心がノゾける呪い (おおきなかぎは すぐわかりそう)
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第一部
一刀三礼


 

 

 

 あの日のことは、今も鮮明に覚えてる。

 

 私が、ボクへと生まれ変わった大切な日。

 

 自分の力で、未来を切り開く力をキミに貰った、ボクにとっての人生の分岐点? ってやつなんだと思う。

 

 

 キミは怖いくらいにボクのことを理解してくれて、ちょっとばかし……ひどいことをしてしまったかもしれないけれど、それでもボクに懸命に寄り添ってくれて……。

 

 

 

 キミは本当に、ボクにとってかけがえのない存在なんだよ。

 

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

 朝はジリジリと鳴り響く目覚ましから始まった。

 

 すかさず布団の横に寝かせてあった相棒を手に取り、布団を蹴飛ばしながら横回転。おあつらえられたようなクッション目掛け、両手に握り込まれた竹刀を鋭く振り下ろした。

 

 

 

 バスッとクッションが変形し、その下にあった目覚まし時計も衝撃で飛び上がって、内蔵のバネを押し合いへし合いさせながらジャリンリンと倒れ込んだ。

 

 

 

 カーテンに近づくとまだ朝日を拝むことはできなかったが、構うもんかと竹刀を担ぎ窓を飛び越えズンズンと、隣人の寝顔に喝を入れる。

 

 

 

「起きろエイタ!! もうボクはとっくに起きてるんだぞ!!」

 

 

 

 最大音量に設定してあるスマホのアラームに手を伸ばしているのに、当の本人は早朝の騒音から逃れようとボクに背を向けて再び寝落ちしようと企む。

 

 当然そんな甘い態度を許すはずもなく、ガラ空きになって打ち込んでくださいと言わんばかりのお尻へ、竹刀を叩き込んだ。

 

 

 

「いで!!」

 

 

 

 気持ちのいい打撃音と、寝起きにしてはいい声に感心し、飛び上がったエイタに”おはよう”と、にこやかに挨拶する。

 

 すると、安眠を妨げられたことが不愉快なのか、ブツブツとボクに聞こえるか聞こえないかのラインでひとりごとを呟き始めた。

 

 竹刀を振り上げて再び”おはよう”と声を掛ければ、速攻で返事は貰え、彼はしぶしぶと朝の支度を始めるのだった。

 

 

 

「……出てってくんね?」

 

 

「? 男の着替えって別に恥ずかしいものじゃないでしょ?」

 

 

「それでも」

 

 

「それでも? 幼馴染でも?」

 

 

「幼馴染でも」

 

 

 

 エイタの支度が終わるまで、彼のベットでくつろごうとした計画は失敗に終わってしまった。

 

 だけど、まぁ本来の目的は達成できたのでいいかなーとそのままメツギ家のリビングへと向かう。

 

 

 

「……いい加減やめろよ、屋根つたって部屋入るの」

 

 

「? どうしてだい」

 

 

「それだよ、それ」

 

 

 

 振り返ると、今しがた通った僕の足跡をなぞるように、薄黒い斑点がテンテンと浮かび上がっていた。

 

 この頃は雨も降らなかったし、都会の空気が汚れていることは一般常識みたいなもんだから、玄関から入ってこなかったボクが”百”悪い。

 

 けれどもやってしまったものは仕方がないと、開き直ってリビングへと被害が広がらないようカーペットに擦り付ける。

 

 

 

「起きないエイタが悪い」

 

 

 

 納得いかないと顔を歪ませるエイタを背にし、そんな視線なんて気になりませんと竹刀を前方で振るいながら、ボクは彼の部屋から退出するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、おばさん。今日もいい天気ですね」

 

 

「おはようウチハちゃん。そうね、この頃は洗濯物がよく乾いてくれて嬉しいわ」

 

 

「何か手伝うこととかないですか?」

 

 

「そうね〜。とりあえずお皿出してもらえる?」

 

 

「はーい。あーそれとすみません、エイタの部屋からここまで汚してきちゃったかも、です」

 

 

「いいわよそんなこと気にしないで、あとでエイタに掃除させるから。あ、これ運んでくれる?」

 

 

 

 竹刀を壁際に立てかけながら、朝ご飯の支度をしているおばさんに声を掛けた。

 

 

 

 朝帰りになることも珍しくない両親に変わって、長年の面倒は隣人のメツギ家に見てもらっている。

 

 おばさんは何処の馬の骨ともしらないボクにも良くしてくれて、おじさんも血の繋がっていないボクに優しく接してくれた。

 

 自主練の前にメツギ家の目覚ましと朝食のお手伝いを引き受けて、せめてもの恩返しと、こうして毎朝通ってるってわけ。

 

 

 

 皿を出し終えたあとは、お弁当作りに切り替えたおばさんに変わってボクがフライパンを引き継ぐ。といっても、材料は既にある程度調理された後で、実質作りかけの料理を完成させるだけなのだが。

 

 

 

「おはよう」

 

 

「あらエイタおはよう。ほら、ウチハちゃんの料理冷めちゃうから早く食べちゃいなさい。食べ終わったら床の掃除、お願いね?」

 

 

「なんでウチハの後始末なんか……」

 

 

「口答えしない。こんなに可愛いウチハちゃんに毎朝起こしてもらって朝ごはんまで作ってもらってるんだから、ちょっとぐらい役に立ちなさい」

 

 

「ウチハの練習に付き合ってるだろうが……」

 

 

「どうせあんたのやることなんて遅刻ギリギリまで不貞寝するぐらいなんだからいいじゃない。そんなことより、剣道の調子はどうなのウチハちゃん? 大会近いんでしょう?」

 

 

「あ〜はい。もーばっちし、です」

 

 

「はーホントに、息子と同年代だと思いたくないくらいにしっかりした子。ほら、あんたもちょっとは見習ったらどうなの?」

 

 

 

 ボクのことを見習うように、なんて彼は母親に言われ、なおのこと居場所を無くしたように軽くそっぽを向き箸を動かす。

 

 

 

 誰もいないはずのガランとした我が家と違って、メツギ家の朝は部外者のはずのボクに、もう一つの家族が出来たような心地よさを与えてくれた。

 

 だが同時に、この満ち足りた日常がいつ壊れてしまうのかという恐怖心もボクに抱かせる。

 

 おばさんおじさんがいて、そしてエイタがいて。願わくばこの幸福が末長く続きますように、なんて。験担ぎのように、コップ並々に注がれた牛乳を一気飲みするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒空の下、青々と突き抜ける空が、日の出とともにその全貌を露わにしていく。

 

 天気がいいのはいいことだ、なんたって外で自主練ができるのだから。

 

 

 

 場所をボクん家の庭先に移し、竹刀の剣先がエイタを捉える。

 

 力強く踏み込んだ一歩に素早く竹刀を振り上げて、エイタの顔面寸前でピタリと止めた。

 

 

 

「な、なぁ……毎回思うんだが、この練習は本当に必要なのか?」

 

 

「あたりまえじゃん!!」

 

 

「ならせめてお前の防具ぐらい付けさせてくれ、危なくてしょうがない」

 

 

「いやぁーでも、剣道具は洗濯大変だから匂いが染み込んじゃったりしててー……」

 

 

「体育で汗臭さには慣れてるから問題ねぇよ」

 

 

「ボ、ボクの匂いが男子並みにキツイって言いたいの!?」

 

 

「そうじゃねーよ。耐性はあるってことをいいたいんだ」

 

 

「そんなこといって。本当はそういう趣味の変態なんじゃない?」

 

 

「んなわけないだろコノヤロ」

 

 

「ぷ、あっはは」

 

 

「笑い事じゃなく危ないんだよ単純に! 痛い痛くないが全部相手に握られてるとか気持ち悪すぎるだろ!?」

 

 

「い、いやーでも。恥ずかしいっていうかー……」

 

 

 

 生物である限り、調子の浮き沈みをコントロールすることは不可能と言っていい。

 

 その対策として、ボクはエイタに装備も着けさせずに、集中力を無理やり引き出す方法をとって練習をしている。

 

 頭の中で思い描いた軌道と現実の軌道を毎朝確認して、調子に合わせ修正してるってわけ。

 

 

 

 ……なんてのはただの冗談で、本当はエイタと一緒に過ごしたいだけだったりー……。

 

 

 

 過去の記憶からか、ビクビクしながらボクの竹刀を立ち尽くして目で追っているのは、その……ちょっとした息抜きになっている。

 

 朝から晩まで張り詰めて過ごしたら人間おかしくなっちゃうよ。

 

 だから朝練をサボる口実に、ちゃんと自主練の体でエイタと朝の時間を過ごすほかないのだ。

 

 

 

「あれ。これどうやって結ぶんだっけか?」

 

 

「ちょ、ちょっと! 恥ずかしいって言ってるでしょ!!」

 

 

「グフッ!?」

 

 

 

 ちょっと目を離した隙に、エイタがどこからか剣道具一式の入ったカバンを持ち出して、中身を堂々漁り始めていた。

 

 レディーの所有物を許可なく触るとか……幼馴染でも礼儀ってもんがあるんじゃない? と抗議しようと詰め寄ったら、エイタのやつ構わずおっ被りやがった!? 

 

 

 

 羞恥に顔を染めながら、ボクの面の中で深呼吸はさせまいと竹刀を突き出す。

 

 結果、エイタのみぞおちに見事ヒット。

 

 肺を空っぽにされて悶えてる隙に、面は無事回収することができた。

 

 

 

 冬場なら蒸れることなどそうそうないが、やっぱり夏をへての一年分の匂いというのは、体臭を気遣ってるボクからしても気になるところだ……。

 

 意中の相手になら余計に、ね。

 

 

 

 その昔、彼はボクの考えが透けて見えているんじゃないかと的確な行動を繰り返し、得体の知れない気味の悪さから幼いながら拒絶した記憶がある。

 

 幼馴染だから、長年の付き合いで相手の思考を読むことができたんじゃないの? とひどく頼りない答えを導き出すことはできるのだけれど、じゃあ今は……エイタは、ボクの考えていることがわかっちゃったりするのかな? 

 

 もしそうだとしたら……。

 

 

 

「ふへ、えへへへへ」

 

 

「……何笑ってんだよ」

 

 

「いんやぁーべっつにー」

 

 

 

 

 

 ──────

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 ──────────────────────

 

 

 

 

 

 自主練も終わり、すでに疲れ果てているエイタを引きずって登校する。

 

 体を動かした者と動かしてない者の違いなのか、冷たい外気で気持ちよく体温を下げるボクに対して、彼は肩をすくめ体温を逃すまいとサナギみたいな格好でホントおかしい。

 

 

 

「あ、まってて。いつもの買ってくるから」

 

 

 

 サナギがいっそう縮こまるのを視界の端に、コンビニに駆け寄っていつもの棚へ小走りで向かう。

 

 学校の給食で出るような小さなパック牛乳を手に取り、賞味期限を確かめながらレジへ。

 

 ちょっと割高感あるけど、寂しい思いと引き換えに、お小遣いはそれなりにもらえているのだー。と、無駄な浪費を告白すれば、朝早いコンビニは、通勤途中のサラリーマンとかOLでそれなりに混雑していた。

 

 

 

 新発売の文字に心惹かれながら、でもバレた時の顧問おっかねーんだよなーと欲を抑え、大好きだったコンビニスイーツが一線から退いているのにトホホと残念な気持ちになり、スマホの着信に対応しているとレジの前に。

 

 商品も多くないので手早く済ませ、自動ドアをくぐってエイタの姿がないことに気付く。

 

 

 

「?」

 

 

 

 キョロキョロと周囲を見渡していると、頭を下げられているエイタを発見した。

 

 

 

「ちょっとちょっと! エイタなんかやらかしたの!?」

 

 

「迷惑かけたんなら俺が頭下げる方だろが」

 

 

「あーそっかー……て、まだなにがあったか聞いてない!」

 

 

「まぁその、ただの迷子だよ」

 

 

 

 その発言で頭を下げていた女性に目を向けると、足元にはマルチーズがお行儀良く座って、申し訳なさそうにしょんぼり大人しくしていた。

 

 

 

「うは〜マルチーズだーかわい〜」

 

 

「公園のベンチでウトウトしてしまって、気が付くとウチの子が……本当に、ありがとうございました」

 

 

「いいですよ、そんな頭なんて下げられても。……たまたま目の前をワンちゃんが通り過ぎただけなんで、成り行きです」

 

 

「おぉー、人懐っこくて良い子でちゅね~」

 

 

「馬鹿やってないでいくぞウチハ。顧問に顔見せないと、無理いって自主練なんだろ?」

 

 

「そ、そーだった。ボク達急いでるので! じゃーねワンちゃん」

 

 

 

 名残惜しげに手を振る。ボクがコンビニに行ってるあいだ、この短い時間でトラブルに巻き込まれるなんてエイタはついてないなー。

 

 けど、これは生まれ持ってのサガ?セガ? ってやつなんだと思う。なんかこう、お人好しというか、損な役回りみたいなもんかな?(都合の)良い人、みたいな。

 

 

 

「あ!? 今日は科学の課題プリントだった。エイタに預けてたっけ?」

 

 

「はぁ……ほらよ」

 

 

「へへー、ありがとうございますエイタさま」

 

 

「テストで死ぬなよ」

 

 

 

 

 

 ──────

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 体育担当の先生が急病で自習となり、代役が到着するまでの間は、教室はまさに無法地帯と化していた。

 

 運動部だからって寒さが好きなわけではない。まして、袴でスースーするし剣道具は冷えてるし、おまけにお肌のお手入れといつも以上に気を配る。

 

 もちろん防寒着は着込んでいるけど、あんまり着込むとずんぐりむっくりで見た目も悪いし動きも鈍くなるので、最低限の薄い防寒で我慢しないといけない。

 

 

 

 パック牛乳にストローを差して、チューチュー吸って、時計を見て。……後五分ぐらいいけるかな? なんて、呑気にカルシウムを摂取する。

 

 

 

「ちょっと〜聞いてるウチハー」

 

 

「あーごめんごめんポクってた」

 

 

「もー折角の恋バナなんだから。ウチハもなんかネタ出ししてよ〜」

 

 

 

 机を取り囲んでの、そうだそうだの大合唱が始まる。

 

 女の子が恋バナ好きなことに言うことはないのだけれど、さっきから視線をこっちに向けて話をしているエイタのグループに気を取られ、全く内容に集中できないでいた。

 

 

 

「ごめん大会近いからさー、恋愛に集中できないんだよね〜」

 

 

「まーそーだよねー。剣道部、期待のエースだもんね〜」

 

 

 

 なんて会話を聞き流しながら、ついにはボク達を指差しながら喋り始めたオタク眼鏡くん? の話の内容が気になってチューっと席を立つ。

 

 ツカツカと進む背後から、”でたーエイタスキー”との茶化されに後方を睨んで、その熱弁に耳を傾けた。

 

 

 

「なんであんな可愛いボクっ子が、お前みたいな幸薄ヤロウにべったりなんだよ!! ふざけんな!!」

 

 

「あーそう」

 

 

「しかもドウゾノは全国大会の常連にして強豪!! その細身な体から繰り出される一撃は「誰が貧相じゃ」

 

 

 

 まだ飲み終わっていない牛乳パックに思わず力がこもり、噂に違わぬ手刀を貰い受けたボクのファンは、その威力にヘブッと最後の言葉を残すとそれきり黙り伏せった。

 

 素早く黙らせた反動で、パック牛乳は見事に潰れ、制服やら髪やら顔や床に少なくない量の牛乳を吹き上げる。

 

 

 

「……ねえ、ハンカチ貸してくれない?」

 

 

「持ってるけどよぉ……」

 

 

「牛乳臭くなるのが嫌なの? 男の子のハンカチっていうのは、女の子の涙を拭くのが仕事なんだよ? ボクは今まさに、牛乳濡れで泣きそう」

 

 

「ドウゾノさんよかったらこれ使っ「あーいいからいいから気を遣わなくても、ボクの幼馴染は優しいいんだ。ね?」

 

 

「わかったよ、ホラ……雑巾も持ってこないと」

 

 

 

 そうやって、面倒くさそうにしながらも結局ハンカチを取り出してくれたエイタに”ありがとー”と微笑んで、ササッと素早く牛乳を拭う。

 

 

 

「柔軟剤変えた?」

 

 

「いや、知らないけど……」

 

 

「前の方が良かったかな─────」

 

 

 




話を書く時に出た、資料とか補足とか裏側とか。
https://www.ookinakagi.com/a-cursed-trash-can-that-makes-your-heart-chill/


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師なきは外道

 
タイトルは剣道用語から適当に選んでる。


 

 

 

「んんでぃえい!!」

 

 

 

 息も絶え絶え。呼吸のリズムを整えて、ありったけの声を張り上げる。

 

 もう何度目かもわからない打ち合いによる疲れを、乗り慣れた気迫で張り倒した。

 

 

 

 体育館は締め切られてしばらく経つ。この閉鎖空間で自身と空間との明確な温度差を実感しながら、実績によって選別された同じ体育館の民への手向けと、いま出せる渾身の一振りを響かせた。

 

 バチンっと小気味いい音が体育館を満たし、略式の礼をすかさず取る。

 

 

 

「次!!」

 

 

「押忍!!」

 

 

 

 機械的な次の相手を呼ぶ声に、先程の相手とは少々違った野太い声色が迫り上がる。

 

 両者はまたも、試合場で示し合わせたようにお辞儀の共演をはたし、竹刀はガンマンのように高速で向かい合う。

 

 ジリ、ジリッと間合いを計るように右回りで接近し合い、竹刀の先端では打ち込みやすい場所を巡っての前哨戦が繰り広げられていた。

 

 挑戦者からは攻めっ気を感じない。このまま防戦に終始するつもりのようだ。

 

 

 

 ジャージを着た顧問は、試合の行方に目もくれず、じっと自身の腕時計を見つめていた。

 

 

 

「……十!! 九!! 八!! 七!! 六!! 五!! 四!! 三!! 二!! 一「んんだぁらう!!」

 

 

 

 突如始まるカウントは、これ以上の勝ち抜きを抑止するための圧力だ。

 

 顧問の声を背にする相手の四肢が、隙は見せまいとより強靭さを増す。

 

 だが焦ってはいけない。焦りは相手に付け入る隙を与えてしまう。下手に前に出れば切り捨てられてしまう。

 

 

 

 カウントは無機質に下り、相手の優位がそびえ明確な差が開くのを肌で実感する。

 

 だが開く一方であった格差は、ウチハにプレッシャーを与えるだけに止まらず、相手にも悪影響であることを理解しなければならない。

 

 カウントが背後で途切れるまでの間、いつ襲いかかってくるかもわからないウチハに集中するあまり、戦いの主導権を彼女に譲ってしまっているからだ。

 

 

 

 勝つか負けるかのバランスが崩れ、勝てるかな? と思考に緊張感を失うと、あれだけ堅牢を誇っていた守りにも緩みが生じ綻ぶ。

 

 あとは簡単、その隙間に全力を持って飛び込んでいくだけ。

 

 

 

 バチンッ

 

 

 

 悪あがきのように見えた最後の最後で飛び出た一撃は、見事に相手の守勢を食い破り、綺麗な一文字の足捌きを生み出した。

 

 追い越した相手に振り向き頭を下げる。そしてすぐさま、次の相手に対応できるよう相手コーナーから距離を取った。

 

 

 

「イイザワ!! 最後まで油断するな!!」

 

 

「お、押忍」

 

 

「声が小さい!!」

 

 

「押忍!!」

 

 

 

 顧問の試合開始の合図がないからなのか、入るタイミングを上半身の前後運動で探る一人の生徒。

 

 そんな戸惑いに応えることはせずに、ゆっくりと困り果てた生徒へと近付くと、顧問は手の平を突き出した。

 

 

 

「ヤマダ、少しの間貸してくれ」

 

 

「は、はい。どうぞ……」

 

 

 

 言い終わる前にして、既に竹刀は顧問の手に。

 

 振り心地を確かめることもせず、ただ淡々と左手に帯刀しなおし、試合場に足を滑らせ両者立礼。

 

 

 

 まさかジャージ姿のまま試合をする気なのだろうか。

 

 

 

「ドウゾノ、遠慮はいらん。本気で来い」

 

 

 

 いくら相手が剣道を志しているものとはいえ、防具を身に付けていない生身の人間への攻撃は躊躇ってしまうものだろう。

 

 しかもウチハは連戦に次ぐ連戦で満身創痍。何かの拍子に、危険な太刀筋を描かないとも限らない。

 

 よって先ほどの発言は、言うなれば勝利宣言ということだろうか。

 

 何があろうと確実に一本、無傷で取りに来ると言う絶対的自信の表れなのか? 

