三雲修はアンサートーカー (鳩胸な鴨)
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三人目のアンサートーカー

三雲修にアンサートーカー(後天的)と、魔物の王を決める戦いの経験を持たせました。
ガッシュは原作後なので、既読推奨です。


「……何、今の?」

 

目の前の光景に、木虎藍は目を丸くする。

ボーダーという組織の本部。

近界民という存在が街を脅かす中、唯一の防衛手段を持つ彼らが切磋琢磨する訓練室にて、無謀とも呼べる戦いが繰り広げられていた。

いや。戦いとも呼べるかわからない。

それは先刻まで、虐殺と言っても過言ではなかった。

 

が。今は違う。

 

ボーダーの中で、トップスリーに君臨する実力者が1人、風間蒼也。

そして、ボーダーの中で散々「弱い」と告げられてきた、三雲修。

その勝敗はもはや見るまでもない。

二十四戦もやって、三雲修が風間蒼也に傷をつけることは、叶わなかった。

 

だというのに。この光景は何だろうか。

 

『と…、トリオン供給器官…、破損…。

風間、ダウン…』

 

ラッキーヒットだろうか。

いや。そんな奇跡を許すほど、風間蒼也という男に油断は無い。

だというのに、この光景は一体なんだ。

 

木虎の目に映るのは、風間蒼也の胸を貫く、レイガストと呼ばれる重剣。

スラスターという加速機能も無しに、三雲修は、風間蒼也を倒してみせた。

 

その瞳は、全てを見透かすかのように、透明化した風間蒼也を捉えていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「あんさーとーかー?何だそれ?」

 

時は遡り。近界民と呼ばれる存在の空閑遊真が、ボーダーに入る少し前。

修の家に泊まりに来た空閑が、彼の打ち明けた秘密について、鸚鵡返しに問うた。

少しばかり気まずそうに、修は「誰にも言うな」と付け足し、彼に耳打ちする。

 

「単純に言えば、『どんな状況においても最適な答えが出せる能力』だ。

トリオン云々は関係ない。本人の素養次第で習得できる」

『そんな能力があるなど、私に内蔵されているデータの記録にはない』

 

空閑のお目付役として、彼の父が与えた自立型のトリオン兵…レプリカが、修に告げる。

修はと言うと、冷や汗をかきながら、「データにも保存しないでくれ」とレプリカに頭を下げ、懇願した。

レプリカがそれを快諾すると、修は話を続ける。

 

「こっちでは、ネットの噂話程度の認知だけど、持ってる人は実在してるんだ。

僕の他には、空閑もこの間あった高嶺先輩。

もう1人は…所在はわからないけど、多分放浪してるデュフォーさん」

 

言うと、修は写真立を手に取り、白髪の男とツーショットで映っている写真を、空閑に見せる。

写真越しではあるが、全てを見透かすような瞳に、空閑は何とも言えない感覚に陥った。

 

「デュフォーさんが先天的で、僕と高嶺先輩が後天的に目覚めてる。

この能力は、自分の知識量と経験がモノを言うから、強さの順で言うとデュフォーさん、高嶺先輩、僕になる」

「ほうほう。つまり、バカだと使えないと」

 

答えを出す者…アンサートーカー。

この能力を持ち、尚且つそれを活かせるということは、尋常ではない知識量と経験が必要となってくる。

先程名前が出た「高嶺清麿」は、それに加えて爆発的な成長力があった。

もう1人のデュフォーは、生まれつきの能力のため、段違いの経験が強さを盤石なものにしている。

 

では、三雲修はどうなのか。

三雲修の強さは、「目的達成への貪欲さ」と「現実を受け入れる早さ」にある。

例え真正面から叩き潰されようとも、次に繋ぐことを諦めない姿勢。

常に自分が弱いと言うことを自覚しているがために、策を破られたからといって狼狽することもない。

それにより、彼は五年前にあった戦いで、かつての相棒と、何度も何度も苦難を乗り越えてきた。

 

最終的に、強大すぎる敵の前に敗れ去ろうとも、彼はその希望を、清麿に託した。

 

相棒との日々を懐かしむのも束の間、修は気を取り直し、こほん、と咳払いをした。

 

「だから、そんな弱いトリガーとトリオン量で、モールモッドとイルガーを倒せたのか」

「似たようなのと前に戦ったことがあった。

トリオン兵では、無かったけど」

 

あの時は大変だった、とため息を吐き、修は一つの写真に目を移す。

そこに映るのは、幼き頃の自分と同じくらいの背の少年。

「弱い」とバカにされながらも、その弱さすら武器にして戦った頃のことを思い返し、笑みを浮かべる。

 

「…戦いについては、今度教えるよ。

…それよりも、明日はテストだからな。

空閑、まずは昼までに読み書きをマスターするぞ」

「うぐっ…。おてやわらかに頼む…」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「はァア!?!?なにそれ最強じゃないの!!!!」

「でも、知識をしっかり蓄えないと、全く意味ない能力ですから…」

 

少し時は進み、玉狛支部にて。

修が「本部には内密に」と言う条件で告白した事実に、小南桐絵が絶叫する。

経緯としては、修が京介との勝負に思わず能力を使ってしまったことにある。

引用する知識や、基本的な学力が無ければ意味がないことを懇切丁寧に説明しようとも、小南は興奮のままに修に噛み付いた。

 

「うぎぃいいいーーーーーっっ!!

お嬢様校だから無駄にテスト難しくてちょぉおおお〜…必っっっっ…死に!!!身を粉にして勉強してるアタシの身にもなりなさいよぉおおおっっ!!!」

「いや、僕も望んで手に入れたわけじゃないと言うか…」

 

この能力が目覚めたのは、本当に偶然としか言いようがない。

存在ごと消されそうになった時、あまりの極限状態に脳が進化を促した…とデュフォーは結論を出してくれたのを思い出し、修は深いため息をつく。

確かに、黒光りする虫の駆除法等を探すのにはもってこいだが、話せばこのように曲解する人間も出てくる。

こう言う人間には、そこまで良いものでもない、と言っても、あまり効果がないことも分かっていた。

 

「…なるほど、な。

先ほどまで手も足も出なかった京介相手に勝てたのも、ガイストを解禁した京介にも勝てたのも、その能力の恩恵か」

「それもありますけど、単純に似たようなのと戦ったことがあっただけで…」

 

今思い出しても、あの戦いは苛烈だった。

ファウードと呼ばれる巨人の中での戦い。

ただでさえ未知の敵であるのに、それがさらに強化されて襲いかかってくるあの状況。

いくら心強い仲間が居たとはいえ、もう二度とあんな目に遭いたくない、と心の底から思えた。

 

と、ここで修は一つ、ミスをやらかした。

いくらあらゆる問いの答えがわかると言えど、三雲修は普通の中学生。

迂闊すぎる発言に気を配る、ということは、残念ながら出来なかった。

 

「ガイストは玉狛の…果ては京介専用のトリガーだが、似たやつがいたか…?」

 

その言葉に、玉狛第一の人間が一斉に修へと視線を向ける。

修はと言うと、なんとかこの状況を切り抜けることができないか、と問いを出し、出た答えを口に出す。

 

「…実は、小学校の頃、荒れてまして…。

倍以上ある背丈の相手と、何度も喧嘩していて、それで慣れていたと言うか…」

 

冒頭は嘘であるが、ほとんどは真実である。

ちらり、と空閑の方を見ると、暴いてはいけない嘘ということを理解してくれたのか、皆に見えないようにサムズアップを向ける。

その証拠にと、戦いの傷跡である痣を見せると、皆が「もういい」と止めた。

 

「荒れてたのは、何故だ?」

「その、嫉妬でいじめられてまして…」

 

これも真実だ。

流石に高嶺清麿ほどではなかったが、三雲修は頭の出来がよかった。

そのため、嫉妬に駆られた数人が、程度の低いいじめを修に行ったのだ。

無論、修はそれを気にすることなく…というよりは、「嫌われてるな」程度の認識で済ませていたため、あまり問題にならなかった。

いじめと知ったのは、担任の教師がその現場を目撃し、修たちを呼び出した時だった。

 

「ふーん…。想像できないわね」

「お、修くんが、よく怪我してたのは…、知ってます」

 

と、ここで修の恩師の妹である雨取千佳が、おずおずと声をあげる。

修が経験した戦いにおいて、無事に済む…ということは、はっきり言うと無かった。

何せ、修とその相棒は、最弱候補という蔑称で呼ばれるほどに弱かった。

そのため、修は自身でさえも戦力とし、あの手この手で戦闘に臨んでいたのだ。

…もっとも、トリガーを使っての戦闘には不慣れであり、素養もとてつもなく低いため、基本的には雑魚の部類であるが。

 

千佳はそのことについて、あまりよくは知らなかったが、修が頻繁に傷だらけになっていたことは覚えていた。

 

「…修。どんな過去があった、とかは、この際気にしない。

ただ、お前の底を見る。

俺『たち』相手にどれだけやれるか、見せてみろ」

「………………………へ?」

 

その後、修は玉狛第一の三人を1人で相手することになった。

彼は空閑に「二度とやりたくない」と、珍しく愚痴をこぼしたと言う。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

ここで時は戻り。

修は疲労を吐き出すように、ふう、と息を吐く。

修はアンサートーカーを抜きにすれば、風間に対し、手も足も出なかった。

アンサートーカーを使う気はなかった。

 

「能力云々を抜きにして、『胸を張れる素敵な大人』になる」。

それが、修がかつての相棒と、果ては両親と約束したことだからだ。

 

しかし、先程の勝負だけは別だった。

自らを買ってくれている先輩…迅悠一が、修達のためにと師の残した形見を手放した。

迅が形見を手放すだけの価値があるか、風間蒼也に示さなければならなかった。

 

アンサートーカーを発揮した彼は、風間蒼也が得意とする闇討ち…「カメレオン」というトリガーで透明化してからの攻撃を見破り、胸をレイガストで貫いた。

その鋒は寸分違わず、風間蒼也のトリオン供給器官のど真ん中を捉えていた。

 

「……何故、俺の場所が分かった?」

「動きがパターン化してるように思えたので、そこにレイガストを突き出しました」

 

半分嘘で、半分真実である。

場所に関しては、アンサートーカーで「風間はどこにいる?」という問いを出し、出た座標に攻撃しただけだ。

また、風間の動きがパターン化していた、というのも正しい。

二十戦近く、あまり強くもない人間と戦っていたのだ。

いくら油断しない性格とは言え、心のどこかで余裕を持ってしまってもおかしくはない。

 

この説明に納得してくれたのだろうか。

風間は表情を一切変えず、淡々と告げる。

 

「…もう一戦だ」

「え?」

「お前の底を見せてみろ、三雲修。

先程のは偶然でも無ければ、本気でもないのだろう?」

「…はい」

 

嘘は通じなかった。

修は殆ど諦めたように息を吐き、全神経を研ぎ澄ませる。

翡翠の瞳が、全てを見透かすような瞳へと変化する。

風間の姿が消える直前、修は小さく「スラスター、起動」と呟き、レイガストを投げる。

風間がそれをスコーピオンと呼ばれる短剣で逸らすも、レイガストをブラインドとした通常弾…「アステロイド」が襲った。

 

「っ!!」

 

風間の持つスコーピオンの片方が折れ、彼はそれを解除、新しく生成する。

これで武器はなくなった。

風間はまだまだ甘い、と思いつつ、こちらへ駆けているだろう、修の足音に向けて、スコーピオンを振りかぶる。

 

「その結果は、答えが出てる」

 

が。風間の予想に反して、スコーピオンの鋒が空を斬る。

修の姿勢は、非常に低かった。

慌てて足からスコーピオンの切先を出そうとすると、喪失感が襲う。

修が自らの手のひらを貫き、隠していたアステロイドを放ったのだ。

そのアステロイドは、風間が体勢を変えたことにより、彼の足を貫く。

膝をつくまいと、彼は踏ん張るが、アンサートーカーには及ばなかった。

 

「うしろ、注意です」

 

ここで、修の体勢が低い理由を理解することになる。

 

なんと、投げたレイガストが、ブーメランのように戻り、風間の体を引き裂いたのだ。

 

種明かしをすると、修はレイガストの形状をブーメランのように変更していた。

ちょうど、風間が貫かれるその場所に戻ってくるように。

通常ならば、そんな芸当など出来るはずがない。

しかし、風間の目の前に居るのは、あらゆる問いに答えを示す『アンサートーカー』。

その前に、風間は力が及ばなかった。

戻ってきたレイガストの形状を戻し、修は一礼する。

 

『……………っ!おい、堤!』

『……………あっ、ああっ…。

トリオン漏出過多、風間ダウン……』

 

風間自身も、何が起きたか、さっぱり理解ができなかった。

理解できたのは、自身が負けたことのみ。

風間は狼狽が隠せない声で「終わりだ…」と告げ、訓練室を出るように促す。

修がそれに続くと、自身と同い年である木虎が詰め寄ってきた。

 

「三雲くん!!アレは狙ってやったの!?それとも偶然!?」

「いや、偶然で…」

 

と、修が言おうとした時、空閑がその肩に手を置いた。

 

「オサム。その嘘はイヤミ…であってるよな?とりまる先輩」

「ああ」

「うむ。イヤミになるぞ」

「………ああいう形状にしたら、投げたレイガストが戻ってくるのは、知ってました」

 

知っていた、というより、「今知った」と言った方が正しい。

元は鉄パイプを使っていた…母曰く「棒のような何かを使えば人は最強よ」…のだが、トリガーというのはいちいち折る必要がなくて助かる、などと思いながら、迫る木虎を宥める。

が。興奮冷めない人間は、他にもいた。

 

「………三雲。何故実力を隠していた?

お前ならば、A級でも可笑しくはない。

太刀川や出水、米屋たちもこの際呼ぶ。場所を移すぞ。ランク戦だ」

「ぇげっ…!?」

「アレなら、モールモッドを倒したことも、あのイルガーとかいうトリオン兵を落とせたのも納得…いやっ、ここでコイツを認めてどうするの…!!

とにかく三雲くん!後でランク戦ブースに来て、私と戦いなさい!!」

「いや、あの、その…」

 

この後、修は複数人に迫られ、アンサートーカーありきでの戦闘を繰り広げた。

空閑はその光景を見て、こう呟いたと言う。

 

「頭がいい男はモテるって、本当なんだな」

「あのモテ方は嬉しくないだろ」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「うぬぬぬぅ…。清麿ぉおお〜…。

勉強とはこうも辛いものだったと何故教えてくれんかったのだぁあ〜…!」

「うぅううぅ…。オサム〜…。

オサムは変態だ〜…。勉強が楽しいなんて、変態に違いない〜…」

 

その頃、人間の世界ではないどこかにて。

少年少女が机を囲む中、2人の少年が頭を抱えて悶々と唸る。

目の前には、広げられたノートと参考書。

2人はそれを目の前にして、頭を働かせるのをやめていた。

 

「どうしたんだい、ガッシュにユー?」

「宿題が終わらないだけよ。

ユーは貧富の差をなくすために大臣を目指すって言ってたじゃない!!

そっちはまだ良いけど、ガッシュは王様でしょ!ちゃんとしなさい!!」

「へへーん!ぼくはもうあとちょっとだもんねー!」

 

少年2人に、少女が声を上げて叱り、アヒルのような口をした少年が胸を張る。

2人はそれに反応し、嫌気半分、やる気半分といった調子で鉛筆を握った。

 

「メルメルメ〜!」

「ウマゴンはもう終わっておるのか…」

「ウマゴン、その、答え教え…」

「メル!!」

「…だめ、だよな。うん。頼んどいてなんだけど、予想してた…」

 

馬によく似た少年…?に、拒否され、白い髪の少年が机に突っ伏する。

そして、ふと、声を出した。

 

「………オサム、今何してんだろーな」

 

その顔は、奇しくも空閑遊真と似通っていた。

 




衝動に駆られて書きました。続けば清麿とかも出る。


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三雲修はアステロイドをよく言い間違える

魔物の子はオリジナルキャラなので、呪文ももちろんオリジナルです。リタイア時期はクリアとの決戦くらいです。


「オサムって、たまにアステロイドを放つとき、『タングル』とか、『ブルクオ』とかって言うよな?」

 

訓練を終え、昼食を摂っている最中。

空閑は修に対し、前々から思っていた疑問を投げかける。

修はアステロイドを生成するとき、10回に一度は「タングル」と言う。

また、攻撃の種類によって、「ブルクオ」や「オルダ・タングル」など、様々な名称に分けていた。

質問を投げかけられた修は、少し悩んだのち、口を開く。

 

「…儀式みたいなものだ。

僕が経験した戦いでは、これをどのタイミングで読むかが重要だった」

「たしか、百人の魔物の子供の中から、勝ち残った1人を王にする…だったっけか。

本が燃えたらアウトなやつ」

 

空閑が確認すると、修は首肯した。

彼が経験した戦いは、一言で言えば、「王位争奪戦」である。

選ばれた百人の子供が、その座を狙い、争い合うという、千年に一度の儀式。

ルールとしては、特定の人間にしか読めない本を駆使し、相手を潰し合うもの。

本に書いてある文字を読めば、本を読んだ人間の心の力を消費し、子供達が攻撃を放つ。

これを駆使して、相手の本を燃やす…というのが、おおまかな流れである。

本を燃やされた子供は、脱落扱いになり、魔界に帰ることとなる。

 

三雲修は、その中の1人である「ユー」という少年のパートナーだった。

 

「ああ。本にある呪文を読んで、相手と戦う。僕の本は翡翠って色で、呪文は…15はあったかな?」

「へぇ。じゃあ、一番強いのは?」

「まだボーダーでは言ってないけど、『シン・オルダ・タングルセン』だな。

アレは街一つ吹っ飛ばせるくらい強かった」

 

使ったのは、数度だけではあるが。

そんなことを思いつつ、修は空閑をまじまじと見つめる。

こうして見ると、本当によく似ている。

元は黒い髪だったそうだが、白の髪がより、かつての相棒の姿を彷彿とさせる。

 

「…でも、なんでアステロイドと言い間違えたんだ?呪文にも、傾向があるんだろ?」

「……僕のパートナーの術は、ハッキリ言うと、まんまアステロイドなんだ。

第一の術…、一番弱い『タングル』だと、一つの…拳くらいの大きさのキューブを生み出して、射出するくらいしかできない」

 

流石に細かい調整などはパートナーに任せていたが、大体の軌道は、予め修が彼と相談して決めていた。

修自身は、鉄パイプ戦闘術…母曰く「棒のようなもの殺人術」。前科持ちでないことを切に祈る…で戦っていた。

 

しかし。三雲修はどれをとっても、誰かの下位互換でしかなかった。

 

ただ、自身の実力が通用しないものというのは、とっくの昔に自覚していた。

通用しなかった場合の策を、幾重にも練っていたのだ。

心が出す力が勝敗を分ける戦いにて、修の「そうするべきと思ったことへの責任感」と、「それを達成するための行動力」、さらには「誰よりも弱さを自覚すること」が織りなす強さは、勝者であった清麿とガッシュ・ベルのものよりも強大であった。

 

…彼らと決着をつけることは、残念ながら、ついになかったが。

 

「…なるほど。だから数が少ないのに、あんなに上手いのか」

「トリオン量が心の力と同じだったら良かったんだがな」

「アンサートーカーで増やす方法とか調べないのか?」

 

修のぼやきに、空閑がふと思った疑問を口にする。

だが、修は首を横に振った。

 

「……空閑。自分の脳に指突っ込めるほど、僕の体が柔らかいと?」

「………脳に指突っ込むのか?」

「ああ。もうずっ…ぷりと」

「…………………こわっ」

 

修がトリオン量を増加しなかったのは、修の体の作りが、自身でそのツボを押すのに、文字通り死ぬほど向いていなかったのだ。

その他の方法になると、もう「他者のトリオン器官を移植する」くらいしかない。

そんな芸当ができる医者もいなければ、修のスペックではそんなことはできない。

 

そもそも、トリオン器官は抜けば死ぬ…ということを、修は知っていた。

 

となれば、必然的に方法は前者に絞られる。

清麿は脳に指を突っ込むなどということは拒否するだろうし、躊躇いなくやるだろうデュフォーは放浪中。

結果、修はボーダーでは、普通に戦うしかなかったのだ。

 

「シェリー・ベルモンド」という、フランスの名家ベルモンド家の令嬢に、ボーダーの云々を相談したところ…。

 

『強くなれ。

ブラゴだったら、そう言うと思うわよ』

 

と、なんともまあシンプルな返答をされた。

強くなれとざっくばらんに言われても、トリガーを使った戦闘において、修は不才の部類に入っていた。

アンサートーカーを抜きにすれば、最早、最弱と言ってもいいくらいだ。

…最弱は、今に始まった話ではなかったが。

 

「…強くなるって、大変だな、オサム」

「……本当に。強くなるってのは、大変なことだな」

 

かつて居た相棒は、もういない。

しかし、彼が居なくても、立派に立っていることを示さなくては。

隣にいる新たな相棒の言葉に、修は笑みを浮かべた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「三雲修、だな?」

 

昼食であるラーメンを啜っていると、ふと、横から声が聞こえた。

修は箸を置いてそちらに向くと、背丈の高い、冷徹そうな印象を受ける青年が、修を見下ろしていた。

 

「えっと、そうですけど…。貴方は?」

「…二宮匡貴。B級一位…No.1の射手といえば、分かるな?」

 

そうは言われるが、修は少しばかり困った表情を浮かべた。

修は戦闘データを頻繁に閲覧するが、誰がどの順位に位置するか、どんな事情を抱えているかは一切把握していない。

以前経験した戦いは、強さの指標があてにならない場合が多かった。

最弱候補とまで呼ばれたガッシュ、キャンチョメ、ユーの三人が勝ち上がったのだ。

修がランキングを見ないのも、自然なことであった。

 

「………すみません。僕、ボーダーの事情に非常に疎くって…」

「そんなことはどうでもいい。昼食を終えてから、ランク戦ブースに来い」

 

本日は日曜日。予定がないとでも思われているのだろうが、残念ながらある。

今日は三雲家に、かつての仲間たちが来るのだ。

定期的に行なっている集会で、この日だけは必ず予定を空けていた。

三雲もまた同じように、なんとか予定を調節して、本日を午前中だけの防衛任務だけで済ませるようにしたのだ。

修は申し訳なさそうに、おずおずと口を開く。

 

「今日は昼に自宅に帰る予定です。

昔の友人たちが訪れるので、今度にしてくれませんか?

僕にとって、とても大事な友人なので」

「ランク戦くらいはできるだろう。十本くらいならすぐに終わる」

「…………わかりました」

 

言っても引き下がらないタイプだ。

アンサートーカーがなくとも、そのことを悟った修はため息をつく。

二宮と名乗った男は踵を返すも、即座に修を一瞥した。

あの目は、「逃げたら分かるな?」と圧をかけているのだろうか。

 

「…ブラゴを思い出す…」

 

とことん圧に弱いなぁ、などと思いながら、修はスープを飲み干した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「な、なんと言うことでしょう!!

最近話題をかっさらう三雲隊員!

あの二宮隊長を完封しています!!

…しかし、アステロイドを『タングル』とか何やら言い間違えるのは、一体全体なんなんでしょうか!?」

 

二宮と修の戦いが始まって、早くも七戦目。

戦績で言えば、二宮に軍配が上がっている。

しかし、五戦目から、修の動きがアンサートーカーを使用したものに変わった。

普段、アンサートーカーを使うことのない修が、二宮相手にそれを解禁したか。

その理由は、至極単純。

 

五戦目。二宮が開口一番に、「どれだけ高尚な信念を持とうが、弱ければ意味がないな」と煽ったのである。

 

その言葉を聞いて、修は「手加減するのは失礼だ」と判断した。

二宮の放った言葉は、修とユーを奮い立たせてきた言葉。

あらゆる存在が「格上」と言える中、勝ちをもぎとってきた「戦士」を、二宮は目覚めさせてしまったのだ。

アステロイドのことを躊躇いなく「タングル」と言ってしまっているが、その違いすら気にする余裕もなく、二宮の体が弾け飛ぶ。

 

「おお。オサムが『タングル』って言ってるってことは、本気だな」

「……俺の時は言ってなかったけど…。

それ、何か意味あんの?」

「オサムにとっては、すごく大事な意味があるんだぞ、みどりかわ」

 

先日、タングルという単語…もしくは術について聞いた空閑は、食い入るように修の戦いぶりを見守る。

八戦目。

二宮が珍しく表情を崩し、余裕なさげにアステロイドとハウンドを放つ。

しかし、それらの隙間を縫うように放たれた、中程の大きさのアステロイドが、二宮の腕を吹き飛ばした。

 

「狙撃手かよ…」

「あのメガネ、一体どんな頭してんだ…?」

 

しかし、それで終わらない。

ハウンドを打ち消し、ブラインドとして放たれたアステロイドが、二宮が慌てて出したシールドに着弾する。

が。その隙をついて投擲した、細長い形のレイガストが、二宮の胸に突き刺さった。

 

「…うむ。やっぱり、オサムのお母さんがあって、オサムが居るな」

「……三雲先輩のお母さんって、どんな化け物なの?」

「棒のような何かを持たせたら、市街地に出たモールモッドに投げて貫通させるくらいには、人間やめてるな」

「えっ…?アレ、三雲先輩のお母さんだったの…?」

 

実は先程の戦法は、修が魔物との戦いでよく使っていたものであった。

これにより、パートナーを吹き飛ばし、あるいは怯ませ、本を奪う。

手練れ相手にはあまり通用しなかったが、前半戦では大いに活躍していた。

 

そのことを鑑みると、魔物との戦いは、常軌を逸していたのだろう。

千年前の魔物との戦いに、ファウード、更には全てを滅ぼすことを望むクリア・ノート。

どれをとっても、下手をすれば…というより、高確率で死ぬ恐れがある戦いだった。

 

九、十戦目。

最早、二宮に余裕はなかった。

強者からの目線ではなく、久々に味わう格上との戦闘。

二宮には、油断も隙も許されなかった。

それでも二宮の弾丸は届くことなく、アステロイドが、レイガストが彼の体を貫く。

 

全てが終わって数秒した後、修は急いでブースを出た。

 

「空閑!早く帰るぞ!高嶺先輩は兎に角、他のメンツは待たせたらやばい!!」

「おわっ!?お、オサム…、まっ…、首っ…!首…っ、絞まってる…!!」

 

修が空閑を抱えて去っていくを皆が見届け、目を合わせる。

残された二宮は、睨みつけるように、修の後ろ姿を見つめていた。

 

「………三雲修。覚えたぞ」

 

余談だが。修が帰宅すると、案の定人だかりができていた。

母が威圧で全員を追い出すまで、修が奮闘する羽目になった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ブラゴ、棒持って何やってんの…ってうわっ、汗すごっ」

 

魔界のとある平原にて。

1人の少年が、黒い外套を身にまとい、棒切れを握る少年へと駆け寄る。

棒切れを持った少年の全身からは汗が流れ、眉間には険しい皺が刻まれていた。

 

「…ミクモカスミのことを思い出していた。

今思い出しても冷や汗が出る」

 

彼が思い出すのは、人間界へ出向き、ある魔物と交戦しようとした時のこと。

三雲修に危害を加えようとしたその瞬間、ブラゴは無様に吹き飛ばされ、更には失神させられた。

放たれた一言は、いつ思い出しても、背筋が凍りそうになる。

 

『次、私の息子に手を出してみなさい。

地獄の底まで追いかけて、どんな手を使ってでも大地に埋めるわよ』

 

名は、三雲香澄。

三雲修の実母であり、少年が知る限り、人間界最強にして最恐の女。

彼のパートナーが応戦しようとすると、無表情のまま威圧を込めて「出てけ」と言われ、半泣きになっていた。

あのデュフォーすら、彼女にだけは頭が上がらない。

彼女を人質にとって、修と交戦しようとした魔物は、例外なく彼女にぶっ飛ばされてる。

 

一部の魔物の間では、「三雲香澄」と言う名前は、タブーになっていた。

 

「ああ、オサムの母さんか。

もしかして、ブラゴまだ怖いのか?」

「アレを恐れるな、と言う方が無理がある」

 

ここで、香澄の武勇伝の一つを語ろう。

三雲修を狙って、ゴームという魔物が三雲家に襲撃したことがある。

しかし、そこに修はおらず、母である香澄だけが居たのだ。

ゴームのパートナーが彼女を人質に使えば、有利に戦えると踏み、襲いかかったところ。

 

彼女は物干し竿でゴームを叩きのめした。

 

術をもって拘束しようとしたところ、発動前にパートナーの本を弾き飛ばすという徹底ぶり。

更には、ただの殴打で、ゴームの頭を地面に埋めてしまったのだ。

以来、ゴームはクリアのもとにいた時も、キャンチョメと遊ぶ時も、「カスミ」という名前を聞くだけで、ビクビクするようになったと言う。

 

クリアすらも手を出さなかった、超常の存在であり、理不尽の象徴。

その恐怖は、彼女を前にした魔物全員が胸に刻み込んでいた。

 

「……未来の大将軍が、たった1人の主婦に怯えていては、示しが付かん。

オレはこの恐怖を乗り越え、更なる高みを目指す」

「そんな怖いか、あの人?」

 

最も三雲香澄と時を過ごしたであろう、少年が首を傾げる。

しばし、沈黙が続く。

その沈黙を破ったのは、白い髪の少年の方だった。

 

「………お前が未来の大将軍なら、おれは、未来の大臣だな」

 

白い髪の少年が笑みを浮かべる。

黒い外套の少年は、それに対し、白い髪の少年が手に持っているものを指さした。

 

「……………そう言うセリフは、その手に持っている課題を終わらせてから言え」

「ですよねー…」

 

白い髪の少年はがっくりと肩を落とすと、ふと、つぶやいた。

 

「……オサムに自慢できる大人への道のりは遠いですなぁ」

「……ふんっ」

 

少年たちの苦悩は、まだ終わりそうにない。




第一の術、「タングル」はまんまアステロイド。
第二の術、「ブルクオ」は、放った術を増やす…ただし燃費はクソみたいに悪い。
第三の術、「オルダ・タングル」は、操作可能なアステロイド。軌道は元より修がパートナーと相談して決めていた。

最強呪文の「シン・オルダ・タングルセン」については、まだ明かしません。


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三雲修は友人を思い、太刀川慶は高嶺清麿に泣かされる

今回は太刀川さんが残念すぎることになってます。


「むぎぎぎぃぃいいい……!!」

「小南先輩、噛みつかないでください。

負けたのは仕方ないでしょ」

 

玉狛支部にて。小南桐絵が鬼の形相をしながら、烏丸京介の頭に噛みつく。

彼女の機嫌は、史上、類を見ないほどに悪かった。

理由は至極単純で、玉狛第一のメンバー…迅悠一含む…は、アンサートーカーを発動した修の前に手も足も出なかったのだ。

これで最弱というのだから、小南のプライドはズタボロ。

彼女の顔面が鬼の面のようになっても、なんら不思議ではない。

 

「私たち、ボーダーの最強部隊よ!?

それが何!?たった1人に…しかも後輩に負けてるって何なのよ!!!」

「こなみ先輩、頭悪いな。

『ボーダーの最強部隊相手にどうやって勝つか』が分かるから、修はアンサートーカーなんだろ」

 

空閑が、修から聞いたデュフォーの真似をして、小南をからかってみる。

タイミングさえ良ければ、まだ戯れあいだけで済んだのだろう。

しかし、小南の不満は、その一言で爆発し、空閑に襲いかかった。

 

「むぎゃぁぁああああーーーーっっ!!

