ハイスクールD×D Dragon×Dark (夜の魔王)
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Diabolos
始まり


「ふーふ、ふふふ♪ ふーふ、ふふふ♪ ふふ、ふふ、ふふ~ふふふー♪」

 一人の少年が夕暮れの道を歩いている。

 彼は家に帰る最中で、近道のために公園に入った。

「ふ~ふ~ふふ~ふ、ふ~ふ、ふ~ふ♪ ふ~ふ~ふーふふふーふふふー♪ ――……ッ!」

 機嫌良さそうに鼻歌を歌う少年。

 

 その後、少年は、信じられない出来事を目撃した。

 

「殺人現場に遭遇した!?」

 彼の目の前には黒いボンテージ服を着ている黒い羽を生やした美女と腹から血を流している少年。

 彼女は少年に向けていた冷ややかな視線をこちらへ向けてきた。

「あら、見られてしまったわね。残念だけど、見られたからには死んでもらうわ」

 そう言って彼女は光の槍を作り出して少年に投げた。

 その槍は同じ様な黒い槍とぶつかって消滅する。

「何ですって!? まさか……神器(セイクリッド・ギア)所有者!?」

「知られたからには死んでもらう」

 言われた事を言い返した彼は、やられた事をやり返す。

 彼が放った十本の黒い槍が彼女を襲う。

 黒い槍が彼女に当たると思った時、辺りが強い閃光に包まれる。

 

 それが収まった時、そこには誰も居なかった。

「逃げられたな。それはさておき、この死にかけをどうしたものか……」

 少年がまずは容態を確認しようと近寄った時、足元に紅く輝く魔方陣が出現した。

「うわ……悪魔のお出ましかよ……」

 今日はとことんついてないと少年が嘆息すると同時に、魔方陣から紅髪の美少女が出現した。

「私を呼んだのは貴方?」

「いえ、違います。呼んだのは恐らくそこに居る九死一生の人です」

「これは大変ね」

 そう言うと、彼女は懐から髪と同じ紅い駒を取り出して何かしたかと思ったら、99%死んでいた少年が健康体に戻った。

「まさかのミステリー……」

「さて、次は貴方だけども……」

「俺は通りかかっただけですので殺さないで下さい。願いもありませんのでどうぞお帰りください悪魔様ー」

 美少女の視線がキツイ物へ変わる。

「貴方、悪魔の事を知っているの?」

「失言しました。まさか駒王学園の二大お姉さまの一人であるリアス・グレモリー先輩が悪魔だと知っていささか動揺してしまったようです。それで、悪魔について知っているのかでしたね?はい、知ってます。悪魔だけでなく天使についても知っていますよ。こう見えても神器持ちなので」

「詳しく話を聞かせて貰いたいわね……」

「お断りします。悪魔の方々と違って卑小な人間である私めは夜行性ではないので」

 その時、突如現れた闇が二人を包み、視覚を効かなくする。

 暗い所でも人間よりもよく見える悪魔でもこの中では何も見えなかった。

 

 闇が辺りを覆っていたのは数秒だったが、闇が晴れた後に居たのはリアス・グレモリーと九死に一生を得た――いや、悪魔に転生した少年、兵藤一誠だけだった……。

 



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呼び出し

 ―数日後

 

 

「黒縫君、ちょっといいかな?」

「何だいイケメン?用があるなら早く済ませて貰いたいね」

 駒王学園の放課後。

 先日、兵藤一誠の殺害現場(?)に居合わせた俺、――黒縫 朧(くろぬい おぼろ)は同じクラスの木場祐斗に話しかけてられていた。

「リアス・グレモリー先輩がこの前の事で話があるそうだから、ついて来てくれないかな?」

「こんなに早く見つかるとは……。――いいだろう、案内してくれ」

 

 

 

 木場祐斗に連れられて来た所は旧校舎だった。

「ここに彼女が?」

 俺の質問に木場は首を縦に振る。

 

 

 中に入ると、そこは使われていないとは思えないほどに綺麗だった。

「部長、彼を連れてきました」

 木場が立ち止まった部屋の扉に掛かっていたプレートには『オカルト研究会』の文字。

(木場がオカ研? 似合わねー)

 そんな事を思っていると中からリアス・グレモリーの声がした。

「入ってちょうだい」

 俺は木場に続いて部屋に入る。

「失礼します」

 中の部屋はオカルト研究会らしく、よく分からない物で満ち溢れていた。

 そして、中に居るのは紅髪、黒髪、白髪の美少女達。

 その中の紅髪の美少女が話しかけてきた。

「ようこそ、黒縫朧君。久しぶりね」

「はい、久しぶりですね。リアス・グレモリー先輩。それで、今日は何の御用ですか?」

「単刀直入に聞くわ。貴方は一体何者?」

「昨日も話した通り、神器持ちの一般市民ですよ」

「ただの一般人が神器(セイクリッド・ギア)を自在に操れて、この私から逃げ切れると?」

(ただの一般人は神器は持ってないと言って欲しかったのだけどな……)

「それは俺は逃げるのが得意だったという事でご勘弁を。というか、そもそも俺が一般人じゃ無かったら何か問題が?」

「この辺りは私が魔王様から任された地域なの。危険人物を見過ごす訳にはいかないわ」

「そんな事言われましても……」

(それはそっちの都合で、俺には関係無いとは言えないし……)

「……しょうがないわね。――貴方にはこのオカルト研究会に所属して貰います」

「その目的は?」

「ズバリ監視よ」

 聞いたのは俺だが、まさか答えるとは思わなかった。

「いいでしょう。その申し出受けます」

 押し問答を続けるよりはマシだ。

「それじゃ、ようこそ、オカルト研究会へ。歓迎するわ、黒縫朧君」

 

 

 部員の紹介はまた後日するからと言われ(何やら緊急事態が起こった様で、リアス・グレモリー先輩が急いでどこかへ向かった)、俺は帰宅した。

 

 

 

 

 家に帰ると、一人暮らしの筈なのに人の気配がする。

 

 気配を消してリビングに向かうとそこに誰かが居る事気付くと、俺の神器(セイクリッド・ギア)――黒き御手(ダーク・クリエイト)で作り出した短剣を投げつける。

「危ないですね」

 かなりの速度で投げられたそれは、中に居た眼鏡をかけた男に軽々と払われた。

「あ、お邪魔してます」

 一緒に居た中学生くらいの少女が丁寧に挨拶をしてくる。

 俺はそんな彼らに頭を痛めつつ問いかける。

「毎回言ってるが、俺の家に来るのは止めろ……アーサー、ルフェイ」

 

 

 

 

「で、今日は何の用だ」

 目の前の二人――『禍の団(カオス・ブリゲード)』の英雄派に所属しているアーサー・ペンドラゴンとルフェイ・ペンドラゴン。

 この二人とは俺とは派閥が違うのだが、なぜかそれなりに親しくしている。

 お互いに変わり者だからだろうか?

「少し居心地が悪かったので抜け出してきました」

「お前ら本当に英雄派の連中と相性悪いのな……」

 だからと言って別の派閥の俺の所に来なくてもいいと思う。

「ここは居心地がいいですからね」

「心を読むな」

「表情に出てましたよ?」

「マジか……?」

 二人は同時に頷いた。

 

 

「つまり、簡単に言うとジークフリートがアーサーに絡んできたと?」

 アーサーから聞いた話を要約すると、どうやらそういう事らしい。今月で三回目である。その度に俺の家に来るな。

 

 ジークフリートとはアーサーと同じ英雄派に属する魔剣使いで、『魔剣(カオスエッジ)ジーク』の渾名(あだな)を持ち、アーサーとどちらが強いか噂されている。

 

「まあそうなりますね」

 アーサー自身の剣――聖王剣コールブランドの手入れをしながら答える。

(ふと思ったんだけどその白いポンポンって、日本刀に使うのは見た事あるけど、剣にも使えるの?)

 だが、そんな事をこの男に聞ける筈もなく――彼はこう見えて戦闘時は一切容赦が無いし、俺は聖剣の相手は少し苦手なのだ――違う事を口に出す。

「俺も周りと仲悪いけど……お前らも中々に面倒だね」

「所属している理由も、他の方々とは違っていますしね」

「確か英雄派は、悪魔や堕天使を絶滅させたいんだったか?」

 これを英雄派に聞かれたら反論されるのは確実だろう。でも俺からしたら一緒だ。

「簡単に言えばそんな感じです」

 だが、目の前の男は反論どころか肯定した。

 それだけでこの男は英雄派と馴染(なじ)めていない事が分かる。

「俺達一般人から見たら、どっちもどっちなんだがな」

「貴方は一般人では無いでしょう」

「学校にも通ってるのに?」

「一般人はテロリスト集団には属していないでしょう?」

「それもそうか」

 今まで掲げていた一般人と言う肩書きを一瞬で下ろす。

 オカ研の面々の前では、掲げ続けることになるだろうが。

「一応忠告しておくとここは魔王の妹君の管理地域だから、来るのは危険だぞ」

「まだ禍の団(カオス・ブリゲード)は本格的に活動していないので大丈夫でしょう。大体、それを言うならあなたの方が危険では?」

「俺は生まれてからずっとここに住んでるんだ。悪魔達に文句を言われる筋合いは無い」

「その悪魔達に最近接触したそうですね」

「……誰から聞いた?」

「黒歌からですが」

「あの糞猫ォ……! 妹に隠し事洗いざらい打ち明けてやろうか……!」

「それをされると周りを巻き込む大喧嘩に発展するのでやめてください」

「珍しいな、お前が止めようとするなんて」

「その原因が私だと知られると、黒歌の八つ当たりがこちらにも来るので」

 案外自分本位な答えだった。この野郎、殴ってやりたい……!

「最強の剣士以外に興味が無いお前も、黒歌は苦手か?」

「まあ、そんなところですね」

「ふーん。……で、ルフェイはさっきから何見てるんだ?」

 さっきからルフェイはじっとテレビを見ていた。

 答えが無かったので覗き込んで確認する。

「特撮アニメ? お前こういうのが好きなのか?」

 自分がそのような存在であるのに。

「はい!」

「そうか……テレビは基本的に使ってないから好きに使ってくれていいぞ」

「本当ですか?」

「うん」

「ありがとうございます!」

 ルフェイは満面の笑みでお礼を言った。やはり美少女の笑顔はいい。

「あなたはルフェイには甘いですね」

「女の子には優しくする主義なのさ」

「でも、それだとこの家にいつでも来ていいと言っているようなものですよ?」

「あっ……」

 

 最近美少女に対して失言が多いな。反省しよう。

 



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驚愕

 翌日、オカ研の部室を尋ねると、シャワーの音がした。

 

(何故シャワーが?それに、旧校舎なのに水道来てるのか……それを言ったら電気もだが)

 

「ん? 木場は居ないのか?」

 自分よりも早く教室を出ていった木場が居ないので尋ねてみると、兵藤を迎えに行ってるらしい。

 

「昨日に続いて今日もとは……ご苦労な事だ」

「あなたと兵藤君は二年生だから、呼びに行くのは同じ二年生である彼が良いと部長の判断です」

「なる程、確かにその方がですね」

(他の人達――木場もだが――は有名人という事もあるし……何より美少女に訪ねられたら後が面倒だ)

「隣、座ってもいいか?」

「……どうぞ」

 羊羹を食べている少女に声をかけてからソファに座る。

 

 

 

 しばらく待っていると、部室に木場に連れられた兵藤が入ってきた。

 それとほぼ同時にシャワーからリアス・グレモリー先輩が出てきた。

 オカ研メンバーと兵藤の自己紹介が終わると、リアス・グレモリー先輩が口を開いた。

「兵藤一誠君。いえ、イッセー。私達オカルト研究会はあなたを歓迎するわ。――悪魔としてね」

 兵藤一誠の受難と幸福は、恐らくこの時を(さかい)に決まってしまったのだろうと、後の俺は思った。

 

 

「単刀直入に言うわ。私達は悪魔なの」

 単刀直入過ぎる。兵藤も何のこっちゃと言う顔をしている。

「信じられないって顔ね。でも、あなたが昨夜会った黒い翼の男、あれは堕天使よ」

 兵藤の奴、昨日も襲われたのか?ご愁傷様です。あ、まだ死んでないか。

 リアス・グレモリー先輩が悪魔と堕天使、それと天使について話をするが、兵藤はこれぽっちも理解できていない様だ。

(ま、普通こんなこと言われても信じられないよな……)

 だが、兵藤は信じざるを得ないだろう。何故なら、彼は既に彼らと同じ悪魔なのだから。

「天野夕麻。あなたはあの日、彼女とデートしていたわね?」

 今度は俺が首を傾げる番だった。それが一体、今となんの関係がある?

「……冗談なら、ここで終えてください。正直、その話は余り話したくないんです」

 どうやら、兵藤は怒っているようだ。デート相手という事は彼女だろう。それがオカルトネタにされたと思って怒っているのか?

 話は最後まで聞くべきだ。怒るとしてもそれからだ。

「彼女は存在していたわ。あなたを殺した後で自分の痕跡を消したようだけど」

 リアス・グレモリー先輩が指を鳴らすと副部長の姫島朱乃先輩が懐から写真を取り出す。

(学校の制服の内ポケットって女子にもあったんだ。というか、そもそも自分が持っていろよ……)

 そんな事を思った俺とは違い、兵藤はその写真を見て驚いていた。

「その子よね? 天野夕麻ちゃんって」

 写真に写っていたのは俺も見た事のある長い黒髪の女の子。それは兵藤を殺した……もとい、殺そうとした堕天使だった。

「この子――いえ、これは堕天使。昨日あなたを襲った存在と同じ者よ。彼女はあなたを殺すために近づいたのよ」

「な、なんで俺が!」

 まあ、普通は一般市民が堕天使に襲われる事なんて無いよな。

「彼女があなたに近づいた理由はあなたがとっても危険な物――神器(セイクリッド・ギア)を見に宿す存在だからよ」

(へえ、兵藤も神器持ちだったのか)

 だが、それで死んだら浮かばれまい。アーメ……っと、死んでないし、悪魔の居るところでこれは拙い。

神器(セイクリッド・ギア)は特定の人間に宿る規格外の力。その中には私達悪魔や堕天使の存在を脅かす程の力を持った神器もあるの。――イッセー、手を上にかざしてちょうだい」

 兵藤が左腕を上にかざす。

 どうやら、彼の神器を発現させるらしい。

「ドラゴン波!」

 兵藤がそう叫ぶと彼の左腕が光りだした。

(でも、あいつよくこの状況であんな事言えたな……。微妙に尊敬するぞ)

 光が収まった後に、彼の左手は赤い籠手が着けられていた。

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!」

 兵藤は驚いていたが、俺も内心同じくらい驚いていた。

(おいおいおいおいおい! なんであんな物がこんな所にあるんだよ!?)

 今の俺は、内心の動揺を隠す事に必死で、残りの彼らの話はこれぽっちも頭に入って来ない。

 

 

 

「――朧君、朧君!」

「は、はい! 何か御用でしょうか?」

 リアス・グレモリー先輩の声になんとか返事をする。

「今自己紹介をしていたのだけど……聞いてなかった?」

「す、すいません。今自己紹介を。――黒縫朧です。オカルト研究会にはつい最近入ったばかりだ。新入(しんい)り同士仲良くしてくれると嬉しい」

「そして、私が彼らの――一名は違うけど――主であり、悪魔であるグレモリー家のリアス・グレモリーよ。家の爵位は公爵。よろしくね、イッセー」

 



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不幸を呼ぶ黒猫 不幸というか面倒事

 動揺しているため、ふらふら家に帰りリビングに入ると、そこには一匹の黒猫が居た。

「くたばれ黒猫ぉぉぉ!」

 黒き御手(ダーク・クリエイト)で創り出したハンマーをソファの上に寝そべってる黒猫に振り下ろす。

「む、手応えがない……?」

 返って来たのは柔らかいクッションの感触のみだった。

「それは残像にゃん」

 後ろから声がかかる。

「これだから仙術使いは……。で、何の用だ黒歌」

「暇だったから遊びに来たにゃん」

「どうぞお帰りやがれ、この駄猫」

「冷たいにゃん! 何で君は私に対してはそんなに辛辣なのかにゃ?」

「ほほう……お前が俺に何をしたか、忘れたとは言わせんぞ」

「忘れたにゃん」

 堪忍袋の緒が切れた。

「俺の家の住所を一体何人に教えた! いつの間にか俺の家は『禍の団(カオス・ブリゲード)』のはぐれ者の避難所になっちまったじゃねえか!」

「そんなに怒らないで欲しいにゃん」

「怒るわ! ただでさえ『禍の団(カオス・ブリゲード)』に入れられてうんざりしてるのに!」

「……ほんと、君がなんで『禍の団(カオス・ブリゲード)』に入ったのか理解できないにゃ……」

「勧誘がしつこかったんだよ。後、面倒だったから適当に頷いただけだ」

「ふぅん」

 

「そうそう、今日は珍しい……というより凄い物を見たぜ」

「へぇ。一体なんにゃ?」

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)

 その単語を聞いた黒歌の表情が変わる。それも当然だ。これを聞いて驚かないのはよっぽどの馬鹿だけだろう。

「それ、神滅具(ロンギヌス)の一つじゃない……一体どこで?」

 神滅具(ロンギヌス)とは、その名の通り神をも殺す事が可能な神器(セイクリッド・ギア)。13種ある神滅具の一つが赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)。効果は十秒毎に所有者の能力を倍化する事と、上昇した力を他へ譲渡する事の二つだ。

「兵藤一誠。悪魔に成りたてのアイツが持っていた。殺されても納得な力……殺すよりも取り込んだ方が良いと思うがね」

 神滅具(ロンギヌス)持ちを引き入れたとなったら組織の中での株も上がるだろうに。

「そりゃそうにゃ。でも、それだと堕天使側に赤と白の二天龍が揃う事になって……壊滅してたかもね」

「しかし、あいつは悪魔に転生した。……まあ、現状では持ち主が駄目過ぎて宝の持ち腐れだが」

 自分の力を倍にするという能力ゆえ、元々の性能(スペック)に左右される。

「そんなに酷いの?」

「元一般人だからな。あれでは一分経っても俺達には勝てない」

「それは酷いわねー。でも、白音の側にドラゴンかー……」

「心配か? この隠れシスコン」

「誰がシスコンにゃ!」

「三日に一度は妹の様子を見に来る奴がシスコンで無くて何だと言うのか」

「殺す」

 黒歌が手から魔力を撃ち出す。

「その言葉、そのままそっくり返してやる」

 黒き御手(ダーク・クリエイト)で盾を創り出し、魔力弾を防ぐ。

「「くたばれ」」

 さあ、闘争(殺し合い)だ。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

「つ、疲れたにゃん……」

 あれから三時間ほど戦い続けていたが、決着はつかなかった。部屋はボロボロになったが。

「飯にしよ……」

「ねこまんまがいいにゃ」

「食っていく気なのかよ……」

 面倒なのでサケ茶漬けを作って済ませた。

 飯を食べ終わると黒歌は無事だったソファで寝てしまった。

「寝てる間に埋めてぇ……!」

 そんな事をしてもすぐに戻ってきそうなのでしないが。

 

「さて、今頃兵藤は悪魔家業に勤しんでいる頃だろうか」

 俺は悪魔稼業には参加してない。その理由は言うまでもないだろう。

「暇だ……」

「そう言えば」

「何だ黒歌、起きてたのか?」

「この辺りにはぐれ悪魔が出るそうだにゃ」

 俺の質問は無視か。

「俺の目の前に居るが」

「私の他に居るのよ」

「ふーん……」

 俺は大抵のはぐれ悪魔より強いから、そんな事を聞かされてもなんとも思わない。

「で、そいつ潰してくれる?」

 訂正、聞かなければよかった。

「一応聞くが、何で俺がそんなことしなければならない?」

「この近くで他にそんな事できそうなのは君くらいだからにゃ」

「リアス・グレモリーの眷属に任せておけばいいだろ。元々あいつらの領分なんだから……ああ、つまり白音を戦わせたくないのか。このシスコンめ」

「もっぺんやる?」

 手に妖気を集めながら言う黒歌を前にして、俺は首を横に振った。

「見つけたら殺すが、自分からは探さないぞ。これでも監視されている身だ」

「しょうがないわね。それで勘弁しといてやるにゃん」

 

 

 

 

「お兄さん、私といい事しない?」

 黒歌からはぐれ悪魔の事を聞かされてから数日後の部活の帰り、見た目美人なお姉さんに誘われました。

 俺はため息をついて一言。

「どこ行きます?」

「こっちよ」

 

 連れて行かれた先は廃屋だった。

「ここですか?」

「ええ。――ここが貴様の墓場だ」

 そう言った女性は上半身裸に。そして、下半身は四本の足と蛇の尾を持つバケモノと化した。大きさは5メートル程。

 そう、彼女は(くだん)のはぐれ悪魔だったのだ。だが、それを最初から分かっていた俺は動揺する事はない。

「いえ、死ぬのはあなたです」

 俺は自身の神器(セイクリッド・ギア)黒き御手(ダーク・クリエイト)を発動。俺の両手と腕を黒い長手袋が覆う。

神器(セイクリッド・ギア)保有者だと!?」

「残念でした。また来世で頑張ってね。あるならだけど」

 黒い槍をいくつも創り出し、それをはぐれ悪魔に投げつける。

「ぎゃあーーー!」

「でかい図体だから時間がかかりそうだな……」

 痛みに暴れるはぐれ悪魔を見ながら次の槍を創り出した。

 

 

 

「はぐれ悪魔バイサー。あなたを消滅させに来たわ。大人しく出てらっしゃい!」

 しばらくするとリアス・グレモリー先輩率いるオカルト研究会(グレモリー眷属)の面々がやって来た。

「ほら、呼んでるぞ。何か返事してやれ」

「た、助けてくれぇ……!」

「おい、自分を殺しに来た奴らに助けを求めるな」

 しかし、バイサーの必死の叫びが届いたのか、グレモリー眷属は急いでやって来た。

「黒縫君!? まさかあなたが……」

「はぐれ悪魔はこっちですから。勘違いはしない様に」

 瀕死(ひんし)のはぐれ悪魔を蹴る。

「こ、殺してくれ……」

「どういう事かしら?」

「襲われたので反撃するも、こいつの生命力が高くて死なない。可愛そうだから介錯(かいしゃく)してあげて。俺は帰る」

 そう言って彼女等の横を通り抜ける。

 説明の過程が抜けた気がするけど気にするな。

 

 

 

 止めは刺せなかったが、黒歌の望み通り白音は戦闘しなかったから良しとしておこう。

 

「帰って寝よう。良い子はもう寝る時間だしな」

「君は絶対に良い子じゃないにゃん」

 後ろから声をかけられる。

「黒歌……見てたなら手伝えよ。殺すのに苦労しただろ」

「手抜きするからよ。けど、ありがと。白音が戦わずに済んだにゃ」

「今思ったんだけど……最初からお前がやれば良かったんじゃないか?」

「私が見つかる訳にはいかないから」

「やれやれ……面倒なシスコンだ」

「――死ね」

 黒歌が妖気を全開にして襲いかかってきた。

 俺は全力で逃げる!

 

 この事、後でバレるんじゃないだろうか……。

 

 

 

 春の夜

 猫から逃げる

 丑三つ時

       by朧

 



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悪魔祓い―エクソシスト

「血の匂いがする……」

 

 俺は日課になっている夜の散歩の最中、住宅街で血の匂いを感じた。それも相当な量の血が流れたであろう事を感じさせる程濃密な。

「これは人一人から出たものだとすれば、確実に致死(ちし)量だな。平和な日本でこんな事があるとなると……まさか」

 ある一つの可能性に行き当たった俺は、血の匂いがする方向へ足を向けた。

 

 

 

 

 

「ゴボッ。……な、なんだよこれ……?」

 一誠は目の前の光景に思わず嘔吐(おうと)してしまった。

 目の前にあるのは人間の死体。しかも至る所が切り裂かれ、逆十字の格好で壁に釘で貼り付けられていた。

「おや、これは悪魔くんではありませんか」

 一誠の後ろから声をかけたのは白髪の神父のような服を着た少年。

「お前が……これをやったのか?」

「イエス。なにせ俺、フリード・セルゼンは悪魔祓い(エクソシスト)なもので。という訳で君にも死んでもらいます!」

 フリードは(ふところ)から取り出した光の刀身を持つ剣で一誠に斬りかかる。

 一誠は何とかそれを避けたが、直後に足に鋭い痛み。フリードが光の弾丸を放つ銃で、一誠の足を撃ったのだ。

 

 そのままフリードが一誠にトドメを刺そうとした時、二人の間に金髪のシスター――数日前に一誠が教会へ送った少女、アーシアが一誠をかばうように立っていた。

 

「これはこれは、アーシアちゃんじゃありませんか。で、何で君は悪魔なんてかばってるのかな?」

「イッセーさんが……悪魔……?」

「そうそう。だからとっととそこを退いて、俺にそいつを殺させなさい」

「……フリード神父、お願いです。この方を見逃してください」

「はぁ!? ふざけんなよこのアマ!」

 フリードはアーシアを拳銃を持つ手で殴り飛ばす。

「アーシア!」

 一誠は殴り飛ばしたアーシアに駆け寄る。

「マジでムカついたぜ。この苛立ちは君で解消させてもらいます。でもその前に、そこの悪魔くんを先に殺さないとダメみたいですねぇ」

 一誠はさっきアーシアにされたように、彼女の前に立っていた。

「俺とマジで戦う気ですか? 君みたいな弱っちい奴が?」

「女の子見捨てて逃げられるかよ」

「ヒュウ」

 フリードは口笛を吹いて、一誠に斬りかかろうとした瞬間、家の壁をぶち破って現れた黒い刃に、壁まで吹き飛ばされた。

 

 

「やっぱり悪魔祓い(エクソシスト)かぁ……――絶対に殺す」

 切り裂かれた壁の隙間から現れたのは、身長を超えるほどの大きさの黒い鎌を持った(おぼろ)だった。

 

 

 

 

「さて、殺そう」

「朧!? 何でここに!?」

 殺意全開の俺に、兵藤は当然の反応をしてくる。

「血の匂いを嗅ぎつけたらエクソシストを見つけた。以上」

「ふざけんなぁー! 誰だ手前!」

 壁の残骸を払い除けてエクソシストが立ち上がる。その手にあるのは光の剣のみ。どうやら拳銃は先程の一撃で失なったようだ。

「貴様の敵だ。それ以上教える気はないし、知る必要もない」

 殺気と共に光の剣と黒い鎌を向け合う。

 二人が同時に踏み込もうとした時、床が青白く光り、ある模様を描き出す。

「これは……魔方陣」

 床の魔方陣が光ると同時に、グレモリー眷属(けんぞく)の面々が出現する。

「ひゃっほう! 悪魔の団体様に一撃目!」

「俺を無視して他人にちょっかいかける余裕あんのか?」

 光の剣で斬りかかろうとするエクソシストを鎌で攻撃する。

「邪魔すんなよ! 大体、君は一体何者なんだよ!」

「貴様の敵だと言ったはずだ。正確にはエクソシストの敵と言った所かな」

「意味分かんねえぇぇぇ!」

「分からなくていいからとっとと死ねよ」

「死ぬのは手前だぁぁぁ!」

 黒と白の軌跡がいくつも交差する。それは最初は拮抗していたが、次第に(おれ)が押していき、エクソシストの手から光の剣を弾き飛ばした。

 鎌を振り上げて止めを刺そうとした時、姫島先輩が声を上げる。

 

 

「堕天使らしき者達がこの家に複数近づいていますわ」

「……朱乃、イッセーを回収次第、本拠地に帰還するわ」

「はい」

(どうやらお開きの時間のようだな)

「そこのエクソシスト。次こそは殺すからな」

「そいつはこっちの台詞だっつーの。今度会ったら殺してやんよ」

 逃げ出したエクソシストの憎まれ口を聞き流し、鎌を投げ捨てる。

 投げられた鎌はしばらくすると跡形もなく消滅した。

 

「部長! あの子も一緒に!」

「無理よ。魔方陣で移動できるのは悪魔だけ。しかもこの魔方陣は私の眷属しかジャンプできないわ」

 それは俺もジャンプできないという事ですね?

「そ、そんな……アーシア!」

 少し位俺の心配もして欲しい。必要ないが。

「イッセーさん、また会いましょう」

 アーシアが微笑むと同時に兵藤達の姿が消えた。

 

 

「さて、俺達も逃げるか」

「あの、イッセーさんを助けていただきありがとうございました」

「それは全く気にしなくていいが……俺の言った事理解……出来てるわけないか。外国人だし」

 ここで悪魔でない俺に対して言語の壁が立ち(ふさ)がった。

 言ってる事の大まかな意味は分かるのだが……仕方ない。

「よいしょっと」

「きゃっ!」

 金髪シスター(アーシアだっけ?)を(かつ)ぎ上げる。

「な、何をするんですか!?」

「だから言葉が通じないんだって。……ええと、Please be quiet(静かにしててください)!」

 何とか意味は通じたのか、話さなくなったシスターさんを抱えて、自ら空けた裂け目から家を脱出した。

 

 

 

 その後、俺は神器(セイクリッド・ギア)駆使(くし)して堕天使達(と警察)から逃げ切り、何とかオカ研の部室へとたどり着いた。

 

「これで誰も居なかったら……俺は泣く!」

 幸いにも部室には明かりが付いていたので杞憂(きゆう)に終わった。

「朧君、無事だったのね」

「置いていくなんて酷いですよ部長。あ、これ戦利品です。どうしましょう?」

 肩に担いだ金髪シスター(気絶している)を(しめ)して言う。

「アーシア!」

「なんで彼女を連れてきたの?」

「よくぞ聞いてくれました」

 そう、俺が苦労してここまで彼女を連れてきた理由、それは――

「嫌がらせです」

「……そう」

 みんな呆れている。無理もない。

「でも部長、どうしましょう?彼女を連れて来てしまった以上堕天使達と戦う事に……」

「そうね。一体どうしたものかしら」

 部長は頭を抱えている。

「あれ? もしかして拙い事をしましたか?」

「とっても問題よ。これが切っ掛けで悪魔と堕天使の争いが起こる可能性もあるわ」

 やってしまった。この失態はなんとか取り返さねばなるまい。

「そうですか……。では、情報が広まる前に堕天使共を殺して参ります」

「あなた……かなり無茶言うわね」

「そうですか? 中級堕天使なら二、三人はまとめて余裕で(ほふ)れますが」

「情報が上まで伝わっていた場合、それこそ取り返しのつかない事になるわよ」

「でしたら一人逃がして人間にやられた事にしましょう」

 部長は頭を押さえてため息を吐く。

「はぁ……あなたは今日の所は帰りなさい。堕天使になにかしたら駄目よ」

(うーむ……兵藤が助けたがってたから助けたが……色々面倒になってきました)

 

 取り敢えず、今日の所は家に帰ることにする。どうやら俺は考えるのは向いてないようだし。

 

「朧!」

 部室を出て行こうとした俺を兵藤が呼び止める。

「なんだ?」

「アーシアを助けてくれてありがとうな!」

「礼には及ばない。好きでやった事だ」

 そう言って、今度こそ部室を後にした。

 

 

 

 

 

「あ、アーシアを家まで連れてきてしまった……。ま、いいか」

 

 禍の団(カオス・ブリゲード)の誰かに見つかると面倒だが、あいつらを気にしてたら普通に生活できないし。

 俺の部屋にでも寝かせておこう。今日の寝床はソファだな。

 



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教会突入

 パン!

 

 

「何度言ったら分かるの? あのシスターの救出は認められないわ」

 兵藤の頬を叩いた部長が言う。

 

 何故こんな事になっているのかと言うと、俺が学校に行ってる間に家から出たアーシアは、途中で兵藤と出会って遊んでいたら堕天使に連れ去られた、という訳だ。

(だから俺は家から出るなと言ったんだ……)

 あの家は少々特殊に出来ており、あの中に居れば大抵の事は大丈夫な造りになっている。

 

 話を戻すと、兵藤はアーシアを助けるために教会へ行こうとし、部長はそれを止めている。

 この事についてはどちらも間違ってはいない。ただ二人の中の優先順位が違うだけだ。捕まっているのがもし兵藤だったなら、部長は救出に向かっただろう。

 

「だったら俺一人で行きます。儀式ってのがアーシアにとって危険な事かも知れません」

「儀式?」

 思わず口を出す。その言葉には聞き覚えがあったから。一般的な意味では無い方で。

「ああ、堕天使がそう言ってた。それでアーシアの苦悩が消え去るって。何か知ってるのか?」

「その前に一つ確認。アーシアは神器(セイクリッド・ギア)を持ってるのか?」

「ああ。傷を治す神器(セイクリッド・ギア)を持ってた」

 それを聞いて俺の疑念は確信へと至る。

「だったら、儀式ってのはその神器(セイクリッド・ギア)を抜き出す儀式だ」

「それはアーシアに何か悪影響があるのか?」

 兵藤はそう聞くが、無論、大アリである。

「兵藤、お前はまだ目覚めたばかりだから分からないのだろうが、神器(セイクリッド・ギア)ってのは生まれてから今まで俺達と共にあった、魂と直結している原則不可分な物。それを失うという事は、重要器官を失うのに等しい。結論を言うと、神器(セイクリッド・ギア)を抜かれた者は大抵死ぬ」

 俺の話を聞いた兵藤は顔色を変えた。

「そんな……! 部長、やっぱり俺――」

「駄目よ。あなたはもう私の下僕悪魔。あなたの行動が私や他の部員にも多大な影響を(およ)ぼすのよ」

「でしたら、俺を眷属から外してください」

「そんな事できる訳ないでしょう!」

 二人の意見は真っ向から対立する。

 どちらの意見も間違ってはいない。だからこそ妥協点は存在しない。

 そこで姫島先輩が部長へなにやら耳打ちする。

 

「大事な用事ができたわ。私と朱乃はこれから少し外へ出るわ」

「部長! 話はまだ――」

「イッセー、あなたにはいくつか話しておく事があるわ。まず、あなたは『兵士(ポーン)』を弱い駒だと思ってるわね?」

 兵藤はその問いかけに黙って頷く。

(それは違うと思うな。古来より昔か歩がない将棋は負け将棋と……あ、これは将棋の話か。しかも駒の強さとは関係なかった)

 将軍だけでは戦争はできないという話だったはずだ。

「それは大きな間違いよ。『兵士』には他の駒には無い『プロモーション』と言う力があるわ」

「プロモーションと言うと……ポーンが盤の端にたどり着くとキング以外の他の駒に変わる事ですよね? 普通のチェスにおいては」

 俺の言葉に部長は頷く。

「そうよ。この場合、盤の端というのは敵陣地の最奥部になるわ。けど、転生してから日の浅い今のイッセーでは『女王(クイーン)』へのプロモーションは無理でしょうね。それともう一つ。神器(セイクリッド・ギア)は想いの力で動き出し、その威力が決定するわ。強い想いがある程、神器(セイクリッド・ギア)の力も強くなる。それと覚えて置きなさい。『兵士』でも『王』は取れる。これはチェスの基本で、悪魔の駒でもそれは変わらないわ」

 そう言い残すと、部長は姫島先輩と共にジャンプした。

 

 兵藤はそれを見送ると、意を決したようにため息を吐く。

 

「それじゃ、行きますか。二人も行くだろ?」

 俺は軽く、どこかへ出かけるように立ち上がり、購買へ行く時のような気楽さで二人を誘う。

「そうだね」

「……三人だけでは心配ですから」

 二人もそれに軽く応じて立ち上がる。それを見た兵藤は目を見開いている。

「何驚いてるんだ? さっき部長が言った事を考えればこうなるのは分かるだろうに」

「それに、部長が本気で君を行かせたくないなら、閉じ込めてでも止めただろうし」

「みんな……ありがとう! それじゃ、四人で救出作戦と行きますか!」

 

 

 

 

 堕天使が根城にしている教会にたどり着いた俺達は、地下にあるであろう儀式場の目指すために教会の扉を開け放つと、そこにはあの時のエクソシスト――聞いた所によると名前はフリード――が居た。

 

「ご対面! 再開だ――」

「問答無用でく・た・ば・れ!」

 何事かを言おうと口を開いたのを見た俺は、神器(セイクリッド・ギア)の発動し黒手袋を呼び出し、一本の槍を創り出して投擲(とうてき)する。

 それはフリードに一直線に向かうが、避けらてしまった。

「おいおい、まだ話の途中ですぜ!」

「だから言ってる事はほとんど分からないんだって。分かっても同じ事するが」

 フリードの軽口に耳を貸さず、二本目の槍を創り出して投げる。

「創造系の神器(セイクリッド・ギア)ですかよっ!?」

「あー……きっと正解。冥土の土産にどうぞ。あ、お前はクリスチャンだったか? エクソシストだし」

 だったら冥土は知らないなぁと思いながら、俺は一瞬で創り出させるだけの槍を創り出し、一斉に投げつける。

「しゃらくせえ!」

 フリードは光の剣で槍を弾くが、全てを弾き終わった時には刀身は消滅していた。

「おわ! 一体なんですかこれは!?」

「俺の神器(セイクリッド・ギア)で創り出された物は全て天使・堕天使が持つ光力と相反する性質を持つ。――兵藤、今なら殴り飛ばせるぞ」

「おう!」

 左手に赤い籠手を出現させた兵藤がフリードに向かって殴りかかる。

 フリードは拳銃で兵藤を撃つが、『戦車(ルーク)』へとプロモーションし、神器(セイクリッド・ギア)で能力を倍にした兵藤には通じず、敢え無く弾かれる。

 その事に驚いたフリードの顔面を兵藤がぶん殴り、その体を周りの長椅子を巻き込んで吹き飛ばす。

(惜しい、柄で防がれたか)

「ふざけんなよクソがぁぁぁ!」

 壊れた長椅子の破片の中から起き上がったフリードが激怒しながら叫ぶ。

「何言ってるかは分からんが、さっきからろくな事言ってはいないんだろうな……」

「そうだね。神父とは思えない口の汚さだ」

 俺達四人はフリードを囲む。

 状況不利と悟ったフリードは閃光弾らしき物で俺達の視界を奪う。

「……そこの雑魚悪魔――イッセー君だっけ? それとそこの神器持ち。俺、お前らは絶対殺すから。それじゃ、ばいちゃ」

 そう言い捨ててフリードは逃げ出す。

 本当なら追いかける所だが、今回はアーシア救出が優先なので見逃す事にした。

 

 

 

 地下にある大きな扉、し――もとい小猫が言うにはその先にアーシアが居るらしい。

 

 兵藤と木場の二人が扉を開けようとすると、ひとりでに扉が開いた。

 中に居るのは堕天使――確かレイナーレと言う兵藤を殺した奴――と光の剣を持った大勢の神父。そして奥で十字架に縛り付けられた少女、アーシア。

 

「いらっしゃい、悪魔のみ――」

「先制攻撃だ。弾けて消えろ」

 俺は黒い球状の物体を投げる。

 それは神父の集団の頭上で炸裂。無数の鉄片を撒き散らす。

「やっぱ人間には人間の武器だな」

 俺が投げたのは手榴弾(しゅりゅうだん)――と言っても本物ではなく、黒き御手(ダーク・クリエイト)で作成した物だが……構造が複雑なので創るのが面倒だ。フリード退(しりぞ)けてからずっとこれ創る準備してたけど、何とか間に合ったってタイミングだったし。

 

「ほら兵藤。とっととアーシアを助けに行け。周りは俺達が片付けるから」

「ああ!」

「もう遅いわ! もうすぐ儀式は終わるもの」

 レイナーレの言う通り、アーシアの胸元で輝く神器(セイクリッド・ギア)の光は光量を増しており、儀式が終盤である事を示していた。

「ちっ、小猫! 兵藤をアーシア目がけて思い切り投げ飛ばせ! アーシアにぶつける位の勢いで構わん!」

「……分かりました」

 何とか儀式を中断させるために、小猫に指示を出す。

「邪魔はさせん!」

 兵藤を持ち上げる小猫に神父共が殺到し、光の剣で斬りかかる。

「させないよ!」

 それは黒い(もや)のような物をに包まれた剣を持った木場に防がれる。

(あの剣から出てるもの……俺の神器と似た力をしてるな)

 現に今も光の剣の刀身を消滅させていく。

(それよりも殺気が凄いな。今の俺よりも強い)

 ま、アーシアを助けるという目標があるから抑えているがな。

「悪魔め! 滅してくれる!」

 はい、NGワードいただきました。

「俺は……人間だよ!」

 創り出した黒い剣を振るう。それの刀身は蛇腹状になっており、更に伸長する事で複数の敵を切り裂く。

 蛇腹剣。簡単に言えば斬れる鞭と言った所だろうか。普通の剣に比べて強度が低いのが玉に(きず)だが――

有象無象(うぞうむぞう)相手にはこれで十分だ。――小猫、やれ」

 蛇腹剣を操り神父を切りつけながら、俺は小猫へ命じる。

「……いきます」

 小猫に投げられた兵藤は一直線にアーシア目がけて飛んで行き、レイナーレを巻き込む勢いで激突した。

 

 

 

 

 

「間に合ったか?」

 一誠は小猫に投げられた勢いのまま堕天使にぶつかり、そのまま更に十字架に激突して、それをへし折ってようやく止まった。アーシアは無事だろうか?

「アハハハハハハハ! やったわ。これで私は至高の堕天使になれる! 私をバカにした者達を見返すことができる!」

 体から緑色の光を発するレイナーレ。どうやら神器(セイクリッド・ギア)は彼女の手に渡ってしまったようだ。それにしても――

「思ったよりもくだらない理由だな。ま、堕天使風情(ふぜい)にはお似合いか」

「何ですって?」

 レイナーレが眉尻をあげてこちらを睨むが、俺はそれを気にせずに兵藤に声をかける。

「兵藤、アーシアを連れて上に上がれ。可能性は低いが、そこの堕天使から神器(セイクリッド・ギア)を引き()がして元に戻せば生き長られるかもしれない」

「だったら俺も……!」

 拘束からアーシアを解き放った兵藤が言うも、俺はそれに首を横に振る。

「アーシアを(かば)いながらは戦えない。お前は彼女を助けに来たんだろう? だったら、レイナーレの事ではなく、彼女の事だけを考えればいい」

「分かった……すまねえ」

「逃げられると思っているの? この大勢の神父から!」

「兵藤、右手を高く上げて、左手でしっかりアーシアを掴め。絶対に離すなよ」

「あ、ああ……?」

 疑問に思いつつもいう事に従い、手を上げた兵藤の腕に黒い紐が巻き付く。

「よいしょっ……と!」

「うおぉぉぉっ!?」

 俺が紐を引っ張ると兵藤が宙を舞い、そのままこちらへ飛んでくる。

「お帰り兵藤」

「お、お前なあ! 他に方法は無かったのかよ!?」

 兵藤は非難の声を上げるが、今はそんな状況ではない。

「そんな事はどうでもいいからとっとと行け」

「そうだな……三人とも死ぬんじゃねえぞ!」

「はいはい」

「分かってるよ」

「・・・・・・」

 兵藤の声に俺は軽く、木場は力強く、小猫は無言で頷く。

「朧、木場、小猫ちゃん! 帰ったら俺の事はイッセーって呼べよ、絶対だからな! 俺達、仲間だからな!」

 そう言って兵藤――いや、イッセーはこの場を立ち去った。

「仲間か……」

 俺にとっての初めての仲間になるんだろうな。『禍の団(カオス・ブリゲード)』の奴らは仲間とは言えないから。

「存外悪くないな」

 今度は剣を一振り創り出し、神父達を斬る。

 

 

 

「そういえばあなた」

 神父達を蹴散らし続けていた俺に、レイナーレが飛んで近づいてきた。

「さっき、私の事をくだらないって言ったわね」

 ああ、何だそんな事か。

「言った。堕天した(からす)の分際で、至高とか本気で言ってるなら本気で笑えるぞ」

 しかもお前は堕天使の中でも下級か、中級がいいところだろうに。

「烏とまで言ったな! この人間が!」

「はいはい、堕天した駄目天使なんだから自重しましょうね。ま、ここでお前は死ぬのだけれど」

「調子に乗るな!」

 激昂したレイナーレが光の槍を投げつける。それを俺は黒手袋で包まれた左手で受け止める。

 掴まれた光の槍はあっさり消え去る。

「なにっ!?」

「残念でした。今度は無いよ? さようならっ!」

 右手で剣を振るい、レイナーレを斬りつける。しかし、それは寸での所で(かわ)されてしまい、軽い切り傷を作るに留まる。でも――

「これで十分だ」

 目の前でレイナーレが崩れ落ちる。

「くぅぅぅ……! 一体何が!?」

「お前の身に起こっている事を説明してやろう。俺の神器(セイクリッド・ギア)黒き御手(ダーク・クリエイト)で創られる武器は光力を相反する性質を持つ。そして、これは悪魔にとって光が毒であるように、天使・堕天使にとっての毒でもある。ま、その程度なら全身に激痛が(はし)るくらいだ。トドメ刺すのが楽になるから俺にとって堕天使は単なるカモだな。――聖書に載っているクラスなら話は別だが」

 軽く説明をしてやり、天使・堕天使に対して今まで何回か言ってきた台詞を言う。

「お前らが悪魔にしてきたこと、少しは理解できたか?」

 レイナーレは顔を屈辱に歪ませたが、その一瞬後には不敵な笑みに変わる。

「だけど……今の私には聖女の微笑(トワイライト・ヒーリング)がある!」

 レイナーレは手に緑色の光を灯すと、傷ついた部分に手を当てる。

「回復か。殺すのが面倒だな。さっさとしないとアーシア死ぬし」

 一気にトドメを刺すべく剣を振り下ろす。しかし、それはレイナーレが空を飛ぶ事で避けられた。

 レイナーレはそのまま出口へと向かう。

「逃げる気か? 木場、止めろ!」

「分かった!」

 木場は高速で動いてレイナーレを切りつけたが、軽い手傷を負わせるに留まる。

「くそっ、俺はあいつを追いかける! 後は任せて良いか?」

 二人は力強く頷く。

 それを見た俺は、全力で上へと駆け上った。

 



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一件落着

 上へ駆け上がると、堕天使とイッセーが対峙(たいじ)している所――正確に言えばレイナーレによってイッセーがやられている所だった。

 

 俺は気づかれない内にレイナーレを倒そうと、やや大きめの弓矢を創り出してレイナーレに狙いを定める。

 弓を引き絞り、矢を放とうとした時、イッセーの声が聞こえた。

 

「今から目の前のクソ堕天使を殴りたいんで、邪魔が入らないようにしてください。乱入とかマジでゴメンです。増援もいりません。足も大丈夫です。なんとかして立ちます。だから、俺とこいつだけのガチンコをさせてください。――一発だけでいいんで、殴らせてください」

 それを聞いた俺は弓矢から手を離す。それを聞いて手出しするのは無粋だからだ。

 

 普通に考えれば、イッセーがレイナーレを倒すことは不可能だろう。イッセーは深手を負っている上、二人の間にはかなりの実力差がある。

 しかし、それを埋める存在が有る事を、俺は知っている。

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)。倒せるかどうかは、お前がどこまでその力を倍加出来るかにかかっている。見せてみろ、イッセー。お前がその神器(セイクリッド・ギア)相応(ふさわ)しいかどうか)

 

 俺が見守る中、イッセーは立ち上がる。足から血を流しながら、光に身を焦がしながら。

「なあ、俺の神器(セイクリッド・ギア)さん。目の前のこいつを倒すだけの力はあるんだろうな? トドメとシャレこもうぜ」

「Explosion!」

 神器(セイクリッド・ギア)の声と共に宝玉が光り輝く。

 それと同時にイッセーから感じる魔力が膨れ上がる。その時のイッセーの力はレイナーレの力を遥かに上回っていた。

 それを感じたレイナーレは怯えながら光の槍を投げつけるも、イッセーの拳で薙ぎ払われる。

「い、いや!」

 翼を広げて逃げ出そうとするレイナーレ。しかし、イッセーはそれを許さず、腕を掴んで引っ張る。

「ぶっとべ! クソ天使っ!」

 イッセーの拳はレイナーレの顔面を捉え、彼女を壁まで吹き飛ばした。

 

「勝負はついたみたいね」

 後ろからする声に俺は少し驚いた。

「部長、来てたんですか?」

「ええ。少し前にね」

(これじゃ、下の神父達は全滅したな)

 

 イッセーの方へ目を向けると、倒れかけたイッセーに木場が肩を貸していた。そして、小猫は吹き飛ばされたレイナーレの方へ歩いていく。

「あ、小猫。それ運ぶなら俺がするぞ」

 そんな小猫へ声をかけると、彼女は頭を軽く下げた。

「すみません、お願いします」

 

 がれきの中で気絶したレイナーレを引きずり出し、襟首を掴んで引きずる。

 持ち上げる事も出来なくはないが疲れるのでしない。

 

「部長、持ってきましたけど、これどうします? 尋問ですか? 拷問ですか? それとも抹殺(ま・っ・さ・つ)?♪」

「まずは起きてもらいましょう。朱――」

「おら、とっとと起きろこの駄烏(だがらす)

 気絶しているレイナーレの頬を思い切り引っぱたく。これには俺のストレス解消も()ねている。結局コイツはイッセーが倒してしまったし。

 快音が鳴り響き、レイナーレは悲鳴と共に飛び起きた。

 

「……ごきげんよう、堕天使レイナーレ」

「グレモリー一族の娘か……」

「はじめまして、私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主よ。短い間だけでしょうけど、どうかお見知りおきを」

 部長を睨みつけるレイナーレだが、すぐに表情を(あざ)笑いのものへ変える。

「してやったりと思ってるんでしょうけど、私に同調し協力してくれる堕天使も居るわ。私が危なくなった時、彼らは私を――」

「残念だけど、彼らは助けには来ないわ」

 部長はレイナーレの言葉を(さえぎ)り、懐から三枚の黒い羽を取り出す。

「堕天使カラワーナ、ドーナシーク、ミッテルト。彼らは私が消し飛ばしたわ。この羽は彼らの物なのは、同じ堕天使のあなたなら分かるわね?」

 それを見たレイナーレの顔が引き()る。てか、堕天使の羽って違いあるんだねー。俺にはわからないけど。本日の無駄知識決定。

 

 

 部長はここに来る前に堕天使に近づいて、この計画が堕天使全体のものでなく一部の者達の計画である事を確認し、消し飛ばしたそうだ。

 

「つまり、三下が調子乗ってペラペラ喋ったら墓穴(ぼけつ)を掘って冥土行きと。それにしても堕天使三人を一人で瞬殺ですか。凄いですね」

 魔力の消耗具合から察するに、堕天使相手に使った魔力は恐らく一撃分だろう。

「部長は滅亡の力を有した公爵家のご令嬢。別名『紅髪(べにがみ)滅殺姫(ルイン・プリンセス)』と呼ばれるほどのお方なのですよ?」

「つまりその力でこの堕天使も滅殺ですか。わざわざ起こしてから滅すとは……恐ろしい」

 しかも(かす)かな希望を摘み取るおまけ付き。

「失礼な事言わないで欲しいわ。けど、消えてもらうわ。もちろん、その神器(セイクリッド・ギア)は回収させてもらうわ」

「じょ、冗談じゃないわ!この力は――」

「うるさい黙れ」

 創り出した剣を突き付ける。

「このまま突き刺してやろうか? それとも切り裂いて欲しい?」

 そう言った時だった。

「俺、参上」

 壁の穴からてっきり逃げたのだと思ってたフリードが入って来た。

「私を助けなさい! そうすれば褒美でも何でもあげるわ!」

 レイナーレはやってきたフリードに叫ぶ。

「え? それって――」

「口を開くな。下衆(ゲス)な貴様の言う事など聞きたくもない」

 持っていた剣を投げつける。

「っと!――戦況不利だし、悪魔に圧倒される上司なんて願い下げさー」

 剣を避けたフリードはレイナーレから視線を外してイッセーの方を見る。

「イッセー君。君、素敵な能力持ってたのね。次会ったらロマンチックな殺し合いをしようぜ?」

「そうなる前にここで息の根を止めた方が良さそうだな」

 指の間に鉄の間に二つの菱形を重ねたような鉄片――手裏剣(しゅりけん)創出(そうしゅつ)して飛ばす。

 それを軽々避けたフリードは壁の穴から逃げ去る。

 

(今度あったら確実に殺そう)

 

「さて、下僕にも見捨てられた堕天使レイナーレ。哀れね」

(あれを下僕と呼んではいけないだろうな……忠誠心なんて欠片も無いだろうし)

 ガタガタと震えていたレイナーレはイッセーを見ると()びたような視線を浮かべる。

「イッセー君! 私を――痛っ!」

 俺は目の前のレイナーレの頭部を思い切り殴りつける。今の俺は結構怒ってるよ! 八割くらい!

「おい……いくらなんでもそれはしちゃ人……ではないか。知的生命体としてお(しま)いだろ。お前の辞書に誇り(プライド)って載ってる? というか生きるために必死過ぎない? いや、それ自体は悪くないんだよ? けどやり方が(みにく)すぎるよ……――部長!」

「な、何かしら?」

「この堕天使の処分は俺に任せてもらえますか? このまま死ぬなんて許せません!」

「一応聞くけど……どうするの?」

「取り敢えず一から人生(人ではないが)をやり直させます。少なくとも生まれてきてごめんなさいと言わせます」

 俺の信念は堅い。

(この目標を叶えるためなら戦闘も辞さない!)

 

「……私はこれ以上彼女が問題を起こさないなら構わないけど……イッセーは?」

(あー……でもイッセーが許せないって言ったら流石(さすが)に殺すか)

 イッセーはこいつに殺されている訳だし。

「俺は、こいつが俺やアーシアにした様な事をもうしないって言うなら構いません」

「うん。俺の命に誓うよ」

「あ、ありが――」

 バキッ!

(やかま)しい、貴様は少し寝てろ」

 後頭部を強打して気絶させる。全く、貴様は今現在、奴隷未満の待遇(たいぐう)だという事が分からんのか。

 

 

「おっと、忘れてた」

 背後からレイナーレの背中に手を突っ込んで引き抜く。その手に握られているのは緑色の光。

聖女の微笑(トワイライト・ヒーリング)、回収完了。まだ定着する前だったから簡単に取り返せたな」

 本来の所有者相手であればこうはいかない。擬音で言うならいまのはズプッ、ヌポッ。だが、本来ならズブズブ、ズズズ、ブチッ、ゴゴゴゴゴ、バシュ! みたいな感じである。ちなみにブチッ、の時に死ぬ。

 取り出した緑色の光をイッセーに渡す。

「お前からあいつに返してやれ」

「でも、アーシアはもう……」

 悲しみに顔を歪めるイッセーに部長は優しく声をかける。

「イッセー、これなんだと思う?」

 部長が取り出したのは彼女の髪と同じ血のように紅いチェスの駒(恐らくはビショップの駒)。それを見た俺はなるほどと頷く。

「それは?」

「これはね『僧侶(ビショップ)』の駒よ」

 部長はそれを使い、アーシアを悪魔へ転生させる気なのだろう。

 

 

 部長が呪文を唱えると、駒が紅い光を発してアーシアの胸へ沈んでいく。それと同時にイッセーが持つアーシアの神器(セイクリッド・ギア)もアーシアの体へ入り込んでいった。

 少しして、アーシアの(まぶた)が開く。

「あれ?」

 アーシアが何事か分からないといった声を上げる。

「悪魔も回復させる力が欲しかったから私は転生させたわ。後はあなたが守ってあげなさい。先輩悪魔なのだから」

(先輩って言っても数週間くらいだけどな)

 そう思う俺の目の前で、イッセーはアーシアを抱きしめていた。

 

 

 

「ま、これにて一件落着っと」

 



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departure
神器の性能


「そういえば、朧の神器(セイクリッド・ギア)って具体的にはどういう能力なんだ?」

 

 アーシアが駒王学園に編入してきてから数日後、とある午後の部活中にイッセーが訪ねてきた。

 

 

「イッセー、その質問についてだが……」

「なんだ?」

「人によっては不幸な過去だったり、心的外傷(トラウマ)と直結してるから、あまり人に()かないようにした方がいい」

「そ、そっか。すまねえ」

「分かればいい。それで、俺の神器(セイクリッド・ギア)の能力だが――」

「結局言うのかよ!」

「聞いたのはお前だろ?」

(俺の神器(セイクリッド・ギア)は特に心的外傷(トラウマ)にはなってないし)

「そりゃそうだけどよ……」

「それに、他のみんなも興味津々なご様子だし」

 無理に興味がないように聞き耳立てる位なら普通に聞けばいいのに……。

 

 

 

「さて、俺の神器(セイクリッド・ギア)の話だったな。まず、名前は『黒き御手(ダーク・クリエイト)』だ」

 アーシアの日本語の練習も兼ねてノートに実際に漢字と読み方を書く。ついでに漢字自体の読み方も書いておこう。

 神様が創った物なのに、何故日本語にルビ振った名前なのかは不明。神様は中二病だったのかもしれない。

 

「能力は物を創り出す事。できる物の強度は一定。黒一色の物質でできている」

「それってどんな物でも創れるのかい?」

 木場が質問してきた。やっぱり聞いてたな。

「一応は。ただし構造が複雑な物は創るのに時間がかかる」

 逆を言えば構造が簡単な物ほど早く創れる。

 

「一度にどれくらい創れるの?」

「そうですね……」

 部長の言葉に少し悩む。こういうのは実際に見てもらった方が早いだろう。

 俺は黒い長手袋を出現させ、更にその手の中に黒い1m程の槍を創り出す。

「少し時間がかかりますが、これ×(かける)百個が一度に創り出せる限度ですね。それと、一回創ってから次の物を創るまでには数秒の待ち時間があります」

 この限度と待ち時間が無ければ神滅具(ロンギヌス)にも匹敵するんだけどな。

「少し持たせてもらっていいかな?」

「いいぞ。ただし、ちょっとだけだからな」

 木場に槍を渡す。

「案外軽いね」

「そうだな。何でできてるのかも分からないが……鉄よりは軽いと思う」

 木場が軽く槍を持っていると、槍はいきなり消滅してしまった。

 

「ちなみに、創り出した物は俺が持っていないと十秒程で消える」

「そういや、それってフリードの持っていた光の剣の刃を消してたよな?」

「ああ。黒き御手(ダーク・クリエイト)で創られた物――正確にはそれを構成する物質かな?――には天使・堕天使の持つ光力と真逆の性質を持ってるからな。光力と接触するとお互いに相殺し合うんだ」

「つまり、あなたの創り出した物も光力で消せると言う事かしら?」

「はい。ですが俺が持っている場合、創り出した物は欠けたりしてもすぐに修復されますし、持っていない場合は十秒で消えますから、戦闘であまり不利にはならないですね。更に、天使にとっては悪魔にとっての強力な光と同じで、これで傷つけるとかなり苦しいみたいですよ。いつだったかの中級堕天使は、腹に槍が刺さったら三秒程で死にましたし」

「本当に天使に対しては天敵ね……どう?私の眷属に――」

「なりません。――この神器(セイクリッド・ギア)は使用者である俺からすると、慣れれば慣れるほど強力になる神器(セイクリッド・ギア)なんだけど……」

(なんで神様はこんな天界(自分達)に不利な神器(セイクリッド・ギア)を創ったんだろう?)

 神器(セイクリッド・ギア)ってこの世で一番不思議だよね。

「どうかしたか?」

「いや、何でもないよ、イッセー。これで俺の神器(セイクリッド・ギア)の能力は全部かな」

「なんか俺のと違って色々効果があるんだな」

「でも、お前の神器(セイクリッド・ギア)の方が凄いんだよ?」

 極めれば神を殺せるという話だからな。お前の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)は。

「つまり、頑張れ、超頑張れ、死ぬほど頑張れ、ってくらいの努力をすれば上級悪魔なんて余裕でたどり着くだろうよ」

「そ、そうかな!?」

 気持ち悪いくらいテンションが上がったイッセーに一応釘を刺しておこう。

 ていうかテンション下げてくれ。マジで。

「まあ、その前に二、三回命の危険があるかもだけど」

(白いのとの決戦は避けられないだろうし)

「ええっ!?」

「ま、死ぬ気で頑張れよ」

 



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Phoenix
婚約者


 最近、部長の様子がおかしい。

 何をどう言って良いのか分からないが……そう、例えるならマリッジブルー……は無いな。

 

 そんな事を思いながら部室の扉を開けると、そこにはメイドが居た。

 それには若干驚いたが、そんな事よりももっと気にするべき事があった。

(部室の雰囲気が悪い! それに、いつにも増して部屋が暗く感じる!)

 俺は部屋の隅に居る小猫に近寄って何事かを尋ねた。

 しかし、それに対する答えは「待っていれば分かります」という素っ気の無いものだった。

 

 

 そのまま隅でじっと待っていると、イッセー達二年生三人がやって来た。

 それを確認した部長が口を開く。

「みんな集まったわね。今日は部活を始める前にみんなに話があるわ」

「お嬢様、私お話しましょうか?」

 メイドの申し出を部長は手を振って断る。

「実はね――」

 部長が口を開いた瞬間、床に描かれた魔方陣が光りだす。

 魔方陣は普段のグレモリーの物から、その文様を別の物へ変えていた。

「――フェニックス」

 木場の口から漏れた言葉は、変化した文様が何処の文様なのかを告げていた。

 魔方陣から炎が立ち上る。

 それを見た俺は黒き御手(ダーク・クリエイト)でバケツを創り出し、水道で水を貯めて炎目がけてぶちまける。

 それは炎の中から現れた赤いスーツの男にかかった。

(あっ……)

 

 

 

「部長、急用を思い出したので帰ってよろしいでしょうか?」

 怒りに震える男を見て、俺は抜けぬけと言った。

「駄目に決まってるでしょう?」

「ですよねー」

(というか部長、少し笑ってません?)

「おい、リアス! こいつは一体誰だ!」

 ここで先程まで怒りに震えていた赤いスーツの男が部長に食ってかかる。

 スーツが既に乾いているのは魔力によるものだろうか?

「彼はうち(オカ研)の部員の黒縫朧君よ。私の眷属ではないけれどね」

「えーと……先程はすみませんでした。いきなり炎が吹き出たので気が動転してしまい、この様な事に。ええと……」

 目の前の男の名前が分からなかったため、言葉を詰まらせる。そこにメイドさんからフォローが入る。

「この方はライザー・フェニックス様。純血の上級悪魔であるフェニックス家の三男であり、リアスお嬢様の婚約者でもあります」

「え、ええええええええええええええええええええッッ!」

 その言葉を聞き、相手の立場を理解すると同時に、イッセーはとてつもない大声を上げた。

 

 

 

 

 目の前では部長とライザーがベタベタ――訂正、ライザーが部長をベタベタ触っており、イッセーがムカムカデレデレしてる。妄想は良いけど少しは隠して欲しい。

「いい加減にしてちょうだい!」

 ついに部長がキレたのか、ライザーに対して激昂(げっこう)して声を上げる。それをライザーはニヤニヤ顔で見ている。

 そこからは血縁がどーの、お家断絶がこーの。悪魔の未来がなんとか話しているが、俺は悪魔ではないので聞き流す。

 

 

 それで結局、レーティングゲームとやらで決着を着ける事になった。

 

 

「リアス。ここにいる面子(メンツ)がキミの下僕なのか?」

 唐突(とうとつ)なライザーの一言に部長の眉が吊り上がる。その一言には言外に彼らを馬鹿にしていたからだ。

 眷属を大事にする部長に対してそんな事を言うとは……両親は本気で結婚を考え直した方がいい。幸せな家族とか見えない。なにより生まれてくる子供が可哀想だ。

「だとしたらどうなの?」

「これじゃ、キミの『女王(クイーン)』である『雷の巫女』ぐらいしか俺の可愛い下僕には対抗できそうにないな」

 そう言いながらライザーが指を鳴らすと、部室の魔方陣が光り、総勢15人の悪魔が現れた。

 しかも全員女性で、誰も彼も容姿端麗。

(それはどうでもいいが、別にこいつらそこまで強くなくね?)

 イッセーを除けば同じクラスならどっこいどっこいだろう。ただしアーシアは除く。彼女は回復役だから戦闘力は考える必要は無い。回復能力は世界規模でも上の方だし。

 

 あ、イッセーが泣き出した。

 

「お、おい、リアス……。この下僕くん、俺を見て大号泣してるんだが」

 流石にライザーも引いており、そんなライザーに部長は額に手を当てながら話す。

「その子の夢はハーレムなの。きっとライザーの下僕悪魔達を見て感動したんだと思うわ」

(イッセー……今から敵になる相手を(うらや)ましがるなよ……)

 

 そんなんだから「きもい」って言われてキス見せつけられて下僕悪魔の一人に吹き飛ばされるんだよ。

 

 

「弱いな、お前」

 アーシアに治療されてるイッセーにライザーが近寄り、嘲りの声をかける。

「お前さっき戦ったミラは俺の下僕の中では一番弱いが、少なくともお前よりも実戦経験も悪魔としての質も上だ」

(悪魔に転生してから一ヶ月程度しか経ってない奴に戦闘経験の話してもな……)

 それに戦闘経験の有無とか全く褒められたことではないし。

 ライザーはイッセーの神器(セイクリッド・ギア)を軽く叩いて鼻で笑う。

「確かにこいつは凶悪で最強無敵の神器(セイクリッド・ギア)で、やり方次第じゃ魔王も神も倒せるが、未だに魔王退治も神の消滅も成された事はない。この意味が分かるか?」

「単に殺す意味が無いだけだろ」

「何だと……?」

 おっと、つい口を挟んでしまった。まあいい、仕方ないので続けさせてもらおう。

神器(セイクリッド・ギア)を扱うのは人間で、その人間の一生において神や魔王は関係ない。故にそんな存在を殺す必要はない。だから神も魔王も死んでいない。ただそれだけだ。」

(いや、魔王は死んだんだっけか?)

「つまり……貴様はこう言いたいのか?『神や魔王は、人間に見逃されているから今まで生きてこれた』と」

「まさか。そこまでいう気はない。しかし、人間が本気で神や魔王を殺そうと思ったら、ただでは済まないぞ?」

「ほざいたな! 人間如きが!」

「人間舐めんなよ絶滅危惧種……!」

「お二人共、お止めください」

 俺とライザーは一触即発な雰囲気になったが、それを止めたのはメイドのグレイフィアさんだった。

 彼女の顔に免じて許してやろう。というよりは彼女は敵に回したくない。一体一なら敗戦必至だから。

 

 その代わりに一つの提案をした。

「おい、焼き鳥。俺を今回のレーティングゲームに参加させろ」

「何だと? レーティングゲームは悪魔しか参加できないと知って言っているのか?」

「転生してるしてない程度でうだうだ言うなよ。ハンデにはちょうど良いだろ? まさか確実に勝てる勝負しかしないなんて言わないよな? まあ、問題があるなら使い魔扱いでもいいぞ」

「非公式のゲームですから、参加するのには問題有りませんが……ライザー様、どうされますか?」

「……良いだろう。こいつはゲームで叩き潰してやる。――リアス、ゲームは十日後にしよう。それだけあればキミなら下僕をなんとかできるだろう」

 そう言った後、ライザーは手を下へ向け魔法陣を発光させる。

 その後、イッセーの方を向いて、こう言った。

「リアスに恥をかかせるなよ、リアスの『兵士(ポーン)』。お前の一撃がリアスの一撃なんだよ」

 それは間違いなく、部長の事を考えての一言であったのだろう。

 

「リアス、次はゲームで会おう」

 そう言って、ライザーとその眷属は魔方陣の光の中へ消え去った。

 



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山篭り

 レーティングゲームをするまでの十日間、俺達は山で修行する事になった。

 

 学校は良いのかとか、今時山篭りとか思ったが、それよりも何よりも、俺は一人だけ別で移動しなければならないという事が(こた)えた。

 そりゃ、俺は眷属悪魔では無いから魔方陣で移動できないのは仕方ないけどさ、他に手段は無かったのか。

 交通費だけ渡されて頑張れとは、イジメでは無いだろうか?

 

 まあ、済んだ事は仕方ない。

 それで、俺は今、宿泊所であろう別荘の前で、黒き御手(ダーク・クリエイト)で創り出した椅子に座って待っていた。

 ちなみに、別荘は魔力で周囲に擬態していたが、俺は魔力を感知できるので余裕で発見できたが、鍵がないのでは入れなかった。

 

 

 

 

 別荘に着いてから待つ事一時間。ようやく皆がやって来た。

 

「遅いですよ、部長。いえ、この様子を見るとイッセーが原因ですか」

 目の前には普通の人間が持てる量を越えた量の荷物を持っているイッセーの姿。全身汗まみれな姿から、彼のここまでの苦労が(うかが)える。よくよく考えるとイッセーが悪いのではない気がした。

「朧君、もう着いてたの?」

「ええ、一時間程前に」

「大分待たせてしまったわね。今開けるわ」

 

 

 皆はジャージ(俺は持ってきてない)に着替えてから集合し、修行する事になった。

 

 まずは木場とイッセーの訓練の見学をする。

 

 イッセーは木刀を力一杯に振り回すも、木場には(かす)りもせずに避けられ、木刀を叩き落される。

「そうじゃないよ。剣の動きを見るだけじゃなく、視野を広げて相手と周囲も見るんだ」

 木場はそう言うが、イッセーは上手く出来ないようなので少しアドバイスをする事にした。

「剣を振るためには腕を動かす必要がある。そして、腕が動くのは縦か横か斜め。その延長線上に立たなければ大抵の場合は避けられるし、剣を置けば防ぐ事ができる。後、剣をそんなに力一杯に振ってどうする。剣は鈍器じゃないんだ。力を入れ過ぎると振る速度はかえって遅くなる。剣は力で叩き切る物だけど、速さも必要なんだよ。力は程々に、要所だけに入れておけ」

 まあ、長ったらしく言ったが、イッセーの動きは余り良くはならなかった。

 こういうのは一夕一朝で出来るものでは無いので、続けるしかないだろう。継続は力なりだ。

 

 

 次はイッセーと代わって、俺が木場と手合わせをする事になった。

 

 しかしまぁ、木場の速い事速い事。

 『騎士(ナイト)』の特徴がスピードとは言え、見失わない様にするのは面倒である。

「っと!」

 死角から振り抜かれる木刀を間一髪で受け止める。

 直ぐ様反撃に一太刀を振るうが、それはアッサリと躱される。

「本当に……面倒っ!」

 普段の俺はこういった相手には辺り一帯を薙ぎ払う様な攻撃するから、木刀だと戦い難い事この上ない。

 イライラして太刀筋が鈍るのでより一層攻撃が当たらなくなり、悪循環に(おちい)る。

 結局、一撃も与えられずに、木場との手合わせは終了した。

 

 

 

 次に小猫と軽く組手をする事になった。

 

「フッ!」

「っと……」

 軽い気合の声と共に放たれた拳打を何とか躱す。

 

 俺は基本的に武器を使って戦うので徒手格闘はあまり得意でないのだが、一芸に秀でる者は何とやら――俺は別に一芸に秀でている訳ではなく、むしろ多芸だが――で付いていってる。

(白音――では無く小猫は姉とは違って格闘型なのね。しかも、仙術は使わないようだ。まあ、教育に悪い姉が居たから仕方ないと言えばそうなのだが……)

 などと考え事をしていたら(さば)き損なって拳が正中線にめり込んだ。

「……タイム、少し待って……」

「……はい」

 当たり所が悪かった(小猫に取っては良かった)ので、しばらくの間悶絶(もんぜつ)しそうになるのを抑える。

 その間、小猫と少し話をした。

 小猫の格闘技は結構な腕前(悪魔と人間の違いを除けばプロ一歩手前位)なので、普段は余り組手をする人が居ないのだとか。

 木場は得物が剣なので組手をするのには余り適していないし、部長や姫島先輩は魔力を使って戦うので肉弾戦は得意で無い。

 よって、俺の様な奴が居るのは有り難いとの事。俺みたいな奴でも役に立てるのなら、それはそれでいいことだろう。

 

 子猫との組手が終わった後、子猫は次はイッセーの相手をするとの事だった。

 今のイッセーでは動くサンドバックにしかならないだろうなーと思いながら、その背中を見送った。

 

 

 

「こここ、これは修行って言わねー!」

 俺は全力で逃げていた。何から? それは――

「ふふふ、待ってくださーい」

 (サド)全開で追ってくる姫島朱乃先輩からですが?

 炎や雷が乱舞する中を駆け抜ける。ずっと逃げ回るのが修行なのだとか。

(そんな修行があって(たま)るか!)

 正確には、逃げる俺に姫島先輩が攻撃を当てる修行なのだが、その時の俺はそんな事知りもしなかった。

 

 

 

 しかし、因果というのは巡る物である。

 

 

「つまりだイッセー。俺もお前に同じ事をする」

「話が見えないんだけど?」

「俺は神器(セイクリッド・ギア)有りでお前を攻撃する。お前はそれを避ける。オーケー?」

「ああ!」

「ふふ、その威勢、どこまで持つかな?」

 俺は黒い球体を無数に創り出す。

「さあ、ストレス解消の始まりだ! 頑張って逃げ惑え!」

 俺は球体をイッセーに投げつける。

 イッセーはそれを何とか避け続ける。

「よーし、どんどんペース上げてくぞー! お前も逃げまくれー!」

「お、おう!」

 

 

「走れ! 逃げ惑え! 尻尾を巻いて躱しきれ! 止まれば当たるぞ! 当たれば死ぬぞ! 死にたくなければ死ぬ気で逃げろ! ふはははははははははははははははははははははは!」

 

 

 

 最後の方は記憶にないが、一日目はこんな風だった。

 

 

 他にも、食事には牡丹肉が出たり、青春してたり、風呂の事で色々あった。

 それと、イッセー達に夜の部があったそうだが、俺は悪魔ほど夜目が効かないので非参加だった。

 

 

 

 

 

 二日目の朝からは悪魔や天使、堕天使についての勉強。俺は一応参加はしたが、大抵聞き流した。

 

 アーシアは(いま)だに聖書を読もうとしているそうだが、その度に頭痛がするので読めないでいる。

(俺の神器で創り出した眼鏡等を使えば、聖書も読めなくは無いが……その際俺が創った物を持ってなきゃ消えるからなぁ……)

 その光景を思い浮かべるとシュールなので、この事は誰にも言わないでおこう。

 

 

 その後は、個人練習よりも連携や攻防のバリエーションの訓練。俺は仮想敵に徹した。

 

 

 

 そしてある日、部長は練習を始める前に、イッセーに赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使う様に指示した。

 山に入ってから一度も使用されていなかった赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使用し、木場と戦うらしい。

 イッセーに自信をつけさせるためらしい。

 

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が発動してから二分。イッセーの力はかなり強大になっていた。

 それでも相変わらず木場の動きについて行けないイッセーだが、木場の攻撃を何とかガードする。

 木場は今の一撃でイッセーを打ち倒す気でいた様で、戦闘中にも拘らず、驚きを見せていた。 

 イッセーはその隙に拳を放つも木場にはあっさりと躱される。

 木場は上から落下の勢いを付けてイッセーの頭部を打つ。

 思い切り攻撃を受けたイッセーだったが、あまり効いていないようで、すぐに反撃するも、再び回避される。

「イッセー! 魔力の一撃を撃ちなさい!」

 部長の指示に従い、イッセーは米粒程の大きさの魔力の塊を作り出し、木場へ投げつける。

 それはイッセーの手から離れた瞬間に巨大化した。恐らく、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の力によるものだろう。

 その一撃は木場に躱され、隣の山にぶつかり、吹き飛ばす。

 

「たーまやー」

 

『Reset』

 その音声と共に、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)によって倍加されていた力が元に戻る。

 

「模擬戦はそこまでよ。――分かった?確かに赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使っていないあなたは確かに弱いけど、その力を使ったあなたは、強さの次元が変わる」

 そこで部長は、吹き飛んだ山を指す。

(今更だが……あの山に人とか動物は居なかったよな?)

 そんな事を考えたら精神衛生的に悪いので気づかないフリをして忘れる事にした。

 

「あの山を消し飛ばした一撃は上級悪魔クラスに匹敵する。あれが当たれば大抵の相手は消し飛ばせるわ。その力をうまく使えば私達は勝てるわ!」

 部長は強い調子で言い切る。

 

 

「あなたをバカにした者に見せつけてやりましょう。相手がフェニックスだろうと関係ないわ。リアス・グレモリーとその眷属悪魔がどれだけ強いのか、彼らに思い知らせてやるのよ!」

『はい!』

 

 全員(俺を除く)が力強く返事をした。

 

 

 

 その後、山篭り修行は順調に進み、無事に終わりを迎える。

 

 

 そしてついに、決戦当日がやって来た。

 



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試合開始―ゲームスタート

 深夜11時40分頃。

 オカルト研究会の部員は、いつもの部室に集まっていた。

 

 アーシアがシスターの服を着ている事を除けば、他の皆は基本的には学生服で、木場は手甲と脛当を、小猫はオープンフィンガーグローブをつけていた。それと――

 

「朧、その格好……」

「やっぱり物々しいか?」

 朧は学生服こそ着ているが、その上に外套(コート)を羽織り、脛まで覆うブーツを()いていた。

 そして何より異様だったのは、それが真っ黒な事だ。

 朧は深夜である今、悪魔でなかったら見落としてしまう格好をしていた。

 

「ちなみに、これは黒き御手(ダーク・クリエイト)で創ってある」

「すげえな……」

 ちなみに、制作時間は20分程である。

 

 

 

「開始10分前になりました。皆さん、準備はお済みになりましたか?」

 部室の魔方陣から現れたグレイフィアさんがそう言うと、皆立ち上がる。

 それを確認したグレイフィアさんは説明を始めた。

「開始時間になりましたら、ここの魔方陣から戦闘用に作られた異世界に移動します。そこでは何をしても構いません」

 異世界に空間を作る悪魔の技術力に感心していると、イッセーが部長へ質問をした。

「あの……部長にもう一人居る『僧侶(ビショップ)』の人は参加しないんですか?」

 その質問に部室の空気が変わる。聞かれたく無い事を聞かれてしまったかの様に。

「残念だけどもう一人の『僧侶』は参加できないわ。この事についてはいつか話す時が来るでしょうけど」

 部長はイッセーと目を合わせずにそう言った。

 それを見たイッセーも空気を読んでそれ以上の追求はしなかった。

 

「今回の『レーティングゲーム』は両家の皆様も中継で今回のゲームの戦闘をご覧になります。更に、魔王ルシファー様も今回のゲームを拝見されております」

 魔王ルシファー……今回の事が起こった原因でもあるからな。よっぽどの事がない限り見るのは当然だろう。――噂によるとシスコンらしいし。

「そう……お兄様が直接見られるのね」

「部長……今、魔王様の事をお兄様と言いましたか?」

「そうだよ。部長のお兄様は魔王様だ」

 イッセーが恐る恐る質問すると、それに木場が答えた。

 その事にイッセーが驚き、そこから魔王の話から悪魔が三すくみの中で一番弱い事(天使に負けるのは兎も角、堕天使にまで劣っているとは思わなかった)を話していると、すぐに時間が来た。

 

「そろそろ時間です。皆様、魔方陣の方へ」

 その指示に従い皆が魔方陣へ集まる。

「なお、一度あちらへ移動すると魔方陣での転移はゲーム終了まで不可能になります」

 その言葉を最後に魔方陣が発光し、転移が始まった。

 

 

 

 

 

 転移した先は先程居た場所と全く同じ外観をしていた。

(これが悪魔の技術力か。なる程、これは中々……)

 作られた空間に感心していると、アナウンスが聞こえてきた。

 それを要約すると、グレイフィアさんが審判(アビーター)を行い、お互いが今いるのはそれぞれの本陣であるオカルト研究会の部室と生徒会室。『兵士』が『プロモーション』するにはそこに行く必要があると。

(なる程、今生徒会室に攻撃すれば一気に倒せると)

 そんな事を考えていると、姫島先輩から通信機を配られる。ゲーム中はこれを使って連絡を取るらしい。

 

 

『開始のお時間となりました。なお、この時間の制限時間は人間界の夜明けまで。――申し忘れていました。今回、ゲストとして参加されている黒縫朧様のランクは「騎士(ナイト)」とさせていただきます』

(まあ、その配置なら駒は空いてるし特別な役割も無いし、妥当な所だな)

『それでは、ゲームスタートです』

 学校のチャイムが鳴り響き、『レーティングゲーム』が開始された。

 

 

 

 

 

「じゃ、先制攻撃で一発撃ち込んできます」

「待ちなさい。勝手な事しないで」

「……了解」

 確かに勝手な行動は慎むべきだと判断した俺は、指示があるまで待機している事にした。

 

 

 

 部長の指示に従い、森の中にいくつかキルトラップを仕掛けた後、木場と一緒に運動場へ向かう。イッセー達は途中で体育館に寄って何かするそうだが、詳しくは聞いていない。

 

 

 

「朧君、来たよ」

「そうか」

 しばらく走っていると、前方から敵の接近を確認したので立ち止まって臨戦態勢を取る。

 先程から展開していた黒き御手(ダーク・クリエイト)で一振りの剣を創り出す。木場も自身の剣を鞘から抜き放つ。

 前方からやって来た敵を確認すると、俺達二人は敵目がけて突撃した。

 

 

 

 

 

「これで、終わりっと」

「こっちも終わったよ」

 俺と木場は三人の敵を無傷で倒した。内訳は俺が一人、木場が二人だ。

 人数が倍違うのに倒した時間が同じだったのは、俺が最初の方、様子見がてら遊んでいたのが理由だ。まあ、すぐにつまらなかったのでピチュンしたが。

「戦ってる最中にアナウンスがあったな。木場、聞いてたか?」

「うん。相手の『兵士(ポーン)』三人と『戦車(ルーク)』一人、それと、こっちの『戦車』が一人脱落した」

「『戦車』……小猫がやられたか」

「そうみたいだ」

 木場は表面上は取り繕っているが、内心穏やかではないようだな。

「となると、今イッセーは一人の可能性がある。早く合流しよう」

 イッセーを一人にするとすぐにやられそうだ。

「そうだね」

 

 

 

 体育館の側でイッセーを見つけ、木場とイッセーが何やら話す。

 その間に俺は運動場を探る。

(居るのは三人……ランクは『騎士(ナイト)』『僧侶(ビショップ)』『戦車』が一人ずつか……)

 ランクは感だが、人数に間違いはないだろう。感といってもオーラや魔力で能力は大体は分かるし、部長にもらった資料から顔とランクは一致させている。多分合っているだろう。

「で、どうするイッセー、木場。一人一殺で仕留めに行く?」

 そう聞いた時、グラウンドから大声が聞こえてきた。

「私はライザー様に仕える『騎士』カーラマイン!リアス・グレモリーの『騎士』よ、いざ尋常に剣を交えようではないか!」

 それを聞いて木場の闘士に火が付いたのか、立ち上がるとグラウンドに真正面から歩いて行く。

 俺とイッセーもそれについて行く。イッセーまでついて行ってしまったので、俺も渋々後に続く。

(全く、剣士の矜持(きょうじ)というものか……俺には理解できないな)

 でも、少し格好良いと思った。

 

 

「リアス・グレモリー様の眷属、『騎士』木場祐斗」

「俺は『兵士』の兵藤一誠だ!」

「オカルト研究会所属、『騎士』(仮)(かっこかり)黒縫朧」

 正々堂々は俺の趣味では無いのだが……こいつらが言った以上、俺も言わねばならないし……空気読めない(KY)とは言われたくないし。

 そんな事思っていたら木場とカーラマインが戦い始めた。

 

「全くカーラマインったら……。『兵士』を『犠牲(サクリファイス)』する時も渋い顔をしてらしたし……主である『(キング)』の戦略がお嫌いなのかしら?」

 『犠牲』……先程の『兵士』を使って俺達の実力を計っていたのか?

「勝てればよっぽど汚い手段でない限り気にしなくても良いよな。『犠牲』といっても死ぬ訳でもないし……」

「ですわよね。個人での戦いならまだしも、団体戦ではそういうのは我慢して欲しいですわよね」

「だよな。集団戦では意思の統一が大事なのに――って誰?」

 つい流れで話していたが、隣に誰かが居る事に今気づいた。

 居るのはお姫様のようなドレスを着た少女と仮面の女性。お姫様が『僧侶』で仮面の人が『戦車』だったかな?

 

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)、スタンバイ!」

Boost(ブースト)!』

 イッセーが神器(セイクリッド・ギア)を出して構えるも、お姫様は嘆息するだけだった。

「私は戦いませんわよ。イザベラ、あなたがお相手してあげたら?」

 お姫様と変わって仮面の女性が前に出る。

「元よりそのつもりだ。と言っても二対一では流石に分が悪いか」

「だったら俺は下がっていよう。俺は本来オマケだしな。イッセー、頑張れよ。お前の強さ、ここらでしっかり見せつけてやれ」

「……ああ、分かった。けど、そこの『僧侶』さんは本当に戦わ(バトら)ないのか?」

「彼女――いや、あの方はレイヴェル・フェニックス。特別な方法で眷属にされているが、実の妹君だよ」

 理由はハーレムに妹を入れたかったからだそうだ。

 それを聞いた俺の心は燃え盛る。まさに不死鳥の如く!

「許せん! シスコンの端くれとしてはその行為、許してはおけぬわ! あの腐れ焼き鳥め……全身全霊全力全開でぶん殴ってやる!」

(愛があればまだしも形だけだと! 殺しても殺し足りぬわ……! ま、不死なんだから一万回程殺しても問題ないよね?)

 

 

 

 その後に聞いたことだが、内心でそんな事を考えていた時の俺はケタケタと不気味に笑っていて相当に怖かったそうだ。

 



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第二段階開放

「ふぅ……お茶が美味い」

「確かに美味しいですけど……何でこんなの持ってきてるんですの?」

「企業秘密だ。俺は学生だけどな」

「何を言いたいのかさっぱりですわ」

「気にするな。おかわりは要るか?」

「いただきますわ」

「了解。流石に水道は通って無かったが、水は持参してたからお茶も淹れられるっと。準備は大事だね」

 朧は何故かレイヴェルと一緒に緑茶を飲みながら、俺が創り出した敷物の上に座って二組み(主に一誠VSイザベラ)を観戦していた。

 

「お、イッセーの雰囲気が変わったな」

「イザベラが余計な事を言うからですわ」

「全くだな。戦いは黙って刃を交えればいいんだ。この場合は拳だけど。――あ、木場の剣が折れた」

「でも新しい剣を出しましたわね。複数の神器(セイクリッド・ギア)を保持しているのでしょうか?」

「いや……あれは恐らく魔剣創造(ソード・バース)と言って魔剣を創り出す神器(セイクリッド・ギア)だな。熱風熱っ」

「それは随分と珍しいですわね」

「まあ、お前ら悪魔にとっては同じ剣を創る神器(セイクリッド・ギア)でも聖剣を創る聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)の方が厄介だけどな」

「そんな物もあるのですのね」

「ま、不死鳥(フェニックス)にとっては気をつける位でいいかもな。――っと」

 一誠は能力の倍化を終了させ、イザベラに対して魔力の一撃を放った。

 それは惜しくも(かわ)され、テニスコートをまるごと消滅させた。

「アレが当たってればイザベラは戦闘不能だったな。アレを受けて無事な者はそうそう居ないだろうし」

「恐るべきは赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)ですわね……」

「そうだな」

衣装崩壊(ドレス・ブレイク)!」

 イッセーがイザベラをガードの上から殴り飛ばした後、そう叫ぶと、イザベラの服が吹き飛んだ。

「イッセー……何でお前はそんなにも性欲に忠実なんだ……」

「触った女の服を消し飛ばすとは……破廉恥(はれんち)過ぎますわ」

「武装解除と考えれば凄いんだけどな……剣とかはどうなるんだろうか?――あ、今度は直撃した」

「やられてしまいましたわね」

「全裸で戦える者はそうは居ないからなー。そう考えると凄い技だけど……発想の元が残念すぎる」

 

 

 

 そんな事をしている内に、フェニックス眷属が四人やって来た。

 

「増援か。そろそろ休憩も終わりだな。部長も動き始めたようだし」

 視線を上に上げると屋上で悪魔と不死鳥(まあ、こちらも悪魔なのだが)が対峙している所だった。

(キング)同士が戦うなって。これ一応元はチェスなんだから)

「イッセー、二人よろしく。残りは俺がやるよ……っと!」

 右手に槍、左手に剣を創り出し、右手の槍を『僧侶(ビショップ)』へ投げつけ、左手の剣で『騎士(ナイト)』に斬りかかる。

 『騎士』とは剣で切り結び、『僧侶』の魔力攻撃は創り出した飛び道具で迎撃する。

 一方で一誠は『兵士』二人にタコ殴りにされてる。

「イッセーがやられる前に、貴様らを倒させてもらう!」

 少し本気を出した朧は、最早何かも分からぬ刃物類を多数出現させて周囲を薙ぎ払う。

 しかし、相手も戦闘経験が豊富なせいか、体中に傷を負ったものの、中々倒れはしなかった。

 木場も相手の『騎士』を倒そうとしているが、そちらも同じく突破出来ないでいた。

 そんな中、一誠は吠えた。リアスを助けるため、その思いを声に乗せて叫んだ。

「俺の思いに応えてみせろ! 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)ァァァ!!」

Dragon(ドラゴン) booster(ブースター) second(セカンド) Liberation(リベレーション)!!』

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)は音声を発すると、その形を変えていく。

 手の甲にある宝玉と同じ物が腕の方にも出現し、全体的な形も前とは少し変わっていた。

 一誠の脳へ、腕の方に現れた宝玉から赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)のもう一つの力の情報が流れ込む。

(これなら行ける!)

