ONEPIECE FILM NIGHTMARE OF JOKER ピエロの見せた悪夢 (鈴見悠晴)
しおりを挟む

革命前夜

偉大なる航路、後半の海。通称“新世界”、過酷すぎる環境に逃げ場を与えない赤い壁とカームベルトの中。海賊王ゴール・D・ロジャーの死から始まった大海賊時代といわれる今ですら、ここまでたどり着くことができるモノは一握りの猛者だけ。

 

かつて栄えた国ががあった島、紛争の後に人っ子一人として住むことができなくなった島。

500年ほど前までは学校があった場所に作られた不自然な地下への階段を降りていくとまっすぐな廊下がどこまでも続いている。暗い、昏い廊下。

形はボロボロに見えるが、作りはしっかりしている廊下を二人組が歩いて行く。先を進む男は太巻きの葉巻を一度吹かすと古びた重厚な扉の前に立ち止まった。

「MS.オールサンデー開けろ」

背後を歩いてきていた女性は一度肩をすくめると、何も言わずにドアを開けた。

ドアの向こうには5つの椅子と円卓を置かれた大部屋が広がり、すでに3つの椅子には誰かが座っていた。

「おいおい、ワニ野郎。ずいぶん待たせるじゃないか、お前らしくもねぇ。フッフッフ」

趣味の悪いピンク色の羽をかたどったコートを羽織った男が笑みを貼り付けた顔で、振り向きざまに嫌みを吐く。

「クハハハ、お前と違ってこっちは大仕事を終わらせてきたんだ。口じゃなく、手を動かせばどうだ?できるんならな。」

お互いの言葉に両者明らかに眉間に大きなシワが寄る。

空気が明らかに張り詰めていき、まるで大気がひび割れたかのように伝播していく中、オールサンデーと呼ばれた女性と、ピンクのコートに身を包んだ男の背後に立っていた黒い羽根コートを着た男がそっと距離を取る。

視線がぶつかり、感じられる者たちはとんでもない覇気の衝突に身構えた。殺気が部屋に充満していき、二人の能力が周囲に影響を与えていくが、それを意に介さぬ笑い声が二つ。

「フハハハ」

「キーシッシッシ」

一人は両手の指にはめた金の指輪を光らせながら、もう一人はその巨体を揺らしながら大きく笑った。

「そのあたりにしておいたらどうだ二人とも、そろそろあいつも来るだろう」

手癖なのか指ぱっちんをならした指輪の男の言葉に、不気味な雰囲気を帯びた大きな男が反応した。

「あいつはこの安っぽいアジトを気に入っているからな、キーシッシッシ。暴れでもしたらぶち切れられちまう、それはそれで面白そうだがなぁキッシッシ」

二人の言葉に頭が冷えたのか、苦虫をかみつぶしたような顔で葉巻を咥えた男が椅子に座ったことで場を支配していた緊張感が霧散した。

各々眼の前の机に置かれた酒を飲み、時間を潰すこと数分。目を合わせようとすらしない彼らが待ち望んでいた男がやってきた。

“コツン、コツン”

小さい、しかしとてもよく聞こえる足音が扉の向こう側から聞こえてきた。なにかステップでも踏んでいるのか独特なリズムを刻んだ足音が近づき、止まる。

 

ドカン!!

 

ドアをご機嫌に蹴り飛ばして入ってきた男は、少し乱れた緑色の髪をなでつけて部屋をじろりと見渡した。

「んん~、お前ら久しぶりだなぁ。変わらず会えて嬉しいね、ここは未だに地獄の釜のそこだ」

真っ白の肌に真っ赤の口紅が頬まで染め上げ、真っ赤な三日月を描く。

その男の登場にこれまでまるで死んでいたかのような空間に生気が吹き込まれる。それはまるでこれまで動いていなかった工場が電気を得て動き出したかのようだった。

不機嫌そうに眉を潜めた葉巻の男が左手につけたかぎ爪の義手を机の上に音を立ててのせる。

「さっさと座れ、そして聞かせてもらおうか。俺たちが何のために動かされたのか、その目的をな」

言葉に込められた苛立ちも、威圧感も何のその、すでに座っていた4人の前を歩いて、一番奥の上座に腰掛けると一枚の手配書を中央の机に叩き付け、その中心に懐から取り出したナイフをぶっさした。

「計画ぅ、知りたいか同盟者よ。HAHAHA、そんなたいそうなもんじゃねえ。ただこのクソッタレな世界をひっくり返すだけだ!!」

肩を揺らしながらピンクのコートを着る男がナイフを引き抜いたとき、その手配書に書かれていたのは“カイドウ”の4文字。

「フッフッフ、こいつはイカレてる」

「ん~、儲けの気配は感じるが…」

「ここは悪夢の入り口だな。キッシッシ」

「クハハ、これがお前のやりたいことか?なあJOKER」

その手配書への反応はまちまち、驚くモノ、笑うもの、リベンジに打ち震えるモノ、思考の海に潜るモノ、そして愉快そうに嗤うもの。

 

『HAHAHA!!これは序章さ。これから始まるんだよ、終わりが来るぞ、終焉が迫るぞ。強者だけの戦争?くだらない。地獄の門が開かれたんだ。神の時代も、皇の時代も全て俺たちが終わらせてやるのさ。HAHA、HAHAHA!!!』

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第0章 始まりの時
悪夢の始まり


とても優しい人たち(人でなし)だったんだろう。だが無知な優しさは時に悪魔の呪いよりも醜悪だ。特にゆがめられた優しさなんて何の役にも立たない。

彼は、いや彼女もだ。

アイツラはあまりにも無知だった。なのにいっちょ前に善人を気取り、自分たちは人間だ、人間の生活をするべきだとほざいた。人間の生活も知らずに、自分たちを人間だと思い込んだ奴らは純粋培養の天使だった。

溢れる金と、権力。人間の悪意で育てられた俺達が人間(普通)になれるはずがなかった。

これまで向けられたことのなかった人間の悪意や敵意。庇護を失った俺たちは全てを失った。力、権力、財力、それら全てはそろっていて初めて意味をなす。高い、高い授業料を払って、俺が墜ちてから最初に学んだことだ。

そんなときだった、あの男と出会ったのは。あの男はそんな俺と同じ目線で語り、イカれた目標を肯定した。

アァ、悪酔いをした。立ち上がろうとすると足下がふらつく。バランス感覚を失っている。そのままソファに倒れ込んで、サングラスの奥の瞳を閉じる。眠ろう、今日はきっとよく眠れるそんな気がする。

意識を失っていく中で、誰かが黒いコートを掛けた。


「んん~、こんなところで死んでくれるなよぉ餓鬼ぃ。掃除が大変だからなぁ HAHAHA」

首根っこのあたりを捕まれて、持ち上げられる。街のチンピラにやられて痛む体を荷物のように雑に運ばれる。

俺をつかんだ男は周りにぶっ倒れているチンピラどもを躊躇鳴く踏みつけながら、ボロボロの病院の廃墟に向かって歩いていた。

「兄貴!!」

倒れていた連中の仲間か、何人かのチンピラが踏みつけられている仲間を見てこちらに声を荒げてやってこようとしたとき

「おい、てめぇ何してくれてんだよ!!」

「……うるさい連中だな」

 

『ドグン!!』

 

ため込まれた圧が一気に解放されたようなナニカ(覇気)に体を押さえつけられ、俺は一瞬で意識を失った。

 


 

そうだ、これはあいつとの出会いだ。今思い返すと散々だ。いや、あの頃から最悪だと感じていた。だが、あいつはなぜか力をくれた。

スラム街の中でも決して近づいてはならないと言われる廃墟群、巨大な病院の廃墟を入り口としたそこはとある海賊のアジトだった。

彼らはなぜか俺達家族に手を出さなかった。ただ嘲笑い、時には残飯を寄越すこともあった。俺たち家族はあいつらのアジトの近くに住まいを構えていた。

彼奴等のアジト辺りに居るとチンピラなどにも手を出されにくい。元天竜人の俺たちは海賊の恩恵を受けて何とか命を繋いでいた。しかし、ついに母が息を引き取った。

殺されてもいい位の覚悟を決めて俺はあいつの元を訪れた。俺はナニカがほしかった。このくそったれな世界をぶっ壊せるナニカを。そんな命知らずな俺をあいつは嗤ってもてなした。

「HAHAHA、力が欲しい?なかなか強欲だなぁ、だが気に入った。この手をつかめばお前はもう戻れないぞ、さぁどうするMR.ドンキホーテ」

しっかりと握った俺の手を握り返し、不気味な笑みが三日月を描いた。

「お前はどうやら運が良い。悪魔の実を知っているか?

 

 

あいつは俺に力をくれた、だがそれ以外には何もくれなかった。悪魔のように嗤うあの男は俺にマリージョアへの道を見せた。

「マリージョアに行きたいぃ。なかなか面白い戯れ言だな、試しに父親の首でも見せればどうだ?裏切り者の首、プライドの高いバカどもは喜びそうじゃないか。HAHAHA」

だが、見せるだけで、手を貸すことも何もなかった。

それでも俺は恩を感じていたし、漠然とあいつの船に乗るんだと思っていた。

 

「力の使い方も知らん糞餓鬼は俺の船にはいらねぇ。せいぜい力を磨くがいい。HAHAHA、契約を忘れるなよ。HAHAHA」

そう言ってあいつは俺が乗るのを拒否した。ここからの数年、ただただ退屈な日々を過した。

 

俺はあいつの懸賞金の額が上がっていくのを新聞で知るだけになった。平和で、退屈、あいつは全ての敵対勢力をすりつぶして去って行った。もうこの街にも、この国にも、この海(ノースブルー)にも何にも残っていなかった。あいつが作り上げたコネクションが持ってくる取引を成功させたときですら何の手応えもなかった。

その一方であいつの一味は常に時代の中心で大暴れをしていた。そこには混沌があった。生の実感を感じさせる衝動と復讐、世界の破壊がそこにはあった。

あいつが作る混沌を俺は見ているだけでいいのか、俺が世界をぶっ壊すんだ。

あの日に自分を動かした熱が、あの廃墟に足を向けさせた熱がもう一度俺を突き動かした。

「フッフッフッ、JOKER。俺はあんたの残した椅子はいらねぇ。俺は傍観者でも、役者でもない。そこは俺の場所だ!!」

磨きぬいた能力に覇気、圧倒的なカリスマ。ノースブルーをすさまじい勢いで席巻し、落ちた天夜叉が時代の中心についに舞い戻った。

天夜叉 ドンキホーテ・ドフラミンゴ 懸賞金 5000万

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪夢の邂逅

グランドライン、前半の海、海賊達の港町“ハンナバル”

 

海賊達のたまり場である酒場は犯罪者の巣窟であるこの島に置いても特別な場所だ。大物海賊団の旗の下に保護されたこの店で暴れるようなことは許されない。もし暴れでもしたら次の日にはこの島からいなくなってそこらの海に浮いているだろう。そんなこの島で一番の安全地帯であり、危険地帯でもあるこの店が背負う海賊旗には骸骨に真っ赤に彩られた笑顔の口元と、オールバックにセットされた緑の髪、ナイフと拳銃が描かれていた。

この海賊旗はグランドライン前半の海で非常に良く見受けられ、海賊専門の店を表す印になって居た。この海賊旗が掲げられている港町には共通点があった。一つは天竜人が滞在したことがある街、彼らの多くはマリージョアをはじめとする一部地域をのぞき、一度訪れた場所はほとんど訪れない。しかし、彼らは一度の滞在でも権力が許す限りの横暴を尽くし、その街や国から全てを奪っていく。

そしてもう一つは海賊に略奪された街、海賊の手により滅ぼされた街の住人にとって海軍は自分たちを助けてくれなかった連中にすぎず、次はきっと守るからなどという言葉に信頼などは生まれない。

 

世界政府に対しての強烈な不信感を持った彼らは政府を信じない、もちろん海賊も信じない。彼らは自分たちを守るために自警団(法を犯した力)を持った。ピエロの海賊は彼らの心を誰よりもよく理解して、彼らが望むモノを与えた。彼らが持っていなかったしたたかさと、望んでいた力を、そして悪魔の契約を残していった。

まさに負のスパイラルだろう。彼らが掲げた海賊旗に引き寄せられた海賊達が起こす犯罪、それを止めるためにさらなる武力を、さらなる財力を、港町はスラムのように治安を悪化させながら犯罪者達が跋扈する街を瞬く間に作り上げた。

 

「なんだか騒がしくないか店主?」

カウンターに座っている男が店主から受け取った酒をあおり、普段よりも緊張感を感じられる街の雰囲気を問いかけた。

「仕方ないだろう、今この街には懸賞金が5000万を超える奴らが三人もいるんだ」

「この時点で5000万を超えてるのは珍しいな、どんな奴らがいるんだ」

店主はすぐ近くに設置されていた提示判から手配書を三つ持ってきて、カウンターに並べた。

「一人目が、懸賞金6000万 砂漠の王 サー・クロコダイル。海賊狩りを行なっている海賊だ。既に20近い海賊団が犠牲になってる、空席の王下七武海に入るんじゃないかって噂されてる。お宅らのとこも気をつけな」

「ああ、最近噂になってるな。何でもロギアらしい、会ったらとにかく逃げさせてもらうよ」

 

「それが良いだろうな。二人目は懸賞金7200万、天夜叉 ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

「知らねぇ名前だな。一体何したんだい?」

「わからない、一切情報が無い。……ただし、北の海(ノースブルー)出身だ」

それを聞いた男が眉をひそめて掲げられていた海賊旗を指さした。

「これ関係か?」

「さぁな、だが無関係だとは思えない」

 

「最後がこいつだ。影の支配者 ゲッコー・モリア、懸賞金8000万」

「一番やばい連中だな、スリラーバーク海賊団。まさかこの島に来てるとは……」

「理解したか?この島の状況を、まさに危険地帯だ。いくら不文律があるとは言え、衝突しないという保証はない」

「よく理解したよ。じっと息を潜めて彼らが過ぎ去るのを待つとするよ」

肩をすくめた彼らの背後で爆音が響き、壁が吹き飛ばされた。

 

そこにはまさに地獄が広がっていた。

さっきまで自分たちの街があったそこは、まるで砂漠のように干からびて砂に覆い尽くされていた。その砂漠を覆い尽くそうと暴れる影と砂嵐の中に二人の巨漢が立っていて、一人は6メートルほどのがっしりとした体に負けない刀を肩に乗せて笑った。

「キーシッシッシ、どうした砂漠の王。さっきまでの余裕がなくなってるぞ」

彼の背後にはいくつかの真っ黒なボールのようなモノが浮いており、その後ろには仲間と思われる連中が慌てた声を上げる。

「船長、この街で暴れるのはまずい」

何とか抑えようとするが彼らが二人に近づくことはできなかった。

「言ってくれるじゃねぇか、デカ物が。その首を政府への手土産にしようか!!」

黒いスーツに身を包んだ男がコートを脱ぎ捨てた。

 

砂嵐《サーブルス》』『欠片蝙蝠《ブリッツバット》』

 

クロコダイルの大きく開いた両手から二つの砂嵐が一気に街を飲み込んで、彼の体を影のコウモリが貫いた。

「俺にこんな攻撃は効かねぇよ」

穴だらけになった砂の体が一気に崩れて、クロコダイルが砂嵐の中を泳ぐようにモリアに迫る。

乱雑に振り抜かれたモリアの刀が間違いなくクロコダイルの体を貫いた。

「二度も同じことを言わせるな、俺は砂だ。こんな攻撃は効かねぇよ」

砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)

鋭く振り抜かれたクロコダイルの右腕が砂の刃に変わり、モリアがその巨体に似合わぬ素早い動きでそれを回避し、距離をとる。

両者の顔にはもう既に笑みはなく、強烈な殺気がその場を支配していた。

 

しかし、両者ともに動かなかった。いや、動けなかった。

「フッフッフ、お前らにはあそこにある海賊旗が見えねぇのか?直に巡回の連中が来る。フッフッフそれまでせいぜい仲良くやれ」

ピンクのコートを身にまとったこれまた大きな男は手をおかしな形に変えて、戦闘の余波でできたがれきの上に腰掛けた。

「お仲間もだ。これ以上罪を増やすな、あの男はメンツが潰されるのは嫌いだが、バカは嫌いじゃない。案外助かるだろうよ、フッフッフ」

 

「貴様、覚えておけよ。必ず殺してやるからな」

「同感だ、その影を奪い取って二度と太陽の下を歩けなくしてやろう」

拘束された二人が怒りをあらわにする中でドフラミンゴは嗤って見せた。

「フッフッフ、フッフッフッフッフ」

 

 

 

その笑い声が海に溶けて数刻、巨大なガレオン船がゆっくりと港に着港した。

港町にいた連中はそれだけでその船から放たれる強烈な死臭に気づいた。血のにおいがするわけでもない、それでもその船からは濃密な死の気配が放たれていた。

「は、HAHAHA。こいつはひでぇな、ボロボロじゃねぇか」

船から数十名のクルーが下りてきて、先頭に立つ男の持った電伝虫が大きく口を開けて嗤っていた。その電伝虫は拘束されて身動きが取れないモリアとクロコダイルの前に置かれた木箱に乗せられ、その背後には数名の明らかにほかのクルーとは違う連中が立った。

 

『お前らが暴れてくれたらしいじゃねぇか、んん。どう落とし前つけてくれるんだ?』

明らかに楽しんでいるその声は同時に背筋を寒くさせるナニカが込められていた。もしも満足のいかない答えが返ってくれば容赦なく殺されるであろうことは間違いないと声だけで周囲のモノに確信させた。

 

「何で俺が落とし前をつけなきゃいけねぇんだ」

「やりたいんだったら直接出向けよ。戦ってやるから、キーシッシッシ」

 

そんな声に全く臆することなく二人は応えた。彼らの答えに一部のクルー達は殺気立つが、直接的な行動に出ることはなかった。

『HAHAHAHA!!』

電伝虫の表情がより大きくゆがんだ。

『若く、無鉄砲。ただしそれをやるには状況と相手を選ばなきゃなぁ。一つゲームをしよう。何をしても何をやってもいい、船にクルーを乗せて出航した時点でその船とその船に乗せているクルーは見逃してやるよ。さぁ、ITぁ、SHOW TIME!!』

その言葉と同時に彼ら二人を拘束していたドフラミンゴの能力が解かれ、次の瞬間にガレオン船と正面のクルー達から大量の銃弾が放たれた。

 

普通なら間違いなく死ぬ爆炎と悲鳴の中、クロコダイルは砂になり、ゲッコー・モリアは影と場所を入れ替えて、見事にその攻撃を躱していた。

傍観者として眺めていたドフラミンゴもこのまま逃げ切るのかと見ていたが、その表情に僅かな緊張が走った。

さっきまでただ電伝虫の後ろに立っていただけだったピンクのスーツをまとった男がただサングラスを外しただけだったが、その時ドフラミンゴは彼が覇気をまとったのを感じた。

「……これじゃエンターテインメントとしても二流だ」

彼は二枚の金貨を胸ポケットから取り出すと、それを親指ではじく。すると空中でその形を変えて針のように鋭くなった金がクロコダイルとモリア向かって飛んだ。

モリアはとっさに剣を振るったが、金の矢はモリアの剣を形を変えてすり抜けて見事に彼の肩を貫いた。

クロコダイルは回避しようとしなかったが、本能が警鐘を鳴らし、ギリギリのところで首をひねった。その結果躱しきることはなかった。最初に感じたのは熱、それが数年ぶりに感じる痛みだと言うことに気づくまでそう時間はかからなかった。頬骨のあたりを一閃されたような傷が走り、血がゆっくりと滴り落ちた。

「……ジョォーカァーー!!」

クロコダイルを支配したのは激しい怒り、だがその痛みがすぐさま彼を冷静にした。

自分を最強たらしめていると思っていたロギアがあっけなく破られた。その事実が彼に撤退という選択肢をとらせた。

両名ともに負傷が冷静さを呼び、まさしく脱兎のごとく逃げて見せた。そんな彼らの逃走を見て、ガレオン船やその船員はより一層攻撃の手を強めたが、電伝虫の周囲にいた数名は全く動きを見せなかった。

 

撤退に成功したクロコダイルとモリアを見送り、電伝虫を回収し帰ろうとしている連中に後ろから声をかける人間がいた。

「おいおいJOKER、久しぶりの再開に何もなしか?泣けてくるね」

大きく腕を広げながら大げさに悲しんで見せたドフラミンゴは、こちらを全く気にもとめない連中にしびれを切らしたか覇王色の覇気を放って見せたが、それにすらほとんど反応は示されなかった。

そんな中、さっき覇気をまとった攻撃をして見せたスーツの男だけは振り返ってみせた。

『せっかく平凡に生きれる環境を与えてやったのに、こっちに戻ってくるとは物好きだな』

電伝虫から聞こえてくる声は先刻までの楽しんでいた声とは違い、落ち着いた底冷えするような声だった。

『まぁゆっくりと前半の海(パラダイス)を楽しめば良いさ、俺は新世界で待つ……ここまで来てみろ、これるのならな。HAHAHA』

普段のような勢いのある笑い声ではなく、どこか愁いを帯びたような笑い声だった。

「フッフッフ、ああ、ゆっくりと首を洗って待ってろ」

そのドフラミンゴの言葉を聞いて電伝虫は瞳を閉じた。

「ドフラミンゴ、受け取れ」

電伝虫を抱えていたスーツの男は胸ポケットから一枚の紙を出した。

「ボスのビブルカードだ」

「フッフッフ、良いのか?勝手にこんなモノを渡して」

そのドフラミンゴの言葉に対して肩をすくめて答えた。

「傘下でもない連中に与えるのには反対したんだがな、ボスの意向だ」

「苦労がうかがえるな、お前名前は?」

「テゾーロ。ギルド・テゾーロだ」

「覚えておこう、テゾーロ。フッフ、またいつか会うだろう」

 

テゾーロはこの後ハンナバルの再建を託され、己の手腕を見せつける。貴族などと繋がりを持ち、北の海からグランドライン前半の海に続く闇のルートと金は世界政府も手出しできぬものになり、黄金帝の異名を勝ち取った。

彼が再建したハンナバルはまさに金と闇の集結地になり、海賊達のレースを名物とした島になった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章 ワノ国動乱
和の国 騒乱


四皇の一角、百獣海賊団の船長カイドウは満足のいく死を求めていた。今の時代に絶望し、死ぬこともできない彼は自分のことを殺すことができる人間を探して、探して、探して、探して、探して、……そして見つけられなかった。だからそんなやつが、自分を殺すことができる強者が出てこれる世界を作ろうとしていた。

カイドウはワノ国を支配下に置き、縄張りの本拠にすることで海軍やほかの海賊との不要な戦闘を避け戦力の拡大を行なっていた。世界を揺るがすほどの戦力がため込まれて天然の要害に囲まれたワノ国はマグマがため込まれた火山のような代物。いつ噴火するのかわからない、自分が与える刺激で噴火しないとは限らない。わざわざ来ること自体が難しいここへわざわざやってくる変わり者もいない。

 

誰もがそう思っていた

 

黒く彩られた巨大な蒸気船の船首、一人の男が立っていた。正装といえるだろう、紫色のスーツに、コートを着込んだピエロはいつも浮かべている笑みを引っ込め、風を一身に受けながら両の腕を大きく広げた。

「ンー、良い風だぁ。さぁお前ら乗り込むぞしっかりと捕まれよ、滝を登るぞ!!」

ワノ国を囲んだ特殊な海流を難なく乗り越えた5つの海賊船。彼らは一切のためらいなく、眼前に広がる水流の壁である滝に向かって突き進んでいった。水面から顔を出した鯉にあらかじめ用意されていた縄をかけて一気に滝を登る。

あまりの水流の強さに明らかに船体にダメージが入っていくが、それを無視してひたすら昇っていく。

「船長!!、このままだと沈んじまいます!!」

全ての船で似たような報告が上がったが、どの船でも船長達の反応は素っ気ないモノだった。

いくつかの船で船体に穴が開き、浸水してきてるが、結局沈没するような船は一隻も無かった。鯉の勢いに任せて最後には投げ出されるように彼らの船はワノ国に到着した。

間違いなく全ての船が修理を必要とするほどの損傷を受けていたが、彼らは最初の関門を無事に突破した。

 

この日、ワノ国に電撃的なニュースが走った。

一つ目は海賊の上陸、そしてもう一つがワノ国6つの郷の内の一つ希美の壊滅だった。勇猛果敢、その武名を世界に轟かせていたワノ国ではこんなことは歴史をひもといてもなかなかない事件の裏には侍の弱体化があった。将軍が黒炭オロチになってから、武道が禁止され、自分たちの体で、技で戦うことを忘れつつあった侍達は新世界の海で戦い、四皇の首を狙う海賊達を撃退することはできなかった。

 

衝撃のニュースが駆け抜けたワノ国だったが、鎖国されたこの国の中で起こった事件が外にまで伝わることは珍しい。しかしこの国に縁があり、今もそこに強く太いパイプを持つ海賊がいた。彼はこのニュースをワノ国の外にいるモノの中で最も早く聞きつけていた。

「ジハハハ、なかなか久しぶりに聞く名前だ。お前にしてはまたずいぶんと焦っているじゃないか。うちで一番弱く、唯一俺のやり方を理解していたお前がなぁ。ジハハハ」

その声は空島よりも高いところから、響いていた。

 

 

 

 

 

ワノ国、花の都、天守閣。

普段であればごますりの男達や芸者であふれかえっている場所に珍しくたった一人、黒炭オロチが電伝虫を前に座り込んでいた。

「……何だあれはお前が常々言っていた光月の連中じゃあねぇって考えたわけだ」

明かり一つ無い部屋でその両目を閉じきったオロチには普段とは違い覚悟が見えた。

「そうだ。あれは赤鞞じゃぁない。もしあいつらだったら俺の首を、それ一つを狙う。わざわざ希美を狙う理由がない。わざわざ犠牲者を出すはずがない。そして何より時期が違う」

「そうかい、それでわざわざ連絡を寄越したその理由をさっさと言ったらどうだ」

電伝虫の向こう側から聞こえてくる酒を飲んでいる音を聞き、オロチはその両目をカット開いた。

「今回の連中に対して、うちは一切関知しない。おまえの縄張りで、海賊が暴れてんだ。お前が責任を持って解決しろ!!カイドウ!!」

声を張り上げたオロチに対してカイドウが少し面食らったような雰囲気をにじませながら、笑って見せた。

「ウォロロロロ、俺に喧嘩を売るやつなんて久しぶりじゃねぇか。ええ、おい……モリア以来か」

その言葉にオロチが畳に拳を振り下ろした。

「そのモリアも今暴れてるんだ!! お前の不始末だぞ」

「モリア“も”?」

どこか楽しそうな気配を含ませたカイドウは相手の情報を得ようとしていた。

「わかっているだけでも、“影の王”モリアに“黄金帝”テゾーロがいる。つまりモリアがあの“闇の皇”と同盟を組んでまでこのワノ国まで攻めてきているのだ!!」

そのカイドウの態度に我慢できなくなったのかオロチが立ち上がり、声を荒げた。しかし、カイドウはオロチとは対照的に大きく笑い出した。

「ウォロロロロ、ついに来たのか。あの弱虫が、最後の戦争を始める気か……。良いだろうオロチ、黙ってみていろ。これはあいつと俺の戦争だ。なぁに、いつもと同じだ、すぐに終わるさ、ウォロロロロ」

カイドウの声はとてもうれしげで、そしてどこかさみしげだった。

 

現在の海を支配しているモノ達の多くが乗っていた船、海賊王ゴール・D・ロジャーの最大の敵であり、世界をひっくり返そうとした伝説の海賊団、“ロックス海賊団”。JOKERとカイドウの因縁は彼らがまだ海賊見習いだった時代にまで遡る。

 

「ウォロロロロ、引っ込んでいろ弱虫が」

「いつか!しっかりと!この俺が殺してやるよ、カイドウ!!HAHAHA」

ロックス海賊団に所属していた連中からすれば見慣れた光景。いつだってカイドウに軽くあしらわれたJOKERが介抱されて運び込まれ、数時間もすればいつも通り仲よさげにはしゃいでいる。

あのころの喧嘩に、腐れ縁についに決着がつこうとしていた。

 

カイドウとJOKER、二人とも互いの考えを読み合い、動き出していた。

純粋な数で言えば、間違いなくカイドウ側の方が多い。しかし、数で押し切っての勝利などカイドウの臨むところではない。そんなことはわかった上で、カイドウは数で押してくる。この死地を乗り越えて見せろとそれができないやつに興味は無いと、笑うカイドウを、そんなことは知っていると嗤うJOKERを互いに幻視していた。だからこそ互いに信頼を置く人間を“そこ”に向かわせた。

 

「キーシッシッシ、来やがったな」

しんしんと積もる雪の中、ゲッコー・モリアは津波のように押し寄せてくる黒い大群を、彼らの先頭を歩いている巨大なマンモスを見つめていた。

 

まだ戦い始めるには距離がある中でジャックとモリアの視線が間違いなく交差する。

「あの日救った命を捨てに来るとはな」

この振動はモリアの鼓膜までは決して届いていなかった。しかし、モリアはその言葉を確かに聞いた、認識した。

ジャックの静かなつぶやきがワノ国を舞台にした巨大な戦争の号砲になった。

影の門(シャドウゲート)

モリアの足下を中心にして一気に影が雪で真っ白に染め上げられた大地を覆い尽くし、そこからモリアの部下達と数多のゾンビが這い上がってきた。

そんなモリアの軍勢の中、一人がジャックに飛びかかった。

ブゥン

振り抜かれたマンモスの鼻が一体のゾンビを吹き飛ばして、ジャックが声を張り上げた。

破壊しろぉ

その一言でジャックの軍勢が一斉に襲いかかり、ゾンビ兵団がそれを迎え撃つ。

 

その戦況はまさしく一進一退。ゾンビ兵団の肉体が無造作に切り裂かれ、潰されていく。ジャックの軍勢はゾンビ兵やモリアの部下の手で影が奪われて、戦闘不能に追い込まれていく。

この戦闘が拮抗している原因はまさにモリアの能力の覚醒にあった。部下達が容赦なく影を引っぺがして、近くのゾンビを強化していくことで何とか一体一体の戦闘力でも、数でも劣っているにも関わらずジャックの軍勢と互角に戦っていた。

 

あのときとは違う。あの日とは違う。仲間を失わないですむように、誰一人失わぬように……

「ここで勝たねぇと、俺は前に進めねぇんだよ!!」

背負っていた刀を抜き放ち、敵を切り捨てながらモリアはジャックに迫った。マンモスの形をとったジャックの振り抜いた鼻とつばぜり合う。互いに武装色を使いこなすもの同士だからこそ成り立つ生身と刀のつばぜり合い。衝撃波が戦場を駆け抜けて、ジャックの体が宙を待った。

「さっさと立ち上がれよ象野郎、お前じゃ相手にならないからよぉ」

全身からすさまじい覇気を放つモリアを前にジャックの軍勢は誰一人動くことができない中、舞っている砂埃の中からジャックが人の姿をとって立ち上がった。

「うっとおしい連中だ」

ここは鈴後、モリアが苦汁を飲んだ地、そして雪辱を果たす地。そして此度のワノ国騒乱最前線。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真打ち

“飛び六砲”

カイドウの配下でも実行部隊とも言える6人の幹部達は遊撃の任を大看板“キング”から与えられていた。

 

「どうせならジャックが死んでくれたら良いんだが」

彼らのうちの一人フーズ・フーと名乗る赤い仮面をつけたカイドウの部下はやる気なさげにつぶやいた。それに反応して同じ飛び六砲のササキが釘を刺す。

「あんまりそういうことを言うべきじゃぁ無いと思うがね」

自らもその野心を隠すことがないササキは頬を掻きながら一応の釘を刺す。

 

「……もし、ジャックが死んじまったらよ……次の大看板誰だと思う?」

何の気なしに問われたような言葉だったが、そこには確かに込められているモノがあった。

「……何だ、あんたこの場で決めときたいのかい」

互いに下克上を狙うもの同士、しっかりと序列を決めるかと互いが殺気を放ち始め、同僚は肩をすくめ、部下達が静かに距離を取り出したとき、

 

「チッ、こっちは外れか」

 

圧倒的な覇気が二人を、その後ろにいた部下達を襲った。

大看板と比較しても一切見劣りしないその覇気を放つ男は葉巻を一度吹かすと覇気を納めた。

「お前らじゃ、相手にもならん。大看板はどこだ?」

 

それは反射的なモノだった。フーズ・フー、ササキ両名が能力を使い巨大化して襲いかかろうとした。

「そうか、残念だ」

戦う姿勢を見せた二人に対してさっき叩き付けられた覇気よりも鋭い覇気がその身を貫く。

「俺と戦うんなら、最低は空ぐらいは飛んでもらわないと話にならん」

巨大なトリケラトプスもサーベルタイガーも彼らの部下達も砂に足を取られて、一瞬のうちに声を出すことさえできないように全身拘束されていた。

「お前らのように負けたやつの下で醜く争う負け犬と俺は違う。この覇気も能力も鍛え上げ、磨き上げている。」

「この大地は全て俺の領域(テリトリー)だ」

身動き一つ取れない彼らを前にその右腕を高く上げて

砂漠の宝刀(デザートスパーダ)

振り下ろされた。

 

七武海の一角“砂漠の王”クロコダイルと彼の率いるバロックワークス。彼らはカイドウと戦っている今回の同盟の中でトップクラスの諜報、潜入工作の能力を保有している。

もちろん高い戦闘能力を保有しているメンバーも数名いるが、トータルバウンティでいえば同盟内で最も低い。それでもこの同盟でバロックワークスが軽んじられることはない。それは彼らの活動の重要性が加味されているわけではない。その要因の最も大きいところ、それはトップであるクロコダイルの強さである。誰もあえて口には出さないが、それでも全員が理解している、

   

タイマン最強

 

ドフラミンゴもテゾーロも、モリアも理解していた。

純粋な一対一の舞台に持ち込んだとして、この懸賞金僅か8100万の男に誰も勝てないと言うことを。

能力、覇気、経験値、全てにおいて研ぎ澄まされたクロコダイルの強さは一度は敗北した白ひげに迫ろうとしていた。

その同盟最強戦力はその姿をワノ国の都に向けて消していった。遊撃の網を食い破った鰐はその姿を消して、バロックワークスとともに風景に溶け込んでいった。

 

 

 

鈴後で戦うゲッコー・モリア、花の都に身を潜めたサー・クロコダイル、兎丼に向かうギルド・テゾーロ、希美から姿を消したドンキホーテ・ドフラミンゴ。

敵地で戦力を分散して、手薄になった同盟の拠点に災害が訪れた。

 

座礁した漆黒の蒸気船、船員一人の気配もしない場所にカイドウが大きな酒樽を持って入っていった。

傾いてしまっている船を奥へ、奥へ……船長室に勝手知ったる様子で入っていくとJOKERが椅子に座って待っていた。

「ウォロロロロ、変わんねぇな。お前は」

酒樽を口元に運び一気に煽るカイドウを見て、愉快そうに嗤い始めたJOKERだったがその笑い声は突然終わる。咳き込み始め、最後には

「HAHAHAh、……ゴホっ」

口元からおびただしい血を吐き出した。

「……もう、もたねぇんだな」

その血を口元への血化粧へと変えていくJOKERを見たカイドウの口から出た言葉には間違いなく哀れみの意味合いが込められており、それは彼への侮辱以外の何でもなかった。

そんな哀れみの視線を食い殺すような強烈な視線が、存在感が、カイドウの全身を叩いた。

「ハァ、もたないぃ、何的外れなこと言ってやがる。俺は今、この瞬間に生きているのさ。くだらないことを言うなよカイドウ!! 俺の人生のハイライト!!全ての総決算!!あの頃の喧嘩からだ、全てにけりをつけようじゃないか。

なぁ、カイドウ!!