ゆーーーーまァアアーーーーっっっ!!!」

「こ、こなみ、先輩…。首、首っ…」

「今のは空閑が悪い」

 

万力のような力で、空閑の首を絞める小南。

その姿は、修が共に戦ったティオという魔物の子を彷彿とさせる。

首を絞められた影響か、空閑の首の構造が、形容し難いものになっていた。

 

「小南先輩、落ち着いてください。空閑が見たことない首の構造になってます」

「ふーーっ!!ふーーっ!!」

「今日の小南は随分と荒れてるな…」

「な、なんか、ごめんなさい…」

 

首絞め桐絵…語感がいいな、と思いつつ、修は頭を下げる。

玉狛専用トリガーを解禁した玉狛第一相手に勝てたのは、アンサートーカーあってこそである。

彼が普段、アンサートーカーを使わないのは、「ユーに胸を張れる大人になりたい」という想いがあるからである。

それは、アンサートーカーを乱用し、最適な道だけを進んだ人生ではない。

どれだけ転がろうと、何度も立ち上がりながら、大人になっていく。

今はまだ、転び続ける時期なのだ…と、修は子供ながらに思っていた。

 

流石に、これを「手加減」と見なす人間に「本気で来い」と言われれば解禁するが。

しかし、今回の場合は少し違った。

 

『メガネくん、アンサートーカーを使って、本気の俺たちと戦っておこう。

君がどれだけ出来るかが知りたい。

君のこれからに必要なことだ。頼むよ』

 

迅の言葉には、『未来視』という副作用…サイドエフェクトと呼ばれる超能力が備わっている。

トリオン器官の優れた人間が、トリオンによる影響で発揮する超能力。

迅のそれは、ボーダーにおいて、大きな役割を担うほどに強力なものだった。

流石に、アンサートーカーほど精密ではないが。

 

「……で、どうでした、迅さん?」

 

今日、迅が玉狛第一として戦いを挑んだのには、理由がある。

その理由を、修は薄々理解していた。

というより、アンサートーカーで無意識に結論を出していた。

 

「僕が死ぬ未来が見えたんですよね?」

「………ホント、肝が据わってるよね」

 

修にとって、死は身近な問題でもあった。

なにせ、パートナーは散々言っているように最弱候補。

修自身も幼く、更には前に出て戦うタイプだったために、死の危険性が常につきまとっていた。

今更ながら、戦いの中で死ぬと言われても、修が動揺することはない。

 

「どう考えても、メガネくんが死ぬ未来が訪れるとは思えないんだけど…。

うーん、参ったなぁ。メガネくんが死ぬ未来が消えない」

 

迅がぽりぽりと頭を掻きながら、自身が見えた未来を思い返す。

これ以上鍛えようがないのに、修が死んでしまう未来が、どうしても消えない。

断片的な情報しか見えないがために、迅はどうすべきかが分からなかった。

 

「というより、メガネくんの未来がすごく見え難いんだよ。

死ぬ…って言っても、俺は生身のメガネくんの胸に、『何か』が刺さりそうになってるくらいしか見えなかった。

それ以降は一切見えない。俺が知らない顔の人間が多く関わる…ってことだね」

 

迅はそれだけ言うと、「メガネくんの知り合いでもなさそうだ」と付け足し、両手を上げる。

お手上げ。迅が言いたいことは、その仕草だけで理解できた。

 

「…大丈夫だろ。オサムには、『約束』があるんだし」

「っ、空閑…、それは…」

 

空閑としては、修が死ぬことはないと皆を安心させようとしたのだろう。

しかし、修がユーのことをボーダーで語りたがらないことをうっかり忘れ、口を滑らせてしまった。

皆が修を見つめる中、修は渋々と言ったように口を開く。

 

「その、二度と会えないくらい、遠くに行ってしまった親友が居て…。

次に会う時は、互いに胸を張れる大人に…『素敵な大人』になってから、再会しようと約束してまして…」

 

気恥ずかしいのか、少し頬を赤らめて告白する修。

烏丸に「女か?」と問われ、即座に首を横に振ると、彼らは暫し沈黙する。

千佳はその友人に覚えがあるのか、口を開いた。

 

「もしかして、ユーくんのこと?」

 

修は「しまった」と冷や汗をかく。

ユーは魔物…魔界で生まれる知的生命体。

ざっくばらんに言えば、近界民に近い性質を持っている。

存在が露呈すれば、再会に余計な障害が増えてしまう。

そのため、修はボーダー内で魔物についての情報をおくびにも出さなかったのだ。

幸い、嘘を見抜ける空閑は味方。

ここは、適当に誤魔化すことにした。

 

「ある時を境に見なくなったって思ったけど、そっか。そうだったんだ」

「あ、ああ。ユーも、『チカにさよならでも言っといてくれ』って言ってたよ」

 

ユーと千佳は、姉弟のような関係だった。

妹という立場であり、年下の友人もいない千佳は、姉という立場に少なからず憧れを抱いていた。

そんな中、公園でよくわからない一人遊び…「ブラックバルカン300」というチョコ菓子の箱と割り箸を使って作った人形での人形遊び…をしていたユーと出会った。

千佳もその頃は、人形遊びが楽しいと思えた時期。

二人して、お菓子の箱で作った人形…バルカンで遊び回っていた。

 

バルカンの産みの親である清麿は、「あんな流行るとは思ってなかった」と語っている。

 

「ユーってのは、どんなやつなのよ?」

「えっと…、まんま空閑ですね。より子供っぽくしたくらいで」

 

小南の質問に、修は空閑へと目を向ける。

散々言って来たが、空閑とユーは非常に良く似ている。

それは外見だけではなく、仕草や言葉遣いに至るまで、瓜二つなのだ。

唯一違うことといえば…。

 

「もう、修くん。遊真くんは、採れたての生きた鮭を丸齧りしないでしょ」

「なんて?」

 

そう。ユーは鮭が大好物なのだ。

生きた鮭をクマのように獲り、そのまま丸齧りにしてしまうくらいには。

獲れる鮭が、揃いも揃って史上類を見ないレベルの大きさということもあり、修はよく冷や汗を流しながら、ユーに調理することの大切さを教えていた。

 

「鮭を生のままかぶりつくようなやつだったのか?血抜きもしないで?」

「…………はい」

「本当に人間か、そいつ…?」

 

人間じゃないです、魔物です。

そんなことを思いながら、修は苦笑を続けた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「慶…!珍しいな。お前がマトモにレポートの課題をするとは」

 

太刀川隊の隊室にて。

パソコンと真剣に向き合い、文章ソフトやサイト、更には参考書を開き、レポート作成に勤しむ人影がいた。

その名は、太刀川慶。ボーダー隊員の中では頂点に立つ、頭の残念な男である。

その残念さは折り紙付きで、dangerという英単語を「ダンガー」、birthという単語を「ビルス」と読むド阿呆。

レポートの提出をとんでもなく遅らせるのは当たり前で、彼のGPAは目も当てられない。

 

そんな太刀川が、珍しくマトモにレポートに取り組む姿に、彼の師である忍田真史は愕然としていた。

 

「……最近、教授に『お目付役』をつけられまして…。

その、レポートを忘れると、魔王みたいな顔で詰め寄られて、レポートの最低文字数を増やされるんすよ…」

「お前にはいい薬だな」

「酷い!!」

 

そう。あまりに大学での学習にやる気を出さない太刀川に、大学側がついに動いたのだ。

太刀川の通う大学は、ボーダー推薦を採用しているとはいえ、かなりの偏差値を誇る。

海外の有名校とも親交があり、その伝手で、一人の大学生が太刀川のお目付役に選ばれた。

 

『太刀川…。お前、またレポート忘れたな?

最低文字数、五倍に増やすぞ……?』

 

その名は、高嶺清麿。

イギリスの最高峰の大学に首席で入学し、勉学に打ち込む天才青年である。

普段は人格者であり、気さくな人間――ガッシュと過ごしたことによる成長――と評判ではあるが、一度怒らせると、手がつけられない。

悲劇的なことに太刀川は、彼の尾を踏み抜くのが天才的に上手かった。

結果、清麿はリモートとはいえ、太刀川を恐怖させる数少ない人間として君臨していた。

 

「お目付役が、もうちょいしたら様子見に来るんすよ…。リモートで」

「ほう。私も挨拶をしておこう。

お前のようなどうしようもない阿呆が、レポートをするようになった礼を言わなければ」

「……忍田さん、俺のこと嫌いっすか?」

「弟子としては可愛がるが、勉学が絡むとゴキブリ以下の存在として認識している」

「ひっっっっっどっっっ!!!!」

 

冗談とも思えない言葉に、太刀川が大声をあげる。

それに対し、太刀川隊のオペレーターである国近柚宇が「うるさーい!」と声をあげた。

太刀川がパソコンと向き合う背後で、国近は同じく太刀川隊の射手…出水公平とゲームで争っていたのだ。

太刀川は「すまんすまん」と軽く謝り、参考資料を開き、頭から湯気を出す。

そんな折、パソコンの開いていたとあるサイトに、映像が映し出された。

 

『太刀川、見に来たぞ。五百文字進んでなかったら…分かってるな?』

 

忍田はその映像を見て、全身から冷や汗を吹き出した。

映るは、まさに大魔王。

恐怖の象徴がそのまま人の形を成した青年が、怒りの矛先を太刀川に向ける。

自身に向けられているわけではないのにもかかわらず、忍田は汗が止まらなかった。

 

「分かった!!分かってるから、もうこれ以上文字数を増やさないでくれ!!」

 

太刀川はそう叫ぶと、保存したデータを清麿に送信する。

清麿は通信を繋いだままそれを確認し、即座にその顔をより禍々しいものに変えた。

 

『おい、バカ。全部ひらがななのは、どういう了見だ…?』

「いいアイデアだろ!文字数稼ぎ!」

『殺すぞ』

「罵倒が直球過ぎねェ!?」

 

清麿の容赦ない罵倒に抗議するも、彼は禍々しい声色のまま続ける。

 

『文字数500追加だ。明日を期限にするから死ぬ気で書き直せ。

ひらがなだけとか、簡単な漢字しか使わんとか、そんな水増ししやがったらランク戦とやらも出来ないほどに増やすからな』

「…………もう、五千文字行ってる…」

「慶、それはお前が悪い」

 

補足しておくと、清麿は太刀川にかなりの猶予を設けた。

問題児の中の問題児。

大学側からそう聞かされていたがために、初めは清麿は褒めて伸ばそうとした。

しかし、太刀川はおべっかを真に受け、何を思ったのか「レポートしなくてもいいや」という結論に至ったのだ。

その後も度々、何かにつけては阿呆を露呈するかのようなレポートを書いたり、清麿にレポートの存在を秘匿したり、頻繁にトラブルを起こした。

 

結果。清麿は怒り狂った。

 

太刀川慶という名前を聞くだけで、烈火の如く怒るレベルで、太刀川のことを嫌いになった清麿。

それでも見捨てないあたり、成長はしているのだが、情け容赦は最低限となった。

要するに、全て太刀川の自業自得である。

 

「五千文字のレポート書けとか、絶対無理だって…。今、午後2時だぞ…?」

「お前の不真面目さが招いた結果だろう。

これに懲りて、しっかりと勉学に打ち込め」

 

忍田の正論に、太刀川は撃沈した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「根付。『太刀川慶メディア展開計画』は順調かね?」

「ええ。稀代の天才であり、『大魔王』の異名を持つ『高嶺清麿』くんが見てくれていますからね」

 

ボーダー本部にある、上層部が集められる会議室にて。

メディア対策室長、根付栄蔵が、最高司令官たる城戸正宗の言葉に、珍しく自信満々に返答する。

実は、太刀川にお目付役がついたのには、理由がある。

 

「No.1という分かりやすい象徴が、メディアで使えない…という状態から脱却する時も、すぐそこまで来ているでしょう」

「……ならいい」

 

太刀川慶は、ボーダーの顔にできるほど実力があり、顔もいい。

しかし、メディアに出せないレベルで頭が悪かったのだ。

単純に頭が悪いだけなら、まだ良かったものの、太刀川はボーダー隊員の頂点。

学歴社会となっている現代社会において、トップの頭が悪いというのは、はっきり言って致命的であった。

 

考えてもみて欲しい。

いくら軍隊組織だと言っても、そのトップを飾る隊員がバカだったらどう思うだろうか。

 

答えは簡単。「組織全体が軽く見られる」である。

 

そのため、太刀川は広報で祭り上げられることはなかった。

そのかわり、成績優秀…いじられキャラとして売り出している佐鳥賢除く…で、見た目も良く、実力もある…加えて、あまり癖の強くない嵐山隊が広報代表に選ばれるのも、当然のことであった。

 

「嵐山隊はよくやってくれてますが、正直、『見飽きた』とか、『なんでたかだか5位の部隊が広報やってんの?』という声がちらほらと出てましてねぇ。

茶野隊では、やはりインパクトに欠ける。

B級低位というのも足を引っ張ります。

であれば、太刀川くんを起用する案をもう一度…と考えて正解でしたよ」

 

根付の言う通り、最近の広報活動も、マンネリ化が進んでしまっている。

このままでは、ボーダーへ入隊希望を出す人間が減少する恐れがある。

そのため、根付は一度は切り捨てた太刀川に目をつけた。

せめて人並みの頭脳に育てれば、メディア展開も夢ではないかもしれない。

 

しかし、太刀川の不真面目さは、根付の想像を遥かに超えていた。

 

早々に「自身ではどうしようも無い」と判断し、友人関係であるイギリスの考古学者に相談した所…。

 

『ならちょうどよかった。最近、暇があったら黄昏てる息子を紹介するよ。

息子は一度決めたら、テコでも動かない主義だからね。

引き受けたからには、やり遂げてくれると思うよ。礼は弾んでやってくれ』

 

と、紹介されたのが、高嶺清麿だった。

そう。太刀川のお目付役は、全て根付に仕組まれたことだったのだ。

無論、大学の教授も腹に据えかねていたのは本当で、今回の件を知ると、普段は谷のように深い眉間の皺をパッと失くし、笑顔になったという。

 

この計画こそが、大規模侵攻後のアフターケアを兼ね備えた広報計画。

その名も、『太刀川慶メディア展開計画』という、まんまなネーミングの計画だった。

 

「事実、太刀川くんの提出率、および全体的な学力は、かなりの向上を見せています。

最近はボーダー内でバカみたいな…失礼、耳を疑うような噂話も無いようですし」

「何にせよ、あのド阿呆がバカみたいな問題を起こさんようになるだけ儲け物だ」

 

開発室長、鬼怒田本吉が放った容赦のない一言に、全員が頷いた。

太刀川の扱いに、余程困っていたらしい。

 

彼らの預かり知らぬ所だが。

後日、ストレスが爆発――十割方、太刀川が原因――した清麿が帰国した。

その際、太刀川をリングのあるジムへ呼び出し、ドロップキック、ジャーマンスープレックスなどの格闘技で締めたらしい。

珍しく太刀川が半泣きで悲鳴をあげていたと、同伴した風間は震えながら語った。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「よっ、ゼオンさま。ガッシュの様子見に来たのか?」

「…ユーか」

 

魔界のとある学校にて。

昼休みで皆が遊びまわっている最中、白い髪の少年は校舎を抜け出していた。

彼が話しかけたのは、木陰に隠れる銀髪をたなびかせ、マントを羽織った少年。

白い髪の少年はその隣に座り込んだ。

 

「そんな心配しなくてもいいだろ。

ガッシュは上手くやってると思うぞ?

王様としても、子供としても」

「………そういうお前は、やけに子供らしく無い振る舞いをするな」

 

銀髪の少年が言うと、白い髪の少年は笑みを浮かべた。

 

「オサムとの約束ですから」

「………約束。約束か。デュフォーのやつも、元気でいるだろうか」

「元気すぎて、皆に迷惑かけてんじゃない?

なんやかんや自由人だからね」

「……だな」

 

二人の脳裏には、各々の相棒が浮かぶ。

しばらく二人して笑い合うと、ため息をついて、互いに空を見上げた。

 

「…………人間界が恋しいですな」

「……ああ」

 

雲ひとつない空には、太陽だけが浮かんでいた。




太刀川さんはきっと清麿を怒らせるのが天才的に上手いと思うんだ。


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バオウ伝説

バオウのやらかしの一つを書いてみました。多分、造作もないんじゃないかな。


「……で、その子の正体が、今まで散々追いかけてきた男だったってわけです」

「ぎゃぁぁぁぁああああーーーーっっ!!!

とりまるあんたなんて怖い話すんのよ寝れなくなったら責任取りなさい!!!!」

「………とりまるくん、怖い話すごい得意だよね…。うん。トイレ行けなさそうだから後で責任取って」

玉狛支部にて。

訓練終わりで暇だったので、隊員たちによる怪談大会が開かれていた。

5歳のお子様である林藤陽太郎は、お昼寝の時間のため、不参加。

自室で雷神丸というカピバラをベッド代わりにして爆睡している。

参加しているのは、陽太郎、林藤匠支部長、県外スカウトに出ている二名を除く全員。

 

怪談大会といっても、このように阿鼻叫喚が起きたのは、四番手の烏丸の話で漸くという体たらくであった。

一番手の千佳が「トイレの花子さん」くらいしか知識がなく、二番手の小南もどっこいどっこい。

三番手の宇佐美栞も知っていることには知っていたのだが、口にすると怖くなったらしく、あえなく中断。

四番手の烏丸が淡々と語り、千佳を除く…千佳はファウードとバオウの激突を間近で見ていたので怖いもの無し…女性陣が悲鳴をあげたのである。

 

「いや、怖いのが怪談じゃないっすか」

「うっ…」

「次は空閑だな。…と言っても、あまり知らなさそうだが」

 

烏丸が小南たちに指摘する横で、木崎レイジが五番手である空閑に目を向ける。

しかし、空閑は出生後、人生のほとんどを戦禍の中で過ごしていた。

このような娯楽に知識があるかは、判断しかねた。

 

「そーだな…。おれは『あっち』に伝わってる伝承くらいしか知らないな」

「お、あるのか?」

 

迅が確認を取ると、空閑は少しばかり首を横に捻った。

 

「怖いかはいまいちわからん。

でも、おれがその時、現場にいたら『あ、死んだな』って思う話だ。

おれも最後の言葉しかしっかりと覚えてないから、レプリカに読ませる」

 

そのような前置きをすると、空閑は指輪に目を向ける。

そこから休眠状態であったレプリカが姿を表し、皆に語りかけた。

 

『千年前、果ては二千年前の伝承だ。

どちらから聞く?』

「……じゃあ、二千年前で」

 

迅が答えると、レプリカは頭上に映像を映し出し、とある絵画を映し出す。

その絵は、非常にわかりやすくまとまっており、加えて、かなり色褪せていた。

ゲームでよく見る、古代の絵画みたいだ…と皆が感想を抱く最中、レプリカが語る。

 

『二千年前…。

現代のアフトクラトルと呼ばれる国が、玄界を占領するために攻めた時の話だ』

「え、待って?近界民って、そんな前から攻めてきてたの!?」

 

小南の素っ頓狂な声に呼応するように、修を除く皆があんぐりと口を開ける。

その中心にいるレプリカは、『こちらもあまり把握していない』と伝え、話を戻した。

 

『当時の玄界は、それなりの文明を築いていたが、アフトクラトルに比べればあまりにもお粗末なものだった。

玄界は即座に、アフトクラトルのものに収まる…。誰もがそう確信していた』

 

ーーーーーー『シン・オルダ・タングルセン』という災害が来るまでは。

 

その言葉に、修と空閑が目を合わせる。

どうやら空閑も知らなかったようで、二人して内心でひどく狼狽していた。

が。ここでその狼狽を出せば、魔物の存在が露呈する可能性がある。

修たちはそれを避けるため、狼狽をおくびにも出さなかった。

 

「なによ、その…シンなんちゃらって?」

『黒トリガーをも超える、神の御業…。

当時の記録では、その程度のものしか残されていない。

ただ一つ言えることは、当時のアフトクラトルをそれだけで壊滅させた…らしい』

 

空閑が確認の視線を修に送ると、修は小さく頷いた。

『シン・オルダ・タングルセン』は、街一つ簡単に吹き飛ばせる威力が備わっている。

そこに「とある術」を加えれば、国一つを落とすことなど、造作もないだろう。

しかし、二千年前にも同じ術を使う魔物が居たのだろうか。

ユーの先祖なのでは、などと考えながら、修はレプリカの話に耳を傾ける。

 

『では、次に千年前…「バオウ」について語るとしよう』

 

その単語に、修は思わず目を見開く。

バオウ。正式名称、「バオウ・ザケルガ」。

悪を喰らい、意志を持つ…極めて特殊な性質を持つ術。

シンの名を冠することは無くとも、条件さえ整えれば、シンの術すらも突き破る。

その術は、高嶺清麿とガッシュ・ベルを象徴するかのような術であった。

 

「バオウ…。なんか強そうな響きだね」

『強いも何も、あちらでは「玄界が起こす災害」として認識されている。

現れたが最後、国が滅ぶまで喰らい尽くすとまで言われている』

 

レプリカの話は、バオウが…果ては、その生みの親である、先代の魔物の王たるガッシュの父が残した伝説の一端なのだろう。

修は一種の懐かしさを胸に秘め、口を開く。

 

「その、バオウっていうのは、どんなことをしたんだ?」

『さっき言った通りだ。

攻めてきたある彗星国家…それも、かなりの大国を、母トリガーごと噛み砕いた』

 

想像に難くない。

そんなことを思っていると、レイジが口を開いた。

 

「…そのバオウというのは、生物なのか?」

『記録としては、「雷を纏う竜」として残されている。

あちらでは一部の国は「竜」と「雷」を、「不吉の象徴」として扱う風習もあるな』

 

「代表的なものだと、キオンがその一つだ」と空閑が付け足す。

皆がバオウの姿を連想する中…小南はやけにメルヘンチックなデザインの竜を連想している…千佳がふと、声を上げた。

 

「…ねぇ、修くん。もしかして、五年前の巨人を倒した竜じゃない?」

「………そうだな。特徴は一致している」

 

その通りです、などと言えるはずもなく。

修は「特徴は一致している」とだけ言って、嘘をつかないことにした。

空閑にはバオウ関連のことを話していない。

あまり修自身に関連しないため、必然的に話す機会がなかったのである。

 

「五年前の巨人…って…そういや、デッカい竜が噛み付いて消えたわね」

「俺も見ました。…もしかして、守り神だったりするんすかね?」

 

ファウード関連も話していないので、下手な発言はできない。

いろいろとひどい目にあったため、あまり話さなかったことが裏目に出た。

思えば、シン・オルダ・タングルセンと「とある術」が目覚めたのも、ゼオンとの戦いの最中であった。

レプリカの話といい、バオウの件といい、脅威は脅威を目覚めさせるジンクスでもあるのだろうか。

皆がバオウについて話す中、空閑が締めの言葉を紡ぐ。

 

「…で、この二つの話は、この言葉で締め括られる」

 

ーーーーーー『シン』を恐れろ。『バオウ』を恐れろ。決して忘れるな。その天罰を。

 

シンとバオウ。

魔界が生み出した天災と粉うほどの存在。

ある意味、魔界の王を決める戦いが、これまでこの世界を近界民から守ってきたのだろう。

しかし、次に訪れる大規模侵攻…修の隣にユーはいない。

早く魔界とこちらを行き来する方法を見つけなければ、と決意を新たにする傍、修に向けて空閑が顔を向けた。

 

「じゃ、次はオサムな。

おれのがあんま怖くなかったし、とびっきり怖いのたのむ」

「あ、ああ。…そうだな。じゃあ、虫に関する怖い話を…」

 

その後、珍しくレイジや空閑、迅までもが叫び散らかす事態となった。

断っておくと、修はアンサートーカーを使っていない。

単なる才能である。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「空閑のあんな声、初めて聞いたな」

「おう。おれもあんな声出るなんて知らなかった。おぼえてろよ」

「…そんなにか。いや、ごめん」

 

玉狛支部から帰宅する途中。

今日は修の家に泊まる予定の空閑は、修の脇腹を肘で突く。

余程、先程の怪談で悲鳴をあげたのが悔しかったらしい。

二人でしばらく戯れあい、空閑が本題を切り出す。

 

「『シン・オルダ・タングルセン』。

オサムのパートナー…ユーの最強の術…って言ってたよな?」

「…術は遺伝するんだ。

きっと、ユーの先祖が、当時のパートナーと近界民を追い返したんだろうな」

 

魔物の寿命がどのくらいかは知らないが、王が千年を生きるのだ。

先祖という表現は、少し誇張しすぎたかもしれない。

何にせよ、件の魔物とユーが無関係ということはあり得ないだろう。

 

「で、どんな術なんだ?」

「んー…。『最弱であり最強の術』、だな」

 

一言で言ってしまうと、それに尽きる。

シンに相応しい威力はあるのだが、シンとするには弱すぎる術。

相対したデュフォー曰く、「ここまで弱く、ここまで脅威だと感じた術は、過去未来含めて存在しない」とのこと。

空閑は意味がわからないのか、首を傾げた。

 

「…どういうことだ?」

「バオウやファウードのことも話さなきゃいけないし、帰ってから話すよ」

 

修が言うと、空閑は「そっか」とだけ返す。

空閑の瞳に映る修は、少しだけ寂しげな表情を浮かべていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

翌日。

修が本部で昼食を摂っていると、幽鬼のようにふらふらとした男がそばを通りかかる。

あまりにも疲れているのか、そこらに頭をぶつけ、果ては転び、そのまま爆睡していた。

その様子を見かねた修は、男に駆け寄った。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「………た」

「た?」

「高嶺の、人でなし…」

 

男はそれだけ言うと、ばたーんっ!と音を立てて、地面に突っ伏する。

こんな往来がある場所で寝られては困る、と判断した修は、なんとかして男を抱き上げ、自身の座る席の向かい側に座らせる。

ひどいクマに、深い眠りに落ちているあたり、かなり疲弊していたのだろう。

机に突っ伏させる形で寝かせると、修は昼食の続きに戻る。

暫くすると、男が呻き声をあげて、顔を上げた。

 

「………ここはどこだ?」

「食堂です、太刀川さん」

 

男の名は太刀川慶。

高峰清麿に言葉によりボコボコにされ、果ては今日、初めて物理的にボコボコにされたA級トップの隊長である。

 

「…………ああ、そうだ。高嶺に物理的にボコボコにされて、満身創痍で来たんだった…」

「なら休みましょうよ……」

 

修が呆れ気味にツッコミを入れると、太刀川はふと顔をあげ、修を見る。

 

「…………………ああ!!

こないだ戦った凄いやつ!!迅の後輩!!」

「あ、はい。三雲修です」

 

急にテンションが上がった太刀川にたじろぎながら、修はあらためて自己紹介をする。

先日、太刀川とアンサートーカーありきで戦い、勝利をもぎ取った修。

そのことを太刀川が忘れるはずもなく、彼は先程の疲労を忘れ、勢いよく修に詰め寄る。

 

「このあと暇か!?ランク戦やろうぜ、ランク戦!!三日もやってないんだ、頼む!!

全力でぶつかり合おうぜ!!」

「は、はぁ…」

 

ランク戦を三日やってないだけで、ここまで疲弊するものなのだろうか。

呆れ気味にそんなことを思いながら、ふと、視線をある方向に向ける。

そこには、「うわぁ」とでも言いたげな、なんとも言えない表情を浮かべる迅がいた。

その直後、迅が口パクで「がんばれ!」と身振り手振りしながら言うと、そのまま去ってしまう。

面倒なことを押し付けられたようだ。

 

「昼食が終わってからでいいですか?」

「いいぞいいぞ!!あ、俺もなんか腹にいれるから、ちょっと待っててくれ!!」

 

ここまでハイテンションな太刀川は、付き合いの短い修も初めて見た。

本気でやらなくては、失礼というより、無気力になってしまうかもしれない。

そんなことを考えながら、修はドリンクである炭酸飲料を飲み干した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ああっと!ここで太刀川隊長、ダウン!!

三雲隊員の快進撃は止まらないーーー!!」

 

太刀川さん、すごくはしゃいでるな。

出水はそんなことを思いながら、見るからに上機嫌な太刀川の姿と、対する全てを見透かすような瞳をした修を見比べる。

一戦目。太刀川が剣を抜く前にスラスターで近づき、抜刀する直前で柄を蹴り上げ、孤月を一本奪取。

更にはスラスターで『飛び上がり』、追撃を躱し、落下と共に孤月を孤月で叩き折った。

さらには孤月の『柄の裏』に隠していたアステロイドを直撃させ、右腕を落とす。

間髪入れずにレイガストのモードを切り替え、修は太刀川の脳天にその鋒を突き刺したのだ。

 

孤月を奪取された際、太刀川には破棄して新たに生成する暇がなかった。

修はアステロイドを、太刀川から見える位置と見えない位置に配置していた。

しかも、体のブラインドと弾のブラインドをも織り交ぜていた。

もし放たれたら、いくら太刀川といえど、無傷では済まないだろう。

以前の戦いで、太刀川もそれを警戒し、迂闊に生成するのに集中力を割けなかったのだ。

 

「なんつーか、対人戦に慣れてるカンジあんな、メガネくん」

「スラスターであんなこと出来るって、多分誰も知らなかったよな?」

 

出水の隣に座る米屋陽介が、彼に同意を求めるようにこぼす。

それに対し、出水は首を横に振った。

 

「知らないっていうより、『やる意味がない』から、誰もやらなかったんだろ。

グラスホッパー入れりゃいい話だからな。

トリガーの奪取も同じだ。破棄されて作り直されりゃ終わる。

メガネくんがうまくいったのは、前の戦闘経験も合わせての牽制がめちゃくちゃ上手かったからだな」

 

全くもっていやらしい戦い方だ。

出水としては、これほど相手にしたくない相手もいないだろう。

恐らくだが、三雲修は自身の使うトリガーで幾度も試行錯誤を重ね、熟知している。

出水が戦えば、合成弾を作る暇すら与えず、瞬殺されるのがオチだろう。

というより、先日はそれで負けた。

 

「トリオン貧民ってレッテル貼られてんのに、それを忘れさせるくらいに戦い方が上手すぎる。

なんつーか、『あらゆる予測をしてる』みたいな…、そんな戦い方だ」

「同感。俺の幻踊孤月も全部見切られたし、秀次なんてお手玉だったからな」

 

二人してそんなことを話していると、ふと、米屋が思い出したような仕草をする。

 

「……なぁ、出水。アンサートーカーって噂話、知ってるか?」

「おう。有名だろ。

…………メガネくんがそれとか?」

「ま、ネットの噂話だし、信憑性ねーだろ。

ただ単にめっちゃ頭いいだけだろうし」

 

たまたま近くにいた空閑は、その話を聞きながら、「本当なんだよなぁ」と呟き、カルピスソーダを一気飲みした。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「アース、どしたの?法律のお仕事は?」

「今日は休暇を取っている。

こちらに帰ってきて、ユーに少し、話しておきたいことが出来てな」

 

魔界のとある平原にて。

巨体の少年の言葉に、白い髪の少年が首を傾げた。

学校もなく、特に用事もない休日の昼下がりに呼ばれた白い髪の少年は、少しばかり不機嫌そうに問うた。

 

「なら、五年前に話してくれよ。

おれも勉強って予定があるんだけど」

「それは済まない。だが、大事なことなのだ。きちんと聞いて欲しい」

 

ーーーーーー『シン・オルダ・タングルセン』について。

 

二人の間に、緊張が走った。




バオウのこと書いてる時、凄く楽しかったです。


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加古望ブチギレ事件

今回はガッシュ勢はそこまで関わりません。
修がボコボコにされた記録です。


「………」

「修くん、どうしたの?」

 

千佳が玉狛支部に着くと、修がソファで撃沈していた。

なんとも形容し難い表情を浮かべ、ピクピクと痙攣している。

その姿は、兄が持っていた有名な漫画のワンシーンを彷彿とさせた。

 

「本部の方に行くと、勧誘とか嫉妬とかで変な絡まれ方するんだと。

今日は定期報告の日だから、オサムはあんな疲れてるわけだ」

 

修を労っていたのであろう、手にドリンクを持った空閑が、千佳に軽く説明する。

それを聞いて、千佳は納得した。

 

アンサートーカーを発動させた修は、ハッキリ言って強すぎる。

 

風間を刈り取ったレイガストブーメランを初め、何人ものA級のリズムを崩したブラインドアステロイド、更には百発百中の投擲やアステロイドのコントロール。

完璧な間合い管理に、攻撃予測。

彼が食らったダメージは、少なくとも自傷分のみだろう。

引く手数多なのも頷ける。

 

「まぁ、アンサートーカーありきのオサムは強すぎるしな。

一対一じゃなく、チームで『詰み』までもってく必要がある。

成功例で言うと…たちかわ隊とか、この間のこなみ先輩たちだな」

 

そう。実は修は、アンサートーカーありきで敗北を経験している。

というのも、太刀川が狙撃手ばりに隠れながらの旋空孤月を放ち続け、牽制。

合成弾をこれでもかと同時に作った出水――この後、知恵熱を出した――が、誘導炸裂弾で攻撃のついでに煙幕。

その煙幕に隠れ、居場所を悟らせなかった太刀川が、旋空孤月で刈り取った。

 

黒トリガーの空閑も一応は勝利を収めており、その方法も「錨をプラスした射をこれでもかと設置して、身動きを取れなくする」というものだった。

本部に特別に許可をもらった風刃を使った迅もまた、「閉鎖空間に追い込んで全発放つ」という荒技で倒した。

 

また、空閑の知ってる限りでは、くじ引きで決まった村上鋼と那須玲のペアや、荒船哲次と二宮匡貴のペア、加えて諏訪洸太郎と生駒達人のペア、東春秋と佐鳥賢のペアが倒している。

玉狛第一も、あのあとはレイジが全武装で牽制と煙幕を務め、小南と烏丸、迅の煙幕の中での超連携で勝利を収めている。

アンサートーカーは無敵ではないことが証明された。

 

のだが。一対一でそのような状況に持ち込むのは、ほぼ不可能。

作れるとしても、時間をかける必要があり、用意が完了する前に刈られるのがオチ。

 

こんなわかりやすい強者が目につかないわけもなく。

修は勧誘で疲れる羽目になったのだ。

 

「…ってか、オサム、結構負けてるよな。

一対一は兎に角、二対二とか、相手が増えるだけで負けてる。

この間のつつみさんと組んだ時とか、そっちも味方の数も増えてんのに」

 

その言葉に、修は先日の戦いを思い浮かべた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「あの、なんか、ごめんなさい…」

「いや、いいよ。巻き込んだの、こっちだからね。加古さんの炒飯から逃げられたって思ったのが運の尽きだったなぁ」

「…そんなに酷いんですか……」

 

ランク戦ブースにて、堤大地が修に苦笑を浮かべる。

この団体戦が開催される経緯は、少々面倒な説明がいる。

 

事の発端は、加古望の炒飯が奇跡的な化学反応を起こし、簡易キッチンを大爆発させたことだった。

加古はトリガーを起動したことにより、なんとか無傷で済んだものの、加古隊の簡易キッチンはものの見事に木っ端微塵。

ハズレ炒飯を引く運命だった堤大地の命は、キッチンが直るまでに伸びた。

 

そのことを、堤は開眼してよくわからない舞を踊り、奇声を上げながら歌い喜んでいた。

その様子は、親友とも呼べる諏訪が「疲れてるんだな…」と、そっとしておくことを決めるほどに酷かったと言う。

 

が。諏訪隊のオペレーター、小佐野瑠衣がそんなネタを放っておくはずがなかった。

 

何を思ったか、小佐野はその動画をボーダーの女子隊員グループチャットに送りつけた。

あまりの喜びように、皆がチャットで「草」と打ち込む中、一人だけ反応がなかった。

 

もうお分かりだろう。加古望である。

 

キッチン爆発で人生最底辺レベルで機嫌の悪かった加古が、それを見てしまったのだ。

結果、加古はキレた。

それはもう、清麿やティオの呪文…『チャージル・サイフォドン』と張り合えるレベルの般若顔でキレた。

 

この時点で堤がボコボコにされるのが確定したのだが、神は堤を見捨てなかった。

勧誘から逃げてきた修が、たまたま加古に引きずられる堤と遭遇したのだ。

堤は藁にもすがる思いで、修を巻き込んだ。

というのも、「助けてくれ!!」と号泣して叫んだだけなのだが。

しかし、修は通称「面倒見の鬼」。

堤の助けを求める手を振り払うことなく、修はその手を取ったのだ。

 

しかし。加古の怒りは、その救いの神さえも焼き尽くすほどのものだった。

 

般若となった加古は、修を倒した実績ある出水と村上を召喚した。

村上曰く、「来なかったら殺すとか言われた」、出水曰く「自分の思う最大限クソまずい炒飯を食わせるって脅された」とのこと。

太刀川も召喚したそうだが、現在は修羅となった清麿にキン○バスターをかけられているらしく、応じなかった。

 

要するに。全て堤が油断してハメを外したせいである。

 

「勝てる未来が見えないんだけど、三雲くんはどうかな?」

「位置によっては、出水先輩は落とせますけど、村上先輩がいるのがかなりキツいです。

あと、怒った加古隊長が無茶苦茶してくる可能性も……」

 

加古が暴走した時の戦闘を、修はデータベースで一度だけ見たことがある。

そこには、加古がブチギレて、ハウンドで太刀川の動きを拘束し、スコーピオンで首を切り落とす様が映っていた。

その動き方は、ホラー映画のタイトルを収める心霊のようだったと記憶していた。

 

「………怖いなぁ…。相手したくないなぁ…」

「今逃げたら、出水先輩たちと同じ目にあうと思いますよ」

「……………だよね」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

団体戦が開始した。

まず動いたのは修。この間の経験から、出水のサポートの厄介さは警戒していた。

アンサートーカーで位置を特定し、出水の場所を探り当てる。

 

そのまま出水の方へと向かおうとした時、炸裂誘導弾が修へと襲いかかった。

 

しかも、全方位から。

どうやら、修に何かされたら危険だと判断し、出水がトリオンを注ぎ込み、更には史上類を見ないほどの集中力で合成弾を生み出したらしい。

 

修はなんとかそれを避けるも、テレポーターでハウンドを放つ寸前の加古が現れる。

慌ててアステロイドでハウンドを打ち消すも、今度は村上のレイガストが加速して修へと向かう。

 

それと同時に、加古もテレポーターで修の頭上へと現れ、更には出水も彼らを吹き飛ばす覚悟で誘導炸裂弾を放つ。

さらには、全員のシールドですかさず修を拘束する始末。

 

これは詰みだ。

 

般若の顔をした加古のスコーピオンで真っ二つにされ、村上の孤月で4つにされ、爆発で吹き飛ぶ中、修は泣きそうになっていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