「木場ぁ! お前の神器(セイクリッド・ギア)を解放しろ!」

 それを聞いた木場は地面に剣を突き立てる。

魔剣創造(ソード・バース)!」

 光り輝くグラウンドに魔剣が生え、その地面に一誠は拳を叩きつけ、叫ぶ。

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)、第二の力――『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』!」

Transfer(トランスファー)!』

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)によって増加された力が木場の魔剣を生み出す力に譲渡(じょうと)され、その力を引き上げる。

 その結果、運動場全域には魔剣が乱立し、ライザーの下僕悪魔達はその刃に貫かれた。

 

 

 

『ライザー・フェニックス様の「兵士(ポーン)」二名、「騎士(ナイト)」二名、「僧侶(ビショップ)」一名、リタイア」

 アナウンスを聞いた一誠がガッツポーズを取る。

 そんなイッセーに木場が少し興奮した様子で話しかける。

「イッセー君、これは……」

「ああ、俺の力をお前に譲渡して、お前の力を強化したんだ」

 勝利の余韻に(ひた)っていた彼らだったが、その耳に、その余韻を吹き飛ばす事が聞こえてきた。

『リアス・グレモリー様の「女王(クイーン)」一名、リタイア』

 朱乃がやられたと告げるアナウンスを聞いた二人が驚愕(きょうがく)していると、木場の居た地点で爆発が起こり、木場もリタイアしてしまった。

「『騎士』、撃破(テイク)

 木場が居なくなったため、グラウンドの魔剣が消えていく中、上空からライザーの『女王』が降りてきた。

 彼女へ一誠が降りてこいと叫ぶも、彼女はそれを無視して屋上へと飛んでいった。

 一誠はそれを追いかけようとするも、足に力が入らずに転倒する。

 度重なる戦闘によって、一誠の体力に限界が来たのだ。

「ぬがぁぁぁぁぁっ!」

 一誠は気合を入れて何とか立ち上がり、屋上へ向かおうとする。

 そこへ、後ろから声がかけられた。

「まだ戦うんですの?」

 レイヴェルが炎の翼を広げて空から降りてきた。

 

 レイヴェルに色々話しかけられた一誠だが、それには耳を貸さずに屋上へ向かった。

 

 

 

「一人ぼっちか? 不死鳥(フェニックス)(っこ)

 一人になったレイヴェルに、背後から声がかけられた。

「あなた……今まで何をしてらしたんですの?」

「剣から逃げようとしたらつい飛びすぎて、さっきイッセーの空けた穴に落ちて這い上がるのに時間がかかったんだよ。全く、俺まで巻き込みやがって」

 現れた途端に不満を垂れ流す朧に、レイヴェルは疲れた表情をして問いかける。

「それで、あなたもお兄様の所へ行くんですの?」

「まあな。俺はあいつを痛めつける為に参戦したのに、まだその目的を完了してないからな」

 そう言って朧はその場を去り、レイヴェルはまた一人その場に残された。

 

 

「私も様子くらい見に行こうかしら……」

 



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投了―ゲームエンド

 新校舎の屋上ではグレモリー眷属とフェニックス眷属のレーティングゲームの最終決戦が行われていた。

 いや、そんなものは無かったのかもしれない。何故なら、戦う前に勝敗は既に決していたのだから。

 グレモリー眷属は滅びの魔力を持つ『(キング)』リアス・グレモリーと、ほとんど回復しかできない『僧侶(ビショップ)』アーシア・アルジェントと、既に限界を迎えていた『兵士(ポーン)』兵藤一誠。

 フェニックス眷属は不死身である『王』ライザー・フェニックスと、これまで『戦車(ルーク)』塔城小猫、『女王(クイーン)』姫島朱乃、『騎士(ナイト)』木場祐斗を倒していて魔力を消耗しているものの、強力な回復アイテムであるフェニックスの涙を使用したことで外傷は無い『女王』ユーベルーナ。

 

 そして、開始直後にアーシアはユーベルーナによって封じられ、実質リアス、一誠VSライザーという構図になった。

 数だけ見れば有利だが、相手は不死鳥。不死身という絶対の壁が、二人には破れなかった。

 最早グレモリー眷属に勝ち目はなかったが、一誠は諦めずに立ち向かった。気絶してもなお、諦めることなく。

 それを見ていられなかったリアスが投了(リザイン)を宣言しようとしたとき、

 

 バギィン!

 

 屋上の鉄扉が弾け飛び、ライザーへとぶち当たった。

 

 

「少し待ってもらいましょうか。このままじゃ、俺が何のために参戦したのか分かりませんからね」

 かつて扉があった場所に、黒縫朧(くろぬいおぼろ)が立っていた。

 

 

 

 

 間一髪の所で戦いに間に合った朧は、入口より状況を確認する。

 

(相手は健在のライザーに『女王』。こちらは既に戦闘不能のイッセーに、魔力を使い果たした部長に囚われのお姫様(アーシア)……詰んでるな。チェスで言うならチェックメイトだ。ま、それはいいや)

 朧の足元から、黒い墨のような液体がアーシアに向けて広がり、彼女の足元にあった魔方陣を塗り潰す。それによってアーシアの拘束が消え去る。

 自由になったアーシアはイッセーに駆け寄り、聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)で治療を行う。

「私の拘束をいとも簡単に……!」

「そもそも、あなたも相当疲弊(ひへい)しているでしょう? 小猫に姫島先輩に木場。三人を一人で倒したんですから」

 驚愕するユーベルーナに、朧は何でもない口振りで語りかける。

 「よって、今の貴女は驚異ではない。でも――仇討ちという訳ではありませんが――邪魔なので散れ」

 右手を向けて、そこから能力で作り出した大量の黒の剣群を打ち放つ。

 『女王』はそれを魔力でガードしたが、途中で防ぎきれなくなり、その身に幾本の剣を浴びて倒れた。

 

『ライザー・フェニックス様の「女王」、リタイアです』

 

 

「さて、残るはお前だけだ」

 リタイアしたユーベルーナが居た場所を一瞥(いちべつ)すると、自分に当たった鉄扉を溶かしたライザーへと向き直る。

「貴様のような人間如きが、俺に勝てるとでも思っているのか!」

 さも自分を倒すことが決まっているとで言いたげな物言いに、ライザーは激怒し身に纏う炎の火力を上げる。

「俺はさ、そう言う奴らに何時も決まって言う事があるんだよ」

 顔を僅かに伏せ、手元を暗く染め上げる朧に、ライザーは怪訝(けげん)な顔をする。

「人間を舐めるな」

 そして、不死鳥へ人間の悪意が襲いかかる。

 

 朧が右手に何かを創り出し、ライザーの左腕をつかむ。掴んだ左腕に振り下ろされるのは大きな鉈。ただし、それは極端に切れ味を鈍く(・・・・・・・・・)してあった。

「ぐおおおっ!」

 その一撃はライザーの腕を一撃で両断しない(・・・・・・・・)。鈍い刃による一撃は、切るというよりも潰すという方が相応(ふさわ)しかった。しかし、それを何度も繰り返せば腕は切り落とされる。

 しかし、ライザーは無限の回復能力を持つ不死鳥。鈍い大鉈である程度腕を断たれても、すぐに元に戻る。つまりは、無限に腕を潰され続ける(・・・・・・・・・・・)訳だ。

「ぐ、お、おぉぉぉぉっ!」

 朧が握る左腕から炎を吹き出し、その拘束を外す。

 一旦距離を取ろうと、飛び上がったライザーの胸に、黒い円錐状の物体が突き刺さる。その物体は螺旋状の模様があり、それに沿ってびっしりと(トゲ)が生えていた。

 朧が柄の後端に付いているハンドルを回すと、それに連動して螺旋模様に生えた棘が回り、傷口を(えぐ)る。

 ライザー苦痛の声をあげながらも、炎でその円錐を焼き払う。

「全く……ただの不死身ならもっと楽なのに……不死鳥は色々と厄介だ」

 

 朧の攻撃――否、暴虐はまだまだ続く。

 わざと関節を壊さない程度に極めたり、首を切断しない程度に締め上げたり、一度ばらばらにして再生途中の体をプールへ投げ込んだり(水も再現されていたが、ライザーの炎で蒸発した)した。

 朧も、何も好き好んでやってるのではない。フェニックスの精神をすり減らすための行為であって、それ以外に他意はない。

鉄の乙女(アイアンメイデン)!」

 ライザーを閉じ込めた拷問道具が、一日やそこらで思いついたとは思えないほどやけに精巧でも、別に前々から用意していたという事はないはずなのだ。

「ぐあぁあぁぁあぁっ!」

 閉じ込められたライザーは、内部に生えた刺で刺し貫かれる。そして、炎と共に再生し、その炎で蒸し焼きにされる。

 当然、不死鳥は自分の炎で害を(こうむ)る事はない。しかし、それによって熱された大気は、当たり前のようにライザーを焼く。

 外気にさらされている状態ならそれも起こらない。だが、現在のライザーは鉄の乙女(アイアンメイデン)の中。そして、朧は鉄の乙女(アイアンメイデン)に通気性を求めていなかったため、完全に密閉されている。

 無論、その鉄の乙女(アイアンメイデン)も熱によって融解するが、それは朧が鉄の乙女(アイアンメイデン)の上に乗って手を当てていることで修復する。が、その反面、朧も熱の影響を受けていた。

 人間ならすぐに焼け焦げそうな温度まで熱せられた鉄の乙女(アイアンメイデン)に触れている朧の手は、黒き御手(ダーク・クリエイト)の発動媒体である黒手袋によって守られていたが、熱によって体力や精神力はすり減らされる。

 

 状況はライザーと朧の根比べ。

 悪魔と人間――不死鳥と神器(セイクリッド・ギア)持ちの我慢比べは、当然の如く不死鳥(フェニックス)の勝利に終わった。

 朧が崩れ落ち、鉄の乙女(アイアンメイデン)が消え去り、その中に囚われていたライザーの姿が現れた。

 ライザーは見た目は無傷だが息も絶え絶え、身につけた衣服も見るも無残なぼろきれになっていた。鉄の乙女(アイアンメイデン)の中で死にかけた回数は数えていない。恐らく、数えていたら発狂していたほどの回数、痛みと再生を繰り返して今ここにライザーは立っている。

 ライザーは倒れ伏した朧を見る。彼の姿は神器(セイクリッド・ギア)を維持する力を失ったのか、服の端々が焼け焦げた駒王学園の制服になっていた。そんな彼は意識こそあったものの、動く気力が無い程に疲弊(ひへい)していた。

 それを見たライザーは内心で安堵(あんど)する。彼も色々と限界で、再生能力もほとんど打ち止め。炎もロウソク程度の火力も出せない。

 風が吹けば倒れてしまいそうな体でも、それでも彼は倒れなかった。そして、それがゲームの勝因となった。

 

 その直後、リアス・グレモリーは投了(リザイン)を宣言した。

 



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Excalibur
聖剣奪取


「手酷くやられたようじゃねえか。朧」

 どこかの城と思わしき場所――『禍の団(カオス・ブリゲード)』の隠れ家(アジト)の一つを、朧は一人で歩いていた。フェニックス戦の傷は既に無く、万全の体調まで回復していた。

 そんな朧に今話しかけたのは、そこそこ容姿の整った男だった。

 その男に朧は敵意を隠さずに言葉を返す。

美猴(びこう)……喧嘩売ってるのか? 買うよ、高値で。代金はお前の命で」

「軽い冗談じゃねえか。お前も本気は出してなかったみてえだしな」

 朧は話しかけてきた男――美猴に軽く殺気を込めて返答する。

 美猴はその名から分かるように美猴王――孫悟空の子孫だ。先祖と違って今ではテロリスト集団の仲間だが。いや、暴れん坊という点ではあながち違っていないのかも知れない。

「それで? この哀れな負け犬めに何か御用でしょうか?」

 朧は無駄に(かしこ)まった台詞で美猴に尋ねる。

「そんな話し方すんじゃねえよ。背中が(かゆ)くなる」

 それを嫌がった美猴を見て、朧は元の口調へ戻して再度質問する。

「で、何の用?」

「お前さんに依頼だとよ」

「依頼?」

 初めて聞いた単語――知らないという意味では無く、言われなかったという意味――に首を傾げる。

「ああ。堕天使の……なんつったけな。コカ、コカ、コカ……」

 美猴は名前を思い出せないでいた。

「コカビエル。あの戦闘狂――いや、戦争狂が俺に?」

「正確には『禍の団(カオス・ブリゲード)』にだけどな。旧魔王派の奴らがいうには、堕天使共が参加する交換条件らしいぜぃ」

 その答えに朧は顔を(しか)めた。

「それをなんで俺がする事になってるんだよ」

「お前さん、負けただろ? その汚名返上の機会らしいぜぃ?」

「あんなので汚名になるのかよ」

 朧は旧魔王派の器の小ささにほとほと呆れていた。

「俺っちも対した事じゃねえとは思うけどねぃ。けど、このままだとお前、アイツ(・・・)の近くに居られなくなっちまうぜぃ?」

 美猴の言葉に、朧の表情は一瞬で真面目なものへと変わる。

「チッ。――美猴、その依頼とやらを教えろ」

 舌打ちをひとつしてから、朧は美猴に渋々と尋ねた。

「やる気になったみてえだねぃ。それじゃ教えるぜ。コカビエルからの依頼ってのは、折れた聖剣――エクスカリバーの奪取さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余裕だな」

 今の俺は全身を黒い甲冑で包み、黒い剣を(たずさ)えていた。どちらも黒き御手(ダーク・クリエイト)で創った物で、一応顔を隠すのが目的だ。剣はおまけだが。

「しかし、面倒な注文だ。聖剣六本も確保できるか。しかも三箇所に分散してるというのに……。一箇所につき一本確保するのが限度だ」

 正教会、プロテスタントと来て、現在はカトリックのこれで三本目を確保したのだが……。

 

「聖剣使いに見つかるとは、俺もつくづくついてない」

「避けながら話すとは余裕だな!」

 聖剣使いはそう言うも、実際はほとんど余裕がなかった。なにせ相手の剣は破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)。触れたら一撃でお陀仏(だぶつ)だ。

「当たらなければどうということはない、とはいかないんだよな」

 破片が飛び散って視界が悪いし甲冑に当たってカンカンうるさくて集中できない。まあ、ノルマの三本は達成したし、逃げるか。

BOMB(ボム)ッ!」

 軽い破裂音がすると黒い煙が辺りを包み、視界を奪う。聖剣使いは剣でそれを払うも、その程度では煙は消えなかった。

 十秒ほどすると煙は消え去り、無残に破壊された通路だけが聖剣使いの目に映った。

「くっ! 逃がしたか……」

 青い髪の聖剣使いは腹立ち紛れに剣を床に突き刺した。

 破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)の力で、床には大穴が開き、聖剣使いはその穴に落ちていった。

 

「……馬鹿だ、馬鹿がいる」

 その後、誰もいない通路でそんな言葉が聞こえたかどうかは、定かではない。

 

 

 

 

 

「やれやれ、つまらない任務だった」

「いやいや、あんな事を一晩でできるのはお前さんぐらいだぜぃ」

 俺の感想に美猴が反論してくる。

「そうか? 天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)は確かに優れた武器だが、持ち主不在の聖剣なんて鉄の(かたまり)と大差ない。そんな物をいくら盗んだ所で……」

 対した事無いと続けて言ったが、美猴は首を横へ振るだけ。

「いやいや、それをできる奴なら何人かいるかもしれねえけどよ、それをバレないようにやるっていうのはなかなか難しいぜぃ」

「それこそ、俺が無名だったっていうだけの話だろ。それに、最後で聖剣使いに見られたからバレてない訳ではない。――ま、それはどうでもいいんだ。先方はどうだって?」

 相手がどう思おうがどうでもいいが、自身が行ったことの結果がどうなったのかは聞いておきたかった。

「一応は満足したみたいだったぜぃ」

「そうか。一体何が目的だったのか――と、考えるまでもないな。あの戦争狂の事だから、どうせ戦争だろ」

「その通りだねぃ。けど、それが起こる気配はちっとも無いねぃ」

 それに俺は露骨に舌打ちする。

「ちっ――堕天使の羽を落としたり、逃げる際に堕天使の翼を創って逃げたのに無駄骨かよ。わざわざとある事情で捕まえた堕天使(・・・・・・・・・・・・・)まで働かせたんだぞ」

 より一層力が抜けた俺は背中を壁に預ける。

「あーあ、戦争が起こってくれたら、どさくさに紛れてシャルバ、カテレア、クルゼレイの首を取れるんだがな……」

「おいおい、滅多なこと言うもんじゃねさ。どこで誰が聞いてるか分かんねえんだからよぅ」

 つい漏らした愚痴(ぐち)を聞き(とが)める美猴。

「周りに誰もいない事は確認してるさ。万が一聞かれて口を封じればいいだけだ」

「おっかないねぃ」

 

「まあ、今回の任務で汚名は返上されただろ?――それに、お前にとっても意味のある任務だったんだし」

 確かに無駄ではなかったが、それで労力が埋まるかどうかかというと微妙であった。

「まあな。折れた聖剣(エクスカリバー)はなんだかんだで六本全部見たし。残りの一本見れば、出来る(・・・)だろうな」

「ハハハハハ! お前さんはやっぱりすげえな。それで、最後の一本はどうなってるんだっけか?」

「アーサーが探してるらしいけどな。まだ見つかってないらしい。――じゃ、これ失礼する」

 話を打ち切り、美猴に背を向けて歩き出す。

「おう、アイツ(・・・)によろしくな」

 俺が今からどこに行くかは、どうやらバレていたようだ。

「あの猿にも分かるとは……そんなに分かり易いかね?」

 

 恐らく、『禍の団(カオス・ブリゲード)』の誰かがそれを聞いたら、十中八九(じゅっちゅうはっく)頷かれるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城の一番奥の扉を開ける。そこは王などの一番偉い人が座っているであろう場所。

「朧?」

 彼女を表すのに最も相応(ふさわ)しい、孤独な玉座に座っているのは、ゴスロリドレスを着た少女。『禍の団(カオス・ブリゲード)』のトップ。

「ああ。久しぶりだな。無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)、オーフィス」

 

 

 

 

 

「朧、最近来てくれなかった」

「悪いな、最近俺も忙しくてな」

 朧は玉座に座り、オーフィスを自分の膝の上に乗せた状態で(くし)――神器(セイクリッド・ギア)で創ったものではない――で髪を()きながら、軽い不満を漏らす彼女に苦笑しながら答える。

「昔はずっと一緒だった」

「昔、ね……」

 確かに、朧とオーフィスは昔はいつも一緒に居た。あの時(・・・)からあの時(・・・)まで……。

 回想に入ろうとした朧の袖が引っ張られる。彼が目を下へ向けると、オーフィスが不安そうな無表情で朧を見上げていた。

 朧は心配するなという気持ちを込めてオーフィスの頭を撫で、彼女の髪を再び()かし始める。

 

 

 

 しばらくそれを続けていると、扉を開けて誰かが入って来た。

「オーフィス! 私の分の『蛇』を貰いに来た!」

 入って来たのは旧魔王派の頂点である、旧魔王の子孫の一人であるシャルバ・ベルゼブブ。

 シャルバは朧を見ると露骨に嫌そうな顔をした。

「貴様……またそんな事をしているのか。そんな事などオーフィスには無意味――ッ!」

 シャルバは玉座から発せられた殺気と力に気圧(けお)され、口をつぐんだ。

 それを発したのは朧かオーフィスか。力の圧力を考えるとオーフィスであろうが、彼女が殺気を放つ事は考えられない。ならば朧かと思うが、ただの人間にここまでの力を発するだろうかと考えたシャルバだが、問題はそれを発したのどちらかではなく、それが自身に向けられている事だった。

 どうすればこの状況を逃れられるかと考えたシャルバだったが、それはオーフィスが『蛇』を作り出したことで、発せられていた力と殺気は霧散した。

 『蛇』は朧が出した小瓶に入れられ、シャルバへと投げ渡される。

 シャルバはそれを受け取ると即座に(きびす)を返し、玉座の間から出て行った。

 

「まだ生きてたのか。あの小蝿」

 シャルバが部屋を出たのを確認してから、悪態を吐く。

「酷い言い様」

「俺があいつを嫌っているのはお前も知ってるだろう?」

 オーフィスはそれに無言で首を縦に振り肯定する。それから体の力を抜き、俺に体を預ける。

「オーフィス? ――寝ちゃったか……」

 オーフィスが眠ったのを確認した俺は、彼女――という表現を使っていいのか微妙だが――を起こさないように優しく抱きしめ、そして静かに呟く。

 

「たとえ、世界があなたを責めようと、世界の誰もがあなたを利用しようと、あなたが無限であると知っていても、俺はあなたを絶対守る。たとえ、世界が相手でも、神が、天使が、堕天使が、悪魔が、ドラゴンが、魔獣が、人間が、その他の全てが敵であろうとも、必ず」

 

 これは俺からオーフィスへの、神器持ち(限りある人間)から無限の龍神(限りなきドラゴン)への、たった一つで絶対の誓い。

 

「俺はずっと側に居よう。俺が死ぬまで、永遠に」

 

 これだけは、誰にも譲るつもりは、無い。

 




うちのオーフィスの服はちゃんと前まであります。11巻の表紙のような服は朧が止めさせました。


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とある堕天使のその後

 聖剣を盗んでから帰ってみると、部長と焼き鳥(ライザー)の結婚式はイッセーがぶち壊したらしい。

 

「良かった良かった。あのまま結婚されたら目覚めが悪くなる所だったしね」

 明かりを付けていない真っ暗な部屋で無駄に豪華な椅子(家の家具の中で一番高級)に座りながら、朧は満足そうに呟く。

「しかしイッセーもやるなー。現段階のイッセーでは逆立ちしてもあの焼き鳥には(かな)わなかった筈だが」

 この状況での逆立ちは、もちろん文字通りの逆立ちでは無い。

「どうやら、左腕を代償に支払う事で、一時的にドラゴンの力を手に入れたそうです」

 一人暮らしのはずの朧に答えるのは一人の女性。

「それはまた……逆立ちどころかちゃぶ台返し。裏技というより邪道・外法の(たぐい)じゃないか。ドラゴンへの代償、安くはないだろうに」

「兵藤一誠さんは左腕をドラゴンに支払ったことで、左腕がドラゴンの腕になってしまったようですが……」

「それは、日常生活に支障(ししょう)が出るんじゃないか?」

 悪魔として生活しているのならまだしも、人間社会で生きていくにはドラゴンの腕は邪魔すぎる。

「ドラゴンの気を散らす事で、左腕を人間の姿に留めているようです」

「どうやって?」

 朧が何と無しに言った一言に女性は顔を赤くした。

「――あぅ……。・・・・・・です」

「それはイッセーにとってはある意味代償になってないなー……というよりご褒美? それよりも、お前結構初心(うぶ)だったんだな」

 朧がからかい混じりの言葉に、女性は顔を更に紅潮(こうちょう)させて反論する。

「元はといえばあなたの所為です!」

 それを聞いた朧は顎に手を当てる。

「それが……その時の事は全く覚えてなくてな。その場のノリで行動すると後々後悔するな。一体何があったのやら。どうか教えて欲しいね」

「嫌です」

 親の(かたき)を見るような目つきでこちらを睨んでくるのを見て、朧は肩を竦める。

 

「まあ、それはそれとして……お前、そろそろあいつらに会う気はないか?」

 朧の質問に女性は顔を曇らせる。それを見た朧は一つの決心をする。

「よし、今週中に会いに行こうか。拒否権は無し」

「…………はい」

 長い沈黙の後に来た肯定に、朧は内心で、おや? と思う。

(彼女もこのままではいけないと思っているのか、それともケジメをつけるためか。どちらにせよいい事だ。それに、あいつらに今のこいつを見せた時の反応が気になるぜ)

 くっくっくっと、不気味な笑い声を漏らす朧に、女性はため息を一つ()いた。

「どうしてこんな事に……」

「身から出た錆だ。死んだ方が良かったとでも?」

「・・・・・・」

「本気で悩まれると困るんだが……」

 女性の態度に、嫌な汗が頬を伝う。

「マサカ。シンダホウガヨカッタナンテオモッテマセンヨ」

「済みませんでした」

 棒読みで話す女性に朧は思わず頭を下げる。

「冗談ですよ。助かったとは思ってます。感謝はしませんけど」

「お前、以前の原型を全く留めていないな」

「重ね重ね言うようですが、あなたの所為です」

「ご(もっと)もだ」

 

 そして、真っ暗な部屋に二人の笑い声が響いた。

 

 

 

 今日の部活は旧校舎の清掃のため、一誠の家で行われる。

 

「という訳で、今日はお前をイッセーの所へ連れて行く」

 他のオカ研のメンバーが学校から直接向かった中、一度家に戻った朧は家で掃除をしていた女性へ向けてそう言い放った。

「待ってください! まだ心の準備が!」

「問答無用」

嫌がる女性の襟首をつかんで引きずる。

「せ、せめて服を着替えさせてください! この服じゃ……!」

「この方が面白そうなので却下」

「この人でなし!」

「俺は人間だってば」

 嫌がる声に耳を貸さず、朧は女性を連れて一誠の家へ向かった。

 

 

 

 イッセーの家へ着いた俺は呼び鈴(チャイム)を鳴らす。すると、イッセーの母親らしき人が出て来た。

「どちら様かしら?」

「あ、私一誠君と同じオカルト研究会に所属している黒縫朧と申します。こっちの人は気にしないでください」

「あら、ご丁寧にどうも。イッセーの所へ案内するわね」

 自分で言っといてなんだが、本当に気にされていなかった。それでいいのか兵藤母よ。

 

 

「イッセー、お友達が来たわよ。黒縫くん」

「遅くなりました……――って空気重っ」

 部屋の中には重い空気がどんよりと漂っていた。原因は木場から殺気が(にじ)みだしているせい。

「よ、よう朧! 遅かったな」

「ああ、こいつを連れて来たからな」

 扉の向こうに隠れているこいつをイッセー達の眼前に(さら)した。

「れ、レイナーレか……?」

「はい……」

 そう、俺が今日連れてきたのは少し前に騒ぎを起こしたレイナーレだった。その彼女を見たイッセー達は木場も含めて全員が呆然としている。しかし、その原因はレイナーレそのものにあるのではなかった。

 そんな面々の中で一番早く冷静さを取り戻した部長が代表して皆が抱いているだろう疑問を尋ねてきた。

 

「ねえ朧、何でレイナーレはメイド服を着ているの?」

「俺の家には、それしかレイナーレに合う服が無かったんです」

 俺とレイナーレでは身長が頭一つ分は違うし、それ以前に性別が違うため、体型からしてかなり違う――特に胸部――ので、俺の服をレイナーレは着れなかった。

『何故それだけあったんだ……?』

「さぁ……?」

 オカルト研究会の全員は当然の質問をしてきたが、それに朧は答えられなかった。

 

 

 

「この前は本当にごめんなさい!」

 

 場所は変わってイッセーの部屋。レイナーレはそこでイッセーとアーシアに向かって土下座をしていた。

 

「謝って許される事じゃないのは分かってます。だって私は二人の命を奪ってしまったんですから……けど、ごめんなさい!」

 一度頭を上げたと思ったらもう一度頭を床に埋れとばかりに下げた。

 それを見たアーシアはオロオロして、頭を上げてくださいと言うが、レイナーレは決して上げようとはしなかった。イッセーは頭を下げ続けるレイナーレをしばらく黙って見据えていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「頭を上げてくれ」

 先程までアーシアにその言葉を言われても顔を上げなかったレイナーレだが、イッセーの言葉にはゆっくりとだが顔を上げた。

「お前が反省しているのはよく分かった。それで、お前は俺達にどうして欲しいんだ?」

「私はあなた達に何かをしてもらおうとも、()して許してもらおうとも思ってないです」

「だったら何で謝るんだ?」

「……私はあなた達の命を奪いました。それは悪魔に転生することで取り戻されましたけど、本来なら命はたった一つ。それはほぼ全ての種族に共通する事です。そんな大事な命を奪っておいて、その相手に望む事はありません。もしあるとすれば――」

 レイナーレは伏し目がちにしていた目をイッセーに真っ直ぐ向けて言った。

 

「せめて、二度目の人生は幸せになってください」

 

 その言葉を最後にレイナーレはその場を去った。

 

 

「ねえ、あなた一体彼女に何したの? まるっきり別人じゃない」

 同伴していた部長が俺に尋ねてきたが、それは俺も知らなかった。むしろ俺も知りたい。俺は一体何をした?

「さて、何をしたんでしょうかね?」

 俺は部長をはぐらかして――半分ほど本音だが――イッセーとアーシアに声をかけた。

「さて、それじゃあ俺もお(いとま)するけど、レイナーレに伝えたい事はあるか?」

「あ、それじゃあ……」

 アーシアがおずおずと言った。

「今度は一緒にお茶をしましょうと、伝えてください」

「了解。イッセーは?」

 イッセーは長々と考えてから、一言だけ言った。

「また遊びに来ても良いって、伝えてくれ」

「分かった。――ありがとうな、イッセー、アーシア」

 

 最後に言った言葉の返答を聞く前に、俺はイッセーの部屋を出た。

 

 

 

 

 

 その後、兵藤家の玄関のすぐ外で立っていたレイナーレに先程の事を伝えると、レイナーレは泣き崩れてしまった。

 

(あの、ここ公道なんで、泣かれると俺の立場とか名誉が危ないんですけど……)

 



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木場の過去

 カキーン

 

 旧校舎の裏手の草の生えていない場所に金属音が響き渡る。

 

「何故俺にはライナー!?」

 他の人にはフライなのに。

「部長、いじめですか!?」

「私は眷属を大切にしているわ」

 そうでない俺には優しくしてもらえないということか!

「球技大会は来週よ。部活対抗戦、負けるわけにはいかないわ」

 その球技大会の種目が未だ不明なので、手当たり次第に練習しているのだ。

(部活がある野球が競技になったら、野球部が勝つだろうから、野球は違うと思う)

 だとしたらなんだろう。順当にドッジボールだろうか?

 

「次はノック行くわよ。皆、グローブをはめてグラウンドに散らばりなさい!」

(部長、ここは空き地でグラウンドではありません)

 ちなみに練習するのは通常の意味の他に、悪魔の力は人間を超えているので、その力を制御(セーブ)するためでもある。

(あれ? 俺がする必要が薄くなったな)

 しかもイッセーたち悪魔の皆さんはこの後も夜のお仕事がある。ハードすぎるな。

 

「行くわよ裕斗!」

 部長の打った硬球が木場の元へ飛んでいく。いつもの木場ならそれは簡単に捕球できただろう。しかし、木場はその打球を見逃した。

「……あ、すいません。ぼうっとしてました」

 そう言ってから木場はボールを拾いに行く。

 そんな木場を見た皆は彼を心配そうに見ていた。しかし、その心配の質は、部長、姫島先輩、子猫と、イッセーとアーシアとでは違っていた。

 イッセーとアーシアは木場に何かあったのか、調子が悪いのかと、気遣いから心配している。しかし、それ以外の人――悪魔なのだが――は何か(うれ)うような視線を向けている。まるで木場が何かを仕出かしてしまうかの様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 パン!

 

 少し前から降り始めた雨音に混じって、乾いた音が響いた。

 これは数ヶ月前にも一度こんなことがあったが、叩かれたのはイッセーではなく木場だった。

 というのも、球技大会当日になっても木場の調子は一向に戻らず、心ここにあらずといった様子で、全く覇気を感じられず、まるで抜け殻のようだった。球技大会の種目であったドッジボールの際もぼんやりしていてイッセーに(かば)われる始末だった。

 余談だが、その際にイッセーは球と玉とが激突する事態に見舞われた。あの時俺は外野から思わず叫んでしまったよ。

 それが気に食わなかった部長は木場の頬を叩いたという訳だ。

 

「もういいですか? 球技大会ももう終わりましたし、夜の時間まで休ませてもらっていいですよね? 昼間は申し訳ございませんでした。どうも調子が悪かったようです」

 木場は無表情から普段のニコニコ顔へと表情を一転させてそんなことを言う。傍目から見ていてもおかしいと思った。

 それはイッセーも同じだったようで、木場に声をかけたが、あえなく拒絶された。

 そして、木場が最後に言った言葉が、やけに耳に残った。

「僕は復讐(ふくしゅう)のために生きている。――聖剣エクスカリバー。それを破壊するのが僕の生きる意味だ」

 そう言った時の木場の顔は、五年前の俺と同じ顔をしていた。

 

 

 

 

 

 雨の中を家に帰る途中――傘は持っていなかったので神器にて作製した――に、日常に在らざる音を聞いた。

剣戟(けんげき)の音……こんな所で?)

 俺の耳に聞こえるということは、結界の類はないのであろう。

 こんな所で剣を振るうような知り合いが一人思い当たったので、音がする方に駆け寄った。

 

 少し離れた所では、二人の男がつばぜり合いをしており、更にその近くには、神父の格好をした男が致死量に達するであろうほどの血を流して倒れていた。

 つばぜり合いをしているのは方や駒王学園の制服を着て、方や神父服を着ていた。

 普通に考えれば駒王学園の制服を着ている男――木場が神父を殺害し、その連れと相対していると思うだろうが、この場合は事情が違った。

「フリードか!? まだこの近くに居たとはな」

 つばぜり合いしていた二人は飛び退いてこちらに視線を向けてきた。

「ひゅう! こんな所で会えるとはついてるねぇ!」

 フリードはテンション高く何やら言ってから――俺にはフリードの言葉はイマイチ分からないのだ――その手に持った剣にて斬りかかってきた。

「――ッ!?」

 目に見えぬ速さで振るわれたその剣を、両手に創り出したロングソードを交差させて間一髪受け止めた。

天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)!? 何で貴様のような奴が持っている!?」

 フリードが手にしているのは俺がこの前盗んだエクスカリバーの内の一本だ。能力は一閃が目に見えぬほど速いこと。

(まさかこいつに渡るとはな! 世間は案外狭い……)

 ロングソードを半ばまで断ち切られながら、右足を回し蹴り気味で放つ。

「おっと」

 フリードはそれを軽々と避けたが、そこに木場が斬りかかった。

「ぬぉっ! ちっ、流石に二対一は不利か! 逃げさせてもらいますよっと!」

「待て!」

 木場が逃がすまいと逃げようとするフリードに斬りかかったが、その手の魔剣を聖剣に砕かれる。

 俺が援護で投げた短剣を避けながら、フリードは雨の向こうに逃げていった。

「ちっ、厄介なことになりそうだな。……木場、大丈夫か?」

 自分の招いたことに毒づいてから、木場に負傷が無いか心配した。聖剣で傷を負わされたら、悪魔にとってはカスリ傷でも致命傷になりかねないからな。

「……ああ、大丈夫だよ」

 そう言った木場は見るからに意気消沈している。

「雨でずぶ濡れだし……風邪をひいても困るだろ? 家に寄って行くといい」

「うん。お言葉に甘えさせてもらおうかな……」

 

 

 

 

 

「黒縫さん、おかえりなさい」

 家に帰って俺と木場を、レイナーレが出迎えた。

「って、どうしたんですか!? ずぶ濡れじゃないですか! グレモリーの騎士(ナイト)さんも一緒ですし……」

 レイナーレは俺たちの様子を見て驚いた。急な雨とは言え、俺がずぶ濡れになるなんてことは今までなかったからな。

「悪い、レイナーレ。タオル持ってきてくれ」

「分かりました」

 レイナーレがパタパタと足音をさせて洗面所に駆け込んでいく。

「君と彼女は一体どんな関係何だい?」

「家主と同居人が一番正しいな」

「格好を見ていると、そうは思えないけど」

「それは気にしなくてもいいことだ」

 

 

 

「粗茶ですが」

 タオルで一通り体を拭いた俺と木場は、リビングの椅子に座ってレイナーレの淹れたお茶を受け取った。

「いただきます」

 そう言って木場がお茶を飲んだことを確認してから、俺は口を開いた。

「さてと、そのお茶のお代替わりに聞かせてもらおうか。何故お前がそんなにもエクスカリバーを嫌悪するのかを」

「……言わなくちゃ駄目かい?」

 木場は普段とは別人な様な表情で、顔を伏せたままそう言った。

「普段だったら言わなくてもいいけどな。近くにエクスカリバーがある現状では、聞いておきたい」

(まあ、原因は俺なんだけどな)

 木場はしばらく黙っていたが、淹れたお茶が冷める頃に口を開いた。

「この話は教会にとっての汚点の話でもある。聞いてしまったら、君が教会に命を狙われる可能性もあるよ」

「魔王の妹が直接管理している土地にいる以上、俺を殺しうるほどの戦力は教会も送り込めないさ。そもそも、どこにでもいるただの人間を殺す暇があるほど教会は暇なのか?」

 イメージ的にはずっと暇してそうだが。

「それもそうだね。――黒縫君は、聖剣計画というものを知っているかな?」

「いや、知らないな」

 

「聖剣計画というのは、聖剣――特にエクスカリバーを扱える者を人工的に生み出す計画で、剣に関する才能や神器(セイクリッド・ギア)を持つ者が被験者として集められたんだ。そこで僕たちは何年も非人道的な実験を繰り返した、まるで実験動物(モルモット)のようにね」

 そう言う木場の表情は、無理やり取り繕った無表情だった。

「そんな扱いをされながらも、僕たちは過酷な実験に耐えていた。やがてエクスカリバーを扱えるようになると信じて、聖歌を口ずさみながら。だけど、僕たちは『処分』された。生きながら毒ガスを浴びせられてね。僕は何とか逃げ出せたけど、毒ガスに体を(むしば)まれていた。もう瀕死の時、僕はイタリア視察に来ていた部長と会って、眷属悪魔に転生したんだよ」

 (うつむ)いていた木場は顔を上げると、ここではないどこかを憎悪に満ちた瞳で睨みつけた。

「部長は僕に聖剣に拘わらずに生きて欲しいと言ったけど、僕は同士たちの無念を晴らしたい。彼らの死が無駄ではなかったことを、彼らの分まで生きて、エクスカリバーを破壊することで証明したいんだ」

 木場がそう締めくくり、しばらくの間雨音だけが響いた。

 

「木場、この家を見て何か不思議に思ったことは無いか?」

「?」

 静寂が部屋を支配する中、朧が口を開いてそう言った。

 木場はその質問に疑問を抱きながら答える。

「別に、普通の家だと思うけど……?」

 自身なさげに回答した木場に朧は頷く。

「そう、普通の家だ。普通に生きる人間が、家族と暮らす(・・・・・・)普通の家だ」

 それを聞いて、木場は朧の聞きたいことに気づく。

「黒縫君、ご家族は?」

「死んだ。正確には殺された。堕天使にな」

 朧がそう言うと、部屋の隅に立っていたレイナーレはその場を立ち去った。堕天使である彼女にとって、これからされる話は決して聞きたいものではないのだから。

 

「俺の家族は父と母、そして妹がいた。極々普通に暮らしていたよ。あの時まではな」

 湯呑を持つ朧の手に力が入る。

「普通に暮らしていた俺の家族は、ある日堕天使によって襲われた。そして父が、母が、そして妹が殺された。それを見たシスコンである俺は大激怒した。そしたら目覚めたんだ。神器(セイクリッド・ギア)がな」

 両手に黒い長手袋を出す。

「堕天使たちはそれを(あや)ぶんで襲って来たそうだが、むしろ逆効果で、返り討ちにあった」

「それで、一体何が言いたいんだい?」

 朧の告白に驚きながらも、痺れを切らした木場が話を(さえぎ)る。

復讐(ふくしゅう)を果たした俺から、(いま)だ復讐の道中にあるお前に一言だけ言っておく――復讐なんて意味はない。少なくとも俺はそうだった」

 実体験を伴う故か、重みのある言葉に木場が黙り込む。

「だけど、僕は……」

 それでも復讐を捨てきれない木場に、朧はため息を吐いた。

「それでも諦められないなら、とっとと叶えてしまおうか」

「えっ?」

「何だ? 止められるとでも思ったのか?」

 木場は頷いた。

「既に復讐を果たした俺が、誰かの復讐を止める権利が有る訳ないだろう。それに対象が物なら何も問題ないしな。教会から命狙われるようになるかもしれないけど」

「えっと……」

「たとえ他の誰かがお前に止めるように言っても、俺は肯定してやる。どうせ、お前はそれをしないと先に進めないだろうし」

 木場は驚いた顔を朧を見て、そして頭を下げた。

「ありがとう」

「何で感謝してるんだよ。俺はお前に何もしてないぞ」

 朧はそう言うが、木場にとっては自分のしようとしたことを肯定してもらえたことは嬉しかったのだ。

 

 それからしばらくの間頭を下げていた木場は、朧に気持ち悪いと言われて家の外に追い出された。

 その時の雨は、小雨になっていた。

 



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聖剣使い訪問

 放課後、部室には聖剣使いの二人組が訪れていた。

(片方はイッセーの幼馴染で、もう片方は俺にあしらわれた聖剣使いだし……世間は狭い)

 

「先日、カトリック教会本部ヴァチカン及び、プロテスタント側、正教会側に保管・管理されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」

(犯人は俺です)

 などと言えるはずも無い。

 イッセーがなんでエクスカリバーが複数箇所から盗まれるのか分かって無いようだったので、解説込みで話を進めることになった。

「イッセーくん、エクスカリバーは大昔の戦争で折れたの」

「今はこのような姿さ」

 青髪に緑メッシュを入れた聖剣使いが布に包まれたエクスカリバーを取り出した。その瞬間、イッセーたち悪魔が一瞬強ばった。まあ、聖剣が近くにあって何とも思わない悪魔は魔王ぐらいだ。

「大昔の戦争で四散したエクスカリバーの折れた刃の破片から錬金術によって七本のエクスカリバーが作られたんだ」

(七本なのに、四散)

 性能も七分の一だがな。それでも生半可な聖剣よりも強いが。

「私の持っているエクスカリバーは『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』。カトリックが管理している」

 もう片方の栗色の髪の聖剣使いは懐から長い紐を取り出す。それはみるみる姿を一振りの日本刀に姿を変えた。

「私の方は『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』。自由自在に姿を変えることができるわ。こちらはプロテスタント側が管理しているわ」

「イリナ……悪魔にわざわざ能力を教えなくてもいいだろう?」

 青髪が栗色――イリナと呼ばれた方――に咎めるように言った。

「ゼノヴィア。いくら悪魔でのこの場では信頼関係を築かなければしょうがないでしょう? それに、能力を知られたからと言って、この場の悪魔の皆さんに遅れを取ることはないわ」

 自身満々にイリナが言った。いや、流石に負けない? 部長の消失魔力は剣じゃ防ぎにくいと思うぞ。

「それで、奪われたエクスカリバーがどうしてこんな極東の地方都市に関係あるのかしら?」

 木場の発する殺気がかなり強まる中、部長はできる限り穏便に終わらせるために言葉を紡いだ。

(日本人としては極東と呼ばれることに少しイラっと来るのだが。普通に日本と言えんのか)

 しかし、彼女らの神話大系は欧州を中心にしているので、致し方ないとも言える。

「盗まれたエクスカリバーはこの町に運ばれたんだ」

(なんだ? 堕天使はこの街がお気に入りなのか?)

「私の縄張りには出来事が豊富ね」

 部長も額に手を当てて嘆息する。恐らくその出来事は厄介事と等号(イコール)で結ばれてます。

「それで、どこの誰が盗んだの?」

「奪ったのは『神の子を見張る者(グリゴリ)』だよ」

(いいえ、私です)

「確かに、奪うとしたら堕天使くらいなものかしら。聖剣は上の悪魔にとって興味が薄い物だもの」

 堕天使はともかく、悪魔は逆立ちしたって使えないからな。持つだけでも害。

「奪った者たちの主導者はグリゴリの幹部、コカビエルだ」

「コカビエル……聖書にも記された者の名前が出されるとはね」

 出てきた名前の有名さに、さすがの部長も苦笑する。

 それもそうだろう。聖書に記されたということは、人間で言うのなら歴史に名を残す偉人である。

「私たちの依頼――いや、注文とは私たちと堕天使のエクスカリバー争奪に、この町の悪魔が一切介入しないこと。つまり、そちらはこの件に関わるなと言いに来た」

 そのお願いと言えない一方的な物言いに、部長の眉が釣り上がる。

「随分な言い方ね。もしかして、私たちが堕天使と手を組んで聖剣をどうこうすると思ってるの?」

「本部はその可能性があると思っている」

 その瞬間、部長が纏う魔力の重圧が増した。

「部長、落ち着いてください。ただの使い走りにキレても意味がありません」

 だが、そう言っても部長の怒りが収まるはずもない。

「上は悪魔も堕天使も信用していないのでね」

 組織の性質を考えたらそりゃそうだろう。むしろ逆だったら柔軟すぎる組織と褒めたいくらいだ。

「堕天使コカビエルと手を組んだら、あなたが魔王の妹でも完全に消滅させる。――と、うちの上司から」

 そんなことを伝えれば、この聖剣使いは殺されるかもしれないというのに……酷い上司だな。もしくはそれほどまでにこいつの腕を信頼しているか。

「私は堕天使とは手を組まない。グレモリーの名にかけて、魔王の顔に泥を塗るような真似はしない!」

 それを聞いたゼノヴィアと呼ばれた聖剣使いはフッと笑った。

「それが聞けただけでもいいさ。エクスカリバーが三本もこの町にあることを伝えておきたかっただけだからね」

 部長は少し表情を緩和させて尋ねる。

「正教会からの派遣は?」

「奴らは話を保留にした。仮に私たちが奪還に失敗した場合、残った一本を死守するつもりなんだろう」

(控えめに言って馬鹿じゃないだろうか)

 戦力の小出しは一番の失策で、一本残った程度でどうするんだ。だったらそもそも奪還任務なんて提案するなよ。

「では二人だけでコカビエルからエクスカリバーを奪取するの? 無謀ね。死ぬつもり?」

 呆れ顔の部長に、二人は至極真面目に答える。

「そうよ」

「私も同意見だが、できるなら死にたくはないな」

(……理解できない)

 望んで死ぬということが理解できないのではなくて、何もしてくれない神のために死ぬというその思い――つまり、信仰が理解できない。

(しかもこの任務に神の意思なんて欠片も関わってはいないだろうに)

「相変わらずあなたたちの信仰は常軌を逸しているのね」

 相変わらずということは、何か信者に嫌な思い出でもあるのだろうか?

「我々の信仰を馬鹿にしないでちょうだい」

「私たちの役目は最低でもエクスカリバーを堕天使の手から無くすことだ。そのためなら私たちは死んでもいいのさ」

 お前らの教義には『命を大事に』という一文さえないのか。

「二人だけでそれが可能なのかしら?」

「ああ、むろ――」

「無理だと、言わせてもらう」

 発言権どころか、聞く権利すら本来なら存在しない俺だが、話に割り込んだ。

「無理だと?」

「ああ。無理だ。普通の上級堕天使程度ならいざ知らず、コカビエルがいるからな。お前らは聖書に記された者がどの位強いのか分かっているのか? あのクラスになると常識じゃ計り知れないレベルだよ。聖剣が使える程度のただの人間では相手にすらならない」

 この言い草にカチンときたのか、ゼノヴィアが言い返してきた。

「私たちには秘密兵器が――」

「だから、武器の問題じゃなくて使い手の問題だってば。どんな名剣を――それこそエクスカリバーを超える歴史に名を残す聖剣を使ったとしても、使い手がお粗末なら棒と変わらないと言ってるんだよ」

 逆を言うなら、常軌を逸した達人ならそれなりの得物を持てば十二分の成果を上げられるだろう。所詮道具は使い手に左右させるのだ。

「貴様は……?」

 ゼノヴィアがこちらを値踏みするような視線を向けてきたが、これ以上は何も言う気がないので目を閉じる。どうせこいつらは何を言おうが意味なんてないんだから。

 

「……それでは、そろそろお暇させてもらう」

 そう言ってゼノヴィアが立ち上がり、それに続いてイリナも立ち上がった。

 そのまま帰ればいいのに、二人はアーシアに、視線を向ける。

「もしやと思ったが『魔女』アーシア・アルジェントか? まさかこんな所で会うとはな」

 『魔女』と呼ばれたアーシアは身を震わせた。それは彼女にとって苦々しい思い出だったからだ。

「あなたが一時期内部で噂になっていた『魔女』になった元『聖女』さん? 堕天使や悪魔も治す力を持っていたらしいけど、悪魔になっているとは思わなかったわね」

 イリナにまじまじと見られてアーシアは困惑する。

「大丈夫よ、悪魔になっていることは誰にも言わないから安心して。『聖女』アーシアが周囲にいた方がこれを知ったらショックを受けるでしょうからね」

「しかし、『聖女』と呼ばれた者が悪魔か……堕ちる所まで堕ちたものだな。まだ我らの神を信じているのか?」

「ゼノヴィア、悪魔になった彼女が主を信仰しているわけないじゃない」

 イリナは呆れ顔でそう言ったが、ゼノヴィアの方は真面目な顔をしていた。

「いや、彼女からは背信行為をする輩でも、罪の意識を感じながらも信仰心を忘れない者がいる。そういった者と同じものがその子から伝わってくるんだよ」

「そうなの? アーシアさん」

 その問いかけにアーシアが悲しそうな表情で答える。

「捨てきれないだけです。ずっと、信じてきたのですから……」

「それならば、今すぐ私たちに斬られるといい。罪深くとも、我らの神なら救いの手を差し伸べてくれるだろう」

 その言い草に俺の頭に血が(のぼ)った。しかし、この場にはそんな俺よりも激昂している人物が居た。

「触れるな」

 そう言ってアーシアの前にイッセーが立ちふさがった。

「アーシアに近づいたら俺が許さない。あんた、アーシアのことを『魔女』と言ったな?」

「ああ。少なくとも、今の彼女はそう呼ばれる存在であると思うが?」

 イッセーが強く奥歯を噛み締めた。

「ふざけるな! 救いを求めていた彼女を誰一人助けなかったんだろう!?」

「『聖女』にそんなものは必要無い。『聖女』に必要なのは分け隔てない慈悲と慈愛だ」

「その点で言えばアーシアは聖女の資格は十分だな。なにせ悪魔だって分け(へだ)てなく治すんだからな」

 これは皮肉だが、割と本音だ。

「それと、これずっと言いたかったんだが言う相手がいないんで黙っていたが……『聖女』から『魔女』になった(くだり)からして、周りが勝手に祭り上げて、イメージが悪くなったから捨てただけだろう? アーシアの行い自体は何も変わることの無い『誰かを癒す』という尊い行為だ。それに――こういう言い方はアーシアに悪いが、聖女なんて信者集めるための道具に過ぎないだろう? 実際にご利益あるんだから、信者もさぞかし増えただろうなぁ?」

 皮肉げに口を歪めて言う。

「貴様、我らの信仰を愚弄(ぐろう)するか……!」

「俺が愚弄するのは一信者ではなく、その上に立ってる奴だ。まあ、宗派分裂している神の教えに、どの程度の信憑性(しんぴょうせい)があるかは怪しいがな」

 クククと不敵に嘲笑(あざわら)う。

「貴様、それは我ら教会全てへの挑戦か?」

「無神論者にとって、宗教なんて都合の良い人心操作だよ。しかも俺は日本人。神様なんてそこら中に存在している国の住人だぜ。知ってるか? 八百万(やおよろず)。俺たちにとっちゃ神なんぞそこらの石ころにでも宿ってんのさ」

「教会に所属する者としては、その暴言は見過ごせないな」

 ゼノヴィアは聖剣を包みから取り出した。

「おっと、俺よりも先にこいつと戦ってもらおうか。そうでもないと俺が殺されそうなんでね」

 そう言うと同時に殺気がピークを迎えつつあった木場が立ち上がる。

「誰だ、君は?」

「君たちの先輩だよ。失敗だったそうだけどね」

 そして、部室の中に無数の剣が出現した。――てこら、こんなところで剣を出すな。

 



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VS 聖剣エクスカリバー 2/7

「なんで俺がイリナと戦うことに……?」

 一誠は、自分がなぜ戦うことになっているのか解らず、首を傾げていた。

 

 現在、この前野球の練習をしていた場所には結界が張られ、中の様子は一般人の目には見えないようになっていた。

 しかし、一誠と木場、イリナとゼノヴィア以外は結界の外にいるので、もし一般人がいたら、美少女たち(+朧)が、並んで何かを見ているという何とも言えない光景を目撃していただろう。

 

 いまいちやる気が出ない一誠に朧が近づいて話しかける。

「どうしたイッセー。アーシアを魔女と呼んだあいつらに怒りはないのか?」

「そりゃあるけど……言いたいことはほとんど言ったし……」

 そのために一誠はイリナと戦うことになったのだが。

「……しょうがない。最後の手段だ……」

 朧はボソッと呟いた後、一誠の耳元に口を寄せた。

「さあ、あいつを見ろ。刺激的な格好をしているとは思わないか?」

 イリナの体にフィットした服装を見て、一誠は頷く。

「しかも中々の美少女で、スタイルも悪くないな」

「ああ」

「彼女の裸を見たくはないのか?」

 後はもう、言葉は要らなかった。

 少し前まで一誠とは違い、全身の魔力が活性化した。つまり、一誠はやる気になった。

(この手は封じ手にしよう)

 そう思いながら朧は結界の外まで下がりながら、内心でイリナに謝罪した。

 

 一方の木場はやる気――というよりも、()る気満々だった。しかし、相対しているゼノヴィアは顔色一つ変えることなく、聖剣、破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)を構えていた。

「笑っているのか?」

 ゼノヴィアが木場へ訊いた。

「うん。倒したくて、壊したくて仕方なかったものが目の前にあるんだ。嬉しくてさ」

 その後もゼノヴィアは木場に対していくつかの質問をしたが、木場はそれに答えず、エクスカリバーのみに視線を向けていた。

「兵藤一誠くん」

 そんな木場を心配そうに見ていた一誠に、イリナが声をかけた。

「昔のよしみでイッセーくんって呼ばせてもらうわ」

 そう言ってからイリナは胸の前で手を組んで続ける。

「ああ、なんて運命のイタズラ! 聖剣に適正があってイギリスに渡り――(中略)――さあ、イッセー君! このエクスカリバーであなたの罪を裁いてあげるわ! アーメン!」

 涙を流しながらも、やる気に満ち溢れた瞳をしながら一誠にエクスカリバーを突きつけた。

 さすがの一誠もこれには若干引いている。聖剣を突きつけられた所為(せい)かもしれないが。

 

 一誠が赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を出現させると、それを見た二人が驚き、それをきっかけに戦いが始まった。

 木場とゼノヴィアは魔剣と聖剣で切り結び、一誠はイリナの聖剣をひたすら避けて能力の倍化させていく。

 一誠は相手の攻撃を避けながら、聖剣使いが相手ということもあってどこまで倍化させたものか測りかねていた。そして、『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』で服を弾け飛ばすと決めていた。

「いやらしい顔ね。何を考えているのかしら?」

「……気をつけてください。イッセー先輩は手で触れた女性の服を消し飛ばす力を持っています」

 まさかの味方からの秘密暴露に、一誠が思わず振り返った。

「……女性の敵。最低です」

「小猫ちゃんのツッコミが胸に痛い!」

「なんて最低な技なの!」

 そう言ってイリナは一誠を悲哀の表情で見る。

「やめろ、俺をそんな、かわいそうなものを見る目で見るなぁ!」

「性欲の塊か。まさに悪魔らしいね」

「ゴメン」

 隣で斬り合っているゼノヴィアまで非難の目を向け、それに木場が謝る始末である。一誠の尊厳はここに堕ちた。

「ゼノヴィアと言ったな。一つ訂正しておく。こいつがこうなのは人間の時からだ! 悪魔になったことはあんまり関係無い!」

「やめろ! これ以上俺を苦しめるなぁー!」

 扱いの酷さに一誠は泣きそうである。

「気を取り直して!」

 木場は炎と氷の魔剣を構え、騎士(ナイト)の特徴であるスピードを活かしてゼノヴィアに襲いかかる。

 ゼノヴィアは木場の攻撃を僅かな動きで受け流し、返す太刀で二本の魔剣を一振りで破壊する。

「私の聖剣は『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』。砕けぬ物は無い」

「……真のエクスカリバーでなくともその破壊力。七本消滅させるのは修羅の道か」

 その破壊力を見ても、木場の闘志は衰えなかった。

「こちらもそろそろ決めちゃいましょうか!」

 イリナがダッシュで近寄り、日本刀の形になっている擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)で一誠に斬りかかる。

 それを一誠は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を一度止めるか迷いながらも、その攻撃を回避する。

Boost(ブースト)!』

 四回目の倍化を告げる音声がした。

「行くぞ、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)!」

Explosion(エクスプロージョン)!』

 それを踏ん切りに一誠は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の倍化を止め、反撃に転じた。

 服を弾け飛ばせるだけの魔力を手に宿し、一誠はイリナに向かって行く。

()ぎ取り御免(ごめん)!」

 一誠はイリナの服を弾け飛ばすことだけに集中した。そのせいか、普段の一誠よりも動きが良くなっていた。その事実に外野は呆れていたが。

 

 ついに一誠がイリナの動きを捉え、勢いよく飛びかかったが手が触れると思った瞬間、身をかがめた。

(なん、だと……?)

 一誠はその勢いのまま結界の外で見守っていたアーシアと小猫の近くに行き――

「今のお前が女性に近づくな」

 アーシアと小猫を数歩下がらせた朧に蹴り飛ばされた。

 その際に指が微かに触れたのか、アーシアと小猫の上着が弾け飛んだ。全部弾け飛ばなかったのは接触が不十分で、全ての衣服を消し飛ばすほどの魔力が服に行き渡らなかったからだろうか。

「ああもう、味方に攻撃(?)してどうする」

 朧は自分の制服のブレザーとシャツをそれぞれ小猫とアーシアに(かぶ)せる。自分は代わりに黒き御手(ダーク・クリエイト)で創った軍服調の上着を着た。

 一方の蹴り飛ばされた一誠は、いい具合に蹴りが入ったのか、地面にうずくまって悶絶していた。

「イッセーくん。私、これってあんな卑猥な技を開発した天罰だと思うの。これに()りたらあの技は封印すること。いいわね?」

 それを聞いた一誠は目を見開いて立ち上がった。

「嫌だ……魔力の才能の全てを使い込んで開発した技だぞ……」

 まさしく才能の無駄遣いである。本人にとっては無駄ではないのだろうが。

「いつか、見ただけで衣服を弾け飛ばせるように昇華するまで、俺は戦い続ける!」

 無駄にかっこよく見える台詞(セリフ)――内容はかなり格好悪い――を言って、一誠は向かってくるイリナを迎え撃ったが、攻撃が(かす)っただけで、一誠は崩れ落ちた。

 

 一方の木場は2mを超える巨大な魔剣を作り真っ向勝負を挑んだが、魔剣は破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)に砕かれ、腹部に柄頭を叩き込まれ敗北した。

 

 

「やれやれだ」

 結界の外で見ていた朧は、決着が着いたのを見届け、結界の内部に足を進めた。

 そして、黒い投げ縄を創り出して一誠と木場を手元に引き寄せた。

「あ痛っ」

 宙を舞った一誠と木場は地面に落ちて軽い悲鳴を上げる。

「さて、応急処置と」

 朧は黒い長手袋に包まれた手を一誠の切られた傷に当てると、出ていた煙が数秒で収まった。

「これで聖剣の影響は消えただろう。後はアーシアに見てもらえ」

「あ、ああ」

 一誠はさっきまであった何とも言えない気持ち悪さが消えていることに気づいた。

「その神器(セイクリッド・ギア)は……」

「第一級異端指定神器――『黒き御手(ダーク・クリエイト)』!」

 ゼノヴィアとイリナが朧の長手袋を見て叫ぶ。

「神の使徒が神が作った神器(セイクリッド・ギア)を異端と見なすか。人間らしくて最悪に素敵だな」

 朧はそう吐き捨てながら右手にバスタードソード、左手にレイピアを創り出し、二人に向かって走り出した。

「我ら二人と一人で戦う気か!?」

「無論」

 振り下ろされる破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)の腹をレイピアで突くことで軌道をずらす。

 空を切ったエクスカリバーは地面に激突し、土を吹き飛ばす。

「破壊力に振り回されてるようじゃ、コカビエルには届かないぜ」

 土煙を貫いて放たれた蹴りがゼノヴィアを蹴り飛ばす。

「ヤッ!」

 朧の後ろからイリナが気合の一声と共に斬りかかって来る。それを振り返ることなくバスタードソードで受け止めた。

擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)を普通の剣として扱ってどうする。それの特徴は形状の変形能力。剣であって剣でないのが正しい使い道だろうが。――こんな風にな」

 右手のバスタードソードの輪郭が崩れ、不気味に(うごめ)き始める。

「ヒッ!」

 余りの不気味さにイリナが短く悲鳴を上げて飛び退(すさ)った。

 軽く()ぐように振られた、不気味に蠢くバスタードソードがイリナに(せま)る。イリナはそれをステップで回避しようとしたが、バスタードソードの剣身が伸びてイリナを吹き飛ばした。

「俺に傷一つ付けられないようじゃ、コカビエルからエクスカリバーを破壊するなんて不可能だぞ」

 立ち上がるゼノヴィアとイリナを見ながら、朧は両手の剣を手放す。剣は地面に突き刺さり、黒の粒子に変わる。

「武器を手放すとは余裕だな!」

「同時に行くわよ、ゼノヴィア!」

 左右から同時に斬りかかるゼノヴィアとイリナを見ても、朧は新たな武器を創り出さない。

「イッセー、木場、よく見ておけ。これが聖剣――それに限らず全ての剣に対する対処法の一つだ」

 振り下ろされる二本の聖剣――それは朧を切り裂くことは無かった。

「剣に触れないなら、それを持つ腕の方を止めればいい。まあ、単純な話だな」

 朧は単純と言ったが、剣と腕では間合いが違うので、それを実行するのは並大抵のことでは無い。

 しかも今は二人同時、両腕に対して片腕一本ずつ。男女の差はあれど、普通に考えれば腕力が優っているのは両腕の方だろう。しかし、今はゼノヴィアとイリナが全力で押しているのにも関わらず、拮抗しているように見えた。

「そして――」

 朧は二人の手首を掴んで合気道の要領で転ばせ、首元に創り出した剣を突きつける。

「これで終わりだ」

 



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腹ペコシスターズ

とある禁書○録とは関係ありません。


「最後に一つだけ言っておこう。『白い龍(バニシング・ドラゴン)』はすでに目覚めている。その調子では絶対に勝てないだろうね」

「それじゃあイッセーくん。裁いて欲しくなったらいつでも言ってね」

 そうイッセーに言い残して、二人の聖剣使いは立ち去った。

 

 その後、木場も聖剣を探すために去って行ってしまった。

 

「やれやれ、木場の奴。あの状態ではエクスカリバーには勝てないと分かって欲しいんだけど……」

「……朧先輩。これ」

 小猫が俺の上着とシャツを持って話しかけてきた。

「……これ、ありがとうございました」

「いや、気にするな。大した事じゃない」

 そういうと、小猫はしばらく黙った後、一言だけ漏らした。

「……鍛えてるんですね」

「……ま、身体能力じゃ人間は悪魔にも天使にも勝てないからな」

 

 

 

 

 

 次の休日。イッセーに呼び出され駅前に行くと、イッセーと小猫。そして、シトリー家の次期当主である生徒会長支取蒼那(しとりそうな)ことソーナ・シトリーの眷属悪魔である匙元士郎(さじげんしろう)がいた。

 それと、何故か小猫は逃げようとする匙をしっかりと掴んでいた。ううむ、状況が分からん。

「よおイッセー。今日は一体何の用だ?」

 なので普通に訊くことにした。

「聖剣エクスカリバーの破壊許可を紫藤イリナとゼノヴィアから貰うんだ」

 思いもよらぬことを聞かされて、若干思考がフリーズする。

「…………なるほど。それで堂々とエクスカリバーを木場に破壊させて妄執を断ち切ろうと。それはいいが、何で匙がいるんだ?」

「協力してくれそうな悪魔に、他に心当たりが無かったから」

 その匙を見ると、小猫を振り切って逃げようとしていた。協力する気ないじゃないか。

「だったら俺は喜んで協力させてもらおう」

 

 

 

 それから町中を探すこと二十分。道端で物乞いをしている二人を発見した。

 二人の話から察すると、イリナが贋作(にせもの)買って無一文……馬鹿だ。

 そして挙げ句の果てに喧嘩し始めたので、取り敢えず、俺が様子見がてら近づく。俺が行くのは相手が聖剣を持っているからである。

 近寄って行くと、二人が気づき、こちらを警戒し始めたので、さっきコンビニで買ったおにぎりをビニール袋から取り出す。

「欲しいか?」

 二人は頷く。

「なら奪ってみよ!」

 そう言って、イッセーたちと打ち合わせた通り、二人を三人がいるファミレスまで誘導するため、食欲に取り憑かれた二人から逃げ、ファミレスへと駆け出す。

 予想通り彼女らは追ってきたが、よっぽど腹を空かせているのか動きがこの前よりもよく、少々逃げるのに苦労した。

 

 

「Wait(待て)!」

 ファミレスの前に到着すると、おにぎりをビニール袋にしまい直して手の平を前に突き出すと、二人は動きを止めた。

「いいか? ここは飲食店だ。俺たちはこれからここで飯を食う。お前らも同席するか?」

 二人は鼻息荒く頷く。言語を取り戻して欲しい。

「よし。だったらこの中では聖剣は抜くなよ。いいな?」

 二人は再度頷いた。これで第一段階クリアだ。後はあいつら注文し、一口でも食べればそれで問題解決だ。

 グルルと腹を鳴らす――実は喉だったらどうしよう――二人を従え、俺はファミレスに入店した。

 

 

 

「ふはは、存分に食べるがいい」

 こんな事を言わなくても二人は思う存分食べているのだが。伝票を見ると、二人だけで値段は四桁を超えていた。

 ちなみにイッセーたち三人は俺の後ろのテーブルにいる。

「ふぅ……落ち着いた。君たち悪魔に救われるとは世も末だな」

「末期なのはお前らの財布だ。あと、俺は悪魔じゃない」

「で、私たちに接触した理由は?」

「話が早くて助かる」

 この場での交渉は、悪魔であるイッセーたちよりも、人間である俺の方が波風が立たないので、そうさせてもらった。

「俺たち――いや、ここでは便宜上俺だけということにしようか。俺は、エクスカリバーの破壊に協力したいと考えている」

 俺の言ったことに二人は目を見開き、お互い顔を見合わせる。

「そうだな。一本くらいなら任せていいだろう。ただし、こちらとの繋がりがバレないようにしてくれるのなら、だが」

「その俺が悪魔の力を借りようと、そっちには何の関係もないから、問題も無いな」

「ちょっと、いいの? ゼノヴィア。相手はイッセーくんとは言え悪魔なのよ?」

「イリナ。私たちが交渉したのはこの人間だ。その人間が悪魔の力を借りても、私たちが悪魔の力を借りたことにはならない」

「そういうことだ」

 それを聞いても、イリナは納得していないようなので、少しばかりダメ押しすることにした。

「断るようなら、ここの支払いを済ませずに店を出るだけだけど? 無銭飲食に銃刀法違反。しばらくは聖剣どころじゃないだろうなぁ?」

 伝票をピラピラさせながら言うと、二人は顔を引きつらせる。

「さあ、どうする? 別に俺はどっちでもいいんだよ? お前たちが無銭飲食で捕まったのなら、その間に聖剣を破壊すればいいのだからな。さぁ、どうする?」

 イリナは長い間悩んでいたが、しばらくして渋々と頷いた。

「協力の申し出を受けてくれたこと、感謝するよ。それでは、こちらの協力者を呼ばせてもらうけど、いいかな? といっても、拒否するようなら金払わずに出るだけだけど」

 そういいながら、イッセーに木場を呼ぶよう伝える。

(俺たちより悪魔みてぇだ……)

 イッセーがそんなことを考えているとは露知らずに。

 

 

 

 

 

「朧君」

 木場を呼び出し、経緯を説明した後にゼノヴィアたちと情報を交換して別れた後、木場は俺に話しかけてきた。

「これを考えたのは俺ではなく、イッセーだ」

 木場の問いかけを遮り、イッセーへと流す。

「ま、仲間だからな。お前には何度か助けられたしな。今回はお前の力になろうと思って

 

な」

 その言葉に納得いかない顔をしている木場。

「……祐斗先輩、私、先輩がいなくなるのは……寂しいです」

 小猫は僅かに寂しそうな顔をする。普段無表情な分破壊力が高い。

「……お手伝いします。……だからいなくならないで」

(あれ? 自分のことではないのに胸が痛む……)

 それは木場も同じだったのか、苦笑いながらも心からの表情を見せた。

 

 

 その後、話の分からない匙に木場が身の上話をすると、匙は号泣して協力することを宣言した。そして、自分の夢について話し始めた。

「俺の目標はソーナ会長とデキちゃった結婚することだ!」

「――は?」

 思わず間の抜けた声が出てしまったが、いやしかし待って欲しい。何故デキ婚なのか? 普通に結婚するのでは駄目なのだろうか? それに、悪魔の出生率は低い――寿命が長いからだろう――から、デキ婚は人間よりもありえないのでないのか?

 そう思った俺とは違い、イッセーが目から涙を流した。

(え? 何でそうなるの?)

「匙! 聞け! 俺の目標は部長の胸を揉み、そして吸うことだ!」

 匙の目からも涙が溢れ出す。

「……もう駄目だこいつら」

「……あはは」

「……最低です」

 俺たち三人が嘆息する中、イッセーと匙が固く握手をしていた。

 

 イリナじゃないけど、こいつらに天罰落ちないかな……。

 



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遭遇

 聖剣の破壊に協力することが決まってから、俺たちはフリードをおびき出すため、神父(小猫はシスター)の格好――ゼノヴィアたちからもらった物で、魔の力を抑える働きがある――を着て、連日町を歩いていた。

 意外だったのは、匙が思いの(ほか)やる気で、成果が無くてがっかりしていたことだ。

 

 ある日、その努力が実を結び、フリードに襲われた。

「神父の一団にご加護あれってね!」

 フリードは上から降ってきたが、その奇襲は木場に防がれた。

「フリード!」

 フリードが来た以上、神父の格好をしている必要もないので、服を脱ぎ捨てて制服姿になる。

「神父と思いきや悪魔の一団とはね! どちらにせよ殺すだけです!」

 フリードは殺気を撒き散らしてエクスカリバーを構える。

「ああ、やだやだ。何でこんな奴と戦わなきゃいけないんだか」

「そんな事言ってる場合かよ!」

「Boost!」

 今回の俺たちの役回りは木場のサポートなので、皆後ろに下がっている。

「伸びろ、ラインよ!」

 匙の手の甲にデフォルメされた黒いトカゲ――いや、龍の顔のような物が装着され、そこから黒い(ライン)が伸びていた。

(ドラゴン系神器(セイクリッド・ギア)黒い龍脈(アブソーブション・ライン)』。ヴリトラの欠片の一つ……能力はラインで繋がれた相手の力を奪い続けること、だったか?)

 フリードがそれを聖剣で切り払おうとしたが、ラインはそれを避けて足に巻き付いた。フリードは聖剣でラインを切断しようと試みるが、聖剣はラインを通り過ぎて切断することができない。

(フリードはまだ聖剣を扱いきれてない、か)

 木場とフリードが魔剣と聖剣で斬り合うが、木場の魔剣は聖剣に何度も砕かれていく。

(作るタイプの神器(セイクリッド・ギア)で作られたものは得てして強度が低いから、これは仕方ないのだろうが……エクスカリバー、折られる前はどれだけの物だったのか……)

「木場、譲渡するか!?」

「まだやれるよ!」

 木場はイッセーからの申し出を断り、フリードへと向かって行く。

(木場め……熱くなりやがって! それでは勝てないというのに!)

 復讐に取り憑かれた木場に冷静な判断は難しいのは分かるが、聖剣は冷静さを無くして勝てる相手ではない。

「エクスカリバーに憎悪してるみたいだけど、これで斬られちゃうと悪魔くんは消滅確定だぜ!」

 そう言って振るわれたエクスカリバーは、木場が防御のために創り出した幅広の魔剣を砕き、返す刃で木場を狙う。

「小猫」

「……はい」

 俺の指示に従い、小猫がイッセーを持ち上げる。

「ちょっと!?俺は便利アイテムじゃ――」

「放て!」

「……イッセー先輩。祐斗先輩を頼みます」

 小猫の豪腕によりイッセーはもの凄い勢いで木場に飛んでいく。

「木場ぁぁぁ! 譲渡するからなぁぁぁ!」

「Transfer!」

 イッセーが木場に飛びつきながら倍加したドラゴンの力を譲渡した。

「『魔剣創造(ソード・バース)!』

 譲渡された力によって強化された木場の神器(セイクリッド・ギア)によって、地面に魔剣が乱立する。

「チィ!」

 フリードは舌打ちしながら自分に向かって伸びる刃を切断する。

 木場は魔剣の一本を手に取り、更に地に生えた魔剣をフリードに投げつけながら接近する。

 それをフリードは、先端に視認が困難になるほどの速さで聖剣を振るい、魔剣を打ち落としていく。

 周囲の魔剣を破壊したフリードは木場に向かって斬りかかり、木場の魔剣を再び打ち砕いてトドメを加えようとする。

「死・ね!」

 聖剣を防ぐ手段の無い木場に聖剣が振り下ろされた時、フリードの体勢が突如崩れた。

「やらせるか!」

 匙が足に巻き付いているラインを引っ張ったのだ。そして、ラインが淡く発光し、光はフリードから匙へと流れて行った。

「俺っちの力を吸収してるのか!?」

「これが俺の神器(セイクリッド・ギア)――」

「自分の能力をペラペラ喋るな」

 匙の声を遮る。

 相手に能力を知られているといないとでは、戦局に大きな違いが出る。特に神器(セイクリッド・ギア)はその傾向が顕著(けんちょ)だ。

「そ、そうか。木場! とにかくそいつは倒せ! そいつは危なすぎる! エクスカリバーのことはその次でいいだろう!?」

 フリードのヤバさを感じ取った匙が、木場にフリードを仕留めるように言う。

「同感だな。別に戦いの中で破壊する必要もないだろう? 持ち手を仕留めた後で聖剣を破壊すればいい。違うか、木場?」

 俺がそれに賛同すると、木場は心底悔しそうな顔をして魔剣を創り出す。

「不本意だけど、ここで君を始末した方が良さそうだ。エクスカリバーは他の二本に期待させてもらう」

「いいのかい? そいつらは俺よりも――」

「うるさい黙れ」

 フリードの発言を遮るように、創り出した黒い槍を投げる。

「木場、これ以上うだうだ言ってるようなら俺がそいつを仕留めるぞ」

 その言葉で木場が覚悟を決めた時、今までこの場にいなかった第三者から声がかけられた。

「『魔剣創造(ソード・バース)』か? 使い手の技量次第では無類の強さを発揮する神器(セイクリッド・ギア)だ」

「バルパーのじいさんか」

 神父の格好をした初老の男性を見てフリードが言った言葉に、その場に居たフリードとバルパーを除く全員が驚く。

 まさか、『聖剣計画』に関わった、木場の仇の張本人がここで現れるとは誰も予期していなかったからだ。

「フリード、何をしている」

「このトカゲくんのベロが斬れなくて逃げられねえんですよ!」

「それはお前が聖剣の力を使いきれていないからだ。お前の中の聖なる因子を聖剣の刀身に込めれば切れ味は増す」

「……フリードに聖なる因子とか……冗談キツいぜ」

 バルパーの発言を聞いてそう漏らす中、フリードが匙の神器(セイクリッド・ギア)を切断した。

「それじゃ、逃げさせてもらうぜ!」

「逃がさん」

 フリードがそう捨て台詞を吐いた時、突如現れたゼノヴィアがフリードに斬りかかった。

「やっほ、イッセー君」

 そして、イリナもやって来た。

 フリードはゼノヴィアとしばらく剣戟を続けていたが、逃走用の閃光玉を使い、イッセーたちがひるんだ隙に逃げ出した。朧はさり気なく小猫の前に立ち、自分だけサングラスを着けて視界を守っていた。

 それを追ってゼノヴィアとイリナが駆け出し、木場もその後に続いた。

 

 

 

 

「お、おい! 木場!」

「あーあ……あ、拙っ。イッセー、俺は木場を追うわ」

 そう言って朧が走り出した後、一誠の後ろから、彼らの主であるリアス・グレモリーとソーナ・シトリーが現れたのを見て、残された三人は、朧が気配を察して逃げたのだと確信した。

 



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敵陣強襲

 逃げるフリードを追いかけて着いたのは、レイナーレたちが占拠していた廃棄された教会だった。

「ここ、いい加減に取り壊せよ」

 朧がそう呟く間にも、ゼノヴィアを先頭とした三人は奥に入って行った。

「やれやれ。少しは罠とは考えないのだろうか? 使命感と復讐心で凝り固まった奴らには無理か」

 朧はため息を吐きながら、三人の後を追った。

(いやしかし、これは追って来ないほうが良かったかもしれない)

 自分の行き当たりばったりな行動に、少しは反省しようと思う朧であった。

 

 

 

 隠し通路を使って下に降りると、かつてアーシアが十字架に縛られていた部屋で、ゼノヴィア、イリナ、木場が、フリードを含む三人のエクスカリバー使いと戦闘をしていた。

天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)! 三本ここに揃い踏みか!)

 しかし、朧はそれよりも、聖剣を扱える者が三人もいることに驚いていた。

(聖剣使いの量産化に成功していることは知っているが……教会を追われた者でも三人の聖剣使いを作り出せるほどに研究は進んでいるのか)

 少々関心しながらも、朧はもしもの時のために、三人の戦闘を注視しながら、それを恍惚(こうこつ)にも似た視線で見ているバルパー、そして、どこかに居るであろうコカビエルを警戒していた。

(今の状況はゼノヴィアがフリードと、イリナが透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)、木場が夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)の相手をしているか……)

 イリナの相手は刀身が目に見えないエクスカリバーのため、体にいくつもの細かい傷を負っていたが、同じエクスカリバーを使っているためか、使い手が未熟なためか、深手は無く、変幻自在の聖剣にて相手を追い詰めていた。

 木場は持ち前の速さで相手を翻弄(ほんろう)していたが、エクスカリバーを折ろうとしているため、相手はあまり大きな怪我をしている様子は無かった。

 フリードとゼノヴィアの戦いが一番激しく、破壊力に秀でるゼノヴィアの破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)の一撃と、速度に秀でる天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)の連撃とが拮抗し、いくつもの聖なる火花を散らせていた。悪魔的には近づきたくもない光景だ。

(聖剣好きが見たら卒倒しそうな光景だな。エクスカリバー五本が同時に振るわれるなんて、一生に一度見られるかどうかだろうな)

 

 警戒を続けながら戦いを見ていた朧は、木場とイリナが戦っている相手の動きが鈍くなっているのに気づいた。外傷は大した事ではないのに、明らかに動きが悪くなっていき、それだけでなく、体から聖なるオーラが漏れているようだった。

「駄目か」

 バルパーがそう呟いた時、フリードの除く二人は、血を吹き出して倒れた。

「体が因子について行けなくなったか」

(因子?)

