口下手なオタクがヒソカの兄に (黒田らい)
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転生?進研〇ミでやりました。

ゆっくり投稿予定です。よろしくお願いします。


 

拝啓……

 

んー、手紙なんて書いたこともないし、あってるのか分からんな、140文字のアレならすぐ書けるんだけど。

まともに始められもしないわ。

はてさて、私的な時間は全てゲームや漫画につぎ込んで来た俺ですが。

モブを名乗れ無くなるような体験をしたんですよ。

 

気になる?

 

 

 

 

 

 

転生だよ✩……野郎の星マークには辛いものがあるな。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※

 

 

会社から、帰ってきてゲームをする。風呂に入ったあとは、新しく買った漫画を読み、たまに小説を漁ったりもする。

 

 

そんな特筆すべきものも無い日常が続いていた。

 

 

そしてある時、俺は転生した。なんで気づいたのか、単純な事だ。自分が産声を上げていたんだから。

どんなに鈍い野郎でも自分が赤ん坊になれば悟るだろう?

あぁ、生まれ変わったのか…ってな。

ぼんやりと光が見えるだけの視界だが、それでも遠くを見る仕草がしたくなった。

 

ほぼ反射のように泣き声をあげていたが、転生したと気づいたとき、俺は心の底から叫ぶように声を上げた。

周りの助産師さんなんかは、元気な子だと喜んでいたがそんな事はどうでもいい。

いや、中身成人男性のガチ泣きを穏やかに受け流してくれた事は大変ありがたかったが。

 

 

それよりも、重大な事実に気づいてしまったのだ。まだ完結していない漫画や、ルートを回収しきれていないゲームが、もう二度と出来ない可能性の高いことに!!

ほんとにマジでやり直しを要求したかったね。なんなら、死ぬ前まで戻して欲しかったよ。

 

 

お父さんが、怖々と抱き上げてきたが構ってる余裕は無かった。

親父の髭面はかなりの強面だったが、泣かないでいたのだ、それで勘弁して欲しい。

 

 

転生してみたいなと思ったことがないと言えば嘘になるけど、もう少しキリのいい所で死にたかったという思いの方が強い。せめて、明日発売の新刊だけでも読ませて欲しかった…。

 

全く、神様も気が利かないなと思っていたんだ。

 

 

 

 

そう、思っていた。つまり、今はそんな事思ってはいない。

 

 

“それ”に気づいたのは生まれてから数ヶ月後。

目が見えるようになってからだ。

両親に連れられ…といってもまだ歩けるような体でもないので抱っこをされてだが、街へ出かけた時のこと。

街の様子を観察していたときに、店の看板を見て思った。

 

 

(あれ、ハンター文字じゃね?)

 

 

漫画やゲームへの未練を、浪漫の心が上回った瞬間だった。

そこからは、坂を転がり落ちるように、次々とハンター世界固有の情報が転がり込んできた。

ハンター協会や、ヨルビアン大陸だの、天空闘技場だの、俺が読んでいた漫画に出てくる単語がたくさんあった。

 

 

(マジかよ。神様最高じゃん!)

 

 

 

見本の様な手のひら返しだった。見物料をとって展示出来そうな美しさだ。

 

 

だって、考えても見てほしい。漫画の世界だぞ?

学生の頃なんかは、定期テストの度に二次元へ行きたいと愚痴っていた程だ。

 

そりゃあ、漫画の世界なんて、漫画で読むからいいのであって、実際に行ったらなんて事はない現実になるのはわかっている。

が!しかし!俺からすれば世界観そのものが好きな漫画やゲームも多いのだ。

 

HUNTER×HUNTERなんて、まさにその筆頭。

魔獣を見ただけでも、感激の涙を流して膝から崩れ落ちるだろう。(多分そのまま喰われて死ぬ。)

むしろ今、大陸に立っているという事実だけで、ご飯3杯はいける。(思わず床を叩いて確認した、手が痛くなるだけだった。)

 

 

なんでそんなに喜べるのか?簡単だ、俺がオタクだからだ。

 

生まれた世界に感謝をし、三日三晩喜びの笑顔を浮かべ…よかったな、これで乳児じゃなかったら、奇声を上げながら街を駆けずり回っていたところだ。

そして、やっと落ち着いたとき。

 

俺は決心した。必ずやこの世界で聖地巡礼をしてみせると!齢9ヶ月のことだった。

出来たらハンターにもなりたい。ハンター世界の空気にはタンパク質が含まれていると聞いた、それならワンチャンあるのではないか。

 

 

キャッキャウフフと笑っている俺を、母は優しく撫でてくれた。

第2の母よ。あなたの息子は既に将来の夢を決めました。これで、小学校の作文で書くことには困りません。(小学校があるかはしらんがな。)

 

 

じゃあ、その過程でキャラにも会いに行くのか。答えは微妙なところである。

 

 

当たり前だが、キャラが嫌いとかいう訳では無い。それに、会ったとしたら一人の人間として誠実に対面したい気持ちもある!

相手は、生きている人間だ。会話を重ね、意思疎通を図れる以上、推し声優に出会った時ぐらいのテンションで臨みたいものである。

 

 

だが、それには問題がある。

そう、相手は会話のできる存在なのだ。

 

ここで思い出して欲しい、前世の俺の生活を。

全く人との会話が無いのである。もはや活字が友達だった。ベッターでさえ壁打ちしかしないような男なのだ。

仕事の時に話すだろうって?業務連絡を会話にカウントするのは人の尊厳として認めたくない部分がある。察してくれ。

 

まあ、長々と御託を並べたが一言でいうとコミュ障。これに尽きる。

 

キャラに会ったとしても、まともに会話ができる自信が無い。

そして、そんな醜態を晒すと分かっていてキャラに会いに行く勇気などない。

クソう、俺が営業成績でトップを張れるような話術を持っていたら、クジラ島に駆け込んでいたのに。主人公ェ…会いたいよぉ。

 

 

モブ生活で培ってきた平凡な表情筋は、顔中の穴という穴から液体を垂れ流すなど非凡なことはさせてくれない。その代わりに、心の中では床ダンをしながら顔をくしゃくしゃにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな出来事から、早数年。先月、3歳のお誕生日を迎えた俺です。

 

 

ただいま、両親の寝室に向かっています。

 

俺の両親は、優しい穏やかな母と、強面で少しツンデレの入った父である。

 

中身が成人しているせいで、あまりはしゃぎ回ったりしない俺を気味悪がることなく愛してくれるできた親だ。

 

コンコンッ

 

「…父さん、母さん。……産まれたの?」

 

 

そう、俺が今寝室へやってきた理由は母の出産が終わったからだ。

先程、ドキドキしながらリビングで待っていた俺のところに助産師さんがやってきて、無事に産まれたことを教えてくれたのだ。

まだ、妹なのか弟なのかも分かっていなかったが、新しく家族が増えるのだ。

昨年の秋頃に母のお腹が大きくなり始め、その事を伝えられた時は年甲斐もなくはしゃいだものだ。前の人生では一人っ子だったのもあり、弟や、妹の存在には憧れていた。

あの時、ほぼ無表情ながらもソワソワしていたのが伝わったのだろう、両親がこちらを微笑ましいげに見ていた。

 

そして遂に、新しい家族との初対面である。

 

木の軋む音を立てながらドアが開く。

中には医者や助産師がベッド近くに立っている。少し離れたところで険しい顔をした父がいた。何も知らなければ不機嫌なのかと慌てるが、3年と数十日共に過ごしているうちに理解した。あの表情は緊張しているのである。

大方、母の出産の行方に不安を覚えているのだろう。

 

それも、部屋にやってきた俺を見つけ、眉間のシワが消えた。それでも、まだまだ強面なのだが、緊張もほどけたのだろう。

俺を抱き上げ、母のいるベッドの方へ連れていってくれた。

 

母の腕のなかを覗き込むと、まだくしゃくしゃした顔の赤ちゃんが抱えられていた。

 

「ほら、お兄ちゃんですよー。」

 

そう言って、赤ちゃんの顔をこちらに向ける。

まだ目が見えていない事はわかっているが、小さく手を振ってみた。

 

 

 

「兄弟仲良くするんだぞ。」

 

「…弟?」

 

「えぇ、そうよ。ヒソカって呼んであげて。」

 

「…ヒソカ。」

 

これから、お兄ちゃん風を吹かせてブイブイ言わせようと考えていた矢先である。

 

どうやら、俺の弟の名前はヒソカというらしい。とても、耳に馴染む音である。

よく顔を見ると父譲りの赤い髪が数本、頭に乗っている。

 

……うん、まだ決まった訳じゃない。

ヒソカ=モロウ相手にお兄ちゃんムーブは(怖くて)出来ないが、目の前にいるのは俺の弟である。ムーブをかましても何ら問題はないだろう。

ないったら無いのである。

 

10分ほどの対面を終え、これ以上は母子の体に負担が掛かるからとリビングへ連れてこられた。

また大人しく、窓の外を眺めている風にしながら俺は現実逃避に走った。

 

 

 

 

 

だが、そんな葛藤()も長くは続かなかった。

数日後にはハリのある肌になり、物音に反応しているのか近づくと偶に声をあげるようになった。

小さいものに可愛さを見出すのは、人間の性なのだろう。弟が可愛くて仕方がない。

 

夜泣きは頭に響くし、何が気に入らないのかずっと泣き止まない時は、五月蝿くて自分から部屋を出ていく時もあった。

しかし、毎日見ても飽きない弟に俺は毎日会いに行った。

 

じっと俺を見守ってくれていた両親も、俺が弟に馴れてきたのを見て安心したようだった。

 

半年経てば、目も見える様になり人の後をハイハイで付いてくるようになった。

俺の後を付いてくるのを見た時、その様子が健気に思え、一層お兄ちゃんムーブに力が入る。

 

「ゔぅー……あう。」

 

床を叩くようにしながら這いずってくる。

フサフサに生えてきた髪を揺らしながら、こっちに来る弟は只今食後の運動中である。

 

「……頑張れ。」

 

子供の成長に詳しい訳じゃないため、ちっさい弟が必死にハイハイする姿を見ると、大丈夫なのか不安になる。

 

ズズズ……。

とりあえず、進行方向にある障害物をどかしながら、ラグの上で弟の到着を待つ。

 

「ゔっ。」

 

「……よくやった。」

 

 

こんな時いい褒め言葉が出てこない事にもどかしさを感じる。

無事、しゃがんで待っていた俺の元に到着した弟は、俺にぶつかり進行停止した。

そのまま抱き上げる様に、膝にのせる。

こちらもまだ3歳なのでね、立って抱き上げると揃って倒れかねない。

頭でも打って、将来バカになるのは遠慮願いたい。

 

おや、ご機嫌なようで。

よいよい、俺も新しい絵本を貰ってご機嫌だからな。

ニコニコしてる弟をそのまま、近くの絵本に手を伸ばす。最近はハンター文字を読めるようになって、読み聞かせもできるようになったのだ。

こうした所から、兄貴風を吹かせていくのだ。

日々の積み重ねだよ、ワトソン君。

 

 

 

よくブラコンになったキャラの様に『きゃわわ、天使みたい!マジ可愛いんだけど!?!』と取り乱すほどでは無い。流石に俺がそれを言うのはキモイ。

 

が、それでも大好きなのだろう。

当たり前だが、他人にここまで甲斐甲斐しく世話を焼くことはないと思う。

やっぱり弟だからという感情があるのだ。

そして、俺の弟はヒソカである。

 

うん、しっかりお兄ちゃんムーブしてやるからな!

 

 

 




これからしばらく、主人公とヒソカの幼少期が続きます。


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第一章 幼少期
お手伝いの褒美は絵本でお願いします。


幼少期編です。よろしくお願いします。


おはようございます。

健康的な朝ですね、ラジオ体操がやりたくなりますわ。

……前世で俺の地区はそういうの無かったけど。

 

 

親子で川の字の様に寝ているが、起きた時には片側が空いていることが多い。

 

既に父は部屋に居ないのだ。毎朝、何処かに行っている。

朝食の時には戻ってきているので、仕事の下準備をしに行ってるんだと思うけど。

 

母はまだ眠っているようだ。

最近は、夜泣きも減ってゆっくり眠れているようで、目の下のクマも薄くなってきてた。

ほんと、寝不足は良くないって。

納期近いときに何回か気絶したことあるけど、その寸前の時は平衡感覚マジ死んでたから。母もそこまででは無いけど、ワンパク()な弟に手を焼いていたから、心配だったんだ。

 

まだ薄暗い部屋のなかをそっと忍び足で歩く。

裏庭が見える窓の方へ行き、木の板を上げると朝日が入ってきた。

 

「……ん。」

 

 

まだ身長が足りないので、踏み台は必須なのが格好つかないが、家のお手伝いは進んでやる様にしている。

 

風通しを良くしたら、次は玄関まで行く。

扉には触れることもなく、横に備え付けられている箱を開けて中を確認するのだ。

 

どうやら本日も電報局の方は早朝労働に勤しんでいるようで、しっかり用紙が入っていた。

俺が心の中で“新聞紙”と読んでいるそれには、この都市で起きた出来事や世界的な大事件が書かれている。

 

 

俺は、まあまあな規模の都市に住んでいるが、やはり治安は日本に比べても悪い様で、1人で外に行ってはいけないことになっている。

 

まあ、こんな走ったらバランスを崩すような幼児を1人で外出させる姿は日本でも見かけなかったけど。

 

俺の手にはやや大きい用紙を抱え、リビングの机まで運べばミッションコンプリートだ。

 

 

「あら、ジールちゃんおはよう。」

 

「……!」

 

「おはよう。」

 

 

弟を抱えた母が、朝食の準備を始めるためにやってきたようだ。なら、そろそろ父も帰ってくるだろう。

それまでに顔を洗って来なければ!!

 

…っと、その前に母の方へ駆け寄って行く。

いつもの事なので、何をしたいのか分かっている母は膝をつくようにしゃがんでくれた。

そうすると、腕の中に収まっている弟が俺の目線と同じくらいになるのだ。

 

 

「…!!、んぅ!」

 

 

「…ひー君も、おはよう。」

 

 

こちらに気づいたようで、手をパタパタと動かしている。くりっとした瞳が細められ、口をあうあうと開く様子は最近よく見る表情だ。…可愛い。

 

 

母は、俺のことをちゃん付で呼んでくる。かなり恥ずかしいのでやめて頂きたいが、それを口に出してませている子だと思われるのも恥ずかしい。結局、何も言えずに返事をしている。

 

もちろん、ヒソカの事もちゃん付なので、せめて俺だけは君付けで呼んでやろうといった経緯がある。

ちなみに、父は“おい”とか“あいつ”とかでそもそも呼ばれる機会が少ない。どうやら名前呼びというのが恥ずかしいらしい。

よく分からんが、きっとクラスの女子を名字以外で呼べないようなものだろう。うん。

 

あと、あだ名なのは俺の勝手なこだわりであり、より兄弟感が増すと思ったからだ。

決して、“ヒソカ君”という字面に違和感を持った訳では無い。こんなちびっ子はひー君で十分だ。

 

「…顔、洗って来る。」

 

「えぇ、気をつけてね。」

 

 

転ばないように気をつけながらも、父が帰って来るのに間に合うよう急いで洗面台の所まで行く。

俺が動き易いよう、開けたままになっている扉の部分を通り、踏み台に登る。

 

最近はドアノブに手が届くようになったのだが、開けようとすると身体のバランスを崩してたまに転ぶことがある。

 

幼児になってから、よく転ぶので受け身もどきが取れる様になった。俺としては、偶にバランスを崩すくらいなら対処可能なのだが、心配した父が母に部屋の扉はなるべく開けとくように言ったのだ。

そのおかげで、全室バリアフリーとなり毎朝のお手伝いもスムーズに行えるので感謝している。

 

桶に溜められた水で顔を濡らし(洗うとは言い難い雑さ)そのままタオルを探しながら鏡を見る。

 

そこに映るのは、黒髪の美幼児。もうすぐ4歳になるが、将来がとても楽しみな顔である。

 

ここが2次元だからなのか、やはり遺伝子が優秀なのか。一重だがパッチリして見える瞳に、緩い天パの黒髪と白い肌。作画が神ってる。

 

前世も当然のように一重だったが、上瞼は分厚く豆のように小さい目が潰されていた。

学生の頃から暗いところでゲームしていたせいで、眼鏡も必須だった。

コンタクトなんて、入れづらさが半端なく眼科で勧められたその日に捨てた。

いや、勿体なくて捨てなかったか?多分埃を被っていた気がする。

 

最初は、見慣れなくて顔を洗うたびに鏡を見ては固まっていたがそろそろ慣れた。

 

濡れてしまった前髪も軽く拭き取って、リビングへ戻ったのだ。

 

 

 

 

 

そこには既に帰ってきた父が母と話している姿があった。

 

 

「今日は、予定通り午前で店を閉められるだろう。お前達も用意しとけ。」

 

「それは良かったわ!お出かけ着はどこに仕舞ったかしら?」

 

机の上に並んだ朝食は、どれも美味しそうだった。

家族揃って食べるご飯は、結構楽しい。

前までは、ご飯は栄養摂取の作業だった。

むしろ、ご飯を食べるよりも本を読んでるか、ゲームをしたい欲の方が大きかった。

 

1人黙々と食べるよりも、皆で食べる方が楽しいというのは迷信では無かったようだ。

 

座面にクッションが置いてある席に着く。

こちらに気づいた父が席に座ったまま声をかけてきた。

 

 

「おい、今日は出掛けるから朝食を食べたら用意しとけ。」

 

言葉は強いが、声色は弾んでいる。お出かけを楽しみにしているんだろう。

 

「うん。」

 

「ジールちゃんも、おめかししましょうね!」

 

エプロンを外しながらニコニコしている母の言葉を拒否することなんて出来ないが、多少は手加減して欲しいものだ。

 

 

……だって、女の子ですか?って聴きたくなるほどのフリフリを着せてくるんだ。

 

「ほら、冷めないうちに食べるぞ。」

 

 

指を組むようにして、そのまま目を瞑る。

そして、しばらくしてから食べ始めるのだ。

 

どうやら食事の時の挨拶のようで毎食やるよう教えられた。ついでに心の中でいただきますも言っておくのがルーティンだ。

 

なるべくいい子でいようと頑張っているので、食事も綺麗に食べるようにしている。

ちなみにお手伝いもいい子作戦の一貫だ。

 

「……今日も美味しい。」

 

「あぁ、そうだな。」

 

「ふふっ、嬉しいわぁ。それなら、このトマトも残さず食べてね!ほら、おいしいわよ。」

 

母のフォークが避けておいたトマトを口元に持ってくる。

 

「ね?好き嫌いしてると大きくなれないわよ?」

 

いやなれる。大きくなれるよ。

だからトマトだけは勘弁してください。

 

じっと母の方をみて訴えかけてみるが、その手が引かれることは無い。

 

成長できるよ!たかがトマトひとつで子供が成長出来なくなるわけ無いじゃないか!

 

頑張って眉も下げてみる。下がっているだろうか?

 

「ダメよ。」

 

完敗だ。

これ以上駄々を捏ねても怒られるだけだ。

渋々といった様子で口を開きトマトを食べる。

あまり噛まないようにして、すぐに飲み込んだ。

うぇぇぇぇえ。

 

 

「頑張ったな。」

 

「偉い子ね。」

 

 

褒められるのは嬉しいが、その、苦手な食べ物を食べるだけで肯定感を上げてくるスタンスがやばい。

恐るべし子供時代。

麻薬のような中毒性があるぞ。

大人になったら何しても褒められることなんてなくなるからな、今のうちに享受しておこう。

 

 

褒め殺しに会いながらも、なんとかご飯を食べきった。

終盤になって気づいたが、食べ物の好き嫌いをするのはいい子ではないのでは?

しかし、魔のトマトを食べるかと聞かれれば全力でNOだ。

 

そもそも、いい子にしよう大作戦は育ててくれた親を少しでも助けようというものである。

前世の子供の頃なんて、お手伝いなんか絶対にやらないと思っていたが、精神が大人()な今では何かお返しがしたい気持ちでいっぱいなのだ。

そう、だからトマトを食べ無くても両親を助けることはできる!ほら完璧な証明だ!QED。

 

 

まぁ、いい子にしちゃおう作戦の最大の目的であるご褒美GETは、魔のトマトを倒さねば貰えないと思うので大人しく食べるのだが。

 

 

食べ終わってから、テクテクとベビーベッドに向かう。これから離乳食を用意した母がやってくるので、それまで相手をするのだ。

これも日々の積み重ねのひとつだ。

 

まぁ、ずっとべったりしているわけでは無いし、自分が絵本を読みたい時なんかは適当にガラガラを振ってあやすだけの時も間々ある。

 

今日は、これから出掛けるようなので絵本を読んでる暇は無いし、サービスしてやろうではないか。

何がいいかな?

 

この前は、握り心地がいいボールを渡した。

その前は、自動で回る棒付きのおもちゃ。

さらに前は、ピカピカ光る箱だったか?

 

あれ?俺、構わなすぎか?放置できるおもちゃばっかりだな。

いやいや、しょうがない。ちょっと長めの冒険風絵本がね?面白くてね?ほら、この世界の絵本はロマンがたくさん詰まってるから。

 

……うん。今日は人形劇とかやろうか。いいよ怪獣の人形と格好良いブリキ人形で、バトルものにしよう。

 

おもちゃ箱から目当てのものを探す。少し怖い顔をした恐竜のようなぬいぐるみと、木でできた帽子とサングラスを身に付けているブリキの人形だ。

 

右手に恐竜、左手に格好良いブリキを持ってベビーベッドを覗き込む。

 

弟の目はパッチリ開いており、眠気なんて無いのがわかる。

よしよし、お兄ちゃんが今から相手してやるかな!

 

「…こっちが怪獣。こっちは…多分ヒーロー。」

 

それぞれの手を動かしながらひー君に見えるようにする。

どうやら興味を持ってくれたようで、顔をこちらに向けて期待するような目で見てきた。

これは、兄貴ムーブのやりがいがあるね!!

 

「………。」

 

「…?」

 

「……………。」

 

「う“?」

 

 

…俺、即興劇なんて出来ないんだった。

この後どうすればいいの?

ほら、ひー君もこの後は?って顔でこっち見てるよ。

 

「…ガウガウ。」

 

右手に持った怪獣をひー君に近づけてみる。

 

「あうあう!」

 

よしよし。手を伸ばしてるし喜んでる、はず。

 

「ガオー。」

 

「だぁーー!」

 

そのまま怪獣でひー君のほっぺを突く。

ぷにぷになほっぺは俺のお気に入りだ。

 

「ガオー!ガー。」

 

つんつん。

 

「だぁ!あーー!」

 

よい、よいぞ。好評だ。そろそろヒーローも持ってこよう。

ストーリーのスの字もないが、仕方ない。むしろ、人前で怪獣の泣き真似をするのもギリギリなんだ。

そう、ギリギリなんだよ。

 

「…ま、まてー。」

 

セリフなんて恥ずかしくて言えないんだけど。

とりあえず、左手のブリキを怪獣とひー君の間に挟む。

 

「あぅ!」

 

「…」

 

何か、いい感じのセリフを言わなければ。

何か…。

 

 

「………ヒーローです。」

 

…終わった。やっぱ駄目だよ。どうすんだよこれ。始める前のあの自信はどこから来たのか小一時間問い詰めたい。

ほら、ひー君が続きを待ってる。

俺も、続きが知りたいよ。この後どうなんの?

 

…どうにもならないよね!

 

こうして、ものの1分も経たないうちに劇は終わった。もはや、劇と言うのも烏滸がましいレベルである。

 

「はーい。ヒソカちゃんご飯ですよ。」

 

手持ち無沙汰になり、怪獣でひー君のほっぺをつんつんしていると母がやってきた。

トレーにふやかしたパンと、つかんで食べれるお菓子を乗せてベビーベッドまで来ると、そのまま弟を座らせた。

 

「お兄ちゃんに遊んでもらえてよかったね。」

 

「あーあー!」

 

あれは、遊んだうちに入るのか…。そうか。

ん?というか、聞かれてたってことですか!?あぁ、恥ずかしい。なんということだ。

あんな稚拙な人形劇が見られていたなんて。

 

やば、つら。

 

「ふふっ、楽しかったのね。さぁ、ご飯も食べちゃいましょう?」

 

いつもなら、ここで代わりに食べさせるくらいするのだが、拙い人形遊びが見られていたショックで意識が抜けていたのだ。

せっかくの、お兄ちゃんムーブが出来るチャンスを逃してしまった。

 

 

そして気づいた時には、洋服も着替えさせられ出掛ける寸前だった。

これが新手のタイムワープですか、そうですか。

 

よーし。お出かけの時に兄貴風吹かせてやるからな!

 

 

 




次はお出かけ回です。


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花子さん、男子トイレにもいるっぽいです。

お出かけ回です。よろしくお願いします。



意識が飛んで、気づくと午前の時間が過ぎていた。

どうも、人形劇が出来ないお兄ちゃんです。

 

 

父も、仕事先から帰ってきて外出用の服に着替えていた。スーツ似合ってますよ。

……どっかのヤクザかと思ったけど。

ほんと強面がすぎる。

 

さて、問題の俺の格好ですが……。

 

なんということでしょう。いかにも下町のガキんちょといった洋服は、シワのないシャツと半ズボンでシティーボーイ風(死語)に。

 

毎晩、自然乾燥と称しドライヤーなんぞかけたことのない天パが、しっかり解かされイケイケにセットされています。

 

匠()に渡された上着には、ファーが付いておりまだ寒い外に出ても安心設計。仕上げにクマのリュックを背負えば何処でも行ける俺の完成です。

 

……頑張った。フリフリを回避したのだ。

今回のクマリュックは妥協できるラインだ。

今までは、洋服にこだわってると思われるのも恥ずかしいし、母が選んでくれたものを断って悲しませるかもしれない、と思い何も言えずにされるがままだった。

しかし、今日の俺は一味違った。

「どれがいいかしら。」と洋服をいくつか見せられる中で(そう、いつも発言権はあったのだが、なにぶん選択肢が可愛いすぎた。)

「……もう少し格好良いのがいい、な。」

頑張った。素晴らしい努力だ。約4年越しの成果に俺は感動している。

もじもじしながらも言った言葉は伝わったのだろう。ニコニコしながら、母も答えてくれた。

「あらあら、そうね。男の子ですもの!」

いつも頷くだけだったが、好みを伝えることは喜ばれるらしい。

無事、格好良い男の子風の服が用意された。

ほんの少し、あるなら最初から用意して欲しかったなと明後日の方を見ながら思った。

 

 

 

とまあ、こういった経緯により格好良い俺が爆誕したわけだ。

 

ちなみに、弟ことひー君は白と黄色のトップス(裾にはフリフリがついている)にモコモコの上着を着ている。全体的に可愛らしい感じに仕上がっていた。

 

……ちゃんと、写真も撮っておいた。

ひー君が大きくなったら、この子の小さい頃は〜って話しながら誰かにみせてあげよう。楽しみだ。

 

 

そうして家族皆で車に乗り都市の中心へ向かう。

さて、そろそろ気になる行先の発表をしようではないか!

 

テケテケ、デン!

ずばり、バイキングレストランだ!

 

ねっ、ひー君の食べれるご飯もあるんだぞ。楽しみにしていたまえ。

 

チラッと、子供用の座席に座っているひー君を見てみる。どちらかというとムスッとした表情だが、何を考えているかはいまいちわからない。

 

父が車を運転して目的地まで連れてってくれるんだ、ちなみに助手席は母が座っている。後ろ2席に子供といった感じだ。

 

まあ、何もない車内は暇かもしれない。俺も失くしたくないので絵本は家に置いてきている為、手持ち無沙汰になるかと思った。が、そんなことは無かった。

 

車窓から見える外は、最高に楽しい。

 

もともと、外出は好きなのだ。

店に並んでいるものを見るだけで、前世では見たことも無い道具が見られたりする。生き物とかもだ。

ちなみに今見てるのは八百屋だ。青信号になるまで、その店先にあるドきつい色のフルーツを観察している。林檎の横にあるんだからフルーツだろ、多分。

あっ、3つ買っていった人がいた。よくあんな赤と青のマーブル模様を食べようと思ったな。

甘いのだろうか。

 

信号が変わったため、独特なセンスの八百屋を後ろに俺は瞬きをしつつ窓から視線を外す。

ひー君の座高では、まだ窓から外が見えないだろうと様子を見ようとするとひー君がこっちを凝視していた。

 

とっても驚いた。ちょっとこっちを見ているとかではなく、紛うことなき凝視だ。何を思ってこっちを見ているのか。

 

「……どうした。」

 

「…。」

 

何も言わないー。ねぇ、どうしたの?何か顔に付いてた?あー。でも、いー。でもいいから言って欲しい。

何もない間がつらい。

 

「…待っていろ。」

 

面白い話なんぞは出来ない。今日の朝に身をもって知った俺は、同じ轍を踏まない男なのだ。

 

クマの腹のチャックを開け、中から薄めのハンケチを取り出す。

そして、それを折り紙の要領で折っていく。

……出来た。多少、耳が曲がっているが良いだろう。元々、手先は器用な方だと思っていたのだが、幼児の短い指だとやりにくかったのだ。仕方ない。

 

出来上がった猫の顔(のつもり)をひー君に渡す。

シートベルトのせいで渡し難かったが、しっかり握られているのをみて手を離す。

 

「…猫だ。」

 

あぁ!もう一言つければ良かった…。

これで遊んでね、とかさぁ。今更言うのも変な間ができてしまう気がするし諦めた。

 

どうだろうかと様子を見れば、まあまあだろうか。

ジッと、手の中の猫を見ながらその手をニギニギしている。

 

…これは、お兄ちゃんムーブ出来たのでは?

いいぞ、弟を思いやれる良いムーブだ。なるほど、世の中のお兄ちゃんは移動中の対応も出来るのかもしれない。

 

 

満足して、また街の観察をしようと窓の方を向き、流れる景色に目をやると、

 

「だぁ。」

 

弟の唸り声がした。何事かとまた弟の方を向くと、そこにはただのハンケチに戻ったそれをこちらに突きつけてくるひー君がいた。

どうやら、猫の型が崩れてしまったようだ。

ハンケチを受け取り、また折っていく。多分、直せ的な要望だろう。

そして出来上がった猫を渡してやると、さっきよりも嬉しそうにして受け取った。

細められている目と、ぷにぷにのほっぺを持ち上げる様はご機嫌な空気を伝えてくる。かわいい。

 

猫を握ったまま何度か手を振り回し、また引っ張り始めた。それから猫の耳を掴んで引っ張った途端、型が崩壊した。

なるほど、さっきもこんな感じで崩れたんだろう。

 

「だだだ。」

 

まぁ、糊付けしてるわけではないし仕方ないか。

突きつけるように出されたハンケチを貰い、その流れで折り直す。

そして出来上がった猫を渡してやる。嬉しそうな顔をして受け取る弟を見ていると、さっきよりも早い段階で崩壊したハンケチが返ってきた。

 

まさか、この流れが気に入ったのか?

 

最初よりもクオリティが上がってきた猫を渡すと、やはり崩されたハンケチが戻ってくる。

 

それから俺は、レストランに着くまで延々と猫を折り続けたのだ。結局街の観察は出来ずじまいである。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

やってきました!レストラン!!

もう本当、着いてよかったよ。何度も何度もハンケチを折って…。

最後の方なんて手渡そうとする段階で耳引っ張られて崩されてたから。

 

車から降りた父が俺を抱き上げて、ドアを閉める。

 

大きなビルに入っているレストランは、明るい内装で清潔感がある。フロアの大部分を占めていることもあり広い。ゆとりを持って置かれているテーブルは時期的なこともありそのほとんどが埋まっていた。

シックな木製の扉は開けたまま固定されており、オシャレな店への敷居をさげている。

 

父が受付兼会計のカウンターへ行き、予約している旨を伝えるとそのままスムーズに奥へと通された。

流石、スタイリッシュだ。こんな男になりたい、参考にさせて頂こう。…まずは髭かな。

 

ネームプレートが置かれた4人用のテーブルは、うち2脚が子ども椅子という万全さである。

 

バイキングのルールを説明した後、一礼して去っていった店員さんを見送るのもそこそこに、渡されたプレートを持って両親の方をみる。

 

「あらあら、楽しみなのね。早速選びに行きましょう!」

「そうだな。こいつは俺が連れていくからお前が面倒みてやれ。」

 

ひー君を片手で抱え込んで立ち上がった父は、空いている手の方で自身のプレートを持った。

 

「そうね、じゃあジールちゃん一緒に行きましょうか。」

 

母に手を引かれ料理の並んでいる区画に行く。

最近、両親が俺の心を読んでいるのではと疑うレベルで意思を汲んでくれる。

やだ、俺喋らなすぎ…!?

 

そう思うのも仕方ない。気になるものはすぐ気が付いてプレートに乗せてくれるし、悩んでいる時もそれを分かっているかのように提案してくるのだ。

 

「悩んでいるの?ならデザートは後でまた選びに来ましょう?」

 

「…うん。」

 

「あぁーう。」

 

「それより、スープはどっちがいいかしら。」

 

「そっちのカリー風のでいいだろ。」

 

「…ぎゃうぁ。」

 

当たってるんだよなぁ。しっかり甘口なのも確認して頂きありがとうございます。

俺、ダメ人間になっちゃいそうだよ。まだひー君の方が喋ってるよ。どうやら、俺と同じカリー風のスープに興味があるようだが、流石にピリ辛はまだ早いだろう。ミルクスープにでもしときたまえ。

 

「そうね、ヒソカちゃんはミルクスープにしましょう!」

 

ほんとに心読まれてないよね?

 

皆で仲良く料理を選び、テーブルに戻ってきた。

父は、魚料理が中心に意外と酢の物が好きなようだ。

母が、サラダと肉。特に鶏肉が多い。

俺は、肉。ローストビーフとかも好き。朝頑張ったおかげか、トマトは今回見逃してくれるらしい。ガッツポーズである。

弟は、リゾットを更にやわらかくしたものと、スープだった。

ここら辺では米をあまり食べないので、俺もリゾットをよそってもらった。白米ではないが、懐かしの味である。

 

味の感想を言ったり、食べあいっこしたりと和気あいあいな雰囲気だ。

 

そもそも、今日のお出かけはただの外出ではない。

2月14日……

そう、バレンタインである。

しかも両親の結婚記念日もセットでついてくる。

どうやら父がバレンタインに合わせてプロポーズをしたらしく、昨年母がこっそり教えてくれた。

意外にもフェミニストな父である。ぜひかわいい彼女ができた際にはデート先の相談にのって欲しいものだ。

 

美味しい肉に舌鼓を打ちつつ、店内を見渡す。

埋まってる大半のお客さんはきっとカップルとか夫婦なんだろう。

ちょっと前の俺なら様式美に則って爆発させる所だが、聖地巡礼の準備で忙しいから嫉妬している暇もないのだ。ないんだよ。…末永く爆発するといいさ。

 

なんて、悟りでも開けそうな事を考えながらカップル達を観察しているとある1組が目に止まった。

 

…ンッブッフォ!

 

若っけえぇぇぇぇぇ!!

危うくスープを吹き出す所だった。そんなベタな。

ゴボッ、ハッ。むせた。

 

店内のカップルの1組、あれシルバ=ゾルディックでは?待って、若い。分かっていたけど若い。

キャラに会えた喜びとかよりも、若かりし頃の姿に驚いていてしまった。

 

はぁ〜、イケメンやわ。そしてもしかしなくても、その前に座ってる美人はキキョウさんでは?

マジか。黒髪つり目の美人じゃん。キルア君あの人の顔面切りつけたの?勇者じゃん。

 

はぇぇ。確かにここはパドギア共和国のお隣さんですし?行動範囲としてはおかしくないと思いますよ?…それにしても、堂々としてらっしゃいますね。まあ、顔が割れてないからコソコソする必要もないんだろうけど。

 

あっ、立った。キキョウさんのお腹大きくないか?着ているワインレッドのシンプルなドレスが途中盛り上っているので、多分妊娠しているのだろう。

…時期的に考えてイルミ君ではなかろうか。なるほどなるほど。

妊婦さんの身体を気遣ってか、シルバさんがエスコートしながら会計のカウンターの方へ歩いていった。

 

俺はスープをちびちび飲みながら、その姿を目で追いかけるも完全に見えなくなったところで追うのをやめた。

 

途中、こんなに見て大丈夫なのかと疑問に思ったが、多分平気だろう。だって周りの人達もチラチラ見てたし、なんなら母も俺の視線が気になって彼らの事を見てた。

「あら、綺麗なお2人ね!」

そうですね、職業知らなきゃそんなもんだよな。

 

途中、疲れて寝てしまったひー君がいたものの楽しく食事の時間は過ぎていった。

ちなみに、デザートはチョコとフルーツを中心に父に選んでもらった。中にあのドきついマーブルが見えて慄いたが、意外にも甘酸っぱくて美味しかった。

見かけによらないな。

 

 

 

美味しい料理に満足した俺達は会計を終えて店を出た。

「父さん、トイレに行ってくる。」

 

「1人で大丈夫か。」

 

「うん。」

 

食べすぎたかもしれない。内側から急かされる感覚を押さえ込みつつ、案内表示に沿って足早に進んで行く。最後の曲がり角を吸い込まれるように曲がった。

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

何の変哲もないタイル張りの床に、いくつかの個室。そこには1人の人物が立っているが、その気配は一般人であれば誰も気づかない程には薄いものだった。

 

 

side シルバ

 

途中、依頼が入ってしまったが妻との約束に影響が出なかったのは幸いした。

 

無論、事情を伝えれば二もなく理解をしてくれるだろうが、これから外出も難しくなる身だ。出来れば共に出掛けたくなるのも当然だろう。

 

気分良く、先程後回しにした処理を済ませ。無事手配した通りに事が進んだことを確認する。

ターゲットの確認をさせ、そろそろ契約も成立しただろうと依頼人の元へ送った執事と連絡を取ろうとした。

 

その時、外の喧騒に紛れ此方に近づく気配がした。

様子からして、普通に手洗い場を利用したい者だろう。気づかれるのも面倒だ、とさらに気配を消しつつ入口の方を見る。

 

駆け足で入って来たのは未だ幼い少年で、黒髪を揺らしながら一直線に個室へ入っていった。

しばらくすると出て来たが、どうやら手が届かないらしい。

蛇口の取手にギリギリ届かず、縁に手を掛けながらプルプルと背伸びをしていた。

 

妻と同じ髪色を見ていると、我が子もこの様に育つのだろうかと思い始めた。出来れば銀髪が好ましいが、黒髪で産まれてくる可能性も十分にある。才能についてはどうしようもないが、立派な暗殺者に育てあげる事は可能だ。

然して、育てあげる時期がある事は承知の上だが、実際に見ていると想像よりも小さいものだ。

 

諦めることなく手を伸ばし、その指先が取手を掠めた。惜しくも届かず、反動で半歩下がったのを横目に、素早く背後まで行き取手を上に引き上げる。

 

急に水が出てきて驚いたのだろう。僅かに揺れた肩を見ていると、少年は、何かを探すように辺りを見始めた。しかし、こんな子供に場所を悟られる程鈍ってはいない。

何も見つからなかったであろう少年は、手を洗い、予め出しておいたハンケチで拭いだした。

先程と同じように一瞬で距離を詰め、水を止めて直ぐに離れる。

流石に何かあるだろうと勘づいたのか、壁の端から端までをじっくり見ていく。先程からあまり表情が変わらない少年は、どうやら勘がいいらしい。

はっきりとはしないが、俺の方をぼんやりと向き、小さく口を動かした。

 

「…、…あ、ありがとうございます。」

 

ぺこりと頭を小さく下げ、勢いよく飛び出す気配が遠ざかると同時に絶を解く。流石に姿を見られた訳では無いだろうが、小さいながらも才気に溢れている少年は礼を言えたことで満足したらしい。

 

慣れない事をしたもんだと思いながら出入口を見つめる。謝礼の前に小さく「…幽霊」と呟いたのは聞き逃さなかった。

今日は愉快な事が続くものだと笑いながら、人混みを歩く。

これ以上妻を待たせて仕事の事を疑われる訳にもいくまいと、歩調を早めて待ち合わせ場所へ向かった。

 

 

今度、産まれる我が子にも会わせてやりたいものだ。

 




次回から、ヒソカが喋り始めます。

お気に入り、評価等ありがとうございます。励みになります。


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オタクは突然の供給に固まるものです。

日常回です。よろしくお願いします。


どうも、幽霊に会ったことある系男子のジールです。

最近はトマトも食べられるようになりました。

 

ちょっと前から学校にも通い始めて、クラスの女子にモテモテなのだ。…いや、ホントだよ?

 

母似の俺は、黒髪に白い肌でパッチリとまではいかなくとも、クリっとしたキュートなお目目なのだ。

オマケに運動も出来る。むしろココよ。

運動出来る男子の需要の高さ!偶に聞こえてくる女子の会話でかっこいいの単語が出た時は嬉しかった。…そこ、盗み聞きとか言わないで。

 

「…にーぃ?」

 

まぁ、そこから色恋には発展しない。むしろ精神年齢的に犯罪チックな感じさえする。

本当、手を繋ぐ時とかドキドキよ。いつも、心の中で警察に弁明しながら手を繋いでいる。

 

「ねぇ!にい!」

 

はい!なんでしょう!?

くるりと振り返った先には、ボールを持ってブスくれたひー君がいた。

 

「なんで、呼んでるのにこっち向いてくれないのさ!」

 

「ごめん、…気づかなかった。」

 

読んでいた新聞を置いて、ひー君の方に向き直る。

 

「どうした?」

 

「今日、にぃがお休みだっていうから、一緒に遊びたいと思って。」

 

なるほど、ボールをこちらに見せつつ言われた言葉に納得する。

ひー君は、俺とは対照的によく喋る。まだ学校には行ってないものの、頭が良いのか物覚えも良くて、俺が勉強をしているとよく覗き込んでくる。

 

そして、一緒に遊ぼうといつも誘って来るのだ。

可愛い赤ちゃんから成長して、生意気なガキになるかと思ったのだが、弟はまだまだ可愛げのある性格のようだ。

 

「わかった。…裏庭でいいか?」

 

「うん!勝負の続きしようね!」

 

準備してくる!と言いながら奥へ走っていった弟を後目に新聞を片付ける。

 

毎日、欠かさず読んでいる新聞だが、これがほんとに面白い。気分的には漫画の巻末にある番外編を読んでる気分だ。

それに、情報収集にも役立つ。大きくなったら行きたい所を今からピックアップしておくのだ。

今日の記事には気になる事も書かれていた。

 

「にいー!準備できたよー!」

 

よく通る大きな声だな。寝室に居た母にも聞こえていたようで、こちらの様子を見て微笑んでいた。

 

「あら、今日は遊んであげるのね。」

 

「…うん。」

 

「怪我はしないように、気をつけるのよ。」

 

「わかってる。」

 

「ふふ、そうねジールちゃんは頼りにな「にいー!」あらあら。」

 

「行ってきます。」

 

せっかちなひー君だ。もう少し我慢を覚えた方がいいのでは?

裏口からこっちを見ているひー君の元に行き、ボールを受け取る。

 

ひー君はサッカーモドキを気に入っている。今回もそれだろう、地面にはコートの線が引かれていた。

(ちなみに、モドキなのは俺がルールを全部覚えていなかったからだ。インドア派の俺が知ってるのは某超次元モノくらいだからな!)

 

1ヶ月くらい前に、覚えている範囲でサッカーのルールを教えてから、かなりの頻度で誘われるのだ。

まあ、1人だと試合も出来ないだろうし、仕方ないだろう。それにお兄ちゃん風を吹かせるのに、うってつけだからな。かっこいい姿を見せるのだ。

 

「今日は、おとといの続きだから、にぃが攻撃ね!」

 

「わかった。」

 

ひー君がゴール前に構えたのを確認して、俺もポジションにつく。

そして真中のラインから、ボールを蹴る。

 

それを合図に、こちらへ掛けてきたひー君と向かい合いボールを奪い合う形になった。

 

「ボールは、僕がもらうからね!」

 

足元を狙って出された足を、ボールを上に蹴りあげる事で回避し、そのままジャンプして頭上を越えようとした。が、それを察知したひー君が足を高く上げ回し蹴りの要領でボールを奪いに来る。

 

「…!!」

 

相手の踵が近づいてくる中で、俺はボールを足で挟みバク転しながら距離をとる。

 

「えー!」

 

足を高く振り上げた事で体勢を崩したひー君を大きく迂回するように、ドリブルで横を抜いていく。

直ぐに俺を追いかけて来るが、1度抜いてしまえばこちらのものだ。

足の速さでは、たとえボールがあったとしてもひー君に負けることは無い。そのままゴール代わりの枠の中へボールを蹴れば俺の得点だ。

 

「あーぁ!」

 

ははははは!どうだ見たか!!

…大人気ないとかではないのだ。いや、大人気ないかもしれないけど。

始めた頃に、あまり勝てないのは楽しくないかと思って、一度少しだけ手を抜いた時に猛烈に怒られのだ。お詫びに夕飯のデザートを渡すくらいには、ひー君の機嫌は悪かった。

ひー君が、ちゃんと勝負したいと言ってきたので、“じゃあ、いっか”とそれからは構うことなく勝つ事にしている。

 

流石に、7歳と4歳の年の差で負けるつもりは無い。

それこそ兄の威厳に関わるぞ。

 

大人になったら3歳差などあってないようなものだが、子供は違う。

ひー君なんて、まだ頭が大きくてバランスの取りづらい等身だ。むしろ、それでよく回し蹴りなんてできたよな。

おにーちゃん、びっくりだわ。

 

俺?俺は、『ヒソカの兄』って字面に納得出来る身体能力だな。体育の時間とかヒーローだよ。

おかげで、ひー君に今日も兄貴風吹かせてます。

まぁ、万能って訳でもないし、ひー君との勝負は油断してるとやられかねない。

 

 

「…最初の反応は良かった。次は体勢を崩さないようにするといい。」

 

「うん!わかった!でも、楽しかったよ!」

 

「…そうか。」

 

「やっぱり、にぃは凄いね!もう一回やろ!」

 

呼吸をするように再戦を申し込まれた。

いい感じにアドバイスできたんじゃないか!?とか、考えてる場合じゃない。

 

はい!気合い入れてー!

ひー君は守備よりも攻撃の方が好きらしく、俺が守備をしていると偶にヒヤッとする事もあるのだ。

 

それから、何度か攻守を入れ替え試合を行う。

昼食の時間になるまで、ひー君からボールを守りながら裏庭を駆ける回ることになった。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※

 

今日の新聞には、NGL(ネオグリーンライフ)についての記事があった。

まだ自治国にはなってないが、数年前に設立されたものが大きくなった事から、こんな離れた所までその名が届くようになったのだろう。

 

聖地巡礼を掲げる身としては、当然NGLもその対象なのだが、見たいものは蟻の巣と製造工場だ。

あとコムギちゃん、見るぐらいならいけそうな気がする。遠目でチラッとしたい。

あれ?コムギちゃんは東ゴルトーだったか?

 

 

まあ、ハンター世界に生まれた以上、ここが現実なので何処を観光するのも勝手だが、ぽっくり死ぬのは困るのだ。

あと周りに迷惑をかけるのも、如何なものかと思うので暗黒大陸に行ったりもしない。(そもそも行けないが。)

 

さて、ではそんな俺に必要なものは何か、そう!武力だ。

おい、脳筋とか思っただろう。……俺も思った。

 

しょうがないじゃないか、ひー君とも遜色無い身体能力やセンスは多分ある。多分。

期待していた通り、前世よりも逞しく育っているので、プロテインin空気説も正しいと思うのだ。

 

なら後は、原石を磨いていけばハンター世界を散歩するくらいにはなれる気がする!

 

…なんで曖昧な表現に留めるのかって?

言い切った瞬間、フラグが立ちそうな気がするからだよ。オタクはフラグには敏感なんだ。

 

前世でもよくやった。合格発表前とか、レアドロ周回中とか。

 

ハッ、言い訳したせいでフラグが立った気がする!

 

 

とまあ、おふざけはこの位にして。どうやって武力を身につけるかだ。

 

手っ取り早いのは、何処かの武術道場に入門することなのだが、両親の許可が降りるのだろうか?

 

 

「いいわよ!」

 

は、母!?

急に出てきたから驚いたが。それ以上に、習い事をしたいことが既にバレていることに驚きだ。

 

「ジールちゃんがやりたいと思ったことだもの、全力で応援するわ!それに、出来る事は沢山あった方があなたの為になると思うの。」

 

まぁ、確かに母は芸達者だし、その身のこなしも何処か気品がある。そんな人に言われると説得力も増すものだ。

 

「ふふ、最近はずっと武芸を習いたいって顔に書いてあったもの。」

 

「…ありがとう、母さん。」

 

「どういたしまして!頑張るのよ!」

 

最近は、考えを読まれるのにも慣れてしまった。

 

「うん。」

 

 

 

 

これで少し進歩できた。

ハンター世界を散歩したいのもあるが、もう一つ理由があるのだ。

 

それはひー君である。

 

将来、ひー君は強くなるだろう。原作のヒソカが激強なのもあるが、今の身体能力を見るだけでも十分わかる。

 

だが、そうすると兄が弟より弱いなんてこともありえるのだ。

無論、努力はするがずっと優位に立てると驕るつもりもない。なら、兄の威厳を捨てるのか。否!

格好良いお兄ちゃんムーブをしたいのだ。

諦める訳がなかろう。

 

そこで、考えたのがズバリ“頼りになる兄作戦”である。

 

ずっと甲斐甲斐しく世話をするのはお兄ちゃんっぽいが、格好良いかと言われると微妙である。

それに、俺は気になることがあれば遊びの誘いを普通に断る。

ひー君も成長するのだ、俺も対応していかなくてはならないのだよ、ワトソン君。

 

現に、ひー君は1人でつみきをしている。

またサッカーモドキに誘われたが、新聞をじっくり読みたかったので断って、つみきを渡しておいたのだ。

 

あっ、ひー君が若干つまらなさそうにこっちを見てる。

すまんな、俺は将来設計をするのに忙しいんだ。

 

 

 

ひー君はきっと将来強くなるだろう。お兄ちゃんとしても弟の成長は喜ばしい。

そして、俺はそんなひー君が困っている時にサッと助けてやれる兄になるのだ。

その為には弱いままではいけない。

 

難しい目標かもしれないが、お兄ちゃんを辞めるつもりはないし、何より可愛い弟に頼りにされたい。紛うことなき本音である。

 

まあ、原作のヒソカを思い浮かべると誰かを頼るなんて想像出来ないのだが。せいぜいが利用するくらいでは?

…本当に難しい目標だな。

 

 

 

 

夢と目標に一歩近づきわくわくしていた俺は、後日母が持ってきたチラシを見て固まる事になる。

 

『今日から、あなたも心源流拳法の門下生!』

 

緩いイラストと、近所の住所が書かれた地図が載っていた。

 




次回は、ジールの成長とヒソカのヤキモチ回です。

感想、お気に入り、評価等ありがとうございます。


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語尾に変なマークが無いうちはセーフですよね。

いつもより、文字数が増えています。
よろしくお願いします。


 

突然だが、供給過多になったオタクがどうなるのか。同志ならば想像つくだろう。

 

残念ながらこの世界には、未だ呟く鳥はおろか掲示板すらないのだ。そんな時、荒ぶる心の内を何処に発散すればいいのか、ぜひ教えて欲しい。

お礼は、そこの芋虫を煮たモンブランでいいかな。

 

突然、心源流拳法を学べることになった俺はそりゃわくわくしていた。

あのネテロ会長が使っている技の一部を体験出来るのだ。やる気はメキメキ上がった。

武術が学べて、推しの一部が知れる。一石二鳥とはまさにこの事。

 

あっ、ちなみに最推しはゴン君です。マジで太陽。

俺の好みとしては敵キャラ系がダントツだったんだが、社会人になってからは圧倒的主人公派になった。まじ癒される。というか溶ける。是非キルア君とセットでよしよししたい。コミュ力的に無理だが。

まぁ、キャラデザとか能力とかは、未だに敵キャラの方が好きだがな!だって格好良いじゃないか。卒業したつもりではあるが黒いコートも、包帯も意味深なセリフも大好きなのだ。仕方ないね。

そして!好きな女性キャラはしずくちゃんだ!まず眼鏡、スタイルの良さもある。それに天然チックなところも…オタクの語りが長いって?ごめん。だから、呟く鳥を紹介してよって。

 

 

 

さて、なんでこんな話をしたかというと、道場に入門してから半年程経ったし、これまでの成果をお披露目しようと思ったからだ。

 

といっても基礎の基礎からなので必殺技とかも全然習ってない。こういうのは焦ると駄目なんだよ、お兄ちゃん知ってる。

 

入った最初は、走り込みとか基本の型の反復練習が大半だった。基本の型も心源流のものではなく、ありふれた唯の正拳突きなどである。

 

まあ、武術に対する心構えとかを教える期間だったんだと思う。

それから段々と、型の種類が増やされていき、1ヶ月後には気づけば複数の突き技と投げ技が出来るようになっていた。その頃には、他の門下生と交流する機会も増え兄弟子から教えてもらうこともあった。

 

突き技の中には、心源流特有の型もあったため着実にオタ活…コホン、修行が出来たと思っている。

 

俺は身体能力が高いのもあるが、相手を観察して学ぶ技術が高いようなのだ。

おかげで同時期に始めた子(大体年上だ)より頭2つ分は抜きん出てる。組手の時など、相手を見ていると仕掛けようとする技が予想できるため、その対処も悠々と出来る。

兄弟子ともなると、修めている技の種類や精度も上がるため、先を読んだとしても捌ききれないことがある。それは努めた月日の差だ。

 

まあ、負け惜しみを言わせて貰うなら、あと1ヶ月あれば大半の兄弟子には勝てるようになるぞ。

ハイペースで新しい技を師範から教えてもらっているのだ、仕組みや狙いが分かれば対処のし易さは格段に上がる。技を極めるのは別の話になるが、兄弟子も未だ極めたとは言えない。お相子だ。

 

元々、謎解きとかパズルは得意なのだ。手先の器用さと相まって知恵の輪なんかは十八番だった。

仕組みの理解や、法則性の解明なら自信がある。

ま、記憶力は壊滅的だったので学校のテストは駄目なタイプなのだが。

 

「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」

 

学校が終わり、道場へ向かう。身体に染み込んだルーティンだ。

 

板張りになっている大部屋に入り大きな声で挨拶をする。投げ技で投げられる事に慣れても、大きな声を出すことには未だ慣れない。

 

「おはようございます。では着替えてから型の練習に入りなさい。」

 

「はい。」

 

ちなみに師範は初老のおじいさんだ。髭は無いし、優しい顔つきだがまあまあな鬼である。

道着に着替え、先に並んで突きを素振りしている兄弟子達の横に加わる。

決められた回数をこなしながら、拳を出す早さ、腕の捻りなどを調整する。

 

この後は、それぞれで組んでの組手だ。相手は師範が決め、お互い投げ技を掛け合ったりする。

学校がある日は、時間も少ないためここで終わるが、休日には更に試合形式で組手を行う。そこでは技の応用や、その対応など実戦に近い動きを身につけていくのだ。

 

とまあ、師範は教えるのも上手だし優しい兄弟子もいるので、ここでの修行はとても楽しいのだ。

 

しかし、心源流拳法自体は俺にはあってないように思える。こんな序の口だけで何をほざいているかと、自分でも思ったがこのまま極めていくのは、首を傾げる感覚になるのだ。

 

相手と対敵した時に、拳をどう出すのか。

向かってくる蹴りのいなし方。

どれも俺が求めていた技術であり、ここではそれが学べる。

武術のぶの字も知らないガキンチョであった俺を、心構えを含めて鍛えてくれた。

流石、ハンター世界の最大流派だけある。きっと何十年か研鑽を積めば強くなれると思える程だ。

 

が、どうやら俺が求めていたものと少し違う様なのだ。はっきりとした感覚ではないため表現しづらいが、一番近いのは“戦闘スタイルの違い”だろうか。

 

まだ漠然としたものである為詳細を語ることは出来ない。それに違和感があるといっても師事することが苦痛な訳でもない。

まだまだ学ぶことはあるのでしっかり学んでいくつもりだ。ハンター世界を散歩する為にも、弟を颯爽と助ける為にも、せいぜい搾り取ってやるぜヒヒヒ。

 

 

 

何人かにアドバイスをしながら動きを修正していた師範が皆が見える位置まで移動した。

 

「これから、組手を行う。」

 

「「「「はい。」」」」

 

師範がそれぞれの相手を決めていく。全体で20人もいない道場なのですぐに決まっていく。平日なので人数はさらに少ないだろう。

 

俺の今日の相手は、黒髪、細目のお兄さんだ。ラッキー。

 

「「よろしくお願いします。」」

 

上段突きから、順に技を掛けていく。相手を倒すために仕掛けるわけではないので、威力はそこまでではない。

 

あ、さっき考えていた戦闘スタイルの違い。それを感じるのは組手の時が多いのだ。

こう、正面から技を仕掛けるのも悪くは無いが、搦手を仕掛けられないのがムズムズする。

 

武道としての試合なので、そういうのが駄目なのは分かるし、実際に戦う時は拳法を使いながら駆け引きも行うんだろう。

しかーし、俺は根本が正々堂々の武術が身にあってないのだ。

 

あぁ、ここで足払い掛けたいなとか、出された突きを払わずに引っ張れば、そのまま蹴りが入れられるのになとか、思ってしまう。

 

いや、そもそもこうした練習で体術を身につけるのが苦手なのでは?それは流石に草なんだが、実戦で戦いながら身につけろと?笑えないな。

危ない方向に思考が舵を切り始めたので、考えるのをやめる。

 

「はい、軸がぶれてます。考え事ですか?」

 

「すみません。」

 

出した蹴りを捌きながら注意をされてしまった。いかんいかん。

 

「では、もう一度。」

 

「はい。」

 

それから何度か、修正されながらも組手を終える。

この兄さん、実は教えるのがめっちゃ上手いのだ。

本人も超天才とまではいかなくても、努力が出来る派の人でこの道場ではかなりの強さである。

そして何より教えるのが上手い。大事なことだから

二回言っておく。

 

「君は、速さは十分にありますが、その分狙いが雑なところがあります。最後まで動きに気を配ってみてください。」

 

あと優しい。なので俺は毎回、組手の相手にお兄さんが当たるよう祈ってたりする。

 

「はい。ご指導ありがとうございます。」

 

それから攻守を交代し、お兄さんの技を受けたり投げられたりするうちに時間が過ぎていった。

夕方になり、日もそろそろ沈み始める。

片付けをし、道着を着替えて帰る準備を始めなければ。

 

それにしても、アドバイスするのが上手なお兄さんだ。師範の資格を取れば優秀な門下生が育ちそうである。応援してますぜ!……心の中で。

 

 

 

 

家に着き、玄関を潜ればそこには弟が立っていた。

 

「ただいま。」

 

「にぃ、おかえりなさい!」

 

 

なんだ、出迎えとは可愛い事をしてくれる。

 

「…どうした。」

 

「にぃと遊びたいの!待ってた!」

 

「そうか、…宿題があるからその後なら。」

 

「嫌だよ!すぐ遊ぶの。僕遊びたい!」

 

部屋に道着や学校の鞄を置きに行く間も、ずっと付いてきていた。お前はヒヨコか。

 

「だが、」

 

「やだ!やだ!遊びたい!」

 

赤い頭を左右に振りながら、手を引っ張ってくる。

待て、上着が脱げない。

離すように言っても、駄々を捏ねて離そうとしない。

 

「…………分かった。」

 

仕方なしに頷く。まあ、最近は忙しくて遊べてなかったし…宿題は後でやろう。

それにしても、少し我慢する事を覚えさせないとヤバイのでは?あとで言っておかねば、俺は注意も出来るお兄ちゃんなのだ。

 

「ほんと!?僕ボール持ってくる!」

 

「待て、外は暗いから中で出来るものにしろ。」

 

思わず早口で言ってしまう。今から外遊びは流石に危ないからね!?お兄ちゃん許さないぞ。

 

「えー。」

 

「駄目だ。…遊ばないぞ。」

 

ぶすくれているが、譲らないからな。暫くこちらを見ていたが、俺が意見を変えないことが分かったのか「…つみきにする。」と、リビングまで準備しに行った。

 

俺は、その間に上着を脱ぎラックに掛けておく。

最近は、ひー君が前にも増して一緒に遊びたがる。

子供はよく遊んでよく寝れば育つと聞くし、遊びたがるのは構わないが、昼間も遊んでいるだろうに飽きないものだ。

 

 

「にい!準備できたよ!」

 

「今いく。」

 

つみきということは、あの遊びだろうかと考えながらリビングへ向かう。

そこには2人分のつみきが箱から出されていた。

相変わらず遊びの準備は甲斐甲斐しいものだ。…まあ、準備されてないとやる気が出ない俺のせいかもしれないが。

 

「今日はお城作ろう!」

 

「わかった。」

 

それからは、一言も話さず黙々と作業する。

これの何が楽しいのかはイマイチ分からないが、ひー君はつみきで何かを作るのが好きだ。しかも個人作業で。俺必要?いらなくね?

まあ、俺の素晴らしいお城を作るのに他の人手は要らないので、俺も個人作業の方が好きだが。

 

そして毎回作り終わると相手の作品を鑑賞する。

4歳にしては高度な遊びを好んでいるな。

 

ちなみに今日は、リビングに母や父もいたので2人を呼んで自慢の城を紹介しといた。

あえて、アシンメトリーに作った円形の城門がいい感じだと思わない?

ひー君のも、下の土台が綺麗に組まれてて良いと思う。

 

「にぃのお城凄いね!まん丸!」

 

おっ、そこに目を着けるとは、ひー君も見る目あるな。良きにはからえー。

 

「…そうか。」

 

「うん!…………にぃも!」

 

「……土台が、良いと思う。」

 

そして、プチ品評会が終わればそれを崩して、また新しいお題で作るのだ。

次は何のお題だろうか、生き物とかどうだろう。

 

「にぃの壊してもいい?」

 

「どうぞ。」

 

そして例の如くつみきを仕分けて準備してくれるひー君の手際の良さよ。いつもありがとう。

 

 

ちなみに、宿題は忘れてそのまま寝た。

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

パタパタと駆けてくる足音が聞こえる。

 

「にぃ!今日、鬼ごっこしたい!」

 

「…すまん、発表会の練習があるから無理だ。」

 

「えー、なんで!」

 

「母さん、ひー君、行ってきます。」

 

「行ってらっしゃい。気をつけてね。」

 

「……行ってらっしゃい。」

 

 

 

 

学年が上がり、クラスでの出し物をする事になった。

その準備もあり、最近はひー君と遊べていない。

今朝のお誘いも嬉しかったが、道場に通っていて手伝えない分、今日の練習には参加したかった。

 

今週末の発表が終わればまた遊べると思うから待っていて欲しい。

 

 

学校に着けば、クラスメイトが挨拶してくれる。

それに、返事しながら(さすがに、挨拶くらいは言えるぞ)適当な席に座って、授業の準備をする。

 

今日は、午前の授業が終わったら、発表会の練習になる筈だ。

 

「ジール君、おはよう!」

 

「おはよう。」

 

「今日の練習楽しみだね!準備してきた?」

 

虚無顔で座っている俺に話しかけてくれたのは、前の席に座ったユーリちゃんだ。

 

「…した。」

 

「そっか!私はね、お家の猫ちゃんを描いたの!」

 

「そうか。」

 

「そう!白くて可愛いんだよ!」

 

ほんとコミュ力高杉くんだな。まともに返事出来なくてすみません。

 

「…可愛いのか。」

 

ユーリちゃんは、家のご近所さんである。話題に上がった白猫も見たことあるのに、さも“今知りました”みたいな返しになってしまった。

 

「でね!猫ちゃんと初めてあった時のお話にしたの!」

 

なるほど。ちなみに、ウチのクラスの出し物は各自の思い出をイラストに描いて、いくつかのストーリーも紹介するといったものだ。

まぁ、思い出の音読とか俺には無理なイベントであることは分かるだろう。

 

「…」

 

頑張ったなとか言えばいいのか?上から目線過ぎるか?

 

「パパが、猫ちゃんに名前を付けたときはね…」

 

 

気づいたら話が進んでいた。どうやら相槌は要らないようだ、聞いておくので好きなだけ喋ってくれ。

 

そうして話して(?)いるうちに、先生が入ってきて授業が始まった。

今日は算数からなので、暇である。

流石に九九は出来るからな。

 

ひー君は今頃どうしているだろうか、鬼ごっこを断ってしまったし落ち込んでいないといいが……。

いや、俺が道場に通い始めた頃に、ひー君も同年代の子と遊び始めたし、その子達と鬼ごっこしているのかもしれない。

 

さっきまで話していたユーリちゃんの弟くんも紹介したことがある。

兄弟と姉弟で遊んだ時に顔をあわせているからな。あの時も楽しそうだったし、俺と違ってよく喋るひー君なら、すぐに仲良くなるだろう。

 

 

その後、お気に入りの国語を受け(授業中に絵本が読めるから気に入っている)。お昼を食べたら発表会の練習だ。

立つタイミングや、選ばれた子が発表する順番を確認していく。

俺は、後ろで絵を持っているだけだから楽だ。

間違っても発表なんぞするものか。

 

指示を聞かないガキがたくさんいるので、先生も大変だろう。それなりの時間を使って最後まで確認した頃には、足が棒になっていた。立つだけも楽じゃないな。

 

 

 

 

 

「にぃ、今日鬼ごっこしたい!」

 

「…すまん、今日も忙しいから。」

 

「ジールちゃん。行ってらっしゃい。」

 

「……行ってらっしゃい。」

 

「行ってきます。」

 

 

どうやら、昨日は友達と鬼ごっこをしなかったようだ。家に帰ってから一緒に拳法の基礎練をした時は何も言ってこなかったので、てっきり遊べて満足したかと思ったが違うようだ。

 

今日は友達の予定も合えばいいのだが……。

 

 

俺は、学校へ行く途中で未練がましく振り返ったりもしたが、そのまま登校した。

 

うう、遊べなくてごめんよ。お詫びに折り鶴でも作ろう。席に着いてからは、要らないプリントで延々に折り鶴を折り袋に詰めていた。

 

今日の練習は、昨日の振り返りだ。それと、実際に話す子の読み方も確認するようだ。あっ、ユーリちゃんも発表するのか、頑張ってくれ。

 

「はい!じゃあ明日は、大きな紙に絵を描くのでクレヨンを忘れないようにね!」

 

ヘトヘトになりながらも、先生が明日のことを伝える。皆が描いてきたイラストを、大きな紙に清書するらしい。一応メモをとっておこう。

 

 

「おかえりなさい!」

 

「ただいま。」

 

遊びを尽く断る兄を出待ちしてくれるとは、こんなスレてない良い子がいるだろうか。…いた。

 

「お土産だ。」

 

そんな良い子にはこれをあげようと、袋いっぱいの折り鶴を渡す。ぶっちゃけ、3羽目くらいでこんなの貰ってもいらなくね?とは思ったが作ったので渡しておく。ほら、愛情は注いどいたよ。

 

「……にぃ、ありがとう!嬉しい!」

 

ほんとに良い子だな!?

こんな鶴どうしようというんだ、いらないなら、いらないって言っていいんだよ。

 

「これで怪獣ごっこしよ!」

 

そう言って、俺の折った鶴は怪獣にやられるモブになった。……まぁ、そんなもんだよな。

 

 

 

 

 

 

「にい!今日も学校いくの?」

 

「あぁ、」

 

「行ってらっしゃい。気をつけてね。」

 

「行ってきます。」

 

「……行ってらっしゃい。」

 

 

今日は、鬼ごっこに誘われなかったな。

友達と出来たのだろうか。

 

 

学校に着いて鞄を開けると中に入れた筈のクレヨンが入っていなかった。

 

あれ?

昨日帰ってからすぐに入れたと思うのだが、記憶違いだろうが。

 

「ジール君どうしたの?」

 

「……クレヨン忘れた。」

 

「忘れちゃったの!?どうしよう!」

 

今日も話かけに来てくれたのだろう。ユーリちゃんが固まっていた俺を見て、疑問に思ったようだ。

俺よりも慌ててくれている。まぁ、先生に言えば大丈夫だと思うけど。

 

「そうだ!ジール君、私のクレヨン一緒につかう?」

 

先生が来るのを待とうかと思っていたら、ユーリちゃんが手提げを持ってきた。貸合いっこだと!?いいのか?

 

「…いいのか?」

 

「もちろん!私、黒と白しか使わないからジール君たくさん使っていいよ!」

 

「ありがとう。助かる。」

 

「えへへ。」

 

先生に言えばどうにかなっただろうが、怒られなくて済むならそれがいい。ありがとうユーリちゃん。

俺も、良く使うのは赤と薄橙で被っていないことだし有難く使わせて貰おう。

 

無事に発表の準備も終わり、帰宅するとひー君が待っていてくれた。

 

「ただいま。」

 

「おかえりなさい!今日、学校行ったの?」

 

「?…行ってきたぞ?」

 

サボタージュを疑われている?

 

「……一緒に遊ぶ。」

 

一連の謎会話の後遊び……と言えるのかは微妙だが、一緒に筋トレや素振りをした。最近、道場にも行けてないので鈍ってそうだ。

 

隣で素振りするひー君は、拙いながらもセンスがあった。……抜かされないように頑張ろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?上着が無い?」

 

いつものラックに掛けておいた上着が無くなっている。

 

「母さん、上着洗濯してる?」

 

「してないわよ?無いの?……あらまぁ。」

 

家を出る時間になるまで探してみたが、見つからなかったので、普段は着てないものを出して着ていくことにした。

 

「探しておくわね、気をつけて行ってくるのよ?」

 

「うん。行ってくる。」

 

今日は、ひー君の見送りが無かった。寂しいが、上着を探していて時間もなかったのでそのまま出ることにする。

 

 

「ジール君おはよう!」

 

「……おはよう。」

 

「どうしたの?元気ない?どこか痛いの?」

 

「大丈夫だ。」

 

「そっか!私ね昨日猫ちゃんと一緒にね……」

 

ユーリちゃんの話を聞きながらも、発表会のことを考える。明後日の発表が終われば、道場に行けるし、ひー君と一緒に遊ぶことも出来る。

 

今日のお見送りが無かったのが、気にかかってしまう。今までそんなこと無かったのに。帰ったらひー君と話してみようか。

 

 

「猫ちゃんのリボン、私とお揃いなんだ!」

 

「…良かったな」

 

「……!うん!」

 

今日も、棒立ちしながら先生の話を聞かなきゃいけない。そろそろガキンチョも大人しくしてくれないだろうか。

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい。ほら、ヒソカちゃんお兄ちゃん帰ってきたわよ。」

 

何かあったのだろうか?

母の視線の先を見ると、洗面所からチラリとこちらを見ているひー君と目があう。

あっ、隠れてしまった。……嫌われた?

 

「…ジールちゃん、ヒソカちゃんがお話してくれるまで待っててくれるかしら?」

 

おっと、母は事情を知っているらしい。

全然遊んでくれないお兄ちゃんに愛想尽かしたとかのカミングアウトは早めにして欲しいのだが。

 

 

「…わかった。」

 

「ありがとうね。」

 

ここでどっしり構えるのもお兄ちゃんだろう。

……兄貴ムーブし無さすぎて嫌われてるっぽいが。

 

 

 

それから、夕食を食べて宿題をする。

何の行動をするのも、視界に赤色がチラつくのだが、待つって言っちゃったしなぁ。

 

「にぃ、明日も学校行くの?」

 

「…ああ。」

 

寝る準備をしていると、ひー君がやっと近づいできてくれた。予想と違った切り口で動揺しているが、何とか返事が出来た。

 

「すぐに帰ってくる?」

 

「難しいな。」

 

くるか?嫌い宣言くる?

 

「そっか。わかった。」

 

……何がわかったか教えて頂いても?

急に終わった会話に動揺を重ねていると、ひー君が自分のベッドの方へ歩いていく。

 

母が言っていたのはこの事だろうか、……しっくりこないな。

とりあえず、今日は何もしてないので最後に絵本でも読み聞かせようか。

 

「ひー君、絵本一緒に読むか?」

 

とぼとぼ歩いていたひー君は、ピタッと足を止める。ゆっくりとこちらを向いた目は大きく見開かれていた。

 

「…誘ってくれるの?」

 

「…そうだが?」

 

なんだ、そこまで兄貴の株は落ちていたのか?

え、誘うよ!誘っちゃうよ!

 

「こちらへ来い。」

 

それから、俺のベッドに乗り込んできたひー君を抱え込み、絵本を読み聞かせる。

3冊目を読み終わるとひー君は寝落ちていた。

どうやら眠かったようだ。

 

そのまま絵本を端に寄せ、ひー君を抱え込んで眠った。少しはお兄ちゃんムーブ出来ただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の日、

 

「……靴が無い?」

 

足つぼ刺激しながら学校に行けと?無理だからな?




続きます。次回、ヒソカ視点でひと段落です。



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絵、人だけはとっても上手かったよ。

ヒソカ視点でのお話です。よろしくお願いします。


side ヒソカ

 

 

やあ!にぃからはひー君って呼ばれているよ。

 

今はね、にぃのお見送りをするためにママと玄関に来てるんだ!

 

僕のにぃは凄いんだ。一緒に遊んでくれるし、何回勝負しても勝てないんだよ。

 

にぃは、道場ってところに行ってるからとっても強いの。今日こそは勝ちたいなって思うんだけど…。あっ、もう学校行っちゃう!

 

「にぃ!今日、鬼ごっこしたい!」

 

「…すまん、はっぴょうかいの練習があるから無理だ。」

 

無理?遊べないの?

 

「えー、なんで!」

 

「母さん、ひー君、行ってきます。」

 

「行ってらっしゃい。気をつけてね。」

 

「……行ってらっしゃい。」

 

にぃ、学校行っちゃった。

しょうがない、にぃがダメならトモとシータのところに行こう。

……今日は、勝負がしたかったのに。

 

母さんに言ってから、二人がいつも居る公園に行く。予想通り、砂遊びをしていた2人を呼んで鬼ごっこがしたいことを伝える。

 

 

 

 

……2人とも弱い。つまらない。

 

「遊んでくれてありがとう。」

 

「俺、楽しかった!」

 

「ヒソカ君は速いねぇ。」

 

トモは、自分のこと俺って言うんだよ。

この前、僕も自分のことを俺って言ったらにぃが凄く驚いた顔をしてた。普段は全然驚いたりしないから、僕の方がびっくりしちゃった。

また今度言ってみようかな!…オラオラ系って呟いてたけど、そういう名前の人かな?

 

 

明日は、にぃと鬼ごっこしたいなぁ。

 

 

 

 

 

 

「にぃ、今日鬼ごっこしたい!」

 

そう言うと、にぃは少し眉毛を下げてこちらを見てきた。困ってる?

 

「…すまん、今日も忙しいから。」

 

駄目なんだ、そっか。

 

「ジールちゃん。行ってらっしゃい。」

 

「……行ってらっしゃい。」

 

「行ってきます。」

 

パタンと音を立てて扉が閉まる。部屋に戻ろうとしたママが、動こうとしない僕を見てしゃがみこんできた。

 

「ジールちゃんはね、学校でやらなきゃいけないことがあるのよ。ヒソカちゃんと遊びたくない訳じゃないの。」

 

「うん。」

 

わかってるよ。にぃ、いつも学校に行ってるもんね。ただ、いつもより帰って来るのが遅くて遊べないのが嫌なんだ。

 

どうしたら良いんだろう。

 

ママに手を繋がれて部屋に戻ると、おもちゃが入った箱が隅に出されていた。

つみきでもしようかな?この前、にぃが作ってくれたぴらみっどは綺麗だった。僕も作ってみようか。

 

 

 

 

ご飯を食べたあとは、ママとお出掛けする。

 

ママは僕に上着を着せてから、部屋のあちこちをまわってる。鞄に大事なものを入れてるんだって。

ママが出かけるときは、どこに置いたかしら?って言いながらいつも探してる。中身が揃わないと出掛けられないから、僕はいつも玄関で待ってるの。

 

 

そっか、にぃも鞄の中身が揃わないと学校に行けないよね?

 

 

 

夕方になって、僕はにぃが帰って来る時間になるから玄関のところで待ってるんだ。いつも直ぐに鞄を置きに行くから、後をついていって鞄の中身を隠せば、明日は一緒に鬼ごっこできるよね!

 

わくわくしてると、玄関の扉が開いてにぃが入ってきた。

 

「おかえりなさい!」

 

「ただいま。」

 

にぃは、白い袋を手に持って帰ってきた。

早く部屋に戻らないかな。ジッとにぃを見ていたら、にぃがその袋を僕に渡してきた。なに?くれるの?

 

「お土産だ。」

 

中を見ると、紙で出来た鳥がたくさん入っていた。

綺麗な鳥だ。これを僕にくれるの?うれしいな。

 

にぃがチラチラこちらを見ている。どうしたんだろう、変な動きだね。

 

「……にぃ、ありがとう!嬉しい!」

 

そういうと、にぃは少し嬉しそうだった。これで何しようか…。

たくさんあるから家の外みたいに並べてみようかな、おっきな怪獣を使うのもいいかもしれないね。

なら、作ってくれたにぃも誘わなきゃ。

 

 

「これで怪獣ごっこしよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっちゃった。

 

にぃと遊ぶのが楽しくて、鞄の中身を隠すの忘れて寝ちゃった。

うっすら窓から光が入ってくる室内で、目が覚めると昨日の事を思い出した。

…よし、にぃはまだ寝てるから、今から隠してしまおう。

 

なるべく音をたてないように静かに歩く。

そして、机の横に置いてあるにぃの鞄を開けて中を確認してみる。いくつかの本と、筆箱と、ハンケチ、ん?箱が入ってるよ。

 

気になって引っ張り出してみると、いつも絵を描くときに使うやつだった。

 

「クレヨン!」

 

おっと。慌てて口を手で塞いだ。チラッとにぃが寝ているベッドの方を確認する。うん、大丈夫みたい。

 

今から全部隠してると、にぃが起きる時間になっちゃうのでクレヨンだけ隠すことにした。

何処に隠せばいいかしばらく悩んだけど、僕の枕の下に決めた。これならにぃが見つけることも無いだろう。

 

念のため上から枕を何度か押して、もっと隠れるようにしといた。

 

にぃが起きてきて、着替えている時とか僕が勝手にクレヨンを取ったことがバレないかソワソワしちゃったけど、にぃは全然気づかなかった。

 

そして、にぃは学校に行くために玄関に立っている。

 

「にぃ!今日も学校行くの?」

 

「あぁ、」

 

中身揃ってないから行けないでしょ?えっ、行っちゃうの?

 

「行ってらっしゃい。気をつけてね。」

 

「行ってきます。」

 

「……行ってらっしゃい。」

 

 

えー、行っちゃったんだけど。

 

どうしよう。鬼ごっこのお誘いも言ってないのに。

とりあえず、枕の下に隠しておいたクレヨンはおもちゃ箱に片付けとこ。

 

 

もしかしたら、中身が足りなくて早く帰って来るかもしれない。なんなら、中身が違うから学校に行ってないかも。

 

もし、にぃが早く帰ってきてもいいように庭の様子を見ておこうね。

 

 

 

 

「ただいま。」

 

にぃを出迎えるために玄関で仁王立ちしていた。

 

「おかえりなさい!今日、学校行ったの?」

 

僕がクレヨンを隠しておいたんだ、きっと学校も行けなかったよね?

…帰ってくるの遅かったけど。

 

「?…行ってきたぞ?」

 

やっぱり駄目だったらしい。なんでさもう!

 

「……一緒に遊ぶ。」

 

僕はちょっとご機嫌ななめだよ。ちゃちな遊びじゃ満足しないからね!

にぃを引っ張ってリビングの方まで行く。

 

 

……にぃと道場の技をやるの楽しいよね。

 

拳法ってやつをしているにぃはとってもかっこいいの!にぃの隣に並んで、一緒にパンチの練習をする。にぃが腕を前に出す時に、風がヒュッてなるのがとってもいい。

 

それに、パンチの真似が上手く出来るとにぃが褒めてくれる。ふふっ、嬉しい。

 

にぃと一緒に遊べたが、まだ鬼ごっこは出来てない。

明日こそは学校に行かないようにしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

むくりと、ベッドから起き上がる。横目で見たにぃはまだ寝ている。

 

昨日中身を隠しても、にぃは学校に行ってしまった。今日は、もっと別のを隠したいな。

僕は考えたんだ、お外に出れないものは何かって。そこで上着はどうだろう。

今は、まだ外が寒い。上着を着ないで外に出ようとするとにぃもママも怒ってくる。

 

 

昨日よりも、もっと音を立てないように歩く。

ラックに掛かっているにぃの上着を取って、また枕の下に隠そうとしたが、上着の裾が枕の横から見えていた。

 

これではいくらにぃでも気づいてしまう。白い枕のところから青い布が出てるの。とりあえず掛け布団をかけて隠したが、にぃにバレないよう見張っておかなくちゃ。

 

 

ご飯も食べ終わって、部屋に戻ろうとするにぃを追い抜いてベッドに駆け込む。

見つかったら学校に行ってしまう。隠そうと思ってもいい場所がない。

 

どうしよう来ちゃう。

 

 

 

 

……ガチャ。

 

「…どうかしたか?」

 

「な、なんでもないよ!」

 

 

危なかった、ギリギリバレてないみたい。

にぃは首を傾げていたが、学校の準備をしに来たことを思い出したのかな。自分の机の方に歩いて行って準備を始めた。

 

僕はそっと部屋を抜け、裏庭まで行く。

そこには窓から落とされた上着が地面に落ちていた。ところどころに土がついて汚れてしまっている。一応、にぃにバレないようにここで見張っておこう。

 

上着の横に座っているといつの間にか家の中が静かになっていた。さっきまでママとにぃが上着を探してバタバタしてたので、直ぐに分かったよ。

 

様子をみようと、窓から部屋の中を覗き込むとクローゼットの扉を閉めたママと目があった。

なんかやばい気する。

 

 

「ヒソカちゃん、こんなところで何をしているの?」

 

窓際までやってきたママは、僕の隣にある上着を見て気づいたらしい。…にぃに言われるのかな。

 

「にぃの上着隠してた。」

 

「人の物を隠すのいけないことよ。」

 

 

とりあえずこちらにいらっしゃい。とママが言うので、にぃの上着を持ってリビングの方に行く。

 

「そこに座りなさい。」

 

ママの声は優しかったけど、いつもより怖い雰囲気だった。上着を握りしめながら椅子に座るとママはゆっくり話はじめた。

 

人の物を許可なく持って行くのはいけないこと。

物が無くなるとにぃが困ってしまうこと。

なんで隠そうとしたのかも聞かれたが、喋りたくなくてずっと黙っていた。そしたらママはお兄ちゃんにはちゃんと言いなさいとだけ言ってそれ以上は聞かないでいてくれた。

 

他にも、学校に行かなきゃ行けない理由も聞いたが、それよりも僕は気づいてしまったのだ。

 

僕が上着を隠してにぃを困らせたから、にぃは僕の事嫌いになっちゃったんじゃないかって。

 

にぃと遊べなくなる!どうしようと顔色を悪くしていると、ママが少しだけ微笑んで頷いた。

 

「ちゃんと謝るのよ?」

 

それからは、いつも通りのママに戻った。

でも僕は、にぃに嫌われるんだと思うとゾワゾワして落ち着かなくて、にぃが帰ってくるまでずっとつみきを叩きつけていた。

 

「ただいま。」

 

…!にぃが帰ってきた。早くごめんねしないと。

そう思っても、にぃと話すのが怖くてつみきをほっぽって洗面所に逃げ込んでしまった。

 

ママとにぃが何かを話している。気になって少し顔を出すとにぃと目があった。

…反射で隠れてしまったけど、これだとにぃに謝れない。

 

 

謝らなきゃと思って後をつけるけど、お風呂の時も宿題をしてる時も、歯を磨いてる時も声をかけられなかった。

にぃも気になっているのか、たまにこちらを見るが僕が隠れてしまいやっぱり話せなかった。

 

 

そして、にぃがベッドに入り寝る準備を始めてしまう。

これ以上は、隠れられないと思って素直ににぃのところへ行くことにした。

 

「にぃ、明日も学校行くの?」

 

「……ああ。」

 

やっぱり学校に行くってことは、もう僕とは遊びたくないのかな。

 

「すぐに帰ってくる?」

 

遊ぶ時間は無くなっちゃうの?僕遊びたいよ。

 

「難しいな。」

 

「そっか。わかった。」

 

やっぱり、ママに僕がやったことを言われて嫌になったんだ。これじゃあ、きっと謝っても遊んでくれない。

どうしよう、ずっとにぃの手を掴んでいたら一緒に学校いけるかな?いいよ?僕、にぃと遊べるなら学校にもついていくよ。

それか、にぃが怪我しちゃったって言えば、ママもお家から出さないよね。鬼ごっこは出来ないけどつみきも楽しいからそれでも良いよ!

とりあえず、にぃと遊べるように何か考えないと……。

 

「ひー君、絵本一緒に読むか?」

 

えっ?今のにぃが言ったの?…嘘じゃない?

にぃと一緒に絵本を読む……。

 

「…誘ってくれるの?」

 

ごめんねも出来てないよ?

 

「…そうだが?」

 

そっか…そっかぁ。

ふふっ、よかった。にぃはまだ僕と遊んでくれるんだって。

 

「こちらへ来い。」

 

にぃに言われるまま、ベッドの上に乗り込む。

にぃのお気に入りの絵本だ、僕にも見せてくれるんだね。あぁ、にぃは優しいな。にぃを困らせちゃった僕とも遊んでくれるんだ。

 

なら尚更学校に行かないで欲しいな。隠しても嫌いにならないなら、明日はちゃんと家にいてもらえるように隠しておくね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……靴が無い?」

 

玄関で、学校に行く準備をするにぃもニコニコしながら見てられる。

にぃは、僕が隠した靴とお出かけ用の靴しか持ってないよね。これならお家にいてくれる?

今日は、もう靴が使えないからお家の中で遊ぶことになるけど、別に鬼ごっこじゃなくてもいいからね!

 

「にぃ、学校行けないの?」

 

「…そうだな、どうしようか。」

 

引き止められるかな?そう思った時に、ママが後ろからやってきた。

 

「あら、ジールちゃんどうしたの?」

 

「母さん、…靴が無くて困ってる。」

 

にぃが、ポッカリ開いた靴箱を指先ながらママに言う。それを見たママは、こちらの方を見た。

 

「…ヒソカちゃん、今すぐ持ってきなさい。」

 

「えー。」

 

それを聞いたにぃが、びっくりしながらこちらを見た。どうしたの?

 

「……ひー君が?」

 

「えっ、知らなかったの?」

 

なんで?昨日ママに聞いたんじゃないの?

二人でびっくりしながら見つめあってるとママが早く取ってくるように急かしてきた。まぁ…にぃが知りたそうにしてるし取ってこよう。

 

そうして、中庭のひっくり返された桶の下に隠しておいた靴を持って玄関に戻る。

 

「ヒソカちゃん、お兄ちゃんにお話しなかったの?」

 

さっき程ではないけど、それでも僅かに驚いているにぃと、少し困った顔をしたママが僕を待っていた。

 

「何を話すの?」

 

「上着のこと、お兄ちゃんに理由を話して謝るんじゃなかったかしら?」

 

「…にぃが一緒に遊んでくれたから、もういいかなって。」

 

「ダメじゃない、ちゃんと悪いことをしたら謝らないと。お兄ちゃんは何も知らなかったから遊んでくれたのよ。」

 

そうなの?

にぃの方を見るとママと僕の方を見てハラハラしているようだったが、僕が見ていることに気づいたのか、何度か口をハクハクさせてから頷いた。

 

どうやら、僕がやったことは知らなかったらしい。

なんだ、じゃあやっぱり僕のこと嫌いになっちゃうのか。

…もう少し上手く隠せばよかった。

ギュッとにぃの靴を握って俯く。

 

「…ひー君は、俺が嫌いなのか?」

 

にぃの声が泣きそうだった。驚いて顔を上げてにぃの顔を見る。別に涙は出てなかった、眉が少し下がっているだけだ。…けど、にぃが辛そうに見えた。

 

にぃも、僕に嫌われるがイヤなの?寂しい?

辛そうにしないで、僕はにぃのこと大好きだよ!

 

「そんなことないよ、僕にぃのことが大好きだもん。」

 

そういうと、にぃはどこか安心したように息をついた。まぁ、表情はあんまり変わらなかったんだけど。

 

「…なら、どうして。」

 

「……にぃが学校行かないようにしたかったの。…ごめんなさい。」

 

僕、にぃと遊びたかったんだ。

ママは僕とにぃの方をじっと見つめている。

にぃになんて言われるのか不安になって涙がでてきた。すると、頭の上ににぃが手を乗せてきた。

 

 

「そうか。俺もひー君には寂しい思いをさせた。すまなかった。」

 

「もう、遊んでくれない?」

 

「?…そんなことはない。」

 

「本当?」

 

「ああ、たくさん遊ぼうな。」

 

そういって、しゃがみこんだにぃは僕の頬っぺを拭ってくれた。

 

「じゃあ、今から鬼ごっこしよう!」

 

「…それは無理だ。」

 

えっ、なんで!?今遊んでくれる流れだったじゃん。

 

「そうね、ジールちゃんは学校に行かないと。」

 

「えぇー。」

 

「……帰ってきたら、特別な遊びをしよう。…では、行ってきます。」

 

「…行ってらっしゃい。」

 

「えぇ、行ってらっしゃい。頑張ってね。」

 

パタンと音を立てて扉が閉まる。

そして、この前と同じようにママがしゃがみこんできた。

 

「お兄ちゃんの発表会は今日終わるわ。」

 

「?…うん。」

 

「だから、早めに帰って来てくれると思うの。それまではお兄ちゃんを困らせたバツとして我慢しなさい。」

 

「……!!」

 

それだけ言うと、ママは僕の手を引いてリビングへ戻っていった。

 

「ごめんなさいね。私もヒソカちゃんに寂しい思いをさせたわ。」

 

「…ううん、遊びたいのはにぃだから。ママは一緒にご飯食べてくれるし。」

 

「そう。」

 

それからは、大人しくにぃが帰って来るのを待った。

今回は、にぃを困らせちゃって危うく嫌われるところだった、これからはにぃに嫌われないように上手くやらなきゃ。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

「ただいま。」

 

「にぃ!おかえりなさい!」

 

「おかえりなさい。」

 

やっとにぃが帰ってきた。ずっと特別な遊びが何か考えながら待ってたんだよ。

 

鞄や上着を部屋に置きに行く後を付けていく。

入口から覗いて待っていると、動き易い服に着替えたにぃが出てきた。

 

「何して遊ぶの?」

 

「…組手。……なんでもアリだ。」

 

手を引かれて、部屋の中心まで連れていかれる。

 

それから向かい合って、パンチやキックを順番に掛けていった。言われた通りに動くのは、上手くいけば褒めて貰える半面、もっとワクワクしたいって思っちゃう。10分くらいかな、お互いに打ち合っているとにぃが構えをといた。

 

「…これくらいでいいだろう。」

 

「もう終わり?」

 

これが特別な遊びなの?

 

「…楽しいのはこれからだ。」

 

珍しくにぃがにっこり笑った。いつも褒める時しか笑わないのに。

驚いて固まっていると、さっきよりも速いスピードで蹴りがきた。慌ててガードをして防ぐと、すぐに空いたところに拳が入る。

初めてやられた動きに、対応しきれず当たってしまう。

 

直前で力を抜いたのか、全然痛くなかったが、今までとは全く違ったそれにワクワクが止まらなかった。

 

「もっかい!もう一回しよ!」

 

「あぁ。」

 

それからは、にぃに全然拳が当たらなかったし、足を引っ掛けて体勢を崩されることもあった。

 

どれくらいやってたんだろう。

 

「……これで終わり。」

 

最後に蹴りを払われて、にぃが宣言した。

僕は息絶えだえだった。にぃも少し疲れてるようだ。ちょっといい感じのところまでいけたのに。

左で殴るふりをして、蹴りを入れるの!

まぁ、かすっただけだけど。

 

「えー!もっとやりたい。」

 

「……疲れたから終わりだ。」

 

「じゃあ、明日やろ!その次も!」

 

息を整えながらにぃを見ると、ジッとこちらを見ていた。どうしたんだろう。

 

「……特別と言っただろう。毎日はやらない。」

 

「…ケチ。」

 

あっ、にぃが目を僅かに見開いてこっちをみている。ケチって言われたのショックだったのかな。なら、毎日やって欲しい。

 

「…やらない。(毎日やったらそのうち殺されそうじゃん。ムリムリ。)」

 

考えてる事がバレたのか断られてしまった。

そうしてちょっと落ち込んでると、にぃが学校の鞄から紙を出してきた。なんだろう?

 

「発表会で描いたものだ、ひー君にあげる。」

 

そこには庭に座ってる僕が描かれていた。

 

「へぇー。そっくりだね。」

 

「……いらないか?」

 

そんなわけないよ!組手の方が楽しかったけど、にぃが作ったものはどれも綺麗だからね!

 

「ううん、嬉しいよ!」

 

 

 

その後、ママからこっそり発表会の内容を聞いて、この絵は組手の次にお気に入りになった。

 




ヒソカがお兄ちゃんと遊びたくて頑張ってみる回でした。

評価、お気に入り、感想等ありがとうございます。励みになります。


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その後の鑑賞会は4時間ありました。

ジールとヒソカが遊ぶ回です。
よろしくお願いします。


やぁ!最近の飛行機は言わない所もあるらしいね。

それでも俺は言うけどな!

レディースエーンドジェントルメーン!ご機嫌いかが?

 

おれ?アイム、ソーファインだ!

 

 

…………うそ、別にそこまで元気じゃない。中身はいいおっさんだよ?無理だって。

 

まあ外見は10歳になりましたけど。はい、どんどんパフパフ〜。

 

そして、明日はひー君のお誕生日です。はい、どんパフどんパフ。

…なんでそんなにテンションが低いのかって?

 

最近ね、ひー君が俺のこと“にぃ”って呼んでくれなくなったんだよね。

今年からひー君も学校に行ってるんだが、どうやらクラスで兄のことをにぃって呼ぶのがガキっぽいと言われたらしく気にしてるらしい。

 

だぁーれだ!ひー君に要らんことを吹き込んだ輩は!!にぃって呼び方が子供っぽいだと!?

…正直、俺もそう思う。

 

けどな!?それが可愛いんだよ!

なのに、なのにぃ……。ひー君が呼んでくれなくなったではないか。どう落とし前つけてくれるんだおらぁ!

 

と、数日間心の中で叫んでたら、ココロのエネルギー全部消えた。俺の元気は品切れ中です。

 

そして、元気0%の俺には大舞台が待ち受けている。

そう、ひー君のお誕生日プレゼントだ。

何がいいか聞いてみたところ、ヤバヤバな返答がきた。

 

『にいさんと、組手がやりたいな!』

 

ガクブルである。数年前に始まったこの組手は、組手という名の戦闘である。

 

流石に、まだひー君にコロコロされる程ではない。

1ヶ月前の組手も、俺の勝利で終わった。

だがしかし、だからこそ危ないのだ。ひー君は俺の実力が自分よりも高いことを分かっている。

なので、何をやっても平気と思っている節があるのだ。

 

 

断じて違う!!!!

 

無理だよ?せめて目潰しまででしょ?この前の足元のトラップはヤバかった。ワイヤーじゃなくて良かったと心の底から安心した。

そうでなければ、今頃俺の足首は体とバイバイしていたぞ。

 

そして、やってくるのが誕プレの組手。

 

プレゼント要素として、試合終了の宣言はひー君が言うことになっている。つまり、ひー君が満足するまでエンドレスなのだ。

 

……早まったかなぁ、遊べなかったお詫びに喜ぶかなって組手(なんでもアリ)を教えた事を後悔しそうだよ。

 

「にいさん!楽しみだね!」

 

そうですねー!!はぁ、可愛いな。おい。

今さら無しとか言えないんだが。

 

「……そうだな。」

 

 

 

 

 

 

 

そうしてやってきたお誕生日当日。夜ご飯は豪華なお肉とケーキが用意されるらしい。(ひー君のリクエストだ。)

 

朝から、母がテキパキと台所で作業をしている。

父も早めに帰って来るつもりらしく、いつもより早い時間に家を出ていった。

 

そして残されたのが、俺とひー君である。

ひー君は早起きをして、顔を洗ったりと身だしなみを整える俺の後ろをずっと付いてくる。なんなら、タオルを渡してきたりもする。あれ?今日は君の誕生日だよね?

 

「……どうした。」

 

「にいさんの準備を早く終わらせるお手伝い!」

 

さいですか。

ここまでされると、お兄ちゃんも腹を括らなければなるまい。

 

装飾の無いシンプルなシャツと黒い短パンに着替えて、中庭に行く。

 

靴紐を締め直してから、軽いストレッチをする。身体が温まってきたところで構えると、ひー君も距離をとって緩く構えた。

今日は、手に何も持っていないようだ。

 

そこから、ひー君の蹴りで組手が始まった。

 

右側から迫る足を、腕でガードする。右手を中心に左腕を支えにすると、そこで下がった肩を狙ってパンチが入る。

 

重心がズレたことにより軽くなった足を押し返し、同時に片手は拳を止めるように動かす。

距離が近いのと、狙いが肩だったこともあり防御が半分間に合わない。掴むことは諦めて、ひー君の腕ごと上に払うように流すと、その勢いを使ってひー君が頭上に飛んだ。

 

相変わらず身軽なことで。

 

空中の動きずらさを狙い、振り向き際に片足を振り上げる。ちょうど踵が首元に入るよう狙うと、それを棒で防がれた。

 

おいおい、隠し武器かよ。

ひー君と俺ではリーチの長さが違う。その為ひー君は棒などの長物をよく使う。

 

「あーぁ、仕留める時までとっておきたかったのに。」

 

そう言いながら棒を手のひらで弄ぶ。

どうやら、最後の一撃用だったらしい。よしよし、早めに手札を削り取っておきたいからな。この調子でいこう。

 

「……空中は仕留め易くなるぞ。」

 

「うん、わかった。」

 

ああ!この口を止めたい。しかし、お兄ちゃんムーブが癖になっている今、弟にアドバイスをする絶好の機会を逃せない。

 

また閉口してからは、蹴りやパンチの応酬に棒での殴打が加わった。

それを捌きながらひー君の様子を観察していると、距離がとられ小休憩になる。

 

「…ねぇにぃ、さん。攻撃してきてよ。」

 

「……機会があったらな。」

 

善処させていただきますね!こんな何時間あるかも分からない試合だから体力は温存しておきたいのだ。

 

「チャンスだらけのくせにィ!」

 

いやいや、俺は持久戦に向いて無いんだよ。

精々が中期(?)戦だぞ。ひー君は持久戦もバッチリそうだけどね!

 

なんだ?若さか?中身の若さなのか?

 

 

そうは言っても、今日はひー君が満足してくれないと終わらないのだ。頑張って攻撃もしよう。

 

どんどんフェイントが上手くなっているひー君に時々ヒヤッとなりながらも、やり返す。

 

腕をクロスして拳を受けたと思わせて、そのまま後ろに重心を落とす。

勢いに引っ張られてきたひー君の腹を、下に潜り込んだ姿勢から拳を突き出し殴った。

 

 

殴る瞬間は、一度衝撃を逃してから力を込めるので痣にはならないだろう。

 

両親も、流血沙汰にならないからか、子供のやんちゃで済ませてくれる。これがやんちゃで収まるかは知らないが。

 

それからは、ひー君が味を占めた紐トラップ(足首にプラスで脹脛の高さにも貼られてた)も躱しながら、適度に攻撃を入れていく。

 

途中、投げ技を決めようとしたところで、後ろから2本目の棒が出てきた時はほんとにやばかった。最初のやつで終わりじゃないのかよ!?

 

慌てたせいで、加減することなくひー君を地面に叩きつけてしまった。肺の空気を吐き出し土に汚れたところを、逃さず押さえ込んだことで組手は終了となった。

 

 

「…痛みは?」

 

「背中がちょっとだけ…、でも大丈夫!」

 

「そうか。」

 

腕を掴み引き上げながら声をかけると、悔しそうにしながらも笑顔で礼を言ってきた。

 

「……上達したな。最後は危なかった。」

 

道場に通うこともなく、ほぼ我流の動きでこちらを追い詰めようとする。

その上達速度には毎度驚かされ、次が楽しみになるほどだ。

 

「次こそにいさんに勝つからね!」

 

ブツブツと反省会でもしているのか、偶に手を動かしながら何かを考えているようだった。

 

3時間はやっていたらしい。おかげでクタクタである。情けない所は見せたくないし、早めに部屋へ戻ることにしようか。

 

「……ひー君は強くなるだろう。楽しみにしてる。」

 

言い逃げるように家の中に入っていく。汚れた靴を脱ぎさっさと洗面所へいってしまおう。

そう考えて弟に背を向けた時ーーー。

 

 

 

「待ってて♥」

 

バッと振り返った時には、こちらを不思議そうに見るひー君が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

びっっっくりした。

幻聴か?ひー君の語尾にハートが付いていた気がする。

しかし、その後の夕食の時もいつも通りだったし……疲れてるのかな、早めに寝よ。

 

 

そう思いながらコレクションの切り抜きを眺める。

約8年程かけて集めている新聞の記事達だ。

 

面白そうな魔獣や、新しく出たゲームに本。ハンター協会のものもある。

 

ベッドに腰掛けながら手に取ったのはスクラップ本最新版だ。

なんと!昨年のハンター試験は単独合格なのだ!!名前までは載って無かったけど、ここ一年の動きを見るに多分ジン=フリークスじゃないかと思う。

 

思考の端に外からの足音がしたと思ったら、ひー君が滑り込んできた。

 

「にいさん!お絵描きしよ!」

 

「……んー、忙しい。」

 

一瞥して直ぐにスクラップへ視線を落とす。

確か、俺の記憶が正しければジンは11歳で単独合格だったはず。

その後電脳ネットで同志を探してたはずだから、そのサイトもリアタイで見たい。

まだ、世界を周れる歳でも無いのでちょっとくらいオタ活させて欲しいと、俺の中のオタクが言っている……それ、ただの俺やん。

 

「じゃあ、後で見せにくるから!」

 

「あぁ。」

 

流石に、サイト上で動向を見るのはストーカーか?と悩みつつ今日の分の新聞を開く。

 

ふむ、植物の特徴を持った魔獣が……結構近い場所で発見されたな。あとは…、お金持ちを狙った事件が頻繁してますな。くわばらくわばら。

あっ、新しいステーキ屋さんがオープンしたらしい、今度行きたい。

 

一通り目を通し顔を上げると、俺の周りを囲うように画用紙が並べられている。えっ?

 

「やっと気づいた!これ、僕が描いた恐竜ね。」

 

そうして、新たに一枚並べる。

あの…身動き取れないんだけど。両親からのプレゼントであるクレヨンを使って描いたらしい。一枚一枚の解説が入る。

 

一緒に遊ばなかった仕返しか?

ごめんって、意地悪しないで…寝かせてくれ。

 

俺の心の声は届かず、ベッドの上は画用紙で埋まっていった。

 

 




そろそろ幼少期編が終わります。
次回は、家族回です。


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コミュ障はよく一人反省会をします。【上】

キャプション、タグを一部変更致しました。気になる方はご確認下さい。

今回は家族回です。よろしくお願いします。


はい!右を見ても、左を見ても、どこを見ても全部俺!……嘘です、地獄絵図かな。

どーも、ジールです。ピチピチの10歳だよ。

 

まぁ挨拶をしても、この前道場で黒髪兄さんから一本とれてめっちゃ嬉しかったことくらいしか、言うこと無いのだが……。

 

今は、この前の誕プレでもらった単眼望遠鏡を磨いている。欲しいものを聞かれた時に咄嗟にでてきたのがそれだった。

将来色々な場所を周るのに役立つと思ったのだ。

 

『あなたの見る世界が、輝いたものでありますように。』

 

一緒にもらったメッセージカードが嬉しくて大切に保存している。

書いたのは母だろう、筆まめで字が綺麗なので直ぐに分かる。メッセージは父かな、なんせ俺が憧れるロマンチックな男だからな。

 

望遠鏡をケースに仕舞い、部屋を出る。

そろそろ新聞が届く頃だし取りに行こう。

 

台所で調理をしている母を横目に玄関まで行くと箱に郵便物が届いていた。

ひとつは目当ての新聞紙だが、もうひとつ封筒が入っていた。

 

これか…、宛名を見るとやはり母に宛てられたものだった。

 

最近、母宛に手紙がよく届く。毎日という訳でもないがかなりの頻度だ、そろそろ十通いくのでは?

小綺麗な封筒はいつもより少し分厚い。

 

中身は気になるが、開けて確認するなど失礼なことはしない。

 

新聞を小脇に抱えて、台所へ踵を返す。

 

そのまま母へ手紙を手渡すと少し疲れた顔でそれを受け取っていた。

最初の一通は驚いた風だったが、それ以降手紙を渡すとあまりいい顔はしなくなった。

 

嫌なら燃やしてしまおうかと考えた事もあったが、結局素直に手渡す事しか出来なかった。

 

 

それから皆で朝食を食べてから、本を読んだりして気ままに過ごしていると、嬉しそうにした母がリビングにやってきた。

 

ご飯を食べたあとに手紙を持って自室に行ったはずだが、何かいい事でも書いてあったのだろうか。

 

「明日は皆でパーティーに行くわよ!」

 

その手には、高そうなチケットが握られていた。

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

No side

 

空を飛ぶ白鯨のようにゆったりと進む飛行船は、その室内でパーティーが開かれていた。

 

そこには煌びやかな衣装を纏った人々が、広いホールでの交流を楽しんでいる。舞台正面に大きく飾られたツバメのモチーフは、シャンデリアの光を反射して金属特有の美びしさを見せていた。

 

本パーティーの主催団体『ツバメの会』のシンボルである。招待された客達もツバメを型どったブローチをその胸につけている。

 

30分ほど前に離陸し、それと同時に開催を宣言した。パーティーの参加者の証であるブローチは、各界の著名といって憚らない人物の元へ届けられたものだ。

 

ほとんどの者は、パートナーと共に。そして残りは家族連れでの参加であった。

 

新たに会場へ入ってきた組もそのひとつだ。電飾を吊るし一段と華やかしい入口を興味深そうに見るのは、母親と思われる女性と手を引かれる子供だ。

 

女性の方は、リラックスした様子でその艶やかな黒髪をなびかせながら歩く。連れられた子供も揃いの黒髪で直ぐに親子であることがわかる。

その様子を見守るのが一際がたいの良い男性であり、その腕には赤髪の少年を抱いていた。少年の方は特に興味を惹かれないのか、手に持った小箱を眺めていた。

 

 

ジール達親子は、親戚から送られてきたというチケットでパーティーに参加していた。

最初にチケットの存在を知った時、ジールは祖父母に会ったことが無いことに気づく。

だからなのか、チケットがとても胡散臭いものに思えたが、母が喜んでいる様子を見て疑いすぎだと考え直したのだ。

 

パーティーへ行くことが決まり、直ぐにドレスや会場までの交通手段を確保し準備を整えたのはジールの母であった。父は自営業である店の休店告知を店先に貼るくらいしかやる事がなかった。

 

子供であるジールとヒソカにおいては、言われるままに子供用のタキシードを試着し、簡単なマナーを伝えられるとそのまま会場へ連れてこられた。

 

まさに目が回る展開である。

 

 

ジールは、初めて来たパーティーの豪勢な様に驚きつつも、その雰囲気が前世の会社であった立食パーティーに酷似していたため居心地の悪さを感じた。

 

(ネクタイ締めて、長時間愛想笑いをしていたあの頃を思い出すな……。)

 

所在なさげに手元のブローチを弄る。

 

「ジールちゃん、ヒソカちゃん、来る前に言ったことは覚えているかしら?」

 

ジールの母が、腰を屈めながら2人を覗き込む。

父の腕からおりたヒソカとジールは顔を見合わせてから、母に頷き返した。

 

「……走らない。」

 

「騒がないようにする!」

 

「食べ物は取りすぎない。」

 

「何かあったら直ぐにママの所へ行くよ。」

 

ハキハキと返された言葉に頷いたジールの母は、2人に自由にしていいことを伝え、会場という野に2人を放った。

 

ジールは一目散に食べ物が並ぶテーブルへ向かった。後ろを付いてくるヒソカにも小皿を渡し、バイキングになっている大皿の列から肉だけをかっぱらっていく。

 

ローストビーフ、手羽先、ハンバーグ、最近話題のステーキ屋さんのメニューを見つけた時にはこのパーティーの評価をワンランク上げた。

 

「……ひー君も取るか?」

 

一通り取り終わった後でヒソカを見ると、その皿にはほとんど物が乗ってなかった。若干の気まずさを感じたジールは何度か言葉を選び直してから、声をかける。

 

「ううん、僕お腹空いてないから取らなくていいよ!」

 

やる事もなくただ兄の後を付けていただけなので、

特に食べたい物もない。とりあえずその辺のものを乗せているだけだった。

 

その後は、いくつかのテーブルを回りスープやデザートを摘んでいく。ジールは、その中で美味しかったものをヒソカにも食べさせようと勝手に小皿に乗せている。

ヒソカの方も、勧められたものはニコニコしながら食べていた。

 

ジールがチョコレートフォンデュにハマりそのテーブルに常駐していると、会場のライトが消され舞台に数人の人が出てきた。

 

(子供だし、手止めてまで話聞かなくてもいいかな。)

 

10本目のいちごチョコを食べながら横目でチラリと舞台を見たあと、ヒソカに食べさせる用に新しく串を取った。

 

「えー、本日は我々『ツバメの会』の記念式典にお越しいただきありがとうございます。こうして素晴らしい日を迎えられたのも、偏に日々皆さまが……」

 

10秒で飽きた。2人は別のフルーツを串に刺しチョコレートに浸し始める。母のマナー講座にお偉いさんの話を聞くという項目はなかった。

 

ジールの場合は癖もあって、話半分程度には聞いていたがヒソカは船内を探検する事に意識が向いていた。

 

何人かが話し終わると、会場のライトも戻った。

見やすくなった会場で、ジールとヒソカは次のテーブルへ移動する。ぶっちゃけ、子供からするとこの手のパーティーは暇である。食べることくらいしかやる事がない。まぁ、ジールの場合は大人の時も暇していたが。

 

 

所々の大皿を空にし、ーー取りすぎない約束は、小皿で大盛りをするのは行儀が悪いと言われただけなので、小分けにして食べるのはセーフということにしたのだーー2人は両親を探し始めた。

 

父を探した方が早いだろうと会場内を見渡す。

そこで目に入るのはツバメをモチーフにしたものと宝石の数々だ。

 

そこで思い出すのは先程のスピーチ。

『ツバメの会』は、貧しい人々への援助団体である。その主な活動は資産家からの資金援助で成り立っており、今日のパーティーはその資産家達を招いて開かれたものだった。

 

招待状に付いてきたブローチを見て、この話を聞いた時ジールはどこか既視感を覚えたのだが思い出せなかった。

 

「ねぇ、にいさん早く行こう。」

 

「まて、母さん達に言ってから…」

 

ジールの手を引いて船内の探検に行きたがるヒソカを宥め、両親を探す。さすがに会場を出るなら2人に伝えてからじゃないとダメだろう。

 

スーツの上からでも分かるガタイのいい男性は、人の多いパーティーでもよく目立つ。さほど苦労せず見つけた後、2人はメイン会場を抜け船内の探索に出かけた。

 

 

その後には、惜しいことをしたと出入口を眺める少女やマダム達が居たとか、いなかったとか……。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

「……どこがいい?」

 

ワックスで緩く撫でつけられた髪を弄りながらジールはヒソカに行き先を尋ねる。小箱のパッケージを弄るのを辞め兄の方を見ると、顔には言い出しっぺの法則と書かれていた。

 

「……カジノとか?」

 

「俺たちが入れるのか?」

 

足音も鳴らない絨毯が引かれた廊下を歩く。ヒソカはどこか行きたいところがあるのかとでも思ったが、ノープランらしい。

 

「にいさんは?」

 

「……操縦室。」

 

無難に興味があるところを答えるしかない。とりあえず飛行船の先端に向かっていたので、方向が合う目的地を上げた。

たまにすれ違うガタイの良い黒服は警備員だろうか、皆丸刈りである。そっくりな格好を見続けて3人目くらいで吹きかけたのは内緒だ。

 

「やりたいことでもあるの?」

 

(アムロ、いっきまーす!とか。……ネタも伝わらないか。)

 

「……運転。」

 

「へぇー!」

 

それは何の“へぇー”なのか。たまに弟の相槌が雑になる。まぁ、人のことは言えないが。本を読んでる時とかも……、本!そう言えば客室に雑誌が置かれていた気がする。

 

「最初に行った部屋で遊ぶのもいいよね!僕コレで遊びたい!」

 

そう言って見せるのはヒソカの手より少し大きい小箱だった。

 

「……ああ。」

 

素晴らしいシンクロ率。まっ、行くのは気になっている操縦室の後だがな。

操縦室まで、寄り道をしながら船内を回ると一時間は過ぎていた。それから、客室に戻りスプリングの弾みを点検してから雑誌をラックから選ぶ。芸能雑誌なんかもあるが、俺が手に取るのは一択。

少年ジャ〇プ。……ホントこの世界にあって良かった。

 

本を読み始めたオタクは反応が鈍いことを、齢7歳で知っているヒソカは、雑誌を開いてからのジールに話しかけることはなく1人遊びを始めた。

 

小箱を開封し、中身を確認すると小さい手でありながら器用にカードをきる。そう、ヒソカが持っていたのはトランプだった。

飛行船の客室に置かれていたトランプに興味を持ってから、ずっと肌身離さず身につけている。ここでは組手も出来ないし、つみきなどの玩具も無いためその代わりらしかった。

 

そうしてジールが教えた1人遊びをするために、カードの枚数を段階的に増やしながら伏せて並べる。

それを1枚ずつ捲り、もくもくと手順を進めていく姿は特段つまらなさそうではないが、楽しんでいる風でも無い。運良く最後までゲームが進みやり終えると、また並べ直して作業をする。

 

また、巻頭から読み進めて受賞作品なども軽く目を通し終わったジールはヒソカの様子を見て苦笑していた。

 

半分目が死んでいながらも、トランプを捲る手は止めない。遊びたい、と際限なく我儘をいっていた頃からすれば、随分我慢強くなったものだ。

 

大半の理由としては、我慢をすれば良いことがあるよと言わんばかりに、ジールが我慢しているヒソカを見たあとに飴をあげてきたからなのだが。

まあ、お兄ちゃんフィルターにかかれば、遊びたいのを我慢して1人遊びをしているヒソカはどうしても健気に見えてしまうので仕方ない。

 

そうして今回もヒソカを遊びに誘いにいく。

スタイリッシュなお兄ちゃんが最終目標であるジールは、兄貴風を積極的に吹かせていく所存であった。

 

「……何かするか。」

 

ゲームの終わりを見極めて投げられた言葉に、ヒソカは喜んで顔を上げた。

 

「する!ババ抜きしよう!」

 

 (2人で!?いや、構わないけどね。)

 

山札として置かれていたトランプから1組のエースとジョーカーを抜いた。ジョーカーの絵柄は、このパーティーに合わせて作られたのか、ツバメが二股の帽子をかぶり翼の先にステッキを持ったものだった。

 

 (玩具制作もやっているのだろうか、手広いな。)

 

3枚を簡単に混ぜて、ヒソカに2枚引かせる。

たまたま揃ってエースのカードだったため、またジールの方へカードを返した。

 

「これも、一勝に入れていい?」

 

「ああ。」

 

運も実力のうちだからな。と言いながら、ヒソカに再度カードを引かせる。

 

今回はしっかり別れたようで、ヒソカがカードを返す事はなかった。左右のトランプを指さしながら弟の顔を確認するジールだが、どちらを指してもニコニコしていて、ある意味ポーカーフェイスになっているヒソカを相手に表情から探るのは辞めたようだった。

 

それからは、適当に引いて勝ったり負けたりを繰り返す。

 

(ひー君が、トランプを持ったら語尾にマークが着くとかいう不思議体質じゃなくて良かった…。冷静に考えたら違うだろうけど、初めにトランプを見つけたときは思わずひー君の方を見てしまったからな。)

 

客室に入ってテーブルの上にドリンクと一緒に置かれたトランプを見た時、ジールは一瞬でヒソカの方に振り向いた。

当然なぜ振り向かれたのかも知らないヒソカは、兄のその行動に首を傾げつつ、トランプの入った小箱に興味をもったのだ。

 

 

手番が変わりヒソカが引くターンになる。無表情なジールからでも、感情を読み取れるヒソカであったが流石に関係ないことを考えられていると、カードを引く参考にはならない。案外いい勝負となっている。

 

 (いや、でもトランプのカードを持っているかで語尾が変わったらそれはそれで面白いかもしれない。)

 

今度試してみようかなどと好奇心をくすぐられるジールであった。

 

 

 

 

 

そして、2人がババ抜きにもそろそろ飽きてきた頃。

 

 

僅かに空気が張りつめ…ーーードンッッ!!!

