ペルソナ5 混沌の反逆者 (結露)
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1.歯車は狂い始めた

急いで書くと設定グダるのでゆっくり気が向いた時に描きます
原作と変わらないところは基本カットで 原作と時間被ってるところは適当なところでイベント処理した扱いで
描きたい場面があればその都度
視点は基本ジョーカーと人修羅
投稿してからのミス発見と改訂多くなりがちです
よろしくお願いします


5月7日……思想奪われし路 エリア1

 

中野原を改心させ地下への扉を開いた帰り道……。メメントスを彷徨う内にいつの間にか謎の階層に迷い込んだ俺たちは、大振りな二丁拳銃を携えた死神に追われていた。脇道や階段もなく延々続く一本道で、もし突き当たれば逃げ道は無いという絶体絶命の鬼ごっこをしている。

 

 

「だぁーっ!もっと飛ばせ!追いつかれんぞ!」

 

「これで全力だっつーの!文句言う暇があったらどうにかして少しでも時間を稼げよ!捕まったら全員お陀仏だぞ!」

 

 

慌てた二人の口論を尻目にバックミラーを覗くと、ボロ布の死神はまだしつこく追ってきていた。俺たちを仕留めようと鎖を振り回し、先端を叩きつけてくる。慌ててハンドルを回し、運頼みで何とか攻撃を回避。鎖が直撃したレールの末路を見て、ニャータリーエンジンは悲鳴と回転数をあげる。

 

 

「モナ、どうなってんだよこの階層は!行けども行けども脇道一本ねえじゃねぇか!」

 

「ワガハイだって知るかぁ!駄目だ、もうエンジンが限界だ!」

 

「ざけんなもっと踏ん張れ!」

 

「ワガハイが何分全力疾走してると思って…!」

 

「……あれ?ちょっと、みんな前見て!」

 

「空間がうねってる……?馬鹿な、今はターゲットはいないはずだ!」

 

「迷ってる暇はない、突っ込むぞ!」

 

 

 

 

メメントス ???

 

「う……」

 

 

気づけば俺たちは全員地面に倒れ込んでいた。空間の捻れに突入した時気を失ったのか?……辺りを見渡しても付近は静まり返っていて、もう鎖を引き摺る音も聞こえない。

緊張が急に緩和したことで、強い疲労感が体を支配した。警戒も後回しで座り込んでいるうちに、転がっていたみんなも順番に目を覚まし始めたようだ。

 

 

「うぐ……。みんな、無事か?」

 

「う〜ん……あたしは平気。逃げきれたのかな?」

 

「とんでもねぇ目にあったぜ……」

 

 

無事に逃げきれた事で一安心ではあるが、帰り道が分からない。入ってきた場所は空間が塞がってしまい、もう戻ることは出来なさそうだ。仮に戻れても、死神との鬼ごっこが再開するだけだろうが。

 

 

「モルガナ。ここから出口の方向は分かるか?」

 

「う〜ん……。多分、このまま進めば上への道がありそうだ。何とか帰れそうだな」

 

「助かったぜ……。このまま帰れねーとかまじ勘弁だかんな」

 

「にしても……ここ静かすぎない?ちょっと不気味」

 

 

気になっていたことを杏が言及する。ここまでの階層ではシャドウ達のざわめきや列車が走る音、風が吹き抜ける音、と常になにか反響していた。しかしここでは、一切何も聞こえない。

風景はこれまでと然程変わらないが、取り残された様な静かさに背筋が薄寒くなった。

 

 

「……進もう。今んとこシャドウの匂いもしないし、とにかくこのまま進めば帰れるんだ。行こうぜ」

 

 

 

 

モルガナのスタミナが回復するまでしばらくは歩くことにした。追われていた時と変わらず一直線に伸びる道を歩き続けていると、ふと薄暗いトンネルの奥に光るものが見えた。みんなも気づいたようで訝しげに目を凝らしている。なんだろうと思ったが良く見えない。近づくにつれ、それが人の形をしている事が段々分かってくる。

 

 

「ちょ、アレ……?」

 

「シャドウの気配じゃないぞ……?メメントスに、ニンゲン……!?」

 

 

この距離ならはっきり見える。男だ。背丈や年齢は俺と同程度。しかし、上半身は何も着ておらず、全身に黒と薄く光る水色のラインが入っている。よく見ると項に生えている……あれは角、だろうか?

 

少年をじっくりと観察していると、俺たちに気づいたのか、彼はゆっくり振り向いた。

暗がりの中で、その金の瞳は夜空の月の様に冷たく輝く。少し虚ろな視線に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。

 

 

「とにかく、シャドウじゃねえんだよな?……おーいあんた!誰だか知らねえけど、一人じゃ危ねえからこっちに来い!」

 

「そ、そうだよね。もしかしたら私達に巻き込まれたのかもしれないし……!」

 

 

少年に口を開く気配はない。微動だにしないまま俺たちを観察している。じっと数十秒時間をかけ、言葉が通じているのか、俺たちが不安になり始めた頃、ようやく言葉を発した。

 

 

「ここは何処だ?」

 

「ここは……なんて言やいいんだ?」

 

「渋谷の地下だ。少し危険な場所だが、ワガハイ達に着いてきてくれれば無事に帰れる」

 

「シブヤにまだこんな場所が……?地下鉄の入口なんて残っていなかったはずだが……。まあ、いい。お前達、出口を知っているなら案内しろ」

 

「偉そうな奴だな……。お前、なんて名前だ?どうやってここまで来たんだよ?」

 

「知らない。気づいたらここにいた。素性については、わざわざ教えてやる必要はないな。俺は急いでいる」

 

「なんだテメェ……偉そうな野郎だな……」

 

「おい、スカル……」

 

 

不遜な態度に軽く腹を立てた竜司が男を睨みつける。男は面倒そうに溜息をつくと、竜司を更に挑発した。

 

 

「死にたくなければ黙って案内しろ。お前一人いなくても、案内は他の三人でもいい……」

 

「テメッ……あ゛っ…ぐぅ…!」

 

 

竜司が男に掴みかかろうとした瞬間、膝からその場に崩れ落ちた。竜司は苦しそうに呻きながら腹を押さえている。竜司の腹があった位置には、男の握り拳が置かれていた。

杏が慌てて竜司に駆け寄り、『ディア』を唱え抱え起こす。

 

 

「スカル!」

 

「これでいいか?手加減はしてやったぞ。足りなければ、次は一人を残して他は殺す」

 

「待て!わかった、すぐ案内する!」

 

「それでいい。先導しろ」

 

「ぐ……クソッ、なんなんだこいつ!」

 

「よせスカル。何者だか知らないが、あいつ、明らかに危険だ。案内するだけで済むならそれでいい」

 

 

 

 

 

俺たちは男を連れて出口へ向かった。男は一定の距離を保って後ろを歩いている。竜司は男を強く警戒しているが、当の男は何処吹く風だ。

 

 

「風が吹いてる。この先が出口か?」

 

「ああ、このままそっちに行けば上へ行け……待て、この音は……!」

 

 

―――前方から鎖の音がする。こっちに近づいて来ているようだ。

 

 

「お、おい!この音って……!やべぇじゃねぇか!どうすんだよ!」

 

「またあいつ……!?後ろは行き止まりだし、逃げ場無くない!?」

 

「留まりすぎたか……!こいつはまずいな……。一か八かだが、煙幕を撒いて駆け抜けるしか手はねえ!」

 

「……俺が片付ける。そこをどけ」

 

 

死神に慌てふためく俺たちに、男は軽く言った。前にいる俺たちを追い越すと、そのままずんずんと死神に向かっていく。

死神が男に気づき、舐め回す様に眺める。銃口を向けるのと同時に、撃鉄を起こす音が聞こえた。

 

 

「馬鹿!死ぬぞ!」

 

「待てスカル、今なら逃げられるかもしれない!あんなやつほっといていいだろ!?」

 

「だからって見殺しにしていいわけねぇだろ!」

 

 

勝負は一瞬だった。闘気の膨張……いや、爆発。ほんの僅かに男が構えた瞬間、凄まじい衝撃が俺たちを襲った。力の逃げ場のないトンネルで、爆圧は容赦なく俺たちを吹き飛ばし、何とか目を開けた時には、死神は脳天から真っ二つに断ち割られ、その身体は赤い粒にほつれ始めていた。

 

 

「……さあ、早く行け。出口はもうすぐなんだろう?」

 

「な……」

 

「まじかよ……」

 

 

これが、『間薙 シン』との出会いの一部始終。そして、非日常に巻き込まれた怪盗団の運命が、更に狂い始めるきっかけだった。

 



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2.現実世界

5月7日 渋谷 ハチ公前

 

「これは……」

 

 

人。人。人。街中に溢れた無数の人々。マネカタじゃない。滅んだはずの東京は在りし日の姿を完全に取り戻している。いや、それどころか記憶の中の東京より発展しているような……?

ありえない情報を処理し切れなかった俺の脳は、とにかく自身の状態を確かめる事に働いた。しかし、そこでさらなる衝撃を受けることになる。

足元に目を向けると見慣れたタトゥーはない。思わず項に手を当てると、角もなく皮膚と髪の感触だけがあった。服も、東京受胎が起きたあの日のままに戻っている。

 

どうなっている……?平静を装ってはいるが、かなり混乱しているのが自分でもわかる。今自分の置かれている状況に説明がつけられない。落ち着け。落ち着け……。

 

 

「クソッ!何だったんだよあの野郎!いねぇし!」

 

「落ち着けリュージ。あいつが何者かは分からないが、現実じゃ何も出来ねえんだ」

 

 

聞き覚えのある声がする。高校生程の男女が三人話をしている様だ。仮面越しだった為顔ははっきり見えなかったが、確かにさっきの三人だ。

悪魔の力に近い気配を感じたが、人間だったのか……。

 

 

「おい」

 

「え……。その顔は、さっきの……?」

 

「テメェ、出やがったな!こっちじゃテメェみてえなヒョロいのにはやられねえぞ!」

 

「待て。手荒な真似をした事は謝る。人間だと気づかなかったんだ」

 

「あぁ……?」

 

「勘違いだったと?」

 

「そうだ。すまなかった」

 

「ふむ……敵対の意思がないのは本当みたいだが……」

 

「なんだよ……。ならもういいよ、クソ……」

 

 

どうにか誤解は解けたようだ。……もう行こう。俺にはやる事がある。帰る方法を探さなければ……。

 

 

「俺はもう行く。世話になったから一つ忠告しておいてやる。……お前達はもうあそこには行かない方がいい。弱い奴は無駄死にするだけだ」

 

「な……おい!」

 

 

金髪の男が俺を呼ぶ声が聞こえたが、無視して歩みを進めた。忠告はしてやったし、この後あの人間たちがどうしようが俺には関係のない事だ。俺には俺でやらなければならないことがある。

 

 

 

渋谷 路地裏

 

「……いるんだろう。出てこい」

 

 

ハチ公前を離れてから、視線を感じる。この気配にはボルテクス界で何度も覚えがあった。

人気のないところで声をかけると、喪服の老婆が姿を現す。その気配はどこか刺々しい。

 

 

「どういうつもりだ。最終決戦へ向かうんじゃなかったのか?」

 

「貴方の力量次第で、そうするおつもりでございました。……坊っちゃまは、貴方に酷く落胆しておいでです」

 

「なんだと……?」

 

「今の貴方に成せることは何もないと、坊っちゃまは仰いました。貴方はこの地にて更なる力を手にしなければなりません」

 

「……その為に、俺は何をすればいい」

 

「ご自由に。その方法すらわからないのであれば、最早貴方に用はありません。貴方が力を身につけ坊っちゃまの元へ戻った時……。その時こそ、必ずやご決断為さるでしょう」

 

「話を理解出来たなら、貴方が人であった頃の住所へお行きなさい。貴方がボルテクス界で手にした物と、この世界で差し当たって必要なものは用意しておきました。……精々坊っちゃまの期待を裏切らぬよう……」

 

 

それだけ言い残し老婆は去っていった。俺の力が足りないだと……?釈然としないが、最後の決戦を覚えていないのも事実。とにかく、手掛かりもない事だし、一度以前の家へ行ってみよう。

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 

歩いて以前住んでいた家の住所へと向かう。記憶と違う景色も多かったので無事に辿り着けるか不安だったが、住宅地の中は大した変化もなかったようだ。

 

目の前にあるのは昔に住んでいた頃そのままの家。あの日、家を出た時と何も変わりがない。門を抜け玄関の前に立ってみる。あの世界でどれだけ時間が経ったのか分からないが……よく似た偽物でも懐かしく思う。

中に入ってみる。自分の家はこんな匂いだったか。内装も昔のまま、の筈。人気はない。……当然か。

 

リビングへ進むとテーブルの上に大きな袋が置かれていた。中を覗いてみると、どこかの学校の制服らしい。転入手続きの為のプリントが一緒に入っている。日取りは……明日。

今更、学生に戻れと?馬鹿馬鹿しいと思ったが、現状なんの目処もない。焦る気持ちを抑え、従ってみるのもありかもしれない。

 

身分証、通帳等の貴重品もまとめて置かれていた。そういえばマッカと円のレートを以前聞いたことがある。確か1マッカで約100円。ここへ来る直前の所持金、1000万マッカだと……。

通帳にはレート通りの金額が表記されていた。普通に暮らす分には困る事は無さそうだ。

 

椅子に座って、ふと気づいた。安全に気を緩める場所なんて、一体何時ぶりだろう。そう思うと何だか眠気が出てきた。睡眠の必要なんてないはずなのに。

思えば悪魔になってから、一度も休まる暇はなかった。戦って戦って、戦い続けて、あらゆる者を葬ってきた。思いつく限りの、何もかも……。

 

 

 

 

 

5月7日 深夜 ベルベットルーム 雨宮 蓮

 

「イゴール……聞きたい事がある」

 

「察しはつく。お前の様子は覗かせてもらっていた。……あの男とは、深く関わってはならないと言っておこう。もし関われば、お前の身は大きく破滅へと傾く事になる」

 

「…………」

 

「あの男……人修羅は、世界に空いた空洞……。迂闊に近づけば引きずり込まれ、辿るべき道は破滅のみ」

 

「人修羅……?」

 

「そう。奴はただの人では無い。シャドウともまた違った存在。……悪魔だ」

 

「悪魔……」

 

「奴は人として生まれながら、その身も心も混沌の魔王ルシファーに明け渡した。一つの世界の滅びと引き換えに力を得、その身を人ならざる悪魔へと堕とした。そして、新たな力を求めてこの世界に足を踏み入れている」

 

 

スケールが大きすぎてよく理解できない……。

 

 

「奴は全ての破滅の化身だ。お前の更生に、やつの存在は必ず邪魔になる。やつを、始末せよ。この世界の為、我々も協力を惜しまない」

 

「…………」

 

 

ベルの音が鳴り響く……。

 

 

「……時間だ。お前の選択を見守ろう……」

 

 

 

 

 

5月8日 朝 ルブラン

 

人修羅…悪魔…破滅……。

 

 

「おはよう、蓮。随分遅くまで寝てたじゃねえか」

 

「モルガナ、おはよう。……昨日色々あったから、少し疲れたのかも」

 

「そうだな……。何とか無事に済んだから良かったが……」

 

「ねえ、モルガナはどう思う?昨日最後に言われた事」

 

「無駄死にするってやつか?確かに、シャドウとの戦闘には危険は付き物だ。だが、そんなもんにビビってちゃ怪盗はやれねーぜ。改心、続けるんだろ?」

 

「それはそう、だけど……」

 

「なんだよ……もう怖気付いたのか?確かに昨日は危なかったが、気をつけてれば問題ねーって。……それより、今日はリュージとトレーニングする約束してただろ?そろそろ出ないと間に合わないぞ」

 

 

そうだった。急いで着替えて学校へ行こう。

 

 

 

 

 

5月8日 昼 学校中庭

 

「ふぃ〜いい汗かいたぜ。……腹減ったなぁ。飯行こうぜ、飯!」

 

「ちょっと待って……太腿が……」

 

「ちょっと走った程度で情けねーなー。ワガハイの昨日の猛ダッシュを見習えよ」

 

 

トレーニングを終え中庭で休憩していると、川上と渡り廊下を歩く男子生徒が見えた。休日に来ている生徒はほとんどがユニフォームかジャージだから、制服の生徒はあまり見かけない。

 

 

「おい蓮、どこ見てんだ?」

 

 

何だか後ろ姿に見覚えがある……。息を整えながら眺めていると、視線に気づいた男子生徒が軽くこちらに目を向けた。

 

 

「ん……」

 

「え……」

 

「おい……あいつは!」

 

 

人修羅……。どうしてここに?それよりも、制服?

 

 

「お前たちの学校もここだったのか……。そういえば、確かに昨日この制服を着ていたな」

 

「お前……秀尽の生徒だったのかよ。その割には見たことねぇ面だな?」

 

「正確には明日からだ。2年D組に編入する。今は学校の案内を受けていた」

 

「蓮と同じクラスかよ。お前が向こうでどんだけ強くても、こいつに手ぇ出したら許さねえからな」

 

「……覚えておこう」

 

 

話していると、取り残されていた川上がうんざりした様子で話に入ってきた。

 

 

「君たち……。間薙くんと知り合い?なんだか物騒な会話してるけど、お願いだから喧嘩なんてしないでよね。……はぁ…また面倒な生徒かな……」

 

「心配するな。喧嘩にならない」

 

「本当にやめてよね。案内途中だから、早く行かないと」

 

 

川上の言った名前が耳に残った。

 

 

「間薙……」

 

「……そうだ、伝えてなかったな。間薙 シンだ。シンでいい。よろしく」

 

 

シンはそう言って手を差し出す。イゴールの言葉を思い出し一瞬躊躇したが……俺はその手を取った。

 

 

「雨宮 蓮。蓮でいい。……よろしく」

 



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3.カウンセリング

5月9日 朝 学校

 

「……というわけで、新しく転校生ね。ほら、自己紹介」

 

「間薙 シンだ。よろしく」

 

「また転校生……最近多いな。男ばっかだしつまんねえ」

 

「ねえ、顔カッコよくない?」

 

「え〜目付き険しいし私はないかな〜」

 

「あのクールな視線がいいのに……」

 

 

生徒たちは好き勝手に感想を言い合う。本人にも丸聞こえだと思うが……。

 

 

「……もうちょっと何かないの?好きな事とかさ」

 

「特にない。…………食べる事と寝る事と、文字を読むのが好きだ。雑音と人混みは好きじゃない」

 

 

しばらく川上に睨まれたあと、ついに耐えかねてシンはそう続けた。

 

 

「君視力問題ないよね?席は、一番奥のあそこね」

 

 

シンは促された席に座った。同時にスマホがメッセージを受けて振動する。

 

 

『蓮、あの転校生って』

 

『ご名答』

 

『やっぱり来やがったのか』

 

『知ってたの?』

 

『昨日偶然会った』

 

『どうする?』

 

『どうするって……問い詰めてでも見るか?』

 

『何を?こっちからは特に何も出来ない。手を出してこないならそれでいい』

 

『それしかないか……』

 

『それより、明後日からテストが』

 

『やめて!言わないで!』

 

『竜司は補習頑張って』

 

『まだ決まってねえから!テストまで勉強会すんぞ!放課後ビックリぼーい集合な!』

 

 

 

 

 

5月14日 放課後 間薙 シン

 

テスト期間が終了した。勉強なんて相当久しぶりだったが、ここ数日やる事がなく教科書を読んでいたおかげで多少は勘を取り戻せたようだ。手応えも充分ある。……俺は何のためにこんなことをしているんだろう、とつい自問した。

少しもやつきながら帰る準備をしていたら、川上に呼び止められた。何か用だろうか?

 

 

「なんだ?」

 

「君、カウンセリングね。好きなタイミングでいいけど、なるべく早めに」

 

「何故俺が?断る。無駄な時間を使いたくない」

 

「だからよ……。君、一人で引っ越してきたって聞いてるの。初めて会った時から、ずっとピリピリしてるからさ。そんなにストレス抱えてたら、そのうちどこか悪くするから……とにかく、一度は行くように」

 

 

面倒臭い。無視してもいいが、この先つつかれ続けるのは更に面倒くさい。いっその事、なるべく早めに済ませてしまうか。

保健室は実習棟だったな。図書室で新しい本でも借りて帰るつもりだったが、それはこの後でも間に合うだろう。

保健室の中に気配は一つだけ。先客がいないなら都合がいい。ノックをすると担当の保健教諭の返事があり、ドアが開いた。

 

 

「いらっしゃい。君は……間薙くんだ。来てくれて良かった、川上先生から話は聞いてるよ。おっと、その前に。はじめまして、丸喜 拓人です。これからしばらく保健室に居ることになったから、よろしくね」

 

「知っている。集会で言っていただろ」

 

「一回で覚えてくれてたのかい?いやぁ、嬉しいね。……さ、とりあえず座って。今、飲み物淹れるから……何がいいかな」

 

「コーヒー。……茶菓子はあるか?」

 

「もちろん!甘い物はいいよね、リラックス出来て。そうだ、特別にケーキを出そう。美味しい店のを用意してあるんだ」

 

 

丸喜がバタバタ準備をしている。そういえば、食事なんてずっとしてなかった。味を楽しむ余裕なんてあの世界ではなかったからな。テーブルに置かれたケーキとコーヒーの匂いに、思わず喉が鳴った。真っ赤に輝く苺がとても美味そうだ。

 

 

「さあ、じゃあゆっくりお茶会をしようか。君の話も聞きたいんだ」

 

「カウンセリングじゃなかったのか?」

 

「これもその一環さ。君の悩みを解決してあげたいけど、僕は君の事を何も知らない。それに、誰だって知らない相手に秘密を打ち明けるのは抵抗を感じる筈だ。だから些細な相談からでもしやすいように、最初にお互いのことを知っておきたいんだ」

 

「そうか。だが、俺は先生には興味が無い」

 

「うん、それは仕方がないよ。会ったばかりの人間にいきなり興味を持つ方が難しい。だから先ずは、僕が君の事を知りたい。……話に付き合ってくれるかな?」

 

「……しかたないな」

 

「ありがとう。……間薙くんは、甘い物は好きかい?」

 

「嫌いじゃない。しばらく食べてなかったが……このケーキは美味いな」

 

「本当?気に入って貰えたみたいで嬉しいよ。僕もこの店のケーキが好きでね。大事なお客さんには用意しておくんだ。冷凍ケーキだから保存も効くし」

 

「この味で冷凍なのか?凄いな」

 

「渋谷にある店なんだ。間薙くんは電車通学?」

 

「そうだ。渋谷に家がある」

 

「じゃあきっと通学路だ。駅中にあるから、教えてあげるよ」

 

 

 

「間薙くんは、随分成績がいいんだね。先生たちに話を聞いてみたけど、今回のテストも……。あ、これ、まだ生徒に話しちゃダメだったかな……」

 

「手応えはあった。良かったのか?」

 

「え〜っと……うん。採点が終わってる教科は、どれもすごくいい点を取ってるって聞いた。……この話、内緒にしといてね」

 

「引っ越してきたばかりで試験範囲も違うはずなのに……。普段からしっかり勉強してるんだね。編入試験の結果も相当良かったのかな?」

 

「編入試験……?受けてないぞ」

 

「え……?」

 

「受けてない」

 

「…………ま、まあこの成績なら合格間違いないよね。それに校長が許可したならそれで……」

 

「「…………」」

 

 

 

「あ、もうこんな時間か……。ごめん、思ったより長くなっちゃったね」

 

「別にいい。どうせ帰っても大してやる事はないからな」

 

「そっか。ご飯はちゃんと食べるようにね。僕も一人暮らしだから、何か困ったことがあれば相談に乗るよ」

 

「少し疲れてるみたいだけど……君ならすぐ友達も出来るよ。もっと周りの人に目を向けてみてもいいんじゃないかな」

 

「前向きに検討しておこう」

 

「うん。また、いつでも来てね。待ってるよ」

 

 

丸喜に別れを告げ外に出る。

甘かった……。お菓子がこんなに美味いとは、たまには食べてみるものだ。あの世界に甘い物なんてあっただろうか。記憶を探っていると、ふと、とある言葉が甦った。

 

 

『知ってるか?人間のマガツヒは、悪魔のそれと比べると格別に甘いんだぜ。俺もさっき味わってきた。お前も地下の人間のところに行ってみろよ』

 

 

……イケブクロでそんな話を聞いた覚えがある。その悪魔は俺が始末したが。……他にも何か思い出しそうな気がしたが……思い出せない。

とりあえず、図書室に新しい本を借りに行こう。

 

 

 

 

 

5月14日 放課後 メメントス

 

「確かにこの奥に……」

 

図書室で本を借りた後、帰る手がかりを探す為に異世界へ来た。どうやらこっちにいる間は、自動的に人修羅の姿に変わるようだ。現実でも変わっているのは見た目だけのようだが。

数フロア通り過ぎたところで行き止まりのホームへ着く。壁の奥には下へ繋がる空間があるのがわかるが、通じる道はなかった。

さて、どうしようか……こじ開けるか。

 

 

右手に気合いを集中させ、気を練る。普段は光弾にして放っているが、それを留めたまま思い切り壁を殴りつけた。強烈な反動に足が後ろに擦り下げられる。

 

 

「チッ……。ヒビも入らないか」

 

 

手応えに違和感がある。同等の力が加わったはずの足場にも変化はない。単純な硬さで壊せない訳ではなさそうだ。そうなると、強硬策は難しい。

何処かに仕掛けがあるのか……。しかし、ここに来るまでにそれらしいものは見つけられなかった。

 

 

「手詰まりか……」

 

 

蓮たちなら何か知っている可能性もあるが、今のあいつらは弱すぎる。ここに近づかないよう忠告しておいて、個人的な事にただの人間を巻き込むのも気が引ける。

ここは一度諦めよう。他の場所に何かあるか探ってからでもいいはずだ。



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4.奥村 春

前話の会話に少し抜けがありました
シンの家は渋谷周辺にある設定で
修正済みです


5月20日 昼休み

 

「おい蓮、あれ見ろよ。テストの結果が張り出されてるぜ」

 

 

昼休みに昇降口の前を通りかかると、生徒たちが集まって自分の成績を確認していた。秀尽はクラスによっては進学組なので、成績を気にする生徒は多い。

 

今回の成績は……中間よりやや上だ。

 

 

「ふむふむ。これなら仲間にも示しがつくな。どれどれ、他のみんなは……アン殿は真ん中ぐらい。リュージは……ダメダメじゃねえか。勉強会の意味あったのか?これ」

 

 

シンの順位は……学年3位だ。

 

 

「シンのやつ3位じゃねえか、やるもんだなぁ。お前も負けんなよ」

 

 

 

 

 

5月20日 放課後 間薙 シン

 

授業が終わった。……が、すぐ帰る気にならない。家に居ると色々考えてしまって気持ちが落ち着かない。何処か、もう少し落ち着いて本を読めるところを探したい。さて、どうしよう。

 

靴を履いて、どこへ行こうか悩んでいると、昇降口の前で台車を押そうとしている女子生徒を見かけた。積んであるのは園芸用の土や肥料だ。一袋でも数十kgありそうなのに、胸の高さまでずっしり積み上がっている。どうやら重すぎて動かないらしい。

 

手伝った方がいいだろうか……。

 

 

「う…うごか…っ!」

 

「…………大丈夫か?」

 

 

思わず呆れて声をかけると、女子生徒は少しはっとした様子でこちらを向いた。

 

 

「ごめんなさい。邪魔だったかしら」

 

「いや、そんな事はないが……。動かせないのに、どこまで持っていくつもりだ」

 

「お、屋上まで……」

 

「もう少し自分の力を考えて積んだ方がいい」

 

「失敗だったなあ……。少し降ろしに戻らなくちゃ」

 

「……その必要はない。危ないから少し離れててくれ」

 

 

崩れないように気をつけて、台車ごと持ち上げた。前は見えないが周りのものは気配でわかる。歩くぐらいなら支障はない。

 

 

「え……えぇっ!?」

 

「これでいい。早く済まそう」

 

 

 

 

 

屋上

 

ドアに引っかからないよう気をはらいながら屋上に出る。階段が少し軋んでいたが、穴が空くような事はなくて一安心だ。何処に置けばいいか迷ったが、奥の方に積まれた土を見つけたのでその横へ台車を降ろした。

 

 

「ほんとに上まで運んじゃった……。ありがとう、やっぱり男の子って力持ち!」

 

「次からは運べるように気をつけてくれ。この土は何に使うんだ?」

 

「ふふ、気になる?そこのプランターで野菜を育ててるの。前はある先生が育ててたんだけど……。休職しちゃったから、私が代わりにお世話してるんだ」

 

「屋上でか。少し流行ってるらしいな。雑誌で見た」

 

「東京じゃ土地が足りないからね。やってみると楽しいよ?……この場所も好きなんだ。静かなところで一生懸命お世話をしてると、とっても気分が落ち着くから」

 

「ああ。……いい場所だな」

 

 

確かに、静かでいい場所だ。校内の喧騒とは全く隔絶されていて、聞こえてくるのは遠くからブラスバンド部の楽器の音、運動部の掛け声程度。……青春を感じる音だ。室外機の音は少し邪魔だが……気になるほどではない。

もしかすると、ここなら落ち着いて本を読めるかもしれない。

 

 

「ここにいていいか?」

 

「うん、もちろん。あ、でも、ここ立ち入り禁止……。……そうだ!」

 

「一緒にこの子たちのお世話しない?そうすれば、先生に見つかっても言い訳できるし。都合がいい時だけでもいいから」

 

「そんな事でいいのか?なら、よろしく。俺は間薙 シンだ」

 

「そういえば自己紹介まだだったね。私、奥村 春。早速だけど、手伝って貰おうかな。まずは……」

 

 

春と土いじりをした……。

 

 

「ふう、今日はこれぐらいにしておこうかな」

 

「そうだな……もう日も暮れる」

 

「二人でやると捗るね。土を取り替えるだけのつもりだったけど、苗植えまで終わっちゃった」

 

「何の苗なんだ?」

 

「トマトと人参。凄く成長の早い品種だから、来月には育つと思う。出来たら分けて持って帰ろう。楽しみね」

 

 

来月か……。俺はいつまでこの世界にいることになるんだろうか。早く戻らなければならないのは確かだが、この野菜が育ちきるまでは居られるだろうか。

 

 

「何だかお腹すいちゃったな……。シンくんの方が身体動かしてたし、もっとお腹すいてるよね。ご飯、食べに行かない?」

 

「構わない」

 

「よかった。電話するからちょっと待ってて。……もしもし?私です。今日、夕飯は食べて帰るからいりません。迎えの車も大丈夫です。……ええ、なるべく早く帰ります。……それでは」

 

「お待たせ。じゃ、行こっか」

 

「もしかして、随分お嬢様なのか?迎えの車なんて中々聞かない」

 

「……うん、ちょっとね」

 

 

奥村……。何かで目にした記憶がある。なんだったか……。

 

 

「……思い出した。春はオクムラフーズの代表取締役、奥村 邦和の一人娘だ。そういえば、父親のインタビューで春の顔も見たことがあった」

 

「そっか……。知ってたんだ」

 

「今までは忘れていた。浮かない顔だな。自慢の実家じゃないか」

 

「自慢できるような事ないのよ。会社を大きくしたのはお父様。私は何をした訳でもないもの」

 

「もっと早く思い出せば良かったな。ビッグバン・バーガーには最近毎日世話になっている」

 

「そうなの?ふふっ、ダメだよ、ちゃんとしたご飯も食べないと」

 

「値段の割りに量が多いからな。コスモタワー・バーガーはいい。あの商品は失くさないでくれ」

 

「あれを食べられるの!?……もしかして、力の秘密はそこにあるのかな?」

 

「今日は何を食べに行く?俺としてはビッグバン・バーガーでもいいぞ」

 

「だーめ。ハンバーガーばっかりじゃ栄養偏っちゃうから」

 

「……そういえば、渋谷のファミレスに新装開店の看板が立ってたな」

 

「あっ、ビックリぼーいね?あそこならメニューも豊富だし……。そこにしよっか」

 

 

 

 

 

渋谷 セントラル街

 

セントラル街に来た。レストランに入るところで、見知った三人組が前から歩いてくるのが見える。少し疲弊している様なのと、魔力の気配が強くする所をみると……異世界帰りか。

どうやら向こうも俺に気づいたようだ。

 

 

「シン。今帰り?」

 

「ああ。ここで夕飯を済ませてからな」

 

「こんばんは。シンくんのお友達かしら」

 

 

春が蓮たちに声をかける。春の顔を見ると、竜司は目を大きく見開いて驚愕を顕にした。

 

 

「め……めっちゃ可愛い!?まさか、もう彼女作りやがったのか!?」

 

「や、やだもう……。そういうのじゃないの、少し手伝って貰っただけで……。ねえ、シンくん?」

 

 

これは……釘を刺されているのだろうか。だとすると、下手な事は言えない。慎重に言葉を選ぼう。

 

 

「ああ、違うな。春が可愛いのには同意するが、関係性としては取引相手だ」

 

「そ、そうそ……ええぇっ!」

 

「シンもやるな」

 

「何がだ?」

 

「ダメだこりゃ……。でも、ほんとに綺麗な人だね」

 

「チクショー!なんでこんな無愛想なのがモテるんだよっ!」

 

「違うのよ!?ほんとに!」

 

「わかったわかった。じゃあ、うちらはお邪魔だから帰ろっか。ほら、竜司行くよ」

 

「話したい事もあったけど……また明日にする。またね、シン」

 

「ちょっ、ちょっと待った!まだ話は……!」

 

 

竜司を引きずりながら蓮たちは去っていった。春をみると耳の先まで赤くなっている。今日は暑かったのか?この身体だと意識しないと環境の変化に気づけないのが不便だな。

体温を確かめようと手を伸ばすと、春は高速で後ずさった。

 

 

「春、どうした?……ああ、すまん。熱がないか確かめようとしただけだ。」

 

「な、なんでもないの!ごめん、今日は帰るねっ!」

 

 

春は大慌てで去っていった。あんなに顔を赤くして大丈夫だろうか…………なにか選択を間違えた気がする……。



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5.新島 真

5月21日 放課後 セントラル街

 

昨日セントラル街で蓮たちと会った時、察するに異世界帰りの様だった。しかし、俺はブチ公前以外から異世界に入れた試しがない。他にも、俺の知らない異世界に通じる入口があるのだろう。最奥の壁を開くには、もしかするとそっちからアクションを起こさなければならない可能性がある。

 

放課後、蓮たちは少し気構えている雰囲気だった。恐らく今日も異世界へ向かうのだろう。俺は魔力の気配は察知できるが、離れていたり隠されていると気づけない。今日は、あいつらを尾行して異世界の入口を突き止めるつもりだ。

 

 

「渋谷で降りてセントラル街へ……」

 

 

…………学校からずっと気になっていたが、明らかに蓮を尾けている女子生徒がいる。顔を漫画雑誌で隠して、制服のままフラフラと追っかけている姿は逆に目立っていた。

あの様子では確実にそのうちバレるな。いや、もうバレてるかも……。そうなると、その少し後ろにいる俺に気づく可能性もある。ここしばらくでわかったが、蓮はかなり勘が鋭そうだ。

 

しかたない……。

 

 

「おい」

 

「きゃっ!……あ、あら、秀尽生ね。私に何か用かしら?」

 

「その下手くそな尾行をやめてくれ。俺まで見つかる」

 

「な、何の事かしら?尾行なんて……。……あ、見失っちゃった……」

 

「してるじゃないか」

 

「貴方と私は関係ないでしょ。こっちだってやりたくてやってる訳じゃないのよ。……貴方、見ない顔ね。何組の生徒?」

 

「2-Dだ」

 

「2-D……。ああ……貴方がもう一人の転校生。随分成績がいいみたいね。進学クラスの後輩が噂してたわよ、順位を落とされたって」

 

「そうか。勉強は好きだが成績には特に興味はない。好きに抜いてくれていいと伝えてくれ」

 

「貴方ね……。いえ、ごめんなさい。貴方には何も落ち度はないわ。……勉強、好きなの?」

 

「勉強が好き……。いや、改めて考えると、あまりそれ自体が好きなわけじゃないな。どちらかというと、本を読んだり映画を見る方が好きだ。だが、勉強はその助けになる」

 

「へえ……どんな風に?」

 

「幅広い知識と思考力がなければ、あらゆる物語を深く理解する事は難しい。一見繋がりのないように見えても、その実裏側に関連性や類似点が見つけられる事がある。表面的には違っても、モチーフを……その意味を考えれば、解釈は重なる」

 

「たとえ作者同士に繋がりはなくとも、作品や思想には繋がる部分がある。どれだけ歴史を積み上げても、人間が考える事はいつの時代もそう変わらない」

 

「俺が好きなのは自伝や、フィクションであっても作者に近しい体験や感情をモチーフにした作品だ。そして、作品を通して誰かに求めているのか、自分を映しているのか、こういう作品には共通して主人公が手にするものがある」

 

「……それは?」

 

「心の『救い』だ。」

 

「「…………」」

 

「すまない、長々と……。今のはただの俺の考えだ。深く気にしなくていい」

 

「ううん、面白かった」

 

「そうか」

 

「……元々、何の話をしていたんだ?」

 

「何の……あっ、尾行!」

 

 

そうだ、しまった。つい俺もつられて話を続けていた。今日はもう蓮たちは見つけられないな……。

 

 

「元はと言えば、貴方が話しかけてきたせいよね?……尾行、付き合ってもらうわよ」

 

「何だと……」

 

「どうせ貴方も尾けてたんだからいいじゃない。目的は一致してるでしょ?」

 

「それはそうだが……断る」

 

 

誰かが居ると、異世界への入口を見つけてもそのまま乗り込むことが出来ない。しかも、蓮たちが異世界に入るところを目撃されると、一人で異世界に迷い込む可能性もある。

……ここは断るしかない。

 

 

「そう……残念ね。それじゃ、生徒会に入ってみない?人数は足りてるけど忙しいことには変わらないし、一人くらいねじ込めるわ。貴方なら成績も人格にも問題はなさそうだし……」

 

「生徒会だったのか。だが、それも断る。生徒会活動に時間を割く気にならない。今のところ進学する気もないからな」

 

「そ、そう……。でも、たまに話をするぐらいならいいでしょう?おすすめの映画とか本の……」

 

「それも……」

 

 

『君ならすぐ友達も出来るよ。もっと周りの人に目を向けてみてもいいんじゃないかな』

『前向きに検討しておこう』

 

ふと、丸喜との会話が頭をよぎった。特に友達が必要だとも思っていないが……これは約束に入るだろうか?