爛々と輝くその瞳は間違いなく生きていた。魂を、その存在を燃やしながら、進むこの男にカイドウは白ひげとも、ビッグマムとも違う脅威を感じていた。

この男は生き延びることを考えていない。死ぬことを前提で戦っている。自分の存在を火種にしようとしている。この世界を、時代を作ったあのゴール・D・ロジャーのように!!

「ウォロロロロ、ウォロロロロ!!いいだろう、元ロックス海賊団見習い、現百獣海賊団の船長カイドウとして、お前を敵だと認めてやる!!……さらばだ我が友よ」

「これで最後だ、兄弟」

カイドウは酒樽を、JOKERはシェリー酒の酒瓶を一気に飲み干し、叩き付けた。

一気に爆音が響き渡る。カイドウが能力を発動して甲板をぶち抜いて空に飛び立っていった。

 

次相まみえるのは戦場で

 

けじめはつけた、もうここから先は仲間じゃない。友でもない。

“宿敵”

最初で最後の下克上。遅ればせながら主役が舞台に上がる。

 

 

ああ、偉大なりし我が友よ、我が戦友よ、我が戦いの師よ、そして偉大なりしわが宿敵よ、

我が旅路はすぐに終わるだろう。

だが心配はいらない。もう既に火はついた、燃え上がった。

世界は混乱に、平和は戦乱に、民は兵士に、王は奴隷に、

君の待ち望んだ世界が来る。楽しみたまえ、大いにな。

 

楽しめるんならな、HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

導きの、その先へ

かつては深い森に囲まれていた兎丼、その面影を一切見受けることのできない荒野がひたすら広がるこの地で一際目を引く人工物。

 

巨大な採掘場、ド派手に光が放たせているその場所に作業とは無縁のリングが整備されていた。

そこではもう既にボロボロになって戦っている囚人達が見受けられた。彼らはそれぞれがまともな武器すら持たず、大の大人ががむしゃらに暴れているだけの子供のようで、見るものに強烈な違和感を与えていた。

 

そんな彼らの戦いを横で眺めながら楽しんでいる連中がいた。百獣海賊団、大看板の一角疫災のクイーンをはじめとした連中はそれを肴に酒をあおり、お汁粉をすすっていた。大音声で流されているEDMの中。

 

「これじゃあ、駄目だ。エンターテインメントってモノがなってない」

突然止められた音楽の裏でぼそりとつぶやかれたような声量だったが、その声はしっかりとこの広い採掘場全体に届いた。

「おいおい、誰かは知らねえがこんだけエキサイトしてるのが見えねぇのか」

お汁粉の入った鍋を置いたクイーンは機嫌よさげにポーズをとりながら声のする方を振り向くと、そこにいた存在を彼は知っていた。

「……“黄金帝”ギルド・テゾーロよく知ってるよ。裏の世界のエンタメ王、あんたのショーはいつだってエキサイト!! だからこそ残念だよ、ここで殺さねぇといけないとはなぁ」

 

軽く振るわれたクイーンの右腕を合図に、数に勝るクイーン直下の兵団が襲いかかるが、彼らの攻撃がテゾーロの部下に届くことはなかった。テゾーロの部下は黄金でできた鎧に身を包んでおり、悪趣味なその鎧は雑兵を猛者に変えていた。

攻撃が効かない敵を前に余裕を失っていき士気が下がっていく部下を見て、しびれを切らしたクイーンは腰に差していた刀を振るいながら前線に立つ。

「この程度の雑魚にひるんでるんじゃねぇ、びびるくらいなら死んでこいよぉ」

その刃は敵だけではなく味方の背後も切りつけた。切りつけられた人間は明らかな異常をすぐに見せて、全身から出血を始めていた。

「さぁ、広げろよ。せっかくの祭り(戦争)だ、エキサイトしようじゃないか。はっはっは」

大きく腕を広げて笑っていたクイーンの眼前に黒い影が迫った。

 

「ぶべらぁ」

 

覇気に覆われた黄金のガントレットを振り抜いたテゾーロはしっかりとクイーンの顔面を捉えていて、クイーンは情けない声を上げながらその巨体を宙に舞わせた。

「一つ聞いておこうか、なぜ私よりも先に笑う」

 

ガントレットを金の指輪の形状に戻したテゾーロがクイーンの元に足を進めていくと、彼の足下が振動し始めた。

「やってくれるじゃねぇか、糞がよぉ」

怒りを全身から放ちながら能力を使って巨大化したクイーンが、その巨大な足を振り下ろす。

超重量級としか形容しようが無いほどの重量が空から降り注ぎ、粉塵が舞い上がる。

戦いはまだ始まったばかり。

 

 

この戦争で最大規模の戦闘が行なわれている鈴後。

配下の軍勢同士の戦いは徐々にジャック側に天秤が傾こうとしていた。次々に到着する援軍に、弱点の塩で確実に数の差を広げられていくモリア側だったが、依然としてその士気は高く、戦場に立っている人間にはその有利を感じ取ることはできなかった。

ゾンビ兵から解き放たれ、本来の持ち主の元に返ろうとする影をつかみ取り、自分の体に押し込むことで無理矢理のドーピングを行なって、開いていく数の差を質で埋めていた。自らの体にあふれる全能感を背景に狂気的な士気を放つ軍勢はまさしく悪夢と形容するしかなかった。

 

そんな戦いを繰り広げる中央では本物の大海賊による戦いが行なわれていた。

純粋な身体能力に勝るジャックはその巨体に反したようなスピードで動き回り、離れれば飛ぶ斬撃を打ち込み、近づけば手数とパワーで押し込もうと試みる。

「うおおおお」

まさしくジャックにとっては必中必殺の間合い。二刀を振るい数多の斬撃を打ち込む。

モリアはそれを刀で、影で防ぎ、あまつさえ反撃までねじ込んでくる。

互いにまともなダメージを与えることもできていない中、ジャックが先に仕掛ける。己の体と覇気を信じてモリアの反撃をあえて防がずにその身に受け止める。

 

ザシュ

 

突き出されたモリアの刀が脇腹から肩にかけて袈裟斬りにする。刀を振り切ったそのときを狙う。

二刀を力の限りに叩き付ける。防御に入ってくる影が視界を防ごうとしたが、その影ごと切り裂く。両手に感じた間違いの無い手応え、

「残念、偽物だよ」

背後に突然生じた強烈な気配、何とか防御の姿勢をとろうとするが刀を影によりかたどられたモリアが握っており、一瞬遅れる。

左の脇腹に生じる強烈な衝撃、吹き飛ばされそうになる体を必死にこらえる。

何とか踏みとどまって顔を上げた先には、影でかたどられただけの真っ黒なモリアから自分の武器の刀を受け取っているモリアがほとんど無傷でそこに立っていた。

しかし、完全に無傷というわけではなかった。僅かにだが、確実に自分の武器はあいつに届いていた。その証拠に左肩の部分は服が裂けて、その下から血が滲み出ていた。

 

痛み分けどころかモリアの有利かと思われた一連の戦闘だが、実際のところモリア側もギリギリの綱渡りだった。動物系特有の圧倒的な身体能力に回復力、このまま続けていてもジリ貧なところを悟らせないようにあえて余裕を見せて戦っていたその瞬間だった。

こちらの攻撃に一切の防御がなされずにそのまま素通りしていく。

本能と理性が最大級の警鐘を鳴らす。間違いなくこれは喰らってはいけない。武装色に彩られた剣が振り上げられているのを確認して先ほどまでと同じように影で防御しようとするが、剣がふれあった瞬間に悟る。これは防げない。保険として仕掛けておいた『影法師』と自分の場所を入れ替える。判断が遅かったか刃が自分の肩を薄く裂いていく。背後に姿を現した瞬間にあえて声をかける。武器を使えない以上致命傷は望めない。思考を奪え、余裕を作れ、

「残念、偽物だよ」

最大限の覇気と遠心力を乗せた後ろ回し蹴りが脇腹に突き刺さる。

(吹っ飛べ!!)

モリアの全力が込められたその一撃だったが、ジャックの体は浮き上がることすらせずに、数十センチ後退しただけだった。

能力と経験値で勝るモリアと、純粋な身体能力で勝るジャックは互いに切り札を残しながら緊迫感を増していく……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

NO.2とは……

組織論、組織を作る際には度々このようなことが語られる。

『NO.2理論』

そこまで難しい考え方ではない。うまくいく組織には必ず優秀なNO.2がいる。組織作りにおいて最も重視するべき点は、このNO.2に誰を置くのかだ。この考え方に基づいて考えると、大海賊と呼ばれる連中はほとんどの場合においてそれが当てはまる。

 

“海賊王”ゴール・D・ロジャーには、“冥王”シルバーズ・レイリー。

 

“白ひげ”エドワード・ニューゲートには、“不死鳥”マルコ。

 

“ビッグマム”シャーロット・リンリンには、“完全無欠の男”シャーロット・カタクリがいた。

 

彼らはそれぞれがそれぞれの形で自らの船長を支え、時にはともに戦った。

では“百獣の王”のカイドウのNO.2、右腕とは一体誰なのか、あのめちゃくちゃな船長を見事に支えているのは誰なのか。百獣海賊団の誇る三人の大看板、その一人“火災のキング”こそが百獣海賊団のNO.2であることに異論は上がらないだろう。あの破天荒で制御できない船長の下で厳格さを示すことで組織をまとめているのだ。彼の持ち味はその厳格な組織運営だけではない。その戦闘能力も折り紙付きだ。世にも珍しい飛行能力を有する上に覇気、剣術、そして彼の異名でもある“炎”、彼の戦闘能力は四皇に迫るモノがある。

 

では、JOKERの右腕とは誰なのか?

最も長く彼の船に乗り、金銭面で最も大きく貢献している“黄金帝”ギルド・テゾーロか?

それとも同盟内最大派閥、敗北から立ち上がった“影の王”ゲッコー・モリアか?

はたまた最高戦力の呼び声高い“砂漠の王”サー・クロコダイルか?

それともまだ見ぬ彼の部下ロブ・ルッチか、協力者“黒腕”ゼファーか?

 

どれも違う。

最も強きモノでも、財多きモノでも、数多きモノでも、巧妙なモノでも、経験深きモノでもない。

悪のカリスマであるJOKERのNO.2に必要だったのは、彼の右腕に必要だったのは、彼の思想を理解できる、引き継げるものでなければならなかった。

 

輝かしき天から落ちてきて。地の底の汚れを知った。

世界の破壊を望むモノ。彼の狂気を理解するモノ。正しく彼の後継者たれたモノ。

 

   “天夜叉”ドンキホーテ・ドフラミンゴ

 

純粋な強さ、圧倒的カリスマどちらも海賊という組織のトップに必要とされる能力であることは間違いない。強さとカリスマ全く違う能力で本来比べるようなものでもない。それでも彼らのトップとしての能力はほとんど変わらない。もしどちらかがどちらかを支えることができていたら、この時代の支配者は彼らだったのかもしれない……

しかし、今この状況は想像とは全く違う。

彼らが選んだNO.2が戦況の空白を埋める。ここはもう既にボスの思惑の外、ここを抑えた方がこの戦争に勝利する。

 

 

白舞にあるワノ国一番の港、刃武港。いくつもの船が並び、普段は多くの人であふれるその場所は人の気配をほとんど感じることはできなかった。

「誇って良いぞ、うちの海賊団は純粋な戦闘能力じゃグランドライン1を自負してる」

たった一人、肩を組んで立っているキングはすさまじい熱を放っていた。常日頃からまとっている炎だがその熱量はまともなものではなかった。

対面しているこの男も冷や汗なのか、暑さで出てきた汗なのかがわからないほどの熱量になっていた。

「フッフッフ、そいつはずいぶん過剰な自信だ。モリア一人にやられる連中がグランドライン1とは、嗤わせてくれる」

「存外粘られているようだな、だがジャックはうちの大看板の一人だ。なめてもらっちゃ困る」

「モリアも甘く見られたモノだな、あれを負けたときのままだと考えているか?心配するなそろそろあっちの戦いは終わる。それにお前はここで死ぬんだ」

ドフラミンゴの手から糸が空に放たれ、彼を中心にした“鳥かご”ができあがる。

「鬼ヶ島に行くために船を求めているのはわかっている。俺を拘束するのは良いが、俺が何もしていないと思っているのか?」

港に並んでいた船が次々に爆発していき、すぐに炎に包まれた。舌打ちを打ってそちらに意識が行ったドフラミンゴに向かってキングが走り出す。

「それとも、俺の飛行能力を奪おうと思ったのか……」

プテラノドンに姿を変えての低空飛行、すさまじい速度で迫るキングだったが、すぐさま戦闘に意識を切り替えたドフラミンゴが見せた隙は隙と呼べるようなものではなかった。その証拠にしっかりと迎撃として放たれた攻撃がキングに迫る。

『五色糸』

指先から放たれた切れ味抜群の糸は完璧にキングの軌道を捉えていたが

「……だとしたらずいぶんと甘く見られたモノだ!!」

一瞬で人の姿に形を変えたキングは見事に五本の糸を躱して懐に潜り込んだ。

キングが刀を抜き、振り抜く。

 

鮮血が飛ぶ。

 

武装色の防御ごと切り裂かれたドフラミンゴだったが、辛くも回避はしていた。

右の瞳の上、額を切られたドフラミンゴの姿を確認したキングは刀の先端についた血を振って飛ばす。

「その瞳、もらったと思ったがな。実力の差を……理解したか」

増していく剣気と、気温、燃えさかる大地。

この狭い『鳥かご』の中、この空間を支配していたのは持ち主であるドフラミンゴではなく、とらわれたはずのキングだった。

 

 

 


 

兎丼でのジャックとモリアの戦いはついに佳境を迎えようとしていた。

決死の粘りを見せていたが、先に限界を迎えたのはモリアのゾンビ軍団と彼の部下達だった。

すり減っていくゾンビ軍団の分を埋めようと奮起していた彼の部下は、自分の限界を超えて影を取り込み、影本来の持ち主の力をその身に宿して戦っていた。それでもついに限界がやってくる。

その瞬間は突然に訪れる。無理矢理押し込んでいた影がその身を離れて、本来の持ち主の元に返っていく。全身を覆う圧倒的な疲労感、一時的な力の大小はいつだって大きい。彼らに戦う力など残っているはずもない、しかしそれでも彼らは戦って見せた、立ち上がって見せた。モリアが敗北したこの地は、彼らが敗北した地でもある。彼らの海賊旗が信念がカイドウの強さの前に屈した地である。

この男こそが海賊王になるんだと信じた自分たちのボスが敗れるのを見て、聞いて、それでももう一度この場所に立つ彼らの覚悟は並大抵のものではなかった。

剣を振るうことも、引き金を引くことも難しい彼らは、まともなダメージを負わせられないと知りながら、それでも戦った。

もはやパンチとも言えないような、体当たりとも言えないような攻撃を繰り返す彼らにジャックの軍団から嘲笑の声が上がる。……だがその声もいつしか恐怖に変わっていく。

決して足だけは引っ張らない、自分たちが足を引っ張らなければ自分たちの船長こそが最強だと。信じる彼らは戦い、戦い、一人でも多くの道連れを生み出そうとしていたその姿はまさにゾンビ、そう形容するしかできなかった。

 

そんな状況の戦いをこの戦場の指揮官二人は理解していた。

 

互いに体中に傷をこさえた二人

 

ここで決める、その決意が、意思が覇気を産む。圧倒的な剣気を放ち始めたモリアを前にジャックも己の切り札を切る覚悟を決める。人間の姿から獣人の姿に、獣の身体能力、特性と人としての戦闘術の融合。その戦闘能力は今までと比較にならない。だが、それはモリアも同じ。

影の集合地(シャドーズアズガルド)

モリアの正真正銘の切り札。

支配していた影を取り込んで自分の戦闘力に変えていく。先ほどまで会った体格差が徐々に埋まっていき、ついにモリアがジャックの巨体を……超える。

「影1000体分だ。俺が支配できる限界数……キーシッシッシ!! ハァ、最高の悪夢を見せてやる!!」

巨大化したモリアだが、風船のようにただ膨らんだのではない。完全に支配下に置かれた影達に覇気の融合。もっと巨大化しようとした体をここまでで押さえ込んだ。それだけの存在感の密度がこの戦場の視線を集める。武装色が歌舞伎の隈取りのように全身を彩っていく。

影の箱(ブラックボックス)

戦場全体を巨大な影が包み込む。立法形状に組み上がった影が日光を完全に遮断し、周囲は暗闇に支配される。

このブラックボックスは敵の混乱を誘うためだけのものではない。モリアが取り込んだ影は戦闘不能に陥った仲間のモノも含まれる。彼らを日光から守るために作られたブラックボックスは彼らの一味の信頼関係の証。

 

充満するモリアの覇気に弱兵は倒れていき、無造作に振るわれる刀が混乱を生みだす。見聞色を扱えない連中はただぶつかっただけの仲間に対して同士討ちを始めてしまっていた。この状況を打開したいジャックだが、彼にはそんな余裕は一切無かった。まるで濁流のようなモリアの攻撃を前に、見聞色の覇気だけで耐え忍ぶ。防戦一方なこの戦いだが、彼はこの勢いは持続しないことを理解していた。

ここまでの強化にリスクがないわけがない。時間制限付きの強化だと当たりをつけたジャックは恥も外聞も捨てて防御に徹する。耐えきってみせる。堅い決意の元固められた防御は鉄壁、受け止めて、受け止める。この打ち合いに刀が先に限界を迎えた。

モリアの刀がジャックの刀を打ち砕いた。そこからは一瞬だった。決死の防御を嘲笑うかのように切りつけていき、最後には背後から突き出された影に腹を貫かれた。

ここからのモリアはまさに災害だった。圧倒的な力で敵を殲滅した戦場。仲間達の影が帰って行き、『影の箱』が解かれたとき、立っていたのはモリアただ一人だった。

兎丼の戦いはこれにて幕を下ろした。ゲッコー・モリアは己の敗北という恥をこの兎丼の地で雪にすすいだ。

 

しんしんと雪が積もっていく。兎丼は今日も雪が降る、死者と敗者を慰めるように、沈黙と静寂が勝者を包むように。しんしんとしんしんと……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

釣り合う天秤

黄金の鎧をまとったテゾーロ、彼の戦闘力は新世界で見てもかなり上位に位置する。強化された防御力に攻撃力、込められた覇気、どれをとっても一流であることに疑いはない。だが、上には上がいる。この大航海時代以前からこの人世界を戦ってきた連中は桁が違う。彼ですらカイドウの言を借りれば“海賊ごっこ”なのだ。

何より“黄金帝”ギルド・テゾーロ、彼の強みは強さではない。金とコネクションこそが彼の持ち味、正面衝突を選んだ時点で彼は自分の土俵を降りていた。

 

ブラキオサウルスの無慈悲なスタンプが降り注ぐ。あまりの巨体とその外皮の強さに飛び道具は意味をなさない上に、鞭のようにしなる尻尾のスイングが死神のカマのように振り抜かれる以上危険地帯である足下で戦うしか残されていない。手持ちの黄金のコインも、ネックレスも、イヤリングも、9本の指輪も全て既に鎧に変えている以上これ以上の強化は見込めない。

テゾーロのにとって喜ばしいニュースは2つ。散々暴れ回ったクイーンのおかげで周辺一帯にいた百獣海賊団は壊滅状態に陥っていると言うこと、そしてもう一つは『黄金爆』であれば覇気も外皮も貫いてダメージを与えることができるということ。黄金の総量が己の強さにイコールでつながるテゾーロはこの絶望的な戦力差に、自分の全てを唯一の勝機にかけることを決意した。

 

自らの信念の旗を胸に刻む。徐々に近づいてくる攻撃を見切る。徐々にギリギリの回避になる攻撃に肝を冷やす。

それでもくだらない支配を認めてはいけない。あの海賊船に乗ったときに、彼があのくだらない支配を打ち破った瞬間に魅せられたあのときに……

 

見聞色の力を全力で稼働させる。躱して、振り下ろされた足に打ち込む。大してダメージにならないのはわかっている。それでも何度でも打ち切る。

 

燃えさかる札束の山前で呵々大笑する彼に魅入られたあのときから、金も、支配も、強さも絶対ではないと知った。

『俺が好きなモノを教えてやろう。火薬と炎だ。お手軽で破壊力は抜群♩ HAHAHA』

血にまみれた強者が、札束に包まれた金持ちが、人間の悪意と決意、そして狂気に包まれて爆炎にその身を焦がしていく光景。

 

テゾーロが打ち込んだ場所から黄金が広がって、クイーンの動きが鈍っていく。完全に動きを阻害することはできていない。端から砕かれていく黄金だが、その瞬間、間違いなくクイーンの動きは先ほどまでと比べると遅かった。

苛立ちとともに打ち込まれたスタンプを躱したテゾーロがこれまでの一連の戦いとは違う構えを見せる。

『黄金の業火』

テゾーロが本来ならゴールデン・テゾーロ状態で放つ大技だが、全身を覆っていた黄金の鎧をガントレットだけに集中することで擬似的に再現する。打ち込まれた瞬間に姿勢を崩したクイーンにそこからさらに連撃を加えていき、最後に突き出した両腕から現在出せる最大火力を放つ。

『黄金の神の火!!』

本来なら軍艦すらも沈めるレーザー砲だが、即席のモノだとそこまでの火力は出なかった。それでも鼓膜を破らんとする轟音を上げるテゾーロの一撃がクイーンを襲った。

テゾーロの会心の一撃、しかしその黄金の一撃がクイーンの命に届くことはなかった。

 

回避不能の一撃を躱せないと悟ったクイーンは己の腕を犠牲にする覚悟を瞬時に固めた。武装色硬化された右腕にそらされた一撃が空に一筋の光を放つ。その輝きは天に昇らんとする流れ星のようだった。

「その程度で、四皇を支える大看板!!この疫災のクイーンを倒せると思ったのかぁ!!」

人間の姿なら左腕に当たる場所、恐竜の姿だと左前足が大きくえぐれ、おびただしい量の血が出ていたが、それだけだった。全身全霊の一撃を放ったテゾーロにクイーンの返す刀で放たれた全力のスタンプを受け止めるだけの力は残っていなかった。

 


 

狭まっていく鳥かごの中、業火が燃え広がっていく。

キングの振るわれた刀にあっけなくちりばめていた糸が切り裂かれる。さすがに鳥かごや攻撃用の糸は切り裂かれることはないが、拘束や妨害のための細い糸は放つ端から燃やされ、切り捨てられる。

 

ドフラミンゴは周囲に散った炎を使い、懐にしまわれていた葉巻に火をつける。

ここ数年吸っていなかった煙が、勝ち目がほとんど無い相手に挑むこの感覚が、懐かしい。己の命をベットするこの感覚に脳が震える。

「フッフッフ、せめてその翼をもらおうか」

糸を鳥かごにかけることで、一気に上空まで跳ぶ。

「俺を相手に空中戦とは片腹痛いわ」

その翼を大きく広げたキングの突進を受け止める。

『蜘蛛の巣がき』

蜘蛛の巣状に広がった糸の盾、その隙間から弾糸を打ち込む。簡単に回避されていくが、それでかまわない、その数に限りは無い。

見事に地面を滑空しながら連射されていく弾糸を躱していくキングに大技を打ち込む。

『超過鞭糸!!』

これまで回避された弾糸以上の範囲と早さで放たれた糸が地面に巨大な穴を開ける。

「気は済んだか?」

すさまじい熱をを放っているその糸を握ると、その力で一気に引き寄せられ地面に叩き付けられた。

「その腕一本、貰おうか」

一刀のもとに切られた右腕が宙を舞う。

傷口を押さえて倒れ込んだドフラミンゴだったが、そんな彼を目の前にキングは一切手を出す気配がなかった。

「俺はお前を買ってるんだ、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。悪いことは言わん、この手を取って参加に下れ」

差し出されたキングのその手が、ドフラミンゴにはひどく滑稽に見えた。

 

「一つ聞きたい。……お前はなぜカイドウに従う?」

「あの男が俺たちの船長で、この世で最も強い男だからだ」

完結に告げられた答えはまさに予想通りで、一番つまらない答えだった。

「フッフッフ、強いから従う?ずいぶんとつまらない男だな、火災のキング。答えは最初から一つだ!!俺が王と認めるのは、俺の上に立って良いのは、後にも、先にもJOKERただ一人だ!!」

『海原白波』

周辺一帯を一気に糸に変えて、紡いでいく。堅く、鋭く、己の意思を込められたその糸は神をも殺す槍になる。

 

『16発の聖なる凶弾』

 

わずか16本の糸になるまで紡がれた糸がキングに向かって放たれる。

 

「そうか、……残念だ」

キングの背中の炎が一気に火力を上げていく、その覇気が刀を覆い尽くし、黒刀に至る。

数秒間の均衡の後に全ての糸が切り裂かれた。

全ての糸を切り裂かれ、覇気を打ち砕かれたドフラミンゴは鳥かごの中央で動くこともできなかった。

己に迫る、自分の命を奪おうと迫る黒刀が目の前でピタリと止まる。見覚えのある金色のかぎ爪がキングの刀を受け止めていた。

 

「クハハハ、お前にしては上出来だ」

鳥かごの隙間から体を砂に変えて入ってきていたクロコダイルはドフラミンゴとキングの間に入って、黒刀を受け止めると右腕を砂の刃に変える。

『砂漠の宝刀』

 

砂の刃を受けたキングは黒いコートについた砂埃を軽く払った。

「今日は落とす腕が多そうだな」

強烈な苛立ちを見せるキングを前に、ドフラミンゴの足下に転がっていた葉巻を拾い上げて一服したクロコダイルは不敵な笑みを浮かべていた。

それはまさに獲物を見つけた肉食動物を彷彿とさせた。

「鳥かごは解くな」

右腕を失っているドフラミンゴに簡潔に告げると、下半身を砂に変えて地面を這うように高速移動をするクロコダイルが右腕を突き出す。

右の手のひらを首を傾けただけで回避したキングは攻撃に移ろうとして気づいた。

この男の手のひらの上に回転している砂の球体があることに

『砂嵐 重』

顔の横で突然生じた砂嵐の衝撃波でつけていた仮面の角は折れ、ひびが入り、所々素顔も垣間見えていた。

「やってくれる」

キングの体がうごめきながら変形していく。純粋なプテラノドンでもなく、人間でもない。

動物系の“悪魔の実”共通の切り札。獣人型に形を変えていくキングの体に見えていた、いくつかの傷跡はもう既に血が止まっていた。

「どうやら能力は覚醒しているらしい」

そう言ったクロコダイルはかぎ爪のカバーを外した。

かぎ爪の先端から数滴ナニカが落ち、刺激臭を含んだ煙が上がる。

「……毒か」

「不満でも?」

「いいや、全く」

短く言葉を交わした強者二人、彼らの間に卑怯も、反則もありはしない。最後に立っていたやつが勝者。それが海賊の掟なのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

結末に向けて

舞い上がる粉塵の中、早く治療に行きたいクイーンだったが、彼の見聞色がまだテゾーロを仕留められていないことを告げていた。さらにこの周辺をかなり訓練された精鋭達が包囲している。

それを証明するかのように踏み潰したはずの男を担いだ男が少し咳き込みながら煙の中から出てきた。その男の登場に意識のあった海賊全員が息を呑む。

黒いコートとサングラスをかけたその男だが、ただ者ではないことは例え知識が無くとも一目でわかった。

鍛え抜かれた体、これまで越えてきた修羅場の数がうかがえる、しわを刻みつけた面構え。その右腕につけられた巨大な鉄腕。そして何より、研ぎ澄まされた武装色の覇気。それら全てがこの男の強さを表していた。

 

先ほどまで抱えていたテゾーロをおろし、吸引器を使用する男の姿は隙だらけに見えたが、誰一人として動くことができなかった。

吸い終わった吸引器を懐にしまった男は肩をすくめて見せた。

「あのバカも人使いが荒い……身を引いた老兵にやらせることじゃねえ。そう思うだろ?」

話を向けられたクイーンは自分の体を人間のモノに戻したが、それでも一切戦意を納めることはなかった。

「老兵ぃ、ふざけたこと抜かすな!! あんたみたいなのを老兵とは言わないんだよ、“黒腕”のゼファー!!海軍将校が一体この島に何のようだ!!」

叩き付けられた怒号はそこらの海賊なら気を失ってもおかしくないものだが、それを向けられた男はまるで柳のように受け流していた。

「頼まれただけだぁ、それに元海軍将校。今はただの私塾を営む爺だ」

まるで世間話を語るかのように敵地で話すゼファーだが、鉄腕が強力な覇気によりその異名を表す黒に染まる。

 

「それで、まだやる気なら付き合おうか」

肌を叩くその覇気にクイーンは明らかに顔をしかめる。先ほど喰らったテゾーロの一撃で既に右腕はまともに動いておらず、速やかな治療が必要なのはわかりきっている。

 

「やめだ。……とっとと帰りやがれ」

戦意を納めて言うと満足したのかゼファーはテゾーロを担ぎ直し、立ち去っていこうとする。

その背中にクイーンが純粋な疑問を投げる。

「元海軍将校が何であの男に従う?」

「従っているわけじゃない、借りを返しただけだ。俺は俺の正義でしか動かない、だから今回も俺はこいつしか助けない」

そう言い切ったゼファーは明らかに苦虫をかみつぶしたような苦々しさにあふれていた。

結局彼はそのままテゾーロをつれてこのワノ国から立ち去っていった。

彼らの船は漆黒の蒸気船。JOKERの船と同じ設計で作り出されていた。

「ゼファー先生、出港準備できています」

「よぉうし、グズグズするような余裕はなさそうだ。新時代のうねりをあのバカが連れてきやがった!準備を急ぐぞ。俺たちは俺たちの正義を執行する。……出航しろぉ!!」

 

ゼファーとJOKERの思想は全く違うモノだった。互いの信念は全く受け入れられるようなモノではなかった。

それでも互いが互いに間違いないリスペクトがあり、ゼファーには正義の美学が、JOKERには悪の美学があった。この二人の関係性はゴール・D・ロジャーとモンキー・D・ガープのモノが最も近かった。もちろん最初は力の差が大きかったが、彼が金獅子海賊団から独立したときからライバルになり、ゼファーが現役を退いたとき大きな借りを作った。

 

JOKERはゼファーのことを敵であったがほかの幹部達と同様に扱った。そこに信用があったのかはわからない。だが、信頼があった。互いに信念に生きるもの同士、彼らの間にあった関係はほかの誰よりも強力なモノだったのかもしれない。

彼に保護されたテゾーロが、多くの優秀な海兵を生み出している正義の私塾で一体何を成し遂げるのか?