 

 

 

 レベルの違いは、竹刀を構えた瞬間から明確に浮かび上がった。

 

 動けないのである。正確には、自分の動きたい方向に向かうことが出来ない。

 

 

 

 動き出そうと踏み出す場所は、即座に相手の足が差し込まれる。

 

 ならばより早くと足を出せば、今度はその場に相手の体があった。

 

 不用意に踏み込んでしまえば、待ってましたとばかりに、強烈な一撃をお見舞いされることだろう。

 

 

 

 万全の態勢から放たれる、格の違う面・胴・小手。……勝ち筋の一片も窺い知れなかった。

 

 

 

「どうした、早く打ち込んでこい」

 

 

 

 そんな戸惑いを知ってか知らずか、攻撃の催促をする顧問の行動に、勢いは完全にへし折られたかのように見えた。

 

 基本的な足捌きから違うのだ。捨て身の肉薄すら戦い切れるか怪しい。

 

 

 

 連勝の慢心を引き締め、大会への残り少ない鍛錬を手抜くことなく高めさせる。教え導くものとして、彼はその役目を見事はたしていた。

 

 あくまで顧問、あくまで年上、あくまで経験者として。自分と相手の力量を正しく見定め、正しく振るったただそれだけの行動に、いったいどれほどの経験と思慮が積み上げられているというのか……。

 

 

 

「んんでぃえい!!」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 打つ手なし……もう降参するかと思われたその瞬間、ウチハの体は跳躍し、軽装である格上へと切りかかっていた。

 

 配慮の色も匂わせない、まさに研ぎ澄まされた一撃だった。

 

 

 

 しかし、相手するのは明らかな格上。動きをまるで予期していたように、水面のような静けさでいなされる。

 

 そのキッカケが合図となったのか、ウチハは狂ったように前へ前へと連撃を繰り出した。

 

 

 

 剣戟の全てを受け切らなければならない顧問に対し、ウチハは体力の続く限り何度でも挑戦権を得ることになる。疲労困憊な体で、一体どれだけ戦えるというのか……。

 

 

 

「んんがぉれえ!! えい!! れえ!! らう!!!! れえ!! らう!! れえ!! えい!! らう! らう! れえ……」

 

 

 

 肩で息をしながら、使い果たした気力の最後の一滴まで酷使しようやく直立するように、しかし相手へ竹刀の切っ先を向け続けることは忘れない。

 

 剣道の構えもクソもない。ねじれたような格好、次の足捌きのことなど全く考えなしのポーズ、そのどれもが一貫して限界を主張していた。

 

 

 

 その立ち姿に、まるで苦しむウチハに介錯を施すような、明瞭な意思を持った鋒が下される。

 

 

 

「てッ! 「ッメェヘ────!!」

 

 

 

 一撃目をなんとか払ったウチハは、次の瞬間には討ち取られていた。

 

 初撃は囮、本命は第二撃。しかし、この状態では相手の狙いが読めてたとしても、反応できるかどうか怪しかったことだろう。

 

 

 

 互いに礼をするまで、剣道の試合は終わらない。

 

 再配置につき、なんとかスピードの落とされた腰折りに追従し、試合場を出た途端にウチハはぐったりと膝を突く。

 

 ようやく倒されたことで、長時間の緊張感から解放されたからなのか……はたまた。

 

 

 

「連打が単調すぎる。基礎はできてるから、もっと基本の形を崩して良い。・・・・よし!! お前ら集合!!」

 

 

 

 倒れたウチハの背後に声をかけながら、鬼畜にも全員集合の号令をかける。当然部活メンバーの一人であるウチハが無視していいはずもない。

 

 頭を振って立ち上がり、最後の仕事だとトボトボと列についた。

 

 

 

「ドウゾノ。自主練の内容はどうしても喋れないのか?」

 

 

「い、いえ、その……個性的過ぎて部活動で採用するのはイマイチかなと……」

 

 

「それを判断するのは顧問の仕事だ」

 

 

「えーいや、でもあのー……」

 

 

「渋ってくれるな、ここにいる全員強くなりたいんだ」

 

 

「そーいわれましても……」

 

 

「ハー……大会が来週に近付いてきているが、いい結果を残せるように、それぞれ体調管理には十分注意するように。みんなご苦労だった……それじゃあ、解散!!」

 

 

「「「「ありがとうございました!!」」」」

 

 

 

 あ、危なかった……。再び引き締められた緊張を今度こそ解いて、ウチハは安堵の息を吐いた。

 

 最終下校時刻が迫っていなければ、容赦無く問い詰められていたかもしれない。

 

 

 

 竹刀を杖にしたい衝動を必死に抑えながら、ウチハは下校すべく自分のバックへと向かう。

 

 

 

「……お疲れ」

 

 

「ッんばぁー! キッツ!!」

 

 

「無双だったじゃん」

 

 

「最後のが無ければねぇー」

 

 

 

 終わったタイミングを見計らって入ってきたエイタは、遠慮なくガサゴソとウチハのバックを漁り、タオルとスクイズボトルを投げ渡す。

 

 それに面を脱ぎ捨てたウチハが受け止めれば、ようやく息苦しさから解放される。

 

 

 

 前面が格子状で空気と触れるとはいっても、連続しかも休みなしの試合形式は、冬であっても汗をかかせるには十分であった。

 

 湿度でベッタリとへたれた髪の毛をたくしあげ、スポーツドリンクを流し込み、不快感の原因をタオルで拭った。

 

 

 

「自主練のことでまだ問い詰められてるのか?」

 

 

「そーなんだよもー本当に……異性がいないと出来ない練習とか、この部活には合ってないんじゃないかな──……」

 

 

 

 ウチハがもしやと思って振り返った先には、強さの秘密を知りたい多くの視線があった。

 

 たまらず赤面するウチハ。

 

『異性がいないと出来ない練習』確かにそう聞き取った剣道男子達は、思春期特有の過激なシチュエーションを想像したが、即座にいったい部活と交際の両立をどう果たすのかといった難問を前にして頭を抱えた。

 

 

 

 だが実在することもまた確か。非公式ながら、その両立を果たしているウチハへと、彼らは”尊敬”と”畏怖”と”可愛い”といった念を送る。

 

 

 

「エイタが変なこと聞いてくるから、ボク恥ずかしい思いしちゃったじゃん」

 

 

「……いや、わるかったって」

 

 

「もう暗くなってきたから早く帰ろうよ」

 

 

「そうだな、今日はグチが多くなりそうだ……」

 

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

「ふぁーねむ……ねぇ汗臭くない?」

 

 

「んんや。確かめるか?」

 

 

「ちょ、やめてよ……わざわざ嗅ぐのは変態でしょ」

 

 

「じゃあ大丈夫だろ」

 

 

 

 スンスンと鼻を鳴らしながら、ウチハは自分の体臭を気遣う。

 

 剣道具などの、一つのバックにまとめるとそれなりの重さになる荷物は、エイタが受け持つ。

 

 

 

 バックを開け、臭いがどうか確かめようとするその動きは、身軽なウチハによって物理的に阻止された。

 

 接近する両者。体臭を気にしている割には迂闊な行動だなとエイタは変わらずに息を吸ったが、嫌悪感を抱くような匂いを発しているわけではなかったので、それとなく問題ないことを告げる。

 

 

 

「流石にあの扱きはないっしょ───」

 

 

「だいぶウチハに厳しいのな」

 

 

「そーなんだよね〜。実績ある分、余計にね〜」

 

 

「五段だっけ?」

 

 

「あ〜そうそう。歳を聞くのは怖すぎるけど、まだ三十いってないんじゃない? 剣道一筋って感じ滲み出てる」

 

 

 

 太陽は季節に倣って早い段階から姿を隠し、お早い出勤の街灯は、文句も言わずに役目をこなす。

 

 都市ではLEDライトの普及が着々と進みつつある。

 

 二人の街にも、いつのまにやら淡い黄色い光を放っていた存在は姿を消し、より白く強い灯りが街を席巻するようになった。

 

 

 

 ふと気がついてしまえば、過去に思いを馳せるような瞬間を生み出すかもしれない街灯に、エイタは目を細める。

 

 いつも部活が遅いウチハと下校を同じくするために、図書室で長い時間を勉強との格闘に費やしていたので、目の疲れからか鋭く突き刺すような光は目に堪えた。

 

 

 

「今日はいつもにましてキツかったー……ねぇ〜家までおぶってよ〜」

 

 

「うるさい。剣道具持ってやってるんだから文句言うな」

 

 

「じゃあ私が剣道具持ってあげるから、代わりにボクをおんぶして?」

 

 

「それ俺の負担が増えてるだろ……」

 

 

「ケーチ〜」

 

 

「そりゃどうも」

 

 

「帰宅部のくせに〜」

 

 

「なんとでもいえ」

 

 

「役立たずなエイタなんてこうだ。えい、えーい」

 

 

 

 エイタの横から離脱し背後に回り、ダル絡みのように頭突きを繰り返すウチハには目もくれず、地味に重い剣道具のバックを背負い直して帰路を急ぐ。

 

 だが住宅街を抜け、交通量が多くなったところでその動きは一旦停止した。

 

 止まったことで背中からの反発が大きくなったことにウチハは驚き、頭突きを終了させて、どうしたのかと面を上げる。

 

 

 

「!!ちょっ、いきなり止まらないでよ」

 

 

「……」

 

 

「エイタ?」

 

 

 

 声をかけても聞こえていないかのように反応がない。

 

 その視線の先に何かあるのかと行方を探れば、なにやらタクシー前で揉め事が起こっているようだ。

 

 特に自分たちとの関連性が見受けられず首を傾げるが、エイタはその場から一歩も動く気配がない。

 

 

 

 今朝のマルチーズの件もそうだが、どうしてそんなに赤の他人に構うんだろう? と顔をしかめるウチハに、ようやくエイタが動き出す。

 

 

 

「なぁウチハ……三千円貸してくれないか?」

 

 

「えぇ!? ……いいけど、何に使うの?」

 

 

「いや、ちょっとな……」

 

 

「ちゃんと返してよね? あとそれから、今度ボクの願いも聞くように!」

 

 

「わぁーたよ、早くしてくれ」

 

 

「約束だかんね〜」

 

 

「ひ、ふ、み……。ウチハはここで待ってろ」

 

 

 エイタは揉めている二人に近づくと仲介に入り、スーツ姿の男と話し込み始める。

 

 突然の乱入者に、しばらくは平行線上に見えた両者のやりとりは、やがて押し切るようにお金を運転手に渡すことで決着する。

 

 静止し、慌てるように持ち物を探るスーツの男に断りをいれ、役目は終わったと疲れたようにウチハの場所へと舞い戻った。

 

 

 

 その一部始終を、なんとも物申したい表情でウチハは見つめる。

 

 

 

「……あのさー、人のやることに口出しするつもりはないけどさ? やめた方がいいんじゃない、こういうの。いつか足元すくわれるよ?」

 

 

「……お前にはわからねぇーよ」

 

 

「? なんか言った?」

 

 

「別に」

 

 

 




話を書く時に出た、とかとかとか。
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勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし

まるで将棋だな(なにが?)。


 

 

 

『準優勝、ドウゾノ ウチハ』

 

 

 

 大きな体育館ホールは、今まさに最後の役目を果たそうとしていた。

 

 全国大会の舞台なだけあって今日は特別に授業が免除され、観客席を見渡せば、学年中がウチハの功績とサボれるきっかけを生み出してくれたことに沸き立っている。

 

 雷のような拍手に祝福されながら、ウチハは二番目に高い表彰台に立ってトロフィーを受け取る。

 

 剣道部なんかは互いに抱き合ったり、みっともなく盛り上がったり、それを咎める顧問の先生は静かにうなずいて目頭を抑え。いつもそばで見ていた身としては、彼女の努力が報われたことに頬が緩み、拍手の音量は次第に大きくなっていく。

 

 

 

 ウチハのご両親は、仕事の都合上この会場にはいない。

 

 だが、母親の”ウチハちゃ~ん!! ”の声が届いたのか、コチラに向かってぴょんぴょん跳ねながら満面の笑みで手を振る彼女に気負った様子はなかった。……なお、近くにいる俺は恥ずかしいので、即刻やめてくれと肩を揺すっている。

 

 流石に優勝者よりも目立つその行動に、係の人が肩を叩いてそれとなく注意すると、しょんぼりと送られたトロフィーを胸に抱き寄せていた。

 

 

 

 クラスは勝利の余韻を残しながらも、母校最寄りの空港への飛行機に乗り込み、観光気分もそこそこに関東の地を去った。

 

 明日には「タダでは転ばん」と言いたげに、学校側から剣道大会の感想文を書かされるハメになるんじゃないか?

 

 ……合わせて後日談となるのだが、授業が潰れた分は宿題として課題が盛り込まれ、終業式から始業式までの割と自由な時間が勉強に塗り潰されることとなる。功績の立役者であるウチハも巻き込む、阿鼻叫喚の地獄絵図となる様は、自分も含めて配慮の余地があったのではと今でも疑問に思っている。

 

 

 

 帰りも学年で一フロアを貸し切るように座席を埋め、着陸したのは午後の四時頃。ここから手配したバスに乗って学校へ滑り込み凱旋……と行く予定であったが、どうやらうちの母親がここで待ったをかけた。

 

「空港までは車で来ていたので、帰宅の足は充分です」

 

なんて主張を教師に繰り広げてクラスの注目を集め、顔を伏せたくなるような騒動に発展する。

 

 

 

 ……結果から言えば、許可されてしまった。担任や教職員はあくまで団体行動を優先し、誰か一人を特別扱いすることに否定的だったが、騒ぎを聞きつけた校長先生が割り込んできたために風向きが変わる。

 

 曰く、我が校の優秀な生徒を早く休ませてあげたいだとか、中途半端な時間で祝うよりも、明日の朝礼で学校を上げて祝った方が彼女のため……とかなんとか屁理屈をこねて集団の輪から外されてしまった。

 

 

 

 いくらウチハが今回の主役だからって、贔屓するのは学校としてどうなんだ……なんて意見は手を引く母親とウチハに掻き消され、クラスメイトからの特権階級を見るような羨望の眼差しに申し訳なさを覚えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄の翼が揚力を得てその巨体を持ち上げる。

 

 地上を離れ、どんどんと高度を増していく様は、重力が効いた地面に置いていかれるような虚しさを置き土産とする。

 

 いくら俺がこの場で幸運をだとか堕ちろだとか、どんな感情を抱こうとも、あの飛行機へさしたる影響なんてないのだろう。

 

 

 

 行先も告げぬ飛行機は、はじめから目的地に辿り着くだけの力を備えているのだから、あとは不幸に見舞われさえしなければ、役目を全うすることができる。

 

 飛行機雲を棚引かせながら、悠々と滑空する空の大鳥。そんな力強さと単純さが、今の俺には羨ましく思えた。

 

 眼前の四角い世界を飛び出して、車窓の枠外へ消え去ってしまったジャンボジェットの行き先を知る術は、永遠に失われてしまった。

 

 

 

「まぁ、とりあえず……おめでと」

 

 

「あ~エイタ、応援ありがとね~」

 

 

「よかったよ。俺の選択は間違ってなかったんだなって」

 

 

「ボクはこの道を選んだことを後悔したことなんてないよ? ここまでこれたのはエイタのお陰!」

 

 

「……いや、それは大袈裟だろ」

 

 

「なにおう~」

 

 

 

 車の後部座席に収まり、もう何度も言われ飽きてると思うが、形式的にお祝いの言葉を述べる。

 

 素直な感情が飛び出たのは、ここが身内しかいない閉鎖空間だからなのか。……だからと言って、頭部を擦り付けてきていい理由にはならないが。

 

 ルームミラー越しに覗く、母親のニヤついたような目線に気がつき、ウチハを押しのけて窓の外を見て気を紛らわす。親しき中にも礼儀あり、だ。

 

 

 

「実際のところ、エイタはウチハちゃんのこと好きなの?」

 

 

 

 追越車線場を猛スピードで車が”シャーッ”とタイヤを滑らせるように駆けていく。

 

 エンジン音は絶えず燃焼を繰り返しているはずなのに、車内の静けさはより磨きがかかっているように静やかだった。

 

 どうしてこう……俺の母親は、この和やかな雰囲気を的確に打ち壊すことができるのだろうか、本当に腹が立つ。

 

 

 

 だが聞かれてみると、つい考えてしまうのが人間という生き物だ。そして自分でもウチハのことをどう思っているのか、よくわからないということを理解する。

 

 人を心の底から好きになったことがない。そもそも、人を好きになる価値が自分にあるのだろうか? とする前提条件が思慮を遮る。

 

 

 

 ウチハは俺と比べるのもバカらしくなるほどに社会に利益な人間だ。

 

 その小さな体で努力を積み重ね、学年中いや学校中の応援を背に受けて、彼女が望めば特例だって認めてもらえる。そんな高嶺の花に手を伸ばす行為は、客観的に見て愚かしい行為なんじゃないだろうか? 