 

 

「…………」

 

「どうかしら……?」

 

「……たまに、なら」

 

 

そう告げると、彼女の顔はぱっと明るくなった。

 

 

「よかった……!これで私たち、友達ね?私は新島 真。一応、秀尽の生徒会長。だけど、特別な事は何もないから普通に話しかけて」

 

「俺は間薙 シンだ。普段は大抵どこかで本を読んでる。時間はあるから好きに声をかけてくれ」

 

「ありがとう。じゃ、日も暮れてきたし今日はもう帰りましょう」

 

 

真と話しながら駅へ向かっていると、ジムのある路地裏から男の怒声と悲鳴が聞こえてきた。覗き込むと、一人の秀尽生が柄の悪い男に絡まれているようだ。

 

 

「大変……!助けないと!」

 

 

真は二人に割って入りに行ってしまった。放っておいてもいいと思うが、とにかく俺も追いかけよう。

 

 

「このクソガキ!ビデオ一台壊したぐらいでバイト辞めれると思ってんじゃねえだろうな!?動画は別に保存してあんだよ!」

 

「ちょっと!やめないと警察呼ぶわよ!その手を離しなさい!」

 

 

真は、男子生徒の胸倉を掴む男の手を弾いた。しかし、男は狼狽えない。男子生徒を睨みながら、むしろ冷静になって話を続けた。

 

 

「いいよ、警察呼んでもらっても。なあ?お前もその方がいいか?」

 

「か、会長……やめて、下さい……。警察は不味いんです……」

 

「なっ……何言ってるのよ!?」

 

「ほら、会長さん。彼の為にも通報はやめとこうよ。ああ、でも俺、会長さんに叩かれた手、痛かったなぁ〜」

 

「ちょっ……と!離しなさい!」

 

 

男が真の左手を掴む。男子生徒は逃げ出してしまった。このままだとどうなるかは、火を見るより明らかだ。穏便に済むなら見ているだけのつもりだったが、そろそろ止めないと危険だろう。

俺は横から真を掴む男の左手首を握り、徐々に力を込めていく。男は俺の行動に激昂した。

 

 

「いっ…てぇな!離せコラ!」

 

 

男は空いた右拳で殴りかかってきた。受け止めた拳は逃がさない。男は骨が軋む痛みでようやく真の腕を離したが、もう遅い。少し痛い目をみてもらおう。

男は痛みに蹲りながら罵声を浴びせてくるが、腕は離さない。さらに力を込める。

右拳より先に、左手首から二回骨が砕ける音がした。男は悲鳴をあげ、涙を流し始めたが、こういう輩はもう少し詰めておかないとあとが面倒だ。

左手を離し、地面に落ちた掌と指の骨も踏み折っておく。

 

 

「二度と物を握れないようにしてやろうか?」

 

「や…やめて……許して……」

 

「ちょっと、いくらなんでも……!」

 

「最初に首を突っ込んだのは真だ。後腐れがないように始末をつける。嫌なら見るな」

 

 

続けて右拳の骨を余すところなく丹念に揉み砕く。男は微かに嘔吐くが、もう悲鳴をあげる気力もないようだ。

力を無くし男の顎はたれさがっている。砕いておこう。余計な事を話せないように。

両腕をぶら下げた男の顎に、膝をぶちかました。防ぐ事も出来なかった男は、歯を何本か飛ばしながら後ろに少し跳ね転がった。もう男は動かない。

『原色の舞踏』を使ってカモフラージュしていたので、周りにこの光景を見られることは無い。何も問題は無い。

 

 

「これでよし。……帰ろう」

 

 

 

 

ブチ公前

 

真を送りに駅まで来た。あれからここに来るまでの間、真は俯いて何も話さない。何かを考えながらどこか怯えた顔をしている。駅に着いても真が動く気配はなかった。

 

 

「真、どうした?とっくに駅に着いてる」

 

「うん……。あの、ね……?怒らないで聞いてくれるかしら……」

 

「何だ」

 

「貴方が私の事を考えてやってくれたのは、理解してるつもり。けど……やっぱり、いくらなんでもやりすぎよ。あれじゃ完全に傷害罪……どころか、もし打ち所が悪ければ……。怪我で済むなら私は黙っていてあげるけど、誰かに見られてたり、警察に駆け込まれでもしたらどうするつもり?」

 

「そうならないようにあそこまでしたんだ。加減も計算した。周囲にもちゃんと気を配っていた。見られた心配はない」

 

「いや……ごめん、違うの、そういう問題じゃなくて……」

 

「どういう問題だ?」

 

「……本当に、わからない?……あの男と会ってから、最初と全然様子が違う。まるで別人になったみたいに。……正直、今の貴方が凄く怖い」

 

「……俺が怖い?……わからない。俺は正しかった筈だ。安全に、問題に対処した。俺が……。……」

 

「……ねえ、大丈夫?」

 

「そうか……。……ごめん」

 

 

俺は逃げた。真は追ってこなかった。身体が熱い。何か選択を間違えた?大丈夫だ。また忘れてしまえばいい。何を?俺は、何を……。

 

 



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6.契約

5月21日 夜 ルブラン

 

『相談がある。少しいいか?』

 

『あいよ』

 

『どした?』

 

『俺もいる』

 

『異世界の攻略について、シンに協力を取り付けたい』

 

『なんでアイツに? 俺たちだけで問題ねーよ』

 

『本当にそう思う?』

 

 

「確かにな……今日はアン殿の機転で切り抜けられたが、ギリギリもいいとこだった」

 

 

『俺の力が通用すればあんな紙ペラ野郎なんて……』

 

『それが通じないから問題なんだろう 俺の刀も通らなかった』

 

『攻撃の威力もヤバかったね……』

 

『この先もあのレベルを相手するとなると、今の俺たちでは力不足だ。怪盗の活動にも支障が出る』

 

『協力を求められるなら、そうしない手はないな』

 

『私はいいと思う 素直に協力して貰えるとも思えないけど』

 

『俺はあんまり賛成じゃねえ けど、悪党共をこのままにもしておけねえ 蓮に任せるわ』

 

『待て』

 

『どした?』

 

『シンとは誰だ?』

 

『今更かよ! けど、そういえばお前は知らなかったな』

 

『シンは……』

 

 

 

5月23日 放課後 教室

 

授業が終わった。あの後祐介にシンについて伝え、協力については俺から打診することになった。さて、どう話したものか。

シンはまだ教室にいる。帰る用意をしているようだ。

 

 

「話、してみるんだろ?」

 

「ああ。……シン」

 

「蓮か。何か用か?」

 

「少し話がある。この後いい?」

 

「……場所を変えよう」

 

 

 

学校中庭 自販機前

 

「何の話だ?」

 

「率直に言う。俺たちに戦い方を教えて欲しい」

 

 

シンはため息混じりに俯いた。

 

 

「断る。異世界には足を踏み入れないように忠告したはずだ」

 

「いいか?戦闘は子供のチャンバラごっこじゃない。命を懸けた本当の殺し合いだ。万全を期しても、ほんの些細なミス……ミスとも呼べない不運一つで死ぬ事にもなりうる」

 

「それは俺だってそうだ。今でも命の危険を感じる事はあるし、勝てるかどうかわからない相手に当たることもある。俺が今も生きているのは、強かったからだけじゃない。運も良かったからだ」

 

「全員束になっても俺一人の足元にも及ばない。そんなお前らが、生きていけようはずもない。全員向こうで野垂れ死んで、こっちに死体も戻らないのがオチだ」

 

 

シンは、話は終わりだとでも言うようにベンチから立ち上がった。

 

 

「それでも、退けない理由がある」

 

「……怪盗団の噂は俺も耳にした。正体はお前たちだな?名前も知らないバレー部の生徒たちの為に、独裁的な教師を追い出したらしいな。異世界で傷ついてまで……馬鹿げている」

 

「見知らぬ他人の為に自分を浪費するな。力の伴わない半端な善意や、功名心で戦って命を落とすのは馬鹿のする事だ」

 

「そんなんじゃない!……鴨志田をのさばらせておけば、俺と竜司は退学になるところだった。杏も鴨志田に目をつけられて、どんな目に遭っていたかわからない。杏の友達に至っては、屋上から飛び降りるまで鴨志田に追い込まれてた」

 

「……そうだったのか」

 

「俺たちの戦う理由は自分の人生を生きていく為。それは今だってそうだ。自分たちに手を出してくる悪党を、放ってはおけない。……だから、シン。俺たちを助けてくれないか」

 

「身にかかる火の粉をはらう為、か……」

 

 

シンは振り向かない。手に持った缶コーヒーを見つめたまま、何か考えている。

少し経って、一気に缶の中身を飲み干すと、ゴミ箱に空き缶を投げ捨てた。振り向いたシンは、鋭い目つきで俺に告げる。

 

 

「それでも、俺がお前たちに手を貸す理由はないな」

 

 

シンからの返事は俺の期待していた言葉とは違った。諦めるしかないか……。

 

 

「だが、お前たちの戦う理由を勝手に推測したことについては謝ろう。詫びとして、そこまで言うなら、どれだけやれるのか見せてもらう。最初にあった異世界の入口で待つ。全員呼んで、準備が済んだら来い」

 

 

 

 

 

メメントス

 

全員に集合をかけ、メメントスへと侵入した。急ぎの連絡だった為まだ理由については伝えられていない。

 

 

「急にどうしたよ?ターゲットでも見つかったか?」

 

「違う。けど、すぐに戦える準備はしておいてくれ」

 

「アン殿、急に申し訳ない。ただ、昨日の事で……」

 

「昨日の?あ、間薙くんに協力取り付けられたの?」

 

「ふむ、件の……。しかし、姿が見えないようだが」

 

 

「ここだ」

 

 

不意に後ろからかけられた声に、思わず振り向く。いつの間にか、初めて会った時と同じ格好のシンが立っていた。

やる気だ。威圧感に、背中に嫌な汗が伝う。

 

 

「まとめてかかってこい。どうせ当たらない」

 

 

みんなは戸惑っている。俺から仕掛けよう。

 

 

「エリゴール!スクンダ!」

 

 

シンの動きを鈍らせ、ナイフで仕掛ける。しかし、紙一枚の距離で見切られ、膝蹴りを腹に突き刺された。

 

 

「がっ……!」

 

「てめぇ、やんのか!?ぶちかませ!キッド!」

 

「ちょっといきなり!?カルメン!『タルンダ』!」

 

「ジョーカー!こんなもんで終わるなよ!『ディア』!」

 

「面白い!俺の剣捌き、見せてやろう!ゴエモン!」

 

 

竜司と祐介が左右から攻撃を仕掛ける。当たらない。その場で一歩動いただけで、受けることもせず躱し切る。余裕の表れか、これもまた紙一重。補助魔法に至っては避けようともしない。

攻撃の振り終わりに合わせ二人に足払い。体勢を崩された竜司と祐介は、痛烈な打撃を叩き込まれ俺たちの後方まで吹き飛んだ。

 

 

「ぐっはっ…!」

 

「うがっ…!」

 

「いくよカルメン!『アギ』!」

 

 

入れ替わりに杏が火球を放つ。目の前に迫る火球を、シンは口から火を吹き押し返した。火球はシンの放ったブレスと混ざり合い、放たれた瞬間よりも速度を増して、杏に直撃する。

 

 

「ちょっと、マジ!?あいたぁーっ!」

 

 

「どうした!こんなものか!」

 

 

それぞれが闇雲に動いたところで、シンには到底かすりもしない。だが、今は一対五。しかも、シンは明らかに俺たちを舐めてかかっている。連携と意表の突き方次第で、わずかでもチャンスは作れる筈だ。……多分。

 

 

「……みんな、一つ作戦がある」

 

「ジョーカー、何か思いついたのか?」

 

「バラバラに攻撃しても順番に対処されるだけ。やるんなら一斉にだ。作戦を説明する。………………どう?」

 

「なるほど……。こりゃワガハイの責任重大だな」

 

「いいぜ。ぜってーに一発かましてやる!」

 

「一糸乱れぬ連携……成功すれば、美しいな。のった」

 

「準備はいい?それじゃあ、私から仕掛けるよ!」

 

 

 

「ほう。何か考えたみたいだな」

 

「いくよ!『アギ』!」

 

「我が雄姿を見よ!『ガル』!」

 

 

シンの目の前で二つの魔法はぶつかり弾ける。炎は風で勢いを増し、シンの視界を赤く覆った。

炎に乗じて、残りの三人で接近戦を仕掛ける。

 

 

「目眩しか。拙いな。お前たちが仕掛けてくるのもわかっている」

 

「ジョーカー、『スクカジャ』だ!」

 

 

シンは常にギリギリの回避を狙っている。避けられる直前に、祐介のスクカジャで攻撃を加速させフェイントをかける。それも対応され躱されるが、それも予想通り。ほんの少しでも余裕を奪ったところに、すかさず他の誰かが追撃する。

 

 

「今の工夫はいい感じだ」

 

「合わせるぞ!」

 

 

杏とモルガナでもう一度炎幕を張る。竜司、杏、祐介の三人は距離を取り多角的に銃撃するが、全て弾かれているようだ。だが、最初に比べれば明らかに手数を使わせている。

一か八か隙を突くため、俺とモルガナで上下から突っ込む。

 

 

「モナ、決めてこい!『タルカジャ』!」

 

 

炎を抜けた先には、シンの靴の裏が大きく視界に映った。顔面に蹴りを喰らい押し返されるが、まだだ。無理やり距離を詰める。

モルガナは……。反撃を受け、天井に触れるほど高く真上に飛ばされていた。上手く逃げる方向をコントロール出来たらしい。よく作戦通りにこなしてくれた。

 

 

―――ここしかない。

 

 

「マタドール!『電光石火』!」

 

「チッ……!」

 

 

至近距離で俺の攻撃を防いだとき、ようやくシンは異変に気づいた。頭上で車に変身したモルガナが、その重量で突撃してきている事に。

 

シンはガードに回ろうとするが、手が足りない。更に、竜司と祐介がモルガナを後押しする。

 

 

「ゴエモン!」

 

「キッド!」

 

「駄目押しだ。『チャージ』!『電光石火』!」

 

 

攻防の最中、シンと一瞬視線が交錯した。同時にガードするシンの力が緩んだ。その表情は、口角が上がっているように見えた。

 

 

 

 

 

一点に集中した力が爆発する。真っ黒な土煙が晴れた後、その場に立っていられたのはシンだけだった。

 

 

「……あの炎は単なる目眩しじゃなく、影を消すことが目的だったわけか。途中から銃を撃ち続けたのも、銃声でエンジンの音を悟らせない為……」

 

「それに……まさか、最後の攻撃はまともに当てられるとは思わなかった」

 

「その割には傷がないな」

 

「ちゃんと当たった。合計で、30ダメージぐらいは。……もしや、最後の猫も陽動か?力を溜めていたのを見たぞ」

 

「夢中だっただけだよ」

 

 

シンは座り込んだままの俺を掴んで立ち上げる。周りのみんなを見渡しながら、言葉を続けた。

 

 

「いいだろう。協力してやってもいい。だが、これは取引だ。俺の要求も呑んで貰う」

 

「俺の目的は元いた場所に帰ること。その手がかりは、まだ掴めていない」

 

「お前たちは、この世界に関しては俺よりも知っているんだろう。協力してもらうぞ」

 

「ああ……。取引だ」

 

 

我は汝…汝は我…

汝、ここに新たなる契りを得たり

 

契りは即ち、

囚われを破らんとする反逆の翼なり

 

我、『混沌』のペルソナの生誕に祝福の風を得たり

自由へと至る、更なる力とならん…

 




混沌王 間薙 シン
Lv99
HP 999 MP 885
力 魔 体 速 運 全て最大値
全般的に強い 即死無効 バステ無効
相手の物理相性と防御を貫通する

あらゆるスキルを習得し行使するが、その中でも好んで使うもの八つ
至高の魔弾 タルカジャ
地母の晩餐 ショックウェーブ
死亡遊戯 フォッグブレス
雄叫び 気合い

その中でも『至高の魔弾』『地母の晩餐』『死亡遊戯』に関しては人修羅の奥義とも呼べるスキルであり、例え同名のスキルを習得しようともその性能は桁違いに高い。

得意な属性
物理 銃撃 補助 万能

苦手な属性
なし


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7.清掃活動

5月23日 夜 ブチ公前

 

「先に言っておくが……俺はお前たちがパレスに潜入するのには同行しない」

 

 

現実世界に帰還し、異世界について粗方の説明を終えたあと。シンはそう告げた。

 

 

「なんでだよ。協力すんじゃなかったのか?」

 

「俺に頼るしか能がないなら、今すぐ解散するんだな。俺はそんな奴らに手を貸すつもりは無い」

 

「お前たちがそうじゃないのはさっき確かめた。だが、まだまだ力が足りないのも事実。だから、俺はお前たちが強くなる為に力を貸してやる。その力で何をするかは好きにすればいい」

 

「具体的には、どうするの?」

 

「そうだな……。攻撃の躱し方、防ぎ方、当て方の基本動作。戦闘中意識しておく部分。近距離での効果的な駆け引きなど、技術的な事なら教える」

 

「だがその前に、まず総合的なレベルが低すぎる。これは経験を積むしかないが、日々の戦闘も意識してこなせば多少は身につくのも早いだろう」

 

「お前たちの成長次第で、それぞれに合ったスキルも教えてやれる。習得できるかは努力次第だがな」

 

「ふふ、腕が鳴るな」

 

「あまり大人数だと一度には無理だ。俺の体は一つしかない。……今日はもう遅い。連絡してくれれば時間は空けておくから、今夜はもう帰るぞ」

 

「うん。よろしくね、シン」

 

「ああ、取引だからな。今後ともよろしく、だ」

 

 

 

 

 

5月27日 放課後 屋上

 

放課後。授業を終えた俺はすっかり日課になった屋上での読書をしていた。当然荷物運びの手伝いを終えた後でだ。春は黙って土いじりをしていたが一段落ついたようで、椅子に座る俺に声をかける。

 

 

「ねえ、清掃活動の班分け、もう見た?」

 

「いや、まだだ。……春とは学年が違うのが残念だな。行事で別になる」

 

「ところが……。じゃーん!」

 

 

春はプリントを広げる。春の班のメンバー欄のようだ。

メンバーは……。

 

班長 新島 真

間薙 シン 奥村 春 三島 由輝

 

……全員顔見知りで揃うとは。こんな偶然もあるものだ。……三島の事は……よく知らないが。

 

 

「今年は縦割りになったんだって。これだけ生徒がいてシンくんと一緒の班なの、凄いでしょ?仕組まれたみたい」

 

「シンくんと一緒でよかった。私、友達も少ないから心細かったの」

 

「俺も春と一緒で良かったと思う。知らない相手だと面倒だからな」

 

「こうなると、楽しくなってきちゃうね。……そうだ。確か昼過ぎで終わりだった筈だから、ご飯でも食べに行こうか。……この前、急に都合悪くなっちゃったし」

 

「いいな。楽しみにしてる」

 

 

 

 

 

5月30日 午前 井の頭公園

 

ゴミ拾い当日。知った顔しかいないと思えば、特に嫌な事はない。

……少し早く来すぎたか?生徒はまだまばらにしか居らず、普段の静けさが残っている。陽光を返し輝く水面が綺麗だ。

春は、今日は車で来ると言っていた。……どうやらまだ来ていないようだ。

 

 

「おはよう」

 

 

不意に背後から声をかけられた。澄んだ空気に浸っていたら、うっかり近寄られた事に気づかなかった。

振り向くと、大きな寸胴鍋を引きずったジャージ姿の真がいる。

 

 

「おはよう。随分早いな」

 

「運営側はそれなりに準備もあるから。今日、同じ班だったわよね。よかったわ、目の届くところにいてくれて。……ところで、この前の……あの後大丈夫だったの?ほら、報復とか……」

 

「変な言い方だな。……この前?尾行の話か?俺は気づかれてない。報復をされるような間柄でもないしな」

 

「違うわよ、この前の男の。……ねぇ、まさか本気で覚えてないっていうつもり?」

 

「……悪いが思い出せない。もしかして、本の話か?どのタイトルだ?」

 

「…………そう。それなら思い違いね。気にしないで。そんなことより、暇なら少し手伝って。この鍋、結構重いのよ」

 

 

露骨に話を逸らされた。何だか妙な感じだ。……とりあえず、手伝えと言うなら手伝おう。

 

 

 

「おはよう、シンくん」

 

「春か。おはよう」

 

「随分、大きな鍋ね。先生たちのお手伝い?」

 

「そんなようなものだ。丸喜が豚汁を作るらしい」

 

「豚汁かぁ。今日は少し肌寒いから、嬉しいね」

 

「昼はどうする。何処か行きたい場所があるなら付き合うぞ」

 

「それなんだけど、ちょっと考えてる事があるの。楽しみにしててね」

 

 

 

清掃活動中……

 

「……改めて見るとゴミだらけなのね。綺麗な公園なのに、酷い……」

 

「水質も悪い。色んなゴミが流れ込んで、すっかり濁ってる。都会の悪い面だな」

 

「今日で少しでも綺麗になればいいけど……」

 

「そうだな。全部拾い切るのは無理でも、見えるゴミが減ればポイ捨てもしにくくなる。これだけ人数がいれば、多少変わるだろう」

 

「割れ窓理論ってやつね。私たちが率先して頑張れば、周りも動いてくれるわ」

 

「流石真、知ってたか」

 

「有名な話じゃない」

 

「知らなかった……。もしかして、それもある種の改心だね!?人類、皆怪盗団!」

 

「…ごめん、ちょっと言ってること、わからない…」

 

「……そろそろ時間ね。行ってくるわ」

 

 

 

『時間です。皆さん、お疲れ様でした。各班の班長は人数分の豚汁を取りに来てください』

 

 

 

拡声器で放送したあと、真は使い捨ての器を四つ盆に乗せて帰ってきた。湯気と共に、味噌のいい香りが公園のあちこちに広がる。

 

 

「お疲れ様。これ、豚汁。器は向こうに捨てる場所があるから。心配はしてないけど、間違ってもポイ捨てなんてしないでよ」

 

「ああ。生徒会は仕事が多くて大変そうだ」

 

「しかたないわね。こういう行事の仕事があるのは、最初からわかってて立候補したんだし。それで……ねえ、私午後も片付けがあって弁当持参なんだけど、もし良かったら……」

 

「ありがたいが……弁当は持ってきていないんだ」

 

「そうだと思って……。はい、これ」

 

「これは……?」

 

「見て分からないの?お弁当よ。一緒に食べない?もちろん、自分の分は別にあるから」

 

 

真は少し古い無骨な弁当箱を差し出した。男家族のものだろうか。

……困った。この後は春と食べに行く約束がある。断るのも気が引けるが、持って帰って後で食べようか……。

返答に困っていると、着替えて普段着になった春が戻ってきた。

 

 

「お待たせ。先に着替えてきちゃった」

 

「おかえり。春、この後の事なんだが……」

 

「そうそう、実はね……」

 

「はい、これ。天気も良かったから、ここで食べたくてお弁当作ってきたの。……迷惑じゃなかったかな」

 

 

春は鞄から大きな包みを取り出した。中身は弁当箱……というか、重箱だ。

春は、ここでようやく真が手に持った物に気づいたようで、視線を真の手元へ向ける。

 

 

「それ……お弁当?そっか、新島さんも……」

 

「ただいま。拾ったゴミ、まとめて捨ててきたよ。……あれ?みんな弁当?じゃあ少し待っててよ。俺の分、近くのコンビニで買ってくるから」

 

「あ、三島くん。豚汁貰ったら各自自由解散らしいよ。私たちはここで食べるから、お疲れ様」

 

「そうなんですか。じゃあ、僕も一緒に……」

 

「ゴミ捨て、行ってくれてありがとう。お疲れ様」

 

「…………はい、お疲れ様でした……」

 

 

春に押し切られて、三島はすごすごと竜司たちへ混じりに行った。

 

 

「さて、それじゃお弁当食べよっか」

 

「……私も一緒でいいの?」

 

「うん。せっかく作ってきたんでしょう?みんなで食べた方が美味しいよ」

 

「三島は……いや、何でもない。春もこう言ってる。一緒に食べよう」

 

 

 

 

 

「……美味い。すごい。真、これは自分で作ったのか?」

 

「そうよ。私の家、家族は仕事で忙しいから、普段から自分で用意してるの。毎日やってれば嫌でも上手くなるわ」

 

「とはいえ、自炊は手間がかかるだろう。勉強と生徒会だけでも忙しいのに、よくそんなスケジュールをこなせるな。無理して身体を壊すなよ」

 

「ほんとに凄いね。この前のテストだって、相当いい順位だったでしょう」

 

「奥村さんだって成績はいい方じゃないの。それに、私は生徒会長。見本になる立場だもの。不甲斐ない成績だと、他の生徒に示しがつかないわ。……奥村さんも、良ければ食べて」

 

「いただきます。……うわぁ、とっても美味しい!」

 

 

真の弁当はお手本のようによく出来た弁当だった。彩りも栄養も考慮されていて、しかも食べやすいバランスですいすい口に入っていく。

味は当然ながら、文句の付けようがない。

 

 

「何だか、私のお弁当見せるのが恥ずかしくなっちゃった。私のも、食べてくれる?」

 

「当たり前だ。作ってきて貰った物だ、食べたいに決まってる」

 

 

春の弁当は……野菜中心に作られた三段弁当だった。俺が食べる量に合わせて作ってきてくれたんだろう。メニューが豊富で、どれから手を付けようか楽しみになってしまう。

 

 

「……入ってるのは全て季節の食材だな。これだけ揃えると、大分高くついたんじゃないか」

 

「ううん。実はね、使ってるお野菜は全部私が育てたの。だから、量の割にお金は全然かかってないよ」

 

「これが全部手作りなのか?凄くよく育ってる。美味い。屋上にない野菜もあるが、これはどうした?」

 

「お料理は小さい頃から習ってるの。お野菜は、家に温室があるんだ。そこで旬の野菜は育ててるから。……といっても、店で売ってる物に比べれば味も形も悪いけど……」

 

「そうじゃない。俺が美味いと思ったのは、野菜の味を活かした調味と工夫を、全ての料理で感じられる点だ」

 

「素人が手作りした野菜は、売り物に比べるとどうしても味に癖が出る。それをここまで上手く調理するとは……。作った野菜に余程の愛情がないと出来る事じゃない」

 

「確かに、育てるのにも長い時間と手間がかかるものよね。生半可や気持ちで育てられるものじゃないわ」

 

「そんな……。私は好きでやってる事だから」

 

「俺は、それは凄い事だと思う」

 

「ありがとう。新島さんも、お返しにどうぞ。たっくさん作ってきたから」

 

「ええ、いただくわ。……美味しい!何だか気が引き締まる味ね」

 

 

 

「二人とも、ご馳走様」

 

「お粗末様」

 

「食べられない物とかなくてよかった。まさか、全部食べちゃうなんて!」

 

「ほんとよね。どんな胃袋してるのかしら」

 

「作ってくれるならいくらでも食べるぞ」

 

「それは嬉しいけど……程々にね?」

 

「それにしても、二人は料理が上手いんだな。丸喜の豚汁もよく出来ていたが、お前達の弁当には及ばない」

 

「最近は汁物対応の弁当箱も売ってるけど……。食べたいなら、作ってあげましょうか」

 

「それ、いい案だね。その次は私も持っていくから」

 

「楽しみにしてる。二人の味噌汁なら毎日だって飲みたいぐらいだ」

 

「それって……」

 

「さ、流石にまだ早くないかな……?」

 

「…………?弁当はお預けか?」

 

「……ああ、うん。だよね……」

 

「貴方本ばっかり読む癖に、どうしてそういう事には疎いの……?」

 

 

 

「それじゃ、私そろそろ行くから」

 

「私も。迎えの車、着いたみたい」

 

「そうか。豚汁の器は捨てておくから、置いておけ。弁当の礼は……何か考えておこう」

 

「楽しみにしてるわ。じゃあ、またね」

 

「また屋上でね。さようなら」

 

 

二人は去っていった。……礼といっても、何がいいだろう。今度、杏にでも相談してみるか……。



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8.暗影

6月6日 昼休み

 

「はい、これ」

 

 

昼休み。真に生徒会室まで呼び出された俺は、この前とは別の弁当箱を差し出されていた。

 

 

「これ……とは?」

 

「貴方が食べたいって言ったんじゃないの。お味噌汁の入ったお弁当よ。汁物対応で保温式だから、すぐ食べられるわ。……まさか、その約束も忘れた、だなんて言い出すんじゃないでしょうね」

 

「……ちゃんと覚えてる。だが、本気で作ってくるとは……」

 

「何ですって?まさか、春を弄ぶ気であんな事口走ったわけじゃ……って、そんな器用じゃなさそうね」

 

「どういう意味だ」

 

「まあまあ……昨日のニュース、もう見た?」

 

 

恐らく、怪盗団のニュースの事だろう。斑目一流斎という人物の謝罪会見が、渋谷の街頭ビジョンでも放送されていた。あいつらは上手くやったらしい。

 

 

「ああ。昨日の午前中に街頭ビジョンで見かけた」

 

「あら、貴方もあそこにいたの。斑目一流斎の名前は、貴方も知ってるでしょ?」

 

「雑誌で名前を見かけた程度だ。作品は、その時見たサユリしか知らない」

 

「そう。ちょっと聞きたいんだけど……喜多川 祐介って名前、知ってる?」

 

 

……まさか、あのポンコツ尾行に突き止められたのか?そんなことが……しかし、数を打てばということもある。

大きな動きをしないという事は決定的な証拠は得られてないんだろうが、これはもう……。とにかく、とぼけておくか。

 

 

「……洸星高校2年、喜多川 祐介。件の斑目一流斎の弟子で、美術界の期待の新生……という触れ込みだったな。そいつがどうかしたのか?」

 

「昨日、坂本くんたちと一緒にいる所を見かけたの。前回の被害者と今回の被害者……。怪しいと思わない?」

 

「 確かに、気にはなる。だが……そうだな、怪盗団に救われた者同士、気があったのかもしれない。学年も同じだしな」

 

「……三島くんみたいに?」

 

「三島みたいに。あいつらはみんな、どうしようもない環境から救われたんだ。どんなに傾倒してもおかしくはない」

 

「……それも、そうかもね」

 

 

ちょうど話に区切りがついた時、慌てた足音と共にドアが開く。軽く息を切らした春が、弁当の包みを抱えて飛び込んできた。

 

 

「ごめんなさい、遅くなっちゃった」

 

「春。これで揃ったわね、急いで食べましょう」

 

 

 

6月6日 夜 セントラル街 雨宮 蓮視点

 

双子に呼び出されてビッグバン・バーガーへ来た。カロリーヌにせがまれたのでダメ元でコスモタワーバーガーを注文したら、なんと注文が通ってしまった……。

とてもじゃないが食べられる気がしない。胃袋が破裂して死ぬ気がする。この身の末路に思いを馳せ、辞世の句を考えていると、背後から聞き慣れた声で名前を呼ばれた。

 

 

「……ん?蓮、奇遇だな」

 

「……シンか……助けてくれ……。バーガーに……バーガーに殺される……!」

 

 

シンはよく状況を理解出来ていない。少し困惑した表情をしている。悪いが、シンなら胃袋が破裂しても死ぬ事はないだろう。ここは何とか押し付けて……。

 

 

「お待たせしました」

 

「挑戦できたのか…!?」

 

「お客様がちょうど1万人目にご注文いただいた方になりますので!……ん?あ、貴方は……!いつもの、ご用意できてます!」

 

 

店員がシンを見て身構える。知り合いだろうか……。

 

 

「今日はここで食べる。運んできてくれ」

 

「すぐにお持ちします!」

 

 

 

「な、なんだこれは!囚人のものより、更に倍近く大きいぞ!?」

 

「本当に食べ物なのですか?これを食べられるなら、我ら一人程度入ってしまいそうです」

 

「恐ろしい事を言うんじゃないジュスティーヌ!」

 

「これは俺用の特別品、『ギャラクシアンエクスプロージョンバーガー』だ。毎日朝晩にコスモタワーバーガーを食べてたら、店長が特別に用意してくれた。コスモタワーバーガーに比べれば少し値は張るがな」

 

「これを毎日二個ずつだと!?むむ……囚人!お前が負けては我らの沽券に関わる!同じものをもう一つ頼め!」

 

「無茶ですカロリーヌ。我らの役目は囚人の処刑ではありません」

 

「うぐぐ……!ならば、それは絶対に残すなよ!それすら出来ないようなら懲罰房行きだ!」

 

「そこまで言うなら二人も食べてみる?」

 

「更生をするのは貴方です」

 

「貴様に付き合ってやってるんだからな!」

 

 

ずるい。覚悟を決めるしか無さそうだ……。

 

 

 

「おお…やり切ったぞ」

 

「貴様にしてはよくやった。褒めてやろう」

 

「かなりギリギリだったようですが、胃袋を破裂させなかっただけ良しとしましょう」

 

 

苦しい……胃袋に肺を押し潰されてる気がする。軽く妊婦の気分だ。

横を見ると、シンはとっくに食べ終わせてこっちのテーブルを見ていた。

その視線は俺じゃなくて双子に向いている。

 

 

「……待て。この二人は……」

 

「おお、そういえば貴様は誰だ?囚人の取引相手か?」

 

「服装から察するに囚人の学友でしょうか。私たちに何か?」

 

 

シンは二人を見つめている。そういえば、この三人はお互いに反応を見せないが、何か通じ合うものがあるのだろうか。

シンは二人を観察した後、ぽつりと呟いた。

 

 

「…………臭うな」

 

「な……っ!」

 

「…………!」

 

「……カロリーヌ、帰りますよ。囚人、早く送り届けなさい」

 

「臭う…そんなに臭うのか……?シャワーは毎日浴びてるのに……」

 

 

二人は店の外に出ていってしまった。……特に何も臭わなかったが、シンは鼻もいいのか?

 

 

「蓮、今気づいたが魔力の臭いがする。異世界に行ってきたのか?」

 

「臭うってのはそれだけ?」

 

「それ以外には、特に気になる臭いはないな」

 

「ずっと二人を見てたのは?」

 

「珍しい服装だと……。お前とはどんな関係だ?」

 

「ああ、そう……」

 

 

呆れた。もしかするとシンは祐介に負けず劣らずの天然なのかもしれない。

 

 

「それより、夜の渋谷に子供二人だけは危ない。早く行ってやれ」

 

「うん」

 

 

 

 

 

6月14日 放課後 屋上 間薙シン

 

「二人とも、ちょっとお願いがあるんだけど」

 

 

屋上で何時もの様に過ごしていると、珍しく真が屋上へやってきた。

心做しか、いつもより雰囲気が張り詰めている。

 

 

「どうしたの?マコちゃん」

 

「ま、マコちゃん……?……あのね、今からここで人と会う約束があるの。二人には悪いんだけど、少し席を外してくれないかしら」

 

「別にいいけど……大丈夫?何だか顔が怖いよ」

 

「……ええ、ありがとう。私は大丈夫。話をしてる間、生徒会室で過ごしてもらっていいから。終わったら呼びに行くわ」

 

 

 

屋上へ繋がる三階の階段の前で、怪盗団の三人とすれ違った。真と約束をしたのはこの三人か……。

 

 

「おい。真に呼び出されたのはお前らか」

 

「……シン。屋上に居たの?」

 

「真にバレたのか」

 

「残念ながら」

 

「言っておくが、バレたからと言って手荒な真似はするなよ。もしそんな事をして俺の期待を裏切れば、取引は終了。全員命はないと思え。……お前たちがそんなことをするとは、思ってないが」

 

「もちろん穏便に済ませるさ。にしても、どんな関係?」

 

「ただの友達だ。……進展があれば報告してくれ」

 

「心配なんだ」

 

「うるさい」

 

 

 

「マコちゃんに呼び出されたの、お友達?」

 

「ああ。校則違反がバレて説教らしい」

 

「大変ね。マコちゃん怒ると怖そうだもの」

 

「まったくだ」

 

 

 

 

 

 

6月15日 放課後 三階廊下

 

授業を終え屋上へ向かう途中……生徒会室の前で壁にもたれかかっている真を見つけた。……様子がおかしい。昨日の話の内容は聞いてないが、何かあったのか?

 

 

「真。どうかしたか?ここ数日様子がおかしいぞ」

 

「シン……なんでもないわ。心配かけてごめんなさい」

 

「最近噂になっている渋谷の犯罪集団を追っているらしいな。一介の高校生が手を出していい話じゃない。放っておけ」

 

「大丈夫。それとは関係ない事だから」

 

「……本気で困ったら、相談してくれ。必ず何とかしてやる。もし話しにくい事なら、春でもいい。力になってくれるはずだ」

 

「本当に大丈夫。後で愚痴でも聞いてくれればいいわ。……それじゃ」

 

 

真は去っていった。……これは、蓮たちにも話を聞かなければならないな。

 

 

 

 

 

「……バレてる、わよね……。でも、相談できるわけないじゃない……!またあんな事になったら……」

 



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9.金髪の老紳士

6月19日 夜 ベルベットルーム……?

 

ベルベットルームに呼び出された。しかし、いつもの双子の声はせず、イゴールの姿も見えない。いつものピアノと歌も聞こえない。何だか変だ……。

硬いベッドから身体を起こしドアを掴むと、いつの間にかイゴールの席に誰かが座っていることに気づいた。……さっきまで誰もいなかった筈だが。

 

座っている人物は金髪の……老人だろうか。その人物はこちらに背を向けているため、詳しい判別がつかない。

 

 

「貴方は……?イゴール達は、どこへ?」

 

「……ようこそ。ようやく繋がった様だ。君に会えるのを、心待ちにしていた……」

 

 

声からすると年老いた男性という推測はあっていた様だ。老紳士は俺の問に答えを返さない。代わりに、小さく笑みを零しているのが聞こえる。

 

 

「なるほど……いい魂を持っている。これならば……」

 

 

……俺の声が聞こえてないのか?

 

 

「私から、君に一人……いや、一人と一匹……新たな協力者をあげよう。彼の知識と記憶は、君の天秤を大きく揺り動かす……」

 

「キミの反逆の心、ボクに見せておくれ……」

 

 

ベルの音が鳴り響く……。

 

 

 

 

 

6月20日 学校 昼休み

 

シンに金城の件の経過報告と相談中。

 

 

「……ってわけなんだ。パレスの場所は突き止めたんだけど、どうやって潜入しようかなと思って」

 

「なんかいい方法ねーか?そのホーフな経験でよ」

 

「そうだな……。思いつかないわけじゃないが……ふむ……試してみるか?」

 

 

シンは眉間に軽くシワを寄せ言い淀む。

 

 

「勿体ぶるね」

 

「まず手頃なビルの屋上に行く。なるべく高いところがいい」

 

「そしたら、俺がお前たちを放り投げる。それぐらいならしてやってもいい。ただ……」

 

「それいいじゃん。何か問題あんの?」

 

「ただ……。人を投げるのは初めてだ。それだけの大きさなら狙いを外して真っ逆さまという事はないだろうが、高く飛ばしすぎて円盤までの落下距離がどうなるか分からない」

 

「危なすぎんだろ。他にねーの?」

 

「正確に着弾させることも出来るが……」

 

「着弾……?おい、この時点で嫌な予感しかしねーぞ」

 

「全力で投げれば真っ直ぐ正確に飛ばせる。ただ、破裂しそうでな……。良くて船底に突き刺さることになる。やってくれるな?竜司」

 

「破裂ってなんだよ!突き刺さったら抜けねーよ!んで何で俺限定なんだよ!」

 

「ダメか……」

 

「円盤撃墜するのは?シンなら出来るんじゃない?」

 

「いや……アン殿、それは恐らく無理だ」

 

「どうして?」

 

「マダラメの時に、中庭のセキュリティをこじ開けただろ?あそこは、マダラメが『誰も入れない』って考えてたから入れなかった」

 

「だから、カネシロがあの銀行……自分のアジトを『絶対安全』だと思ってる以上、パレス自体を強引に崩すことはできない」

 

「なるほど。メメントスの壁が破壊できなかったのもそういう理屈か」

 

「試したの?」

 

「以前な」

 

「それ、結局突き刺されなくて真っ逆さまじゃねぇか。投げられる前でよかったぜ……」

 

「もし撃墜案で行くんなら、カネシロの現実のアジトを破壊させないといけないな。少しでも防備に不安が芽生えれば、パレスも脆くなる筈だ」

 

「金城のアジトなんてわからない」

 

「それにそれが成功したところで、ワガハイたちが侵入する前に別のアジトに逃げられたら終わりだ。またパレスに攻撃は通らなくなる上、カネシロの警戒は強まり今度こそ姿は見せなくなる」

 

「現実の場所とリンクしてないのがネックだな……」

 

「鴨志田と斑目は現実と入れ替わりでパレスがあったもんね」

 

「どこに当てれば落ちるのかもわからん。大破させればカネシロのシャドウも巻き込んで殺しちまうかもしれない。怪盗団の正義を示すことも考えると、これはナシだな」

 

「リスクが高すぎるな……」

 

「結局良い案は浮かばない、か……」

 

「でもよ、いざとなったらそれしか……」

 

「…………おい、まさかとは思うが馬鹿な事は考えるなよ。現実で金城に接触するなんて、パレスどうこうの前に殺されて終わりだ。……一つ、俺から聞きたいことがある。最近真の様子がおかしい。何か知らないか?」

 

「何も。私たち、普段は接点ないし」

 

「そうか……。忙しいだろうし、少し疲れてるのかもしれないな」

 

「ってかよぉ……。お前!噂になってんぞ!毎日毎日女子二人に呼び出されて、特別な個人指導を受けてるってぇ!」

 

「創作物の見過ぎだ。恥ってモノを知らねえのか?オマエは」

 

「大声で……。竜司の馬鹿。変態」

 

「誤解にも程がある。一緒に昼食を済ませてるだけだ」

 

「……そういえばお前、普段昼何食ってんだ?」

 

「弁当だ。ありがたいことに、毎日どちらかが作ってきてくれて……」

 

「そんなこったろーっと思ったよ!贅沢しやがってコノヤロー!俺にも少し分けろ!」

 

「竜司、うっさい!」

 

 

 

 

6月20日 放課後 クラブ

 

真が暴走した。慌てて後を追ったが、状況は頗る悪い。

 

 

「帰れ。これからお楽しみなんだ。……とその前に。お前ら、金払いがよくなるように男どもを少し痛めつけてやれ。こんな無茶苦茶されて大人しく返しちゃ、俺たちのメンツにも関わる」

 

「はぁ!?ざけんなっ!」

 

「おら、こっち向け!」

 

「ぐっ!」

 

 

一人の男が竜司の胸倉を掴み、拳を振り上げる。その瞬間、背後から轟音。ひしゃげて吹き飛んだドアが、竜司と真を抑える二人、そして金城の横に立っていた男まで巻き込んで壁に激突した。

 

 

「あぁ!?なんだ、今度は!」

 

「……お前が金城か」

 

「シン!」

 

 

部屋に入ってきたシンはスタスタと真に歩み寄り、引っ張り起こす。吹き飛ばされた男達は、重なりあって完全に気を失っているようだ。

シンから見たことない程怒ってる気配がする。今にも暴れだしそうで、正直今はもう金城よりもそっちが怖い。

 

 

「貴方……どうして来たの!?」

 

「つけさせてもらった。しばらく様子を見てたが、馬鹿な事をしたな。だが……こうなった以上、手っ取り早い方法を取ろう」

 

 

シンは真を俺たちに預けると、そのまま金城に近づいていく。

 

 

「あ〜あ、なるほど。お前の方がその娘の彼氏か。彼女のピンチに飛び出して来ちゃったわけ」

 

「どうやったのか知らねえが……とんでもねえ馬鹿だな、てめぇは!見ろよ、こいつらの怪我。嬉しいぜ?最高のカモがやって来てくれてな!」

 

「俺もだ。相手がお前でよかった。気兼ねなくやれる」

 

「まさか……。ちょっと!それだけはダメ!みんなも止めて!」

 

 

真の剣幕に俺たちは慌ててシンを止めに入る。が、まるでビクともせず、シンは全員引きずって金城に詰め寄って行く。

 

 

「彼女さんは俺のヤバさがわかったみたいだな。ま、もう遅いけど」

 

「シン、落ち着け!誰も怪我はしていない!大丈夫だ!」

 

「いくら何でも、そこまでやっちまったらやべぇって!」

 

「何かあってからじゃ遅い。お前たちと違って、俺はどうにでもなるからな。ここで全て片を付けてやる」

 

「……っ!春の菜園を手伝う約束、破るつもり!?」

 

 

苦し紛れかもしれないが、真の言葉にシンは軽く反応した。金城に伸ばしかけた手を留め、少し固まったあと入口へと翻す。……もう大丈夫そうだ。急激に威圧感が失せていくのを感じ、俺たちはバタバタと手を離した。

 

 

「……帰ろう」

 

「焦ったぜ、マジ……」

 

「おい、まさか逃げきれると思うなよ。こっちには写真が……」

 

 

金城が見せつけたスマホを、シンが振り向きざまに睨みつけた。その瞬間、スマホは突然弾けて燃え上がる。

 

 

「熱っ!……なんだよ、不良品か?おい、ラッキーだなんて思ってんじゃねぇだろうな。バックアップしてあんだ。金、楽しみにしてるぜ」

 

「そうか……。便利な時代だな、今は」

 

 

シンは出ていった。

 

 

「……ワガハイたちも一旦引こう。作戦会議だ」

 

 

 

 

 

セントラル街

 

「お金は私が、何とかするから…!金城の件はここまでにしましょう?」

 

「そりゃ無理だ。俺らだって狙われちまった」

 

「これ以上ひとりで暴走されて、状況が悪くなるのだけは、ごめんだな」

 

「いざとなれば、金城は俺が仕留める。あいつは気に食わない」

 

「駄目だっつってんだろ!俺たちが何とかするから黙って見とけ!」

 

「……冗談だ。止めてくれて、お前たちには感謝している」

 

「お、おう。つっても、どうすっか……。あの銀行さえなんとかなりゃあなあ……」

 

「竜司……!」

 

「銀行……?」

 

「あ、そうか、銀行か……!」

 

「役立たずどころじゃねえ!カノジョ、大手柄かもしれねえ!」

 

「オマエら、聞いてくれ!」

 

 

 

カネシロパレス セントラル街

 

「キツネ!?」

 

「『フォックス』だ…」

 

「静かにしろって。シャドウたちに気づかれんだろ」

 

「化け猫!?」

 

「ガーン!!」

 

「コントは終わりだ。とりあえず、静かにしてくれ」

 

「シン……。ええ、そうね……って、半裸!?しかも全身に刺青!?」

 

「ダメだこりゃ……」

 

 

 

 

 

カネシロパレス 銀行 応接室

 

「どいつも、金さえ渡せば何でもやる。お前らの命くらい、息をするように奪うぞ」

 

「クククククク……やれ!」

 

「数が多い!真が……!」

 

「真には俺が付く。安心してシャドウに専念しろ」

 

「ああ、頼んだ!」

 

 

目の前で戦闘が始まる。見ている限り、何ら問題はなさそうだ。

 

 

「……まさか、貴方も怪盗団だったなんてね」

 

「少し違うな。直接活動に手を貸してはいない。外部コーチだ」

 

「まったく……とぼけるのが上手いのね。後で、じっくり聞かせてもらうから」

 

「……ああ」

 

 




前話くらいから感じているんですが、原作のシーンに人修羅が居ると書きにくいですね……。
丸々書き写すのも気が引けて、場面が飛び飛びで読みにくいと思いますが、お許しください。


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10.黒猫と少年

6月21日 放課後 メメントス

 

真へ怪盗団の説明をする為メメントスへ来た。シンは約束があるので遅れるらしいが、その間に俺たちとシンの関係を説明している。

 

 

「……シンが貴方たちに手を貸す事になった経緯はわかった。けど、肝心のシンの事は、彼が、その……悪魔?って事以外何もわからないわね」

 

「そうなんだよね。私たちも気にはなってるんだけど……」

 

「そもそもシンが人間じゃねえってどこで知ったんだよ?」

 

「夢の中で鼻の長い老人が……」

 

「夢かよ!んで誰だよ!」

 

「直接聞いても、あんまり話したくなさそうなんだ。肝心な事は教えてくれない」

 

「シンが俺たちに手を貸す理由は『帰る手がかりを探すため』だったな。だが、普通に帰るだけならいくらでも帰りようはある。ならば、帰る場所は少なくとも普通には行けない場所と言う事だ」

 

「忍者の隠れ里とかか?」

 

「漫画か。それにそんなの、私たちに協力したって何にもならないでしょ」

 

「私たちが手がかりになるかもしれない……。普通に考えれば、異世界関係よね。しかも、彼自身は自分がどこから来たのか覚えている節がある」

 

「モナみたいに異世界から来た?」

 

「なるほど……その可能性はあるな。産まれた時からこんな環境にいれば、あんな強さにもなろうというものだ」

 

「ううん、それも違うと思う。小さい頃に良くした遊びとか、どんな本が好きだったっていう話を聞いたから」

 

「現実で育ったのに異世界に帰りたい?どういう事だよ」

 

 

行き詰まってみんな黙り込んでしまった。

これ以上は材料がない。

 

 

「もうひとついいかしら。シンの力はペルソナなの?」

 

「……いや、あれはペルソナじゃないな。それっぽい匂いはするが……どちらかといえばシャドウに近い」

 

「シャドウに……」

 

「それも謎だな。どこであの力を手にしたのか……」

 

 

今は考えてもわからない。先にミッションを済ませよう。

 

 

 

 

 

メメントス 節制奪われし路 ???