JOKERとゼファーの間で交わされた密約とは一体何だったのか?それは未だわからないまま……

 


 

ここは鬼ヶ島、鬼が住まうと言われるこの島だが、実際には鬼はいない。この瞬間に限れば人すらほとんどいない。屋敷に立った一人、己の獲物である棍棒を杖のように地面につき玉座のように頂点に置かれた椅子に腰掛けたカイドウが口を開いた。

「……こんなもんが俺に対する切り札か」

この屋敷周辺をゆっくりと包んでいた無味無臭の毒ガスはカイドウの体を蝕んでいなかった。それどころか、そのガスの存在が敵の到来を感づかせてしまっていた。

その言葉に反応して、カイドウの目の前に一つの貝殻が投げ込まれた。

数瞬の後に謎の音楽が流れ始め、それに併せて踊るように真っ黒なガスマスクをつけたJOKERが現れた。

右腕を背面に、左腕を胸に当てて、お辞儀を行なうとそのまま左腕を突き出した。

「SHALL WE DANCE?」

返事の前に袖口からナイフが現れると、カチリと言う機械音とともに刃の部分が射出された。

“スペツナズナイフ”、弾道ナイフとも呼ばれるそれは本来内蔵したバネの力で刃の部分を射出する代物だが、JOKERの手にかかると、さらに非道な武器に仕上がる。

ただのナイフだと回避する様子も見せなかったカイドウの目の前でその刃が弾けた。

カイドウにダメージを与えることは簡単ではない。かの白ひげ海賊団で二番隊隊長を務めていた光月おでん以降、攻撃を食らわせたモノはもちろん、ダメージを負わせたモノもいない。空島から落ちてもただ痛いだけですんでしまう肉体を破るためには内側から破壊することが求められる。……だが果たして本当にそれだけしか手段がないのだろうか?人体にはいくつか共通の弱点がある。そのうちの一つ。眼球、鍛えようがないその部分をJOKERは初手で狙った。それも覇気をまとわずに油断を誘い、破裂させることで攻撃を細かく、広範囲に、さらには間合いをごまかした。三段階に仕組まれたその一撃だったが、破裂したナイフと顔の間に手のひら一枚挟んだことでカイドウはその攻撃を防御した。

「……毒だな。それも生物性の複合毒か」

匂いなどからすぐさま判断したカイドウだったが、一瞬視界を遮ったことが隙となった。

 

この攻撃を受けたカイドウはどこか落胆していたが、それでも警戒は怠らずに見聞色を使っていた。だから目の前にいることと距離をとっていることはわかっていたが、逆に言うとそこまでしかわかっていなかった。

構えられた拳銃、その向けられた銃口はカイドウ本人ではなかった。

カイドウよりも少し上、JOKERにより投げられていた小さな袋。それが打ち抜かれた瞬間に中に入っていたナニカが体に降りかかった。ただ少しぬれただけの体を見て苛立ちを見せたカイドウだったが、右の手のひらが体に触れたときに、今まで感じたことがある痛みとは違う痛みに動きを止めた。

 

「効いたなぁ」

たった一言だったが、確信を持って言える。この言葉に込められていたのは悪意だけだった。

コートを大きく開いたJOKERだが、その裏地にはびっしりとナイフに爆弾、拳銃、そしてダイヤルが仕込まれていた。

 

攻勢を続けようとしたJOKERを阻もうとカイドウが飛びかかる。

その瞬間、「BOOM!!」

背後で巨大な爆音が響いた。先ほど投げ込まれたトーンダイアルから爆音が響く。しかし、カイドウは一切その爆音を気にせずに突っ込んでくる。

『雷鳴八卦』

驚きの表情を見せたJOKERに振り下ろした渾身の一撃。

雷を宿したその金棒は容易く命を絶てるだけの威力を秘めている。

だが、その攻撃を正面から受けたJOKERは確かに雷によるダメージを受けたのか少し焦げ臭い匂いが漂ってきたが、吹き飛ばされるようなことはなかった。カイドウの攻撃の威力、その“衝撃”は彼の手袋の中にあるダイアルに吸収されていた。

「ただの衝撃貝なら受け止めきれずに死んでたな。だが返そう、お前のこの攻撃を……」

『排撃』

 

一部の限られた地域にのみ存在する雲海、空島と呼ばれる地域に生息する特殊な生物“貝”。その中でも現在では絶滅したとも言われている特殊な“排撃貝”。衝撃を吸収し、放つというシンプルな性質は“衝撃貝”とほとんど同じだが、その出力が違う。“衝撃貝”の10倍とも言われる“排撃貝”その許容量限界までカイドウの一撃を飲み込んだ。それがそっとカイドウの懐に添えられる。

 

放たれた衝撃が大気を揺らした。貴重な絶滅種とも言われる“排撃貝”が砕け散る。

JOKERの左腕の骨が一切の例外もなく全てが粉々に砕け散る。本来支払っていた代償を払ったJOKERだったが、その成果は確かに得られた。

世界最強の生物の一撃が内側からカイドウの体を破壊する。内臓に響いた衝撃のダメージを証明するようにカイドウが吐血する。

「ごぉああああぁあ!!」

のたうち回ったカイドウが能力を使い竜に姿を変えると一切のためらいもなく炎を吐き出した。自分の体に生じたダメージを吐き出すように、痛みに耐えて大声を出すように吐き出したその炎は鬼ヶ島を振るわし、巨大なクレーターができていた。

だが、そのレーザー砲のような炎はJOKERを捉えてはいなかった。

 

「HAHA、H……はぁはぁ。ようやく効いてきたかこの化け物が。いくらお前が最強の生物だろうと、能力者だろうと、変わらない部分ってのはあるんだよ」

革袋やいくつかの“貝”をコートから外して放り投げたJOKERの狂気的な笑顔は血にまみれながらも、楽しそうだった。

「化学変化に気化、工夫は竜の鱗を穿つ。世界はいくつもの神秘に包まれている」

両手を大きく広げたJOKERという人間はどこまでも貪欲な人間で、科学者としての側面を持っていた。

 

単身敵の本拠のど真ん中に乗り込んだ彼は、まさにカイドウの思い描いた結末を描かんと、彼の試練を乗り越えた。ついにたどり着いた一対一、互いが血反吐を流しながら、まるで子供のようにこの戦いを楽しむ。この二人の戦いに邪魔者はいない。彼らは最後まで、最後まで戦い抜いた。己の全てをぶつける喜びに浸るカイドウにとってこれこそが己の思い描いた理想の戦いだった。

毒、ガス、絡め手、どんな手段も全て正面から踏み潰してみせる。

「ウォロロロロ!! 俺が、俺こそが最強だぁ!!!」

自分に迫る死の気配。それを楽しむカイドウは今、この時、心の底から満足していた。

 

だが楽しい瞬間はいつだって短い。終わりは突然にやってくる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終幕

炎をかき消すような砂塵の中、、常人では立つことすら困難な環境になった刃武港。キングは空を見上げる。

「サー・クロコダイル。……海賊狩りで名を挙げた男だったな、どれほどのモノかと考えていたが、なるほどこれは強いな」

既に地面は、この周辺の大気一体から水分が消え失せている。一部ではあまりの高温にガラス化している大地を踏みしめるキングが鋒を向ける。

「気に入った。俺が勝ったら俺に直属の部下に成れ」

返事も求めずに振り抜かれた刀が体を通り抜けていく。

「ずいぶんと自信があるようだな、だがご自慢の刀も当てれねぇなら意味がねぇぞ」

クロコダイルは攻撃が当たる部分だけを変形させることでその攻撃を回避していた。

『砂漠の金剛宝刀』

返す刀で放った砂の刃だったが、躱され、防がれ結局キングに傷をつけることもできなかった。

その瞬間見聞色が確かに見た。振り下ろされた右腕が切り落とされる未来を。

とっさに引いた右腕に刃が振り下ろされることはなく、すさまじい速度でキングが突っ込んできた。

「相当見聞色を鍛え上げているらしい。だがなぁ、そういう相手とはもう既に戦ったことがあるんだ!!」

 

タックルからその火力を上げて上空に飛び上がっていくキングを逆につかみ返したクロコダイルはその笑みを深くした。

「俺の体は水を奪う。……焼き殺される前に貴様をミイラにしてやろう!!」

火力を上げるキングの炎に身を焼かれていくクロコダイルと、確実に水を奪われて蝕まれていくキング。どちらが先にやられるのか。互いの意地の張り合いになりかけたその瞬間、鳥かごの中に一人の男が宙から降ってきた。

 

「ウォロロロロ、そこまでにしとけお前ら。もうこの戦争は終わったんだからなぁ」

涙を流しながら酒樽を傾けるカイドウは、一人の死体を投げつけた。

「もうその男は死んだ。俺は今何もしたくないんだ。わかるだろう。とっとと帰れ」

圧倒的な強者のオーラを垂れ流しにしながら、脅しをきかせるカイドウだが、クロコダイルもドフラミンゴもそちらには意識が向けられていなかった。

投げつけられたその男の体はボロボロで、誰か判別することも難しい。だがその服装と特徴的な髪色からJOKERだということが考えられた。

座り込んだカイドウは、ほかの人間のことなど全く気にせずに酒をあおる。

「……お前が俺に勝てるわけがないだろうが」

そう言い切ったカイドウだが、皮膚のいくつかの部分が溶け、刀傷や銃弾の傷をいくつもこしらえてい覇気も弱っているその姿からは死闘が繰り広げられたことは想像に難くない。

だが、たった一つ確かなことは最後に立っていたのはカイドウだったと言うことだけだ。

 

ボスを失った二人がカイドウに一矢報いようと攻撃する可能性に思い至っていたキングはいつでも動けるように構えていたが、彼らは予想以上に冷静だった。

「ふん、バカが。結局死にやがった」

火傷に切り傷をいくつもこさえたクロコダイルは吐き捨てるようにそう言うと、片腕を失っているドフラミンゴの元まで行くと担ぎ上げようとするが、ドフラミンゴは己の足で立ち上がった。

「カイドウ、最後に一つ聞いておきたい。あの人は嗤って死んでいったか?」

「死に顔を見ていけば良い。今にも動き出しそうな、いつもの笑みだ」

カイドウのすすり泣きながら答えた言葉にドフラミンゴは嗤いだした。

「フッフッフ、そうか嗤っていたか。フッフッフッフ……なら、計画を続けよう」

クロコダイルが能力を使い、砂塵が上がり、収まったときには二人ともいなくなっていた。

 

「良かったのか、カイドウさん」

二人を見送ったキングが問いかけると、泣き上戸になっているカイドウが酒樽をからにしてこう言った。

「あいつらが死んだところで、大して流れは変わりゃあしない。その証拠に奴らの部下が見つかっていない。……備える必要がある、あのバカが連れてきた新時代のうねりは俺をも飲み込みかねん。……世界が大きく変わるぞ」

カイドウは時代のうねりをその身に感じ取った。この戦争で大きく戦力を落とした百獣海賊団はこれまでとは違う拡大路線をとることになる。配下の海賊団を増やしながらカイドウはさらなる力を求めて“悪魔の実”に大きなこだわりを見せ始める。

 

 


 

この戦争の後にJOKERを中心に作られた同盟は解消された。

ギルド・テゾーロはその行方を完全にくらませた。現在では死亡説が主流になっているが、時たまシャボンディ諸島付近で似た男の目撃情報が出てくる。

ゲッコー・モリアは新世界に拠点を構えている。一大勢力を生み出した彼らは縄張りを次々に増やしている。傘下の海賊団も増やしている彼らは新世界の入り口を抑えており、新世界に来たばかりの連中のほとんどがモリアに討ち取られている。

サー・クロコダイルもその行方をくらませている。だがテゾーロと違いその生存は確実でミイラを乗せた筏が流れ着いたというニュースが報じられている。

さらに、CPがいくつか壊滅させられたという情報が上がってきており、前半の海に戻ろうとしているのではないかという噂が上がっている。

ドンキホーテ・ドフラミンゴは二代目JOKERを襲名した。彼が生み出した組織、システムを受け継いだドフラミンゴは多くの紛争や戦争に顔を出しながら、その勢力を拡大している。裏世界の王としての役割を果たしている彼の影響で、JOKERの死の影響はほとんど無かった。

 


 

『ぷるぷるぷる、ぷるぷるぷる、ガチャ。「……こちらガレーラカンパニー。んまーゼファーさん、お久しぶりです。……船の整備ですか、問題ありませんよ。……ええ、ドッグを開けさせましょう、最新型の船ですからね。うちの連中も喜ぶってもんです。ではお待ちしています」』

突然の上客からの予約に対応したガレーラカンパニー社長、アイスバーグはそばに控えていた秘書の“カリファ”に声をかけた。

「そういうことだ。すぐに誰か職長クラスを空けてくれ。誰がいける?」

カリファが手元の手帳を素早く確認する。

「カクとルッチが担当の業務をほとんど終えていますので、二人でよろしいかと」

「ああ、ならそれで頼んだ」

そう言われたカリファはすぐに社長室を離れて、カクとルッチを呼び出した。

 

 

 

「プランCの連絡が来たわ」

現在はほとんど使われていない倉庫の中に集まった三人の中で一番最初に口を開いたカリファの言葉にカクが目を見開く。

「……死んだのか、あの男が?カイドウ噂通りの男じゃのう」

その衝撃的なニュースに動揺しているカクを置いて、ルッチが指示を出す。

「それで、追加のミッションは与えられたのか?」

「テゾーロ氏をマクロに預けるまでの護衛よ」

「なるほどな。……今から指揮権は俺に移ったんだな」

目をつむり肩を組んだルッチの言葉に、カリファはうなずくことで肯定の意を示す。

思考を巡らしたルッチは最初の指示を出した。

「ジャブラに連絡を入れろ。ここから先、信頼の置けない同胞はいらん。長官殿には消えていただく」

その冷酷な判断を止めるモノはここにはいなかった。

「わかった。その連絡はわしがやっておく……一度戻らんと都合も悪そうじゃしな」

電伝虫が使えないような連絡である以上、直接話すことが望ましい。カクがその面倒な役を買って出る。

「彼の意思は我々が継ぐ。CP9が彼の理想を体現してみせる……闇の正義の名の下に!!」

数日後、マリンフォードやマリージョアでいくつかの事故が相次いで発生した。どうやら武器の管理に問題があったらしく責任者が首になった。

死者が複数、重傷者も多かった。その多くが高齢だったこともあり、引退するモノも多かった。

結果としてCPやマリージョアに赴任している人間などがかなりの数入れ替わった。その多くが支部のメンバーや経歴が謎に包まれているモノだったが、なぜそのような人事異動が行なわれたのかに関しては全く語られることはなく。また異論も出なかったらしい。

 

 


 

 

巨大な円柱型の水槽。いくつものパイプが繋がれたその水槽を下からいくつかの泡が昇っていく。

「おっ、いけそうだね。久しぶりにジャッジに連絡を取ったかいがあったというもの」

その光景に満足がいったのか、目の前の計器にいくつかの数字を打ち込んだ男が深く椅子に座り込んだ。

その男の鼻歌に、計器が奏でる機械音、そして中心に置かれた水槽を昇っていく水泡の破裂する音。それだけがこの研究室にこだましていた。




いったんこの話はこれにて完結となります。
もちろんここまで様々な匂わせ的な登場をしたキャラクターが中心になったこの後の話も作っていますが、そちらはまだもう少し時間をかけて推敲しようと思っています。
ここまで読んでいただいた皆様本当にありがとうございました。
つたない文章で読みにくかったとも思いますが、ここまで読んでいただいて感謝しかないです。できれば感想や評価などしていただけると次への励みになります。


最後に少しアンケートをしたいので、応えていただけるとありがたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 英雄たちの楽園
水面下


CP9、正式名称は「世界政府直下暗躍諜報機関 サイファーポールNo.9」

世界政府が保有する諜報機関“CP”その中でも特殊なこの組織はエニエス・ロビーに拠点を置いているが、ほかのCPとは違いその存在が一般市民に知られることはない。海軍本部大佐以上の地位につかなければ噂以上の情報は知ることすら許されない。CP9がここまでの機密となって居る一番の理由、それは彼らに与えられている一つの非人道的な超法規的な権限にあった。

 

それが非協力的な市民の殺害許可。非協力的というのは極論犯罪者ではなくとも殺すことができると言うことなのだ。こんなモノはいくら世界政府とは言え表に出すことができない。世界政府の持つ暗部こそがCP9に凝縮されていたのだ。さらに0から9まであるCPの中で特定の地域に根ざしていない組織はCP9だけで、CP9の人間にはどこでも情報を得ることができる諜報能力と、対象を暗殺することができるだけの優れた暗殺能力が必要とされる。つまり彼らはほかのCPよりも優秀で、頭が回る。そんな彼らが自分たちの考えで動かぬように常に彼らには優秀な人間が上司として配属されていた。しかし今の代の長官は少数精鋭の彼らの行動を限定する首輪には少々甘く、また無能すぎた。

 

本来存在しない役職、CP9長官についていたスパンダムはいつも通りオフィスで電伝虫に向かって怒鳴りつけて仕事を行なっていたが、その日は少しいつもと違う妙な違和感を覚えていた。

このエニエス・ロビーという島では多くの人間が働いており、常に海兵が見回っているはずのこの島で今日は奇妙なほどに人と出会わない。人とすれ違うことも一切無かった。いつもであれば敬礼をしてくる連中や中に報告に来たやつに珈琲を頼むのだが、それもできない。おかげで喉が痛くなってきたスパンダムは、なかなか記憶にない状況にてっきり見回りの兵士がサボっていやがると思い、怒りをため込むが吐き出す先もない。普段ならば行かない給湯室に向かい珈琲を自分で入れようかとしたときに長官室の扉が開いた。

 

「ああ、長官殿。悪いんだが、少しここで待っていてくれるとありがたいんだがな」

扉の前に仁王立ち、動く気配を見せないCP9諜報部員のジャブラになぜか嫌な予感がした。

「……ジャブラ、お前なぜここにいるんだ。今は任務中だろう?」

本来ここにいてはいけない部下の姿に、ナニカ緊急の要件かと心構えをしたとき、ジャブラが紙の束を差し出した。

「ああ、だが緊急の案件だ。俺一人でも戻るべきだと判断した。こいつを見てくれ」

差し出された報告書を少しためらいながら受け取って、躊躇しながら最初のページを開いた瞬間だった。

 

ブスリ

 

「ッは」

体を強烈な衝撃が突き抜けていった。

先ほどまで目の前にいたはずのジャブラの姿が消え、横に立っているのを理解する。

それと同時に自分の体に穴が開いているのを確認する。中から大切な何かがあふれ出していく感覚に、強く押さえ込むが止めどなくあふれてくる真っ赤な血に混乱していた頭が少し冷静さを取り戻す。

問い詰めようと大声を出そうとしたが、その声を出すこともできない。拳銃も近くにはない、最近手に入れた悪魔の実を食わせた刀のファンクフリードも手に届くところにはない。当たり前だ、ここは世界政府の司法を司るエニエス・ロビー。こんなところで武器が必要になるようなことは想定もしていない。

 

「ああ、なんてこった。どうやら事故が起こったらしい、暴発事故とはついていない」

わざとらしくつぶやいたジャブラが手についた血を拭き取ると、目の前に爆弾と内側から破裂したように見える拳銃をそっと置いた。

「じゃあな、仮にとはいえ俺たちの指揮官になれたんだ。満足だろ?最もあんたの指示を聞いたことはなかったがな。……唯一感謝していることがあるとすれば、俺たちをあの男に会わせてくれたことだ。その点だけは感謝してるよ」

そう言って立ち去っていくジャブラの後ろ姿を見て、ようやく理解した。俺は裏切られたのだと。そしてもう助かることはないと……暗殺部隊としての側面を持つCP9に殺される以上何の目撃証言も、証拠も見つからない。唐突にやってきた終わりに視界が赤く染まっていき、目の前の爆弾に取り付けられた時計の長針が12を指す。

 

爆炎と爆音が鳴り響くその前に既にスパンダムは息を引き取っていた。今回の件は世間一般にはエニエスロビーで起こったガス事故として処理された。

さらに世界政府内では一切の疑いもなく、スパンダム氏のミスによる兵器の暴発として処理され、彼の父親であるスパンダイン氏ですら今回の件を間抜けな息子の重大なミスと捉え、一切の異論を唱えることはなかった。

 

今回の件を受け、世界政府は代理でハーヴィー・デント氏をCP9長官に指名した。全ては彼の残した計画通りに……

 

では新しくCP9の長官に任じられたハーヴィー・デントとは一体何者なのか?

完全に無名の男かと思われた彼だが、実は30年以上前にだが彼の経歴は海軍にも残っている。当時、太陽の騎士と呼ばれて、海軍本部でもよく知られた海兵だった。その強い正義感から生まれるカリスマに魅了されて彼を慕うモノも多く、たいした手柄を上げていた訳ではないが、いつかは元帥へとの声もちらほらと上がっていたほどだった。

しかし彼の名前はある日突然、海軍から消えて、その役職をインペルダウン署長に変えていた。一体なぜそのような人事異動が行なわれたのかは語られることはなかったが当時一つの噂が立った。

彼は天竜人の求婚を断った。

この噂の真偽はわからないが、これ以降彼の活躍は一切といってほどに聞こえてこなくなり、20年ほど昔に起きたインペルダウン脱獄事件の責任をとり、彼は署長の職を辞した。

これ以降、彼の記録は一切残っていない。なぜ彼が復職したのか?この20年間一体何をしていたのか?全ては謎に包まれている。

 

 


 

普段使っている電伝虫ではなく、潜入任務に従事している部下達からの連絡用電伝虫が珍しく持ち主を呼び出していた。

「おーかーきー」

『あられ、俺です』

「んん、……ドレークか。何のようだ」

『最近海賊達の、特に裏側の世界で妙な動きがあります。ロシナンテから何か報告は上がっていませんか?』

「……いや特には上がっていないが。あいつも最近はなかなか連絡を挙げられないようだから遅れているのかもしれん。だがまぁ心配はイランだろう」

 

海軍本部元帥に昇進した際に与えられた部屋で電伝虫と会話をするセンゴクは、息子同様にかわいがってきた部下を心配するような様子を見せながら信頼感を感じさせる声で答えていた。

いつものように部下自慢を始めようとしたセンゴクの言葉を遮ってドレークは言葉を挟む。今回はそんなのんきなことをやっている余裕はないのだから。

 

「“海軍狩り”聞き覚えは?」

端的だが鋭さをはらんだドレークのその声はセンゴクのまなざしを鋭くさせるのに十分なモノだった。

 

「……“海軍狩り”、いやそんなモノの報告は上がってきていない。どういうことだ」

「まだ裏世界で少々出回っているだけの代物ですから、仕方ないでしょう。それよりも何も報告は上がっていないんですね。てっきりドフラミンゴ、いやJOKER主導だと考えていたんですが……」

「それで、一体どういうことだ?まさか連中、革命軍のように海軍基地でも襲おうというのか」

「いえ、現物は後で送りますが、簡単に言うと奴ら海軍や世界政府の役人に懸賞金をつけやがったんです」

「なにぃ!!」

 

その上でドレークの報告はまさに衝撃的な内容でセンゴクは衝動的に大声を出してしまい。誰かに聞かれていないかと肝を冷やして周囲を確認する。

「それもこのリスト、ただ事じゃありませんよ。新世界から、前半の海、北の海を中心に優秀な人間だけに絞られている。もしここにいる人間が消えちまったら……考えたくもありませんね」

ドレークの沈黙は今回のことの重大さを示している。本来海軍の人間がどこに所属しているかや、どういったことを成し遂げたのかなどは重要機密で間違っても一般人の手に入るようなものではない。しかしそう言ったリストが出回っていると言った以上、彼らには所属といった機密情報だけでなく懸賞金をつけられるだけのデータを入手したことに他ならない。

「大問題だぞこれは」

 

裏切り者の存在、そこに至らないわけがない。今から訪れる面倒ごとの数々にセンゴクは頭を抱える。しかも本来こういったことの調査を得意としているCPは、海賊サー・クロコダイルの手によって大きな被害を受けており、現在立て直しのさなかで今はまともに機能していない。八方塞がりのこの状況に頭痛がしてきたセンゴクはとにかく一度落ち着くことにした。その上でロシナンテから報告を受ける必要がある。

「一度切る。何かわかればまたかけ直す」

 

そう言って電話を切ったセンゴクはそのままロシナンテからの直近の報告書を探そうとするが、彼の部屋にノックが響く。

「……後にしろ」

今はほかのことを考えたくないと断ったその瞬間

「こっ困ります。いくら中将殿とは言え許しも降りていませんし」

「大丈夫じゃ、いいからのけ。おっ、センゴク、わし良い茶を持ってきたんじゃ。せんべい出せ」

引き留めている若い海兵を押しのけながら盟友ガープが入ってきた。

「……今は取り込み中だ、ガープ!!」

この時張り上げたセンゴクの声はマリンフォードに響き渡り、昼寝をしていた青雉が目を覚ましたとか、していないとか……

 


 

昔宙を飛ぶ海賊と呼ばれた男がいた。彼は当時白ひげやゴール・D・ロジャーと互角に戦い、多くを支配下に置いた。その姿はまさに支配者でいつしか海の皇帝という称号を与えられた一人になって居た。

そんな彼を船長として生まれ、一度滅んだ金獅子海賊団とやばれる海賊団は一部を除いて別の海賊団に吸収されるか独立していった。その直接の原因であるシキのマリンフォード襲撃事件は衝撃的なニュースで、船長を失った彼らの多くは元は船長だったモノも多く、トップを失った組織では次々と独立や吸収でその数をみるみる減らしていった。

 

それでも一部の忠誠心が高いメンバーは彼を待ち続けた。そしてシキが収監されたのは脱獄不可能と言われるインペルダウンだったが、彼は仲間の期待に応えて見事に脱獄して見せた。もちろん失ったモノは多かったが、この事件はシキに思考の海につかりきるのに十分な2年という時間と、環境を与えた。新しい計画を立てたシキはこれを機に表社会から姿を消した。その上、裏社会ですら名前を聞くことがなくなったシキは、裏側に詳しい連中ですら見つけることが難しい。もしくはあんなやつはもう死んだと言われるようになっていた。

 

それでも彼とのパイプを持つモノは少数だが、存在する。そんな数少ない男の一人が、使者として彼の元に送られた。

 

巨大な戦艦が一つ、宙からゆっくりと降りてきて着水する。

「やべぇ、旦那。あんた能力者なんだから中に入ってくれ」

巨大な戦艦の着水の衝撃で大きな波が起こってしまい、あまり大きくない船でここまで使者を運んできた“マクロファリンクスの魚人”マクロが慌てた様子で船首に立っている男に声をかけるが、声をかけられた当の本人は全く気にかけていなかった。

海水が船首に降り注ぐその瞬間不思議な光景が広がった。船の甲板に降り注ごうとした海水がナニカに押しのけられたかのように広がっていき、まるで海水が船を避けて言ったかのように見えた。

 

「問題ない」

端的にそう言い切った男はじっとシキの船艦を眺めると、そのままシキの乗り込もうと足を進めて、飛び移る寸前で一度足を止めた。

「感謝する、マクロ。だが、今すぐにでもここから離れるべきだ。もし交渉が決裂した際にはお前達の命の保証はない」

「そりゃ無いぜ、旦那。おれらが逃げちまったらあんたはどうやって帰るつもりだい?んん。安心しな、俺らは責任もってこの仕事やってんだ。この左胸のタイヨウに誓って同士を見捨てたりはしねぇんだよ」

能面のように一切読み取れない表情だったが、その言葉に込められた意思を確かに読み取ったマクロはその言葉を正面から否定する。元人さらい、現運び屋を自負する彼の言葉に部下の連中も併せて声を上げる。

 

「そうだぜ、旦那。俺たちゃ泣く子も黙るマクロ一味ってね。引き受けた仕事を途中でけつまくるなんてことはしねぇのさ」

「任せときな、もしもの時には俺たちが責任もって連れ帰ってみせるぜ。やり遂げるまでが仕事ってね」

 

そう告げる彼らだが、その足は細かく震えており、顔面は蒼白。それでも強がりであろうともこちらを気遣い、陽気にそういう彼らの姿と言葉に能面のような表情だった男が少しだけ、表情を緩めた。

「そうか、だがもしもの時にはお前達だけでも逃がしてみせよう」

そう言い切った男の表情はまた硬く、能面のようになったが、最初とは違いそこには決意とともに優しさが感じ取れた。

 

飛び移った先、戦艦の甲板には血の気の多そうな連中が包むように端を埋め尽くす。ただ眺めてくるだけの男もいれば、殺気を浴びせてくるモノもいる。それでもその中心を堂々と胸を張って進んでいく。

決してなめられぬように、もう既にここから交渉は始まっているのだから……

 

背後に多くの部下を控えさせて、どかりと座り込んだ奇抜な格好をした舵輪を頭に埋め込んだ男の元に足を進める。すると頭に男が手を挙げて、指を振った。するとどこからか宙を浮いてやってきた椅子が目の前にそっと着地した。

「まぁ、座れ。しかし面白い男を寄越したもんだな、一体誰の指示できた?」

「JOKERの指示だ。だがここには俺の意思できた」

「ジハハハハ、面白い。お前の意思か……聞いているぞ。そのお前の意思は本当にお前の意思か?まぁそこは良いだろう。俺には関係ない。質問を変えようか、お前はどの立場で来たんだ。世界政府か、海賊か、革命軍か」

そう聞いてくる彼はまるでからかうような態度で、周囲を囲んでいる連中もこちらをなめた嘲笑が聞こえてくる。

 

「彼の、いやDの意思を継ぐモノとして」

ここまで常に笑みを浮かべて、全く読めなかったシキの顔つきが変わる。左の人差し指を下ろすと一瞬で宙からもう一隻の戦艦が降りてくる。

「お前らそっちの船に移れ。俺はこいつとさしで話す」

そう言い切ったシキの表情は今までのおちゃらけたようななめた態度はなりを潜め、過去世界を支配するとさえ言われた大海賊としてのものが表に出ていた。そのあまりの変化に彼の部下から戸惑う声も上がったが、シキの視線一つで顔を真っ青に染め上げた彼らはおとなしく彼の指示に従い船に乗り込んでいった。

 

「くっく、ジハハハハハ。ジハハハハハ!!」

乗り移っていく部下を眺めながらついに我慢ができなくなったのかシキが大きく笑い声を挙げる。しかし、そこにあったのはこれまでのなめたような笑顔ではなかった。大海賊としての狂気を感じさせる嗤いは、あのJOKERが使えた男だということを証明するかのようで、相対していた男はそこにドフラミンゴと同じようにJOKERの影を重ねた。

 

「ハァ、あいつが残した最後の手土産がお前か。あの馬鹿らしい……さすが俺の右腕だ」

「JOKERから伝言を預かっている。聞くか?」

「ああ?、いらん。どうせろくなモノじゃあるまい」

 

そう言ったシキに男は一つの“貝”を投げて渡した。受け取ったシキはそれを一目見ただけで“トーンダイヤル”だと見抜いた彼は、捨てるようなことはせずに自分の懐にそっとしまい込んだ。

「ならそれを渡しておく。それで、協力してもらえると思って良いか?」

「ジハハハハハ、そいつは話を聞いてから決める。だが、話を最後まで聞くことは約束しよう」

 

そう言って交渉のテーブルについたシキ、彼は最大の難関を乗り越えた。

JOKERが死んだことによる影響は表の世界ではほとんど感じ取ることができなかった。しかし、水面下での動き、さらには別の戦争の誘発など誰も気にもとめないところで事件は動き出していた。この流れはもう誰にも止められない。JOKERの死はあのワノ国での戦いはきっかけに過ぎない。もう既に歯車は動き出した。一部の連中はもう気づいていた。この800年のゆがみがついに止められなく成って時代を飲み込もうとしていることを……




今回初めてDCコミックのキャラクターを登場させました。
第二章では何人かDCのヴィランを登場させようかなと思っているのですが、もしあまり出してほしくない方がいれば、アンケートのほうに回答ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

今年は世界が変わる年

今からおおよそ800年前、世界政府と呼ばれる統治機関が誕生した。この時20の選ばれし王族からアラバスタ王家を除いた19の王家は天竜人としてマリージョアに集まった。これ以来必ず行なわれている一つの催し物がある。

4年に1度、世界中の世界政府加盟国から統治者が集まり、この世界の行く末を語り合う。この会議を“世界会議”と呼び、ここでの会議こそが世界を動かすと言われている。だが、この世界会議にはもう一つ違う意味合いを持つ。それは4年に一度だけ、マリージョアに不特定多数の人間が出入りする唯一のタイミングなのだ。革命軍のメンバーがこれを見逃すことはないと考えられている。現時点までで、これを狙って直接的な行動が起こされたことはない。しかし、今回も何も起こらないという保証はどこにもない。

 

この会議の警備を任されている海軍としては、これがなかなか厳しく。世界中から王族をマリージョアに運んでくるのも海軍なら、その会場で警護を行なうのも海軍なのだが、その主導権は海軍には与えられていない。マリージョアに入った瞬間から全ての海兵がCP0、または天竜人の指揮下に入り、彼らの無理難題に答えないといけない海兵のストレスは凄まじい。毎回この世界会議の後には決まって退職希望者が何人もでる。今年もそうなることが分かりきっている以上対策しないわけにもいかない。

そこで海軍元帥のセンゴクはマリンフォードを中心に、最近ほかの島にも足を運び出した、とある私塾を営む盟友の元に足を運んだ。

「そういうことで頼む。何とかマリージョア警備に人を貸してくれんか?」

「別にかまわんぞ、若いときから経験を積ませるべきだと最近は考えていてなぁ。もしお前が来なければこちらの方から声をかけようと思っていた」

「本当か!!」

そう言って土下座の姿勢から顔を上げたセンゴクは明らかにほっとしたような顔を見せる。それもそのはず、この私塾では元海兵、それも元中将や大佐などがゴロゴロ指導員としている上に、退職した海兵も多くはここに身を寄せている。それにただの生徒であってもその腕は確かで、この塾出身の海兵が既に海軍本部には多くおり、ここで学んだ海兵は現場からの評判も高い。そんな彼らが協力してくれるなら何とかなるかもしれない。希望を見つけたセンゴクには今、目の前で畳の上で足を崩して茶をすするゼファーに後光が差して見えた。

