が忠誠心だッ、何が相応しくないだッ!! 竜胆ッ、テメェは何でも持ってるじゃねぇかッ!! 顔も良くて成績も良くてさァッ!!」

 

「敦盛はメシを旨く作れるだろうがっ!! それに奏の事を俺より考えてくれるっ!! だから俺はテメェになら奏の事を任せられるって!!」

 

「ふざけるなッ!! 俺にッ、俺には何もないッ!! お前に理解できるものかよッ、瑠璃姫が隣に居る意味ッ!! アイツは同じ年なのに俺より金を稼いでッ、俺の親の借金も肩代わりしてくれてッ、しかも成績も顔も体も性格もだッ、全部、全部全部全部俺より遙かに上なんだぞッ!!」

 

「敦盛――――っ!?」

 

 劣等感の詰まった叫びに、竜胆は思わず足を止め。

 それが彼の頬に、強い一撃を与える原因となった。

 だがその痛み以上に。

 

(敦盛っ、お前、お前は――――)

 

 気づかなかった、でも言われてしまえばそれは当たり前の感情で。

 彼にとって敦盛と瑠璃姫の仲は、マンガで見るような典型的な、理想的な幼馴染みに見えていた。

 何か淡い青春の後、幸せなゴールを迎えるような関係。

 

(こんな俺がさ、奏さんを幸せに出来る訳がねぇんだよッ!! 瑠璃姫と恋人になって、幸せになれるのかよッ!!)

 

 お互いの母が居た頃は良かった、きっと周囲の大人の言葉をシャットアウトしてくれてたからだ。

 だがどうだ? 居なくなった途端、瑠璃姫と敦盛を比べる声は聞こえだして。

 

 瑠璃姫が引きこもった時は、とても喜んだ。

 でもそれは一瞬、外では彼女の才覚を知っていた大人たちは彼に彼女の復帰を求めて。

 家に帰れば、俗的な大人達の思惑を通り越して自由に才能を発揮し大金を稼ぐ姿。

 

(料理だって、アイツに負けない様にって。でもそれが何になったって言うんだよッ!!)

 

 早乙女敦盛は、幼馴染みである溝隠瑠璃姫に昔から恋心を抱いていた。

 でも同時に、強い劣等感を抱いている、今も。

 彼女と接する度にマウントを取ろうとするのも、セクハラするのも、その劣等感の裏返し。

 ――その事に、今まで目を背けていたのだ。

 

「答えろ竜胆ッ!! 俺はどうすれば良かったんだッ!! 奏さんを幸せに出来るのはッ、相応しいのはテメェだけだッ!! 俺に何が出来る? 何も出来ねえだろッ!!」

 

「敦盛……」

 

「俺は重ねてただけだッ、奏さんと竜胆の関係をッ、俺と瑠璃姫の関係に重ねてただけなんだッ!! テメェらがくっつけば、俺も報われるんじゃねぇかってさァ!! みっともねぇだろうがッ!!」

 

 敦盛の拳が力なく竜胆に届く、何回も、何回もその拳は竜胆の胸へと届く。

 そして。

 

「頼むよ竜胆…………、どうか奏さんを幸せにしてやってくれよォ……頼む、頼むよ竜胆…………」

 

 それでもなお、奏の幸せを願う姿に。

 竜胆は思わず敦盛を抱きしめた。

 

「――――もう、止めろ敦盛」

 

「竜胆ッ、俺はッ、俺は――――ッ」

 

「お前は気づいてないけどな、……だから俺はお前と親友やってるし、そういう所が奏を任せても良いって思ったんだぜ」

 

「竜、胆?」

 

「バカだなお前は、お前自身の一番良いところを理解してねぇ」

 

「俺の……一番?」

 

「幾ら弱音を吐いてもさ、テメェは諦めない。今も、奏の事を諦めない。――きっと瑠璃姫さんの事も、みんなで幸せになる事を、敦盛は諦めてない」

 

「それがッ」

 

「それを、強いって俺は思うぜ敦盛」

 

「竜胆…………」

 

 敦盛を抱きしめながら、竜胆は強く目を閉じた。

 彼が抱える劣等感、叫んだ悲痛な思いは本物だろう。

 だけど。

 

(奏に惚れてるのも、瑠璃姫さんが好きなのも、俺も含めて幸せになろうってのもさ、本気なんだよお前は)

 

 負けだ、これは完全に竜胆の負けだ。

 過去の囚われて、奏の事を思いやるフリをしていた己と。

 過去を直視して、なお前向きに行動した敦盛。

 ――親友として、誇らしく思う。

 

「………………お互い、無い物ねだりしてたんだな」

 

「ああ、そうかもな」

 

「お前は瑠璃姫さんや奏の隣に相応しい才能を、俺はお前の前向きな心を」

 

「そうだ、欲しかったんだ……」

 

 竜胆は敦盛を抱きしめるを止めると、彼の右手を強く握って真正面から見つめる。

 

「ありがとう敦盛。お前が親友で良かった。――奏との事、向き合ってみる。アイツを忘れてしまうようで怖かったけどさ。多分、それじゃあ幸せになれないんだ」

 

「ありがとう竜胆、俺は奏さんに恋してる。……でも一番大切なのは、きっと瑠璃姫なんだ」

 

 二人はそうして手を離すと、同時に握り拳と握り拳をぶつけて。

 

「俺達バカだな、竜胆」

 

「大バカ者だぜ、敦盛」

 

 そして二人は、新たな一歩を踏み出した。

 なお、青春の一ページという光景であったが全裸でもあった。

 

 

 



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第31話 彼女のホントウ?

 

 

「ありがとう、早乙女君…………」

 

 敦盛と竜胆が全裸で拳を合わせるまでの一部始終を、奏は陰から目撃していた。

 この場にへは瑠璃姫も誘ったのだが、彼女は昼食を優先して。

 

(瑠璃ちゃんは、この場に居た方が良かったわね。……いいえ、本当にそうかしら?)

 

 彼女がこの場に来なかった理由は明白だ、もはや女子の中で、男子の中ですら事実となっている――盗聴。

 未だにそれが続いていると気づいていないのは、件の敦盛だけだろう。

 

(ふふっ、宛が外れたわね瑠璃ちゃん。私と彼だけなら筒抜けだっただろうけど)

 

 敦盛と共に居るのは竜胆、奏達三姉妹が愛し。

 計らずとも、そっちの方面で鍛えてしまった竜胆その人だ。

 彼は常に、盗聴対策を取っており。

 

(この場の出来事は、瑠璃ちゃんが知る事は無い。――これは絶好の機会だわ)

 

 奏と瑠璃姫はクラスメイト以上の、親友と言っても過言でもない仲である。

 でもだからこそ、見えてくるものはあって。

 

(竜胆は気づいてないだろうけど、少し変なのよね瑠璃ちゃんと早乙女くん)

 

 一見すると、理想的な幼馴染み以上恋人未満な関係に見える。

 だが、そう見え過ぎるのだ。

 それは、敦盛が先ほど叫んだ劣等感に起因するものではない。

 

(早乙女君の抱えてた感情は意外だったけど、不思議では無いわ)

 

 第一に、彼女がその事に気づいていない筈がない。

 

(根拠は無いけれど、私の勘がそう囁いてる)

 

 そもそも、彼女の行動は奏にとって不可解に思えるのだ。

 

(早乙女君のお父様の借金の事もそうだけど、わざわざそれを瑠璃ちゃんが救った意味は何? なんでその上で早乙女君に月々百万もあげるのかしら?)

 

 第二に、瑠璃姫が敦盛の好意を止めている節があげられる。

 

(私への想いが本物でも、それ以上に瑠璃ちゃんに早乙女君は好き。でも、その好意をギリギリで拒んでいる……気がするわ)

 

 先に家に呼ばれた時も、直前に何か進展があった様だ。

 その上で予定通りという顔をし、彼女は奏を出迎えた。

 

(正直、早乙女君のセクハラはドン引きの領域だけど……瑠璃ちゃんは拒んでいない。まるで増長させる様に、軽い仕返しで済ませてる)

 

 彼女が学校に来る前は分からなかったが、彼と彼女の物理的距離は近い。

 気安いボディタッチは当たり前、時には勘違いしても不思議ではないぐらいの密着具合で。

 

(聞けば、衣食住の全てを早乙女君がしてるって言うし)

 

 幼馴染みとしての関係、主人とペットという関係を考えれば変に思うことは無いのかもしれないが。

 

(――それでも、私には瑠璃ちゃんが何か隠している様に見えるわ)

 

 彼女はきっと、彼より早く己達が四角関係に陥っていると気づいていた筈だ。

 でも彼女の行動は、それを複雑化させる事しかしていない。

 

(瑠璃ちゃんが早乙女君の事を好きなら、私との仲を進展させようとはしないわ。むしろ先手を打って押し倒しに行くか、竜胆へちょっかいをかける筈)

 

 奏の肉食嗜好を抜きにしても、普通では考えられない行動の数々。

 故に。

 

(瑠璃ちゃんは早乙女君に執着している、――でも何故? 恋心? 愛? それとも他に何か?)

 

 敦盛は気づいていないが、授業中の彼女は熱っぽく彼を見つめている。

 クラスの殆どが、竜胆ですらそれを恋のそれだと考えているが。

 

(…………私の杞憂であれば良いのだけれど)

 

 もし仮に、彼女の隠している何かが自身と竜胆へ悪影響を与えるものであれば。

 もし仮に、何か事情があって敦盛を結ばれる事が出来ない事情があるのならば。

 

「――――で、二人とも服を着たわね」

 

「おわッ!? か、奏さんッ!?」

 

「テメェ何時から覗いていたっ!?」

 

 奏は笑いあう二人の後ろから声をかけた、制服を着直したばかりの彼らは驚いて抱き合って。

 

「早乙女君が竜胆に壁ドンした所から」

 

「殆ど最初じゃねぇかッ!? もしや全部聞いて――」

 

「ごめんなさいね早乙女君、全部聞かせて貰ったわ」

 

「おい、おい? つかテメェ何で今更出てきたんだよ。今は男同士の友情のシーンだろ」

 

「今だからよ、ちょっと提案があって」

 

 にこやかに笑う奏に、敦盛も竜胆も首を傾げて。

 あの話を聞いた上での提案とは、いったい何を言い出すつもりなのか。

 

(つーか今すぐ俺は穴掘って埋まりたいんだけどッ!? 聞かれてたとか超ハズいんだけどォ!?)

 

 思わず竜胆の背中に隠れる敦盛、奏は竜胆を押しのけて彼の手を取り。

 

「――――恋人になりましょう早乙女君」

 

「え?」

 

「は? はぁああああああああああっ!? え、お、おまっ!? 奏っ!? お前いったい何時から~~~~っ!?」

 

「あら? 止める気なの竜胆? あんなに私を拒んで来た貴男が?」

 

「聞いてただろうがっ!? 俺はお前のっ!」

 

「俺はお前の、何?」

 

「お、おっ、おおおおっ、おおおおおおおお~~~~~~~~~~~~~~っ!?」

 

「悲しいわ竜胆、この期に及んで答えてくれないなんて…………、ねぇ早乙女君。こんな男なんて放って置いて私と恋人になりましょう?」

 

「ちょっと奏さん? 俺をだしに竜胆とイチャイチャしないてくれます? ハートブレイクするぞ?」

 

「あら、バレちゃった?」

 

「バレるも何も、一目瞭然じゃねぇか」

 

「~~~~~~っ!! だからテメェの相手は嫌なんだよっ!! いっつもいっつもからかいやがって!!」

 

「ふふっ、ごめんなさいね竜胆」

 

 奏が楽しそうなのはともかく、敦盛は彼女の真意を問いかけた。

 恋人になる、この状況で言い出したという事は言葉通りの意味ではある筈がなく。

 

「んで奏さん? 恋人って本気じゃないんだろう?」

 

「え、マジで!?」

 

「テメェは気付け竜胆?」

 

「早乙女君は話が早くて助かるわ、――――ねぇ、瑠璃ちゃんのホントウが知りたくない?」

 

「瑠璃姫の本当?」

 

「瑠璃姫さんに何かあるって?」

 

 顔を見合わせる男二人に、奏は続けた。

 

「単刀直入に言うわ、今の瑠璃ちゃんは早乙女君をキープしている様に見える」

 

「いやそれは俺が奏さんを好きだから……」

 

「なんでそんな面倒な事をするの? 本当に好きなら早乙女君はとっくに瑠璃ちゃんと恋人になってるでしょ? でもそうじゃない」

 

「待て奏、瑠璃姫さんは単に素直になれないだけじゃないのか?」

 

「ええ、そっちの可能性もあるわ。――でも、今までと同じアプローチで、その素直な本音が聞けるのかしら? 私たちは少し複雑な関係だけども、今は三人力を合わせて…………」

 

「――――瑠璃姫の本音を引き出す為に、偽装恋人になって反応を見る?」

 

「それで俺も巻き込んで提案を持ちかけて来たのか……」

 

 その行為が正しいのかどうか揺れる竜胆、敦盛といえば。

 

(やっぱ、瑠璃姫の事も避けては通れないよなぁ……)

 

 彼女の言うことは、彼も不審に思っていた事だ。

 だが、偽装恋人というのは過激な行為に感じられて。

 そんな敦盛の迷いを見抜いたのか、奏は繰り返した。

 

「もう一度言うわ、――私と偽装恋人になりましょう早乙女君。瑠璃ちゃんの本当の気持ち、知りたくない?」

 

 竜胆が見守る中、敦盛は静かに頷く。

 

「分かった、その提案に乗るぜ」

 

「俺も協力しよう」

 

「ふふっ、じゃあ明日からよろしくねっ」

 

 奏は大輪の花の様に笑う、だが敦盛の中には不安しかなかったのであった。

 

 



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第32話 彼女にはまるっとお見通し

 

 

 次の日の朝、敦盛は瑠璃姫を置いて先に出ようと早く起きた。

 今日、偽装恋人という手段を以て彼女の真意が分かる。

 そう考えると、妙に緊張してしまい。

 

「……しまった、誤字った。スマホの方に連絡入れておけば良かったか?」

 

「バカじゃないのアンタ、こんな簡単な感じ間違えるなんて。小学生からやり直して来たら? というか何で書き置きなんか?」

 

「そりゃお前、俺が――…………? る、瑠璃姫っ!? なんでテメェが起きてるんだよ!! まだ朝の六時じゃねぇか!!」

 

「あっくん? 女の子の身支度には時間がかかるのよ? これぐらいの時間には起きてるの当たり前じゃない」

 

「いつもテメーは後一時間は遅かった気がするが、そんなに時間がかかるのか?」

 

「ま、今日は特別って所ね。――だってアンタ、昨日は怪我して帰ってきたでしょ? 今も痛むなら薬ぐらい塗ってあげようかと思って」

 

 当たり前のように気遣う瑠璃姫に、敦盛は目を丸くした。

 

(気づかれてたッ!? 気持ちは嬉しいけ――いや違う、コイツが俺の怪我を気遣った? そ、そんなバカなッ)

 

 あり得ない、むしろ瑠璃姫ならば嬉々として指さし嘲笑するところではないか。

 その傷口を指で押して、敦盛の反応を楽しむぐらいは――――。

 

「……騙されねぇぞ、俺の傷に塩でも塗るつもりだろうッ!!」

 

「いやアタシはどんな鬼畜なワケっ!? 一応とはいえ、軽傷とはいえ怪我人にそんなコトしないわよっ!?」

 

「俺の知ってる瑠璃姫なら――そのおっぱいで薬を塗ってくれるサービスをしてくれる筈だッ!!」

 

「頭の病院行く? 良いところを知ってるわよクソ童貞?」

 

「分かった、妥協しよう。……胸の谷間を見せてくれながら優しく薬を塗ってくれたら信じる」

 

「――――……はぁ、バカねぇあっくん。今日だけ特別なんだからね」

 

「………………………………あん? え?」

 

 制服のブラウスの釦を外し始めた瑠璃姫、窮屈そうな胸元が解放されて黒いブラが見える。

 その勝ち気な瞳は優しく敦盛を見つめ、どうしたの? と不思議そうに首を傾げて銀の髪が揺れた。

 甘い香りが、ふわりと漂って。

 

(え、どゆことーー? ま、マジ? え、デジマ? なんでコイツあっさり聞いてくれてるんだッ!?)

 

 彼としては混乱するしかない、思考が定まる前に彼女は手際よく敦盛の制服を脱がして、良く見ると傍らには薬箱が。

 

「しっかしアンタ、何してこんな変な打ち身だらけになってんの?」

 

「…………お、男には事情ってもんがあんだよ」

 

「事情ねぇ……、ね、なーんで横向いてるワケ? あっくんのリクエスト通りに胸の谷間見えてるわよ?」

 

「きききッ、気のせいじゃないかなッ!?」

 

「声裏返っててる、何か後ろめたいコトでもあんの?」

 

「まーさかぁ!」

 

「ま、良いけどね。アンタだって偶には飴も必要でしょ、さ、ご飯にしましょアーンしてあげる」

 

「…………………………マジ、かァ」

 

 腑に落ちない物を感じながらも、ぐいぐい来る瑠璃姫に敦盛は流されて。

 それは、正に熱愛同棲中の恋人といったラブラブ行為。

 そして食べ終われば。

 

「じゃあ行きましょっか、アンタは怪我人だしね歩いて行くコトを許すっ」

 

「え、お前体力大丈夫か?」

 

「腕組むか手を繋いで、ちゃんとアタシを引っ張って行きなさいよ。疲れたらお姫様抱っこ、当たり前でしょ?」

 

「お、おう……テメェが良いなら良いけどさ」

 

 何かがおかしい、明らかに変だ、だが何をどう指摘すれば良いのだろうか。

 彼女の言うとおり、単に敦盛を気遣って、そしてさもそれは気まぐれな行いであると。

 

(――――あ、今少し口元が歪んだ)

 

 瞬間、ゾクっ、と彼の背筋に震えが走る。

 絶対に、絶対に何か企んでいる。

 だが。

 

(右腕におっぱいの感触ウウウウウウウウッ!! 誰がッ、この世にッ、この感触から逃れられるっていうんだよッ!!)

 

 加えて。

 

(これ見よがしに胸元緩めやがってッ!! あーもうこれ視線バレてるよ、ほらニマニマしてるしィ!!)

 

(おーほほほっ、あっくんなんかチョロいチョロい! ワザと隙を作ったら罠だって分かってても釘付けになるんだからホントバカよねコイツ)

 

(ぐぬぬッ、不味いぞ。これは不味い……、このままだと奏さんと竜胆が待ってる集合場所に着いちまうッ!!)

 

(気づいてないと思った? 明らかに自転車で通る道から外れてるわよね? ――――あははっ)

 

 敦盛は確信した、ヤバイ、と。

 数十分歩き、そろそろ学校近くのコンビニ。

 駐輪場のある裏門から正反対の正門へ行く道筋、そのルートは歩きでも遠回りであり。

 更に。

 

「おはよう、早乙女く…………ん? 珍しいわね瑠璃ちゃん、今日は歩いて登校?」

 

「敦盛はよーっす、――珍しいなお前が歩きだなんて」

 

「いやぁ、奇遇だな二人とも……」

 

 二人の視線が敦盛に突き刺さる、勿論言いたいことなど明白だ。

 瑠璃姫がこの場に居る、それはつまり偽装恋人計画が出だしから躓いたという事で。

 目配せを行う三人、その隙を瑠璃姫が見逃す筈がなく。

 

「おはよ奏、竜胆。それにしても奇遇ねぇ、こーんな所で出会うなんて。どしたの? アンタ達の家から反対方向じゃない」

 

「ちょっと立ち読みしたくてな」

 

「私は付き添いって訳よ」

 

「成程、――それであっくん? アンタがコンビニに来た理由は?」

 

 またも突き刺さる視線、奏と竜胆は上手く誤魔化せと。

 瑠璃姫は態とらしい笑みを浮かべ、しかしてその眼光は鋭い。

 

(どうするッ、計画ではクラスの皆の前で恋人発表をッ、――だが気づいてんだろッ、何かを買って……誤魔化せるか?)

 

(さ、どんな言い訳を聞かせてくれるのかしら? まさかアンタもコンビニに立ち読み? 買い物とか普通の答えをするワケじゃないわよねぇ?)

 

(…………やはりセクハラ、可能性を感じてコンドームを買いにッ、いやダメだ予想されている筈だッ!! ならば――――)

 

(セクハラに逃げる? それとも? ――この状況で取り得る選択肢なんて限られてるのよあっくん。このアタシがそれを予想出来ないとでも?)

 

 沈黙が流れた数秒、意を決して敦盛が口を開こうとした瞬間だった。

 彼はその首をぐいっと引かれ。

 

「――――ん」

 

「…………………………え?」

 

「瑠璃ちゃんっ!?」

 

「おまっ、敦盛!? 瑠璃姫さん!?」

 

 キス、そう瑠璃姫は敦盛と強引にキスをして。

 そうなれば彼の喉から出掛かった言葉は出ない、加えて奏と竜胆も唖然とし。

 

「ねぇ、――――バレてないと思ったの? 偽装恋人作戦って、それで何をするつもりだったの? アタシを騙そうとして、それで、何をするつもりだったのかしら?」

 

 バレていた、全て筒抜けだった。

 その事実に三人は言葉を失ったのだった。

 

 



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第33話 リテイク

 

 

 罠にはめたつもりが、全てバレて。

 その衝撃からいち早く我に返ったのは、奏であった。

 彼女は、不敵な顔で笑うと。

 

「ふっ、安心したわ。――それしかバレてないのね」

 

「あら随分と余裕じゃない、まだ何かあるワケ?」

 

「おい竜胆聞いてるか?」

 

「いや、俺も初耳だ……」

 

「男共はこう言ってるけど? 口からデマカセみたいなつまらない真似はしないわよね?」

 

「まさか、この際ですもの敢えて言うわ。――偽装恋人で瑠璃ちゃんの本音を聞き出そうだなんて、手段に過ぎないのよ!!」

 

 嫌な予感がする、そう竜胆が直感するが時は遅し。

 制止する間も無く、彼女は竜胆の腕を掴み。

 そして。

 

「え、俺も!? 奏さん何を――」

 

「――――提案するわっ!! 私たち四人で恋人になりましょう!!」

 

「………………おい奏っ!?」

 

「奏さんッ!?」

 

「ちょっと奏? 何考えてるのアンタ?」

 

 両手に花もとい両手にバカ二人、奏は大きな胸を揺らして瑠璃姫を見据えた。

 

「本当はね、瑠璃ちゃんが偽装恋人に動揺した所で提案しようと思ってたんだけど、そうはならなかったから。――良い案だと思わない? 私は竜胆が好き、そして竜胆は瑠璃ちゃんの事がまんざらじゃない。瑠璃ちゃんは早乙女君に執着してるでしょう? そして早乙女君は私の事が好き、ね、これで丸く収まって文字通り大団円よ!!」

 

「聞いてないぜ奏さん?」

 

「…………成程、目から鱗だな」

 

「竜胆? 納得してないでテメーが止めろ?」

 

「分かってくれるのね竜胆!!」

 

「――――――ああ、確かに友情も愛情も壊さないでハッピーエンドを迎えるにはコレしかないな」

 

「愛してる竜胆!!」

 

「愛してるぜ奏!!」

 

「アタシ……今何を見せられてるのかしら?」

 

「え、何この状況ッ!? 理解が追いつかないんだがッ!?」

 

 いったい奏は何故こんな事を言い出したのか、そして竜胆も何故それに乗ったのか。

 戸惑う敦盛の頬に、柔らかい感触が一度。

 

「………………へ?」

 

「ちょっと奏っ!? アンタ今何して!?」

 

「おい敦盛こっち向け」

 

「は? 竜胆強引に――――ンンンッ!?」

 

「竜胆!? なんでアンタまで敦盛にキスするのよっ!?」

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおッ!? な、なんでだテメェ!? なんで今キスしやがった!? 唇だったらブン殴ってたぞゴラァ!! 助けて瑠璃姫!!」

 

「ふっ、つれない事を言うな敦盛…………。奏がこう言い出した時、俺の心は決まった――奏を愛する様に敦盛と瑠璃姫さんを愛そう、とな!」

 

「この流れで瑠璃姫にキスしようとしたら、例え頬でも手の甲でもマジで殴るからな?」

 

「怒ってはダメよ早乙女君――いえ、敦盛君。私も瑠璃ちゃんと敦盛君も愛する覚悟は出来ているわ」

 

「何で二人ともアタシを巻き込むコト前提なワケっ!?」

 

「おい竜胆ッ!? テメェ、俺とセックス出来るのかよッ!?」

 

 どん引きする敦盛と瑠璃姫、二人は手を取り合い怯えながら距離を取り。

 逃がさないと手をワキワキさせながら奏がにじり寄り、竜胆は二人の後ろに回る。

 

(なんでこうなったッ!? つーかマジで四人で恋人になる気なのかッ!?)

 

(お、落ち着きなさいアタシ!! 惑わされるなっ! 全部ブラフに決まってるっ!!)

 

(――――…………いやでも? 案外悪く無いんじゃないか? だって瑠璃姫も奏さんも恋人で、竜胆の事も愛せるようになればワンチャン?)

 

(はぅあっ!? このバカ揺れてないっ!? もしかしなくても揺れてないっ!? こんなバカな話を信じようって言うのっ!?)

 

 ピタっと止まり考え込む敦盛の姿に、瑠璃姫はショックを隠せない。

 慌てて彼の腕にしがみつくと、大声で。

 

「おバカっ!! 昨日アンタ達は何で喧嘩してたのよっ!! 奏と竜胆を応援するって決めたんじゃないのっ!? だからアタシはアンタが傷ついてると思って朝か――――ぁ」

 

「…………瑠璃姫? お前………………?」

 

「だとよ敦盛、瑠璃姫さんはお前を心配してたみたいだぜ?」

 

「ふふっ、ですってよ早乙女君」

 

「しまったあああああああああああっ! アタシとしたコトがああああああああああ!!」

 

 頭を抱えてしゃがみ込む瑠璃姫に、敦盛は目を疑いながら。

 

「マジで俺を心配して?」

 

「…………そうよ、なんか文句あんの?」

 

「ドゥー、ユー、ラブ、ミー?」

 

「何でアタシが言わなきゃいけないの? アンタなんて大嫌いなんだからっ!! 勘違いしないでっ!!」

 

「あら残念ね早乙女君、で、どう? 形は違ったけど瑠璃ちゃんの本音は」

 

「お、俺は……ッ」

 

「男を見せろ敦盛!! 俺はお前を信じてるぜっ!!」

 

 明らかに誘導されている、けれど悪い気はしなくて。

 敦盛は真っ赤に染まった頬をぽりぽりとかきながら、瑠璃姫に右手を差し出して。

 彼女は無言で手を受け取ると、立ち上がる。

 静寂。

 朝のコンビニの前、学校の近くで生徒達が騒がしく通り過ぎているというに、何故かとても静かに。

 

(あーもう、奏さんにしてやられた……。最初から二段構えの作戦だったんだな? 偽装恋人にコイツが動揺すれば良し、四人で恋人発言に俺が動揺すれば瑠璃姫がボロを出す)

 

 敦盛が知らなかったからこそ、竜胆が即座に合わせてくれると確信している絆があったからこそ成功した奏の企て。

 

(やっぱり瑠璃姫は俺の事を……、そうだよな? だから今この場でウヤムヤにしないし逃げもしないんだよな?)

 

 つまりは脈アリ、この幼馴染みは敦盛の事が好きで。

 奏と彼女で揺れている状態が嫌で、彼女なりに決着を望んでいたのだろう。

 ――彼が、自分だけを見てくれる事を信じて。

 

「………………なんか言いなさいよ」

 

「ちょっと待て、後十秒待ってくれ」

 

「早くしなさいよ、十、九、八、七――――」

 

 カウントダウンを始めるその声は、少し震えていないだろうか。

 その唇は、笑っていないだろうか。

 

(覚悟、決めないとな)

 

 早乙女敦盛は、溝隠瑠璃姫が好きだ。

 それは福寿奏より強く、きっと距離が近すぎたから気が付かなかったのだ。

 彼は、大きく深呼吸して。

 

「――好きだ瑠璃姫、俺の恋人になってくれ」

 

「やり直し、全然心がこもってない。リテイクよリテイク、必死さが足りないわ」

 

「…………え?」

 

「…………え?」

 

 一瞬、敦盛は何を言われたか理解出来ず。

 瑠璃姫は、敦盛が何を不思議に思うのか理解出来ず。

 

「ちょ、ちょっと瑠璃ちゃん? それは幾ら何でも……」

 

「奏は黙ってて、これはアタシとあっくんの問題なんだからっ」

 

「あー、瑠璃姫さん? 何処にやり直す必要が?」

 

「竜胆はバカなの? だってあっくんはアタシと恋人になりたいんでしょ? ご主人様とペットのルールを破って、幼馴染みっていう関係を越えて、恋人になりたいんでしょ? ――なら、もっと必死になって告白するべきじゃないの?」

 

 さも当然の様に述べる彼女に、敦盛はあんぐりと大口を開けた後。

 気づかずに握っていた拳を、わなわなと震わせて。

 

「リテイクって何なんだアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 思わず、膝から崩れ落ちたのであった。

 

 



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第34話 砂漠の雪

 

 

 通りがかったクラスメイト達が一人二人と増え、奏と竜胆と共に遠巻きに見守る中。

 敦盛は地団駄を践んで、瑠璃姫に叫ぶ。

 

「マジでッ!! リテイクってなんだリテイクってッ!! 俺はテメーが好きッ! ならお前が答える番じゃねぇのかよッ!?」

 

「は? なにアンタ舐めたコト言ってるワケ? この世界一の天才でスタイル抜群のアルビノ美少女の恋人になりたいワケでしょ? それなりに出すモンがあるでしょーが」

 

「出すモンって何だよッ!? 告白にそんなモンあるとか聞いたことねぇよッ!!」

 

「余所は余所、アタシ達はアタシ達よ。――ほら、出せるものがあるでしょうが。とっとと差し出しなさい」

 

「テメェは恋人関係になるのに金でも要求すんのか!?」

 

「え、あっくんサイテー……。まさか愛をお金で買おうとしてるワケ?」

 

「誰も言ってねぇよバカ!! 要求してるのはソッチだろうがッ!!」

 

 一説には告白とは、勝利確定の確認作業だという。

 確かに当てはまるかもしれない、だって瑠璃姫はリテイクと言った。

 そう――、敦盛の告白を拒絶した訳では無いのだ。

 

(ぐぬぬッ、何だよマジで何が足りないって言うんだよッ!! 素直にテメーも好きって言えば良いだろうがッ!!)