 

怪チャンのミッションを消化した。メメントスの深度が増すほどシャドウは力を増しているが、俺たちも順調に強くなっているようだ。

 

 

「力の差が実感できる戦いだったわね。この後はどうするの?」

 

「一度戻ろう」

 

「うむ。じゃあワガハイの中に……。あれ?」

 

「どうしたモナ?」

 

「オマエら、アレを見ろ。入ってきた入口が……閉じちまってる」

 

「は!?嘘だろ!?」

 

 

入口を確認すると、確かに閉じてしまっていた。渦状のくぼみになった入口はもう開く気配がない。

 

 

「おいおい……ちょっと目を離しただけで閉じんのかよ。どうすんだ?」

 

「そんな事これまで一度もなかったのに……仕方ない。先に進もう。どこに繋がってるかわからんが、ここにいても状況が好転することはない筈だ」

 

 

モルガナカーに乗り込んで出発する。次は真が運転してみたいと言うので任せる事にした。しばらく走らせるが出口は見当たらない。だが、今回は死神もシャドウも見当たらないから楽でいい。

 

メメントスで妙な場所を走っていると、シンと出会った時の事を思い出す。あの時は刈り取る者に追われ続けて、大変だった。

ふと、この前見た夢の事を思い出した。金髪の老人……。新たな協力者、と言っていた。

 

そういえば、シンと出会った時もこんな状況だった気がする。突然迷い込んだ、シャドウが出現しない静かなメメントス……。

 

 

「……ん?おい待て、何か聞こえないか?」

 

 

祐介の指摘に、真は一旦停車しエンジンを切る。耳を澄ますと、確かに何か……人の声が聞こえるような気がしないでもない。

反響したエンジン音だったとしてもおかしくはないが……。

 

 

「向こうの方からだが……大分遠くからだな。もう少し近づいて見ないと判別がつかん」

 

「こんな所で、人の声?」

 

「……クイーン、顔めっちゃ青くなってるけど」

 

「運転代わろうか」

 

 

運転手を交代し音の発信源へと向かう。近づくにつれ、確かにはっきりと人の声だとわかった。

だが、この声は何処かで聞いた事がある気がする。というか、ほとんど毎日聞いているような……。

 

 

「……惣治郎?」

 

「え……?でも、確かに言われてみれば……」

 

「惣治郎って、誰のこと?」

 

「蓮が居候している喫茶店のマスターだ。当然ペルソナ能力は持っていない」

 

「何だかわかんねえけど、早く助けないとやべぇんじゃねぇか!?」

 

「ああ、早く…」

 

「待てオマエら!どう考えたって怪しいだろ!?」

 

「本物だったらどうすんだよ!」

 

「待ってよ!この声、なんて言ってるの?」

 

 

話し合っている間にも惣治郎の声は聞こえ続けている。その声は、確かに助けを求める声だった。

 

 

「ほら、聞こえてんだろ!仮に罠でも行くしかねえ!」

 

「……ったく、しょうがねえな!ワガハイもご主人には恩がある。行くぞオマエら!」

 

 

 

「……確か、この辺りだったわよね。声がしてたの」

 

「その筈だ。何も見当たらないが……やはり、シャドウのイタズラか?」

 

「どうだかな。にしても、なんだか生臭い……待て。ここでシャドウが倒された後の匂いがする。ついさっきだな」

 

「なんだと?」

 

「誰か居たって事か?そいつがどこに行ったのか……おわあぁああ!」

 

 

辺りを歩き回っていた竜司が唐突に悲鳴をあげる。よく見えないが何か見つけた様だ。

 

「どうした、スカル!」

 

「血……血が……」

 

 

竜司が腰を抜かしたまま指を指した床を見ると、まだ乾いていない血が大量に張り付いていた。しかも、よく見るとそこら中に細かい血痕が散っている。一人でこの量を出血したとすると、もう一刻の猶予もない。

最悪の想像が頭を過ぎった。

 

 

「こ……この血は……まさか……」

 

「落ち着けジョーカー!血痕は向こうに続いている、少なくともここでシャドウを倒した奴は生きてるって事だ!急いで後を追うぞ!」

 

「……ああ、急ごう!」

 

「ジョーカー大変!」

 

「どうした!」

 

「クイーンが血を見て気絶してる!」

 

「弱っ!」

 

「早く積み込め!」

 

 

 

 

 

惣治郎の声はもう聞こえない。地面に落ちた血痕を見つける度不安は募る。惣治郎がメメントスに迷い込む……。絶対にないとは言いきれない。俺たちのきっかけだってカモシダパレスに迷い込んだ事だ。

 

アクセルを踏みしめて長い直線をとばしていると、不意に小さな影がライトに照らされた。

 

 

「ジョーカー!あれ……」

 

「……猫?」

 

 

目の前に現れたのは綺麗な緑色の瞳をした黒猫だった。一見外傷はないようだが、足取りは右へ左へふらついている。

猫は、慌てて車から降りる俺たちに気づいたようだが、逃げる様子はない。鳴こうとしたのか、僅かに口を開けたその瞬間倒れ込んでしまった。

 

 

「猫!」

 

 

気を失った猫を抱きかかえる。シャドウじゃない。こんな所まで迷い込んで来たのか?いや、あるいは……。

 

 

「危ないっ!」

 

 

剣戟。顔を上げると、俺に向かって振るわれた刀を祐介が受け太刀していた。金属が擦れる音が響く。俺が下がると同時に祐介は硬直を振り払った。

しかし、また直ぐに激しい打ち合いが始まる。

 

 

「ッ……!」

 

「やる気か!」

 

「手伝うぜ!」

 

 

襲撃者は竜司と祐介を相手に、刀一本で全て受け流し機を伺っている。前のめりになり過ぎれば恐らく仕留められる。

鋭い動きに力強い剣閃。明らかに強い。……が、追えない速さじゃない。俺たちなら充分対応出来るはずだ。

 

襲撃者は、学生帽を目深に被り、学生服に外套を羽織った黒ずくめの少年。マントの内側で金属製のベルトが鈍い光沢を返している。

得物は刀。……見えにくいが、腰に拳銃。

道が狭くて全員一度にはかかれないが、危なくなったら安全に後ろに下がれる。じっくり相手をしよう。

 

黒猫を真に預け前線に出る。

 

 

「突っ込みすぎるな!カウンターを狙ってる!」

 

「おうよ!」

 

「フォックス了解!」

 

「りょーかい!」

 

「動き止めるぜ!」

 

 

祐介と切り結ぶ少年に、竜司が側面から射撃する。後ろに下がった少年の逃げ道を杏がアギラオで塞ぎ、俺が逆サイドから挟撃。

凌がれるが、竜司と祐介も別方向から再度詰めている。このまま押し切れる!

三人で決めにかかった瞬間、少年は外套を大きく翻した。一瞬視界を遮られたが、逃げ道はない。

 

 

しかし、外套の中に手応えはなかった。

 

 

「な……っ!」

 

「下!マント脱いでる!」

 

 

杏の声で視線を下に向けるが、もう遅い。屈んだ少年は収め直した刀に手をかける。

 

 

「シキオウジ!」

 

 

一閃。いや、三閃。峰打ちだったが、咄嗟にペルソナを付け替えた俺以外の二人はカウンターの直撃を受けて戦闘不能に陥った。

状況は不利。作戦を考えつつ少年を睨んだ俺は、自分の目を疑う光景を目にした。

 

 

「ジョーカー見ろ!なんだあの傷は……!」

 

 

服の色も相まって分かりにくかったが、外套を脱いだ今ならはっきり見えた。右脇腹に貫かれたような穴。そこから大量に出血しズボンと靴を濡らしている。

今更ながら、よく見ると呼吸は乱れ足にも力が入っていない。敵に弱みを見せまいと必死に庇っていたのか。

 

傷の大きさに動揺していると、少年が力の篭った声で呟いた。

 

 

「ゴウトを……ゴウトを、離せ……!」

 

 

少年の目は虚ろだ。あの出血量では当然だろう。もしかすると、最初からほとんど意識がなかったのかもしれない。

すぐにでも制圧して治療しなければ……。

 

 

「下がっててくれ。俺が止める」

 

 

後ろの三人を制止する。一騎討ちだ。

少年は、左手で剣先に軽く触れ、狙いを定めて突進してくる。俺のペルソナはシキオウジのまま。物理攻撃は通用しない。

タイミングを合わせた突進で強引に気絶させてしまおう。

 

 

―――ここだ!

 

 

攻撃を受ける瞬間、剣先から言い様のない悪寒が走った。

反射的にナイフで刀を跳ね除ける。俺の左胸にくい込んだ剣先は、肩口の方向へ逸れ浅くない刀傷を残した。

 

ぐっと痛みを堪え返しの刀を受け止める。鍔迫り合いへ持ち込み必死で押さえ込んでいるが、力では勝てなさそうだ。このまま押し切られるのも時間の問題だろう。

どうするか、と考えていると、突如として手応えがなくなり、少年はその場へと崩れ落ちた。

 

 

「……。シン……」

 

 

倒れる直前、か細い声だったが俺は聞き逃さなかった。確かに今、この少年はシンの名を呟いた。

 

 

「おい、大丈夫かよみんな!」

 

「俺は平気だ。早く、こいつに回復を……」

 

「馬鹿、オマエもだよ!それに、こいつのこの出血はワガハイの回復魔法じゃ間に合わん!急いで病院へ運ばないと……」

 

「運転は私がするわ!早く乗って!」

 

「出口はもうわかってる!ワガハイの言う方に進んでくれ!」



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11.平行世界

6月21日 夜 渋谷 とあるビルの一室

 

「ったく……突然車で呼びつけられたと思ったら、血塗れの男を抱えて医者を紹介しろだと?驚いたぜ」

 

「馴染みに外科医がいたからいいものの……どうなってんだ?あの小僧。持ってるのは紛れもねえ真剣だ。腰に差してるのも、本物のコルト・ライトニング。あんな大昔の銃、今どきヤクザだって使わねぇ」

 

「しかもあの傷……間違いなく銃創だな。……どういう事情か、説明してもらおうか」

 

「それは……」

 

 

今、渋谷のとあるビルで少年に処置をしてもらっている。

メメントスを脱出した後、俺は岩井に連絡を取った。武見は内科だ。こんな傷、専門外だろう。

岩井なら昔のツテでそういう人脈があるんじゃないかと思ったが、やはり岩井に連絡して正解だった。大きな騒ぎになる前に車を回し、迅速に医者の元へ運んでくれた。

 

 

「……言えねえのか?そりゃそうだろう。まともな事情なら、俺なんかに連絡しないでそこらの病院に駆け込みゃいい」

 

「ごめん……」

 

「どうしてもと言うなら、事情は聞かないでおいてやる。だが、こういう事はこれっきりにしろ。今お前に何かあったら俺にとっても都合が悪い。……言っておくが、車の掃除は手伝えよ?」

 

「ありがとう」

 

 

岩井と話していると、奥の処置室から怪しい医者が出てくる。

 

 

「処置は済んだよ。具合について話したいんだけど、君でいいかな」

 

「はい」

 

「とりあえず、もう命の心配はない。目立った傷口は縫合して、出血も酷かったから輸血中。内臓に傷がなかったのは幸いしたね。弾も貫通してるみたいだし……しばらく安静にしておけば快復するだろう」

 

「他には、栄養失調と脱水による衰弱も気になる。でも、一時的な飢えによるものだから点滴を挿れて、それでもう大丈夫。経過を見る為に、しばらくここに入院してもらう事にはなるけどね」

 

「それにしても、今どきこんな患者は珍しい。なあ、ムネさん?」

 

「ああ。時代は変わったからな」

 

 

後ろから入口のドアが開く音。シンに連絡を取りに行った真が戻ってきたようだ。

 

 

「蓮、シンに連絡ついたわ。すぐに行くって」

 

「わかった。動物病院に行った他の三人は?」

 

「さっき杏から電話あった。黒猫、途中で目を覚ましたって。ただ、それがね……」

 

 

 

 

 

渋谷 病院の前 裏路地

 

「うぬが団の頭領か。我の名は業斗童子。此度は、ライドウ共々世話になったようだ。感謝する」

 

「……惣治郎?」

 

 

メメントスで出会った黒猫は、祐介に抱えられたまま流暢に喋りだした。その声はまさしく惣治郎のもの。いたずら……とは思えないし、説明がつかない。

ライドウというのはあの少年の事だろう。

 

 

「……ね?喋るのよ、この猫。私もまさかと思ったけど」

 

「まさかワガハイ以外にこんな猫がいるとは……。いや、ワガハイは猫じゃないが」

 

「声、マスターに似すぎだろ。紛らわしい……」

 

「そのおかげで助かったんだから、よかったよね」

 

「事情はそこの異人二人から簡単に聞いた。ライドウの様子はどうだ?あいつはこんな所でくたばるたまではないが……」

 

「無事だよ。しばらく大人しくしておけば治るって」

 

 

口では強がりつつも、やはり不安はあったのだろう。そう伝えると業斗童子は少しほっとした表情をした。

 

 

「ねえ、業斗童子……さんたちは何処から来たの?」

 

「ゴウトでいい。……我らは帝都から来た。とある標的を追って異界に侵入したのだが、出口を見失ってな。異界を彷徨い歩くことおよそ三週間……我にとっては支障ないが、水と塩だけでは人の身には少し堪えたようだ」

 

「三週間!?」

 

「ふむ……俺でも未知の領域だな」

 

「帝都……ってどこ?」

 

「文字通り帝国の都の事よ。今の場合、東京の事でいいのよね。日本が大日本帝国を名乗っていた頃の呼び方だから、このご時世もう使われないわ」

 

「ライドウさんは随分珍しい格好をしているけど……貴方たちの身分を訊ねてもいいかしら」

 

「うむ。ライドウは弓月の君高等師範学校の生徒だ。鳴海探偵社で書生をしていて、探偵見習いでもある」

 

「弓月の君……鳴海探偵社……検索にはかからないわね。そこの住所、わかる?」

 

「鳴海探偵社は矢来区筑土町、…………だ。鳴海 昌平という男を世帯主に、銀楼閣というビルヂングの一室を借りている」

 

「矢来区筑土町……。……あの、ゴウトさん。今年は何年だったかしら」

 

 

真はスマホの画面を眺めながら眉を顰める。疑問に満ちた表情でゴウトへと質問を続けた。

 

 

「む?今は大正二十年だ」

 

「大正……?あ?どんだけ前の時代だよ」

 

「大正二十年だと……?おかしくないか?大正は確か……」

 

「ええ、大正は十五年まで。ねえ、確認なんだけど、本当に記憶違いじゃないのね?」

 

「うむ。我とライドウは大正二十年……西暦1931年の帝都から来た」

 

 

ゴウトは自信を持って言い切った。

 

 

「決まりね。この二人は、私たちとは別の異世界から……パラレルワールドから来たんだわ」

 

「パラレルワールド……?」

 

「今俺たちのいる世界と極近い、平行世界の事だ。例えば、蓮が秀尽に転校してこなかったら?俺がお前たちに出会わなければ?そんな些細な出来事で、よく似た様々な世界に枝分かれしていく……というのを、パラレルワールドと呼ぶ」

 

「つまりこの二人は、十五年で終わったはずの大正時代が終わらなかった世界から来た、という事だな」

 

「……おい、なんか祐介の癖に頭良さげだぞ」

 

「オマエがバカすぎんだよ……」

 

「信じ難いけど……嘘を言ってないとすればそれしかないわ」

 

「そのぱられるわぁるどという言葉は初めて聞いたが、我も街の様子が大分違う事が気になっていた。教えてくれ、今は何年で、ここは大日本帝国のどこに位置する?」

 

「今は平成28年。西暦で言うと2016年よ。場所は貴方たちもよく知ってる帝都……東京ね」

 

「……そうか、ここが……」

 

 

黒猫は辺りを見回しながら呟いた。大分衝撃的な話だと思うが、あまり驚いている様子はない。

 

 

「驚かないんだな」

 

「職業柄な。別世界に行ったことや時を渡る者を相手にした事もある。いつかこんな事も有り得るだろうと思っていた。ふむ、だとすればうぬ等は我らの大後輩というわけだな」

 

「探偵ってそんなことすんのか……?……これからどうすんだ?」

 

「とりあえずライドウの快復を待つ。その後、食糧を調達してどうにか帰る方法を探ろう。我らはとある悪魔を追跡している。のんびりしている暇はないのだ」

 

 

……。シンの事だろうか……。

 

 

「その相手の事だけど……。もしかして、間薙 シンって名前じゃ……」

 

「……?何故うぬが人修羅の名前を……」

 

 

背後から聞きなれた足音がした。さっき連絡をしたので、誰が来たのかは予想が着いた。

 

 

「……久しぶりだな。ゴウト」

 

「貴様……人修羅!会いたかったぞ……!」

 

「俺もだ。ずっと聞きたいことがあった」

 

 

ゴウトがシンを睨みつける。シンは何も気にした様子がないが、ゴウトは明確に敵意を露にしている。

どういう関係だ……?

 

 

「……?待て。どうしてそんなに警戒する?」

 

「ふざけるな!貴様、自分のした事をわかって……」

 

「ちょっと、落ち着いて!貴方たち、どういう関係なの?」

 

「知人……いや、戦友と言ってもいい」

 

「いけしゃあしゃあと抜かしおって!ならば貴様は裏切り者だ!よくその顔を出せたものだな!」

 

 

困惑するシンにゴウトはヒートアップしていく。

 

 

「……ちょうどいい。俺もあの時に何があったのか知りたかったところだ。洗いざらい吐いてもらおう」

 

「貴様……っ!…………貴様、何か様子が……もしや、記憶を失っているのか?」

 

「最後だけな。お前たちと共に決戦に挑み……それからここに来る直前の記憶が無い。俺は勝ったのか?負けたのか?」

 

「…………ふむ。ならばこの話はやめておこう。今のうぬと話しても仕方がない」

 

 

ゴウトは俺たちに背を向ける。

 

 

「気が変わった。我らはしばらくこの世界に留まる。団長殿よ。うぬ等には何らかの形で必ず報いよう。……ではさらばだ、人修羅」

 

 

ゴウトは去っていった。途中から俺たちは置いてけぼりになっていたが……。

竜司と顔を見合わせていると、ビルのドアが開いた。岩井と医師が降りてきたようだ。

 

 

「またなムネさん。またいつでも運んできてくれていいから」

 

「馬鹿野郎、こんな事そうそうあってたまるか。……おう、車の掃除だ」

 

「ああ、すぐ行く」

 

「ちょっと待ってくれ。目を覚ました時に連絡するのは君でいいかな。……ところで君。これ、治療費と入院費なんだけど……」

 

 

医師が紙を出してくる。金額は……。

 

 

「……!?高すぎんだろ!」

 

「…………!?馬鹿な……!」

 

「よかったなぁ、事情を聞かずに治療してくれる病院があって。他じゃ中々ねえぞ?」

 

「分割でもいいよ。ムネさんの知り合いって事で、特別に利息はなしにしてあげる」

 

「……俺が払う。元々俺の知り合いだからな」

 

 

 



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12.二人の目的

6月27日 放課後 病室

 

ゴウトとの再会から数日。未だ目を覚まさないライドウを前に、椅子に座って時間を潰している。

身体はもう問題ないらしいが、やはり疲れが溜まっていたのだろうか。丁度下校ルートにビルがあるので、暇を見ては立ち寄っているのだが……。

 

 

「今日も来ていたのか。連日殊勝な事だな」

 

 

窓枠に目をやるとゴウトがちんまりと座っている。情報収集から帰ってきたようだ。六日前の再会から見かけていなかったが、俺の動向は把握されていたらしい。

ゴウトの言葉は少し冷めていた。棘があるという程露骨なものではなかったが、歓迎されてはいないらしい。

 

 

「下校のついでだ。別にいいだろう?」

 

「うむ……。ここ数日うぬの動向を監視させて貰っていた。うぬの言った言葉、一先ずは信じるとしよう。……まさかあの混沌王が、農業に勉学に、逢い引きとはな。以前のうぬでは考えられん」

 

「俺は昔からこうだ。……あと、逢い引きじゃない」

 

 

寝息をたてるライドウを眺め、病室には沈黙が流れる。室内は空調がよく効いていたが、射し込む陽光に照らされた制服が少し熱い。

誰も居ないうちに、ゴウトと今後について話を済ませてしまおう。

 

 

「あいつらには俺のことは……俺の使命については、話さないで欲しい」

 

「ほう。だが、我も同感だな。たとえ知るだけでもどう影響が出るかわからん。うぬがするのはそういうことだ」

 

「頼んだ。それともう一つ。ボルテクス界への帰り道を知っているなら教えてくれ」

 

「知らんな。我らが通ってきた道は全て塞がってしまった」

 

「そうか。……お前たちはこの世界でどうするつもりだ?」

 

「時代が違えどもここは帝都に違いない。それに、人がいるならば悪魔もいるだろう。我らは葛葉の使命を全うする」

 

「それは好きにすればいいが、生活の当てはあるのか」

 

「…………ライドウ共々、しばらく世話になる」

 

「仕方ないな」

 

「それにしても、ライドウがここまで傷を負うとはな。何が相手だ?」

 

「鎖を巻き付けた妙な悪魔二体だ。無論、普段であれば決して遅れをとる相手ではなかったが……。ライドウはあくまでも人間だからな。補給もなしに、我らの様な無茶は効かん」

 

「なるほど。あいつは、確かにこっちでは中々の相手だ」

 

 

話題もなくなり、病室には再び沈黙。気にせず本を読み進めていたが、いつの間にかもう日が暮れかけていた。

 

 

「さて……俺はそろそろ帰る」

 

「うむ」

 

 

 

 

 

6月29日 放課後 教室 雨宮蓮

 

授業が終わった。連絡がないか確認すると、この前の医者から留守電が入っていた。ようやくライドウさんが目を覚ましたらしい。

荷物をまとめていると、教室に入ってきた竜司が声を掛けてくる。

 

 

「よう、今日パレスどうするよ?」

 

「今日はこの前の病院に行ってくる。ライドウさん、目を覚ましたって」

 

「あー、うし、じゃあ一応集合かけっか。シンならさっき屋上に行くの見たぜ。声掛けてくるか?」

 

「ああ……いや、やめておく。今日は俺たちだけで行こう」

 

 

 

病院前

 

「うむ。では改めて自己紹介と礼をしておこう。我の名は業斗童子。そして、デビルサマナーの葛葉ライドウと申す。我らはゴウト、ライドウと気軽に呼んでくれ。この度は真に世話になった」

 

 

ゴウトはライドウの肩に乗りながらそう言った。続いてすっかり元気な様子のライドウも軽く頷く。怪我はもう良いらしい。

 

 

「身体はもういいのか?」

 

 

ライドウは力強く拳を握りながら頷いた。……平気だという意思表示だろうか。

 

 

「……喋れんだよな?」

 

「ライドウは寡黙でな。話なら我が代わりにしよう。少し聞きたいこともある。人修羅が居ないということは、そちらも同じだろう」

 

「ええ。それじゃ、場所を変えましょうか」

 

 

 

カネシロパレス

 

「で、なんでパレス?」

 

「いいじゃない。どうせ話すのはこういう事なんだから。攻略も途中だし」

 

「うむ。して、うぬらのその姿は……?」

 

「怪盗服だ。こっちでは勝手にこの格好になる」

 

「ふむ……力を実体化して全身に纏っているのか。退魔具を己で具現化しているような……。珍しい術式だが、有効かもしれん」

 

「自らの心をトリガーに発現する、ペルソナという力だ。俺達もまだ目覚めたばかりだがな」

 

「なるほど。興味深い……」

 

「それで、聞きたいことなんだけど……」

 

「待て。その前に、うぬらは人修羅についてはどこまで知っている?」

 

「え?え〜っと……強い、大食い、本が好き……」

 

「妙に気が強い。けど意外と押しに弱い。渋っても結局手伝ってくれたりするわね」

 

「何だかんだ優しいからな」

 

「そうかぁ?すっげー我儘だと思うけど」

 

「オマエの扱い方を心得てるんだろ」

 

「我が聞きたいのはそういうことではなかったが……なるほど」

 

「……あと、敵に対して、すごく凶暴になる事があるの。まるでスイッチでもいれたみたいに」

 

「金城と接触した時もそんな感じだったな。少なくとも、穏便に済みそうな様子ではなかった」

 

「それ以前にもそんな事が?」

 

「ええ、一度ね……」

 

「ふむ。……一つ、頼みがある」

 

「なんだ?」

 

「普段の人修羅の様子を我らに伝えて欲しい」

 

「それはどうして?」

 

「我らが最後に見た人修羅と、この世界で見る人修羅は大きく乖離している。我らは奴を目的にこの世界に来たが、奴次第で目的は大きく変わる。その判断の為だ」

 

「我らも出来るだけ様子を伺うつもりだが、学舎の中までは入りにくい。うぬらならば、この世界での自然体の奴を知れる」

 

「それなら、こっちからも提案がある。俺たちが知りたいのは逆に、シンの過去について。それと、二人の目的も」

 

「人修羅の過去を知りたいのは何故だ?」

 

「シンを何処まで信用していいかわからないからだ。俺たちはシンととある取引をしている。もちろん仲間ではあると思っているけど、シンの素性と目的を確かめたい」

 

「……悪いが、おいそれと教えられる内容ではない。そして我らの目的についても、お前たちが知れば正確な情報を得られなくなる可能性がある」

 

「それは、俺たちが伝える情報を操作するかも……ってこと?それなら、交渉は決裂だ。一方的に条件を受けるつもりは無い」

 

 

ゴウトはライドウに視線を向ける。ライドウは俯いて少し考えたあと、無言で頷いた。ゴウトはそれを見るとやれやれといった感じで首を横に振り、改めて俺に向き直った。

 

 

「人修羅の過去と目的については、知ることですら影響があるかもしれない事だ。これはうぬらの身を案じて言っている。……だが、うぬらが一人前と言える実力をつけ、己の選択に責任を負えるというのならば、いつか教えてやろう」

 

「我らの目的は……うぬらが正確な情報を伝えてくれると信頼して教えよう。だが、これはあくまでも目的になり得ることであって、今日まで人修羅の様子を見た限りでは、むしろその可能性は低いという事を念頭において聞いてくれ」

 

「わかった」

 

 

強い念押しに何となく話の雰囲気を察せられる。あまり良い話では無さそうだ。

ゴウトは俺たちをぐるりと見渡し、一拍おいて話し始めた。

 

 

「結論から言おう。我らがこの世界に来た目的は、人修羅を殺す為だ」

 

「……穏やかじゃないわね」

 

「人修羅の力についてはうぬらも知っている事だろう。もし奴がその気になれば、この世界の一つや二つ簡単に滅ぼせる」

 

「世界って……さ、流石にそれはねえだろ?」

 

「直接的に全てを……というのは無理だろうが、それでもほぼ滅亡と言っていい状況までは持っていけるだろう。だがそれよりも、奴があらゆる霊的高位存在を滅ぼし、その力を自らのものとすれば?」

 

「……どうなるんだ?」

 

「……さてな。どんな影響が出るか、はっきりした事はわからん。ただ間違いなく言えることは、魔界から膨大な悪魔達が現れ、抵抗する術を持たない大多数の人類は餌になる、ということだ」

 

「それは……まさに地獄絵図だな。たとえそれを逃れたとしても、破壊された世界でまともに生きれるとは思えん」

 

「うむ。帝都、ひいてはそこに住む人々を護る我らとしては、そんな事態を見過ごす訳にはいかぬ。そして、我らが奴を最後に見た時、そうなる可能性は高かった」

 

「シンが、本当にそんな事を?」

 

「あの時の人修羅は今とは別物だ。奴は自身の為ならばあらゆる犠牲も行為も厭わず、人としての心は擦り切れ死んでいた。身も心も、完全なる悪魔へと堕ちてしまっていたのだ」

 

「そうなる前、かつての……今の人修羅を知る我らは、奴自身そのような事を望まない事はわかっていた。ならば、我らは人修羅を狩らねばなるまい」

 

「……つまり、シンに罪を重ねさせない為にシンを殺すつもりだったんだな?」

 

「なんだ……結局貴方達もシンを想って動いてるんじゃない」

 

「ふん。だが、記憶がなかろうと奴は確かに我らを裏切った。その落とし前はつけてもらわねば」

 

 

そう言いながらも二人に恨みの表情は見当たらない。やはりシンを殺すのは望むところではなかったのだろう。

 

 

「この話は奴には伝えないでもらいたい。下手に刺激して妙な事態になっては困る」

 

「約束する」

 

「とはいえ、人修羅がいつまでもこのままという事は考えにくい。我らは人修羅の様子を見ながらどうするか考えておく。最低でも、人修羅が以前の状態にならない様にするつもりだ」

 

「では、うぬらも約束についてはよろしく頼むぞ」

 

「ええ。……それじゃ、話もまとまったところでパレス攻略といきましょう」

 

「ついでだ。我らも同行する。お手並み拝見と行こうか」

 

 



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13.カネシロパレス攻略

 

6月29日 放課後 カネシロパレス地下大金庫

 

「ここが今回の異界か。外の景色とは裏腹に存外綺麗なものだな」

 

「今更だけれど、異世界での経験はあるのよね?」

 

「うむ、悪魔狩りは我らも専門とするところだ。任せておくがいい」

 

「悪魔狩り……なあ、俺たちその悪魔っていうのはよく知らねーんだけどよ」

 

「ほう?ならば何を相手にしているのだ?」

 

「シャドウという人間の心の歪みが実体化した存在だ。そして、その強い欲望に惹きつけられた精神生命体たちも、俺たちは同様にシャドウと呼んでいる」

 

「この異世界は人間の認知の歪み。ニンゲンは主観で物事を見る生き物だが、それが強い欲望によってあまりに歪んだ見方をしちまうと、こんな風に異世界が……。パレスが生まれちまうのさ」

 

「んで、パレスにはそんな悪党共の歪みの結晶、オタカラがある。俺らがそいつをぶんどってやれば、認知の歪みはなくなって、自分の罪を直視するって寸法よ」

 

「良心の呵責により自白してしまうということか。パレス……。我らの知る異界とは成り立ちからして違っているな。悪魔が自身の異界に人間を引き摺りこむのではなく、むしろまるっきり逆になっている」

 

「……これは、文明の発達によって様々な信仰や畏敬が失われていった影響なのか……。世が平和なのは良い事だが、是非もなく全てが消えてしまうというのは、何とも物悲しいな」

 

 

 

「さて……悪魔というのは、おおよそそのまま思い浮かぶものを想像してもらって構わん。神話や伝承に描かれる様な者どもは確かにこの世界に存在している。我らはその中でも人に害を為す無法な悪魔共を、時には仕留め、時には鎮め、また時には使役しこの国を影から守護してきた」

 

「葛葉は千年以上に渡りそれを行ってきた一族だ。そして、この男は十四代目葛葉ライドウの名を襲名した、歴代でも屈指の実力を持つ悪魔召喚士だ。戦闘において我らの事は心配しなくていい」

 

「要は、陰陽師の末裔で、妖怪専門の警察みたいな感じ?」

 

「……随分軽く捉えられた気がするが、その認識で構わん」

 

「とりあえず平気なんだな。ま、今は病み上がりなんだしよ、俺たちが先行くから着いてきてくれ」

 

「うむ、よろしく頼む」

 

 

 

 

 

「0、9、3、1……と」

 

「今の音…また金庫が動いたようね」

 

「いよっしゃ、成功だな!」

 

「このパレスは……なんというか、随分と高度な技術が使われているのだな。この時代の異界はどこもこうなのか?」

 

「んー、そんなに高度かな?これ」

 

「時代が違うからね。大正じゃ電子ロックなんて一般的じゃないでしょうし」

 

「異世界の癖に妙に現実的なセキュリティだからな。面倒ったらありゃしねぇ」

 

「これは、我々には案外苦戦しそうだな、ライドウ」

 

 

 

 

 

「ここにもシャドウか…。奥にある何かを守っているようだな」

 

「なんだろ、ヤバそうな感じ…。戦うならちゃんと準備しないと危ないかも」

 

「……よし、ライドウ。どうだ?ここは一つ、リハビリ代わりにうぬが戦うというのは」

 

 

ゴウトに問いかけられたライドウは頷き、すっと前へ歩みでる。

やる気の様だ。

 

 

「アイツ、見るからに強敵だぞ。行けるか?」

 

「誰に言っている。ライドウ!手加減はいらぬぞ!」

 

 

 

「…!なぜここに!…この場所を見てしまったが最後、もうお前たちに未来はない!」

 

 

警備員姿のシャドウは、蛇の尾を持つ巨大な白い犬へと姿を変えた。ライドウも刀を抜き迎撃体制をとる。

シャドウの強大さは戦いが始まってすぐにわかった。見るからに鋭い大きな爪と牙が、身体から溢れ出す濃密な火の魔力を巻き込み、凄まじい速さで暴れ回るのだ。

あの炎の竜巻に巻き込まれれば、俺達は数瞬で刻まれ燃え尽きるだろう。

 

しかし、それですらライドウは触れる事を許さなかった。

 

一切の攻撃も、無軌道に荒れ狂う火炎の一筋も見切って避け切っている。恐らくシンでもあそこまで見事には避けきれないだろう。……必要ないというのもあるだろうが。

 

 

「すごい……」

 

「まさに神業だな」

 

「……ほう。うぬら、ライドウがどう動いているか見えているのか」

 

「かすかに見えるだけよ。私たちじゃとてもあんな避け方は出来ないわ」

 

「うぬらの経験を鑑みれば充分すぎるだろう。うかうかしていられんな。……ライドウ!もういい、決めてしまえ」

 

 

ゴウトがそう告げた後のライドウの動きは、今度こそ誰の目にも止まらなかった。瞬きにも満たぬ間で、気づけばシャドウは真っ二つになり、既に刀は鞘に収まっていた。

崩れ落ちたシャドウの肉体は赤黒い粒に解けていく。

 

 

「ふふん。目覚めて早々の戦い、多少の鈍りはあるようだが……流石だな。これも日々の鍛錬の成果だ」

 

「すっげぇ……。めちゃくちゃ強ぇじゃねぇか!」

 

「当然だろう。ライドウは幼い頃から、対悪魔用の厳しい鍛錬を積んできたのだから。うぬらも発展途上ながら中々の戦いだったが、年季の差というものだ」

 

「ライドウはどんな力で戦ってるんだ?」

 

「ライドウはうぬらの様な能力は持っておらんよ。葛葉に代々伝わる退魔刀『赤口葛葉』と『封魔管』、そして鍛え上げられた己の身と霊力のみだ」

 

「……は?生身って事か!?」

 

「生身であの動き?」

 

「本当に人間か?」

 

「……なあ、一つ疑問なんだけどよ」

 

「なんだ?」

 

「シンとライドウはどっちが強えんだ?」

 

「それは無論ライドウ……と、言いたいところだが、少し厳しいかもしれん」

 

「あんなに強えのに?」

 

「ライドウの強さが理解できるなら、人修羅も強さの底が知れぬ事はわかるだろう。だが……ふむ、あやつはどうやら最も得意な戦い方をうぬらには見せておらん様だな」

 

「シンの強さの真骨頂は、威力の高さと両立した圧倒的な破壊範囲、そして大技を撃ち続けられるだけの莫大な魔力とスタミナにある。奴が少し本気になれば、街の一つや二つなら小一時間で更地になるぞ」

 

「以前の……我らと別れる直前の人修羅と言えば、それは凄まじいものだった。情け容赦も慈悲もなく、身に掛かる火の粉は塵一つ残さなかった。下手に戦えば仕掛ける間もなくすり潰されて終わりだな」

 

「……それを考えると、今は随分丸くなったものだ」

 

「そう……。でも、貴方達はシンを殺すつもりで追ってきたのよね。勝算はなかったの?」

 

「勝ち目が無いわけではない。大技が無意味な程の近距離に持ち込めば、体捌きや技術ではライドウに分がある。それも危険ではあるが、離れるよりはマシだろう」

 

「端から警戒されていればそれも難しいが……探る事はこちらも専売なのでな。どれだけ時間を掛けても仕留めるつもりだった」

 

「そうはならない事を願うわね。さ、そろそろ行きましょ」

 

 

 

「あった、あったぜ…ここだ!」

 

「なにもないじゃない」

 

「あのモヤがオタカラというものか?」

 

「ああ。こっからは、予告状ってのが必要でな」

 

「予告状…なるほど…」

 

「オタカラが危険だと対象に認知させることで、オタカラは顕在化される」

 

「随分大胆なトリックね」

 

「え?理解してる?」

 

「集まる時は我らも呼んでくれ。流れは正確に把握しておきたい」

 

「ジョーカー、タイミングは任せたぞ」

 

「よし、決行日に備えよう」

 

 

 

6月29日 放課後 屋上

 

いつものように屋上で本を読んでいると、真から連絡が入った。今日は忙しいので先に帰るらしい。

生徒会の仕事に家事に、受験生なのも相まって休む時間もそう易々と取れないということか。真の苦労が偲ばれる。

 

 

「今日、真は来れないらしい」

 

「そうなの?まこちゃんも大変ね」

 

「春だって受験生だろう。そろそろ焦り始める時期じゃないのか?」

 

「私の行きたいところはそこまでレベル高くないから。今の成績を維持してれば問題なさそうなの」

 

「それならいいが、足元は掬われない様にな」

 

「嫌な想像だけど……そうだなぁ、もしそうなったら……シンくんと一緒の所に行けるようにしようかな。それなら楽しめそうだし。シンくんは進学?」

 

「俺はまだ決めてない。来年どうしているかもわからないな」

 

 

実際いつまでこの世界にいるかも怪しいところだ。最悪今すぐ帰ることに……。いや、俺の目的は向こうに帰ることだ。むしろ、それが一番喜ばしいことじゃないか?

 

 

「……どうしたの?難しい顔して」

 

「いや、なんでも……」

 

「ふぅん?……じゃあ、来年シンくんが何してるか私が一つ決めてあげる」

 

「なんだ?」

 

「私の代わりにここの野菜のお世話をしてる事。約束よ?」

 

「……それは……」

 

「私と約束するの、嫌?」

 

「そういうわけじゃ……わかった、約束する」

 

「よかったぁ。守ってね?」

 

「ああ……善処する」

 

「じゃあ、お世話の仕方覚えないとね。大丈夫、シンくんならすぐに覚えられるよ。早速教えてあげるから、こっちおいで?」

 

「よろしく頼む」

 



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14.居候

6月29日 夜 シンの家

 

部屋で期末テストの範囲を復習していると、不意に呼び鈴がなった。訪ねてくる知り合いも居ないはずだが、誰だ?

一旦手を止めてインターホンへと向かう。

 

 

「はい……。なんだ、おまえたちか」

 

 

画面の向こうには、見知った黒猫と探偵見習いがいた。そういえばしばらく厄介になると言っていたな。

……はて、住所を教えるのを忘れていた様な気がするが、俺を付け回していたゴウトが知っていたのか。

 

 

「随分遅かったな。何をしていた?」

 

「うむ……ちょっと街で一悶着あってな」

 

「なんだと?何があった」

 

「地理を把握する為に、渋谷周辺をうろうろとしていたのだがな」

 

「ふむ」

 

「気づけば人通りの少ない裏路地へ迷い込んでしまってな」

 

「絡まれたか?」

 

「いや、警らに遭遇してな。身分と所持品を改められてだな……」

 

「待て、もう先が読めた」

 

「この世界では刀の所持が違法になっているとはな……拳銃だけは隠し通したが、まさか街中を全力で走る訳にもいかず、しばらく警官から逃げ回っていたのだ」

 

「探偵がそんなことで務まるのか……」

 

 

お互いやれやれといった感じで一段落。知らないものは仕方ないが、初っ端から騒動を起こすとは困ったものだ。

 

 

「指名手配されない事を祈れ」

 

「全くだ。お尋ね者になるというのは、気疲れするし気分も悪い」

 

 

二人を居間へと招き入れ、適当にくつろがせる。本来客人には何か振る舞うべきかもしれないが、俺は日用品など買う必要がないので棚は空だ。家に元々あった食品類は、以前の日付のままだったので怪しくて捨ててしまった。

そもそも、こいつらは客人ではなく居候だ。特に構う必要も無いだろう。

 

 

「いい家を持ってるじゃないか?意外と裕福なのだな」

 

「俺が建てたわけじゃない。建てたのは親父だったはずだし、そもそもこの世界じゃ俺の前住んでた家かも怪しい」

 

 

俺とゴウトの会話を縫って、大きな腹の音が鳴り響いた。この場に食わない事で支障が出るのは一人しかいない。

ライドウに目をやるとバツが悪そうに視線を伏せられた。

 

 

「……のう、何か腹の足しになるものはないか?随分追い回されていたから空腹なのだ」

 

「お前は食わなくても問題ないだろう。全く、人間の体は不便だな。……仕方ない」

 

「……とはいえ、俺は普段は外で済ませてしまうから、買い置きはないぞ。何か食べに……。いや、手配人を連れ出す訳にも行かないな。今、家には貰い物の野菜ぐらいしか……」

 

「どれ……結構色々あるではないか。これだけあれば十分だ。ライドウ、一つうぬが振る舞ってやれ」

 

 

ライドウは外套を脱ぐと、さっと腕捲りをする。ライドウが食事の用意をしているのは何度も見ているが、向こうではまともな食材もなかったから、持ち込んだインスタント食だけだった。

 

 

「まともに料理をしているところを見たことがないが、出来るのか?」

 

「ふっふっふ、楽しみに待っているがいい。ライドウ、手抜きは許さぬぞ!」

 

 

ライドウは包丁ではなく刀を素振っている。切れ味は抜群だろうが調理に使っていいのか。悪魔を斬った刀でいいのか。退魔刀の威光とはなんだ。

 

 

「頼むから家だけは真っ二つにするなよ……」

 

 

 

しばらく後、テーブルの上には質素ではあるが食欲を唆る料理たちが並べられていた。

煮物、蒸し物、汁物に、明日以降の為の塩揉みまで漬けてある。……野菜だけではあるがどれも美味そうだ。肉や魚がない分を味付けと量で補っている。これだけあれば十分腹も脹れるだろう。

 

 

「……驚いた。ここまで手際がいいとは。放り投げた野菜を宙で刻んでいた時はどうなる事かと思ったが、普通に美味いじゃないか」

 

「うむ。携行食が尽きた場合、現地で調達することもあるからな。どうせなら美味いものを食えるようにしたらしい。元々は菓子を自作するところから始まったそうだが……。我も初めて振る舞われた時は驚いたものだ」

 

「ライドウは育った時代を考えても期待していなかったが、思わぬ特技だな」

 

 

春に貰った野菜を腐らせるのも忍びなかったので、これは丁度いい。今までは仕方なく生のまま齧っていたが、食事当番はライドウにやらせよう。

 

 

「美味かった。皿は洗っておくから風呂にでも入ってこい」

 

「家主を差し置いて先に入るのも気後れするな。我らは後でも構わぬぞ」

 

「いい、どうせ俺は汗なんてかかないからな。風呂に入る必要も無い」

 

「……そういえばそうだったな。ならば、先にいただくとしよう」

 

 

洗い終わった食器を磨き棚に戻す。次は、あいつらの寝床を用意してやらなければ……。俺の部屋とは別に、ベッドの置いてある部屋があったな。

階段を上り、使っていない部屋のドアを開ける。この家に帰ってきて以来開けていなかったので、埃臭さが鼻についた。しっかりとした掃除は今からでは出来ないが、換気と埃払いぐらいはしておいてやろう。

ベランダに出て、寝具に付いた埃を払う。自分の家なのに見覚えのない寝具と部屋。これは誰が使っていたものだろう。恐らく両親か兄弟辺りなのだろうが……最早顔も名前も思い出せない。

 

いつの間にか、人として生きていた頃の記憶は薄くなっていった。この身体になったばかりの頃は、確かに覚えていた。初めの頃は、全て失った事を悲しんでもいたはずだ。それらを取り戻す為に行動してもいたはずだ。

何時から、今の『人修羅』になったのか、思い返してみる。しかし、これといったきっかけは思い当たらなかった。代わりに、ふと思い出したことがある。

 

悪魔合体というものは、合体し別の悪魔へと生まれ変わったとしても、元の人格が消えるわけではないらしい。元になった二体の悪魔ともが、記憶を残したまま、意識の連続性を持って一体になる……。マガツヒとして融け、混ざり合い、一体に……。

ボルテクス界で過ごす内に……悪魔を殺しマガツヒを取り込む度に、俺の割合はどんどんと薄まっていく。俺の身体にいたはずの俺は、この手で殺した悪魔たちにのみこまれ、散り散りに消えていく……。

 

 

もしかして、俺の意識なんて、もう欠片も見当たらないんじゃないか?そう思った時、身体の芯を、虚ろな心を極寒が吹き抜ける様な、恐ろしい妄想に陥った。

思わず身震いする程の、ボルテクス界でも味あわなかった様な恐怖を必死で頭から振り払おうとする。

これはただの妄想だ。悪いふうに考え過ぎているだけだ……。

 

気づけば頭を抱える手には赤い微光線が灯っていた。いや、手だけでは無い。服の下に隠れた胴体にも、ズボンの裾から僅かに覗く脛にも、赤光が溢れている。

自分の眼の血管すら浮かび上がって見える。視界の端は赤く染まり出した。眼球からマガツヒでも漏れているかのようだ。

熱い。胸の内で、蟲が冷たく蠢いた。それが、身体が帯びていく熱を一層際立たせる。或いはこれらも錯覚、妄想か。

 

 

「シン……?」

 

 

背後から不意に名前を呼ばれる。それをきっかけに、段々と落ち着いていく自分を自覚出来た。線の色は赤から青へ、そして薄くなり消える。視界の色は正常に、胸の蠢きは気がつけばもうなくなっていた。

 

 

まだ焦点の合わないまま振り返ると、ベランダへと出てきたのはライドウだった。リビングに居なかった俺を探しに来たのか。

 

 

「……ライドウか。風呂はもう出たのか?ゴウトは下か?今、寝床の用意を……」

 

「シン」

 

 

俺の言葉を、普段の寡黙さに似合わぬ凛とした声が遮った。ライドウは真っ直ぐに俺の目を見つめている。何となく、その眼差しに後ろめたさを感じた。

 

 

「大丈夫だ。シンはシンだ。悪魔だとしても、どんな道を歩もうと、シンの心はシンのものだと信じている」

 

「だから、呑み込まれるな」

 

 

俺には、その目は見つめ返せなかった。言うことをきかない足を引き摺り、ライドウの横をすり抜け自室へと逃げる。一瞬、呼び止めようとする気配があったが、その日、再び声をかけてくることはなかった。

 

 



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15.葛葉ライドウ 現世ニテ就職ス。

6月30日 放課後 メメントス

 

「そこだっ!」

 

「……ちっ!」

 

 

メメントスでシンを相手にトレーニングをしている。しかし、今日のシンはどうにも様子がおかしい。普段は取りこぼさないはずの攻撃が、時折肌を掠めているのだ。

 

 

 

「ジョーカー!『タルカジャ』だ!ぶちかませ!」

 

「セタンタ!『チャージ』!『大切断』!」

 

「くっ……」

 

 

シンのガードの上から渾身の一撃を叩きつける。やはり、シンの動きには精彩がない。理由は分からないが、どうにも集中出来ていないようで、全体的なタイミングがいつもより雑になっている。

それでも動作の一つ一つは鋭いのだが、リズムの乱れた単調な動きは読みやすく、また崩しやすかった。

 

 

「カルメン!『アギラオ』!」

 

 

ガードで動きの止まったシンに火球が直撃。さして効いてはいないようだが、肩で息をしているし、明らかに疲れている。

ここ数日で何かあったのか……?