「ただし、生徒達は必ず講師と一緒に配属してくれ。それが無理なら悪いが今回の件はなかったことにしてくれぇ」

そう言って条件を提示してきたゼファーだが、それぐらいならなんてことは無い。元帥の権力でねじ込める範囲内だ。もとより普段は使わない無駄に膨れ上がった肩書きだ。こういったときに使わないでいつ使うのか。

「ああ、わかった。任せてくれ、しかしこれで助かったよ。お鶴ちゃんは助けてくれているが、ガープは役に立たないし、大将はこういったことが苦手な連中ばかりだ」

「今上に立っている連中は全員現場たたき上げだぁ。ある程度は仕方ないだろう」

「ああ、だがお前が参加するとなると青雉のやつも少しは積極的になるかもしれん。そうなってくれるとうれしいんだが……」

最近頭を悩ませていた厄介ごとに解決のめどが立ち、ほっとしたのかセンゴクの口が軽くなる。

いつしか飲んでいたものが茶から酒に変わり、最後酔い潰れるまでセンゴクの愚痴が止まることはなかった。

 

酔い潰れたセンゴクを迎えに来た彼の部下に引き渡し、家に帰ると、そこに泊まり込んでいる講師の一人に声をかける。

「明日はシャボンディ諸島に向かう。皆にそう伝えろ」

そう言ったゼファーの表情は先ほどまでセンゴクとはなしていたときの好々爺然としたモノとは全く違う、戦士の表情を浮かべていた。

 

 

その頃シャボンディ諸島。

「レディースアンドジェントルマン、楽しむ準備はできあがっているかな?これから始まるのは最高のエンターテインメンツ。今この瞬間は全てを忘れて心ゆくまで楽しんでほしい。さぁイッツ、ショウタイム!!」

背後から派手に爆炎を上げる演出と同時に舞台裏に引っ込んだ仮面の男は、客席の方を見ると満足したのか一つうなずき、役目は終えたとこの巨大なテント裏にもうけてある別のプライベート用テントに入る。

そこにあるのは椅子に机、電伝虫がたった一つの外からの見た目よりも狭い空間。その分、防音に気を遣われたその空間で仮面の男は受話器を取る。

 

「俺だ、話は聞いてるが少し遅れると伝えてほしい。明日はヒューマンショップが開かれる、そちらでやれることをやってから合流させて貰う」

「了解だ。先生にはそう伝えておく。だが、お前はそれでいいのか?明日参加すればもう後には引けないぞ」

「愚問だよ、そいつは。それに俺がいないと連中とのパイプ役がいなくなるだろう?どうするつもりだ」

お堅い話し方をする男に仮面の男は苦笑しながら答える。仮面を外したその下からは一年ほど前まではよく見受けられた“黄金帝”の手配書と同じ顔があった。

「先生はお前に普通に生活してほしいと願っているようだ。それに我々は彼らの協力がなくても目的を成し遂げる」

「それがお前らの正義だからか?それともお前達のこれまでの正義では救えなかった男だからか?……入り口が何であれ俺も犯罪者だ最後まで利用するだけ利用すれば良い」

「……だが君にはあの子供達がいるだろう?」

「そういうことなら心配はいらない。俺がいなくても回るようになって居る。なぁ、もし後ろめたさを感じてるんなら、覚えておいてくれ。俺は俺の信念の元にあんたらに協力するし、俺は俺の復讐を果たす」

「……了解した、同士テゾーロ。すまないが君の存在は私たちにとって、私たちの計画にとって不可欠なモノだ。私は君のその信念に感謝する」

そう言って電話を切ったお堅い男が電伝虫の向こう側で敬礼をしている姿が目に浮かんだテゾーロは少し嗤うも、もう通じていない受話器に声をかけた。

「……君たちの掲げる本当の正義に感謝を」

そう言ったテゾーロは今日の分の儲けを鞄にしまい込むと、それを持ってテントから出て行った。

 

翌日テゾーロはシャボンティ諸島のヒューマンショップにいた。彼はここまでで稼いできた金を使って子供を中心に奴隷を買いあさっていた。

彼に買われた奴隷達は最初の数ヶ月を彼のテントで手伝いとしてすごした後に、三つの行き先を与えられる。一つ目はマリンフォード、ゼファーの私塾に預けられる子供達は海兵になるか、彼の元で講師として経験を積んでいく。二つ目は北の海にある孤児院、戦いに向かず、憎しみを持たない普通の子供達がここに送られる。この場所を正確に知っているのは今は亡きJOKERを除けばマクロ一家のみと言われており、もしも世界中で戦争が起こってもここに人が来ることはないとJOKERが太鼓判を押した場所だ。ここに連れてこられた連中は争いも人間の醜い部分も見ることなく、その生を謳歌する。短くも素晴らしい幸せな人生を……

 

 

奴隷の子供達を連れて興行を終えたテントにいる部下達に預けると、そのまま予定されていた合流地点に向かった。

「……来なくとも良かったんだぞ」

決して仲間だと悟られぬように酒場の指定のテーブル席に座ると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

「ゼファーさん、あんたならわかってるはずだ。俺の覚悟は変わらない。何よりもうお互い引くことができないところまで来てるだろ?」

「……そうだな、こっちは計画通りに進んだ。例えお前達が動かなくとも我々は実行する」

「了解した」

「まさか俺がお前達のような人間と協力するとは。人生わからんモノだな」

テゾーロは懐から金を机の上に置くと立ち上がって振り向くことなく言った。

「いえ、ゼファーさん。いや、Z。俺はあんたこそが正義の体現者だと思ってる。唯一言えば、正義を掲げた男と悪を掲げた男の目標が同じだったこの世界がイカれてるだけさ」

そう言って立ち去っていくテゾーロを見ることもしなかったゼファーは真っ黒のサングラスをかけて天を仰いだ。

「次の世代に残す世界は、今よりも良いモノに!!……世界政府、お前ら駄目だぁ」

そのゼファーの言葉は小さいがとても力強く、決意に溢れていた。

 

 

テゾーロに買われた子供達彼らが行く最後の選択肢。それは魚人島、魚人街。海底にある街のため、人間はとても限られた区域でのみの生活となるが、ここを選ぶ子供が最も多い。人間に対する強烈な不信感や憎しみを抱えたモノ達がここに送られる。

ここに送られる子供はここで魚人空手を修める。もちろん中には適正のないものもいる、そういう連中は剣や槍といった獲物を扱う。彼らは皆戦士になる、兵士ではない。革命軍に加わるモノもいれば、裏の世界に行くモノもいる。彼らはある程度の力を身につけたタイミングで一人前になったと送り出される。

送り出される子供達は一つの共通点として魚人街を牛耳った男“ホーディー・ジョーンズ”の指導を受ける。熱狂的なJOKERの信者だった彼は同じ魚人でJOKERに心酔しているマクロとはまた違う。

マクロはJOKERに信念の元に生きると言うことを思い出させられた。マクロの信念はあのタイヨウの元に刻まれたまま、魚人として彼に顔向けできないような生き方はしない。それを思い出させただけに過ぎない。マクロにとっては第二のタイヨウのように彼の行く末を示してくれた。だが、ホーディは違う。この残された魚人街は違う。彼らはここまでため込んだよどみがあった。彼らにとってJOKERは待ち望んでいたメシアに他ならなかったのだ。

 

彼は見るモノによってその印象を大きく変える。それは彼が人によって付き合い方を変えていたのか、単純に感じ方の問題なのか……それとも彼自身が彼という人間をもう失ってしまっていたからなのか。もう答えは誰にもわからない。だが、ホーディと彼に指導された戦士達はこう言った。

 

「これは聖戦だ。我々にはメシアがいる。彼が戻ってくる場所を我らの手で切り開くのだ。JOKERは必ず帰ってくる

 


 

 

最近グランドラインで一つの噂が広まっていた。

雲の上を海と島が宙を飛んで、ゆっくりと風に運ばれているというのだ。

それは一部の地域にある怪物の噂や、時たま海賊や冒険者を生み出している空島とは違う。空島は上空の気流などで多少位置を変えるが、主な場所は変わらない(もちろん例外もある)。それに何より空島は下から見えない。空島とは雲なのだ。雲の上に広がる雲の大地こそが空島であり、雲の上を海と島が浮いている時点でそれは空島ではない。

その空島の噂が徐々にマリージョアに迫ってきているのだ。

しかし、ただの噂では海軍は人間を動かせない。強烈な戦力を抱え込んだメルヴィユは徐々にその足音を響かせながら近づいてきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まる混沌、会ってはならない大事件

世界政府にとって、海軍本部にとって守らなければいけない“聖地”マリージョア。本来であれば限られた人間だけが入れるこの場所に、多くの王族が集っていた。

 

唯一マリージョアの入り口とも言える“レッドポート”に海軍の軍艦とは違う船が一隻着港した。

船の名は“ホワイトタイガー号”ゼファーがその私財から建造した大型帆船で、多くの海兵がここで訓練を積み、操船を学んだ。

「ゼファー先生、こちらに制服を用意させていただきましたので」

王家護送の任を果たして船から下りてきたゼファーに新兵が駆け寄り、正義の羽織を渡そうとする。

「いらん。俺はここに海軍としてきてるわけじゃねぇ」

「しかし、先生は元とは言え大将だったお方です。是非こちらの方をお使いください」

「……新兵。お前の掲げる正義は何だぁ」

新兵を軽くあしらっていたゼファーは足を止めて彼に向き合った。

「これにはお前ら海兵が掲げる正義を刻むんだ。今の俺には必要ない代物だ」

じっと目を合わされて答えられた新兵は言葉を失い、一つうなずくことしかできなかった。

「ああ、やっぱかっこいいなぁ。ゼファー先生、お待ちしていました待合室はこっちです」

「クザン聞いてるぞ。大将として頑張っているらしいじゃないか」

「いやぁ、まぁぼちぼちです」

先についていた青雉の背中を叩きながら歩いて行くゼファーの周囲には自然と海兵達の輪が生まれていた。

「先生、復帰なさらないんですか」

「俺を何歳だと思ってるんだ。もう隠居させろぉ」

「先生、この後是非一つお手合わせ願います」

「ああ、時間があればな」

「先生」「先生」「先生」

我先にと声をかけてくる海兵には教え子達が多く、うれしそうな表情を浮かべた後に、よく教室なんかで見せた恐ろしい笑顔を見せた。

「お前ら、いったん職務に集中しろ!!」

その言葉に蜘蛛の子を散らすように散らばっていく教え子達に苦笑の笑みを浮かべる。

「クザン、これもお前の役目だぞ」

我関せずという姿勢を取っていた青雉に覇気を込めた拳でげんこつを落とす。

もう一つか二つ苦言を呈しておこうとしたが、彼の視界の端に数隻の船が映り込んだ。

「クザン、あの船は何だ?……海軍の軍艦じゃないな」

「ああ、……あれは奴隷船ですわ。何でも動く床を作るとかで、大規模な工事をしようとしてるらしく」

「……あまり見ていて気分の良いものじゃないな。いくぞ」

多少顔をしかめて話すクザンに先を促すように歩き出す。もうその船に興味は無いと態度で示した姿が青雉には違和感を与えた。しかし先生も丸くなったのかと、違和感を頭から振り払うようにクザンも足を進めていった。

 

そう言って足を進めていく彼らの背後で、レッドポートに到着した奴隷船からテゾーロが奴隷商人として姿を見せた。

「悪いね、商品の納入に来た」

そう言って書類を提示されたテゾーロに受付の兵士が明らかに嫌そうな顔をする。

「おいおい、そんな態度で良いのかよ。俺たちゃあんたの上司に頼まれて商品を運んできたんだぜ」

「チッ、さっさと通れ」

乱雑に通行許可を出した兵士を見てテゾーロが一言つぶやいた。

「若いな」

そう言って肩をすくめた彼は変装用に使っていたカツラを後ろに放り投げた。

変装を解いていくテゾーロの背後に所狭しと詰め込まれていた人間や魚人の奴隷達には、ここに送り込まれてくる奴隷達とは違う点があった。彼らの中に死んだような瞳を持つモノは一人もいなかった。よく言えば活きの良い連中、そのままを伝えれば戦意に満ちた連中はテゾーロに率いられてマリージョアに乗り込んだ。

 

世界会議一日目、この日は一切の問題も無く過ぎ去った。

しかし、王族の護衛として入ってきている猛者や、一部の海兵は何か胸騒ぎを感じていた。

そして、二日目の朝彼らの予感を証明するかのような事件の報告が上がる。

金獅子のシキ率いる海賊艦隊がマリンフォードを襲撃したというのだ。

 


 

マリンフォードにけたたましく鳴り響くサイレン。この音が鳴るのは二度目だ。一度目は約20年前、大海賊と呼ばれていた男がその身一つでここに乗り込んできたときのモノ。

そして今は……

海軍本部の上空を埋め尽くすような大量の軍艦が朝焼けをしている宙を黒く塗りつぶす。

「ジハハハハ、あのときはずいぶんと世話になった。だから今回はしっかりと部下を連れてきたぞ、さぁ、あのときの続きを始めようか。本当の海賊の恐ろしさを教えてやる!!」

上空を埋めつくす海賊たちの中でたった一人だけ船に乗らずに自分の力で宙を飛んでいる男の咆哮に合わせて、時の声がこだまする。

「今すぐに民間人を避難させろ!!、戦闘員は迎撃準備だ、急げ」

声を張り上げたセンゴクだったが、状況はまたしても変わる。突如として街のいくつかの部分で破壊音が聞こえてきた。

何体かの巨大な怪物が街を破壊しているのを確認したセンゴクは、中将クラスの人間に急いで対処を命じると自分も一際被害が大きいと思われる場所に急いだ。すでに砲弾が何発も撃ち込まれているにもかかわらず、一切ダメージを受けた様子のないあの怪物たちには今ここにいる中将達では対応が難しいということをセンゴクは理解していた。民間人を守らなければいけない海軍の長としての責務で、この場における海軍の最高戦力は封じられた。

混乱が広がっていくマリンフォードに、海賊を多く乗せた戦艦が降りてこようとするが、設置されている大砲なども海から来る想定はしていても、宙からの想定などはしていない。

どうすることもできずに顔を蒼くする海兵が後ずさりをすると、そこに一人の海兵が立っていてぶつかる。

「邪魔じゃ、のいとれ」

真っ赤なスーツに正義の羽織を着込んだ男は両腕を大きく引いて、限界まで胸を張ると、その両腕が地面が彼自身が熱波を放ちどろりとした溶岩へと変わっていく。

『流星火山!!』

すさまじい勢いで連射される溶岩の拳が降りてくる軍艦を迎え撃つ。一発でも当たれば、炎上し中には火薬に引火したのか爆発する船もある。中には無傷で落ちてくるモノもあったが、その多くが被弾しバランスを崩して無事に到着することはできていなかった。

「お前も海兵なら、情けない面をさらすなぁ!!」

宙から降ってきていた船がいなくなると、先ほど自分にぶつかってきた若い海兵を怒鳴りつける。

今の赤犬は怒りに震えていた。このようなことはあってはならない。今もまだ聞こえてくる市民の悲鳴に戦闘音、そちらの方に向かい一秒でも早く攻めてきた海賊達を根絶やしにしようと走り出したそのとき、自分の真後ろで悲鳴が聞こえた。

「そいつは無理だなぁ、こいつは知っちまったのさ。海の支配者である海賊の本当の怖さをな」

さっきまで顔を蒼くしていた海兵は、その首を切り飛ばされたのか頭部がなくなっており、もう動くことのない体は、シキが義足として使っている刀に貫かれていた。だが、先ほどまでおびえていたような表情を浮かべていた彼だが、その両手にはしっかりと彼の刀が握られていた。

倒れた海兵の手にしっかりと握りしめられた刀を奪い取ると、その刃を指の腹でなでるとシキは嘲笑うような表情で赤犬を見た。

「安物だが、しっかりと手入れされてる。きっと世界の平和を守ろうと必死に向かい合ったんだろうなぁ。きっと何度も訓練をしたんだろうなぁ。だが、残念!! 彼の夢も希望もここで終わった……どうしたサカズキ、彼を守れなかったことでも気にしているのか?」

「……そいつが死んだんは、弱かったそいつの責任じゃ。わしら海兵は市民の生活を守るため強うないといかん。わしが怒っとるんはここまで好き放題やらせた自分自身と、お前がそこの海兵の誇りを穢したことに対してじゃ!!」

沸騰したマグマの拳を振り抜いた赤犬の一撃をシキは拾い上げた刀一本で受け止めた。

「ハッ、誇りぃ。そいつで戦いに勝てんのか、この俺に勝てるのかぁ。なぁ、サカズキぃ!!」

そのまま足につけられた二刀がサカズキの体を襲う。覇気をまとった攻撃にえぐり取られていくが、体を変形させてできる限り回避し、喰らった部分もマグマで再構築することで見た目上のダメージはないに等しい。しかし、内面は違う。確実にダメージを蓄積した今の一連の攻防に、怒りで冷静さを失っていたことに気づいた赤犬はかぶっていた帽子を深くかぶり直しもう一度シキと向かい合った。

「忘れていないか、俺がここを襲撃したとき。ガープとセンゴク二人がかりでようやく抑えたんだ。今のお前はあいつらよりも強いのか?」

「20年も前の話じゃ。お前も衰えとるじゃろうが」

シキがもう一本、戦いの余波で倒れてしまった海兵の刀を拾い上げて。周辺のモノを切りつけるとそれら全てが重力に反して浮かびだした。

それに併せて、赤犬も体の体積を拡げて大地も溶岩となっていく。

主力と言える人間が全て出払ってしまっている今、普段であれば対応することができる攻撃に後手後手に回ってしまっている。センゴクも今は巨大な怪物を相手にしていて援軍もこれない。

中将クラスではなかなか怪物を倒すこともできていない。数割の連中はマグマで打ち落としたモノの無事に降り立っている海賊が暴れている。

グズグズしているわけには行かない赤犬が一気に火力を上げていく。

『獅子威し“地巻き”』

しかし、先手をとったのは赤犬ではなく、シキだった。わざとらしく浮かべた瓦礫は陽動、本命は地面そのもの。瓦礫と化した家を飲み込みながら複数の獅子をかたどった土砂が赤犬を包囲する。

『大噴火!!』

土砂のホールとなり上空からつぶさんと迫ってくる獅子を打ち破り、燃やし尽くさんとそのこぶしを突き上げる。

溶岩の拳と流れ来る土砂が衝突し、全てを燃やし尽くした赤犬が次の一撃に備えるが、彼に次の一撃が来ることはなかった。

 

いち早く倒すべきだった。せめてここで押さえ込んでおくべきだったシキが逃げたことに気づいたときにはもう遅かった。赤犬は一人マグマに焼かれた荒野に一人立ち尽くしていた。

 

必ずここで倒すという決意で挑んでいた赤犬に対して、シキにとってこれはデモンストレーション。本命は別にある。シキがここで赤犬と最後まで戦わなければならない理由などどこにもなかったのだ。

20年前のあの頃とは違う。宙を飛ぶ海賊は堂々と宙を飛んで逃げ出して見せた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦場、聖地マリージョア

聖地マリージョアに似つかわしくない爆音が響き渡る。

集められている王族を守るために海兵が会議場に乗り込む。ここに集められている海兵は困難な訓練を乗り越えてきたモノだけ。

彼らは王族の避難のために緊急事態のマニュアルに従って動く。その動きは迅速で、素早く避難を完了させようとしていた。そんな多くの海兵の動きに反して動く連中がいた。

彼らはみな海兵の服装をしておらず、全員が真っ黒のコートを羽織っていた。

その先頭に立ち歩いて行く男は、荒事の前のルーティンとして吸引器を一吸いすると、もういらないとばかりにその手で握りつぶす。

その行動の意味を知っている人間は悲しみをこらえるかのように目を伏せる。

 

彼らの向かう先は天竜門、今彼らがいるパンゲア城のさらに先。天竜人の住まう神の地、本来海軍も立ち入れない場所にまっすぐ足を進めていく彼らの前に一人の長身の男が立っていた。

「あらら、やんなるね、どうも。悪い予感ばっかり当たりやがる。この先に何の用です?ゼファー先生」

とても悲しそうな表情を浮かべて立っているのは現海軍大将青雉。部下もつれずにここに来たのは彼の自信の表れ、そして本当にこんなことになるとは思っていなかった。

自分の恩師がこんなことをするなんて……最後まで信じられなかった。

 

「一度だけ言うぞ。そこをどけクザン」

右腕につけている機械の義手で握りこぶしを作ったゼファーの姿を見た青雉は自らの師をここで止めることを決意した。

「残念ですよ、ゼファー先生」

瞬間的に周囲の気温が下がっていき、パンゲア城の床を霜が覆いつくしていく。

その霜が到達する前にゼファーが床を殴り壊す。多くの破片が浮かび上がり、その瓦礫が地面につく前に凍りつくしていく光景に全員が息をのむ。

「お前らは先に行け!!俺も後から合流する!!」

「行かせねぇよ」

「邪魔はさせん」

左右に散会し奥に向かおうとするゼファーの部下たちを通すまいと壁に手をつく青雉。

瞬時に距離を詰めたゼファーが右肩から突っ込む。

海楼石でできた義腕に壁に叩きつけられた青雉だが、ゼファーの突進を喰らう前にしっかりと通路を氷の壁で封鎖していた。

 

しかしその壁を一瞬で破壊するものがいた。ひときわ目を引く巨体。体中につけられたチューブの数々、ガスマスクのようなマスクをつけた男が氷を殴り壊しこちらを睨み付けた。

そのマスクの奥から見える眼光からは正気を感じることはできなかった。

「先に行くぞZ」

しかしその声はとても理性的で、落ち着いている印象すら与えた。

 

青雉はぶち破った氷の壁を通っていく連中をただ見ることしかできなくなっていた。正確には目の前にいるゼファーから目を離すことができなくなっていた。黒いコートを脱ぎ捨てたゼファーはその威圧感を増しており、青雉は否応なしに理解させられた。ゼファーは本気でここに来ていると。

頭の裏を乱暴に引っかき回す。

「もうどうしようもねぇぞ。あんた世界政府を敵に回すつもりか!!」

「ああ、当たり前だ。やはりお前は甘すぎる。世界政府の犬の象徴である海軍大将が敵の前でそのような顔をするな、クザン!!。オハラでも、サウロの前でもそのような顔をさらしたのか」

顔をゆがめながらも反論の言葉を返すこともできない青雉にゼファーがしびれを切らす。

「俺は天竜人を殺し、既存の世界を破壊する!!俺の名はZ、さぁこの俺を止めてみろ。“青雉”‼」

その言葉に青雉の動きが止まり、彼の体をゼファーの左腕が覇気をまとって殴り飛ばした。

数メートルほど吹き飛んだ青雉だったが、彼の頭の中にあったのは自分が海軍大将に任命されたときの会話だった。

 

 

「ゼファー先生、ついに俺も大将になりましたよ」

ゼファーの自室、まるで秘密基地のようにカスタムされているこの部屋が大好きだった。

ことあるごとにここに忍び込み、さぼっていた。普段からゼファー先生は忙しく、この部屋にいることはまれで見つかりにくかった。もし見つかったらげんこつが降ってきたが、そんな時間が好きだった。

「馬鹿もん。お前なんぞまだまだ半人前よ、クザン」

「いやいや、これでも青雉って名前までもらってるんですよ」

「はっ、青雉ぃ?何をいっちょ前に。半人前が、まぁ一人前になったらそう呼んでやる」

「あらら~そいつは困った。ゼファー先生にかかったらいつまでたっても半人前だ」

「そら、昇進祝いだ。男ならこれを飲め、シェリー酒だ。俺のおごりだからぐいっといけ」

自分のことのように喜んでくれる人だった。いつも叱られて、でも嬉しそうで、良いことがあったら笑いながらシェリー酒を飲んでた。いつかこの人に認められたかった。

でも、それはこんな形でじゃなった。

 

 

立ち上がった青雉は額と口から流れた血をぬぐい、こちらを強く睨みつけてきた。強い覚悟に作られる表情にゼファーは満足げにうなずく。

「そうだ、それでいい。いい表情をするようになった」

にやりと口角を上げたZは右腕を持ち上げて覇気を込める。

青雉も能力で氷の刃を作り出す。

駆け出した二人の攻撃が交錯する。

 

 


 

 

「好き放題やってくれている。まさかこんなところにまで侵入を許すとは」

真っ白のスーツに身を包んだ仮面の男たちが、爆発の起こった場所近くで犯人と思われる人間を包囲していた。

囲まれていた連中は子供に、魚人、本当にこんなことをしでかしたのかものかもわからない。見た目だけで考えれば逃げ惑う奴隷のようにも感じられる。しかしそうではないという確信を彼らに与える人間がいた。

 

「死んだという報告を受けていたがな、ギルド・テゾーロ」

サングラスに紫のスーツ、金の指輪それらすべてが彼が黄金帝だということを示していた。

「まぁいい。君の反乱もここで終わりだ。我々は皆六式を収めた超人、君たちのような寄せ集めの軍隊ではどうにもならんよ」

白スーツの連中のトップの発言は的を得ていた。テゾーロの連れていた戦士たちでは、勝つのは難しいどころか不可能に近い。目の前に立ち塞がっているのはCP0、諜報機関サイファーポールの最上位に位置する彼らは世界最強の諜報機関。この間に広がっていたのは絶対的な戦力差と言えた。

 

もし彼らが戦うのが目の前の連中なら

「なるほど、この程度で超人とは笑わせてくれる」

白スーツのうちの数人、白いマントですっぽりと体を覆っていた連中がが突然仲間を殺すと羽織っていたマントとマスクを叩きつけた。

その下には真っ黒のスーツが着こまれており、マスクの下の素顔はCP0にとってよく知られたものだった。

 

「CP9、ロブ・ルッチ!!」

「ここは俺と、カクとジャブラで十分だ。ほかは急ぎ彼らを神の地へ」

ルッチの指示で手際よく動き出した彼らを止めようとCP0も動くが、その前に指示されたCP9カクとジャブラが立ちふさがる。

「いや、カク。君も彼らと一緒に行きなさい。私が残ろう。どうやら因縁の相手がいるようだからね」

「…了解です」

CP0が動き出そうとしたとき、まるで散歩に出かけるように動いたモノがいた。

カクの後ろに音もなくたっていた仮面の男がそっと肩をたたいて入れ替わると、彼の視線はCP0の一人の男に向けられていた。

 

「ハーヴィー・デント!! だから私は反対したんだ。こいつは絶対に裏切ると言ったんだ」

「フン。まだそんなことを言っているのかい。僕は20年前にすでに裏切っているよ」

仮面越しにでも明らかな怒りを見せる男はこの男のことを知っていた。目の前にいる仮面の男、CP9長官につい先日就任したハーヴィー・デントはゆっくりと仮面を取って見せた。

 

「そっちの名前は捨てたんだ。いつもみたいに呼んでみろよ。あざけるようにツーフェイスと」

仮面の下に広がっていたその姿は右と左で全く違うものが広がっていた。片側は優しい表情を浮かべた顔が、もう片側にはひどいやけどの跡が広がっていた。筋肉の筋や、歯茎までくっきりと見えるその顔に周囲のCP0が息をのむ。

 

「さぁ我々が、本当の超人をお見せしよう」

ロブ・ルッチのこの言葉にCPの頂上決戦が始まった。

 

先陣を切るのはいち早く能力を使って接近したジャブラ。人数で有利をとっているCP0は一体多数の形を崩すことなく、遠距離から嵐脚や指銃で追い詰めようとするが、ジャブラはそれを全て鉄塊で受け止める。

『鉄塊拳法』

同じ六式を修めている人間でも、その練度はそこに費やした時間と努力で異なる。特に適正の強かった鉄塊に関してジャブラ以上に向き合ったモノはいない。

鉄塊の状態を維持しながら動く。全身を鉄の塊のように硬化させているにもかかわらず、ジャブラは瞬歩で距離を詰める。この動きができるのはCPの中でもジャブラだけだ。

 

「ひゅう、君まだ新入りだろ。月歩に無駄が多いぜ」

明らかに練度の低いやつを選んで距離を詰めると、とっさに撃ったであろう指銃を鉄塊で受け、嵐脚で切り捨てる。

「ハッハァ、まぁ次はないがな」

確実に弱いやつから落としていく。彼の戦い方もあるが、あえて、多くの攻撃を受けながら、突進したことで全体を見たときに包囲の形が崩れていた。戦い方や普段の言動などから勘違いされがちだが、ジャブラは極めて高い戦術眼を持っている。彼の大立ち回りで崩れた包囲の穴からテゾーロ達が抜け出していく。

 

 

人数の余裕もあったのか、包囲を抜けたテゾーロ達に意識をそらした連中を狙ってルッチが動き出した。

『指銃』

一度に二人を同時に屠ったルッチは鋭い眼光を投げつけると、残忍さを溢れさせる声を響かせた。

「あと6人」

剃を使用し狙いをつけた一人の元に距離を詰める。先ほどと同じように心臓めがけて指銃を撃ち込む。

『鉄塊』

固められた筋肉に指が絡め取られ、人差し指が第一関節あたりで止められる。

「おごったな。ロブ・ルッチ!!」

鉄塊を使った男のその言葉に合わせて二人のCP0が飛びかかってきた。だがロブ・ルッチは一切慌てることなく目の前の男の鉄塊の上から嵐脚で首をたたき切ると、あふれ出る血をその身に浴びながら

『紙絵』

二人の攻撃を躱すと、すれ違いざまに急所に指銃を撃ち込んだ。

「あと3人」

唇近くについた血をなめとると、残りの獲物に目を向けた。

 

 

多人数相手の大立ち回りを続けるルッチとジャブラとは違い、CP0のボスと“ツーフェイス”ハーヴィー・デントは向かい合ったまま動かなかった。

ツーフェイスはその手に持ったコインをもてあそびながら余裕を感じさせていたが、CP0は対照的に余裕を感じさせなかった。神の地へと向かっていった連中を止めないといけない彼は自らの責務と過去の失態を前にどちらを優先すべきか決めかねていた。

 

「どうした、追いかけないのか?お前ならすぐにでも追いかけると思っていたがな」

「黙れ、あのとき俺はあのときお前を殺し損ねた。だからこそ今回はしっかりと殺さなければいけない」

「あのとき?一体お前はどのときの話をしている?フィッシャー・タイガーのマリージョア襲撃事件の時か?シキのインペルダウン脱獄事件の時か?それともお前が俺の妻を殺したときか?」

世間話をしているかのような態度だったツーフェイスが一気に殺意を放つ。

殺気に反応してとっさにCP0のボスが剃で距離を詰めるが、一切反応がないツーフェイスに指銃を放った。するとぎょろりと火傷の奥から見える眼球が動くと、指銃が体に穴を開ける直前に右手で受け止められた。

 

反撃に備えようとしたCP0の目の前ですんだ金属音が響いた。

ツーフェイスの左手から放たれ、舞い上がったコインが回転しながら浮き上がり、落下する。コインが地面に落ちるとき特有の音を鳴り響かせたコインを確認したツーフェイスは底冷えするような恐ろしい声で呟いた。

「表だ」

表に書かれた焼け焦げた女神の瞳がCP0を貫いた。

ツーフェイスが仮面の上から銃口を突きつけて、一切の躊躇無く引き金を引いた。

つけられていた仮面が割れて、その奥の額から血がにじみ出していたが、CP0のボスは鉄塊で致命傷を避けていた。

 

その姿を見てツーフェイスは言葉に反してうれしそうな表情で、CP0は表情に怒りを刻み込んでいた。

「何だ、死ななかったのか。さっきので死んでおけば楽だったのに……コインが示したんだ。お前は今日俺が殺す」

「何も学んでいないようだな、あのときもお前は俺を殺せなかったんだろう!!」

彼らの因縁は深く、戦いはまだ始まったばかり……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マリージョア 大決戦

ボロボロになったマリンフォード、そこではまだ多くの海賊が暴れていたがシキをはじめとした大物達の姿はもう既にそこにはなく、金獅子海賊団に新しく所属した海賊達がついに海兵達に倒され始めていた。

 

怪物達が倒されて、センゴクやモモンガといった強者達が海賊達を殲滅しはじめた。そんな中、赤犬はシキの姿を探していたが、彼を見つけることはなかなかできなかった。しかし、戦況はまた変化する。

 

混乱している戦場の中、マリンフォードの入り江に船が入ってきた。

本来であれば絶対に許さない侵入だったが、この混乱の中、堂々と入ってきた戦艦を、砲弾の雨を降らせるこの船を止める手段も人員もこの時のマリンフォードにはいなかった。

 

主力を中心としたシキはその船に乗り込んで、そのまま立ち去ろうとしていたが、それを許さない海兵がいた。

船の上に空気を踏みしめながら赤犬が敵地に飛び乗った。

「このまま逃がしてもらえると思うちょるンか?」

怒りと殺気を振りまきながら体全身をマグマに変えた赤犬がシキを睨み付ける。

 

視界にすら入っていなかったシキの部下が赤犬に襲いかかる。彼らももちろん覇気を修めている。しかし彼らの攻撃は赤犬の実体を捉えることができない。歯牙にもかからずに燃やし尽くされていく。

彼の立っている場所から煙が上がり始める。

「あんまり粋がるなよ若造が……インディゴ!! こいつらを連れて行け。この男は計画の妨げになる。俺がやる」

 

地上に落とされていた船が一隻、マリージョアから一気に飛んでくる。

シキの部下達が一斉に乗り移るか、海に飛び込んでいく。そんな彼らに向かってマグマの腕を伸ばそうとした赤犬だったが、その距離を介さずにシキが脚を振り上げる。

そこから放たれた斬撃がマグマの腕を切り飛ばす。

 