結果的に言うと、修と堤は敗北した。

三戦やったが、それはそれはもう惨敗した。

あの手この手で修の動きを封じ、速攻で潰した直後、三人で堤に襲いかかる。

堤大地と三雲修は三度死んだ。

堤は罰として「加古が思う最大限にクソまずい炒飯の刑」に処されることとなった。

更には修もまた、なぜかその刑にカウントされていた。

 

その時のことは…あまり思い出したくない。

食感、味、風味、匂い、見た目…どれをとっても最底辺と言えるレベルの冒涜物を口に含んだ時、死を覚悟した。

 

頭をよぎった味に、修は静かに涙を流す。

 

「とまぁ、こんなふうに。

相手に何もさせない、というのは、戦いをスムーズに進める上で重要なことだぞ」

「レイジさん、メガネくんが泣いてるから。

あまり思い出させないであげて?」

 

パソコンの前で号泣する修の背中を優しく叩き、迅は映像を再生していたレイジにツッコミを入れた。

修が想起に夢中になっている間に、レイジが修が負けた映像詰め合わせセットを再生していたのであった。




修は一対一での戦績はいいですが、相手が複数になれば途端に戦績が悪くなります。


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強化合宿のススメ

こういう定期的な催しがあってもおかしくないと思って書きました。


「三雲くん、前に誰かと組んでたりしたんじゃないかしら?」

「へっ?」

 

ランク戦ブースからすぐそこにある、自動販売機にて。

たまたま相席した那須玲の言葉に、修はなんとも言えない表情を浮かべる。

修は「団体戦だと弱い」ということが露呈してしまい、木虎と嵐山准の二人…嵐山は善意100%、木虎は嫉妬100%の動機で勝負を挑んだ…にボロ負けした直後だった。

修は、時枝充と組むも惨敗。

というのも、修の出す指示は、時枝にはあまり合っていなかったのと、通じ合えるほど親睦がなかったのが大きな要因である。

 

その様子を見ていた那須が下した判断が、「元は誰かと組んで戦っていたのではないか?」という、鋭い意見だった。

 

病弱であるが故に、ストイックさや積極性も兼ね備えた隊長である那須。

その性格は、引きこもりの少女を自身の隊のオペレーターにしてしまうほどである。

彼女が本人に質問するのに、躊躇いはかけらも無かった。

それに対し、修は誤魔化す必要もないか、と頷いた。

 

「ええ、まぁ…。もう会えないですけど…」

「あっ…。ご、ごめんなさい…。その、そうとは知らず…」

「あ、いや、死んだわけじゃなくて。

会えないほど遠くにいるってだけで…」

 

修はたしかにアンサートーカーという強大な力を持っている。

アンサートーカーの真価は、団体戦で発揮されると言っても過言ではない。

だというのに、修が団体戦において雑魚と認識されているのは何故か。

 

その答えは、修が「トリガーを使っての団体戦をそこまで経験したことがない」のと、「魔物との戦いに慣れすぎた」ということにある。

 

魔物との戦いにおいては、団体戦が当たり前の状況下にいた。

なにせ、修はパートナーと共にガンガン前に出て、相手の本を取り上げるスタイルで勝ち抜いてきた。

クリアの本も、ユーをシン・クリア・セウノウスから庇わなければ、奪えた可能性だってあった。

 

しかし、トリガーの戦いと、魔物との戦いでは、かなりの違いが生まれてくる。

変幻自在の攻撃、自身より圧倒的に多いトリオン量から放たれる殲滅弾幕、何より「本」という明確な弱点と強さの有無。

更には、パートナーとの深い親密度による完璧な連携も取れない。

 

いくらアンサートーカーとはいえど、その染み付いた慣れが取れるわけもなく。

結果、修はトリガーを使った団体戦において、比類なき弱者となった。

…素の実力も、棒のようなもの殺人術がトリガーを使った戦闘において投擲以外は役に立たないため、妥当な結果ではあるのだが。

 

「ボーダーじゃなくて、ケンカの相棒っていうか…。小学校の頃、すごくヤンチャして」

「そうなの?…あまりそうは見えないけど」

 

ヤンチャはしていました。

校舎は二度ほど壊したし、二桁近い台数の車を木っ端微塵にした。

平原を更地にしたこともあった。

最終的には、ロッキー山脈にでかい風穴を開けた。

ロッキー山脈の穴は、シン・クリア・セウノウス・ザレフェドーラの弾の軌道を逸らしたことによるものだが。

今は無き魔物との戦いによる傷痕のことを思いながら、修は半笑いで誤魔化す。

 

「その、僕が言うのもなんですけど。

彼とは…魂を分けたような…、いや、互いの半身とも言える…そんな関係でした」

 

おそらく、それはガッシュの友人たる魔物のどのパートナーにも言えることだろう。

互いが互いを支えてきた、魔物との戦い。

その中で強い絆が育まれ、別れの時になって互いに泣きじゃくる。

修も、ユーとの別れを思い出し、目尻に浮かぶ涙を拭いた。

 

「成る程。だから団体戦の指示が最低限以下だったのか」

「あ、嵐山先輩…」

 

どさっ、と音を立てて、修の隣のベンチに座り込んだのは、先程戦った嵐山だった。

嵐山が修に戦いを挑んだのは他でもない、迅に「団体戦を教えてあげて」と頼まれたからである。

修ほどではないものの、面倒見は良い方の彼は、修の癖などを簡易的にプリントにまとめ、彼に渡した。

 

「これ、トリガーを使った団体戦のコツだ。

参考にするといいよ」

「あ、ありがとうございます。わざわざこんなことしていただいて…」

「いいよいいよ。後輩を育てるのも、A級の使命だからね」

 

笑顔が眩しい。これが象徴パワーか。

柄にもなくそんなふざけたことを思いながら、パラパラと数枚のプリントをめくり、流し読みする。

非常にわかりやすくまとまっている。

太刀川の「ダーってやって、バーってやれば勝てるだろ!!」という大雑把過ぎる説明よりも遥かにわかりやすい。

 

「三雲くんは、突破力がない。

多対一になると、詰みの状況に陥りやすいって言うあからさまな弱点がある。

トリオン量から、カメレオンとかのトリガーが選択肢に入れられないなら、まずは誰か一人だけ…それも支柱となる人間を落とすことに集中するといい。

その後は、指示を出す練習として、通信で味方に指示を出したらいいよ」

「そんなことまで…。何から何まで、本当にありがとうございます」

 

嵐山に頭を下げると、彼は「じゃ、そろそろ行くよ」と席を立つ。

修がそちらの方を見ると、修に勝てて上機嫌なのか、少しにやけた表情の木虎が見えた。

 

「……この癖、治さないと」

 

修が本を握るように拳を握ると、那須が「そうだ!」と手を合わせた。

 

「三雲くん、今度の連休、暇?」

「へ?」

 

♦︎♦︎♦︎♦

 

「えー只今より、太刀川隊主催でボーダー強化合宿を開始しまーす」

「「「おー!!」」」

「…………………何これ?」

 

翌週。ボーダー本部にて。

一部のA級、B級、C級の人間たちが盛り上がる中、ノリについていけず、残された修は、心中にある言葉を口にする。

強化合宿とは名ばかりで、要は「数日かけて強くなろうぜ!」とスポ根ものの合宿を開催しているようなものだ。

主催を務める太刀川がマイクを口前に持ってきて、声を張り上げる。

 

「この合宿は俺のストレス発散八割、上層部の『戦力強化してくれ』って命令一割、残りの一割はお前らのノリで開催されてまーす」

「ほぼ私情じゃねェか!!」

「お前のストレスはお前が原因だろ!!」

「上層部の命令をついで感覚で言うな!!」

 

怒涛のツッコミに太刀川は「はっはっはっ。かゆいかゆい」と笑ってみせる。

一通り騒ぎ終わると、太刀川は咳払いをして続けた。

 

「そんな冗談は置いといて。

初開催となるこの合宿では、上層部が決めた4人1組、プラスでオペレーター付きのチームを組んでもらう。

なるべく戦力が均等になるよう、忍田さん、東さん、林藤さんが計らってくれた」

 

言うと、太刀川は同じ隊のコネ入隊、唯我尊にアイコンタクトをする。

彼は「なんで僕が…」と文句を言いながら、渋々最前列の皆にプリントを配った。

修も前に座る帯島ユカリから回されたプリントを一枚抜き、後ろに回す。

自身のチームを確認する時間を与えているのだろう、太刀川が暫し沈黙する。

修はそれに甘え、自身のチームを確認する。

 

「ランクは混合。A級が入ってるチームには、必ずC級の希望者も参加している。

まぁ、細かいルールはここまでだ。

決まったチームで闘いまくれ!!…ってカンジだな。諸君の健闘を…お…、いの、祈る……で、あってたっけ?」

「「「肝心なところでアホ晒してんじゃねーよ太刀川ァ!!」」」

 

太刀川と同い年か年上の皆が、声を張り上げてツッコミを入れる。

皆がどっと噴き出すも、即座に太刀川の隣に控えていた東が手を叩いて鎮静する。

 

「じゃあ、決まったチームに別れてくれ。

予め、立て札を用意しておいた。

ここであまり時間をかけるなよー」

 

東の言葉の通り、皆がそれぞれ自身のチームが書かれた立て札へと向かう。

修もまたその立て札へと向かうと、見覚えのある顔がこちらを向いた。

 

「メガネ先輩、ウチと同じ班っすね」

「夏目さん、早いな」

「ま、こー見えて真面目なんすよ。実家、空手道場だから作法に厳しくて」

 

希望者のC級は、A級一人につきに一人。

無論、空閑や千佳も参加している。

修のチームでは、千佳の友人である夏目出穂が選ばれていた。

チームの編成は、ランクだけで言うとA級1、B級2、C級1が平均的である。

修のチームも、そのセオリーに入っていた。

ちなみに、C級の中でこの中に入ろうと希望する人は、そこまで居なかったようで、ちょっとバランスが崩れても問題ない程度しか参加していないらしい。

そのことを思い出していると、修たちの立て札へと一人の青年が歩いてくる。

 

「ごめん。人すごくって、ちょっと迷っちゃった」

「あ、仏先輩」

「来馬先輩、まだそんなに経ってないので、大丈夫ですよ」

 

B級の二人目は、通称「仏」、確率論の神に愛された男である来馬辰也であった。

村上が属する鈴鳴第一…来馬隊を率いる、人望あふれる青年である。

加古にとばっちりで処刑された修を、村上が同情して外食に連れ出した時に知り合い、親睦を深めた経緯がある。

夏目とは、究極のドジ…「真の悪」、別役太一という隊員を仲介して知り合った。

太一の数々のやらかしに、仏の顔で赦す姿から、「仏先輩」というあだ名をつけられた。

 

戦力として頼りになるかと問われれば、微妙なところというのが来馬の評価である。

B級中位にいるだけあって、人を率いる才能はあるのだが、単体で見ると他の人間と比べて見劣りしてしまう。

 

C級で経験がない夏目、団体戦において最弱…というより、居座られると厄介なので、速攻で落とすべく相手が全力で襲いかかってくる修、弱くはないが強くもない来馬。

最後の一人、A級は…。

 

「おっす、三雲先輩。…って、過半数中学生じゃん」

 

緑川駿である。

A級4位に座す草壁隊に属しており、迅バカと揶揄される少年である。

実力は折り紙付きで、グラスホッパーというトリガーを巧みに操る。

 

あとはオペレーターのみ。

四人してきょろきょろと周りを見渡していると、ボサボサ髪の少女がこちらに来た。

 

「よーっす!元気か三雲ー!」

「ぁだっ!?」

 

修の腰あたりを勢いよく叩いた少女…仁礼光は、からからと笑った。

 

彼女と修の接点は、修が彼女に清麿を紹介したことから始まった。

というのも、光はたまたま、ボーダー内での学業成績表を見たらしく、自身が最下位にいたことが不満だったとのこと。

そのため、家庭教師を求めた彼女に、以前ランク戦で知り合った北添尋経由で、修が清麿を紹介したのだ。

清麿曰く、「学ぶ気が微塵もない太刀川よりはるかにマシ」だという。

 

一通り見ると、彼女は頷き、口を開いた。

 

「弱めのチームだな!

頭になれるヤツが、癖とやらのせいで最低限の指示も出せん割に、一対一じゃ強ぇから全力で落としにかかられる三雲と、二人のお守りがない来馬!B級二人が特に!!」

「「……はい、ごめんなさい…」」

 

容赦のない意見である。

しかし、その意見はもっともであった。

司令塔となりうるアンサートーカーを持つものの、長きに渡り最低限の指示のみで戦ってきた弊害のある修。

隊長を務め、皆を引っ張る才能はあれど、他のB級に比べ、尖った部分のない来馬。

この二人しか頭を張れない時点で、このチームは「弱い」というレッテルを貼られる。

そのことを修たちが再認識していると、光は笑顔のまま続ける。

 

「リーダーは三雲と来馬のローテな!

この際だから、一皮剥けてこいってんだ!」

 

こうして、前途多難なチーム「みくる派」…命名は光…の戦いがスタートした。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

一日目が終わり、夕食時。

結果から言おう。みくる派は案の定、戦績だけ見ればほぼ全敗という有様だった。

とは言っても、試合を重ねるにつれ、修の癖は矯正されつつあり、来馬も積極性が生まれ始めた。

 

最後の太刀川、生駒、那須、千佳のチームとの対戦は、引き分けに終わった。

まず緑川が修のサポートありで太刀川と相討ち、修もまた生駒をなんとか落とし、脱落。

来馬が脱落した修の指示を実行し、千佳を落とした。

そして出穂が那須を撃ち抜くも、那須の置き土産により二人とも脱落。

 

このように、明らかに格上の相手にも、なんとか相討ちまで持っていくことが出来た。

各チーム親睦を深めるため、合宿モノ恒例のカレーを作りながら、戦闘の反省を語る。

 

「…で、来馬先輩は、牽制と攻撃の見分けを付けるところから始めた方がいいかと。

そこは村上先輩が上手いので、合宿が終わったら聞いてみてください」

「ありがとう。三雲くんは…そうだなぁ。

相手を誘き出すのはいいけど、せっかく誘き出すんだから、罠を仕掛けるとかどうかな?

スパイダーなら、そんなにトリオン使わないし、いいと思うよ?」

 

修と来馬は互いの反省点や改善策を挙げ、じゃがいもの皮を剥く。

普段、皆が甘やかすため、料理をしたくともできない来馬は、ピーラーを使っている。

修はアンサートーカーで「美味しいカレーの作り方」を導き出し、それに沿ってスパイスを用意していた。

修にとっては、アンサートーカーの正しい使い方である。

 

尚、材料は東と小南が用意したものである。

ルーでしかカレーが作れない人間のためのルー、本格的なカレーを作りたい人向けのカレー粉、更に本格的なカレーが好みの人は各種スパイスという本気ぶり。

修が選んだのは、スパイス数種であった。

 

元々、母がいない時は自炊もする修は、慣れた手つきで野菜や肉の下拵えをする。

その傍でも、戦闘の反省は忘れない。

 

「夏目さんは、近距離でも戦える狙撃手を目指してみたらどうかな?

ほら、那須さんと鉢合わせて、蜂の巣になる前に格闘術で素早く倒して、イーグレットでズドン!…って。

スコーピオンとかすごく向いてそうな動きしてたよね?」

 

来馬の言葉に、修は先程の戦闘を想起する。

太刀川、生駒を落とした直後、夏目が那須と鉢合わせてしまったのである。

那須が弾を生成する前に、彼女は即座に距離を詰め、足を払った。

そのあと起き上がらないように上半身の中心を踏み、頭を撃ち抜く。

狙撃手とはなんだったのだろうか。

しかし、その直後に那須が放ったバイパーに残った二人が刈り取られ、引き分けとなったが、出穂はその結果を手繰り寄せるのに、大きな役割を果たしてくれたと言える。

 

「アタシ、年齢の関係で昇格受けられてないだけで、師範代ブチのめしてるんすよね」

「「「「え?」」」」

 

まさかのカミングアウトに、チームの全員が呆然とする。

彼女曰く、過去に中国に住む親戚から紹介された「ウォンレイ」という青年に、しばらくの間扱かれたらしい。

所々似通った動きが散見されたので、恐らくは修の記憶にある魔物と同じ人物だろう。

 

「そっちで食ってくのも魅力的だったんすけど、やっぱボーダーでA級目指す方が安泰かなぁって思って…」

「………引く手数多だと思うよ」

 

あまり積極的にランク戦をしないだけで、ポイントが溜まれば、どのチームも勧誘に動くことだろう。

来馬がそんなことを思っていると、彼を押しのけて光が出穂の手を取った。

 

「ウチ来るか!?」

「や、いーっす。もーちっとじっくり見てから決めようかなと。

アタシがノリで入ったら、そのチームのリズム崩れるっしょ」

「かーっ!三雲と言い、最近の中学生、アタシよりしっかりしてんなー!」

 

光は言うと、「もちろん緑川以外な!」と付け足し、彼を揶揄う。

しっかりしていると認識されていない緑川は、それなりにショックだったのか、がっくりと肩を落とした。

 

「俺、この中で唯一のA級だよ…?

なんでよりにもよってヒカリちゃんに『しっかりしてない』って言われんの…?」

「じゃ、きちんと勉強すれば?

迅バカくん、ランク戦にかまけて、全くやってねーっしょ?」

「うぐぅうっ!!??やめてっ!!

こないだのテストで過半数赤点だったの思い出すから!!」

 

正論で殴られた。

頭が悪い理由がこうも明白なのに、どうして改善しようとしないのだろう。

修はそんなことを思いながら、煮込んだカレーを小皿によそい、味見した。

 

「………」

 

騒がしい調理の時間。

ユーとの思い出が頭をよぎり、修は少しばかりの寂しさに襲われた。




私はハルヒは小学校卒業前、友人から借りて読んだくらいで、ほぼ知識抜けてます。
空手に関してコメントがあったのですが、実家が道場というのは公式ですが、実力に関してはウォンレイによるものです。


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グラスホッパーはトラップ向けトリガー

草壁さんのオペレーターを早く見たい、と思いながら書きました。
まぁ、県外スカウト行ってるから出せないんですけど。


「駿んん……!!なんなのあのグラスホッパーの使い方ぁあ!!」

「く、黒江……、三雲先輩に、言ってぇえ…!

締まってる、締まってるからぁあ……!!」

 

とんでもない首の構造になっている緑川に、修たちは合掌する。

その首を絞めているのは、加古隊の炒飯処理係、黒江双葉である。

試作トリガーである加速オプション、「韋駄天」を使った戦法が得意で、誰が呼んだか「忍者ガール」。

そんな彼女が、緑川にキレているのには、理由があった。

 

「なんで韋駄天の移動先に、木の葉も乗せてバレないように置いてんの!?

草壁さんの性格の悪さ移ったの!?!?」

「だ、だから…、それ、三雲先輩の、指示だって……!!」

 

そう。彼女は修考案、緑川実行のグラスホッパーの罠に見事に引っかかったのだ。

放物線を描きながら吹っ飛んだ彼女を、来馬の地上からの弾丸、出穂の狙撃で容赦なく刈り取った。

修が落下地点まで計算したがために、黒江は早々に蜂の巣になって脱落。

それは二日目の第一試合が開始して、実に2分後のことだった。

 

「まぁまぁ、黒江ちゃん。勉強になったって思えば…」

「熊谷先輩もムカつかないんですか!?

踏み込み旋空孤月!!

アレ使う時に、踏み込む足にグラスホッパー出されたんですよ!?」

「いや、腹立つけど。でも、自分の未熟が招いたことだし」

 

那須隊の攻撃手、熊谷友子が宥めるも、黒江の暴走は止まらない。

グラスホッパートラップ。

修がアンサートーカーで導き出した「騙し討ち」の一つである。

このグループに突破力は、緑川以外に存在しない。

これはもう仕方がない。

であれば、いの1番に狙われるエースである緑川をどう活かすか。

 

修が導き出した答えは、「囮役」と「仕掛け人」だった。

 

結果、緑川らしかぬ、非常にいやらしいグラスホッパートラップが完成したのだ。

これで迫り来るエースアタッカーをポンポン飛ばし、予想外のことに身動きが取れない瞬間を滅多撃ちにする。

これにより、黒江と熊谷はあっさりとやられ、残った二宮がC級3バカの一人を連れて奮闘する羽目になった。

無論、その時点で修のタイマンでの強さが発揮され、二宮は敢えなく敗退。

残ったC級も、出穂と鉢合わせて攻撃する前に拘束され、ゼロ距離射撃で刈り取られた。

こうして、みくる派は合宿で初めての勝利を飾った。

 

「でも、罠に嵌めるって結構面白いね。

草壁さんの指示以外でやったことなかったから、癖になりそう」

「点を取るだけが攻撃手じゃねーかんな。

カゲは罠とかぜってーやんねーけど!」

 

アレは性格的に細かいことはやらん、と、豪快に笑う光。

彼女の所属する隊…影浦隊は、真正面から叩き潰すとでも言いたげな、攻撃特化の部隊である。

小細工なしでもA級6位まで上り詰めた功績もあり、囮役はもっぱら北添が担当していた。

 

「まー、アタシもオペの端くれだかんな。

こーゆースマートな作戦?っての、一回やってみたかった!」

「普段のアホ全開な言動はとにかく、姉御先輩、オペとしては優秀っすよね」

「歯に衣着せないよね、出穂ちゃん」

「嘘つくのは性に合わんし」

「おーう、口だけは達者だなネコ目ェ…!」

 

光にニーブラをかまされながら、平然と緑川と言葉を交わす出穂。

狙撃の腕は、修がアンサートーカーで「大体の感覚」を教えたことにより、飛躍的にアップした。

攻撃手ならもう少しスムーズに行ったのでは、と来馬が問うと、「ゴルゴに憧れて狙撃手目指したっす」と白状。

思春期ということもあり、昔の漫画に影響されやすいタイプなのかもしれない。

 

「来馬先輩も、前に出る回数とか、生き残る確率が上がってきましたね」

「そ、そうかな…?昨日、諏訪さんとか、いろんな人に落とされたけど…」

「お前が強くなるだけで、鈴鳴はアホみたいに強くなんだから、自信持て!

ま、それでもウチの方が強いけどな!」

 

このような会話すらも、経験として蓄積されていく。

修たちは知らぬことだが、今回の合宿の狙いは、「チーム戦に慣れさせる」だけが目的ではない。

普段は関わりのない人間と、互いの欠点について話し合う機会を作ることも兼ねている。

 

この合宿が計画された経緯を語ろう。

清麿に物理的にも精神的にもボコボコにされた太刀川が、「ストレス発散に合宿みたいなのやりてーっす」と忍田にこぼしたことがことの発端だった。

忍田は城戸から命じられた「ボーダーの戦力強化」に行き詰まっており、連日連夜、悶々と唸っていた。

予算の関係などもあり、期日までに実行できるような計画がないかと寝不足の頭で思案していた矢先に、太刀川のこの言葉。

 

忍田真史はそれを天啓だと確信した。

人生初、戦闘以外のことで弟子に感謝しながら、城戸にこの計画を立案。

特に予算がかかるわけでもなく、全体的な戦力の向上が予見できるこの計画に、城戸は珍しくご満悦だったという。

 

尚、これにより太刀川はゴキブリ以下からゴミ以下の好感度にランクアップしたという。

 

「でも、目立って強くなってきたのは僕たちだけじゃないよ。

堤くんとか、半崎くんとか…、C級、B級中心に実力がメキメキ伸びてる。

普段関わらない人と組むから、各々に足りないものがきちんとわかるし、方針で我儘が通らないから、チームワークや親睦の大切さにも気づける。

定期的にやれば、今度くる大規模侵攻も、きっと防げるよ!」

 

現に僕も得点率上がったし、と付け足し、来馬が笑みを浮かべる。

ただ、一つだけ懸念があるとすれば…。

 

「太刀川くんとか太一とか、成績が残念な子がさらに残念なことになりそうだけど…」

「………知り合いに、聞いてみます」

 

上層部の苦悩は終わらない。

 

合宿後の話になるが。

修から連絡を受けた、暇を持て余していた清麿が、ボーダーの赤点常習犯の面倒を見る羽目になった。

アンサートーカーのおかげで負担はないに等しいが、太刀川の不真面目さが如何に常軌を逸していたかを知り、涙をこぼしたという。

取り敢えず太刀川はボコボコにされることが確定した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

二日目のみくる派の戦績は、勝ちが三割、負けが四割、引き分けが三割であった。

確実に実力は上がっているものの、やはり突破力不足が足を引っ張り、出水などの「詰み」を作ることを得意とする人間がいる班には勝てなかった。

しかし、太刀川率いるチームに僅差で勝てたのは、大金星だろう。

…無論、何故か参加していたレイジや迅、若手を育てることが生き甲斐になりつつある25歳の東春秋が率いるチームには、それはそれはもうこっ酷く負けたが。

 

「いやぁ、今日も負けた負けた!

強くなってるけど、やっぱお前ら弱いことにゃ変わりねーな!」

「「す、すみません…」」

 

光の辛辣な言葉…早々に慣れた…に、二人してがっくりと肩を落とす。

それに対し、出穂が反論した。

 

「や、足引っ張ってんのはウチもっすよ。

即落とされた時もありましたし」

「俺もそれなりに落ちたなぁ」

 

やはり、成長したとはいえ、全体的に見れば「弱い」部類のチーム。

そう思えば、かつて困難に立ち向かったパートナーたちで組んだチームも、全体的に見れば弱かった。

 

何せ決め手になる攻撃手段が、ガッシュとユー以外に存在しなかったのだ。

 

その攻撃もたかが知れており、ディオガ級の術を相手にすれば、普通に押し負けた。

それもファウードの一件までのことで、ゼオン戦を経て、格段に強くなりはした。

しかし、竜族の神童とまで呼ばれた上、研鑽を重ねに重ねたアシュロンには、ユーは兎も角、修は赤子のようにあしらわれた。

…ただ、アシュロンが放ったテオブロアが香澄のお気に入りのワンピースに直撃し、怒り狂った彼女に一方的に叩きのめされたが。

 

クリア戦も非常に厳しい戦いを強いられており、修とユーに至っては、「終始誰かを圧倒する」という状況など、ほぼ無かった。

この弱さと、どう向き合うか。

頼りになる清麿は、かつての仲間たちは、それぞれの場所で前を向いて生きている。

修は決意を新たにし、今回の反省点を導き出した。

 

「じゃあ、食事がてら反省会をしよう。

僕が思うに……」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「うーむ…。オサムに勝てたのはいいけど、結構ギリギリだったな…」

「…………そうね」

 

その頃、空閑はと言うと、同じく反省会を開いていた。

組まれたチームは、A級が木虎藍、B級が日浦茜と諏訪洸太郎、そして空閑の四人。オペレーターは、現在「新イベ周回してくるから〜」と席を外している国近柚宇である。

勝率で言えば高い方で、チームも強い部類ではあるのだが、中の上程度の実力といったところだった。

 

「木虎先輩、なんであんなに不満そうな顔してるんでしょうか?」

「三雲たちにいいように嵌められて、真っ先に落とされたのがショックなんだろ。開始1分も経ってないのに落ちてたし」

「諏訪さん?」

「悪かった。悪かったからその顔で包丁向けんな生身だぞ今」

 

そう。来馬考案の「ドンキーコングもどき」という、閉鎖空間でグラスホッパーを活用し、瓦礫や消火器などの障害物を弾きまくるという戦法に引っかかったのだ。

囮役を務めた出穂を深追いしたのが運の尽きで、修が算出した軌道に弾き飛ばされ、そこを来馬に撃ち抜かれた。

その間、なんと試合開始から40秒。

諏訪が指揮を取り、空閑、日浦とのコンビネーションを上手く決めたことにより勝利を収めはした。

が、木虎としては不満の残る結果となってしまったのである。

 

「で、でも、それだけ木虎さんを警戒してたんですよ!きっと!」

「分かりやすく『強い』って判断できるヤツほど、戦力を注がれるからな。

オサムとおんなじだ。よかったな、木虎。

オサムと同じ土俵に立ててるぞ」

「それ喧嘩売ってるの?」

「おい空閑やめろ。ナチュラルに煽るな。

木虎も乗るな。なんで三雲が絡むとそんな機嫌悪いんだお前は」

 

チームワークは出来ているが、空閑と木虎の仲は最悪だった。

というのも、木虎がプライドが高い性格に対し、同い年の…しかも、これまで散々弱さを露呈してきた修に一方的に負けたことに、空閑が「お前とオサムとじゃ勝負になんないよ」と煽ったのが原因である。

 

先日に勝ちを経験し、胸のすくような思いに浸っていたタイミングで、罠に嵌められて瞬殺されたのだ。

加えて、緑川がグラスホッパーを絡め手に使ったのは、修の指示によるものとばかり思っていた。

しかし、聞けば考案したのは来馬で、トドメをさしたのも来馬。

修は空閑の方へと向かっており、見向きすらされていないと認識した彼女の苛立ちは、最高潮に達していた。

 

「……次は、絶対に勝つ……!」

 

その苛立ちを向上心に変えるのが天才的に上手いというのが、木虎藍の長所である。

 

「すわさん、こーゆータイプは煽っといた方がやる気出すよ」

「……………はぁ。中学生は単細胞っていうか、なんていうか……」

「それ、中学生の私たちに言います?」




草壁さんは公式で「性格悪い」とか言われてたので、エグい絡め手とか普通にやると思います。


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フォルゴレは名前だけでもインパクトが強い

権利関連の問題が面倒だったので、歌詞は避けました。
出したのはタイトルだけです。


「……生駒。その、テンション上がってる時に歌うのはわかる」

 

合宿の終わりが近づく最中、太刀川が珍しく真剣な面持ちで生駒に迫る。

生駒はというと、こてん、と首を傾げ、何が言いたいかわからないとでも言いたげに、ジェスチャーしていた。

 

「わかるけど、『チチをもげ』はやめろ。那須や雨取、三上もいるし、気が散る」

 

そう。生駒は何を思ったか、戦闘中に『チチをもげ』を歌い出したのである。

このCDは世界中で飛ぶように売れ、既に販売数は億は下らない。

攻めた歌詞に難色を示す人間は一部いるものの、衰えない人気を誇っている曲である。

 

歌手のパルコ・フォルゴレは今なお伝説を残す大スターで、誰が呼んだか「イタリアの英雄」という異名が相応しい男である。

曰く、「難病の子供たちのために、病院で独占コンサートを開いた」。

曰く、「強盗が侵入した銀行で、歌いながらもコミカルに強盗を撃退した」。

また、過去の大規模侵攻で傷ついた三門市に訪れ、設備も何もないのにコンサートを開き、更には自身のポケットマネーから復興物資を寄贈した。

このことから、三門市民の多くはフォルゴレファンで溢れている。

 

ただ、アホっぽさが目立つという欠点さえなければ、人のできた青年なのだが。

 

「えー?鉄のフォルゴレ様が億は売った曲やのにー?」

「お前クソみたいに下手だし俺も大好きだから余計気が散るんだよ!!」

 

太刀川もその例に漏れず、フォルゴレの大ファンの一人である。

チチをもげのダンスは完全にマスターしているし、なんならカラオケの十八番だ。

だからこそ、生駒の「チチをもげ」に、どうしても気を取られてしまった。

一通り叱り終わった太刀川の側で、那須の素っ頓狂な声が響く。

 

「え!?三雲くん、パルコ・フォルゴレに大海恵とお友達なの!?」

 

ぴくっ。

太刀川と生駒の耳が敏く反応し、二人とも呼吸を忘れ、女性陣の会話に聞き入る。

大海恵。こちらもまた、日本を代表するアイドルで、二人もファンの一人である。

こちらもまた、三門市の復興に助力した一人であり、市民の間ではトップアイドル並みの扱いを受けている人間。

フォルゴレと恵の二人が、修の友人。

その情報に千佳は首肯した。

 

「あ、はい。フォルゴレさんは、来日した時によく泊まりに来るらしくって。

私も、小学校低学年の小さい頃から、よく遊んでもらってて…。

この間も、玉狛支部にお菓子を持ってきてくれました。

あ、その時の写真です」

「三雲くん、あの世紀の天才、高嶺清麿も友人なのよね?

本当、どういう交友関係なの……?」

 

一緒に世界を救った仲間です。

修がこの場にいれば、内心でそう思っていたことだろう。

太刀川にとってトラウマに近い名前も出たが、大海恵とパルコ・フォルゴレのインパクトに打ち消されている。

素早く千佳に迫った二人は、彼女の手を取った。

 

「「サインとか、頼める?」」

「……………………はへ?」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……いーなー。皆で合宿…」

「や、シフト入れてるっていうから、参加届け出さなかったとりまるくんが悪いよ」

 

その頃、玉狛支部にて。

修の師である烏丸京介は、三角座りをして、沈んだ顔をしていた。

合宿には「家庭内で旅行がある」という理由で不参加の宇佐美栞…帰国したて…が、烏丸に指摘した。

 

「まさか、迅さんやレイジさんまで参加するなんて、誰も思わないじゃないですか。

すっごい楽しそうにカレー作ってる写真送られてきた時、俺がどんな気持ちで品出ししてたと思うんすか」

「いや知らないよ。ミ○クボーイじゃないんだから申し訳なくも思わないよ」

 

余程自分抜きで皆が楽しんでるのが堪えたのだろう、烏丸は鼻声で愚痴をこぼす。

相手をするのが面倒だと判断した宇佐美が、適当に流すと、彼の顔が素早く上がった。

 

「じゃあ、宇佐美先輩。

あなたはなんとも思わないんですか?