 

トランプを小箱に仕舞いながら、この後の事を話し合っていた2人の耳に爆音が響いた。

 

それと同時に部屋全体が揺れるような大きな振動を体で感じたジールは目を見開きながらも部屋のドアーを開けた。

 

(……っぶねぇ、何だ今の。とりあえずドアーの歪みで閉じ込められてはないか。)

 

「ねぇ、にいさん…。」

 

「あぁ。戻るぞ。」

 

大きな衝撃の後、グラグラと揺れる飛行船を不安に思いジールに声を掛けたヒソカの手をとり、ジールはパーティーのメイン会場へ走り出した。

ひとまず、両親と合流し何が起こったのかを確認しなければなるまい。

 

廊下を走る途中で、何度か小さい揺れを感じながらも来た道を全力疾走する。

 

(事故か?……こんなことになるなら一緒に行動しておけば良かった。)

 

花瓶や壁にかけられた絵画が床に落ちている。それらには見向きもせずに、客室が並ぶスペースを抜けメインとなる広い廊下へ出ようと角を曲がった。

 

 

その時、目に映った光景にジールは思わず足を止めた。急に止まった兄に反応したものの回避が出来ず、鼻をぶつけたヒソカはジト目でジールを見上げた。

が、その直後視界に入った会場にその目は丸くなる。

 

大きな扉を開き、豪華絢爛といった内装を見せるパーティー会場は、今や赤い熱に包まれていた。

天井に吊るされていたシャンデリアは地に落ち、周りの熱を反射してギラギラと光ってる。

見ている端からテーブルが崩れる。それを飲み込みまた一段と広がった赤は、風に煽られ崩壊した出入口から出ていった。

その熱が頬を撫でた時、ジールは我に返った。

 

「……父さん、母さん。」

 

飛行船が大きく揺れた時、他の飛行船と衝突したのかと考えた。墜落するような事故だった場合、両親と一緒にいた方がいいだろうと思い会場まで戻って来たのだ。

しかし、この会場の様を見れば分かる。最初の衝撃は、内部での爆発が原因だと。

 

内側から吹き飛ばされたように、扉や壁が瓦礫となって廊下に転がっていた。未だ、会場との距離は開いているため瓦礫を乗り越えながら近づく事になるだろう。

 

「ひー君はここで待っていろ。」

 

危ない所には連れて行けないと、手を離し待機を伝えた。

 

「にいさんは、どうするの?」

 

「……俺は、中の様子を見に行く。」

 

「火も大きいし、近づいたら怪我をするよ。それでも行くの?」

 

「あぁ、今ならまだ助けられる。」

 

瓦礫の少ない後方へヒソカを連れていく。

 

 (まだ、爆発からそう時間は経っていない。会場全体に火は回りきっていないだろう。

しかし怪我をして逃げられない状態になっていたのなら、このままではまずい。せめて中の状況が分かれば…これじゃあ判断のしようも無いぞ。)

 

このような大きい爆発があったのに、見回りをしていた黒服とまだ1度も出会ってないこともジールの不安を煽っていた。

 

「…俺に出来ることは限られている。様子を見るだけだ。……直ぐに戻る。」

 

そう言ってヒソカの頭に手を置き、離れようとした時。会場の出入口付近から、大きな音と共に爆風が迫ってきた。

 

 (ーーー近い!ひー君!!)

 

 

咄嗟に振り返りヒソカの頭を抱える。そのまま風圧に押され倒れ込むと、床と自身の間に守るようにヒソカを隠した。

何かが背中や肩に当たった衝撃がくる。

何が起きたのか顔を上げ確認しようとすると、頭上から固いものが割れる音がした。その直後、バラバラと細かい破片が降り注いでくる。

 

 (まずい。今の爆発で……)

 

脆くなった壁では天井を支えることは出来ない。固い板が不規則に砕けジール達のいる廊下へ降り注ぐ。

壁にかけられていた電飾のコードも切れ、そのうちのひとつがジールの足の上に落ちてきた。

 

「……ッタィ。」

 

その熱さに思わず声が漏れるが、苦しむ暇もなく上から落ちてくる瓦礫が全身に当たり意識を飛ばしかける。

 

幸いしたのは、ここが飛行船で部屋を作る建材が多少軽く出来ていた事だろう。

 

衝撃にそなえ固く瞑った目を開けようとするが、頭から垂れてくる血がそれを阻む。ワックスでセットされていた髪も崩れ、全身がボロボロになっていた。

 

 (…体の周りが温かい?…いや、体は寒い。冷たい…。)

 

「…ひー、く。へいき、か?」

 

 

返って来ない返事に不安を覚え、腕の中にいるヒソカを確かめようと手を動かす。しかし、ほとんど力が入らない手では満足に触れない。

 

 

 (……さむい。寒い、熱が体から抜けていく。)

 

 

意識が朦朧としていく中で、なるべく熱が逃げないよう身体に力を込めるが微々たるものだった。

 

 

 

 

 

そして、ジールはそのまま意識を失った。

 

 




次回は、ジール君が目覚めるところからスタートです。


お気に入り、感想、評価等ありがとうございます。励みになります。


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コミュ障はよく一人反省会をします。【中】


前後編では収まりきりませんでした。すみません。

今回は、ジール君が色々考える回です。よろしくお願いします。


 

「……知らない天井だ。」

 

目が覚めると、視界に入ってきたのは見しらぬ白い天井だった。

ベッドに寝かされているようで、目だけで周りを見るとカーテンで囲まれているらしい。個性的な天蓋でなければ、ここは病院だろうか。

入院したことなんてないからわからんけど。

 

……頭が痛い。こう、休日に調子こいて夕方まで寝た時の痛さだ。つまり、寝すぎて頭痛がするやつだな。

とりあえず起き上がるか、と手を着き上体を支えると想像とは違ったものが目に入った。

 

なんと、俺の身体が膜のようなもので覆われているのだ。……まさか、オーラ?

 

イャー!ナンデ!?オーラナンデ!?!?

 

歪ながらも身体の回りにまとわりつくオーラを見た瞬間。眠る…いや、気絶する前の事を思い出した。

 

俺は、皆で飛行船のパーティーに参加し、そこで爆発に巻き込まれたのだ。

あれが事故なのか、意図的なものなのか気になるところはあるが、それよりもひー君と両親の安否が知りたい。

 

俺の腕は包帯でぐるぐる巻きにされているし、少し身動ぎした時に左脚がガッチリ固定されているのにも気づいた。まさに、ボロボロの身体といったところだ。

 

そうなると、ひー君を庇いきれたのか正直不安になってくる。

……なにより、会場に居たであろう両親が無事なのか、出来れば会って確かめたい。

 

そういえば、起きたらナースコールを押すんだったか、と枕元を探そうとした所で、引き戸が開けられる音がした。

 

数人の人の気配がこちらに近づいてきたかと思ったら、シャッと音を立てながらカーテンが開けられた。

 

そこに立っていたのは、おっさんといって差し支えない、黒髪に白髪混じりの男性とボディガードらしき男が2人。おっさんは、俺が起きていることに気づくと分かりやすく笑みを浮かべてきた。

 

「やあ、目が覚めたようだね。私は君の叔父にあたる、ジブット=ラケルススという。今回は運が無かったようだ。」

 

ベッド脇に立ったまま、ペラペラと喋りだした。

 

「君の乗っていた飛行船が緊急着陸をした後、この病院まで手配したのは私でね、いやぁ目覚めてくれて良かった。」

 

ハハハと、笑いながらあれこれ説明してくれる。

それにしても、寝起きの頭に響くのだもう少し静かに喋ってくれないだろうか。

 

「そうだ、何か気になることはあるかい?私が何でも答えてあげよう。」

 

目じりに皺を作りながらこちらを見てくる。

なんかこのおっさんと話しているとモヤモヤするのだが……。

それよりもだ、知りたいこと?勿論ひー君と両親の安否だ。怪我をしてないか、傷に痛がってないか是非とも教えて欲しい。

 

「……。」

 

「…喉を痛めたのかな?水でも持ってこさせようか。」

 

おっさんは、振り返りボディガードの一人に水差しを持ってくるように伝えている。その姿を見ながら、そういえば言葉を待ってくれる人は少ないんだったと、思い出した。

 

これは……、あれか、対社会人用の対応が必要なやつか。約10年ほどやってこなかったぞ、出来るかなぁ。いや、やるしかないんだけど。

 

「いえ、ありがとうございます。あの、両親と弟がどうなったのかご存知でしたら教えて頂きたいのですが…。」

 

ニッコリと効果音が付きそうな笑顔(たぶん出来てる)を披露しながら一定のテンポで話す。俺が会社の業務連絡を伝える時にやってた技()だ。

次、次なんて言おう。というか相手の返答次第だよな。そうなんですねとかでいいのか。えっ、変なこと言ってないよな?

 

 

 

俺が話し出すと、少し上機嫌になったおっさんが鷹揚に頷いていた。

 

 

「君の両親は、残念ながら死んでしまった。一番被害が大きいメイン会場にいたからね。仕方がないことだ。あぁ、赤髪の弟君は軽傷だよ。君が庇うようにーー…」

 

 

そうして伝えられた内容は俺の頭を鈍器で殴るようなものだった。

なんで、まさか、と思う中で笑顔のまま残念だと言ってきたおっさんにも不信感が募る。

 

 

 

 

「…そう、なんですか。すみません、少しひとりにして頂いてもよろしいですか?病み上がりで疲れてしまったようで。」

 

「そうなのかい?では今日は帰るとしよう。また明日来るよ。」

 

なんとか振り絞った声で、当たり障りない言葉を選ぶ。おっさんがボディガードを連れて退出するのを見送ってからベッドに倒れ込んだ。

 

 

 

 

ーーー信じられない。いや、信じたくない。

何かの手違いでした!とか、そういうのは無いだろうか。

 

ひとまず、ひー君が無事なのは良かった。最後気を失ったからどうなったのか不安だったのだ、傷も少なく済んだのなら、回復も早いだろう。

 

 

 

……父さんと母さんが死んだ。もう会えないということだ。一緒にお出かけしたくても出来ない。伝えたい事も伝わらない?あぁ、気持ちの整理がつかない。なんなら、未だに何かの間違いじゃないかと疑ってすらいる。

 

 

こういう時は、寝るに限る。

 

1度考えるのをやめて掛け布団を頭まで被った。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※

 

 

チュンチュンとベタな鳴き声に起こされる。

 

この世界にも雀がいるのかなんて考える余裕も出てきたらしい。

 

最初に目覚めてから1週間たった。身体に巻かれていた包帯の数も減って、順調に回復しているようだった。

 

あの胡散臭いおっさんは、宣言通り目覚めた次の日にまたやって来た。そこで言われた事が胡散臭すぎてこんな呼び方をしているのだが、その内容も後で整理し直そうか。

 

 

1週間。俺はほとんどボーッとしながら窓の外を見ていた。正に病人って感じだ。

 

そこで色々考えた。自分の不甲斐なさとか、もっと上手く動けたんじゃないかとか、船の点検くらいしっかりしろよとか、犯人がいるならタコ殴りにしてやるとか、自分の行動を振り返っては落ち込み、八つ当たりみたいなことも考えた。

 

実際、この飛行船の爆発は事故として広まっている。お金持ちがたくさん参加していたパーティーだったため、電報局の新聞にもデカデカと記事が載っていた。

 

世間では、飛行船の不備による不幸な事故。失われた命も多く、出来事を知っている人も多いだろう。

 

だが、会場に居た身としては納得出来ない。

エンジンルームとか操縦室など、機械がたくさんある場所なら爆発するものもあるだろう。

しかし、実際に爆発したのは広いホールと廊下だ、何をどうしたら爆発するのだ。何か仕掛けられていたとしか思えない。

それに、事件当時会場の関係者と出会わなかったのも気になる。普通、爆発なんて起きたら避難指示を出すためにも現場へ行くだろう。そもそも、メイン会場の警備員は何処に行ったんだ。あらかじめ逃げておいたんじゃないかと考えてしまう。

 

考えが悪い方へ傾いているのは分かっているが、これでも客観的なものだけだ。多分。

主観を入れるなら、この事故()を起こしてしまったツバメの会が非難されてないのも気に入らない。普通、開催側が不備を見落としやらかしたらバッシングのひとつやふたつあるものだろう。今回は死人も出ているのだ。

 

 

 

父さんと母さんのことも。まだ地に足が着かないような感覚もあるが、受け入れることは出来た。

 

昨日、教会の墓地に会いに行ったのだ。

5日目にナントカススのおっさんが葬式を開いたらしい。身内の集まりでひっそりと。

俺はその時知らされておらず、次の日に花だけ置きに行った。

 

2つ並んだ墓石には母さんと父さんの名前が彫られていて、そこで初めてもう会えない事を理解した。

 

それから帰ってきて今日。1度家に行って遺品の整理をするそうだ。といっても、ほとんど処分してしまうらしく、必要なものだけでも事前に取りに行きたいとおっさんに伝えて連れてって貰うことになった。

 

 

「やぁ、準備はできているかい?……大丈夫そうだね行こうか。」

 

「はい。」

 

ニッコリと笑いながら、ベッドから降りる。

気分は電話対応の人だ、おっさんの話に合わせて円滑な会話を心がける。……ま、会社で受話器を取ることなんてなかったけど。

 

 

「私も忙しくてね、外に一人立たせておくから私が戻るまでに…そうだね1時間程度で荷物はまとめておいてくれ。」

 

「はい。今日は僕の為にお時間頂きありがとうございます。」

 

なに猫被ってるんだって?しょうがねえじゃん。

俺、敬語ならまだ喋れるだよ。心の距離はどんどん開いていくがな!

 

「なに、構わないよ。新しい所へ行くのにそんなモノ要らないとは思うけどね。」

 

「……いえ。」

 

黒いリムジンみたいな車に乗り、大通りを通っていく。懐かしの我が家に着いたと思ったら、おっさんを載せたリムジンは直ぐに出発していった。

 

俺ともう1人、外に立ってる要員のお兄さんが取り残され、気まずくなった俺はそそくさと家の中へ入る。

 

1週間経った室内はうっすらと埃が積もっていて、誰もここに居ないことが分かってしまう。

 

俺は、とりあえず絵本や小説を大きめのカバンに詰め、今まで貰った誕生日プレゼントも集めて仕舞い込む。

 

淡々と作業をこなしていると、ふと両親の形見になりそうなものがないか、2人の部屋が気になった。

 

ちらりと横目で時計を見る。

まだ40分はある。時間が大丈夫なことを確認してから両親の部屋へ向かう、短い廊下をトボトボ歩いていくと扉の向こうに2人の気配を感じた。

 

ーーー!!

 

驚いて勢いよく扉を開けるが、そこに人影はなく閑散とした部屋が広がっていた。

少し悲しい気持ちが大きくなった。やっぱりもう会えないんだ。

 

ベッドは綺麗に整えられていて、クローゼットにドレッサー、母の机も変わらずそこにあった。

ベッドに近づくと思い出すのはひー君が産まれた時のことだ。弟に馴れない俺を、ゆっくり見守ってくれていた。

 

ずっと笑顔で俺のことを見守ってくれていたんだ。

 

ズビッと、鼻をすする。感傷に浸っているのか、この部屋が埃っぽいからなのか。

 

母の机の方に近づくと、隅に積まれた手紙が目に入る。……これは、ここ最近母へ送られてきていた怪しい手紙だ。

 

実はこの手紙、あの胡散臭いおっさんが送ってきていたものなのだ。なんで知ってるのかって?

2日目に俺の所へ来た時、例のごとくペラペラ喋ってきたんだが、その中に母へ手紙を送っていたことも含まれていた。時期的にもこのおっさんが送り主だろう。

 

勝手に読むのはしのびないが、おっさんが言っていた事が本当なのかも知りたい。

 

ごめん母さん、読むね。

幾つかある中から消印が古い封筒を取り、ガサゴソと数枚の手紙を取り出した。

 

最初の挨拶なんかは飛ばして大事そうな部分に目を通す。

 

 

『……元気にしているかね?お前が家を出てから10年以上は経っただろう。あの男と今でも一緒にいるようだな。

 まぁ、それはもういい。今回わざわざ手紙を書いたのは、お前の子供のことだ。

 我が家は今、後継者がいない。残念なことに私の妻が子宝に恵まれなくてな、長いこと待っていたが医師にも難しいと言われてしまった。全く贅沢をさせてやっているんだ、己の役目ぐらい果たして欲しいものだ。

 そこで、お前の子供を私の後継者として育ててやろうと思ってな。確か、黒髪の奴がいただろう。ラケルスス家の血を濃く継いでいるそうではないか、これならば体面も保てる。お前も生家に恩を返せる又とない機会だ、迎えをやってもいい。……』

 

そこで俺は1度紙面から顔を上げる。

なるほど、なるほど。

 

確かにおっさんの言っていたことは間違い無いようだ。

“君には、名門ラケルスス家の血が流れている。とても名誉なことだよ。君のお母さん、あれは私の姉でね。その子供である君を是非うちで引き取ろうと思っているんだ。”

 

めっちゃ胡散臭かった。おっさんの妄想じゃないかとも思ったが、母がいい所の出であるのは納得がいくことだ。

 

母の所作はいつも綺麗だった。それにい小さい頃習い事を沢山やってたの?ってくらいには色々な事ができた。

俺が道場に通うことになった時も、それっぽいこと言ってたし。パーティーの馴れた感じも……、あのおっさんは信用ならんが、母のことを考えれば頷けなくもない。

 

それにしても酷い手紙だ、書き方が下手なのもあるが何より内容が無理。なんだこの手紙、やっぱり燃やした方が良かったのでは?

こんなの届いたらそりゃ母も嫌な顔するわ。

 

残りもパラパラと読んでいく。

大まかな内容はどれも同じだ。

 

『……名誉なことだお前の子が後継者に選ばれたんだぞ。……何を渋っている、子が惜しいのか?もう1人いるだろう。……なぜ喜ばない?……分かった、子供の代わりに金をやろう、生活が苦しいなら言えばいい。……』

 

クソか?いや、口が悪くなってしまった。

おっさんの相手のことを考えないで押し付けてくるスタンスが凄いのだが、お前はガキ大将か?

 

そうして最後の封筒を開けて中身を見る。

だいたい同じ内容で来てたのでハイハイと流しながら読もうとして、俺は固まった。

 

『……わかった。お前は子を手離したくないようだ。私も悪人ではないさ、無理に寄越せとは言わない。今まで不快な思いをさせてしまったな。詫びにお前が好きそうな団体のパーティーチケットを入れておいた。家族皆で行くといい。』

 

うっっっわ。胡散臭い、ゲロ以下の匂いがプンプンするぜ。

 

母はこれを信じたのだろうか、それとも行かなきゃ行けない理由でもあったのだろうか。

母の好きそうな団体……ツバメの会のことか。確かに慈善団体だしその活動内容も好意的なものだ。

 

事故があった後だからこそ、俺はツバメの会も疑っているが、行く前なら何とも思わなかっただろう。

手紙の内容は胡散臭いが、パーティー自体は白そう。そんなところか。

 

 

とりあえず、気になることは確認し終えた。

この手紙を見る限り、この事故の黒幕があのおっさんでも全く驚かないが、証拠がある訳でもない。決めつけは良くないだろう。黒よりのグレーだ。

 

 

俺としてはこんな胸糞悪い手紙を持っていきたくないのだが、後々証拠になるかもしれないし、鞄の下の方に詰め込んでおいた。

 

 

 

 

そして、小さく深呼吸してから机の引き出しを開ける。ここからが本命だ。

何か、ペンダントとか持っていきやすそうな物をひとつ持っていきたい。あっ、写真はもう入れといたよ、持っていくに決まってるじゃないか。

 

それから、中にあった小箱をあける。するとその中には品のいい封筒が二通入っていた。

裏を見ると、それぞれ俺とひー君宛になっている。

 

……今日は、手紙をよく読む日だな。いや、あんなのと母からの手紙を同列にしたくないな。

 

わーい!今日初めて読む手紙だぁ!

 

 

心のなかでふざけているが、自分でも手が震えているのが分かる。何が書かれているんだろう……。

 

丁寧に蝋を剥がし、2つに折られた便箋を取り出した。

 

『ジールちゃんへ

 

 これを読んでいるということは、きっと私はあなたの隣には居ないのでしょう。寂しい思いをさせてごめんなさい。

 

 私は裕福な家の子供だったわ、けどあなたのお父さんに出会って、この人とずっと一緒に居たいと思ったから家出してきたの。

 それからは、二人で生きてきたのだけれど、ちょっと危ないこともあったわ。もし私がジールちゃんに会えなくなるような事があった時のために、伝えたいことをちゃんと言えるように手紙を書いたのよ。……』

 

 

ははっ、母は意外とおちゃめらしい。それは家出じゃなくて駆け落ちって言うんだぞ。

ちょっと危ない目は、絶対ちょっとじゃないだろう。身代金目当ての誘拐とかにも会ってそうだ。

 

……うん、母さんが居ないと寂しいよ。

 

 

『 私は、言葉を選ぶのが上手くないから彼と一緒に考えたの。しっかりあなたに伝わると嬉しいわ。

 

 ジールちゃん、あなたに会えて嬉しかったわ。いつもお利口さんでヒソカちゃんの面倒を見てくれてありがとう。

 お喋りは苦手なようだけど、そんな所も素敵よ。それに、待ってたらしっかり言葉をくれるでしょう?

 本を読むのが好きなジールちゃんは、これからも読み続けるのかしら?気をつけないとご飯を食べ忘れるときもあるんだから、程々にしなさい。

 将来の夢は、ずっと変わっていないわね。冒険する時は怪我に気をつけるのよ、応援してるわ。…』

 

ふふっ、長いなぁ。まだ便箋が4枚もあるぞ。

たくさん褒められて、感謝されて、大好きだって伝わってくるよ母さん、父さん。

じっくり、噛み締めるように文字をなぞる。

 

『 …あなたの人生が素晴らしいものでありますように。

 後悔しないように生きなさい。愛しているわ。』

 

最後には、両親の名前と日付けが書かれている。

それは、今年の俺の誕生日で……。もしかして、毎年書いてくれてたんだろうか。

 

 

涙は出なかった。

悲しい気持ちよりも、嬉しさの方が大きい。

 

いつかは来る別れだった。ただ、思っていたより随分早いものになった。

 

しかし、最後に母さん達と話せた気がした。たくさん言葉を貰えたから。

 

悔やむべきは、この手紙の返事が出来ない事だろう。

 

ーーありがとう。手紙とっても嬉しかったよ。

 

母さんと父さんは、天国で幸せに暮らしているだろうか。それとも、俺みたいに転生してるのだろうか。

どちらでも、二人が幸せならそれでいい。

 

 

ここ数日、地に足が着かないような感覚だった。

それが、手紙を読んで最後に両親に会えたと思ったからか、しっかり立って前を見れるようになった。

 

 

心機一転、手紙を小箱に仕舞い直していると、家の前に黒い車が止まった。どうやらお迎えが来たようだ。

 

それなりの大荷物になった鞄を背負い込んで玄関まで行くと、立っていたお兄さんが鞄を持ち上げてくれた。見上げると無表情にそのままトランクに積み始める。

 

「あっ、ありがとうございます。」

 

お礼を言うと、手を止めこちらに一礼しまたトランクをゴソゴソしている。

やべっ、手止めさせてしまった。もう少しお礼を言うタイミングを考えればよかった。

 

ウィーンと、助手席の窓が開いたかと思ったらおっさんが中からこちらを見ていた。

 

「やあ、荷物はまとめ終わったかい?そしたら、車に乗り込りこんでしまいなさい。」

 

言い終わって顔を引っ込めたかと思ったら、トランクに積み終わったお兄さんがドアーを開けてくれた。

 

「ありがとうございます。」

 

乗り込む時に、お礼を言う。

今回!今回はタイミングもバッチリでしょ!

お兄さんは一礼して反対の扉へ回っていった。よしよし。

 

偶におっさんが話しかけてくるのに相槌を打ちながら、病院へ戻る。

話の内容?返事をどうするか考えるのに忙しくて最初の方なんか全然覚えてないや。

 

あと2日入院することになっているので、大人しくベッドに潜り込む。おっさんとは病院に着いた時に別れた。

明日は来るらしいが、出来れば会いたくない。でも、野放しにして動向が分からなくなるのも嫌なので、わがままも言ってられないな。

 

どうやら明日は、俺をナントカススの家に迎えるための書類を持ってくるらしい。いや、行くって言ってないんだが……。

 

おっさんの中では決定事項なの?そうなの?

 

 

 

 

それにしても、ひー君に会ってない。

もう1週間だぞ!?ひー君欠乏症で死んでしまいそうだ!……嘘です。そこまででは無い。

 

けど、全然会えてないので怪我の具合とか気になるよ。

 

ひー君、お兄ちゃんに会えなくて泣いてたりして!なんちゃって!

……それは無いか。

 

うっ、自分で言っててダメージ受けた。

 

 

 

 

 

あーぁ、ひー君に会いたいでござる。




次回で、今度こそ幼少期編が終わります。

事故の答えは長編の終盤までしばらく出ませんが、次回はジールなりの事故の答えと、子供二人の今後についてのお話です。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


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コミュ障はよく一人反省会をします。【下】


今回で幼少期編はラストです。

よろしくお願いします。


いっけなーい遅刻遅刻☆!

 

……やめよう。野郎に星マークはキツいと言ったはずだ。

まぁ、このプリティフェイスならワンチャン行けそうだがな。

 

 

ということで、最近学校にも行けてない俺、ジールが病室からお送り致します。

 

昨日、心の整理を終えて後、時間が解決してくれるだろうと思えるくらいには回復してきました。

 

そんな俺が、おっさんが来るのを待ってる間何をしてるのか。

唯ゴロゴロしてる訳では無い。本があって、布団の上という素晴らしい組み合わせだったとしてもだ。

怠けてないからな!しっかり色々考えていた。

 

 

実は、ツバメの会について思いついたことがある。

 

ツバメのモチーフと、慈善活動。この2つを聞いてデジャブを覚えたのだが、さっきその正体に気づいたのだ。

 

『幸福の王子』って知ってる?俺は知ってる。

 

簡単に言えば、ある国では幼い頃に亡くなった王子を偲び豪華な王子の像が街中に作られた。

実はその像の中には王子の魂が入ってたんだ。街の人が貧しい生活をしているのを見て心を痛めた王子は、ツバメに王子の像を飾っている宝石や金属を運ぶようにお願いする。

そうしてだんだんみすぼらしくなっていった王子の像を見た人々は、その像を燃やして撤去してしまう。冬になって力尽きたツバメと王子の魂は天国で幸せに暮らしましたとさ。

って感じのお話だ。持ってきた絵本の中にあった。

 

これを思い出してからは、あの人達が自分達をそのツバメと称して活動している様にしか思えなかった。

 

そして、俺としては団体全部か、一部の人かは置いておいてもツバメの会の中に、お金持ちは施しをして死すべしって思想の人が居そうだなと。

 

いや、違ってたらほんとごめんだけど、そうとしか思えないのよ。

ちょっと前に新聞で見たお金持ちを狙った事件で、その写真のひとつにツバメのバッチが写っていた。壊れた自動車と飛び出した荷物の近くに転がっていたものだ。

 

もちろん偶然なのかもしれない。他の同類の事件にはツバメをモチーフにしたものは写ってなかったしな。

 

今のままでは十分に動けないし、情報も集められない。とりあえずツバメの会が怪しくて、あのおっさんが黒幕っぽいところまでしか分からない。

両親の仇という考え方もあるけど、純粋に犯人が気になる。あとタコ殴りにしたい。

 

 

というか、会ってからずっとあのおっさんの事、おっさんおっさん言ってるけど、中身を考えると俺も充分おっさんなんだよな…これ以上は辞めておこうか。

 

ほら、話を変えようではないか。ピチピチなひー君とかどうだい?若くて可愛いぞ。

まぁ、今は何処にいるかも教えて貰えてないので会いに行くことも出来ない状態なんだけどね。

 

とりあえず、ナントカススのおっさん……ラなんとかススって名前だったはず。ごめんって、人の名前覚えるの苦手なんだよ。

そのおっさんが来た時にひー君に会わせて貰えないか聞こう。最悪病室だけ聞いて会いに行こう。

 

 

噂をすればなんとやら、お昼近くになって病室の扉が開けられた。入ってきたのは予想通りナントカススのおっさんだ。

 

あぁ、胡散臭いおっさんよりひー君とお話したい。

 

革靴を鳴らしながらベッドの近くまでやってくると、黒服の人に目配せをして、テーブルの上に書類を出してきた。茶封筒から出されたのは二枚の洋紙。行動がお早い。

それを目で追ってから、おっさんの方を向く。

 

「こんにちは、今日はこちらの書類のことでしょうか?」

 

あっ、ひー君の事どのタイミングで聞こう。

この話の後かな、でも早めに聞きたいんだが。

 

「あぁ、君を我が家に迎え入れるための書類でね。サインをして欲しいんだ。」

 

「そうなんですね。わざわざありがとうございます。」

 

流石に今じゃないよな。サインしてる時に話すか?

 

……まてまて、俺ナントカススの家に行くなんて言ってないぞ。

待って?ひー君の話のタイミングを考えてたらサインする事になっていたんだが?

 

とりあえず、書類を手に取って内容を読む。

まぁ、簡単に言うと養子縁組の書類だな。書類の隅にどこかの役所の名前も書かれてるし正式なものなんだろう。

 

おっさん、ブジット=ラケルススって名前なんだ。確かにそんな名前だった気がする。へぇー。

 

それで、ラケルススのおっさんが俺の保護者になりますよってことか。もう1枚の方も手に取りひー君用だろうかと内容を確認すると、全く別の書類だった。

 

あれ?ひー君の分は?俺のと一緒に書かれているのかと見直したが、やはりひー君の名前は無い。

 

「すみません、ヒソカの分はどこにあるんでしょうか?」

 

「あー、あの子ね。我が家に迎えるのは君だけだからね、あれには施設に行ってもらったよ。…確か3日前だったかな?」

 

だから、書類は君の分だけで良いんだよ。と表情ひとつ変えずに言われた言葉に、俺は書類を破ってやろうかと思った。

 

まだ聞きたいことがあるからやらないが。

 

「ひー…ヒソカは、ラケルスス家に引き取られないということですか?」

 

「そう言っているだろう?わざわざ家を出た者の子を後継者に選んでやるのだ、せめて黒髪でいてくれなくてはな。」

 

「……そうなんですね。ヒソカには何と?」

 

あぁ、書類にシワができてしまった。

 

「別に何も言わなかったが?新しく過ごす場所を紹介してやったんだ十分だろう。」

 

 

このおっさん嫌いになりそう。というか、嫌いなんだが。なんでこんな言い方するんだ。こんな真面目な話をしてなきゃエンガチョって叫んでた。

 

何故に引き取らない?面倒見れないとか、お金が無いとかなら仕方ないだろう。

どんなに胡散臭くてもこっちは世話になる側だからな、二人は面倒見れないと言われたらひー君だけでも育てて下さいと頭を下げて頼み込むなりしたさ。

無理なら、潔く諦めよう。

 

だが、要らないから送っただと?

はぁーーー?馬鹿にするんじゃないわよ。ひー君は優秀なんだからね!

 

それに、俺の大切な弟なんですけど。

 

 

 

 

 

 

昨日のこと教えてやろうか。

 

 

月がいい感じに窓から覗き込んできた夜。俺は寝付けなかったからその月をじっと見ながら考えたんだ。

 

両親は既に居ない。なら、その分俺がひー君を愛していこうと。

かっこいいお兄ちゃんとして、困っている時は助けてやりたいと。

ハイハイを頑張っていたひー君や、笑顔でつみき遊びをするひー君を思い出してこれからの決意を固めたのだ。健やかに育てるよう守っていこうって。

決心したんだ。

 

まあ、それをおっさんに伝える話術は持ち合わせて無いので言えないが。

俺の心の中では全力で叫んでおいた。

 

「……ヒソカの行った施設を教えて頂けませんか?」

 

「なに、気になるのか?…確かミンポの方だったかな、聞いたとして君はどうするんだい?」

 

「会いに行くんです。」

 

あっ、握ってた書類の端が切れた。…少しだしバレないだろう。テーブルの上に返しておくか。

 

「なにを言っているんだ、大切な後継者をどんな輩がいるか分からない場所に行かせるわけがないだろう。ほら、早く書類にサインをしてくれたまえ。」

 

そう言って万年筆を渡してきたが、そんなことを言われて書くとでも思っているのか。

 

「……いやです。僕はヒソカと居たいんです。有難いお話でしたが断らせて下さい。」

 

差し出された万年筆を受け取ろうとせずに、膝の上で拳を固く握る。身長差で睨みあげるようになってしまったが、相手は整えた髭を撫で、僅かに眉を上げるだけだった。

 

「…そうだな、君とあれを会わせてやりたい気持ちはもちろんあるんだが、何分上手くはいかなくてね。もし、君がこの書類にサインをしないのなら、ヒソカ君だっけ?彼のいる施設へお金を送るのは辞めなければいけないなぁ。子供二人で生きていけると思っているのかい?」

 

今までと変わらない雰囲気で話してはいるが、機嫌はあまり良くないようだ。

 

「別に脅しているわけではないよ。ただ、君は彼のことを大切に思っているんだろう?なら、彼が安心して生活出来るように考えたらどうだい?」

 

 

実際、このおっさんが俺を引き取ろうとするのは単に子供がいないからだろう。それも黒髪の。

だからこうして、事故の後わざわざ俺に会いに来たし、説得というか脅迫をしてくるんだと思う。

 

そして、俺が今一番優先したいのはひー君が元気に育つ事だ。ここで、サインを断りひー君に会いに行ったとしてその後生きていけるか。正直いってわからない。連れ出して、危険なこの世界で生き残れる保証は無いのだ。

なら、安全な施設にいた方がいいだろう。

取引材料にしてくるくらいだ、それなりの場所に送られたことを祈ろう。

 

「わかりました。ヒソカはちゃんとした施設で暮らせるんですよね。」

 

「もちろん。わかってくれて嬉しいよ。」

 

手間取らせやがってとか思われているんだろうか。

押し付けられるように渡された書類にそれぞれサインする。

万年筆なんて使ったことがなかったため、インク溜りが出来て滲んでしまったところはあるが、まあまあ上手くかけたと思う。

 

書き終わると直ぐに黒服の人が奪っていってしまった。

別にそんなにしなくても、もう破いたりしないさ。

黒服さんは、サインの部分を数箇所見たあとおっさんの方に頷き、茶封筒に丁寧にしまった。

 

どうやら、ビリッとしたところはバレなかったようだ。セーフ。

 

「退院は明日だったね。また迎えに来てあげよう。」

 

「……ありがとうございます。」

 

それじゃあと、言い残しておっさんwith黒服は去っていった。

俺もベッドに入って布団を被る。毎日嗅いでいる病院の匂いにもそろそろ慣れてきた。

大きく吸い込むように深呼吸をしてから目を開ける。目に入るのは最初に見たのと同じ天井。

 

……病院の天井嫌いになりそう。

 

 

昨日の俺の決心は何処にいったのか。

でも、あれ以外に方法が分からなかったのだ。

それに、諦めたわけではない。サインはしたが隙を見て逃げ出してやる。なんなら金目の物を引っ掴んで出ていってやる。

あのおっさんは胡散臭すぎるし、なにより人を見下した感じが嫌いなのだ。

 

それまでは、ひー君が施設で元気に過ごしてくれる事を願うしかないな。弟頼りとは情けない兄だ。

 

それにしても、ひー君の方が軽傷なんだから早めに動けるようになることは予想出来ただろうに、ホント情けない兄だな。

 

 

 

暫くは、ひー君と過ごせないことが決定したからか、これから育っていくひー君の姿が見れないのを残念に思う。

思春期には少し早いか…、しかしグズグズしてたら直ぐだろう。

大きくなって、出来ることも増えて、きっと戦うのも上手くなって…………?

 

 

多感なお年頃に、ひとり戦闘力をつけるヒソカ?

 

 

なんか字面がヤバい。ゾワゾワっとした。

 

これはあれではないか、このままひー君をひとりにしたら、可愛い弟が、変態な弟になってしまう可能性が出てくる。

それはちょっと、いやかなり遠慮したい。

 

身内が、人前で股間を滾らせるのは普通に嫌だ。

強い人と戦ってテンション上がるのも、将来有望な子を気に入るのも構わない。それはひー君の個性になるかもしれないからな頑張って受け入れよう。しかし、出来れば言動だけは慎みを持って頂きたい。

 

他人だったらそりゃ気にしないで放置してたかもしれない。いや、ちょっと距離は置いて放置するかもしれない。

 

だが、『お宅の弟さん。ちょっと子供の教育的に良くないんですけど…』なんて言われたくない。

 

 

これはいち早く、ラなんとかススの家をでてひー君に会わなければ。のびのび育つのにも限度がある。

 

 

そのためにも、力をつけようと固く誓った俺はあることを思い出す。

 

 

 

 

ーーーそういえば、俺念能力に目覚めたんだった。

 




次回から、少年期編です。
お気に入り、感想、評価等ありがとうございます。

《人物紹介》
ジール
本作主人公。好きな物は、肉と本。
手先が器用な男の子。
この度、念能力に目覚めたが喜ぶ暇もなく怪しいお家へドナドナされた。

将来の夢は冒険という名の聖地巡礼をすることと、頼れる兄になること。



ヒソカ
好きな物は、組手と兄の作品。
まだ変態じゃない男の子。
この度、兄と別れて孤児施設へドナドナされた。多分、早々に抜け出す。

将来の夢は、????。


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第二章 少年期
肉はおやつに入りますか?


今回から、少年期編スタートです。

途中、ジールが長々と喋るシーンがありますが、読まなくても支障はありません。
よろしくお願いします。


朝の光が降り注ぐ窓際、テーブルにセットされた紅茶からは仄かにローズの香りが漂ってくる。

光の粒が溶けるように美しく揺れるそれをひと口含み、音もたてずにソーサーへ戻した。

 

少年は、綺麗に整えられた黒髪に天使の輪を浮かべ、気だるげに落とした視線を手元の新聞へ向けている。

 

アンティーク調の家具にも劣らないその雰囲気には、著名な画家のお気に入りとなるであろう魅力があった。

名家の子息として完璧である少年を見た者は、惹き込まれるように見惚れ、我に返っては足早に去っていく。

まるでーーー、

 

 

 

 

 

 

「……あ”ぁ。…ねっむい。」

 

ーーまるで、幻想のような情景だ。

 

少年は、広々としたベッドの上で欠伸をしながら起床した。

 

「……新聞。」

 

険しく顰められた目は、未だ半分も開いていない。

サイドテーブルの上を叩くように移動する右手は、目的のものを見つけると乱雑に掴み、少年の方へと引き寄せる。

 

少年は何度か大きく瞬きをしながら、畳まれた紙束を開く。

足で蹴りあげるように退けられた毛布は、シワを作り隅に寄せられた。

 

少年が新聞と呼んでいる紙束の表紙を読みながら、慣れたようにスリッパを履き、まだ薄暗い室内を移動する。

明るい窓際に吸い寄せられるように近づき、そのまま大振りな動きで腰かけるとテーブルに肘を着きながら2ページ目を読み始めた。

 

少年の黒髪に艶はあれど、寝癖で四方に跳ねたくせっ毛に天使の輪は出来ない。

確かに目元はアンニュイな雰囲気が無いとは言えないが、それは唯々眠いからであろう。

 

行儀悪く組まれた足は、つま先を揺らしながらスリッパをパタパタとさせ落ち着きが感じられない。

 

 

絵に描いたようなモーニングタイムは、まさに絵に描かれただけだった。

 

 

少年は、ここ半年でかなり擦れていた。

前に住んでいた家では見られない、態度の悪さである。

まあ、精々人が見ていない時だけの小心な態度ではあったが。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

はぁい。グッモーニン。

 

ただいま、スクラップにする良さげな記事を探しているジールです。

この後、配達時間が少し遅めの二社分も届くので今のうちに読みきってしまいたいのだ。

 

この家に来てそれなりの時間が過ぎたが、欲しいものが何でも貰える環境にだけは感謝している。

新聞も数カ所の会社と契約しているし、本もたくさん手に入れた。もちろん代金はおっさん持ちだ。

せいぜいそのポケットマネーを搾り取ってやるぜ。

 

 

……まぁ、ひー君との暮らしだけは許可が出なかったがな。

 

いいもん、ぼくこのお家から出てってひー君に会いに行くし。

出ていく時に火でも付けてってやるよ。

 

 

 

日々、ひー君に会えないストレスを愚痴と散財(他人の財布)で発散している、そろそろ禿げてしまいそうだ。俺のプリティーフェ(コンコンッ

 

 

「坊っちゃま、電報局と、ガーランド街役場、ハンター協会の広報誌が届きました。」

 

 

ノックとともにかけられた声が、俺のぶりっ子をキャンセルしてきた。

ふと時計を見ると、いつもと同じ時間を指している。入室を許可する返事をすると、一礼して女中さんが入ってきた。

 

どうもいつもありがとうございます。

 

「こちらになります。……本日の朝食はどちらでお食べになりますか。」

 

「そうですね…部屋で食べるので、持ってきて下さい。」

 

「かしこまりました。それでは失礼します。」

 

リアルメイドさんは、出入口の部分でもう一度礼をし、静かに扉を閉めた。

 

ーーーーー行った?

 

ハアッと、まあまあ大きいため息を吐き、息を整える。最近、俺(社会人の姿)をやりすぎて息が詰まってしまう。

前世では、家に帰れば解放されていたのにここではそれが無い。これが息が詰まるというやつか…と、1ヶ月目には悟りの境地にいた。

 

 

 

持ってきて貰った新聞に目を通して、また記事探しをしようか。買っている新聞は、世界各地の事が書いてあるものと俺が今住んでいるガーランドの役場のもの、それと前まで住んでいた街のものだ。

 

今日は、珍しくハンター協会のものもある。これは不定期なので、新しく出たら購入するようにお願いしておいたのだ。

 

ウキウキとハンター協会のものから読み始める。

前回は、ハンター試験の合格者発表があったのでそれ中心のものだったが、今回は何が書かれているのか。

 

 

ぶっちゃけ軟禁状態といっても過言ではない俺にとって、この新聞達だけが外を知れる情報源なので前よりものめり込んでいる自覚はある。

 

 

ーーーふむ、今回は星付きハンターの発表と、目星しい活動成績を残したハンターの紹介な。

 

おっ!顔写真あるじゃん。良いねぇ、これはスクラップ決定だな。

 

ほうほうシングルが2人、プラントハンターと……幻獣ハンター!!うんうん、ベタながらにオタク心がくすぐられるやつだ。

 

『83年2月〇日。固有種の花を保護し、その伝来と進化の過程を発表したフレン氏は、その根が特定の薬の効果を…』

 

やばい楽しい。何時間でも見てられる。

今日は家庭教師の先生が来ないし、ワンチャン日暮れまで読めちゃうぞ。

…まぁ、やりたいことがあるのでそんなことはしないが。

 

とりあえず丁寧に仕舞って、他の新聞も開く。

このまま読めるところまで読んでしまおう。

 

 

 

 

 

8時になり、メイドさんが朝食を持ってきてくれたので、自室にあるダイニング擬きでぼっち飯を食す。

 

 

坊っちゃんがぼっち飯…………おもんな。

 

 

やめよう、ダジャレにもならないような寒いギャグを言うでない。

 

味は最高に美味しいはずなんだが、いかんせん食べるのが楽しくない。最早工場の流れ作業のように口にものを運んでいくだけだ。

 

出されたものは残さず食べきり、食器のひとつは置いておいて、ワゴンに残りの食器類を乗せ廊下まで押していく。

 

綺麗に磨かれた銀食器などを見るとこの家が冗談ではなくお金持ちなのが分かるが、金持ちの家の子になった嬉しさは微塵も湧いてこない。

 

あーあ、前世では宝くじ当てたいとか言って、大金欲しがってたはずなのに。

やはり、可愛い弟とロマンの前には勝てないか。

 

本当は、食べ終わったらメイドさんを呼んで片付けをしてもらった方がいいのだ(ご本人に私どもの仕事ですって言われた)が、あまり部屋に入ってきて欲しくないので廊下まで持って行ってしまう悪い子です。

最近は諦めたのか、何も言われなくなった。

 

 

 

 

さて、これでお昼までは誰も入ってこないだろう。

あのおっさんは、俺が後継者役を最低限こなしていれば無関心なので関わってはこない。

さっき言ったように今日はお勉強の時間が無いので万が一にも様子を見に来るといったことも無いのだ。

 

 

つまり、俺は自由の身(一時的)となったのさ!

 

 

はてさて、1人になってやることは、ずばり念の修行だ。

 

纏は事故にあった後から出来ていた。

といっても、なんとか体の周りに留まっているだけでオーラの流れは雑なものだった。

 

自称手先が器用な男である俺は、オーラの流れがガタガタなのに耐えられない。ダサい布を体の周りに

巻き付けている気分だ。ファッションセンス大丈夫ですか?って聞きたくなる。

 

ということで、オーラを淀みなく流せるように細部まで意識しながら纏をする訓練をした。

今では、ほぼ無意識で出来るようになり、日常生活中もダサい布では無くなった。イメージ的にはモノトーンで無難にまとめたファッションくらいだ。

 

そして、それと同時に始めたのは練の修行だ。

早くひー君と会うために、一刻も早く力をつけたかった俺はがむしゃらに修行を積んでいた。

 

才能はあるようで、毎日全力で練をして気絶するように眠るという生活を繰り返していれば、段々とオーラ量が増えていくのがわかった。

 

 

しかし、急いては事を仕損じるっていう諺があるように、周りも見ずに突っ走っても躓くだけだ。

案の定、俺はコケた。

 

 

『君は賢いと思っていましたがそうでは無いようですね。最近は家庭教師から逃げて勉強をしていないとか、私は後継者になる君のことを応援しているんですよ。もし君がその役目を放棄するなら、私はショックで施設にお金を送ることを忘れてしまいそうです。』

 

ラケルススの家に来て1ヶ月経った頃に、おっさんに呼び出されて言われた言葉だ。

あの時は、とにかく迎えに行ける力が欲しくて修行しかしていなかった。誰か来た時は邪魔されないように屋敷中を絶で逃げ回っていたのだ。

 

それを知ったおっさんに釘を刺された。

ひー君が大切だと知られている以上、それを盾にされることも考えつかなかった当時は、本当に切羽詰まっていたんだろうと思う。

 

それに、念の修行も行き詰まっていたのだ、練のオーラ量を増やしていくと、そのうちまともなコントロールが出来なくなった。オーラにムラが出るし、その分余分なオーラを消費して疲れるのが早くなっていった。

 

今なら、精神が乱れた状態でまともに念能力が使えるわけがないと分かる。気持ちが大きな影響を与える念能力は、焦っていた俺が習得出来るほどぬるいものでは無い。

 

 

おっさんには、これからしっかり後継者の教育を受けることを伝え、ひー君への支援を止めないようにお願いした。

タイムアタックのような雑な脱走計画では、ひー君と出会う前にひー君が施設から追い出されてしまう可能性が高い。

心を入れ替えて、大人しくしつつ隙を見て脱走する計画に変更した。おっさんから追い出してくれるようなことがあれば万々歳だ。

 

 

心に余裕が出来た…というよりは一旦焦るのをやめてから、オーラをしっかりコントロール出来るようになった。

それからは、ひー君が何かに巻き込まれていないか新聞で情報収集しつつ修行に勤しんでいる。

 

施設の場所は未だに分からないので、子供の巻き込まれ事故なんかがないかを探しているが、個人的には赤髪の少年が殺人事件の犯人とかいう記事が書かれて無いことを祈ってる。

 

まぁ、ヒソカならバレずに殺れちゃいそうな気もするが。

 

 

 

朝食の片付けを終えた俺は、部屋の中央でオーラを練る。

堅をしながら考え事をしても、オーラが乱れなくなった今日この頃。最近は最大火力で堅をすると窓ガラスを割りかねないので、それなりの量を長時間保つ訓練をしている。

 

きっかり3時間、堅をしても倒れなくなったな。

 

出すオーラの量を少しづつ絞っていき、纏の大きさに留める。

 

 

 

 

 

……さて、そろそろいいだろう。

ふふふふっ。ハンター世界にやって来た人が楽しみにしていることランキング(総投票者数:1人)

 

第3位にランクインしているあれをする時が来た。

 

 

 

そう!水見式!!!!

 

今日の朝食についてきたグラスと、窓際に飾られている花から頂戴した葉っぱをセットする。

場所は、何かあってもいいように窓際のテーブルにしようか。

 

ドキドキだ。テーブルに置いたグラスに手を翳し、深呼吸をする。

 

 

…どれくらいの強さで練をすればいいのだろうか。

弱すぎて反応しないなんてことにならないよう強めでいこうか。

 

つまみを一気に捻るようにオーラを放出すると、

 

浮かんだ葉っぱがクルクルと回り出した。

 

 

おっ、と喜びを顕にしようとした瞬間。

クルクル回っていた葉っぱは勢いを増し、周りに水を撒き散らし始めた。

 

「……うぇ、ちょっ。」

 

勢いよく回り、そのまま浮き上がりかけたところで慌てて練を解いた。

 

 

危ない、やりすぎた。

おかげでテーブルの上は水でベチャベチャしている。やばいと思ったら直ぐに練を解けばよかったのだ、全く判断が遅い。

 

適当にタオルを持ってきてテーブルの上と、濡れた顔面を拭く。高級そうなふわふわタオルだが、遠慮なく使わせてもらいます。

洗濯物増やしてごめんね。

 

ちょっとトラブルもあったが、無事に水見式をする事ができた。

 

 

どうやら操作系らしい。

 

 

……俺にしては落ち着いた反応だなって?

何を言う、傍から見たら1人でいるんだぞ急に喋り出したらキモイだろ。考えても見ろ、ひとりでにブツブツしだす少年はもはやホラーだって。

 

いや、逆に考えれば1人だからこそ人目を気にせずに喜べるのでは?

 

 

ーーーーースゥッ。

 

「うわぁぁぁ、やっちった。やっちった。水見式やっちゃった。俺、念能力者だよ。反応したよ?見た?見たよね!?やばくない?ハンター世界やばくない?念使えるのやばくない?うっっっわやっべぇ。操作系だってよ。ハァハァ、葉っぱ回ってた。オレ、ミタ。やっば、操作系って誰だっけ?アッ、アァ、某暗殺一家の長男さんと、某虫旅団のケータイくんじゃないか。それにグラサンマッチョもそうだった気がする。はぁー痺れる、最高かよ。まぁ、このリアクションはどの系統出てもした気がするけどね。いやでもほんと待って!?やばいって、これから発考えるんでしょ?あぁ、黒歴史生産しそうでござる。ムリムリ考えられん。は?強、発考えられるとかつよつよやん。それに片足突っ込んでるとか未だに信じられん、待って?見た?水飛ばしてるようなマヌケが水見式やったんすよ?いや、水見式やったから水飛ばしたんだけどね。ハッ、そうだ水見式やったんじゃん(小声)」

 

ここまで無限ループしながら、意味もなく腕を動かしてジェスチャーをし、膝を着いて祈り始めたかと思ったら、流れる動きで床を叩き出した。絨毯がなかったら拳の音が響き渡ってたぞ。

 

弾かれるように、水見式をやったコップに近づけば僅かに減った水を見て、先程のことが幻覚じゃなかったことを確認し、エアでテーブルをバンバン叩く。

 

極めつけに頭を抱えて仰け反ったところで、あまり動いてなかった表情がごっそり抜け落ちスンッとなると、黙って椅子に腰掛けた。

 

「やっぱキモイ。1人だからって限度を知ろ。(小声)」

 

想像以上に感情が漏れ出た。我ながらドン引きものだ、だから下手に喋らない方がいいんだって。封印しよ。

 

 

 

今世紀最大の醜態を晒した気もするが、誰もいなかったのでセーフだ、セーフ。

 

 

さて、改めて俺の念能力について見直そうか。

 

いま俺が出来るのは、纏と練と絶。加えて円と凝と堅。練習中なのが、周と隠。そして一番得意なのは流だ。

 

硬?発も必要になる知らない子ですね。

 

周と隠は純粋に最近始めたやつなので熟練度がまだまだなのだ。それでも、周の方は結構相性が良い。

 

どうやらガタガタの纏を直しているうちにオーラ操作に慣れてきたようで、他の技を習得する時もオーラを動かすのだけはスムーズにいった。

 

そんな俺に、操作系の能力。これはモノクロで無難にまとめたファッションから、流行も取り入れたオシャレファッションに昇格できる予感がするぞ。

 

いやぁ、まさに俺向きだ。きっとそうだ。ほら喜べ?

 

 

……正直に言うと、操作系の発が思いつかない。

この貧弱な脳みそからは、操作してみたいネタも出てこないのだ。

お前はなんの為にオタクやってきたんだ?こういう時くらいネタの一つや二つ出して欲しい。

 

 

まぁ、無茶を言っても無理なものは無理なので、普段の念の修行に、オーラ操作を入れて発の練習でもしよう。何かを思いついた時に実行出来る下地作りが大切だからな。

 

ほらビスケも言ってたよ、直感が大事だって。

 

その時まで焦らず地道に行くんだ。

そうだな、放出系が隣合っているしちょっと離れた所にあるオーラも操作できるように頑張ってみようか。

 

これで念能力の基本が出来ればソッコーで死亡することも減るだろう。

 

よし、力をつけるの具体的な目標は、応用技までの基礎習得にしよう。

この修行と並行してこの家の弱点でも探れば、ひー君に会える日も近づくはずだ。

 

 

 

出来ればひー君が念を習得する前に会う!

念について理解が深まれば、理屈屋でマイペースな兄の烙印を押されてしまうからな。

 

 

……それで言うと強化系のほうがよかったな。

 

 

 

 

 

 

 

【1984年1月21日】

 

「「「「「ご生誕おめでとうございます」」」」」

 

そう言って、クラッカー(この世界で初めて見た)を鳴らす使用人達。

広いホールのようなリビングに並ぶのは高級食材をふんだんに使った食事。

中央に集められた箱たちはいわゆる誕プレというやつだろう。中には子供に持たせるのは早いと思う品がいくつか混じっていたがな。

 

 

 

さて、ここでひとつ注釈を入れるならこれは俺のお誕生日会じゃないということだ。

俺、誕生日5月だし。

 

では、誰なのか。

 

「ありがとうございますわ。わたくしも、この子も大変嬉しく思いますの。今日はこの子の0歳のお誕生日を祝えて感激ですわ。」

 

 

この家のニューベビーのお誕生日会だ。

もはや、誕生日というより出産おめでとうの方な気もするが、やりたいと言ったのはあの義母なので、本人が満足していればいいと思うよ。

 

ちなみに俺の13歳の誕生日は特に何もやらなかった。むしろ、1ヶ月後にあったひー君の誕生日に合わせて手紙を送れるようお願いしただけだな。

 

それ以降はお願いしても送ってくれなくなったけどね。今年のお誕生日に合わせてまたお願いしようか。

 

義母と赤ちゃんの周りに使用人や、親戚の人達が集まっているのを見ながら隅で肉を攫っていく。

 

ニューベビーに会いに行かないのかって?

ひー君の時に赤ちゃんの可愛さを知ったから今回も見に行きたかったんだがな。

どうやら義母さまが俺に合わせたくないようでして、拒否られたんですの。

 

まあ、愛着もなにも湧いてないから、そうですかって引き下がったけど。

 

むしろ、これで後継者その2が誕生したんだ、手紙を送る前に上手く行けばひー君に会えるかもしれない。

 

俺は、いとこくんの今後を応援しています。A〇ジャパン〜。

 

 

あっ、この鴨肉うめぇ。ジビエだっけ?最高だな。

ムシャムシャし終わり、皿の中が空になると次の獲物を探す。

 

なにやら盛り上がっているらしい前方を気にすることなくステーキ肉を切り分けてもらった。

 

あーもう少し、厚めでお願いします。

 

「そうですわね、わたくしとあの人の子ですものきっと利発な子に育ちますわ!」

 

雑談でわいわいしていた所で一際大きく叫んでいるようだったが、俺は手羽先を綺麗に食べるのに忙しいんで、後でお返事しますね。

 

 

さて、ひー君と会うためにひっそり脱走しよう大作戦だがそのために必要な力はついたのか気になるだろ?

 

結論からいうなら、それなりに仕上がった。

 

実は、水見式をして発の系統が分かってからは更にサクサクいったんだ。やっぱり自覚して能力を使うのが大事なんだろう。

 

13歳になった時には基礎も仕上がって、1度動こうと思ったんだがひー君から手紙の返事も来ず、おっさんにそれとなく聞いてもひー君の様子を教えて貰うことは出来なかった。

 

それに、へそくりも溜まって、力もついたからいけるかと期待したんだが、おっさんにひー君への支援を続けて貰ったまま抜け出す方法が思いつかなかったんだ。

 

無茶をしてひー君を危険に晒す位なら、じっくり機会を狙うぞ。自分本位な作戦立案はもうしないって決めたからな。

 

 

そうして、待ちに待ったその機会が来たわけだ。

これは万全の準備をしてこの家から出よとのお達しだろう。

 

ちょっと贅沢を言うなら、万全な作戦の為に自分の実力が試せる相手が欲しい。この家、念を使える人居ないんだよね。

 

あと、このステーキも持って行きたいかな。

 

 

 

 

 

 

 

一通りの肉料理を食べて満足した俺は、そのまま自室に帰った。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※

 

side???

 

 

 

薄暗い室内で、ガタイのいい男と少年が向かい合っていた。男性がソファーに座っており、2人の視線がかち合う高さだがどちらにも気負った様子はなく、淡々としている。

 

「天空闘技場はどうだった?」

 

「問題はなかったよ。少し時間はかかったけど。」

 

「そうか…、これからは仕事に復帰してもらうことになるだろう。」

 

2年以上会っていなかったとは思えないほど簡潔な会話だが、少年は特に気にしてないようだった。

少年は、長い黒髪を揺らしながら頷く。

 

「うん、わかった。」

 

「詳細は追って連絡しよう。」

 

簡潔なやりとりを終え、これ以上話すことがなくなると、少年はそのまま部屋を去った。

 

後日送られてきた資料には、国内でも有名な資産家一家のことが書かれていた。

当主と本妻、養子に入った子供、それと先日生まれた本妻の子の詳細が載っている。

最近出席した社交会など行動パターンが分かるものもあった。

 

依頼人は、一家全員分の依頼料を出してきたようなので少年の仕事は大忙しである。

 

(とりあえず、外出しない長男がやりやすいかな。)

 

 

ーーまぁ、順番も大差無いけど。

 

 

 

 

最近手に馴染んできた針を弄りながら少年は思案していた。

 

 




次回、ジールのもとに小さなお客さんが来ます。

ここまで読んで下さりありがとうございます。


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それとも神棚作りますか?


念について独自の解釈があります。

よろしくお願いします。


俺の念の技術がどれくらいなのか試してみたい。

そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 

しかし、いざそんな状況に陥ると喜びよりも、驚愕と喪失感が先にやってきたんだ。

 

 

事の発端は、遡ること三時間前ーー。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

ジールは、自室で地図を広げながら悩んでいた。

 

「……わかんねぇ。」

 

テーブルの上に置かれたのは、ミンボ共和国の主要な都市が描かれた地図で、幾つかの街が赤丸で囲まれている。

夜も遅く、手元のライトが走り書きのメモ用紙を照らしていた。

 

ジールは、彼のいとこの誕生から1ヶ月間、弟が居そうな施設の精査を行っていたが、その数の多さに手をこまねいていたのだ。

 

(あのおっさんが教えてくれればよかったのに。ケチめ。)

 

ラケルススの当主は、彼の子が産まれてからというもの、なにやら裏で忙しそうに動いていた。

前までは様子を見に来ていた家庭教師の授業なども見にこなくなってしまい、ジールはひとり卒業認可用のテストを受け、通信教育とはおさらばしている。

 

役目を終えた家庭教師も最近は来なくなり、断然1人でいる時間が増えたジールはヘソクリを数えたり、旅程に必要な物資をそろえたりとこちらも裏での作業を進めていたのだ。

 

 

 

そんな折に、ジールは屋敷内に不審な気配を感じとった。

 

 

距離はかなり近く、相手の目的が彼であるなら既に捕捉されていることを察した瞬間、絶で気配を消すのは辞めて、纏で留めていたオーラの流れを一般人のものに切り替えた。

 

(あれですか、暗殺とかそういう感じ?)

 

様子を探ろうと、椅子を引き立ち上がった瞬間。

背後に一瞬で現れたオーラを察知し、跳ねるようにその場から距離をとった。

 

 

 

そこからは怒涛の展開だった。

 

サシュッと、テーブルに何かが刺さった音につられジールが意識を逸らしたところを狙い、更に得物が投げられる。

それを慌てて避けながらも、視界に写った見覚えがある武器にジールは震えていた。

 

連続して投げられるそれを避けながら、ジールは相手を無力化する方法を考えてーーーは、いなかった。

 

(ヤバい、小さい。レアでは?ちょっと待ってチェキ撮ろ。物騒なもんは置いて写真撮ろ。)

 

 

襲われて混乱に陥った思考と、不治の病により内心はかなり荒ぶっていた。

そんな阿呆なことを考えていたからか、それともなかなか当たらない攻撃に苛立ったからなのか、10本目の攻撃はジールの眼球を狙い投げられた。

 

 

慌ててキャッチした所を狙われ、足元にもそれぞれ得物が投げられる。

 

(いや、ほんと攻撃がいやらしすぎる。)

 

隻眼キャラにジョブチェンジするのを免れたかとひと息着く間も無い。

 

 

急いで右足を下げたが、左足をズラすのが僅かに遅れ、足首の内側を掠って針が絨毯に刺さった。

その針は、ジールにとって覚えがありすぎるものである。後方に球体を付けたフォルムは全体を黄色に塗られており、僅かにオーラの気配も感じられた。

 

 

「ねぇ、ちょこまか逃げないで欲しいんだけど。」

 

「…………。」

 

 

眉間を狙って投げられた針を、最小限の動きで避ける。すると、針はそのまま軽い音を立てて背後の壁に突き刺さった。

 

(やめてぇ、ここの家具全般けっこういい値段すんだよ。)

 

心の中で泣きながら、ジールは相手を見やる。最初に姿を見せた場所から1歩も動かず、針を投げるのは

どこからどう見てもイルミ=ゾルディックだった。

 

 

「なに、お前も念能力者なわけ?」

 

「……。」

 

「答えてよ。」

 

「…。」

 

やっと訪れた休息にひと息つけるかと思いきや、会話を求める問いかけにジールのテンパリは最高潮に達していた。

 

(なんて言えばいいの?ねぇ、初対面で殺しにきた相手になんて声かければいいの?)

 

「……念能力者だ。」

 

捻り出されたのは最低限の言葉のみ。

己の不甲斐なさにのたうち回っているジールとは対照的に、イルミに気にしている様子はなかった。

 

「へぇ、やっぱりそうなんだ。資料には書かれてなかったけど、最近覚えたの?」

 

「……いや。」

 

「気になるなぁ、ちょっと見せてよ。」

 

「……。」

(何その軽いノリ。俺の手の内見ようとするのをJKが雑誌見る感覚で言うの辞めて。イルイルって呼ぶぞ。)

 

「別に全部見せてって言ってるわけじゃないよ?オーラを偽装するのをやめてくれればいいし。」

 

そう言って投げられた針は先程の問答も合わせて20は超えた。

これ以上イルミに針を投げられるのは勘弁して欲しいと、ジールは一般人っぽく偽装していたオーラの流れを通常に戻す。

 

 

薄暗い室内で、ずっと保たれていた能面が僅かに崩れた様子を見せ、イルミは一言放った。

 

 

「………気持ち悪いね。」

 

効果はバツグンだ、ジール(の心)は瀕死になった!

 

「あっ、別に悪い意味じゃないよ。」

 

ジールがショックを受けたことに気づいたのか、ただマイペースに付け足したのかは分からないが、フォローになるか微妙な言葉が添えられた。

 

「……満足したか。」

 

「うん、そうだね。」

 

「ならばひとつ提案がある。」

 

早く話題を変えようと言わんばかりに、ジールは珍しく自ら声を掛けた。それと同時に一瞬でオーラを伸ばしイルミを拘束する。特に腕や手を厳重に固め、そのまま床に引き倒した。

 

(イルイルにこんな事をして心が痛むけど、俺の平和的解決の為だから。)

 

コンマ数秒の出来事に、反応するも間に合わなかったイルミは下からジールを見上げた。

 

「……もう1人、この家に侵入している者がいるな。」

 

「……。」

 

「まだ動いてないようだが……、今までの会話も時間稼ぎか?」

 

「純粋な興味もあったよ。」

 

「…そうか。……では、先程の提案なのだが。」

 

一度言葉を切り、ジールがチラりと様子を伺うようにイルミを見やるが能面のまま変化は無かった。

 

「この場で君に依頼をするか、もう一人の方に依頼を出せないだろうか。」

 

「は?」

 

「いや、俺の暗殺依頼が取り消せればそれでもいいんだが……。」

 

「……そういうこと。なら、もう一人の付いてきてる方なら依頼出来るよ。君の依頼は取り消せ無いけど。」

 

(なるほどなるほど。なら、どうにかなるか?)

 

言質をとったジールは、待ってましたと言わんばかりにイルミを担ぎあげ部屋を飛び出る。

 

目的地は、先程ジールが探り当てていた。

イルミにオーラを飛ばし拘束すると同時に、エコーを敷地内にとばし不審な人物を発見していたのだ。

漫画ではジンのやっていた技で、それを思い出したジールとも相性がよかった為、数日前に習得していたものだった。

 

 

「ねぇ、もうちょっと丁寧に運んでよ。」

 

オーラで簀巻きにされたイルミは抵抗する気配も無く、運搬方法に不満を漏らしているのみだ。しかし、急いでいるのと、イルミを担いでいる事実に混乱するのとで忙しいジールは返事をすることも無く、離れの屋上を目指していた。

 

(俺は、ちょーっと隠が苦手なので、さっきのエコーも丸裸のまま飛ばしてしまった。移動した気配は無いが気が変わらないうちに行かないとな。)

 

気分は不審者を探して三千里だった。

まあ、その旅程は高速で過ぎていったが。

 

燭台も消され、暗くなっている廊下を走り抜け、普段は使用人用である裏口から出る。ジールはそのまま一直線に離れに向かい、壁面の凹凸に足を掛け、上まで登った。

 

屋上に着いた時、肩に担がれていたイルミは少し酔っていた。

ジールは前世から乗り物の運転がめっぽう下手だ。されどまさか拷問にも慣れたゾルディックを酔わすとは……ジールは少し申し訳無くなった。

 

「何か用かね。」

 

「……依頼をしに来た。」

 

「ははっ、随分な手土産じゃのう。」

 

月も出ない夜、殆どを夜目に頼ることになるが、相手の銀髪は少ない光を反射してよく目立っていた。

ゆっくりとこちらに振り返ったゼノ=ゾルディックは、イルミを一瞥するとジールに視線を合わせた。

 

(俺が到着するかなり前から接近には気づいていただろうに、会ってくれたということは希望を持ってもいいのか?)

 

ジールは、僅かに冷たい空気を感じながらも口を開いた。

 

「相場は分からないが、金はそれなりにあるつもりだ。貴殿に、俺を殺すよう依頼を出てきた者の暗殺依頼を出したい。」

 

 

「……なんと、金を払うというのか。」

 

「……俺の財力に不安が?」

 

「いやなに、孫を人質にとって依頼を出そうとする餓鬼かと思ってしまっただけよ。」

 

「そこまで腑抜けてはいない。それで、依頼は受けてくれるのか。」

(そんな恐ろしいことはしないっすよ!思い付きもしませんでしたぁ!!)

 

「ふむ、ならこれくらいの値段でどうかの?」

 

 

既にジールの口の中は砂漠のようにカラカラだった。言葉遣いで失礼なことを言ってないか焦りながらも、表には出さないように踏ん張っている。

当然それを知らないゼノは、悠長な手つきで懐から用紙を取り出し、数字を書いていった。

 

 

見せられた金額は、ジールのヘソクリの4/5。ほぼ全額だ。

 

(まぁ、払えて良かったと思おう。)

 

命あっての物種だと、了承の意を返したジールはずっと担いでいたイルミを床に降ろした。

 

 

「……彼は、貴殿の任務達成まで拘束させてもらう。」

 

「まぁ仕方ないの、……では行ってこよう。」

 

 

その言葉と共に一瞬で姿を消したゼノを見て、ジールはガチで狙われなくてよかったと心底安堵した。

 

 

 

 

 

とりあえず、とジールは屋上に転がしたイルミを座らせ、自身も一人分空けてその隣に座った。

 

(……これって、何か話さないと気まずいのでは?)

 

 

2人きりの空間で会話が無いのは辛いと思いながらも、話題が思い浮かばないジールは、正面を向いたまま動かない。なんなら、僅かに呼吸が浅い気さえする。

 

10分……いや、5分も経ってはいないが、時計がなく正確な時間が分からないジールにとって、1時間は過ごした気分だった。

 

耐え症の無い彼は、瞬きするのに合わせてこっそり隣を見た。職人レベルの早業だが、相手は視線に敏感な暗殺者だ。直ぐに気付かれ逆に凝視されることとなる。

 

(待って、イルイルのハイライトが無い目で見られるのは色々な意味で辛い。)

 

完全な自業自得ではあるが、イルミの視線に耐えかねたジールは、典型的な話の振り方をした。

 

「……名前は「イルミ」…そうか。」

 

「…………何歳なん「9歳になった。」」

 

「…………趣味とか「暗殺技術を磨くこと。」」

 

 

「……。」

 

 

「……夕食は何を食べた「すき焼き。」いい趣味をしているな。」

 

「そう?ありがとう。」

 

 

惨敗だった。いや、別にイルミに勝負をしているつもりなど無かっただろうが、ジールの会話のレパートリーは既に尽きていた。

 

(やっぱり、無謀な挑戦をするべきじゃないんだ。…それにしても食い気味の返答は心臓に悪いぞ、イルイルどうしたん?)

 

「もういいの?」

 

「……ああ。」

 

「ふーん。なら、僕の質問にも答えてよ。」

 

 

どうやらイーブンなやり取りの為に答えていたようで、今度はイルミから質問が来ることになった。

ジールとしては、向こうから話題を振ってくれるのなら何でもいいと涙を流しながら感謝していたが、世の中そんなに甘くない。

 

「……ねぇ、これオーラで拘束してるけど君って変化系なの?」

 

「……いや。」

 

「じゃあ、放出系?……操作系?へぇ。」

 

(バレてる?バレてるね!それにしてもグイグイ来るなぁ、子供怖い。)

 

「これどうやってるの?どんな発?」

 

「……。」

 

(マナー違反では!?知らんけど。子供の好奇心怖い。)

 

 

「ねぇ、ジール。僕はちゃんと答えたよ。」

 

「……放出系の性質を使った。これ以上は秘密だ。」

 

名前を呼ばれて混乱したオタクは口を滑らせた。ギリギリ踏みとどまったが、未だ混乱からは抜け出せていない。

 

 

「放出系?初めて知った。」

 

「……独学だから違うかも知れないが。」

 

 

しかし相手に何かを言われた瞬間、発言に保険をかけようとする小心ぶりでは健在であった。

 

「応用が効くいい発だね。」

 

(…………実は発じゃないってこと、黙っておいた方がいいよな?)

 

「……ありがとう。君の祖父はいつ頃戻って来るんだ。」

 

「ここからちょっと遠いし、まだかかるよ。それより、もう少し教えて。」

 

 

2人して正面を向きながら交わされるシュールな会話は、オーラ操作に興味を示すイルミと、タジタジにされながらもなんとか体裁を保つジールの構図になる。

 

何度か、話題を変えようと試みるジールであったが、普段からまともに喋れない男が初対面の相手に主張を通せるはずも無かった。最終的には、他の誰にもばらさないことを約束させゲロっていた。

 

 

「……そもそもが、オーラに実体があるかを考える所から始まる。生命エネルギーと呼ばれているくらいだ、エネルギーに質量があるとは考え難い。実際オーラをまとったパンチは、オーラ自体は当たることはなく拳が接触していることが殆どだろう。例外は知らんがな。」

 

「うん、僕も性質を変化させるか、具現化しないと触れないと思ってた。」

 

「しかし、よく考えると念弾というものがあるだろう。あれはオーラの塊をぶつける攻撃だ。いくら加速させたところで、質量がなければダメージにはならない。つまり、一定の条件を満たすとオーラのままで質量を持たせることが可能だと言える。」

 

 

「へぇ、よくそんなこと考えるね。」

 

(どうも、オタクなもので。)

「その条件が、全系統で満たせるものなのか、放出系のみなのかは知らないがな。今回拘束するのに使ったのは、オーラを放出する感覚で実体を持たせ、それを操作するという至極シンプルなものだ。」

 

「…満足したか?」

(喉乾いた、何で俺こんなことになってんの?)

 

「したよ。」

 

かなり真剣な様子で話を聞いていたイルミに気づいたジールは、小宇宙を背負うのをやめてじっとイルミの方を見る。

しばらくして、真面目な表情をつくったジールは静かにイルミへ問いかけた。

 

「聞いても良いだろうか。」

 

「なに?」

 

「何故、そんなに話を聞きたがるのだ。イルイルにも師はいるだろう?」

 

「イルイル?」

 

ハッと気づいた時にはもう遅い。覆水盆に返らずである。

少し格好をつけようとしても、結局ポカをするのだ。やらかした本人は恥ずかしさと、気まずさで死にそうだ。図らずに、イルミの依頼が達成されかけた。

 

「まあ別にいいや。それで、何でそんなに知りたいのかだっけ。」

 

「……………………あぁ。」

 

「ちゃんと発を聞いてもそうそう教えてくれないことくらい知ってるからね。まっ君はチョロそうだったけど。」

 

 

(チョロそうに見えたのかぁ、どこら辺かお聞きしても?)

 

出会った当初から、投げられる質問に全て答えていたのはどこの誰だったか胸に手を当てて考えて欲しい。

 

 

「僕の家、優秀なのって変化系なんだよね。」

 

「そうか。」

 

「勿論、僕に念を教えた人も優秀だから、念能力の説明は上手かったけど系統の話は別だよ。」

 

「なるほど。」

 

(つまりイルイルは向上心のあるボーイだったということか。)

 

「だから、優れた操作系の人の話を聞いてみたくって。」

 

優れた人という単語が出た瞬間。ジールは心の中で花を咲かせていた。久しぶりに人に褒められて嬉しかったのだろう。

 

「君はチョロそうだったから聞いたんだけどね。」

 

心のお花はドライフラワーになった。

 

放心していたジールは気づかなかったが、その時顔を背けたイルミの耳は僅かに赤くなっていた。

 

「……イルイルが頑張りたいと言うなら、俺はいつでも手を貸そう。」

 

「その呼び方続けるんだ。」

 

「男に二言はない。」

 

「…そっか。」

 

それからは、何気ない話をしながら(殆どイルミが話していたが)2人で時間を潰していた。

途中サラッと、今度会った時にお兄ちゃんトークをしようとジールが約束を取り付けることもあったが概ね穏やかに時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

「孫が世話になったようじゃの。」

 

1時間程で戻ってきたゼノは、2人を見つけたあと軽い足取りで近づいてきた。

 

出ていった時と何ら変わらない姿を見て、内心ガクブルしながらも、ジールはイルミの拘束を解きゼノの元へ返した。

 

「急な依頼を受けていただき感謝する。…今、金を持ってこよう。」

 

イルミに問題が無いことを確認し、そのまま自室に取りに行こうとした所、ふたつの気配が背後についてきた。

 

「ならついて行こうかの。」

 

「……どうぞ。」

 

先程は全速力で駆け抜けた廊下を、五体満足で歩けていることに心の中で涙を流し、背後に気をつけながら進んで行く。

 

自室の前まで来ると、開けた扉を抑えて2人を招き入れ、ジールはベッド横の床下収納を漁る。

 

言わずもがな、勝手に作った秘密の場所であった。

 

中から麻袋を出し(金庫に入れないのはジールのロマンだ)中から金額ピッタリに並べる。数十枚の1万ジェニーを束にしてテーブルに置くと、ゼノがそれを確認し懐に入れた。

 

「直接現金でやり取りしたのは久しぶりじゃのう。」

 

「……。」

 

「将来が良さげな上客も捕まえられたしの。今日は良い日じゃな。」

 

そういって向けられた笑みには、獰猛さが潜んでおりジールは内心勘弁してくれと苦笑いをしていた。

 

「特に、依頼を出す予定はないのだが……。」

 

「なに、その若さで色々知っているのだ、期待できるわい。」

 

言いたいことは全て言ったと、そのまま窓から出ていった姿を目で追う。

残されたのは、ジールとイルミの2人のみ。

 

「…………その、「これあげるよ。」あぁ。」

 

ジールは最後に気の利いた言葉でもかけようと、悩んだところで年下にかっこいい部分を全て持っていかれた。

スマートにカードを渡し、そのまま窓から飛び降りたイルミは既に闇の中だった。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

そして今に至る訳だが、俺はカードを持ったまま暫く立ち尽くしていた。

 

襲われた時は必死に色々考えてたが、過ぎ去った後は夢だったんじゃないかと思えるほどの喪失感があった。

 

まぁ、1番無くなったのは精神力とかでもなく、俺のヘソクリなんだがな。やっぱりちょっと懐が寂しいぞ。

 

そして落ち着いてくると色々ツッコミたいことが出てくる。

まず初めにあれね、なんで初めての暗殺者がゾルディックなのか聞きたいな。普通はさ、そこら辺の暗殺者を送り込んで無理だったからって流れじゃないの?

辞めよう。御三家のポケ〇ン選ぶ前に伝説のポケ〇ンで攻めてくる様なもんだからな。

 

そして次、こっちはどちらかというと謝罪案件なんだけど、最初に暗殺者に気づいた時、送り込んできたのおっさんだと思いました。マジサーセン。

 

ゼノさんが外に行った時、心の中でおっさんあそこの部屋で寝てるよって言っちゃったもん。

言い訳をさせてもらうなら、最近裏でコソコソやってる怪しいおっさんがいけないんだからね。本当だよ。

 

……ごめん。

 

 

さらに次!これはもはや唯の愚痴なのだが…、フラグの回収が優秀過ぎて俺は泣いた。

 

オーラの技術力を試したいだっけ?確かに思ったけどさ、やっぱり伝説のポケ〇ンは違うかなってお兄ちゃんは思うわけだ。

使ったの一瞬だったし、上手くいったんだから文句言うなだと?

違うんだよ。一瞬では済まなかったんだ。

思い出してみたまえ、俺は約1時間イルイルをオーラで拘束していた。さて、ここでイルイルが大人しくしていたか。答えは否!!

 

実は話している間も、拘束から抜けられないかオーラ量を増やしたり、関節を外そうとしたり(しっかり止めました。)足元なんかは踵落としの要領でガンガンされた。

 

流石、向上心のあるボーイだ()。

 

まあでも、オーラを実際に使う感覚が分かったし、速さや操作性には自信が持てた。

逆に、隠が苦手なことと、纏のオーラが気持ち悪いことも分かった。……言っててライフポイントが減ったな。

 

 

ようやく心の荒ぶりが一段落すると、俺はいそいそと寝る支度を始めた。

 

お忘れかもしれないが、今は深夜と言われる時間だ。高身長ボーイを目指す俺は早く寝なければいけない。

 

寝巻きに着替えて、テーブル上のライトも消す。

そのまま綺麗に整えられたベッドに滑り込めばおやすみ3秒だ。

 

 

ーーーー最後のカードには何が書かれていたのかって?……イルイルの連絡先さ☆

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、念で厳重に保護した後に金庫に入れときました(グッズは傷つけたくない派代表)。

 

 

 

 




次回は、ヒソカのお話です。

お気に入り、感想、評価ありがとうございます。


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会いたい人は決まってるよ?【上】

今回はヒソカ視点の導入回になります。

よろしくお願いします。


 人生で初めて見た雪は白く冷たかった。

 

 

 建物の窓から見える世界は緑色に変わり、己が過した時間の長さを知らせてくる。

 

 朝に降った雨は葉の頭を下げさせた。

 きっと今外にでたら足元は濡れてしまうのだろう。

 

 窓辺で頬杖をついている少年は、草むらをかける少年達の姿を追いながら暇そうに欠伸をした。

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 ヒソカは悩んでいた。具体的に言うと今の生活に飽きたのだ。

 

 両親の訃報を知らされ、残念という気持ちが大半を占めていた時に、飛行船の中で見たような黒服の男達がやってきてヒソカをここに連れてきた。

 最初は兄と離れることに不快感を抱いたが、それでも兄が死んだわけではないし、会いたくなれば会いに行けばいいと考え、抵抗はしなかった。

 それに、兄が強い関心を見せていた外の世界にも興味がある。流されるままに行くのもいいかと半分気まぐれのような決定を下した。

 

 それがだいたい7ヶ月前の出来事である。

 

 実際外の世界は初めて見るものが多く、兄が興味を持つのも納得がいく面白さだった。

 この施設にやってきた時は、たくさんの子供がひとつの家に住んでいることに驚いたし、複数大人が

その世話をしているのも初めて見る光景だった。

 こんなにたくさん人がいれば、いつもより遊びも捗るだろうとわくわくした。鬼ごっこも、お絵描きも、トランプだって教えてもらった4人用のゲームができる。新しい場所も悪くないと思ったのだ。

 

 

 …………が、飽きた。

 

 鬼ごっこは誰も捕まえてくれないし、初めて見た遊び道具も、他の子より上手く使えるようになった。新しい絵本も読み尽くしたヒソカは遊ぶ物が無くなっていたのだ。

 

 窓辺から見る景色も、雪が降った時は面白かったがそれも無くなってしまった。

 

 (せめて、組手ができる人がいたら良かったのに。)

 

 そうしたら、己はまだ飽きずにいられたかもしれない、とそう思った時眺めていた窓の先で子供が転んだ。

 

 (あーあ、このまま泣くのかな。)

 

 気づいた周りの子供たちが、蹲る子供の元に集まっていく、さて大人でも呼んだ方がいいだろうかとヒソカが考えていると、部屋のドアーが控えめにノックされた。

 

「ヒソカくん、いるかしら?君宛に手紙が届いているの。開けるわよ。」

 

 そのまま部屋に入ってきたのは、この施設に来てからヒソカがよく話している女性だった。

 

「ありがとう。」

 

 彼女は他の大人より絵本を読むのが上手くて、他の子供達に読み聞かせをしている時は、聞きに行ったりすることもあった。

 

 それでなのか、ヒソカに用事がある時は決まって彼女が来るようになったのだ。今日は、手紙を持って来たようでそのまま手渡される。

 

「それじゃあ、また何かあったら言ってね。」

 

 そう言って扉を閉めて去っていった彼女のことを思い出しながら手紙を見つめる。

 

(あっ、転んだ子のこと言えばよかったな。)

 

 チラリと見た外にはもう子供たちはおらず、自分達で大人の元に向かったんだろうとヒソカは思った。

 

 この施設の大人は、何故かヒソカにだけは丁寧に接してくるのだ。それは彼女も例外ではない。手紙だって、他の子供なら広間に呼ばれてまとめて渡されるだろう。まあ、手紙が来るような子供は数少ないが。

 

 何気なく封筒を裏返し誰からの物か確認すると、そこには兄の名前が書かれていた。

 

 先程まで、伏し目がちだったヒソカの目は大きく見開かれる。

 

(もしかして、退屈なのを我慢してたからそのご褒美とかかな。)

 

 いそいそと封筒の端を破り、中から便箋を取り出す。1枚だけ入れられていたそれには、兄っぽい字でぎっしりと文章が書かれていた。

 

『 元気にしているだろうか。

 そちらで友人は出来たか?ひー君は優秀だからな、問題はないと思うが無理をしてはいけない。それに最近は我慢出来るようにもなってきていたな。偉いぞ。しかし、我慢しすぎるのは体に良くないとも聞くからな、ひー君が無理そうだと思ったら我慢はしなくてもいい。

 それと、世界には面白いものがたくさんあると思う、それらで暇を潰すのもいいだろう。好きなものを見ていてくれ。

 あとは、風邪を引かないように食事はしっかり食べろ、夜が冷える時は布団でしっかり寝るんだぞ。それに、知らない人にもついていかないように。もしもの時は殴ってでも逃げろ。

 

 もし、寂しい思いをさせていたらすまない。

 いつか挽回する。

 

 P.S.ひー君は喋る時、語尾にトランプのマークを付けるようになったか?

 

 久しぶりに兄の存在を感じて会いたくなってきた。これが恋しいと言うやつだろうか。

 

 消されてた追伸の内容はイマイチ分からないが、兄さんらしいといえばらしい。相変わらず元気にしているようだった。

 

 もう一度読み直そうかと便箋に視線を落とすと、右下にうっすらインクが滲んでいるのを見つけた。不注意で汚したのかと裏返すと、小さくメッセージが続いていた。

 

『入り切らなかった。不格好になったが書いておく、お誕生日おめでとう。検閲されるだろうから多くは書けなかったが、俺はずっとひー君のことを大切な弟だと思っている。』

 

 裏の大部分を空け、右下に小さく書かれていた言葉はヒソカを喜ばせるのに十分だった。心做しか、手に持った手紙が暖かく感じる。

 

 暖かくなった気持ちのまま、見慣れた窓からの景色と、手紙を交互に見やり最後にもう一度手紙を読み直す。

 

 

 

「うん、ここを出よう。」

 

 

 ヒソカは脱走を決意した。なんてことは無い、兄が我慢しなくていいと言ったのだ。ならば言われた通り楽しそうな外に出るまで。

 気づけば誕生日を迎えていたが、10歳となったのだから一人旅も大丈夫だろう。兄が昔話してくれた冒険譚も、10歳の少年が黄色い相棒と出かけていた。うん、いける。

 ヒソカは自信満々に頷いた。

 

 

 

 きっと、ここにその兄がいれば全力で止めていただろう。

 

『待って?我慢云々はどちらかと言うと人間関係我慢しないようにねって意味でね?ストレス溜めて爆発しないように言ったんだけど。

それに!その少年は黄色い相棒がいたから10歳で旅立ったんだよ!ひー君は〇サラタウン出身じゃないだろう!?出来れば考え直して欲しいかなって!』

 

 全力で叫んで止め……ることは出来ないので、二三言で頑張って止めることだろう。

 

 まあ残念ながらここには居ないのでヒソカを止める者は誰もいないのだ。

 

 夜のうちに鞄へトランプや面白かった絵本なんかを詰め、いくつかのお金をどこからか持ってきたヒソカは、そのまま窓から出ていった。

 バレたら面倒なことになるくらいはわかっていた。朝、ヒソカの様子を見に来た大人は狼狽するだろう、なんなら蒼白の顔面で施設の隅から隅まで探しそうだ。

 

 しかし、ヒソカにそんな事は関係ないのである。酷くご機嫌な様で隣町まで歩いていく姿は、陽気な小人が飛び跳ねているようだった。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 馬車に揺られながら穀物地帯を抜けていく、黄金色になる前の、青々しい小麦畑が延々と続いていた。

 

 ヒソカはこの旅に大変満足していた。

 施設近くの町に居ると連れ戻されるかもしれないと、直ぐにヒッチハイクで一都市を抜けたのだ。

 兄の手紙に書かれていた“知らない人について行かない”は早々に破られたが、結果としては上々である。

 

 横に長いミンボ共和国を東に向かって進んでいく。大きな国であるため1ヶ月経ってようやく国境に近づくことが出来た。

 

 ヒソカの旅の目的は、楽しいことを見つけることだが、もうひとつは兄に会うことである。手紙をもらってから会いたくなり、旅をしながら目指すことにしたのだ。

 

 本当は飛行船等を使って直ぐに行くことも考えたが、それは旅ではない。それに、兄に言われた面白いことも探せないから、と早々に手紙の約束を破ったヒソカは考えていた。

 

 今までは、ひとつの街に長くても1週間程しかいなかったがここらでそろそろ旅銀が尽きてしまう。

 国境を越えるのにもお金が必要になってくる為、この辺で一稼ぎしていこうかとなんとなく考えていれば広い小麦畑の終わりが見えてきた。

 

 馬車の御者に言われて前を見れば、そこには大きな門と飾り立てられた街があった。カラフルな旗や、レンガ造りの煙突から煙がでている様子があちこちで見れる。

 

「ここが、国境沿いにある“ロンマーナ”交易都市じゃい。ワシらは商品を売っぱらってとっとと帰っちまうが、お前さんはこのまま置いていけばいいんじゃろ。」

 

「うん。ここまでありがとう。」

 

「ははっ、容易いことだわい。…ホレ、頑張れよ。」

 

 気安い雰囲気で送り出してくれたじいさんは、そのまま街の外れまでまた馬車を走らせて行った。

 

 ヒソカはその様子を見送りながら、じいさんの護衛で着いてきた男達を見る。道中あまり話す機会は無かったが、とても強そうな気配がした。

 時間があれば組手をしてもらうおうと機会を伺っていたが、結局訪れなかった。組手の機会はこの街に持ち越しになったようだ。

 

 何人かが入っていくのに倣って、ヒソカはロンマーナに足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 中は、外から見たときの印象と違わず賑やかな雰囲気だった。昼食をとるために入った店で、テラスから大通りを眺めながらこれからの予定を考える。

 

 先程も支払いの時に確認したが、施設から持ってきたお金や道中頂いてきたお金がそろそろ無くなりそうだったのだ。無駄遣いをしないとはいえ、あと3日持つかどうかの金額しかない。

 土地柄、栄えているこの街なら頂戴できるお金も多いだろうと、今までの経験からお金を調達する方法を考える。

 

 

『ワァーーー!!!』

 

 その時少し離れた所から人々の声がした。

 大きな歓声に意識をとられたその先では、大道芸を行っている一団がいた。

 

 【オリート一座】

 

 交易の要となっているこの街で、外から来た人たちを出迎える為にこうした催しものは日夜盛んに行われている。オリート一座はその中でも一番大きな芸団であった。

 

 少し興味をそそられながらも、今日はお金調達の方が大切だと最後の一切れを口に放り込んだヒソカは店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽も半分程顔を隠した夕暮れ時、ヒソカは1週間分に増えた旅銀を持ちながら路地裏に立っていた。

 

(意外と集まらなかったな……。この街の人ってお金を持ち歩かないのかも。)

 

 芳しくなかった成果に別の方法を考えていると、背後から声をかけられた。

 

「そこにゴミを捨てたのは君かい?」

 

 足元を見ると、そこには3人の男が気絶したまま転がっていた。先程、今日の酒代を寄越せだなんだと言ってヒソカに殴りかかってきてやり返された奴らである。

 

「違うよ、コレが向こうからやってきたんだ。」

 

 そう言って、男達がやってきた方向を指さしながらヒソカは声を掛けてきた人物を見た。

 

「そう?まったく迷惑な輩だね。家の前に倒れるなんて……で?君は怪我してない?」

 

 適当な返事に、適当な反応を返した相手は、黒いローブを着て蓋付きのバスケットを持った美女だった。

 

「別に大丈夫だよ。」

 

 そう言いながら手をヒラヒラさせてみせると、美女はヒソカを凝視する。上から足先まで舐めるように見分した後、ニパッと笑い頷いた。

 

 「うんうん、良いじゃないか。よし家でご飯食べていきなよ。」

 

 一方のヒソカはキョトンとしていた。

 人生で初めて会話の成り立たない相手に出会ったからであろう。何が良いのかも分からないし、何故夕食に招待する流れとなったのかも分からなかった。が、ここにいるのは思い付きで施設を脱走し、3時間後には知らない人について行ったヒソカである。

 

「ほんと?僕お腹すいてたんだよね。」

 

 招かれるままに、ヒソカは美女の後をついて行った。

 

 

 

 

 路地を形取る建物のひとつ。ボロい一軒家の外階段を上り、たどり着いた2階の部屋は、内壁を全部追っ払った広いワンルームになっていた。

 

「さあさあ、上がってくれたまえ。」

 

 そう言いながらローブを脱ぎ、それをラックにバサりと乗せた美女は、物が多い室内を縫うように進んでいった。

 

 壁の至る所に干し草が吊るされ、大きな棚には薬品の入った瓶や、古い本がぎっしり詰まっている。薄暗い室内に、大きな釜を見つけたヒソカは確信した。

 

(ここ、魔女の家だ。)

 

 

 ラックにかかった三角帽子を見つけた時には、それっぽいと思えるほどに美女は魔女らしい家に住んでいた。

 

 とりあえずヒソカは美女が通って行った物の間をなぞるように抜けて、奥のキッチンで何かを作っている美女の隣に立った。

 

「ねぇ、お姉さんは魔女なの?」

 

「おやおや気になるのかい?」

 

「うん。」

 

 初対面の相手に名前を聞くより先に尋ねることがそれで良いのかとツッコむ人はここには居ない。

 

「私はお姉さんじゃないよォ。何十年も生きてて魔法が使えるただの老人さ!」

 

 それを魔女というのではないか、そもそも魔法を使えることを否定しないとは、聞いたヒソカも少し驚いた。

 

「おや、気になるようだね。ならこの私が見せてやろう、と言いたいところだがポトフが完成したからな。先に夕食だ。」

 

 深めの器に盛り付けられたポトフとパンを持って、美女はダイニングの方に向かう。その後をトコトコ付いていくと、彼女はパンを持った方の腕でテーブルの上の物をなぎ落とし、空いたスペースに夕食を並べ始めた。

 割れ物は無かったようだが、紙や小物などかなりの量の物が床に散乱する結果となった。

 

「いやぁ、流石に片付けないと不味いかな。…さあさあお客さんも座って。」

 

 ゴソゴソと物の山を漁って持ってこられた椅子の座面を叩きながら催促されたのでヒソカはそれに近づき大人しく座った。

 

「それでは!小さなお客さんの来訪を祝って!乾杯!!!」

 

 掛け声と共にジョッキをぶつけ合った後は、夕食を食べ始める。

 

 ゴロゴロとした野菜が柔らかくなるまで煮込まれたポトフは絶品といえる味だ。ヒソカは、一緒に出されたパンを浸しながらパクパク食べていった。

 

「気に入ってくれたようで何よりさ!」

 

 その様子を見ていた美女は、大振りに手を広げながらニパッと笑う。その顔は、先程言っていたような老人には見えない。精々が20代後半である。

 ローブで隠されていた身体を見ても、スタイルのいい俗に言うグラマラスな美女というやつだった。

 ウェーブのきいた金髪を揺らしながら愉快げに話す美女の顔を見ていると、その視線に気づいたのか一度喋るのをやめてヒソカの方を向いた。

 

 美女は一瞬の悩む素振りを見せた後に、納得する様な仕草をした。

 

「そういえば自己紹介がまだだったね。私はユーリン=ダッチ。家名でも名前でも好きな風によんでくれてかまわないぞ!さあ、お客さんの名前も教えてくれ!」

 

「僕はヒソカ。よろしく魔女のお姉さん。」

 

「おっと、お客さんが私の名前を呼んでくれない!これじゃあ自己紹介をした意味がないじゃないか。」

 

「お姉さんも呼んでないけどね。」

 

 

 そうして、楽しく?会話をしながら夕食を食べ終えると。食器の片付けもそぞろに二人は椅子に座って向かい合っていた。

 

 

 

 

「それでは!私が魔法を見せてしんぜよう!!」

 

 待ちに待ったと言った具合にヒソカは椅子から身を乗り出しユーリンの方を見る。

 

 ユーリンは椅子の上で大きく手を広げて見せたかと思うと、パッと手の上にトランプを出して見せる。見覚えのあるものに、おや?と思いながらもヒソカは黙ってトランプショーを見ていた。

 

 そうして披露されたのは普通のマジックだった。技術も凄いし、驚かされるものもあったが中には兄に見せてもらったものもいくつかあったため、ヒソカはそれが魔法ではなく唯のマジックであることに気づいたのだ。

 

「はい、お終い!!どうだった?」

 

「うん、楽しかったけど。これマジックでしょ?」

 

 魔法じゃないじゃん。と言われたユーリンは、パチパチと目を瞬かせた後に声を上げて笑った。

 

「おや、外からのお客さんなのにマジックを知っているのかい?」

 

「知ってるよ、兄さんが見せてくれたからね。」

 

「ほほぅ、お客さんにはお兄様がいるのか。そりゃ博識なひとだな。」

 

 マジックに使ったトランプで手遊びをしながらユーリンはヒソカの兄に興味を示した。

 

「それで、そのお兄様はどこにいるんだい?」

 

「残念だけど今は一緒じゃないんだ。」

 

 その言葉を聞いたユーリンは身体の動きを止め、驚いた表情を見せたかと思うと、何やら思案する様に天井を見上げた。

 身動きを止めた以降は、考えている最中もなめらかにトランプを混ぜる手元が止まることはない。

 

 ヒソカはその手つきに興味を示してしばらく眺めていた。

 そして、何やら満足したのだろう。そうか、そうか!と言いながら立ち上がるとヒソカのほうに歩いてきた。

 トランプに固定されていた視線をユーリンの方にむけたヒソカは言葉の先を促すように首を傾げる。

 

 

「よいか、私が君にトランプを使ったマジックを教えよう。なに、授業料をとったりはしないさ!勿論食事と寝床も用意しよう。」

 

 これは、天涯孤独の身とでも勘違いされたのだろうか。とヒソカが訂正のために口を開こうとした時。

 

「そうすれば君はお兄様に逢いに行くお金に困らないだろう。安心したまえ、私の未来にある素敵な出会いのためだ!!」

 

 そう言って迫られた時、ヒソカはユーリンから謎の圧迫感を感じ背中を粟立たせた。

 

 ゾクゾクする感触は一瞬で引いてしまい。それがなんだったのか分からずじまいであったが、分かったことがひとつ、どこかで話が飛んだということだ。

 やっぱり会話が出来ないらしいと、言葉の意味を理解しようとするがその間にもユーリンは楽しそうに喋り続ける。

 

 「ふふっ素晴らしい考えだ。お客さんもそう思うだろう?どうだい、マジックで一儲けしようじゃないか。」

 

 理解出来ないことが分かったと。ヒソカは考えるのを辞めた。ただ提案は面白そうだと思えた。あのトランプ捌きには興味があるし、旅銀が稼げるのなら願ってもいない話だ。

 

 

 そうしてヒソカは魔女の家に住むことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみに、私のことは偉大なる天才魔術士と呼んでくれてもいいんだぞ。」

 

「わかったよ、魔女のお姉さん。」

 

 




次回も、ひー君の初めての一人旅が続きます。

感想、評価、お気に入り等ありがとうございます。励みになります。


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会いたい人は決まってるよ?【中】

ヒソカの旅第二弾です。

よろしくお願いします。


 ヒソカが魔女の家に住み着いてから暫くが経った。

 初めはトランプのきり方や持ち方から順番に、といっても時間がかかったのは初めのシャッフルの仕方くらいである。兄が見せてくれたものと、マジックに使いやすいものは別だったようで、癖を直すことから始まった。

 それが終わってからは次々にマジックの技術を仕込まれたが、ヒソカはさほど苦労することなく習得していき今に至る。

 

 途中、ユーリンがヒソカの習得の早さと手先の器用さを褒めていたが、ヒソカとしては兄の器用さを思い出し褒められる程では無いとも考えていた。

 一度その旨を伝えた時に、ユーリンは自身の言葉を否定されて不機嫌になることもなく笑っていたことがある。

 

 話の飛び方は相変わらずであったが、意外にもユーリンは真面目にヒソカの師をしていた。

 そんなユーリンが殊更上機嫌になるのは新しい薬草を手に入れた時と、ヒソカが兄の話をした時である。前者に至っては正に魔女の趣味だと言えるだろう。後者の意味は分からなかったが、ヒソカは気持ちよく兄の話をさせてくれるので特に気にしていなかった。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 ヒソカはいつもの様に大ぶりのバケットを少し離れた位置に置き、大通りの一角に立っていた。

 昼時を少し過ぎ、ゆったりとした歩調で石畳の上を通っていく人がいる中で、少し特別な日常の一幕を始めるのだ。

 

 既に半円状に集まっている人々は、目的の少年が現れたことに拍手喝采だ。

 木箱に上り、いくらか高くなった視線を確認したヒソカはそのまま客からトランプを貰う。

 我に我にと、差し出されたトランプの中から選ばれた青年は、握りこぶしを天高く突き出し喜んでいた。

 

 ヒソカはパッケージを開封し、ケースにハートのサインを書くとそれを青年に投げて返した。そのまま取り出しておいたトランプを混ぜると笑顔で喋り出す。

 

「今日も見に来てくれてありがとう。まずは、いつものマジックをしようか。」

 

 扇状に広げられたカードを差し出され、最前列にいた女性はその中から1枚のカードを抜き取る。

 

「覚えたかな?それじゃあ誰かのポッケに入れてあげて。」

 

 その言葉に周りは期待するように女性の方を見る。少し悩む素振りを見せた後、女性は2列目に立っていた奥方のエプロンにそれを入れた。

 

「ちゃんと確認したかい?」

 

 掛けられた言葉に、頷き返した2人の表情はわくわくしたもので、一連の流れを見守っていた観客も期待したようにヒソカの方を見た。

 

「それじゃあ……。」

 

 パラパラと両の手の間を移動するトランプに観客は注目する。手遊びのように混ぜられたトランプの山が、ある一点でピタリと止まった。

 

「うん、あなたが彼女にプレゼントしたのはこのカードだね?…ほら、しっかり渡さないと僕のところに戻って来ちゃうよ。」

 

 一度、最前列の女性に見せてから全体にも見えるようにトランプを掲げる。見せられたカードに覚えのある奥方は慌ててエプロンのポケットを漁るが、その中には何も入っていない。

 

「まぁ!本当に無くなってるじゃない!!」

 

 待ってましたと言わんばかりに湧く歓声、奥方はエプロンを脱ぐ勢いで確認をするが、渡された筈のトランプは出てこなかった。

 

「それじゃあ次のマジックも……。」

 

 何が起こるのかと、ヒソカの右手に視線が集まった。そこには指の隙間に挟まれた4枚のトランプが綺麗に並んでいる。

 

「これを使って………と、思っていたけど無理みたいだね。」

 

 軽く手を振った一瞬で、ヒソカの手からトランプが消える。確認する様に手を裏返してみても無くなった4枚のトランプは出てこない。

 

 盛り上がる歓声も気にすることなく、流れるようにカードを扱う。左手のヤマから吸い込まれる様に右手へトランプが飛んでいった。

 

「そしたら、そこの君に手伝って貰おうかな。」

 

 呼ばれた少女はそわそわしながら隣の木箱に上ると、ヒソカからトランプを1枚渡される。しっかり持っているように言われると、少女は両手でトランプの裏が上になるように持った。

 

「減った分は、増やしておかないとね。」

 

 そう言って弾かれたトランプに、少女は違和感を覚える。

 

「それじゃあ、今度はそれぞれ片手で持っててくれるかい。」

 

 手の中のカードが2枚に増えていたのだ。少女は驚きながらも言われた通りに1枚ずつトランプを持ってヒソカの方を向く。

 それをリズムよく弾いてみせるとさらに4枚に増えたトランプが少女の手の中にあった。トランプを受け取ったヒソカは軽い調子で喋り続ける。

 

「まあ、僕も無くなったものは戻せないから増やすしかないんだけどね。」

 

 観客に見せられたのは同じ絵柄のトランプが4枚。あるはずも無いそのカードに一同がどよめき、直後割れるような拍手が響いた。

 

 その後も、リズムよく進んでいくヒソカのマジックに足を止める人が増えていき、大通りの半分を塞ぐような人々で溢れかえる。

 

 1ヶ月程前に現れたマジックの上手い少年。

 人々は、見目好い少年が道端で披露する巧妙なマジックに惹かれていた。

 第二の享楽の都と言われているロンマーナでは、数多くの大道芸が日々披露されている。その殆どはパフォーマンスを見るだけのものだったが、ここにきて観客がショーに参加出来る魅力的なものが現れたのだ。

 トランプを扱うその技術も文句なしの腕前となれば、ここら一帯の話題をさらうのに時間はかからなかった。

 

 

 

「じゃあ、皆もこのカードを覚えたかい?」

 

 1時間のショーもいよいよ大詰めとなり、最後のマジックが披露される。

 

 ヒソカが観客にだけ見えるように、カードの絵柄を見せるとそれをヤマの中に仕舞った。ざっくりと混ぜられたトランプのヤマを高く掲げると、それを勢いよく真上に投げる。

 当然カードはバラバラになって落ちてくる。その中から1枚だけ掴むとそれを観客の方にむけ、演技じみた身振りで幕を閉じる。

 

「今日のラストはハートの3。ハートのカード達と一緒に貰っていくよ。」

 

 そう言って息を吹きかけた瞬間、ハートの3のトランプはヒソカの手の中から消えた。

 木箱の周りに落ちているトランプの中からもハートのカードが無くなっており、派手な幕引きに観客は金貨をバケットへ放り込んだ。

 

 

 「ありがとう。また明日見に来てね。」

 

 木箱から飛び降りると、ヒソカはそのままバケットを持って路地裏に消えていった。

 

 

 

 

 

(ふふっ、今日もマジック楽しかったなぁ。)

 

 跳ねるような歩調に合わせてバケットが揺れる。路地裏を迷いなく進んでいくヒソカは、今日の観客の表情を思い出しながら笑っていた。

 

 自身の一挙手一投足に視線を奪われ、信じられないものを見た時のあの反応。それを見るのが何よりの楽しみであった。エンターテインメントを求めている観客との関係は正にwin-winなものである。

 

(兄さんも驚いてくれるかな。あぁ、早く見せたいな。)

 

 いくつかの角を曲がり、大差ない建物が並ぶ中、ヒソカはひとつの階段を上り始める。ボロく、今にも底が抜けそうな足場を上り切れば、そこはヒソカにマジックを教えている魔女の家があった。

 

 

 

「なんだ、今日のパフォーマンスは終わったのか。せっかく冷やかしに行こうと思ってたのに。」

 

 扉を開けた先には、とんがり帽を被ったお出掛け用の格好をしたユーリンが立っていた。言葉の通り、ヒソカの様子を見に行こうとしていたのだろう。

 

「いやー残念だ。それで?稼げたのかい?」 

 

「うん、大成功さ。」

 

 住み始めてからも一向に片付く様子のない部屋の中、テーブルの方に向かうヒソカの後をユーリンは手元のバケットを覗き込みながら付けていく。

 

 ヒソカが施設から持ってきた鞄を取り出しながら返事を返すと、ユーリンはそれに薄い反応をしながらこっそりバケットの中を覗き込んでいた。

 

「……ふむ、やっぱり増えてるな。」

 

「なにが?」

 

 金額のことだろうかと思いながら、ヒソカは今日の稼ぎを仕舞うための袋を出してユーリンの元に近く。すると彼女は半歩ずれてバケットの中が見えるようにヒソカを前にやった。

 

「ほら、これだよ。君はこいつが投げ入れられたところを見たかい?」

 

 そう言って見せられたのは青々しい葉っぱだ。金貨や札の間に埋もれる形で顔を覗かすそれに見覚えはなく、何とも奇妙な光景に思えた。

 偶然入ったと言うには多すぎる量だが、ヒソカはバケットを持ち帰る際に葉っぱが入っていることに気づかなかった。否、ヒソカが持って帰ろうとした時には入っていなかったはずだ。テーブルの上に鎮座したバケットの中は、十分の一が葉っぱで埋まっている状態だ、流石に気づけないはずがない。

 

 とりあえず眺めていても仕方がないとバケットから葉っぱを取り出し、テーブルの上に適当に避けていく。ジャラジャラと音を立てながらバケットの掻き回して、ある程度取り除けたら袋に詰める。

 

 テキパキとヒソカが作業をする横で、ユーリンは避けられた葉っぱをつまみ上げ何やら思案しているようだった。ランプの光に照らしてみたり、軽く火で炙ってみたりと、傍から見れば好奇心のままに実験をする子供のように見える。

 すり鉢で潰され粉々になった葉っぱがゴミ箱に捨てられ、また葉っぱを後ろの机に持っていく。特に興味もないため、ヒソカはその行動に質問することなくお金を詰める作業を進めていた。

 

 ここに来てから約2ヶ月、ユーリンの行動に慣れた結果である。むしろ、彼女が喋らずに黙々と何かをやっている時の方が会話に振り回されず楽だった。

 

 バケットの中身も殆ど無くなってきた頃、十数枚目の葉っぱをユーリンが持って行った。そして袋の口を結ぼうとした時、ヒソカは背筋が粟立つような気配を感じた。

 

 何事かと後ろを振り返えると、その気配は消えており、変わりにユーリンが夏場のゴミ箱の底にGを見つけた時ような表情をしていた。先週見たので間違いない。

 

 

「どうしたの、殺虫用の薬草持ってくる?」

 

 項垂れるように、顔を覆いながら机に撃沈していたユーリンは髪をバサつかせながら否定する。

 普段、ネガティブなリアクションなど見せないユーリンが明らかにショックを受けている様子に興味を持ったヒソカは、練習用にトランプを出しながら片手間で話を聞くことにした。

 

「…うん………じゃ…………ねぇ、く…が!!」

 

「ねぇ、聞こえないんだけど。」

 

「私のうん……をじゃ……いい…ねぇ、クソが!」

 

「あぁ、うん。もういいよ。」

 

「私の運命の出会いを邪魔するとはいい度胸じゃねえか、クソが!!!」

 

 だからもう言わなくていいと言ったじゃないか。ヒソカは、その言葉を飲み込み説明する気のないユーリンに冷たい目線を送る。

 

「…それで、何か分かったの?」

 

「それなんだが、君は長くてもあと数週間の命になってしまったようだ。」

 

「……。」

 

「……分かったよ説明すればいいのだろう!?君はあと一週間程稼いだらこの街を出ていきたまえ!!」

 

 教え子からの冷たい視線に耐えきれなかったのか、はたまた説明する気分だったのか珍しく話が飛ぶこと無く会話がなされた。

 

「ううー、しくしく。後一週間で会えなくなるというのに君は冷たい視線を送ってくるなんて。」

 

「何で一週間後に出発することになるのさ。」

 

「悲しくて悲しくて、偉大なる魔術士も心が痛んでいるぞ。」

 

 どうやら気分が乗ったから説明しただけらしい。まぁ、視線ひとつで会話出来るなら今までこんなに苦労はしなかったとヒソカはそこまで気にすることなくトランプをきる。

 

「葉っぱが入ってたのと何か関係があるんでしょ。」

 

「まあ、端的に言えばそうだな。」

 

 泣き真似にも飽きたのか、ユーリンはムクリと起き上がり手に持っていた葉っぱをクルクル回しながら普通に話し始めた。

 

「その葉っぱにはどんな意味があるの?」

 

「いんや、意味は特に無いけど……。面倒事の前触れ的な?君はまだ分からなくていいよ。」

 

「へぇー。それってお姉さんが偶に出してる気配と関係ある?」

 

「…………。」

 

 ユーリンが弄んでいた葉っぱは、ヒラヒラと机の上に落ちた。

 

「少年!君のお兄さんに会えたらよろしく言っておこう!!」

 

 話はどうやら終わりのようだ。キッチンへ向かっているユーリンはスキップしながら料理の準備を進めていた。なんとも器用なことである。

 

 それにしても、とヒソカはトランプを並べながら考える。ユーリンは先程の質問に答えたくなかったのか、単に彼女の中で会話が終了した可能性も否定出来ないのが難しいところだ。

 

 丁度いい機会だからと聞いてみたが、結局ゾクゾクする気配の正体は分からずじまいだった。しかしユーリンの話が飛ぶ時は、兄さんの話題になっていることが多い。もしかしたら兄さんが答えを知っているかもしれない。

 ただの勘であるが何故か間違ってる気はしなかった。

 

 

(それはそうと、兄さんによろしく言ってあげるのは僕なんじゃない?)