コントロールを失ったマグマの腕はただのマグマの塊になり、船の甲板を燃やしながら固まっていく。

シキに向き直った赤犬が意識をシキに向けた隙に、別の船に乗り移ったシキの部下達が海に飛び込んだ連中を引っ張り上げる。

 

「そいじゃ、船長行きますけど。目的地に行くためにはあんたの能力が必要ですから、ちゃんと追っかけてきてくださいね」

船首に立った科学者風の格好をした男が、シキに向かって声を張る。

 

それに応えることがなったシキだが、彼の部下達は意に介する様子もなく、一気に準備を進めて目的地に向かって走りだした。そんな彼らを見逃した赤犬は先ほどまでとは違い、マグマを大きく広げることはしなかった。煙を上げてはいるが、膨れ上がらせるようなことはせずにその拳のまま一気に距離を詰める。

 

それに対してシキが人差し指をクイと上に上げる。それに合わせて彼らの足場の甲板が浮き上がり彼らの間に入り込む。それを意に介することなく踏み込んだ赤犬が正統派の正拳突きを放つ。間に入っていた甲板の木材を燃やして、砕いて、その拳がシキも一緒に貫くかと思われたが、彼の拳をシキが受け止めていた。

 

その高温にシキの掌が煙を上げるが、そんなことを気にせずにシキが赤犬を放り投げる。

「俺の船を燃やしてんじゃねぇぞ」

「だったら守ってみんかい!!」

 

何とか空中を蹴り上げて、姿勢を持ち直した赤犬だったが、空中はシキの土俵。建て直す隙など与えないとばかりにシキが数多の斬撃を放つ。

その斬撃の密度にすぐさま赤犬は回避ではなく防御を選択する。最大限の武装色で包み込んだ両腕をクロスに組み、斬撃を受け止め船上に戻ろうとするが、それをシキが許さない。斬撃の中を突っ切ってきた赤犬に向かい大きく振りかぶった拳をぶち当てる。

 

先ほど赤犬が見せた正拳突きとは正反対に振りが大きいテレフォンパンチだが、その分当たれば効く。

互いの覇気の衝突に海が波立ち、船が軋む。

 

ガードの上からのパンチに赤犬のダメージはほとんど無いが、先ほど斬撃を受けながら稼いだ距離がなくなる。

六式を修めている人間として、海に墜ちるようなことはないがこのままだとまずいことは明白だった。思いがけずに敵のフィールドで戦ってしまっている現状に一筋の嫌な汗が背中を伝う。

 

目の前の海賊の余裕を浮かべている笑みに、赤犬は目の前の男の評価を上方修正する。海賊王ゴール・D・ロジャーに勝てず、老いた白ひげと戦いもしない。海軍に捕まってインペルダウンに収監されていて、頭に舵輪をはやしたこの男は、今もまだ獅子に例えられた全盛期に近い実力を残している。

元々やつは二刀流の剣士だった。先刻の戦闘から今もそのスタイルは変わっていないモノと考えられる。その両手に剣を持たせてはならない。

 

決意を新たに赤犬はまた、距離を詰める。ふわふわと浮かぶこの男をたたき落とし、地上での戦いに持ち込むために。チラリと陸上との距離を確認し、そちらの方に誘導しながら戦闘を続行する。

戦況はシキ有利、赤犬は空中でその実力を発揮できずにいた。

 

 

パンゲア城の一角、最初は廊下だった場所は、今では完全に崩壊してそこを中心にいくつかの壁をぶち抜いて、天井にもいくつか穴が開いていた。元は本棚や、壁、家具だったモノは完全に氷に包まれており、そこに立つ青雉は何度も殴り飛ばされて何カ所も血を流していた。しかし、彼のその動きからはダメージを一切感じさせずZは動きがどんどん良くなっているように感じていた。

逆にZは大きな攻撃は一撃も食らっていないが、どんどん過酷になっていく環境に息が上がっていく。吐く息も真っ白になり、皮膚にまで霜が降っていた。あまりに下がりすぎた気温に鉄腕の表面で水分が凍り付いて、関節部分などの動きが確実に悪くなっていた。

 

一足で距離を詰めたZがモーションの少なく、出が早い左手の突きを半身になるだけでかわした青雉に大きく振りかぶっていた右腕を叩き下ろす。それを氷の刀で受け止めた青雉だったが中に入っていた爆薬の爆発で青雉を吹き飛ばす。普通の人間なら吹き飛ばされた咲きで地面にぶつかり、壁にぶつかることは致命傷になるが、ロギア系はそうはいかない。

 

多少氷が割れてもすぐに元に戻る。そのダメージは0に等しい。追撃をかけるがZの目の前に巨大な氷の塊が目の前に迫る。

『アイスブロック パルチザン』

そこで一度追撃が止まり、防御に転じさせられる。迫る氷の槍を全て右腕で砕き落とすが、その頃には青雉は体勢を立て直している。

「止めだ」

一言つぶやいて、右腕の鉄腕を外した。あまりに冷えすぎた鉄腕が右腕を蝕んでおり、鉄腕自体の動きも鈍くなっている。これだったらない方が良い。

 

ガシャガシャと音を立てて落とした鉄腕を背後に低く腰を落としたゼファーは拳を中心に覇気をまとっていく。

先ほどまでの右腕を盾にするための右腕を前にした構えではなく、左腕を前に右腕の大きく引いた半身の構え。右腕の出所を隠して、一撃で決めるための構え。

 

黒腕と呼ばれていた大将時代に多用していたこの構えから放たれる右拳が彼の代名詞だった。

拳骨のガープ、仏のセンゴクと並び称されていた男だが、その構えから先ほどまで向けられていた殺気や圧力というのは消えていた。

 

そこにあるのはまさに無の境地。無駄な考えを一切感じさせない瞳に嫌な予感がする。

互いになかなか動けない硬直状態から、変化が生まれ始める。この気温の変化について行けていないのか、Zの吐く白い息が見えなくなってきていた。

ここで動いてしまった青雉を攻めることはできないだろう。そこにいるZの姿は意識を失っている用で、見聞色の覇気から来る情報も明らかに弱ってきていたのだから……

 

決して油断なく距離を詰めた青雉だが、彼の氷の刀は左腕で簡単にいなされた。

「許せよ、クザン。これが老獪さだ」

先ほどまで無くなりかけていた生気が一気に吹き返し、おそらく生命帰還の応用なのか一瞬で体温が戻ったのか体を覆おうとしていた霜が一瞬で蒸発する。

 

青雉が左腕をまっすぐにZに向けて伸ばす。この右拳が放たれる前に体の芯から凍らせるという覚悟を持って伸ばすがサングラスに触れる少し手前で、その腕は止めさせられた。

放たれた右拳が青雉の腹部に突き刺さった。いくつかの骨が折れる音がするが、それでも青雉は意識を手放すことはなかった。口元から血を吐き出しながらもう一度手を伸ばそうとした青雉にZがラッシュをたたき込む。

それでも倒れなかった青雉だが、その意識はもうそこにはなかった。ラッシュを止めたZに向かって倒れ込んでくる青雉を受け止めたゼファーは何度か背中を叩いた。

「よくやった、よく踏ん張ったぞ。クザン」

意識を失った青雉を人目につきやすい場所まで運んで自分の黒いコートを掛けたZは仲間達の向かった天竜門へと向かっていった。

 

 

 

天竜門、神の地へと目前まで迫りながらZの部下達はここを越えることができずにいた。

この天竜門に配備されていた最強の海兵“拳骨”のガープは裏切り者の彼らを殴り飛ばしていた。

「ワッハッハ、良い考えじゃったがここにはわしがおる。諦めろ若造ども」

その身一つでここを通ろうとする人間全ての心をおるほどの圧力を発していたガープに、元海軍中将の男すら戦う意思を放棄してしまっていたところ、一人の男が彼らの前に歩み出た。

 

「拳骨のガープ、悪いがここは通して貰うぞ」

その男を表現する言葉があるとすれば“巨岩”。とにかく大きく……デカイ。身長だけでなく肩幅、威圧感、全てがここに圧縮されたような存在感のある男がガープの目の前数メートルという距離まで詰め寄った。

「何じゃ、殴ってこんのか?」

「何だ、殴られたかったのか?」

距離が詰まるごとに緊迫感は上がっていき、お互いの挑発するような発言の数秒後、両者の拳が空を切り裂き顔面に突き刺さった。

 

上から殴られたガープはとっさに額で拳を受けることでダメージを減らした。逆にしたから殴られた巨漢はつけていたガスマスクのようなモノが吹き飛んだ。

そのマスクの下から出てきた素顔にガープだけが反応を示した。一瞬驚きを見せたガープの腹部にヤンキーキックがたたき込まれる。体重をしっかりと乗せられた一撃であいた数メートルの間合いでガープが声を荒げる。

 

「なぜお前がそこにいる。ベイン!!」

「久しぶりだな。ガープ、よくもまぁ今の今まで気づかなかったモノだな」

「お前はレベル6に収監されていたはずだ。脱獄などありえん!!」

「当たり前だ。最初から俺は収監などされてはいない」

 

短く交わされた会話。ベインの体に取り付けられているパイプのようなモノから薬剤が流し込まれていく。

目は赤く充血し、狂気をはらんだような獣の雰囲気が溢れる。

まだ会話を続けようとしたガープの懐に詰め寄ったベインがその拳をもう一度振り下ろす。

だがそのスピード、パワーそれら全てが先ほど放ったモノよりも上。同じように反撃しようとしたガープの拳が当たる前にベインの拳が突き刺さる。

 

「俺の体は実験台だ。俺の体を元に生み出された技術の数々、お前達海軍が享受するモノに他ならない」

見た目に反した冷静で、理性的なその声が天竜門前の広場に響き渡る。今の彼の会話を遮るモノは誰もいない。

「罪人の俺が外に入れるだけでありがたいと思え、だそうだ。どう思うガープ?俺は本当に咎人か?世界政府のメンツのために犯罪者にされた俺を、お前は嗤っていたのか」

「入り口がどうであれ、犯罪を犯したのは事実じゃろうが。一体お前さん一体その拳で何人殺した?」

吹き飛ばされて額から血を流したガープが複雑そうな表情を浮かべて立ち上がった。

 

「何人殺したか、それをお前が聞くのか?一体お前は何人の海賊を殺した?それに俺はどうすれば良かったんだ。あのとき死んでいれば良かったと、お前は仲間にそういうわけだ。……やめだこの話はどこまでも平行線だろう」

 

そう言ったベインの体は先ほどまでと違いさらに大きくパンプアップされていた。

ガープも今まで羽織っていた正義のコートを脱ぎ捨てると両の拳をボキボキと鳴らした。

 

ガープの突き出された右拳をベインは喰らいながら体をロックする。背後から捕まえたベインが一気に持ち上げて投げ飛ばした。頭から地面に突っ込むかと思われたところだったが、体をひねって受け身をとるとすぐさま立ち上がろうとするが、ベインがそこを狙って拳を打ち込む。

ガードの上からでも容易く吹き飛ばすその一撃にそんパワーで名をはせてきたガープの体を浮かせる。

 

ガープもやられたままでは終わらない。相打ち上等の覚悟でそのパンチをえぐりこむ。長身のベインの腹部に突き刺さった拳骨に、ベインの動きが一瞬鈍くなるとそこからは互いに攻撃を食らいながらのラッシュをたたき込み続ける。男の意地と意地のぶつかり合いの形相を呈してきた肉弾戦。その拳が止まることはない。どちらかが倒れるそのときまで



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海賊“覆面”のベイン

大海賊時代が始まるよりもずっと前、まだゴール・D・ロジャーも白ひげも一海賊に過ぎなかった時代。

後の大海賊が名を上げていたこの時代に、海軍もまた多くの英雄を生み出していた。

 

この当時の海軍は常に人員不足の状況に陥っており、凶悪な海賊に対抗するために多くの人間を受け入れた。

そのため海軍にふさわしくないような粗暴なモノや、裏切りモノ、そして戦う力を持たないものもいたが、それでもこの世代が長く海軍という組織を引っ張り続ける大黒柱になった。

仏のセンゴク、大参謀つる、拳骨のガープ、黒腕のゼファー、太陽の戦士ハーヴィー・デント、今あげた人間だけでもオールスター級の彼らが一堂に会したこの世代はまさに、時代の分かれ目だったということだろう。彼らは皆海軍でも上層部の地位に就き各々の正義を捧げた。

 

マリージョアで戦いが起こる40年ほど前のマリンフォード、海軍本部の一室にいそいそと働く男の姿があった。本来なら作戦会議などに使われる部屋の扉が大きく音を立てて開かれれた。

「げ、ディーゴ。頼む見逃してくれ」

誰かから追われている様子のガープが息を切らしながら目の前の男に頼み込む。

両腕を合わせて頼み込むガープの姿に、困惑したような表情のディーゴと呼ばれた男は一つうなずくことでの肯定の意思を示した。

「ありがとう、ディーゴ‼ センゴクに聞かれたら俺はコングさんに呼び出されたっていっといてくれ」

まだ若く、髪も真っ黒なガープは身軽さを生かして窓から飛び降りていった。

 

それから数分後、先ほどのガープと同じように廊下を走り回る音が近づいてくると、扉が大きな音を立てて開かれた。

「ガァ--プゥーー!!」

大声を張り上げて入って来たセンゴクは部屋を見渡して、中にガープがいないことを確認した。その鋭い視線のまま働いているディーゴを見つめる。

「ちぃ、逃がしたか、あの野郎。ディーゴ、ガープのやつこっちに来なかったか」

「……ああ、ガープならコングさんの所に」

「あの野郎!!」

ガープに言われたとおりに説明しようとしたディーゴの言葉の途中でセンゴクは走りだしていた。

「……いったけど」

行き先を失った言葉を戸惑いながら言い切ったディーゴは、困惑しながらセンゴクの行き先を見つめていると、後ろから落ち着いた様子の一人の男が歩いてきた。

 

「また仕事を押しつけられたのかい?いい加減断りなよ」

「ああ、僕は別にかまわないよ。それよりもガープ今回は何をしたの?」

「いつも通り、命令違反にサボり。それで手柄を上げちゃうんだから本当にお手上げさ」

一般海兵の隊服に身を包んだディーゴとは違い、アレンジが効いた隊服に正義のコートを羽織った男はディーゴの準備を手伝いながら肩をすくめて見せた。

「それで、本当にガープはコングさんのところに行ったのかい?」

「デント、……あのさ」

言いづらそうにしているこちらを確認したハーヴィー・デントは困ったような表情を浮かべて、片手を上げることでディーゴの言葉を遮った。

「その態度でもう十分だよ。僕はセンゴクを止めてこよう。あのままじゃ彼、コングさんの部屋にも怒鳴り込みそうだ」

そう言って立ち去っていくデントが間に合わずに、当時の海軍元帥コングの怒鳴り声が響き渡る。

海軍本部で40年以上前にはよく見られた光景だった。

 

 

だが、この光景はある日突然みられることはなくなった。そこにはいくつかの理由があった。あまりの奔放さにボガードという優秀な副官をつけられたことも理由の一つだろう。

しかし一番の理由はディーゴ、本名アントニオ・ディーゴの死亡だろう。同期の中で潤滑油としての役割を果たしていた彼がいなくなったことで、同期のプロレスのようなけんかなどは減っていった。

そのうえ彼を含んだ部隊一つ分、全員の死体が見つかることはなく、沈められた軍艦だけが彼らの殉職を証明していた。

後の海賊王ゴール・D・ロジャーとの戦闘によって乗っていた軍艦が轟沈。乗員は逃げることもできずに死んだ。ということになって居た。

 

彼が死亡により二階級特進となったのと同じ時期に、一つの海賊団がひっそりと誕生した。

妙に統率されたこの海賊団はその名を上げていき、船長“覆面”のベインを中心とした彼らは海賊相手中心に略奪を行なって、とある海賊団の傘下に入った。

 

当時世界にその悪名を轟かせていたDの名を持つ海賊。ロックス・D・ジーベックに対する暗殺指令を出した世界政府は、何度となく上がってくる作戦失敗の報告に一つの結論を出した。

外側からの攻撃だけではロックスは倒せない。同じタイミングで仕掛けることができる人間を内側に送り込む必要がある。そこで世界政府は十分な強さを持ち、海賊たちに名が知られておらず、世界政府に忠実な一人の男に白羽の矢を立てた。

 

 

 

その男こそがアントニオ・ディーゴだった。彼とその仲間たちは家も、名も、その生命すら捨てた潜入作戦を行なった。

 

そしてこの男と出会った

「HAHAHA、新入りぃ。この連中お前が殺せよ」

派手なピエロの格好をした男が嗤いながら燃えさかる街の中、縛り上げた女子供を一列に並ばせた。

「俺は女子供は殺さん」

「甘ったれたこと言ってんじゃぁねぇ、ベイン。お前も海賊なら覚悟を決めやがれ。いつまでたっても中途半端、その血みどろの腕で適当な流儀掲げてんじゃねぇよ」

さっきまでの上機嫌そうな顔はどこに行ったのか、一瞬で額に青筋を立てたJOKERはベインの襟をつかむと、一瞬で引き寄せた。互いの額がぶつかる距離まで顔を近づけてた嗤った。その瞳に宿らせた狂気的な光は見る者の内側をとらえているような輝きを放っていた。

 

懐から拳銃を取り出し無理矢理握らせてくるJOKERを押しのけようとするベインだが、彼が力を込めた瞬間に銃声が響いた。

「え、」

銃弾が撃ち抜いたのはJOKERでもなければ、ベインでもなかった。とらわれていた民間人でもなかった。

横に立っていた部下が悲鳴を上げることもなく、心臓があるはずの場所を抑えながら倒れていった。何が起こったのかわからないという困惑の表情でこちらを見た彼の言葉が聞こえた気がした。

ベインの耳に「助けて」という言われていないはずの言葉が聞こえてくる。彼の倒れる瞬間のまなざしがまぶたのウラに焼き付いてしまっていた。

 

「あ~あ、お前が殺してれば死なずにすんだ男が一人死んじまったな。次はあいつだ、お前と一緒にうちに入ってきたやつだ。全く使い物になりやしないから死んだところで困らないだろう。HAHAHA」

銃口を容赦なく仲間に向けるJOKERが容易く引き金を引くことは理解できる。この地獄のような船で同じ正義を掲げた仲間がどれほど助けになってきたか。

「待て!!、殺す。ここで俺がこいつらを殺せば良いんだろう」

市民を守るために鍛え上げてきた丸太のように太い腕を伸ばし、一番近くにいた子供の首をつかむ。子供の瞳がさっき倒れていった部下の瞳と重なる。

 

「んん~、どうした。さっさと殺してやればどうだぁ。それともその泣き顔を楽しんでいるのか。HAHAHA、だったらなかなか良い趣味をしているじゃないか。……さっさと殺せよ。それともまだ足りねぇかぁもう一人死なねぇとわからねぇか」

少し力を入れれば、何が起きるかを理解しているこの腕が意思に反して動くことを拒んだ。

痙攣する腕と、その向こう側から見える涙に包まれた子供の瞳が自分の行動を責め立てる。これまでの自分がやってきたことが無駄になる。それを本能が理解していた。

 

BANN

 

二発目の銃弾が放たれた。倒れていく彼は自分のことを慕ってくれていた男だった。見所があった海兵だった。もしも彼が慕っていたのが俺じゃなかったら、こんな密命を帯びることもなく。こんなところで死ぬこともなかっただろう。

心臓のある部分を打ち抜かれて、胸部を真っ赤に染めてゆっくりと倒れていく彼にもう一度、さらにもう一度銃弾が向けられた。

 

一発は左肩のあたりを撃ち抜いて、倒れていく彼の体を浮かせると最後の一発は彼の頭部を撃ち抜いた。血とともに飛び散った彼の頭部だったモノがびしゃりと音を立てて地面を真っ赤に染めた。

「貴様ぁ!!」

とっさだった、持ち上げていた子供の手を離してJOKERに殴りかかろうとしたとき、後ろに控えていたいまだ生きている元部下が動いた。

 

「なにを……何をしているお前ら」

「HAHAHA、どうやらお前の元部下の方がお利口のようだぞ。そらお前もやって見せろ。何、悪いことは言わん。童貞は捨てておけ。最初に素手というのがハードルが高すぎたな」

目の前で同じ理想を掲げた男が殺した子供を抱きかかえるベインは、はっと気づかされた。この男はこんな顔をしていただろうか?こんな険しい目つきだっただろうか?もっと優しい笑顔が特徴的な男だったのではなかったか?俺はそんなことにも気づけないほど無能な男だったのかと。

JOKERは呆然とするベインの肩をたたくとその手に今度こそ銃を渡してきた。

「そら、お前は何も悪くない。ただ仲間の命を守るだけだ。銃というのは良い。刀よりもずっと良い。理想は爆弾だが、まぁ贅沢は言わん。殺すと言うことのハードルを著しく下ろしてくれる。バスターコールのボタンを押すのと同じだよ。そんなに力はいらない、そっと引き金を引くと良い」

 

この日、海兵アントニオ・ディーゴは死んだ。元々書類の上では死んでいたが、本当の意味で死んだのだ。

この日生まれた凶悪な海賊、“覆面”のベインはその身一つで残虐の限りを尽くした。

みるみるうちに懸賞金を上げていった彼は、ゴッドバレーでの戦いの際にガープの手により捕らわれた。

だが、ガープがアントニオ・ディーゴに気づくことはなかった。センゴクも、鶴も気づかなかった。

そしてなにより、もう別人だったのだ。事実を知っているコングをして別人なのでは疑惑を持つほどに、変わってしまっていたのだ。

 

その目つきも、しゃべり方も、考え方も、全てが変わってしまっていたのだ。

海賊“覆面”のベインは当初インペルダウンレベル6に収容されたが、すぐに別の施設に移された。

世界政府は彼の生存を許さなかった。少なくとも正気でいられることに不都合を感じた五老聖は、海軍化学班がかねてから要求していた実験台にすることを決定し、彼の人格も肉体も全てを破壊するかのような危険な薬品が投与された。

 

全ての人間にとって予想外だったのは彼のその強靱すぎる精神力だった。

どんなに肉体的な痛みを与えても、精神的な負荷をかけても、彼は最後まで自分を失うことはなかった。

全ての実験を終えたそのときまで、彼は“覆面”のベインだった。

 

40年以上の年月がたつ今、彼の体は完全に薬品漬けになって居た。おそらく細胞の一つに至るまで手が加えられたこの男はもはやなぜ生きているのかもわからない生きている死人。

彼の動く原動力。それはもう誰にもわからない。いったいなぜ生きているのか、なぜ戦うのか、その答えを知っていたはずの男はベインなのか、ディーゴなのか。

ベインにも、アントニオ・ディーゴにももうわからないだろう。

 

もし彼が復讐をしたいのだとして、その相手は自分に密命を与えた五老聖だろうか?それともこちら側への扉を開けたJOKERなのだろうか?




明日は投稿をお休みさせていただきますが、明後日に二話投稿できると思います。
ぜひお楽しみください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CP9長官 ハーヴィー・デント

太陽は常に平等に全てに光を届ける。闇の中に隠された罪ですら見つける彼は“アポロ”というかつての太陽神になぞらえた異名を与えられた。

その呼び名を嫌がった彼は、いつしか太陽の戦士と呼ばれるようになった。

この男は、日々激しさを増していく戦いの中で、多くの海兵にとっての道標になって居た。決してぶれることがないその正義と、それを貫き通せるだけの強さを持つ彼の姿を多くの海兵は目標とした。

 

同じ時代に名前を挙げたガープとは違い、本部の海軍学校出身のこの男への期待値はとても高く、見事にスピード出世を果たしていた。

 

しかし、なかなか大物海賊を捉えることもできず、同期のセンゴクは当初の期待とは異なり彼以上のスピードで出世していた。この事実が彼に影響を与えなかったとは言えないだろう。知名度、周囲の期待、それに見合う手柄を上げたことがない彼は明確な自分の功績を求めていた。

 

彼の人生がゆがみ始めたのは、当時中将だった彼が現場責任者として指揮をとったある作戦の失敗からだ。

 

元ロックス海賊団戦闘員のキャプテン・ジョンを包囲することに成功した彼らは、逃亡されるリスクを承知で攻勢を仕掛けた。間違いなくこの手で仕留める。指揮官のハーヴィの硬い意思から実行された作戦は失敗に終わる。多くの犠牲者を出しながらたいした成果を上げることはできなかった彼に残ったのは、この男は実は無能な指揮官なのではないかという疑惑だけだった。この失敗を重く受け止めたハーヴィーは中将の職を降りた。

 

准将になった彼は現場を外された。マリンフォードでもなければ、G5でもない、その所属をマリージョアに変更された彼は、一切戦うこともなければ、市民を守ることもない。天竜人の言うことを聞くだけの存在になっていた。こうして自分の居場所を失った彼だがこの状況を好意的に捉え、私生活を豊かに、家族との時間を大切に暮らしていた。

 

 

そんな中、一人の女性がハーヴィー・デントに一目惚れをした。

わざわざ語るようなことでもないが、ハーヴィー・デントは非常に端整な顔立ちをしていた。その容姿も彼のカリスマを産んでいる一つの要素だった。故に彼に一目惚れする女性も何人かいた。

 

しかし、今回は相手が問題だった。相手は世界貴族に籍を置く天竜人の一人、彼らが求めたモノは例えどんなモノであろうとも手に入れる。それが人であってもだ。

 

幼少期からともに暮らしてきた幼なじみと結婚していたデントは、それとなくプロポーズを断り続けた。美丈夫としてこれまでの人生をすごしてきた彼の立ち回りに何の問題も無かった。だが、彼の態度は天竜人の恋心を燃え上がらせてしまった。

 

天竜人はこう考えた。私の元に来たいはずの男が既に結婚してしまっている女に縛られているせいで来られない。本来、天竜人である自分の言葉に背くなど会ってはならないことだが、こういう場面で懐の大きさを見せることが男の気を引く方法だ。

 

世界貴族らしい傲慢な考えから、彼女は自分の求める男を手に入れるために一つの、彼女にとっては妙案を思いついた。これまで数十年一緒にすごしてきた女に分かれてと言えないのなら、私が言わせれば良いのだと。

一つだけ言うのなら、彼女はそれだけ本気だったのだ。ただそのためにとる手段が普通ではなく。それを実行できるだけの地位に彼女はいた。

 

数日後、マリンフォードから一つの報告が上がった。ハーヴィー・デントの妻であるギルダと息子のデュエラが行方不明になったというのだ。ハーヴィー・デントは与えられていた職務を放棄し、すぐさまマリンフォードに戻り、捜索にも参加したが、見つかることはなかった。彼はみるみるうちに痩せていき、目はくぼみ、頬はこけていった。

そこからさらに数日、彼の元に一つの書類が届いた。その内容によれば彼は妻と離婚をしていたというのだ。

 

離婚していると教えてからもマリージョアに来ないどころか、未だに捜索を続けているハーヴィー・デントにしびれを切らしたのは天竜人だった。

 

場所はパンゲア城、呼び出されたデントの前に天竜人と護衛のCP0が一名付き従っていた。

「一体何のようですか、私は妻子を探さなければいけないのです。要件は手早くお願いします」

乱雑に対応する彼にCP0が苛立ちを見せるがデントもそんなことは一切興味を示さない。

「何じゃ、わざわざ探さんでも良かろう。もうお前達は他人何だえ~」

その言葉にデントが立ち上がって声を荒げる。

「そんなはずがない!!彼女がそんなことをするはずがないんだ。私は彼女から直接聞くまで認めないぞ」

「何じゃ、直接聞かせるだけで良かったのかえ?」

声を荒げたデントに対して天竜人は何でも無いことだという風に答えた。

「ほれ、案内してやるんだえ~」

この瞬間デントは理解した。自分の目の前にいた少女が、少女などと言う生やさしいものではないと言うことを……

 

CP0が開けた扉の先、不自然な階段が地下に向かっていることは明白で、強烈な嫌な予感に包まれながら、案内されるがままに階段を降りていった。

 

「ああ、……嗚呼。アア、アアアアアアアア!!」

階段を降りきった先、広がっていたのは間違いなく拷問部屋だった。古今東西手広く集められた道具は全てしっかりと使われている形跡があり、中心には間違いなく妻と子供達がいた。

 

必死に駆け寄った先でそっと触れたときに理解した。もう既に彼女も息子も息をしていなかった。

「ほれ、わらわの男に別れを告げるが良い」

自分の後ろで言われている言葉を理解できない。

もう既に息をしていない彼女たちが返事をすることはない。

そんな彼女にしびれを切らして天竜人が蹴り込んだが、もちろん反応はない。その事実に脳みそが追いついていないのだ。

 

「何じゃ、返事が無いと思ったら死んでおったのか。おい、ここを汚すなしっかりと掃除せんか」

その言葉にCP0が死体を持ち上げると、近くにある死体処理用の巨大な暖炉に放り込んだ。

「やめろぉぉぉお」

炎に包まれる妻子の姿を見てようやく脳みその理解が追いついた。CP0の男を押しのけて、高温の炎の中に飛び込んだ。妻と息子を炎から連れ出したときにはそこには天竜人も、CP0もいなかった。

自らの未熟さと傲慢さ、それら全ての代償としてハーヴィー・デントは半身を失った。

 

惚れた男への弱みか、ハーヴィー・デントは殺されるようなことはなかった。しかし、顔も半分ほど火傷に包まれた彼に興味を失ったのか、彼はマリージョアから勤務を解かれた。

抜け殻のようになった彼をコング元帥はほかの海兵には見せられないと考えた。

ゆっくりと自分を見つめる時間がほしいと虚ろな目で語ったデントは海兵としての職務を解かれ、これほどの戦力を遊ばせておくことはできないという世界政府の意向もあって、インペルダウン所属となった。元々あったネームバリューと、高齢化していた前署長の都合もあり、デントは署長に任命された。海兵としての正義のコートをあの日、業火の中に置いてきたデントは常に喪服に身を包むようになった。

 

 

インペルダウンレベル6。名前すらも公開されないような凶悪な犯罪者を多く収容しているエリアに、新署長がたった一人で歩いてきた。

レベル6の中でも入り組んでいるたった一人を収容するためだけの牢屋の前で、デントが中に座り込んでいる一人の囚人をじっと見つめていた。

「金獅子のシキだな」

「ああ?……お前の顔には見覚えがあるが、ずいぶんと男前になったじゃないか」

「ここから脱獄させてやっても良い。その代わり私をJOKERに会わせろ」

みたことのある顔に、悪魔と契約でもしたような憎悪を溢れさせる男にシキが興味をそそられた。

「ああ、良いだろう。だがその傷について聞かせて貰おうか」

「代償だよ。自分の正義への」

痛々しい火傷後をそっとなでたハーヴィー・デントの表情はシキやJOKERが好むモノだった。

デントが牢屋の中に投げ込んだ二本の刀を持ち上げたシキは、刀身に写った自分の瞳を見つめ、自分の脚に刀を振り下ろした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

復活祭

援軍として追いかけてきた多くの軍艦、六式を修めた多くの海兵が宙をかけながらシキを捉えようとしていた。

戦闘が始まった当初こそシキ優勢で続いていたが、多くの軍艦が追いついて、海兵の援護から徐々に戦況は拮抗していた。

 

到着した軍艦を浮かせて、中には海の中に突っ込まされま軍艦もあったが、海面に浮かぶ軍艦を足場とされるようになってから、シキは慎重さを見せ始めており、その戦闘は長引いていた。

 

徐々に押し込み始めているという実感のあった赤犬や海兵達は攻勢を強めていったが、シキが懐から小電伝虫を捕りだして一気に高度を上げていったシキに見つめることしかできなかった。

いくら空を翔ることができても、宙を飛ぶシキに追いつくことはできない。一気に距離を生み出したシキは何か思いモノを持ち上げるようにゆっくりと両腕を持ち上げた。

 

「時間だ。楽しかったぜ、若造ども」

シキの両腕に合わせて、軍艦に大量の海水が持ち上がっていき、振り下ろされた両腕に合わせて全てが一斉に降ってきた。

 

例え月歩を使えたとしても回避しきれない速度で落下してくる質量に、多くの海兵が呆然としてしまう。

数名の中将達が船を切り裂き、周囲の部下達を安全圏に放り投げるが、その程度は焼け石に水。月歩を使えない海兵達は海面から顔を出し墜ちてくる軍艦を見つめることしかできない。

 

「全員目を閉じて、海に飛び込めぇ!!」

動くこともできない海兵もいる中、誰よりも前に進んだ赤犬が全身をマグマに変えて、限界以上の熱量を放出し始める。彼の指示に従って多くの海兵が一気に海に飛び込んだ。中には能力者もいたが彼らも飛び込んだ。

『赤嚇新星!!』

見るモノの瞳すら焼き切るような超高温が、周囲を襲う。海の表面すら蒸発するような暑さに、降ってきていた海水も一瞬で蒸発し、軍艦も発火した。

 

搭載されていた火薬に引火して爆発を産むが、そんな船も全て溶岩になっていく。

爆炎も、軍艦も全て溶岩へと変えた赤犬がそれら全てを宙に向かって放った。

限界以上まで溶岩を生み出して、温度を上げすぎた赤犬は力尽きたように海に墜ちていった。

 

巨大な太陽のような溶岩の塊が迫ってくるシキがにやりと笑って腰に差された二本の刀を抜き放った。

『獅子・千切谷』

両手両足から放たれる無数の飛ぶ斬撃が溶岩を切り裂いていく。

徐々に徐々に小さくなっていく溶岩が、最後には50センチほどの大きさになってしまい、刀に突き刺さっていた。

 