 バルパーの呟いたことを詰問しようとした時、エクスカリバーが霞むほどの力が、辺り一体を支配した。

「このオーラ……コカビエルか!?」

「そうだ」

 声がした上を見上げると、五対の黒い翼を持つ堕天使が浮遊していた。

「バルパー、そいつらは?」

「エクスカリバーを取り返しに来た聖剣使いと、それに協力する悪魔のようだ」

「そうか」

 コカビエルはつまらなそうに言うと、イリナに視線を向け――

「聖剣使いを殺せば、天界も少しは本気を出すだろうか」

 イリナに光の柱をぶち込んだ。

「イリナ!」

 イリナが先程までいた場所には光の柱が突き立っており、地面を破壊したことによる粉塵のせいでイリナの安否は分からなかった。

「くそっ、いきなり攻撃しやがって……後一秒遅かったらひき肉だったかも」

 イリナは間一髪の所で、タワーシールドを持った朧に(かば)われていた。

「む、貴様は……」

「木場、ゼノヴィア、逃げるぞ」

「なんだと?」

「ここまで来てどうして!?」

「ここは地下だぞ。下手すりゃ生き埋めで死ぬ。それに、イリナは気絶して足手まといだ。こいつを置いて来なきゃどうにも勝ち目は無い」

 朧の言うことを聞いて、木場とゼノヴィアは渋々と頷く。

「随分と微温(ぬる)くなったものだな」

 三人のやり取りを聞いていたコカビエルが突如口を開く。しかもその口から出た内容はまるで三人の中に旧知の者がいるかのようだった。

「余計なお世話だ。誰が貴様のような奴と正面から戦うか」

 それに答えるのは、この場においてどの三大勢力にも与していない人間、黒縫朧。

「嘆かわしい。かつて単身で『神を見張る者(グリゴリ)』に攻め込んだあの気迫はどこへ行ったのか」

 その言葉に当事者二人を除いた全員が驚愕する。

 人間がたった一人で神を見張る者(グリゴリ)に攻め入ったという事実。それを成してもなお生存しているということは、歴史を紐解いても比類する者は滅多にいないだろう。

「誰があんな事を二度とするか。あの後俺は死にかけたんだからな」

 それを聞いたコカビエルは明らかに気落ちした。

「全く、最近は皆こうだ。種の存続だけを考える牙の抜けた奴らばかり。三大勢力は皆、戦争をしないと言い出す始末だ」

「人間としては、そう言い切れるお前らが羨ましい……よっ!」

 コカビエルの話を間隙(かんげき)を突いて、朧は数十本の黒槍を投げる。

「撤退!」

 朧の掛け声で木場とゼノヴィアは出口へと走り出した。

「逃がすと思っているのか?」

「思ってるさ。だって、その方が楽しめるぜ?」

 イリナを背負った朧は、黒い煙を吹き出す槍をコカビエルに向けて投擲する。

 それはコカビエルにあっさり砕かれるが、槍から吹き出した煙が視界を奪う。

「煙幕か。小賢しい」

 それを吹き払おうとした時、コカビエルの視界が僅かに揺れる。

「毒煙だよ! 天使・堕天使限定のな!」

 煙の向こうで朧の声が遠ざかって行く。

 

 コカビエルが翼で煙を吹き飛ばした時、教会の敷地内には四人の姿はなく、擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)のみが残されていた。

 



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クロス・エクスカリバー

「あー、マジ捨てたい」

 背中にイリナを背負って夜明けの町を一人で――木場とゼノヴィアとは逃げる際に別れた――堕天使から逃げている朧は、事情を知る者からするとかなり不穏当な発言をしていた。

「夜の町をシスター背負って疾走とか二度目だな。こんな経験はもう要らない」

 ややうんざりしながらも走っている朧は、そろそろ体力的な限界に達しようとしていた。それもフルマラソンの三分の一ほどの距離を人一人背負って走ればその疲労も頷けるが。

「イッセーの家はもうすぐだし……とっととイリナの治療をしてもらわないと。血で背中がベタベタして敵わん」

 血というものは凝固するので、時間を置くと厄介なのである。

 

 一誠の家の前にたどり着いた朧は、そこらの小石数個を摘まんで窓に向かって投げる。

 すると部屋の中の一誠たちが顔を出し、朧に背負われているイリナを見て血相を変えて降りてきた。

(なんで三人一緒の部屋で寝てるんだろう……)

「朧!」

「つかぬ事を()くけど……もしかしてお邪魔だった?」

「ばっ……! こんな時に何言ってるんだよ!」

「つい気になったから。アーシア、イリナ頼む」

 丁寧に地面に寝かせられたイリナにアーシアが駆け寄り、緑色の光を出して治療を始める。

「じゃ、イリナの事は任せたぞ。俺は帰って寝る」

「ちょっと待ちなさい。どうしてこうなったのか、経緯を説明しなさい」

「フリードを追って敵の根城に入ったら、コカビエルが出てきてイリナがやられたので、散開して逃走」

 リアスに止められた朧は、端的にそう述べて欠伸(あくび)をして歩き始めた。しかし、その歩みは三歩も行かない内に止まった。

「くそっ、なんで来るんだよ……!」

 それに一誠とリアスが首を傾げると、その直後に頭上から強大なプレッシャーがのしかかってきた。

「コカビエル……!」

 朧がそう言った直後、四本のエクスカリバーを(たずさ)えたフリードが姿を現した。

「やっほー、イッセーくん。もしかしてお邪魔だった?」

「上か」

 朧はそれに構わず上を見上げる。その視線の先には十の翼を広げるコカビエルの姿があった。

「隙アリぃ!」

「ねえよそんなもの」

 目の前で無造作に顔を上げた朧に、フリードは両手の聖剣で斜め下から斬りかかったが、それを朧は視線を向けることなく白羽取りした。

「嘘ぉ!?」

「不意討ちするなら殺気を収めな。気配で動きがバレバレだ」

 聖剣を掴んで動けないフリードを前蹴りで蹴り飛ばす。

「腕は鈍ってないようだな」

「鈍る腕なんて持ってなかったからな。それで、ここに何の用だ」

「魔王の妹に宣戦布告をしようと思ってな」

 コカビエルは視線を朧からリアスへと向ける。

「駒王学園を中心に暴れさせてもらう。そうすれば、サーゼクスが出てくるだろうからな」

「そんな事をすれば、堕天使と悪魔との戦争になるわよ」

「願ったり叶ったりだ。エクスカリバーを盗んだのも、ミカエルが戦争を仕掛けてくると思ったのだが……」

「戦争狂め……」

 リアスが忌々しく呟くも、コカビエルはそれを聞いて(わら)う。

「そうだ。俺は戦争が終わってから退屈で仕方なかった。だから、お前の根城でエクスカリバーをめぐる戦いを始めさせてもらおう」

「エクスカリバーをどうするつもりなの!?」

 リアスがそう問いかけるも、コカビエルは答えることなく翼を羽ばたかせ、駒王学園の方向に体を向ける。

「戦争をしよう! サーゼクス・グレモリーの妹、リアス・グレモリーよ!」

 コカビエルがそう宣言すると同時に、起き上がっていたフリードが目くらましの閃光弾を投げ、その隙に二人はいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 生徒会メンバーの維持する結界に覆われた駒王学園の正門から、オカルト研究会のメンバーが入っていく。しかし、その場には木場と朧の姿は無かった。

 朧は血で汚れた服を着替えに自宅へと戻ってた。そのついでに治療が一段落したイリナを自宅へと運び、レイナーレに面倒を見させている。

 木場はゼノヴィアと共に行方不明だが、朧が携帯電話でエクスカリバーが駒王学園にあることを伝えたので、その内来るだろうと言っていた。

 

 校庭には魔方陣が描かれており、その上に神々しく輝く四本の剣が、ゆっくりと旋回しながら浮いている。

「四本のエクスカリバーを一本にするのだよ。七本全て無いのが残念だがな」

 誰も質問していないのに、バルパーは一人で話し始めた。

「エクスカリバーの統合は後何分かかる?」

 その頭上で空中に浮かぶ椅子に座ったコカビエルがバルパーに問いかける。

「五分もかいらんよ」

「そうか。――サーゼクスは来るのか? それともセラフォルーか?」

「お兄様とレヴィアタン様の代わりに私たちが――」

 そこまで言った時、コカビエルが八つ当たりに光の柱で体育館を破壊する。

「つまらん。だが、余興にはなるか」

 コカビエルが指を鳴らすと、校庭の暗がりから何かが重い足音を響かせ歩いてくる。

「地獄から連れてきた俺のペットと遊んでもらおうか」

 月明かりに照らされ、その何かの姿が(あら)わになる。黒い毛並み、太い四足、そこから伸びる鋭い爪、闇夜でも輝く真紅の瞳、口に並ぶ凶悪な牙、そして、それの最大の特徴である、三つの頭部。

「――ケルベロス!」

 ケルベロスは本来地獄――即ち冥界に続く門の周辺に生息し、その縄張りを守護する事から、地獄の門番の異名を持つ。

「ケルベロスを人間界に持ち込むなんて!」

 ケルベロスを見たオカルト研究会のメンバーはそれぞれ戦闘態勢を取る。

 

 三つの首から火球を吐き出すケルベロスに、オカルト研究会の面々はリアスと朱乃を中心に戦い、やって来た木場によって足止めされたところを、一誠の倍加された力を譲渡された朱乃の雷で消滅させる。

 その際中に二匹目のケルベロスが現れ、倍加中の一誠を狙ったが、駆けつけたゼノヴィアの破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)によって(ほふ)られた。

 

「くらえ、コカビエル!」

 朱乃と同時に譲渡され、力を増したリアスの滅びの魔力がコカビエルを襲う。それは今まで彼女の物と比べ、十倍以上の大きさを持っていた。

 しかし、それをコカビエルは片手で防ぐ。

「赤龍帝の力があれば、リアス・グレモリーの力がここまで上がるか……面白いぞ」

 哄笑を上げながら、コカビエルは自分が冥界から連れてきたケルベロスは三匹だった事に思い出したが、大方聖剣使いに屠られたのだろうと考えた。

「――完成だ」

 そのバルパーの声と共に、校庭のエクスカリバーが(まばゆ)い光を発し、青白いオーラを放つ一本の剣になった。

「エクスカリバーが一本になった光で、下の術式も完成した。あと二十分もしない内にこの町は崩壊するだろう。解除するにはコカビエルを倒すしかない」

 それを聞いた一誠が絶句する。自分の住む町が滅びると聞いたら普通の反応だが。

 

 フリードが一つになったエクスカリバーを握り、それ見たゼノヴィアが木場に改めて共闘を持ちかける。それを聞いたバルパーは(わら)う。

「バルパー・ガリレイ。僕は『聖剣計画』の生き残りだ。いや、正確にはあなたに殺され、悪魔に転生した身だ」

「ほう、あの計画の生き残りか。こんな極東の地で合うとは奇縁だな。そうだな、一応礼を言っておこうか。キミたちのおかげで完成することができた」

 バルパーの口から誰も想像だにしなかった言葉が発せられた。

「完成? 僕たちを失敗作として殺したじゃないか」

 木場がそう問い詰めると、バルパーは首を横に振る。

「聖剣を使うのに因子が必要だと知った私は、被験者の子供たちの聖剣を使うには達していない量の

因子を抜き取り、結晶化させた。これの様にな」

 バルパーは懐から聖なるオーラを発する球体を取り出す。

「同志たちを殺して、聖剣適性の因子を抜いたのか?」

「そうだ。これはその時の物。最後の一つだ」

 バルパーはそう言って結晶を投げる。

「もうそれは私には必要無い。貴様にくれてやる」

 投げられた結晶は木場の足元まで転がって止まる。

「皆……」

 それを木場はいくつもの感情が入り混じった表情で、結晶を手に取ってその表面を撫でる。

 その時、結晶が淡い光を発し、校庭を包み込むまで光が広がる。そして校庭の地面の各所から光が少年少女たちのカタチを成した。

 これはきっと奇跡。魔剣、聖剣、悪魔、堕天使、ドラゴンの力が入り混じったことによって生まれた力場が生み出した、二度と起こらない出来事。

「……ずっと、思ってたんだ。僕だけ生きていていいのかって……」

 霊魂の少年の一人が微笑みながら口を動かす。それは一誠には聞こえなかったが、彼は『自分たちのことはもういい。君だけでも生きてくれ』と言った。

 それを聞いた木場は涙を流す。

「聖歌……」

 アーシアの言う通り、少年少女の霊魂は聖歌を口ずさんでいた。聖歌は悪魔が聞けば苦しむが、今は一誠たちが聞いていても苦しむどころか温かさを感じられた。

 辛い人体実験の中で、唯一心を保つために手に入れたもの。それを歌う木場と少年少女たちは、幼い子供のような無垢な笑顔に包まれていた。

 彼らの魂は青白い輝きを放つ。

 

『聖剣を受け入れるんだ――』

『怖くなんてない――』

『たとえ、神がいなくても――』

『神が見てなくても――』

『僕たちの心はいつだって――』

「――ひとつだ」

 少年少女の魂は天に昇り、ひとつの大きな光となって木場を包み込んだ。

 

 その時、どこからともなく聞こえてきた鐘の音が、彼らを祝福するように校庭に響き渡った。

 



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禁手―バランス・ブレイカー

 木場が今まで復讐を望んでいたのは、同志たちの魂が復讐を願っているとしたら、憎悪の魔剣を振り下ろす訳にはいかなかったからだ。

 しかし、その想いは先ほど解き放たれた。同志たちは復讐を望んではいなかったからだ。

「でも、全てが終わったわけじゃない。バルパー・ガリレイ、あなたを滅ぼさない限り、第二、第三の僕らが生まれる」

「ふん。研究に犠牲はつきものだと言うではないか」

 バルパーへ再度怒りを覚えた木場に、オカルト研究会の面々から声援がかけられる。

「僕は剣になる。部長の、仲間たちの剣になる! 今こそ僕の想いに応えてくれ、魔剣創造(ソード・バース)!!」

 木場の中の魔剣を創る神器(セイクリッド・ギア)と、先ほど木場の身に宿った聖なる因子が融合し、能力が昇華される。

 今まで創り出されていた魔剣は、神々しさと禍々しさを(あわ)せ持つ一本の剣へと変化し、木場の手に収まる。

「――禁手(バランス・ブレイカー)、『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』。聖と魔の力を有する剣の力、その身を受けるがいい」

 

 木場は目にも止まらぬ速度でフリードに接近し、聖魔剣を振るう。フリードは常人では捉えきれない速度に反応し、四本が一つになったエクスカリバーで聖魔剣を受け止める。

 ぶつかり合った聖魔剣とエクスカリバーは拮抗し、徐々に聖魔剣のオーラがエクスカリバーのオーラを押し返していく。

「本家本元の聖剣が出来損ないに負けんのかよ!」

「それが本来のエクスカリバーであれば勝てなかっただろうね。だけど、今のエクスカリバーには僕と同志たちの想いは斬れない!」

 フリードは木場から距離を取り、エクスカリバーの剣身を伸ばして木場を襲わせる。

 天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)の力を持つ刃は、擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)の力によってその身をいくつもに増やし、上から高速で蛇の(へび)く襲いかかる。

 それを木場は(かわ)し、避けきれない刃は聖魔剣で受け止める。

「んなろぉぉぉ! だったらこれでどうだぁぁぁ!」

 フリードの持つエクスカリバーが透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)の力で不可視になって、再び木場を襲う。

「無駄だよ」

 しかし、目に見えない神速の刃を木場は見えているかのように躱し、避け、防ぐ。

 木場はフリードの強すぎる殺気によって攻撃がどこから来るかを感じ取り、的確に対処していく。

「クソクソクソっ! 何で当たらねえんだよ!?」

 苛立つフリードの横合いからゼノヴィアが左手に聖剣を持ち、右手を宙に掲げて割り込んでくる。

「ペトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアと。我が声に耳を傾けてくれ」

 ゼノヴィアの言霊によって、空間に歪みが発生する。ゼノヴィアはそこへ手を入れると、聖なるオーラを発する剣を引き抜く。

「この刃に宿りしセイントの御名において我は開放する。――デュランダル!」

「デュランダルだと!?」

 デュランダルの登場に、その場にいる全員が――今まで一切動じなかったコカビエルを含めて――驚愕する。

「バカな!? 私の研究ではまだデュランダルを扱える聖剣使いは生み出せないはずだ!」

 自分の研究が関わっているが故に、バルパーの驚きは人一倍だった。

「そうだろう。天界でもまだ人工的なデュランダル使いは作り出せていない。――だが、私は数少ない天然物だ」

 その答えにバルパーは絶句した。

「デュランダルは触れたもの全てを斬り刻む暴君でね。異空間に隔離しておかないと危険極まりない、私の手にすら余る剣だ」

 ゼノヴィアがデュランダルを構え、デュランダルからは聖魔剣をも超えるオーラを発する。

「こんな超展開はお呼びじゃねえんだォォォ!!」

 フリードが叫びと共に向けた透明ないくつもの刃は、デュランダルの一振りで全てを砕かれ、その残骸を校庭に(さら)した。

「所詮は折れた聖剣か。デュランダルの相手にもならないな」

 エクスカリバーが折れたことで殺気が弱まったフリードに木場は接近し、受け止めるためにかざされたエクスカリバーごとフリードを斬り払った。

「見ていてくれたかい? 僕らの力はエクスカリバーを超えたよ」

 

 

 

「聖魔剣だと……ありえない。聖と魔――二つの相反する要素が混ざり合うなど……そうか! 聖と魔のバランスが大きく崩れているとすれば……つまり、聖と魔を(つかさど)る者――魔王だけでなく、神も――」

 エクスカリバーが破壊されたからか、深刻そうな表情で考え事をしていたバルパーは、何かに思い至り――コカビエルの光の槍に胸を貫かれ即死した。

「バルパー、お前は優秀だった。その考えに至れたのもそれ故の事だろう。だが、最初から俺一人で十分だ」

 コカビエルが立ち上がり、校庭にいる者全てにプレッシャーがのしかかる。

「赤龍帝の力を限界まで高めて誰かに譲渡しろ」

 コカビエルの申し出に皆驚いたが、そうでもしなければ勝てないと感じた面々は、不本意ながらもコカビエルの言う通りにした。

 一誠が力を高める間、重い沈黙が辺りを支配する。一誠以外の者――特に木場とゼノヴィアは隙あらばコカビエルに攻撃しようと身構えているが、歴戦の堕天使は立っているだけなのに隙一つ見せなかった。

「――きた!」

 一誠が高めた力をリアスに譲渡すると、彼女のオーラが増大する。その強大さを肌で感じ、コカビエルは狂喜する。

「消し飛べぇぇぇッ!」

 リアスから放たれた大質量の滅びの魔力を、コカビエルは真っ向から受け止める。

「面白い! 面白いぞ! サーゼクスの妹よ!」

 コカビエルはそれを手に光力を集めて相殺させていく。

「――それじゃあ、そのまま死ね」

 リアスの滅びの魔力がほとんど消え去った瞬間、声と共にコカビエルの左肩を黒い一矢(いっし)が撃ち抜いた。

「ぐうぅぅぅ――アァァァッ!!」

 コカビエルは手に集めた光力が霧散し、残った滅びの魔力を体に受けて地に落ちた。

 

Jackpot(ジャックポット)――(ひそ)かに(ひそ)んでいた甲斐があったぜ」

 校舎の屋上で、朧は大弓を今まさに一射撃った後の姿勢で(たたず)んでいた。

「中々隙ができないから、こんな最後の最後まで出れなかったが……ま、隙というならあいつの心構え自体が隙なのだが」

 朧は弓を捨て、フェンスを乗り越える。

「さて、コカビエルにとどめを刺すか」

 朧はフェンスの向こう側に立ち、気軽に一歩踏み出し、落下した。

 

「よう、コカビエル。気分はどうだ?」

「……背後から撃たれるとはな」

「お前の好きな戦争(何でもあり)(のっと)ってやったんだ。文句を言われる筋合いは無い」

 地に落ちたコカビエルは四肢に力を込め、立ち上がる。

「おいおい……並大抵の堕天使なら即死だってのに、まだ立ち上がるのかよ」

「当たり前だ。この様に楽しい時に寝ていられるか……!」

 コカビエルは十の翼を広げて立ち上がる。

「その意気込みは買うが……無理だ」

 ゴフッ!

 コカビエルは口から黒い血を吐き出す。

「俺の神器(セイクリッド・ギア)の副次効果は知っているだろう? 天使・堕天使に猛毒とも言える影響をもたらす。それがたっぷり込められた矢を受けた堕天使が消滅していないというだけでも驚きなのに、戦闘なんて無理だ。光力も(ろく)に扱えないんだろ?」

「それがどうした! 待ち望んだ戦場が、今ここにあるのだぞ!」

 そう叫んだコカビエルは最早気力だけで立ち上がる。

「愚かな堕天使。三大勢力間戦争なんてもう起こらないのに。旗頭を失った悪魔も、そして数が打ち止めになった天使・堕天使も、もう人材の消費でしかない戦争はしない」

「黙れ!」

「いい加減にしろ。――神も魔王も死んだんだ(・・・・・・・・・・)。これ以上は戦争する意義がない」

 朧の言葉に、二人のやり取りを見ていた全員が驚愕する。

「――それは、本当ですか?」

「何が?」

 アーシアは信じられない事を聞いた表情で朧に、否定して欲しいという思いから再度問いかける。

「神は……主は死んでいるのですか?」

「――……死んだらしいよ。俺はそれを見てないけど、それは確かなことで、聖魔剣の存在がその証明だ」

「そんな……」

「……嘘だ」

 アーシアとゼノヴィアは多大なショックを受け、アーシアは膝からくずれ落ちて隣の一誠に抱きとめられる。木場も少なからずショックを受けていた。

(……しまった。この話は秘密だったか……)

 朧はアーシアたちの反応を見て反省した。価値観は違うが、理解ができていない訳ではない。

「――だが、それは終わった事だ。今はお前だ、コカビエル」

 朧は手にロングソードを創り出し、コカビエルに向ける。

「降伏しろ。さもなくば殺す」

「誰が降伏などするものか……!」

「だろうね。では死ね」

「――それは困るな」

 突然、どこからか声が聞こえてくる。それを聞いた朧は上空に剣を投げた。

 剣を追って視線が上がり、剣が見えなくなった瞬間、白い閃光が空から校庭に降ってくる。閃光は地面を穿つことなく、その数センチ上空に浮いていた。

「『白い龍(バニシング・ドラゴン)』……」

 閃光が落ちた場所には、背中から八枚の光の翼を出す、白い全身鎧(プレートアーマー)を着た誰かの姿があった。

「『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』の禁手(バランス・ブレイカー)、『白龍皇の鎧(ディバイン・ディバイディング・スケイルメイル)』か……白い龍(バニシング・ドラゴン)、コカビエルを連れ戻しに来たのか?」

「アザゼルに無理矢理でも連れて帰るように言われてるんでね。殺すのは勘弁してもらえるかな?」

「……後でアザゼルに謝罪するように言っておけ。俺では無く、悪魔にな」

「伝えておこう」

 ドッ!

 白龍皇は頷くと、コカビエルに一瞬で詰め寄り拳打を打ち込む。

「おのれ、アザゼ、ル……」

 コカビエルは気絶し、地面に突っ伏した。

 

 コカビエルとフリードを担いだ白龍皇が空へ飛び立ち、戦いは終結した。

 



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fragment
Dark in the Dark


 白龍皇(はくりゅうこう)はコカビエルとフリードを抱え、冥界へと繋がる(ゲート)を開いている堕天使の仲間の待つ空き地へと向かっていた。

「ん?」

 その場所にいたのは堕天使ではなく人間。しかもさっきまで駒王学園にいた、黒縫朧だった。

「はぁーい、お久しぶりー。成長したな、ヴァーリ」

 彼は自ら殺した堕天使を(ゲート)の魔方陣の維持に使うために鉄柱で串刺しにし、それを組み合わせた奇妙なオブジェの上に朧は座っていた。

「驚いたな、まさか俺より速いとはね」

 顔の部分の鎧を解除したヴァーリのその言葉に、朧は静かに首を振った。

「お前と違ってこの距離をまともに移動した訳じゃないさ」

「それで、何の用だい? あの時の再戦でもするか?」

禁手(バランス・ブレイカー)になった白龍皇と戦うなんて真っ平ゴメンだよ。しかもお前、できるだろ? 覇龍(ジャガーノート・ドライブ)

「ああ、今なら君にも遅れは取らないさ」

 ヴァーリは戦意を(みなぎ)らせて、両腕に抱えた荷物を落とした。それに朧はうんざりした様子で首を振る。

「どいつもこいつも戦うのが好きだねぇ……付き合いきれない。俺がここに来たのはお誘い――勧誘のためだよ」

「勧誘?」

「そう、勧誘。言われた事をそのまま伝えるぞ。――魔王の子孫、ヴァーリ・ルシファーよ。我らは真なる魔王の末裔なり。今の偽りの魔王を倒すべく、我らと手を組め――だ、そうだ」

「興味ないな。魔王と戦うというのには心惹かれたが、そのために旧魔王の子孫たちと手を組む気はない」

 ヴァーリはあっさり首を横に振った。

「だろうな。それでは、ここからは俺からの勧誘だ」

 朧はこの展開を予想していたので、さほど気にすることなく言葉を続けた。

「さっきよりは面白い誘い文句なのかな?」

「聞いて判断してくれ」

 朧は咳払いをひとつして、ゆっくりと口を開いた。

「ヴァーリ、お前は世界に喧嘩を売る気はあるか?」

「さっきよりは面白そうだ。続けてくれ」

「ヴァーリ、お前の目標は何だ?」

「強者との戦い」

 朧の問いに、ヴァーリは間髪入れず答えた。

「何とも分かりやすい事だ」

 その回答に、朧はうんざりしたような顔をした。

「まあ、旧魔王派や英雄派よりは好感が持てるか」

「旧魔王派? 英雄派?」

「それについても今から説明する。今、俺が所属している組織の名前は『禍の団(カオス・ブリゲード)』。簡単に言えば『今』に不安を持つはぐれ者の集まりだ。その内部は『旧魔王派』、『英雄派』を始めとするいくつもの派閥に分かれている」

 それに朧は、派閥同士は基本的に仲が良くないと付け加える。

「そして、その頂点に立つのが『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』オーフィス」

 それを聞いたヴァーリが意外そうな顔をする。

「ほう、あれが組織の頂点なのか」

「意外だろう? 彼女はそんなものに興味がある者じゃ無いからな」

「彼女?」

「ん? ……ああ、オーフィスは今は少女の姿をしている。まあそれは今は関係無い。お前に言いたいことは、『禍の団(カオス・ブリゲード)』に入れば三大勢力を始めとする奴らと戦える。アースガルズとも戦えるし、最終的な目標は赤龍神帝……という事になっている」

「『真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)』グレートレッドか。という事になっているとは?」

「オーフィスを釣るためのエサだ。奴らにグレートレッドと戦う気はないよ。オーフィスは組織としての体裁を整えるための飾りだ」

「そうか……。それじゃあ、最後に一つだけ聞いておこう。君が『禍の団(カオス・ブリゲード)』に所属している理由が分からなかった。訊かせてくれるか?」

 長い沈黙の後、朧は顔を憎悪を浮かばせ、重々しく口を開いた。

「…………皆殺し。及び、オーフィスの幸福」

「オーフィスの? 一体何故?」

 ヴァーリは心底不思議そうな顔をして首を傾げる。

「これ以上は言わん。知りたければ旧魔王派の奴らにでも訊け。無論、さっきの事は言わずにな」

 朧はそう言ってから、ヴァーリに背を向ける。

「それでは、返答は後日。三日後の午前二時に、またここで」

 そう言い残し、朧はこの場から消え去った。

 

 

 

「これで重要な駒が一つ盤上に上がった。あいつは生まれこそ旧魔王だが、その存在は誇り高き白龍皇だ。旧魔王派にはそぐわない。非常に有用な駒になってくれるだろう」

 朧はどこか歪んだ顔でクッ、クッ、クッ、と不気味に笑う。

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』のほとんどの奴らは使い物にもならない敵だが、美猴、黒歌、アーサーとルフェイは中々だ。そいつらがルフェイを除いて皆、性格的にアレなのはいただけないがな」

 その時だけ朧の顔は穏やかな笑みに変わる。

「白龍皇、孫悟空の末裔、猫魈(ねこしょう)、聖王剣使い、魔法使い……! 駒は少々足りないが、悪魔たちも絡めれば滅ぼすのは可能。更に赤龍帝や白龍皇の惹きつける力のおこぼれにでも預かれれば十分やれる……!」

 その表情は一瞬で歪み、どこか虚ろな表情へと変わる。

(ようや)くだ。やっと終わらせてやれる。旧魔王派はここで(つい)える。俺が潰す。あの時の恨み、一時たりとも忘れた事はないぞ……!」

 

 草木も眠る丑三つ時の夜空に、壊れた(わら)いが響き渡った……。

 



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禍の団会議

 約束の三日後――

 

「ようこそ、ヴァーリ・ルシファー。来てくれて嬉しいよ」

 三日前と同じ場所で、朧は今回は普通に立っていた。

「あんな魅力的なオファーを断れるわけないだろう?」

 ヴァーリの姿も禁手(バランス・ブレイカー)である鎧ではなく、普通の白いシャツだった。

「それでは、案内しよう。『禍の団(カオス・ブリゲード)』へ」

 その言葉と同時に、地面に黒い魔方陣が現れ、朧とヴァーリをどこかへと転移させた。

 

 

 

 朧とヴァーリが転移した先は、どこかの古城であった。

「付いて来い」

 朧はそれだけ言うとヴァーリに背を向けて歩き始める。

 

 しばらく歩くと、石造りの巨大な扉が現れた。

「ここに『禍の団(カオス・ブリゲード)』の幹部がいるが、喧嘩をふっかけるなよ。面倒だ」

(別にそれもアリだが)

 石造りの扉はその大きさ通り、その重さを感じさせる鈍い音を立てて開いていく。

 

 扉の向こうには異様な雰囲気を漂わせる面々が立ち並んでいた。

「白龍皇、ヴァーリ・ルシファーの到着だ」

 朧の声に中にいる者たち全員が扉を向いた。

 朧はそんな視線をものともせずに進み、玉座に座るオーフィスへと近づいていく。

「オーフィス、久しぶり」

「久しい、朧」

 二人はそれだけ言い合うと、朧は玉座への階段を上り、オーフィスの伸ばした手を取ると、一瞬で彼女と椅子の間に入り込んだ。

 

「それでは、ヴァーリ・ルシファーの歓迎会を始めまーす」

 もちろん、朧の言う歓迎会は普通の意味ではない。

「何か言いたい事があれば挙手して発言どうぞ」

 それを聞いて手を挙げたのは学生服の上に漢服を着た男――曹操。

「本当に彼は信頼できるのかな?」

「信頼ねぇ……。ヴァーリ、何か証明できるか?」

「そうだな。近頃、天使、悪魔、堕天使の代表が会談を開くらしい。その情報を提供すればいいかな?」

「なるほど。その会談で和平が成立すれば、我々としては厄介だな。それに、その会談に集まった面々を殺害すれば、三大勢力に大きな被害を与えられるな。情報としては有益だろう。これでいいか? 曹操」

 曹操は不敵な笑みを浮かべて頷いた。

「他に意見のある者は?」

「そやつは本当にルシファーの子孫なのだろうな!」

 シャルバが挙手せずに発言する。

(俺としては別にそうで無くても構わないが……)

「だ、そうだが?」

 ヴァーリは背中に幾枚もの悪魔の翼を出すことで答えとした。

「これで十分だな、シャルバ」

 シャルバは苦々しく舌打ちする。

 それからしばらく待ったが、他に言葉を発する者はいなかった。

「他に何も無いようなら、さっきヴァーリの言った、会談について話したいが?」

 それには誰も異論を唱えなかった。

「では、会談の話に移ろう」

 

「それを襲撃するとなれば、『禍の団(カオス・ブリゲード)』としては最初の大きな仕事、ひいては『禍の団(カオス・ブリゲード)』のお披露目になるんだろうな。相手が三大勢力となれば……きゅ――魔王派が適任だろうな。あそこの土地柄を考えると、来る悪魔の代表はサーゼクスだろう。異論がないなら、会談を襲撃し、それを魔王派の者に行ってもらうが?」

 それに反論は存在しなかった。旧魔王派に真っ向から反対できるのは英雄派ぐらいなので、旧魔王派と英雄派が反対しなければ大抵通る。

「少しいいかな?」

「なんだ、曹操」

「ヴァーリの事だ」

「それは先ほど済んだ話だろ?」

「だが、今度の作戦は『禍の団(カオス・ブリゲード)』にとって重要な作戦になる。それを新参者の情報を頼りに行うのは少し不安じゃないか?」

「なるほど。では、どうしろと?」

「ヴァーリにいくつか任務をさせるというのはどうだろうか?」

「任務か。今ある案件は、グシャラボラスの次期当主の暗殺ぐらいか……もう一つ、誰か何か無いか?」

 朧が周りに尋ねると、英雄派の中から一人の男が手を挙げた。

「アーサーか。何かあるのか?」

「これは私事ですが、行方不明になっている最後のエクスカリバー――支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)の捜索などはどうでしょうか?」

「いいんじゃないか? なら、グシャラボラス家の次期当主の暗殺と、支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)の捜索。それを完遂したら信頼に値すると、そう判断することとする」

「暗殺は趣味じゃないな」

 ヴァーリはそれに不満げな表情をする。

「だったらサポート役を付けよう。一人で暗殺と捜索は難しいからな。アーサーは確定として……――美猴、黒歌、居るか?」

「あいよ、ここに居るぜぃ」

「居るにゃん」

 朧が二人を呼ぶと、二人はどこからともなく姿を現した。

「お前ら、さっきヴァーリに与えられた任務を手伝ってやれ」

「「えー……」」

 二人も不満そうな顔をした。

「はぁー……これだから戦闘狂共は……」

 朧は心底うんざりして顔を振る。

「もう一度聞くけど、や・る・よ・な?」

「分かった」

「あいよ」

「分かったにゃん」

 朧が少々凄んで見せると、三人はすぐに頷いた。

「最初からそう言えばいいんだよ。曹操、これで文句は無いな?」

「ああ、十分だ」

「他に意見があるなら今言え。今後は何を言おうが聞かん」

 朧が最終通告すると、今度こそ反論は出なかった。

「では、歓迎会はこれにて終了。――解散」

 

 なお、話し合いを始めてから、ずっとオーフィスは朧にもたれかかって、すやすやと寝ていた。

 



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Reverse
堕天使総督来訪


 その後、イリナは五本のエクスカリバーと、俺が支払ったファミレスの請求書(レシート)を持って――無論、教会本部に支払わせるため。誰も奢るとは言ってない――教会に帰った。

 ゼノヴィアは神の不在を知ったことで教会を追放され、やぶれかぶれで悪魔に転生した。部長は二人目の騎士(ナイト)が手に入ってホクホク顔だったが、俺としては正直大変申し訳なくて深々と謝ったが、気にしなくていいと言われた。ところで悪魔が聖剣使って大丈夫なんだろうか?

 ヴァーリも暗殺と捜索を終えて正式に『禍の団(カオス・ブリゲード)』に迎え入れられた。

 

「そんな順風満帆な俺の前に、どうして現れた? 堕天使総督アザゼル」

 目の前の椅子に座っているのは黒髪の悪そうな容貌(ようぼう)をした男。

「コカビエルから丸くなったって聞いたからな。会談ついでに、ちょっと様子を見に来たんだよ」

「俺たちそんな仲じゃないですよね? それに、何故俺の家の場所を知っている?」

「そりゃ、俺は堕天使総督だからな。多少は情報を知っているさ」

「赤龍帝にもちょっかい出してたようですが……あれはグレモリーの眷属ですよ? あなたが下手に手を出せば戦争になってもおかしくはないのですけど?」

「ちょっかいっていっても一緒にゲームしたりパン買って来てもらっただけだぜ? その程度じゃ戦争は起こらねえよ」

「悪魔を何に使っているんですか……」

 目の前で大らかに笑う男は、とても堕天使の総督には見えなかった。

「単なるおっさんにしか見えないよなぁ……」

「聞こえてるぞ」

 そりゃそうだ。聞こえるように言ったからな。

 

「聞くところによると、さっきの話に出てた会談で、和平を結ぶそうですね」

「……お前、そういう話をどっから仕入れて来るんだ?」

 アザゼルの疑問も(もっと)もだ。普通の人間だからな、体面的には。

「風の噂です。それで、結ぶんですか? 戦争するんですか?」

「その二択はおかしいだろ。まあ、和平を提案する気ではあるな」

「三大勢力内信用率ワースト一位のアザゼルが言うと、裏があるように感じるな……。人をうまく騙す詐術でも教えましょうか?」

「余計なお世話だ」

 

「ところでよ……あの姉ちゃん一体何よ?」

「ん? ……ああ」

 アザゼルが親指で指したのは物陰に隠れているメイド服の女性――レイナーレだった。

「あの姉ちゃんなんだ? お前のコレか?」

 アザゼルは小指を立てて訊いてくる。

「死ね、腐れ堕天使」

 ムカついたので黒槍を投げたが、あっさりと避けられた。マジ死ねばいいのに。

「……あなたのファンですよ。しかもかなり熱狂的な」

 人間でいえば犯罪を起こすほどの。

(でも、これ単なるエロオヤジだよな……)

 ちょっとレイナーレが不憫になってきた。

 

 レイナーレがここに来るに至った経緯を簡単に説明すると、アザゼルは重々しく頷いたきり黙り込んだ。

「……それで、あなた、本当は何しに来たのですか?」

「何って……さっき言っただろ?」

「俺が丸くなったって言ったコカビエルは、俺の手によって致命的な怪我を負って、地獄の最下層(コキュートス)で冷凍保存されたんでしょう?」

「……耳が早いな」

「風の噂ですよ。これもね」

「随分と便利な風の噂だな」

「ええ、本当に」

「俺は何も変わってませんよ。人間がそう簡単に変われるはずもなく、俺はあの時から全く成長もしていない。――俺は今も、弱いままだ」

「コカビエルを倒したのにか?」

「あんなのはただの不意討ちです。俺は今も昔も、神器(セイクリッド・ギア)の力に頼りきりです」

神器(セイクリッド・ギア)はお前の一部だ。分けて考えることでもないだろ?」

「だとしても、何も変わらず弱いままです。昔も今も、たった一人も守れない、か弱い人間です」

「そうか……」

 それを聞いたアザゼルはしばらく黙りこみ、そして静かに立ち去った。

 

 

 

「あの……」

 先ほどまで物陰に隠れていたレイナーレがおずおずと話しかけてくる。

「なんだレイナーレ。まだ居たのか?」

 それに朧が少し意外そうな顔をして答える。

「え……?」

「アザゼルについて行かなかったのか? 憧れの人だろ?」

「そうですけど……」

 レイナーレは歯切れが悪そうに口ごもる。

「……あなたの事が、放っておけないんです」

「は……?」

(この女、何を言ってるんだ?)

 朧は本心から訳が分からず動揺した。

「どういう事か説明して貰える?」

「状況的にも心理的にも、今のあなたを一人にすることは(まか)りなりません!」

「えっと……」

 この状態になってからレイナーレはあんまり強く物を言うことが無かったので、朧は少し驚いていた。

「大体、あなたの生活水準は低すぎるんです! 私が来る前は(ろく)な食事をしていませんでしたよね!? そんな人を一人で生活させる事なんてできません!」

「……お前、堕天使のはずだよね?」

「それがどうかしましたか?」

 レイナーレは可愛らしく小首を傾げた。

(堕天使が世話を焼くのは、果たして普通なのだろうか?)

「……まあ、好きにすればいいんじゃない」

「はい、好きにします」

 

 朧は、少し前までと打って変わったレイナーレの(したた)かさに、ため息を吐くのであった。

 



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プール、もしくは水着回

 拝啓、安らかに眠る家族へ。

 夏に近づき、日差しが辛くなるこの頃、俺は近くにいる魔王と堕天使総督が怖くて夜しか眠れません。

 夏ということで熱くなったので、今日はオカ研の皆さんとプールを掃除をしたお礼で――正確にはプールを一番に使う条件でプール掃除をした――プールなのです。素晴らしいね。

 なお、木場は何が用事があっていない。

 

「気持ちは分かるが……だからといって、泣くなよイッセー」

「だってよ、だってよ」

「気持ちは分からないでも無いけどよ」

 露出面積の高い水着と、学校指定のスク水が二つずつである。胸が大きいのが好きな人も小さいのが好きな人も大満足でしょう。

 ちなみにイッセーが号泣したのは前者に対してである。後者には微笑ましく見ており、小猫が複雑そうな顔をしていた。

 そんな俺たちに、部長が小猫の肩に手を置いて言った。

「それで、お願いがあるのだけれど……」

 

 

 

「足は交互に動かして、苦しくなったら顔を上げて息吸ってー」

 そう言いながら小猫の手を引く。どうやら小猫は泳げないらしく、泳ぎを教えることになった。

 ちなみに隣でイッセーがアーシアに対して同じことをしている。

(しかし、小猫が泳げないのは猫だからかね?)

 今度黒歌を水に浸けてみよう。

「……ぷはっ。先輩、付き合わせてしまってごめんなさい……」

 端までたどり着いて足を着けた小猫がそう言った。

「構わないよ。どうせプールですることなんて、水死体の真似しかないんだから」

「……何ですかそれ……」

 おかしいかな。俺はこれで一度自分の命を救っているのだが。

「まあ、気にするな。そうそう、俺は謝罪よりも感謝の方が好みだ」

「……ありがとうございます」

「うん、どういたしまして。それじゃ、もうちょっと頑張って、一人で泳げるようになろうか」

「………お願いします」

(あれ? 今、普段よりちょっと間が長くなかった?)

 そんなに無茶なこと言ったかな?

 

 

 

「久しぶりに水に入ると、やっぱり疲れるな……」

 小猫が一応泳げるようになり、俺も少々泳いだのだが、やっぱり地上とは勝手が違い、結構疲れてプールサイドで休んでいる。

 そんな時、近くで休んでいたイッセーに部長の使い魔である赤いコウモリが近寄ったと思いきや、素早く部長の下に駆け寄って行った。プールサイドを走るなよ。

 その部長を見ると、手には小瓶を持っていた。おそらく、中身は日焼け止めだろう。

 取り敢えず、そちらを見てはならないので、背を向けて寝転がり、念のため目を閉じておく。

(こんな誰が見てるとも分からない場所で脱ぐなよなー)

 後ろから聞こえる喧騒(けんそう)を聞き流しながら、そんな事を思っていると、少々後ろが洒落にならないほど騒がしくなった。

「危ないな」

 滅びの魔力と雷が乱舞するプールサイドで寝ているアーシアと本を読んでいる小猫を守るべく、取り敢えず壁を創っておく。

「むっ……結構厚めに創ってるのに、結構削られるな……もう少し厚く広くするか……」

 ただの流れ弾から身を守るだけなのに、結構な苦労だった。

「はっ! イッセーがいないわ!」

 二人の争いは、部長のその一言で収まった。

「イッセーなら用具室に行きましたよ」

 それを聞いた二人と、いつの間にか起きていたアーシアが用具室に向かい、その後すぐに、イッセーが引きずり出されてきた。

(一体、何をしていたのだろうか……)

 それと、一つ気づいてしまったのだが――

「このプールの惨状、生徒会長に知られたら拙いのではないのだろうか……」

 

 

 

「んん?」

 着替え終わって外に出ると、学校の校門付近に独特のオーラを感じた。

「ドラゴンのオーラ……イッセーにしては強いから、ヴァーリか。この時期に何してんだ――って、あいつは別にそれでも構わないのか」

 そっちにはイッセーがいるが、さっき悪魔が二人向かったので、心配する必要はないだろう。

「だけど、釘を刺しておく必要があるな」

 

 

 

 

「という訳で、勝手なことされると困るんだよねー」

「何だ、朧か」

 学校からそれなりに離れた道で、ヴァーリの前に現れた。

「ヴァーリ、今は大切な時期なんだから、大人しくしててもらえる?」

「ちょっとした息抜きじゃないか」

 ヴァーリは肩をすくめた。

「それでも、お前が赤龍帝に接触したとなると、各方面が大騒ぎするんだよ。赤龍帝と白龍皇の戦いが何を起こすか知らない訳じゃないだろうに」

 現段階のイッセーではそんなことにはならないだろうが、禁手(バランス・ブレイカー)に至った両者が戦えば、この町程度は地図から消えてもおかしくないだろう。両者が『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』だったら、下手すれば日本が二つに割れる。ドラゴンの戦いとはそういうレベルだ。

「赤龍帝と戦いたいのなら作戦当日にさせてやるから、それまでは赤龍帝に接触するな」

「やれやれ。そういうのが窮屈だから息抜きに出たくなったんだが……」

「あ?」

「分かったよ。大人しくしていよう」

「分かればよろしい」

 最初からそう言えばいいんだ。

「本当にいいのか?」

 そう言って踵を返した俺の背に、ヴァーリが声をかけてきた。

「何がだ?」

「赤龍帝は友達じゃないのか?」

「そうだよ。だから、殺さないでくれると助かる。あいつが赤龍帝なのは、俺にとってはいい事だしね」

「殺すな、か……」

「お前も少しは、弱い順に相手をちょくちょく向かわせて勇者を強くする魔王の気分になったらどうだ? キャッチアンドリリースというやつだ」

「育てるのはどうも好きじゃないな。だけど、その忠告は覚えておこう」

 それを最後まで聞かず、俺は路地裏へと姿を消す。

 

「そう、台無しにされては困る。ようやく一人目を殺せるのだからな……!」

 



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授業参観

 今日は授業参観日である。

 魔王が二人も来る授業参観日である。

 

 それはさておき、親というものがいなくなって久しい俺にとって、授業参観は知らない人が後ろに並んでいる日という認識なのだが……。

(何故か二人ほど見知った顔がいるんですけど。外の木には一匹の黒猫がいて、一年生のとある教室を見ているのですけど)

 ちなみに黒猫は言うまでもなく黒歌で、見知った二つの顔の片方はレイナーレである。

 黒いスーツ――おそらく適当に渡した娯楽費用で買ったのだろう――に身を包み、変装のためか黒縁の眼鏡をかけている。高校の授業参観にいると少々若すぎる外見――実年齢は不明だが、見た目通りではないだろう――だが、姉と言えば通りそうなのでこちらはいいだろう。

 問題はもう片方だ。

 長い黒髪。眠たそうな(まなこ)。TPOに合っていないゴシックロリータ風のドレス。その女性の正体とは!?

(なんでオーフィスがいるんだ!?)

 『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』ことオーフィスさん(見た目年齢17歳ほど)でした。

 言うまでもないが、オーフィスに授業参観のことを伝えてない。何故知っている。

(レイナーレ! どういう事か分かるか!?)

 目に見えないほど細く創った糸電話で、レイナーレと内緒話を行う。ちなみにレイナーレとオーフィスは面識がある。

(すいません! 今日出かける時にオーフィスさんが来て、話をしたらついて来ちゃいました!)

(ついて来ちゃいましたじゃねー! 魔王いるんだぞ、魔王! 下手すりゃ校舎が吹き飛ぶ!)

 魔王や龍神は、鼻歌混じりに校舎ぐらい更地にできる。

(一応気配を遮断する魔法具を渡してますけど……)

 その魔法具は知り合いのドワーフさんが作った一品であるが、龍神のオーラを隠しきれるとは思えなかった。せめて強いドラゴン程度に思われれば吉!

(レイナーレ。絶対にオーフィスと魔王を合わせるなよ。後イッセーもだ。本人は気が付かなくても赤龍帝(ドライグ)は気づく!)

(分かりました! 命に()けてでも!)

(本当に頼む!)

 オーフィスってば「今のはメラゾーマでは無い……メラだ」とかできるのに、適当にオーラ飛ばすから、こんな場所で戦闘なんてやらせられないんだよ! 下手すれば流れ弾でレイナーレくらいなら死ねる!

(全く、この学校は混沌(カオス)過ぎる……)

 授業参観に魔王と龍神と堕天使が集まる高校とか、世界のどこ探してもないだろう。

 

 

 木場が後ろを気にしているのはさておき、授業参観されるのは古典なのです。今の時代何に使うのかと思わなくもない、古典なのです。古典のはずだった。

「今日は君たちに殺し合いをして――」

「テンパるな」

 教師にどこからか飛んできた黒いチョークが命中する。はて、一体誰の仕業だろう?

 正気に戻った教師が再び口を開いた。手に直方体を持ちながら。

「今日は粘土で何かを作ってもらいます。そういう古典もある」

(((ねーよ!)))

 今クラスの心が一つになった気がする。こんな授業が他にあるはずない。

(さて、一体何を作ったものだろうか?)

 クラスを(うかが)ってみると、隣の奴がいきなり立ち上がった。

「先生! できた!」

「早いな木之上(きのうえ)。一体何を作ったんだ?」

「豆腐!」

 そう言った奴の机の上には白い直方形……って、変化してない?

「おいおい、ちゃんと作らないと駄目だぞ、木之上」

「違えよ先生! よく見てくれよ!」

 いや、よく見ても……――はっ!

「かつおぶしと醤油まで再現されているだと!?」

 しかもかつおぶしは踊っている! 粘土でどうやって再現したんだ!?

「おお……私は生徒の才能を目覚めさせてしまったようだ……」

 先生が戦慄した。無理もない。俺も鳥肌が立った。

(まあ、それはそれとして。俺は1/10スケールのオーフィス(幼女版)でも作るか。これぞまさにねんど○いど)

 学校だと着色まではできんけどな。

 

 

 

 昼休みに昼食も食わず、レイナーレとオーフィスを誰にも気づかれ無いように屋上に連れて行く。

「オーフィス、どうして来たんだ?」

「我、最近退屈」

「暇だったからといって、ここには来ないでくれ……頼むから」

 冗談抜きで死ぬ程気をすり減らす。

「だったら、朧から来る」

「週三で寄ってるじゃないか」

「その倍来て」

「無茶言うな」

 ただでさえ接触を制限されてるってのに。

「今日のところはもう帰るぞ」

 この際早退しよう。

「……分かった」

 今は俺よりも少しだけ背の低いオーフィスの頭を撫でると、オーフィスは渋々と頷いてくれた。

 

 そのまま二人を(ともな)って階段を下りていくと、何やら人だかりができていた。

「何だ? ……うわっ、魔王だ」

 人だかりの中心は魔法少女の格好をした魔王レヴィアタンだった。ある意味で世も末である。

「反対側からも魔王が来てるし……」

 正に前門の虎、後門の狼である。

 

 そのまま階段を下りたら遭遇せず、何事も無く家に帰れたので何の問題も無かったが。

 



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引きこもりの吸血鬼(男の娘)

「ほう! ここが学校の七不思議の一つ『開かずの教室』か!」

 朧は生徒たちの噂になってない旧校舎の一階に来ていた。

 なお、彼以外にはオカ研の面々がいた。

「ここに部長の眷属の一人がいるんですか?」

「ええ。彼は一日中ここにいるわ。深夜には外に出ていい事になってるけど、出ようとしないのよね」

「つまりはヒッキーですか。いいだろう、修正してやる!」

 朧が扉に手をかけて引いたが、扉が開くことは無かった。

「さっき、深夜は外に出ていい事になってるって言ったでしょう? それ以外の時間はこの扉は封印されているのよ」

「なるほどなるほど。ならば有名な開錠の呪文、『開けゴマ』!」

「あのねぇ。そんなので開く訳――」

 ガラッ

「出て来いひきこもりぃ! この俺が調きょ――もとい再教育してやる!」

「嘘!?」

 部長が朧が扉を開けたのに驚く。そんな中、朧が中に入ると中から悲鳴がした。

 

『ヒィィィィィ! あなた一体誰ですかぁぁぁ!?』

『あい、あむ、ゆあー……えねみー?』

『敵だったぁぁぁ!』

『故に容赦無く、貴様を白日の下に連れて行く』

『やぁぁぁぁぁ!』

『ええい、大人しくしろっ!』

 

 しばし騒がしくした後、朧が女生徒の制服を着た、金髪に赤い目をした少年を連れてきた。

「部長、この子をください」

「いきなり何を言い出すのよ……」

 朧の発言に、部長が額を押さえる。

「いや。この子は滅多にない逸材ではないですか。何よりも男の娘というのが最高ですね。こんなに可愛い子が女の子のはずがない」

「……男の娘?」

 一誠が間の抜けた声を出す。

「そうだけど、それがどうかした?」

「こいつ、男ぉぉぉぉぉ!?」

 一誠の絶叫が旧校舎に木霊(こだま)した。

 

 

 

 

 ギャスパー・ヴラディは男の娘かつ転生悪魔(『僧侶(ビショップ)』)である。神器(セイクリッド・ギア)停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』のせいで古巣である吸血鬼(ヴァンパイア)の一族を追い出され、悪魔に転生した後はひきこもっている。そして駒王学園の一年生である。

 そして、今ではダンボールの中にいた。

 

波瀾万丈(はらんばんじょう)な人生を送ってきたのですね。よしよし」

 ギャスパーの話を聞いた朧は、彼が入ったダンボールの(へり)を撫でる。その行為に何の意味があるのかは不明だ。

「私と朱乃、それと祐斗はこれからちょっと出かけるから、他の子にはギャスパーの教育を頼むわね」

「どのようにしましょうか? いっそのこと、『禁手化(バランス・ブレイク)』させますか?」

「それは勘弁して。引きこもりの解消だけでいいわ」

(かしこ)まりました。取り敢えず、夕日に向かって全力疾走ぐらいできるようにします」

「……頼むわね」

 

「基本はランニングということで……走れ、馬車馬(ばしゃうま)(ごと)く!」

 現在、ギャスパーはデュランダルを振り回すゼノヴィアに追い回されている。

「ヒィィィィィ、滅ぼされるぅぅぅ!」

 傍目から見ると、大剣を持った美少女が幼気(いたいけ)な美少女(男の娘)を追い回しているようにしか見えず、非常に異常な絵面(えづら)である。

「嫌、これは危険すぎるだろ」

 せめて木場の魔剣でやるべきだろう。

「まあ、それはそれだ。ところで小猫。にんにくというのはスタミナ食材らしい。ここまで言えば分かるな?」

「……はい」

 小猫がギャスパーに近寄って、朧が用意したにんにくを持って、ギャスパーを追いかけ始めた。

 

「……つまらんな」

 朧にとって、ランニングは少々退屈だった。

「何かいい方法はありませんか、アザゼルさんや」

「なんだ、気づいてたのかよ」

『何故そんなにもフレンドリー!?』

 アザゼルが現れたことで臨戦態勢を取った悪魔たち全員が、一糸乱れぬツッコミをした。

「フレンドリー? 殺し合いをした仲だぞ」

 朧は黒い剣を創り出して無造作に斬りつけたが、アザゼルは笑いながら避けた。

「アハハハ、死ねクソ堕天使」

 朧は笑いながら一振りごとに剣を一本ずつ増やしていく。二本の腕でどう操っているかは謎。

「ふははは、剣に殺気が篭ってるぞクソガキ」

 アザゼルが手に出した光の剣で、黒い剣の大半を消滅させられ、朧は舌打ちして残骸を投げ捨てた。

「それで、アザゼルさんは何しに来たんですかね」

「そうそう、聖魔剣使いを見に来たんだ。どこにいる?」

「今魔王様の所だ。気になるなら行ってみたらどうだ?」

「無茶言うなよ。俺がそんな所行ったら、すぐに戦争だぜ。そうか、聖魔剣使いはいないのか……」

 アザゼルは頭を掻くと、木の陰に隠れていたギャスパーを指差した。

「そこのヴァンパイア。『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』を持っているそうだな。五感から発動する神器(セイクリッド・ギア)は持ち主のキャパシティが足りないと勝手に発動して危険極まりない」

 アザゼルはギャスパーの目をじっと見据える。

「性犯罪者っぽいからやめなさい」

 パァン

 朧は創り出したハリセンでアザゼルの頭を軽く(はた)く。アザゼルは叩かれた頭をさすりながら、匙を指差す。

「それ、『黒い龍脈(アブソーブション・ライン)』か? それをヴァンパイア接続して使えば、神器(セイクリッド・ギア)の余分なエネルギーも吸い取られるから、暴走の危険も少なくて済むぞ」

「お、俺の神器(セイクリッド・ギア)は、他の神器(セイクリッド・ギア)も吸えるのか?」

「ったく、これだから……最近の神器(セイクリッド・ギア)所有者は碌に自分の力を知ろうとしない」

「あはは、耳が痛いですねー」

 朧が全く(こた)えてない様子で笑った。

「手前は別だよ。――……来と……い方……がって……」

「何か言いましたか?」

「何も言ってねえよ。えーと……何だったか? そうそう、『黒い龍脈(アブソーブション・ライン)』の事だったな。そいつには伝説の五大龍王の一匹、『黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)』ヴリトラの力を宿しててな。そいつはどんな物体にも接続できて、その力を散らせるんだよ。短時間なら自分側のラインを切り離して、他のものに接続させることも可能だ」

「じゃ、じゃあ、俺側のラインを兵藤とかに繋げると、兵藤にパワーが流れるのか?」

「ああそうだ。しかも成長すればラインの本数も増えるぜ」

「…………」

 アザゼルの説明に匙が黙り込んだ。

「流石アザゼル。三大勢力に神器(セイクリッド・ギア)マニアと呼ばれるだけの事はあるな」

「まあ、俺の趣味だからな。後はてめえらで頑張れよ」

 そう言ってアザゼルは颯爽(さっそう)と去って行った。

 

「……それじゃあ、俺の神器(セイクリッド・ギア)をそこの新顔くんに取り付けて見るか」

 匙の右手から蛇の舌が伸びる。

「これって触手に通ずるものがあるよな。成長次第では触手物の薄い本のシーンも再現可能かもな」

 それを聞いた匙がこけた。

「変なこと言うな!」

「ゴメンゴメン。何故かイッセーが泣いてるけど許してくれ」

「ううっ……触手丸……スラ太郎……」

 

 その後、どこぞのスポコンのように、投げたバレーボールをギャスパーが停止させるという練習をした。

 



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Open the Card.

 明日はついに三大勢力の会談の日だ。

「動員されるのは旧魔王派のカテレア・レヴィアタン。及びそれ(・・)に賛同する魔術師ども。そして俺とヴァーリか……無理だな」

 この戦力では三大勢力の上位陣を殺すことは不可能だ。

「殺せて一人か二人……それも俺とヴァーリが本気を出した場合だが。出さないから無理」

(これで、カテレアは死んだな。『蛇』があったら相討ちには持ち込めるか……?)

 どうでもいいか。あれが死ぬなら。

「それはそれとして、イッセーたちはどうしたものかな? 魔術師相手なら心配ないが、カテレアが気まぐれで攻撃したら死んじゃうし、三大勢力の護衛が混じった乱戦になったら大変なことになるかもな……」

 さてどうしようと知恵を絞ると、名案が浮かんだ。

「そうだ。いっそのこと全員()めてしまおう」

 ここで登場するのが新キャラのギャスパーくんです。

神器(セイクリッド・ギア)に無理矢理ブーストかければ、敷地の端に待機する護衛どももまとめて停止させて、無駄な被害も無くせるから、案もあっさり通るだろう」

 俺がやるなら計画を変更する必要も無いからな。

 

「さて、それでは適当に、ついでに、やる気も無く、意義もなく、無駄に世界を騒がせましょう。――ほんのささやかな願いのために」

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、駒王学園の近く。

 

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』魔術師隊詰所との転移魔方陣及び、駒王学園への転移魔方陣設置終了。転送準備、完了」

 朧が現在いる空き地には、真っ黒な二種類の魔方陣が一体を埋め尽くしていた。

「第一陣、転移」

 魔方陣のいくつかが発光し、そこから黒いローブを着た女性たちが現れる。

「会議は既に始まっている。俺の合図の後、本隊の転移を開始し、駒王学園への攻撃を開始する。俺はその前に、駒王学園の敷地内に侵入し、旧校舎にいるヴァンパイアの神器(セイクリッド・ギア)を用いて、三大勢力の護衛と会談に参加している面々を停止させる」

 朧が転移用の魔方陣を展開すると、魔術師の一人が彼に声をかけた。

「それに、我々も同行していいでしょうか?」

「……好きにしろ」

 朧は同行を申し出た魔術師たちも含めて、旧校舎の外に転移する。

 

「外で待機。別命あるまで動くな」

 朧は魔術師にそう言いつけてオカ研の部室に入る。

「ギャスパー」

「き、き、き、黒縫先輩!? どうしたんですかこんな時間にィィィ!」

 ダンボール箱の中に入っていたギャスパーは、ダンボール箱の中から飛び出すと床に落ちていた紙袋を(かぶ)って部屋の隅でガタガタ震え始める。

「ははは、嫌われたもんだ。――それも仕方無いがな」

 朧は部屋の壁を向いてうずくまるギャスパーに近づくと、手に黒い長手袋を出現させ、更に左腕のシルエットが変化し、無数の黒い魔方陣を出現させる。

「悪いな、ギャスパー。適当に恨んでくれや」

 左手でギャスパーの頭を鷲掴みにし――

『――Transfer(トランスファー)

 

 その瞬間、世界が停まった。

 

 

 

 

「さてさて、世界を巻き込む復讐劇の始まりだ。すまんなギャスパー、これも無駄な被害を減らすためだから、あんまり自分を責めるなよ」

「ああ……」

「おっと、まだ聞こえてないな」

 朧は目を血走らせて口を半開きにしたギャスパーを見て少し悲しげな顔をした。

「すまんな、もう休んでいていいぞ。放っておいても後一時間は効果が持続するから、目を光らせている必要も無いしな」

 ギャスパーをダンボール箱の中に戻すと、部室の中に魔術師たちが入って来た。

「何の用だ」

「そのヴァンパイアは我らにお任せを。あなたはレヴィアタン様の加勢に向かってください」

「……あっ、そう」

 そう言って朧は転移する。無論、カテレアの援護のためでは無い。

 

 

 

「現状はアザゼルとカテレアが戦闘中。ヴァーリ、木場、ゼノヴィアが魔術師どもの掃討中か……ヴァーリは容赦無しだな」

 朧は正門の上に転移して、どうすればいいかと考えたが、別に考える必要も無かった。

「このまま様子見かな……いや、そういう訳にもいかないか」

 今の朧は周りの魔術師と同じローブ姿をしているため、木場に襲われても仕方なかった。

「はっ!」

 朧に自分に向かって振るわれた聖魔剣を跳躍して回避する。

(えん)、焦がせ」

 空中に現れた魔方陣から赤い炎が吹き出し、木場を襲う。

「氷の聖魔剣よ!」

 木場が新たな聖魔剣を創り出して一閃すると、赤い炎は凍りついて地に落ち、砕け散る。

(らい)、雷、雷、(はし)れ」

 今度は先ほどよりも小さな魔方陣三つ描き、そこから雷が木場を狙って宙を奔る。それを木場は、聖魔剣を避雷針代わりに投げて回避する。

(魔術だけじゃちょっときついなー)

 木場の剣を紙一重(かみひとえ)で回避していると、後ろから莫大な聖なるオーラが出現した。

(危なっ!)

 それを横っ飛びで何とか回避すると、朧の代わりに刃を受けた地面が大きく抉られた。

(あれ、絶対に人に対して使っていい武器じゃないよな……)

「ゼノヴィア、彼は他の魔術師とは一味違うようだ」

「そうだろうな。先ほどの回避は、普通の魔術師の動きじゃなかった」

「それに、使う魔術も他の魔術師たちとは違っているようだから、油断はしない方がいい」

「分かっている」

(あーやだやだ。こいつら、二人同時に手加減して戦って勝てるほど甘い相手じゃないんだけどな)

 しかし、朧は本気出して戦うつもりは無かった。

(すい)、水、細く、駆けろ」

 左右の手元に小さな魔方陣を表し、そこから水流が高速で二人に伸びる。それを二人は騎士(ナイト)の特徴であるスピードで躱す。

「火球、連続発射」

 魔方陣から火球が狙いを定めず何発も放たれるが、それが飛び交う中を二人は縫うように接近する。

()、沈め」

 地面がいきなり三メートルほど沈み、それに足を取られた木場とゼノヴィアは転ぶとまではいかないまでも、その姿勢を大きく崩した。

(らい)、大きく、降り注げ!」

 頭上に一際(ひときわ)大きな魔方陣が現れ、そこから雷が二人へと幾度も落ちた。

 

 雷が降り終わって魔方陣が消えて、朧が二人のいた場所を見ると、そこには数十本の聖魔剣でできた壁があった。

(まだまだ、終わりそうにないなぁ……)

 朧は剣の壁の向こうから襲いかかる二人の剣士を見てため息を吐いた。

 

 

 

 朧が二人と魔術師たちを巻き込みながら戦闘を続けていると、カテレアのオーラが増大したのを感じた。

(カテレア……『蛇』を使ったな)

「頃合いだな」

 ヴァーリに(あらかじ)め決めてあった合図を送り、裏切るよう指示を出す。

「さて、遊んでいる暇が無くなった」

 朧は数え切れないほどの魔方陣を出現させる。

「雷、雷雷雷、雷雷雷雷雷雷雷雷雷――一斉に、射抜け!」

 全ての魔方陣から雷が(ほとばし)り、木場とゼノヴィアはそれを躱しきれずに直撃を受け、地に伏した。

「木場、ゼノヴィア、終わるまでしばらく寝てな。さて、次は――」

 そこまで言った所で、倒れていた木場が立ち上がって斬りかかった来た。

「――っ!?」

 聖魔剣でフードが切り裂かれ、顔が露出する。

「君はっ!?」

「ちっ」

 朧は軽く舌打ちして、ボディーブローを腹部に叩き込む。殴られた木場は吹き飛ばされて地面を転がった。

「どうして君が……」

 木場はそう言うと、今度こそ本当に気を失った。

 

「どうしてもこうしても無い。ただ、やるべき事をしているだけだ」

 朧が漏らしたその一言は、誰の耳にも届かなかった。

 



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First Kill

(いて)て……。全く、世界を変えるなんざ、三流悪役のすることだってのに、よくやるぜ」

 地面に落ちたアザゼルは、服についた土埃(つちぼこり)を払いながら起き上がる。

「黙りなさい、堕天使総督。神器(セイクリッド・ギア)ばかりにうつつを抜かすあなたに言われたくはありません」

「耳が痛えな。ヴァーリ、この状況で反旗か」

「悪いなアザゼル。こっちに付いた方が面白そうだったんだ」

「……お前はそういう奴だからな。いつかはこうなるんじゃないかとは思ってたよ」

 そう言うアザゼルは、余人には分からないほどだが、悲しそうな顔をした。

「世界変革の第一歩として、堕天使の総督であるあなたを滅ぼす!」

 アザゼルは愉快そうに笑って懐から短剣のような物を取り出した。

「それは――」

「俺は神器(セイクリッド・ギア)マニア過ぎてな。自分で製作したりする事もある。これはその内の一つであり、俺が作った神器(セイクリッド・ギア)の中で一番の傑作だ」

「新世界では神器(セイクリッド・ギア)なんてものは決して作らない。そんな物がなくても、世界は十分に機能します」

「それを聞いて、ますますお前たちの邪魔をしたくなった。俺の楽しみを奪うものは、消えてなくなれ」

 アザゼルが持つ短剣がいくつものパーツに分かれ、強い光を発する。

禁手化(バランス・ブレイク)……!」

 辺りを一瞬の閃光が包み、それが消え去った後には、アザゼルが龍を模した黄金の鎧を着けて立っていた。

「俺の傑作人工神器(セイクリッド・ギア)堕天龍の閃光槍(ダウン・フォール・ドラゴン・スピア)』、その擬似的な禁手(バランス・ブレイカー)状態――

堕天龍の鎧(ダウン・フォール・ドラゴン・アナザー・アーマー)』だ」

 アザゼルがそう言うと、黄金の鎧の背中に漆黒の十二枚の翼が展開される。

 カテレアはその圧倒的なオーラに気圧されながらも、全身を青黒い魔力で覆う。

「私は偉大なる真なるレヴィアタンの血を引く者、カテレア・レヴィアタン! 忌々しい堕天使などには負けはしない!」

「来いよ」

 カテレアに短い一言で答え、光の槍を持っていない手で手招きをする。

 カテレアがアザゼルに飛び込んでいき、二人が交錯した瞬間、アザゼルの槍がカテレアの体を切り裂いた。

「ただではやられません!」

 カテレアの左腕が触手のように変わり、アザゼルの左腕に巻き付き、更に全身に自爆用の紋様が浮かび上がる。

「アザゼル! この状態で私を殺せば、あなたもの死ぬように強力な呪術が発動します!」

「へぇ。それはいい事を聞いた」

 二人と、その戦いを見ていた誰にも気付かれることなくカテレアの背後に回り込んだ朧は、彼女の腹部を素手で貫いた。その手は何かが手の中にあるように握っていた。

「あ、あなたは……」

「くははっ! この時を待ち望んでいたぞ、カテレア」

「まさか、ずっと隙を伺っていたのですか……?」

「隙が無くても殺すつもりだったさ。お前を殺す方法は83通りほど用意していたが、無駄になって何よりだ。後はアザゼルと一緒に死んでくれや」

 カテレアを貫いていた左腕が腹の中ほどで止まり、黒の粒子が集まる。

刃花開放(はなひら)け、黒咲(ブラック・ブルーム)

 カテレアの体を朧の手を中心に剣や槍、その他諸々の刃物が突き出し、カテレアを消滅させた。

 

 

 

「これで一人目……」

 武器の形を無くした黒の粒子が舞い散る中、左腕で優しく握りこんだものに頬ずりする。

「くそっ、危うく死ぬ所だったぜ……」

 黒の粒子が晴れた向こう側に、鎧と左腕を失ったアザゼルが膝を着いており、その側には金色の玉が落ちていた。

「アザゼル……生きてたんですか」

「左腕を切り落とさなきゃ死んでたぜ。あーあ、これどうすんだよ一体」

「ギミック搭載した義手でも着ければいいのでは? お好きでしょう?」

「そうだな……そうすっか」

 アザゼルがそう言うと、朧に光の槍を投げつけた。

「……何をするのですか?」

「はっ、人を殺そうとして何をぬけぬけと言いやがる」

「別に、死のうが死ぬまいが、どちらでも構わなかっただけなんですけどね。昔の怒りをついでで晴らそうかと」

「……堕天使総督の俺の生き死にを、ついでと言われるとは思わなかったぜ」

 この言葉には流石のアザゼルも言葉に唖然とした。

「堕天使への怒りは既に過去のことですからね。今の俺にとっては、大した優先事項では無いです」

「だったら、何でお前は『禍の団(カオス・ブリゲード)』みたいなテロ組織に属してるんだ?」

「言いません。悪役が動機を語るのは、負けフラグですから。でも、所属している訳の一端くらいはお教えしましょうか」

 朧が身を丸めると、背中――ただし右側だけから、三枚の悪魔の翼が出現する。

「……お前、悪魔とのハーフだったのか」

「ええ。これが堕天使嫌いの理由の一つでもあります。――といっても、俺の悪魔の血は薄いので、羽は片側だけ、種族固有の言語能力も中途半端、寿命もどれだけかは定かではないですね。ですが、これはただのオマケですのでお気になさらず。俺の父は悪魔だった。それだけの話です」

 そう締めくくって悪魔の翼をしまう。

「所属してる理由の一端じゃねえのかよ」

「おやおや、敵の言うことを信じるのですか?」

「……お前と会話するのは時間の無駄みてえだな」

 アザゼルは表情を消すと、光の槍を構える。

「それには同意ですね。ですけど、片腕無い状態で俺と戦う気ですか? それよりも、あっちの赤白龍対決でも見ましょうよ。戦いになったら俺は逃げるだけですし」

 それを聞いたアザゼルは、黙って光の槍を消して、赤と白の二天龍の戦いに目を向けた。

 

 その戦いを要約すると――一誠が胸が半分になる事にキレて、少しの間だが、ヴァーリを圧倒した――だった。アザゼル大爆笑。

 他にも、白龍皇の力を一誠が取り込むとか、ドラゴンにとっては龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)はもの凄く効果的だとかあったが、これに印象が塗りつぶされた。

 

「……相変わらずだなー」

 シリアスモードの朧もついつい苦笑する。

「しかし、全てが半分になれば、相対的には変化がないんじゃ?」

 そういう問題ではない。

(それはそれとして、もう引き上げますか。ヴァーリに『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』を使ってもらうには早いし)

「ヴァーリ、帰るぞ。迎えも来た事だしな」

 朧がそう言うと同時に美猴が現れ、一誠とヴァーリの間に入り込んだ。

「朧、ヴァーリ、迎えに来たぜぃ。アース神族と戦うから、とっとと帰って来いって本部がうるせえからよ」

「……そうか」

 朧がうんざりとしてため息を吐く。

「はぁ、一難去ってまた一難か……。美猴ー、俺疲れたから休んでたら駄目か?」

「その言い訳が通じる相手じゃねえよぅ」

「……それもそうか」

 朧が指を鳴らすと、彼とヴァーリ、美猴の足元に魔方陣が出現する。

「それでは。なお、死体は三日ぐらいで腐敗するかも?」

 

 そんな疑問形を残して、朧たちは姿を消した。

 



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mythology
ヴァルハラ侵攻


「はぁ、本気で面倒だ……。アース神族の相手なんて、無駄な事したくないんだけど。トールが出てきたらこっちに勝てるのはオーフィスしかいないんだから、(はな)から相手になんてならないし。俺なら見かけた瞬間に逃げるね」

 なお、朧にはオーフィスを戦わせる積もりは毛頭ない。

「ああ、面倒だ。何故英雄(アインヘリヤル)などという、既に死んだような奴らを殺し直すという面倒な作業をせねばならんのだ」

 朧の歩いた後には、筋骨隆々な男たちの死体が転がっていた。

英雄(アインヘリヤル)などいくら出てこようとものの数ではないが、ヴァルキリーならまだしも、神が出てきたらどうしたもんかね」

 

 両手から黒い粒子をたなびかせながら、朧は奥の大扉を蹴り開けた。

「おやおや、こんな所までお客さんかの」

 そこにはローブ姿の老人と、鎧姿の銀髪の女性――ヴァルキリーがいた。

「……北欧神話が主神、オーディン様ですか。全く、ついてないですね。――ついてないというなら、俺の人生は不幸続きだ」

 朧は深々とため息を吐いた。

「苦労しとるようじゃのう、若いの」

「いえいえ。私の悩みなど星の数ほどある内の、たった一つしかないのですから」

「達観しとるの」

「諦観しているだけですよ。人生は諦めで、諦めきれず生きてます」

 そう言って、朧は大量の黒の魔方陣を空中に展開する。

「お下がりください、オーディン様!」

 お付きのヴァルキリーがオーディンの前に立ち、北欧系の魔方陣を多数展開し、そこから各属性の攻撃魔法を掃射する。

「黒炎、焼き尽くせ」

 朧の魔方陣からは黒い炎が溢れ出し、ヴァルキリーの魔術を消し去った。

「命が惜しければ退()いてな戦乙女(ヴァルキリー)。あんたじゃ俺には勝てないよ」

「だからといって、退()くわけにはいきません!」

 ヴァルキリーは魔方陣を新たに展開する。

「中々良い根性。名前を聞こうか?」

 そう言って朧も再び魔方陣を展開する。

「……ロスヴァイセです」

「黒縫朧です。縁が合ったらまた会いましょう。――黒雷、撃ち貫け」

 ロスヴァイセの魔方陣から魔術が放たれるよりも早く、朧の魔方陣から黒い雷が(ほとばし)り、ロスヴァイセの意識を刈り取った。

 

「殺してはおらんようじゃの」

「殺すには惜しいですから」

「もしや、こやつに惚れたか? だったらロスヴァイセの将来も安泰なのじゃが」

「寝言は寝て言えクソジジイ。ミーミルに片目を差し出して手に入れた知識も耄碌(もうろく)したか?」

 からかう様なオーディンに、朧はドス黒い表情で答えた。

「おお、怖いのぅ」

 朧は表情を普通に戻すと、黒手袋から一本の剣を創り出す。

「さて、主神たるあなたの扱いは、こちらも決め(あぐ)ねているので――」

 (きっさき)を先端にして落ちる剣の柄頭(ポメル)を人差し指と親指で摘み、手元で一回転させて手に取る。

「俺としては、殺しておこうかと」

「どうしてそうなるか、聞いても良いかの?」

「旧魔王派はあなたを欲している。俺は旧魔王派が嫌い。これで十分ですか?」

「理由は分かったが、はいそうですかと頷く訳にはいかんのぅ」

「そりゃそうでしょうね。でも死んでください」

 黒い剣を振りかざし、オーディンに斬りかかる。

「――グングニル」

 オーディンは左手に槍を出現させ、その槍を朧へと突き込むと、槍から放たれたオーラが朧が居た場所を抉りとった。

「おっと、殺してしまったかの?」

「ご心配なく、生きてますよ」

 朧は建物の天井に張り付いており、そこから魔力を込めた剣を下にして高速で落下する。

 オーディンが迎撃のために突いたグングニルと剣が激突し、一瞬の均衡の後で朧を一気に飲み込んだ。

「ちっ、神の相手なんて命がいくつあっても足りねえぞ」

 朧が擦り切った衣服を叩きながら、オーディンの後ろにいつの間にか回り込んでいた。

「ふむ。仙術かの?」

「手習い程度だけどな。猿と猫と付き合ってると、自然に覚えざるを得ないんだよ。逃げるあいつらをしばき倒さないとストレスが溜まってしょうがないからな」

 そんな理由で仙術を覚えた者は他に居ない。

「それにしても、流石は北欧の主神。接近するのも命懸けとは……」

「諦めて帰ったらどうじゃ? 今なら見逃してやるぞい」

「それはそれはとても魅力的な提案ですが……もう少しだけ付き合ってもらいましょうか!」

 朧の周囲に黒の剣と魔方陣が多数展開され、朧の周囲を黒く染める。

神器(セイクリッド・ギア)と魔術の混合かの?」

「……よくお分かりで。ミーミルの泉に左目を差し出した価値はあったということですか」

「よく神器(セイクリッド・ギア)を使いこなせているようじゃの。最近の小僧にしては珍しい」

「お褒めに預かり光栄です。――黒剣(こくけん)、消し去れ!」

 宙に浮かぶ黒い剣が全てオーディンに鋒を向け、一斉に撃ち出された。撃ち出された黒剣は魔方陣を通過することで黒いオーラを纏い、空間を揺らめかせながらオーディンに向けて突き進む。

 それはオーディンが勢いよく杖で地面を叩いた瞬間に黒の粒子となって霧散した。

「――~~~ッ! 黒霧、収束、圧縮!」

 その粒子は朧が掲げた手元に集まると、巨大な槍の形を取った。

「黒槍、穿(うが)て!!」

 更に魔力を上乗せされた黒い大槍は衝撃波を発しながら突き進むが、オーディンのグングニルによってあえなく破壊された。

「……駄目、か……」

 ガックリと肩を落とす朧に、オーディンが声をかける。

神器(セイクリッド・ギア)の扱いは大したもんじゃが、少々小手先の技術に頼りすぎじゃな。一度原点に立ち戻ったらどうじゃ?」

「……助言、感謝します。それでは、これで失礼させていただきます」

 

 朧はオーディンに苦々しい表情で一礼すると、足元に魔方陣を出して、この場から転移して逃げ去った。

 



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退却

 オーディンの前から転移して逃げた朧は、『禍の団(カオス・ブリゲード)』が現在攻め込んでいる、ヴァルハラから少し離れた場所にいた。

 

「初心に戻れ、か……」

 朧はさっきオーディンに言われた事を思い返していた。

(初心。つまりは神器(セイクリッド・ギア)が発現した時の気持ちか?)

 手に黒手袋を出現させ、その手の上で黒の粒子を変幻自在に動かす。

「それだったら、忘れたつもりはないんだけど」

 手を握り締め、さっきまで操っていた黒の粒子を握り潰す。

(何故なら、俺はあの時を除けば、今も昔も――)

 近くを旧魔王派の悪魔が通りかかり――

「復讐にしか、生きてない」

 朧の手刀によって、腹部で真っ二つになり、更に体は燃えて灰になった。

「分からない。俺は一体どうすればいいのか。どうなればいいのか……」

 

 朧の声は誰にも届かず、風に紛れて消えてゆく……。

 

 

 

 

「朧、無事?」

 いつの間にか朧の近くに来ていたオーフィスが、朧へと声をかけた。

「平気だよ、オーフィス。俺がこんな些事(さじ)で怪我をするわけないさ」

「そう、良かった」

 オーフィスはそう言って、朧の背中にしがみつく。

「オーフィス、他がどうなってるのか分かるか?」

「我、他の事に興味無い」

「だよな」

 (はな)から期待していなかったが、それでは困ると、朧は近くに誰かいないかと辺りを見回した。

「お、いたいた。ゲオルグ!」

 近くにいたローブ姿の男が声に気づき、朧に振り向いた。

「何か用か?」

「現状がどうなってるか分かるか?」

「こちらも善戦しているが、やはり神は強いようだ。全体的に押され気味だ」

「こっちで神に対抗できそうなのは、神殺しの槍を持つ曹操と、『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』状態のヴァーリぐらいだからなぁ……。ここらが引き時かね」

「同感だ。こちらの構成員はまだ未熟な者が多いが、こんな所で失わせる訳にはいかない」

「逃げるか」

「そうしよう」

 朧とゲオルグは頷き合うと、予め決めてあった通りに、魔術の花火を打ち上げる。

「これに気づかなかった者はどうする?」

「知らん。周りに誰もいなくなっているのに気づかないほど戦いに熱中しているなら、放っておいても死にはしないだろう」

(本音は、死のうが死ぬまいがどうでもいいだけなのだが)

 しかし、ふと気づきそうにない奴が数人いることに気がついた。

(あいつらは殺しても死ななそうだけどなぁ……)

 

 朧はその場に留まり、悪魔や天使、人間たちが転移などで退避するのを見ていたが、朧が探している人物は現れなかった。

「やっぱりあいつらは未だに中で遊んでるのか……」

 朧はため息を一つ吐くと、目的の奴らのいる場所へと転移した。背中にオーフィスがしがみついたまま。

 

 

 朧が転移した場所では、禁手(バランス・ブレイカー)状態のヴァーリと美猴、黒歌がトールと戦っていた。無論三人はボロボロで、トールの方はほとんど傷を負っていなかった。

「やれやれ、世話のかかる。余計なお世話がな」

 朧は状況を把握すると、まず近くにいた黒歌の襟首をひっつかみ、少し遠くにいる美猴を引き寄せ、左手で掴んだ二人ごと、振り下ろされたミョルニルが当たりそうなヴァーリの前に現れ、右手で背中の翼を掴んで後ろに引っ張る。

「初めまして、こんにちは、そしてさようなら」

 自分の目の前に迫った、確実に自分を粉砕できるミョルニルを前にして、朧はその三言だけ言って、世界中十指に入る強さを持つトールから、あっさり転移で逃げ出したのだった。

 

 

「礼は言わないぞ」

「え? 何か言われるような事したっけ?」

 ヴァーリのその声に、朧は普通にそう答える。心底何のことだか分からないと言った風に。

「礼を言われるほどのことでは無いという事か?」

「だから何のことだ? 俺はただ戻って来ないお前らを連れ戻しただけであって、それ以外の何かをした積もりもないのだけど?」

 これは朧の本音である。さっきの朧の目的は三人の回収であり、それが出来たのなら、経過がどうであろうと気にしない。先ほどのことで言うなら、ヴァーリたちが戦っていたのがトールであろうがフェンリルであろうがアリ一匹であろうと、朧にとってはどうでも良かったのだ。

「礼を言われるような事をしたつもりはないし、それを恩に着せる気もないけど、これに懲りたら少しは人の言う事に従ってくれ。いちいち探すのも、迎えに行くのも面倒だ」

 そう言って朧はどこかに向けて歩き出す。背中にオーフィスをしがみつかせたまま。

 



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学期末

 オカルト研究会の部室にはいつものメンバー(・・・・・・・・)に加えて、スーツを着崩したアザゼルが来ていた。

「俺がこの学園に滞在できる条件はグレモリー眷属の悪魔が持つ未成熟な神器(セイクリッド・ギア)を正しく成長させることだ。『禍の団(カオス・ブリゲード)』ってけったいな組織の抑止力の一つ――特に対『白い龍(バニシング・ドラゴン)』専門だな」

「ハハッ、そりゃ面白いや」

 そう言って笑ったのは、オカルト研究会の部員の一人、黒縫朧だった。

「いや、お前何でここにいるんだ?」

「部員だからだ」

「いや、お前敵だろ」

「その前にここの生徒で、ここの部員だよ」

 アザゼルに何事も無いかのように答えた。

「まさかあなた、スパイじゃないでしょうね?」

「ハハハ、逆スパイならしてやってもいいですよ」

 きつい目つきで睨むリアスに、朧は笑って返した。

「信用できないわ」

「でしょうね。ふぅ……俺の信頼はどこからも最底辺ですねぇ。一部を除いて」

 朧はため息を吐いた言葉は、誰の耳にも届かなかった。

「俺のことは気にしないで続けてください。何を聞こうと言うつもりはありませんし」

 そう言って朧はソファに横になった。

「そういや、さっき何で面白いって言ったんだ?」

「そうだったな。白龍皇は他数名と独立したチームがいる事はご存知ですか? 一応俺が作ったようなものですが」

「ああ。判明してるメンツは白龍皇と孫悟空をだけだけどな」

「残りのメンバーとオカ研のメンバーとの対比がそれなりに面白いんですよね。ちなみに俺もその一人ですが」

 朧はそう言って、木場とゼノヴィア、それに小猫へと視線を向ける。

「どういうことだ?」

「これ以上は内緒です。言ったら面白くないでしょう?」

 そう言った朧は不貞寝(ふてね)するかのように転がった。

「それじゃあ、話を戻すぜ。聖魔剣の。お前、禁手(バランス・ブレイカー)状態でどれくらい戦える?」

「現状では一時間が限界です」

「駄目だな。最低でも三日は()たせろ」

「俺は限定条件付きで十秒ですけど……」

「話にならん。お前は一から鍛え直す。白龍皇は禁手(バランス・ブレイカー)状態で一ヶ月は保つぞ」

「そんなに長いのにどうやって測ったのか?」

 一ヶ月間鎧で過ごしていたと考えるとシュール過ぎる。

「そういうお前は、どれくらい続くんだ?」

「いえ。俺は禁手化(バランス・ブレイク)なんてできませんよ」

「何?」

「嘘じゃないですよ。禁手(バランス・ブレイカー)なんてそうそう至れるものでもないでしょうに。しかも俺は最近まで普通に生きてたんだから、そんな生き方で禁手(バランス・ブレイカー)になれるようなら、禁手(バランス・ブレイカー)禁手(バランス・ブレイカー)と呼ばれてないでしょう?」

「そうかよ」

(まあ、実際は一度至りかけたんだけど)

 

 アザゼルは朱乃とバラキエルに関する話をした後、一誠の方を向いた。

「おい、赤龍帝――イッセーでいいか? お前、ハーレムを作るのが夢なんだってな?」

「ええ、そうッスけど……」

「だったら俺がハーレムを教えてやろう。これでも過去に数百回ハーレムを形成した男だぜ?」

 それを聞いた一誠が感銘を受けたかのように目を見開いた。

「騙されるなイッセー。数百回形成したということは、数百回崩壊したということだぞ。しかもアザゼルは堕天使の幹部が次々と結婚しそうな中、一人だけ独り身街道まっしぐらなんだぞ」

「ちょっと待て! なんでそんな事知ってるんだよ!」

「風の噂で聞いたんだ」

 風は何でも知っていた。

 

「当面の目標は赤龍帝の完全な禁手化(バランス・ブレイク)。それとお前らのパワーアップだな。夏休みの間に修行して達成するべきだ」

「いいですね、修行。俺も昔やりましたよ。天界の居候連中相手に。たまに熾天使(セラフ)が出て来てマジ焦ったなぁ……」

「それしみじみできるようなエピソードじゃねえぞ。普通に考えたらトラウマもんだ」

「確かに、燃える天使とか夢に出てきそうですねぇ……」

 朧が天界にいた時、一番死にかけた時のことを思い出して、虚ろな表情で笑った。

 

「ククク、未知の進化を始めた赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)。それに聖魔剣。更に停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)だ。俺の研究成果を叩き込んで独自の研究形態を模索してやる」

 アザゼルは危険な笑いをした。

「あーあ、アザゼルの危険な一面が(あら)わになっちゃったよ。死ぬなよお前ら。――ところでアザゼルさんや、俺の神器(セイクリッド・ギア)は?」

「お前は既に独自路線走ってるから無理」

「見放された!?」

 



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Hellcat
アクマノシワザヤー


「ふんふん、ふ~ん♪」

「レイナーレ」

 鼻歌を歌いながら朝食の支度(したく)をするレイナーレの背後に、朧が話しかける。

「あ、おはようございます、黒縫さん」

「うん、おはよう。少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「はい、何でしょうか?」

 火を止めて振り向いたレイナーレに、朧は思い切って言ってみた。

「隣が凄いことになってるんだけど」

「ええ、凄いですよね。リフォームだそうですよ」

 軽く返されたのが気に食わず、朧は少々ムキになって反論を始めた。

「いや、凄いってレベルじゃないから。朝起きて、窓の外見て、一体何が起こったのかと思ったよ。寝る前の風景が一切見受けられないし」

「そうそう、お隣さんは引っ越したそうですよ」

 レイナーレは得に聞いていないことまで言い始めた。

「引っ越した? じゃあ、あの家は一体誰の家なんだよ?」

「表札には、兵藤って書かれてましたよ?」

 

「……悪魔の仕業(しわざ)か!」

 

 

 

 一方、朧を除くオカ研のメンバーは改装されて広くなったイッセーの部屋に集まっていた。

「この夏は皆で冥界に行くわ」

 リアスが言うところによると、毎年、夏には冥界にある実家に行くそうで、それには眷属である一誠も同伴するのである。

「俺も冥界に行くぜ」

「俺も冥界に行きたいかも?」

「冥界ですか。懐かしいですね……」

『ッ!』

 いつの間にか現れた三人に、オカ研の部員が驚いた。

「普通に玄関からだぜ?」

「そこの窓から」

「すいません、玄関から上がらせていただきました」

「気がつきませんでした」

 木場が素直な感情に口にした。

「俺は普通に入って来ただけだぜ? 修行不足だな」

「俺は抜き足差し足入って来たよ」

「私は気配を消す魔法具を使いました。すいません」

 アザゼルはあっけらかんと、朧は不敵に笑い、レイナーレは申し訳なく言った。

「それよりも、お前らが冥界に行くなら俺も行くぜ。何せ俺はお前らの『先生』だからな」

「先生、禁手化(バランス・ブレイク)がしたいです……」

「そうか、頑張れ」

「差別だ!」

 アザゼルは朧の叫びを無視すると、懐から手帳を取り出した。

「冥界でのスケジュールはリアスの里帰りに現当主に眷属悪魔の紹介。それと例の新鋭悪魔たちの会合。それとお前らの修行だな。俺はお前らの修行に付き合うだけだがな。お前らがグレモリー家にいる間、俺はサーゼクスたちと会合か。ったく、面倒くさいな」

「諦めてください。あなた総督でしょう?」

「総督なんざ、シェムハザの方が向いてるのによ……」

 朧の言葉にアザゼルがぼやき、それを見たレイナーレは苦笑いをしている。

「ではアザゼル――先生の行きの予約はこちらでしても良いのかしら?」

「ああ、よろしく頼み。悪魔のルートで冥界入りするのは始めてだから楽しみだぜ」

「部長、俺も行きたいです」

「駄目よ」

 朧の希望はあっさりと跳ね除けられた。

「ですよねー。はぁ、じゃあまたあの道で行くしかないのか……」

「あの道?」

 朧の独り言に一誠が反応した。

「そう、あの道。等活(とうかつ)黒縄(こくじょう)衆合(しゅごう)叫喚(きょうかん)・大叫喚・焦熱(しょうねつ)・大焦熱・無間(むげん)と続くあの道だ」

「それ地獄だろ!」

 人が通れる道では無かった。

「でも安全に通り抜けられるのはこの道だけなんだが……」

「そんな所通るくらいだったら、直接転移した方がいいんじゃないのか?」

「俺の転移、移動できる距離そんなに長くないんですよ。そんなことしたら次元の狭間に出ます」

 次元の狭間に人間が生身で放り出されると、大抵消滅する。

「そうか、まあ頑張んな」

「酷い、見捨てないでよ先生!」

「うるせえ、誰がテメエなんかの先生になるか」

「鬼ー、悪魔ー!」

 そう言いながら、朧は窓から飛び出していった。

「俺は堕天使だ」

「あはは……それじゃあ、私もこれで失礼します」

「ちょっと待った」

 退出しようとするレイナーレを、アザゼルが引き止めた。

「何でしょうか、アザゼル様」

「お前さん、『禍の団(カオス・ブリゲード)』には?」

「入ってません。組織の存在さえこの間知ったぐらいです」

「そうか……引き止めて悪かったな」

「いえ。お気になさらず。おじゃましました」

 一礼してレイナーレは玄関から家を出た。

 

「アザゼル、今のはどういうことかしら?」

「さあな。一つ言えるのは、奴は何かを隠してるって事だけだ」

「あの、どういうことですか……?」

 リアスとアザゼルの会話に、一誠がおずおずと口を挟む。

「イッセー、前にも言ったと思うが、奴はこの間の戦いで仲間であるはずのカテレア・レヴィアタンを殺害した。だが、その前にギャスパーの神器(セイクリッド・ギア)を利用して護衛たちの時間を停止させたのも奴で、木場とゼノヴィアを気絶させたのも奴だ」

「それって一体、どういうことなんですか?」

「それが分かれば苦労はしねぇよ。ただ、奴は味方とは言えねぇが、かと言って敵だと言い切れる訳でもない」

「でも、彼はヴァーリチームを作ったのは自分だと言ってたわよね?」

「ああ。恐らくはそれなりの立場にいるんだろうが、それだとますます分からなくなる。そんな立場にいる奴が、旧魔王派の象徴である、旧魔王の末裔(まつえい)たちを殺すのは立場的に拙いはずなんだが……ああクソっ、内情が分からねえと何とも言えねぇな」

 アザゼルは頭を掻き(むし)った。

「とにかく、あいつには気をつけろ。今のあいつは俺からすれば何でああなってるのか分からないほど様変わりしてるが、あいつが危険な事には変わりねえんだ」

「あの、先生……」

「なんだイッセー」

「コカビエルも言ってましたけど、昔のあいつって一体どんなんだったんですか?」

 アザゼルはその問いにしばらく黙り込んだ後、一言だけ言った。

「あの時のあいつを言葉で例えるなら――まるで『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』のようだった――それ以外に言い様はねえよ」

 



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冥界物語 in ぼっち

 「冥界での待機命令?」

「はい、『禍の団(カオス・ブリゲード)』の方がそう伝えるようにと」

「面倒だなぁ……皆について行けたら楽なのに」

「それは流石に……」

 そんな入国をしたら即お縄である。

「それじゃあ、行ってくるわ」

「お気を付けて」

 朧が立ち上がると、レイナーレが一礼する。

(さーて、地獄の亡者に久しぶりにご挨拶するかな)

 

 

 

 

 

「死ぬかと思った! 冥府に来てるという意味では死んでるかも?」

 朧は地獄の門を開き、冥界へとやって来た。

「あー、風呂に入りたい。シャワーでも可」

 朧の着ている白いシャツには、少量の血が付いていた。門の近くに生息しているケルベロスのものである。

「と言っても、ここらの本拠は旧魔王派の物だからなぁ……使わせてくれるかな?」

 そこまで旧魔王派の心は狭くない。

「そもそもどこ集合か聞いてなかったや。己、村八分か!」

 実はレイナーレの伝達ミスで、半分以上被害妄想である。

「どーしたもんかね?」

 先行き不明になった朧は、行く当てもなく彷徨(さまよ)っていると、一軒の建物を発見した。

「この際、あの家をお借りしようか」

 気配を探る限り、中には誰もいないようだし。

 

 中に入ると、確かに人はいなかったが、その割には最近掃除された形跡があった。

「家主が最近使ったのかな? となると、冷蔵庫の中には期待できなさそうだ」

 朧が冷蔵庫を開けると、そこには予想とは違い、大量の食材が詰め込まれていた。

「これは、これから使用されるということか……。まあいいや。持ち主が来るまでお借りしよう」

 人はこれを、無断借用と言った。

 

 

 

 家を無断借用し始めてから、三日が経過した。

「あ、小猫。邪魔してるぜ」

 ついに現れた使用者、塔城小猫に朧が挨拶する。

「……何でいるんですか朧先輩」

「そうだよ、聞いてよ小猫ちゃん!」

 朧が小猫に紅茶を淹れたながら愚痴り始め、紅茶を飲み終える頃まで愚痴に付き合った小猫は、黙って立ち上がって部屋へ行き、ジャージ姿なって戻って来て、そのまま部屋の外に――

「無視しないで!?」

 行こうとした所で朧に引き止められた。

「……何ですか? 私、修行したいんですけど」

「手伝う! それ手伝うし食事の準備もするから無視しないで!」

「……しょうがないですね」

 そう言われた朧がもの凄い笑顔になった。どれだけ寂しかったのだろうか。

「……何があったんですか?」

「かれこれ二週間はぼっちです。出会ったのは悪鬼羅刹ばかりです。会話をしたのは久しぶりです」

「……よしよし」

 朧の不憫(ふびん)さを小猫が慰めた。

 

 

 

「ふーん、これがアザゼルが用意したメニューねぇ……フツーだな」

 小猫の練習メニューを脇に置く。

「続けてれば強くなるだろうね。フツーに」

「……普通に、ですか」

「うん、フツーに。――死ななきゃだけど」

 朧が付け加えた一言に、小猫の表情が変わった。

「……死ぬ、ですか」

「今のお前の強さは下級悪魔にしては強いってぐらいだからな。戦争になれば、今のお前の立ち位置ではおそらく死ぬ」

 朧の言葉には容赦がない。

「まあ、お前は生来のものを使えば何とかなるだろうが」

 その朧の言葉に、小猫が身を固くする。

「何だ、嫌なのか?」

「……だって、あの力は……」

「姉のようになるのが嫌か?」

「ッ!? ……何でそれを?」

 驚く小猫に対して、朧はせせら笑う。

「今俺の所属している組織の性質を考えてみな。ぴったりな奴がお前の知り合いにいるだろ?」

「――……まさか……!」

「ご明察」

 朧が何かに気付いた様子の小猫を見て数回手を叩く。

「でも、それは今は気にするな。――強くなりたいんだろう? それも今すぐに」

「……はい……!」

「だったら仙術を使え。それが嫌なら――」

 朧は立ち上がって、神器(セイクリッド・ギア)を発動させる。

「表に出ろ――今すぐ殺してやる」

 

 

 

 

「あぅっ!」

 小猫が朧の剣で吹き飛ばされ、地面を何度も転がる。

「すぐに立ちな、小猫。さもないと――(らい)(はし)れ」

 雷が朧が左手に出現させた魔方陣から小猫に向かって飛び、その体を吹き飛ばす。

 小猫は吹き飛ばされながらも空中で姿勢を整え、着地すると朧に向かって走り出した。

「流石は猫と言ったところか」

 朧は近づく小猫に投槍を投擲(とうてき)するが、小猫はそれを回避していき、そして拳を――

「残念ながら、俺の方が手足は長い」

 打ち込む前に朧の足が小猫の拳を、伸ばされる前に押さえる。

「お前は肉弾戦が得意だけれど、いかんせん間合い(リーチ)が短すぎる。攻撃が届かなきゃ、『戦車(ルーク)』の攻撃力も意味が無い」

 朧は小猫が一歩下がるのに合わせて踏み込み、胸部中央に右手を当てる。

「次は森林だ。視界が満足に利かない場所で、貴様は仙術なしでどこまで出来るか、見せてもらう」

 強烈な震脚(しんきゃく)とともに、密着状態で放たれた掌底は小猫を森林まで、放物線の軌道を描くように吹き飛ばした。

「はぁ……」

 小猫が森の中に落ちたのを確認した朧は、一つため息を吐いた。

「……人を鍛えるなんて、経験無いから難しいなぁ」

 傍目(はため)からは一方的に甚振(いたぶ)ってるようにしか見えない。

「せめて、仙術を使う踏ん切りがついてくれればいいんだけど。全部あの黒猫が悪いな。せめて妹には一言言って――って、言えることではないのか」

 黒歌と白音(小猫)の過去を一応知っている朧は、事情の複雑さに頭を痛めた。

「あー面倒。なんで関わりないことで頭を痛めなければならないんだ」

 朧は考えるのをやめ、小猫が落ちた森へと歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界の悪意に触れて、力に(おぼ)れて、それで何かが変わっても、結局は何も変わりはしないのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 小猫は森の中を走っていた。ただ逃げているのではなく、森から抜け出すために。

 バキバキバキ――

「……また来る」

 木が薙ぎ倒される音が近づいて来るのに合わせて、小猫は身を屈めた。その頭上を小猫が頭を下げた一瞬後に、「く」の字型の黒いブーメランが木を切り裂きながら、弧を描いて飛翔していった。

「小猫ー、逃げられると思うなよー」

 遠くからかけられる声に構うことなく立ち上がり、さっきまで目指していた方向が倒木で塞がれているので、別の方向へと進み始めた。

 先ほどからこれの繰り返しで、小猫は森の中をぐるぐると回っていた。

 バキバキ――

 再びの倒木音。それを聞いた小猫は、今度は屈むのではなく飛び上がる。そのすぐ後に、地面から30センチほどの高さをブーメランが通り抜けていった。

 ブーメランが飛んでくる高さは一定でなく、それに加えて飛んでくる方向もまちまちで、小猫の立っていた場所にブーメランが突き立つこともあった。

「中々慣れてきたな。じゃあ、少し難易度を上げようか」

 朧がどこからか見ているのではないかと疑ってしまうが、小猫は朧がどこにいるのかは分からなかった。

「次は二つ行くぞ」

 その声と同時に、倒木音が二方向から聞こえてき、小猫は対応を迷った。

「動かなきゃ死ぬよ?」

 小猫はその言葉に押されるように、音がしない方向へと思い切り踏み切った。

「いらっしゃい」

 小猫が飛んだ方向の茂みの向こうには朧がおり、着地した小猫へと手にしたロングソードを振り下ろした。

 



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朧先生の仙術講座(初級編)

 小猫が起きると、どこからかいい臭いが漂ってきた。

「……ううっ」

「あ、起きた、小猫?」

 小猫の視線の先には、朧が料理の乗った皿を持って立っていた。

「料理は出来たけど、食べる元気はある?