 

 

「……ライドウ、代われ。俺は……少し休む」

 

 

そう告げるとシンはどっかりと壁際に腰を下ろしてしまった。ライドウは少し気遣わしげに目を向けたが、直ぐにこちらを向いた。

 

 

「ふむ……。とりあえず、四人は一度休憩だ。その間、見学していたフォックスとクイーンの二人を指導しよう。うぬらはまだ一際経験が浅いのであろうし、ライドウと得物が同じ事から教えられる事も多かろう」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

 

 

6月30日 夜 ルブラン

 

現実へ戻り解散後、ルブランへ帰るとテーブル席に座る黒い外套を着た客が目に入った。隣には黒い猫が丸くなっているし、何よりあんな格好、他ではそうそう見かけない。

 

 

「ただいま……。って、ライドウじゃねえか。解散したばかりなのにどうしたんだ?蓮、話しかけてみようぜ」

 

「帰ったか。知り合いだってな。飯、まだだって言うから出してやんな。お前が用意すんなら金はいらねえからよ」

 

「うん。ありがとう」

 

「あいよ」

 

 

 

 

「……で、何の用?」

 

 

カレーを食べ終えたところで、こちらから話を切り出す。みんなのいない所で話すということは内密な話だろうか。

……が、ゴウトはのんびり顔を洗っている。どうやら、特段緊迫した話では無さそうだ。

 

 

「特に用事があったわけではない。我らもやはり、しばらくこの世界にいる事になりそうなのでな。長く付き合いそうな相手と親交を深めに来たのだ」

 

「それは願ったり。それなら、コーヒーでも飲みながら少し話そうか」

 

 

食器を片付け、コーヒーの準備を進める。せっかくルブランを尋ねてもらったなら、コーヒーは出さねばならない。まだ惣治郎の様に美味くは入れられないが、基本ぐらいは身につけられたつもりだ。

ゴウトは飲めるのか不安になったが平気だと言うので、片方は少し冷まして二人の前にカップを並べた。

 

 

「ほう……いい香りだな。美味いか?ライドウ。鳴海の淹れるコーヒーとは大違いか。そうかそうか」

 

「俺もまだ習い始めなんだけど……豆の違いかな」

 

「そう謙遜するな。にしても、日本は随分発展したのだな。我らの時代も西洋の文化が入ってきてそれなりに経ち、進歩とは著しいなと思ったが……」

 

「二人が来たのは大正二十年……昭和五年だから、八十五年前か」

 

「八十五年か。我からすれば短く感じるが、あっという間に変わるものだな。街は煌びやかで、歩いているだけで楽しい」

 

「そんなものかな?」

 

「うむ。……少しこの世界の歴史を調べてもみたが、やはり大正十四年頃までは一致しているようだ。無論、元の世界に戻ってもこの歴史は胸に秘めておくが……願わくば、我らの未来も良いものであって欲しいものだ」

 

 

 

 

「そういえば、二人はどこに住むの?」

 

「シンの家に厄介になる事にした。当然だがあてもないのでな。場所は知っているか?」

 

「いや……」

 

「渋谷駅近くの住宅街だ。まだ一日だが、静かでいい所だ。今度訪ねてみるといい」

 

「へえ。なあ蓮、今度の祝勝会は、みんなでシンの家にでも行ってみるか?」

 

「シンも嫌がりはしないだろう。……ところで、恥を忍んで一つ頼みがあるのだが……」

 

「なに?」

 

「何か、仕事の伝手はないか?この世界では我らに後ろ盾もなく、やはり生活するには金がいる」

 

 

なるほど、本題はこれか。確かにシンには相談できない。だが、切実な問題だ。ここで暮らしていくにあたって色々と先立つ物も必要だろうし、満足に移動も出来ないのは不便極まりない。

しかし、ルブランでバイトを雇う余裕は無さそうだし、戸籍なんてもちろんないだろうし、まともに雇ってもらえるところがあるだろうか?

 

 

「知っての通りライドウは腕がたつ。異世界での仕事を斡旋してくれる組織などは……」

 

「ない。あったとしても、俺は知らない」

 

「では、異世界で金品を稼ぐ事は出来ないか?」

 

「……不可能ではないけど……剥がれてる金属の破片なんかはこっちの世界では消えちゃうからね。僅かに持ち帰れたものを売っても子供の小遣い程度にしかならないし、中々、買い取ってくれるところもない。最終手段かな」

 

 

何とか力になりたいが、少々厳しいものがある。戸籍がなければ確か口座も作れないし、携帯電話の契約も出来なかった筈だ。この世界に永住するわけでもないのに、戸籍を取得するというのも手間がかかる。

であれば、正式な契約ではなく知人に直接雇ってもらう様なやり方しかないが……。

 

 

「多分、働ける場所はかなり限られてくる。戸籍も口座も連絡先もないんじゃね……。まず、普通の会社じゃ雇ってくれない」

 

 

二人は半ばわかっていたようだが、それでもやはり雰囲気を暗くした。

 

 

「やはり厳しいか。となると、異世界で物を漁るしかないな」

 

「待って。要は口座もいらなくて、信用を俺か誰かが負えれば問題ないんだ。もちろんそんな条件滅多にないけど、知り合いにあたれば何か見つかるかもしれない」

 

「それでなんだけど……ライドウさん、何か特技とかない?」

 

「尾行や調査なら我らは得意とするところだ。他には、さっきも言ったが、身体の丈夫さや運動能力は抜群だ。後は、銃器や刀剣に関しても多少の知識はあるし、神道系であれば術式や祝詞も扱える」

 

「うーん……」

 

 

難しいな。岩井のところはどうかと思ったが、あの店もこれ以上雇う余裕は無さそうだし、そもそもライドウの格好は……この世界では目立ち過ぎる。岩井から頼まれる『仕事』には不向きだろう。

吉田はバイトじゃないし、武見も、もう治験は必要なくなった。となると、他に頼れそうなのは川上と大宅か。この二人なら条件に合う雇い主も知っているかもしれないが、果たして知人の知人の知人など雇ってもらえるだろうか……?

 

 

「他には……そうだ、ライドウは意外と料理が得意だ。昨日の夕食もシンからの評判は良かったし、菓子作りも得意なのだ」

 

「料理……料理か。……あ、そうだ。皿洗いとか、接客は?」

 

「人並みには。接客の経験はないが、そんな文句は言えん」

 

 

一つ思い当たった場所がある。まだ雇ってもらえるかはわからないが、あそこなら、頼み込めるかもしれない。

 

 

「……もしもし、大宅さん?」

 

 

 

6月30日 夜 BARにゅぅカマー

 

「よおっ!来たなあっ!後ろの子がここでバイトしたいって子?物好きな野郎もいたもんだなぁ〜。どれどれ、お姉さんに顔を……って、すっげえ!超男前じゃん!ララちゃん、採用!決まりね、決まり!」

 

 

新宿。BARにゅぅカマーに足を踏み入れた途端、怒涛の勢いで言葉を浴びせかけられる。次いで濃厚な酒気。電話をかけた時点でわかっていたが、前回同様すっかり出来上がっているようだ。

覚束無い足取りでライドウへ凭れたかと思えば、今は大興奮でライドウの背中をバシバシと叩いている。

 

 

「アンタが大暴れしてると逃げられるのよ。大人しく飲んでなさい。……さて、いらっしゃい。いっちゃんから話は聞いてるわ。うちでバイトしたい子がいるんだって?」

 

 

ライドウは大宅を慎重にカウンターへ戻すと、改めてララへ頭を下げた。ゴウトは外で待たせているが、まともに意思の疎通を図れるだろうか。

 

 

「葛葉ライドウと申します。歳は、17です。何でもします」

 

 

ライドウは自身の声ではっきり挨拶をしてくれた。ゴウトの声が聞こえない相手にはどうするか不安だったが、この分なら問題なさそうだ。

他に紹介できる所もないし、最後の綱なのは承知の上なのだろう。

 

 

「あら、ほんとにいい男じゃない。今どき珍しく凛々しくて男らしいわね。料理とか皿洗いとかは……出来る?そう。仕事柄酔っ払い相手が多くなるけど……大丈夫なのね」

 

「……あの、少しお願いがありまして」

 

「えっ、携帯と口座がない?住所も友達の家?……はは~ん、わかっちゃった。アンタ、そのレトロな服装といい、田舎から家出して来たんでしょ。だからこんなところしか頼れなかったのね。あんまり親御さんに心配かけちゃ駄目よ」

 

「でも、男の子だものねぇ。華やかな東京に憧れて……。アタシにも覚えがあるわ〜、そういうの」

 

「じゃあ、とりあえず採用で。こっちも最近手伝いの子が欲しいところだったし、せっかくの坊やからの紹介だしね。……大丈夫よ、違法な事なんてさせないから」

 

「よっしゃあ!これで毎日イケメンが見れる〜」

 

「こら、あんまり若い子いじめちゃ怒るわよ」

 

「わーかってるって」

 

 

 

 

一通りの話を終え、へべれけな大宅を三人がかりで引き剥がして外へ出る。ビルの軒先ではゴウトが俺たちを待っていたが、しばらく待たせていたから、何処と無くそわそわしているようだった。

 

 

「……おお、戻ったか。して、どうだったのだ?」

 

「無事採用。次の水曜にもう一度来て欲しいって」

 

「真か!うむ、天晴れだライドウ。我は仕事に手を貸せないのは心苦しいが、しっかり励めよ」

 

「蓮、うぬにも世話になった。シンの家に来る目処がたったら、前もって言っておけ。食べ物ぐらいしか用意出来ないが、今度は我らが精一杯のもてなしをしよう」

 

「楽しみにしてる」

 

 

ぼちぼち会話をしながら帰路へつく。二人は渋谷駅で降りていった。

明日には予告状を出して、明後日はとうとう決行日だ。

準備は万端にしておこう。



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16.明智 吾郎

私事ですが、無事に高校受験を終えました。相変わらず詰まったらエタる可能性は大いにありますので今のうちに謝っておきます。
ごめんなさい


7月1日 朝 渋谷駅ホーム

 

今日はとうとう予告状を出す日だ。指定の日時にはまだ間があるが、相手が相手だからなるべく早く済ませてしまいたい。

電車を待っている間、ネットニュースを眺めていると、不意に背後から名前を呼ばれた。

 

 

「蓮」

 

「シンか。おはよう」

 

「ああ、おはよう。昨日の話はライドウから聞いた。俺からも礼を言っておく。ありがとう」

 

「大分困ってるようだったしね。偶然アテがあってよかった」

 

「俺個人としては金の事は気にしなくてよかったんだが、気に病まれても困るからな。助かった。……ところで、パレスの攻略はどうなっている?あまり時間の余裕はないだろう」

 

「それも伝えようと思ってたんだ。オタカラまでのルートは確保してある。今日中に予告状を出すつもり」

 

「そうか……。今回は俺も行く。俺も脅しをかけられてる当事者の一人だ」

 

「そう?それは構わないけど、調子はどうなの?昨日は大分悪そうだったし……」

 

「誰に言ってる。やる気になれば何が相手でも敵じゃない」

 

「ならいいんだけど。……そうそう、当たり前だけど基本は俺たちだけでやるつもりだから」

 

「ああ、そうしろ。カネシロは間違いなく守りを固めているだろうが、強敵との戦闘はいい糧になる。ライドウにもそう伝えておこう」

 

 

 

 

同日 昼休み 生徒会室

 

「……ああ、そうだ春。悪いが今日の放課後は行けそうにない。少し用がある」

 

「あら、貴方も?私も生徒会の仕事が忙しくて行けそうにないわ。……そもそも、最近屋上に顔を出せてないけど……」

 

 

昼休みの内に春に断りを入れておく。俺が話を切り出すと真もそれに続いた。

もちろん俺たちの用件は同じだが、怪盗団関連の話に首を突っ込ませる訳にはいかない。適当にはぐらかしておかなければ。

 

 

「マコちゃんはいつも忙しそうよね。目を回しちゃいそう」

 

「そうね、色々問題が立て込んでて。でも、ある程度覚悟していたことだから何とかなってるわ」

 

「どうして生徒会長なんかになろうと思ったんだ?真の成績なら内申は気にしなくていいだろう」

 

「将来の為の経験よ。私の目標は警察官僚だもの。今の内からでも上の立場は経験しておかないとね」

 

「俺からすれば気が早い気もするが……」

 

「大丈夫よ、今のことも疎かにはしてないから」

 

「すごいなぁ、将来がちゃんと見えてるのね。私なんて全然決まってないのに」

 

「春は親の会社を継ぐんじゃないのか?」

 

「うん……もちろんそういう道もあるけど、まだどうなるかはわからないの。一応その為の勉強はしておくんだけどね」

 

「そうなのか。それでも、春なら何をしても器用にこなせそうだ」

 

「貴方はどうなの?高校出たあとどうするか、ちゃんと考えてる?」

 

「……何も考えてない」

 

「はぁ……まあ、今の成績を維持しておけば何処でも選べると思うけど……。どんな道を選んでもいいように、勉強はしっかりしておきなさいよね」

 

「頭に留めておこう」

 

 

 

 

7月1日 放課後 学校

 

授業が終わった。蓮たち三人と一匹は少し買い出してから集まると言っていた。ライドウは連絡手段がないが、家に電話をかけゴウトには伝えておいた。問題ないだろう。

 

……真の所にでも行くか。大抵は放課後も生徒会室に居たはずだ。

 

 

 

「真、いるか?」

 

 

生徒会室のドアを開けると、幾人かの生徒たちと書類を弄っていた。知らない顔だが、生徒会のメンバーだろう。学校祭の進行がどうとか書かれた書類と睨めっこしながら、ああだこうだと話し合っている

真は俺に気づくと、手早く荷物を仕舞い席を立った。

 

 

「あら、来たの?じゃあ行きましょうか。大丈夫、急ぎの仕事は昨日までに済ませてあるから。……じゃ、お疲れ様」

 

 

 

 

 

その日の放課後、奥村 春は平日にしては珍しく、校庭で花壇の手入れをしていた。『珍しく』というのは、最近は平日放課後に屋上の菜園の手入れ、その他の花壇等は休日に、というのがお決まりになっていたからだ。

 

そうなった理由としては、最近出会った『間薙 シン』の存在が大きく影響している。これまで面倒な農作業に付き合ってくれるほどの友人も居なかった春にとって、何だかんだと手伝ってくれる友人というのは居心地が良かった。

最も、彼の本来の目的は落ち着いて読書をする環境が欲しい、というもので、屋上への立ち入りを咎められない為に、という取引の下だが。

とはいえ、手こずっていれば積極的に手を貸してくれるし、最近は何も言わずとも一日作業をして終わる事も増えた。

今日は残念ながら、彼と、最近関わりの増えた『新島 真』の両名が不在なので、休日にこなしている花壇の手入れをするつもりなのだ。

 

 

「ん……あれ……?」

 

 

倉庫から用具を運び出し、昇降口の前の花壇へ辿り着いた時、校舎から二人の生徒が連れ立って出てくるのが見えた。終業直後ならよく見る光景ではあるが、特に視線を惹かれたのは、それが間薙 シンと新島 真の二人だったから。

昼休みに話をした時には別々の用だと言っていた。生徒会の仕事はもう済んだのだろうか?仄暗い疎外感が胸によぎる。別れの挨拶でも告げようとしたが、何故か近づく気になれず、声をかけられない。その場でまごまごとしている間に、二人は気づかず校門を通りすぎていってしまった。

 

口から呆けた様な溜め息が漏れ出る。何となく二人が去った先を見つめ続けていたが、直ぐに我に返った春は勘繰りを頭と共に振り払う。

きっと、下校のタイミングが被っただけだ。校外で活動することだってあるだろう。

それでも、春はもう二人の背中を追う気にはなれなかった。

 

 

 

 

同日 放課後 ヨン・ジェルマン前

 

伝え聞いたアジトへ向かっていると、パンの焼き上がるいい香りが鼻をくすぐった。匂いの元は正面のパン屋、店名は『ヨン・ジェルマン』。雑誌やテレビで紹介されているのを見た記憶がある。数量限定のメロンパンと、雨の日だけ販売される濡れカツサンドが看板の人気店だったはずだ。

今日は晴れているので濡れカツサンドは売っていないが、ショーケースを眺めると限定メロンパンはまだ残っているようだった。

まだみんなが集まるには早い気がするし、せっかくだから立ち寄ってみるか。

 

それについて口を開こうとした時、真の目が不自然に泳いでいることに気がついた。その理由はわからなかったが、真の見ていた先を見ると、知らない制服を着た、パンを見つめる一人の男子高校生。どことなく顔を知っている気がする。

その男子生徒はしばらくショーケースを見続けていたが、俺の視線に気づいたようで不思議な顔でこちらを向いた。しかし、やはり真の知り合いだったようで、横に立つ真に気がつくとこちらに声をかけてきた。

 

 

「やあ、新島さん。奇遇だね」

 

「……ええ。こんにちは、明智くん」

 

「ふぅん……。少し、雰囲気が変わったかな?お姉さんと何かあった?」

 

「特に何も無いわよ。何か用かしら?」

 

「ただの挨拶さ。……それじゃ、こっちの彼の影響かな」

 

 

そういうと、明智と呼ばれた男はじっくりと俺に目を向けてきた。これまで何度も向けられた、品を定めるような視線。あの男も……氷川からも終始似たような視線を感じていた。野良悪魔からも散々向けられたおかげで慣れてはいるが、好ましくはない。

 

 

「値踏みは済んだか?」

 

「ああ!ごめん、初対面なのに失礼だったね。それじゃ、先ずは自己紹介から」

 

「僕の名前は明智 吾郎。まだ高校生だけど、探偵の真似事で生活させてもらってる。だから、さっきのも悪気はないんだ。職業病みたいなもので」

 

「明智……あの明智 吾郎か。最近名前が売れてるみたいだな」

 

「どうも。それで、君は?」

 

「間薙 シン。秀尽の二年。真とはただの友人だ」

 

「間薙君……一つ下か。不思議な目だ。中々キミみたいな目を見た覚えはない」

 

「珍しいか?」

 

「同年代では中々居ないな。君、戦場帰りだったりする?」

 

「だったらどうする」

 

「まさか、冗談だろ?職業柄そういう知り合いもいてね。……君たちもここのパンを?」

 

「ああ、買うのは初めてだが」

 

「この店のパンは美味しいよ。僕も、忙しくてもたまに食べたくなって買いに来るんだ」

 

「らしいな。忘れていたが、売り切れる前に早く並ぼう」

 

「僕もまだ買ってないんだ。一緒に並んでも?」

 

「好きにすればいい」

 

 

 

 

同日 放課後 連絡通路 雨宮蓮

 

俺たちが買い物を終えアジトに向かっていると、ヨンジェルマンの前に見知った顔が三つ並んでいた。どう接点があるのかわからない組み合わせだ。丁度会計を済ませたところのようで、シンはパンがぎっしり詰まった袋を提げている。

 

 

「おい蓮、あれ……」

 

「シンと真と明智さん?変な組み合わせ」

 

「蓮、確か明智とは関係を結んだばかりだったよな。せっかくだし話しかけて見ようぜ」

 

「ああ。……どういう知り合い?」

 

「あら、蓮。買い物は済んだの?」

 

「やあ、君か。もしかして友達?こんな偶然もあるものなんだね」

 

「新島さんのお姉さんとは仕事で付き合いがあって。顔見知りなんだ」

 

「ふーん」

 

「あったのは偶然さ。君もここのパンを買いに?」

 

「そういう訳じゃない。この後待ち合わせをしてたんだ」

 

「遊ぶ約束でもしていたのかい?僕も親交を深めさせてもらいたいところだけど、残念ながら今日は用事があって」

 

「間薙君……いや、シン。蓮とはルブランという喫茶店で会うことが多い。君も来てくれると嬉しいな。……それじゃ、また」

 

 

そういうと明智は去っていった。反怪盗派の筆頭として油断出来ない相手だが、このタイミングであったのは偶然だろうか。……考え過ぎか。

 

 



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17.VSカネシロ・バエル・ジュンヤ

7月1日 放課後 アジト

 

シン達と合流しアジトに着いた時には、もう祐介とゴウトは待ちくたびれた様だった。祐介は何を考えているのか分からない表情で人波を見下ろし、ゴウトは欠伸をしながら顔を洗っている。

 

 

「ごめん、遅くなった。……ライドウさんは?」

 

「ライドウは諸事情があって人目を忍んでおるのでな。今日は欠席だ」

 

「職質で刀が見つかったらしい」

 

「ヤバすぎ。ライドウさん、こっちの服も持ってないんでしょ?シン、この後買いに行くよ」

 

「それじゃ、作戦会議といこう。進行は任せたぞ」

 

「会議と言っても、後は予告状だけなんでしょ?じゃあ、さっさと出しましょう」

 

「それはそうだが、今回は簡単にはいかない」

 

「予告状出すって言ってもなぁ……」

 

「直接の知り合いなんていないもんね。家とかわかんないし……」

 

「シンがこの前のアジトに忍び込んで置いてくるのは?」

 

「俺は構わないが……。金城がいつもあのアジトにいるとは限らない。いつ予告状が金城に届くかもわからないのに、パレスの最奥で張り込むつもりか?」

 

「……却下で」

 

「……もう。そんな面倒なことしなくても、同じ手を使えばいいじゃない」

 

「なにか思いついたの?」

 

「簡単よ。……でも、ちょっと一人だと大変だから……竜司でいいわ。この後手伝って」

 

「俺?いいけど、何すんだ?」

 

「あとで説明するわ。予告状は任せてちょうだい」

 

 

 

7月2日 放課後 アジト

 

「渋谷の街全体に予告状をばら撒いたか……」

 

「いい考えでしょ?これだけ派手にやれば、必ず金城に連絡が行くはずよ」

 

「さすが怪盗団のブレインだぜ!リュージ、オマエも見習え」

 

「撒いたの俺だっつうの!奴らに見つかんねえように変装までさせられて、大変だったんだぞ!」

 

「ライドウさん、どう?昨日買った服。よく似合ってると思うけど」

 

「うむ。痛く気に入った様だぞ。昨日の夜着替えた後、寝る時もずっと着ている。ここまでも問題なく来れたしな」

 

「それは良かったけど……寝る時はパジャマ着てね?」

 

「ムダ話してる場合じゃないわよ。さっさと行きましょう」

 

「今回の相手は、掛け値なしの大悪党……」

 

「望むとこだぜ!こっちだって、大型新人が入ったしよ!」

 

「真!流れとか、ちゃんと頭入ってっか?」

 

「オタカラを奪えば、パレスは消える。それによって、現実の主の心も変化する」

 

「歪みが消えて自分の悪事を直視した主は、良心の呵責に耐えられず白状する……だったな」

 

 

シンに続いてライドウとゴウトも頷く。

 

 

「リュージより百倍上出来だぜ」

 

「クズのような悪い大人と、大人の言いなりだった私……。両方まとめて、この手で打ち砕く!」

 

「気合十分だな!よし、ジョーカー!いつも通り、出発の合図をたのむぜ!」

 

「準備はいいな?……ショータイム!」

 

「ノリノリだな……」

 

「テンションは大事だ」

 

 

 

 

カネシロパレス 地下大金庫心臓部

 

 

オタカラの前で待ち構えていたカネシロが、くだらない御託を捲し立てている。

 

 

「上が下をこきつかって、好きなだけ搾りとる。そういう順番が、この世には存在しているんだ。貴方がたも、大人しく金づるになりなさいよ!」

 

「誰がなるか、そんなもの!」

 

「順番とか、頭おかしいでしょ」

 

「オレだって散々やられてきたんだ!苦渋を舐めさせられ、クソ底辺から這い上がって、ようやくオレが刈り取る番ってワケさ!」

 

「だからって……!やり返す相手、間違ってんでしょ?」

 

「卑怯な事しかできない、可哀想な人よね」

 

「勝ち方に綺麗も汚いもない!クレバーなヤツが勝つ!」

 

「賢く強い者は、弱者を食い散らかして当然。ネットの知識だけで世の中悟ったような気になる頭のわいたクソガキは良いカモだよ」

 

「同感だな。力のあるものは自由を貫ける。当然のことだ」

 

「シン……!?」

 

「だが、お前を是としない、より強者が存在する可能性も理解しているんだろうな?」

 

「お前のような外道を相手に、今更道徳を説くつもりはない。気に入らない相手を潰しに来た。それだけだ」

 

「クソガキが、オレより上だと思ってんのかぁ!?……ありがたい説教の時間は終わりだ。一生ここで奴隷としてこき使ってやる」

 

「冗談じゃない!」

 

「クククク……たかるだけ……たからせていただきますよぉーっ!」

 

 

 

 

VSカネシロ・バエル・ジュンヤ

 

 

「約束通り俺とライドウは手を出さない。お前たちだけで勝て」

 

「やってやるさ。ネコショウグン!『マハスクカジャ』!」

 

「逃がさねーyo!」

 

 

マハスクカジャをかけるのと、ブタトロンの極太の銃身が俺を捉えるのはほぼ同時だった。

加速した俺たちをバルカンの射線が追いかける。余裕を持って避けれる速度だが、床に穿たれた弾痕からその威力は伺える。まともに喰らえばただじゃ済まないだろう。補助魔法をかけることを優先しなければ。

 

 

「補助魔法だ!有利を作れ!」

 

「りょーかいっ!『タルンダ』!」

 

「こいつのイシに頼るのは癪だけど……結晶よ!『マハラクカジャ』!」

 

「攻撃は俺がすんぜ!『タルカジャ』!」

 

「ちょこまかとうざってぇ……!ミサイルでまとめて吹き飛んじまいな!」

 

「撃ち落とす!フウキ、『マハガルーラ』!」

 

 

部屋中に撒き散らされたミサイルを、マハガルーラでかき乱す。大半は行き先を見失い連鎖的に弾けたが、すり抜けた一発が俺の足元へ向かってきていた。

一発でも当たれば致命傷かもしれない。覚悟を決め渾身のガードをしようとしたが、その一発は爆炎が届くギリギリの位置で、クイーンの銃撃によって撃ち落とされた。

 

 

「クイーン、助かった!」

 

「まだ油断しないで!正面!」

 

「っ、タケミナカタ!」

 

「キッド、ぶっ込め!」

 

 

跳ねながら押し潰しに来たブタトロンを、スカルと二人がかりで何とか逸らす。壁に激突し動きが止まった瞬間をパンサーのアギラオに狙い撃たれ、左目の砲台は沈黙した。

 

 

「んな馬鹿な!ブタトロンが弾かれるなんて……」

 

「生憎もっと重たい攻撃なんかいつも喰らってんだよ!」

 

「あんたの薄っぺらい攻撃なんか私達には効かないわ!大人しく観念しなさい!」

 

「そんなはずはねぇ……今度こそ轢き殺してやるyo!」

 

 

そういうとブタトロンは再び高速回転を始める。確かにブタトロンの装甲は分厚く、回転によりよっぽどの攻撃でも弾かれてしまう。しかし、今はパンサーによって明確な弱点ができている。

 

 

「フォックス、クイーンと交代だ!奴が突っ込んでくる瞬間、脆くなった左目に全力で攻撃する!スカルとパンサーも後押ししてくれ!『チャージ』!」

 

「あの程度の速度、容易い!」

 

「フォックス、『タルカジャ』だ!」

 

「来るよ!『アギラオ』!」

 

「セタンタ!『アサルトダイブ』!」

 

「キッド!『電光石火』!」

 

「ゴエモン、『五月雨斬り』!」

 

 

今出せる最大の攻撃を左目から内部に叩き込む。直後にパンサー以外の三人は弾き飛ばされたが、ブタトロンは異音と煙を吐きながらふらふらと転がり、爆発・炎上。部品を弾けさせながらその機能を停止した。

一区切り着いた隙にモナが前に出て回復を唱える。ここまでは危なげなく順調だ。

 

 

「オ、オレのブタトロンが……!?こうなったらオレが直々に相手をしてやるぜ!正々堂々、金の力でなァ!喰らえぇい!」

 

「軽い!」

 

 

カネシロが投げつけてきたコインを弾き、そのまま攻撃を仕掛ける。紙一重で躱されたが、動きも攻撃もブタトロンより鈍い。ようやくカネシロを追い詰めた様だ。

 

 

「なかなかしぶといじゃねーかyo……。こ……こうなりゃ、最後の手段だ!大奮発に大放出だZe!アハーン?」

 

「何を……みんな、上っ!」

 

 

見上げると天井の金庫が開き、輝く何かが大量に降り注いできている。近付くにつれ明瞭になったそれは、カネシロが飛ばしていたものよりも遥かに巨大なコインの雨だった。

範囲が広すぎて避ける隙間がない。後衛も含め、直撃で大きく体力を削られた。ダメージが大き過ぎてモナにも呪文を唱える余裕がなく、今もう一度やられたら全滅だ……!

 

 

「まだ欲しいかyo!喰らいな!」

 

 

カネシロの言葉に覚悟を決めかけたが、上から何か降ってくる気配はない。チャリン、と音がしたと思えば、小さな一枚のコインが虚しく転がるだけだった。

 

 

「うげ!手持ちがなくなっちまった……」

 

「ビビらせやがって……。けど、これで勝負あったみてえだな」

 

「締めは任せたぞ、クイーン」

 

「そうね。覚悟はいい?カネシロ……。鉄・拳・制・裁!」

 

 

 

 

 

カネシロ戦後 ルブラン屋根裏

 

「そういえばさ、カネシロが最後の方で言ってたこと……」

 

「『あっちの世界を使ってる悪党がいる』って……」

 

「気にはなるな」

 

「ああ。もしかしたら、異世界に関する新たな情報が得られるかもしれない。俺としては捕らえてみたいものだが」

 

「でも、探しようがなくない?あたしらじゃ入りようのないパレス持ちだって沢山居るだろうし」

 

「俺とライドウも、一度侵入するまでは、あるかもわからない異世界は気づけない。結局、その『異世界ナビ』とかいうアプリ頼みという事だな」

 

「シンは持ってないの?俺たちは勝手に入ってたけど」

 

「ないな。ペルソナを持ってないからか?」

 

「その悪党については、一応我らでも探っておこう。本職といえば本職だ」

 

「そういえば探偵っつってたな。じゃあ、おなしゃす」

 

「これ以上考えてもしょうがねぇ。今はともかく、金城の改心がどうなんのかが見物だ。とりあえず、大人しくしてようぜ」

 

「貴方にそんなこと言われるなんてね」



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18.釣り

時間は少し遡り7月1日 放課後

 

「よし、じゃあ明日の為にライドウさんの服買いに行かなきゃね」

 

「うむ……代金はライドウの給料が出次第返す。悪いが、立て替えておいてくれ」

 

「ああ」

 

「安く買うなら、やっぱ原宿かな。古着の良い店知ってるから、行こっか!」

 

 

 

原宿 古着屋

 

「ライドウさんって背丈はシンと同じぐらいだったよね」

 

「身長はそうだな。手足の長さもそうは変わらなかった筈だが、首や胴回りは大きめの方がいいかもしれない」

 

「そっか、鍛えてるんだもんね。それでもスタイル良いから大抵着こなせそうだけど……好みがわかればなぁ」

 

「私服は見た事がないな。帽子だけはいつも被ってるか」

 

「じゃああの帽子に違和感が出ないように、レトロ風な落ち着いた服がいいかな。ワイシャツにサスペンダーとかも似合うかな?」

 

「マントの下はベルトだらけだしいいんじゃないか?」

 

「あれは封魔管を収納する為でお洒落ではないのだが……」

 

 

 

 

「助かった。服は帰ったら渡しておく」

 

「いいっていいって」

 

「……そうだ、個人的に杏に相談がある」

 

「うん?なに?」

 

「真と春に、いつもの弁当の礼をしたいんだが……。春には何を返せばいいか検討もつかなくてな」

 

「春って、この前のあの娘?よく知らないあたしが選ぶよりシンが選んだ方がいいと思うけど……」

 

「尤もだが、まともな贈り物なんてした事がない。邪魔になるものを渡されても困るだろう」

 

「う〜ん……。普段の会話から探すのか一番なんだけど……じゃあ、駄目な物から消してこうか」

 

「香水やアクセサリー類は?」

 

「バツ。好みとか私服を把握する程の仲なら合わせて贈るのはアリだけど、知ってる?」

 

「知らないな」

 

「服とか化粧品なんかも同様の理由でバツね。花も大きいのは困るかな。小物入れとかはいいと思うけど、最初のプレゼントならもっと単純なものでいいんじゃない?」

 

「そうか……難しいな、贈り物は」

 

「……あ、いい事思いついたんだけど」

 

「なんだ」

 

「今度の花火大会、誘ってみれば?仲良いなら無難な選択肢だと思うよ」

 

「花火大会……祭りか。いいかもしれない。やはり杏に相談して正解だったな」

 

「どういたしまして。あ、私へのお礼はそこのクレープでいいから」

 

「いくらでも食え」

 

 

 

 

7月3日 昼間 生徒会室

 

カネシロ戦から一夜明けた翌朝。図書室へのついでに真に生徒会室に呼び出された俺は、その後金城からの諸々を伝えられていた。

 

 

「あのね、金城から連絡来たの」

 

「あいつはなんだと?」

 

「全部、チャラにするって。写真も全部処分したみたい。それで、その……お姉ちゃんたちが金城を確保したって」

 

「そうか」

 

「反応軽いわね。……消されちゃ困るからって、理由みたい」

 

「賢明だろうな。奴らも警察内部までは手を出せないだろう。これで一連の事件も解決か」

 

「改心、成功したのかな?」

 

「タイミング的にも、したんじゃないか?」

 

「そっか……。報告はそれだけ。ねえ、この後時間ある?」

 

「なんだ?」

 

「今日は休みだし、どこか遊びに行かない?」

 

「構わないが、あまり騒々しいところは行きたくないな」

 

「わかってる。私も最近張り詰めてたから……のんびり出来るところに行きたくて」

 

「のんびりか……そうだ、釣りなんてどうだ?」

 

「釣り?意外ね、釣りなんてするの?」

 

「俺はしないが昨日の夜誘いがあった。蓮と竜司は釣り堀に行ってるらしい。昨日は断ったが、真が良ければ合流するか?」

 

「釣り堀か……。そうね、せっかくだし行こっか」

 

 

 

同日 市ヶ谷 釣り堀

 

釣り堀は、俺が想像していたよりもずっと賑わいをみせていた。こんな都会で釣りなんて中高年ばかりの趣味かと思っていたが、そんな事はなかったようだ。そう歳の変わらなそうな少年やカップル連れもちらほら見え、高そうな釣竿から糸を垂らしている。

とはいえ、やはりボリューム層は休日のサラリーマン風の男性が多く、そんな客層の中で竜司の金髪はド派手に目立っていた。

 

 

「お前の頭は目立つな。見つけやすくて便利だ」

 

「お?なんだ、結局来たのかよ。よー、真も一緒か」

 

「こんにちは。ちょっとのんびりしたくてね。二人がいるって聞いたから」

 

「のんびり、できればいいけど。ほら、後ろの客」

 

「ええ。……こんにちは、川上先生」

 

 

蓮が促すままに、反対に座っている客を見る。真は気がついていたようだが、俺は意識外だったので気が付かなかった。確かに言われてみれば川上だ。くたびれた様子で、かかった魚を無表情でバケツに放り込んでいる。

 

 

「川上?奇遇だな」

 

「もー、君も……?セ・ン・セ・イ!一人一人言わせないでよ。休日だってのに問題児が三人も集まるなんて……」

 

「失敬な。俺の成績でどこが問題児だと?」

 

「キミわかってて言ってるでしょ?態度よ、た・い・ど!何回注意してもタメ口は直す気なさそうだし、授業中も上の空だったり関係ない本読んでたり……」

 

「点数だけは良いから見逃されてるの、わかってる?成績崩れたら直ぐに生徒指導行きよ」

 

「すみません……私からもよく言っておくので」

 

「男子三人は新島さんを見習いなさいよ。でも、君たち全員友達?よくわからない交友関係ね」

 

「……生活指導をしているうちに、話が合って。でも、甘くしたりはしてないですから」

 

「仲良いならよく見てあげてね?特に坂本くん。このままだと進級も怪しいんだから」

 

「うーっす……」

 

 

 

 

「さて……」

 

 

ぼんやりと浮きを眺めながら、引きが来るのを待つ。初めに糸を垂らしてからそれなりに時間も経った筈だが、一向に食いつく気配はない。水中で泳いでいる魚たちは、時折近づいてくるものの、かかりそうなところまで来ては慌てて離れていく。

隣に座っている真にはそれなりにかかっているし、俺たちが来た頃はボウズだった蓮も、コツを掴んだのか中々の大物を釣り上げていた。川上は言わずもがな。竜司ですら全く釣れてないわけではない。

 

 

「……難しいな」

 

 

思わず溜息と共に愚痴が零れる。経験のない釣りで初めから上手くいくとは思っていなかったが、こうもかからないものとは。釣り堀の雰囲気は嫌いじゃないが、待つだけというのは退屈だ。かかりさえすればどんな大物でも釣り上げる自信があるが……。

俺があまりに暇そうにしているのを気遣ったのか、蓮と真が後ろから話しかけてきた。

 

 

「不思議ね。同じようにしてるのにシンだけそんなに釣れないなんて」

 

「んー……理由がわからないでもないけど」

 

「え?何か違うかしら」

 

「よく見てれば。……ほら、ああやって魚が近づくと……」

 

 

浮きの周りには何匹か魚が集まってきていた。いい加減に一匹ぐらい釣らせて欲しい。食い付く様に念じながらじっと魚を見つめると、唐突に踵を返し、焦るようにピュッと逃げてしまった。

 

 

「わかった?」

 

「……わからない。何が違う?」

 

「集中し過ぎて威圧感が凄いことになってる。こっちに向けてるわけじゃないからわかりにくいけど」

 

「そんなにか。あまり言われたことはないが」

 

「私は何も感じなかったけど、後ろにいたのによく気づいたわね」

 

「言われてみれば……」

 

「良い傾向だな。周囲の気配にはどれだけ敏感でも損はしない。少しずつ力のついてきた証だろう」

 

「私もわかるようになるかしら」

 

「そのうちなるんじゃないか?」

 

 

そういえば、逆に俺はその手の感覚が鈍くなってきたような気がする。思えばこの世界に来て以来、危うさを感じる戦闘など一度もなかった。これだけ戦いから遠ざかっていれば当然かもしれない。

ルシファーは一体俺に何をさせたいのだろう。こんな生温い世界で、強くなる為の何かが本当に見つかるのか?

 

 

「お……シン!竿、竿!」

 

 

竜司の呼びかけにはっと気がついて竿を見る。浮きは確かに、不規則に揺れ動いていた。

 

 

「逃がすか!」

 

 

竿や糸が壊れないように気をつけながら、慎重にリールを巻いていく。食い付きさえすればすぐに釣り上げられるつもりでいたが、引く力が強い。腕力で負けることはなくても、道具が壊される可能性はある。予想外の要素で苦戦を強いられているが、せっかくのヒットだ。絶対に逃すわけにはいかない。

 

 

「頑張って!あとちょっとよ!」

 

「よし……!……釣れた!」

 

「おお……今日一の大きさじゃねえか!」

 

 

時間はかかったがようやく釣り上げられた。種類はわからないが、俺の腕の長さほどもある大物だ。二人と話をしていたおかげで、良い感じに気が逸れて魚を気にしないで済んだ。それにしても大物だ。この世界で一番苦戦した戦いだったかもしれない。

バケツにも入り切らない魚をどうしようかと思っていると、釣り堀の店主が近づいて来る。

 

 

「へえ!その釣竿でそいつを釣り上げるか。やるなぁ兄ちゃん」

 

「ほんと、楽しそうでいいわね。間薙くんのイメージちょっと変わったわ。もっと全部つまらないとか考えてそうに思ってたけど」

 

「そんな風に見えていたのか?」

 

「君全然自分のこと話さないし……。お、デカい」

 

 

川上の竿が凄い勢いでしなる。水面で暴れている様子で、既に超大物な事が丸分かりだ。腕力の差で多少手こずっていたが、俺に比べれば非常にあっさりと、川上はその大物を釣り上げてみせた。

 

 

「こ、こりゃ……ヌシだ!ヌシが釣れたぞ!」

 

「デ……デケェ……比べもんになんねえ……」

 

「あ〜……なんか、ごめん……」

 

 

 

 

あれからしばらく釣りを続けていたが、目立った当たりは結局あの一匹だけだった。まあ、小魚が多少釣れたから少しはコツを掴めただろうか。

蓮たちは俺たちより早く来ていたから、もう時間が来てしまったようで帰り支度を始めている。俺と真はまだ少し残っているが……。

 

 

「真、どうする?」

 

「そうね……私たちも帰りましょうか。日も暮れ始めてるし」

 

「よし」

 

「今日は楽しかったわ。ありがとう」



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19.勉強会

7月5日 放課後 屋上

 

今日はなんだか、春の様子がおかしい。話しかけても気の抜けたような相槌しか返ってこないし、昼休みなんて米を服にこぼしたまま気づいていなかった。俺と真の顔を交互に見ては僅かに瞳を揺らして、取り繕うように弁当を口に運んでいた。

態度も何となくよそよそしい。前回別れた時は普通だったので身に覚えはないのだが、何かしてしまったか?

春と目を合わせるとほんのり視線を逸らされ、土いじりに夢中なフリをしてるみたいだ。気にはなるが、言いたくないのなら無理に聞こうとは思わない。こっちからの話を済ませてしまおう。

 

 

「なあ、ちょっと話があるんだが」

 

「な、何?」

 

「今度の花火大会、一緒に行かないか?いつも弁当を世話になっているし、礼としてその日は俺に出させて欲しい」

 

「えっ……。それって、シンくんと、二人で?」

 

「俺はどっちでもいいが……嫌なら真も呼ぶか?」

 

「う、ううん!私はいいの!二人で!あ、でも……」

 

 

春はそういうと携帯で何かを確認し始めた。少し困ったような表情で考え事をしている。先約があったり、都合が悪かっただろうか。

 

 

「ダメか?都合が悪ければ別の日でも……」

 

「う、ううん!行く!」

 

「平気なのか?」

 

「大丈夫。全然、なんでもないから」

 

「なら、何も言わないが……」

 

「ほんとに平気よ。お祭り、楽しみにしてるね」

 

 

春はすっかりいつもの調子で、むしろ上機嫌で、また土をいじり始めた。いつも通りに戻ったのなら良かったが、結局理由はわからず終いだ。済んだ事をわざわざ追求しないが、少し釈然としない。

まあ、無事に約束を取り付けられたからよしとするか。

 

 

 

7月9日 昼間 アジト

 

カネシロが無事に自白をしたそうだ。昨夜はその件でだろうか、渋谷の繁華街では一晩中パトカーのサイレンがうるさく、俺の家の方にまで音が届いていた。

朝の登校中や学校でも、あちこちから噂が聞こえてきた。怪盗団の話題も多く、世間に正義を示す、という目的は粗方達成されたということだ。

 

これで蓮たちも一安心だろう。どうとでもなる俺とは違って、こいつらにはこの世界しかないからな。いざとなれば俺としても動くつもりだったが、不確実な方法しか取れそうになかった。俺としても胸を撫で下ろす思いだ。

 

集合がかかったのでライドウも連れアジトに来たのだが、真の姿だけがない。まだ来ていないのか?