 

 

 

 ……でも何かしら答えを出さないといけないのだろう。意思の非表示は……それこそ相手に失礼なのだから。

 

 

 

「……よく、わからない」

 

 

「えーなんなの? 照れてるの? 別に深い意味はないのよ?」

 

 

 

 熟考した上での、これ以上ない俺の心の内だった。けれども、母はハナから俺が出す回答を聞く気などさらさらなかったらしい。

 

 いつもそうだ、本当は? でもやっぱり? なんて話を区切って、ただ自分が望んでいる言葉をパクパク金魚みたいに待ち構える。

 

 

 

 ……俺は外面から見えるより、中身が詰まった人間なんかじゃない。

 

 空のポケットをいくら叩いて揺すったところでビスケットなんて出てくるはずもなく、なんなら増やすためのビスケットすら俺は持ち合わせていない。

 

 自分が平均以下の人間であることを……あぁやめろ、そんなに深く考え込まなくていい。答えはもう出てるじゃないか。さっきの言葉がお前の本心で、そのままいつものように有耶無耶に過ごせばいい。誰もお前の話なんて聞きたくない。

 

 キ・キ・タ・ク・ナ・イ。

 

 

 

 ……それで? 結局? お前はウチハのことが? 

 

 

 

「キr「もーなんなのよーエイタったら、意地張っちゃって。そんなことしてるとウチハちゃん愛想つかしちゃうわよ?」

 

 

 

 しまったとルームミラーに目をやる。

 

 右折のウインカーを出して、車が途切れるのを待っている視線を確認し、もどかしい気持ちになるが今度は同じ後部座席にハッとした。

 

 ……言葉にすらなっていない、断片でしかない今の発言を、はたしてウチハは聞き取っただろうか。

 

 ”あっあー”とさっきと音量を似せたリズムを紡いで、相手の反応を流し目で見守る。ソッポを向いたウチハは窓の外を見ていた。

 

 これは? セーフ? なのか? 赤茶色の鮮やかな頭髪を観察し、カラカラと笑う母親の存在を隠れ蓑にして、そっと息を吐き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母は買い物してから帰るといい、俺とウチハを分かれ道で降ろした。あぁ、ウチハの荷物持ちしろってことねと、無意識に体が動く。

 

 剣道具が詰まったバッグを背負い、二人並んで帰路につく。ウチハに目立っておかしな点はない。やっぱり聞かれていなかったんだろうと勝手に決着をつけ、けれども妙な気不味さからか、こちらから会話を切り出せずにいた。

 

 

 

「……来月から新学期か~」

 

 

「そうだな」

 

 

「三年生は色々と大変そうだよねー」

 

 

「早いやつは一年生から対策してるってな、俺達もそろそろ本腰入れていかないと……」

 

 

「二年生になったら選択授業が始まるし、エイタに手伝って貰えないから今から不安だよ~」

 

 

「流石に選択外の科目まで面倒見るのはウチハのためにならないし、それにこの先、学力をつけておいて損はないだろうから……。まぁ、頑張れよ」

 

 

「学年上がったらクラス替えだよね?」

 

 

「なるべくいろんな人と集団生活できるように先生が調整するから。あえて仲良い友達と引き離したり……まぁ社会に出るための準備だよな」

 

 

「次も一緒のクラスになれたらいいね」

 

 

「いや、それはわからない」

 

 

「ここは普通同意するところじゃないの〜」

 

 

「日頃の行いとか成績とか、全部ひっくるめて先生に委ねるしかないから、無責任に同意なんてできるか」

 

 

「ふぅーん」

 

 

 

 俯いて、寂しげに地面に目線をやるウチハをサッと確認しながら、自分の発言の是非を問う。

 

 何もかもを握られているというのは、それはそれで腹立たしいことなのかもしれないが、自分で何もかも決めるというのもそれはそれで面倒くさいことだ。

 

 飼い犬がいいか、はたまた野良犬がいいのか。優秀なら選択肢も用意されている。しかし、優秀になれないのなら話は別だ。

 

 

 

「なんか、やだなー」

 

 

「……学校がか?」

 

 

「んー学校は好きなんだけどね~。どんどん見える景色が変わっていっちゃうからかな……ちょっと怖い」

 

 

「……」

 

 

「エイタは……変わらないでね?」

 

 

「……人間そうコロコロ変わるもんじゃねーよ」

 

 

「あっはは、そりゃそーだ!!」

 

 

 一度話が始まりさえすれば、いつも通りの関係性に元通り。

 

 感じていた違和感は頭から消え去り、自動的に不安材料の一つも居場所を無くした。

 

 相変わらず、冬の寒さに風が吹き荒べばなお凶悪だが、それも春の訪れとともに都合よく懐かしく感じるのだろう。

 

 

 

 疾風怒濤の時代は、内在に激しい変化を伴いながら残痕を刻み込んでいく。

 

 表層に滲んだその形が、いつしか別人であると囁かれたがるように。

 

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

 桜が見頃の満開を迎え、新しい門出を祝っている。

 

 俺たちの教室も一段上がり、新たなメンバーでの一年間が始まった。

 

 

 

 クラス表のプリントを見れば、友人たちは見事に三々五々に散らばっている。

 

 唯一同じクラスになった眼鏡くんも、二席離れてしまえばなかなか交信が出来ず、お互いに周囲の人間との交流を迫られていた。

 

 

 

 担任が職員会議から帰ってくるまでの間に、ほぼ全てのクラスメイトが何かしらのコミュニティーに属し、来るべき自己紹介に備えている。

 

 気をてらったアピールさえしなければ、目立ちはしないが、反感も持たれない。

 

 クラスへ自分の存在を認知してもらう重要な局面だ。

 

 波風起こさないという点では、平均に近ければ近いほど苦労を伴うイベントではないのだろうが、どんな場所にも例外はいる。

 

 そう、例えば……。

 

 

 

「ねぇ、あの子じゃない?」

 

 

「不登校なんでしょ?滅多に学校来ないって噂の」

 

 

「そうそう、いろんなところで入賞してる子」

 

 

「なんか多芸なの?」

 

 

「へー結構綺麗な人だねー」

 

 

「でも先生に媚び売ってんでしょ?」

 

 

「男子にも色目使って」

 

 

「ねぇナツキ話しかけてみなよー」

 

 

「えー無理無理。凡人とは話したくないってさー」

 

 

「なにそれ性格わっる」

 

 

「また部活入り直すんじゃない?」

 

 

「いく先々で嫌われるから居場所がないんじゃないの?」

 

 

「うっわーそれめちゃくちゃダサイやつじゃん」

 

 

「ウチの部活に来たことあるけどチョー迷惑」

 

 

「わざわざしゃしゃり出てこなければいいのに」

 

 

「いっやw言い方w」

 

 

「どうせ目立ちたがりなんでしょ?」

 

 

「そりゃ孤高気取るしかないっか~」

 

 

「ぜんぜん反応ないけど何あれ?」

 

 

「死んでんじゃないの?」

 

 

「なにすかしてんだよ」

 

 

「可愛げなッ」

 

 

「ウチハはどう思う?」

 

 

「んー……」

 

 

 終業式で配られた課題プリントを広げ、諦めたように頬杖をついていたウチハは、どうでもよさそうに応える。

 

 あの課題プリントはかなり凶悪で、俺も結構時間を食った。それでも手伝ってやれなかったのは、ウチハが予行演習と俺の手助けを断ったのが原因だ。

 

 

 

 ウチハと同じ状況の生徒達が、示し合わせたように、教師の怠慢に抗議する意見が飛び交う。

 

 なにか共通の敵を作ることは、賢い団結の仕方だ。宇宙人の襲来で、いがみ合っていた人類が手を取り合うのは、なにも非現実的じゃない。自分はあなたと同じですよと主張して歩調を合わせるのは、互いに安心感を共有する大事な第一歩なのだから。

 

 

 

 ウチハが口を開く。

 

 

 

「──────興味ない」

 

 

 




メンヘラのヘラヘラとかとかとか
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ささら踊り

 

 

 

「みんなバラバラになっちまったなー」

 

 

「そだな」

 

 

 

 顔合わせを終え、真新しい教科書を携えて、俺達は午前も早々と帰路についていた。

 

 気の早い奴らは、新しく出来たグループで親睦会を開こうと、カラオケやらファミレスやらで盛り上がっていることだろう。

 

 

 

 なんだろう……こう変わり身の早さというか、学校生活をより円滑に進めるためのロビー活動に熱心だよなと。口にすれば馬鹿にしたような発言であることに気が付く。

 

 別によそで盛り上がることに難癖をつけたいんじゃない。ただ毎年のように、出禁の店を無作為に生み出すことを止めていただきたいだけだ。

 

 

 

 偏差値は特別低いわけでもないが、かといって高いわけでもなく。世間的に見て問題は起こすものの、致命的な間違いを犯すわけではない。そのラインはきちんと弁えているのだろうか。

 

 入店拒否になってるのにリスク管理できてるの? という疑問はいちど端に捨て置く。

 

 いまいちパッとしない学校、というのが世間から見たこの学校のイメージだろう。

 

 ……いや、ウチハを抜きにして、なんて文章を新たに付け加える必要があるかも知れないが。

 

 

 

 近いからなんて、いかにも適当に学校を選んだ俺ではあるが、どこか影の薄いこの学校を前にした時、当時は酷く魅力的に見えたことを覚えている。

 

 だから、あの高校は……と一括りにされることに、文句をいうのはお門違いなのかもしれない。

 

 大体、しっかりと情報収集していれば予想できることをどうして回避しなかったのかと、誰かに問い詰められてしまえば、反論もできずに閉口する他ない。

 

 

 

 結局、新しい環境に即座に対応してみせる彼らを見上げ、こっちの方が居心地がいいんだぞなんて捨て台詞を吐き出す、酸っぱい葡萄の定型文のような感情を知って気分を悪くして終わる。

 

 自分にできないことを平然とやってのける彼らに対するやっかみなのか? 

 

 

 

「……てか、メツギはウチハちゃんと帰るんじゃなかったのかよ」

 

 

「んんや、ドウゾノは新しい女子グループに引っ張られていったよ」

 

 

「なんだよそりゃ。せっかく一緒に帰れると思ってたのによー」

 

 

「俺はちゃんと言ってやったぞ」

 

 

「メツギがそそくさ帰るから嘘付いてると思ったんだよー。あーもう、しくったなー」

 

 

「……」

 

 

 

 それは遠回しに、俺とは帰りたくないって意思表示かな? ……なんてね。

 

 

 

「なぁ、いまから引き返してあいつら待たないか?」

 

 

「……悪いな。今日はちょっと、体調が悪くて」

 

 

「あーそーかよ」

 

 

 

 クラスが変わった途端に付き合いが減るのは普通のことなのだろうか、それとも単に俺が薄情者なだけだろうか。

 

 あんなに仲が良かったのに、ほんの少し距離が出来るだけで、幻のようにそっけない態度に変わってしまう。

 

 きっかけは何も距離だけとも限らない。時間・性別・思想の食い違いが両者の袖を分かつ。

 

 

 

 自分が周囲の人々にとって大切な存在であると知るために、友達だなんて言葉を宛にすることは、酷く頼りないもののように思える。

 

 

 

「ウチハちゃん盗られた割にえらく冷静だよな」

 

 

「え、あぁ、うん」

 

 

「けッ、幼馴染さま高みの見物ってか? うらやましいねたましい……」

 

 

「……幼馴染は関係ないだろ」

 

 

 

 悪態をつきながら、眼鏡の奥から蔑むようなその瞳に弱く反論する。

 

 人の気持ちも知らないで、そんなに羨ましいのなら、ぜひ変わってやりたいぐらいだ。

 

 まぁ、そんな気軽に他人へと譲渡できるのなら、こんなに羨望の眼差し(笑)も向けられないんだろうが。

 

 

 

「それともなんだ? メツギはコツツミさんみたいなのがタイプなのか?」

 

 

「いや、そんなんじゃない」

 

 

「どっちもお前みたいな奴に釣り合うとは到底思えないが、まあ夢見るだけならタダなんだから勝手にすれば良いんじゃないか?」

 

 

「だから、そうじゃない」

 

 

「にしても女の子っておっかねーのなー。同じ才能でも身の振り方一つでああも扱いが変わるんだから」

 

 

「だから違うって言ってんだろ!!」

 

 

 

 思わず声を荒げた。

 

 すぐにハッとして取り繕うがもう遅い。

 

 

 

 もしもノーリスクで人を助けることができるのなら、よっぽどの事情を除けば誰だって手を差し伸べるだろう。それが出来ないってことは……よほど逼迫した状況でもない限り、見過ごされるのがオチだ。

 

 

 

 女子の嫉妬や根も葉もない噂話はあまり気分の良いものじゃないが、俺はこの溜飲を下げる術を知らないでいる。

 

 俺が幼いだけなのか、はたまた近い将来、人が傷ついているのを平気で見過ごすような人間に適合してしまうのかと唇を噛んだ。

 

 あぁ後そうだ、その時々の気持ちによっても、両者の間を引き裂くには容易いんだった。

 

 

 

「なー」

 

 

「?」

 

 

「メツギってノリ悪いのなー」

 

 

「はは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいない家は、ただ冷たい温度を伝えた。

 

 薄暗いリビングを横切って、階段を上り、自分の部屋に閉じこもる。

 

 

 

 ベットに倒れ込んだ。

 

 このまま無気力に身を任せていれば、何も考えなくて良くなるだろうか。

 

 心は疲れているはずなのに、頭は変なことばかりに思考が絡め取られて、休まる暇がない。

 

 

 

「疲れた……」

 

 

 

 大したことはしてないはずなのに、誰にアピールするわけでもなく、ただ心情がシーツに吐き出される。

 

 こんな薄暗い場所でうずくまっていたら、気持ちも沈んでしまうだろうといった至極当たり前な思考を放棄して、もう何も見たくないと視界を閉じ外界との接続を断つ。

 

 もうこれ以上刺激を受けとりたくないとした行動なのに、何を思ったのかこの体は、モヤモヤとした気持ちの清算に動き出していた。

 

 

 

 一人がどうこうしたところで、大勢を変えることはできない。

 

 そんな誰もが知っている当たり前を理解してしまったその日から、周囲とのズレに苦しむ毎日が始まった。

 

 

 

 誰しもがヒーローの資格を持っているわけではないが、素質足り得るものが必要な者にだけ配られるわけではないらしい。

 

 自身にとっては使いこなせない耐え難い呪いのようなものであっても、他の誰かにとっては銅臭に塗れた嫉妬の対象にだって転換する。

 

 

 

 ……隣の芝生は、いつだって青々としていた。

 

 自分の持ち合わせているものはより、他人の優れた部分だけがハッキリと主張してくる。

 

 突き抜けた存在が、いつだって目の前の障害を打ち破ってくれるのを息を潜めて待つ他ない。その時点で、自分が向こう側の人間でないことを知り、ますます確信を強めた。

 

 あぁ、やっぱりな。

 

 自分には、片輪しか与えられていないのだ。

 

 自分の才能に期待して、周囲には理想の自分を取り繕って。この見渡す限りの前例の、ごく当たり前な一例に過ぎないのだと。

 

 

 

 善人にも悪人にもなりきれない中途半端な自分には、逃げる場所も、頼る人も、全てがあやふやなただの幻。

 

 グルグル思考を巡らせる頭は疲れ、ようやく待ち望んだ思考停止を喜ぶ間もなく、気が付けばベットの上で意識を手放すのだった。

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

「エイタ? 寝てんの?」

 

 

 

 部屋をノックする音で目覚める。

 

 カーテンを開けると、夕闇が窓を覆っていた。

 

 こんがらがっていた頭は幾分か解け、その代償として、明日起きられるか心配になった。

 

 

 

「また制服のまま寝て……シワになるからやめろって毎回言ってるでしょ?」

 

 

「んー……」

 

 

「ウチハちゃんいるんだから、もっとしゃんとしなさいよ」

 

 

「んぁー……」

 

 

「はぁ……顔洗ってから下りてきなさいよ」

 

 

 

 呆けた返事に呆れ返る母親が去ると、朝の身支度に倣うように制服をクローゼットに仕舞い、人前に出れる格好を取る。

 

 あんまりだらしない格好でリビングに上がると、"ニートみたい"に始まり、さっきの小言が倍に膨れて殴りかかってくるので、面倒臭く感じながらも姿見で体裁を整えた。

 

 

 

 この後の予定らしい予定といえば、飯食って風呂入って寝るだけなのに、ウチハはあくまでお客様ってことらしい。

 

 まぁあんな才能の塊を身内と主張するのも恥ずかしい気もするが……。

 

 

 

 

 

「あ~きたきた、エイタも早く座って?」

 

 