 

 

 綺麗に並べられたトランプは、無造作に混ぜられていたにも関わらず、Aから順に揃っていた。

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

「それじゃあ僕は行くね。」

 

 いつもと同じように玄関に立ったヒソカは、いつもより少し多い荷物を持って声を掛けた。

 

「おぉー教え子よ!!強く生きるのだぞ!」

 

 テーブルに座ってジャムパンを片手に持ったユーリンは間抜けな声で送り出す。にぱっと笑いながら、見送りのポーズとして手を振っているがそれはパンを持っている方の手であった。

 せめて置いてからバイバイすればいいのにと思うが、思うだけである。ヒソカは笑顔で手を振り返してドアーを潜った。

 

 

 

 ヒソカ、2度目の旅立ちである。

 

 

 

 感動的な別れなど無く、早朝に家を出たヒソカはそのまま国境沿いに立っている関所まで行き出国の手続きを済ませていた。

 

 出発が決まってからも、ユーリンとヒソカの生活に変化は無く一週間で旅程に必要な残りの資金も集めることが出来た。

 

 しかし、バケットの葉っぱの量は日に日に増えていた。勿論気になったヒソカはお金が投げ入れられる時にバケットの方を見ていたが、葉っぱが入っていく瞬間は目撃出来なかった。それでも家に着いてからバケットの中を見ると、葉っぱが混ざっているのだ。

 昨日なんかは、半分が葉っぱで埋まっており、今までより金額も減っていた。どう考えても嫌がらせだが、ユーリンはあの日以降は反応しなくなったし、ヒソカもマジックが出来れば十分だった。今までの稼ぎでお金が貯まっていたのもあるだろう。

 

 大してダメージも無い仕掛けだったが、そのタネは気になる。僅かに後ろ髪を引かれる気持ちでヒソカは次の街に向かった。

 

 

 

 

 

 ヒッチハイクで車を捕まえたり、圧倒的に増えたお金を惜しみなく使って町を渡り歩いていく。

 大陸の海岸沿いに行けば方向を間違えることも無いだろうと、雑な世界地図で旅を続けるヒソカは気分で目的地を選んでいた。いや、半分は流されるままに着いたところを目的地と呼んでいた。

 

 

 

 そのおかげで、捕まえた車が山奥に突っ込み、布を体に巻き付けただけの個性的な部族に遭遇したこともあった。そのまま集落に招待されて三日三晩焚き火を囲んだ宴に参加し、山の中で狩ってきたであろう肉に豪快に齧りつくワイルドな体験をしたのだ。

 

 

 

 半月前には高層ビルが並ぶ街に着き、せっかくだから何か見ていこうかと思った時に辺りが真っ暗になる事もあった。

 時間は昼頃であったし、青空の広がるいい天気だと思っていたのだが、それは覆われたドームに着いているパネルが見せていた空であり、ヒソカが遭遇した暗闇はその空が一気に塗り替えられて起こったものだった。

 

 無論、適当に流れ着いた街のことなど知らないヒソカは突然の事に驚き、街のど真ん中で立ち尽くしていた。周りを見ても混乱した様子のない人々ばかりでどうしていいか途方にくれた時、爆発音と共に辺りが一気に明るくなったのだ。

 

 音に驚き肩を跳ねさせたヒソカはその正体を探ろうと顔を上げ、笑みを見せていた。

 周囲が明るくなったのは空が戻ってきたからでは無い、建ち並ぶビルのひとつひとつがライトアップされ、それぞれがレーザーライトを出し、ある一点を飾り立てていた。爆発音の原因らしき白煙もその一帯から上っているのだ。

 

 何か面白いことがあるのだろうと、一直線にそこへかけていけば、多くの人でごった返した空間が広がっていた。空から紙吹雪が降っており、爆音ともいえる音楽が街全体を揺らしている。

 スポットライトがあたっているかのように明るい大通りは、ヒソカが立っている地面よりも高くなっており、そこを数人の人がスマートに歩いていた。

 

 長いランウェイを歩く美男美女に街の人々は興奮しており、ヒソカも街ひとつ使ったショーの賑やかさにテンションを上げていた。

 

 毎日ゲリラ的に行われるファッションショーが面白く飽きるまで何日も滞在したことがあった。

 

 

 

 他にも大の大人より2倍ほど大きい、もはや小屋のサイズまで成長した羊の牧場に行ったこともある。

 町というよりは、牧場を中心とした土地にぽつぽつと家が建っているような場所だったが、その毛玉の大きさが気になっておもわずバスを降りてしまったのだ。

 親切なおじさんに実際に羊を見せてもらった時には見上げすぎておもわず後ろに転びそうになった。

 大きい羊という意味の“ゴースシャフ”と呼ばれる品種らしい。名前の付け方が安直だと思ったが言わないでおいた。その日の夜に泊まった藁のベッドは少し獣臭かったが、ふかふかで寝やすいものだったのを覚えている。

 

 

 

 とまあ、ここまでの旅の記憶を思い出せば分かるようにヒソカは旅を満喫していた。いくらか不満な部分もあるが、初めて見ることには胸踊らされるものばかりだった。

 

 きっと、ジールがこのことを知れば、下唇を噛みながら血の涙を流していただろう。

 

 弟の変態化に怯えながら、念能力を磨き、そろそろ頭部の草を燃やし尽くしてやりたいぐらい嫌っているおっさんと暮らしているのだ。ストレスマッハの状態である。

 ヒソカが旅の様子を伝えようなどと手紙の事を思いつかなかったのは幸いだった。

 もし知っていたらやけくそで家中の花瓶を割っていたかもしれない。きっとその後我に返って賠償金の文字に震えていただろう。

 

 

 

 

 

 そしてヒソカの長い旅も一区切り打たれた。住んでいた家のある街にたどり着いたのだ。

 

 約1年ぶりの我が家に足を踏み入れる。

 誰かが掃除をしているのか、少しだけ積もっていた埃が舞い上がり、ヒソカはひとつくしゃみをした。

 

 

 落ち着く我が家で一息着く間もなく、ヒソカは玩具の箱をひっくり返し始めた。ガラガラと音を立て散らばる玩具に目もくれず、そのまま絵本の棚に向かう。バサバサとたたき落とすように出された絵本に目を向けると、今度は丁寧にページを捲り始めた。

 

 

 

「……あった。」

 

 

 兄のお気に入りの絵本に挟まれていたのは1枚のメモ用紙。

 別にヒソカは気が触れたわけでは無かった。ただ兄なら何か家に残しているのではないかと、それを探していたのだ。

 

 何事もヒソカより上手くやる兄だからこそ。闇雲に探し回らず、家に向かえばいいとわかっていたヒソカが旅を楽しむ事が出来たのだ。

 

 ゆっくりと、四つ折りになっている紙を開く。そこには手紙と同じ文字で、ひとつの住所が書かれていた。

 確認するように文字をなぞると、一気に力を抜いて座り込んだ。

 

 

 

 

(ははっ、やっぱり兄さんは凄いや。……早く会おうね。)

 

 

 

 

 舞った埃が落ちてくる中、ヒソカは満足気に笑っていた。

 




ユーリンさんには、また登場して欲しいところです。
次回でひー君の旅は終わります。

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会いたい人は決まってるよ?【下】

今回でヒソカのターンは終わりになります。

よろしくお願いします。


 雪は綺麗だった。空から降ってくる雪に触ってみたくて手を伸ばしたのを覚えている。

 

 掌に落ちてきた白い粒は………。

 

 

 

 冷たい風が窓から吹き込んでくる。冷え冷えとしたそれが頬を撫でるのに目を覚ましたヒソカは、ゆっくり起き上がると眠たそうに欠伸をした。

 

 珍しく夢を見たのだと思い出し、ふと窓の外を見やる。そこには乾いた中庭があって、同じ季節でも見れないものがあるんだとヒソカは一人納得していた。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 年を越して1月。ヒソカは家の中でまったりしていた。

 

 今頃、新しく従兄弟が生まれたからとなんだかんだパーティーに参加しているジールからすれば羨ましい生活である。

 知っていたらタッパーに肉を詰めて飛んできただろう。

 

 そんなヒソカは、久しぶりの家を満喫したいという気持ちが3割。この寒い中で野宿をしたくない気持ちが7割で、春先まで家に滞在することを決めていた。

 

 兄が取っていた昔の新聞なんかを取り出して読んでみたり、自分と兄の分のつみきを使っていつもより大きい城を作ってみたりした。

 

 ちなみに一番楽しかったのは、隣の地区にある道場に行ってきたことである。

 兄が額縁に入れて飾っていたチラシが目に入り、組手ができる場所だと認識していたヒソカは即効で訪ねに行った。

 

 というのも、この旅で唯一不満だったのは組手が十分に出来ないことだったのだ。

 路地裏や倉庫裏だったりと、向こうから殴ってくるタイプの人達がいるところに行っても手応えのある人はいなかった。

 それなら、強そうな人とやればいいと思ったのだが、強そうだと思える人は軒並み殴りかかってこなかったのだ。

 

 何故、組手の基準が殴ってくる相手なのか。

 それは、昔兄が組手の存在を教えてくれた時に、相手が殴ってきた時だけやり返していい、と珍しく言葉を重ねて伝えてきたからだ。

 もし、何もしてきていない人を相手に組手をしようと殴りかかった時は、半年間兄との組手がお預けになると忠告された。それは非常に困る、いつもどれだけ兄にアピールして組手をしてると思っているのか。

 

 だから、旅の途中でも自重してきたのだ。

 

 するとどうだろうか、強い人と組手を出来た事など片手で数える程度だ。今までは兄が相手してくれていたが、今はいないのだからヒソカの不満は溜まっていく一方だった。

 

 そして見つけたのが道場という訳だ。兄が通っていたところなのだから強い人もたくさんいるだろうと、ヒソカは動きやすい服に着替えて家を出た。

 

 

 

 

 

 

 ヒソカが道場を訪ねた時、そこには道着を着て素振りの練習をしている人達がたくさんいた。

 玄関から堂々と入っていったヒソカだが、事前に連絡などしていなかったので、当然のように迷子扱いをされた。

「きみ、大丈夫かい?迷っちゃったのかな?」

 一番近くにいたおじさんに手を繋がれ、門の方に連れていかれたのだ。危うく何もせずに帰るところだった。

 慌てて相手を引き止め、ここなら組手ができると聞いてやってきたのだと伝えると、おじさんは困ったように頭をかきなから一旦奥に行こうと案内してくれた。

 

 とまあ、順調にとは言えないが無事に組手はすることが出来た。周りの弟子は入れ替わりもありほとんど覚えていなかったが、師範代が兄のことを覚えていたのだ。

 急に来なくなって心配していたようで、代わりに道場でヒソカを受け入れようと申し出てくれた。

 

 まあ、ヒソカはそれを断ったが。

 

 ヒソカがやりたいのは、兄が教えてくれた組手である。道場でのちまちました素振りや型の練習には興味が無かった。

 まあまあ失礼な我儘を言ったが、幸い相手の懐は深かった。ならば組手だけ参加していけば良いと許してくれたのだ。

 懐の深い師範代は、楽しそうに笑っていた。

 

 

 そして初戦と相成ったわけだが、ここで思い出して欲しかったことがひとつ。ヒソカが組手と認識しているのは、兄が勝手に作った“なんでも有りの組手”だということだ。

 

 当然、型の応用でやり合うものだと思っていた門下生は初手の足掛けで転んだ。

 様子を見ていた周囲は驚愕で固まっていたし、師範代は愉快そうに膝を叩いていた。

「何、型の練習に興味がない人がまともな組手をするはずがないでしょう。あなたの兄も偶に足癖が悪い時がありましたしね。」

 

 師範代は実戦に近い練習も必要だろうと、弟子を突き組手の練習を再開させた。

 この時、周囲のリアクションから何かが違ったらしいと気づいたヒソカだが、特に問題も無かったのでスタイルを変えることはなかった。

 

 

 

 

 そうして暇を潰しながら過ごして3ヶ月程が経った日。そろそろ暖かくなるだろうと、ヒソカは家を出ることを決めた。

 

 ここにもしばらく来れなくなるからと、世話になった師範代に挨拶をしに行く。

 

 実は門下生を軒並み倒して、次は師範代だとワクワクしていた時期があったのだが、全力ではない儂と戦って満足しますか?と断られて以来訪ねていなかったので、久しぶりの会話となる。

 

「久しぶりに顔を見せたと思ったら、行ってしまうのですね。」

 

「うん、楽しかったよ。」

 

 後ろの門下生達がチラチラと此方を見ている。安心して欲しい、今日はエンドレス組手をしに来たわけでは無いのだ。

 

「そうですか、では手土産にひとつ。あなたが組手と呼んでいるものは一般的には戦闘と言われる行為です。今後、相手をお誘いする時は誤解されぬようにそちらで声掛けすると良いでしょう。」

 

 ーーどうやらあなたは戦うのが好きなようですので。と、付け加えられた言葉に納得したヒソカは、頭の中の辞書をひとつ書き換えた。

 最後に礼を伝え、足軽く道場を出て行く。横目で見た道場にはホッと息をつく門下生達が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 わいわいと盛り上がるバスの中で、ヒソカはガイドの声を聞きながら窓の外を見ていた。

 

 またフラフラしながら目的地を決めるような旅を続けていたが、前よりはその振り幅は小さい。

 

『2 ラッケスストリート 

 ガーランド街 パドキア共和国』

 

 

 絵本の間から見つかったメッセージには旅の最終目的地が書かれていた。

 そのおかげでヒソカは森の奥に行ったり、住民がローブを着て生活しているような怪しい街に流れ着くことも無くなったようだ。

 

 

『えー、本日バスガイドを務めさせて頂きますココラと申します。気軽にココちゃんとお呼び下さい。』

 

 といっても寄り道をしないとは言っていない。デントラ地区に着いた時に聞いたゾルディック家の噂が気になって、観光バスに乗り込んでいるのを見れば分かるだろう。

 

 バスの中は、家族連れからむさ苦しい男まで様々な人が乗っておりこのツアーが人気であることがわかる。

 

『……走行中は席を立ったり、後ろ向きに座ったりしないようにお願い致します。』

 

 乗客からガヤをとばされながら笑顔で話すバスガイドは、どうやらこのツアーの華らしい。

 ツアーの注意事項を聞き流していると、バスは登り坂に差し掛かった。

 

『皆様、左手をご覧下さい。こちらが悪名高いゾルディック家が住む、ククルーマウンテンでございます。樹海に囲まれた標高3772mの死火山の何処かに彼らの屋敷があると言われています。』

 

 遠くの方に見えるあれがその山なのだろうかと、想像より広い土地に驚き、その視線は窓の外に釘付けとなった。

 

『曽祖父、祖父、祖母、父、母と二人の兄弟は家族全員が殺し屋です。彼らの顔を見た者はおらず…』

 

 

(殺し屋って、強いのかな。)

 

 見つかるはずもない屋敷を探しながら、ヒソカは組手ーーではなく、戦闘に付き合ってくれる人達だろうかと考えていた。

 

 バスが山道を降り始めると、そのまま樹海の方に近づいていき大きな門の前で止まった。

 

『こちらがゾルディック家の正門となっております。ここから先は私有地となるためご案内はできませんが、山めぐりのツアー最大の山場となっておりますので、皆様しかとご覧下さい。』

 

 赤い旗を振りながら、正門の近くまで連れていかれるツアー客に紛れてヒソカは門の麓までやってきた。

 

 重厚な扉が重なるように出来ている門はまるで飾りのようで、ちょっと開けてみたいなと好奇心が顔を覗かせていた。

 

「へぇー、大きいね。」

 

 人混みをかき分けて前に出てきたヒソカは、手を伸ばせば門に触れそうな位置に立っていた。

 斜めがけの鞄を後ろに回し、動かしやすくなった腕を突き出すように持ち上げる。

 歴史を感じさせる金属の質感にその白い手が近づいていく……。

 

 

 

『それでは出発します。皆様バスにお戻り下さいませ。』

 

 あと数センチといった所で集合の声が掛かる。

 少し残念に思いながらも、置いていかれるのは困るのでヒソカは素直にバスへと戻っていった。

 

 少しだけ人数の減ったバスは、残りのルートも走り終え、山を一周すると最初の町へと戻っていく。

 

 無自覚に兄の心臓を絞め殺そうとしていたヒソカは、無事ツアーを終えて町中のバス停で降りていた。

 

『ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。』

 

 

 

 笑顔のバスガイドに見送られ、まばらに去っていくツアー客と同じようにヒソカも昼食を食べる為に飲食店を探しに行った。

 時計の針は頂上から少しズレてはいたがまだまだ許容の範囲内である。辺りからいい匂いがしてくるなかで、ヒソカは量の多さはこの町随一という定食屋に入り大盛りのパスタをもぐもぐした。

 

 その後は市場を覗いてみたり、配られていたチラシの中から美味しそうな肉屋に行ってみたりと慣れてきた旅のスタイルで問題なく過ごしていた。

 

 

 満足した後は列車に乗ったり、たまにヒッチハイクをしてみたりと西に向かうために街を渡り歩いていく。

 

 不満に思っていた戦闘についても、組手と言わなくなっただけで相手をしてくれる人が増えたのが嬉しく、途中の町でやり過ぎてしまうくらいには問題無くなっていた。

 

 やはり兄の心臓はキュッと締まった。

 

 

 

 さらに途中で兄の真似をして新聞を買ってみたが、これが意外と面白いのだ。

 どこかの誰かが賞を取ったなんて記事には興味も無いが、隅に書かれている募集要項なんかは読んでいて面白かった。

 酒場なんかでマジックを披露して旅銀を稼ぐのもいいが、たまには別の事もしたくなる。

 ちなみに一番稼げたのは、広場で開かれたババ抜き大会の賞金である。誰が何を思って開いたのかは分からないが、カードのカウンティングができるヒソカにとってはカモネギ状態だった。

 

 罪悪感ひとつ抱かずに賞金をかっさらったヒソカが次に向かったのは、ガーランド街。

 

 ついに、この旅も終了となる。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 歴史の教科書に出てきそうな石造りの建造物が街の中心にある時計塔から放射線状に並んでいた。

 その周りを囲むように並んでいるのは木造の建物と市場であり、活気溢れた人々の声が響いてくる。

 

『次はー、ベーガー駅。ベーガー駅。お降りのかたは下車の準備をよろしくお願いします。』

 

 列車から到着のアナウンスが流れて来る。

 観光客にも人気なこの街は、年間で訪れる人の数も多く、ヒソカが荷物をまとめようと動き出した時には、隣の席の乗客も頭上から鞄を下ろしていた。

 

 蒸気が抜ける音と共に停車した列車は、一斉に扉を開け中から大量の人を吐き出した。

 その人の多さに揉まれながらも、無事に降りることが出来たヒソカは初めての土地に興味を示しながらも、人の流れに流され市場の中心までやってきていた。

 

 

(賑やかなところだねぇ、奥に見える建物なんかは兄さんが好きそうなものばかりだ。)

 

 

 観光客が主に楽しんでいるのは、賑やかな市場と歴史のある中心街の建物、それに幽霊が出るという古城も人気があった。

 時たま、コアな観光客の中には伝統的な不味いご飯を楽しみにしてくる者もいるが、ヒソカは無難な料理を食べようと決めていた。

 

 多くの店が店頭に人を立たせて呼び込みをしている。太陽が沈み空が薄紫色へと変わってくる時間帯だ、無難に美味しいものを食べるのに丁度いいだろう。

 

 ヒソカは、ナントカビーフの専門店だという店に入り美味しそうな煮物を頼んだ。

 メニューに書かれていた料理名は長くてよく分からなかったが、隣に載っていた写真を見るに一番大きい肉が入っているらしい。

 

 ちなみにヒソカが肉料理をよく食べるのは身長の為である。兄が美味しいからとよく口の中に突っ込んできた影響もあるが、肉をよく食べればいい身体が作れるのだと教えられたのだ。それからヒソカは何も残さずよく食べるようになった。

 

 

 閑話休題。

 

 

 やってきた肉の塊は、じっくり煮込まれていたのかとても柔らかい肉であった。ヒソカはその塊を切り分けると、大きな口を開けてどんどん中に放り込んでいく。しっかりした味付けの肉はヒソカの好みにあったようで、追加の二皿を頼むと、次は切り分けることなく器用にもそのまま齧り付いた。

 

 満足するまで食べきると、ヒソカはそのまま会計を済ませ近くの宿に向かう。

 

 長い列車の旅と、満腹のお腹によって睡魔がマックスだったため、適当に部屋をとるとそのままベッドに沈みこむ。

 

 ざらつくベッドのシーツに顔を押し付けながら、糸が切れたように寝転んだヒソカは徐々に瞼が下がっていき、次第に寝息を立て始めた。

 

 

 「……にい…さ、……ぎゅうにく。」

 

 

 兄に肉料理を勧めているのか、兄が牛肉に見えるのか、それはヒソカにしか分からないことである。

 

 

 

 

※※

 

 何処からか聞こえてくる人の声に起こされたヒソカは、僅かに顔を顰めながら起き上がった。

 寝ている間に蹴られたのか、足元に丸まっている掛け布団を引っ張り上げもう一度寝直そうとしたが、何度か寝返りを打った後、結局外の騒がしさに負けてベッドから出ることにした。

 

 ヒソカが昨日とった部屋は、大通りに面している2階だった。もう少し裏に入った所にすればよかったなどと考えながら、鞄を引っ付かみ1階にある食堂へ降りていく。

 

「おはようございます!そちらでプレートを受け取ってくださいね!!」

 

 外の活気にも負けない大声で朝食の案内をされ、響く頭を抑えながらカウンターでトレーに乗ったセットを受け取る。

 そのままノロノロと歩き、窓から少し離れた席に着いたところでヒソカは一息ついた。

 

 木造の建物は内装にも暖かみのある家具を使っているようで、落ち着いてみれば朝の時間をゆっくり過ごすのに適している。シンプルなパンとスープの組み合わせも、これから出掛けるのに重すぎないメニューであった。

 

 ヒソカは朝から調子を狂わされ、ささくれだっていた心を宥めながら近くに置かれていた新聞紙に手を伸ばした。

 

 (今日は兄さんのいる家まで行ってみようか。)

 

 

 

 久しぶりの再会なのだから、楽しい気分で会いに行きたいのだ。

 しかして、どうやら朝の安眠を妨害してきたのは大通りで開かれている朝市が原因らしい。朝から元気に働けるとは、少しくらい休めばいいのにと思わなくもない。

 

 新聞の端に並んでいるオススメの出店を見ながら、いつも通り事件や経済の小難しいニュースを読み飛ばしていた時だった。

 

 

 

 捲ったページに載っていたのは大きな白黒の写真。紙面の半分を埋めるそれは、花に囲まれた墓石であった。

 

 

 

『ジール=ラケルスス 死去』

 

 

 

 

 捲っていたその手を止め、細かく書かれた文章に目を通すと、持ってきた朝食に手もつけずそのまま宿を飛び出した。

 

 

 走ったのは覚えている、何度か道を間違えた気もする。息を切らしながら大きな門の前に立つと敷地の中を見渡しながら、通りがかった人に声をかけた。

 

「ねえ、ここってラケルススの家?」

 

「えっ、あぁそうだが……」

 

「そう。」

 

 最低限の返事を聞くと、ヒソカはそのまま門を乗り越え、屋敷の扉を乱暴に引く。

 

 鍵のかかった扉は大きく音を立てその先を見せることは無かったが、突然の物音に驚いた使用人らしき人物が僅かに扉を開け外を確認しにきた。

 

 その隙間に足を差し込み一気に開けると、その反動でよろけた男を押しやり屋敷の中に入り込む。

 そこから先は早かった、人が多く出てくる方に向かって進んでいけば屋敷の奥にいた一人の男にたどり着いたのだから。

 

 「何事ですか?あなたは……」

 

 正直なところヒソカはこの時のことをほとんど覚えていない。

 兄のことについて訪ねた記憶はある。その後に男が何やら話していたが、新聞に書かれていた以上の話は出てこなかった。髪色だとか、血縁がどうのと煩く怒鳴っていた気がしなくもないがそんなことはいい。

 

 

 会いたい人に会えるのか。

 

 

 

 最終的に男が投げつけてきた書類を拾うと、それは認定書と停止された戸籍の写しであった。

暫く書類を眺めていたが、それが偽物でもなく兄の死を証明するものだとわかった。

 

 

 それならここにもう用はない。

 

 書類を捨て、最後に八つ当たりをするとヒソカはそのまま屋敷を出た。

 宿に戻る気も起こらず、人の少ない場所へと歩いていく。

 

 

 ヒソカの心の内を締めるものはなんなのか。

 

気づいた時には、宿を飛び出し兄に会えないのかとラケルススの家まで行っていたのだ、心の整理をする暇もなかった。

 

 宿で見た写真の下に書かれていたのは、兄が一ヶ月前に病死したというものだ。

 それを知った時、ヒソカは焦った。

 既に死んでいるというのに、早く会わねばならないと掻き立てられ気づけば走り出していた。

 

 では、会えないと分かった今はどうなのか。

 

 

 惜しい、悔しい、ーーー勿体ない。

 

 

 兄さんとやりたかったことがあるのに。兄さんに見せたいものもあるし、試してみたいこともあった。

 

 もっと早く来ればよかったと自身の行動を後悔すればいいのか、今までに無い感情の表現は難しい。

 

 人のいない郊外までやってきたヒソカは、ひとつ思い出した。

 

 雪を捕まえようとして、その白い粒が溶けてしまったことを。

 その時はなんと言っだろうか。あぁ。

 

 

 

「…残念だな。欲しかったのに。」

 

 

 

 

 

 

 

 日常の一幕で溶けたそれは、季節を巡り出会うものである。

 




次回はジールの話です。はっちゃけてます。

感想、評価等ありがとうございます。励みになります。


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仕込みは上々ですよ?

お兄ちゃんがはっちゃける回です。

よろしくお願いします。


 若葉が風に吹かれる爽やかな朝。だんだんと人々が起き始め、街中ではその日の意気込みを入れながら歩いていく人の姿が見える。

 

 そのうちの街道ひとつでは、育ちの良さそうなお坊ちゃんが屋敷の前に立ち尽くしている。

 その顔はどこか複雑そうなものだった。

 

(……ついにこの時がやって参りました。)

 

 しかしその表情は一瞬のものであった。少年は出てきた門を振り返り、そして感情のままに中指を突き立て、舌を出し全力で威嚇し始めたのだ。

 

(おっと、誰かに見られる前に退散しなければ。)

 

 3秒程そうしていたかと思うと、足元に落ちている鞄を担ぎあげ、街の外へ向かって歩き出した。

 血のにじむ頬も気にせずに意気揚々としている。

 シックな石畳を踏みながらご機嫌で歩く少年の名はジール。家名は先程無くなったばかりである。

 

 

 

 その経緯はジールにとってあっさり受け入れられるものであったが、一般的に穏やかとは言い難い出来事が起こっていた。

 

 

 

 事の始まりは昨日の朝、ジールが新聞を読んでいるところにジブット…ジール風に言うなら胡散臭いおっさんがやってきたのだ。

 

 暫く顔を見せていなかったおっさんが、胡散臭さを割り増しにして書類を渡してきた。もちろんジールはこの時点で嫌な予感しかしなかった。部屋の外にある複数の気配も含めて、心のシャッターを下げてお引き取り願いたかったが、相手がそれを汲んでくれる訳もなく話は進んでいったのだ。

 

「君の役目は終わったんだ。ラケルスス家の輝かしい未来のためにその身を捧げられるのだよ。ああ、よかったね。」

 

 まず何を言ってるのかわからなかったが、数秒後ジールは自分がお役御免でここを出られることを悟った。

 節々にウザイ言い回しがあった気もするが、そんなものは些細なことだ。ジールは素敵な窓から小動物に話しかけプリンセスばりにキャッキャしたい心境だったが、自重した。

 目の前では、外戚の血筋がどうのラケルススの歴史がなんちゃらと語っているおっさんがいたからだ。

 まあ、お気づきの通りジールは半分程聞き流していた。その話はもう何十回と聞いているのだ、お腹いっぱいである。

 

 頬杖をつきたいのも我慢して、お利口に座っていた訳だが、ある1点でその身を乗り出し口を挟んだ。

 

「病死と次男の継承権の繰り上げですか?」

 

 立ち上がった拍子に椅子が音を立てて倒れた。

 ジールの慌てようを見て愉快げに笑みを浮かべたおっさんは鷹揚に頷いて声を張り上げる。

 

「ああ、我が家程の名家ともなると長男が当主になれないなど体裁が悪くなってしまう。息子に後を継いでもらう為にはこうするのが一番いいのだよ。」

 

(そうですか。俺的には継承権とかいらないんでラッピングしてお渡ししたい気分なんだが。)

 

 シンプルな話で終わることはないようだと、素敵に見えていた窓辺に死んだ目を向ける。

 

(小鳥が俺を助けてくれるとかないだろうか。)

 

 立ち尽くしたままのジールを見て何を思ったのか、どこか慰めるような……いや、敗者を見るような視線と共におっさんは言葉を続ける。

 

「わかるよ、ラケルススを継ぎたい気持ちはよく分かるが……、所詮君は外戚なのだよ。」

 

 おっさんがそのまま右手を上げると、男達が勢いよくドアを開けなだれ込んでくる、その数はざっと7人。だいたいはジールも屋敷の中で見かけたことのあるお抱えの護衛だった。

 黒い服を着た男達の手には銃が握られており、ジールがそう来たかと眺めている間に他の使用人達は廊下に避難していた。

 

「安心してくれたまえ、君は既に病死と結果が出ている。どんなに汚くなったとしても世間は美しい体で死んだと思ってくれるだろう。………撃て。」

 

 

 

 鼓膜を割りそうな激しい音と共に、体に強い衝撃がはしる。7人の連携がとれた攻撃は銃弾を切らすことなく標的に当てようと硝煙を発している。

 一発では満足出来ないのか銃弾が切れるまで撃ち、全員が構えを解いた時、その違和感に気づいた。

 

 標的は損傷した様子も無く立っている。周りの床が抉れ、座っていた椅子も壊れている中で1歩も動くことなく耐えきったのだ。

 

 反射的に頭を守るように腕で庇う動作をしていたジールは、止んだ音に終わったことを察し普段の立ち姿に戻っていた。

 騒音が無くなり、自然から聞こえてくる音が部屋を包んだ。

 

(…………知ってた。)

 

 エグい魔獣や、ブラックリストが存在する世界で旅をしようと準備してきたのだ、未だ納得のいくものでは無いとしても、銃弾のひとつも防げないようでは流石に拗ねてしまうだろう。

 攻撃手段が割れている状態でベラベラ話しているのだから、その間にオーラを練ることなど簡単にできる。正面から対面する形になっているのもよかった。堅と流で前面だけ固めれば良いのだ、これくらいは朝飯前である。……本当にご飯の前だった。

 

 おっさんは計画が崩れて焦ったのか、そのままジールを連れていくように指示を出し、地下の部屋に押し込んだ。

 ジールの足首と壁を鎖でつなぎ止めると、残りの黒服達が入ってくる。

 それからは色々な武器を使ってジールを殺そうとしてきたのだが、“周”もされていない金属如きに負ける訳もない。

 もはや滑稽な見世物のように思えてきたが、ジールは逃げることなくその見世物を見続けていた。

 

(ひー君への支援を続けてくれるように、せめて言質だけでも取っておきたいんだよなぁ。)

 

 それがどれだけ効力があるのかは未知数であるが、何も手を打つことなく屋敷を出ることは出来なかった。

 

 地面の下にあるからか、ジメジメとした空気に冷たい石の床が足を冷やしていく。

 前に立って指示を出し続けているおっさんは上着を着ているが、ジールは部屋着のままであった。たまに入ってくる風にくしゃみを零していると、どうやら日が沈んだようだ。

 地下であるため時間の流れは分かりにくかったが、外から入ってきたおっさんの手にもライトが握られていたのだ。

 

「……ヒソカへの支援を続けて頂けるのなら、僕は黙ってこの屋敷を出ていきますよ。」

 

「………………やれ。」

 

 指示を受け振り下ろされた鉄の棒は、ジールの腕に当たって曲がった。

 銃弾は既に使い切り、刃物も軒並み折れていた。偶に切り傷を付けることに成功したが、その傷口は命を奪うのには到底至らないものばかりである。

 

 そうして日が沈んでからも、ジールへの攻撃は続いたが結果は芳しくなく、朝日が昇る頃にはジールも飽きてきており欠伸をしていた。

 初めは他人の攻撃に身を守る構えをしたし、多少もしもを考えて怖がったりもしていたが、一向にダメージがこないとなるとどんどん気が抜けていった。

 この時は足元に散らばる銃弾や、剣などを眺めながら朝食を食べに行ってしまったおっさんを待っていた。

 

(夜通しやっても無理なんだからそろそろ諦めて欲しいんだけどなぁ……俺もオーラが枯渇しそう。)

 

 入ってきた時よりも湿度が増し環境は最悪であったが、地上の入口から小鳥の囀りが聞こえてきて、僅かな癒しに体の力が抜けそうになる。しかしそれを狙って新しく銃を向ける者はいなかった。

 

 しばらくすると、革靴が石畳を叩く音が聞こえてきた。疲弊仕切った黒服はその重い足をなんとか動かし壁に並ぶ。僅かな間の後に姿を見せたおっさんは目の下が窪んでおり、シャツもよれていた。

 着替えることさえ忘れているようで、これはそろそろ終わりにできるかもしれないと期待させるのには十分であった。

 

「…………あの時の言葉を受け入れても良いだろう。」

 

 水溜まりが出来ている部屋の中を歩きながら、ジールとの距離を詰めてくる。

 

「施設にいるヒソカ君が生活出来るよう支援しよう。その代わり君がラケルスス家を名乗ることは今後一切許可しない。まあ、社会的には既に死んでいるので戯言として流されるのが落ちだろうが。」

 

 そう言って渡されたのは誓約書。

 書かれていることはおっさんが言ったことと違わず、後はジールがサインをすれば終わりとなる。

 

 ジールは朝がけにあった水責めにより前髪から水が滴っていた。かきあげるように水を払い、ペンを受け取ると濡れないように気を使いながらサインをする。

 

 成立した契約に、安堵したような息を吐きながらおっさんは書類を懐に仕舞い、黒服に足の鎖を解くように指示を出した。

 ジールは黒服が鍵を持ってくることも待たず、近くにあった鉄柱を振り下ろし鎖の部分を破壊する。その後は足首の枷の部分を手早く外しスタスタと階段を登っていった。

 

 (寒っ、こちとら服が濡れてんだよ。さっさと日光浴びさせろ。)

 

 二の腕を摩りながら外を周り、自室まで向かっていく様子はいささか間抜けであった。

 

 ちなみに服が濡れているのは半分自業自得だったりする。

 日が上り始めた頃、黒服が持ってきた大きなバケツに顔を押し付けられた訳だが、切られていた頬の傷が沁みて悶えた結果、バケツの側面にひざをぶち込みバケツを大破させたのだ。

 当然中に入っていた水は流れ出し、それがジールの服にかかることは分かりきった事である。

 

 

 半乾きのまま自室に戻ってきたジールはクローゼットを漁り新しい洋服を引っ張り出した。

 

 (まあ、一晩で終わったのだから良しとしよう。ひー君を迎えに行くのにも最低限の条件は揃った。)

 

 そのまま床下の麻袋を取り出し、中身を確認すると最後に金庫の中から名刺を取り出す。破損しないよう丁寧に鞄に詰め、最速で準備を終わらせたジールはおっさんの気が変わらないうちに屋敷を出ていくことにした。

 

 振り返った部屋の中は随分と寂しいものだ。新聞の切り抜きやお気に入りの本は、従兄弟が生まれてから旅立つ日のために小分けにして家に送っておいた。

 愛着も湧かない部屋に別れを告げ、屋敷の門を潜る。

 

(出来れば戸籍は残しておいて欲しかったが、あの様子じゃあ既に手続きも終わってただろうし……あぁ、おっさんの思い通りになったのが癪だ。)

 

 僅かに騒がしい屋敷を背に、ヒソカを迎えに行ける嬉しさと、おっさんの安心した顔を思い出しもう少し粘ってやろうかという気持ちが湧いてくる。

 

 そして吹っ切れた勢いで、中指を突き立て舌を出すと、荷物を持って歩き出す。用意しておいた報復も思い出し気が晴れたジールはヒソカを探す旅へと繰り出した。

 

 本人は大して気にしていないが、相手の都合で社会的に殺され、殺人未遂までいったのだ。一般的には訴訟しても良さそうな字面だが、本人の被害は今のところ擦り傷、切り傷のみであったためそこまで気にしていなかった。

 

 ……そう、“今のところは”だ。ひー君に会えると気分が浮ついているジールは事の重大さに後ほど気づくこととなる。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 街の外までやってきたジールは、列車に飛び乗りミンボ共和国に向かって西に進む。

 

 三等席と座り心地はお察しの席であったが、ジールのテンションは過去最高を叩き出していた。

 列車の窓を開け頬杖をつくと本人的には満面の笑みで、傍から見れば多少口角が上がっている程度に微笑みながら流れる景色を追っていく。

 

(風が気持ちいい、素晴らしい日だ記念日にして毎年祝っても良いくらいだぞ。)

 

 生憎とカレンダーは持っていなかったが、頭のメモ帳に二重丸をつけておいた。

 これから毎年ケーキを用意して祝うだろう。ジールは意外にも有言実行タイプの男だった。

 

 1日以上何も食べておらず、空腹に耐えかねたジールが車内の弁当を買ってみたり、時々変わる隣席のお客さんと会話(ほぼ相槌)をしたりと列車の旅を満喫した頃、高く鳴った鐘が列車の終着を告げた。

 

(今日は、このまま宿を探して明日にでも入国の準備をーーー、)

 

 ジールはそこではたと動きを止める。

 

(入国って、パスポートとかいるのかな??)

 

 前世のリアル知識を引っ張り出しながら、ミンボへの入り方を考える。ついでに原作の話も思い出してみたが皆ハンターライセンス持ちで入国手続きの参考にはならなかった。

 

(書類上で死んでるって事は……まさか出国もできない!?おいおい嘘だろ、オイ。)

 

 街灯が働き始めた時分、ジールは駅のホームで項垂れていた。どうやらやっと気づいたようである。

 

 列車の乗車券ぐらいは誰でも買えたが、国の移動となるとそうもいかない。浮ついていたまま役所で怪しまれることもワンチャンあったが、それだけはギリギリ回避出来た。

 とりあえずは宿を取ろうと、ナメクジのように歩き出したジールはなんとか方法はないのかと頭を働かせるのであった。

 

 

 

 そうして翌日、ケロりとした顔のジールがベッドの中から出てきた。

 世界を跨いでもそのパッションで気持ちを切り替えた男である。ただいま素敵な世界の旅をしているジールに死角は無かった。

 

 まずは周辺の地図を手に入れようと街の雑貨屋まで赴き、無事に土産用の大きめの地図を購入したのだ。……密入国する気満々である。

 

(いやぁ、良心は痛むけどね?しょっぴかれる身元も無いんだから一回くらい良くない?)

 

 昨夜散々悩んで出た結論がこれだ、徹夜で作戦など考えるからである。

 

(少し遠いけど、こっちの森からなら通れるか?)

 

 崖の高さにもよるなぁ等と、宿の部屋でルートを書き込んでいく。その目元にはバッチリ隈が出来ていた。一晩殺人ごっこに付き合って、パスポート問題に悩んだので実質二徹。旅のテンションでそれに気づかないジールは、完成したロードマップを高々と掲げ笑っていた。

 

 寝ろ。

 

 

 

 

 

 完成した地図は丁寧に鞄へしまい、街の外れまで行くバスを探しはじめたジールが、ふと空を見上げると真っ白な鳥が群れで飛んでいく姿が見えた。

 

 高いところを飛んでいるのにはっきり見える姿はきっと近くまで行けばとても大きいのだろう。

 じっと見つめるジールなど気にも止めてい無いように、大きく羽ばたくと鳥たちは東の空へ消えていった。 

 

 本人は気になることでもあるのか暫く消えていった空の方を見ていたが、その後直ぐに目的を思い出し慌ててバス停の方に走って行った。

 

 

 

 

 

 そしてバスの中で昼寝を挟みすっきりしたジールは、着々と密入国を果たしていた。どうやら疲れも取れてすんなり入国出来てしまったらしい。

 

 それと、多少の罪悪感も取り戻したのか国境から距離をとりながら旅を続けていた。

 今手に握っているのは屋敷にいるうちに書き出していた施設の場所が書かれた地図である。

 

 バーガーにかぶりつきながら、先程見てきた施設にバツを付ける。

 

(…これで3つ目。まだまだ候補があるとはいえ見落としが無いか不安になってくるな。)

 

 指に付いたソースを舐めとり、セットのコーラを飲み干すと、トレーを返却して店を出る。

 入国問題で対おっさんの報復スイッチを押してしまおうかと考えるくらいには(一瞬)落ち込んだジールだが、入ってしまえばこちらのものだと意気揚々さを取り戻していた。

 

 時刻ピッタリにやってきた相乗りの馬車に乗り込んだジールは途中で乗ってきたもりもりマッチョに感動しながらも旅を続ける。

 

 

 

 

 

 更に時は過ぎ、ジールが記念日を作ってから3ヶ月が経とうとしていた頃のこと。夏真っ盛りの季節であるが、最近やってきたこの辺は気候が涼しいものらしくジールは快適に過ごせてい、

 

(あぁ!痛い!!くっそ、足の骨引っこ抜いてやろうか!?)

 

 快適とは少々かけ離れた生活をしていた。

 

(耐えろ耐えろよ。これは必要なことだからな。)

 

 野宿をしていた寝袋から飛び出ると、そのまま木の間を転がり回る。

 

(まじでふざけんなよ成長期……!!)

 

 そう成長期、旅の途中だろうがなんだろが構わずやってきたそれにジールは完封されていた。

 小さい頃から高身長を目指し、早寝を心がけ肉を食べまくる。せめて原作のヒソカよりは大きくならないと格好がつかないだろうと、結構涙ぐましい努力()をしてきたわけだが、遂にまあまあ強烈なものがやってきたのだ。

 

(思ったよりも早かった……、まだ14歳ですぞ?プロテインか?空気中プロテイン効果か?)

 

 主に痛むのは足首。夜なんかは痛すぎて逆に折ってやればいいのでは?なんて思うくらいには悩まされていた。

 

 日中はマシになるのでちまちま旅程を進めている訳だが、成長期がやってきて早半月。涼しいこの街に着いてピークがやってきたジールは確実に身長が伸びている。

 

(これが終わったら、絶対測りに行ってやる。こんだけ痛いんだからデカくなってなきゃマジでキレるぞ。)

 

 なるべく冷やさないようにしながら寝袋に入り込んで更に数日。身長は……、

 

 

 

 

 

 165cmだった。

 

(……、アンコールお願いしまーす!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅の醍醐味である紆余曲折を経て、野郎の成長期の遅さに希望を託したジールは2桁目に入ってきた施設探しを再開していた。

 

 

「……少しいいだろうか。」

 

 大きな街の隣りにある孤児院までやってくると、柵で囲まれた外から中の様子を伺う。

 院の庭にあたる部分で鬼ごっこをしている子供達を呼び止めると、しゃがみこみ視線を合わせた。

 

「…大人の人はいるか?」

 

 知らない人を怖がっているのか、一定の距離から近づいて来なかった子供達だったが、要件が分かるとダッシュで建物の中に入っていった。

 仕事の速さに感心する反面、逃げられた気がしなくもないジールは、膝の土を払いながら門の前で待つことにした。その顔は少しだけ寂しそうである。

 

「あの、何か御用でしょうか。」

 

 暫くして出てきたのはエプロン姿の女性だった。何処か怯えたように客人に対応する様は見ているこちらが心苦しくなりそうだ。

 

「……難しいことでは無い、ただ訪ねたいことがあるのだが。」

 

 背の低い門越しではあったが、体の向きを直す。

 

「ヒソカという少年はこの施設にいるか?」

 

 ヒソカという単語を聞いた瞬間、女性は一瞬で青ざめ小刻みに震え出した。

 

「申し訳ありません。私達の不注意で、探したのですが既に姿は見えず、本当に申し訳ありません。すみません、すみません。」

 

 血の気の引いた顔を見て声をかけようとしたところで、女性は勢いよく頭を下げそのまま震えた声で謝り出した。

 

「すみません。どうか、取り壊しだけは…。お願いします。」

 

「待ってくれ。俺は責め立てに来たわけでは無い。」

 

「……えっ、」

 

 頭を上げさせようと、肩を掴んで止めれば女性はそのまま見上げるようにジールの方を向いた。その顔は依然として怯えの色を見せているが、身体の震えは止まっていた。

 

「ヒソカがここにいたんだな?」

 

「は、はい!援助金の増額を提案してくださった方がお連れになりました。」

 

「……話を聞くに、今は居ないようだが。」

 

「すみません。1年程前に姿を消してしまいまして、鞄なども無くなっていたので脱走だとは思うのですが、…すみません私共の監督不足です。」

 

 何度も謝ってくる女性を止め、ジールは叫びたい衝動を抑えながら言葉を続ける。

 

「分かった、施設の取り壊しなどは無いだろう。援助金がどうなるかは分からないが……。」

 

「はい、はい。十分でございます。ありがとうございます。」

 

「俺は正式な使いでは無いので、詳しいことは向こうに連絡してくれ。」

 

 建物の陰から子供たちがこちらを覗いていた。話の内容に不安を覚えているのか、静かに見つめられるのは耐えられない。ジールは安心するだろうかと思いながら僅かに笑って手を振った。

 

 ざわざわと話始める子供たちを横に、安心したようで顔色が戻ってきた女性の方を見る。

 

(おっさんの感じだとわざわざ取り壊しまではしてこないだろうし……まぁ、連絡して確認しといて欲しいけど。)

 

「……連絡は出来ればして欲しい。では失礼する。」

 

 ジールの方も叫びたいことでいっぱいだった。足早に孤児院から立ち去ると、野宿をしている山奥まで掛けて行った。

 

 

(居ないんですけどーーーーーー!?!?!?)

 

 

「えっ?居ない?居なかったね。どゆこと?ひー君旅に出たの?脱走だって。あははぁ?いや、まじで?あれかな、お兄ちゃん行くの遅かったから反抗期来ちゃったかな?い、いいいいいちねん。1年前だって。誕生日の手紙を送ってから直ぐくらい?は?じゃあ、おっさんがそれ以降送ってくれなくなったの知ってたからじゃん。はめやがたったなあの野郎。いや違う。待て?今はひー君がお兄ちゃんに愛想尽かした問題が先だ。おっさんなんぞどうでもいい。」

 

 

 

 まぁ内心荒ぶってはいた。施設の前で叫び出さなかっただけアカデミー賞ものである。

 朝方に焚き火をした後も残っているキャンプ地で地団駄を踏みながら悶えている様はさながら芋虫のようであった。

 

「…………迎えに行こうと思っていたのは、俺の独りよがりだったのでしょーか。」

 

(ちょっと凹んだ。いや、かなりへこんだ。もうベコベコである。)

 

 急にしゃがみこむと、地面にのの字を書き始める。大袈裟に言わずとも情緒不安定だった。

 ヒソカが待っていなかったという事実には流石のジールも傷つく。

 

(ひー君には、お兄ちゃんが必要無いんですよ。)

 

 そして拗ねる。まあまあ面倒ないじけ方をしたが当方、気分の切り替えなら世界級であった。

 三日三晩落ち込み、いじけた結果、初心に戻ることにしたようだ。勢いよく飛び起き、寝袋姿なのも忘れビョンビョン跳ねるとエネルギー切れでぶっ倒れた。

 

「ぜェ、ハァ。……元々、俺の目標は、ゲホッ颯爽と現れて助けるお兄ちゃんなので、ひー君が求めてなくても、ハア勿論求められても助けるのが信条だ。…息辛い。今回の旅も、ひー君の変態化阻止の為だったじゃないか。……つまり、ひー君が居ないなら地の果てまででも追いかけて止める!(手遅れかもしれないけど)無理でも無事な姿は見たい!!」

 

 芋虫を脱したジールは、誰も居ないことをいい事に両腕を突き上げて大声で叫んだ。

 

「待っていたまえ!兄VS弟の鬼ごっこ開幕だ。」

 

 

 

 

 仁王立ちの姿から、ちょっと恥ずかしくなったジールはしゃがみこみ、鞄の中を漁り始めた。

 

(まあ、それはそれとしておっさんに報復はしておこう。)

 

 

 

 中から取り出したのは一見ただの白い紙だ。それを両手で摘むと悪どい顔をしながらニヤリと笑う。

 

「ははっ、てめぇの毛根なんぞ死滅してしまえ!」

 

 そう言ってビリビリと紙を破ると高笑いしながらそれをばらまいた。ジールの報復セット第1弾である。

 

 

 

 

 

 

(………………とりあえず、作戦練り直そ。)




ちなみに、ジール君の身長はもう少し伸びます。
次回は、新しい作戦の発表会です。


いつも読んで下さりありがとうございます。


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前はしっかり見えてますよ?

ジールが作戦を立てる回です。
よろしくお願いします。


 国の境目というのは基本的に自然物を用いて決められることが多い。

 そしてその境目を越えようとする者は一部の例外を除いて、関所や役場といった場所で手続きを行い通行の許可を貰う。

 国から犯罪者を逃してしまわないよう、危険物や高い関税がかかっている物等の持ち出しが厳しいものを止める役割も担っている。そのため、国境には高い壁が作られていたり、役人が見回りをしている箇所もあるのだ。

 

 まあしかし、魔獣の住む森だとか、生還者がごく僅かである洞窟だとか、人が立ち入らない為に監視の目がない所も当然ある。

 

 

 

 そこを淡々と狙う人物が一人。

 キャスケットを被り、天パ気味の黒髪を押さえつけ、肩に背負い込むのは丈夫な革の鞄。黒いハイネックに砂色のズボンと、街中でよく見るような服装をしているのは少年であった。

 

(どーも、岩の影からこんばんは。プリティ美少年のジールです。)

 

 ジールは今、洞窟の中に入っていった四足歩行の猛獣を見張る為に近くの岩場に隠れていた。

 

(そーろそろ、出てきてくれてもいいんだよ?)

 

 大きな穀倉地帯に差し掛かる手前を横に逸れ、パドキアとミンボ、そしてジールの実家がある国の丁度境目にやってきていた。

 

 理由はお察しの通り、入国問題である。

 穀倉地帯を突っ切った先にある関所は当然ながら利用出来ない。ならばどうするのか、人の居ないところを通るしか無かろうとジールは山の裾を目指したのだ。

 

 しかし、ミンボに入国した時とは打って代わりそう易々とは行かなくなっていた。

 あの時は、身体をオーラで強化してから崖を降りるだけだった。常人には厳しい高さであってもジールが躊躇う理由は無い。なんならある程度まで降りたところで面倒くさくなって飛び降りたりもした。足の裏が少し痺れただけで特に被害も無かったわけだが、今回は違う。

 

 断崖絶壁が無い代わりに、ジールの何倍もある獣が立ちはだかっているのだ。

 

 ジールは未知の生物に喜ぶ気持ちと、出会った瞬間パクンと食べられてしまいそうな大きさを嘆くのに忙しかったらしい。

 

 まだ発が無い(色々考えているが長いのでここでは割愛する)のと、良いハンターは動物に好かれるという言葉を胸に刻んでいるため、倒すのではなく友好を築いてみようと努力している最中だった。

 

 大きな岩の後ろから顔を出し様子を伺う先は、洞窟の穴を挟んだ反対側の岩場。その少し低めの岩の上に置いたのは毛の長い熊なのか、どデカい猫なのか分からない猛獣にプレゼントする為の魚の山だ。

 魚1匹の大きさはジールがやっと抱えられるくらいにはデカい。川で取ってきたため、どことなく鮭に似ているところもポイントである。

 

 夜行性なのか、夜になると巣の洞窟から出てくる獣に気づいて貰いたくて置いているのだ。

 それは、さながらバレンタインで下駄箱に入れたチョコを受け取って貰えるか様子をみている女子のようだった。話したことも無く直接渡せないからと、設置しておくところもそっくりである。

 

(はよ来い。君との親密度を上げたいんだよ!)

 

 掴んだ岩に罅が入るくらいには興奮していた。そうして月も高く昇ってきた頃に、それは出てきた。

 

 暗闇の中でも分かる巨体は、茶色っぽい長毛で覆われている。ノソノソと歩いていく様は強者の余裕さえ感じ取れるが、毛で覆われた目元は見ることも叶わずその心情は読み取れなかった。

 

 ドキドキしながら絶で気配を消して、獣の様子を盗み見る。巣穴の近くにあった魚に気づいたのか進行方向を変え、岩の方に近づいていくと左右に動きながらじっと視線を魚の山に向けていた。

 

(……食べてくれるだろうか。)

 

 獣は暫く魚を見ていたが、そのままふぃとその場を去ってしまった。野生の警戒心を舐めてはいけない。告白に失敗したジールは心の中で滝のような涙を流しながら、魚を回収する。

 

(べァべァよ、この魚はお気に召さなかったのかい?)

 

 めそめそしながら変な渾名で呼び始めた。それでも手を止めることは無く火を起こしながらキャンプ地のセッティングを進める。

 べァべァ(仮)をじっと待っていたために夕食も食べていなかったジールは、串に刺した鮭風の魚を焚き火にかけて焼いていく。

 

静かな岩場には、パチパチと火が跳ねる音だけがひびいていた。

 

 どデカい魚がちょうどいい具合いに焼け、塩を振りかけてその魚にかぶりつこうとしたその時、遠くの草陰からべァべァ(仮)がのそりと出てきたのだ。

 間抜けにもかぶりつこうと口を大きく開けたままの一人と一匹は視線はかち合わせ、じっと見つめ合うことになる。

 

(おーぅ、べァべァとの感動的なサイカイー。)

 

 刺激しないようにと、ジールが身動ぎせずに焼き魚を持ち上げてたままキープしているとどんどんべァべァ(仮)が近づいてくる。内心では友好イベントなのか、それとも死亡イベントなのかと盛大に混乱していたジールだが、敵意を感じないからと座ったまま様子を見ることにしてみた。

 

 …その直後、ブォンと振られた前足にジールの焼き魚は飛んだ。

 

 

 綺麗な放物線を描き、遠くの岩に当たってベタっと落ちる。目の前で振られた鋭い爪付きの腕にもびびったが、急に夕食を吹っ飛ばされる事態にジールは固まるしか無かった。

 

 

「そんな危ないもの食べちゃダメよぉー。」

 

 

 野太い声が目の前の獣から聞こえてきた。

 

(……………ギャァァァァァァァアア!シャベッタァ!)

 

 聞こえてきた野太い声に合わない口調だとか、危ないものとはどういう意味なのかとか、話せるということは魔獣なのでは等とツッコミたいところは山ほどあるが、獣が喋るという衝撃によりそんなものは全て吹っ飛んだ。

 

「家の前にあるのを見て、誰かが捨てて行ったのかしらぁ〜とか思っていたから、貴方が食べようとしてるのを見て驚いちゃったわよ。パラサイトが入った魚なんてやめときなさぁい。」

 

「……パラサイト。」

 

「そうよぉ〜、毒はちょっとしかないけどそんなもの食べたら毛艶が悪くなっちゃうわ。」

 

 いやぁねぇ、とでも言いたげな前足の動きを見せながらべァべァ(仮)は軽い調子で話を続ける。

 パラサイトと聞いて危ないところだったと冷や汗を流しながらも、少し冷静になってきたジールは改まってべァべァ(仮)に向き直った。

 

「……教えて頂き感謝する。……それと、貴殿は魔獣で合っているだろうか?」

 

 長い毛皮に覆われ目元は見えないが、何処かキョトンとしているように感じた。

 べァべァ(仮)は四足で立っていたところから腰を落ち着けるように足を折り、うつ伏せで座り込むと頬杖をついてガッツリ話し込む体制に入った。どうにも人間くさい動きである。

 

「やぁねえ、そんなことも知らずにここまできたのぉ?てっきりいい男がワタシに会いに来たのかと思ったのにぃ〜。」

 

(これはなんて返せばいいんだ?)

 

 普段自身のことをプリティだなんだと言ってはいたが、面と向かって言われるのは初めてだった。ジールはいつもの数倍返答に困り、焚き火を突いて火力を調整するフリをした。

 

「まぁ!かわいい反応してくれるじゃないの〜。」

 

 ……枯れ枝も追加で入れておこうか。

 

 

 

 

 そこからは怒涛の勢いだった。べァべァ(仮)は、半秘境となっている洞窟付近には全然人が来ないことだとか、数年前に旅立った娘が可愛かった話や、岩場を囲むようにある森のトップを張ってた時のことなどを話す。とにかく話す。

 久しぶりの話し相手に口が止まらないとはべァべァ(仮)談であったが、ジールもいかにもな面白い話に焚き火の火が消えかかるまで付き合っていた。

 

 最初は、バレンタインのイケメンと乙女の関係であったのに、いつの間にか立場も変わっていった。

 というのも。

 

「そうなのよぉ、あなたの次にはいい男だったわ〜。」

 

「あなた強そうねぇ、いいわよ強い男。」

 

「見てちょうだい!この毛並み!あなたみたいないい男がいつ来ても良いように毎日完璧に整えてるのよぉ。」

 

 ことある事にジールを褒めてくる。しかも雄?としてべた褒めしてくるのだ。

 それに対してジールもなんとか返事をしようと頑張っていだが。

 

「…………あなたも素敵だと思う。」

 

「、その、素晴らしい筋肉を持っているな。」

 

「あぁ、綺麗な毛並みだ。」

 

 

 トーク力の低さが露呈していた。なんとか失礼の無いように言葉を選ぶのに必死だったのだ。なんだ素晴らしい筋肉とは、ふわふわの毛並みでほとんど見えていなかっただろう。

 それでもべァべァ(仮)は喜んでくれたようで、何度かその太い腕で背中を叩かれた。オーラがなかったらジールは多分死んでいただろう。

 

 そうして、星の輝く素晴らしい夜に一人と一匹は語り明かした。

 

 

 

 

 

 

「…………ところで貴殿の名はなんというのだ。」

 

 朝日が昇り始めた時のセリフである。

 話が面白く盛り上がったのも分かるが、名前くらいは最初に聞くものだろう。勝手にべァべァなどと心の中で呼んでいたからか、すっかり忘れていたらしい。

 

「あら言ってなかったかしらぁ?ベラロッキー・ベアアルドっていう魔獣よ。」

 

 話の途中で取ってきた葡萄の実を爪で器用につまみながらベアアルドは答えた。どうやら種族名を名乗っているようだ。

 

「なら、べァべァでも問題無さそうだな。」

 

 普段はこれでもかと口をどもらせるのに、ジールは渾名だけはポロっとこぼす。何処を聞いたらべァべァでも問題無いと言えるのだろうか。

 

「いいわねぇ、かわいい名前じゃない!あなたがそう呼んでくれるなら大歓迎よ〜。」

 

 拍手するように前足を地面に叩きつけるべァべァ(正式)は、ご機嫌だった。ジールの微妙なセンスの渾名を受け入れるとは子を育てた経験からなのか、とても深い懐を持っている魔獣のようだ。

 

 

 そうして、太陽が完全に顔を出した頃。ジールは旅立つ為の準備をしていた。

 楽しく話せる魔獣という貴重な出会いをしたわけだが、ひー君を追いかけるという大事なミッションの為にも先に進まなければならないのだ。

 

「あら、もう行っちゃうの?」

 

「……ああ、べァべァと話すのはとても楽しかった。しかし、俺は行かなくてはならない。」

 

「まぁこんなところを通るくらいだもの、わけアリなんでしょう?わかったわ〜。」

 

 そう言って、のっそり起き上がるとべァべァはジールの前までやってきた。使わなかった寝袋なんかを鞄に詰めていたジールは、差した影に気づき手を止めた。

 

「楽しくお話させて貰ったし、ワタシが街まで案内してあげるわぁ。」

 

「いいのか?」

 

「任せてちょうだい!この時期は暇してるもの。」

 

 なんといい魔獣だろうか。べァべァへの好感度はこの一晩で爆上がりであった。

 

 いそいそと荷物をまとめ終わったジールはべァべァの横に並び立った。

 べァべァの話では、彼?彼女?が住んでいる洞窟の別の出口が街に繋がっているらしい。ジールの歩幅に合わせて歩いてくれるべァべァは、薄暗い洞窟内で明るく話しながらこの先の街のことを教えてくれた。

 時間にしてみれば数時間の道のりであったが、ジールにとっては誰かと一緒に居るという久しぶりの体験だった。

 

「あれよ〜!このまま進めばちゃんと街まで行けるわよぉ。」

 

 首を動かし、ひとつの道を示すとべァべァはその場に立ち止まった。

 

「……そうか、ここまでありがとう。」

 

「いいわよぉ、ワタシもジールとお話出来て楽しかったわ〜。」

 

 

 最後まで楽しそうに話すべァべァを見ていると別れるのが寂しく思えてきた。

 

「また会えるだろうか。」

 

「あら〜、寂しがってくれるのぉ?大丈夫よまた会える気がするもの。……ほら、行きなさい!」

 

 優しく背中を押されたたらを踏んだジールは、一度後ろを振り返り手を降ると真っ直ぐ歩き出した。

 

「あらヤダ、笑顔も素敵ね。」

 

 

 

 ーーーザッァァ。

 足取りは強くしっかりとしたものだ。少しの素敵な出会いを経験したジールはまた一歩成長出来た気がした。

 

 

(……動物に好かれるというのは、魔獣にも当てはまるのだろうか。)

 

 築き上げた友好の大半はあちらからのアプローチだった気がしなくもなくもない。成長出来たのは半歩だけということにしておこう。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

 ジールが目指しているもの、それは実家であった。ひー君が施設を脱走したと聞いた時、すわ反抗期かとショックを受けたものだが、よくよく考えてみれば『お兄ちゃんに会いに行くんだ!!』の可能性も無くはない。

 

 では、脱走したひー君が何処に行くのか。ひー君がかなり頭がいいことは分かっているのだ。十中八九実家だろう。メッセージに気づいたかどうかも知りたい為、とりあえず実家に行って確認してみようというのがジールの考えであった。

 

 

 そうして、約2年ぶりの帰郷は行われる。

 

 懐かしい街並みに心を浮かばせながらも、ジールは人目に付かないようフードを深く被り絶をしていた。

 というのもおっさんとの約束が原因である。社会的に死んだことになっているジールが堂々と街中にいるのは宜しくない。生きていると考えている人なんて殆どいないだろうが、もしラケルススの長子だなんだと騒がれると約束違反になってしまう可能性があるのだ。

 

 お屋敷生活で、おっさんに隙を見せるのは良くないことだと十分に学習したジールは、そういった火種を生まないようこれまで旅をしてきた。

 

 魔獣であるべァべァは平気だろうと名乗りを上げたが、それまではぼっちで生きてきたのだ。いかにべァべァとの会話が楽しかったのかは察せるだろう。

 

 

 そしてたどり着いた家の鍵を開けると、中にはジールが送っていたダンボールの山が出迎えていた。

 

 中身はお屋敷からちょくちょく送っていた新聞の切り抜きやお気に入りの本である。久しぶりに読みたくなってきたが、今は駄目だと強い意志を持ってダンボールをどけると、そこには変わらぬ我が家があった。

 

 そのままジールは一目散に本棚へ掛けていくと一番好きな本を取り出した。パラパラとページを捲り、何も挟まっていないことを確認すると、本をひっくり返しもう一度確認し、挟んでいた住所の紙が無くなっていることを確信する。

 

 そっと本を本棚へ返すと、ジールは全力で頭を働かせた。

 

(つまりひー君が、この家に来たことはほぼ確定。なんなら俺が隠していた紙も見つけていた、流石ひー君。)

 

 ここでもうひとつ確定したことがある。それは、家に来た時点ではひー君が念能力に目覚めていないということだ。

 ジールがちょっとした仕掛けを準備していたために分かったことだが、これについてジールはガッツポーズを披露した。

 

(大丈夫。ひー君はまだバンジーガムを使ってないヒソカだ。あぁでも、旅をしているなら念を使えた方が安全だよなぁ。)

 

 ジールは色々思い当たるところが出てきて膝から崩れ落ちる。埃の積もる床の上で、安心感と旅の心配で板挟みになったジールはゴロゴロ転がっていたわけだが、それもピタリと動きを止めた。

 

(いやでも、この世界も街を歩く分には武術の心構えがあれば十分だし、ひー君が街にいることを願っておこう。)

 

 ジールは気づいたのだ、屋敷にいる時に考えていた程世界はデンジャラスでは無いということに。

 

 考えてみて欲しい、念能力が無ければ命の危険に晒されるのか、否。そんな危ない世界など人類が一瞬でいなくなるだろう、そんなものは暗黒大陸だけで十分である。

 では何故そんな簡単なことにも気づかなかったのか、それはジールの世界の基準が原作知識だったからだ。そんな主人公みたいなイベントが街中で頻繁に起こっていたらここが暗黒大陸になってしまう。

 

 ということで、ジールはゴンが遭遇した出来事を基準に世界の危険度を測っていたのだ、それではインフレも起きるだろう。しっかり旅をして自分の目で見た今は、あれが一部で起きたことだと理解した。

 勿論諸手を挙げて安全だと言うわけではないが、キメラアントばりの化け物はそうそう出てこないことに気づけたのだ、これぞ成長。

 

 

(じゃあひー君は、多分この家でメモを見つけて、きっと俺のところまで来てくれたハズだから…)

 

 

 ポクポクポク、チーン。

 

 

(ああああああああぁぁぁ!!!!!!ひー君に死んだと思われてる可能性大。おいおい嘘だろパトラッシュ)

 

 

 慌てすぎて色々混ざっている。

 たいして被害が無いからと自身の死に頓着しなかったツケがやってきた。ジールの予想では、ガーランドまでやってきたヒソカが兄の死を知ったところまで出てきていた。大正解である。

 

 ひー君が念能力に目覚めていないという朗報に喜ぶのも束の間、お兄ちゃんが死んだと誤解されていることに気づいたジールは落ち込んだ。上げて落とされたのである。

 

 一旦、ダンボールの中から良さげな小説を取り出しそれを読んだ。数時間かけて精神を安定させたジールは、再び現実に戻って来ることとなる。

 

(まず、何がよくないか。それはひー君の行先に予想がつかなくなったということがひとつ。そして次に、むしろこっちの方がやばいのだが、金がそろそろ無い。世界中を飛び回るのには全然足りない、しかも入国出来ない!なんてこった。)

 

 座っていた椅子を後ろにしならせながら、天を見上げる。

 ひー君の行先についてはお兄ちゃんパワー(長年の勘と原作知識)でどうにか出来るが、後者はどうにもならない。陸続きなら今までみたいに入国することも考えたが、海を渡っての密入国は流石に無理だ。そもそも犯罪ですしおすし。 

 

 

 そうして、作戦の練り直しが行われたわけだが、ジールの今回の方針は“急がば回れ”と“急いては事を仕損じる”である。

 

 只今のカレンダーは10月。しっかり体制を整えてからひー君探しに乗り出すことにした。

 

 

 

(つきましては!俺、ハンター試験を受けます!)

 

 3ヶ月後にあるハンター試験でライセンスを取って、自由に各国を行き来しようという魂胆である。

 そもそも受かるのか、落ちたらどうするんだなんてことは考えない。何故なら考えた時点でフラグが立つからである。

 とは言っても、一回で何十万と申し込みがある試験だ、不安に思う部分もある。

 

 

(あぁー、会場まで辿り着けるかな。)

 

 まずはそこからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 頬を刺す空気の中、長い道のりを経て辿り着いた人々は大きな部屋に集められ時が来るのを待っていた。

 何処を見ても荒々しい格好の者が多く、各々が互いを警戒しながら過ごしている。中には周りの事など気にしていないといった風に壁にもたれかかっている者もいたが、総じて腕に自信のある者が集まっているのだ。

 

 

 

 そして、著名な剣士であったり、アマチュアで既に功績を上げている者、常連といえる回数の試験に参加し周囲に顔を覚えられている者などある程度注目を集めている者達がいる中で一際目立っている人物が居た。

 

 人々が避けながら様子を伺っているため、見つけるのは簡単であろう。その人物は、特に名が知られているわけではない。そもそもなんという名前なのかこの場にいる者は誰一人として知らないのだ。

 

 では、何故注目されているのか。

 足元はよく見かける靴で、服装は黒一色だがこれからに備えて準備されただろう大きな鞄も含めて一般的なものだ。入口で渡されたであろうナンバープレートも、43番と若いものだが少々の関心で済むだろう。

 そうしてプレートが付けられた胸元から視線を上に上げた時、人は視線を奪われながら一歩身を引くのだ。

 

 

 

 43番の頭部には麻袋が被せられていた。

 

 それは、頭部より少し大きい四角いタイプの麻袋を被り、首元で袋の口を締めている。

 囚人が護送途中に脱走してきたのかと考えてしまうくらいには可笑しい格好であった。罰ゲームでもしているのかと考える者もいたが、正面に回れば分かるだろう。目の位置にペンで二つの黒丸と眉毛らしきものが描かれていることに。

 わざわざ袋に描きこんでまで装着しているのだ、きっと本人の趣向なのだろうと考え直した者が大勢いた。

 

 中央よりやや外れた位置で突っ立っている麻袋は、別になにかアクションを起こしたわけでは無い。

 なんなら、最初で最後の勇者がチンピラよろしく声をかけに行った時も声一つ発さずじっと見つめるだけだった。

 周りのガラの悪さを考えれば一悶着起きても可笑しくは無かったが、麻袋は目だと思われる黒丸でじっと見つめるだけで反応を返さずにいたのだ。その空気に耐えられなくなった勇者は汗を流しながらささっと後退り、今では麻袋から一番遠い部屋の隅に縮こまっている。

 

 ざわめきが収まらない室内で、また一人と会場に到着し人が増えていく、やかましさは次第に膨れ上がり一部を除き人々がひしめき合っている。その中で微動だにせず立っている麻袋は周囲から浮いていた。

 

 

 そうして一連の流れを見ていた周囲は確信した、今年のハンター試験にもヤベー奴がやってきたと。

 

 

 古くさい土壁に近い材質で出来ている一部屋には約320人の腕利きが胸にプレートを付け集まっていた。これから行われる試験に夢をかけ必ずや合格してやると心を燃やす者達だ。

 

 その中でポツンと立っている麻袋も当然試験への期待で胸を踊らせていた。

 

(やべぇ…ハンター試験受けられるとか、俺前世でめっちゃ徳積んでんじゃん。)

 

 

 気合いを入れるように拳を握り、肘を引く。俗に言うガッツポーズであったが、周囲は突然動いた麻袋に驚き肩を跳ねさせていた。

 

 

 

 

 

 『第273期ハンター試験開幕』

 

 




次回は、ジールが試験会場に行くまでと1次試験のお話です。

読んでいただきありがとうございました。感想等励みになります。


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ハンター試験が始まりますよ?

今回は、試験会場到着までのお話です。
よろしくお願いします。


 この世界には多種多様な場所が存在している。

 古の国家の跡地であったり、珍しい生き物の巣や、大きな植物が生い茂る森だったりと人間社会が形成されている場所を一歩離れれば、少年の心をくすぐる世界が広がっているのだ。

 

 (ラジオ体操第一!)

 

 木漏れ日が差し込む中、黒髪の子供は大木の根元から出てくるとそのまま準備運動を始めた。

 

 身長が170はある人間でも十分に入り込める木の洞というのも乙なものである。

 

 人里から離れて過ごしているジールは、小さい頃からの憧れだった秘密基地で生活をしていた。

 それと言うのも、ハンター試験を受けるに当たって念能力の精度向上や、身体訓練の特訓期間を設けるようと考えたからだ。

 

 

 今までも日課の筋トレや、堅の維持などの修行を行ってきたが試験合格の為には万全の準備が必要だと思ったのだ。一応、オーラの使用は緊急事態だけに留めておくつもりではあるが、もしもの時に使えないのでは意味が無い。

 

 タンクトップと、短パンというこの時期にしては寒そうな服装で出てきたがこの後のトレーニングでガッツリ汗をかくので薄着の方がよかった。

 

 ジールが一目惚れして住み着いている大木とその周辺をとりあえず走るのだ、根が浮き上がっていたり、木が密集していて走りにくい場所が多々ある森の中は修行にうってつけである。

 まあ、当の本人は森で修行とかそれっぽいという理由で選んでいたが。

 

 体力作りを終えると次は腕立てなどの筋肉トレを始める。これは道場に通っていた頃のものをそのまま続けている。余計な事をして無駄な筋肉が付かないようにとジールが自制心を働かせた結果であった。

 それがなかったら、廃材のタイヤを2、3個括りつけ街の外を走っていただろう。足腰を鍛えるのにはいいかもしれないが、外聞的にはアウトである。

 

 そうしてジールは合間に食事を挟みながら、着々とノルマを熟していった。

 

 偶にやる気が出なかったり、天気が悪い事を理由に洞から出てこない日もあるが、ジールはまあまあ真面目に修行をしていた。

 そして、そんなジールが一番やる気になるのは念の修行である。

 

 最近は実践的な訓練と称して色々試しているのだ。

 

(チキチキ、ジールの三分クッキング!〜念の修行を添えて〜)

 

 服の裾で汗を拭いながら開けた場所まで移動してきたジールはテンション高く念の修行を開始する。

 

(まずは、指先に集めたオーラを数字の形にします!)

 

 立てられた右の人差し指の先には、0から順番にどんどん数字を型どっていくオーラが現れていた。

 9までいくとまた0に戻され、ずっとぐるぐる変わっているようだ。そしてジールは人差し指を残すように体を離していき、最後にオーラだけをその場に残す。

 

(はい!1つ目が完成しましたね、それではこれを10個程作っていきましょう。)

 

 ルーレットのようにくるくる変わるオーラの塊を空中に増やしていく。初めの頃は1つを指から話すのにも苦労したが、今では心の中でふざけながらでも作ることが出来る。

 

(そして用意しておいたものがこちらになります。)

 

 たった今自分で作っていたのだが、そんなことはなかったと言わんばかりに一列に並んだルーレット群を紹介する。

 ジールが手のひらで示した先には数字をランダムに変えるオーラの塊が浮いていた。

 

(さて、では最後の仕上げにまいりましょう。)

 

 どうやらそろそろ終わりのようだ。三分の尺に収めるためにテキパキ動くとは中々優秀なコックである。

 ジールはオーラから20mほど離れた位置に立つと、手を銃の形に握り前に突き出した。

 

(よーく狙って……からの、バン!)

 

 趣味全開の調理法だった。

 しかし、格好を付けた攻撃でも3年やれば形になるだろう。指先から撃たれたオーラの玉は一番左のルーレットに当たって散る。そしてオーラが当たったタイミングでルーレットも止まったのか数字が0のまま固定されていた。

 続けて撃たれたオーラ玉も順々に当たっていき、最後には0から9の数字が綺麗に並ぶ。

 

(はい!ということでご覧の番組はキュー〇ーの提供でお送りしました。)

 

 そうして満足したのか、ジールは晩御飯を求めて森の中に消えていった。念の修行第二部だ、使う得物は勿論オーラである。

 

 とまあここまで見ていると、ジールの系統的に可笑しな部分が出てくる。そう、原作ではオーラの形を変えるのは変化系の修行方法だ。

 当然ジールの系統が変化系に変わった訳では無い、変わっていたら喜びのままに金でもばらまいていただろう。何を隠そうジールが一番なりたかったのは変化系なのだ、兄弟でお揃いがよかったらしい。

 

 さて、ここでひとつ言えるのは、ジールが数字を作っていた方法が変化系のものではなく操作系に依存したものであるということだ。

 それ以上はジールが勘違いしていることが露呈しまうため、彼の名誉のためにも黙っておく。

 まあ、そのうち自力で気づくだろう。多分。

 

 先程の念の修行は、主に離れた所にあるオーラの操作と、放出系で念弾を飛ばす練習であった。

 今は実体を持たせたオーラで獲物を捕まえる練習をしている。きっと一時間もしないうちに森鹿を狩って帰って来ることだろう。

 

 

 そして日が落ちれば暗くなってしまうため、ジールは洞の中に戻り就寝する。

 

 (明日は久しぶりに街に行く日だった…はず。)

 

 日付けからも解放された修行期間はジールにとって充実したものだったが、生憎と星座から暦を算出するような高等技術は所持していない。

 

 澄んだ空気に、洞の外側には満点の星空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 街中をスーツを着て足早に進む人や子供の手を引く母親が歩いていく。平日の朝ならではの人の多さである。その日一日のやる事が山のようにあるのだ、すれ違う人を気にしている人など殆ど居ないだろう。

 

 小道からひょっこり顔を出し、通行人の多さにフードを被り直す不審者が居ても誰かが足を止める事もない。

 

(人が多いでござる。役所まで行ける気がしない。)

 

 

 直進200m先には、ジールの本日の目標がある。

 そう、今日はハンター試験の申し込み開始日なのだ、いつもより1時間も早く起きたジールはご機嫌に荷物を纏め森から出てきていた。

 

(あっ、今めっちゃガラの悪そうな人が通っていったぞ。あの人も試験受けるのかな。)

 

 建物かの陰からこっそり出てきたジールは、オーラを一般人のそれに似せながら通行人Aのつもりで人混みに紛れた。

 内心では久しぶりの人に怯えていたわけだか、特に何のトラブルも無く役所に着いた。強いて上げるなら、途中にあった信号機に全部引っかかったことくらいだろうか。

 

(マッ、マッチョがたくさんいる…。)

 

 街の規模に合わせた大きい役場の中には荒くれ者がみっちり詰め込まれていた。

 

「ハンター試験の応募カードはこちらで配布しています!」

 

 何か拡声器を通した声が室内に響く。

 目の前に立っていた男達は互いを押し合いながら声の方に進んで行った。それを見てジールは先の長さに気を飛ばしかけるが、気合いを入れ直すようにフードの前を下げた。

 

(いや、ちょっと人が多いだけだ。欲しい物のために何時間も並ぶことなど慣れているだろう。)

 

 前世で培った忍耐力を発揮し、列の最後尾らしき場所に立つ。プラカードが無くて少しソワソワしたのは内緒だ。時には押しのけて前に進もうとするマナーのなってない奴もいたが、後ろへ並ぶよう丁重に話し合ってポジションを守っているとだんだん受付のテーブルが見えてきた。

 

「はい、こちら申し込み用のカードとなります。必要事項をご記入の上指定の場所までの郵送をお願いします。」

 

 前の人物が横に捌けると、遂にジールの番だ。

 

「ハンター試験の申し込みでよろしいでしょうか。」

 

「……はい。」

 

「それではこちらをーー、」

 

 そうして差し出されたカードにジールの視線は釘付けである。

 

「何か質問はございますか?」

 

「…この用紙に枚数制限はあるか。」

 

「いえ、ございません。毎年たくさんの方が申し込みにいらっしゃいますので、役場では余裕を持ってご用意させていただいてます。追加でご用意しますか?」

 

「……もう一枚を。」

 

「かしこまりました。」

 

 受付で担当をしていた人は特に疑問に思った様子も見せずに、二枚目の申し込み用のカードを渡してきた。代理で取りに来た人や、友人間の代表で取りに来る人もいるのだろう、この人の多さを見れば納得である。

 

 しかし、ジールはそういった理由で二枚目を頼んだわけでは無かった。受け取った後は、いち早くこの場を離れようと丁寧な足取りで役場をでていく。

 本当は森の秘密基地まで帰りたかったが、もう一度街まで来て郵送を済ませるのも面倒なので人気の少ないところに逃げる。

 

 ジールが少々ぎこちなく歩いていると、街の中心から少し離れたところにある広場に出た。僅かに震える手はポケットの中に突っ込み、ベンチの方に近づいていくと人目に付かない場所であることを確認して座り込む。

 

 ずるずると力が抜ける様に凭れ掛かると、落ち着くためにひとつ息を吐いた。

 

(いま、おれのてにはハンターしけんのおうぼカードがあります。)

 

 傍から見れば静かに広場を眺めている人だが、内心はそう落ち着いている訳がなかった。

 

(あはっ、やべぇヨダレ出そう。だってハンター協会が発行した紙持ってんだぞ。やばい、これ書いて送ったらハンター試験受けられるとか魔法のカードかよ。怖い、もう持っているという事実が怖い。ああ興奮してきた、考えてもみなよ、原作で出てきたキャラ皆これ書いてんだよ?はぁ?カキカキして郵送してたとか、考えただけで永久保存版。マジ試験受けるのに必要無かったらこのまま囲ってた。だからこその二枚目なわけですが、いや手間をかけさせて申し訳ないとか思いましたよ、ホントごめんよ受付さん。あと邪な思いで二枚目貰っちゃってすみません。…返さないけど。)

 

 二枚目の使用用途は、保存用だった。

 

 そっとポケットから出されたのは正真正銘の応募カードである。

 

『【はんたー おうぼかーど】

わたしは はんたーしかくしけんに

せいしきに おうぼ いたします

 

てすとのさいに しょうじるあらゆる

じこについて せきにんをおいます

 

しめい:             

               ……、 』

 

 

 

 一応、街中であったため天を仰ぐだけに留めた。いや、ちょっとだけ地団駄は踏んだ。

 

(とりあえずこっちはオーラで保護しておこう。)

 

 荒ぶっていることなどおくびにも出さないジールはスンッと真顔のままオーラで二枚目のカードを包んだ。

 相変わらずオーラの使い方が可笑しい。

 

 ジールはカードの保護が終わったあと、両手で持ち上げたカードに向かって頭を下げ鞄の中にしまった。

 太陽の光を反射したカードはどこか神々しく見えた気さえする。

 

(さてさて、過去一綺麗な字で書いていこうか。)

 

 取り出したボールペンをクルクル回しながら、ジールはもう一枚のカードを取り出すと集中力を遺憾無く発揮した。

 

 そうして無事に郵送までこぎつけたジールは意気揚々と森まで帰ってきていた。

 

 久しぶりの街も楽しかったし、美味しいものも買えたわけだが、何よりこれでハンター試験に参加できるのだ。祝いと称してビーフなんぞ買ってしまうくらいには嬉しかった。

 

 洞のある大木まで戻って来る頃には月が爛々と森を見下ろしていたが、ジールは夜更かしを決行した。

 

 キャンプファイヤーのように大きい焚き火を組んで、買ってきた牛肉を焼く。その間に持って帰ってきた応募カードをいい感じに立てかけてパーティーの準備を進める。

 途中、カードの神々しさに体が反応しアリクイのように威嚇をしたりもしたが、最終的には泣きながら焼きあがった牛肉を供えていた。

 そうしてボッチのパーティーが始まる。

 

 

 その夜は森中に奇声が響いたとか、なかったとか。

 

 

 

 

 

 

 こうして申し込みが終わった後は、偶に新聞を買いに行って俗世間に触れたりしながら、ジールは修行を続け年明けを待った。

 

 「……寒くね?」

 

 

 1985年 1月3日  ジール カヨイの森出発

 

 

 

 分かっていた事だが、ジールは寝不足だった。

 遠足が楽しみで仕方がない小学生状態となり正月のどんちゃん騒ぎ(一人)と相まって酷い顔色をしている。

 

 まあ、その顔が誰かに目撃されることは無かった。

 

 

 これでも一応真面目に考えたのである。人が多くいる中に行くのだ、身バレしない為にはどうすれば良いのか、もしハンターになったら有名になるかもしれないから素顔が分からないようにしようと。

 

 フードは嬉しくない風のイタズラがあるかもしれないし、サングラスなんかは危険な試験中にいつ壊れるか分からないからと、うんうん頭を悩ませた。

 

 

 

 

 …結果、袋を被れば良いのではないかと閃いた。

 なんなら、濡れるかもしれないから紙袋は辞めようと麻袋を思いついた時は天才かと自分を褒めたたえていた。

 

 決まったら最後、ジールは本などを入れていた麻袋の中身をカラにして、小さく覗き穴を開けたあとにずっぽり頭から突っ込んだ。

 

 真面目に考えたのでは無かったのか、いや本人は至って真面目だった。たとえ思いついたのが正月の浮かれた時であったとしても、お節代わりに用意した豆にアルコールが入っていたとしてもあの時は真面目だったのだ。

 

 なんなら被った時に、ちょっと収まりがいいかもと納得してしまったのだから後の祭りである。

 

 落ち着いて考えれば、かっこいい仮面をつけようとかマシな案が浮かんだかもしれないが少なくともこの世界線のジールではなかったようだ。

 

 

 晴れて不審者(完全版)に進化したジールは、三賀日の余韻も抜けないまま、森を出て田舎道を歩いていた。

 

(しっかし、ハンター試験会場案内だっけか?雑な事しか書かれてねーじゃねーか、どこだよダーグン街って。)

 

 ジールは会場に辿り着くところから試験は始まっているという言葉を胸に刻み、麻袋スタイルのまま港を目指している。その手には一週間前に届いた紙が握られていた。

 

(適当にネッカフェに入るかなぁ。)

 

 3日程で一番近い港町に到着すると、とりあえずは情報収集をしようと建物に入っていった。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

 

(はーい、ダーグン街が真逆だったことにめっちゃ焦ったのは俺ですどーも。)

 

 勝手に別の大陸だろうと港町まで南下していたジールだったが、電脳ネットで調べた時に船に乗らないことを知って勝手にショックを受けていた。

 

 慌てて来た道を戻りダーグン街の近くまできたのが6日、試験開始は7日である。

 

 むしろ住んでいた森から西に2日で着く場所だった。完全に遠回りしたジールは、続々と集まってくるハンター試験の受験者を横目に自販機の横で座り込んでいた。

 

 

(マジで危なかった。……というかここからどうしようか。)

 

 飲み終わったブドウジュースの缶をゴミ箱に投げながら目の前にある長蛇の列を眺める。

 ジールからしてみれば「成程、これが…。」となる試験会場直通バスの列だ。勿論乗るわけが無いので、何かヒントを見つけなければと辺りを見回していると、その列の前で困ったように立ち尽くしているお婆さんが目に入ってきた。

 

 突破口も見つからないし、とりあえず徳でも積んでおくかとジールは立ち上がりお婆さんの肩を叩いた。

 

「おやまぁ、不思議なお方ねぇ。」

 

 振り返ったお婆さんは騒いだりしなかったが、近づいた列に並んでいた男達は軒並み距離をとった。

 

(……そういえば麻袋被ってたんだっけ。)

 

 3日間の強行軍のせいですっかり馴染んでいたジールはその存在をやっと思い出した。

 

 しばらくお婆さんの顔を見ていたかと思うと、ひとつ頷き鞄からフリップを取り出した。

 

『どうした?』

 

「それがのぅ、これを娘のところまで届けたいんやが今日はバスに乗れないらしくてなぁ。」

 

 周囲の受験者は急に筆談し始めた不審者に驚いたが、それに普通に帰すお婆さんを見て引いた。

 

『どこまで?』

(このお婆さん、肝が座りすぎでは?)

 

「2つ隣の酒場町で働いとるんよ。」

 

『ものだけか?あなたも?』

 

「おや、もしかして持って行ってくれるんか?なら、この籠と伝言だけお願いするかのぅ。」

 

『了解した』

(うーん、これはワンチャンあたりか?)

 

 

 バス停に置かれた時計はまだ午前中を指している。幸いにも一度行ったことがある場所だったので、最悪違ったとしても開始時間までに戻って来れるだろうと見積もっていた。

 ジールは伝えられた伝言をそのままフリップに書き込み籠を受け取るとそのまま走り出した。

 

「助かったわい、気を付けてのぅ。」

 

 

 お婆さんの気の抜ける声援を背中に走れば、2時間とちょっとで目的の酒場町に到着した。ちなみに籠の中身はワインとパンである、少しくらいなら雑に走れるのも助かった。

 

(さてと、娘さんがやってるのが“レッドレディ”)

 

 レッド、レッドと頭の中で繰り返しながら練り歩こと暫く、目的の店を見つけたジールはそのまま中に入っていき無事に籠を渡した。

 

「あら、ありがとうね。お母さんから伝言とか聞いてないかしら。」

 

(親子揃って神経図太いなぁ。)

 

 これはスムーズにいくかもしれないと期待しながら、ジールは伝言の書かれたフリップを見せた。

 

「うんうん、確かに受け取ったわ!……ところであなた強そうね、是非倒して欲しい魔物がいるんだけど。」

 

 食堂として開かれている店の中にはジール以外にも数人の客がいた。娘さんと呼んでいる女性はその人達に聞こえないように、声を潜めて山の麓にいる魔物の話を始めたのだ。

 唐突な話題の振りに驚いたもののジールは大人しくその話を聞いていた。

 

「……そこの洞窟まで行って、その魔物を退治して欲しいのよ。」

 

『了解した』

 

 喋らなくていいの結構便利だなと思いながら、ジールはその山に住む魔物の討伐を引き受けた。

 

 そろそろ疑惑が確信に変わりそうであったため了承したのもあるが、もうひとつジールには心当たりがあった。

 

 話が終わると、ジールは食堂でランチセットを注文し一服するとそのまま店を出ていく。注文をした時は娘さんもこのタイミングで!?と驚いた顔をしていたが、面白そうにサービス付きのセットを出してくれた。

 

 

 

 そうしてやってきたのはとても見覚えのある山と麓の洞窟である。

 

 そもそもジールが知っている町など、旅のところで通った場所だけだ。その中で洞窟のある山となれば心当たりはひとつしかない。

 

「あら〜?懐かしい匂いがしたかと思ったらあなたなんて格好しているのよぉ。」

 

 洞窟の中からかけられた声に、ジールは手を上げることで応える。

 

「あぁ!わかったわぁ、ワタシのことが恋しくなったのねえ〜。」

 

 影の中から出てきたのはベァベァだった。

 ジールが国境を越える際にお世話になった魔獣はどうやらハンター試験の審査委員会に雇われているらしい。なんとも羨ましい職業だ。

 

 半年前に別れた場所で再び出会った一人と一匹は暫くの間会話に華を咲かせた。

 

「少し見ないうちに、また強くなったわねぇ。ワタシ好みになっちゃってもう。」

 

『嬉しい』

 

「ダサい帽子さえ無ければ完璧よぉ。」

 

『……。』

 

 偶に華のトゲがジールに刺さったりもしたが、心置き無く話せる相手にジールも癒されていた。

 しかし、それもベァベァが会話を切り上げたところで終わりとなる。

 

「そろそろかしらぁ、安心して〜。ちゃあんと分かってるわよ。」

 

 そう言って起き上がったベァベァは、ジールの周りをひと周りすると大きな牙を見せながら笑った。

 

「アタシの男が通らないわけないじゃなあい?合格よ。」

 

 ジールとしては、これから何か試練があるものだと思っていた。なんならベァベァと戦うのかなと少し楽しみにしていたのだが、あっさりと通ってしまったらしい。

 

 急な展開に驚き固まっていると、さらに追い打ちがきた。

 

「さぁ、これで案内できるわね〜。」

 

 ボンという音と共に煙が出ると、その中からは成人男性がでてきたのだ。

 短く刈られた茶髪に長いまつ毛、褐色の肌と白い唇。整っている顔立ちは雄を全面に出したものであった。そしてなにより目がいくのはそのガタイだ、端的に言うとマッチョ。

 

(これはぁ、おネエさんかな……。)

 

 薄々思っていた事だが、正直獣の性別はそこまで気にしていなかった。しかしこうして人型で現れるとなんともインパクトのある組み合わせだ。

 

「あらなぁに、ワタシの美しさに惚れ直したのかしら〜。」

 

 頬に手を当てながら、こちらにウィンクしてくるのはここら一帯を締め上げた肉体派だ。

 

『いい筋肉だな。』

(マッチョ……!!)

 

「やぁ〜ん、嬉しいわ!」

 

 

 そうして終始ご機嫌なベァベァに連れられ、ジールは最短距離で試験会場となる小屋の前に来ていた。

 

 ここまで来るのに通った街のなかで人目を集めたのは言うまでも無いが、ベァベァがノリノリでジールに引っ付いて周りにアピールしていたのは意外だった。

 

「この中に入ったら、そのまま階段を降りるのよ〜。」

 

『了解した』

 

「ふふふっ、健闘を祈ってるわぁ。」

 

 最後に投げキッスをされたが、ジールはそれをプラカードで防ぎつつ麻袋をとった。

 最後くらいは相手の顔をみて言いたい。

 

「……ベァベァのおかげだ、ありがとう。」

 

 しっかり麻袋を被り直したジールは小屋の下、試験会場に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらやだ、ホントにいい男ね。」

 




次回は一次試験から始まります。

読んでいただきありがとうねございます。
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一次試験が始まりますよ?

今回は、一次試験からのスタートです。
よろしくお願いします。


 見上げた通路の天井には首から上を飲み込まれた人が居た。

 

(わぁお、流石ハンター試験……デンジャラス。)

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 渡されたプラカードを付けて、試験の開始を待つ。

 降りた小屋の先は黄土色の土壁に囲まれたワンルームだった。チラホラと人がいる中で、試験に思いを馳せながら棒立ちしていたジールは、周りを観察する。

 

 ドレッドヘアーのイカついお兄さんや、風が吹いたら飛んでいきそうな爺さん、あとは偶に女の子もいた。各々が開始のベルを待っているようだ。

 

(何個くらい試験があるんだろうか…、たくさんあると良いなぁ。)

 

 降りてきた階段の反対側の壁には九個の扉が並んでいる。この先に試験の何かがあるのかと思うと胸が躍るものだ。

 

 途中話しかけてきたチンピラ君は、楽しみなのかなと眺めていたらどこかへ行ってしまった。姿が見えなくなってから、返事を忘れたことに気づいたジールは一人ひっそり反省をしたりもした。

 

(…次からはちゃんとプラカード出そ。)

 

 試験の中で仲良くなる。という経験をしてみたいジールは絶賛お友達募集中である。

 

 そして地下に降りてきてから15時間が経った頃、ジールが脳内シミュレーションで自己紹介を300回程終わらせた時のことであった。

 

 

 

 

 ジリジリジリジリジリジリと鳴るベルと共に一人の男性が扉のひとつから出てきた。

 

「やぁ、諸君?準備はいいかね?」

 

 タンクトップにツナギとヘルメット、ツルハシの刺さったリュックを背負っている男はどこから見ても遺跡探検家である。

 

 先程まではザワザワと騒がしかった室内も、シンと静まり前に立つ男に注目していた。

 

「ふむ、これから一次試験を開始するぞ?俺の事はザック団長と呼んでくれよ?」

 

 軍手をはめた手で顎を撫でながら受験者を見渡す男にはプロハンターという自負があった。

 

(ザック団長……!!かっけぇ。)

 

 IQが3まで落ちたジールは初っ端からザ・ハンターらしい人物が出てきたことに感動している。

 

 麻袋を被り少しだけ遠慮が無くなったのか、興奮のままに握り拳を上下に振りながら試験の説明を聞く。身バレ防止というのは時に人の枷を外すようだ。

 

「これから、君たちにはこの迷路に挑戦してもらうからな?」

 

 そう言って触れたのは、ザックが出てきた扉だった。どうやら一次試験は迷路を攻略することらしい。

 

 ザックは、昔この場所が複数の村から選ばれた戦士達が互いに栄誉をかけて戦った競技場だということを説明した。

 1000年以上前の娯楽施設だという話だ。ジールは街の下に遺跡があるという話にはしゃぎつつ、しっかりルールを聞いていた。

 ちなみにジールの好きな言葉のひとつに地下都市というものがある、地下に存在する大きなものは総じて好物というわけだ。

 

「制限時間は24時間、扉は好きなものを選んでくれよ?」

 

 

 その言葉を聞くと、受験者は一斉に扉の前に集まってきた。九個ある扉にそれぞれ並んでいるが、ザックが出てきた一番右の扉の前は他より人数が多かった。何があるか分からない中で少しでも安全なものを選ぼうとしたのだろう。

 

 扉はどれも同じデザインでこれといった決め手になるものはないのだ、適当に選ぶ者や何となくで選ぶ者も多かった。

 

(どっ、れーに、し、よ、う、か、な。)

 

 指で扉を順番に指しながら歩いていく。

 ジールは比較的前の方に立っていたので、周りよりも早く扉の前についた。

 左から二番目の扉である。ウキウキするジールの横で、周りよりも並んだ人が少なかったのは言うまでもないだろう。

 

 「よし選んだな?健闘を祈っているぞ?」

 

 『第一次試験 迷路攻略』

 

 九個の扉が同時に開く、待ち構えていた受験者達は我先にと走り込んでいった。

 ジールの選んだ扉も、10人程の男達がジールを追い越して走っていく。

 

「「「「「「「ぎゃーーーーっ!!!!」」」」」」」

 

 意気揚々と足を踏み出したジールも思わず足を止めた。視界の先は特に変化が無い。

 どうやら他の扉の先で何かあったらしい。

 

(わぁーお、くわばらくわばら。)

 

 気を取り直して、ジールは初めの1歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 迷路の中は至ってシンプルなものだった。目に映るのは先程まで居た部屋の壁と同じ黄土色で、通路の形をとっている。今まで通ってきたところも、偶に分かれ道がある普通の等身大迷路そのものだ。

 

 まあ概ねと言った方が正しいだろう。壁から槍が出てきたり、足元の床が割れて落とし穴になったりするちょっとした仕掛けがある道もあった。

 

 偶に命を刈り取ろうとする罠もあったが、そこら辺は想定内である。むしろハンター試験っぽい仕掛けの数々にジールのテンションは上がるばかりだ。

 

 

 (とりあえず地図を書きながら右手戦法をしてるけど……壁画がカッコよすぎる以外は特に問題もないかな。)

 

 歩き始めてから約3時間、右手を壁につけたまま歩き続けるジールは他より多くの罠を引っ掛けながらも、傷一つない状態で立っていた。

 

「「わぁー!!!!!」」

 

 そろそろ朝食を取ろうかとジールが鞄を漁っていると、目の前の十字路を左から右へ駆け抜ける受験者が二人、少しの間の後それを追いかける特大の鉄球が転がっていった。

 

(俺とは別の扉の人達だな、なるほど繋がっているらしい。)

 

 心の中で応援しながらも冷静に状況を判断する。

 止めていた手も動かしサンドイッチを見つけると、それを咥えながら十字路を右に曲がった。

 別に駆けて行った受験者を見に行ったわけではない、右手戦法をしているので右に曲がるしか無かったのだ。

 

 

 

 

 さらに進んで試験開始から約7時間後、ジールは三つ目の広間に出ていた。

 

(うーんあんまり進まないなぁ、まっ迷路の大きさも分からないから何とも言えないけど。)

 

 明らかな行き止まりの道も全て通ってきたジールは、方角的には東西へ振り回されながら北に進んでいるようだ。

 他の受験者の進捗は分からないが、多分ジールは遅れている部類に入るのでは無いかと考えている。

 

 まあ、事実ジールより早く進んでいる者も居るが、半数程は罠に翻弄され思うようにすすめていなかった。全体の順位では中の上といったところだ。

 

 ここまで右手戦法でやってきたジールだったが、麻袋の上から後頭部を掻いてなにやら思案しているようだった。

 

(俺のメンタルが24時間で折れるとは思わないけど、間に合わないのは困るからなぁ。)

 

 今まで書いてきた道順や罠があった場所を眺めながら座り込む、どうやら本格的に考えるようだ。

 

 そう、この試験は規模の分からない迷路を如何にして攻略するかを問われているのだ。

 それに必要なのは歩き続ける体力や、攻略に必要な頭脳、罠を回避する身体能力など基本的な部分は勿論のこと、一番はゴールを諦めない気持ちである。

 

 今はまだ、元気な悲鳴が聞こえているがそのうち気づくだろう、自分が何処にいるか分からない事に。どんなに頑張っても正解の道で無ければ辿り着けない非情さに。

 

 罠に翻弄され現在地が分からなくなった受験者は刻々と過ぎていく時間を前に足掻き方を忘れるかもしれない。

 

(……とりあえず試さない事には分からないか。)

 

 ペンでなにやら地図に書き込んでいたジールはよっこらせと立ち上がった。

 

 そして広場の中心に嵌め込まれた文様を確認すると、右手を壁に着くのを辞めて歩き出す。

 

 麻袋の下でワクワクと目を輝かせながら道を選び、地図を見て部屋の端にある通路へ踏み出すとそのまま半歩身体を捻った。

 

 その数拍後ジールの横に刺さったのは毒が塗られた弓矢だ、それを見たジールは満足気に頷くと迷いなく通路を進み始めた。

 

(ははっ、パズルゲームが得意な俺に死角なし!)

 

 

 直後、分かっていたにも関わらず片足が落とし穴に嵌った。少々恥ずかしそうに引き抜くと、ジールはひっそり移動を始めた。

 

 

 

 

 その後も、誰かが落ちたらしい落とし穴や、壁に飛び散った血痕を見つけたり、床、壁、はたまた天井にめり込んでいる受験者を引っこ抜いたりしながらもジールは着々と進んで行った。

 

 そして試験開始から約10時間後、ジールは6っ目の広間に到着していた。

 

 

(…………会話無くて寂しい、ぐすん。)

 

 麻袋の口から手を突っ込みもぐもぐとパンを食べながら、ジールは心の中で泣いていた。

 

(何故だろう、全然人に出会わないし会ったとしても凄い勢いで走って行くし、助けた人も気絶して話せる感じじゃなかったし。)

 

 自身の仮説があっているかを検証すると共に、ジールは少し遠回りをしてでも人と接触していた。

 結果は……ボッチでご飯を食べている姿をご覧いただければ分かるだろう。何がいけなかったのかって?麻袋である。

 

 

 昼食も食べ終わったジールが手馴れた手つきで麻袋の口を締め立ち上がった時のことだ。

 

「やったぁ!!!広間が見えたぞ!!」

 

 反対側の通路から入ってきた男はそのまま一直線に駆けていき、中央にある文様を見るとガッツポーズをして見せた。

 

「おっしゃゃゃやあ!違うやつだ、進んだぞ!!」

 

 

 そうして嬉しさのままに叫んだ男はハタと動きを止めてジールの方を見た。

 ジールは足音が聞こえてきた段階で、フリップを取り出し挨拶を書いていたのだ。

 

『やぁ。』

 

 ジールと男の間に僅かな時間が流れる。

 

「失礼しましたぁ!!!!」

 

 男は、ジールの頭部と手元のフリップを確認するとそのまま来た道を走って行った。

 

(おっと、避けられた。……まあ当たりの道に行けたみたいだしいっか。)

 

 内心では次に期待しようなどと考えていたが、その手元はフリップの角をコネコネといじっていた。

 

 

 

 それからも、ジールはゴールを目指しながら人を探していくが、だんだんと出会う人の数は減っていった。

 

 最後に会った人も、7つ目の広間を出た後にすれ違っただけだ。結局、誰かと友情を育む前にジールはゴールの扉にやってきていた。

 

 所要時間13時間21分。一番目のゴールである。

 

(あー、俺が一番か。)

 

 まだ誰も居ない部屋を見てジールはポツリと呟いた。

 

 勿論、最初にゴール出来た嬉しさは半端じゃないが、ゴールした後に誰かと話して待っていようと考えていた作戦はおじゃんになった。

 

「君が一番かな?おめでとう、いいセンスを持っているようだな?」

 

 扉の前で突っ立っていたジールの元に、この試験の試験官がやってきた。

 

(おぉ!ザック団長だ!サインください!)

 

 すっかりミーハーと化したジールは心の中で色紙を取り出しながら声の方に振り向いた。

 

「…っ。そうだな、暇になっただろう?どうだ答え合わせでもしないか?」

 

(おっとこれはファンサ?先輩ハンターからのご教授が?)

『是非』

 

「ははっ、ユニークな話し方だな?」

 

 最初に見せた動揺もなんのその、直ぐに元の調子に戻ったザックはジールの横に腰掛け、その隣に座る様に促した。

 

 ジールは久しぶりの会話に感動しながらも、鞄から攻略中に使った地図を取り出す。それを渡すようにザックの方に向けるとジェスチャーで見るように示した。

 

「ほぅ?ここまで正確だとは…君全部の罠に引っかかってきたのかな?」

 

 ジールは慌てて首を振った。全部引っかかっていたのは最初だけである。

 

『最初』

 

「なるほど、最初に全部を試したと……脳筋か?」

 

 地図を見ていた目がジールの方を向く、誤解だと言いたいところだが否定しきれないジールはぐぬぬと悔しそうな表情を作るに終わった。

 

「まぁ脳筋でも構わないけどな?この時間でクリア出来るのはどちらかと言えば頭脳派だろう?」

 

 

 ありがとうと返された地図には九つのブロックに分けられた迷路が書かれていた。

 

 簡単な説明をすると、迷路がある競技場は大きな正方形だった。その中を3×3のブロックに分けそれぞれの中央には広間が用意されているという構造だ。

 ではそれに気づくと何が分かるのか、実はそれぞれのブロックは全て同じ位置に罠が置かれており、尚且つ迷路の形も全て同じものとなっていたのだ。

 

 つまり、ひとつのブロックさえ分かってしまえばあとは安全な道を選んでゴールまで行くだけである。

 逆に言えば安全な道以外を通ってもゴールに辿り着けなくもない少々変わった迷路となっていた。

 

 気づいてしまえば簡単なものだが、罠に翻弄されている中では冷静に場所を照らし合わせることなどしないだろうし、道をある程度覚えておかなければ気づくことも難しいだろう。

 

 ジールは入口から最初の3ブロックを文字通り全て通ってきた。メモをする余裕もあったためサンプルが充分にある中で考えることが出来たのだ。

 その後は書いた地図が合っているかを確認しながら進むだけである。

 

「よく気づいたな?広間も通ってきただろう、文様の意味も分かるか?」

 

『村の紋』

 

 壁画を舐めるように見ていたジールはそれぞれの村には代表するマークがあることに途中で気づいた、まぁその後はそれぞれのブロックが村に割り当てられてたのかなぐらいにしか思わなかったが。

 

「……本当にいいセンスをしているぞ?この文様はそれぞれの陣地を示すマークになっていてな?最初に戦士が戦ったと言っただろう?各々の戦士に平等な陣地を割り当てる為に全て同じ作りとなっているらしいぞ?」

 

 爛々と目を輝かせ楽しそうに語るザックの言葉を、ジールも頷きながら聞いていた。

 熱中するものの素晴らしさを語りたくなるのは全人類共通だと思っているジールは、その内容の凄さも去ることながら、それに夢中になっているザックのことを楽しそうに見ていた。

 

 

 それから約10時間後、話終わったザックの姿は消えており一人で夕食を食べ、地面にラクガキをしながらジールは暇を潰していた。

 

「24時間が経過した、一次試験は終了だからな?この場にいる者は合格だから遅れないようにしろよ?」

 

 

 そう言って移動のために連れられていく受験者はざっと160人、丁度開始の時から半数が減った形となる。

 

(まだまだ沢山いるし、お友達を作るチャンスもあるだろう!多分!)