「……なんとか」

「ん、なら大丈夫だな」

 朧がやけに手馴れた様子で料理をテーブルに並べていく。

「……これ、先輩が作ったんですか?」

「まあな。食材はこの屋敷に貯蔵されていた物だけどな」

「……料理、できたんですね」

 小猫は心底意外そうな顔をした。

「それなりにだけどな。ついでに言うと、味の保証はできないぞ。全く自慢できないことに、他者から美味(うま)いと言ってもらったことはないからな。不味(まず)いと言われたこともないが」

 朧はそう言って席に座り、小猫が席に着くのを待たずに、無駄に行儀のいい所作(しょさ)で、料理を口に運び始める。

「……いただきます」

 小猫は朧が一通り料理に手をつけたのを確認してから、自分も料理に口をつけた。

「……美味(おい)しい」

「気に入って頂けたようで何よりだ。超感動」

 それからは、二人は黙って食事を続けた。

 

「……ごちそうさまでした」

「お粗末様(そまつさま)。食器は俺が片付けるから、休んでいていいよ」

 朧は二人分の食器を持って、シンクへと向かう。

「……どうして……」

 その背中に、小猫が声をかけた。

「ん?」

「……どうして、こんなことをしてくれるんですか? あなたは敵のはずじゃ……」

「俺はお前らの敵になった気はないけどね。これは好きでやってることだから、気にしなくていいさ」

 朧はそう言うと、食器を洗い始めた。

「……それで納得できるはずが……」

「強くなりたいなら、そんな細かいことに気にするな」

「……分からないのは、気持ち悪いです」

「……じゃあこれだけ言っておく。俺にも、どうしても強くなりたいと思った事はある。だから、お前が強くなろうとしている気持ちも分かる」

 水音がする中、その言葉は奇妙に響いた。

 

 

 

 

 

「さて、飯を食べた後すぐに運動するのは体に悪いから、少々仙術についての話をしようか」

「……嫌です」

「嫌だ嫌だで渡っていけるほど人生は甘くないんだよ。使う使わないは置いといて、聞くだけ聞け」

「……はい」

 小猫は渋々と頷いた。

「コホン。それじゃあ……まず仙術がどんなものかについては大体知ってるよな?」

「……はい」

「でも一応言っておくと、仙術は生命体に流れる生体エネルギー――俗に言う『気』に干渉する術。応用範囲は結構広く、気や魔力の活性化や不安定化、体力の回復、気配察知など色々できる。俺は気配察知と自分の身体能力を(わず)かに向上させる位しかできないけど。まあ、お前ならもっと幅広くできるんだろうが」

 小猫は黙ってそれを聞く。

「で、仙術の欠点にしてお前が最も警戒している難点は、仙術は周りの気に干渉してしまうため、その影響を受けやすく、世界の負の感情に影響されて、強大な力を得る反面、暴走する危険性がある、、だったか? 俺は向いてないかそこまではならないけど」

 小猫は首肯する。

「……そのせいで、姉さんは……」

「ところで、そのことで一つ疑問があるのだけれど」

 落ち込む小猫の言葉を朧が途中で(さえぎ)る。

「……なんですか?」

「お前の姉、主を殺したのって本当に仙術のせい?」

「……どういうことですか?」

「酷いことを言うようだけど、あのバカ猫が力に溺れて暴走するような奴に見えない」

 その言葉に、小猫が息を呑んだ。

「野良猫のように飄々(ひょうひょう)として、神出鬼没で掴み所のない奴で、いい加減で適当で、先のことを考えてるのかも分からないけど、俺にはあいつが力に憑り付かれているようには見えない」

 小猫は黙り込んで(うつむ)く。

「けど、力を使うのが好きでテロリスト集団に属している(ろく)でもない奴なのは確かだけどな」

「……色々と台無しですね」

「そりゃそうだ。俺はあの黒猫のことが基本的には嫌いだ」

 その後、朧は小猫に黒歌に対する愚痴を延々とこぼし始めた。普段からどれだけ溜まっていたのか、かなりの間は(しゃべ)り続けていた。

「……姉がすいません」

 愚痴を聞き終わった小猫は、開口一番そう言った。

「お前、いい子だな……幸せになれるように祈っておく。――ああ、それで、仙術のデメリットに対する対処法は、せいぜい気を確かに持てとしか言えないが――」

 朧は小猫に優しく微笑みかける。

「いざとなったら仲間に頼れ。お前には、素晴らしい仲間がいるんだからな」

「……はい!」

「いい返事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、早速実践と行こうか。危なくなったら俺が止めるから大丈夫大丈夫」

「……あんまり安心できないです。テロリスト先輩」

辛辣(しんらつ)だな!?」

 



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朧、潜入

 小猫は森の中の開けた場所に立っていた。その身に着けているジャージは全体的にボロボロで、所々切り裂かれていた。

 シュッ

 空気を引き裂く音がすると同時に小猫が振り返り、飛んできた木でできた矢を左手で払いのける。

 その背後から、朧が音もなく接近し、手に持ったナイフで小猫を突き刺さんとばかりに(せま)った。

「……フッ!」

 短い気合いの声と共に放たれた右回し蹴りが朧のナイフを弾き飛ばし、次いで突き出された左拳が、朧の顔の前で止まる。

「おー、怖い怖い」

 朧が両手を挙げて降参の姿勢を取る。それを見た小猫は、左手を下ろし、右手を頭上へと突き出した。

 バキッ!

 その拳は倒れてきた樹木を真っ二つにへし折り、空高くに吹き飛ばした。

「よく気付いた、なっ!」

 小猫はそれの声と同時に突き出された朧の貫手(ぬきて)(さば)き、反撃の左拳を朧の腹に突きこんだ。

「ゴフッ……!」

 朧はその場に膝を着いてしばらくうずくまっていた後、ふらつきながら立ち上がった。

「ふ……もう教えることはない。免許皆伝だ」

「……何の免許ですか?」

「…………さぁ?」

 そう言った朧の脛に、小猫のローキックが放たれた。

 

 

 

 

 

「さて、余計なことはさておき、一応仙術を使う踏ん切りがついて、それなりに使えるようになって……お兄さん嬉しいよ」

「……はぁ」

 朧は嘘くさい涙を流しながら話しているが、小猫はどちらかというと彼が作った料理に注意が行っていた。

「俺との特訓という名の単なる戦闘行為をしながら、アザゼルから出された修行メニューもこなしていたのは驚いたが、まあ仙術の回復もあったから何とかなったようだな」

「……ええ、まあ」

「今日で修行の期間も終わりなんだっけ?」

「……はい」

「戻ったら、みんなと修行の成果を報告し合って、その後にパーティーだったか?」

「……確かそうだったと」

「その際に俺のことは言わないでくれると助かる」

「…………考えておきます」

 この時だけ、小猫はどうするか少し言い渋った。

「別に、尋ねられたら話してもいいけどな。ないと思うけど」

「……先輩はこれからどうするんですか?」

「お前はこの屋敷の魔方陣からグレモリー家の本宅に直接ジャンプするんだろ? それについて行く訳にもいかないから、この屋敷からお暇してどこかに行くことになるな。――おっと、どこに行くかは聞かないでくれよ? 俺も分からないんだから」

 朧は冥界の地理に明るくなかった。

「……そうですか。それでは、ここでお別れですね」

 食事を食べ終えた小猫が、名残(なごり)惜しそうに言った。名残惜しいのは朧ではなく、彼が作った料理だが。

「そうだな。けど、そう遠くない内に会えるさ。同じ学校なんだから」

「……今思うと、テロリストが学校に通うってかなり変わってますよね」

「好きでしてるわけじゃないからな。俺としては学業優先だ。テロで生計は立てられない」

「……変な所で現実的ですね」

「周りがちっとも現実的じゃないからな」

 

 

 

「小猫はさっきお別れと言ったけど、俺としてはまだお別れするわけにはいかないのであった」

 お別れしたらまた一人ぼっちに逆戻りである。

 なので朧は、小猫が転移した際の魔方陣と魔力の消費具合から転移先の座標を確認し、その少し離れた場所に転移した。

 

「グレモリー眷属は…………いたけど、一緒に凄いのがいるな。『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』タンニーンか……」

 タンニーンは『六大龍王』に数えられた伝説のドラゴンであり、今では悪魔に転生してしまったが(そのため『六大龍王』は『五大龍王』に変わった)、その力は今も健在で、吐くブレスは魔王に匹敵する。

「流石に戦いたくないなぁ……。それにしてもどこかへお出かけかな? ドレス姿ということは、パーティーかな?」

(誰も彼も綺麗だねぇ……何故かギャスパーもドレス姿だが)

 男の娘だからアリだが。

「さて、どうやって追跡(ストーキング)したものか?」

 魔方陣で転移(ジャンプ)されるよりマシだが。

「仕方ない。ここは我が故郷である日本古来より伝わってない隠密スタイルに(なら)おう」

 朧は抜き足差し足忍び足でドラゴンの一体に近寄ると、その尻尾に細い糸を結びつける。その糸の先は黒き御手(ダーク・クリエイト)で構成された(たこ)が付いていた。

「Let's play Ninja!」

 そう言ってる本人は本気だから手に負えなかった。

 ドラゴンたちが飛び立つと同時に、朧は誰にも気付かれることなく大空へ舞い上がった。

「この高さ怖ッ!」

 ……叫び声は風に(まぎ)れて聞こえなかった。

 

 

 

「うわぉ!?」

 目的地であろう超高層高級ホテルの目の前にたどり着くと、ドラゴンたちは降下を始めた。

 そのせいでありふれた代物(しろもの)である細い糸が切れ、朧は凧ごと吹き飛ばされた。

「ぬ、よ、ほっ! (ふう)、吹け!」

 朧は凧から手足を離すと、空中で姿勢制御し、眼下に出現させた魔方陣から風を起こし、勢いを弱めてから地面に墜落した。

「ぬぉぉぉ……死ぬかと思った……」

 上空数百メートルから落下した朧は、木のおかげも合って無事だった。

「さて、どうしよ? 『禍の団(カオス・ブリゲード)』が様子を見ているようには思えないしな……」

 その時、朧の腹の虫が鳴った。

「よし、パーティーに潜入しよう」

 大胆不敵というか、無謀という、実の所を言うと何も考えてないだけである。

「こんな時、魔力を服に変える技術(スキル)があると便利です」

 服装をタキシードに変え、仙術による気配察知でパーティー会場がホテル最上階である事を確認すると、一気に外壁を駆け上がり始めた。

「ぬぉぉぉぉ! 重力に負けるかぁぁぁ!」

 ……朧は時々、考えが浅い所があるようだ。

 

「無事潜入……あんまり無事じゃないな!」

 今の朧は息も絶え絶え、足はガクガク、しかし汗は全くかいていない。冥界も高度が高くなるほど気温は下がるらしい。

「さあ、当初の目的である空腹を満たそう」

 悪魔の血が一応混じっているためか、誰にも怪しまれることなくパーティー会場に侵入した朧は、テーブルの上に載っていた料理を取り皿にちょこちょこと盛り付けた。どうやら種類が多い方が好きなようだ。

「もぐもぐ……俺の口に合わない。やっぱ、日本人なら日本食だよねー」

 その割には結構食べている。どれだけ空腹なのだろうか?

「ケフッ、腹も(ふく)れたし、他に誰かいないか探そう。運が良ければ黒猫の一匹ぐらいいるだろう」

 食事のためだけにパーティーに潜入した朧は、使った皿とフォークをテーブルの空いた場所に置き、会場から出て行く。控え目に言ってバカじゃないだろうか。

 そのバカの後ろを、一人の悪魔が後をつけて行った事に朧は気づかなかった。

 



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朧、キャラ崩壊

「スタッ」

 エレベーターを使用する訳にもいかない朧は、ある程度の高さまで階段で降りて、その階の窓から地面へと飛び降りた。

「あ、足が……」

 朧は着地のショックでプルプルしている足を(さす)りながら立ち上がると、仙術で辺りを探り始めた。

「けど、俺の仙術だとあいつが本気で気配消すと探しきれないからなぁ……」

 本来そのために覚えたのに、実に意味が無かった。

「やっぱり誰も来てないのかな……」

 落ち込んだ朧の背後に誰かが立ち、それを感じた朧は振り返って身構える。

「――って、何だ。不死鳥娘(フェニこ)か」

「レイヴェル・フェニックスです! 変な呼び方はやめていただけますか?」

「すまんすまん。それで、こんな所で何をしてるんだ?」

「それはこっちのセリフですわ。何故悪魔では無いあなたが、先ほどのパーティー会場にいたのですか?」

「へぇ……気づいてたんだ」

 朧は仙術を用いて、自分の気配を薄めて気づかれないようにしていた。よく探さないと気づかれないはずなのに気づかれた事に感心すると同時に、自分の未熟さに腹を立てていた。

「答えてください。返答如何(いかん)では――」

「お腹が空いたから」

 言葉を遮って放たれた言葉に、レイヴェルがポカンとした表情をした。

「それだけ……ですの?」

「パーティー会場に侵入した理由は」

 それを聞いたレイヴェルは頭を押さえた。

「どうした、頭でも痛いのか?」

「ええ、あなたのせいで……。それではもう一つ質問をしてもいいですか?」

「いいよ。フェニ娘ちゃんの質問なら、(あま)つ位は答えて上げる」

「あ、甘つ? 後フェニ娘ちゃんはやめてくださいと」

「20と1つ。だが断る」

「……コホン。それでは――あなたは何故、冥界に来ているのですか?」

「んー? いい質問だな。それはねぇ……」

 レイヴェルは自分に背を向け、肩ごしにこちらを見る朧を見て、何とも言えぬ怖気(おぞけ)を感じ、背中から炎の翼を出して飛び退(すさ)る。

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』から、冥界での待機命令が出たからなんだ」

 朧から発せられているオーラは、レイヴェルがこの前会った時とは質も量も全く違っていた。レイヴェルは冷や汗をかきながらも、朧に内心を見せまいと気丈(きじょう)に振舞う。

「只者ではないと思ってましたけど、まさか最近噂のテロリスト集団の一員とは……驚きましたわ。そういえば、まだお名前を伺っておりませんでしたわね。お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 朧は口角を釣り上げると、再びレイヴェルに向き直って仰々(ぎょうぎょう)しく一礼する。

「名乗るほどの者ではございませんが、私の名は黒縫朧。『禍の団(カオス・ブリゲード)』がヴァーリチームに所属する、一介の調整役(バランサー)でございます。以後お見知りおきを、レイヴェル・フェニックス様」

 朧から発せられる圧力が強まって行き、レイヴェルは気圧(けお)されてじわじわと後ろに下がって行く。

「ん?」

 不意に朧が視線を明後日(あさって)の方向に向け、レイヴェルにかかっていた圧力(プレッシャー)も霧散する。

 レイヴェルがほっと一息吐いた時、その口にハンカチが当てられた。

「ちょっと野暮用が出たのでこれで失礼させてもらいますね。ああ、ご安心を。これはただのハンカチで、薬品等は使用されておりません。悲鳴を上げられたら困りますし」

 朧はレイヴェルを後ろから抱きすくめる様な体勢であり、右手はハンカチ越しに口に、左手はレイヴェルの左腕を体ごと抱きしめ、右腕を押さえていた。ちなみに背中の炎の翼で軽く(あぶ)られている。

「それでは失礼、お姫様」

 その言葉の後に首筋を圧迫され、そこに魔力を感じたと同時に気を失い、朧は崩れ落ちるレイヴェルを支えた。

(何してんだ俺はぁぁぁーーー!!)

 そして内心で自己嫌悪により絶叫した。

「なんで二回しか会った事の無い女の子の首筋に甘噛みしてんの!? 一番安全に気絶させる方法がそれだったとはいえ、無いよ無いですよ有り得ませんよ! 誰かに見られてたら死ねる!」

 残念ながら誰にも見られてなかった。

「……この子のお迎えも来たようだし、レイヴェルはここに寝かせて、さっき妙な気配を感じた所に行くか」

 朧は自身の上着を脱ぐと、地面に広げてその上にレイヴェルを寝かせた。その際に先ほどまでレイヴェルの口に当てていたハンカチを見る。凝視する。ガン見する。

「…………クッ」

 朧はハンカチで先ほど甘噛みした場所を(ぬぐ)うと、ハンカチを散々迷った末にレイヴェルの手に握らせ、一目散に走り出した。

 

 

 

 

 

 朧が森を突き抜け、目的の場所に着くと、そこでは黒歌が木の上に座っていた。

「シスコン見っけ」

 そこに無言で黒歌から魔力の波導が撃ち込まれ、朧を吹き飛ばした。

 

 朧が森を突き抜け、目的の場所に着くと、そこでは黒歌が木の上に座っていた。

「探したぜ黒歌! 相変わらず妹のストーキングを――」

 そこで猫魈としての妖術がいくつも放たれ、朧を吹き飛ばした。

 

 朧が森を突き抜け、目的の場所に着くと、そこでは黒歌が木の上に座っていた。

「探したよ、黒歌にゃん!」

 そこで黒歌が鳥肌を立てて妖術と仙術が混ざった一撃が、朧を吹き飛ばした。

 

 朧が森を突き抜け、目的の場所に着くと、そこでは黒歌が木の上に座っていた。

「黒歌お(ひさ)ー。元気してたー?」

「こっちはいつでも元気にゃん。朧はどうかした? ボロボロじゃない」

「森を突っ切って来たからな。ここで何してるんだ?」

「待機命令って言っても退屈だから、悪魔のパーティーを見学しに来たんだにゃん」

 黒歌が目の前に飛び降り、朧に抱きついて来た。

「残像だ」

「にゃッ!?」

 黒歌が体勢を崩して転びかけたが、朧が和服の襟首を掴んで支える。

「にゃにゃッ!?」

 すると、黒歌が和服をはだけさせて着ていた事が災いし、着物の上半身が脱げた。

「あーあ、着物をちゃんと着ていないからこうなるんだよ。これに()りたら今度からちゃんと着付けろよ」

 襟を掴んでいる手とは逆の腕で、黒歌の腰を抱きとめていた。

 そんな時、黒歌の足元に彼女の使い魔の黒猫が擦り寄って来る。

 ガサガサ

 茂みをかき分けて、ドレス姿の小猫が出て来た。

「………………」

「………………」

「…………やっほー小猫。また会ったね」

 沈黙に居た(たま)れなくなった朧が小猫に声をかけると、小猫は絶対零度の視線を向けた。

「……どうぞごゆっくり」

「違うんです少し待ってくださいお願いしますから俺の話を聞いてー!」

「にゃうっ!」

 小猫が(きびす)を返すと、朧は黒歌をそこらに放り投げて小猫の足元に(すが)り付いた。

「……離してくださいドスケベ先輩」

 小猫に足蹴(あしげ)にされながら、朧は小猫に必死に弁明をする。

「違うんです俺はあんな無駄にでかい胸に興味無いですこれ不幸な偶然が重なった結果であって悪いのは俺ではなくあの黒猫なんです」

「……それはそうかもしれまんが」

「ちょっと白音!?」

 和服を着直した黒歌が思わず叫んだ。

「……姉さまは黙っていてください」

「はい……」

 しかし、小猫のオーラに黒歌はすごすごと引き下がった。これが修行の成果なのか?

「二人して何してるんでぃ?」

 小猫の前に二人が正座しているという状態に、更に一人の闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れた。

「殺すッ!」

「殺すにゃん!」

 現れた美猴に機銃掃射のような魔力・魔法・仙術・妖術・神器(セイクリッド・ギア)が降り注いだ。

「うわわっと!?」

 美猴が二人の一斉攻撃を避けると、悲鳴のような叫びを上げる。

「ちょっと待ってくれや! 俺っちにそんな事するなら、そっちの茂みに隠れている奴らはいいのかよぅ?」

「……え?」

 朧がギギギという音がしそうなぎこちない動きで振り返ると、そこには一誠とリアスが立っていた。

 バツの悪そうな顔で立っている二人を見て、朧から表情が消え、壊れたテープレコーダーの様に笑い始める。そんな朧から、皆がじわじわと距離を取り始める。

「――皆死んじゃえば、ここでの事は無かった事になるよね★」

 その言葉と共に朧がどこからともなく取り出した黒いコートを着、結界が周辺を包み込み、周囲一帯が神器(セイクリッド・ギア)と魔法でなぎ払われた(この間約0.2秒)。

 



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朧、暴走

「ケタケタケタケタケタ! みんな死んじゃえー!」

 頭のネジが二、三十本は吹っ飛んだ朧が、逃げる五人に襲いかかる。その姿は黒いオーラで覆われており、軽いホラーである。

 そのホラーの朧から、五人が必死に逃げていた。

「ちょっとあなたたち! 何とかしなさい!」

「無茶言わないで!」

「今のあいつを止められるのは神仏だろうと無理さ!」

 顔に(おび)えが浮かんでいる二人の顔を見て、リアスたちもより一層気を引き締めて逃げる。

「貴様ら、何をしている!」

「タンニーンのおっさん!」

 上空に巨大なドラゴンが現れ、一誠が安堵の声を上げる。

「何というドス黒いオーラだ……! ここで息の根を止めておいた方が良さそうだな!」

 その声と共にタンニーンの口から、夜空を明るくするほどの炎が吐き出され、炎は朧を呑み込み、周りの森を焼き払った。

「……フハァァァー……!」

 その炎の中から朧が白い息を吐いて現れる。もう人間とは思えない。

「まだいたかァ!」

 朧が視線を上に向けると、上空のタンニーンに向けて黒い魔方陣が展開される。

「黒炎、焼き尽くせェ!」

「面白い! この『魔龍聖(ブレイス・ミーティア・ドラゴン)』に炎で挑むかッ!」

 無数の魔方陣から吹き出した炎とタンニーンが吐き出した炎が激突し、接触点で音もなく消滅する。

「単なる炎では無いな……ヴリトラとよく似た性質の炎か?」

「そこッ、逃げるなァ!」

 感嘆するようなタンニーンを無視して、朧はこそこそ逃げようとしていた五人に黒槍を投擲(とうてき)する。それを五人はそれぞれ躱す。

「黒歌、こうなったらやるしか無えって!」

「嬉しそうねお猿さん。けどそうね。たまには朧とやるのも楽しいかも」

「おい! 仲間じゃねえのかよ!?」

 臨戦態勢を取る二人を見て、一誠は驚きの声を上げる。

「俺っちらに仲間意識とかほとんどねぇからな。それよりもあいつと戦える方が楽しみさ!」

「私と朧が戦うのは割と頻繁だったり。だからそんなに目くじら立てる事はないにゃん、赤龍帝ちん」

「私たちも行くわよイッセー、小猫!」

「……はい」

「分かりました! 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)!」

 一誠の左腕に赤い籠手が出現するも、それにはいつもと違って宝石の輝きが無かった。

『……相棒、神器(セイクリッド・ギア)が動かん。恐らくは修行によって神器(セイクリッド・ギア)が通常のパワーアップと禁手(バランス・ブレイカー)のどちらかへの変化の分岐点にあって、そのせいで赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)のシステムが混乱しているのだろう』

「こんな時に!?」

 悲鳴のような叫びを上げた一誠に朧の攻撃が雨霰(あめあられ)と降り注いだ。

「イッセー!」

 朧の攻撃はリアスが放った滅びの魔力で相殺された。

「大丈夫イッセー!?」

「すいません部長!」

「これ以上の手出しはさせん!」

 上空からタンニーンのブレスが放たれ、それを朧が黒炎で迎撃する。

「伸びろッ、如意棒(にょいぼう)!」

 美猴が手にした棍が伸び、朧目掛けて真っ直ぐに伸びる。その棍の先端を朧が左手で掴んで止める。

「行って」

「うおッ!?」

 朧の手元から蛇が伸びて掴まれた如意棒に絡みつき、それを(つた)って美猴に襲いかかる。

「隙ありにゃ!」

 黒歌が朧が如意棒を掴んでいる左側から魔力の弾を撃ち出すが、それを朧は左手を振って弾く。美猴は手が離された事で自由になった如意棒を通常の長さに戻すと同時に振り回して蛇を振り払った。

「戻って」

 朧がそういうと蛇たちは朧の袖の中に戻っていき、朧は逆の手で美猴に槍を投げる、投げつける、投げまくる。

「もしかして、やっちまったか?」

「そうみたいね」

 もうほとんど槍の雨のような朧の投擲を防いだり躱したりしながら二人は冷や汗をかきながら話す。その側ではリアスと一誠が、時々流れ弾のように降ってくる槍を回避していた。ちなみに朧はもう槍の発射装置みたいになっている。マシンガンの様な速度で槍を連射している。

「こうなったら、最後の手段をするしかねぇのかもな」

「そうね……白音!」

 黒歌が小猫に呼びかける。

「……なんですか、姉さま」

 さっきのことのせいか、小猫の視線を口調も刺々しい。

「今の朧を止められるのは白音しかいないにゃん!」

「俺っちからも頼む!」

 『禍の団(カオス・ブリゲード)』の二人は真剣であるが、グレモリー眷属の三人は怪訝そうな視線を向けている。現在の朧はタンニーンと弾幕ゲームの様な攻防を繰り広げている。

「何故小猫なら止められるのかしら?」

「「朧はシスコンかつロリコンだから」」

 そう言った二人は、槍と魔法で構成される黒の波に飲み込まれて消えた。

「……フシュー……」

 それを発生させた朧は黒い煙が所々から立ち上っていた。タンニーンのブレスで焦げたのだが。

 朧は三人を見ると、一回深呼吸をすると、一誠たちに向かって加速した。上空のタンニーンは双方の距離が近いため、ブレスを吐けなかった。

 リアスが迫る朧に向かって滅びの魔力を放つが、朧はそれを横にスライドして回避する。朧がどんどん人間離れしてきた。

 その人間離れした動きでリアスに接近し、拳を振るった。

 しかしその拳はリアスには当たらず、小猫にガシッと掴まれ、止められていた。

「……ここは私が」

 小猫はそう言うと、朧の手を掴んでいるのとは逆の腕で、朧にボディーブローを打ち込む。しかし、それを朧は掴まれた手を支点に片手倒立することで避ける。

 小猫は掴んでいた手を離すと、落ちてきた朧の後頭部に薄い白のオーラを纏う掌底を叩き込む。

 それを朧は体を丸めて被害をかすめるだけにとどめ、踵落としを放つ。それが小猫の両腕で受け止められると、地面を後転して距離を取った。

「ぅぅぅ……」

 朧は地面に手足を着いたまま、二本の足で立とうとはしない。

「……先ほどの掌底には気が込めてありました。直撃しなかったので余り影響はないと思ったのですが、効いたようですね」

 朧は無言で、立ち上がらないまま小猫との格闘戦を始めた。

 



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世界一酷い禁手のなり方。

今にして思えば、これがドライグにとっての受難の始まりだった……。
もしくはおっぱいドラゴン誕生の予兆でもある。


「クソっ!」

 小猫と朧の格闘戦を見ながら、一誠は自分の不甲斐(ふがい)なさを(ののし)った。

(自分より小さい女の子が戦ってるのに、俺は何もできないのかよ!)

 神器(セイクリッド・ギア)が使えない以上、一誠は小猫より弱く、こうなっても仕方ないのだが、それで納得などできるはずがなかった。

(どうすればいい!? どうすればこの状況で禁手(バランス・ブレイカー)に至ることができる?)

 一誠は考えた。必死になって考えた。今までで一度考えた。そして思い至った。思い至ってしまった。

「部長……分かりました。俺が何故、禁手(バランス・ブレイカー)に至れなかったのか」

 一誠には、アザゼルのとある言葉を聞いてから、ドラゴンに追いかけられている時も考えていた事があった。

「俺が禁手(バランス・ブレイカー)に至るには、部長の力が必要です」

「私は何をすればいいの?」

 それを聞いた一誠は、意を決して言った。

「部長のおっぱいをつつかせてください」

 その瞬間、朧の身を包むオーラが激減した。

「――ッ! ……分かったわ。それであなたが禁手(バランス・ブレイカー)に至れるなら!」

 このやり取りに朧のテンションは下がる一方である。シリアスモードで無かったらもっと自分を大切にしろとか叫んでいた。実際今もプルプル震えている。

「本当にいいんですか、部長……」

 それにリアスがドレスの胸元をはだけさせる。それを見た朧のテンションは更にダダ下がりして、小猫の一撃を喰らって吹き飛び、木に激突した所でタンニーンのブレスを吐きかけられる。

 もう煮るなり焼くなり好きにしろといった風情(ふぜい)である。

「小僧……一体何をしようとしている?」

「乳をつついたら禁手(バランス・ブレイカー)になれる可能性が高い!」

「俺との修行は無駄か!?」

 流石の元龍王も呆れ気味である。

「ねえ美猴。あれは何かの作戦かしら? リアス・グレモリーが乳房をさらけ出して赤龍帝と何かしようとしているわ」

「俺っちに()くな。赤龍帝の思考回路は俺っちたちとは別次元にあるんだってばよ」

 木陰に隠れてこそこそと話していた二人は、朧に気づかれ魔術の一斉射撃を撃ち込まれた。更にタンニーンのブレスも吹きかけられた。しかし、そのどちらの威力も先ほどよりも弱まっていた。

「おっさん、大変だ! 右と左、どっちをつつけばいい!?」

「知るかこのバカ野郎ォォォ! とっととつついて至れェェェ!」

 タンニーンの叫びに、朧が内心で大いに頷いた。ちなみにこの二人は現在死闘中である。

「部長、オススメは!?」

「だったら同時につつけばいいでしょ!」

 朧は小猫の両手を掴んでくるくる回り始めた。

「にゃーん」

「……にゃーん」

 現実逃避し過ぎである。

 そんな中、一誠がリアスの乳に指を(うず)めた。

「……ぃやん」

 それを聞いた瞬間、一誠には見えた。

 

 ――宇宙の始まりが。

 

『至った! 本当に至りやがったぞ!』

 一誠の中のドライグが笑うが、半ば自棄糞(やけくそ)である。

Welsh(ウェルシュ) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!』

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の宝玉に光が戻り、一誠を赤いオーラが包む。

「……小猫、お前の相手はここまで。ダンスの相手はまた今度ね」

 朧はそう言うと、小猫を魔術で作った檻の中に閉じ込める。

禁手(バランス・ブレイカー)赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)』! 主のおっぱいつついてここに降臨!」

 一誠のオーラが赤い鎧と化し、その身を包んだ。

「史上稀にすら見ない禁手(バランス・ブレイカー)へのなり方を見せてくれてありがとう。控えめに言って最低だな」

『相棒、それは俺も同感だ。これは酷い。そろそろ泣くぞ』

「エロくてゴメン。それで首尾は?」

『三十分の間禁手(バランス・ブレイカー)を維持できる。弱いお前にしてはまずまずだ』

「それでは小手調べと行こうか! 赤龍帝(せきりゅうてい)籠手(こて)だけに!」

 広げた両手の間に無数の黒槍を出現させ、それの穂先に魔方陣を出現させる。

黒槍(こくそう)穿(うが)て!」

 発射された黒槍は魔方陣を通過すると黒いオーラを纏い、一誠目掛けて直進する。

「ドラゴンショット!」

 一誠が撃ちだした魔力の弾は、黒槍を消し飛ばして朧へと直撃すると赤い閃光が奔り、爆音が響き渡り風景を消し飛ばした。

「……っ!」

 その直後、檻に入れられた小猫が一誠の元に飛ばされてきた。

「小猫ちゃんゴメン! こんなつもりじゃ……」

 その一撃の威力には、一誠も驚いて来た。

「ハハハ! 久しいなこの赤い一撃! この周囲一帯を覆っていた結界が消し飛んだぞ!」

『全身のオーラを手元に集めて放つ一撃だ。連発はできないが威力は通常よりも何倍も上だ』

「朧の奴、死んだんじゃないか……?」

 立ち上る土煙を見ながら一誠がそう言うと、土煙に不規則な動きが生まれた。

「……フフフ、フフフフフハハハハァッ!!」

 土煙が吹き飛び、哄笑を上げる朧が現れる。

「中々にいい感じだなぁ! 面白くなって来た!」

 朧は全身を黒いオーラに包むと、一誠目掛けて突撃する。

「貴様の相手は赤龍帝だけではないぞ!」

 上空からタンニーンが炎を吐くが、朧はそれに一切構わずに直進し、炎の中を突き抜けて一誠へと肉薄する。

「う、うぉぉぉぉ!」

Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)!!』

 朧の鬼気迫る勢いに、一誠は思わず全力の一撃を繰り出す。伝説のドラゴンが、生身の人間に。

 一誠の鎧に包まれた拳と、朧のオーラに包まれた拳が激突する。普通に考えれば朧の右拳は吹き飛んでもおかしくない。だがその一撃は拮抗し、鎧にひびを入れた。

「らぁ!」

 そして、朧は重なり合った拳をずらし、一誠の胸へと手を当てる。

徹寸勁(とおしすんけい)……!」

 朧が震脚と共に放った一撃は赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を素通りし、一誠に直接衝撃を伝えた。

「ぐっ……おおっ!」

 一誠はそれに耐え、反撃の拳を朧の腹に叩き込んだ。

「がはッ!」

 口から血を流して朧が吹き飛ばされる。

「やるなぁ赤龍帝!」

 口から血を流しながら、朧が左腕にオーラを集中させ、右手に今までとは形式の違った魔方陣を出現させる。

「奥の手、見せて――」

 そこまで言った所で近くの空間に裂け目が生まれ、そこから背広姿の男が姿を見せる。

「そこまでです。悪魔に気づかれましたよ」

 手に絶大な聖なるオーラを発する剣――聖王剣コールブランドを持つアーサーがそう言うと、陰から美猴と黒歌が姿を見せた。

「ふーん。で?」

 そう言って継戦しようとした朧は、美猴と黒歌に両腕を掴まれる。

「落ち着けって! それはやりすぎさね!」

「そうにゃん! これ以上はおふざけじゃ済まないわよ!」

「貴様らだけには言われたくはないわ!」

 激怒して美猴と黒歌を振り払う朧に、アーサーが静かに声をかける。

「朧、オーフィスが寂しがっていましたよ」

「さあ行こう今すぐ行こう待っててねオーフィス今行くよ。それでは皆さんまた会う日までさようなら!」

 そう言い残して、朧は足元に高速で魔方陣を展開。それが光るやいなや四人はこの場から転移をした。

 誰の介入も許さないほど見事な逃げ方に、一誠たちは何も言えなかった。

 



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冗談抜きで死ぬ(by朧)


「おえっ、内臓が……。あと右の拳が砕けた」

 転移した禍の団(カオス・ブリゲード)の本部の一室で、朧はげーげー吐いていた――血を。

「無茶するからだぜぃ」

「ホント。朧にゃんの体はほとんど人間と変わらないんだから、あんまり無茶すると死んじゃうわよ?」

「ついカッとなってやった。今では反省している。――おぇぇぇ……」

 朧は今すぐにでも死にそうである。内臓がいくつか破裂してたらそうなっても無理ないが。

「美猴、黒歌、ちょっとこちらへ」

 朧から少し離れた場所に立っていたアーサーが、二人を手招きする。それを見た二人が近づいていくと、アーサーは小声で話し始めた。

「彼はこれ以上、戦わせない方がいいかも知れません」

 これに二人は首を傾げた。

「……今のオーフィスの状態、知ってますか?」

「知らないねぃ。けど……」

「見なくてもなんとなく分かるにゃん……」

 美猴と黒歌は上階の、オーフィスがいるであろう方向を見て身震(みぶる)いした。

「オーフィスのオーラがもの凄く不安定になってるねぃ」

「最近朧と会ってなかったから?」

 黒歌の質問に、アーサーは首を縦に振った。

「この間、オーフィスのいる部屋に入った者がオーラだけで消し吹き飛ばされて、余波で半径百メートルほどが廃墟(はいきょ)になりました」

 それを聞いた二人はうわぁ……という顔をした。

「ただ会えないだけでこれなのですから、もし死んだとなれば……」

 三人の脳裏に浮かんだ四文字は「世界崩壊」だった。

「でもよぅ、肝心のあいつは命を節分の豆のように()くような奴だぜ?」

「それに、言って聞くなら誰も苦労してないにゃん」

 実は聞かなくても苦労してる人は本人だけだった。

「まあ、それはそうなのですが……」

「それに、あいつが簡単に死ぬ奴かぃ? 土手っ腹に大穴空いても立ち上がりそうな奴だぜぃ」

「殺しても死ななそうなイメージにゃん」

 二人のある意味でひどい印象に、アーサーも頷いた。

「まあ、私も彼が死ぬイメージはわきませんが、意外に呆気(あっけ)なく死にそうな気がするのですよ」

 その言葉に二人は頷いた。

「それはあるかもねぃ」

「段差で転んで死にそうにゃん」

 朧は一体どの様に見られているのだろうか?

 

 と、朧の扱いを話していた――と思いきや愚痴(ぐち)り合いに変化していた――最中(さなか)(ちなみにこの間、朧はずっとげーげーしてた。吐いているのは血液なので、そろそろ人間だったら死ぬほど吐いている。早く病院に行くべきである)、美猴と黒歌がふと顔を見上げた。

「お? 降りてきたぜぃ」

「珍しいわねー」

「呑気にしている場合ですか。このままでは私たちはどうなるか分かったものではありませんよ」

 現状整理。朧――吐血中。美猴、黒歌、アーサー――それを遠目で眺めている。というか放置。

 それを確認した後、三人はこの場から立ち去った。

 

 その数十秒後、この部屋の唯一の扉を開けて、オーフィスが入ってきた。

「朧、見つけた」

 部屋の中を見渡したオーフィスは朧を見つけると、すぐに近寄り、前かがみのその背中に腹ばいで寄りかかる。

「……やあオーフィス、久しぶりッ!? 元気してた……?」

 途中で言葉が不自然になったのは、オーフィスが朧の内臓を締め付け始めたからである。

「久しい。本当に」

 無表情のはずのオーフィスが怒っているように見えた。

「ごめん」

 こういう時、朧は言い訳せずに謝る。ただ単に反論すると命が危ないだけかもしれないが。

「だから、(ばつ)

「罰?」

「しばらく、このまま」

 それを聞いた朧の血の気がサッと引いた。

 普段なら大歓迎ウェルカムなのだが、内臓のいくつかが機能停止している今、あばら骨をミシミシさせているオーフィスの抱きつきが長時間続いたら、朧は本当に死ぬかもしれない。けど嫌と言ったらこのまま締め潰されるかもしれないので、どちらにせよ朧に逃げ道はなかった。

「あの、オーフィスさん? しばらくってどれくらいですか?」

「我の気が済むまで」

 それを聞いた朧は更なる絶望に襲われた。過去最長合わなかった期間は一週間。その時も同じことをされ、その時は8時間ほど抱きつかれた。そして今回開けていたのはその二倍以上。

 この二つから導き出されたのは『死』の一文字であった。しかし、それでもいいかと心のどこかで考えている朧は何がとは言わないが(すで)に末期である。

「せめて、抱きつく力を弱めて……」

「嫌」

 最後の希望も(つい)えた。オーフィスが嫌と言ったら絶対である。それを(くつがえ)そうと思ったら、朧の時間の二週間ほどが必要である。しかも機嫌のいい時に限る。

 

 その後朧は丸一日オーフィスに抱きしめられ続け、開放された後に駆けつけたルフェイが持ってきた輸血と、美猴と黒歌の仙術による生命力増幅によって九死に一生を得た。

 



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症状は悪化の一途

「いやはや、真面目に死ぬところだったぜ」

「お願いですからもう少し自分を大切にしてください」

「ルフェイはいい子だなぁ……」

(とてもテロリストとは思えない)

 微笑ましくなった朧は、なんとなくルフェイの頭を撫でようと思ったが、帽子があったので諦めた。

「大丈夫。俺が死んでも代わりはあるから」

「冗談言わないでください」

「いや、本当。俺の遺伝子使って作ったクローン的存在だけど」

(ただし未完成)

 代わりにはなれそうになかった。

「死んだ時のことを考えるんじゃなくて、死なないように努力してください」

 ルフェイの心からの言葉に、朧は真剣に頷いた。

「あ、ところでヴァーリいるか?」

「いえ、今は開けてますけど……?」

「ならいいや。伝言でイッセーが正式な禁手(バランス・ブレイカー)になったって言っておいて」

 朧はそう言付(ことづ)けを頼むと、輸血の針を抜いて立ち上がった。

「まだ動いちゃダメですよ!」

「大丈夫大丈夫。大丈夫じゃないけど、そういうことにしないと拙いからね」

 朧には敵が多いので、弱みを見せるわけにはいかないのだ。

 

 

 ルフェイと別れた朧がやってきたのは『禍の団(カオス・ブリゲード)』の実験フロア。ここでは主に人間が、三大勢力から盗み出した技術を用いて何かを作っている。『禍の団(カオス・ブリゲード)』の中で最も忌避(きひ)される場所である。そのため管理者に名乗り出る者がおらず、朧が管理を押し付けられていた。

 

「だるぃ……」

 何故朧がこんなところに来ているのかというと、簡単に言うと立ち合い人というか、審判を任されたのである。何をジャッジするのかというと、どっちの合成獣(キメラ)がより強いかという、倫理はどこに行ったと訊きたくなる内容であった。

 

 片方はこう言った。

「現存する強い個体に、生物の長所を追加していくのが最強の合成獣(キメラ)へとつながる」

 

 もう片方はこう言った。

「元々強い生物を掛け合わせるのが最強の合成獣(キメラ)へとつながる」

 

 そして朧は内心で叫んだ。

(ど―――――でもいい~~~~~ッ!)

 

 血が足りないところにこんな事に付き合わされて超不機嫌で、今すぐこの気の滅入る白い部屋(実験用:水爆が爆発しても理論上は耐えられる)から出て行きたかった。

「さっさと始めろ」

 なので朧は部屋の中央端で壁にもたれながらそう言うと、普通なら片方ずつしか開かない対爆扉が同時に開き、十代後半ほど男と三歳ほどの少女(と、表現するのが適切か分からないが)が入ってきた。その片方――男の方に、朧は見覚えがあった。

「フリード? 堕天使側からリストラされたと思ったらこんな所にいたのか」

 朧が思わずそう口に出すと、フリードも朧に気づいて口を開いた。

「おやおや。そこにいるのは俺の殺したい奴ランク――」

「黙らせろ」

『はい』

 フリードと会話したくなかった朧は、対面にあるガラス張りの管理室に命じる。

「ギャァ!」

 するとフリードにつけられた猛獣用の首輪に電流が流れ、フリードは苦鳴をあげて口を閉ざした。

「それじゃ、とっとと始めろ」

 やる気の全く感じられない朧の号令と共に、フリードの体が(みにく)く膨れ上がった。

(造作くらい整えろよ……)

 美的センスを欠片も感じられない姿になったフリードを見て、朧は眉を(しか)める。

 変貌を遂げたフリードは体からいくつもの生物的な刃を飛び出させ、少女に一切の躊躇(ためら)いなく飛びかかった。

 一瞬後に起こる出来事に、朧と少女を除く皆が口を三日月の形に引き伸ばす。

「ぃゃ……っ!」

 少女が短い悲鳴を上げ、フリードに来るなというように両手を突き出す。

「ギャァァァーーー!!」

「あらら」

 今度の悲鳴を上げたのはフリード。それを見た朧は意外とばかりに目を丸くした。

 何が起こったのかと言うと、フリードの刃が届く前に、少女が放った(いく)つもの光がフリードの体に無数の穴を開けたのだ。

 しかし驚くべき所はそこではなく、少女の背中だった。

「白と黒の翼――天使と堕天使の合成獣(キメラ)?」

 朧の疑問に、管理室から返答があった。

『そうだ。天使と堕天使の合成獣(キメラ)! 実際できるかどうかも分からず、試しに作ったものだが、これが思った以上の成果をあげた。素材に使用した天使と堕天使のDNAの持ち主は中級程度だったにも関わらず、上級に匹敵する光力を持っている』

(生まれたのは聖魔剣ができたのと同じく、神と魔王が死んだからか? ――いや、この場合は神だけか……?)

「もう一つ質問。何故こんな幼い容姿をしている?」

『本来なら成長速度を早めて十代半ば頃にしたかったのだが、天使と堕天使を掛け合わせたせいか、急速な成長を望めなかった。もしかすると成長する事がないか、成長するのにとても時間がかかるかだ』

「ふむふむ……それでは最後の質問。――さっきから光の……(やじり)かな? それがこっちを向いてるんだけど、一体どんな教育をした?」

 その言葉と共に朧が飛びのくと光の鏃が一斉に放たれ、朧が一瞬前まで立っていた所にいくつもの穴が開いた。あのまま立っていたら恐らくは蜂の巣になっていただろう。

「おい、さっさと止めろ。このままだと死ぬぞ」

 それを聞いた管理室の研究者たちが慌てて首輪に電流を流そうとした時、光の鏃が研究者たちのいる管理室を貫いた。

「……わぉ。大抵の事では壊れないようにできてるんだが……光の体積を小さくして密度が上がってるから威力が高いのかね?」

 ちょっと現実逃避気味に考察する朧に、光の鏃が襲いかかってきた。

「ぬぉぉぉ! ルフェイに激しい運動は禁じられているのに!」

 朧はそう言うが、回避動作の途中にバク転とかひねり飛びが入ってるのでいまいち真剣味に欠ける。

「さて、形状的に追尾(ホーミング)とかされそうだから、その前に倒しますかねっ」

 朧は神器(セイクリッド・ギア)を発動させると、煙幕を創り出して視界を封じた。

 視界を封じられた少女は、広範囲にバラまく様に光の散弾を放つ。しかし、細かくなりすぎた光は朧が創り出した盾に阻まれた。

「このまま体当たり――できない!」

 そのまま激突すれば体格差で押し倒せた(変な意味では無い)ものの、朧は持病の不治の病(ロリコン)があるために、寸前で踏みとどまった。

「ならば――秘技、猫だまし!」

 猫だましとは、顔の前で手を叩く事で相手を驚かせる技である。

 ただし朧のそれは特別で、衝撃波と音で相手を気絶させることが可能な超非殺技である。スタングレネードもビックリである。

「難点は手が痛くなること。――って、右手が砕けたの忘れてたぁー!」

 朧は右手首をつかんで痛みに震える。右手を掴まないのは更に痛い思いをするからだ。

 

「さて……これどうしよ?」

 痛みが落ち着いた朧が周りを見渡すと、そこには気絶して倒れている少女、全身から血を流しているフリード、ボロボロになった管理室とその中にあるいくつもの死体があった。

「まずフリードは……?」

 フリードに近寄って覗き込むと、まだかすかに息があった。

「聞こえてる? 聞こえてなくてもいいけど。どうなっても生きたかったら、一つ頷いてくれる?」

 これは朧の最後通牒であり、頷かなければ即座に殺すつもりであった。

 ほとんど意識もないであろうフリードは、意識的であるかどうかも微妙だったが、それにしっかりと頷いた。

「残念。けど、これで実験体一つ確保かな。しぶとそうだし丁度いいかもね」

 朧はさほど残念そうではない表情でそう言うと、フリードをどこかへと転送した。

「さて、問題は……」

 朧は気絶した少女を見下ろす。見た目年齢は三歳ほどの少女を(ココ重要)。

「せめて十代後半以降だったら容赦なく戦わせたんだけどなぁ……」

 この少女の扱いを決めかねた朧は、しばらく悩んだ結果、レイナーレに押し付けることに決めた。

(半分は同じ堕天使な事だし)

「書類上では暴走したので処理って事にしておくか」

 朧は少女を担ぎ上げて、自宅への転移を行った。

 



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変化する日常

「…………」

「……にゃぁ……」

 黒縫朧です。最近、朝起きると布団の上で猫が丸くなって寝ていて起きられません。

「……ごはん……」

 よくは分からないが、どうやら餌付けに成功してしまったようです。

 

 

 

「小猫さん。前々から言っていますが、家の人はテロリストなのですから、こうも頻繁(ひんぱん)に来られるとあなたの主の立場が悪くなるんですよ? でもこの料理美味しいですよね」

 小猫が無言でコクリと頷く。俺が料理できることを知ってから、レイナーレは俺に料理をさせるようになった。

「それに、年頃の娘さんが男性の寝室に入るのは感心しません」

(それは隣の奴らにも言ってやれ)

 あいつら毎晩同じベッドで寝てるし。ただ寝てるだけだが。

「それに、家にはまだ小さな子もいますし……」

 レイナーレの言う小さな子とは、この間俺が連れて帰って来た天使と堕天使の合成獣子(キメラっこ)だ。名前は黒と白の翼からとって黒羽(くろはね) 白羽(しらは)である。髪が黒いので対外的にはレイナーレの妹で通している。純粋な堕天使に血縁があるかは知らないが。

「それに黙って来るとグレモリー眷属の皆さんも心配するので、来るのでしたらちゃんと玄関から来てください」

 ちなみにこれは十数回目のお説教であり、効果は既に期待してない。

 

「ところで、最近兵藤さんの家の前に大量の荷物が置かれているのですが、あれは一体なんですか?」

「……あれは、最近アーシア先輩にプロポーズしたディオドラ・アスタロトからの贈り物です」

「ディオドラ?」

 基本的に二人の話には口を挟まない俺ではあるが、この時は思わず声を出してしまった。

「……何か知ってるんですか?」

 そう小猫に尋ねられてしまった俺としては黙っているわけにも行かず、誤魔化すために口を開くのであった。

「ディオドラ・アスタロトといえばあいつだろ? リアス・グレモリーと同期の上級悪魔。現ベルゼブブの血縁。そんな奴が何故アーシアを?」

「……昔、アーシア先輩が教会を追放される原因となった悪魔が彼なんだそうです」

「……何それ超怪しい」

 怪しさ世界一の俺が言うのもなんだが。

「上級悪魔が眷属も連れずに地上で大怪我? 俺に襲われた訳でもあるまいし」

「……それ、自分で言いますか?」

 俺は言うのだ。

「まあ、それはそれとして、そいつには気をつけた方がいいぜ。あの時は気のせいだと思って言わなかったけど、アーシアが一度死んだとき、あの場にはもう一人上級悪魔がいた。それが奴だとすると、求婚に真実味は薄いぜ」

「……気をつけておきます」

 テロリストの言うことではあるが、一応は聞いてくれたようだ。俺もアーシアには幸せになって欲しいから、少々気を配って置こう。

「……もしかして、私が生き残ったのってもの凄い低い確率だったんじゃ……」

「そうかもな」

 俺がいなければ十中八九死んでたし。

「でも、済んだことを気にしていても仕方ありませんね! お二人共、早くしないと遅刻しますよ?」

「……お前、変わったな」

「誰かのせいです」

 その誰かは俺なんだろうな。

 

 

 

 いつも通り始業ギリギリに学校へ行くと、何故だか聖なるオーラを感知した。悪魔の経営する学校に聖なるオーラを発する者がいるのが気になった俺がそちらへフラフラと歩いていくと、そこにはかつて見たことのある少女がいた。

「紫藤イリナじゃねーか。こんな所で何してんだ?」

 俺に名前を呼ばれたイリナがこちらを向くと、直様(すぐさま)臨戦態勢をとった。

「おいおい、俺と戦う気か? こんな人が近くにいる場所で?」

 ここは職員室近くの廊下であり、始業近くだということもあって人は居ないが、俺たちが戦えばその気がなくとも周りの人は死ぬであろう。

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』の一員のあなたが何でこんな所にいるの?」

「ここの生徒だから。元々の住人である俺がこの町にいても、ここらの結界には一切反応しないからな。そうでなくてもすり抜ける位はできるけど。――というか、聞かされて無かったのか?」

 その言葉に対する返答は無い。どうやら図星の様だ。

「しかし、お前から天使と同質のオーラを感じるのはどういう事だ? ――いや、言う必要はない。大方、悪魔が転生するように天使も転生を始めたんだろう」

 疑問が解消されたので、イリナに背を向けて歩き出す。

「ま、待ちなさい!」

「慌てなくとも、放課後には会えるさ」

 思わず叫んで俺を引き止めようとするイリナに短く返して教室に向かう。――途中で始業の(チャイム)が鳴って遅刻したが。

 



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雪女

夢見たっていいじゃない、男だもの。


 部活中にレーティングゲームのミーティングを行うため、早々に帰らされた俺は、思わぬ奴と出会っていた。

「よう朧、遊びに来たぜぃ」

「兵藤一誠に用事があったのでな、寄らせてもらった」

 ドラゴンと猿だった。

「白龍皇は上がっていい。だけど、エテ公、手前は駄目だ」

 ヴァーリには普通に、美猴は適当に接する。

「なんでだよぅ?」

「教育に悪い」

 それを聞いた美猴がついにやっちまったか……という表情をした。

「美猴、何だその顔は」

「もしお前が世間に後ろ指差されるようでも、俺っちたちはお前の味方だぜぃ」

「テロリストの味方なんて要らんわ」

 今の俺が言えた義理ではないが。

(しかも誤解解けてないし)

「大丈夫さ。俺っちたちは分かってるて。――な、ヴァーリ?」

「ん? ああ」

 美猴、人の肩に手を置くな。後ヴァーリ、お前話聞いてなかったろ。

「……とにかく、要件済ませてとっとと帰れ」

「その前になんか飲ませてくれよ。喉渇いちまった」

「お前、本当に図々しいよな」

 ちょっと感心する。

「家には入れてやらん。水は持って来るから少し待ってろ」

徹底(てってい)し過ぎだろぃ……」

 

 

 

 水が入ったコップを三つ持って来ると、そのまま玄関先で話し合いを始めた。

「それで、イッセーに用だったか。隣があいつの家だから待ってればいつかは来るな」

(その場合部長を始めとする眷属と一触即発だが)

 その事を付け加えて伝えると、ヴァーリはそれは好ましくないと伝えた。

「できる事なら他に誰もいない方がいいな」

「まあ、テロリストだもんなぁ……。だったら、悪魔の仕事中に接触するしかないな」

「ん? 悪魔って魔方陣で依頼主ん所行くんじゃねぇのか?」

「最初、魔力が足りなくて魔方陣で飛ぶことすらできなかったらしい。転生したとはいえ元は人間(赤龍帝)だからな。無理もない」

 そこら辺の仕組みはかなり興味がある。一度アジュカ・ベルゼブブにお目通りしたいぜ。

「それで、あいつはチャリで移動してる。それが受けてるんだから、人生ってのは不思議だな。――悪魔だけど」

 ちなみにこれは夜道を散歩してる時に会って聞いた事で、その時はたいそう驚いた。

「だったらその時にするか」

「一応俺も付き合うけど……それまでどうやって暇を潰す気だ? 家には()れんぞ」

「そうだな……」

 ヴァーリはしばらく悩むと、すぐに何かを思いついた。

「そうそうこの近辺で行きたい所があったな」

「それって例のあいつかぃ?」

「そうだ」

「へぇ……お前の相手ができる奴がこの近辺にいるとは知らなかったな」

 ここら一帯の強い妖怪とかは昔粗方(あらかた)倒してしまったから田舎に帰っちゃったし。

「どこに行くんだ」

「日本アルプス」

 あんまり近場じゃなかった。

 

 

 

 買い物に出かけていたレイナーレに――最近はメイド服で出かけそうになっている。変な噂が立つので踏みとどまって欲しい――『日本アルプスに行ってきます』と書置きを残し、白羽におやつを食べたら歯を磨くことを伝えてから日本アルプスに来たのだが……。

 

「流石に寒いな!」

 雪はないけど半袖シャツ一枚で来るのは間違ってた。ヴァーリは鎧を来ていた、何でできているのかは知らないが、何故寒さを――熱さもらしい――防げるのだろうか。じっくり調べてみたい所である。

「それで、今回は何と戦うんだ? 山神とか言うなよ?」

 その場合は相手は自然現象クラスなので、雪崩とかに巻き込まれそうだ。

「今度の相手はイエティだ」

「イエティ? 何でまた」

 あれはヴァーリが戦いたがる相手には思えんのだが。

「何でも、巨人サイズのイエティがいるらしい。ちょっと気になってな」

「何ソレ怖い」

(そういえば、イエティといえば駒王学園の魔獣使いが使役してたなー)

 あれは若輩者(じゃくはいもの)だったが。

 

「そうそう、イエティと言えば知ってるか? 日本古来の昔話に登場する雪女にまつわる話なんだが」

 反応は無い。ならこのままで。

「その昔話に出てくる系の雪女は実際に存在してたんだが、イエティと言う名の外来種に駆逐されたんだ。妖怪の世界でも生存競争とかあるんだよ。ちなみに、雪女の子供は雪ん子とも呼ばれたりするんだが、雪男とかはいないのが不思議だよな。だから絶滅したのかもしれないが。ああ、風の噂によると一部では人里に降りたり山の奥深くで隠れて暮らしているらしいぞ。特徴は雪の様に白い肌と銀色の髪をしてるとか」

「なぁ、朧」

 長々と役にも立たない無駄知識を垂れ流していると、美猴が話しかけてきた。

「どうした。目的のビッグイエティは見つかったのか?」

「まあ、それも見つかったんだけどよ……。お前がさっき話してた雪女ってのはアレかぃ?」

 美猴が指差す方にいたのは、推定身長五メートルはくだらない巨大イエティと、その足元を走っている雪女――というよりも雪ん子。

「ああ、あれだ。と言っても、俺も実物を見るのは始めてなんだが。――うむ、小さくて可愛いな」

 七歳ほどの少女が一生懸命走っているのを見ると、微笑ましい気持ちに――

「なれるか! 今まさに生存競争の真っ最中じゃん!?」

「何にせよ、これで戦える訳だ」

 ヴァーリがそう言って光の翼を広げた時、俺の視界が流れた。

「おや、目の前に巨大イエティの顔面が」

(うん、取り敢えず膝でも喰らわせておこう)

 その次の瞬間、ゴリュッという不快な音を立てて、俺の膝が巨大イエティの眉間に突き立った。

「ウゴォォォォォ」

 別名雪女とは思えない悲鳴を上げて後ろに倒れこみ、その衝撃で雪煙を吹き上げる。俺は巨大雪猿(イエティ)が倒れている間に腰を抜かしている雪ん子を抱きかかえて跳躍して二人の元に戻った。

「ヴァーリ、後は頼んだ!」

「……分かった」

 ヴァーリは一拍置いた後、起き上がった巨大イエティへと飛んでいった。

 

 野郎の戦闘はどうでもいいので省略。今大切なのは俺の腕の中で目を回している雪ん子の事である。

「えっと、怪我はしてない。体調に異状もない。ただ気絶しているだけか」

(……写真に撮りたいなぁ……)

 でも携帯すら持ってないので、撮影手段は網膜に焼き付けるしかなかった。

「お、終わったぜぃ」

「意外と長かったな……う、わっ銀世界」

 ちょっと目を離していた間に、風景が様変わりしていた。

「中々だった。まさかあの巨体で分身できるとは思わなかったな」

「……ダンジョンのラスボスクラスだな」

 そんな相手に嬉々として立ち向かうヴァーリの神経が分からん。

「んんっ……」

「あ、この子が起きるからヴァーリはその(いかめ)しい鎧解除。美猴は半径三メートル以内に近寄るな」

「さっきから俺っちには厳しくねぇか!?」

「厳しいよ」

 お前みたいな教育に悪い奴に厳しくしないで誰に厳しくするんだか。――自分です。

「……誰?」

 雪ん子ちゃんが青い瞳で俺を見て、そう呟いた。

「黒縫朧だ。お兄ちゃんと呼んでくれ(たま)え」

 

 雪女の特殊能力である吹雪で凍傷になった。

 

「すいません、やり直します。黒縫朧です。お兄ちゃんと呼んでくれたらそれだけで結構です」

 ちなみに、今の姿勢は平身低頭である。

雪花(せっか)です。……なんで『お兄ちゃん』にこだわるんですか……?」

(おっと警戒させてしまった様だ)

 これは誰にとっても本意ではないので――と言っても、この場合の誰に当てはまるのは世界広しといえど俺だけだろうが――よくある過去話をしよう。

「俺には妹が居たんだよ。そしてその妹は終ぞ俺の事を『兄』という単語を含む言葉を言ってくれなかったのだよ」

「仲、悪かったんですか?」

「いや、良好も良好。気持ち悪いくらいに長い時間を一緒にいたよ。あいつのためなら一年留年したね」

 義務教育なので出来なかったが。

「じゃあ、どうして?」

「どうして、か……」

 よく考えれば考えたことが無かった。よくよく考えると妹についてよく考えたことは無かったかもしれない。

「ああ、昔の俺と妹は無口・無表情でねぇ。そこに俺は無感情まで併発していたから、口を聞かなかったんだよ」

 なお、無感情は妹以外の時だ。

「それで、その結果目と目で通じ合える様になったな。更に深く考えるとあいつの肉声を聞いたことは――あったな一度だけ」

(最期の、一言だけ……)

「ま、それはそうとお茶でもいかが?」

 相手を考慮して(ぬる)めのお茶を差し出す。先ほどの戦いで水はいくらでも手に入る。

「切り替え早いですね!」

 雪花ちゃんが叫んだ。

「単にゴチャ混ぜに誤魔化しているだけだ」

(おや? 何故俺は柄にもない身の上話をしているんだ?)

 俺に柄はなくて黒一色――って、こんな戯言(ざれごと)はどうでもいい。

「ところで雪花ちゃんには運命共同体、言うなれば家族はいないのかい?」

 この(たと)えは我ながら皮肉過ぎるな。

「お母さんとは、二年前にはぐれました……」

 雪花ちゃんは悲しそうな顔をした。

「辛かっただろう。さあ、俺の胸で泣き給え!」

「お断りします」

「うん、ハンカチいる?」

「はい」

 ハンカチで涙を(ぬぐ)う雪花ちゃんを見ながら、俺はさっきから少し何かがおかしいと思っていた。

「そう、内心がダダ漏れになっている」

「今のも漏れてますよ」

「ちょっと待ってくれ。頭のネジを無くした」

(ええと、確かこの辺りに……)

「あの、頭のネジってひゆ表現じゃ……」

「あ、あったあった」

「あるんですか!?」

 また雪花ちゃんが叫んだ。

(あるだろそりゃ。何か変だろうか?)

 

 注:ここでのネジは金属でできてドライバーなどで回して留めるアレとは違います。――じゃあ何だ?

 

「さて、それじゃあ君はこれからどうするかね? A.このままイエティが群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)する山で暮らす。B.今なら姉的存在と妹的存在に加え、兄的存在になりたい人が付いてくる」

「最後のいらないかもしれません」

「じゃあ、それでいいよ」

 俺はイッセーの家に泊めてもらおう。

「いいんですか!?」

 雪花ちゃんが三度(みたび)叫んだ。

「いいに決まってるじゃん。というか君、よく叫ぶね」

「あなたのせいですよ!」

 また雪花ちゃんが叫んだ。

「それで、どっちを選ぶ?」

「……ちなみに、Aを選んだら――」

「さーて、イエティを全滅させるかー」

「すいませんBでお願いします!」

 黒き御手(ダーク・クリエイト)を出現させながら立ち上がると、必死になって服の裾を掴まれた。冗談なのに……。

 

 こうして俺は、更なる同居人を手に入れたのであった。

 連れて帰ったらレイナーレに殺されかけた。あいつ成長しすぎだろう。

 



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Overkill
歪みの行進曲


 さて、死にかけたがそれはさておき。ヴァーリと美猴をイッセーが通るであろう道に案内した後、『禍の団(カオス・ブリゲード)』の英雄派の本拠に顔を出していた。

「ゲオルグー。例の物はできたかー」

「こっちだ」

 そう言いながらどこぞの学校の様な場所を歩いていると、教室の一室から声をかけられた。

「ここにいたか……出迎えくらい寄こせ」

 広くて探すのが面倒だ。

「生憎、うちにはお前を出迎えられそうな人材はいないのでな」

神器(セイクリッド・ギア)所有者もいいが、もうちょっとまともな人間も入れとけよ」

「この組織にまともな人間が入ると思うのか?」

 それは言外に『禍の団(カオス・ブリゲード)』に真人間はいないと言っていた。

「よし、表に出ろ」

 

「それで、例の物は?」

「ああ、出来ている」

 ゲオルグが手元の魔方陣をいくつか操作すると、霧と共にいくつかの宝珠がはまった円形の装置が現れた。その装置の中央には、誰かを拘束できるように枷が幾つも付けられていた。

「機能は?」

「注文通り何らかの合図と共に枷に繋がれた者の神器(セイクリッド・ギア)の能力を増幅して反転することにしてある。注意するべきは一度しか使えない事と、一度枷を付けたらまともな方法では外せない事だ」

「素晴らしい。さすがは上級神滅具(ロンギヌス)である結界系神器(セイクリッド・ギア)最強の『絶霧(ディメンション・ロスト)』の禁手(バランス・ブレイカー)、いかなる結界装置をも創り出す『霧の中の理想郷(ディメンション・クリエイト)』だ」

「これで例の件は呑んでくれるのだろうな」

「ああ。特殊な『蛇』の事だろう? 面倒だが引き受けた」

 ゲオルグの問いに、渋々とだが頷く。

「それで、これはどうする? もう渡しておくか?」

「おや? 頼めば設置してくれるのかな?」

「アフターサービスとしてそれくらいは引き受けよう」

「へぇ、羽振りがいいねぇ。でも遠慮して、自分でやらせてもらうよ」

(仕掛けたい事もあるしな)

 内心で今後の算段を付けながら、結界装置を魔力で製作した影の中の異空間へと仕舞い込む。

「取引は完了した。これにて失礼する」

 そう言って転移し、この場を後にした。

「……この場には転移妨害の結界を張っているのにも拘わらず、いとも簡単に転移を行うのか」

 

 

 

「クスクスクスクス……」

 場所は変わって『禍の団(カオス・ブリゲード)』の研究フロアの一室。そこで朧は先ほどゲオルグから貰った装置を弄っていた。

 なお、周りに人はいない。悪魔も堕天使もいない。今の朧の半径百メートル以内に近づける生命体はオーフィスだけである。それ以外は皆実験材料にされる可能性がある。

 何故そんな事になったかというと、『禍の団(カオス・ブリゲード)』の研究フロアの管理者にされた時、堕天使の神器(セイクリッド・ギア)研究データを始めとする、様々な各種情報を読み込み、色々思いついてそれを実現させていく内に、いつの間にやら狂気の科学者(マッドサイエンティスト)が出来上がっていた訳だ。

 そもそも朧は戦闘職よりも研究職の方が向いており、RPGの適性職業はラスボスを影で操る真・ラスボスであり、彼がその気になれば三大勢力は今頃戦争になっていたかもしれないほど悪知恵が働く。腹黒いと言ってもいい。今やっている事も、他者が聞いたら誰もが指を指して非難するであろうほどに酷い事である。

「これで旧魔王派は……クスクスクスクス」

 それに加え、何かに没頭している朧は何をしている訳ではないのに、周囲の雰囲気が暗くなる。部屋の明かりの一段目と二段目くらいの違いだ。その雰囲気に当てられると、誰もがまるでお通夜の様に静かになる。

 故に、研究室に閉じこもった朧に近づく者はオーフィスを除いて存在しないのである。

「クスクスクス……霧の中の理想郷(ディメンション・ロスト)で作られた結界装置。ディオドラ・アスタロトの稚拙な策略。それを組み合わせての今回の作戦。それを全て飲み込んでの計略(・・・・・・・・・・)。失敗する可能性は皆無に等しく、成功すれば全てを(ほふ)れる」

 そこで朧はクククと不気味に(わら)う。

「全く、誰かは知らんがいい作戦を考えたものだ。わざわざ反転(リバース)での実験を若手悪魔にやらせるというのがまた皮肉が聞いている。何せ、俺に全て上書きされるのだからなぁ!」

 朧がそれを聞いて考えたのは些細な事。ほんの少しだけの要素の追加。

「発動の際に光力と(つい)の存在である俺の神器(セイクリッド・ギア)の因子の混入。そして起動後の結界強化。誰一人として逃がさない様に。旧魔王派の悪魔も含めて(・・・・・・・・・・・)

 朧はこの作戦で、旧魔王派を壊滅させようとしていた。周りの被害などは一切考えずに。

「さあ、もうすぐで終わりだ。待っててオーフィス。すぐに、元通りにするから(・・・・・・・・)

 

 朧は進んでいく。元通りには決して繋がらない道を。

 



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Second Kill

「お集まりの皆さん、大変長らくお待たせしました」

 レーティングゲームの会場。本来なら(・・・・)グレモリーとアスタロトが戦う舞台に、一つの声が響く。聴く者はいない。何故なら、この空間が使われるのはもう少し先の事であるからだ。

「これより、皆様がご覧になりますのは、共に現魔王の血族である悪魔たちの一戦――ではなく、神仏悪魔による、諦めの悪い古臭い蝙蝠(こうもり)の駆除――でもなく、俺の単なる、周りを巻き込んだ復讐だ」

 聞こえない故彼は語る。黒く塗り固めた胸の内を。

賭けた(ベット)のは我が命。勝率(レート)は換算不可能で、配当金には平穏を。――さあ、受けて(コールして)頂戴、全世界」

 

 世界に対する宣戦布告は、誰にも届かぬ独り言。

 

「さて、早く結界装置設置しないと。アスタロト側の本陣はどっちだったっけ? ああ、そういえば結界に工作しなくちゃいけないんだよな。それとオーフィスを迎えに行かないと……」

 

 

 

「さて、始まりました。『禍の団(カオス・ブリゲード)』旧魔王派対etc. ――皆死んでしまえ」

 真っ黒な椅子の上で、膝の上に寝ているオーフィスを乗せ、朧がサラッと毒を吐いた。

「という訳だから、適当に行ってらっしゃいフリード。適当に殺してきていいよ」

「ひゃはっ! そっれじゃあ、行ってきまぁすっ!」

 横に立っていたフリードは人間とは思えない速度で駆け出していく。

「ま、改造した成果はあったかな? どうせすぐに死ぬけど」

 フリードを見送った後、朧はすぐに興味を失い、膝上のオーフィスを撫でる。

「あなたはもしかすると、実はぜーんぶ知っていて、知らないのは俺で、守るつもりが守られてるだけなのかも知れませんね。――だからどうだっていうんですけど」

 朧が撫でながら呟くその言葉は、実はもう既に何度も自問自答した事。仮令(たとえ)自分が何も知らない愚か者だとしても、止まれないのである。

「ああ、意味もない事を何度繰り返し呟くのか。所詮(しょせん)俺はその程度か。――どう思います、アザゼル総督?」

「悩む事自体は悪くねぇよ。それがいい結果に繋がるならな」

 朧の後ろにはいつの間にかアザゼルが来ていた。

「そうですか。それでは是非とも悩みましょう。――(ろく)でもない(たくら)みごとを」

 そう言って、アザゼルに興味を無くした様にオーフィスを撫で続ける。

「おい、普通に無視すんなよ。しかも、お前の膝の上にいるのは……」

「うるさい黙れ。オーフィスが起きるだろうが」

 朧は振り向かず、音もなく剣を創り出し投擲する。

「うぉ――」

「だからうるさいな」

 アザゼルに悲鳴すら許さず、黒箱(ブラックボックス)に閉じ込めた。

「やれやれ、やっと静かになったか」

 と思ったらタンニーンがやって来たので再び黒箱に閉じ込める。

 

「あああああ、面倒だ面倒だ」

 光力とブレスで幾度も黒箱を壊し、その度に閉じ込め直す行為が百回ほど続いた時、朧が痺れを切らして苛立ったように叫んだ。

「面倒だ面倒だ。ああそうだ。アザゼルの相手は貴様に任せるんだったな、クルゼレイ」

 朧が指を鳴らすと魔方陣が出現し、そこから貴族服を着た男が姿を現す。

「お初にお目にかかる、堕天使の総督。俺はクルゼレイ・アスモデウス。真なるアスモデウスの血を継ぐ者として、貴殿に決闘を申し込む」

「……旧魔王派のアスモデウスか」

 その一言にクルゼレイが激昂する。

「旧では無い! 真なる魔王だ! カテレア・レヴィアタンの仇討ちをさせてもらう!」

 アザゼルもそれに応じる。

「さて、今頃うちの教え子たちはディオドラの所にたどり着いた頃かね?」

 アザゼルが何となく口にした言葉に、朧がこれまた何となく答えた。

「今、たどり着いた所だね。――フリードの野郎、あっさりやられて逃げやがって。後で始末しないと」

 小声でついた悪態は誰にも聞こえず、それを上塗りするように朧が言葉を続ける。

「ディオドラ・アスタロトには『蛇』を渡してるけど、元が下種(ゲス)だから勝てないでしょうね。いい気味だ」

「……それじゃあ、やるか!」

 アザゼルが気合を入れ直し、人工神器(セイクリッド・ギア)の鎧を纏おうとした時、新しい魔方陣が現れた。

「くはっ、ここで現ルシファーのお出ましですか。良かったなクルゼレイ、憂さ晴らしができるぜ」

 クルゼレイは朧の軽口に付き合わず、今現れた男――現魔王、サーゼクス・ルシファーを憎々し気に睨みつけていた。

「クルゼレイ、矛を下げてはくれないだろうか? 今なら話し合いの道も用意できる」

「話し合いだぁ?」

 サーゼクスの言葉に反応したのは、クルゼレイではなく朧。彼はオーフィスから離れ、黒いオーラを漂わせながらサーゼクスを睨みつけている。

「話し合いだと? 当代の魔王、それは侮辱だ。一度負け、僻地(へきち)に追いやられた悪魔共の命を懸けた決死の戦いに、話し合いなんて、なあなあな手段で済ませようとするな。命懸けの相手には、同じく命懸けで立ち向かえよ。それが礼儀だろ。そして言わせてもらうぞ。――話し合い程度で揺らぐような覚悟で、俺たちはここに立っていない。話し合いなんかでどうにかなるなら(・・・・・・・・・・・・・・・・)! 端っからテロなんざしてねぇんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・)ぉぉぉッ!」

 声を荒げて、自身の覚悟を――決して誰の言葉でも止まらないと――言い切ると、今度はクルゼレイに発破をかける。

「何してやがる、アスモデウス(・・・・・・)! とっとと目の前の怨敵(おんてき)を殺せ!」

「言われるまでも無い!」

 クルゼレイが両手に巨大な魔力の塊を作り出し、それを見たサーゼクスは目を閉じ、開いた時には目には冷たいものが映り込んでいた。

「クルゼレイ。私は魔王として、今の冥界に敵対する者を排除する」

「貴様が、魔王を語るな!」

 怒りの叫びと共に放たれた幾つもの巨大な魔力塊は、サーゼクスの滅びの魔力を球体かしたもの――『滅殺の魔弾』(ルイン・ザ・エクスティンクト)によって削り取られ、避けられ、防御障壁に阻まれる。

 そして、自在に動く魔力球の一つがクルゼレイの口から体内に入り込み――

 ――クルゼレイの腹部に穴が空いた。

 

「全く、期待外れも(はなは)だしい。オーフィスの『蛇』の力を借りてこの程度。所詮(しょせん)負け犬は負け犬か」

 その穴を空けた者――黒縫朧は、腹部から血を流すクルゼレイを、先ほどまでとは打って変わった、何の感情も映らぬ瞳で見下ろす。サーゼクス、アザゼル、タンニーンの三人はそれを見て目を見開いていた。

「貴、様ァァァ! 俺は真なる魔王の血族! 正当なる魔王アスモデウスなのだぞ!」

 激昂したクルゼレイに、朧は鼻で笑って返す。

「はっ。王なぞ、ただの人を纏めるための一階級に過ぎんだろうに。リーダー、(おさ)(かしら)――その相似形に過ぎん。相応(ふさわ)しくなければ()げ替える、その程度の存在だ。それに従わない者にとっては、王なぞただの獲物だ」

 もう、朧にとってクルゼレイは道端の歩く(アリ)に等しい――踏み潰すだけの存在だ。

「お、おのれぇぇぇ!」

 クルゼレイが最後の力を振り絞って朧に反撃の魔力を放つ。朧はそれを黒手袋で包まれた右手で弾き飛ばす。

「最期に教えてやるよ。カテレア・レヴィアタンを殺したのって、実はアザゼルではなくて俺なんだよ」

 それを聞いたクルゼレイの顔には、これ以上ないほどの憤怒(ふんど)が浮かんだ。

「せめてもの手向(たむ)けに、同じ方法で殺してやろう。――刃花開放(はなひら)け、黒咲(ブラック・ブルーム)

 朧が指を鳴らすと、クルゼレイの体を内部から、多種多様な黒い刃が刺し貫いた。

「――二人目」

 



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Juggernaut Drive―覚醒

「ああ、興醒めだ。全くもって役に立たない。所詮はたかが旧魔王の子孫か」

クルゼレイがいた場所を見下し、朧はつまらそうに呟く。

「ああ、サーゼクス様。お相手を奪ってしまい、申し訳ありません。残念ながら因縁もあったので、横からかっさらってしまいました。でも恨まないでくださいね? あなたが『蛇』を直接狙うのが悪いのですから」

 視線をサーゼクスに向け、深々と一礼する。

「君はどうして『禍の団(カオス・ブリゲード)』に?」

「そこでしか出来ないことがあるのですよ」

「それは一体なんだい?」

「言いたくありません」

自分の事となると、朧一切の口を閉じる。

「それに、聞いたところで意味はないですよ。俺の目的は、ただの独り善がりでしかないのです。俺以外には価値のないため、協力さえも受け入れません」

 完全なる拒絶。朧の態度はその一言に尽きた。

「さて、イッセーとディオドラの戦いも終わりそうなので、様子を見に行きましょう。後始末ばかり引き受ける。――ああ、苦労しますね、俺も」

 自嘲する朧は足元に魔方陣を展開する。

「オーフィスには手を出しても無駄ですよ。彼女の力を防御に転化するので、全盛期の二天龍でもなければ小揺るぎさえさせられません。――したところで、結局は無意味なんでしょうけどね」

 そう言い残し、朧は姿を消した。

 

 

 

 

「「もう二度と、アーシアに近づくな!」」

 一誠とゼノヴィアから拳と剣を突きつけられ、心を折られたディオドラは怯えながら頷いた。

 そしてアーシアを結界装置から取り外そうとしたが、手足を縛る枷も、結界装置自体も傷一つ付かなかった。

「無駄だよ。それは――」

「負け犬の分際で、何を話そうとしている」

 ディオドラが口を開いた時、転移してきた朧がその口を塞いだ。足で頭部を踏みつけることで。

「全く、オーフィスの『蛇』を与えられておきながらその体たらく、誇りも何もあったもんじゃありませんね。いや、そもそも裏切り者に誇りなぞ存在する訳も無いか」

 ディオドラは踏みにじりながら、朧は吐き捨てる。

「黒縫くん。あなた、何故こんな所にいるのかしら?」

「後始末ですよ、リアス・グレモリー殿。不甲斐なく役立たずで期待外れな裏切り者のねぇ!」

 朧が思い切りディオドラの腹を蹴り上げると、その口から『蛇』が出て来た。

「お疲れ。こんな奴の腹の中に入れて悪かったな。俺は要らんと反対したのだが、周りがうるさくてな。結果的には(エサ)としては最良だったのだが、別に必要なかったな。所詮下種なんだし。ああ、お前もう消えていいよ」

 手の中の『蛇』は優しく袖の中へ、足元のディオドラには小石を相手にするように部屋の隅へ蹴り飛ばした。

「さて、引き継ぎだ。引き継ぎは大事ですからね、何事においても。まずはそう……起動処理からだ」

 朧が指を鳴らすと、アーシアを捕らえる結界装置が音を立て始めた。

「おい、これは一体何なんだよ!?」

 一誠の叫びに、朧は淡々と答える。

「その結界装置は単一機能を果たす存在。上級神滅具(ロンギヌス)が一つ絶霧(ディメンション・ロスト)禁手(バランス・ブレイカー)霧の中の理想郷(ディメンション・クリエイト)。神殺しの道具ですよ」

「……その機能は?」

「機能は組み込まれた神器(セイクリッド・ギア)の能力の増幅(ブースト)反転(リバース)。効果範囲はこのフィールド上と、観戦室となっております」

 それを聞いた面々は顔色を変える。

「ついでに、俺の神器(セイクリッド・ギア)の欠片も追加で組み込んで置きました。俺の神器(セイクリッド・ギア)の構成する物は反転すると光力に近い性質を持つので、悪魔には効果絶大ですね」

 朧が結界装置を指差すと、黒い鎖がアーシアの体に巻き付いた。

「アーシアの回復を反転(リバース)――まさか……!」

「ええ、そうかも知れませんね。あれより先に発想自体は存在していたそうですし。それを元にこの計画が組まれ、それを俺が上塗りしました。罪の上塗りですね。フィールドを覆う結界もさっき俺の神器(セイクリッド・ギア)が活性化した事で強化されましたし。もう北欧の主神でも易々とは逃げられません。ええ、悪魔にはここで一掃します。新旧魔王派(・・・・・)区別せず(・・・・)

「でも、そんな事すればお前だって!」

「無策では無い。発動タイミングに合わせて反転(リバース)を発動する。裏の裏は表ってところだ」

 結界装置が発する音がだんだん大きくなっていく。

「さて、そろそろ発動ですね。――神さえも、殺して見せよう、神滅具(ロンギヌス)

 無駄に芝居がかった仕草で両手を上げると、結界装置が発する音がより一層大きくなった。

「――アーシア、ごめん」

 一誠にそう言われたアーシアは静かに目を閉じる。そして、一誠は――

「高まれ、俺の性欲! 俺の煩悩!――洋服崩壊(ドレス・ブレイク)禁手(バランス・ブレイカー)ブーストバージョン!」

Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)!!』

 アーシアの服を結界装置の枷と黒い鎖ごと消し飛ばした。

 結界装置からアーシアが外されたことにより、結界装置もその機能を停止し、それを見たグレモリー眷属は歓声を上げた。

「どう? これであなたたちの作戦は破綻したわ」

 リアスが胸を張ってそう言うが、朧の耳には果たして届いていたのか。

「……ゲオルグの野郎、手ェ抜きやがったな……――っても、その程度で壊せるような代物じゃなかったハズなんだけどなァ……」

 顔を俯かせてブツブツと呟いていた朧は、顔を上げて手を叩き始めた。

「おめでとうイッセー。君は見事魔王からお姫様を助け出した」

 ちなみにこの文言は、悪魔にとっては気を悪くさせる言葉であった。

「そして、迷惑をかけたお詫びのボーナスゲームだ。――ちょっとここで死んでくれ」

 そう言った朧は、先日とは比べものにならないほどドス黒いオーラを発する。黒さで辺りが暗く感じるほどだ。

「性欲でそこまでできる貴様は、後々まで生かしておくと面倒なんだよな。研究者の側面を持つ故に、不確定要素はできるだけ潰したくなる」

 オーラが剣ような形状に形を変えていき、その鋒が一誠の方を向く。

「俺にとっては余り好ましい事でないのだが、その左腕は切り落として――ッ!?」

 言葉の途中でオーラが霧散し、魔方陣が展開された右手を突き出した。

 

 その直後、アーシアが光に包まれ姿を消した。

 