 

 

「来たぜ来たぜ、カネシロの自白!警察からの発表でえれぇ騒ぎになってんじゃねーか!」

 

「警察の手柄になっているのが、納得いかんな」

 

「でもネットじゃ完全に怪盗フィーバーだよ、見てみ?」

 

「一気にきたな!」

 

「手のひら返しというやつだな。『実は信じてた』『応援してた』ってな」

 

「真が『目立つ場所に貼れ』って言ったの、こういうことだったんだね」

 

「流石の頭脳プレーってやつだな。……で、その肝心の会長サマはどこいった?」

 

 

誰かの携帯に着信が入る。俺のではないな。……蓮の様だ。微かに漏れる声には聞き覚えがあったので、誰からの電話かはすぐに察せられた。

 

 

『もしもし?私だけど。ごめんなさい、今日行けなくなっちゃって。急に校長先生から呼び出されたの』

 

『でも大丈夫だから。こっちのことは心配要らない。それより、テレビで怪盗特集やってたわね!』

 

「え、ちょっと詳しく!」

 

『予告状のビラが取り上げられてたの』

 

「マジで!?」

 

『とりあえず、今日はごめんなさい。また今度』

 

「真はなんだと?」

 

「真。校長からの呼び出しで行けなくなったって。あと、怪盗団のビラがテレビで取り上げられたらしい」

 

「うむ、そのニュース番組なら家で見たぞ。予告文とマークまでバッチリ放送されていた」

 

「まじかよ、すげえな!」

 

「しかし、この騒ぎ……。警察に目をつけられなければいいが」

 

「余裕だろ!あんな世界、誰も突き止められるわけねえ」

 

「本当にそうか?異世界の存在に偶然関わる事例も多い。うぬらの様にな。そういった人物が善人である保証などどこにもないのだ」

 

「それだけでは無い。秘匿されていても、間違いなく異世界の専門家や研究機関は存在しているだろう。そういった組織は体制側とも協力関係にある事が多く、何処まで把握しているかわからぬが、いつ察知されるやも知れぬぞ。……我等も多分に漏れず、であるしな」

 

「ほんとにそんな組織があんのか?それならどうして金城みてえな悪党がのさばってんだよ。表に出てなかった鴨志田や斑目はともかく、あいつは全力で捜査されてたんだろ?」

 

「あたしらに解決できて、専門にしてる大人に解決できないなんて事あるかな?」

 

「キーワードがわからなかったのかもしれん。そもそも、俺たちと侵入方法が同じである保証もない。その辺りはいくら考えてもわからない事だろう」

 

「一番気にかけて置くべきなのは、金城が最後に言ってた侵入者のことだと思う」

 

「俺は気にしねえ。あいつの出まかせかもしんねーし」

 

「そうならいいが……」

 

「……いや、俺は、その人は実在してると思う」

 

「なんで?」

 

「斑目も言ってたよね。『黒い仮面の男はいないのか』って。斑目の最後はその男に怯えている様だったし、強い力を持った俺たち以外の侵入者がいるって部分は共通してる」

 

「もちろん全くの偶然な可能性はある。けど、二人が口を揃えて同じようなことを言ったんだ。警戒はしておくべきだと思う」

 

「なるほど。確かに信憑性はありそうだ」

 

「ワガハイも同感だな。今回で大きく目立った分、もし敵対的な相手なら、話題性のある大物は待ち構えられる危険もある。しばらく大物に手を出すのは控えた方がいいかもしれないな」

 

「えぇー、つまんねーの。せっかく怪盗団の人気が高まってんのに、みんなの期待を裏切んのかよ!」

 

「急ぐ必要はないという事だ。最初の鴨志田から数えれば、もう三連勝だろう。騒ぎが一段落するまでは、静かに待てばいい」

 

「だったら、また打ち上げしない?」

 

「おっと、それもそうか。会長サンの歓迎会もセットだな」

 

「ライドウさんとゴウトも一緒にね」

 

「む、我等もか。気を遣わなくてもいいぞ?」

 

「人数多い方が楽しいって。……例のアタッシュ、アレやっぱ結構たけーのな!売っぱらって、パーっと使おうぜ!」

 

「やれやれ……『静かに待つ』って話が、どっかへ飛んでってるな」

 

「じゃあ今回はモルガナ抜き?」

 

「何……言ってんの?静かに、騒げって言ってんだろ?」

 

「あはは、そうこなきゃ。じゃ、真と場所、相談しとくね!」

 

「……あ、もしもし真?言い忘れてた事あってさ!実は……あ……」

 

「どうかしたか?」

 

『あ……聞こえてる?秀尽生は来週から期末試験だからね?目立たないつもりなら、成績が酷くて睨まれるとかは、ホントにやめてね。生徒会長としても、見過ごせません!』

 

『ひとまず大人しく学業に専念して、楽しい事は明けてから。……いいわね?』

 

「うへぁ……」

 

 

 

7月10日 夜 ルブラン

 

店番をしていたら竜司から突然連絡があった。例の件でそっちに行くと言っていたが、何のことだろう?

電話から十数分。ルブランのドアが騒がしく開いたと思ったら、いつものメンバーがぞろぞろと入ってきた。

 

 

「遊びに来てやったぜ」

 

「違うでしょ、テスト勉強!期末試験!」

 

「ハァ……何で私まで……」

 

「俺も何故呼ばれたのかわからない。勉強の必要も特にないんだが」

 

「仲間なら当然だろ?教えてもらわねえと困るし、な?」

 

「勉強……」

 

「気持ちはわかる」

 

「アイツらはほっといて……」

 

「ハァ……前に来た時は聞けなかったんだけど……。ここって何?お店の人とかいないけど……」

 

「ここ、コイツんち。フクザツな事情があってな……」

 

「これ、話していいんだろ?つーか、自分で話せ」

 

 

 

「ひどい……ひどいよ……」

 

「俺も杏も、祐介も似たようなモンだ。こいつほどヘビーじゃねえけどな」

 

「蓮の事情は俺も初めて聞いた。……お前は何も悪くないのに、酷い話だ」

 

「人一倍許せねえ事がある。だからみんな、怪盗やってんだ」

 

「おい、ワガハイを忘れるな」

 

「わーってるよ、みんな仲間だ。つか、真にも許せねえ事とかねえの?改心させたい奴がいるとかさぁ」

 

「……内緒よ」

 

「お、いんのかよ。別に、言やいいのに。つれねえなぁ」

 

「それより、試験勉強する気ないの?」

 

「あまり……」

 

「じゃあ、帰っていいのね?」

 

「そうしよう。飯でも食いに行かないか?」

 

「あ、ウソウソ。勉強、教えてください……」

 

「そういえばライドウさんは?」

 

「バイトだ。ゴウトも」

 

 

 

「ああこの単語、なんだっけ。phobiaだから恐怖症……」

 

「『閉所恐怖症』かな。あんま言わないけどね」

 

「単語や長文は任せて。……文法は苦手だけど」

 

「英語とか勉強しても将来使わねーし」

 

「英語は話せなくても、読めると便利だぞ。和訳されてない本も多いからな。マイナーな言い回しや慣用句は少し面倒だが」

 

「だからぁ、そんなもん読まねえっつの」

 

「シンはどうしてそんなに本が好きなんだ?」

 

「……どうして?どうしてって事もないが、強いて言うなら暇だったから、か?」

 

「なんで疑問形なんだよ」

 

「元々好きだったが、こんなに読むようになったのは割と最近の話だ。他に暇つぶしが手に入らなくてな」

 

「ふーん?」

 

「……それって、シンが元々いた場所で?」

 

「随分食いつくな?まあ、そうだ。手に入れた本は何でも読んだ。教科書や古新聞でも、あったもの全部な。ずっとそんなだったから文字を読むのが癖になっている」

 

「リュージも読んだらどうだ?オマエは日本語もあやしいだろ」

 

「うっせぇ!」

 

「これ、『作者の心情』を答えろって……どうでもよくない?」

 

「無理だ!公式とか覚えらんねえ……なんか上手いカンニング方法ねえかな?」

 

「……ちょっと休憩入れましょ」

 

 

 

『以上、金城容疑者の続報でした。さて、明智さん。この事件、怪盗団の犯行と言われていますが、実際のところ、どうなんでしょう?』

 

『予告状がばら撒かれた経緯もありますし、間違いないと思います………………。…………。

ええ。悪人と何も変わらない。看過できません』

 

『なるほど』

 

「『なるほど』じゃねえよ。なんで俺らが悪者にされるんだよ」

 

「言わせとけばいいって。私たちが正しいってわかってくれる人も増えてきてるんだし」

 

「街歩いてても俺らの噂、耳にする事、多くなったよな?掲示板も盛り上がってるし、もしかして天下取った?」

 

「街のチンピラぐらいで調子に乗るな。デカい口は、もっと大物をやってからにしろ」

 

「また大物やりゃ済む話だろ?最初からそのつもりだったし!」

 

「それが危ないからやめておこうって話を、昨日したんじゃないの?少なくとも、私は待つべきだと思う」

 

「ああ。その間に、どんな相手でも問題ないぐらいまで扱いてやるから覚悟しておくんだな」

 

「まあ、それは追々、決めましょう。まずは試験を乗り越えないとね」

 

「さて、休憩おしまい!勉強を……」

 

「そういや、打ち上げ。試験終わったらやるって決めてただろ?」

 

「そうだったわね」

 

「どこ行くよ?目標あったら、勉強はかどる気がするわ」

 

「前はホテルのビュッフェか。それ以来だな」

 

「……ん?ビュッフェだと!?」

 

「どこがいいかな……。ねえ、花火とかどう!?打ち上げ花火大会!今度近くでやるんだって、この前みたよ」

 

「そういやそんな季節だな!」

 

「いいんじゃない?……あ、でもシンは春と行くって言ってたわよね」

 

「は……?花火大会で……浴衣デート?」

 

「毎度毎度やかましいな。もう好きに捉えてくれ」

 

「クソ、なんて羨ましい奴……。こうなったら俺たちも浴衣美人と仲良くなりに行くか!」

 

「ビュッフェも捨てがたいが、夏の美を俺は取る。ただし、宴で飯もくれ」

 

「浴衣?浴衣?」

 

「花火大会、良くね?な?お前もそう思うだろ?」

 

「いい案だと思う」

 

「んじゃ、花火大会で決定!早速時間調べようぜ!」

 

「その前に勉強でしょ?赤点取ったら承知しないからね?」

 

「お、おう……」

 

 



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20.花火大会

7月18日 昼間 校門前

 

花火大会当日。蒼山一丁目駅で、と約束をした俺は、人波を外れベンチに座りながら春が来るのを待っていた。周辺には、同じく花火大会へ向かうであろう人々が絶える事無く流れ続け、これは大変そうだ、と今から俺の気を滅入らせる。

道行く人達を眺めしばしぼうっとしていたが、何気なく改札に目を惹かれると、ちょうど春が構内に入ってくるところだった。立ち上がると向こうも俺に気づいた様で、笑顔で手を振っている。

遮る人の波と格闘しながら、ようやく合流することが出来た。

 

 

「おまたせ。ごめんね、混む前に行こうって話だったのに、着付けに手間取っちゃって」

 

「気にするな。……浴衣、良く似合ってる」

 

「……!ありがとう」

 

 

実際に、白地にピンクの花をあしらった浴衣は春によく似合っている。いつもと違って後ろで結んでいる髪も、暑い夏に涼しげでとても綺麗だった。

杏と真から散々褒めるように念押しされたから、というだけじゃないが、どうやら功を奏した様だ。

 

 

 

 

電車の中はぎゅうぎゅう詰めだ。春を端に立たせて、潰されないように俺が壁になる。加減速に合わせて津波の様に揺れ動く重量を受け止める。まあ、俺にすれば何も無いに等しいが……。

 

 

「大丈夫?」

 

「ああ。それより、狭くないか?」

 

「もっとこっちに来ても平気よ。周りも狭そうだし、なるべく空けてあげましょ」

 

「そうか?なら……」

 

 

もう一回り小さくスペースを取る。ほとんど春に覆い被さる状態だが、春に重さは感じさせてないはずだ。

しかし、春はみるみる顔を赤くさせ黙りこくってしまった。

 

 

「………………」

 

「どうした?重いか?」

 

「ち、違うの。気にしないで」

 

「悪いが、少し我慢しててくれ」

 

「うん。……それにしても、凄い人の数ね。普段、電車は使わないから、面食らっちゃったわ。普段の登下校もこんな感じなの?」

 

「春はいつも車だからな。朝の電車は常に満員だから……まあ、大抵こんな感じだ」

 

「そうなんだ。……一緒に通えるなら、電車通学も悪くないかも……」

 

「危険だからやめておけ」

 

 

 

 

駅を出てからも混雑は続いていた。道路脇には少しずつ出店も見え始め、頭上には提灯の列がずっと奥まで続いている。道は進む人、戻る人、並ぶ人に止まる人まで合わさりめちゃめちゃだ。10m先もよく見えない。

急な動きに春が流されかけた瞬間、咄嗟に春の手を握りしめる。表情は遮られて見えなかったが、向こうも握り返してきたので、少なくとも嫌がられはしなかった様だ。

何とか人と人の隙間を掻き分けながら進んでいく。喧騒を抜けて調べておいたスポットに着くのと、最初の花火が打ち上がるのは、ほぼ同時だった。

 

 

「わぁ……!とっても綺麗!」

 

「ああ。花火なんて見るのは久しぶりだ」

 

「あんなに混んでたのに、ここは空いてるわね。花火も綺麗に見えるのに。調べておいてくれたの?」

 

「どうせならいい場所で見たいだろう。大した手間じゃない。大通りからは外れるから、出店は遠いがな」

 

「そんなの……。……あ、それより……手……」

 

「……すまない、咄嗟だったから」

 

「いいの!もう少し、このままで……」

 

 

離そうとした手を強引に強く握られる。まあ、春がいいなら俺は構わないが。

二つ目の大玉が打ち上がる。落ち着いて見られなかった一発目と違い、眼前に大きく広がったそれは、俺たち二人の意識を夏の夜の深いところまで一気に吸い込んだ。

大都会のビルの隙間で、それ以上言葉も交わさずに花火を見ていた。

もう二度と見るかもわからない花火と、それに照らされ鮮やかな世界の中にいる春を、俺は静かに、この世界から切り離された様な気分で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

その時間は、唐突な雨に洗い流された。

 

 

「きゃっ……雨?」

 

 

ぽつりと春の顔に雨粒が落ちる。それを契機に、大粒の雨が俺たちを打ちつけた。黒い雲が急速に広がり、豪雨と共に稲光が走る。……近くで落ちたようだ。強い光と共に身体に響く程の轟音に、春が悲鳴をあげる。

我に返った俺は急いで用意しておいた傘を広げ、大きめのタオルを春に手渡し、近くのビルの軒先へと手を引いた。

 

 

「ありがとう。用意いいのね」

 

「天気予報でもやってたからな……。この勢いじゃすぐにはやみそうにない」

 

「花火大会、中止かなぁ……」

 

「残念だが、多分。……帰るか。また、今度どこかへ行こう」

 

「うん、そうだね」

 

 

 

同日 夜 コンビニ前 雨宮蓮

 

唐突に降り出した雨に、俺たちはコンビニの軒下へと避難した。人波で移動もままならず、ようやく辿り着いた時には全員服が絞れるほど濡れてしまった。

 

 

「うえぇ……びっちょびちょ」

 

「全くだ。この身体は、濡れても乾くまで待つしかないのが難儀でな」

 

 

ゴウトは身体を震わせながら水滴を弾いている。モルガナはというと、バッグの中までは無事だったようだ。

 

 

「ライドウ、うぬも鞄を使わぬか?なに、両手はなるべく空けておきたい?」

 

「どうだった?この世界の花火は」

 

「見事であったな。あれだけはいつの時代も変わらぬ。中止になったのは残念だったが……」

 

「良かった。……今度、みんなでやろうか。最近は手持ちの花火もあるんだよ」

 

「なんと。素晴らしい。是非やろう」

 

「……待て。あれ、シンじゃないか?」

 

 

祐介の指す先に、傘を差す一組のカップルの姿。男の方の顔は見えないが、傘の下の服にはよく見覚えがあった。

 

 

「ん……?あら、そうね。春も一緒だわ」

 

「呼ぶか。おーい!シン!」

 

 

竜司に呼びかけられた事に気づいたシンは、振り向くと、横の女性の手を引いて道路を渡る。

色恋沙汰には興味無いみたいな顔をしといて、結構積極的じゃないか。

 

 

「傘にタオルまで……。用意がいいね」

 

「ほんと!こいつら何も持ってないんだから」

 

「よお、シン……。どうだ?楽しかったか!?あぁん!?」

 

「楽しかった。そっちは、浴衣美人は捕まえられたか?」

 

「見・りゃ・わかんだろコラテメー!そのうち誰かにぶっ飛ばされんぞ!手まで繋いじゃってよー……」

 

「こんばんは、春。どうだった?」

 

「こんばんは、マコちゃん。とっても楽しかった!……みんな、二人の友達?」

 

「前も一度だけ会ったかしら。……改めて、初めまして。奥村 春と申します」

 

「た、高巻 杏と申します!」

 

「喜多川 祐介だ。よろしく」

 

「俺、坂本 竜司」

 

「雨宮 蓮です。こっちは猫のモルガナ」

 

「猫じゃね……いや、猫か」

 

 

ライドウは無言で力強く頷いた。

 

 

「や、喋れよ」

 

「我はゴウトだ。こやつは探偵見習いの葛葉 ライドウ」

 

「聞こえないでしょ……」

 

「……こっちはシンの昔馴染みの葛葉 ライドウさん。で、飼い猫のゴウト」

 

「わぁ可愛い!二匹とも賢そうな猫ちゃんね」

 

「俺たちはもう帰るつもりだったが、お前たちは?」

 

「あー、こんだけ濡れてちゃどこも行けねえし、帰るか?」

 

「ああ。残念だけど」

 

「今度はみんなで遊びましょ」

 

 

 

 

7月19日 昼休み 昇降口

 

「あ、成績もう出てんじゃん」

 

「ねえねえ、どうだった?」

 

「ヤベェ……オレ、死んだわ……」

 

 

生徒たちが、掲示板に貼りだされた順位表を見てそれぞれ感想を述べている。割と手応えはあったが、どうだろうか……。

 

今回の成績は……学年で十位内に入れた!

 

 

「やるじゃねえか。二学期も頑張ろうぜ」

 

「ねえ、アレ見て!今回の学年一位って……」

 

「おい見ろよ、シンのヤツ学年トップだぞ。すげーなー……。お前も教えてもらうか?」

 

 

 

 

7月20日 放課後 アジト

 

蓮から相談したいことがあると言われたので、連絡通路へと来ている。まだよく聞いていないが、緊急事態らしい。

全員が集まり、蓮が普段使用しているSNSアプリを開く。そこに映し出されたものは、俺にとっても驚かざるを得ない内容だった。

 

 

「『心を盗む』って、バレてるよな、これ?」

 

「みたいね……」

 

「どうしてバレた?」

 

「チャットのログを辿られたのかも……」

 

「迂闊だったな……」

 

「でも、そんなことぐらいでここまで詳細に……?」

 

「要因は別にあるというのか?」

 

「うん、分かんないけど、何となく、そんな気が……」

 

「ねえ、他人のチャットログって簡単に見れたりするの?」

 

「私も、そんなに詳しくないけど……できなくはないんじゃないかな?」

 

「どうやって?」

 

「携帯のデータを抜き取るとか……」

 

「返信しようとしたらエラーってどういう事?」

 

「うーん……送信先が存在しないとか?」

 

「そんなことできるのか?」

 

「全部私に訊かないでよ。詳しくないんだってば」

 

「正規の使い方で無理なら、アプリの運営側ならどうだ?警察の捜査でログを辿ったりもするんだろう」

 

「あれは特定個人相手だからできることなのよ。プライバシーの問題もあるし、大きなアプリだから、運営スタッフでも簡単には見れない様になってるはずだわ」

 

「もし盗み見れたとしても、このアプリを利用している人がどれだけいると思う?膨大なアカウントの中から私たちを見つけ出すなんて……」

 

「おい、それはもしかして、ハッキングというやつじゃないか?」

 

「ってことは、こいつ、ハッカー!?」

 

「ハイテクはワカラン!要するに、どういう事だ?」

 

「正体不明のハッカーがコンタクトしてきたのよ!」

 

「なるほど、よく分からん……」

 

「じゃあ、こいつがメジエドか?」

 

「違うでしょう。『メジエドを片付ける』って言ってるし。言葉を鵜呑みにすれば、だけど」

 

「確かにな……」

 

「素性も何も分からないのよ?信用できないわ」

 

「悪くねえ取引だと思うけどな……」

 

「アリババが悪党でもか?そんな奴に手を貸すのは御免だぞ」

 

「あ、そっか。そりゃダメだな……」

 

「『必要な道具を用意した』ってのも意味不明だぞ」

 

「もしかして、ただのイタズラ?」

 

「イタズラにしては妙に知り過ぎてる」

 

「逆に言えば、全部は知られていないという事だな。アカウントから辿られて、音声や映像を拾われてる心配はなさそうだ」

 

「正体がバレてるなら、私たち、捕まっちゃったりしない?」

 

「いや、通報したいなら、とっくにしてると思う」

 

「何らかの目的があるに違いない。現に取引を持ちかけてきただろ?必ず向こうから連絡が来るさ」

 

「その連絡が、いつ来るか分からない。もしものとき、すぐ動けるように、今日は一緒にいたほうがいいわ」

 

「そうだね。隠れて長時間待てる場所……」

 

「ルブランは?」

 



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21.佐倉家潜入

7月20日 夜 ルブラン

 

みんなと一緒にルブランに帰って来ると、惣治郎はカウンターに腰掛け苦々しそうに手紙を読んでいた。大事な内容なのか、俺たちに気付く様子はない。一歩前に出たところで、惣治郎はようやく俺たちに気づいたようだ。

 

 

「…………。……おう。なんだ、揃って?」

 

「こんばんは。今日は夏休みの計画でも、練ろうと思って」

 

「ん?そちらのお嬢さんときみは初めて?」

 

「初めまして、新島 真です。お邪魔します」

 

「……初めまして。間薙 シンです」

 

「シンの敬語、初めて聞いた」

 

「私も」

 

「余計なお世話だ」

 

「真、生徒会長なんスよ。で、こいつは蓮の後に来た転校生」

 

「新島……?」

 

「どうかしましたか?」

 

「……いや、なんでもねえ。生徒会長サンとは驚いた。二人とも、こいつをよろしくお願いします」

 

「佐倉 惣治郎。マスターで構わんよ。……それ、お前宛てだぞ」

 

 

惣治郎はカウンターに置かれたもう一通を指さした。

 

 

「オッサンはお暇するわ。じゃ、店、よろしくな」

 

 

 

 

『先日、声明を発表して注目されていたハッカー集団『メジエド』の続報です。先程、メジエドのホームページに新たな声明が発表されました』

 

『メジエドは声明で、怪盗団に対する勝利宣言を発表しました。更に、怪盗団を称賛する一部の日本国民に対し称賛を止めるよう、警告を発しています』

 

『メジエドの今後の動向が注目されます』

 

 

流れたニュースに反応して、みんなが次々にスマホを見始める。

 

 

「って英語じゃねーか!」

 

「えっと……」

 

「『我々の質問に怪盗団は沈黙した。これで我々の正義が証明された。日本の大衆よ、目を覚ませ。あなたたちは怪盗団を崇拝してはいけない』」

 

「はぁ!?ざけんなっ!」

 

「最後まで聞け」

 

「『怪盗団を崇拝する者には罰が下るだろう。その罰とは財産の没収だ』」

 

「『我々はメジエド、不可視の存在。姿なき姿を以て悪を打ち倒す』……だそうだ」

 

「どういうことだよ!?」

 

「怪盗団のシンパをターゲットにするって言ってる」

 

「財産の没収か……」

 

「銀行か、もしくは個人情報か……なんにせよ嬉しくないことでしょうね」

 

「そこでなんで俺らがやり玉になるわけ?」

 

「あくまで怪盗団が悪って事にしたいんじゃない?怪盗団さえいなければこういうことは起こらなかったって」

 

「冗談じゃねえよ」

 

「厄介な奴らに狙われたもんだ……」

 

「……なあシン、何とかできねえのか?」

 

「悪いが、この手の事に関して俺は全く役に立てない。相手の事が分からなすぎる」

 

「……そうだ、ライドウさん達なら何とかならない?探偵なんでしょ?」

 

「いつの時代の人達だと思ってるの?無理よ。現代の誰だって、正体が分からないのに」

 

「じゃあ、このまま、ほっとくしかないの……?」

 

「俺たちじゃ手も足も出ない……」

 

 

打つ手が思いつかないまま、時間だけが過ぎる。長い沈黙に耐えきれなくなった竜司が、澱んだ雰囲気に抵抗するようにテーブルの上の手紙に手を伸ばした。

 

 

「おいコレ、なんの手紙だよ?これ以上面倒なもんはゴメンだぜ」

 

「手紙ぐらい普通にくるだろ……」

 

「でも珍しいよな、オマエ宛なんて」

 

 

話の流れで、手紙の封を開け中身を取り出す。中に入っていたのは、『予告状』とだけ書かれた一枚の赤い紙だった。

 

 

「予告状……?」

 

「他には!?てか、誰から来たのコレ?」

 

「そもそも、切手がないじゃない。誰かが、ここへ直接投函したのよ……」

 

「もしや、アリババが……?」

 

「そういえば、『必要な道具』を用意したとか何とか……。まさか……これのことか!?」

 

「もう、どうなってんだよ……」

 

「今、私たちにできることは、アリババからの指示を待つことくらい。いつ何が起きてもいいように、気持ちを引き締めて待機しないと」

 

「参ったね……」

 

「……はぁ。とりあえず、俺は帰るぞ」

 

「おいおい、集まっとくって話だろ?」

 

「お前たちはな。金城のときは俺も当事者だったが、今回の件は俺には直接関係ない」

 

「ちょっと……。冷たいんじゃない?」

 

「どの道、メジエドもアリババも俺にはどうしようもない。俺にできるのは戦闘だけだ。……だから、俺は俺でやれることを考えておく」

 

「……と言うと?」

 

「金城との戦闘を見て、それなりに力をつけたのが分かったからな。そろそろいい頃合いだろう。それぞれの特長も測れた。俺の持つスキルをいくつか教えてやる」

 

「おい、マジ!?」

 

「覚悟しておけ。楽に使いこなせるスキルはない。メジエドについてはさっきも言った通り俺にできることはない。進展があったら教えてくれ」

 

 

 

 

7月24日 夜 四軒茶屋

 

自宅で適当に過ごしていると、蓮から着信があった。アリババの正体に関して、とある仮説が立ったらしい。やる事もなかったので合流したのだが……。

 

 

「寿司屋に行くなら呼んでくれてもよかったんじゃないか」

 

「ごめん、シンと行くと予算が足りなくなりそうで……。折り詰めの分で我慢して」

 

「……ここが、マスターの家?もしその仮説が正しければ、アリババ……いや、双葉は随分手の込んだ事をするやつだな」

 

「まったく、藁にもすがる思いとはこの事だな」

 

「けど、他に手がかりもないよ」

 

 

真が意を決してベルを鳴らす。しかし、人が出てくる気配はない。その後、何度か呼び鈴を鳴らすも、変わらず応答はなかった。

 

 

「……出ないね?でも、明かりついてる……」

 

「寝てんのか?」

 

「これだけ鳴らせば起きるでしょ」

 

「フタバがいるなら、出てきても良さそうだが」

 

「それはないな。宅配便の運転手ですら双葉の事を知らなかったんだろう?」

 

「そうね……。シン、気配を探れない?」

 

「どれ……」

 

 

軽く目を閉じ、周囲の音を集める。住宅地なので少し雑音が多いが……。

家の二階からタイピング音。椅子の軋む音と、微かな話し声。

一人だけだ。通話でもしてるのか、独り言か。声の性質としては、若い女性。年齢ははっきりしないが、恐らくこれが佐倉 双葉だろう。

 

1階側に人の気配はない。テレビがつけっぱなしらしく、番組の音声だけが聞こえる。意図的に動かずにでもいない限り、家の中には双葉だけだ。

 

 

「一階には誰もいない。マスターは留守だな。というか、まだルブランは営業中か。二階から若い女の声がするが、これは恐らく佐倉 双葉のものだろう。家にいるのは双葉だけだ」

 

「……まさか、聞こえたのか?」

 

「これぐらいの距離なら大体聞こえる」

 

「まさに地獄耳ってやつだね」

 

「……門の鍵、開いてるぞ?」

 

「勝手に開けんなよ」

 

「でもあれ、よく見たら中の鍵も、うっすら空いてるんじゃない?なんでかしら。不用心ね……」

 

 

門の前で話し合っていると、遠くから雷の音がする。気温も急に下がったらしく、吹き抜けた風は冷たかった。

 

 

「おっと、ひと雨来そうだな……。とりあえず入ろうぜ?」

 

「……いいのかな?」

 

「大丈夫じゃね?」

 

「マスター、ごめんなさい!」

 

 

 

 

「ごめんください!……」

 

 

真の呼び掛けに、誰も出てくる様子はない。状況からして双葉が出てくるとも思わなかったが。

 

 

「留守、じゃないよね」

 

「ドア開いてるし、テレビの音聞こえるし」

 

「ぶっ倒れたりしてねえだろうな?マスター、そこそこ年いってんだろ?」

 

「その辺り、聞こえない?」

 

「動きがないと分からないな」

 

「ちょっと心配。見に行ったほうがよくない?」

 

「お邪魔します……」

 

 

風の音が強まる中、俺たちはマスターの家に足を踏み入れた。大分年季の入った家だ。床を軋ませながら奥の部屋へと歩みを進める。

近づいてみてもやはり一階には人の気配はない。ドアノブへ手をかけた瞬間、落雷の音と共に家中の電気が消え、二階から双葉の絶叫が聞こえた。

 

 

「悲鳴!?ねえ、今のなに!?」

 

「二階からだ。普通に考えれば双葉しかいないだろう。冷静になれ」

 

「そ、そうよね。これも、ただ停電しただけ……」

 

「1回出よ、ね、帰ろ?」

 

「何ビビってんだよ?」

 

「ビ、ビビってなんかない」

 

「どの道出ないか?ぶつかって物を壊しちゃまずいしな」

 

「そうしよう」

 

「ごめん、捕まってていい?」

 

「構わないが……」

 

 

普段からは想像もつかないが、真がこんなに怖がりだとは……。停電でこんななのによくシャドウ相手に戦えるものだ。俺からしたらお化けも悪魔もシャドウも違いがわからない。

 

 

「ひィ!」

 

「気配が……」

 

 

二階からの物音に真が悲鳴をあげる。階段をゆっくり、軋ませながら降りる音がする。ブレーカーでも見に双葉が降りてきた様だ。

 

 

「誰……?誰……!?」

 

「だから双葉だろう」

 

「もうヤダ!出る!」

 

「おい、慌てると危ない」

 

「え……うそ、腰、抜けた……」

 

「……持つぞ」

 

 

腰を抜かした真を持ち上げようとした途端、背後を見た真が絶叫する。降りてきた双葉と暗闇で鉢合わせしたようだ。二人はお互いに叫び声を上げ、双葉は二階へ逃げ帰ってしまった。

 

 

「アリババ!双葉!ねえ!?おい!どこにいんのよっ!」

 

「ホントにハッキングできんだよね!?できるなら出てこいっ!」

 

「杏、静かに。通報されちゃう」

 

「ごめんなさいごめんなさい!助けておねえちゃん助けて……」

 

 

杏と真の二人は半狂乱でもう収集がつかない。真は俺の足にしがみつき、抱き抱えようにも離さない真を、無理やり抱えて玄関へ向かう。落ち着くまでルブランにでも帰ろうとしていると、外から騒ぎを聞きつけ、帰ってきたマスターが慌てて声をかけてきた。まずいんじゃないか?

 

 

「大丈夫か双葉?」

 

「やべっ、帰ってきた!」

 

「誰だテメエら!動くな!いいか?一歩でも動い、た……」

 

「ごめんなさい助けてごめんなさいおねえちゃんごめんなさい……」

 

 

惣治郎が懐中電灯で照らされた俺たちを見て目を丸くする。俺たちと蓮以外は横の部屋に隠れ込んだ。真はマスターが帰ってきた事にも気づかず、ひたすら姉に謝り倒している。惣治郎からすれば、何が何だかわからないだろう。

 

 

「お前ら……何で勝手にうちに入ってやがんだ?」

 

「あ……」

 

「きみ……」

 

「あ……こ……んばんは。おじゃま……してます……」

 

「新島さんと間薙くん?……え、付き合ってんの?」

 

「と、とと、友達です!」

 

「最近の高校生って友達を抱き上げんだ……?」

 

「違います!これはその……色々あって……」

 

「臆病なんでさっきの雷の音で腰を抜かしたんです」

 

「さっきのか。近くに落ちたからな……。一帯は停電だってな」

 

 

脇の部屋に隠れてた三人がぞろぞろ出てくる。人数に流石の惣治郎もギョッとしていた。

 

 

「お前ら……」

 

「あの、寿司折のお土産持ってったんですか、チャイム鳴らしても出なくて、鍵開いてて……」

 

「テレビ着いてて、マスターが倒れてたら大変だと思って……」

 

「鍵、開いてた?」

 

「はい」

 

「……たまにやんだよな。俺も、年だな」

 

「あの、すみません。お聞きしたい事が……」

 

「ん、俺に?」

 

「誰か、いますよね?」

 

「……ああ。娘がな……」

 

「もしかして、佐倉 双葉さん……?」

 

「お前、新島さんにも喋ったわけ!?」

 

「あ、あの……双葉さんにお会いすることはできませんか?たぶんさっき驚かせちゃったので、お詫びがしたくて……」

 

「いやぁ……それはなあ……」

 

「どこか、ご病気とか……?」

 

「いや、そういうわけじゃ……」

 

 

言葉に詰まった惣治郎は少し考えたが、やがて観念したように口を開いた。

 

 

「何か、変な誤解されても嫌だしな……。隠さず、話しておくべきだったな」

 

「ここじゃあいつに聞こえるから。店行くぞ」

 

 



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22.砂漠

7月25日 昼間 屋根裏

 

あの後惣治郎から凡その事情を聞いた俺たちは、翌日、再度話し合う為に集まり直していた。

俺が参加する意味はあまりないが、ここまで関わってしまっては事の顛末が気になるし、双葉についても事情を聞いてさよならじゃバツが悪いだろう。

 

 

「双葉のパレス、やるでいいんだよね?」

 

「本人が望んでるんだもの。気に病む必要はないと思う。双葉の心が治ればマスターも助かるし、メジエド退治も手伝ってもらえる」

 

「双葉なら侵入者の心配もない」

 

「俺も賛成だ」

 

「マスターが昨日語ってた、『双葉に色々あって』っつーのも気になるしな」

 

「待て、オマエら。パレスの探索だが、今まで通りにはいかないかもしれないぞ?」

 

「なんで?」

 

「『本人に頼まれて、心を盗みに入る』なんて、極めてイレギュラーなケースだ。パレスの主がどういう心持ちでいるのか、どういう歪みなのか、見当もつかない」

 

「予想外の事態が起こる可能性が高い。それでも行くか?」

 

「行こう」

 

「わかった。用心しろよ」

 

「じゃあ、キーワード探すか」

 

「今、分かっているのは『佐倉 双葉』『佐倉 惣治郎宅』だけね」

 

「あとは『何』と思ってるかだな?」

 

「とりあえず、家の前まで行こう」

 

「マスターは店番だね?変に思われないように、気をつけないと」

 

 

 

「パレスのキーワードは……」

 

「引きこもりだとしたら家を『何』だと思ってるかだろ?」

 

「出られないなら『牢屋』じゃね?」

 

「出口のわからない『迷宮』?」

 

「うーん……『オアシス』とか?」

 

「引き返せない……。『塔』はどうだ?」

 

「ダメだな。だったら逆に『地獄』はどうだ?」

 

 

『該当しません』

 

 

「手がかりが少なすぎる……」

 

「直接訊ければいいんだが」

 

「なら、行こうぜ、双葉んとこ」

 

「何て言って入れてもらうの?」

 

「忍び込む」

 

「本気で?でも、さすがに鍵かけてるんじゃない?」

 

「鍵開けはワガハイにまかせろ。今回ばかりはやむなしだろう。昨夜の侵入の成果で、フタバの部屋の位置はわかってる」

 

「マスターに出食わしたら?今度こそ誤魔化しは利かないよ」

 

「店にいるから大丈夫じゃない?」

 

「腰が引けてんな、真?俺らは、こんくらい、いくつもくぐり抜けてきたぜ?」

 

「……それしか、ないのよね」

 

「いざとなったら気絶させよう」

 

「やめてくれ」

 

「双葉は蓮に接触してきたんだし……蓮になら、話してくれるかもしれない……」

 

「……わかった。行きましょう」

 

 

 

「ここがフタバの部屋だ」

 

「双葉ちゃん?いるんでしょ?」

 

「……返事がないな……」

 

「双葉ちゃん……いる?昨日、びっくりして叫んでごめんなさい。暗くて怖かったから」

 

「無反応だぞ」

 

「骨が折れそうだな……」

 

「聞いてるよね、アリババ?」

 

 

返答の代わりに、蓮のスマホからバイブレーションの音がする。

 

 

「アリババ?」

 

『なぜ、来た』

 

「なんでアリババだと反応すんだよ……」

 

「貴方、佐倉 双葉でしょ?」

 

「無反応だな?」

 

「名前を出されるのがイヤなの?」

 

「のんびりしてるヒマはねえぞ?アリババの正体より、キーワードが先だ」

 

「私たち、貴女のことが知りたいの。でないと、心は盗めない。ここに来た理由も、パレスに入るキーワードが必要だったから。そのために、アリババじゃなくて、佐倉 双葉本人と話がしたいんだけど」

 

「直接顔を見せなくてもいい。チャットでもいいから、答えてほしい」

 

『わかった』

 

「じゃあ、私たちのリーダーが……。ルブランの屋根裏に住んでる彼が、貴方と話をしたいって」

 

「頼んだよ、蓮。キーワードを聞き出して」

 

 

蓮はしばらくアリババと会話していたが、とうとうそれらしい言葉を引き出した。

 

 

「墓場?」

 

「まさか、それ?」

 

「『墓場』で入力してみろ」

 

『入力を受け付けました。目的地までのルートを検索します』

 

「きた……!」

 

『どうした?これでいいのか?』

 

「ええ、十分よ。貴方の依頼をこなしたら、手を貸してくれる約束、忘れてないわよね?」

 

『わかってる 取引だ』

 

「じゃあさっさと行こうぜ。ポチッとな」

 

「バカ、ここで押すなっ!」

 

 

 

 

奇妙な浮遊感と共に視界が歪む。やがて、突き刺すような眩しさと埃っぽい風が体を包み、目を開けると、そこは荒涼とした砂漠だった。

『向こう』を彷彿とさせるような雰囲気だが、青い空といい照りつける陽射しの熱さといい、やはり本物?の砂漠は違う。

 

 

「砂漠だな……」

 

「見りゃわかるわ。つうか、あれ?俺ら服まんま?」

 

「フタバ本人が『盗め』っつってんだ。敵視される方がおかしい。敵視されてないなら服装は変わらん、そういうこと」

 

「俺とモルガナは元々こっち側だからか、いつも通りだな」

 

「つか、『用心しろ』って言ったろ!いきなり押すんじゃねえよっ!」

 

「だから砂漠に飛ばされちまったの?墓場どこ?クソあちいんだけど」

 

「部屋のど真ん前で侵入したのに……中じゃないんだ?」

 

「よほど他者を遠ざけたいのかもね」

 

「なるほど……」

 

「もし家の外から侵入してたら、どれだけ離れたところに出てたかわからないね」

 

「お?俺逆にファインプレー?」

 

「結果オーライなだけだろ……」

 

「金城の銀行とは正反対の、荒涼とした感じ……」

 

「さっさと行こうぜ。パレスどこよ?」

 

「あっちか?」

 

「あ、キラキラしてんな?」

 

「砂漠の墓……なるほど。とにかく、あそこに向かいましょう」

 

「遠くない?」

 

「歩くの!?」

 

「まさか!肉球ヤケドするわ!」

 

 

モルガナが車へと姿を変える。こんなに目の細かい砂で走り出せるのか?

 

 

「待ってました」

 

「冷房ガンガン効かせとくぜ!」

 

「気が利くじゃん!」

 

「へへ、ま、まあな……」

 

「最初だけ後ろから押してスピードをつけてやる。道中は屋根の上に乗らせてもらうぞ」

 

「よっしゃ!出発だ!」

 

 

 

 

大きな砂埃を巻き上げながら、モルガナカーは進んでいく。屋根の上で座っている俺は風で巻き上がる砂埃をまともに浴び、髪の毛に砂が絡んで非常に埃っぽい。

黒い車体は尚更熱を吸収し、余裕で肉に火を通せる温度だろう。まともな身体なら大火傷だ。車内もクーラーがついているとはいえ、この気温じゃ暑い事には変わりないだろうし、こういう時はこの身体も便利だな。

 

途中、謎に車の挙動が狂い振り落とされそうになった。中でなにかあったらしいが、少しは上に乗っている人の事も考えてほしいものだ。

 

 

 

 

「あっつ……」

 

「エアコン全然効いてねえじゃん!なんだよ、あの生温い風は!」

 

「あれが限界なんだよ、文句言うな!」

 

「ったくほんと半端だな!」

 

「ああ?やるのか?」

 

「もう、うるさい!暑いんだからイライラさせないで!」

 

「まさかパレスがピラミッドとはね……」

 

 

俺たちの前に聳え立つ巨大なピラミッド。実物を見たことはないが、写真や映像で観たものよりは劣化が少ないというのか、綺麗な造りだ。

入口周辺の柱には、知らない文字が描き連ねられている。これも実際にある文字なのだろうか?