 

(うぷぷぷっ、混乱してる困ってるっ、良い顔してるわあっくん!! ……でも足りない、足りないわ。もっともっと、もっともっともっとっ!!)

 

(金じゃねぇ……俺のゲーム、マンガいや違うな物じゃなくて、――――態度、か? だが目的は何だ? 何で焦ら…………あ、もしかして恋人になった後でマウントを取る為にッ!?)

 

(ねぇあっくん……、嬉しいわ。こんなシチュエーションで達成出来るとは予想してなかったけど。アタシは今、とっても嬉しいの)

 

 ニマニマと意地の悪い笑み、でも彼女の目は期待に満ちて。

 一方で敦盛は静かに彼女を見据える、顔を真っ赤にして何か覚悟を決めたような表情で。

 ――通りすがった担任の脇部英雄も、二人を囲む輪に加わって息を飲んで事態を見守る。

 

「…………差し出せって言ったな」

 

「そうね」

 

「金じゃねぇよな、今の俺の金の出所は全部テメェだ。今更取り上げた所で意味ねぇし、そもそも恋人になるには金は必要じゃない」

 

「あら、でも恋人にならないって契約でアンタはアタシのペットになった。――破ったら借金倍額だったわよね?」

 

「闇金に金を借りて全額返す」

 

「へぇ、内蔵の一つや二つや足りない額よ? マグロ漁船に乗せられてアタシと明日から会えなくなるかもよ? それでも恋人になりたいの?」

 

「そうだ、瑠璃姫に会えなくなるのは辛い。でもお前と恋人になれないのは、俺の気持ちが届かないのはもっと辛いから」

 

「…………それで?」

 

 問いかける瑠璃姫の前に進み、敦盛は跪いてその手を取る。

 覚悟、そう覚悟だ。

 足りなかったのは、何が何でも彼女と恋人になりたいという覚悟。

 それから、もう一つ。

 

「俺は瑠璃姫、お前より頭が悪い」

 

「知ってる」

 

「金も持ってない、たった一つの取り柄の料理でもさ、お前が本気になれば俺の出番なんて無い」

 

「でしょうね、自分で言うのも何だけどアタシは万能の天才だもの」

 

「だから、――俺がお前に差し出せる物なんで一つしかないんだ」

 

「…………聞かせて、あっくん」

 

 敦盛は瑠璃姫の手を両手で包み、救世主に救いを求める哀れな人間の様に懇願した。

 

「好きだッ、愛してる瑠璃姫ッ!! 俺がお前に差し出せる物なんて気持ち一つしかないッ!! 俺の心の全てを瑠璃姫差し出すッ! だからッ、だから俺の恋人になって、俺を愛してくれ瑠璃姫ッ!!」

 

「あっくん……」

 

「お願いだ、お願いだ瑠璃姫……。俺はきっとお前が隣に居ないと生きていけないッ、この先もお前と一緒に居て、お前を愛し、愛されたいんだッ!! 今の俺には気持ちしかない、でもどうか、どうか瑠璃姫……」

 

 みっともなく縋りつく敦盛に、瑠璃姫は心が満たされる思いであった。

 なお、周囲はどん引きであった。

 恋愛完全勝利、それを彼女は引き出したかったのかと納得すると共に。

 その手腕に恐れおののく、ここまで言わせるのか、と。

 

「(な、なぁ奏? お前はこんな事を言わないよな?)」

 

「(憧れるって言ったら?)」

 

「(…………せめて二人きりの時にしてくれ、頼むからマジで)」

 

「(冗談よ、でもちょっと期待してるわ竜胆)」

 

 己もこんな風に恋い焦がれる台詞を言われるのだろうか、と想像して笑みをこぼす奏であったが。

 ともあれ目の前の親友に対しては、奇妙な共感を覚えていた。

 

(人のことを言えた義理じゃないけれど……瑠璃ちゃんも結構、乙女チックだったのね。多分コレは)

 

 裏返し、そう奏は受け取った。

 きっと彼女は、彼が今聞かせた様な台詞をずっと望んでいたのだ。

 多分、彼女自身がそう想っていたから。

 

(幸せになってね、瑠璃ちゃん)

 

 彼女の目に浮かぶ熱情が、恋のソレとは少し違うような気もしたが。

 でも、恋する乙女にしか見えなくて。

 ――その時だった、最後の審判を待つ様に黙り込む敦盛に優しい声が響く。

 

「あっくんはホントに愚かなね」

 

「瑠璃姫……?」

 

「そこは、愛してるってだけ世界中に聞こえる様に叫んでいれば良いのよ」

 

「俺を、愛してくれるのか?」

 

「さ、立って」

 

 言われるがままに立つ、その手は離さずに。

 受け入れてくれるのか、好きだと言ってくれるのか、愛してくれるのか。

 敦盛の緊張が高まる中、瑠璃姫はつま先立ちになり。

 

「――――んっ、これがアタシ答えよ」

 

「そ、それじゃあッ!? 良いのかッ! マジでッ!? 言ってくれ言葉にしてくれよ瑠璃姫ッ!!」

 

「だーめっ、……授業が終わって、家で二人っきりになったら……ね?」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! よっしゃああああああああああああああああああッ!!」

 

「きゃっ!? あっくんっ!? 止めて、止めろってば目が回るっ!?」

 

「俺は世界一の幸せ者だアアアアアアアアアアア!!」

 

 唇にキス、そして彼女は蠱惑的に微笑んで。

 思わず敦盛は、瑠璃姫を腰から持ち上げてクルクル回る。

 

「おめでとう!!」「けっ幸せになれよ敦盛!」「おめでとう溝隠さん早乙女くん!!」「おいトトカルチョどうなった?」「よっしゃオレ敦盛と瑠璃姫さんに賭けてたんだ!!」

 

「おめでとう敦盛、瑠璃姫さんを不幸にするんじゃねーぞ」

 

「勿論だぜひゃっはーーーーッ!!」

 

「ちょっと見てないで止めなさいよっ!? 目が回るったら!?」

 

「ふふっ、私からのアドバイスよ瑠璃ちゃん。男の子って暴走するから避妊は忘れずにね?」

 

「アドバイスする前にマジで止めなさいよっ!? このっ、このっ!! アタシのゲロ貰いたいのバカっ!!」

 

「おっと、スマンスマン。つい嬉しくてな」

 

「はぁ……この先が思いやられるわね」

 

 祝福ムードの中、見守っていた一人。

 担任の脇部英雄が手を叩く。

 

「はい、カップル成立はめでたい所だけどさ。――もうすぐ校門閉まるよ皆?」

 

「…………しまった!? 急ぐぞ瑠璃姫!!」

 

「うぇっぷ、目が回って動けない……」

 

「うーん、じゃあ敦盛君。お姫様抱っこで教室まで運んでね。恋人としての初めての共同作業って事で」

 

「はい脇部先生っ!!」

 

「――――竜胆?」

 

「まだやらんぞ」

 

「じゃあ全員駆け足っ! でも交通ルールは守るコト!! ……………………ちょっと気になるなぁ、暫く様子を見た方が良いかもしれないね」

 

 そして全員が駆け出し、チャイムギリギリで全員んが滑り込みセーフ。

 彼らは二人の告白成功をその場に居なかった者達に語り、結局その日はずっと浮ついていたのであった。

 

 



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第35話 成就

 

 

 待ちに待った放課後だ。

 早速帰宅しようとした敦盛であったが、肝心の瑠璃姫はホームルームが終わるとすぐに教卓に向かい。

 しかして、すぐに戻ってくる。

 

「もう良いのか? 脇部先生に何か用だったのか?」

 

「あらもう嫉妬? 束縛が強い彼氏は嫌われるわよ」

 

「ち、違ッ! 俺は――」

 

「ふふっ、冗談よ。ちょっと一週間ぐらい休もうと思って」

 

「………………え、何か予定があるのか? 俺も着いていって良いか?」

 

「バカ、アンタも一緒に一週間休むのよ。――ま、望むならそれ以上かもとも言っておいたけどね」

 

「――――ッ!? よし帰ろう今すぐ帰ろうッ!!」

 

 なんて出来たカノジョなんだろうか、男の欲望をストレートに叶えてくれるなんて、なんて素敵なカノジョなのだろう。

 敦盛は竜胆や奏、円の苦笑した顔にも気づかすに浮かれて別れ挨拶。

 瑠璃姫の手を大事そうに繋ぎ、歩き出す。

 

「くっ、ごめんよ敦盛! オレが不甲斐ないばっかりに女狐に籠絡されちゃって……!!」

 

「いや円? お前的には気にくわないのは理解するが、今日ぐらいは取り繕え?」

 

「良いじゃない、瑠璃ちゃんと早乙女くんが教室が出るまで保ったんだから」

 

「っていうか竜胆、オレとしては昨日あった事をもっと詳細に聞きたいんだけど? ちょっと帰りに付き合えよ」

 

「メンド臭いなテメェ、まぁいいか奏と一緒でも?」

 

「ならオレは火澄ちゃんを呼ぶよ、――いつかダブルデートとかトリプルデートとか出来ると良いなぁ」

 

「樹野君は本当に早乙女君の事が好きねぇ、でもデートの話は興味があるわ。折角だしそれも話し合いましょう」

 

「…………俺とテメェはまだ付き合って無いんだけなぁ」

 

 親友達も幸せな未来を考えながら、教室から出て。

 一方で帰途を急ぐ敦盛は無言、それを瑠璃姫は横目で忍び笑い。

 

(こ、これから一週間ッ!! アレだよな、とうとう俺も大人の階段を昇る時が来たんだよなッ!!)

 

 来るのか、来てしまうのか初めてのコンドームが。

 以前、思わず買ってしまったが使う機会など無く。

 以降、机の引き出し奥にしまわれていたコンドームを使う事になる、否、使う時が来たのだ。

 

(緊張して、来たッ!! くそッ、もっとAVとかハウツー本で勉強しときゃ良かったッ!!)

 

 とてもぶっちゃけた話ではあるが、敦盛の夜のオカズは日常の中にあった。

 故に、積極的にその手の本や動画を探し求める事は無く。

 また、パソコンやスマホで調べるのも鬼門。

 

(ふっ、今まではコイツが何処で見てるかってひやひやしてたが。――これからは違う。この際だから電子書籍で探して…………あッ)

 

 気づく、何かを買うという事は金銭を消費するという事。

 金銭とは即ち、借金問題。

 二人の関係としては、避けては通れなくて。

 

(言うか? 話し合わなきゃいけないよな絶対。けど今? 家に帰ってから? 明日でも…………いや、そんな甘えた考えじゃダメだろ)

 

 雰囲気を壊してしまうが、もしかすると、もしかしなくても童貞卒業は遠のくかもしれないが。

 恋人になった、今の状態が恵まれているのだ。

 こんな自分を見捨てずに、恋人になってくれたのだ。

 彼が、大きなため息を吐き出した瞬間であった。

 

「そうだあっくん、借金なら今まで通りで良いわよ」

 

「瑠璃姫?」

 

「何よその顔。アタシだって鬼じゃないわ、アンタと離れたくないし、そもそもアタシが同意して今の状態にあるんだから。――取りあえずは出世払いって事にしてあげるわ」

 

「…………スマン、恩に着る。お前はつくづく良い女だよな瑠璃姫」

 

「誉めるなら行動でしめしてね、あっくん。……期待してるって言ったら喜ぶかしら?」

 

「任せてくれッ!! この借金は必ず返す、そしてお前も満足させて見せるッ!! 夜の性活もだッ!!」

 

「…………前言撤回、期待せずに待っておくわ」

 

「しまったッ!? つい口が滑ったッ!? リテイク、リテイクさせてくれッ!!」

 

「だーめっ、リテイクはあの時だけよ。――さ、家に着いたけど、どうするのあっくん?」

 

 妖艶に唇を舐める瑠璃姫、つまりはそういう事で敦盛は激しく首を縦に振る。

 気が変わらない内にと、玄関の扉を開く彼は速攻で靴を脱ぐが。

 

「あん? どうした瑠璃姫?」

 

「んー、そうねぇ……、せっかくだし脱がせてくれないかしら?」

 

「ッ!? わ、わかったッ!!」

 

 靴を脱がずニマニマと笑う瑠璃姫、敦盛はごくりと唾を飲むと扉の鍵を施錠し。

 そして、彼女の足下に跪く。

 

(うわ……なんかスッゲー興奮するんだけどッ!?)

 

 先ずは右足から、黒いストッキングに包まれた脹ら脛に頬ずりしたくなる衝動を押さえて、優しく脱がす。

 すると、どうだろうか。

 ただの爪先であるのに、妙に艶めかしく見えてしまう。

 

「どうしたのあっくん? まだ左足が残ってるわ」

 

「あ、ああ……」

 

 もう一度ごくりと唾を飲み、左足の靴を脱がす。

 すると今度は。

 

「じゃあ手洗いうがいね」

 

「…………パードゥン?」

 

「買ってきたら手洗いうがいでしょ? もしかして……何か変なこと想像した? まったく変態ねぇあっくんは」

 

「俺を弄んで楽しいかテメェッ!?」

 

「ええとってもっ! さ、行きましょ。今日は特別にあっくんに手洗いうがいを手伝わせてあげる」

 

「オッケー、今すぐ洗面所だッ!!」

 

 完全に弄ばれている、彼女のその美しい肢体を餌に。

 彼の好意に付け込まれて、小悪魔と称するに正しく弄ばれている。

 でもそれは益々、敦盛の興奮を誘って。

 ――――そして。

 

「きゃっ、もう……あっくんってば乱暴なんだから」

 

「テメェが煽るからだろうがッ!! 男を煽った責任取ってくれるんだろうなッ!!」

 

「あら、優しく愛してくれないの? アタシとしては制服を破かない様に脱がせて欲しいのだけれど」

 

「くそったれッ!! 天国に行かせてやるからなッ!!」

 

 敦盛の自室のベッドに、瑠璃姫は押し倒された。

 興奮の為に手元が覚束ず、荒い吐息と共にゆっくりと彼女の制服が開かれていった。

 

(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、――――あっくんあっくんあっくんあっくん。どんなにこの時が待ち遠しかったか、嬉しい、嬉しいわあっくん……)

 

 窓から差し込む夕日、電灯を点ける事すら忘れて敦盛は瑠璃姫を求める。

 それを、彼女は精神的な悦楽と共に受け入れる。

 ――唇を求められれば、差し出した。

 ――胸を求められれば、突き出した。

 ――指を求められて。

 ――臀部を引き寄せられる。

 ――唇の痕が、胸元に背中に、花びらの様に散らばっていく。

 

「世界一綺麗だ、愛してる瑠璃姫……」

 

「もっと、もっと、ね? あっくん――――」

 

 熱情に浮かされて敦盛はアルビノの美少女を、大切な幼馴染みを貪る。

 銀髪が揺れる、白い肌が揺れる、赤い瞳が敦盛を捕らえて離さない。

 日が落ちて、闇色に染まった中で、寝食を忘れて没頭する。

 深い、深い海の中に溺れていく様に、彼女が受け入れるままに。

 やがて、敦盛は彼女の魅力的な胸に包まれる様に倒れて。

 

「あっくん、寝ちゃった? …………そう、寝ちゃったのね。お休みあっくん、――――あはっ」

 

(なんで、そんな風に笑って…………)

 

 意識が途切れる瞬間、何か彼女の様子が変わった様な気がした。

 そして、目が覚めると。

 

「…………………………うん? あ? ッ!? はァッ!? こ、これどうなってんだよッ!? つかここ何処だよッ!?」

 

 気づけば敦盛は椅子に手足を拘束された状態で座り、唯一自由になる首で必死になって見渡せば。

 部屋全てが白一色、ご丁寧に扉のドアノブまで。

 

「そうだ瑠璃姫ッ!? おい瑠璃姫ッ!? 無事なのかッ!? いやもしかしてアイツも――」

 

「――起きたのねあっくん、おはよう。て言っても、もう夜だけど」

 

「…………はぁ。おいテメェ、これはいったい何のつもりだ? ちょっとプレイにしては特殊過ぎないか? いや、こういうのが好きってなら受け入れるが――いやその前に外してくれ、トイレに行きたい」

 

「嫌よ」

 

「ちょっと瑠璃姫? 漏らしても良いのか?」

 

「いいわよ別に、というか慣れなさいよあっくん。…………だって、あっくんはこれから一生をこの部屋で過ごすんだから」

 

「………………は?」

 

 さも当然の様に言う瑠璃姫は、いつもの何も変わらない様に見えた。

 見慣れたゴスロリ、いつものニマニマとした笑顔。

 ――でも何処か、不穏な空気を纏っていて。

 危機感を覚えた敦盛が問いかける前に、彼女は実に愉しそうに告げる。

 

 

「本当のコトを教えてあげるわ、あっくん……アタシはね。ずっと、ずっと――――アンタのコトが大嫌いで憎かったの」

 

 

 その表情は恋する乙女と対極、憎悪の炎を瞳に宿し。

 その声色は深い怒りを孕み、敦盛に突き刺さる。

 何をバカな、そう言いたいのに否定できない迫力が彼女にはあったのであった。

 

 



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第36話 真実

 

 

「は、ははッ、…………下手なジョークだな瑠璃姫。全然、笑えないぜ」

 

「……」

 

「ほら、自由にしてくれよ。それともこういうプレイが好みか? なら付き合うけどよ……」

 

「……」

 

「…………なぁ、何か言ってくれ、言ってくれよ瑠璃姫」

 

「……」

 

「何か言えよッ!!」

 

 だが瑠璃姫は静かに佇み、暗い瞳で微笑むばかり。

 嘘だと信じたかった。

 だが演技だとしても、あまりに迫真の演技で。

 

(いいやッ、これはたちの悪いジョークだ! 俺を驚かせて遊んでマウント取ろうとしてるだけだッ!)

 

 昨夜は心も体も繋がりあって、幸せに、幸せな生活が始まる筈だったのだ。

 なのに何故、こんな事になっているのだろうか。

 

(冗談キツ過ぎるぜ、――俺が降参すれば満足する、そうだろう?)

 

 震えたため息を一つ、強ばった顔で敦盛は彼女に笑いかけた。

 

「分かった、分かったぜ。俺の負けだ、惚れた弱みってやつか? 今後主導権はお前が握って良い」

 

「――アンタの悪い癖よ、現実を直視しないで都合の良い解釈するの」

 

「ッ!?」

 

「奏の時もそうだったじゃない、最初からあっくんに振り向かない事なんて分かってて好きになった。それだけなら良いけど、竜胆の事は都合良く無視して好きで居続けた。――ま、今更遅いけどね。だったアンタはこれから一生をここで暮らすんだから」

 

「ふざけんなッ!! 冗談はやめろって言ってんだよッ!! とっとと自由にしろ! 今なら怒らないからよッ!!」

 

「――――黙れ」

 

 瞬間、ぱぁん、と乾いた音が響いた。

 カッ、と熱く。じんじん、と痛む感触。

 頬を叩かれた。

 

(な、なんで――――ッ!?)

 

 痛みより、叩かれたという事実に敦盛は強い衝撃を受けた。

 これまで彼女より暴力を食らった事は数知れない、だがそれはじゃれ合いの延長線上。

 必ず直前にセクハラや、手酷い挑発の対価であった。

 

 だから、敦盛に非が無き状態で殴られるのは初めてであり。

 否応が無く、彼女が本気である事を悟ってしまう。

 ――溝隠瑠璃姫は、早乙女敦盛の事を憎悪している。

 

「な「なんで、かしら?」

 

「……どうして」

 

「アタシが告白を受け入れたって? それともセックスした事かしら?」

 

「……」

 

「ああ、やっぱり両方ね」

 

「こんな事して、何になる。それに遅かれ早かれ誰かが気が付くぞ」

 

 そう、ヒト一人がいきなり居なくなるなんて問題しかない。

 敦盛は高校生で、心配してくれる友人達やクラスメイト、教師も居る。

 それにもし長期間に渡ったとして、彼の父は、彼女の父が必ず不審に考える筈だ。

 だが、瑠璃姫はとても愉しそうに。

 

「バカねあっくん、もう忘れちゃったの? アタシは脇部先生に昨日なんて言ったのかしら?」

 

「――ッ!? い、一週間休むって!? だが一週間以上経過したら絶対にアイツ等だってッ」

 

「アタシがそんなコトを予想してないと思う? ぷぷぷっ、ここが何処だかも分からないのに?」

 

「嘘だろッ!? ここはお前の家の部屋のどれかじゃねぇのかよッ!?」

 

「さぁ、どうでしょうねぇ……あはっ、あははははっ!!」

 

「ふざけんなバカ野郎ッ!! こんな事してオジさんが悲しむとは思わないのかッ!! それに俺の親父ならッ、あんなクソ親父だけど俺の事を絶対に探し出すッ!!」

 

 すると彼女は、くつくつ、と歯を見せて嗤う。

 

「何がおかしいッ!」

 

「だからあっくんはバカなのよ、――これはね、何年も前から準備して計画してたコトなの」

 

「――…………は?」

 

「良いことを教えてあげる、――アンタの借金、一億円の借金なんて最初から何処にも存在しないわ」

 

 絶句する敦盛の前で、瑠璃姫は次々に真実を暴露していく。

 

「オジさんと父さんは、今頃は豪華客船の上で世界一周を楽しんでるわよ。……あっくんがこーんなコトになってるなんて知らずにね」

 

 続けて。

 

「あの二人を騙すのは簡単だったわ、幼馴染みという関係から恋人になる為に二人っきりの時間が欲しいって言ったらすぐに信じちゃって、――ああ、騙すってう表現は間違いだったわね。だって……あっくんの次の誕生日にはアタシと結婚してるもの」

 

 それは、彼女は一生敦盛を監禁すると言っているのと同義。

 血の気が引き青白くなった彼の顔を、瑠璃姫は嗤いながら愉しそうに撫でる。

 ――何か言わなくては。

 衝動的に敦盛は言葉を探すが、何を言って、何を質問すれば良いかすら判断出来ない。

 

「恐怖で震えてるのね? 可哀想なあっくん……くすくすくす、でも安心して? 死んだ母さんに、オバさんに誓って必ずアンタ以外は不幸にしないって誓うから」

 

「…………なんで、俺の告白を受け入れたんだ」

 

「その顔を見たかったから、幸せの絶頂で突き落とされる今の顔をね、アタシはずっと見たかったのあっくん。――嗚呼、嗚呼、嗚呼、今、アタシはとっても幸せ……」

 

 彼女は殊更に綺麗な笑みを浮かべると、敦盛の頬を両手で柔らかに挟み。

 興奮しきって開ききった瞳孔で、熱く、熱く見つめる。

 

「ねぇ、ねぇねぇねぇっ、気づかなかった? アタシは一度もアンタのコトを異性として好きだってっ、愛してるって、――告白の返事、ちゃんと言葉にしてないって気づいてたッ!! あはっ、あはははっ、気づいてないでしょうっ!!」

 

 瑠璃姫は激情に駆られたまま、敦盛の顔と己の顔を密着寸前の状態で叫ぶ。

 

「愉しかったわアンタに好きなフリするのっ!! ね、アンタも嬉しかったでしょう? アタシとセックス出来て、告白したその夜にセックスなんてエロ漫画みたいな展開を経験した気持ちはどう? 天にも昇る気持ちだったでしょう? ――――全部、全部、そう全部ウソだったのあっくん!!」

 

 彼女の熱い吐息が怖い、爛々と輝く彼女の赤い瞳が怖い。

 でもいつの間にか瞼を押さえられ、目を瞑れない。

 手を封じられているから、耳を塞ぐ事も出来ずに。

 

「苦労したのあっくんっ!! アタシがアンタに執着するみたいに、アンタをアタシに夢中にさせるのっ!! 満たされてる、アタシ今とっても満たされてるっ」

 

「お、俺の気持ちもッ……お前の誘導だったのか?」

 

 否定して欲しい、だが瑠璃姫は耳元で優しく囁く。

 熱い吐息が、耳にかかる。

 

「勿論 よ ――だって だって不公平でしょう? アタシが こーんなに アンタを想ってるのに アンタは アタシと 奏を 天秤にかけてるんだもの」

 

「俺の気持ちを、お前だけに向けさせる為に。奏さんとの仲を応援したのか?」

 

 返答は無かった、代わりに頬へ唇が当たって。

 彼女は穏やかに微笑み、体を離す。

 

「セックスまでして、アタシの処女を奪って、――あっくんはもうアタシから離れられない。全部バラされても見捨てられずに好きなまま……そうでしょっ」

 

「ぁ――――」

 

 絶望の二文字が過ぎった、確かにそうだ。

 こんな事を言われても、敦盛の心はもう瑠璃姫で占められ固まってしまっている。

 手遅れなぐらい、愛おしさを感じてしまっていた。

 それは、今更冷めたりしない。

 

(どうして、こんな事に……)

 

 がくり、と項垂れた敦盛に彼女は懐かしそうに語り出す。

 

「――――出会ったその日から、アタシはアンタの事が嫌いだったの」

 

 まるで歌う様に。

 

「あの日、アタシ達はゲームで遊んだわね? 初めて遊ぶゲームだったけど、何十時間も遊ぶアンタに圧勝してた、……途中までは」

 

 よく、覚えている。

 それは敦盛にとって、大切な思い出だからだ。

 

「あの時アンタはアタシをくすぐって、その隙に勝利した。――ええ、子供らしい卑怯な手よね」

 

 でも、という彼女の言葉が重く響く。

 

「…………アタシは絶望した」

 

 感情の抜け落ちた顔で、瑠璃姫は続ける。

 

「才能も何もかも下のアンタに負けて、アタシは悟ったの。――アンタみたいな卑怯な人間に、アタシは絶対に勝てないって。どんなに才能があっても、人間の行動の全てを予測しコントロール出来ないし、ましてや盤外から攻められたら食い物にされるだけ」

 

 知らなかった、なんて口に出せる訳が無かった。

 記憶にある彼女はいつも楽しそうで、敦盛と勝負するのを楽しんでいるのだと、それが彼女のコミュニケーションなんだと想っていた。

 

「アタシは折れてしまったの、……昨日まで折れ続けてた。でも、今は違うっ!!」

 

「瑠璃姫……ッ」

 

「アタシはアンタを乗り越えたっ!! あはははっ、あはっ、あははははははははっ! とうとうっ、アタシは勝ったっ! ――――これからアタシの復讐が始まるのっ!!」

 

 そして。

 

「幸せにしてあげるわあっくんっ!! 幸せに、幸せにっ、真綿で首を締めるみたいに幸せな生き地獄に堕としてあげるっ!! 心の底からアタシに服従して、アタシが居ないと生きていけない体にしてあげるわっ!!」

 

「瑠璃姫ッ、瑠璃姫エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

 

 狂った様に、否、彼女は既に狂っていたのだろう。

 愉しそうに嗤う瑠璃姫を前に、敦盛は名前を呼ぶことしか出来ない。

 甘酸っぱい同棲生活ではなく、地獄の監禁生活が今始まったのであった。 

 

 




※ここから十話ぐらい愉しい地獄、もとい楽しい同棲生活に付き合ってもらいます。


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第37話 排泄

 

 

 あれから何日、否、何時間経過したであろうか。

 敦盛が何時間と断定したのには理由がある。

 一つは、空腹ではあるが倒れる様な飢餓状態ではない事。

 一つは、トイレに行きたいがまだ我慢が効いている事である。

 これが何を意味しているか、それは。

 

(しょんべんしてぇええええええええええええッ!!)

 

 俗に言うピンチ、それも大ピンチである。

 部屋は暖かではあるが、昨夜から水分補給もトイレにも食事もしていない。

 単に腹が減っているだけなら数日までなら大丈夫だろう、多分。

 だが――トイレだけは、トイレだけには耐えられないのが人類という生物の宿業だ。

 

(…………いや待て、水分補給が無いないならかなりヤバいのでは?)