「――シャルバ・ベルゼブブ、貴様一体どういうつもりだ。何故アーシア・アルジェントを次元の狭間へと転移させた!?」

 朧が何もいない虚空に視線を向けると、そこには軽鎧(ライト・アーマー)を着け、マントを羽織っている男がいた。

「知れた事だ。あの娘を殺したのは偽りの魔王、ひいてはその血族に絶望を与えるためだ」

「……そんなんだから王座を追われたんだよ貴様らは。器が小さすぎるんだ」

 朧がシャルバにうんざりした表情で呟く。

「貴公程度に何を言われようが気にもならんな」

「その外面だけ取り繕った二人称もやめろ」

「シャルバ! 助け――」

 ディオドラの言葉は途切れ、そして二度と紡がれない。

「ところでシャルバ。貴様がアレに『蛇』を渡した意味がなかったどころか、悪影響しかなかったのだが?」

「それについては反論の仕様もない。まさかあそこまで愚かだとは思わなかったのでな」

「王と名乗るならそれくらい見て分かれ。人の器を見抜くのは王の必須スキルだろうが」

 口を挟んだディオドラの命を、黒と光の一撃で刈り取りながら話を続ける。

「まあいいや。計画は破綻したし、自分の手で殺しておこうか――と思ったが、残念ながら無理の様だ。なぁ、赤龍帝(ドライグ)?」

 朧が一誠を――正確にはその中の存在を見て話しかける。

『そうだな……――リアス・グレモリー、今すぐこの場を離れた方がいい』

 ドライグが皆に聞こえるようにした声で、警告を促す。

「シャルバ、本当に残念だよ。お前をこの手で殺せなくて」

「貴公、何を言っている?」

 シャルバは怪訝そうな瞳をシャルバへと向ける。

『そこの悪魔、シャルバと言ったな』

「分からないのなら簡単に言ってやろう」

「『――お前は、選択を間違えた」』

 朧とドライグの声が、異口同音に響き渡った時、一誠から莫大な血のように赤いオーラが吹き出した。

 そして、一誠の口から彼のもの以外の、老若男女(ろうにゃくなんにょ)入り混じった呪詛の様な呪文が紡がれる。朧もそれに追従するかのように静かに語る。

 

『我、目覚めるは――』

「おお、汝らよ。赤龍帝と呼ばれし者らよ――」

『覇の理を神より奪いし二天龍なり――』

「力に飲み込まれ、命を落とした者らよ――」

『無限を嗤い、夢幻を憂う――』

「汝らの願いは(とうと)きものなれど――」

『我、赤き龍の覇王と成りて――』

「世界はいつだってそれを否定する――」

 

「「「「「汝を紅蓮の煉獄に沈めよう――」」」」」

 

Juggernaut(ジャガーノート) Drive(ドライブ)!!!!!!!!!!』

「故に、我らは世界を破壊(こわ)すのであろう」

 



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Jaggernaut Drive―暴走

「ぐぎゅるぁあああああああああああああああ! アーシアァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 獣の叫びのような声を発して、四つん這いになった一誠は目にも留まらぬ速度でシャルバの肩に噛み付く。

「おのれっ!」

 シャルバは右腕に光を作り出し、一誠に放とうとしたが、宝玉の一つから赤い鱗の龍の腕が生えそれを止め、別の宝玉から生えた刃がその右腕を切断した。

「ぐぉぉ!」

 苦悶の声を上げるシャルバの肩肉を食い千切り、四足で着地すると同時にそれを吐き捨てる。

「げごぐぎゅるぁぁぁぁぁァァァァァ!」

 意味をなさない咆哮を上げる一誠の鎧の宝玉からは、龍の腕と刃が無秩序に生えてくる。

「えげつないな」

 一誠を見た朧がそう呟くと、それに反応した一誠が朧に向かって襲いかかる。

「黒炎、黒氷、黒雷、焼き尽くし、凍てつかせ、撃ち貫け!」

 朧が瞬時に展開した黒い三つの魔方陣から黒い炎と黒い氷、黒い雷が迫り来る一誠に向けて放たれた。

 三つの黒に対して、赤龍帝の翼が白龍皇の翼の様に光り輝いた。

Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)!!」

 朧の手加減抜きの魔法攻撃は何度も半減されていって、(てのひら)(にぎ)(つぶ)されるほどの大きさまで小さくなり、血に濡れた赤い鎧に弾かれる。

「ぐりゅァァァァァッ!!」

「クッ……!」

 襲い来る爪と牙を、創り出した剣で受け止める。

「がりゅるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 しかし、牙を受け止められた剣は砕かれ、爪を受け止めた剣はその勢いを止めきれずに、刃を切り裂かれ、体に裂傷を負う。

「力は段違いだな……っ!」

 全力で後ろに飛び退る朧に向けて、一誠は口内に覗くレーザーの発射口のような物を向ける。それを見た朧は高速で転移魔方陣を形成する。

 赤い閃光が走り、朧の左腕が切断され、本体は転移して消え去った。

 

 

 

 

 

覇龍(ジャガーノート・ドライブ)か……とんでもないな」

 離脱した朧は切断された左腕の止血を済ませると、ふらつきながら立ち上がった。

「さて……」

 朧は手元に通信用の魔方陣を展開する。

「あー、あー。ヴァーリ、聞こえてるか?」

『何だ朧。そっちで何かあったのか?』

 魔方陣の向こうに映ったヴァーリが何事か尋ねてくる。

「まあ、超色々あった。気になるならこっちに来な。ところで、お前らの近くにアーシア・アルジェントがいってないか?」

『先ほど、次元の狭間で漂っていた所を拾ったが』

「上々。彼女を連れてこちらに来い。そろそろアレの出現予測時間だしな」

『分かっている』

 

「さて、次はフリードの始末だな」

 朧としては放っておいてもいいが、もし逃がしたら世界にとって害悪にしかならないので、朧は予め仕込んで置いた物を発動させた。

「カチッ」

 朧が何かを手に握り、それを親指で押し込む動作を行う。

「さて、これでフリードの体内に仕込んだ爆弾が爆発するはずだが……生きてるならそれもありだろうさ」

 そう言ったきり、朧はフリードに対する興味を失う。

「うーん……どうするかな? 今のイッセーに近づくと今度こそ死にかねないし。だとすると、もうする事がないんだよね」

 左手を顎に当てようとして存在しない事に気づき、黒き御手(ダーク・クリエイト)にて一先ずの義手とする。

「まあ、思いつかないのならどうでもいいんだろう。オーフィスの所に戻るか」

 再び転移魔方陣を展開すると、オーフィスの下へと跳んでいく。

 

 

 

 

「――……フィス、オーフィス」

「ん……朧?」

 オーフィスが目を覚まし、朧を見た瞬間、オーフィスが朧の左腕に飛びついた。

「朧……左腕は?」

「……ちょっと、持って行かれてね」

 それを聞いたオーフィスのオーラが増大し、近くにいたアザゼルとタンニーンを押し退ける。

「誰?」

 腕を落としたのは誰なのか。朧はそれを決して言おうとはしなかった。

 言ったら最後、一誠は覇龍(ジャガーノート・ドライブ)であろうとなかろうと、この空間ごと押し潰される。

「言って」

「気にするな。どうせ代わりはすぐに作れる」

「言え」

 オーフィスから発せられるプレッシャーに押されて、朧の背中に冷や汗が流れる。朧がアザゼルとタンニーンに助けを求める視線を向けると、目を逸らされた。

「朧」

「――えい」

 朧は苦し紛れにオーフィスを抱きしめた。

「……ん」

 それが功を奏して、オーフィスは大人しくなった。

「ふぅ……」

 朧が何とかなったと一息吐くと、アザゼルがどこか信じられないながらもニヤニヤしていた。

「失礼しまーす……」

 居た堪れなくなった朧は、オーフィスを連れて再び転移した。

 

 

 

 それからアザゼルたちを()くために連続で転移し、最後に転移した場所では、一誠が覇龍(ジャガーノート・ドライブ)状態から元に戻っており、ヴァーリたちも一緒に来ていた。

「おやおや皆さんお揃いで。赤龍帝くんは元に戻れてなによりだよ」

 転移の繰り返しで心底疲れきった朧を見て、オカ研のメンバーは身構え、千切(ちぎ)れたはずの左腕を見て驚いた。

「やれやれ、俺はもう戦いたくないんですけど」

 と言いつつも神器(セイクリッド・ギア)を発動させ、魔方陣を展開する朧に、朧に右腕一本で抱えられているオーフィスが話しかけた。

「朧、グレートレッド」

 オーフィスの指差す方に目を向けると、そこには百メートルほどの巨大な真紅のドラゴンがいた。

「ああ、本当ですね。では――」

 直後、朧の姿がオーフィスを残して消える。

「殺しておこう」

 再び現れた時、朧はグレートレッドの正面にいて、巨大な刃へと変化(へんげ)した左腕を振り上げていた。

「くたばれ!」

 気合の一声と共に振り下ろされた巨大な黒刃は、グレートレッドの鼻先に振り下ろされ、グレートレッドのオーラに弾かれる。

「硬っ……!」

 余りの硬度に有りもしない左腕の幻痛を感じていると、グレートレッドの口が開き赤い閃光が吐き出された。

「やっぱり無理かっ……!」

 朧は舌打ちを一つすると、赤い閃光に飲み込まれる前に転移を行い、オーフィスの元に戻った。

「『真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)』の名は伊達(だて)じゃないか……オーフィス、ごめ――」

 そこまで言ったところで、オーフィスの拳が朧の顔面に突き刺さり、朧は十数メートルほど吹き飛ばした。

「ぁ痛……」

 オーフィスは瓦礫に思い切り激突し、痛みに呻く朧に近寄り、その小さな手で朧をペシペシ叩き始めた。

「ちょ、オーフィス、痛い、痛いから、あの、ちょっと? あ、左腕消えた……」

 ちなみに、オーフィスが一度叩く(ごと)に軽く地面が揺れている。

「オーフィス、ホントに止め、右腕、右腕折れるから。やーめーれー!」

 流石に叩かれるのが限界に達した朧は、オーフィスを右腕一本で抱き寄せる。朧の腕に捕まったオーフィスはしばらくの間、その短い手足をばたつかせていたが、朧が右腕で頭を撫で始めると大人しくなった。

 朧は大人しくなったオーフィスを抱え上げて立ち上がると、オカ研の面々とヴァーリたちに加え、アザゼルとタンニーンまでこちらを見ていた事に気付いた。

「何か御用ですか?」

 朧は渾身(こんしん)のポーカーフェイスで、内心を隠した。本音では今すぐ逃げ出したい。

「……旧魔王派の連中は退却及び降伏した。まとめ役である末裔(まつえい)を失った旧魔王派は事実上壊滅したぞ」

「まあ、それもありでしょう。――では、次のお相手は英雄派。上級神滅具(ロンギヌス)三つを始めとする、神器(セイクリッド・ギア)持ちの人間たちが貴方がたの次の敵ですね」

「旧魔王派を失ったところで、痛くも痒くもないってか?」

 アザゼルの言葉に、朧はシニカルに笑みを浮かべて答える。

「まあ、痛くない訳ではありませんが……あれらは少々幅を利かせ過ぎました。他の芽を出すのには、間引くのも必要かと思えば、これはこれでありでしょう」

「だったら、徹底的に潰すには、土壌から撤去するしかねえよな」

 アザゼルはそう言って光の槍を朧の腕の中のオーフィスに向ける。

「それは正しい考えでしょう。だが、それをさせる訳にはいかないので――()(ほこ)れ、黒咲(ブラック・ブルーム)紅蓮(クリムゾン)

 朧を中心として、(はす)の花の様に黒の刃が地面より咲き誇る。

「それでは皆様、また」

 咲き誇りし黒き刃は、中央――朧に向かって閉じていく。

「逃がすかよ!」

 それを見たアザゼルが光の槍を投げ、タンニーンがブレスを放つ。

「残念ながら、無駄ですよ」

 閉じる刃が壁となり、槍とブレスを代わりに受け、爆発する。

 爆煙が晴れたとき、朧とオーフィスは姿を消していた。

 



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sabotage
かつてあったいつかの話


 さてさて。失った腕の代わりを、クローンだのiPS細胞だので作る間暇なので、少々昔話をしよう。俗に言う回想編という奴だ。

 語られるのは今より少し前。この俺、黒縫朧が中学生の時の事であり、『禍の団(カオス・ブリゲード)』が存在する前の話だ。

 ぶっちゃけ、オーフィスとイチャイチャしているだけの話なので、読み飛ばして貰っても何ら支障はない。

 

 オーケー、それでは始めようか。世界は何事もなく平和に見えて、しかし裏では陰謀が進み、されど俺とオーフィスが幸せに暮らしていた時の事を。

 

 

 

 

 朝起きる。ただそれだけの行為が億劫(おっくう)になったのはいつからだろうか? 小学生になった時か、一人で眠るようになった時か、それともあの時からか――

 それがたとえいつだろうと、人間は朝起きなければならない。学校や仕事があるからだ。学生を職業と考えるなら仕事でまとめられるが。

「……あ、今日学校休みだ」

 ならば起きる必要もない。布団の中にいるもう一つの存在を腕に抱いて、再び惰眠を(むさぼ)る作業に戻ることにしよう。

 

 

 結局、その日は昼近くまで寝ていた。

 再び目を覚ました俺は、腕に抱く存在を一度脇に避けて、一度大きく背伸びをする。

「オーフィス、起きてくれ」

 先ほど脇に避けた存在――オーフィスを何度か揺すると、彼女はすぐに目を覚ました。

「おはよう、オーフィス」

「朧、おはよう」

 起きた俺たちは朝の挨拶を交わすと、歯を磨き、顔を洗うために洗面所へと降りた。

 

 余談ではあるが、オーフィスの寝相はとても良く、ピクリとも動かない。下手すると死人と見間違うほどである。体温も低く、心音もほとんどないので、一般的な観点から見て、オーフィスが寝ているか死んでいるかを判別するのは困難極まりない。といっても、オーフィスが死ぬ事なんて一切想像できないんだが。

 

 歯を磨き、顔を洗い終えると、朝食――といっても、もう昼の方が近いのでその二つを兼ねたブランチになる――を作り始める。

 トーストとハムエッグという失敗することもない簡単なメニューだ。パパッと二人前作ってオーフィスの前と俺が座る席の前に置く。俺が椅子に座ると、オーフィスは挨拶もそこそこにフォークを使って目の前のハムエッグを口に運ぶ。

 食事中は無言であり、どちらも美味(うま)いとも不味(まず)いとも言わない。俺としては、『無限』であるオーフィスにとって食事が必要なのか、味覚はあるのかさえ怪しいが、たとえそうだとしても自分の分だけ作るわけにもいかないので、毎回二人分作っている。

 

 食べ終えると食器や調理器具を洗う。ついでに洗濯などもするが、基本的にオーフィスの服は彼女の皮膚と似たような物なので、洗うのは俺の物だけだ。

 それを終えるとほとんどする事がなくなるので、オーフィスを膝の上に乗せて髪を()く。オーフィスの髪は長いのでこれが結構大変である。

(こうしていると思い出すな……。妹も自分の身だしなみには無頓着だったし。――そうだ)

 懐かしい事を思い出したので、一度をオーフィスをその場に残し、自室に戻る。

「えっと、確かここに……あった」

 お目当ての物を見つけて戻ると、オーフィスが若干頬を膨らませて待っていた。そんなオーフィスの頭を謝罪の意を込めて数度軽くポンポンと叩くと、オーフィスは普段通りに戻った。

 再びオーフィスを膝の上に乗せ、先ほど思いついた事をする。まずはオーフィスの髪を――

 

「できた」

 最近はやっておらず、オーフィスの髪が長いので少々時間がかかったが、オーフィスの髪は一つの三つ編みになっており、端は薄紫色のリボンで結ばれていた。

「これ、何?」

「三つ編み。妹にしてあげてた事を思い出してね。といってもあの子には一つにまとめていた訳じゃないけど、オーフィスにはこっちの方が似合うだろうから」

(本性は(ドラゴン)だし)

 オーフィスは変わった感覚を確かめるように何度か首を傾げたり振ったりする。その度に尾のような三つ編みが左右に揺れて可愛い。

「どう?」

 自分の姿が見えるように手鏡を渡しながらそう尋ねる。

「悪くない」

 オーフィスの口角がほんの少しだけ釣り上がる。どうやら気に入ってもらえた様だ。

 

「えーと、もう夕方か。夕飯の支度(したく)しないと。まだ材料残ってたかな?」

 冷蔵庫の中身を確認し、夕食の献立を考える。それが決まったら下ごしらえや、作るのにある程度待ち時間がかかる物の調理を行う。

 それが済んだら風呂を沸かし、とっくに洗い終わった洗濯物を乾燥機に入れる。そして料理の続きに移り、完成したらすぐに夕食を再び無言で食べる。

 

 食後の休憩中に食器と調理器具を洗い、乾燥機内の洗濯物を空き部屋に干しておき、それが済んだら着替えを持ってオーフィスと一緒に入浴する。我が家の湯船はそこそこ広いので一緒に入っても何ら問題はない。

 誤解が無いように言っておくと、一緒に入る理由はオーフィスの裸を見たいからではない。オーフィスを一人で入らせると、長い髪をそのままにしているから湯船に浸かるし、更には湯船に潜るので、目が離せないのである。

 それと、オーフィスは一人で頭を洗えないので俺が代わりに洗っている。なお、オーフィスが目を閉じてくれないのでシャンプーハット着用である。

 風呂から出たら着替えて就寝する。無論オーフィスと一緒の布団で寝る。

 

 

 

 

 ふむ。こうして振り返って見ると、何とも睡眠時間の長い生活だな。それは今も余り変わらないのだが。

 いやはや、一日も早くこんな生活に戻りたいものである。

 



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Ragnarøk
遠くに響く角笛


「ふむふむ。まあまあ馴染んだか。やはり元々の腕の方が扱い易かったな。文句は言えないけど」

 新しく繋いだ左腕を、調子を確かめるように何度か腕を振り、手を開閉する。

「性能はそこそこ上げたからその分プラマイゼロかな……っ!」

 壁に向けて放たれた拳は金属製の壁を大きくへこませた。

「……痛覚も通ってた」

 その後左腕を押さえてうずくまった。

 

「朧、いるかぃ?」

 朧が痛みから立ち直った時、美猴が部屋の扉を開けて入って来た。

「なんだ美猴」

「左腕の調子を見に来たのと、ヴァーリから伝言さ」

「左腕の調子はまあまあ。それで、ヴァーリは?」

「そろそろ『神殺しの牙』を盗りに行くってよ」

「ついにか。悪神様を出し抜ける策はできたのか?」

「ヴァーリがそんなことを考えると思ってんのかぃ?」

「よぉし、無策なんだな。――死ぬわ馬鹿ども!」

 あまりの無謀っぷりに朧がキレた。

「やるのはいいし、それに付き合う気もあるが、むざむざ死ぬ気はねえぞ」

「いや、ヴァーリの奴も無策って訳じゃねえぜぃ。北欧の主神(オーディン)が日本のとある土地に来るんだけどよ、それの理由が和平らしいんだよな」

「……それが嫌った悪神様がそれを潰そうと追ってくるから、そこを狙うってか? 策ですらないな」

「続きがあるさ。主神殿の警護に、堕天使の『雷光』と、赤龍帝ん所の奴らが就くらしいぜぃ」

「だったら巻き込めば楽になるな。なるほどなるほど。後はグレイプニルがあれば完璧だな。それくらいは自分でなんとかするか」

 そこで、朧はふと顔色を変えた。

「さっき、赤龍帝って言った?」

「言ったけどよ、それがどうかしたかぃ?」

 美猴が肯定したのを受けて、朧はガックリと肩を落とした。

「はぁ……また俺の住む町が戦場になるのかよ。呪われてるんじゃないか、あの町」

「まあ、悪魔がいるくらいだしねぃ」

「そんな事理由になるかー!」

 

 

 

 

 

 

 我が愛すべき故郷に神々の黄昏(ラグナロク)の危機が迫っているのは看過できない事態であるが、我が故郷には他の危機もあった。

 

「英雄派ぁ! 戦うんなら他所(よそ)でやれっ! この土地でやることだけは許さねぇぞ!」

 流石に構成員と本格的に事を構えるのはまずいので、悪の戦闘員みたいな黒い人型――魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)で創られたモンスターを塵も残さずに消し飛ばして威嚇している。それでも帰らないようならお仕置きするまでだ。――その気になればこいつら程度はすぐに屍に変えられるのだが。

(まあ、新しい左腕の試運転には持って来いの相手なのだが)

 結果としては左手での抜き手が貫通する様になった。首の骨を片手で折れるようになった。戦闘員の爪らしき部分と皮膚の強度が拮抗する。

(なかなかに人間離れしてきたな。元から半分は人間ではないのだが)

 本日も構成員は帰ってくれないようなので、仕方なく、本当に仕方なく、丁重に追い返す事にしよう。関節技(サブミッション)で。

(ところでサブがあるならメインもあるのだろうか?)

 なんて事を考えてながら構成員に近づいていくと、オカ研メンバーの気配が近づいて来たので、転移ですぐ逃げた。こういう所で遭遇すると面倒なのである。テロリストなので。

 

 

 

 転移して家に帰ると、家の子達とヴァーリチームの面々が部屋でテレビを見ていた。その内容は『乳龍帝おっぱいドラゴン』…………正直、赤龍帝(ドライグ)とそのとばっちりを受けた白龍皇(アルビオン)が不憫でならない。

(そしてこれが流行(はや)る冥界って……)

 うん。もう何も言うまい。

(あ、よく見るとオーフィスも居る)

 けど、あの中に入って一緒に見る気はないや。……オーフィスを超えるか、乳龍帝よ。

(こんなもの見るために冥界の電波拾うようにTV(テレビ)改造させられた俺って……)

 誰か俺を慰めて欲しい。そしてふと恐ろしい考えが頭をよぎった。

(もし雪花と白羽がイッセーに懐いたら……いや、懐くだけなら一億光年譲って許してやらんこともなくはないが、それ以上になったら…………よし)

「ちょっと引き返してイッセーを亡き者にしておこう。うん、それがいいや」

「何考えてるんですかあなたは!」

 黒手袋両手に家を再び出ていこうとしたが、背後から光力でできた鎖が俺に巻きつけられた。

「仙術による察知をすり抜け、光力で鎖を作れるまで器用になったか……成長したな」

「あなたは私の師匠か何かですか?」

 レイナーレの成長に感慨深くなっていると、レイナーレに呆れ顔をされた。

「違うけど? 分かった所で離して頂戴?」

「……離したらどこに行くんですか?」

 全く……何を訊くのかこの子――といっても俺より遥かに年上だろうが――は。

「ちょっと家の子に手を出す(かもしれない)害虫を駆除するダケデスヨ?」

「ふんっ」

 メシャ

 俺の体から決してしてはいけない音がして、俺の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意識が戻った所で、フェンリル捕獲計画について話し合います。神様と事を構えるために世界十強に入るフェンリルを手に入れるとか正気じゃないよな」

「いきなり不満から入ったわねー」

 当たり前である。何が悲しくてまともに対峙したら三秒も保たない相手と遭遇しなければならんのだ。冗談抜きで死ねるって。

「はい、そこで出てくるのがグレモリー眷属+αです。巻き込めば死傷率は下がる」

「歯に衣着せる気はないのですか?」

「無い」

 着せたからといって何かが変わるわけではないだろうに。

「まあ、あそこと協力すれば悪神の一人くらい抑えてくれると信じたい」

 悪神は一人(神だが)しかいないが。

「希望かよ」

「この世に絶対などない!」

「そんなに言い切らなくていいじゃねえかよぅ……」

 猿の相手はできるだけしない。どうせ戦えればいいんだから。

「で、問題の神喰狼(フェンリル)だが……覇龍(ジャガーノート・ドライブ)状態のヴァーリが相手してください。俺は嫌だ」

 若い身空(みそら)で死にたくないとは言わんが、狼に食われて死ぬのは御免(ごめん)(こうむ)る。

「了解した」

 ヴァーリは快く了承した。うん、理解に苦しむ。

「けど、ヴァーリが覇龍(ジャガーノート・ドライブ)発動したら周りに被害が出るので、そうなった場合は異空間で戦闘してくれ。その異空間構築はルフェイに任せる。護衛に最近鹵獲(っろかく)したゴグマゴグを就けとく」

 俺の提案を聞いたルフェイが手を挙げた。

「何かなルフェイ」

「ゴグマ……ゴッくんはもう動ける様になったんですね?」

 ゴグマゴグと言いづらかったらしく、ルフェイが途中で言い換えた。

「まあな。頼んで置いた俺の分はまだだけど、そっちのただ動くようにオーバーホールしたのは普通に動ける」

 古代の遺産といえど、現代科学で補えない訳ではない。人間の進歩は良くも悪くも偉大なのである。大抵悪い方に傾いているのが玉に(きず)だ。

「はい、他に質問ある人ー」

 その問いかけに、三人ほどが一斉に手を挙げた。

「はい。美猴、黒歌、アーサー。お前らの相手はもしかしたらいるかもしれない存在だから、それまで待機で」

「質問する前に答えられたにゃ!?」

 貴様らの言う事なんて大抵聞かなくても分かる。

「それでは、残りは赤龍帝共と共同戦線が決まってからおいおい話し合うので、意見がある人は紙に書いて提出してくれ」

 紙に書かせる理由は戦闘狂どもの戦闘に関する話を聞きたくないからである。

「それじゃあ、ついさっき北欧の主神殿がお隣に訪れたようなので、そんなに待たない内に悪神殿と神喰狼(フェンリル)も来られるだろう。ああ、主神殿に喧嘩売るなよ、話がややこしくなるから」

 ヴァーリチームの肯定の声を聞きながら、精神的に疲労した俺は膝の上のオーフィスを撫でるのであった。

 

「あ、朧にゃん。お腹空いたからご飯欲しいにゃ」

「厚かましいにも程があるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朧、おかわりぃ!」

「朧にゃん、こっちも!」

「てめえらはちったぁ遠慮くらいしろ!」

 などと悪態をつきながらも、朧は突き出された茶碗にご飯をよそって返す。

「ヴァーリ、魚をもっときれいに食え!」

 魚の骨を箸で実を散らかすように取っていたヴァーリにキレた。

「俺は箸を使うのは苦手なのだが……」

「さっき使い方は教えただろうが! それに、白羽と雪花は一度できれいに食えた」

 朧はそう言いながらその二人の頭を撫でた。

「オーフィス、米粒ついてる」

 朧はそう言ってオーフィスの口元に近い位置にあった米粒をとってオーフィスの口に運んだ。

(((オーフィスにだけは甘いな……)))

 それは今更であり、更に付け加えるならオーフィスの魚だけ既に骨が取られている。

 

「んんっ?」

 食後のお茶で一服していた時、この町を囲う様に張られている結界(三大勢力も同様の物を張っていて、術式の違いから干渉せずに両方存在している)が、あっさりと突破された。

「えー、業務連絡業務連絡ー。ロキ侵入を確認。ヴァーリ、顔合わせに行こうか?」

「ああ」

「俺っちも行くぜぃ」

 ヴァーリと美猴と共に外へ出る。

Vanishing(バニシング) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaeker(ブレイカー)!!!』

「来いっ、筋斗雲!」

 ヴァーリは白銀の鎧をまとって、美猴は金色の雲に乗って飛んでいってしまった。

「飛べない俺に対する当てつけか! って、文句言う相手もいないし。くそっ待ってろー!」

 そう言って朧は走り出した。人の常識内の速度で。

 

「ぜぃ……はぁ……ぜぃ……はぁ……」

 ようやくオーディンとロキが対峙している所の近くまで来たらロキとフェンリルは退散し、オーディンたちを乗せた巨大な馬車がどこかへ向けて走っていった。

「また走るのかよ! ……今度から乗り物創れる様になろう」

 取り敢えず今は比較的構造が簡単な自転車を創り出し、馬車の後を追った。

 

 

 

 駒王学園の近くの公園に来てヴァーリの姿を見たとき、ひき殺したくなった。

「くたばれっ!」

 持ち上げた前輪をヴァーリの頭の高さに持ち上げて突撃する。しかし、それは躱され、俺は八本足の馬――スレイプニルに追突した。

「あ……」

 スレイプニルと一瞬目が合い、その瞬間命懸けの鬼ごっこが始まった。

 

 

 開始十二分後、隠し持っていた人参にて餌付けに成功した。

 

「今こそ反撃の時は来たり! 駆け抜けろ、スレイプニル!」

 スレイプニルにまたがり戻って来ると、皆にとても驚いた目で見られた。

「ほう、うちの気難しいスレイプニルを手懐けるとはやるのう」

 オーディンの感心するような声を受けて、朧がスレイプニルの上でドヤ顔をする。

「昔から魔獣の類を手懐けるのは得意なんだよ! 『天空の魔鳥』ジズとかとも友達だしな! さあ、踏み砕けスレイプニル!」

 雄叫びを上げながらスレイプニルが駆け出し、オーディンの前で止まった。

「だろうと思ったよ!」

 多少がっくりしたが予想の範囲内だったので、スレイプニルの背中を二、三度撫でてから降りた。

「ヴァーリ、話はしたか?」

「ああ、つい先ほどな」

(俺、何しに来たんだろ?)

「じゃ、帰るか?」

「そうしよう」

 俺とヴァーリは頷き合うと、ヴァーリと美猴が再び俺をおいて飛んでいってしまった。

「またおいて行かれた!」

 今度こそガックリと膝を着いた。

「ははっ……どーせ俺は空も飛べないし禁手(バランス・ブレイカー)もできない無能ですよ」

「あぁ? お前まだ禁手(バランス・ブレイカー)できてねえのか?」

 アザゼルがそう叫ぶのも無理はない。先ほど英雄派で禁手化(バランス・ブレイク)を行える神器(セイクリッド・ギア)保有者が増えてきた話をしていたので、その方法を真っ先に実践しそうな俺が禁手化(バランス・ブレイク)できないのが不思議なのだろう。

「いいですか総督殿。――あれぐらいお百度参り感覚でこなしたわ」

「……それ、むしろ逆効果じゃねえか?」

「え?」

「いや、禁手(バランス・ブレイカー)ってのは基本的に劇的な変化が起こると発生するだろ? だから日常感覚でそんな事してたら大抵の事を劇的な変化とは判断されなくなるから、禁手(バランス・ブレイカー)に至り難いんじゃないかって思うんだが……」

 今明かされた驚愕の真実に俺の中の何かが折れた。

「もう動きたくないので家まで送ってください」

 そう言ってスレイプニルが引くのであろう馬車に乗り込み、うつぶせに倒れる。すると誰かが俺の頭を撫でてくれ、俺は思わず子供のように泣いてしまった。

 



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共同戦線

 朧は帰ってオーフィスを抱きしめて眠ると心が回復し、元気にテロる気力が生まれた。

 

 オーフィスを涙ながらに見送ると、朧は兵藤家の地下を訪れた。そこには、グレモリー眷属と堕天使のお偉いさんとオーディンとそのお付のヴァルキリーとだけでなく、シトリー眷属とヴァーリたちがいた。

「やあ皆さん、今どういう状況かお聞かせ願えますか?」

 いきなり登場してそう言ったら、アザゼルが嫌そうな顔をして朧を見た。

「お前らは信用できないって話だよ」

「別に信用しなくてもいいでしょう。悪魔なのだから双方利用してお互いの目的を達成できれば、それで万々歳ではないでしょうか?」

「途中で裏切らない保証はあんのかよ?」

「それについての保証は出来ませんが、『ロキを倒す』。この一点においてのみ、我々は絶対に裏切らない事を確約しましょう。それでも信じられないというなら……そうですねぇ、私の知る英雄派の幹部の情報を無償でご提供いたしましょう!」

 その言葉にその場にいる全員がギョッとした。

「おいおい、それはまずいんじゃねえのかよぅ?」

「ふふ、猿よ。俺が一番好きな言葉を教えてやる。――バレなきゃいいんだよ」

 その言葉を聞いて、周りの皆は一斉にこう思った。

(こいつ、一番信用しちゃいけない奴じゃないんだろうか……)

 ちなみに、これは後に世界の共通認識になる。

 

 

 

 朧が信用ならない相手だという共通認識が得られた所で、話題は信用問題からロキ・フェンリル対策へと移った。

「そういう事ならミドたんの出番ですね」

 早速朧が訳の分からない事を言い出した。

「ミ、ミドたん……?」

「そう、ミドたん。本名は長いのでよく覚えていない!」

「おい、それってまさか、ミドガルズオルムの事か?」

「そうそう、確かそんな名前でした」

 アザゼルが恐る恐る尋ね、朧はそれを聞いて手をポンと打った。

「先生、何ですかその、ミドガ、ミドガルズなんとかってのは」

「ミドガルズオルムな。五大龍王の一匹、『終末の大龍(スリーピング・ドラゴン)』とも呼ばれている。なんでお前はそんなのと知り合いなんだよ」

「数年前にリュウグウノツカイと一緒に浜に打ち上げられてまして。見つかると厄介なので日本海溝に沈めに行った仲です」

「それでよく仲良くなれたな」

 朧の答えにアザゼルが呆れた顔をする。

「では、早速呼んでみましょう」

「待て。そう簡単に呼ぶな」

 アナウンサー感覚で呼ぼうとする朧をアザゼルが止める。まさかとは思うが、体長500~600mもあるドラゴンにいきなり出てこられても困る。

「ミドガルズオルムの事は俺たちに任せろ」

 その本音はじっとしていろである。

「とにかく、俺はちょっとシェムハザと対策練ってくるから、お前らは大人しく待機してろ」

 アザゼルがバラキエルを伴って退室すると、ヴァーリチームの面々(特に美猴)が好き勝手に振る舞い始めた。椅子に座って難しい本を読んでいるヴァーリと支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)についてイリナと話しているアーサーは朧的には許容範囲だった。しかし、一誠を誘惑している黒歌とリアスと喧嘩になっている美猴を見て、朧のこめかみに十字に血管が浮かんだ。

「……よし」

 一つ頷いた朧は、袖口から一つずつ鎖の付いたUFOキャッチャーのアームのように一部が割れた鉄輪を取り出し、投げる。

「ぬおっ!?」

「にゃっ!?」

 それは狙い違わずに美猴と黒歌の首に命中し、ガチャンと音を立てて閉まった。それを朧はすぐに引き戻す。するとどうなるか? 美猴と黒歌の首が締まりながら朧の下へと引きずられた。

 呆気に取られた一同を見て朧が一言。

「うちのペットがご迷惑かけまして」

 そう言って深々と頭を下げる。

「誰がペットでぃ!」

「そうにゃ!」

「黙れ、猿、猫」

 ピシャン!

 いつの間にか朧の手に握られていた鞭が地を打つ。

「いいですか。人様の家では大人しくする。これが守れないようなら。屠殺(とさつ)しますよ」

 言葉を区切る度に鞭が一閃され、二人の近くの地面を叩く。

「うぉ! 危ねいだろうがっ!」

「当たったらどうする気にゃん!」

「怪我したら優~しく治療してあげるよ。傷口に塩塗ってな」

「「鬼だ!!」」

「残念ながら人間だ」

 (おのの)く二人に対して朧はいつも通りの態度で鞭を(しご)く。

「全く……ペットの不始末は飼い主の責任なんだから大人しくしてろ。(しつ)けられたいの? そういうつもりなら、趣味じゃないけどハードSM程度ならしてあげてもいいよ?」

「「すいません。大人しくしてるからそれだけは勘弁してください」」

 朧の背後に浮かび上がった多種多様かつ精緻(せいち)巧細(こうさい)な拷問道具を見て、二人は大人しく土下座した。

「これに()りたら大人しくする事。分かった?」

「「はい……」」

 二人はしおらしくなって頭を下げたと思うと、一瞬で元通りの態度になった。

「で、これとっとと外してくれねえか?」

「首輪は窮屈(きゅうくつ)で嫌いにゃ」

 しかし、それより朧が一枚上手だった。

「ああ、それ外す手段とかないから」

「「嘘ぉ!?」」

 

 

 

 アザゼルが帰ってきて、早速ミドガルズオルムを召喚することになった。

「俺が呼びましょうか?」

 アザゼル・一誠・ヴァーリ・匙についてきた朧がそう言うが、アザゼルはそれに首を横に振った。

「ミドガルズオルムを召喚できる場所なんかねえよ。いいから黙って任せとけって」

 アザゼルはそう言って術式を展開して地面に魔方陣を書いていく。

「タンニーン殿、お久しぶりです」

 手持ち無沙汰(ぶさた)になった朧はミドガルズオルム召喚のために呼び出されたタンニーンに挨拶をした。

「む、貴様か」

 朧に気付いたタンニーンが渋い顔をする。

「黒縫朧といいます。先日は誠に失礼しました。機会があればまたお手合せをお願いしたいものです」

「手加減はせんぞ」

「大丈夫です。しなければならない場所以外で戦う気はありませんから」

「……堂々と卑怯なことを言うのだな」

「戦いは対峙する前より始まってると思えばこそ。それに、卑怯千万は褒め言葉ですよ」

 タンニーンの呆れたような言葉に朧は作り笑いを崩さず言葉を返す。

「魔方陣の基礎ができた。指定された場所に立ってくれ」

「しかしまぁ……巨大な魔方陣ですね」

 やることのない朧がポツリと呟く。

「ドラゴンを呼び出すもんだからな」

「そうですか。……ところで、これは龍神と真龍には対応してないんですか?」

 魔方陣の構成を見ていた朧が疑問点をアザゼルに尋ねてみた。

「あいつらとの意思疎通は困難だからな。対応させても仕方ないのさ」

「あー、納得です」

(オーフィスは言葉数少ないし、グレートレッドは何考えてるか分からんし)

 訳の分からなさなら誰にも負けない朧が思うことではない。

 

 各員が配置に着き、魔方陣が発光し始めてから数分後、ようやくミドガルズオルムの立体映像が映し出された。

「これ、頭部だけで良かったのでは?」

「……そうかも知れねえな」

 大きさ数百メートルにもなる立体映像を見上げ、朧はそう呟き、それにアザゼルも思わず同意した。

『グゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……』

「相変わらず寝てるな、ミドたん」

「全く……。起きろ、ミドガルズオルム」

 タンニーンに呼びかけられて、ミドガルズオルムが目を覚ました。

『ふわぁぁぁぁぁ……。あ、タンニーン、おはよう。あれ、ドライグにアルビオン、ヴリトラにファブニールまでいる。しかも、えーと……』

「朧な」

 名前が出てこないミドガルズオルムを朧が補足する。

『そう、オボロまでいる。どうしたの、世界の終末なのかい?』

「違う。今日はお前に訊きたい事があってな。意識のみ呼び出した」

『ふーん。それで、何を訊きたいの?』

 

 タンニーンがミドガルズオルムからロキとフェンリルの対策を訊き終わると、ミドガルズオルムは大きくあくびをしてから話が始まってからは黙っていた朧へ目を向けた。

『ねえオボロ、オーフィスは一緒じゃないの?』

 その質問の後、長い沈黙があり、朧は重々しく口を開いた。

「…………今は、な」

『そっかぁ。じゃあ、また何かあったら起こして』

 ミドガルズオルムもそれだけで察したのか、立体映像はすぐに消えた。

 

 

 

 

 

 翌日。ロキとの決戦が近づいているため、一誠たちは学校に行かず(代わりに使い魔が行っている)、地下の大広間に集まっていた。

 ただし、朧には使い魔はいないので普通に登校していた。もっとも、立ち入り禁止の屋上でサボっていたが。

「神様相手に戦闘か……いや全く。俺は何をしてるんだろうね」

 屋上に黒き御手(ダーク・クリエイト)で創り出したシートを敷いて仰向けに寝そべる朧は、自嘲的な目をして空を見上げていた。

「ミドガルズオルムの言う事も尤もだ。『オーフィスは一緒じゃないの?』全く、昔の方が強いと言われるのも無理はない」

 クックックッと今の自分を笑い飛ばす。

「昔と比べて、俺は知恵を付けた。知識も得た。技術も進歩した。――だから弱くなった。先に頭で考えて、危険と結果を天秤にかけて、その結果がテロリスト。昔の俺が今の俺を見たら、間違いなく殺されるな」

 頭の後ろで組んでいた手を(ほど)き、大の字になり、晴れ渡った青空を見上げる。校舎の喧騒(けんそう)に、風の音に耳を傾ける。人々の気配を感じる。

「……世界はいつでも個人に構わず、ただひたすらに回っていく。世界の裏側で人が死んでも、誰も気にせず幸せを享受(きょうじゅ)する。世界がたとえ滅ぶとしても、その時さえもこの一瞬は続いているんだろうなぁ……」

 朧は体を起こして屋上からの風景を見る。

「ただ無為(むい)に生きるだけのこの世界は、俺にとっては眩しすぎて、この中で生きるのは苦痛でしかない。嗚呼(ああ)、なんという残酷なほど優しい世界」

 朧は立ち上がると、早退して兵藤家へ戻ろうとする。

「あーあ。ほんと、俺は一体何してんだろうなー」

 



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神々の黄昏

 決戦当日。

 オーディンが日本の神々と会談を行うホテルの屋上に、グレモリー眷属と匙を除くシトリー眷属、イリナとバラキエル、そしてヴァーリチームが集まっていた。

「ルフェイは結界の構築を済ませて待機中だ。後はどうやってフェンリルをそこに連れていくのかだが、こればっかりはケースバイケースでなんとかするしかない。グレイプニルだけでことが済めばいいが……」

「朧は心配性ねぇ」

「お前らほど能天気じゃないんだよ。万全のフェンリルなんてタンニーンでも一対一じゃ勝てないんだぞ。いざという時はヴァーリに覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を使って貰うしかなくなるんだからな。だから、ロキ相手はあまり無理するなよ」

「ああ、分かっているさ」

 ヴァーリはそう言ったが、朧はそれを全く信用してない。

「大丈夫だってばよぅ。これだけの人数でかかればフェンリルだってイチコロさ」

 美猴が発言に、朧はため息で答える。

「……あのなぁ。北欧神話を知らないのか? フェンリルには、」

 と、そこまで言ったところで強大な気配が現れた。

「小細工抜きとは恐れ入る」

 ヴァーリが呟くと同時に皆が待機するホテルの正面の空間が歪み、そこからフェンリルを連れたロキが現れた。

「作戦開始」

 その後すぐに匙を除くシトリー眷属が結界魔方陣を発動し、自分たち以外をロキとフェンリルを含めて採石場跡地に転移させた。

「逃げないのね」

「逃げる必要はない。どうせ遅いか早いかの違いでしかないのだからな」

 短い会話の後、一誠とヴァーリが禁手(バランス・ブレイカー)の鎧を纏い、ロキとの戦闘を開始した。しかし、一誠に渡されたミョルニルのレプリカは、一誠に邪心があるため雷を発せず、ただの鈍器だった。一番の問題だったフェンリルも、強化されたグレイプニルによって捕縛された。

 

「スペックは多少落ちるが――」

 ロキが両腕を広げると左右の空間が歪み、そこからフェンリルとそっくりの狼が現れた。

「スコルッ、ハティッ!!」

「やっぱりいたかー」

 ヴァーリを除く全員が驚く中、朧が現状にそぐわない気の抜けた声を発した。

「朧くん、あれが何か知っているの?」

「簡単に言えばフェンリル二世です。つまりフェンリルの子供です。というか、これぐらいネット見れば分かることなんですから少しは調べてくださいよ」

 朧が呆れたように呟くのと同時にスコルとハティはそれぞれグレモリー眷属とヴァーリチームへと襲いかかる。

「フェンリル対策が思わぬ所で役に立ったな……!」

 朧は先ほど黒歌がグレイプニルを独自の領域から出したのと同様に、朧の足元に展開された魔方陣から黒い鎖が幾本も伸びてスコルかハティのどちらかを縛る。

「グレイプニルの前身であるレージング――そのレプリカだ。性能はグレイプニルには遠く及ばないが……複数併用すれば動きを鈍らせる事は可能なようだな」

 十数本の鎖に縛られた子フェンリルの動きは目に見えるほど鈍くなった。それを見た美猴とアーサーは好機とばかりにそれぞれの獲物を持って攻撃を始めた。

「さて、あっちは……って、拙い!」

 朧がもう片方へと目を向けると、子フェンリルが親フェンリルをグレイプニルから開放しようとしていた。

「黒歌、あっちの足止め!」

「無理、間に合わない!」

 子フェンリルは爪と牙を使ってあっさりグレイプニルから親フェンリルを開放すると、高速で移動してロキの背後から攻撃をしようとしていたヴァーリに噛み付いた。

「拙い……いや、ある意味で好都合か?」

(これでフェンリルの牙を封じたし、あの状態ならフェンリルを逃がさず転移させられる)

「黒歌、ヴァーリとフェンリルの転送準備だ。俺はグレイプニルを確保する」

 朧は周りに気づかれぬよう小声で黒歌に指示する。

「分かったにゃ」

 黒歌の返事を聞いた朧は、グレモリー眷属と戦闘している子フェンリルの近くに落ちているグレイプニルを取りに行った。

(生半可なことでは壊れないと思うが……もし壊れてしまったら後の計画の修正が面倒だからな)

 朧は三つの戦闘――それぞれ子フェンリルと戦うグレモリー眷属とヴァーリチーム、そして先ほどロキが召喚した量産型ミドガルズオルムとタンニーンとロスヴァイセ――を避け、グレイプニルの近くへとたどり着く。

「再びグレイプニルでフェンリルを捕らえる気か?」

 その朧の前にロキが立ちふさがる。

「ちっ」

 朧は舌打ちし、どこからか取り出した湾曲した箱状の物体の投げつける。

「む?」

 それを警戒したロキが防御壁を張ると、物体はコツンと軽い音を立てて弾かれる。朧はその防御壁を踏み台にしてロキの頭上を飛び越える。

「逃がさぬよ!」

 宙を舞う朧に向けてロキが魔術を放とうとした時、空中の朧が手に持ったリモコンのスイッチを押した。するとドォンという爆発音が二度響き、ロキの背中に無数の鉄球が突き刺さった。

 先ほど朧が投げたのはクレイモア地雷――指向性対人地雷であるそれは、内蔵されたC-4が爆発すると数百個の鉄球を撒き散らす。これは神であるロキには余り効果を得られなかったが、完全に意識の外からの不意打ちに攻撃魔術が中断する。

「オマケでもどうぞ」

 更に朧が独自領域から取り出した対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)――バレットM82から連続で弾丸が叩き込まれる。直撃すれば人体を軽く両断するその弾丸十発がロキに命中しかなりの痛手を負わせ、その反動で朧の鎖骨にひびが入る。

(五連射ぐらいにしておくんだった……)

 今日のために米軍基地から盗んだそれを捨て、右肩の痛みに顔を(しか)めつつ、グレイプニルの下にたどり着いたとき、丁度ヴァーリが覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を発動させた。

(ナイスタイミング!)

 グレイプニルをフェンリルの真上に転移させたすぐ後に、覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を発動させたヴァーリとフェンリルが予定されたルフェイが構築した空間に転送された。

 

(さて、残るはロキとスコルとハティとミドガルズオルムの量産型か)

 朧が気持ちを切り替えた時だった。

「おっさん! 乳神様ってどこの神話大系の神様だ!?」

 一誠のその叫びを聞いてグレモリー眷属とタンニーンが大慌てする中、朧は一人だけ呆然としていた。そして、我慢できなくなって叫んだ。

「乳神だとーーー!?」

 あまりの叫び声の大きさに、戦場が、スコルとハティまでその動きを止めた。

「バカな……奴は誰も寄り付かない(すた)れた神社に御神体を封印したはずだ……!」

『知ってるの!?』

 その場にいた全員が朧の発言に耳を疑い叫んだが、朧は至極真面目に対策を検討していた。

「クッ……! まさかまだ奴の存在が残っているとは。こんな事なら次元の狭間に(ほうむ)って……いや、もしもそれが原因で世界が乳に包まれたら……ああ、考えるだけで恐ろしい!」

 周りは何言ってんだこいつ? みたいな目で朧を見ているが、朧は真剣であった。さっきのロキの相手をした時よりも真剣だった。

「だが大丈夫だ。今ここには神殺しの牙を持つフェンリルの子がいる。フェンリルには及ばないだろうが、二匹も居れば乳神の一柱くらい滅せるさ……」

 そう言って頷いた朧はまずボロボロな方の子フェンリルに近づき強制的に伏せさせ、自分を噛み砕こうとして開いた口に大量のクレイモア地雷を放り込み爆破して大人しくさせた。地雷の使い方が間違っている。

 子フェンリルの一匹が動かなくなったのを見て、朧はもう片方の子フェンリルに近づいていく。子フェンリルは朧を爪で引き裂こうと襲いかかったが、大人しくなった子フェンリルから外した黒い鎖に縛られて動きが鈍り、朧の雨霰と降り注いだ神器(セイクリッド・ギア)と魔法の波状攻撃に敗れた。

「あ、倒したら乳神が噛み殺せないじゃないか。起きろー!」

 子フェンリルにビンタした朧だったが、後ろから忍び寄っていたもう一匹の子フェンリルの爪に引き裂かれて吹き飛ばされた。

「ぐぅ……こ、これは死ぬ……」

 朧はフェニックスの涙を取り出すと、背中の傷にかけようとして手が届かない事に気付いた。

「誰か助けて。真面目に死ぬ」

 朧がそれなりに必死で助けを求めると、小猫が自分が持っていたフェニックスの涙を背中の傷にかけてくれた。

「ありがとう小猫。でも血が足りなくなったから俺はもう休む。魔力も手持ちの武器も無くなったし」

 朧の顔は青ざめた馬(ベイルホース)並みに青ざめていた。

「……分かりました。後は私たちがやります」

「頼んだ」

 朧はほとんど力が入らない体をそのまま地面に横たえた。

「……ところで朧先輩」

 小猫は振り返って朧を見下ろした。

「何でフェニックスの涙を持っているんですか? 先輩はもらってませんでしたよね?」

「……ここだけの話だけど、レイヴェル経由で購入した」

 朧はパーティでの一件に対する謝罪のためフェニックス家に行き、その時に頼み込んでフェニックスの涙を購入していた。無論土下座込みである。

「……そうですか」

 

 そう言って小猫は立ち去り、その後現れたヴリトラと化した匙の援護もあり、一誠は乳神の力によってミョルニルの力を引き出し、ロキを打倒した。

 

 

 

「さーて、そろそろずらかるぜぃ」

「ヴァーリの方はうまくやったかしら?」

 美猴と黒歌はそう言いながら倒れている朧の足をつかむ。

「おい、まさか引きずるつもりか? ここは採石場で角が尖った石がゴロゴロ転がっているんだが」

 朧の言葉は無視された。

「さて、あいつらに何か言われる前に逃げようぜぃ」

「あ、待って。子フェンリルの牙を爪を、血液を――」

「ちゃんと確保してるにゃん」

「さすが」

(作戦開始前からあれだけ騒いでたら嫌でも覚えるわよ……)

 黒歌はその時のことを思い出してうんざりした。

「さ、早く行きましょう」

 アーサーがコールブランドで空間を切り裂き、その裂け目に入っていく。その後を美猴と黒歌が続いていく。

「あの、痛いんですけど。顔が、腹が、手が」

 その後ろをザリザリと音を立てて朧が引きずられていった。

 



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breaktime
噂にも玉石混合


「ヴァーリ、無事に済んだようで何よりだ」

覇龍(ジャガーノート・ドライブ)の使用は大分堪えたがな」

「それにしても、これがあのフェンリルかー。しっかり小さくなっちゃって」

 グレイプニルの影響で大型犬サイズになってしまったフェンリルに左手を差し出すと、その手を噛まれた。神殺しの牙でガブりと。

「殺す気かこの狼!」

 首にグレイプニルの一部で首を絞める。

「ダメですよ朧さん!」

 ルフェイに羽交い絞めにされた。

「止めるなルフェイ、このワン公には上下関係を教えてやる!」

「だからダメですって、ばッ!」

 バキッ

(あれ? ルフェイ、今俺のアバラからしちゃいけない音がしたよ?)

 脂汗をダラダラ流しながら、俺は何度目かの意識を失った。

 

 

 

 

 気がついた時、何故か俺はヴァーリチームと一緒に森林の中を歩いていた。

「はっ、一体何が? そもそもここはどこだ?」

 その疑問には隣を歩いていたアーサーが答えた。

「あなたはルフェイに気絶させられた後、彼女に心配させまいと無意識で普通に動いていたのですよ」

 自分で言うのもなんだが、俺どんだけだよ。

「で、今はどこへ向かっているの?」

「日本の未開地区に封印された『血煙(ちけむり)』と呼ばれた悪鬼と呼ばれた存在がいるそうで」

「物騒な非確定情報だな。大分雲を掴むような話を追い求めるようになって来たな」

 粗方の相手にはケンカ売りまくって来たからな。もう戦ってくれる相手がいないというのも事実。そろそろ神に戦いを挑むんじゃないかとヒヤヒヤしてます。

(まあ、もう好きにしたらいいんじゃないかな)

 どうせ俺はついていくだけだし。

 

 

 更に森を歩くこと数分、目的地に到着したのだが……

「ただの農村にしか見えんのだが」

 目的地の村は日本人が農村を説明しろと言われたときに考えつくような、なんの変哲もない農村だった。

「封印って話なら、こういう場合は大抵寺社仏閣にあるはずだが」

 高台を見上げると、そこには周りと比べて一回りも二周りも大きな建物があった。

「まあ、あれだろうな」

「確かに、あそこからは嫌な気配がするにゃ」

 黒歌が仙術でそちらの気配を察してニンマリとする。

「それでは、行ってみよう」

 

「はー、立派なお寺だな。こんな外れの村にあるにしては凄いなー」

 築何年かは分からないが、少なくとも数十年は経過しているだろう。

「誰か居ないかね。いた方が目的の物を見つけやすいし、後腐れもないからな」

 黙って力押しですると逃げ出す必要が出てくるからな。

 ちなみにヴァーリチームは茶を飲んで待機中。あいつらは戦い以外は使えない場合がほとんどだからだ。

「んー……あ、いたいた」

 仏殿近くを竹箒で掃除しているセミロングほどの長さの黒髪をツインテールにしている十代前半ほどの少女を見つけた。

(帯下から前開きになった紫色の小紋に赤の膝丈のプリーツスカートか……キャラ立ってんなー)

 こんな片田舎にいる女の子の格好とは思えない。

「はい彼女ー、俺と一緒に一夏(ひとなつ)――今秋だけど――のアバンチュールを過ごさな――ゴフっ!」

 竹箒が腹に叩き込まれた。

 (うずくま)る俺を少女が冷たい灰色の瞳で見下ろす。

「初対面の女性をナンパしないでください」

「すいませんでした」

 ああ、土下座だよ。土下座したさ。

 

「ところで、この寺に何か封印されてませんか? 具体的には血煙とか呼ばれた」

「昔、三百年ほど前に千人斬りした悪鬼が眠っているそうですよ。それの名前が血煙だとか。伝聞ですのではっきりした事は分かりませんが」

 本当にいたよ。

「それと戦いたいって奴がいるんだけど、構わない?」

(まあ、これでうんと言われる事は――)

「いいですよ。ただし、周りに被害を出さなければ」

「いいの!?」

 言われたよ。うんって。

「あー。それじゃあ戦いたいって奴呼んでくるから。あ、俺は黒縫朧って言うんだけど、あなたのお名前は?」

厄詠(やくよみ)葛霧(くずきり)です。以後よろしくお願いします」

 

「それじゃあ、始めようか」

 ヴァーリは既に光の翼を出してやる気満々で本堂の前に立っていた。

「それでは、封印を解きますね」

(あの子、普通にしてるけど……)

 異常の中で普通にしているのは十分異常なのではないだろうか?

「この御札を剥がしたら中から封印された悪鬼が現れるそうですので、お気を付けください」

 そう言った瞬間なんの躊躇(ためら)いもなく札を剥がし、もの凄い速さで逃げた。

 その瞬間バンッと扉が開き、中から抜き身の日本刀を携えた鎧武者(よろいむしゃ)が現れた。

「うわー、時代錯誤ー」

 三百年前という事を考えれば丁度いいのかも知れないが。

「まずは小手調べと行こうか」

 ヴァーリが魔方陣を展開した。

「おい待て、まだ結界張ってないぞ。――黒歌、ルフェイ、やるぞ」

「了解にゃん」

「はい」

 三人がかりで特殊な結界――普段いる空間とは少し位相がずれた擬似空間――を張る。

「これで覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を使わない限りは大丈夫だから遠慮なくやれ」

「ああ」

 ヴァーリは頷くと魔方陣から魔力の塊を放った。

()ォォォォォ」

 鎧武者が片手に持った日本刀を一閃すると、魔力の塊が切り裂かれて霧散した。

「うわぉ。魔力って斬れたんだ」

「普通は斬れたりしないにゃ」

 でも実際には斬れている。

「ならば、今度はこれだ」

 北欧の術式が展開され、炎や氷を始めとした各属性の入り混じった魔術が放たれる。

()ォォォォォ!」

 鎧武者の刀に握った右手が霞むほどの速さで動き、放たれた魔術を全て切り裂いた。

「なるほど、どうやら魔力の類は効かないようだ。なら――」

 ヴァーリの背中の光翼の輝きが増し、ヴァーリのオーラが増大する。

「葛霧ちゃん。危ないからこっちおいで」

「それでは遠慮なく盾にします」

「発言にも遠慮がないね君」

Vanishing(バニシング) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaeker(ブレイカー)!!!』

 ヴァーリは白の鎧を纏うと、光の軌跡を残して鎧武者へと殴りかかった。

 ギャキッ

 金属音がしてヴァーリの手甲と鎧武者の刃が火花を散らす。

「ヴァーリの速度に反応できるのか。あの鎧武者――ていうか日本刀?」

 さっきから右腕しか動いてないし。

「亞ァァァッ!」

 鎧武者の右腕が掻き消えた様に動き、ヴァーリの鎧の各所に火花が散り、鎧の欠片が光を反射する。

「おーおー。近接であそこまでヴァーリを追い込む相手は久しぶりだぜぃ」

「余り舐めるなよ」

 刃の僅かな閃きしか見えない猛攻の隙間を縫ってヴァーリの一撃が鎧武者の胸部を砕いた。

「……中身が無いだと?」

 壊れた箇所から見える鎧の中は空であり、本来あるべき中身がなかったのである。

「惡ォォォォォ……!」

 胸郭を壊された鎧武者は怒り狂ったように刀を振り回し、ヴァーリを後退させた。

「こうなると粉々に砕く他ないな」

 両腕にオーラを集中させ、ヴァーリが再び高速で動いて接近するが、鎧武者は高速で刃を振るいヴァーリを寄せ付けようとしない。

「近づけないか……ならば、こうだ」

Half(ハーフ) Dimension(ディメンション)!!』

(オン)!」

 辺り一帯の空間を半分にする技が発生したが、鎧武者の気合の入った一刀が断ち切った。

「あれまで斬れるのかよ!」

 何でもアリだな。だが、その振り切ったのは悪手だった。

「これで終わりだ」

 オーラを発する拳が振り抜かれ、鎧武者をバラバラに打ち砕いた。

 

「あー、やっと終わったか」

 近くに突き立った日本刀を引き抜き、やれやれとため息を吐く。

「葛霧ちゃん、結局あれ何だったの?」

「遥か昔、妖刀を手に入れてから豹変し、見る者を皆斬り殺した過去の亡霊です。今では刀に取り憑かれ、鎧だけになってしまっても(なお)人を殺し続ける亡霊です」

「……その妖刀って、これ?」

 手に持った日本刀を指す。

「はい、それです。ちなみに血煙というのもその刀を指しています」

「これ持つと周りの人を斬り殺すんだっけ?」

「ええ、そう言い伝えられています」

「ふむ。そういう君は何故近くに立ってるんだ? 危ないじゃないか」

「そうですね」

 そう言っても彼女は逃げようとしない。

「……よし、猿と猫ならいくらやっても大丈夫だな」

 あの二人はスケープゴートには最適だな。ただでは死なないし。

 

 操られて分かったことが二つ。

 これを持っているとある程度行動が奪われるようで、俺の場合は右腕は確実に持っていかれて、気分次第で両足も持っていかれる。

 もう一つはどうやら魔法の類を斬れること。どうやら人間を斬りまくった事で怨念が蓄積してそれがディスペル効果を生むようだ。

「尊い犠牲だった……」

「「勝手に殺すな!」」

 こいつらはゴキブリ並みの生命力だな。

「やれ」

 そう言うと右腕に握られた日本刀が二人に向かって襲いかかる。

「くっ、早くも使いこなし始めてやがるぜぃ!」

「変なものに好かれる奴だにゃ!」

(変なもの筆頭のお前らが言うな)

 そう思いながらも右腕は勝手に動き続ける。

(あ、これ肩と腕への負担がかなり来る)

「ステイステイ」

 これで日本刀が落ち着いた。

(まるで犬だな)

 俺の周りには犬はいなかったから、新鮮である。あ、最近ではフェンリルが居たか。

(今度(きじ)を見つけたら鬼退治に行こう。あ、不死鳥でいいか)

 次は鬼ヶ島でも行くか。

 

 

 

「それじゃあ葛霧ちゃん、今日はお世話になったよ」

「いえ、お気になさらず。これも役割ですので」

 時々不思議な事を言う子だな。

「最後に一つだけ。あなたが持っていくあの妖刀のことです」

 俺は足元の影に仕舞い込んだ鞘がない日本刀を見る。

「これがどうかしたかい?」

「それの銘は『霞桜(かすみざくら)』と言います。製作者が付けた本当の名前、覚えおいておいてください」

(なんでそんな事知っている?)

 などとは思ったが、どうせ訊いても答えてはくれないのだろう。

血煙(ちけむり) 霞桜(かすみざくら)ね……中々良い名だ。覚えておこう」

「誰も一緒にしろとは言ってませんが、まあいいでしょう。今の所有者はあなたなのですから。(もっと)も、凶器の所持者は居ない方が良いのでしょうけど」

「違いない」

 二人揃って肩を(すく)める。

「それじゃあ、またお会いしましょう。黒縫さん」

「ああ、また会おう。葛霧ちゃん」

 



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はじめてのおつかい・雪花・白羽編

「ふぁぁぁ……おはようレイナーレ」

「おはようとは言えませんね。もうお昼過ぎですよ」

「あ、もうそんな時間なの? ゴグマゴグを調整してたら時間の感覚なくなっちゃって」

 欠伸を一つして周りを見る。

「あれ? 白羽と雪花ちゃんは?」

「あ、あの二人ならおつかいに出かけてます」

「ふーん……」

 朧は目を覚ますために顔を洗おうと洗面所に向かおうとしたが、洗面台の扉のノブに手をかけた瞬間だった。

「何ぃ!? なんで、どうして、何故、一体全体どういう事だ!」

「落ち着いてください」

 掴みかかった朧を、レイナーレが光の杖で殴打して気絶させた。

 

 

 

 どうも。白雪(しらゆき) 雪花(せっか)です。ちなみに、白雪と言うのは私に姓が無かったので朧さんが付けてくれました。

 今は(しら)ちゃん(黒羽(くろはね) 白羽(しらは))と一緒にレイナさん(レイナーレ)に頼まれてお買い物です。

 ちなみに、何故自己紹介しているのかといえば、朧さんが自己紹介は大事だと言っていたからです。

「頼まれたのは何だっけ?」

「人参、玉ねぎ、ジャガイモ、豚バラ肉、カレールゥ」

 メモを取り出そうとしたら、白ちゃんが教えてくれた。

「今晩はカレーライスかな?」

 私が着る服の色はほとんどが白なので、跳ねるのには気を付けないといけません。

「カレー、嫌い」

「白ちゃん辛いの苦手だもんね」

 レイナさんが作るカレーは甘口なんだけどね。

「う~ん。スーパーに行けば大丈夫だと思うけど……商店街の方がいいのかな?」

 レイナさんはスーパーじゃなくて商店街を利用してる。

「商店街だとお店をいくつか回らないといけないから、今回はスーパーにしよう。白ちゃん、いい?」

「了」

 白ちゃんはコクンと頷いた。

 

 

「うわぁ~、おっきいなー」

 スーパーには初めて来たが、ここまで大きな建物はお隣さんを除けば初めてだ。

「しょ、商店街の方が良かったかな?」

 白ちゃんに同意を求めたが、白ちゃんはため息を吐いて一人でスーパーの中に入っていってしまった。

「あ、待ってよ白ちゃん。勝手に行っちゃだめだよ」

 私はそれを慌てて追いかけてスーパーの中に入った。

 

「ううっ、中も広い……」

 広さでいうなら前に住んでいた山の方が広かったが、ここは広いのに加えてごちゃごちゃしていて、何がどこにあるのか分からない。

「えっと……野菜は」

「こっち」

 何がどこにあるのかも分からない私を、白ちゃんが引っ張る。

(じ、自分よりも年下の子に……)

 少し――いえ、かなりショックです。

 

 その後、頼まれていた食材を買い――選んだのは私です。野生児なので食材選びには自信があります――会計を済ませてお店を出たのですが……

「へー、中々可愛いじゃん」

「でもちょっとつーか、かなり幼くね?」

「ばっか、それがいいんじゃねえか」

「なんだ、お前ロリコンかよ」

 変な男の人たちに囲まれてしまいました。

(困ったなあ)

 私は雪女で、白ちゃんは天使と堕天使の合成獣(キメラ)――ところでキメラってなんですか?――なので、攫われそうになったとしても大丈夫だとは思います。

 ですが、朧さんには出来るだけそういう力は使うなと言われているので、なるべく穏便に事を済ませたいです。

「あの、何か用でしょうか?」

「お嬢ちゃんたち、ちょっとお兄さんたちと遊ばない?」

「今なら美味しいお菓子とかあげるよ?」

 ……そんな言葉で付いていく子供は最近ではいないと思います。今時の幼児誘拐犯でもこんな誘い方はしないでしょう。口説くのなら朧さんみたいにやってください。あの人がやった事は半分脅迫でしたけど。

 そんな私の内心を知ってか知らずか、さっき言わなかった人がさっき言った人を笑いました。

「今時そんな言葉に引っかかる奴なんていねーって」

「相手は子供なんだから、多少無理矢理でも問題ねえよ」

 そう言って私たちに向かって伸ばされた腕は、白ちゃんに跳ね除けられた。

「触るなゴミ共」

 白ちゃんが冷たい声音で言い放った一言に男の人たちは一瞬怯んだ様ですが、すぐに顔を真っ赤にしました。

「舐めてんじゃねえぞガキ共!」

「犯されてのかゴラァ!」

 年齢が二桁にも達していない相手に対してその発言はかなりアウトだと思います。いえ、今はそんな事を行っている場合ではありません。

「逃げるよ白ちゃん!」

 男たちに立ち向かうように鋭い目つきをして立っている白ちゃんの手を引き、私は周りの雑踏の中に紛れるように逃げます。自慢ではありませんが、私は逃げるのは得意です。

 後ろの方で逃がすなとか何しやがるとか家の子に手を出すとか死にたいのかとか、叫び声が上がりましたが、振り向かずに人混みの中を走り抜けました。

 

 

 

「うぅ、すっかり暗くなっちゃった」

 あの後、適当な方向に逃げてしまったため帰り道が分からず、家についた時にはもう日が沈んでいました。

「乙」

「白ちゃんが言う?」

(元はといえば白ちゃんがあの男の人たちに喧嘩を売るような事をしたのが原因なんだよ? 私もあんな人たちに触られるのは嫌だけどさ)

 私がそんな葛藤をしている間に、白ちゃんは家の扉を開けて中に入ってしまいました。

「ただいま」

「た、ただいま帰りましたー」

 白ちゃんに一拍遅れて私も帰りの挨拶をすると、奥からフラッと朧さんが出てきてお帰りとだけ言ってまたフラッと戻って行きました。

 それと行き違いにレイナさんがやって来ました。

「お帰りなさい。ちょっと遅かったけど、何かあった?」

「あの、ちょっと男の人に絡まれて」

 私がそう言うと、レイナさんは頭を痛そうに押さえてから私たちから買い物袋を受け取りました。

「気を付けてくださいね。何かあったらあの人が激怒しますから」

 それで一つ気付いた。

「さっきの朧さん、何か変じゃありませんでしたか?」

 私たちがこんな遅い時間に帰ってきたのにお帰りの一言だけだったし。

「あー……」

 レイナさんの目が泳いだ。そして私の耳元に顔を寄せると、小声で(ささや)いた。

「ここだけの話ですが、さっきまで全然落ち着かない様子で動物園の熊みたいに部屋の中を歩き――」

「レイナーレ」

 レイナさんの言葉を遮るように、いつの間にか現れた朧さんが似合わない笑顔をして立っていた。

「な、なんでしょう朧さん?」

「食材を買ってきて貰ったんだから、もう夕食の支度(したく)できるよね?」

「は、はい今すぐ」

 そそくさと立ち去るレイナさんを半目で見送ってから、朧さんはこちらに目を向けた。

「大変だっただろう? 風呂は沸いているから入るといいよ。二人一緒にね」

「あ、はい」

「感謝」

 朧さんは私たちを見て懐かしそうな顔をした。その意味を尋ねようとしたが、その前に朧さんが口を開いた。

「何なら俺が一緒に入って背中でも――」

「お断りします」

「ごゆっくりどうぞ」

 



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不死鳥いぢめ

 ある日の事。買い物するため町に出かけた所、見覚えのある金髪ロールを見かけた。

「レイヴェルじゃん。こんな所で何してるの?」

「あ、黒縫さん。お久しぶりですわ」

 レイヴェルがこちらに気づき、礼儀正しく一礼する。

「それで、今日この町には一体どんなご用事で来たのかな?」

「……本日は、イッセーさまにお願いがあってこちらに伺いましたの」

「へぇ。魔方陣で直接ジャンプしないとは感心感心。そういう心がけは立派だと思うよ」

「そ、そうですか?」

「少なくとも俺はそう思う。それで、イッセーの家に行きたいんだよね?」

「ええ」

「だったら案内しようか? 通り道だし」

 というかお隣さんだし。

「そうですか? でしたらお願いしますわ」

「承りました。お嬢様」

 

 

「なるほど、ライザーのねぇ……あいつまだ引きこもってたのか」

 ライザーはイッセーにやられてからはドラゴン恐怖症を発症して、引きこもっている。

「はい。それで、グレモリー眷属の『根性』というものがいいと聞きまして」

「はー……根性ね。まあ、根性といえばあいつらが適任かもね」

 恐怖症の原因にその治療に当たらせるというのは、医療観点から見てどうなのだろうか?

「こんなご時世に難儀な病発症している場合でもないでしょうに」

「それ、あなたが言わないでくださいます?」

 全くだ。

「あ、そろそろ着くぞ。あの大きな建物だ」

「一際大きいですわね……」

「金持ちは何でもかんでも金に任せるから嫌いだ」

 最近家族が増えて最近のレイナーレはタイムセールに全力なんだぞ。

「そうですか……」

(そういえばこいつも金持ちのお嬢様だったか……)

「ここまで来れば大丈夫だな」

「はい、ありがとうございます」

 レイヴェルはそのまま別れると思ったようだが、方向は同じだったのでまだしばらく一緒に歩いた。

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「フェニックスー、遊びに来たぜー」

「侵入者だ。捕えろ」

 あ、ちなみにこれがいつも通りです。

「フハハ、捕まえられるものなら捕まえてみろー」

 緊張感はほぼ皆無です。これで十二度目ですからねー。

 

 ライザーの眷属たち――主に『兵士(ポーン)』の相手をしていると、イッセーたちがやって来た。

「お。あいつら来たみたいだからここまでな」

『ありがとうございました!』

「いや、お礼言われると困るんだけど」

 立場上は侵入者だよ。

(それはそれとしてイッセーたちの所へ行こう)

 

 イッセーたちの気配を辿っていくと、ライザーの部屋の前で部長が扉を叩いていた。

「皆さんこんにちはー」

 普段通りの態度で背後から話しかけるととても驚いた顔をされた。無理もないが。

 そんな最中、ライザーが扉を開けて顔を覗かせてイッセーに気づいてベッドへととんぼ返りした。症状は深刻である。

「やれやれだ」

 ため息を一つ吐き、ライザーが立てこもるベッドに近づき、小声で(ささや)きかける。

「ドラゴンが一匹、ドラゴンが二匹、ドラゴンが三匹、ドラゴンが……」

「ぴぎゃぁぁぁーーー!!」

「かはは、ぴぎゃーだってよ。ぴぎゃー」

「貴様、また……」

「あ、ドラゴン」

「ぴぎゃー!」

「ケタケタ。ああ面白い」

(こいつのせいで症状悪化したんじゃ……)

 

 

 

 

 その後、ライザーをなんとか外に出し、庭にまで連れてきた。

「それで、ここからどうするの?」

 そうイッセーに問いかけた時、空から何やら大きなものが現れた。

「タ、タタタ、タンニーン! 最上級悪魔の……ドラゴン!」

「これから山にでも篭ろうと」

「引きこもるのが部屋から山になっただけじゃねーか」

 その違いは大きい。

 ライザーは逃げ出そうとしたが、タンニーンにあっさりと捕まった。

「達者で暮らせよー。って、何をする?」

 イッセーとライザー、それに付いていくレイヴェルを見送る気満々だったが、何故か俺もライザーと同じくタンニーンに捕まった。

「これは一体どういうことだ」

「貴様、普通にしているがテロリストだろうが」

「あ、そうだった。お願い見逃して」

「そういう訳にもいかん。お前は取り敢えずこいつらと一緒に俺の領地へ連れて行く」

「よし、飛ぶがいい。あの大空へ」

 ドラゴンに連れられて飛ぶのは初体験。ワクワク。

 

 

 

 山篭りが始まってから数日が経った。朧はひたすらタンニーンに追い掛け回されていた。

「くはっ! これは死ねる!」

 タンニーンの吐き出したブレスを躱しながら、朧は顔に笑みを浮かべる。

「りゃ!」

 朧は創り出した自身の二倍ほどの大きさの大剣を振りかざし、タンニーンへと振り下ろす。

 しかしタンニーンは体の大きさに見合わぬ速さでそれを避ける。それを朧は大剣の刃を(ひるがえ)して追撃する。

 その大きさからすると想像もできない速さでの攻防が行われるが、威力・範囲が共に大きいタンニーンのブレスに吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた朧は水切りの石のように何度も地面に打ち付けられ、最終的に岸壁に激突して止まる。

「がっ……はぁ!」

 朧は壁に叩き付けられながらも離さなかった大剣をタンニーンへと投擲する。

「甘い!」

 タンニーンが吐いたブレスと黒の大剣が激突し相殺される。

「……前と比べて力が強まっているな」

「元龍王に褒めていただき光栄」

「……その腕、一体何だ?」

 タンニーンの問いに、朧は左腕を隠すように抱える。

「その腕からは同族のオーラを感じる。返答次第ではただでは置かんぞ」

 前身に纏うオーラをより一層強めながら、タンニーンは朧に詰問する。

「……大切なヒトからの贈り物ですよ。ですから、他人にとやかく言われる筋合いはありません」

 そう答えるとタンニーンに冷たい視線を向け、ドス黒いオーラを発する。

「そうか……む?」

 ふとタンニーンが遠くの方を見、朧もそれに釣られてそれを注視する。

「イッセーとライザーか。あんな事する元気があるなんて、修行内容微温(ぬる)いんじゃないですか?」

「そのようだ。……いや、そういえばリアス嬢たちがこの近くの温泉に来ているそうだな」

「……つまり覗きか」

 朧は呆れてそれだけしか言えなかった。

「撃墜しましょう。さ、ブレスをお願いします」

「うむ……」

 躊躇(ためら)うタンニーンに業を煮やした朧は、大弓を創り上げて矢を(つが)えた。

「ふん」

 短い呼気と共に矢が夜空を翔け、途中で幾つにも分裂し、赤い鎧と炎の翼を貫いた。

「Hit. だけど、あいつら結局温泉に落ちたか……? ま、いいか」

 その後、少女の悲鳴と火炎、男二人の悲鳴が夜空に咲いた。

 



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Pandemonium
修学旅行は京都か……


つまり狐娘が出る。後は言わなくても分かるな?


「修学旅行は京都か……」

 何故高校生にもなって京都なのか。普通は九州近くまで行くだろ。

「京都といえば寺社仏閣の集まる土地だ。半分以下が悪魔であり、各勢力のブラックリスト入りしている俺にとってはある意味鬼門なんだが……」

 京都に行ったら袋叩きされてもおかしくない。

(最低限の礼儀として九尾の御大将には手土産持ってご挨拶に行かねば。さすがに京妖怪全体と敵対するのは厳しい)

「修学旅行かー……積立金払っていなければ行ったりしないのに」

 

 

 

 数時間かけて新幹線で京都に到着した。泊まるホテルの名前は『京都サーゼクスホテル』。……グレードの割に格安な訳だ。

「それにしても、俺の部屋は一体どこなんでしょうね?」

 クラスの人数が奇数なので、二人部屋しかないこのホテルでは、俺みたいな奴が一人余るのだ。

「お、ここか……何故に引き戸」

 他の部屋とやけに様式が違うのだが。和式と洋式ぐらい。

 扉を開けると、そこに広がるのは昭和の香漂う八畳間の空間。

「何故わざわざここだけ違う部屋にした」

 この方が値段が高く付くだろ。

「まあいいや。和室万歳」

 他の部屋は豪華過ぎて居心地悪いからな。

 

 お茶を淹れて和んでいると、部屋の扉が引かれた。

「あ、イッセーじゃん。何、お前もここの部屋なの?」

「ああ、そうだけどこの部屋は……」

「いい部屋だと思うけど? まあ、これで他の奴らと同じ値段ってのはちょーっと納得いかないかな?」

 帰ったら職員会議に乗り込もう。

「まあ、お茶でも飲んでゆっくりするといい」

 備え付けのポットからお湯を持参の茶葉に入れた急須(きゅうす)に注ぎ、そこから持参の湯呑に注ぐ。

「どうぞ」

「あ、ああ……」

(既に自室のような寛ぎっぷりだ……!)

 イッセーが何故か驚いていると、そこにロスヴァイセさんがやって来た。

 ロスヴァイセさんはイッセーに何かを耳打ちしてからため息を吐いた。

「早くアザゼル教諭を見つけないと……」

「ああ。それでしたらこれをどうぞ」

 懐からモニターが付いた黒い携帯端末を取り出す。

「アザゼル先生に先ほど発信機を付けておきましたので、これで捜索できます」

 よく居なくなる人には鈴と首輪を付けておきましょう。

 

「そうだイッセー、伏見稲荷に行かないか?」

「お、いいな。アーシアたちも誘って行こうぜ。朧も行くか?」

 ふむ。伏見稲荷大社の主祭神は宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)だったな……。つまり稲荷神だ。

「付き合おう。少々狐には用事があるからな」

 

 

 

 さて、伏見稲荷大社に来たのはいいが、目の前には狐に似た魔除けの像があった。

(……無理矢理押し通るか)

 少しオーラを増大させると、魔除けの像の力と中和される。

(この状態を続けるのは良くないので、早々に要件を済ませて立ち去ろう)

 イッセーたちに一言断りを入れて一足先に稲荷山の頂上にある古ぼけた社にたどり着いた。

「さて、お顔を見せて頂戴、子狐ちゃん?」

 社に五百円硬貨を投げ入れてそう言うと、目の前に巫女装束を来た金髪に金眼の少女が現れた。その少女は狐耳と狐の尾が生えている。

「確か……九尾の御大将、八坂の娘、九重(くのう)だったかな? これ、つまらない物ですがお土産です」

 異空間に仕舞い込んでいた東京土産を九重ちゃんに手渡す。

「あ、これはどうもご丁寧になのじゃ――ではない! 貴様、余所者であろう。母上をどこへやった!」

 母上というのは九尾の御大将のことだろうな。

「残念ながら私は存じませんよ? 私は単身で九尾の御大将を(かどわ)かすのは不可能ですよ。趣味じゃないですし」

「趣味の問題なのか!?」

 当たり前だ。

「あなたでしたら、七難八苦があろうと(さら)えるのですが」

 膝を曲げて九重ちゃんの頬に手を当てた。

 その時である。周りの林から烏天狗と狐面の神主が大量に現れて俺を袋叩きにし始めた。

「痛っ、痛い! まだ何もしてな……ああっ、すいません! しません、誘拐はしません、しっかり返しますから! え、駄目? 可愛いんだから少しぐらい俺にも愛でさせろ!」

 ん、本音が出たか? まあいい。

「というかいつまで俺は殴り続けられるんだよ!」

 いい加減頭蓋骨がミシミシ鳴り始めたので結構危険だ。群がる烏と狐共を力尽くで振り払う。

(この場合の打つ手は……!)

 いつの間にか遠ざかっていた九重の近くにするりと近寄り抱き抱えた。

「近寄るなー。近寄ると…………どうしようか?」

 こんな可愛い子に傷つけるとか有り得ない。あったら俺が月に変わってお仕置きする。

「それじゃー……初めて(ファースト)でもいただきましょうか」

 後ろからだと抱き締め難いので、向かい合う姿勢に変えて顎をちょいと持ち上げる。

(俺もまだだし、丁度いいかもなー……)

 相手の年齢は余り気にしない。

(まあ冗談だが――二割ほど)

 そして俺と九重の顔の距離が十センチを切り、さて止めようかと思った瞬間、二本の木刀が額に突き立った。

(ゼノヴィアとイリナか……キリスト教では幼児愛禁止だったっけか……?)

「あくまでもB以上はする気は無い!」

 あ、叫んだら意識が――。

 

 

 

 気がつくと縄でグルグル巻きにされて宙釣りにされていた。

 周りを見るといつもの面々と九重を始めとする妖怪の皆さんがいた。

「じゃ、こいつ引き渡すから和平な」

「ちょっと待てや堕天使総督。何人様を売ろうとしてんだ」

「チッ、後少しだったのによ」

 それで成立するのか和平。

「仕方ない。和平のためならこの身を喜んで捧げよう!」

『お前が言っていいセリフじゃねえよ!!』

 総ツッコミが来た。

「ただし扱いは相応の物を求める! 具体的には九重のか――ゴホンゴホン」

「……あいつ、貰ってくれね?」

「お断りします」

 和平は失敗したようだ。

 

 

 

「ふむふむ。九尾の御大将を拐える者の心当たりですか。それなら『禍の団(カオス・ブリゲード)』英雄派でしょうね。他に適役も敵役もいないので」

 身の安全を確保するために情報を売る。まあ悪くない。いや、悪いか。

「奴らなら九尾の御大将に利用価値を見出だしたかもしれませんし、この京都に隠し、捕らえ続けて置けるのも奴ら以外にいません」

 (ひとえ)にとある神滅具(ロンギヌス)のおかげなのだが、まあそれは言うまでもないだろう。

「で、九尾の御大将の居場所は?」

「知りませんよ。ただでさえ仲悪いんですから」

 知ってたら今すぐ襲撃かけるわ。

「心当たりはありますけど」

「何だと?」

「ヒント、異空間」

「ヒントになってねえよ」

 ある意味では答えである。

「他に何か知ってる事は?」

「無い」

 そう言ったら舌打ちされた。

「もう用は無いから火炙りにしようぜ」

 アザゼルがそう言うと、狐耳の生えたお姉さんたちが縄で縛られて宙吊りにされている俺に狐火を近づけて来る。

「熱い熱い。炙られるなら九重希望――!」

「奴には絶対近づけるな。汚染されるぞ」

「人を何だと思ってるんだ!」

「危険人物」

「否定できない……!」

 悲観に暮れていると狐火で火炙りにされる。

「熱い熱い、焦げる焦げる」

「さっきから緊張感に欠けてるよな。もっと、こう……」

 下に可燃物が敷かれ、そこに狐火が点火され、アザゼルが光の槍で縄をチクチク突いてくる。

「マジで危ないな。――(すい)、消化」

 下に魔方陣を展開してそこから水を出し、狐火を消す。

「やっていい事とダメな事があると思います」

「だから、お前が言うな」

 そのセリフは聞き飽きた。

 

 

 

 

 その後縄での拘束を脱し、裏京都と呼ばれる異空間から逃げ出す。

「ふぅ……流石にどこぞの誰かの俺の知らん所でやった事でやられてたまるか」

 自分でした事の責任を取るのかと言えばそうではないが。

「やれやれ、修学旅行に来たのにそんな気分では無くなってしまった」

 元からエンジョイする気でもないが。

「ホテルに帰るのも面倒だし……そこらでゴロ寝でもしよう」

 風邪? ほら、よく言うじゃない。何とかは風邪ひかない。誰が煙だ! あれ、何か混ざった。

「ま、いいや」

 さて適当な寝床でも探そうと思った時、近くに小型の通信魔方陣が現れる。

『朧さん、今大丈夫ですか?』

「んー、大丈夫だよルフェイ。どうかした?」

『それが、英雄派の方々が監視を送ってきて……』

「……ああ」

 ヴァーリが怒ったな。

「で、仕返しするの?」

『はい。今幹部の方々は日本の京都に出向いているそうです』

「あー……今の俺も京都だな」

 よし、嫌がらせする言い分ができた。

『それで、もう少し後で私もそちらに行きます』

「それじゃあ、宿はこっちで取っておくから。ああ、ところであいつらの食事はどうするの?」

 あいつらの中で料理ができるのはルフェイだけである。

『二三日程度なら作り置きで大丈夫だと思います』

「それをどこに置いておく気だ?」

 お前ら根無し草だろうが。

『朧さんの家の冷蔵庫をお借りします。レイナーレさんには許可を取ってます』

「うん、もう諦めた」

(……早めに改築しよう)

 そう固く心に誓った。

 



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英雄派

 翌日。ルフェイと合流し、早速英雄派の動向を追う事にした。

 修学旅行は同じ班の木場くんに(悪魔的な意味で)頼んで適当に誤魔化して貰おう。

 

「と言っても、異空間に引きこもっている奴らを見つけるのは至難の業なんだよな……ルフェーイ、そっちはどうだ?」

 京都をサーチする魔方陣から目を離し、隣にいるルフェイに声をかける。

「こちらも見つけられません」

「元々一度できてしまった結界を後から見つけるのは難しいからね。発動した瞬間なら比較的簡単に捉えられるんだけど……」

 そう言った時、まさにたった今結界が張られた気配がした。

「位置確認――渡月橋の辺りか?」

「はい、そうですね。転移座標固定――難しいですね……」

「流石は結界系最強の神器(セイクリッド・ギア)といった所か……」

(遠くからだと無理かな……)

「ルフェイ、近づいてから侵入する」

「分かりました」

(しかし、渡月橋のような観光名所は人が多いから転移する訳にはいかないか)

「ルフェイ、跳ぶよ。掴まって」

「はい」

ルフェイを抱えるとビルの屋上から渡月橋へビルの屋上を伝って一直線に向かう。

「よっと……ルフェイ、大丈夫か?」

「大丈夫です」

できるだけ直線的な軌道で跳んでいるとはいえ、着地と踏み切りの際には結構な負担がかかるだろう。出来る限り負担がかからないようにしているのだが。できるだけ負担がかからないようにしているのだが。

「ととっ……誰にも気づかれずに近づけるのはここまでかな?」

 高い建物がなくなったので、渡月橋のすぐ近くに降りる。

「ルフェイ、ここからならいけそうか?」

「はい、ここからなら結界内に侵入可能です!」

「それじゃ、俺はゴグマゴグたち(・・)の準備をしているから、行けるようになったら教えてくれ」

(ようやくのゴグマゴグのお披露目だー♪)

「準備できました!」

「早いな!」

 俺はまだウキウキしただけだぞ。

「それじゃあ、行くか」

 ゴグマゴグの準備は三秒で済んだし。

「それでは、結界内に転移します」

 足元に魔方陣が現れ、光を放つ。

 

 光が収まったとき、俺は渡月橋で英雄派と向かい合っていた。後ろにイッセーたちがいた。

「はじめまして、ルフェイ・ペンドラゴンです。ヴァーリチームの魔法使いです。以後お見知りおきを」

 隣のルフェイは振り返ってイッセーたちに一礼する。

「あの……私『乳龍帝おっぱいドラゴン』のファンなのです! 差し支えないようなら、あ、握手をしてください!」

 ………………シカタナイナア。

「サインペンと色紙もあるから良かったらサインも貰える?」

「あ、ああ……」

 喜ぶルフェイと困惑するイッセーから目を逸らし、曹操たち英雄派に向き直る。

「……さて、俺たちがここに来た理由ですが……」

「君も大変だね」

 超テンションが低い俺を曹操が(ねぎら)った。

「同情するなら大人しくしていろ。それで、ここに来た理由は『ヴァーリチームに監視者を送った罰』だそうだ。余計な事するからだ馬鹿者」

 パチンと指を鳴らすと、地面が振動し始める。地震でいうなら震度5はあるだろうか。

 地表を割り、地面から十メートルを超える無機物でできた巨人――ゴグマゴグが姿を現した。

(……転移座標間違えた)

 原因は俺にあった。

(じゃあもう片方は……?)