 

 前掛けを取りながら、そそくさと配膳をこなすウチハに、横合いから頭を叩かれる。

 

 

 

「あんたも手伝いなさい」

 

 

「大丈夫ですよおばさん。エイタは新しい環境で疲れちゃったんだよね?」

 

 

「何かしたわけでもないのに何が疲れたよ。ウチハちゃんもおんなじ状況だろうに……」

 

 

 

 まあまあと母を宥めながら着席を促すウチハを無言で見送り、四人がけのテーブルにポッカリ空いた椅子に触れ、席に着いた。

 

 パート勤めの能天気な母は正面、家族の団欒と顔を綻ばせるウチハは横に、さっきから一言も発しない寡黙な父は対角線上の向かいを陣取る。

 

 

 

「それじゃあ今日の音頭はエイタ、お願いね?」

 

 

「……いただきます」

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

 

 横合いから声に目を逸らし、手を合わせて食事の開始を合図すると、食卓上には無数の手が伸びる。

 

 主菜のアジの塩焼きと副菜であるほうれん草のお浸し、ワカメと豆腐が浮いた味噌汁と、ふっくらと炊かれたご飯から視線を落とす。

 

 

 

 一人で食べるよりみんなで。そういう人種は、食事中の人の暖かみ、大雑把に人との会話を、より正確には明るい話題を望んでいる。

 

 才能があって、愛想が良くて、見ていて気持ち良いくらいに障害を乗り越えていく彼女の話をご所望だ。

 

 誰もこんなだらしなくて、覇気がなくて、出来損ないの近況など聞きたくはないだろう。

 

 

 

 仕事帰りで、疲れているであろう物静かな父は、ウチハの話に不器用ながらも相槌を打つ。

 

 パート勤めのお喋りな母は、遠慮を知らない突っ込んだトークを封印し、まるでセラピストように話の引き出しに徹していた。

 

 ……特別な人間は、人を変えてしまうような不思議な魔法でも備えているのだろうか。

 

 俺だけ態度が変わらないからって別に何もない。空虚な人間が他者に影響を及ぼさないように、その魔法はマトモな人間にしか効果がないのだろう。

 

 

 

 俺はこの食事の時間を心底嫌っていた。

 

 逃げ場所がない。

 

 目の前のノルマを達成するまで、この場を離れられない。

 

 家族という実態が曖昧になって、とても心を休める場所とは言えなかった。

 

 

 

 けれども、そう感じているのはどうやら俺だけのようで。

 

 この、自分だけが常時心を尖らせている様が。

 

 お前だけがおかしい、間違っているのだと逐一報告されているような感覚が。

 

 耐え難い苦痛となって襲い掛かってくる。

 

 

 

 毎日毎日。

 

 来る日も来る日も。

 

 そして何度だって気が付く。

 

 

 

 世界の何処にも、俺の居場所なんて無いんだってことに。

 

 

 

「それで? 新しいクラスはどうなのウチハちゃん。楽しくやっていけそう?」

 

 

「えーと、はい。新しい友達も出来ましたし、エイタと一緒になれたんで不満はなし、です」

 

 

「あら、それは良かったわ。部活との両立は大変だと思うけれど、困った時はエイタに頼ってちょうだいね?」

 

 

「はい。もちろんです、おばさん」

 

 

 

 交わされる会話は右から左へ。

 

 ただ黙々と目の前のノルマ達成に心血を注ぐ。

 

 

 

 水分は極力飲まないように。途中途中で箸を置くとタイムロスの原因になってしまうので、最後にまとめて飲む。

 

 食事は歯だけでなく舌も最大限に活用。柔らかい食べ物だったら舌も噛み砕きに利用し、ある程度纏まったら嚥下のサポートに回す。

 

 

 

 昔はこれほど気を回さずに済んだが、やがて自分が集団生活で劣った存在なのだと感づいてしまったときには、そんな流暢なことも言ってられなくなった。

 

 必要に迫られて獲得するしかなかった技術だが、評価はされないものの社会で一生使えるスキルって奴なんだろう。

 

 

 

「ごちそうさま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコン

 

 

 

「エイター? 起きてるー? ……あー勉強してたんだ、邪魔しちゃった?」

 

 

「……んんや。別に」

 

 

 

 無遠慮に開かれた扉からは、赤みがかった濡れ茶髪をタオルで乾かすウチハが現れる。体温が上がって上気した肌。体のラインが浮き出る薄い服装と無防備な姿勢。邪な思念を悟られぬよう思わず目を逸らし、使っていたノートを閉じて思考を切り替えた。

 

 

 

 勉強してたというのは、額面上の意味ではちょっと語弊がある気がする。

 

 何かしていないと不安になって、でも他の選択肢なんて知る由もなくて、仕方なく勉強をやっているというのが正しい解釈だ。

 

 だからそんな畏まった顔で入ってこられても、コッチとしては困ってしまう。

 

 

 

「ちょっと今、時間あったりする?」

 

 

「あぁ、別に、問題ないけど……」

 

 

「ありがと」

 

 

 

 彼女はそういうと、タオルを首に掛け、迷いのない所作でベットへと腰掛けた。

 

 こんな時間に彼女が部屋に来るのは珍しい。平静を装ったつもりだったが、彼女には不機嫌なのが勘付かれてしまったのか。面倒なことになったな……。

 

 

 

 ベットに腰掛けた後も動かないウチハが切り出しあぐねているのを察し、"それで? "と会話の切り口を作ると、彼女は小さく頷いてから口を形作る。

 

 

 

「なにかあった? 今日」

 

 

「んんや。別に、なにも」

 

 

「嘘。エイタがそういう時は、何か良くないことがあったっていう証拠。……もしかしてだけど、コツツミさん?」

 

 

「……」

 

 

「やっぱり。……あの人、ときどき学校来ない不良っぽい人だから、関わるのはやめた方がいいんじゃない? あんまりいい噂も聞かないし」

 

 

「……」

 

 

「別に、エイタがコツツミさんのことをどう思ってどう行動しようと勝手だよ? でもね、エイタの優しさは危ないところがあるからさ? ……ボクはエイタを心配して言ってるんだよ? わかってくれる?」

 

 

「……あぁ、わかってるよ」

 

 

「はい」

 

 

「?」

 

 

「約束、指切りしよ」

 

 

「約束する程の事なのかよ……」

 

 

「うん」

 

 

「ハ───……」

 

 

 

 ベットから立ち上がり、前屈みになって差し出される小指に、こちらもと力なく小指を垂れさせる。

 

 すると、ウチハは絡め取るように下方から掬い上げ、キュッと自らの胸元に引き寄せながらしなだれかかってきた。ちょうどキャスター付きの椅子を二人で共有し、内ももにウチハが収まると二人は垂直に密着の形を取る。

 

 体重が徐々にかけられることで柔らかさを実感し、ウチハの右耳が首筋を掠めくすぐったい。漂ってきたシャンプーの甘い香りに思わず息を止めた。これ以上、彼女のことを意識したくなかった。

 

 

 

 もはや口約束なんか建前で、ただ単にこうしたかったとも捉えられる行動は、本当は俺の感情なんてどうでも良かったんじゃないかと頭に冷静さが戻ってくる。

 

 仮に他意がなかったとしても、……こんな法的義務もない形だけの契約で信頼を勝ち取ろうだなんて、なんと虫のいい話だろう。

 

 

 

「今日のことは、さ。ボクだって嫌な気持ちになったんだよ? でもね、ああいうのって、自分で解決しないといつまでも付き纏う問題だと思うんだ。……いつも、誰かが救いの手を差し伸べてくれるとは限らない。だから、コツツミさんには乗り越えてほしい」

 

 

「……」

 

 

「変に助けて、事態が悪化しちゃったら目も当てられないからね。だから、静観が一番……」

 

 

 

 

 




話を作る時に出ちまった、知識とか裏側とか苦悩とか。
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歩歩これ道場

 
優秀で忠犬な可愛い幼馴染

お飾りの名ばかり飼い主、主人公くん

ただ褒めて欲しくてペロペロ迫って、結果ヘイトが溜まってく


 

 

 

 閑静な住宅街、不似合いなトラックの縦列、運び出されるダンボール達。

 

 引っ越し業者の合間を縫って、一人の女の子が飛び出した。

 

 

 

 車での長距離移動は案外疲れる。

 

 新しい自分のお家のはずなのに、庭先にしか自分の居場所がないからと、彼女はいじけたように電柱の影で膝を折った。

 

 

 

 根元にはタンポポの花が二、三と咲いている。

 

 手を伸ばして触れてみれば、なんだか湿りっけを帯びていた。

 

 クンクンと手元で嗅ぐわせ、直後"オェー"と顔を顰める。

 

 チラリと玄関先に目をやるが、荷入れは一向に終わる気配を見せない。

 

 けれども手元が臭いのは変わらず。

 

 ブンブンと腕を振って匂いを吹き飛ばそうとするが、逆に乾いて芳しい香りが強くなるだけだった。

 

 

 

 近くに蛇口でもあれば……どこかしらに蛇口はあるのだろうが、土地勘もない場所をほっつき歩く冒険心はなく、迷子にでもなると大騒ぎだと結局動けず座り込む。

 

 気を紛らわせてくれるような興味を惹くものは直ちにその数を減らし、けれども新居の慌ただしさは収まる気配もない。

 

 

 

 暇潰しの術を持たない幼女は、五分も経たずに空を仰ぐ。

 

 海が落っこちたような青い空。

 

 綿菓子をちぎったように漂う雲。

 

 ポカンと口を閉じ忘れて思い至った。

 

 おしっこ行きたい、と。

 

 

 

 幼な子特有の突飛な話題転換。

 

 社会の優先順位だとか常識だとか、まだまだ自己さえ確立していない彼女はまだまだ子供で、大人が守るべき守護の対象のはず。

 

 けれども、大人には大人の事情というものがある。

 

 大変そうな両親の背中を見て、いわずとも何かを察してしまった。

 

 結果、それは世間の見本となる"良い子"を生み出した。

 

 彼女のそばに親の姿がないのも、我が子への信頼の証と言えよう。

 

 

 

 しかし、どこまでいっても子供は子供。

 

 その全てに対応できるはずもなく、本当に頼るべきその時が来ると、いまだ曖昧な境界線に立ち尽くす。

 

 どうすればいいのかわからない。イイコにしてなかったから? じゃあ、困っても仕方ないよね。

 

 

 

「トイレに行けなくて困ってるの?」

 

 

「ぇ……」

 

 

 

 俯いた地面に影が差し、ふと見上げた先に男の子。

 

 真っ直ぐと射抜くような視線。初対面でも物怖じない言動。確信に近いその口ぶり。それは、彼女の短い人生でも、初めて出会う人種だった。

 

 

 

「トイレじゃないことで困ってる? ……困ってない?」

 

 

「え、いや……」

 

 

「困ってないの?」

 

 

「そうじゃ、なくて」

 

 

「はっきりしてよ」

 

 

「……きみ、だぁれぇ」

 

 

「ぼく? ぼくメツギ。きみは?」

 

 

「わたし、は、ウチハ」

 

 

「ふーん……アメ食べる?」

 

 

「い、いらない……」

 

 

「そっかー」

 

 

 

 そういうと、メツギと名乗る少年は、ポケットから取り出したアメ玉を口に放り込む。

 

 "知らない人についていっちゃいけない"とも"知らない人と喋っちゃいけない"とも教わったウチハは、やけに距離感の近い目の前の異性に戸惑いを隠せなかった。

 

 イラストで描かれたマスク・サングラス・黒い服装のいかにもな不審者でなかったことと、自己紹介し合ったのなら"知らない人"ではないのでは? という疑問がなおさら頭を混乱させる。

 

 

 

 束の間の沈黙。

 

 あれ? 喋らないの? お話おわり? なにか変なこといった? なんて、何か気に触るようなことをしたのかいったのか、不安が覆い被さってくる。

 

 

 

「近くに公園があるよ。トイレもあるし、蛇口もある。一緒に行こう」

 

 

「ん、う〜ん……」

 

 

「すぐ戻って来ればヘーキだから。ほら」

 

 

 

 差し出される手のひら。

 

 思い出したかのように尿意が迫り上がってきて、たまらず彼の強引さに乗っかった。引っ張られる腕は、力強いが不快じゃない。

 

 視界は移ろい、道は開け、今までうずくまっていたのが馬鹿らしく思えてくる。

 

 あぁ、始めから手を取っておけばよかったな。

 

 

 

 手を繋ぐのはお母さんかお父さんしかいなかったから、見上げなくてもお話しできるなんて、なんだか不思議。

 

 疎外感で一杯だった新しい街並みは、少し強引な男の子の出会いによって、幼少の思い出として美化されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隣に越してきたドウゾノです、娘ともどもよろしくお願いします。これ、つまらないものですが……」

 

 

「いいえ〜わざわざお越しくださらなくても、こちらからご挨拶に伺おうと思ってましたのに。あら、こんにちは〜。かわいいね〜、お名前は?」

 

 

「……娘のウチハです。ごめんなさい、この子引っ込み思案みたいで」

 

 

「ウチハちゃんは何歳なの? ……七歳? あらウチの子と同い年だわ。あったら仲良くしてちょうだいね〜。……あらいけない私ったら、いつまでもお客様を立たせっぱなしじゃ申し訳ないわ。ささ、手狭な家ですがどうぞ上がっていってください」

 

 

「それじゃあお言葉に甘えて、お邪魔します。ほらウチハも

 

 

おじゃま……します

 

 

「どうぞどうぞ。いま、お茶出しますから」

 

 

「あ、いいえお構いなく」

 

 

 

 リビングに通されたドウゾノ親子。

 

 退屈しかないだろう社交辞令の場に、わざわざウチハがついてきた理由は二つ。

 

 あの時のお礼を、言いそびれていた感謝の言葉を伝えるため。もう一つは、もうすぐ始まる学校生活での拠り所を作るため。

 

 隣人ながらタイミングを計りかねていた少女は、母親の挨拶回りに乗っかったのだった。

 

 

 

 しかし、目的の人物の姿はいまだない。

 

 ただ座り、大人が話すよくわからない話を聞きな流すのは、いくらオレンジジュースをお供にしてもさぞ退屈だろう。

 

 

 

「ごめんなさいね〜ウチハちゃん、おばさんたちの会話は退屈でしょう? もうすぐしたらウチの子帰ってくるから、それまでもー少し待っててね?」

 

 

「ただいまー」

 

 

「ほら丁度帰ってきた。エイター?」

 

 

「なぁにぃーお母さん。誰か来てるのー?」

 

 

 

 買い物袋を引き連れて現れた少年。

 

 久方振りの再会に、ウチハは軽く手を振って交信する。彼は眉を少し上げて反応し、すぐにニッコリと同じように手元を泳がせた。

 

 そんなやりとりがなんだか嬉しくて、思わず手を胸に抱き寄せる。

 

 

 

「あれ? あんたウチハちゃんと知り合いなの? いつそんな誑し込んだのよ」

 

 

「タラシコ……? 意味わからないけど、馬鹿にされてるんだなってことは伝わってくる」

 

 

「引っ越して間もない頃、御宅のお子さんにウチハの面倒を見てもらったみたいで。……その節はありがとうございました」

 

 

「いいえ〜そんな気を使っていただかなくても、ウチの子は好きでやってるだけですから、そんな頭を下げられるようなことはしてませんよぉ〜」

 

 

「んじゃ、ぼくの部屋行こうか?」

 

 

「え〜、あ〜、その〜……」

 

 

 

 ウチハは歩きながら、なんて声をかけるべきかとメツギを前に考える。

 

 子供は子供で、大人は大人で。二組に分かれ、リビングを後にする二人の背後。

 

 メツギの襟首に影が伸びた。

 

 

 

「ちょっとあんた、お母さん何も聞いてないわよ? 何も言ってくれなかったじゃない。女の子に優しくしたのが小っ恥ずかしかったの?」

 

 

「なんだよ、いちいち伝えないといけない決まりなんてないだろ? ぼくの勝手だ」

 

 

「お母さんにはご近所付き合いってものがあるの。あんたがしてることには口出ししないから、ちゃんと自分のしたことには責任持ってお母さんに報告しなさい。わかった? 返事」

 

 

「おーい」

 

 

「たく、この子は……。あ、ごめんなさいね邪魔しちゃって。あとは二人でごゆっくりねぇ〜」

 

 

 

 笑顔を浮かべ、目も笑い、何か含むようにその母親はリビングへと消えていった。

 

 さて、と一泊置き、向かい合ったメツギは言いかけたであろう言葉を待って沈黙する。

 

 

 

 メツギ少年のこの癖のようなものを何度か体験したウチハは、その意図を察し、形になり損ねていた言葉を形作っていく。

 

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

「?」

 

 

「お、お礼言いそびれちゃったから。これは、あの時助けてもらったお礼」

 

 

「うん、うれしいよ。ありがとう」

 

 

「へ、えへへ。それから、それから……」

 

 

 

 普段あまり喋らないからだろうか。

 

 なかなか滑らかに動かない口に、内心早く喋らなきゃと焦るウチハがメツギを見ると、彼はジッとなにも言わずに待っている。

 

 そんな行動をとらせてしまったことに、逆に申し訳ない気持ちが付随して、悪化したようにアワアワと口元を震わす。

 

 

 

「大丈夫。慌てなくていいから」

 

 

「……うん」

 

 

 

 慌てるように持ち上がった手をメツギの両手が捉える。

 

 しっかりとした芯が通う父性の微笑みに落ち着きを取り戻し、やがて唇は歯車が噛み合ったように動き出す。

 

 

 

「お友達、になってほしい、の」

 

 

「友達? もうそうなんじゃねーの?」

 

 

「へ? へぇ〜、え〜?」

 

 

「う〜ん、じゃあそうだなぁー。握手、友達の握手しよう。それで今日からお友達」

 

 

「うん、うん! 友達の握手」

 

 

 

 扉の向こうの光が大きくなっていく。

 

 無限の可能性に沈む心地よさに身を沈めながら、二人は約束を誓い合った。

 

 それは、形だけを大人に真似た、中身の伴っていない空約束だろう。

 