「業物程度じゃもたねぇな」

溶岩を切り裂く斬撃を放った刀を見ると、刃こぼれなどは一切無いが刀身がゆがみ、持ち手の部分などが割れてきてしまっていた。

シキは一目見た刀を両方ともぽいと投げ捨てると、そのまま一気に姿を消した。

 

 

天竜門前の広場、ベインを中心としたZの部下達は皆取り押さえられていた。

ガープも数カ所血を流している場所はあったモノの、致命傷と言えるようなものはなく。ベインはもう身動きができない状態に追い込まれていた。

 

何カ所も破れてしまっている服を脱ぎ捨てたガープは、もう油断してしまっていた周囲の部下達を叱りつけた。

「まだ終わっておらんぞ!!」

パンゲア城の方から、一人の男がボロボロになりながらこちらに歩いてきていた。

 

「海は見ている、世界の始まりも〜♪海は知っている、世界の終わりも~」

 

どこからとってきたのか、笹のような形状をした草の葉を加えたZは不敵に笑った。

「……ゼファー、お前が、やったんじゃな」

「まさかお前がここにいるとは想定外だったぁ。お前が天竜人を守るとは」

互いの表情は対照的で、暗い顔をしているガープとは対照的にZは晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

「だが、ここで止まるわけにはいかん。通してもらおうか」

震え始めていた右足を強く叩くと、Zは臨戦態勢をとった。

 

「わしもダメージは受け取るが、お前ほどじゃない。悪いことは言わん、投降しろ」

説得を続けようとするガープの言葉を聞かずに、突っ込んだZの拳を簡単に躱し拳を放った。

先ほどまで極寒の状況で戦っていた男の拳には普段のスピードも力も無く、自身に向かってくる拳を避ける能力も残っていなかった。

容易く顔面を捉えたガープの拳がZのサングラスを割った。

何とかこらえるZが崩れ落ちかけた体を支えて、もう一度パンチを放とうとしたのに会わせて放たれたカウンターのパンチを正面から受けて、ついにZは立ち上がらなかった。

 

CPの戦いは一方的なモノだった。

CP0に所属していた人間が弱かったわけではない。彼らも皆六式を修めたまごうこと亡き超人である。

しかし、CP9とCP0の間にあった差はそれだけ絶対的なモノだった。その差をわかりやすく示すために、道力という数字がある。これは六式の習得度などを表す数字だが、六式を使って戦う相手であれば、これは直接的な戦力差になる。

 

CP0の道力はばらつきはあれ500から1000ほど、10が武器を持った衛兵だと言われていることを考えれば、十分超人だが、この場で戦うCP9で一番低い人間ですら、2000を超えているのだ。その戦力差は絶対的なモノで、CP0はその数的有利を活かせずに死んでいった。

 

そしてその差はボス同士の戦いでも変わらなかった。

真っ黒焦げに燃え尽きた、人間だったモノの前にどかりと腰を下ろしたツーフェイスは大量の返り血を浴びたスーツのポケットから一本のたばこを取り出した。

「幸運の女神は僕を見つめた、君が死んだ理由はそれだけのモノだ。それよりも感謝しておこうか、言い声で啼いてくれた。彼の目覚めにふさわしいだろう。世界はもう一度悪夢に陥るんだから」

死体に一服しただけのたばこを押しつけて消すと、ツーフェイスは墜ちていたコインを拾い上げて周囲を見渡した。

 

「さぁ、迎えに行こうか。我々の王がお目覚めだ」

「もう既に布石は撃ってあります、後は彼が立ち上がるだけですから」

もう既に戦闘を終了していたルッチがツーフェイスに替えのスーツを差し出した。

それに着替えようとするツーフェイスの周囲を警戒したような姿勢を崩さないジャブラが軽口を叩く。

「しかし、大したお人だ。普通人間は自分が死ぬことをよしとはできないはずなんですが」

「全くその通りだね。さて、彼らと合流しようか」

何もなかったかのように歩き出した彼らだが、猛烈な血のにおいと死の気配をまき散らしながら堂々と歩いて行った。そんな彼らの行き着いた先は一つの研究室だった。

ホーディー・ジョーンズが率いる魚人と奴隷の混合軍がその扉の前でそのときを待ちわびていた。

 

ツーフェイスの到着を待っていたかのように彼が来た瞬間に扉が開いた。

中にあったのは巨大な計器とカプセル。その中には彼らが王と仰ぎ、つい先日死んだはずのJOKERが入っていた。

「到着したようだね、さぁ持って行ってくれたまえ。実に良い研究をさせてもらったよ」

扉の前で手を広げ歓迎の意を示す人間に反応しようとしたホーディーを抑えて、ツーフェイスが声を出した。

「協力、感謝しています、ドクターペガパンク。しかし彼はまだ目覚めていないように思うのですが?」

「心配いらない、先ほど意識レベルの覚醒を確認している。後数分もすれば目を覚ますよ。もしかしたら記憶の混濁が見られるかもしれないが、一時的なモノだ。それより早く運んでくれ。あまり見られたくない光景だからね。僕はこの研究施設を手放す気は無いよ。 ……ああ、JOKERにつたえてくれこれは貸し一つだ」

早口でまくし立てる神経質そうな男の言葉にうなずいたツーフェイスは一つうなずいた。

それに合わせて彼の部下達とホーディーがカプセルに歩み寄った。

 

「ほら、プリンちゃんを早く出してあげて。肉体は再建できてるけど、筋肉とかは衰えてるから君が運んでね」

カプセルの奥から一人の女性が現れた。

金髪の髪をツインテールに結んでいる、併願の女性は博士然とした格好を崩しながら指示を出していき、それに反対する人間は一人もいなかった。

「クインゼル博士、お仕事お疲れ様でした。それともハーレイクインとお呼びした方が?」

ツーフェイスの言葉ににっこりと頷いた彼女は今にも踊り始めんばかりに上機嫌だった。

「ええ、ハーレイクインと。これからはプリンちゃんと同じ船に乗れるのよ。ああ楽しみだわ、ほらグズグズしないでとっとと運びなさい!!」

大声を出したハーレイクインに急かされるままに、運びだそうとしたホーディーの目の前でギョロリとJOKERの瞳が動いた。自分の力でカプセルから這い出ると、いつもの高笑いが響いた。

「HAHAHAHAHA」

この時レッドライン上空の雲が雷雲となり一つの雷を落とした。

 

 

JOKERをつれたホーディとCP9、ハーレイクインはレッドラインにピタリとつけた一つの船に乗り込んだ。

「神の復活か、的を得ている」

その船は海軍の軍艦だったが、金獅子のシキの能力で浮いていた。

しかし船首に立ち一番に出迎えた男は船長であるシキではなかった。彼はドカリと座り込んでおり、こちらを確認すると満足そうにうなずくだけだった。

 

船首に立っている男は聖書を胸に抱えた男は能面のような顔をゆがめながらホーディーたちを見つめていた。彼はシキとの交渉を終えてからここまでの案内に、巨大生物をマリンフォードに飛ばすなど裏方として働き続けていた。世界政府に所属している暴君としての顔と、七部海としての海賊の顔、そして革命軍としての三つの顔を持つ男はいまだに自分の選択を悩んでいた。JOKERに従うことが本当に正しかったのか?彼の復活は本当に行うべきなのか?そんな不安をJOKERは吹き飛ばした。

 

たとえ一度死んでいようと、よみがえった直後であろうと、JOKERはJOKERだった。

それだけで十分である。自分の残り少ない人生をドラゴンではなく、この男にかけると決めたその時から、JOKERこそが世界の破壊者だと、信じているのだから。

 

ここにきて革命軍とも、海賊とも、別の路線を取り出したくまだが、もう彼は己の役目を果たし切っていた。ただ死んでいくだけだった彼は最後の時間を燃やし尽くそうとしていた。

暴君と呼ばれた男は自らにいくつもかけていた鎖をついに外した。手負いのくまは最後に何を残すのだろうか?

 

今回の事件は大きな被害を残した。

その最たる例は三名の天竜人が殺害されたことだろう。神の地に侵入したギルド・テゾーロの手によって多くの奴隷が逃げ出し、天竜人が殺害された。

 

マリージョアはボロボロになり、マリンフォードもまともな機能を残していなかった。

海軍の大敗北であるとともに、世界政府の敗北になったこの事件だが、実情とは違う形で世界中に報じられた。今回の事件の首謀者は元海軍大将ゼファーであると発表され、彼をはじめとしてベインや元海兵はインペルダウンに収容され、テゾーロを代表に数名の人間は処刑が行なわれた。残された人間は情報を求めて様々な取引や拷問が行なわれた。

 

無謀な犯罪者を倒したという情報規制が行なわれたが、1社だけ真実とともにJOKER復活の報を世界に伝えた。

世界経済新聞社。彼らの記事は飛ぶように売れ、JOKERの復活は世界中に広がった。

 

この新聞の三面に書かれた記事を誰も気にしていなかった。

「ハハッ、こっから先が新世界か……お前らいくぞぉ」

彼らが掲げた海賊旗にはスペードが描かれていた。




これで第二章は完結となります。
次回が最終章になりますが、こちらはまだプロットだけになりますので、少し時間がかかります。
ゆっくりとお待ちください。
評価、感想が作者のやる気を掻き立てますので是非お願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな時代の訪れ
終わりの始まり


海賊王ゴールDロジャーが始まりを告げた大海賊時代も,気づけば15年以上がたった。

 

まさしく弱肉強食を体現した新世界は、弱者には生き残ることすらできない。選ばれたものだけのこの海は、新参者の存在を許さない。

既に複雑に絡み合った勢力図は新戦力の存在を瞬く間に絡め取り、気づけば引きずり込み、抗うものを藻屑に変える。

 

新世界、気候が安定した海域を一隻の海賊船が走っていた。

「おい、エース頼むからよ、もうちょいこの辺の海に興味を持ってくれ。いつまでもこのままのやり方でいけるとは俺は思えねぇ」

甲板に吊り下げられたハンモックに揺られている船長ポートガス・D・エースの横で、この船のクルーで元情報屋のスカルという男が困り果てたような表情で話している。

「やめとけ、スカル。エースがその手の話をちゃんと聞いたことがあったかよ」

文章がびっしりと書かれたメモ帳をひらひらと振りながら声をかけてくる副船長にして船医のマスクド・デュースの言葉に船員達から笑い声が上がる。

 

「そうはいってもお前ら、また七武海の時みたいに勝手に話を進められても困るだろ。俺はあんなぎりぎりの出港はもうこりごりだ。エースは俺らの船長なんだからある程度の知識はつけてもらわないと」

「無理だ無理、諦めた方が良いぜ。船長はそろそろコタツと遊び出すからよ」

何とか説得を試みるスカルだったが、彼の言葉は一切届かずにほかの船員に一蹴された。

「そういうことだ、スカル。その手の話はお前らでやっといてくれ」

そういってハンモックから立ち上がって、オオヤマネコのコタツの所に行ってしまったエースをみて、がっくりと肩を落とすスカルに救いの手が差し伸べられた。

「それで、スカル君。このあたりの海は一体どういう状況なのですか?確か政治的に非常に危うかったエリアだと記憶していますが」

船内への入り口ギリギリの所から一人の男が声を出していた。彼の名前はミハール。眼鏡をクイと持ち上げた彼は狙撃手であり、元教師。彼はこの船の頭脳担当のひとりで、こう言った話題に比較的興味がある男だった。

「先生、あんただけだよ。真剣に考えてくれるのは」

そういうスカルの後頭部に衝撃が走る。

 

「バカ、何がミハールだけだ。ちゃんと聞いてるよ。あんな船長なんだ、俺らがしっかりしないとな」

スカルを叩いたデュークは真剣な表情を浮かべていた。

「ああ、悪いな」

「気にもしてねぇから、さっさと話せよ」

引きこもりのミハールに合わせて船内に入った彼らは、三人思い思いの場所に座り込んだ。

 

「この辺は大物海賊の縄張りなんだよ。あんまり暴れてほしくないんだ」

最初に口を開いたのはスカル、彼は骸骨をかたどったモチーフを居心地悪そうに触っていた。

「大物海賊ですか、彼が聞くと喜んで喧嘩を売りに行きそうですね」

「違いねぇ」

それぞれ真剣な顔をつきあわせている彼らの声量は小さくなっていった。

「だけどな、この辺はゲッコー・モリアの縄張りだ。今まで俺らが戦ってきた相手とは間違いなく格が違うぞ。絶対に手を出すべきじゃない。エースの狙いが白ひげならなおさらだ」

「そりゃそうだ。無駄な戦いは避けるべきだしな。……それとなく航路を変更するか?」

ここにいる誰よりもエースの目標を理解しているデュークはスカルの意見にうなずいてみせると、一つ提案を行なったが、それはミハールに却下された。

「それはやめた方が良いだろうね、このあたりは革命軍の影響力が強いんだ。最近政変が相次いでる。補給もろくにできない可能性がある」

「はぁ!! この辺はモリアの縄張りなんだろ。なんで革命軍が動いてんだよ?」

「さあね、だが新聞にはそう書いてあったよ。モリアが革命を後押ししてるのか、それともモリアの存在を知らないのか。何かあるんだろうね。どう思うスカル?」

デュークにスカル、二人とは違う知識から来る意見に議論は過熱していく。

「俺もわかんねぇよ。ただモリアはJOKERと同盟を組んでいたことがあるから……その辺のつながりだと思うけど」

「とにかく、今は大事にしないままやり過ごすしかなさそうだね」

 

「なるほどねぇ、この辺は結構やばいんだな。楽しみだな」

話し込んでいた三人組の直近くに船長のエースが立っていた。その表情は新しいおもちゃを見つけたときのようで三人に嫌な予感を感じさせた。今までならここまで話を聞かれることもなかったし、気づかれることもなかった。シャボンディ諸島からエースは人の気配に敏感になったようにデュークは感じていた。

「聞いてたんだな、エース。じゃあわかるよな、縄張りを抜けるまではおとなしくしててくれ」

慌てながら声を上げるスカルをみてエースはにんまりとした笑顔を浮かべた。

「何言ってやがる。そりゃ向こうの出方次第だ。やりたいようにやらねぇと海賊やってる意味がねぇだろ」

そう言ったエースに三人とも肩を落とし、諦めたような笑みを浮かべた。

 

そんな噂をされていたモリアは一味の主力を集結させていた。

「キーシッシッシ、半信半疑だったがまさかほんとに生き返るとはなぁ」

「HAHAHA、つれないこと言うじゃねぇか。同じ敵と戦った仲間だろう」

「今は敵だろう?こっちはルーキーの頃の借りを返したって良いんだ」

モリアの本拠地、世界最大の海賊船であるスリラーバークの中央に立てられた古城。応接室として作られていた空間、JOKERの海賊団スーサイドスクワッドと机一つ挟んでにらみ合うスリラーバーク海賊団。

船長達は余裕のある笑みを浮かべているが、船員達はそうはいかない。緊張感を高めていく両者だったが、どちらか片方が折れるようなことはなかった。モリアの部下達はJOKERのスーサイドスクワッドに張り合えるだけの戦力として成長していた。

「ハンナバルの時とは違うなぁ、互いに変わったもんだ。そう思わねぇかモリア」

「キーシッシッシ、そりゃそうだ。あの頃とは違う、立場も時代もな。今のあんたは船長か?それとも金獅子の配下に下ったのか」

緊張感を増していく配下に当てられたのか、トップ二人も少しづつ緊迫感を帯びていく。

「シキが戻ってきたんだ。新世界の勢力図はまた塗り替えられる。だが、今のままじゃぁ駄目だ」

「またあんたらしい事だ。海賊王に興味がねぇならあの海賊旗を降ろしたらどうだ?組織もそうだ、あのままドフラミンゴにくれてやるのか?」

「海賊王、ONEPIECE、……価値を感じねぇな。だがあの海賊旗は俺の信念が誓われたモノだ。下げることはしねぇよ。それに組織はもういらねぇ、既得権益にがんじがらめになったあれは必要ない」

 

そう語るJOKERの表情はモリアの記憶にあるものとは少し違う気がした。狂いきっていないというか…普段よりも理性的だった。

「それでここに、俺に何のようだ」

モリアが立ち上がり、背後に置かれていた刀を手に取って抜きはなつ。

「何、挨拶に来ただけだ。クロコダイルもそうだが、血の気が多くて困る」

それに呼応するかのようにJOKERも立ち上がり懐から小ぶりのナイフを取り出した。

モリアは違和感について考えるのをやめた。この男のことなんて考えるだけ無駄なのだから、自分にできるやり方で、剣を合わせれば何かわかるものがある。

互いの獲物が覇気をまとい、衝突した。

互いにほんの遊び程度の一撃の衝突に常人では意識を保つほどの余波を生み出して、宙を割った。

 

 

 

「で、どうするのプリンちゃん?」

「どうもしねえよ、ここには釘は刺しにきただけだ。ちょいとバカンスでも楽しんで、特等席を確保しにいくさ」

自らの船でくつろいでいるJOKERに話しかけるハーレクインは、うっとうしそうに対応するJOKERを見て嬉しそうに笑った。

 

「で、どうするんで船長?やっちまいますか?」

最近加入したばかりの新入りの言葉にモリアはいつもの笑みを引っ込めて真剣な表情を浮かべてこう言った。

「全船に伝えとけ、動くなってな」

そのらしくない発言に多くの部下が見せた困惑したような表情をみて、モリアは言葉を続けた。

「あの男が何でこんな所にいると思う?ナニカがあるのさ……ナニカがな。戦うのはそれが何かわかった後でも遅くはない」

言い切ったときのモリアの表情はいつもの笑みよりも凶悪で、彼の嗤い声はまさに海賊というモノだった。

 

 

 

「グララララ、若造どもが。ずいぶんとやんちゃしてるじゃねぇか」

偉大な航路、後半の海新世界の中でもさらに奥。ほとんどの海賊が到達することすらできない海域を悠々と旅する鯨をかたどった船の船首で、この船の船長たる男エドワード・ニューゲートは周囲の人間は一切感じることもできない何かを感じていた。

「どうしたんだよい、親父?」

船長の異変にいち早く気づいた一番隊隊長、通称不死鳥のマルコに声をかけられた白ひげがマルコを見ることは無かった。

「マルコぉ、ちょっとばかし寄り道するかぁ」

彼の視線の行く先には水平線が広がっており、その向こうにはレッドラインが世界を分かっていた。




これがちゃんと最終章になります。
更新頻度はあんまり上がらないと思いますが、ぼちぼちやっていくので読んでくださると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

時代との邂逅

JOKERという男についてわかっていることはその知名度に反して驚くほどに少ない。

彼はいったいどこで、いつ、誰の子として生まれてきたのか?その答えを知る者はいない。なんせ本人さえ知らないと言うのだから、他人にわかるはずもない。瓦礫に包まれ滅びた王国で生まれた悪魔の子などと本気で思う人間がいるほどに、彼の出生は謎に包まれている。

 

そんな彼がJOKERと呼ばれるようになったのはいつからなのか?そして、その前の名前とは一体何なのか?

 

彼の存在が初めて知られたのは、40年以上前一枚のトランプを持ったピエロの写真が手配書に乗った。

名称不明のその男は凶悪なロックス海賊団に所属していた人一倍凶悪で、イカレた犯罪者だった。だが、当時の海賊島ハチノスにはそんな奴が大勢いた。

それ故、多くの民間人に海兵が犠牲になっていたが、彼の注目度は決して高くなかった。当時はロックス海賊団だけでも船長のロックス・D・ジーベックにシャーロット・リンリン、エドワード・ニューゲート、金獅子のシキとJOKER以上の犯罪者が数えられないほどにいた。

 

ロックス海賊団だけではない。周りを見渡せばのちの海賊王ゴール・D・ロジャーがおり、他にも多くの海賊が海を我が物顔で支配していた。彼覆えるだけの余裕が海軍にはなかった。彼はある種見逃されていたのだ。

そんな彼の懸賞金が跳ね上がった一つの事件があった。

 

一つの国が滅んだのだ。

 

いったい誰が一番でかいことができるのか?始まりはその程度の酒の場での話だった。だが参加していた連中が問題だった。ブエナ・フェスタという男が集めた連中は止まることなく、一つの祭りを始めた。

期限は一週間、誰が一番でかいことができるのか?中には海軍に喧嘩を売るものや、大量の財宝を発見するものもいた。そんな彼ら全員をあざ笑うようにJOKERは新聞の一面を独占し、世界にその名を轟かせた。国民をたきつけて戦争を起こさせた彼は武器を売りつけ、傭兵として部下を派遣して金を稼いだ。

 

彼はこの祭りに勝利し、そして一つのメソッドを確立した。このとき彼がやったことをまねて、戦争屋としてフェスタは裏世界で成り上がった。

 

この事件を機にJOKERの懸賞金は跳ね上がり、ロックス海賊団が解散したときには14億に到達していた。

ゴッドバレー事件でロックス海賊団が消滅してからは、金獅子のシキの下で特殊戦闘部隊長として働いていた。彼の手によって滅んだ国も、死んだ海兵も、数知れず。いつしか彼の名前は新聞でも見なくなっていった。あまりに凶悪な彼の事件は世間に対する悪影響が考えられると、情報操作が行なわれた。世界政府にとっては幸運なことにJOKERの起こす事件も減っていった。

 

なぜなら、この時期彼はグランドラインにいなかった。

北の海に身を潜めていた彼はエッドウォーの戦いの知り、もう一度グランドラインに戻ってきてシキの逮捕をきっかけに独立した。

 

それ以降世界の表側ではなく、裏側で動いてきた彼は知る人ぞ知る男になって居た。これだけ大きな事件を起こしながら、彼について詳しく知るものは多くない。

 

そんな彼を目にしたときエースの背中を何かが這い上がっていった。首筋に感じるチリチリとした感覚。

この海に出てから、何度かあった危険な相手との戦いでも感じたことのない感覚に大きなバックステップで距離をとった。

 

この時、新世界にある夏島の一つ。人一人住んでいないこの無人島に停泊していたスペード海賊団は、上陸する彼らをばれないように遠巻きに隠れてみていた。

しかし、彼らの船が上陸したその瞬間にJOKERの目は確実に彼ら全員を捉えた。そして一部のクルーの姿は掻き消えて、目の前に立ちふさがっていた。

 

CPのメンバーや、暴君くまがスペード海賊団のクルーの前に仁王立ちしているが、エースは動くことができなかった目の前に詰め寄っていたピエロの狂気の嗤顔にあてられていた。

 

「ん~、見覚えのある顔だ。最近手配所が出てたはずだな、小僧懸賞金はいくらだ?ん?」

「4億」

「HAHAHA、見所のあるルーキーってとこか。悪くねぇ、だが世の中には触れちゃいけないモノがある。俺たちのようにな」

この体になってから初めて感じるような寒気の中、動き出そうとした敵と味方の間に炎の壁が生じた。

「お前ら逃げろ!!」

視線を一切切ることなく、両腕から広げた爆炎で仲間を助けようとする。

JOKERは動かなかったが、彼の部下の元CP9のメンバー数名が炎を乗り越えたのを感じた。

JOKERはエースが動いても反応もしなかった。エースが戦闘員ではないクルーに襲いかかろうとしていたロブ・ルッチを蹴り飛ばそうとしたが、しっかりとガードされる。

僅かな時間だったが、逃げることすら難しい。むしろ不可能とすら感じる。

「何だ、逃げるのか?略奪に来たんだと思ってたんだが……まぁ全員殺せば一緒だ」

そう言って片腕を上げて振り下ろそうとした瞬間にエースが声を張り上げた。

 

「決闘だ!!俺とあんた、この戦いは二人の間でけりをつけよう」

「……そんなもんに俺が乗るとでも?俺は悪人だ、名誉なんてそこらの犬にでも食わせてきた。そこまで命が大切なら海賊になんぞ成るんじゃねぇよ」

「俺が死んだら、俺がそこまでの男だったって事だ。だが船長としてこいつらの命は守らせてもらう」

そんな彼の言葉を無視してルッチなどは動こうとしていたが、JOKERが彼らを止めた。

「HAHAHAHAHA……止めだ。全くムカつくやつだ。何だろうな、お前の顔を見てるだけでイライラしてくるんだよ。なぁルーキー、後悔するなよ」

 

流水の用に上から下に素早く潜り込んだJOKERの両手には計六本のナイフが握られている。

迫る斬撃に本能が危険を告げる。シャボンディ諸島で戦った海兵と同じような気配が迫る。炎の体が間違いなく切り裂かれる。

この男もロギアの体を捕らえる何かを持っている。

『火銃』

炎の弾丸を放ちながら距離をとり、大技で決める。そんな思考を読み通したかのようにJOKERは容赦なく距離を詰める。

回避という言葉を知らないかのように、まっすぐに火銃をその身に受け止めて、コートを燃やしながら近づいていく。JOKERが投げた右腕のナイフを回避したエースの眼前に右腕が迫っていた。

 

「やっぱり、ロギアのルーキー。回避が下手だねぇ!!」

 

顔をつかみ取ったJOKERはそのまま地面に叩き付けた。

久しく感じていなかった衝撃が脳内を揺らす。意識が一瞬飛ぶ。その行動はほとんど反射的なモノだった。全身を炎に変えて、爆炎を生み出す。

左手に持っていた三本のナイフのうち二本をぽいと放り捨てたJOKERは残った一本を逆手に握り直すと、自らの右腕ごと貫かんとエースの顔に振り下ろして、エースが放った爆炎に包み込まれた。

 

何とか拘束から逃れたエースは自分の右頬が切り裂かれていることに気づき血を拭った。

爆炎に包まれていたJOKERは炎上していたコートを脱ぎ捨てると、焦げた髪の毛をかき上げて嗤った。

全身火傷に、ピンポイントの火銃を受けた場所は炭化している用にも見える。常人なら間違いなく死んでいる状態で嗤ってみせたJOKERは先ほどの焼き回しのように突っ込んできた。

 

『蛍火』

両手から放たれたいくつもの炎の弾を、また同じように全身に浴びながら距離を詰め、

『火達磨』

それら全てが火力を上げて、全身を覆い尽くした。

完全に炎上しながらその歩みは決して止まらず、JOKERの赤い瞳がエースを貫く。

同じ事は繰り返さない。エースも進んでくるJOKERに合わせて今度は攻撃を放つ。この一撃で決めるという思いが込められた一撃が周囲全てに熱波を放った。

『火拳』

 

 

「残念、俺は回避が嫌いなだけで、できないわけじゃない。人間はそんなもん喰らったら死んじまう。HAHAHA」

派手な爆炎の中、振りの大きさを利用した回避で気づかれないうちに背後に回られていたエースは腹部と背部に熱を感じた。

腹に一本、背中に一本そこまで大きいわけではないが、致命傷には十分な刃渡りのナイフが突き刺さっていた。

一瞬のうちに海に向かって投げ飛ばされていて、何とかしようと能力を使おうとしたが、それすらできずに海に墜ちた。

 

「「エース!!」」

 

船長を助けようと海に走りだそうとした連中はCP9にすぐさま取り押さえられた。

「全員動けなくしてから、船長の後を追わせてやれ」

 

縄に縛られて海に投げ込まれた彼らの視界に最後に見えたのは海を自在に泳ぐナニカだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最も中心に近い土地、魚人島

海底1万メートル、本来なら太陽の光も届かない真っ暗な深海の世界。

しかし、そんな暗黒の世界でも陽樹イブといわれる特殊な気が運んできた地上の光に彼らは照らされていた。

「…ここは、魚人島か?」

周囲の明るさに目がついていけず視界がちかちかする。周囲の光景はつい先日見た景色に酷似しており、目を凝らしながら周囲を見渡せば仲間たちが魚人たちと何か仕事をしているのを確認した。

「なんだ、もう目ぇ覚ましたんか。ずいぶん早いのぉ」

他の魚人たちと比べても明らかにデカい。和服をしっかりときている男は近づいてくるとエースのそばに腰を下ろしあぐらを組んだ。

 

「まだあんま動かんほうがええ。芸術的に致命傷にならへんラインを刺されとったが、出血も多い」

「あんたが助けてくれたのか?」

「別に気にせんでええ、こないだうちのもんが世話になったらしいからな。借りを返しただけじゃ」

 

エースはこれが初めて会うはずのこの男に貸しを作った覚えなどなく、記憶をさかのぼる。それでも一切心当たりがない様子のエースを見て、隣に座っていたジンベエが口を開いた。

 

「魚人島で悪ガキどもをとっ捕まえたじゃろう。あん馬鹿どもはうちの預かりやった」

「ああ、あれか。気にもしてねぇよ。ここまでしてもらって、これじゃ釣り合わねぇ。この借りはいつか返さしてもらう」

「いらんわ、うちの見習いが見とった。JOKERに喧嘩を売るような向こう見ずな阿呆に貸しなんぞ作りたくないわ」

 

一緒になって働いている魚人と人間を少し遠い目をしながら見つめるジンベエの横顔をエースが見つめる。

 

「気にもしてなかったんだが、何であの若い集は問題を起こしたんだ?最初はあんたの管理不行き届きだと思ったが、そういうわけじゃなさそうだ」

「……時代が変わったんじゃ、世代が変われば価値観が変わる。わしらの代は人間という種族を恨むやつが多かった、今の世代はこの世界そのものを恨んどる奴らが多い。あいつらにはわしらの考えは理解されん」

 

腕を組みなおして考え込むジンベエはエースの返答を必要としておらず、エースと向き直ると言葉を続けた。

 

「これはわしらの問題じゃ、お前らは手を出さんでいい。地上にはわしらの船で運んだるから心配いらん」

「そうかい、ありがてぇな。じゃあ言葉に甘えさせてもらおう」

「……リベンジを考えてるなら止めとけ」

「そいつあ聞けねぇな、何よりやられっぱなしは性に合わねぇ」

 

平気な顔をして立ち上がったエースの肩をつかんで向き合うとジンベエは真剣なまなざしでエースの瞳を見つめた。

「お前さん、家族はいるか?」

その視線は厳しく、エースに誤魔化しを許さなかった。

「…東の海に弟がいる」

「その弟が殺されたくなかったら止めとけ、あの男は必ず殺す。それだけの力と実行力を持ってる」

ジンベエの言葉がこの場を支配する。珍しく言葉を失ったエースをおいて、ジンベエが立ち上がる。

「ゆっくり頭ぁ冷やせ。時間はある、まずはその傷を治したらええ」

立ち去っていくジンベエをよそにエースはこれまでとは格が違う、相手にしたこともなければ、想像もしたことのない強敵を相手にするということの意味を考えさせられていた。

 

それから数週間の間、スペード海賊団は魚人等を中心にその体を休めながら住民を手伝い生活していた。

エースの傷もよくなっていき、そろそろ地上に送ってもらおうかという話をしていた時に事件が起こった。魚人島で魚人たちが暴れているというのだ。

どうにも衛兵たちでは手も足も出ずにいるらしく、その暴漢どもを抑えに行こうとエースたちが現場に向かおうとした。しかし彼らの前にのタイヨウの海賊団副船長を務めているアラディンが立ちふさがった。

 

「エース、この件にはかかわるな」

「なんでだよ、あいつらは」「うちの船長が出向いてる。ここは俺たちの顔を立ててほしい」

そういって語るアラディンは普段の優しい表情ではなく、厳しい表情を浮かべていた。彼の表情からその事情を推測したエースは彼の言葉にうなずいた。

「手は出さない、約束する。だから行かせてくれ、あのあたりの人たちには俺らも世話になってる」

アラディンはエースの言葉に数舜悩みを見せたが、うなずくともう一度くぎを刺した。

「手は出さないでくれよ」

 

人ごみをかき分けながらエースが到着したころにはすでに、戦いが始まっており、ジンベエが数人の魚人をのしてしまっていた。

「この程度の連中を集めてお前さん何をするつもりじゃ、ホーディー」

群衆の中、普段の親分としての顔ではなく七部海”海峡”のジンベエの顔を見せる彼に、敵対していた魚人や人間が数歩後ずさる。そんな彼らを押しのけて、ジンベエの視線を真正面から受け止めたホーディが歩み出てきた。

 

「ジンベエさん、俺らはあんたにも、王家にも失望したんだ。いつまでもあれだけやられて、まだ人間と戦えない王はもういらないだろう。俺たちが俺たちの王を選ぶべきだ。これまでも、これからもいつまでたっても地上での魚人の立場は変わらない、変えられない王はもういらない!!」

両手を広げてそう大声で語った彼の目にはジンベエは写っていなかった。その姿はかつての弟分であるアーロンと近いモノがあったが、ナニカが違った。そしてそのナニカがジンベエに不気味さを感じさせていた。

 

「この島はあれだけの事件を乗り越えて、前に進もうとしておるんじゃ‼ ホーディー、オトヒメ様の願いを、意思を忘れる気か‼」

「くだらない、それを死者の呪いというんだ。世界は生者が作るもの、俺たちの感情が作るものだ。死者の意思を免罪符に使うな」

「……お前さんとはどこまでも平行線じゃのう、ホーディー。話はしっかりと聞いてやる、お前さんらを牢屋に叩き込んでからな」

「いつまで魚人街の代表を気取ってる、あんたの意見はもう時代遅れなのさ」

 

魚人空手を修めたもの同士の戦いは周囲の水分の主導権争いに等しい。ジンベエ、ホーディともにその手から、周囲の水分を支配下に置いていく。

最初に動いたのはジンベエ、その動きはすさまじく滑らかで、意識と意識の隙間をついた完璧なものだった。

まっすぐに放たれたその一撃はホーディのクロスされた両腕に防がれた。

本来なら水分を伝播し、直接衝撃を伝える一撃に防御は意味がない。しかし、魚人空手にはもちろん魚人空手を防ぐための技がある。

 