 

 

 最初のジールのペースを見ていれば気づくことだが、実はこの迷路は全ての道を通ってきても時間内にゴール出来る脳筋仕様であった。

 3ブロック進むのに必要なのが約7時間、単純計算で21時間あればゴールに辿り着けることになる。

 もちろん、全ての罠を回避して21時間進み続けられる体力ゴリラでなければ無理な話だが、不可能では無いとだけ言っておこう。

 最初に言った通り、諦めない気持ちが重要だということだ。

 

 とまあ、一次試験を通過した者は意外にも多様な才能に別れていた。

 そうしてバスに詰め込まれた受験者達は遺跡から次の試験会場に運ばれていく。

 

 

(面白いやつだったな?後で他の奴にも教えてやろうか?)

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

 次に到着したのは、ダーグン街の中心にある巨大なビルの一室であった。

 

 バスの中で配られたお弁当に、ハンター協会が配っているお弁当!レア!とまたしてもIQの低い感想を述べながら貪っていたジールも、生産地のラベルを剥がしながら会議室のような一室に通される。

 

 

 

 

 全員が入り切った直後、部屋のライトが消され正面に座っていた10歳程の少女にスポットライトが当たった。

 

(……会議室にスポットライト、うん。)

 

 クルッとキャスター付きの椅子に座りながらこちらを向いた少女は、前髪をパッツンに切った黒髪の美少女であった。

 ふたつに結ばれた黒髪を揺らしながら暗い室内に立ち並ぶ受験者の顔を見ると、パサりとその長い髪に手を通しフンッと鼻を鳴らた。

 

「どれもこれも間抜けな顔をしているわね。」

 

 ため息を吐きながら、両肩を竦めるとその手に持っていた分厚い本を目の前のテーブルに叩きつけた。

 

「あんた達のお粗末な頭に合格は出せないわよ。」

 

 

 張り上げた綺麗な声には棘しか詰まっていない。初めは暗転した部屋に何が起こったのか分からなかった受験者達も、その言葉の意味を理解して盛大な野次を飛ばし始めた。

 

「おいふざけんじゃねーぞ!ガキが!」

 

「あぁ!?ナマ言ってんじゃねえよ!!」

 

「おいチビ!礼儀ってやつを教えてやる!」

 

 身を乗り出す勢いで吠える、なんならそのまま掴みかかろうとする者もいた。

 

(…さっすがプロハンター、性格もダイナミックだなぁ。)

 

 野次の内容が馬鹿っぽいなと思っても口に出さなかったジールは、開放的な動物園と化した会議室の中で遠い目をしながらラベルを鞄に仕舞っていた。

 

「ほんっとに馬鹿ね、あんた達を全員不合格にしてもいいのよ。」

 

 少女はうるさい声に眉を顰めながら、嫌々と言葉を吐き捨てる。

 そこで、相手が試験官だということを思い出した受験者はちょっとだけ静かになった。

 まぁ、精々が檻の中に大人しく入ったレベルで、まだまだうるさいことに変わりはない。

 

「ふんっ、分かればいいのよ。リリー持ってきて頂戴。」

 

 煽る姿勢を辞めない試験官殿は横に立っていた丸メガネの女性に何かを持ってくように指示を出した。

 檻の中からその様子を見ていた受験者は持ってこられた箱に視線が釘付けである。リリーと呼ばれた女性が箱を2つ置いたかと思うと、少女は慣れた様子で積まれた箱の上に立った。

 受験者達よりも高くなった視線に満足したのか、さらに蔑みを含んだ視線で受験者達を見下ろす。

 

「わたくしは、ロッサ・ブルーメ。気安くは呼ばないでちょうだい。二次試験の担当試験官よ。」

 

 手で髪を跳ねさせながらされた自己紹介に、ジールは段々慣れてきていた。

 

(オーラ見てるとめっちゃ強いの分かるし、貫禄のあるロリだと思えば……)

 

「言っておくけど、わたくしは成人を迎えてますから“チビ”とか言う脳の無い発言は謹んで欲しいわね。」

 

 先程チビだなんだと野次を飛ばしていた野郎は睨まれて竦み上がっていた。

 

(……あるあるな禁句を持ってきたなぁ、書かないようにしよ。)

 

 ジールは数秒前の思考は抹殺し、貫禄のある“女性”だと認識を改めたようだ。

 

「さて、言いたいことは言い終わったし、試験を始めるわよ。」

 

 その言葉と同時に、後ろのスクリーンがなにやら文字を写し出した。それを見た受験者達はまた檻から出たように騒ぎ出す。

 暗い部屋で光るスクリーンは綺麗な字体で、次の試練を示した。

 

 

『第二次試験 古文書暗号解読』

 

「プロハンターに馬鹿はいらないわ!!」

 

 

 

 

 一癖では収まらない筆記試験の開始である。

 

 

 




次回は二次試験からスタートです。

読んでくださりありがとうございました。
感想、ここすき等励みになります。


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二次試験が始まりますよ?

ジールの得意分野らしい二次試験の話です。
よろしくお願いします。


 古文書には今は無き高等技術や、遥か昔に書かれた物語、はたまた遺跡から出てきた日記に至るまで様々な内容の物がある。しかし、それを見つけたからと言って読める物だとは限らない。中には古代の文字で書かれたものから、情報の漏洩を気にして暗号で書かれた物もあった。

 

 そしてそれを専門にハントを行う者たちがいる。その一人であるロッサ・ブルーメは手に持った本で受験者達を指しながら、二次試験の内容を発表していた。

 

 熱烈な宣言にざわついた受験者達を置いて、ブルーメはルールの説明を始める。

 

「あなた達にはわたくしが用意したテストを受けてもらうわ。詳しい事はリリーが説明するから、精々そのスカスカな頭に叩き込むことね。」

 

 多くの受験者に見られながらも態度ひとつ変えずに話しきったブルーメはそのまま箱から飛び降り、キャスター付きの椅子に戻っていった。

 

「ご紹介に預かりました。二次試験の補佐官を担当するリリーでございます。本日はよろしくお願い致します。」

 

 会議室全体に聞こえるようにマイクを通して行われた自己紹介は、先程とは打って変わってとても丁寧なものである。これには、散々煽られまくった受験者達も大人しくせざるをえなかった。

 ブルーメ?ブルーメは良くも悪くも響く声をしているマイクなんぞ使わなくてもその言葉は全員に聞こえていただろう。

 

「皆様には、これから四つのテストを受けていただきます。つきましてはテスト中に以後述べるルールを遵守して頂きますようお願い申し上げます。」

 

 四つと聞いて、ただでさえざわついていた受験者達はさらに動揺を示した。

 

「テストを円滑に進めるための措置ですので、こちらを遵守頂けない場合は失格とさせて頂きます。ご了承ください。」

 

 室内のざわめきに耳ひとつ貸さない様子のリリーは、淡々と注意事項を話していく。堅苦しいと表現出来るその話し方に、普段からノリと勢いで話している受験者達は意味を汲み取るのに全神経を注いでいた。

 

「まず1つ目に、テストの解答権は先着順となっています。解答用紙をブルーメの元にお持ち頂いた方から採点を行いますが、最も遅かった10名の方は自動的に解答権を剥奪致しますのでお気をつけ下さい。」

 

「答えの分からない馬鹿にいつまでも付き合ってられないわ。」

 

「2つ目に、テストを行う部屋に入室していただく際に解答用紙を配布致します。挑戦者の方々の人数分しか用意しておりませんので、紛失しないようお気をつけ下さいませ。」

 

「失くすんじゃないわよ。あんた達に使う無駄な資源なんて無いの。」

 

「3つ目は、解答用紙の記入に関する事です。お渡しした解答用紙には受験番号をお書きください。採点の際の識別に使用致しますので、くれぐれもお間違いの無いようお願い致します。」

 

「名前が書けない馬鹿の為に番号制にしてあげたわよ。」

 

「最後に、試験中は発言の一切を禁止させて頂いてます。発声による答えの伝達等、試験を著しく妨害する恐れがあるためこちらの規則を設けております。ご理解の程よろしくお願いたします。」

 

「馬鹿でも四つのルールくらいは覚えられるでしょう?シンプルで良かったわね。」

 

 

 まるでコントのように挟まれる罵倒に苛立ちながらも、受験者達はルールの把握に勤しんでいた。

 

「長々と説明してしまいましたが、聡明な受験者の方々には何ら支障は無かったと存じます。質問等はこの後受付ますのでお声掛け下さいませ。」

 

 そう言って壁際まで下がっていったリリーを目で追いながら、一部の受験者は最後の言葉に違和感を覚えた。まるで、ブルーメが喋った後のような気分に陥る。

 

 しかし、そんな事を気に止めるような試験官達ではない。質問が無いことを確認し、そのままひとつのドアーを指さし入室を促してきた。

 

「それじゃあ一次試験のクリア順に入ってちょうだい。用紙を貰ったら直ぐに解いていいわよ。」

 

 隣室に直接繋がっているらしい、無機質なドアーを通る最初の受験者はジールであった。

 

 ルール説明の間全くもって反応を示さなかった麻袋がどうしていたのか、二次試験の内容を思い出して貰えれば分かるだろう。

 

(古文…古文書。ぐへへ合法的に本が読める。昔に書かれた本かぁ、ロマンがありますなぁ。)

 

 スクリーンの文字を見てからは脳内がお花畑状態であった。本好き兼ハンター世界マニアとしてはこれ以上無い黄金タッグでやってきたのだ最早カモネギ。

 

(あっ…、呼ばれた?へへっ、それじゃあ最初に読ませていただきますわ。)

 

 外見上は気負った様子なくスタスタと歩いていくジールは、心の中で花畑の中でスキップしていた。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

 ジールが問題と解答用紙を受け取り設置されている机のひとつに向かって行ったあと。それに続いて受験者達が入ってくると、もはやお約束といわんばかりにジールと距離を置いて着席した。

 

 遺跡の中でも異様な雰囲気を醸し出していたが、こうして日常的な空間でテストを受けていると尚さらその異質具合が浮き彫りになる。

 

 

(ふふん、暗号?任せろ?スパイに憧れていた俺に掛かればイチコロよ。)

 

 当の本人は周りの様子など気にすることなく、ウキウキと解読の作業に取り掛かっていた。

 ちなみに、ジールはスパイに憧れていた“だけ”なので専門的なことは一切分からないことを注釈しておこう。

 

 

 

【第一問】以下の例文を参照し、書かれた文の内容を解答すること。なお、記号を優先し、余分な物を取り除き位置を正した上で音を交換せよ。

 

 

〇問題

 「やるにみ“おて”つきこ、をれたなしあゃうろいわしあゅくふくして“うり”やうど。」

 

 

〇例文その1

 「そんそいごやくたれち、とあゃ“あぐ”うごほこだる。」

 

 「さんさいがよくとれた、ちょうごうがはかどる。」

 

〇例文その2

 「“いか”ょを、ゆとしはしらいねかわひらあっと。」

 

 「きょう、わたしはしろいねこをひろった。」

 

(以上)

 

 

 

 

(問題文には解読の手順が書かれているし、いけそうだな。)

 

 一枚の紙に書かれたシンプルな問題は、ジールにとってただのパズルと変わりはない。意気揚々とペンを回しながら、解読の答えまでをスラスラと書いていく。

 

(……入れ替えて〜、小文字前は置き字だからそのまま飛ばす。んで音は多分母音のことだから――)

 

 暗記以外はだいたい出来ると豪語しているとおり、法則の発見と適用はジールの十八番だ。調子に乗りまくったジールは、ついに文章の解読に成功する。

 

 そうして完成した文章を眺めた瞬間、ジールはペンを落とした。

 騒がしい室内にペンが落ちる固い音が響く。

 

(……くっそ、不意打ちをくらった。)

 

 机に向き合ったまま、ジールは脳内でダメージを受けた自身を盛大に弔っていた。その原因はつい先程意味が分かるようになった文章だ。

 

『よるにみえたつきは、かれとのしょうらいをしゅくふくしているようだ。』

 

(リア充の日記じゃねえかよ!!)

 

 ジールはただ今14歳、そろそろ15歳になるという思春期真っ只中の純情ボーイである。色恋の話に敏感になっているところへカップルの結婚報告は刺さった。この場合、精神年齢上で結婚適齢期を過ぎているためダメージは倍である。

 

(まあ、解けた事に変わりはない。さっさと提出してしまおう。)

 

 

 そうして席を立ったジールを見た周囲の受験者達は乱闘の途中にも関わらず、全員が驚きで動きを止めていた。

 きっと、あいつ頭イッて無かったんだな等と思われている事だろう。発言が禁止されていなければ数人は声に出してツッコミを入れていた。

 

 

 さて、ジールは文章に夢中で気づいていなかったが、試験会場では強奪戦が開催されていた。

 

 解答用紙の強奪が禁止されていないため、答えに辿り着いた者からそれを奪い取り受験番号を書き換えれば通過することが出来るのだ。それに気づけた者はまあまあ頭が回る判定でこの一問目は通過を許されていた。

 

 そのままでは最後まで辿り着くことが出来ないように罠も仕掛けられているためブルーメはニヤニヤと楽しそうに見ていた訳だが、事態は思わぬ方向に転がっていく。

 

(…………てめぇ、それを寄越せ!)

 

(やめろ、そんなに引っ張っるな!)

 

 セリフを付けるのならこんな感じになるだろうか。ひとつの物に群がる野郎共は、互いに殴ったり押しのけたりと必死である。

 

(……誰か他にペンを持ってる奴いねぇのかよ!)

 

 その中の一人は必死そうに辺りを見渡していた。

 

 そう解答用紙を奪い合っているのでは無い。それより低いレベルの争いである。

 

 生憎と試験官から渡されたのは問題と解答のための用紙だけである。解答を書くペンどころか、強奪した用紙の番号を書き換えるためのペンも不足している現状に流石のブルーメも蔑みを通り越して呆れていた。

 

 頭が痛いと言わんばかりに、眉間を抑えながらペンの手配を指示するとブルーメは力なく椅子に座り込む。横に立っていたリリーもどこか遠くを見るような目をしていた。

 

 そしてそこへやって来るのは、一番に暗号を解き終わったジールともう一人、白色の髪にベレー帽を被った眼鏡っ子であった。

 

「へぇ、ちょっとは見所がありそうじゃない。」

 

 番号の若いジールから解答用紙を受け取り、サッと目を通すとブルーメは合格の判子を押した。続けて眼鏡っ子の解答用紙も受け取ると同じく判子を押す。

 

「まだ終わらないわよ。さっさと次の部屋に行きなさい。」

 

 ブルーメに示されたドアーが2問目のテスト部屋らしい。

 ジールはブルーメに頷いて返事を返すと、リリーが開けてくれたドアーを潜った。ブルーメに一礼した眼鏡っ子もその後に続いていく。

 

 その後ろでは、やっと手に入れたペンを握りながら解答用紙を奪い合う受験者達がいた。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※ 

 

 パタンと閉められたドアーの前には麻袋を被った172cmと、ベレー帽を被った147cmが立っている。

 隣室の騒がしさから切り離されたそこで、件の眼鏡っ子は伺うようにジールを見上げた。

 

 それに気づいたのか否か、ジールは鞄を漁っていたかと思うとフリップを取り出して短く書き込んだ。

 

『やぁ』

 

 リベンジマッチである。

 その文字を見た眼鏡っ子は目を輝かせて、サイドポーチからメモ帳を取り出した。そのまま凄い勢いでペンを走らせると、背伸びをしながらジールにそれを見せてくる。

 

『初めまして!僕ティリー・ベルドっていいます!ずっと43番さんとお話してみたくて…、情報屋を名乗っておりますが、こんな麻袋を被った奇特な方には初めてお会いしました!』

 

 たった二文字の挨拶に長文で返されたジールはタジタジにされる。

 

(こ、これはコミュ強の気配がする……。)

 

 ジールは、グイグイくるティリーに及び腰になりかけるが、友情を深めるためにはむしろ好都合だと思い直すことにした。

 反応を返さないジールを気にすることも無く、ティリーはメモ帳をペラりと捲る。

 

(……二枚目!?)

 

『お名前を伺ってもよろしいでしょうか!?!?』

 

 爛々とした瞳で見られたジールはハッとした。友情を深める為の自己紹介は基本だろうと、こんな怪しい奴に話しかけてくれる子を逃さない為にも慎重に自己紹介を書いていく。

 

 キュキュッと書き終えると、ジールは見やすいように少し下の方にフリップを出した。

 

『ジール=モロウ。よろしく。』

 

 まあ分かっていた事である。失礼が無いように色々考えた結果なのだ。

 

 ちなみに名字の方はハンター試験に申し込む時に、原作のヒソカからパクったものである。

 

 よろしくの文字を見た眼鏡っ子はパァッと笑顔を見せると凄い勢いでメモ帳を埋めた。

 

『よろしくお願いします!!!』

 

 紙いっぱいに書かれた文字と、45度ピッタリに下げられた頭はとても友好的なものである。それに対してジールは親指をグッと立てることで答えた。

 

 そしてその時、二問目を開始すると試験官からの招集がかかる。互いに解答用紙を受け取った後はそれぞれの好きなところに座った。

 

(ベレーくんって呼ぼ……)

 

 ペンで麻袋を突きながら、ジールは問題用紙に目を落とした。

 

 

 

 

【第二問】以下はバビロイア文明で使用されていた器具の内部構造を図示したものとなります。注意書きからこの器具の使用方法を答えなさい。

 

 

(幾つかの受け皿と、上部に貯められた水の図)

 

 

 

 

 

 

 

 解答用紙と共に渡された辞書に喜んだのも束の間、中に書かれた記号には複数の意味が示されており前後の文の関係から判断しなければならないものだった。

 しかも今回は道具の説明だけである。部分的に書き込まれた単語から意味を書き出さなければいけないため難易度は跳ね上がっている。

 

 声にならない悲鳴を上げる受験者達を横にジールはスラスラと書き進めているようだった。

 

 前回、他から解答用紙を奪って来た輩はジールの解答用紙をもの欲しげに見つめているが、それを奪いにいく勇気はないため他のターゲットを探すことにした。

 

 

 

 

『辞書は貰えるのか?』

 

 解答用紙に判子が押されるのを見届けながら、欲望のままに問いかける程度には簡単だったらしい。

 

「興味があるの?持っていってもいいわよ。」

 

 

 一問目よりも手際良く解けた者や、効率よく奪えた者達が並ぶ中で改めて辞書を貰ったジールは小躍りしながら3つ目のドアーを潜る。

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 受験者の人数がだんだんと減っていき既に80人もいない室内はガランとしている。ブルーメは一問目で半数以上が落ちた時には高笑いしていた。来年に出直して来なさいと、それはもういい笑顔だった。

 

 一番最初に部屋を出ていくジールは気づいていなかったが、きっと見ていたら高笑いの上手さに拍手を送っていただろう。

 

 

「それでは三問目を開始いたします。これから10分間のビデオを流しますので受験者の方々は、ビデオ終了後に解答用紙を持ってきてください。」

 

 リリーがプロジェクターらしきものの前で説明をする。再び暗くなった室内にも慣れて来た受験者達は、僅かに聞こえる機械音に耳を向けながら目の前のビデオを見ていた。

 

(…再現VTRにしては周りの植物が数十世紀前のものだし、まさかガチのやつですか!?)

 

 そして最前列に座る男が一人。

 麻袋を外しそうな勢いで映像に食いついたジールは、ふんふんと頷きながら後付けらしいナレーションを聞いている。

 

 関心意欲態度ならばぶっちぎりの好成績だった。

 

 

 ビデオが終了し、その内容にホクホクしていたジールは配られた問題用紙を受け取りさっさと解いてしまおうとペンをくるりと回した。

 

 しかしここで事態は一変する。

 

 

【第三問】ビデオで紹介されていた内容に当てはまるものを以下の選択肢から選びなさい。

 

1.家畜として飼育されていた動物は

 A馬豚

 B長馬

 C茶豚

 D豚鼓

 

2.次期族長を指す名は

 A供賦

 B豪倭

 C認仗

 D仭挺

 

3.…………

 

4.……

 

.……

 

 

 

(あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!詰んだ!やばいよぉ。いや待て、諦めるな、何とかするんだよ!)

 

 

 問題用紙を見た際の反応である。

 

 ジールは他の受験者達のように内容が難しくて悩んでいるのか、否。ビデオで説明されたものは1から10まで説明出来るし、問題用紙に書かれた事も理解している。ではなぜ絶叫しているのか。

 

(いやね、さっきチョロっと言われた単語なんて覚えてるわけないじゃん。)

 

 この麻袋、暗記だけはダメなのである。人に渾名を付けないと呼べないくらいには覚えない。

 正確に言うと固有名詞が覚えられない、あと単語。物語だとか、昨日あったことなど一連の流れがあるものは覚えられるのに単体では覚えられない。一度覚えればまだマシなのだがそれまでが長い。

 

 散々な言いようであるが事実である。HUNTER × HUNTERの漫画でさえ、出来事は直ぐに覚えるのにキャラクターの名前は単行本一冊読んでも覚えられなかった。どハマりして何周もしていなければ、今頃ヒソカの事もあのピエロっぽい赤髪の〜なんて呼んでいただろう。

 ちなみにゴンは名前が短かったので2巻が終わる頃にはツンツン呼びを卒業していた。

 

 

 さて、周りには分かりにくく項垂れているジールは心の中で全力で言い訳をしていたわけだが、もはや思い出すことは不可能である。

 

 ここまでかと、ペン先で解答用紙を突いていた時のことだ。ジールの机の上に一枚のメモ帳が置かれた。

 

『モロウさん!助け合いませんか!!』

 

 見覚えのある字にジールはそっと顔を上げた。そこにはベレーくんが懇願するような表情で立っている。これはもしや!とフリップを取り出したジールはいそいそと書き出す。

 

『分からないことがあるのか?』

 

『はい!選択肢の読み方が分からなくて選べないんです。』

 

 

 なるほど、確かにナレーションだけだった為、選択肢が読めなければ選べないだろう。

 

(これはまさに友達との協力作業!試練っぽい!)

 

 先程までの落ち込んだ様子はどこへ行ったのやらと、ワクワクしだしたジールは椅子を持ってきたベレーくんを横に座らせた。

 

『一問目の読みは覚えているか』

 

『トンコーでした!』

 

『D』

 

『はい!』

 

『二問目』

 

『ニンジョーです!』

 

『C』

 

『分かりました!』

 

『次』

 

 

 淡々としているが、ジールの中ではメシアを崇めたてる宴が開かれていた。コミュ強と診断されたベレーくんも文字から伝わってくるくらいには喜んでいる。

 

 43番に話しかける勇者二号の出現に周囲は驚いたり、その答えを盗み見ようと忙しかったのは言うまでも無い。

 

 そうして最後まで答えを書き終わると、ジールはベレーくんに連れられて二人で解答用紙を提出しに行った。

 

「……随分と仲がいいようね。」

 

 渡された用紙を受け取りながら、ニヤリと笑ったブルーメは二人の事を面白そうに見る。

 どうやらやり取りは丸見えだったようだ。

 

 まあ、隠そうとも思っていなかったのでジールに動揺は無かった。最初のルールで声を出すのは禁止されたが、答えを教えてはいけないとは言われていない。

 揺さぶりもクールに流すジールを見て、なおご機嫌そうなブルーメは判子を押すと最後のドアーを示した。

 

「賢い方なら歓迎するわ。」

 

 入室と同時に渡された解答用紙を見ながら二人はそれぞれの机に着く。

 

 ジールは今、空をも飛べる気分だった。やりたかったことNo.1は伊達ではない。力を合わせて乗り越える強さを知った今ならどんな難問でも越えられる気がする。

 

 お互いに頑張ろうと頷きあい、机に置かれた問題を見る。

 

【第四問】以下のマスに数字を入れ図を完成させなさい。

(俗に言うナンプレが書かれた図)

 

 

 

 ――数秒後、ジールは力が抜けたように机に突っ伏した。

 

(そっかぁ、昔の人もナンプレしてたのね……。)

 

 

 

 なんだろうこの脱力感は、もう一度問題を見直しても少しマスが多くて数字が16まであるナンプレに変わりはない。

 

 ラスボスだからと気合いを入れたのが全て抜けた。麻袋を机に擦り付けながらダラダラと答えを書いていくが、それでさえ今までで一番早く解き終わった。

 

 ジールはガタリと立ち上がりベレーくんの方を見る。困っているようならお返しをしようと思ったが、ゆっくりではあるが着実に解いている姿を見てそれもやめた。

 余計なお節介はやかないのである。

 

 まだ向こうで採点をしているらしいブルーメ達は、こちらの部屋にはやって来ていない。フリップを持ち、いつもよりキレのない歩き方でジールはさっき通ってきたドアーの方へ向かって進んでいく。

 

(これが五月病?……いや違うわ、何もしてないもん。)

 

 それに気づいたベレーくんはなにやら尊敬の念を込めてその背中を見送っていた。

 

 ガチャリ。

 

「なにか不備がありましたか?」

 

『終わった。』

 

 フリップと一緒に渡された解答用紙にブルーメ達が固まった。ついでに採点を待っていた他の受験者達も固まった。

 

 いつものジールなら、ふざけて“俺なんかしちゃいました?”くらいは思ったかもしれないがそれすら無い。

 

 そうして微妙な空気の中で、ジールの解答用紙に判が押された。

 

 二次試験 合格。

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

「今頃、二次試験をやっているんだろうな?」

 

 紅茶やお茶請けなど、様々な軽食が用意されている部屋では数名の男女が話していた。

 

「なんスか、気になるヤツでもいたんスか?」

 

 それぞれが、携帯食やスナックなど好きな物を摘んでいるその空間は和気あいあいとしたものだ。

 

「それがな?見所がある奴が何人かいたんだが、その中でもとびっきりの奴がいたんだぞ?」

 

「へぇー、凄いッスね!!」

 

 干し肉をちぎりながら話す男達の言葉を聞き流しながら紅茶を飲む金髪の女性。

 

「きっとブルーメ達も喜んでいるんじゃないか?あいつはいい男だからな?」

 

 室内でもヘルメットを被ったままの男がそう豪語すると、カップをソーサーに置いた女性が興味を示した。

 

「いい男?それは楽しみだわさ!!」

 

 

 楽しい楽しい三次試験はもうすぐである。

 

 

 

 




試験パートはどんどん進みます。次回は三次試験です。
ちなみにベレーくんはくん呼びしていますが性別は決まっていません。お好きな方でお読みください。ジールは一人称から脳死でくん付けしました。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
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三次試験が始まりますよ?

一話に全部を詰め込もうとして爆発しました。長いです。

前回、微妙な終わり方をしたジールの三次試験が始まります。
よろしくお願いします。


「馬鹿ばかりという訳でも無さそうね。」

 

 二次試験終了後に残った52人の受験者達は、初めの部屋に集められていた。

 試験を通過した各々の顔を見渡し、少し満足そうに頷いたブルーメがキャスターを使って一回転する。

 

「まっ、精々この後も頑張るといいわ。貴方たちがライセンスを取れたら様付けくらいは許してあげる。」

 

 ブルーメは髪を跳ねさせながら鼻を鳴らすと、そのままリリーの方を見た。

 

「皆様の今後に期待すると致しましょう。」

 

 試験が終わりひと息ついたところで、二人の試験官に見送られた受験者達は船に詰め込まれていた。

 

 人数に対して豪勢と表現できよう大型船は、ダーグン街から出港し沖の方へと進んで行く。

 

 その船内では受験者達がご褒美だなんだとはしゃぎながら各々の好きなように過ごしている。ぶっ通しで行われてきた試験に、体を休める者も多いことだろう。

 

 船の最上階にあるレストランの席で一人肉を食べている男もまたこの船の旅を満喫していた。

 

(ハンター試験…おいしすぎるぞ。)

 

 むしゃむしゃと食べているビーフステーキの話だけではない。もちろん絶妙な火加減で焼かれた肉も美味しいが、ジールがこうしてニコニコしているのは二次試験で手に入れた資料の話だ。

 許可を貰って持ってきた辞書だけに留まらず、問題用紙や参考資料等々ちゃっかり拝借してきたジールの鞄の中はまさに宝箱。汚さないようにと今は取り出していないが、食べ終わったら次の試験会場までじっくり読み倒す予定だ。

 

(レアな研究論文と、ご丁寧に添えられた解説書まで、いやー太っ腹だなぁ。)

 

 追加でやってきた生姜焼き、さらに角煮と中華ダックが机の上に並べられていく。一人で四人席を占領しているジールはそれらを次々と腹の中に収めていった。

 

 その光景を見ていた周囲は、麻袋の口から中に吸い込まれていく大量の肉料理に慄いたことだろう。

 

 

 

 それから一晩が経ち、誰も文句の付けようがない最高級の船の旅は終了となる。

 腹を満たした者から、睡眠をとったり、スパで体を癒した者まで下船する受験者達の体調は万全と言っていいほどに回復していた。ジールも読書に耽り固まった体を解しながらウキウキとした足取りでステップを降りていく。

 

 皆が到着したのは瓢箪型の島である。大きくなっている下方部には町ができており、今回船が止まった港もある賑やかな場所だった。

 

(次の試験はなんだろう…そろそろ体を動かしたいなぁ。)

 

 ジールはゴキッと鳴った首元をさらに鳴らしながら、受験者の後をつけて行く。朝日が顔を出すなか貨物を下ろすクレーンを横目に開けた場所まで歩いていくと、そこには一人の少女が待ち構えていた。

 

「ようこそ、お待ちしておりましたわ。」

 

 肩口で切りそろえられた金髪のショートカットと、上品さを感じさせる服装。可憐な声が視線を集めるその人物を女だからといって舐める輩はもういなかった。

 

「私は、試験官のビスケット・クルーガーです。」

 

 二次試験で散々に言われてきた受験者達はどんな罵倒が来るのか若干身構えていたが、その雰囲気に違わず丁寧な挨拶をされキョトンとしていた。

 

 そして反応出来ずに固まっていたのはジールも同じだった。

 

(わぁお、心構えゼロのところにぶっ込まれた。ショートも似合いますねとか、猫被りの時もめっちゃ声いいですねとか色々言いたいところではあるけどとりあえず……麻袋被っててよかったあ。)

 

 首を鳴らしている途中、つまり麻袋の口に手をかけていたジールは労わるようにそれを撫で上げる。

 思わぬ出会いにスンッとキャパオーバーし、感情が抜け落ちていったジールだが、試験中だと言い聞かせて平常心をなんとか取り戻した。

 

 そのままふとビスケの方を見ると、どうやらこちらの事を見ていたようでバッチリ目が合う。どうしたのかと首を傾げた頃には説明の為に視線は外れていたが、一番後ろにいる自分を見ていたとは全くもって謎である。

 

 

「三次試験では、皆さんにお買い物をして来てもらいたいんです。」

 

 買い物…、それだけか?とざわつきはじめた受験者達を前にビスケはわざとらしく咳払いをした。

 

「でも、ただの買い物ではありません。この島にある高価な物を持ってきて欲しいのです。」

 

 ジャラっと音を立てて出されたのはお金が入っている袋だ。荒い目のそれにジールは少し親近感を抱いた。

 それから、ビスケは袋を掲げながら腰に手を当て言葉を続ける。

 

「皆さんには元手として1万ジェニーをお渡しします。今回の試験ではより高い物を持ってきた人から合格になるので、頑張ってくださいね。」

 

 最後のところでは、キュルンと音がしそうな表情で見上げてきた。正直、色々知っていても心に来る。

 ヴッ…とセルフで心臓を抑えながら、ジールは注意事項を頭の中にメモしていった。

 

 ひとつ、購入金額ではなく、実質的な価値に基づいた金額で判定されること。

 ふたつ、価値が1万ジェニー以下のものは即失格であること。

 みっつ、持ってくるものはその時点で購入済み、または自力で獲得した物であること。

 よっつ、判定は早い者勝ちの為、同じ品物は2つ目以降判定の対象にならないこと。

 いつつ、他の受験者から強奪したお金を資金源にすることは禁止であること。

 むっつ、制限時間は太陽が沈むまでであること。ただし、それまでは何度でも挑戦できること。

 

 

 ジールは、途中で忘れそうになったため手帳にも書き出しておいた。

 

(まぁ、纏めればこんなもんかな。聞く限り、骨董品系を安く買い叩くか、道具を買って珍しい魚を釣り上げるのもアリかな。最終的に自分のモノにして持って行ければいいんだし……。)

 

 試験のやる気が花丸であるジールは至極真っ当に考察している。いくつか思いついた方法を注意事項の下に書き込んでいると前の方から人が近づいてきたようだ。ジールがそのまま顔を上げると目の前にはビスケが立っていた。

 

(おっと、何か御用ですか?)

 

「これがあなたの分です。なくさないでくださいね。」

 

 ビスケは持ってきた箱の中からお金の入った袋を取り出し、ジールの方へ渡してきた。どうやら最後のひとつらしい。

 

 ジールは感謝を伝えるように手を動かしながらその袋を受け取ると、そのまま鞄の中へしまった。

 

 その一連の動きを見ていたビスケは首を傾げていた。ビスケを見たジールがどうしたのかと問いかけようとしたが、それより先に辺りに受験者が居ないことに気づく。出遅れたと悟ったジールはそのまま軽く礼をしてその場を去った。

 

 

 

 

 面妖な格好をした男も走っていった。これで暫くは暇になるだろうかと、ビスケは最後の男を見送る。

 

(あれがザックの言っていた“いい男”ね。……期待は出来そうだわさ。)

 

 鍛えられた身体は甘いところもあるが、周りより頭一つ分は飛び出している。ブルーメ達の試験を通ったのだから切れ者であることは間違いない。その素顔ともうひとつ気になるところはあるが、この試験をどう乗り越えてくるのかが楽しみであった。

 

 

(……真面目そうな男だったわね。)

 

 

 ビスケは港のすぐ近くにある喫茶店に入り、モーニングセットを頼む。コーヒーの香りと、それぞれが持ってくる価値あるものに心を踊らせるのであった。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

 (ただ今浜辺でカモメちゃんにパンを貢いでる俺です。どーも!)

 

 海岸沿いにある商店街や、島を一周できるバスの停留所など人が集まる通りから少し外れたところで、ジールは元手の1万ジェニーから朝食を購入し腹ごしらえをしていた。

 

 ここへ来るまでに商店街の出店なんかを覗いてみたが、掘り出し物の骨董品はあまり見つからなかったため別の方法を考えているのだ。

 

(まぁ、ヨークシンじゃないしそんなにいい物も集まらないかな。…となると気になってくるのが試験会場がこの島になった理由だ。)

 

 もぐもぐしていたサンドイッチも、途中から鳴き声が最高に可愛いカモメに持っていかれていた。

 そして柄悪く座り込んでいるジールの横には、臆せず話しかけてくれるベレーくんが座っている。

 

「カモメさん、可愛いですねー!」

 

(だろ?)

 

 二次試験が終わり、改めて挨拶された時はその声の高さにボクっ娘疑惑が浮上したが、人に性別を訪ねることなど出来ないジールにとっては未だベレーくん判定である。

 

「モロウさんは、この後どうするんですか?」

 

 ジールが分け与えたサンドイッチを食べ終わったベレーくんは当てがあるようだった。

 迷いなく聞かれた問いかけにジールは素直に答える。

 

『考え中、キミは?』

 

「僕は、山の方に行こうと思ってます!」

 

 なんでもこの島の立地は貴重な薬草が繁殖するのに適しているらしい。海にも高級魚がいるらしく意外とハントする物には苦労しないようだ。ベレーくんの知り合いが薬草に詳しい影響で、山の方に行くようだが、親切にもジールへ色々教えていってくれた。流石情報屋。

 ジールが商店街を物色している間に集めたらしい情報はどれもためになるもので、知っているだけで有利になるものばかりであった。

 

『ありがとう。参考になった。』

 

「いえいえ!サンドイッチを頂いたお礼ですよ!では、僕はこの辺で失礼しますね。モロウさんも頑張ってください!!」

 

 サンドイッチに対してお礼がデカい気もするが、お辞儀をした後元気よく走っていったベレーくんは気にしていないようだった。

 

(とりあえず、この島は試験に打って付けのようだ。)

 

 豊富な資源と、途中で見かけた特産品のガラス細工もサイズが大きいものなら試験を通過できるだろう。ベレーくんを見習って情報収集から始めようかと、立ち上がったジールは町の中心を目指した。

 

 

(でもやっぱり一番がいいよなー。)

 

 やるからには、島で一番高いものを買いたいと考えていたジールは、町のバス停を通り過ぎて商店街まで戻ろうとする。

 

「海賊団の元アジト見学ツアーはこちらになりまーす!30分後の出発となっております!是非ご参加くださーい!!」

 

 バス停のひとつを通り過ぎたところで、聞こえてきた客寄せの言葉にジールはずっこけた。

 

(…海賊団って、そんな危ないところでツアーするのかよ。)

 

 麻袋の穴からそちらを見れば、赤いツアーの旗を振りながらバスガイドのお姉さんが笑顔で広告していた。まあ、ゾルディック家にもツアーがあったしこの世界ではアリなのだろうとジールは何とか納得する。

 

「海辺の洞窟にある秘密のアジトを見学できるのはこのツアーだけですよ!!」

 

 秘密のアジトという言葉にジールの耳は反応した。こんなツアーが組まれている時点で秘密ではないだろうがそんなことはどうでもいい。ロマンが詰まっているのだ。

 

 トントン。

 

「はい!なんでしょ…………。」

 

 決まれば即行動、ジールはバスガイドのお姉さんに申し込みはどうするのかと訪ねて即効で役場へ向かった。

 観光案内や、住民登録、港の管理までこの島の事はここで回されているであろう町役場に到着したジールは、観光案内の窓口に並んでツアーのチケットを購入した。全部で5500ジェニー、半分以上を持っていかれたが仕方ない事だ。

 

(ほら、この島にある海賊団のアジト跡地なんて試験に関係ありそうですし。おすし。)

 

 最悪海に突っ込んで魚でも取ってこようかと考えながら、ウキウキでチケットを受け取ったジールは

役場の中を見渡した。

 

(……ちょっと聞いていこうかな。情報収集、情報収集〜!)

 

 聞くのはタダだからと、島に移住する人向けの窓口へ向かっていく。ジールが訪ねた内容は少し違ったらしく別の人を紹介されたが、概ね聞きたいことは聞き出せた。

 

 それと、この島の人達はハンター試験が行われていることは知らないようだが少々ガラの悪い人達が来ることは知っていたらしい。ジールを見ても追い返され無かったことは僥倖だった。

 不審者の対応は海賊団がいた頃に慣れたようだった。

 

(もしかしたら試験会場がこの島なのも、島の人達が厳つい野郎に慣れているからかもしれない。)

 

 ツアーの時間になるからと役場を出たジールは無事バスの時間にも間に合い窓際の席に座ることに成功した。もちろん隣は空席である。

 

 

「皆様!本日はハブ海賊団のアジト見学ツアーにご参加いただきありがとうございます!本ツアーは先月捕獲されたハブ海賊団の本拠地である洞窟の中を見学するツアーとなっております。」

 

 島の外周をなぞる様に走るバスからは、綺麗な海がよく見えた。バスはこのまま瓢箪型の島の上部まで行くようだ。

 ジールは、意外と最近だなと驚きながらも、移動時間を埋めるように話される説明を興味津々で聞いていた。

 

「ハブ海賊団は、この島を中心に一帯の海を縄張りにしていた海賊団です。執拗に商船や金持ちが乗っている船を狙う様は“海のハブ”と呼ばれ嫌われておりました。」

 

(なんで“海のハブ”なんだよ、ウミヘビでいいじゃん。それかチンアナゴ。)

 

「それを捕まえてくださったのが、プロハンターの方だったのです!星を持つ優秀なハンターの方は極悪な海賊団をものともせずに捕獲し、晴れてこの島に平和が訪れたのでした。」

 

 抑揚のある聞きやすい説明に、ツアーの参加者も話にのめり込んでいた。

 

(へぇー!プロハンターが捕まえたのか、どんな人だろう。)

 

 半ばプロハンターのオタクとなっているジールは思わぬ所で出てきたプロハンの影にニコニコである。

 

 クライムハンターだろうか、それとも海賊専門の人がいるのかと思考の海に沈みそうになったところでバスが止まった。外を見ると海岸が崖になっており、ここからは徒歩で中に入ると説明される。

 

 バスから降りてみると潮風が強く吹く。島の町からちょうど真反対にある半島部分であった。

 

「皆様、足元にはお気をつけください!…そして、こちらの階段を下った先に海賊団のアジトがございます。」

 

 目立つ赤い旗を振りながら先頭を歩いていくバスガイドに着いていくと、崖の下の方に口を開けた洞窟が見えてきた。

 

(……ここが秘密のアジト。)

 

 思わず唾を飲み込み緊張を紛らわせると、ジールはそのまま洞窟の中に入った。

 

「こちらの入口部分はカモフラージュの為に通常の洞窟と変わらない状態で使用されていました。そして奥に進んで行きますと、こちらのスペースから拠点として使われていた痕跡が見えてきます。」

 

 ツアーの為か、壁に取り付けられたライトが薄暗く洞窟内を照らしている。十数人のツアー客は皆ドキドキしながらその中を進んでいった。

 

 そうして奥の道を曲がったところで広い空間にでる。地面には土に汚れた絨毯が敷かれ、木箱や樽などが無造作に置かれていた。壁には何かのタペストリーや地図も貼られている。他の空間に続く横穴も複数開いており、海賊達がここで活動していたのがよく分かる場所であった。

 

(ぽい、めっちゃそれっぽい!)

 

 いかにもアングラなアジトにジールは興奮していた。

 

「それではこれから暫くの自由時間となります!満潮になりますと危険ですので、その前には集合するようにお願い致します。アジトの中にあるトラップは全て撤去されていますので、ご安心下さいませ!」

 

 むしろトラップがあったような場所なのかと一抹の不安を抱いたジールであったが、気を取り直してアジトを探索する事にした。

 

(……金目の物落ちてないかな。)

 

 そう、横道に逸れかけたが只今三次試験の真っ最中である。ジールは、アジトに少しでもいい物があれば持っていくつもりであった。

 

 ゴミ捨て場に、寝室、娯楽室に、なんの部屋か分からない空間など、かなりの広さを誇るアジトの中を順々に歩いていく。たまにバスガイドが待っている最初の部屋に戻ったりとジールは行ったり来たりを繰り返していた。

 

 

トントン。

 

「…はい!なんでしょうか!」

 

『宝はある?』

 

 そして半分程を捜索し終わったところで、ジールはバスガイドさんに声をかけていた。金目の物の影も形もなかったのだ。藁にもすがる思いである。

 

 ちなみにバスガイドさんはジールのことをアジトが大好きな参加客だと思っている。隅々まで洞窟の中を練り歩いていればそう思われるのも仕方ない。

 

「海賊団の所持していた財宝は、プロハンターの方が回収していかれたのでここにはありません。ここにあるのは誰も持っていかなかった残りカスですね!」

 

(……残りカス、言い切ったな。)

 

『そうか、ありがとう。』

 

「いえ!雰囲気はありますので是非残り時間もお楽しみください。」

 

 笑顔で旗を振ったバスガイドさんに見送られたジールは残りの道の捜索を再開した。まだ諦めないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、集合時間の直前。ジールは怪しい場所を見つけた。それは縦横無尽に伸びている横穴の行き止まりである。

 

 やってきた通路の先に何も無く訝しんでいたら、床の一部がカパカパと動いていることに気づいたのだ。

 もしや、なんかすごい感じの仕掛けが!?と語彙の溶けたことを考えながら、動いている部分をじっと眺めていると、蓋が開く様に地面に隙間ができ、その間から水が出てきた。

 

(キタキタキタキターー!!)

 

 爛々とさせた瞳を向け、しゃがみ込んだままその様子を見守っていると、遂に湧き出る水の勢いで地面の一部がパカりと外れた。

 

(きゃーーー!パーフェクト!俺の心にくる演出オブザイヤー受賞ですね!!!)

 

 外れた部分の窪みには水が入ってきている横穴と、ビー玉のような石が嵌っていた。

 理想的な演出にワクワクしながらその石を触ると、カコンと音を立ててその石が押し込まれた。

 

(はわわわわ……)

 

 ジールの中に新たな幼女が誕生した。パッと見で罠が無さそうだからと安易に触るのは正にお子様である。

 

 それから直ぐに行き止まりだった通路の壁が動き、先に続く通路が現れた。この仕掛け、どれだけジールを喜ばせれば気が済むのか。

 

 キャッキャしながら、通路を進めばそこには大きな空間が広がっている。

 

 商船や金持ちの船を狙っていた海賊がここまでして隠したものが何か、言うのは無粋と言うものだ。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 仕掛けに夢中になっていたジールは当然ながら集合時間に間に合っていない。

 

 さらに言うと崖の上で待っていてくれたツアーの方々に、先に行くよう伝えたジールは隠し部屋の中身を持って山の中を突っ切っていた。

 

 

 訝しがりながらも先に出発したバスは正しかった。もしも、あの場でジールが持って帰ってきたものを見れば誰しもが目の色を変えただろう。無益な争いを生まない為には必要な措置だったと言えよう。

 

 そうして、争いの種になりかねないブツを袋に詰め込んだジールは町に戻ってきていた。バスより早いのはご愛嬌である。

 

 

(やー、マジモンは重いですな。)

 

 サンタクロースのように大きい麻袋を担いだ麻袋は仁王立ちで役場の建物を見上げる。

 

 

(ぐへへ、これで俺の完璧な計画が成功するぞ!…ところでこの袋、扉通るかな。)

 

 

 

 少し枠に引っかかった部分もあったが、何とか押し込んだジールは先程紹介された職員に声をかけていた。

 用件を知っている職員は口角を引き攣らせながら対応する。こいつマジかと思ってもやらなきゃいけない役場勤めは大変なのだ。

 

「ご用件は、先程の書類のことでよろしいでしょうか。」

 

『よろしく頼む。』

 

「では、上の個室にご案内しますので、そちらで対応させていただきますね。」

 

 職員が手のひらを向けた階段を見て、ジールは頷いたあと横に置いていた麻袋を担いだ。

 

 大きな荷物を持つ不審な利用者に、役場にいた全員の視線が集まっていくが、気にしないジールはそのまま二階へ上がっていった。

 

 応接室に着き、麻袋の中身をぶち開けたジールは昼食にでもと出された肉まんを器用に食べながらひたすら待つ。たまに騒がしくなる港の方を見たり、持ってきた物のひとつを手に取ったりとダラダラ過ごしていたところでようやく準備が整ったようだ。

 

 途中から人手が足りないと判断されたのか、職員の人数も5人に増えていた。

 

 対面する形で座っているジール達の間にはなんともいえない空気が流れている。

 そうして最後に入室してきたのはこの島にある町の町長であった。

 

「あなたが今回の話を持ってきた方ですな?」

 

 ちょび髭を撫でながら問いかけてくる町長はどこか緊張しているようだった。

 

『今回の財宝の金額は尋ねない。全てそちらの支払いに使わせてもらおう。』

 

「して、本当に手に入るとお思いか?」

 

 準備していたように出されたフリップに動揺しながらも強気な返答を返した町長は、ジールの立てた人差し指に視線を奪われた。

 

『今日一日でいい。』

 

 

 購入を証明する書類に期限を一日と書き込み、町長や職員に見せる。

 

「な、ならばこれほどの大金でなくとも、十分です!」

 

 最初に対応していた職員は、慌てたように金額の書かれた用紙を見せようとする。いかに不釣り合いな取り引きなのかと伝えようとしたようだ。

 

 しかし、ジールは首を横に振りそれを断った。

 

『全てだ。……残りは寄付。』

 

『サインしても?』

 

 身構えていた町長は、予想外の言葉に口を開きながらも何とか頷いた。それを見たジールはさっさと自身の署名欄に名を書き、町長にもペンを渡した。

 

 

『いいものを買った。』

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 夕方と言うには少し早い、八つ時にやってきたのは何やら書類を一枚持った麻袋の男。

 港には、ビスケの前にそれぞれの購入品を持った受験者達が集まっていた。

 

「いい魚ですね。大きいですし、これなら5万ジェニーはいきますよ。」

 

「よっしゃー!!!!!」

 

 同じ物は判定しない、何度でも挑戦できるというルール上、何かを手に入れた受験者達はこぞって持ってくるため、昼前からビスケは大忙しであった。

 

 中には軍資金が尽きて頭打ちとなった者や、満足いく金額になったのか周りで冷やかしをしている者達もちらほらいたが、大半の受験者達はすでに2回目の判定を受けていた。

 

「あっ!モロウさーん!買い物終わったんですか?」

 

 金額に満足した者の中にはベレーくんもいた。手を振りながら掛けてくる姿にジールが頷いて返すと、そのままの流れでフリップを取り出した。

 

『何にした?』

 

「僕ですか?僕はいい薬草を見つけたのでそれにしました。20万ジェニーですよ!」

 

 薬草に付けるには高価なそれに驚いたジールは思わず固まった。

 

「いい美容液を作るのに必要な薬草なんです!いつの時代も女性は美の追求に金をかけるものですから!」

 

 自慢げに言われた言葉に、そんな草もあるのかと頷く。内心では美容液の原材料にそれだけ払うとは、完成品はいくらになるのかと打ち震えていた。

 

「それで、モロウさんは何にしたんですか!是非教えて下さい!」

 

 どうやら気になるらしいベレーくんは、ビスケの元に行くジールの後ろをつけてきた。それに対してもったいぶった様に書類を揺らすと、ジールは見ていろというように首を動かし、順番がやってきたビスケとベレーくんに書類の中を見せた。

 

 

 数拍の間の後。

 

 

「えーーーーーーー!!」

「ありえないだわさぁーーー!!」

 

 ベレーくんは勿論、流れ作業のように書類を覗き込んだビスケはなかなかにいいリアクションを見せた。

 

 周りで様子を見せていた受験者達も何があったと、書類を覗き込もうとしている。

 

「ちょっと、あんたこれいくらしたのよ!?」

 

『知らない。』

 

「えっ、え、どれくらい払ったんです?」

 

『知らない。』

 

 

 試験が始まってから今まで淀みなく、物の金額を言っていたビスケにも分からないもの。

 

 

「「なんで島買ってるんですかー!」だわさ!」

 

 

 それはこの島の所有権であった。

 

 書類を覗き込もうとしていた受験者達も固まっている。

 

(いやー、ベタだけどこれが一番確実じゃん?)

 

 

 最初にジールが役場でやった事、それは島が購入できるのかを確認することだった。住む人は土地を買うからと移住者の窓口に行ったわけだが、大層慌てた受け付けに別の偉い人を紹介されたのだった。

 

 結果としては一応購入できる、だった。常時売りに出しているわけではないが、土地として値段はついているとのこと。

 

 それを知ったジールはどうにかして買えないものかと金目の物を探していた訳だが、後はご存知の通りである。

 

「ちょっと、あんた役場まで行って聞いてきて!」

 

「はい!」

 

 近くに立っていた黒服の男がビスケの一声で走っていった。

 

 そして、ざわつく受験者達の中心で待つこと数分。汗だくで帰ってきた黒服さんは、ビスケに耳打ちで話しているようだ。

 

「じゅっ、11お…ッ。」

 

 話の途中、思わずといった様子で叫びかけたビスケは慌てて口を押さえた。

 

 それを聞いたジールは島の値段?それとも財宝かな?けどまあそんなにしたんだな。などと、感心していただけだが、ビスケはどうやらそうではないらしい。

 

「これに値段を付けることは出来ません。」

 

(あっ、猫が帰ってきた。……素も見てて楽しかったんだけどな。)

 

 純粋な土地の値だけでは無い。その土地が生産する物の価値も含まれているそれは暫定的な値段に収まり切らないものである。

 

「ですが、一位通過は確実でしょう!おめでとうございます。」

 

 悔しそうな表情から一転、いいものを見たと言わんばかりの笑顔でビスケは宣言した。

 

「わぁ!さすがモロウさんですね!凄いです!」

 

 それを聞いたベレーくんも惜しみない賞賛をジールに送った。純粋な達成感に浸っていたジールであったが、周りから褒められ少々くすぐったい思いをしていた。

 

「それにしても、11億なんてどこで稼いできたんだわさ。」

 

 照れるように麻袋をかいていたジールをしゃがませると、ビスケは小声で訪ねてきた。

 先の金額が財宝の値段だと知ったジールは格好付けたのに聞いちゃったなどと呑気に考えながら、素直にフリップで説明する。隠し通路の下りには特に熱が入っていたのは分かりきったことだろう。

 

 

 あらかたの説明を聴き終わったビスケは、その後何事もなかったかのように残りの受験者達に判定を下していった。さすがはプロ。メンタルの強さは折り紙つきだ。

 

「ただ今を持ちまして、三次試験を終了します!」

 

 きっちり太陽が沈みきったタイミングで終了の合図が出され、受験者達が集められる。

 

 1万ジェニーを超え安心した者、足りずに失格した者、高額商品を見つけられた者、様々な表情の受験者達は前に立つビスケを見て次の言葉を待つ。

 

「皆さんお疲れ様でした。今回の試験では、情報収集能力や、交渉力、狩りの能力など様々なものが求められていましたが、一番大切なのはその価値を見抜く力です。私は、プロハンターになるためにそういった審美眼が必要だと思っています。」

 

 一息付き、ビスケはぐるりと受験者達を見渡す。

 

「その眼を持っていた人が、今回の試験の合格者です。…………では、合格者10名を発表しますね。」

 

 

 

「「「「「「「「はぁぁ!!!?」」」」」」」」

 

 一斉の大合唱。1万ジェニーを超えれば合格だと思っていた受験者達は突然の宣言に動揺を隠せない。それを見ていたビスケはとてもいい顔で笑っていた。

 

「私は、高価なものを持ってきた人から合格にすると言いましたよ?1万ジェニーは最低ラインです。」

 

 

 言った。確かに言っていたと、思い当たる節がある者は黙り込んでしまう。もう後は自分の品が他より高いことを祈るしかない。

 

 

「それでは一位のひとから発表します!一位、ジール=モロウ、価格判定不能。二位、ラーヴィラ、101万ジェニー。三位ティリー・ベルド、20万ジェニー。四位プディッチ=ラー、18万ジェニー。五位――」

 

 

 数名の安堵する人達と、失格に落ち込む人とで港は阿鼻叫喚と化していた。

 

 

 

(宝探しも楽しかったけど、そろそろ身体が動かしたい。)

 

 

 二次試験での不完全燃焼物を全力で燃やしきったジールは、四次試験に思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 ――はっちゃけた自身が盛大にやらかすことも知らずに。




次回は、試験官達のお茶会から始まります。

ここまで読んでくださりありがとうございした。
評価、感想等励みになります。


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最終試験が始まりますよ?

詰め込もうとして入り切りませんでした。例によって長いです。

よろしくお願いします。


 三次試験が行われた島―ワンタイ島―その西端に位置する島一番の宿には、昼間の試験を終え一息付いたビスケをはじめとする試験官達が集まっていた。

 

「いやー、ここのスイーツはいつ食べても美味しいだわさ。」

 

 貸切となっている宿の一階で夜のデザートを味わっているのは、本試験の女性陣である。

 

「杏仁豆腐だったかしら?美味しいわよね。」

 

「はい、私も好きな味です。」

 

 小鉢に盛り付けられたフルーツを口に運びながら、楽しそうに話している三人の横で刺身を食べているのはザックと金髪八重歯の男だった。

 

「この赤身も美味しいッスよ!リリーちゃんも、どおッスか?」

 

 すげなく断られても気にしない、強いメンタルをしている男の名はチップス、明日の試験を担当するプロハンターだ。

 

「おいおい?食べるのもいいがしっかり情報は交換するんだぞ?」

 

 皆が食べ物に夢中になり、本来の目的である受験者達についての話し合いが始まらない事を注意するのはザックである。

 

 彼は器用に二本の棒を使って白身を食べながら、合間にビーンズに渡された書類を書き進めていた。

 

「なによ、あなただってサシミ食べてるじゃない。」

 

 己の行動に口を出されて不機嫌になったブルーメが持っていたスプーンを向け、それを諌めるのはリリーだ。

 そして、なかなか始まらない話し合いに最初の一声を上げたのは杏仁豆腐を食べ終わったビスケだった。

 

 木目調の椅子を鳴らしながら立ち上がる姿は、年長者のそれである。

 

「まあまあ、あたしから始めるだわさ。これ以上夜更かしするのはお肌に悪いわさ。」

 

「それもそうね。」

 

 ひとつのテーブルを囲む各々は了承の返事をする。

 そしてやっと話し合いが始まることにため息を付きつつ、ザックは今日の試験に残った十人の事を話すように促した。

 

「そう!今日の試験だわさ。ザックとブルーメはあの麻袋の事知ってたんでしょ!?黙ってるなんて意地悪いだわさ。」

 

 テーブルを叩きつけ身を乗り出したビスケは一次試験と二次試験を受け持っていた二人に詰め寄った。

 

「別に黙ってなんかないわ、ちょっと疲れて寝てたらあなたの試験が始まってただけよ?」

 

 杏仁豆腐の最後の一口を食べたブルーメは悪びれること無く肩を竦める。

 テーブルを挟みながらギリギリまで詰め寄ってくるビスケに押された天板はギッと脆い音を立てた。

 

「まあ、私達が驚き疲れた分くらいはビスケさんにも驚いて欲しいとは思っていましたよ。」

 

 そして、あっさりと黙っていた事を認めたリリーはさっさとデザートのお代わりを貰いに行ってしまう。

 

「お、俺はしっかり伝えたぞ?クルーガーも頷いていただろ?」

 

 ギンっと鋭く睨まれたザックは慌てて弁明をするが、ビスケは納得していないようだった。

 勢い良く座り直したビスケは眉を吊り上げながら如何にジールに振り回されたのかを話そうとする。

 

「いい男としか聞いてなかったわさ!確かに袋の下はイケメンの気配がしたけど、それどころじゃなかっただわさ!」

 

「へぇ、アレの下って整ってるのね。…それで?何が不満なのよ?」

 

 気になるわ、と面白がるようにスプーンを揺らすブルーメに、肩を震わせてビスケが叫ぼうとしたところでリリーが戻ってきた。

 

「ジール=モロウさん、島を丸ごと買い取ってきたそうですよ?」

 

「へっ?」

「ほぅ?」

「マジ?」

 

 そして、あっさり暴露したリリーは周囲を気にせず宇治金時を食べ始め、その正面では自分の大変さが分かったかと満足そうに頷くビスケがいた。三次試験の内容を思い出し、状況を理解した各々は思い出したように息を吐く。

 

「うーむ、大胆な男だな?」

 

 報告書を書きながら、困ったように眉を下げたザックだったが、その瞳は期待に輝いている。

 

「ザックさん、嬉しそうッスね。」

 

 まだジールに会ったことがないチップスは頬杖を付きながら隣に座るザックを覗き込んだ。

 

「まぁな?」

 

「あなたも会えば分かるわよ。目立つし、見つけるのも楽よ?」

 

 自身の試験でも好成績を残した男の事をブルーメは悪くは思っていなかった。珍しく棘のない笑顔を見せたブルーメにビスケは驚きながら声をかける。

 

「なに、あんたが気に入るってことは頭もいいってこと?」

 

「頭も確かに良かったけど、……どちらかというとあれは本の虫ね。」

 

 試験中の行動を思い返し、納得する言葉を選ぶとブルーメは満足そうに頷いた。

 

「ブルーメのお仲間ですよ。」

 

「あら良かったじゃない。終わったらオススメの本でも話しに行けばいいだわさ。」

 

 三杯目の宇治金時を持ってきたリリーは楽しそうに笑いながらブルーメを揶揄う。それにノッてきたビスケにも邪推され、キレかかったブルーメを止めたのは案の定ザックであった。

 

「それで、他に気になる事はあったか?もし無ければ次の受験者の――。」

 

 咳払いの後に、話題を変えようと切り出したザックに被せる声がひとつ。

 

「あっ、忘れる所だったわさ。」

 

 思い出したというように手のひらを叩き、改めて椅子に座るとビスケは今朝の気になった事を話す。

 皿の中も粗方カラになった所で皆もビスケに注目していた。

 そして、一息置いてからビスケが切り出した。

 

「ジールって念能力者だと思う?」

 

 

「そうなんですか?」

 

「俺は見てないけどな?オーラも一般人のそれと変わらなかったぞ?」

 

 皆の言葉を聞き、確信を持てていないビスケは更に疑念を深める。

 

「始めの頃に、一瞬だけオーラの波が無くなって綺麗な流になった気がしたんだわさ。けどそれ以降は一般人のそれに戻ったから分からないのよ。」

 

 そう言って悩ましげに腕を組むビスケの話を聞くと、三人は揃ってチップスの方を見た。

 

「え?俺ッスか?」

 

 それに気づいたビスケも含めた四対の瞳に見つめられ、急に話題の中心となったチップスは驚きながら自身を指さした。

 

 次に会うのはお前だからと、確認作業を任されたチップスは慌てていたが、それを気にする人物はここに居ない。

 

 次の受験者について話し合おうと向き直ったビスケ達は試験の報告に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※

 

 

「はーい!四次試験始めるッスよ!集まって欲しいッス。」

 

 照りつける太陽に絶好の試験日和を確信する10日の朝。

 ワンタイ島の上部と下部の間。ちょうどくびれの位置にジール達は集められていた。

 

「あれっ?こんだけッスか?」

 

 とは言っても来ているのはたったの四人。ジールとベレーくんに、昨日二位で通過していた女性と刀を持った男性だけだった。

 

「はい!他の人は寝坊だと思います!」

 

 元気よく手を上げながら答えたのはベレーくんであった。昨日とは別の色のベレー帽を被っているベレーくんは、来た道の方を指しながら来ていない人達の説明をしている。

 そしてそれを聞いたチップスはまじかよと笑いながらジール達が泊まっていた宿まで走っていった。

 

 どうやら呼びに行くらしい、意外にも面倒見は良いようだ。

 山の入口にある岩へ腰掛けていたジールは、それを見送りながらこちらへ掛けてきたベレーくんに手を上げて応える。

 

「おはようございます!モロウさんは今日もお元気そうですね!」

 

(うん、ベレーくんも元気一杯だね。)

 

 木陰で休みながら話に相槌を打っていく。

 そして、ジールがこのままベレーくんのトークショーで試験官の帰りを待つことになるかと思った所で、今までとは別の人影が写った。

 

「私も入れて欲しいわ。」

 

 やって来たのは褐色の肌にストレートの黒髪、青いアイシャドウが似合う長身の美女である。

 

(……これは、発育の良いお姉さんが来たな。)

 

 ハンター試験のキャラの濃さにも慣れてきたジールは、顔を見たあとその下に視線を落とした。

 メロンのように綺麗な形を保っているそこは巻き付けられた布のみがある。形のいいヘソを通った所に低い位置で履かれているジーパンが更にスタイルの良さを強調していた。

 

『ああ。』

 

「ラーヴィラさんですよね?二位通過おめでとうございます!」

 

 いつものようにフリップで返事を返した後は、ベレーくんとラーヴィラの話に頷くだけである。

 

「ふふっ、ありがとう。キミも頑張っていたわね。」

 

「ありがとうございます!僕、ラーヴィラさんが持ってこられていたガラス細工のお話を聞きたいのですが、よろしいですか?」

 

 友好な態度を見せながらも情報収集に余念は無いようだ。グイグイいくその姿勢にジールは尊敬の念を見せながら、ラーヴィラの方を向く。

 

「簡単な話よ?島一番の工房のおじ様にお願いして譲ってもらったの♡」

 

 ――ジールは語尾のハートを聞いて反射で立ち上がりかけたが、既のところで留まった。女性が可愛く話しているだけではないかと言い聞かせ、気を紛らわせるようにベレーくんの様子を観察する。

 

(ハッハー、過剰反応にも程があるぞ。)

 

 いつ頃から作られていたものなのか、他の作品はどうだったかなど質問をしていくベレーくんとそれに答えるラーヴィラを見ていると試験官が残りの六人を連れて戻ってきた。

 

「いやー、おまたせしたッスね。改めて始めるッスよ!」

 

 金髪を掻きながら、軽い足取りで山の入口にやって来たチップスは息ひとつ乱れていない。後からやって来た受験者達が息絶え絶えなことを加味するとこの試験官は身体を使う事に相当慣れていることが分かる。

 

(戦闘向きっぽい人だ!これは身体を動かす感じの試験になるのでは!?)

 

 試験官から適当な距離を取りながらもジールの視線はチップスから外れない。

 

「俺はチップスッス!四次試験の担当試験官で、チームチーズのリーダーをやってるんスよ。」

 

(………………チーズ味のポテチさん。)

 

 少ない受験者達を前に大きな口を開け自己紹介を済ませたポテチさんことチップスは、さっさとルール説明に入る。

 どうやら寝坊助を迎えに行ったことで予定が押しているようだ。

 

 

「今回の試験の場所はこの山!やってもらうことは鬼ごっこッス!」

 

 

 チップスがバッと手を広げ背後に見える山を強調すると、そのまま試験内容を発表する。鬼ごっこという身体を使いそうな説明にジールの期待は募っていく。

 

「みなさんは鬼役ッス。山の中にいるチーズのメンバーを捕まえたら合格できるッスよ。もちろん受験者同士で協力するもヨシ、妨害するもヨシ!」

 

 かけ足で話される説明にジールの期待が叶った事を悟る。

 

「やべ、時間がねぇ!ブルーメさんみたいにシンプルでつまんねぇとか言うのはなしッスよ?最後まで説明するんでちゃんとメモするッス。」

 

 一瞬、昨日の夜のことを思い出したのか嫌そうな表情をしていたが、それも一瞬のことで細かいルールを書き留めるように指示を出していた。

 

 

 原作の試験に近い内容と、焦れに焦らされた身体を動かせる試験にテンションが上がっていたジールは頑張って落ち着こうとしている。

 

 小さく深呼吸をして、遠くを眺めて一言。

 

 

 

(…………風が…騒がしいな。)

 

 横から吹き付ける潮風に目を細めながら靡く髪が無い後頭部を抑える。

 落ち着くために自然を感じようとした結果であった。

 

 特に何も無い潮風に次のセリフが思いつかない麻袋は、周囲から見えないのをいい事に素知らぬ顔で呼ばれた山の入口まで歩いていった。

 

 

(たっのしい、たのしい、四次試験!)

 

 軽いストレッチをしながらルールのおさらいをしておこうか。

 

1.山の中には9人のチームチーズがいるよ!

 

2.腰に付けてる布を奪って、それで両手を縛れば捕獲完了さ!

 

3.三次試験の金額が高かった人からの出発だよ!次の人は5分待っててね!

 

4. 三時間に一回中間発表をするよ!その時に捕獲出来ていた人は合格さ!やったねライバルが減っていくよ!

 

5.気づいてると思うけど、ターゲットは受験者より少ないから頑張ってね!

 

 

 

 以上、人の話を聞いてないフリして聞くのが上手いジールまとめでした。

 

 

「それじゃあ準備はいいッスか?」

 

 ストップウォッチに指をかけたチップスがジールに問いかける。最後に屈伸をし終わったジールは鞄を横に置いて、サムズアップをして見せた。

 

「おっけーッス!……それじゃあ、四次試験開始ッスよ!!」

 

 チップスが下げていた腕を振り上げると同時に、ジールが姿を消した。文字通りの全力疾走である。

 

「はぇーー、流石モロウさんですね!」

 

「んじゃ、次の人〜!並んで欲しいッス。」

 

 想像以上の身体能力に感心したり、不安になったりする受験者達の中で、腕を振りながらチップスがラーヴィラを呼ぶ。

 

「はぁ〜い♡」

 

 モデルのようにスタイルの良い足を見せつけながら、山の入口に歩いて行ったラーヴィラはチップスにウィンクを投げて残りの時間を待つ。

 

 隠されることの無いその身体に鼻の下を伸ばしている受験者達が大半の中、自信ありげに微笑む彼女は、スタートの合図と共にゆったり歩いて行った。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※

 

side ラーヴィラ

 

 

(ヒールが落ち葉に埋もれ歩きにくいったらありゃしないわ。)

 

 なるべく歩きやすい道を選びながら山道を登っていくのは、三次試験を悠々とクリアしたラーヴィラであった。

 

 彼女は、一次試験を途中で拾った男に担がせることで合格し、二次試験は時々カンニングしながらもほぼ自力で通過していた。

 彼女の人となりを一言で表現するならば“生きるのが上手い人”であろうか。

 

 己の事を理解し、それを最大限に活かしてここまでやって来たのだ。

 四次試験の集合場所が山の前だった時点で、自分に不利な内容だということは察しがついた。それと同時に今までの流れから他を利用出来れば、合格が夢じゃない事も分かっていた。

 

(居ないじゃない。やっぱりあの時に仕留めておくべきだったわ。)

 

 首裏に張り付く髪をかき揚げながら、木々の間を注意深く観察するのは、ターゲットを探すためでは無い。

 試験開始前に、協力を取り付けようと思っていた男を見つけるためだった。

 

 ラーヴィラは、今までの試験を好成績で通過している見目の可笑しい男を取り込もうと考えていたのだ。試験官が居なくなった所で声をかけた時は傍にいた子供に邪魔をされ、結局交渉も出来ずにこうして山の中を歩き回る羽目になっていた。

 

 

(……そろそろ四人目が入って来る頃かしら。)

 

 ラーヴィラが周りを気にしながら大きな木を迂回するように曲がった所で、正面の茂みが大きく揺れた。

 

「……っ。」

 

 山の動物か、それともターゲットか。腰に仕込んだ得物に手をかけたところで、それは茂みから顔を出してきた。

 

「あっ!ラーヴィラさん、先程ぶりです!」

 

 その正体は特徴的なベレー帽にずれた眼鏡。先程男の近くにいた子供であった。

 

「……キミだったのね。」

 

 得物から手を離し、小枝に挟まれ動けなくなっているところを引き上げたあと、ラーヴィラはズレた眼鏡を直しているティリーに声をかけた。

 

「ねぇ、キミは彼のこと見かけたかしら。」

 

 ベレー帽に引っかかっていた葉を引き抜いたティリーは、特に疑う様子も見せずにラーヴィラに返事をする。

 

「彼…モロウさんのことですか?まだお会いしてませんよ!」

 

「……そう。」

 

 もしかしたらと思ったが、ティリーも会っていないようだ。ならば彼が単独で行動しているのは確定だろうとラーヴィラは考えた。

 

 見つける事が困難な現状に頭を悩ませ、この子供と手を組むかとラーヴィラがプランを練り直していたその時。

 

「あっ!ターゲットですよ!!」

 

 数十m先、木々の間を音を立てながら走っているのは明らかに受験者では無い男。あれがチームチーズのメンバーかと、想定より早い遭遇に思考を巡らせる中でその男の違和感に気づく。

 

(なんで……)

 

「あんなに音を立てて、どうしたんでしょう?」

 

 試験官らしくない、粗末な移動の仕方にラーヴィラとティリーは疑問を零す。

 

「まるで、何かに追われているような――」

 

 ターゲットの進行方向に合わせて近づいていくと、その表情が切羽詰まったものである事が分かった。そして、ラーヴィラがこのまま捕まえてしまおうかと、構えた時のことだ。

 

 目の前を何かがとんでもない勢いで通過し、ターゲットに接近した。そこからは瞬きの間にターゲットが倒され、後ろ手に手首を縛られている姿が晒されていた。

 

 ラーヴィラは、狙ったターゲットが一瞬の間に捕らえられた事に驚愕しながらも、その横に立っている男を見て自身の判断が間違っていなかったことを再確認する。

 

「モロウさーん!凄い早かったですねー!」

 

 大声を上げながら駆け寄っていくティリーの後を、ラーヴィラは付けていく。あわよくばこのまま彼に協力をお願いしたい。

 

 近づいてきたティリーに頷き返しながら、気絶したターゲットを担ぎ上げるジールを見る。

 

(彼は既にターゲットを捕まえているし、中間発表で彼が抜けるまで協力して貰えないかしら。)

 

 これでもかと言うほどに、褒め称えているティリーを見つめている(多分)彼に近づくとあちらも気づいたようだ。

 

「頼もしいわ。……ねぇ、あなたに捕まえるのを手伝って貰いたいのだけれど、いいわよね?」

 

 あと一歩という所まで距離を詰めたラーヴィラは、その顔を見つめながら首を傾げる。近づいてくるところから静観していたジールは、その言葉を聞いて首を横に振った。

 

「……あら、どうしてかしら?」

 

 断られた事に、若干の苛立ちを感じながらもその理由を聞き出そうとする。

 

 それに対して付いてくるように手を動かしたジールは先に進んでしまった。

 

「あの!僕も付いて行っていいですか!」

 

 恐る恐るその後を歩き出したラーヴィラの横からティリーが声をかける。足音をほとんど立てることなく歩いていたジールは、振り返り頷くとまた早歩きで歩き始めた。

 

(……拠点?それとも断る理由があるのかしら?)

 

 

 何があるのか不思議がる二人を連れて、迷いなく歩いていくジールは、数分後ちょっとした崖の下で立ち止まる。

 

 それから三人が茂みをかき分け崖の麓まで進んでいくと、そこには目を疑う光景が並んでいた。

 

「えっ?」

 

 低木に隠されていたのは、八人のターゲットだ。多少の違いはあれど揃いの格好をしている男達は、仲良く気絶して並べられていた。ジールが、右端に今担いできた男を下ろせば丁度九人。開始前に言われたターゲットの人数と同じになった。

 

「なるほど!モロウさんが全員捕まえちゃったから協力は出来ないということですね!」

 

 納得したと頷いている隣の子供はなんとも思っていないのだろうか。いや、その才能を前に怒りや嫉妬が湧いてくる区間などとうに過ぎた。むしろ、どうすればこの広い島から20分ほどで全員を捕まえられるのか純粋な興味くらいしか残っていない。

 

「……とりあえず、試験官さんに言いに行きましょ。」

 

 しばらく黙り込んでいたラーヴィラは、これ以上は時間の無駄だと言いながら山を降りて行く。

 

 

 

 数分後、ラーヴィラに連れられてきたチップスが本当に捕まっていたチーズのメンバーを見て騒ぎ出し、それに釣られて集まってきた受験者達も合わさってどんどん騒ぎが大きくなっていく。

 

「ちょっと、これじゃあ試験終わっちゃうッスよ!?」

 

 ガヤガヤと騒ぎ立てる面々の中、話題の中心となりそうなジール本人は、輪の外で所在無さげに佇んでいるだけだった。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

side ジール

 

(皆さんは、やっちまったと思う瞬間はありますか?返ってきたテストが一桁の時?今日提出のレポートが真っ白だった時?持って帰ってきた仕事の期限が昨日だった時?それとも久しぶりにログインしたら推しイベが終わってた時でしょうか?ちなみに、俺は毎日ログインすることを決意しました。)

 

 

 四次試験が(強制的に)終了し、島の町まで戻ってきたジールは昨夜泊まった宿に一度戻され、再び呼び出されていた。

 

(校長室の花瓶を割ったヤンキーはこんな気分だったのだろうか……。)

 

 うだうだと考えているジールは、ある部屋の扉の前で到着してからノックすることも出来ずに突っ立っている。

 持ち上げた手をスッと下ろすこと四回目、いいかんげんに痺れを切らせたらしい中から声がかかった。

 

「ほれ、何をしとる。入ってこんかい。」

 

(ひぇーーーーーーー!)

 

 ジールがゆっくり開けた扉の先には、正面の椅子に座っているネテロ会長とその後ろに立っているビスケがいた。

 

「まあ、そこに座ってくれるかの。」

 

 部屋に入ったきり動かないジールを見かねて、目の前の椅子を勧めてくるネテロであったが、本人はリアルに見る推しの姿に感動しっぱなしで直ぐに動く余裕は無かった。

 外見上はなんとなしに、内心では息も絶え絶えに着席したジールを見たネテロは仕切り直しに自己紹介を始める。

 

「ワシはハンター試験審査委員会代表責任者のネテロじゃ。」

 

(存じ上げておりますぅぅぅぅぅ。)

 

 持ってきていたフリップを取り出し、殊更丁寧に書き上げるとジールはそれをネテロに見えるように置いた。

 

『43番、ジール=モロウだ。』

 

「うむ、どうじゃ?初めてのハンター試験は?」

 

『とても楽しかった。』

 

 

 まあ、内心はともかくとしてギリギリ会話は出来ている。

 

「それは良かったわい。して、今回来てもらったのはいくつか聞きたいことがあるからなんじゃが。」

 

 紙と筆を持ったネテロは、観察するようにジールの麻袋を見る。視線を受け止めたジールはひとつ頷いて返すと、何が来ても良いように姿勢を正した。

 

「じゃあ、まずひとつめに。さっきの試験でおぬし以外は皆不合格となったが、何か思うところはあるかの。」

 

『特にない。』

 

(ベレーくんが不合格になった事は少し申し訳なさを感じているが、ハンター試験を全力でやった事に後悔は無い。即効で終わって急遽呼び出しされたとしても無い!)

 

「そうじゃなあ、プロハンターになったら何かハントしたいものでもあるかのォ。」

 

 幾分かその眼光の鋭さが緩んできた気もするが、未だその視線がジールから外されることは無く、じっと麻袋を通してジールの事を見ようとしてくる。

 

(ぶっちゃけちゃえばハンター世界全般なので“世界”でもいいんだけど、もっと具体的なものだろ……強いて言うなら…。)

 

 

『 弟 』

 

 

「ほほぅ、なんじゃ弟に逃げられでもしたか。」

 

『鬼ごっこ中だ』

 

 予想とは少々違った答えだったのだろう、愉快げに笑うとネテロは何やら紙に書き込んでいった。

 

「んー、実はそんなに聞きたいこともなかったのじゃが。……ビスケは何かあるようじゃな。」

 

 たった二つの問いかけで、ネテロは満足したように頷くと後ろでそわそわしていたビスケに声をかけた。

 

「ここで聞いてもいいだわさ?」

 

「何かは知らんが問題ないわい。」

 

 ニヤリと目を細めて企む様子は、何も知らない者の表情ではない。それでも、気になりすぎて聞かない訳にも行かないビスケは思い切ってジールの方を向いた。

 

「あんた、念能力者なの?」

 

 

 そして、思いもよらない所を当てられたジールは盛大に落ち込んでいた。緊張したり、落ち込んだりと袋の下が忙しそうな男である。

 

(えっ、ウッソ。イルイルに見破られてから一般人のオーラの流れは完璧にマスターしたと思ったんだけどな。やっぱりプロ相手にはヒヨコかな。)

 

『下手だったか?』

 

「オーラの偽装のことかの、それなら理想的なものと言って良いじゃろ。」

 

「そうね、感情に合わせてわざとオーラを揺らすなんて初めて見ただわさ。」

 

 指摘された通り、ジールのオーラは先程から驚いた風を装い揺らされていた。ちなみにジール風に言うならモノトーンから昇格した、流行ファッションくらいの見た目だ。

 

「そこまで神経質にオーラを管理してる奴はそうそう見ないわい。練もみてみたいのォ。」

 

 先程とは違った視線の鋭さに、ビスケはこれが狙いだったかと諦めるように頭を振る。

 

 一方で、推しからのリクエストに打ち震えているジールはそろそろ限界だった。

 

(やばい、推しが見たいって言ってる。しかし未熟な俺の練なんぞを見せるわけには行かない!お目汚しというやつだよ!まじサーセン、俺まだ発も出来てないヒヨコなので!勘弁して下さい!)

 

『またの機会に』

 

 今までよりも、若干文字が震えている気がしなくもない。ネテロは少々不満げな表情をしていたが、無理強いをするつもりは無いようだ。ビスケも念能力者かどうかが知りたかっただけらしく、特に気にした様子も無かった。

 

「それじゃあ最終試験を発表しようかの。」

 

 

(ここに来てですか!?!?)

 

 紙を見つめながら、最後の確認でもしたのだろう、髭を撫でながら面白そうに宣言するネテロの前には、勝手に推しに振り回され、勝手に疲れきっているジールが身構えていた。

 

「最終試験はの、先の試験結果に納得しておぬしがプロハンターになっても良いという者を二人連れてくることじゃ。」

 

(なるほど最後に人望ですか、……詰んでね?)

 

「制限時間は一時間。人望でも、金でも、力業でも納得させたら連れてきていいからの、頑張るんじゃぞ。」

 

 それを聞いたジールは、一瞬のうちに部屋を出ていっていた。そんなに急いでどうしたのか、制限時間が短いからでは無い、人望以外の方法が分かったからでもない。……推しに頑張れと言われたからだ。

 

 ジールは過去最速で受験者達がいる宿に戻って行った。

 

 

 

 

 

 




次回でハンター試験と少年期編が終わりになります。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
感想、評価、お気に入り等励みになります。


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ハンター試験が終わりますよ?

ジールの最終試験です。
今回で少年期編は終了となります。

よろしくお願いします。


 彗星の速さで、宿に戻ってきたジールは貸し切られている一階のフロアで頭を抱えていた。

 

(やっぱり無理じゃないか?誰に声をかけろと?難易度ルナティックどころじゃないぞ。)

 

 道に面している大窓の隅、カーテンにくるまる様にしてジールは盛大に悩んでいる。というのも、数分前に出された最終試験の内容が、冷静に考えて気まずさが半端ないことに気づいてしまったからなのだが。

 

(ベレーくんの所に行くか?何て?君は落ちちゃったけど俺の合格は認めてくれって?……図々しいだろ?腹切るか。)

 

 カーテンにくるまって、わざわざ絶までしている徹底仕様だがその思考に終止符は未だ打たれない。

 

(あと話せる人……ウーなんとかさん。違うラーなんとかだった気がする。)

 

 いや、でも、まともに会話してないし。とジールが思い詰め、仰け反ったところでカーテンレールがミシッと音を立てた。

 

 思考の渦に飲み込まれかけたジールもこれには慌ててカーテンから離れる。そっと覗き込んだ所は特にヒビも入っておらず、壊していないことが分かったジールはホッと息を吐いた。

 

(でも、このチャンスを逃す訳にも行かないし、どうにか誰かを捕まえて…………脅すか?)

 

 試験が始まってから20分、延々と考え続けていたジールの思考回路は暴走寸前であった。

 

(この後出会った奴の頚椎でも抑えながら同行をお願いすれば……行けると思わないかワトソン君。)

 

 

 探偵の助手に物騒な同意を求めながら立ち上がったジールは、麻袋の下で目を据わらせながら受験者達が泊まっている2階へ向かおうと階段を上り始めた。

 

 ギシッギシッ……ギッ。

 

 まるでゾンビのように、一段一段をゆっくり上っていると、ふと上階にこちらへ近づいてくる人の気配があることに気づいた。

 

(くる……来るぞ!)

 

 段々と階段に近づいてくる気配に、壁際に寄ったジールはそっと息を潜めてその人物を待つ。

 

 そしてやってきた人物に向かって手を伸ばしかけた所で、ジールは踏みとどまった。

 

「あっ!モロウさん!呼び出しの方は大丈夫でしたか?」

 

(神は死んだ……!!)

 

 サッと何事も無かったように、手を隠しながらベレーくんの言葉に頷き返す。流石のジールも良い子の頚椎を鷲掴むことは出来ないようだった。

 

「どんなお話だったか聞いても良いですか?」

 

 廊下であることも気にせずに、スルッと取り出されたメモ帳とペンにジールは首の運動を止める。先程までbotのように肯定していたジールが固まったことに聡く気づいたベレーくんは、慌てて言葉を付け足す。

 

「勿論!モロウさんが言えないことや言いたくないことを無理に聞こうとは思ってないですよ!大丈夫です!」

 

 取り出したメモ帳達をポケットにしまい直したベレーくんが申し訳なさそうに、眼鏡をかけ直す。

 

 それを見たジールは自分が小バエのように思えてきた。

 後ろめたい事をして、こんないい子に気を使わせるなど紳士の風上にも置けない。やってしまったと落ち込んでいるベレーくんにジールは慌ててサムズアップをして見せた。

 

「いい……んですか?」

 

 コクコクコク。

 

ジールが一階の談話室へ案内するように手で示すと、すっかり笑顔になったベレーくんはお礼を言って階段を降りていった。

 

 

【残り時間:36分】

 

 

「そ、それでお呼び出しはどのような内容でしたか?」

 

 先程のやり取りが尾を引いているのだろう、いつもより控えめな問いかけに、ジールの心は更に痛んだ。

 

(すまん、すまんな。俺が情けないばっかりに。)

 

 向かい合うようにソファへ腰掛けた二人は、飲み物を準備することも無く本題へ入っていった。

 

 会長に呼ばれた事や、いくつか質問された所まで(もちろん念の話は飛ばした)はフリップに書いて話すことが出来た。

 

 会長に会ったところなど、心地いいくらいのリアクションを取りながらメモをしていくベレーくんは本当に聞き上手なのであろう。

 

 しかし問題なのはここからだ、正直に言うか、それともそのまま帰ってきたことにするか……。

 

 フリップを書くジールの手が止まっていることに気がついたベレーくんは落ち着いた声でジールに話しかけた。

 

「たくさん話して下さってありがとうございました。さっき言ったように僕は無理に聞こうとは思っていませんから、ジールさんが嫌なら断って下さい。…何か僕が力になれることはありますか?」

 

 ハッ、とジールが顔を上げればそこには真剣な眼差しでこちらを見つめるベレーくんがいた。

 

(……ここまで言ってくれたのに、俺が言わないのはかっこ悪いよな。)

 

 悩んでいる原因など、図々しいことを言って嫌われたくないからだ。こんなにこちらのことを心配してくれるベレーくんが、試験の内容でこちらを嫌ってくるなんて無いだろう。

 

(……大丈夫なはず。)

 

 うじうじと悩んでいたジールは、ここで決意を固めた。ベレーくんの視線に応えると、フリップに最終試験の内容を書き始めた。

 

「…………納得している人を連れてくるですか。」

 

 フリップに書かれたことを読み上げるベレーくんをジールはじっと観察する。これで少しでも気分を害したようなら直ぐさま謝るつもりだった。

 

「これを教えて下さったということは、僕をその一人に選んでもらえたということですよね!?」

 

 待ち構えていたジールに返ってきたのはどの予想とも違ったものだった。

 

(せめて良くても、そうなんですね。くらいだと思ってたんだけど。既にカウントに入ってる?)

 

 両手で支えていたフリップを握り直しながら、もう一度ベレーくんの顔を見直したが、その表情に陰りはひとつも無かった。

 

『いいのか』

 

 聞ける立場ではないかなと思いつつも、確かめずにはいられなかったのだ。

 フリップの文字を見たベレーくんは、きょとんとした後に安心させるような笑顔を見せた。

 

「僕、実はハンター試験に来たの、ライセンスが目的じゃないんです。……ふふっ、僕モロウさんに会えてよかった。」

 

 だからそんなに心配しないでくださいね。と付け足したベレーくんは空気を変えるように話題を切り替えた。

 

「それで、もう一人は決まっているんですか?」

 

 思ってもみなかった展開に、宇宙を背負いながらジールはなんとか首を横に振る。

 

「なるほど…、では決まるまで見守らせていただいてもよろしいでしょうか!」

 

 テッテレー。ジールはパーティーメンバーが増えた。

 

 どんどん進んでいく状況に振り回されていたジールであったが、正直一人では心細かったところだ。見守るという言葉的に手助けは無いようだが、端からこれはジールの最終試験である。

 『よろしく』と書かれたフリップの隅には、ジールの気持ちを表すように花のイラストが書かれていた。

 

 

【残り時間:21分】

 

 

 もう一人を誰にしようかという所で、ベレーくんがいる以上、頚椎からのお願いは使えない。

 

 そうなると、知り合いを頼ることになるのだが次点での知り合い候補は『あぁ』を話したラーさん(名前はベレーくんが一度教えてくれた)ということになる。そして発生する問題がこちら。

 

(会話って……どうするんだ?ハナシカケル?)

 

 先程のベレーくんに試験内容を伝えた時の問題とは根本的に色々違う。

 

 ベレーくんの時は、今まで話していた事もあって嫌われるかな、嫌だな。と幼女が駄々を捏ねていたわけだが、今回はあれだ……急に話しかけてセクハラにならないかな?と俺が駄々を捏ねるわけだ。

 

(どうしようもねぇ。)

 

 とりあえずは、と二階に上がってきたわけだが切り出せずに右往左往を(心の中で)している。ちなみにラーさんの部屋はベレーくんが教えてくれた。なんでも四次試験が終わった後に訪ねていたのだとか。流石コミュ強。

 

 こうして優秀なパーティーメンバーにサポートしてもらったわけだが、ボスと戦うのはジール一人である。

 

 時間を確認すると、二階上がってきてから既に三分が経っていた。これ以上引き伸ばすと時間に間に合わなくなってしまうと、ジールはラーヴィラの部屋の扉をノックした。

 

「はーい。どちらさまぁ?」

 

 そうして開けられた扉の先には思わぬ訪問者に驚き固まっているラーヴィラがいた。昼間と変わって、ポニーテールとTシャツに着替えた彼女は、どうやら意識を取り戻したようでひとつ咳払いをすると綺麗な笑みを浮かべた。

 

「あら、ジールさんじゃない?どうしたの。」

 

 

『金に困ってないか』

 

 ジールが色々と考えて事前に用意しておいたフリップを見せる。

 

「はっ?………私の事が欲しくなったのかしら?」

 

 ペースを崩されてなるものかと、もはや意地で返事をかえしたラーヴィラは腰に手を当てながら口角をあげる。

 

『ああ』

 

 ズルッ。

 せっかく決めたポーズも型なしである。ジールを動揺させようとしたが、無理だと思ったのだろう。

 ため息を吐いたラーヴィラは壁に寄りかかるとジールの顔を見上げてきた。

 

「それで?残念だけどお金には困ってないわよ。」

 

『そうか』

 

 バッサリ切り捨てても、下がろうとしないジールを見てラーヴィラは眉を持ち上げた。

 数多の男を振ってきた彼女の勘が、いつものそれとは違うことに気づいたのだ。

 

「なにかしら?別に用があるなら言ってみなさいよ。」

 

 ラーヴィラに見つめられながら、ジールは正直に試験の内容を書いた。上手く誤魔化す言葉など見つからないのだ。

 

「へぇ、つまり私に推薦者になれってことよね?」

 

 確認するように見上げてくるラーヴィラに、頷いて返事をすると、彼女は面白そうに笑った。

 

「でも、私が推薦するメリットは無いじゃない。」

 

 そうなんだよなぁと、ラーヴィラに同意する形で頷くジールだが、諦めた訳では無い。

 

『好きな物はあるか?』

 

「なによ、もので釣ろうってわけ?私、大抵のものは手に入るのよ。」

 

 なんとか懐柔しようとするも全て見透かされている。巧みな話術を持った彼女の前にはジールなどレベル1の村人だろう。

 

『だが、ハンター試験に来ている。』

 

「……。」

 

『ライセンスを使いたい、もの』

 

「……わかったよ。ちょっと待ってなさい。」

 

 そう言ってラーヴィラが部屋の中へ戻って行った。

 

 どうやら、前進か後退かは分からないが変化はあったようだ。ちょっと嬉しくなったジールは、廊下の角に隠れているベレーくんの方を見た。

 ベレーくんは、頑張れというように手を振っている。

 

 

「これ、……落としたらシバくわよ。」

 

 そう言って渡されたのは手の平サイズの埴輪であった。ジールはフリップを脇に挟んで、埴輪を両手で受け取る。

 

「埴輪とか、土偶。それが私の好きな物よ。」

 

 大切なものを見る目で、ジールの手のひらに置かれた埴輪を見ているラーヴィラは本当にそれが好きなことを伝えてくる。

 

「――それで、埴輪が埋まってる遺跡に入るのにライセンスが欲しかったの。」

 

 若干恨みがましく睨まれたジールは、言葉に詰まったがそれでも顔を背けることは無かった。

 

「別にあなたが悪いわけじゃないわ。私の実力不足だもの、次はもっと上手くやる自信もあるわよ。」

 

 麻袋を被ったジールにも慣れてきたのか、自信の乗る瞳は麻袋を通してジールに届けられていた。

 

「けど、それとこれは別。私が通らないのに、合格のお手伝いなんて楽しくないわ。」

 

 ジールに背を向けるように立ったラーヴィラは、どうするつもりだと振り返りジールの顔を見た。

 それを受けたジールは、渡された埴輪を丁重に彼女へ返し、フリップを書き始めた。

 

『一回、どこでも連れてく。』

 

 相変わらず言葉選びが下手である。ようは、ハンターライセンスが必要な遺跡に連れて行くという話であろう。

 

「一回?ケチくさいわね。」

 

『来年は、自分で』

 

 ニヤニヤと弄り返したラーヴィラも、ジールの言葉を見るとその笑顔から悪意は無くなっていた。

 

「はぁ、私を捕まえて一回のデートで許してもらおうなんて甘いわよ。」

 

『よろしく』

 

「まぁ、そこで謝らないのは及第点ね。」

 

 ちょっと待ってなさいと、部屋の中に戻って行った彼女は数分後に昼間と同じ服装になって戻ってきた。

 

 その様子を見て嬉しそうに駆け寄ってきたベレーくんは丁寧にラーヴィラへ挨拶している。

 

「それで、残り時間はどれくらいなのよ。」

 

 ジールが廊下の壁に掛けられた時計を見ると、残り時間は5分を切っていた。

 

「えっ、時間不味くないですか!?」

 

「行くわよ。」

 

 街灯の少ない町から見える星空も、それを反射する黒い海も今は見ている余裕もない。

 夜の島を駆ける三人は時間ギリギリでネテロの元に到着した。

 

「ほう、間に合ったようじゃの。」

 

 その一言に、ベレーくんとラーヴィラは疲れきったように座り込んだ。

 

「この二人が、おぬしの合格に納得した者たちじゃな。」

 

 コクリ。息は乱れていないジールが強く頷くとネテロは二人の方に向き直った。

 

「参考までに、なんで着いてきたのか聞いてもいいかの。」

 

 自分達に向けられた声に、最初に返したのはベレーくんだった。

 

「僕と、モロウさんは友達なので合格して欲しいのは当然です!」

 

 息が整いきらないのか、声量にムラがありながらも言いきられた言葉に感動したのはジールであった。

 

(と、友達……!!)

 

「そなたはどうかの。」

 

「……買収ね。」

 

 ほっほっほ。

 下駄を鳴らして、ゆっくりとした動きで部屋の中央まで戻ってくるとネテロは鋭くジールを睨んだ。

 

 じっとネテロとジールが見つめ合う時間が流れたあと。遂にネテロがそれを破った。

 

「ジール、おぬしの最終試験は

 

 

 

 

 

 ………合格じゃ!」

 

 

 賞賛の笑みと、合格の言葉にジールは自分が最後までやり遂げたことを知った。

 

 

『ありがとうございます。』

 

 フリップを握る手には力が込められていた。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

「これがハンターライセンスだぞ?さっきも言われたと思うが失くさないようにしろよ?」

 

 一晩経った11日の昼、午前中から始まった説明会が終わりジールはハンターライセンスを受け取っていた。

 

(ふぉぉぉぉぉぉおお!!これがあの!)

 

 人前だからか、語彙は溶けているものの思考が長文に占領されることは無かったようだ。

 ジールはカードをしっかり鞄に仕舞って、フリップに感謝の意を書いていた。

 

 今この場に居るのは、ジールと試験官のみである。ベレーくんやラーヴィラは説明会に出ないからと、ホームコードを交換した後に帰ってしまったのだ。

 

 

 

「ねぇ、あなた古文書に興味あるのよね?」

 

 ザックから激励を受け、握手をして別れた後にジールはブルーメとリリーに会っていた。港までやってきたブルーメはその手にずっと持っていた本とは別に数冊の本を持っており、掛けられた台詞を吟味しても期待出来る!と、その視線を本に注ぎながら頷いた。

 

「らしいですよ?ブルーメ?」

 

「分かってるわよ。」

 

 そう言って渡されたのは赤、緑、青と古い本の写しであった。

 

「……いい本だから、読むことを勧めるわ。」

 

 言葉と、その態度には親切心の欠片も無いが、渡された本はどれも試験で出てきたものに関係のある書籍ばかりであった。

 

(おぉ、どれも気になってたやつだ。流石のセレクトだな。)

 

 有難く拝借したジールは、読んだら感想を送ることを約束し二人と別れる。

 

 そして太陽が南中し、地面からの熱に焼かれそうになっていると、ビスケとチップスの金髪コンビがやってきた。

 

「やぁ!無事に合格らしいッスね!」

 

 チップスは、昨日の試験が終わった段階で一度話をしていた。その時は、溶けきっていたチームチーズを鍛え直すと息巻いていたようだが、どうやら本当に実践しているようだ。

 

 チラリと見える腕なんかには、打撲や切り傷が出来ている。リーダーの彼がこれならメンバーは死屍累々であろうと、ジールはこっそり手を合わせておいた。

 

「それで、あんたはこの後どうするか決まってるの?」

 

 

 船でこの島を出た後の話だろう。そんなものはとうの昔から決まっている。

 

 

『もちろん、弟を捕まえに。』

 

「へぇー!兄弟いるんスか、いいッスね。」

 

 好意的な返事に彼らにも伝えておこうかと、ジールは手帳を切って特徴をメモする。

 

【赤髪の素直で可愛い弟を探してます。とても元気な子です。】

 

『よろしく』

 

 

 この試験で仲良くなった人達にはもれなく配り歩いていた。……名前を書かないのは、まぁその弟が悪い方で名前が売れた時に鬼電されるのを防ぐためだ。犯罪ハンターの手に渡っても大丈夫なものしか書かないようにしている。

 

 

「ほーん、見かけたら連絡するッスよ。」

 

「いい男に育ちそうな予感もするし、探しておくだわさ。」

 

『ありがとう』

 

 かっこよくメモを仕舞ったチップスや、丁寧に折りたたんだビスケを見ながら、個性が出るだなんだと考えているとジールが乗る予定の船がやってきた。

 

 

「気をつけるのよ。」

「元気でなー!!」

 

 

 旅立ちはあっさりとしたものだ、揺れる船の甲板から手を振り返したジールは取っておいた船内の部屋まで戻っていく。

 

 

 

(ハンター試験……最高でした。)

 

 四日間、ほとんど眠っていなかったジールは泥のように眠りに着いた。次に目が覚めた時は新しい大陸だ。

 

 新しい出会いに、今後の糧となる経験は間違いなくジールの成長を促していた。

 

 

 

 

――第273期 ハンター試験 終了――

 

 

 

 

 

 

 




次回から青年期編です。
そろそろタイトル詐欺になりそうな現状も、返上出来ると思います。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
評価、感想、励みになります。

《人物紹介》

ジール=モロウ
特技:オーラ操作とパズル
苦手な事:暗記と会話

四次試験ではサーチアンドデストロイ(気絶)を繰り返していた。加減を間違えてヤっちゃわないかハラハラしたのはここだけの話。

ここからはヒソカを見つける旅(タイムアタック)が始まる。
一応候補地は幾つか割り出し済み。

【ゴキブリが出た時の対処法】
心の中で絶叫しながら、無表情で叩き潰す。
若干、地球のよりの生命力が強い気がしなくもない。
ヒソカがジールのスリッパでGを潰した時は泣いた。二度とそのスリッパは履かない。


ヒソカ
特技:マジックと???
苦手な事:我慢(new)

ご褒美が無いなら自分で用意するしかないじゃない。絶賛実行中。
そろそろ念能力にも目覚めそう?

現在地:不明

【ゴキブリが出た時の対処法】
初めは特に何も思っていなかったし、見かけてもスルーしていた。それを見た兄に懇々とゴキブリのキモさを伝えられた為、それからはちょっと嫌そうな顔をしながら普通に潰している。
兄には言ってないが、新しく買っていたスリッパでも潰した事はある。


※アンケートにご協力頂きありがとうございました。


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第三章 青年期
思考した。


今回から青年期編になります。
前半はジールが色々考えている話です。

よろしくお願いします。


 ここはアイジエン大陸の北端、シベットの湖である。周りを針葉樹林に囲まれ、年中吹雪に見舞われているこの場所に近づく人はいない――という訳でもなく、寒さに強い民族が集まって集落を作っている場所だ。

 

 そして、ここでの仕事を終えたジールは一息着くために店にやってきていた。

 

(マジ失敗した……。氷の上は寒すぎる。)

 

 昼ごはんの為にと、氷上のレストランに入ったジールは、本日二回目のくしゃみを響かせながらカチコチに凍った肉をしゃぶっている。

 久しぶりに吹雪が止んだ湖の上は、一部が綺麗に除雪され太陽の光を反射していた。

 

 用意された火で肉を炙り、果たしてこれはレストランのご飯なのかと疑問に思いながらもジールは先程終わった仕事のデータを協専に送る。

 

(人使いが荒いハンター協会からのお仕事がやっと終わったと思ったらこれだよ。面倒くさがらずに暖かいとこまで行けば良かった。)

 

 ひー君を探すことを優先しているので、特定のものをハントせずに資金作りや媚び売りも兼ねて協会からの仕事をこなしているのだが、回ってくる仕事はまあまあに過酷だった。

 

 今回の仕事も豪雪地帯に生息する巨大毛玉がどうとかで駆除の依頼が来たのだ。一週間程粘って、ターゲットの毛玉を探し出して倒したわけだが、その後の毛の始末が大変だった。民族衣装に使いたいと言ってきたシベットの皆さんを手伝って散乱している毛の1本1本を集めることになったのだ。

 

 雪で埋もれてしまう前に慌ててかき集め、集落まで持っていった所で吹雪が止んだ時は思わず舌打ちをしてしまうくらいには疲れていた。

 

 それからお礼にとレストランのお食事券を貰ってきたジールは、移動するのも面倒だからとレストランへ向かい、足元からくる冷気に震えながら報告書を書く羽目になっている。

 

 震える手でペンを握っているジールだが本来の目的は悲しいくらいに進展が無かった。

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

(ハンター試験が終わってからかれこれ一年と数ヶ月。もはやひー君のストーカーと言われても仕方がないくらいには探し回ってる俺です。

……いや、ストーキングすら出来てなかったな。)

 

 書類を書き終わり机に突っ伏しながら泣き真似をしていた彼だが、ジールは今までのことをまとめるために鞄から手帳を取り出していた。

 そこには今まで行った地名と、その横に書かれているバツマークがびっしり並んでいる。

 

 

 

 ジールのひー君の探し方は大きく分けて三通り。

 

 一つ目は、電脳ページや掲示板を使って目撃情報や、書かれている事件にひー君が居ないかを探すこと。

 

 これは、ある程度の情報は集まるがガセネタだったり、人違いだったりと決定打に欠ける。一応ニアミスでギリギリまでいけたこともあるが、大部分はそうでは無い。

 ひー君の名前が有名でないからか情報の集まりが悪いのもあった。一般人だから目立たないのか、ヤバすぎて表層には書き込めないのか、是非前者であって欲しいところだが残念ながら望み薄である。

 

 

 二つ目はひー君の行きそうなところを当たってみることだが、これが中々に精神を削る。その理由は至極単純なものだ。

 

(ひー君が行きそうなところなんておもちゃ屋か駄菓子屋くらいだと思ってました!)

 

 最後に会ったのは弟が9歳の時である。感覚として世界規模で移動しているとはとても思えなかったし、思いたく無かった。まあしかし、目撃情報が世界中から来ているのだ察するしかあるまい。

 

(……そうなると、ひー君が行きそうな所はバトルが出来る所ということになる。)

 

 ジールはひー君が組手が好きだったことと、正直避けたいが変態になっていることを考慮して場所を選ぶしか無くなっていた。

 弟の変態化を防ぎたいと思いながら、探すのはバトルジャンキーが行きそうな場所であるという矛盾。本当にそういう場所でニアミスした時のことを思い出し、寒さとは違った震えがした。

 

(コロッセオに天空闘技場、流星街にマフィアが取り締まる街もろもろ、リストに載せた自分が憎い。そしてニアミスしたのがもっと憎い……えっ、ひー君そんなに戦いたかったの?)

 

 せめて…、せめて健全に楽しんで下さいとココ最近は枕を濡らしているジールであった。

 

 

 そして三つ目、これはもう特別な方法でも何でもない。

 ライセンスにものを云わせて、各国を虱潰しにしていくローラー作戦だ。

 

 このアイジエン大陸にも僅かな目撃情報と、ローラー作戦の為、半年前にやってきたのだ。まぁ空振りだったが。

 

(ひー君が元気にやっているのか一目見たいだけだと言うのにどうしてこんなに会えないのだろうか。)

 

 

 食後の飲み物として持ってきて貰ったコーヒーを眺めながら、ジールは過去に捕まえきれなかったことを思い出す。

 その心の内は、ひー君にギリギリ会えなかった悔しさと――その時の状況のえげつなさに占領されていた。

 

 

 

 

 それは一年前、ヒソカ名義で取られた飛行船のチケットを見つけた時のことだ。普段ひー君があまり飛行船に乗らないため、ジールは絶好のチャンスだと急いでヨルビアン大陸を横断していた。

 

 チケットから推測して、ひー君が到着したであろう日から2日後にジールは空港に到着した。

 

 そこからは掲示板で情報を集めながらも近くの街を昼夜問わず駆け回ってひー君らしき人が居ないかを探し回った、事が起きたのはその三度目の夜のことだ。

 

 あまりこっちにはいて欲しくないなと、裏の人が集まるビル群の間を走っている所で一階のフロント部分がめちゃくちゃに壊れているビルを見つけたのだ。近代的なデザインのビルは、壁のガラスがほとんどが割れて、中には大量の血痕が飛び散っていた。

 

 あまりの惨状に思わず足を止めたジールは、中から出てきた男に声をかけられ、それまでの経緯を知ることになる。

 

 なんでもそのビルを拠点のひとつにしているマフィアが通りすがりの少年とトラブルになって殺られたらしい。

 男はその死体達を回収しに来たらしく、直接見たわけでは無いが周りの物的被害も馬鹿にならないと話していた。

 

 その時ジールの頭を過ぎったのはひー君だった。恐る恐る少年の髪色を尋ねれば、赤髪だったらしいと返される。オーマイガーと心の中で叫んだジールを見た男は何か勘違いをしたらしく、少年が悪いわけでは無いと言葉を付け足した。

 

 確証は無いものの、ひー君の進化の片鱗に慄いていたジールはそこで正気に戻ることになる。厄介な言いがかりをされて露を払っただけだから事は大きくしてくれるなと、ジールを何処かの組員だと思ったらしい男はそれだけ言って立ち去っていった。

 

 結局、ひー君らしき人物とは会えずバチバチの戦闘力を見せつけられたジールは、どうか正当防衛ということにしておいて下さいと神に祈るだけだった。

 積極的に戦ってないならセーフだと、この時期からヒソカの変態判定のラインは緩くなっていく。

 

(戦うのは楽しいからね!仕方ないよ!ただ人様にドン引きされる言動と、子供のケツを狙うのだけは辞めて欲しいかな!!)

 

 

 ……意外と判定ラインは緩まっていなかった。ドン引きされないヒソカなんて唯の強いお兄さんだ。などと思い直しているジールは全力でひー君の変態化を避けたいと日々奔走している。

 

(まぁ結果はお察しなのだが……。)

 

 ひー君が捕まえられていない旅がジールにとって無価値かといえば、そうでは無い。ジールがさっくんだとか、みーやんなどと勝手に呼んでいる新しい友達も出来た。ヤバい知り合いも出来た。

 

 そこで色々とアドバイスを貰い、先の毛玉の仕事が終われば一度故郷に戻ることにしているのだ。

 

 様々な場所で目撃されているが、何処か拠点にしている場所があるかもしれないからと、初期の情報を洗い直すつもりである。

 

 

(とりあえず、ひー君が居たミンボに戻ってもう一回ルートを割り出す所からだ。)

 

 

 グツグツと凍らない様に沸騰し続けているコーヒーを勢いよく飲み干すと、ジールは気合いを入れるように口元を拭う。正直、熱すぎて舌が死ぬかと思った。

 

 誤魔化せる物は無いかとテーブルの上を見れば、セットで付いてきた角砂糖が残っている。試しに食べてみれば外気で冷えきった砂糖はとても美味しくジールの心を解してくれた。

 

 

 だらけきったように背もたれへより掛かれば、頭上には晴天が広がっている。そうして今後の方針が決まって一息付くが、ジールの悩みはまだまだ尽きない。

 

 休まず妄想する忙しい脳みそは、ちゃんと本来の仕事もしている。そして仕事をした結果、そろそろ発を決めないといけないと結論を出したのだ。

 

 

 

 念に目覚めて早5年。こんなにダラダラと伸ばしたのは他でもないオタクの性が原因であった。

 

(だってー、かっこいいのがいいし!強くしたいだろー?)

 

 と言い訳をしてきたわけだが、プロハンターになった者は、本来裏試験を受けるのが通例なのだ、我儘を言って先延ばしするのも潮時だろう。

 原作に倣ってプロハンターになった記念に発を決めるのも乙な筈だ、多少月日が過ぎていても誤差の範囲と言い張るつもりのジールは二つ目の角砂糖と口に放った。

 

 そして、ジールは五年間溜め込んだ“オレの考えたサイキョウの発”に近づく為のアイデアを喋りだした。勿論心の中で。

 

(まず思いついたのが、水とか火の自然物を操作する案だった。某漫画で自然系がめちゃ強扱いされていたからなそれの影響だな。しかし、形が微妙に捉えにくいそれをどうやって操作するのかが分からない。オーラを浸透させる方法も考えたが、それをするならオーラでそのまま殴った方が早い気がしてきたので多分俺には向いていない!そして、次が銃弾を操ったり、影を操作する案だが、これも懸念事項があるのだ。俺の場合特定のものを選ぶとそれが手元に無い時の詰み具合がエグくなる。きっと凄い人は銃弾切らしたりしないだろうけど、俺は絶対やらかすぞ、賭けてもいいね。というかここまで来ると操作系の発を何も作れない気がしてくる。ちなみに強い動物とか植物とか魔獣の案も出てきたが、愛着湧いてる子が傷ついた瞬間にオーラが解ける自信しかないので最速で却下になった……やっぱり俺の水見式の結果間違ってたのでは?…あと次に――)

 

 案の定、早口で捲し立て一人寂しく学級会をしていたが、こうして却下の連続で五年間決まらなかったのだ。

 途中、妥協して作ろうとした時もあったが、これだと思える発にしたいと踏みとどまってここまで来ている。

 

 満足するまで喋り尽くしたジールは、パタンと机に突っ伏した。第587回学級会討論会は終わったようだ。今回も発について決まらなかったらしく、纏うオーラに変化は無い。

 

 ボーッと遠くを眺めながら、どんな発が良いかを考えているジールは何かを探すように視線だけを頻繁に動かしていた。

 

(やっぱりめっちゃギミックを凝ったのか、シンプルで強い能力が良いな。出来れば制限解除とかブーストみたいなのも付けてみたい。)

 

 一生に一度の世間に笑われない厨二病チャンスを無駄にするつもりは無い。森林を眺めていた視線はだんだんと下ろされていき、今は太陽を反射している氷を眺めていた。

 

(……ルアー埋まってるやん。)

 

 なんとなしに見ていた先で、ジールは綺麗に磨かれた氷中に釣りで使うルアーが浮いているのを見つけた。

 

 こんな寒い所でも氷が溶ける時があるのかと少しズレたことを考えながら、ジールは湖と一緒に凍りついてるルアーをじっと見つめる。

 

 

(……うん、意外といいかもしれないな。)

 

 一瞬だったのか、それとも長考していたのか。それを閃いた瞬間には何とも言えない時間の流れを感じとった。これが直感か!なんて喜びながらお会計に席を立つジールはウキウキだ。

 

 それもそのはず、長い間悩んでいたものに答えが出たのだ。後は形にするだけである。

  

(今ならひー君にも会える気がしてきたぞ!)