 

 その事実に気づくと敦盛は、サッ、と青ざめる。

 まさか殺す気なのか、なにせ瑠璃姫は敦盛を憎んでいる。

  

「真綿で首を締めるみたいに……殺すのか? 俺を? このまましょんべん漏らしたまま殺すっていうのかよッ!?」

 

 その時だった、ガチャリとドアが開き。

 瑠璃姫が、ワイシャツ一枚で歩いてくる。

 

「――バカね、そんな事する訳ないでしょ」

 

「瑠璃姫ッ!! いや瑠璃姫様ッ!! どうかおトイレに行かせてくれッ! もう漏れそうなんだッ!!」

 

「相変わらず適応早いわね……、はい、当てててあげるからコレにしなさい」

 

「…………え、マジ?」

 

「マジもマジ、大マジよ」

 

 敦盛は愕然とした、彼女が手に持つのは空のペットボトル。

 せめて屎尿便とか、それ以前に。

 

「トイレぐらい一人でさせろよッ!?」

 

「嫌よ、アンタ逃げ出すでしょ絶対」

 

「逃げないから、せめてさァ……」

 

「そうそう言っておくけど、今日からアタシの水分はアンタのおしっこで取る事にしたから。さ、アタシが干からびる前に出しなさい」

 

「…………はい?」

 

 耳を疑った、だが彼女は当然の様に彼の逸物をペットボトルの口に誘導して。

 

「待て待て待て待て待てッ!? 何処からツッコめば良いんだッ!?」

 

「何が疑問なワケ?」

 

「何で俺のしょんべんがお前の飲み水になるんだよッ!!」

 

「大丈夫よ、ちゃんと濾過するから」

 

「そもそもお前は俺が憎いんじゃないのか? 何で憎い相手のしょんべん飲むんだよッ!?」

 

「憎いからに決まってるじゃない、だってアンタはアタシが傷ついたり汚れるのがイヤでしょ?」

 

「――――は?」

 

「アタシはアンタを傷つけない、……アンタがアタシを汚して、傷つけるの。――ねぇ、どんな気持ち? 愛する人に憎悪されて、愛する人が自分の汚物を喜んで受け入れるのは」

 

「性癖歪みそうだよバカ野郎ッ!?」

 

「あら、それで良いのよ。アタシはアンタの心を徹底的に責め尽くすんだから。どんどん歪んでいって頂戴」

 

 その言葉に、敦盛は愕然とするしかなかった。

 憎まれている、その言葉の意味が心に浸食して。

 

「ど……ッ」

 

 どうしてそこまで、だがそれは愚問だ。

 理由なら、既に語られている。

 ――――酷く、喉が、乾く。

 

「そうだ水分補給がまだだったわね、おしっこ出さないなら先に水分を取らなきゃ」

 

「…………水を、くれるのか?」

 

 尿意と、精神的ショック、そして喉の渇き。

 それらが、敦盛から冷静な思考を奪う。

 瑠璃姫はそんな彼に嗤いかけると、カッターナイフを取り出して。

 

「選択肢をあげる、……おしっこを素直に出さないなら、今後あっくんの水分はアタシの血よ。その場合、数日に一回少しだけってなるけど、まぁお粥とかだしてあげるし我慢してね?」

 

「今の何処に選択肢があったんだよッ!? 実質一つじゃねぇかッ!!」

 

「流石はあっくんね、じゃあ上を向きなさい。新鮮な血をあげるから」

 

「しょんべん出すからッ!! これからはお前の為にしょんべん出すから頼むからさッ!! ついでに水もくださいマジで!!」

 

 ぜーはーぜーはー、荒い息と共に言い切った敦盛の目の前で。

 瑠璃姫はニマと嗤うと、おもむろに手首へカッターの刃を。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「冗談よ」

 

「マジで止めろよッ!? 俺の心が壊れるだろうがッ!!」

 

「壊れたら喜んで介護してあげるわ」

 

「んもおおおおおおおおおおおッ!! おうち帰るうううううううううううううッ!!」

 

「残念、今のアンタの家はこの部屋のみよ」

 

「いやマジで帰せ?」

 

「帰すと思う?」

 

「だよな……はははッ、ははははは…………だよなァ……」

 

 力なく笑う敦盛に、瑠璃姫はペットボトルを差し出してニッコリと。

 

「さ、しなさい」

 

「…………うう、畜生ッ、やるしかないの――――ッ!?」

 

 その時であった、ギュルルル、と彼の腹部から音が。

 

(こ、これはッ!? まさかッ!?)

 

 空腹の音ではない、脂汗がダラダラと流れる様な感覚。

 痛む腹。

 つまり。

 

「言い忘れてたけど、アンタが寝てる間に下剤飲ませておいたから。――もうちょっと早いと思ってたんだけど、合わない薬だったのかしら?」

 

「何やってんだテメェエエエエエエエエエエエエエ!?」

 

「そうだ、今晩はカレー作ってあげる」

 

「なんで今言ったッ!? なんで今言ったんだッ!?」

 

「まぁ、安心して漏らしなさいな。文字通りお尻を拭いてあげるから」

 

「安心する要素が一つもねぇッ!? ――ぐッ、お、大声出したら…………ッ!?」

 

 窮地、尊厳の危機を前に悩む敦盛。

 瑠璃姫は彼の後ろに回り込むと、背面にあるスイッチを押して。

 するとなんと言うことだろうか、椅子は変形して彼は四つん這いの格好に。

 

「流石のアタシも、あっくんのウンコを再利用する方法を思いつかなかったから。これからは子犬様のトイレセットにウンコしてね。くれぐれも同時におしっこしたらイヤよ、そんなの飲みたくないから」

 

「そういう問題じゃねェえええええええええええええッ!!」

 

 するべきか、我慢すべきか。

 仮に我慢した所で解決するのか、そもそも我慢できるのか。

 決断の時は、すぐそこまで来ていたのであった。

 

 



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第38話 はぴねす

 

 

 じょろろ、という音が白い部屋に響いた。

 そう、敦盛は屈して恥辱の真っ最中。

 他人に尻を拭かれたのは、恐らく幼児の頃以来ではないだろうか。

 全ての用を足し終わった後、椅子は元に戻り。

 

「んぐ、んぐ、んぐ……ぷはぁ、生きてるって素晴らしいなァ……」

 

「へぇ、赤ちゃんみたいに下の世話されて生の実感を得られるってあっくんはとんでもない変態さんね」

 

「ちょっとは現実逃避させろ?」

 

「え? アンタは現実逃避の時もアタシを想っていなきゃいけないでしょ。何言ってるのよ」

 

「真顔で言うなよッ!? ――……はぁ、少し聞いて良いか?」

 

 目が覚めて以降、ずっと考えていた事があるのだ。

 彼女の全てがウソであったのか、ほんの少しでも……ホントウはあったのだろうか、と。

 

「俺はさ、お前と一緒に暮らすの楽しかったんだ。無意識でずっと隣に居るんだって思ってて、それは瑠璃姫も同じだって。なぁ、俺と居るのはそんなに苦痛だったのか?」

 

「…………そうね、どう答えたものかしら」

 

「お願いだ、どんな答えでも受け入れる。だから――もう嘘は言わないでくれ、肝心な事だけ言わずに誤魔化さないでくれッ」

 

 絞り出すような声、震えて項垂れる。

 彼の消耗した姿に、彼女は喜悦の混じった優しい眼差しを投げかけて。

 

「全てが苦痛だった、とは言わないわ。……だってアンタへの復讐を練っていたのだもの。敗北はアタシがの勝利に近づくピース。――でもね、アンタに負けた日はいつも憎悪で眠れなかった」

 

「そう、か……」

 

「でも同時に……楽しかった」

 

「瑠璃姫?」

 

「アンタはね、恋愛が絡まない幼馴染みとしては一緒に居て楽しかったわ。ご飯は美味しいし、何だかんだで心地よい環境を提供してくれる」

 

「ならッ!! どうしてッ、なんでなんだよッ!!」

 

 少しでも幼馴染みという情があるのならば、ここで踏みとどまってくれないか。

 恋人という関係で無くなってもいい、瑠璃姫が心安らかに暮らせるなら離れてもいい。

 そんな敦盛の視線に、彼女はゆるゆると首を横に振り、にた、と嗤う。

 

「勘違いしないであっくん、幼馴染みとしての好意とね、アンタという存在への憎悪は――――両立するの」

 

「両立する?」

 

「だから、……今まで楽しかったわあっくん」

 

 楽しかった、それは過去形で。

 

(だからッ、そういう事かよ畜生ッ!!)

 

 敦盛は自分の愚かさに、ギリ、と歯ぎしりした。

 幼馴染みから恋人へ、告白という手順、彼女だけに想いを集中させるという罠。

 それは、敦盛への復讐というだけでなく。

 

「テメェ……、切り捨てたのか、――俺を」

 

「ええ、幼馴染みとしてのアンタは復讐の邪魔だったから。残念ねぇ、アンタがアタシだけを見て。もっと早く無理矢理にでも押し倒していたら勝ち目はあったかもしれないのに」

 

 それはつまり。

 

「…………――――奏さんを好きになったのが、間違いだって言いたいのか」

 

「まさか、心は思い通りにならないでしょ。むしろ逆よ逆、とっても好都合だったわアタシにとって」

 

「~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

「あはっ、良い顔してる、そのとぉーーっても悔しそうな顔、写真に取っておけば良かったわっ!! あははははははははははっ!!」

 

 彼女はとことん利用したのだ、敦盛の恋心も、己の心すら。

 ――復讐の、原動力として。

 

(何でッ、何で俺は気付けなかったんだよッ!!)

 

 何処かで期待していた、誠意を持って話し合えば。

 情に訴えかければ、瑠璃姫が思い直してくれると。

 だがどうだろうか、分水嶺はとっくの昔で。

 関係の改善どころか、最初から破綻していた。

 何より。

 

「そんな風に笑うなッ、笑うなよ瑠璃姫ッ!!」

 

「あっくんってばアタシの笑顔も好きでしょう? 喜びなさいよ、ほら、こんなに笑っているじゃないの」

 

「だからそんな風にッ、――……そんな風にさァ、安心したみたいに笑わないでくれッ!! そんな穏やかに、死んだ人間みたいに笑うなッ!!」

 

 誰かが見たら、悪辣と表現しただろう。

 だが今の敦盛には、全てをやりきって満足し――穏やかに死を待つ老人のソレに見えていた。

 

(たぶん、コイツは……)

 

 彼女は、幸せを投げ捨ててしまったのだ。

 子供を産み、育て、愛する人と共に老いて死ぬという普遍的な幸せは言うまでもなく。

 日常の些細な、テレビが面白かったとか、美味しいケーキ屋を見つけたとか、小さな幸せまでも。

 

(全部、全部ッ、俺の為だけに投げ出したのかよッ!!)

 

 きっとそれは、今に始まった事ではなく。

 以前からずっと、彼女は自分の幸せを諦めて。

 復讐が何も為さないとは思わない、でも、こんな残酷な事はあんまりではないか。

 

「何で……何で俺に拘るんだ……、俺なんか忘れてどこか遠くで」

 

「は? 何言ってるのよ。――アンタはアタシを負かした。それはアンタにとって、世間から見ても小さな事だったかもしれない。でもね、……人生を変える衝撃だったのよ、感謝してるわ」

 

 初めての敗北の味は、それまで天才少女とチヤホヤされてきた瑠璃姫に目的を与えた。

 たぶん、それは相手が敦盛ではなくとも同じ事だったかもしれない。

 だが、彼なのだ。

 

(あっくん……あっくんあっくんあっくんあっくんあっくん――――あっくん)

 

 母が死んだ時も、部屋に引きこもる瑠璃姫を連れ出して敗北を与えたのは敦盛だ。

 直前に彼の母が亡くなったというのに、彼女と違って彼には他人を思いやる強さがあって。

 それが、……憎たらしい程に眩く写った。

 

(アタシはあっくんに勝てない、頭脳とかそういう話じゃない。人として、アタシは絶対に勝てない)

 

 それは発狂しそうな真実だった、己が劣る。

 なまじ天才と呼ばれ続けただけに、そう自負していただけに。

 スペックという観点では、完全に勝利していただけに。

 

「――――ありがとう、あっくん。アンタはアタシに生きる目的を与えていてくれていたの」

 

「そんな感謝なんて要らねぇよッ!!」

 

「だからその通りかもしれないわね、今のアタシは死ぬまでアンタを精神的に虐めぬいて楽しむ。……それしか残ってないから」

 

 でもそれが。

 

「嗚呼、嗚呼、嗚呼――なんて愉しいのかしらっ!! アンタに勝ち続ける事がなんて愉しいのっ!! これから先、死ぬまでずっとこの甘美な悦びに浸れるなんて、復讐して良かったっ!! 嗚呼、人生ってこんなに愉しいのねっ!!」

 

(瑠璃姫ッ、俺は、俺は…………ッ)

 

 諦めない、絶対に諦めない。

 嗤いながら彼女が立ち去る中、敦盛は諦めない事だけを胸に彼女を睨みつけていた。

 

 



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第39話 勝てない

 

 

 文字通り自由の無い生活の、なんと退屈な事か。

 せめて鎖で繋がれいるだけなら、まだマシであっただろうが。

 椅子に拘束されていれば、退屈な上にエコノミー症候群になるのではなかろうかと心配までしてしまう。

 ――その時であった、扉が開いて。

 

「おう、ようやく来たかテメェ。そろそろ椅子から解放してせめて本ぐらい差し入れしろよ。健康に悪いし退屈で死ぬぞ」

 

「そろそろ食事でもって持ってきたんだけど、その調子じゃ要らなかったかしら?」

 

「空腹過ぎて麻痺してるんだよ分かれよッ!! つーかマジで椅子から解放しろよ同じ体制とか俺の腰を壊すつもりか筋肉だって無くなって立てなくなるだろッ!!」

 

「来る度に思うんだけど、アンタって結構タフよね。何時間か寝ただけでどうしてメンタルが元に戻るの?」

 

 明らかに消耗が顔に出ているものの、溌剌とした瞳の輝きをみせる敦盛に瑠璃姫はため息を一つ。

 食事など無くても大丈夫ではないか、とちらりと思うが。

 彼が気づかなくとも、監禁から三日目に入ろうとしている。

 

「ま、つべこべ言わず食べなさい。椅子の事は後で考えてあげる」

 

「暇を潰す物も頼む」

 

「それはダメ、下手に物を与えると脱出に使うでしょアンタ」

 

「…………お前の俺へのその謎の信頼なんなんだ?」

 

「アタシはあっくんを侮らないわ、アンタは絶対隙あらば何かやらかすに決まってるっ!!」

 

「だからその謎の信頼なんなんだよッ!? 俺が何をしたって言うんだッ!!」

 

 思えば昔からそんな節があった、瑠璃姫は敦盛を過大評価している気がする。

 彼がやった事と言えば、素人ながら料理の腕を磨いたこと。

 そして。

 

「ねぇあっくん? 何処までアタシをバカにするワケ? この天才のアタシに勝ち続けるなんて普通の人間に出来る筈が無いじゃない」

 

「勝ち続けるって、そらお前の目的さえ分かれば簡単――とは言わないが何とかなるだろ。ほら、昔っから逆襲されるの前提って感じだし、何処まで突っ走るかラインが分かってるっていうか」

 

「そこまで理解されてて油断なんて出来るワケが無いでしょうがッ!! だからこうして一線を越えないとアンタを捕まえる事すら出来なかったでしょうにっ!!」

 

「…………成程?」

 

「全然分かってないっ!! アンタは絶対に分かってないわっ! ああもうこれだからあっくんは~~~~っ!!」

 

「あー、なんかスマン」

 

「そうやって謝るのが勘に障るって言ってるのよっ!! 喋る自由さえ無くしてやろうかしら!?」

 

 地団駄を践んで悔しがる瑠璃姫、確かにそれは彼の言うとおりだ。

 相手の目的や踏み込む線を、そして己のスペックを把握していればどんな相手でも勝利は容易いだろう。

 だが、――それを実行出来る者がどれだけ居るのか。

 

(アタシよっ!? あっくんの相手はこの天才であるアタシなのよっ!!)

 

 認めたくない事ではあるが、瑠璃姫に無く敦盛に存在するモノ。

 それは即ち、――発想力。

 勿論、世紀の天才発明家である彼女には相応しい発想力がある、想像力がある、引いては知能がある。

 だが、だが、だが。

 敦盛のそれはベクトルが違う。

 

(何で……、何でアタシはコイツの出会ったのよっ!!)

 

 特段、勉強が出来る訳ではない。

 特段、運動が出来る訳ではない。

 特段、人に慕われている訳でも。

 

 早乙女敦盛は凡人だ。

 何処に出しても恥ずかしくない凡人、社会に出ればそのまま埋もれてしまいそうな。

 ――料理という観点では、一国一城の主となれそうではあるが。

 それすらも、大きな目で見れば埋もれる程度の。

 

「…………アンタに自覚が無いなら、それでいいわ」

 

「誤解されたままじゃねぇのソレ?」

 

 唯一自由に出来る首を傾けて不思議がる敦盛、それを瑠璃姫は舌打ちと共に睨み。

 彼女にとって彼の恐れるべき点は、ひとつ。

 それは彼が、彼女と波長が合う事に特化している事であった。

 

(出会い方が違えばね、アタシは素直にアンタに恋してたかもしれないけど、――それはあり得ない「もしも」)

 

 もし同性であれば、奏以上の唯一無二の親友となっていただろう。

 もしこの事を他の誰かが知って、その者がロマンチックな感性をしていたならばこう言っただろう。

 ――――運命の恋人、と。

 

 それに気がついてしまったから、自覚してしまったから。

 瑠璃姫の執着と憎悪は加速した、加速してしまったのだ。

 

(アタシは負け続ける、あっくんがあっくんで在る限りっ)

 

 それは気が狂いそうな真実だった、世界を一変させる発明が出来ようとも。

 その気になれば、宇宙だって取れるであろう頭脳を以てしても。

 溝隠瑠璃姫は、早乙女敦盛に勝てない。

 いくら過程で勝利を収めても、最終的にはひっくり返される。

 

「――――アタシは、絶対に。油断、しないわよ、あっくん」 

 

「今の俺に何が出来るってんだよ…………」

 

 こうして手に入れた、敦盛を手中に納めたのだ。

 後は、彼の心を丹念に折っていくだけなのだ。

 

(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼……本当に、本当にどうしてやろうかしらねぇ、あっくん?)

 

 どうすれば彼が傷つくのか、美味しい料理を食べさせればプライドが刺激されるのでは? と時間をかけて調理し持ってきてはいた。

 だが。

 

(ダメ、ダメよそんなんじゃダメ……、あっくんは喜ぶだけ)

 

 口移しで食べさせる事も考えていた、嬉しさ半分屈辱半分。

 一方的に与えられるという行為により、じわじわと依存させる良い手だと思っていた。

 

(甘かったわ、ほぼ丸三日間を水分しか取ってないのに。排泄行為を全てアタシに委ねさせたっていうのに)

 

 こうして、元気に口を聞ける余裕がある。

 こうして、冷静に考えられる余裕がある。

 なら。

 

(――――もっと過激に行きましょう)

 

 スンッ、と瑠璃姫の頭が冷える。

 彼女の細まる目に、敦盛は嫌な予感が止まらなくて。

 

「そ、そうだメシ持ってきてくれたんだろッ!? 早く食わせてくれよ。いやー、お前が作ってくれたメシなんて何時ぶりだ? オバさんが生きてた頃以来じゃないか?」

 

「ふふっ、ふふふ……。残念だけどご飯は少し後よあっくん。ちょっとアンタにして欲しい事が出来たの」

 

「…………拒否権は?」

 

「あると思う? ええ、でも喜んでねあっくん……、せっかく恋人になったんだもの。その証が欲しくって」

 

「………………な、成程?」

 

「い~~っぱい、愛して、ね? あっくん……」

 

 瑠璃姫はそう言うと、ワイシャツを脱ぎ捨てる。

 その下は黒いスケスケのショーツのみ、上は何もなくとても扇情的であった。

 だがどうしても、敦盛には嫌な予感しかしなかったのである。

 

 



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第40話 愛の刻印

 

 

 ゆらり、ゆらりと歩きだし瑠璃姫は部屋の外に立ち去った。

 ぺた、ぺたと遠ざかる裸足の足音、だがそれで敦盛が安堵する訳がない。

 つまりそれは、これから行われる行為が恋人のソレのように甘いモノでは無い証拠である故に。

 

(セックスするって雰囲気じゃねぇなコレ)

 

 流石にもう、淡い期待などしていなかった。

 この状況で瑠璃姫が行う行為、それは敦盛への精神攻撃に他ならない。

 とすれば、予想出来る事は。

 

(――――まさかケツの穴を掘られるッ!? い、いやまさか、まさかまさか……あり得るッ!! アイツならやりかねんッ!!)

 

 敦盛は戦慄した、彼女は彼の肉体を傷つけないと言った。

 それは信じていいだろう、だが……籠絡しないとは言っていない。

 彼女が彼を知り尽くしている様に、彼もまた彼女を知り尽くしている。

 だから。

 

(俺より美味いメシを作ってくるって予想はしたが、肉体を責めてくるとはなァ……。予想よりちと早い、不味いなコレ)

 

 ははッ、と敦盛は自嘲した。

 こんな事になっても、こんな状況であっても。

 彼女の言うとおり、彼は彼女を好きなままだ。

 愛している、ままだ。

 

(――――ま、快楽ぐらい受け入れてやるよ。今の俺にはそれしか出来ないからな)

 

 不安なのは、経験した事のないアブノーマルな快楽に対して心が持つかどうかだ。

 快楽に心が負けてしまえば、瑠璃姫は今のまま死んだように人生を送ってしまう。

 それだけは、絶対に避けなければならない。

 

(――しっかし、アイツは「愛してね」って言ったんだよなァ。となれば俺が何かするって事だろうが)

 

 情報が少なすぎる、そう顔をしかめた瞬間であった。

 ぺたぺたと足音が近づいて、開きっぱなしの扉から彼女が。

 

「待たせたわね、じゃあシましょうか」

 

「…………待て、ちょっと待てよテメェ。その手に持つのは何だッ!?」

 

「耄碌したのあっくん? カッターナイフじゃない」

 

「なんでそんなモン持ってきたッ!? まさかマジで拷問するつもりかッ!? ――いや分かったぞッ、俺の薄皮をトコトンそれで切って遊ぶつもりだなッ!!」

 

 予想外の道具に戸惑うも、すぐに答えを当てたかに思えたが。

 どうだろうか、瑠璃姫はカッターナイフを敦盛に差し出して。

 次の瞬間、彼は耳を疑った。

 

「さ、アタシに愛を刻みなさいあっくん」

 

「………………え、誰が? 何をするんだ?」

 

「アンタが、アタシの肌を傷つけるの。――愛を、刻むのよ」

 

 それはどこまでも本気の声で、まっすぐに敦盛の瞳を射抜いて。

 己の肌に鋭い刃を突き立てろ、と要求する。

 

「ふざけんなッ!! なんで俺がそんな――」

 

「だってあっくん、アタシが傷つくのを嫌がるでしょう? 自分の事なら耐えられるけど、アタシの事は嫌がるでしょ? だから、ね、愛を刻んでよあっくん」

 

「誰がするかッ!! ああそうだよ、今も変わらずテメェが好きだよッ! だから分かんだろうがッ、絶対にそんな事するわきゃねぇだろうがッ!!」

 

「そう? ならアタシにも考えがあるんだけど」

 

 含みのあるトーンに、敦盛の第六感が警告を発した。

 経験上、これはとても不利な事態だ。

 そして今の瑠璃姫の、一線を越えてしまった状態では。

 

「…………何をするつもりだ」

 

「死ぬわ、アンタを呪ってアタシは死ぬ。そしてアンタは生き残るワケだけど、――餓死する前に発見させると良いわね?」

 

「そんな脅し、効果あると思ってるのか」

 

 極めて冷静に言い返す、だが動揺しているのは彼自身にも、彼女にも明白で。

 

(何かある、これ以上の何かがあるッ、どうする何が出来るッ、何を言えば良いッ!!)

 

(――でも、アンタは何も言えないわ。だってアタシは一線を越えてしまったんだもの)

 

(考えろ考えろッ、この状況でアイツは何を盾にするッ、何を盾にすれば俺の心が傷つくか――)

 

(ふふっ、必死で考えて、でも……遅い)

 

 敦盛が答えを出す前に、瑠璃姫は手に持っていたもう一つの物を見せる。

 彼の思考は彼女の天敵だ、先回りして答えを見つけだすからこそ彼は勝ち続けて。

 今度は――瑠璃姫の番だ。

 

「残念ね、あっくんが愛してくれないなら。死ぬ前にこの手紙をポストに入れておくわ」

 

「はッ、なんの手紙だ? 俺に負けたからって無様な言い訳でもするつもりか?」

 

「中身? 産まれてきた事を呪う言葉よ」

 

「――――――、は?」

 

「言ったでしょう? アンタは自分より他人を責められるのが嫌な性格よ。普通なら美徳なのかもしれないけど、今回は仇になったわね。そうそう、父さんだけじゃなくてオジさんにも、そしてね、……母さんとオバさん宛にもあるの」

 

 愉しそうに出された言葉に、敦盛の脳は理解を拒もうとした。

 しかし、意志の力で無理矢理飲み込んで。

 

(最悪、だ――――ッ)

 

 顔が青くなっていくのが分かる、冷や汗が止まらない。

 暖かい筈の部屋が、妙に寒く震えが止まらない。

 考えを、改めなければならない。

 

(一線を越えただけじゃねェ!! コイツはッ、瑠璃姫はッ、自分を犠牲にしても俺を傷つけるっていうのかよッ!!)