 その時、俺の足首が何かにガシッと掴まれた。案外近くにいた。

「ごめんマグニ! ゴッくん、俺ごと引っ張れ!」

 ゴッくんがその大きな手で俺の首を摘み(掴まれたらその潰されるから)、徐々に強く引っ張り始める。

(伸びる気がする……いや、それ以前に首が抜ける!?)

 危うく平均以上の身長が最高クラスになるかと思ったとき、俺の足首を掴んだ手の持ち主が地面から引き抜かれた。地面から抜かれたのは十代前半に見える少女で、レイナーレと同じくメイド服を着ていた。

「大丈夫か? 特に問題はない?」

 引き抜かれた肌が陶器のように白い少女はコクリと頷く。残念ながら発声機能と表情筋の再現はできなかったのだ。

「彼女は誰……いや、何かな?」

「よくぞ聞いてくれました!」

 よくぞ聞いてくれたな曹操。

「正式名称はゴグマゴグmk(マーク)(ツー)、愛称マグニ! その正式名称が示す通りゴグマゴグを改造して制作されたガイノイドである! なお、製作者は俺!」

 頑張った。本当に頑張ったよ俺。作るのに一ヶ月以上はかかった。

「ゴグマゴグの原型無いじゃねえか」

「今時大型ロボなど一体いれば十分だ」

「なんだと、大型ロボにケンカ売ってんのか?」

「ふ」

 鼻で笑ってやった。今では小さくて高性能が流行りなのだ。

「よし、それは俺に対する宣戦布告と受け取った。今こそマオウガーver(バージョン)2を……」

「こっちを無視しないで貰えるかな?」

 うるさいなぁ……。

「ゴッくん、橋を壊せ。マグニ、ミサイル発射」

 ゴッくんがその太い腕を振り上げ渡月橋をなんかよく分からん黒いモンスターごと破壊する。それに追い討ちをかけるかのようにマグニのロングスカートからミサイルランチャーを取り出して射撃した。

「伸びろ!」

 対岸まで下がった曹操がゴッくんに曹操の槍が向けられ、その槍がゴッくんの肩に向けて伸びてあっさりと倒される。

「チッ、後でバランサーを調整しておかねば」

 ゴッくんの倒れたことで発せられた重低音を聞きながら考え事している俺に、遠距離攻撃系神器(セイクリッド・ギア)の攻撃が雨霰と降ってきた。

「あれ、容赦がない。一応俺仲間だよね?」

 これは流石に躱しきれないし防ぎきれない。

「抜刀――霞桜」

 なので、最近手に入れた伝説級武器(呪)を影を入口にした異空間から引き抜く。姿を現した銀色の刃は、閃いて全ての攻撃を切断して霧散させた。

(でも相変わらず肩が痛くなるな)

 普通に動かせる速度よりも速いから仕方ないのではあるが。ああ、手が勝手に動きそうだ。収まれ霞桜、冗談抜きで。

「……人が気持ちよく寝てるのにうるさいんですよ!」

「何? どうしたのあの人」

(酔っ払い? それでいいのか教育者)

 どうでもいいが絶賛囲まれ中である。予想ではもうすぐ無双かリンチが始まる。

「あ、無双の方だったか」

 数えたくもないほどの魔方陣が展開され、そこから一斉に魔法攻撃が放たれ始め、風景が変わっていく。

(……ここが異空間で良かった。そうでなければどちらがテロリストか分からん)

 しかし、その魔法攻撃は不自然に発生した霧に防がれていた。

(ゲオルグか……)

「少々乱入が過ぎたか。――が、祭りの始まりにしてはしては上々だ。アザゼル総督、我々は今夜、京都の特異な力場と九尾の御大将を使い、二条城で一つの実験をする! ぜひとも静止するために我らの祭りに参加してくれ!」

 曹操がそう宣言すると、空間が霧に包まれ始めた。

「ルフェイ、ゴッくんとマグニ連れて先に去ってくれ。このままここに居るとややこしくなるからな」

「はい。でも朧さんは?」

「このまま『実験』とやらの観察をしようかと思う」

「分かりました。それではお先に失礼します」

 ルフェイの気配が消えると同時に、霧に包まれた景色が晴れ、本来の渡月橋が壊れていることなく存在していた。

(……やれやれ、とんだ修学旅行になってしまったな)

 まあそれでも、泣いてる九重のためにこのままで済ませる訳にもいかないし……取り敢えず酔っ払いヴァルキリーの介抱に向かおう。

 

 



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影の再来、英雄の役割

「ルフェーイ、夕飯少しくすねて来たぞー」

 駒王学園の夕食はバイキング形式だったので、適当に種類多めで包んで持ってきた。

「あ、助かりました。どうしようかと悩んでいたので」

「ま、適当に摘めや。ヴァーリは現状について何か言ってたか?」

「ヴァーリさまも『実験』が気になっているようです。できる事なら見極めて内容次第で妨害しろと」

「全く、容易く言ってくれる」

 ゲオルグは俺よりも魔術の技量は上だっていうのに……。

「まあ、黙って見逃す訳にもいかないし……俺はグレモリー眷属にくっ付いて直接この目で見てくるさ」

 問題は妨害する場合の戦力だな。今のグレモリー眷属では幹部ならいざ知らず、曹操には束になっても叶わないだろうな。

「どっかに戦力は落ちてないかね?」

 この近くにいる戦力で大きいのは堕天使総督と現レヴィアタン様だが……その二人は英雄派を京都から逃がさないように取り囲んでいる様だし。無駄だと思うが。

「それなら、九尾の御大将さんと会談する事になっていた闘戦勝仏さまが適任ではないかと思います」

「げ、お猿の大将か」

 闘戦勝仏とは簡単に言えば初代孫悟空――つまりは美猴のご先祖様である。かなりの年ながら未だ現役であり、その強さも年齢に比例しているのではと疑いたくなるほど強く、一度対峙したときは結果的には逃げられたが、それまでに片手の指を超えるほどの回数の死を覚悟した。まあ殺されはしなかっただろうが。

「まあ適役ではあるな……俺は会うの御免だけど、あの化け物」

 生き物的な意味と強さ的な意味で二重の意味で化け物である。

「それでは、闘戦勝仏さまは私が誘導しますね」

「よろしく。どうせまたあいつらは異空間に引き篭ってるんだろうから、俺にマーカー付ければ座標固定は楽にできるだろ――っと、そろそろあいつらが出陣する時間だな」

 あいつらの追跡をしなければ。恐らくまた霧でご案内するのだろうから、それに巻き込まれる形で侵入するのが一番楽なはずだ。

 

 

 

 

 ルフェイと別れて程なくして、二条城に向かうためにバスに乗ろうとバス停で待っているグレモリー眷属を見つけたのでその背後に気配を消して忍び寄った。俺が本気で気配を消すとあいつら程度ではすぐ真後ろに立っても気づかれない。何もしないことが前提だが。

 そんな気配を消した俺の後ろを駆け抜けてイッセーに飛びつこうとする一つの影があった。

「九重ちゃん、何してるの? 良い子は寝る時間だよ?」

「ぬ、貴様いたのか」

「私はいつも御身の御側に――というのは冗談だけどね。こっそりと居ました」

 このやり取りのせいでグレモリー眷属の皆さんにも俺の存在がバレた。どう言い訳したものか、それよりも九重の尻尾はモフモフしたいなと考えたとき、周囲に突如霧が発生した。

「今だ。九重、イッセーを掴め」

「む、心得た」

 とっさの事だったからか言う通りにしてくれた九重がイッセーを掴んだ瞬間に霧が全てを包んだ。

 

 無理矢理転移させられ、霧が晴れるとそこは地下鉄のホームだった。

(第一段階成功。後は九重を守りながら適当に進むか。九尾の御大将も取り返さないといけないし)

 イッセーが電話するのを眺めながら腕の中の九重をモフモフしてする。

(携帯通じるんだ。基地局まで複製したのか? 全く、適度に手を抜けばいいのに)

 ゲオルグの仕事に半ば感心、半ば呆れていると、腕の中の九重が暴れだした。

「いい加減に離せ無礼者!」

「はいはい、申し訳ありませんでした姫君」

 九重は下ろされると禁手化(バランス・ブレイク)したイッセーに近づき、その鎧を叩いたり鎧に負けないほどに顔を赤くしている。

 ギリギリギリギリギリギリギリ!

(……帰ったらオーフィスに会いに行こう。殺されるかもだけど)

 ああ見えてオーフィスは独占欲が強いのだ。

(そこがまた良いんだけど)

 それはさておき、早速敵とエンカウントした。相手は英雄派の神器(セイクリッド・ギア)所有者。所有する神器(セイクリッド・ギア)は確か影を操るカウンター系神器(セイクリッド・ギア)闇夜の大盾(ナイト・リフレクション)禁手(バランス・ブレイカー)は影の鎧闇夜の獣皮(ナイト・リフレクション・デス・クロス)。効果は確か影を通しての攻撃の転移だったか。

(つまり直接攻撃がメインのイッセーでは相性が悪いな。俺なら五秒も要らんが)

「九重、危ないからこっち来な」

「うむ……」

 九重がイッセーから離れてトテトテと駆け寄ってくる。

「イッセー、こっちは気にせず全力でやっていいぞ」

「おう、助かる!」

 お礼なんて要らないんだけどね。戦いには手は貸さないし。

 

 イッセーと影使いの戦いは予想通り、イッセーのパンチやキックもドラゴンショットと呼んでいる魔力弾も通じず、相手の攻撃も鎧に阻まれるので長期戦になるかと思った。しかし、九重が援護で放った狐火を受けた影男の一言をきっかけに、熱で蒸し焼きにすることを思いついて龍の炎で駅舎一帯を包むという人間離れした技を見せた。イッセーは悪魔だけどな。

 

(やれやれ……炎の熱は俺に取ってもキツいんだけどな。魔法障壁なんて久方ぶりに使ったな)

 周囲を手扇でパタパタと仰いで熱気を追い払う。地下だから空気の流れがないので蒸し暑い。

 イッセーは九重を背中に乗せて先に行った。俺は乗れなかったので後から押っ取り刀で駆けつける訳だ。押取り刀にはおっとりという語感とは裏腹の意味を持つ言葉だが。

「う、ああ……」

 最終的にイッセーに殴り飛ばされた英雄派の構成員がうめき声を上げた。それを見て、彼が先ほど言っていた言葉を思い出した。

「『悪魔も堕天使もドラゴンも人間の敵』――その言葉には一理あるが、人間にはもっと大きな敵がいるだろうに。お前らの派閥を――英雄派の名前が示す通りのな」

 恐らくは聞こえていないだろう男に向かって吐き捨てるように言葉をかける。

「聞いたことはないか? 一人殺せば殺人犯、十人殺せば殺人鬼、百人殺せば英雄だ。――お前を迫害したのは、人間たちだったじゃないか」

 一方的に言いたい事を述べると、背を向けて歩き出す。

「それにしても、よくも英雄なんてやってられるよな。英雄ってのは、人間に使われてバケモノを倒すだけの使い勝手のいい武器に過ぎないのに」

(ジークフリートもジャンヌ・ダルクも人間に殺された。英雄というのは、そういう存在でしかないんだよ、曹操)

 



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京都大戦

 イッセーは地下鉄を進んだようだが、一般人並みの機動力しか持ち合わせていない俺がここから二条城まで行くのは面倒なので転移した。異空間だからできるか不安だったが、驚く程正確に再現されているようで、二条城の裏門前に丁度出た。

「さて、ここからが問題だ」

 如何にして英雄派に気づかれぬように中に潜入するかだ。別にバレても問題ないが、俺としてはバレない方がいい。その方が警戒もされず、実験とやらを歪み無く見ることができる。

(気づきそうなのは曹操を筆頭にゲオルグとジークフリートぐらいだが……)

 ゲオルグは実験にかかりきりになるだろうし、近くに寄るのは戦闘が開始されてからだろうな。さてさて、こそこそ様子を伺いに行きましょうか。

 

 英雄派と虚ろな瞳をした和服の狐美女がいる本丸御殿にたどり着いてからしばらく待っていると、イッセーたちがぞろぞろと入って来た。

 九重が狐美女――母である八坂さんへ必死に呼びかけるも返答はなかった。そう簡単に解除されるような洗脳とか無いし。

 曹操が槍の石突きで地面を叩くと、八坂さんは文字通りの九尾の狐へとその姿を変えた。大きさは十メートルほどだろうか。

「曹操! 九尾の御大将を操って何をしようとしている!」

 俺だったら絶対に答えないが、曹操は答える。

(それは負けフラグだろうが。負けてくれた方が嬉しくはあるが)

 曹操の話を要約すると、京都は『力』が集まる場所。九尾は妖怪の中でも最高クラスであり、その強さは龍王クラスに匹敵する。そして、京都と九尾は切っても切れない関係にあり、それらを用いてグレートレッドを呼び出そうとしているらしい。

 本来なら龍王数匹を使うのがいいそうなのだが、それは少し難易度が高いのでこっちで代用したそうだ。

(京都の方々にとっては迷惑この上ないな)

 そういえば、それよりも気になる単語があった。

(『龍喰者(ドラゴン・イーター)』……物騒な名前だな。オーフィスに仇なす可能性もあるし、正体次第では消滅させる必要性があるな)

 などと考えていると、ゼノヴィアが改良されたと思われるデュランダルを構えるとその刃を包む鞘がスライドし、聖なるオーラが吹き出した。

(おーおー、中々贅沢な武器だな。デュランダルに加えてエクスカリバーの6/7を使用か。扱い切れれば相当な武器だな。ゼノヴィアには無理だろうけど)

 他に見るべき所は匙ぐらいか。ヴリトラ系神器(セイクリッド・ギア)をくっつけたとは聞いていたが、もう見た目は黒い蛇に絡まれている人である。

(見た目まで人間離れしてしまったな……左目も赤くなって蛇みたくなっているし。恐るべしグリゴリ)

 何が恐ろしいっていうと、これを簡単にやっちゃう所が。匙以外にはしないだろうが。

 そして、前触れもなくゼノヴィアがいつの間にか発生していた十五メートルにはなろうかという光の刀身が英雄派に向けて振り下ろされた。

「う、わぁぁぁ……」

 呆れて声も出ないとはこの事か。いきなり派手過ぎる。普通はとどめの一撃では?

(……まあ、あれだけ派手でも単純だから防がれているが)

 単純攻撃はゲオルグが防げるからな。絶霧(ディメンション・ロスト)は超万能である。使用者の腕もあるのだろうが。何故地面から出てきたかは分からないが。

 

 戦闘の描写は面倒なので割愛するが、イッセーと曹操、木場、ゼノヴィアとジーク、イリナとジャンヌ、ロスヴァイセさんとヘラクレス、匙はヴリトラ化して九尾と戦っている。

 ジャンヌとヘラクレスはその名の元々の持ち主の魂を引き継いでいるらしいが……。

(魂って何、食えるの、滅ぼせるの? そして魂を引き継いだところで何か意味あるの?)

 といった風に霊魂否定派な俺としてはどうでもいい話だ。どちらにせよ今は現在進行形でテロリストで名に泥を塗っているんだが。

(まー、順当に行けばグレモリー眷属の全負けだろうなー)

 相手は禁手(バランス・ブレイカー)有りだし。

 ちなみに所有神器(セイクリッド・ギア)はそれぞれ曹操が最強の神滅具(ロンギヌス)黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)、ジークが通常時も亜種の龍の手(トゥワイス・クリティカル)、ジャンヌが聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)、ヘラクレスが巨人の悪戯(バリアント・デトネイション)。能力はそれぞれ簡単に言うと神殺し、能力倍加に加え腕の追加、文字通りの聖剣の製作、攻撃部位の爆破だ。

 聖槍を除く禁手(バランス・ブレイカー)はこれまた亜種の阿修羅と魔龍の宴(カオスエッジ・アスラ・レヴィッジ)、こちらも亜種の断罪の聖龍(ステイク・ビクティム・ドラグーン)、そして超人による悪意の波動(デトネイション・マイティ・コメット)。こちらの能力は腕が六本になって腕の数だけ力の倍加、聖剣で創った龍の使役、ミサイルだ。

 それくらい禁手(バランス・ブレイカー)が無くても似たようなことはできる。威力はさておくが。

 

 戦闘の結果はグレモリー眷属の惨敗に終わった。

(さて、俺はどうしたものかな?)

 見るのも飽きたし。近くで戦闘が行われたせいか影の中の霞桜がざわめいている。

(まあ、たまにはこいつにも血を吸わせるか……いや、しない方がいいんだろうけど)

 霞桜を影から引き抜き、潜んでいた外壁上から飛び降りると、英雄派の奴らが一斉にこちらを振り向いた。

「はぁーい皆さん、元気してたー?」

 自分的には笑顔で歩み寄ると、皆が皆警戒するように各々(おのおの)の得物を構える。

「おやおや、警戒されるとは失礼な話だ」

「武器を構えている人がいう事じゃないね」

 ご尤もだ。

「さて、暇つぶしがてら斬り合いましょうか。理由は刀に操られてるって事で一つよろしく」

 そう言うと同時に霞桜に意識を通す。すると右手の中の霞桜が本格的に目覚め、体の支配権が一部譲渡される。

 無駄の無い動きで真っ直ぐに踏み込み、一番近くにいたジークの喉元に(きっさき)が伸びる。邂逅(かいこう)から五秒も経たない内に放たれた突きだったが、ジークは魔剣の一本であっさりと弾き、反撃を行おうとした。

「甘いよジーク、刀に操られてるって言っただろう?」

 弾かれた鋒は蛇の鎌首の如くうねり、最初の狙い通り首を狙う。ジークは顔を引いて刃が突き刺さるのを回避し、俺はほぼ唯一思い通りに動く左腕で魔剣を弾く。

 そのまま引かれることなく刃の軌道はうねる様に動き、更に喉を刺突しようと迫る。関節が捩じ切れそうである。ジークは自分でもどこまで伸びるか分からない鋒を飛び退いて躱した。

(少しは俺に気を使え)

 ジークが引いた事でこちらも近くに戻って来た霞桜をやり過ぎだという視線を向ける。

 ジークが引いた正面から曹操の聖槍、両脇からジャンヌの聖剣とヘラクレスの拳が迫るが、それぞれをほぼ同時に霞桜が弾く。

(俺よりも反応速度が早くて対処が的確過ぎる……本来だと相手にカウンターをするんだろうけど、これも俺の体に気を使えと言ったからだろうか?)

 疑問もそこそこに霞桜はそのまま三人にほぼ同時に切り刻もうと動く。その分俺の腕への負担が拙い。普通に動かせる速度を超えているので脱臼しかねないのが難点だ。

「ジーク以外は禁手(バランス・ブレイカー)使わないとか……舐めてんの?」

「それをするとお互いにただでは済まないからね」

 それもそうかと納得していると、後ろから赤い光が放たれた。

「何だ?」

 英雄派共々後ろの様子を見る。霞桜を持っている限り不意打ちされる危険性はほとんど無いので安心である。その分右腕にかかる負担は増し増しだが。

 赤い光に照らされて霊のような虚ろな人影が現れる。そして口々に口走り始めた――『おっぱい』と。

(ストレスで胃が痛い……マッハの速度で神経がすり減る!)

 俺には見えない、現れた亡霊のような人影がおっぱいを連呼しながら不思議な儀式舞踏みたいなことをしていたり、それが溶けて魔方陣ができただなんて俺には見えない。

「――召喚(サモン)、おっぱいぃぃぃぃぃっ!」

 あー、聞こえないったら聞こえない。もう何にも聞こえないし。リアス・グレモリーが出てきたりなんかしているのも見えていない。二人のやり取りも聞こえてなんかいない。

「すいません、今日は帰らせてください」

 そう言って英雄派の前からダッシュで立ち去る。

(ドライグ、俺はお前の味方だ! 強く生きろ!)

 先ほど居た塀の上に上ると、丸くなって現実逃避を始める。空間に切れ目を入れておく事も忘れない。

 

 平常心を取り戻して顔を上げると、リアス・グレモリーなんておらず、イッセーの鎧の肩部に二門の砲塔が追加されていた。その肩かた放たれた一撃は英雄派に向かって飛び、それをヘラクレスが受けようとしたが、曹操に突き飛ばされたためにその一撃は遥か彼方へと飛んでいく。

「たーまやー」

 かつて自分が食らった一撃を遥かに超える威力のそれは創られた京都を空間ごと揺るがした。

 続いてイッセーは追加された砲塔を切り離し、ブースターを増やし、装甲をパージして得た凄まじい速さで曹操に迫る。その速さは視認困難だった。そのままの速度でイッセーは曹操に突っ込んだ。曹操は回避できずイッセーの突進を槍で受けつつも食らった。

 突撃を受けた曹操もイッセーと一丸となったまま聖槍をイッセーの薄くなった装甲に向けて突き込んだが、その一瞬前にイッセーの鎧は先ほどまでとは真逆に分厚くなり、特に分厚い籠手で光の刃を受け止める。

 それに驚く曹操にイッセーの拳が打ち込まれ、曹操は地面に激突して粉塵を巻き上げる。

(死んだか……いや、槍で防いだか。ちっ、肉体の強度は完璧に俺以下のくせにしぶとい奴だ)

 思わず舌打ちしてしまった。

(それにしても……さっきの三形態変化はチェス――悪魔の駒(イーヴィル・ピース)(のっと)った能力か?)

 それ以前に発生したオーラも今までのオーラとは一味違っていた。

(あれこそが二天龍の真価という事だろうか……まあ録画したし、後でヴァーリに見せておくか)

 『赤龍帝の三叉成駒(イリーガル・ムーブ・トリアイナ)』か……対処法も考えておきますか。

(やれやれ、それにしても短期間に強くなりすぎだろう。歴代の赤龍帝はこれを超えるっていうんだからバケモノだよなぁ……その分殺しやすかったそうだが)

 

 イッセーの新能力に感心しながら分析していると、先ほど入れた空間の亀裂が広がり始めた。

(やばっ、お出ましか……!)

 空間の裂け目から現れたのは緑色のオーラを放つ東洋系の(ドラゴン)。そしてその上に乗る小さな人影。

(『西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)』、玉龍(ウーロン)! それと闘戦勝仏、孫悟空!)

 退()くかどうか一迷ったが、猿にしか見えない孫悟空殿に見据えられて撤退を諦める。

(こうなった以上龍喰者(ドラゴン・イーター)とやらは見れないだろうし、さっさと九重ちゃんのためにも九尾の御大将を(なだ)めますか)

 大きくため息を吐くと、英雄派を一人で圧倒している孫悟空の横をすり抜け、(ヴリトラ)の援護に向かったはずなのに既にピンチになっている玉龍(ウーロン)の上に飛び乗る。

「何してるんだか……」

 自分に対してか玉龍(ウーロン)に対して言ったかは自分でも定かではないが、とにかく今この状況に対してため息を漏らし、玉龍(ウーロン)を拘束する九本の尾を弾き飛ばして解放する。

『おおっ!? 誰だか知らないけど助かったぜ!』

「うるさい龍王……とっとと九尾を押さえ込みなさい。ただし、傷つけたら酷い目に合わせるぞ」

『いきなり出てきて難しい注文付けんじゃねえよ!』

 面倒な龍王だな。

(俺の言うことにははいかイエスで答えればいいんだよ)

 会話をするのも面倒なので、背を飛び出した九尾の眼前に飛び出すと、九尾は火炎を吐いてきた。どうして怪物連中はこうも火を吐くのが好きかね。

(ふう)、反らせ」

 魔方陣を展開し気流を操作して炎の機動を若干誘導する。普通に食らったら丸焦げだからな。何とかして火炎を突き抜けると眼前に九尾が現れる。

「拘束術式の持ち合わせは少ないんだけどな……」

 ゲオルグが先ほどまで使用していた術式の消えようとしていた欠片に干渉して再利用する。ただしそのままだと俺の手に余るので手を加える。

()、縛れ」

 この前のロキ戦の時のレージングの残りに拘束系の術式を乗せ、九尾の体を縛り始める。

「ヴリトラ、後は任せた。俺には遠慮無用でな」

 九尾の額に降り立ち鎖を引き絞りながらそう言うと、力を奪う黒炎が容赦なく吐き出され、九尾を俺ごと飲み込んだ。

 



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一件終着

「あー全く、とんだ災難だぜ」

 黒い炎をパタパタと叩き落としながら、朧は小さく――人間サイズだが――なった九尾の(かたわ)らに降り立つ。自分で構わずやれと言ったのにとんだ言い草である。

「後は洗脳の解除か……」

 人型に戻った九尾の御大将だが、未だ瞳に光がなかった。

(んー、やっぱりこの前用立てた術式か。だったら解除法もあれかな。弄らず使ってたらの話だけど)

 朧は九尾の顔に手を向け、魔方陣を展開する。幾つもの歯車のような形の魔方陣がキチキチと音を立てて動く。まるで金庫破りである。破るという意味では間違ってないが。

(あー、大まかな構成は変わってないけど微妙に変化してるな。時間かかりそう)

「どうだい兄ちゃん。九尾の御大将の洗脳は解除できそうかい?」

「……ええ、まあ。時間はかかりそうですが、何とかなります」

「それじゃ、頼んだぜい」

(頼まれてしまった。敵だというのに)

「ああ面倒な。無理矢理解くと後遺症残すし、丁寧に解くのは時間がかかるんだよなぁ。一体何分かかる事やら」

(折角三秒で解ける解除キーを設定したのに改変されて……時間がかかりすぎて捕まったらどうする)

 内心でうんざりする朧の服の裾が引かれる。

「母上は大丈夫か……?」

「大丈夫、何も心配は要らないよ」

 朧が小さい子に涙目の上目遣いで見られてやる気を出さない訳なかった。

 程なくして八坂の洗脳は解除され、親子の抱擁を見た朧は満足そうに微笑み、黙ってその姿を消した。

 

 

 

「朧さん」

「……ああ、ルフェイか。お疲れ様」

 表の二条城の近くで佇んでいた朧を見つけたルフェイが駆け寄って声をかけると、朧は気の抜けた返事を返した。

「どうしたんですか? ぼうっとしてましたけど」

「……ああ。ヴリトラに力を削られたからか、八坂と九重の抱擁をみたからか……昔のことを少し思い出した」

 その時の朧が、彼にしては珍しく遠い目をしていた。

「昔ですか?」

「そう。色々あり過ぎて何年前かも分からないほど昔の話」

「何年前って言っても、朧さんは今十代ですから、そんなに昔の話でも無いんじゃ?」

 朧は肩を竦める。

「さて、どうだろうね。中学校まではまともに卒業したけど、そこから二年前に駒王学園に入学するまでの間には色々ありすぎたから……生年月日もろくに覚えてない」

「でも、見た目は十代後半に見えますけど……?」

 そう言うルフェイに朧は苦笑する。

「俺は一応悪魔の血を引いてるんだよ? 見た目を変えることぐらいできるさ。それに、オーフィスと出会ってから彼女に合わせてか、俺も見た目の変化は無かったからな。正確なことは戸籍でも見ないとわからないさ」

 そこで朧は二三度首を横に降る。

「まあ、俺のことはいいんだよ。今は帰ることだけ考えればいいさ。京都を取り囲んでいる防衛網ももうすぐ解かれるだろうから、その後で転移すればいいだろう」

 ルフェイと朧の二人なら包囲網の中からでも協力すれば脱出することは可能であるが、それは疲れるのでやめていた。

「けど、朧さんは修学旅行中ではないんですか?」

「別にいいんだよ。学生になったのだって、駒王学園を経営しているのがグレモリーだったからだというからで、その目的は既に果たしたから、内申には興味ないのさ。成績はいい方だし」

「そういう問題ではないかと思いますけど」

 苦笑するルフェイに朧がポンポンと頭を叩くと、近くに数人の男が近づいて来た。

(悪魔か……堕天使か……どっちでもいいか)

禍の団(カオス・ブリゲード)だな?」

「で?」

 男の一人がそう尋ね、朧がそれに短すぎるくらい端的に返す。

「捕縛する!」

 周りの男が悪魔方式の魔方陣を一斉に展開する。

「悪魔か。どちらでもいいや。ルフェイ、下がってな」

「はい」

 ルフェイが朧から二三歩離れると、展開された魔方陣から一斉に魔力の波動が放たれる。

「今更この程度……」

 魔力の波動は朧が引き抜いた霞桜に切り裂かれて霧散する。

「霞桜、何年振りかは分からないけど……血煙、作ってよし」

 朧がそう言った十秒後、数人の悪魔は一人残らずこの世から姿を消した。

 

 

 

 

 

「ヴァーリ、帰ったぞ」

「ただいま帰りました!」

 場所は京都から変わってヴァーリたちがよく根城にしている場所。

「ああ、二人共ご苦労だった」

「そんなに言うならもっと労え。まあ、それはどうでもいい。土産だ」

 朧はヴァーリにケースに入った円盤を投げる。

「それ、イッセーの新能力の録画映像」

「ふむ、後で見させてもらう。直接見た感想は?」

「三つ合わさったら俺には勝ち目がない」

 朧の感想は率直で思ったままのことだ。

「つまり、今では付け入る隙があるわけだ」

「隙というならあいつは隙だらけだよ。新能力も隙は多いがな」

「簡単に説明して貰えるか?」

「砲塔を追加しての砲撃形態、装甲を薄くしての高速移動形態、装甲を厚くしての攻撃力、防御力の増加。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を想像してもらえればいい」

「つまり、『女王(クイーン)』に相当する形態もあるということか」

「できるかどうかはさておきな。見た三形態についてなら簡単に弱点を言えるが?」

 朧の申し出にヴァーリは首を横に振る。

「必要ない。それは自分で考えてこそだ」

「言うと思った」

 踵を返して立ち去ろうとする朧をヴァーリが呼び止めた。

「ところで、グレモリーとバアルの試合の日取りが決まったそうだ」

「興味ない。戦いは嫌いなんだ」

 



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lionheart
すれ違い


 修学旅行から帰ってくると、すぐに文化祭の準備である。と言っても、俺は意見を出さずに従うだけである。俺に発言権とか無いし。

 もう一つ変わった事がある。レイヴェル・フェニックスが駒王学園に編入してきた。クラスは小猫とギャスパーと一緒であり、小猫とは犬猿の仲ならぬ鳥猫の仲である。つまり結構仲が良くない。けど仲はいい。矛盾しているようだけどこれでいいのである。

 付け加えるならレイヴェルはオカ研にも入部した。客分がどうとか言ってたけど、それは俺には関係ないことなので、後輩として接することにしよう。

 

「と、言っても俺は後輩に接することなどまず無いのだけど」

「そうなのですか」

 オカルト研究会の出し物――『オカルトの館』に使う小道具を製作しながら、衣装の寸法を計りに来たレイヴェルに対して交友関係の一端を明かす。

「部活に入ってない人にとって他級生と交流する機会なんて自分から作らないとほとんど皆無だよ。たった一二年の違いだというのに悲しいよね」

 そう言う俺は同級生とも然程親しくないのだけれど、今はそれを言わなくてもいいだろう。

「そうですわね。せっかくの三年間なんですもの。できるだけ多くの方々と触れ合いたいですわ」

 レイヴェルらしい言葉だ。

「それも個人の努力次第で何とかなる。幸いこの学校は治安のいい方だから心配も要らないしね」

 一番の問題児がイッセーなのだが、これも言う必要はないだろう。

「ところで、朧さんは戦闘する割には体つきは細い方ですね」

 ちなみに、呼ばれ方が変わっているのは入部した際に下の名でいいと言ったからだ。

「あー、そもそも腕力で勝つことは諦めてるけど、元々の体質的にあんまり筋肉付かないんだよね」

 その事もあって肉体を鍛えるのは早々に諦めた。

「ところで、何で俺の体が細いって分かるの?」

 返答によってはお兄さんただじゃ済まさないよ。

「えっと……私に兄が三人いるのはご存知ですわよね。その中でレーティングゲームに参加する長兄と三男であるライザーお兄様の体つきとテレビ局に勤める次兄の体つきは服の上からでも違っています。朧さんの体つきは次兄寄りですから、そう思いました」

「なるほどね」

 理由が普通でお兄さん一安心だよ。

「まあ、俺も前線で先頭張って戦うタイプじゃないからな。どちらかといえば暗躍・諜報向きの裏方だし、付け加えると研究職も兼任してるからね」

「は、幅広いですね……」

「こういうのは器用貧乏って言うんだよ。出来る事は多いけど、突き抜けているものがない。俺を表すのに最も相応しい言葉かな」

 金は腐る程あるんだけどね。

「そこまで言うと自虐に聞こえますが……採寸、終わりましたわ」

「ありがと。自虐っていうのも俺を表すのには相応しいかな。自分を大事にしたこと、あったかな?」

 昔は妹、今はオーフィスと自分よりも優先順位が上のものがあったから、自分を大切にした覚えがない。

「大事にしてください。あなたが怪我をすれば心配する人もいるでしょう?」

「さあ、どうかな」

 名前を挙げろと言われて自身を持って挙げられる名前はないかな。オーフィスは心配してくれるかどうか微妙だ。

「……ご家族は」

「いない。とうの昔に死んだ」

 同居人は結構いるけどな。

「す、すいません。()(しつけ)なことを訊きました」

「気にしてないが、もう訊くな」

 余り言いたいことでも無い。

「それでは、失礼します」

「ん」

 部屋を出るレイヴェルに背中越しに片手を振って応え、小道具が一つ完成した。

 

 

 

 

 

 それと最近でもう一つの変化がある。イッセーに対する部長(ここではあえてこう呼ばせてもらう)の態度である。

 イッセーに『部長』と呼ばれる事に大なり小なり傷ついて……ああ、鬱陶(うっとう)しいことこの上ない! 傍から見ていて何度ブチギレそうになったか! 好きな男の言葉で一喜一憂(いっきいちゆう)するとか……お前は恋する乙女か! そうなんだろうけどウザいわ畜生!

 ……失礼、取り乱した。大体戦争とは言わんが動乱中に恋愛するところだけ兄妹で似るんじゃねえよ。

 そして、対岸の火事的な恋愛はそういう趣味(出歯亀)の持ち主でもなければつまらないどころかウザイの一言に尽きる。自分がそういう事をできないため苛立ち倍増である。

 さっさとくっつけ。それ以外は望まん。破綻してもいいがそれだと後が(こじ)れるのでそしたら幽霊部員になることも辞さない。

 

 そして、終に限界が来た。俺にとっても部長にとっても。

 きっかけはレイヴェルの母親からの通信だった。

 何分お忙しい方なので(原因は『禍の団(カオス・ブリゲード)』なのだが)直接こちらにいらっしゃることができず、立体映像の通信ではあったが、リアスとイッセーにレイヴェルがお世話になっている事のお礼を言いに来た。

 ついでにイッセーに(オマケで俺にも)レイヴェルに悪い虫がつかないように言われ、それをイッセーが額面通りにすら受け取らず、守ると言ったものだから(俺は校内と登下校の途中ならと言った)、それに部長が過剰反応した。

 後の出来事は言いたくもない。思い出すだけで不快になる。

 

 

 

「分かるか? そんな状態でもなければ俺とお前は一対一で話し合うことなどない」

 逃げ出したリアス・グレモリーの元を落ち着いた頃を見計らって訪れる。

「何しに来たの?」

 目元を僅かに赤く晴らしたリアス・グレモリーは俺を鋭く睨みつける。

「説教。こういう時貴様を責められるのは俺ぐらいだからな」

 他は眷属は論外、アザゼルは……恋愛関連で頼るくらいなら切腹も辞さないかな。後はグレモリーの女性陣――母と義姉だが、彼女らとは直接の接点が無いに等しいので今回はおいておく。

「まず最初に、部長と呼べって行ったのは貴様だろ。なのにそう呼ばれて傷つくとはどういう了見だ?」

 イッセーからすれば何故自分が責められているのかも分からないだろう――実際に分かってなかった。

「でも、他の子は……」

「他と貴様では立場が違うだろうが」

 立場が違うという言葉は普通は立場が下の相手に使用される言葉だが、この場合は上の相手に使用される。

「主と下僕だ。そして奴が生まれた日本は異性のファーストネームを呼ぶだけで勘ぐられる土地だぞ。気安く呼べるか」

 俺は対象を限定すれば呼ぶが、俺は例外だ。

「次に、イッセーが気づかないのはただ鈍いだけじゃなく、自分でその可能性を排除してるから」

「何で……?」

「何で排除しているのか、か? まあ予想でいいなら答えてやらんでもない」

 何で知っているのかという質問だった場合の答えはイッセーがそのことで葛藤している姿を見ているからと答えよう。口に出してるから分かり易かった。

「『貴様程度が、この私の名前を気安く呼ぶんじゃねえよ』――多少変えてあるが、誰の台詞かは言わないでも分かれよ」

 それはイッセーの命を奪った堕天使の言った言葉であり、今も彼を縛る茨である。

「あいつにとっての恋愛経験は、悲しいことに騙されていたあの一件のみ(だと思う)。それが良くも悪くも基準となって、あいつの中に居座り続ける。そして人が何かをするとき、成功した場合と失敗した場合――リスクとリターンを考える。そしてその秤は前例――最悪の破局が影響を及ぼしている。あいつは幸せな今が失われるのを恐れて一歩を踏み出せないのさ」

 実際に交際して死んでる訳だし、慎重にもなるだろう。

「加えて、成功確率すらあいつは疑っている」

 傍から見れば成功するのは一目瞭然なのだが。

「上級悪魔で次期当主の主様と、元人間で下級悪魔の下僕。これがどれだけ釣り合わないかは聞けば分かるだろ?」

「でも、イッセーは赤龍帝……」

「他人の評価はこの際どうでもいいんだよ。大切なのは本人がどう思っているかだ。それとも何か? 赤龍帝は縁結びの神様か何かか?」

(あれはどう考えても疫病神の(たぐい)だろう)

 イッセーはドライグの力で窮地を何度か脱しているが、そもそも死んだ原因はあれだ。

「後、日頃から女子の評判が悪い。これだけの理由が重なれば『自分が部長(・・)に好かれる訳ない』と思う様になる。足りない頭で薄々感づいても、すぐに勘違いだと思い直す」

「だったら、私は……」

「最後に」

 目の前のこいつの言葉は聞かない。それは俺の役割では無い。

「これは貴様ら全員に言えることだが、何でイッセーを責める?」

 さっきのやり取りで俺が一番腹を立てたのはそこだった。

「イッセーがお前の気持ちに気がつかないからか? だとしたら傲慢(ごうまん)もいい所だ」

 ああ腹立たしい。ここまで他人に怒ったのは初めてか?

他人(ヒト)の気持ちがそう簡単に分かって堪るか! 気持ちなんざ百万語尽くしても全体の1/10も伝わりゃいい方なんだよ! 自分の思いが分かって貰えなくて挙げ句の果てに泣いて逃亡だぁ!? 貴様は悲劇のヒロインか何かか! 脇から見てて失笑を堪えるのが大変だったわ! あそこであいつが貴様の望む言葉をかけてくれるような奴だとでも思っていたのか!? あの反応も予想できんのか、それとも予想していて耐えられなかったのかは知らんが、似たような事がある(たび)に貴様は逃げ出すのか? それで奴を好きと言えるのかッ!!」

 そう言い切った瞬間、リアス・グレモリーの魔力が溢れ出した。

「さっきから黙って聞いていれば偉そうに……! あなたみたいな主義も主張も不確かな、何となく生きてるような者が、私は一番嫌いなのよ!」

 怒声と共に彼女が出せる最大威力の消滅魔力が俺に直撃した。

 



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想いの在り様

 リアスは思わず消滅魔力を放った事に後になって後悔したが、自分の滅びの力が人間や並大抵の悪魔なら容易く消し飛ばしてしまうことは知っていたので、取り返しはつかないと考えた。

 相手は人間(と悪魔のハーフ)であっても、並大抵の存在ではない(・・・・・・・・・・)という事を忘れて。

「今、なんて言った?」

 今まで放ったときのまま目を伏せていたリアスだが、確実に直撃した感触が残っていただけにその言葉に驚いて目を開ける。

「誰が、主義も主張も不確かだと?」

 その目に映った朧は先程までとは全く違った。

「誰が、何となく生きてるだけだと?」

 目の前の朧からは生命が発するオーラも、悪魔のような魔力も普段通りにしか発生していなかった。だが、その体は薄闇色の影のようなものが包み、人間とは思えないほどの威圧感を発していた。

「何も知らん、絶望の一端も経験した事のない温室育ちの小娘が……知ったような口利いてんじゃねえぞ!!!」

 

 先ほどのリアスの数倍の怒気を乗せた声と共に朧の纏う何かはその色を濃くし、朧の姿を覆い隠していく。

 それを見て、感じて、背中に冷や汗をかいて思わず後ずさりしながらリアスは悟った。

(私は……彼の逆鱗に触れてしまった!)

 目の前の、もう既存の何かとは思えないそれをリアスは睨む。正確には睨む以外の事をできなかった。一番の得意の滅びの力は最大威力を当てても通じず、かと言って逃げようと背中を見せられるような相手でもない。 朧の取り巻く何かがこれ以上ないほど限りなく濃くなり、更に別の何かに変化しかけた時である。

「リアスさま、朧さん、どうかなさいましたか?」

 部屋の外からレイヴェルの声がした瞬間に朧を取り巻くモノは霧散した。

「また成り損なった……」

 普段通りに戻った朧はそう言うと部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 部屋を出た俺だが、今は少々自己嫌悪中である。

(あー……久しぶりにマジギレした。こんな有様じゃ他人の事とやかく言えないな)

 そう思われても仕方ない態度を取りながら、そう思われることを嫌うだなんて。

「朧さん、お待ちになってください!」

「レイヴェル、どうかしたのか?」

 後ろを振り返り、慌てた様子のレイヴェルに向き直る。

「一体何があったんですの? リアスさまは気の抜けた様子でへたり込んでいましたし、部屋の扉側の壁は綺麗に消えていましたし」

「ちょっと怒らせただけ」

「ちょっと怒っただけでは消滅魔力を使わないと思うのですが……」

 それは俺もそう思う。

「余り気にするな。もう済んだ事だ」

「それならよろしいのですが……」

 レイヴェルは納得いかないという顔をしている。

(そうだ、少し聞いてみよう)

「ねえレイヴェル。不躾(ぶしつけ)なことを聞くけど、愛、もしくは恋したことある?」

「と、唐突ですね。まあ無いこともありませんが」

 訊いた身でいうのもなんだが、それは意外だった。

「そんな恋する乙女なあなたに訊くけど、やっぱり好きな人には名前で呼んで欲しいものなの?」

「他の方のことは分かりませんが、少なくとも私はそう思います」

 そんなものなのか。俺には分からんな。性別のせいか性格のせいかは知らないが。

「良く分からないな。好きな人に名前を呼んでもらうのが嬉しいのはわかるけど、その逆で傷つくのは分からないな」

「恐らく、距離を感じるのではないですか?」

 ああ、そういう考えもあるのか。

「距離、距離ねえ……理解はできるけど共感はできないかな」

「そうですか」

「だってさ、好きな人と一緒にいられればそれだけで幸せじゃない?」

 それができる人はそれ以上を求めるのだろうか。

「レイヴェルはどう思う?」

 失礼なことに絶句しているレイヴェルに問いかけると、彼女は慌てた様子で返答を考え始めた。

「ええと、そうですね。確かに、好きな人と居られることは素敵なことだとは思いますが、一緒にいるとやはり、手助けをしたいなどと思うのではないでしょうか? 少なくとも私はそう思います」

「ふむ」

 好きな人の手助けをする。それはつまり好きな人の役に立ちたいという事。それはとても素晴らしい考えだろう。

「レイヴェルはいいお嫁さんになれると思うよ」

 日本人の古臭い感性に当てはめるとね。

「……ありがとうございます」

 照れるレイヴェルには悪いが、俺には少し共感しかねる。確かに、俺も好きな人が困っていたら助けたいと思い、他人が行うそれも善意から来る行いであろう。

 しかし、ヒネクレ者であり、まともな精神をしていないであろう俺はそれを少々曲解してしまう。これは俺以外は誰も思わない特殊な考えであり、誰かに押し付ける気もさらさらないと前置きしておこう。

 何かを求めるという行為は現状に対しての不満であり、今を変える行為である。つまり好きな人に何かを求めるという事は好きな人に対する不満があると言える。

(まあ、不満がある事を悪いことだとは言えないが)

 不満があるという事はそれなりの原因があり、それを直すためにそれをぶつけるのは良いことであろう。何事にも例外はあるが。

 今の俺が好きなヒトに不満が無いのは相手が特殊中の特殊だからであり、やはり普通のヒトを好きになっていたのなら俺もその相手に何かを求めていたのかもしれない。

「あの、つかぬ事をお伺いしますが……」

 レイヴェルが躊躇いがちに尋ねかけてきた。

「何かな?」

「朧さんには、好きな方がいるのですか?」

 それはレイヴェルにしては随分と踏み入った発言であった。だからこそ、俺も真摯(しんし)に答える。

「いるよ。世界を敵に回せるほど愛しているのが」

 



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ポイント・オブ・ノーリターン

 あの後、レイヴェルはすぐに頭を下げて走り去った。

(理由は何となく予想がつくけどね)

 俺はイッセーほど鈍感ではないつもりであり、むしろ無口・無表情の相手との付き合いが多い分、他者の内心を計れるつもりだ。

 だからといって、その意に沿う行動をする気は無い。だってそうだろう? あいつは純血の上級悪魔で、俺はテロリストだ。接している事さえ有り得ないと称しても過言ではない。

 それに、勘違いだった場合の精神的ダメージがデカすぎる。

(人が人の気持ちを分かるなんて勘違い。どれだけ理解した気になっても、気になっただけで、所詮は思い込みに過ぎない)

 だから人は言葉を交わすのだ。

(そして俺は、自分からは言葉を紡ごうとしない臆病者だ)

 だからこそ、俺はこうしてテロリストをやっている。そして付け加えるならば俺がテロリストをしているのはオーフィスが理由ではない(・・)。しかし、『禍の団(カオス・ブリゲード)』に所属している理由はオーフィスで間違いはない。

 この二つは些細で多大な違いだが、正しく理解できる者は恐らくいないだろう。もしかしたら世界のどこかにはいるかも知れない。

 

 話題がズレた。ズレるような話題でもなかった。そもそもの話題は既に完結していた様にも思える。現状は俺が一人寂しく作業しているという状況だ。

「言葉にするのは簡単だけど、それが伝わるかというとそれはまた別の話。思いが伝わりあったら素敵だけど、それで幸せになれるかは別」

 誰にも聞こえぬ独り言を口ずさむ。

「幸せになれたとして、それがいつまで続くかは不明。けれど、それに終わりが来るのだけは絶対」

 全てのものには終わりがあるとはいうけど、それは少し間違っている。

「全ての結末が死だと、消滅だというならば、不幸は、絶望は、闇は、終わりも果てもない。たとえ幸福が、希望が、光がそれを祓おうと、それは所詮一時凌ぎ」

 何もしなくても絶望はそこらに溢れているというのに、希望は手を伸ばさないと掴めない。

「不満があるなら、変えるしかない」

 

 

 

 

 

 部活も終わり、一人帰路につく。逢魔が時の夕暮れを見上げる。

「嫌な空の色。(あか)くて(あか)くて(あか)くて(あか)い。まるで血の色だ」

 赤は嫌いだ。あの時(・・・)の事を思い出すから。

「ふっ、感慨に浸るだなんて、らしくない。俺は飄々(ひょうひょう)としているのがお似合いだろうに」

 シリアスはらしい時まで取っておけばいいんだ。

「さて、用があるならさっさと出て来い。こちとら貴様らと違って暇じゃないんだ」

「おっと、気づかれてたかい?」

 近くの電柱の陰から美猴が姿を見せる。

「気が抜けてるみてえだから気づかれねえと思ったんだけどよ」

「俺の場合、気が抜けてる方がかえって周りの気配に敏感になるんだよ」

「今度から気をつけるさ」

 気をつけて何をするつもりだと思ったが、些細な事なので置いておくことにした。

「で、要件を早く言え」

 いつの間にかこいつは俺へのメッセンジャーになってるな。

「ほら、ヴァーリの奴がこの前言ってただろ? 赤龍帝ん所と大王の対決の話さ」

「ああ……見に行くなら勝手にどうぞ。俺は行かないから」

「最後まで聞けって。それで、他の奴らが妨害しないように釘刺すことになったんだよぅ」

「それこそ勝手にやれよバカ共」

 俺はどうでもいいんだって。

「オーフィスも割と興味があるみたいだぜぃ?」

「オーフィスの名前を出せば俺が簡単に動くと思うのやめてくれる?」

 実際ほとんどの場合はそうなのだが、それが当たり前みたいになると堪忍袋の緒が切れるというものだ。

「すまねえすまねえ。ヴァーリの奴も分かる場所に立ってるだけでいいって言ってるし、もし戦闘になっても戦わなくてもいいからよ。それでどうだぃ?」

「……それなら、まあ」

 断るのも面倒なので、その条件であるならば付き合ってやってもいいだろう。

「でも、それでいいのか? 下手をすれば現悪魔政府とも戦闘になるかもしれないんだぜ?」

「ああ、別にいいのさ」

 ――お前さんが立ってるだけで、十中八九戦闘にはならねえだろうからな。

 美猴が立ち去り際に言った言葉は、俺の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 グレモリーとバアルのレーティングゲームが何事もなく終わった後の文化祭当日。旧校舎でのオカ研の出し物は人気だった。俺の仕事はできる表仕事がないという事もあるが、専らチケット販売などの裏方である。

「はい、毎度あり」

 それだけの仕事なのだが、かなり憔悴している。

(部員目当ての生徒たちの熱気が凄い。これが若さか……)

 機械の如く売っているが、それでも精神力がガリガリと削られていく。

「朧、交代の時間だ」

「助かった。チケットももう少しで切れそうだったから、レイヴェルに追加発注を頼んでおいたから」

「ああ、分かった」

 イッセーと交代して、少ない自由時間に入る。俺の休憩時間は他の人との兼ね合いの結果、昼休憩を除けば最後に集中しており、このまま文化祭が終わるまで仕事なしである。

 

「ふぅ……」

 自由時間といっても、こういう雰囲気に馴染(なじ)むことのできない俺では喧騒(けんそう)の中に入ることもできず、立ち入り禁止の屋上で、フェンス越しに校庭を見下ろしていた。

「朧さん、こんな所で何をなさってるんですの?」

「いや、特に何も」

 誤魔化したわけではなく、何をするわけでもなくただ立っていただけなのだ。

(あれ、普通なら声をかけられる前に気づくんだけどな。祭りの熱気に当てられたかな?)

「それよりレイヴェル、ここは一応立ち入り禁止だぜ」

「その屋上にいる人にその事を聞きたくはありませんでしたわ」

「ククク、それもそうか。それで、何か用?」

「いえ、家庭科室に用事があったのですけど、上を見上げたら目に入ったんですわ」

「ふぅん?」

(気配は消したから、見つけられないと思うんだけどな)

 気配を消すという事は気づかれにくくなるという事であり、視界に入っても気づかれない様になる筈である。更に皆が同じ服を着ているこの状況では、遠目で個人を見分けるのはかなり難しい。

(まあ、透明になるわけでもないから、気付いたこと自体は妙でもないか)

「そういえば、家庭科室に行くって言ってたけど、何か作るの?」

「はい。労いの意味を込めてケーキでも作ろうかと」

 ああ、それはいいな。

「手伝おうか?」

「お料理、できるんですの?」

「基本なら一通り。足を引っ張らない自信はある」

 自炊生活が長かったのは伊達ではない。

「それでは、お願いします」

「了解」

 

 

 

 

 

 

 朧とレイヴェルとの合作のケーキは好評だった。持っていった際に何やらあったようだが、朧には詳細は分からず、レイヴェルと首を傾げあった。

 その帰り道、朧は懐かしい――というほど間を開けた訳ではないが――人と出会っていた。紫色の小紋に真っ赤な膝丈のプリーツスカート。

 

「お久しぶり、厄詠(やくよみ)葛霧(くずきり)ちゃん」

「お久しぶりです。黒縫朧さん」

 

 この直後、朧は行方不明になった。

 



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Uroboros―無限
龍神さまのお宅訪問


 朧が居なくなって数日が経ったが、オカ研の面々は特に誰も心配していなかった。中級試験昇格の話などもあり、それどころでは無かったのだ。世界がどうにかなるかもしれない程の出来事が起こったのだから。

 

「久しい。ドライグ」

「オ、オオオオオオオオオオオオオオオ、オーフィス!?」

 無限の龍神様の来訪であった。

 

 動揺し、思わず臨戦態勢を取るオカ研の面々を尻目に、魔方陣で転移してきたルフェイと黒歌(それと大型犬サイズまで小さくなったフェンリル)が無理矢理押し込む。

「ここでは何ですから、早く中に入れてください」

「ここだと色々まずいにゃん。特にお隣さんが……」

 黒歌がそう言った瞬間、兵藤家の隣の家――黒縫朧の家の扉が吹き飛んで向かいのブロック塀に激突して粉砕する。

「キシャァァァ……!」

 ブロック塀が破壊されて立ち上った粉塵の中から、黒い四足のネコ科と思われる獣が現れる。

「本人程じゃないけどヤバイの来たにゃ」

「な、なんだよあれ……」

「朧にゃんが自分の体に色々混ぜ込んで産み出した()だにゃん」

「産んだの!? あれ朧が産んだの!? しかも()ぉ!? あれ女なの!?」

 思わぬ事を聞かされ動揺する一誠。

「落ち着きなさいイッセー。よく見ると可愛い顔をしているわ」

「そ、そうですか……?」

 リアスの感想に、一誠は少し唖然とした。

「ガルル……」

(照れてるー!)

 リアスに可愛いと言われて黒い獣が前足で器用に頭を掻く。

「それよりも皆さん、落ち着いてください! オーフィスさまに敵意を向けると後で私たち皆撫で斬りですよー!」

『敵意向けただけで斬殺確定!?』

 世界に名を馳せるテロリスト集団のボスに敵意を向けるなとか無理である。しかし朧はその無理強いを世界規模で押し付ける。

「ガウウウ……」

「ほら、早くしないとあの子にガブッとされるにゃ。あれに噛まれると厄介よ? 何せそこにいるフェンリルの遺伝子が組み込まれてるらしいし」

「一体どんな極悪血統だよ!」

 その言い様にカチンときた黒い獣がイッセーに大口を開けて襲いかかった。ついでにフェンリルも襲いかかった。

「待ちなさい!」

 しかし、黒い獣の突進は突如伸びてきた光の鎖に止められる。しかし、フェンリルには噛まれた。

「駄目ですよ(ぬえ)ちゃん。そんな物食べたらお腹を壊します!」

「そういう問題じゃないだろ! ていうか噛むな!」

 一誠は噛み付かれた足を振ると、フェンリルはすぐに離れてペッと何かを吐き出す仕草をする。

「いい加減、中に入ってくれねえと俺の首がヤバイんだけどな……」

 

 

 

「それで、今日は一体何の御用でしょうか……?」

 集まったオカルト研究会の面々の対面に、オーフィスとルフェイに黒歌とフェンリル。それに加え黒い獣――(ぬえ)がオーフィスの側から離れようとしないため、流れでレイナーレも同席している。

「朧、何処(どこ)?」

「オーフィスさま、本題とずれてます」

「そうだった」

 当初の予定とは違う話題をしたオーフィスだったが、ルフェイのフォローで軌道修正した。

「改めて。朧、」

「二度ネタは禁止です」

 

 

 一通り話をして、ドライグの精神が打ちのめされた所で、龍神と天龍の会話は一区切り付いた。

『グググ……最後に聞かせろオーフィス。何故お前はそこまで奴に、朧に拘る?』

 瀕死のドライグへの冥土の土産という訳でもないだろうが、オーフィスはあっさりと口を開いた。

「お気に入り。意外に優しい、黒い、料理美味しい、黒い、アレでいて面倒見がいい、黒い、器用、黒い」

 何度黒いと言うのか。

『……黒いのは分かっている』

「分かってない。髪が黒くて、目が黒くて、オーラが黒くて、腹黒い」

 最後のは悪口に分類される。

「そしてここからが重要。朧の膝の上、とても居心地良い」

『………………』

 ドライグは訊くんじゃ無かったと今更ながら後悔している。

「おすすめ。次元の狭間に匹敵」

 なお、次元の狭間に普通の人間(に限らず悪魔なども含む)がいると消滅する。

 その話を呆れながら聞いていたドライグはそこで違和感を覚えた。

『……む? それならば次元の狭間に戻る必要はないのではないか?』

 オーフィスの惚気(のろけ)話を聞き流していた皆も、ハッとして真剣な顔をオーフィスに向ける。

「ん? そだよ」

『軽ッ!』

 龍神とは思えない軽いノリに加え、周りからすると深刻な内容が当の本人にとって大した事ではないような気軽さだったため、その場に居合わせた全員が叫んだ。

「だったらテロリストに協力すんなよ!」

 この場にいる唯一の重鎮であるアザゼルが叫び、オカ研の皆もそれに同意して頷く。

「我にも事情がある」

 オーフィスはほんの少しだけ半目になる。

「事情?」

「そう、事情。朧」

「結局原因はあいつか!? 実はあいつさえ居なければ問題ないんじゃねえのか……?」

 アザゼルの言葉を誰も否定しようと思わなかった。

「全く……一体お前とあいつと『禍の団(カオス・ブリゲード)』にはどんな因縁があんだよ」

「アザゼル、我と、朧の、昔話、聞きたい?」

「あー……聞きたくねえけど聞きてえな。聞きたくはないが」

 恐らく盛大に惚気が交じるから聞きたくないのだろう。

「どっち?」

「聞きたくないけど聞かせてくれ」

「分かった」

 オーフィスは目を伏せて何かを思い浮かべてから口を開いた。

「昔、旧魔王派来る。朧が戦う、しかし負ける。我、朧の命と引き換えに『禍の団(カオス・ブリゲード)』に協力」

『だから軽いって!』

 シリアスな話な筈なのにオーフィスの語り方だとあっさり過ぎて深刻さがちっとも伝わってこない。

 過去話を受けて、小声で皆が顔を見合わせて話し合う。

「(今さり気なく朧にとっては辛い過去が語られたはずだよな?)」

「(好きな人を守れず、逆に守られたという話だからな)」

「(それを本人に言われるってある意味死ぬより辛いんじゃないかしら)」

 これには皆が同情した。この場に朧がいたなら恥ずかしくて居なくなっていただろう。

「あれ? じゃあ何で朧は『禍の団(カオス・ブリゲード)』に居るんだ?」

 そんな発言をした一誠に女性陣から呆れた視線が向けられる。彼の鈍感は今も継続中である。

「イッセー、そんなのオーフィスを守るために決まってるじゃない。でもよく『禍の団(カオス・ブリゲード)』に入れたわね? 普通、一度敵対した組織には入れないと思うのだけども」

 その疑問には黒歌が答えた。

「しっかり正面からお願いしたら快くOKしてたって言ってたにゃ」

 その答えに納得できる人は一人としていなかった。

「その日以降旧魔王派は黒を見ると怖がるようになったにゃん」

 何をしたかは怖くて聞けなかった。

 

 結局、これから数日の間、一誠の家にオーフィスが滞在することになった。

「それでは、これからそちらにお邪魔させていただくにあたって、こちらからお渡ししたい物があります」

 そう言ってルフェイが差し出したのは二冊の小冊子。

「これは?」

 代表して受け取ったリアスがパラパラと捲りながらルフェイに何かを尋ねる。

「朧さんが作成したオーフィスさまと黒歌さんの接し方ガイドブック(自費出版)です。オーフィスさまの分は必読です」

「一応訊くけど、どうして?」

 ルフェイは普段とは打って変わった暗い表情をする。

「読まなかったヴァーリさまの鎧が黒くなり、美猴さまは一時期敬語を使ってました」

「……是非読ませてもらうわ」

 活字でビッシリな内容をチラリと見ながら、リアスは深く頷いた。

 



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あの人はどこへ

「それにしても、朧の奴はどこに行ったんだろうな」

 勉強しながら一誠がそう言ったのは、朧がいないことで日に日に増しているオーフィスの圧力が原因である。本人(ドラゴン)には自覚がないのが一番怖い。

「ああ……早く帰って来ねえかな。マジでどこいったんだろあいつ」

「お教えしましょうか?」

 その場に居る誰でもない少女の声がした。

 一同がギョッとして声がした方を見ると、部屋の隅に紫色の小紋と真っ赤なプリーツスカートを着た少女――厄詠葛霧が正座していた。

「あなた誰? どうやってここに?」

「ここで問題です」

 リアスの質問に対して一切答えることなく、逆に葛霧が問いかける。

「あなた方の周りにいる神出鬼没な人物は?」

『朧』

「正解です」

 全員が一糸乱さず、間髪入れずに回答した。

「つまり、そういう訳です」

『どういう事!?』

 その反応を見て葛霧は舌打ちする。

「説明が面倒ですね。私は預言者ですが、語るのは得意ではないのです。これが朧さんなら話が早くて助かりのですが。申し訳ありませんが、察して下さい」

 無茶言うなと思った。

「なるほど」

 そんな中でオーフィスが得心が言ったとばかりに頷いた。

「え、分かったのか?」

「全然」

「ですよねー」

 実は分かっていなかったオーフィスの反応を見て、葛霧はため息を吐いた。

「仕様がない人たちですね。それでは一度しか言わないのでよく聞いてください」

 その言葉に一同は勉強の手を止めて葛霧へと向き直る。

「説明が面倒だと言ったら朧さんがくれたDVDに全て記録されているのでご覧下さい」

『だったら最初からそれ出してよ!』

 

 

 

 

 

 時間は文化祭の最終日まで巻き戻る――

 

「お久しぶり、厄詠(やくよみ)葛霧(くずきり)ちゃん」

「お久しぶりです。黒縫(くろぬい)(おぼろ)さん」

 

「どうしたんだ? まさか、俺に会いに来てくれたのか?」

「ええ、その通りです。あなたにどうしても会いたくて」

 合わせてくれる葛霧ちゃん素敵。

「そうか……なら、俺の胸に飛び込んでおいで!」

 その言葉と共に俺の広げた腕の中に肘打ちしながら飛び込んできた。

「真面目にしてください」

「す、すいません……」

 肘打ちの痛みに耐えながら謝罪すると、葛霧ちゃんは深々と、マリアナ海溝よりも深くため息を吐いた。

「ねぇ、分かりますか? 私にとって掛け替えの無い人が私のことなどどうでもいい人だと知った気持ちがあなたに分かりますか?」

 痛みと謝罪のために下がった頭を葛霧ちゃんはぐりぐりと踏みにじる。頭を上げたらスカートの中身が見えそうだが、その頭は踏みつけられて上がらない。

「えっと……その人っていうのは俺のこと……?」

「他に誰が居ると思ってるんですか? あまり巫山戯(ふざけ)たことを言うと私にとっても(心の)傷になりますけど、ここで潰し(・・)ますよ?」

 頭の上の足からかかる圧力がより一層強くなる。本当に潰されそうである。

「俺には君がどうして俺がそこまでになってるのか分からないんだけど」

「分からないのですか。まあ、分かるわけありませんよね。私だって本当は分かってないんですから。けど特別に教えてあげます。私が分かってると思っている内容を」

 葛霧ちゃんは足を頭の上から下ろすと、地面に手足を着いていた俺の背中に横座りになる。

「私の母方はですね、『(くだん)』と呼ばれる種族なのですよ。知ってますよね、件」

「体は牛、顔は人の、災厄などの予言をする妖怪だったか?」

「そうです。その中でも私の先祖は特殊で、とある個人についての予言をするはずでした(・・・・・)

「はずでした?」

「そいつは予言される前に死んだんですよ。分かりますか? 予言して死ぬはずの件が予言できずに生き長らえたんですよ? その後の件生は無意味に等しいです。実際、牛から生まれ、牛の体を持つ件の本来なら存在するはずのない末裔が人型で生まれるほどには荒れています」

 何とも口を挟みづらい話題だ。

「で、能力は性質も含めて遺伝しまして、私も個人への予言する宿命を持っているわけです」

 ようやく話が見えてきた。

「その予言が俺に対するものな訳だ」

「その通りです。非常に業腹ですが」

「俺、君にそんなに嫌われるような事したかな?」

 少なくともこんな事をされる心当たりはない。

「知ってます? そんな訳で家の家系は代々予言した人に尽くすんですよ。相手が異性ならば(とつ)ぐ事も、(くな)ぐ事も決して少なくはありませんでした」

 女流家系なんだなと現実逃避気味に考える。

「それが何ですか。ようやっと見つけた私にとって一生モノの運命の人は既に他の誰かさんに夢中ではありませんか。これでは私は何のために生きてるんだか。まあ、あなたの為なんですけど」

(どう対処すればいいか分かりません。誰か教えてください)

 色々重くて圧死しそうである。あ、体重は軽いです。

「そして何が一番(たち)悪いかって、そのどこかの誰かに夢中なその人を私が嫌いになれないって事ですよ。分かりますか? 何かもう二号でいいやとか思いかけてる所ですよ。断っておきますけど、私はあなたなんか好きじゃありませんからね」

(背中に柔っこい感触が)

 背中にしな垂れかかられて言われても説得力がない。

「という訳で、私はこれからあなたに一生付き纏いますという事だけ覚えて頂けたら結構ですので。予言の内容をお伝えしていいですか」

「いいよ。いや、ちょっと待った」

「何ですか?」

「件は予言を伝えたら死ぬんじゃ……」

「大丈夫です。私は純粋な件ではありませんので、死にはしません。気を使ってくれるあなたが大好きですよ。好きではありませんが」

「どっちだよ」

 発言が支離滅裂になりつつある葛霧ちゃんに苦笑いする。

「私は私の幸せのために、さして好きではないあなたに一生尽くすだけですよ。それでは、予言をお伝えします」

(多少引っかかる物言いだけど、案外これって求婚(プロポーズ)だよな)

 失礼なのは分かっているが俺はその想いには応えられないのだ。幸せにはするけど。

 

「では予言を――――無限の龍神に聖槍と神の毒が迫りし時、黒き者は境界を超えて、尽き果てる」

 その予言の内容は、決して意外なものではなく、ある程度予想が付いていた事だった。たった一箇所を除いて(・・・・・・・)

 予言の内容を驚きながら反芻する俺を、葛霧ちゃんが不快なものを見たような顔をして見下ろす。

「後もう一つ言いたい事がありました」

「何かな?」

(また何かしてしまっただろうか?)

(私たち)の存在意義である予言を予測しているあなたがこの世で一番嫌いです。件的に」

「お前の俺に対する感情複雑すぎるだろ」

 結局好きなのか嫌いなのかどっちだよ。件的も個人的にも。

 

「短い間ですが、これから不束者(ふつつかもの)な私をよろしくお願いします、旦那様(だーりん)

「短い間だけど、今から(ろく)でなしなりに幸せにしてみせるよ、葛霧(ハニー)

 軽口に軽口で答えると、葛霧ちゃんは頬を赤く染めた。

「式はどこで挙げましょうか?」

「ノリノリだなおい!」

 本心が本当にわからないんだけど!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、今からどこへ行きますか?」

「愚問だな」

「ああ成程、結婚式場ですね」

「気が早い……というより、俺は結婚式を挙げる気はない」

 招待する人がいないからとは言わなくてもいいことである。ぼっちとか言うな。

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』、英雄派。さっきの予言にも出て来た聖槍の持ち主に会いにいくよ」

「そうですか」

 葛霧ちゃんは重々しく頷いてからしばらくして、俺に一つの質問をしてきた。

「ところで、『禍の団(カオス・ブリゲード)』とはなんでしょうか?」

「そこから知らないのかよ!」

 



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英雄派訪問

訪問という名の襲撃だよ。


「で、ここが英雄派の本拠地ですか。ただの廃校にしか見えませんよ?」

「そりゃそうだ。紛う事なき廃校だからな」

 自分の発言を肯定した朧にそうですかと返して校庭に足を踏み入れようとする。

「おいおい、どこに行こうとしてるんだよ、葛霧ちゃん」

「どことは可笑しな事をおっしゃいますね。ここに連れてきたのはだーりんではありませんか」

「ダーリン言うな。兎にも角にも戻ってらっしゃい」

 朧が手招きし、葛霧が近くに寄って来たのを確認すると、右手で魔方陣を展開する。

「英雄派の本拠は確かにここにあるが、厳密にいえばここと繋がった異空間にあるというべきだ。だから、その空間に繋げる魔法無しでは近づく事も出来ないんだよ」

 朧の説明が終わると同時に、朧の魔方陣が発光した――警告を示すような真っ赤に。

「朧さん、繋がらないようですけど」

「……ゲオルグの奴、『鍵』の設定変えたな」

 『鍵』というのは本拠と『門』の役割を与えられた校門(元)を繋げる魔方陣の術式である。

(それを変えたという事は……成程成程、これは縁切りと取られても文句は言えんだろうな)

「それで、どうするんですか朧さん。魔法無しでは近づけもしないという話でしたから、帰ります?」

 クックックと不気味な笑いを浮かべる朧に葛霧が問いかけると、朧はかぶりを振った。

「葛霧ちゃん、一つ良い事を教えよう」

「はい、何でしょうか。もしや、新婚初夜の過ごし方についてでしょうか」

 朧は葛霧に対してそれは俺も知らんと返してから、影の中から一振りの日本刀――霞桜を取り出す。

「俺が言いたいのはだな、何事にも例外があるという事だ!」

 そう叫んで霞桜を唐竹割りに振り下ろすと、その軌跡をなぞる様に空間に亀裂が奔る。

 朧は振り切った霞桜を影に仕舞い直すと、すぐに閉じようとする亀裂に黒い長手袋に包まれた腕を差し込み、強引にこじ開ける。

 裂けた空間の向こうには、廃校と似た造りの、しかし今も使われていることが遠目でもありありと分かる校舎が見えた。

「葛霧ちゃん、ついて来るならお先にどうぞ」

「それでは、失礼して」

 葛霧ちゃんはどーんと言って朧に体当たりし、朧と共に倒れ込むように裂け目を超えた。というか、実際に倒れた。

「何をするか、この小娘」

「朧さんにかかる負担が減るかと思いまして」

「余計なお世話だ。さっさと退け」

「ですが断ります」

 朧の上に乗ったままの葛霧は一向に退こうとはしなかった。

 押し問答を続けていると、あっという間に英雄派の面々に囲まれた。

「おいおい、お前のせいで囲まれてしまったろうが。いい加減に退きなさい」

 そう言われて葛霧は渋々と朧の上から退いた。

「仕方ありませんね。私が怪我したらあなたの責任ですからね」

「一々重い!」

「女の子に向かって重いとは何ですか」

「体重の話じゃない!」

「……何用だ」

 英雄派の一人が明らかに二人のやり取りで苛立った様子で尋ねた。

「胸に手を当てて考えてみろ」

 そう言うと同時、神器(セイクリッド・ギア)を発動して、囲んでいた英雄派の面々を薙ぎ払った。端から返事は聞いていない。

「オーフィスに危害を加えようと考えた。ただそれだけで、俺の悪意を買うには十二分だ」

 黒い悪意を籠ったオーラを周囲に撒き散らした朧を見て、葛霧はうっとりとする。

嗚呼(ああ)……この台詞が私に向けられれば最高ですね。叶わぬ願いですけど、この際悪意でも良いから同程度の感情を向けてくれないですかね」

 悪意でもいいと言うあたり、葛霧も歪んでます。

「さて、行くぞ葛霧ちゃん」

「あなたと共なら地獄の側まで」

「微妙な所までだな」

(そこは普通、底までついて来るだろう)

 

 次々に襲い来る英雄派の神器(セイクリッド・ギア)使いをばったばったとなぎ倒しながら、朧は通常の数倍はある校庭を進んでいく。

 ちなみに、英雄派の神器(セイクリッド・ギア)には禁手(バランス・ブレイカー)できる者が多々居る(すっかり当たり前になりつつあるが、相当異常な事態である)が、朧はそのほぼ全てを禁手化(バランス・ブレイク)する前、厳密に言えばしている最中に攻撃する。朧は悪役としては三流なので、わざわざ相手の変身シーンに攻撃しないなどという紳士精神は持っていない。変態(ロリコン)という名の紳士であるにも拘わらずだ。

 本人としては禁手化(バランス・ブレイク)されては勝ち目が減少するため、できる限り速攻で潰している。

 しかし、その綱渡りのような行為がいつまでも上手く続く訳もなく、ついに禁手化(バランス・ブレイク)に成功する者もいた。

禁手(バランス・ブレイカー)――闇夜の獣皮(ナイト・リフレクション・デス・クロス)!!」

(ああ、こいつはイッセーにやられた……影男)

 朧は『禍の団(カオス・ブリゲード)』の構成員全ての顔と能力を覚えているが、幹部級と一部を除いては名前を一切覚えていない。

「お前の能力のネタはもう上がってんだよ。――炎、熱せ」

 魔方陣から吹き出た炎が影に触れないように取り囲み、影の鎧ごと熱する。

「う、おおっ!」

 炎を突き抜けて影男が現れると、朧は無造作に左拳を突き出した。

 突き出した拳は影の鎧の中に飲み込まれる。

「はい、ここで爆破」

「ぐあッ!」

 飲み込まれた左腕から爆発が起こり、至近距離で発生した爆風が影男を吹き飛ばす。

「タネの割れた手品ほど、詰まらないものはないな」

 朧は見下しもせず、嘲笑いもしないただの無表情でそう言った。

「嗚呼、その無表情もいいですね。その表情で見下して欲しいです」

 その朧を見てハァハァしてる葛霧はどうせ好意(恋愛的な意味で)を向けられないからと、何でも良くなったらしい(快楽的な意味で)。

 影男は禁手(バランス・ブレイカー)を解除したと思うと、懐から拳銃の形をした注射器を取り出す。

「何、自決? それとも薬物投与(ドーピング)?」

 朧は怪訝そうに注射器を見る。その目には隠しきれない興味の色が浮かんでいた。

 朧に見逃される形で首に何かを注射した。

「お、オオオオォォォォォォOooooooooooh!!」

 影男の体は先ほどよりも大量の影を纏い、全長五メートルほどの四足の獣へとその姿を変えた。

「お、禁手(バランス・ブレイカー)とは違うな。無理矢理な強化……神器(セイクリッド・ギア)の暴走に近いかな。使用者の事を(おもんぱか)らない非人道的仕様。中々に素晴らしく外道だな」

「Gyaaaaaaaaaa!」

 雄叫びを上げて影の獣が跳躍し、頭上から襲いかかる。

 後ろに飛び退いて躱す朧だったが、着地した際に吹き飛ばされた砂塵が視界を奪う。

「葛霧ちゃん、ちょっと飛ばすぞ」

「あなたのお気に召すまま」

 朧は砂塵に包まれた視界を塞がれると、すぐ側にいた葛霧を空高く放り投げる。

 その一瞬後に砂埃をかき分けるように黒の前肢が振り抜かれ、朧を敷地の端の壁まで飛ばす。

「がはッ……!」

 壁に叩きつけられ、肺の中から空気が押し出される。

「Guooooo!!」

 影の獣は唸り声を上げ、その凶悪な黒い牙の並んだ(あぎと)を目一杯に開いて朧へと食らいつかんと襲いかかってきた。

「……黒箱(ブラックボックス)――!」

 朧が右腕を突き出すと、影の獣を囲うように黒い箱が出現する。影の獣はすぐにでも突き破ってきそうな勢いだったが、中からは一切の音がしなかった。

「光が届かなければ影も生まれない――収縮(コンプレッション)

 突き出した右手を握り締めると、立方体の箱は一立法メートルまで小さくなる。

「ん?」

 中から何の物音をしない事を訝しみ、黒箱(ブラックボックス)を解除すると、中では影男が血まみれで倒れていた。

「んんっ? 俺はまだ何もしてないんだが……っと」

 何故か一立方メートルの箱に閉じ込めただけなのに血だらけになって倒れていることを首を傾げながらも、先ほど投げ上げ、そしてようやく落ちてきた葛霧を受け止める。

「お帰り葛霧ちゃん」

「ただいま帰りました朧さん。そしてお帰りなさい重力」

 やけに滞空時間が長かったのは、体重を軽減する魔法が働いていたからである。そうでなければ身体強度は然程高くない朧の腕はもげている。

 朧は受け止めた葛霧にかけた魔法を解除して地面に下ろすと、地面に倒れて動かない影男へと近づく。

「無茶なドーピングの副作用かな。だけど、神器(セイクリッド・ギア)にこんな強烈な作用を与えるものって何かあったかな?」

 朧は少しの間頭の中を探ったが、すぐにそれどころではないと思い直した。

「さて、そろそろ幹部に出てきて貰えないかね」

 朧は居る意味がよく分からない葛霧を(ともな)って校舎の中へと入っていった。

 

 



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実質一人です

 かつて体育館だった場所で、二人の男が向き合っていた。

「やれやれ、できる事なら君と敵対するのは避けたかったんだけどね」

 曹操はいつもの様に聖槍で肩を叩く。

「それが無理なことは分かっていただろう。『龍喰者(ドラゴン・イーター)』――この単語を聞いた時から、俺はお前を警戒していたし、お前はそれに気づいていた。だから、これはただの予定調和だ」

 朧は黒手袋を着けた両手を組む。

「そうか……けど、俺一人で君と戦うのは少しリスクが大きいからね。少し卑怯な手を使わせてもらうよ」

 朧の前と左右に霧が発生すると、六本腕の剣士、剣で(かたど)られた龍、いくつものミサイルが出現する。

「『阿修羅と魔龍の宴(カオスエッジ・アスラ・レヴィッジ)』、『断罪の聖龍(ステイク・ビクティム・ドラグーン)』、『超人による悪意の波動(デトネイション・マイティ・コメット)』か」

 朧はその正体をあっさり看破すると、まず右腕で装填済みの散弾銃(ショットガン)を影より引き抜き、連射してミサイルを撃ち抜いて爆発させ、ドス黒いオーラに包まれた左手で聖剣龍の鼻面を掴んで六本腕の剣士へと投げつける。

「ジークフリート、ジャンヌ、ヘラクレス、お前らは名前負けし過ぎなんだよ。神器(セイクリッド・ギア)を使って、禁手化(バランス・ブレイク)してもこの程度。ご先祖様はその身一つで世界を救ったというのに」

「攻撃を一度(しの)いだだけで言ってくれるね」

 聖剣龍を五本の魔剣と光の剣で弾き飛ばした六本腕の剣士――ジークフリートの言った言葉に、黙ってかぶりを振る。

「ただの人間を英雄の末裔が三人がかりで凌がれる段階で名前負けだと言ってるんだ」

「ただの人間だと? お前は悪魔の血も混じってるだろうが」

 ミサイルを放った男――ヘラクレスは言葉に反して朧を嘲笑(あざわら)う。

「その方が問題だろうが。俺の悪魔としての才能は下級相当だぞ。貴様ら英雄ならまとめてなぎ倒せねばならないレベルの存在だ」

「そんなヒトが、私の龍を投げ飛ばせるのかしら」

 聖剣で象られた龍の主――ジャンヌの言の葉に嫌な笑みを浮かべて言う。

「それには色々と事情があるけど、教えてやらん」

「不意打ちは防がれたけど、今度は本気で行かせてもらうよ!」

 ジークフリートに合わせて、ジャンヌが聖剣を、ヘラクレスが拳を固めて三方向から襲いかかる。

 それに対して朧は、散弾銃の代わりに取り出した霞桜と『黒き御手(ダーク・クリエイト)』で創り出した黒剣で迎撃する。

 一振りの妖刀と五本の魔剣が激突し、幾つもの金属音を鳴らすが、光の剣とジャンヌの聖剣は黒剣にかき消され、破壊される。ヘラクレスの爆発を伴う打撃は肘や膝、足で受ける事なく受け流される。

 驚くべきは足一本で立っているバランス感覚だろう。そんなんだから禁手化(バランス・ブレイク)できないのかもしれない(おそらく関係ない)。

 しかしそんな無茶がいつまでも続くはずもなく、すぐに限界が来て、ヘラクレスの拳を腹部に受けて発生した爆発で吹き飛ばされる。

「おっと、危ないですね」

 吹き飛ばされた朧は、後ろで熱いお茶を片手に見物していた葛霧のすぐ横を通り過ぎ、旧体育館の壁へと激突し、すぐに葛霧へと詰め寄った。

「そこは普通受け止めるところだろうが」

「無茶言わないでください。私はか弱い非戦闘員ですよ。そんな事できるわけないじゃないですか」

「お前本当に何しに来た!」

 怒鳴る朧に、葛霧は肩を竦めて冷静に返す。

「ところで朧さん、腹が大きく抉れているようですが、痛くはないのですか?」

 葛霧が指差した朧の腹部――先ほどヘラクレスの打撃を受けた箇所は見るも無残に吹き飛んでいた。

「痛くはないね。重傷ではあるけど」

 朧はそう言ってフェニックスの涙を取り出し、傷口にかけ始めた。

「あー、もうちょい要るか。ならあと少しだけ……あっ、手が滑った」

 一瓶を節約しようとする男の姿がそこにはあった。

 

「さて、ここからどうしたものかね」

 フェニックスの涙で傷は癒えたとはいえ、それだけではただ振り出しに戻っただけである。

 相手はまだ神滅具(ロンギヌス)使いが出てきていないのにだ。

「……使うか」

 曹操以外には使う気は無かったのだが、そうも言ってられなかった。

(せめてジークフリートが居なければな)

 朧は苦手とする剣士に内心で悪態を吐き、足元に魔方陣を出現させる。

「アレは拙い……!」

 その声と共に現れたゲオルグが多種多様の魔方陣から無数の攻撃魔法を放つも、その全てが霞桜に切り裂かれて消滅する。

「ゲオルグ、あれがどうしたんだ?」

 曹操の問いかけに、ゲオルグは冷や汗を掻きながら答える。

「あれは禁呪……命を削って発動する、禁じられた魔法だ。命を削る分、その効果は通常の魔法とは比べ物にならない」

「ご明察だ。という訳で、禁呪『天獄(てんごく)』発動――“我らは命を削ってこの世界に生きている”」

 朧が呪文を唱えると足元の魔方陣が純白に発光し、その光が朧の体を包む。

 白い光に包まれた朧は右手に霞桜を、左手に黒の大剣を持って走り出した。

 走りだした朧を狙い、ヘラクレスのミサイルが飛翔する。

「氷、氷、氷、氷、氷、氷――飛び、穿て」

 朧の周囲に魔方陣が幾つも出現し、そこから飛び出た氷弾がミサイルを正確に撃ち抜いていく。

 撃ち抜かれたミサイルは周りのミサイルを巻き込むほどの爆発を起こし、爆発の規模はどんどんと膨れ上がっていく。

 その爆炎の中を、朧は自分の身が焼かれるのも構わずに突き抜ける。その無謀とも言える特攻に英雄派の面々は面食らう。

「龍よ!」

 ジャンヌが再び聖剣で龍を創り出し、朧へと差し向ける。

 悪魔の血を引く朧にとって弱点となるそれを、朧は左手に持った、今や自らの背丈を超える大きさになった黒い大剣を力任せに振り下ろす事で叩き切った。

 しかし迎撃のために止まった朧の足を、ジークフリートがダインスレイブの力で氷漬けにして止める。

「炎、()かせ」

 朧は間髪を容れずに魔法で氷の拘束を破壊したが、回避が一瞬遅れ、ディルヴィングの力で右足を潰される。

「足は潰した。これでさっきまでのようには動けない!」

 だが、そのジークフリートの言葉を否定するように、朧は潰れたはずの足で大地を踏みしめて再び走り始める。

「バカな! 人並みの回復力しかない君では、そんなすぐに動けるはずがない!」

 ジークフリートは驚愕しながらも、近くに迫った朧へと魔剣を振るう。

 防がれると思っていたその魔剣の内三本は避けらたが、残る二本が左の脇腹と右の胸を深々と貫いた。

「なっ!?」

 自分でも当たるとは思わなかった攻撃が当たった事に動揺するジークフリートだったが、その隙を見逃さず、霞桜が自らの意思でジークフリートの首へと吸い込まれるように振るわれた。

 確実に捉えたと朧もジークフリートも確信した一閃は、しかしながら後ろから突き出された『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』に阻まれ、薄皮一枚斬るに留まった。

 それを見た朧は勝手に動く霞桜で切りつけながら後ろに下がる。

「成程、驚異的な回復能力。それがその禁呪の能力か」

 朧が一瞬で詰められない間合いの外に出た事を確認した曹操が聖槍で肩を叩きながら朧を見ると、朧の傷が煙を立てながら消えていく所だった。

「普通は回復すると分かっていても刃の前に身を差し出すとは、常人にはできない」

「貴様らにそう言われたらお終いだな。俺はとっくに終わってるけどな。ついでに禁呪の効果も終わった」

 朧の体から白い光が消えた。

「せめてジークフリートが居なくなれば三割ほど楽になったんだけどな。――葛霧ちゃん」

 今では遥か後ろに居る葛霧へと声をかける。

「はいはいなんでしょうか。あなたのためなら何でもしますよ。常識の範囲内で」

「逃げな。いや、逃がすから事情説明頼んだ」

「任されました。しかし、心底面倒なので、しないかもしれません」

「はぁ……これ託すから、届けろ」

 葛霧は朧が投げたプラスチックケースに収まった円盤を受け取れずに落とした。

「……じゃ、任せた」

「逃げられると思ってるのかな。ここは絶霧(ディメンジョン・ロスト)で構築された結界空間だ。転移はできない」

「甘いぞ英雄」

 朧が指を鳴らすと、ケースを拾い上げた葛霧の足元に二重の魔方陣が展開され、一瞬の閃光と共にこの空間から葛霧が脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけです。後は知りません」

 葛霧に見せられた、朧が英雄派に殴り込む映像を見た一同は、揃って一つの疑問を抱いていた。

 それは英雄派に朧が殴り込んでいた事ではなく、そもそもこの子誰という事でも無かった。

 

(何故受け渡すシーンが受け渡した円盤に記録されているんだ……?)