 

 勢いよく店を出たジールは、そのままミンボ共和国行きの便を手配する。

 

 

(待ってろひー君!…………出来れば大人しくしてて欲しいな。)

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※

 

 

「これ、ひとつ頂戴♦」

 

 

 繁華街と呼ばれる賑やかな街の外れ、ぽつぽつと人が歩く通りにある駄菓子屋に立ち寄ったのは赤髪の少年だった。

 

「あいよ、30ジェニーね。」

 

「ありがとう♥」

 

 少年が久しぶりに見かけたお菓子を買ったのは気まぐれだ。小さな包みを剥がして口に入れたそれは、小さい頃に食べたものと変わらない味で、必然的に一緒に食べた兄を思い出すものだった。

 

 ヒソカは最後に思い出したのはいつだったかと記憶を漁り、見つけたそれに満足気に頷く。

 

(兄さんの予言が当たった時だっけ♥)

 

 少し前の戦っていた時に、ヒソカは自分がいつもと違う口調になっていることに気づいたのだ。本人は特に意識していなかったが、やりごたえのある相手と出会うとどうにも気分が高揚するらしく、喋りやすいそれに変わっているようだった。

 ヒソカはとてもしっくり来るそれを気に入り意識したところで、兄の手紙に書かれている追伸を思い出した。語尾がどうとかという話はこれのことかと納得し、己がそれを気に入ることを知っていた兄にどうしてかと聞きたくなった。――勿論、それが出来ないことは知っている。

 

 別にヒソカは会えなくなったことを気にしていなかった。

 初めの頃は、兄と戦闘をするつもりだったからこそ、兄の代わりを探して色々な所を歩き回ったものだ。その中でたくさん戦えたのは楽しかったが、物足りなさを感じる時もあった。組手をした時の上に立っている兄の雰囲気や、どれだけやっても敵わないと感じるような戦いが少ないのだ。そうして暫くしてからヒソカはより強い相手を探すようになった。

 勝ったり負けたりを繰り返すうちに負けることは少なくなって、強い相手との戦い自体が楽しくなり自分がそれを好いていることに気づいた。

 

 兄が強かったから、強い相手と戦うことが好きになったのか、元々強い相手と戦うことが好きだったから兄と戦いたかったのかはヒソカにも分からないが、あの越えられない兄の雰囲気が一番好きだというのはわかっていた。

 

 今ならあの時の兄よりいい動きが出来る、偶に思い出す組手の試合で比べてみても兄の拳より今の自分の拳の方が早いだろうと分かるが、勝てるイメージは湧かない。一度も勝てた事が無いからか、はたまた別の影響かは知らないがそれで良かった。

 

 自分のやりたい事も見つけ、過去を悲しむことも無くなったと思っているヒソカは味の無くなったガムを包みで巻き軒先にあるゴミ箱に捨てた。

 

 

 店先に座っていた店主に見送られながら、ヒソカは目的もなく歩いていく。数日前にやってきたこの街は人も多く退屈しないだろうと滞在を決めたが、散歩では既に見る場所も無くなっていた。

 

 街一番の飲食店も、港でとれる大きな魚も、綺麗な壺が並ぶ怪しい店も、どれもこれも見飽きていたのだ。

 

(この街も、もう充分楽しんだし♦メインディッシュを見に行こうかな♠︎)

 

 

 今歩いている道から横に逸れると、繁華街に近い道路へ出る。ちょうど青になった信号の下を歩き、大きな建物の前を通り過ぎていく。高級感ある赤い柱が並ぶ派手な建物をみれば、この家の持ち主が大層な金持ちだということは容易に分かるだろう。

 

 そこから出てきたスキンヘッドの男と幾つか言葉を交わし、中に招き入れられたヒソカがホクホク顔で出てきたのは丁度一時間が経った頃だった。服の何ヶ所かは切れ、汚れている部分もあったがそれ以外に変わった所は無い。

 

 ヒソカは街に貼られていたチラシを見て金と暇を持て余している金持ちを訪ねに行ったのだ。その金持ちが囲っている戦士と眼前試合を行いそれに勝つ簡単な余興に参加してきた。強い相手と戦えてヒソカは嬉しい、楽しい見世物を見れた家主も嬉しい。いい時間を過ごせたと満足するヒソカの笑顔はとても良いのである。

 

 そして、気に入ったらしい家主に金の入った袋を渡され、機嫌良く通りを歩いていたヒソカは人気が無くなった所で新しい客に出会った。

 

(今日はなんていい日なんだろう♥)

 

 ギラギラと目に眩しいバッジを見せつけながら、持っている金を渡せと言ってくる男達は否定の言葉を吐けばきっとすぐにでも殴りかかって来ることだろう。

 そうなれば、ヒソカが何をしても正当防衛だ。ワクワクしながらいつもと同じように言葉を返せば、激昂した相手が拳を振り上げる。

 

 それを確認したが最後、地面に転がるのは腹を抱え血反吐を吐く男達だ。中々に多い数を相手にしたヒソカもよく動けたことで満足し、そのまま男達を放って歩き出した。

 

 

 兄が死んでから、気になった所にふらっと立ち寄り強そうな相手を探して勝負をする。ほんのちょっと覚えていた正当防衛の約束は、気まぐれに守られたり破られたり、ヒソカは兄のことを偶に思い出すだけで十分だと思っていた。

 

 日常にまで浸透してきた彼の口調が兄の追伸を思い出した後のモノだとしても、唯一の遺品である手紙をずっと捨てずにいたとしても、ヒソカは手元に無いひとつを探すよりもたくさんの玩具で遊ぶ方が楽しいと思っている。

 

 ヒソカのその考えは本心からのものであろうが、人生において気持ちが変わることなどよくあることだ。特に気まぐれで我慢をしないヒソカはきっかけさえあれば簡単に気分を変えることだろう。

 

 そう、例えば死んだと思っていた兄がひー君の目の前に現れるとか。

 

 

 




次回は、ヒソカ視点で事件が起きます。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
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披露した。【前】

ヒソカサイドでイベントが起こる回です。

よろしくお願いします。


 ヨルビアン大陸の北、賑やかな都から離れた場所にある何の特徴もない町では、数時間前に奇妙な出会いが起こっていた。

 

 舗装された道の上で大破した携帯を前に咽び泣く少女と、それを困ったように見つめる青年は人通りが少なくない道の端で注目を集めている。

 

(うーん、このまま置いていこうかな♠︎)

 

 くるりと向きを変え、歩きだそうとしたところでヒソカは進行を阻害された。原因がズボンを掴む顔面びしょびしょの少女だというのは見なくても分かっている。

 

 ヒソカが仕方なしに背後を見下ろせば、ボサボサになった黒髪の間から離すまいとする瞳がこちらを向いているのが見えた。

 

「……本当に連れてってくれるのかな♣」

 

「も”ち”ろ”んんん!!」

 

 とりあえず、新しく携帯を買いに行こうと少女は本日4度目のケータイショップに向かった。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※

 

 気ままに旅をしていく中で、ヒソカはネットカフェやパソコンが使える役場などに適当に立ち寄ることがある。

 

 そこまで熱心だという訳でもない。数ヶ月に一回というペースでだが、次の目的地だったり何か目立つニュースなどを調べるためにヒソカは適当なサイトをめくって情報収集をしているのだ。

 

 その日も、いつもと同じように見かけたネカフェに入り、頬杖を付きながらスクロールをして画面を見つめていた。そしてそこでヒソカは普段とはちょっと違う面白いものを見つけた。

 

 そこはいわゆるお尋ね者を探すサイトで、その首にはお小遣いのような額から、何をしたらそのような値が付くのかと思うような金額の者まで幅広く載っている。

 

 基本は表に出ない人達が使っているサイトであるが、ヒソカも色々な意味で良さそうな人を探すのによく覗いているところだった。

 そんなページの写真の欄には、この前撮られたのであろうヒソカの写真が載っていた。どうやら名前までは明示されていないようだが、かなりの金額が写真の横に書かれている。

 

 面白い事になったものだと、そのまま掲載者の欄を見れば聞きなれない何処かのマフィアの名前が表示されていた。

 

(…これに載ってれば誰かしらが遊びに来てくれるってことだろう♥)

 

 サイトの中でも上位の金額を見て、これから訪れる正当防衛の機会に胸を踊らせたヒソカは、意気揚々とネカフェから出てくる。

 

 スキップでもしそうな軽い足取りで自動ドアを潜ったヒソカは、少し離れたところから熱い視線を向けられていることに気がついた。

 

「あ、いたよ!見つけた!みつけ……ベフッ」

 

 何やら電話をしながらヒソカを探していたらしい少女は、ヒソカと目が合うとそのまま勢いよく走り出し、そして転んだ。

 来客が増えそうなサイトを見たあとで、遭遇した不審な人物にヒソカは驚きながらもそのままその様子を観察する。

 

 見られている少女は、転んだ衝撃でヒビが入り、これ以上は使えないであろう携帯を掴み何事も無かったかのようにこちらへ早歩きでやってくる。

 

「ねぇ!お兄ちゃんは、ヒソカですか!」

 

 大きい鞄を背負い込み、ひっくり返りそうな角度で見上げてきたのは黒髪黒目で見た目10歳くらいの少女であった。

 

「そうだよ♦」

 

 少々、ファーストコンタクトは間抜けな様子だったが、近くで見ると中々に身のこなしが出来ている少女だ。子供が小遣い稼ぎに来たのかもしれないとヒソカが次の言葉を待っていると、少女は落ち着く暇もなく早々と捲し立てた。

 

「あのね!私、頼まれてて、ヒソカって人を連れてかなきゃいけないんだけどお兄ちゃん着いてきてくれる?」

 

 どうやら、彼女は遣いのようだ。少々勿体なく思いながらもヒソカは少女の誘いに乗るかを考える。

 普通に聞いている分には十分怪しい内容だが、先程の賞金の事を知っていると更に怪しく聞こえる。

 つまりめっちゃ怪しい。

 

 3秒程真剣に悩んだヒソカは結論を出した。

 

「いいよ♥行こうか♦」

 

 幼いながらに強そうな少女を遣いに出すところなど、更に強いに違いない。楽しそうな舞台のチケットをせっかく持ってきてくれたのだ、着いていくしかあるまいと笑顔で返事を返したヒソカを見て少女は嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう!私、頑張るね!」

 

 一体何を頑張るのだろうかと、珍しく不安に駆られたヒソカの目の前で少女は大きな鞄の中を漁っている。どうやら予備の携帯を出そうとしているようだが、中から出てきたのは水没した携帯であった。

 

 よく見ると、鞄の端から水が滴り落ちている。一緒に入れていた水筒の蓋が緩み中身が出てしまっているようだ。ショックを受けたように固まった少女はトボトボとケータイショップに向かっていった。

 

(初めて見るタイプの人間だ♠︎)

 

 普段関わらないタイプの人種に一抹の不安を感じながら、ヒソカはケータイショップから笑顔で出てきた少女を眺めていた。

 

 

 

 

 

「キミにボクのことを頼んだのはどんな人なんだい♠︎」

 

「私はボスって呼んでる!めっちゃ凄い!」

 

 

 町の中をさっさと歩いていくヒソカの横で、少し小走り気味に歩いている少女は偶に「こっち!」だとか「そこ曲がる!」とナビをしながらヒソカの質問に答えてくれている。それがヒソカの求めた情報と合っているかは微妙であるが、本人的には精一杯の回答らしい。

 

「へぇ〜 ♦じゃあボクはそのボスって人に会いに行くのかな?」

 

「違うよ!」

 

 ヒソカの後ろを追いかけながら、バッサリ切り捨てた少女はそのまま右に曲がるように言った。

 なんだ違うのか、と少々落ち込みながら曲がったヒソカの横で、地図を見ながら曲がった少女はゴミ箱にぶつかり尻もちを着いた。その拍子にポケットから落ちた携帯は重い鞄の下敷きになり、砕けた。

 

「……それ、もう少し頑丈なの買ったらどう♣」

 

 ヒソカは携帯など買ったことも無いため何とも言えないが、そんなに頻繁に壊れるものではないと思っていた。

 

 まあ、少女はちょっとの段差で躓いたり、お釣りだけ貰って買った昼食を置いてきたり、先程も3台目の携帯で報告の連絡を入れようとして手を滑らせ、見事に液晶を割っていた。昔、何処かで聞いたドジっ子というのはこれの事かと深く納得したヒソカは、4台目を砕いた少女をケータイショップに見送った。

 

 

 

 

 

「それで、ボクは何処に連れていかれるのかな♠︎」

 

 今までのものより頑丈な機種を買ってきた少女は、寂しそうに財布の中を覗いていた。今度は丸い携帯のようだ。

 ヒソカが今更な質問をすれば、そういえば言ってなかったかと目をパチクリと瞬かせ、少女は鞄の中から引っ張り出した書類をヒソカに見せてきた。

 

「これ!私がボスから渡されたやつ!」

 

 水筒の蓋が緩むのは日常茶飯事なのか、明らかに防水加工をされた紙には先程見た名前のマフィアからの依頼が書かれている。

 

 つまり、この少女やそのボスとやらは外部からの依頼を受ける人達のようだ。

 

(このマフィアも気になるけど、今はどちらかと言うとこっちの方が気になるなぁ♦)

 

 見せても良かったものなのか、依頼書をざっと見たヒソカは先程まで楽しみにしていた来客よりも、目の前にいる少女の方に気が向いていた。

 

「ねぇ、キミのボスには会えないのかい?」

 

 返された書類を大切そうに鞄に仕舞った少女は、ヒソカの発言を聞いて目を丸くした。

 

「えっ!私に付いてきてくれるんじゃないの!?」

 

「キミについて行ってもいいけど、ボクそのボスに会ってみたいんだよね♥」

 

「こ、困るよ!任務なのに!」

 

 先程快く了承してくれたのはなんだったのかと、慌て始めた少女は何とかヒソカをマフィアの元に連れて行こうとする。

 

「大丈夫だよ、あとちょっとで着くし!あ、あと向こうも頑張って探してるみたいだし!ボコボコにしてやるーとか言って……あれ、これバラしたら付いてこなくなる?あっ、きっと優しく出迎えてくれるから!」

 

 全部ヒソカに丸聞こえである。ここまで微妙な説得の言葉も中々に聞かないなと、珍しいものを見る目で見ていたヒソカはボコボコという言葉を聞いて相手がどれくらいなのかを聞いてからでもいいかと、身振り手振りを加えながら話す少女に口を開いた。

 

「そのボコボコって、どれくらいやる気なのかな♣」

 

 少女はそこに反応するのかと驚きながらも、食いついてくれるのなら頑張るしかないと更に身振りを大きくしながら説明する。

 

「たっくさん!面子潰されたからって!だから私、依頼主のところまでヒソカを連れてかないとダメなの!」

 

 いっぱいいるだとか、本拠地だからと純粋に相手を危ないところに送ろうとする少女は、普通の人からすればヤバいやつのレッテルを貼られるだろう。

 

「んー、じゃあついて行こうかな♣」

 

 まあ、それを気にするような相手では無いのが幸いした。多人数を相手にした事は無かったなと考えながら了承の意を返せば、少女は大袈裟に喜んだ。

 

「やったー!ありがとう!じゃあ早く行こう!」

 

 気が変わらないうちに急ごうと少女がヒソカの手を引こうとした瞬間マンホールの穴に引っかかりそのまますっ転ぶ。

 

 買い換えたばかりの頑丈な携帯はコロコロと転がっていき、車道まで飛び出たかと思えばそのまま通過した車に轢かれて大破したようだ。

 

 それを見て流石に堪えたらしい、今までは涙目で何とか踏ん張っていた少女は遂に泣き出した。

 

「あ”ぁ、やっちゃったー!もう経費で落ちないのにぃぃぃぃ!!」

 

 道の真ん中だというのも気にならないらしい、見た目的には相応に泣き喚いている少女を見て、ヒソカはそもそも辿り着けるのかも不安になってきた。

 

 もういいかと、ヒソカが置いていこうとしたところで引き止められる。

 

「……本当に連れてってくれるのかな♣」

 

「も”ち”ろ”んんん!!」

 

 とりあえず少女をケータイショップへ見送ったヒソカは、人とはこんなに手間が掛かる生き物だったかと寂しそうな背中を眺めていた。

 

 

 

 

 

「着いた!ここだよ!」

 

 道中の紆余曲折を経て、少女が示したのは大きな屋敷の前にある広場だ。私有地なのか人っ子一人見当たらない様子に、ヒソカはこれからどうするのかと隣に並ぶ少女を見下ろした。

 

 ヒソカは、ここまで来るのに大層疲れきっていた。道を間違えることはなかったが、途中のトラブルはいつもの旅より多かった。三日目にして郊外の屋敷に到着した時は、暫く一人旅で十分だと強く心に決める程には面倒だったのだ。

 

 そして、相手が手のかかる奴だと思っているのはヒソカだけでは無い。少女もまた面白そうなものを見つけては道を外れようとするヒソカに手を妬いていた。

 ボスのことが気になるらしく、あれこれと質問されて答えていると、数時間に一回は行先の変更を提案してくる。

 少女はボスについて薬草の扱いが上手いだとか、愉快な人だとか道中色々な情報をバラしていた。

 その中で戦闘力がそこまで高くない事を答えた時のヒソカのリアクションを見てから、少女はボスは頭脳派だということを全力でプッシュしていたわけだが、ここ来て晴れて無事に任務を達成出来たことに安堵のため息を吐いている。

 

 

「それじゃあ、私はこれで!」

 

 指定された場所かをもう一度確認した少女は、元気よく手を振りながらその場を去っていく。置き去りにされたヒソカは本当に連れて来るだけなのかと思いながら少女の背を暫く見ていた。

 

(あっ、転んだ♠︎)

 

 あの少女が、後ろを向きながら走れば転ぶだろうと納得したところで、ヒソカは広場の至るところから感じられる人の気配に油断することなく気を引き締める。

 

 

(ああ♥いいね、素晴らしい舞台のお礼に今回は見逃してあげる♠︎)

 

 

 

 一斉に飛び出してきたマフィアの組員はその手に持った銃を撃ちだした。

 

 

 

 

 

 

 中央の銅像を盾にして、拳銃の弾が切れた瞬間を狙い確実に人数を減らしていく。途中、一々遮蔽物の元まで戻るのが面倒になったヒソカは大きく蛇行しながら、組員に迫っていった。

 

 銃を持つ人間に迫る者など滅多にいないからか、途中から組員の命中率は格段に下がっていた。腕や太ももなど何ヶ所か撃ち抜かれたが、動けない程ではない。

 

 整えられた植木を赤く塗りながら広場を駆け巡るヒソカの目には眼前の獲物しか写っていなかった。

 

 個々の実力はそこまで高いものでは無いが、数だけは無駄に厄介で戦闘としては中々に新鮮なものだった。

 しかし強者との戦いという点ではイマイチである。微妙に違うかなと思いながら、オモチャになった銃を振り回す相手を蹴り倒し、振り向きざまに裏拳で後ろの顔面を潰す。

 

 大部分を沈めたヒソカは、返り血を拭いながら屋敷に逃げ込んだ残りの組員を追いかけた。

 

(折角の機会なんだから、満足いくまでやらなきゃ♦)

 

 滑りやすくなっている地面をしっかり踏みしめたヒソカは正面の扉の前にいる組員の首を一瞬で折った。

 

 そこで、ヒソカは首と一緒に胸元のバッジが落ちるのを見つけた。そういえば全員こんなものを付けていたなと転がるそれをよく見れば、何処かで見たことがある……気がしてきた。

 

 数ヶ月前にカツアゲしてきた輩が自慢していたバッジと似ている気もする。いや、そもそもバッジなんて付けていただろうかと記憶を漁れば似たような物があったかなと思い出すレベルであった。

 などと、すっかり忘れてしまっているヒソカであったが、そのカツアゲの野郎だけでは無い。支部のビルを崩壊させていたりとまあまあお世話になっているマフィアさんだ。

 まあ本人は名前も覚えてないような所だ、ヒソカにとっては初めての大人数の舞台を用意してくれた親切な人達でしかない。

 

 

(もっと、もっと♣ボクを楽しませてくれよ♥)

 

 

 外にいた人よりも心地よい気配がする屋敷の中へ足を踏み入れたヒソカの表情はとても良いものだった。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 トゥルルルルルル、トゥルルルルルル……トゥッ。

 

 

「あっ!もしもしボスー?」

 

『――!――――。』

 

 ヒソカが屋敷に入る前に、契約金をがっぽり貰った少女は、離れた所から報告の電話をしていた。

 

「うん、そうそう!ちゃんと出来たから!…だから経費もう少しくれない?――えぇ、ケチ。」

 

 

 目にオーラを集めた少女は、バタバタと倒れていくマフィアの組員を眺めながら6台目の携帯に向かって文句を垂れる。

 

「うひゃぁ、あれでまだなんでしょ?あっ、そうなの?――えぇ、ボスがそっちに来るダーリン捕まえるって私に任務持ってきた癖に。」

 

 

『……!!――――!――!!!!』

 

 

「はいはい。……いいじゃん、ボスもヒソカに会ったことあるんでしょ?」

 

 高い塀の上でブラブラと足を揺らす少女は、設定音量よりも数倍大きい声に思わず片耳を塞いだ。

 

『――、――――!!』

 

「はーい!じゃ、また何かあったら呼んでねー!」

 

 大量に貰えた給料にニッコリ笑った少女は、塀から飛び降りようとして、――服の襟を引っ掛けた。

 

「えっ、え?……これお気に入りだから、辞めてよ!?」

 

 柵の部分に引っかかった布は、少女の願いも虚しくビリビリと音を立て裂けていく。

 

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙。」

 

 落ちた少女は体に傷ひとつついていなかったが、心の中ではしくしくと泣いていた。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 廊下の横道から飛び出してくる組員を、見飽きたと言わんばかりに目も向けず蹴り倒すと、適当に銃を拾い上げて正面から走ってくる他の組員に投げつけた。

 

 ヒソカはボロボロの体で屋敷の残党を狩っていく。脱臼した左肩は、最深部のドアを開けた時に横から殴られたものだ。適当にはめ直したが、未だにビリビリと痛む気がする。

 

 こめかみを掠った銃弾のせいで、視界も明瞭とは言えないが分かりやすい足音のおかげで戦うのに支障は無い。

 

 うち漏らしが追いかけてくるのを右で殴り飛ばし駆け込むフリをして入った部屋の入口で数人を騙し討ちにしたヒソカは音が無くなった屋敷をゆっくり出てきた。

 

 久しぶりにこんなに大怪我をしたなと、呑気に考えながら、次の面白いものを見つけるためにその足は街に向いている。

 

 大半は返り血だとしても、抉れている脇腹は本物であるし、いつもよりフラフラした足取りはヒソカが満身創痍であることを示している。マフィアとの戦いはそれだけ激しいものだった。

 

(今度の街は、――あぁ、魔女のお姉さんが言っていたあそこかな♥)

 

 しかし、素敵な舞台も終わればそれまでだ。ヒソカは多少の歩きづらさに困りながらも、お楽しみが近くにあることに浮かれていた。

 

 赤い靴跡を残すヒソカが向かう先は、

 

 ――享楽の都・グラムガスランド――

 

 ヒソカにトランプを教えたユーリンいち押しの街である。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 ヒソカは倒れていた。それはもう虫のように。

 ヒソカはボロかった。それはもう雑巾だった。

 

 ゴミ山を歩いていたヒソカは足を滑らせ見事、地面に激突した。普段ならばこんな間抜けな事などしないだろうが、流石に怪我をした状態で約半日歩き続けば身体にガタがくる。

 

 目的のグラムガスランドには到着したものの、まともに歩ける状態ではなかったヒソカは街の外れで野垂れ死にかけていた。正確に言うと死にかけでは無かったが、体力を回復する為に地面の上で気絶するように目を瞑っている。

 

 

 遠い意識の先では、大道芸が披露されているのか賑やかな街の声が聞こえてくる。回復したらこの愉快な場所を是非とも満喫したいと考えながら、ヒソカは固い土の上で眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――。」

 

「――――野盗―、――かな。」

 

「――、――準備が。」

 

 

 そろそろ体も動きそうだと、騒がしくなった周りに意識を向けると数人がヒソカを囲んでいることに気づいた。

 

「少年、喋れるかい。私はモリトニオ。キミは?」

 

 

 その中でも一段と気配の強い男が声をかけてくる。薄目で見上げればそこには髭を生やした眼鏡の男がこちらを興味深く覗き込んでいた。

 

 

「―――ヒソカ」

 

 周りがヒソカの怪我を見て不審がっている中で、臆することなく話しかけてきたモリトニオに短く返す。

 意外としっかり出た声を聞きとったモリトニオはマントの中に仕舞っていたガーゼや包帯等をヒソカの横に置き、その場を立ち去った。

 

 

 他の人達がモリトニオの後に続いて歩いていくのを見送った後、ヒソカはゆっくりと立ち上がると固まった体を解すように伸びをする。

 

 十分に動けることを確認した後は、置かれていった品で応急手当を済ませ、垂れてきた前髪をかきあげた。

 そして、いつもと同じように歩き出したヒソカは

楽しみにしていたグラムガスランドの街を満喫し始めたのだ。

 

 

 

 




後半に続きます。
グラムガスランドの話が好きなのでガッツリ入ってます。


ここまで読んで下さりありがとうございました。
感想、ここすき、評価等励みになります。


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披露した。【後】

引き続きヒソカ回です。

グラムガスランドの話を知らなくても読めるように、全体のおおまかな流れも書いているので既知の方はテンポがゆっくりに感じるかもしれません。

よろしくお願いします。


 ロンマーナで見ていた大道芸や手品も面白いものがたくさんあったが、ここのショーはさらに派手なものが多く眺めているだけでも楽しい場所だった。

 

 ヒソカが途中で見つけたバンジーガムをいくつか買い込み、特等席でショーの覗き見をしていた時のことだ。

 ヒソカの横を駆けていった人がなにやら気になることを言っていた。

 

(モリトニオ一座のショーか♣)

 

 

 この前助けられた男がそんな名前だったと、興味を惹かれたヒソカはショーを行う講堂の近くにあるホテルに忍び込み、そのパフォーマンスを上から眺める。

 

 ジャグリングに綱渡り、炎を吹く女性も、どれも他の一座とはレベルが違った。先程の人達が駆けて見に行くのも分かる素晴らしさだ。

 

 そしてショーのクライマックス、観客達の歓声が一斉に湧き上がった所で、見覚えのある男が出てきた。

 ゆったりと歩いてきたかと思えば、ふと水の中で浮くように、空中を泳いだモリトニオはそのまま天井へと足を付ける。

 

 ヒソカから見てもタネも仕掛けもわからない初めて見るパフォーマンスは、観客からの賞賛を浴びながら閉幕した。

 他の芸ならヒソカもできるだろうが、それとは次元の違う“空水泳”の存在はヒソカの興味を酷く駆り立てた。

 

 

 

「やあ♣」

 

 アバキと呼ばれていた少女は、モリトニオ一座の裏方で何やら雑用をしているようだった。

 

 声をかければ、用があると分かったのだろう。洗濯が終わるまで待っていると、そのままテントの中へ案内された。

 

 一度モリトニオに会った後は、団員と話したいからと上で待っているように言われたが、もうヒソカは待ち飽きており、そのまま独断で階段を降りていった。

 中ではなにやら揉めているようで、モリトニオと別の男性の声が聞こえてくる。

 

(そういえばロイヤルグラムの候補なんだっけ♦)

 

 大事な時期に知らない野郎が入ってくるのは不安に思うことかもしれないが、正直ヒソカにとってはどうでもいいことである。自分は邪魔をするつもりは無いし、やりたいならやればいいのだ。

 

「やあ、さっきは凄かったね♠︎」

 

 こちらに気づいたらしい男性は、ヒソカの言葉に鼻を鳴らしそっぽを向いた。

 

「おや♣お邪魔だったかな……♦」

 

 思われていてもどうすることは無い、形ばかりの問いかけに答えたのはモリトニオだ。しかし彼もヒソカの言葉に返事は返さない。変わりにトランプを差し出して来た彼は、ヒソカが手品を出来るかどうかが知りたいようだった。

 

「すごい、誰に習ったんだ?」

 

「兄と、魔女のお姉さんかな♥」

 

 手馴れた手品を見せればどうやらお眼鏡に叶ったらしい。モリトニオと弾む会話を交わしていると、随分時間が過ぎてしまっていた。

 

「座長!稽古の時間忘れてない……?」

 

 駆け込んで来たアバキが、モリトニオを引っ張っていく。稽古の単語に思わずついて行きたくなったヒソカだったが、焦ることは無いだろうとその場で声をかけることは無かった。

 

(他の技術も知りたいし♠︎)

 

 一番は、モリトニオとアバキの周りを流れている薄い膜のことだが、他のパフォーマンスを見てみたいのも本当である。

 

 ヒソカは先程渡されたトランプでひとり遊びながら時間を潰していると、その床に面白いものを見つけた。

 

 コロコロと転がってくる大きいネジに、何処からやってきたのか辺りを見渡すがそれらしきものは無い。それならばと、ヒソカは高い位置にある台を見上げた。確信は無いが、もしそうだったのなら楽しいことが起こるだろうと、ヒソカの口角は上向きにつり上がっていた。

 

 

 

 

 その翌日、一座の拠点となっているテントを覗いてみるとその中心に人が集まっていた。

 

(これは……当たったのかな♦)

 

 どうやら足場が崩れてしまったらしく、一人の団員が足を抱えて蹲っている。

 倒れた団員は、ジャグリングを担当していたらしくモリトニオが公演内容を変えるように指示を出していた。

 ロイヤルグラム前の大切な公演でトラブルが起きたことに動揺している団員達の間を通ってヒソカが中心に踊り出れば、皆の視線が集まってくる。

 

「僕が出ようか♠︎」

 

 そう言えば、もう一人のジャグリングをやっていた男が突っかかってきたが、目の前で同じ様にクラブを回せばそれ以上は言わなくなっていた。

 

(一回やってみたかったんだよね♣)

 

 大きな舞台でショーをするのはどんな感じなのか、技を見せて観客を驚かせるのはきっと楽しいだろうと、ヒソカはウキウキで準備に取り掛かった。

 

 舞台の袖でピエロのメイクを施せば、中々様になっている。衣装と相まって、ショーをするのに違和感の無い格好となっていた。

 

(うん♥いいんじゃない♦)

 

 左目には星型を、右目には雫の型を書き込み髪をオールバックで撫でつけたヒソカは、一切の緊張もなく舞台に立った。

 

 

 

 モリトニオ一座の知名度か、客席が満員となっているステージの上でペアとして技を披露するのはヒソカとヤスダと呼ばれる男だ。

 

 この時、ヒソカはクラブを完璧に操っておりヤスダの投げるそれをミス一つ無く返していた。その動きはヒソカのセンスが高い故のものであり、それを直に感じたヤスダの劣等感を刺激するものであった。

 

 多少、ヤスダが練習と違う動きをしたとしてもヒソカが失敗する要因にはなり得ない。動きを真似て完璧に返したヒソカは、ヤスダの横に落ちたクラブを目で追った。

 

 

 

 

 

 それからと言うもの、ヒソカの前で練習をする団員が極端に減っていた。

 

 ヒソカはそれについて特に思うところは無かったが、ひとつラッキーなことがあった。

 

「念?」

 

 ヒソカの様子を見に来たらしいモリトニオと話していく中で、モリトニオの空水泳の仕掛けを教えて貰えることになったのだ。

 

 初めは才能とは別物だと言って教えるつもりは無かったようだが、オーラ(というそうだ)が見えていることを伝えると乗り気になったらしい。

 

 アバキが目の前で練を披露した時など、こんなに面白いものがあったのかと襲うのを我慢する方が大変だった。これから楽しくなるというのに二人がいなくなるのは困る。

 

(……それにしても、オーラというのは力が篭っていてとてもいい♥)

 

 ロイヤルグラムに出るかわりに、一週間に一度修行をつけてもらえることになったヒソカは教えて貰った念の基礎を頭の中で繰り返しながら、ウキウキで一座のテントを後にした。

 

(纏をマスターするのに一年、さらに彼女のようになるには三年かかるらしいけど…)

 

 

 隣りを一緒に歩くアバキは、先程も綺麗なオーラを見せてくれた。その様子を思い出しあれこれと彼女に念能力について質問をするが、どうやら知らないことも多いらしい。

 

「じゃあ、一座の人が皆使えるわけじゃ無いんだね♦」

 

「うん、素質があったのは私だけだって。……座長はね、元々ハンターを目指してたんだよ。」

 

 沈む太陽を眺めながら話していると、なんとも懐かしい言葉が聞こえてきた。

 

「へぇー、ボクも知ってるよ♣ハンターになりたかった人♥」

 

「そうなの?……なんかヒソカが自分のことを話すのって珍しいね。」

 

「ふふっ、そうかな♥」

 

 小さい頃に、新聞の切り抜きを熱心に集めていた兄は生きていたら今頃ハンターになっていたかもしれないとヒソカは懐かしむように目を細める。

 

 その後も、座長の夢を継いでプロハンターになるのだと息巻いているアバキを宥めたりしながらも、ヒソカは頭の中をチラつく兄の影に意識を取られていた。

 

 

 

 一週間後、約束の稽古の日がやってきたヒソカはそこでアバキ以上の練を見せた。

 

「これであってる?一年かからなかったけど♥」

 

 ヒソカの圧倒的な才能にアバキは言葉を失い、モリトニオは興奮で手が震えていた。

 その成長の早さに感動したモリトニオは、次のステップとして二人に六系統の存在を教える。

 

「その能力ってどうやって調べるの?何か方法があるんだろう♦」

 

 座って大人しく話を聞いていたヒソカは、モリトニオの説明が終わるとせっつくように次に進みたがる。

 

 その姿は、特大のおもちゃを見つけたような無邪気から来るものに見えるが、この場にジールが居れば、慌てて代わりのものを探しただろう。

 副音声をつけるなら「えっ、行っちゃう?気になっちゃうのかな!?考え直さない?」とパニックになりながら幼少の頃に使っていたガラガラでも取り出して来そうだが、今ここには居ないのだ。

 

「水見式を使います。」

 

 イマジナリージールの頑張りは届かない、モリトニオの取り出したグラスには水と葉っぱが入っており、彼が実演して見せると水の味が変わっていた。

 

「味が変わるのは“変化系”の反応。君らも試してごらん。」

 

 そう言って差し出されたグラスに手を翳したのはアバキだった。すると水の色が青色に変わり、それを見たモリトニオが放出系だと教える。

 

 続いてヒソカが手を翳すと、グラスには特に変化が現れなかった。隣りから覗き込んだアバキがその結果に困惑していると、ヒソカはそのままグラスをアバキの口元に持っていった。

 

「酸っぱい!なにこれ……」

 

「…ヒソカも私と同じ“変化系”だな。」

 

 使い終わったグラスを返せば、モリトニオは今後の予定を発表した。

 

「暫くは基礎訓練、この変化が顕著になるように念を磨きましょう。」

 

 コトリと、テーブルの上にグラスを置いたモリトニオが振り返った頃にはヒソカの姿は無かった。

 

「はーい。」

 

 一人元気に返事を返したアバキは少し気まずそうにしながら片付けを手伝った。

 

 

 

 月夜が綺麗な夜、ヒソカは一人高い所を歩く。外からの客が多いグラムガスランドには多くのホテルが並んでおり、空を見るのに困ることはなかった。

 

 ヒソカは夜風に当たりながらさっき分かった発の能力について考えを巡らせる。それは自分の能力についてでは無い。彼の兄、ジールについてだ。

 

 ヒソカは自分の系統が分かった時、次に考えたのは兄が何の系統になるかだった。

 念能力を知ってから、今まで見てきた強さなど当てにならないことを悟ったヒソカは、兄の絶対的なイメージに別の色が加わっていた。

 

(兄さんは、何になるのかな♠︎やっぱり純粋に強くなるなら強化系か、特質系でも似合いそう♥)

 

 頭のいい兄ならどんな系統になっても使いこなせるのだろうと、胡座で座っているヒソカは左右に揺れながら兄のことを思い出す。

 

(ああ、一回でいいから兄さんのオーラ浴びたかったなぁ♦)

 

 叶いもしない願いだと、オーラを流しながら月を見上げるヒソカは、脳内で念能力を習得した兄を思い描き興奮していた。

 

 とその時、ヒソカが座っていた建物が大きく揺れる。

 下を覗くとそこにはアバキと見知らぬ男が戦っているようだった。ヒソカはそのまま上から飛び降りトランプを取り出すと男の顔を切り裂いた。ヒソカが左目から頬にかけて怪我を負った男を見下ろすと、アバキが驚いたようにこちらを見てきた。

 

「散歩かい?楽しそうだね…♥」

 

 そのまま逃げ出した男を見送ったヒソカは、頬を切り裂いたトランプをじっと見つめる。

 

「どうしたのヒソカ……」

 

「“嘘くさい感触”だったなと♣」

 

 先程の男はここらで騒がれているジョン・ドゥという男だろう。

 “百面ジョン・ドゥ”と呼ばれている連続殺人鬼は、毎回被害者を圧死させ、何よりカメラに映る顔が毎度変わることからそう呼ばれている。

 

 ヒソカもこの街に来てから初めの頃に彼について描かれた貼り紙を見ていた。当然のように載っていたものと顔は違ったが、近くに転がる死体の様子を見るに間違い無いだろう。

 

 一座に戻りその事を伝えれば、モリトニオが皆に注意するように呼びかけていた。

 

 

 

 

 それから数日後、夜の道など気をつけてみたが特になにかが起こることもなく、ヒソカはロイヤルグラムの発表日を迎えていた。

 

 街一番のホテルで披露されるそれは見事に成功を収め、ショーの終幕後に贈られた拍手はモリトニオ一座にとって最高の賛辞となった。

 

 今までの努力が認められたと、モリトニオ一座の団員はその夜に皆で打ち上げをした。アルコールが入り、騒ぎ立てる面々の中にいないのはヒソカと、座長のモリトニオである。

 

 お祝いムードになっているテントから離れたところで二人は揃って腰を下ろしていた。

 

 初めは他愛のないショーの成功を祝う言葉であったり、今後の一座にヒソカを誘ったりする言葉であったが、遠慮なく話し合おうとモリトニオが言ったところで、ヒソカはある人物の名前を出した。

 

「左目、調子はどうだい?ジョン・ドゥ♣」

 

「……ジョン・ドゥがどうしたんだね。」

 

「“頬”が剥がれているよ♦」

 

 その言葉に慌てて左頬を触るモリトニオは、横で笑いを堪えているヒソカを見て嵌められたことを悟った。

 

「こんなのに引っかかるとは、ヤキが回ったか。」

 

 一瞬の動揺も、直ぐに無くなり遠くを見つめるモリトニオは静かに話し出した。

 

「…昔から人の驚く顔が好きでね、よく家族に手品を見せていた。その驚く顔が見たくて、見たくて…つい妹を殺しちゃってね。だからハンターか、旅芸人になろうと思った。別の方法で人を驚かせようとしたんだ。」

 

 普通に生きていこうとしても、高ぶったショーの後は昂って誰かを壊さないとおさまらないんだ。と何かを抑え込むように声を絞るモリトニオは、隣りに座るヒソカの方を見る。

 

「あなたがなんであろうが興味は無いけど……あっそうだ、兄って変化系になりやすいのかな?」

 

 話半分でも聞いていたらしい参考までに聞かせてよとトランプでモリトニオを指したヒソカは、期待するように見つめてきた。

 

「…兄弟構成は聞いたことが無いな、でも家系で似ることはあるそうですよ。」

 

 自身の告白をそんな風に返されるとは思ってもいなかったようだ、驚きながらも返された言葉にヒソカは満足そうに頷いた。

 

「そっか、じゃあ聞きたいことも聞けたし♣……最後にボクを驚かせて見せてよ♥」

 

「いろんな方法を使っても構わないんだね?」

 

 その言葉と共にトランプで切りつけて来たヒソカを避けたモリトニオは、被っていた帽子を投げつけヒソカの視線を遮ると、彼の蹴りや拳を止めそのまま鳩尾へ重い一撃を入れた。

 

 衝撃で距離をとったヒソカを見たモリトニオは、手元から柄のついたハンケチを取り出す。

 

「……タネも仕掛けもないハンカチ、を被りまして成りたい顔を思い浮かべると…、」

 

 1(アン) ・ 2(トウ) ・ 3(ドウリイ)

 

――継ぎ接ぎされた真実(スカーフェイス)――

 

 モリトニオの顔を覆ったハンケチは、グチグチと動き全く別の顔を作り出していた。

 

「へえ凄いね♥」

 

 初めて見る他人の発に興味津々なヒソカは、モリトニオの奇術に賛辞の言葉を送る。

 

「ではお次、タネも仕掛けもございます。」

 

 そう言って、モリトニオが何かを動かすような動作をした後にヒソカは横からとてつもない力で殴られた。

 次の攻撃を何とか紙一重で避けるも、目に見えないそれを避けきるのは難しく遂には両側から挟まれるように押し潰されたのだ。

 

 メシメシと音を立てながら宙に浮いていくヒソカは、体に強い力が加わる中でオーラを目に集めて凝をした。

 これにはモリトニオも驚くしかない。

 

 まだ教えていない技術を戦闘のなかで探り出し身につける。圧倒的なセンスを持つヒソカに震えていると、ヒソカは何をしたのか自力で拘束から抜け出していた。

 

 ガチャンッ!!

 

「見えない磁石の柱、それが奇術のタネさ♠︎」

 

 建物のヘリに立ちながら、モリトニオを見下ろすヒソカは自身の考えを披露した。

 

「モリトニオが力を使うと、周りの金属の破片が動いていた♣それに、もう一つの能力を見せておいたのは念能力は可視化されるものだとボクに思い込ませるため♦」

 

「……本当に末恐ろしいネ」

 

 一座に招いた時にも見せた、観察眼と天性の感覚を惜しみなく使いこなすヒソカはたったの数分でモリトニオの発を見抜いてみせたのだ。

 

 そして、バレたトリックを種明かしするのが流儀としているモリトニオは、目に見える形で磁石の柱を作り出した。

 

「私の能力は、オーラを磁力を持った鉄柱に変える!!」

 

――鉄塗りの双極性(ブラッドマグネット)――

 

 

 幾つもの鉄柱がヒソカに向かって飛ばされる中でヒソカは自身の発を使ってその場から飛び退いていた。

 

「なんだ簡単だね♠︎“水泳”♥」

 

 モリトニオの背後をとったヒソカは宙に浮きながら、己が初めて見た発を真似てみせる。これにはモリトニオも動揺を隠せない、他人の発を真似るなど不可能だと自身に言い聞かせる事で攻撃を続けるがどれもヒソカには当たらなかった。

 

「タネ明かしは以上かな……♦それじゃボクの奇術で終わりにしようか♥」

 

 それはヒソカが指を鳴らした瞬間、辺りに突き刺さっていた鉄柱がモリトニオに向かって降り注いだ。

 

 まさか本当に発を真似たのかと細い息のモリトニオがヒソカを見上げると、それに応えた彼は自身の能力のタネ明かしをする。

 

「ボクの能力は“ガムとゴム”二つの性質を併せもつ♦」

 

 

 お気に入りを見せるように、変化したオーラを手で伸ばしながらヒソカはとっておきの名前をモリトニオに教えた。

 

伸縮自在の愛(バンジーガム)っていうんだ♥」

 

 

(子供のお菓子か…お前らしい)

 

 鉄柱に埋もれ、ゆっくりと目を閉じたモリトニオに歩み寄るとヒソカは気まぐれのようにハンケチを彼の顔に落とす。

 

 ズッ、ズズ……。

 

 ヒソカがオーラを加えれば、それはたちまち見た目を変えて彼の顔に張り付いた。

 

「…うん、その方が似合ってるよ♥」

 

 まだ、月が高く輝いている中でヒソカは荷物を持って街を出た。ユーリンに進められた享楽の都は

ヒソカに確かな娯楽を与えた。

 

 念能力という新しい道具を見つけ、自分の人生が楽しいものだと信じて疑わないヒソカは、念を使って次はどんな楽しいことをしようかと悩んでいた。

 

(そういえば、兄さんボクとお揃いらしいよ♦)

 

 ヒソカは、情報を都合のいいように曲解した。

 そして、最近よく兄のことを思い出すなぁと感じたところで久しぶりに手紙を読もうかと思い付いたのだ。

 

 郊外と呼べるような廃屋が並ぶそこで、腰をかけたヒソカは鞄からしなしなになった手紙を取り出す。何回も読み過ぎて口が緩んだ封筒からは簡単に中身が出てきた。

 

 そして良く見える月明かりの下で便箋を広げると、懐かしい字が出てきた。

 

 

『 元気にしているだろうか。

 そちらで友人は出来たか?ひー君は優秀だからな、問題はないと思うが無理をしてはいけない。それに最近は我慢出来るようにもなってきていたな。偉いぞ。しかし、我慢しすぎるのは体に良くないとも聞くからな、ひー君が無理そうだと思ったら我慢はしなくてもいい。

 それと、世界には面白いものがたくさんあると思う、それらで暇を潰すのもいいだろう。好きなものを見ていてくれ。

 あとは、風邪を引かないように食事はしっかり食べろ、夜が冷える時は布団でしっかり寝るんだぞ。それに、知らない人にもついていかないように。もしもの時は殴ってでも逃げろ。

 

 もし、寂しい思いをさせていたらすまない。

 いつか挽回する。

 

P.S.ひー君は喋る時、語尾にトランプのマークを付けるようになったか?

 

 偶に思い出すと、手紙が読みたくなる。ヒソカは文章の内容が嬉しいのか、これを読むといつも手紙を持っている手が暖かくなる様に感じた。

 

 ウキウキと瓦礫の上で左右に揺れながらヒソカは続きを読もうとする。そのまま裏返せば控え目な文字で言葉が……。

 

 

 ニコニコと目を細めながら笑っていたヒソカは手紙の裏にあるものを見つけて思わずその目を見開いた。

 

 便箋の裏には僅かにオーラの気配がするのだ。衝撃から戻ってきたヒソカは慌てて凝をして紙面を見つめる。するとそこにはオーラで書かれた文章が浮かび上がってきた。

 

『これを読んでいるという事は念が使えるようになったんだな。流石ひー君だ。しかし、念を覚えるような状況にいるということは施設にはいない可能性が高いと思っている。迅速に迎えに行くのでそこで待っているように。』

 

 

「ハッ……。」

 

 バクバクと心臓の音が煩い。このタイミングで出てくる文章など、思わず信じてしまいたくなる。

 

 これは手紙を出した時にもしもの事を考えてギミックを仕込んでおいたのだろう。だから書かれたのは兄が死ぬ前のはずだが、その文が消えていないことに希望を持ちたいと思ってしまっている。

 

 余裕があればずっと前に念を習得していた兄を尊敬したり、手紙が暖かかったのはオーラのせいだったのかと色々考えたいこともあったが無理だった。

 

 

(……もしかして兄さんに会える?)

 

 ガンガンに眼を見開いているヒソカの口元は薄く空いており、その隙間から荒い息が漏れ出ていた。

 極度の興奮状態にあるヒソカはそれでもなお冷静にあろうと思考の糸を手繰り寄せる。

 

(でも、本当に生きてるか分からない♣……だから三日だけ待ってみて、それで…決めよう♦)

 

 

 ――でないと、いつまでも此処に居続けてしまう。

 

 興奮でカタカタと小さく揺れる足を抑えながら、ヒソカは瓦礫の上にじっと座っている。

 

 日が昇り、朝が来る。そして一日目が終わる。

 

 二日目の太陽が顔を出す。ヒソカの興奮はまだ収まらない。

 

 そして三日目、流石に空腹で倒れてしまいそうだからと、鞄から朝食を取り出そうとした時変化は訪れた。

 

 ザッと僅かに聞こえた足音と少し遠くに感じる気配は、人がやってこない廃屋には珍しいものだ。それこそ此処に目的があるような人物でないとまず訪れない。

 

 朝食などそっちのけで立ち上がったヒソカは、気配のする方に勢い良く振り向いた。

 

 その行動に驚いたのか、肩を揺らした人物は遠目からでは黒髪に黒い服だということしか分からない。

 

 落ち着き無く震える足で、一歩ずつ歩いて行けば段々とその顔が見えてくる。相手も、その場に立ち尽くしながら掛けていたサングラスを外しこちらを凝視してきた。

 

(……あの姿は♥)

 

 残りの距離はおよそ50m程である、一気に距離を詰めると相手も控え目に手を広げ受け入れの体勢を示してくれた。

 

 その勢いのまま抱きつけば、少しよろめきながらもヒソカを抱き留めその手をおずおずと背中に回してくる。

 

 相も変わらず、優しく背中を叩いて宥めてくれる存在がまだ壊れていなかったことにヒソカは狂喜した。

 

「やっと会えたね、兄さん♥」

 

 抱き締められた腕の中、夢にまで見たオーラを感じながらご機嫌に言葉を掛けると、ヒソカの背を優しく撫でていた手が止まった。

 

 まるでブリキのように固まった兄を不思議に思い覗き込むと、その無表情な瞳がヒソカのことをじっと見つめていた。

 

「どうしたんだい?兄さん♦」

 

 ヒソカが視線を合わせ問いかけると、兄はそれはもういい笑顔で、…まるで何かを悟ったかのような笑みで笑いかけてきた。

 

 

「…………会えて、嬉しいぞ。」

 

 

 

 




次回は、あっさり終われないジール視点で、再開までのお話です。

ここまで読んで下さりありがとうございました。


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再会した。

ジール視点で、再会までのお話です。
途中ジールの長い心の声がありますが、読み飛ばしても支障はありません。

よろしくお願いします。


 スワルダニシティーで一番の建造物と言えばハンター協会の本部ビルが上げられる。プロハンターというよりは、それを支える事務方が多く勤めている場所だが中には定期的に本部を訪ねるハンターもちらほら存在していた。

 

 朝日が一日の始まりを告げ、人々が活気づく時間帯にそのビルから出てきた男は麻袋の上から感じられる光の強さに目を顰めながら欠伸を噛み殺した。

 

(暫く本部には近づかねぇ、絶対。)

 

 ジールは、溜まっている報告書を提出しに本部へ来ていたのだ。

 

 ここ3ヶ月で受けた依頼の件数は二桁にのぼっていたが、社会人時代に染み込んだ精神は書類仕事から逃がしてはくれない。ジールはコツコツ書き溜めていた報告書を今まで通りに本部へ持っていき、お決まりのように職員に連行されていた。

 

 そこで、ジールは現場を知っている人の判断が必要な書類や斡旋されたハンターの問題処理に付き合うのだ。

 

 なぜそんな事になっているのか、初めは報告書を普通に提出しに行っているだけだった。ジールはミーハー心で本部に通っていたのだ。

 ジールは報告書を持って行った時にやけに喜ばれるなとは思っていたがそれだけだった。しかしある時、手続きを終わらせたジールの前でトラブルが起きたのだ。

 

 内容は、依頼された害獣の数が事前に調べたものより多く、討伐に困っているというありきたりなものだった。報告を受けた職員は急いで救援に行けるハンターをリストから探し始める。斡旋所のオフィスが慌ただしさに包まれるのを見てジールは職員に一声かけた。

 

 結果、スムーズに依頼は解決しジールは元の担当だったハンターや職員達に感謝をされる。

 本人も自分が出来ることで人を助けられたことを喜んだし、臨時収入にホクホクしていた。

 

 次に事件が起きたのは依頼者からの報告(という名のクレーム)とハンターから貰った報告書の内容が噛み合わなかった時の事だ。

 目の前で行われるやりとりに、チラリと書類を盗み見ればジールも聞いたことがある植物についての話だった。

 

 数年前に見つかった根っこが一部の薬の効果を底上げするという植物の事だ。クレームは、依頼したものとは別の植物が届けられた。という話らしいが、依頼を受けたハンターはしっかり群生地から採取をしたと言っている。

 

 報告書に書かれた群生地の場所もジールが以前行った場所と同じ場所であった。ただ採取する位置が良くなかったのだ。原生地が砂漠であるこの植物は水辺だと根の水分量が他より多くなってしまう。使う薬によっては十分な薬効が出なくなってしまう事があった。

 

 それをフリップに書き職員に見せれば、専門家を呼んで対処する時間が省けたと喜ばれたし、ジールも役に立てる事に不満はなかった。

 

 その後も、任務の難易度と報酬が釣り合って居ないと連絡してきたハンターから事情を聞いて、それを斡旋所に提言することもあった。

 

 以前から問題になっていたハンターからの報告書が雑すぎることに対して、報告書の形式を仕事の種類毎に分けて面倒臭がりでも最低限書けるように改良したりもした。

 

 この辺りから、ジールが事務仕事もできるハンターとして斡旋所の人達に認識され始める。

 勿論、本部に勤めている方々も仕事が出来る有能な人が多い。しかし、どうしても現場に行かない弊害はあるし、職員では出来ないこともあった。

 そこで目を付けられたのが、以前から丁寧な報告書を持ってくる麻袋の男だった。一言で言うならば“便利”それに尽きるだろう。

 

 彼に任せた方が何倍もスムーズにいくと判断されたもので、報告書を持ってくる時期と合うものがあればそのまま仕事としてジールに依頼されることが増えた。

 ジールの方も、最初は慣れている書類仕事で破格の給金が出ることを知って乗り気であったが、仕事の量は決して少ないものでは無い。予算案の確認まで依頼された時は流石にびっくりした。貸し出しの備品などハンター側の意見が聞きたかったようだが、その時のジールは会社勤めに戻った気分だった。

 

 という経緯で捕まったのだろうとジールは推測している。本人も仕事の多さに毎回内心でキレ散らかしているが、暫くすれば報酬の良さに釣られてひょろっと本部に行ってしまうのだ。

 

 今も、三日徹夜して書類を片付けたジールはこれ以上やらないと宣言して本部から逃げてきていた。

 ちなみに、職員の人達はジールに無理矢理仕事を押し付ける事はないのでそこまで急いで出てこなくても追加の仕事は来ない。

 

(あー、早くパリストン協会に来ないかなぁ。)

 

 ヨボヨボの足取りで空港に向かうジールは、さながらゾンビのようだった。

 

(臨時でこれだよ?あんな面倒臭いところを掌握できるパリストンニキ、ヤバいっす。)

 

 若干の徹夜テンションに入りながら、ミンボ共和国行きのチケットを購入したジールは、そのまま空港の屋上までやってきていた。

 

 点々と設置されているベンチに一人腰かけ、具だくさんのサンドイッチを袋の隙間からモグモグしている。

 離陸する飛行船をボーッと眺めながら、噛みきれずについてくる具を食べていれば、手元には具がないパンだけが残っていた。

 

(まあ、とりあえず暫く仕事は入れてないし、ひー君の足取りを追うのには丁度いいタイミングだ。)

 

 何時までも疲れた気分ではいられないと気合いを入れ直す。

 そして、ジールが残ったパンをどうしようかと、手で持て余していた時のことだ。遠くから白い鳩が飛んできたかと思うと、そのままジールの座っているベンチの手すりに座ってきた。

 

『お久しぶりです!ジールさん!』

 

 クルッ、コキッと鳥らしい首の動きを見せながら挨拶してきたのはベレーくんの伝書鳩である。

 

「……ああ。」

 

『お元気そうで何よりです!』

 

 喜びを表現するように両羽を広げた鳩がどうやって喋っているのかは謎であるが、その体を包むオーラから念能力であることだけは分かる。

 

 ジールの数少ないお友達であるベレーくんはジールがハンター試験に合格したその翌年に、見事プロハンターになっていた。

 そして、薬草に詳しいという知り合いに念能力を教えられ、こうして鳩でよく会いに来てくれているのだ。ジールのひー君を探す旅でも、ひー君の目撃情報だったり、戦闘狂御用達の施設だったりと有能な情報屋としてジールを助けてくれていた。

 

「……やる。」

 

 友達との再会に浮かれているのか、ジールは手元に残ったパンをちぎり鳩に差し出していた。

 

『ありがとうございます!』

 

 そして、ジールが食べかけだったと気づいた時には半分以上のパンが無かった。人様のペットに食べかけを差し出すと無礼すぎでは?とジールは内心で慌てているようだ。

 ツンツンと掌に触れる嘴にむず痒さを感じながらも、ジールは話を振って誤魔化すことにした。

 

「……なにかあったか。」

 

 麻袋のせいで聞き取りづらい言葉でも、ベレーくんの鳩はしっかり答えてくれる。首を左右にクルックッ、と回しながらその嘴をパカリと開いた。

 

『そうなんです!実は弟さんの行方を知ってると僕の知り合いが言ってまして……』

 

(えっ、マジですか?)

 

『とりあえず、詳しい話をしたいのでミンボ共和国のロンマーノという街まで来てくれませんか?』

 

 クルッと首を傾げ、その黒い瞳で見上げられたジールは、事態の好転に喜びながらしっかりと頷いた。

 

「わかった、ありがとう。」

 

 それと同時に設置されているスピーカーから、飛行船乗り込み開始の放送が流れる。ジールは自身のチケットを確認しながら立ち上がると、鳩を指の腹で一撫でしてから歩き出した。

 

『では、また後で!』

 

「……ああ。」

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 ジールがやってきたのは石造りの塀が街を囲むヨーロピアンな場所であった。周辺には小麦畑が広がっており街を彩る旗や道端の大道芸がジールのオタク心をくすぐってくる。

 

(やばい、中世ヨーロッパ風っていうの?RPGに出てきそう。)

 

 街の入口に並んでいる露店をしみじみと観察し、カモられてパンを何個か購入したジールは、大通りをキョロキョロしながらベレーくんに言われた待ち合わせ場所に向かっていた。

 

(ここでかっこいい鎧とかあったら絶対買っちゃうね。魔法使いとか騎士がいたらサイン貰いたいくらいだわ。)

 

 目を引く大道芸に感動しながら、横道へ入ったジールは集合住宅のような木造アパートの合間を縫うように歩いていく。

 

(こう、雰囲気のある路地はラブコメが始まったりしそうだ。)

 

 僅かに入り込む光に当たってキラキラと踊る埃すら舞台を盛り上げるためのセットに見えてくる。そんな浮き足立っていたジールの歩みを止めたのは、ひとつの若い声だった。

 

「やあ!やっと会えたね運命の君!」

 

 ハツラツとしたそれは薄暗い路地では浮いているようにも思えたが、何処ぞのリア充が再会を喜んではしゃいでいるのだろうと、ジールは気にせず歩みを再開した。

 

「おっと、これは気づいてもらえていないの、か、な!」

 

 そんなジールの行く手を阻むように回り込んで来た人陰に、ジールはやっと声の主が自分に用があるのだと理解した。

 

 ローブにフードを被った人物を見て、すわ不審者かとブーメランを飛ばしながらもジールは今度こそ足を止める。

 

「君に会えるのを待っていたよ!ジール!」

 

 気づいてもらえたことを喜びながらフードをとったのは、金髪に赤いリップの似合う美女だった。その表情はまさに歓喜、笑みを見せながらゆっくりと近寄ってくる彼女はユーリン=ダッチその人だ。

 

「ああ!実際に見るとまさに別格だね。さあ私の家に行こうか。」

 

 急な美女の登場に混乱し、名前を呼ばれてさらに混乱し、極めつけに美女の家へ誘われたジールはまともな返事が出来る状態ではなかった。

 

「…………女性の家には行けない。」

 

 不審な部分もたくさんあるが、ジールがしっかり返せるのはそれくらいだった。初対面の相手にほいほい質問できるほどジールのコミュ力は高くない。

 

 手の平を見せキッパリと断られたユーリンは、びっくりしたように瞬きをし、それから面白そうに笑った。

 

「なるほど、君はフェミニストのようだ!そんなところも素敵だが着いてきて貰えないのは困るなぁ。」

 

 笑っていたかと思えば、ユーリンは芝居がかった動作で腕を組み考え込むような仕草を見せた。

 腕を組んだことで身体のラインが強調され、何処にとは言わないがジールの視線は釘付けだ。それでも開口一番に奥手なセリフを吐いた男は3秒と見つめる事は出来なかった。

 

 一瞬で目を逸らしたジールは伺うようにユーリンを見る、それと同時にユーリンが閃いたと手を叩けば彼女の周りには白い煙がボフンッと音を立てて出現した。

 

「これなら、着いてきてくれるだろう。」

 

 先程よりも明らかに低い声色にびっくりしているジールを置いて、白く充満していた煙が風に吹かれていく。

 そこに現れたのは、先程の美女を男にすればこうなるだろうと思えるようなイケメンが立っていった。

 

(なるほどぉ、不思議なラブコメが始まるかと思ったが違ったようだ。…………美女の時に着いていけば良かった、イケメン滅びろ。)

 

 特にイケメンを恨んでいる訳では無いが、もはや様式美といった形でジールは目の前の男を爆破させようとした。そして、美女の段階で頷かなかった自分を呪った。

 

「…………変われるのか。」

 

 しかし、口から出るのは在り来りな言葉だ。断りを入れたままのポーズで見届けていたジールは、ゆっくりその手を下ろそうとしたところで、そのまま目の前の男に手を掴まれた。

 

「もちろんだとも、安心してくれ。なんだったら確かめるかい?」

 

 掴まれた手が下の方に誘導されていく、確かめるの言葉の意味を理解したジールは慌ててその手を振り払った。

 

「なんだ男の方でも気を遣うのかい?これは堕とすのに時間がかかりそうだ。」

 

 内心で触りたくもないものをタッチするところだったと焦っていたジールは不穏な言葉も流すことにした。そして改めて手を掴まれたジールは、引かれるままにユーリンの後をついて行く。

 

 何故振り払わないのか、直後に名乗られた名前と、ベレーくんから教えてもらった知り合いの名が同じだったからだ。

 

(……この人とベレーくんが知り合いだとは、世の中分からないな。)

 

 怒涛の展開に追いついた時、ジールは遠くを見つめながら人間関係の深さに打ちのめされていた。

 

 

 

 

「さあ、私の家だティリーも中で待っているよ。」

 

 立ち並ぶボロいアパートの一棟、その外階段を上ったところにあったのはひとつの扉だった。ドアノブに手をかけたユーリンが戸を引けばそのまま中が見えてくる。

 

 あちこちに積まれた本や書類、壁にかかっている薬草や不思議な生き物の瓶詰めと極めつけに置かれた大釜を見て、ジールは息を飲んだ。

 

(ここ、魔女の家だ。)

 

 色紙を用意してサイン貰わなきゃ、とジールは先程まで不審者扱いしていたユーリンに対してくるっくるに手のひらを返していた。

 

「ちょっと、まだ散らかってるけどティリーが片付けてくれたし多分通れると思うよ。」

 

 立ち止まったままのジールを見て勘違いしたユーリンは物と物の隙間を指さしながら通れる所を教えてくれる。その言葉にも頷きながら、ジールはくるりと自身より背が高くなっているユーリンを見上げた。

 

「………………魔法使いか?」

 

 麻袋で見えないが、心做しか目が輝いているように見えた。さっきまで嫌々で着いてきていたとは思えない変わりようを見てユーリンは大層喜んだ。

 

「そうさ!私は偉大なる天才魔術士、ユーリン=ダッチだ。気軽に呼んでくれて構わないぞ。」

 

 ふふん、と自慢げに語られた肩書きにジールのテンションはマックスである。もう色紙じゃなくてもいいと、白いシャツを取り出そうとしたところでそのサイン会は止められた。

 

「もう、ご主人はジールさんを早く中に入れてあげてください。」

 

 中から声をかけてきたのは、木箱に薬草を詰めて運んでいるベレーくんだ。慣れたようにモノの間を通ってくるベレーくんを見つけたジールは、鞄の中を漁るのを止めて嬉しそうにベレーくんの元へ寄った。

 

「……久しぶりだ。」

 

「はい!こうして顔を合わせるのは試験の時以来ですね、僕も会えて嬉しいです。」

 

 木箱を端に置きパタパタと駆け寄ってきたかと思えば、そのまんまるの目を細めて笑いかけてくれる。ここ暫くヤバい人達としか会っていなかったジールにとって、ベレーくんは完全に癒しとなっていた。

 

「そこに座っていて下さい。今お茶を出しますから!」

 

 一部分だけやけに片付いているテーブルに案内され、お菓子の盛り合わせだと出されたトレーには、しょっぱいものから、甘いものまでバランス良く盛り付けられていた。

 

「ティリー、私もお願いするよ。」

 

「わかりましたー!」

 

 ベレーくんにすっかり気を取られ半ば存在を忘れられていたユーリンも後ろからやってくると、力業で適当なスペースを作り出し席に着いた。

 

「……邪魔をする。」

 

 茶を入れる腕も確かなベレーくんは、ミルクを添えてジールの前に香りのいい紅茶を出す。それに礼を言って口の中を潤すと、ジールは家主へ今更ながに挨拶をした。

 

「……ここに弟が来ていたと聞いた。」

 

 そして、ジールが単刀直入に用件を言うが、客人用に出された菓子をつまみながら楽しそうにジールを見ているユーリンは、聞かれた言葉にはまともに返そうとしない。

 

「やはり運命の君は違うな!あの時感じたものは間違いでは無かった。」

 

 感慨深げに頷くユーリンに、ジールは困ったように眉を下げベレーくんの方を向いた。

 

「ご主人はこの通り会話が飛ぶことがよくあるんです。本人的には繋げているつもりらしいんですが……、ご主人、待っていたんでしょう?しっかりお話しないと帰られてしまいますよ!」

 

 菓子の乗ったトレーをユーリンから引き剥がしつつ、ベレーくんが注意をすれば自分の世界から帰ってきたらしい。低い音で咳払いをしたユーリンは、珍しくも説明するつもりのようだった。

 

「少年のことだろう?会ったさ、短い間だったが…二ヶ月くらい居たかな。面白い子だったぞ!」

 

 その頃を思い出しているのか、目を細めたユーリンは愉快といった様子を隠すことも無く話を続ける。

 

「トランプの扱いも達者であったし、センスも良かったが、私が気になったのは持っていた手紙さ。あれ、君のだろう?」

 

 手紙と言われ心当たりのあるジールは思わず目の前の人物を注視する。ベレーくんが言っていた念を教えれくれた薬草好きは彼?彼女?の事だったかと理解したところで、ジールは新たに疑問が出てきた。

 そして、言葉を数回選び直してからやっとの思いで口を開く。

 

「……何故、伝えなかった。」

 

 メッセージに気づいたのなら、何故内容をひー君に伝えなかったのか、その段階では弟が念に目覚めていなかったのか。純粋な疑問として訪ねたジールは、ユーリンの回答を待った。

 

「伝える?あぁ、私は実物を見た訳では無いからな。その言い方だとメッセージでも書いてあったのか……うーん、やっぱり見せてもらえば良かったよ。少年は宝物だと言って中身を見せてくれなかったからな!」

 

 

 そのユーリンの言い方だと、まるで封の上からオーラに気づいたように聞こえる。確かにジールは隠が苦手だが、紙を挟んで滲み出るほど下手ではない。

 驚いたように固まるジールを気にすることなくユーリンは言葉を続けた。

 

「なんで気づいたのか不思議かい?……私はね、目がとても良いんだよ。何でも見える、世界の隅も心の内も何もかも!と自称しているのさ、勿論オーラもよく見える。ジール、私は君のオーラが好きなんだ。」

 

 ひー君の話をしていたはずだが、いつの間にか告白タイムが始まっていた。この後はどうなるのかとベレーくんを見てみれば、いつもよりは保ったかと真顔で頷いている。

 

「よく見える弊害かな、特に人から出てるオーラはこの目に痛すぎるのさ!だが、少年に会った時は驚いたよ。彼のオーラも大層いいものであったが、持ち物に美しいオーラがあるのを見つけてね、しかもそれを施した者は遠く離れているという、なにがなんでも会いたいと思って一計謀らせてもらった!」

 

 

 つまり、オーラもよく見える目にはジールのオーラがとてもいい物に見えたと。褒められたジールは嬉しく思ったが最後の言葉は聞き逃せない。

 

「少年にも言ってしまったからな“会えたらよろしく言っておこう”とね。いやー、会えて良かったよ!」

 

 どうやらジールは呼ばれるべくしてここに来たようだが、何故こんなにも期間が空いたのだろうか。ベレーくんとも知り合いならば、試験後に呼ぶことも出来ただろう。

 

 

「ん?何で今なのかと思っているようだね。簡単な事さ、少年は気まぐれだからね私がオススメしたとしても行ってくれるのは何時になるのか分からないぞ!」

 

「最近、ご主人の知り合いがヒソカさんを案内したと知らせてくれまして居場所がわかったんです。」

 

 

 話が浮きはじめたからか、ベレーくんが補足を入れてくれる。ジールはひー君の居場所が分かるという言葉を聞いて腰を上げた。

 

「落ち着きたまえ!もちろん運命の君には協力したいが……ギブアンドテイクといこうじゃないか。」

 

 私は長生きだが、未だ欲が枯れたことはないぞと胸を張っているユーリンに対してジールは緊張気味だった。今までの会話から相手が飛んだ思考をしていることはわかった、要求されるのは金か、希品か固唾を飲んでユーリンを見る。

 

 

「ぜひ、君の素のオーラを見せてくれたまえ!」

 

 

 身構えていたジールは思わずこけそうになった。正直、それで教えて貰えるのならいくらでも見せるだろう。ジールが本当にそれでいいのかと念を押してもユーリンは早く見たいと急かすだけだった。

 

 ベレーくんからも、それでお願いしたいと言われてしまえばジールは偽装していたオーラの流れを戻すしかない。

 

 瞬きをするように一瞬で切り替わったオーラは、浜辺の波のような荒々しさから、研磨された湖面のように穏やかなものに変わった。

 

 目の前で見せられた待望のそれに、ユーリンは先程までの騒がしさはどこに置いてきたのかと言わんばかりに黙っていた。

 隣で見ていたベレーくんも、想像を超えたそれに開いた口が塞がらないようだ。

 

 それを見て、ジールは少し気まずさを感じていた。初めてオーラを見たイルイルには気持ち悪いと切り捨てられたし、この前出会ったさっくんには事細かにジールのオーラがどうなっているのかを解説された。

 それを聞いたジールは、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きだと結論付けたのだ。つまり自身のオーラの評価は微妙だと思っている。

 

「……もういいか。」

 

 部屋の空気に耐えられなくなったジールは、オーラを一般人のそれに戻す。ついでに気まずそうにオーラを揺らしておいた。

 

「……良い、素晴らしい!これ程とは!」

 

 偽装後に戻ったことでやっと正気になったらしい、ユーリンは興奮気味にジールへと近づいた。

 白馬の王子様のような綺麗な顔面をしているが、その表情は頂けない、鼻息を荒くして寄ってきたその目は蛇のように黒目が絞られ縦長になっている。

 

(…………この人の影響でひー君が変態になってたらどうしよう。)

 

 中々に失礼なことを考えているが、ユーリンはそう簡単に興奮しないためヒソカの前でこういったリアクションはして無い。

 それにジールの弟は元々素質があるタイプだ、影響を受けていなくてものびのびと育っていくだろう。

 

「感動したよ!君のそれが見られるのなら何でもしよう、さぁ望みはなんだい?」

 

「……あの、ひー君のばしょ」

 

「凄かったです、流石ジールさんですね!僕ももっと修行しますね!」

 

 喜んで貰えるのは嬉しいが、ジールはひー君の場所が分かればそれでいいのだ。早く教えて貰えないかと声を振り絞るがいつもより声の大きいベレーくんに遮られてしまう。

 これは無理だと悟ったジールは二人が落ち着くまでちびちびと紅茶を飲みながら待つことにした。

 

「いやー、こんなにはしゃいだのは何年ぶりだ?これであと百年は生きていけるね。」

 

「すみませんジールさん、はしゃいでしまって。」

 

 やっと話が聞けるようになったのは空が茜色に染まる時間帯であった。申し訳なさそうに謝るベレーくんと、全く気にしないユーリンの対比によく友人になったものだとジールは感心すらしていた。

 

「……気に入ったのなら良かった。」

 

 当たり障りのないように、ベレーくんにも気にするなと伝える。その間に、ユーリンは紙とペンを引っ張り出しゴリゴリと何やら書き込んでいた。渡されたそれには汚い字で、住所らしきものが書かれている。

 見た目によらず大雑把な字を書くものだと意外に思ったところで部屋の様子を思い出したジールは納得した。

 

「……これが。」

 

「そう!私の部下がね、仕事のついでに案内をしてくれたから確実にその近くにいるはずだよ。まぁ少年がそこに行ったのは一週間くらい前だけど。」

 

 ペン先で紙を指しながら、何ともないように言われた言葉にジールはギョッとした。過去数回のニアミスをしてきた経験から、一週間前の目撃情報がかなり際どいものだと認識している。

 

(やばいやばい、早く行かなきゃ!またすれ違っちゃうよ。)

 

 急に立ち上がったジールに他の二人は何事かと麻袋を見上げる。視線を受けたジールは足元の鞄を拾い上げながら、早口で捲し立てた。

 

「情報提供感謝する。色々と不穏な言葉も聞こえたが、弟を見つけるのに忙しい。本日はこれで失礼するぞ。後日、お礼の品と共に真偽の程を追求させてもらう。」

 

 なりふり構わなければ、多少は口も回るようだ。数分後に自身の発言に反省会を開き、うじうじと落ち込むことさえ除けばまともに喋れると言ってもいいだろう。

 

 ビシッと90度に頭を下げたジールは、そのまま足早に去っていく。ベレーくんの見送りの言葉には手を振ることで返事をし、ユーリンの再開を喜ぶ声には迷った挙句返答をせずに扉を出た。

 

 路地裏を駆けていくジールはいつものように天使であったベレーくんを思い出しニコニコである。ユーリンのこともひー君をしばらく世話してくれていたのだから悪い人では無いだろうと思っているが、多少の苦手意識……というよりは、あのイベントが美女の状態で起きなかったことに血涙を流していた。

 まあ、美女に迫られればまともに動けないジールにとっては男の方がよかったのだろう。

 

 しばらくして携帯に送られてきたメールには、一番早い飛行船の出発時刻が書かれていた。ベレーくんの有能さに心を打たれながらバスに乗り込んだジールは思い出す。

 

(あっ、サイン貰うの忘れてた。)

 

 言動が怪しかろうと、魔術士のサインは別らしいジールは車内で落ち込んだままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

 ジールは、グラムガスランドに到着したところで高いところから街全体を見下ろしていた。賑やかで物が多いこの街は人を探すのに向いていない。

 

 到着した時にはひー君が好きそうだなと軽い感想を抱いていたジールも、中に入ってからは想像以上に多い遮蔽物に探し方を切り替えることを余儀なくされていた。

 

 見下ろすといっても実際に肉眼で探している訳ではない、先日作った発の性質上、自身のオーラの場所に敏感なジールはそれを利用して手紙の場所を探しているのだ。

 

(渡してて良かったくも〇式、……お願いだから持っててくれよ!)

 

 引き止めるのに役立てばと思っていたが、まさかこんな風に役に立つとは思っていなかったジールは、それでも見つかる気配のない様に焦りを感じていた。

 

 何度か場所を変えて探って見るも、なんちゃってレーダーに反応は無くジールは捜索場所を街の外へと変えていく。

 

 走りながら周囲を探り、そろそろ体力の限界になりそうだといったところで離れた場所に自身のオーラの反応があった。

 

(……廃屋の方か。)

 

 息を切らしながら、崩れた建物に近づいていく。

 ジールは麻袋を被っていて気づかれなかったなどという悲劇を回避するためにサングラスに変えていたが、それすらも邪魔に思えてくる。

 

 走った後だからか、ドクドクとうるさい心臓をなだめようと立ち止まったところで建物の中から人が出てきた。

 先程の街でよく見かけた舞台衣装を着ている人物の髪色は赤いように見える。それを確かめるためにサングラスを外したところで、ジールの目には笑顔のヒソカが映り込んできた。

 

 小さい頃に抱きついて来たように、嬉しそうにしているヒソカを見てジールも思わず手を広げて待ち構える。

 ジールは勢いよく飛び込まれたことで僅かに息を詰まらせたが、グリグリと肩口に顔を埋めるヒソカを見て懐かしさや嬉しさが湧き上がってきた。

 

 宥めるように背を叩けば、それに気づいたヒソカは顔を上げる。大きく成長したのだろうとその顔を覗き込んだところでジールはちょっと固まった。

 

(まあ、あの街を満喫しただけかも知れないし。)

 

「やっと会えたね、兄さん♥」

 

 背を叩く手も止まった。

 

(聞き間違いかも知れないし。)

 

「どうしたんだい?兄さん♦」

 

(……なるほどこれは現実らしい。ペイントされている弟の顔も、怪しげに揺れているオーラも、バッチリ聞こえる語尾のマークも。全部目の前にありますよってか?……オーケーわかった。)

 

「………………会えて、嬉しいぞ。」

 

(とりあえず、話し合いといこうじゃないか。)

 

 自分がどんな表情をしているかなんて、全くもってわからないがきっとスーパーに並ぶ魚のような目をしているんだろう。

 

 

 

 ひー君が居座っていたと案内された廃屋には、少ない荷物と食べかけのご飯が置かれていた。

 

「……途中だったか。」

 

「そうだよ♠」

 

 返される言葉のひとつひとつに渋い顔をしそうになるが、ジールの表情筋は仕事をしないらしい。傍から見れば、普段と変わった様子も見せずにひー君と話しているように見える。

 

 ジールはどこに座ってもらおうかと悩んでいるひー君を眺めながらボソリと声を掛ける。

 

「……座ろう。」

 

 適当な所に腰をかけ、隣を指させばひー君は素直に横に座る。その表情も久しぶりに会えたことを喜んでいるのか、終始ニコニコしたままであった。

 

「何があったのか聞きたい。」

 

 そう言って切り出せば、ひー君はきょとんとした後に何故そんなことを聞くのかと不思議そうに見てきた。

 しかしジールにとっては重要事項である。頭の痛い話だが、離れている間に弟がどうなってしまったのか経緯を聞いて判断しようとしたのだ。

 

「別にいいけど……、えーと兄さんが死んだと思った後に旅を続けたかな♦」

 

 いきなり申し訳なさMAXの話題がきた。ジールは息絶えだえになりながらも気になることを聞く。

 

「……その前は、」

 

「前?あぁ、兄さんから手紙が来たね♥嬉しかったよ♠凄いよねあの裏に――」

 

 話が怪しい方へそれかけたところで、ジールは言葉を遮った。ジールが聞きたいのは、どういう生活をしていたかなのだ。

 

「うーん色々遊んでもらって……、あっ知ってた?組手のこと戦闘って言うらしいよ♦」

 

 新しいことを披露してくれたひー君はとても楽しそうだった。

 可愛く見えたひー君の頭を撫でつつ、ジールは顎に手をやって考え込む。

 他にも幾つか質問してみたが、ひー君はどれも覚えている範囲で全て答えてくれる。

 

(こちらの質問に答えてくれるってことは、素直なままか?でも、興味無いことを忘れているっぽいしある程度は変わってるのか?……なら、)

 

「……戦うのは楽しいか。」

 

 過去の話を聞いても、あまり内容が出てこないと悟ったジールは思い切ってぶっ込んだ。

 小さい頃も組手は好きだったが今もそれを純粋に楽しんでいるのかが重要だ、とジールはこっそり緊張しながらひー君の言葉を待つ。

 

「たまらないよね♥」

 

(アウトーーーー!!!!)

 

 多少はっちゃけてるだけならまだ希望はあったが、台詞とともに揺れたオーラの動きはガチだった。

 なんなら、質問が何かの琴線に触れたのかひー君がさっきとは異なる視線をジールに投げてきた。

 

 

 それに気づいたジールは内心悲鳴を上げながらも、ひー君の額を軽く叩くことでその膨張するオーラを止める。

 

「……まあ、元気そうで何よりだ。」

 

 苦し紛れの一言だった。

 何事もなかったかのように、ひー君の無事を喜ぶその言葉はジールの嘘偽りない本心ではあったが他に考えていることが無いとは言わない。

 

 ひー君と再会してからと言うもの、ジールの心の声は途絶えることなく喋り続けている。

 

(お疲れ様でした!ありがとうございました!……待って?いや待たれてももう同じなんだけども、言ってて泣けてきた。決定ですかね、楽しそうですね、どうやら見た目だけじゃなく中身もすくすくと育っていらっしゃるようで!ほんと、元気なのは安心したけど、元気すぎるのも不味いというか、アソコがお元気とかふざけてる場合じゃなくてね!もうほんと悲しい思いをさせたのはすまんかった。あれ、悲しんでくれたんだよね?そういえば言われてないな自意識過剰か?首吊る?まぁ待て落ち着こう、落ち着いてるんだって、つまりひー君は戦いの楽しさに目覚めて、楽しい日々を送っていたようだ。楽しかったのはいいけども、一般人はどうなの?約束はたまに守ってたとかいう不安な言葉は何なんですか。ひー君嘘つくの上手すぎて分からないよ!こちとら対人スキルねーからな!……まあ、僅かなオタク心が念を習得しちゃったひー君に喜んでるのも事実ですしお寿司、ほんと現金なやつですね!弟の成長も、生バンジーガム(多分)も嬉しいから仕方ないね!でも複雑!!会えて嬉しいって全面に出してくるひー君が可愛く見えて複雑!さっきあんなに変態チックだったのに、絶対お兄ちゃんフィルターかかってるよ!これ外せないかな!?――)

 

 ひー君と話しながら、こうして叫び続けるのはある意味器用だと言えよう。過去一番の混乱を見せているジールだが、叫んでる内容は至ってシンプルだ。

 

(変態になった弟は普通に嫌だけど、ちょっと可愛いところがあるのが憎い!)

 

 再会してからも、口には出さないがひー君と呼び続けている時点で可愛がっているのは明白だ。ヒソカに本当に可愛い部分があるのかはさておき、ひとまずジールは用事を済ませることにした。

 

「……誕生日の回数。」

 

 ジールに叩かれたところを、撫でていたひー君はその言葉を聞いて目をキラキラと輝かせる。

 

「5回かな♠」

 

 実際の実力は試さないと分からないだろう、と考察の一貫だなんだと理由を付けているが、純粋な興味が大きいのは事実だ。

 それに期待するようにこちらを見てくるひー君を見て、ジールも久しぶりに笑った。

 

 

 

 

「埋め合わせはすると言っただろう。……外に出ろ。」

 

 親指で廃屋の外を示すと同時に、オーラを切り替えれば今までとは違った笑みを浮かべてひー君も着いてくる。

 

 

 

「最高だよ♣兄さん♥」

 

 

 

 

 




次回は戦闘からです。ジールの発も登場します。

いつも読んで下さりありがとうございます。


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疲労した。

今回は戦闘パートから始まります。

よろしくお願いします。


 

 賑やかな街から離れた場所には、開拓者が泊まっていた宿が多く残っている。しかし時間と共に使われなくなったそれらは、今では廃墟と化しめったに人が近づかない区域となっていた。

 

 コンクリートの壁が壊れ、道路に瓦礫が多く転がっている場所は車が通るにも向いていない。廃れたその場所を好んで使うものなど余程の物好きか、後暗い事のある者くらいであった。

 

 そして、そんな物好きが廃屋に居座り始めてから七日目の朝。道路の整地もそろそろ終わりがみえてきている。

 

 ここ数日はジールとヒソカが戦闘を行っていたせいで周りの瓦礫が砕かれ、周囲の建造物の破壊が進み道が大幅に広げられていたのだ。

 

 その道の近くには道路工事をした件の二人が廃屋に泊まっていた。

 まだ止められていなかった水道を使い、顔を洗ってきたジールとヒソカはそれぞれの朝食を食べ終え、そのまま慣れたように廃屋から出てくる。

 

「…………今日は今年の分だ。」

 

「わかってるよ♣︎これでラストなのは寂しいけど、一番楽しみにしてたんだ♥」

 

 誕生日一回につき、一日戦闘ができる方式のプレゼントはたまの休日を挟みながら一週間かけて行われてきた。

 

 やる日にちを決めるのはジール、当日の終了を宣言するのはヒソカとなっている。ルールは以前と同じ何でもありの組手に一つだけ条件を加えたものだ。

 

 “念能力の使用は練までとする。”

 

 これを言い出したのはジールだった。

 発を許可した場合組手なんて生易しいものでは無くなると、以前さっくんという知り合いと戦った時に身をもって経験したジールは何とか条件をごり押したのだ。

 しかし、ヒソカが我慢しきれるわけも無いので鬱憤の調整と実力の調査も兼ねて最終日のみの解禁となった。

 

 そして自ら本気の戦闘を許可したジールの心境が落ち着いているはずもなく、朝は歯磨き粉で顔を洗っていた。

 

(あばばばば、ぶっちゃけめっちゃテンション上がってるけど、ひー君にお兄ちゃんの発つまらないとか言われたら泣くからな。)

 

 よーし、お兄ちゃん取り扱い説明書を発行しよう。などとふざけながらジールは昨日も来ていた更地に立つ。

 そして10mほど離れたところにはヒソカがオーラを練りながら構えていた。

 

「…………いいぞ。」

 

 しかしどんなにふざけていてもジールは自分が負ける可能性を考えることは無い。

 そのまま冷静に相手を見ながら開始の合図を出した。ここからは、お互いが好きなタイミングで攻撃を仕掛けるのだ。

 

 数秒の間の後、ヒソカは地面を強く蹴り一直線にジールへ迫ってくる。昨日までは、そのままジールにいなされ遠くまで蹴り飛ばされていたが今日は違った。

 容赦なく叩き込まれたジールの靴をオーラで覆い衝撃を吸収しようとしたのだ。しかしオーラの移動がまだ甘いヒソカは踏ん張りが足りず後方へ飛んでいってしまう。

 

 まだまだかと、ジールがヒソカを見た時その口元は楽しそうに歪んでいた。

 蹴りを入れた自身の靴を見れば未だオーラが剥がれていないことに気づく。そうしてジールが視線をそらした瞬間、ヒソカはゴムのようにオーラを引っ張りジールの体勢を崩そうと仕掛けてきた。

 

 足元から勢いよく引っ張られる感覚に、ジールは逆らうこと無く重心をズラす。

 想定より軽い感触にヒソカが驚いている間に空中で体勢を整えたジールは、ガムの着いていない方の膝を顔面に叩き込むようにヒソカへ迫った。

 

 ゴムの勢いが加わり、風を切るように眼前へ現れる攻撃をヒソカはオーラを増やした左手で何とか受け止めた。破裂するような鈍い音を鳴らして止まった足にジールは残念そうにしながらヒソカを振り払い距離をとる。

 

 ヒソカの流は、ジールとの組手が始まってから凄まじい勢いで上達していた。二日目にわざわざジールがオーラの攻防力について教えたのもあるが、元々輝くセンスと最高の手本があったのだ、ヒソカが流をものにするのに時間はかからなかった。

 

「……………それが発か。」

 

 一息つくようにこぼされた言葉に、ヒソカはニコニコで答える。

 

「そう伸縮自在の愛(バンジーガム)っていうんだ♦」

 

 わざわざオーラを分かりやすく変化させて見せてくるのはただの親切心か、それとも――

 

(それとも、もう一つを隠したいからかな?まあとりあえずは生バンジーガムありがとうございまーす!!)

 

 表情は至って真剣だ。お兄ちゃんとして負けるわけにはいかないし、負けるつもりもなかった。

 

「兄さんのも気になるな♠」

 

 台詞とともに接近してきたヒソカは、そのまま鳩尾を狙って拳を振るう。それを弾いたジールは戯れのように繰り出される足や手を防ぎながらも挑発するように言葉を返した。

 

「…………引き出せたら見せてやる。」

 

 足払いを掛けながら下方から拳を振り上げたジールはアドレナリンが大量に出ているのか、いつもより口数も多い。

 

 ジールのパンチを避けるために後ろへ飛んだヒソカは体勢を整えトランプを取り出してパチンとウィンクを飛ばしてみせた。

 

「まかせて♣︎」

 

 相手の攻撃の中に切断が加わったジールは、一層気を使いながらヒソカの隙をついていく。

 トランプを持った腕が大ぶりで振られ、空いた胴体を狙えば手元から離れたカードがジールに向かって飛んでくる。避けられないことを察したジールは二の腕を犠牲にしながらも、そのままヒソカの服を掴みぶん投げた。

 

 外見上は淡々と突き刺さったトランプを引き抜いたジールがオーラで止血を済ませれば、崩れた瓦礫の中からヒソカが出てきた。

 

(いやー強くなっちゃって、これでもお兄ちゃんの威厳を守るのに必死なのよ…………いやまじで。)

 

「やっぱり、兄さんとヤるのは楽しいなぁ♥」

 

 その言葉にヒソカの方を見たジールはヒソカのオーラが嫌な方へ変わったことに気づいてしまった。

 しかし、ヒソカを相手にしてわかりやすい隙を見せるわけにはいかない。

 珍しく自分から仕掛けたジールは蹴りのフェイントを入れながら顔を近づけた、ひっかけに気づいたヒソカも攻撃以外が来たことに驚いたのだろう。ジールは固まったヒソカの頭を軽く叩いた。

 

「……引っ込めろ。」

 

 それだけ言うと、後ろへ距離を取るように飛んだジールが満足そうに頷いた。

 

 呆気にとられていたヒソカは、ひとつ深く頷いた兄をみて不思議そうにしながらも攻撃を再開する。

 

 それぞれの四肢がぶつかり合う音が響く、実力が拮抗している二人の組手はなかなか決着がつかなかった。

 

 ヒソカはその実戦経験の豊富さと戦闘センスによって技術を磨いてきたが、何より兄に勝るのは攻撃の組み立ての上手さである。フェイクを混ぜるのは勿論のこと対人戦に特化した肉体は攻撃のバリエーションを増やしていた。

 一方で、ジールは先に念能力に目覚めたアドバンテージがある。いくつかの項目は追いつかれてきているがオーラ操作に関してはこちらに一日の長がある。また、対人戦の経験はヒソカに負けるがハンターの仕事で体を扱うのには慣れているため、安定した戦いが出来ている。

 

 互いにボロボロになりながらも、勝負において遠慮をするタイプでは無い二人は昼食のことも忘れ組手に励んでいた。

 

 そして、攻防を繰り返しているうちに戦う場所は室内に移っていった。攻撃を避けたヒソカが大きめの窓から中に落ち、それをすかさず追ったジールが渾身の一撃を避けられたことで自身が誘い込まれたことに気づく。

 

「…………来い。」

 

「じゃあ♣︎遠慮なく♥」

 

 周囲を警戒しながらヒソカを睨んでいたジールは、四方の壁の半分が念によって作られたものだと気づいた。

 

(ドッキリテクスチャーか?)

 

 しかし、仕掛けに気づいたところでトラップは発動しており手遅れだった。

 壁を透過するように抜けてきたコンクリートの瓦礫が八方から飛んできている。どうやって飛ばしたのか、タネを知っているジールには想像できる範囲のものだが、知っていたとして避けられるかは別物だ。

 

 回避が間に合わないと判断したジールは、瞬時にオーラ量を増加させた。今までは戦闘に必要な分を最低限で効率よく回していたが、ここにきて別の姿を見せたのだ。

 それに気づいたヒソカは期待するように目を見開き一片たりとも見逃すまいとジールを凝視する。

 

 一瞬のうちに体を覆うオーラを分厚くさせたジールに向って複数の瓦礫が迫った。あわやその体が潰されるかと思ったところで、その瓦礫達は全て空中に停止したのだ。

 

 受け止め切れるはずもないそれらは、ジールにダメージを与えることなくその場に留まっていた。

 焦ることなくそれを確認したジールは、実体化させたオーラで瓦礫を全て打ち砕いた。バラバラになったそれは音を立てて地面へ落ちていく。

 

 トラップが完全に決まるとは思っていなかったが、こうも簡単に対処されるとも思っていなかった。

 しかし、ヒソカが一度仕掛けただけで満足するはずもない。

 

 落ち着き払ったジールを見据えながら、我慢しきれないといった風に2発目を発動させようとして――

 

 ―――不発に終わった。

 

 ジールとヒソカ、そしてトランプに仕掛けたそれはいくらやっても動かない。

 

「待って、ボクも動けないんだけど♠」

 

 トラップを切り捨て、肉弾戦に戻ろうとしたところでヒソカは自分が一歩も動けないどころか、指一本動かせないことに気がついた。

 

 その言葉を聞いたジールはイタズラを成功させたような愉快げな笑みを浮かべる、その表情はヒソカと兄弟と言われて納得出来てしまうくらいにはそっくりでだった。

 

好事家の写真(スケッチストッパー)は気に入ったか?」

 

 伸ばしたオーラでヒソカの肩を叩けば、勝負の決着を察したらしい。ヒソカは大層残念そうに、と言っても表情はあまり変わっていない状態で負けを宣言した。

 

 ジールが発を解けば、脱力するようにヒソカはしゃがみこむ。いわゆるヤンキー座りになったヒソカは腕の間に顔を埋めて拗ねているようだった。

 

「兄さんから一本も取れてないんだけど♠」

 

 くぐもったそれを聞いたジールは申し訳無さそうな表情をする……こともなく、内心でガッツポーズをかましていた。

 

(っいょしゃゃゃゃぁああ!!!勝てた!)

 

 ギリギリ年上としての体面を保っているジールは、座り込んだままのヒソカに近づき機嫌を直してもらおうとその腕を引っ張り上げた。

 

「…………。」

 

 気の利く言葉など思いつかないジールが黙り込んだままヒソカの顔を覗き込む。しかし、されるがままに立ち上がったヒソカは兄に体重を掛けながら視線を合わせるとニッコリ笑った。

 

「捕まえた♥」

 

「……、……終わったはずだが。」

 

 ジールが手元を見れば、二の腕を掴んでいる手の部分がオーラでガッツリ覆われている。

 

「組手は負けたけど、兄さんの発を聞くまでは離せないな♦」

 

 切り替えが早いのかすっかりご機嫌な様子のヒソカを見て、その意図を察したジールは面倒臭いことになったとため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 ジール達は、寝泊まりしている廃屋に戻ってきていた。

 

 道中、相手の発は聞いては行けないものだと説得を試みたジールだったが、ヒソカは納得する素振りを見せなかったのだ。

 

『…………次の組手がつまらなくなるぞ。』

 

『なるの?兄さんが相手なのに?』

 

『……。』

 

 最終的にはヒソカに言い負かされる形で話し合いは終了した。ジールは自分がバレてもそこまで困らない能力だったこともあり諦めるのも早かった。

 結局、他の人には気安く尋ねないよう約束させ、ヒソカが自力で気づいたところまでを答え合わせする事になったのだ。

 

(つってもなぁ、答え合わせする程ネタも無いんだけど。)

 

 ジールは自身の周りを流れているオーラを見ながら、複雑な心境になっていた。

 

「ボクが見たのは飛んできた物を止めるところだね♥」

 

 言葉とともに投げられたトランプは、ジールのオーラに触れたところで止まる。殺傷力のあるものを投げられてギョッとしたジールだが、その意図を察して能力を発動させたのだ。

 

「あと、ボクも兄さんのそれで体の自由を奪われたよ♦」

 

(言い方……まぁ、間違っては無いけどさ。)

 

 お望み通りにヒソカの動きを止めてみせれば、待ってましたと言わんばかりの笑顔でヒソカがその腕に力を加えた。

 

「……無駄だ。」

 

「……やっぱり動きを止める能力なのかな?」

 

 そういってヒソカは自身の肩に付いているジールのオーラに視線を向ける。それを確認したジールは頷き言葉を付け足した。

 

「オーラに触れたものの位置座標を固定する。」

 

 そう、ジールの能力は至ってシンプルなものだった。あれこれと操作する対象をどうするのか悩んでいるうちにジールは閃いたのだ。

 

(ぶっちゃけ操作系の何が厄介かって、敵に操作されて自滅するより、体が動かなくなった時点で詰みなところだよな。)

 

 念能力者同士の戦いで体の自由が奪われることが致命傷になりかねないと考えたジールは、無理に操作するのを辞めて静止させることに注力した。

 元々複雑な構造をしている人間を自由に動かせる程のスペックをもっている操作系で、静止という条件だけに絞った能力は、絶大な効力を発揮した。

 

(手足がぐにゃぐにゃしている人間の操作が難しいことはPCゲームで知ってるんだ、それが出来る操作系先輩なら止めるなんて御茶の子さいさいだろ。)

 

 更に、静止させるのに使ったオーラの塊が時間経過と共に消滅していくように制約を付け、間違っても動かれないように保険をかける徹底ぶりだ。

 

「……止めるだけ?」

 

 能力が当たっていた事に喜びながらも、ヒソカは兄の発が想像を超えるような突飛なものでなかったことを意外に思った。

 

「……試せば分かる。」

 

 正直自分でも地味だと思っているが、兄としてもう少しかっこいいところは見せたかったジールは自身を蹴るように手で指示を出す。

 そしてそれを受けて立ち上がったヒソカは、躊躇うことなく側頭部に足を振った。ビュンと音を立てて蹴りかかってきた足だが、ジールのオーラに触れたところできっちり止まってしまう。

 

「基本、俺に攻撃は通らない。」

 

 言葉の通り、攻撃が当たった感触は全くない。

 

 そこでヒソカは自身の能力を思い出しぽつりと呟いた。

 

「ボクの発、相性最悪じゃないか♣︎」

 

 そう、ジールも発を作った時は意識していなかったが、後からヒソカの発が想定通りのものであれば自身の能力がかなり優位であることに気づいたのだ。

 基本ガムとゴムの性質で物を動かすヒソカにとってそれを止められるのは致命的である。それに、ジールに何かを仕掛けようとバンジーガムを付ければ、オーラに触れた判定となりヒソカ自身が動けなくなってしまう。

 

 その可能性まで気づいたのかは定かでは無いが、流石に意地悪過ぎたかと気まずそうにジールがヒソカを見上げれば、その表情は言葉とは裏腹にワクワクとしたものだった。

 

「いいね♦流石兄さんだ♥」

 

 これは次の組手の予定が早まったなとジールが悟ったところで、座り直したヒソカが訪ねてくる。

 

「それで、他に何を隠してるの♠」

 

 そぶりを見せたつもりは無いが、どうやら隠していることはバレているようだ。

 

(うーん、どれだろう?個人的な趣味で作っちゃった切り札のことか?それとも……更に地味だと言われかねない制約のことだろうか?)

 

「……当てたら答える。」

 

 内心冷や汗をかきながら誤魔化したジールは、これ以上喋らないという意志を込めてコーヒーに口を付ける。

 ヒソカもそこまでこだわっているわけではないようであっさりと引き下がり、ジールのオーラを突き始めた。どうやら自分の体が勝手に止まるのが面白いらしく、触って、静止して解除されるループを楽しんでいた。

 

 能力がオート稼働でないジールは、一々ヒソカの動きに付き合いながら追求されなかったことに内心ホッと息を吐く。

 

(いやぁ、問い詰められなくて助かった…。けどまぁ直ぐにバレそうな気もするけどね。だって能力を使ってる間は俺も移動出来ないなんて間抜け過ぎない?)

 

 取り決めた制約の二つ目には、発動中に一歩でも動くと能力が解除されるというものがあった。

 かなり重めの制約をつけようとして思い付いてしまったのだ。10tトラックでぶつかられても止められるように効果にバフをかけようとしたのもあるが、切り札で用意したものがトラブルによって法外なものになってしまったため釣り合いを取ろうとしたのがきっかけだった。

 

 結果、自分と相手が一歩も動かない間抜けな戦闘となったのだ。

 

(まあ、俺は歩け無いだけでオーラも腕も動かせるからあんまり困らないけど。)

 

 オーラ操作を頑張ってきたのがここで報われたと、閃いたときにははしゃぎまわったものだ。ジールは空になったマグカップを横に置いたところでそろそろ鬱陶しくなってきたヒソカの手を払い落とした。

 

「……やめろ。」

 

 手持ち無沙汰らしいヒソカは頬を膨らませて、代わりのものをよこせと目線で訴えてくる。

 

 室内にいるはずなのにばっちり見える空を見上げながら、ジールは鞄の中から適当に知恵の輪をヒソカへ渡した。

 

 ヒソカと再会し、埋め合わせも終わらせたジールはどうやら次の予定を考えているようだった。

 チラリとつまらなそうに知恵の輪をやっているヒソカを見ながら年末に控えたビックイベントの為に効率よく稼ぐ方法を検討していた。

 

(キャピキャピなひー君のままだったら、変態化しないように情操教育でもしようかと思ったけど……出来上がっちゃってるし。)

 

 ジールは基本的、事前に防ぐことを想定して小さい頃からヒソカに物事を教えていたが、どこかの針使いのように意志を歪めてまで関与するつもりは無かった。

 

(まあ、俺が会うイルイルは頑張ってお兄ちゃんやろうとしてるヤンデレ入りの張り切りボーイって感じだけど。)

 

 つまり、変わってしまったヒソカからわざわざ好きな物を取り上げたり矯正するつもりは無いのだ。

 もちろん、人様の迷惑になる事は注意するがそれ以外は放置するスタイルだった。と言うのもジールの根本的な性質が影響している。

 

(俺も本を取り上げられたら全力で駄々を捏ねる自信しかないし、なんならグレるからな。)

 

 ということで、ジールとしてはクレームさえ入らなければ自由にやってもらおうという方針に落ち着いた。

 

「……よし、買い物に行こう。」

 

 そして色々考えた末、稼ぎに行くためにもヒソカの身の回りを整えようと決心したジールは買い出しに行くことにした。

 太陽の位置からまだ時間が残っていると確認したジールはヒソカに声をかけ、荷物をまとめ始める。

 

 誘われたと判断したヒソカは、更に絡まった知恵の輪を持ち主に投げ返しさっさと自分の鞄を取りに行く。

 

「何を買いに行くの?」

 

「……ひー君の携帯。」

 

「丈夫なやつがいいな♦」

 

 近くのバス停に向かう中で、交わされた会話にジールは首を傾げながらヒソカを見る。

 その顔は声のトーンに似合わず真剣なものだった。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 ジールの趣味と実益を兼ねた選択により、携帯を購入する場所はヨークシンシティーにあるケータイショップとなった。

 

 何本かの電車を乗り継ぎ南下してきた大陸の中心には、ガラスを多用した現代的な建築が多く並んでおり人々もスーツを着た人や、洋装といった服の人が多く歩いている。

 

 普段、麻袋で生活しているジールにとって素顔で外に出るのはヒソカに出会ってからの出来事だった。

 今まで直射日光を遮られて生きてきた身には、直に当たる光が強く不機嫌そうな表情になってしまうのは仕方のないことだと言えよう。

 列車から降りたジールは最近買ったサングラスをかけながら、フラフラと歩いていこうとするヒソカを引き止めた。

 

「……先に用件を済ませる。」

 

 ヒソカが釣られていたのは、マフィアの用心棒を募集している貼り紙だった。こんなところに貼られているチラシを胡散臭く思いつつも、ジールは慣れたようにヒソカを捕獲する。

 

 移動中、何度も居なくなるヒソカを捕まえていくうちに、念能力を使った方が早い事に気づいたジールもお気に入りの能力をこんな使い方をする日が来るとはと若干嘆いていたが、その気持ちも薄れてきていた。

 

 素直に付いてきたヒソカを見下ろしたジールは何度か言葉を選び直し声をかける。

 

「……本当に行きたいなら、後で送ろう。」

 

「兄さんが引き止めてくれたんだからそっちに行くよ♦」

 

 これも移動中に繰り返されたやり取りであった。毎回、最終的には着いてくるヒソカを見てジールは遊ばれているのではないかと疑っているが、笑っているヒソカの表情からは読み取れない。

 

 そうこうしているうちにケータイショップへ到着した二人は、店内で適当に商品を物色していた。

 ちなみに、ジールはケータイショップに来る度にカブトムシ型の携帯が発売されていないかをチェックしているが、未だ出会えたことは無い。

 

 どれも大差ないように感じるらしいヒソカは、ジールを呼びつけ選ぶのを丸投げすると、ヒソカに合いそうな携帯を探すジールの後を付け始めた。

 

(とりあえず、GPSと電波がなるべく届くやつ……あと、スマートなデザインの方が似合うかな。)

 

 真剣に選ぶジールと後ろで冷やかしていたヒソカは、会計を済ませ店を出る。

 

「……壊すなよ。」

 

「ありがとう、大切にするよ♥」

 

 お金もジール持ちだったため、実質プレゼントだろうと喜んだヒソカはその笑顔のままジールの次の言葉を待った。

 

「次はどうするの?」

 

「………………解散。」

 

「えっ♠ここでさよならなの?」

 

 サングラスの奥を覗き込んでも、嘘を付いているようには見えなかった。

 

「また兄さんに会えなくなるじゃないか♦」

 

「そのために携帯を買った。」

 

 焦って言葉を重ねても、ジールに意志を変えるようは見えない。どうしたらいいのかと悩んだ末に出てきた言葉はいつもよりか細いものだった。

 

「着いていっちゃだめなの?」

 

 それを聞いたジールは、僅かに驚いたように目を見開く。

 

「………………それは構わないが、楽しいのか?」

 

 どうやらジールは自身の予定に付き合わせるのを悪いと思っていたようだった。移動中のことを省みて、何かあれば助けに行くつもりでヒソカの好きにさせてやろうとしたらしい。

 

「兄さんがいれば大抵のことは楽しいよ♥」

 

「なら良い。」

 

 内心、弟が懐いてくれていることを嬉しく思いながら、ジールは宿をとるために歩き出した。

 一緒にいて良いと言われたヒソカもその横をご機嫌で着いていく。

 

「この後は何するの?」

 

 ジールが携帯を選ぶ以外にヨークシンを選んだ理由があると察しているヒソカはこれで終わらないだろうと、期待しながらその横顔を見る。

 

 八月の中旬、夏真っ盛りの季節でもその顔には汗ひとつ流れていない。ジールは途中で貰った一枚のチラシをヒソカに見せた。

 

「……オークションで荒稼ぎ。」

 

「へぇ♦どれくらい?」

 

「58億ジェニー。」

 

 手のひらでお金のジェスチャーをしたジールは楽しそうに笑った。

 

 




次回は、ジールのはっちゃけ回です。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
感想、評価等励みになります。

【念能力】
能力名:好事家の写真(スケッチストッパー)

能力:自身のオーラに触れているモノを全て止める。
※1まだ、オーラをつけたものを個別に静止させることは出来ない。
※2静止させる為に、その物体にかかる全ての力はキャンセルされる。

制約その1:静止させるのに使ったオーラは時間経過で消費されていく。
制約その2:能力の発動中、発動者が一歩でも動くと硬直は解除される。
制約その3:自身の肉体に使用することは出来ない。

その他:能力者の個人的な趣味により第二段階が存在する。

ちなみに、能力名のスケッチは絵を描く方ではなく、怪しいなどの意味で使われています。



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拝聴した。

今回はジールが頑張ってコミュニケーションを取ります(当社比)。
しばらくオークション編(?)が続きます。

よろしくお願いします。


(やべぇ……金が吸い取られる。)

 

 木漏れ日が落ちるベンチで、天を仰ぐように仰け反っているジールは己の財布の紐が緩いことを身をもって感じていた。

 その足元には、様々な形の箱が積まれておりこの数日でいかにお金が飛んでいったのかを物語っている。

 

(調子に乗りました。マジ土下座。)

 

 そもそも、ジールがヨークシンに留まっているのはある物を買う為のお金を効率よく稼ごうとしたからだ。

 元々、協会からの仕事をこなし天空闘技場でちょっと小金持ちになり、掲示板等のサイト運営をしているジールはそれなりの額を持っていた。

 

 ちなみに、おたずねサイトやよっちゃん等々のサイトはジールがヒソカを探すのに立ち上げたものだ。手当り次第に作ったため、大半はおじゃんになっているが残ったものは大陸中に広まる程の知名度を誇っている。

 

 むしろ、そこまで広まったサイトでも中々見つからなかったのはジールの運が無かったとしか言いようがない。

 

 こうして安定した収入のあるジールは、そこまで切羽詰まった状況でもなく期限より早めの資金調達をしようという気持ちだったのだ。

 

 しかし結果はご覧の通り、観光客やたまに覗きにくるプロに向けて開かれていた市場に顔を出し、そこで木造蔵を見つけた辺りで予定が狂っていった。

 

 原作でも取り上げられていた骨董品が並んでいたら見に行くのが礼儀だ、というのがジールの言い分らしい。

 

(ちなみに、今の流行はヒラキでしたー。まあ業者市の方で怪しまれて流れてきたっぽいけど。)

 

 木造蔵が開かれ、隣に宝石が並んでいる所を見つけたジールは多分偽物なのだろうと辺りをつけつつも記念に購入した。それに加え、僅かに流行りだしているヨコヌキの像も「これがあの!」と言ったテンションで落札したのだ。

 本人的には満足しているが、どこらからどう見ても無駄遣いである。

 

(仕方ないじゃん、買えるのって流行ってる間だけなんだよ?)

 

 期間限定に弱いジールは自分で首を締めている。

 

 残りの予算は38億9000万ジェニー。といってもこれ以上貯金を切り崩すと本当にゲームが買えなくなってしまうジールは、ポケットに入った5680ジェニーで生活しなければならない。

 

 遊び倒すのもこれまでだな、と初日に申し込んでいた書類の控えに目を通しながらジールは購入品を鞄に詰め込んでいた。

 

 

 

 

「兄さん、言われたもの買ってきたよ♦」

 

 明日からの予定を再確認したところで、広場のちょうど真反対側にヒソカが現れた。その手には、今朝ジールがお願いした物が握られている。

 

 ゆっくりと手に入れたそれを見せるように歩いてきたヒソカは、そのままベンチの空いているスペースに座る。

 

「はい、どーぞ♠」

 

「ありがとう。」

 

 ジールが受け取ったのは“カタログ”と書かれた一冊の冊子だ。

 ずっしりとくる手の平の重みに、ジールは内心ニヤケながらその表紙をゆっくりと撫でる。

 サザンピースオークションに参加する為に必要なものだが、ジールにとってはこれもただのコレクションにしかならない。

 

「本当によかったのかい?兄さんあんなに行きたがってたのに♦」

 

 というのも、ジールにはラケルススのおっさんと交わした約束があった。その為、万が一の事を考えて今まで協会の仕事の時もお金持ちの護衛などは受けないでいたのだ。

 

「……今回はいい。」

 

 老舗のオークションハウスなど、どこにラケルスス家の知り合いが居るか分からない場所にジール自らが行く訳にも行かなかった。

 

(あとちょっとで揃うからな!それまでの我慢だ……マジ覚えてろよおっさん。)

 

 そうしておっさんの小指に呪いをかけながら、簡単に諦められないジールはヒソカにお小遣いを渡してカタログを購入したのだ。

 

 ジールがカタログをひとしきり愛でた後に鞄へ仕舞えば、ヒソカはベンチから立ち上がった。

 その手には小さなカードが取り出されている。

 

「……拾い物か。」

 

 チラリと地図が書かれたそれを見たジールはこの後のことを思い息を吐く。

 

「そっ、親切な人がくれたんだ♥」

 

 考えうるに地下の闘技場といった所か、と見せられたカードの場所を確認して頭に叩き込んでおく(覚えられるかは別だが)。

 そして珍しく報連相をしてきたヒソカはまた暫く遊びに出るらしい。

 

「何かあれば連絡しろ。」

 

 多分無いだろうと思いながら、ジールは携帯の電源を入れた。

 明日からはジールも忙しくなる。とりあえず昼食でも食べに行こうと二人は揃って広場から立ち去った。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

『へい!らっしゃい。』

 

 ドリームオークションが近くなり、日に日に人が増えていくヨークシンの一角でジールは店を開いていた。

 隣の店主が景気よく客を呼ぶ声を聞きながら、日差し避けの下に座り込み店番をしているのだ。

 

 ぶっちゃけて言えばこちらもジールの趣味である。本命は見事出品できたサザンピースの商品であるためこちらは気楽にやれば良かった……筈だった。

 

 ジールがハンターの仕事で見つけた骨董品やら、珍獣の一部やらを出品し、全部で三品の最低落札価格は16億。ジールが市場でアホ見たいに浪費しなければ十分足りたのだ。

 

 どれくらい競り上がるかが分からない今、ジールは趣味で申し込んでいた市場で稼がなければならなかった。しかし入手難易度が高い品は全てサザンピースの方に出してしまったため、GやH(一般的にはそれでも珍品)の物を軒先に並べている。 

 

 さて、ここでジールの性格を考えてみるが、どう繕っても商売に向いているものとは言えない。

 

 歳の割に身長はあるし、身体を鍛えておりガタイも良いため子供だと侮られることは無いが、逆に言えば少々威圧感がある。

 

 持っている服の関係上、全身が黒くサングラスを掛けている寡黙な男(客観的視点)には中々近づこうとは思わないだろう。

 

 ゴザの上にはナツメトカゲの舌に、毛玉の抜け毛、ホゲットカラスの袋やヒトニイチゴの果実酒など生き物の一部から、カーメン遺跡から出てきた小刀と同じ型の装飾品や、貴金属などの骨董品まで多岐に渡る商品が並んでいる。しかしそれを買っていったのは未だ数人だけであった。

 

(店番って、何すればいいんだろ……。)

 

 本人は呑気に読書をしながら客を待っているが、愛想笑いの一つでも見せなければ客が来るなど夢のまた夢だ。

 

 伝手がある訳でも無いジールは、割り振られた出店の場所も中心から離れたところである為、客は一層やってこなかった。

 

 市を楽しむ観光客が通り、オークションで使う品が厳重に運ばれていく様子など暑さも気にならない盛り上がりぶりを見せる街並みは、ジールの店との対比の色をより濃くしていく。

 

 しかしそんなことを気にしない男は、麻袋が無いとご飯も食べやすいなどと考えながら、サンドイッチで昼食を済ませていた。そして最後の一口を食べ終わった所で自身の携帯が鳴ったことに気づいたようだった。

 

 一瞬、ヒソカに何かあったのかとも思ったが直ぐに切れたそれがメールだと分かると落ち着いてポケットの中から携帯を取り出す。

 

(ひー君メール使わないしな。)

 

 差出人の部分を見ればそこにはイルイルと表示されていた。そう言えば最近会ってなかったとおもいながらジールがメールを開けば簡潔な文章が出てくる。

 

『今度、会議開きたいんだけど。どこにいるの?』

 

(あちらからお誘いとは珍しい。……確か生後4ヶ月くらいだったか?それならよく喋るようになったくらいだな。)

 

 前回のお兄ちゃん会議の時はやばかったな、と遠い目をしながらジールはヨークシンとだけ打ってメールを返信した。

 

 ラケルスス家で会った後も、こうして会っていたジールとイルミは互いに長男という事で弟の話などをする通称“お兄ちゃん会議”を開いているのだ。

 

 そうこうしているとまた一人、軒先に並ぶ商品に興味を持ち店の前までやってきていた。

 宝石の着いたネックレスを熱心に見ていた男だったが、店主に質問をしようと顔を上げたところでそのまま愛想笑いをしながら立ち去ってしまう。

 

 ジールがどのタイミングで“いらっしゃいませ”と声をかけたら良いのか悩んでいるうちの出来事だった。

 

 それを繰り返すこと数回、そろそろ早めの店仕舞いをしようかとジールが腰を上げた時の事だ。

 「あっ。」という声とともに夕日の中に影が刺した。

 

 店の前に立ち止まったらしいその人物は、どうやらジールの店に用があるらしい、そのまま数歩近づいてくる影を見てジールは今度こそ言おうと声を出した。

 

「……いらっしゃいませ。」

 

「ははっ、久しぶりの挨拶がそれかい?それとも何か買えって意味かな?」

 

 達成感に浸っていたジールは、どこか聞き覚えのある声に固まりそっと視線を持ち上げた。

 

 するとそこにいたのは、夕日で逆光になっているシャルナークが立っていたのだ。

 

(何故ここに?)