 

 もはや退屈だとか、エコノミー症候群がどうのと言っている場合ではない。

 敦盛の対応一つで、言葉一つで、親達が不幸になる。

 親だけではない、クラスメイトや他の見知らぬ誰かだって――――。

 

「~~~~ッ、やるしか、ねぇのかよッ」

 

「物分かりが良くて助かるわあっくん、右手だけ自由にしてあげるから、さ、愛をアタシに刻んで……」

 

 解放される右腕右手、差し出されるカッターナイフ。

 瑠璃姫は聖母の様に慈愛に満ちた表情で、敦盛の手を優しく誘導。

 チキチキと刃が出る音、彼女の綺麗なシミ一つ無い肌、乳房、心臓部に先端があたり。

 

「~~~~~~ッ!!」

 

「嗚呼……」

 

 ぷつ、と嫌な感触、少しだけ血が滲む。

 敦盛は恐怖と嫌悪と罪悪、怒りと悲しみと後悔に震えそうな手を歯ぎしりしながら我慢して。

 

「ふふっ、愉しいでしょあっくん。アンタの気持ち一つで刃がずぶずぶ沈んでいく。一生消えない傷になる、いいえ、そのまま死んでしまうかもしれないっ」

 

「やめて、やめろ、やめてください……」

 

「だぁめ、最初はそうねぇ。愛してるって刻んで、ほら早く」

 

「ううッ、あ、あァ――――ッ」

 

 心がぐちゃぐちゃで、視界が滲みそうだ。

 でも手元を狂わす事だけは、絶対にしてはいけない。

 唇を強く噛み、血がたらりと。

 

「嗚呼、嗚呼……、痛い、痛いわあっくん……アンタの気持ちが伝わってくるみたい――――っ」

 

「やめてくれ、やめてくれよォ……謝るから、なんでもするから、やめてくれよ…………」

 

「名前、そう、名前を刻んであっくん、アンタの名前をっ、アタシがアンタの恋人になったって証を、あはっ、あははははははっ、ねぇどうなのっ!? 恋人にカッターナイフで自分の名前をっ、玩具みたいに名前を掘るのって、どんな気持ちっ、ねぇ。ねぇねぇねぇっ!!」

 

「~~~~ッ、ぁ、ごめん、ごめん、ごめん、ごめんなさい瑠璃姫ッ」

 

「もっと、もっと刻んでっ、雌豚って切り刻みなさいよセクハラ男っ、正の字もっ、マゾオンナって、敦盛専用肉便器って、さぁっ!!」

 

 白い肌が赤い筋で埋まる、大きな乳房が蠱惑的な形を保ったまま血で染まる。

 胸元が、腕が、腹部が、背中が、足が、股間でさえも。

 染まる、敦盛によって血で染まる。

 

(誰か……誰か、助けてくれッ)

 

 過激すぎる愛の営みは、服で隠せる部分が無くなるまで続き。

 その後、茫然自失となった敦盛は血塗れのままの瑠璃姫に口移しで食事をさせられたが、当然味が分かる筈も無かったのであった。

 



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第41話 溺れていく

 

 

 ふと敦盛は目を覚ました、あれから何時間、監禁されてから何日経っているのだろうか。

 鏡を見ずとも分かる己の憔悴、そして違和感に気づく。

 

「ベッド……? 椅子から解放されてるッ! 俺は自由――――、じゃないな。何だこれSMグッズか? ご丁寧に鎖で繋ぎやがって」

 

 両足首には歩幅を制限する皮の枷と鎖、両手首にも同じく。

 首にも同じく首輪と鎖、その延びる先はベッドで。

 

「…………一応飲み物は置いてんのか、なら問題は」

 

 上半身を起こした敦盛は、視線を股間に。

 そこには鉄のパンツ、つまりは貞操帯である。

 意図は不明だが、以前と変わらず排泄の自由が無いのは確定で。

 

「体、重いなァ……」

 

 これは果たして改善されたのか悪化したのか、ため息共に立ち上がると水が置いてあるテーブルへ。

 そこには。

 

「あんだァ? …………おい、おいッ、嫌がらせかッ!! マジで何考えてんだッ!?」

 

 薄い本、前に円が学校に持ち込んでいた同人誌と同じ部類かと思ったが。

 両面カラー印刷を、ホッチキスで止めただけの代物。

 そこまでは良い、問題は中身だ。

 

「……………………………………俺にこれをどうしろと?」

 

 本当に彼女の考えている事が分からない、良からぬ企みである事は間違いないだろうが。

 

「どこの世界にッ、憎い相手へッ、無修正の自撮りヌード写真集を置いていく奴がいるんだよッ!!」

 

 思わず、ぺしーん、と床に叩きつける。

 

「嫌がらせかッ! 嫌がらせだなッ!! わざわざご丁寧にカッターで傷つける前と後を比較させる写真を入れやがってッ!! もおおおおおおおおおおッ、俺の心が壊れるってぇーーーーのッ!!」

 

 劣情を煽る為の仕掛け、だけではない。

 これは敦盛の罪悪感を刺激する、引いては。

 

「見てんだろ瑠璃姫ッ!! ちょっとコッチ来て説明しやがれッ!! お前は俺の性癖まで歪めさせる気だろ絶対ッ!!」

 

 危うい、この状況はとても危うい。

 今はまだ良い、だが時間が経てば経つ程にアブノーマルな快楽を覚えてしまう。

 そんな、嫌な確信が敦盛にはあった。

 

「もっと食い入るように見て興奮して良いのよ?」

 

「誰が見るかこんなもんッ!! ブン殴ってやろうかコンチクショウ!!」

 

「どうぞ」

 

「あ゛あ゛ん゛ッ!?」

 

「だから、――どうぞ? アタシはアンタを傷つけた、だからアンタもアタシを殴る権利があるわ」

 

 部屋に入ってきた途端、さあどうぞと微笑む瑠璃姫。

 だからといって、本当に殴る訳にはいかない。

 それは先のカッターナイフの二の舞、敦盛の心をトコトンまで歪める策略だ。

 

「…………今日の所は勘弁してやる、その本モドキ回収して出てけ」

 

「イヤよ、それはあっくんへのプレゼントだもの。断ったら今のアタシの体の床にも壁にも天井にも張り出すわ」

 

「俺をノイローゼにさせる気かテメェッ!? ………………分かった、分かったからもう出ていってくれよ。疲れてるんだ」

 

 元気に言い返して居たとはいえ、所詮は空元気。

 全力で何時間も走った後のように、全身が気怠い。

 それに彼女が現れてから、呼吸が荒くなったようにも思える。

 

(――また妙なモン持ってきたな、今度はそれでどんな責め苦を与えるつもりだっての)

 

 彼女が手に持つは、水の入った洗面器。

 そして腕には、タオルが二枚引っかけられて。

 いつもの様に胸元が大きく開いたゴスロリだが、包帯まみれなのが痛々しくて。

 

「………………けッ」

 

「そんなに怯えなくても大丈夫、今日はそんなに激しい事はしないわ」

 

「激しいことはしないって、つまり激しくなけりゃ何かするんだな? はッ、大方それでお前の体を拭けってか? ついでに傷薬でも塗んのかよ」

 

「逆よ逆、気づいてないの? アンタ、アタシとセックスしてから一度もお風呂に入ってないでしょ。いい加減臭うわよ」

 

「誰が監禁したと思ってるんだッ!!」

 

「だから責任もってアンタの体を拭いたげようってんじゃん、さ、大人しくしなさいな」

 

「ち、近づくんじゃ――――」

 

「はいはい、落ち着いてあっくん」

 

 慌ててベッドに逃げようとした瞬間、敦盛は足の鎖を忘れていた所為でバランスを崩し。

 ぽす、と先回りした瑠璃姫の胸の中へ収まる。

 彼女はそのまま彼を優しく抱きしめると、ぽんぽんと背中を叩き。

 

「よしよし、よしよし。……ね、落ち着いてあっくん。アンタは自分で思った以上に疲れてるのよ? かなり酷い顔してるもの」

 

「…………放せ」

 

「知ってる? 今のアンタは睡眠不足でもあるの、眠ったと思ったらすぐに魘されて起きて、まともに熟睡出来てないのよ」

 

「…………優しい台詞で俺を籠絡するつもりか? 騙されないぞ洗脳のやり口じゃねぇか」

 

「でも体は正直よ? だって今なら力付くで振り払えるのに、素直に抱きしめられたままじゃない」

 

「ここで抵抗して、体力が奪われるのが嫌なだけだ」

 

「ふふっ、そういう事にしておいてあげる。さ、座って」

 

 気持ち悪いぐらいに瑠璃姫は優しく、それが嫌だと思えないのが、辛い。

 敦盛は未だ彼女への気持ちを捨てきれないのに、むしろ想いは高まっているというのに。

 

(隣に居るのに、なんでこんなに遠いんだよ……ッ)

 

 敦盛の気持ちは届かない、だというのに、この優しさが偽りだと確信出来るのに。

 背中を拭く手つきに、彼女の慈しみを感じてしまう。

 勘違いしてしまう、――まだ、手遅れじゃないと。

 

「ごめんね、あっくん。……可哀想にトラウマになったのね、アタシの包帯が視界に入る度に顔を反らしてる」

 

「…………」

 

「ねぇ覚えてる? アンタのこの体が、アタシを愛したのよ? がむしゃらに腰を振って、手の痕が残る程強くおっぱいもお尻も掴んで」

 

「…………」

 

「嬉しかった、嬉しかったのあっくん、信じて……」

 

 ぎり、と敦盛は歯ぎしりした。

 彼女は本心から言っている、敢えてその前にある「復讐という主語」を抜かして。

 彼がそれを理解しているのを知って、思い出さそうとしているのだ、一番幸せだった瞬間を。

 

(こんな、こんな言葉でッ、俺は……畜生、何でこんなに…………)

 

 優しい言葉が心に染み渡る、彼女の体温が、変わらぬ匂いが。

 柔らかな体が、敦盛を癒していく。

 全てが、偽りだというのに。

 

(……早く、終わってくれ)

 

 そうでなければ、彼女を抱きしめて愛を囁いてしまう。

 ただの悪夢だったのだと、勘違いしてしまう。

 飴と鞭に、飼い慣らされてしまう。

 永遠の様な、数分が終わり。

 

「そうだ、記念撮影するわよ。外向けのアリバイは残しておかなきゃいけないもの。――断らないわよね?」

 

「…………好きにしろよ」

 

 拒否したら、何が飛び出てくるか分からない。

 遅蒔きながら、その為に体を拭いたのだと理解した敦盛は。

 ルンルンと服を取りに行った瑠璃姫の後ろ姿を、溜息と共に見送ったのであった。

 

 



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第42話 ヤバい(確信)

 

 

 敦盛と瑠璃姫が休んでから早四日、クラスの皆は、特に竜胆達三人は物足りなさを感じており。

 セクハラ野郎とはいえ、彼はクラスのムードメーカー的なポジション。

 最近では、彼女からお仕置きを受ける姿も日常風景の一部となって。

 

(思ったよりクラスに影響が出てるね、いや良いことなんだけど……この拭えない不安は何なんだろ)

 

 彼の教師として、そして人としての勘が警告を発している。

 いざとなれば、二人の家に乗り込む事も辞さないつもりではあるが。

 そんな瞬間であった、円がガタっと立ち上がる。

 

「敦盛と溝隠さんのツーショット写真が来たっ!!」

 

「え、マジでっ!? ――じゃなくて授業中だからね? 自重しよう樹野君」

 

「あ、すみませんでした……。でも気になりません?」

 

「…………よし、気になる者は確認して良いよ。今から五分間だけ、そしたら授業に戻るからねっ!」

 

「よっしゃ先生話が分かるっ!!」

 

「それじゃあ俺も見てみるか」

 

「そうね、あれから一切の音沙汰が無いもの」

 

 担任が許可し、親友達もそのつもりなら他の生徒達もつられてスマホを手に。

 

「おい円? 何処でみれる?」

 

「敦盛のツイッター、鍵アカだけどクラスのみんなは大丈夫でしょ?」

 

「――――これか、…………?」

 

「あら、仲が良さそうで良いわね」

 

「けっ、上手くやりやがって」「そうか?」「羨ましい、アタシも恋人が……」「うーん?」「なんだこの違和感? 普通にも見えるんだが」

 

 反応は半々、羨ましがる者、素直に祝福する者。

 つまり素直に受け止めた者が半数。

 残りは。

 

「――――待って、みんな画像は見たね? ちょっと意見が聞きたい」

 

 脇部英雄は号令をかける、写真には二人が仲良さそうに寄り添ってハートマークでデコってある。

 だが、拭えない違和感があるのだ。

 

「先生? 私には普通のツーショットに見えますけど……」

 

「確かにそうだね福寿さん、普通の恋人に見える。……でも、そこが変だと思わない?」

 

「――俺には分かります、円もそうだろ?」

 

「…………やっぱり竜胆も分かる?」

 

「勿論だ」

 

 そして二人は声を揃えて。

 

「「バニースーツじゃない!!」」

 

 途端、男子は異常に納得し女子は冷たい視線を。

 

「ちょっと竜胆?」

 

「待て奏、これには理由があるんだ」

 

「女子は知らないだろうけどさ、ウチのクラスの男子は皆――お互いの性癖を知ってる」

 

「竜胆?」

 

「あ、それ僕も初耳だね。そんな楽しそうな事になんで呼んでくれなかったんだいっ!?」

 

「だって先生に漏らしたら、全校生徒巻き込みますよね? そしたら女子にバレるじゃないですか」

 

「うぐっ、冷静な指摘ありがと樹野君……」

 

 残念そうな脇部英雄はともかく、男子も女子もうんうんと首を縦に。

 人望のある教師で敬愛する担任ではあるが、生徒からしてみれば少し暴走過剰でもあるのだ。

 ともあれ。

 

「敦盛が瑠璃姫さんにも隠し通していた性癖、……それはバニースーツなんだよ」

 

「アイツ言ってたよな、将来はアメリカに行って本場のプレイガールのバニースーツ姿を拝むんだって……」

 

「ああ、早乙女の情熱は本物だったぜ」「そこだけは尊敬すべきだった」「そういや俺、黒のバニースーツ預かってたな」「ボクは赤色の預かってた」「バニーのエロ本預かってた」「バニーのAV預かってた」

 

「ここまで隠し通していたのなら、黙っているのが筋じゃないのかしら?」

 

「いや奏は理解してねぇ、この写真の意味を全然理解してねぇっ!!」

 

 ドンっと悔しそうに机を叩く竜胆、周囲の男子からは啜り泣きすら聞こえてくる。

 その異様な光景に奏達女子は戸惑い、脇部は思考を巡らせた。

 

「――――もしかしてさ、早乙女君って彼女が出来たらバニースーツでとか、エロい写真とか、趣味全開で自慢するって言ってたかい?」

 

「そうなんだよ先生!! 敦盛は……敦盛はセクハラ野郎の名に恥じない性欲野郎なんだ!! その敦盛が……あの溝隠さん相手に素直なツーショット写真を送ってくる訳がないっ!!」

 

「そうだぜ先生っ!! 最低でも俺のオンナだぜ的に胸を揉んだり、頬にキスぐらいはしてる写真を乗せる筈だっ!!」

 

「竜胆? 樹野君? 女子から早乙女君への好感度が無尽蔵に下がっていってるんだけ――――?」

 

 他の女子と共に呆れた視線を送っていた奏は、はたと気づいた。

 確かにこの写真には違和感が、というより無視できない要素がある。

 

「…………皆、待って。よくこの写真を見て」

 

「何か気づいたみたいだね、福寿さん」

 

「先生……、瑠璃ちゃんの格好を良く見てください。気になる所があると思いませんか?」

 

「――――まさか、これか?」

 

「分かったの竜胆?」

 

「円もみんなも、良く見てくれ注目すべき点は瑠璃姫さんの首、それから手首とか。――普段なら肌が露出してそうな部分だ」

 

「………………なるほど。こういうコトなのかっ!?」

 

 脇部英雄の中で、違和感が一本の線となって浮かび上がる。

 二人の性格、告白の瞬間の違和感、それらから予想出来る――最悪の可能性。

 

(あわわわわわっ!? こ、これは不味いっ!? 今すぐ動かなきゃいけない案件だよねっ!? 杞憂だったり、予想もしてない異常性癖の持ち主だったらともかく…………っ!!)

 

 もはや授業をしている場合ではない、だが今あるこの写真、推測だけでは動くのには教師として不十分だ。

 ならば。

 

「――――よし、今から対策会議をするよ。授業は中断してみんな参加して」

 

「先生!? いえ確かに怪しいですけど、話し合う事ですかっ!?」

 

「その疑問はもっともだね福寿さん、でも僕の勘は。そして二人の性格や今までの不審点を考えると、今対策を考えておかないとダメなんだ」

 

「…………先生は敦盛と瑠璃姫さんの仲が怪しいって思うのですか?」

 

「その通りだよ入屋見君、みんな気づいたと思うけど――溝隠さんは包帯を多く必要とするぐらいの怪我をしているみたいだ」

 

 その言葉に、全員がはっと引き締まった顔つきになって。

 

「そしてもう一つ。……なんでこの写真さ、早乙女君の顔が写ってないんだろ。そりゃ鍵アカとはいえSNSだし用心するのは理解できるけど、ちょっと不自然じゃないかい? だって溝隠さんの嬉しそうな顔は写ってるっていうのに」

 

「…………先生は、瑠璃姫さんが敦盛に何かしていると?」

 

「君たちには残酷かもしれないけれど、はっきり言うね。――――二人は恋人関係ではないと思う」

 

「先生っ!? 先生も見たじゃないですか、あの告白シーンをっ!?」

 

「確かに僕を含めたクラスの半数がその場に居た、……でも不審に思わなかったかい? 違和感を覚えなかったかい? 確かに溝隠さんは少し素直じゃない性格をしているとはいえ、早乙女君をあんな必死になって告白させる必要があったのかな?」

 

「それは……」

 

 奏は反論出来なかった、それは彼女自身も不自然に思っていたポイントだ。

 確かに彼女の親友は素直とは言い難い性格をしている、俗に言うツンデレとも違う、もう少しひねくれた性格だ。

 ――だがそれが故に、そうする理由があったとするならば。

 

(符合していってしまう……! なんで私と早乙女君の仲を応援していたか、早乙女君の好意を素直に受け取らなかったかっ!!)

 

 同じ事を思ったのか、女子達は思わずお互いの顔を見合わせて。

 男子もまた、冷や汗を一つ。

 

「みんな早合点はいけないよ、確かに現状は溝隠さんが怪しいのは確かだ。……でも心配しなきゃいけないのは早乙女君の方だ」

 

「確かに、アイツが何かされてるって――」

 

「それは少し違うよ入屋見君、君の方が良く理解してるだろう? ――――本当に危険なのは、早乙女君が暴走するコトさ」

 

 担任教師の言葉に、クラス全員が今一つ飲み込めない感じで。

 ならばと彼は続ける、脇部英雄としては。

 

「溝隠さんは要注意人物だ、彼女は天才で行動力もある。――でもね、愛の重さという観点から見ると早乙女君の方が圧倒的に危険なんだよ」

 

「…………それ、オレは分かる気がします」

 

「どういう事なの樹野君!?」

 

「俺が答えるぜ奏、アイツは、敦盛はな……諦めないんだ絶対に、何に対しても絶対に諦めない、最終的に手段と目的がひっくり返っても諦めないタイプなんだ」

 

「つまりそれって……」

 

「全ては杞憂であれば良い、でもね、もし溝隠さんが早乙女君を罠にはめる為に告白を受け入れたのだとしたらさ…………彼女を愛する早乙女君は、彼女の行為に耐えきれなくなったとき、なおかつ彼女を諦めないのであれば何をするのかな?」

 

 重い沈黙が流れる、セクハラ野郎ではあるが誠実で破天荒な所がある敦盛。

 いかに瑠璃姫が天才だったとして、彼女が主導権を握っていたとしても。

 

「理解できました先生……、でも何を話し合うんですか?」

 

「うん、ある程度は方向性があるんだ。みんなも聞いて欲しい、特に樹野君と入屋見君。――――親友である君たち二人が鍵だと思うから」

 

「分かりました!!」

 

「敦盛の為なら何でもするぜ!!」

 

「よし、それじゃあ対策会議を始めるよっ!」

 

 敦盛と瑠璃姫の知らない所で、事態は動きだそうとしていた。

 

 



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第43話 命

 

 

 親友達やクラスメイトが奮起する、だが敦盛には新たな問題が目の前に発生して。

 ――数分前の事であった。

 彼としてはもう何日経過しているか分からなかったが、そんな事がどうでも良くなる台詞が愛しい瑠璃姫から発せられて。

 

「セックスするわよあっくん」

 

「待て、ちょっと待てよ瑠璃姫。起き抜けに何を聞かせやがるッ!! というかテメェまた俺に薬でも盛っただろ絶対ッ!!」

 

「あら聡いわね、睡眠薬に気づいたの」

 

「水飲む度に眠くなればッ、いい加減気づくだろバカ野郎ッ!」

 

 そう、変だとは感じていたのだ。

 最初は退屈過ぎて、体の防衛反応的に眠くなってるのかと。

 次は食事の度に、完食後すぐ眠くなって。

 水分が解禁されたのが決定打であった、記念写真を撮った後、妙な眠気が襲って。

 そして、もう一つ。

 

「つーかテメェ……、睡眠薬だけじゃねぇだろ。絶対に何か他の薬を入れてるだろッ」

 

「へぇそこまで分かるんだ、誉めてあげる。えらいでちゅねぇ~~っ!」

 

「バカにすんなッ!! こちらとらずっとチンコ痛いんだよッ!! ああもうもっと早く気づいておくべくだったッ、なんでバイアグラかなんか盛るんだよッ!! 嫌がらせか嫌がらせだなッ!! 貞操帯なのに勃起してチンコ痛めつける気だなッ!!」

 

 そもそもの監禁生活の始まりがアレだ、今すぐ襲いかかると言うには精神的なブレーキがかかって。

 救いではあったが、さりとて性欲が薄くなる訳でもなく。

 

(――どう出る、コイツがそんなチャチな嫌がらせをするわきゃねェ)

 

 確信があった、だが相変わらず瑠璃姫の考えは読み切れない。

 敦盛の性欲を高めて、それがどんな責め苦に繋がるのだろうか。

 警戒する彼の姿を、彼女は満足そうに嘲笑して。

 

「子供を作ろうと思って」

 

「………………子供?」

 

「そう、子供。勿論アタシとアンタの子よ、喜びなさいよそのチンコに最後の役目を与えてあげようってのよ?」

 

「待て待て待てッ!! 最後って何だよッ!!」

 

「だってアンタって全然従順にならないんだもん、――金玉ひとつぐらい無くなっても事故で済むでしょ」

 

「事故じゃすまねぇよッ!? 男の大事な所を何だと思ってるんだッ!!」

 

「スペアパーツ?」

 

「プラモみたいに言うんじゃねぇよッ!! クソッ、何か? 親父達へのカモフラージュの為に子供作ろうってのかテメェッ!!」

 

 血も涙も無い理由に、敦盛は憤った。

 これは流石に聞き逃せ無い、どうあっても拒絶するしかない。

 しかし。

 

「――――? アンタはバカなの? なんでそんなコトの為に子供作るのよ。そりゃ結果的にそういう一面もあるかもだけど、そんな小さな目的の為に子供なんか作らないわよ?」

 

「…………じゃあ何の為に」

 

「決まってるじゃない、――アンタへの嫌がらせの為よ」

 

 さも当然の様に出された言葉に、敦盛は固まった。

 嫌がらせ、嫌がらせの為だけに瑠璃姫はセックスして子供を作ろうと言うのだろうか。

 だが彼女は敦盛がまだ、愛している事を理解している筈だ。

 それなのに、何故。

 

「あはっ、あはははははっ!! なにバカみたいに口開けてんの? その間抜け顔は爆笑ものねっ!!」

 

「はッ、笑うならとことん笑っとけッ!! 子供? 大歓迎だよお前が俺の嫁になるって事ならなッ!!」

 

「ははははははははっ、そんな幸せな想像してるなんて、ホントに頭がお花畑ねあっくん? 幸せな家族? 子供が出来てそんな事になるなんて本気で思ってるの? ああおかしいっ!! あっくんたら本当に笑えるわっ!!」

 

 爆笑する瑠璃姫に、敦盛は戦慄するしかなかった。

 見通しが甘かった、そうとしか言えない。

 子供を作る、そこは恐らく通過点でしかなく。

 でもその先は? 彼女は何をしようとしているのか。

 

「んふふ~~、不思議そうね教えてあげるわ。ええ、ちゃーーんと聞いて覚えておいてね。それがあっくんの絶望する顔に繋がるんだものっ」

 

「…………何を企んでるテメェ」

 

「前から言ってるでしょ、復讐よ復讐。アタシはとことんアンタを絶望に突き落とすの、体の痛みなんかよりもっと痛い心の痛みをあげるのっ!!」

 

「金玉はマジで潰すのか」

 

「傷つけないって言ったでしょ、脅しの一つよ。――でも、その脅しが本当になるのかはあっくん次第」

 

「俺の復讐の為に子供なんか作って、その子が可哀想だと思わないのか?」

 

 彼の台詞に、彼女はニタリと愉しそうに笑って。

 

「安心してあっくん、――産まれた子にはアンタへの憎悪を植え付けて育てるから」

 

 彼女の言葉に、彼は耳を疑った。

 

(今……コイツは何を言い出した? 何をするって言った?)

 

 体が震える、これは今までの責め苦よりもっと性質の悪い事だ。

 

「ねぇ、あっくん? 自分の子供に恨まれる未来の予定はどう思った? とっても素敵でしょう? ――アンタの気持ちはアタシの届かない、でも希望はあるわ子供よ」

 

「俺を不幸にする為に――子供を利用するってのかテメェ!! 自分の子供だろうがッ!!」

 

「アンタを憎むアタシの子よ、……親の本懐が己の幸せになるように育てるから心配しないで」

 

「テメェ!! 絶対に許さねぇぞッ!! 誰がテメェとセックスなんてするかッ!! それこそ金玉もぎ取られてもセックスなんてするもんかッ!!」

 

 激怒する敦盛に、瑠璃姫は冷静に告げる。

 

「アンタがそう言うなら、精子だけ抜き取って人工授精するわ。ほら道具も用意してあるのよ、――そうそう、その場合は回数こなす必要なさそうだから……一つと言わず二つとも去勢してあげる」

 

「ッ!?」

 

「バカね、ウソよウソ。――病院に言ってアタシの子宮を取り出して貰うわ」

 

「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 敦盛は叫んだ、拒否権など無い。

 そして彼女は用意周到だ、物騒な道具と共に置いてある薬はきっとよくない物に違いない。

 

(どうするッ、どうすればいいッ、俺は何が出来る、何をしたらいいんだッ!!)

 

 未来への恐怖と、怒りという興奮で思考が鈍る。

 でも今は考えを止めては駄目だ、全てにおいて彼女に劣る自分では考えに考えて、少しでも抜け道を探す事だけしか出来ないのだから。

 

「ふふっ、どうするあっくん? アタシとセックスする? それとも――金玉を麻酔なしで切ってみる?」

 

(動揺するな俺ッ、先ずはイエスかノーのニ択ッ! 拒否した所でどん詰まりなら――――ッ)

 

「そうだ、慈悲をあげるっ。セックスするなら多少の変態行為ならオッケーしてあげるわっ! どう? 泣いて喜んで拝んでもいいのよ?」

 

(イエスイエスイエスッ! セックスの途中なら隙が出来る筈ッ、否ッ、隙を作るッ! ええと最終目的は――この際だから逃げ出すだろうがッ、俺の手に余るぞこんなんッ、せめて誰かに仲裁を頼むだろ普通ッ!!)

 

「そーんなに迷って、可哀想ねあっくん。どっちを選んでも絶望なのに」

 

 瑠璃姫は気づいていた、彼の瞳が死んでいないのを。

 つまり諦めていない、どちらを選ぼうとも――反撃か妨害する気だ。

 

(プレイ内容はあっくんに委ねた。そこにあっくんを封殺する隙が産まれるわ)

 

(ってのはコイツも理解してるし、俺が読んでる事すら読んでる)

 

(だから、アタシの隙を作るようなプレイを望む筈。でもお生憎様ね、――鎖はつけたまま鍵はアタシの部屋に置いておくわ)

 

(だから、――――覚悟を決めるか。ああそうだな、俺には覚悟が足りなかった)

 

 すとん、と敦盛の心の中で落ちた音がした。

 それは大事な何かだった気もするが、拾う気など更々ない。

 

(はは、ははははははははは、駄目だ、もう……駄目だ、今のままじゃ……駄目だッ)

 

 今の敦盛の言葉は届かない、決して、その想いは瑠璃姫には届かない。

 変革が必要だ、既存の自分を捨てる、世界さえも変えてしまいそうな覚悟が必要だ。

 だから。

 

「しゃあねぇな、……セックスするぞ」

 

「そう来ると思ってたわ、じゃあ始めましょうか」

 

 お互いに警戒しながら、戦士の表情で情交が始まったのであった。

 

 



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第44話 サクリファイス・エスケープ

 

 

 セックスするなら服は脱ぐ、それが一般的であった。

 故に瑠璃姫もそうしようとし、しかして敦盛に止められる。

 

「何? コスプレでもして欲しいワケ?」

 

「ああ、男の夢だ。この後に悲劇が待っているなら少しは譲ってくれても良いんじゃないか?」

 

「別に構わないけど、アタシはコスプレの服なんて持ってないわよ?」

 

「親父の部屋のタンス、その下着棚の奥にバニーガールの衣装が隠してある。取ってきてくれ」

 

「…………チッ、ぬかったわ。アンタの事は全部把握してると思ったけど。まさかオジさんを隠れ蓑にしてるとはね」

 

「今だから言うが、俺の性癖は全て親父の部屋に隠してある」

 

「ってコトはアンタの部屋にあったエロ本とか、いかがわしい衣装はっ!?」

 

「ふッ、――上から三番目ぐらいの性癖だッ!!」

 

「威張って言うコトじゃないわよバカっ!! ああもう取ってくるからアンタは脱いで勃起させときなさいよっ、貞操帯の鍵はあげるから」

 

「おわッ!? 投げんなバカッ!? 届かない位置に行ったら手間じゃねぇかッ!」

 

「はいはい、くれぐれもオナニーして無駄打ちさせないでよね」

 

「探して戻ってくるのに三分もかからねぇだろうがッ、俺を何だと思ってるんだッ!!」

 

「………………最初の時に興奮しすぎて暴発した早漏は誰だっけ?」

 

「は? うっかり脇毛の処理忘れたマヌケに言われたくないんだが?」

 

「…………このクソ男っ」

 

「…………はッ、言ってろクソアマ」

 

 ドスドスと苛立った足音で瑠璃姫は出て行き、ならば敦盛は脱ぐしかない。

 貞操帯を外し、記念写真の為にひさしぶりに着ていた服は脱ぐしかない。

 

「つかアイツも手間かけるよなぁ……、俺がいつも着てる服を新品で用意して、わざわざ全部にファスナー付けて鎖付けたまま着れる様にしてるとかよ」

 

 それだけ敦盛への憎悪が勝っていたという事だろうが、それを思うと途端に気が重くなるし。

 股間も萎えるというモノだ。

 何より。

 

(――落ち着け、手順を良く思い出すんだ)

 

 セックス、のではない。

 最初から敦盛の目的はセックスではなく、――逃げ出す事。

 

(俺はもう、躊躇わない)

 

 例え瑠璃姫に暴力を振るってでも、ここから逃げ出す覚悟が今の彼にはある。

 ここで問題なのは。

 

(この鎖、アイツの意志一つで電流が流れても不思議じゃねぇのが怖いんだよな……)

 

 証拠はある、敦盛の悪い癖ではあるが見ないフリをしていたのだ。

 鎖と共に繋がる謎のコードを、それは鎖と同じく壁に繋がっており。

 手足の皮枷には、プラスチックの小さな箱が取り付けられていた。

 

(これGPSとか盗聴器とかも兼ねてるよな絶対……)

 

 彼に迂闊な行動を躊躇させるフェイク、かもしれないが楽観視はできない。

 そういうのを続けて、今の状況に陥っているのだ。

 ならば。

 

(動けば良いんだ、犠牲にするか)

 

 その時になったら、片方でも良いから無理矢理外すしかない。

 首の鎖にしても、壁を破壊する覚悟でなんとかするしかないのだ。

 ――今、早乙女敦盛の精神は黒く澄み渡っていて。

 

(ごめん、ごめんな瑠璃姫…………俺が不甲斐ないばっかりに……)

 

 そうとは知らず、彼女が戻ってくる。

 だが、彼の変化に彼女が気づかないのだろうか?