 しかし、子供の世界ではそれは大きな意味を持つ。

 

 

 

 ガワだけでも、ポーズだけでも、精一杯の寄り添いを示す最大限の行動なのだから。

 

 

 

「ウチハは、同じ学校に転校してくるんだろ?」

 

 

「うん。来月には……メツギと一緒の学校に通えるようになる」

 

 

「エイタでいいよ。片方だけ下の名前ってのもおかしいし」

 

 

「んん……。エイタ、と、いっしょのクラスになりたいな」

 

 

「ウチのクラス人少ないから、もしかしたら同じクラスになるかもな」

 

 

「……友達、できるかなぁ」

 

 

「大丈夫だって。みんなイイ奴ばっかりだから、ウチハならすぐみんなと仲良くなれるよ」

 

 

「……うん!」

 

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

「みんなと仲良く……ね」

 

 

「? なにかいった?」

 

 

「うんん。こっちの話」

 

 

「また彼のこと見てたの?」

 

 

「うーん……ちょっと違うかなぁ〜」

 

 

「毎回思うんだけどさぁー、そんなにメツギって良い男なの? ウチハが誰かに告白断られるところなんて想像できないし……なんかもったいなくない?」

 

 

「ん〜」

 

 

 

 まあ確かに? エイタが女の子同士の話題に上がることは少ないし、思い出補正で高く見積もってる感はなくはないけど、ご家族にはお世話になってるし? 冷め切った関係って訳でもないし? 長く一緒にいるって考えたら、悪くない選択肢なんじゃないかなーって。

 

 それに、一番心配なのが……。

 

 

 

「ボクがいなくなった後のエイタが心配」

 

 

「えーなにそれ〜、ウチハ聖母すぎな〜い?」

 

 

「ふっふ〜ん、よきにはからえ〜」

 

 

 

 薄い胸板を張りながら、偉そうにヒラヒラと片手を振って頬杖をついた。

 

 視線の先には、休み時間なのに誰とも会話していないコツツミさんの姿が。

 

 

 

 新学期初日と違って、メガネを掛けている。

 

 学年が上がって、イメチェンのつもりだったのかな? クラスメイトが散り散りなったはずなのに、それでも彼女の扱いは変わらなかったようだ。

 

 

 

 ……私が声を掛ければ、彼女に対する嫌がらせは止むだろうか。

 

 いや、本人が助けてと言ってもいないのに、知った風な口ぶりで近づくのは押し付けがましい。

 

 それにエイタに助けるなっていった手前、私が目の前で助けてしまえばそれこそ彼の心をへし折りかねない。

 

 エイタに話したように、彼女には自力で這い上がってもらう他ない。

 

 事態が悪くなる一向なら、その時は改めて考えるとしよう。

 

 

 

 ついでエイタに視線を預けた。

 

 男子同士の会話に参加をしているものの、その意識は時折コツツミさんに向く。

 

 助けられない事実がそんなに自分を追い詰めちゃうの? 

 

 

 

 ジトーとあからさまな視線を投げかけるが、彼の瞳と交わることは決してない。

 

 

 

 ……みんながみんな無感情って訳じゃないけど、エイタのそれは病気だよ。

 

 昔みたいな強引さがあれば、単純だったあの頃なら力技でどうにかできたかもしれない。

 

 でも、今は違う。

 

 エイタにとってはすごく難しいことなのかもしれないけれど、大人になってほしい。

 

 

 

 みんなだって辛いんだよ? 

 

 エイタだけが正しくあり続けたい訳じゃないんだよ? 

 

 コツツミさんだけが不幸って訳じゃないんだよ? 

 

 

 

 ボクだって辛い時はあるし、ボクだって悲しい時はある。

 

 ボクだって心配されたいし、ボクだって近くで支えてほしい。

 

 ボクだってボクだってボクだって……。

 

 

 

 親におんぶに抱っこから時は経ち、もう子供と言い切れない年齢になったが、まだ大人とも言い切れない微妙な立ち位置。

 

 都合よく入れ替わる立場に苦笑いしながら、それでも大人から見れば子供は子供。

 

 社会経験もなく、感情的で経済力もなく、自由も制限されているのならば未熟の一言で片付けられてしまう。

 

 

 

 それなのに、大人の世界で実現できないからと、子供の世界に理想を吹き込むのは教育の内なのか?

 

 

 

 

 

 部活で毎日忙しいボクではあるが、今年の春は夏と冬の大会並みに疲れ果てた。

 

 新入生を迎い入れる、体育館での部活説明会だ。

 

 

 

 全国大会で準優勝を飾ったボクは、剣道部の代表を務めたり女子の黄色い声援を浴びたり男子の視線を集めたりと、体の良い広告塔と成り果てていた。

 

 体験入部期間は、入るんだか入らないんだかわからない乙女の列を相手取り、結局誰も入らなかった時は愕然としたものだ。

 

 男子は見覚えのある視線が片手ほど加わり、"先輩♡"なんて、可愛い後輩とのガールズトークを夢見ていた脳みそを見事に破壊していった。

 

 

 

 唯一の救いは女子が全滅ではなかったこと。

 

 "後輩"は入部してこなかったが、"同級生"が加入してきた。

 

 

 

 この厳しい部活に途中から? なんて最初こそ驚いたが、顔を見て納得した。

 

 

 

「コツツミ、テルミ、です。剣道は初めてで、至らない点が多いかもしれません、が。どうか、よろしく、お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
グチの吹き溜まりと化したとかとかとか
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上り兵法下り音曲

 
 
最近将棋の調子が良いです。


 

 

 

 薄ピンクの花びらが足元を覆う。

 

 確かな暖かみを帯び始めた葉桜は、残りわずかの余命をふるって、最後の花びらまで迷惑を振りまく覚悟のようだ。

 

 

 

 日本人の美意識に、散りゆくものほど美しいという言葉がある。

 

 パッと咲いて、パッと散る。なんて理想的な人生だろう。

 

 春になると、まるで長年の親友だったんだと言いたげに日本人が寄ってくる。いや? 春だけに存在価値を認められているようなものか? 

 

 

 

 都合の良い存在に見えなくもないその花が、それでも多くの人を酷く惹きつけてしまうのは、見ている側の多くが徒花だから。

 

 桜がどうして美しいピンク色なのかも説明できないくせに。散った花びらがどれだけ積み重なるかも知りもしないくせに。

 

 ちやほやと祭り上げることばかりに目を奪われ、その裏で淀んだプレッシャーや苦悩は知ったような口ぶり。出来上がりの直前に結果だけ掻っ攫って、それでも感謝しろと言うのは傲慢じゃなきゃ何なんだ。

 

 物事の二面性、特に汚いものとの付き合い方を大人が徹底して覆い隠そうとしている気がしてならない。

 

 ただただ、よい行いとはなんなのかと教え込まれ、その道を外れた行いに対してはとことん関心がない。

 

 どう接すればいいのかと深く学び考える機会がないのなら、目を閉じて耳を塞いで、何も知らなかったんだと弁解するほかないじゃないか。

 

 

 

 この世界はどこかひずんでいる。

 

 世界はより良くしていくべきなのだ!! なんて若者達に熱弁を振るいながら、実際はどこか冷めた目で見る大衆が全てを物語る。

 

 これは単純に、世の中が神格化され過ぎてるのが原因なのかもしれない。

 

 こんなのただの演出。嘘っぱちに決まってるじゃんなんて、ヘラヘラと馬鹿にする口ぶりで肩を叩かれる代物なのだろうか? 

 

 

 

 愚鈍になりたいと願い始めたのはいつからだろう。

 

 社会に希望を持ち過ぎていたのだと気付いた俺は、いつしか愚かで、鈍くて、ヘラヘラ笑う側への憧れを募らせていた。

 

 目敏く、敏感に、周囲との隔たりや自分の不完全さを実感する才能なんて要らなかった。

 

 そんな手に余る視点、捨ててしまいたかった。

 

 

 

 青い作業着で背を向けて、能力社会から逃れるように花びらを掻き集める背後からは、とても桜が美しいなんて達観したセリフ伝え聞けそうにない。

 

 ……どこかで聞きかじった言葉を間借りして、わかったような口ぶりでそれらしく言葉を組み立てる。ただ自分が信じたい思想の補強材としか他者との繋がりを見ていない。

 

 大層なことを考えている風を装いながらも、その中身は自分がどれだけ欠陥品だったかの証明にしかなっちゃいない。平たく言えば、一から十まで自分が被害者で可哀想だと主張するばかり。

 

 

 

「ねぇ、ボクの話聞いてた?」

 

 

「……悪い、なんだっけ」

 

 

「だーかーらー、今日はおばさん達帰りが遅くなるみたいだから、どっか二人でご飯食べ行こうってぇー」

 

 

 

 そういってウチハは、天の灰色と空を仰いだ。

 

 朝の登校途中。校門を抜け、校舎への舗装路を歩きながら、即答したくない提案に沈黙した。

 

 

 

 男女が並んで歩き、しかも著名なウチハとくれば、誰かの目や耳が監視しているような幻覚を見そうになる。

 

 これはただの錯覚だ、それは俺の自意識過剰だ、誰もお前なんかに興味はないと何度も心で呟いた。

 

 ロボトミー手術を受けた後みたいに自我を無くし、鈍感になるんだと自分に繰り返し暗示をかける。

 

 

 

「友達と、どっか食べ行ってこいよ。俺は良いから……」

 

 

「エイタは晩御飯どうするの?」

 

 

「あー……適当に家にあるもの食べるよ」

 

 

「ダメ。またインスタントとか簡単なもので済ませる気でしょ? 何か食べたいものとかないの? ボク付き合うよ?」

 

 

「外食そんな好きじゃねぇーんだよ……」

 

 

「ふーん。……じゃあ今日はなに作ろうっかな〜」

 

 

 

 スマホで調べ物をするウチハを尻目に、寝不足で重くなった頭で文脈を読み取った。

 

 この会話の流れだと……もしかして不味いか? 

 

 行動を起こすより前にその選択へと体は拒否反応を示し、身体中から汗が吹き出し始める。

 

 

 

「いや剣道で、疲れてるだろ? 今日くらいは休んどけ」

 

 

「え〜気遣ってくれるの? じゃあ晩御飯は、お願いね?」

 

 

「え?」

 

 

「いつかのさぁほら? お願いがまだ残ってるんだよねぇ〜」

 

 

「……こんなことでお願い使っていいのかよ?」

 

 

「こんなことって言うならさぁ、別に拒否する理由にならないよね?」

 

 

「いや、そうだけど……」

 

 

「はぁ〜エイタの手料理かーボク楽しみ〜」

 

 

 

 これ以上深く否定すると、鋭い追求が返ってくる気がしてそれきり黙り伏せた。

 

 けど、どうする。誰もいない家でウチハと二人っきり? 冗談じゃない。それに料理の経験なんて家庭科の雑用くらいしか経験ないんだぞ。

 

 向き合いたくない現実に軽く絶望しながら、今日がまだ始まってまもないことにまた心を下す。始まりもせず疲れ果てた足取りは、地面に散らばった花びらを汚し踏みつけるのだった。

 

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

「この後の授業なんだっけ?」

 

 

「今日、選択じゃん。ダル」

 

 

「近所に新しくできたお店あったじゃん? 放課後みんなで行ってみない?」

 

 

「おけ〜。じゃあ放課後連絡して?」

 

 

「なぁ教科書貸してくれ、一生のお願いだから」

 

 

「おめぇ前に貸した時グチャグチャに落書きしてただろ、今度やったらタダじゃおかねぇからな?」

 

 

「剣道部に入るとかほんとクソだわ。もしかしたら私もウチハみたいになれるかなとか夢見ちゃってるのかな?」

 

 

「それでね、その時ソイツなんていったと思う?」

 

 

「ねぇ勿体ぶらずに早く教えてよぉ〜」

 

 

 

 ……最近はよく眠れていないからか、午前は睡魔に襲われ、肘をついて頭を支えるようにして眠ってしまうことが多くなってきていた。

 

 ただでさえなんの取り柄もないのに、勉強も落としたら洒落にならないぞ自分に言い聞かせ、気力を振り絞って授業を頭に入れようとする。

 

 だがそんな精神論も虚しく、気が付けば意識が飛び時間も飛んでしまうことが往々にしてある。

 

 

 

 休み時間が睡眠時間にとって変わられたからか、柔く築いていた交友関係はいつの間にか気まずい雰囲気になっており、寝不足がそれに拍車をかけて面倒臭さを助長。

 

 結果、いつも酷く眠そうにしているボッチが仕上がる。この選択肢がどれほど危険なことなのかと分かった上で、それでも繋がり作りに奔走しなかった事実は、それ自体に価値を見いだせなくなりつつある何よりの証拠だろう。

 

 

 

 座席は運のいいこと? に後方に位置するので、すぐに先生に気付かれるわけではないのだが、それでも指名が飛んできた際は恥をかくことは免れない。

 

 普段が真面目で成績優秀のつまらないやつなんて印象がついているからか、毒にも薬にもならずクラスの晒し者になる様は、もともと有って無いようなクラスでの立場を余計に下げた。

 

 このままではまずいと思いながらも、何かしらの行動を起こそうとする気概も湧かず。結局、休み時間にタガが外れたように眠りに落ち、チャイムで寿命を縮めるなんてのを繰り返すハメになるのであった。

 

 

 

 そしてまた今日も同じように……いや、もはやこれはどうすることもできないのかもしれない。

 

 ここまで寝不足による弊害を語ってきたが、なにも全てが全て悪いことばかりでもないのだから。

 

 一度眠りに落ちてしまえば、見たくない現実から目を逸らすことができる。

 

 眠っている間は自分も他人も、未来も過去も、ひどい悪夢で叩き起こされない限りずっと曖昧でいられる。

 

 そうか、俺はハナから……この生活を良くしようだなんて気持ち毛頭ないのかもしれない。

 

 寝不足の頭に、思考を止めない暴走した頭。授業の準備を形だけ整え、ゆっくりと瞼が重くなっていくことに抵抗しなくなったが最後、教室の喧騒が去っていく感覚を受け止めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────タ」

 

 

「──────きろ」

 

 

「──────っちゃうぞ?」

 

 

「──────エイタ!!」

 

 

 パッチリと、呼ばれた気がしてすかさず立ち上がり、教科書をめくろうとしてハタと止まる。薄暗い中いきなり飛び起きて驚くウチハの顔、教室には誰もおらず、明かりも窓の外からしか差し込んでいない。

 

 

 

「みんな帰ったのか?」

 

 

「なに寝ぼけてるの? これから始まるんだよ!」

 

 

 

 ドン!! と置かれた移動教室の道具と教材に唖然とし、時計に目をやると、まだ学校にいなければならない時間帯。ヨーイ、ドンで他に必要なものをかき集め、一目散に目的の教室へと駆ける。

 

 

 

「ちょっとちょっとちょっと!!」

 

 

「なんだよ!? 後にしてくれ!」

 

 

「ボクにお礼の一つもないわけ!?」

 

 

「今じゃなくてもいいだろ!?」

 

 

「ボクが起こしてあげなかったら、エイタは確実に遅れてました〜」

 

 

「離せって! チャイム鳴るだろが!?」

 

 

「イタッ」

 

 

「わ、悪い」

 

 

「傷つきました」

 

 

「? どっか引っ掻いたのか? ごめん、悪かったって」

 

 

「ボクの心が傷つきました!」

 

 

「はぁ?」

 

 

 突然、意味のわからないことを叫びながら、駄々をコネ始めたウチハに対して生返事が飛び出す。

 

 起こしてくれたことには感謝するべきなのだろうが、だからって今やらなくちゃいけないことでもないだろう。

 

 なに考えてんだコイツ。

 

 

 

「最近エイタが冷たい気がする」

 

 

「……俺はいつも通りだ」

 

 

「休日遊びに行こって約束したのに直前まで寝てるし、勉強教えてっていってもまだ終わってないって突っぱねられたし、昨日は部活が終わるまで待っててくれなかったし……。ねぇ、なにがそんなに気に入らないの? ボク、エイタの気に触るようなことした? それともボクが何か間違ったことしてる?」

 

 

「……なに言ってんだ、ウチハは正しいだろ」

 

 

「嘘ばっかり。じゃあなんでエイタは今ボクと目を合わせてくれないの? エイタこの頃本当におかしいよ?」

 

 

 イライラする。

 

 ただでさえ睡眠不足で口が回らないのに、こうも質問攻めされるとあくびするライオンの前で立ち尽くしている気分になる。

 

 

 

 鳴り響くチャイム。過ぎ去った途端に焦りを失う体。さっきまで抱いていた感情が全くの紛い物のような気がして、空っぽの自分ごとゴミと一緒に焼却炉に突っ込んでやりたい気持ちになった。

 

 全部全部、何もかも。

 

 ……じゃあウチハはなんなんだ? ニセモノで縛られていないのだったら、一体何に縛られてるんだ? 

 

 何考えてんだか、願望かよ。

 

 

 

 頭の中でようやく思考の節目がつき、荷物を抱えた両腕がだらりと垂れてしまうのと同時、おもむろに片方の腕を引っ張られる。

 

 一瞬、優等生らしく遅刻判定されてでも授業を受けに行くのかと考えがよぎったが、されるがまま拘束された腕は明後日の方向へと向け歩き出す。この方角は……体育館? 