「……なぜ?」

 

「えっ、もしかして気づかないまま声掛けて来たの?」

 

 冗談だろう。と笑いながら、商品を眺めているシャルナークはジールの質問に答えてくれるようだった。

 

「さっきまでオークションを見てて……あっ、これいいよね。」

 

 穴の少ない商品列から薬の小瓶を取ろうとしたシャルナークの腕を遮りながらジールは思わぬ出会いに混乱していた。

 

(確かにお久しぶりだけど、シャンシャンと声を掛けられるほど親しくなった覚えは無いんだが?いや、嬉しいけど俺のオタク心が高血圧で死んじゃうから予告してくれない?)

 

「えー、手に取って見るくらいいいじゃないか。」

 

「……自分の職業言ってみろ。」

 

 特に気分を害した様子を見せないシャルナークに安心しながらも、お金は稼がなければいけないジールは鋼の意思で窃盗は見逃さなかった。

 

「分かったよ、お金は出すから割引きしてくれない?」

 

 正直、オタクの感覚で貢いでしまいたい気分だったがそういう訳にもいかない。ジールはシャルナークの腕を離すと、自白剤の入ったさっきの小瓶と果実酒を並べて値札を指さす。

 

「未成年にお酒勧めて良いの?」

 

 サービスするから規定の金額を払えという意思は伝わったらしい。財布の中から札束を出しながら笑うシャルナークはそう言いながらもちゃっかり果実酒を鞄の中に仕舞っていた。

 

「……ノンアルコールだ。」

 

 こいつがそんな事気にするのかと失礼なことを考えながら言い訳をしたジールは手早く札束の枚数を確認する為に手を動かしている。

 

「ははっ、いいねそれ。」

 

 ピンッと最後まで数え終えたジールが、袋の中に札束を突っ込んだ。それを見ながら先の発言に抱腹していたシャルナークは店先に戻ってきたジールを見て涙を拭った。

 

「そうそう、昨日から警備員の人数が増えてたからキミも気をつけなよ。」

 

「…………?」

 

 それじゃあ!と手を上げて立ち去ったシャルナークの残した言葉にジールは首を傾げる。

 

(物騒だからってこと?……それとも捕まるなよって意味か!?俺は捕まるようなことしてないからな!!)

 

「…………どっちだ。」

 

 気になるが、当の本人は既に人混みに紛れて見えない。ほんの一瞬やってきただけで、ジールの心をかき混ぜていった男は周りに馴染むのも上手いらしい。

 仕方ないと気持ちを切り替え、片付けを再開したジールは商品を適当に詰め込み宿に戻っていった。

 

 

 

 帰る途中、落札した商品が無くなっていると騒いでるおっさんを見かけたジールが心の中で手を合わせたのは気まずさからなのか、真相は本人のみぞ知る。

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 そして数日後、ジールは街の中を歩きながら自身の出店に向かっていた。

 

 道中、辺りを見渡して確かに警備員が増えた気もすると頷きながら買い食いをしていたジールは一層の気合いを入れて開店準備をしている。

 

 数日の付き合いで、初めはビビっていた周りの店主も悪い奴では無さそうだと認識してきた頃だが、ジールの商品が売れたかというと話は別だ。

 

(今日は5人くらい来てくれたらいいんだけど。)

 

 ジールの店に立ち寄っていくのは、肝の座っている商人が大半だった。しかしそういった人物が毎度訪れてくれるわけもなく、閑古鳥が鳴きそうな店であることに変わりはない。

 流石にどうにかしないとヤバいと焦りが芽生えてきたジールは色々と対策を考えているようだ。

 

(やっぱり愛想とか大事なのかな?……笑顔?)

 

 商品を並べ終えたジールは定位置に座り、人通りを眺めながら頬を揉んでいた。

 ひとつ言えるのは頬を引っ張ったとしても笑顔になる訳ではないという事だが、この男に笑顔とはどういうものか教えてくれる者はいなかった。

 

 そしてマッサージに満足すると、対人能力が低スペックのロボットばりであるジールは相も変わらず無表情で本を読むことにしたようだった。

 

 

 

 

「……すみません。」

 

 昼も過ぎ、今日も駄目かとジールが読み終わった本を横に積んだ時のことだ。

 周りの喧騒に掻き消されそうなか細い声で話しかけてきたのはひょろりとした男だった。

 

「……いらっしゃいませ。」

 

「あの、これを買いたいんですけど。」

 

 驚きすぎて、勢いよく頭を上げたジールにも引かず商品を見せてきた黒髪の男性は、手に持ったナツメトカゲの舌をずいっとこちらに出してくる。

 

「1500万ジェニーです。」

 

 全力でキョドりながらお金を受け取ったジールは、足早に去っていく男を見送った。

 そして男の影も見えなくなった所で、ジールは密かに小躍りをし笑顔が大事なんだと再び頬を揉み始める。

 

 明らかに笑顔の効果では無かったが、やはりそれを指摘してくれる人物はここに「何やってんの?」いたようだ。

 

 頬を上に持ち上げながら店先を見れば、そこには携帯を片手にこちらを見下ろすイルミが立っていた。

 

「…………早かったな。」

 

 流石にブサイクな顔になっている自覚はあったらしい。手を離したジールは何事も無かったかのようにイルミへ話しかけた。

 

「まあね、それよりヨークシンなんて広い範囲で返事するの辞めてくれない?」

 

 手に持った携帯を振りながら、気にせず店主側に入ってきたイルミは空箱に座った。

 

「…………店番中なんだが。」

 

 まだ髪が伸びていないイルミだが、不気味な目をしている事に変わりはない。おっかなそうなサングラスの男に加え、更に話しかけにくくなった店に客が来るのかは言わなくても分かるだろう。

 

「いちゃダメなの?せっかく来たのに。」

 

 ジールの言葉に少しぶすくれたような反応を見せたイルミは暫く黙り込んだかと思えば、くるりと勢いよくジールの方に向いた。

 

「じゃあ、これ全部売れたら終わりになるよね。」

 

 何事かと固まったジールは、まだそれなりに残っている商品を指さしながらサラリと言われた言葉に目を見開く。

 

「いくら?」

 

 何も言わないジールを見て了承と受け取ったのか、イルミは携帯を取り出し何処かのサイトに繋げているようだった。

 

「……待て。」

 

(ちょっと待って?いくらってどういう事?えっ、イルイルこれ全部買うつもりなの?待って?)

 

 イルミの眼力に固まっている場合じゃないと、我に戻ったジールは慌てて携帯を仕舞うように言う。

 確かにお金を稼がなければいけないが、知り合いから毟りとるつもりは無いし、市場に店を出すというジールの目的にも合っていない。なにより――

 

「……夜になれば店は閉める。」

 

 イルミがわざわざ買う必要は無いと、ジールは精一杯引き留めようとする。その必死さが伝わったのか、イルミは持っていた携帯を仕舞いながら肩を竦めた。

 

「別に買ってもいいんだけど。」

 

 ボソリと呟かれたそれ以降、イルミはこの場所で終わるのを待つつもりらしく、膝で顎を支えながら目の前の通りを眺めているだけだった。

 

 

 

 特に会話をすることも無く、並んで座っていた二人だが三時間を過ぎたあたりでイルミが口を開いた。どうやらもの申したいことがあるらしい。

 

「……ねぇ、誰も来ないんだけど。」

 

 ジールの心の柔らかい所に刺さる。

 頭の中で、胸を撃たれて倒れる自分をイメージしながらジールは言い訳をしていた。

 

(いや、イルイルが来るまでは2時間に一回は人が来てたよ!……買う買わないは別にして、立ち寄ってくれた人はいたから!!)

 

「……そうだな。」

 

 いつも以上に言葉につまりながらも、何とか返事をするとジールは隣にいるイルミを横目で確認した。

 案の定、携帯を構えたイルミがこちらをじっと見ている。ジェスチャーでそれを仕舞うように言えば渋々諦めてくれたが、不満は溜まっているらしい。

 

「早く喋りたいんだけど。」

 

 ジールが時間を確認すれば、いつもより1時間半は早い時刻だったが言われた通りこれ以上居ても売れないだろうと判断したジールは閉店の準備を始めた。

 

 その横で、作業の様子をじっと見ているイルミに手伝う気配は無い。20分程で荷物をまとめ終わったジールはイルミに声をかけ、宿まで戻ることにした。

 

 そしてその帰りの道中、ヒソカは戻ってきているかと考えた所でジールはイルミに伝えてなかったことを思い出した。

 

「……弟が見つかった。」

 

 日が傾こうと、騒がしさが無くなることのない道端で話すにしては小さい声だったがイルミの耳には届いたようだ。

 

「へぇー、ひー君だっけ?よかったじゃん。」

 

 言葉だけを見れば少し素っ気ない風に感じるが、お兄ちゃん会議の議員として弟が無事であることは祝福すべきだとイルミは思っている。

 

「で?どうだったのさ。」

 

 ホテルが建ち並ぶ区画を通り抜けながらイルミがジールのことを見上げれば、そこには複雑そうな表情をしたジールがいた。

 

「……可愛くはあった。」

 

「それ本当?」

 

 絞り出したような声と、ミスマッチな感想にイルミは言葉の通りには受け取らなかった。

 

 心做しか、歩調が早くなっているジールに付いて行きながら問い詰めれば、誤魔化せるとは思っていなかったらしい彼がぽつぽつと単語を零し始める。

 

「……大きくなって、色んなこと学んでて、ちょっと大人の階段登ってる……強くもなってた。」

 

 ジールが必死にオブラートに包もうとした結果、かなりぼやけた言い方になってしまった。慣れないことはしない方がいい。

 

「自分の知らないところで成長してて複雑ってこと?」

 

「まぁ、そう言えなくも無い。」

 

 かなり現実のヒソカとかけ離れた所に着地した気もするが、宿に到着し話が途切れてしまったためジールの話術でそれを訂正することは不可能である。

 

 

 そして、周りに人がいなくなった所で始まるのはイルミリサイタル(ジール命名)だ。

 ジールが荷物を置きに行った所で、待ちきれなかったらしいイルミがベッドルームに顔を出してきた。

 

「そこでいい?」

 

 いつもと変わらない黒目であるはずが、少しキラキラして見えるのは幻覚だろうか。などと考えながらベッドにジールが腰掛ければ、勧められた備え付けの椅子にイルミが座り、何やらアルバムを取り出した。

 

「前回は生後一ヶ月の所までだったよね。今日は、初めて目があった時と可愛いゲップの瞬間で……」

 

 明らかに増えている写真を見せられながら、ジールは聞き役に徹している。

 

(これ、俺がミルキやキルア君の幼少期エピソードを苦に思ってないから良いけど、一晩中喋り続けるのは止めた方が良いのだろうか。)

 

 前回から更に悪化した弟自慢の話を聞いて、また手加減する様にアドバイスしなきゃと謎の使命感に燃えているジールは次々と見せられる可愛らしい写真に頷きを返す。

 

「――でこれが、初めてキルを抱っこした時に撮ってもらったやつで、この時の……あっ、そうだキルが喋り始めたから録音してきたんだよね。後で聞かせるから。」

 

 新しい布教グッズに遠い目をしたジールだが、ちょっとのことでイルミの喋りが止まることはないと知っているため話を遮ることは無かった。

 

 時計の針が頂点を過ぎようと気にせず話し続けるイルミをみて、流石操作系……マイペースだな、とジールは自分の系統を忘れたかのような感想を零した。




次回は、ジールが走ります。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
感想、評価等励みになります。


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推察した。

今回はジールとイルミのターンからです。

よろしくお願いします。


 爽やかな朝の風が部屋に吹き込んでくる。

 カーテンの隙間から差し込む光は、隈をこさえたジールを通り部屋の中に入ってきていた。

 

 パタンと質のいい音を立てて閉じられたアルバムを見て息を大きく吸い込むと、ジールは凝り固まった身体を解すように伸びをした。

 

(将来有望そうですね、貴重なお話ありがとうございました。)

 

「これでボクの話は終わりかな、どう?二人とも可愛かったでしょ?」

 

「……ああ。」

 

 何冊もあるアルバムを鞄に詰めながら話をまとめたイルミにジールが返事を返したところで、ピタリと動きを止めたイルミが半目でジールを見返した。

 

「……あげないよ。」

 

 イルミから振ったにもかかわらず肯定すれば警戒され、否定した時はリサイタルのアンコールが始まってしまう。

 どう返せば良いのかと、頭を悩ませるジールは毎回無難に収めようと必死だった。

 

「ひー君と……イルイルも居るから充分だ。」

 

(まっ、会っちゃった後は確約出来ないけどね!)

 

 それだけ言うと、ジールは替えの服を取り出しシャワールームに向かい入浴の準備を始めた。

 

「……イルイルはどうする?」

 

 シャワールームの入口から顔を出したジールは、未だベッド横に座っているイルミへ声をかけた。

 二人の距離が空いていたため、聞き逃さないようじっとイルミの顔を凝視する様に集中すれば普段より早口で返事が帰ってくる。

 

「ボクはいいから、さっさと入ってくれば!」

 

 シッシッと手を動かしながら追いやられたジールは、一晩中酷使した頭を労わるように髪を洗い始めた。

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

「……朝食。」

 

 相変わらず黒い服に袖を通したジールは、自身よりも頭一つ分背の低いイルミを連れて宿を出ていた。

 

「食べに行くの?何処にしようか。」

 

 飲食店が多く集まる都会ならば、ある程度の料理は食べられるだろう。勿論お金がある時だけだが。

 ジールの残額は2630ジェニー、年下に奢られるなんて格好悪いことは出来ないと慎重に店を選んだジールは、こってりと書かれた看板のラーメン屋の前に立っていた。

 

 特に文句も言わずに着いてきたイルミはその文字を見上げてポツリと呟く。

 

「朝からラーメン……。」

 

(若い胃袋の特権だよ、食べれるうちにやっとこうぜ。)

 

「……。」

 

 食券を購入し店内へ入れば『いらっしゃいませー!』と朝とは思えないほどの声量に出迎えられ、二人は並んでカウンター席に腰掛けた。

 

 セルフサービスのお冷を注ぎイルミへ渡したジールは、自分の分も入れ一気に飲み干す。

 お代わりを注ぎ直し、ボトルを元の位置に戻したところで出てくるのは弟の話だった。

 

「ジールの弟って夜戻ってきてなかったけど、一緒にいないの?」

 

「……遊びに出てる。」

 

 かれこれ5日以上顔を合わせていないジールだったが、その事は特に気にしていないようだった。

 

「えー、放任ってやつ?心配にならない?」

 

(おっと、暫く会わないうちに心配性が悪化してるやんけ。)

 

 付け合せのギョーザを受け取りながらジールがイルミの方を見れば、その視線は外されることなく己の方に向けられている。

 

 ミルキの時も初めての弟に喜んでいたイルミだったが、キルアが産まれた時はイルミが成長していたのも交わり過保護に拍車がかかっていた。

 ジールは原作で読んだ事を思い出し、さりげなく軌道修正を図っていたが目に見える成果は未だ無いままだ。

 

(まあ、最終的に決めるのはイルイルだし俺のは唯のお節介だけどねー。)

 

「……心配しなくはない。」

 

「なら、見えるところに置いておけばいいのに。」

 

「……干渉しすぎると嫌われるぞ。」

 

 ジールがヒソカを探している時からの会話だったが、今のイルミからすれば近くにいるのに管理をしようとしないジールは理解出来ないらしい。

 まあ、ジールとしてもあの危なっかしい()弟を野放しにすることに葛藤はあるので、目の前にいる時は注意する様にしている。

 最近はイルミと自分とで弟の心配の方向性が違ってきている気がするジールであった。

 

「…………仲良いから大丈夫だよ。」

 

「……散歩くらいは許してやれ。」

 

 メインの豚骨ラーメンと醤油ラーメンがそれぞれの前にやってきた所で、二人の会話は途絶える。

 イルミは何やら考え込みながら麺を啜っているが、それを見たジールが改善されたかな?と思うことは無い。

 毎回似たような会話をして別れるが、次に会った時も変わらず重めのブラコンを突き通しているのだ。

 

 そして、無言の二人はたまに水のはいったピッチャーを渡したりしながら黙々と食べ続けた。

 ジールはいつの間にか増えたメンマをイルミに返したりしてスープの一滴まで飲み終えると、机に貼られたメニューに目をやる。

 

 食後のバニラアイスを食べたジールが、会計の為に立ち上がればその後ろにはイルミが着いてくる。

 そういえばお坊ちゃんだったなと、支払われるお金を当然のように見ているイルミにジールはラーメン屋を選んだことを少し複雑に思った。

 

 

『ありがとうございましたー!』

 

 変わらずの声量に押されながら、まだ空が白い街へと出てきたジールはチラリとイルミへ視線を落とす。

 

「……。」

 

「仕事までもう少し時間あるし、着いていくよ。」

 

 無言で見下ろされて動揺するようなメンタルなどしていないイルミは、その意図を察して返事を返す。

 

「そうか。」

 

 別れ際の会話が苦手なジールは、安心したように息を吐いて自身のスペースがある市場の方へ歩き出した。

 昨日より更に警備員が増えた気がするなと呑気な事を考えながら進んでいると、その横に並んだイルミが暇つぶしなのか話を振ってくる。

 

「ねぇ、オーラの揺れ増やしてるでしょ。」

 

「……。」

 

 ジールが動揺を見せるようにオーラを動かすとイルミに「それだよ。」と指摘される。

 

 実はヒソカと再開した時に、オーラが見えると兄さんが喋らなくても色々分かって便利だよね、といった風に言われたのだ。

 今まであまり動かない表情と少ない言葉で表現していたジールからしてみれば正に目を見開く発見だった。

 

「……楽だぞ。」

 

 喋らなくても良いなんて!と偽装の為に習得した能力の活用法に喜んだジールはそれから意識してオーラで感情表現をしていた。

 まあ、一般人には通用しないため使えるのは極一部の人を相手にした時だけだ。

 

「ブラフじゃないの?」

 

 ガヤガヤと騒がしい出店の間を通り抜け、見慣れてきた地区に出てきた。

 

 ジールの偽装していない時のオーラを知っているイルミからすれば、わざわざ感情をオーラに乗せるなど引っ掛けにしか見えないらしい。

 顔見知りの店主に軽く頭を下げながら、イルミから出てきたまさかの使い道に感心したジールは頭の隅にメモを取っておいた。

 

「……大体本当だぞ。」

 

 自身の出店に着いたジールは、荷物を下ろしながらイルミに返事をする。

 

(荒ぶるオタク心は絶対外に出さないからな。)

 

 なんて事ないように雑談をしながら、今日こそは稼いでやると息巻いているジールは店先にござを敷き始める。

 その手つきは初日よりもそれらしくなっていた。

 

 空箱に腰掛けながら、相変わらず手伝う気配を見せないイルミは適当に言葉を投げながらジールを観察しているようだ。

 そして、ジールが商品を並び終えた頃に雑談の方も一区切りが着きそうになっていた。

 

「へぇー、今度連れてっ――」

 

 イルミに背を向けながら作業をしていたジールは不自然に切れた言葉を不審に思い、探るように後ろを振り返ろうとする。がその時、ジールの前に複数の人が立ち止まる気配がした。

 

「すみません、お時間よろしいでしょうか。」

 

 丁寧な声掛けに、どんな人かと視線を戻したところでジールは全力で愛想笑いをした。

 

「ヨークシンシティ南部警察署の者です、こちらの店主は貴方ですね?」

 

 最近街中でよく見かけていた腕章を見せながら話しかけてきた人達の職業に盛大にビビっているジールは、イルミが姿を消したことに納得しつつも解せない気持ちでいた。

 

(そりゃ、面倒事なんて嫌ですよね!!てか待って、マジで俺なんもやってないよ!?えっ?)

 

 昨日会った奴が原因なら全力で突き出してやろうなどと考えながら、ジールは大人しく着いていく事にした。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 人々の咆哮といった方が正しいような歓声が響く地下のステージに立っているヒソカは、兄が警察にお世話になっている事などもちろん知らない。

 

 そしてヒソカのいる薄いはずの空間は、痛い程のライトで照らされていた。

 

『勝者!ヒソカ!!!』

 

 中央に立った女性がマイクを持ちながら、ヒソカの名を呼べば熱いほどの光がヒソカに集まってくる。対象的にリングの上で事切れている男は黒服のスタッフによって回収されていった。

 

「ガキ!よくやったー!!」

「いっよしゃーー!!!」

「マジかよふざけんな!!!!」

「最高だぜお前!!」

 

 観客席から身を乗り出すように叫ぶオークションの参加者達は五連勝を決めたヒソカに向かって紙切れとなったモノや賞賛を投げつける。

 

 最後の方にはほとんど倍率も上がらないようなオークションだったが、圧倒的な力を見せるヒソカに観客は大満足のようだった。

 

 ペコペコしながら渡されたタオルを受け取ったヒソカは、それを首にかけ裏の通路を通って割り振られている部屋に戻っていく。

 

 初めに兄へ伝えた地下闘技場から数えて三件目の会場にやってきたヒソカは大層満足そうにしていた。

 

 ヒソカは初めの所で五十人抜きをし、次の場所を紹介されていた。そして、二件目では出てくる戦士の質も上がっておりもう少し上に行けばさらに強い人と会えるのではないかと考えたヒソカは容赦なく相手を叩きのめした。

 

 そうして、冷や汗をかきながら紹介されたこの会場には毎年高額なチップがかけられている戦士達が集まっていたのだ。偶に念能力者すら拝めるような最高の舞台にヒソカはニコニコである。

 

(こういう戦いの場所なら兄さんも注意してこないし思う存分出来て良いよね♦……まぁ目の前でやらなきゃ大体見過ごしてくれるけど♠)

 

 少々建付けの悪いドアを開けながら、兄のことを考えるヒソカは誰も居ない部屋へ到着した。

 

 ブロック毎にトーナメントが進んでいくため、暫く暇になったヒソカはトランプタワーの限界に挑戦し始める。

 初めは騒がしかった控え室も、今では全員戻って来れなくなっているためヒソカの貸し切りであった。

 

 手始めに三段のタワーを作り終えたヒソカは、左に増築していく形で段を増やしているようだ。

 用意されていた机の上で楽しそうにトランプ遊びをする青年は、そこだけ見れば子供らしい表情をしている。

 

(今頃兄さんは何をしてるかな♥)

 

 かなり格好悪い状況になっていることだけは確かである。しかし、地上のことを一切気にしていないヒソカには関係のないことだ。

 ラストのトランプを乗せたそれを暫く眺めながらヒソカはある計画を練っていた。

 

(兄さんも強い人を探すのにハマってくれれば最高なんだけど……、どうしよう♦)

 

 ヒソカ本人は今回のように強い人が集まる場所へ積極的に参加しているが、兄のジールはそうでは無い。

 兄は戦闘自体は楽しそうにしているが、わざわざ相手を探したりせずにいる。

 前に一度訪ねたときは、「ひー君で充分だ。(むしろこれ以上増やさないで、死んじゃう。)」と嬉しい言葉を返してくれた。

 

 しかしヒソカの勘は言っている、兄の周りには絶対強い人が集まってくると。

 会えなかった時期のことを兄は詳しく話そうとしないが、絶対面白い事を隠しているのだろうとヒソカは半ば確信していた。

 己とは反対にペラペラと話すタイプでは無い兄から聞き出すのは無理だろうと思っているが、意外と戦うことを嫌ってない兄をこちらの趣味に引き込むのは不可能では無いとヒソカは考えているのだ。

 

(まずは一回こういうところに連れてきて……あとはゴリ押しで♦)

 

 ひとしきり眺めたヒソカはそろりと手を伸ばしカードを突く、中心のバランスが崩れたタワーはそのまま崩壊し机の上に散らばった。

 パラパラと落ちていく瞬間を瞬きすることなく凝視していたヒソカはまたカードを集め直して、トランプタワーを作り直す。

 

 しかし、部屋に設置されたスピーカーからCブロックのトーナメントが終わったというメッセージが流れてくる頃には、タワーを作るのに飽きてきたヒソカがいるだろう。

 

 日の光が入らない冷たい部屋で時間を潰すのはあまり楽しくないようで、神経衰弱もやり終わったヒソカはつまらなさそうに机に突っ伏した。

 

 こういう時、鞄が小さいと持てるものも少なくなってしまい暇が出来る。基本的にトランプがあればある程度の時間を潰せるヒソカであったが、気分では無い時はいつも暇を持て余していた。

 

 そして、ヒソカは兄が持ってる鞄があれば楽なのにと考えるのだ。何を隠そう兄の持っている鞄は容量が明らかに外見と合っていない代物だ。

 普段からたくさんの本を持ち歩いているのに、鞄はヒソカのものと大差ないサイズの物がひとつだけ。

 鞄の造りはヒソカのものより高級そうであったが、この前市場で買っていた骨董品が全部入るような見た目では無い。

 あの時も、何も考えず物を詰め込む兄を見てこちらが可笑しいのかと自分を疑いそうになった。

 

 しかし、なんでも出てくる兄の鞄はここには無いどんなに想いを馳せても玩具は出てこないのだから、別の方法を考えるしか無いのだ。

 

(あと1ブロックだっけ、もう全員倒しに行っちゃ駄目かな♠)

 

 その方がたくさん戦えて楽しいだろうと、遊び道具に困っていたヒソカは自身の思い付きに名案だと賛成し立ち上がった。

 

 決勝で二人としか戦えないなら、今行って三十二人とやれる方がお得だよね、とヒソカが控え室を出ようとした所で置いてあった自身の荷物から音が鳴っている事に気づく。

 

 中から取り出してみれば音の正体は携帯の着信音であり、兄からかかってきたものだった。

 

「もしもし♥兄さん?」

 

『……今どこにいる。』

 

 電話の向こうからは何やら人が話し合っている声が聞こえてくる。

 

「ボクは闘技場にいるよ♠」

 

『……あとどれくらいだ?』

 

 何やら用があるらしい、兄が現在地らしき住所を話しているのを聞きながらヒソカは全員を倒してダッシュした時の時間を考える。

 

『Dブロックのトーナメントが完了しました。ただ今より準決勝を開始します。登録者の皆様は――』

 

 控え室に響く招集の声は電話越しにジールにも聞こえたようだ。アナウンスが流れ終わったジールは黙ったままヒソカの言葉を待つ。

 

 数も減って早く済みそうだと、準決勝に来る三人分の顔を思い出しながら時間を計算したヒソカは、荷物を持って控え室を出た。

 

「三十分後にはそっちに着くよ♥」

 

『わかった。』

 

 通話を切ったヒソカは、最初の組み合わせを解説している女性の元に向かって歩いていくと軽い調子でその肩を叩く。

 

「どうされましたか?」

 

 今回の稼ぎ頭がどうしたのかと、マイクを切ってこちらを向く女性にヒソカはニッコリ笑いながら提案する。

 

「バトルロイヤルなんてどう?」

 

 ペラペラとよく回る口で、大会を盛り上げようと話すヒソカに段々と乗せられていった運営は、遂に身を乗り出して宣言した。

 

『今日のラストはバトルロイヤル=デスマッチだぁぁぁあ!!!!』

 

「「「「「「「おぉー!!!」」」」」」」

 

 たとえ急いでいようとも、楽しめる瞬間は十分に堪能していくスタイルのヒソカはちゃっかり自分好みの決勝戦に塗り替えた。

 

 対戦相手は全員念能力者、ここ数日の中で一番の戦闘が出来そうだとワクワクで舞台に上がったヒソカは三者三様で待ち構える相手を見据えた。

 

 ここの闘技場に何度か参加しているらしい相手側は、仲間意識がある様で完全に一対三の構図になっている。

 

 投げナイフを装備しているBブロックの優勝者と、素手でこちらに構えを取っているCブロックの優勝者、そして手の平に火の粉を散らしているDブロックの優勝者はこの大会で間違いなく強者と呼ばれる者たちであった。

 

『それでは皆様、チップの購入はここで締め切らせて頂きます!倍率から見ますと、やはり前回チャンピオンに輝いたタカトウが優勢です!しかし、本日ダークホースのヒソカも負けていません!』

 

 実況席の机に足をかけながら、会場を盛り上げる女性の表情はキラキラと輝いていた。

 

 破裂しそうな歓声が舞台を包む、タカトウと呼ばれた素手の人物はその声に応えるように腕を上げるが視線は油断なくヒソカの方を向いていた。

 

『レディー……、ファイッッ!!!』

 

 ゴングと共に投げられたナイフを半身で躱したヒソカは、息を着く暇もなく接近してきた男の腕をとり重心を崩した所で火を使う男の方へと投げる。

 

(うん♦いい感じ♥)

 

 パシっと横目で捉えたナイフを投げ返しながら、三人の様子を確認するヒソカは先程よりも楽しそうに笑った。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

(マージで怖いんだけど、俺は悪いやつじゃ無いですよー。)

 

 開店準備の終わった出店を隣の店主に任せ、ジールは警察官が勤めている交番のような建物に連れてこられていた。

 

 しょっぴかれるような事はあまりしてこなかったジールだが、過去に一度だけこの世界の警察にお世話になったことがある。

 その時も巻き込み事故のようなものだったが、担当の警察官が凄く怖かったため若干トラウマとなっているのだ。

 

(どこを見ても警察官ばっか、イルイルに見捨てられた俺はぼっちで取り調べだよ。)

 

 無駄にガタイのいい人がたくさんいる建物の内を案内され、入るように言われたのは無機質な小部屋だった。

 白い部屋の中にはひとつの机と、それを挟むように二脚の椅子だけが置かれている。

 

 ジールのトラウマとは裏腹に丁寧に対応してくれた優男は、中の椅子に座っていいと言い残し一度部屋から出ていった。

 敵()のアジトに一人取り残されたジールは、カツ丼が出てくるのかを考えながら時間を潰し始めた。

 

 壁にかけられた時計の秒針の音だけが室内に響く中、五分程経ったジールが親子丼がいいと結論を出したところで、先程と同じ優男とムキムキのおっさんが入ってくる。

 

「お待たせしました。今回ご同行をお願いしたのはある捜査についてお話があるからなんです。」

 

 そう言いながら机の横に立つ優男と、無言で目の前に座ってくるムキムキにジールは反応を返さず耳だけを傾けている。

 

(……出来れば座る人チェンジしない?)

 

 この世界の一部の人間はガタイが良すぎるんだと、冷や汗を流しながらここまで来たことの感謝を述べる優男の声を聞き流す。

 

「私はヘレスメといいます、こちらはドタブカ。」

 

(ヘ……?待って、ここで自己紹介来るの?メモる準備出来てないんだけど。)

 

「我々が担当している事件についてですが、……昨夜起きた放火事件についてはご存知ですか?」

 

 スっと横から机の上に出された写真には、大きな屋敷が黒くなり崩壊している様子が写っていた。

 見覚えのない建物に首を横に振ったジールは、そうですかと零すヘレスメの方を向き次の言葉を待つ。

 

「昨日の夕方に起きたものです。一般人に被害はありませんでしたが、一瞬で火が回ったため建物の被害は大きいものとなっています。」

 

「で、あんたを呼んだのは現場にある物が落ちてたからなんだが、……知らねぇとは言わせねえぞ。」

 

 濃い顎髭を動かしながら詰め寄ってくるドタブカを見つめ返すジールは、腕を組んだまま微動だにしない。

 

 ヘレスメがドタブカを宥めながら出てきた二枚目の写真には、焦げた床にミスマッチな品が写っていた。

 炎の中にあったとは思えない、焦げ目ひとつ無いものは確かにジールにも見覚えがあるものだ。

 

「……ナツメトカゲの舌か。」

 

 初めて反応を見せたジールに、ヘレスメは写真を指さしながらジールを探していた理由を話す。

 

「こちらの物品が火種の一部だと判明しています。調査の結果、市場でこれを商品登録されていたのはモロウさんの店のみとなっていました。只今、別の入手経路も調べていますが、希少品のこちらを販売している店はそう多くはありません。」

 

 ヘレスメが言葉を濁しながら話したところで、それを取っ払うようにドタブカが結論を言う。

 

「共犯なら自白しろ。ちげぇなら知ってることを話してくれ。」

 

 問答無用で犯人だと疑って来るかと思えば、こちらの話は聞いてくれるらしい。

 

【ナツメトカゲ】

 主な生息地はバルサ諸島。

 活火山の火口付近に巣を作る体長1.5m〜2mの大型種。

 環境に合わせて変化した身体は熱に強い耐性を持っている。特に溶岩やその冷え固まったものを食べる事があるため、800℃以上の物質を口内に入れても熱傷しない舌が有名である。

 また舌には多量の油を溜める袋がついている。初めは外敵から身を守るためのものだと考えられていたが、周囲に熱耐性の高い生物しか居ないことを考慮するとその有用性は低いだろう。

 食事の際に、油袋の破損が原因で頭部が爆破した個体が複数確認されており、袋の意義については学会でよく議論されている。

 

(引用『世界の可哀想な生き物図鑑~バルサ諸島編~』)

 

 

 

 ジールは昨日のことを思い出しながら、チラリと二枚の写真に視線を落とした。

 今までの話で気になる点がいくつかあったのだ。

 

「俺は犯人では無いが、ひとつ心当たりがある。」

 

 ゆっくりとジールが喋り始めると、二人は心当たりの言葉に反応を見せる。

 ドタブカが早く内容を聞かせろと目で訴えてくるのに対して、気づかないフリをしたジールは屋敷の写真を示しながら言葉を続けた。

 

「……これの室内の写真が見たい。」

 

 事件に関する情報が出てくるのかと思っていたドタブカは、予想外の言葉に反応を返せないでいた。

 

 ジールは気になった部分を確かめたいだけだったが、前後を飛ばした言葉は伝わりにくい。

 返ってこない返事に伝家の宝刀を出そうかと悩み、先に我に返ったヘレスメが書類についていた残りの写真を見せてくれなければ、気まずそうにもう一度問いかけていただろう。

 

 そして出てきた数枚の写真を見れば、部屋の大半が焼けた後で黒くなっているのが分かる。

 しかし、構造上の問題か一部原型を保っている場所もあった。ジールは玄関ホールだと思われる壁に飾られたモチーフを見つけたことで、己の勘も中々だと自画自賛を始める。

 

「犯人の見当はついている……、がそちらも何か知っているようだ。」

 

 ジールの言葉に動揺を見せたヘレスメと、片眉を上げてみせるドタブカを見据えながらジールは鞄の中からある物を取り出す。

 

「俺も知りたい事が出来た。協力者というのはどうだろうか?」

 

 伝家の宝刀ハンターライセンスを見せながら、ジールは勇みよく交渉を始めた。

 

 

 

 

 




次回こそ走ってくれると思います。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
評価、感想、ここすき等励みになります。


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小衝いた。

今回は警察署内からのスタートです。

よろしくお願いします。


 軽い音を立てて置かれたカードに、目の前の警官達は目を見開いた。

 同行のために声をかけた時から一切の動揺を見せることなく対話する男は、自分達の想像を遥かに超える存在なのだ。

 

「…………有益な関係を築こう。」

 

 足を組み余裕を見せるようにこちらを見据えるジールは、ドタブカから視線を逸らすことなく返答を待っている。

 

 小さな空間が一種の威圧感で支配されかけた時、ヘレスメは声を上擦らせその空気を破った。

 

「分かりました。上と掛け合って来ますので時間を頂いてもよろしいですか?」

 

 その表情はギリギリで作られたものであり、一瞬で雰囲気が変わったジールに呑まれているのは明白であった。

 我に戻ったドタブカは功労者を見上げ、その意図を読み取り心の中で礼を述べる。

 

「……わかった。」

 

 背もたれに身体を預け、目を瞑ったジールは警察側の対応を待つつもりなのだろう。

 いつもより丁寧に立ち上がったドタブカはヘレスメに着いてくるよう視線で促し、扉の方を向いた。

 

 そして数歩進み手をドアノブにかけたところで、背後からかけられた声にドタブカの心臓は止まりかけた。

 何事かと二人がゆっくりと振り返れば、携帯を取り出したジールがそれを使いたい旨を伝えてくる。

 全くもって心臓に悪い男だと考えながらも、顔には出さず快諾したドタブカは今度こそその個室から退出した。

 

 上司が許可を出すことは分かっている。あとはこの短時間でいかに情報をまとめられるか、プロハンターを相手に無能を晒すわけには行かないと二人は頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

(ひー君、闘技場満喫してたなぁ。楽しんでるなら呼ばない方が良かったか?)

 

 三十分後に再会の約束を取り付けたジールは、一人取り残された個室でだらけていた。

 取り出した伝家の宝刀はジールの想像を超えた効力を発揮し、ほぼ喋ることもなく話が進んでいったのだ。

 ちょっと信用が上がればいいかなと考えていたジールからしてみれば、否定的な言葉が一切出てこなかったことにハンター協会のやばさを改めて実感する出来事だった。

 

 くわばらくわばらと手を擦り合わせて拝み倒した後に、ライセンスを鞄へ仕舞ったジールは目の前の写真に目をやる。

 

 置きっぱなしにされた玄関ホールの写真には、壁にかけられたツバメのモチーフがくっきりと写っていた。

 見覚えのあるモニュメントと、既視感を覚える事件にジールは首を突っ込まずにはいられない。

 

(ツバメの会に所属している金持ちが襲われる……デジャブだな。)

 

 ここ数年でジールが集めてきた情報はかなりの数になる。自身の掲示板やサイトから情報を拾い集めたり、ベレーくんや情報屋を頼って手に入れてきたもの達だ。

 

 ラケルスス家の方は不本意ながらも、暫く滞在していたのである程度の事は分かっている。

 歴史ある名家だとか血筋だなんだと騒いでいるが、あれらも決して妄言ではない。

 本当に過去長い間その土地で貴族や資産家などと名前を変えてやってきているのだ。

 

 暗殺者を送り込まれたりと、人格者というわけでもない彼らがああしてデカい顔を出来るのには理由があった。

 先祖代々珍品、希少品、骨董品など昔からの歴史的価値やその有用性を買われた品の管理をしてきたのがラケルスス家である。

 国からの莫大な管理費が支給されており、品々の保護や管理を任されているのだ。

 

 長く続いているからそう言った品々があるのかなど正直分かったものでは無いが、その役割上新しく珍品が届けられることもある。

 まさに雪だるまのようにその立場を大きくしていったラケルスス家は多少の事では潰れない面倒くさい家となった。

 

(まぁ、俺的には人選完全にミスってんなとだけ言っておこう。)

 

 しかし、長く続いているものが腐敗するのは世の常だとでもいうように、近年のラケルススもその役割を真っ当にこなしているとは言えなくなっていた。

 

 ほぼ自室で勉強やらマナーやら修行やらと引きこもっていたジールにも分かるほどに、あの家の人達は仕事をしていなかった。

 どこかしらの上流階級のパーティーに顔を出したり、自身の屋敷で催し物をしたりと毎日着飾っているのだ。

 

 そしてそれを指摘した外部の者や、その役割を貰い受けようとした者が過去にはいたらしい。

 その報告書を読んだ時には、ジールも全力で応援したがその結果は良いものでは無かった。

 

 百種類近くの品々を完璧に管理するノウハウはラケルススにしか伝わっておらず、無駄に頭が回る歴代の当主たちは美味しい蜜を逃さぬよう物だけでなく、その管理方法も外部へ漏らさないよう徹底していたのだ。

 よって、代わりになる者が現れないためラケルスス家はその立場を脅かされることもなく今に至っている。

 これが、面倒くさい家と言われる所以だ。

 

(仕事しないのに、ギリギリのラインは守ってくるから嫌なんだよ。)

 

 まあしかし、それを知って大人しくしているジールでは無い。

 脱走の目処が立った時に、おっさん達が出かけているのを見計らってパクって来た物がある。

 

 いとこが生まれる前までは、ジールも管理方法の一部を教わっていたのだ。

 正直、国が大金をかけるのに納得出来るくらいには珍しい物や、有用性の高いものが多くジールは本格的に人選を心配した。

 

 そして、管理方法をしっかり学んだ物の中から拝借した(返すとは言っていない)のがジールの持っている鞄である。

 

 生き物以外ならいくらでも物が入る優れものだ。但し、カレーは入れちゃいけない。中でひっくり返って中の物がカレー臭くなるからだ。

 入り口さえ通れば体積も質量も増えない、入れた物さえ忘れなければ(この点だけは相性最悪)まさにドラ〇もんを名乗れそうな性能であった。

 

 肌身離さず持ち歩いている相棒、又の名をオタクの闇。それを労わるように撫でたジールは、タイミングよくかかってきた携帯を手に取った。

 

「…………。」

「……何か言ってよ。」

 

 受話器のマークを押してから、無言で耳に押し当てたジールは数刻前に別れたイルミからの言葉を待った。

 

「……あぁ。」

 

 念のため廊下の方に意識を向けながら、返事をしたジールは電話の向こう側から聞こえてくる騒がしい音に耳を傾ける。

 

「まあいいけど、そっちは大丈夫そうなの?」

「……燃えた金持ちのことらしい。」

「なに、人体発火?」

「……いや、郊外の屋敷だ。」

 

 多少の食い違いなどもはや誤差の扱いだ、ジールの言葉二割とイルミの読解力八割で状況を伝え終わったジールは黙りこくったイルミの様子を心配していた。

 

「ふーん、ならこれも関係あるかも。」

 

 警察側も何かしら掴んでいるはずだと、ジールが伝えた後のことだ。

 僅かな移動音のあとにイルミから画像が送られて来たそこには、あからさまに屋敷の周りを巡回している警官達の姿が写っていた。

 

「暇つぶしに今夜の仕事先を見に来たらこれだったんだよね。」

 

 先程見せられた写真の屋敷と同程度の建物には何かがありますよと言わんばかりの警備員がおり、昨日の放火と関係があるように思えてくる。

 

 それ等を踏まえて今までの警官達の発言を何とか精査しようとした所で、ジールはこの部屋に向かってくる気配を察知した。

 

「……この後は?」

「昼でも食べに行こうかな。」

「分かった。」

 

 ジールが警察に連れていかれようと気にしない。マイペースに過ごすらしいイルミは、ジールの声色が変わったことを察して秒で通話を終了した。

 

(珍しくデレてきたな。)

 

 こちらを心配してくれたのだろうと、図太い解釈をしたジールはノックの後に入ってきた見覚えのある二人に意識を向ける。

 

「お待たせしました。」

 

 ダンボールを抱えて戻ってきたヘレスメは、ジールに笑顔を見せながら荷物をテーブルの上に置いた。その後に続いて入ってきたドタブカは相変わらず厳つい顔面をしている。

 

 ジールは許可が出たのかとドキドキしながら目の前に座るドタブカを観察していた。

 

「上に確認をとってきた。資料の閲覧も問題ない、そこの箱から取ってくれ。」

 

 雑談などを挟むことなく淡々と進んでいくやり取りを、ジールは有難く思いながらヘレスメが開けたダンボールの中を見る。

 

 半分には物的証拠となるナツメトカゲの舌や、破片などが保管されている。残りはファイリングされた資料が綺麗に収められているが、ジールはそれ等を手に取る前にあるものに手をつけた。

 

 フィルムで保護されているそれは一枚の手紙だ。

 

(……やっぱり予告状が来てたか。)

 

 ジールには最初の問答で不審に思った部分があった。

 ドタブカがジールに犯行の有無を問いただした時の事だ。彼は“犯人”ではなく“共犯”かとジールへ訪ねてきたのだ。

 ジールはこれを聞いて他に主犯が分かっているかのような発言だと思った。

 

 監視カメラで見つけたりでもしたのかと考えたが、先程イルミから送られて来た写真を見てひとつの仮説を立てた。

 警察の事など刑事ドラマでしか知らないジールからすれば、犯行前に警察が動く理由は予告状一択だ。

 

 一瞬で燃え尽きたにも関わらず、一般人に被害が無いのも警察が予告状を見て事前に行動したからだと考えれば中々に筋が通る。

 

 そしてジールはもうひとつ気になっていたナツメトカゲの舌を取り出す。

 透明なケースに入れられたそれは形からしてもジールが売っていたものに間違いない。

 

 そのままケースを裏返し油袋の部分を観察したジールはひとつ納得するように頷いた。

 この間も、二人の警官は緊張しながらその様子を見ていたが集中しているジールには関係のない事だ。

 

(やっぱり相手は念能力者か……。)

 

 着火剤として有名なナツメトカゲの舌だが、本来は放火に使われるようなものでは無い。

 販売する際には、安全面から中の油を全て抜くように規定が設けられている。裏のルートでは油入りの舌が出回ることもあるが、ジールはクリーンな販売をしているのだ、当然規定に沿って油抜きをしていた。

 

(それに舌の油だけ使っても一部屋吹き飛ばすのが限界だろう。)

 

 屋敷を一瞬で燃やす程のポテンシャルはこの舌には無い。それを考えれば必然的に出てくるのは念能力者であった。

 

 ケースに入ったナツメトカゲの袋には、ジールが油を抜く際に開けた穴がある。その部分を中心に凝で舌を見れば僅かにオーラの残りが確認出来た。

 

(わざわざ道具を使ってくるのだから具現化系は無いだろう。時間が経ってもオーラが残っているということは放出系か、屋敷を燃やしたことを考えれば強化系や操作系もアリだな。)

 

 ふむ、と顎に手を当て思考の海に沈んでいたジールだったが、ここが取り調べ室であったことを思い出した。

 

 顔を上げれば、こちらを伺うようにじっと見ている二人と目が合う。それに驚きながらも、話を進めるためにジールははじめに礼を述べた。

 

「……ありがとう、色々分かった。」

「それだけでいいのか。」

 

 ドタブカが言っているのは取り出された予告状とナツメトカゲの舌の事だろう。

 ジールの知らないところで資料集めに奔走していた側としては拍子抜けである。

 

「いや、残りは後で見させてもらうが……、これについて聞きたい。」

 

 そう言ってジールが指したのは予告状だった。

 ジールの指につられて視線を移した二人は、これがどうしたのかと首を傾げていた。

 

「もう一件、届いてないだろうか。」

 

 思い当たる節があるのか、ハッと表情を変えたヘレスメはジールの方を見て頷いた。

 

「あります。今日の夜に犯行を予告したものが届いていると聞きました。」

 

 コピーなら直ぐに持ってこれると、手帳を確認したヘレスメはジールの返事もそこそこに出ていってしまう。

 

 そして残されたジールとドタブカは、互いに気まずい思いをしながら黙り込んでいた。

 ジールはファイルを取り出し読むふりをしながら沈黙を誤魔化し、ドタブカはコーヒーでも買いに行こうかと立ったり座ったりを繰り返している。

 

 そろそろ限界だとジールが悲鳴を上げかけたその時、個室のドアーがノックも無く開け放たれた。

 

「ドタブカさん!変質しゃ……来客が!」

 

 滑り込むようにして入ってきた若い警察官はとにかく慌てているようだった。

 きっとドタブカの居場所を聞いて走ってきたに違いない。肩で息をしながらドアーに手をついている警官は縋るようにドタブカを見た。

 

 慌てるような人物が来る予定はなかったはずだと、疑問に思いながらドタブカがその警官の方を向き詳細を訪ねようとする。

 その光景を見ながら、警官が言いかけた変質者の言葉に心当たりのあるジールは少し気まずそうに声をかけた。

 

「……すまない、俺の連れだ。」

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 先程の取り調べ室から移動したジール達は会議室の様な所で向き合うような形で集まっていた。

 

 片側には、ドタブカと予告状を持って戻ってきたヘレスメが微妙な表情をしながら座っている。

 その対面にいるのは入り口まで弟を迎えに行ったジールと警官の視線を独り占めしているヒソカだ。

 

(……似合ってるからって放置してたけど、警察署にこの格好は不味かったな。)

 

 ジールにとっては見慣れてしまった奇術師スタイルのヒソカだが、不審者を取り締まる場所では大層な悪目立ちをしている。

 とは言いつつもプロハンの仕事をしている時のジールも中々に不審者だ、弟の前だからとサングラススタイルで生活していなければ速攻で容疑者になっていただろう。

 

 そんなことは棚に上げ、着替えてくるように伝えれば良かったと考えながらジールは持ってきてもらった予告状のコピーに視線を落とした。

 

 そこに書かれているのは犯行場所や時間など見本のような予告だ、なにかの招待状に見えなくもない。

 また、コピーをもらったヒソカは隣でつまらなさそうに眺めていた。用紙をつまみ上げ薄目で眺めている様はまともに考えるつもりがないことを全力でアピールしている。

 

 予告状に書かれている時刻は15時ジャスト、予告通りならばあと30分程で事件が起こるだろう。

 ヘレスメの話では、別の班が現場に向かっているようで放火のあった屋敷の事件とは別で考えられているらしい。

 というのも、人の集まるこの時期は金目の物を狙って犯罪を犯すものも少なくない、またマフィアなどの危険人物が集まっているためオークションの時の警察は多忙であった。

 ぶっちゃけて言えば犯行予告など珍しくなく、中にはイタズラも混ざっている。放火の時に書かれていた名前と今日の犯人の名前も違う物だった為、別事件として扱われていたらしい。

 

(まあ、ツバメの会のことを知らなきゃ偶然タイミングが被っただけとも言えるしな。)

 

「この屋敷まではどれくらいかかる?」

 

 ちらりとヒソカがジールの方を見る、ジールはドタブカ達の方を向きながら予告にあった屋敷の場所を指さした。

 

「今から出れば、15時までには着けます。」

 

 ジールの意図を汲み取ったヘレスメがそう返せば、車を取ってくると言い残しドタブカが部屋を出て行った。

 

「……わかった、君達はそれで来い。」

 

 そう言って立ち上がったジールを、ヘレスメはどういうことかと口を開けながら見上げている。

 大体伝えただろうと満足したジールはそれに気づかないまま。楽しそうにしているヒソカに目配せをし出ていった。

 

 車なんかよりも早く行ける方法があるのだからと、街中を走っていくジールの横に並んだヒソカは建物の隙間を飛び越えながら話しかけてくる。

 

「捕まえるの?」

「……あぁ。」

「ボクも手を出していいんだろう♠」

「……口は塞ぐなよ。」

「分かってるよ♥」

 

 署の中はつまらなかったらしい、出てきた途端饒舌になったヒソカはニコニコしながら道を間違えそうになるジールを案内している。

 

 地図を一々出さないと場所が分からないジールは便利だなと考えながらいつの間にか前を走っているヒソカの後を付けていく。

 人々を下に見ながら信号も無い場所を突っ切る。

 

 予告状に書いてあった名前はなんだったかと思い出していたジールは相手のことについて思い出したことをヒソカに伝えた。

 

「……相手は念能力者だか「 へえ♥」」

 

 珍しく言葉を遮られた上に目の前の人物が興奮しているのを見れば、ジールはわざわざ忠告しない方が良かったかと後悔したくなる。

 気を抜くなと言うつもりが、微妙に逆効果な気がしてきた。

 次から言うのやめとこうかなと、ジールが現実逃避を始めたところで二人は目的の場所へと到着する。

 

 イルミが先程送ってきた写真の場所と同じ所だ。何故暗殺者にも依頼を出しているのかを後で考えたいなと思いながらジールは絶を使って警察官の間を抜け敷地へ侵入した。

 

 何も言わずとも後を着いてきたヒソカを確認したジールは、意味の無い礼儀正しさを発揮して玄関から屋敷の中に入っていく。中を物色しながらリビングの方へ向かへば、ソファーの横に置かれたツバメの像を発見した。

 

(……ビンゴ。)

 

 思わず指を鳴らしそうになったジールは深呼吸をして後ろのヒソカへ振り返る。

 自分は色々調べているが、ヒソカがツバメの会について覚えているかを確かめるためだった。

 

「ひー君はツバメの会を覚えているか。」

「ん?覚えてるよ飛行船のやつでしょ♦」

「……他に知ってることは?」

 

 首を横に振ったヒソカは何かあるのかと不思議そうな顔を見せる。

 その表情を見て嫌な気分になっていないことを確認したジールは自身の調べてきたことを伝えておこうと決めた。

 何から話すべきかと記憶を漁っていたところで、ジールは屋敷内に現れた強いオーラの気配の方へと走り出した。

 

 時間を確認すればまだ予告の時間ではない、先に準備でもしに来たのかと勘ぐりながら屋敷の外れに向えば仕掛けが終わったのかオーラの気配が徐々に弱くなっていく。

 

(話も途中だったのに、タイミング悪いぞ。)

 

 しかし思考とは裏腹に、やっと巡ってきたチャンスを逃すものかとジールは一段とスピードを上げて屋敷の裏へ回り込んだ。

 

 見える影は敷地内の林へ消えようとしている。鞄からナイフを取り出したジールはその背に向かって得物を投げるが躱されてしまった。

 

 ちょこまかとナイフの軌道を読んで避けているらしい影にイライラを募らせたジールは距離を詰めて数本のナイフを同時に投げる。

 

 そのうちの二本は相手の胴体と足に向かって真っ直ぐ飛んでいく。残りのナイフは同時に投げるのに慣れていないからか、影から大きく外れてしまっていた。

 

 その事に気づいている相手はそれまでと同じように二本のナイフを避けた、残りのナイフも掠ることなく落ちていくだろうと影が逃亡しようとしたところで、その背中にナイフが刺さった。

 

 死角からの攻撃にいつナイフが投げられたのかと驚き振り返れば眼前にはオーラが迫っていた。

 

 ジールは動きを止めた相手をオーラで簀巻きにしながら自身の足元へ引き寄せる。

 

 相手がナイフの軌道を正確に読んでくることを逆手にとり、避けないであろう場所でナイフを止めたのだ。

 

 落ちるはずだったナイフが見事相手に刺さり捕らえる隙を作ったジールは見事にオーラで捕まえた。

 こちらに引っ張った時に固定されたナイフが肉を切ったのはご愛嬌だ。

 

「あれ、もう捕まえちゃったの♠」

 

 置いていかれたヒソカが窓を乗り越えてジールの元へやってきた頃にはロープで手足を縛られた男がジールに監視されていた。

 

「ボクも楽しみにしてたのに♦」

「……。」

 

 落ち込む仕草を見せながらジールの足元にしゃがみこんだヒソカは不満をありありと見せながらジールを見上げた。

 呼び出しておきながら置いていったことに少々の罪悪感を刺激されたジールは、息を吐いて近くに建っているビルを指さした。

 屋敷の裏に存在するその屋上は、こちらを監視するのにピッタリだろう。

 

「……あちらが当たりだ。」

 

 聞いた瞬間目の前から姿を消したヒソカを思い、これでチャラかなと考えたジールは屋上で引き止めた相手をいつ解放するか、ヒソカの動きを予想しながら探っていた。

 

(固まったままの相手はつまらないだろうし、サービスサービス)

 




次回はツバメの会について進展します。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
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連行した。

今回は、ヒソカの戦闘からです。

よろしくお願いします。


 屋上へやってきたヒソカは目的の人物を直ぐに見つけることが出来た。

 緑の髪色をした人物は双眼鏡を覗いた姿のまま固まっている。こちらに気づいていないわけでは無いだろうに動かないのは何故かと覗き込もうとしたところで、ヒソカ は兄の能力を思い出した。

 

 そうだった、と頷きながら冷かしてやろうかと改めて顔を覗き込んだヒソカは一瞬で距離をとるために後ろへ飛ぶことになる。

 

 兄のオーラが消えた瞬間に、目の前の人物が風を切るように拳を振りヒソカの顔面を狙ってきたのだ。

 わざとなのか、いやらしいタイミングで解除された能力にヒソカは唇を湿らせながら視線は外すことなく前へ向けられていた。

 双眼鏡を仕舞いながら空ぶった拳を慣らしている相手は街中に馴染みそうな格好をしている。

 

 しかし、目の下の濃いクマと両頬の縫い傷は服装と反するように目立っていた。キヒッと零された声に、相手の様子を観察すれば間髪入れずに接近されていることに気づくだろう。

 

 ヒソカが反射で取り出したトランプを使い何かを受け止めれば、ジュッと物が焼ける音がした。

 それに意識をとられてトランプを見ている間に、相手は再び距離を取るように元の位置へ戻っている。

 

(あっ、ツバメ。……僅かにオーラを感じるし目印かな♣︎)

 

 先程接触したのは金属で作られた印章らしい。

 手のひらで弄びながらこちらへ見せつけてくるのは挑発なのか、赤い取手を逆手で掴み再び接近してきた相手に新しいトランプで対抗しながら空いた脇腹に一発入れようとヒソカは拳を振った。

 

 ジュッ。

 

 音を立てたのはトランプでは無い、一瞬の熱さに腕を引いたヒソカは確認するように手の甲を見る。

 そこには、一つ目のツバメを鏡写しにした印がついていた。直径は2cm程の小さい焼印だが、ヒリヒリとした痒みを感じる。

 

 感心したようにその印を眺めていたヒソカだが、距離を取った相手が独特な声を上げたところで、その意識は相手に向けられる。

 

「キヒッ、キヒャヒャヒャヒャ。」

「変な笑い方だね♦」

 

 街中でやれば通報一択の笑い声も、ヒソカを動揺させる物にはならない。至極平静な反応を返しながら相手の手元を観察すれば、さっきまでなかった青い印章を持っていることに気づく。

 

 変なテンションではあるが、戦闘に関しての経験は多いらしい。相手に有利な流れになっていることはヒソカも気がついていた。

 

handclap!(出会う!)

 

 相手が叫んだ瞬間、地面に捨てたはずのトランプがヒソカの手に刺さっていた。

 

 ポタポタと落ちていく血を眺めながら相手の能力について思考を巡らせているヒソカは兄の当たりという言葉を思い出しながら口角を釣り上げた。

 

(これは……具現化系か、操作系かな♣︎)

 

 オーラでガードしていなければ今頃手首から先は無くなっていただろう。未だにめり込み続けているトランプを抜き取ったヒソカは付着した血を払い落とし指の間に挟み込む。

 

「熱い贈り物をどうもありがとう♦」

「喜んでくれて嬉しいぞ。」

 

 キヒッと不気味な声を漏らしながら会話に応じた相手は両の手に持った印章を回しながら柵の方へと歩いていく。

 ヒソカは変化させたオーラを隠しながら、次はどんなことが起こるのかと観察していた。

 そして隙も見せずに柵まで辿り着いた相手はそのまま赤い印章を柵に押した。先程よりも低い音が鳴り、柵の一部からは煙が上がっている。

 

「黒い奴の仲間かは知らないが、生憎と遊んでいる暇は無いんだ。」

 

 handclap!(出会う!)と呟いた相手は、その場から逃げるためか、柵を飛び越え建物の縁へ降り立った。

 一方のヒソカは手の甲が先程と同じように光ったのを目視すると同時に、その腕ごと柵の方へ引っ張られていった。

 鈍い音を立てて手の甲が柵の印に激突し、赤と青の印が重なると腕はピクリとも動かなくなってしまう。

 

(なるほど二つの印でワンセット♥引き付け合う基準は新しく押されるごとに更新されるのかな♠)

 

 ヒソカが柵に固定されたのを確認した相手は、言葉を残しその場から飛び降りようとした。

 

wave hands(仲良し)

 

 キーワードになっているのだろう、痒い程度の火傷とは違い溶けてしまいそうな熱を持った印がヒソカの身体を蝕んだ。

 地上からはなにやら爆発音のような物も聞こえてきたが、ヒソカの意識はガムを付けた相手に向かっている。

 

 飛び降りようとした身体はヒソカのバンジーガムに引っ張られ、建物の壁にぶつかりながら引き上げられたのだ。

 

 一本釣りのように持ち上げた相手を屋上の床へ乱雑に落としたヒソカは、印のついた手の甲を皮ごと切り離す。

 それなりのダメージを受けている相手を見ながらヒソカは分かりやすく足音を立てた。その手はオーラで包まれているが、肉の間から白いものが見え隠れしている。

 

「…キ、ヒッ。」

 

 近づいてくるヒソカに対して、なんとか起き上がった相手は強く打ち付けた片腕を庇いながら対峙する。

 

「ねぇ♦キミの発はそれで全部かい?」

 

 先程よりも格段に減ったオーラの量に目を細めながら、ヒソカは相手の間合いまで躊躇うことなく入っていった。

 焦燥に身を焼かれた相手が、本能のままに攻撃をしようとヒソカには軽く防がれてしまう。

 

 折れた骨を気にしなくなるまで殴り合い、やっとの思いで印を付けた相手は勢いのまま地面に印章を押し付けた。

 ヒソカの肩に着いた印はその皮膚の上に黒々としたツバメを乗せている。

 消費オーラを気にする余裕も無く、handclap!(出会う)と叫ぶ相手だが、その地面に引き寄せられたのはただのハンケチだった。

 

「はっ、」

 

 何かがズレた。そう察した相手が顔を上げるのと、ヒソカの蹴りが顔面に入るのは同時であった。

 印章を押すためにしゃがみこんでいた相手は勢いのまま吹っ飛び、柵にぶつかって停止する。

 

「なら、もういいかな♣︎」

 

 ドッキリテクスチャーで偽装した部分へ拳を誘導し、見事に印を克服したヒソカはトランプを混ぜながらゆっくりと近づいていく。

 まあまあ楽しめたが、代わり映えのしない戦闘は退屈なだけである。念能力もタネが分かってしまえば、攻略するのは簡単だ。

 

 そして、そのままトランプを投げようとしたヒソカは数刻前のジールの言葉を思い出した。

 地下闘技場と違いこの場で首を切れば、確実に兄がジト目で睨んでくるだろう。

 放つ直前に思いとどまったヒソカの指先はトランプの軌道を僅かに逸らした。切れ味抜群なトランプは首の横を掠めながら、無事に背後の柵へと突き刺さる。

 

 最後の殺気に当てられたのか、気絶した相手を担いだヒソカは溶けかけた柵に足をかけた。

 そして勢い良く飛べば、着地するのは屋敷の雑木林だ。木と荷物()をクッションに降り立ったヒソカは、裏庭で待っている兄の元へ駆けていく。

 

 戦闘を譲って貰った礼を伝える為に、あわよくば言いつけを守ったご褒美を頂戴出来ないか強請るために。

 ジールの所へ一直線に向かっていくヒソカにとっては視界に入る崩壊した屋敷など背景に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 屋上に赤い頭が登ったのを確認して能力を解除したジールは、簀巻きにした人物の事を観察する。

 脱げたフードの下からはひとつに結ばれた紫色の髪が出てきた。大きめなパーカーのせいで性別は分からないが、身長から見て大人だろう。

 

(……暇だな。)

 

 ヒソカを見送り自身が見張っておく人物も気絶している。何か忘れている気もするが、やることが無くなったジールは先程投げたナイフの回収に向かった。

 

 草をかき分けながら地道にナイフを探すジールは裏方作業をしている気分である。

 

 何本投げたのかを思い出しながら、刃こぼれの有無を確認し鞄に仕舞っていく。

 侵入者が起きた後をどうするか考えているジールは、やはり何かを忘れている気がした。

 

 そしてきっかり九本のナイフを回収し、簀巻きの所へ戻ろうとした所でジールの携帯からアラームがなった。 

 一瞬何のアラームかを考えたジールは予告状のことを思い出し、全力で簀巻きに駆け寄る。

 

 バンッ!!!!

 

 屋敷の方から鈍い音がしたかと思えば、爆風に乗って崩れた壁が裏庭全体に飛んで来きている。

 気絶し、オーラの維持もままならない人物の襟首を掴んだジールは間一髪で雑木林に逃げ込んだ。

 

 木をへし折って飛んでくる大きな瓦礫を砕きつつ屋敷の方を見れば、完全に倒壊しているのが分かる。

 

(やっちまった。そりゃ帰り際なんだから仕掛け終わってるよね。)

 

 意外にもツバメのことで熱くなっているのかもしれないと、自身のことを分析しながらジールは敷地に入ってくる警察官を眺めていた。

 犯人を捕らえたことで気が緩んでいたのか、防げたかもしれない事件を見逃したことに罪悪感が湧いてくる。

 

 片手で引き摺ってきた簀巻きの人物を担ぎ直したジールは、警察の人達と合流しようと雑木林からひょっこり顔を出す。

 ここの家主をターゲットにしていたイルミにも連絡を入れなければと、ジールが携帯を取り出したところで先程まで立っていた部分に何かが落ちた音がした。

 

 片手に携帯、もう一方に簀巻きを抱えたジールは、何事かと後ろを振り返る。

 そこには、緑の髪色をした人物を下敷きにしたヒソカが立っていた。

 痛そうだなとジールが緑色の人物に同情していると、こちらに気がついたヒソカが笑顔で走ってくるのが見えた。

 

「兄さん、捕まえて来たよ♥」

 

 捕らえた人物を放置し、堂々とのたまったヒソカは既に侵入者への興味を無くしていた。

 そうか、と頷き頭を軽く叩きながら宥めたジールは肉が抉れているヒソカの手に気づく。

 

「……どうした。」

 

 何を言われたのか分からなかったらしいヒソカが首を傾げるのを見て、手の甲を指さしたジールは改めて問い直した。

 なんて事ないように切り離した話をジールにしたヒソカは、持ってくるねと言い残し緑色の人物の元へ戻ってしまう。

 

 切り離された状況を想像したジールは僅かに眉を寄せた後、落ち着いたら手当てをしようと心に決めた。

 そして、取り出したままだった携帯を開き一番上にある番号へ電話をかける。

 

「……大丈夫か?」

『何が?』

「先程の屋敷が爆発してな、任務の方に支障は無いのかと……」

『ああ、それならホテルに泊まってたから問題無いよ。』

 

(つまり仏さんになられたと。)

 

 イルミの任務が無事に終わったことを喜びながらも、屋敷から避難した先で殺られてしまう家主に手を合わせる。

 その後に、食べた昼食の話や放置している店の様子を見に行って欲しいと話していると、回収しにいったヒソカが戻ってきた。

 

「……ああ、商品の片付けを頼みたい。」

『3万ジェニーならいいよ。』

「誰と話しているんだい?」

 

 背後から覗き込むように近づいてきたヒソカは、ジールの腕から簀巻きの人物を引きずり落とした。

 

(名前言えば良いのか?えっ、友達って言って大丈夫なの?違うって言われたら傷つくぞ。しっくり来るのはお兄ちゃん同盟の同士かな、……ひー君に引かれそうだな。)

 

 空いた肩に顎を乗せてこちらを見てくるヒソカに視線を合わせながらジールは口を噤んでいる。

 

『誰かいるの?別に隠さなくてもいいよ。』

「ホラ♦紹介してよ♠」

 

 電話越しにも聞こえているらしい、ますます答え憎くなったジールは必死に無難な言葉を探した。

 

「……仲のいいイルイルだ。」

「へぇ♠」

『へぇー。』

 

 両サイドからの微妙なリアクションに、ジールの心はバクバクだ。いつものように笑っているヒソカも、顔が見えないイルミも何を考えているか分からないジールからすれば何か言って欲しくてたまらなかった。

 

「兄さんって知り合い居たんだ♣︎」

 

 まさかのボッチ疑惑に驚いたジールは、携帯を落としそうになる。弟に寂しい奴だと思われていたなんて知りたくなかった。

 

『そっ、仲良くお話ししてるの。』

 

 とりあえずイルミから否定の言葉が入らなかったことに安心したジールは、裏手までやってきた警察官を見て電話を切った。

 

「よろしく。」

『りょーかい。』

 

 携帯を鞄に仕舞ったジールは、足元に転がされていた侵入者を拾い上げながら後ろを振り返る。

 

「そっちを持って来てくれるか?」

 

 

 

 合流したドタブカとヘレスメに犯人確保を伝えると、二人や周りの警官はヒーローを見るように尊敬の眼差しを向けてきた。

 罪悪感をバシバシ刺激されながら身柄の扱いについて話すジールの背中は冷や汗でびっしょりしている。

 

 予告状を受けて屋敷の人間を避難させて、人的被害はゼロだったからだろう。

 屋敷が爆発されたことを大して気にしていない警官達に、開き直ってしまおうかと悩むジールは終始笑顔だったヒソカを見て諦めた。

 

 そして、無事身柄の引き取りに成功したジールは形から入ろうと手錠を譲り受け二人の侵入者に装着する。

 

「……終わったらそちらへ護送しよう。」

「はい、ご協力ありがとうございます!」

 

 敬礼のポーズで見送られたジールは、一旦泊まっている宿へ戻る事にした。

 

 

 

 

 

 人の流れが途切れることを知らない街の上を通って、宿の裏口から部屋に入る。

 道中、不運にも起きてしまった緑髪の人物はもう一度ヒソカに眠らされて部屋の床に転がされていた。

 

「この後はどうするの?」

 

 久しぶりに戻ってきた宿でダラケているヒソカは、ベッドの上からジールに声をかけた。

 その手元にはジールから渡された消毒液や包帯が握られている。

 

「……どちらかを起こす。」

 

 壁にもたれさせ、座った状態の人物へ近づいたジールは軽く肩を揺する。ひとつに束ねた髪が合わせて揺れるのを見ながらそれを何度か繰り返せば、紫髪の人物は唸り声を上げた。

 

「…………起きたか、これからお前達にはいくつかの質問に答えてもらう。」

「は、い?」

 

 目を瞬かせながらこちらを向いた人物は、未だに状況が飲み込めていないようだった。

 

「……名前は?」

 

 目の前の声の主に気づいたのかジールが質問すると同時に動きを止め、その人物は逃げだそうと腰を浮かせた。

 しかし、それを見過ごすジールでは無い。相手の肩を壁に押し付け、乗せた膝で足の動きを止めたジールはもう一度ゆっくり問いかけた。

 

「……テレス。」

「屋敷を爆破させたのはお前達だな?」

「っ、……ああ。」

 

 黙り込もうとするテレスの首に手を当てたジールは脅すように指先へ力を込める。

 

「……ツバメの会は知っているな?」

「知ってる。」

「何故屋敷を狙った?」

「そういう活動だから。」

 

 未だ反抗的な様子を見せるが、質問には答えを返している。ジールは相手のオーラを注意深く見ながら、その後も幾つかの質問を重ねた。

 日常的な犯罪の証言は取れたが、組織的なことには詳しく無いらしいテレスの首元からジールは手を離す。

 

 きっちりボイスレコーダーに保存し、そのチップを取り替えると、もう一人の人物へと向き直った。

 

「……詳しく聞かせてもらおう。」

 

 そろそろ起きただろうと、緑髪の人物に近づいたジールは手っ取り早く済ませようとナイフを目の前にチラつかせた。

 

(何か、どこかのチンピラみたいだな。)

 

 座り込み、ナイフの背で頬を叩くのはガラが悪すぎると反省したジールは、相手を壁にもたれさせ目の前でその刃を見せるだけに留めた。

 

「……名前。」

「ラスだ。」

「お前達の拠点は?」

「最近は、駅近のホテルに泊まってるぞ。」

「本拠地だ。」

「キヒッ、言うと思ってるのかい?」

 

 状況を理解した上で煽ってくるラスに、ジールはナイフで床を突きながらその顔を凝視する。

 

(リアルでそんな笑い方する奴初めて見たわ。)

 

 黙ったジールの事をどう思ったのか、相手は頬の縫い跡を歪ませながら笑ってくる。

 それに対して、長引かせるつもりは無いとナイフを顎に這わせながらジールはオーラの量を増やした。

 

「……言え。」

「い、言いたくないんだぞ。」

 

 ここで見逃すのも面倒だと、なんとか口を割らせたいジールは苦手な交渉を頑張るつもりのようだ。

 

「なぜ?」

「……。」

「大切な仲間でも居るのか?紫の方は個人プレーだと言っていたぞ。」

 

 手当てを終えたヒソカは、後ろから観戦しているようだ。緊張しているように揺れるオーラを見ながらジールはゆっくり問いかける。

 

「……友人?恋人?それともボスが大事か?」

 

 最後の単語に大きく揺れたオーラを見たジールは、自身の目的を振り返り上手く折り合いを付けれないかと考える。

 

 そう、ジールの目的はラケルススのおっさんをタコ殴りにする事だ。

 それに加えて、ツバメの会からおっさんが事件に関わっている証拠を見つけ、関係者全員をブタ箱にぶち込むことを決めている。

 

 細々としたおっさんの悪事の証拠なら、ジールは既に入手しているが肝心の飛行船の事件についてはツバメの会のガードが固く分からなかった。

 全力で復讐した後に突っ込む為のキツい刑務所もリストアップが済んでいる。その為に冤罪でも何でもふっかけてやるつもりだ。

 

 その復讐の考えに至った経緯は長くなるためここでは省くが、つまりジールはツバメの会全体を潰すつもりは無いのだ。

 

(まあ、全員が飛行船の件に関わってるなら別だけど、慈善活動してるだけの人に手を出すつもりは無いのさ。)

 

 ジール的には、ラスの大事な人に被害が行かないことを条件に場所を吐いてくれないかと交渉しようとしていた。

 まあ、傍から見れば大切な人を人質に取ろうと探っている輩にしか見えないが。

 

「そのボスが、爆発の指示を出したのか?」

「……出てない。」

「では、お前達の行動は知ってるか?」

「分からない、俺達が勝手にやってるだけだぞ。でも彼奴は頭いいし、知ってると思う。」

 

(うーん、グレー!)

 

 完全に知らないなら手網を握っておくように言って見逃すのもアリかと思ったが、これは相手に会わないとなんとも言えないなと、ジールは頭を悩ませる。

 

「何故ボスを慕っているんだ?」

 

 さっきの饒舌っぷりとは一転して、ラスはニヤリと笑って喋らなくなってしまう。どうやらあの変な笑い方は威嚇に含まれているらしい。

 

「……警察に言うわけでもない、聞かせろ。」

 

 直ぐに手を出すわけでは無いと言えば、それだけが懸念事項だったのか、拠点を言うよりはマシだと思ったのかラスは口を開いた。

 

「良い奴なんだよ。」

「もっと。」

「……俺とボスは同じ孤児院で育ったんだ。彼奴はなんでも出来るからどんどん出世して、色んな事をしてるんだぞ。俺の事もツバメの事業に呼んでくれた。小さい頃から尊敬してるんだ。」

「……その事業の中で犯罪をすれば迷惑になるだろ。」

「それはそれ、これはこれ。だって俺金持ち嫌いだし。」

 

 ジールは思わずため息をつきそうになるが、ラスのアホさ加減に気を抜くのはまだ早いと、一番大切な質問をした。

 

「……お前は、五年前の飛行船の事件に関わっているか?」

 

 隣のテレスは、ツバメの会に入りたてで事件のことすら知らなかった。

 目の前の人物はどうなのか、じっと見つめてくるジールに居心地の悪さを感じたのかラスはキヒッと笑ってその気持ちを誤魔化した。

 

「関わってるっていうのがどこまでかは知らないけど、会場を使いたいって奴なら会ったぞ。あとは知らない。」

 

 本当にボスに関わること以外ならなんでも答えてくれるラスに、ジールは興奮を隠しながら詰め寄った。

 

「……そいつは誰だった。」

「覚えてないよ、パドキアの資産家とか言ってたはずさ。」

 

 こっちも色々やってたから、好きにしろって言って終わりだぞ。と言ったラスはジールの反応を緊張しながら待っていた。

 

 そのジールは、聞き覚えのあるプロフィールに復讐項目を増やしながらも、やっと出てきた尻尾にスタンディングオベーションしている。

 ちなみにヒソカは話半分にトランプで遊び始めていた。

 

(あとは、ボスがどういうやつかにもよるけど直接関わってないならブタ箱に送るだけでいい。)

 

「……さて、本拠地の場所だが。」

「言わないって言ったじゃないか。」

「……警察に突き出すのは犯罪者だけだ。」

 

 その言葉に、テレスは肩を弾ませ落ち込んだように俯いた。しかし、反対にラスは希望を見出したようにジールを見た。

 なかなかに慕われているなと、まだ見ぬボスを想像しながらジールは言葉を促す。

 

「本部はイーガートンのビルにあるけど、聞きたいのはそこじゃないんだろう?」

 

 本部は慈善事業を行う団体として会社の名義で借りられているものだ、そこのトップの名前は世に大々的に出ているが、ラスの言っているボスはその人では無いだろう。

 経歴も真っ白であったし、孤児院出身でもなかったはすだ。

 

「君のボスは頭が良いんだろ、心配するな。」

「…そうだよな。俺達がいつも集まってるのはその街にある港の倉庫さ。対外的には空き倉庫になってるはずだぞ。」 

 

 ジールの拙い話術にすら言いくるめられてしまうラスに色々な意味で心配になってくるが、ジールとしては有難い限りである。

 

 

 暇をしているヒソカに、イーガートン行きの飛行船を取るように指示を出しながら、ジールは目標に近づく安心感に浮き足立っていた。

 

 直ぐに気を引き締め直したが、花束でも持っていたら誰彼構わず配り歩きそうなくらいには盛り上がっている。

 

(薄毛の心配してられるのも今のうちだぜ、おっさん?)




次回はツバメの会の拠点です。残りの秘密もあと少しで区切りが着きます。

ここまで読んでいただきたいありがとうございました。
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捕捉した。

今回は戦闘パートがあります。

よろしくお願いします。


 突然だが、嫌いな人物への対応は人それぞれ違ってくるだろう。

 今、警察署で引渡しの書類を書いているジールにも嫌いな人の対処法というのがある。

 

 それは、近寄らない、考えないという嫌いな奴とは関わらないスタイルだ。

 過去、コミュニケーションを取るのが下手なジールはそうして嫌いな人を避けてきた。嫌うほどの人物はそう多くは無かったが、基本は嫌いになった瞬間にそっとフェードアウトさせてきたのだ。

 

 

 何故この話が出てくるのか、それはジールがこの世界で唯一嫌っている人物について関係している。

 

 きっかけとなった事件について、ジールは両親が天国で幸せに暮らせるよう祈ることで心の整理をつけてきた。

 そして、いままでのようにおっさんの事を忘れて楽しく生きていこうとしたが、これが中々上手くいかなかったのだ。

 

 ラケルススに居た時は近くにおっさんがいたからかと思ったが、解放されてからも忘れる事が出来なかったジールはかなり悩んでいた。

 

 そのままおっさんの事を思い出しては悩み、忘れようとしても上手くいかなかったジールは自己分析の末ひとつの結論に至る。

 

(よし、募った恨みを晴らせば忘れるだろう。)

 

 かなり不器用な話だが、ジールが今まで嫌ってきた人に対する感情など簡単に忘れられるものばかりだったのだ。それと同じ方法で色々な感情を向けているおっさんの事を忘れようとしても無理な話だろう。

 ということでジールはその恨み辛みを晴らすために、復讐することを決めた。

 

 

 さて、ここまで来れば後は簡単だ。

 おっさんがどうなればジールの感情は収まるのか、復讐の方法を考えるだけである。

 ジールはハンターライセンスを手に入れたということもあり、最初はおっさんを殺してしまおうかと考えた。

 

 しかし、ジールは別におっさんに死んで欲しいと思っている訳では無い。正直、死んでいても生きていてもどっちでも良いと思っていた。

 そこでどうせ鬱憤を晴らすのなら辛いやつを用意しようと生きて寿命分の反省をして貰う方針に決定したのだ。

 

 あとの計画は今のジールを見て貰えれば分かる通り、着実におっさんを社会的に殺してブタ箱に突っ込む準備をしている。

 

 一生分の償いと考えておきながら自身で数発殴った後は刑務所に入れるあたり、いかにおっさんの事を嫌って関わりを絶とうとしているかが分かるだろう。

 

 その第一歩として、ツバメの会の情報を得たジールはかなりご機嫌で書類に目を通していた。

 

 ヘレスメにテレスとラスの身柄を渡し、必要な書類にサインをしたジールは、外で待っていたヒソカと合流する。

 

 こちらに気づいたヒソカは、凭れていた壁から背を離してこちらへ駆け寄ってきた。そして、その懐から取り出したチケットをジールへ手渡してくる。

 宿に居た時は暇そうにしていたが、ジールとの船旅は楽しみのようだ。

 

 予約の取れた飛行船のチケットを見ながら、ジールは初めておっさんと出会った時の事を思い出す。

 

 胡散臭い話し方、神経を逆撫でる発言の数々。おかげで病室が嫌いになったジールはあの時空気を読んで飲み込んだ言葉がある。

 

(バリアとエンガチョどっちがいいかな。)

 

 対人スキルが低いからか、微妙なワードチョイスである。しかし、数年単位で書き溜めた殴り方リストにはえげつない数の方法が並んでいた。

 

「ねえ、飛行船の中で何かしようよ♥」

 

「……ああ。」

 

 

 日付も変わりそうな夜分に、二人並んで歩く姿は微笑ましいものであった。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 オフィス街を抜け、海風が吹き付ける倉庫地帯。そこでは海の黒さがその日の終了を示すようにひっそりと空に同化している。

 

 日中の喧騒とは打って変わって静まり返った港の隅。その堤防に座り込んでいる二人は、海の静けさに合わせて小声で何かを話していた。

 

「……中は30人くらいだろう。」

 

 先程まで高台から例の倉庫を観察していたジールは、周囲の確認をして戻ってきたヒソカと情報の擦り合わせをしていた。

 

 単眼鏡を鞄に仕舞い、トランプで遊んでいるヒソカを見る。コソコソと話すのが楽しいのか顔を寄せてきたヒソカは、そのまま自身の見てきたことをジールに報告した。

 

「周りには誰もいなかったよ♠」

 

 派手にやっても大丈夫さ♥と言ってくるヒソカに建物の賠償金が請求されたらどうしようかと考えながら、ジールは真剣な眼差しを向けた。

 

 唐突な変化にその場の空気が重くなる。

 離れた所で小声で話すなどわざわざ茶番を挟むくらいには余裕であろうジールが緊張感を漂わせているのだ。ヒソカもトランプを触る手を止めて真顔になっていた。

 

 ここ一番の張り詰めた空気の中、賠償金よりも重要だと認識しているジールはゆっくりと口を開く。

 

「……何人とやりたい?」

 

 サァーッと、二人の間を風が通る。

 兄の質問の意図を正しく理解したヒソカは眉をキリリとさせて答える。

 

「譲ってくれるのかい?」

 

 いつもならヒソカの好きにやれば良い、と目の前で変態化しない限り手を出さないジールだったが、今回ばかりは違う。

 

 最高にハイってやつの一歩手前まで来ているジールは、ここらで発散しておく必要があった。

 それをなんとなく理解しているヒソカは、こうして兄から提案されるとも思っていなかったようだ。

 

「……人数にもよる。」

「じゃあ、兄さんとボクで0-30♦」

「……。」

「冗談さ♥10-20でどう?」

「なら、念能力者は全員貰うぞ。」

 

 傍から見ればどうでも良さそうなことを、二人は真面目に話し合っている。

 

「えぇ、それは狡くない?……わかったよ仲良く半分にしようじゃないか♣︎その代わり念能力者が奇数だったらボクが多く貰うからね♥」

 

 15人ずつ、念能力者の扱いについても納得したジールは満足そうに頷き、堤防の上に立ち上がった。

 しかし、なんともくだらないことに真剣になっているようだ。ジールがこのやり取りが不毛であると気づくのは、数分後になるだろう。

 

 獲物の取り分を決めた二人は堤防から飛び降り、悠々と目的の倉庫へ近づいていく。

 裏から回ったり、罠を仕掛けたりなどはしない。オーラの感じからしても大半は非念能力者だ。

 

 そして全力でカチコミをしたいジールと、戦闘を楽しみたいヒソカからすれば正面から行儀よくお邪魔するのは決定事項であった。

 

 近づくと、重い扉の隙間から漏れる光が目立ってくる。ジールがそのドアに手をかけ横に開けようとしたところで、ガチャッと鈍い音がしたが気のせいだろう。

 

 そのまま引けば金属が割れる音と共に扉は勢いよく開いた。

 

「邪魔するぞ。」

 

 スライド式の鉄扉が大きく鳴りながら開ききる頃には中の視線が全てその入口に集まっていた。鍵を無理やりこじ開けた人物に注目しているようだ。

 

 中にはいくつかのコンテナとそれに腰掛けている構成員や、持ち込んだらしいテーブルで飲んでいる者たちがいた。

 

 意気込んだジールは深呼吸をしながら構成員達の様子を観察している。

 そして、ジールがどうやって半分にするかを決めようと隣りにいるヒソカを見た時、そこには誰もいなかった。

 

(あぁ!ひー君に出し抜かれた!!)

 

「うわぁぁぁ!」

 

 横に向けていた視線を倉庫の中へ向ければ、右手側で血しぶきを上げて倒れる人が見える。

 ヒソカは既に次の相手へ狙いを定めたのかその血溜まりの元にはいない。

 

 大人数にはしゃいでいるのか、手加減しなくても良いのが嬉しいのか、サクサクと切り倒している姿を眺めていたジールは慌てて走り出した。

 

 あのままいけばヒソカに全員取られてしまうと思ったのだろう。事実、半分だと話していたヒソカにそのつもりは無く、兄が遅かったら横取りしてしまおうかと考えていた。

 

 そして、未だに何が起こっているか理解しきれていない構成員達は、武器を構え始めたり、中腰で立ち上がったままだったりと連携が取れずにいる。

 

 ジールは走っている勢いを使って一人目に近づくと、ラリアットのように喉元を引っ掛けて叩きつけた。表情を変えること無く背中を踏みつければ、足元からは骨の折れた音が聞こえてきた。

 

「……まとめてかかって来い。」

 

 ようやく準備が整ったらしい周りを見ながらジールが挑発すれば、簡単に乗せられた者が武器を構えながらやってくる。

 

「ナメたまねしゃがって!後悔させてやる。」

 

 突き出されたナイフは掠ること無くジールの横を抜け、空いた胴体には重い拳が入った。

 血や胃の中の物を吐きながら倒れる男を避け、次々に襲いかかってくる敵を見据えたジールはその長い脚で蹴り上げる。

 

 右の人の側頭部を蹴り飛ばした後、足を入れ替えた流れで背後の人物の顎へと踵を当てた。

 

「ハギャ。」

「ブェッフェ。」

 

 一応、ジールがちぎれないよう加減したため、頭と身体がさようならする事は無かったが、数日は起き上がれ無いだろう。

 

 

 

 その次に、落ちていた工具を振りかざしてきた男の腕を掴み捻りあげれば痛みで相手の手元が緩む。

 転がる金属音を聞きながら、肘と膝で胴体を挟むように衝撃を加えれば呆気なく崩れ落ちていった。

 

(武器は何があっても離しちゃ駄目だぞ。…ん?)

 

 次の敵の顔面を砕きながら、落ちた工具をなんとなしに見たジールは見覚えのあるシルエットに思わず力加減を誤った。

 

「ぎゃぁあああ!!」

 

 手についた鼻血を払い落とし、ジールがその工具へと近づけば予想通りのものが転がっている。

 

(……で、伝説のエクスカリバールじゃないか!)

 

 殴りかかってきた三人を適当に殴り飛ばしたジールは、丁寧な手つきでそれを拾い上げる。茶番だ。

 

 70cmより少し長いくらいのバールは、適度な重さもある普通の工具であった。そして握りしめたジールがそれを軽く振れば、空気を裂く音が鳴る。

 

 中々にしっくりくる使い心地に満足したジールは、暫定的に相棒へと認定した。何の変哲もないバールをその場のノリで相棒へ認定したのだ。

 

 そのバールへジールが二番目に得意としている念の応用技、周を使えばそれはもう立派な凶器となる。

 実際に刃物を向けてきた相手の腕をバールで弾いた瞬間、相手の肩から先が弾け飛んだ。

 

 発の特性上、物をオーラで包むことに慣れているジールは何も考えずに使ったが、岩がプリンのように掘れるのだ、柔い人の腕など一瞬で消えるだろう。

 

 肩口から飛び散る血を避けながらオーラ量を調整したジールは試しに、と正面の筋肉ダルマを殴った。そのまま骨が折れる鈍い音のあとに腹を抑えながら倒れた男を見て、ジールは流石伝説の武器だと喜んでいる。

 

「……まだやるか?」

 

 筋肉ダルマの後ろ、先程から銃で撃ってきていた敵を振り返りながら問いかけるジールに、相手は腰を抜かして後退る。

 

「バ、バケモノ。」

 

 顔中の穴という穴から液体を流しながら呟かれた言葉は正しくジールに届いた。

 怯えさせていると気づいたジールは立ち止まり、その場で考え込むように顎へ手をやった。

 

 念能力者が数人紛れている組織だから念能力についても知っているかと思ったが違ったようだと、ジールはひとつ頷く。

 

 動きが素早いジールに照準を合わせることは並のガンナーでは不可能である。その為、目の前の男はジールが立ち止まる瞬間を狙って撃ったわけだが、撃たれたはずのジールにダメージを受けている様子はまったく無かった。

 

 当然ジールの発ならば一瞬で銃弾を止め、何事も無かったように動く事など朝飯前である。

 それに加えて、念能力者なら銃弾くらい視認できると思っているジールは自身の発以外にいくらでも対策はあると考えていた。その為、念能力者を知ってるはずの相手からの言葉が理解出来なかったのだ。

 

 さて、今にも失禁しそうな程に怯えている男を見て気絶させてしまおうかと再び足を踏み出したジールは視界の端から伸びてくる腕を見つける。

 

 トランプを持ったその腕が、敵の喉元を切り裂こうとしたところでピタリと止まったのだ。

 

「……戦意は無い、止めておけ。」

「そうするよ♦」

 

 赤いトランプを引いたヒソカは、気絶している男を見下ろした。

 

「……あとは?」

 

 こちらに来たからにはほとんど終わったのだろうと、ジールがヒソカの方を向く。

 倉庫の右側には赤い水溜まりが広がっており、その被害の大きさが伺えた。

 

「あとは念能力者だけだよ♠五人かな♦」

 

 指さされた方にはたった数分で起きた惨状についていけてない人達が棒立ちで立っていた。

 

 ジールは、自身が倒した人数と念能力者の分け方を思い出しヒソカの方を睨んだ。

 気持ち程度目付きが鋭くなったジールに見られたヒソカは誤魔化すように腕を振る。

 

「一人くらい良いじゃないか♥」

 

 自身の復讐だと知っているかも怪しいと、ため息をつきそうになったジールだが本命はまだ先だと気持ちを切り替える。

 

 そして、兄からお許しが出たと察知したヒソカは意気揚々と念能力者を物色し始めた。

 

 困惑している相手サイドとこちらとでは、天と地程の空気の差があるようだ。

 

 

 鉄の匂いが鼻につくからと、早めに終わらせたいジールは未だに悩んでいるヒソカに左二人は俺だと残し行ってしまった。

 相手を注意深く観察しながら、長髪の男へ近づいたジールは殴ろうとした寸前でその手を引く。

 

 無抵抗で殴られようとしていた相手はそれを見て、いやらしく笑っていた。

 

「勘が良いようで。」

「……そうか。」

 

 ゆっくり伸ばされた手を警戒して後ろへ下がれば、男は緩急を付けて接近してきた。

 

 先程の反応から接触は不味いと判断したジールは伸ばされる手を避けながらバールで相手を殴った。

 反射で受け止められたバールは、その先でこめかみを引っ掻きながらも静止している。

 

 そして、ジールがバールを引き抜こうとしたところでその先端から嫌な音がした。

 正確には、男が握っている部分からパキッとでもいうような小さな音が出ている。

 周がされていて、素手では到底破壊出来ない筈だがなんでも有り得るのが念能力だ。ジールは力業でバールを引き抜き、直ぐに変化を確認した。

 

(相棒ぉぉぉぉおおお!!!)

 

 長髪の男が握っていた部分の表面には細かいヒビが入っているのが分かる。

 破損はそこまで酷く無いが、これを繰り返せばいつか壊れてしまうだろう。ザラザラとした表面を撫でたジールは相棒を傷つけた男を睨んだ。

 

 その視線を受けた相手は、気にも止めずにジールへ再び接近してくる。執拗に伸ばされる腕とバールの劣化を思い出したジールは、手の平をさらに注視し触れないように気をつけた。

 

 そして、相手の右足を左腕でガードしたその時、ジールの腕がチリリと痛んだ。

 想定していなかった感触に、横目で自身の腕を確認したジールだが、長袖に包まれたそこに目で見える変化はなかった。

 

「どうぞ?確認して下さいな。」

 

 ジールのような反応にも慣れているのか、笑顔で動きを止めた長髪の男は手で促すようにジェスチャーした。

 

 それをチラッと確認したジールはバールを脇で抱えながら左腕の袖を捲る。出てきたのはいつもと変わらない腕、しかしよく見てみるとその表面が乾燥しているのが分かった。

 

(乾燥?水分でも持っていかれたか……、服の上からじゃなかったらもっと萎れてたな。)

 

 あえて手元に注意を集めるように振舞っていたが、脚の攻撃を受け止めていたことを考えると発動条件は違うようだと袖を戻しながらジールは考える。

 

「どうでしょう、美しくなっていました?」

 

 前髪を揺らしながらこちらへ語りかけてくる相手への返事が見つからないジールはそれをスルーした。

 

 そして近づくのは得策ではないと結論を出したジールはオーラの量を徐々に増やしながら練り上げていく。バールへ纏わせるオーラの量を調整し確認するように数回素振りをすれば、その勢いと風圧で床のコンクリが抉れた。

 

 飛んだ小石が当たったのか、ガチガチの強化系と戦っていたヒソカはこちらへ気を取られて危うく敵の攻撃を避け忘れるところだった。

 

 しかしそんなことも気にせず、ジールの手元を爛々とした瞳で見つめるヒソカはどうやら伝説の武器を気に入ったようだ。

 それとは対照的に、抉れた床を見ながら笑顔を引き攣らせている相手は、慌てて仲間へヘルプを出していた。

 

「え、えぇ、ほら貴方の能力でどうにかして下さい。」

「バカ言ってんじゃねえよ、俺の念獣をこんな奴に使えるか!!」

 

 こんな奴呼ばわりされているジールが、纏わせたオーラを研ぎ澄ませながらもう一人の方を向く。

 敵対の意思を確認しようとしたが、手元で未完成の念獣を抱えているのを見て問いかけるまでも無いと判断した。

 

(……これだけで動揺するなら、念獣は向いてないんじゃないか?)

 

 とりあえず、ジールは工具がコンクリートを深く抉るインパクトの強さを客観的に見た方が良い。

 あのヒソカが手放しで喜ぶレベルということだ。

 

 そして、満足いくまで待っていてくれた(動けなかった)相手に感謝しながらジールはバールを構える。

 まるで槍を投げるようなフォームで振りかぶったジールは姿勢よくバールを投げた。

 

 ぶん投げた。

 

 時速160km程で直線的に飛んだバールは工具の域を超えている。もはや小型ロケットと言われた方が納得するレベルのパワーを持ったバールはその先端に男の服を肩の肉ごと引っ掛け後方の壁へ突き刺さった。

 

 地震のような揺れの後、震えている長髪の男は自身の背後からピキピキと不吉な音が鳴っていることに気づく。

 ミンチにならなかった事へ感謝しながらも、身動きの取れないこの状況を呪った。

 

 ジールのバールが突き刺さった壁は鉄筋コンクリートで出来ていた、外側には鉄板を使用した外装も取り付けられている。しかし、そんなことは関係ないと言わんばかりにヒビが入っていき、ついにはバールを中心とした巨大な円状に穴が空いた。

 

「……流石伝説の武器だ。(ボソッ」

 

 瓦礫に埋まったバールとついでの相手も回収するために風通しの良くなった壁へ近づいたジールはそれぞれを引き上げる。

 

 オーラが無ければ致命傷であろうが、相手は念能力者だ。一応、その辺のことも考えてことに臨んだジールは多少の内臓破壊には目を瞑る。

 

 結果として戦意を失った長髪と念獣使いを縛り上げたジールは、どさくさに紛れて二人目を伸していたヒソカに一声かけてから家探しならぬ倉庫探しを始めた。

 

 気絶している輩を一ヶ所に集めながら隅々まで探せばジールはそれらしいダンボールを見つけることになる。

 血で赤くなっていた指先を拭きながら箱を開ければそこには乱雑に詰め込まれた書類の束が出てきた。

 

 まともな管理など無いことを見越して作られたのか、それぞれの用紙が重要度に色分けされていて初めて見るジールにも分かりやすくなっている。

 

(構成員の予定表に領収書、……あった襲撃対象のリストだ。)

 

 そこにはツバメの会に登録している会員の名簿がランクごとに色分けされていた。

 一般会員から、熱心な高位会員までが載っており、襲撃対象には最近高位ランクから一般へ落ちた会員が並べられている。

 

 襲撃の基準に関心しながら、ジールは色々邪推をしていた。

 

(貢献度が落ちた会員を見せしめに狙っていたのか、狙いたい相手のランクを落としたのか……それだけで随分変わってくるぞ。)

 

 馴れた手さばきでプリントを捲っていくジールは会員リストにラケルススの名前がないか、瞳を左右に動かしながら確認したが結局見つけられなかった。

 

 そうなると、後は飛行船の件で何か契約書でも書いてない限り物的証拠を揃えるのが難しくなる。

 何がなんでも手に入れたいジールは、とりあえず脅しに使えそうな書類を数枚選んだ。最悪証言だけでも録音してから帰るつもりらしい。

 

 ついでに見つけた倉庫の賃貸契約書も拝借して、この崩壊しかけている倉庫をどうにかしようとしていた。

 

 

「……そろそろ出るぞ。」

「もういいの?」

「あぁ。」

 

 最初に伝えておいた通りに生存者を縛り上げていたヒソカは、戻ってきたジールの元へ駆け寄る。

 チラリと手元の書類を覗き込んだヒソカは、笑みを浮かべながらジールに次の予定を尋ねた。

 

 ヒソカの頬へ飛んだ血を拭いながらジールがホテルへ戻る事を伝えれば、目を細めて返事を返してくる。

 

「これ、このままでいいのかい♦」

「……ここに来る前に警察で書類を書いただろ。」

「ああ♥書きに行ってたね♠」

「……他州の犯罪者引渡し要請書だ。」

 

  兄の手際の良さに惚れ惚れすると、笑みを深めたヒソカはジールがいると楽で良いなどと考えていた。

 そんな事は知らないジールは、空港で貰ったパンフレットを取り出しながら深夜にやっている飲食店を探している。

 

「……何が食べたい?」

「うーん♦なんでもいいよ♥」

 

(じゃあ、肉にするか。)

 

 今だ伸び続けている身長を応援する為に、馬鹿の一つ覚えのように肉を選択したジールは少し遠めの店を選ぶ。

 

 歩いている間にヒソカの血の匂いをなるべく落とすための苦肉の策であった。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※

 

 カラッと乾いた空気から熱が伝わってくる。

 

(まさか、この世界でコンクリートジャングルに来るとは……。)

 

 ビルのガラスに反射する太陽に、いつもより濃いサングラスを掛けたジールは睨むようにビルの正面を見ていた。

 

 指定されたのは暑さが最高潮になる午後の二時、緊張からなのか暑さからなのかも分からない程に喉がヒリついてるジールはなけなしの唾を飲み込んだ。

 

 ツバメのモチーフが飾られた敵陣の本拠地、とは言っても大半は無関係かつ無害な一般職員だろう。

 応接室の一室で待っていると返されたメールは、返信の早さから見ても相手がこちらを軽んじているわけでは無さそうだった。

 

『この街なら、色々楽しめそうだし遊んでくるよ♣︎あぁ、兄さんの前居た屋敷に行く時はちゃんと呼んでね♠』

 

 朝食後に気分よく出かけて行ったヒソカは、見事なウィンクを決めていた。呼ぶように言った時は珍しく目を見開いてガチの表情をしていたヒソカに首を縦に振るしか無かったジールだ。

 ジールはちょっとだけ兄の威厳を心配した。

 

(さて、気を取り直して行きますか。)

 

 三分前になった時計を確認したジールは、冷房の効いたビル内へと入って行く。受け付けで要件を言えばスムーズに専用のエレベーターまで案内された。

 

 空調の完璧さに天国を見たジールは、美人なエレベーターガールを惜しみながら指定の階で降りる。

 

 豪勢な扉の前でノックをしようと腕を上げたジールだが、その手は役割を果たすこと無く下ろされた。

 

「ようこそおいで下さいました。」

 

 扉の向う側から出てきたのは、角刈りの頭に澄ました表情の男だった。

 この人が裏ボスかと顔を上げたジールだが、何となく違うと直感が働く。三十代後半くらいのしっかりとした大人だが、リーダーという風には見えない。

 

「やあ、来てくれてありがとう。」

 

 一歩、部屋の中に入ったジールは、窓際に立っている若い男へ視線を奪われる。

 茶色い天パに緑色の瞳と、貼り付けられた笑みの下に隠されている何か。百人中百人がボスだと分かるオーラを持った男だった。

 

(思ったより若いなあ……、二十歳になったくらい?)

 

「モロウさん……それともラケルススの方で呼んだ方がいいかな?あぁ安心して、現当主の記録ならしっかり取ってあるからいつでも渡せるよ。」

 

 そう言って差し出された手を反射的に握り返したジールは、思わず強く握ってしまいそうになった。

 部屋の奥からこちらへ来る時も、話している今も敵意や悪意は全く感じられなかったが、ジールは心の中で苦い顔をしていた。

 

(今日の目的も、旧姓も何も言ってないんだけどなぁ……。胃薬、買っておけばよかった。)

 

 どう転ぶか分からない話し合いを想って既に胃が痛くなってきたジールであった。

 




次回は話し合いパートです。

ここまで読んで下さってありがとうございました。
評価、感想、ここすき等励みになります。


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発狂した。

今回はビルの一室でのお話です。

よろしくお願いします。


 地面が遥か下に見える高層ビルの一室で、ジールは外の暑さとは無縁な部屋に通されていた。

 出された飲み物を受け取りつつも、口をつける余裕の無い彼は目の前のテーブルへカップを置きっぱなしにしている。

 

「あはは、そんなに緊張しなくていいよ。とりあえず自己紹介からしようか?」

 

 対面のソファーに腰掛けているのは、好青年と言って差し支えないようなフランクな男だ。ピシッと着こなされているスーツも相まって、誰からでも好かれそうな人柄に見える。

 固くなっているジールに気づき、喋りかけたりと気遣いも出来るようだった。

 

「俺はロンディネ、ロティーとでも気軽に呼んで。んで、こっちの堅いのはタカギ。」

 

(ロティー、ロティー……多分覚えた、いけるはず。……た?タカ?)

 

 ふてぶてしい表情で頷いているジールだが、心の内では名前を覚えるのに必死である。ちなみにロティーの方を覚えるのに意識を持っていかれているので、もう本名は覚えてない。

 最悪“名前を呼ばずに何とかする戦法”で乗り切るつもりだ。

 

 扉を開けて出迎えてくれた方は無事たっちゃんとインプットされたらしい。ロティーに紹介され綺麗なお辞儀を見せている彼はきっと相手に渾名を付けられたとは思っていないだろう。

 

「……ジール= ()()()だ。」

 

 そちらは?というように見られたジールは、相手の目を見ながら短く名乗った。

 ロティーの後ろで立ったままのタカギは反応を見せないが、聞いてはいるのだろう。意識がこちらにしっかり向いている。

 

「ならジールって呼んでもいいかな?」

「……あぁ、ロティー。」

 

 ジールの返しに嬉しそうに笑ったロティーは、早速持ってきてもらおうかとタカギに指示を出した。

 自分から話題を振るなど高等な技は使えないジールは、ただ黙ってそれを見守っている。

 

 ついでに、警戒心バリバリでやってきた先での好待遇に戸惑い、若干疑り深くなっているジールは持ってきた資料を目の前で燃やされるのではないかとネガティブな事を考えていた。

 

 退室の言葉と一礼のもと、去っていったタカギを見送り、視線をこちらに戻したロティーはそんなジールの様子に気づいているのかクスクスと笑っている。

 

「彼はちょっと熱心な人だからこの先は聞かない方がいいと思うんだ。気にさせてごめんね?」

 

 熱心とはどういうことかと気になったジールだが、その後の言葉に意識を取られて訪ねるのを忘れてしまう。

 

 部下にあたるであろう人物に聞かせられないこととは一体何だろうと、身構えるジールはサングラスの隙間から伺うようにロティーを見た。

 

 

「気になることがあるだろう?聞くよ。」

 

 ここまでの流れからしてもロティーが相手の心情を読み取るのが上手いということは明らかだ。自己紹介の時のやり取りも、表情の固いジールからしっかり読み取れるあたりジールにとって楽な相手だと言える。

 

 しかし敢えてジールの口から聞きたいらしい。促すように首を傾げる様子はこの状況を楽しんでいるようだった。

 

(俺のことについては調べたんだろう、ベレーくんにめちゃくちゃ助けられてるから分かるぞ。まあ、その優秀な情報源は知りたいところだが――)

 

「君「ロティー」……ロティーの弟分はどうするつもりだ?」

 

 雰囲気を無視してラケルススのことは触れずに質問してみたが、どうやらそれでも想定内らしい。呼び方にこだわった以外は特にめぼしいリアクションは無かった。

 

「ラスの事かな?安心していいよ、ちゃんと反省したら合法的に連れ出すから。君も出来る方法でね。」

 

 曖昧な質問も問題ないらしい。ジールの顔を立てたのか本当にお灸を据えたかったのかは分からないが、襲撃事件を全肯定しているわけではないようだった。

 

(プロハンターか……妥当だが、面倒な事になったな。)

 

 今後ロティーの悪事に気づいたとしても牢屋にぶち込むのが難しいことに気づいたジールは、内心で眉を寄せている。

 

「気に入っているのか。」

「うん。小さい頃から慕ってくれてるからね、そりゃ可愛いやつさ。アホなところはあるけど信用してるし、だからツバメの事も任せた。」

 

 相手から振られたツバメの話題にジールは思わず反応しそうになる。

 別にリアクションを見せたところで死ぬわけでもないが、偏った知識によってジールは交渉事をポーカーフェイスでやるものだと思っている。

 

「俺が初めて作ったのがツバメの会だからね、やっぱり思い入れもあるよ。」

「……なのに襲撃は見ないフリしたのか。」

 

 今までの会話ではただの良い奴である。

 しかし、それだけではないと感じているジールはその勘に従って踏み込んだ。

 

「世の中綺麗事だけじゃ済まないんだよ。分かるだろう?」

 

 先程まで弟分を褒めていた男は表情を変えることなく言い切った。

 

「まぁ、そうだな。」

「別に全部が全部そうだとは言わない。俺の持ってる他の会社は綺麗な水が流れているしね。ただね、利用出来る物を捨てる必要は無いんだよ。」

 

(損得勘定だけ……ってわけでもない。人情もあるだろうし。)

 

 大盤振る舞いのように話してくれる相手の言葉は、しっかりとロティーの性格を表している。

 しかし、それで相手のことが分かるかと言えばそうでは無い。

 

(善悪二択で分けれる人間なんてそうそう居ねえからなぁ、私怨持ちの俺からすれば悪い奴に仕立てた方が気持ち的に楽だけど……一個人は良い奴よりだよな。)

 

 そう思うと、おっさんはある意味貴重な人材だろう。いくら漁っても黒い部分しか出てこなかった。

 

 チラリと扉の方へ視線を向けたジールは、一呼吸してからロティーを見る。

 最終確認になるだろう、とほとんど決まった気持ちを固める為に向き直るジールを笑顔で迎えるロティーは全てが分かっているようだった。

 

「水抜きでもしたくなったか。」

「流石に底が見えなくなるまで濁られると困るよね。」

 

 予想通りの返しに、ロティーの狙いを完全に把握したジールは隠すこと無く息を吐いた。

 それを見たロティーも一層に笑みを深めてジールを見ている。どうやら感想が欲しいらしい。

 

「……ロティーは俺のことが好きなのか?」

「はは、急に直球でくるね。じゃあジールはツバメの会のこと、嫌いかな?」

「活動は賞賛に値するが、王子の像はしっかり選ぶことを強く進める。総評はまあまあ嫌い。」

「へえ!その本知ってるんだ。俺はジールのこと好きだよ。唾付けときたいくらい。」

「……汚い。」

 

 

 はははっ、と軽く笑って流したロティーに気にした様子は無かった。

 ひとまず一段落ついたジールはソーサーを取り、初めて飲み物に口をつける。

 

 長くは無い会話だったが、ジールにはある程度の

内容が見えていた。

 

 まずツバメの会だがこの会の活動内容は小さい頃に予想していた物と相違無いだろう。

 金持ちからの援助で貧しい人達を助けるものだ。ロティーが初めて作ったものでかなり大切にしているようだが、その割に裏の使い方は容赦無い。

 

 ツバメの会に登録する資産家は、本当に支援したいという良い人の他に世間へのアピールの為にやってくる者も一定数いたようだ。

 捨てると言っている辺り、ロティーもその者達を嫌っているらしいが利用出来るものはとことん使う主義だった。

 

 想像だが、ラス達はそういった打算的な資産家を恨んでいるところからの依頼で暗殺でも請け負っていたのではないか。もしくは、恨まれている人を招待して情報や資産を抜き取ってから殺すこともあったかもしれない。

 卵か鶏かどちらが先かも空想の域を出ないが、金持ちが集まる環境を最大限活用していたのだろう。

 

 しかし、最近になってその活動がロティーの予想を超えてきた。

 取り潰しや縮小化を検討しているところで近づいてきたジールにこれ幸いと諸々を押し付けたようだ。

 ロティーがそう言ったわけでは無いが、ここまで頭の回る人物が大切な情報の乗った書類を倉庫に放置しているのは、どう考えても怪しい。

 ジールは多分利用されたんじゃないかと勝手に思っている。

 

 そして、ロティー本人の事だ。

 会話の最中にも節々に出ていたが、身内を可愛く思えるタイプらしい。ライセンスを使って刑務所から早めに出そうと言っているところからも分かるだろう。

 まあ、金持ちが嫌いと言っていたラスに金持ちが集まる場所を任せたのは中々に鬼畜な話だ。もしかしたら裏のことを見越して入れたのかもしれない。

 

 しかし、ジールが警察に引き渡した他の人物の話題が出てこない辺り、線引きはしっかりするタイプだと睨んでいる。

 そして自身と僅かな周りの為に清濁併せ呑む気概もある。なんなら多少の利益のためなら黒いことも平気でやるだろう。

 

 ここまでの推察でジールとしてはロティー個人の事がそこまで嫌いではなかった。

 ジールも身内贔屓をするタイプであるし、人様に迷惑かけない範囲で違法なことも偶にしている。

 

 一般人よりは悪事への抵抗は低いが、引き際を知っているタイプなのでそこまでうるさく言うつもりは無い。

 ジールは遠い他人が亡くなっても精々が手を合わせて拝むくらいである。

 

 ということで、ジールの両親を殺害しようとした意思も無く、現状被害が無いロティーの事は嫌ってはいなかった。

 まあ、事件のきっかけの一部ということでツバメの会は好きではないが。

 

 

 そして解せない事がひとつ。

 

「……どこがロティーの琴線に触れたのだ。」

 

 ロティーは会話の中で同意を求めてきたり、ジールがギリギリ許容できるように話を進めている。

 わざわざそんな事までして話す必要があるのか。

 ジールとは対照的に話すのが上手いロティーなら全部濁して終わらせられるだろう。

 

 そこまでしてジールに近づこうとする意図が分からなかった。

 まあ、それを聞こうとして自意識過剰な発言になったのはジールが話すのが下手なのが原因だ。

 

「そりゃ勿論、将来有望そうな人には近づきたいでしょ。」

「……。」

「あはは、褒められなれてないの?じゃあもっと言っておこうかな――」

 

 完全にからかわれている。ジールの方を向きながら見せる表情は楽しんでいる者のそれだった。

 

「……早く入れてやれ。」

 

 このまま流されるわけにはいかないと、なんとか話を逸らそうとしたジールは入り口の方を見ながらそう言った。

 

 先程、最終確認の質問をする前に扉の前に現れた気配は十中八九使いを終わらせたタカギのものだろう。

 気づいてたんだ、意外と余裕あるんだね。とジールに語りかけながら扉の方を向いたロティーは、入室の許可を出した。

 

「失礼します、指定の書類をお持ちしました。確認の程よろしくお願いします。」

 

 手本の様な姿勢で歩いてきたタカギはそのまま封筒をロティーに手渡すと一礼してソファーの後ろへ戻っていった。

 

「うん、全部あるね。ありがとうタカギ。」

 

 紐を解いて中身を確認したロティーは後ろを振り返り礼を言う。その様子を見ていたジールは、今までの話し合いでロティーの事を信用し始めたものの2%くらいは燃やされるのではないかと心配が残っていた。

 

 ハラハラしながら見守るジールに気づきながらも特にフォローを入れたりしないロティーは確認の終わった書類を封筒ごと渡してくる。

 

 若干遊ばれている気もするジールはロティーと心の距離を取りながらもその能力の高さは信用していた。

 シンプルに“ラケルスス家資料”と書かれた封筒の中にはそれなりの量の書類が入っている。

 

「無利子で貸しにしてあげる……っていつもなら言うんだけど、今回はお詫びも兼ねてるからね心配せずに受け取ってよ。」

 

 ジールが詳細に纏められた資料に感動しながらこれでおっさんの頬をペチペチしてやろうかと企んでいるところにロティーは陽気な声をかける。

 

 まだまだ手の内を見せない相手を警戒しつつも、無事に揃った証拠にジールは呆気なさすら感じていた。

 

(爆弾の発注書に、ツバメの会の飛行船を借り受ける契約書、ご丁寧に俺の家に送る招待状の発注履歴まで残ってる。……十分過ぎて怖いぞ。)

 

 目の前の相手に湧いた興味もあるが、当初の目的は達成された。

 

 これ以上用はないとジールが鞄に資料を仕舞って立ち上がろうとした所でロティーから制止の声がかかる。

 横目で相手を確認すれば深くソファーに座ったままで会話の姿勢を崩すこと無くこちらを見ていた。

 なんなら後のタカギも座れと言うようにこちらを睨んでくる。

 

(そのまま帰すわけないってか?それともあれか、おばちゃんみたいに井戸端会議でもする?)