可愛がっている後輩が、自分抜きでカレーを作ったり、キャッキャウフフしてる光景に」

「いや、私、フランス行ってたし。

あんまり、羨ましいとかは……」

「…………そうですよね。バイトっていう嫌なことじゃないっすもんね……」

「拗ね方意外と面倒だよね、とりまるくん」

 

いくら達観しがちとはいえ、やはり高校生。

同級生が青春を謳歌する最中、灰色のバイト三昧なのも相まって、非常に面倒な拗ね方をする烏丸。

これが迅やレイジだけならまだ良かったのだが、修が入っていたことも一因となり、このように拗ねてしまったのだ。

 

「それならバイト休んで参加したらよかったじゃん。なんでシフト入れたの?」

「…………その、ギャラが良くて」

「目先のお金に目が眩む高校生の習性!!」

「そっちも高校生じゃないっすか…」

 

宇佐美のツッコミに、烏丸は呆れ気味に指摘する。

暫し沈黙が続き、宇佐美が奏でるタイピングの音だけが響く。

それを破ったのは、烏丸だった。

 

「……修のやつ、絶対に『喧嘩に慣れてる』わけじゃないんすよね」

 

ぴくり。

その言葉に反応し、宇佐美のタイピングの音が止まった。

 

「…………とりまるくんも、そう思う?」

「ええ。アイツは、『戦いに慣れている』。

そういう奴だと思います」

 

修は誤魔化せていたと思っていたが、実際には全く誤魔化せていなかった。

決定的な証拠はないが、烏丸は以前対峙した時のことを思い浮かべる。

全てを見透かす力に、『あまりにも上手過ぎるアステロイドの使い方』。

まるで、以前からそれを使って戦っていたかのような、そんな感覚。

アステロイドを『タングル』と呼ぶ仕草も相まって、烏丸には確信に近いものがあった。

 

「嘘に空閑が反応していない…わけではないっすね。ちょっと眉が動いていた。

恐らく、修にとって暴かれたくない嘘で、予め空閑にだけバラしたかと」

「だよね。…詮索するのも申し訳ないけど」

 

二人して言うと、彼らは先日、迅に言われたことを思い出す。

 

『メガネくんは…可愛い後輩だ。

それは変わりないけど、怪しい部分が多すぎる。俺たちにも言えないような何か…遊真関連でも、アンサートーカーでもない、とても大事な何かを隠してる。

……俺の勘だけど…、知るだけなら損にはならないと思う。

皆にはメガネくんが隠しているソレを、彼にバレないよう、探って欲しい』

 

言われてみれば、修には怪しい部分がある。

まずは交友関係。

パルコ・フォルゴレ、大海恵、高嶺清麿に加え、アフリカに住むと言うカフカ・サンビームとエル・シーバス。

更には、フランスの名家「ベルモンド家」現当主のシェリー・ベルモンド。

その他にも、アメリカの巨大財閥の長、アポロなど、「接点がなさすぎる存在」が多い。

 

次に、「ユー」と言う存在。

修は空閑遊真に瓜二つという情報以外、あまり詳しくを口にしない。

千佳に聞いても、「鮭を生きたまま丸齧りする」、「お菓子の箱と割り箸でバルカンという人形を作る」、「メルメルメーと鳴く馬っぽい生物…ウマゴンと遊んでる」、「アヒルっぽい格好の子供とチチをもげを踊る」など、常軌を逸した情報がたまにあるくらい。

 

最後に、「ユーと別れた理由」。

修は大雑把に「事情があって、会えなくなった」と言っているが、その事情に関して、どのような種類かさえ答えない。

修が何かを隠していることは、決定的に明らかだった。

 

「………聞き込みからしますか?」

「そうだね。修くんのお母さんに、『ユー』って子について聞いてみようか」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

そんなこととはつゆ知らず。

合宿最終日の最終戦を終え、敵味方、果ては班の垣根を超えての『お疲れ様会』。

修はその会にて、二人の人間に囲まれていた。

 

「三雲くんは筋がいい。

このような経験を積んでいけば、どんな部隊も『強く』してしまうだろう。

『勇将の下に弱卒無し』ということわざもある。気張れよ、三雲くん」

「メガネくん、東さんがベタ褒めって、すっごい珍しいよ?もっと誇れよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

圧がすごい。

出水と東に両脇を挟まれ、修はだらだらと冷や汗を流しながら、ジュースを飲む。

緊張のせいで、なんの味もしない。

みくる派の最終戦績は、勝ちが五割、負けが四割、引き分けが一割と言った具合だった。

東、レイジ、迅の部隊相手に引き分けにこじつける程に成長したものの、そこに至るまで何度負けたことだろうか。

一方的に負けた時のことを思い返しながら、修はクリームコロッケを口に含む。

 

「しかし、狙撃ポイントを狙撃前に暴くとは、凄まじかったな」

「東さんの性格と、全体の状況、開始時のレーダーの位置とのすり合わせで、あそこしかないと」

 

本当はアンサートーカーで出したのだが。

上層部に知られると厄介なため、修は「アンサートーカー発動に使った経験」を口に出した。

東が驚愕であんぐりと口を開けているのに対し、出水が揶揄うように口を出す。

 

「ね?東さん、言った通りでしょ?

メガネくん、アホほど頭いいでしょ?」

「………ああ。いや、驚いた。

噂には聞いていたが、ここまでとは…」

 

実は、先程言った予測方法を実現した経験のある人間は、非常に少ない。

東が知っている限りでは、自身を含め、木崎レイジ、太刀川慶、迅悠一、そして忍田真史の五人のみ。

東自身も、精度の問題で、進んでこの予測をするわけではない。

紛れ当たりだと考えたいが、と思いつつ、東は修の空になったコップにジュースを注ぐ。

 

「ありがとうございます」

「最近の中学生は、人がよくできているな。

出水、お前も見習ったらどうだ?」

「いやぁ、適度に不真面目なのがウチの隊の取り柄でして……」

「欠点の間違いだろう」

 

その言葉に、周りの皆が苦笑を浮かべた。

 

後日、この合宿のせいでテストに不安があった出水は、高嶺清麿の恐ろしさを存分に味わうことになるのだが、それは別の話である。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「Vの体勢を取れ、ユー!!

私とお前のコンビネーションでなければ、このミッションは遂げられんぞォオ!!」

「サー!!イエッッサーッ!!!」

 

その頃、魔界にて。

白い髪の少年が、奇声を上げながら全身でVを表現する。

それに対し、まるで「V」というアルファベットに手足が生えたような少年が、渋い声で怒鳴り声を上げた。

 

「ぬァアアアめてェんのか貴様ァア!!!!

Vの体勢はもっと美しくッ、高貴にッ、華麗に取れェッッッ!!!!

この華麗なるビクトリーム様の手本、その腐った眼に焼き付けろォオオオオーーーーーッッッ!!!!!!」

「サァアアアッッ!!!!イエッ!!!!サァアアアァアアアッッッ!!!!!」

 

とんでもない顔で絶叫しながら、互いにVの体勢を取るアホ二人。

通りがかった金髪の少年が、ビクっ、と驚き、彼らに駆け寄る。

 

「ゆ、ユーに、ビクトリーム?そ、その…、な、何をしておるのだ?」

「お、ガッシュか。

いや、ビクトリームがな……」

 

白い髪の少年が掠れた声で言うと、Vの少年がサムズアップをして語り始める。

 

「私のVパワーをメロンに送り、メロンがより甘く、ジュゥウ〜シィ〜になるようにポーズを取っているのだ!!

ガッシュ、お前もポーズを取れ!!」

「う、ウヌ…」

 

その後、魔界では「王様、民の頼みを聞いてメロン畑に祈りを捧げる」と新聞で貼り出されることになった。

 




見える、見えるぞ。太刀川がカラオケで「チチをもげ」を大熱唱している姿が。


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親は強し

カバさんも子供を守るときは強いですよね。

コメント欄であったのですが、日浦の年を勘違いしてました。
寝ぼけて書いたのがダメだったかなぁ…


「あの、三雲くん!私を、もっと強くしてください!!」

「………………えっと、何で僕?」

 

合宿から数日。

大規模侵攻に向けての鍛錬として、トリガーの試行錯誤…トリオン量が無さすぎるので選択肢が狭いが…に明け暮れる修に、日浦茜が声を張り上げる。

修は机に広げたノートを閉じ、一部を片付けて、向かい側に茜を座らせた。

 

「その、もう一度聞く。僕?」

「はいっ!その、あんまり強いとは言えない来馬先輩が、見違えるほどに強くなっていたので、聞きにきました!!」

「………正直なのは美点だけど、オブラートに包むことも覚えた方がいいと思う」

 

あの合宿の後、来馬は見違えるほどに強くなったという。

というのも、来馬が珍しく東に挑み、二十本中、一本をもぎ取ったとのこと。

元A級トップを率いるほどに戦略にも戦闘にも長けている東を倒したことで、「次の上位入りは鈴鳴ではないか」と噂されている。

無論、その噂は修の耳にも届いていた。

 

その噂が出た理由もまた、「あのメガネの班のヤツら、アホほど強くなってる」という噂話…というより、事実から来ている話であった。

 

まずは、C級の夏目出穂。

ランク戦にも参加するようになった彼女は、狙撃手らしからぬ接近戦法で度肝を抜き、快進撃を続けていると言う。

次に、A級の緑川駿。

格上であるはずの太刀川や生駒、空閑や村上などの相手から、グラスホッパートラップで点をもぎ取る姿が確認されている。

そして、来馬辰也。

こちらは先程言った通りである。

 

合宿に参加したメンバーは、それなりに実力を伸ばしてはいる。

だが、ここまで目に見えて伸びたのは、東やレイジの班を除けば、修が担当した班だけだったらしい。

これを聞いて、あまり実力が伸びなかったと感じた…実際には伸びている…日浦茜は、こうして修に頭を下げに来たのだ。

 

「えっと、何で強くなりたいんだ?」

「………その、お父さんたちが話してるの、聞いちゃって……」

 

修が茜に動機を聞くと、彼女はぽつぽつと語り始める。

聞けば、彼女の両親は「守られていることは分かっているが、未成年に戦わせることは反対している」という、ボーダー批判派の人間であると言う。

可愛い娘がボーダー隊員ということも、あまりいいようには思っていないらしい。

しかしながら、こうして正隊員として活躍していることを認めてくれている、と、茜はそう思っていた。

 

が。先日の夜。

合宿終わりで習ったことをノートに纏めていると、親の話し声が聞こえたと言う。

 

「『次に街に大きな危険があったら、私を連れて引っ越す』って…!

その、次に来るっていう、大規模な侵攻来ちゃったら、もう…!!」

 

その状況に、修はひどく身に覚えがあった。

忘れもしない、五年ほど前のこと。

ファウードという災害に立ち向かおうと、ニュージーランドへ向かう直前。

香澄が断固として、幼い修がファウードに乗り込むことを良しとしなかったのだ。

魔物の王を決める戦いや、千年前の魔物との戦いの際は黙っていたが、今回ばかりは規模が違うと珍しく激怒した香澄。

「もし行くのなら、私を納得させろ」と言い、修とユーを家から出さなかった。

結果的には、修がなんとか納得させた。

 

香澄が予見したように、ファウードをめぐったその戦いは、苛烈だった。

ファウードの体内に住む番人たちをはじめ、強化された魔物、更にはリオウやゼオンなどの格上の強敵。

数々の再会と別れとを繰り返し、涙と血に塗れながら、なんとかファウードを止めた。

 

帰ってきた時、香澄がぼろぼろに表情を崩し、修たちを抱きしめながら泣いたことは、今なお記憶に残っていた。

 

「だから、お願いですっ!私を、ボーダーに必要になるくらい、強くしてください!」

「………多分、そうなっても無理矢理ボーダーを辞めさせて、引越すると思う」

「どぅわぁぁぁああああっ!!!」

 

『親ってのは、そういうものよ』

 

香澄が過去に、修に諭すように言っていた言葉を思い返しながら、泣き始めた茜を宥める。

余程、那須隊に未練があるのだろう。

ユーとの別れにも、沢山の未練があった。

彼を王様に出来なかった、彼ともっと居たかった、彼に進級した姿を見せたかった。

数えればキリがない、未練の数々。

踏ん切りをつけていても、或いはつけていなくても、悲しいことには変わりない。

修は胸の寂しさを堪えながら、茜に諭す。

 

「『まともな親は、例え死んでも子供を守ろうとする。

でも、残される子供の気持ちがわかるから、皆で生きるための道を探す。

親という生き物は、そういうもの』…だ」

「………えっ?」

「母さんが昔、僕に怒鳴った言葉だ」

 

自身が言うにはまだ早いが、母の名を借りて言えば許されるだろう。

そんなことを考えながら、茜に続ける。

 

「日浦。まずは、親と本気でぶつかった方がいい。自分が心の底からやりたいことを、正面からぶつけて、それでもダメなら友達と一緒に説得すべきだ。

強くなるとか、そういう前に、話すことはしておくべきだと思う。

それが親に対する礼儀だと、僕は思う」

 

修が言い終わると、茜は少し戸惑った様子を見せる。

親に意見する、ということを恐れる人間は、現代社会において多くいる。

茜も例に漏れず、その一人なのだろう。

躊躇う彼女に、修は優しく語りかけた。

 

「日浦のことを心配してくれている親だ。

きっと、意見を頭ごなしに否定することはないと思う」

「…………そう、ですよね」

 

茜は鼻水を啜り、目尻を乱暴に拭いた。

 

「私、話してみます。

今日はありがとうございました」

「ああ、いや、僕は母さんの言葉を借りただけだから」

「それでもです!本当に、ありがとうございました!」

 

自分の意見を伝えたわけでも、はたまた解決策を言い渡したわけでもないのだが、と思いつつ、頭を下げる茜に、「頑張れ」とエールを送る。

彼女はそれに笑みを浮かべて答えると、席を立っていった。

 

「…………風間。あのメガネ、幾つなの?」

「俺たちの六つ下だな。お前も見習ったらどうだ、諏訪」

「……や、あんなこと言えねーわ…。

やだ男前…。メガネ、抱いて…」

「…………通報するぞ」

「ごめん冗談。冗談だから引くなバ風間」

「殴るぞ」

「殴ってから言われてもっ!!」

 

そんな寸劇があったとか、無かったとか。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「瑠花、何を描いてるんだ?」

「忍田。お帰りなさい。今日は珍しく早いのですね」

 

本部にある、忍田真史の自室にて。

落書き帳を広げ、熱心に何かを描く少女…忍田瑠花が、真史の帰宅を喜ぶ。

真史は彼女の問いに、「今日は早く終わった」と伝え、彼女の絵をのぞいた。

そこには、少女趣味のものではなく、中高生あたりが好きそうな龍が描かれていた。

 

「願掛けとして、玄界に住むのだからと思って描きました。

向こうでは『不吉の象徴』でも、こちらでは『守護神』ですから」

「……この龍が、守護神?聞いたことがないが…、いや、何処かで見覚えが……?」

 

その龍は雷を纏い、星を喰らっている。

神々しくも禍々しいそれに、真史は既視感を覚え、記憶をたぐり寄せる。

瑠花はと言うと、彼のその様子を傍目に、誰に語るでもなく続けた。

 

「『シン』を恐れろ。『バオウ』を恐れろ。決して忘れるな。その天罰を」

「それは…?」

「あちらに伝わる、玄界に手を出す際の注意事項のようなものです」

 

その言葉は、先日、空閑遊真が玉狛支部の皆に明かした、伝承の一端だった。

林藤経由で聞いたその一説に、真史は龍の絵を見つめながら呟く。

 

「……確か、こちらを襲った国だけを滅ぼした龍…だったかな?」

「最近入ったという、あちらから来た空閑遊真に聞いたのですか?」

「林藤さん経由でな」

 

あまり信じられた話では無かった。

近界にかかわる際、そんな龍など一度も目にしたことがない。

シンに関しても同様で、近界でそんな災害が起きた記録は、二千年前と千年前のみ。

その頃になれば、近界だろうと、神話が現実味を帯びて横行するような時代。

おそらく、何かしらの災害をそう呼んだだけなのではないかと、真史は考察していた。

 

「大規模侵攻…、迅は『未来が不確定すぎる』と言っていましたね?」

「ああ。最近の隊員たちの練度を見ても、あまり心配はないとは思うが……」

「恐らくは、『バオウ』か『シン』が関わっているかもしれません」

 

その言葉に、真史は怪訝な表情を浮かべた。

 

「…実在はしないのだろう?

現に、私も『あちら』に行った時、そんな龍など見なかった。

此度の大規模侵攻に、そんな眉唾物の伝説が鍵を握るとは思えない」

 

対する瑠花は、真史の言葉に目を見開く。

彼女の脳裏には、五年ほど前に故郷から見た光景が再生されていた。

人形の巨大な龍。

胸と両掌さえにも、全てを喰らう顎門が備わった、金色の龍。

 

「……玄界からは、見えなかったのですね。

五年前に現れた、『金色のバオウ』が」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「私からユーについて話すことはないわ」

 

その頃、修の自宅にて。

レイジ、宇佐美の二人に、香澄が毅然とした態度で告げる。

その気迫は、レイジすらも冷や汗を流すほどに強烈で、威圧感あふれるものだった。

 

「……その、何故でしょうか?」

「修から言われてるのよ。

『先輩を守るために語らないでくれ』って」

 

そう。修はこの「魔界」に関する問題が、玉狛と本部に確執を生むことを。

ボーダーという組織は、一枚岩とは言い難い組織である。

人数が多いあまりに、三つの派閥が水面下で睨み合っているような状況である。

 

まずは多くの人間が所属する「城戸派」。

彼らの思想は、要約すれば「近界民は全て敵だ」である。

次に、そこそこの数がいる「忍田派」。

思想としては事なかれ主義で、「近界民は全て敵とは言わないが、攻撃してきたら倒す」というものだった。

最後に、修たちが所属する「玉狛派」。

こちらは「近界民にも友好的な国があるのだから、仲良くした方がいい」という思想で、かなりの少数派。

 

修が「魔界」のことを明かせば、玉狛はこれを「近界にある国の一つ」として認識する。

そして、遅かれ早かれ本部に報告してしまうだろう。

玉狛の面々は、わかり合おうとする姿勢があるだけまだいい。

しかし、「城戸派」の面々はどう思うだろうか。

 

千年に一度とはいえ、勝手な都合でこちらの世界を「王位継承争い」に巻き込む国。

どう考えても、そのイメージしか付かないだろう。

そうなれば、玉狛と本部との更なる確執は、ほぼ確定。

加えて、約束した再会の時に、面倒な事態になることは、最早想像するまでもない。

アンサートーカーを使わずとも、その結果が目に見えてしまった修は、ボーダー内でユーについての話題を避けているのだ。

 

無論、そんな事情を知らないレイジたちは、なおも食い下がる。

 

「教えていただけませんか?

あなたの息子の…修の今後に関わるかもしれないことなのです」

「……だとしても、よ」

 

思い出すのは、五年前のこと。

ニュージーランドに現れた巨人、ファウードへと乗り込む前。

必死になって止める自分に、修が放った言葉。

 

『僕の大切な日常を守るため、僕がやれることをやらなくちゃいけない。

何より、僕がそうすべきと思っているからだ』

 

目に見えて「死」が確定してるような、危険な場所。

それに飛び込んだ息子たちは、傷だらけになりながらも、生きて帰ってきた。

全てを滅ぼそうとしているという魔物を相手に戦い、高嶺清麿とガッシュ・ベルに全てを託すために、最後まで足掻いた。

修は死ぬような目に遭えば、更に強い執念でその運命を捻じ曲げる。

 

この先、どんな危機が訪れようと、絶対に生きて帰ってくる。

香澄が命懸けで産んだ命は、それだけの力がある。

そのことを、香澄はよく知っていた。

 

「私の子供は、例え全てを滅ぼすような怪物相手にも、果敢に立ち向かって生きて帰ってくるような子よ。

命懸けで産んだ私の愛息子、あまり舐めないで欲しいわ」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「おや、お二人さん。デート中?」

 

魔界のとある喫茶店にて。

白い髪の少年が、リーゼントの少年とウェーブのかかった髪の少女のカップルを出迎える。

互いに幼き頃から知っている仲に、カップルが顔を明るくさせるも、即座に困惑を顔に出した。

 

「おっ!ユー…って……」

「………これまた珍しいのと絡んでるね」

 

そう。白い髪の少年は、とてつもなく疲れた顔をしていた。

彼の向かい側に座っているのは、赤い鱗と巨躯を持ち、翼を広げた竜であったのだ。

彼は一族の中では「神童」と呼ばれ、先の王を決める戦いでも、優勝候補に選ばれるほどの実力者。

その名を知らぬ者は、ほぼいないだろう。

 

「ビクトリームに絡まれてたところを、アシュロンが助けてくれた…。

会うたび、会うたび、『メロン畑にVを捧げろー!!』って怒鳴ってくるし…」

「……その、本当に大丈夫だったか?

ちょっとシバいただけで撃沈してたが…」

 

竜の脳裏には、「ブルァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」と叫びながら、撃沈したVの少年の姿が浮かぶ。

その心配に、白い髪の少年は締まりのない笑みを浮かべた。

 

「ビクトリームはしぶといよ。

おれ、ガッシュ、ティオ、ウマゴン、オサムの五人でタコ殴りにしても、あまり動じてなかったし」

「おおう…。それはしぶといな…」

「オサムがいる時点で、だいぶ殺意が高くないかい…?」

 

カップルはその光景をイメージし、Vの少年に黙祷を捧げる。

というのも、彼らの想像通り、Vの少年を罠に嵌めた際に、修は鉄パイプで滅多打ちにしていたのだ。

殺意が高いという言葉が相応しいだろう。

それに対し、竜が何とも言えない表情を浮かべ、ビールを呷る。

 

「………お前らは知らないからいいよな。

本当に怖いのは、修の母親の方だぞ」

「…そういやあったなぁ。

ワンピースを燃やしちゃったせいで、アシュロンが地面に埋められたっけ」

 

その話が出た途端、竜は酒を樽ごと飲み干し、ぷはっ、と息継ぎをしてこう言った。

 

「……………あの人が魔物じゃなくて、ほんっっっ…と良かった」

「どんだけ強ぇんだ、オサムの母ちゃん…」

「人間界じゃ母は強しって言うけど、絶対そう言うことじゃないだろ…」

 

香澄の伝説は、今なお魔界に轟いている。

 




魔界に広まる三雲香澄伝説。

1.ブラゴを一撃で叩きのめす。
2.ゴームを物干し竿で叩きのめす。
3.アシュロンを叩きのめす。
4.香澄を人質にしようとした魔物を殺しかけた。
5.香澄の心を操ろうとした魔物を殺しかけた。

他にもたくさんあります。


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参上!マジョスティック・トゥエルブ!!

ガッシュキャラが本格的に出るの、清麿以外で初めてかも。

早く書けたので投下します。


「………その、何でしょうか、この光景」

 

ボーダー本部のロビーにて。

人の往来がある中で、修は原初的な磔に処された一人の人間を見上げる。

その下には、女性陣が屯しており、それぞれ手に持ったものを投げつけていた。

時折聞こえる罵声に耳を塞ぎつつ、修は遠巻きに見ていた光に声をかける。

 

「あの、光先輩。アレ、なんですかね?」

「迅の処刑」

「え?」

「迅の処刑」

 

聞き間違いじゃなかった。

トリオン体ではあるものの、手と足にスコーピオンが突き刺さり、十字架に磔にされているその姿。

何処かで見たような光景である。

修は冷や汗をかきながら、ことの経緯を光に聞いた。

 

「その、何でこんなことに?」

「朝からケツを触りまくってたから、とっ捕まえて処刑することにした」

「……………自業自得すぎて何も言えない」

 

聞けば、忍田本部長までもが、迅捕獲に乗り出したという。

普段は暗躍が趣味と言って、裏で動いてることが多いから完全に頭から抜けていたが、迅は超が付くほどのセクハラ魔である。

ありとあらゆる安全なお尻に手を出し、これまでのらりくらりと追跡を躱してきた。

 

しかし、今日でその不満が爆発する出来事が起きた。

 

「三上に『お尻の方が肉あるね!』って言ったんだと」

「どうしてそんな見え透いた地雷を踏んだんだ、あの人……」

 

そう。風間隊のオペレーター、三上歌歩が怒髪天を突く一言を放ったのだ。

修羅となった三上は止まらず、あらゆる人脈を使い、迅を確保。

風間たちを若干脅すような形で、磔にしてもらったという。

 

「嗚呼憎い…!!憎い憎い憎い憎いィ!!

このエロバカが憎いィイイイッッッ!!!!

ジュララララララララララララララララララララァアァアアアアアアッッッッ!!!!

殺す!!絶対に殺ォオすッッッッ!!!!」

「……あの奇声あげてる鬼が?」

「三上だな。かつてないほどキレてる」

 

いつぞやのティオみたいだ。

あまり思い出したくない記憶と、目の前の修羅を見比べる。

今の彼女がチャージル・サイフォドンを使えば、あの時の惨劇を再現できるだろう。

何にせよ、迅の自業自得には変わりないので、修は黙祷を捧げる。

 

「菊地原先輩が珍しく泣いてますけど」

「三上がアレだけキレた一因だからな。

『良かったじゃん。尻は女だよ』って揶揄ったらしい。2秒でギッタギタにされた」

「心の底から湧き上がるこの殺意…!!!

貴様どうしてくれよォオかァアアアアアアァァァァァァァアアッッッ!!!!」

「……怖っ」

 

ボブカットの髪の毛って逆立つんだ。

そんなことを思いながら、怒り狂う三上に目を向ける修。

その側では、カタカタと震える風間隊の面々がおり、誰が反応するでもない助けを求める瞳を送っていた。

 

「うぉァアアアアアアァアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァアッッッ!!!」

「……人って、あんな怒れるんだな」

「ええ…。怒れますよ…」

 

最早、同じ人とは思えない形相で咆哮をあげる三上に、修と光が震え上がる。

迅に怒りを抱く人間は確かにいるが、ここまで怒り狂う人間は初めてなのではないだろうか。

因果応報。天誅。セクハラの報いは、迅にかつてない恐怖を与えていた。

 

「迅さん、未来視あるなら避けられたと思いますけど」

「『三上なら大丈夫か』って思って触ったんだと。ただ触っただけなら戯れ合いで終わったんだろうが、次の一言が最悪だったな」

「………肝心なところでアホなのは何なんだ」

 

恐るべし、尻の魔力。

磔にされた迅はと言うと、めざとく修を見つけ、声を張り上げる。

 

「メガネくゥん!!助けてェッッッ!!!」

「無理です」

「見捨てるの早ァっ!!??」

 

間髪入れずに修が言うと、迅の前に修羅の三上が歩み寄る。

一挙一動で騒めきが起こる最中、三上は迅の首を絞めた。

 

「ぐぇぇぇえええっっ!!!???」

「ねェ、言ってみてくださいよ、ねェ?

私のどこに肉がついてないんですか?」

「お、お胸…ぎぇぇぇええぇぇぇぇぇええええぇぇえっっっ!!!!????」

 

三上が首を絞めたことにより、迅の首の構造がとんでもないことになる。

その光景を見て、修は他人事のように言った。

 

「………トリオン体でも、窒息死ってあるんですかね?」

「あるんじゃね?」

 

♦︎♦︎♦︎♦

 

「ってことで。メガネくん、いい豊胸術知らないかい?」

「僕に聞くんですか……?」

 

三日後。

生身でもボコボコにされた迅が、未だに腫れた顔で笑みを浮かべながら、修に問うた。

というのも、三上の気は済んだものの、それ以来、迅のことをゴミムシでも見るかの如き冷たい目で見るようになったのだ。

話しかけるたびに、最後に小さく「ゴミが」と罵るようになり、メンタル的にもやられているらしい。

 

「いや、迅さんが悪いですよ。

アレだけで済んでよかったですね。

もっとひどい目に遭っていた可能性だってありましたし」

「え?アレより酷い目にあったやつって存在するの?」

 

モモンにチャージル・サイフォドンが直撃した時のことを思い出す。

幼いながらも魔王のような威圧感を纏い、烈火の如く怒っていたティオ。

チャージル・サイフォドンは、その怒りを威力に変換したがために、空が真っ白になる威力の術と化した。

三上がそのような力を持っていなかっただけ、まだマシだと言える。

 

「兎に角、三上先輩の機嫌を取っても、好感度はあまり変わらないかと」

「…太刀川さんと、どっちが好感度上?」

「同じくらいだと思います。最底辺」

「そんなに!?」

 

迅の素っ頓狂な声に、修は当然だとばかりに首を縦に振る。

自身の母も、はたまたティオもそうだが、女性の怒りは怖いのだ。

 

「…兎に角、頼むよ、メガネくん。

ゴミからは脱却したいんだ…」

「………詳しそうな知り合い呼びますね」

 

修は言うと、携帯を取り出し、ある番号を打ち込んだ。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「はぁ……」

 

三上のため息が、本部の廊下に響く。

ここ数日はこんな調子だ。

同じ風間隊の皆は、隊長以外は三上を恐れて、何かと理由をつけて外に出ている。

迅の一言で怒りで我を失った際、相当やらかしたらしい。

怒りのあまり、ほとんど記憶がないが、「バケモノみたいな叫び方してた」と国近から聞いた。

 

「でも、アレは無いわよ…」

 

三上は前が軽い自身の体を軽く呪いながら、とぼとぼと本部を出る。

と。そこへシルクハットとマントのシルエットが立ちはだかった。

 

「やぁ。ボーダーのA級3位、風間隊のオペレーター…三上歌歩くんだね?」

 

肩に子供を乗せたそのシルエットは、しわがれた声で三上に問うた。

三上は軽く頷くと、シルエットが姿を表した。

 

「少し、悩んでるようだね。

私はナゾナゾ博士。何でも知っているのさ」

 

ナゾナゾ博士と名乗ったその老父は、マントを翻し、笑みを浮かべる。

その肩に乗る子供も、ヤケに悪そうな笑みを浮かべていた。

三上はそれに警戒し、カバンの中で携帯を操作する。

 

「おっと、誰かを呼ばないでおくれ。

私はただ、友人に頼まれて君を励ましにきただけなんだ」

「………っ!?」

 

携帯を操作していることに気づかれた。

三上は慌てて踵を返そうとするが、ナゾナゾ博士はソレを止める。

 

「大丈夫。君も楽しめる勝負だと思うよ。

さあ、出でよ!!我がしもべ、『マジョスティック・トゥエルブ』!!」

 

かっ、と照明がつき、十二のシルエットが浮かぶ。

ナゾナゾ博士は息を吸い、プロレスのアナウンサーのように声を張り上げる。

 

「目から光線!!

ツー・ライティング・アイ!!」

 

そのセリフとともに、目から赤い光線を放つ男が姿を表す。

サイドエフェクトかとも思ったが、このような人体を超えた超然たる能力が発揮するなど、聞いたこともない。

三上が戦慄していると、続いてシルエットが姿を表す。

 

「走力は時速300キロ!!

ロケット・フット!!」

 

続くシルエットは、凄まじい速度の走りを披露し、三上を翻弄する。

韋駄天でも、あそこまで速くは無い。

彼女の驚愕を置き去りにし、次々とシルエットが姿を現す。

 

「飛行能力を持つ戦士!!

フライング・ビート!!」

 

飛行能力を保有する男。

グラスホッパーよりも厄介だ。

 

「透視能力で全てを見通す!!

セカンドサイト!!」

 

もしかして、自身の裸を見られたりしてるのだろうか。

怖気を感じながらも、三上は警戒をやめない。

 

「腕の力は恐竜並み!!

ダイナソー・アーム!!」

 

そんな力で暴れられたら、こんな街などひとたまりもない。

最も警戒すべき対象だろうか。

いや、まだ全員の能力を知らない、と三上は早計な判断を撤回する。

 

「予知能力を持つ男!!

ワンダフル・トゥ・ザ・フューチャー!!」

 

奴だ。奴が最も警戒すべき相手。

先日、風間隊を圧倒した迅と同じ、「予知」を持っている。

そんな三上の注目を掻っ攫うように、続く男が雄叫びをあげる。

 

「念動力を備えた野生児!!

サイコ・ジャングル!!」

 

今にも飛びかかってきそうな息遣いだ。

満遍なく警戒の糸を張った三上だが、その糸を燃やすかの如く、炎が揺らめく。

 

「炎を自在に操る!!

ファイアー・エルボー!!」

 

この炎を街に放たれれば、より厄介なことになってしまう。

三上の警戒心が最大級にまでなった時、ソレは姿を表した。

 

「ビッグ!」

 

一体、どんな能力を持つのだろうか。

ふざけた見た目だが、強力な存在には違いないだろう。

 

「ビッグ!!」

 

巨大化能力だろうか。であれば、尚のこと厄介だ。

 

「ビッグ!!!」

 

そんな三上の警戒心は…。

 

「ビッグ・ボイン!!!!」

 

木っ端微塵に砕け散った。

イェーイ、とポージングをする、スク水のような格好をした、グラマラスな女性。

「特殊能力は?」と思った矢先、ナゾナゾ博士が更に叫ぶ。

 

「ビッグ・ボイン!!!!!」

 

それに合わせて、ビッグ・ボインが悩殺ポーズを取る。

何故だろうか。腹が立たない。

三上が何とも言えない顔をしてると、更にナゾナゾ博士が叫ぶ。

 

「ビッグ・ボイン!!!!!!」

 

決まった、と言わんばかりにウィンクをするビッグ・ボイン。

三上が言葉を失っていると、続くシルエットが前に出る。

 

「冷凍能力を持つ若者!!

ブリザード・シング!!」

 

氷が宙に浮かんでいるが、ビッグ・ボインがその注目を掻っ攫うようにポーズを取る。

情報が頭に入ってこない。

 

「土の中をドリルで高速で移動!!

トレマー・モグラー!!」

 

巨大なドリルを持つ男性が、ドリル捌きを披露し、舞を踊る。

しかし、その注目はビッグ・ボインがポーズを取ることで掻っ攫われた。

 

「全ての能力者をまとめる司令塔!!

テレパシス・レーダー!!」

 

スーツ姿の男が最後に姿を出したのを皮切りに、ナゾナゾ博士が笑みを浮かべる。

その顔は、殴りたくなるほどに清々しいものだった。

 

「さて!この中で仲間外れは、だぁ〜れ?」

 

……なんだコレ。

三上は無表情ながらも、震える手を上げる。

指をさす形にすると、彼女はそれをとある人物の前に移動させ、答えた。

 

「…………………………ビッグ・ボイン」

 

沈黙。

そして、ナゾナゾ博士が笑みを浮かべたまま、言い放った。

 

「正解!!」

 

ナゾナゾ博士が言うと、皆が歓声を上げながら飛び上がる。

何故だろうか。全く嬉しくない。

三上が表情を無くしていると、ナゾナゾ博士がビッグ・ボイン以外を帰らせた。

「ありがとう〜!」と笑顔で去る皆に言っているあたり、良き関係なのだろう。

残されたのは、名前もわからない子供、ナゾナゾ博士、ビッグ・ボイン、三上。

どういうメンツだ、と思っていると、ビッグ・ボインが三上の手を取った。

 

「イェーイ」

「……………な、え?い、イェーイ…?」

「ビッグ・ボインは、『君ならボインにならなくても綺麗よ』と言っているのさ」

「絶対嘘ですよね!?」

 

イェーイの単語にそんな意味があるなど、三上は知らない。

太刀川あたりは信じそうだが、三上は声を上げてツッコミを入れた。

 

「あの人たち、あのクイズのためだけに連れてきたんですか!?」

「ああ。私の友人が、『先輩が君を落ち込ませてしまった。先輩じゃ無理だから、なんとかして慰めてくれ』と頼んできてね。

どうだい?楽しいクイズだったろう?」

「インパクトだらけで楽しいかどうか判断つきませんよ!!!」

 

なんて贅沢で無駄な来日だ。

三上はこれまたなんとも言えない顔で、ツッコミを入れる。

クイズもバカにしてるのかってくらいヤケに簡単だったし、ビッグ・ボイン以外のインパクトが薄すぎる。

息を切らす三上に、ビッグ・ボインは彼女の両肩に手を置いた。

 

「イェーイ、イェイイェイ、イェーイ」

「………あの、普通に喋れないですか?」

「彼女はイェーイと話すことが常なのさ。

私が翻訳を……」

「オレがやっていーか?」

「おお、ヴィノー。

我が孫よ、いい機会だ。やってみなさい」

 

ヴィノーと呼ばれた幼児が、ナゾナゾ博士の肩から、ビッグ・ボインの肩に飛び移る。

ビッグ・ボインがイェイイェイ、と耳打ちすると、ヴィノーは口を開いた。

 

「『アナタの可愛さは、そのままが一番可愛い形よ』…だってよ」

「………あの、本当に、そう言ってる?」

「あ?なんでこのくれーがわかんねーの?