 

 

 

「……何のつもりだ?」

 

 

「……」

 

 

「なぁ……」

 

 

「……」

 

 

「はぁ……」

 

 

 

 がっちりとホールドされた腕。剣士が決して自分の分身を手放すまいするような、脱力しながらも要点を抑えた握り込み。

 

 血管が浮き出るほど強く握られていないはずなのに、不思議と彼女の手を振り解くことができない。

 

 

 

 コンクリートの連絡路、雨よけの白いトタン、くすんだ空が色彩を似通わせる。どこかのクラスの男子の声が、体育館で弾けた。

 

 青いスライド式の隙間をジャージが通り過ぎ、思わず目を逸らす。体育館を横切って道なりに。別館の扉を開け、階段を上り、人の気配がないのを確認してから流石に抵抗を強くした。

 

 

 

「なぁ、やっぱり大人しく授業受けといたほうがいいんじゃないか? 先生が探しにくるかもしれないだろ?」

 

 

「来ないよ」

 

 

「?」

 

 

「ボクが来させない」

 

 

「……」

 

 

「そんなことよりさ。ほら、入って」

 

 

「……ここって更衣し「あーもういいからいいから」

 

 

 

 取り出した鍵でガチャリと開け、有無を言わさない力強さで引きづり込まれた先は、埃っぽくて湿っぽくてひどく息が詰まる小部屋だった。

 

 プールなんかで置かれていそうな青くて水捌けが良さそうなベンチや、腰の丈ほどのロッカー。部屋の上部、申し訳程度に置かれた小窓を、ウチハは背伸びして開け放つ。

 

 反社会的なことをしている自覚がチラつきながらも、途切れた会話と白けた感情が睡魔を誘発。立っているのも億劫になって、思わずベンチに座り込んだ。

 

 でも、このまま流れに身を任せるのは危ない気がして、何か会話を繋いでおこうと思って口を持ち上げた。

 

 

 

「いいのかよ、勝手に使ったりして」

 

 

「ん〜、いいんじゃない? ブチョーケンゲン?」

 

 

「……お前だけが使ってるわけじゃないだろ?」

 

 

「コツツミさん? なに? 興奮してるの?」

 

 

「……」

 

 

「ここなら誰にも邪魔されないしねぇ〜」

 

 

 

 クルクルと指で回される鍵を見やり、次いで得意そう顔をしたウチハを視界に収める。

 

 授業をサボってまでの用は想像することさえ叶わなかったが、いずれにせよウチハに拘束されるというなら、変なことを口走る前にさっさと意識を失ってしまいたかった。

 

 

 

「眠い?」

 

 

「ほっとけば楽だろうに」

 

 

「……そういうわけにはいかないんだよ」

 

 

「……眠い。おやすみ」

 

 

「ん」

 

 

 同じくベンチに腰掛けたウチハは頭部に抱きついてきて、そのまま自分の膝下に組み伏した。

 

 呼吸を薄くゆっくりにする。少しでも思考を暴走させたくない。植物人間のように、平穏でありたい。

 

 くすぐるようにまとわりつくウチハの手を払って、それきり黙る。

 

 

 

 なるべく布地の方に頭を預けたかったが、動けば余計に大惨事になると、太ももの温もりを甘んじて受け入れることに。

 

 気遣われた身で腕を組み、眠れもしないのにまぶたを閉じ、静まり返った水面のように彼女へと静かな身を捧げるのであった。

 

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

 灰の空が暗くなっていく公園で、帰宅を促すチャイムの音色にため息をつく。

 

 春は花粉さえなければ過ごしやすい。季節の変わり目には生命の息吹が宿るのか、何か行動を起こさせようとする力がある。

 

 新しく目標を立て取り組むだとか、常人には理解できない行動を取るだとか、……自ら命を絶つだとか。

 

 自分もその爪弾き者達の仲間なのかなと手を揉み込んで、手を振って明日の約束を交わす子供達を見やり、まぁ世間一般から見て普通ではないだろうなと一人で完結させる。

 

 

 

 ウチハには料理を作って待ってるからとかいう、いかにもな言い訳を告げ、気付くと俺はこの公園に逃げ込んでいた。

 

 リストラされたサラリーマンが、なにゆえ公園のベンチを選ぶのか今ならほんの少しわかる気がする。

 

 

 

 公園が限界点なのだ。

 

 社会から離れられる距離と、社会へと戻ってこれる距離の、バランスが中立になっているのが公園という場所だ。

 

 手近に人気のなく安全で過ごしやすい場所がないと言うのもあるが、結局なにかから逃げられないと悟っている当人は、ならせめて距離だけは置かせてくれとこの場所を選ぶ。

 

 ひとときの休息、ひとときの逃避、ひとときの未練。公園で何をするでもなく空を眺める人というのは、何とか踏ん張って生きていこうとしている、一つの人間の姿の中もしれない。

 

 言い切ったが、もちろんただの妄想。

 

 今の状況と何かを結びつけて、俺は普通じゃないけれど、俺は普通に近しいんだと主張したいのかなんなのかよくわからない。

 

 

 

 大切なことはさっぱりわからないのに、いらないことばかりに頭が回る。

 

 そんな自分でも、何か致命的欠陥がある俺でも、いつかは世の中に出ていかなければならないと思うと申し訳ない気持ちが込み上げてくる。例外が一つ身近にいるだけで、自分もなんてそんな期待、内が悪いかはたまた外か。

 

 

 

 あぁ、そろそろ買い物に行かないと、夕飯の準備ができないな。とどうでもいいことのように考えて、ひとりになった公園でうずくまった。

 

 周囲に誰もいない今ならば、暗くなりつつある今ならば、こんな行動も許される気がする。

 

 

 

「お困りかい少年」

 

 

 

 びくりと体を震わせて、バッと後ろを振り返った。

 

 直前まで気づけなかった。気配がまるでなかったことに寒気がして、ベンチから勢いよく飛び上がる。

 

 

 

「そんなに驚かれると傷つくなぁ」

 

 

 

 街灯を背にし、スーツを着て、困り顔で女性が次句を繋ぐ。

 

 いかにも仕事帰りの風貌を醸し出す彼女。顔に影が刺しているからか、第一印象は"気味が悪い"だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
やる気あんのぉ?なとかとかとか
https://www.ookinakagi.com/wp-admin/post.php?post=289&action=edit


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第二部
援助じゃアフリカは発展しない


 
 
いけすに放ったネタをようやく使える喜び


 

 

 

「えっと……さようなら」

 

 

「第一声が別れの挨拶とは。さっきのお化けを見るような目といい、大人の私でも流石にショックを隠しきれないよ」

 

 

「あの、家訓で知らない人とは話すなと……」

 

 

「未成年者に声を掛ける。それだけで、全ての大人が不審者扱いとは甚だ遺憾だ」

 

 

「はぁ……」

 

 

 

 "私から見て、あなたは充分に不審者の部類です"なんてバカ正直に言えたらどれだけ楽だろう。

 

 

 

 困っているか? と聞かれている時点で、俺の話に耳を傾けてくれる準備があるのだと窺い知れるが、おいそれと他人に悩み事を吐き出すのは軽率な行為だ。

 

 もっとこう、順序というものがある。

 

 外部の人間に助けを求めるより、まず身内に助けを求めるのが普通であって……。

 

 

 

 浮かぶのは家族、友達、そしてウチハ。

 

 あぁ、周りに相談できる人なんていなかったと思い返して勝手に傷つく。

 

 身近に信頼できる人がいない状態であっても、他の誰かに助けを求めるような具体的行動をとった覚えはない。

 

 もしかして俺は、誰かに"助けて"とも縋りつけないほどに衰弱し切ってしまっているのではないのか。今更なことを悟って、気付いたところで身動きできない自分に沈黙した。

 

 

 

「突然こんなことを言われて困惑しているとは思うんだが、何かあるなら私に話してみてくれないか? 赤の他人だからこそ、喋りやすいということもある」

 

 

「……」

 

 

「……君が何も語らないのなら、私は一向に動けずじまいだ」

 

 

 

 暗がりから歩み寄り、逆光は次第に薄まっていく。

 

 だんだんとクールな困り顔が露わになり、切れ長な目がいっそう細められていく。

 

 それに比例して、心臓の鼓動が鮮明に聞こえ始めた。

 

 

 

 彼女の好意をはね飛ばして、逃げ帰るほどの冷酷さはなく。

 

 また彼女の好意に甘え、寄りかかろうとする度胸もなく。

 

 自分の安全領域が狭まれ、逃げ場がなくなっていくのを何もせずただ眺める。

 

 無力な蝋人形のように突っ立って、それ以上は近づかないでくれと祈る他なかった。

 

 

 

 せっかくお前のために良くしてくれようとしてる人を邪険に扱って、あげく息を殺してやり過ごそうとしているのか? 

 

 いっそ"近付かないでくれ"と主張してみればいい。

 

 お前についているその口は飾りか? 良い歳して自分の現状を相手に伝えられないのか? 

 

 お前は赤ん坊並だな。いや、おしめを取り替えてと主張できる赤ん坊の方がよっぽど利口じゃないか。

 

 こんな当たり前のこともできないのか? みんなできてるんだぞ? お前だけができてないないんだぞ? みんな必死に努力しているんだぞ? なのにお前は、一体いままでなにを学んできたんだ? 

 

 お荷物・知恵遅れ・退化・劣等・ノータリン・白痴。

 

 

 

「ッん──────第一印象が悪かったのかな? 少年なんて馴れ馴れしかった? もっと礼儀正しくした方が正解だったか、うっかりした。言葉を急かしたのも悪手だったかもしれない。もっとじっくり時間をかけて……いやいや黙したまま這い寄る気? それこそ気味悪がられる。でもでも困ってる風だったし、このまま見過ごしちゃうとあの人に顔向けできないし……うぅ」

 

 

「あの」

 

 

「ん? なんだい」

 

 

「お気持ちは嬉しいのですがあの、その、結構です。……自分でなんとかしますから」

 

 

「自分でなんとかできる人間は、公園でうずくまったりしないだろうに」

 

 

「……」

 

 

「これは相当溜め込んでいると見るべきか? それなら真正面から引き出そうとするのは愚策か……」

 

 

 

 ……漏れ聞こえる独り言を聞こえないフリで乗り切って、無表情でウロウロと黒い長髪が捩れるのを視界から外した。

 

 

 

 善人も悪人も皆んな笑顔で寄ってくる。

 

 その理から外れた異物であるとわかった時点で、自分と同じような人種を見つけた安堵と、鏡を前にしたような強烈な不快感が同居した。

 

 

 

 彼女が一体どんな考えのもと話しかけてきたのかは定かでない。

 

 何にせよさっさと飽きて諦めて、こいつからはなにも得られないんだと学習して、それきり二度と会わないようにしてもらうのが一番早い。

 

 

 

「……実は困っているのは私の方なんだ」

 

 

「え?」

 

 

「とりあえずついてきたまえ」

 

 

 

 クヨクヨと悩んでいる姿を見せつけたかと思えば、次はついてくる前提で話は進み出している。

 

 突然の急展開に頭は追いつかず、しかし体は"困っている"の言葉に是非もなく反射を示す。

 

 

 

 今が絶好の逃げ時に思えた。

 

 このまま女性が離れていくのを見送って、見失ってしまったとでも言い訳をこねくり出せば、自分を無理やり納得させられるような気がする。

 

 

 

 ……その筈なのに、気付けば彼女の離れていくスーツスカートを追って、歩き出している自分がいるのだった。

 

 

 

 

 

 車がすれ違える程の道を、背後三、四メートルの間隔を保って進む。

 

 周囲からはストーカーのように見えなくもない。

 

 だが横並びに歩くのは、彼女へ無条件に心を開いている自分を想像して。

 

 また、さらに離れて十メートル二十メートルまで距離を開けたとあらば、本当のストーカーに間違われる気がして。

 

 間をとって会話をしようと思えばでき、距離を取ろうと思えばすぐ離れられる、そんな絶妙な位置関係で歩くことを決めたのはついさっき。

 

 

 

 ツカツカと丈の低い黒ヒールだけが舗装路に響く。

 

 ヒール分を加味しても、そう自分と身長差があるようには見えない。

 

 カバンの類はなく、両手はフリーだ。

 

 一際目を引くのが、黒髪ロング。

 

 動きに合わせて波打つ様は、よく手入れされていることが窺える。

 

 

 

 相手を観察しながら、なぜこんなことになったのかの目的を見失いそうになっていた。

 

 まだ互いの歩幅を知る程の仲ではないので、ときどき速度の調整は怠れない。

 

 すぐ下に相手の踵があるかのような緊張感で、一定の距離を絶えず保ち続ける。

 

 

 

 五分、……いや十分。

 

 正確な時間は定かでないが、ある白いアパートの前までくると、彼女はおそらくいつもの調子で帰宅するのだった。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 指示待ち人間、万事休す。

 

 

 

 あれ? 俺はどうすればいいんだ? 

 

 

 

 ついてきてって言葉は聞き間違えるはずがない。

 

 じゃあ、態度を見るに部屋までついてこいってことなのか? 

 

 一度も振り返らずに部屋に入っていった謎の信頼感に怪しさが膨らむ。

 

 俺がついてきていることを忘れてる? 

 

 数分前の記憶を忘れてしまうなんて人をテレビで見たことがあるが、彼女はそのクチなのか? 

 

 それだと家に帰宅できたのをどう説明する? 

 

 ある特定の記憶だけ覚えているなんて説明、嫌に都合が良いな……。

 

 

 

「どうかしたのかい? 早く来たまえ」

 

 

「いや、これは不用心過ぎるといいますか、なんというか。……一様、初対面なんですし、男女ということもあるのでちょっと……」

 

 

「世間体を気にしているのかい?」

 

 

「常識の範疇で話してます」

 

 

「常識なんてものは前時代の遺物だよ」

 

 

「……仮にそうだとしても、縋るものの少ない人間にとっては生命線なんです」

 

 

「つれないねぇ……」

 

 

 

 玄関の扉からひょっこり顔を覗かせた彼女と押し問答を繰り広げる。

 

 ここが共用の通路であることから、邪魔だとかうるさいだとかの声がいつ飛んできてもおかしくない。

 

 だからと言って、このまま"はい、喜んで"と相手に従うのもおかしく思えた。

 

 

 

 出会って間もなく、彼女の取る不審な行動の数々が、ただ困りごとを聞くだけで終わるのか? と不信感を煽る。

 

 新手の宗教の勧誘だとか、骨董品を売りつけてくるだとか、何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 

 たかが高校生の懐事情なんて大人からしたらはした金だが、本人がダメなら保護者から金を引き出そうとするかもしれない。

 

 わざわざ周りに相談できない孤立した状況を見抜いて話しかけてきたのかもなんて変なところばかりに頭が回り、しかし騙すのならわざわざ自宅に招き入れるのか? と確信が持てず、彼女の放った"困っている"が足枷のようにその場に留める。

 

 

 

「いい加減話してもらえませんか? ご自宅に用があるのは、なんとなく予想つきますけど」

 

 

「立ち話もなんだろ? 少し休んでいくといい」

 

 

「……それ怪しさ100%って自覚あります?」

 

 

「……確かに」

 

 

「冷やかしなら帰りますよ」

 

 

「まぁ待ちたまえ。何も言わずについて来てくれたということは、少なからず私のことを好意的に見てくれている証拠だろう?」

 

 

「今の言葉でついてきたことを後悔してます」

 

 

「いやまぁなに、火急の用というわけではないのだが」

 

 

「お疲れ様でした」

 

 

「ちょま、待ちたまえ」

 

 

「……あの、手はなして貰えます?」

 

 

「野菜が余っているんだ。君には協力してもらいたい」

 

 

「それ俺である必要ありましたか? あと制服引っ張らないでください、傷みますから」

 

 

「いやほらえーと……いま一番近いのは君だ」

 

 

「……はぁ」

 

 

 

 制服が傷むと指摘すると、彼女はパッとその手を離す。

 

 次いで俺である必要があったのかの質問に、ワタワタと身振り手振りをしたかと思えば、閃いたとばかりによく分からない理論を展開し始めた。

 

 反論がない様子から、意見が通ったと得意になっている女性に、思わずため息混じりの呆れ声が溢れてしまった。

 

 つまりこういうことか? 頑なに口を開かない俺を見かねて、"お願い"を強制することで平等な立場に持っていこうとしている? 

 

 

 

 悩みを聞くというのは一方通行だ。

 

 聞いてあげるというか、聞いてもらうというか、両者の関係は決して対等とは言えない。

 

 返ってきた答えが"エラそうだ"なんて、相談に乗ってあげた立場から見たらそれこそ"エラそうだ"だが、相談する問題が大きく深刻であるほどこの感情は強くなる。

 

 もし"お前が悪い"と断言されてしまったら? 

 

 そこまで言われなくても、今までの苦悩や憤りが考慮されずに淡々と常識をぶつけられでもしたら? 

 

 自分の中にある経験や知識をいくら煮詰めてもわからないから困っているのに、弱者の気持ちに寄り添わない押し付けられた意見を頂戴したところで、一体どう生かせってんだ。

 

 

 

 こんなものは相談とは言わない、一方的な思想の伝播。

 

 アレルギーだろうがなんだろうが、俺の好物だからお前も従えと暴論を振りかざしているような物。

 

 

 

 ……彼女はそうならないよう、お願いを聞いてくれたお返しに相談に乗るという、対等な目線でのやり取りを希望している。

 

 自分が変人と思われようと、ただ相手の悩みを解決してあげたいという強い執念を感じ取った。

 

 

 

 少しどころか、かなり強引なやり口だ。

 

 もっと上手に相手を誘導する方法がなかったのかと考えずにはいられない。

 

 それでも、さっき出会ったばかりの女性に、俺という一人の人間へ敬意が払われていることだけは確かだった……。

 

 

 

 その推測が真実かどうか、俺には確かめる術がある。

 

 だが向こうが礼儀を尽くすというなら、こちらも相手に礼を尽くさなければ失礼というものだ。

 

 我ながら面倒な性格だな。

 

 こんなに気を遣わせて、ようやく相手に歩み添おうと決断する様に苦笑いを浮かべる。

 

 

 

「そこまでいうなら、わかりました。それじゃあご厚意に甘えて……」

 

 

 

 伏せていた顔を上げると、彼女は真顔のまま動かなくなっていた。危うくこっちまで固まりかけたが、かぶりを振って"も、もしもーし? "と語りかける。

 

 

 

「え?」

 

 

「はい?」

 

 

「野菜、もらってくれるのかい?」

 

 

「そ、そういったつもりなんですが」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 

 なんかわからんが会話が終わった。いや終わる要素どこにあった。さっき抱いた温かい気持ちが消え失せてしまう前に、騙すんなら騙すで気分のいい内にとっとと済ませてもらいたい。

 

 

 

「いや、助かるよ。一人じゃ消費しきれない量が送られてくるもんだから困り果てていたところなんだ」

 

 

「そんなに量あるんですか?」

 

 

「かじったりしているんだがねぇ……なかなか減らないんだよ」

 

 

 ? 