 

 浮かせた腰を戻したジールは、ロティーの目的を探るように視線を合わせる。そして、視線があったロティーはにっこり笑いかけてきた。

 

「もう少しお話していかない?俺、ジールに教えたい事もあるんだよね。」

 

(まさかの、井戸端会議の方ですかー。)

 

 逃がさないと言わんばかりに飲み物のおかわりを注いでくるタカギに一応礼を伝えながら、ジールはロティーの話に付き合うことを決めた。

 しかし交渉も終わったジールは自分から声をかけることは無い、お好きにどうぞと視線を向ければ分かっていたかのようにロティーは話だした。

 

「ははっ、興味を持ってくれて嬉しいよ。じゃあまずは残ったツバメの裏についてなんだけど。」

「……ロティーがやるんじゃないのか。」

「やるやる、そこまで頼れないしね。各地に散ってるのもそろそろ捕まると思うんだけど、ちょっとその後の事を伝えておこうと思ったんだ。」

 

 君にも関係ある事だから教えておこうと思って、と言ってくるロティーは珍しく言葉を選んでいるようだった。

 

 そして数度指先を擦り合わせ、纏まったのか意を決した表情に切り替わる。

 

「本命に入る前にツバメの会の仕組みについて説明していいかな?複雑なんだけどこれを言わないと伝わらないと思うからさ。」

 

 そう切り出した後に語られたのはツバメの会の人員についてだった。

 

 なんでも裏の活動をしている人の半分は念能力者だということ。そしてその中でも強さに明確な違いがあるようだ。

 

 それを聞いてジールが思い出したのは倉庫襲撃時に出会った念能力者達の事だった。

 

 実は普段ツバメの会に所属している念能力者のほとんどが発も作りたての素人らしい。

 習得した力を使って暴れたい者たちがどこからか集まって来た結果、どんどん規模が大きくなってあの様な状態になっていた。

 

 しかし、それとは別に外部からの契約で裏の活動に参加している者もいる。むしろロティーとしてはそちらが本命であり、今各地のアジトを解体しに行っているのもその念能力者達らしい。

 

(じゃあ倉庫にその人達がいなかったのはラッキーだったか、こいつがそう指示を出したということか。)

 

 わざわざ紙に棒人間を書きながら説明してくれたロティーの手元から顔を上げて相手の顔を見たジールは気になった事を聞いてみた。

 

「……随分とそいつらの事を信用しているんだな。」

 

 ロティーが簡単に他人を懐に入れる人物で無いことは既に分かっている。何人いるか分からないが、世界中に派遣できる程の人数をロティーが信用しているのは疑問だ。

 それに本命といっても結局は外部の人間なのだ、思わず指摘したジールにロティーはペンを持つ手を止めた。

 

「いい質問だね!そう、正にそこだよ。俺は彼らの事を信用している。疑問に答えるなら、同じ施設で育ったからと返そうか。」

 

 無駄に回転しているジールの頭はそこで嫌な考えが浮かんだ。その人達の事が好きなのか楽しそうに話すロティーをガン見するジールは今のナシと言わんばかりに頭を振る。

 

「俺のいた所ね、生まれつき念能力が開花していた子とか片鱗のある孤児を育てる施設なんだよ。」

 

(…………んなえげつねぇ施設を運営してる奴の面を拝んで見たいわ。)

 

 振り飛ばした思考は見事ロティーに打ち返された。

 同じ孤児院出身でね、他の派遣業なんかをやってる子に声をかけて契約してるんだ。と話を進めるロティーを余所にジールはカロリー高めなカミングアウトに胃もたれを起こしていた。

 

「まあ、皆気まぐれだから短期契約だけどね。」

 

 怖いのはこれが本命の前の説明だと言うことだ。

 小さい頃から念能力を磨いている念能力集団の存在を曝露する以上に伝えたい事などあるのか。

 

「それで、本命なんだけど……」

 

(もう何でも来いよ、……やっぱ軽いジャブでお願いします。)

 

「彼ら君に会いに行くと思うんだよね。」

「ナンデ?」

「で、それが俺の指示じゃないって事だけ知っておいて欲しくて。」

「ナンデ?」

 

 ジールは今壊れたレディオだった。それを無視して話を進めたロティーは笑っている。

 

「それは秘密さ、自分で気づいた方がいいよ?」

 

 個人主義だし一気に来ることは無いと思うから安心してと言われたジールだが毛ほども安心出来なかった。

 寧ろこの状況で安心できる人物などいるのだろうか……ひー君かな。

 

 弟なら喜んでそうだなと最早やけくそになった思考で明後日を向いているジールの事を笑いながら見ているロティーは、まだ言いたい事があるようだ。

 

 胃の辺りを摩りたくなったジールはその言葉に動きを止めた。

 

「そうそう、ジールの弟も会ったことあるんじゃないっけ?」

 

 まさかな人物の登場にテーブルに手を強く叩きつけたジールは前のめりになって詰め寄る。

 

「……いつ?危害は?」

「うん、ジールのそういうとこいいよね。ちょっと前にグラムガスランドの近くまで案内したらしいよ?外部からの依頼とかで。基本的に皆友好的だから安心していい。」

 

 元の位置に座り直したジールは帰って訪ねたら答えてくれるだろうかと、ヒソカの微妙な記憶力に賭けてみることにした。

 

「あと君も既に会ったことあるって聞いたな、ちょっと例外的で俺は会ったことない子らしいけど。」

 

 もうそろそろ驚かなくなってきた。ハンターになってから交流関係が広がったジールは特定するのも諦めかけている。

 

(スタンド使いはひかれ合うをリアルでやることになるとは思って無かったわ、しかも意図的。)

 

 もう少しロマンティックな出会いがいいなどと思考を飛ばしているジールはため息を飲み物で押し込んでロティーの方を見る。

 

「……もうないか?」

 

 サングラスで表情は隠れているが、その声には切実さが滲み出ていた。

 

「うん、誤解しないでね!って事だけ言えれば良かったし。」

「何人くらいいるんだ?」

「ん?」

「……理由は言えなくても、人数くらいはいいだろう。」

「うーん、施設自体にもそれなりに居たけどジールに会いに来るのは片手より少し多いくらいかな。」

 

 意外とすんなり教えてくれた情報に、ジールは脳内にメモをした。

 そして、これ以上疲れる前に退室しようと強い意志を持って立ち上がる。

 

「……世話になった、情報も感謝する。」

「またね!あっ、タカギ下まで送ってあげて。」

 

 シンプルな挨拶に軽く返したロティーは見送りを呼ぶ。

 やはり気の使える男なのだろう、それをもう少し会話中で感じたかったなどと思いながらジールは先を歩くタカギについて行くと一礼してから部屋を出た。

 

 

 

 

 

 来た時にも乗ったエレベーターを待ちながらラケルススの事やヒソカに問い詰める事を考えていると、タカギが話しかけてくる。

 

 僅かなモーター音のみが響く廊下で視線を合わようとしない会話は独り言のようだった。

 

「……私は長くロティー様に使って頂いている。」

 

 敬称や表現に一部引っかかるものがあったがジールは無言で流した。

 

「そして、あの方が遥か先までを考えて動かれていることを少しは理解しているつもりだ。」

「……そうだな。」

 

 確かに全てを見れたわけではないが酷く頭が切れることは同意できる。

 

「そのような崇高な方に近づけるよう日々努力は怠らない。」

 

 だんだんと白熱してきた台詞にジールは面倒事の予感がしてきた。既にお腹いっぱいである。

 

「きさ…貴方は!ロティー様に直ぐに認められ楽しげに会話をなさっていた。正直羨ましくて仕方がない。」

「……そうだろうか。」

 

 身内の選別は厳しそうな印象を受けたがタカギからすれば違うらしいと、面倒な絡まれ方でもされるのか警戒しながらジールは返事をする。

 

「あぁ、ロティー様が愛称で呼ばせるのは親しい方のみだ覚えておけ。だが、羨ましく思うのは私の力不足だそこは気にされるな。」

 

 つまり最初からロティーはグイグイアピールしてきたということか。

 信者臭のする目の前の男が教えてくれなければジールは一生気づかないような高等テクニックだ。

 

「私がき、貴殿に伝えたいのはひとつ。ロティー様に認められたからにはその全身全霊を持って応えろ!と言いたいところだが先日ロティー様に注意されてしまったからな。精々あの方の足を引っ張るような事はするなよ。」

 

 流石先読みが得意なロティーだ、部下の釘刺しもしっかり行われている。

 ジールは最初にタカギを部屋から出した理由が少し分かった気がした。

 

(なるほど、仕事のできるお兄さんかと思ったら、仕事の出来るロティー信者ということですね。)

 

 軽やかな音がなり、到着したエレベーターに乗り込んだジールはその後に続いたロティーの素晴らしい所トップ10をBGMに今日の会話を振り返っている。

 

(なんかたっちゃんに面倒な事、聞かれたかな。)

 

 鳥のような記憶力に思い出す事を諦めたジールは、減っていく数字を見ながら虚無の時間を過ごした。

 

「良いか、ロティー様の話され方は一見親しみを感じさせるものだがそれに甘えては行けない。あの方は相手の対応を見て徐々に変化させていくのだ。それに――」

 

 美人なお姉さん居なくなってるなぁ、と最早半分しか聞いていないジールは到着したエレベーターから降りていく。

 喋り続けながらも、案内役として仕事は全うしているタカギはガラスの扉を抑えながらジールに先を譲った。

 

 そして、ビルの1階に辿り着いたジールはなお喋り続けているタカギへ、どのタイミングで話しかけるか様子を伺っていた。それと同時にこんなに絡まれる原因は何かと思い出そうとして喉元で突っかかる事を繰り返している。

 

「よいか、私はロティー様を尊敬している。そしてロティー様に好きだと言われていた貴様は気に入らない。」

 

 ついに貴様と言ったか、とどうでもいいことに反応しながらジールはタカギが扉の前に来たあとの会話を思い出した。

 

『……ロティーは俺のことが好きなのか?』

『はは、急に直球でくるね。じゃあジールはツバメの会のこと、嫌いかな?』

『活動は賞賛に値するが、王子の像はしっかり選ぶことを強く進める。総評はまあまあ嫌い。』

『へえ!その本知ってるんだ。俺はジールのこと好きだよ。唾付けときたいくらい。』

『……汚い。』

 

(なるほどあれかぁ……)

 

 喉元で突っかかっていたものが取れたジールは、丁度よく途切れた台詞の間に滑り込む。

 

「ではお互い精進しよう。ここまでありがとう。」

「ちょっとまて、まだ話し足りない事が――」

 

 当たり障りのない返しをしたジールは容赦なく踵を返しタカギの元から去っていく。

 いつもより心做しか速くなっている歩調は、適当なところでジールの姿を曲がり角に消した。

 

 微妙に伸ばされたタカギの腕は宙をかきもの寂しげに降ろされた。

 

 しかしジールは振り返ることはしない、信者もといオタクの扱いはそこらの人物よりも分かっているつもりだ。

 

(オタクはな、喋り出したら長いんだ。適当なところでさっさと帰るのが吉。)

 

 心の中で説得力増し増しな発言をしながらジールはヒソカの待つ(多分)ホテルへと帰って行った。




次回はついにラケルスス家です。ある人から電話も来ます。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
評価、感想、ここすき等励みになります。


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投獄した。

今回で青年期編は最後です。文章長くなってます。

よろしくお願いします。


 到着を知らせるベルの音と共に止まったエレベーターの中から出てきたのは黒い服に身を包んだジールである。

 

 ロティーとの交渉後、用を済ませる為に寄り道をしていたジールは街灯が働く時間帯になりやっとホテルへと戻ってきていた。

 床のマットへ足音を消されながらジールが向かうのは昨日も泊まった一室だ。

 

 チェックインの状況からヒソカが先に帰ってきている事を知ったジールは、疲れ果てた体に鞭を打ちながらこの後の事を考えている。

 

(とりあえずひー君にガスランドに着く前の事を聞いて……、今日は早めに寝よう。)

 

 無事胃薬を購入したジールはそれをお守りにしながら、飛行船の手配やラケルスス家の明日の予定を調べていた。

 大袈裟に表現するならば、頬が痩けていると言えるだろう。午後一番に精神力をガッツリ削られたジールは早く休憩したくて仕方がなかった。

 

 ドアの横にあるナンバープレートを横目で見ながらルームキーを取り出したジールは電子音が鳴ったのを確認し、扉を開ける。

 バスルームや洗面所の扉が並ぶ廊下の先には、ツインで取ったベッドがあるだろう。

 

 ヒソカの姿を探しながら鍵を閉めたジールは、そうしてさ迷わせていた視線を一点で止めることになる。

 

「あっ、帰ってきたんだ♠おかえり♥」

 

 扉のひとつから出てきたヒソカはシャワーを浴びていたのか首元にタオルを掛けていた。

 

 髪から水が滴るのも気にせずにこちらへ笑いかけてくるヒソカを見てジールは大きなため息を吐く。

 

「…………服を着ろ。」

(ついに露出癖でも習得したか……。)

 

 微妙に正常な判断が下せないくらいにはジールもまいっていた。

 

 声色に疲れを滲ませながら呟かれた言葉にヒソカは自身の体を見下ろす。

 確かにそこには下着のひとつも無く、正しく全裸であった。行きの飛行船の中でも小言を言われていたヒソカは、適当に誤魔化そうとへらりと笑う。

 その様子に羞恥心は見られなかった。

 

「洋服、全部洗濯に出しちゃった♦」

「……下は。」

「んー♥」

 

 玄関で何をしているのかと考えながらジールは服を着る素振りを見せないヒソカを見る。

 いつもならもう少し問い詰めて服を着るよう言い含めるが、今のジールにその元気は無い。

 

 何が悲しくて帰宅直後に弟の真っ裸を見なければならないのか、是非とも美女とチェンジしてくれ。

 願望ダダ漏れな心の声を垂れ流しながら鞄へ手を突っ込んだジールは、その中から適当にTシャツを引っ張り出した。

 

 例に漏れず真っ黒なそれはジールの私物である。Tシャツを雑に投げ渡したジールは顔面で服を受け止めたヒソカの横をゆっくり通り過ぎていく。

 

「……裸族と過ごす趣味は無いぞ。それを着てくれないなら部屋は変える。」

 

 Tシャツを引き剥がしたヒソカはいつもと違う兄の態度に目を丸くする。

 普段より丸まったその背中はフラフラとベッドに吸い込まれていった。

 

 そして、ジールは手前のベッドに辿り着くと電池が切れたようにベッドへ倒れた。

 かろうじて靴は脱がれているが、鞄も降ろさないまま眠る兄の姿は初めて見る。

 

 別の部屋になるのが寂しいヒソカはもらったTシャツに袖を通しながらジールの元へそっと近づいた。

 そのまま覗き込むようにベッドの横へ座り込めば目の前には既に寝ているジールの顔がある。

 

 兄の寝ている姿は何度も見ているが、ここまで熟睡しているのは珍しい、とヒソカが試しに肩を突いてみたが反応は無い。

 その後も兄に何をやっても起きない事を確かめたヒソカはさて何をしようかと頭を悩ませる。

 

(せっかくの機会(チャンス)だし何か悪戯しようかな♠)

 

 起きた時にどんなリアクションをしてくれるのか、わくわくしながらヒソカは買い出しに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ぼんやりと上がってくる意識とともに自身が目覚めた事を自覚したジールは、未だ開きたがらない目蓋に従いつつ起き上がろうと手を動かした。

 

 しかし、それは想定と違った結果を招く。

 

 僅かに動いたと思った腕は何かの反動で元の位置に戻る。異変に気づいたジールが慌てて体を起こそうとしたが胴体も、首すら思うように動かない。

 

(は?身体が動かないのだが?)

 

 起きたくないなど微睡んでいる場合では無い、バッと目を見開き視界の内を確認したジールは自身の寝ているベッドの上に見覚えのあるオーラが広がっていることに気づく。

 

 早くも特定された犯人の名を呼ぼうと口を開けたところでジールは違和感を覚える。

 

(待って、なんか臭いんだけど。)

 

 自覚した瞬間その臭いがより一層強くなった。

 部屋全体に充満する腐った果実の臭い、しかも複数の何かが混ざりあっていてなんとも言えない香りになっていた。

 

(ドリアンみたいなやつに、腐った魚?牛乳みたいな、酸っぱい臭いもするぞ……やめよ考えると余計気持ち悪くなる。)

 

 もはやテロ。鼻を塞ぐことも出来ないジールは囁かな抵抗としてオーラで鼻を覆ってみたが今度は目が痛くなってきた。

 

 根性で起き上がりベッドのスーツごと上体を起こしたジールの耳は玄関の開く音をとらえる。

 

「おい、ひーく……ゴホッ」

 

 このタイミングでやってくる人は一人しか居ないだろうと、そちらに視線を向けたところでジールは噎せた。

 何故こんな事になっているのか問い詰めようとしたところで、その視界に入ってきた暴力にジールは密かに完敗する。

 

「もう少し驚いてよ♠」

 

 僅かに残っている寝る前の記憶の中にあった黒いTシャツを着ているヒソカはその下にボクサーパンツしか履いていなかった。

 まあそれはいい、その格好で玄関から入ってきたことについて深く考えたくはないが百歩譲って許容しよう。

 

 しかし、ガスマスクは良くない。

 

 目の前に立ったヒソカはシュコーシュコーと鳴らしながらジールを見下ろしていた。

 

 インパクトが強すぎる。何故胴体はそんな紙装備なのに顔だけ厳重なのか。

 この部屋のことを考えれば妥当かもしれないが、ジールはそのアンバランスさに今にも腹筋が爆発しそうだった。

 

 部屋中が臭くなっていることも笑い飛ばせるくらいにはツボっている。

 

 そして、身体が固定されたことに驚かなくても、臭いについては何かリアクションがあると思っていたヒソカはガスマスクをつけたまま首を捻っていた。

 

 見る限りでは兄はシーツを身体に纏わせたまま僅かに震えていただけである。兄の不意打ちを狙う作戦はあえなく撃沈したようだと結論づけたヒソカはバンジーガムを解除し、窓を開けにいった。

 

 ヒソカの視線が外れたところで、机を叩くジェスチャーをしながら爆笑しているジールは激臭と笑いによって滲んだ目尻を拭いた。

 

「ひー君、臭いの元は何処に置いた?」

 

 爽やかな風が吹き込んでくる窓際でガスマスクを取り外したヒソカはベッド横のテーブルを指さした。

 悪戯を流された事が少々不満なようだ。ヒソカはケイジバンというやつは使えないなと昨夜の事を思い出しながら買い揃えた品々を並べる。

 

「……多いな。」

 

 ベッドの上で体の向きを直したジールは顔の下半分を手で覆いながらテーブルの上を見る。

 

「穀食羊の腸詰めと、青デールが腐ったやつ、発酵させたウィークフィッシュなどなど♥」

 

 全部食べ物な辺りに恐怖を感じる。説明を求めたジールは暫く考え込んだ後鞄からビニール袋を数枚取り出した。

 

「……まだ使うか?」

「もういらないかな♣︎」

「なら、全部入れてくれ。」

 

 何重にも重ねたビニールをヒソカに手渡したジールは洗面所に行き何やら作業をしているようだった。

 

 戻ってきたジールはヒソカに礼を言いつつ濡らしたタオルを袋の中に入れ、厳重に封をすると再び鞄の中へ仕舞っている。

 一連の流れをわけも分からず眺めていたヒソカはジールから金を手渡されていた。

 

「渡した小遣いも減っただろう。」

 

 確かに高価なものもあったが、ヒソカは悪戯を仕掛けて報酬を貰うとは思っていなかった。

 

 ひとつ言えるのは、仕掛ける前にはジールへ自白剤系の薬を投与して口を塞げない状況でやった方がいいということだ。

 驚いた瞬間、オーラの偽装が解けて滑らかなオーラ操作に戻るタイプのジールを相手にヒソカが悪戯の成功を確信する日は遠かった。

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 パドキア共和国ガーランド街の中心、時計塔がシンボルの古い街並みに懐かしさを感じたジールは、隣に並ぶヒソカを見る。

 一度だけ来たことがあると申告したヒソカは、待ち行く人々をぼんやりと観察していた。

 

 ちなみにラケルススの屋敷に向かう道中で、グラムガスランド前の事を訪ねたジールはヒソカから参考になるか微妙な回答を貰っている。

 

『道案内してくれた人?……あぁ!携帯壊しながら歩いてた子のこと?』

(いや、聞かれても分からん。携帯ってそんなに壊れるものだっけ?)

『……名前は?』

『そういえば聞かなかったな♠』

 

 まあひー君が覚えている時点で相当強い人なんだろうと携帯壊し子さんを脳内にメモしたジールであった。

 

 閑話休題。

 

 屋敷前、行儀よくベルを鳴らしたジールは堂々と門の前で仁王立ちしていた。

 

 暫くして、屋敷の中からこちらへ向かってきたスーツの男は要件を訪ねようと来客の顔を見て固まることになる。

 その様子を見て、相手が自分の事を知っていると気づいたジールは試しにその男へ話しかけてみることにした。

 

「……そちらの家主に用がある。」

「い、いえ。貴方を敷地内へ招く事は出来ません。」

「そうか、わかった。」

 

 こちらに気づいた時に警備でも呼べば良かったのに、と喋りかけたことを棚に上げながらジールは力ずくで門を開けた。

 

 伸ばされる手に本能的な恐怖を覚えた男はその身を震わせながら後ずさるが意味の無いことだ。

 流れるように拘束され、簀巻きのまま庭へ転がされた男の横をジールとヒソカは通り過ぎていく。

 

「捕まえるだけかい?」

「使用人は適当に転がしとけ。」

 

 鍵が開いたままになっている玄関から乗り込んだジールは人数を数えながら出てくる使用人達を捕らえていく。

 万全な盤を用意するために邪魔が入らないよう下準備を終えたジールは、廊下に点々と転がる警備員を跨ぎながら屋敷の奥へと進んでいった。

 

(いやー、晴天晴天。絶好の復讐日和です。)

 

 手加減を間違えないよう、扉の前の男を気絶させたジールは拘束具で男の手足を締め上げる。

 

 どうやら部屋の中にいるターゲットも屋敷の異変には気づいているようだった。中から喚くような声が漏れ出ている。

 別のルートで回っているヒソカはまだやってきていないが、ここで我慢できるほど無感情ではないジールは吹き飛ばすように扉を開けた。

 

「……。」

 

 部下に向かって喚き散らしていた男は、大きな音に動きを止め驚愕の表情を見せていた。

 倒れた扉の先にある姿を恐る恐る確認する様はまるで臆病な亀のようだ。

 

(顔面に二、三発入れてやる。)

 

 数年来の思いを込めて部屋に入っていったジールは堂々とした足取りでジブットへと近づいていく。

 そして、怯えていたジブットも近くに来たことでやっと相手が誰なのか気づいたのだろう。

 

 ジールの顔を見据えて笑顔を作ったジブットはのたまった。

 

「ああ、君か。どうした?やはり我が家が惜しくなったかな。やはり赤髪などと共にいるのは苦痛だろ―」

 

 言い切らないうちに、ジブットは頬を殴られ壁際まで吹き飛ばされた。

 ジブットの痙攣する手足を見下ろしながら、ジールは気を鎮めるために大きく息を吐く。

 

(いやー忘れてた、思った以上にうざい。……よし、崖から突き落とすか。)

 

 敷地の奥にある絶壁を思い浮かべながら、騒ぎ立てる部下を黙らせたジールはジブットに縄を括りつけた。

 

 三年が経ち、どうやらおっさんのことを少しは忘れられていたようだ。と自身の認識の甘さを確認したジールはジブットを引きずりながら階段を下りる。

 頭を打たなきゃ大丈夫だろうと鈍い音を立てながら運ばれるジブットの口には途中から布が突っ込まれていた。うるさかったらしい。

 

 そして離れを通り過ぎ、広々とした敷地を抜ければ見えてくるのは切り立った崖だ。下に流れている川は街中で恋人とのデートスポットにもなっている素敵な川に繋がっている。

 

 せっかくだから精一杯叫ばせてあげようと、ジールが詰め込まれた布を手袋越しに取り出せばジブットは元気に喋りだした。

 

「き、貴様!私に向かってこの仕打ちはなんだ。まさか契約書のことを忘れてはいるまい!こんなことをしたからといって「黙れ。」」

 

(契約書って何を指してその話題を出してるんだ?出ていく時に結んだ契約書にはラケルススを名乗ること以外禁止されてないからな?接触禁止も入れとけばよかったのになバーカ!!

 それともあれか、俺がラケルススに戻るためにこんなことしてると思ってんの?頭湧いてるじゃん。俺はちゃんと守りますー。どっかの誰かさんと違ってちゃんと守りますよー!!)

 

 ヒソカの施設脱走を思い出したジールは、だんだんイラついてた。ジールの怒気に当てられたのか、一瞬黙ったジブットだがその数秒後にはまた訳の分からいことを叫んでいる。

 

「やはり外の血が混ざると野蛮な行動に出るようだな、ラケルススの崇高なぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 蹴落とした。

 

 耳障りな言葉を撒き散らすその口ごとジブットを崖に落としたジールはどんどん引っ張られていく縄にあわせて縄の握る位置をずらしていく。

 

「あ“あ“あ“あぁぁぁぁぁぁ……!ぐぇっ。」

 

 そろそろ水面に着くであろう高さで縄を強く握ったジールは潰れたカエルのような声を遠くに聞きながら縄を引き上げる。

 縄が食い込むのか、呻きながら引き上げられたジブットは口の周りを汚しながら地面へ転がされた。

 

「……はぁっ、こんなことをしてタダで済むと思うなよ。貴様など貴様の親のように私の指示ひとつでどうとでもなるぞ。」

 

 ここまでされていながら自身が上の立場であると信じて疑わないジブットにジールはある種の関心を持っていた。

 しかし――、

 

(おっさんの口からその話題が出るのはアウトなんだよ。)

 

「……次は紐なしでやるか。」

 

 簡単に縄を解いたジールは、倒れているジブットの腹に足を掛けながら睨みつけた。

 ここで明確な命の危険を察したジブットは何かを言おうと口を開いたがもう遅い。

 

「ふざけ……っ。」

 

 眼前に迫る恐怖に、落下の途中でジブットは意識を飛ばした。

 勢いを増したその体が水に落ちようとしたその時、ジブットの体は不自然に空中で止まる。

 

 脱力しきったジブットを見下ろすのはスケッチストッパーを使っているジールであった。

 冷めた目で気絶している男を見据えているジールは細く伸ばしたオーラでジブットを回収する。

 

(……そのまま落ちてもよかったけど、まだ一発しか殴ってないし。)

 

 是非ともおっさんには己の罪を数えて欲しい、と呟きながら再びジブットを地面へ転がしたジールは縄で縛って屋敷へと持ち帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何処に行ったのか探したよ♦」

 

 ジブットを担いで戻ってきたジールは、書斎で探し物をしているヒソカと合流した。

 ジブットの方で溜め込んでいる証拠品がないか、探してくれているようだ。

 

「……ああ少し。何かあったか?」

「多分?色々あったからまとめて置いとくよ♦ところで兄さんはやりたいこと終わったの?」

「まだ。」

 

 ジール的にはまだジブットと何ひとつ話せていない。書斎から繋がっている扉を適当に開けたジールは、ヒソカに覗かないよう釘を刺してから隣室に閉じこもった。

 

 途端、普段の数十倍に膨れ上がったオーラに気をとられたヒソカは扉に近づく。

 しかしドアノブに手をかけたところで中から聞こえるボソボソとした話し声と骨を砕く音に笑顔で回れ右をした。

 

 

 

 

 

 

「……起きろ。」

 

 水差しをひっくり返し頭から水を掛けたジールは気絶したジブットが唸り声をあげるまで揺すり続けた。

 

「わたしは、たしか……。」

 

 ぼんやりしていたジブットは先程起きた出来事を鮮明に思い出したようだ。

 流石にジールが本気だと気づいたのだろう。口が動くようになっても怒鳴り散らすことはなかった。

 

「……俺はお前のことを恨んでいる。」

 

 煩くならないようジールが拳銃を突きつけながら話し始めてみれば、ジブットは固唾を飲んだままジールのことを見上げている。

 記憶にあるジールの話し方と違うことに今更気がついたようで、目を見開いていた。

 

「お前が俺の親の仇だとわかった時は殺してやろうかとも思った。」

 

 カチャリと音を立てて近づけられた拳銃に震えるジブットだが、大人しく怯えるだけではない。

 

「何を言う、黒髪を…混血の貴様を引き取ってやる為に必要な処置だった。感謝こそすれ恨まれるなどラケルススのことを侮辱しているのか!」

 

 バンッ。

 

 ギリギリで耳の横を通っていった銃弾はジブットの背後を焦がした。至近距離で撃たれたジブットは片耳から消えた音に鼓膜が破れたことを知る。

 

 ジュッと熱い銃口を眉間に押し付けられたジブットは悲鳴を上げながら暴れだした。

 

 しかし拘束されているその身では大きく動くことも出来ない。苛立たしげに踏まれた足の痛みに動きを止めたジブットはジールのことを睨み上げた。

 

「……はっきり言おう。ラケルススにもお前にも価値は無い。」

「ふざけるな!代々続いている我が家に価値が無いだと!?そんなはずないだろう、その当主の私も当然称えられるべき地位にいる。」

「無い。この家は直になくなる。」

「戯言を!!」

「信じなくとも構わない。……お前を送り込む牢屋は予約してある、安心しろ。」

 

 屋根があってよかったな。と鼻で笑ったジールを見てジブットの威勢は削がれていた。

 どうやら自家が無くなるという発想はなかったらしい。確かにあれだけの権力を持っていれば多少の法など気にせずに生きてこれるだろう。

 

 しかし、それも珍品や貴品、骨董品の管理者でいる内だけだ。

 

「……しかしそれだけでは俺の気が済まない。数発殴らせてくれ。」

 

 突きつけていた拳銃を仕舞ったかと思えば、眼前の男はその口角を上げ空虚な笑みを見せる。

 ジールから感じる謎の圧力によって気圧されたジブットは途中から言葉を発しなくなった。

 

 

 

 

 

 床を割るような轟音に人体から響く鈍い音、耳を澄ませば僅かな水音も聞こえてくるだろう。

 

 ヒソカは敷地内に気になるものを見つけながらも隣室から聞こえてくるジールの本気(オーラ)にその身体をよじっていた。

 

 暫くして静かになったかと思えば再び膨れ上がったオーラにヒソカのオーラが臨戦態勢になろうとする。しかし、それは軽い扉の音と共に出てきたジールに防がれた。

 

「待たせたな。」

「ううん♠全然♥」

 

 楽しかったと伝えるヒソカをスルーして、ジールは山積みになった書類に目をやる。

 

「早かったね♦」

「……あれ以上話したら棺を買ってた。」

「そっか♥」

 

 ジールは他者への嫌がらせや、倒産に追い込んだ企業についてなど叩けば埃のように出てくる証拠の数々に眉を顰めながらも書類を読み込んでいる。

 

 読み進めるうちにその中で、ひとつ毛色が違う書類が混ざっていた。何かの証拠というよりは何処かからラケルススに送られてきた電報のようなものだ。

 

 日付けがちょうどジールがラケルススを出てきた日になっている。何かが気になるジールがそれに目を通そうとしたところでポケットから電子音が鳴った。

 

 誰からか確認をすればそこには登録していない数字が並んでいる。訝しみながらも緊急の連絡だった場合を考えてジールは受話器のボタンを押した。

 

『もしもし?ジールであってる?』

「……誰だ。」

『あってるみたいだね。オレだよ、シャルナーク。』

「……何の用だ。今忙しいんだが。」

 

 ジールが通話し始めて暇になったヒソカは暫く何かを考えるように視線をさ迷わせていた。

 

『それがさぁ、あの果実酒をノブナガ達に盗られそうになって……』

「飲めなかったのか?」

『いや、美味しかったから意地でも渡さなかったけど。割れちゃったんだよね、もう一本無い?』

 

 天井を見上げ視線でなぞっていたヒソカは、いいことを思いついたのかニンマリと笑ってジールの裾を引く。

 

「悪いが今忙しいんだ、また後で……」

『あぁうん、分かってるよ。ちゃんと電話が取れる時に掛けただろ?』

「……?」

 

 シャルナークの意味深な発言に首を傾げながら、ジールは裾を引っ張りながら窓際へ連れてこうとするヒソカに視線を合わせる。

 

 書斎の雰囲気に合わせた縦長の窓まで連れてこられたジールはどうしたのかとヒソカに問いかけようとした。

 

『オレも今そこにいるんだよね。』

 

 バッと窓の外に影が降ってくる。

 驚いて固まっているジールに軽く手を振ったシャルナークは逆さ吊りの状態で器用に窓を開けた。

 

 どうやらヒソカは気づいていたらしい。注意力が散漫していると己を律しながら一歩下がったジールは室内にシャルナークを招き入れた。

 

「やあ、果実酒ちょーだい。」

 

 くるっと、軽い身のこなしで入ってきたシャルナークは両の手を前に差し出して要求してくる。

 ジールは用の済んだ電話を切りながら、シャルナークの手を軽く叩いた。

 

「……その前に、何故ここにいるかだ。」

 

 ジールがラケルススの家に行くことを決めたのは昨日だ、前もって知ることは不可能に近い。それに追いかけて来たとしてもこんな私有地に侵入するリスクを負わずに接触するくらいできるだろう。

 

「あははっ、やっぱり分かる?今度ここの物盗りに来ようと思って下見に来てたんだよね。」

 

 隠すことなくあっさりバラシたシャルナークはそう言いながら肩を竦めた。

 ジールは隣でトランプを混ぜ始めたヒソカにデコピンを入れながら、シャルナークにある一枚の書類を見せる。

 

「えーなになに、ラケルスス家の貴重品、全100点が盗難された……ジール、もしかしてオレが来ること知ってたの?」

 

 驚きと感心を見せるシャルナークにジールは首を横に振って答えた。

 

「……俺が適当に荒らして提出するつもりだった。」

「へぇー、そんな書類あるんだ♠」

「本当に?やっぱりオレ達のこと予想してたんじゃないの?」

 

 いつも通り軽く流すヒソカに、何故か頑なに認めようとしないシャルナークはそれぞれの反応を見せる。

 

「まぁそういうことにしておくよ。それで彼は?」

 

 シャルナークの視線はジールの後ろから書類を覗き込んでいるヒソカに向いていた。

 警戒、といってもジールが背中を向けているのを見ているのでどちらかというと興味が勝っているようだった。

 

「……あぁ、紹介してなかったな。ひ「ヒソカって呼んで♥よろしく♦」だそうだ。」

 

 手放していなかったトランプを振りながら笑顔で挨拶したヒソカに、言葉を遮られたジールは諦めて杜撰な紹介ですませる。

 僅かに漏れ出た、……むしろわざと出したであろうヒソカのオーラを敏感に察知したシャルナークは微妙に嫌そうな顔をしてジールに何かを訴えてくる。

 

 多分、なんだコイツあたりだろうと理解したジールだが肩を竦めるだけで流した。

 

「……続けていいか?」

 

 話を進めようと舵をきり直したジールにシャルナークはどうぞと笑顔で返す。それは何かを期待するような笑みだった。

 

「俺はこの家から貴重品を盗めればいい。そちらは?」

「オレは本と焼き物と人形……あとは高く売れそうなものかな。」

 

 指を折り、思い出しながら話すシャルナークに、ジールは言われた物品のリストを取り出しチェックを入れていく。

 

「へえ!そんなのあったんだ。」

「……あぁ外部には出回ってないものだ。」

 

 何故それがジールの手元にあるのかなど今更言う必要は無いだろう。

 該当する品に印をつけ終わったジールは暫く考え込む仕草を見せたあと、シャルナークの方にファイルを見せながら二つの品名を指さした。

 

「33番のナイフは高く売れるだろうが触ると面倒臭い、それと97番の壺は出来れば渡したくない。」

「なるほど?」

「あと、本は読み終わったら返してくれ。」

 

 戦ってみたいのか、後ろでソワソワしているヒソカを宥めながらジールが条件を提示すればファイルを覗き込みながら頷くシャルナークの姿があった。

 

「うん、両方とも欲しいな。本は多分平気じゃない?」

「……わかった、取扱説明書をつけておこう。」

「さっすがー。」

 

 先程の頷きはなんだったのか、一歩も譲る様子を見せないシャルナークに半ば予想がついていたジールは諦めて取説を付ける事にした。

 

「それで、こんなにもてなされてオレは何を言われるのかな。」

 

 こちらを見るシャルナークはフランクな雰囲気をまといながらも一切の油断は見せていなかった。

 しかしそれに反応をみせることもなく、ジールはさらりと交換条件を述べる。

 

「……窃盗者の欄に名前を使いたい。」

「なんだ、そんなことなら使っていいよ。どうせ書かれただろうし。」

 

 ジールがラケルスス家にあった貴重品の数々を説明書付きで旅団に渡す代わりに求めたのは、盗難届けに旅団の名を使うことだった。

 

 初めは窃盗者不明でラケルススの落ち度だけ主張するものを書くつもりだったが、ここに来てシャルナークに会ったことでその窃盗に信憑性を持たせることが出来るようになったのだ。

 既に死亡しているジールの名前は書けないので大変助かっている。

 

 原作とは違い、まだ結成して二年程しか経っていない幻影旅団はA級になっているわけでは無いが、その活動から各地で噂される程にはなっている。

 

 一部からはB級への登録要請があったらしい。その時のジールは時の流れを感じてはしゃいでいたものだ。

 今回、国の貴重品を盗むとなれば確実にB級登録はされるだろう。構成メンバーをみればA級でも良い気はするが段階も大切だとジールはひとり頷いている。

 

 さて、ラケルススを解体する為にその核を壊そうとしていたジールにとっては正に渡りに船。

 快諾してくれたシャルナークに礼を言いつつ地下の保管されている倉庫へ向かうジールの後ろをヒソカとシャルナークがついて行く。

 

 ちょっとしたツアーのようにケースの中にある貴重品を紹介しながら仕舞っていくジールはとても手際がよかった。

 偶にキシャーーー!と奇声を上げたり、物品の周りを走り始めたりと奇行を見せることもあったが全て適切な取り扱いの元行っている。

 

 決してジールがバグったわけではない。

 

 ちなみに番号の割り振りは以下のようになっている。

 

【1-25】本、書簡

【26-33】古代文明品

【34-50】素材(生き物の一部や鉱石)

【51-71】加工品(無害)

【72-99】加工品(有害)

【100】不明

 

 加工品とは銘打っているが、大半は念によって作られた不思議物品である。

 ちなみにジールがパクってきた鞄は70番に割り振られていたものだ。

 

 もちろん年々物が増えていくためそれ用に開けてある欠番や100番以降も存在している。

 100番以降も作っているのに欠番があるのは途中の当主がコレクター精神で重要品を二桁以下に収めたかったからと聞いた。少し親近感が沸いたのは内緒だ。

 

 そしてジールが一番少年心を擽られたのはもちろん100番。昔にその品とデータごと消えた不思議な品物などトキメキしかない。恋が始まってしまいそうだ。

 

 シャルナークには1番から25番までの本以外にも約20点の品を渡した。

 

「これが33番だ、シャンシャンが持て。」

「こんな感じ?」

 

 最初に言っていた珍品の前までやってきたジールはシャルナークにナイフの柄を持つように言った。

 そして確認する様にジールのことを見たシャルナークはそこで動きを止める。何が起こったのかヒソカは不思議そうに覗き込むが、ジールは分かっているぞというように頷いた。

 

「女性の声が聞こえたか?……なら、そのまま愛を囁け」

「へぇ♦」

 

 ジールのとんでもない指示に驚く二人だが、シャルナークは脳内に響く声が煩いのか返事も出来ないようだった。

 

「綺麗な刃だね、美しい装飾だ。……愛し、て」

「声に出さなくても伝わるぞ。」

 

 蹴られた。

 

 丁寧にナイフを持ちながらも、シャルナークは見事なバランス感覚でジールにローキックを入れた。

 

 その様子を笑いながら見ていたヒソカはジールにひっつきながらシャルナークの隙を伺っている。

 そして暫く黙り込んでいたシャルナークが息をついたのを確認したジールは次の説明を始めた。

 

「……ナイフは女性の目に入らないように管理してくれ。それと活動期間中は一日一回この椿油で掃除をする必要がある。他にも幾つかあるがあとは説明書を読め。」

「……なんだか面倒くさい。」

「だから言っただろ、触ると煩いんだ。」

 

 

 もうひとつの97番の壺の方には30項目以上の制約が着いており、破った場合最悪命の危険もある事を十分に言い含めてからシャルナークに渡した。

 

 品物を全て回収したジール達は適当に地下室を荒らしてから地上へと戻る。

 

 

 

 

 

「早く終わって助かったよ。」 

 

 大きな袋を持ちながら窓に身を乗り出しているシャルナークはご機嫌なようだった。

 たくさんの物品を回収するのに時間はかかったものの目的の品が下見の段階で手に入ったのだ、きっとこの後は貰った果実酒で酒盛りだろう。

 

「キミの顔を見てココのことを思い出したのはいいけど、誰も一緒に来ようとしなかったんだよね。」

 

 まったく困っちゃうよ、と笑いながら窓枠に引っかかった袋を押し出したシャルナークは横に二歩避ける。

 そしてそのまま袋ごと庭に飛び降りると、のんびり門の方へと歩いていった。

 

 

 最後の最後に我慢出来なかったらしいヒソカのトランプが窓の縁に刺さっている。それを見たジールはまだ持った方だろうと、応戦しなかったシャルナークの大人な対応に感謝しながら書類の山に戻っていった。

 

「ねぇ、彼とはどんな関係なんだい♦」

 

 期待した展開にならなかったヒソカは、何事もなかったかのようにジールの後をついて行く。

 ジールはそれを軽くあしらいながらさっきまで見ていた書類を探していた。

 

「……我慢してたな。」

「誤魔化そうとしてもダメだよ♥凄く気になってるんだ♠何処で出会ったの?」

 

 グイグイ質問して来るヒソカに、ジールは何処に書類を置いたのか記憶を漁りながら、適当に机の上を調べる。

 回り込むようにしてジールの視界に入ってくるヒソカにだんだん鬱陶しさを感じてきたジールは、捜索の手を止めてヒソカへ向き直った。

 ヒソカはうきうきしながらジールの返答を待っているようだ。

 

「……そのうち分かる、以上。」

「えーケチ♠」

 

 一時的な共犯者になったシャルナークに戦闘狂をけしかけるのは気が引ける。

 それに最初から説明しようとすると色々長くなるのだ、決して話すのが面倒だとか思ってはいない。

 時間の有効活用というものだ。

 

 ジールが机の上の捜索に戻り、これ以上は聞き出せないなと理解したヒソカはファイルの下敷きになっていた書類を引っ張り出しジールに渡した。

 

「はい、ここにあるよ♠そんなに気になることが書いてあるの?」

 

 無理だと分かればひとつの事に執着しないヒソカはさっさとここから出る方向に意識をチェンジした。

 

「……ありがとう、まあな。」

 

 手渡された書類を途中から読み始めたジールは、感心しながらその内容を追っていく。

 

『ラケルスス家当主への要請』

 

 そこに書かれていたのは、死亡扱いになったジールをラケルスス家から無傷で解放する要求であった。

 

(つまり誰かが裏から俺を助けてくれたと……。)

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 盗難届けやラケルススの悪事に関する証拠の数々を纏めて国のお偉いさんの所へ郵送したジール達は、書斎の横の部屋にいるジブットの前に立っていた。

 

 この後やってくる刑務所関係者にジブットを引き渡す為に拘束しにきたようだ。

 

 ヒソカの視線の先、血溜まりにボロボロの衣服を纏って倒れているジブットは死んでいるようにしか見えない。

 しかし、近づいて見てみれば眉間にある火傷の跡や折れた片足以外に外傷は無いようだった。

 

 手加減したのかとも考えたが、あれほどのオーラを使った兄が本気でないことはまず無いだろうと、その考えは否定される。

 

「これどうするの♣︎」

 

 仰向けにひっくり返されたジブットを見下ろしながらジールの方を見たヒソカは、最高に悪どい表情をしている兄を見た。

 

「……これを使う。」

 

 そう言って取り出されたのは、今朝ヒソカが袋に仕舞った激臭の食べ物だった。

 顔をオーラで覆っているジールにならい自身もオーラで鼻と目元を覆ったヒソカは、厳重な装備で取り出されるタオルを目で追っていく。

 

「……ささやかな悪戯だ。」

 

 窒息死しないよう鼻先に当てられたタオルはきっとあの悪臭が強く染み込んでいるのだろう。臭いが漏れないよう嬉々としてフィルムを巻き付けている兄を見ながら、なるべく恨まれるような事はしないようにしようとヒソカは五分間だけ気持ちを入れ替えた。

 

「……よし。」

 

 

 ジールは満足な仕上がりになったジブットを引き摺りながら玄関まで運んでいく。

 綺麗なカーペットをジブットの血で汚しながら考えるのはこの後の事だ。

 

(ハンターのコネを使って調べあげた刑務作業や看守がキツいなど諸々の好条件、是非とも満喫して欲しい。人気だから牢屋の予約取るのも大変だったんだぞ。)

 

 ジーッと来客を告げるベルの音に、迎えが来たことを察知したジールは足早に玄関のホールへ向かい、その扉を開けた。

 

「ハーディスヘル監獄所外遊担当の者です。」

 

 無駄な雑談はしない。3mに届きそうな高身長に頑丈そうな体躯をしている男はその身を制服に包み、直立不動に立っていた。

 

「……これが申請した男だ。顔の物は邪魔なら取ってくれ。」

 

 ジブットに繋がっている縄を男に渡せば、その縄は相手の方へと渡っていく。

 

「お気遣いありがとうございます。それでは失礼しました。」

 

 一礼し、ジブットを担いで去っていく男は敷地の前に止められていたトラックに乗り込んでいった。

 その様子を一歩も動かず眺めていたジールは、トラックが発進した後も暫く外を眺めている。

 

 長年の目標がひとつ達成された。

 先程まで、おっさんの悲惨な未来を思い描き心の内をすっきりさせていたジールだったが、いざ終わった瞬間に嬉しさを感じる事は無かった。

 強いて言うなら感じたのは安心と脱力感だろう。

 

(意外と終わりはあっさりしたもんだ。復讐なんて初めてやったが、案外達成感も薄いな。)

 

 紫とオレンジが混ざっているような夕焼けに、飛ぶ鳥を目で追いかけるジールはボーッとしながら終わった復讐について考えてみたが、精々刑務所で己の生き様を悔やんで欲しいぐらいだった。

 

 手元を離れた憎しみの対象に感じるのはもしかしたら喪失感かもしれない。しかし、ジールは自分がジブットのことについて思い悩むなど死んでも御免だった。

 

(終わったんだから、おっさんのせいで出来た喪失感なんて気持ち悪いものは埋めてしまおう。なに、もう俺を縛るものは何一つないんだ……そう、例えるのなら初めての一人暮らし。夜遅くまでゲームをしても怒られない最高の環境だ。これからはメディアに顔が映ることも、やらかして新聞に名前が出ることも気にしなくて良いんだぞ。)

 

 

 考えてみればこれからの人生は今までよりもずっと自由なのだ。

 

 あっさりした復讐の終わりよりも、今後のことを考える方が断然楽しい。

 買おうと思っているゲームも、来年のオークションも全てジールが頑張れば可能な範囲に落ちている。だんだんと喜びが勝ってきたジールは内から湧き上がる歓喜を抑えることなく漏らした。

 

「ははっ、最高だな。……フッ、アハハハハッ!」

 

 玄関の扉にもたれかかり腹を抱えて笑うジールの元へ、様子を見に来たヒソカが顔を出す。

 

「珍しい♥良いことでもあった?」

 

 楽しそうにしているジールを見て嬉しそうに笑うヒソカは、兄の元まで近寄るとその様子を近くで観察し始めた。

 

 サングラスを押し上げながら目尻を拭ったジールは下から覗き込んで来るヒソカと視線を合わせる。

 最高に気分が良いジールは、直して欲しい所は多々あれど可愛く見えてしまうヒソカを甘やかしたくて仕方がなかった。

 

 まだ自身よりも低い位置にある弟の頭を撫でながら、呼吸を整えたジールは気前よく宣言する。

 

「……片付けたら戦闘するか。」

「うん♥」

 

 機嫌の良さが天元突破している兄からのサービスに先程とは違う笑顔を見せながら頷いたヒソカは、早く終わらせようと後片付けに向かった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 エピローグ

 

 使用人を一箇所に集め、引渡しの作業を終えたジールは書斎で見つけた書類について考えていた。

 

 自分を殺そうとしてきたおっさんは、ジールを殺せないから諦めたのではなく何処かから掛けられた圧力によってジールを解放したらしい。

 

 では自身を助けてくれた人は誰なのか、気にならないと言えば嘘になるが、ジールは血眼になって探そうとまでは思っていなかった。

 

(何かあるなら向こうからやってくるだろうし、何より俺は自由になったのでやりたい事が山積みなんだよね。)

 

 会えたときに菓子折りを渡せばいいかなと、緩く考えながら最後のひとりを護送車に突っ込んだジールは、ふと後ろから掛けられた声に振り返る。

 

「兄さん、この子ってどうするの?」

 

 ヒソカの手に収まっているのは眠っている幼児だった。そう、ジール達の従兄弟に当たるジブットの息子だ。

 

 飛行船の事件に関係ありそうな人物は纏めて警察署に送る(ジブットは除く)つもりだったジールだが、その時に生まれてなかった従兄弟の事を捕まえるつもりは無かった。

 その為ヒソカには雑に扱わないように伝えていたが、護送のタイミングで一緒に入れてもいいのか聞きに来たらしい。

 

「……あぁ、どうするか。」

 

 母親や使用人も全員捕まえてしまう為、従兄弟の面倒を見る人がいなくなってしまうのだ。

 珍しく煮え切らない返事をしたジールは暫く考える仕草を見せた後に携帯を取り出した。

 

『プルプルプルプルプル』

「……。」

『プルッ、――はい!こちらティリーです!』

 

 困った時のベレーくんだ。

 

「……ジールだが。」

『はい、お久しぶりですね!』

 

 携帯から掛けられているのだから誰かなど分かっているだろう。しかし、ベレーくんは緊張気味のジールに優しく対応してくれる。

 ジールはベレーくんを大切にした方がいい。

 

「……子供を預ける先を探している。」

『なるほど!孤児院とかですか?それとも里親を探している感じですか?』

「どちらでもいい、環境が良ければ。」

『それでしたら僕が少しだけお世話になっていた孤児院があるんですけど、そちらでも大丈夫ですか?』

「…………ああ。」

 

(待って、ベレーくんって施設育ち?少しだけって言ってたから関係者とかかな!!)

 

 驚いて携帯をぶん投げるところだった。自分から掛けておいて電話を切る(物理)など失礼すぎて目も当てられない。

 

『ではこちらで手続きは進めておくので、子供の情報だけ後で送ってください!多分施設の職員が迎えに行くのでよろしくお願いしますね!』

「ありがとう、とても助かる。」

『いえいえ!ジールさんのお力になれて嬉しいです!またお話しましょうね!』

 

 用件を済ませ、なおかつ癒しを貰えたジールはホクホクだった。ベレーくんが孤児院出身かもしれないなど些細な事だ。

 

 ロティーの言っていたえげつない孤児院の話で敏感になっているんだな、と自身を落ち着けながら決まった事をヒソカに伝える。

 すると、屋敷の中の人は子供で最後だったらしい。片付けも終わったと喜ぶヒソカは危うく子供を落とす所だった。

 

 慌てて受け止めたジールは、ヒソカの喜び様に戦闘の約束を思い出す。

 いつもなら過去の自分を問い詰めるレベルのやらかしだが、今回ばかりは別だ。

 

『えっ?一緒に屋敷に行く理由かい?…もう一回兄さんが死んだら困るからね♦しっかり見張っておこうと思って♥』

 

 ガーランド街に到着した時の会話だ。

 いつものように軽いテンションで話していたが、ヒソカが本気なのは見ていて気づいた。

 

 わざわざ強い相手も居ないラケルススまでついてきてくれた可愛い弟へのお礼に苦はない。

 眠ったままの子供を安全な所へ寝かせたジールはオーラを練りながらトランプで遊んでいるヒソカに向き直る。

 

「……条件を決めるぞ。」

「えー、制限無しがいいな♥」

 

 

 しかし、命を捨てたわけではない。

 

(まだひー君に負けるつもりは無いけど、死にかけるつもりもないからな!あと、ここ街中!)

 

 ぶすくれたヒソカと条件を擦り合わせているうちに日は完全に沈んだ。

 後日、荒野まで移動した兄弟がいたとかいなかったとか。

 

 

 

(……やっぱり暫く戦闘はお預けにしよう。)




ラケルススの話はここで終わりです。
次章はヒソカ捜索中に立ち寄った流星街の話から始まります。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
感想、評価、ここすき等励みになります。

《人物紹介》
ジール=モロウ
現在17歳、晴れて自由になったハッピーボーイ。
なお戸籍(国民総背番号)は死亡中。
△弟に秘密にしていること
発の切り札の存在
プロハンターになったこと


ヒソカ
現在14歳、死んだと思っていた兄と再会出来たハッピーボーイ。
兄とお揃いの操作系はちょっと羨ましい。
△兄に秘密にしていること
ドッキリテクスチャーの存在
兄を強者ホイホイとして利用していること


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第四章 放浪期
訪れたのは流星街


今回はまったり導入回です。時期としてはハンター試験から少し経った辺りになります。

よろしくお願いします。


 

 不要になったものが投棄され、辺り一帯が廃品で埋まっている。背丈以上に積み上がったゴミ山はそこら中に点在しており、遠くの方まで同じ景色が続いていた。

 

(目標確認、人影なし。……本日も見えるのはゴミばかりであります!)

 

 器用にもゴミ山の頂上まで登ったジールは、被っている麻袋をズラして単眼鏡を覗き込んでいる。そのレンズが向く先にはジールの目的地である流星街があるはずだった。

 

(……街まで遠すぎない?)

 

 ハンター試験を終えたジールはネットで目撃情報を集めながらヒソカの捜索に励んでいた。そして数ヶ月のうちにネット上の最低限のシステムを作り終えたジールが次に向かったのが流星街である。

 目撃情報が外部に出ない場所であるため、実際に自身が出向いて現地で情報収集をするつもりなのだ。

 

 趣味と実益を兼ねて行き先を決めたジールだが、流星街の入口と思われる荒野を歩くこと一日、さらにゴミ山に阻まれ三日が経っている。

 事前知識として人が住んでいることは把握していたがその場所までがあまりにも遠かった。

 

(絶対入る場所ミスった気がする。)

 

 方角も見失いそうな景色の中で、定期的に周囲を確認しているジールはやっと大きな建物の影を見つけたばかりだった。

 周りを観察しながら歩いたとしても流石に時間がかかりすぎている、と外枠のみが記された流星街の地図を広げて、ペンで書き込む。

 

(あっちは……南東か?あのデカい建物の周りに街があることを祈ろう。)

 

 壊れかけの冷蔵庫の上で胡座をかきながら地図と風景を見比べるジールは、単眼鏡を鞄に仕舞い麻袋を被り直した。

 

 ゴミ山から飛び降りたジールは所々に残っている車輪の跡を見下ろす。移動手段を間違えたことを薄々感じながらも、ジールはまだ見ぬ聖地をモチベーションに歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 ジールが人を見つけたのはそれから数時間後のことだった。

 だんだんとゴミ山の高さが低くなっていき、地面が顔を見せ始めた所でジールは平屋の建物が立ち並ぶ区画に到着する。

 様子を見るからに住宅地だろうか、と洗濯物がかかっている路地を覗き込みながら辺りを観察しているジールは周囲からの視線に晒されていた。

 

 まあ当然の反応だ。見るからに不審な格好をしている輩が外からやってきたのだ、見るなと言う方が難しいだろう。

 しかし、周りの人々がジールに何かをしてくることはなかった。

 

(流石。来るもの拒まず、奪い去るものフルスイングな流星街さんですわ。)

 

 麻袋の下から盗み見る人々は警戒心をこちらに向けても、攻撃的なものを向ける人は一人もいない。

 きっとここでジールが何かを害する行為をすれば一瞬で敵対関係になるのであろうが、それまでは確実に平和な関係を築けるのだ。

 

 200m程の道を突っ切り、住宅街を抜けたジールは更に先の景色を見た。

 

 そこには再び現れたゴミ山と、遠方に点在する街のようなコミュニティがあったのだ。

 ようやく流星街の街の部分を確認出来たジールは密かにガッツポーズをする。そしてこれからの本格的な調査の為に近くの店屋に立ち寄る事にした。

 

『服を数着購入したい。』

 

 ジールは店の奥でカウンターに寄りかかっている店主にフリップをみせた。

 

 なるべく周りから浮かないように服装から揃える作戦だ。真っ先に周囲と合わせるべき部分があるはずだが、まずは洋服らしい。

 

 突然の来客に驚き、その様相に驚いた店主だったが商売の機会を逃すことはしなかった。店の壁にかかっている洋服を数点持ってきながら、店主はジールのことを観察している。

 

「服ならこの辺だな、何か希望はあるか?」

 

 裾のほつれたシャツや、継ぎ跡のあるズボンを並べた店主はジールに向き直り商品を勧めてくる。

 ジールとしては周りから浮かなければそれでいいのため店主にはそれらしい物を選んで欲しい旨を伝えた。

 

「あー、この後は中央に向かうのか?」

 

 ジールのリクエストを聞き、少し考え込む様子をみせた店主は頭をかきながら話し始めた。

 

「ならここじゃ買わねえ方がいいな。あっちの方が良い服が手に入るし、住んでる奴らもそれなりのもんを着ているぞ。」

 

 店主が言う分には、むしろ今の格好の方が向こうでは浮かないらしい。親切にも教えてくれた店主にジールが感謝の念を抱いていると、相手は期待に添えなくてすまんなと笑っていた。

 

『頭はこのままだと目立つだろうか。』

 

 その後ジールが見せてきたフリップに、何故目立たないと思っているのかと店主は若干口元を引き攣らせたが、そこは長年の接客技術で乗りきった。

 

「まー目立つな、面倒事が嫌なら外すことをお勧めするさ。」

 

 店主の言葉を受けて、フムッと顎に手を当てたジールは捜索のし易さと情報漏洩の可能性を天秤にかけ前者をとった。

 流星街で自分の名前が広まることもないだろうという結論に至ったのだ。

 

『一番高いサングラスを買おう。』

 

 この前、久しぶりに麻袋を外した時に眩しさで目がやられたジールは対策を立てていた。

 色々教えてくれた店主へのお礼も兼ねて一番高い物を注文したジールはカウンターの下からでてきたサングラスを見る。

 

「いいデザインだろ?レンズは少し小ぶりだがツルの装飾はイチオシだ。」

 

 手に取ってサングラスを見ているジールに、自慢する様に装飾部分を指先した店主は楽しそうだった。ついでに告げられた値段もジールが払えるものだったため、直ぐに支払いを終えたジールはその場で麻袋とサングラスを取り替える。

 

 どうやらジール好みのデザインだったらしい。

 

 麻袋の下でぺたんこになっていた髪を手櫛でほぐしながらサングラスを装着したジールは、店主にグッと親指を立てて返事をした。

 

「へへっ、そりゃよかった。このサングラスも男前に買ってもらえて嬉しいだろうよ。」

 

 流石店主だ口が上手い、と気分よく店を出たジールは店主の見送りを背に受けながら流星街の中央へと向かっていった。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

(食べ物も普通に美味しいよな、野菜とか生肉は少ないけど都会的なものもチラホラあるし。)

 

 ジールは屋台で買った干し肉を噛みちぎりながら昼休憩を取っていた。適度に人通りのある区画で本を読みながら腹ごしらえをする様は完全に周りと馴染んでいる。

 

 大きな城のような建物はまだ少し先だが、店や家などが多く集まる場所に到着したジールは、聞き込みをしながら一通りを見て回っていた。

 

 ジールは店が集まるこの区画の外にぽつぽつ建っている小屋の方まで見に行きたかったが、親切な人に止められたのだ。

 曰く、その小屋を縄張りにしている人達もいるから気をつけた方がいいという。

 

 そうして次の大きな区画に行くか、もう少しここに留まるかで悩み始めたジールはひとまず昼休憩をとることにしたのだ。

 

(あと、もし見れそうなら旅団の小さい頃も見てみたい。……数kmくらい離れたところから。)

 

 しっかり自身の欲望にも忠実なジールであった。

 しかし流星街が馬鹿みたいに広いことはこの数日で実感している。会えるのはその年のガチャ運を全てつぎ込んた時くらいだろう。

 まあ元々少ないジールのガチャ運などあってないようなものだが。

 

(そんな簡単に会えたら誰も課金なんてしないわな。)

 

 きっと会えたとしても心臓発作で倒れるだろう。

 ということで数km先からチラ見させて下さい、と図々しい条件をつけて神頼みをしたジールは缶切りを探して立ち上がった。

 

(缶詰買ったのに食えないじゃん。)

 

 本日のお昼ご飯は前歯を折りにきている干し肉と、割高だった謎のフルーツ、そして本命のテリヤキの缶詰だ。

 謎のフルーツにやられて痒くなった舌を口の中で転がしながら、ジールはゴミ山へ缶切りを探しに出る。

 

 

 そして街とゴミ山の境目に突っ立ったジールは何気ない動作で視線を滑らせ、引っかかった違和感に目を向けて何事も無かったかのように座り直した。

 

(ッスーー、フラグ建築パネー。)

 

 ゲンドウポーズをしそうになり、慌てて誤魔化したジールは読み終わった本をそれっぽく開く。

 

 ジールが遠目に確認したのは、シャルナークとクロロだった。

 

 神頼みの要望通り、かなり離れたところからでも確認できた二人は念能力者特有のオーラを纏い、ゴミ地帯から店の区画に向かって歩いているようだった。

 一瞬で脳裏に焼き付け、平静を装って座ったジールだったがその内心は見事に荒ぶっている。

 

(やーばい、今年の運全部使っちゃった。どうしようどこかにお布施してバランスとれる?大丈夫?いや、きっと俺の持ち金じゃあ足りねえ、内臓売っぱらうしかねぇ。…まあ待て、まずはこの幸運に感謝するべきでは?それだ。神様仏様まじてありがとうございました。つきましては、ひー君捜索の方にも是非ともお力添えを…何卒よろしくお願いします。はぁーなんまんだぶ、なんまんだぶ。アーメン。よし、……最っ高に良かった。レアだ。子供の頃のシャルナークとクロロ=ルシルフル、神はいた。大人の頃の面影を残したあの感じ、恐れ多くも写真に収めたい。もはや盗撮。存在するだけで犯罪者を生産しちゃう二人もやべぇが、二人が既に犯罪者(かもしれない)なんてこった。しかーし、言っていい?言うよ?あのクロロ=ルシルフルに見覚えあるんだけど?ジーザス!マジかよ!どこだ何処で会ったんだ、思い出せ俺!マジで会ったことあるのに忘れるのはオタクの風上にも置けねえな、風下に置いて毒ガス撒くぞ。えー、どこだっけなぁ。)

 

 豆粒の程の遠目で確認しただけではしゃげるのがジールクオリティ。

 

 己のフラグ回収の速さに慄きながらも、どこか見覚えのあるクロロの姿に頭を悩ませるジールは適当に本のページを捲った。

 オーラの気配から二人が三本先の道へ入っていったことを確認しつつ、本から視線を外さないジールは今世紀最大に脳みそを絞っている。

 

(あの顔……どこで?夢の中で?若干否定出来ないの怖すぎる。俺の妄想だった?――――あっ、)

 

 奇跡的に思い出したジールは思わず手を叩き納得の表情を見せた。

 

(漫画の旅団結成シーンじゃないですか!いやーすっきり、し……た?)

 

 妄想の中でクロロに会ったなどという変態の称号を返却したジールは安心し、テリヤキの缶詰を持ち直した。

 そして自慢の頭の良さでジールの思考はあるところに行き着く。

 

(……つまり、ちょうど旅団が結成されたということで、ファイナルアンサー?)

 

 興奮とともに握り締められた手の内では、缶詰が見事に爆ぜた。

 缶切りも不要になったそれは、テリヤキのタレを瓦礫の上に滴らせている。僅かに残った理性で本を避難させたジールだったが、缶を持つ手はベタベタだ。

 

 しかし、そんなことを気にしている余裕は今のジールには無い。

 旅団のメンバーを近く(数百mの誤差)で見られたどころか、最近に旅団結成があったというビッグニュースはジールをバグらせるのに十分だった。

 

 放心状態で本を鞄に仕舞い、近くの井戸でテリヤキのタレを洗い落としたジールは汚した地面を土で隠し証拠を隠滅する。

 暫くその場で空を見上げ、小学生ばりの感想文をしたためたところでジールはやっと我に帰った。

 

(よし、今ならひー君の情報も入ってくるかもしれない!)

 

 ちらっと見かけただけで、ジールの気力はMAXまで充電されていた。現金だなと自覚しながら立ち上がったジールは聞き込みを再開しようと歩き出す。

 手始めに物を買えばよく話してくれる店を狙っていこうかと、ジールはごきげんだった。

 

 

※※※※※※※※※

 

『いやー、見てないねぇ。』

『赤髪?分からないわ。』

『多分見てないと思うけど、他の所も行ったら?』

 

 意気揚々と聞き込みを再開したジールだったが、その成果はあまり良くなかった。

 話を聞いてくれる人は何人かいたものの、めぼしい情報は無く、それらしい人物もいないようだ。

 

(やっぱり流星街には来てないか……、別の区画か……。)

 

 聞き込みのために買った商品を鞄に仕舞いながらジールは日が暮れてきた街中を歩いていた。

 訪ねた人が皆、流星街に詳しいわけではないし、日々の生活に不必要な情報を切り落としている者が大半だろう。

 

 ジールは前からやってくる人を避けながら、最後にもう一度街を散策したら切り上げようかと考える。

 

(せめてもう少し詳しい人か、協力者が居ればいいんだけど……俺、お友達作るの苦手だし。)

 

 己の苦手分野を嘆きつつ、細い路地から出てきたジールは先程とは違った騒がしさに顔を上げた。

 日中にやってきたときにはなかった人だかりに、好奇心をあおられたジールは典型的な野次馬となって輪に加わる。

 

 大きな通りに並ぶ店と店の間を囲むように集まる人々は、思い思いに喋りながら一点を見つめていた。

 何やら怯える声や、状況を訪ねるもの、噂を回す声が聞こえてくる。その人々の間を縫うようにジールが中心へ向かって行けば、そこには人が倒れていた。

 

 仰向けになっているその男は身体中に痣をつくり事切れている。

 

 集まった人々はその打撲痕や、明らかに折れている足を見て騒いでいたのだろう。しかし、ジールは別の部分に目をとられていた。

 

(うっわ、グロい。)

 

 男の顔面から上半身にかけて、その体の表面に大きなイボのようなものが出来ていた。その数はひとつやふたつなんてものではなく、様々な大きさのものがびっしりと並んでいる。

 まるで魚の鱗のように存在を主張するそれは男の顔の大半を覆い“蠢いて”いた。

 

(なにあれ、流星街の皆さんはあんなキモイもの見てもスルーなの?メンタル鋼かな?……多分見えてない感じだな。)

 

 珍しくドン引いているジールは念能力の可能性をかんがえながら、男の様子を観察する。

 

 周りの反応からみるに、打撲などは普通の外傷だろう。男に寄生しているナゾのイボが原因かは分からないが、見た感じは殴られた時の痕だ。

 

 そしてオーラの様子からしても十中八九が念能力であるナゾのイボは、他者に植え付けられたものだとジールは仮説を立てた。

 死んでからも念能力が残ることはあるが、これはそこまで強いものではない。となると死んだ男の能力ではなく、別の誰かの能力だろう。

 

 店のゴミや、よくわからない箱などが置いてある隙間に転がっている男自身には少しのオーラも残っていなかった。

 

 気持ち悪いイボが見えない周りを羨みつつ、見逃しがないよう注意深く遺体を見たジールはさらに嫌なものを見つけてしまう。

 

(ノーセンキュー!イボにきしょい顔面つけてる奴とは死んでも会いたくねぇ。)

 

 顔の周辺にあるイボが蠢いたかと思えば、子供の落書きのような顔がこちらを向いたのだ。

 黒く塗りつぶされた目と一本の線で書かれている口元は笑っているように見える。

 

 そんなものと目があったジールは、能力者の趣向を疑った。

 サングラスの下で全力で嫌そうな顔をしたジールはとっととその場を去る。すれ違いに遺体を回収しに来た白服を見送りながら、ジールは先程見た光景を脳内から消そうかと思案していた。

 

 能力者が近くにいるなら警戒するためにも情報を集めておこうかと思っていたが、確実にメンタルを削られている。

 

(あ〜お客さま、街中でのグロ映像をご遠慮ください〜。いやまじで。)

 

 そんな騒ぎを気にしない大半の住民は買い物をしたり、家に向かったりと変わらない日常を過ごしていた。

 

 ジールは先程のグロ映像を思い出し、夜ご飯のメニューに頭を悩ませている。

 そして空がだんだんと薄暗くなっている中で、軽めのスープとパンを購入したジールは行儀悪く食べながら歩いていた。

 

 固いパンをスープにつけながらモグモグしているジールの目的地は空き小屋だ。

 

 とりあえず夜を過ごすための場所がいる。昼間、聞いたところによると流星街にまともな不動産屋はないようなので、適当に住み着いて問題ないらしい。

 しかし厄介な場所を引き当てると、家賃の代わりに首から上が持っていかれるようなので気をつけなければいけない。

 

 そして食べ終わったスープのカップをゴミ山に捨てたジールはポイ捨てをしたような罪悪感に襲われていた。

 だが、今日の寝る場所を決めるためにもゴミ山の前で立っているわけにはいかないので、ジールは早々にゴミ山をあとにする。

 

 その後、屋根が半分なくなっている小屋を検分し、生活痕がないことを確認したジールはやっとの思いで腰を落ち着けた。

 

 月も出てきた夜分に寝袋を引っ張り出てきたジールだが直ぐに寝付くことは無い。

 

 出てこなかったヒソカの目撃情報や、物騒な事件のことを思い出して捜索場所を移そうかと悩んでいるのだ。

 

(離れた方が良いよね……移動するか?デカい建物の方に行ってみようかな。)

 

 ぽつんと星空の見える小屋の中で寝袋に収まっている芋虫は、適当な星座を探しながら明日のことを考える。

 なによりジールには懸念事項があった。

 

(……もし移動先にもストーカーが着いてきたらどうしよう。)

 

 そう、先程のナゾのイボ事件(ジール命名)の途中から何者かに見られている気配がしたのだ。

 目の前のイボが気持ち悪すぎて初めは気づかなかったが、イボの顔を見た辺りで視線を感じた。

 

 男の自分にストーカーが着くものかと、勘違いの線も考えたがいつまでも外れそうに無いかった視線にジールはその場を去ることにしたのだ。

 街を出る少し前まで着いてきた視線の主のせいでいつもは野宿するジールも家を探す羽目になり、こうして小屋の中で寝袋に入っている。

 

 途中から無くなった視線にジールは諦めたと思っているが、万が一もありえる。

 

 ストーカー(仮)が着いて来れないように朝早くここを出るべきか否か。ヒソカの捜索から一気に気にする項目が増えたジールは一等星を睨みながら唸り声を上げていた。

 

 そして暫くそうしていたかと思えば、ジールはムクリと起き上がり枕にしていた鞄を漁り始めた。どうやら何かを探しているようだ。

 

(……せっかく自由に動けるようになったのになんで悩んでるだろ。もう嫌だ。二次元に逃げよ。)

 

 見事な思考の三段ジャンプ。

 ジールの手元から出てきたのはジャポンから取り寄せた漫画だ。うつ伏せに姿勢を直したジールは月あかりを頼りに一巻から読み始めた。

 

 横に平積みされている巻数は二桁はあるだろう。嫌なことがあると趣味に走るのはよくある事だが、節度は守った方がいい。

 結局、朝方までガッツリ読み込んだジールは続刊が欲しくなり寝袋の中で跳ねていた。

 

 見事現実逃避を果たしたジールだが、次は別の問題も抱える事になる。

 

(……流星街に本屋あったかな。次はそこに行こう。)

 

 

 徹夜でガンガンとなっている頭を抑えながら目的を増やすジールの辞書に、本末転倒は載っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジールが一人で行動しているので全く喋りませんでした。
次回は話す相手も出てくるので、もう少しマシになると思います。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
感想、評価、ここすき等励みになります。


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選ばれたのはアップルパイ

引き続き流星街のお話です。

よろしくお願いします。


 弟の捜索も振るわず、息抜きをしようと計画したジールはゴミを集めに行く軽トラに同乗していた。

 一度は流星街でゴミ拾いをしたかったのが理由である。ジールは寄り合い所を訪ね、効率よくゴミ山に行く算段だった。

 

 ここに来て数日間滞在していればゴミ山を漁る人は何人も目撃している。その中でもメジャーなのは数人でグループを組んで資源を探す方法だ。

 

 そのグループは固定の場合が多いが、小遣い稼ぎの子供や副業にしている者達で組んでいる臨時のグループも多くある。

 ジールはそういった人達に便乗出来ないかと街中を彷徨い歩き、見事同行を勝ち取ったのだ。

 

『…………。』

『お前さん、こっちをじっと見てどうしたんだ。』

『……頼みが。』

『なんだい?面倒事はやめてくれよ。これから忙しいのさ。』

『……同行したい。』

『同行?あぁ、君も小遣い稼ぎかな。一緒に行くぶんには問題ないよ。』

『そうだな。スペースも余ってるし乗ってけよ。10枚でいいぜ。』

 

 お金のジェスチャーをしながら快く乗せてくれた人達だが、このグループは行き帰りが一緒なだけで各々でゴミ山を探すことになっている。

 軽トラの荷台で揺られていたジールも、目的地に到着してからは一人でゴミを漁っていた。

 

 ジールが探しているのは本だ。

 バランスよく積み上がっているゴミ山を崩さないように、慎重に作業を進めている。

 ゴミ拾いの目的に何故本が出てくるのか、それは数時間前に判明したある情報が絡んでいた。

 

(本屋が無いこの世の中、マジギルティー。)

 

 袖を捲りあげ、ゴミを退かすジールの目はマジだった。

 気分転換に徹夜で本を読んだジールはその続刊が欲しくなり、ヒソカ捜索と並行して本屋も探し始めたのだ。

 

 続刊を求めて最初に訪れた場所には偶然無いのだと思った。

 二つ目の場所は住んでいる人も少なかったので、そういうものかと納得した。

 三つ目の大きい街にそれらしいものがなかった時は嫌な予感もしたが、探し方が悪かったのだろうと思い直した。

 四つ目は隅々まで探した。

 

 そんな事を繰り返し、十個目の街で思い切って聞いてみればそんなものは無いと返された。

 

 ヒソカ捜索の為に情報屋を捕まえて聞いたので間違いないだろう。

 正直、ジールは嘘だと思いたかった。

 

 しかし本屋がないのはどうしようも無い。情報的に流星街には居ないであろう弟の捜索も区切りがつき、あとは切り上げるだけになったジールは最後の思い出としてゴミ山からお宝(本)を見つけることにしたのだ。

 

(たまに見つかるって聞いたし、流星街に落ちてる本とか凄く気になる。)

 

 オーラで手先を保護しながらどんどん山を崩していくジールは、一心不乱に作業をしていた。

 

 それというのも、本屋がなかったショックだけではない。実は、変死体の近くで感じた視線が地区を移動した後も着いていていたのだ。

 

 四六時中ずっと見られているわけではなかったが、街中や夜遅くなどところ構わず見てくる視線の主にジールはストレスを貯めていた。

 

(流石のストーカーもここまでついてきてないみたいだし、本を見つけたらズラかろう。)

 

 一つ目の山を解体し終わり、背後に別の山を作り上げたジールは袖で汗を拭いながら次のターゲットを探す。

 精神的にやられていたジールは、淡々とした作業にハマっていた。

 

 そして足元のプラスチックを割りながら、適当なゴミ山を漁るジールは三個目を崩し終えた時にあるものを見つけた。

 他の人よりもハイペースで作業していたジールがやっと見つけたのだから、やはり流星街でそれは貴重なのだろう。

 

 ジールはその手に持った冷蔵庫を横のゴミ山に放り投げ、サングラス越しに凝視した。

 

(赤いカバーの本!状態も良さそうだし読めるのでは!?)

 

 瞳を爛々と輝かせ、伸ばした手は目的の本を掴む。

 

(ん?)

 

 ここでジールは初めて他者の存在を認識した。

 ジールが掴んでいる赤い本の反対から手を伸ばしている者がいるのだ。

 

 ジールが少し強めに手を引いてもビクともしない本は、どうやらガッツリ握られているようだった。

 せっかく見つけた本を渡すつもりなど無いジールは不届き者の顔を拝んでやろうと視線を上げたところで静止する。

 

 不意打ちで奇声を上げなかっただけましだろう。

 

 本を離すまいと掴んでいたクロロは視線があったジールと数秒間見つめ合うと、おもむろに左の方を向き声をこぼした。

 

「なんだあれ。」

 

 貴重な本を取り合っている間に気を取られるものとはなんなのか、気になったジールが同じ方に視線をやったがそこには変わりのないゴミ山しか無かった。

 

 変化の無い風景を問おうとしたところで、ジールは手元の重みが一瞬で消えたことに気づく。

 慌てて見れば、そこにあった素敵な赤色が無くなっていた。

 

「やられた。」

 

 辺りを見ればはるか先にうっすらと影が見える。このまま追いかけようかとも思ったが、乗せてくれた同行者に何も言わなければ心配をかけるだろう。しかし、声をかけた後には見失うのが関の山だ。

 ジールは逃げられた先の方角を睨みつけ、近くの区画を思い出していた。

 

(迂闊だった〜、あとで反省会するか。……ところで本を取ろうとして手が触れ合ったわけだが、キャッとか言って赤面した方がいいのだろうか?あれだろ、図書館のお約束。ここ、図書館じゃないし目的の本はかっさらわれたけど。パンでも咥えて曲がり角で頭突きしてやろうか。)

 

 至近距離でクロロを見てしまったデレと、本を持っていかれた殺意で忙しいジールであった。

 

 残りの時間も本を探したがあれ以降見つけることは叶わず、手ぶらで軽トラまで戻ったジールは同行者に慰められていた。

 それぞれは家電や貴金属などを回収し、それなりの収穫があるようだ。

 行きよりも分かりやすく落ち込んでいるジールに声をかけてくれた同行者の優しさが心に染みまくったジールは、街に着いたあと屋台で昼食を奢ることにした。

 相変わらず言葉での表現は苦手なようだ。

 

 ガッツリした肉に喜んでくれた同行者は笑顔で礼を述べて解散していく。

 残ったジールは自分も肉を注文し、食べながらその街を出た。向かうのはクロロが向かった方角だ。

 

 慣れてきた街並みを観察しながらすれ違う人々に意識を向ける。

 数m先の気配もしっかり感じ取れることを確認したジールは先程の失態を振り返った。

 

(まさかあんなに近づかれるまで気づかないとは、不覚だった。作業に集中しすぎたのもいけなかったが、原因はストーカーの視線だろうな。)

 

 ここ数日の間に何処かから投げられる視線を鬱陶しく思っていたジールは、一度相手を特定しようと計画した。

 しかし、相手はこちらを見てくるだけで近づこうとはしなかったし、絶妙に居場所を隠されているせいでこちらから接触することも出来なかった。

 

 そうして見られていると感じるのも嫌になったジールは無意識に周囲を探るのをやめたのだろう。

 

(致命的だな、周りの気配をシャットダウンしてました、って何かあったら困るだろう。実際何か起きちゃったし。)

 

 串に刺さった肉も食べ終わり、走り出したジールは高速で目的の街へと向かっている。

 当初は接触するつもりもなかったし、遠目で見れたので満足していたジールだったが、本をパクられたとなれば話は別だ。

 ジールは相手が誰であろうと取り戻すつもりだった。

 

(まぁそれよりも、あんな古典的な方法で騙されたのがヤバすぎる。)

 

 一瞬で過ぎていく景色に軽く注意を向けていたジールだが心中ではバッチリ落ち込んでいた。

 

 気配に気づかなかったというだけなら、相手が上手だったと言い訳できたかもしれないがあれは無い。

 自分のチョロさに悶えたジールはその感情をぶつけるように力を込め、走るスピードを上げた。

 

 足元のゴミを踏みつけながら進むジールは、普段よりも早く街に着いただろう。

 

 

 

 

 あの時クロロが走っていった方角にある街に到着すると、ジールはその足を止め街中を観察するように見渡した。

 

 何故あのタイミングでクロロが接触してきたのか分からないうちは、相手のテリトリーに入るのも躊躇われる。

 なんならクロロに認知されている可能性を小一時間議論してから捜索に乗り出したいが、あいにくと時間に余裕は無い。

 クロロが移動する前に見つけたいジールはひとまず街中を歩きながら探すことにした。

 

 大きな通りもある区画は中央とほとんど変わらない発展具合だ。

 服装も外と同じようであったし、目に焼き付けたクロロの格好もこれくらいのものだった。

 

 ジールは住宅地の路地や、隠れやすそうな場所などを中心に探している。

 倒れた瓦礫が重なり入口となっている家やジメジメとした箱の中まで隅々を確認した。

 

 それでも見つからなかったジールは通りまで戻り作戦を練り直そうかと適当な壁に寄りかかる。

 

 ジールはあの赤い本には何が書かれていたのだろうかと、攫われたものを想い。クロロが居そうなところを考えた。

 今は人通りが多い時間帯らしく、食べ物を買いに来ている人が何人もいた。その中に紛れているのか、はたまた何処かに身を潜めているのか。

 拠点まで戻られていたら場所の割り出しからになってしまうだろうと出来れば避けたい状況までを想定し、ジールはひとまず休憩をとることにした。

 

(聞き込み出来ればいいんだけど黒髪の子供なんてそこらじゅうにいるし、名前を出すわけにもいかないからなぁ。)

 

 ゴミ山を解体し、そのままクロロの捜索までやっていたジールは小腹が空いていた。肉だけでは足りなかったらしい。

 

 通りの先にはどうやら飲食店があるようで、屋台の前にテーブルが並んでいるのが見える。

 ちょうど日当たりも良く、考え事をするのに最適だろうと足を向けたジールはその一席にクロロを見つけた。

 

 ジールが散々探していた相手は二人組の席に一人で腰掛け、コーヒーをお供に優雅に読書をしている。

 様子を見る限りずっとそこにいたようだ。

 ジールは今までの苦労はなんだったのかと打ちひしがれ、どうやって接触しようかを悩む。

 

 声をかけたら逃げられるだろうか、そもそもこの距離なら気づかれていそうだ。

 ジールは特に気配を消さないまま飲食店に近づいたため、これから気配を消すのも不自然だろうと普通に近づくことにした。

 

「……。」

「……。」

 

 クロロが読んでいる本が先程の物と同じであることを確認したジールはそのまま奪いたくなる衝動を抑えて、クロロの目の前に座ってみた。

 

(落ち着け、奪ったら相手と同じだからな。こう上手く対話をして……出来るのか?)

 

 ジールが座っても反応を示さないクロロは果たしてこちらに気づいているのか、否か。

 読書中に周りを忘れることが多々あるジールとしてはワンチャンありそうだと考えていた。

 

 日当たりの良い席で、確かに読書スポットに向いているなと適当な感想を浮かべながらジールは暫くクロロを観察する。

 

 そして、クロロが本に目を向けながら手探りでコーヒーのカップを取ろうと手を伸ばした。

 若干の悪戯心が疼いたジールは、スッとカップをずらしクロロの手元から遠ざける。

 

「……なんだ。」

 

 反応を見るにジールの存在には気づいていたようだ。本から視線を外さないまま投げられた言葉は、やっとアクションを起こしたジールに向けられたものだった。

 

「……分からないか?」

「……。」

 

(返事が無いただの屍のようだ……じゃなくて、これはあれか?無視されてる感じ?泣くよ?)

 

 何度か呼びかけてみたが、たまに気のない返事が帰ってくるだけだった。

 ジールはそんな様子のクロロを見て、読み終わるまで話し合いは無理だろうと結論付ける。

 

 読書を邪魔されたくない気持ちは正直分かるので、読み終わるまで待ってやろうと店にお茶とデザートの注文をしに行ったジールは、自前の本を出して読み始めた。

 

 ジールが鞄から本を取り出した時に一瞬クロロが動いたようにも見えたが、結局二人は無言で向かい合ったまま読書を続けた。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 お互いに黙々と読書をすること数時間後、先に読み終わったジールが焼き菓子を食べながら追加のお茶を飲んでいると本を閉じたクロロが視線をこちらに投げてきた。

 

「何か用か?」

 

 本気で分からないのかと思ったが、その表情は明らかにからかっている。

 

(白々しいなぁ、おい。)

 

 読書タイムを挟み、穏やかになっていたジールの気持ちは一気に振り出しまで戻った。

 引き攣る口角をそのままにクロロの手元を指さしたジールは漸く用件を述べた。

 

「……その本を返して欲しいんだが。」

「返す?オレが手に入れたものだぞ?」

「……渡してもらおうか。」

「ふむ、ならば交換条件といこう。」

 

 クロロのペースに乗せられているのは分かるが、現在の所有権を言い争うつもりは無い。ジールはその本が手元に来れば満足なのだ。

 交換条件の単語に身構えそうになったジールだったが、目の前のクロロがどこか楽しそうなのを見てとりあえず聞くことにした。

 

「オレも読書は好きなんだ。お前の持っているベリクスの著書と交換なら渡そう。」

「……。」

 

(ちょっと待とうか、なんで俺がその本持ってること知ってんの?)

 

「……なぜ?」

「何に対してだ?ベリクスは前に読んだことがあって、他のも読んでみたかったから。所在を知ってるのは……お前が二日前に読んでいるのを見たからだ。」

 

 ことも何気に暴露されたのは明らかなストーカー宣言だったが、ジールはクロロが自分をストーカーしている事実を受け入れたく無かった。

 ということで、ひとまず聞かなかったことにしたようだ。

 

「……それを渡せばいいんだな?」

「ああ、ひとまずそれでいい。」

 

 テーブルの上に置かれた赤い本はクロロの手を離れジールの方に向けられている。クロロが指定してきた本は外で簡単に買えるものだ。自身のコレクションだということを除けば渡すことに躊躇いは無い。

 

 ジールは本のひとつを手放すことを若干ショックに思いながらも、流星街で発掘した本はやっぱり欲しいと交換を決めた。

 鞄の中から最近読んだ本を取り出し、クロロの方に見せれば先程よりも楽しそうな雰囲気が強くなる。

 

(嬉しそうにしてくれるのはこっちも嬉しいんだけど。うーん、俺のメンタルを削った原因がクロロ=ルシルフルだとは、違うものだと思ってたよ。)

 

 クロロがしっかり本を受け取るのを見て、ジールも赤い本を手に取る。

 衝撃の事実にぶん殴られはしたが、手元に初めての本が戻ってくるのは嬉しい。

 

 ジールとクロロは二人して本の表紙を眺め、満足そうに頷いた。

 

 そして再び読書を始めるかと思われたクロロだったが、本を開くことなくジールの方に向き直っている。その事に驚いたジールだったが、こちらも本は鞄に仕舞いクロロの方を向いていた。

 

 話しかけるのが苦手なジールは不思議に思いながらもクロロを待つしかない。

 何やら考え込んでいる様子のクロロを横目に中々会話が始まらないなと気を逸らしたジールは、店で追加のアップルパイを注文してきた。ワンホールで。

 

 時間帯的には早めの夕食だろうか、お茶とアップルパイを持って戻ってきたジールはマイペースにもそれを食べ始める。

 

 最初はひっそり緊張していたジールだったが、初めの仕打ちとストーカー発言を思い出し色々と吹っ切れた。

 

「お前はどれくらいの本を持っているんだ?」

 

 クロロは視線をアップルパイに固定しながら唐突に話し出した。

 

「……それなりには。気になるのか。」

「あぁ、気になるな。」

「こちらの質問に答えるなら教えよう。」

「いいぞ?」

 

 アップルパイから外れない視線を気にしつつ、息を整えたジールは控えめに尋ねた。

 

「何故、俺の後をつけてきた。」

「……お前が本を読んでいるのを見つけて盗ろうとしたんだがタイミングが見つからなかった。そのまま後をつけたら色々出てきたから観察させてもらったぞ。」

「……。」

「それで、質問の答えは?」

「二〜三千冊くらい。」

 

 それを聞いたクロロは驚いた表情を隠さず見せる。色々してやられてきたジールはそれを見て少しスッキリしていた。

 

「興味深いな。……おっと、そちらに転がってしまったな。取ってくれ。」

 

 冊数を聞いて何やら思案をしていたクロロだったがそれも一瞬のことだ。

 空のコーヒーのカップに手が当たってしまったようで、落ちたカップを取るようにジールへ声をかけてきた。

 

 赤い本の事で疑り深くなっているジールはセリフの棒読み加減に引っかかりながらも、頭を下げテーブルの下に転がっているカップを拾い上げる。

 

 そのまま左手はテーブルの下に隠しながら右手でカップを見せれば口をいっぱいにしたクロロと目が合う。

 

(こいつ、最後の一切れ食いやがった!)

 

 空になったアップルパイの皿の上にはクロロの方を向いて置かれているフォークだけが残っている。

 アップルパイをじっと見つめていた意味を理解したジールだったが、やられてばかりでは無かった。

 

 雑な手口だった為向こうも気づいているようだがもう遅い。左手に持った本をチラつかせながらジールは笑顔で声をかけた。そう、クロロに渡したベリクスの本だ。

 

「……随分食い意地が張ってるな?」

「返してもらおうか。」

「俺の手元にあるのに?」

 

 テーブルの下で足を踏みにきたクロロを抑えつつ、余裕を見せつければ軽い舌打ちを返された。

 

「……用件は?」

 

 先程とは逆の立場になる。

 ぶっちゃけ、ジールは取る瞬間にバレて邪魔をされると思っていた。なので、クロロが食べ物を優先したおかげ盗れたようなものなのだ。

 

 少しやり返せればそれで満足だったジールは、大きな要望を通すつもりは無い。

 笑いながら本をクロロの方に向け、ささやかな条件をだした。

 

「……名前。」

「クロロ=ルシルフルだ。」

 

(よっしゃあ!これでうっかり呼んじゃう心配も無くなった。)

 

 心の中でこっそりガッツポーズをしたジールは、さっさとクロロに本を返した。

 最初の時よりも心做しか丁寧に受け取るクロロを見ながらジールは頬杖をつく。

 

「……クロロ酢酸、知ってるか?」

「それはお前が博識であることを伝えるためのものか?些か不十分だな。」

「……渾名“さっくん”なんてどう?」

「……それはオレの原型がないのでは。」

「だから初めに言っただろう。」

「………………なるほど。」

 

 脈絡をぶっ飛ばした会話に付き合ってくれる辺りただの意地悪野郎ではないようだ、と頷きながらジールはお茶に口を付ける。

 上手い前置きも思いつかず、むしろ珍しく由来を説明しようとして失敗したジールはクロロの読解能力の高さに感謝をしつつ席を立った。

 

「もう行くのか。」

「……ああ、じゃあなさっくん。」

 

 ジールに後を付けさせないためか、先に席を立つ気配の無かったクロロに軽く手を振ったジールは意気揚々と歩き出す。

 色々してやられたが、目的の本は手元に戻ってきたのだ。今夜にでも早速読んでしまおうかと通りを歩くジールは帰り道で肉を買っていた。

 

 その様子を見ていたクロロは十分に離れたことを確認して席を立つ。その手には来た時とは違う色の本が握られている。

 

「……本当に呼ぶとは。」

 

 反対方向に歩き出したクロロは、思わずといった様子で呟いた。

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 月明かりが差し込むスポットを見つけたジールは、やっとの思いで手に入れた本を開いている。

 しかしその手はページを捲ることなくある一部を抑えていた。

 

(ストーカーがクロロなら、これはなんだ?)

 

 アテが外れたな、と細い声が漏れる。

 擦るように触れた首の後ろには二つに増えたイボの感触があった。

 

 

 




次回のジールは事件に巻き込まれます。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
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選ばれたのはアップルパイ【裏】

事件に巻き込まれる前に、今回は別視点の話になります。

よろしくお願いします。


 人の集まる区画から離れた小屋には、仕事も無く外に出る気分でなかった者たちが残っていた。

 いつもの定位置で昼寝をしていたり、気分転換に刀の手入れをしている者など各々の過ごし方で時間を潰し、偶に会話をする。

 

 変わりのない日常に変化があったのも少し前の話だ。直ぐに慣れていった面々は、既に自分のペースを取り戻していた。

 朝早くに出ていった団長はいつ戻ってくるのか、他の面々はどうしているんだと暇つぶしの会話をしていると階下からやってくる気配に気づく。

 

 侵入者ならば気が向いた者が出迎えに行くが、物音を立てずに上ってくる人物にその必要はないだろう。

 

「今戻った。……意外と残ってるな、人手が欲しいんだがシャルかパクノダはいるか?」

 

 部屋の入口から現れたクロロは中を見渡し、見えない顔の所在を尋ねた。

 窓辺に寝転んでいたウボォーギンがその声に上体を起こし隣室の方を指さした所で、タイミングよく出てきたシャルナークが顔を見せる。

 

「どうしたのクロロ、仕事?」

「いや、頼まれはしたが個人的に気になっているものだ。時間があるならついてきて欲しい、いけそうか?」

 

 シャルナークの言葉に部屋で過ごしていた団員たちの視線がクロロへ集まったが、程なくしてその注目は外された。

 

「おっけー、ちょっと待ってて。」

 

 やりたいことも特に無かったシャルナークはクロロの話を快諾し、広げていた道具を片付け始めた。

 どうやら拾ってきた家電の修理をしていたようだ。

 

 物を自分の場所へしまってきたシャルナークの手際は良く、直ぐにクロロの元へやってくる。

 

「何を調べに行くの?」

「最近発見された変死体の調査だ。話を聞く限り念能力者が絡んでいるだろう。」

「強そうな奴だったらオレも呼んでくれー!」

 

 シャルナークがクロロに話を聞こうとすると、外からガヤが飛んでくる。声の方をみれば再び昼寝の体制に入っていたウボォーギンだった。

 二人はウボォーギンに軽く返事を返しながら部屋を出る。

 

 ひとまず街まで行って様子を見ようと相談しながら、クロロとシャルナークは変死体の犯人探しに乗り出した。

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 アジトにしている建物から一番近くの区画を目指している二人は、今までに見つかっている数件の死体についての情報を擦り合わせていた。

 

「へぇー、外傷は打撲と骨折だけなんだ。刃傷はないの?」

「全員、どこかに強く打ち付けたり高い所から落ちたような怪我をしている。」

「それで死んでるって言うには軽い怪我もあって微妙だね。やっぱり死因は別なのかな。」

 

 クロロが持ってきた写真を覗き込みながら自身の考えを述べるシャルナークは、写真のある一点を見つめていた。

 やはり気になるものだろうと内心で同意を示したクロロはその点を指さし、自ら話題を振る。

 

「おそらく、頭部を中心に上半身に広がっているこのイボが関係しているだろう。何かしらの影響を人体に与えているとみて間違いない。」

 

 歩みを止めることは無かったが、シャルナークは死体の様子に気分を悪くしているようだった。

 流星街ではまともな死体を見かける方が少ないが、それとは系統の違う気持ち悪さだ。

 シャルナークは眉間にしわを寄せ嫌そうな顔をしている。それを見たクロロもさっさと次の話をしようと別の紙を手渡した。

 

「それで次の犯行場所だが、この近辺である可能性が高い。」

「うん、死体の位置が段々移動してる。日数的に考えても犯人は移動しているっぽいや。」

「そういうこと……」

 

 地図のバツ印をなぞるように描かれた線は、近くの区画で止まっていた。

 己の見解と一致した返事にクロロが応えようとしたところで、その言葉は不自然に途切れる。

 それに気づいたシャルナークもその次の瞬間にはクロロと同じ方向を向いていた。

 誰かがこちらを見た気配がしたのだ。

 

 二人の視線の先には瓦礫に腰をかけ昼食を食べている一人の青年がいた。

 

 こちらを見ていた様子もなく、シャルナークは見られていたとしても偶然だったかと直ぐに興味を失ったが、どうやらクロロは違ったようだ。

 

 かなり離れた所にいるにもかかわらずその人物を熱心に観察している。もっと正確にいうならば、青年の持っている本に熱い視線を投げていた。

 

 流星街では本を持っている人物をあまり見かけない。中央の学び舎や、長老辺りの知識人が管理している物はあるが、彼の持っているものは個人的なものだろう。

 

 このまま向かって話を聞いてもいいが、今は別の用事が待っている。

 さっさと歩き出していたシャルナークの後を追いかけ、街へと入ったクロロは路地裏や空き家などを中心に見て回った。

 

 自身のコレクションに加えられそうな能力かどうかを見極める為にも、一度は死体を直に見ておきたい。

 

「クロロー、こっちの方は無かったよ。」

 

 手分けをしているシャルナークは一通り見終わったのだろう。手を上げながら合流してくる姿は少し残念がっているようでめぼしい情報は無かったらしい。

 クロロ自身も犯人の影やその死体を見つけることが出来ず、日を改めてようかと考えていた。

 

 捜索場所にそのまま合流したため、路地裏という薄暗い所で立ち話をしていると、少し先で微量のオーラを感知する。

 

 厳密には大きなものが落ちる音に反応し、その周辺を探った時に気づいたのだ。

 

「ねぇ、これって……。」

「一度見に行く、周囲の人間も観察するから気配は消しておけ。」

「分かった。」

 

 行った先で、二人は屋台の間に倒れている成人男性の死体を見つけることになる。

 その周りには物音に気づいた住民が集まってきているが、その数はまばらであった。

 

 怪しい行動をとる者が居ないかを確認しつつ、建物の屋上に身を潜めているクロロ達は死体を見ながら小声で話している。

 

「さっきの物音って、あの死体が落ちた時の音かな。向かいの建物の窓も開いてるし。」

「ああ、足の骨折もその時のものだろう。」

 

 開いている窓から部屋の様子を伺うクロロだったが、内部が荒れている以外に分かることはない。

 窓辺の椅子が倒され、ぶつかった時に割れたのか食器類が床に散乱している。

 

 その部屋に他の人の気配もしないことから、クロロは死体の男性が自分で落ちた可能性が高いと考えていた。

 

 そうして死体の様子や、周囲を観察していると騒ぎを聞きつけて集まる野次馬が増えてくる。

 その中から死体の回収を呼びに行った者も現れた。

 それを見てそろそろ引き上げようかと、目的を果たせて満足したクロロがその身を起こした時のことだ。

 

 クロロは通りの方に集まる野次馬の中に見知った顔を見つけた。

 

「彼、さっき区画の端にいたやつだろう?気になる事でもあった?」

 

 野次馬の群れから抜けて去っていく男を見ながらシャルナークはクロロの言葉を待った。

 今回、シャルナーク自身はあくまでサポート役としているつもりのようだ。

 

 クロロはジールを近くで見たことにより、その身のこなしが一般人のそれでは無いことに気づいた。

 また、先程のジールの所持品を思い出しある仮説を立てる。

 

「シャル、今回の犯人像はどう考える。」

「うーんそうだなぁ、念能力者なら最近目覚めたばかりの人間か、外部から流れてきた奴の可能性が高いかな。見た感じ自己主張も強そうだし、前から能力を持っていて潜んでたとは考えにくいですね。」

 

 顎に手をあてて考える仕草をみせたシャルナークにクロロも全面的に同意した。

 その上でジールの方を指差すクロロは今後の行動をシャルナークに伝える。

 

「あれは外から来た者だろう。暫く様子を見る。シャルは中央に行って今回の死体の話を纏めてくれ、それと――」

 

 ジールが流星街では珍しい本を持っていたのを考えれば、その入手経路は簡単に予想がつく。他にも服や靴の形など理由を上げればいくらでも出てくるが、クロロは純粋にジールに興味を持っていた。

 本人も自覚していないほどの些細なものであるが後を付けて様子を見ようと思うくらいにはクロロの意識の中に存在している。

 

 そうしてシャルナークに指示を出したクロロは見失わないようにしながらジールの観察を始めた。

 ジール風に言えばストーカーの誕生である。

 

 一方でいくつかの作業を押し付けられた形になったシャルナークはその量に頬を膨らませつつ、アジトにいた誰かに手伝わせようかと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 後を付けるといってもクロロはずっとジールの事を見ているわけではなかった。

 お腹が空けば適当に飲食店に入ることもあり、シャルナークと話を進める為にアジトへ戻ることも頻繁にある。

 

 その都度、観察対象の様子を見てタイミングをはかりながらその場を離れていたが、クロロは途中から簡単に観察を切り上げるようになった。

 

(特に隠れる事も無いし、同じ区画にいるうちはそんなに気を張らなくてもいいだろう。……本を取り出した時なんかは数時間動かないからな。)

 

 ジールが空き家に入り本を取り出したのを確認し、夕食を食べに来たクロロはここ数日で見えてきたジールの行動パターンを分析していた。

 

 見る限りでは単独行動、他者との接触は頻繁に確認出来たがどれも一時的なもので情報収集をしているのではないかとあたりをつける。

 あまり近くに寄ると気づかれてしまうため会話の内容はよく分からないが、男に話しかけられていた人物に聞いてみれば人探しをしているようだった。

 

(未だに念能力者かも確認出来てないが、変死体の犯人である可能性は低いだろう。)

 

 通りがかりに店先のパンを盗ったクロロは、ジールのいる空き家に向かっていた。

 

 途中で絶に切り替え、なるべく気配を消してから近づく。

 観察対象の男は身のこなしから推察したとおり、かなりの手練であった。どれだけ気配を消していても一定の距離まで近づけは必ず警戒態勢に入るのだ。

 同様に、意識して男を見る時はどんなに離れていても絶をしていなければ気づかれてしまう。

 その事もあってジールのオーラが如何に一般人のそれでも、クロロは念能力者でないかと疑っていた。

 

 

 月明かりの差し込む空き家の窓辺に凭れている男は、クロロがその場を離れた時と変わらない様子でいる。

 手元にある本は昨夜の続きなのだろう、絵がたくさん描かれている書籍の通し番号がいくつか進んでいた。

 

 一見、無防備に感じる後頭部を確認したクロロは数件離れた建物の屋上からジールを眺める。

 変死体の件に関してはほぼ白。これ以上後をつける理由も無いが、念能力者ならばその発がどのようなものか興味があるし、日毎に変わる書籍のラインナップについても聞いてみたい。

 

 どのタイミングで接触を図ろうかと悩むクロロは、見ているだけの暇な時間に飽きていた。

 

 そんな時は絶を一瞬だけ解いてオーラを僅かに滲ませるのだ。すると、男は身動ぎをし辺りを探りはじめる。

 流石に何十mも離れた場所で見つかるつもりは無いが、優秀が故に振り回されている男を見るのは楽しかった。

 

 わざわざこのような遊びをする自分を意外に思う。案外早く見つかって話をしてみたいのかもしれないと考えながらクロロは再びオーラを絶った。

 

 当然、ジールがこの話を聞いた日には安眠妨害で訴訟も辞さないだろう。

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

(思っていたより面白い奴かもしれない。)

 

 つい先程、ゴミ山で出会った時の事を思い出しているクロロは上機嫌だった。

 

 外見やその隙の無さから冷静なタイプかと思っていたが、あの様な簡単な手に引っかかるとは意外と人間味のある奴なのかもしれない、とクロロはここ数日の認識に修正を入れる。

 

 近くの街に入ったクロロは待つのに良さそうな店を適当に見繕い、飲み物を注文していた。

 その手には相手の男から盗ってきた赤い本が握られている。

 そして、コーヒーを片手に日当たりの良い席を選んだクロロは椅子に深く腰掛けながら、男が来るであろう方向を見た。

 

 あの時、手を覆っている完璧なオーラ操作も見ることができ、男が念能力者だと分かったのも嬉しい。

 早く話をしてみたいクロロはコーヒーに口をつけ喉を潤すと、ジールが来るのを待った。

 

(……遅いな。)

 

 十分程が経過した。てっきり直ぐに追いかけてくるものだと思っていたクロロは、姿を見せない男に肩透かしを食らっていた。

 

 男を観察する限り、あれは自分と同じように書物に価値を見出すタイプだろう。

 熱心に本を探している姿も見ていたため、奪われたら直ぐに追いかけてくるものだと考えていたクロロは見事に予想が外れた。

 

 この時のジールは未だにゴミ山を漁っているし、その後に同行者へ肉を奢ったりと寄り道をしているため暫くは来ない。

 

 勿論そんなことは知らないため、クロロはすこし不貞腐れた表情をしながら盗んだ本を開いた。

 どうやら時間を潰すことにしたらしい。見つけた本人よりも先に読んで当てつけにするつもりのようだ。

 

 思っていたよりも赤い本が面白かったため、そのまま読書にのめり込んだクロロだったが、興味の惹かれない内容であれば直ぐにでもアジトへ戻っていたことだろう。

 

 

 

 それから更に数十分後、やっと男が姿を見せたが待たされた腹いせとちょうど本の内容が良いところだった為クロロは無視する事にする。

 一度、コーヒーを取る邪魔が入ったが気にせずに本を読み続けていれば相手も諦めたように席へ座った。

 

 ちゃっかり飲み物とデザートまで注文して席に座る男はこちらを警戒していないようだ。

 

(普通、盗んだ相手の目の前に座るものか?……隙は無いものの、随分マイペース男だな。)

 

 当初の目的を横に置き、自分のことを棚に上げるクロロはブーメランが刺さったまま読書に耽っていた。

 

 それから暫くした後に本を読み終えたクロロは、ジールとの会話を楽しんだ。

 

 相手はまさに冷静そのもの。こちらが煽ったとしてもペースを乱すことなく返事をしてくる。

 どうやら言葉数は少ないようだが、それも相手の調子が崩れていない証拠だろう。

 

 ひとまず赤い本と欲しかった本をトレードしたクロロは満足気にしていた。

 多少待たされたこともチャラになるくらいには気になっていた本だったのだ。

 

 相手がアップルパイを追加で注文してきたのには気をとられたが、話の流れから相手が大量の書籍を所持していることが聞き出せた。

 

(となると、発は収納系の能力か?……その中身ごと欲しいな。)

 

 落ち着いたトーンで交わされる会話も楽なものだが、アップルパイが食べられたと分かった時の表情は傑作だった。

 本人は表に出したつもりは無かったようだが、見開かれた目と引きつった口元を見ると、その仮面を剥がせたようで愉悦が込み上げてくる。

 

(しかし、オレが一本取られるとは。勧誘してみようか。)

 

 盗んだ本ごと逃げていたらその足を切って引き止めるつもりだったが、どうやら相手は交渉を望んでいるようだ。

 

「……用件は?」

「……名前。」

 

 端的に告げられた言葉を咀嚼する。それを聞いて何になるのか、警戒で動きそうになる手を押さえて相手を見返した。

 

「クロロ=ルシルフルだ。」

 

 その瞬間、相手が浮かべたのは歓喜。能力のトリガーだったかと対策を立てようとしたところで、クロロはその感情に裏がないことに気づいた。

 

 つまり相手の男はただ名前を聞いて喜んでいるのだ。

 平静を保つその表情の下で何を考えているのか本当に分からない、と混乱しているクロロにさらなる追い討ちがかかる。

 

「……クロロ酢酸、知ってるか?」

「それはお前が博識であることを伝えるためのものか?些か不十分だな。」

 

 唐突に振られた会話に返事をするが、その意図は一切分からない。

 

「……渾名“さっくん”なんてどう?」

「……それはオレの原型がないのでは。」

「だから初めに言っただろう。」

「………………なるほど。」

 

 淡々と話していた男が突然名前を付けてきたのは何故なのか、数日間の観察で思い描いた男の印象はこの数時間で大きく塗り替えられた。

 

 想像をいい意味で裏切って来た相手に、クロロは自身が抱いた興味を自覚する。

 

「もう行くのか。」

「……ああ、じゃあなさっくん。」

 

 立ち上がった相手に言葉をかければ、先程の押しの強さが嘘のようにあっさりと分かれの挨拶を返された。

 姿が見えなくなったのを確認して立ち上がったクロロは、男が去っていった向きとは反対の方向へ歩き出す。

 僅かな会合に、ただの冷静な男ではないようだと認識を改めたクロロはその日一番の驚きを口にする。

 

「……本当に呼ぶとは。」

 

 

 

 

 

 

 久しぶりにアジトでゆっくりしようかと、暗くなった夜道を辿り内部の様子を探りながら階段を登っていく。

 

 クロロが一番広い部屋に顔を出したところで、ちょうど出ようとしていたシャルナークと出会った。

 

「あれ、戻ってきたんだ。」

「例の男と接触できたからな。」

 

 シャルナークの手には数枚のプリントが握られていた。

 クロロが男と話したことを掻い摘んで話せば、シャルナークはその発の有用性に気づき頷いている。

 

「条件にもよるけど、その能力なら物資の運搬に役立つね。」

「ああ、中の本もまとめて盗みたいくらいだ。」

「それで、男の名前はなんだった?」

 

 能力のメモをとっていたシャルナークがなんとなしにクロロへ尋ねる。

 能力の予想がつくほどに接近したのだから名前くらいは知っているだろうと、情報を纏める為に聞いたようだった。

 

 しかし、クロロは何かに気づいたような表情のまま固まっている。予想外のリアクションに、聞いたシャルナークも部屋にいた団員達もクロロに注目していた。

 

「……まさか、」

「ああ、聞いてない。」

 

 クロロ自身もまさかこんなミスをするとは思っていなかったようで、その表情はどこか落ち込んでいた。

 珍しい様子のクロロに話の詳細が気になってきたシャルナークだったが、手元の資料について先に話してしまおうと一番上にあったものをクロロへ手渡している。

 

「それで、身元を調べてたら気になることが出てきたんだ――」

「ほう、ならついでにあいつも巻き込もうか。」

 

 どうやらイボの発生から死亡までには二、三日の期間が開いているらしい。

 そして死体の死亡場所はそれぞれバラけているが、イボの発生場所はアジトの近く……つまりクロロ達が最初に死体を見つけた場所だった。

 

 ここ数日で新しく死んだ者も例の区画を訪れていたことが判明している。

 つまりクロロやシャルナークもイボが発生する可能性があるということだ。そして、その区画で見かけた人物がもう一人。

 

 名前を聞きに行くついでに巻き込んでしまおうと決めたクロロは、アジトにいる数人に声をかけ犯人確保に乗り出した。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 朝日が差し込む爽やかな目覚めに、珍しく夜更かしをしなかったジールが寝袋から顔を出した。

 

 数時間後には予期せぬ再会と興奮で血管がちぎれているだろうが、現時点ではピンピンしている。

 

(あぁー、昨日は気づかなかったけど俺はさっくんこと、クロロをストーカー呼ばわりしていた訳でして。旅団の皆さんにバレて闇討ちされないか不安なんですけど。えっ、やっぱり早く流星街から逃げるべき?)