ビッグ・ボインがかわいいって言うの、そーとー珍しいぞ」

 

…どうやら、本当らしい。

なんで分かるんだ、と思いつつ、三上は「ありがとうございます」と頭を下げる。

ビッグ・ボインはサムズアップし、ボインを揺らした。

 

「日頃、近界民が送り込む兵器相手に尽力してくれる裏方だ。

私たちから、細やかなプレゼントとして、知りたいことをなんでも答えよう」

「あ、ありが……」

 

と、ここで三上は違和感を覚えた。

その違和感の正体にたどり着くのに、そう時間はかからなかった。

 

「…………今、なんと?」

「おやおや、聞こえなかったかい?

普段くる『近界民』は、『近界民が扱う兵器』なのだろう?」

 

やはりだ。目の前のこの男は、知っている。

自身で「なんでも知っている」と自称するだけはある。

一体どこから情報が漏れたのだろうか、と考えていると、ナゾナゾ博士は先ほどとは毛色が違う笑みを浮かべた。

 

「記憶を消してもダメだよ。

私は全ての記憶を、日記等に残してある。

言っただろう?

私はなんでも知っているのさ」

 

──────次の大規模侵攻のこともね。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

去ったマジョスティック・トゥエルブはと言うと、玉狛支部で夕食を摂っていた。

 

「修…。この人たち、なんなんだ…?」

「友人の、しもべって言うのかな?

マジョスティック・トゥエルブです。

今いない一人を除いて、超能力者」

「おぉおおお〜!とりまる〜!このたかいたかい、たのし〜ぞ〜!」

「………とりまる、超能力者って、居たのね」

「居ましたね」




ビッグ・ボインのインパクトが強すぎて他思い出すのに苦労しました。


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ビッグ・ボインは小南がお気に入り

ビッグ・ボイン、前回に引き続き大活躍です。


「ナゾナゾ博士…と言ったかな?」

「ああ。なんでも知ってる不思議な博士。

それが私、ナゾナゾ博士さ。

君たちボーダー本部の敷地内に入ることも、造作もないほどにね」

 

ボーダー本部の会議室にて。

目の前のふざけた格好の老父と幼児に、三輪秀次と城戸正宗は鋭い目を向ける。

それを見た幼児は、これまた悪どい笑みを浮かべながら、おやつの市販品バームクーヘンを頬張った。

 

「このジジイがなんでも知ってるっつーのは、あながち、まちがいでもねーぜ?

お前らのうしろめた〜いヒミツとか、その他もろもろいろ〜んなことを知ってるのさ」

 

幼児、ヴィノーが揶揄うように言うと、ナゾナゾ博士は笑みを浮かべながら続ける。

 

「そう。『近界民が我々と同じような人間である』ということも、『トリオン』、『トリオン器官』という君たちの秘密も…。

無論、『近界への遠征』や『君たちと繋がっている、あるいは繋がっていた国』の存在さえも、私は知っているのさ」

 

その言葉に、城戸だけでなく、室内にいた全員に緊張が走る。

三上歌歩が連れてきた、この怪しさ満点の老父と幼児。

ボーダーにとって、危険分子となってしまうことは、もはや確定だろう。

そうなる前に、記憶を消すべきだ。

記憶処理を行うため、城戸は三輪にアイコンタクトで指示を出す。

が。その前にナゾナゾ博士が口を開いた。

 

「先程、三上くんにも言ったが、もう一度言っておくとしよう。

私の記憶を消そうとしても無駄だよ。

私は『独学でここまでの結論を出した』。

あらゆる記録媒体に、私の出した結論は記録されている。

一週間の暇つぶしには、丁度良かったよ」

 

その言葉に、城戸は内心、舌打ちする。

しかし、組織の長たる者として、ポーカーフェイスくらいは身につけている。

何事にも動じていないかのように、城戸は傷跡に指を当て、口を開いた。

 

「そちらの要求はなんだ?

『ボーダーのトップに会いたい』と言ったからには、それ相応の理由があるのではないかね?」

「ああ。君たちにとって、とても有益な情報を持ってきたのだよ」

 

言って、不敵な笑みを浮かべるナゾナゾ博士。

そのまま用意された茶を一口飲み、彼はとある物を机に置いた。

 

「『君たちの知りたいこと』を教えてあげよう。対価は、『君たちのことを教えること』だ」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

その頃、修はと言うと。

近くのホテルを予約したという、ビッグ・ボイン以外のマジョスティック・トゥエルブを見送り、玉狛のリビングへと戻る。

そこには、一足遅れてやってきたがために、唯一ホテルが取れなかったビッグ・ボインが居た。

 

「……なぁ、修。あのボ…、いや、女性は何なんだ?」

「マジョスティック・トゥエルブの一人、ビッグ・ボインです。

特殊能力は、名前通りの体です」

「それ、特殊能力って言わないぞ、絶対…」

 

思春期真っ只中の烏丸京介は、若干頬を赤らめながら、思春期を過ぎたレイジも流石に気になるのか、チラチラとビッグ・ボインの胸を見やる。

まごうことなきビッグ・ボインである。

お子様の陽太郎は、長身のビッグ・ボインの肩車が楽しいのか、きゃっきゃっと笑っていた。

 

「おぉ〜!!オサム、ちょーのーりょくって、すごいな!!!」

「…………ただボインがビッグなだけよね?」

「まぁ…、そうですね」

 

小南が羨ましそうにビッグ・ボインのボインに視線を向ける。

それに気づいてか、ビッグ・ボインは陽太郎を肩に乗せながらも、安全が保証された悩殺ポーズを取る。

揺れるボインに、小南は思わず目を見開いた。

 

「外国人って、やっぱ違うわね……」

「アメリカでも珍しい方だと思います」

「アメリカ人なんだな…」

「ええ。アメリカ生まれの十二人組です」

「出生地にこだわりあるのか…?」

 

レイジの問いに、修は肩をすくめる。

マジョスティック・トゥエルブ。

修の友人のしもべという妙ちくりんな集団に、小南は烏丸に耳打ちする。

 

「………ちょっと、修の師匠!アンタ、もうちょい修の交友関係調べときなさいよ…!!」

「無理言わないでくださいよ…。

オレだって、あんな集団と仲がいいなんて、これっぽっちも思ってなかったんすから…」

 

烏丸は、師匠というわりに、全くもって修の交友関係を把握していない。

今回呼んだという友人も、70代前半の老父と、その血の繋がらない孫のことしか聞いていないのだ。

そのため、マジョスティック・トゥエルブが支部を訪れたときは、レイジが珍しく腰を抜かした。

それも無理はない。

玄関を開けたら、圧の強い「俺たちゃ変質者!」とでも言いたげな格好をした集団がいたのだから。

もし、修の知り合いでなければ、即座に通報していたところだ。

 

「イェーイ!!イェイ、イェーイ!!」

「『日本の子供、元気でイイね』と言ってますね」

「アタシの知ってる英語と違う」

「アメリカ要素、今のところボインとイェーイしかないのはどういうことだ」

 

そうは言われても、と修は困惑した様子を見せる。

その反応はどちらかというと、小南たちのものなのだが。

修は、ビッグ・ボインは「意味不明。そういう存在である」と認識してるため、彼女が何をしようとも受け入れる。

理解はしないが。

アンサートーカーを持ってしても理解不能。

それがビッグ・ボインなのだ。

 

「イェイ、イェイイェイ、イェーイ」

「『あなたは…ぱっと見クールで、大人っぽい性格してそう』ですって」

「え?ホント?」

「イェーイ」

「『ウ・ソ』」

 

ナゾナゾ博士がパートナーによく仕掛けていた「罪のない嘘」を真似たビッグ・ボイン。

それにより、小南のこめかみに青筋が走る。

彼女は即座に修の首を締め、咆哮した。

 

「むぎぎぎぎぎぃぃぃいいいいっっ!!!」

「ぐぇぇえええっっ!!!

ぼ、僕、じゃない、ですって……!!!」

 

爆笑するビッグ・ボインを傍目に、首がとんでもない構造になる程の力で締める小南。

修はパンパン、と彼女の手を叩きながら、青い顔をして声を張り上げた。

最近、小南が怒った際の折檻が、「首がとんでもない構造になるくらいキツく締める」になりつつある。

元よりバイオレンスな先輩だったが、最近はそれに磨きがかかっているように感じた。

 

「…笑ってる時も揺れてるな、ボイン」

「揺れてますね、ボイン」

 

なんて最低な会話だ。

そう思っていると、修の首から手を離した小南が呟く。

 

「…………ノーブラよね、あれ?」

「「!!!!」」

 

そう。揺れている。何度でも言おう、揺れているのだ。

揺れているということは、『圧迫するものが存在しない』ということ。

ボインを圧迫するのは、小南含む女性が普段身に付けているブラジャーと呼ばれる下着。

それがないということを、人は「ノーブラ」と呼ぶ。

その結論を弾き出したレイジ、烏丸の両名は、彫りの深い表情になる。

そんなこととはつゆ知らず。

ビッグボインは、肩に乗せた陽太郎に語りかける。

 

「イェイイェイ、イェーイ」

「『元気な子供にプレゼント!私の必殺技を披露しましょう!』…ですって」

「おぉ〜!!」

「必殺技…!?」

「ボインが大きいだけじゃないのね…!」

 

きゃっきゃっ、と陽太郎が喜ぶ傍で、玉狛第一のメンバーが戦慄する。

マジョスティック・トゥエルブという、超能力者集団の中の一人。

超能力がなくとも、それに匹敵する力を有しているのだろうか。

三人のその緊迫感は……。

 

「イェーーーーーーーーーイ!!!!!」

 

ビシバシというボインを激しくチョップする音に粉砕された。

三人が無表情になる中で、陽太郎はその光景が面白いのか、爆笑する。

修はこっそりと三人に寄り、説明を始めた。

 

「ビッグ・ボインの『ボイン・チョップ』。

その場の注目を掻っ攫います」

「…………え?その……、え?」

「修。本当に交友関係、見直した方がいいと思うぞ」

 

烏丸がいつもの真顔ではなく、心底不安そうな顔で修の肩に手を置く。

と、その時。しわがれた声が響いた。

 

「おやおや、失礼だなぁ。

玉狛第一隊員、トリオン体のトリオンバランスを崩し、一時的なパワーアップを施すガイストの使い手、烏丸京介くん」

 

全員が一斉にそちらを向くと、肩に幼児を乗せた老父が、わざわざ設置したのだろう、送風機でマントを靡かせながら、佇んでいた。

しかし、それが気にならないほどに、三人は驚愕に目を見開く。

先ほどまで、全く気が付かなかった。

まさか、ビッグ・ボインにも「注目を掻っ攫う」という超能力があったのだろうか。

と、ここまで考えて、「ただ単にすごく目立ってたから気づかなかった」という結論に至り、表情をなくした。

 

「ナゾナゾ博士。三上先輩はどうでした?」

「ああ、バッチリだとも。

話が弾んだせいか、少しばかり長居してしまってね。此方に寄るのが遅くなった」

 

老父…ナゾナゾ博士に修が問うと、彼はカラカラと笑みを浮かべる。

皆が警戒する最中、ナゾナゾ博士は笑みを浮かべたまま頭を下げた。

 

「改めて、初めまして。

私はナゾナゾ博士。何でも知っている不思議な博士とは、私のことさ。

マジョスティック・トゥエルブに夕飯をご馳走してくれてありがとう」

「あ、ああ…。修の友人と言うから…」

 

本当に交友関係を見直した方がいいと思う。

三人はそう思いながら、ナゾナゾ博士が何処からか取り出した菓子折りを受け取る。

何でも知っている、と自称したが、「騙されガール」とバカにされつつある小南でも、誇張表現ではないかと疑っていた。

が。それと同時に、妙な説得力も感じていた。

その理由として、烏丸の使うトリガーの効果を寸分違わず当ててみせた。

修が情報を流したとも思えない。

警戒心を持ちつつ、レイジはナゾナゾ博士に問いかける。

 

「……今日は何故、こちらに?」

「久しぶりに、修くんの顔を見ておきたかっただけさ。

『これから忙しくなりそう』だからね」

 

含みある言い方に、修はアンサートーカーを発揮する。

「これから忙しくなりそう」の意味は、修が大規模侵攻に向けての備えをすべき期間であるということだろう。

ナゾナゾ博士の恐ろしさは、修の数倍近い年数をかけて蓄えてきた知識にある。

アンサートーカーでさえも欺いてしまうような事情も含めるのか、そうでないのか。

修にはその判断を付けられるほど、ナゾナゾ博士に匹敵する知識はなかった。

 

「それは、どう言う意味でしょうか?」

「隠さなくてもいい。

近々、ここは『近界』にある…かなり大きな国に襲われるのだろう?」

 

ナゾナゾ博士の言葉に、全員に戦慄が走る。

誰かが情報を流したのか、と三人が考察していると、幼児が口を開く。

 

「このジジイ、頭いーからな。

お前らの隠し事なんて、ぜ〜んぶお見通しなんだよ」

「この子の言うとおりだよ。私は何でも知ってるのさ」

 

この男、侮れない。

下手に会話を交わせば、それだけで情報を引き抜かれる。

つくづく思う。修はどう言う経緯で、このような男と知り合ったのか。

三人が身構えていると、ビッグ・ボインがナゾナゾ博士に駆け寄り、耳打ちする。

 

「ふむふむ…。成る程。

確かに、私のせいで少し、殺伐とした雰囲気になってしまったからね。

頼むよ、ビッグ・ボイン」

「イェーイ!」

「ミュージック、スタート〜。

曲名は、『Never Say BOIN BABY』〜」

 

幼児がやる気なさげに、何処からか取り出したラジカセのスイッチを押す。

流れてきた音楽と共に、ビッグ・ボインが踊り出し、何故か小南に迫った。

歌詞もなかなかに酷い。

外国人特有のイントネーションで放たれる強烈な歌詞とボインのコンボに、小南は困惑のあまり、無表情のまま固まっていた。

 

「「「ぶはははははははっっ!!!」」」

 

その様子を見て、ナゾナゾ博士と幼児、そして陽太郎が腹を抱えて大爆笑し、烏丸たちが笑いを堪える。

このためだけに作ったのだろうか。

修もまた、何とも言えない表情で、被害に遭う小南に黙祷を捧げた。

曲が終わり、小南が小刻みに震える。

ひー、ひー、と笑いの余韻に浸るナゾナゾ博士に迫り、彼女は口を開いた。

 

「……………………こ」

「こ?」

「これは私への当て付けかァアアアアアアァァァァァァァァアアアアッッッ!!!!!

うごあァアアアアアアァアアアアアアァァァァァァァァアアアアアアッッッ!!!!!!」

「へぶぅっ!?!?」

 

あらゆる豊胸術を試して、全く効果のない小南は、胸がないことを三上ほどではないものの、それなりに気にしていた。

ナゾナゾ博士とビッグ・ボインは、その地雷を的確に踏んだのだ。

小南の怒りはかつてないほど凄まじく、修羅の拳がナゾナゾ博士の顎に拳がめり込む。

それはそれは、見事なアッパーだった。

放物線を描きながら吹っ飛ぶナゾナゾ博士に、全員が合掌した。

 

「……あのボイン…いや、あの人、普通に喋れるんだな、ボイン」

「ああ…。普通に歌ってたな、ボイン」

「先輩方…。語尾がボインになってます」

 

ちなみに、何故かビッグ・ボインと陽太郎は殴られなかった。




大規模侵攻にビッグ・ボインを連れて行ったら、ボイン・チョップで全員がフリーズすると思います。

空閑は『迅さんを慰める会』という、太刀川が迅を哀れに思って計画した会に参加して留守です。


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やらかし王様

今回は短めです。気分転換作です。


「頼む三雲!!この通りだ!!!」

「…その、落ち着いてください」

 

ボーダー本部の太刀川隊室にて。

ハリウッド俳優もビックリな動きで土下座をかます太刀川に、修は冷や汗を流す。

皆が「なんだ?」と疑問に思い、年の離れた後輩に土下座をかます太刀川を見やる。

修は申し訳なさそうに頰を掻き、ことの経緯を確認する。

 

「えっと、プロジェクターがある部屋、貸し切ってたんですよね?」

「高嶺が細かい文字が見えるようにって、たまに指示すんだよ…」

「ソレはまだ良かったけど、問題の難しさにブチギレて投げたペットボトルが、奇跡的な角度で反射して、天井のプロジェクターに激突して落下。

プロジェクターが木っ端微塵になった…と」

 

大体、修が語った通りである。

後でその部屋へ映画を見にきた荒船が訪れ、奇声を上げながら崩れ落ちたという。

その話が忍田に行くのも時間の問題。

どうしようかと悩んでいるところ、先日、太刀川が壊したパソコンの修復をやってのけた修が通りがかったというわけである。

 

「……そのプロジェクターなら、直せないレベルで壊れてます。

給料で買い換えた方がいいですよ」

 

太刀川が手に抱えていた残骸を指差し、修は淡々と告げる。

この後は、風間と東に対し、修と空閑という、どう考えても勝てるビジョンが見えない対決が待ち受けているというのに。

が。ソレを知らない太刀川は、非常に情けない顔で修に縋りついた。

 

「それが、このプロジェクター、数百万はくだらないらしいんだよ…。

唐沢さんが『頑張ってる隊員たちにプレゼント』って買ったモンらしくて…」

 

沈黙が漂う。

互いに冷や汗を流しながら、修は恐る恐る太刀川に尋ねた。

 

「…預金残高は?」

「百万ちょい…」

「諦めてください」

「待ってェ!いや、ホントに待ってェ!!」

 

踵を返す修を必死に引き留める。

太刀川の勢いに負けた修は、渋々ながらも退室を止める。

 

「頼むよぉ…。なんとかしないと、一日磔の刑なんだよぉ…。

唐沢さんに頼んだんだけど、『新しいの頼んでもいいけど、磔の刑は受けようか』って笑顔で言ってくるんだよぉ…」

「数百万するプロジェクター壊して、その程度で済むならマシだと思いますけど」

「はぁ!?見たろ、あの迅の悲劇!!」

 

磔の刑とは、ボーダー内で流行っている私刑である。

流行の理由としては、先日の「セクハラ大魔迅処刑事件」…誤字にあらず…であろう。

あのところ構わず尻を触る迅が、目に見えてセクハラをしなくなった。

その効果を実感したがために、ボーダー内で流行り始めたのである。

迅に何が起きたかは語らぬが、少なくとも、彼の心を折るには十分だったとだけ記しておく。

 

「見ましたけど、弁償よりは遥かにマシなのでは?」

「うぅぅぅうう……!!」

「太刀川さん、諦めて磔になりましょう?

荒船さんが溶鉱炉があったり、バケモノがいたりする仮想空間作ってるらしいんで」

「何する気!?!?ねぇ荒船のやつ俺に何する気なの!?!?!?」

 

アンサートーカーを使わなくてもわかる。

出来るだけ凄惨な映画のシーンを、太刀川に再現させるつもりだ。

出水の言葉に戦慄する太刀川に、修は追い討ちをかけるように続ける。

 

「逃げた分だけ酷い目に遭うと思いますよ」

「………………」

 

その言葉は、迅の顛末を知る修だからこそ、説得力があった。

太刀川は見抜けなかったが、一つだけ、この言葉には嘘がある。

 

逃げても逃げなくても、太刀川の運命は変わらない。

 

普段、あまり嘘をつかない修が、この嘘をついた理由は単純。

アンサートーカーで導き出した残酷な現実を正直に伝えるほど、修は非道ではなかっただけのことである。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……はぁぁぁ……。や、マジか……」

 

魔界にある王宮図書館にて。

特別な許可を得て、そこに立ち入った白い髪の少年は、深いため息を吐く。

そこに広がる資料は、歴史の長い魔界でも、それなりに古いものが揃っていた。

内容もバラバラであるが、ある内容だけが共通して書かれていた。

 

「……何やらかしてんだよ、二代前の王」

 

二代前の王。

二千年前の覇者となった存在の情報である。

書かれた内容は一律して、その『悪行』に焦点が向けられていた。

曰く、「魔界の半分を消しとばした」。

曰く、「魔界初の圧倒的な力と恐怖による独裁政治を平然と行った」。

 

曰く、「魔物としての理性を捨てた」。

曰く、「魔界の脅威と化した愚王であり、その千年後にバオウに食い尽くされた」。

 

それらの情報をノートにまとめた少年は、これまた深いため息を吐く。

当時の様子を鮮明に残そうとしたのだろう。

殴り書きされたのち、所々黒い染みがある資料に、少年は顔を顰める。

 

「アースが言ってたのはコレか…」

 

少年が思い浮かべるのは、先日聞かされた、とある伝説のこと。

当時の証人は、隠居してしまった前王ダウワン・ベルのみ。

だが、それは伝説と呼ぶには、拭い難い現実感を伴っていた。

 

「『悪魔の呪文』…か」

 

二代前の王が使っていたという呪文。

第一の術『タングル』。

これで海を叩き割り、海にて反逆の準備をしていた者たちを一網打尽にした。

第二の術『ブルクオ』。

一発で海を叩き割るタングルを、何倍にも増やして国民を監視した。

 

そして、二千年前の誰もが恐れた、最強であり最恐の呪文。

 

「『シン・オルダ・タングルセン』に、おれの『あの呪文』……」

 

この二つの呪文だけで、魔界は1秒と保つことなく、崩壊しただろう。

ソレを司るバケモノを倒したダウワンは、魔界でも「勇猛なる王」として名を馳せることになった。

そんな旨が書かれた本を置き、少年はこれまた深いため息をつく。

 

「…『我は無限、我は不滅。

故に我は、永遠なる王である』」

 

その言葉は、バオウに食い尽くされようとしている二代前の王が放った遺言だった。

強制的に隠居だというのに、随分な発言だ。

そんなことを思いながら、少年は自身の前の髪を視界に入れた。

 

「………『白い髪の愚かな王』、か」

 

ここまで来ると、いやでも察してしまう。

唯一の救いといえば、この問題を生涯の友たるパートナーの居る人間界に持ち込まなかったことだろうか。

 

「……や、待てよ?タングルに限らず、第一の術って、そんな威力ないよな…?

クリアのは性質が破格だっただけで、アシュロンの第一の術も、そこまで強くない…。

……ソレで海割るの、無理じゃね…?」

 

そこまで行って、少年は更に訝しんだ。

 

「…………『王の権限』で抹殺出来たろ?

なんでそれをせず、態々バオウで……?」

 

王の権限。即ち、『民の選定』。

人間界での生き残りが一定数の減少が確認されると、魔界に住む全ての住民が魂だけの状態となる。

彼らに生の権限を与えることができるのは、その戦いでの王のみ。

少年はそこまで考えると、あることに気づく。

 

「………『蓄積の術』…。

もっと調べてみるべきだな」




今後の活動傾向に関する活動報告です。「この作品の続きが読みたい!」、同作者の「そうだ、先生になろう」が続くかどうかが気になるという方は、それにについても明記してるので、お手数ですが下記のリンクから飛んでお読みください。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=258965&uid=299998


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忍田真史との対談

こっちでは久しぶりだな!気が向いたから帰ってきたぜ!


強化合宿を終えて数日。

修と空閑は、肩身狭くなんの味もしない…というより、あまりの緊張ゆえに感じられないジュースを啜り、渇いた喉を潤す。空閑に関しては、普段からトリオン体であるがために喉が渇くことはないのだが、針の筵にされている現状に、喉が渇いたように錯覚したらしい。

 

その原因は、先日の強化合宿にある。千佳から事実を聞いた太刀川と生駒によって、玉狛支部に大海恵とパルコ・フォルゴレが頻繁に出入りするという噂…というより事実がボーダー中に広まってしまったのだ。しかも、二人とも目的は修だという、なんとも厄介な情報付きで。

結果。三雲修に関する噂に尾鰭がこれでもかと引っ付きまわり、アンサートーカーを駆使すれど、噂の訂正も叶わなくなってしまったというわけである。人の口に戸は立てられないとは、よく言ったものである。

 

「……基地の中で落ち着いて休めた試しがないよな、オサムって」

「ぐっ…」

 

落ち着きたいのは山々だが、周りが落ち着かせてくれないだけだ。そう言えたら、どれだけ気が楽だっただろうか。

思ったことをズバズバ言って退けるところまでユーと似ているな、と思いつつ、修は横目であたりを見渡す。

 

「『あっち』より注目を浴びるハメになるなんて、思わなかったぞ」

「それだけ恵さんとフォルゴレさんが人気なんだよ、この町では」

 

そんなやり取りを交わすも、状況が改善するわけもなく。

暫しの沈黙ののち、空気に耐えきれなくなり、二人はすごすごと休憩室を後にする。

流石にあの中で食事をしようと思うほど、面の皮は厚くない。

少し歩くだけでも、何処かしらで騒めきが聞こえるあたり、相当広まってしまっているのだろう。今日とて清麿に折檻されている太刀川と、複数人を誘ってカラオケにて歌えもしない演歌大会を開いている…参加している夏目からの情報…生駒を軽く恨みつつ、先日の模擬戦の反省点を討論する。

 

「空閑は僕に劣らず無茶しすぎるきらいがある。僕や千佳と違って、安定した点取りが出来るのは強みだけど、それは相手にもわかりやすい。おまけに、自分に向けられた戦力を一身に引き受けることが癖になってるのもかなりの欠点だ」

「ほうほう。オサムの指摘は的確だから、タメになりますな」

「あの戦いで嫌でも身についた」

 

最初は、ユーと別れたくない一心だった。それが、彼の夢を聞いてからは、「ユーを素敵な王様にする」という目的に直走っていた。そのための努力の結晶として身についたのが、相手の人となり、癖を瞬時に見分ける能力である。

今になって思えば、ユーと別れた後も、ユーに助けられてしまっている。

素敵な大人の道のりは遠いな、と思っていると。疲れ果てた様子の忍田が、ふらふらと修たちの前を通った。

 

「…や、やぁ…、三雲隊員…。すまないが、肩を貸してくれないか…?

『とある馬鹿』のせいで発生した三徹のデスマーチを終えたばかりなんだ…」

「ですまーち…ってなんだ、オサム?」

「死ぬ気で働いたってことだよ。空閑が苦手な方で」

「あー……」

 

大体のことを察したのか、空閑は「ごしゅーしょーさまです」と忍田に告げる。

忍田はそれにツッコミを入れる気力も完全に削がれているのか、生返事をしたのち、フラフラと壁にもたれかかる。

かなり限界らしい。誤魔化してはいるものの、目元のクマも相まってか、いつもの逞しさはカケラも無かった。

 

「どこまで運べば良いですか?」

「取り敢えず、仮眠室まで頼む…」

 

修は躊躇いなく彼に肩を貸し、基地内にある仮眠室へと向かって歩みを始めた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ありがとう、三雲隊員。

あのまま放って置かれたら、私は廊下で倒れて寝ていただろう。感謝する」

「い、いえ…」

 

数時間ほど仮眠を取って、完全とはいかずとも復活した忍田は、苦笑を浮かべながら修に感謝を述べる。

眠気に負けた忍田に、くだらない悪戯を企てた太刀川、米屋との格闘を終えた修は、忍田とは違って疲労困憊を隠さぬまま、疑問を口にした。

 

「なんでそんな激務を…」

「慶のバカがやらかしてな…」

 

聞けば、太刀川がSNSにこっそり持ち込んだきな粉餅…過去に基地中にきな粉をぶちまけ、彼のみ持ち込みが禁止されている…の画像を上げようとして、間違ってボーダー基地の内装を上げてしまったのが発端らしい。

それだけならまだ良いのだが、写した場所が悪すぎた。なんと、ランク戦ブースに映る映像も写ってしまっていたのだ。よりにもよって、木虎藍が太刀川にボロ負けしている様を。

 

結果、ネットはプチ炎上。その鎮火作業に取り掛かるため、少々アウトローな方たちにも協力を仰いで、上層部と裏方総出で三日に渡る激務を経て炎上はその影も無くした。

太刀川は個人のSNSすらも禁止され、断末魔を上げたが、それは置いておこう。

 

何度目かもわからない弟子の尻拭いを終え、碌なものを食べていなかった空きっ腹を埋めるために修らと同じテーブルに座り、ハンバーグ定食をかきこむ忍田。

修らも同じように、それぞれ注文した定食を口に運び、咀嚼する。

それに区切りが付くと、忍田は口を開く。

 

「三雲隊員と空閑隊員とは、一度こうして話をしてみたかった」

「は、はぁ…」

 

空閑は父親のことだとして、修と話をしたかったのは何故なのだろうか。

修が疑問に思っていると、忍田は笑みを浮かべながら「そんなに身構えなくていい」と、その緊張を和らげようとした。

 

「……三雲隊員。私は五年前に、本を持って死闘を繰り広げた君と少年を目撃している」

「なっ…!?」

 

動揺を隠せず、修は目を見開く。

繰り広げた死闘は数知れず。正直なところ、誰に見られてもおかしくはないのだが、まさか忍田に目撃されていたとは思わず、冷や汗を流す修。

忍田は構わず、言葉を続けた。

 

「豪雨の中、バケモノ相手にズタボロになりながら死に物狂いに戦っている君たちを、私は見たんだ」

 

────確かにおれたちは弱い…。だけどさ…!お前たちみたいに、弱いことから逃げるもんか…!!

 

────自分を嘆く暇があるなら、僕たちは少しでも前に進んでやる…!!第四の術《タングルセン》ッ!!

 

思い出した。確か、術のせいで眠った千佳を人質に取られた時のことだ。うまくいかない人生にヤケになった男が、気性の荒い魔物を引き連れ、街を破壊しようと暴れていたところに出くわしたのだ。

持ち得る術が全て通じず、それでも諦めない意志に応えてか、第四の術である《タングルセン》が覚醒し、なんとか千佳を助け出せることが出来たのを覚えている。

まさか、その現場を見られていたとは。

 

「…君とあのバケモノになんの因縁があったかは、私には想像もつかない。

だが、そんな君の姿に感化されて、天狗になっていた自分を見つめ直すことができた」

「え?」

 

天狗になっていた、という忍田の発言に、目を丸くする修。

忍田は「恥ずかしい話なのだが」と前置きをして、話を始めた。

 

「当時、私は『ノーマルトリガー最強の男』という称号に酔っていた。

無茶はするわ、慶のことをバカにできない馬鹿はするわ、そのくせ『鍛錬のためだ』と腹の中で舌を出し、反省の一つもしないようなかなりの問題児だった。…若い頃の失敗は、大人になってから思い返すと羞恥で死にたくなる。気をつけなさい」

「…そーゆーザンネンなトコ、たちかわさんソックリだな。流石は師弟」

「空閑。思ってても言っちゃダメだぞ」

 

説得力のあるお言葉である。

忍田は今でこそじゃじゃ馬具合は抑えられているものの、全盛期は太刀川とはベクトルの違う、ある意味では彼よりも厄介な問題児だった。具体的に言えば、城戸司令の車を真っ二つに叩き割ったり、川の上を走っているのを通行人に見られたりと、かなりやらかしている。

忍田がはっちゃけたことによる物的損害はかなりの額に上り、当時中学生だった小南にすら叱られた事があるほど。本部長となった今は、その被害を取り戻し、お釣りがくるほどに働き詰めであるが、当時のみを知る人間からは大層驚かれることだろう。

 

「君を見たあの日、私は城戸司令にこっ酷く叱られ、不貞腐れて本部…ああ、今の玉狛支部を飛び出した直後だったんだ。

私が鍛錬を重ね、更に強くなれば、皆にメリットがあるはずだと、当時は強く思い込んでいてね。そんな傲慢さから来る苛立ちを吐き捨てるように、豪雨の中を走っていた…。

そんな時に見かけたのが、鉄パイプと本を持ち、空閑隊員そっくりの少年と共に、バケモノ相手に死闘を繰り広げる君だった」

 

あの男は、ユーと遊んだ帰りの千佳を誘拐して修を呼び出した。豪雨の中、水を操る術で修らを苦しめ、下卑た笑みを浮かべていたことを思い出す。

相手は格上、視界は最悪。更には人質。今思えば、相当周到な人物だったのだろう。修を完封すべく、徹底的に有利になるように立ち回っていた記憶がある。土壇場でタングルセンが覚醒しなかったら、どうなっていたことだろうか。

今思い返してもゾッとする。そんな修の事情は知らぬものの、あの戦いに修がどれだけの想いをかけていたかは理解しているのだろう、忍田は真っ直ぐに修の瞳を見つめた。

 

「本来であれば、私は止めに入るべき立場だった。どう見ても幼い子供が殺されかけているとしか思えなかった。

でも、君の気迫が、そうはさせなかった。『自分のやるべきこと』を真っ直ぐに捉えたあの瞳に、胸が痛くなった」

 

忍田もまた、修とユーの戦いを想起する。

彼が見たのは一回限りであったが、その一回は彼の瞼の裏に、鮮明に焼き付いている。

 

「己を恥じたよ。何故、動かなかったと。

あの気迫に負けた理由を、あの日から数ヶ月ほど、ずっと考えた。

君の相手の本が燃え、傍にいたバケモノが消えたことよりも、私にとってはそちらの方がよっぽど重要だった」

 

そこまで見られていたのか。

もしかしなくても、上層部はほとんど全員がこの話を知っているのではないか。そんな不安を考えながら、修は忍田の話に耳を傾ける。

 

「それを諭したのは、最上さんだったよ」

「…こういう話だろ?」

 

────戦える事が偉いわけじゃない。辛いと知りながらも、大切な何かのために戦うための選択をしたことが偉いんだ。戦いのために己を鍛える事が偉いわけじゃない。鍛える理由を知っている事が偉いんだ。戦う事が偉いわけじゃない。戦わなきゃいけない理由をわかってる事が偉いんだ。

 

空閑が「親父もよく言ってた」と付け足し、嘯いた。

忍田はそれに目を丸くするも、「君は知っているか」と即座に笑みを浮かべる。

 

「あの人は待っていたんだろうな。私の鼻っ柱が折れる時を。

……まさか、それを自覚するきっかけが、ボーダーを騒がせる君だとは」

「あ、あはは…」

 

確かに、いろんな意味で騒がせている。ラッドの騒ぎに加え、空閑を匿ったことや、風間と引き分けたこと。即席チームで、迅やレイジ、東の率いる即席チームと渡り合ったこと。話を挙げればキリがない。

またボーダーは騒ぐことになりそうだな、と思いつつ、修は口を開く。

 

「…あの戦いについて、お話しします。

到底信じられない話かもしれませんが、今から話すことは、全てが事実です」

 

修の言葉に、空閑は目を丸くした。

 

「オサム、いいのか?」

「見られてるんじゃ、仕方ないだろ。それに、いつか来る再会のために準備はしておかないとな」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……成る程。魔界の王を決める、百人の子供たちによる戦い…。君はその中のパートナーの一人として、あの戦いはおろか、突如現れた巨人をめぐる戦いや、ロッキー山脈の一角が消し飛ぶ戦いを経験した…と。

…城戸一派が聞けば、確実に荒れ狂う情報だな、これは……」

 

考えたくもない可能性を口にする忍田に、修は渋い表情を浮かべた。

 

「あまり公言しないで欲しいんです。忍田本部長には、見られてしまっていたのと、上層部の中でも城戸司令に対して強気に出れていたので話しましたが…。

僕は大規模侵攻を控えた今の状況に、余計な確執を作る気はありません。どうか、お願いします」

 

再会に余計な障害は付けたくない。その一心で忍田に頭を下げる修。

忍田もまた同じ気持ちなのか、即座に頷くも、直後に怪訝な表情を浮かべる。

 

「無論だ。侵攻する近界民に立ち向かう仲間と、必要以上に啀み合うつもりはない。

…しかし、その戦いについては、すでに終わったことなのだろう?少しの騒めきはあるだろうが、千年という長い周期に一度だけやってくるのであれば、いくら我々でもそこまでめくじらは立てないさ」

「………そう、ですよね」

 

忍田の言葉は、優しくも残酷だった。

千年に一度の奇跡の出会い。魔界とこの世界を繋ぐ鍵は、アンサートーカーでも分からない。

今生の間に会える可能性が低いのは、辛いほどに分かっている。それでも、願わずには居られないのだ。

彼らには、果たさなければならない約束があるのだから。

 

「…どれだけ今が辛くとも、君は変わらず真っ直ぐな瞳をしているな」

「え?」

 

修はその言葉に、パチクリと瞬きする。

忍田は「ただの褒め言葉として受け取ってくれ」と付け足すと、踵を返し、ふと思い出したように止まった。

 

「これは忍田真史個人の言葉だ。君とその親友の再会を、心から願っているよ」

 

答えは、まだ出ない。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…何をしている、ユー?ガラにもなく本なぞ読んで」

「おっ、ゼオン。リオウんとこでの調べ物はおわったか」

 

魔界にある草原にて。知恵熱用の冷えピタを頭に貼り付けながら、分厚い本を読み耽るユーに、ガッシュの双子の兄…ゼオンが歩み寄る。誤解が解けてからというものの、若干過保護気味になりつつあるゼオンが、ガッシュの側に居ないことはかなり珍しい。

それもそのはず。今回のことは、ガッシュには『サプライズ』と称して内密にしている、『とある作戦』のための布石なのだから。

 

「まぁ、な。…相変わらず、人の顔見ただけでガタガタ震えて、煩わしいことこの上なかったが」

「それはおまえがわるい」

 

リオウ。ある一族の期待を一身に受け、ファウードという特大級の兵器を引っ提げてガッシュらの前に立ちはだかった強敵。

最大の障壁となる清麿を瀕死に追い込んだものの、直後に現れたゼオンによってあっさりと打ち負かされたトラウマからか、ゼオンの顔を見るたびにガタガタ震えてしまうのだとか。

ユーの言葉に、ゼオンは「わかってる」と答えると、ユーが睨めっこしている本を覗き込んだ。

 

「……『ユーグルウス』。二千年前の魔界の王、か。…お前と呪文の系統が同じことから、血族ではあるだろうな」

「………やっぱりか」

 

魔界屈指の悪王として悪名高い、白い髪で赤い目の王。ユーが疎まれることとなった原因でもあり、恐らくは自らの先祖でもある。

物心ついた時から、両親というものには無縁だが…。だとしても、この事実を受け止めるには、自分の覚悟はあまりに小さかった。

いつも側で支えてくれた相棒なら、「そんなの無くても、ユーはユーだ」と答えてくれるのだろう。

今は聞けない声が、どうしようもなく欲しくなった。

 

「……しかし、本当にいいのか?お前の特性と気持ちを利用する形になってしまうが」

 

暗くなったユーの雰囲気を悟ったのだろう。ゼオンは話を変えて、ユーに問いかける。

ユーはいつものように、なんとも力の抜けた笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「…ゼオン様ともあろう方が、いまさらな心配ですな。

大丈夫だよ。まだ、約束の時じゃないけど、今じゃなきゃダメだもんな」

 

────待っててくれよ、オサム。

 

答えは、彼らが持っている。




忍田本部長が修を見かけたのは、アリステラ滅亡のちょっと前です。
次回、小南のアンサートーカー疑似体験!(ただしアホな夢を見る副作用付き)
アホのビンタをおみまいよ♪

次次回くらいに大規模侵攻書こうかな。


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アホのビンタをおみまいよ♪

注意:夢に出てくる人たちは夢のせいでアホになってるだけなので、本来なら絶対にこんなことしません。


「やったー!やったやったやったぁ!!