『梅花皮』

 

大気の水分ではなく、己の体内の水分に意識を集中させコントロールする技に覇気を合わせた防御技はジンベエの正拳突きを受けとめきって見せた。

まさか受け止められるとは思っていなかったジンベエが驚きの表情を浮かべる。

『5000枚瓦、回し蹴り』

防御からの素早い攻撃に転じたホーディーのけりがジンベエの頬を掠める。

紙一重で攻撃をかわしたジンベエはからぶったホーディに一撃を加えようとするが、ホーディもからぶった足をそのまま地面にたたきつけると追撃の構えを取る。

『『鮫肌掌底』』

くしくも互いに選択した技は同じ、この武にささげた時間の分ジンベエが有利かと思われた。しかし、予想外に相打ち。完全な相殺に終わった一撃にジンベエは一つの答えに至ろうとしていた。

 

身体能力的な話ではない。この相打ちの理由は純粋な技の練度にある。自分の技の練度が低いのではない。目の前の男の練度が高いのだ。ジンベエは自分の戦い方を理解している。魚人としても恵まれた肉体を生かした魚人空手は実践で磨かれ、唯一無二のものになっている。では相対するホーディの戦い方はというと、肉体的にはジンベエと同じレベルにありながら、弱いモノの戦い方なのだ。

 

しっかりと周囲の水分を支配しながら、自らの力だけでなく周囲の力や敵の力を操る戦い方。

まさしく魚人空手の理念を体現したかのようなこの戦い方を一体どうやって身につけたのか?以前とは完全に違う戦い方に秘められた完成した基礎能力。

 

「ずいぶん実力を上げたのう。それだけに残念じゃ、自分と向き合いながら出した結論がそれとは」

「ずいぶんと上から目線じゃねぇか。あんたらは知らねぇんだろ、あんたらが、フィッシャー・タイガーが暴れてた時期が魚人街が一番良かった時期なんだよ!!」

ホーディが一気に腰を落とすとその両腕に水心をつかんだ。その両手を包み込んだ水は意思を持って動き出し、サメの形を象った。

『群鮫』

ジンベエのその首元を、両腕を、その命を食いちぎらんと迫る水のサメをジンベエは受け流していく。

『火旋』

その両腕は間違いなく、水をつかみ優しく受け流していた。両者魚人空手の神髄に至ろうとするもの同士の戦いは、魚人空手に触れたことのあるモノ全てを魅了していた。

 

中でもホーディの強さは周囲の目を引いていた。

ジンベエはこの魚人島でも一目を置かれた存在だった。元々兵士としてこの国を守り、今では王下七武海としてこの国を守っている彼の強さは皆知るところだったが、ホーディーは違う。彼はただの魚人街の無法者で、ただの犯罪者のはずだった。伝統派といえるほどに美しく戦う彼の姿はそれだけ予想外なモノだった。

 

膠着した戦況だったが、勝負の天秤は突然に傾き始めた。

ジンベエが回避を選択しようとしたとき、ホーディーの表情がこれまでのコントロールされたモノとは違う肉食獣のそれに変わった。

『撃水』

それは魚人空手を学び始めた魚人がその日に習う初歩中の初歩。全ての技に通ずる水の理解を深める技だが、ここまで極めたモノが使うと意味合いが変わる。

本来ならせいぜいはたかれたほどの衝撃を与える技だが、ホーディーが使えば容易く命を奪うことができてしまう。

ここまでの戦闘でジンベエも油断していた。この男の狙いは自分で周りの群衆の前で倒してこそ意味があるのだと、無力な民間人を襲うことはしないだろうと信用していた。だがそんなジンベエの信頼をよそに『撃水』が無力な民間人の元に向かっていき、一瞬で蒸発した。

 

彼らの前に立ち塞がったエースは腕を前に突き出しており、メラメラの能力の余波の炎が周囲に広がっていた。

「こっちの心配はいらねえ、ジンベエ」

エースの方を向かないジンベエが放つ気配は変わりはじめた。

「かたじけない、エースさん。できるならこのあたりから民間人の避難をお願いしたい。このバカ相手には殺す気でかからにゃならん」

魚人族という種族は特殊な種族だ。彼らは自分が何の魚人なのかという事と向き合わねばならない。もし自分が凶悪な肉食獣なら、その残虐性を持ち合わせているという事に他ならない。

ジンベエはジンベエザメの魚人だ。ジンベエザメはとても温厚で、人を襲うようなことはしない。だが、ジンベエは若い頃、己の感情をコントロール仕切れていなかった。それは太古の記憶、彼らがまだその巨体を生かしていた時代の記憶。

ジンベエの放つ気配がホーディーのモノと同質のモノに変わる。

 

「まずい!!、全員今すぐ逃げろ!!ここから少しでも離れるんだ!!」

状況をいち早くつかんだアラディンが警告を放ち、タイヨウの海賊団の面々が周りの連中をひっつかんで逃げ出す。

「覚悟せぇよ、ホーディー。お前さんが望んだ事じゃ、後悔するな」

「はっ、ようやく不殺なんぞという下らんこだわりを捨てたか。それでいい。そのあんたに勝ってこそ意味がある」

ホーディー、ジンベエ両名ともにしっかりと腰を落として地面を踏みしめた。

彼らの右腕に握り混まれた水心、それは己の信念を貫くために、相手の信念を打ち砕くために、どれだけごまかそうと彼らの中心にあったオリジン。

 

魚人空手“奥義”

『武頼貫』

互いの全力がぶつかり、筋力の限界まで引き絞られた一撃が周囲の水分全てを揺らす。覇気の衝突、大気の振動、その中でホーディーは己の敗北を理解した。

自らの体内の水分が振動を始めたのを感じる。内臓の破裂とそれに伴う吐血でホーディーの体が崩れ落ちる。だがそのプライドがそうさせたのか意識を手放すことはなかった。

 

「……さっさと殺せ」

息も絶え絶えに放ったホーディーの言葉を聞いて、ジンベエはその首を横に振った。

「わしは殺すつもりで技をかけた。生き残ったのはお前さんの強さの証明じゃ、恥じることはない。ゆっくり牢獄で頭を冷やすと良い」

ジンベエの言葉に嘘はなかった。彼は本気で殺すつもり殴った。そしてもう戦うことのできない男を殴る理由は彼にはなかった。

「ハァ、ハァ。やっぱりあめぇな。はぁ、そんなんだからあんたは兄貴分も弟分も守れねぇのさ」

頭から倒れていたホーディは何とか体をひっくり返すと、陽樹イブを見つめた。

「ああ、最後にはタイヨウが見たかった。俺は神の横に立つに値しない。どうかあの理想の世界を」

服を引き裂いたホーディの姿を見て、ジンベエが声を上げる。

「お前さん、何を」

「JOKER、万歳!!!!」

PIPIPI嫌な機械音が鳴り響き、仕掛けられていた爆弾がホーディの体内で爆ぜた。

その爆発は以外と小規模なモノで、周囲に大きな被害をもたらすことはなかった。体内からはじけ飛んだホーディーの体は無残なものになり果てて、以外にも死に顔は満足そうだった。

飛び散った血を正面から受け止めたジンベエが顔についた血をその手で拭うと、その下から出てきたのは怨嗟の海を泳ぐモノの姿だった。

「……」

何も言わずに立ち上がったジンベエはそのままどこかに消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心打ち

「あなたたち実はとても仲がいいんじゃない?」

異様に湿度が高く、太陽の光が届かない島の中にある海賊たちの隠しアジト。森の中に隠された古城、入り組んだ廊下の奥の扉に体重をかけて立っている女性が、椅子に座っていたクロコダイルに声をかけた。声をかけられた男は明らかに機嫌が悪く、眉間に刻まれたしわがどんどん深くなっていった。

「どうやらお前の眼球はガラス玉か何かでできているらしい。いったいどこに仲のいい要素があった?死にたくないなら軽々しく口を開くな」

「……」

その言葉に女性は大きく仰々しく肩をすくめて沈黙を示した。その姿を見た男は舌打ちを撃つと加えていた葉巻を大きく吹かした。クロコダイルはJOKERとの同盟を組む際の交換条件として古代兵器の情報を得ており、それを捜索していたが、なかなか思い通りに進まない現状に苛立ちを募らせていた。だからこそ今回の呼び出しに答えたともいえるのだが……

 

男のイライラが限界に達しかけていたときになってようやく、新しい気配が近づいてきていた。

「どうやら待ち人が到着したようよ」

近づいてきた気配にニコロビンが声をかけると、クロコダイルはそっけなく対応した。ただしそっけないのは声色だけで、すでに我慢は限界に達しているのか室内からは水分が完全に失われてしまっており、ロビンの唇が割れた。

「すでに予定の時刻は過ぎてる。とっととこの部屋に連れてこい」

そう言って葉巻を目の前の机に押しつけたクロコダイルの指示に従おうと、ニコ・ロビンが扉を開けて迎えに行こうとするが、部屋にあった影からナニカが這い出てきた。

「キーシッシッシ、態度がデカすぎるんじゃねぇのかワニやろう。この場所を貸してやってるのは俺だぞ。今日ここであの頃のけりをつけったっていいんだ」

真っ黒の人型に見える化け物がより明確に見えるようになっていき、色を取り戻していく。手配暑などでよく見られる一人の男を象った。その姿を見て、モリアの到着を確認したクロコダイルは立ち上がり一歩距離を詰めた。

「下がってろ、オールサンデー。…モリアよ、俺は待たされるのが嫌いだ。お前との会話に無駄にした時間分の価値が見いだせなければ、ここでお前の野望は終わる」

室内からは水分が失われているだけでなく、クロコダイルの力の象徴である砂まで舞い始めている。冗談が通じるような状況ではないことを理解してモリアガ指を鳴らす。彼らの周囲を影が包み込み、この空間を完全に支配下に置いたモリアだったが、この状況を正しく理解しながらクロコダイルは一切ひるんだ様子を見せなかった。それどころか彼はその行動を見てようやく信用を見せた。周囲からの干渉を完全に遮断するこの空間に招いたということが、用意された情報の価値を証明していた。

 

 

「魚人島に何かある?お前はそういいたいわけだ」

話を聞き終えたクロコダイルの眉間にはまたしても深いしわが刻まれていたが、そこに込められた感情は苛立ちではなかった。

「確証があるわけじゃねぇ。ただ俺たちもそろそろメインストリームに戻らねぇといけない時期じゃねぇのか?そろそろ俺たちの世代が存在感を出さねぇとな」

「それに関しては一理ある。四皇に海軍、寝ぼけたあいつらの目を覚まさしてやるということか」

頭脳派として名前を挙げているクロコダイルの頭の中ではこの同盟の意味や、モリアの意図など多くの事が処理されていく。だが、確度の低い情報をもとに行動をしてもいいものか?さらに目の前の男を信用してもいいのか?多くの可能性を受けべては消していく。そうして頭を悩ませる彼にモリアは嗤って見せた。

「なぁに、あの頃と同じただの同盟だ。すべてが終わればまた戦う。こういう風にな。それに俺らは海賊だ。それぐらいが健全ってもんだ、あの男が示してきたことさ。最後に立つためにできることはすべてやる当たり前のことだろう」

脳筋とすら揶揄されることのあるモリアが雑に距離を詰める。これがモリアの魅力であり、彼独特のカリスマを生み出している。これはクロコダイルの持つカリスマ性とは真逆のものであり、多くの場面で彼らは相いれない存在だったが、クロコダイルとモリア両方に共通していることが一つあった。彼らはともにJOKERの元で戦った経験があって、海賊の哲学を芯からたたき込まれていたのだ。

 

そんな彼らの海賊哲学をさかのぼっていくと、その源流ともいえるものに突き当たる。現在最もそこに近い男は、ほかの誰とも違う高みに居た。

「ジハハハハ、どうやら動き出したようだな。あいつらから目を離すなよ若造」

「ふっふっふ、アンだけ長い関係でも信用しないのか?」

そんな彼の船に客人として乗っていたドフラミンゴは目の前の男の底知れなさにJOKERと話していた時と同じものを感じていた。

「違う、俺は奴を誰よりも信頼しているのさ。あれだけ長い時間を共に過ごした。あの男は俺の右腕だった男だ。誰よりも海賊なんだよ、俺たちは。利用し、利用される、気を抜いたやつが死んじまうのさ」

「なら俺は信用してていいのかい?」

嗤っているシキにほんの少し敵意を向けて挑発するが、シキはそれを意にも解さなかった。

「…俺を相手にそういった立ち回りはまだお前にゃ無理だ若造。お前は狂気は受け継いだが、あの智謀は引き継げなかったようだな。今の質問に何の意味があった?JOKERを思い出せ、奴は無駄なことはしない、どんなに意味のなさそうなことでも最後には意味を持たせるんだよ」

シキの興味はすでにドフラミンゴから失われていたのか、一切確認もしなかった。

「サッサと行け。俺の相手をするにはお前じゃ荷が勝ちすぎる」

 

多くの海賊が水面下で動き出している中、本当に水面下で動き出している連中がいた。

「ジンベエの親分が消えた‼」

「あの人は今頭に血が上ってる。暴れられたりしたら俺たちじゃどうにもならんぞ」

タイヨウの海賊団のメンバーが一人慌てた様子で話していた。周りは最初彼が何をそこまで慌てているのかわかっていなかった。

「ちげぇよ、どうやら魚人島を出ていったみたいなんだ」

「なんだよ、頭を冷やしに行っただけだろ。そこまで問題にするようなことじゃないだろ」

「馬鹿、もしあの人がJOKERの所に行ってたらどうするんだよ」

その言葉に曽於の場にいた全員が顔を蒼くする。自分たちの口で数秒前に言った言葉が頭をよぎる。今の彼ならもしかしたらするかもしれない。それぐらい今の彼は普通じゃない、そしてもし彼が暴れたらどうなるか、予想もできない。

大慌てで動き出した彼らに人間の一団が声をかけた。

「待てよ、俺らも連れて行ってくれよ。そろそろ海に出てぇ」

エースを先頭にした彼らの言葉に魚人達は顔を見合わせる。

「船長がjokerのところに行ってるかどうかもわからんぞ」

「そん時はどこか適当な島において来てくれればいい。なんにせよあいつを止めるやつがいるだろ?」

そう言って不敵に笑うエースの表情に先頭に立っていた魚人が大きくうなずいた。

 

マクロ一味が乗っている船は魚人が乗っている船にしては珍しくコーティングがなされていた。

その船体に巨体が一切減速することなく突っ込んでくる。コーティングは破けることはなかったが、あまりの衝撃に甲板の木材が割れて、ひびが入る。

「なんや隠れてるかと思ったが、まさか堂々とおるとは」

そこに立っていたのはまさしく鬼だった。周囲に殺気を振りまきながら、真っ赤な目を血走らせている。

「なんだ、お前が来るということはホーディは負けたのか。あの自信は過信だったということだね」

そんなジンベエを見てもツーフェイスはその表情は変わらなかった。

「部下が死んだというのに、その態度か」

「お前も海賊だろ?そこまで熱くなるなよ」

互いに海賊、その両手は血にまみれている。ジンベエの目と同じようにデントの火傷に包まれた側の目が真っ赤に光る。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

破滅主義者の得た真実

深海、学術的な面ではなせば水深200メートル以上の海のことを指し、人間の瞳でとらえられる光の波長はほとんどない。100メートルを超えれば太陽の光は一切届かず、深海魚と呼ばれる魚はその環境に適応して視覚が退化している生物も多い。

 

魚人と呼ばれる種族はその海がつながる場所であればどこまででも行けるが、彼らの多くは一か所にとどまってその人生を終える。彼らは知っているのだ。この深海に魚人島以上に過ごしやすい場所などないと、だから彼らはここを離れない。この環境に適応している自分たち以外は生存することすら難しい環境に守られているのだから。

 

ではそんな魚人たちを育み、守ってきた環境は人類にとってはどのような環境なのだろうか?

もし深海に人間が来た場合、その水圧には耐えられない。全身の臓器が圧迫されて、肺がつぶれる。もっともそれ以前に水中では酸素を確保できずに窒息してしまうが…

 

そんな環境で人間であるツーフェイスが生きていける理由は、コーティングという特殊な技術で船を包み込んでいるからだ。船という巨大な物質を巨大なシャボン玉のようなモノで包み込むことで、深海でも水を寄せ付けず、人間が生存可能な状況を作っていた。もしこのコーティングが割れでもした日にはツーフェイスは死んでしまうだろうことは想像に難くない。

目の前で壮絶な殺気をたたきつけるジンベエを前に、ツーフェイスはまるで相手にもしていなかった。

 

「マクロ、浮上だ。JOKERの指示を果たしている以上、ホーディが返ってこないならこんな場所にいる意味はない」

「ここから逃げれると思うとるんか?」

マクロに淡々と指示を出していく様子にジンベエが怒りを押さえつけたような声を絞り出す。

「そうだな。この船が上がり切れば逃げられるだろうが、さすがに水中では逃げられないだろうな」

 

まるで今日の朝食を尋ねられたかのような熱量で話すツーフェイスにジンベエがついにしびれを切らす。無造作に伸ばされた手がツーフェイスの着ているスーツの襟をつかむ。

 

そのまま勢いのままに投げ飛ばそうとしていたジンベエだったが、バランスを崩していたのはジンベエだった。

 

「武道に身をささげたものでありながら襟をつかむことの危険性を理解していないとは、残念だよ」

 

襟をつかまれたツーフェイスは体の角度、姿勢、その他いくつものわずかな変化でジンベエの術理を封じていた。そうなるといくらジンベエでも腕力だけで投げ飛ばすのは難しい。一瞬の硬直の後、宙を舞ったのはジンベエだった。

姿勢を崩しながら無理やりにでも投げ飛ばそうとしたジンベエの腕を掴んだツーフェイスは、ジンベエの力を利用してジンベエを投げていた。

一瞬極められた腕を、何とか逃がそうとするジンベエの力を利用し浮かび上がらせたジンベエの体は空中で更に加速させられ、地面にたたきつけられた。常人なら死んでいてもおかしくないジンベエだったが、すぐさま起き上がるとその瞳には理性が戻りつつあった。

 

「今のが、合気ちゅうやつじゃな。不思議な感覚じゃ」

「何難しいことじゃない。君たちが水をつかみ、水を操るように力をつかみ、操るだけさ。もっとも人間は山ほど試したからわかるんだが、魚人の筋肉の動きはどうなっているんだ?私の感覚では君はもう死んでいると思ったんだが」

 

多くの海兵が勘違いしているが、海兵は海賊であれば問答無用で殺して良いわけではない。それどころか殺すべきではないと言われている。しかし、赤犬を筆頭にその考えを受け継いでいる海兵はほとんどいない。だが、そんな少数派の理想主義者の彼らのために作り出された一つの武術があった。

合気道、無謀な理想を掲げた一部の海兵が生み出したとされるこの武術を現在、海軍では完全に絶えてしまっており、唯一受け継いでいる人間こそ、ツーフェイスことハーヴィー・デントその人だった。

 

彼らを乗せた船は全速力で浮上を続けており、普通の人間の海賊ではできない操船で海流を捕まえている。

そうして戦う彼らを魚人海賊団は必死に探していたが、彼らの意識は地上に向いており、見つけることはできていなかった。

 

数度の様子見のような殴り合いで互いの技術や身体的な能力を理解し始めていた。この均衡を破らんと最初に動いたのはジンベエだった。

魚人空手は多くの魚人の子供や、戦士に人気があり魚人島でも探せばいくらでも道場が見つかる。しかし、そんな魚人空手とは対象的に魚人柔術はあまり人気がない。

その一番の理由として、わざわざ習わなくとも魚人族は水心を理解できる。魚人空手を収めればその応用で再現できてしまうのだ。

 

しかし、それは付け焼き刃以下の側だけのものに過ぎない。ジンベエは魚人柔術を収めていたため、柔の概念を理解していた。眼の前の男の行う事のレベルの高さを見て取った彼は距離を詰めることなく、攻撃を始めた。

『唐草瓦正拳』

型をなぞった様な美しい正拳が音を立てて放たれる。

 

数m先にいたデントはなんの反応も示さなかったが、周囲で必死に操船していたマクロが声を上げる。

「全員構えろぉ!!衝撃が来るぞ!!」

その言葉が通るが早いか、衝撃波が激しく船を叩いた。船が大きく軋み、準備ができていなかった船員は気を失っていた。

大きなダメージを負ったのはデントも例外ではなかった。

 

確実に負ったダメージに少しふらついたデントを見逃さないとばかりに、ジンベエが距離を詰めてくる。

ジンベエが放つ正拳突きがまっすぐにデントの腹部に突き刺さった。

水分を振動が伝播していき、体を内側と外側から破壊していく。ホーディのように体内の水分をコントロールできないデントは、いくら覇気で守ろうとも内側からの破壊は止められない。

人体の70%を構築する水分が、筋肉と骨格で守られた人体の急所すべてを揺らし、異常信号が脳に到達する。強烈な痛みがデントの脳内を支配して、その脳みそすら振動の海に包み込まれる。

 

必殺と言わんばかりの一撃にデントの意識は完全に刈り取られ、全身から力が抜けていき、生理的な反応か口元から大きく血を吐き出す。

ジンベエの体にもたれかかるようにして倒れてくる、デントにジンベエがとっさに防御姿勢を取る。

クロスされた両腕をデントの右腕が叩く。ジンベエがデントの体を振り払えば、彼の体は簡単に数メートル飛んだが、叩かれた腕は何か刃物を突き刺されたような傷口になっていた。

 

「まさかここまでのものとは。魚人空手を侮っていた。謝罪しよう」

ゆっくりと立ち上がるデントの体は確実に壊れかけているはずだが、彼は武道のお手本のような脱力を見せながら一本の芯の通った立ち姿を見せていた。

 

ジンベエは無言のまま戦いの影響でコーティングの中に入ってきた海水を両腕にまとった。

『群鮫』

限られた水で放たれたため、数体のみになったが鮫をかたどった水弾がデントに迫る。

それを回避することなく、足を強くたたきつけたデントの目の前で甲板に使われていた木材が跳ね上がり、即席の盾になる。鮫は木材に大きな穴をあけるが、その奥にいるデントの体に到達することなく水に戻ると、デントは穴だらけになった盾を大きくジンベエに向かって蹴り飛ばした。

 

その光景を見て船長のマクロが悲鳴を上げながら頭を抱える。

「俺の船がぁ‼」

 

そんなこの船の持ち主をよそに戦闘は続く。

迫ってくる壁の向こう側にぴったりとつけて、デントがこちらに迫ってきていることを見聞色で見切っていたジンベエが迎え撃たんと正拳突きを放つ。今度こそ確実に息の根を止めるように全力で放たれた一撃は、壁をぶち破り、見事に流された。

何もない空間をさまよう自らのこぶしに引きずられるように、姿勢を崩してしまったジンベエが壁の向こう側から除く真っ赤な目をした悪魔のような顔が見えていた。

 

『指銃 鉄貫』

 

本来指銃というものは指一本で人体を貫くという技で、部分的な鉄塊と速度を必要とする。

完全な脱力の状態から鞭のようにしなって、通常の指銃以上のスピードを出していく。さらに指一本ではなく、すべての指を立てた状態、貫手で放たれた指銃はすさまじい破壊力を持っている。そこに武装色をまとったものが壁をぶち抜いて、ジンベエの首元に迫った。

 

完全に致命の一撃だったが、ジンベエは首の間に肩を入れることで一命をとりとめた。

ぼたぼたと赤い血が傷口から流すジンベエに追撃を加えようとするデントだが、彼らの乗っていた船に異常が起こる。大きく揺れて、彼らを包んでいたコーティングがはがれる。

 

水面に浮かんだマクロ一家の船はもうすでにボロボロだったが、何とか無事にタイヨウの光を浴びることができた。

 

地上に出てきたことを確認したデントはそのままジンベエの下に歩いていき、戦闘を続行する意思を見せていたが、そんな彼らの戦いに横やりが入る。

「そのあたりにしておいてもらおうか。お前はもう包囲されている」

タイヨウの海賊団副船長のアラディンの言葉を証明するかのように何人もの魚人が水面から顔を出す。

「俺の勘も捨てたもんじゃないな」

そういって笑うエースや、周囲を囲う魚人。自分が絶体絶命のピンチに陥りながら、デントからは追い詰められたような気配がなかった。何げない様子で歩いていく彼にエースの笑みが消える。

『炎上網』

エースの放った炎が網目状に広がって、デントを包みこんだ。

「メラメラか、まさか生きていたとはな。…この人数を相手にするのは骨が折れるな」

そういったデントが右腕を振ると、つけられていた手袋に引火し人一人が通れるぐらいの穴ができた。

月歩で空に浮き上がったデントは懐から一本のナイフを誰もいない海に放り投げた。ぼちゃりと沈んでいくそれを横目にジンベエが声をかける。

「逃げるんか?」

挑発的なその声音に一切動じることなく彼はうなずいた。

「ああ、逃げるとも。何せ私はただの連絡係だホーディのわがままに付き合っていただけで君たちと戦う必要性なんてない。せいぜい生き残れ、終わりはすぐそこまで迫ってきているぞ」

そういった彼はそのまま振り返ることもなく立ち去って行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海賊とは

ジンベエ達、魚人海賊団の地上の拠点として使われている無人島の砂浜にジンベエと副船長兼船医を務めていたアラディンが座り込んでいた。

 

海を無言で見つめているジンベエの体には包帯が巻かれており、かなりひどい状態だった肩口の傷もようやく塞がってきていて、時間の経過を感じさせた。ジンベエは自分の立場に縛られて、魚人島に帰れずに地上で傷を癒やしていたが、それもプラスにつながっていた。ゆっくりと考え直す時間を与えられたジンベエはこの島に来てから長く保っていた沈黙をようやく破った。

 

「わしらは間違えたのかもしれんな」

「間違えないようなやつはいない。間違えた上でどうするかが大事なんだ。タイの親分は人間と敵対したが、不殺の心得は破らなかった。マクロも人攫いになったが、今では奴隷達の多くを保護してる。俺たちも今から何をするのかが試されてるのさ」

 

副船長として、ジンベエとの関係性も長いアラディンは、彼が何を考えているのかをなんとなく理解していた。その上で彼が自分なりの答えを出すときまで待っていた。アラディンの言葉を聞いたジンベエは深くうなずいた。

 

「今更生き方は変えられん。タイの兄貴の意思も、オトヒメ王妃の意思も知ってる以上このままやらせてもらう。何よりわしらは海賊じゃ。好きなようにやって何が悪い」

吹っ切れたような表情のジンベエを見て、満足げな表情を浮かべた。そんな彼らの雰囲気を察したのか、周囲で伺っていた連中がジンベエによってきた。自然に人が集まってきて、笑い声が起こる。これも一つの海賊としての才能。

 

この場において人一倍その才能を持っていたのはジンベエともう一人。王の血統を持つ男はジンベエが悩み抜いている間にタイヨウの海賊団の面々に完全に溶け込んでいた。

「ようやく吹っ切れたようだな」

魚人達と一緒にやってきたエースは不敵な笑みを浮かべており、何人かの魚人と一緒に酔っ払っていた。

「ああ、迷惑をかけたのお。お前さんら結局船はどうするんじゃ?」

 

そう問いかけるジンベエに対して、アラディンが苦笑しながら答えた。

「実は連中の船はあるんだ。こいつらがJOKERに殺されかけた島の沿岸に放置されてたらしい」

「そうか、それならわしらはこの後魚人島に戻ろうと思ってるおるから、ここでお別れじゃのう」

そういうジンベエの目の前にエースは酒瓶を置いた。

「釣れねぇこと言うなよジンベエ。俺はこの後JOKERと戦いに行くつもりだ。お前はどうする?」

挑発的に笑うエースの視線はジンベエをまっすぐに射貫いており、ジンベエはそこにこれまであってきた偉大な海賊達の姿を重ねずにはいられなかった。

 

「わしは七武海の上に、魚人島からあまり離れられん。わしらと同盟を組んでもあまり利点はないぞ」

「利点だの、何だのとつまらねぇこと言うなよジンベエ。俺はお前がどうしたいのかを聞いてんだ。俺はお前が気に入った。だからお前と一緒にやりたい、お前はどうする?」

沈黙を続けるジンベエにエースがたたみかける。

「あんだけやられて簡単に引き下がれんのかよ?」

その言葉にジンベエが置かれた酒瓶をとって一気にあおった。

 

「JOKERと戦うことに関してだけじゃ」

そう言って酒瓶を空にしたジンベエを見て満面の笑みを浮かべたエースは両手を掲げて叫んだ。

「宴だぁ!!」

その言葉にスペード海賊団だけでなく、タイヨウの海賊団のメンバーも大きな歓声を上げた。ここにまた一つの海賊同盟が組まれた。

 

 

JOKERのアジトの一つ夜島。通称”ゴッサムシティ”。ここは異様な雰囲気を持つ島、島内には法律なんていうものはない。毎日のように犯罪が起こっているが、異常に活気があって、住人の表情には笑いが見て取れた。この島は夜島と呼ばれるが、気候として太陽の光が届かない島というわけではない、しかしこの島は常に暗闇に包まれている。空は常に黒煙に覆われている。

 

この島は一言でいうと異常な島だ。埋め立てに次ぐ埋め立てで、いびつに膨れ上がっていった結果、ログポースも少々ずれ、島全体に十棟ある巨大な工場から吐き出され続ける黒煙が空を常に飲み込んでいる。

そんな島の中心にある通称一番プラントの一室。電伝虫に向かう一人の男がいた。

 

「HAHAHA、結局見つけられなかったのか?ニコ・ロビンを生かしきれない、お前には彼女は過ぎたおもちゃだったな」

「ふん、たどり着けない程度の情報しか与えていないんだろう。だがこっちはこっちで分かってるんだよ。その島は渡してもらおうか」

 

電伝虫の向こう側落ち着いた声で話すクロコダイルの言葉に満足げに嗤った。

 

「そこまで理解できるとはな。だが想像力が足りてないんじゃないか?ほかの古代兵器はともかくとして、戦艦はそこまで放置されては持たないんだよ」

「クハハハハ、ごまかすなよ、現物があれば設計図なんていらない。お前のことだもう造船を始めてるだろう?」

クロコダイルはしっかりとJOKERを理解していた。JOKERはJOKERでこの掛け合いを楽しんでいた。

 

「少し昔話をしよう。プルトンは世界を破壊しうる戦艦だったが、作るのには細心の注意を払われた。世界最高の船大工たちをわざわざ別の島に連れてきて建造させた。お前の想像通りこの島はプルトンのために作られた島だ。木を隠すなら森の中、結局誰も見つけることができなかった」

「あんたが知識を持ってた理由は、現物を持ってたからだ」

「その通り、よく理解してるじゃないか。だから俺はこの島を隠さないといけなかった。失われた知識の再現もしなければいけなかった。わざわざ俺のプラン通りに動いてくれて感謝するよ」

 

にんまりと笑うJOKERは電伝虫の向こう側のクロコダイルの姿を想像できた。

「だからこそプルトンは俺がいただく。首を洗って待ってろ」

 

深い笑みを浮かべたクロコダイルは電伝虫をたたき割って通話を終えた。反応がなくなった電伝虫を持ったままJOKERは大きく嗤っていた。

 

金獅子のシキはかつて古代兵器を求めていた。だが、今は無理に手に入れる必要はないと考えていた。この20年間で作り上げた技術力はまさに古代兵器に匹敵していた。

確かにプルトンほど完全なものでも、ポセイドンほど思いのままに動かせるものではないが、怪物を自在に襲わせる今の力があれば古代兵器は必要がない。しかしあるに越したことはないし、情勢を読めない馬鹿と情勢を読まない、いかれ野郎に渡す必要はない。

自分の元部下は後者、海軍なんかは前者。ちょうどいい程度に頭が回り、寝首をかこうとしてくるぐらいがちょうどいい。

 

ドフラミンゴが率いる船に、一人の客人が訪れていた。

「旅行するならどこへ行きたい?」

「フッフッフ、悲しいねぇ。必死に使えてきたつもりの主にこんな仕打ちを受けるとは」

「若‼ 今すぐ離れてくだされ」

突然現れた暴君くまに臨戦態勢に入る多くのクルーだが、当の本人たちはどこ吹く風。ドフラミンゴは右腕を少し上げるだけでその騒ぎを沈めた。

「悪いが旅行に行ってる余裕はない。だが、しいて言えば…JOKERが根城にしてる超巨大人口プラントに連れて行ってもらおうか」

「俺はお前をそこに連れていく許可は受けていない。だが、伝言は預かっている。結局お前は過去にとらわれた哀れな道化だ。家族ごっこを強いる部下、嫌悪する父親とは正反対のボス、そして失った天竜人の地位。それらすべてがお前を縛る。組織で遊ぶことはできても、使うことはできない。いかれたふりをしてもお前は結局そこどまりだ」

くまの言葉に徐々にドフラミンゴの眉間にしわが刻まれていく。

「以上だ。あの男はお前に失望したんだドフラミンゴ。我々はお前を敵視していない、好きにすればいい。…ではさらばだ」

ドフラミンゴは何も言わなかった。何も言わずに立ち去っていくくまを見送った



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

崩れた均衡

新世界の入り口に拠点を構えているもモリアは、最近頭を悩ませていることがあった。

反抗的なルーキーどもが、自分たちの縄張りで計画的だと思わせるような動きで暴れているのだ。こんなことは自分が支配し始めてからこれまでなかったことだ。こういったことが突然起こるようになったということは、何らかの第三者的な介入が考えられる。