 

 

「好き嫌いはあるかい?」

 

 

「へ? い、いいえ特には……」

 

 

「家はこの辺り?」

 

 

「近所です」

 

 

「わかったありがとう。だが助けてもらいっぱなしというのは気分が悪い。どうだろう、ここは一つお姉さんに困っていることを相談してみるというのは」

 

 

「相談ですか……別に喋るのに抵抗がある訳じゃないんです。その、何て言えばいいか……抱えてる問題の量が多過ぎて、何処から手をつけるかわからないってところですかね」

 

 

「そう難しく考えることはない。私も出会ったばかりの人間に、自分の深い場所を晒そうとは思わないよ。君がおかしいなと思ったこと、不思議だと思ったこと、ちょっとした疑問の様なものでもいい」

 

 

「んー……考えが纏まるまで少し時間を下さい」

 

 

「構わないよ。立ったままというのもなんだ、どうせなら上がっていきたまえ」

 

 

「……まあここで長話されても迷惑でしょうからね」

 

 

 

 結局、初対面で見ず知らずの女性の家に上がることになった。

 

 いきなり家に連れ込もうとした時は何事かと思ったが、ただ会話の順序がおかしい変な人? なだけらしい。

 

 

 

 野菜をもらい受けるという、普段とは縁遠い僥倖を得るも、丁度買い出しに赴かなければならない身。

 

 さっさと野菜を譲ってもらって、当たり障りのない相談をして、ネットで調べたそれらしい料理を作れば今日を乗り切れるだろうと予定を軽く組む。

 

 料理のジャンルは決めかねるが、時間も無いし一品ものを作ることは確定。

 

 丼物が手抜きと言われないギリギリのラインか。

 

 

 

 半開きの扉に手をかけ、入る直前で表札が目に入る。えっと、"ツキノキ"でいいのか? 

 

 

 

「お邪魔します」

 

 

 

 玄関を上がると、線香を思わせる独特の香りが鼻腔を掠めた。

 

 甘いようでいて、香辛料を思わせる独特な香り。

 

 それでいて頭が冴え渡るような、どこか気持ちが落ち着いた気分になる匂い。

 

 会話のタネにでもしようかと一瞬考えたが、長居する気がなく人の趣味をとやかく言っていいものかと思いここはスルー。

 

 

 

 靴を脱ぎ、家主のものとは対極の端っこの方で揃える。

 

 ワンルームの間取り。

 

 清潔感の漂うキッチン、バストイレを通り過ぎれば一室と東向きのベランダが。

 

 女性の部屋をジロジロ見て感想を述べるのは気持ち悪い趣味のように思えるが、ウチハに比べ物は散らかっておらず、引っ越して間もない頃のみたいに必要最低限の物を集めたさっぱりとした印象を受けた。

 

 

 

「適当に楽にしてくれて良いから」

 

 

 

 そう言い残してからツキノキさんはベランダへと出る。

 

 出された冷たい緑茶と、野菜が入っているであろうビニール袋をテーブルの上に。

 

 クッションが対面に転がされているが、楽にしろと言われても居座るつもりは元々ない。

 

 クッションをどかし、カーペットの上に正座、唇を湿らす。

 

 こうした方が一番落ち着く。

 

 

 

 窓から段ボールを運び入れようとする姿を見て、そんなにあっても消費しきれないと腰を上げたが、ぶら下がった洗濯物にすぐさま腰を下ろす。

 

 ベランダにうっかり干してある物を目にしたとしても、不可抗力で警察に突き飛ばされるようなことがないとは思うが、けれども自分の良心がそれを許さなかった。

 

 

 

「ふふ、ここは修行寺ではないよ?」

 

 

「あ、いいえお構い無く」

 

 

「よいしょと」

 

 

「あの、もらう身で差し出がましいですけど……今日使う分だけで充分ですので」

 

 

「君が必要な分だけ言ってくれればそれでいい。さぁ、どれでも好きなのを選びたまえ」

 

 

 

 物色して選り好みするような態度は少々気がひける。

 

 だが、いつまでもこの家の世話になるわけにもいかないのでさっさと行動に移る。

 

 

 

 スマホを取り出して軽く検索をかけ、使えそうな野菜を選り分けていく。

 

 ほうれん草、玉ねぎ、きのこ類、もやし、にんにく……。

 

 

 

「……質問なんですけど」

 

 

「なにかな?」

 

 

「料理ってされます?」

 

 

「サラダが料理の内に入るのなら……」

 

 

「かじってるってそのまんまの意味じゃないですか」

 

 

「しょ、しょうがないだろう? 仕事から帰ると時間はないし、疲れてるし、何より面倒なんだ」

 

 

「だからってそんな食生活じゃ栄養も偏りますよ。今はいいかもしれませんけど、後々痛い目を見るんですから」

 

 

「そ、それでも野菜を全く食べないよりは救いがあると思うんだが?」

 

 

「休日はちゃんと食べてるんですか? 大方、生で食べれる野菜はかじったりちぎったりして、それ以外がいま目の前にある野菜ってところですかね」

 

 

「う゛」

 

 

「大の大人が、見ず知らずの学生に調理しないといけない野菜を押し付けないで下さい。送り主が悲しみますよ」

 

 

「う゛ぅ」

 

 

「はぁ……」

 

 

 

 大人の余裕は見る影もなく、すっかり萎縮してしまった彼女にため息をつき、しかしこのまま放っておくわけにもいかずに冷蔵庫の中身をあらためる。

 

 全滅だ。

 

 お酒なんかの飲み物の他は、そのまま食べれる加工食品がほとんどを占めている。

 

 精肉も生魚も見当たらない。

 

 ろくな食品もなければドレッシングの類いもない。

 

 冗談が冗談じゃないことに気づいた。

 

 

 

 つづいてキッチンへ。

 

 道具はある、だがどれも新品同然。

 

 基本的な調味料は形だけは揃っていた。

 

 賞味期限はギリギリセーフ……か? 

 

 

 

「ご飯まだですよね?」

 

 

「あ、あぁ」

 

 

「この中で苦手な野菜とかありますか?」

 

 

「あー、ニンニクはそんなに使わないで欲しいかな?」

 

 

「お米あります?」

 

 

「パックのなら……」

 

 

「キッチンお借りします」

 

 

 

 気づけば勢いで包丁を握っていた。

 

 自分が余計なことをしている自覚はある。

 

 お節介だの、ありがた迷惑だの、いらない心配なのはわかりきってる。

 

 それでも、目の前に助けられる人がいて、自分に助ける力があるのなら動かずにはいられなかった。

 

 どうせ後でウチハに料理を作る羽目になるのなら、今から予行演習の一つや二つしておいたところで苦労は変わらないだろうと自分に言い訳を説く。

 

 

 

 そもそも野菜を譲り受けること自体、彼女の手助けになっているか怪しいのだ。

 

 むしろ公園で下ろしていた重い腰を引っ張り上げ、今夜の材料すら提供してくれたと考えればどれだけ救われていたことか。

 

 彼女に料理を振る舞うことで、本当の意味で対等の立場になれるのだと……俺は信じたいのかもしれない。

 

 

 

 レシピを開く。

 

 そう都合よく全ての材料が揃っているわけはない。

 

 しかし、味付けさえしっかりと押さえていれば、素人でも食える料理を生み出せる。

 

 あとは味のバランスを欠くような、味や香りが強いものを入れない限り、致命的失敗は有り得ない。

 

 豚の挽肉を魚肉ソーセージで代用。

 

 にんじんは玉ねぎで穴埋め。

 

 ニンニクはいない子。

 

 彩にかける。

 

 が、それも許容範囲。

 

 

 

 おぼつかない手つきで、無駄の多い手つきで、うっかり砂糖と塩を取り違えそうになりながら。何とか完成にこぎつけた。

 

 

 

「すごい……私なんかよりよっぽど生活力があるじゃないか」

 

 

「ははぁ……」

 

 

 

 とはいうが、野菜は火を通しすぎてくたってる、これでは食感がない。

 

 ご飯に対して具が多すぎ、分量を間違えて作りすぎだ。

 

 早く作ろうと火加減を誤ったせいでもやしの端っこが焦げている。

 

 魚肉ソーセージはもっと細かく切ったほうが良かったんじゃないか? 

 

 欠点にばかり目がいく自分が嫌になりそうだ。

 

 

 

「君の分は盛らないのかい?」

 

 

「晩御飯が食べれなくなってしまうので遠慮します」

 

 

「……食べても?」

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

「……いただこう」

 

 

 

 スプーンが突き刺さり、持ち上げられて、口に運ばれる直前で目をそらし振り返る。

 

 レシピに忠実とは言えないが、要点は抑えた。

 

 料理は科学だと言われるように、書かれていることを愚直にこなせば何も難しいことはない。

 

 レシピ自体を疑っているわけではないが、大筋を押さえていたとしても、やはり不安感を抱いてしまうのは生まれ持っての性質か環境が編み出した処世術か。

 

 否定的な言葉に備えての現実逃避。

 

 もしものショックを軽減させるための回避行動。

 

 ただの照れ隠し。

 

 単に冷徹、もしくは自分嫌い。

 

 自分が飼っている気持ちを的確に表す言葉が浮かばないことにイライラするが、思い浮かぶどれもにニアミスしている気がして、自分という存在が酷くいい加減なものに思えてくる。

 

 

 

 調理道具を洗うべく台所に立とうとすると、声が掛かってきた。

 

 

 

「何をしているんだい? こっちにきて座りたまえ」

 

 

「いや、洗い物……」

 

 

「私が後でまとめてやっておくよ。いいから座りたまえ」

 

 

 

 開けた蛇口を元に戻し、重い足取りで床に正座する。さっきまで湯気を立てていた魚肉ビビンバは、四分の一ほどが掘り起こされ、スプーンが食器に触れた時に奏でる音を高めていた。

 

 

 

「ん、おいしいよ」

 

 

「はぁ……そうですか」

 

 

「相談内容は決まったかい?」

 

 

「あー……」

 

 

 

 料理を完成させることばかりに気を配って、肝心の話す内容を考えていなかった。

 

 それほど深刻な空気を醸さず、YesかNoで答えられる在り来たりな疑問はないかと記憶を探る。

 

 あまり時間をかけすぎると先方の食事が済んでしまうし、ツキノキさんが何時までたってもスーツから着替えられない。

 

 

 

 なにかないか、なにかないか……。

 

 

 

「………………賢いってなんですかね」

 

 

「ふーむ……」

 

 

「「……………………」」

 

 

 

 長い沈黙。

 

 焦りのあまり質問の内容が大雑把だった? 

 

 あれ、ミスったか? 

 

 あまりに具体性を欠いた疑問に、かえって複雑にしてしまったと間違いを認める。

 

 

 

 ならさっさと軌道修正すべきだ。

 

 腕を組み、考え込んでいる所を申し訳なく思いつつ、このテーマを断ち切ろうと口を……。

 

 

 

「やけに壮大で、それでいて奥が深い。なるほど、なるほど……」

 

 

 

 すっかり"今のナシ!! "と叫ぶタイミングを逃した。

 

 これだけ考えてくれているのに、いまさら質問を切り替えて日常的な相談をしたら信用されてないと受け取られるかもと思考が追い付き、結局あいてに丸投げする形で面倒を見なかったことに。

 

 あークソ、どんどんシワが濃くなって唸りだしてるぞ、俺の根性無しが……。

 

 

 

 これはなかなか結論が出せないと判断したのか、ツキノキさんはご飯を食べる手を再開して、低く唸りながらも咀嚼を繰り返す。

 

 四分の一が半分に、半分がわずかに、わずかをスプーンでさらい手を合わせた。

 

 

 

「ごちそうさま。久方ぶりの手料理だったよ」

 

 

 

 軽く会釈して応え、タイミング的にもそろそろかなと返答を待った。

 

 面と向かって、こんなに質問内容を吟味された経験がないので、ツキノキさんが一体どんな結論を下すのか少し興味が湧く。

 

 

 

 彼女はティッシュで口元を拭くと丸め、ゴミ箱に放った一投は手前に落下。

 

 気まずそうに立ち上がり、確実な一打を決め、座り直して手を組む。

 

 何度か手の開閉運動を繰り返し、意を決したように放った一言は。

 

 

 

「わからない」

 

 

 

 真剣な口調で放たれたのは降伏宣言だった。ここはツッコミを入れる場面なのだろうか? 

 

 

 

「いやすまないね、私は考えをまとめてからでないと喋ることのできないタチなんだ。また日を改めて会うことはできないかい?」

 

 

「……」

 

 

 

 スマホを掲げ、連絡先を交換しようのゼスチャーにポケットに向かいかけた手が止まった。

 

 本当に委ねていいのか? 

 

 ツキノキさんの迷惑になってないか? 

 

 こんなにも容易く連絡先は交換されるものなのだろうか? 

 

 これが社会人の普通? 

 

 それとも常識? 

 

 

 

 色々考えは巡ったが、途中で断ち切った。

 

 疲れた、諦めた。

 

 時差ボケの頭にはもうこれ以上の情報を処理しきれそうにない。

 

 もういいや、騙されたら自分の責任ってことで。

 

 

 

「……いいですよ、また何か作りましょうか?」

 

 

「ん、んう、初対面の人間に二度もご飯を準備させる覚えは……」

 

 

「じゃあ次に来る時は自分で作ってしまうわけですね?」

 

 

「物事にはステップというものがあってだね……」

 

 

「いいんですよ、ツキノキさんが粗食だと目覚めが悪いんで。楽にしていいって仰るなら、ここにいる時は俺の好きなようにさせてもらいます」

 

 

「あぁ……」

 

 

「どうかしました? 名前間違えてましたか?」

 

 

「いやそうじゃない。そうだな、まだ自己紹介も済んでいなかった」

 

 

 

 突き合わせたスマホ同士を名刺がわりにでもするように、連絡先の交換を自己紹介とするのかと迎合。

 

 入学式や新学期のお試し期間でしか関係を築けない俺は少々がもたついたものの、数えるほどしかないアドレスの一つに、赤の他人の名前が加わる。

 

 

 

 

 

< ツキノキ
✆ 目 ∨

 今日 

.ツキノキだ. 18:50

.よろしく. 18:50

18:51
既読
  .メツギです.

18:52
既読
  .どうも.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+       
             

 

 

 

 

 

「私はこの時間帯なら基本的に空いているから、メツギさんの都合が合う日に連絡を入れてくれればいい」

 

 

「わかりました。次回のリクエストがあるなら聞きますけど」

 

 

「見ての通り料理はからっきしだ。作ってもらう立場であれこれ指図するつもりはない、全て君に任せるつもりなんだが」

 

 

「俺も頻繁に料理するわけじゃないんで丸投げされると困ってしまうんですよ。なにか縛りがある方が、こちらとしても動きやすいんですが……」

 

 

「野菜を沢山消費できる料理か。……なべ、鍋なんてどうだろう」

 

 

「四月も終わりに鍋ですか?」

 

 

「そうだ。……だめだろうか」

 

 

「お湯を張って食材を煮込むだけなので楽なのは嬉しいですけど、その……量が」

 

 

「メツギさんも一緒に食べればいい」

 

 

「いや、そんなご迷惑は……」

 

 

「それとも、何か食事できない理由でもあるのかい?」

 

 

「いえ……そういったことはないですけど」

 

 

「じゃあ決まりだ、次会う時はお鍋にしよう。決定」

 

 

「ははぁ……」

 

 

 

 ツキノキさんは表情を動かさずに、早合点と拳を打った。

 

 あの苦痛の食卓を思えば、一度逃げ出せるチケットを手に入れられたとここは喜ぶべきなのかもしれない。

 

 なのに、素直に喜ぶことができないのは、ウチハや家族に合わせられない情けなさが付き纏ってくるからだろうか。

 

 

 

 ……なんにせよ、またここに来る理由をつくってしまった。

 

 

 

「それじゃあ、バイバイ」

 

 

「えーと。また今度?」

 

 

 

 軽く手を振って別れを告げるツキノキさんに、こちらもと手を上げたが失礼ではないかと上げ切る前に指を折った。

 

 パタンと閉まる玄関扉に、中途半端に止まったままの手の硬直を解く。

 

 

 

 不思議な人だった。

 

 終始同じ目線で話を進めようとするところとか、一歩身を引いた位置で話しかけてくるところとか、早く答えを出さないところとか。

 

 

 

 斜陽の輝きを忘れた空を見上げ、なんだか状況が良くなる気がする前触れに、何度それが裏切られてきたと警告を持って戒めた。

 

 小さく、淡い、光にも満たないそれに、決して心奪われてはならないと背を向け、暗がりへ暗がりの深い場所へと進み始める。

 

 

 

 

 

 自宅へと辿り着く頃には、もう夜の七時をとうに過ぎていた。

 

 なのにおかしい、家には電気が灯っていない。

 

 

 

 部活はとっくに終わっているだろうし、ウチハから何か新しいメッセージもなく。

 

 どこかに出かけたっきり、連絡もよこさない俺に腹を立てて、友達と何処かに出掛けてしまったのだろうか? 