 



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うん、死んだ

「驚いた。まさかこの空間から魔法で脱出できるとはね」

「正確には魔法と魔力の合わせ技だ。俺の僅かな魔力の才能は、全て転移に費やした。どこにでも行けるように、どこからでも逃げられるように。――そんな俺には行きたい場所が無いというのは皮肉な話だけど、存外約に立っているのもまた皮肉だな」

 朧はそう言って霞桜を両手で握り、肩の高さまで持ち上げて(きっさき)が曹操に向くように構える。

「この人数相手に続ける気かい?」

「舐めるな英雄。俺の敵は世界の全てだ。貴様ら程度に(ひる)むと思うな。ここから先の俺は神器(セイクリッド・ギア)・魔力・魔法・仙術・体術、ゴチャ混ぜにて挑ませていただく」

 霞桜の鋒が黒を纏い、曹操目掛けて突き進む――

 

 

 

 

 

「かはっ!……やっぱ無理か」

 血を吐きながら、朧は霞桜を地面に突き立てて辛うじて立つ。支えにしている霞桜の刃も所々刃こぼれしている。

 それと対峙する英雄派の面々も細かい切り傷が多数あり、中でも矢面に立って戦っていたジークフリートは少なくないほどの出血をしていた。

「お疲れ様、もうお休み」

 霞桜を影にしまいながら、朧は静かにため息を吐く。

「やれやれ、結局何も為せずに潰えるか。しかし、ここで俺が死んでも第二第三の俺が――」

「君は魔王か」

 朧の台詞に曹操が呆れたように呟く。

「どちらかと言えばゲームのラスボスだな。所詮は負ける運命にある」

 自嘲する朧に曹操は残念そうにする。

「本音を言えば、君とは敵対せずに済ませたかった。君の超常の存在に手練手管を以て立ち向かうその姿勢は、俺たちも見習う所があった」

 それを聞いて、朧は一瞬だけ微笑む。

「俺がオーフィスと出会っていなければ、それもあったかもな。意味のない仮定(if)だ」

 満身創痍で朧は構える。あくまでも朧はオーフィスに敵対する存在を許せない。

「死ぬまで果てなく止まらず潰える。残念ながら俺は諦められんよ」

 朧の黒手袋が規模を広げ、全身を黒が包む。

「止めたくば、その聖槍で射抜いて通せ」

「……そうか」

 黒を纏い突進する朧を、聖槍の光の穂先が貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――て、死んでないじゃないか」

 気がついた時、朧は暗い部屋で十字架らしきものに鎖で雁字搦めにされていた。

 貫かれた胸には若干――いや、強烈な違和感が残るものの、消滅する気配はなかった。

「いや、死んだのか? よく分からないな。ちょっと誰か、説明してくれ」

「まさか気がつくとはな。予想だにしなかったぞ」

 部屋の暗がりからゲオルグが姿を見せた。

「ゲオルグか。丁度いい。お前が一番話が通じる人間だ」

 朧はフッと笑うと、ゲオルグを今までにない強い眼光で睨みつける。

「貴様ら……! 俺の神器(セイクリッド・ギア)に、黒き御手(ダーク・クリエイト)に何をした……!」

 憎悪に満ち満ちた言葉と共に、全身から黒いオーラ――否、黒き御手(ダーク・クリエイト)を司る黒い粒子が吹き出す。

「やはり気付くか。いや、お前なら気づいて当たり前か」

「良いからささっと答えよ。既に精神干渉が始まってるので、まともに会話できるのはいつまでかも分からん」

 精神干渉の影響で、口調に影響がで始めている。

「先ほど、英雄派の一人が注射器を使ったのは覚えているな。あれはシャルバ・ベルゼブブ――真なる魔王の血を使用したドーピング剤だ」

 それを聞いて、朧の脳裏に何もしていないのに血まみれになった男の姿が蘇る。

「成程な。その実験に私を使い、その結果我が神器(セイクリッド・ギア)の封印が解除された訳か。いや、それだけではないな。神器(セイクリッド・ギア)そのものにもガタが来ているか。不快な事にON/OFFすらも聞かなくなったようだ」

 朧は吐き気がすると言って、実際に黒ずんだ血を吐いた。

「で、俺をどうする気で? このまま拘束し続ける気でしょうか?」

「貴様はコキュートスへと送られる。誰もがそれを望んでいる」

「だろうね。誰かに庇ってもらうには俺は味方を作らなかったし、慈悲をかけてもらうには私は敵を作りすぎた。故にこれは分かりきったことだ」

 諦めたように俯く朧に、ゲオルグが最後の言葉を贈る。

「君とはそれなりに長かったが、それもこれで終わりと思うと感慨深い。さらばだ」

 それに朧は捨て台詞を返す。呪詛を乗せた言葉を。

 

《コレデ終ワッタト思ウナヨ?》

 

 その言葉を(のこ)して、朧はゲオルグの展開した魔方陣に沈んで消えた。

 一人残ったゲオルグは思わずため息を漏らす。

「終わったか、ゲオルグ」

 ゲオルグの後ろから、相変わらず聖槍を肩に担ぐ曹操が現れる。

「ああ。しかし――」

「どうせすぐに戻って来る、だろ?」

 曹操の言葉をゲオルグが頷いて肯定する。

「コキュートスから脱出できた者はいないが……彼を封じ込め切られる場所がこの世界のどこにあるのかも怪しい。何よりも、彼本来の神器(セイクリッド・ギア)は、そんな終焉(おわり)を許さない」

 ゲオルグの言葉に、曹操は静かに頷く。

「何より、オーフィスに危機が迫ると知って、立ち止まることを彼は自分に許さないだろう」

 

 

 

 

 

「で、あなた誰なの?」

 リアスが普通に居座っている黒髪をツインテールにした灰色の瞳の少女――厄詠葛霧に今更ながら尋ねた。二度目ではある。

「朧さんのお嫁さん(二号)です」

 その発言によって、兵藤家の中の空気が一気に変わった。

 リアスたちが恐る恐る空気の発生源の方を見ると、そこには異様なオーラを漂わせる二人の少女――小猫とレイヴェルがいた。小猫に至っては闇落ちしそうな雰囲気である。

 これは鈍感なイッセーも二人の気持ちを察した。

 なお、オーフィスの方は普段通りであるが、それが逆に怖かったりもする。ちなみにオーフィスがオーラを全開で放出したなら、それだけで戦争になっても耐えられるという触れ込みの兵藤家が崩壊する。

「で、あなたは一体誰なの?」

「通りすがりの美少女です」

 葛霧は終止この調子であった。

 



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memorial
回想 ~目覚め~


コキュートスからお送りします。


 コキュートス。

 地獄の最深部であるそこは、決して日の当たらないため全てを()てつかせる絶対の冷気を内包する凍結空間。

 様々な理由で殺すことのできない存在が送られる、罪の最果てであり、罪人を永久に閉じ込める極寒の牢獄である。

 並大抵の存在では死ぬこともできずに凍りつく凍土に送られた黒縫朧は、その冷たさに(こご)えている――わけでも無かった。

 彼は今それどころではなく、コキュートスの冷気は彼から発せられる――というより溢れている、様々な色彩を混ぜ込んだような濁りきった黒いオーラが押しのけ、逆に周りを侵食し始めていた。

(気持ち混ざって、気持ち悪い……)

 彼の精神も色々な感情(ほぼ全てが恨み辛みの負の思念)が入り混じり、朧は吐き気を催すほどであった。ただ、実際に吐くと冷気で速攻凍結して呼吸できなくなる恐れがあるので必死に耐えている。

(あー久方ぶりで気分悪い。昔の俺はよくもまあこんな状態でまともな精神状態を……保っていたわけではないのか)

 コキュートスに落とされても一向に壊れる気配のない背中の十字架に思わずため息を(こぼ)す。

(やれやれ……十字架で拘束されて送られるのは仕様なのか? 近くの大きなお隣さんもそんな感じだし)

 内心で愚痴を続けるあたり、朧はまだ余裕があるのだろう。裏を返せば話してでも居なければやってられないということなのだが。

(孤独孤独。本当に一人なのは久しぶりだ。何年になるか……)

 そこまで考えて、自分の記憶が曖昧になり始めたのはそこからだという事に思い至り、すぐに考えるのはやめた。

(いやしかし、最近は先のことばかり考えていて昔の事を振り返っていなかったからな。黒き御手(ダーク・クリエイト)の再構成をするまでの間、思い出すのもありだろう)

 朧はそう思い、昔に――今の自分の始まりにして昔の自分の終わりに思いを()せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……!」

 息を荒くして不自然なまでに人の少ない住宅街を、妹の手を引いて駆けていた。

 必死に逃げてはいるものの、何から逃げているのか、何処へ逃げているのかさえ、三大勢力の事さえ全く知らなかった当事の自分には判然していなかった。

 分かっているのは、父が殺され、母が殺され、次は自分たちが殺されそうである事だけであった。

 

 しかし、そんな俺の内心を一切頓着(とんちゃく)せずに、死は無情に迫る。

「がっ……!」

 飛来した光の槍が足を貫き、内部から焼かれる感触と共に足から力が抜けてその場に倒れこむ。

「う、あぁぁぁ……」

 光の槍が消えると、そこから血が流れ出す。それだけでなく、血と一緒に全身の力が抜け出して行く感覚が襲い、立ち上がる気力をも奪った。

 倒れ込んだ俺の側に妹が心配そうな顔で膝を着いた。大丈夫かと黒曜石(オプシディアン)のような瞳で尋ねる妹に、大丈夫じゃないと思いながら、早く逃げろと視線で返すも、それに妹は首を長い黒髪と共に横に振る。

 

 極々自然に目と目とで通じ合う俺と妹の周りに、黒い翼を持った男――当時は知らなかったが、堕天使たちが空から降り立つ。

(けが)らわしき悪魔の仔らよ」

「貴様らはここで死ぬ」

「自らの生まれを後悔しながら死ね」

 男たちは口々に殺意を(にじ)ませているその言葉は理解できなかったものの、無駄に(さと)かった当事の俺は何故殺されようとしているかの理由を一端知り得た。

 死に行く理由を納得できずに理解した俺へと、堕天使たちは光の槍を手に作り出して、一斉に投擲(とうてき)した。

 多少人とは違う力を持ってるとはいえ、今とは違いそれを漠然としか把握できていなかった俺では、この窮地(きゅうち)を脱することは出来そうになかった。

 ここで死ぬ事に対して思うところが無いわけではないが、かと言って死を前にして足掻(あが)こうともしなかった。

 そんな諦めた俺に、最愛の妹を(かえり)みなかった俺に天罰が下った。考えられる中で最低で、最大の罰が。

「ぁぅ……」

 男たちが投げた光の槍はその全てが俺に向かい、しかし俺には届かず、俺を庇うように(かぶ)さった妹の体に突き刺さった。

 思わぬ光景を目にした俺は、足の痛みも周りの事も忘れて呆然とする。

「よかっ……たぁ……」

 妹の肉声を始めて耳にして、硬直が解け、倒れ込んだ妹を抱きしめる。何度も抱きしめたその矮躯(わいく)は、ゾッとするほど軽かった。

「何……で、庇った……!?」

 この自らの命を蔑ろにした兄を、妹であるお前の事を諦めた俺を、何故体を張って守ったのか。そんな言うまでもない事を、聞くまでもない事を、妹に以心伝心できるはずの俺は、その時だけは真剣になって聞いた。

 だが、妹はそれには答えてくれなかった。お気に入りのゴシック風のワンピースを血で真っ赤に染めるほど失血しているのだから、答えるだけの力もなかったのだろう。

 しかし、妹は最期の力を振り絞って、たった一言だけ、今際(いまわ)の言葉を遺した。

「私の分まで、生きてね。お兄ちゃん……」

 その言葉を残し、妹の――黒縫朋の体は虚空へ溶けるように消えた。

 

「悪魔が悪魔を庇うか」

 周りの男たちはそう言って再び光の槍を構えたが、当事の俺にはそんな事はどうでもよく、まだ微かに体温(ぬく)もりの残る妹の死装束を抱きしめていた。

 遮るものの無くなった俺に再び、いや、三度(みたび)放たれた光の槍は、その全てが俺へと命中した。といっても、当たっただけ(・・・・・・)で、ダメージはなかった(・・・・・・・・・)が。

 光の槍は俺の体――正確には、俺の纏う黒いオーラに接触する端から消滅したのだ。

「なっ……!」

 自分らが誇る光力が無効化された事に動揺を隠せない堕天使たちの、得体の知れないものを見る視線を一心に受けながら、未だに血染めのゴシックワンピースを抱きかかえながら立ち上がる。

 

 そこから先の出来事は俺も余り覚えていない。

 覚えているのはその時頭の中で誰かが(うるさ)く騒ぎ立てていた事と、その後に起こったことは戦闘ではなく、一方的な蹂躙(じゅうりん)だった事だけだ。

 



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回想 ~襲撃~

「そういえば、アザゼル先生と朧っていつ出会ったんですか?」

 放課後の部室。最近朧の話題多いのに(じょう)じて、一誠は思い切ってずっと聞いてみた。

「ん? なんだ、藪から棒に」

「先生と朧って俺たちと会う前から知り合いだったみたいですから、一体どれぐらい前からの付き合いかなって思ったんですけど……」

 一誠の質問を聞いたアザゼルは自分の頭をグシャグシャとしてから渋々と答える。

「俺とあいつが出会ったのはそこそこ前……十年ぐらいになんのか?」

「結構前なんですね。でも、その時の朧って……」

 自分の年齢を鑑みて、一誠は驚いた。

「あー……イッセー。お前は気づいてないみたいだから言っておくが、あいつはお前と同じ年じゃねえぞ」

「ええっ! そ、そうなんですか!?」

「少なくとも俺と始めて会った時はもう今とそんなに大きくは違ってなかった……と思うぞ」

 アザゼルはやけに歯切れが悪かった。

「先生、一体あいつとの間に何があったんですか?」

 アザゼルは散々悩んだあと、深々とため息を吐く。

「最初に言っておくが、これは俺から見た一面だけで、裏の事情までは分からない。それを踏まえて聞いてくれ。いや、もう一つ先に行っておく事があったな。――これから先の話に、お前らが知ってるあいつは出てこない」

 そう前置いてから、アザゼルは語り始めた。かつて神を見張る者(グリゴリ)震撼(しんかん)させ、構成員の二割を消滅に追い込んだ、今も畏怖(いふ)されている事件を。

 なお、この事件に名前は付いていない。あの事件(・・・・)とさえ言えば、それで通じるのだから。

 

 

 

 

 

「……飽きたな」

 俺こと堕天使総督アザゼルは山ほどある書類にため息を吐く。こういう地味な仕事はシェムハザの方が向いてると思う。

 本当なら気分転換がてら人工神器(セイクリッド・ギア)の試作品でも作りたいのだが、この間、経費の使い込みがバレたので禁止されている。

 何か他に気分転換になることは無いかと考えた時だった。上級堕天使の一人が、慌てて駆け込んできた。

 

「た、大変ですアザゼルさま! 侵入者です!」

「侵入者だと?」

 その報告に俺の頭が切り替わる。

「それで、侵入者はどこのどいつだ? 天使か? 悪魔か? それとも人間か? それと数はどのくらいだ?」

 そのどちらかだとするなら、もしかすると再び戦争が起こる可能性がある。

「そ、それが……」

 顔を青ざめさせる部下を見て、俺は最悪の想像をしてしまった。

「おい、まさか他の神話群とか言うんじゃねえだろうな?」

「い、いえ。そうでは無いのですが……」

「おい……緊急事態なんだろ? だったらさっさと言え!」

 言い渋る部下に苛立った俺は、少し声を荒げて詰問する。

「数は一、正体は不明です!」

「ああっ?」

 ようやく言った部下の言葉に、思わず声を出してしまった。

「不明ってどういう事だ? 神を見張る者(グリゴリ)に単騎で攻撃する奴なんて限られてるだろ!?」

 うちの堕天使たちは大半が戦争の経験者で占められている。その熟練者たちが相手の素性が一切判断できないというのはおかしな話だった。

「それは……見ていただいた方が早いかと」

 部下がそう言って魔方陣に写した映像は、仲間たちを蹂躙する黒い何かとしか表現できないものだった。

 

『アアアアアアアアア!!』

 黒い何かは叫び続ける。森羅万象、(あら)ゆるものに対する怨嗟(えんさ)の声を。

 黒い何かは聞き続ける。有象無象、目に映る全てのものを打ち砕けという呪いの声を。

 ほんの些細な絶望を引き金にたった一人に憑依した世界全ての負の思念は、憑依対象を死ぬまで狂気に駆り立て、命尽きるまで世界に(あだ)なさせる。

 

 神の創りし神器(セイクリッド・ギア)の中で、神滅具(ロンギヌス)と並ぶ凶悪度を誇る、禁忌指定の神器(セイクリッド・ギア)

 所有者を悪意に染めて死の旅路へと送り出す、誰に取っても等しい死神。

 名を、黒き死装束(ブラック・ドレス)という。

 

「マジかよ……何でこれがここを襲ってるんだ?」

 その正体を知っている俺はその不可思議さに首を傾げる。

 この神器(セイクリッド・ギア)を発動した者は例外なく周囲を死ぬまで壊し続ける。

 それが侵入者(・・・)というのは天地がひっくり変えるほどの異常事態である。

(ついに神器(セイクリッド・ギア)が異常を来たしたか? 元々の存在自体が異常だからな。いつ壊れてもおかしくない。そうでないとすれば――)

 アザゼルはふと考えた内容に背筋が凍った。

(もし神器(セイクリッド・ギア)に何の異常も無かったとすれば、現在の所有者は余程な異常者だ)

 

 

 

 

 

「で、その後はヴァーリとかコカビエルとかバラキエルとかを突破して俺の所に来たから返り討ちにしてやったぜ」

「がっつり端折(はしょ)りましたね」

 アザゼルの身も蓋もないまとめた方に、一誠は呆れる。

「これが事実なんだからしょうがねえだろ。なんだ、お前ら。俺の格好いい戦闘シーンが聞きたいのか?」

「いえ、それは別にいいです」

 素っ気ない一誠にアザゼルはガックリと肩を落とす。

「なんだよ全く……詳細を聞きたかったら他の当事者たちに聞けよ。俺がしたのは俺の所に来た時には既に満身創痍(まんしんそうい)のあいつに全力でトドメ刺しただけだらな」

「この堕天使総督容赦無しだ!」

 今明かされる驚愕すぎる真実だった。ラスボスが鬼畜すぎる。

「バカ野郎。アレの相手だと容赦した瞬間に殺されかねないんだよ。あの神器(セイクリッド・ギア)の使い手は死ぬ寸前までフルパフォーマンスで動けるんだぜ」

 どこまでも使用者の事を考慮しない神器(セイクリッド・ギア)だった。

「だからこそ聞いてみたいんだよな。あの後、一体どうやって真面(まとも)に戻ったのかは俺にも分からねえんだよ。そもそもよく生き延びられたよな。俺あの時全力で攻撃したんだぜ」

「我、知ってる」

 アザゼルの疑問に答えたのは意外にもオーフィスだった。

「そうそう、お前とあいつが何時出会ったのかも、俺はずっと疑問だったんだ」

「多分、さっきのアザゼルの話の後」

 そう言ってからオーフィスは朧との出会いを語り始めた。

 独特な喋り方だったので詳細を理解するのは困難だったが。

 



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回想 ~出会い~

「あー……本気で気持ち悪い……」

 当時から戦闘狂のコカビエルを潰して、当事まだ年齢が二桁に達していないヴァーリを蹴散らし、バラキエルの雷光を突破し、アザゼルのバカデカイ光の槍に吹き飛ばされた所まで回想したところで、過去と今の気分の悪さの相乗効果で危うく吐くところだった。

(ええと……あの時はどうしたんだっけ……)

 あの冷静に狂っていた時はどうやって戻ったのかと思い出して背筋が凍った。

(思い出した……吹き飛ばされた時に近くにいたオーフィスに襲いかかって……)

 ああ、思い出すのも恐ろしい。理性がないって怖いね。

「全力でオーフィスにぶっ飛ばされたんだよなぁ……」

 生涯の中で一番死ぬかと思った時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいませんでした」

 土下座であった。360°どこから見ても恥ずかしくないDO☆GE☆ZAであった。

 

 だが、土下座している相手がどう見ても十そこそこの少女というのはどうだろう。些か他人に見られたら評判が悪くなりはしないか?

 しかし、今の俺にはそんな事はどうでもいいのだ。というか、目の前の少女の正体を知ったら全員が納得してくれるだろう。

 いや、当事の俺はそれを知らなかったのだが、何を隠そうこの少女こそ、満場一致で世界最強の存在。『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』オーフィスなのである。

 それに対して、見るや否や襲いかかって体の半分を消し飛ばして、残った右腕の一撃で冥界じゃ無かったら大気圏突破していたほどの高さまで吹き飛ばされて自由落下して地面にクレーターを作った当事の俺も大概(たいがい)であるが。正しく黒歴史である。

 あの時は落下後の数十分間は身動き取れなかったし、異常なほどに増加したオーラと悪意が根刮(ねこそ)ぎ持っていかれるという、通常時の俺にされたら殴られた箇所が一瞬で吹き飛ばされただろうという自信がある。

 その御陰で正気に戻れたんだが、同じ状態になっても二度と経験したくない出来事である。次は死んでもおかしく無い。冗談一切抜きで。

 ああ、付け加えておくと、俺が襲いかかった時には老人の姿であり、落下してきた後に少女の――何故か妹に似ていた――姿へと変わっていたのだ。

 俺は狂っていても少女に手を出す外道ではないのだ。Yes,ロリータ、No,タッチの信条はいつ如何なる時も揺るがないと自負している。

 

 閑話休題。

 

 土下座している俺の前には、オーフィスがペタリと座り込んでいた。

「誰?」

 ペシペシと頭を叩かれながら尋ねられる。その力加減が人間並みで助かった。先程と同等だったら首がもげていた事だろう。

「あ、私、黒縫朧と申します」

「朧?」

「はい、そうです」

 オーフィスは感情の映らない瞳で俺を見ると、俺の頭をペチペチと叩く手を止めて、その手で俺の頭を()(いだ)いた。

(首がねじ切られそうだったり、頭潰されそうだったりでマジ怖いです)

 普通に考えればご褒美なのだが、先ほど殺されかけた当事者としては恐怖の方が強かった。殺そうとしたのはお互い様であるので文句は一切言えないのだが。

「あのー……」

 何故このような事をするのかと訊こうとした俺ではあったが、それは叶わなかった。

「くー……」

(寝た!? この状況で!? 俺の首が大ピンチのままで!)

 オーフィスは俺の頭を抱き枕代わりにして寝てしまったのだ。体を半分ほども吹き飛ばされた事を考えれば無理もなかったことではあるが。

 顔には柔らかな太ももとドロワーズの布地が当たって……正直気持ち良かったです。

 でも格好にはツッコミどころ満載でした。

 何で服の前面がないのかとか、何でそもそもドロワむき出しなのかとか(ドロワって下着の一種だったはず)、そして何より、何で胸にバッテンのシール(?)が貼ってあるかを小一時間ほど問い詰めたくなった。

 姿が妹に似ているとかどうでも良くなるほどに。

(後この状況は呼吸していいの? 呼吸していいの!? 相手の性別すら不明だけど呼吸していいの!?)

 当事の俺は迷ったものだ。十分ぐらいは。今なら躊躇(ためら)わずに息を止める。それで寝る。

 

 ……本当の事を話すと、俺はこの後酸欠で気絶した。あの頃は若かったんだ。

 

 

 

 

 

「いいか? 年頃の若い娘さんが男に対して慣れ慣れしくしてはいけません。況してや抱きついたりとかは論外です」

 起きたオーフィスに当事の俺は説教をしたわけだが……今の俺が取り敢えず言いたい事は、何で説教したんだろうという事だ。

 仮にも殺そうとした相手で殺されそうになった相手である。というか数十分前のシリアスさが欠片も感じられない。

 それほどまでに放っておけない雰囲気を出していたという事だろうか。

(はぁ……どうしようかな、この子)

 先ほどまで老人だった相手に子というのはどうかと思うが、でも子供に見えるからしょうがない。後子供の姿が嵌り過ぎているのだからしょうがない。

「……?」

 小首を傾げるオーフィスが可愛いのでお持ち帰りしました。異論は認めない。

 

 

 

 

 

 家にオーフィスを連れて帰ったら(経過は覚えていない)、家族が死んだ事を思い出してまた黒い感情が湧き上がった。

 この状況で発生するする黒い感情は何に向くか? それは勿論オーフィスであるが、暴力的だと死ぬ。普通に死ぬ。てか実際に死にかけた。

 なので学習力のある俺としては、全身全霊で暴力的な欲求は退ける事に成功した。

 

 ここで余談ではあるが、人間の三大欲求は食欲・睡眠欲・性欲である。

 

 そして現在のオーフィスは幼いながらも美少女である。つまり――

「オーフィスちゃーん♡ 私と楽しいことしましょー♡」

 俺は小脇に抱えたオーフィスを連れて自室(正確には俺と妹の部屋)へと駆け込んだ。

 ……ここで一つだけ弁明をさせてもらうのなら、当事の俺はオーフィスの正体を知らなかったのだ。だからちゃん付けしている――以上。

 ああ、R18要素とかないよ? あくまでも部屋にある妹の服で着せ替えしただけだよ。二三(にじゅうさん)度全裸にしたからR15要素はあるけど。

 

 そして、そのままオーフィスは家に住み着き、しばらくの間は平和に暮らしました。

 



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回想 ~離別~

 さて長いこと回想していたつもりではあるが、果たしてここに来てからどれだけの時が経過したのだろうか。

 数分か、数時間か、数日か、はたまた数年か。

 コキュートスには時間を示すものは一切ないため、時間を図る手段は体内時計しかないのだが、生憎俺の体内時計は壊れて止まってしまっている。

 

 余談は扠措(さてお)き、まあ、ここまで来たら語っておこうと思う。

 黒縫朧の三つ存在する中で最後にして最大のターニングポイント。人生最大の汚点。消し去りたくも忘れたくはない過去。俺と彼女の蜜月の終わり。

 俺とオーフィスの、別れのお話である。

 

 

 

 

 

 日がな一日することもないのでオーフィスを膝の上に乗せてなでなでしていると、突如得体の知れない違和感に襲われた。

「ん~、今のは一体なんだろうねオーフィス」

 これから起こることを考えもしない俺は、膝の上のオーフィスを撫でながら話しかける。

 それにオーフィスは気持ちよさそうに目を細めて答える。

「多分、空間転移。異空間に移された」

「それはそれは、一体何の用か、などとは聞く必要もないだろうな」

 自宅と寸分違わぬ、しかし同一ではない我が家が破壊され、俺はオーフィスを脇に避けると、狼藉者(ろうぜきもの)共へ、一応自分の意思で動かせるようになってはいた黒いオーラを向けた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果だけ言うと、俺は負けた。

 四肢は砕け、全身は血に塗れ、まともな所など一つもない状態へとされた。

 経過は語るまでもない。無数の悪魔の群れの中を黒い何かが蹂躙しながら駆けずり回り、それに向けて雨霰と降り注いだ魔力が一時間と数十人の命をかけて仕留めたというだけの話だ。

 やられた本人からの言い訳としては、多勢に無勢は言うに及ばず、そもそも暴走状態が基本(デフォルト)神器(セイクリッド・ギア)を暴走させずに使用したため出力が足りなかったとか言えるのだが、結果は過程を問わずに残酷に、二度目の死を俺へ突きつけるだけだった。

 

「何だこいつは……こんな奴がいるとは聞いていないぞ」

「どうする、殺すか?」

「殺しておこう。これは生きていれば必ず我らに害を為す存在だ」

 俺を攻撃した中では数少ない生き残りたちがそう話し、俺へ魔方陣を展開した手の平を向ける。

 そこから魔力が放たれる寸前、悪魔たちは欠片(かけら)も残さず消滅した。その直後、遠くで爆音が響く。

 その攻撃が放たれた方を向くと、オーフィスがこちらへ手を向けているのが見えた。先ほど悪魔が消滅したかに見えたのはオーフィスの一撃によるもので、遠くから響いた轟音はその余波だろう。

 助けてもらってこんな事をいうのは烏滸(おこ)がましいのだが、正直言って死ぬかと思った。動けない鼻先数センチの所を、大抵のものは粉砕できる一撃が通り過ぎたのだから、気が気ではなかった。

 しかし、助かったという事実は確かなので、動かぬ体に鞭打って何とか立ち上がって礼を言おうと――

「動くな。さもなくば、この者の命はないぞ」

 した所で上から踏みつけられた。元より動けるはずも体の動きが完全に封じられた。

 オーフィスも構わなければいいものの、俺に近寄る途中で足を止めてしまった。

「お初にお目にかかる。私は真なる魔王の末裔、シャルバ・ベルゼブブだ。貴公は『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』オーフィスとお見受けする」

蝿の王(ベルゼブブ)だと?)

 三大同盟の事を知らなかった時の俺でさえ知っていたほどの大物悪魔の登場に、当事の俺は相当に驚いた。

「我、オーフィス」

 オーフィスが本人である事を確認すると、シャルバは口調だけは丁寧語ではあるが、滅法偉そうに口を開いた。

「オーフィスよ、貴公には我らが旗印になって貰いたく思い、ここに参上した次第である」

「嫌」

 シャルバの申し出をオーフィスはすげなく断る。

「貴公にとっても悪い話でもない。貴公が我らに協力するというのなら、我らも貴公の願いを叶えるのに協力してやろう」

 その言葉にオーフィスは少し逡巡するように黙り込んだ。

「……グレートレッド」

 しばらくして、オーフィスは口を開くとポツリとそう言った。

「グレートレッド、次元の狭間から退かすなら、手伝ってもいい」

「良かろう。ならば来い、オーフィスよ。我ら『禍の団(カオス・ブリゲード)』の下に」

 シャルバはそこで始めて俺の上から足を退ける。無論そのままで済ます訳がなく、展開した魔方陣を俺へと押し付けた。

「これは遅延式の術式だ。私が合図を送ればこの者は死ぬ」

 つまりは人質である。

 

 なお、この術式は翌日には完全に破壊された。

 どんな綺麗な絵も上から塗り潰せば台無しになるように、所有者の意識さえ侵食する神器(セイクリッド・ギア)前では、大抵の術式は無効化される。

 

 しかしその時にはキッチリ作動しており、目的は果たせていた。

 俺に魔方陣を埋め込んだシャルバはオーフィスへと近づくと、転移用の魔方陣を出現させた。

 オーフィスは転移する前にこちらを向くと、口を動かした。

 声は聞こえず、その後すぐに転移してしまったため聞き返すこともできなかったが、何を言っているのかは分かった。

 

 そして生きてる者が俺を除いて誰一人いなくなった空間で、俺は一人で慟哭(どうこく)する。

 また守られたと。命より大切な人(まあオーフィスは人じゃないとかは気にするな)を守れず、逆に庇われたと。結局俺はあの時から何も進歩していないと(オーフィスとイチャイチャしていただけなので、進歩している方がおかしいのだが)、自分の無力さを嘆いた(その際異空間が壊れたが、そんな事は些細なことだった)。

 

 そして未だ起き上がれぬまま一頻(ひとしき)り後悔した後、一つの決意を胸にした。

 

「さようなら、だと? こんな時だけ普通に話しやがって……何年かかろうが絶対お前の側に行くから、それまで待ってろ、俺の龍神(オーフィス)

 

 

 

 

 

 その決意は数年後にして二年前に果たされる事になるのではあるが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局進歩してなかった――――!!」

 

 投獄(牢獄ではなく地獄だが)されていたのではオーフィスを全然守れないことに気づいてしまった。

「まずいまずいまずいまずいまずい! このままだとオーフィスに危機が迫るんだった呑気に回想してる場合じゃちっとも無かった! ええい、早く脱出せねば……ってどうやったら脱出できるのか分からない!」

 今いる場所の役割を考えたら至極当然なことであった。

 

 必死に首をひねっていると、朧の巨大なお隣さんかつ(はりつけ)仲間に異変が起きた。

 突如無数の魔方陣に取り囲まれたと思いきや、いきなり目覚め始めて吐血したのだ。

「そんな所までお仲間だった! 気をしっかり保て! 傷は浅いぞ!」

 そもそも傷は無いのだが、朧は動揺しすぎていてそれに気づかない。

 

 朧はいきなり様々な事態に直面してパニックに(おちい)ったが、磔にされたまま苦しそうに身をよじるお隣さんの足元に巨大な転移魔方陣が現れると、一瞬で頭が冷えた。

 何故なら、転移魔方陣の術者と、その向こうから伝わって来るオーラには覚えが――忘れられるはずもないオーラだったからだ。

「ゲーオールーグ~~~! こぉんな物騒なの使って、オーフィスに何する気なのかなぁ? ――殺す」

 物騒な決意を新たに、朧は転移して消えた『神の悪意』ことサマエルを追うため、自身の力を久方ぶりに全開放する。

 




回想編はこれで終了です。


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Ouroboros―オーフィス
Return of from Cocytus


ごめんなさい、感想であれだけ言って朧の活躍はまだです。次回こそは必ずや……!


 私、レイナーレの目の前では、常識外れの出来事が起こっていた。

 まず、神滅具(ロンギヌス)である『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』『絶霧(ディメンジョン・ロスト)』『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』の四つに加え、堕天使総督で在らせられるアザゼルさま。更に『神の毒』と呼ばれる堕天使であり、ドラゴンであるサマエルまで現れた。

 正直一介の堕天使である私では今すぐ逃げ出したい気持ちで一杯なのだが、朧さんの娘である――私にはよく分からないのだが、朧さんがそう言っていたのでそういう事にしている――鵺ちゃんがオーフィスさんから離れようとしないのでここまでついて来てしまったが、今は有り体に言って絶体絶命の危機である。

 グレモリーの次期当主と雷光の巫女は封じられ、デュランダル使いとイッセーさんは大怪我を負い、総督殿も腹部に聖槍の一撃を受け、白龍皇さんはサマエルの呪いで戦闘不能になってしまいました。

 他にもいた気がしますが割愛して、今では戦えそうなのは聖魔剣さんぐらいでした。

(今更ながら……こんな状態を見ると朧さんの異常さが際立ちますね)

 腹に穴開けて平然としている人と比べるのは比べられる側が可哀想なので、この状況が超常ながらも異常ではないと考えるあたり、思考が相当に毒されていると言えるだろう。

 

(さて、これからどうしましょうか……)

 まずはオーフィスさんとそれを庇って一緒に捕まった鵺ちゃんを包んでいる黒い物体をどうにかしたいのだが、どうやらそれとサマエルへと繋がっている舌には攻撃が通じないためどうにもできず、かと言って本体や、それを召喚して制御している霧使いに攻撃を仕掛けるためには聖槍使いの守りを突破しなければならなかった。

(つまり、聖槍使いがいる限りどうにもならないって事ですね)

 分かっていた事実を再認識し、気分が重くなる。

 本来なら隣で未だに椅子に座ったまま傍観している牛娘のように終止見守る事に徹するのだが、今回ばかりはそうもいかない理由がある。

 

 一瞬生まれた隙とも言えない隙――構えていた槍を下ろしただけ――をついて、今までこそこそと仕込んでいた仕込みを一斉に発動させる。

 空間に散在させておいた光力を顕在化し、無数の光球へと変えて聖槍使いに向けて撃ち放つ。

 その光の雨と表現できる攻撃に加え、よく朧さんや鵺ちゃんを縛るのに使う光の鎖を伸ばす。

「――ッ、居士宝(ガハパティラタナ)!」

 だが、それは突如現れた光輝く人型に防がれる。しかし、それは想定の範囲内。動きと視界が制限されればそれでよかった。

 攻撃と同時に空へ飛び上がっていた私は、大抵の人間の死角である頭上から全速力で襲いかかる。

 しかし、聖槍使いはすぐに反応してこちらに聖槍を突き出す。

 私の光の槍と聖槍では聖槍の方が間合いが長く、先に貫かれるのは私の方だった。だけど、私はそれでも一向に構わなかった(・・・・・・・・・・・・・)

 元より無傷で済むとも思っていないし、少なくない確率で殺されるであろうという事も覚悟していた。刺し違えられればそれで御の字であった。

(あの人に拾ってもらった命。彼のために捨てるなら本望!)

 しかし、聖槍使いへ一直線に向かっていた体は、途中で横から衝撃を受けて吹き飛ばされた。

 黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)禁手(バランス・ブレイカー)、『極夜なる天輪(ポーラーナイト・ロンギヌス)聖王の輝廻槍(・チャクラヴァルティン)』の七宝の球体の内の一つが横から私を横から襲ったのだ。腹部を貫通していないのは私を吹き飛ばすためだろう。

「これは驚いた。ただの堕天使がここまでできると思わなかった。いや、彼の近くにいる者が普通のはずがないか」

 聖槍使いはそう言うが、私はそれを嘲笑する。

「あなたは……彼の事を何も分かっていないんですね」

 彼は本来、普通のどこにでもいる人間――あくまで本来は(・・・)で、今では立派な超常存在です――で、雪奈ちゃんも黒羽ちゃんも普通の女の子だ。牛娘は知らないが。

 もしあの人やあの子たちが普通でないと言うのなら、それは世界が間違っているのだろう。普通である事を許さない世界が。

(その世界に少しでも歯向かいたかったのですけど、無駄だったようですね……ごめんなさい、朧さん、雪花ちゃん、黒羽ちゃん、ごめんなさい)

 内心で家族(・・)へと謝罪し、迫る光の穂先を受け入れて目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、来るはずの衝撃がいつまで経っても来ず、レイナーレが(いぶか)しんで目を開けると、聖槍の穂先は黒いオーラを纏った腕に止められていた。

 その腕が誰の腕かとは言いづらかった。何故なら、その腕はこの場にいる誰のものでもなく、何も無い虚空から伸びていたからだ。

 いや、何を言ってるか分からないと思うが、実際に何もない虚空から手が伸びて、聖槍の光の穂先を受け止めているのだ。オーラを纏っただけの素手で、最強の神滅具(ロンギヌス)を。

 曹操は聖槍から伝わる感触に、思わず眉を(ひそ)めた。

 止められてはいるが穂先が弾かれている訳でもなく、刺さっていないのに刺さっている手応えがある。引こうとしても抵抗があり、かといって押し込んでも無為な感触が返るばかり。

 例えるならそう、粘度の高い泥に突き刺した感じに一番近いのだが、抵抗力が段違いであった。

 

 そして、腕は黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)の光の刃を握り潰した。重ね重ね言うが、素手で。

 光の刃が砕かれた事で自由になった曹操はすぐに後ろへと下がって十二分に距離を取る。

 光の刃を砕いた腕は、何も無い虚空に、まるで(ふち)でも手をかけているかのように。

 

 ビシ

 

 何かが割れる様な音をすると共に現れた異変に、一同は目を疑った。

 何も無い空間に亀裂が入っているという、超常現象そのものな存在たちから見ても異常な事態が起こっていた。

 空間の亀裂が徐々に広がっていき、一定を超えた所でバリンと甲高い音を立てて、もう一本の腕が突き出してくる。

 二本の腕はそれぞれ空間の亀裂を更に押し広げるように、左右に広がる。

 バリバリと、連続する割り裂ける音が連続し、ついに空間に致命的な大穴が空き、そこから闇より黒い漆黒のオーラが立ち上る。

 ここに来て、一同は腕の主に気付く。闇より尚深い漆黒のオーラと、常識を超える現象。この二つの現象を兼ね備え、かつこの場に登場し()るのはただ一人。

地獄の最下層(コキュートス)から自力で這い上がるか……!」

 サマエルを制御するゲオルグが叫び、曹操が聖槍を握る手に一層力を込める。

 湧き上がる漆黒のオーラは密度を薄め、それを発する者の姿が明らかになる。

「朧さん……」

 黒縫朧の凱旋(がいせん)である。

 



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世界の均衡を崩すもの

 現れた朧は、辺りを数秒見渡すと、黒の軌跡を残して姿を消した。

 残された黒の軌跡を追って見上げると、朧はサマエルの(あご)へ下からの一撃を加えていた。

 ちなみに、サマエルの舌はオーフィスを閉じ込めるために伸びていた。その状態で顎が閉じるとどうなるかは言うまでもない。

『オオオオオォォォォォオオオオオ……』

 サマエルは痛苦の悲鳴を上げる。一切の攻撃を受け付けなかったサマエルの舌も、自分の歯牙だけは例外だった。

「オーフィスをペロペロしていいのは俺だけだ―――――ッ!!」

 一度地面まで自由落下した朧は叫びながら再び跳躍し、顎に再度痛撃を与える。

 これにはサマエルも堪らず、ゲオルグの制御を振り切り舌を引っ込める。

 サマエルの舌が引っ込められた事で、黒い塊は消えて、中からオーフィスと鵺が現れる。

「朧、我の力、奪われた」

 朧を見ての第一声が再会の言葉ではなく、あくまでいつも通りのオーフィスの言葉に、朧は一瞬だけ微笑み、そしてすぐに鋭い眼光でその場にいる全員を睨みつける。

「……アーシア、イリナ……後はオマケで小猫とレイヴェル、ルフェイ」

 それを聞いた皆は何の事かと首を傾げた。

「それ以外は後で私刑」

 いきなりの死刑宣告ならぬ私刑宣告である。

「理由はオーフィスに敵意を向けたから、もしくは利用したからです」

 なお、先ほど宣言された人以外は既に怪我をしていた。オーフィスの加護か朧の呪いか悩むところである。

 

 突如として現れ、サマエルからオーフィスを救出した朧に、曹操はいつもの様に槍を肩に担いで、嘆息してから話しかける。

「全く、君という奴は常識外れにもほどがある。まるで存在自体が世界の均衡を崩すもの(バランス・ブレイカー)だ」

「それは未だ禁手化(バランス・ブレイク)に至れない俺への皮肉か?」

 不服そうな朧に、曹操は神妙な顔をして首を振る。

「いや、本心だよ。だから、今度こそ完全に息の根を止めさせて貰おう。君はそこにいる二天龍より厄介だ。でもその前に――ゲオルグ、奪ったオーフィスの力はどの程度だ?」

「四分の三ぐらいだな。これだけあるなら十分だろう。サマエルの制御も限界だ」

「十分だ」

 曹操が指を鳴らすと、サマエルが魔方陣に沈み――

おい待て(・・・・)、誰が帰っていいって言った」

 朧の腕から伸びた鎖が縛り上げて引きずり出し、地面へと叩きつけた。

「オーフィスに(あだ)なせて、実際に危害を加えた存在を俺が許すとでも?」

 地面に伏すサマエルを朧が見下ろすが、先程までサマエルの制御をしていたゲオルグの表情が変わる。

「拙い……! 今ので制御が完全を離れた。暴走するぞ!」

『オオオオオォォォォォオオオオオォォォォォ!!』

 口から血反吐(ちへど)を撒き散らして、サマエルは自身の呪いに従い、オーフィスを始めとするドラゴンたちへと襲いかかる。

「喧しい、暴走しているのが貴様だけと思うなッ!」

 朧は全身に纏う黒いオーラの密度を高め、突進するサマエルに真っ向から激突し、弾き飛ばす。

 自身も反動で吹き飛ばされた朧は、オカ研メンバーの近くに降り立つと、近くに落ちていた聖剣の芯を拾う。

「ルフェイ、支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)持ってるな? 寄越せ!」

「はい!」

 ルフェイがどこからか取り出した支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)を朧へと投げる。

 それをキャッチした朧は支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)を鞘から抜き、聖剣の芯六つを刃に添える。

「構築――偽・真の聖剣(トゥルース・エクスカリバー・アナザー)!」

 

 一瞬の閃光の後、朧の手の中に幾千の時を超え、一振りの聖なるオーラを放つ長剣が現れる。そのオーラの輝きはデュランダルにも匹敵するが、その輝きは剣を含めて一瞬後に黒く変わる。

夢想(むそう)幻界(げんかい)――永久凍土(コキュートス)

 夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)の力により、世界が地獄の最下層へと塗り替えられる。

 これは幻覚ではあるが、効果を受けた者に仮想の冷気を与えるほどの再現率を持つ幻覚である。難点があるとすれば精巧過ぎる故に本人も影響を受ける事だが、本来のコキュートスでも眉一つ動かさない朧には効果が無いに等しい。

 特に本物を知っているサマエルには効果覿面(てきめん)であり、その動きが鈍る。

擬装(ぎそう)形態(けいたい)――大剣(たいけん)変化(へんか)

 頭上に掲げた聖剣(エクスカリバー)が、擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)の力によって十メートルサイズまで巨大化する。

『オオオオオォォォォォォオオオオオォォォォォォ!!』

支援(しえん)采配(さいはい)――行動禁止(うごくな)

 唸り声を上げ飛びかかろうとするサマエルが、聖剣から発せられた光を浴びると、支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)の力によって、サマエルのみならず隙あらば襲いかかろうとする曹操たちや、見ているだけの一誠たちも含めてその動きを強制的に封じられる。

透過(とうか)明瞭(めいりょう)――剣身(けんしん)透過(とうか)

 透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)の力により、塔の如き大剣となった聖剣の刃が不可視になる。

天衝(てんしょう)一閃(いっせん)――剣速(けんそく)加速(かそく)

 巨大な大剣が前触れなく振りかぶられ――

破砕(はさい)壊滅(かいめつ)――(たい)(りゅう)仕様(しよう)

 天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)の力により、目にも止まらぬ速度で振るわれた聖剣は、破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)の力によって強化された斬撃は、サマエルの体を容易(たやす)く、一瞬で幾度も斬り裂きズタボロにして打ち捨てる。

祝儀(しゅくぎ)福音(ふくいん)――黒箱(ブラックボックス)封印(シーリング)

 通常サイズに戻った聖剣を血塗れで倒れ伏すサマエルへと向けると、剣先から祝福の聖剣(エクスカリバー・ブレッシング)の力を帯びた黒い光が飛び出し、先ほどサマエルがオーフィスにしていた様にその体を黒い球体で取り囲む。

 

 数秒後、サマエルは手のひら大の黒い球体へと封じ込められた。

「封印完了。聖剣の力は偉大なりってか?」

 そう言った所で、手の中の聖剣が澄み切った音を立てて砕け、一本の剣と六つの欠片へと分たれる。

 それと同時に曹操たちを縛る強制力とコキュートスの幻覚が消滅する。

「一振りで限界か……まあ、突貫作業じゃこんなものか」

 朧は興味を無くしたように聖剣を捨て、代わりにサマエルが封じられた宝玉を手に引き寄せ(アポート)する。

「オーフィスに害を為せる数少ない存在を、ハーデスなどという骸骨に任せてはおけん。あんなのに使わせるぐらいなら俺が使う」

 その言葉を聞いて一名ほど嫉妬していたが、誰も気づいていない。気づかなくても良い。

「そういう訳にはいかないな。それを取られると俺たちがハーデスに怒られる」

 曹操は朧へ禁手化(バランス・ブレイク)した聖槍を向ける。

「ハッ、知った事では無いわ。今となっては敵になった貴様らにかける情けはない。精々その聖槍で相討って果てろ」

 影から引き抜いた、すっかり刃こぼれが修復されている霞桜の(きっさき)を曹操へと向ける。

(うん、やっぱり聖剣なんかよりしっくり来る)

 

 二人はお互いに敵意と得物を向け合い、些細なきっかけで戦いの火蓋が切って落とされるほどに緊迫していた。

 こういう場合は大抵第三者がそのきっかけを作るのだが、今回そのきっかけを作ったのは朧であった。

 だが、そのきっかけにて戦いは始まらない。戦いに至るにはまだ少し時間がかかる。

 何故なら、そのきっかけというのは――

「お、オエエエエエェェェェェッ――!!」

 最近ずっと我慢していた吐き気が動いた事で耐え切れなくなった朧が吐いたためだからだ。

 

 なお、朧が吐いたのは吐瀉物ではない。

 全身に纏う黒いオーラから、今まで無数に溜め込んで、黒き御手(ダーク・クリエイト)と呼んでいた神器(セイクリッド・ギア)の材料にしていた、瀕死の人間たちから奪った神器(セイクリッド・ギア)である。

 



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最強の座は不動だった

「あ―――――っ、すっきりした」

 そう言った朧の顔色は黒いオーラで伺うことが出来なかったが、決して優れているようには見えなかった。

「おいおい、何だその数は。十や二十じゃねえぞ……? 一体どうしたらそんな数を集められるんだよ」

「不思議なことに俺が行く先々に瀕死の存在に直面しまして。埋葬代わり、形見分けみたいな感じで貰いました。生きてる人間から無理矢理引き剥がしたわけではありません」

「うっ……」

 アザゼルの疑問に、朧は何でもないように答え、付け加えられた一言で一名ほど胸が傷んだ。

「で、それを元々の神器(セイクリッド・ギア)に蛇口代わりに取り付けたら多様性を得て、最終的には黒き御手(ダーク・クリエイト)になったんだが、まあそれはいいだろう。さてさて、中断させて悪かったな、曹操。始めようか」

「……ああ」

 朧と曹操が再び構えて対峙する。

 今度は緊張状態に突入することなく、一瞬で朧が攻めに出る。

 霞桜を構えて突撃し、曹操を一瞬で数度斬りつける。

 しかし、その程度で曹操が倒されるわけがなく、すぐに横へと飛んで回避して聖槍にて攻撃を行おうとするが、曹操が回避したすぐ後に、朧は勢いそのままに駆け抜けて曹操の間合いの外にいた。

 これに曹操は少し面食らう。先日戦った時、朧は付かず離れずの超至近距離で戦っていた。

 それだけではなく、朧は基本的に間合いを保つように戦うと、英雄派は分析していた。

 それは確かに正しいが、それは黒き御手(ダーク・クリエイト)を使用する際の戦闘方法である。

 黒き死装束(ブラック・ドレス)を使用した、黒縫朧の原初の戦い方は全く違う。

 多種多様で万能多岐な戦い方の黒き御手(ダーク・クリエイト)に対して、黒き死装束(ブラック・ドレス)には用法は一つしかなく、応用すらできない。よって戦法も一つに限定される。

 ――ただの体当たりである。

 

「―――――――――――――――――ッ!!」

 金属音のような叫び声を響かせながら、朧が高速で曹操に迫り、曹操はそれを紙一重で()なす。

「くっ……! 中々手ごわいな!」

 朧の攻撃は突進と表現する他ないのだが、その実体が莫大なオーラに加えて一瞬で幾十の斬閃が重ねられるのだ。

 突進とは言え、もう既に巻き込まれればミンチにされるミキサートレインと言った感じになっている。

 

 単純すぎるくらい単純だが、それ故に打つ手が少ない。

 曹操の禁手(バランス・ブレイカー)の七宝も、女宝(イッティラタナ)は女でないので効果がなく、輪宝(チャツカラタナ)の武器破壊は刃に纏う黒いオーラに阻まれ通じず、攻撃を受け流す珠宝(マラニタナ)は突進攻撃には適応せず、転移の馬宝(アッサラタナ)はすぐに軌道修正して襲いかかる。

 象宝(ハッティラタナ)で飛翔しても、お前飛べない設定どこ行ったと言いたくなるほどの跳躍を見せて追いすがり、居士宝(ガハパティラタナ)の人型も鎧袖一触、十把一絡げに斬り倒される。

 唯一効果があるのは将軍宝(パリナーヤカラタナ)による大威力攻撃ぐらいであり、しかし、それも軽く弾き飛ばせるだけで、朧はすぐに立ち直って反撃する。

 移植した石化の魔眼(メデューサの瞳)も、視線がオーラによって通らないので通用しない。

 

「単純な力も極めればここまでのものになるのかっ! これを制すれば俺は更なる高みに登れるだろう!」

La()―――――――――――――――――ッ」

 お互いの得物にそれぞれ真逆の性質を持つオーラを集中させる。

 曹操の聖槍が(まばゆ)(かがや)き、朧の霞桜が(くら)く染まる。

「輝け、神を滅ぼす槍よっ!」

「閃け、人を絶やす刀よっ!」

 全力で振るわれた光の刃と闇の刃が激突し、衝撃波を四方八方に撒き散らした。

 

「うぉっ!」

「がはっ!」

 自分たちが発生させた衝撃波に吹き飛ばされ、二人が後方へと吹き飛ばされる。

 しかしそこは芸達者な二人。空中で反転して着地し、すぐにお互いへと得物を構える。

 着地したお互いの状態は、曹操は至るところに細かい切り傷を負い、朧の皮膚は全体的に焼け焦げていた。

 前者は曹操のガードをも超える霞桜の斬撃によるものであり、後者は攻撃に――霞桜にオーラを回した事で防御が薄くなったところに聖なるオーラを浴びせられた為だ。

 だが、どちらも軽傷であり、戦闘続行には何の問題もない。本人たちもそう思っていたし、そのつもりであった。しかし――

「――ゴフッ」

 突如として、朧が口から吐血する。(おびただ)しい量の血液を。

 人間なら内蔵に重大な損傷を受けたことを疑うだろうが、朧は一切構わずに次の一歩を踏み出し――

「朧」

 オーフィスが普段なら(・・・・)そこで止まるはずの朧に、肘打ちを食らわせ強制的に停止させた。さっき血を吐いた者に対して(むご)い仕打ちである。

 理由は自分に構ってくれず、他人と何かしているので寂しくなったからである。オーフィスの中にグレートレッドを除けば敵味方という概念はおそらく存在しない。

 なお、オーフィスが相手に応じて力を使う量が一番多いのは朧だったりする。裏返っていない愛情である。

「邪魔、帰れ」

 オーフィスにそう言われた曹操は呆れたようにため息を吐き、禁手(バランス・ブレイカー)を解除して槍を肩に担ぐ。

「まあいいさ。俺たちの目的は果たした。異質な龍神の変わりに、俺たちにとって都合の良い『ウロボロス』を創りだす」

 それが聞こえたのか、朧が顔を上げた。

「オーフィス量産化計画だと! 誰にもそんな事をさせてたまるか(そんな事させるぐらいなら俺がする)!」

 微妙に聞き間違えていた上に、欲望ダダ漏れである。

「黙って」

「ガッ……!」

 興奮した朧の上にオーフィスが飛び乗って再び気絶させた。

「残りは死神(グリム・リッパー)に任せよう。ハーデスは力を奪われたオーフィスをご所望だからな」

 再び朧が顔を起こした。その形相(ぎょうそう)は憤怒に彩られており、シワが深くなれば般若(はんにゃ)に見えることだろう。

「何! あの骸骨ジジイ俺のオーフィスに何する気だ! 今度会ったら理科室送りにしてやる!」

「大人しくする」

 上に乗ったオーフィスに頭を叩かれ、顔を床にぶつけた朧は再び沈んだ。

「……さて、ここで一つゲームをしよう」

 曹操は気を取り直して一誠たちに話しかける。

「もうすぐここにハーデスの命を受けてオーフィスを回収に死神の一行が到着する」

「オーフィスを回収するのは俺だ!」

「落ち着け」

 朧が起きてまた沈められた。

「そこにジークフリートも参加させる。君たちがここから無事に脱出できるかどうかがゲームのキモだ。今のオーフィスがハーデスに奪われたらどうなるか分からない」

 曹操はもう気にしない事にした。

「オーフィスを奪わせ――ガハッ!」

 もう言葉の途中で沈められた。割とまともな事を言ってたのにだ。

「オーフィスを死守しながらここから抜け出せるかどうか、是非挑戦してみてくれ」

「そんなの余ゆ――ッ!」

 ついにグーパンで床に埋まるほどめり込んだ。半ば条件反射になりつつあった。

「……最後に聞かせてくれるかオーフィス。彼にそんな事をする理由は?」

 それが気になっていたのは皆同じだった。

「静かな朧、好き。うるさい朧、うざい」

 静かなのが好きなオーフィスらしい答えだった。

 




朧無双?いや、オーフィス最強伝説だから。


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強い敵キャラが仲間になると弱体化する

「朧、右」

「はい」

 オーフィスを肩車している朧が、彼女の指示通りに動くと、オーフィスは別空間に腕を突っ込み、そこから一匹の『蛇』を取り出した。

「それで全部?」

「ん」

 オーフィスは頷くと、『蛇』を自身の内へと戻す。

 この『蛇』はサマエルに力を奪われる前に別空間に逃がしてあったオーフィスの力であり、今それを回収したのだ。

「今、強さどのぐらい?」

「ドライグとアルビオンの合計」

 何事も無いように言うオーフィスではあるが、それは三大勢力と同等と言ってもいい。これで大分弱くなったって言うんだから驚きである。

「そこそこだな。サマエルに残ってた力もほんの僅かだったから……どこかに転送されたな」

 朧はここから出次第、場所特定して襲撃して奪い返してやると息巻く。

「我の力、ここまで残ったの、鵺のおかげでもある」

「そ」

 朧は軽く頷くと、自分の側にいる鵺の頭を撫でた。鵺は気持ち良さそうに目を細める。

「朧、大丈夫?」

 オーフィスの唐突な質問に、朧の鵺を撫でる手が一瞬止まる。

「何が? ああ、お前からの攻撃ならいくら喰らおうがご褒――」

誤魔化すな(・・・・・)

 (とぼ)ける朧に、オーフィスが語気を強めて詰問する。

「攻撃、受けてないのに、血、吐いた。朧、どこか悪い?」

 肩車をしているため、頭上から顔を覗き込むオーフィスに、朧はため息を吐いて空々しく笑う。

「どこも悪くない。強いて言うなら、この体はもう寿命(・・・・・・・・)

 朧の言葉は衝撃的過ぎて、オーフィスも一瞬言葉を失う。

「……朧、死ぬ?」

「さてどうだか……そうだとしても何の問題もないよ。俺が死んでも代わりはいる(・・・・・・・・・・・・)から」

 オーフィスの、他人からしたら分からないが、深刻そうな声音に、朧はあくまでいつも通りに答える。

「我、朧の言葉の意味、分からない。生物、死ねば終わる。なのに朧、代わりある?」

「くかか、お前に一生付き合う気なのに、寿命程度乗り越えられんでどうする」

 心底楽しそうに笑う朧の頭を、オーフィスがペチリと叩く。

「命、大事に」

「分かってる。俺だって出来ることなら死にたくない。でも、寿命はどうにもならない。それこそ生まれ変わりでもしない限りはね」

(ま、今度は神器(セイクリッド・ギア)の魔改造に伴う寿命の消費はないから、今回(・・)よりかは長持ちするだろう)

「さて、そろそろ戻るかオーフィス。脱出の算段はもうついた頃だろう」

「朧でも出られない?」

 どこでも転移できると豪語する朧が、脱出の算段を考えるという、普段なら考え付かない事を言ったので、オーフィスは疑問に思って尋ねてみた。

「まさか。お前以外なら全員まとめて転移させられる。ただ、お前が脱出できないのに俺が脱出する意味はない」

 お前を置いて逃げるぐらいなら死んだ方がましだと、そう言った。

「あいつらと一緒ならこの空間ごと壊すぐらいはできそうだしな」

「我も頑張る」

 朧はそれはそれで不安だと思ったが、口には出さなかった。

 

 

 

 

 

「朧さんの分かり易い解説コーナー。さて朧さん、私たちはどうやってここから脱出するんでしょうか?」

 葛霧が朧に対して、暗に説明しろと要求した。

「俺が本気出せばオーフィス以外はどうにでもなるんだけど、それは言わないでおく」

 非常にやる気を削ぐ前置きをしてから、朧は作戦について話し始める。

「この空間はゲオルグの神器(セイクリッド・ギア)である『絶霧(ディメンション・ロスト)』の禁手(バランス・ブレイカー)霧の中の理想郷(ディメンション・クリエイト)』で創られているんだ」

霧の中の理想郷(ディメンション・クリエイト)ですか。それは朧さんの『黒き御手(ダーク・クリエイト)』と何か関係があるので?」

「ぶっちゃけると、何の関係もないよ」

 ただ被っただけです。

「そして、霧の中の理想郷(ディメンション・クリエイト)で創られた結界装置によって、この空間は維持されている」

「つまり、それを壊せばこの空間から脱出できると」

「そういう事。ではどうやって壊すんだと言うと、三つある結界装置の内、まず比較的防御が手薄な二箇所にイッセーが砲撃して破壊。その後残った一つを総力を挙げて破壊かな」

「まあいつもの力技ですね分かります。私は何もしませんので、頑張ってください」

 葛霧の他人任せの態度を朧が(たしな)める。

「そこは何も出来ないって言おうよ」

 非常に些細な箇所をであったが。

「ふ……朧さん。私が何もできないとお思いですか?」

「――ッ!?」

 まるで何かを隠しているような葛霧に、朧が身構える。

「まさか葛霧ちゃん……!」

「こう見えても……足を引っ張る位の事はできます!」

「よしお前先に帰れ」

 マイナス方向だった。

「ふっ……私に帰る場所なんてありませんよ……」

 今度は悲しげな表情をする葛霧。

「葛霧ちゃん……」

「ニートしてたら追い出されて、行き先も無いから予言の相手を探しに来た私にはね……」

「家には入れてやるから同情を返せ」

 普通に自業自得である。

「同情するなら金をください」

「養ってもいいのなら」

 その条件だと朧が一方的に金を払う事になる。

 ちなみに朧の財産は両親の遺産を元手にしたデイトレードで稼いでいる。通帳には一人では使い切れない額が入っているとか……。

「素敵です。惚れ直しました。結婚して一生養ってください」

 葛霧の褒め言葉(?)に、朧は微妙な表情になる。

「お前の言葉って嘘っぽいんだよな。真剣味に欠けると言うか」

 軽々しく言っているせいだろうか、朧には葛霧の言葉が空々しく聞こえた。

「む、それは聞き捨てなりませんね。こうなれば実力行使です」

 そう言うや否や、葛霧は朧の顔に手を添え背伸びをする。

「そこまで」

「むぎゅ」

 葛霧の顔が朧と葛霧の間に割り込んだオーフィスによって鷲掴みにされる。

「それは駄目」

「痛い痛い、痛いです。分かりましたから離してくださいオーフィスさん」

 オーフィスは葛霧の頭から手を離すと、後ろにいる朧へともたれ掛かり、朧も慣れたようにその矮躯(わいく)を抱きしめる。

「ぬっ……時間を感じさせるやり取りですね」

 自分との扱いの違いに、葛霧はこう見えて少しへこんでいた。

(あそこまで顔を近づけて無反応だなんて……嘘っぽいというなら向こうも相当に嘘っぽいです)

 ちなみに、この考えは朧のある重要な欠点を見逃して――誰も気づいていないので仕方なくはあるが――いるため、ある程度的を外れている。

 

「おーい。作戦始めていいか?」

 三角関係を形成している三人へと、アザゼルが話しかける。

「あ、勝手に始めて大丈夫ですよ。俺、今は何もできないですから」

「あぁ?」

 アザゼルが怪訝そうに顔を歪めると、朧はすぐに言い訳を始めた。

「ほら、ここ大分高度あるじゃないですか。飛べない俺としては駐車場に行くには飛び降りるしかない訳ですよ。この高さだと着地を失敗すると俺は死んじゃいますよ? 飛び降りたら飛び降りたでどうやって戻るんだという感じですし」

 扱いに困る存在。それが黒縫朧である。

「それじゃあ、お前はオーフィスとその子たち守ってじっとしてな」

「ええ、そのつもりですよ」

 しかし忘れてはならない。この男は自分の言った事を守った事など余り無いという事を……。

 



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さっき? そんな昔の事は忘れた!

「く・た・ば・れ、死神(グリム・リーパー)~~~ァァァ!」

 一誠がドラゴンブラスターで二つの結界装置を吹き飛ばし、イリナとゼノヴィアがルフェイと共に助けを呼びに行くために転移し、さあ開戦だというところで、朧がアザゼルの開けた大穴から天高く飛び出し、落下の加速力をつけて駐車場の舗装された地面を粉砕する勢いで、数多(あまた)の死神を叩き潰した。

 

「お前、さっき戦わないってたじゃねえかよ!」

 自身も飛び出したアザゼルが黒い十二枚の翼を広げながら叫ぶと、朧は自身が作り出したクレーターの中央で仁王立ちして、こう言った。

「黒いからキャラが被る!」

 ドン!という効果音が背景に見えそうな宣言に、アザゼルが絶句した。それだけで上空数十メートルからダイブしたのかよと。それだと世界の相当数を敵に回さないかと。

 そんな朧を見て、死神たちが怯え始めた。漏れ聞こえてくるのは三年前とか黒いだけで滅ぼされたという言葉。それだけ聞いたらもう十分だった。

「三年ぶりの死神狩りだ………懐かしいな」

 朧が三年前に冥府を襲撃していた事は、紛れもない事実だという事を、その場の全員が理解した。

 皆が朧をもう嫌だこいつと思いながら見る中、朧は足元に転がる死神の大鎌を片手で一つずつ拾う。

「相変わらず趣味の悪い。俺が持てば大抵のことは覆い隠されるからいいけど」

 朧の持つ大鎌に黒オーラが伝わり、その姿を包んで一回り大きな、漆黒の大鎌へ変化した。

「さて、レッツダンシング」

 朧は大鎌を持った両腕を広げ、くるくる回りながら死神を(ほふ)り始めた。その姿はまるで漆黒の独楽(こま)。触れれば立ち所に切り裂かれる斬殺玩具。

 死神たちもこれには堪らず、その刃が届く前に我先と空へと舞い上がる。

 空を飛ぶ術を持たない朧には手の出し様がないかと思えたが、朧は慌てず、回転の勢いを乗せた大鎌を二本とも投擲(とうてき)した。

 朧の円運動を代わりに行うかのように激しく回転する二本の大鎌は、元々の持ち主の同輩たちを両断していき、どこかへと飛び去った。ブーメランではないので戻ってくる事はないだろう。

 それを投げた朧といえば、回転しすぎたせいか、フラフラして倒れた。

 それを隙だと思った死神たちが鎌を振りかざして上空から襲い掛かる。現在の朧の状態だと、死神の鎌が掠っただけでも命の危険がある。

 リアス、朱乃、木場が援護するも、死神の数が多いため、結果として数体の死神が朧をその鎌の間合いに捉えた。――それは逆に言えば、朧の間合いに自ら近寄った事になる。

 前のめりに倒れていた朧の頭部に幾本もの鎌の刃が振り下ろされたとき、倒れて身動きひとつしなかった朧が急に起き上がる。

 朧が起き上がったことで鎌の刃はアスファルトを貫き、それを保持する死神たちの動きを制限する結果となった。

「死・ん・だ・振・り♪」

 死神の絶句する気配を感じ取った朧は、そう言うと同時に死神たちを回し蹴りで胴体を真っ二つにした。

 周りの死神が粗方一掃された事を確認した朧は、オーフィスを閉じ込める結界装置と、それを守護するゲオルグを見据え、突撃する。

「させないよ!」

 音を超える速度での突進は、横合いから振るわれた剣によって中断させられる。

 普通の刃なら高めたオーラと突進の勢いで逆に破壊する事まで可能なのだが、今の剣は並大抵の剣ではなかった。

「魔帝剣グラム……ジークフリートか」

「悪いけど、あの装置を壊させてあげるわけにはいかないんだ」

 そう言って禁手化(バランス・ブレイク)し、五本の魔剣と一本の光の剣を構える。

「悪いと思うならさっさとくたばれ。世界のために」

 相変わらず自分の事を棚に上げた発言をしながら、朧は影から霞桜を引き抜く。

「君に言われたくはないな!」

「自分で言うのもなんだが同感だ!」

 二人の刃が交錯する直前、朧の近くに大威力の攻撃が着弾し、朧を結構な勢いで吹き飛ばした。

 

「痛、っ~! 一体誰の仕業だ! 事と次第によっちゃただじゃ済まさないぞ!」

 派手に吹き飛ばされ、地面に頭を打って数秒気絶した朧が叫びながら立ち上がる。その身に纏うオーラは荒々しくうねっており、相手はただでは済まないだろう事が簡単に予想できた。

「我」

「なら良し!」

 まあそれも、オーフィス以外に限った話であるが。

「いいのかよ! 上から見てたら十メートル以上は吹き飛ばされてたけどそれでいいのかよ!」

 死神を光の槍で薙ぎ払いながらアザゼルが叫ぶと、朧はそれにドヤ顔を返す。

「オーフィスになら何をされても構わない」

 これも愛の為せる(わざ)だろうか? 一歩間違えると被虐趣味者(マゾヒスト)だが、朧にその()はない。

「でも体中が痛いから少し休憩入ります」

 オーフィスの攻撃を至近で受ければ無理もない。ちなみに、その直前まで対峙していたジークフリートはゲオルグによって庇われ、今は木場と剣士同士熱い戦いを繰り広げている。

 

 朧は乱戦をくぐり抜け、敵陣の奥深くからホテル近くまで戻って来ると(道中で滅びの魔力や雷光が流れてきた)、アーシアからの回復のオーラが飛んできて体の傷を癒される。

(さて、どうしたものかな……)

 肉体的には回復したものの、体力までは回復していない朧は、激しく鼓動する心臓が落ち着くまでの間、現状の分析を始める。

(あちらは最上級死神プルートを始めとして、死神の団体さん200名ほどがご到着か。雑兵はいくら居ようが関係ないが、プルートは厄介だな)

 肉体とか精神とか寿命とかがレッドゾーンな今の朧では、最上級死神相手に無傷で勝つことは不可能であり、今の朧にとっては軽傷ですら致命傷である。

(現在はアザゼルと戦ってもらってるけど、負けたら抑えが効かなくなるかな。団体の方も万全に倒すには後五分ほど回復したい所だが……)

 戦闘中にそんな余裕は無い。

(いざとなったら、自滅覚悟でこの空間ぶち破るか……?)

 朧が最後の手段を検討していると、耳を疑うような言葉が聞こえてきた。

「先生! 歴代の先輩たちがリアスの乳を次の段階に進めようって言ってるんだ!」

 朧の脳裏に、かつてあった、今ではほとんど精神外傷(トラウマ)になっている出来事が思い浮かべる。

「……俺、帰ったらオーフィスに白羽と雪花を心行くまで抱き締めるんだ」

 朧は今ある光景から目を逸らすべく、(うずくま)って耳を塞いだ。

 

 なお、この台詞(セリフ)は俗に、死亡フラグと称されていた。

 



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蝿の王

 赤龍帝の譲渡の力によってリアスの胸から発生したビームによって一誠のオーラが回復し、死神の群れは消し飛んだ。とんでもない話なのだがこれが事実なのである。

 ただ、それも無償ではなく、オーラの回復によってリアスの胸は小さくなってしまった。

(リアス・グレモリーの胸と死神(グリム・リーパー)200体が等価かぁ……どんなエネルギー効率しているんだろう)

 朧は真面目に考察しかけたが、胸に関わる事だったので止めた。もう愛の力でいいやと無理矢理納得させた。

(もう二度とイッセーたちとは共闘したくない。SAN値がガリガリ削られていくからな……クトゥルフも吃驚仰天だぜ)

 ちなみにこの世界にはクトゥルフは存在しない。

 

「さて、ジークフリート、ゲオルグ。チェックメイトだな」

 アザゼルが二人に光の槍の切っ先を向けてそう宣言する。

 今では向こうで残っているのはその二人以外には最上級死神であるプルートだけであった。

 一誠たちが勝利を確信したときだ。空間に快音が響くと共に、空間に穴が空く。

 援軍かとも思ったが、ジークフリートたちも怪訝そうな顔をしていたので違うようだ。

 皆が注目する中、次元の穴から現れたのは、かつて一誠の覇龍(ジャガーノート・ドライブ)によって九死に一生まで追い込まれた、旧魔王派のトップ。シャルバ・ベルゼブブだった。

「シャルバァァァァァ!」

 シャルバが一誠たちとジークフリートたちの間に降り立つと、ホテル間際に居た朧が数十メートルの距離を二三歩で詰め、シャルバ目掛けて襲いかかった。

 朧にとって、シャルバは殺しても殺しても飽き足らない相手。

 だからこそ、今の今まで生かしておいた。自分の手で殺すために、覇龍(ジャガーノート・ドライブ)の一誠からも半死半生の状態になってから助けた。

 そんな世界で一番憎い相手を目の前にして、朧のオーラが今までで一番濃く、激しく唸る。

「くたばれぇぇぇぇぇェェェェェッ!!」

 音を超えた事によって衝撃波を発生させながらのシャルバを狙った朧の一撃は、しかして足元に広がっていた影から現れた巨大な手を腕が貫いて止まる。

「『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』か……! だが、この大きさの魔獣をレオナルドは未だ創れないはず……まさか貴様、レオナルドを強制的に禁手化(バランス・ブレイク)させたのか!?」

 憎悪という名の熱で逆に冷静になった朧の頭脳は、現状を把握し、裏の事情まで暴き立てる。

「流石の慧眼だな。だからこそ、貴殿はあそこで殺しておくべきだったと反省している」

 そう言ったシャルバがマントを翻すと、そこから虚ろな表情をしたレオナルドが現れる。

 シャルバが小型の魔方陣を近づけると、レオナルドは絶叫を上げる。

魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)は理想的な力だ! しかも彼はアンチモンスターを作るのを得意としているらしいではないか。ならば作って貰うとしよう! 現悪魔共を皆殺しに出来るだけの怪物を!」

 レオナルドが一際大きな絶叫を上げると、フィールド全体を包むほどに広がった影から、大きさ二百メートルほどの怪物が現れ、更に百メートルほどの魔獣も幾体も現れる。朧を掴んでいるのはその内の一体の人型の怪物である。

 そして、朧を掴む一体を除く怪物たちの足元に転移型魔方陣が現れる。

「今からこの魔獣たちを冥界に転移させて存分に暴れてもらう! これだけのアンチモンスターなら悪魔たちを滅ぼしてくれるだろう! 一体は貴様らを殺すために残しておいてやろう!」

 それをさせまいと皆が攻撃をするが、攻撃は体の表面を僅かに削るばかりで、そうこうしている内に魔獣たちは一体を残して転移してしまった。

「ふはははは! 貴様らもここで朽ち果てるがいい!」

 イッセーたちは飛び立つシャルバを追う余裕も無く、唯一残った人型の魔獣へと向き直った。

 ちなみに、プルートの姿はこの時には既に無く、ゲオルグたちもシャルバに用済みとされて打ち捨てられたレオナルドを連れてこの空間から去っている。

 

 一誠たちを魔獣の一体に任せたシャルバは、サマエルの呪いで未だ本調子ではないヴァーリに攻撃していた。ヴァーリは本調子ではないため、魔方陣を展開して防御に徹していた。

「どうしたヴァーリ! ご自慢の魔力は、白龍皇の力はどうした!」

 シャルバはヴァーリを口悪し様に(ののし)り、一通りの攻撃を加えると、オーフィスへ手を突き出すと、オーフィスの体に悪魔文字が書かれた螺旋状の魔力が縄のように絡みついた。

「このオーフィスは真なる魔王の協力者への手土産だ! 頂いていくぞ!」

『あ』

 シャルバの所業を見て、その場にいるほぼ全員が「やってしまった……」とばかりに声を漏らした。その直後である。

「オーフィスをお持ち帰りしていいのも俺だけだって言ってるだろうが虫ケラァァァァァ!!」

 遠方から飛来した黒い一閃がシャルバのオーフィスに向けたのとは逆の腕を吹き飛ばし、ホテル外壁に着弾する。

「シャルバァァァ・ベルゼブブゥゥゥ……!」

 ホテルの外壁に三肢(・・)をめり込ませて貼り付いている朧は、もはや全身の黒オーラの密度が濃すぎ、荒々しくうねっているため、姿も表情も伺うことは叶わなかったが、一つだけはっきりと分かる異変があった。

 無いのだ。本来あるべき物が。朧の右腕が、肘から先が丸ごと無くなっていたのだ。

「貴公、どうやってあの魔獣から逃れた!?」

 シャルバが先ほど朧を捕らえていた魔獣を見ると、その魔獣は紅蓮の炎に包まれてのたうち回っていた。

 魔獣を焼く炎は、朧が発動した禁呪『煉獄(れんごく)』によって生み出された炎。肉体のみならず、魂までも焼き払う禁忌の(ほむら)

 無論、それだけの威力を持つ炎が無償という訳ではなく、生命体なら存在問わず燃焼させるその炎は、発動させた朧の肉体も当然の如く焼き払う。

 その炎に対処する方法は触れる前と後で一つずつ。触らないか、触った箇所を分離する(・・・・)かだ。

 そして、朧は発動する際に触媒として使った右手を切断していた。

 

 朧は残った三肢を思い切り曲げ、シャルバ目掛けて飛びかかる。しかし、渾身の突進は避けられ、飛べない朧は地に落ちる。

「ふははは! 貴様はそうやって地に這いつくばっているのがお似合いだ!」

 シャルバは朧にそう吐き捨てると、オーフィスを連れてホテルの屋上まで飛び上がる。

「朧さん、この空間はもう保ちません! 脱出を!」

 上からレイナーレがそう叫ぶも、朧の耳には入っていない。今の朧が考えているのは、オーフィスを助ける方法のみ。

(空を飛べないのが問題なら、飛べばいい)

 今まで散々考えても出来なかった事ではあるが、オーフィスのためなら今まで出来なかった事をできる様にする。

(俺が飛べないのは翼が片側しか無いからだ。だったら、両翼揃えば飛べるはずだ。では、その翼はどこから持って来るか)

 そこで朧は思いつく。足りない片側を補うというなら、既に経験している。

(この左腕。今でこそは左腕ではあるが、大元を辿ればオーフィスの右腕(・・・・・・・・)だ)

 

 オーフィスの姿は時と共に変化し、実質本当の姿は無いに等しい。そもそも、オーフィスは人型ではないので、人の一部に体のどこかを擬態させるというのは簡単な事だと言っていい。

 つまり、オーフィスの細胞は万能細胞に近いのでは無いかと考えた朧は、オーフィスに頼んで体の一部を分けて貰い(朧としては爪の欠片程度で良かったのだが、朧の腕が無くなっているのを見たオーフィスは腕を丸ごとくれた。左右間違えているのはご愛嬌である)、それに手を加えて自身の左腕としたのである。

 ただ問題が一つあり、無限(オーフィス)の体を一部とはいえ移植するので、並大抵の存在なら移植された細胞に食われて死ぬ危険がある事だ(朧はオーフィスと一緒にいた期間が長かったため、耐性がついていたので辛うじて耐えた)。

 つまり、オーフィスの細胞を使用している朧の左腕は翼になってもおかしく無いという事だ。

 

 その考えに思い至った朧は、左腕を影から霞桜を引き抜き、口に加えて左腕を切断し、上にはね上げて霞桜と入れ替わりで口に咥え――いや、思いっきり噛み付いた。

「禁呪『地獄(じごく)』――“他者の犠牲無くして自身の生は無し”」

 本来は他人の能力を奪う能力ではあるが、これを使用する事で肉体の欠損を補う事も可能である。

 例え、それが先天性の欠損(・・・・・・)でも、本来存在しない欠損とは呼べない部位であってもだ。

 しかし、生えてくるのは取り込んだものそのままが生えてくる。

 ならばどうやって翼を生やすのかといえば――

「気合で何とかしてみせる!」

 まさかの精神論であった。

「むむむ……生えた!」

 肉を突き破る音と共に、朧の背中から三対の翼が現れた。ただし左右が非対称であり、左側は今まで通り悪魔の翼。右側はドラゴンの翼だった。これが左側に生えなくてよかった。

「さあ行こう。オーフィスを助けるために」

 朧はそう言って、ホテルの外壁を駆け上がった。

 

 ……飛べよ。

 



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最期の時は貴方と共に

「シャルバァァァ!」

 ホテル外壁を駆け上がった朧は、勢いを殺すことなく両翼を広げて飛び上がり、シャルバ目掛けて突進する。

 一誠との戦闘に集中していたシャルバはそれに間一髪で飛び退き、マントを大きく削られるだけで済んだ。

「チッ……!」

「おのれ、貴公も真なる魔王たる私を蔑ろにするつもりか!?」

「真なる魔王? 何の事だ」

 空中に滞空する朧はシャルバに向き直る。

「俺がお前を殺すのは、オーフィスに手を出したからだ。オーフィスに手を出したなら、単細胞生物から神まで、一切区別なく俺の敵だ!」

 朧は三対の翼を広げると、シャルバに向かって突進する。

「貴公もここでそこの赤龍帝と共に死ぬが良い!」

 シャルバは蝿の大群の召喚し、幾重(いくえ)もの魔方陣を展開して、そこから各属性の魔力攻撃を一誠と朧へと放つ。

 それを朧はオーラを纏った突進で、一誠は拳でその攻撃を打ち落とす。

「ぬっ……ぐぉぉぉ!」

 シャルバは一直線に突き進む朧を何とか回避するも、続いて接近した拳を喰らって悶絶する。

 

 そこからは一方的な展開だった。

 シャルバの攻撃は一誠と朧には通じず、朧の突進を辛うじて避けた後に打ち込まれる一誠の拳を受けて血反吐を吐く。

 シャルバが未だに生きていられるのは、朧が飛行に慣れておらず、攻撃が直線的だからであり、ここが地上だったら今頃シャルバは寸刻みだ。

「このクソ共が、これでどうだァァァァァッ!」

 シャルバが魔方陣から撃ちだした二本の矢がそれぞれ鎧とオーラを貫いて二人に突き刺さる。

 その程度で二人が止まる訳がなく、再度攻撃しようとしたとき、二人の体に異変が起きた。

 矢が刺さった箇所から、じんわりと、しかし激しい痛みが伝わる。

「その矢の先端にはサマエルの血が塗り込んである! 元々はヴァーリへの対策とその予備として持ってきていた物だが……まさかこの様なところで使う事になろうとはな。だが、これで形勢逆転だ。ヴァーリならいざ知らず、貴公らではすぐに死ぬぞ」

 シャルバの言う通り、赤龍帝である一誠は勿論、オーフィスの一部を取り込んでいる朧にはサマエルの呪いは効果覿面(てきめん)で、その命を容易に刈り取るであろう。

 だが、その程度で二人が止まるわけが無い(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 翼を広げて再び動き出す二人を見て、シャルバは驚愕(きょうがく)する。

「バカな! 呪いを受けている身でなぜ動く!? 死が怖くないのか!?」

 一誠がシャルバに連続で拳と蹴りを叩き込み、ビルの屋上へ叩き落とす。

 ボロボロのシャルバは、近くにいた捕らえられたままのオーフィスに近づいて懇願する。

「オーフィス! 私に『蛇』を――」

「汚らしい口でオーフィスに話しかけるな虫けら!」

 オーフィスに(すが)り付いたシャルバを、朧が落下の勢いを乗せた急降下蹴りによって踏み潰し、その胴体を四散させる。

「どうせ、貴殿らもサマエルの毒で

「うざい」

 シャルバの末期(まつご)の言葉を、朧はシャルバの頭部ごと踏み砕いた。

 

 

 

 

 

 

「悪いなイッセー、迷惑をかけた」

「いや、いいさ……好きでやった事だからな」

 朧の展開した、空間の崩壊を妨げる魔方陣の中で、朧と一誠は背中合わせに座っている。朧の胡座をかいた足の上には拘束を解かれたオーフィスが座っている。

 二人は激しい痛みで意識を途切れさせない様に会話を続ける。

「なあ、何でお前は『禍の団(カオス・ブリゲード)』に入ったんだ? オーフィスを助けるだけなら、他にもやり様があったんじゃないか?」

 一誠の疑問に、朧は僅かに顎を引いて肯定する。

「確かに、オーフィスを助けるだけなら他にもやり様はあったな。当時の『禍の団(カオス・ブリゲード)』は派閥同士の仲が今よりも悪くて、とても組織だなんて呼べなくて、オーフィスを(くさび)に辛うじて結びついている程度の組織だったから、オーフィスを取り返した上でいくつか仕掛けを打てば、内部崩壊させる事は可能だっただろう」

 でも、と一度区切ってから、朧は続けて言う。

「俺には他にもやりたい事があって、それに『禍の団(カオス・ブリゲード)』という組織は適格だったから、利用する事にしたんだ」

 そんな朧の言葉に、一誠は苦笑する。

「つまり、この状況はお前のせいかよ」

 それには朧は首を振って否定する。

「そうでもないさ。ただ、敵が『禍の団(カオス・ブリゲード)』から、旧魔王派の残党と、神器(セイクリッド・ギア)使いの集団になるだけだ。――この世から争いは消えんよ」

「そりゃ、俺にとっては嫌な話だな……」

 ドサッと音がしたので朧が振り向くと、一誠が横になっていた。

『相棒、しっかりしろ! 皆が待っているのだぞ!』

「イッセー、何か、あいつらに伝えて欲しい事はあるか?」

 一誠に死相を見た朧は、彼にできる唯一の事として、遺言を訊こうとした。

『いや、この男は死なぬ! この男はいつだって、どんな時だろうと立ち上がってきたのだ!』

 ドライグの抗弁には耳を貸さず、朧は一誠の口から漏れる微かな声に耳を傾ける。

「大好きだよ、リアス………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そんな事自分で言え!」

 朧は一誠の周囲に無数の魔方陣を展開し、その全てが高速でキチキチと音を立てながら循環し始める。

「愛の言葉を最期の言葉にするとか、伝える側と、伝えられる側の気持ちになってもみろ! 誰が伝えてやるものか、自分で伝えろバカ野郎!」

 叫びながら朧は一誠の命を救う手段を模索する。回転する魔方陣は速度を上げ、一誠の現状を解析する。

「肉体は無理か……なら、魂だけでも!」

 しかし、肉体を壊し尽くしたサマエルの呪いはすぐに一誠の魂をも侵食する。

「くっ、間に合わないか……!」

 魂を救出するのにかかる時間は残り五秒ほど。だが、サマエルの呪いは三秒もあれば一誠の魂を壊し尽くす。そうなれば救いようが無い。

『諦めるな!』

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)からドライグのものではない声が響くと、一誠の魂を(おか)そうとしていた呪いの進行速度が鈍った。

「歴代赤龍帝の残留思念か!」

『我らが身代わりになって時間を稼いでいる内に、早く!』

「了解した。お前らの遺言も聞いてやっていいぜ! 愛の告白以外ならな!」

『ならば――』

 歴代赤龍帝は咳払いをしてから、声を揃えて言う。

『『『『『ポチっとポチっと、ずむずむいやーん!』』』』』

「赤龍帝は変態ばっかりか!」

 思わず朧は叫んだ。

『おケツもいいものだよ』

「アルビオンに謝れ!」

 白龍皇の残留思念にも叫んだ。

 

 朧は叫びながらも頭を休める事なく魔方陣を操り、どうにか一誠の魂を肉体から切り離す事に成功した。

「ドライグ。魂は鎧に移した。後はアザゼルに頼むなり何なりして肉体を再生させてもらえ」

『ああ。感謝する』

 一段落着いた朧はゆっくりと息を吐き出すと、オーフィスに話しかける。

「オーフィス、そこにいる?」

「うん」

 今も朧に体を預けているオーフィスに、朧は問うた。朧の感覚は、もうほとんど機能していなかった。

「ねえ、オーフィス。抱きしめてくれる? 力一杯、壊れるぐらいに」

「分かった」

 オーフィスは朧を抱きしめる。力一杯、だけど壊れないように優しく。

 僅かに伝わる圧力と温もりに、朧は安堵してため息を吐く。

 今朧を襲っているのは、彼を何度も襲った中で、一番濃密な『死』。

 

「死ぬのは、怖いなぁ……」

 

 そして、朧の意識は途絶えて消えた。

 



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Heroes
Is he Dead?


 今、私と牛娘、それと鵺ちゃんは、何となく流されてグレモリー家(というか城)に居ます。

 私たちがここにいるのは立場的にはもの凄く微妙(グレーゾーン)なので、一室をお借りしてそこで大人しくしています。

 

 現在グレモリー眷属の皆さんは、イッセーさんとオーフィスさん(それと朧さん)を召喚するために開いた龍門(ドラゴン・ゲート)からイッセーさんの悪魔の駒(イーヴィル・ピース)だけが召喚されてからすっかり意気消沈してしまい、まるでお葬式のような雰囲気でした。

 それは、『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』だけが主の下へ帰還するという現象は、それほどでは無いものの前例があり、その全ての場合において、持ち主は死亡しているだからだそうです。

 そして、ムードメーカーであるイッセーさんを(うしな)ってしまったグレモリー眷属の皆さんはひどく落ち込んでしまっています。

 特に酷いのは眷属の主であるグレモリー嬢と、『女王(クイーン)』である雷光の巫女の二人で、片や部屋に篭って泣き通し、片やまるで死人のように(ほう)けている。他の皆さんも一様にひどい様子で、アーシアさんは自殺を図りそうだったので、軽く気絶させました。

 愛する人を喪ってはそれも仕方が無いとは言えるが、眷族を(ひき)いる『(キング)』と、それを支えるべき『女王(クイーン)』があの状態では、眷属はまともに機能しないでしょう。

 辛うじて『騎士(ナイト)』さんは平常を保っていたが、彼だけでは眷属の皆を励ます事は不可能そうでした。

 平時ならそれも許されたであろうが、今という状況はそれを許してはくれません。

 現在、冥界は先ほどの異空間で創り出された魔獣たちが侵攻してきており、それに呼応するように動いた旧魔王派の残党が散発的にだが襲撃をかけており、それを食い止めるのに彼女らの力はとても重要視されています。

 しかし、今までその信頼を成すためにしてきた事を行う大切なもの(イッセーさん)が、今の彼女らには欠けていました。

 

「はっきり言いまして、全くの別物ですね。まさか一人欠けただけでここまで瓦解(がかい)するとは」

 隣にいる牛娘が口を開いたかと思えば、そんな事を言った。

 確かに、あの泣く子も黙るグレモリー眷属がイッセーさん一人を失った途端(とたん)にこれなのだから、そう口走ってもしょうがないのだが、私としては事情も知らない小娘にそんな事を言って欲しくはなかった。

「良くも悪くも影響力のあったヒトだったんですよ。それこそ、各勢力が注目せざるを得ないくらいに」

 私のフォローのつもりの言葉に牛娘は何度かふむふむと頷くと、黙ってればいいものの、再び口を開いた。

「そしてこの状況を作り出した大本である、悪く言って諸悪の根源であるのがあなたというわけですか」

 何でこの子はヒトの神経を逆撫でるのがこんなにも上手いのでしょうか。朧さんに仲良くしろと言われていなかったら正直二三度殴っていたかもしれません。

 

「ところで、あなたは随分と冷静ですね。朧さんが死んだかもしれないというのに」

 確かこの娘、朧さんの為に生きているはずではなかったでしょうか。それなのにこの落ち着き様は……はっきり言って胡散臭いです。

「おや、同じく冷静なお人に言われたくはありませんね」

「私はあの人が()()くお人と思ってないので」

 あの人が死ぬようなら世界は後三日で滅びかねませんし。

(あはは……洒落じゃないんですよね、いや割りと本気で)

 内心で笑うしかなくなっていると、小娘は嘆息してから口を開いた。

「私としては死んだら死んだで構いません。生き甲斐を失った私も後追いすれば済む話です」

 平然とそんな事を言うとは……本当に掴みづらい子ですね。少し朧さんと似ていますね。決していい意味ではありませんが。

(朧さん、早く帰って来てください。この子は私の手に余ります)

 さっき家に連絡しましたけど、雪花ちゃんは何も言ってなかったのだから、まだ生きてるのか、はたまた消滅したのかの二択でしょう。

 消滅の可能性が残っているので結構不安なのですけど、今更バタバタしたり、慌てふためくのが許される年でもないですしね。

(けど、あの男が帰った来たら、思い切りしばき倒しましょう)

 心配をかけた罰としては丁度いいでしょう。

 

「グルル……」

 足元で鵺ちゃんが不安そうな唸り声を挙げる。

「そうですよね。鵺ちゃんが一番不安ですよね。何せ折角(せっかく)お父さんとお母さんに会えたのに、すぐ別れ離れだなんて」

 補足しておくと、鵺ちゃんが生まれたのは朧さんが居なくなった少し後であるので、朧さんと鵺ちゃんはさっき少しだけ触れ合っただけだ。

 このまま朧さんが消滅したら、無理矢理条理を(くつがえ)してでも蘇生させてみせましょう。そしてもう一度死なせて蘇生させて鵺ちゃんに土下座させます。

「あの……今さり気なく聞き流せない内容が聞こえてきたんですか」

 うるさいですね、この牛娘は。一体何だと言うのですか。

「え、何ですか。あの人、あんな小さな子と事に至っちゃう様な変態さんだったんですか。それはそれで興奮します! 帰ったら私も是非にと頼み込んでみましょう」

 ちょっと、あなた今すぐ朧さんと立場を交代しなさい。あなたなら殺しても蘇るでしょう? それは朧さんも同じ印象ですが。

「言っておきますけど、あの人たちはそういう関係(・・・・・・)では無いと思いますよ。キスさえしてないんじゃないですか?」

 オーフィスさんは言うに及ばず、朧さんはあれでいて初心(うぶ)ですからね。

 ならどうやって鵺ちゃんが生まれたかというと、まあ賢い馬鹿のやり方とでも言いましょうか。とにかく規格外である事は確かです。

「え…………あの、ちょっとそれどういう事ですかね?」

 牛娘の疑問も(もっと)もだ。私も最初に事情を知った時には唖然(あぜん)としたものだ。

「あの人に常識を求めない方がいいですよ。無駄に年食ってのに、変なところで純真無垢(こどもっぽい)ですから」

 どうやったらあんな(いびつ)なヒトができるのか、考えてみたくもないですね。

「それはそれで、手取り足取り教えながらするという楽しみがありますね」

(めげないですね、この子)

 ここだけ朧さんとは対照的かもです。あのヒトは障害は取り除くタイプですけど、この子は障害に適応するタイプです。

 いえ、ある意味ここでも似ているのでしょうか。障害を物ともしないという意味においてはですけど。

 

嗚呼(ああ)、朧さん、早く戻って来ないでしょうか)

 

 正直、この子の相手は結構辛いです。

 



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He was alive.