 

現在敵対関係にある連中は多いが、こういったからめ手を使ってくる人間は限られる。例えばカイドウはこういったからめ手は使わない。

そのうえ前半の海からやってくる連中に、大きな影響を与えているところからも大きく絞り込める。

 

前半の海に大きな影響力を持っている組織を作り上げた男をモリアは知っていた。

それと同時に、その男はもうすでにその組織を放棄しており、現在その組織を運営しているのはかつての伝説、金獅子のシキその人であることを……

 

 

 

ゴッサムシティに一つの爆音が鳴り響いた。

海沿いに設置されていた6番プラントで火災が発生し、普段の黒煙とは違う煙が上がっていた。

スペード海賊団と魚人海賊団は一気に攻勢を仕掛けてきた。本拠地に直接乗り込んだ彼らは、JOKERの拠点だったプラントを一つ破壊した。

「よし、宣戦布告はこんなもんでいいか」

「少々やりすぎたかもしれんのう」

両船長はこの騒ぎの先頭に立ちながら、戦闘の余波が残る場所を後にしていた。

 

彼らはここで二手に分かれて別行動をとった。彼らの狙いはJOKERの首だが、馬鹿正直にこのまま突き進んでいっても、簡単にたどり着けるものではない。そのあまりの戦力差をひっくり返すために、彼らが選択した作戦はいわゆるゲリラ作戦といわれるものだった。

この作戦の最大の利点は、人数が減り数の暴力で押しつぶされる可能性が増すという点以上に、両者が全力で戦えるという点にあった。火拳のエースの異名の通り体を炎に変えて戦うメラメラの実の能力者。彼の最大の弱点は水であり、水源の近くでの戦闘ははっきり言って得意ではない。

 

逆にジンベエに代表される魚人たちは水源、水中での戦いを得意としており、エースとはある種真逆の存在なのだ。互いの弱点を補える存在だというと聞こえはいいが、ともに行動すると相手を苦手分野に引きずり込みことにつながりかねない。

 

そこでエースは陸路で、ジンベエは川などを使って水路で一番プラントを目指すことにした。人工的に作られたこの島は水路なども完全に計画されてk作られており、中央の一番プラントから広がるように島全体にいきわたっていた。

 

彼らの侵攻はほとんど抵抗に遭うことなく進んでいった。彼らの実力や作戦の影響もあったが、裏側ではこんなことも起こっていた。

 

「クハハハ、てっきり本人が来ると思っていたが……俺が甘く見られているのか。それともお前達が信頼されているのか?お前らが捨て駒にされたという考えもできるな」

「アハハハ、プリンちゃんとのデートを邪魔したうえにその口ぶり、楽に死ねると思うなよ」

「ハーレクイン、お願いですからおとなしくしていてください」

 

小さな島に多くの海賊達が集結していたが、多くの有象無象は動くことはもとより呼吸にすら気を張っていた。

自分たちの強さに自信を持っていた彼らだが、そんなモノは何の裏打ちもされていない薄っぺらいモノだと理解させられていた。

 

圧倒的な覇王の風格、ただそこに存在するだけで周囲の全てを飲み込むような存在感。

口角を上げて笑う男のその姿に魅入られた彼の部下だったが、新世界という場所の異常さと、世界の広さを感じていた。彼らと相対する海賊団の前に立つ二人の海賊はクロコダイルと比べても見劣りしない存在感を持っていた。

 

金属バットを振り回す女もすさまじいモノがあったが、それ以上に恐ろしかったのが冷たい声でハーレクインを抑えたツーフェイスだった。

 

彼の外見の与える圧迫感ももちろんあっただろう。しかし、それ以上に彼がまとっていたどこまでも底冷えするような殺気は、見るモノ全てに根源的な恐怖を感じさせていた。

 

「君を相手に手加減をする気は無い。クロコダイル、彼と敵対したんだどうなるかわかるよな」

「初めてお目にかかる、太陽の戦士ハーヴィー・デント。JOKERへの土産としてはお前の首はちょうど良さそうだ」

 

クロコダイルが能力を使って足下が砂漠になっていき、周囲の雑兵達が逃げだそうとする雰囲気の中ハーレクインがデントに声をかけた。

「ツーフェイス、私はここで見てるからさっさとかたづけてね」

その声音は緊張のようなモノは一切感じさせなかった。

 

「ええ、できればあなたにも逃げておいてほしいのですが」

「別に良いでしょ。それともJOKERに見せたくない切り札でもあった?」

「なるほど、仕方ないですね。ではしっかりと報告しておいてください」

 

軽い掛け合いの後ツーフェイスは手袋を深くつけて、両手を強くこすりつけた。

すると手袋の表面が炎をまとっていた。炎の光に照らされて火傷でボロボロになって居る半身を照らす。

 

「あんたが悪魔の実の能力者だとは知らなかったな」

「俺は悪魔の実の能力者なんかじゃない。ただ炎に魅せられたモノだよ」

「そうかい、『砂嵐』」

 

会話を無理矢理に打ち切って放たれた砂嵐が戦場に現れる。

そこにツーフェイスが両手の炎を放った。炎が風に煽られてその火力を増していく。砂嵐だったモノが火炎嵐へと変わり、巻き上げられていた砂がガラスへと変質し、地上へと降り注ぐ。

逃げ切れていなかった海賊達の頭上から降り注ぐ赤熱し、ガラス化した砂に悲鳴が上がる。

 

砂嵐で一気に姿を隠したクロコダイルが一気に上空から距離を詰める。

『バルハン』

触れるモノの水を刈り取る三日月のカマがツーフェイスに迫る。見聞色で位置を把握していたデントはその振り下ろされる勢いのままクロコダイルの体を地面に叩き付けた。

その際に一切腕はもちろん掌にも触れることなく襟や体に添えられただけの腕で投げ飛ばされたため、デントの体から水分が失われることは無かった。

 

体を砂に変えて一瞬で体勢を立て直したクロコダイルの目の前にデントがほぼゼロ距離で立っていた。

『焔 柳』

右腕と襟の部分を燃えている腕で捕まれたクロコダイルは自らを焼こうとする炎から逃げようとしたが、砂に変わることはできなかった。武装色で包まれた腕に捕まれた彼の体は変化できず、間違いなくその熱に焼かれていた。

 

捕まれていなかった左腕で攻撃を行なおうとしたが、彼の腕がツーフェイスの体に触れることはなく、体は宙を舞った。能力と暴力で戦ってきたクロコダイルにとって自らから最も離れた戦い方に自分のリズムを失ってしまっていた。地面に寝転ばされたクロコダイルの上に馬乗りのような形で乗ったツーフェイスは両腕をクロコダイルの腕のあたりに添えた。

『六王銃 焔』

徐々に手袋からスーツの襟まで広がってきていた炎が衝撃波とともに霧散した。

 

衝撃波とともに熱波が人体を叩く。体内の水分が飛んでいくような感覚とともにクロコダイルは全身の臓器が非常事態を告げているのを実感していた。何年も前に白ひげにやられたときもこう言った震動にやられた。

初めての手痛い敗北を思い起こさせた事がクロコダイルの逆鱗に触れた。

 

クロコダイルの体が触れていた地面がすさまじい勢いで砂漠化した。

その勢いで下から振り上げられたクロコダイルの腕を掴もうとしたツーフェイスだが、その判断が間違っていたことをすぐに理解させられる。その腕はもう既に腕ではなく砂の刃へと変わっており、掴もうとしていた腕ごと袈裟斬りに切り裂かれた。

『金剛の宝刀』

クロコダイルの持つ技の中でもかなりの切れ味を誇る一撃だったが、その一撃を受けてもツーフェイスに大きなダメージを与えている様子はなかった。

 

「そのスーツ、一体何でできてやがる」

舌打ちをつきながら悪態を吐くクロコダイルは眉間にしわを寄せながら口元の血を拭った。

「たいした切れ味だ。しっかりと切り裂かれている」

「痛みを感じてい無いのか?この化け物め」

自分の手応えに反した態度についたクロコダイルの悪態にツーフェイスが心外だと言わんばかりの返答をした。

「私ほど痛みを感じている人間はいないよ。こちらの火傷で皮膚を失った私は風が吹くだけで激痛を感じている。この戦闘でもそうだ、能力者でもない人間が炎を待とうと痛みや熱どころの騒ぎじゃない。だがそれは私を止める要員にはなりはしない。それだけのことだよ」

そう語るツーフェイスの顔に写っているのはまさに狂気の嗤み。もはや彼は自分の生きる理由を果たしている。

今の彼は死に場所を探している戦士なのだ。“もうどうあったとしても彼の望みは達成される”故に今の彼は死ぬことに恐怖を感じていない。肉体的なダメージも精神的なダメージも今の彼を止めることはできない。

彼を止めるためには彼を殺すしかないのだ。

 

「厄介な怪物だ」

そんな怪物を前にしてもクロコダイルの余裕は消えていなかった。

本当の強者同士の戦いで痛みを感じないなんて事はあり得ない。それはロギアといえども例外ではない。

まさしく乗り越えてきた視線の数が違う。砂漠の鰐は不適な笑みを浮かべて魅せた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激戦

ツーフェイスのまとう炎はエースのメラメラの実のように能力で生まれているものではない。彼の炎はそんなものよりも恐ろしいものだ。

彼の着ているスーツやはめている手袋は特殊な素材でできている。切れにくく、破れにくい。前線で戦う海兵に向けて作られた特殊な繊維を使われたこれらの衣服は、ツーフェイスの武装色にまとわれ続けたことで若干特徴が変質してきていた。

 

彼の手袋は何人もの人間を殺してきている。合気道を使う彼の戦闘は素手で行われる。重機や刃物をほとんど使わずに肉体のみで戦う彼は、何度も人間の心臓をその手でつぶしてきていた。

人間の血を吸いこんできたその手袋の色は最初の白さを感じさせないほどに真っ黒に染まっていた。

 

人間の油がしみ込んだその手袋はまるで殺された人間の怨念を燃やすかのような炎を上げていた。

 

 

クロコダイルとツーフェイスの戦闘はまさにこの世の地獄の様相を呈していた。舞い上がる砂嵐が次々にガラス状に変化していき、炎が地面を覆いつくしていく。

ゼロ距離での戦闘が続くが、軌道をそらされた砂の斬撃が地面を切り裂いていく。炎をまとった拳が体内に振動を響かせ、表面を焼いていく。

 

「何度も何度も、バカの一つ覚えか!!」

クロコダイルは苛立ちをそのまま吐き出すと、ここまでの戦闘で砂漠化していた大地から砂を触れることなく持ち上げた。

「正面からねじ伏せてやろうと思っていたが、気が変わった。人間にはどうしようもないことがあると言うことを教えてやる」

その言葉とともに浮き上がっていた砂が更に多く、地形を変えながら、クロコダイルの足場までも盛り上がっていった。クロコダイルを追い抜いて砂だけが高く、高く浮き上がっていくと重力に導かれるままに地面へと降り注いだ。

「砂雨。体についた砂、一粒一粒がお前の動きを制限していく。どれだけ技を磨いても、命を燃やしても降り注ぐ雨全てを躱すことはできない」

 

「紙絵」

体の構造を限界まで理解し、相手の行動を読み切ることで初めて使えるようになる六式の一つ紙絵だが、この技も降り注ぐ雨全てを避けることはできない。

一つまた一つと砂の雨がツーフェイスの体を縛っていく。一秒ごとに体の動きが鈍くなり、その動きが制限されていく彼にクロコダイルの砂の刃が振るわれる。

 

「貴様の炎は自らの体から離れることはできないんだろう。風で燃え広がることはできても、砂を燃やすことはできない」

能力者特有の世界の理屈にも縛られない戦い方に、ツーフェイスが押されていく。しかしクロコダイルの攻撃も致命傷にはなっていなかった。凶悪な一撃は間違いなくその体を捉えているが、武装色に鉄塊を合わせた防御は簡単には破れない。

 

積み上げられた強さには厚みがある。場数と研鑽により完成したツーフェイスの強さは動きを制限されたとしても失われるものではなかった。

 

確実に追い込んでいる状況ではあるはずだが、なかなか最後の一撃につながらない。

仕留めきれない現状にクロコダイルは苛立ちを見せる。雨あられと打ち寄せてくる技の数々を避けて、喰らって、一歩づつ進んでくるツーフェイスにいくつかの砂の球体を投げつける。

 

回転しながら進む砂の球体はツーフェイスの近くで爆発した。

飛び散る砂にと広がる衝撃波でツーフェイスの歩が止まったが、それ以上に一つ目を引くことがあった。

この戦闘を静かに見守っていたハーレクインがついに動いたのだ。

 

「いい加減に時間切れだよツーフェイス。アハハハ」

ツーフェイスとの戦いに集中していたクロコダイルの背後から振り下ろされたハーレクインの釘バットは見事に空を切った。

 

「あらら?」

「バレバレの気配、ダダ漏れの殺気、全てが落第点だ」

攻撃が迫る部分だけを砂に変えて攻撃を回避したクロコダイルはハーレクインを仕留めんと、三日月の砂の鎌が振り下ろされた。

 

「いくら何でも不用意すぎ。何の対策もしてないはずないじゃない」

クロコダイルの振り下ろした鎌は間違いなくその水を刈り取ったはずだった。しかしハーレクインの体はミイラ化することなく残っていた。

 

「あなた一度に吸い取れる水分量には限りがあるんでしょ。この服わざわざ水をしみこませてきたんだから」

クロコダイルの腕は水分を吸い取り、乾きを与えるが限界はある。

その限界量を超える水分にクロコダイルの動きが一瞬重くなる。その隙を逃がさずにツーフェイスが詰め寄る。

 

叩きこまれる打撃にクロコダイルの体が宙を舞う。

着地の前に全身が砂になり、全身を再構築して見せた。確実にダメージを抱えているはずだが、それを感じさせずに葉巻をふかした。

「重水か。なかなか考えられている」

「正解。これで仕留めるつもりだったんだけどな」

「今の一連の流れで仕留められなかった代償は大きいぞ」

 

彼らの戦闘は数年後にも語りづがれるほどの大きな戦闘になった。この島からは完全に草木が失われ、土地のほ飛んだが砂漠と化した。

一部では土地がガラス化しており、非常に美しい光景が広がっていたが、そこにたどり着くためには強力な毒ガスなどがたまっている地帯を抜ける必要があるために見ることができたものは少なかった。

 

 

ゴッサムで暴れながら進んでいくジンベエは今回の作戦で自らがおとりにさせられていることを理解していた。

水路を上っていく形で進行している以上、陸地で進んで行っているエース達よりも捉えやすい。そのことをあいても理解してきたのか、間違いなく追っ手が増えてきている。

「そろそろまずいだろうな」

「遅いぐらいじゃ、ここまでこんかった以上なんか会ったと考えるべきじゃろうな」

アラディンの言葉に目を閉じたまま答えたジンベエは、何かを感じ取ってゆっくりと立ち上がった。

 

船からゆっくりと下りてきたジンベエの前に一人の男が立っていた。

「失礼、少々騒ぎ立てそうな連中が多かったため、先に動かせてもらった」

聖書を抱えたその男をジンベエはよく知っていた。何度も顔を合わせてきたその男だが、これまでには見たこともないような表情を浮かべていた。

「こりゃまたずいぶんと楽しそうに笑うのう、くま。それともそっちがお前の本性か?」

「そうか、俺は今笑っているのか。だが、お前の言葉は的を得ている。ジンベエ、お前もずいぶんとすっきりした様子だ。憑き物でも落ちたか?」

 

世界政府が認めた実力者同士の衝突は

 

「それで、先を通してはもらえんかのう」

「お前らしくない言葉だ、ジンベエ。答えは決まっている、さあ殺し合おうか」

 

至極当然に始まった。

 

戦闘の狼煙を上げたのはくまの口から放たれたビームだった。

そのあまりの破壊力で爆炎が上がる。想定外の攻撃にジンベエも驚いた様子を見せたが、くまのビームの狙いが完全には定まっていないことに気づいた。

(威力と速度はたいしたもんじゃが、狙いは甘めじゃのう。使い慣れとらん感じか?決めつけは危険じゃが、これなら当たらんわい)

 

川の水が一気に蒸発して水蒸気が発生する。視界を奪われたくまにジンベエが水蒸気に紛れて近づいた。しかし、くまの首がグインと周り、視界から外れていたはずのジンベエの報を向いた。

「残念だったな見えているぞ、ジンベエ」

機械的に光る真っ赤な目がジンベエの体を貫いた。

 

普段のジンベエであれば喰らわなかったであろう一撃がジンベエの体を貫いた。

その赤い瞳にやられたのか、不可解な動きに意識を持って行かれたか、それともビームを恐れたのか、おそらくそれら全てだろう。意識がくまの顔付近に意識が集中してしまったそのときに、掌から放たれた空気がジンベエの体を叩いた。

 

強者との戦いを何度も経験してきた連中は皆痛みというモノを知っている。

だから彼らは痛みを堪えることができる。しかしそれはわかっているからだ。わかっているからこらえられる。わかっているから耐えられる。

 

ではわかっていない攻撃は?耐えられないのか、否。攻撃の威力などの不確定要素に左右されるが、それでも耐えるモノはいる。いつだってそうだ。いつの時代も、最も恐ろしいのは覚悟を決めた連中で、時代を変えるようなことをするのはいつだってこういう連中だ。

 

「唐草瓦正拳」

無防備な顔面にたたき込まれた一撃がくまの頭蓋を揺らす。

機械化された眼球は中に仕込まれていた多くの機材が仕込まれていた。衝撃がそれらの機材に不具合を起こす。

 

くまの視界に不具合が生じる。視界の右側が大きく失われ、不具合を修正すべく直されていく。その間数秒、ジンベエにとっては十分すぎる時間だが、それは彼が満足の状態だったらの話。

今の彼は不意のダメージで動くことができていない。

 

先に動きを再開させたのはくまだった。失った視界を再建し、すぐさま反撃に転じた彼は持っている攻撃能力の中で最も殺傷力の強いモノを選択した。

 

くまの口元が光り輝く。半分失われた視界で放つ以上多少の誤差を予測したくまは先ほどのモノよりも威力の高い一撃を放った。そのため一瞬できた大きすぎるタメの時間。ジンベエが動く。

「七千枚瓦回し蹴り」

狙いはくまの側頭部、正拳突きと同じ場所に正確に放たれた一撃にくまも防御する。

 

側頭部と蹴りの間に差し込まれた掌についている肉球が衝撃をはじく。

ジンベエの体が方向を変えられた衝撃の影響で浮き上がる。しかし、くまの肉球も水分の震動や衝撃をはじくことができなかった。

 

伝播してきた衝撃にくまの照準がずれる。二度目の爆炎はくま、ジンベエ両名の直近くに直撃しその爆発が彼らの体を吹き飛ばした。

 

 

 

「船長~!!、やばいですよ。あの海賊旗は」

「うるせえな、聞こえてるし、見えてるよ」

海賊船スリラーバークにはこの日、太陽の光が降らなかった。

「しかし、あの程度の挑発に乗ってくるとはねぇ。お前ら準備できてんだろうな」

「当たり前じゃないすか船長。でもあんな化け物が大量に降ってきたら、いくらあいつでもまずいですよ」

「良いから準備を進めろ。国引き伝説の幕開けだ。手始めが海の皇帝ってのも悪くないだろう。キーシッシッシ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

箱庭の中の怪物

「こんなとこまで、入り込まれるとはなぁ。お前らを甘く見てたか?どう思う火拳のエース」

唇をかみしめて悔しさをあらわにするエースは標的として見定めた男の顔を前にして、掌を強く握りしめることしかできなかった。

 

事態が動き出したのは突然だった。どんどんと敵地奥深くに入っていったのだが、一切敵の攻撃がなかった。

こちらの作戦通りにジンベエ達がうまく囮として機能したかと考えていたときだった。あっという間の急襲、ここが敵地だと言うことを思い出させるような波状攻撃に、エースが覚悟を決めて非戦闘員を巻き込まないように逃がすことをきめる。

 

戦闘員達とともに必死に血路を開き、なんとか仲間を逃がしたと思ったそのときだった。

今までとは違う、本気の攻撃に全員が自分のことに手一杯になる。自分たちの船に敵が乗り込んでくるが、彼らを追い出すことすら満足にできていない。

 

そんな中、エースの視界に連れ去られていく仲間が見えた。

「何してやがる、お前らぁ!!」

炎を放ちながらそちらに向かおうとする。前半の海ならばそれだけで良かっただろう。しかし、ここは新世界。彼らはロギアを知っている。覇気の存在を知っている。エースと仲間の間に入ってくる連中は体に、獲物に覇気をまとって立ち塞がる。

 

結局仲間をむざむざ連れて行かれてしまったエースを前に、役目を終えたとばかりに覇気を使える連中は引いていった。後に残ったのは足止め用の雑兵のみ。

そいつらを全員片付けた時、映像電伝虫がその瞳を開いていた。

 

「仲間を返せ!!」

苛立ちのままに言い放ったその言葉にJOKERが笑みを深くする。

「だったらとっとと俺の島から出ていけ、といいたいところだが……今は俺も忙しい。お前の仲間を拷問する余裕もないわけだわかるか?ん!! おめぇのようなルーキーの相手をしてる場合じゃねぇんだよ!!」

最初は上機嫌そうにも見えたが、その後に見せた恐ろしい般若のような表情が全てを物語っていた。

「いちいち付き合ってやる暇がねぇんだ。だから海賊らしく行こうじゃねぇか。取り戻してみろよ腕尽くで、お前はどうやら時代の中心に引き寄せられる男らしい。HAHAHA 全くもってそっくりだよ、その雰囲気が」

 

そう語るJOKERの笑顔はいつものモノよりも引きつっていて、その奥から怒りや恐れのようなモノを感じることができた。胸のあたりをぐっと抑えたJOKERは自らにも言い聞かせるように言った。

「笑えよ、なぜそんな顔をしている? HAHAHA」

信号が消えて反応を示さなくなった電伝虫を前にエースは怒りに身を震わせていた。

その姿に周囲の仲間達も逃げたしたいような感情に駆られる空気感を放つエースは、不意にその空気を霧散させた。

 

「俺はあいつらを助けに行く。お前らはジンベエの所に」

「突然なんか言い出したかと思えば、俺たちはお前のクルーだ。お前について行くぜ」

その言葉にみんなが同調する。クルーの言葉に船長のエースはやれやれと言わんばかりに首を横に振った。

「好きにしろ」

そこに残されていたのは、スペード海賊団の中でも戦うことしかしてこなかった腕自慢のバカばかり。

彼らは自分たちが今いる居心地の良い場所がどれほど貴重なのかを知っている。だから戦える、力の限り、恐れを胸に秘めながら……

 

 

雲の中に身を隠した男が大きく嗤いながらとある戦況、いや災害の場を見ていた。

「フッフッフ、またとんでもないモノが出てきたもんだな」

金獅子のシキが持つ切り札の一つ。特殊な環境に適応した化け物達が所狭しと暴れ回る。シキに付き従う海賊達にとっては見慣れた光景だったが、今回はどうやら違った。

 

この怪物達はなぜ強いのだろうか? 

その身体能力がすさまじいから? それとも進化の過程で得た特殊な能力が強力だから?

もちろんそれらもあるだろう。しかし、もっと単純明快な答えがあった。

 

奴らはでかいのだ。ほかの生物よりも、何より人間よりも。だから強い、スケールが違うから。なら同じレベルの大きさを持つ生物がいればどうなるのか? 同じ土俵の上に立てるのであれば勝負が成り立つ。そしてそれ以上の大きさを持つ生物がいればどうなるのか、今までとは違う光景がそこにあった。

 

シキの配下に下った連中は皆、怪物達の力をまるで自分たちの力であるかのように錯覚していた。そして金獅子の名前の元に自分は無敵だとでも言わんばかりの全能感によっていた。しかし、そんな彼らは今新世界に来たばかりに味わった無力感を感じていた。

 

目の前に広がる光景は一言で言えば怪獣戦争だった。

巨人の数倍はある巨体に、巨大なライオンが飛びかかる。しかし普通の人間には巨大なライオンでもその巨体にとってはネコ程度の大きさでしかなかった。飛びかかってきたライオンがかみついた腕ごと地面に叩き付ける。

その一撃でこれまでいくつもの街を滅ぼしてきた猛獣が絶命する。

 

襲い来る巨大なゴリラを殴り飛ばし、カマキリを叩き潰す。一瞬で動物を骨に変えてしまうアリの大群は、一息で吹き飛ばされてしまった。その化け物の名はオーズ。かつて国引きと呼ばれた正真正銘の化け物だった。

 

 

ゴッサムでのジンベエとくまの戦いも佳境をむかえていた。ジンベエの体は数カ所の骨折に、ひどい打撲に切り傷、火傷も多く見受けられた。少なからず血を流しており、激戦の後が見て取れた。しかしそんなことは相対する相手を見れば吹き飛んでしまうだろう。

 

皮膚の一枚下に見えているのは金属的な質感の何か、戦闘の途中で破れてしまった服の下からはパイプのようなモノやハンドルのようなモノまで見て取れる。

額を伝う血と一緒に何か火花のようなモノが散っている所からも普通ではないことがわかる。

機械の体が上げる軋んだ音がなんとも耳に残ってしまう。そんな光景を見ていた連中の心の声をジンベエが代弁する。

 

「なんとも奇妙な体になったもんじゃのう」

「奇妙か。ふっ、なかなか的を得た感想だ。今の俺は人間とは言えないだろうな。人間でも機械でもないナニカ。それが今の俺だからな」

「打ち込んだ感覚が奇妙なのも当然か。鋼鉄の体だろうと水がなかろうと、たいした違いは無い」

 

その拳に砕けぬモノなしと強烈な戦意を放つジンベエだったが、くまはそんなジンベエに笑って見せた。

「部下を止めなくて良いのか?」

ジンベエの部下達はもう既に目的地の第一プラントに向けて動き出しており、ここにはもうみんな残っていなかった。

「何じゃ突然、お前さん止めるつもりもなかったじゃろうが」

「止める必要性もなかったからな。計画が始動すれば何もかも関係が無い」

 

くまは腰を落として、大きく四股を踏んだ。

美しく太い一本の柱のようにまっすぐに脚が上げられて、ゆっくりと降ろされてきたが、大地が揺れたかのように錯覚するほどの力強さがそこには宿っていた。大地に根を張った巨木がそこにはあった。

 

機械の体、テクノロジーという利点を生かし戦い方ではなく、くま本来の戦い方。恵まれていた体格と相性の良かった相撲という武術に悪魔の実の合わせ技。くまはこの戦い方で七武海になったのだ。

『突っ張り圧力砲』

無数に打ち込まれていく空気の弾丸をジンベエが水の弾丸で相殺し、躱しながら近づいていく。

 

空気と水という弾丸の元になって居るモノの違いが如実に表れてくる。

足場を固めて熱い弾幕にジンベエの体が捕まり始める。このままでは距離を詰めることはできないと判断したジンベエはまっすぐにくまに向かうのではなく、川の中に飛び込んだ。

 

『海流一本背負い』

 

水の柱がまっすぐにくまに向かい、圧力砲にあたって水しぶきに変わる。

そこにジンベエがまっすぐに突っ込んでくる。飛び散っている水滴を受け止めて撃水を放っていく。

互いの弾幕がぶつかり合って、ジンベエの放った水が水滴に変わる。

 

互いの距離が近づいたとき、くまもその手を止めて、周囲の大気を一気に圧縮した。

『魚人空手奥義 無頼漢』

『熊の衝撃』

互いの最大の威力を持った一撃が衝突した。

 

激しく軋んだような音の果てに立っていたのはジンベエだった。

勝敗の差を分けたのは体のコンディションだった。生身の体というのは浮き沈みの激しい分、理解が深ければ高い状態を維持できる。逆に機械の体は基本的に墜ちていく一方で、直すためには大規模な調整が必要になる。

 

くまの体はベストとは比べられない状況だった。機械的な輝きを放っていた瞳から静かに明かりが失われていった。その光が完全に失われたその瞬間に大きく火花を散らして、その巨体は活動を止めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界の終わりの形

シキとモリアの戦いは熾烈を極めていた。

全体で見れば間違いなくモリアの軍勢は押されてきていた。巨大な怪物に数で勝る軍勢に押し込まれているモリアの軍勢だったが、局所的に見える圧倒的優勢に士気だけ見ればほとんど互角だった。

 

それはまさに災害だった。

頭に古代巨人属特有の角を持つ、人智を越えた大男が長髪をなびかせて巨大な人斬り包丁を振り回していた。切れ味が悪く、肉厚な刃は襲い来る巨大な猛獣たちを切り裂けていない。皮を裂き、筋繊維に絡まり、骨で刃が止まる。それを無理矢理力で叩き切る。

無理矢理たたき切られたその姿は、両腕で引きちぎられたそれと遜色ないほどのグロテスクさがそこにはあった。

 

逆にグロテスクさの欠片もないような場所もあった。

そこには多くの人間が倒れていたが、彼らの多くは致命傷を受けているようには見えていなかった。

彼らの体は1カ所どこかが貫かれたように穴が開いており、体の向きや姿勢と影の形が一致していないという共通点があった。

 

倒れている部下達を前にしてシキはモリアを見ておらず、モリアも同様に同じ方向を見つめていた。彼らの視線のずっと先

 

「才能か?執念か?それとも血筋がそうさせるのか? 伸び盛りの糞餓鬼が!!、HAHAHA そのままこの俺を越えて見せろ。俺を殺して見せろ火拳のエース!!」

ゴッサムシティの中心、一番プラント。そう言われていた建物はもう既にそこにはなかった。

炎上しきって前すらまともに見えないほどにそこは煌々と輝いていた。片端から炎に変わっていく世界の中で、JOKERだけは張本人すらわかっていない原因を知っていた。

能力の覚醒、エース本人が自覚すら持っていない状況でも、彼はもう既にこの土地が人の住めない土地になることを悟っていた。そして呼吸することすら困難になってしまう高温の環境下でJOKERは大きく息を吸い込んだ。熱が肺を焼くかのような痛みが走る。

ナイフはまともに持てないほど熱く、銃は既に使い物にならない。ガスのような薬品はこのような環境下での使用を想定していない。

はっきり言って予想以上にJOKERは詰んでいた。

 

最大の誤算は目の前の男があの男の血を引いていると気づくのが遅れたことだ。運命のいたずらというのは本当にいかんともしがたい。そんな状況だからこそ、にやりと笑う、口角を引き上げる。瞳孔を開く。少しの幸福も逃がさぬように。情報を漏らさぬように。

 

JOKERとエースの戦いはとても美しいモノだった。まさに炎舞と表されるような美しいモノで、普段から攻撃を躱すようなことをしないロギア能力者のエースと自らの命を守ろうとしないJOKERの戦いらしくないモノだった。

 

環境ダメージとも言えるモノに蝕まれているJOKERとエースの戦いは、暑さをクニしないエースの方が有利になる、はずだった。

もはや意識すらもうろうとしているはずの男の動きは切れを増して、徐々にJOKERNのほうに天秤が傾きだしていて、それは第三者の手によってぶち壊された。

 

超弩級の振動、世間一般で地震と言われる現象が彼らを襲った。

「グララララ、ずいぶんと楽しそうなことやってるじゃねぇか若造どもが。だが今回はやり過ぎじゃねぇのか。ええJOKER」

建築物も、炎も、戦闘員も全てを関係なく破壊していく最強の男の登場にもう動けなくなっていたエースが声を上げようとするが、そんな彼の腹部にJOKERの拳が突き刺さった。

「戦闘中に的から目を離すなぁ、未熟者はそこで寝てろ」

全身から力が抜けてしまって崩れていくエースを放り投げたJOKERはつけていたネクタイをほどいて、白ひげと向かい合った。

 

「お前がここにいるって事はあれはもう壊されてるんだろう、白ひげぇ」

「いつもみたいに逃げ回る気はねぇんだな」

「面倒なのはなしだ。俺は間に合わなかった。それだけのことだろう。HAHAHA、お似合いの最後じゃねぇか。派手に全てにけりをつけようぜ」

 

世界中を破壊するかのような戦闘だった。最もそこまでの力を持っていたのは白髭だけだったが。

全てが終わったとき、立っていたのはもちろん白髭だけで、いくつかの傷をこさえた白髭は自分の息子達に目を向けた。

「こいつら手当てしてやれ」

そう言った白髭が顎で指したスペード海賊団はモービィディックに連れて行かれた。

残っていた幹部達も、今はもう動かないJOKERの死体を前に座り込んだ白髭を見て立ち去っていった。

「……グラララ。…馬鹿野郎が、逃げりゃ良かったんだよ」

そういう白ひげの目には薄く涙の膜が張っていた。

 

 

彼らの戦闘が終わった事を察したシキは全軍に撤退の合図を出した。もう彼にわざわざ戦う理由は残されていなかった。

「キーシッシッシなんだ。結局尻尾巻いて逃げるのか?」

「何とでもいえ、JOKERのいなくなったお前なんぞ相手にもならん」

そう言ったシキは本当にそのまま撤退していった。そのまま彼らは時代の表舞台からそっと姿を消した。

 

モリアも戦闘の影響は大きく、徐々に縄張りを減らしていった。

クロコダイルは完全に姿を消した。

ドフラミンゴはシキと縁を切って、世界政府と組むことを選択した。JOKERは大きな影響力を持っており、二度目の死亡報道は信じない人間も多かった。

 

今日もどこかで誰かがピエロの仮面をつけて言う

「JOKERはまた蘇る」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。