 

 公園で動けなくなっている時も、ツキノキさんと話をしている時も、なにかしら一報をいれるタイミングはあった。

 

 ウチハは何も悪くない。

 

 

 

 ウチハがいないとなると、自分のためだけにいま一度調理場に立つのは気が引ける。

 

 だが今後しばらく腕を振るうことになりそうなら話しは別だ。

 

 もう少し腕を磨いておく必要がある。

 

 真っ暗な玄関で靴を脱ぎ、リビングのスイッチを手探り。

 

 壁とは異なる材質に確信を抱き、一方に傾いたスイッチを倒すと。

 

 

 

「……!!」

 

 

 

 ウチハだった。

 

 リビングの、四人掛けのテーブルの一角に、ただ座っていた。

 

 人気のない家で、いないと思っていた人物が、いつもの調子で座っていた。

 

 声は出さなかったものの、危うく腰を抜かしそうになる。

 

 

 

「あ、エイタおかえり」

 

 

「……ぁあ」

 

 

 

 何も置かれていないテーブルから顔を上げ、唐突にウチハの日常が始まったように動き出す。

 

 小動物のようにくりりとした目、形のいい唇が柔和に微笑みニッコリと花が咲く。

 

 その異様さに対応が遅れ、驚くこっちがおかしいのだと不思議がられた。

 

 

 

「え~なんでそんな驚いてるの?」

 

 

「いや、いないと思ってたから……」

 

 

「エイタと約束してたじゃん、サプラーイズだよサプライズ。靴を隠したのはちょっと手が込んでた?」

 

 

「……悪い、遅れること伝えなくて。すこし手間取ってた」

 

 

「うんん、いいよ。ボクはエイタが帰ってきてくれるって信じてたから」

 

 

「……」

 

 

「なにかおかしい?」

 

 

「あ? いや、お腹空いてるだろ? すぐ作るよ」

 

 

「わーい」

 

 

 

 動揺を悟られないように冷蔵庫を開けて視界を遮る。

 

 ついでにひき肉や野菜の有無を確認して一息ついた。

 

 同じものを作るのなら最悪買い物は必要なかったようだが、せっかくの頂き物だ、優先して料理に使わせてもらおう。

 

 

 

 勝手知ったる自分家のキッチン。

 

 ウチハのほうが熟知しているだろうが、俺もあやふやながらどこに何があるのかを大雑把に理解している。

 

 

 

「……なにしてんだ」

 

 

「ん〜見学ー?」

 

 

「目新しいものなんてねぇだろ」

 

 

「エイタがボクのためにどんな料理をつくってくれるのかなぁ〜って」

 

 

「座って待ってろ」

 

 

「大丈夫、邪魔しないから。大人しく見てる」

 

 

「やりづらい」

 

 

「もうボクお腹ぺこぺこだよ〜」

 

 

「はあぁー……」

 

 

 

 ひときわ大きなため息を吐く。

 

 いつだって押し切られるのは俺の方。

 

 特に二人きりの時の妙な不気味さといったら末恐ろしいものがある。

 

 かといって家族に食い込んでいる関係上、無視を決め込むというわけにもいかず。

 

 口では言い切らないで、行動で拒絶を示そうとするのは、俺が取れる数少ない抵抗の一つ。

 

 

 

「何か手伝うこととかない?」

 

 

「いいから座ってろ」

 

 

「何作るの?」

 

 

「食えばわかるだろ」

 

 

「野菜切ろうか?」

 

 

「いらないって」

 

 

「エイタ怒ってる?」

 

 

「怒ってない」

 

 

「……制服着たままだよ?」

 

 

「……制服で料理しちゃ悪いのかよ」

 

 

「そうじゃないけど……家に帰ってきてないの?」

 

 

「……」

 

 

「ずっと買い物してたの?」

 

 

「……食ったんだよ、時間」

 

 

「ボクのこと、避けてない?」

 

 

「気のせいだろ」

 

 

「……怖い」

 

 

 

 ジューと、フライパンを焦がす音が響く。

 

 二回目だからか、動作に慣れが生まれこなれてくる。

 

 冷凍のご飯をレンジにかけ、フライパンにはひき肉を加えた。

 

 彩が加わった野菜の群れで、ほぐしながら茶色くなるまで炒める。

 

 ニンニクの有無は聞かなかったが、前と同じく入れないことにした。

 

 

 

 ウチハの指先が背中をつつく。

 

 

 

「ボクのいないところでどんどん話が進んで、気づけば周りの景色がまるっきり変わっちゃうみたいな」

 

 

「怖いよ」

 

 

「恐ろしく怖い」

 

 

「信じて見守ることも大切なんだと思う」

 

 

「こういうことすると、エイタに嫌われちゃうってほんとはわかってる」

 

 

「でも何かあるんだったら話して欲しい」

 

 

「エイタお願い」

 

 

「くだらないことでも、小さなことでもいい」

 

 

「悩んでいることがあったらボクに話して?」

 

 

「ボクって頼りない?」

 

 

「力になれそうにない?」

 

 

「難しい問題なの?」

 

 

「エイタの抱えてるもの、ボクにも背負わせて?」

 

 

 

 なおも反応せず無視していると、触れていた指先は背中を走り、肩を揉んで絡み付いてくる。

 

邪魔をしないという言葉はどこにいったんだと口には出さず、変わらず口はつぐんだまま。

 

 

 

「なにこれ?」

 

 

「変な匂いする」

 

 

「お墓みたいな匂いだけど」

 

 

「ちょっと甘いような?」

 

 

「……ねえ、エイタ」

 

 

「エイタが何処で何しようと勝手だよ?」

 

 

「でも、これだけは守って」

 

 

「よく知りもしない人に、変な影響を受けたりしないでね?」

 

 

「約束だよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
共感と喜びと感謝がエネルギーになる人がいるみたいだから、私もしっかり向き合わないとなと思ったとかとかとか
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予定説および公正世界仮説

 
タイトルの無理矢理感・・・・


  

 

 

 けたたましいベルの音。

 

 まだ寝てたいの前に動く。

 

 定位置の竹刀を手に。

 

 宙を舞う掛け布団。

 

 目覚ましの命運は尽きた。

 

 

 

 サンサンと輝く日光は瞳へ。

 

 貴重な朝の二人きりの時間。

 

 一分一秒でも長く一緒に居たくて、一直線に彼の寝室に。窓枠の向こう、敷かれたタオルに着地。

 

 音で起床を促すスマホに加勢し、ボクは竹刀でアラームのリズムを伝える。

 

 

 

「お〜き〜ろ〜♪ お〜き〜ろ♪ エ〜イ〜タ〜♪ お〜き〜ろ〜♪」

 

 

 

 いつもならしばらくベットを温めようと狸寝入りするエイタが、今日はお腹を執拗に突つく刺激に参ったのかすっくりと素直に起き上がる。

 

 今日はちゃんと眠れたのかな? それとも、ボクの思いが伝わった? 

 

 

 

「あれ? おはようエイタ」

 

 

「……ちょっとだけ眠れた」

 

 

「よかったじゃん! でもしっかり寝れてないから顔おじいちゃんだよ」

 

 

「ほっとけ」

 

 

「……わ、わ、わぁ〜起きないで起きないで! ボクが部屋出ていくまで起きないでぇ〜!」

 

 

 

 自分の発言を振り返り、ボクは大丈夫だよね? となにをいまさら顔を触る。

 

 

 

 本当の乙女だったなら、気になる異性の部屋に行くときは気を使うものなのだろうけど、朝起きると身嗜みのことをぽっかり忘れてエイタを起こしに行ってしまう。

 

 ボクってこんなに鳥頭だったっけ? エイタに会うのがそんなに嬉しい? なんてふと考えてしまったが最後、身体中の血液が顔に集まってくる感覚を味わった。

 

 寝起きで酷いであろう顔と、赤くなった顔の両方を見られまいと、起きろと言っておきながら今度はベットに押さえつける。

 

 

 

 掛け布団を被せ見えなくし、ドタドタと逃げ去るように洗面台へチョッコー。

 

 ……なにも変なところ、ないよね? 

 

 

 

「おはようウチハちゃん。朝から元気ね」

 

 

「あ、おばさんおはようです」

 

 

「どうしたのそんなに慌てて。エイタがなんか変なことした?」

 

 

「や、そうじゃないんですけど……」

 

 

「じゃあなんでそんな慌ててたの?」

 

 

「その、こんなすっぴん寝起き顔でエイタに嫌われたりしないかなって……」

 

 

「そんなことで悩めるなんて青春ねぇ~。好きな人の前で良いカッコしたいのはわかるけど、長い間付き添っていくなら自然体が一番よ?」

 

 

「そういえば、二人が喧嘩してるのいままで見たことないかも……」

 

 

「あの人無口で自分をよく見せようとか一切考えない人だから。ついこの間もあの人がパンツ片手に私のとこ来たと思ったら、ウンチついちゃったから洗濯の仕方教えてって……。あらやだ、この話聞かなかったことにしてね? あの人の威厳なくなっちゃうから」

 

 

「あ、あははぁー……」

 

 

「相手の弱点を受け入れて、自分も弱点を晒して愛してもらうの。これ、夫婦円満のコツー」

 

 

「でも、エイタがうんち付いたパンツ持ってくるのは嫌ですかねぇ……」

 

 

「そりゃあ今そんなことされたら絶叫ものだけど、歳を取るってことはお互い情けなくなってくるものよ? くしゃみを抑えきれなくなったり、歯磨きしたらえずくようになっちゃったり、オナラしたいのにウンチ出しちゃったりね。私だって腰は痛くなるし、最近物忘れが激しくなってきたし、おしっこも近くなるしでも~大変」

 

 

「……弱いところを見せたら、エイタがボクに幻滅して、他の女の子に目移りするキッカケになったりしたらと思うと怖いんです」

 

 

「なぁ~にいってのよウチハちゃん。あの子斜に構えてるようだけどね、なんだかんだ言いつつウチハちゃんのことで頭一杯よ?」

 

 

「う、うぇ!? そうなんですか?」

 

 

「おばさんとしてはむしろウチハちゃんが見限らないかの方が心配なのよぉ。……ねぇねぇ進展の方はどうなの? 若さ余ってCまで済ましちゃった?」

 

 

「ちょ、や、止めてくださいよおばさん! エイタに聞かれでもしたら……」

 

 

「なぁ〜に? 恥ずかしいの? こんなの恋人同士ならみんな通るべき道なんだから、今のうちに慣れておくなりしておかないと、いざってときに恥かいちゃうわよ? 友達同士でこういう話しないの?」

 

 

「あの、相手がいない子とかは話に取り残されちゃうので。そう言ったのはあんまりしない、です」

 

 

「おばさん達は避妊さえしてくれればどんなことにも目をつぶるから。なんなら二人っきりになりたい時は言ってね? いつでもこの家二人にしたげる」

 

 

「へ? いや……ソユノハチョットハヤイカナッテ」

 

 

「ウチハちゃんはそういうのに興味ない?」

 

 

「うぅ、そりゃ全くないってわけじゃないですけど、一方的に燃え上がるの「顔洗えないんだけど」んひょ!!」

 

 

 

 心臓が飛び出ちゃうくらい大きな間抜け声を上げる。

 

 "あら、おはよ"とおばさんが声を掛ければ、なんてことないように"んー"と気だるげに返事は飛んだ。

 

 会話の内容は聞かれてないよね? 確かめたいならエイタの様子を探ればいいと知りつつも、再燃した恥ずかしさを堪えきれず、鏡にも写らないように顔を隠した。

 

 

 

「んじゃ、あとは若い者同士よろしくどうぞー」

 

 

「「……」」

 

 

「どいてくれ、水出せない」

 

 

「……」

 

 

「おい聞いてんのかよ」

 

 

「……エイタはさっきの話、聞いてた?」

 

 

「いいや、全然」

 

 

「ホントに?」

 

 

「だぁーもう良いからとりあえずそこどけ」

 

 

 

 肩をいきなり掴まれびっくり。

 

 そのまま廊下に引っ張り出され、洗面所を追い出された。

 

 

 

 水の流れる音。

 

 ボクを意識の外に追いやったであろうエイタをチラリと見る。

 

 んで、すぐ諦めた。

 

 肝心なところで一歩踏み出せない。

 

 一緒の時間が長い分、また次があると気楽に思えてしまうのは幼馴染の良いところ? 悪いところ? 

 

 

 

 普通の恋愛ならもっとこう、朝に顔を合わせただけで舞い上がっちゃって"おはよう"なんて下らないことで嬉しくなっちゃったりしてさ? 

 

 貴重な二人の時間を大切に過ごしちゃったしてさ? 

 

 近づいてくるそれぞれの進路に焦りながら、それでも一緒になりたい気持ちが強くなっていって、嫌われたくないな、でも離れたくないなって互いに歩み寄ったりしてさ? 

 

 いま置かれている立場が"恵まれてない"なんて言ったら誰かに怒られちゃいそうだけど、ゆっくり着実に進んでいくありふれた恋愛が、ボクにはすごく羨ましい。

 

 

 

 けどだからといって、押し付けるような態度はエイタの負担になっちゃうから絶対にしない。

 

 それに、万一嫌われでもしたら立ち直れそうにないし。

 

 なにより女の子から迫るのってどうなの? ここは女の子の気持ちを汲んであげてさ? 男の子がカッコよく手を引っ張るものなんじゃないの? 自分勝手すぎるかな? 

 

 

 

 ……いまのエイタには少し荷が重い気がするけど、気持ちが落ち着くまでボクはいつまでも待ってるから。

 

 ……いつまでも待ってるは少し言い過ぎかな。なるべくはやく、エイタとそういう関係になれたらいいな。なーんて。

 

 

 

「あーおばさん手伝いますよ」

 

 

「悪いわねぇいつもお手伝いさせちゃって」

 

 

「ボクがこの家でお返し出来ることは少ないですから……むしろ、もっとお手伝いさせてください」

 

 

 

 

 

 エイタと朝練して、登校して、授業を受けてお昼食べて。

 

 ボーと午後の授業を聞き流していたらもう放課後。

 

 みんなそれぞれ用事や約束、予定があるのか、少しずつ会話の輪から外れ教室を去っていく。

 

 

 

 人もまばらになった教室で、スマホの画面を見つめ、一向に腰を上げようとしないエイタに近付いていった。

 

 

 

「なに見てたのー?」

 

 

「別に。なんでも」

 

 

「えー怪し〜、エッチな画像でも見てた?」

 

 

「誰が学校で盛るかよ」

 

 

「そうだよねぇ〜、エイタにそんな度胸ないもんねぇ〜」

 

 

「……」

 

 

「剣道って服は薄いけど露出少ないからさぁー、やっぱりエロくはない?」

 

 

「いうかボケ」

 

 

「それとも更衣室みたいな場所じゃないと興奮しないかな? あぁ〜でもやっぱ生着替えとかないと捗らないかぁー」

 

 

「……」

 

 

「今日はちゃんと一緒に帰ってくれる?」

 

 

「……あぁ」

 

 

「ホントに? 絶対だよ!」

 

 

「わかってるって」

 

 

「また勝手に帰ったりしたらおばさんに言いつけるからね?」

 

 

「少しは信用しろよ……五月に中間テストあるだろ? どっちみち図書室でいままでの遅れを取り戻さないといけないからな」

 

 

「うげぇーまだ先のことじゃん」

 

 

「授業中に寝てたから、今回は俺もヤバい。せめて英語と数学だけでも頭に叩き込んでおかないと置いてかれる」

 

 

「エイタその二つ苦手だもんねー」

 

 

「人の心配してる場合じゃないと思うが、大丈夫なのか? 赤点だと部活停止で補習だろ?」

 

 

「中間でしょ? 余裕余裕。それにいざとなればエイタに勉強教えて貰えば良いからさ」

 

 

「ちょっとまて、俺だって追い込まれてんだ。自分の面倒くらい自分で見ろよ」

 

 

「選択教科を頼るのは流石にないけど、でも共通ならエイタの負担も少ないでしょ? それに言わない? 誰かに教えれば、教えた方も内容が身に付くって」

 

 

「相手に合わせてランダムに復習するよりも、自分のわからない場所を集中して振り返る方が効率いいだろ」

 

 

「ブーブー、エイタの屁理屈ー」

 

 

「うっせ」

 

 

「……一緒に帰れるんだよね?」

 

 

「そういってるだろ」

 

 

「それじゃあさ、いつもより早く迎えにきてよ」

 

 

「……顧問に怒られないか?」

 

 

「途中でいなくなるみたいだから大丈夫」

 

 

「それでもなぁ……」

 

 

「コツツミさんの部活での様子、確認したくない?」

 

 

「……」

 

 

「それともここで聞く?」

 

 

「……いや、自分の目で確かめる」

 

 

「勉強がひと段落してからでいいからさ」

 

 

 

 "じゃあ、また後でね?"と手を振って、道具一式を背負って体育館の方角へ。

 

 途中すれ違った生徒とちょっとした会話や別れの挨拶、軽い応援なんかをされたりして。体育館を通りすぎ、階段を駆け上がって、更衣室のある別館へ急いだ。

 

 

 

「ごめーんコツツミさん、喋ってたら遅くなっちゃってさぁ〜」

 

 

「いえ……」

 

 

 

 卒業生が置いていった剣道具と、ボクのお古の胴着が入った鞄を床から持ち上げて、コツツミさんは眼鏡を外した。

 

 片目を覆っていた髪が持ち上がり、ロングでウェーブがかった毛先が舞う。

 

 うわいつ見てもまつ毛なが。

 

 二重で目がおっき。

 

 鼻は高いのに細くって、唇なんてゼリーみたいにプルプルで……。

 

 エイタの目にはどう写るんだろう、なんて疑問は飲み込んじゃって、鍵を開け中に入る。

 

 

 

 ドサッとロッカー上に荷物を置き、隣のコツツミさんも同じように。

 

 バックから胴着を取り出し、そそくさと着替えるボクは隣をチラリ。

 

 スカートを下ろして、ムッチリと柔らかそうな下半身が現れた。

 

 比べるように視線を戻す。

 

 

 

 角ばって直線的な足。

 

 肉は肉でも筋肉質で、筋と骨が目立って細くって。

 

 お尻は小さいし平べったい。

 

 また一段と着替えが速くなる。

 

 

 

 剣道具を装着。

 

 面と竹刀をぶら下げて、さっさと更衣室を出た。

 

 出てすぐの壁に背を預け一呼吸。

 

 

 

 コツツミさんとの間には、いまだ会話らしい会話はない。

 

 もちろん、質問されれば答えるし、剣道で教えていないことは積極的に指導する。

 

 ただ、部活友達のような普通の会話をしてないってだけ。

 

 

 

 同情して仲良くなろうとするのはちょっと違うと思うし、かといって変に遠ざけたりするのもなんだかな。

 

 ボクに出来ることといえば、敵にも味方にもならない今の態度を突き通すくらい。

 

 

 

「お待たせしました」

 

 

「んー忘れ物はない? じゃ鍵閉めちゃうねー」

 

 

 




 
話を書いて不法投棄、過去七話分の収集ゴミはいずこ
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