 

(…………これは不味いわね)

 

 裸で佇む敦盛に、瑠璃姫は内心冷や汗をかいた。

 どんな心境の変化があったのか、想像の範疇を出ないが。

 

(つくづくっ、あっくんはアタシを苛立たせるっ!! こんな所でストレスが爆発するなんてっ!!)

 

 追いつめすぎた、その一点に過ぎる。

 子供を使って復讐、とても良いアイディアに思えた。

 だから本気で実行するつもりだった、故に今更中止など言い出せない。

 それは。

 

(また――――あっくんに負けるの?)

 

 今の彼は今までとは違う何かに包まれている、それはつまり敦盛もまた瑠璃姫と同じく一線を越えたという事。

 引けない、絶対に、引けない。

 彼女は手に持っていたバニースーツを投げ捨て、潔く全裸になる。

 

「あん? 着ないのか?」

 

「ええ、時間はいっぱいあるもの。後でも良いじゃない」

 

「そりゃあ楽しみだ」

 

「それで? ただコスプレイしたいワケじゃないんでしょう? どんな変態行為でも受け入れてあげる、希望とか優しさとか欲しいでしょ」

 

「ありがたくて涙が出てくるね、じゃあ――――窒息プレイをさせてくれよ。ネットで読んだんだ、首絞めながらスると締まりが良いってな」

 

「――――良いわ、乗ってあげる。でも条件がある」

 

「言えよ」

 

「アタシもアンタの首を締める、アンタの理屈ならそのナニの勃ちも良くなるんでしょ」

 

「好きにしろよ」

 

 そして二人は全裸で睨みあったまま近づき、お互いの首に手をかける。

 

「あら、最初から首を締めるの? 失神したアタシを好き放題するつもりね?」

 

「そうだと言ったら?」

 

「勝負しましょう、先に気絶した方の負け」

 

「受けるぜ、意識があった方が勝ちだ。報酬は好き放題する権利」

 

「異議は無いわ」

 

 瑠璃姫はニッコリ笑って、敦盛もまた静謐な微笑みを浮かべ。

 徐々に、手の力を込める。

 ――彼女の細く白い首筋、その脈拍が伝わって。

 

「…………ッ!」

 

「ぁっ! ~~~~っ!」

 

(こんのぉ!! あっくんの首って意外と堅いっ!!)

 

(なんだよ……なんだよ畜生ッ、躊躇うなッ、折れそうな気がするからってッ、人間はそこまで柔じゃない筈だッ!!)

 

 ギッ、ギッ、と首が締まっていく。

 異常な行為に興奮して呼吸が早くなるというのに、空気が通る隙間が狭まっていく。

 それだけではない、動脈と静脈が圧迫されているのだろう。

 血が止まっていく感覚が、相手の血を止めている感覚が掌から背筋へと。

 後戻り出来ないような、危険な背徳感を電流の様に走らせる。

 

(ああああああああああッ、早くッ、早く落ちてくれッ!! 頼むから落ちてくれよッ!!)

 

 瑠璃姫の顔が赤くなる、酸素を求めて口をぱくぱくさせている。

 己の呼吸が出来ない、頭に血が上っている気がする。

 ――命の危険を、本能が訴えておかしくなりそうだ。

 

(俺が悪いんだッ、俺がッ、俺が悪いんだよッ、何で何で何でこんな状況だってのに――――ッ)

 

 どうして、敦盛は喜悦を覚えているのだろう。

 考えてしまう、どうしたって思ってしまう。

 このまま力を強くし続けてしまえば、……瑠璃姫は、死ぬ。

 

(ああ、ああ、ああ、ああ、死んでッ、殺してしまえばッ、コイツの全ては俺のッ!! 違うッ、今はそんな事を考えるなッ!! 目的を忘れるなッ!!)

 

(あはははははははははははっ、求めてるっ、苦しんでるっ、あっくんがアタシを殺そうとしてるっ!! 負けないっ、負けないわっ、もっと、もっと求めてっ)

 

(今俺はコイツの生死を握ってるッ、俺はコイツを殺せるッ、瑠璃姫、瑠璃姫、瑠璃姫ェ!! なんでテメェは笑えるんだよッ!! 落ちろよッ!! 早く落ちてくれよッ!! 頼むからさァ!!)

 

(ああ愉しい、愉しいわっ!! もっと早く気がつけば良かったっ!! あっくんがアタシを殺してしまえば、それはアタシの勝ちよっ!! そう、もっとあっくんっ、アタシに欲情して、アタシに殺意を――――)

 

「――――――ぇ?」

 

 気づいてしまった、瑠璃姫は敦盛の瞳に冷静さが混じっている事を。

 そして、ひと欠片たりとも欲情していない事を。

 

(なに、を――……!?)

 

 何故、どうして、そんな目で瑠璃姫を見ているのだろうか。

 そうだ、もっと早くに気がつくべきだったのだ。

 彼の雰囲気が変化してなお、――その瞳は諦めていない事に。

 

(まさか、まさかまさかまさかまさかっ!?)

 

 しまった油断した、そう彼女の中は荒れ狂う。

 窒息プレイは、ただの反撃ではない。

 意趣返しでもない。

 それは。

 

(――――手段に過ぎないって言うのっ!?)

 

 何かするつもりだ、瑠璃姫を気絶させて。

 好き勝手にセックスなどではない、彼女にとってもっとも不利な行為。

 

(逃げようってのっ!?)

 

(睨んだッ? ――気づかれたかッ!!)

 

 ギュッ、ギュッ、と互いの首を締める力が強まる。

 お互い加減を忘れて、首の骨を折ってしまいそうなぐらいに。

 

(このまま締め落とすっ、あっくんなんかに負けないっ、アタシはあっくんに負けない)

 

(何処にこんな力があんだよッ!! 俺の方が危ねぇじゃねぇかッ!!)

 

 瑠璃姫も敦盛も酸欠で顔が青くなる、このまま共倒れか。

 そう彼女が予想した瞬間であった、彼の手が緩んで。

 

(勝った、アタシが勝っ――――ガっ!?)

 

 ドスン、と腹部に衝撃が走る。

 気絶しそうな痛みに震えて下を見ると、彼女の柔らな腹部に彼の拳がめり込んでいて。

 

(そん、な……――)

 

(悪いな、俺はもう躊躇わない)

 

 彼の首から白い手が離れる、彼女が倒れる。

 敦盛は腹部を押さえる彼女に馬乗りになると、首をもう一度締める。

 

「落ちろッ、落ちろッ、とっとと気絶しちまえッ!!」

 

「~~~~ぁ。っ、かはっ、~~~~~~ぃ、ぁ――――」

 

「俺に殺させないでくれッ、頼むから気絶してくれよおおおおおおおおおおおおおおッ」

 

「~~~~~~~~っ、…………………………」

 

 数秒かそれとも数分か、永遠にも思えた時間が過ぎて瑠璃姫はくたりと気を失った。

 敦盛は慌てて呼吸や鼓動を確かめ、無事だと分かると隣に腰を下ろして。

 

「……………………もう二度と御免だぜ」

 

 だが休憩している暇は無い、いつ彼女が復活するか分からないのだ。

 彼は決意を込めて、手枷を睨んだ。

 

 



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第45話 ハリーハリーハリー!!

 

 体が動かない、意識をうっすら取り戻した彼女が最初に感じた事がそれだった。

 腹部が痛む、喉が、首が痛む。

 ――こんなに呼吸出来ることが嬉しいとは思わなかった。

 だが、そんな事より。

 

「ああああああああああああああッ、根性おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 うるさい、敦盛が叫んでいるのだ。

 

(とっさに気絶するフリして正解、だったわね……いや半分ぐらいマジで落ちてたワケだけど)

 

 そう最後に倒れたのは演技、そこから更に首を締められたのは咄嗟に予想出来なかった事だけども。

 今は、それどころではない。

 

(甘く見てた、アタシを傷つけるのを躊躇わなかったばかりか、自分の体でさえ厭わないなんて――)

 

 彼の叫び声は続く、力付くで手枷を外そうとしているのだ。

 爪が割れても、骨が折れても、決死の覚悟で拘束を外そうとしている。

 

(不味いわ……)

 

 逃げられる、体の復帰にはまだ時間がかかりそうで止めることは出来ない。

 捨て身の彼が、どんどん自由になっていく。

 瑠璃姫の復讐の終わりが、破滅が近づいていく。

 

(悔しい、悔しい悔しい悔しいっ)

 

 また負けた、彼女はまた負けたのだ。

 だが、――まだ終わっていない。

 敦盛はまだ逃げ出していない、そして逃走が可能になっても、それは彼が大きなダメージを負った事でもあり。

 

(…………まだ、終わってない)

 

 そうだ、彼は彼女に勝つために諦めなかった。

 それなのに、どうして彼女が諦めようか。

 

(待つのよ、例えあっくんが逃走に成功して誰かに助けを求めても。――――絶対にひっくり返してみせる)

 

 どんな手を使ってでも、敦盛を手元に引き戻す。

 何故ならば、早乙女敦盛という存在は溝隠瑠璃姫の全てであるからだ。

 彼女は、彼の叫びを聞きながら憎悪を燃やす。

 ――敦盛はそれに気づかずに。

 

「――――はぁ、はぁ、はぁ。痛ぇ、すっげぇ痛ぇ……ははッ、でも外れたッ!! 外れたぜコンチクショウッ!!」

 

 右手首の拘束は外れ、代償に親指の付け根の間接から大きな異音と泣いてしまいそうな痛み。

 だがそんな暇は無い、瑠璃姫が復帰する前に全ての拘束を外さなければならない。

 

「急げ、急げよ……」

 

 手が自由になったのならば、足は簡単だ。

 というより今まで外さなかったのは、眠気や瑠璃姫を警戒しての事である。

 

「手首のを無理矢理外しても電流は流れなかった、となるとフェイクかスイッチをコイツが握ってるかだな。…………この変な箱も、一応全部壊しておくか? GPSとか仕掛けられてても……いや今は止めておく」

 

 時間が許すならば己のスマホを探すつもりだ、そしてスマホを使ったのならば彼女は絶対に位置を把握するだろう。

 

「コイツのスマホは無理って考えた方がいいな、俺にロックを外せる訳がねぇ。……その前に、これ外れるか?」

 

 首輪には鍵が、そもそも首輪に関しては金属製である。

 とても力付くで外せるようには思えない、可能性があるとすれば鎖。

 首輪から延びて、壁に繋がっている鎖である。

 

「…………多分、行ける筈なんだ」

 

 監禁生活の中で気づいた事がある、彼女は何処かに移動した様にほのめかしていたが。

 恐らく、何処にも移動していない。

 十中八九、同じマンションの一室。

 なんなら、瑠璃姫の家の一室である可能性が高い。

 

(白い壁で上手く隠してるが、部屋の形といい大きさといい見覚えがあるんだよな)

 

 つまりそれは、壁の材質も同じという事。

 この白い壁が金属で出来ている可能性もあるが、同じマンションの一室である事を考慮すると。

 

(何枚かの板として運んで組み立てるしかない)

 

 それを四六時中一緒にいた敦盛に気づかれず、施工する事が出来たとして。

 男の力で取り外せない程に、頑強に固定出来るのだろうか?

 

「ファイト一発ううううううううううううううううううッ!!」

 

 背負い投げの要領で鎖と肩に、そのまま力任せに引っ張ると。

 ガコン、バリッ、という音と共に根本から抜ける。

 

「何とかなったか……、引っ張ると電流が流れるやつだったら詰んでたぜ」

 

 ならばもう後やる事は、たったひとつ。

 

「俺は自由だああああああああああああ!!」

 

 敦盛は脱兎の如く走り出した、正直、首や手足からぶら下がる鎖が邪魔であったが。

 そこは無視するべき所だ。

 彼は喜び勇んで扉を開けて、外に出ると。

 

「うっしやっぱ瑠璃姫んチじゃねぇかッ!! ……まだ気絶してるみたいだな、せめてパンツだけでも回収して――ひッ!?」

 

「ドコ、に、いこうって、の、よ……あっくん?」

 

「瑠璃姫テメェ復活早いんだよッ! でも立ち上がれも出来ずに何が出来るッ!! 俺は逃げさせて貰――――ああもう足を放せッ!!」

 

 そう、パンツを拾おうとした瞬間。

 彼の足首ににゅっと手が伸びて、見下ろすと激怒した瑠璃姫が。

 まだ自由に体を動かせていない事が救いであったが、彼の足首を掴むその握力は尋常じゃなく強く。

 彼女の、憎悪の強さを示していた。

 

「ほら、どうしたの蹴ってでも振り払いなさいよ」

 

「ほざいたなテメェ……」

 

「言っておくけど、全部撮ってるわよ。これを編集しマンションや学校に配れば……果たして悪いのはドッチかしら?」

 

「今更そんな脅しが効くかよッ、オラッ!!」

 

「い゛だっ゛!! あ、アンタ少しは容赦しなさいよッ!! 腕折れるかと思ったじゃないっ!?」

 

「そんだけ喋れれば余裕だろ、じゃあな俺は逃げさせて貰うッ!!」

 

 瑠璃姫の腕を強く踏みつけ怯ませると、敦盛は彼女から逃げ出す。

 こうなったら余分な事をしている暇は無い、スマホどころかパンツすら履いていないがマンションから逃げるしかない。

 

(警察か? ――いや、学校へ……チッ、念を入れすぎだバカオンナッ! 内側にも変な鍵があるッ!!)

 

 短い廊下を疾走し、玄関にたどり着くも何重にも鍵が存在している。

 ならばベランダから敦盛の部屋のベランダへ、そこから窓をぶち破るか非常階段を使って逃げるしかない。

 だが、ぺた、ぺたという足音が背後に迫って。

 

「あっくんんんんんんんんんんんんんんんん!!」

 

「のわあああああああああああああああっ!? もう歩けるのかテメェ!!」

 

「あっくんあっくんあっくんあっくんあっくんあっくんあっくん――――絶対に逃がさないいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 血走った目で全裸の瑠璃姫が襲いかかり、敦盛は彼女を殴り倒す為に拳を握りしめるのであった。

 

 



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第46話 喪われていく尊厳

 

 

(まだ足りなかった、あっくんに勝つためには――もっと捨てないと……)

 

 ベランダには行かせないと取っ組み合いをする中、瑠璃姫もまた更に覚悟を決めた。

 敦盛が精神、体とも衰弱している今だからこそ、体格的に劣る瑠璃姫でもダメージの抜け切れぬ体で押さえされている。

 だが、それも長くは続かない。

 

(長引かせれば体力的にアタシが有利だけど……あっくんは追いつめれば追いつめる程ヤバくなるっ!)

 

 だから、ここで決着を付けなければならない。

 彼女のその様子は敦盛にも伝わっており、焦燥感が体を突き動かす。

 

(どうするッ、捕まってあの部屋に戻れば今度こそ心が折れるぞおいッ!! 今のコイツだと全力で殴っても――チッ、手足は痛いし鎖が邪魔くさいッ!!)

 

(…………これ、利用出来そうね。それから――)

 

(そうか鎖ッ、もっかい締め落とす? ……いや、これで縛った後で足を折ればッ)

 

(足りなかったのは暴力という覚悟だけじゃない、それを理解させてあげるっ)

 

 全裸の男女が相撲を取るように組み合って、突き飛ばし突き飛ばされて。

 その瞬間であった、瑠璃姫は敦盛の首輪から延びる鎖を掴み。

 

「――――動くな。動くと悲惨な事になるわよあっくん」

 

「はんッ、それで形勢逆転したつもりか? 力で俺に勝てるとでも? ここにはお前の発明品も無いぞ?」

 

「挑発しても無駄よ、抵抗するなら…………ウンコを漏らすわっ!!」

 

「やれるもんならやってみろよッ!! ウンコだろうと何だろうと――――いや待てテメェ今なんて言った?」

 

 思わず静止してしまう敦盛、聞き間違いだろうか。

 どうもとんでもない事を聞いた気がするのだが、その中身を脳味噌が理解を拒む。

 

「繰り返すわ、――――抵抗するなら今この場でウンコ漏らして投げつけるわよっ!!」

 

「どうしてそうなったんだッ!? は? マジ? マジかテメェッ!? そ、そそそそそ、そんな嘘に俺が騙されると思ってんのかッ!?」

 

「マジもマジ、大マジよ。……アタシは理解したの、アンタに勝つのに尊厳すら捨てる必要があるって」

 

「それ女の子として捨てちゃ駄目なヤツッ!?」

 

「いいえ捨てるわっ!! アタシに目の前でウンコをされたくなければっ! そのウンコを投げられたくなければ投降しなさいっ!!」

 

 次の瞬間、ぶふぅ、と臭く大きな音が敦盛に届いて。

 

(うわああああああああああッ!? こいつマジな屁をこいたぞッ!?)

 

 当然慌てる、どうして予想出来ようか冷静でいられるだろうか。

 何が何でも捨て身過ぎる、彼女は美少女で敦盛の愛する存在で。

 そんな女の子が目の前でウンコを恥ずかしげも無く漏らすと、そしてそれを己に投げると。

 

「………………う、嘘だ出来っこ無い」

 

 ギュルルル、ブホッ、と汚い音が。

 もう駄目だ、敦盛は自分自身ですら騙せない。

 彼女がウンコを漏らさないという前提で、思考を組み立てる事が出来ない。

 何より彼を見つめるその赤い瞳が、――彼女の覚悟を伝えて。

 

(あ、ああ……これは、いや。これがコイツが感じてた思い)

 

 こんな状況で理解したくなかったが、理解してしまった。

 全身全霊をかけて、全てを投げ捨てても相手が己を求める快楽というものを。

 瑠璃姫が、敦盛に求めていた、感じていた想いを。

 

(――――恥だ)

 

 彼女を愛するが故に、今この場で引き下がるのは恥だ。

 暴力でも、逃亡でも無い。

 第三の手段で、瑠璃姫を倒して脱出しなければならない。

 だから。

 

「お前の覚悟は分かった、――――なら俺もウンコを漏らすッ!!」

 

「口だけのあっくんに出来るの?」

 

「これが俺の覚悟ッ!!」

 

 次の瞬間、敦盛は額に青筋をたててキバる。

 腹筋に力を全集中、そして。

 ――ぶぅ~~~~。

 

「うわ臭っ!? アンタのおなら臭っ!?」

 

「どうだ、感じてくれたか俺の想い……」

 

「いやウンコ臭さしか感じないわよっ!?」

 

「さっきの言葉をお前に返そう――――抵抗するなら今この場でウンコを漏らしてテメェに投げるッ!!」

 

「出来るものならやってみなさいよっ!!」

 

「瑠璃姫ェ!!」「あっくんっ!!」

 

 二人はプルプルといきみながら睨み合う、迂闊には動けない。

 共に決壊寸前、だが安易に漏らす訳にはいかないからだ。

 

(ウンコを放出し、拾って投げる。――駄目だそれでは三行程ッ、受け止めてそのまま投げるッ、これで短縮されたッ)

 

(出して受け止めて投げる、それで心は折れるっ! ――けどそれはブラフよ)

 

(出す瞬間が一番無防備ッ、そこを狙われてトイレに押し込まれたらピンチだッ)

 

 幸か不幸か、トイレは真横。

 先ほどの押し合いにより、その場所まで来ていたのだ。

 じわじわと脂汗が額に滲む、ウンコを我慢しているからだ。

 ――決着の時は近い。

 

(どうするどうでるッ、もう限界だッ!! 投げるかトイレに押し込むかッ!)

 

(鎖を持っているのはコッチよっ、だから漏らしてでもトイレに押し込む!!)

 

(………………いや違う、違うッ! 瑠璃姫は俺のウンコを投げても心が折れないッ! トイレに押し込めばその隙に俺がウンコをくらうッ!?)

 

(はんっ、気づいたわねその顔。そうよアンタとアタシでは前提条件が違うのよっ!!)

 

 そうだ前に彼女はなんて言っていたか、敦盛を責める為に己を傷つける汚せさせると。

 つまりはノーダメージ。

 怯むだろうが、心は折れない。

 

(――――待て、怯ませるだけでも良いのか)

 

 ウンコをくらえば、トイレに押し込まれれば敦盛の再監禁が確定する。

 だが、少しでも隙が出来たのなら話は別だ。

 そしてそれは、このウンコ勝負の勝利にも繋がって。

 肛門が、――――決壊する。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「ドコにこんな力が――――ってアンタマジっ!? え? は? うええええええええっ!?」

 

「受け止めて貰うッ、テメェの手でなッ!!」

 

 ぶりぶりぶりぶり、ぶちゅぶちゅぶちゅ。

 間一髪で敦盛は鎖を引き、瑠璃姫の手を己の肛門に押しつける。

 そしてウンコは彼女の手に落とされ、彼女もそのショックでも漏らす。

 溝隠家の廊下は、ウンコの匂いで充満し。

 

「い、イヤアアアアアアアアアアアアアアアっ!?」

 

「ふはははははははははッ!! ケツなんか悠長に拭けるか俺は逃げさせて貰うぜええええええええええええええええッ!!」

 

「ちょ、ちょまっ!? これ捨てっ、いや投げ――ってもう居ないっ!?」

 

 ……いくら己のウンコを投げる覚悟があっても。

 己の手に相手のウンコを乗せられた上で、冷静に相手へ投げられるなら瑠璃姫は今日まで敗北していない。

 

(グッバイ、俺の尊厳……)

 

 背中に届く罵声を遠く感じながら、敦盛はベランダの非常階段から見事に脱出したのであった。

 

 



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第47話 クラス争乱

 

 

 端的に言おう、――敦盛は学校へたどり着いた。

 落ちていたコンビニのビニール袋をパンツの代わりに、道中、不審者として通報されかけても。

 

「な、なんとか校庭まで来れたぜ…………」

 

 だが人の目を避けた事、そして素足という不利な状況は普段の倍以上の時間を取られて。

 現在位置は校門近くの茂みであるが、ここまで来ればクラスまで後少し。

 問題は。

 

(最悪の場合、瑠璃姫が先回りしてクラスの連中を味方につけている、か…………)

 

 だがその可能性は薄いだろう、と敦盛は予想していた。

 ウンコの処理、そして着替え、もう少し言えば彼が学校へ逃げ込む事も不確定であり。

 

(けどまぁ、来るだろうな。アイツも俺が学校に来てるって確信してる筈だ)

 

 ならば瑠璃姫は罠を用意するだろう、敦盛を捕らえる仕掛けをする。

 その準備がもう終わってしまったのか、それともまだ間に合うのか。

 

(ここで悩んだって仕方ねぇ……行くかッ!!)

 

 茂みから飛び出し、敦盛は自分のクラスへと走り出す。

 瑠璃姫の罠が待ち受けていても、竜胆や円が居るならば即断即決で力になってくれると。

 そして。

 

「――――敦盛っ!? 無事…………じゃないねそれ?」

 

「お前……いったい何があったんだよ?」

 

「あちゃー、気づくのが遅かったみたいだね。でもまだ間に合いそうで一安心だよ」

 

「…………えっと、誰か早乙女君にジャージ貸してあげれないかしら?」

 

「良かった……瑠璃姫は来てないなッ!? まだ来てないんだなッ!?」

 

 敦盛は思わず涙した、間に合ったのだ彼女の罠が張り巡らされる前に。

 思わずしゃがみ込む敦盛を、親友二人は助け起こしジャージを渡す。

 

「おろろろろーーん、竜胆ッ、円ああああああ!!」

 

「くっ、何があったんだ敦盛! こんなにやつれて……しかもウンコ臭いぞテメェ」

 

「やっぱり瑠璃姫さんは敦盛を幸せにしてくる人じゃなかったんだっ!! こうなったらオレが二股かけてでも敦盛を幸せに……!!」

 

「あ、それはノーサンキュー。伊神先輩に殺されるぞ円?」

 

「…………何があったか、話してくれるわよね早乙女君」

 

「そうだね、辛いかもしれないけど話して欲しい。――僕らは君も味方さ!」

 

「先生……俺は、俺は…………ッ」

 

 ぼろぼろと涙を流す敦盛、もう安心だ。

 頼りになる親友達、そして尊敬する脇部先生。

 皆が居るなら――――、もう大丈夫だ。

 

(地獄からの解放ッ!! これで仕切り直しが出来るってもんだぜ!!)

 

 仕切り直して果たしてどうなるのか、意味があるのか。

 瑠璃姫との関係は今後どうしたいのか、そういった答えは考える事すら辛い状況だけれども。

 安心していた、これで何とかなると。

 ――その、瞬間であった。

 

「あっくんとアタシに何があったか……それはアタシが答えるわっ!!」

 

「ゲェ! 瑠璃姫ッ!? 助けて竜胆、円!!」

 

「はっ、やろうっての溝隠さん!」

 

「落ち着け円、まだ何も分かっちゃいないんだ。そうでしょう先生」

 

「入屋見君の言うとおりだね、ここは席に座って落ち着いて話そうじゃないか」

 

 元気よく入ってきた瑠璃姫であったが、制服の袖や襟から覗く包帯は痛々しく見え。

 それが一層、クラスの皆に混乱を与えた。

 然もあらん、方や全裸も同然でウンコ臭く。

 もう一方は、顔から下は包帯まみれ。

 

 円と竜胆は敦盛を信じるが故に警戒し、奏は慎重な判断の為に静観。

 残るクラスメイトも同じ様なもので。

 それを即座に見抜いた瑠璃姫は、ニマリと笑って宣言する。

 

「悪いけど、これはアタシとあっくんの問題なの。口を挟まないで頂戴」

 

「とは言っても溝隠さん、早乙女君は酷い格好でかなり消耗してるし。君も平気に見えて尋常じゃない怪我に見える。……教師として大人として、いや一人の人間として見過ごすコトは出来ないよ」

 

「…………どうあっても口を挟むと?」

 

「場合によっては、強制的に君たち二人を引き剥がすコトも考えてるって言ったら?」

 

「……」

 

「……」

 

 生徒と教師、火花を散らしあって。

 敦盛も竜胆の背中で息を飲んで見守る、是非とも脇部先生には頑張って欲しい。

 今の二人の関係には、時間的、物理的距離で一端沈静化をはかるしか無いのだ。

 だが。

 

「ではココで取り出したるは――不思議なメガネっ!!」

 

「えっ? 溝隠さんっ!?」

 

「そう世紀の天才は遂に発明したわっ! 全人類が求める理想のメガネ――――即ちっ、見た相手からの好感度が分かるメガネ!!」

 

「ホントっ!? それマジでちょっと試してみても良いかなっ?」

 

「いや先生ッ!? それは罠だ話を反らされてる聞いちゃ駄目だってッ!?」

 

「まぁまぁ、僕も分かってるよ早乙女君。だからこう考えるんだ、一度試してみて危険そうだったら没収する」

 

「先生? 僭越ながらその心は」

 

「良い質問だね福寿さん、――好感度を計るメガネなんてそんな楽しそうなモノ見逃す筈ないじゃんっ!! いやぁ、マジなら学生時代に欲しかったなぁ……」

 

「しまった瑠璃姫の発明は脇部先生への特効だったッ!? というかマジで危ないですから、そんなホイホイかけないで――――」

 

 敦盛の制止も虚しく、脇部先生はメガネを着用。

 すると、目を輝かせて。

 

「うおおおおおおおおっ!? なんかマジっぽいっ!! これマジっぽいよ世紀の発明だよ溝隠さんっ!! いやぁこれ教師必須じゃないかなぁ、生徒からの好感度分かるとか大助かりだ――――ところで溝隠さん、質問があるんだけど」

 

「何でもどうぞ先生」

 

「誰とは言わないけど、好感度が100を越えてる人が居るんだけどさ。これって上限は?」

 

「良かったですね先生、一般的な恋人の数値が100前後になるように設定してるわ。そしてもう一つ、実はこのクラスの女子に先生の熱心なガチ勢が居るの」

 

「…………じゃあもう一つ、このメガネ外れないんだけど?」

 

「とても良い質問よ先生、誰かがあっくんを捕まえてアタシに引き渡してくれたら外れるわ。そしてそのメガネを報酬としてあげるつもり」

 

「………………もし僕が渡さないって言ったらさ、もしかして?」

 

 敦盛の引き渡しか、それともメガネか、クラス全員には両方の意味で伝わっていた。

 その上で。

 

「殺してでも奪い取る」「悪いな敦盛」「先生、覚悟してくれ」「ふふ腕が鳴るわねッ」「これで脇部先生からの好感度が分かる?」「え、貴女だったの?」

 

 生徒達はギラついた目で、敦盛と脇部先生の包囲網を作り始め。

 

「――――俺達の後ろに隠れてろ敦盛」

 

「竜胆!」

 

「俺も火澄ちゃんを呼ぶ、だから敦盛……安心して欲しい」

 

「円!」

 

「…………私はこっちに着くわね」

 

「おい奏っ!? なんでテメェはそっちなんだよっ!?」

 

「そうだよここは一緒に敦盛を守る流れじゃないのっ!?」

 

「いえ恋する乙女たるもの、こんなアイテム見逃せる筈ないじゃない。大丈夫よ早乙女君の事は後日手を貸すわ」

 

「うーん、これは大ピンチだねぇ……。大学の時に僕の奥さんのファンに詰め寄られたのを思い出すよ」

 

「今そんなちょっと気になる事を言わないでくださいよ先生ッ!?」

 

 頼りになる仲間が居て、安心の筈だった。

 窮地を脱した筈だった。

 だが現実はどうだ? 敦盛は為す術なく追いつめられている。

 ――――絶望の淵が、そこまで見えていた。

 

 



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第48話 グレート・ピンチ

 

 

 早乙女敦盛・脇部英雄包囲網はじわりじわりと縮まって。

 狭い、とは言わないがあくまで教室として普通のサイズである。

 一角に追い込まれてしまえば、もう逃げ場は無くて。

 

(いやぁ、久々に追いつめられちゃったなぁ。僕もまだまだ想定が甘い、――この場合は溝隠さんが上手だったってコトかな?)