 

 

「なあ、ピラミッドって墓なんだろ?」

 

「王墓だな」

 

「それが有名だけど、諸説あるわ」

 

「死者の復活装置、なんて言われてたりもするし」

 

「死者の復活、ねえ……」

 

「昨日の双葉についての話を聞いたあとだと、少し思うところがあるな」

 

「あ……なるほど……」

 

「それにしても美しい……。黄金比……完璧だ……」

 

「おい、聞いてねえぞコイツ……」

 

「つかさ、もう、入らねえ?溶ける……」

 

 

 

 

「うお、中、涼しーッ!なんだこれ、冷房でもあんのか!?」

 

「現実の双葉の部屋に、冷房が効いてるせいかも。とにかく、助かったわね……」

 

「ピラミッドの中は実際涼しいらしいぞ。巨大な石造りの建物だからな」

 

「てか、中に入っても服が変わんない。こんなの初めて」

 

「警戒されてないのはいいが……周りを見ろ。いきなり四方全部壁だ」

 

「ま、墓だしな……入り易くはなってないだろう。辺りを探ってみようぜ」

 

「……待て。お前ら、その姿で同じように動けるのか?」

 

「んー……大丈夫そう。姿は変わらないのにペルソナ出せるのって、変な感じ」

 

「怪盗服は敵意や攻撃を防ぐ為のものだからな。ペルソナ自体は異世界なら好きに使える」

 

「そういうものか」

 

 

 

 

 

双葉のシャドウと話していたら突然全員の服が変わる。理由はわからないが警戒されたようだ。

階段の上から転がり落ちてきた大玉。破壊することも考えたが、メメントスの壁が壊せなかった事を考えて大人しく逃げる。大玉は何とか横に隠れた俺たちを飛び越し、崩れた穴に落ちてようやく動きを止めた。

 

 

「助かった……間一髪ね」

 

「何!?何なわけ!?」

 

「事情を訊こうにも扉を閉じられた様だな。どうする、行ってみるか?」

 

「いや、ここは一旦退いた方がいい。思ったより単純じゃなさそうだ。ちゃんと準備してから来ないか?」

 

「同じことを考えていた」

 

「そうね。一旦撤退して、後日しっかり準備してからパレスに入り直しましょう」

 



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23.特訓・新スキル

7月26日 昼間 メメントス

 

「よし。それじゃ蓮、お前からでいいんだな?」

 

「ああ。いつでもいける」

 

 

双葉のパレスを攻略する前に戦力を補強しておく事にした。昨日脱出する前気づいたが、パレスの奥には強力な気配が多く、罠だらけの中戦闘するには不安が残る。少しでも手札は増やしておきたい。

ライドウさんとスパーリングしているみんなの邪魔をしないように、俺とシンは少し距離をとる。

 

 

「色々考えたが、お前に合うスキルは……これだ」

 

 

シンが魔力を放つと、周囲の景色が突然、過剰なまでに鮮やかな原色に塗りたくられる。その色たちは壁や床に天井をうねり回り、俺から感覚を奪っていく。

距離感が掴めない。自分の姿勢を認識できない。足元が覚束無い。

踊りくねる色に掻き混ぜられる風景と、落ちるような浮遊感。強烈な吐き気が全身を支配し、思わずその場に屈んだところでそのスキルは解除された。

 

 

「大丈夫か?少し刺激が強かったか」

 

「いや……。……大丈夫」

 

「続けるぞ。このスキルの名前は『原色の舞踏』。効果はお前が体感した通りだ」

 

「周囲の空間に、距離感と平衡感覚を乱す幻覚空間を発生させる。更に、精神耐性のない相手に対し強力な精神汚染効果。最大射程も広く、複数の敵や隠れた相手、多少離れた敵でも効果が発揮できる」

 

「強力な分使い手は選ぶし、人の身では消費も重いだろう。格の高い相手には精神耐性を持つものも多い。それでも、通じる相手に対してはこれ一つでかなり有利な状況を作れる」

 

「それに、精神汚染が効かなかろうが、目でものを視る相手なら幻覚は通じる。お前なら上手く利用できると思う」

 

 

説明を聞いた限りではとんでもなく強力なスキルだ。このスキルなら、地力で劣る相手でも強引に型に嵌めれるだろう。手段の乏しかった搦手としても理想的だ。

 

 

「最高」

 

「よし。少し発動にコツが要るが、お前はこういうスキルは得意そうだし……直ぐに覚えられるだろう」

 

 

 

 

メメントス 入口付近 特訓場

 

練習中の蓮は置いておいてみんなのところに戻ってきた。今回の教える予定のスキルではあれが一番難易度が高いので、後はひたすら特訓してもらおう。

 

こっちでは残りのメンバーと、竹刀を持ったライドウが戯れていた。たかが竹一本と言えど、持たせる相手が相手だ。近距離戦を挑んだ竜司・祐介・モルガナの三人は、攻めをスカされてはメタメタに切り返されている。

隅で休憩している杏と真は、互いに回復させあいながら三人に檄を飛ばしていた。

 

 

「戻った。次は誰だ?」

 

「あ、おかえり。あれ?ジョーカーは?」

 

「向こうで練習中だ。必要な事は教えてあるから、後はあいつ次第だな」

 

「上手くいくといいわね。話し合ったけど、残りは私と……モナがやりたいって」

 

「なら、真からにしよう。攻撃魔法じゃないからここでいいだろう。真に覚えてもらうのはこれだ。『テトラジャ』」

 

 

俺の正面に六角形の薄い盾が張られる。すぐに見えなくなってしまうが、効果はしっかり残ったままだ。

 

 

「……それだけ?」

 

「これだけだが、戦闘においてこの魔法はかなり重要だ。この盾は、祝福・呪怨属性による即死効果を確実に一度防ぐ。一度効果を発揮するまで、かなり長い間残り続けるのも強みだ」

 

「真のペルソナはやれる事が多く、見た限り、真自身もそれに振り回されず器用に扱えている。一歩後ろで隙をカバーする動きをしているから、きっと上手く使えるはずだ」

 

「本当はもっと教えたいスキルがあるんだがな。真の今のレベルと、メンバー全体として必要なものを考えたら、これだと思う」

 

「いいじゃない。私好みだわ」

 

「習得が難しい魔法じゃない。使うタイミングも、そう気にする事はないな。開幕と同時にかけておくだけでいい」

 

「……こうね。よし……『テトラジャ』!」

 

「一度見ただけでコツを掴んだのか?さすがだな」

 

「ラクカジャと感覚が近いからかな。大体どうすればいいかわかったの」

 

「そんなすぐできんの?『テトラジャ』!……ダメみたい」

 

「真の事は気にするな。普通、新しいスキルを覚えるのは簡単じゃない。杏も、回復と補助に適正があるなら覚えられる。どうせなら練習しておけ」

 

「うん。……あ、シン、危ない」

 

 

背後から何か飛んでくる気配がしたので、さっとその場をずれる。

俺のいた位置を通り過ぎていったのは、綺麗に打ち返されたであろうモルガナだった。モルガナはそのまま派手に激突すると、音を立てて壁をずり落ちていく。

 

 

「気づいたなら、受け止めてくれよ……」

 

「いや、悪かった……」

 

 

 

 

「で、ワガハイには何を教えてくれるんだ?」

 

「ふむ……どうしようか?」

 

「なんだよ……考えてなかったのか?」

 

「考えてはいたがしっくりくるのが思いつかなくてな。逆に、どんなスキルが欲しい?」

 

「そうだな。やっぱり、エースとして前に出れるスキルがいいな。最近、前線を張るのはジョーカーとスカルに任せっきりだから、ワガハイもアン殿を守れるようにならないと……」

 

「前に出たいのか?悪いが、モルガナにそれは厳しいんじゃないか」

 

「なに?そりゃーワガハイが弱いって意味か!?」

 

「そうじゃない。文字通り向いてないって話だ。せっかくの豊富な回復魔法を活かさない手はないだろう。リカームを使えるのはお前とジョーカーだけなんだぞ?」

 

「お世辞にもお前は打たれ強いとは言えない。だが、素早さと小さい体を活かして、戦場全体の体力管理と、仲間を狙う敵の隙を突く攻撃は上手い。車になっての突撃だって突破力は高い。それじゃ不満か?」

 

「……そんなこと、わかってる。だけどそれじゃ足んねーんだ」

 

「話したかどうか覚えてないが、ワガハイは怪盗団の中じゃ一番先輩なんだ。蓮たちより早く異世界での戦闘経験も積んでる。蓮にペルソナの使い方を教えたのもワガハイだし、改心の方法だってそうだ」

 

「だけど見ろよ。あいつらはあっという間に強くなってく。もう……いいや、まだワガハイのがつえーけどな。それに、最近あいつら酷いんだぜ!ワガハイ、パレスに入っても回復か車になるしかやることねーんだ!」

 

「救急車か」

 

「茶化すんじゃねーよ!……ったく、ちゃんと話聞いてたのかよ?」

 

「竜司に半端って言われたこと、気にしてるのか?」

 

「まさかな。怪盗団の中心であるワガハイがそんなこと言ってたら、みんなを不安にさせちまうだろ?オマエはいい意味で立ち位置が違うからな。少しぐらい愚痴らせろよ」

 

「……まあ、話はわかった。なら、耐久力から強化しよう。少し難しいがやる気があるなら出来るだろう。俺の気の練り方をよく見ておけ」

 

 

身体に意識を集中する。気が体内から湧き出るように、身体の中心から熱を膨らますようなイメージで気の流れを作っていく。

上手く自分の気を引き出し、練り上げることで全体的な防御力が増し、また気を用いた攻撃の出力も上昇する。

 

 

「凄まじいな……近くにいると、火に炙られてるみてえだ」

 

「今はわかりやすくやったが、慣れれば無意識にだってできる。呼吸法と同じだ」

 

「気か……シンがたまに使ってる剣も気で作ってんだよな」

 

「そうだな。出力が高まるとああやって実体化させられるようになってくる。元々が気だから、鍛錬するほど直に強化される。余程良い武器でもない限り、自分で作った方が強いぞ」

 

「難しいんだよな……。コツとかないのか?」

 

「コツと言ってもな……。そもそも、気の扱いならお前たちは普段からやってるだろう。ペルソナも怪盗服も、実体化した気そのものだ。その辺り、俺よりよっぽどコツを掴み易いと思うが」

 

「最初から発露してるから逆に意識してないのかもしれないな。攻撃を受ける時にもペルソナで受けてるだろ。その時に発現させてる力の流れを、内側で回すように、練るようにだ」

 

「むむむ……」

 

「それが寝ててもできる程完璧な状態なら、ペルソナが出せない状況下……現実でも、こっちと変わらない強さと抵抗力がつく。恐らく、魔法も使えるようになるだろうな」

 

「さすがに嘘だろ?現実でって……そんなやつ、いたら化けモンじゃねーか」

 

「ライドウがそうだ」

 

「やっぱり化けモンじゃねーか……。にしても、生身であの動きはありえないと思っていたが、やっぱりそういう技は使ってたんだな」

 

 

 

 

それぞれの特訓が済んだので入口の改札へ集合した。スキルを教えた四人は、無事にそれぞれ習得できたようだ。後は本人たち次第だが、上手く扱えるだろうと信頼している。

 

 

「ゴウト、そっちはどうだ?」

 

「うむ、中々面白かったぞ。上手くライドウの捌き方を真似るのでな。特に、この男二人は初めから通しで戦っておった。いい根性をしている」

 

「そうか。こっちも問題なしだ」

 

「もう、くったくた……今日、いつもよりハードじゃなかった?汗で化粧もぐちゃぐちゃだし、直してかなきゃ……」

 

「お前は落とすだけで平気だろ……。それより全身痛え……身体中痣になってねえか?オレ」

 

「さっき回復してあげたでしょ。平気よ」

 

「筋肉痛だろうな。だが、筆は持てる」

 

「魔法の使い過ぎで頭痛がする……」

 

「ジョーカー、大丈夫か?頭痛にはコーヒーが効くらしいぞ。確か、昨日淹れたの持ってきてたよな?」

 

 

そうなるようにしたから当然だが、全員かなり疲労の色が濃い。その分確実に力はついただろう。次に来る時は残りの面子だな。杏だけは、今回のついでだったから別の用意もあるが。




それぞれ『原色の舞踏』『テトラジャ』『二分の活泉』を習得。


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24.夏休みの過ごし方

 

7月31日 早朝

 

時刻は朝の5時前。電車内には乗客がまばらに。俺はドアの横、端の席に座り、特にすることもなく吊り広告を眺めていた。立っている乗客が居ない閑散とした車内は、通学程度にしか電車を使わない俺にとって、この世界に来てから初めて見るものだった。

この列車が向かっているのは蒼山一丁目。夏休みに入ったというのに、何故こんな朝早くから学校へ向かっているのかというと、『暑くなる前に終わらせたいな』……とのことだからだ。

 

屋上へ足を運ぶそもそもの目的は、落ち着いた静かな読書の為だった筈だが、どうも最近は土に触れている時間の方が長い気がする。今日だって休みなのだから、断って家に居れば読みかけの本の一冊や二冊は読み終わっただろうに、これでは本末転倒だ。

 

だが、家にいる方が楽しいかと言われればそうでもないし、真夏のかんかん照りの下一人で作業させるのも気が引けるし……と、誰に言うでもなく理由を考えている。今日は土を替える場所もあるらしいし、一人で重労働をして、具合を悪くされても嫌だ。

 

あれこれと考えを巡らせているうちに、気づけば電車は蒼山一丁目駅へと着くところだった。ブレーキ音と共に身体にかかるGを、そのまま壁に押し付ける。

降りたホームは、車内と同じくスカスカだ。これだけ早い時間だと、部活動の生徒たちもいない。だから、隣の車両から見知った顔が降りてくるのにはすぐに気がついた。

 

 

「あ……おはよう。なんだ、同じ電車に乗ってたんだ。なんだか少し損した気分」

 

「おはよう。今日は電車か?」

 

「うん。運転手さんを朝早くから付き合わせるのも悪いでしょう?」

 

「偉いな」

 

 

改札を出て町並みを歩いていく。大通りではもう車通りが、特にトラックが多い。歩道にも、帰宅中か出勤中かわからないが、疲れた顔をした人々がばらばらと往来していた。……夜も明けたばかりだというのに。

とはいえ、一本道を外れた先は、まだ時間相応の表情を見せていた。

目覚める前の街はひっそりとしていて、人とすれ違うことも少ない。雑多に建つビルの路地は、コンクリートに遮られた狭い空では射す光も細く、夜の暗がりを残した薄青い様相だ。

 

それでも、そこは真夏だ。早朝であろうが知った事かと、太陽はぐんぐん高さをのばし、静寂な路地裏にも熱を吹き込む。歩いているうちに家々からは微かに朝食を用意する匂いが漂い始め、済ませた筈の朝食は、どうやら食い足らないと思い起こさせられてしまった。……ま、この体は特に食事が必要な訳では無いが。

 

 

 

当たり前だが、この時間校舎には誰もいない。薄暗さも相まって、普段と乖離した校舎が醸し出す面妖な雰囲気に、何となく、あの日の病院の風景を重ね合わせてドキリとする。

目敏く俺の変化を感じ取った春が、そんな俺を見て悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 

 

「怖いの?」

 

「そんな訳ないだろう。こういう雰囲気に嫌な思い出があるだけで、それで少し……気が張っただけだ」

 

「それを怖いって言うんじゃない?シンくんでも暗い場所が苦手だなんて、少し意外ね。珍しいものを見たかな?」

 

 

否定しようとしたが、確かに、それ以外にこの感覚を形容するのに相応しい言葉は思いつかなかった。ぐっと開きかけた口を閉じ、春に同意する。

 

 

「ああ、確かに怖がっているのかもしれない」

 

「じゃ、何か出ても私が守ってあげる。怖かったらしがみついててもいいよ?」

 

「……ふう。やはり弱点を突かれると厄介だな……」

 

 

 

鍵については予め担当の教師に伝えてある。誰もいない職員室から鍵を持ち出してきた春は、もう大して暗くもない廊下をスマホのライトで照らして、物陰を大袈裟に確かめながら俺に安全を報告する。何かから隠れるように慎重に階段を上りきって、春は少し重い屋上への扉をゆっくりと開いた。

 

屋上への扉を開いた俺たちを迎えたのは、纏わりつく、校舎内の冷えた空気を消し飛ばす様な真夏の陽光だった。春は太陽にむけて大きく伸びをしながら、「到着!」と楽しそうだ。

その姿があんまりに無邪気で、見ているだけで面白い。さっきの恐れなんて、今更、実際はちっぽけなものだったと無理やりにでも思わされる。

 

 

「珍しいんじゃないか?春がそんなにはしゃぐのは」

 

「だって、夏休みだもの。夏休みにした事はなんでも思い出になるのよ?それに、子供の頃の探検みたいで、私は楽しかったな」

 

「確かに楽しかったが、一番面白かったのはこの歳で本気で遊んでる春だ」

 

「改めて言われると恥ずかしいからダメ!……でも、面白かったならいいかな。シンくん、あんまり笑ってるところ見ないから」

 

「大笑いするような事確かにないが……それでも、楽しいと思った時ぐらいは、好きに笑うさ」

 

「あ……もしかして、今笑ったよね?」

 

「……さあ?」

 

「そうやって誤魔化す……。でも、まだ朝なのに、今日だけで二回もいいものを見ちゃった。今日はいい一日になりそう!じゃあ、早速はじめましょ?」

 

 

 

 

7月31日 午後 アジト

 

パレスを攻略する為、全員に集合をかけた。シンは午前中は屋上で日課を済ませていたようで、午後もそのまま適当に過ごすと言っていた。

ライドウさんとゴウトは、今日は問題なく合流できるらしい。仕事は平気なのか訊ねると、週末の夜は忙しいが昼間のうちは問題ないそうだ。

その後、無事に全員が合流し、いつものようにテーブルを取り囲んだ。

 

 

「しかし、今回のパレスには驚いたぜ……。見渡す限り、ぜんぶ砂漠とはな」

 

「確かに、今までのパレスって、歪んでる中心地の外に出ちゃえば、わりとフツーに街だったよね」

 

「おかげで鴨志田ん時なんか、いつパレスに入ったか最初マジで分かんなかったしな」

 

「中心地の外だってパレスだからな。認知から生まれた景色には違いない。今までに倒した奴らは、悪党だが社交性もあった。街がどんな景色かくらい普通に知ってたわけだ」

 

「けど、フタバは多分、外の町がどんな風か知らない……と言うか、一切興味もないんだろう」

 

「それで一面、不毛な砂漠なわけか。……まあ、あの暮らしぶりではな」

 

「まあでも、今後は有名人の悪党を狙ってく訳だし、引きこもってるような人は少なそうじゃん?てことは、『ぜんぶ砂漠!』みたいな苦労は少なくて済みそう?」

 

「そうとも限らないわよ。リムジンや飛行機ばっかりで、街の景色には疎い、興味も無い……なんて人……上流階級には多いわ」

 

「ヒコーキ……!?うお、それちょっと悪くねーな……!つーか、雲の上みてーなスケールのパレス、もしあったら、ぶっちゃけ行ってみたくね!?」

 

「確かにな」

 

「空の上など、建物の中でなければとても居れたものではないぞ。気温が変化する空間なら身体は凍てつき、酸素の薄い風が激しく吹き荒ぶ。そんな環境の中、素早い怪鳥共がその大きな爪で飛びかかって来るのだ。いやぁ、あれは今思い返しても酷いものだったな、ライドウよ」

 

「あ、やっぱイイっす……」

 

「生きて帰れる方がおかしいわ。空飛んでるのは銀行だけで十分よ……」

 

「だが、さっきの『中心地の外がどうなっているか』という話は、興味深いな。つまり、悪人のタイプによっては、パレスの中に『現実と瓜二つの街がある』わけか」

 

「一度ゆっくり歩いてみたい」

 

「オメーはホントに、いつでも絵の話だな」

 

「確かに、観察力があって頭のキレる悪党なら、パレスに現実と寸分違わない街があるかもな。……まあ、あったところで、別に使い道はねえけどな」

 

「よし……とりあえずパレスを探ってみない事にはどうにもならない。そろそろ行こうか」

 

「おっしゃ、『シゴト』の時間だぜ!」

 

 

 

同日 午後 フタバパレス

 

「……ようやくピラミッドまで着いたな……。もしかして、毎回あのあっちぃ車に乗って移動すんのかよ……」

 

「こればっかりは仕方ないわね……。大変だけど我慢するしかないわ」

 

「へーい……」

 

「む。蓮、ライドウ、ここへ来てくれ」

 

 

砂漠へ来てからやたらと辺りを眺め回していたゴウトが俺とライドウを呼びつける。

 

 

「どうした?」

 

「待て、もう少しそっちだ。……そう、そこだ」

 

 

細かく俺とライドウさんの位置を指定したゴウトは、どこかから取り出したスマホを俺にぽんと手渡すと、軽く一飛びでライドウさんの頭の上に居住まいを正した。

これで何を……?

 

 

「よし、この角度がいいだろう。写真を撮ってくれ。頼んだぞ。ライドウ、うぬはポーズだ。ジョーカーに向け人差し指と中指だけ立ててだな……。これが『ぴぃす』だ、『ぴぃす』」

 

「観光旅行かよ!ライドウも律儀にやらなくていいって!」

 

「ゴウトさんもボケるんだ……?」

 

 

横で眺めていた竜司と杏が、ツッコミながら気が抜けたように肩を落とす。……正直同感だ。

 

 

「残念だが、パレスの中でカメラは使えねえぞ。フォックス、代わりにスケッチしてやれ」

 

「なんだと?それは残念……」

 

「ああ、そういえばカモシダん時もバレー部のヤツら撮れなかったな」

 

「任せろ。……といいたいところだが、今日は道具をもってきていない。砂で描くから少し待っててくれ」

 

「もう、全員ボケ始めたら収集がつかないじゃない。……ちょっとフォックス、本気で描き始めなくていいから」

 

「ハハハ、済まぬな。どうせしばらく帰れないのなら、少しは羽根を伸ばそうと考えたのだ。今後は自重しよう」

 

「それで、どこから行く?」

 

「まずは、前回の所まで行こう。扉が開いてるかもしれない」

 

 

 

「やはり開かないか。この扉、今は諦めるしかなさそうだな」

 

 

モルガナが大扉をぺたぺたと確かめながら言う。見た目通り頑丈そうでビクともしそうにないし、メメントスのホームの壁と同じならやるだけ無駄だろう。

 

 

「ここで考えてもしょうがねーだろ。どうするよ、ジョーカー?」

 

「他の入口を探そう」

 

「確かに、これだけデカい建物だ、他にも入口はあるかもな」

 

「建物の外も含めて、怪しげな所を全て調べるしかないだろうな」

 

「げっ、外……!?あの暑い中も探索すんのかよ」

 

「文句言わないの。サッサと探索を始めましょう」

 

「うぇへーい……」

 

『帰るのか?』

 

 

真に引き摺られる竜司を追いかけピラミッドの外に出ようとした時、背後から声をかけられる。

振り返ると、いつの間にか姿を現したフタバのシャドウが、階段の下で佇んでいた。

 

 

『ちょっと話そう、戻ってこい』

 

 

 

『ご苦労。もう来ないかと思ったが』

 

「ホント苦労したぜ!あんなデケー玉落としやがって。オタカラ盗まれてーのか、嫌なのか、どっちだっつんだよ」

 

『奥へ進みたいんだろ?取引しないか』

 

「取引だと?」

 

『近くに街がある。そこにある盗賊に盗まれたものを取り返して欲しい』

 

「そういえば、街あったよね?ここに来るまでの間に見たよ」

 

『戻ってきたらいい物をやろう。奥に進む道も教えてやる』

 

「もう少し情報はないの?盗賊の特徴や盗まれたものの説明は?」

 

『街には盗賊しかいない。盗まれた物もすぐに分かる』

 

「……行くなら外からね。判断は任せるわ、ジョーカー」

 

 

他にピラミッドの出入口が見つかる可能性もあるが、どうするか……。オタカラを盗まれたいと言っている本人のシャドウだし、頼みは聞いておくべきか?

 

 

「やってみよう」

 

『頼んだぞ。私はここで待ってる』



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25.フタバパレス 近くの街〜神殿 地下

 

7月31日 フタバパレス 遠くに見える街

 

「到着だな。ここがシャドウが言ってた『街』か」

 

「閑散としているな……。『盗賊しかいない』と言っていたが」

 

 

街には、とても人が住んでいるような気配はない。確かに、自分の家以外がこんな砂漠では認知存在も何も無いだろうが、それなら、盗賊とは一体誰の事だ?

気配を探りながら、静けさに満ちた街を捜索する。野良シャドウは数匹見かけたが、それだけだ。フタバは盗賊に大事なものを盗まれたと言っていた。パレスの主に逆らえるなら、盗賊は野良シャドウではなく、現実の人間を模した認知存在だろうと思ったが……。とてもそんな人物がいる気配は無い。

 

 

『よお、兄さんら。探し物かい?へへ、何か来やがったと思って出てみりゃ、何の事あねえ……』

 

『砂漠へようこそ、同業者さんよ』

 

 

一つの広場に辿り着いたところで、ふらっと近寄ってきたシャドウに声をかけられる。……確かに、これまで見てきたシャドウとは少し様子が違うが、このシャドウが盗賊?

 

 

「同業者だと?」

 

「んな事どーでもいいわ。オメー『盗賊』か?盗んだモン出せよ」

 

『ハッ!呆れたもんだ。同業狩りとは、随分な悪党じゃねえか。……やってみろよ、ただし追い付けたらな』

 

「ちょっ……!あーもう!スカル!行っちゃったじゃん!」

 

「はあ!俺え!?」

 

「話はあと。とにかく今はヤツを追いましょ」

 

 

逃げ出した盗賊を俺たちは慌てて追いかける。先んじて逃げ出されたので少し焦ったが、盗賊の動きは、普段メメントスで相手している二人に比べればなんて事はなく、あっさりと首根っこを掴んで捕える事が出来た。

盗賊は、捕まるや否や下手に出て許しを乞う。

 

 

『お、おい、マジになんなよ。な?ここは見逃してくれ』

 

 

盗賊のターバンと襟元を強く握る。更に、真と竜司に左右から銃口を突き付けられ、それを見た盗賊はお手上げだとでも言いたげに手をパタパタと振った。

 

 

「盗んだものを出せ」

 

『お前らだって墓荒らしに来たんだろ?エモノはまだある、お互い分け合おうじゃねーか』

 

「一緒にしないでよ!私ら双葉ちゃんを助けに来たんだから。あのお墓から盗んだ物返して!」

 

『やれやれ、どうしてもかい。ま……そういう事なら仕方ねーな!』

 

 

盗賊のターバンが、急に中身が消えたように手応えを変える。危険を感じ咄嗟に手を離すと、俺の手があった空間を、ターバンから飛び出した鋭い嘴が裂いた。

二人の銃口がほぼ同時に火を噴く。しかし、胴体部から飛び出した翼には強い気流が渦巻いていて、軌道を乱されあえなく宙へ消えた。

 

 

「来るぞ!」

 

 

盗賊の抜け殻は引き裂かれ、中から金色に輝く翼を持った鳥男が全身を現した。鳥男は俺たちの頭上で、風に乗って滑空しながら狙いを定めている。

それぞれ銃撃で応戦するも、街を逃げていた時より格段に素早くなっている。悠々と弾丸の間をすり抜けると、嘴を突き出し、ジェット噴射の様に猛加速してきた。狙いは……竜司だ。

 

 

『お前が一番遅そうだ!』

 

「比べるのはテメェと俺だろ!いただき!」

 

 

竜司は抜群のタイミングで嘴へ武器を振り下ろし、強引に地面に叩き落とした。もうもうと立ち込める土煙が姿を隠しているが、まだ気配は消えていない。

煙の中から、振りほどく様に翼の殴打。僅かに意表を突かれたようだが、眼前に迫るそれを、竜司は危なげなく一歩下がって躱す。

 

 

「へいへい、どーしたよ。ご自慢の速さはそんなもんか?」

 

『……馬鹿め。手応えあったぞ!』

 

 

瞬間、突如竜司の頬が鋭く切り裂かれる。傷は長いが、それほど深さはない。支障はなさそうだが、一体なぜだ?ここから見ていても、今のは確実に躱していたはず……。

 

 

「んな、なんだぁ!?」

 

「カルメン!『アギラオ』!」

 

「スカル、代わって!」

 

『『ガルダイン』!』

 

 

困惑した竜司の隙を突き、鳥男の追撃。真が竜司を後ろに引き倒し、前進。振るわれた翼を拳で受け止め、僅かな拮抗の後強引に押し返す。

怯んだ鳥男が、迫るアギラオへ向けガルダインを放つ。鳥男の至近距離で大きな爆発が巻き起こり、鳥男も派手に巻き込まれた。が、まだ終わってない。

巻き上がる炎を翼で振り払った鳥男は、体の所々を焦がしながらもまだ余裕がありそうだ。鳥男は再び、先程より更に速度を上げ、今度は俺に突進してきた。

 

 

「ジョーカー、『スクカジャ』だ!」

 

「助かる!アルセーヌ!」

 

 

鳥男に向け、アルセーヌが踵の刃を突き出し防御。まず嘴、そして鉤爪で大きく弧を描く連撃。速いが、楽に受けれる速度だ

アルセーヌの片足で全ての攻撃を逸らし、トゥキックをみぞおちに突き込む。

 

もう一撃……!宙へ逃げた鳥男に追撃をしようと、右脚を踏みしめる。しかし、瞬間、右脚に激痛が走った。

予想だにしない痛みに生まれた隙を、モルガナと杏が魔法でカバー。

なるべく平静を保ってダメージを確認する。アルセーヌの右脚に幾重にも裂傷。俺にも同じ部位に、踵周辺からふくらはぎや脛まで傷が広がっている。また……どうしてだ?俺も竜司も、攻撃は一度として喰らっていないはず……。

 

 

「ジョーカー、風よ!そいつの攻撃を受けちゃダメ!気流に斬られるわ!」

 

「クイーン、俺の傷は大した事ねえ!それより自分の回復を……」

 

 

竜司の回復をしていた真が叫ぶ。真は、さっき攻撃を受け止めた右拳全体を痛々しく刻まれていた。ただ弾くよりも長く触れていたからか、俺と比べてもその傷は酷い。

 

 

「近づけないってんなら……!」

 

「ワガハイらの出番だぜ!」

 

 

モルガナと杏が魔法で激しく攻め立てる。それでも、巧みな気流操作で直撃を取れない。あの気流をどうにかしなければ……。

あの気流が永続ではなく任意で発動しているならば、何かしらの方法で不意を打てれば当たるかもしれない。このまま時間をかけ続けるより、ダメージ覚悟で確かめる価値はある。

 

 

「モルガナ、合わせてくれ。スカルは隠れて待機。トドメは任せた」

 

「任せろ!」

 

「了解!」

 

 

アルセーヌを突っ込ませ、格闘戦に持ち込む。当然、ダメージは受けるが必要経費だ。

今の位置関係的に、俺の手元は見えない。アルセーヌの影から三発の弾丸を発射する。最大まで察知を遅らせるため、最早しがみつく程の距離。交錯した部位どころか、全身に斬りつけられた痛みが走る。それでも、ここまで近づければ……!

 

弾丸が到達する直前でアルセーヌを引っ込める。背後から、鳥男の前に突如姿を現す弾丸。……しかし、鳥男は微塵も驚いた様子を見せずに、弾を風で逸らした。

 

 

『馬鹿が。発射音が丸聞こえなんだよ。それが作戦……ぐわあっ!』

 

「だからワガハイが必要なのさ。戦闘中にパチンコの発射音まで聞こえねえだろ?」

 

 

両翼にパチンコ玉の直撃を受け、鳥男が墜落する。翼からは羽根が舞い散り、身体は地面に叩きつけられる。だが、それだけでは大したダメージにはならない。

鳥男は呻き声をあげながら立ち上がろうとするが、そこでなんと、自分の身体が地面から離れないと気がついた。地面に触れた面が凍りついて張り付き、更に四肢の先から氷の手が伸びてくる。

 

 

「バサバサとやかましかったが、ようやく降りてきてくれたな。もう少しのんびりしていてもらおう」

 

『なっ、てめえ……。くそっ、『マハガル……』

 

「やらせっかよ!」

 

 

物陰から飛び出してきた竜司が、四つん這いの頭目掛けて特大の一撃を振り下ろす。氷像になりかけていた鳥男は粉砕され、完全に沈黙した。

 

 

「よっしゃ、大勝利!」

 

「中々手強い相手だったわね」

 

 

 

 

フタバパレス 神殿内部

 

盗賊から盗まれた物を取り返してきた。盗まれた物とはこのパレスの地図だったようで、シャドウがパレスを荒らす為に奪っていったらしい。

パレスの中を野良シャドウに好き勝手されているなんて、これまでの悪党共では信じられない事だ。これは本人がオタカラを盗まれたがっている、パレスの主である事を放棄しているからだろうか?だから、シャドウに対する支配力が弱まっている?

いや、結局オタカラを盗まれる事が望みだから、むしろ主の思惑通りに動いてはいるのか。

 

 

「随分、好き勝手にやられてるのね。貴方のパレスなのに」

 

『とにかくそれをやる。奥まで……あ』

 

 

神殿のどこかで、ガコッという音がした。何かを起動したような音だ。それを聞いた双葉のシャドウは『うっかり』という表情をしたあと、一人宙へ消えていく。

 

 

「何だ……?」

 

「え、双葉ちゃん消え……」

 

「……む、ライドウ、跳べ!」

 

 

何かしらの罠を警戒しようとした瞬間、フッと足元の感覚が消失する。

一人回避の間に合ったライドウさんをその場に残し、俺たちは真っ逆さまに穴の中へ落ちていった。

 

 

「マジかあああああああああああ!」

 

 

 

 

フタバパレス 神殿地下

 

「……おい、生きてっか?」

 

「いったた……大玉の次は落とし穴……。私ら、なんか怒らすような事した?」

 

「怒らせるというか……。拒んじまう衝動を、自分でもどうにも出来ない……。そういうことなんじゃないか」

 

「防衛本能かもしれないわね。あんな過去があったんだもの。人間不信も、無理のない話よ」

 

「ジョーカー、絶対救おう!双葉ちゃんの心のドア、開けてあげよう!」

 

「それはもちろんだけど、まず脱出だ」

 

「ああ、まずは自分たち自身の心配からだ。地上への出口を探すぞ。このままじゃワガハイらの墓になっちまうぜ」

 

「同感だ。……なあ、そういえば、ライドウさんとゴウトはどこへ行ったんだ?」

 

「落とし穴を避けたところは見たけど……」

 

 

ふと、俺たちの落ちてきたところから名前を呼ばれてることに気がついた。ゴウトの声だ。

 

 

「あ、呼んでるね。……お〜い、こっちは平気でーす!」

 

 

杏が返事をすると、向こうからの問いかけは止んだ。その数秒後、ライドウさんが穴から落ちてくる。

「ちょっ……!」と誰かの声が漏れ聞こえたが、当のライドウさんは壁に刀をガリガリと引っ掛け減速し、俺たちの位置を確認すると、壁を蹴り跳躍した。

バランスを保ったままの見事な着地を俺たちの前に決めると、刀を鞘にしまいペシペシと外套の砂を払う。

 

 

「……おう、んじゃ行こーぜ」

 

「いい加減こういうの、慣れてきたわね」

 

「後学の為にはなるな。次に落とし穴にかかった時には倣うとしよう」

 

 

 

 

地上を目指してパレスの探索を進めていく。道中に見かけるシャドウたちの大多数はこれまでのパレスとは挙動が違い、壁画や刻み模様をなぞっていたり、壁や床を探って仕掛けを見つけようとしたり……。結局、見つかった場合は襲ってくるのだが。

 

やはり、オタカラを守ろうとしている、というより探しているかのようだった。この違いはパレスの主本人の望みだからか、シャドウたちの自由意志なのかはわからない。

どちらにせよ、例えば双葉のシャドウが攻撃を受けたり、オタカラを持ち去られる可能性を考えると、良い状況とは言えない事は確かだ。

 

しばらく上に向かって進んでいると、小部屋と、その中に階段が見えた。先程から緩く風が吹いているし、外の匂いがする……気がする。勘が正しければ、あの階段の先には地上があるのだろう。みんなも同様に感じているようだ。

 

 

「なあ、でもよ……」

 

 

竜司の言わんとする事はわかる。小部屋の中、階段の前に見るからに強そうなシャドウが陣取っている。天秤を掲げた、黒い犬の様なシャドウだ。

シャドウは神話や伝承上の姿で現れる、パレスがエジプトモチーフだという事を合わせて考えると、一つの名称に心当たりがあった。

 

 

「多分……アヌビスね。古代エジプトで死者の神とされていたっていう。想像通りの魔法を使ってくるなら、恐らく私が対策できる」

 

「だとしても強そうだぜ。だが、他に外へ繋がりそうな道もない。気を引き締めろよ、オマエら!」

 

「ああ。よし、仕掛けるぞ!」

 



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26.VS アヌビス

 

7月31日 フタバパレス 神殿地下

 

戦闘開始だ。

いの一番に攻撃を仕掛けたのはモルガナ。敵の頭上へ飛び上がり、車に変身し重量を活かした落下攻撃。残りは散開し包囲。各々の最大火力を放つ用意をする。

 

シャドウが俺たちの存在に気づいていたかはわからないが、さしたる動揺は見られなかった。落下してくるモルガナへ天秤を掲げると、天秤を中心に衝撃波。モルガナカーが吹き飛ばされ、モルガナは元の姿へ戻ると一度離脱する。

 

逃がしはしない。取り囲んだ俺たちの攻撃が全方位から迫る。アヌビスは再び衝撃波で攻撃を防ごうとしたものの、圧倒的物量に押し潰され全ての攻撃が命中。

轟音と共に吹き飛んだアヌビスは、部屋に積まれた瓶や壺を巻き込みながら壁に激突。散らばった破片に埋もれ動きを止めた。

 

 

「手応えありだ!」

 

「気配が消えてねえ!まだ来んぞ!」

 

 

再びアヌビスが浮き上がる。同時に、壊れた物の欠片達も、アヌビスを中心に渦を巻いて、高速で回転し始めた。念動力か……。破片は鋭く、触れれば大ダメージは必至だ。

俺たちが破片の対応に追われている間に、アヌビスは天秤に祈りを捧げていた。すると、片方の秤に白く輝く人魂が灯り、ゆっくりと傾きはじめる。同時に、俺たちを光の柱が包み、札のようなものが部屋中に舞う。これは……。

 

 

「『テトラジャ』!」

 

 

真が瞬時にテトラジャを発動するのと、札が一際強く光を放つのはほぼ同時だった。俺たちに張られたバリアは砕け散り、テトラジャがその効力を発揮したことを示す。今の攻撃はマハンマオン。テトラジャがなければ、漏れなく全員直撃だっただろう。

 

 

「クイーン、助かった」

 

「予想通りね。この類の攻撃なら私がどうにかする。けど、全員にかけてると消耗が大きいから、早く何とかしないと……」

 

「どーすんよ?さっき破片ぶっ壊してみたけど、動きは止まんなかったぜ。下手にやっと数が増えて危ねえだけだ」

 

「最初の総攻撃は間違いなく効いてるはずだ。現に、感じる力も大分弱ってる。あと一撃ぶん殴ってやりゃあ倒せそうなんだが……」

 

 

俺たちが作戦をたてている間にも、秤にかけられた魂はその輝きを強めていた。天秤の傾きは更に大きくなり、その傾きが最大に達した時、感じる魔力が突如として膨れ上がる。

ふと天井を見上げると、祝福属性で形作られた剣が切先を俺たちへ向け、煌々と輝いている。それらが、音も立てず静かに、弓を引き絞るようにゆっくりと後退していく。

 

何の音もしない事が不思議なくらい濃密な魔力を感じる。その一本一本が俺たちを十分に殺しうることは、見ただけでも感じ取れた。

マズい、ペルソナを替え無効化できる俺と違ってみんなは……!

 

 

「クイーン、テトラジャで何とかならない!?」

 

「普通の攻撃魔法は無理!」

 

「避けろバカッ!」

 

「ゴエモンッ!」

 

 

竜司が反応の遅れた杏と真を庇い覆い被さる。そして、祐介が俺たちと剣の間に分厚い氷壁を展開。絶体絶命かと思わされたが、攻撃は氷壁に深く深く突き刺さり、何とか、寸でのところで動きを止めた。

 

 

「ナイスだ、フォックス!」

 

「ああ。だが、くっ……気力が尽きた。もう壁は作れそうにない」

 

「……どうやら、チャンスは今しかなさそうよ」

 

 

真がアヌビスの天秤へと視線を促す。秤の上の魂はその姿を消し、天秤は平行に戻り、先程に比べれば魔力もすっかり萎んでいた。

 

 

「連発はできないってことだね」

 

「でももたもたはしてらんねーな」

 

「しかし、あの邪魔な破片はどうする?あれでは迂闊に近づけんぞ」

 

「……仕方ないわね、モナには少し痛い思いをしてもらうけど、方法はこれしかなさそう」

 

「ワガハイ?」

 

「ええ、見てると本体の動きは遅そうだから……。まず、モナは車になって」

 

 

 

 

「よしモナ、覚悟はいいな。運転は任せてくれ」

 

「うう……仕方ねえ……」

 

「クイーン!気ぃ引くのももう限界!」

 

「OK!フォックス、アクセル全開でね。援護はするから」

 

 

杏と共に気を引いていたが、用意ができたようだ。

モルガナカーが大きく唸りを上げ、通路の手前から加速し始める。その間、俺たちは遠巻きに魔法を放ち、アヌビスを逃がさない。

攻撃組は、SPが切れた祐介が運転役。接近してトドメを刺すのが竜司。そして、巨大化によって相対的にダメージを軽減する、盾役のモルガナだ。

 

決着をつけにきた事を察知したのか、アヌビスは再び祈りを捧げ、今度は黒い魂が先程と逆の秤にかけられた。合わせて、俺たちの目の前に藁人形が具象化する。

 

 

「懲りないわね……!『テトラジャ』!」

 

 

マハムドオンはテトラジャによって完璧に無効化された。もう魔法を発動できる隙はない。

 

 

「あ痛でででで!」

 

「もうちょいだ、気合い入れろ!」

 

「決めるぞ、スカル!」

 

「カルメン!『マハラギオン』!」

 

「ヨハンナ、『マカジャマ』!」

 

「モスマン!『ジオダイン』!」

 

 

俺たちの役目はガードをさせない事。防御の手を俺と杏によって奪われ、真のマカジャマが直撃したことで今度こそあらゆる手段を奪った。

近づいた三人の渾身の攻撃をモロに喰らったアヌビスは、犬に似た悲鳴を上げながら赤黒の粒状に破裂し、今度こそ力尽き消滅した。

 

 

「いてててて……。なあパンサー、見てたか?ワガハイの決死の突破劇!」

 

「見てたよ。お疲れ、モナ!」

 

「よっしゃあ!俺たち最強!」

 

「やったわね!……ねえ、あれ見て。多分出口よ」

 

 

真の指さした先には確かに外からの光の射すのぼり階段があった。ようやく出口に着いたようだ。

外に出ると、そこは正面入口から少し離れた階段だった。最初外から見た時は開かなかったが、ここに繋がっていたのか。

 

 

「どうする?みんな消耗が激しいわ。流石にさっきのレベルのシャドウはそう居ないと思うけど……」

 

「そうだな……。一度現実に戻って休憩しよう」

 

 

 

 

7月31日 午後 アジト

 

「あ〜〜、本気で疲れた……」

 

「参ったぜマジで。今回のパレスキツすぎねえ?」

 

「同感だ。金城の時と比べても段違いに難易度が上がってないか?」

 

「そうね……。前回も強敵は手強かったけど、今回はその辺にいる普通のシャドウも厄介ね」

 

「特にあの『メギド』とかいう魔法撃ってくる猿な。バカスカ撃ってくる癖に威力高すぎんだろ」

 

「遭遇したら優先的に仕留めるしかないわね。幸いタフではないし……」

 

 

各々、お菓子や飲み物を手に取りながらパレスの感想を口々に言い合う。みんなの話すそれらに関連して、気になることがあった。

 

 

「今日の戦闘で思ったことがあるんだけど……。今までの戦闘では、攻撃を受けても俺たちの生身に傷がつく事はなかったよね。でも、今日戦ったシャドウの内、鳥男とアヌビスは違かった」

 

「あ、それ俺も思ったわ。おかげでクソ痛かったぜ。真はよく冷静だったよな」

 

「それは多分……相手との力の差が大きかったからじゃねえかな」

 

「え?でも、私たち勝ったよね?」

 

「それは全員でかかったからだろ?一対一じゃ、コテンパンにされてたはずだ」

 

「怪盗服とかペルソナってのは、攻撃や敵意を防ぐものだって説明したよな。でも、受けた攻撃に出力が追いついてないと、受け止めきれなかったダメージは生身で喰らうしかない」

 

「ペルソナとシャドウは表裏一体なんだ。つまり、ペルソナが死ねばシャドウが死んだ時のように本体の精神に影響を及ぼし……」

 

「例え生身が無事だったとしても、廃人化は避けられんというわけだな」

 

「ああ。そうならないように、ワガハイたちは無意識にダメージをペルソナと生身に振り分けてる。どっちが死んじまっても終わりだからだ」

 

「そういう大事なことは最初に話しとけよ」

 

「それでも、生身がダメージを引き受けるなんて滅多にないんだが……」

 

「さっきの敵にはなんとか勝ったけど……。それほど危険な相手だったって事ね。もしかすると、この中の誰かが今日欠けてたかもしれない」

 

「マジかよ……」

 

「ペルソナの出力を上げるしかねえな。有り体に言うなら、レベルを上げるって事だ」

 

「数字で見れれば楽なんだけどね……」

 

 

パレスの攻略を急ぎたいのは山々だが、今の話を聞いた後だと無茶はしたくない。新しいスキルは覚えたが、こんな危険な戦闘を続けるのは無謀だ。Xデーまでまだ時間はある事だし、双葉には悪いがメメントスでのレベル上げに専念しよう。

 

 

「しばらく……最低でも今週一杯くらいはメメントスで経験を積もう」

 

「同感ね。それで、この後はどうするの?少しは回復したけど……」

 

「悪いが、俺は今日はもうダメそうだ。攻撃を防ぐのに気力を使い切った影響か、倦怠感が酷くてな……」

 

「そっか……。じゃあ、今日の攻略はここまでにしよう」

 

「済まないな」

 

「無理は禁物、当然でしょ?」

 

「うむ。いい判断だな」

 

「……ああ、そうだ。ゴウト、一つ気になってたんだけど」

 

「む、なんだ?」

 

「さっき持ってたスマホ、どうしたの?」

 

「あれか。仕事の連絡すらできないのは不便だと、ララ嬢が便宜をはかってくれたのだ。そういえば、うぬらとはまだ番号を交換してなかったな」

 