私、レイジさんに勝てたのよね!?ね!?」

「……疑似再現でのアンサートーカーありきでしょ。実力に入りますかね、ソレ?」

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを露わにする小南に、烏丸が聞こえないようにこぼす。

小南は攻撃手の中でも、その頂たる太刀川に迫るほどの実力を誇る。が、木崎レイジ相手に勝てるかと問われれば、「時と場合によるが、戦績で言えば負け越している」と誰もが答えるだろう。

木崎レイジはパーフェクトオールラウンダーと呼ぶべき万能手であり、あらゆる距離、あらゆる状況への柔軟な対応力を武器としている。玉狛の作戦立案も、今は県外スカウトに出向いているオペレーターの林道ゆり、宇佐美栞と彼が担っており、手の内が割れている相手には無類の強さを誇る。

それは小南相手とて、例外ではない。彼女の動きを徹底的に制限し、完封してみせた事だってある。

が。今回に限っては話が別。小南が思いつきのように言い出した「トリオン体であれば、伝達脳を弄ってアンサートーカーを使えるのではないか」という疑問から発展したこの模擬戦は、疑似的とは言えアンサートーカーを獲得した小南に軍配が上がった。

 

疑似的アンサートーカーを可能としたのは、後天的かつ現役アンサートーカーの修の協力あってのことだった。というのも、小南が激しく駄々をこね、修が折れただけなのだが。

ある程度の技術を宇佐美に叩き込まれた修は、品質はとにかく、なんとか疑似的にアンサートーカーを体験できるシステムを作り出した。…その代わり、訓練室の仮想空間のみでしか使えないのと、副作用が本来よりも酷くなってしまったが、ソレは言わぬが吉なのだろう。

何より、この再現に至るまでの過程で死ぬほど働かされたので、ちょっとした復讐心も込めて、あえて教えない事にした。

 

「……アレ、寝たらアホな夢を見るとかじゃなかったか?」

「アホな夢も見るし、この疑似再現だと二日後まで知能も低下する。訓練室の仮想空間以外の場所じゃ技術的な面でまず使えないし、正直なところデメリットしかない。

宇佐美先輩もこれは知ってるけど、ただでさえ忙しいのにこんな無茶苦茶言われて、相当怒ってる。

だから、小南先輩には痛い目見てもらうために言わない事にした」

「うふふふ……。明日は小テストらしいしねぇ……」

「………インシツだな、嫌がらせが」

 

こめかみに青筋を浮かべるメガネ二人に、空閑が微妙な面持ちで返す。

そんなこともつゆ知らず。絶好調の小南は、嫌がる烏丸を訓練室へと引き摺っていった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…ろ…なみ…。……きろ、小南」

「んぅ…、なによぉ…」

 

その日の夜。心地よい疲労感に包まれるようにして眠りについた小南を覚醒させようと、誰かが揺さぶる感覚を憶える。

小南は鬱陶しそうに目を開くと、そこに飛び込んできた光景に目を見開いた。

 

「起きろ、小南」

「わ゜ーーーーーーーっ!?!?!?」

 

飛び込んできたのは、出来の悪いバレリーナのような格好をして、鳥の被り物をした木崎レイジであった。

あまりに衝撃的な光景に眠気が覚め、凄まじい勢いで後ずさる小南。ソレに対し、レイジは真顔で迫った。

 

「人の顔を見て後ずさるとは、何事だ」

「後ずさるわよ!!何そのカッコ!?」

「人のカッコに口出しするな。さぁ、特訓を始めるぞ」

「と、特訓?」

「アホの特訓だ」

 

「ほら、ついてこい!」とヤケにハイテンションなレイジの声に、若干困惑しながらも立ち上がる小南。

レイジはソレを見ることもなく踵を返すと、両手で鳥の羽ばたきを再現しながらスキップを始めた。しかも、何故か余計に首を振りながら。

 

「わっはっはっはっはっ!!さあ、小南、お前もやってみろ」

「え、えぇ…?」

「やらないのか?やらないのなら…」

 

瞬間。どうやったのかはわからないが、レイジの手に、生きたタコが顕現する。

小南がソレに目をひん剥いていると、レイジはタコの足を掴み、彼女の頬をタコでビンタした。

 

「アホのビンタをおみまいだ♪」

(何コレ)

 

ペチーン、ペチーン、と力が抜けそうな音と共に走る衝撃に、小南は渋い表情を浮かべた。

 

「さあ、やるか?やらないか?やらないのなら…」

「………わ、わかったわよ。やるわよ…」

「よし!では、あのお花畑へ向かって羽ばたこう」

「……何なの、この状況…?」

 

笑い声を上げながら、花畑へとスキップするレイジに、一層困惑を隠せない小南。

しかし、アホのビンタはこれ以上貰いたくない。小南は心をアホにして、同じように笑いながらスキップを始めた。

 

「あっはっはっはっ!!」

「わっはっはっはっ!!そーれ!!着地するぞ!!とーう!!」

「とーう!!」

 

何だコレ。本当に何なんだ、コレ。

内心でこれ以上ないくらいに困惑しながらも、レイジの言う通りに真似をする小南。

尻から花畑へとダイブをかますと、レイジは即座に立ち上がり、リズムをつけて踊り出す。

 

「今のが所謂レッスン1♪しかし、今のはいただけない♪アホじゃないからいただけない♪」

「い、いただけないって…、アホの真似したじゃない…」

「真似と思う、それがダメ♪ダメなキミにはおしおきだ♪仕方ないからおしおきだ♪

アホのビンタをおみまいだ!!」

 

スパァン、とナマコでビンタをかまされる小南。普通に痛いし生臭い。

ヌトヌトとした粘液に塗れたナマコの感触に顔を歪める暇もなく、レイジが「レッスン2だ!」と叫び、小南の前から退く。

そこに居たのは、烏丸京介だった。ただし、フンドシ一丁の。

 

「と、とりまる…!?あ、あ…、あんた何してんのよ!?

…って、もっと隠しなさいよソレ!!も、も、も、もっこりしてるわよ!?」

「隠す必要などありません。何故なら今からレッスン2。頼みます、宇佐美先輩」

「はーい」

 

ちょっとだけリズムに乗せて言い放った烏丸が、いつの間にか隣にいた宇佐美に言うと。宇佐美は側に積み上がった皿を、フリスビーのように次々と投げて行く。

烏丸は、何処からか長い棒を三本取り出し、両手と下顎でソレを立てて見せる。瞬く間に飛んできた皿を棒の先で受け止めると、そのまま回し始めた。

 

「あははっ!!あはははははっ!!あーっはっはっはっはっ!!」

「と、とりまる……」

「アホのフリスビーをくらえ!!」

(私、まだ何もしてない)

 

烏丸は器用に回していた皿を、小南に向けて投げつける。その上には、いつの間にか大量の生クリームが乗っかっており、小南はそれを顔面で受け止めた。

 

「まだまだ行くぞレッスン3♪次の相手はこの人だ♪」

 

小南が目元に付着した生クリームを拭うのを待たず、レイジが小躍りしながら告げる。

彼の背後から現れたのは、ボーダートップクラスの問題児であり、ボーダーが誇るA級一位の男…太刀川慶。そして、その隣にいるのは、セクハラ大魔神の迅悠一。

二人の姿は、レオタードの乳首部分にスコーピオンを、股間部に孤月をくっつけた、なんとも無様な姿だった。色合いが白とピンクなのも相まって、余計に滑稽に見えてしまう。

 

「じ、迅…、太刀川、あんたたちまで…」

「ふっ!はっ!ふっ!はっ!」

「撫でるように斬る!!撫でるように斬る!!撫でるように斬る!!」

 

なんとも恥ずかしい箇所に引っ付いたスコーピオンと孤月を振り回しながら、二人して狂乱の踊りを披露する太刀川たち。

小南がその光景に唖然としていると、二人の目が彼女を捉えた。

 

「何をしているんだ、小南。特訓はしっかりしないとダメだろう」

「そんなボケっとしてると、立派なアホになれないよ」

「いや、別になりたくな…」

「「「口答えは聞きません♪アホのビンタをおみまいよ!!」」

 

二人はレオタードの胸元から、何処にしまっていたかもわからないおっさんみたいな顔をした深海魚を取り出す。そのまま流れるように、小南に深海魚ビンタをかました。

ぶよん、ぶよん、と気持ち悪い感触に顔を顰め、二人を怒鳴りつけようとするも、無駄だと悟って拳を諌める小南。

二人は小躍りしながら、小南に迫った。

 

「さあ俺らと一緒にレッツダンシング♪」

「真似ができなきゃおしおきよ♪」

「………ふ、ふふふ、ふふふふ。あははははっ!!やってやろうじゃないの!!!」

 

キレた。小南の理性を繋ぎ止めていた何かが、ぷつん、と音を立てて切れた。

太刀川たちが「セイ!!」やら「ほぉ!!」やら奇声を上げることも、左右に腰を振ることすらも、女を全力でかなぐり捨てて真似する小南。

ソレを数十分続けたのち、太刀川たちがたくあんを手に立ちはだかった。

 

「ヤケは良くない♪アホとは言えない♪」

「アホじゃないからおしおきです♪」

「「アホのビンタをおみまいよ!!」」

「一体ぶっ!?…どーしろぶっ!?…ってのよ!!!」

 

たくあんでぶっ叩れながらも、キレ気味に叫ぶ小南。

漬け汁まみれになった顔面を袖で乱暴に拭き取る小南に、再びレイジが小躍りしながら迫った。

 

「良く頑張ったな。最後はゆるりとワンコタイムだ」

 

レイジがなんとも滑らかな動きで小南の視界から外れると。そこには、出来損ないのケンタウロスみたいになったワンコの着ぐるみを着た陽太郎が、なんとも珍妙なポーズを取って叫んでみせた。

 

「ゆったりワンコ!とりゃー!」

「ゆったりワンコ!えーい!」

「ゆったりワンコ!せーい!」

「ゆったりワンコ!おりゃー!」

 

よくよく見ると、背後には可愛らしい後輩たちも同じような格好をして、同じように「ゆったりワンコ!!」と叫んでいる。さらにその背後には、何故か雷神丸が二足歩行になって、同じようにポーズを取っていた。

コレにより小南の知性は、完全に砕け散った。

 

「…………ゆったりワンコ!!えーい!!」

 

狂乱は続く。ソレが終わってゆく感覚も何処へやら、小南は実に愉快そうにアホになっていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「あはは、あははは……は?」

 

ちゅん、ちゅん、と言う鳥の囀りで目が覚める小南。

彼女は寝ぼけたまま唖然とするという、なんとも珍妙な感覚に、半笑いのまま硬直した。

 

余談だが。その日の小テストは、解答欄に「ゆったりワンコ」とだけ書かれていたという。無論、こっ酷く叱られると共に、ボーダーの皆から激しく心配される羽目になったが、その理由は小南には言えなかった。




トリオン体で聴覚共有できるんなら、伝達脳ちょっと弄ったらアンサートーカーも再現できるんじゃね?と思ってやりました。アホのビンタを書けて満足です。

大規模侵攻編、次回からやるよ。


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大規模侵攻 その1

アンサートーカー効果で展開が結構変わってます。取り敢えず茶野隊の誤解はカット。ラービット君も出勤して真っ先に修たち襲います。


大規模侵攻が始まってしまった。「あと十日のうち」と言った矢先に始まった破壊の波に、あっという間に町は戦場となる。

修と空閑は千佳をC級によって行われている市民の避難誘導の方へと送り、市街地へと出ようとしたトリオン兵の弱点を突く。

 

「オサム、最近速度が上がってきたな!」

「昔の感覚をちょっと取り戻してきたってとこ…かなっ!!」

 

レイガストのスラスターはトリオンを放出する関係上、トリオン量が壊滅的な修ではそこまで多用できない。

ならば、何故修は軽やかにアスファルトを駆け、高く飛び上がれるのか。それは、過去の魔物たちとの戦いによって培われた感覚が、ここ最近の激闘の数々によって再び研ぎ澄まされていたことにある。

魔物たちとの戦いにおいて、本の持ち主が作戦を立てることはあっても、最前線に出ることはほぼない。傍で本を読み上げ、燃やされないように立ち回るようにするのが関の山である。

しかし、シェリー・ベルモンドと三雲修は違う。多少なりとも嵩張る本を片手に、武器を振るっていたのは、彼女らだけだった。

特に修に至っては、十歳という若さで、鉄パイプを軽々片手に振ることができるように、母親に半殺しにされながら鍛えたのだ。クリア・ノート、ファウード、ゼオン・ベルのように、余程デタラメな存在でもない限りは、バムスターやモールモッド相手の弱点を斬るのに消耗は無い。

 

「アステロイドは使わないのか?」

「僕のトリオンは限られてるからな。ポンポン撃てば、まずトリオン切れでトリオン兵を倒しただけで終わる。

この後に来る奴らを倒さないといけないんだ。少しでも長く頑張るさ」

 

現在の修は、アンサートーカーをフルに発揮している。アンサートーカーを使った実力は、その要因がバレていないとは言え、認知はされているのだ。

多少なりとも敵を削るために暴れた方が、得策ではあるだろう。

 

「戦いはいつだって、数のある方が有利だ…なーんて、オサムは分かってるよな」

「ああ。嫌ってほど思い知ってる。…空閑。五秒後、左横に1メートル、地面と並行に飛んで壁に着地、直後に前方上18度に2メートル飛んで斬撃。

レプリカ。状況は教えなくていい。『答えは出て』いる」

『了解』

「あいよ」

 

空閑は修の細かな指示を完璧にこなし、壁に着地する。瞬間、見たこともないトリオン兵が空閑たちのいた場所へと拳を振り下ろす。

空閑は特に慌てることもなく、指示通りに前方上18度へと飛び、訓練用のスコーピオンで弱点を貫いた。

 

『アフトクラトルで開発されていた新型トリオン兵…「ラービット」…。本来、ここまであっさり撃破できる相手ではないが…』

「そんな名前なのか、コイツ。…背中部分、腕、頭は結構硬い。腹は空洞…、肋骨部分に妙なオプションが付いてるな。

……答えが出た。『トリガー使い捕獲用』だろう?」

『……アンサートーカーを発揮してる君は、末恐ろしいな。

しかし、これではっきりした。今回、攻めてきているのはアフトクラトルだ』

 

情報ゼロから、動きや内部構造、更にはトリオン兵に関する情報など、断片的な要素から答えを導き出す。

いくら高嶺清麿、デュフォーよりも練度が低いとは言え、対峙した相手の特徴を見破ることはわけなかった。

 

「僕たちだと、この装甲を削ぎ落とすのは難しいな。A級でも食われる性能がある。

ボーダーも、コイツの撃破に戦力を割く。その優先度は…『避難が済んでない場所』だ。

このまま行くと、千佳やC級隊員たちどころじゃなく、市街地の方にもかなりの被害が及ぶことになる」

『……その通りだ、オサム。ラービットは各個撃破に集中するらしい。答えがわかっても、どうしようもないことはあるみたいだな、オサム』

「知ってるよ」

 

市街地の方へトリオン兵がなだれ込む恐れはあるが、ラービットを下手に自由にさせてしまっては、こちら側の戦力が一方的に減るばかりだ。

それに、千佳のいる地区は避難誘導がスムーズに進んでいる。千佳たちに被害が行くのは、確実と言えるだろう。

 

「…空閑、今のうちに黒トリガーに切り替えろ。千佳の危険云々を度外視しても、数分後、切り替える暇もなくなる相手が来る」

「いいのか?ボーダーが混乱するぞ?」

「大丈夫。答えは出てるさ」

 

修は速やかに上層部の集まる司令室に、空閑の黒トリガーの使用についての事後承諾を求めようとする。

が。空に映る光景に、基地もそんな場合ではないことに気づくと、修は進行方向を変えた。

 

「イルガー…」

 

爆撃用トリオン兵、イルガー。以前のイレギュラーな『門』の騒ぎの際、三門市の一角を爆破して回ったトリオン兵。

その時は木虎が手こずりながら対処したものの、イルガーが自爆モードに移行しかけた際、修が持っていた訓練用のレイガストを投擲して急所を貫き、川の上に墜落させたのだ。

しかし、そんなことが出来たのも、あの時現れたイルガーが一体のみであったから。

基地に向かって落ちていくイルガーは四体。木虎ですら手こずった手前、一見すると、対処はかなり難しいように思えることだろう。

 

「修。アレを落とした実績のあるお前は、手は出さないのか?」

「一体はボーダーが撃ち落とすし、一体は太刀川さんが斬る。二発だったら耐えられるくらいの強度はあるから、心配いらない。

第一、使う国が珍しいってことは、そこまで量産できるトリオン兵でも無いんだろ?」

 

修の言葉に舌を巻き、目を丸くする空閑。アンサートーカーの強大さは知っていたつもりだったが、まさかここまでだとは思わなかった。

アンサートーカーが真価を発揮するのは、ただの闘争だけでは無い。相手の戦術を、事前に把握できることも、これ以上ない利点だろう。

しかし、修が言っても、彼の扇動力はハッキリ言って皆無のため、レプリカの発言として上層部に報告してもらっている。

 

『二人とも。城戸司令から黒トリガーの使用が許可された。ただし、市街地には出ないようにとのことだ』

「答え通りだな」

 

空閑という強大な戦力は、千佳や市民の護衛に使えない。

いくらアンサートーカーとは言え、修はトリオン貧者という大きすぎる欠点を抱えている。魔物との戦いで得た体力と根性はあるが、それを差し引いても弱いことには変わりない。

簡単に詰みの状況を作られやすいという欠点を補うために、突破力のある空閑と同行していたのだ。が、それが無くなるとなると、修にとっては苦しい状況となる。

しかし、修個人の大きなワガママを通す暇もないのは事実。修は空閑に最低限の注意を促す。

 

「…空閑。お前と戦う奴がどんな相手かまでは、答えが出ないが…。

僕が死ぬ未来が濃いという情報がある以上、お前よりも手練れな可能性は高い」

「そうか。…レプリカは?」

「お前の判断に任せたらいいと、答えが出てる」

「りょーかい」

 

修は上層部にどう言い訳しようか、と自分に問いかけながら、千佳たちの元へと向かった。

 

「……手出しの必要、無かったね」

「…………」

「木虎、そう拗ねるな。しかし、三雲くん、相当キレるな…。性格的には合わないが、オペレーターは最適職なんじゃないか?」

 

一連の様子を、民家の屋根から嵐山隊が見ていたことに、何の反応も示さず。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

その頃。近界にてこの世界の周りを漂う惑星国家の中でも最大級の国力を誇る大国…神の国「アフトクラトル」の精鋭たちが、卓上に浮かぶ映像を見て、難色を示す。

 

「……なかなかに頭のキレる男がいるな、兄者」

「ラービットの襲撃を予測しただけでなく、一眼見ただけで機能さえも見破るか…。

それに、攻撃どころか『我々の手そのもの』を事前に読んでいる節がある。コイツは早々に排除しておくべきだ」

 

ガタイのいい男に兄と呼ばれた男が、眉間に皺を寄せて淡々と告げる。目前に映るは、戦況を完全に読み、空閑にラービットを数秒足らずで撃破させた三雲修。

この男の予測も、恐ろしいほどに的中している。修が数秒おきに己に問いかけている問題は、「敵はどんな手を使ってくるか」。結果的にそれが相手の戦術を事前に見抜き、レプリカや迅を仲介して上層部に通達することで、被害を最小限に抑えている。

そのため、彼らが思うような大規模な戦力の混乱は起きず、分散はしているものの、あまりに手が出しづらい状況下にあった。

 

「ケッ。なんだか知らねーが、そんなザコ猿、オレの『泥の王』がありゃあイチコロだろ。オレにやらせろ」

「ダメだ。やられた敵が基地へと戻っていくところを見るあたり、トリオン体を破壊しても頭は生きている。お前がヤツを落としたとて、戦況は大して好転せず、お前は手の内を見破られて死ぬのがオチだ」

 

その言葉に淡々と答えると、長髪の男は「ああん!?」と声を荒げながら、卓上に足を乗り上げる。

しかし、男は毅然とした態度で長髪の男を睨め付けた。流石にこの男を相手取る気は無かったのか、長髪の男は舌打ちをして、どかっ、と席へと座り込んだ。

 

「チッ!!『バオウ』と『シン』に2000年もの間、ビクビク怯えてただけのお家に生まれた指揮官サマは、随分と机上でモノ考えるのが好きみたいだな?えぇ!?」

「『バオウ』と『シン』の脅威も知らず、兄者どころか我が家を侮辱するか…!!」

「よせ、二人とも。敵は『玄界』だ」

 

ガタイのいい男と長髪の男の衝突をなんとか防いだ指揮官は、まじまじと状況を見つめる。

『バオウ』が引き起こした大国の滅亡を記録し、さらには『シン』の脅威を記録した家の生まれたる彼も、その言葉に何も思わない訳ではない。しかし、この長髪の男とはこれっきりだと割り切って対処した。

しかし、このままでは、本来の目的も果たせぬまま、ただトリオン兵を注ぎ込んで相手をかき乱しただけで終わる。それだけはなんとしてでも避けなくては。

 

「ほっほっほっ…。雛鳥たちを狙おうにも、プレーン体のラービットも凄まじい速度で落とされている。加えて、我々の手の内が筒抜けになっているかのような動き…。これは、我々も急ぐ必要がありましょう」

「……ラービットのうち、カスタム型の…砲撃型を防衛ラインの方へと向かわせろ」

「了解」

 

彼らの襲撃まで、あと数分。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

時は侵攻前に遡り。

近界民が攻め込み、三門市の大半が半壊した痛ましい事件から四年。あの時と同じように、曇天が太陽を覆い隠す。

その空の下、ビルの屋上に立つ色素がないとしか表現しようのない出立ちをした青年と、銀色の髪に紫の瞳を持つ少年が、眼下に広がる警戒区域を見下ろした。

 

「……おい。オレたちが手出しするのは、まだ先なのか?」

「ああ。…そう焦るな。『清麿たち』はまだ飛行機の中だ。お前のワガママを聞いて『退屈しない相手』をあてがうのも大変なんだ」

 

その手には、銀色に輝く本が握られている。

少年は自らと彼との絆の象徴を見遣り、薄く笑みを浮かべた。

 

「…変わったな、お前」

「お前のおかげだ。…来たぞ」

 

眼下に広がる警戒区域が、黒に染まった。

 

「さてと。『我らが王』の到着を待つとするか」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「清麿ぉお…!!自家用飛行機とは…、結構苦しいモノなのだな…!!」

「そりゃあ、この機体はな…!!仕組みを説明してやりたいが…!ちょっとキツイ…!!」

 

その頃、イギリスから大西洋にかけての青空にて。凄まじい速度で雲の上を駆ける飛行機の中で、清麿とその膝に座る少年が、凄まじい顔をしながら襲いかかるGを耐える。

運転しているビッグ・ボインのボインも負荷で激しく揺れており、清麿の顔は真っ赤だった。

 

「しかし、ビッグ・ボインは5年経っても見た目が変わらぬな…!!」

「イェーイ!!」

「えぇっと…、ニュアンス的に『女だからよ』…だってさ…!!」

 

ビッグ・ボインは凄まじいGにボインがビシバシ揺れて肌を叩こうが、平気そうにジェット機の運転を続ける。

普通ならば負荷に備えて相応の格好をするのだが、この女、あろうことかいつものレオタード姿で運転している。

それは何故か。彼女がビッグ・ボインだからである。ビッグなボインというアイデンティティを飛行服の着用によって自らかなぐり捨てるような愚行はしない。

…まあ、そんな心情など、清麿たちに聴こえてるわけもないだが。

 

「楽しみだな、清麿…!!また、修たちと会えるのだぞ…!!」

「俺たちは会ってたけどな…!!」

 

Gに耐えながらも、互いに笑い合う二人。

空の凱旋を楽しむ二人の側には、赤い本が置かれていた。

 

蹂躙された三門市に、王が君臨する時は近い。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「むぅ…。おれそっくりのヤツがオサムの相棒になってるのって、なんかフクザツ…」

 

とある民家の上。翡翠の本を脇に抱え、微妙な表情を浮かべる少年。

本は今にも修へと飛ぼうと暴れているが、少年の力によってなんとか抑え込まれていた。

 

「ごめんな。まだオサムと会う時間じゃないんだ。もうちょっとだけ我慢してくれ」

 

しかし、本はその言葉を聞かず、修の元へと向かおうと光を放ちながら、さらに激しく暴れる。

少年はそれを強く押さえつけながら、内から溢れる喜びで口角をあげた。

 

「共闘するのは久々だからな。きちんと、オサムの動きを見とかないと」

 

赤の瞳が、友を見つめていた。




ラービット君、瞬殺してごめんな。ロボットみたいなモンがアンサートーカーに勝てる訳ねーだろって思いながら書いてた。
今はアンサートーカー修効果(レプリカ先生が完全に仲介役になっているので上層部がめっちゃ言うこと聞いてくれる)で優勢だけど、逆にアフトクラトルに余計な油断を与えてないから、ここからハードル上がると思う。星の杖とか卵の冠とかが本気出してくるって考えるとヤバさが伝わると思う。

そして、ガッシュ勢の影。ガッシュ2が決定したけど、アレ王になったガッシュとか人間界に戻ってくるのかな?
ビッグ・ボインはナゾナゾ博士に命じられて飛行機運転してます。このシリアスの清涼剤になってくれると思った。


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大規模侵攻 その2

ラービットが修を全力で殺しにかかっております。尚、いくら連携しようと、アンサートーカーには勝てない模様。


アフトクラトルという大国は、その膨大な国土に比例して、歴史も相応に長い。

少なくとも、3000年ほど前から現在の王朝が続いており、多少の内乱があったものの、国宝たる「星の杖」を含め、保有している黒トリガーの多さという抑止力によって、一見すれば政治はかなり上手くいっている。

更には、近年開発された「トリガーホーン」により、国力の強化にも努め、その影響力は近界にある国の中でも一線を画す。

 

そんなアフトクラトルも、一度は壊滅状態に陥ったことがある。

今回の指揮官たる指揮官たるハイレインとその弟、ランバネインが生まれた家は、その災害から生き残った唯一の家として、アフトクラトルにおいて大きな存在であった。

 

その災害の名は『シン・オルダ・タングルセン』。

 

玄界を手に入れようとしていたアフトクラトルの広い空を埋め尽くすほどの弾丸が、無慈悲に築き上げた殆どを奪い去っていった。

それを放ったのは、記録上においては、玄界の幼い少年二人だったと言う。

アフトクラトル含む近界に浮かぶ国家が、千年近く玄界に一切手出ししなかったのは、彼らがこの災害を恐れたことにある。当時は今と同じ規模の大地を保有していたが、その九割方が消し飛んだのだ。それだけ広い大地が壊滅状態になって、他国が怖気つかない訳がない。

 

その膠着が破られたのは、千年前。ゴーレンという魔物が猛威を振るい、ダウワン・ベルとパートナーのウィリー、それに協力した3人の魔物が、撃破して数日。

ウィリーと旅をしていたダウワンらの前に立ちはだかったのが、当時勢い付いていたキオンの属国であった。

 

トリオンを使う彼らの技術に、既存の兵装は役に立たず。トリオンの性質と魔力の性質が限りなく近いことを見抜いたウィリーの機転で、トリオン兵や注ぎ込まれた戦力を撃破していった。最終的にはなんの偶然か、奇跡的に辿り着いた魔界にもその手を伸ばし、彼らの力を王杖の力を悪用して封じ込めた。…その際、ウィリーらが魔本によって魔界に来訪したことにより終息したが。

しかし、その国はキオンからの圧力で引くに引けず。軍が壊滅したその後も再び襲撃を図った。

 

それが、運命の決定打だった。

属国が引いた後の、暴走する先王との戦いで既にダウワンのコントロールを離れつつあったバオウが、その国に渦巻く悪意を感知し、国を母トリガーごと噛み砕いたのだ。

それをキッカケに、ダウワンはバオウを操ることが出来なくなった。子が生まれ、バオウをガッシュに継がせるまでは、人間界を守るという最低限の縛りを設け、近界に放逐するという非情の決断をすることによって、バオウの危険性が外に漏れることはなかった。その証拠に、ダウワンは王座に就いてから、一切バオウの姿を見せることはなかったと言う。

 

実は、バオウが噛み砕いた国は一つではない。千年近くもの間、多くの国がバオウの腹の中へと消えていった。

属国の八割が消えたキオンに、半分を喰われたレオフォリオ。バオウを恐れる国家は、決して属国を多少喰われただけのアフトクラトルのみではない。国によっては、その名を呼ぶことすら禁じられる。バオウが食うのに時間がかかるような大国が喰われていないのは、暴走するバオウに対する、ダウワンのせめてもの抵抗であったのだろうか。それを知るのは、ダウワン・ベルただ一人である。

空閑やレプリカがその情報を知らないのは、滞在国家が軒並み、バオウについての徹底的な情報統制を行っていたことにあった。

 

話を戻すと。今回の遠征に国宝含む黒トリガーが四つも注ぎ込まれているのは、その災害を恐れてのことであった。

 

「……ふぅ」

「少し思い詰めすぎでは?