 

(ふっ、先生。アタシはアンタを甘くみないわ。ええ、あっくんを覗けばこの学校一厄介な相手。――でも卒業生ってのが仇になったわね)

 

(この感じ……、もしかして脇部先生でもダメなのかッ!? いや信じろッ、先生と竜胆と円をッ!! まぁ正直言って盾にしかならなさそうだけどよッ!!)

 

 がるるとスマホ片手に威嚇する円、拳を握りしめる竜胆。

 包囲する生徒も鞄などや、ガムテープを構えて交戦の構え。

 何かの拍子に、大混乱が起こる。

 誰もがそう確信していたが――――。

 

「脇部英雄はッ!! 私の夫はここだなッ!!」

 

「あれっ!? フィリアってば何でココにっ!?」

 

 ドアがガララと開けば、登場するは金髪の美女。

 それも怒り狂った、と表現するのがピッタリの。

 どうやら脇部先生の知り合いらしいが、とても聞けるような感じではない。

 

「ほう? 良いご身分だな英雄……生徒に囲まれて実に楽しそうだ」

 

「うーんそう見える? でもちょっと修羅場ってるから後にして欲しいな」

 

「妻の頼みでもか?」

 

「今の僕は教師だからね」

 

「ところで話は変わるが、君が不倫しているという話が飛び込んできてな」

 

「それって話変わってるの?」

 

「君次第といった所だな、で? 私という者がありながらどういうつもりだ? 返答次第によっては血を見る事となるぞ?」

 

 あ、これアカン流れだ。

 脇部英雄のみならず、敦盛も、瑠璃姫を除いたクラス全員が確信した。

 この美女がやってきたのは、どう見ても彼女の仕業。

 

(うわああああ、色々聞きたいッ!! あの脇部先生の奥さんッ!! 在校生の時に超ラブラブトラブルメイカーとして校内を荒らしまくった伝説の二人が今ココにッ!! でもそういう場合じゃねぇッ!! というか危険度が上がってるよな絶対ッ!!)

 

 瑠璃姫はいったい何を目的としているのか、クラスの皆に敦盛と脇部先生を狙わせ。

 そして先生への刺客として、奥さんを呼び込んだ。

 

(――――――あッ!! あああああッ!?)

 

 敦盛は気づいてしまった、これは徹底的に彼を追いつめて捕縛する作戦だったのだと。

 彼は親友と担任教師を頼った、だが恐らくそれは一番の悪手。

 

(脇部先生と封殺されたッ!? そして竜胆と円は数の暴力で押さえられるッ!)

 

 だが一つだけ状況を打破出来る可能性が残っている、それは学内最強と言われる円の彼女――伊神火澄。

 彼女ならば円の頼みを聞いて、全てを粉砕してくれそうなものだが。

 

「――――? ところで英雄、君の浮気相手と名高い赤い髪の美少女とは何処に居る? 君の受け持ちの生徒じゃないのか?」

 

「何それ初耳だよっ!? 赤い髪の……? それって三年の伊神火澄さんじゃあ――――」

 

「――――私を呼びましたか? というかどんな状況なのこれ、聞いていたのと少し違うのだけれど」

 

「お前が英雄の浮気相手かッ!! ここで会ったが百年めッ!!」

 

「うわ何この美人っ!? どうして私に襲いかかってくるのっ!?」

 

(ですよねーー、チクショウッ!! これで伊神先輩は封じられたし脇部先生もソッチに専念するしかないよなァ!!)

 

 全ては計算されていたのだ、円が火澄をこのタイミングで呼ぶ事も。

 それに脇部英雄の奥さんが居合わせる事も、そして好感度メガネの為の敦盛争奪戦があるならば。

 

「今のウチだ早乙女を確保しろ!!」「竜胆は任せろ」「円は俺が」「俺は先生を」「アタシも先生を!」「よーし半分は三人に回せっ! 残りは敦盛だっ!!」

 

「ぬおおおおおおおおおおおッ、俺は逃げさせて貰うぜえええええええええ!!」

 

 敦盛は必死になって逃げ出す、そんな彼の背に。

 

「ごめんね早乙女君っ!! 必ず助けに行くから――はいはいフィリアも伊神さんもちょっと待ってね、今誤解を解くからっ!」

 

 脇部英雄、動けず。

 

「テメェらマジで妨害すんのかよ、少しは敦盛の味方しろってんだ!! ――――って奏!? テメェその手錠は何だ俺をどうするつもりだああああああッ!?」

 

 入屋見竜胆、むしろピンチ。

 

「ダメだ竜胆っ! 友情より裏切りの利益だよ! まぁ俺達も敦盛相手じゃなけりゃ裏切るしそんなもんだよね――――あ、はいはい押さえて押さえて火澄ちゃん、先生の奥さんは敵じゃないからっ!! いやまぁ他のヤツらは殴ってもいいけど」

 

 樹野円、愛する彼女を押さえるのに必死で。

 つまる所、敦盛が頼みの綱としていた者達が全員封殺されたという事であり。

 

「待て敦盛いいいいいいいい!」「俺のバラ色の学校生活の為の犠牲となるがいい!!」「抜け駆けすんじゃねぇあのメガネはオレが手に入れるんだ!!」「男子にメガネを渡すな!」「女子は協力するわよ!」「ええ、早乙女君を手に入れた時には報酬は順番で!!」

 

「どうしてこうなったんだよッ!! 俺に安住の地は無いのかよおおおおおおおおおおおッ!! マジで泣くぞッ!! ギャン泣きすっぞオラアアアアアアアア!!」

 

 学校を舞台に、敦盛のみを標的とした鬼ごっこが始まったのであった。

 

 



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第49話 封鎖

 

 決死の覚悟のたった一人、欲望に突き動かされた多数。

 そんな鬼ごっこは敦盛の逃走により呆気なく終わる、――少なくとも開始数分まではそういう流れであったが。

 

(チッ、やっぱり一筋縄じゃいかねぇか……つか詰んでねこれッ!? ああもうッ、どうすりゃ良いんだよおおおおおおおおおおおッ!?)

 

 恐ろしきは欲望の力か、クラスメイト達は普段からは考えられないチームワークを発揮して。

 

(やけに先回りされてると思ったんだよッ、チクショウ……誘導されてたなコレ。校門を封鎖する為の時間稼ぎに乗っちまったって事かッ)

 

 今は校門近くの茂みに隠れては居るが、時は敦盛の味方をしてくれない。

 追加の人員が来て、校門の周囲から調べ始めている。

 位置が悪い、このままだと直ぐに見つかるだろう。

 

(――――賭けに出るか、アイツらも力付くで来るんだ殴られる覚悟ぐらいしてるだろ)

 

 何もこの場に居る全員を相手にする必要は無い、校門の二人、調べている二人。

 

(全力で駆け抜けて、校門前の一人にジャージを被せる。そんでそのまま外へ)

 

 外に出ても彼らは追ってくるだろうが、何処までもという訳にはいかない、……恐らく。

 

 そして全力疾走で家に行けば。少なくとも瑠璃姫やクラスメイトはまだ居ない、……恐らく。

 

 もしくは途中で引き返して再び学校内へ、或いは竜胆や円の家へ、現段階ではまだ手が回っていない筈だ、……恐らく。

 

(恐らく、恐らく、恐らく…………ケッ、嫌になるな。全部が不確実で一歩間違えば終わるじゃねーか)

 

 だがグズグズしている暇は無い、敦盛は意を決して茂みから飛び出し、直後。

 

「止まりなさい早乙女君!! 竜胆と円がどうなっても良いの!!」

 

「――――竜胆ッ!? 円ッ!? ズリィぞ奏さんッ!?」

 

「むーむー!!」「もがもがもがっ!!」

 

「足を止めたな敦盛ぃ!!」「今だかかれ!!」「好感度メガネの為に!」「あの子の好感度の為に!!」

 

「しまったッ!? 離せテメェらァああああああああああ!!」

 

 哀れ、敦盛は捕まってしまってガムテープでぐるぐると。

 だが今は、それを気にしている場合ではなく。

 

「なんで二人を人質にしてるんだよ奏さんッ!? つーか竜胆をこんな事に利用して良いのかよッ!!」

 

「大丈夫よ、――竜胆は貴方達二人の様に、この後一週間は私と蜜月を過ごすから」

 

「竜胆おおおおおおおおおおッ!? テメェもっと頑張れよッ!? 俺だけじゃなくてテメェもヤバいんじゃねぇかッ!?」

 

「モガアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「むむむぅ……」

 

「ニュアンスは分かるが、何て言ってんのか分からねぇよ…………」

 

「ふふっ、竜胆をゲット出来て好感度メガネもゲット。これぞ一石二鳥って事ね!」

 

 嬉しそうにする奏は、とある事に気づく。

 思いの外、大人しいのだ敦盛が。

 この状況なら、どんな犠牲を払ってでも竜胆と円を解放しようと暴れると踏んでいたのであったが。

 

(――捕まったまま、叫びこそすれ。いえ、このまま瑠璃ちゃんの所に行けるのなら楽なのだけれど。……その前にあの人は来てくれるかしら)

 

(はッ、一瞬焦っちまったけど……、これは悪手だぜ奏さんッ!! テメーは大切な事を忘れてるッ!!)

 

(どうにも不自然だわ、全裸になってでも学校まで来た早乙女君が……何を考えてるの? まだ何か手があるっていうの? いえ、私の考えが正しいのならば考えてる事は一緒で――――)

 

(賭けだ……これはさっきのより本当に賭けだ、逃げ出す目が出てくれば重畳、最悪諸共に……)

 

 昇降口へ視線を向ける敦盛、その目は死んでおらず、その額には脂汗が。

 奏もまた同じ事に思い至って、ならば。

 

「――――不味いっ!! 今すぐにこの場から離れるわよ皆っ!!」

 

「どうしたんだ福寿さん、早乙女も抵抗諦めたみたいだし。増援を待ってからでも……」

 

「それじゃ遅いのっ!! ほら早く早乙女君を立たせてっ!!」

 

「どうする?」「まぁ従うとすっか」「分け前が減るもんな」

 

 彼らは奏の言うとおりに、二人が敦盛に付き、残る二人が円、竜胆は奏自身がしっかり管理して。

 だが、その瞬間であった。

 

「――――――――ねぇ、教えてくれないかしら? 私の愛しい円を連れて……何処へ逃げようって言うの?」

 

「来たッ!! 助けて伊神先輩ッ!!」

 

「しまった遅かった!?」

 

「もが!!」「もがもがっ!?」

 

「あ、やべ」「詰んだ?」「いや俺は逃げる」「三十六計逃げるってね!」

 

 そう、やって来たのは校内の頂点とも言える美人で。

 同じく戦闘力も校内頂点と囁かれる――伊神火澄。

 夕日の様に赤い髪が特徴的な、校内最強。

 

「確か円のお友達の……竜胆って子の恋人さんで福寿奏さん、だったかしら? 良い度胸してるわ誉めてあげる、混乱に乗じて自分の恋人を確保しただけじゃなくて、――――私の大切な、とても大切な円まで連れて行ってしまうなんて」

 

「あ、いえ、伊神先輩……これには……、そ、そう事情が!! 事情があって」

 

「具体的には?」

 

「だって好感度が見えるメガネですよ! しかも竜胆を私が独占するチャンスでもあるんですよ! な、なら――私は竜胆の親友だろうが、私に好意を抱いてくれている人だって犠牲にするわ!!」

 

「………………へぇ」

 

 殊更に冷たい声が響いた、誰もが伊神火澄が発するプレッシャーに硬直して。

 だがその中で、敦盛は必死になって思考を巡らせていた。

 これはチャンスなのだ、この場から逃げ出せる絶好の機会なのだ。

 

(伊神先輩の嗜好は円から聞いてるッ、――問題はどう訴えるかだ、先輩が好む様に、それでいて俺に有利になる様に……)

 

 親友の恋人であるが故に、結果がどうなるか未知数であるが故に、最初から可能性から排除していたジョーカー。

 ただ美人で、ただ強くて、それだけで伊神先輩がここまで恐れられている理由にはならない。

 

 ――――悪癖、他人の色恋において横恋慕や、屈折した愛情等の関係のカップルに好んで口を出し、容赦なく悪化させる悪癖が彼女にはある。

 

(結果的に上手く行くから一部ではキューピッド扱いだけどさァ……、円もよくこんな人を……いや俺が言える事じゃねぇか)

 

 ごくりと唾を飲んで敦盛が訴えようとしたその時だった、伊神先輩はツカツカと足音を立てて奏の前に立ち。

 その顔をじっくり覗き込む、奏は目を反らす事も出来ずに受け入れて。

 

「――――つまらないわね」

 

「い、伊神先輩? どういう事ですか?」

 

「つまらない、と言ったのよ福寿さん。……貴方は強い、こんなつまらない手を使わなくても恋を成就させるでしょう、でも心意気は買ったわ、円を利用した事は許してあげる」

 

「ちょっと待ってくれよ伊神先輩ッ!?」

 

「早乙女敦盛、ふふっ、いつも円がお世話になってるわ。この子の親友で居てくれて私も嬉しいの」

 

「あ、それはどうも……じゃなくてッ! 俺を助けてくださいッ! このガムテを剥がしてくれるだけで良いんでッ! お願いしますッ!!」

 

「いやよ」

 

「そこを何とかッ!」

 

「残念ながら、答えはノーよ早乙女君」

 

 くつくつと笑いながら、彼女はゆっくりと歩き円の口を封じていたガムテを剥がす。

 彼を受け持っていたクラスメイトは、思わず飛び退いて。

 

「ちょっと待ってよ火澄ちゃん、……敦盛の力になってくれないかな。俺からも頼むよ」

 

「いくら円の頼みでもそれは聞けないわ」

 

「理由は? 俺が納得出来る理由を言ってよ火澄ちゃん」

 

(が、頑張れ円!! お前だけが頼りだ円!!)

 

 敦盛の期待の視線を受けて、円は恋人に鋭い視線を送る。

 しかし、彼女は微笑んで首を横に。

 

「――――だって、面白そうじゃない。愛でも恋でも無いのに早乙女君を手段も外聞も選ばず独占しようとする彼女、そしてそんな彼女を今も愛してる早乙女君…………、嗚呼、なんて面白そうなのでしょう!!」

 

「あ、これダメだ敦盛」

 

「もっと粘れよ円ッ!? テメェ諦め早すぎだろッ!?」

 

「いやでも敦盛、長いこと火澄ちゃんの側で見てきた身からすると。君と溝隠さんは相当に歪んだ関係だろ? 二人だけじゃ解決しないから敦盛も逃げ出したんだし…………ここらで俺達が間に入って、解決の糸口でも見つけられないかな?」

 

「正論が痛いッ!! 確かにそうだけどッ、敢えて言うがテメェらは瑠璃姫を知らないから言えるんだッ!! アイツに引き渡されたら最後、俺は――俺はあああああああああああ!!」

 

 最後の賭けに負けた、負けたどころか考えられる最悪のパターンを引いた。

 その事に、敦盛は絶望的な気分になって。

 

「さ、行きましょう皆。ふふっ、楽しみだわ……どんな修羅場を見せてくれるのかしらっ!!」

 

「…………本当にごめんなさい早乙女君、実は先輩が暴れてくれる事を期待して、それで貴方を逃がそうと考えてたんだけど」

 

「ちなみに竜胆の事は?」

 

「ああ、それは本当よ」

 

「もがッ!? もがああああああああ!?」

 

「あ、君は助けないからね竜胆」

 

「もっがあああああああああああ!!」

 

 もがく竜胆の声をBGMに、敦盛は強制連行されて行くのであった。

 

 



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第50話 淵

 

 

 教室に続く道、その一歩一歩が地獄に続いてる様に思えた。

 最後の賭けに失敗し逃走は失敗、竜胆は行動不能、円は善意だろうが死刑宣告に思える。

 担任の脇部英雄もどうなっているか分からない、そして何より――瑠璃姫だ。

 

(どうして……どうしてこうなったんだよ……)

 

 もっと、彼女に優しくすれば良かったのか。

 もっと、彼女の心を察して離れれば良かったのか。

 もっともっと、もっともっと、答えの出ない事を求めて心は乱れる。

 

(こんなに苦しいなら――出逢わなきゃ良かったのか?)

 

 瑠璃姫とう人生に敦盛が関わらなければ、あの日、無邪気に彼女とゲームで争わなければ。

 彼女と過ごした日々は、間違いだったのか。

 

(でも、でもさ……)

 

 楽しかった、嬉しかった。

 彼女の作り出す発明で騒ぐのも。

 彼女が美味しそうに、敦盛が作った料理を食べるのも。

 

 寝付けない夜に、徹夜でゲームをしている事もあった。

 雨の日に、二人で寝ころんでマンガを読んでいただけの日もあった。

 勉強を教えて貰った日もあった、新しい服でファッションショーをした日もあった。

 

 バレンタインには義理だと言ってチョコをくれ、クリスマスにはプレゼントを送りあい。

 誕生日には二人だけでパーティを開き、去年は確か豪華にも炊飯ジャーを貰った筈だ。

 瑠璃姫に送ったのは、夜な夜な手縫いしたクッションで。

 そんな日々が、掛け替えのない日々が。

 

(全部……嘘だったっていうのか? もう二度と帰ってこないのか?)

 

 改めて今、敦盛は直面した。

 瑠璃姫は敦盛の事を憎んでいて、きっと全てが好意を抱かせる罠だったのだ。

 でも。

 

(――――こんなに好きなのに、今でも、今までの事は嘘じゃないって思ってしまうぐらいに、愛してるのに)

 

 彼女には届かない、伝わっても、受け取ってくれない。

 返ってくるのは憎しみだけで、未来永劫、死ぬまで彼女の憎しみに晒されて、逃げることも許されないというのだろうか。

 

(また戻るのか? あの白い部屋に拘束されて? また? アイツを傷つけて、全てを奪われて望みが無いまま生きるのか?)

 

 絶体絶命のバッドエンド、ピンチを通り過ぎて行き止まり。

 この先には何もなく、絶望だけが待っている。

 

(俺は…………俺は…………――――)

 

 こういう話がある、窮地に陥ると人は本性を露わにするという。

 では早乙女敦盛の場合はどうか、か細い希望を胸に愛する者を傷つけてでも逃げ出して。

 それすら無駄だった、親友やクラスの、そして担任にも迷惑をかけ状況は悪化し。

 

(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼――――)

 

 敦盛は。

 

(――――――――愉しいなァ)

 

 笑った、口元を歪め瞳を爛々と輝かせて。

 そうだ、今、敦盛は悦楽にも似た愉しさを覚えていた。

 下腹が熱で疼くような、思わず大声で笑ってしまいそうな愉しさ。

 理解出来たのだ、いまこの瞬間、敦盛は真の意味で彼女を理解して共感してしまったのだ。

 

(苦しいんだ苦しいんだッ!! だから殺したい、殺したい、殺したいなァ!! 瑠璃姫ェ!! 俺の想いが届かないなら殺したいッ!!)

 

 そして同時に。

 

(嫌だ嫌だ嫌だッ、俺は何て事を考えるんだッ! 苦しいからって愛してる相手を殺すなんて――嗚呼、嗚呼、嗚呼、それは逃げだッ、殺してしまえばそこで終わるじゃないかッ!! 俺の気持ちもッ! 瑠璃姫の気持ちもッ、死んでしまったらそこで終わりじゃねぇかッ!!)

 

 矛盾無く同居する感情、知らなかった。

 苦しむという事が、こんなに愉しいだなんて。

 

(苦しい、苦しい、嗚呼、アイツを力付くで犯したいッ!! 閉じこめて永遠に繋がっていたいッ!!)

 

 どうしてやろうか、何をしてあげられるのか。

 

(苦しい……苦しいんだ瑠璃姫……、お前が俺を愛してくれないなら――――殺したい、俺の手で終わらせたい、そうすればお前の憎しみも終わるんだ……)

 

 目の前が急に開けた感覚、周囲の光景が色づいていく感覚。

 そんな事を考える自分が、そう思える自分が。

 

(そうだ……瑠璃姫が俺の事を憎むのも当たり前じゃないか、俺は俺の事ばっかりで、瑠璃姫の事を考えずに……だから憎まれて当たり前だったんだ)

 

 嫌いで嫌いで、心の底から大好きだ。

 

(俺は……幸せだったんだな、こんなにも瑠璃姫を想えて、瑠璃姫に人生を捧げて復讐される程に想われて)

 

 だから今でも。

 

(――――愛してる、瑠璃姫)

 

 晴れきった日の澄んだ空の様に、敦盛の心は清々しく。

 故に、……一つの結論に至った。

 どうしたら瑠璃姫の憎しみは消えるのか、その為に何が出来るのか。

 

(最後のプレゼントを用意しなきゃな)

 

 今、教室の扉が開いて。

 そこには脇部先生もその妻も、クラスメイトも瑠璃姫も、全員が待っていたのであった。

 

 



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第51話 早乙女敦盛

 

 

 決着がついたというのに、誰もが黙り込んでいた。

 これで敦盛は瑠璃姫に連れて帰られ、好感度メガネは奏の手に。

 だが――肝心の彼女は敦盛を凝視したまま固まり、彼は穏やかに微笑んで。

 それを脇部英雄は、彼らを取り囲む輪の外から見守って。

 

「(……おい英雄、どうなっている? 何やら様子が変だぞ?)」

 

「(分かってる、けど今は見守るしかないよ。どうやらまだ騒動は終わらなさそうだから…………そうだ、念のための手配をお願い。義姉さんの時のあのヤツ)」

 

「(…………成程、理解した。さっそく手配する)」

 

 彼の妻、フィリアは権力と財力を持つ。

 彼女がこの場に居合わせた事に感謝しながら、脇部英雄は静かに輪の中へと移動して。

 そんな動きを知らずに、瑠璃姫は黙ったまま敦盛を凝視し続けていた。

 

(――――不味い、何か分からないけどコレは不味いわ)

 

 何と声をかけて良いのか分からない、何か行動を起こした時点で爆発する。

 そんな危うさを感じ取って、動けない。

 竜胆と円も、奏も火澄も、引いてはクラスメイト達も同じで。

 ごくり、と誰かが唾を飲む音がした。

 

(……口を封じて、今すぐ連れて帰る。いいえ違うわ、隣の県に用意してあるマンションへと。でも)

 

 二人っきりになって大丈夫だろうか、今の敦盛からは何をするか分からない狂気すら感じられる。

 しかし、何時までもこのままでは居られない。

 長引けば厄介な担任が彼女の目論見を潰す、竜胆が円が、別の意味で厄介な伊神火澄が何をするか分からない。

 

「――――随分と大人しいわねあっくん、観念した? アタシからは逃げられないって理解したでしょう?」

 

「ああ、そうだな。俺は本当の意味でテメェからは逃げられないんだ……」

 

「アンタにしては殊勝な言葉ね、じゃあ帰って愛し合いましょう」

 

「帰る? へぇ瑠璃姫お前、この期に及んで二人で帰れると思ってるのか?」

 

「強気な言葉じゃない、誰かがアタシ達の仲を引き裂けるとでも?」

 

「まさか、俺とテメェの仲は誰にも引き裂けない。でも一緒には行けない」

 

「…………分からないはあっくん、アンタは何を言っているワケ?」

 

 冷や汗をかきながら首を傾げる瑠璃姫、聞いているクラスメイト達も理解出来ずに。

 でも竜胆は、円は感じ取っていた。

 

「――――なぁ敦盛、君は何を覚悟したんだ?」

 

「円の言うとおりだ、敦盛テメェ……決めたんだな?」

 

 移動の最中に口のガムテープを剥がされた竜胆が、円に追従する。

 彼らは敦盛に何も出来なかった、でも今、例え言葉だけでも力になると。

 敦盛もまた、二人の心意気を理解する。

 

「ありがとう竜胆、ありがとう円、お前達には世話になった」

 

「おいおい、別れの挨拶みたいじゃねぇか」

 

「そうだよ敦盛、溝隠さんと一緒に帰ったら二度と会えないとでも言うのか?」

 

「いいや違う、違うから……今言っておこうと思ってな」

 

「何それ、やっぱりアンタの言う事は理解出来ないわ。何がしたいの? 何もする事が無いなら帰るわよ? まぁその状態じゃ何も出来っこないだろうけど」

 

「――――本当に、そう思うか瑠璃姫?」

 

 まるで歌うような問いかけに、彼女の背筋に悪寒が走った。

 目の前の男は誰だ、そんな言葉すら浮かぶ。

 

(この短時間で何があったのよあっくんっ!?)

 

 逃げ出す前の覚悟を決めた状態とは違う、また別種の何か。

 それが理解出来ない、溝隠瑠璃姫には理解出来ない。

 彼は愛する瑠璃姫に裏切られて、決死の覚悟で逃げ出してでも捕まって、また復讐と憎悪が待ち受ける永遠に出られない部屋に戻るのだ。

 

「――――考えたんだよ瑠璃姫」

 

「何を」

 

 彼女の第六感が告げる、その先を言わせてはならないと。

 だが、聞かなければ何かが終わってしまう気がして。

 

「俺は……お前に何が出来るのかって」

 

「…………アンタ、どうしちゃったの?」

 

「どうもするさ、いや気がついたんだろうな自分自身に」

 

「気づいたって何に」

 

「自分の事しか考えてない最低の俺だから、きっとお前が俺を憎んでいる事は当たり前なんだって」

 

「…………驚いた、アンタから、そんな言葉が出てくるなんてね」

 

 冷や汗をかきながら、どうにか彼女はそう答える。

 一方でクラスメイト達は、急にざわめき始めていた。

 二人の仲が、甘い恋人達のそれとは違う事は薄々感づいていた。

 でも確信できる証拠は何も無くて、遅蒔きながら彼女の発明品で誤魔化されていた事に気づいたのだ。

 

「おい、おい? ……ちょっと待てよ敦盛っ!? お前等の関係ってどうなってるんだよっ!?」

 

「そうだよ敦盛っ!? ちょっと予想の斜め下をすっ飛んで行ってる気がするんだけど?」

 

「る、瑠璃ちゃん? こんな状況で申し訳ないのだけれど。二人の関係を教えてくれないかしら?」

 

「…………だってよ瑠璃姫、俺は腹くくったし最後までお前だけを愛する。だから言ってもいいぞ」

 

「ちょっとアンタっ!? アタシに匙を投げる気っ!?」

 

「瑠璃ちゃん?」「溝隠さん?」「瑠璃姫さん……」

 

 三人だけでなく、クラスメイトからも説明要求の視線が突き刺さって。

 

(しまったっ!? この状況を作り出すのが目的っ!? だから素直にココに来た? い、いや違うわ、アタシには分かる、あっくんの目的は別よ……)

 

 迂闊と言えば迂闊であったと、瑠璃姫は内心で舌打ちした。

 彼女としても、逃げられて動揺していた部分が大いにあった。

 だが、そんな事を後悔してももう遅い。

 

(あっくんを連れて逃げ出す……今のあっくんなら抵抗しないかもだけど、この場に居る全員が敵に回るかもしれないっ! どうしよう、どうすれば――)

 

 だが彼女が今出来る事は一つしかない、憎悪を胸に、復讐を完遂するのだ。

 それが目前なのだ、今更誰の目も気になどしない。

 敦盛がしてみせたみたいに、彼女の憎悪で黙らせれば良いのだ。

 ――――そして。

 

「仕方がないわね…………、ええそうよ。アタシはあっくんを憎んでる、それも出逢ったときからね」

 

 何処までも冷たく出されたその言葉に、彼女の目論見通りにクラスメイト達は絶句したのであった。

 

 



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第52話 愛してるから

 

 

 誰もが何も言えなかった、二人は相思相愛だと殆どの者が思っていた。

 お互いの事を知り尽くしている幼馴染み同士、敦盛が彼女への恋心に気づかず迷走し。

 でもそんなハプニングを乗り越えて恋人になった、そういう認識であった。

 だが、現実に出された言葉は何だ?