「自由に使っていいなら交換しておこうか。あと、チャットは……」

 

「それならシンに頼んで入れてもらった。使い方も問題ない」

 

「OK。ならグループに招待しておくね」

 

「うむ。シンの家にかければ我が出る。このすまほはライドウが持っておるから、ライドウに伝えることがあればこちらにかけてくれ」

 

「ああ」

 

 

 

 

「それにしても、うぬらも随分力をつけてきたな。大した時間は経ってないが、出会った頃に比べれば雲泥の差だ。まだまだ経験は浅いが、実力はもう一人前だな」

 

「あれだけ戦っていれば嫌でも強くなるよ」

 

「んじゃ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃねーか。……シンのこと」

 

 

唐突に話を切り出したのは竜司だった。他のみんなは少し驚いたようだが、気にはしていたのだろう。真面目な表情でゴウトに向き直る。

ライドウさんは帽子を目深に被り俯き、ゴウトは難しそうに目を閉じ暫し思案した。

 

 

「お前たちの気持ちは相わかった。確かに、これまで我らは契約を果たしていなかったな。ある程度話しておくべきだろう」

 

「シンの生まれについては、俺たちもある程度推測してきた。シンは最初から悪魔だったわけじゃない。元々は俺たちと同じ、ただの人間だったはずだ」

 

「……うむ。気づいていたか」

 

「それ自体は、本人も隠すつもりもなさそうだしね。わざわざ話そうともしてくれないけど。わからないのは、どうしてシンが悪魔になってしまったのか。そして、どうして今以上の力を求める必要があるのか」

 

「全てを答えられないならそれでもいい。今話せることを……教えてくれ」

 



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27.誘い

プレイしながら書いてるので最近気づいたんですが、明智がルブランが蓮の家だと知ったの、8月の後半だったんですね。
盛大にミスってますが特に影響がある箇所ではないのでそのまま進めさせてください。


 

7月31日 午後 アジト

 

「では……まずはシンの生い立ちから話そう。我らも本人から聞いた部分までしか把握しておらぬが」

 

「うぬらが察した通り、シンは元々人間だ。我らとも、うぬらとも違う世界の東京で、特別な力は何も持たない普通の人間として生まれた。確か、1986、7年と言っていたな」

 

「また別の世界か。一体どれだけの数の世界があるのか」

 

「私たちが生まれるより十年以上前……。思い出の内容が古いとは思っていたけど」

 

「あやつの人生が大きく歪んだのは、丁度うぬらと近い歳の頃、高校生の時だった。その日、シンの生きた世界は、数人の人間と廃墟と化した東京を残し、全て滅びた」

 

「……は?滅びた……って、何?」

 

「うむ。その世界で起きたのは、一人の男が引き起こした『東京受胎』という災害。その世界は一度死に、新たな世界として生まれ変わるという、しすてむだ」

 

「システム……?いえ、それでシンはどうなったの?」

 

「シンはその時、二人の同級生と共に、担任の見舞いの為とある病院を訪れていた。その病院は奇しくも、唯一『東京受胎』を逃れられる場所だった」

 

「なぜかは分からぬが、医者も患者も誰一人として居なかったそうだ。受胎を生き残り、悪魔の跋扈する廃墟と化した東京……『ボルテクス界』へ足を踏み入れたのはたった六人」

 

「六人……!?」

 

「シンが悪魔、『人修羅』となったのはその時だ。強大な一匹の悪魔の気まぐれによって、蟲を埋め込まれた。宿った主の身体を悪魔へと造り変える……寄生虫を」

 

「斯くしてシンは、人の心を持った悪魔となり。はぐれてしまった生き残りを探す為、そして世界はなぜ滅びなければならなかったのかを求め、命懸けの過酷な争いに身を投じる事となる」

 

「我らの知る素性についてはこれで全てだ。何かわからなかった事はあるか?」

 

 

あまりに衝撃的な話に、誰もが抱いた感情を言葉にできないようだった。

現実味のない話だ。しかし、俺たちは今まさにフィクションのような生活をしている事実。シンの強さや、穏やかさと苛烈さを併せ持った歪な価値観の一つ一つが説得力を持って、今の話は事実だと伝えている。

 

 

「なんだよそれ……。無茶苦茶じゃねえか!家族も、住んでた街も学校も、全部なくなっちまったんだろ!?」

 

「そうだ。引き換えに手に入れたのは悪魔の肉体だけ。それも、当初はなんの力もなかった」

 

「……とても想像つかんな。いか程の孤独、絶望か……」

 

「シンは、どれくらいの間その世界で……?」

 

「正確にはわからん。我らがその世界を訪れたのは、東京受胎が起きて少し経った後だ。それから我らも『ボルテクス界』の調査を進めていたが、何度も我らの住む世界に帰りもした」

 

「我らは元いた世界ならばほとんど時間の誤差なく帰れるが、まるっきり別の世界となるとそうもいかん。我らが物資の補給に帰っている間、ボルテクス界ではどれだけの時間が経っていたのか……」

 

「とはいえ、シンや世界の様子を見る限り、あまりに大幅なズレではなさそうだった。受胎から我らと別れるまで、おそらく一年程……長くても二年程度だろう」

 

「……そうなると、シンは悪魔としては若い方なんだよね。なのに、既にあれだけの力を手にしている。それとも、悪魔は全員ああなの?」

 

「いや、むしろ悪魔の成長は遅い。しかし、あやつの実力は間違いなく最上位だ。理由は定かではないが、悪魔としての才能があったのかもしれぬ。そこに目をつけられた……」

 

「さっき、『東京受胎』は一人の男によって引き起こされたと言っていたわよね。シンが力を求めるのは、その男に対する復讐心からなの?」

 

「それは……悪いが、答えることはできん。というのも、どうやらやつの記憶は、その辺りの結末が抜けておるようなのだ。そして、完全な悪魔へと染まったのもそれと時を同じくする。それを伝えて、万が一にも口を滑らせて貰っては困る」

 

「今日聞いた話について、シンには絶対に訊ねるな。奴が気づいているのかわからぬが、自覚している記憶の欠けと、実際に失われている記憶の箇所……少なくとも、触れたがらない箇所にズレがある」

 

「んん……どういうこと?シンはこの世界に来る直前を覚えてないって言ってたけど……。実際はもっと手前の部分を忘れてる?でも、それって自分でおかしいと気づかないのかな?」

 

「出来事を事実として認識してはいるのだろう。しかし、それをどう捉えたか、それに対しての自身の感情を覚えていない。……ということだ。今日まで我らが見る限りでは」

 

「それが無意識に目を背けているのか、意図的に封じられたのかは……」

 

 

わからないと。ゴウトはここで話を打ち切った。本音を言えばもっと詳しく聞きたかったが、二人の懸念ももっともなので無理に聞き出そうとも思えなかった。

その後、話を終えた俺たちは解散することになった。少し不完全燃焼気味だが……。

祐介と竜司を除くみんなは帰るというので、駅まで見送りに出ることにした。残った二人は、帰っても暇なので夜まで店に居るらしい。

 

帰宅組を見送った後店に戻ると、椅子に座って新聞を読んでいる惣治郎。そして、カウンターの椅子に腰掛ける一人の男。モダンな雰囲気を醸す特徴的なアーガイル柄の靴下と、黒いハンチング帽から金髪が覗く、一見温和そうな優男だ。髪色と顔立ち、きめ細かい白い肌からすると、恐らく日本人ではない。

 

 

男は店に入った俺を見ると、カップを置いてニコリと微笑む。……不思議な雰囲気を纏った男だ。俺は、その一挙手一投足から視線を外せなかった。

 

 

「やあ。ここのコーヒーは美味しいね。毎日飲める君が羨ましいな」

 

 

男は流暢な日本語で挨拶をしてくる。初対面なはずだが、古くからの知り合いかのように軽い調子で。

男は固まったままの俺を見ると、クスリと、小さな子供へ向けるような笑みを漏らした。

 

 

「おい蓮、話しかけられてるぞ。こんな知り合いいたか?」

 

「あ、うん……」

 

 

モルガナに声をかけられてようやく我に返る。何故、唐突にそう思ったかはわからない。だがこの男、間違いなく人間じゃない。理由もないが、ここ数ヶ月で多少なり培った勘が、その事を強く訴えていた。

 

 

「何をそんなに怖がっているのかな。……でも、仕方の無い事か。それよりも、その鋭敏な感覚を褒めよう。随分成長したんだね」

 

「……?こいつ、何を言って……」

 

「シンがなぜ力を求めるのか……。知りたいんだろう。ライドウ君とゴウトの二人は、教えてくれなかったようだから」

 

「おい、こいつ……!」

 

「さっきから『こいつ』とは酷いね。僕の名はルイ・サイファー。ルイと呼んでくれ、モルガナ君」

 

 

男……ルイはそう言いながらすっと立ち上がり俺たちへと向き直る。

 

 

「……このアプリを君にあげよう。これを使えば僕へと道が通じる。話を聞きたければ、僕のところへおいで」

 

 

ルイの手には、いつの間に抜き取ったのか俺のスマホが握られていた。返されたスマホにはドラム缶に脚が生えたような、妙なアイコンのアプリが追加されている。

 

 

「このことは、彼らには伝えないように。彼らは君たちを止めるだろうし……そうなればもう会うことは出来ないな。少々手強い敵もいるだろうけど、君たちなら問題ないさ」

 

「君たちが自力でたどり着くことを、僕は楽しみに待っているとしよう」

 

 

ルイはそういうと、一万円札をカウンターに置き席を立った。呼び止めようとしたが、二階から俺を呼ぶ声がそれを遮る。

 

 

「おーい蓮!誰と話してんだ?」

 

「ちょっと待って、今……」

 

 

ほんの一瞬階段へ返事を返し、再び席へ向くともうそこには誰の姿もなかった。ドアが開いた音もせず、最初から誰もいなかったかのように。まるで白昼夢でも見たようだ。

しかし、カウンターに残されたカップと紙幣、そして新たな謎のアプリだけが、ルイが確かにいた事を証明している。

 

 

「ん?おい蓮、ここにいた客、知らねえか?」

 

「……わからない。いつの間にか、帰ったみたいで……」

 

「参ったな、コーヒー一杯で払い過ぎだ。外人の兄ちゃんだったから間違えたのかもしれねえ。蓮、悪いがその辺見てきてくれねえか」

 

 

惣治郎に言われ路地へ出る。竜司と祐介にも声をかけ手分けして探したが、もう、その姿を見つける事は出来なかった。

 

 

 

 

8月1日 昼間 アジト

 

「……で、それがそのアプリ?」

 

「昨日そんなことがあったなんて……」

 

 

杏が俺のスマホを手に取り、アプリのアイコンを眺める。昨日はアプリを起動する事はせず、翌日、シンとライドウさんを除いて集合をかけた。

 

 

「で、行くのか?」

 

「俺は行こうと思ってる。昨日の、ルイっていう男……。見た目は人間だったけど、感じる気配は明らかに人間じゃなかった。多分、シンよりも強力な悪魔かも」

 

「ねえ、それって昨日ゴウトさんが話してた……」

 

「シンを悪魔にしたやつか。確かに、その可能性は高そうだぜ」

 

「なるほどな。だが、わかってるのか?その悪魔から直接接触があったとすると、これはもうシンの素性を探るどうこうの話じゃない」

 

「それでも。ルイの目的はわからないけど、シンが何かに利用されてるんなら、俺は絶対に見過ごせない」

 

「俺もだ。初めて会った時はイケすかねーと思ってたけどよ、ダチになっちまった以上放っておけねえ。それとも祐介、お前は降りるか?」

 

「愚問だな。俺の肚はとうに決まっている」

 

「何があるかわからないけど。……覚悟はいいわね。行きましょう」

 

 

 

8月1日 昼間 アマラ深界

 

アイコンをタップすると、俺たちの身体を眩い光が包んだ。視界は白で埋め尽くされ、しばらくの浮遊感の後、どこかへと落下したようだ。

 

 

「うおっと。……なんつー不気味なとこだよ」

 

 

俺たちの姿は怪盗服へと変わっていた。ペルソナも問題なく使える。

周囲は赤と黒を基調とした円形の部屋だ。壁には真っ赤な目のような模様。部屋の中心には太い木の様な柱が建っていて、空気中にはシャドウが死ぬ時に変化する粒が大量に漂っている。

 

どことなく、メメントスを彷彿とさせる雰囲気だ。

 

 

「奥からはシャドウみたいな……。多分、悪魔の気配がプンプンするぜ。この辺りは安全みたいだがな」

 

「そうだね。見て、奥に道があるよ」

 

 

杏の指さした先には奥に続いている通路があった。通路の手前まで歩みを進めると、どこかからルイの声が響く。

 

 

『やあ、やっぱり来てくれたんだね。約束も守ってくれたようだ。……ようこそ、『アマラ深界』へ』

 

「アマラ深界?」

 

『そう。君たちにわかりやすく説明するなら、魔界、もしくは地獄と言えばわかってもらえるかな』

 

「地獄……。一度見てみたいとは思っていたが、存外静かだな」

 

『騒々しいのは嫌いでね。住民たちには、僕の統治下にいる以上大人しくしてもらっている』

 

「それで、何を企んでいる?俺たちをこんな所まで呼び寄せて」

 

『企む?誤解しないでくれ、ただの親切心さ。シンのことを知りたいんだろう?』

 

「よく言うぜ。なら素直に教えろっつーの」

 

『フフ、それじゃつまらないからね。それに……僕が何を企もうと、君たちにはどうすることも出来ないよ』

 

「このヤロウ……」

 

『さて、楽しいおしゃべりは一旦おしまいだ。続きは君たちが僕の下へ辿り着いたら……。僕はそれまでの道中を眺めながら、楽しませてもらうよ…………』

 

 

ルイの声は聞こえなくなった。

 

 

「チッ、胡散臭せー喋り方といい、明智並みにムカつくヤローだ」

 

「当然目的はあるんでしょうけど……。ろくな事じゃなさそうね」

 

「何考えてようと、絶対思い通りになんかなってやらない!ジョーカー、進もう!」

 

 

 

 

さっき見つけた短い通路を進んだ先には、壁を円形にくり抜いた、更に五つの道が並んでいた。しかし、そのうち右から四つまでは蓋をされていて、進むことはできなさそうだ。

 

 

「進めそうなのは一つだけね。随分深いわ」

 

「飛び降りろということか。罠ではないだろうな」

 

「殺す気なら最初からそうしてんだろーぜ。……うし、俺から行くわ」

 

「あっ、スカル!……行っちゃった」

 

「スカルの言うことももっともだし、私たちも追いかけましょう」

 



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28.アマラ深界 第一カルパ攻略

 

8月1日 昼間 アマラ深界第一カルパ1F

 

長い長い落下のあと俺たちが行き着いたのは、また先程と同じような空間だった。先に着いていた竜司は辺りを探っているが、特に危険はないようだ。

 

元の部屋と違うのは、部屋の中心にあった柱が謎のオブジェに変わっていること。オブジェの中心には、七又に分かれた燭台に火が灯され設置されている。

 

 

「また似たような部屋ね。奥に道があるのも」

 

「気配が濃くなってきたな。そろそろなんか出てきてもおかしくないぜ」

 

 

奥の扉を開け中へ入る。何が待ち構えているかとひやひやしていたが、出た先は明るい色調の、美術館か神殿を思わせる様なフロアだった。

壁には緻密な装飾、床にも手の込んだ模様や大きな絵がはめ込まれていて、天井は照明が強く輝き俺たちを照らしている。

 

 

「地獄という割には……」

 

「明るい雰囲気だな」

 

「見た目だけわね。ほら、早速お出迎えよ」

 

 

俺たちに釣られたのか、正面には数匹の悪魔。マントを着た青い肌の女悪魔と、翼を生やし錫杖を携えた修験者の悪魔だ。

シャドウではなく悪魔との交戦は初だったが、このフロアは小手調べということか、大した強さではないようだ。俺たちは難なく撃破して歩みを進める。

 

 

探索を続けていると、入った小部屋で青いもやの塊が浮いている。これはなんだ?

手を伸ばすとそのもやは、細部は判然としないが人型へ形を変え、驚く俺たちへ言葉を発した。

 

 

『おや?珍しい、人間がこんな所へ呼ばれるとは』

 

「ヒッ!お化け!?」

 

『お化けか。なるほど、確かにその通りだ』

 

「お前はなんなんだ?」

 

『会ったことがないのか。私のようなものは思念体と呼ばれている。肉体を失い、精神だけがこうして残った。戦う力もなく、彼女の言った通り、漂うだけの幽霊と同じだ』

 

「へえ……。なあ、ワガハイたちはここのボスに呼ばれてやってきたんだ。道案内を頼めないか?」

 

『悪いが、危険な下層へ行きたくはない。だが、アマラ深界の簡単な説明ならしてあげよう』

 

『アマラ深界はカルパと呼ばれる全五層から成る。現在いるのが第一カルパだ。下るにつれ二、三と続く。先へ進みたければ道を下っていけばいい』

 

「メメントスと同じ形状ということか」

 

『君たちを招待したあの御方は第五層の最奥に御座す。しかし、並大抵の強さでは謁見することさえ叶わない。各層の住人たちが、門番として侵入者の排除を義務付けられているからだ』

 

「呼びつけといて侵入者扱いかよ。最近はこんなのばっかだな」

 

『あの御方は力無きものを嫌う。お目通り願うにも『相応の力を示せ』という事だろう』

 

「それだけ大きな組織なら、トップ一人で仕切っている訳じゃないわよね。他にも強力な悪魔がいるんでしょう?」

 

『以前まで魔界第二位と目されていた強大な魔王が、第四カルパで構えている。平時に全軍の指揮権を持っているのもこの方だ。鉄壁を誇っていたが、つい最近一匹の悪魔によって墜とされ、その軍門に下ったそうだが』

 

『力になれそうな情報はこのくらいだ。君たちも、あの御方に招かれたということは何かを期待されているのだろう。頑張りなさい』

 

「情報、助かった。ありがとう」

 

 

思念体に別れを告げ探索を再開する。特筆して強い相手と遭遇する事はなく、探索は順調に進んだ。

とある小部屋のはしごを降りると、硬い硝子のような物質の扉に行く手を阻まれた。扉の向こうにはハシゴが一つあり、わざわざ通れなくしているからにはこの先が第二カルパだろうと予想させる。

 

 

「お、見ろよ。もしかしてこの下が二層か?」

 

「かもね。でも、このドア開かないや……」

 

「スイッチとかは……この辺にはなさそうだな。だとすると、誰かが鍵を持ってるか、別の場所にスイッチがあるのかもしれん」

 

「んじゃ探しに行くか」

 

 

道を引き返し未探索のエリアに足を踏み入れる事にした。入口から見て右方向に進み探索していると、丸いトンネル状の通路を発見。

大きくカーブしたそのトンネルを進む。分かれ道はなく一本道だ。行き着いた先にあったのは、下へ向かう一本のハシゴ。

ハシゴを降り、さらに道に沿って進む。見つけたドアを一つ抜けた先は、各面にドアがある広い四角形の部屋だった。

 

 

「ふむ、道がいくつかあるな」

 

「片っ端から見てこうぜ。じゃあ、左の道から……おわっ!」

 

 

竜司が正面へ歩き出し数秒。突然竜司の足が床にめり込んだ。いや、よく見ると床が透過し、上に置かれたその足を飲み込んでいる。竜司は実体のある床に手足を突っ張らせなんとか、と言ったところだ。

 

 

「大丈夫か?スカル」

 

「アホ!言ってる暇あったら手ェ貸してくれ!落ちる、落ちる!」

 

「まったく……。気をつけなさい。ほら」

 

 

竜司を引っ張りあげようと、俺たちも前へ歩を進めた。その瞬間、竜司の足が刺さっている穴が急激に口を広げる。俺たち全員を呑み込める程に。

 

 

「なっ……!」

 

「嘘!」

 

 

唐突に足場を失った俺たちは、重力に逆らう事もできず真っ逆さまに奈落へと吸い込まれていく。だが、落下しながらも何とか空中で体勢を建て直し着地。

しかしその途端、全身に鋭い痛みが走った。周囲を確かめると、足元には謎の赤いモヤ。もしや、毒?

 

急いで周囲を見渡し、断続的に走る痛みに耐えながらモヤのない箇所を探す。安全であろう場所を発見した俺は、みんなに避難するように指示を出した。

 

 

「みんな、あそこだ!」

 

「あいた!くそっ、走れ!」

 

「これを使え!ゴエモン!」

 

 

祐介が氷で足場を作り、各自それを足場にモヤの外まで辿り着いた。もう痛みはなく、やはりあのダメージはモヤが原因だったのか。

 

 

「みんな、無事?」

 

「突然穴が拡がるとは……」

 

「痛たた、それなりに喰らっちゃったかな……」

 

「パンサー、今回復する」

 

「とりあえず平気そうね。モナ、手伝うわ」

 

 

真とモルガナが回復魔法を唱える。その間壁に寄りかかり身体を休めていると、何人かの思念体が近くに寄ってきたようだ。

若干警戒したが、思念体たちが姿を変えたのは、派手な服装をした若い女性。いつの間に用意したのか、テーブルとその上に酒らしき瓶やグラスまで用意されている。まるでホステスとその手のお店だ。

 

 

『おにいさんたち、お疲れのようね。どう、休んでいかない?500マッカで大サービスするわよ?』

 

「結構です。先を急いでるので」

 

「マッカとは、初めて聞く貨幣だな」

 

「マッカ……魔貨かしら。悪魔にも経済はあるみたいだね」

 

『キレイな顔してるのね。女の子でも平気よ?』

 

「いらないって。スカルは揺らいじゃってるかもしれないけど」

 

「生身がねーのはさすがに……。あでも、飲み物貰うくらいなら……」

 

「未成年でしょ。バカ言ってないで行くわよ」

 

 

回復も済んだので探索を進める。見つけたハシゴを上り正面のドアを開けると出たのは、さっき落とし穴があった広間だった。現在地は、さっき入って来た入口の真反対だ。

 

 

「さっきの部屋に戻って来たのか。だが、どうする?見分け方もわからないんじゃまた落ちちまうぜ」

 

「ああ、それなら多分もうわかったわ」

 

「ホント!?」

 

「ええ、天井を見て。照明のあるところとないところがあるでしょ?多分、ついてないところが落とし穴なんだと思う」

 

「なるほど……。しかしクイーン、よく気がついたな」

 

「さっき落ちた時に、つい上を見上げたの。それでもしかして、って思って。戻ってきた時、真上の照明がついてるタイルをなぞったらドア同士が結びついたから、ほとんど確信に変わったわ」

 

「さすがだなクイーン!おっしゃ、ここから行けるドアはっと……ここか」

 

 

ドアを開けた先には、赤い玉の浮かぶ台座があった。近づいて玉に触れるとそれは虚空へと消え去り、どこかで重い物体が動く音が聞こえた。

おそらくこれがスイッチで、道を塞いでいたドアが開いたんだろう。

 

 

「お、なんか動いたな。ドアのとこ戻ってみようぜ」

 

 

最初に見つけたドアの下へ戻ると、やはりドアは開いていた。奥のハシゴを降りた先は長い直線の下り坂になっていて、その奥には扉が一つ。長い通路を見つめていると、その深さに、不意に背筋が寒くなった。

これは恐怖だろうか。抗いようもない誰かに手を引かれているような。しかし、シンの真実を知る為。そして同時に、この先にあるなにかへの好奇心がそれをかき消す。

 

坂を下りドアを開け進むと、そこはアマラ深界へ侵入した直後と全く同じ風景だった。太い柱のある赤い円形の部屋。まさか、一周して戻ってきたのだろうか?

 

 

「あり……?ここ、最初に来たよな?」

 

 

しかし、その懸念はすぐに払拭された。柱の裏を覗くと、先の様子は違っていたからだ。最初の場所で五つに別れていた道は正面の一つを残し無くなっている。

残った一つも、第一カルパへ来た時と同じ深い穴だ。あれが下層へ通じているのだろう。

 

先へ進もうとした時、柱に網状に空いた複数の穴から強く呼びかけられた気がした。この気配は、間違いない。ルイだ。

 

意を決して穴を覗きこむと、俺の身体はその中へ吸い込まれた。柱の中の太い空洞を転がり落ち、その先で覗き込んだ穴と同じ網状の壁へぶつかる。

起き上がり、ぶつかった壁の向こうを覗き込むと、そこは広大で、静寂に満ちた空間だった。中央には幕の降りた劇場。それを中心に、俺が今覗き込んでいるものと似た穴が、無数に、遠巻きに取り囲んでいた。

 

他の穴に気を払った途端神経が凍りつくような錯覚に襲われ、俺はようやく、ルイの語った地獄という言葉の意味と、ここはその中でも底の底なのだ、ということを理解した。

 

その穴一つ一つの奥から、侵入者に対する強烈な敵意が発されている。このアマラ深界の奥地に潜む、真に恐ろしい悪魔たち。それらが、この地獄を統べる主の出現を畏敬し、ただじっと待っている。

 

ルイはどれだけの力を持っているのか───。

昨日ルブランで出会った時は、ここにいる悪魔たち程の気配は感じなかった。今となっては、むしろそのことが恐ろしい。

 

 

ふと我に帰ると、降りた幕の前に一人の人物が……女性の姿をとった悪魔が立っている。黒い喪服を着た、妙齢の女の姿だ。遠く離れているがその姿と声は、そんなものは関係ないとでも言うように、細部まで俺の脳裏に焼き付いた。

 

 

「ようこそ、アマラ深界へ。無事に第一カルパを抜けたようで何よりです」

 

「今、我らが主は奥で休まれてらっしゃいます。僭越ながら、私が代わりにお相手しましょう」

 

「主はあなた方がここに至る道程を、興味深く楽しんでおられました。そのお礼に、一つ知識を授けましょう」

 

「このアマラ深界にも漂う、悪魔やシャドウが死した時に変化する赤い粒。これは『マガツヒ』、または『マグネタイト』と呼ばれる物質です」

 

「マガツヒは悪魔がその命を繋ぐにあたり、他の何にも代え難い重要なもの。あなたがた人間で例えるなら、水、または空気と言った所でしょうか」

 

「しかしマガツヒの恩恵はそれだけに非ず。闘争に身を置く者たちにとってはそれ以上に重要な役目を果たします。……悪魔がその力を強めるのに、マガツヒの摂取は必要不可欠なのです」

 

「その為に、悪魔たちは闘争の為の闘争を繰り返し、マガツヒを奪い合う……。しかし、マガツヒを得るのに、もっと都合の良い存在がいます。それが人間です」

 

「原初より存在する最も強大な悪魔たちを除き、我々悪魔の大半は人の心より生まれし存在。人の心の海にある恐れや憎しみ、悲しみ……様々な感情が形を得たもの」

 

「つまり。そう、マガツヒとは人間の感情そのもの。人間、その心が苦痛を感じた時、悪魔を殺すより遥かに上質で、甘美なマガツヒを生み出します」

 

「その為、弱き悪魔は力の持たない人間を襲い、生かさず殺さずマガツヒを搾り取るのです。彼……間薙 シンのかつていたボルテクス界でも、生き残った人間たちはその憂き目に……」

 

 

喪服の淑女は語るのをやめ、物憂げに小さな溜息を落とした。直後、再び筋を伸ばし俺の目を見つめ直す。

 

 

「この話も、貴方の好奇心を満たす一助となることでしょう。貴方が主の下へ近づく度、その鍵となる情報をお教え差し上げます」

 

「第二カルパを越えた先で、またお会いしましょう。私も、その時を楽しみに待っています」

 

 

淑女がそう告げると、悪魔たちの拍手と歓喜の声に包まれながら、俺の意識は遠のいた。視界がブラックアウトし、気がついた時には俺の名を呼ぶ仲間たちの声が聞こえる。

 

 

「ジョーカー!おーい、ジョーカー!?」

 

「……ああ、大丈夫だ」

 

「おいおい平気かよ、顔青いぜ?穴を覗き込んだっきり動かなくなっちまって……」

 

「俺はずっとここに?……何があったかは帰ってから話す。とりあえず、先に進もう」

 

 



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29.ガイアとメシア

ふと思ったんですが、二次創作で三学期って書いたらまずいですかね……。ダメならダメでどうにもなりませんが、とりあえず進めていきます。


 

8月1日 昼間 アマラ深界第二カルパ

 

柱のフロアを通り過ぎた俺たちは奥の穴に飛び込み、またもや燭台の飾られたフロアへ流れついていた。アマラ深界は柱、燭台、迷宮の三つを一つのカルパとして繰り返す構造なのかもしれない。

 

燭台の裏、迷宮区へ続く扉の横に、さっき通ってきたものと同じ暗い穴が開いている。この穴もはるか下まで続いているようだが、一体どこまで続いているんだろうか。まさか迷宮区を素通りさせる訳もないだろうし。

 

 

「ああそれ……多分、最初に見た五つの扉のうちの一つが開いてるんだと思う」

 

「え?でもこれ、下に向かってるけど」

 

「常識もこんな場所じゃどこまで通用するかわからないでしょ。カルパは全五層、扉の数も五個。各カルパの入口に設置されてるって考えた方がしっくりくるわ」

 

「なるほど。どうする、一度帰るか?まだ余裕はあるが、危険な気配もちらほらあるぞ」

 

 

祐介の言う通り、ここからはより濃く、そして強い気配をいくつか感じる。だが、その数は少なく、そして非常に目立つ。俺たち全員が感知し逃すとは考えにくい。

何より、大半の悪魔は第一カルパと大差ない強さのようだ。様子を見つつ、入口付近を探索するなら問題ないだろう。

 

 

「地理を把握する為に近場だけ探索しよう。強い気配との遭遇は避けるように、警戒は怠らないこと」

 

「了解だ。気を引き締めて臨もう」

 

 

迷宮区への扉を開けた先は、第一カルパでも見たトンネル状の通路。しかし、その雰囲気はまるで違い、全体的に古びていて見るからにカビ臭そうだ。

通路の床から天井まで、茶色と灰色のタイルが交互に列を成し、層になっている。細かいタイルを敷き詰めた天井は、こんなに古びていてはタイルが抜けて落ちてくるんじゃないかと心配になった。

 

先へ進むと十字路……いや、十字状の小部屋だ。左右にはすぐ壁があるだけで何もなし。正面の床には四角い穴が空いている。

覗いて見ると10m程下に床が見えた。下階に続いているようだ。降りた先に何かいる様子もない。

 

 

「ああ?これ、戻れなくね?」

 

「どうしよう……。引き返せないとなると、かなり危険だわ」

 

「うーん……。最悪、モナカーの上に乗って肩車でもすれば届きそうだけど」

 

「ワガハイはどーすんだよ?」

 

「モナならワイヤーに掴まって登れない?」

 

「まったく……多少無茶だが、やれんこともない。仕方ねえ、行くぞオマエら」

 

 

覚悟を決めて穴を飛び降りる。やはり、直ぐに何かいる様子はなく問題なさそうだ。続く通路を少し進むと、今度こそ十字路が見えた。左右にはドア。正面の奥には上へ向かうハシゴが一本設置されている。

とりあえず上がると、高さ的には飛び降りる前と同じ階のようだ。さっきの部屋には飛び降りる穴以外道はなかったが、もしかしたらここから帰れるかもしれない。

 

曲がりくねった一本道をすすむ。突き当たりの扉を一つ抜けると、何故か飛び降りた穴がある部屋に出た。さっき飛び降りたときは他に道なんてなかったはずだが。

 

 

「あれ?戻ってきちゃった」

 

「おい、今通った扉壁になっちまってんぞ?」

 

「大した距離では無いが、一方通行ということか。とにかく、帰り道の確保はできたな」

 

 

再度飛び降り、先程の十字路へ向かう。右側にある妙な形の扉は押しても引いても、なんの反応も示さなかった。この扉も鍵が必要らしい。諦めて反対の道を進もう。

 

引き返し反対の扉を開いた途端、部屋の奥から力強い男の声が耳に飛び込んできた。驚いたが、俺たちに向けられたものではないようだ。

部屋の中では、思念体たちが一人の思念体を中心に、その訴えに耳を傾けている。

 

 

「うわ、びっくりした!……ねえ、あれなんだろ?」

 

「ずいぶん人が群がっているな。演説か?」

 

「俺は興味ねーけど……気になるなら、休憩がてら聞いてくか?」

 

 

『聞けよ、民衆たち!世界は支配する神に虐げられ、従い、そして甘えるうちに自らの力を失った。それゆえ今、滅びの道をたどろうとしているのだ』

 

『しかし案ずることはない。我らガイアの教えは人に強さをもたらし、真に生きる術を指し示そう!世界を古の強さへと再生させるのは、我らガイア教団なのだ!!』

 

 

思念体は延々と演説を続けている。周囲の思念体も同様に、演説に合わせて雄叫びをあげている。話の内容はよくわからなかったが、ガイア教団という組織の集団のようだ。

ガイア教団……聞いた事がない名前だ。他の世界で流行っている宗教だろうか。

 

集まっている思念体たちをスルーして探索を続ける。探索の途中で出会った思念体たちは、演説をしていた思念体と同じ服装をしている者も多かった。

得られた情報は、このフロアには多数のガイア教徒がいること。そして、ガイア教と相反する思想を持つ、メシア教という団体もいるということ。

 

 

『我らはただ、自然や古代の神々と共に生きる道を探していただけだ。それを、妬む神に洗脳されたメシア教徒たちは目の仇にし、弾圧してくるんだ』

 

『……困ったものだ。排除すべきはヤツらメシアだぜ』

 

 

迷宮区の奥へ進むと、メシア教徒の思念体も存在していた。さすがにガイア教徒たちとは距離を置いているようだが。

出会ったメシア教徒たちは、力強く訴えかけていたガイア教徒と違い、優しい声音で諭すように教えを説いていた。

 

 

『私たちは、神の教えを絶対と信じています。全ては神の考えるとおりに……。世界は移り変わっていくのです』

 

『あなたもこんな忌まわしい場所などさっさと離れ、自らに与えられた世界で、役割をまっとうしなさい』

 

 

『いかなる時でも、神への祈りを忘れてはなりません。そうすれば、たとえ何が起こったとしても、神は我々を見守ってくれます』

 

『死した後に神の元へ導かれるためにも……。さぁ、祈りなさい』

 

 

何人かの思念体から話を聞き、ようやく中身がわかってきた。聞くところによると、メシア教は唯一絶対の神を尊び、それによる統治と、その世界での限りない安寧を望んでいる。盲目的なまでの信仰心と語り口は、神に己の全てを委ねているようで……。俺には、生きるという事に対して酷く歪んでいるように思えた。

 

ガイア教はメシア教とは対照的に、個の自由と生きる力を尊ぶが、しかし力を信奉し、強いものが定めた法に従うという教義。

力あるものが支配するという考えは、まさにこれまで改心してきた悪党共と同じ思想だ。これもまた、俺には受け入れ難いものだった。

 

教徒たちは互いの信仰を罵りあい、都合のいい解釈と甘言を垂れ流して俺たちを引き込もうとする。

どの道そんな話に興味は無かったが、シンやライドウさんたちへ問いかけた時、どのような答えが返ってくるかには少し興味があった。……少なくとも、シンがメシア教に与するのは想像がつかないが。

 

 

進んでいると、入口の十字路でも見た鍵のかかった扉に辿り着いた。頭の地図で位置関係を照らし合わせたが、ここはあの扉の裏側のはずだ。

 

 

「うーん、この階はこれで全部見たかな」

 

「とりあえずここまでか?どうする、ジョーカー」

 

「ああ。消耗も増してきたし、余力があるうちに帰ろう」

 

 

 

8月1日 昼間 アジト

 

アマラ深界から脱出すると、そこは入る直前にいた屋根裏のアジトだった。結構な時間行動していたので、陽は傾き始めているだろうと思っていたが、空を見ると太陽はまだ空のてっぺん。窓の外からはやかましく蝉の声がする。

 

思っていたほど時間が経っていなかったのか、とも思ったが、それは明らかにおかしいと考え直した。

アマラ深界で行動していたのは、大体……感覚だが、最低でも3時間は下らないはずだ。集合したのが14時過ぎだったので今はおよそ17〜18時。いくら真夏で日が長いとはいえ、未だに太陽が真上にあるのは不自然だ。

 

 

「そんな……。みんな、時計を見て」

 

「え……14時半!?時間経ってないじゃん!」

 

「どういう……。いや、奇妙ではあるが、あんな場所だからな。そうと言われれば納得せざるを得まい」

 

「なんにせよ好都合ね。時間もできるし、私たちがまとめて居ないことに気づかれる心配もないわ」

 

「確かにな。誤魔化さないでいいもんな」

 

「竜司なんてすぐボロ出しそうだもんね」

 

「るせ!お前もだろ!……っと、そういえばよ、蓮。結局さっき何があったんだ?」

 

 

柱の部屋で何が起こったかを説明した……。

 

 

「悪魔どもの集会……ね。俺も覗いてみりゃ良かったな」

 

「多分、蓮以外は行けなかったんじゃないかな。私たちは誰もそんな感覚なかったし。……いいわ、いつかこっちから出向いてやりましょう」

 

「蓮の聞いた話によると、悪魔とシャドウは本質的には変わらないものなのか?」

 

「どーなの?モルガナ」

 

「さあ、わからん。少なくとも、ワガハイはマガツヒなんてものは知らなかったし、シャドウ共がそれを食うとこも見たことねえ」

 

「そもそも、悪魔と違ってシャドウはこっちに出てこれねえからな。元がどうあれ、今は全く別モンだろ」

 

「ええ。どの道やることは変わらない」

 

「ふむ、確かにそうだ。……この後はどうする。解散か?」

 

「ああ。時間が空いたから今日はゆっくり休もう。また連絡する」

 

 

 

8月3日 夜 間薙 シン宅

 

夜。雨粒が激しく窓を叩く中、自室で本を読んでいる。雑踏を掻き消す心地よい程度の雨音なら読書も捗るが、今日のようなゲリラ豪雨だとむしろ外の様子に気を取られ、ついついカーテンを開けてしまった。

 

窓の向こうでは、夜の闇を街灯に照らされた雨粒が白く切り裂いている。鈍く光る道路は、よく見ると小川程に水が流れていて、まさか冠水しないだろうな、と少し心配になった。

降水量はともかく、幸い風は程々で済んでいる。昼間プランターにかけてきたビニールが飛ばされる心配は薄そうだ。

 

カーテンを閉めて椅子に座り直したところで、不意にポケットのスマホから振動を感じた。誰かからのチャットのようだが……画面を見ると、送り主は真だった。

 

 

『お願いがあるんだけど……』

 

『生徒会に投書があったの 池袋に変人が出るって』

 

『学外ではあるけど 生徒の生活圏でしょ?』

 

『明日調査しようと思うんだけど 協力してくれない?』

 

『午前は無理だ 昼頃からなら 池袋のどこに行くんだ?』

 

『プラネタリウムよ シンは午前は屋上?なら私も少し顔出すわ 久しぶりに春にも会いたいし』

 

『そう伝えておく』

 

 

 

8月4日 昼間 屋上

 

「へえ、マコちゃんとプラネタリウムに……。それじゃあ、この後マコちゃんも来るんだ」

 

「そうらしい。昼は生徒会室で食べて、その後出かけてくる」

 

「ふーん……プラネタリウムかぁ……」

 

「春はどうする?もし暇なら、一緒に来るか?」

 

「えっ、私?いいの?」

 

「何も構うことないだろう。真だって春に会いたいと言っていたし、それに、夏休みに入ってからどこも遊びに行ってないしな」

 

「そうだね。……それじゃあ、お言葉に甘えて。御一緒させてもらうね」

 

「ああ」

 

 

植物への水やりを終えたところで、真が階段を上がってくる足音。屋上へ出てきた真は既にジャージに着替えていて、真夏の強い日差しに目を顰め、片手を翳した。

 

 

「おはよう」

 

「おはようマコちゃん。二週間ぶりくらいかな?」

 

「夏休み入る前以来だから、そうね。たった二週間でも、ずいぶん久しぶり……」

 

「なんだか疲れてる?できることがあれば手伝うよ?」

 

「あ、ええ……ちょっと暑さでバテちゃって」

 

「そうなんだ。それなら、今が旬の子たちが疲労回復にいいよ。ちょうど、今日収穫するから……」

 

 

確かに疲れてるようだが、夏バテじゃないな。ここ数日でまた力をつけたと、少し見ただけでも丸わかりだ。双葉のパレスにも大分苦戦しているとライドウに聞いたし、ずいぶん熱心に戦っているようだ。

 

春との挨拶もそこそこに済ませた真は、今度は俺に声を潜めて話しかけてきた。

 

 

「おはよう、シン」

 

「おはよう。ずいぶん頑張ってるみたいだな」

 

「……ええ、おかげさまで」

 

 

なんだか妙な反応だ。攻略を手伝えと言うことだろうか。してやる気は無いが。

 

 

「この後のプラネタリウム、春も誘ったら来ると言っていた。いいよな?」

 

「えっ、春も?ちょっと、誘うなら先に言ってよ」

 

「なに?まずかったか?」

 

「変人の調査だって言ったでしょ?蓮にも声をかけたし、怪盗団としての調査なのよ?春が近くにいるとやりにくいわ」

 

「……迂闊だったな」

 

「しかたないわね……今から断るわけにもいかないし。こっちは蓮と調べるから、貴方は春と二人で、私たちから離れて座って」

 

「わかった。悪いな」

 

 

話してるうちに春は収穫を終えたようだ。気づいていなかった真に、野菜を詰めた袋を手にした春が背後から声をかける。

 

 

「マコちゃん、二人で何話してるの?はい、これ。今採った子たち。早めに食べてあげてね」

 

「な、なんでもないのよ、春。ありがとう。帰ったら食べるわね」

 



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30.プラネタリウム

 

8月4日 昼間 屋上

 

「さて、それじゃ私も手伝うわ。あと何が残ってるの?」

 

 

ジャージ姿の真が袖をまくり、気合十分と軽く伸びをする。……せっかく用意してもらった真には悪いが、俺たちは明け方から来ていたので作業はほとんど終わっていた。後は道具をしまいに行くだけだが、それなりに重いので普段から俺の仕事だ。

 

 

「ありがとうマコちゃん。でももうほとんど終わってて……」

 

「なんだ、そうなの?それならもっと早く来ればよかった」

 

「疲れてるんだろ。手は足りてるから休んでていい」

 

「あとは片付けだけかな。倉庫にしまいに行かなきゃ」

 

「俺が行ってくる。ついでに自販機に寄りたいから着替えたら先に食べててくれ」

 

「ありがとう。あ、私は水筒持ってきてるから」

 

「私も。じゃあ行こっか、マコちゃん」

 

 

三階で二人と別れ、カゴを持った俺は階段を降りていく。昼近くにもなると校舎の中は部活動中の生徒も多く、校庭からは運動部の掛け声が遠く聞こえてくる。

倉庫は校庭の外れにある。靴を履き替え出た校庭には、汗だくの生徒たちが行き交っていた。今日の気温は30……何度だったか。それを意識してみても、俺にとっては『今日は暑い』という知識をただ得るだけだった。

 

校庭を抜け倉庫の扉を開くと、途端に埃臭さが鼻につく。巻き上がる埃が日差しを浴びて、舞い上がっているのがよく見える。この身体なら特に何ということはないが。とはいえ、気分がいいものじゃないので手早く用具を片付け、埃っぽい倉庫を後にした。

 

校舎に戻り、中庭へ出て自販機に目を向けると、白衣を着た一人の男の姿が目に入った。どれを買おうか迷っているのか、丸喜は腕を組んで自販機の前に立ち続ける。

さっさと戻ろうと丸喜を無視し、俺が隣の自販機のボタンを押したところでようやく俺の存在に気がついたようだ。

 

 

「ん……?おおっと!間薙くんか。久しぶりだね」

 

「随分反応が鈍いな。夏休みなのに何してる?」

 

「ごめんごめん。ちょっと考え事をしててね。夏休みでも教師陣は持ち回りで出勤してるよ。僕はほとんど毎日保健室に来てるけど」

 

「大変だな」

 

「そうでもないさ。保健室でも論文は書けるしね」

 

「論文なんて書いてたのか?」

 

「非常勤講師なんてやってるのもそれが理由でね。お金はないけど、自分の時間は確保しやすいから」

 

「それで休日まで保健室に来てるなら世話ないな」

 

「あはは、まったくだ。でも、もし僕のいない時に何か起きたら、なんて考えちゃってね。……今書いてるのは僕が大学時代からずっと取り掛かっているもの……。僕の人生を懸けた、なんとしても完成させたいものなんだ」

 

 

重苦しい語り口から察するに相当思い入れのある論文らしい。内容自体はどうでもいいが、そこまで言うからには、と、多少興味が出たのでそのうちに読ませてもらおう。

 