バオウやシンが来ても、私の『窓の影』で飛ばせばいい話です」

「それを図ったリーベリーの属国がどうなったか、教えてやろうか」

 

門を使ってバオウを飛ばそうとした国は、それごと喰われた。おそらくは、シンにもなんの効力も発揮しないだろう。

それを記録していたのが、父に連れられた幼き頃のハイレインなのだ。あの時の恐怖が染み付いて離れないハイレインは、震える手を押さえつけるように、右腕を抱えた。

 

「油断は無しだ、お前たち。手筈通りにな」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「あーもぉ!!後輩が頑張って戦況コントロールしてんのに、アタシらはまだジープの上って、カッコつかないじゃない!!」

 

その頃、玉狛支部から本部へと向かう道路では。ジープを戦場へと走らせるレイジを急かすように、小南があいも変わらずぎゃーぎゃーと喚きたてる。

玉狛支部の人間以外は全く気付いてないが、現在、戦況を裏から動かしているのは、天下の『アンサートーカー』三雲修である。しかし、市街地への被害を避けるのは不可能と聞かされていた三人は、戦況を少しでも良くするために急いでいた。

 

「レプリカ、戦況は?」

『投入されたラービットの四割強がオサムへと向かっている。どうやら、オサムが私を仲介して戦況をコントロールしているのがバレたらしい』

 

レプリカの仲介機が烏丸の問いに答えると、小南は目を丸くする。

彼女らもまた、レプリカによってラービットの情報を受け取っていた。

 

「ラービットって、新型よね!?それがあの弱々の修に集中してるとか、オーバーキルにも程があるわよ!!」

『アンサートーカーを抜きにすれば、オサムは比類なき弱者だからな。敵もそこは分かっているらしい。

……ただ、それでも「勝つ方法」が1%でもあるなら導き出すのがアンサートーカーだ。決まった動きのあるトリオン兵が相手である以上、彼の脱落は、まずないと考えていい』

 

アンサートーカーを相手取るには、まず『詰み』の状況を作る必要がある。そのためには、臨機応変な戦い方が出来る存在…つまりは頭を使うことを知っている人間でなくてはまず不可能。

トリオン兵は基本的に、プログラムされた動きに忠実である。それがどれだけ高性能な連携を取ろうと、そこに隙がある以上、そこを最適のタイミングで突く。修がトリオン兵によって倒されることは、万に一つもない。

 

「問題は人型だろ?」

『ああ。オサムが居なければ、被害は拡大し、A級隊員は兎に角、B級隊員は大きな被害を被っただろう。

しかし、この結果は、相手が全てトリオン兵だという前提条件がある。オサムによるとあと数分もないうちに、それが崩れる』

「あと数分で人型が来るってこと!?」

 

小南の素っ頓狂な声に、レイジ、烏丸の両名が気を引き締める。

レプリカは玉狛第一の面々に、淡々と現実を突きつけた。

 

『どんな相手かまでは分からないが、ユーマどころか、ボーダー全体が負ける可能性がある実力者が投入されるらしい』

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「天羽。お前から見たメガネくんは、どんな『色』だった?」

「どうしたの、迅さん?藪から棒に」

 

トリオン兵ごと更地になった一角にて。その光景の真ん中で座り込んでいたS級隊員…天羽月彦へ自身の仕事をぶん投げた直後、迅は彼に問いかける。

天羽は訝しげに迅に問うも、その瞳の圧力に負けるような形で口を開く。

 

「……面白そうな『色』だったよ」

「へぇ?どんな感じ?」

「宝石みたいに透き通った翡翠。トリオン量は確かに少ないけど、それを補うだけの『何か』があるんだと思った」

 

翡翠。その色は奇しくも、修がかつて持っていた本と同じ色であった。天羽の『透き通った』という表現からして、その色彩は修の持つアンサートーカーによるものなのだろう。

答え終えた天羽は、心底面倒くさそうにため息を吐き、迅に問いかける。

 

「で、なんでこんなこと聞いたの?」

「さっきからずっと、メガネくんに関する未来が一切見えなくなった。勿論、ボーダーの未来もだ」

 

その言葉に、静かに反応する天羽。

迅はいつものようにヘラヘラとした笑みで「大丈夫だとは思うけどさ」と付け足す。

 

「見えなくなったと言うより、『隠されてる』感じがするんだよ。俺の知らない誰かが多く関わることは、確かだね」

「ふーん…。………あっ」

 

ふと、天羽は「そういえば」と付け足し、思い出したように、砂の上に指を走らせる。

数秒もしないうちに完成したのは、なんとも形容し難い幾何学的な模様であった。

 

「こんな模様も、重なって見えた」

 

その模様は、魔本の表紙の意匠と全く同じものであった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

C級の部隊は、現在混迷を極めていた。

原因は、3バカと呼ばれる訓練生三人が撃破したバムスターから出てきた、砲撃型のラービット。

3バカ含むC級は、避難活動も傍でこなしながら逃げ惑う。ラービットはその後ろ姿を、まるで吟味するように、口腔の中にある瞳で見つめる。

千佳もまた、狙われている中の一人であり、頭に猫を乗せた夏目出穂がそばに居ることで、なんとか精神的な余裕を保っていた。

 

「『タングル』!!」

 

と。聞き慣れた声と共に、アステロイドがラービットの弱点を的確に貫く。

千佳がそちらを見ると、レイガストを片手にこちらに指を向けた修がそこにいた。全てを見透かすような瞳を見る限り、アンサートーカーを発揮しているのだろう。千佳は安堵からか、修の名を呼んで、彼の方へと駆けて行った。

 

「修くん、向こうは大丈夫なの?」

「ああ。レプリカを仲介して戦況は掌握してる。…ただ、これからちょっと厄介なことにな…『ソルド・タングル』!!」

 

修は即座にレイガストをブーメラン状に変え、夏目に向けて投擲する。

千佳と夏目がソレに固まっていると、門を介して夏目の背後に降り立った三体のラービットの内、一体の弱点を、ブーメランが引き裂いた。

 

「くそッ、やっぱりまとめては無理か…」

「メガネ先輩せめて一言くらいは欲しいんすけど!?」

「ご、ごめん…」

 

危うく物理的に首が飛びかけた夏目が、修に詰め寄って激しく抗議する。ユーであれば、先ほどのように、自分に向けられた攻撃に顔色ひとつ変えず連携してくれるのだが。

そんなことを考えながら、修は戻ってきたレイガストをキャッチし、二人を抱え、スラスターで後方に飛び上がる。

瞬間。そこから、ラービットの液状化した腕部から伸びた剣が突き出た。

 

「おわっ!?なんなんすか、これ!?」

「どうやら、ある程度カスタムされてるみたいだ…。厄介だけど、行動がプラスされた程度、倒せないことは…」

 

と、言葉をつづけようとした、その時。脳裏に出た答えに、修は咄嗟に身を翻す。

先ほどまで修のいた場所を、黒の塊で構成された弾幕が通り過ぎて行った。

 

「ほっほっほっ…。雛鳥二人を抱えてヒュース殿の奇襲を予見し躱すとは。

未来ある玄界の若人よ。貴殿は頭だけでなく、技量も相当なもの。

このような老いぼれまで50年近く駆り出す我が国にも、そういった頭脳と技量のある若人が欲しいのですが…」

「敵を褒めないでください、ヴィザ翁」

 

鉱石の集合体のようなものを纏う男の言葉に、杖を置いた老父が「これは失敬」と悪びれない様子で笑う。

修を誉めているのは、本心からの行動だろう。そして、その内心にある企みについては、答えが出ていた。

 

「…千佳、夏目さん。逃げろと言いたいけど、この状況じゃ無理だ。

僕の指示通りに動いてくれ。武器の使用については、レプリカが上手いこと言い訳してくれる」

『出来るだけ、善処しておこう』

「……うん」

「わ、わかったっす」

 

先ほどの答えより、襲撃が早い。

派手に動きすぎた弊害か、それとも修が戦況をレプリカ、迅を介してコントロールしていたのがバレたせいか。明らかに修を殺しにきている。

こうした一点狙いをされるのは、5年ぶりだろうか。懐かしい緊迫感に苦笑を浮かべながら、修は口を開く。

 

「千佳、夏目さん。あの黒いカケラには当たらないように。磁力のような力が働いてる」

「え?なんでわかるんすか?」

「……夏目さん、口は固い方だよね」

「………ま、まぁ」

「僕は『アンサートーカー』だ」

 

老人の杖は黒トリガーということしか分からないが、今尚、手の内を晒してくれている少年に関しては、そのトリガーの特異性には答えを出せる。

夏目が驚愕に目をひん剥いている傍で、修は飛んできた黒のカケラを最小限の動きで避ける。

 

「アンサートーカー…?副作用ではないみたいだが…、我々の敵ではないな」

「答えは出てる。僕たちは『負けない』」

「ほざけ!!」

 

少年の叫びと共に、残ったラービットがその猛威を奮おうと、未だに惑うC級らに襲いかかる。

と、その時。二つの斬撃が、ラービットを両断した。

 

「言ったはずだぞ。『僕たち』は『負けない』って」

 

ラービットを両断したのは、小南と烏丸の放った斬撃だった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……オサムのやつ、5年見ない間に腕を上げたみたいだな」

 

人型が現れても、緊急脱出が発動する頻度はそこまで上がっていない。

先ほど、黒トリガー使いに風間蒼也が落とされたという情報が飛び込んできたが、それによって、緩みつつあった戦場の空気が引き締まってきている。

人型との戦闘も、被害は予見されていたよりもかなり抑えられているように見える。

銀色の少年からすれば、あの雑魚だった少年が、ここまでの策略家に成長したことに賞賛を送りたいが、そのパートナーである男は、不満げに眉を顰めた。

 

「俺から言わせれば無駄が多い。特に、事前にレプリカが知ってる限りの情報を引き出さなかったのは、完全にアイツの失策だ」

「…お前は弟子に厳しいな。

その前提条件を抜いても、ここまで被害を抑えているじゃないか」

「いや。黒トリガーの本部襲撃という答えを出して尚、対処しきれない時点で、未熟にも程がある」

 

それでもなお、失望を瞳に宿さないあたり、弟子のことをよく分かっているようだ。

少年は笑みを浮かべながら、白のマントを広げ、ビルから降り立った。

 

「それは起きない。お前と、この『雷帝』が降り立つのだから!」

「俺にそれを言うか、ゼオン」

 

少年…『ゼオン・ベル』は、長髪の男…エネドラを目掛けて、手のひらを向ける。

元祖アンサートーカーたるデュフォーは、心の力を発揮しながら、その言葉を口にした。

 

────第一の術『ザケル』!!

 

瞬間。曇天を照らす紫電が走った。




ヒュース、ヴィザ翁出勤。尚、狙いは千佳ではなく、修の徹底的な排除な模様。何この無理ゲー。
木虎は修にこっそり立ち回りコントロールされてキューブ化はしてない。諏訪さんはなっちゃったけど。現時点では、原作よりも緊急脱出してる人はそこそこ少ない。あくまでも現時点では。

ゼオン様ペア、出勤。この作品の初ザケル、ガッシュだと思った?残念、ゼオン様だ。ガッシュと清麿は未だにビッグ・ボインとの強烈なフライトを楽しんでいる最中です。
…大丈夫。忍田本部長、ちゃんと出番考えてるから。エネドラがゼオン様におもちゃにされる未来しか見えないけど。
ユーは本をなんとか抑えている途中。デュフォーに言われた通りのタイミングじゃないとダメって言われてるから、なんとか頑張ってる。

今回の新呪文、第六の術『ソルド・タングル』。ざっくり言うと、手裏剣状のタングル。修でも持って投げれるから、結構愛用してた。これが出る前は鉄パイプをへし折って投げてた。
ユーの術は、ガッシュやゼオンの術と同じように、ギガノやディオガなどの一般的な強化修飾句がない(ただし、シンを除く)。クリアとの決戦時には、ゼオン戦のガッシュみたいな強化が入っていた。


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大規模侵攻 その3

ミラさんとハイレインさん、雷が走ったせいで早期に戦場に駆り出される事になってます。近界民は雷が怖い。


「な、なんだ、今の…?」

 

エネドラは、頬を掠めた雷の感触に慄きながら、それが飛んできた方向を見やる。

そこには、自分と同じくらいの歳の青年と、掌から紫電を走らせる銀色の少年が、自分を見下ろしているのが見えた。

 

「トリガー…じゃ無さそうだな。生身の猿が、どんなマジックを使いやがった?」

 

紫の相貌に込められた威圧は、小柄な体に反比例するように、エネドラを萎縮させるほどに膨大だった。

魔物の王を決める戦いにおいて、優勝候補とまで言われ、鎧袖一触に相対した魔物を打ち倒してきた『雷帝』。ガッシュと相対した時、ガッシュの過去やバオウの真実を知ったことをキッカケに、この5年で欠けていた善性を取り戻した彼は、エネドラの所業を許そうなどとは思わなかった。

そして、彼が何よりも気に食わなかったのは。

 

「猿だと…?」

 

侮辱された事である。

ゼオン・ベルの沸点は、非常に低い。王族という生まれと、愛情のかけらもなかった家庭環境で育った彼。現在では改善したものの、約一名の老婆により、そのストレスが潜在的に渦巻いており、それは常に空気がパンパンに入った風船のような状態にある。

「ガッシュに何かしたらゼオンに殺される」と慄く魔物がいるように、ゼオンのストレス耐性はほぼ無い。

特に、相手が粗相をしても対外的に許されるような存在では。

 

「聞いたか、デュフォー?このゴミ、こともあろうに、俺たちを『猿』と宣ったぞ?」

「…楽しそうに言うな。向こうでもストレスから解放はされなかったのか」

「ああ…!この期に及んで、ガッシュに擦り寄るクソババアのお陰でなァ…!!」

 

ゼオンの掌から走る紫電が、威圧をより際立たせる。

デュフォーはそれに軽く呆れたため息を吐き、光放つ本に力を込めて告げた。

 

「『ザケルガ』」

 

ザケルガ。ただ電撃を放つ『ザケル』とは違い、貫通力を持つ呪文。初級呪文という分類に入るものの、ゼオン程の実力者になれば、ギガノの名を冠する呪文すらこれで掻き消すことも出来る。

エネドラは直感的に危険を察知し、慌てて天高く飛び上がった。

ゼオンはそれに目掛けて掌を向けるも、デュフォーは呪文を読まなかった。

 

「デュフォー、何をして…」

「コレはお前の『遊び』で、俺の『デモンストレーション』なんだ。あっさり終わらせては、意味がない。頭の悪さは5年経っても変わらないな」

「………わ、分かっていたぞ、うん。分かっていた」

 

ダラダラと冷や汗を流しながら、しきりに頷くゼオン。

そんな微笑ましい光景を前にして、エネドラはこめかみに青筋を浮かべながら、液状の体を広げた。

 

「余裕だから呑気にお喋りってかぁ?ナメてんじゃねェぞ、クソ猿がァ!!」

「お前、頭悪いな。ナメるもなにも、お前にそこまでの脅威性がないと言っているんだ」

 

ゼオンは言うと、デュフォーと共に飛び上がり、掌を真下に向ける。

黒の濁流が元いた場所を覆い尽くす中で、デュフォーは特に驚くことも無く、淡々と告げた。

 

「『ラージア・ザケル』」

「がぁあああっ!?」

 

広範囲に放たれた雷が、エネドラを苛む。心の力はそこまで込められていない。

今回の戦いは、あくまで『デモンストレーション』。低級呪文だけで終わらせるつもりは毛頭ない。

それに加えて、エネドラは昔の自分達を想起させるような真似をしでかそうとした。自分の全てをぶつけなければ、気が収まらない。

 

「……ソ、猿が…!!なんだ、テメェ…!!消えたバオウの生まれ変わりか、ああん!?」

「貴様に答える必要が何処にある?」

 

着地したゼオンが淡々と答えると、エネドラは激情のままに体を膨張させ、手当たり次第に建造物を破壊する刃の濁流を巻き起こす。

ゼオンは迫るソレに薄く笑うと、ソレに突っ込もうとした。が、それはデュフォーが首根っこを掴んだことによって止められる。

 

「ぐぇえっ!?何をする、デュフォー!!」

「馬鹿正直に突っ込むな。あの黒トリガーは気化すると散々言ったろ。今も無闇矢鱈と撒き散らしていることがわからないのか。

頭の悪さがここまで変わらないとは、呆れてものも言えない」

「むがーっ!!」

 

二人のそんなやり取りを前に、エネドラは舌打ちした。

 

「チッ…!一回派手に殺されてーみてーだな、クソガキどもがぁ!!」

「……いいな。そうで無くては、こちらも遊びがいがない!!」

「ガキ同士の遊びに付き合うこちらの身にもなれ。…『ザケルガ』」

 

雷と黒の刃が激突する。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「あの雷…。……まさか…」

 

一角に駆け巡る紫電に、あり得ないと目を丸くする修。

あの時、宿敵だった雷。そして、相棒たちの友となった魔物の雷。なんとも言えない懐かしさに、トリオン体だというのに涙がこぼれ落ちる。

もし、想像通りであるならば、カッコ悪い所は見せられない。

修は乱暴にその涙を拭うと、レイガストを構えて迫り来るチャクラムを逸らす。

 

「『マシルバ』!!」

「甘いな」

 

付着した黒のカケラに磁力が走り、レイガストが引っ張られる。

本来であれば、手に持った武器が引っ張られると、それなりに隙ができる。事実、ヒュースが幾度もこの手で敵に隙を作ってきた。

しかし、相手は修。ソレすらも織り込み済みで、磁力が働いた時点でレイガストを既に破棄していた。

そのレイガストを踏み台にして、飛び上がった小南の斬撃がヒュースの防壁の一部を削り取る。そこに、修のアステロイドが叩き込まれるも、ヒュースが体表にカケラを纏わせることでソレを防いだ。

 

「チッ、なかなか切り崩せない…って、何泣いてんのよ、アンタ!?」

「気にしないでください。

烏丸先輩、レイジさん、そっちの方は上手くいってますか?」

 

修が通信で確認を取ると、レイジの苦々しい声が響く。

どうやら、あまり状況は芳しくないらしい。相手が悪過ぎるというのは分かっているが、ボーダーの最強部隊と呼ばれる二人を相手に苦戦させるとは、黒トリガー云々を抜きにしても、かなりの実力者のようだ。

 

『いや、キツイな。国宝ってだけはある。当たらないようにするので精一杯だ』

『こちら側の誘導に気づいている。ソレでも乗っかってくるあたり、かなりの強敵だぞ』

「倒そうとか、傷をつけようとか考えなくていいです。まずは空閑との合流を優先してください」

 

円状の軌道を描く、幾つもの剣で形成された結界を張る黒トリガー…「星の杖」。

ヴィザがレイジのヒット&アウェイを防ごうと建物を破壊したのが幸いし、修のアンサートーカーでその特性が割れたのが大きい。多少の傷は負っても、緊急脱出するまでには至っていない。

狙いであったC級たちには、なりふり構わず本部に全力で逃げろと通達し、彼らは一般市民の避難の時間を稼ぐために、ヒュースと対峙していた。

近場に本部の入り口もあるだろうし、アンサートーカーの答えにより、襲撃されていないのは分かっている。直接本部に向かわねばならない、と言う事態にはならないはずだ。

 

「……っ!?」

 

と。ここで最悪の『答え』が出た。

修が動揺すると共に、ヒュースがその隙を突いて黒の奔流で刈り取りにかかる。

が、そこはクリアとの決戦まで生き残った歴戦の戦士。修は即座に持ち直すと、雪崩れ込む黒を次々と避け、叫んだ。

 

「小南先輩!!足止め、頼みます!!」

「理由は!?」

「黒トリガー…それも、相当厄介なのがC級に向かってます!!」

「………っ!!」

 

緊迫した状況は、まだ終わらない。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…どうやら誘導されてたのは、こっちみたいだったな」

 

崩壊した瓦礫を踏み上げ、切り落とされた腕を抱えながら、レイジが呟く。比較的軽傷の烏丸も、精神的にはかなり疲弊しており、更には嵌められたとなると、精神にかかる負荷は相当なもの。

普段ならば余裕を崩さぬ二人ではあったが、ここにきての思わぬ逆転に、焦りが生じる。

 

「おや、バレてしまいましたか。そう、私すらも『囮』に過ぎなかったわけですよ」

 

最も厄介な修を振り回すことで、指示を出す暇すら与えないというのが、ハイレインの立てた策であった。デュフォー、清麿であれば、難なくコレを看破したのであろうが、この場にいるのはアンサートーカーとしての練度が低い修。敵将がいることを突き止めることは出来ても、情報が揃うまでは、その具体的な策までは答えを出せない。

それに加えて、ハイレインの持つ黒トリガーの特殊性により、C級隊員たちをある程度は確保できるというのも、アフトクラトル側の利点であった。

 

「…レプリカ、空閑は?」

『……敵軍の黒トリガーに絡まれている。門のようなものを作り出すトリガーだ』

「なりふり構わずってわけか…!!」

 

今回、ミラが空閑の対処に当たっているのは、修との連携を危惧してのことである。

現在、最も戦場に貢献しているのは、修の指示を完璧に遂行している空閑であった。訓練用のトリガーでさえ、修の指示があればラービットを瞬殺するほどの実力者。アフトクラトルがフリーにしておくわけがない。

 

「なかなか楽しかったですぞ、玄界の戦士たちよ。ですが、こちらも任務。そろそろ、ご退場願いましょうか」

 

瞬間、ヴィザが張っていた結界が、急激に広がる。どう動いても当たるような軌道を描く剣の数に、レイジたちは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

ここまでか、と思ったその時。

 

空から金色が落ちてきた。

 

「セットだ!」

「ウヌ!」

 

─────第一の術『ザケル』!!!

 

その言葉と共に口腔から放たれた雷撃が、ヴィザに襲いかかる。

ヴィザは慌てて地面を蹴り、退避する。その際に黒を引き裂こうと「星の杖」が作る刃の軌道を幾重にも重ね合わせ、手傷を負わせようとする。

しかし、それを読んでいた青年…高嶺清麿は、光を放つ赤い本を手に、右手の指をヴィザに向けて叫んだ。

 

「その手は食わんぞ!」

「『ザケルガ』!」

 

瞬間。重なった刃が霧散し、光線状の雷撃が一直線にヴィザに向かう。ヴィザは、マントを翻すようにして避けると、続け様に間合いを詰めようとした。

 

「どういうカラクリかは知りませぬが…、あまりナメないでいただこうか!!」

「俺がセットを指示するまで、全速力で後ろに下がれ!」

「分かったのだ!」

 

清麿の指示通りに、黒を纏う少年が下がる。

多少、マントが引き裂かれたものの、被害で言えば微々たるもの。数メートル程下がった地点で、清麿はヴィザに指を向け、叫んだ。

 

「『テオザケル』!!」

 

広範囲に放たれた雷撃に、ヴィザは高密度で刃を展開することによりなんとか防ぐ。

レイジたちのそばに着地した二人は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「レポートすっぽかした太刀川のアホを締め上げるついでに来たんだが、間に合ったみたいだな」

「助っ人に来たぞ!私たちがきたからには、もう安心なのだ!」

「た、高嶺清麿…?」

「その子は……?」

 

面食らうレイジたちに、少年は笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「我が名は『ガッシュ・ベル』!魔界の王様なのだ!!」




ガッシュ、清麿参戦。この二人はヴィザにぶつけるって決めてた。
この時点で、C級数人キューブ化されて遠征艇に積み込まれてます。ハイレインさんも早期投入されたせいで、阻止するメンバーが全然固まってません。今もランバネインに苦戦してると思う。

ゼオン様、誤解が解けて帰った後もストレスまみれだった。主にユノとかクソ性格悪い老婆とかクソババアとかのせい。
ティオやウマゴン、キャンチョメなどの主要メンバーは、パートナーの事情があって三門市に行けないので、画面越しに祈ってます。


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大規模侵攻 その4

雷が出たせいで、アフトクラトルが本気でなりふり構ってません。トリオン兵全部注ぎ込んででも、ボーダーを止めようとしています。


「厄介だな…」

『物量的にも、特殊性においても、こちらが劣っている。あまり相手の土俵で戦うな』

 

ラービットに囲まれた空閑が、苦々しい声色で吐き捨てる。

眼前に居るのは、アフトクラトルの黒トリガー『窓の影』の適合者たるミラ。アフトクラトルが遂行する作戦の要であろう彼女ですらも戦場に駆り出されるあたり、アフトクラトル側も相当切羽詰まっているらしい。

先ほど知らされた情報によれば、C級の方にも黒トリガーを持つ男の襲撃があったらしい。既に三割強のC級がキューブにされ、遠征艇に送られたという。

修が向かっても、被害が出た事に変わりはない。今、空閑にできることは、目の前に佇む女を倒すことだ。

 

「黒トリガーとリンクしている自立型トリオン兵…。ヴィザ翁の言葉を借りるようですが、玄界の進歩もめざましい…ということでしょうか?」

「……戦場で無駄口叩かない方がいいぞ」

 

空閑の背に、中心に『強』と刻まれた赤い円陣が展開する。

「《強》印」の「五重」。トリオン体の動きを強化する印を、五重に重ね合わせ、襲いくるラービットを一蹴する。

急所のみを器用に刈り取られたラービット二体が崩れ落ちるのを踏み台にし、空閑は天高く飛び上がった。

 

「《射》印、二重!!」

 

空閑が散弾銃のように弾幕を放ち、ラービットの動きを鈍らせる。

そのまま足元に「《弾》印」を顕現すると、それを強く踏み込んで、凄まじい勢いでミラへと迫った。

 

「『窓の影』」

「《門》印四重プラス《弾》印!!」

 

空閑との直接対決を嫌ってか、門を開いてどこか遠くへと飛ばそうとしたミラの眼前に、空閑が開いた門が現れる。

空閑はその中に飛び込むと、付与されていた《弾》印を踏み台に、さらに加速する。ボーダーで体験した、緑川の「グラスホッパー乱反射」。それを《門》印によるワープも交えながら、加速を繰り返す。

既に目視でもレーダーでも追えない速度になっている。ミラはそれに薄く笑うと、自分を取り囲むように、彼女が『窓』と呼ぶものから突き出る棘のようなものを、幾重にも重ね合わせ、簡易的な防壁を設置した。

 

「良い案だけど、甘…」

「《鎖》印、二重!!」

「なっ!?」

 

瞬間、ミラの真下から空閑の声が響き、トリオンで構成された鎖がミラを縛り付ける。

今、加速しているのは、空閑ではなく、レプリカであった。空閑は途中でレプリカのみを《門》印のループに置き、そこから抜け出していたのだ。あたかも、今も加速しているのが空閑であるかのように見せるために。

実はこの引っ掛けは、強化合宿の際、緑川を使った修にやられたことがある。その時引っかかったのは、転送されて数秒と経っていない味方チームの木虎だったが、まんまと乗せられて夏目に打ち抜かれてしまったことは覚えていた。

空閑はミラを巻き取った鎖を思いっきり引っ張り、叫ぶ。

 

「レプリカ!!」

『了解した。《強》印、二重』

「っ…!!」

 

迫るレプリカを飛ばす『窓』を作るのは間に合わないと踏んだのだろう。ミラは鎖ごと自分を通す『窓』を即座に作り、レプリカの軌道から自分を外した。

それだけではない。おそらく、自分をフリーにしてでも重要な任務ができたのだろう。閉じていく窓の先は、ここではない別の場所へと通じていた。

それを追おうとするも、ミラが置き土産として転送したトリオン兵たちが、空閑に殺到した。

 

「レプリカ、反応は追えるか?」

『ああ。…まずいな、黒トリガーと交戦しているオサムたちの元へ現れたようだ』

「……答えは出てるのか?」

『………「現時点では勝てる状況ではなくなった」のは確からしい。私が参戦したところで、キューブにされるのがオチだとも言っていた』

「………クソッ」

 

アンサートーカーですらもお手上げらしい。もはやこれまで、万事休すか。

《門》印の精製も、ミラの『窓』の数十分の一ほどの範囲にしか働かない。《弾》印で向かおうにも、ハイレインの黒トリガーの脅威がある。

空閑が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていると。

 

自分によく似た声が響いた。

 

「よっ、オサムのトモダチ。アイツの相棒同士、いっしょにオサムを助けに行こうか」

 

赤の相貌には、自分をさらに縮めたような少年が、満面の笑みを浮かべているのが映っていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「クソッタレ…!復活して早々なんなんだよ、このトリオン兵の多さは!!」

「同感。ゴキじゃないんだから…」

「モールモッドがいるからか、余計そう見えますよね…」

「やめろ、笹森。俺たち、帰ったら抜いた昼飯食うんだぞ」

 

現在、ランバネインに東たちが対処している傍らにて。あまりにも夥しい数のトリオン兵が、街を踏み潰すかの如く跋扈する様に、復活した諏訪とその隊員たち、そして、彼らと共にいた風間隊の一人、菊地原と歌川が愚痴をこぼす。

モールモッド、バンダーなどの攻撃的なトリオン兵が無差別に破壊を広げるあたり、元々かなり数に余裕があったらしい。

それが何か想定外の事態が起きて、全てを注ぎ込み始めたようだ。

諏訪は兎に角、菊地原程の技量があれば、一匹の討伐は容易いが、ここまで数が多いとそれも苦労する。

モールモッドを三体、バンダーを二体倒す間に、その倍は戦力がつぎ込まれてくる現状。この数に押し負けて、既にB級下位は全員が緊急脱出している。

 

「このままじゃジリ貧だ!数が多すぎる!」

「……諏訪さん、ちょっとズレた方がいいよ。斬られたかったら止めないけどさ」

「…これでいいか?」

 

菊地原の言葉に、諏訪が少しばかり左にズレる。瞬間、彼の立っている場所を掠めるように、旋空孤月の斬撃が幾重にも駆け巡った。

 

「よくやった、諏訪隊、風間隊。ここは私に任せて、他の援護に回れ」

「し、忍田本部長!?いや、この数は…」

「安心しろ。この地区は、私一人で充分だ…!!」

 

ノーマルトリガー最強の男、降臨。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

現在、C級たちは完全に混乱していた。統率は完全に崩れ、各々に逃げ惑うばかり。

既に修が引き連れていた半数ほどは、キューブと化して回収された。

空閑に追い詰められ、逃げてきたミラも加わり、状況は最悪という他ない。

修もなんとか被害を縮めようと、展開された動物型の弾を打ち消してはいるが、少ないトリオン量ではそれも難しく。

結果として、C級の大半を守れずにいるというのが現状だった。

 

「……チッ。当たらないように立ち回られているな」

「私の『窓』も読まれています。…いかがなさいますか?」

「物量で殺す」

 

修が見た光景は、ハイレインが展開した、無数の弾幕だった。

それをより広範囲に降り注がせるのが狙いなのか、惑うC級たちを修諸共取り囲むように、夥しい『窓』が形成される。そこから棘が突き出そうとしている様も、よく見えた。

万事休すとはこのことか。相手を倒す答えの出せない自分を恨みながらも、修はまだ諦めていなかった。

 

「修くん…」

「大丈夫だ、千佳。……頼む、ユー…。僕に力を貸してくれ…!!」

 

思い出の眠る胸に、強く拳を押し当てながら、アステロイドを形成する。

これで状況が好転するわけがないのは分かっている。だとしても、戦えなくなるまで戦わなければ、自分が納得できない。

諦めるという選択肢は、とっくになかった。

 

「頼まれなくても!!」

 

瞬間。修の空いていた右手に、光を放つ翡翠の本が収まる。

修はそれに目をパチクリと丸くするも、すぐさまに笑みを浮かべ、指を二人に向けた。

 

「ストレート!!」

 

────第一の術『タングル』!!

 

ばちゅん、という音と共に、ハイレインの右腕が吹き飛ぶ。

ハイレインがそれに目を丸くしていると、小柄な白髪の少年がミラの足を掴み、思いっきり投げ飛ばした。

 

「きゃあっ!?」

「ミラっ…」

 

7歳児程の体躯だというのに、ミラをあっさりと投げ飛ばした少年。魚の形をした弾が着弾してもキューブ化しないあたり、生身なのだろう。

少年の常軌を逸した身体能力に目を剥くハイレインとミラ。凄まじい勢いで飛ばされたミラは、慌てて戻ろうと窓を形成する。

と、その背中めがけて飛んできた空閑が、拳を構えた。

 

「《強》印、七重…!せー…のっ!!」

「…っ!!」

 

咄嗟に転がったラービットの残骸を間に挟むも、木っ端微塵になったソレ諸共吹き飛ばされるミラ。

空閑と少年はそのまま修の側に着地すると、少年の方は万感の思いが詰まった笑みを浮かべて、修の顔面に張り付いた。

 

「オサムオサムオサムオサムオサム〜!!」

「ユー…、ちょっと、前が…見えない…」

「おー…。ネツレツだな」

「…………ゆ、ユーくん…?」

「おっ、チカ!元気そーだな!」

 

もごもごと物理的に口籠もりながら、張り付いた少年の襟首を掴み、なんとか退かす修。

修は少年を自分のそばに立たせると、涙をこぼしながら、笑みを浮かべた。

 

「……フライングも良いとこじゃないか。まだどっちも大人になれてないぞ、ユー」

「ひさしぶりの再会なのに冷たいぞ、オサム。相棒が助けにきてやったんだぞ?もっとよろこべ!」

「ああ。今、人生で一番嬉しいよ」

 

カッ、と修の持つ本の光が強くなる。

修はトリオン体を解くと、本に手を添えながら告げた。

 

「『ソルド・タングル』」

 

ユーの掌から精製された、身の丈程もある手裏剣の取手に手を通す。

そうだ。この鉄パイプに近い重さだ。魔物との戦いで研ぎ澄まされていった感覚が、より冴えわたってくる。

修は真っ直ぐにハイレインたちを睨め付け、手裏剣の鋒を向けた。

 

「答えは出た。『僕たち』が『勝つ』」

「………」

 

ハイレインが散乱するキューブと繋がり、トリオンを吸収して傷を癒す。

先程、術がハイレインの『卵の冠』を貫通したあたり、術の攻撃はトリオンの攻撃と限りなく近いが、キューブ化する性質がないことがよく分かる。

 

「…換装体を解いて、死ぬ気なのかしら?」

「『マシルバ』!!」

 

修が背中を指して唱えると共に、薄い透明の盾一枚が、ミラの窓から放たれた一撃を防ぐ。

ミラはそれに薄く笑みを浮かべ、告げた。

 

「あら?誰が一撃だけなんて言っ…」

「プラス5、『ブルクオ』!!」

 

修が即座に五箇所に指差すと共に、背中を守っていた盾が増え、差した箇所に移動する。

形成された『窓』からの一撃は、五箇所分。どれも急所を狙っていたが、その全てが寸分違わず読まれており、一撃たりとも修に掠ることはなかった。

 

「ダッシュ、5メートルストレート2!ジャンプ、前16度4!!」

 

修の指示を聞くや否やユーが駆け出すと共に、修もまた道路を駆け出す。

相手が生身であれば、ハイレインは格闘で相手を翻弄する他ない。であれば、相手に簡単にトドメを刺せるミラがその相手をするのは必然のこと。

ミラは修の動きを止めようと、彼の足がつく場所に罠を設置するように小さな『窓』を開くが、修はこれを読み、高く飛び上がる。

そのまま横に一回転すると、手に持っていた手裏剣を思いっきり投げ飛ばした。

 

「そんな大ぶりの攻撃が…」

「チェイン!『オルダ・タングル』!!」

 

瞬間。ミラを取り囲もうとすべく、背後から十発のタングルが迫る。

そこには、両掌をミラへと向けたユーが、滞空していた。そのカラクリは、先程ハイレインの腕を弾き飛ばしたタングル。術の効果時間は、込めた心の力の量に比例する。第一の術ともなれば、三十秒ほど持続させるのも容易い。

しかし、放った弾速はかなり遅く、ミラが余裕の篭った笑みを浮かべたその時だった。

 

「『グル・リフォウル』!!」

 

急激に、手裏剣とオルダ・タングルの速度が目視できないほどに加速する。

ミラはなんとかそれに反応し回避するも、左腕の先が引き裂かれた。

しかし、それだけでは終わらない。オルダ・タングルの弾が手裏剣に着弾すると、手裏剣がその大きさを増す。

修は迫るハイレインの打撃を躱しながら、拳を開いた。

 

「『グルバオ』!!」

 

刹那、手裏剣が弾け飛び、全方位に放たれた細かな弾幕がミラに殺到する。

慌てて『窓』を開こうにも、トリオン量が減少した故か、思うようにいかず、全身に弾幕が着弾する。

なんとか急所は避けたものの、トリオンの漏出が激しい。ここでミラが戦闘不能になると、アフトクラトルにとっては、いろいろと不都合が生じる。

ハイレインが険しい顔つきで、修に襲いかかるものの、格闘術に頼った動きでは、アンサートーカー相手に、一撃を当てることは叶わなかった。

 

「空閑、手段は問わない!!コイツを僕ごと飛ばせ!!」

「《強》印、四重!!せー…のっ!!」

 

空閑が以前、ドラマで見たちゃぶ台返しの要領で、アスファルトをひっぺ返し、ハイレインごと修を宙へと飛ばす。

ハイレインは滞空できるものの、トリオン体を解除している修では、地面に叩きつけられて終わるはず。

ハイレインが気でも狂ったか、と思っていると。飛び上がったユーが修を受け止め、掌をハイレインに向けた。

 

「なっ…!?」

「『テオタングル』!!」

 

一撃が、脇腹を抉る。

ハイレインは忌々しげに、天を背にする修たちを見上げた。

 

「…先ほどから放つ技の中に紛れ込む『タングル』という名…。もしかせずとも、かつて我が祖国を蹂躙した『あの厄災』の名か…!!