 

「何か変だとは思っていたけど……瑠璃ちゃんは早乙女君の事が嫌いだったの?」

 

「ええそうよ、アタシはあっくんが憎い。――だから惚れさせる事にしたの、あっくんがアタシだけを見るようにね」

 

「待ってくれ瑠璃姫さん……、俺には信じられない。二人はあんなに仲が良さそうに……」

 

「あっくんの親友であるアンタにそう見えてたのなら、アタシの演技もたいしたものね。まぁ幼馴染みとしては好きだったのよ、異性として……いいえ、あっくんという存在そのものを憎んでいたワケで」

 

「ちょっと敦盛っ!? さっき何て言った? それでも愛してるとか言ってなかった? 本気かよっ!? 憎い相手を愛してるとか知ってて言ったのっ!?」

 

「ああ、そうだぜ円。俺も監禁されるまで気づかなかったアホだがな、…………色々あった今でもはっきり言える、瑠璃姫お前を愛してる」

 

「なんでだよっ!?」

 

 全員の心が円と一致した、何処から聞けば良いのか分からない。

 色々あったとは何か、それでも愛するとは何だ。

 それでいて、今逃げずにこの場に居る理由とは。

 

「成程ね……、ふふっ、思った以上に愉しい関係じゃない。それで貴方達はどうするの? 早乙女君、貴方の気持ちは一方通行みたいだけど……それでも彼女と共に在るの?」

 

「ちょっと火澄ちゃんっ!?」

 

「黙りなさい円、個人的な愉しみもあるけどね。――これは二人にとって必要な質問でしょう?」

 

「それは……そうだろうけど…………」

 

 何故自分はこの修羅場に居合わせているだろう、大部分のクラスメイトが戦々恐々とする中。

 瑠璃姫はニタリと嗤い、敦盛は涼しげに。

 

「復讐よ」「死ぬ」

 

「…………」「…………」

 

「復讐」「死ぬ」

 

「…………」「…………」

 

 静寂が流れる、彼女の言葉は理解出来る。

 だが敦盛の方はどうだ、今、彼は何を言った?

 

「ね、もう一度聞かせてあっくん。アンタ今、何て言ったの?」

 

「死ぬ」

 

「………………は?」

 

 困惑する瑠璃姫に、敦盛は晴れやかな笑顔で語った。

 それは狂気すら伴っていて、誰もが戦慄する。

 

「俺さ、気づいたんだよ。例えお前がどんなに憎もうとも、俺がお前に愛する気持ちは変わらない。――いや、ますます強くなってるって」

 

「……………………つ、続けて?」

 

「なぁ瑠璃姫、お前は長い間さ俺だけの事を考えて、俺だけの事を想って生きていてくれた。――俺はそれが嬉しいんだ、逃げ出して捕まって理解出来たんだ。それはとても幸せな事だったんだな、って」

 

「……………………それ、で?」

 

 パンドラの箱が開いた、それとも地獄の釜の蓋が開いたのだろうか。

 瑠璃姫でら、彼の言葉に恐怖を覚えて。

 

「いっその事、お前を同じように監禁して責め立てようとも思ったんだ、もしくは殺してしまって永遠に俺のモノにしてしまおうと」

 

 でも、と彼は続ける。

 皆は聞きたくないのに、思わず続きを待ってしまう。

 そして。

 

「でもさ、それじゃあ俺の愛はテメェに伝わらないだろ? ならどうすればお前に報いる事が出来る、お前の憎しみを消して普通の幸せが掴める様に出来る? ――――答えは一つだ。今から俺は死ぬ、お前の目の前で死ぬ、だからどうか見続けておいてくれ瑠璃姫」

 

「何でそうなるのよバカあっくんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!? お、お願いっ、マジでお願い今すぐあっくんに口輪して舌を噛んで死なない様にしてえええええええええええっ!!」

 

 瞬間、必死の顔で全員が動いた。

 ガムテで拘束されている今なら、どうにでもなる。

 だが。

 

「根性おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「ちょっと敦盛テメェ、マジ過ぎねぇっ!? ボキって音がしたぞ!?」

 

「それ腕折れてるよねっ!? 無理矢理過ぎて腕折れてるよねっ!?」

 

「そうなると思ったわよ畜生っ!! 聞いてあっくんは革の手錠を力任せに怪我してでも破いて、壁に繋いだ鉄の鎖も自爆覚悟で引き抜いてるのっ!! ちょっと覚悟して拘束してっ!!」

 

「瑠璃ちゃんっ!? 何処からツッコめば良いのか分からないし、そもそもそんな早乙女君を捕まえろって無理げーじゃないのっ!?」

 

「目の前であっくんが死ぬのが嫌なら見てなさいっ! つーか竜胆に樹野!! なんでアンタらは邪魔してるのよっ!? 親友が死ぬのよっ!? そこを退きなさいよっ!?」

 

「――――敦盛、お前の死は俺も背負う。後で絶対に後悔するだろうが、……お前の味方で居させてくれ」

 

「という訳だよ敦盛、俺と竜胆は敦盛の親友。――葬式は任せてくれ。俺もお前の死を後悔するだろうが親友として力になる」

 

「ちょっと伊神先輩っ!? アンタの恋人もとんでもない事を言い出してますけどっ!?」

 

「……………………それは困るわね」

 

「ダメよ瑠璃ちゃん!? 先輩ちょっと予想外で固まって――――ああっ、早乙女君が逃げるっ!?」

 

「ふははははははっ、屋上から瑠璃姫っ! テメェへの愛を叫びながら死んでやるっ!! どうか校庭で見ててくれよなッ!!」

 

「ぬおおおおおおおおおおおっ!! 待ちなさいよバカ盛いいいいいいいいいいいいい!!」

 

 そして、最後の追いかけっこが始まったのであった。

 

 



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第53話 届かない

 

 

 廊下を駆け抜ける中、敦盛の心は凪の如く落ち着いて。

 世界中にありがとうと感謝を述べたい気分、愛する人の為に出来る事がある。

 それが、――――何より嬉しい。

 

(ありがとう、本当にありがとう…………)

 

 親友である竜胆と円に、担任である脇部に。

 

(初恋だったんだ……ありがとう奏さん)

 

 彼女と出逢わなければ、性欲も友情も、惰性も妥協も、友情も親愛も、全てを愛情と勘違いしていたかもしれない。

 そして。

 

(ありがとう瑠璃姫、俺の事を想ってくれて)

 

 愛情ではなく、憎しみと執着であったのが少し寂しかったが。

 でも、それでも彼女を愛してしまったのだ。

 これから死にゆく事に、後悔も躊躇いも無い。

 

(――――このまま、屋上まで駆け上がれば)

 

 それで最後、疲れ切った体は思った以上にスピードが出ず。

 でも構わない、追いかける瑠璃姫と付かず離れずの丁度良い距離を保っている。

 

「あっくん! 待ってあっくん!」

 

 届きそうで届かない彼の背に、手を伸ばす瑠璃姫。

 彼女の心は今、焦燥感と敗北感に満ちて。

 

(壊したっ、アタシが壊しちゃったっ! そんなつもりなんて無かったのにっ……、壊したいけど壊すつもりなんてなかったのにっ!!)

 

 廊下を抜けてしまえば、後は階段で上がりきるだけ。

 追いつけそうなのに追いつけない、――喪ってしまう、永遠に。

 その事が、何より怖い。

 

「待ってっ!」

 

 彼を喪ってしまえば、瑠璃姫は孤独になってしまう。

 人生の目的を喪ってしまう。

 まだ父が居る、なんて慰めにもならない。

 彼女は、人生を彼に捧げてきたのだ。

 

「待ってよっ!」

 

 母を無くした孤独、天才という孤独、自分に足りないモノの原因を全て幼馴染みに押しつけて。

 敦盛を憎む事で孤独を埋めていたのだ、己を保っていたのだ。

 

「お願いだから待ってってばぁ!!」

 

 そんな自分が嫌で、もっと憎んで。

 敦盛を喪ったら、瑠璃姫は何を憎めばいい、誰と一緒に居ればいい、誰と笑いあって、誰と喧嘩して、誰に負ければいい。

 

(届かない、何で届かないのよぉ!!)

 

 彼の走る速度は、明らかにいつもより遅い。

 しかし追いつけない、指先が彼のジャージに端に触って掴めない。

 

(最後まで……アタシは負けるの? 負けて全てを喪うの?)

 

 人生という土俵で、瑠璃姫は一度も敦盛に勝てなかった。

 才能で、成績で勝っても、どんなに大金を稼いでも。

 …………人として、勝ったと思えた瞬間が一度もない。

 

(アンタが眩しかったのよ、アタシが持ってない強さを持つアンタが!! アンタが羨ましかったのよ、アタシが知らない幸せを掴もうとしていたアンタが!!)

 

 全ては嫉妬、くだらない羨望、本当は邪魔だったのだ彼以外の全てが。

 早乙女敦盛には、溝隠瑠璃姫だけ在れば良い。

 そんな子供じみた、誰かが知れば恋と呼んだかもしれない何か。

 

(消える……アタシの全てが消えちゃう、命すら捧げるつもりだったのに……、あっくんが居なくなっちゃう!)

 

 階段を駆け上がる一つ一つの動作が、妙に緩慢に思える。

 憎い、憎い、目の前が揺れるぐらい憎い。

 届かない距離ではなく、彼が死のうとしている事でもなく。

 

(アタシは……――アタシが憎い)

 

 唇を噛んで、血が滲む。

 けれど、痛みは感じない。

 

「あっくん! お願いだから待ってよぉっ!!」

 

 多分、自分は最初から間違っていたのだ。

 多分、ではなく明らかに間違っていた。

 確信する、溝隠瑠璃姫は。

 

(愛してる、愛してるのよあっくん――)

 

 憎しみが消えた訳じゃない、これからも消える事はないだろう。

 でもその裏で、確かに彼女は彼を愛していたのだ。

 

(遅かった……いいえ、まだ遅くない、遅くないのっ、だから)

 

 瑠璃姫は手を伸ばし続ける、名前を呼び続ける。

 屋上の扉が見え始め、届け届けと精一杯に手を延ばして。

 

「届い――――っ!?」

 

 瞬間、ぐらりと視界が傾く。

 急激に敦盛の背中が遠くなる、周囲の光景が妙にスローモーションに見えた。

 

(落ち……てるっ!?)

 

 最後の最後、手が届いたと思った瞬間に彼女は足を踏み外して。

 手を延ばし続けた故に、バランスを崩し落ちていく。

 

(ダメっ、ダメよこんな所で――――)

 

 敦盛が振り返って、驚く顔が見えた。

 焦って目を丸くする、少し間の抜けた表情。

 こんな時なのに、それが妙におかしくて。

 

(死ぬのは、アタシね)

 

 細かく計算しなくても分かる、この勢いで落ちてしまえば。

 この体勢で落ちきってしまえば、頭から床にぶつかって。

 

(――――ごめん、あっくん)

 

 最後に見たものが、笑顔じゃなくて残念だと思いながら。

 

(さよなら)

 

 瑠璃姫はその時に備え、そっと瞳を閉じた。

 

 



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第54話 愛しい人の為に出来ること

 

 

「間、に、合えええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」

 

 敦盛はとっさに飛び出した、躊躇いなんて一つも無く。

 落ち行く瑠璃姫に向かって、手を伸ばす。

 

(届いたァ!!)

 

 階段を飛び込み台の様に、空中で瑠璃姫の頭を抱きしめる。

 そして。

 

「――――――ガッ、――――――ぁ」

 

 ボキ、と、ボキボキ、と何処かが折れた気がした。

 衝撃で息が詰まって、上手く呼吸が出来ない。

 頭が割れそうに痛い、でも肩の感覚が無くなった気がする。

 車にはね飛ばされたら、こんな痛みになるのだろうか。

 でも今は。

 

(――――よかった、無事、だ……)

 

 敦盛は立ち上がる事も出来ないけれど、瑠璃姫はぎゅっと目を詰むって震えているだけで。

 そうだ、間に合ったのだ敦盛は。

 

「………………は、ははッ、上出、来じゃねぇ……か……」

 

「…………アタシ……? え、あっくん? ――――あっくんっ!? 大丈夫なのあっくんっ!?」

 

「痛、む……と、ころはね……ぇか?」

 

「バカっ! 喋るんじゃないわよっ!? なんでアタシなんか庇ってるのよバカ!! バカバカバカバカ盛っ!!」

 

「泣くな、よ……。ああ、無事でよかった……」

 

「な、泣いてなんかアタシは泣いてなんか――――」

 

 この後に及んで強がる瑠璃姫に、敦盛は安堵を覚えながら笑う。

 痛む腕をゆっくりと動かして、彼女の大粒の涙を拭おうと。

 

「――ッ!?」

 

「バカ動かないの! 今救急車呼ぶからっ、そうだ保険の先生も――――」

 

「待て、……待て、よ瑠璃姫……」

 

 足が折れている感覚、恐らく右肩も、頭も打ったのだから精密検査が必要だろう。

 でも必要ない、そんなものは必要ないのだ。

 何故ならば敦盛は死ぬために走っていたのであり、そしてこれから――。

 

「…………殺せ、俺を殺すんだ瑠璃姫」

 

「何言ってるのよバカっ!!」

 

「バカはテメェだ、俺はお前の為に……俺がお前への愛を示す為に死ぬつもりだったんだ」

 

「それもバカなのよっ!!」

 

「だろうな……、でも足が折れて動けねぇんだ。――――スマンが、テメェの手で殺してくれ」

 

「あっくん…………っ!?」

 

 責めるでもなく、叱るでもなく、ただ穏やかに死を望む敦盛の姿に彼女は恐怖と戸惑いを覚えた。

 この後に及んで、この幼馴染みは何を言っているのだろうか。

 

(違う)

 

 これこそが強さ、早乙女敦盛という存在の強さ。

 決して諦めない、そして瑠璃姫への愛を貫き通す……強さ。

 

「ア、アタシはっ、アタシは――――っ!!」

 

 沸き上がる、彼女の中で今までに経験のした事のない感情が暴れ出す。

 怒りと悲しみと、それから、それから、それから。

 

(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼――――、これが、これがきっと――――)

 

 だから。

 

「バカ言うんじゃないわよっ! なんでアンタを殺さなきゃいけないのよっ!!」

 

「そうか? 俺の事が憎くて苦しいんだろ? なら今が絶好のチャンスだ。……その手で首を締めてくれ」

 

「嫌よ!!」

 

「頼む、――――やっぱり、テメェの手で死にたいんだ」

 

「絶対に嫌っ!!」

 

「お願いだ瑠璃姫、……お前がこの先、普通の幸せを手に入れる為に、俺が出来る事はお前の前で死ぬことなんだ、お前の手で俺への憎しみを晴らす手伝いをさせてくれ」

 

「バカじゃないのアンタっ!!」

 

 気が狂いそうだった、目の前の大切な幼馴染みは大怪我をしているというのに、なおも瑠璃姫の事を想って死を願ってる。

 誰よりも彼女の幸せを望んで、死を願っている。

 

「あっくん……あっくん、あっくん……」

 

「ほら、……殺してくれよ瑠璃姫…………」

 

 己は彼に何て言えば良いのだ、この世で一番彼女の幸せを願う彼に、世界の誰よりも愛してくれている彼に、何て言えば良いのだろうか。

 

(アタシ、は……)

 

 溝隠瑠璃姫は、早乙女敦盛に愛されていないと生きていけない。

 

(だから……)

 

 殺す訳にはいかない、死なせる訳にはいかない。

 今すぐに病院へ、でもそれではダメだ。

 このままでは、敦盛の決意は変わらない。

 今度は――。

 

(今度も、アタシが居ないときに死んじゃう!)

 

 母の時もそうだった、病院に駆けつけた時にはもう亡くなっていて。

 繰り返すのか、こんな事を。

 繰り返すどころではない、もっと最悪な死に別れを味わう事になってしまう。

 

「いや……いやよぉ……ヤダようあっくん……」

 

「瑠璃姫……?」

 

「やだ、やだやだやだぁ……、アタシの前から居なくならないでよあっくん、あっくん…………」

 

「お前……」

 

 さめざめと泣く瑠璃姫に、敦盛もようやく気づいた。

 何かが変だ、彼の知る瑠璃姫と何かが違う。

 でも、その何かが分からない。

 確かに分かるのは。

 

「……………………俺の、負けだな。惚れた弱みってマジでこういう事なんだな」

 

「――――あっくん?」

 

「いいぜ好きにしろよ、お前を泣かせたまま死ねねェ。監禁でも拷問でも、もう好きにしろ」

 

「ち、違うのあっくん、アタシはそんな――」

 

「憎いんだろう?」

 

「――――――――ぁ」

 

 答えられなかった、確かに瑠璃姫に憎しみはあって。

 違う感情もあるのに、一緒にあるから答えられない。

 それを見た敦盛は、ふっと笑って。

 

(あ、嗚呼、嗚呼、嗚呼っ!!)

 

 ダメだ、この顔はダメだ、こんな諦めたような顔はダメなのだと。

 瑠璃姫の瞳から、もっと涙があふれ出す。

 だから、言わなければ。

 今、己の心に浮かぶ、この気持ちを伝えなければ。

 だから。

 

「――――ん」

 

「………………瑠璃姫?」

 

 彼女はキスをした、彼の唇に、己の唇を合わせて。

 

「大好きっ、大好きなのっ、愛してるのあっくん…………!!」

 

「………………――――――んんんッ!? はいいいいいいいいいいいいいッ!?」

 

 その熱情の籠もった言葉に、敦盛は困惑した。

 

 



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第55話 真心を君に

 

 

 どうして信じられるのだろうか、瑠璃姫が敦盛の事を大好きだ等と。

 彼女は敦盛を憎んでおり、その憎しみが解消するのだ。

 わざわざ引き留める理由なんて――。

 

(――まさか、俺の事をもっと苦しめる為にッ!?)

 

 まさか、まさかである。

 彼女はまだまだ憎み足りないのだろうか、それとも敦盛を苦しめる事に人生を捧げる快楽を得てしまったのか。

 

「ねぇあっくん、お願いよ……大好きなの、アンタが居ないと生きていけないの…………」

 

「………………今更しおらしくしたって無駄だぞ、テメェの魂胆は分かってるんだ」

 

「っ!? ちがっ、違うのあっくん!!」

 

「かわいこぶっても通用しねぇって。――な、この際だから本音を言ってくれよ」

 

「だからアンタの事が好きなんだってばっ!! 前に言ったでしょう、アタシはアンタの告白に愛してるとも好きだとも返してなかった、でもっ!」

 

「初めての愛の言葉だから信じろって?」

 

「…………今までの事を考えたら、疑うのは無理も無いわ。でも…………、信じてくれないのなら一緒に死ぬ、否定しても一緒に死ぬ」

 

「そこは信じてくれなくても良い、何度でも言い続けるとかじゃねぇの?」

 

「は? なんでそんな迂遠な事を言わなきゃいけないの? 第一、言い続ける間にアンタが死んじゃうじゃない」

 

「いま一緒に死ぬって言ったのお前だろうがッ!? ああもう訳が分かんねぇよッ!? 鬼の形相で追いかけてきたと思ったら次は愛の告白だァ? テメェ頭打ったんじゃ――――――ッ!?」

 

 敦盛は思い至った、彼女の事は完全に守ったと思っていたが。

 あの瞬間に間に合ったのが奇跡、それに落下の衝撃は強く、最後まで抱きしめていた筈だが。

 

「………………すまん瑠璃姫。俺はお前を守りきれなかったんだな、だから頭を打ってそんな事を……――病院に行って精密検査を受けよう、頭の打撲は危険だからな」

 

「そっくりそのままアンタに返すわよっ!? どうしてそんな勘違いしてるのよっ!?」

 

「いいか瑠璃姫……お前の気持ちは本物だ、けどそれは頭を打った衝撃が産んだ一時の幻。……さ、病院に行こう、明日になれば自分の言葉に後悔する筈だ」

 

「んもおおおおおおおおおおおおおおっ!! 断言するわよっ、アンタはアタシを完璧に守った!! 最後まで頭を抱えてくれて、しかも下敷きになってくれたおかげで傷ひとつ、打ち身ひとつ無いわよっ!! なんなら今この場で全部脱いで確認するっ!?」

 

「ちょッ!? 脱ぎ出すんじゃ――――ッ!? 痛ッ、あだだだだだだだッ!? ちょっと動いただけでスッゲェ痛いッ!?」

 

「急に動かないであっくんっ!! アンタの方が重傷なんだからねっ!!」

 

 敦盛の怪我の状態を、慌てて確認しはじめる瑠璃姫。

 その心配溢れた瞳に、甲斐甲斐しい労りの手つきに。

 

(…………コイツ、マジで俺の事を心配してんのか?)

 

 解せない、彼女にとって今は絶好のチャンスだ。

 もし今後も監禁するつもりなら、二度と立ち上がれないぐらいに骨折を悪化させるぐらい出来る筈だ。

 

(頭は打ってない、そして本気で心配してる。――なら、さっきの言葉は?)

 

 敦盛への感情に、憎しみ以外の何かがあるとして。

 それが発揮されるのは、どんなタイミングか。

 

(ま、まさか…………、そうなのか俺ッ!?)

 

 血の気が引く、まったく情けない限りだと心の冷静な部分が溜息を。

 でも仕方がない、いざ目の前にしてしまえば、その時までの余裕があるのならば、きっと誰だって少しは。

 

「大丈夫あっくんっ!? 何処が苦しいのっ!? 顔が凄く青ざめて――――」

 

「…………なぁ、瑠璃姫。お前は優しいんだな」

 

「え、いきなりどうしたのよ? それより痛む箇所を」

 

「良いんだ、……もう、そんな優しい嘘は付かなくて良い」

 

「は? 嘘? ………………あっくん?」

 

 言葉の意味が分からない、否、分からないフリをしてくれているのだろう。

 その優しい姿に、敦盛の目から涙が一筋。

 

「もう……助からないんだな俺…………」

 

「え? いやあっくん?」

 

「やっぱりお前は素敵な女の子だった……、さっきの言葉、もうすぐ死ぬ俺の為に言ってくれた言葉なんだな?」

 

「もしもしあっくん? あっくん?」

 

「――――ありがとう瑠璃姫、お前の愛の言葉……嬉しかった。これで思い残す事なく死ねる」

 

「いやあっくん? 右肩から落ちたから、そこはかなりヤバイ事になってるだろうけど。多分、頭はたんこぶ程度よ? 別に意識の混濁もないし、目に異常も出てないし、呼吸だって落ち着いてるわ」

 

「………………ふッ、下手な嘘は止めろ。俺はもう長くないんだろう?」

 

 ありがとう、と繰り返す敦盛に瑠璃姫は戦慄した。

 好意が伝わってない所の話じゃない、己が好意を抱く事すら信じられていないのだ。

 

(嗚呼、……嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼――――)

 

 自業自得、因果応報、そんな言葉が脳裏にぐるぐると。

 どうすれば良い、このままだと病院に運ば入院したとして。

 

(結局死んじゃうじゃないのコイツっ!?)

 

 今度こそ、と敦盛は自分勝手な満足して死を選ぶだろう。

 瑠璃姫の為と、瑠璃姫の輝かしい幸せな未来を信じて、死ぬ。

 

「………………あっくん」

 

 今この瞬間、彼女の中で何かがポッキリ折れた。

 

 



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第56話 カルマ/因果応報、或いはパラダイムシフト

 

 

「……」

 

「……………………瑠璃姫?」

 

「…………」

 

「…………おい、瑠璃姫?」

 

「………………」

 

「瑠璃姫? どうした?」

 

 急に黙り込んだ彼女に、敦盛は不吉な何かを感じていた。

 だが今の自分は満足に腕も動かせない、そしてかける言葉も見あたらない。

 

(え? もしかしてコイツも頭をマジで打ってた? というかコイツの方が重傷なんじゃ?)

 

 このまま誰かが気づくのを待つしかないのか、叫んで助けを呼ぶか。

 

(いやでも……頭を打ったって感じじゃなくて。心の問題っぽいような……?)

 

 愛の言葉と、右肩と両足を中心とした激痛に冷静な思考が保てなくて。

 だから彼女は会話で気を紛らわせていたのか、などと思ったが何も出来ず。

 

「………………あはっ」

 

「瑠璃姫? 瑠璃姫さん? おーい瑠璃姫?」

 

「あはっ、あはははははははっ、はははははははははははははははははっ!!」

 

「ひぇッ!? 瑠璃姫が壊れたッ!?」

 

 正しく壊れた様に笑う瑠璃姫に、思わず怯えてしまう敦盛。

 そしてそれは、正鵠を射ていて。

 

(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼――――なんて、なんてっ、なんて気持ち良いのっ!!)

 

 彼女は今、快楽に身を震わせていた。

 何年も何年も、半生を捧げて復讐したのに失敗し。

 そして彼が何より大切な事に気づいたのに、その言葉は届かず。

 

(負けたっ、アタシは負けたっ!! 完膚なきまでに負けたわっ!! 手も足も出ないっ、一生勝てないっ、勝ち逃げされるっ、この敗北感を一生抱えたまま――――アタシは生きるしかないっ!!)

 

 下腹が疼く、なんて生易しい表現だ。

 人として間違った、決して得てはいけない快楽、エクスタシー、絶頂。

 脳を直接鷲掴みにされた様な衝撃、人生観が狂う、もう二度と普通の生活が出来ない悦楽。

 こんなにも、こんなにも、こんなにも。

 

(負けるのが気持ち良いっ、あっくんに負けるのがこんなにも気持ちいいなんてっ!!)

 

 神が居るのならば、これから毎日、今この瞬間にも感謝せねばならない。

 彼が好んだこの顔も、赤い目、声、大きな胸も、白い肌も、腰も、臀部も、白い髪の一本からつま先の爪の先端まで。

 それだけではない。

 

(この世界を変える事が出来るこの頭脳すらっ!! ――――――嗚呼っ、全部あっくんに負ける為にっ、高みから手も足も出せずに叩きのめされる快楽の為にあったのねっ!!)

 

 理解した、己の人生の意味を完全に理解した。

 溝隠瑠璃姫は、早乙女敦盛に敗北する為に存在しているのだ。

 早乙女敦盛は、溝隠瑠璃姫が叩きのめされ地に落ちて人生最大の悦楽を得るために存在する、――神様のプレゼントなのだと。

 

「…………あっくんはね、あっくんはね」

 

「おいマジで大丈夫か? 顔が赤いし息が荒いぞ? それに汗びっしょりじゃねぇか」

 

「あっくんはね、――――アタシのあっくんなの」

 

「おい変な事を言ってないで正気に戻れって、テメェが助けを呼ぶなり、俺に止めを刺すなりしてくれねぇと何にもならないだろうが」

 

「ふふっ、助けてあげる。……いいえ違うわ、助けさせてよあっくん。アタシにアンタを助けさせて」

 

「やっぱ頭打ったかテメェ? いや助けてくれるんならそうしてくれよ」

 

「ありがとう、あっくん。アンタが居てくれるからアタシは生きてる意味があった、そう確信したわ」

 

「話噛み合ってねぇッ!?」

 

「助けは呼ぶし、アタシの全てを賭けてアンタを元通りの生活に戻すわ。――でも、今この場で約束して欲しいの」

 

「何言い出すかスッゲー怖いんだけどッ!?」

 

 どうでもいいから、病院に行くなら救急車なりタクシー呼ぶなりして欲しい、保険室の養護教諭でも可。

 そんな彼の気持ちを見抜き、瑠璃姫は更に悦に入る。

 

「嗚呼、良いわぁ……良いわあっくん! そのどうでも良いから早くしろよって目がすっごくイイっ!!」

 

「くねくねすんな怖ッ!?」

 

「怖がられてるっ、今アタシはあっくんに怖がられてるっ、そうやって突き落とすのよねっ! アタシなんか怖くないって、また敗北を味合わせる気ねっ!!」

 

「本格的に怖くなってきたぜッ!? マジでテメェ何なんだよ、何考えてんだよッ!? さっきから言ってる事が支離滅裂で理解できねぇんだよッ!!」

 

 明らかに発情している幼馴染みに、体の痛みを越えた精神的な怖さを覚える。

 本当に、瑠璃姫にどんな心境の変化があったのだろうか。

 仮に本気で彼女が敦盛の事を心配していたとして、しかして目の前で発情して笑っている。

 ――――まったくもって、意味が分からない。

 

「ごめんねあっくん、ちょっと気持ち良すぎてちゃんと言葉に出来ないんだけど……」

 

「気持ち良いってなんだよッ!?」

 

「あら、絶頂してるて言い換えた方が良い?」

 

「悪化してるぞバカ野郎ッ!!」

 

「女としても見られてないっ!? ――――嗚呼、嗚呼、アタシは――――」

 

「そこで何で体を震わすッ!? 涎をまき散らすッ!? もはやホラーじゃねぇか!」

 

「――――…………ふぅ。まったくダメじゃないあっくん、もう少し冷静に返してくれない?」

 

「何で俺が文句言われてるんだ……?」

 

 非常に納得いかなかったが、今はそういう状況ではない。

 敦盛も瑠璃姫も、今は病院に行って治療してもらうべきである。

 

「取り敢えず、死ぬのはまた今度にすっから。頼むから今は誰かに連絡するなりしてくれ、な?」

 

「そのつもりよ、でもあっくんは治った途端。いえ入院中に死んじゃう気でしょ?」

 

「……………………いやまぁ、そう言われるとそうかもしれんが。――――俺が死ぬならお前も憎しみが消えて、幸せになれるだろ?」

 

 溜息混じりの言葉、彼への説得難易度は変わらず高く。

 だからこそやりがいがある。例え失敗したとしても彼女には最高の敗北が待っていて。

 

(アンタと居ると愉しいのよあっくん……、だから全力で行かせて貰うっ!!)