 

「そうか。完成したら読ませてくれ」

 

「ああ、もちろん!おっと、ごめん。僕のことばかり話してて……こうして二人で話すのは、以前保健室に来てもらった時以来かな。授業では何度か会ったけど」

 

「実は、結構心配してたんだよ。あの後なんの音沙汰もなかったから」

 

「生憎暇じゃなくてな。そもそも、俺は自分にカウンセリングがいるとも思ってなかった」

 

「うん。確かに、今は大分雰囲気が和らいでるよ。自覚はなかったみたいだけど、以前の君の雰囲気は酷く荒んでた。だから、顔を出してくれない事がすごく不安だったんだ」

 

「でも……。授業中にも思ったけど、最近の君は良くリラックス出来ているみたいだね。確か最近は、屋上で奥村さんや新島さんと野菜の世話をしてるんだっけ。そのおかげかな」

 

「知ってたのか?」

 

「屋上の鍵、君たちはよく借りに来てるだろう?廊下で見かけた時も楽しそうに話してたし……。これでもみんなのことはよく観てるんだ」

 

「あんまりコソコソしてたらそのうち通報されるぞ」

 

「ええっ!そんなつもりはないんだけど……確かに、ジロジロ見られたら、あまり気持ちいいものじゃないね。……ごめん」

 

「……そんなに真面目に受け取らないでくれ。冗談にもならない」

 

「そ、そう?ならよかった」

 

「……考えてみればこうして過ごしているのは、丸喜に友人を作れと言われたおかげもあるかもしれないな。お前に言われなければこっちで知り合いを増やそうなんて気はなかった」

 

「そんなことも言ったね。そう言ってくれるならなによりだよ。本来、僕ら大人が下手に手を出すより、周囲の友人に助けられた方が健全だ」

 

「間薙くんは、前の学校での友達とはまだ連絡してるのかい?」

 

「いや、してない。友達と言える相手はいたが……」

 

「ならどうして?」

 

「なんでもいいだろ。……ただの、喧嘩別れだ。よくある話だろう」

 

「喧嘩別れか……。確かに、よくある話かもしれない。けど、当人にとってはとても辛く、苦しいことだ。決して浅い傷なんてことはない」

 

「その事についてどう思う?後悔、してるかい?」

 

「どうしようもなかったことだ。もしも最初からやり直せれば、もっと円満な結末も有り得たかもしれない。だが、今更そんな事を考えても意味はない」

 

「当時の俺ではどうすることも不可能だった。後悔があったとしても、何が出来るわけじゃない」

 

「そうだね。どんなに悔やんでも過去を変えることは出来ない。今の君がこうして元気なら、それはそれでいいんだ」

 

「色々教えてくれてありがとう。今度暇な時は、また保健室に来てよ。この前みたいになにか用意しておくから」

 

「気が向いたらな。人を待たせてるから俺はもう行くぞ。丸喜も茹だる前に保健室に戻るんだな」

 

「そうするよ。……またね、間薙くん」

 

 

丸喜と別れ生徒会室に戻ると、二人はとっくに着替えを終えて弁当の包みを広げていた。だが、まだ手をつけていないようだ。先に食べてていいと伝えたが、戻ってくるまで待っていてくれたらしい。

予想外に時間を喰ったのもあるが、少し悪いことをしたな。

 

 

「遅かったわね。時間はあるけど」

 

「丸喜と偶然会ってな。少し話してた」

 

「そう。じゃあ、お昼にしましょうか」

 

 

 

8月4日 午後 プラネタリウム

 

人混みとビル群による過酷な猛暑を乗り越え、俺たちは空調の効いた屋内に足を踏み入れる。自動ドアが開き冷たい風が吹き抜けると、二人はしんどそうに汗を拭い、その後少し表情を和らがせた。

 

 

「はぁ……暑かった」

 

「本当……。……ねえ、いつも思うんだけど、シンくんは汗ひとつかかないよね。熱中症とか脱水症とかになってるんじゃ……」

 

 

春の指摘につい顔を背け、誤魔化すように軽く額を拭う。今更ながら確かに、この暑さの中汗をかかないのは不自然極まりないだろう。

だからといってどうする方法もないのだが。魔法で氷を出しても、効果が切れれば水にならず消えてしまうし……。

 

 

「……まったくかかない事はない。かきにくいのは体質だ」

 

「そうなんだ。羨ましいような気もするけど……体温が下がりにくそうで少し心配」

 

 

出入口付近でそんな話をしていると、背後で自動ドアが開き見知った顔が入ってくるのが見えた。

鞄を担いだその男は、先の女性陣よりさらにうっとおしそうな表情をしていて、眼鏡を外して顔や首元を拭い、へばりついた長い髪をかきあげては涼しい空気を取り込もうとしていた。

 

 

「おはよう」

 

「……シン。おはよう。っていう時間でもないけど」

 

「こんにちは。蓮くん、で合ってるよね。今日は誘ってくれてありがとう」

 

「ああ……。こんにちは、奥村さん。気にしないで。俺も誘われた側だから」

 

 

挨拶もそこそこのタイミングで、鞄からモルガナが身を乗り出す。猫の表情はよく分からないが、鞄の縁に身体を引っ掛け項垂れる様子から、熱にやられているのは確かなようだ。

 

 

「あぢぃ〜……もうちょっと口開けてくれよ……。熱が篭もりっぱなしで死んじまいそうだぜ」

 

「あ、ごめん」

 

「あら、モルガナちゃん、こんにちは。鞄の中、暑くないかしら」

 

「はあ〜……ワガハイを気遣ってくれるのはハルだけだぜ……」

 

「あまり顔を出すな。猫なんだから」

 

「ムギュっ!」

 

 

鞄の中に弱めに『アイスブレス』を吹き込みながら、モルガナの頭を押し込む。少し冷やし過ぎた気もするが、さっきまで暑かったのだから釣り合いが取れたということにしよう。

 

 

「……そういえば、真は?」

 

 

蓮に訊ねられ辺りを見回す。すると、いつの間にか受付の列に並んでいる真の姿を見つけた。行列は想像していたよりも長く、戻ってくるにはまだ時間がかかりそうだ。

 

 

「混んでるね」

 

「夏休みとはいえ、中々な。次の上映で入れればいいが」

 

 

適当に時間を潰しているうちに、ようやく受付が済んだようだ。戻ってきた真からチケットを受け取り、上映ホールに向かう。

上映にはまだもう少し時間があるが、俺たちに続くように人が入り始め、段々と席も埋まり始めた。

 

 

「そういえばチケットに席番が書いてないが」

 

「ここ、自由なのよ。まとめて空いてればいいけど。手分けして探そうか?」

 

 

そういうと、真はちらりと目配せする。恐らく、例の変人を探しに行くから、という意味だろう。この点は混んでいる事が少し幸運だったな。

 

 

「そうだな。空いてなければ、仕方ないから別れて観よう」

 

「ええ。じゃあ蓮、私たちはこっちに……」

 

 

俺たちも二人が行った方向とは逆側に進む。席を探す振りをしながら、俺もついでに辺りの人物を伺うことにした。

 

如何にもな人物が見つかるまで、そう時間はかからなかった。

上映を待つ館内は、多少の話し声は聞こえるものの静けさを保っていて、当然ながら大半の客は大人しくしている。そんな中、独り言を呟きながら両手を挙げて奇妙な動きをする人物がいれば、その目立ち方と言えば想像に難くないだろう。

恐らくあれが噂の変人だ。だが仮に、それが見知った人物だった場合どんな顔をすればいいだろうか。

 

 

「いいぞ……意欲が掻き立てられて止まらん!今日はどこを集中して観るか決めておかねばな。なぜ俺の目は前にしかないんだ……!ああ、世界中で人々の心を魅了して放さない星空!この神秘をキャンバスに落とし込められたなら、素晴らしい出来になるに違いない……!」

 

「シンくん、あの人……」

 

「下手に関わらない方がいい。他の席を探しに行こう」

 

「え、でも……」

 

 

かつてないほどの変人ぶりにこの場では関わらないでおこうとしたが、逃げるのが少し遅かったようだ。その人物は俺に気がつくとズンズンと近寄り、声をかけてきた。

 

 

「奇遇だな……」

 

「……しくじったか」

 

「やっぱり喜多川くん。こんにちは。喜多川くんもマコちゃんに誘われて?」

 

「君は確か……奥村さん。いいや、俺は一人だ。絵の着想を得たくてな。マコちゃんというと、真も来ているのか?」

 

「蓮も入れて四人だ。今は別行動だが」

 

 

そう告げながら春に気付かれない程度に視線を向ける。すると祐介もうっすら事情を察したようで、頷きを返した。

 

 

「なるほど。なら、二人にも顔を見せてくる。では、また後でな」

 

 

去っていく祐介を見送り、ふと気がついた。事前に伝え聞いた例の変人の特徴からすれば、というか疑いようもなく正体は祐介だ。ならば調査は終了、もう離れる意味もないだろう。

そうと決まればさっさと席を探しておこう。五つもまとめて空いていればいいが。

 

ぐるりと見回すと、ちょうど蓮たちの近くに空席が固まっていた。春に告げ、踵を返し二人の元へ戻る。

 

 

「これ以上追求するのはやめておきましょう……」

 

「……?」

 

「とにかく、もうすぐ上映が始まるぞ。席に着いたらどうだ」

 

「そ、そうね」

 

 

こちらでも一応の解決は見たようだ。無事に済んだことは良かったが、まったく傍迷惑な話だった。

 

 

 

 

『間もなく上映が始まります。上映中は携帯電話の電源をお切りになるか、マナーモードに設定の上ご使用はお控えくださるよう……』

 

 

無機質な声でアナウンスが読み上げられる。薄暗かった場内は更に照明を落とし、少し離れればもう顔も見えないだろう。

まあ、完全な暗闇でない限り俺には問題ないが。

 

俺たちは幸いまとまって座ることが出来た。二列に別れ、前の列に左から真、祐介、何故か居た三島。その後ろに春、俺、蓮の順で座っている。

 

 

「プラネタリウムなんて久しぶり……」

 

「マコちゃんも?私もそう。最後に来たのは、小学校の遠足とかだったかなぁ……」

 

「俺も。小学生の頃校外学習で行った覚えがある」

 

「ワガハイは……多分行ったことがある。ニンゲンだった頃にな」

 

「へえ」

 

「オマエ疑ってんな?みんな行ってんなら、ワガハイだって行ってたはずだ」

 

「シン君は?やっぱり来た?」

 

「ああ。だが、星には興味のない子供だったから、まともな思い出は無い。春は星は観るのか?」

 

「人並みには好きよ?綺麗だし、たまに夜空を見上げると思わず息を呑んじゃうの。……この辺りじゃ、あんまりよく見えないけど」

 

「都会じゃどうしてもな。どこか、観に行くか?」

 

「せっかくのお誘いだけど、ごめんなさい。あんまり遅くまで出歩いてるとお父様に叱られちゃうから」

 

「そうか。しかたない」

 

「でも……。いつか、一緒に観たいね」

 

 

春の『いつか』という言葉に、俺は少し言葉に詰まった。返答に困った俺は、結局何も返せず沈黙する。

一区切りついたタイミングで、左にいる蓮が耳打ちする。

 

 

「ねえシン。さっきの本当?」

 

「何がだ?」

 

「昔プラネタリウムに行ったって話」

 

「……さあな。モルガナと同じだ」

 

「そう」

 

 

とうとう全ての照明が落ちる。そして、ぽつりぽつりと。闇の中に、光の点が生まれ始めた。『カグツチ』なんて紛い物じゃない。それらはゆっくりと俺たちの上で廻り始める。

星だ。喩え様もないほど綺麗だ。もちろん、作り物だなんて事は言うまでもない。それでも、俺は宇宙の真ん中で、ただ宙だけを見上げていた。



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31.ビリヤード

 

8月6日 夜 ルブラン屋根裏

 

『ビリヤードに行ってみたいの』

 

『まだ双葉ちゃんの件、片付いていないんだけど』

 

『みんなの息抜きも必要かなって』

 

『どうかな?』

 

 

店の手伝いで皿を洗っていると、横に置いていたスマホが振動した。洗い物についた泡を手早く濯ぎ落とし、水気を拭ききって棚へと戻す。

濡れた手を画面を見ると、真からの遊びの誘いのようだった。しかし、今は店の手伝いを頼まれている。丁度一区切りついたところではあるが、抜けても問題ないだろうか。

 

 

「なんだ?皿洗い終わったか?」

 

「うん。ねえ、惣治郎……」

 

「あん?遊びの誘い?……しかたねえな。今夜はもう混まねえだろうし、行ってきてもいいぞ。あんまり遅くなんなよ」

 

「ありがとう」

 

 

『ビリヤードに行こう』

 

『ありがとう それじゃ、皆を集めるわね』

 

 

 

8月6日 夜 吉祥寺

 

待ち合わせ場所のダーツ&ビリヤードの前に着いた。まだ皆は来ていないようだ。

入口の階段の横で、壁に背を預ける。日中たっぷりと熱を吸い込んだ建物と地面は、太陽の代わりだと言わんばかりに熱を吐き出している。何度汗を拭おうとまたすぐに次の汗が吹き出す。

まだしばらく続くであろう熱帯夜にうんざりして、『店の中で待っていようか』などと考えていると、道行く人々の中、見知った顔と目が合った。

 

 

「あれ……。珍しいね、こんなところで会うなんて。君もこういう遊び、好きなのかい?」

 

「ん……?」

 

 

聞き覚えのある声に視線を上げると、そこには明智 吾郎の姿があった。

以前着ていたブレザー姿ではないが、薄手とはいえ長袖のシャツにベストまで……。この暑い中、よくそれで平然としてられる。

 

 

「なんだ、明智か……。こんなところで何を?」

 

「『なんだ』、って……。僕は気晴らしにビリヤードをしに来ただけさ。それよりも、君こそ疑問だね。こういう趣味があるとは知らなかったけど?」

 

「こっちもビリヤードだ。友達に誘われて」

 

「へえ……」

 

 

「おーい、蓮!待たせたな!」

 

 

通りの少し離れた所から、大声で呼びかける竜司の声が聞こえた。目を向けると他の皆は既に合流済みで、ぞろぞろと歩いてきているのが見える。今日はシンとライドウさん達も来たようだ。

 

正直、みんなと会わせる事は避けたかった。明智がどこまで本気で疑っているのか分からないが、怪盗団について露骨に探りを入れてくるし、下手に近づかれるとボロが出かねない。

 

 

「友達ってやっぱり君たちか。前も思ったけど妙な取り合わせだね」

 

「な……テメェ、明智……。こんなとこで何してやがる?」

 

「君も、以前テレビ局で会ったね。確か熱烈な怪盗団ファンだった。怪盗団絡みで僕が気に入らないのかもしれないけど、そんなに邪険にしないでくれよ。怪盗団に対するスタンスが違う相手でも、仲良くしたいと思ってるんだ」

 

 

竜司は明智に気づくや否や喧嘩腰だ。明智の事が気に入らないのは知ってるが、本人の前でぐらい穏便に構えて欲しい。

 

 

「コラ、喧嘩しないの」

 

「チッ……」

 

 

竜司は真に諌められしぶしぶといった様子で矛を収めた。

代わりにシンがスっと前に出てくる。確か、以前真を含めた三人で話しているところを見た。

 

 

「明智。久しぶりだな。以前駅で会って以来か」

 

「やあ、久しぶり。普通に話してくれる相手がいて良かったよ。知名度だけはあるから仕方ないけど、こうも手酷く扱われると堪えるね」

 

「彼が、噂の?」

 

「そういえば祐介は初対面だっけ。そ、高校生探偵の明智 吾郎」

 

「ふむ……喜多川 祐介だ。よろしく」

 

「洸星高校二年、美術部の喜多川祐介くんだよね。明智 吾郎です。よろしく」

 

「……?なぜ俺のことを?」

 

「知ってるよ。例の事件では君の名も出たし、美術筋では名も売れてる。自分の知名度は自覚するべきだと思うよ?些細な事でも大炎上する世の中だからね」

 

「肝に銘じておこう」

 

「そういえば……今日土曜日だけど、ライドウさんのバイトは?」

 

「この暑さのせいかララ嬢が体調を崩してな。臨時休業だ」

 

「そっちの帽子の彼は……はじめましてだね」

 

 

歩み寄った明智が手を差し出し、ライドウさんはそれに応じる。

明智は軽く手を掴むと、感心したような、驚いたような顔をして手を離した。

 

 

「……すごい手だ。歩き方を見てもしやと思っていたけど、武道の経験が?」

 

 

ライドウさんはその問いに頷きを返す。その後、補足するようにゴウトも俺に口を開いた。

 

 

「基礎修行の一環でいくつかの格闘技や武道は修めておるよ。どれもそこらの経験者では相手にならん腕前だ」

 

「格闘技なら色々経験してるってさ」

 

「へえ。僕も多少腕に覚えがあるんだ。いつか手を合わせてみたいな」

 

 

そうだ、探偵と言えば……。

 

 

「そういえば、ライドウさんも……」

 

「待て蓮。我等はこの世界では寄る辺無き身、素性を訊ねられれば面倒な事になる」

 

 

なるほど、確かにそうだ。余計なことを言うのはやめておこう。

 

 

「ねえ、そろそろ時間よ。入らない?」

 

 

挨拶もそこそこに済んだ頃、真が腕時計を気にして店に入らないかと促した。

時間を確認すると、合流してから既に15分近く経過していた。惣治郎にもあまり遅くならないよう釘を刺されているし、あまり時間を無駄にしたくない。何より、いい加減暑さが辛い。

 

 

「楽しみだなぁ。そうだ、ジュースでも賭けて勝負しない?何かないと張り合いがなくて」

 

「……おい待て。テメェ、何ちゃっかり混ざろうとしてやがる」

 

「え……駄目?」

 

「嫌にきまってんだろ!だよな?」

 

「俺は別に……。むしろ、ビリヤードのルールを知らないから、経験者がいてくれた方がいい」

 

「私は……どっちでもいいわ」

 

「同じく」

 

 

竜司の問いに、シン、真、祐介と続き、杏とライドウさんも同調するように頷く。

一人の賛同も得られなかった竜司に縋るような視線を向けられたが、諦めろ、と首を振って返しておいた。竜司は観念したようにガックリと肩を落とす。

 

 

「……しゃーねぇ。けど、仲良くする気なんざ微塵もねぇ。馴れ馴れしくすんなよ」

 

「嫌われたものだね。まあ、いいさ」

 

 

 

 

8月6日 夜 ダーツ&ビリヤード店内

 

 

受付を済ませ、卓につく。人数が多いので二卓に別れることにしたが、どう分かれようか……。

 

 

「この中でビリヤードのルールを知ってる人は?」

 

 

明智の問いに手を挙げたのは真だけだ。

 

 

「ほとんど初心者か。じゃあ僕と新島さんは分かれるとして、他は……」

 

「俺、真の卓!」

 

「じゃ、あたしもそっちで」

 

「俺もこっちにする」

 

 

明智を嫌がった竜司が真っ先に逃げ出すと、続いて杏、シンが続いた。

必然的にこっちは俺、明智、ライドウさん、祐介だ。

比較的探られにくそうなメンバーになれた。もしかしたら、杏が自分から離れたのもそういう意図があったかもしれない。

 

 

「……よし。じゃあ、初心者ばかりだし簡単なゲームにしよう」

 

「やるのは『ベーシックゲーム』だ。順番にショットして、的玉を入れた数だけポイントを獲得する。ポイントを獲得できれば、ミスするまで続けて撞く。これを各テーブルで何試合か行って上位二名、合わせた四人で決勝だ」

 

「もちろんハンデはつけるよ。僕は毎順一点失う。それとその場で一番小さな数字からしか狙えない。これぐらいでいい勝負になるんじゃないかな」

 

「そんなにつけていいのか?酷い負け方をしても知らないぞ」

 

「出来るならどうぞ。別に舐めてるわけじゃないよ。ビリヤードは繊細なスポーツだ。どんなに運動神経が良くても、ルールも知らない状態からすぐに出来る人はいない」

 

「まともなゲームにする為にどれだけのハンデをつければいいのか、僕も図りかねててね」

 

「つけすぎたと後悔するなよ」

 

 

意外とシンと明智が火花を散らしている。二人とも落ち着いてるように見えて、根っこは負けず嫌いだからな……。

まあ、俺も当然勝つつもりでやるが。

 

 

「よし……じゃあ始めようか」

 

 

 

 

「……なあ、そういえばシンって体育の時はどうしてんだ?俺はお前らとクラス違うから見たことなくてよ」

 

 

試合が始まってから数順。待ち時間を持て余した竜司が、俺と杏にそう囁く。

 

 

「出来る方だけど目立った動きはしてないな。明らかに手は抜いてるけど」

 

「そんなだから、前は運動部に声かけられたりしてたよ。でも、あたしらとつるんでるのが広まってからは触れられなくなったみたい」

 

「どう思われようが入るわけにいかないだろ。俺の体は人間の枠から逸脱し過ぎてる」

 

 

手番を終えたシンが杏にキューを渡し交代する。

 

 

「まあ、そりゃそうだよな。俺だって向こうと同じように動けたらつまんねーわ」

 

「だろう」

 

「シンは今のとこ何点取ったの?」

 

「……次の手番で全部取る」

 

「……力はともかく、シンってちょくちょく不器用だよね」

 

 

つまり一個も取れていないらしい。シンはバツが悪そうに視線を逸らした。今のところ向こうの卓のトップは真、こっちは……なんと、ライドウさんだ。

 

 

「てっきり明智のぶっちぎりだと思ってたけど?」

 

「ゲームはまだまだこれからさ。にしても彼、随分上手いようだけど、未経験じゃなかったのかい?」

 

 

明智が訊ねると、ライドウさんは懐からパンフレットを取り出した。受付に置いてあった各ゲームのルールブックだ。

さっと調べたところ、大正時代にはもうビリヤードは日本に来ていたようだ。向こうでやったことはあるが現代でも同じルールかわからなかった、という事だろうか。

 

 

「ルールだけ知らなかったってこと?確かに経験の有無は聞かなかったけど、人が悪いね」

 

 

ライドウさんは帽子のつばを下げニヤリと笑った。想像以上にノリノリだ。

なんだか、白熱してきたぞ……?隣は全員外したりしてキャーキャーやってるのに。

 

 

「むっ、出来た!蓮、見ろ!この球の並びを!」

 

「……これが?」

 

「分からないのか?オリオン座だ!この前プラネタリウムに行ったばかりだろう!」

 

「……祐介は一生そのままでいてくれ。あと今は夏だから冬の星座は上映してなかったし、腕の部分の星が足りてない……」

 

 

とはいえ、星座になぞらえて球を動かす技術は凄い。それを勝負に向ければ一位も狙えるだろうに。もしかしてこの卓で一番下手なのは俺?

 

 

「……まったく。警戒すべきなのは蓮だけだと思ってたけど、とんだ伏兵だらけだ。この調子じゃ遊んでられないな」

 

 

明智はそう言って二点を獲得した。三手目でわざと外し、俺にキューを差し出す。

 

 

「俺だって『ルールも知らなかった初心者』なんだけど?」

 

「君なら何かしてきそうだろう?」

 

「買いかぶりすぎだ」

 

 

その手番で何とか一点。その後も頑張ったが、思うように点は取れず……。

 

 

「勝ち残ったのはアケチ、ライドウ、マコト、シンか……。オマエは残念だったな」

 

「うん、残念」

 

「凡そ順当に残ったね。最初はあまり期待してなかったけど、ハイレベルな試合に出来そうだ」

 

「期待に添えるかはわからないけど、全力でやるわ」

 

「勝つつもりだ。全員首を洗っておけ」

 

「さっきまでダメダメだったけど、コツでも掴んだ?」

 

「それなりだ」

 

「違うでしょ。竜司が明智くんとやるの嫌がって……」

 

「なるほど、譲ってもらったの」

 

「うん。それでも竜司に追いつくのに何周も……」

 

「余計な事を言うんじゃない」

 

 

多少の不正があったようだが、ともかく決勝戦が始まる。俺たちは、負けたメンバーで下位決定戦でもするか……。

 

 

 

結局、優勝は明智だった。残りはライドウさん、真、シンの順だ。シンもコツを掴んだのは本当だったようで頑張ってはいたものの、経験の差は覆せなかった。

最終的にトップ二人の一騎討ちになり、途中から左手を解放した明智が激闘を制したのだった。

 

 

「ま、こんなものかな。いい試合だった。楽しかったよ」

 

「優勝おめでとう」

 

「ありがとう。君は何かしてくると思ってたんだけどな?」

 

「次は最初から本気を出させるよ」

 

「もうひと試合やるぞ。リベンジだ」

 

 

そういうシンの後ろで、ライドウさんも腕を組んで頷いている。いつもと変わらない表情で、そんなに悔しかったのか。

 

 

「嬉しい申し出だけど、もう遅いしプレイ時間も終わりだ。またのお誘いを楽しみにしているよ。次回はもう少し腕を磨いておいてくれよ?」

 

「ああ。楽しみにしていろ」

 

「もうすぐ22時よ。……帰りましょ」

 



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32.フタバパレス ルート確保

 

8月9日 午後 フタバパレス

 

前回の攻略から一週間と少し。アマラ深界とメメントスで修行を積み、俺たちは再びフタバパレスへと踏み込んだ。

今日パレスの攻略をするとシンに伝えたところ、少し口を濁して『観光に行く』と言って着いてきた。言い淀むような事かと考えたが、観光というのは建前だったのだろう。素直に顛末が気になると言えばいいのに。

 

 

長い砂漠を抜け前回穴に落とされた場所まで来た。しかし、ずっしりと閉ざされた壁は微塵も動きそうはなく、シャドウ双葉の姿もないようだ。

 

 

「やっぱ開かねーか。ウッカリ閉め忘れ……とか思ったけど、ねーよな」

 

「あるわけないだろ……。オマエのパンツじゃねーんだからよ」

 

「どうする?他の入口を探すか?」

 

「この前アヌビスと交戦した小部屋の手前に別の道があったわ。他の入口を探るのはその後でもいいと思う」

 

「ああ、そういやあったな」

 

「ここは通れそうにないし、そっちを当たってみましょう」

 

 

前回の脱出ルートを引き返す。途中、シャドウと交戦して気がついたが、そこらをうろつく雑魚には以前ほどの脅威を感じない。ここ数日の成果は確かなようだ。

階段を降りて別れ道へと進んでいると、先行していた真からストップがかかる。

 

 

「待って、何かいるわね」

 

 

辿り着いた別れ道の先はまた部屋の形になっている。部屋の中央に3m程の段差があり、奥側と手前側で大きく高さが違うという、少し妙な部屋だ。

そして、部屋の手前側には筋肉が歪に肥大した、半異形のシャドウが陣取っていた。前回は見かけなかったが、倒されたアヌビスの代わりか?

 

 

「悠然としているな。ここまでの雑魚とは格が違いそうだ」

 

「ヘッ、ビビる事ねー!やっちまおうぜ!」

 

「やるぞ」

 

「しまって行けよ、それなりに強敵だぞ!」

 

 

 

 

『……守リ神ノ怒リヲ買ッタ、愚カナ墓荒ラシドモ』

 

『コレ以上先ニオ前タチノ道ハナイ。早々ニ消シ飛ブガ良イ!』

 

「来るぞっ!」

 

 

シャドウはその姿を、俺たちの二倍はありそうな巨大な棺へと変えた。

足もないのにどうやって動いているのか、床を滑り俊敏な動きで押し潰そうと迫ってくる。

 

 

「遅い遅いっ!」

 

 

狙われた杏がするりと回避。誤射に気をつけつつ横から射撃をするも、硬い棺に阻まれダメージには至らない。

続いて、竜司が飛び上がって渾身の落下攻撃。僅かにグラついたものの、これですら大した手応えがあるようには見えない。

 

反撃とばかりに棺は体を振り回し、その角で竜司を襲う。慌てて距離をとる竜司と入れ替わりに、横から真の飛び蹴りが炸裂する。

シャドウは大きく弾かれ、体勢を立て直す間もなく祐介が放った氷柱が直撃。氷は着弾点から床へと根を伸ばし、動きを阻害されたシャドウはフレイラとマハラギオンの全弾を正面から受けた。

 

……駄目だ。感じる気配に衰える様子はない。外からの攻撃では通用していない。どうにかして中身にダメージを通さなければ……。

 

炎によって拘束を解かれ、シャドウは落ち着き払った様子でふわりと浮かぶ。そして蓋は開き、這いだした指先は真へと狙いを定めていた。

 

 

『フクロノネズミ』

 

 

ぱちんっ、という少し間の抜けた音と共に、真の姿が白い煙に包まれる。煙はすぐに晴れたが、そこに真の姿はなく……。

 

 

「チュッ、チュチュー!?」

 

 

クイーンと同じ仮面をつけた、一匹の小さなネズミの姿があった。

 

 

「おうェ!?あれ、もしかしてクイーンか!?」

 

「ネズミになっただと!?」

 

『フクロノネズミ』

 

 

動揺した俺たちを再度魔法が襲う。真に意識が向いていた二人は反応が遅れた。竜司と祐介もすっかりネズミへと姿を変え、チューチューと走り回っている。

 

 

「おいおいマズイぞこれは!」

 

『フクロノネズミ』

 

「危ねっ!」

 

 

狙われたモルガナは間一髪で回避。狙われたら必中なんて類ではなさそうだ。なら、まだ避けようがある。

とはいえ、これ以上数を減らされたら危険な事に変わりはない。こっちの数が減ってヤツが油断している隙に、一気に勝負を決めよう。

 

シャドウは狙いを俺へと変えたようだ。指先の直線上に立たないように気をつけながら、棺の外へ出た腕へ発砲。風穴を空けられたシャドウが怯んだ隙に距離を詰める。

 

慌てたシャドウは再び反撃をしようとするも、魔法を使う暇は与えない。穴の空いた腕に今度はナイフを思い切り突き立てる。ナイフは腕に根元まで刺さり、魔力は霧散した。慌てたシャドウは棺に閉じこもろうとするが、ナイフの柄が引っかかり手こずっているようだ。

 

 

「カルメン!『アギラオ!』」

 

 

閉まりかけた蓋を無理やり引き剥がし、杏のアギラオが棺の中を焼き尽くす。熱される前にナイフを引き抜き、追い討ちに火炎瓶を投げつけた。

中身は燃え盛る棺を捨て慌てて脱出しようとするが、そうはさせない。さっき開けた蓋を今度は蹴り閉め、ワイヤーを何重にも巻き付けた。中はさぞ地獄だろう。

棺はしばらくガタガタと揺れていたが、やがて完全に燃え尽き、粒となって消えていった。

 

 

「……おっ!戻った!」

 

「良かった!ずっとあのままかと」

 

「あれはあれで貴重な経験だったな。鏡がないのが惜しいところだった」

 

 

ネズミにされたみんなも元に戻れたようだ。少しヒヤリとしたが、無事に済んだので先に進むとしよう。

 

 

 

その後、攻略はつつがなく進んだ。パレスの仕掛けは面倒なものが多いが、戦闘にもさほど手こずることもなく、順調と言っていいだろう。途中、アヌビス像に驚いて魔法を撃ち込むなんてこともあったが。

 

 

「こう見ると、お前たちも大分腕を上げたな。以前とは安定感が違う」

 

「こうも事件が続くとね。夏休みに入ってからは勉強してるより異世界にいる時間のが多いくらいよ」

 

「根を詰めすぎじゃないか」

 

「怪チャンからの依頼も増えている。公募の締切が近いのもあって、おちおち寝てもいられん」

 

「オマエそんな生活してたのかよ……。ただでさえ食ってねーんだから無理して来んなよ、フォックス。そのうち倒れるぞ」

 

「それよりオメーはどうなんだよ?最近あんまり顔出さねーけど、なまってんじゃねえか?」

 

「そう思うか?」

 

「そのうち弱っちくなって俺らにやられちゃうかもよ?」

 

「やってみろ。楽しみにしておく」

 

 

雑談をしながらパレスを進んでいると、通路の奥に双葉のシャドウが見えた。さっきから追っては罠を繰り返しているから、今度もその可能性は高そうだ。

 

 

「……どうする?このまま進むか?」

 

「他に道もない。進もう」

 

「オーケー、一応注意して進みましょ」

 

 

 

『遅い。死んだかと思った』

 

「充分死にかけたわ!オメー敵か味方かどっちだっつーの!」

 

『……分かんない。でも、あと少しだ』

 

 

シャドウフタバはそう言い残すと、さっき戦った棺型、ナーガ、ラミアの三体を残して姿を消す。

 

 

「あ……また!スカルがいじめるからじゃん!」

 

「余計な事をしてくれたものだな」

 

「俺かよおおおおおお!?」

 

『……神聖ナ場デ騒グノハ誰ダ』

 

『此処ハ王墓、王ノ眠リヲ妨ゲル事ハ、何人タリトモ許サヌ」

 

「クッ、今さら退路もないわ!やるしかないわね!」

 

「……待て。ちょうどいい、俺にやらせろ」

 

「お、やんのか?」

 

「スカルの言う通り、ここしばらく戦闘自体してなかった。技の使い方も忘れそうだ」

 

 

そういうとシンは一歩前へ出て、指先でシャドウを挑発した。

 

 

「聞こえただろう。少しは運動させてくれ」

 

 

そう言い終わるや否や、突き出されるナーガの槍。巻いた身体をバネにし、一直線に突かれたその先端を、挑発したままの指先で挟み止める。

あまりにあっさりと、止め方一つで分かる歴然とした差。ナーガは隠しきれない動揺を振り払うように、槍を持つ手に力を込める。しかし、動かない。

 

シンは槍の穂先を握り潰し、空いた手でナーガの頭を掴み高くかざす。ナーガの抵抗も意に介さず掴んだ頭をぶんと振り回すと、根っこから頭部を失ったナーガの身体は奥で期を伺っていたラミアへ激突し粉砕、二匹共に散らばった。

 

 

『マハジオダイン』

 

 

最後に残った棺は、溜めていた魔力をいかづちとして放つ。数多の電撃が直撃するも、シンは意に介さず歩みを進める。

シャドウは電撃は効かないと悟り、物理攻撃に切り替えたようだ。猛烈な勢いで突進を仕掛ける。しかし、それも無意味だ。

 

突進の勢いはどこへ消えたのか、シンは風船でも止めるように軽く掴み止めた。そしてゆっくりと握る力を強めていく。頑丈な棺に次第にヒビが入り、慌てたシャドウは一部を握りつぶされ欠けた棺で逃げだしはじめた。

 

 

「なんだ、逃げるのか……」

 

 

シンはナーガの遺したひしゃげた槍を投擲した。もはや投げるより撃つと形容した方が適切な速度でそれはシャドウに迫り、着弾の衝撃で槍もろとも砕け散り跡形もなく消えた。

 

 

「何も手応えがない。わざわざ戦う意味もなかったな」

 

「……強いわね」

 

「今更か」

 

「知ってはいたけど、改めて、ね」

 

「お前たちが相手になるほど強ければいいんだが」

 

「私たちよりライドウさんにでも相手になって貰えばいいじゃん」

 

「あいつとはあまりやり合いたくない。本気でやりあえば、お互い一撃で致命傷になる可能性もある。それに……」

 

「それに?」

 

「……今の俺では勝てない。どう足掻いてもな」

 

「なんだよ、ずいぶん弱気じゃねえか」

 

「元々の全力でやっても勝てるか怪しい相手だ。戦いから離れ衰えた今の俺が勝てるとは思えない」

 

「それはライドウさんも同じじゃないの?」

 

「多少の鈍りはあるかもしれないが、俺に比べればマシだ。人間の身体は、一歩間違えればどんな攻撃でも致命傷になる。あいつはそれをよく理解ってる」

 

「今こうして同じ家で生活していても、ゴウト含め二人が完全に油断したところは見た事がない。不意打ちも通じないだろうな」

 

 

そういうシンは少し悔しさがあるような、もどかしいような表情をした。その感情は、小さなため息となって吐き出された。

 

 

「さあ、早く進め。ぼーっとしてたらあっという間にXデーが来るぞ」

 

「……ああ」

 

 

今のシンは曲がりなりにも生活を満喫していると思う。今以上の力を求めるのは何故だ?それは今の暮らしと引き換えにしてでも求めないといけないのか?

一体シンは、何と戦おうとしてる?

 

少し考えて、すぐに思考を止めた。アマラ深界を進めばいずれ分かることだろう。今はパレスの攻略中だし、答えを出すのは一旦後に回そう。

 

シャドウフタバを追いかけパレスを進む。もうそろそろパレスも終わりのはずだ。とすれば、最後のイシもどこかにあるはず。いつものように強力な門番も待ち構えているだろう。

 

 

「おっ!?この気配は……」

 

「イシの気配を感じるぜ!華麗にいただいていくぞ!」

 

 

移動中モルガナがそう告げる。気配を頼りにワイヤーで昇って行くと……あった。イシの部屋だ。入口の前には門番もいる。今回も楽な戦いにはなりそうにない。

 

 

「足場が狭いわね。落ちたらどうなるか分からないし、全員で戦うのは危険だわ」

 

「そうだな。扉前のあの広さじゃ三人ってとこだろう。残りはここで待機して、ヤバくなったら交代だ」

 

「うっし。で、誰から行く?」

 

「どんな相手か分からないし、対応力で選ぶべきね。となると、ジョーカーは外せないわ。残りは……」

 

「それで言ったらクイーンでしょ。任せちゃってごめんだけど」

 

「そうね。じゃ、最後はフォックスお願い。まだ壁張れるよね?」

 

「ああ、任せろ」

 

 

 

 

『コンナ所ニマデ、湧イテクルトハ……。愚カナ墓荒ラシドモメ……』

 

『コノ先ニ……絶対、行カセハシナイ……。死ヌガ良イ!』

 

「来るぞ!」

 

 

シャドウはどこかのゲームで見たクリスタルのような形に姿を変えた。さっきの棺型といい、非生物的な見た目のシャドウは魔法主体で攻めてくることが多い。強い魔力を感じるし、こいつもその類いだろう。

厄介な攻撃をされる前に、先手を打つ。

 

牽制として銃撃。どれほどダメージが通るとも思っていなかったが、弾丸はシャドウに当たる寸前で、透明な壁に阻まれ真っ直ぐに跳ね返された。……先手を打つのは失敗したようだ。

 

さらに、跳ね返した弾丸と合わせて、ゆっくりと回転しながらブフダインを絶え間なく撒き散らす。魔法の発動が棺と比べても格段に早い。この狭いスペースで回避するのは至難の業だ。

 

 

「『ラケシス』!」

 

 

避けられないなら、受ければいい。ラケシスで氷結属性を無効化し、反撃の手を模索する。大量のブフダインの中、ペルソナを替えるのは自殺行為だ。ラケシスで使える攻撃魔法はブフーラだけだが……。

案の定、放ったブフーラは分解され取り込まれてしまった。

 

シャドウの攻撃は止まない。ブフダインと同時に気弾まで発射し始め、俺たちの動くスペースを削ってくる。

……全てを躱しきるのは無理だ。避け切れない気弾をガードしながら、一度退避する。俺たちは祐介の築いた氷壁の裏へ逃げ込み、嵐が止むのをじっと待った。

だが、攻撃は微塵も治まる様子がない。このままでは氷壁がぶち破られるのも時間の問題だ。

 

 

「ヨハンナ、『フレイラ』!」

 

 

視界を塗りつぶす程激しい攻撃の隙間を掻い潜り、フレイラはシャドウへ直撃した。これまで一切を無効化してきたシャドウは僅かに身動ぎし、魔法の発動を途切れさせる。

 

「ナイスだクイーン。そのまま魔法で削ってくれ」

 

「任せて!」

 

 

大した時間稼ぎにはならない。直ぐに攻撃を再開するだろうし、喰らいながらも攻撃され続ければ祐介の気力が尽きるのが先だろう。一刻も早く有効打を見つけ決着をつけなければ。

 

ペルソナをアラハバキに替え、ナイフを一閃。再び透明な壁に阻まれ、斬撃が反射される。斬撃が効かないのはアラハバキも同じ。念の為替えておいて正解だった。

クイーンが続けて放ったフレイラは、持ち直したシャドウが気弾を返し相殺された。まずい、また猛攻が始まる。

 

ポケットから咄嗟に掴んだ火炎瓶とスタンガンを投げつける。至近距離で放られたそれらを防ぐ暇はなかったらしく、二つの直撃を喰らうとシャドウは大きく体勢を崩した。

この怯み様、どちらかわからないが弱点だ。そう確信した俺は再び二つを投げつけ、待機中の仲間に指示を出す。

 

 

「パンサー!スカル!」

 

「もう交代してるよ!『マハラギオン』!もういっちょ『マハラギオン』!」

 

「キッド、『ジオンガ』!」

 

 

杏はマハラギオン、続けてマハラギオン、怯んだ隙に更にマハラギオンを連打する。一瞬の拮抗の後、集中が崩れたシャドウは今日一激しい炎に呑み込まれた。この狭い空間を直視出来ないほど真っ赤に染め上げ、もはや逃げ場はないだろう。

 

あとは叩きのめすだけだ。気配が消えるまで魔法を撃ち続け、撃つのをやめた時にはもう赤い粒すら残っていなかった。

これで無事最後のイシもゲットだ。この勢いのままルートの確保もしてしまおう。

 

 

 

 

「おい、開かねえぞ……。どっかに仕掛けあんのか?」

 

 

正面入口から続く長い長い大回廊も、そろそろピラミッドの中心に突き当たる。そこへ向かう最後の大扉を開けた……はずだったが、道は緑色に光るバリアに阻まれてしまった。ご丁寧に注意だとかプライベートだとか明示されている。

 

 

「あれ?この扉……」

 

「見た事があるな……」

 

「あ!双葉の部屋!」

 

「それだ!」

 

「何で開かねえの?」

 

「誰も立ち入らない、という認知か」

 

 

『よくここまで辿り着いたな。この先は王の間だ』

 

 

扉に打つ手がなく頭を悩ませていると、シャドウフタバがどこからともなく現れた。もう何度目かの罠を警戒したが、今度こそ何も起こらなさそうだ。

 

 

「だったら、この先にお宝あんのか?」

 

『そうだ。しかし、ここを開けるには、私の許可が必要だ』

 

「じゃあ開けてくれよ?」

 

『私は開けられない。招き入れてもらえ』

 

「なんでだよ?お前のパレスだろ?」

 

「モナ、どういうこと?」

 

「シャドウは、フタバであってフタバ本人じゃない。現実のフタバの許可が必要ってことだ」

 

「つまり、双葉ちゃんに部屋を開けさせて、中に入れてもらえればいいってことね?」

 

『ここまで来たお前らなら、出来るかもしれないな……』

 

 

シャドウフタバはそう言い残して、またどこかへ消えてしまった。

言っていた通りなら、斑目の時と同じく現実でのアクションが必要らしい。

 

 

「一度、現実に戻るしかないね」

 

「でも、確かマスターが言ってたわ。『絶対入れてくれない』って」

 

「重度の引きこもりだったな」

 

「どうやって入れてもらう?」

 

「力ずくじゃ駄目なのか?『誰も立ち入れない』という認知さえ変えてしまえばいいんだろう」

 

「乱暴だけど、最終手段としては仕方ないわね」

 

「それがあの子の望みなんだから」

 

「私も、強引にでも、やるべきだと思う」

 

「気合い入ってんな……」

 

「また忍び込まざるをえないか」

 

「ジョーカー、決行日は任せる。マスターに見つかった時の言い訳、考えといて?」

 

「無茶振りが過ぎない?」

 

「頼りにしてんぜ、リーダー」

 

 

今回も無事にルートを確保出来た。あとは双葉に部屋を開けてもらい予告状を渡すだけだ。

 

 

現実世界へ帰還するためピラミッドの外に出た。モルガナが車に変身しみんなが乗り込んでいると、シンは一人妙な顔をしてピラミッドの頂上を眺めている。

 

 

「どうしたの?不思議そうな顔して」

 

「……いや、上の方で妙な気配がな」

 

「妙な気配?それってシャドウ?」

 

「恐らく。……まあ、ただの杞憂だろう」

 

「脅かさないでよ」

 

 

そう言いつつ、俺も背筋が冷える気がした。気温はこんなに暑いというのに、なんなんだ。

今回は、これまでの様に本人のシャドウが立ちはだかる可能性は低い。とはいえ、用心しておくに越したことはない。また強力なシャドウが出てこないとも限らないし。

 

 

「おーい、なにやってんだよ。あちーし早く帰ろーぜー」

 

「ああ、今行く」

 

 

なんとなく、嫌な予感を抱えたまま、俺たちはパレスを後にした。

 



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