最早、貴様らを本国に連れ帰ろうとは思わん!!例え刺し違えてでもここで殺…」

 

ハイレインの叫びを遮るように、雷鳴と共に二つの咆哮が轟いた。

 

────バオォオオォォォォォォォオオオオオッッッッ!!!!

 

────ZIGAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!

 

「言ったはずだぞ、アフトクラトル」

「勝つのは『おれたち』だ」




ユー、参戦。修はトリオン体だと勝ち目薄いから生身になった。
他の隊員は撃破されたランバネインがハイレインの指示を受けて、なりふり構わず次々とトリオン兵を投下しまくってるせいで、思うように動きが取れない。消費は少ない方がいいけど、相手が雷使うんじゃ仕方ないね。怖いもんね。原作の方だと狙いが千佳ちゃんで、厄介そうな空閑はヴィザ翁が止めてたし、それを遮る相手がハイレインとミラにとってどうとでもなる相手だから、消耗は抑えてたんじゃないかな。

次回で決着かな。


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大規模侵攻 終

誰が「シン」が一つだけと言った?


「つまらん。タネが割れれば、ただの雑魚に過ぎないではないか。

……デュフォー。もう少し骨のある相手を充てがってくれると期待していたのに、裏切られた気分だぞ…。いや、まぁ、相当頑張ってくれたのはわかるが」

「………いや、すまん。俺のアンサートーカーも、ここまで雑魚だと言ってなかった」

 

遡ること、ユーと修が合流する少し前。

現在、エネドラは一挙一動全てが完全に封殺されていた。目の前にて繰り広げられる、なんとも腹の立つ応酬に罵声を浴びせるべく口を開くことすらできない有様。

プライドの塊であったエネドラに、到底看過できる仕打ちではない。彼は痺れる体に鞭を打ち、吠えた。

 

「ざけんじゃねェぞ…、この、猿ども…!!俺が、『泥の王』を持つ俺が、生身の猿に負けるわけがあるかァァァアアッ!!!」

「お前、他に類を見ないほどに頭が悪くなってるぞ。その角、摘出した方がいい」

「黙りやがれ!!」

「……忠告はした」

 

実のところ、デュフォーは既にトリガーホーンの副作用について見抜いていた。

トリガーホーンには、トリオンの安定した出力強化に、トリガーの最適化を促す作用がある。

しかし、頭に埋め込むという性質上、脳の深くにまで侵食する恐れもある。そうなれば、埋め込まれた本人はただ、欲望のままに暴利を貪る獣と化す。

自らさえも見失い、ただ残された欲だけを満たす怪物。それが、今のエネドラであった。

 

「……どうする?解放してやるか?」

「まずはトリオン体を解くために一度叩きのめす。暴れられても面倒だからな」

「照れ隠しが下手だな、お前」

「うるさい」

 

誰かに子飼いにされた挙句、散々利用され、自分さえ削ぎ落とされ。そこに、ただ残っただけの抜け殻のような獣。

エネドラと昔のデュフォーは、よく似ている。ただ違うのは、そこに抱いているのが衝動か、憎しみかの違いだけだろう。

この五年間で、薄らとだが感情が戻ってきたデュフォーは、この時初めて、誰かに「憐れみ」と「自己投影」を覚えた。

エネドラはデュフォーのその表情に目を丸くしたのち、激情のままに顔を歪める。

 

「なんなんだよ…!!なんなんだよ、その顔はァァ……!!!猿が、猿如きが、俺を憐れむなァァァアアアアッ!!!!」

 

エネドラはありったけのトリオンを注ぎ込み、体を肥大化させる。このまま放置しておけば、三門市の大半がこの濁流に飲まれることだろう。

迫り来る濁流を前に、デュフォーの持つ銀の本が、光を増した。

 

「ゼオン、構えろ。終わらせる」

「ああ。……『遊び』にしては、気分が晴れなかったのが残念だ」

 

────『ジガディラス・ウル・ザケルガ』

 

凛、とその呪文が響く。

瞬間。雷神が顕現し、その翼を広げる。腹部には巨大な砲台が門を開けており、その内部にはザケルやザケルガとは比べ物にならないほどの紫電が駆け巡っていた。

 

『ZIGAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!』

 

雷神の咆哮と共に、雷と呼ぶのも憚られるような雷の暴威が濁流を飲み込んでいく。

そこに溢れるのは、ガッシュたちが受け止めた憎しみはカケラもない。そこに込められた想い。デュフォーはまだ、その答えを知らなかった。

 

その一撃が続いたのは、何秒だったか。雷が終息し、ジガディラスの姿が消える。

彼らの眼前に広がるのは、更地となった警戒区域の一端。デュフォーは、気を失ったエネドラへと歩み寄り、黒トリガー『泥の王』を回収してその肩を担いだ。

 

「さて、コイツを突き出す前に、ツノを摘出するぞ。ゼオン、運べ」

「前々から思っていたが、お前、俺のことを都合のいい足だと思ってないか?」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

再び時は遡り。

ヴィザ翁は自身を翻弄する策を数秒足らずで組み立てる清麿に、狙いを向けていた。

烏丸とレイジは確かに強いが、ヴィザの脅威となり得るかで言えば、否である。青年期から戦いに身をやつして五十年。「星の杖」を授けられる以前から、頭の回る戦士とも、ただトリオン量にモノを言わせて暴れ回る囮役とも、圧倒的に不利な状況下に導入された黒トリガーとも刃を交えた。

その全てを叩き斬ってきた功績は、アフトクラトル本国の歴史を振り返っても稀有である。その圧倒的な戦闘センスとトリオン量を買われ、国宝たる「星の杖」を授けられているのだ。

 

しかし、高嶺清麿とガッシュ・ベルは、今まで戦ってきたどの敵よりも強く、聡い。

油断も隙も、更には連携の穴すら見つからない攻撃の雨霰。三雲修が立てた策略の数歩先を行くような、息も吐かせぬ拘束。思うように「星の杖」の結界に掠りもせず、逆にこちらは体力を削られる一方。

しかし、烏丸とレイジの底は見えた。警戒する必要こそあれ、清麿たちほど、戦力を一気に傾けるような存在感はない。

 

「『ラウザルク』!!」

「ガイスト、起動…!機動力特化!!」

 

ガッシュが結界へと駆け出すと共に、烏丸もまたそれに並列するように駆け出す。

ガイスト。トリオン体のバランスをわざと崩し、腕や足を強化する、烏丸のカスタムトリガー。発想としてはアフトクラトルのものと近いのだが、角がない分、時間経過でトリオン体が負荷に耐えきれなくなり、緊急脱出してしまうという欠点もある。

ガッシュの身体強化呪文…『ラウザルク』に匹敵するほどの速度で、清麿の指示通りに結界を潜り抜け、ヴィザへと迫る二人。

烏丸は、足に集中していたトリオンを半分、右腕へと集中させる。

ヴィザが「星の杖」を抜刀しようとその刀身を抜くも、レイジが結界の隙間を縫って放ったガトリングによって阻止される。

 

「くっ…」

「白兵戦特化…!」

「『マーズ・ジケルドン』!!」

 

狭範囲高密度に刃を展開し直すも、放たれた球体によって刃が逸らされ、ヴィザの体が引き寄せられる。

ヴィザがその影響から免れようと地面を蹴ろうとするや否や、凄まじい勢いで迫った烏丸がその首を刈り取るべく斬撃を放つ。

 

「あまり舐めてくれるなよ…!!」

 

しかし、その程度で刈り取れるわけもなく。ヴィザが首を守るように添えた「星の杖」が、烏丸の孤月を止めていた。

ガッシュたちが術を出そうとすると、ヴィザは烏丸をガッシュたちに向けて蹴り飛ばす。

それに動じることなく、ガッシュはマントで受け止めると、清麿が指す方向を向いた。

 

「木崎、烏丸!!適当でいい、弾幕!!」

「分かった。射撃戦特化」

「……逃げ道は塞げるか?」

「大丈夫なのだ。のう、清麿?」

「ああ。ガッシュ、俺に任せとけ」

「ウヌ!」

「『ジオウ・レンズ・ザケルガ』!!」

 

ガッシュの口腔から突き出たのは、幾つもの鱗を持つ、雷を纏う蛇のような竜。腕のような部分は無く、鱗に包まれたその相貌がヴィザを睨め付ける。

この術は、ガッシュ一人では到底扱えない。互いを完全に信頼し切っている清麿とガッシュだからこそ、強力無比な術となる。

と言うのも、ガッシュは幼少期の衰弱が未だに祟り、術の負荷に耐えるための器官が他者に比べて未発達でいる。そのため、術の反動によって意識が一瞬だけ飛んでしまうのだ。

 

『ジオウ・レンズ・ザケルガ』とガッシュ・ベルの相性は、正直なところ最悪である。パートナーか自身にマニュアル操作が可能な鱗の弾幕と共に放たれる雷竜。

一見すれば強力に見えるが、術の発動時に気絶するガッシュでは到底扱いきれない。その欠点を補うのが、アンサートーカーを持ち、かつガッシュと絶対の信頼を築く高嶺清麿というパートナーであった。

 

レイジと烏丸が広範囲に弾幕を放つ。ヴィザがそれを「星の杖」の結界で引き裂こうとすると、ジオウ・レンズ・ザケルガの鱗の一つが凄まじい速度で結界の一つを打ち砕く。

ヴィザがそれに目を丸くしていると、綻びから飛んできた銃弾が、眉間へと迫る。

ヴィザはなんとかそれを刹那の居合によって引き裂くも、弾幕は止むことを知らず、ヴィザへと迫っていた。

しかし、ヴィザとてただ無駄に歳を食っていたわけではない。弾幕の隙間を縫い、最小限の動きでなんとか避け、結界をもう一度高密度に展開する。

 

「っ!?」

 

瞬間。竜が鱗と共に結界の薄い箇所を縫い、ヴィザの張った結界の盾に噛み付いた。

 

「……やれやれ…っ!これだから、戦いはやめられない…!!」

「「………」」

 

結界を巧みにズラし、ヴィザは竜の軌道をなんとか逸らす。

と。その言葉に反応してか、ガッシュと清麿の目が据わった。

 

「お爺さん。今、なんと言った?」

「…聞こえませんでしたかな?戦いがやめられないと言ったのですよ」

「………その戦いとは、この『戦争』のことか?」

 

滲み出る怒気。

ガッシュは基本的に、戦いを忌避する優しさを持っている。それは術にも顕著に現れており、後半に強力であり攻撃的な呪文を一気に覚えたのは、清麿が一度殺されて初めて憎しみを覚えた時のみであった。

周りの魔物が強力な呪文を多用してくるのに対し、ガッシュは清麿の工夫によって打ち勝ってきた。それ故に、最後まで善性を捨てることなく、王になるまでに至ったのだ。

 

優しい王様。もう二度と戦いで涙を流す者が現れないようにと、願いを込めた少女から貰った夢。

故に、ヴィザの言う「戦い」を彼が楽しんでいるという言葉は、看過できなかった。

 

「ええ、そうですよ。この命のやりとり、実に身が昂りませぬか?」

「お主が戦う理由は、それだけなのか?」

「……昔は国のためと尽くしてきましたが、こうも歳をとると、何かに楽しみを見出す他に生き甲斐を失くしましてな。

今は、ただのヴィザとして、この闘争を楽しんで…」

「「ふざけるな…っ!!!」」

 

ヴィザの言葉を遮るように、ガッシュと清麿の怒気が高まる。

心の力を本に込めていないため、電撃は走らない。ただ、その代わりに走るのは、思わず跪きそうになるほどの威圧だった。

 

「この瓦礫の山で、この阿鼻叫喚で誰が笑う!!お前たちしか笑わないだろう!!!」

「ここに来るまでの飛行機の中で、貴様らの悪行に泣き叫ぶ者が居るのを見た…!貴様らの攻撃で傷を負った者を見た…!!

その者たちの前でも、貴様は楽しいなどと言えるのか…!!!」

 

誰もが綺麗事だと吐き捨てるようなことを、まっすぐな瞳で放つ二人。

ヴィザは呆れたようにため息を吐き、諭すように口を開く。

 

「やれやれ…。相当にお若いようですな、お二方。戦争とは、そういうものなのです」

「その言葉だけで終わるほど、人の悲しみは簡単ではない!!貴様の笑みのために誰かが傷つくのなら、私は王として、その行いを止めてみせる!!今までも、これからも!!」

「ああ…!いくぞ、ガッシュ!!!」

 

────『バオウ・ザケルガ』ァァァアアーーーーーッ!!!!!

 

清麿の咆哮が天へと響く。瞬間、ガッシュの口腔から空間を引き裂くように、先ほどよりも巨大な竜が姿を見せる。

獲物を握りつぶすための爪に、雄々しく伸びる牙に、威圧を放つ王冠。金色に煌めく体躯を畝らせ、目の前にある敵を戦かせるような咆哮を放った。

 

『バオォオオォォォォォォォオオオオオッッッッ!!!!』

 

ヴィザは空に吼えるバオウの姿を見て、これでもかと目を見開く。

バオウ。正式名称『バオウ・ザケルガ』。先代の王から受け継いだ、真なる力を解放しながらもガッシュの制御下に置かれた、悪意を喰らう竜。

金色に包まれた赤の相貌が、ヴィザを捉えた。

 

「………そんな、バカな…。何故、何故…!?何故、かのバオウがここに居る!!??」

『バオォォォオオオオオォォォォォォオオオオオオオッ!!!』

 

刹那。バオウはその巨体からは考えられない速度でヴィザに迫る。

ヴィザは「星の杖」に全てのトリオンを注ぎ込み、超高密度の結界を盾として展開した。

 

「ぐ、おぉおおお…っ!?!?」

「いけ、バオウ…!!打ち砕けぇええーーーーッ!!!」

 

清麿の咆哮と共に、魔本から放たれる光がより強まる。それに呼応するようにバオウが力を増し、一枚、また一枚と結界が破られていく。

ヴィザは最後にせめて、と思い、「星の杖」を抜刀し、その鞘を投げ捨てる。そして、残った結界を全て刀身に纏わせ、バオウの額に切りかかった。

 

「うぉおおおおっ!!!」

 

しかし、それは叶わない。その一撃ごと、バオウは大口を開けてヴィザを食らった。

 

『バオォォォオオオオオォォォォォォォォオオオオオオオッッ!!!!!』

 

バオウが勢いよく噛み砕く音と共に、その姿が霧散していく。

そこに残されていたのは、生身で気絶したヴィザと、起動停止した「星の杖」だけだった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……ヴィザ翁もエネドラもやられた、か」

 

二方に見える雷光に、ハイレインが呟く。

バオウとジガディラス。同時に放たれたソレは、ハイレインたちの心を折るのに十分だったのだろう。やや放心気味に乾いた笑みを浮かべる彼に、ミラが悲鳴に近い声で迫る。

 

「司令官!せめて、ランバネインと早急に本国への…」

「いや、もういい」

 

瞬間。門が開き、アフトクラトルの遠征艇が姿を現す。まるで隕石のように、ボーダー基地へと迫るソレを見据えながら、ハイレインは瞳に決意を宿し、告げた。

 

「骨を埋める覚悟は出来た…!!」

 

ハイレインの取った策は、遠征艇そのもののトリオンを暴走させ、巨大な爆弾として三門市に落とすことだった。

元は本国をバオウから守るための自爆特攻装置だったのだが、バオウがこの場に現れた今、用途に拘っている暇はない。もし着弾すれば、三門市やボーダー基地は愚か、周辺にも確実に被害が出ることだろう。更に言えば、キューブと化した隊員も、タダでは済まない。

内部にいるランバネインも既に覚悟を決めており、真っ直ぐ、全速力でボーダー基地へと向かっていく。無論、上層部がソレを黙って見ているわけがない。トリオンを注ぎ込んで弾幕を放つが、遠征艇を破壊するには至らなかった。

 

「『バオウ』と『シン』は、何がなんでもここで殺す…!!」

 

ハイレインが並々ならぬ覚悟を露わにすると、ミラもまた覚悟を引き締めたように頷く。

その傍で、全てをアンサートーカーで悟った修は、落ちてゆく遠征艇を見上げた。

 

「…空閑、千佳は頼んだ」

「……おいおい。生身のお前は逃げないと死ぬぞ。ソレでも残るのか?」

 

空閑の問いに、修は不敵な笑みを浮かべた。

 

「僕が、そうすべきと思ったからな」

 

瞬間、本から放たれる閃きが、より強くなる。翡翠の光が照らす瞳には、絶えず意志が宿る。

彼の心の力の源は、その「責任感」。自分がすべきと思ったことに真摯に向き合う心が、「想い」すらも『蓄積する性質』を持つ相棒の力を最大限に引き出す。

 

「行くぞ、ユー!!」

「おう!!」

 

────『シン・オルダ・タングルセン』!!!

 

かつてアフトクラトルを壊滅させた災厄の名を、己の切り札の名を、清麿たちをクリアの魔の手から守り切った名を叫ぶ。

ハイレインが、せめてもの抵抗すらも無駄に終わるかと放心しかけるも。目の前に広がる光景に、安堵を覚えた。

 

展開されたのは、家屋ほどの大きさを誇るキューブが二つだけだった。

 

「……ふ、ふふふ…。同じ災厄の名を冠するにしては、随分とちっぽけな技だな…!!」

 

ハイレインは安堵を吐き出すように、言葉を紡ぐ。

しかし、彼は知らない。『シン・オルダ・タングルセン』は、『ある術』と合わせることで真価を発揮することを。

修は心の力を本へと注ぎ込み、放つ光をより強く、大きくする。これが、この大規模侵攻を終結に導く最後の呪文。

王の名を冠する、その名は。

 

────『シン・ユーグルウス・ブルフマー』ァァァアアーーーーーッッ!!!!

 

顕現するのは、梵天。八つの目を持つソレは、四つの腕を勢いよく前に向ける。

刹那。二つだけ滞空していた『シン・オルダ・タングルセン』の数が二倍、四倍、八倍と、凄まじい勢いで増加していく。

数秒経つ頃には、曇天を埋め尽くすほどのキューブが、彼らを中心に展開されていた。

 

『RUFAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーッ!!!!』

 

ばきり、と仮面のように固定されていた口を無理矢理に開き、梵天が吼える。

『シン・ユーグルウス・ブルフマー』。その効果は、込めた心の力の分だけ、直前に出した術を増やすという、シンプルなもの。

しかし、術を増やすにあたってその上限がないという、大きな特徴がある。

今回、修が込めた心の力は、残っていた心の力ほぼ全て。増やした数は、元の数に10の11乗を掛け合わせた数になっていた。

 

「まずはキューブにされたC級たちをあそこから落とす!!後部を削り取れ!!」

「せー…のぉっ!!」

『RUFAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーッ!!!!』

 

理不尽としか言えない数の『シン・オルダ・タングルセン』が、ユー、そして梵天の挙動に合わせて動き出す。

これを使っても、シン・クリア・セウノウスの前には勝てなかったが、アフトクラトルの遠征艇相手であれば削り取ることが出来る。

殺到したキューブにより、遠征艇の後方…トリオンキューブと化したC級隊員が詰め込まれた場所が破壊され、中から幾つものトリオンキューブが落下していく。

その際に生身のランバネインも落下していたが、途中で雷を纏う影がソレを拾い、何処かへと降りていくのが見えた。

 

「サラウンド!!」

「りょー…かいっ!!」

 

梵天とユーの動きに合わせるように、残ったキューブ全てが遠征艇を取り囲む。やがて殺到したソレは、一つの立方体のように、遠征艇を覆い隠した。

 

「打ち砕け…!!『シン・ユーグルウス・ブルフマー』!!」

『RUFAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーッッッ!!!!』

 

その咆哮と共に、空に浮かぶ立方体が急激に縮み出す。…否、縮んでいるのではない。爆弾と化した遠征艇を破壊すべく、弾幕が放たれているのだ。

雨霰と破壊が降り注ぐ中、遠征艇は破片を残すことすらも赦されず、着実にその姿を縮めていく。

 

「「チェックメイト」」

 

ぽつん、と宙に残った巨大な爆弾と化した動力部分に、全てのキューブが押し寄せた。

 

『RUFAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーッッッッッ!!!!』

 

衝撃と共に、動力部を貫いて全方位に飛んだキューブが、雲すらも薙ぎ払っていく。

高い日差しが傷だらけの三門市を照らす中で、日の祝福を浴びた梵天が雄叫びをあげ、消えた。

 

「やったな、オサム!……オサム?」

「………どうやって言い訳しよう……」

 

照らされた日差しの下にて。

ユーに抱きつかれた修の喉から漏れたのは、勝利への喜びなどではなく。嬉しさと今後の心配が入り混じった、複雑な嘆きであった。




『シン・オルダ・タングルセン』…二家屋ほどの大きさを誇るタングルセンを二つ展開し、自在に操る術。威力は強いが、単体では恐らく、シンの中でも最弱。発現当時はあまりの弱さに周りから同情された。その数日後に、もう一つの術が覚醒している。

『シン・ユーグルウス・ブルフマー』…ユーが持つ、もう一つの「シン」の術。効果は単純で、込めた心の力の分だけ直前に出した術を増やす。これを合わせて使うことで、無数の『シン・オルダ・タングルセン』を放つことができる。展開される梵天は制御装置のような役割を持っていて、増やした術の軌道にブレやムラができないように微調整している。数こそ正義。

ハイレインさんたちは放心して完全に腰が抜けてます。伝承にも間違いはあるよね。まさか恐れてた術が、ホントは単体じゃ物凄くショボいなんて思わないもんね。
ちなみに、ブルフマーを使ってもクリア完全体やガッシュペア、ブラゴペアにはまず勝てません。


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魔物たちがいる日常

上層部との対談は次回になるかな。


「母さん、おはよう」

「カスミさん、おはよー!」

 

街の疲弊を理由に、ユーたちについての説明をなんとか後日に持ち越した修たちは、香澄が用意した朝食の並ぶ食卓の前に座る。

ユーがかつて使っていた椅子を引っ張り出し、お気に入りだった食器の上に彩られた朝食に、満面の笑みを浮かべた。

 

「カスミさんのご飯はひさしぶりですなぁ」

「五年経っても、ちょっと身長伸びただけじゃないの。ほら、もっと食べなさい」

「おー!」

「…母さん、魔物と人間の成長速度は違うから…。伸びる時は一気に伸びるから…」

 

どん、と市場で買ってきたのであろう、巨大な鮭がびちびちと食卓にて踊る。香澄も表情は変わらないが、家族の一員とも言えるユーが帰ってきたことが嬉しいのだろう。ユーはそれに溢れんばかりの嬉しさを声に出し、思いっきりかぶりついた。

恐らく、高嶺宅でも同じような光景が繰り広げられているに違いない。

そんなことを考えながら、修は朝食のベーコンエッグを口にした。

 

「………ホントに生のままかぶりついてる…」

「空閑くん、おはよう」

「おはよーございます、オサムの母上どの」

 

と、そこへ夜通し勉強に励んでいた空閑が、食卓へと座る。

自分によく似た少年が、生きた鮭を未処理のまま勢いよくくらい尽くす様をまじまじと見ながら、「いただきます」と手を合わせた。

本来であれば、彼が暮らしているのは玉狛支部の一室なのだが、普通に帰れば、事前に修の秘密を知っていたことをレプリカに知らされた玉狛支部の皆に質問攻めに合いそうなので、修の家に逃げてきたのだ。

その予感は当たっており、修、空閑両名の携帯には、数えるのも馬鹿らしくなる程、着信履歴が更新されている。「後日説明する」とだけメールを打って電源を落としたが、恐らく今なお、その数は増えていることだろう。

 

上層部からも家の方に連絡があり、受話器からはユーを連行しろと騒ぐ彼らの怒鳴り声が響いた。ユーとの再会を喜んでいた香澄が「水を差された」と言って、威圧だけで乗り切ってくれたため、先述した通りに後日、共に説明すると言うことでなんとかなったが。

 

「ああ、そうそう。サンビームさんから電話あったわよ。近いうちにシスターさんたちと一緒に来るって」

「ウマゴンも?」

「『メルメルメー』って嬉しそうな鳴き声はしたわね」

「………モモンも?」

「勉強はしっかりしてるけど、本能レベルの悪癖は治ってないそうよ」

「モモン…」

 

モモン。かつて、ファウードの中での戦いで、清麿復活までの時間を稼いだ、戦いへの恐怖を克服した勇気ある魔物。

しかし、それを差し引けば、エロスに対する執着が並々ではない「エロザル」と罵られるほどの悪戯っ子である。

前科で言えば、シスターであるエル・シーバスとの邂逅では、修道院に干されていた女性ものの下着を盗みまくって折檻され。術をこれでもかと悪用しまくり、ティオのパンツを覗き、チャージル・サイフォドンで殺されかけたり。挙句、香澄の下着…四十手前なのにかなり過激なもの…さえも狙い、打撃を受けてアスファルトに埋められたりとかなりひどい。

美人揃いのボーダー隊員たちを目の当たりにすれば、必ずや何かしらの問題を起こすだろう。確信に近い予感に冷や汗を流していると。ピンポン、とインターホンの音が鳴った。

 

「ちょっと出てくるわね」

 

香澄が食べ終えた食器を流しへと置き、客人が待つであろう玄関へと向かう。

誰だろうか、と思いつつ食事を口にすると。聞き覚えのある声が、小さな足音と共に近づいてくるのが聞こえた。

 

「オサム、久しぶり!」

「………え?ティオ?」

 

現れたのは、ティオ。アイドルとして活躍する大海恵とパートナーだった魔物が、五年前とさほど変わらぬ姿で修との再会を喜ぶ。

遅れて、恵がひょっこりを顔を出し、「ご飯時にごめんなさい」と苦笑を浮かべた。

 

「恵さんまで…」

「おはよう、修くん。急にごめんね?」

「ゆ、ユーが二人!?!?」

「………まぁ、そうなるよな」

 

ユーと空閑は、見れば見るほどに瓜二つな見た目をしている。どちらも背は低いが、10歳前後の成長期真っ只中の背丈が空閑で、7歳前後の成長期前の背丈がユーという見分け方をしていれば、ほぼ間違えることはない。

 

「いきわかれの兄です」

「どうも、兄のユーマです」

「バレバレの嘘ついてんじゃないわよ!!」

 

ユーの悪ノリに付き合い、同じように朗らかな笑みを浮かべる空閑。しかし、ティオはそれに騙されるそぶりすら見せず、即座にツッコミを入れた。

小南やキッドあたりなら簡単に騙せそうなものだが、ユーの事情を少なからず知る者から言えば、空閑の副作用がなくとも看破できそうな嘘であった。

 

「二人とも、なんでこんな朝早くにウチに来たんですか?」

 

気を取り直して、修が恵たちに来訪の理由を尋ねる。恵は少しばかり困った笑みを浮かべながら、ティオたちに目を向けた。

 

「ティオたちのことで、ボーダーと話に来たの」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ふんっ!!」

「高嶺ぇぇえええっ!!死ぬっ!!死ぬってこ…れぇえっっ!?!?」

「運動不足なお前の脳細胞に追い込みをかけてるんだ…よっ!!!」

「ぎぇえええええっ!?!?」

 

時は少し進み。清麿愛用のジムにあるリングにて、太刀川の断末魔が響く。

現在、清麿は怒涛の如くキレており、顔はまるで西遊記のお供たちが変に融合した阿修羅のようになっていた。

かつて、ロデュウという魔物にしでかしたように、連続で呪文を浴びせ続けることをしないあたり、温情はあるらしい。

その様を唖然と見つめているガッシュが、隣に座る出水に問いかけた。

 

「清麿があそこまで怒るとは、たちかわ殿は何をしたのだ…?」

「半年前締め切りで、なんとか頭下げまくって期限延長してもらってたレポートを今まで隠してたんだと」

「………つまり、どういうことなのだ?」

「半年前の宿題が見つかって叱られてる」

 

自業自得としか言えない。清麿がプロレス技を仕掛ける度、元気に叫ぶ太刀川に、ガッシュはなんとも言えない視線を送る。

アンサートーカーからの判断で、ボーダーへの魔物についての説明は修たちに任せたのだが、それはそれ。今は家庭教師の高嶺清麿として、太刀川に折檻しなければ気が済まなかった。

 

「お、お前ら…!隊長のピンチなんだから助け…ろ゛っ!?」

「がんばってねー」

「見捨てるなくに、ち…かぁぁああっ!?」

「国近。他人事のように思ってるだろうが、お前もだからな?」

「ぴっ」

 

その様子をゲームをしながら傍観していた太刀川隊オペレーター…国近柚宇は、清麿に釘を刺されると情けない悲鳴をあげる。何を隠そう。国近もまた、二学期末の定期試験にて、類を見ないほどに壊滅的な結果を叩き出してしまっていたのだ。

ボーダー全体の学力向上のために派遣された清麿としては、彼らを叱らずにはいられなかった。

 

「お前にこんなことすれば絵面がまずいことになるからやらないが!!その分、次の定期試験までの講義時間を倍近く増やすことで対応する!!成績改善するまでゲームなんて金輪際触らせないからな!!」

「反対ッ!!反対反対反対反対反対!!反対ったらはんたぁぁあああいッ!!!」

 

清麿が宣告すると、国近が血相を変えて猛抗議を始める。

しかし、それが火に油を注ぐ結果となり。顔中が青筋だらけになった清麿は、更に太刀川の折檻にこめる力を強めた。

 

「どの口が言っとんのじゃーーーっ!!!」

「く、国近っ…!言葉を選べ…っ!さもなくば…俺が死ぬっ!!」

「斬新な脅しっすね、太刀川さん」

 

ちなみに、緑川駿、別役太一なども同じような宣告を受けており、ボーダー内部の成績残念組が膝から崩れ落ちたのは、言うまでもないだろう。因みに。危うかった空閑は、修の奮闘でなんとかボーダーラインを超えたため、清麿の補習を受けずに済んでいる。

閑話休題として。太刀川と国近は、必死で清麿の怒りをよそに逸らそうと、言い訳を考える。国近はふと、隣に座る出水を指差し、口を開いた。

 

「出水くんは!?ねぇ、出水くんも同じ処分でしょ!?」

「お前らと一緒にするな。出水は平均点よりもちょっと上だ」

「「裏切り者!!」」

「真面目に勉強してただけなのに!?」

 

ただ勉強していただけなのに、裏切り者呼ばわりされた出水は、間髪入れずツッコミを入れる。

自身が招いた結果を受け入れるほかないと察した国近は、三角座りをして寝転んでしまった。

 

「げ、元気を出すのだ、くにちか殿!勉強は…その、確かに辛いが、きちんとできれば、それだけみんなが褒めてくれるのだ!」

「嫌なものは嫌なの…。ゲーム触れないとか本当に嫌なの…」

「う、ウヌ…」

 

生粋のゲーマーである国近にとって、清麿の宣告は身を切るよりも辛かった。

ガッシュはさめざめと泣く国近をなんとか慰めようとするも、逆効果だと悟り、目を逸らして再会したバルカン300と遊び始める。

そんなガッシュに、出水が悪戯っぽい笑みを浮かべ、問いかけた。

 

「電撃ボーイ…いや、ガッシュって言ったな、王様さんよ。そういうお前はしっかりやってんの?」

「王様だから、きちんと勉強しないとみんなが困ってしまう…と、ゼオンやアースに言われたから、がんばってるのだ」

「えらいな、お前。…少なくとも、アレみたく言われてもやらないよりはマシだわ」

「ウヌゥ…」

 

もし、勉強していなかったら、清麿は自身にも同じ折檻をしただろう。

そんなことを思いながら、ガッシュと出水は折檻を受ける太刀川と、激しく落ち込む国近から目を逸らした。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「と、いうのが修が体験した事の顛末と、コイツらについての説明だ」

「……なーるほど。戦い慣れてるわけか」

 

玉狛支部にて。後日にある修への尋問を少しでも有利に進めるべく、デュフォーが訪問し、魔物の王位継承戦について説明する。

前回の王を決める戦いは、二年少しで終わったものの、その被害はバカにならない。

巻き込まれた修も被害の中に含まれており、かれこれ10回以上は臨死体験をしている。

千佳を人質に迫る魔物の襲撃によって数回死にかけた経験など、まだ可愛い方である。酷い例で言うと、気絶すら許さず、相手の心を完璧に屈服させるゼオンの術…「バルギルド・ザケルガ」をモロに受けても、本だけをユーに託し、ただひたすらに耐え続け。直後にはロデュウ相手に傷だらけの体で大立ち回りを演じたこともあった。

 

「ああ。アイツのアンサートーカーは、そんな極限状態の積み重ねが引き起こした、奇跡の産物だ」

「ふむ…。この『どらやき』とやら、素朴な見た目をしているが、うまいな。かつおぶしもいいが、これもいい。もっとくれ」

「はいはい、どうぞどうぞ〜」

「あー!?アタシのどらやきぃっ!?」

「ありがたくいただいてるぞ、小娘」

「むきぃーーっ!!なによこのお子様!!」

「……ちゃんと話は聞こうな、お前ら」

 

どら焼きを強請るゼオンに、追加のどら焼きを貯蔵から引っ張り出す宇佐美。その貯蔵が自分のものも含まれていることに気づいた小南が抗議の声を上げるも、軽くあしらわれる始末。小南はどこまで行ってもナメられる運命にあるらしい。

そんな様子を傍目に、レイジと迅が呆れたため息を吐いた。

 

「…で、それを話して、俺たちに何を頼むつもりだ?」

「頭悪いな、お前。この説明が尋問を有利に進めるためだと、そこらのガキでも簡単に想像がつくと思うが」

「………」

 

デュフォーの罵倒…彼にその自覚はない…に、レイジは険しい表情で顔中に青筋を作る。

迅はいつものように胡散臭い笑みを浮かべながらも、なんとかレイジの怒りを逸らすべく、デュフォーに問うた。

 

「尋問を有利に進めた先に、何を求めているのかな?差し支えなければお聞かせ…」

「お前も頭が悪いな。魔物は別世界の住人…極論を言えば『近界民』だ。お前たちのところの過激派がいつ襲ってくるか分からんから、今のうちにゼオンたちが友好的かつ有益な存在だとアピールする必要があることに気づかないのか?」

「………」

 

迅も同じように、真顔になって顔中に青筋を作る。

その様子を傍目に、ゼオンと一緒にどら焼きを頬張っていた陽太郎が口を開いた。

 

「よーするに、デュフォーたちはゼオンたちのためにがんばってるのだな!」

「お前はコイツらよりも頭がいいな」

 

その一言に、陽太郎が胸を張って、青筋を浮かべる二人を煽る。二人が更に青筋を浮かべるのをさておき、烏丸が問うた。

 

「なぜ、ボーダーと協力関係を結ぼうとしてるんだ?アレだけの力があれば、魔物たちだけで徒党を組んだ方がいいんじゃないか?」

「…それに関しては、俺から言えることは一つだけだ」

 

────魔界、人間界、近界は今、かつてないほどの危機に瀕している。




キャンチョメとフォルゴレは、五年越しのアイスパーティをパピプリオとルーパーのペアと一緒に楽しんでます。


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