 

 彼が死ねば、きっと絶望という快楽で瑠璃姫は死んでしまうだろう。

 彼が一緒に生きてくれれば、敗北という快楽の中で人生楽しいだろう。

 だから。

 

「――――アタシをアンタのペットにして、あっくん」

 

 瑠璃姫はねっとりした息を吐きかけながら、澱みきって澄んだ瞳で頼み込んだのであった。

 

 



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第57話 そして裏返る

 

 

(今…………何て言った?)

 

 敦盛としては、耳を疑うしかなかった。

 もう脳味噌が展開の早さについてこない、今日は色々ありすぎたのだ。

 愛しい瑠璃姫を傷つけてでも自由を望み、尊厳を捨てまで逃亡し。

 愛故に命を絶とうとして、彼女の命を救った。

 

「ねぇ、あっくん……アタシを飼ってよお願い」

 

「待て待て待てッ、どうしてそうなる? 説明しろッ!!」

 

「説明って、あっくんのいけず。アタシの口から説明させるつもり?」

 

「いや説明しろ?」

 

「屈辱的なコトをわざわざ言わせるなんて、あっくんたらサドねぇ……そこも興奮しちゃうっ!」

 

「興奮すんな、とっとと説明プリーズ?」

 

「ふふっ、簡単なコトだったのよ」

 

「何が」

 

「アタシはきっと、アンタと出会いアンタを愛する為に産まれてきた」

 

「え、なにその乙女チックなやつッ!? 正気かテメェ!?」

 

「正気も正気よ、気づいたのよ――あっくんに負ける度に敗北という快楽を得ていたコトを」

 

「それ錯覚ッ!? 絶対錯覚だからッ!?」

 

「例え錯覚でも…………もう遅いは、アタシは現にアンタに負けるコトに絶頂してる……」

 

「ひぇッ!?」

 

「あはっ、あはははははははっ、あっくんがアタシを変えたのっ、いいえ、いいえ違うっ、きっと最初からそうだったのっ! あっくんを憎んだのだって、快楽を得るためのスパイスっ! そうよアタシはあっくんから快楽を、生きる意味を、運命を与えられてきたっ――――大好きあっくんっ!! 愛してるっ!!」

 

「どうしてこうなったァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 敦盛は叫んだ、確かに瑠璃姫からの愛を望んでいた。

 彼女の幸せを望んでいた、だから己の死を以て実現しようとしていたのだ。

 だからどうして、こうなる事を予想出来ようか。

 

「ねぇ、ねぇ、ねぇ……あっくん、アタシを受け止めてあっくん、愛するわ、いいえ愛してる、アンタが考えてる以上に、大好き、大好き、大好きっ、嗚呼――――これが恋なのね、愛なのねっ」

 

「る、瑠璃姫が狂ったッ!?」

 

「そうねアタシは狂った……愛という感情に狂う一匹の獣っ、あっくんからの愛を求め、あっくんを愛するコトだけ考える、――ケ ダ モ ノ」

 

「恋とは狂気である、……ってそんなどっかの哲学者みたいな事じゃねぇよなッ!? 裏返ってるじゃんッ、憎しみが裏返ってねぇかテメェッ!?」

 

「良いことを教えてあげるあっくん、愛の反対が無関心、そして憎しみは裏側じゃなくて――表裏一体。どっちが表だとか裏とかじゃないの、その二つは同時に存在してる、……アタシはそれに気づいたのよ」

 

「気づかなくて良かったんじゃね?」

 

「その冷たい態度がゾクゾクくるっ、はぁ……あっくんはアタシを悦ばすのが上手いんだからぁ」

 

「無敵かお前ッ!!」

 

 敦盛は頭を抱えたかった、嬉しくないと言うのは嘘になるが。

 それよりも恐怖、困惑、心配、そういった感情の方が強い。

 更にそれ以上に。

 

(信じられねェ…………)

 

 今更大好きだの、愛してるだの。

 加えて彼女は、憎しみが無くなったとは言っていない。

 愛と憎しみは表裏一体だとはよく聞く言葉ではあるが、実際に目の当たりにしてみると不信感しかないのだ。

 

「嗚呼、嗚呼、嗚呼、あっくんは焦らすのが上手ね。ええ、アタシは理解してるわ、信じられないのよね、だって今まで憎しみしかぶつけていないんだもん」

 

「それ俺はどう答えたらいいんだ?」

 

「いいの何も答えなくて、あっくんがアタシの愛を理解出来ないなら――――、一生かけて理解させてあげる、ふふっ、想像してみて、アンタはね、アンタを憎いアタシを孕ますの、お腹の大きくなったアタシに、アンタはイチャラブを要求してらぶらぶ新婚夫婦になる事を要求するのっ、それってなんて屈辱っ、なんて快楽なのっ!!」

 

「逃げ出す前と何も変わってねぇッ!?」

 

「変わってるわ、アンタに負けたアタシは――もうアンタに愛される為しか、アンタへの愛を感じる為だけしか憎しみを使わない、アンタはパパに、アタシはママに、幸せな家族になるのっ」

 

「拒否するゥ!! 今のテメェはマジで正気じゃねぇからッ! 精神科の病院に今すぐ行けよオラァ!!」

 

「ハァハァ、ハァハァ…………ンんっ、…………その前にあっくんの体に刻んであげる、アタシの愛を、アタシのあっくんの為に磨き上げた体を、魂にまで刻みつけてあげるっ」

 

「うぎゃあああああああああああああ、脱ぐなああああああああああああああああっ!!」

 

「大丈夫よ、傷に障らない様に動くから。あっくんは思う存分出してくれるだけで良いのっ」

 

「誰かああああああああああ、マジで誰かあああああああああああああああ、男の人呼んでエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

 

 瑠璃姫は馬乗りになって、発情して上気し赤らめた顔で制服を脱ぎ出す。

 興奮のあまり手元がおぼつかず、半脱ぎでブラやショーツが、白い肌がチラチラ見えているのがエロティックであったが。

 そも敦盛は入院必須の大怪我人だ、痛みもあるが困惑と恐怖でセックスどころでは無く。

 

(俺……パパになるのか? この年でパパになるのか? しかも逆レで? つーか怪我がマジで痛いんだけどォ!? 誰か助けてくれッ!!)

 

 しかして祈るしかない、敦盛の状態は普通に悪い。

 普通に話せているのは、怪我直後の興奮状態だからだ。

 故にそれ以上の事は出来ず、そして。

 

「敦盛いいいいいいいいいいい――――――うん?」

 

「やっぱお別れしたくねぇよ敦盛いいいいいいいいいいい………………はい?」

 

「早まらないで早乙女く――…………え?」

 

「ようしまだ死んでないよねっ!? 間に合ったんだよねっ! 大丈夫早乙女君……………………ああ、お邪魔だった?」

 

「どうした?」「セックス?」「ちょっと男子は後ろ向く!」「私達って帰った方が良い?」「え、敦盛まだ死んでねぇよな?」「どうなってるんだ見えない」

 

 駆けつけた竜胆は、円は、奏は、担任教師である脇部英雄でさえも思わず首を傾げ。

 クラスメイト達も困惑。

 

「あー…………取り敢えず誰か救急車呼んでくれ。肩とか足とか骨が折れてるみたいで立てないんだ」

 

「チンコも勃ってないんだけどあっくん?」

 

「テメェは黙ってろォ!! コッチはテメェを庇って階段の一番上から落ちてるんだよッ、一応頭も打ってるんだよッ、いい加減に助けろてんだッ!!」

 

 彼の重傷具合を知り、クラスメイト達は慌て始めた。

 

 



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第58話 恋なんてこりごりだ

 

 

 結局の所、急ぎ救急車が呼ばれ。

 敦盛は到着まで保健室に運ばれ手当を受けているのだが、当然の様に皆へ説明は必要な訳で。

 

「じゃあ代表して担任の僕が聞くけど」

 

「ああ、何でも聞いてくれ先生」

 

「何があったの?」

 

「俺が聞きたいです先生……」

 

「溝隠さん?」

 

「先生……アタシは間違ってた、アタシはあっくんの為に、愛の為に存在してるのっ」

 

「なるほどなるほど……つまり今回も痴情の縺れと」

 

「それで済まさないでくれません先生ッ!? ――って今回もって?」

 

「あれ? 知らなかった? ウチの高校ってばかなり前から、それこそ僕が入学する前から色恋沙汰で警察やら救急車が来るコトが多いんだけど」

 

「ウチの高校、修羅場多くありませんかッ!?」

 

「だよねぇ、僕も苦労したよ……」

 

 その非常に遠い目に、敦盛のみならずクラスメイト達は全員何かを感じ取って、ああ、と納得の溜息を吐いたが。

 

「いや英雄? 私達の代からは君が原因、或いは関わった騒動で起こった修羅場が増加してるのを知っているか?」

 

「うーん、それって君も関わってるよねフィリア?」

 

「君の恋人、愛妻としてな」

 

「あくまで主体は僕だと」

 

「うむ」

 

「先生? ご夫婦でイチャつくなら後にしてくれません? 瑠璃姫を俺から離して欲しいんですが?」

 

「ああ、ごめんごめん」

 

 瑠璃姫は今、一時も離れるものかと敦盛に密着し。

 手当も他人に任せるものかと、保険の先生を押しのけて。

 不幸中の幸いとも言うべきか、彼女の手当は本職と同等がそれ以上な事ではあったが。

 

「何となくどうなったかは分かるが、お前はそれで良いのか敦盛? まだ死ぬ気はあるのか?」

 

「そうそれっ! それ俺も聞きたかった!!」

 

「竜胆、円……ああ、迷惑かけたな。もう死ぬ気はない――――じゃねぇよ、竜胆、テメェ今どうなったか分かるとか言ったか?」

 

「どうせ瑠璃姫さんが真実の愛に目覚めたとか、そんなんだろ。面倒くさい女は大概、そんな事を言うんだ」

 

「え、何その実感籠もった台詞ッ!? 割と当たってるだけに怖いんだけどッ!? その法則でいくと奏さんはどうなんだよッ!?」

 

「あっくん? アンタまだ奏を愛してるとかぬかすワケ? ――――殺すわよ奏を」

 

「早乙女君、言葉には気をつけなさい。私と瑠璃ちゃんが殺し合った挙げ句、竜胆と貴方を道連れに死ぬ前にね」

 

「おい竜胆ッ!?」

 

「諦めろ、お前は瑠璃姫さんを目覚めさせてしまったんだ…………」

 

「お労しや敦盛ぃ……君には俺みたいな苦労を、火澄ちゃんみたいなクッソ重い相手じゃなくて、普通の幸せを掴んで欲しかったのに!!」

 

「円? その言い方だとテメェ、こうなる事が分かってたのか?」

 

「いや? でも溝隠さんとの恋愛はロクな事にならないって確信してた、だからいつも言ってたでしょ?」

 

「返す言葉が無ぇッ!!」

 

「そこはちゃんと言い返しなさいよ、あっくんは自分に尽くしてくれて、しかも自分好みに育てた美少女を手に入れたじゃない。しかも身も心も蹂躙し放題よっ」

 

「竜胆、円、俺が間違ってた。お前等の忠告は聞くべきだったわ。――苦労したんだなテメェらも」

 

「「敦盛!!」」

 

 ひし、と拳を合わせ友情を確かめ合う三人。

 それを見た瑠璃姫は、面白くないと口を尖らせ。

 

「…………あっくんが入院してる間に、監禁部屋を作り直そうかしら」

 

「あらダメよ瑠璃ちゃん、そういうのより病室でセックスして籠絡する計画を練らなくては」

 

「ナイスアイディアね奏っ!!」

 

「何処がだよッ!? おい竜胆、奏さんを何とかしろッ!!」

 

「すまん、まだ恋人じゃねーから。俺は何も言えない……」

 

「だって奏、アンタも頑張んなさいよ」

 

「そう……竜胆はまだ分かってくれないのね」

 

「いや瑠璃姫? テメェ何人事みたいに言ってるんだ?」

 

 その言葉に、誰もが敦盛に視線を向けた。

 勘の良い脇部夫妻は苦笑し、竜胆や円はあー、と難しい顔。

 瑠璃姫や奏、他のクラスメイト達は意図が分からず。

 ――――そして、爆弾が落とされた。

 

「何を不思議そうな顔してんだよ、よーく考えてみろ。俺の告白は受け入れてねぇってテメェが言ったんだろ。んでもってさっき告白してきたが……俺は付き合うとも結婚するともペットにするとも言ってないよな?」

 

「…………あっくん? つまり?」

 

「俺とお前は、まだ只の幼馴染み。いやテメェの事は好きだし愛してるけどな? こんな事があって恋人になりたいとか、それ以上になりたいとか言うと思ったか? セフレも断るぜ?」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……あ、ジョークねあっくんっ!」

 

「いや真面目に。逆に聞くが、こんな事があってどうしてそのまま恋人関係だとか、主人とペットとかいうアンモラルな関係とか、ラブラブ夫婦になれるって思ったんだ?」

 

 瞬間、保健室が凍り付いた。

 然もあらん、あまりにも当然の理屈、理由、同意しかない言葉。

 普通の感性を、度量をしていれば縁切りしていたって不思議ではない。

 

「という訳でだな、俺は当面……色恋沙汰はいいかなぁ……、もうお腹いっぱいだぜ」

 

「おい敦盛?」「いや敦盛?」

 

「そうだっ、怪我治ったら三人で遊びに行こうぜ! な、竜胆! 円! 男三人で旅行とか行かねぇ?」

 

 温泉、それとも遠くのゲーセンへ日帰り、某ねずみの国か、と楽しそうにする敦盛。

 一方、瑠璃姫は愕然とした顔であんぐり口を開け。

 

「…………ドンマイ瑠璃姫さん」

 

「あー、溝隠さん。敦盛の負担にならないぐらいに頑張って、何かあったら火澄ちゃんに相談してよ連絡先渡すから」

 

「残念だけど、自業自得とししか言えないわね。愚痴ぐらいは聞くから頑張ってね?」

 

 ぷるぷる震える瑠璃姫を、敦盛以外の全員が複雑そうな視線を向ける。

 当然といえば当然の結末、当面の間は恋愛したくないという彼の気持ちは痛いほど理解したからだ。

 

「……………………ねぇ、あっくん」

 

「おう、なんだ瑠璃姫。そろそろ痛みで気絶しそうだから手短にな」

 

「分かったわ、アンタは天井の染みを数えてるだけでいいから」

 

「は?」

 

「アンタがパパになるのよっ、今この場でパパにしてやるうううううううううっ、アタシを孕まして子宮に敗北刻んでイチャラブ奴隷嫁にしなさいよバカ盛イイイイイイイイイ!!」

 

「うぎゃああああ、誰か助けろおおおおおおッ!!」

 

 半泣きで襲いかかる瑠璃姫に、ベッドから落ちそうな敦盛。

 救急車が来るまで、保健室は混迷を極めたのであった。

 

 



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第59話 これからを話そう(エピローグ前)

 

 

 結局の所、瑠璃姫が警察のお世話になる事は無かった。

 怪我の原因が痴情の縺れの際の、不幸な事故であるし。

 監禁については、敦盛の方が彼女だけの罪と考えなかったからだ。

 ――その事で瑠璃姫がまた敗北感で快楽を覚えたのだが、ともあれ。

 

「はい、あーん」

 

「右肩は動かせないけど、左は大丈夫だから普通に食えるからな?」

 

「そんなコト言わないのあっくん、はいあーん」

 

「テメェが甲斐甲斐しく世話してくるなんて、まだ違和感バリバリだぞ……」

 

「つれないわねぇ、折角アタシが理想の幼馴染みをやってあげてるのに」

 

「本音は?」

 

「奴隷の様にあっくんに尽くすなんて……なんて敗北感っ、悔しいわ……悔しすぎて興奮しちゃう!」

 

「やっぱそれかテメェッ! 俺をオナネタにすんじゃねぇよ痴女めッ!!」

 

 差し出されたリンゴを奪い、むしゃむしゃと。

 今、敦盛は入院中であった。

 良くも悪くも変な風に折れたお陰で、全治半年入院一ヶ月。

 

「ああもう……、今日は平日だろう。学校はどうした瑠璃姫」

 

「え、そんなもん停学に決まってるでしょ」

 

「だったら家に引きこもってろよッ!! わざわざ毎日通うんじゃねぇ、後四週間ずっと通うつもりか!?」

 

「当たり前じゃない、だってあっくんは命の恩人だし」

 

「騙されねぇぞ、テメェがそんな殊勝な理由で見舞いに来る筈が無い、絶対に……だッ!」

 

 すると瑠璃姫は大粒の涙を浮かべ、ぷるぷると震え嗚咽が漏れ始める。

 途端、同室の者達、そして居合わせた看護師が冷たい視線を敦盛に向け。

 

(ざっけんな瑠璃姫えええええええええええッ!! 俺を悪者にしたてあげるつもりかッ、甲斐甲斐しく尽くしてるのに邪険にされる可哀想な彼女の地位を手に入れるつもりだなッ!!)

 

 魂胆は分かってる、同情を引いて敦盛と二人っきりになる時間を増やそうとしているのだ。

 そしてそんな時間があったのなら、彼女は敦盛を手に入れる為にピンク色なアハンムフンをするつもりだろう。

 それだけではない。

 

(このまま外堀を埋めて、俺の恋人という立ち位置を確率する気だコイツッ!! いや確かにコイツの事は好きだし、今も愛してるけどさぁ……)

 

 あんな事があったばかりだ、流石の敦盛も今はそういう関係になりたいとは思わない。

 そして出来るなら、捻曲がった愛情ではなく。

 もっと普通な、一般的な愛情でもって好意を寄せて欲しい。

 彼は溜息を一つ、左手で彼女の頭を撫でて。

 

「…………(お前の策略を見抜けなかった)俺が悪かった。(世間体が悪いから)もう泣きやんでくれ」

 

「しくしく、しくしく、愛が足りないわあっくん」

 

「具体的には?」

 

「俺の女だぜって感じで、強引にキスして」

 

「スマン、ちょっと精神的にそういう行為は暫くしたくねぇんだ」

 

「マジトーンで断られたっ!? こんな巨乳で美少女な幼馴染みが身も心も捧げようってのに何が不満なのよアンタ!!」

 

「復讐心を敗北感でオナる為のスパイスにした挙げ句、憎悪を腸捻転して愛情にしてるあたり」

 

「本音は?」

 

「昨日、精神科のお医者さんに女性不信になりかけてますねって言われたんだが?」

 

「あ、これマジなやつっ!? あっくんのケツの穴の皺の数までを知り尽くしてるのに、思い通りにならないなんて何て屈辱!!」

 

「そうやって興奮する所だぞ?」

 

 二人のトンチキな会話に、同室の者も看護師も微笑ましそうに目を反らし。

 否、心なしか敦盛へ同情的な視線があるような。

 

(まぁ……平和って言ったら平和か。監禁されたの五日ぐらいの筈だったのに、何週間ぶりって気がするぜ)

 

 こうして彼女と心置きなく言い争える日々を、敦盛は望んでいたのだ。

 というか、告白したあの後も続けられると信じていた。

 

「…………結果オーライってやつかな?」

 

「なに変なコトを言ってるの? もう一度頭をぶつけてみる?」

 

「殴っても良いか?」

 

「ごめんねあっくん、いくらアタシでもリョナ趣味までは……」

 

「自分のやった事を胸に手を当てて思い出せ?」

 

「あっくんの下のお世話した」

 

「違うよな、関係なくはないがそれ違うよな?」

 

「あの日、あっくんに全てを捧げた日。アタシは幸せだったわ」

 

「間違ってなさそうだけどッ、それ絶対違う意味だよなッ!?」

 

「あっくんは面倒臭い男ねぇ、ハゲるわよ」

 

「うっさいわッ、親父も爺さんもハゲてるからどうせ俺もハゲるってんだよッ!!」

 

 けらけらと笑う瑠璃姫に、つられて敦盛も笑って。

 でも、いつまでもそうして居られない。

 話し合う事がある、真面目な話だ。

 

(――――ま、そうよね)

 

 彼の空気が変わった事を、瑠璃姫は敏感に察知した。

 このまま、こうして表面上は以前の様な関係を続けても良いと思ってはいたが。

 一度関係が決裂して、盛大に捻れてしまった以上。 二人が一緒に居るには、話し合うしかなくて。

 

(もう一度強引にしちゃえば、あっくんとアタシ、どっちかが壊れちゃうものね)

 

 それでも良い、むしろそれが良いという破滅願望を押し込めて。

 

「話があるんでしょ、どうするのあっくん。場所を変える?」

 

「流石は瑠璃姫、気づいてたか」

 

「長年、幼馴染みやってないっての」

 

「だな、じゃあとりまカーテンだけ」

 

「はいはい、あっくん様の仰せの通りに」

 

 そして、二人のこれからを決める話し合いが始まった。

 

 



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第60話 そして一歩進んだ日常を(エピローグ後)

 

 

 カシャっと音がして、敦盛のベッドがカーテンで隔離される。

 瑠璃姫は再び椅子に座ったが、話が始まるでもなくお互いに無言。

 ただ静かに、瞳を見つめ合って。

 

(相変わらず、黙ってればマジで美少女なんだがなぁ……)

 

 何ともなしに、左手を延ばす。

 彼女は何も言わず、己の右手の指を絡め。

 ――彼女の、敦盛より少し低い体温。

 

(キスしたいって、今までなら思ったんだが。まったくそういう気になれんぞ)

 

 でも、それを心地よく感じる自分も居て。

 彼は口元を緩めた、何も畏まって話す必要など無い。

 確かに重要な事だが、ぶつかり合う為に話すのでは無く。

 ただ、歩み寄る為に。

 

「俺はさ、この先もお前と一緒に居たいんだ」

 

「うん、アタシも。どんな関係であれあっくんと一緒に居たい」

 

「だがな、もう二度とあんな事はごめんだ」

 

「アンタを騙してアタシとセックスさせたコト? それとも監禁?」

 

「両方だ、今回は丸く収まったが。……次は無い」

 

「でしょうね、でも安心しなさいあっくん。もし次があるなら――それはアタシが壊れた時か、アンタが他の女に心を奪われた時よ」

 

「ふぅん、それならしゃーねぇか」

 

「あら、案外素直に受け入れるのね」

 

「俺達は普通に見えて、普通の関係じゃなかった。――それでもテメェが好きなんだから、受け入れるしかねぇだろ」

 

「じゃあ、アンタの女性不信が終わったら。アタシをカノジョにしてくれるの? それともペットとして飼ってくれる?」

 

「俺としては、普通に好きになって愛してくれて。それで恋人になって欲しいんだが?」

 

「普通じゃないって言ったのあっくんでしょ、そもそも本気で言ってる? 最初から普通の関係じゃなかったじゃない」

 

「そうじゃねぇよ、――お互いに譲り合わないかって」

 

「へぇ、成程……ペットとご主人様や、勝者と敗者みたいな高低差がある関係じゃなくて、対等にってコト?」

 

 話が見えてきた、と楽しそうな顔をする瑠璃姫。

 敦盛もまた、少しワクワクしながら提案する。

 

「こっちの提案は二つ」

 

「聞いてあげる、一つ目は」

 

「――――普通の高校生の恋人みたいにイチャイチャするッ!」

 

「……はい?」

 

 思わず瑠璃姫は首を傾げた、なんというかもっと厳しいものを予想していた。

 少しの期間、距離を取ろう、とか。

 許可を出すまで話しかけるな、とか

 心の整理が付くまで、女性不信が治るまで接触を絶つのかと。

 だが彼は、さも当然だと言わんばかりに。

 

「はい? じゃねーよ、テメェ俺の趣味知ってんだろッ、お互いに弁当作りあってみたりさァ、放課後はデートしてだな」

 

「そして路地裏にアタシを連れ込んで、獣欲の赴くままに犯すのねっ!」

 

「するかバカッ、ピュアピュアなおデートだよッ! セックスなんてしーまーせーんー。おでこにチューまでだッ!!」

 

「あっくんが壊れたっ!? っていうか最悪、縁切りまで覚悟してどう心中するか考えようとしてたわよアタシっ!?」

 

「いや今更それはねぇべ、俺もお前もお互いにもう離れられねぇだろ。なら今の関係を楽しむしかなくね?」

 

「…………アンタ図太いわ、アタシが思うより百倍図太いって」

 

「女性不信っつーても、ちょっとセックスしたくないだけだし? なら、高校生らしい青春したいじゃん?」

 

 むふふと鼻息荒くする敦盛、瑠璃姫は頭痛を堪える様に頭を押さえ。

 

(ふはははははッ、テメーの思い通りにしてやるもんかッ!! 散々好き勝手してくれたんだ、もう遠慮はしねーぞ、俺の趣味にも付き合って貰うからなッ!!)

 

 そして彼女は気づく、先程この幼馴染みは何と言ったか。

 

「…………アンタ、譲りあうとか言ってたわよね」

 

「そうだな」

 

「つまり、そのピュアピュアとかいうこっぱずかしい恋人プレイを受け入れれば。アタシの望みも聞いてくれると?」

 

「プレイ言うな、まぁその通りだが。あと一応言っておくけどな、俺ら恋人じゃねぇからな? あん時の告白はノーカンだからな?」

 

「ピュアピュア青春デートするのに?」

 

「ピュアピュア青春デートするのに、だ」

 

 そこがラインか、と瑠璃姫の瞳はギラッと輝き始める。

 恋人ではないが、恋人同然の繋がりは維持したい。

 それはつまり、恋人どころか妻の座が内定したのも同じで。

 

(ふぅ~~ん、へぇ~~、そう、そうなのあっくん……。くふふ、やっぱりあっくんもアタシを求めてくれてるんだっ!!)

 

 ならば、ここは攻める時。

 拒絶されないギリギリの線を見極めて。

 

「じゃあ退院したら、一緒に寝てくれる? 勿論アタシからセックスは求めないわ」

 

「ほう?」

 

「ここはアンタの趣味を尊重して、風呂上がりに髪を乾かすのも任せて良いわ!」

 

「いやそれ、前もしてなかったか?」

 

「じゃあ、トイレの後に股間を拭いてくれる?」

 

「はいアウト、あと二回な」

 

「朝、アンタの息子を「レッドカードで退場」…………ほっぺにキスして起こす。ぐぬぬぬぬぬっ」

 

「いや悔しがるなよ、そんなポイントでッ!?」

 

「ぶっちゃけ、アタシとしてはぴゅあぴゅあより。エロ漫画みたいなドロドロの精液だらけの性春したいんだけど?」

 

「お前も精神科で見て貰うか? つーか、言ってる事が前の俺と同じなんだが?」

 

「あっくんがアタシを壊して染め上げたのよ?」

 

「それを言うなら、テメーが俺を変えたんだが?」

 

「……」

 

「……」

 

 にらみ合う二人、けれど指は仲良く絡め合ったままで。

 

「――――俺は普通の恋人みたいなプレイがしたいッ!!」

 

「――――アタシは力付くで支配される屈辱的なプレイがしたいっ!!」

 

「は? やんのかテメェ」

 

「そっちこそ、その体で挑もうっての?」

 

「もうボケたか瑠璃姫、俺が何回お前に勝ってると思ってるんだ」

 

「アンタこそ忘れたの? アタシは負けるほど欲情するわよ?」

 

「ああん? そんなもん、俺が勝ったら膝枕で優しく子守歌を歌わせるに決まってるだろうがよ!」

 

「何その羞恥プレイっ!? しかもセックス無いのっ!?」

 

「当たり前よバカ野郎! セックス目的で召喚されたのに健全デートするだけだったサキュバスみたいな反応してんじゃねぇよ!!」

 

「なんでそんなに具体的なの? やっぱ頭に精子が詰まってるんじゃない?」

 

「マジでやるか顔と乳と腰とケツと太股と金と脳味噌しか取り柄のない女めッ!!」

 

「それ誉めてるの貶してるの?」

 

「………………俺にも分からなくなってきた」

 

 うんうん悩み始めた敦盛の頬に、瑠璃姫はそっと口づけをして。

 

「ま、ゆっくりやって行きましょ。アタシ達らしくね」

 

「…………まぁそうだなァ」

 

「だから覚悟しておきなさいっ、今度は本当にアンタが夢中になるようなカワイイ女の子になって。それこそお給料三ヶ月分のプレゼントを躊躇いなく貢がせてみせるから!」

 

「はいはい、期待しないで待ってるよ」

 

 瑠璃姫の屈託のない笑みに、敦盛は苦笑しながら頷く。

 

(今のままでも十分カワイイって思うあたり、やっぱ手遅れなんだろうな俺…………)

 

 将来、どんな関係になるか分からないが。

 この調子なら、そんなに悪いことにはならないだろう。

 

「なぁ、瑠璃姫」

 

「なによ、あっくん」

 

「好きだ」

 

「あら奇遇ね、アタシも好きよ」

 

 二人は指を絡め合ったまま、幸せそうに笑い合ったのであった。

 

 

 

 

 

 ――――――完。

 

 

 




はい、という訳で完結です

敦盛も瑠璃姫も、きっとワイワイガヤガヤ騒がしく楽しんで、そのうちフツーに結婚して子供産んで育てて……そんなフツーのハッピーエンドが待っているでしょう。(途中でくっそ捩れないとは言ってない)

わりと性癖詰め込んだので、楽しんで頂けたら作者冥利に尽きるって感じですね。
ではでは、機会がありましたら次の作品でお会いしましょう。


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