世界滅亡の危機は回避されました。


 再び意識が戻ると、最初に感じたのは猛烈な違和感だった。

 なんというのか、まるで別人の肉体に入ってしまったような感覚。もしくは、普段男物しか着ないのに女物を着せられた時のような落ち着かなさがあった。

 

 とにかく現状を把握するために目を開いたところ――

「朧、起きた?」

 何故か全裸のオーフィスが目に入った。

「うん、完璧に起きた。というか何で起きた? 何が起きた?」

 混乱する俺に、オーフィスが説明してくれる。

「朧、肉体滅びた」

 サマエルの呪いを受けたのなら無理もないだろう。

「我、朧がドライグにしたように、魂、別の物に移した。そして、肉体の残りから呪いを抜いて、肉体の残りから新しい肉体を新生させて魂を戻した」

 あっさり言うけれど、肉体を新生させるとか、普通こんな何も無い場所ではできないはずだ。

「そもそも、ここはどこだ?」

 万華鏡のような空が見えるため、おそらくは次元の狭間なのであろうが、だとしたらこの赤い大地はなんだろう。次元の狭間に大地はないはずである(だからこそ次元の狭間(・・)だ)。

(あれ、この地面、生きてる?)

 仙術の察知能力で探ってみたところ、足元から生命反応が感じ取れた。ただ、この気配は強大な割りには薄い。まるで(ゆめ)(まぼろし)であるかの様に。

「ここ、グレードレッドの上」

 予想を斜め上に行った返答に、俺はどうしていいか分からない。

(……こんな時なんて反応したらいいのか分からない)

「笑えばいい?」

 オーフィスと以心伝心したようだ。なら、その言葉どおりにさせてもらおう。

「アハハハハ」

 空笑いしか出なかった。

 

「ええと、他に聞きたいことは……そうそう。俺の魂は一体何に移したの?」

 イッセーには赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)があったが、俺にはそんなものは無かったはずだ。

 ちなみに、魂を一時的に移すのであれば、非生物体――特に普通の鉱物――が好ましい。生物に移すと元々の魂と喧嘩するので、最悪双方消滅の可能性がある。

 この場にはそんな魂の宿っていない物があるとは思えなかった。

「あれ」

 オーフィスが指差した方を見て、俺は少し言葉を失った。

「ねえオーフィス。俺の目に異常が無いとするなら、あれ地面に刺さってないのに直立してる(・・・・・・・・・・・・・・・・)よね?」

 俺の目の前には、(きっさき)だけを地面と接触させ――驚くべきことに一ミリたりとも刺さっていない――見事に屹立(きつりつ)している日本刀が見えた。

「我にも見える。心配ない」

「いやいや、心配な上に不安だよ」

(というか、あれ霞桜じゃん)

 それだとすると別の心配が生まれる。あれは確かに霞桜であるのだが――

「何故か一回り長くなっている気がするよ? それと、今までよりも禍々(まがまが)しいオーラを発してるんだけど?」

 寸法的には通常サイズの打刀(うちがたな)だったはずの霞桜が、今では太刀(たち)を飛び越えて大太刀サイズになってる上、纏っているオーラはどう見ても俺のオーラと同質であった。まとめると超物騒。

「朧の魂、移したらそうなった」

「やっぱり俺のせいか!」

(ごめんよ霞桜! でもありがとう。そのおかげで俺は元気になった!)

 万感の意を込めてこちらも長くなった霞桜の柄を握ると、地面をこれでもかとばかりに貫こうとしていた霞桜はピタリと動きを止め、俺に擦り寄ってきた――刃をこちらに向けて。

「気持ちは嬉しいけど刃を向けるな、また死ぬから」

 せめて(しのぎ)(みね)でしてもらわないと、俺の顔に切り傷が生まれる。

(というか、これ本当に生物じゃないの? もう生き物みたいなんだけど)

 妖刀ってあんまり見ないが、どれもこんなのばっかりなのか、それともこれが特別なのかは判断が付かなかった。

 

「それで、質問その三。何で裸なの? 後いい加減に服を着てくれ」

 オーフィスの裸に興奮するわけじゃなけど、真正面から見るのも気恥ずかしい。

「我、朧の体、新生させた。その時、我、一度本来の姿に戻った」

「なるほど」

 オーフィスが着ている服は、自身が体の表面を変化させた場合と、俺が上げた物との二種類がある。

 オーフィスの本性がドラゴンである事を考えると(ちなみに、俺はオーフィスのその姿を見たことは無い)、人間の衣服など普通に変化したら破れてしまうだろう。

 ここは変化する前に服を脱ぐという知恵があった事を褒めるべきだろう。

(俺も着替えようかな。ボロボロな上に、何故か巨大生物の口内に入れられたかのようにベトベトだし)

 着替えは魔力でできる。実に便利なことであるが、耐久性に難アリなのが玉に瑕だ。

 

 

 

「ちなみに、どうやって俺の肉体を新生させたの?」

 これは純粋な疑問だったのだが、予想を上回る答えが返って来た。

「食べた」

「……ああ、だから全身ベトベトだったのか」

 相変わらずオーフィスとの会話は平静を保つのが難しいな。

 ちなみに、無限であるが故に外部からのエネルギー補給――つまりは食事を必要としないオーフィスは、その気になれば食べたものを消化ではなく再生する事が可能である。

(暇つぶし程度に産み出してもらった能力が、こんなところで役に立つとは思わなかった)

 ちなみに、新生されたものは『無限』の影響を受けて力が最大まで増加するのだが、その反動で自壊するというデメリットが存在する。

 生命で試した事はなかったので、今までそれが生命にも適応するのは分からなかったのだが、どうやら生物にも適応される様である。

「なるほどな。違和感の正体はそのせいか。力が有り余ってしょうがない」

 俺の神器(セイクリッド・ギア)の能力は使用者の能力強化ではあるものの、その原動力は外部――世界の悪意に依存するので、俺自身の能力値(パラメータ)は普通の人間と遜色(そんしょく)ないほどに低い。

 それが残滓(ざんし)とはいえオーフィスの『無限』によって強化されているのだから、俺としてはかつてない感覚に戸惑(とまど)うばかりである。

 

「この肉体には追々(おいおい)慣らしていくとして……――そういえば、イッセーはどこだ?」

 ここに来てようやく他人に気が回るようになった。

 もしこれであいつが居ないとなったら、俺はどうなるのか分かったもんじゃない。

「あっち」

 オーフィスが指を差した方を見ると、赤い鎧が転がっており、その近くには(まゆ)の様なものがあった。

「オーフィス、あれは?」

 その繭を指差して聞いてみると、イッセーの肉体はあそこで新生されているのだという。

 オーフィスの力が一部使われているようだが……まあ、イッセーなので万歩譲って良しとしよう。

 

 現状を把握したところで、俺は大きな悩みが生まれた。

「ここからどうしようか?」

 今までオーフィスの奪還を目指してきたので、いざそれが叶ってみると何をしていいのかが分からなくなる。

(それにオーフィスを抱きしめていると世界の全てがどうでも良くなるし。はふぅ……)

「帰るにしてもイッセーを置いては行けないし、かと言って通信が届くわけもないので、安否を伝える事もできない。イッセーが起きるのを待つしかないな」

 それまではオーフィスを存分に堪能しよう。モフモフ。

 



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行先不明、現在地不明

「なあイッセー。俺、本格的にやる事なくなったんだけど、どうしたらいいかな?」

 朧は目を覚ました一誠に唐突にそう話しかけた。

「そんな事言われても困るんだが……今の俺はそれより自分の体の事が心配なんだが」

 朧の相談は如何せんタイミングが悪かった。

「いや、やること無いって辛いね」

「そのセリフは鏡を見てから言ってくれ……」

 一誠が辟易して呟く。

 何故なら、さっきから朧はオーフィスの髪に至福顔を(うず)めていたからだ。

 一誠としては「お前それでよくやる事がないとか言えるな」という感じであるが、朧的には呼吸と同程度の行為なので、首を傾げるだけである。

「お前、『禍の団(カオス・ブリゲード)』を利用してでもやりたい事があったんじゃないのか?」

 一誠は――彼の主観で――先ほど朧が言っていた事を思い出したので、尋ねてみた。

「あれ、そう簡単に出来ることじゃないから、自分一人でやるとなったら手間かかって正攻法じゃ一年二年では終わらない。諦めはしないが、当面の目標にするのは適さないな」

 一誠はため息を吐く。

「俺には上級悪魔になってハーレムを作るって目的があるからな」

「だったらその次を考えておけ。今の俺の状態はその後にあるものだぜ」

 今の朧を見て、一誠はとても納得した。主にイチャつきっぷりに。そしてより一層励もうと思った。今は鎧なのだが。

「当面の目標としては『家に帰る』しか無いんだけど、どこかの誰かが鎧だからなぁ……」

 一誠の今の状態を維持しているのはグレートレッドの力なので、離れると一誠が成仏(じょうぶつ)してしまう。

 つまり、今の一誠にとって、グレートレッドは点滴です。

「お前がやった事だろ」

「何か文句でも? 何なら分離させるよ?」

 ほとんど殺害予告である。

「すいませんでした」

 一誠は腰を綺麗に90°に曲げた。

「いいのか? お前の新しい肉体完成したのに、鎧のままでいいと」

「それを先に言えよ!」

 一誠は直角に曲げた腰を戻し、朧に食ってかかる。

「ふーん、お前という奴は人の折角の行為を勘違いした上でそんな態度を取るんだ。助けなきゃ良かったかな」

「どうもすいませんでした!」

 朧の口車に手玉に取られる一誠である。

 

「それじゃあ、肉体と魂と神器(セイクリッド・ギア)を融合させるぞ」

 立ち上がった朧の前には一誠(魂 in 鎧)と一誠(肉体)があった。

「不安だからオーフィスを肩車しながらするのはやめてくれ」

 これから精密な作業をするというのに、朧の頬がだらしなく緩んでいるのを見て、一誠はそこはかとなく不安になった。

 それを聞いた朧は顔を引き締めて真面目な顔をするが、さっきの表情を見た一誠は呆れ気味である。

「ふっ……俺はな一誠。オーフィスと一緒にいると全ステータスが十倍になるんだよ」

「マジで!?」

 とんでもない支援効果であった。

「もう一つ理由がある。これ超重要だぞ」

 朧は指を立てると、肩の上のオーフィスを指差す。

「オーフィスと離れたくない」

「聞いた俺が間違ってたよ!」

 もうこいつにオーフィス関連の事を尋ねるまいと、一誠は心に誓った。

「実際はここは空気が薄いから、オーフィスからエネルギー分けてもらわないと酸欠になるからだけどな。鎧で良かったな、イッセー」

 本当は割りと深刻な問題だった。最初からそれを言えばいいのに。

 

「それじゃ、行くぞー」

 そう言うと朧は鎧の頭部を掴むと、一誠の肉体の入っている(まゆ)に思い切り叩きつけた!

 鎧は繭を突き破り、どんな魔法を使ったのか、肉体は鎧の中に、魂は肉体の中に収納された。

「朧ぉーーーッ!」

 余りの仕打ちに一誠が立ち上がって文句を言う。

「普通もっと丁寧にするもんじゃないのか!?」

「俺の前には常識など無意味」

 非常に説得力のある言葉だった。

「それで、調子はどう? 見える? 聞こえる? 嗅げる? 味分かる? 痛くしてあげましょうか?」

 おそらく五感が働いているのかを確認しているのだが、最後のだけ痛覚限定であった。

 一誠は手を握ったり閉じたりすると、朧に向けて親指を立てた。

「バッチリだ!」

 それを見て、朧は斜め下を向く。

「チッ……」

「何で舌打ちした!?」

 問い詰める一誠に朧は笑って誤魔化す。

 

「さて、どうする一誠。今なら帰るのに合わせてどこかに送ってやるぜ」

「だったらリアスたちの所に頼む」

 朧は頷くと、魔方陣を展開したところで動きを止めた。

「……現在地座標と目的地座標を入力してください」

 今どこにいるのかも分からないのに、転移するのは難しかった。

 自力で帰れないことが判明して、男二人はズーンと落ち込んだ。

 

 その時、次元の狭間の万華鏡の空に、おっぱいドラゴンの歌を歌う冥界の子供たちの姿が映る。

 グレートレッドが冥界の子供たちの思いを投射させているのだが、それを見た一誠とドライグが力を湧くのに対して、朧のテンションがダダ下がりである。

「これが全世界的に流行(はや)る冥界って……いや、もう何も言うまい。こんなのが流行るぐらいの冥界なら平和だね。いや、今盛大に危機なはずだけどな」

 グレートレッドの上で手足を着くほど落ち込む朧の上で、オーフィスが自分の足の間にある朧の頭を撫でる。

「朧、元気出す」

「よっしゃ、元気出た!」

 割りと単純な朧であった。

 朧が立ち直ると同時にグレートレッドが咆哮し、次元の狭間に裂け目が生まれ、その向こう側に冥界の都市が見える。

「あれ? 俺が冥界に行くの結構問題なんじゃ……指名手配とかされてない?」

 朧は知るヒトぞ知る世界規模なテロリストなので、普段の世界以外では気が休まる暇はない。

「でも、レイナーレや鵺他一名が今どこに居るのかもしれないから行かないわけにはいかないし……」

 真面目に悩む朧の耳に、虫の羽音が聞こえた気がした。

 



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帰還

「あ~かの龍ーの、背にー乗ぉって~」

「何で唐突に歌いだしたんだよ」

 次元の狭間の抜け出る際、急に歌いだした朧に一誠が尋ねる。

「現実逃避するには歌うのが一番。といっても、俺が知っているのは主に童謡なのだが」

 そう言った朧はふと何かを思い出して手を打った。

「そうそう、この前お前が死んだ時も歌ってたな。今にして思えばあれが転機だったな。あの時は八方塞がりで面倒になったから、色々まとめて壊滅させようかなんて思ってたけど」

 あの時の朧は色々追い詰められていて、あの時殺人現場に遭遇してなかったら色々と危なかったかもしれない――世界が。

「だからイッセー、お前の死は無駄ではなかったと、今更ながらよく分からん慰めをしておこう」

「死んだけど今は生きてるから! それに本当に今更だな!」

 もう半年になろうかというタイミングである。

「今思った事だからな。さて、ここは一体どこなのか……」

 朧が辺りを見回すと、遥か後方に冥界の都市が見え、前方にはグレートレッドよりも大きな生物を無作為に取り込んだような魔獣がいた。その周りには強力な魔力を発する悪魔たち。

「うわ、何あれ。作った奴の美的センスを疑うわー」

 作品(・・)は造形美と機能美を備えてこそだという、どこぞの絡繰芸術家(からくりあるていすと)のような事をぼやく朧。

「いや、そうじゃねえだろ! あれ、シャルバの奴が創り出したアンチモンスターだ!」

「ああ、道理で生理的に受け入れられないわけだ」

 朧は死んだからといって、相手に対しての態度を一切変えるつもりはない。嫌いな相手に対しては特にである。

 

「ところでイッセー、さっきからウワンワン五月蝿(うるさ)いんだけど、どこかに虫とかいない? (はえ)なだけに」

 一誠には何故蝿なだけにかは分からなかったが、そこで一誠はとてつもない違和感を覚えた。

「なあ、朧。俺たちがさっきまで居たのは次元の狭間だよな?」

「何を当たり前の事を言っている。それとももう()けたのか?」

「いや、そうじゃねえよ! そんな所に虫なんかいるのか? って話だよ!」

 そこまで聞いた朧の行動は早く、すぐにオーフィスと一誠を巻き込まないように配慮して周囲へと攻撃性のオーラを撒き散らす。

 その何も壊さなかった破壊の嵐を抜けて、一匹の蝿が巨大な魔獣――『超獣鬼(ジャバウォック)』へと飛んでいく。

「くそっ! イッセー、あれ潰せ!」

「何なんだよあれ?」

 魔力を高めながら問いかけるイッセーに、朧は切羽(せっぱ)詰ったような必死な表情で叫ぶ。

「あれはシャルバの死に残り! 残留思念を宿したシャルバの召喚した蝿の一匹だ!――多分!」

「多分かよ!?」

 だが、イッセーもドラゴンショットで蝿を撃ち落としにかかる。それが些細な可能性であっても、二人はシャルバを生かしてはおけない。奴はそれだけの事をしでかした。

 残念な事に二人の攻撃は空を切り、蝿は超獣鬼(ジャバウォック)の下へと飛んでいき、二人の攻撃圏外に達した。

「くそっ! 逃がしたか……!」

『……なんだと? それは本気で言ってるのか?』

 朧が歯噛みする側で、ドライグがいきなり言葉を発した。

「何だドライグ、誰と話して……まさか、電波?」

 朧がドライグ(同時に一誠)から一歩距離を取る。

『……グレートレッドだ。あれが気に食わないから倒せと言っている。無論、手を貸してくれるそうだ』

「おお……同士よ。始めてグレートレッドと気が合ったぜ」

 遭遇二度目なので不思議ではない。ただ、一度目の状態から考えると変なことではあるのだが、朧が変なのは今更なので言うほどの事でもない。ちなみに朧はオーフィスに敵対しなければ大抵の相手とは仲良くなれる。

「で、手を貸してくれるって具体的にはどういう? 口からビームとか出してくれるん?」

「ちょっと待ってくれ。グレイフィアさんたちが束になっても倒せないような相手に手を貸されても勝てねえよ!」

 一誠がそういうのも無理はない。

 今超獣鬼(ジャバウォック)と戦っているのは誰も彼もが一騎当千の、明らかに現在の一誠よりも強いルシファー眷属が、しかも総出で戦っているのだ。

「大丈夫、ドライグとグレートレッドと合体すればいい。今のドライグの体、ある意味で真龍と同じ。合体できる」

 それに過剰反応したのは朧であった。

「合体! 男の夢だねぇ!」

「俺、こんなドラゴンと合体したくねえよ!」

 ちなみに朧の合体に含むところはない。なお、一誠にはある。

 そこで朧は更なる事実に気付いた。

「はっ、もしや、この理論を適応すれば俺とオーフィスが合体できるということに……?」

「できる」

 オーフィスの肯定を受けて、朧がガッツポーズを取る。

「それじゃ行くぞイッセー、合体だ!」

「いや、俺まだやるとは言ってないからな!?」

 何故か過去最大級までテンションが跳ね上がっている朧に、一誠はついて行けないでいる。オーフィスは叩いて止めるかどうかを思案中だ。

「嫌なのか? だが諦めろ。好きな四字熟語は問答無用な俺だ! それに、特撮とは違ってあちらさんも黙って待っててはくれないぞ?」

 朧が指差す方では、シャルバの残留思念の乗った蝿と超獣鬼(ジャバウォック)が今まさに合体――いうよりは同化――しようとしていた。

「――というわけで、オーフィス、グレートレッド、ゴー!」

 その直後、朧とオーフィスは黒いオーラ、一誠とグレートレッドは赤い光に包まれた。

 



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合・体!

 黒いオーラと赤い光が収まると、朧の視界は先ほどよりも高い位置にあった。

「おお、もしや巨大化?」

 そう思ってしたを見ると、巨大な赤い鎧が目に入った。

(つまり大きくなっているのは俺ではなく……)

『俺、でっかくなってるぅぅぅ!?』

「うるさっ!」

 体の大きさに比例して大きくなった一誠の絶叫に思わず耳を塞ぐ。

 その時につい身を丸めた朧は、一つの違和感に気付いた。

「頭が重い……?」

 不思議に思って頭に手を当てると、返ってきたのはサラサラとした感触。朧にはその感覚に覚えがあった。

「オーフィスの髪の感触?」

 不安を覚えて持っていた手鏡(身だしなみを整えるためではなく、背後を窺うためのもの)で自分を映してみると、髪の毛が腰の辺りまで増量した自分の姿が映った。

「これが合体の影響か……」

 よく見ると耳の形なども少し変わっている。

「オーフィス、そっちは平気?」

 自分が表に出ているならオーフィスの意識はどこにあるのかと思い、内心外界に向けて声を発すると、聴覚ではない何かが一つの音を捉えた。

『すぴー……』

「寝てらっしゃる!?」

 頭に響くというかたちで聞こえたオーフィスの寝息に朧は驚いた。

(よくまあこの状況で眠れるな……)

 朧はそう思ったが、オーフィスは朧と居る時は寝ている方が多い。

 しかもここ数日は色々なことがあったので、合体によって朧とこれ以上ないほど接触しているので、緊張の糸が切れて寝てしまったとしてもおかしく無い。

「……まあ、自分より大きな力の制御は得意だし、オーフィス抜きでもなんとかなるでしょう」

(しかし、この状態でどうやってイッセーとの意思疎通を図ったものだろうか)

 朧は試しに普通に呼びかけてみた。

「イッセー、聞こえてる?」

『……朧か? 今どこにいるんだ?』

(普通に会話できるみたいだ)

「お前の頭の上だ――と、悠長に会話している暇はなさそうだ」

 朧の視線の先では超魔獣(ジャバウォック)と蝿が同化を完了したところで、超魔獣(ジャバウォック)の背中からは蝿の羽が生えていた。

『我こそが……真なる魔王…………現悪魔は皆殺し……』

『シャルバか……?』

「いや、あれはただの残留思念だけだ。奴の遺した怨念が宿っているだけで、本人の意識はほとんどないだろう」

 朧が超魔獣(ジャバウォック)の現状をそう推測する。

 その直後、超魔獣(ジャバウォック)は口から大量の蝿型の魔獣を吐き出した。

『……朧、本当にシャルバの意識はないんだよな?』

「……蝿を取り込んだことでシャルバの情報を取り込んだのかもな。なんにせよここで絶対に消滅させるぞ」

『おう!』

 朧と一誠が身構えると同時、生み出された蝿たちが魔方陣を描き、超魔獣(ジャバウォック)の口に炎が揺らめく。

「イッセー、お前は炎を!」

『分かった!』

 イッセーがドラゴンショットを操り吐き出された火球を上空を跳ね上げると同時に、蝿が描く魔方陣から放たれた各属性魔力攻撃に向けて、指鉄砲を構える。

BANG(バン)!」

 そう言うと同時に構えた指先が光ると、その延長線上に存在する攻撃がかき消される。

「BANG,BANG,BANG,BANG,BANG! オマケでBANG!」

 全ての攻撃を打ち消した朧は、ついでに本体へと一撃を食らわせる。

 その一撃は眉間を貫いたが、その風穴はみるみる塞がっていった。

「弱点はなさそうだな……」

『なら、全力でぶっ飛ばす!』

 一誠は地面を抉りながら突進してきた超魔獣(ジャバウォック)に右ストレートを放つ。

「――っと」

 格闘戦が始まったため、一誠の頭部(あしば)が不安定になった朧が背中にドラゴンと悪魔の六枚翼を広げて飛び立つと、その朧を蝿型の魔獣が取り囲んだ。

 ブブブという耳障りな羽音に朧は顔を(しか)めて、自分の周囲に円を描くように魔方陣を展開する。

炎幕(えんまく)()せ!」

 魔方陣から真っ赤な炎が一斉に吹き出し、蝿の大群を飲み込んで焼き尽くすと共に空を赤く染め上げた。

『朧、目から光の攻撃が来るぞ!』

「防ぐ!」

 一誠の声を受けた朧が超魔獣(ジャバウォック)の目から放たれた光線に対して黒いオーラに包まれた左腕を薙ぐと、腕から飛び出したオーラが光線を途中で寸断し、光は減衰されて消滅する。

 そして生まれた隙に一誠がパンチを放ち、更に朧がオーラを飛ばして頭部を粉砕するも、すぐに新しい頭が生え、頭部の残骸は蝿型魔獣へと変わる。

「チッ、このままだとキリがないな」

『それについてだが、グレートレッドからいい(しら)せだ。決め技がある。それが決まれば確実に勝てると』

「よし、それ当てて(しま)いにするぞ」

 うんざりし始めた朧は、ドライグの提案に一も二もなく乗った。

『だが、問題があってな。ここで放てば辺り一帯が消滅してしまうそうだ』

「どんだけ超威力だよ。だけど、あのプラナリアレベルの生命力を持つ相手ならそのぐらいの威力がないと倒せないのか」

『なら、上に放り投げて使うしかないか?』

 その提案に朧とドライグも同意する。

「氷柱、囲え!――さてどうするか……お前が攻撃するなら、放り投げるのは俺の役目なんだろうけど、俺そんな術式知らないぞ。あれ転移効かないみたいだし」

 相談途中で突進して来ようとした超魔獣(ジャバウォック)を氷の柱で足止めしつつ、朧は一誠に尋ねる。

『グレイフィアさんたち頼む』

「げっ」

 朧は一誠の言葉を聞いて顔が引きつる。

「イッセー、事情説明は頼んだ! 俺は離れた場所で援護するから!」

 自分がいると面倒になると思った朧は翼を広げて全力で後ろに飛んだ。別にグレイフィアに対して苦手意識があるわけではない。決して無い。

 

「さて、イッセーに本体を倒してもらうなら、俺は周りの蝿を何とかしますかね」

 さっきまで遥か彼方に見えていた悪魔たちの都市の端の高い建物の屋上に降り立った。

 しかし、そのかなりの距離をおいても、朧は巨大化した一誠と超魔獣(ジャバウォック)は勿論、その足元で動き回るルシファー眷属の動きも見えていた。

(なるほど、オーフィスと合体したことで全能力が底上げされているのか。戦闘関連だけでなく、五感までも)

 その効果はオーフィスの『蛇』よりも数段上だった。

「なら、これもできるか?」

 朧が手の平に普段と比べて一段と複雑な魔方陣を展開した時、超魔獣(ジャバウォック)の巨体が上空へ跳ね上がった。

「さっすが。なら俺も、派手にやらせてもらいましょうか!」

 朧が叫ぶと同時に、手の平の魔方陣が自身の身の丈ほどまで大きくなる。

「開け、黒穴(こっけつ)! その貪欲な(アギト)で全てを飲み込め!」

 呪文の詠唱と共に魔方陣に異常なほどに増大した魔法力が充填され、その効果を発揮する。

 吹き飛ばされた超魔獣(ジャバウォック)の巨体の直上に、その巨体と比べるまでもないほど小さな黒い穴が出現する。

 だが、その黒い穴は周囲の物体を、敵味方物体地形一切問わずに引き寄せ、超魔獣(ジャバウォック)の巨体も、その周りの蝿型魔獣も引き寄せて空中に縫い付ける。

 そう、今朧が魔法によって作り出したのは人工的なブラックホール。

 朧が術式だけ考え、魔法力(エネルギー)不足を原因に御蔵入りさせた術式だが、オーフィスと合体したことで超エネルギーを手に入れたことによってようやく日の目を見た。

 といっても、そのブラックホールは朧が全力を尽くしても直径数センチという小ささのものを制御するので手一杯であり、一刻一秒ごとに全身から力が抜け落ちていく。

 朧が制御の限界に達し、術式を解除した瞬間、一誠の放った赤い閃光が超魔獣(ジャバウォック)と蝿型魔獣を跡形もなく消し飛ばした。

 

 

 

 

 

「疲れた……もう二度とこの術式使わない。封印しよう」

 超魔獣(ジャバウォック)を倒して気が抜けたせいか、オーフィスとの合体が解除された朧は、寝ている彼女をお姫様抱っこで抱きとめながら呟いた。

「シャルバの思念は……さすがに消滅したかな? これでまだ(のこ)ってたら、もうコキュートスにでも封印するぐらいしか思いつかないぞ」

 仙術で気配を探り、邪念の類が残っていない事を確認し、朧はため息を吐いて全身から力を抜いた。――その時だ。

《ハーデスさまの命です。オーフィスは渡して貰いますよ》

 完全に気を抜いた朧の背後から、直前まで完璧に気配を殺したプルートが現れる。

「プル……!」

《遅いですよ》

 素早く振り返った朧の顔に、プルートが持つ大鎌の血のように赤い刃が突き立った。

 



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Break the world

ついに!


《バカな……!》

 プルートが絶句する。プルートが持つ鎌は朧を確かに捉え、朧の体を刃が割り入っていた。だが、これは攻撃が当たったと言っていいのか。

「ま、本気(まひ)()ぬかと(ほも)った……」

 血に濡れたように赤い刃は朧の口内に侵入し、虫歯一つ無い歯に止められていた。

 朧は刃を噛み締めながらプルートに蹴りを放つと、プルートは刃を強引に引き抜いて距離を取った。

「真剣白()取りなんつって……あ、口の(はし)切れた」

 口の端から血を流しながら、朧はプルートに完全に向き直る。

「全く、あの骸骨(ハーデス)は一体何を(たくら)んでいるのやら……教えてくれたりしない?」

 返事は期待していない質問に、プルートは鎌を構える事で返答とする。

《私はただハーデスさまの命に従うだけです》

「……使えね」

 朧はそう呟くと臨戦態勢を取ろうとした。

「オーフィスどうしよ?」

 しかし、腕の中のオーフィスをどうするかを悩んだ。

《こちらに渡していただけると助かります》

「成程。そうしよう」

 プルートの言葉に頷いた朧は、オーフィスをふわりと上に投げた。

《なっ……!》

 まさか投げるとは思わなかったプルートは絶句して釣られて上を見上げたが、その隙を突くように一足飛びに懐に朧が飛び込んできた。その手には大太刀へと変貌(へんぼう)()げた霞桜(かすみざくら)が握られていた。

 一秒に数回斬りつける霞桜の斬撃を、最上級死神であるプルートは手に持った鎌で(さば)く。

「せやっ!」

《――ッ!》

 朧が霞桜を両手持ちにした瞬間にプルートが後ろに飛び退き、その直後に放たれた斬撃が一瞬前までプルートが立っていた辺りを空間ごと切り裂いた(・・・・・・・・・)

「切れ味が増してる……ってレベルじゃないなこれ」

 攻撃が外れたので後ろに飛び退いた朧は、少し冷や汗をかきながら手の中の霞桜を見つめた。

 元々通常の刃物の範疇(はんちゅう)から逸脱していたが、もう刃物かどうかも怪しくなっていた。

「おっと」

 霞桜を影に落とし込んだ朧は空いた腕で落ちてきたオーフィスを優しく受け止めた。

 その瞬間、先ほどの仕返しのように、プルートが残像を生み出すほどの速度で、開いた距離を詰めて鎌を振り上げた。

「おい、オーフィスに当たるだろうが」

 朧は視線に怒気と魔力を込めて撃ち出し、赤い刃を弾く。

 しかし、すぐに刃を返した斬撃には対処が間に合わず、頬肉を浅く(えぐ)られて鮮血が散る。

《手こずらせてくれましたが……終わりです》

 三度振るわれた鎌は朧の首に向けて正確に振るわれ、朧の命を刈り取ると思われた。

 その時、朧の耳にオーフィスの寝言が聞こえた。

「朧……大好き」

 好きとさえ普段余り言ってくれないオーフィスがあどけない寝顔で()好きと言ってくれた事と、それと同時にきゅっと抱き寄せられた事により、朧の脳内中枢に快楽物質(しあわせ)が多量分泌された。

 その未だかつてない幸福に、朧に劇的な変化が起きた。

「――あはっ」

 朧の口から短く笑い声が漏れると共に、朧の全身から黒いオーラが今までの比ではないほど噴出し、首筋を切り裂かんとしていた鎌を持ち主のプルートごと吹き飛ばした。

「あはっ、あはは、あははははは! 最っ高の気分だ! 俺も大好きだよオーフィ――スッ!?」

 歓喜に震えて叫ぶ朧だったが、それを(うるさ)がったオーフィスによって強制停止させられた。

「――気を取り直して。今ならようやくできるので、いい加減至らせて(・・・・)いただきましょうか」

《――ッ! させません!》

 朧の言い回しから次に起こることを察したプルートが食い止めようと接近したが、朧とオーフィスを取り囲むように立ち上る黒いオーラに阻まれる。

「――禁手化(バランス・ブレイク)

 その言葉と共に立ち上るオーラは朧へと集まり、更に朧が今までため込んでいたオーフィスの『蛇』が服の袖や裾からぞろぞろと現れ、朧の姿を覆い隠していき、漆黒の球体が現れる。

 その球体が弾けると、そこには変わらず腕の中にオーフィスを抱え、背中に大量の『黒』を纏った朧が立っていた。

「『黒き死装束(ブラック・ドレス)』の禁手(バランス・ブレイカー)、『黒憑(ウロボロス)龍神の(・ディペンデンス)闇夜衣装(・ナイトドレス)』(今命名)――!」

 ついに禁手化(バランス・ブレイク)した朧から発せられるプレッシャーを前に、プルートを思わず後ずさる。

《たったあれだけの事で禁手化(バランス・ブレイク)するとは……》

 人間であったら冷や汗を流していたであろうプルートの心境は、奇しくも朧がかつて一誠に抱いたものと似たものであった。

「その、たったそれだけの事が俺には与えられなかった。そういう事だ」

 朧はそう言うとオーフィスを軽く上へ押し上げる。すると先ほどとは違い、オーフィスは一定の高さまでフワフワと昇って落ちてこない。

「さて、そろそろオーフィスも起きるだろうし、次の一撃で終わらせてもらうよ」

《いいでしょう。私も余り時間をかけるわけにもいきません》

 朧が霞桜を引き抜き、プルートも赤い刃の鎌を構える。

 霞桜の白刃がオーラに呼応して黒く染まり、赤い刃が怪しく輝く。

 

 僅かな膠着(こうちゃく)状態の後、先に動いたのはプルートだった。いくつもの残像を生み出してながら朧へと迫る。

 それに対する朧の行動は一つだけ。手に握った霞桜を無造作に横に振るっただけであった。

 しかし、その一閃は世界を斬った(・・・・・・)

 正確に言うなら霞桜が辿った軌跡の延長線上にある景色が横一文字に切断された。

 無論、その斬撃の範疇(はんちゅう)を逸脱する一撃を、同じ建物の上に立っていた事前知識も無しにプルートが避けられるはずもなく、その体は上下に切り離された。

《ハーデスさま、申し訳ありません……》

 最期の言葉を残した直後、霞桜の連撃がプルートを跡形もなく斬り飛ばし、主を失った赤い刃の鎌が、主の墓標のごとく突き立った。

 



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蛇髪付き

 朧はプルートを倒したあと、霞桜を影へ仕舞って一息吐く。

「……うん、やばい」

 龍神に新生された体と、さっきの合体の経験に加えて今まで集めていたオーフィスの『蛇』があって初めて発現することができた禁手(バランス・ブレイカー)なのだが、効果が常識外れすぎた。

 その効果は今のところ単純な『強化』であるのだが、倍率が異常(おかし)かった。誰が刀を振ったら遥か彼方の山まで斬れると思うだろうか。

(これで理論上は全盛期のオーフィスの三分の一程度なんだから、驚きだよな……)

 オーフィスの性格があれでなかったら、今頃世界は滅んでいるだろう。

「さて、と」

 朧は先ほど投げて、今フワフワと降りてきたオーフィスを受け止める。すると、穏やかな寝息を立てていたオーフィスが目をパチリと開いた。

「……朧、髪伸びた?」

「あー、ちょっとね」

 微睡(まどろみ)時間0のオーフィスの質問に朧は苦笑しながら答え、自分の伸びた髪に手をやる。すると、さっきとは違う感触に再び眉を(ひそ)める。

 その違和感を確認しようと思ったが、今度は手鏡を必要とはしなかった。なぜなら、視線を下に向ければ地面に着くほどまで伸びていた黒髪が外套の如く広がっていたからだ。全然ちょっとどころじゃなかった。

「……俺の戦闘力は髪の長さに比例するのか?」

(というかここまで長いと逆に邪魔だろう)

 そう思って髪をひと房手に取ってみたところ、その髪は蛇のようにうねうねしていた。朧は無言で別の髪を手に取ると、それもまた蛇のようだった。というか、『蛇』そのものだった。

「――メデューサか!」

 禁手(バランス・ブレイカー)を解除すると『蛇』は背中の中ほどから地面に落ちてまた服の裾から各自の()()(霞桜が仕舞われているのと似た別空間)へ帰って行った。

禁手(バランス・ブレイカー)までオーフィス依存か……後で調整しよう)

 発現後の禁手(バランス・ブレイカー)の仕様がある程度変更可能なのは曹操が実証済みである。

 

「んー……さて、レイナーレたちでも探しに行きますか」

 朧は背伸びをすると背後に悪魔とドラゴンの両翼を出現させ、再びオーフィスを抱えて飛び立った。

 

 

 

 

 

「ふっ、指名手配犯(テロリスト)だってこと忘れてたぜ」

 道中で二三(にさん)十度ほど新旧問わず悪魔に襲われた朧は慣れない飛行も相まって疲労困憊であった。

「早くレイナーレたち見つけて帰りたい……ていうか、先に帰ったりしてないよな?」

 飛んでいると目立つため、建物の隙間をこそこそと歩いていた。

 隠密行動(こそこそすること)に定評のある朧は隠れるようになってからは、誰にも見つからなかった。

 今は身に覚えのある気配に向かってこそこそと移動中である。

 「近いかなー? 遠いかなー? ぶつかる気配が大きすぎて細かい所まで判別付かないなー?」

 戦っているのは一誠と曹操なのだが、朧の捜索の邪魔になっているので、朧は彼らを叩き潰すために匍匐(ほふく)前進中である。

 ちなみにオーフィスは朧の背中でおやすみ中である。オーフィスのみに安眠をお届けする低反発朧枕です。

「ったく、早く家に帰りたいというのに……あいつらも一緒にいたらいいな。いなかったら……クフフっ」

 いなかったらどうなるのかは、誰も知らなかった。誰も知りたくはない。

 

 

 

 

 

「あれ、いない?」

 朧が一誠と曹操が先ほどまで戦っていたと思われる場所にたどり着くと、周りの建物が損壊している以外に目立っている所はなかった。

「んー……レイナーレたちは居ないみたいだし。他探そうかな?」

 戦闘も一段落着いたようなので今では朧の捜索の邪魔にはなっていない。

「でもどっちが勝ったかは……大体予想がつくな。せっかく(こしら)えてやった秘密兵器(・・・・)もあることだし」

 秘密兵器というのはサマエルの血液入りの弾丸のことであり、蛇の髪を持つメデューサの目を移植した曹操には効果があるはずだ。

「確かに、弱点が増えるかもと思ってメデューサの目移植したのは俺だけど……何がどうなるか分からないから人生だよねー。もう人間じゃないけど」

 オーフィスにドラゴン化された朧はついに人間の看板を下ろした。

 

「さて、どうしたものか……ん?」

 周りを探っていた朧は気になるものを見つけた。

「ヘラクレスとジャンヌだ。倒れてるということは……負けたか」

 近寄って確かめると、ヘラクレスもジャンヌも気絶した状態で拘束されていた。

「でも、何でジャンヌは全裸なんだ……って、考えるまでもなかったな」

 そんな事をする者など一人しかいないと納得し、朧はそこでようやく立ち上がり、近くにいたオカルト研究会の面々がそこで初めて(・・・・・・・)朧がそこに居ることに気付いた。

「黒縫くん!? 生きていたのね……」

「そんなに驚くことがありますか? イッセーが生きていた時点で分かっていたでしょうに」

 朧は叫び声を上げたリアスに視線を向け、すぐに逸らした。

「失礼ですが、衣服の乱れを整えてもらえますか? 年頃の娘がはしたない」

 そう言われてそそくさと胸をしまうリアスから目を背けつつ、朧は質問をした。

「ところで、レイナーレたちがどこにいるか知りませんか?」

「彼女たちなら、今はグレモリー城よ」

 着衣の乱れを直したリアスの返答を聞いた朧は目礼する。

「それでは、迎えに行きますか。ああ、その前に――」

 (きびす)を返して立ち去ろうとした朧だったが、ふと何かを思い出したかのように足を止めた。

後始末(・・・)はしておこう」

 振り返りざまに放たれた白刃がヘラクレスとジャンヌに向けて振るわれた。

 



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神速の剣戟

 ――ギャキン

 

 ジャンヌとヘラクレスに振るわれた刃は、途中で金属音を(ともな)って止められた。

「おや、木場くんいつ来たの? さっきまでいなかったよな?」

 朧の一閃を止めたのは木場だった。

「それはこっちが聞きたいよ。なんで彼らを狙ったんだい?」

「え、このままだとこいつら悪魔たちにパクられて機密漏洩……しても問題ないな、うん」

 よくよく思い返して見れば、『禍の団(カオス・ブリゲード)』と縁を切られていた朧には、もう『禍の団(カオス・ブリゲード)』がどうなろうが知ったことではなかった。

 そこに思い至った朧はジャンヌとヘラクレスに向けた殺気を引っ込める。

「えっと……なら、次は――うん、それ(・・)かな」

 一度は消えた朧の殺気が再び向けられたのは、先ほど朧の一撃を止めた木場。正確には彼の持つ魔剣だった。

 自分に向けられた殺気を感じ取った木場は、その直後に一瞬で数度振るわれた刃をは持ち前の速度で躱し、または魔剣で弾く。

「――今度はどういうつもりかな?」

「それはグラムだろ? つまり龍殺し(ドラゴンスレイヤー)だ。つまりオーフィスの害になる。だから折る」

 朧から刃が届かない位置まで距離をとった木場が問いかけると、朧はそれにオーフィスありきの三段論法で答える。ここまで来るといっそ清々しいが、押し付けられる側として堪ったものではない。

「で、折らせてくれない?」

 それに対する木場は首を横に振る。その意味は否を示す。

「そう。なら――」

 朧は理由を訊かず、木場との間に開いた距離を詰める。

「力尽くで、折らせてもらう」

 言葉より早く刃が木場に届き、魔帝剣(グラム)を、ひいてはそれを持つ木場の腕を切断しようと奔る。

 それを木場は朧の剣速に負けぬ速さでグラムを振るい、攻撃を弾き、避け、反撃する。

「くっ……」

 木場は思わず声を漏らす。

 朧の攻撃のためではない。今自分が握っているグラムに力を吸われたからだ。

「魔剣の代償か? でも容赦しない」

 できた明白(あからさま)な隙を見逃す朧でも霞桜でもなく、全身から力が抜けたところに無数の斬撃が襲いかかり、木場の手からグラムを弾き飛ばした。

「あ、攻撃止まらないから、防ぐか避けるかしてくれ」

 霞桜が妖刀であるが故に、追撃が放たれるのを朧は止められず、閃く凶刃が木場を襲う。

「――騎士団よ!」

 木場は聖剣を手元に創り出すと、『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』の禁手化(バランス・ブレイク)、『聖覇の龍騎士団(グローリィ・ドラグ・トルーパー)』によって生み出された龍騎士団を身代わりにする。

「おっ」

 朧は少し意外そうな声を出す。朧がこれを見るのは三度目だったが、間近で見るのは初めてである。

 そしてそれよりも驚くべきは、その鎧の継ぎ目を正確に捉え、部分ごとに分割した霞桜の動きであった。

 これには朧も驚く始末である。

「……驚いた。霞桜に合戦経験があるからか、それとも以前の所持者が優秀だったのか……どちらにせよ俺より優秀だな」

 朧は少なからず落ち込み、弾いたグラムに向けて跳躍した。

 しかしその行く手を、突如現れた氷の壁が遮った。

「氷の聖魔剣……? いや、ダインスレイブか」

 氷が出現する一瞬前に発せられたオーラを感じ取った朧は氷の壁を作った正体を看破し、氷の壁に地面に対して約60°の角度で直立する。

「んーと、俺がこの状況で言うのも何だけど、あんまり魔剣は使わないほうがいいぞ。寿命その他諸々減るぜ?」

 その忠告は尤もであるが、そもそもそれを使うに至った原因が言うことではない。

「ご忠告、痛み入るよ」

 その言い分に感じるところがあったのか、木場は素直に同意してダインスレイブを鞘に戻そうとした。

「しかもそれぞれに呪いがあってな? ダインスレイブは抜いたら血を見るまで(・・・・・・・・・・)鞘に納まらない(・・・・・・・)そうだ」

 その言葉の通り、木場が納めようとしたダインスレイブは鞘には納まらず、むしろ弾かれるように朧へと剣先が向いた。

「そんなの五本所有するのは、正直言って大分苦労するぜ? だから、グラムは手放してくれないかな?」

 諦めの悪い朧は再び木場に勧告するが、それに木場は応じなかった。

 それを見た朧はグラムを拾うために氷山を登ろうとして、その足元に大穴が穿たれる。ダインスレイブとは逆の手で抜き放たれたバルムンクによる一撃である。

 朧は足場を失い落下し、霞桜を握る右腕以外の腕を着いて着地する。

「こ……のっ! 魔剣使うと貴様が創るのとは違って代償があるって言って……」

 高所から落とされて最初は怒り気味だった朧の語気は次第に尻すぼみになる。

 朧が目にしたのはそれぞれ一本の魔剣を携えた龍騎士たちだった。

「え、それでも使えるの?」

 その光景を見た朧は現実逃避気味に(あえ)てからの疑問をぶつけてみた。

創造(クリエイト)系の神器(セイクリッド・ギア)ってさ、質量保存の法則無視してると思わない?」

「……超常の存在が言うことじゃないね」

 朧のお前が言うなと思う発言に、木場が苦笑する。

「いやいや、最近までの俺は割りと常識内の存在よ? 神器(セイクリッド・ギア)は一々構造を把握してから創ってたし、魔法だって緻密(ちみつ)な計算の上に成り立つ現象ですし?」

 その二つが前提からして超常の存在であることは頭から抜け落ちている。

「それでコキュートスから脱出できるというのは逆に異常なことだと思うけどね」

「おっと、返す言葉も無い……なっ!」

 会話の途中で四方から襲い来る龍の騎士たちに向けて、霞桜が自動で迎撃する。

 木場と同等の神速の動きを見せる騎士たちに対して、初めは互角に切り結んでいた朧だったが、途中で木場も加わったことで次第に手数で押されていく。

「今までは得物が貧弱だったから然程驚異でもなかったけど、こうなると厄介だな……! 俺からしたら防御の弱さよりもそっちの方が弱点だったよ!」

「僕としては余り嬉しくないけど、褒め言葉として受け取っておくよ……」

 自前の聖魔剣を霞桜に一刀両断された木場が苦笑して呟く。

「でも、いつまでもこうしていても(らち)が明かないな……そろそろ勝負!」

 朧は霞桜を両手で持ち、今まで独りでに動くのに任せるのではなく、自分の意思で横薙ぎに、全周を切り払うように振り切った。

 朧のオーラを受けて黒く染まった刃は魔剣を避けて、それを持つ龍騎士たちをまとめて両断し、更に背後に(そび)える氷塊まで両断した。

「あ……」

 その結果、氷塊の切り離された上端が朧と、その周囲の龍騎士の残骸の上に落下した。

「ぬ……!」

 朧はそれを何とかして受け止めようとしたが、魔剣の力によって作り出された氷の密度は高く、かなりの重量を持っていたため、敢え無く押し潰されるかと思われた。

「せあっ……!」

 だが、その巨大な氷塊を朧は拳一つで打ち砕く。

 しかし、その拳はただの拳ではなく、黒い黒曜石のような(ウロコ)に覆われた、ドラゴンの腕だった。

「思わずやったけど出来るもんだな……イッセーに伝言! ドライグはお前の体を治して疲れているからしばらく休眠状態になると思うよ!――それじゃ()らば!」

 

 氷塊が巻き起こした砂埃に紛れて、朧は姿を消していた。

 砂埃が晴れた跡には、氷塊に混じって四本の魔剣が落ちていた。

「くっ……!」

 まんまと魔剣を持って行かれたことに歯噛みする木場。

「あら? 祐斗、これグラムじゃないかしら?」

 氷塊の中にある一本の魔剣を見たリアスがそういうと、木場はその魔剣を拾い上げて確かめる。

「……間違いありません。グラムです」

「と、いう事は……」

 

「持ってくる魔剣間違えたー! しかもこれダインスレイブじゃん! 鞘は元から持ってきてないけどこれどうしまえばいいの!? どうしまえばいいの!?」

 

 どこか遠くで朧の叫びが聞こえた気がした。

 

「これ一体どうすれば――」

「うるさい」

「がはっ!」

 そしてその叫びは戦っている時もずっと背中に背負っていたオーフィスによって中断させられた。

 



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Ending
一件落着?


 冥界の下層にある冥府。

 そこに存在するギリシャ風の神殿には先ほどまで魔王サーゼクス・ルシファーと、堕天使総督アザゼル、そして天界の切り札(ジョーカー)デュリオ・ジェズアルドが訪れていた。

 その三名が立ち去った後に、とある人物がこの場を訪れていた。

 その人物は凍りついている死神(グリム・リーパー)たちの間を抜け、側近に囲まれたハーデスの前に姿を表した。

「これはこれはハーデス様、ご機嫌麗しゅう」

 最上級死神が多くいる前に姿を表したのは、それこそ死神と見間違おうような漆黒の衣服に身を包んだ黒縫朧であった。

《貴様……いつぞやの侵入者か》

「覚えていただけたようで何よりです」

 朧は表面上(・・・)は礼儀正しく一礼する。

《それで何用だ? まさか盗ったもの(サマエル)を返しに来たわけではあるまい》

「あれはもう私のものです。返しません。ここに来た理由は言わずとも分かるでしょうが、一応申し上げておきましょう」

 朧は死神のような衣服の内側から何かを取りだし放り投げる。

 それは空中で二三回転すると、甲高い音を立てて床へ付き立つ。

 それは赤い刃を持つ大鎌だった。

「プルートの物です。鹵獲(ろかく)したのですけど趣味に合わなかったのでお返しします。それと――」

 そこで朧はの右手が霞み、一瞬後には大太刀が握られていた。

「何を考えているかは知らないが、まだオーフィスに手を出すようなら、そう(・・)なるぞ」

 朧がそう言って先ほど自分が投げた大鎌を指すと、それが主と同じように切り刻まれて跡形もなく消滅した。

《ファファファ、覚えておこう。全く、今日は覚えることが多いくて堪らんわ》

 それを聞くと朧は用は済んだとばかりにハーデスに背を向けた。

《待て》

 その背中にハーデスが声をかけ、朧は思わず足を止める。

《貴様、何者だ?》

 朧はその質問に少しの間を空けてから答えた。

「……何者でも無い。俺は俺以外にはなれず、ただ俺であるだけだ」

 

 

 

 

 

 神殿を転移で抜けるのは少々骨なため、歩いて出口に向かっている朧は、柱が無数に並ぶ通路にて足を止めた。

「で、そこの。先からこそこそこちらを伺って……何の用だ?」

《気づかれてやしたか》

 柱の影から出てきたのは死神のローブに身を包んだ小柄な影。

《ベンニーアと申しま……ちょ、ちょっと近くありやせんか?》

 ベンニーアと名乗った死神の直前30センチほどの近さに朧が膝を着いてローブの内側を覗き込んでいた。

「お持ち帰り確定!」

《は、あの、え?》

 次の瞬間、朧は空間を飛び越えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 俺はどうして拘束されてるのかな?」

 家に帰り着くなりレイナーレに光力で作られた紐で全身を縛られて床に転がされ、オーフィス・雪花・白羽に上に乗られて動けなくなっていた。

「グレモリー城に現れて即刻連れて帰るなり、またすぐに居なくなったと思ったら女の子を連れて帰ってくる人には当然の扱いだと思いますが?」

「……反論できない」

 朧は項垂れて口を(つぐ)んだ。

「それで、この子は一体どこの子ですか?」

「冥府の子です。死神(グリム・リーパー)でいいんだよね?」

《正確には死神と人間とのハーフです。ベンニーアと申します》

 朧に話を振られたベンニーアは頷きながら、その情報を捕捉して、レイナーレに向かって頭を下げた。

「これはこれはご丁寧に」

 黒髪美人と紫髪ロリっ娘が頭を下げ合う。

「それで、どうしてあなたは朧さんと一緒にここへ?」

《ハーデスさまのやり方に嫌気が差したので、出奔(しゅっぽん)しようとしてこの兄ちゃんに声をかけたところを誘拐されました》

「朧さん、警察に行きましょう」

「ふ、一国の司法組織では俺を裁くことなどできん!」

 胸を張る朧だったが、上に三人も乗っているのですぐに床へ突っ伏した。

「威張らないでください」

 レイナーレは呆れたように朧を見下ろした。

「それで、この子はどうするんですか? まさか家に住まわせるとか言いませんよね?」

「俺としてはそれもありだけど……ああ、いいこと思いついた。ベンニーア?」

《なんですかい?》

 朧は手をポンと打つと――縛られているので後ろ手で――、床に寝そべる鵺を撫でていたベンニーアに声をかける。

「お前、悪魔になるつもりはあるかい?」

 

 

 

 

「と、いうわけでソーナ会長。聞くところによると騎士(ナイト)の当てがなくなったそうですので、代わりと言ってはなんですが、彼女を眷属にしてやってはもらえないでしょうか?」

 場所は変わって駒王学園生徒会室。そこで朧は隣にベンニーアを置いてソーナ・シトリーと対面していた。

 朧の話を黙って聴き終えたソーナは、僅かにズレたメガネの位置を直してから口を開いた。

「話は分かりました。ですが、ベンニーアさんでしたか? 彼女が冥府からのスパイではないと保証することはできますか?」

「無理ですね」

 すぐさま保証することを諦めた朧にソーナは絶句した。

 朧もその可能性を疑わなかったわけではない。

 その可能性があるからこそ、シトリー眷属という自分と微妙な距離の間柄に配置しようとしたのだ。

 それを聞いたソーナが申し出を断ろうとしたとき、今まで黙っていたベンニーアが口を開いた。

《これが証明になるかは分かりやせんが、こちらへ寝返りを決めた理由を聞いては頂けやせんでしょうか?》

「何でしょうか?」

 そう前置きしたベンニーアに、ソーナが改めて尋ねる。

《実はあっし、おっぱいドラゴンのファンなんです》

(え、理由そんななの!?)

「ベンニーアさん、これからよろしくお願いします」

「え、それでいいの? 本当に理由それでいいんですか!?」

 一度は驚愕を呑み込んだ朧であったが、二度目は我慢し切れなかった。

 そんな朧の尻目に、ベンニーアのシトリー眷属入りが決定した。

 

 

 

 

 

「……いまいち釈然としないけど、結果オーライという事で」

 ベンニーアが悪魔に転生したのを見届けた後、朧は駒王学園の屋上にいた。

「ふぅ……」

 朧はここでようやくずっと張り詰めていた気を抜いた。

「何度も死ぬかと思ったけど、無事……とは言えないけどなんとか帰って来れたな」

 駒王学園の屋上から見下ろす町並みは、昔と比べて様変わりしたが、雰囲気は一切変わっていないと朧は思う。

「全く、誰かさんのせいで今まで積み上げてきたものが全部パァだよ。オーフィスが帰って来てなかったら大暴れしてたぞ。返せよ俺の三年間」

 朧は憤懣(ふんまん)()()無いとばかりに不満を吐き、フェンスをガシャンと揺らす。

「全く……イッセーには驚かされる。ほんの数ヶ月前まではただの一般人だったというのに、今では世界が注目する乳龍帝(おっぱいドラゴン)。出来ることなら敵には回したくはないな。もう死ぬわけにもいかんし、これからどうするか一から考え直しだよ全く」

 朧は不満たらたらであるが、その表情は何かに吹っ切れたような清々しいものだった。

「あーあ、この(ざま)じゃテロリストは休業だな。仕方ないから、しばらくは久しぶりにオーフィスとイチャイチャしますか」

 朧は大きく背伸びをすると、フェンスの上に飛び上がる。

「先は全く見えないけど、その先に良い未来があると信じて――なーんて、俺には似合わないか。――アハハッ!」

 朧は子供のような笑い声を上げて、夕闇の空へ飛び上がった。

 



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黒白激突

箸休め的な、気分転換的な、忘れないためのような、そんな感じで書いた短編番外。


「何でこんな事になった?」

 多種多様な存在に囲まれた闘技場で、朧はやる気満々なヴァーリと向き合っていた。

(それもこれも、みんな曹操のせいだ。あいつ、人をヴァーリの戦力把握のための当て馬にしやがって……!)

 しかも嫌われ者の自分を指名して断れないようにする手回しを朧はとても苦手に思っていた。

 

「さあ、始めようか」

「心から嫌だ」

 やる気満々なヴァーリに対して、朧は戦う気を欠片も見せなかった。

 しかしヴァーリはそんな朧の態度に頓着せずに、臨戦態勢を取る。

Vanishing(バニシング) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!』

 ヴァーリの全身が白の鎧に包まれ、目にも止まらぬ神速の勢いで朧に迫る。

「ふっ――」

 朧は軽く呼気を吐いて軽く跳躍。その直下をヴァーリの攻撃が通る。

「危ない……なっ!」

 朧は指の間にナイフのような黒い物体を創り出すと、腕を振ってヴァーリへと飛ばす。

 中々の速さで放たれた黒い刃は白い鎧を捉えるも、敢え無く弾かれる。

「やっぱりこんな小技じゃ無理か」

 分かりきった結果に朧は驚くこともなく、右手に先より大きな刃を創り始め、左腕で魔方陣を描く。

 だが、ヴァーリもそれを黙って見ているわけではない。生まれ持った強大な魔力を無造作に放つ。

 防御も回避も難しい大きさと速さで放たれた魔力の塊を見て、朧は右腕の刃も左腕の魔方陣も動かさず、足元を軽く叩いて出現させた魔方陣で転移する。

 直後、ヴァーリの放った魔力弾は、観客に対する防壁であり、二人にとっての檻である結界に当たって大爆発する。

 結界の向こう側に響くほどの大爆発と大音量の中、ヴァーリは朧の姿を探した。

 そのヴァーリの視界が僅かに(かげ)る。

「上か!」

 見上げて見つけた黒いシルエットに、ヴァーリは間髪を容れずに魔力をぶつける。

 今度の一撃は命中し、その黒いシルエットを弾け飛ばした。

「偽物か!」

『後ろだ!』

 ヴァーリは自分に宿るもう一つの存在――『白龍皇』アルビオンの声に従い後ろを向くと、朧が左の魔方陣をこちらに向け、右腕を引いた姿勢で落下していた。

「――()、焼け」

 掛け声とともにまずは左腕の魔方陣から赤い炎が吹き出す。

 しかしヴァーリの纏う鎧はドラゴンの力からできている。たかが数百度の炎ではヴァーリは傷つけられない。

 身動きもせずに炎に耐えていたヴァーリ。しかし、その視界は一瞬だけ火炎で塞がれる。それが朧の狙いであった。

「せ……やっ!」

 複数本の黒の刃が視界を塞ぐ炎の幕を抜けてヴァーリに殺到する。

 眼球を始めとして急所に容赦なく放たれた剣先を、ヴァーリは全身から放出した魔力で吹き飛ばす。

「何……?」

 周囲の炎もまとめて吹き飛ばしたヴァーリの瞳に映ったのは、5メートルはある漆黒の大剣を構えた朧だった。

「せーのっ!」

 朧は掛け声と共に大剣を思い切り振り下ろした。

Half(ハーフ) Dimension(ディメンション)!!』

 ヴァーリが大剣に向けて手を向けると、大剣の長さ、厚さ、幅がどんどんと半分になっていった。

 自分が持っている大剣の体積が当初の半分未満になった段階で朧は大剣から手を離し、両手から黒い(もや)を出しながら半球状の結界を足場に、ヴァーリと同じ高さで走り始めた。

 ヴァーリは朧に対して魔力を散弾のようにして放つが、朧は右へ左へ――高さ的には上に下に――移動して回避する。

 空は飛べないというのに、何とも器用な事である。

「結束」

 そして朧が何周にも回った後に残された霞が無数にして一つの形を成す。無数の鉄の環が連なってできた鎖。

 左右の腕を引くと、鎖の輪が腕で引いた勢いとは思えないほど一気に狭まる。

 ヴァーリはとっさにさっき使った半減の力を発動しかけたが、そうすると鎖の輪が縮まるだけと考えて取りやめる。

 輪が締まり切る寸前にヴァーリが飛び上がり、鎖は何も捕らえられず空中で(わだかま)る。 

「まだまだ!」

 朧か左右の両手を合わせ、鎖を鞭のように振るう。

 しかし鎖が長すぎるため軌道は大振りで、ヴァーリはそれをいとも簡単に簡単にかわして朧へと迫る。

 自身との距離が数メートルを切った段階で鎖を廃棄、黒の双剣を創りだす。

 黒の剣と白の拳が激突し、火花を散らす。

「触れた相手の力を十秒毎に半分にして吸収する白龍皇の力……それ、思うんだけど――」

 ぶつかり合う剣とは逆の剣がヴァーリの頭部に突きつけられる。

「――(らい)

 その剣先に魔方陣が展開し、雷がヴァーリを打ち据える。

「ぐっ……!」

「当たらなきゃどうって事ない能力だな」

 突き出していた剣をそのまま前に突き出し、ヴァーリの頭部を打ち付ける。

 朧の攻撃はそれだけに留まらず、側転する動きの中、宙に浮かぶヴァーリの首に足を引っ掛け、地面目掛けて叩きつけた。

 そしてとどめとして、全体重を乗せたかかと落としがヴァーリの頭部に振り下ろされる。

 ギロチンのような勢いで振り下ろされた足を、ヴァーリの腕ががっしりと掴む。

「ふふふ……」

Divide(ディバイド)!』

 思わず溢れ出たような笑いに怖気を感じて、朧は足を掴んだ手を振り払って後ろに飛び退く。その足から力が抜け、ガクリと膝を着く。

「白龍皇の半減の力か……!」

 朧は歯噛みして、自分の神器(セイクリッド・ギア)の出力を最大に上げ、一度に創れるだけの武器を創出する。

 しかし力を半分にされたせいか、普段よりも創れる数は少なかった。

(これ以上力を減らされる前に潰す!)

 朧は創り出した武器を手当たり次第に投げつけた。

 しかし、ヴァーリはそれを拳でいとも容易く弾き飛ばす。魔法を絡めても結果は同じだった。

『Divide!』

 更に力が減じ、朧は自分の勝機が失われつつあることを察した。

 攻撃力を自分の力に()る直接攻撃と魔法の使用を止め、影内の異空間に詰め込んだ銃火器類に切り替える。

 手始めに拳銃(ハンドガン)をヴァーリに向けて発砲。しかし、拳銃から放たれた44口径の弾丸はヴァーリの鎧に弾かれる。

 効かないのを確認した瞬間で拳銃を手放し、代わりに重機関銃(ヘビーマシンガン)を影から引き抜き、地面に設置すると同時に連射を開始する。

 先の射撃よりも一発の威力が高く、秒間発砲数は桁が違う。ヴァーリの体を鎧ごと叩く。

 ちなみに、異形の者は余り銃器を使わない。そもそもの入手が難しいのもあるが、異能の力と機械系は相性が悪いのだ。

 そして何より、彼らは自分の力に自負(プライド)を持っており、道具に頼るという事はあまりしない。

 しかし朧にそんなこだわりはなく、使えるモノ(・・)は何でも使う。

 神器(セイクリッド・ギア)を、剣を、魔法を、銃を、知略を、策謀を、全てを余すことなく使う。使い捨てる。

 例えばこんなモノまで――

8.8 cm高射砲(アハト・アハト)――!」

 高速で飛翔するヴァーリに向けて放たれ続け、ついに残弾が尽きた重機関銃を打ち捨て、かつて人間の戦争に使われた兵器まで持ち出してきた。

 決して人に対して向けられるものでは無いその銃口をヴァーリに向ける。すでに手合わせであるという事実は吹き飛んでいる。

 ただの弾丸に込められる魔力を感じて、ヴァーリは鎧の中でニヤリと口の端を釣り上げる。そして自身の魔力を拳に集中させる。

 ヴァーリは人間の作った兵器と、それを操る朧に真っ向勝負を挑んだ。それを感じて、朧は自分に残されたほぼ全ての魔力を弾丸と共に銃口に詰める。

発射(ファイア)――!」

「はあ――!」

 引き金(トリガー)が引かれ、火薬が爆発し、鋼鉄の弾丸が黒の魔力を纏いて音速を超えてヴァーリに向けて飛翔した。

 ヴァーリはその弾丸を見据え、自身の魔力に加えて奪った朧の魔力を乗せた拳をぶつける。

 二つの物体は激突すると金属音と共に衝撃波を撒き散らし、銃弾は砕けてヴァーリの鎧も破損する。

 そこに続けて殺到するただの弾丸。その追撃をヴァーリは鎧を幾度も砕かれながらも避けて朧へ迫る。

 神速の勢いで迫るヴァーリを銃口は追随できず、そして避ける力もほとんど残っていない朧はその身に拳を受けて吹き飛んだ。

 朧は腹部に響く鈍痛を堪えて立ち上がる。それだけの行動が今の朧には億劫(おっくう)だった。

Divi(ディバイ)――』

「それはいい加減に聞き飽きた」

 外傷こそ少ないものの、自身に残された力は少ない朧が気怠(けだる)げに腕を振るうと、ヴァーリの光翼が発する音声が途切れた。

「何だと?」

 その予想だにしない事実に、ヴァーリは思わず戸惑いの声を上げる。

「その力が純粋に白龍皇の力なら手出しできなかったが、神器(セイクリッド・ギア)の機能に変換(コンバート)された力なら、俺はある程度妨害できる」

 彼自身の力はその白龍皇の力で半減されきって微小レベルまで落ち込んでいたが、神器(セイクリッド・ギア)を妨害したその力は彼の力に依らない力である。

 妨害したとは言え、その効果は僅かに一瞬。継続する半減の力を断ち切っただけである。

 つまり、今の白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)は常と変わらない機能を発揮できる。

「中々に面白くなってきた! 行くぞ、アルビオン!」

『力に振り回されないようにな、ヴァーリ!』

「分かっている! 我、目覚めるは――」

 『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』の予兆を察知して、朧は一瞬も躊躇う事なく伏せていた切り札を切った。

 朧が高めた回復途中の魔力に反応して、朧が仕掛けた仕掛け(トラップ)(あらわ)になる。

 結界の内部に縦横無尽に走る黒い線。朧が移動した位置に配置した力の埋没。

「こんな所で覇龍(ジャガーノート・ドライブ)なんてされても困るから――爆破」

 僅かな魔力が足元の黒の線に流れ込み、それを呼び水として埋没させていた魔力が一気に爆発した。

 その威力は並大抵のものではなく、内部に居るヴァーリ、自爆覚悟で発動させた朧に留まらず、結界を破壊して二人の戦いを観戦していた者たちをも巻き込んだ。

 

 

 

 

 

 結果として、ヴァーリを始め、二人の戦いを見物していた十数人の『禍の団(カオス・ブリゲード)』の幹部が怪我を負った。

 その原因になった張本人であり、ほとんど全ての力を失い爆心地の真っ只中にいたはずなのに全くの無傷だった朧はその結果、もとい被害を(もたら)した責任を取らせようとしたものは多く居たが、オーフィスと共に在る彼の弁舌に丸め込まれ、責任はそもそもの事の発端、曹操が取らされる事になった。

 



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特筆することのない日

更新再開のお知らせ


 彼女が部室に来たのは特に何も起こらない放課後だった。特に前触れもなく、唐突に彼女は姿を見せた。

 小学生ぐらいの年齢に見える彼女は身長よりも長い黒髪をたなびかせ、フリルで飾り立てられた黒いワンピースを着ており、その上に黒いコートを羽織っていた。

 少女は扉を開けて挨拶もなしに、最近部室に来るようになったオーフィスと戯れている朧の元に歩み寄った。

「――父様」

「父様ぁ!?」

 その少女の朧への呼称を聞いた一誠たちは度肝を抜かれた。

「どうした、鵺?」

「鵺ぇ!?」

 その少女に朧が返した言葉に更に驚く。

 一誠たちが知っている鵺は確かに朧の娘だったが、その姿はネコ科の生物に似た黒い四足獣であり、間違っても人間の少女の姿ではなかった。だが、今の姿の方が朧の娘らしいとは言える。黒いし。

「レイナさんが帰りに醤油を買ってきて欲しいって」

「それぐらい電話で言えばいいのに……」

 娘をわざわざそんな伝言に使われた朧は不満そうに顔をしかめるが、それでもわざわざそれを伝えてくれた鵺の頭を労いの意味を込めて撫でる。

「えっと……朧?」

 周りで呆然としているオカ研を代表して、一誠が恐る恐る朧に声をかける。

「何だ?」

「なんでそいつ、人間になってるんだ?」

「俺が大元なのに人間――というか人型になれないはずがないだろ」

 何を言っているんだこいつと、朧は一誠を可哀想なものを見る目で見る。

「でも、この間は獣の姿してたじゃねえかよ」

「この子もオーフィスと一緒で、ある程度は姿を変えられるからな」

 朧の説明に納得した一誠だったが、一つだけ疑問に思うところがあった。

「なんでオーフィスを引き合いに出したんだ?」

 朧がオーフィスを基準に物事を考えるからと言ってしまえばそれまでだが、朧はオーフィスと何かを比べることは滅多にしない。

 朧の中ではオーフィスは絶対存在なのだ。

「あれ、言ってなかったけ?」

 朧は鵺の手を引いて、オーフィスの隣りに座らせると自分もその隣りに座る。

「鵺の構成遺伝子の大半は俺だけど、その次に多いのがオーフィスだ。簡単に言えば俺が父親でオーフィスが母親」

『………………』

 朧の言葉に誰もが絶句し――

『はぁ!?』

 一瞬後には誰もが驚愕した。

 並んだ三人の顔は、言われてみるとよく似ていた。

 

 

 鵺が目覚めて最初に目にしたのは暖かみに満ちたヒトの腕の中ではなく、冷たい無機質な機械に囲われた闇の中だった。

 周りを見渡しても誰もいない。自身を作り出した生みの親すらこの場には存在していなかった。

 それが無性に物悲しくなり、また寝てしまおうかと思ったとき、脳裏に二つの存在が浮かぶ。

 青年と少女。それは彼女を構成する大半を占める遺伝子の大元たちであり、二人が記憶が遺伝してしまうほど強く想い合っている相手でもあった。

 それを知覚した瞬間、眠りに落ちる気でいた彼女の意識が切り替える。

 見たい、会いたい、話したい、触れ合いたい。

 記憶に引っ張られた思いではあるが、確かに自分の意志で彼女は冷たい部屋を出た。

 

 早く会いたいが為に速く動ける体に変態し、当てもなく飛び出そうとしたところで黒い翼を持ったお姉さんに捕まったが、それからしばらくして彼女は探し求めた二人――彼女の両親に出会う事になる。

 

 

 

「鵺を生み出した手段は簡単に言うとクローニング? または合成獣(キメラ)作成の技術の応用? そういえば体外受精なんて言葉もあったね」

 そういう朧を見る目は険しい。朧がした事は人間界では倫理面から禁止されており、冥界でも公にするようなことではないからだ。

 無数の自分を非難する目に見つめられ、朧は居心地悪そうに反論する。

「だってしょうがないだろ。子供は欲しかったけど俺とオーフィスは種族が違い過ぎて子供なんてできないんだから。そもそもオーフィスに生殖機能があるかもわからなかったし」

 今のオーフィスは人間の少女の姿をしているが本来はドラゴンであり、人間と悪魔のハーフである朧との間に子供ができる確率はかなり低く、そもそも外見を自在に変えられる上に性別すら曖昧なオーフィスが子供を産めるかどうかさえ不明であった。

 もっとも、今の朧の肉体はオーフィスとほぼ同質であるため、オーフィスが子を成すことができる体ならば普通の手段で子供を作ることも可能であろうが。

「いいでしょう別に。大量生産してポイするんじゃなくてちゃんと愛してるし大切に育ててるんだから!」

 彼らもそう言われてしまっては返す言葉もない。

 彼らが今の朧を非難しているのは生命を人工的に弄るという行為に対する生理的嫌悪感からであり、確固たる意思を持って否定しているのではない。

 一部は違う理由で朧を睨んでいる者もいるのだが、そちらも何か文句を言える立場ではないので黙っている。

「わかっていただけたなら何より。それでは今日はもう帰らせてもらいますね」

 立ち上がった朧の肩にオーフィスが飛び乗り、鵺は手を引かれて立ち上がる。

 親子というのには母親が幼すぎる三人を見送るオカルト研究会の面々であった。

 

 

「レイナーレ」

 帰って来た朧は厨房に立つレイナーレの背中に声をかける。

「あ、朧さん、お帰りなさい」

 振り返って一礼するレイナーレを見て、朧は何となく遣る瀬無い気持ちになる。

「お前、すっかりメイド服が板についてきたな……あ、これ頼まれてた醤油」

 言われたレイナーレも苦笑いしながら醤油の入った一升瓶を受け取る。ちなみに袋に入っておらず、完全に抜き身のままである。

「毎日着てもいれば慣れてしまいますよ」

「……一応言っておくが、俺が強要したのは最初の頃だけだからな。一月もしてからは自由に使える金で買っていいって言ったからな」

 レイナーレに対して何度言ったかどうかも覚えていないセリフを言うと、レイナーレはメイド服の裾を摘んで少し持ち上げる。

「これ、意外と動きやすいんですよね。しかも私は家事仕事をしてますから機能的も優れてますから」

「好きで着てるって言うなら何も言わないけどさ。外に出る時ぐらいは着替えてくれ。ご近所さんから変な目で見られる……のは元からか」

 自分でも何年この容姿で生きているか分からない男だ。噂にならない方がおかしい。しかも最近になってレイナーレと子供をたくさん連れ込んでいるため、通報一歩手前である。

「そう言えばレイナーレ。なんで今日は鵺を寄越したの?」

 朧が尋ねると、レイナーレはああと呟いて微笑んだ。

「愛されてますね、朧さん」

「――何でその結論に達したのかわからないんだけど?」

 どうしてそう思ったのかがわからない朧は首を傾げる。

「鵺ちゃん、自分から伝えに行ったんですよ。あなたに会いたいからって」

 それを聞いた朧はとても驚いて、しかしその一瞬後には安堵したようにため息を吐いた。

「……実はさ、今日あいつらに責められたんだよ。鵺をああいう生み出し方をした事を」

「それはそうでしょうね」

 何も知らない人にとって、朧のした事は肯定されるべき行為ではない。だが、レイナーレは彼が単なる思いつきで鵺を生み出したのではない事を知っている。

「でも、鵺は誕生の瞬間にも立ち会えなかった俺を好いてくれているんだな」

「そうですね。でも、それは鵺ちゃんに限った事じゃないですよ。白羽ちゃんも雪花ちゃんも、あの牛娘だって貴方のことが好きです」

「……そっか」

 レイナーレの言葉を聞いて、朧の口から出てきたのはただそれだけの言葉だったが、そこには他人には計り知れないほどの感情が篭っていた。

「……ところで、レイナーレは?」

「は?」

「レイナーレはどうなの? 俺のこと好き?」

 深く考えずに口から出して、一拍遅く発言の内容に気づいた朧は慌てて口を押さえた。

「すまん、今のは聞かなかった事に――」

「はぁ」

 返答の必要はないと言おうとした瞬間、レイナーレのため息がそれを遮った。

「あのですね。あなたは私が好きでもない人の家に暮らして、その家族の面倒を見る酔狂者だとでも思ってるんですか?」

 呆れ顔のレイナーレに言われて、朧は何とも言えない顔をする。

「ああ、うん。ごめんなさい?」

 そして至極愉快そうな顔をすると、レイナーレは不愉快そうな顔をする。

「……まあいいでしょう。さあ、早くあの子たちの所に行ってあげてください」

「はいはい、そうさせてもらいますよ。しばらくはあの子たちと一緒にいたいからね」

 レイナーレに返事をしながら踵を返して、歩きだそうとして足を止める。

「ところでさ、レイナーレはいつになったら葛霧ちゃんの事を名前で呼ぶのさ」

「そうですね。あの子が素直になったら考えてあげてもいいです」

 

 

 天使と堕天使のキメラ、黒羽(くろはね) 白羽(しらは)

 雪女の子供である雪ん子、白雪(しらゆき) 雪花(せっか)

 朧が拾った子供である彼女たちは、基本的に朧の家から出ることはない。

 存在が存在であるが故、誰かに見つかると面倒なことになるからだ。

 そんな彼女たちは普段は二人で遊ぶことが多い。最近ではそこに鵺が入ることになったが、基本的には彼女たち二人だ。

 

「飽きた」

 白羽がそんな事を言い出すのも無理はない。遊び盛りの年頃の少女である彼女が毎日毎日家にこもっていれば飽きも来るだろう。

「でも白羽ちゃん。飽きたって言っても、他にする事ないよ?」

「隣りの悪魔でも襲いに行く?」

 天使と堕天使から生み出されている白羽は無自覚だが悪魔に対する敵意が強い。

「きっと返り討ちにされるよ……」

 戦闘経験はないものの、野生に暮らしていた雪花は相手の力量を測る能力があり、その雪花が一人では今ここに居ることすら耐え難いほどの力をお隣りさんは持っているのだ。

 もっとも、最近では力関係を測るのも馬鹿馬鹿しくなるほど強い存在が身近にいるため、それもやめてしまったのだが。

「白羽、あまり物騒なことを言うな。俺はまだあいつらと戦いたくはないんだよ」

「あ。朧さん、お帰りなさい」

 突如現れた朧は今にも翼を広げて飛び立ちそうな白羽を押し留める。

「父よ。暇です」

 ちなみに白羽は朧の事を父と呼び、朧もそれを特に否定しない。二人の馴れ初めからしたらとんでもない話ではある。

「暇ねえ……退屈を晴らすのは難しいからな」

「役立たず」

「辛辣な娘だ」

 そう言われても何故だか嬉しそうな朧が静かに笑う。

「外で遊びたい」

「だったらまず自分の気配を消せるようになれ。今のお前の気配は大きすぎるし歪すぎる。この家を出たら数秒で三大勢力に囲まれるぞ」

 天使と堕天使を掛け合わせて作られた白羽の存在を、全てを理解してなお普通の生物として許容できる存在は、それこそ朧ぐらいのものである。

「俺をこれ以上世界の敵にしないでくれ。これ以上はもう許容される事はできないんだぞ」

 今の朧が辛うじてまともに暮らせているのは『禍の団(カオス・ブリゲード)』と縁を切った際に『禍の団(カオス・ブリゲード)』の情報を粗方喋ったからだ。

 それでも半ば黙認状態にあるだけで、行動しだいでは殲滅される可能性は十分にあるのだ。

「だったら何か面白そうなことないの?」

「なら将棋でもやってみる? チェスでもいいけど、個人的には将棋の方が好きだな」

「楽しければなんでもいい」

「雪花は?」

「あ、私は将棋の経験あるので。昔取った杵柄です」

 雪花にしては自信満々に胸を張ってそう答える。

「そう。なら、試しに俺と雪花でルールを説明しながら一戦して、白羽はそれを見学しててね」

 いつの間にかどこかから将棋盤と駒を取り出して、朧は楽しそうに笑った。

 

 

「ふぁぁぁ……よく寝ました」

 朧さん()不良債権(ニート)こと厄詠葛霧が目を覚ましたのは夕ご飯の少し前のことだった。

「おや朧さん。そんなに項垂れてどうしました?」

 その葛霧が目にしたのは、両手両膝を地面に着けて落ち込んでいる朧の姿だった。その上にはオーフィスが乗り、足は鵺の背もたれとなっていた。

 そんな朧を慰めるように白羽が頭を撫で、雪花がおろおろしていた。

「大の大人が子供に慰められてるって滑稽ですね」

 事情がわからなかった葛霧は、取りあえず朧をあざ笑ってみた。その直後、彼女は白羽から執拗にローで足を攻められた。

「すみませんでした」

「子供に負けて謝るのって哀れだな」

 座り直して白羽の頭を撫でながら、朧は葛霧に先ほど言われたことを少し変えて言い返した。

大人気(おとなげ)ない……」

「うるさい。心はまだ十代だ」

 朧は見た目も十代であるので、実年齢以外は十代だ。

「それで、なんで落ち込んでたんですか、朧さん」

 葛霧の当然な疑問に、朧は言葉に詰まり、変わりに白羽が答えた。

「父は雪花に将棋で負けた」

「は、それだけですか?」

 理由のショボさに葛霧が唖然とした。

「……10回連続で負ければ多少なりとも凹む」

「弱いですねー。どれ、私も一つやってみましょうか」

「未来視できる奴と誰が将棋指すか」

 葛霧は微弱ながらも未来を見る力がある。少なくとも二三手先を読むことは可能だろう。

「まあ、そんなだから私引きこもってるんですけどね」

 未来が読める葛霧にとって世界は退屈であり、ならば外に出る必要もないと考えた葛霧は引きこもりになったのだ。

 その結果が家を追い出されることに繋がるあたり、葛霧の未来視はそう大したものではないことが伺える。

「ところで、雪花ちゃんが将棋が強いのか、朧さんが将棋が弱いのか、どっちなんです?」

「雪花が強いんだよ……俺だって決して弱くないのに一方的に攻められる」

「はー……人は見かけによりませんね。まさか雪花ちゃんがサディストとは」

「ええっ!? どうしてそういうことになるんですかっ!」

 葛霧から下された評価に雪花は不満というより驚きの声を上げる。

「この世にはサディストかマゾヒスト、2種類しかいません。なら、攻め気質な雪花ちゃんはサディストになるのです。そして私はマゾヒスト」

「聞きたくもない宣言しないでくれ」

 SとかMとかどうでもいい朧にとって、心からどうでもいい話題だった。

「ちなみに朧さんはM! レイナーレさんはSと見せかけてM! 白羽ちゃんはS! 雪花ちゃんはM! 

鵺ちゃんはM! オーフィスさんはN!」

 葛霧は聞かれてもいないことをベラベラとテンション高く捲し立てる。レイナーレがこの場にいたら引っ張ったかれてるだろう。

「ちなみに、Nは何の頭文字?」

 返答次第ではただでは済まさないつもりの朧が手刀を構えながら尋ねた。

Nothing(ナッシング)の頭文字です。あのヒト倒錯的ですらない性癖すら持ってないでしょう」

「多分そうだろうな」

 そもそも子孫を作る必要がないほど桁外れな存在である。ならば、それに付随する感情がなくともなんらおかしくない。

「朧さんとしては残念ですか?」

 厭らしいニヤニヤとした表情をした葛霧が朧の顔を覗き込んでそう尋ねる。

「別に。俺はオーフィスとそういうこと(・・・・・・)をしたいわけじゃないから」

「弄りがいのない……」

 朧の素っ気ない態度を見てつまらなそうな顔をした葛霧を見て、朧は内心で「実はこいつSじゃないのか?」と疑問に思った。

「ところで朧さん、お腹が空きましたがご飯はまだでしょうか」

「お前少しは動いてからそういうこと言いなさい」

 働かざる者食うべからずとまで言うつもりはない朧であるが、寝てばっかりの葛霧には苦言も呈したくもなるのだ。

「みなさーん、ご飯できましたよー」

「待ってました」

「こんな時だけ機敏に動くなって……」

 食事だけにはやる気を出す葛霧を見て、朧はほとほと呆れ返るのだった。

 

 

「ふぅ……娘に一緒に風呂に入ることを拒否されるのをこの歳で味わうとは」

 一人寂しく(性別を考えれば当然だが)風呂に入っている朧は、肩までお湯に浸かりながら感慨深そうに呟いた。

 ちなみに朧はこの歳でと言ったが、朧の実年齢を考えれば特におかしいことで無い。ただし朧が自覚している年齢は見た目通りの年齢である。

「一人でいるの好きじゃないんだが」

 かと言って無理矢理一緒に入るわけにはいかない。そういうところは(堕天使のくせに)きっちりしてるレイナーレに殺されかねないからだ。

 まあ別にそこまでして一緒に入りたいわけでもなかったので、大人しく風呂に入っているのだが、その浴室の扉が朧が手を触れてもいないのに開いた。

 朧がその音に反応してそちらを見ると、浴室の入口に一糸まとわぬ姿のオーフィスが立っているのを目にした。

 突然のことに面食らう朧。

「……一緒に入る?」

 硬直した朧が何とか発した疑問に、オーフィスはコクリと頷いた。

「そう……それならまずは体を洗わないと」

「わかった」

 オーフィスは朧の言葉に素直に頷くと、風呂椅子に座った。

「……?」

 座ったまま動かなくなったと思いきや、小首を傾げて自分を見つめるオーフィスを見て、朧は仕方ないなあとため息を吐き、湯船から立ち上がる。

 朧はオーフィスの後ろで膝立ちになると、手に取ったスポンジにボディーソープを吸わせて泡立てると、それをオーフィスの背中に当てて擦り始めた。

「力加減はこれぐらいでいい?」

「いい」

 二人の間の会話はこれだけで、後はスポンジでオーフィスの体を擦る音だけが浴室に響いた。

 それも数分が経つと、オーフィスの背中と手足を完全に洗い終えて、泡を流すことも終わってしまった。

「ねえ、オーフィス。前は自分でやってくれる気は――」

「ない」

 即答だった。

 流石にこれには朧も些か躊躇いがあったが、言っても聞いてくれない相手なのは重々承知しているため、諦めてオーフィスの体の前面に手を伸ばす。

 先ほど以上に静かな時間が続き、それも終わると朧は続いてオーフィスの髪を洗い始めた。

 朧はオーフィスの体を頭のてっぺんっからつま先まで洗い終えると、二人揃って湯船に使った。

「……なんなんだろうね、この状況」

「?」

 自分の足の間に座り、背中をもたれ掛かせているオーフィスが自分を不思議そうに見つめているのを見て、朧は何かを試されている気がした。

 好きな相手と全裸で密着しているというこの状況に朧も興奮しないわけではないが、今はその衝動を必死に抑えていた。

 これでオーフィスの肉体が数年分成長したものだったなら朧としても平静さを保てる自信はなく、同時にロリコンではないことに安堵した。

「………………」

(ん?)

 いつもと同じはずのオーフィスの沈黙に、朧は何となく違和感と嫌な感じを覚えた。

(この感じ、大抵何かが起こる前兆なんだよな……)

 そして、それが外れたことは経験上未だかつて一度もなかった。

 

 

 翌日、朝起きた朧は前日の予感がなんであるかを知った。

「朧、おはよう」

「……うん、おはよう」

(大きくなってるだと……!?)

 昨日一緒に寝たため、起きた時も一緒だったオーフィス。

 そのオーフィスが一晩経っていたら五歳ほど成長していた。

 




前書きにも書いた通り、この話を更新していこうと思います。
ただし、続きは近日中に別タイトルで投稿しますのでお気をつけください。

p.s.よろしかったら活動報告の方もご覧下さい。


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