 

 むしろ朝から思考がフルスロットルだった。

 クロロに冷静で何を考えているか分からない男と言われていたが、こんな思考は悟られない方がいいだろう。

 そもそもジールはストーカーのことを口に出していないため、旅団員に闇討ちされる心配はないのだがそれを教えてくれる友人がジールにはいなかった。

 

 寝袋を畳みながら要らぬ心配に思考を割いていたジールはそれを片付け終わった辺りでやっと落ち着き始める。

 

 適当なレーションを齧りながら流星街を出る準備を進めるジールは、唯一の気がかりであるイボについて悩んでいた。

 

(能力者から離れても消えなかったらどうしよう。首の皮ごと削ぎ落とそうかな。)

 

 既にイボが発生してから十日が経とうとしている。

 初めは混乱したものの、ジールはイボが寄生先の生命力――オーラを養分にして育っていることが分かり、その部分のオーラを絶ち成長を遅らせることが出来ていた。

 

 それでも少しずつ成長していることに変わりはないため、犯人を捕まえて止めようとしていたのだ。

 てっきり視線を送ってくるストーカーがイボの能力者だと思っていたばかりに、ジールは犯人の目星を完全に無くしている。

 

 振り出しに戻ったジールが一晩で考えた方法は、能力の影響範囲から逃げること。

 もし条件が違いイボが消えなかった場合は物理的に取り除こうという脳筋的な考えだ。

 

 一通りの荷物を纏め終え、鞄を肩にかけたジールは遠くから近づいてくるオーラの集団に気づいた。

 

(流星街でこんなに強そうな人達がたくさんいるだろうか、いや居るまい。)

 

 幸いにも扉付きの空き家に泊まっていたジールは、乱立するフラグの音を聞きながら扉の向こう側を想像する。

 そしてオーラの集団は通り過ぎることなく扉の前に留まった。

 

 心を落ち着ける為に数えた人数は四人。

 

 ジールが興奮で倒れるまで十秒を切っていた。

 




ジールの知らないところで起きていた話になりました。
次回からはジール視点に戻ります。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
感想、評価、ここすきなど励みになります。


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事件が起きるのは路地裏

今回は混乱中のジールから始まります。

よろしくお願いします。


(はわわわ……。)

 

 人には処理能力というものがある。本来ならば見聞きした情報を処理し理解するのだが、稀にその容量を超えることもあるのだ。

 

 そう、俗に言うキャパオーバー。

 ジールに前世での社会経験がなければ、取り繕うことも出来ずに間抜けな顔面を晒すことになっただろう。ギリギリのところで体面を保てたのは流石である。

 まあ、そのキャパオーバーも前世の記憶からきているので実質のプラマイはゼロだ。

 

(なぁんで旅団の方がこんなところにいるんですか?俺、握手会のチケット当たってなかったはずですけど??まあ、そんな倍率エグそうな握手会、開催されてないけど。それにしても顔が良いな、昨日で許容摂取量限界なんですが。しかも若い。俺の目がやられるぞ、圧倒的金髪率だしな。どうするさっくん、君以外はみんな金髪だぞ。俺と一緒に黒髪同盟組む?…やっぱ畏れ多いので遠慮しますわ。ごめん、一人で頑張って!さっくんの顔面ならいけるよ!!うん。)

 

 ここまでの思考がコンマ数秒。扉をノックされ、開けたジールがクロロとシャルナーク、フィンクス、パクノダと四人を認識してからの出来事である。

 

 扉に一番近いところで立っていたクロロは、開けた体勢でこちらを見てくるジールに何と声を掛けようか悩んでいた。

 

 区画から外れたところにポツンと建っている空き家の扉に集まる面々は傍から見れば珍妙そのものだ。

 無言の中で過ぎていく時間に微妙な空気が流れ始めた頃。やっと一人目の人物が話し始めた。

 

「とりあえず用件を話してみれば?」

 

 クロロの次にジールの情報を持っていたシャルナークが進まない会話を前進させてくる。

 ジールは自分に用事がある様子に驚きながらも、固く口を噤んでいた。今喋ったら余計な思考も漏れ出るだろう。

 

「そうだな。お前に話があってきたんだが、何処かで話せないだろうか。」

「……なら中で。」

 

(……これから流星街を出る予定はキャンセルだよな。この質問にNOと返せるオタクに会ってみたいぞ。絶滅危惧種だろ。)

 

 半開きになっていた扉を大きく開き、中へ招くように身体をズラしたジールは四人を視線で促した。

 クロロの言葉にジールの出方を伺っていたメンバーはその様子に驚いた表情を見せる。

 簡単に話を聞く姿勢となったことに驚いたのか、自身のテリトリーであろう室内に招き入れたことが衝撃だったのかは分からないが予想外だったことは確かだ。

 

 そんなジールは入ろうとしないクロロ達に対して不思議に思うことはあれど、首を傾げることすらせずにじっと姿勢を保っていた。

 そして暫くしてから痺れを切らしたジールが中に入るようにジェスチャーをして全員を押し込んだ。

 

「……出ていくつもりだったから、罠も無いぞ。」

 

 少々強引だったかと思ったが、あの体勢で待つのもおかしな話なのでフォローを入れたジールは四人をリビングに通した。

 

 適当に持ってきた廃材の机を囲んでいる四人を心のシャッターで記録しながら、ジールは用事について考える。

 昨日会話をしたクロロが訪ねてくるのはまだ分かるが、会ったこともない旅団員も一緒にいるのが解せない。

 

(はっ、やっぱりストーカー呼ばわりに怒った皆様がリンチしにきたのでは!?)

 

 案内したはいいものの、室内に椅子は一脚しかない。元々ジールが一人で使っていたので当然ではあるが、誰も座ろうとしない中で一人椅子を使うのは気が引ける。

 脳内で大きな独り言を喋っているジールは、誰の間に入ろうかと悩んでいた。

 入る場所を間違えた瞬間横から冷たい視線が飛んでくるのではないかと杞憂しているのだ。

 

 結局、旅団の中に割り込めなかったジールは窓際に凭れかかり、それっぽく流すことにした。

 

「……それで?」

「まあ、自己紹介でもするか。」

 

 ジールが緊張しながら話しかけたが、クロロはあっさりとしたものだった。

 

「こっちがシャルナーク。フィンクス、それとパクノダだ。」

(あー、シャンシャンとパク姉さん。フィー……、ファラオで。)

 

 原作に登場するキャラの名前は覚えているが、ジールなりの親愛の証だった。

 名前を紹介すると同時に分かりやすくリアクションを見せてくれたので間違えることも無いだろう。

 

 そして名乗られたら名乗り返すのが礼儀だろうと、壁から背を離したジールはサングラスを外しながら名乗った。

 

「……ジールだ。」

「よし、では本題に入ろうか。」

 

 何故か達成感に溢れた表情のクロロがジールを机に呼びながら、書類を出した。

 免罪符を手に入れたジールはクロロとフィンクスの間に入り机の上に視線を落とす。その顔には既にサングラスが戻っていた。

 どうやら素顔が落ち着かなかったらしい。

 

「これはシャルが集めてきた情報だ。二人には改めて目を通しておいて欲しい。……ジールには、こっちだ。」

「おう。」

「わかったわ。」

 

 ナチュラルに話に盛り込まれたジールは、状況がまったく分かっていなかった。

 しかし、真剣に話し合っている空気を壊してまで質問できるほどの勇気は持っていない。

 

 読めばなんとかなるだろうと、ジールは手渡された書類に目を通す。地図と一緒に個人情報が載っているそれは何かの事件を纏めているようだ。

 そしてだんだんと読み進めていくうちにジールの瞳は大きく見開かれていった。

 

(おっ、ま。まじかよ。俺のこともバレてるのか?)

 

 死体の数や、数日で死亡しているという記録にも驚いたが正直それどころでは無い。

 纏めてられている事件はジールがここに来た時に見つけた変死体の話だろう。

 

 そして、ジールが絶賛発症しているイボの話だった。

 

人面疣(じんめんイボ)……ナゾのイボより頭の良さそうなネーミングじゃん。)

 

 近くの区画が発生場所であることや、死体には個人差があるものの打撲痕が多く残っていることが記されていた。

 クロロとシャルナークが話し合っている横で、読み進める三人がそれぞれ読み終わり書類を置いたところでクロロが話し始める。

 

「今回はこの事件の犯人を確保しにいく。それにあたってジールには協力してもらうぞ。」

「……協力?」

「なんだ団長、こいつに言ってなかったのか?」

(つまり、俺がマヌケな状況になっていることはバレてない?)

「ああ。ジール、お前もこの区画には立ち寄ったことがあるだろう。事件に関わっている可能性もある。ここはひとつ協力して犯人を捕まえないか?」

 

 目の前で交わされた会話に、ジールは自分が既に協力する前提で団員達が連れてこられていることを察した。

 ここで犯人を捕まえられるのはジールにとっても渡りに船なので歓迎したいところだが、素直に喜べないでいる。

 それというのも、ほぼ初対面の自分にクロロが協力を要請してくるのが引っかかるのだ。

 ぶっちゃけなにか裏があるとしか思えなかった。

 

(まあ、ナゾのイボ……じゃなかった人面疣が無くなるならお手伝いしますけど。)

 

「……まあ、構わないが。」

「お前も乗るのかよ、もう少し慎重になった方がいいんじゃねえの。」

「まぁ、私たちが言えることではないわね。」

 

 快諾したジールを気にしてくれるらしいフィンクスはこちらの方を見上げながら眉を寄せていた。

 意外と態度の柔らかいフィンクスに心の中で片眉を上げたジールはそれをおくびにもださず、書類をクロロへ返す。

 

「……作戦は?」

 

 流石に小さいといっても頭を撫でたら手首無くなりそうだな、とジールはフィンクスの旋毛をチラ見していた。

 サングラスで視線がバレないから出来ることである。

 

「とりあえず二手に別れて行動しようと思う。オレとパクノダが東、残りの三人で西側を回ってくれ。」

「おっけー。」

「じゃあオレはこいつと一緒か。」

 

 あっさりと決まったグループ分けに、ゾロゾロと家を出ていく面々にジールは後を追いかける。

 

(クロロの一声だな。というかこれは作戦に入るのか?)

 

「それでジールさんは、気になる場所とかある?」

「ジールでいい。」

 

 家の前で左右に別れたジール達はゴミ山の間を縫うように歩いていた。

 

 ジールの意見も取り入れてくれるらしいシャルナークは、区画の地図を取り出しながらジールの方を振り向く。

 

「なんだよ、順番に回っていけばいいんじゃねえの。」

「それだと時間がかかるだろう、犯人が居そうなところから見るんだよ。どう?」

 

 横一列に並び、何故か真ん中に挟まれているジールは左右からの会話を幸せそうに聞いていた。

 そしてシャルナークに振られた話題にジールがどもるのはお約束である。

 

「……あー、端から回ればいいんじゃないか?」

「まさかジールも脳みそが筋肉で出来てるのかい!?」

「いやぁ、やっぱりシンプルな方がいいよな。」

 

 適当な返ししかしないジールにシャルナークなありえないといった風に顔を歪め、味方が増えたフィンクスは楽しそうに肩を組んできた。

 もちろんジールは避けた。

 

「ははっ、避けられてるじゃないか。」

「はぁ?なんで避けるんだよ。」

「……まあ待て。」

 

 使い物にならなくなってもいいのかと言いたくなるのを我慢して、ジールは見えてきた住宅地を指さした。

 

「捜索が先だろう。」

「お前、真面目だな。」

 

 地図を持ったシャルナークの案内で、三人は犯人探しにのりだした。

 

 

※※※※※※※※※※

 

「まだ犯人の目星もついていない状況で私を連れてくるなんて、何か企んでいるの?」

 

 ジール達と別れた後、クロロ組は死体の家族や知人の周りを探っていた。

 人の出入りを確認しながら、念能力の痕跡を探すクロロは別の場所を見ているパクノダからの質問に答える。

 

「聞き忘れた名前を聞く為と、彼の持っている能力を探るため、だな。」

「そういうこと。それじゃあ、彼と私を離したのは良くなかったんじゃない?」

 

 部屋の中にも念能力者の気配は無く、ハズレだったと外へ出てきたクロロは心配してくるパクノダに笑いかけた。

 

「あいつと話すのは後だ。それに捜査を手伝って欲しいのも本当だぞ。お前のことも頼りにしている。」

 

 次に行くぞと言いながら先に行ってしまったクロロを見て、パクノダも犯人確保に専念しようと意識を切り替えた。

 

 

※※※※※※※※

 

 ところ変わって路地裏を覗き込んでいる三つの頭は、未だに見つからない手がかりに焦がれていた。

 

「ここにはねぇな、おいシャル次の場所を教えろ。」

 

 発育の差で頭一つ分大きいジールは、肩を並べているシャルナークとフィンクスを観察しながら、自分でも犯人の場所を予想していた。

 脳筋的な発言をした二人はシャルナークが割り出した場所に言われるがままついて行く形になっている。

 今も、身を隠しやすい建物の陰を覗きに来たが人っ子一人見つからなかった。

 

「そうだな、つぎは屋台の集まる所まで行きましょうか。」

 

 地図を塗りつぶしながら、ペン先で一点を突くシャルナークにジールは言おうか悩んでいた事を告げる。

 

「……ひとついいだろうか。」

 

 探索を初めて数カ所目に差し掛かりジールにも何か提案があるのかと、フィンクスやシャルナークがこちらを見上げてくきた。

 その視線に、早くも前言撤回したくなってきたジールだがここで何も言わないと役立たずのままで終わってしまいそうだった為なんとか声を絞りだす。

 

「……ナ、人面疣の事なんだが。」

「どうした、何か気づいたのか?」

「その疣は寄生先のオーラを使って成長する。死体なら、動けなくなって室内にある可能性が高い。」

 

 なんとか喋りきったジールは安堵のため息をつきそうになる。

 話をきいたフィンクスも何か使えそうな情報だと思ったのだろう、捜索のやる気が少し上がっていた。

 

「それはどこで知ったんだい?」

「……。」

「確かに、死んだ後はオーラも無くなってて気づけねえよな。」

 

 ジールが疣についてあまり話したくなかった理由、それは自身が発症しているという間抜けを隠すためだった。

 ワンチャン触れずに済むかと思ったが、やはり上手くは行かないようだ。

 

 しかし、疣の話題を出した時点で捜索の為に情報を惜しみなく出すことは決めていた。

 

(やっぱり素知らぬ顔で探すだけなのは良心が痛むし、何より早く人面疣を治してしまいたい。)

 

「……俺にできた疣はオーラを押さえたら止まった。」

「えっ、人面疣出てるの?」

 

 ジールの衝撃発言に驚いたシャルナークとフィンクスは本当のことなのかとジールの顔を凝視する。

 それを受けてジールは上半身を屈めながら首元の襟を捲った。

 

 目線のより低い位置まで持ってこられた後頭部に、二人が身を乗り出してみると確かに皮膚が盛り上がっている部分がある。

 

「顔はまだ無いようだけど、疣であることは間違いないね。」

「うわ、一つや二つじゃねえな。」

 

 一晩が明けて、大きな疣が六つに増えていた首裏は、明らかに疣に侵食されていた。

 

「これ、何日目なの?」

「……十一か、十二日目。」

「おいおい二、三日で死んじまうやつだぞ。」

 

 だんだん体勢が辛くなってきたジールは上半身を起こしながら、詳しい話を始める。

 

「……疣の周りだけオーラを絶てばあまり成長はしない。その代わり、疣のオーラがそこを――」

「もう少し見せて!」

 

 この短時間で遠慮が無くなったのか、元々そういう性格なのか。多分後者だろうと考えるジールはシャルナークに肩を掴まれ、再び頭を下げる体勢になっていた。

 

「……俺のオーラがない代わりに、疣のオーラを纏っているはずだ。」

「おぉ、そういうもんだと思ってたけど、ここだけ別人なのか。」

「ジールの元の状態を知らないから、分からなかったよ。」

 

 シャルナークがジールの後頭部を押さえ、襟の部分をフィンクスがこじ開けている。

 ジールの話を確かめるようにまじまじと観察する二人は、僅かに流れの違うオーラを見つけてはしゃいでいた。

 

「……ここだけオーラを絶つのって難しいんじゃないのか?」

「オーラ操作は得意だ。」

 

 感心する二人にちょっとだけ自慢げに答えたジールだったが、未だその姿勢は格好つかないままだ。

 いつ解放されるのだろうかと考えながらも、振りほどくつもりのないジールは二人の気の済むまで付き合うつもりでいた。

 

「じゃあさ、ちょっとだけオーラを当てて増やすことも出来る?」

「……鬼か?」

 

 付き合うつもりはあるが、自殺したい訳では無い。

 旅団のえげつなさに慄いていたジールだったが、チラリと見えたフィンクスの表情に旅団の中でも一部のことらしいと考えを改めた。

 増殖の様子を見たいというシャルナークに、ジールは少しだけだと念を押して首の後ろに意識を集中させる。

 

(まあ、能力者のオーラが分かりやすくなれば探しやすいだろう。)

 

 蛇口の栓を捻るように、じわじわとオーラを滲ませていくジールの様子を二人はジッと見ている。

 そして、ジールが疣のオーラを変化を機敏に察知し一瞬でオーラを仕舞うと、同時に疣の数が倍に増えた。

 

「おおー!」

「うげ。」

 

 間近で見ていたシャルナークとフィンクスは、オーラ操作の技能の高さに感心しながらも、一瞬で増えた疣に鳥肌を立てていた。

 そして見事一部の増殖に抑えたジールだったが、オーラを仕舞ってからなにやら様子がおかしくなっている。

 

 頭を抑えたり、襟を掴んでいたりとジールの近くにいた二人はその変化に気づき、ジールに声をかけた。

 

「どうした?何かあったか?」

「このまま死んじゃう?平気かな。」

 

 何かあった時に対応出来るようにと、ジールから手を離しながらシャルナークは動かないジールの顔を覗き込んだ。

 

「……どうなった?」

 

 首元の様子を知りたいのだろう、俯いた姿勢のままシャルナークに問いかけるジールは一先ず死んではいないようだった。

 

「数が倍にまで増えてますね。首元だけでなく一部の肩まで侵食しそうです。」

「そうか。」

「あと、でかくなった疣に顔が薄らでてきてるぞ。」 

 

 フィンクスの言葉に小さく頷いたジールはゆっくりと上体を起こした。

 顔を覗き込んでいたシャルナークはそれに合わせて視線を上げていくうちにあることに気づく。

 

「あれ?ジール、目つぶってる?」

 

 サングラスの横から見えた目は確かに閉じられていた。シャルナークの言葉につられてジールの目元を見たフィンクスも確かにと頷いている。

 

「……心配させたな。」

「大丈夫か?」

「あぁ、まあ平気だろう。」

「目に何かあったみたいだけど。」

「……見えなくなったが、犯人を捕まえればいい。」

 

 変なところで大胆なジールだが、本当に支障は無いと思っていた。

 

「それに、打撲痕の意味も分かっただろう。」

 

 相手の情報が集まることに越したことはない、と疣のことをカミングアウトしたジールに後ろめたい事は無くなっていた。

 コマンドはガンガンいこうぜになっている。

 

 疣の数が増えたと同時に視界がブラックアウトし、周囲の状況が一切分からなくなったジールはしばらくの間、残りの五感で様子を見ていた。

 そして、シャルナークやフィンクスの反応から視力の喪失のみだと判断したジールはいつも通りに戻ったということだ。

 

 加えて、視力が無くなる現象が被害者全員に出ているのなら打撲痕の意味も自ずと分かってくる。

 

 ジールは聴覚と周りの気配によって大体のことは把握出来ている。それに移動するにも方法があるので困ることは無いだろう。

 しかし、これが一般人ともなれば話は変わってくる。生命力ともいえるオーラを吸収され身体の機能が不十分なところに失明するのは大変危険だ。

 

 周囲が見えない状況でフラつけば身体をぶつけることもあるだろう。しかもそれがぶつかる直前まで分からないとなれば構えることも出来ないばずだ。

 

 そのことをかいつまみながらシャルナークとフィンクスに説明したジールはクロロを呼ぶようにお願いした。

 

「一度クロロ達と合流した方がいい。シャンシャンはクロロの所に行ってくれるか。」

「……ちょっと待って。」

「申し訳ないがファラオは俺と一緒に……どうした?」

「その呼び名はオレらのことか。」

 

 最近、変な呼び方をしてもツッコミを入れてくる人がいなかったため失念していたが、普通はこうだったなとジールは二人に肯定を返した。

 

「まあいいか、んじゃオレはジールと待ってるから。シャンシャン行ってこいよ。」

「えー、その呼び方納得してないんだけど。……わかったよ、フィンクスちゃんと見ててよ。」

 

 しばらくブツブツ言っていた二人だったが、切り替えは早いらしい。諦めたとも言う。

 シャルナークを見送ったフィンクスは一見普通に立っているように見えるジールの方を向き、本当に見えてないのかと目の前でふざけてみせた。

 

 ジールも変顔をされたら分からないが、手を振られた時くらいは反応できる。

 何ならちょこまか動くフィンクスの方を向き続けるなど朝飯前だった。

 

「ふーん、やっぱり見えてねぇのか。」

「……ああ。」

「歩けんの?」

 

 この辺りだろうかと当たりをつけながら顔を向けたジールは確かにフィンクスの方を見ていた。

 

「……ちょっと待ってろ。」

 

 そのままの状態でも歩けるが、と言いながらジール何かを探るように黙り込んだ。

 口の中に挟まったものを取るときに舌をもごもごさせるような集中の仕方だった。

 

 人がほとんど来ない建物の裏で、じっとジールを待っているフィンクスが何をしたいのかと首を傾げた瞬間だった。

 ジールが円を展開したのだ。

 一瞬で塗り替えられた空間に驚き、周囲を見渡したフィンクスは道一本分先まで延びているオーラに己の目を疑った。

 

「……もう少し小さいか。」

 

 ジールの言葉と共にどんどん縮小していく円は、最終的に5mの距離で止まる。

 その範囲の中に入っているフィンクスは展開の早さにも驚いたが、一番やばいと思っているのは覆っているオーラの緻密さだった。

 

「あんな纏やっといて、これは反則じゃねえの?」

 

(まあ、そっちは偽装だし。小細工しなきゃノータイムで出せるよ!!)

 

 チキンであるジールは声に出せずにいたが、その心はぴょんぴょんしていた。褒められるのは嬉しいようだ。

 それにジールが言うように首元の部分をくり抜くような円を広げる調整が無ければもう少し早く展開出来ていた。

 

「オーラの流れキモいな。」

 

 そして円を見ながらしみじみと言われた言葉はジールに刺さった。心で跳ねていたうさぎも致命傷だ。

 

(やっぱキモいの?なんで、どこが?ていうか上げて落とすのやめて欲しいんだけど、泣いていい?)

 

 円によってより明瞭になった感覚に喜ぶ暇もなく、ジールは嘘泣きしていた。

 

 シャルナーク達を待つ間、フィンクスはジールの円を色々な方向から観察している。

 ジールもそれを自由にさせながら首元に襟がつかないようボタンをいくつか外しながら楽な姿勢を保っていた。

 

 そして、数分もしないうちに三人分のオーラがジール達の元へ接近してくる。

 少し円を広げながら様子を探っていたジールは、円に入った途端動きを止めた三人をしっかり確認していた。

 

「おーい!ジールのやつだから安心して来いよ。」

 

 建物の裏から顔を出したフィンクスは警戒している三人に呼びかけながら、ジールにもクロロ達が到着したことを伝えてきた。

 意外と面倒見がいいらしい。

 

「驚いたわ、オーラの扱いに慣れてるのね。」

「これなら目が見えなくてもなんとかなりそうだね。」

「……ほう。」

 

 三者三葉のリアクションを示しながらジールの元へやってくる。それに合わせて円を縮小したジールはその中に全員が入る大きさで固定した。

 そしてオーラによって分かりやすくなることで、違うところへ意識を飛ばしている男のこともよく分かる。

 

「……さっくん、どうした。」

 

 ジールの円に出たり入ったりを繰り返すクロロの行動が奇妙でならない。

 ちなみに他のメンバーはさっくん呼びに吹き出していた。

 ジールの問いかけに動きを止めたクロロは好奇心を抑えようともせずに話し始める。

 

「お前がオーラ操作を得意としているのには気づいていたが、これほどとは思っていなかった。」

 

 いつもよりワントーン高いのではと思える喋り方にジールはクロロの念能力を思い出していた。

 

(さっくん、発を集めるくらいだし念能力好きそうだよね。好きって言うより趣味?まあ、純粋に強い能力だからってもあるだろうけど、本にして集めるのは絶対オタクが入ってる気がする。)

 

「シャルに聞いたわよ、疣ができてたなら早く言ってくれれば良かったのに。」

「……すまない。」

「それよりも侵食を早めたって聞いた時は驚いたわ、もう少し慎重にやったらどうなの。」

「……すまない。」

「そうだ、普通そんなことをしたら止める暇もないまま死んでるぞ。」

「……さっくんはもういいのか。」

 

 パクノダの説教に小さくなっていたジールはこちらに戻ってきたクロロに逃げた。

 横で知らんぷりしていたフィンクスが次の標的になっている。

 

「呼んだということは策でも思いついたか。」

「……ああ。この事件の犯人は調子者だろう。」

「まあ能力を乱用しているし、死に際を見に来る可能性は高いな。……なるほど、オレ達は適当に離れておこうか。」

 

 その後、ジールが自分からやったとシャルナーク達に罪を擦り付けられたため、パクノダにもう一度怒られる事になったジールは眉を下げてすまないbotになっていた。

 

(そういえば久しぶりに説教されたな。)

 

「ちゃんと聞いてる?」

「……すまない。」

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 日が沈み始めた空の下、人混みの中を歩く一人の青年がいた。

 広い通りであるためにそれなりの人が行き交っている。その中をフラフラとした足取りで進む青年は、すれ違いざまに人とぶつかり尻もちをついた。

 

「おい、ちゃんと前見て歩けよ。」

「……。」

「チッ。」

 

 迷惑そうに青年を避けていく人々は、誰も青年の様子には気づかない。

 青年はゆっくりと立ち上がり、その黒い服から砂を叩き落とすとまたフラフラと歩き始めた。

 

 荒い呼吸と微量にしか見えないオーラから、その青年が弱っていることは明白であろう。

 人と肩をぶつけながら、なんとか道の端まで出てきた青年は壁に手を着こうとして強く手を打った。

 

 片手を抑えながら路地の隙間に身を寄せる様はなんとも痛々しい。

 乱れた黒髪を地面に擦りつけた青年はこちらに近づいてくる足音にも気づかないのだろう。

 

 夕日の差し込む路地の入口に立った影が、その日を遮る。まるで青年の最後の光を閉ざすように、青年へ近づくその影はあと数歩というところで足を止めた。

 

「すごーい大物がかかった気がするねェ。」

 

 両の手をポケットに突っ込み身体を揺らす人物は楽しそうに青年を見下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あー、主演男優賞取れそうだわ。)




次回で流星街編はラストになります。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
評価、感想、ここすき等励みになっています。


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先に見えるのはサングラス

今回で流星街パートは最後なります。

よろしくお願いします。


 

 袋小路となっている路地に倒れているジールは、頭上から聞こえてくる言葉に耳をすませていた。

 

「すごーい大物がかかった気がするねェ。」

 

 適当に苦しむフリをして犯人をおびき出すことにしたジールが街中に姿を現してから数分後のことである。

 死んだ後に見に来る慎重派だった場合も考えていたがどうやら必要なかったらしい。

 

 耳元の砂の音を聞きながら浅く呼吸をするジールは、声に反応したかのように頭を動かした。

 

「おぉー、まだ動ける?キミは何日目なんだい?」

 

 油断させるために円を切っているジールが相手の表情を見ることは叶わないが、声の調子から犯人の様子はある程度察せられる。

 

(楽しそうだな?俺は服が汚れてあんまりいい気分ではないんだが。ほかの作戦にすればよかった。)

 

 想定よりも頭の軽そうな犯人に、ジールはもう少し楽な作戦にすれば良かったかと思い直していた。

 しかし、これが一番手っ取り早く済むのだから仕方がない。

 

「分からない?んふふ、喋れないよねェ。」

 

 喋らなければある程度の演技が出来るジールに、まんまと騙されている相手はジールの衰弱している様が気に入ったようだ。

 

(……もう少し近づいてくれれば確実に捕まえられるんだけどなぁ。)

 

 能力の侵食具合いを図っているのだろうかと、ペラペラ喋りながらも一向に近づいてくる気配のない相手にジールは痺れを切らしていた。

 そもそも地面に転がる趣味は無い。さっさと終わらせるためにも自分から仕掛けてやろうかとジールが考えている時だった。

 

「んーいいねェ。それじゃあ死に際にまた来るよ。はーやく完成しておくれ。」

 

 それじゃあ、と一方的に喋り続けた犯人はあっさりその身を引こうとした。

 ジールを侵食している疣の数が少ないからか、死ぬのはまだ先だと判断したのだろう。ジールに背を向けた気配のする犯人はそのまま路地から出ていこうとした。

 

 しかしジールからすればここで放置されるなどたまったものではない。

 

(ちょっと待とうか?……これ、もう起き上がってもいいでしょ。)

 

 絶で離れたところから見ていると言っていたクロロ達が出てくる気配は無い。

 まあ元々ジールが失敗したら代わりに犯人を捕まえるように頼んでいるので、この程度では出てこないだろう。

 

 正確な位置を捉えて一発で捕獲するために、ジールは円を展開しながら立ち上がった。

 

「おやおや?」

 

 膨張するジールのオーラに触れた犯人が振り返るが、もう遅い。その瞬間には、背後に迫ったジールが犯人の喉元を狙って手を伸ばしていた。

 

「あーぶないね。」

 

 直線的に伸ばされた腕はどこを狙っているのかがわかりやすい。相手はジールの腕を弾いて攻撃を避けた。

 初撃が失敗したことを悟ったジールは、次の手を出そうとしたところで大きく後ろに飛ぶ。

 

「おかしいねェ。苦しんでたじゃないか。」

 

 そう言って笑う相手は、ジールに避けられた足を引っ込めた。喉元を狙うジールの攻撃を躱すと同時に蹴りを入れてきたのだ。

 

(容赦ないぞこいつ、こちとら円使ってるんだから流に使えるオーラも減ってるんだぞ。)

 

 当たっていたら足の一本や二本折れていたかもしれない。想定よりも動ける相手にジールは円を解くべきか悩んでいた。

 

「動ける?なんで動けるんだい?確かキミには顔が出ているだろう?」

 

 長い髪を揺らしながらこちらへ近寄ってくるシルエットに、ジールは少しずつ円を縮小していった。

 確かに疣の侵食が進んでから、気だるい気分にもなったが三徹よりは楽である。

 

「念能力者に使ったこともあるけどキミみたーいにピンピンしているコはいなかった。」

 

 背後が行き止まりのため、犯人はゆったりとした口調でジールに迫ってくる。

 ジールとしても近づけば近づくほど相手のことを捕捉しやすくなるので、あえて避けることはしなかった。

 

「キミはどーのサンプルかな。置いてきてしまったねェ。」

 

(サンプル?相手の能力に関係するのか?)

 

 ジールの耳には犯人の足音と遠くの喧騒が入ってくる。

 例外的な行動を見せたジールに何かを刺激された犯人はペラペラと喋り続けていた。それこそジールが徐々に円を縮めていることにも気づかないほどに。

 

 相手の歩幅や自身との距離を正確に測りながら、相手の零す言葉を拾っているジールは神経を削り続けていた。

 そうして円が無くとも充分に捕まえられる位置に来るまで相手を待つこと数秒間。

 

 最後の一歩を見たジールがオーラを拘束の為に切り替えた。

 

「んふふ、ここで貰っても問題無いけどねェ。」

 

 オーラ操作に重きを置いてきたジールにとって、至近距離での拘束は自分の手足を使うよりも簡単だった。

 実際、オーラは犯人の体を三重、四重と縛り上げ、四肢を拘束している。

 どんな顔をしているのかは見えないが、先程まで開き続けていた口は閉ざされていた。

 

 そして拘束に成功したジールが犯人をどうやって運ぶか考えていた時のことだ、芋虫の状態になっていた相手が上体を曲げてこちらに顔を近づけてきた。

 

 至近距離に感じる気配にジールは思わず後ずさる。

 

「キミ、最近はなーにをたべたかね?」

 

 身体を拘束されているにも関わらず、気にした様子を見せない相手は日常会話のような問いかけをした。

 その行動にジールは不気味なものを感じ取ったが、ここで双方の目的が違っている事に気づく。

 

(俺は犯人を捕まえることが目標だったが、相手は俺の無様な姿が見たがってたしな。……それでも拘束されたら現状打破を考えて欲しいけど。)

 

 質問に答えるつもりが一切ないジールは、図太い神経をしている犯人の行動について考えていた。

 

(もしくは、現状でも相手の目的が達成される可能性が残っている?)

 

「無視かい?困るなぁ、ほらここの街で食べたものだーよ。」

 

 ジリジリと近づいてくる相手にジールは拘束しているオーラを引くことで相手を地面に転がした。

 若干の呻き声が聞こえるが、それでも犯人が黙ることは無い。

 

 そろそろ気絶させてクロロ達に引き渡してしまおうかと、ジールが相手を蹴りつけようと時のことだ。

 

 無かったはずの感触が口元に現れた。

 

「……!?」

 

 反射的に手でそれを拭い取るが、直ぐにまた口元へと張り付いてくる。

 目が見えない現状に、正体が分からないものほど怖いものはない。

 

(なんだこれ、触れるがまともな質量は無い。オーラか?くっそ、凝が使えないんだからもっと早く決着をつけなきゃいけなかった。)

 

 隠されたオーラを見抜くことが出来ないジールは首の後ろから頬を伝っている物体を鷲掴み引きちぎることしか出来なかった。

 これ以外に仕掛けれていたとしても、触れるまでは何処に潜んでいるのか分からない。

 

(さっきの意味不明な質問も隠でオーラを仕掛けるための時間稼ぎだろう。)

 

 能力者の意識を落とすか、オートだった場合を考えて物体の処理を先に済ませるか。焦るジールのこめかみには汗が伝った。

 

「ん?ん!?んふーふふ、うっふふ、ふふふん!」

 

 物体を処理している間、五月蝿かった犯人の口は開けないようにジールのオーラで塞がれていた。

 それ以降静かになったので、窒息でもしたかと思っていたがどうやら違ったようだ。

 

 急に喚き出した犯人を見て、ジールは口元の拘束を解くか悩んだが、騒がしくなったと同時に引っ付いて来なくなった物体の事も気になる。

 何か仕掛け終わって喜んでいるのかもしれない。

 

 少しでも情報を喋ってくれるのではないかと期待したジールはそっと口元のオーラを外した。

 

「キミはスープのカップのコじゃなーいか!まだ生きてたとは思わなかったよ!」

 

 まだ相手の中では食事の話が続いているらしい。

 期待外れかと、再びジールがオーラで口を塞ごうとした。

 

「その汗の味は間違いなーいよ。あの時も最高だったからねェ。」

 

(何だ?汗の味……?さっきの物体は俺の汗を吸収しに来たのか?いや待てよ、最初の物体がくっ付いたのは口元で、それが吸収しようとしてたものは……。)

 

 確かに相手は情報を落としてくれた。ジールが知りたくなかった事実に気づけてしまうくらいには。

 

「んんー、いい唾液だったよ!それで、いつ死に様を見せてくれるんだーンゴフ。」

 

 情報も集まった。顔に張り付いてきた物体の目的も分かった。これ以上、相手をする意味も無いだろうとジールは犯人の口を塞ぐようにオーラの玉を顔面に撃った。

 

 念能力に頼りきるわけでもなく、多少の体術を納めていた相手にジールは少しだけ感心していたのだ。初撃を躱された犯人にはオーラも使って全力で取り掛かろうと思えた。

 しかし、ジールは失念していた。相手はあの気持ち悪い疣を作る念能力者だということを。

 

 加えて、先程の話から察するに犯人の能力は他人の体液を吸収する事が出来るらしい。

 ジールがスープのカップを捨てたのが十二日前、疣が出来たのもそれくらいだ。そして、犯人がスープのカップからジールの唾液を採取していた口ぶりを考慮すれば、発の内容はある程度察せられる。

 

(……つまり、唾液を使って宿主にあの疣を作る能力?……キッッッッッッショ!無理無理無理無理無理無理。)

 

 気絶した犯人を転がしたまま、ジールは自身の二の腕を摩っていた。

 

 想像以上にやばかった犯人の能力に、数歩離れたところでクロロ達の到着を待つ。

 見ていると言っていたので、ジールが犯人の顔面にオーラを撃ち込んだところも見ただろう。

 

 居心地の悪い空間でジールがしばらく待っていると、路地の入口から何人かが入ってくる気配がした。

 

「派手にやったな。」

「お前も中々やるじゃねぇか。」

 

 声から判断するにクロロとフィンクスだろう。何故か褒められたジールは犯人確保のことを指しているのかと考えたが、それでは派手にと言われる理由が分からない。

 

 声の方を向きながら手を出したジールは預けていたサングラスを受け取りながら、言葉の意味を尋ねた。

 

「……派手とは。」

「まだ見えてなかったのね。オーラも薄くなっているしもう少ししたら分かるわよ。」

 

 パクノダの言う通り、しばらくすると視界を覆っていた黒色がだんだんと薄くなっていく。

 クロロ達はジールに様子を見せたいのか、犯人を連れて行くことなくその場に留まっていた。

 

 そしていつもの視力に戻ったジールは、皆が見ている足元に視線を落とす。

 

 そこにはジールにオーラをぶつけられた犯人が転がっていた。

 しかしその顔面は真っ赤に染まっており、鼻や顎などか砕けている。オーラの衝撃が地面まで伝わり大きくひびが入っていることからもその威力の大きさが分かるだろう。

 

 人相が分からない程に負傷している犯人を見て、ジールは死んでないか不安になった。

 

(一応、呼吸はしてるし大丈夫か?)

 

 ジールが見たのを確認したのだろう、フィンクスが犯人を担ぎあげクロロと何かを話していた。

 

(加減をミスってしまったらしい。……相手の能力がやばかったといいますか、こう思わず。ね?)

 

 誰に聞かれるまでもなく心の中で言い訳を続けていたジールはフィンクスに運ばれていく犯人を見て、そっと目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 人面疣の犯人が捕まり、一連の事件が解決した後ジールはクロロに犯人の能力について話していた。

 

「それで、お前の飲んでいたスープのカップが原因だったと?」

「……食べたものは覚えてないが、ゴミを捨てた記憶はある。」

 

 能力の発動条件に対象の体液(唾液が最有力候補)であることを伝えると、クロロは酷く微妙な顔をしていた。

 能力を知っているジールからすれば盗るかどうかを悩んでいるのだと分かるが、もちろんその事に触れたりはしない。

 ただ、体液として血液なんかが有効だと戦闘も厄介になるだろうと一応のフォローは入れておいた。

 

(まぁ、クロロが人の唾液を採取し始めたら距離をとろう。……ならないよね?)

 

 サングラスの下で若干の怯えを見せながらクロロの隣を歩くジールは、紛らわせるように後ろを歩くシャルナークに声をかける。

 

「……この後は解散か?」

「どうだろう、オレは犯人の意識が戻るまでもうやる事ないし解散でも問題ないよ。」

 

 そう言ってクロロに視線を送るシャルナークに気づかないジールは、最後に何か食べていこうかと道沿いの屋台に目を向ける。

 無論そのゴミは捨てることなく持ち帰るつもりだ。ジールはポイ捨て恐怖症になっていた。

 

 ジールが固そうなパンばかりが並ぶ台を遠目で見ていると、隣からある提案が出される。

 

「この先に品揃えの良い店がある。そこで買って少し話さないか。」

「……話?」

「そうだ。」

 

 明らかに何かあるが、固いパンしかない夕食は嫌だった。ジールは協力要請の目的がこれではないかと考えながらも、がっつき過ぎない程度に返事をした。

 

(柔らかい肉はあるだろうか……。)

 

 

 そうして見事、美味しい夕食にありつけたジールは満足そうに肉を抱えながら廃品の上に座っている。

 タイヤを何個か集めて腰掛けたそれは中々に座り心地も良かった。

 中央のランタンを囲むように座ったクロロやシャルナーク達はそれぞれのご飯を食べている。

 

「お前はよく食べるようだからな。」

(バレてーら。)

 

 同じく缶詰やパンを購入したクロロに図星をつかれ、さすが団長などとジールがふざけている。

 まあ、流石にアップルパイやお菓子を目の前でたくさん食べていればバレるだろう。

 

 そして骨付きの肉に噛みつきながらジールが視線をクロロにやるとその意図を汲み取ったクロロが話し始めた。

 

「前に渡した赤い本があるだろう。」

「ああ。」

「あれをもう一度だけ見せて欲しい。」

「……。」

 

 見せるなんて嫌だなど子供じみたことは言わないが、前科がある相手には流石に警戒をする。

 

「……盗らない。一瞬表紙が見れればいい、なんならお前が持ったままで構わない。」

「……わかった。」

 

 何故そこまでクロロが食い下がるのか分からないが、盗まれる心配が無いのならいいだろうと、ジールはいつものように鞄から本を取り出した。

 そして、その表紙をクロロに見せながらこれでいいのかと確認する。

 

「ああ、充分だ。今も持ち歩いているんだな。」

「……そうだ。」

「なるほど、その鞄の中には何でも入れられるのか?」

 

 片手で肉を持ちながら、器用に本を仕舞ったジールは見たがった理由を気にしながらもクロロからの質問に答えた。

 

「まあ、カレー以外なら大体入れている。」

 

 顔に何故と書かれたクロロがこちらを見ているが、こればかりはあの悲劇を知らなければ理解出来ないだろう。

 ジールが食べ終わった肉の骨を適当な袋に入れ、鞄の中に仕舞うのを見届けたクロロはコートの裏から取り出す仕草をしながら一冊の本を取り出した。

 

「この本のことだが、見ての通り念能力が施されている。」

 

 クロロはジールが新しく出てきた本に興味を惹かれていると思っている。

 それは確かに正しいが、ジールの視線が本から外れない理由はまた別にあった。

 

(こ、こここここれは、まさかの盗賊の極意(スキルハンター)ですか!?モノホン!?やべー、犯人捕まえたご褒美にしてはバランス取れてないですよ。ついに世の中の報酬制度がバグった?……でもなんでこれを?)

 

 見られるとは思っていなかったジールは、唐突な供給に取り繕うことを忘れていた。

 しかし盗賊の極意(スキルハンター)を見たいジールと、それを使いたいクロロ。世の中の需要と供給は奇跡的に一致している。

 

「後で面白い仕掛けを教えてやろう。その表紙に手を付いてくれ。」

(お触りオッケーなの!?えっ、待ってどうしよう手拭かなきゃ。)

 

 好奇心を隠さないジールにいけると思ったのか、直球で伝えてきたクロロの言葉に従ってジールは右手を表紙の上に乗せた。

 その時の心の内としては表紙の感触を詳細に語るレポートと神に感謝する声で五月蝿かったとだけ言っておこう。

 

 クロロ以外のメンバーもその様子をじっと見守っていた。

 そしてジールがいつ手を退けたらいいのか、持ち主の様子を伺うと目を見開いたクロロと視線がかち合う。

 

「……お前の鞄、発じゃないのか。」

 

 ここでジールはやっと一連のやり取りがジールの鞄を手に入れる為のものだと気がついた。

 まだ発を作ってないし触ってもいいよね、などと考えていたジールからすれば予想外の展開である。

 

(まあ、確かに性能は念能力に由来してるけど俺が作ったものじゃないしね?あれ、これって誤解を解いたほうがいいのかな。)

 

「……これはある屋敷にあった念具だ。」

「ほう、その家の者が作ったのか?」

「いや、その屋敷自体が珍品を集めている。気になるなら行ってみればいい、同じものは無いが。」

「それってなんていう屋敷なの?」

「……ラケルスス。」

 

 クロロが気になるなら盗みに行けばいいとジールは思っている。なんなら家財ごと全部持っていかれて潰れればいいとすら思っていた。

 横から声をかけてきたシャルナークの様子を見るに興味は惹けたようだ。

 

「……その鞄は。」

「これ一つだ。」

 

 ジールが腹の中で悪どい表情をしていると、クロロが諦めきれないのか鞄の事を聞いてくる。

 それをバッサリと切り捨てたジールだったがその拍子にある事に気づいた。

 

(よくよく考えれば、俺ってクロロに能力盗られかけたんだよな。盗られるもの持ってないけど。)

 

 よくよく考えなくても気づいた方がいいだろう。

 ミーハー心では狙われた事に少し舞い上がっているが、嵌められた事実は変わらない。

 被害が無かったとは言え、少しくらいの意趣返しはしたかった。

 

「……それで、面白い仕掛けとはなんだ?」

「気になるのか?」

 

 大方、発を奪った時にでも披露するつもりだったのだろう。一切の動揺を見せずに返事をしているクロロだったが、その心中は如何なものか。

 

「気になるが、俺の発はまだ無いからな。」

 

 正面のクロロだけでは無い、興味深そうにこちらを見ていたシャルナークも、静かに様子を伺っていたパクノダも全員が揃いの表情をしていた。

 

 ジールの発言の意図は何なのか、どこまで読まれているのか。

 鞄のことを発だと思われていたから訂正を入れたというならそれでいい。

 ただ、クロロの狙いが相手の発である事やそれをどうするつもりだったのか、クロロの発についてまで言及していた可能性も捨てきれない。

 ジールがわざわざ“面白い仕掛け”について触れた上で言ってきたのだ。

 

 これ以上ジールを問い詰めようとして余計な情報を与える訳にはいかない。

 

「そうか。」

 

 クロロから短く返ってきた言葉に、ジールはこれでしばらくは大丈夫だろうと満足そうにしていた。

 ちなみに発言の意図を聞かれれば、発について気にしていたから訂正を入れたと無難な回答を言っていただろう。

 

「それにしても、よく発が無いなんてバラせるよね。」

「……そのうち出来る。」

「ほう、期待しておこう。」

 

 あと一歩といった所からシャルナークが違和感の無い程度に話題を逸らした。それに乗ってきたジールを見てこれ以上追求するつもりが無いと分かった面々の空気からは警戒が無くなっている。

 例え最深部までバレていたとしてもどうにか出来る余裕があるのかもしれない。

 

(……その言い方はさっくん諦めてないだろ。)

 

 再び身の危険を感じたジールだが、線引きを間違えるつもりは無い。

 ガチで追い詰めた時に全力の報復か、開き直りからの取り込み作業があるのは何となく分かっている。

 

 とりあえず聞かなかった事にしたジールは最後に聞きたかったことをクロロに尋ねた。

 

「……俺のオーラについてなんだが。」

 

 脈絡の無い話題提供にも慣れてきたクロロは、自身が尋ねられていることを正確に理解しジールの言葉に耳を傾ける。

 それを見ているジールの様子は少し緊張しているようだった。

 

「……気持ち悪いと言われる理由は分かるだろうか。」

 

 ジールにとってはかなり重要な事だった。なんなら先程の発のカミングアウトより緊張している。

 

(イルイルやファラオにも言われたんだよ!ひー君と再会したときに念が使えるようになってて、にいさんのオーラがキモイとか言われたら死ねる。マジで身投げしちゃうよ。)

 

 念能力が大好き(偏見)なクロロなら分かるのではないかと期待を込めて目を見れば、心当たりがあるのか考え込む様な仕草をしていた。

 

 嫌な意味で心臓がバクバクしているジールはじっとクロロの言葉を待つ。

 

「お前のオーラは、なんというか整いすぎて気持ち悪い。

…そうだな、未修得者のオーラの流れをばら撒かれたマッチ棒だとしよう。当然、向きはバラバラで棒同士が重なる部分も出てくる。そして、念を習得して鍛錬を積めば、その重なりは減っていき徐々に棒の赤い頭も同じ向きになっていくだろう。一流と呼ばれる者はその殆どが同じ向きに揃っていて、流が無駄なく行われている。

……そこでお前のマッチ棒は全てが同じ向きになっていると言っていいだろう。それだけなら賞賛で終わるが、お前の場合はマッチ棒一本一本を均等に並べ寸分の狂いもなく管理しているようなものだ。

ここまでやるメリットもそうそうないぞ、向きを揃えるだけで十分過ぎるからな。」

 

(つまり、無駄に無駄のない無駄な動きということでオーケー?)

 

 想像よりもしっかりとした返事が返ってきた事に言葉を失ったジールは雑なまとめ方をした。

 そしてジールの中でクロロの念能力オタクが決定する。わざわざ答えてくれた相手にする仕打ちでは無いだろう。

 

「……それは改善出来ないよな?」

「そうだな、相手に慣れてもらえ。」

 

 ジールの質問の裏を察したクロロは、まあ頑張れと言っていたが視線は若干小馬鹿にしていた。

 もしかしたら先程の意趣返しの意趣返しなのかもしれない。

 

 横でなるほどと頷いているシャルナークやパクノダに、クロロの言っていることが本当なのだと裏付けされる。

 

 そして聞きたいことも聞き終えたジールは、タイヤから腰を浮かし鞄を背負い直した。

 

 初めて話した時の飲食店と同じ流れだ。座ったままのクロロはジールを見上げた。

 

「もう行くのか。」

「……ああ、じゃあなさっくん。パク姉さんとシャンシャンも。ファラオによろしく言ってくれ。」

 

 それでもあの時よりもクロロの言いたいことは増えていたらしい。手を伸ばしたクロロは、立ち去ろうとするジールの腕を掴んだ。

 

「……一つ聞きたい。お前に居場所はあるか?」

 

 腕を掴まれた事に驚いたジールは、クロロの質問の意図が分からなかった。

 しかし、答えだけなら直ぐにでも出てくるだろう。

 

「ある。その隣にこれから行く。」

「……そうか。」

 

 あっさりと離された腕は、もう引き止められる事は無かった。

 

 クロロはジールを観察していた数日間のことを思い出す。

 外の人間がわざわざこんなところまでやってくる理由。誰かを探しているという話をその時はそれほど気にしていなかったが、今の答えを聞けばその相手が気になってくるのは必然だろう。

 

「団長、引き止めたかったの?」

「いやまだ時期ではない。」

「ふーんそっか、今度見かけたら声でもかけようかな。」

「いいんじゃないか。」

「そろそろアジトに戻りましょう。フィンクスの方が先に帰ってるかもしれないわ。」

「そうなったら、どこ行ってたんだよって聞かれそう。」

「そうだな。」

 

 

 月が綺麗に浮かぶ夜空の下。

 片付けもそのままに、腰を上げたクロロ達は団員の待つアジトへと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱりひー君が念を覚える前に見つけるのが必須だな。……嫌な予感しかしないけど。)




旅団の人達と本格的に関わるのはまた別の話で出てきます。
次回はジール達がイルミと合流してからの活動です。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
感想、評価、ここすき等励みになっています。

【お知らせ】
今後、良さげなタイミングで番外編を書こうと思っています。

つきましては、ジールやヒソカ(あれば他のキャラ)への質問を、活動報告または作者のメッセージボックスまでよろしくお願いします。

詳しくは活動報告『質問募集について。』をご覧下さい。
お気軽にどうぞ。


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偶然の出会いにはハンズアップ

今回はラケルススの家からヨークシンに戻ってきたお話です。

よろしくお願いします。


 大きなオークションも終わり荷をまとめる者や、滞在期間いっぱいに市場を楽しむ人で溢れかえっている。

 休み方を忘れたように動き続ける交通機関は、人々の足となりヨークシンと他の都市を繋げていた。

 

 その玄関口の一つ、リンゴーン空港から出てきたジールは包帯で固めた左手を遊ばせる。治りかけの切り傷や肩を庇うような動きは、ラケルススを出た後にヒソカとやり合った時の名残りだ。

 

(やっぱりサザンピースには間に合わなかったか、……参加したかったな。)

 

 行きよりもボロくなった格好で後頭部をかくジールは街の様子を見て肩を落とす。

 

 飛行船のチケットを取った時点で分かっていたことだが、ラケルススのしがらみが無くなったジールはオークションに参加出来ないかと期待していた。

 移動中の室内で金額を示す手の形をこっそり練習するくらいには一類の望みを掛けていたのだ。

 

 まあ当然の事ながら、予定通りに進んだオークションは飛行船の中で無事最終日を迎えた。

 街の警備に回っていた警察の元へ大量の犯罪者が送られてきたこともあったが、組織のプライドにかけてきっちりと処理させれいる。

 

(とりあえず出品してた物のお金を受け取りに行って、イルイルにも――)

 

 目の前を歩いていく見慣れた制服に心の中で敬礼しながら、これからの予定を確認するジールは背後からやってくる気配に首だけで向き直った。

 

「置いていかないでよ♦」

「……。」

 

 先の組手で左腕を骨折し、曲がらないはずの方向に肩ごと持っていかれたジールだが、その相手の怪我はそれよりも酷かった。

 

「……足は。」

「まだビリっとするけど問題ないさ♥」

 

 ジールの言によっていつもより多いオーラを左脚に集めているヒソカは一見すると普通に歩けている。しかし実際には、膝から下をジールに砕かれており、明らかに腫れている二の腕などジール以上にボロボロだった。

 

 普通は入院するなりして安静にしておいた方がいいのだが、ヒソカ達は元からの自己治癒力と念による回復力によって普通に行動している。

 

「兄さんとの楽しい思い出とはいえ、暫くは遊びに行けなさそうだ♣︎」

(ぜひ、そのまま大人しくして下さい。)

 

 暑い日差しを避けるように軒下に並んだヒソカは少し残念そうに足を見下ろしている。

 

 毎日のように戦闘経験を積んでいるヒソカを相手にするジールは、手加減など出来なくなっていた。

 

 加えてジールの好事家の写真(スケッチストッパー)の性質上、発を組手で使用することは殆どない。

 相手の動きを強制的に止めて出来た隙を狙うことは容易いが、それでは体術など不要になってしまう。戦闘中の勘が鈍りやすいことも考えると組手で使用するメリットは殆ど無いのだ。

 

 それらの理由からジールは質量を持たせたオーラと体術でヒソカを相手取ることになる。

 伸縮自在の愛(バンジーガム)を遠慮なく使ってくるヒソカを相手にこの戦いはギリギリのものであり、結果二人してボロボロになってしまった。

 

(ほんと凝の精度も勘も上がったよ。)

 

 折れたジールの腕を嬉しそうに眺めているヒソカを見て、組手のことを思い出したジールは色々な想いを込めて大きく息を吐いた。

 それに気づいたヒソカが、どうしたのかと視線を向けてくる。しかし兄の威厳を保つ為にもベラベラと弱音を吐くつもりは無かった。

 

 不思議そうにしているヒソカの意識を逸らすように他の話題を出したジールは近くの案内板を指さす。

 ひとまず今後の予定を伝えることにしたようだ。

 

「……この後、サザンピースまで行ってくる。」

 

 出品していた品々のお金を受け取る為だ。

 初日と三日目に無事値が付いたらしいので、その代金を受け取るように連絡が入っていた。

 空港前の大通りから東にある会場まで、直接取りに行くよう最初に伝えていたのだ。

 

(なるべく早めに現金が欲しいし、ゲームが買えるかもかかってるんでね。)

 

 ヒソカの前でハンターライセンスを使わないようにしているジールは、ラケルススの所まで行く飛行船のチケット代をポケットマネーから出していた。

 何故か一番いい部屋を予約するヒソカの分も兄として払っている為その出費は馬鹿にならない。

 

 当初の予定よりもさらにお金が不足しているジールはオークションの売上に賭けるしかなかった。

 

「兄さんは用事があるんだね♠なら、ボクはこっちの方で遊んでいようかな♥」

 

 ジールの指さす地区と反対方向にある歓楽街をなぞったヒソカは既に他のことに気を取られていた。

 西の方でなにがあるのか思い出そうと頭を捻るジールは、ヨークシンに来てからヒソカに渡された闘技場がある方面だと気づく。

 

(さっき遊べないとか言ってたのに、あれは嘘だったの!?)

 

 明白過ぎる目的にジールが慄いていると、待ちきれなくなったヒソカが手を振りながら去っていく。

 

「……終わったら向かう。」

「わかった♦」

 

 出来るだけ早く終わらせようと決めたジールは、パワフル過ぎる弟に頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

「こちらで全額となっております。ご確認を。」

 

 質の高いスーツを身につけ、丁寧な対応を見せる女性は最後のケースを机の上に置いた。

 想像以上に沈む座り心地の良いソファに腰掛けどっしり構えるジールは、数人によって運び込まれたそれに視線を落としひとつ頷く。

 

「……ああ。」

 

 室内でも外されないサングラス越しに48個、全てが揃っていることを数えたジールは了承の意を示した。

 

「ありがとうございます。それではこちらの書類にサインをお願いします。」

 

 ワンケースが一億、それが山のように積み上がっている。

 オークションによる経済効果はいかほどになるのかと感心を抱くジールがペンを取りながら考えているうちに、必要箇所への記名が終わった。

 

 オークション側の保管分とジールが貰う分を分け、蝋が垂らされた書類は無事ジールの手元へ渡される。

 

「ご利用頂きありがとうございました。次回のオークションにてお待ちしております。」

 

 深く一礼した女性が退出したのを確認したジールは、今までの落ち着きを全て脱ぎ捨て手早くケースを鞄に仕舞っていく。

 その鮮やかな手際は熟練の泥棒のようで、一分も経たないうちに机の上は空になった。

 

(いやぁ、想像以上の儲けですな。ニヤけが止まらん。)

 

 最低落札価格が16億だったのに対して、返ってきたのは45億と5000万。

 どうやら斜陽下の花が高く売れたらしい。

 透明な鉱石やら太陽やらと生息地を探すのに大層手こずった花なので、高く売れたのは普通に嬉しかった。まあ、あんな物騒な成分が含まれていた花を買って何をするのかは知らないが。

 

 5億の花が27億まで化けたのだ、細かいことは気にしない。

 

 あとは有名な技師の作った大きな古時計が、2億から6億5000万まで上がった。ジール的には綺麗なカラクリがイチオシなので是非飾って欲しいところだ。鞄の肥やしにするのは勿体ない程だった。

 

 そして、9億で出した宝石の目立つ王冠が12億で落札。発掘された時代的に考えれば、様式的に似たような物が世の中にたくさん出ているので釣られる人は少ないかと思ったが、希少品であることに変わりはなかった。

 それでも他に比べれ値がつりあがらなかったのは、会場にその方面の人が少なかったのではないかと考える。

 

 などと暇を潰しながらサザンピースの建物を出たジールは、室内で切っていた携帯に電源を入れた。

 

 蝉の幻聴が聴こえそうな程に暑い外に疲弊ながら、黒い画面に明かりがついたのを確認する。

 すると、ジリリと短く鳴った携帯が新着の連絡を知らせてきた。

 

 電源を落としていた時に来たのだろうかと、差出人を確認したジールはその名前に直ぐさま折り返しの連絡を入れる。

 

『戻ってくるの、今日だったよね?何処で待てばいい?』

 

 イルミに出店の片付けを頼んだ時のものだろう。飛行船に乗る前に到着する時間を伝えていたので、それを見て連絡を寄越したらしい。

 

『今どこにいる?』

 

 ジールは短く書き込むと、直ぐに送信ボタンを押した。

 十分ほど前のメールだったが、返信を待っていたのか直ぐに返事がかえってくる。

 

『空港横のひろばにい 』

 

 広場ということは、相手は空港を挟んで反対側にいるのだろう。わざわざ来てもらうのも申し訳無いので、そちらに向かう旨を打とうとしたところだ。

 ジールは不自然に切れた文章に、イルミの安否が気になった。

 

 正直そこら辺の輩にやられるような人でもないので心配無いはずだ。

 しかしだからこそ、イルミが文章を打ち損ねる状況に不安になる。ただの誤送信であれ、と願ったジールは足早に歩道をかけていく。

 

 人通りの多い道を肩がぶつからないようにすり抜けていくジールは胸騒ぎがしていた。

 なにかが起きる。大きなことではない、ただ面倒そうなややこしそうな出来事な気がしてならない。

 

(…………そういえば、ひー君もそっち側で遊んでたな。)

 

 怪我をしていつもより動きの鈍い弟は大人しくしているだろうかと、自問自答をしてみたが答えは出したくなかった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 兄と別れたヒソカは久しぶりの景色を楽しんでいた。

 前回よりは見世物も減っていたが、まだまだ楽しそうな催し物が残っている。しかし足の様子からこの前のようなトーナメントは難しいだろう。

 

 時間帯が早いこともあり、良さそうな相手も見当たらない。出直すことも考えたが兄が迎えに来ると言っていたので帰る訳にもいかなかった。

 

(んー、どうしようかな♠)

 

 ヒソカがトランプを混ぜながら行き交う人々を観察していると、歩道の向こう側からこちらに向かってくる人物がわかる。

 低めの背丈と、どこにでも居そうな風貌の男は大きな口を開けてヒソカに声をかけてきた。

 

「お前、ヒソカだろう!どうだ、これからうちのトーナメントに出てみないか??」

 

 なにやらハイテンションで話し続ける男は、ヒソカのことを知っているようで、その強さを褒めながらどこかへ連れていこうとしている。

 適当に聞いてみれば会ったこともあるようだが、記憶に無い。きっと適当に入った闘技場で喋った相手なのだろう。

 

 観客も盛り上がるからと必死に誘ってくる男に興味は無いが、戦える場所には少しだけ惹かれた。

 しかしトーナメントともなれば拘束時間も長くなる。相手のレベルにもよるが豊作だった場合は、足が動かなる可能性もあった。

 

 そうなれば兄が何と言うか、もしかしたら何も言ってこないかもしれないが組手の誘いに乗ってくれなくなったら困る。

 

 大きな声で騒ぐ男がだんだんと鬱陶しく感じてきたヒソカは、何か他に面白いものがないかと意識から男を消した。

 周りの人間もこちらに注目しており、いかに目立っていたのかが分かる。しかしヒソカにとってそれらは気にかける程のことでも無いため、適当に歩き始めた。

 

 そして数歩、行先を考えながら進んだところで先の道から気持ちの良い視線を感じ取った。

 

 ちょうど山札の上に来たジョーカーを引きながらそちらを向けば、既に視線は外されている。

 人々がヒソカを避けるように通って行くため、二つ先の交差点にいる人物などよく見えた。

 

 黒の短髪と白い肌に体幹の良さそうな身体。なにより遠くからでも分かるオーラの密度にヒソカのテンションは爆上がりだ。

 

 そっぽを向かれているため表情などは分からないが、それもこれから訪ねればわかる事だった。

 

(珍しいくらいの大粒だ♥)

 

 人、一人分程のスペースが空いている道を悠々と歩いていくヒソカは舌なめずりをしそうな笑顔だ。その頭の中に先程の男は既にいなかった。

 

 タイミング良く変わる信号を渡り、次の信号まで歩いているところで目標の少年は急に動き出す。

 今まで何かを待っているようにその場に留まっていたにも関わらず、ヒソカから離れるように歩いていくのだ。

 ヒソカはせっかくの相手を逃がさないよう歩調を早めた。

 

 しかし、相手もそれに合わせて進む速さが上がっている。気づかれていることに気づいたヒソカは、さらに楽しそうに走り出した。

 

 逃げられると何故か追いたくなるのだ。

 車道を走る車よりも断然速い二人は、信号をさっぱり無視して走っている。中々に縮まらない距離にますます焚き付けられたヒソカが何か策を練ろうかと考えた時のことだ。

 

 相手の少年の動きが一瞬だけ止まった。

 

(何かあったのかな?まあいいや、捕まえよう♠)

 

 少年の背中に投げたオーラが避けられることなくくっついた。

 ゴムの要領で引こうとするが、相手も簡単には近づいてこない。ゴムを引っ張りながら距離を詰めていくヒソカとその場に縫い付けられた少年はだんだんと近づいていく。

 

 そして、逃げられなかった少年の後ろへ立ったヒソカがその顔を覗き込もうとする。

 まあ眼前に迫った針を避けるために再び距離をとることになり、見ることは叶わなかったが。

 

「熱烈なご挨拶だ♥」

「…………。」

 

 楽しそうな様子を隠そうともしないヒソカに、怪訝な視線を向けた少年の眼は黒く塗りつぶされている。

 あまり感情を外に出さないようだが、それでも嫌がられていることは十分に伝わった。

 

 頭のてっぺんから爪先までじっくり見てくるヒソカの視線が嫌なのだろう。しかし、少年から何かしてくることは無かった。

 ヒソカが暫く何もしてこないことを確認した少年は、携帯を取り出して何かを打ち込んでいる。

 

(さっきのは携帯が鳴ったから動きを止めたのかな♠)

 

 携帯電話が気になったヒソカは、少年の背後から覗き込もうとした。

 

 

 傍から見れば路上で二人の子供がじゃれているような光景だが、双方の心中を考えればそんな穏やかなものでは無い。

 

(さっきから追いかけてくるコレ、すっごい気持ち悪いんだけど。何とかして撒かないとジールが鉢合わせするよね。)

(兄さんと同じ名前?まさか兄さんの知り合いなのかい♦ますます期待しちゃうよ♠)

 

 イルミが携帯を打ち込んでいるところに、興奮によりオーラ量が増したヒソカが近寄っていく。

 反射で距離を取るイルミは猫のようだった。

 

 手元がぶれて途中で送信されたメールに気づかないままイルミはヒソカと対峙する。

 その胸の内にはこの不審者を撒いてから広場へ行くのだという強い決意があった。

 

「ねえ♥キミのオーラをもっと見たいんだ♦」

「何言ってるの、こっちに来ないで欲しいんだけど。」

オーラ(これ)外してもう一回やろうよ♠」

「嫌だけど。」

 

 逃げるだけでこちらに向かってくる気配の無い相手に対して、追いかけるだけでもいいかなとヒソカはバンジーガムを外した。

 しかしその要望を叶える義理などイルミには無い。

 普段見ることの無い人種に、距離を取りたくなったイルミだったが相手が一方的なやり取りを好んでいないことを察していた。

 

 そこまで熱心にヒソカのことを観察した訳では無いが、現状を見れば何となくは分かる。

 さっさと変な人とは距離を取りたいが、逃げれば追いかけてくるだろう。

 全力で逃げれば撒くことも出来なくは無いが、絶対疲れる。

 

 目の前でイルミが逃げることを待っているヒソカを見ていると、コレから逃げる面倒よりもジールをここに呼んだほうがいいのでは無いかとさえ思えてきた。

 最初の決意は何処にいったのか、だんだんとジールを売った方が早いのではないかと思考が傾きかけたところでイルミは遠くに件の人物を見つけた。

 

 こちらに向かって走ってくるジールはイルミが悩んでいる間にどんどん距離を詰めてくる。

 目の前の不審者の意識もジールに向いていることを確認したイルミは、逃げることを辞めた。

 場合によってはジールを売って穏便に離れるところまで考えている。イルミに罪悪感は無い。

 

 そしてあっという間にこちらへやってきたジールは、状況を確かめる様に二人の顔を見て視線を逸らした。

 その反応に不審者と目を合わせたく無いだろうとイルミが同意するように頷いた時のことだ、隣りのヒソカが嬉しそうに口を開いた。

 

「兄さん早かったね♥」

「え?」

「……あー。」

 

 とりあえずイルミはゆっくり話そうと近くの広場をゆびさしたジールについて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりヒソカがジールの弟だってこと?」

「……そうだ。」

「あのひー君がアレ?」

「…………ああ。」

「どういう育て方したの?」

「……目を離した隙に。」

「そういえばそんなこと言ってたっけ。」

 

 広場の隅でコソコソと話し合っているジールとイルミはお互いの認識の差を擦り合わせていた。

 ジールが全て吐かされたともいう。

 

 あの変人を可愛い弟だというジールに変な念能力でもかかっているのでは無いかと疑っていたイルミだが、一応やばいと認識していることは分かったので一安心である。

 

「あの様子を見る限り、ジールが可愛がる要素無いんだけど。」

「……まだ言うことは聞いてくれるぞ、気も利く。」

「“まだ”とか言わないでよ、なに将来はもっと危くなるってこと?」

「……。」

「黙らないでってば。」

「……否定は出来ない。」

 

 今までみたいに誤魔化すことは無理だと悟ったのだろう、珍しく弱々しい声で言われた言葉はジールの本心だった。

 

 そんなこんなで緊急お兄ちゃん会議が開かれたわけだが、その議題のヒソカはというと少し離れたところでベンチに固定されていた。

 

「兄さん達ばっかりずるいなあ♥」

 

 ちなみにヒソカがジールを兄と呼ぶとイルミの眉間には皺が寄る。

 普段、兄の立場にいるからなのかヒソカから兄という単語が出てくるのに違和感しかなかった。

 

(ヒソカ、弟って感じが全然しないんだけど。ジールが隣りに居ればギリギリ?……やっぱり違和感があるなあ。)

 

 顔はまあまあ似ているだけに、なぜこんなに性格が違うのかとイルミは不思議そうに二人を見比べていた。

 

「……来ていいぞ。」

 

 話が途切れたことで、会議は一度終わりだと判断したのだろう。ジールに声をかけられたヒソカはにっこにこで二人のところへやってきた。

 

「……街中で子供を追い回すな。」

「はーい♦」

「街中以外も駄目だからな。」

「はーい♥」

 

 釘を刺されたヒソカは、イルミと出会った時よりも大人しかった。

 

「イルイルも怖がらせたな。」

「別に怖くなかった。」

 

 本当に怖いなどの感情は無かった。実力的に正面からぶつかったら面倒だとは思ったが怯える要素は無い。

 その部分を強調しながら否定したイルミに、ジールはそうかと短く返した。

 

 そして、それを近くで聞いていたヒソカは疑問を声に出した。

 

「あれ?イルイルってことは兄さんの知り合いの?」

「……知らないで追いかけたのか。」

「そうだけど。」

「へー、本当に兄さんに友達いたんだ♥」

 

 この前電話で確認したというのに存在を疑われているとは、弟にどう思われているのか気になるジールであった。

 しかしヒソカの言葉にはひとつ訂正する部分がある。ジールがイルミの方を向けば、むこうも分かっていると言う風に頷いてきた。

 

「……友達というよりは「同士かな。」だな。」

 

 ジールがイルミと出会って以来、二人の関係を友達と呼んだことは無かった。あくまでそれぞれがお兄ちゃん会議の議員という立場になっている。

 

 ジール自身も何を言っているのか正直理解していない部分はあるが、イルミから言い出したそれに乗っていた。

 お兄ちゃん会議という緩い名前の議員になってから、お互いは同士という事になったのだ。

 

 最初の頃は友達だと言われないことを寂しく思ったりもしたジールだが、同士となってから数回会えば気にならなくなった。

 ぶっちゃけて言えばやっている事は友人のそれと大差無く、呼び方が違うだけなのだ。

 

 イルミから言い出したそれはすっかり定着している。

 

(今からイルイルが俺たちズッ友とか言い出したら面白そうだけど。……真顔で言ってるの想像したら腹が痛くなってきた。)

 

 もし言い出したら記念にプリクラでも撮りに行こうかと考えるジールは、友達と言ってくれないイルミに思うところはあれど、ゆっくり待つつもりだ。

 

 しかしヒソカには呼び方などなんでもいいようだった。

 そろそろイルミから荷物を引き取ろうかと話すジール達にヒソカがなんとなしに訪ねれば、二人は揃って真顔で答える。

 

「へー♣︎何の同士なの?」

「それは秘密。」

「……ああ。」

 

 どうやらお兄ちゃん会議は秘密組織だったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 暗い個室に浮かび上がる一つの影。

 

(さて、資金が順調に集まったところで今後の方針を確認しようか。)

 

 目の前に置かれたモニターからは青い光が出ていた。それを正面に見据えテーブルに肘を着く男は顔の前で手を組む。

 

(記憶が正しければ、例のゲームは倍率が200倍。100個のソフトに対して2万件以上の応募だ。)

 

 組んだ手の上に顎を乗せ、モニターを睨む視線は真剣そのもの。その視線の先に映るものが如何に大切なものかが伺える。

 

(問題はその中からどうやって100人を決めたのかということだ。いや、もしかしたら100人というのも語弊があるのかもしれない。)

 

 カチカチと秒針が刻む音が小さな部屋に響く。

 しかし集中している男には一切が聞こえていないだろう。

 

(7本のゲームソフトを手に入れた者が後発組なら問題無いが、もし発売と同時に7本を手に入れたとしたら話は別だ。)

 

 足先を揺らしながら、男は思考をまとめる。

 

(完全な抽選の場合はより多くの予約した方が有利だろう。しかし、あのジン=フリークスが唯の抽選でゲームプレイヤーを決めるか?)

 

 数多の可能性を考えながらも、最終的に行きつくのはゲーム製作者の一人。彼のことを思い浮かべた男は、暗闇の中でガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

 

(無いと言いきれないのが怖い。わっかんねぇ。)

 




次回はジールとヒソカの二人旅に戻りつつ、例のゲームについて接近していきます。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
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落ち着くには広場

前回の続きから始まります。

よろしくお願いします。


 ビルが建ち並ぶヨークシンの街中には自然を感じられる貴重な場所がある。

 空港から少し離れたところの広場では、息抜きのために散歩をする者や、待ち合わせで相手を待つ者など様々な人が過ごしていた。

 

 ひと息つけるようにと造られた石の腰掛けが道の脇に並んでいる。青々とした葉の影が落ちるベンチのひとつにもまた、広場を利用する人影があった。

 

(まさかひー君がイルイルを追い回すとは。もう少し穏便な出会いにはならなかったの?これじゃあひー君の色々を誤魔化す隙もないじゃないか。まぁ、誤魔化した数秒後にバレる気もするが……。)

 

 先程、臨時のお兄ちゃん会議が開かれ、弟の教育方法についての話し合いが始まりそうになったのだ。

 始まってしまうと長いその会議に、未だ成長期が来ていないイルミに合わせて腰を折っていたジールは、討論が始まりそうになったところで何と話を切り上げた。

 ジールにしては中々のファインプレーである。

 

 そして、ヒソカからボッチ疑惑を再びかけられたりもしたがなんとかメンタルを保ちながらここまでやってきた。正直、二人の姿を見かけた時は心臓が止まるかと思ったが、本来の目的である依頼品の受け取るまで、ジールはそこから逃げるわけにはいかなかったのだ。

 

 

 ジールとイルミの関係について、秘密だと隠されてしまったヒソカは飽きたのか、ベンチに座りながらトランプで遊んでいる。

 その横に立っているジールを挟んで距離を取ったイルミは、その行動に反してヒソカのことは避けていないようであった。見る限り近づきたくも無さそうだが、その点に関してはジールも強く言うことはない。

 

(まあ俺を挟んで出会った時に二人の橋渡しをするよりは楽か。)

 

 年下二人に挟まれながら、ヒソカ達の様子を観察していたジールはとりあえず険悪ではなさそうな二人に安堵の息を漏らしていた。

 

「それで、ジールは受け取りに来たってことでいいんだよね?」

「……あぁ。」

 

 ヒソカが近づいてこないことを確認したのか、暫くヒソカを見ていたイルミはジールの方を向いて紙袋を見せてきた。

 中には出店に置いてきた商品と小袋が入っている。小袋の方は恐らく売り上げだろう。

 

 眼前に持ってこられたそれを見下ろしたジールは紙袋の大きさに首を傾げる。

 置いていった商品の数に比べて袋があまりにも小さいのだ。この大きさでは商品は十個と入らない。

 イルミが依頼した仕事で手を抜くとは思えないが、何かあったのかもしれないと考えながらジールは紙袋を受け取った。

 

「……商品の個数は。」

「ああそれ、オレも困ったよ。言われた数より少なかったし、商品が売れてるなら最初に言っておいてよね。」

 

 商品が売れていたという話を聞いて、一瞬変な輩に店を乗っ取られたのかと考えたジールだが、店を離れる前に隣の店主に何かを頼んだ記憶が薄らあった。

 

 突然警察に声をかけられて混乱していたので、その時の記憶はあやふやだが店を頼んだ気がする。

 ジールはなけなしの記憶を絞ってなんとか納得した。それとイルミにも不手際を謝った。

 

「まぁいいよ依頼も店にある物の回収だけだし、数も参考程度に聞いただけだから。」

「……すまなかった。」

「気にするなら報酬弾んどいて。」

 

 どうやらイルミのお小遣いになるらしい。あのデカい屋敷に住んでいればお小遣いもたくさん貰えそうだが、それとは別のようだ。

 

 ジールはませてるなと考えながら、受け取った紙袋に手を突っ込む。中の小袋を取り出せば、売り上げを確認しつつイルミへの報酬を分けようとした。

 

(なにこれ、俺が店番してた時よりも売れてるじゃん。)

 

 ジールが頑張った数日間の売り上げよりも三倍以上ある金額に、若干の嫉妬をした。

 まあ見るからに商人であった隣りの店主はプロだろう。ならばジールより売れたのは仕方のないことだ。イルミに支払える金額が増えたと喜んでおこう。

 決して、ジールの雰囲気が悪かった等とは考えたくなかった。

 

「……十万で。助かった、ありがとう。」

「そんなにいいの?まいどありー。」

 

 小袋から十枚程掴みイルミへ直接手渡せば、真顔で喜んでいるイルミが見れた。

 最初の三万ジェニーからすれば破格の報酬かもしれないが、助けられたジールからすればそれくらいは受け取って欲しいところだ。

 

 鞄に紙袋ごとしまいこんだジールは、最後にやり残したことがないかを確認する。

 

「兄さん終わったの?」

「……ああ。」

「そっか♥じゃあボクはイルミと遊んで来るね♦」

 

 勢いよく立ち上がったヒソカは、ジールの影に立っているイルミの方を向いた。

 関わりたくないと思っているイルミはジールを盾にしてヒソカを避ける。しかしそんなことを気にするヒソカでは無い、回り込むようにイルミの顔を覗き込んだ。

 

 そして似たようなことを繰り返す二人を見ながら、完全に肉壁扱いを受けているジールは何も言わずにただ見守っていた。

 

(まあ子供の成長にお友達は必要だが、……この状況は口を出すべきなのか悩むな。)

 

 フェイントを交えながらイルミの方へ回り込もうとするヒソカは完全に楽しんでいた。

 それから逃げるイルミは嫌がっている様子を隠そうともしない。ヒソカを止めた方がいいのか悩んでいるジールは暫く考えてから傍観に徹することにしたようだ。

 

(……イルイルは強い子だし大丈夫だろう。)

 

 だんだんとヒソカのあしらい方を理解してきたイルミは逃げるのではなく、リアクションを最小限に抑えるようになった。

 元々、周りの影響は受けにくいタイプであるイルミのペースが戻ってきたのだろう。

 初めて会った母以外の押しが強い人物に動揺していたイルミもすっかりヒソカの流し方を覚えた。

 

「何して遊ぼうか♠」

「ねえジール、君の弟がしつこいんだけど。」

「……生まれつきだ。」

 

 ウザがられても堪えた様子を見せないヒソカのメンタルに感心していたジールは、イルミから送られてきた苦情をサラリと流した。

 しかし、その手はちょこまかと動き回っていたヒソカの服を掴んでいる。

 

「……その辺にしておけ。」

「えー♥」

「逃げられたら困るだろう。」

「別に鬱陶しいだけだし。ヒソカ相手に逃げないよ。」

「……おい、煽るな。」

 

 せっかく人が止めたものを、とジールがイルミをジト目で睨むが、本人は逃げると思われたのが気に入らないようだった。

 子供らしい意地の張り合いだが、これ以上ややこしい事にならないよう、ジールは飛びかかるヒソカの服をさらに強く引っ張った。

 

「彼もああ言ってるんだから、ね♥」

「……大人しくしとけ。」

 

 最近、身長の伸びてきたヒソカがイルミを追いかけるのは、何がとは言わないがギリギリだった。

 子供同士だからと周囲が許してくれるうちに小さい子との接し方を学んだ方がいいだろう。

 

(思春期のうちに変な性癖を開花させないでくれよ。)

 

 既に、強い相手に反応する謎のレーダーを搭載しているヒソカではあるが、ジールは健やかな成長を諦めてはいなかった。

 否、諦めたい気もするが諦めたら試合が終わってしまうので辞められないのだ。

 

 サングラスの下で切実そうな表情をしていたのだろう。ヒソカと適当に喋っていたイルミはジールの事を見て何かを考える仕草をした後、ジールの方に寄ってきた。

 

「……どうした。」

「そろそろ帰ろうと思って。」

「そうか。」

「えー♠遊んでくれないのかい♥」

「もう十分遊んだじゃん。」

 

 この短時間で対応に慣れたイルミは、背後で駄々をこねているヒソカを軽く流す。

 その成長具合には思わず拍手を送りたくなるほどだ。

 

「それじゃあオレは行くけど……、今度ウチに呼ぶから逃げないでよ。」

「逃げる?」

「今回持ってこれなかったアルバムがたくさんあるから。それに弟の話も少しは聞いてあげる。」

「ボクも行きたいな♥」

「絶対ヤダ。」

 

 この表情はミルキ達に会わせたく無いって顔だなとイルミの様子を見ていたジールは言われた言葉を流しかけた。

 

(ん??お家にご招待?ククルーマウンテンの中ってことかね?いいのかい?……とりあえず靴の裏の泥、落としとくわ。手土産も、ベンズナイフとか致死毒とか持っていけばいいのかな?わぁ、物騒☆)

 

 イルミにはっきりと断られたヒソカは逆に何があるのかと気になっている様子だ。しかし、唐突のお誘いに正気を失ったジールは対応出来ない。

 なんならヒソカの服を掴んでいた手の握力もまともに機能していなかった。

 手網の離されたヒソカはその隙を逃さずに帰ろうとするイルミの元に行くが、ヒソカに慣れたイルミに死角はなく、相手にされなかった。

 

 ジールの返事もまともに聞かず、自身の中で了承を受け取ったイルミはさっさと広場を後にする。

 兄を置いてまで追いかけるつもりはなかったヒソカがその背中を見送り、固まったままのジールを見た。

 

「兄さん?」

「……暗器が買える店を探すか。」

「えっ、イルミの家族でも襲うの?」

「は?」

 

 思考の海に沈んでいたジールは弟からの衝撃発言に思わず聞き返した。

 そんな助走をつけた自殺なんてするわけが無いだろうとヒソカの頭を心配するジールだったが、原因はどう考えてもジールの発言だろう。

 

 そして広場から出た後、ジールはウキウキしているヒソカから暗器の店を紹介されることとなる。

 

 

 

 

「……なんでそれを知ってるんだ。」

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 ヒソカとイルミの街の角でごっつんこ(運命の出会い)(ジール命名)から数日後。

 

 未だヨークシンに滞在しているジールは、一人で街の中を歩いていた。

 ここ数日は今回の目的であるG.I.(グリードアイランド)の入手方法について色々と調べており、今日はその息抜きだ。

 

 前世の記憶から、ジールは58億ジェニーという大金が必要な事と、あのP〇5よりもえげつない競争率だという事は知っていた。

 それをふまえて、グリードアイランドについての情報を集めようとネットカフェに寄り調べ物をしていたのだ。

 

(結果は上々、販売会社とゲーム名しか表向きには出てなかったしな。発売日と予約開始日、金額の裏付けまで出来たのは良かった。)

 

 凝り固まった背中を解しながらオークションの終わった街を楽しむジールは、行き先も決めずにフラフラとさまよっていた。

 

 観光客の減った街は本来の姿に戻っているのだろう。そろそろカレンダーを捲る日も近くなり、長くヨークシンに滞在していたジールも次の移動先を考え始めていた。

 

(大金叩いて買った物もあるし、予約開始日の十月まではホテルに泊まるとして……その後をどうするかだ。)

 

 有名な店が並ぶ大通りから出たジールは、引き寄せられるように広場へ歩いていく。

 

(予約が終わった後になにかある場合も考えたいが、ぶっちゃけリストが多すぎるんだよな。)

 

 ヒソカの捜索に全てを注いできたジールは今までに溜めていたやりたいことが山のようにある。

 

 考え事に向いている場所を求めてホテルから出てきたジール は広場の中を散歩し適当なベンチに腰をかけた。

 真上から降り注ぐ日光は全身が黒いジールにとって鬱陶しいものだが、木陰に入れば気にならない。

 

 昨日の夜から何処かに出ていった弟も未だに帰ってこない、少しくらいダラケてもいいだろう。

 と、背もたれに寄りかかるジールは隙間の増えた木の枝を見上げた。

 

(そう、ひー君の戦闘技術がメキメキ上がっているのも問題なのだ。最近は協専の仕事もしてないし、このままでは追い抜かされてしまう。)

 

 由々しき事態だ、と一人オーバーリアクションで楽しんでいるジールだが考えていることは真剣そのものだ。

 間違ってもヒソカの戦闘回数を減らしたいなど言えない。弟に抜かされそうだからといってその成長を止める兄が何処にいるのだ。

 スーパー頼れるお兄ちゃん計画の為にも、先ずは自分が努力をするのが筋だろう。

 

(とりあえず、念の鍛錬はいつも通り続けるとしてドブと言っても過言ではない発の精度を上げたい。)

 

 オーラを分厚めに纏っていれば音速くらいは無傷で――攻撃が肉体に到達する前に――止めることが出来るジールだったが、それでは満足出来ないようだった。

 ジールが不満に思っているもののひとつとして、個別に停止出来ないところがある。

 

 もちろんゆっくりやればひとつを静止させたまま別の物体を止めることも出来るが、戦闘中に使える速度では無い。

 速さを求めるのなら、一度全てを解除してから静止し直す方が断然速いのだ。

 

(ゆっくりやれば出来るんだから、あとは反復練習だろう。……結構集中力が必要だから疲れるんだよなあ。)

 

 疲れない程度には、寧ろ反射で止められるくらいにはなりたいと計画を立てる。

 

 ちなみに、普段のジールはオーラの総量を増やす為に堅を数時間してみたり、家具や外の生き物をオーラで包んで操作の精密性を上げたりしていた。

 

 正直、オーラ操作が関わってくる周や流はブラッシュアップの段階にあるため、苦手な隠や円を練習した方が良かったりする。

 

 まあ根本的に相性の悪い隠はどんなに頑張っても手練にバレてしまうので、少し諦めかけているところもあった。

 

(いやね、自分でやってても分かるんだよ。こう水に沈めたガラス的な?上手い奴は水の中に水を入れるような段階までいくから違和感も少なくて、凝を使う発想にいかないほどなのに。俺のは直ぐ凝で見られるんですよ。いじめかな?)

 

 円に至っては、広げる所まで上手くいくのに中の様子を探るのが下手なのだ。

 

 そろそろ半径が三桁まで広げられそうなジールだが、実際に反応出来るのは円の外周と精々が三~四十mといったところだった。

 それでも十分凄いとは思うが、使われていない過半数のスペースが可哀想だ。これこそいじめ。

 

(まあこっちはグリードアイランドに行けば思う存分出来るし、それまで仕事で腕が鈍らないようにすればいいだろう。)

 

 ハンターを育てるゲームというグリードアイランドはその点でも魅力的だった。

 より一層の気合いを入れたジールは、仰け反っていた姿勢を直し足を組む。

 

 クルッポ、ポッポ。ピエ。ヨヨン。

 

 前を向いた視線の先には鳩や、カラフルな小鳥などの野鳥が地面を歩いていた。

 

 

(あとはー、聖地巡礼はまあグリードアイランドを手に入れるまではお休みだろう。直近でやっておきたいのは金稼ぎと家探しかな。)

 

 友人を思い出す鳩を見つけたジールが豆でも買ってこようかと立ち上がった。

 近くの売店でも覗くつもりなのだろう。

 

 ジールは来た道を戻るように広場の入口へ向かう。

 

 恰幅のいい店主が座っているケータリーまで行けば直ぐに目的の物が目に止まった。

 考えることは皆同じなのか、野鳥用と書かれたプレートには割高の金額が出ている。

 

 グリードアイランドをいくつか予約しようとお金を集めているはずのジールだったが、鳩の可愛さには勝てない。

 正確には知り合いの中でもぶっちぎりの良い子には勝てなかった。

 

「ほい、1200ジェニーね。」

「ありがとう。」

 

 釣りが出ないようピッタリと渡したお金は、近くの箱に仕舞われる。

 手に持った豆の袋を弄びながら礼を言ったジールは、鳥の集まる場所を探して歩きだした。

 

 どうやら今後の計画立案は小休憩になったらしい。

 

 先程とは別のベンチに腰掛けたジールは無心で地面に豆を投げた。

 掛け声もない、表情も真顔のまま変わりなく、全く楽しくなさそうだ。

 

 自分から始めたがジールも心底楽しいというわけではない。自分の投げた豆に群がる鳥が面白いくらいだ。

 

 どんどん増えていく鳥に心の中で笑い声を上げるジールはここ最近の忙しさで頭がやられたのかもしれなかった。

 

(やべー、俺疲れてるのかもしれない。)

 

 袋の中身が勢いよく減っていく。

 そして、残りの豆が二握り程にまで減ってきた時新しく降りてきた鳥の中に綺麗な鳩が紛れているのを見つけた。

 

(おぉ、白いな。ベレーくんの鳩にそっくりだ。)

 

 周りの鳥と同じように豆を啄く白い鳩に向かって残りの豆を投げてみれば、首の動きがさらに速くなり凄い勢いで食べ始めた。

 

 そして周囲の豆を食べきったのだろう、ほかに転がっているそれらには見向きもしない白い鳩はちょこちょことこちらへ歩いてくる。

 そのままジールの座っているベンチのひじ掛けに飛び乗り、バランスを取るように羽を広げたところでジールは何かに気づいた。

 

「……まさか。」

『お久しぶりです!ジールさん!』

 

 パカりと開けられた口からは聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「……あぁ、久しいな。」

 

 挨拶は大事だからと返したジールだったが、その返答の裏には動揺と罪悪感が混ざりあっていた。

 

(ベレーくんの意識がある鳩に地面の豆を食わせてしまった!!!砂利とか着いてるだろうに、どうしよう。すまないベレーくん。)

 

『用事でこちらまで来てたんですが、ジールさんが見えて思わず降りてきてしまいました!!おやつもありがとうございます!」

 

(あぁ!!言わないでぇ。)

 

「……そうか。」

『はい!ジールさんもお変わりないですか?サングラスも似合ってますね!』

「ありがとう。」

 

(こ、こんな良い子に転がった豆を食わせた俺は重罪では?)

 

 ジールの心が罪悪感でそろそろ死にそうになったところで、ジールは話題の転換を試みた。

 

「……ところで、聞きたい事があるんだが。」

『はい!なんでしょう?』

「ベレーくんの知り合いの魔法使いにお礼をしたいのだが、いつ頃空いているか分かるか?」

 

 ヒソカの発見に力添えしてくれたユーリンに改めてお礼をしに行こうとしても、なかなかタイミングがなかったのだ。

 そうですねー、と翼で嘴の下を撫でながら考える仕草をみせたティリーは思い出したように翼を広げた。

 

『ご主人、今の時期は私有の島でバカンスしてると思いますよ!なのでいらっしゃるとしたらもう少し後の方がいいと思います。わざわざ島まで来ていただくのも申し訳ないですし。』

 

(島って……何者なんだよ。)

 

 予定の有無を聞いたのに、想像以上のスケールで返事が返ってきた。

 それでも予定であることにかわりはないので、ロンマーノに戻ってくる大体の時期を聞いて手帳に書き込んでおく。

 

『最近は忙しかったらしくて、バカンスの予定がズレたと言っていたので変更があるかもしれないです。』

「わかった。」

 

 豆を啄いている他の鳥の数もだんだん減ってきた。

 偶に隣りを向き何かを鳴いているベレーくんは鳥言語がわかるらしく会話をしているようだ。

 

(今度教えて貰おうかな……俺、英語の成績やばかったけど。)

 

 暫く鳥同士の会話を聞いていたジールは、さっぱり分からないと首を傾げながらティリーの様子を見守っていた。

 そして話し終わったティリーがこちらを向き、失礼しましたと謝ってきたのを軽く宥める。ジールは何を喋っていたのか気になるようで、言える範囲で良いからと教えてもらうことになった。

 

「……ほう、この街で見た事を?」

『はい!ジールさんがオークションに出品したのも聞きましたよ!!』

「それは凄いな。」

 

 前々から気になっていたティリーの情報収集能力の一片が見えた気がした。

 

「……グリードアイランドのことは?」

 

 ティリーは依頼の時以外に殆ど個人を追うことは無いと謙遜していたが、それでも十分過ぎる程である。

 照れるように翼をバタバタさせるティリーを微笑ましく眺めながら、ジールの狙っているゲームについても知っているかを訪ねてみた。

 

『渋いところですね!流石ジールさんです!そのゲームのことは存在もあまり知られて無いので、まだまだ知ってる人は少ないんですよ。』

「ハンターの間でも?」

『ネットや情報を専門にする人達の間で噂は広まってますよー!レアリティやゲームの条件なんかも聞いて興味を持っている人は多そうです。』

 

 どうやらジールが前世の知識でフライングをしただけで、他はゲームに辿り着く人も少ないようだった。

 商売としてこの知名度は良くなさそうだが、念のことを大々的に出すわけにはいかないし、レアリティのことも考えれば妥当なのかもしれない。

 

「……そうか。ゲームの申し込み件数はどれくらいになると思う?」

『難しいですねー、今は中堅以上のハンターやマニアの間で広まっているくらいですから十倍が妥当だと思います!価格設定もその辺の人達なら躊躇わないかと。

 ただ、これから成り立てのプロハンやゲーマーさんの所まで情報が流れれば変わってくると思いますよ!』

「……なるほど。」

 

(ということは、今後浅瀬まで情報は広がると睨んでいいだろう。だがその層は金額にもたつきそうだな。プロハンになってれば集めきれない額でもないが、ノウハウが無ければキツいだろう。ん?それなら――。)

 

 くるっと首を傾げながら黙り込んだジールを見上げるティリー。

 情報からグリードアイランドの購入方法についてある程度の予想が立てられたジールは感謝の意味も込めて鳩の頭をひと撫でした。

 

「助かった。いつものところに入金しておく。」

『えっ!いいですよー。依頼じゃ無いですし!!』

「それでもだ。」

 

 パタパタと翼でバツ印を作るティリーだが、ジールは引こうとしなかった。

 向こうがどんな風に売り出してくるのか悩んでいた身としては、方向性がわかっただけでも有り難いのだ。

 

 そのような内容をティリーに伝えれば、相手は役に立てたことを喜んでくれる。

 

『そう言って貰えると嬉しいです!!では僕はこの辺で失礼しますね。また何かあったら呼んでください!』

 

 翼を使って綺麗なお辞儀をみせたティリーはそのまま羽ばたいていった。

 

(ええ子やった。ほんとにありがとう。)

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

「兄さんおかえり♦」

 

 ホテルの扉を開けるとそこにはヒソカがいた。

 広い部屋の中央に置かれた黒い複数の箱と並べられた三枚の板を見ていたらしく、しゃがみこんでいたヒソカは振り向くと同時に立ち上がった。

 

「ただいま。……戻っていたのか。」

「うん♠ところでこの黒いやつはなんだい?」

 

 ピッと指さされたそれはまだ準備が整っていない状態であり、お披露目には少し早かった。

 

「欲しいものがあると言っただろう。」

「言ってたね♦もしかしてこれがそうなの?」

 

 硬そうな見た目だが、ヒソカには何に使うものなのか検討もつかないらしく、突きながら不思議そうにしている。

 一般的なそれとは見た目も違うため気づかないのも無理はないだろう。

 

「……いや、手に入れる為に必要な物だ。」

「へー♥」

 

 興味深そうに箱の周りを回るヒソカはおもむろにトランプを取り出した。

 そして予備動作も殆どない状態でそれを振り下ろした手はギリギリのところでジールに掴まれる。

 

「止められちゃった♥」

 

 手加減も無く掴まれた腕は痛いはずだ。しかしそれを気にする様子もないヒソカは澄まし顔で手を離したジールの方を見る。

 

(あっぶっねぇ!!油断も隙も無いな!?……やめよ?これ結構高かったんだからね?)

 

「それで?」

「スパコン――スーパーコンピュータだ。」

 

 ジールがボタンを押すと、黒い箱には青い光が走った。

 

 

 




次回からグリードアイランドの購入パートです。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
評価、感想、ここすきなど励みになっています。


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前日には睡眠薬

グリードアイランドを手に入れるまで、ジールがどのように過ごしていたのかという話です。
まったりパートは今回までになります。

よろしくお願いします。


 ――5、

 

 ――4、

 

 ――3、

 

(……2、いち。……んっ!)

 

 画面の右上に貼り付けた秒針が真上を指すと同時に決定のボタンをクリックしたジールは、申し込みの完了を知らせる画を見る暇も無く次のタブを開いた。

 

(はやくはやくはやく。あぁ、手が震えるぞ。)

 

 それから二個分の申し込みを済ませたジールは、再び上に帰ってきた秒針を眺めながら背もたれにしていたベッドに首を預ける。

 

(とりあえず、エラーは出なかったか。)

 

 伸ばした腕の先にあるマウスを転がし、完了の文字が出る画面へとページを戻したジールはその先に書かれている文章を目で追った。

 

 真夜中の暗い部屋に浮かぶ電子の光には“グリードアイランド”の文字とソフトの予約が完了した旨が表示されている。

 

 青白い光を正面から浴びているジールはたった今、無事にグリードアイランドの予約を済ませることが出来たのだ。

 サイトにかかるであろう負荷や、アクセスの速さを考慮してわざわざ購入したスパコンをフルに使い予約開始と同時に一件目の申し込みを完了させた。

 

 そのお客様情報のところに載っているのはNo.62の文字。申し込みの時に振られた通し番号だと思われるそれは、二件目にNo.220、三件目にはNo.1298と出ている。

 

(一応先着順だったとしても買えるはずだが、んー保険の数はもう少し増やしたかったな。)

 

 抽選などの完全なランダムで選ばれる場合を考えて、複数の予約を済ませたジールは不満そうに画面を見ていた。

 支払い方法が現金一括払いでなければ、もう少し予約出来たかもしれないが支払いが可能な個数は三つが限界なのだ。

 

 200億ジェニーを越えると販売日である12月24日までに揃えるのが難しくなってしまう。

 

 

(ひとまず、予約した途端に爆発したりタイムアタックが始まらなくて良かった。)

 

 隣のベッドで横になっているヒソカを叩き起す状況を回避でき、安堵の息を漏らしたジールは脇に置いていた鞄をベッド横へ戻し靴を脱ぐ。

 ぶっちゃけ何が起こっても可笑しくないと思っているため、ジールはビクビクしながら予約画面を見ていたのだ。

 

 予約は発売の一ヶ月前――つまり、約二ヶ月の間は受け付けられているため、予約して直ぐに何か起こる可能性は低いとわかっている。

 しかし、そうやって油断したせいでゲームが手に入らなくなるなんて事は避けたい。

 

 臆病なまでに準備を重ねたジールは、ひとまずの結果に頷き画面をスリープさせる。

 

(いやな?多分だけどグリードアイランドを買うのはそこまで難しくないと思うのよ?)

 

 サングラスを外し、ベッドへ潜り込んだジールは薄いブランケットを適当に掛けて仰向きになった。

 

(買う人が居なくなったら困るだろうし、ゲーム中のスタンスに念の特訓があることからもメインのターゲット層は上級ハンターじゃないと思う。多分。)

 

 直前まで光を浴びていたせいか閉じる気配の無い瞼に従い天井を眺めながら考えるのは、今後の動きについてだった。

 

 58億という金額も制作費が莫大な事を考慮すれば納得のいくものだ。それをもっと高額に設定したとしてもプロハンターならば購入できる人はたくさんいるだろう。

 それでもこの金額になったのは、将来活躍する原石達に経験のひとつとして資金調達をさせたかったのでは無いかとジールは考えていた。

 ベレーくんから聞いた情報的に情報収集能力も問われているはずだ。それらをクリアする為に必要な人脈の構築などのサブミッションを考えれば、グリードアイランドの購入はもう一段階レベルアップしたいという人達にうってつけだろう。

 

(協専に転がり込んできた新人ハンター達のミッションにでもしてやろうか……倍率上がるからしないけど。)

 

 暗闇に段々と意識を溶かされていったジールは、最近サボり気味だった所属先の事を思い出しながら眠りについた。

 

 

 

※※※※※※※※

 

「……ということで、俺は金稼ぎに出る。」

「待って♥ボクが寝てる間に何があったの♠」

 

 朝起きたヒソカを待っていたのか、ベッドの横に立っていたジールは鞄を持ち出かける準備を整えていた。

 昨日の夜にあの黒い箱――スパコンと呼ばれていた――に向かい合い何かをしていた自身の兄は、何やらやる気に満ちた様子である。

 

「ちょっと100億ジェニー程が必要でな。」

 

 ジールがヨークシンで稼いだ金額と合わせ手元にある85億ジェニーでは、一本分のゲームしか買えない。

 本当は一本あれば十分なので、残りはキャンセルしてしまっても良いのだがそれはダサいのではないかとジールは謎の美学を発揮していた。

 

「……どうやって稼ぐんだい?」

「割のいい仕事を回してもらったからな。」

 

 つまり普通に働いて稼ぐつもりらしい。ヒソカは偶に見える兄の謎な人脈に興味を抱きながらも、兄が働いている間の事を考えてみる。

 街で見かける勤労者は皆忙しそうで、朝から夜まで働いていた。

 

 兄がそんな状況になれば確実に遊んでもらえる時間は減るし、仕事が恋人などという人種になってしまうかもしれない。

 ヒソカの偏った労働のイメージはコーヒーを片手にシワシワになるまで働く兄の姿を想像させた。

 

 協専に缶ずめになっている時と大差無いのが世知辛いところではあるが、今回は違う。

 

「……違うからな。アルバイトのようなものだ。」

 

 ヒソカの心配を汲み取ったのか、鞄の中から書類を取り出してみせたジールは今後の活動について説明を始めた。

 アルバイトというものが何かは分からなかったが、そこまでハードなものでは無いようだ。

 

「へー♥これボクもついて行っていいんだろう?」

「……。」

 

『賞金首リスト パート:ヨルビアン』

 

 ヒソカの参戦について、ジールとしては賞金の分け前が減ってしまう心配さえ無ければ手段にこだわりはなかった。

 正直ヒソカはこういった人物について詳しいのかと思っていたが、初めて見るようにリストを眺めている様子から意外と知らないのかもしれないと思い直した。

 

(まあ、ヒソカが戦う相手のバックグラウンドを気にするとは思えないし納得はできるか。)

 

 既に何人か気になる相手がいるらしく、トランプの角で顔写真を突いている。

 ジールは賞金の取り分についてヒソカの分が少なくなってもいい事を確認し、同行の許可を出した後改めて部屋から出ていこうとした。

 

「でも珍しいね♣︎兄さんってこういうこともするんだ♥」

「……まあ。」

 

 ほぼ全裸で寝ていたヒソカはここでやっと服を着て、ジールの隣に立つ。

 カードキーで部屋にロックがかかったことを確認したジールは訪ねてきたヒソカの疑問に答えた。

 

「……倉庫で捕まえた奴、いくらだったと思う。」

「あれってお金になるんだ♠分からないなぁ♦」

 

 スタスタと歩くジールの横で、トランプを混ぜているヒソカはさして興味が無いようだった。

 元々支払い関係をジールが担っているせいもあるだろう。ヒソカは世の中の物価について少し疎いのもあり、倒した相手が幾らになるのかはさっぱり分からない。

 

「まとめて10億ジェニーだ。」

「へー♦」

 

 実際にはジール達が送った人数より多い金額が振り込まれていた為、裏ボスだったロティー辺りが手を回したのではないかと考えてついたジールだが貰えるものは貰っておく主義だ。

 

 ヒソカも兄の行動理由を聞いて納得しているようだったが、あれで1/10が集まってしまうならそんなに戦えないかもしれないなと少し落ち込んでもいた。

 

 一階のカウンターで鍵を返したジールは、僅かに口を尖らせているヒソカを見てその頭に手を乗せる。

 

「……掃除は要らない。一週間後のチェックインでも問題ないか?」

「は、はい。大丈夫です。」

 

 チラリと見上げた兄はこちらを向くこと無く目の前の女性と話している。

 何かを書き込んでいる女性は、表情を取り繕いながら受け答えをしているがその視線はヒソカの頭の上にチラチラと向けられていた。

 

「……ならそれで。」

「かしこまりました。」

 

 喋り終わったジールは何事も無かったかのように手を下ろし、出入口の方へ歩いていく。

 久しぶりに頭を撫でられた(?)触られた(?)ヒソカは一瞬のあと、ジールの後を追い始めた。

 

「直ぐには終わらないからな。」

「嬉しいよ♥」

 

(ここらでひー君も満足に動ければ暫くは大人しくなるだろう。……なるよな?)

 

 ヒソカに付き合って賞金首を狙っている風に考えているが、たとえヒソカがいなくともジールは目標以上に相手を探しただろう。

 

 ゲームの発売まであと三ヶ月。その時までじっと待つことなどジールには出来ない。

 投資や不動産など部屋から出なくとも稼げる方法などいくらでもあるが、ゲームを前にしたワクワクが抑えられないジールはその興奮を発散しようと協専に電話をした。

 

 ご褒美を前に我慢出来ないことを戦闘で発散しようとするなんて、ヒソカに似てきたかもしれない。

 送られてきたリストを見ながらそんな事を考えたジールは一瞬でその思考に蓋をした。

 

 

 

 ホテルを出て目の前の大通りを歩く二人は、すれ違う人々に若干の距離を取られながらも順調に目的地へ向かっていた。

 

 リストを手に入れたからと言っても、奴らの場所がわかる訳では無い。ヨルビアン大陸にいるであろう人物をピックアップしてもらったがその詳細は自力で探る事になるだろう。

 

 相手の場所が分からないなとは考えても、不安など微塵も感じていないヒソカは隣を歩く兄について行く。

 兄が動いているのだからその辺は既に解決されているだろうと、ある意味丸投げな思考をしているヒソカは、何度か角を曲がり騒がしい路地に出た。

 

「誰から行くんだい?」

「……先ずは調べるだろう。」

 

 ここにターゲットが居るのかと兄に聞いたヒソカだったが、ジールにはバッサリと切り捨てられた。

 なんなら調べない内に分かるわけが無いだろうと弟の頭が心配になったジールである。

 

「……まあ、すぐに済む。」

 

 派手な髪色やダボついた服装を纏った輩が店の前に座り込んでいる。

 カラフルな電飾に中から爆音が聞こえてくる店はあまり近寄らない場所であった。

 

 ナチュラルにオーラで耳栓を作ったジールは、半開きになっているドアーを押して店内に入っていく。

 その後に続いたヒソカは流石の音量に眉を寄せたが、しばらくすればケロリとした表情で店内を観察していた。

 

 足元に転がっている空き缶を避けながら歩くジールはこちらを見てくる客を気にも止めずに、店の奥にある階段を目指している。

 どうやらジールの用があるのは二階らしい。

 

 知り合いでもいるのだろうかと、客の事をじっくり観察していたヒソカは足早にジールの後を追った。

 まあ、ジールに知り合いなどそうそう出来ることは無いとだけ言っておこう。

 

 階下のスピーカーから押されるような感覚は残るものの、先程よりは大分マシになった店内に並んでいるのはパソコンである。

 

「……5分で済ます。」

 

 その間は自由にしていいということだろう。ヒソカは下で見つけた面白そうな店員に声を掛けて来ようかと悩んでいた。

 

(久しぶりに開けるな……。)

 

 パソコンの横に小銭を入れたジールは、電源を入れ手馴れた様子で検索を開く。

 “よっちゃんねる”と出てきたサイトのページにジールしか知らないコードを入れれば数秒で管理人用のページへ書き変わった。

 

 ヒソカを捜索する際に作ったサイトのひとつだ。

 

(ぶっちゃけひー君の時は殆ど役に立たなかったが有名な犯罪者くらいなら見つかるだろう。)

 

 システムの構築も終わり、ほぼジールの手から離れて動いているサイトではあるがその盛況ぶりをみればそこに集まる情報の多さが分かる。

 ついでにおたずねサイトの方も開き近場のターゲットや高額賞金首の居場所を探っていく。

 

 ツバメの会にも多く属していたB級賞金首ならここでも十分に情報が集まってくる。

 ただ高額の者はハンター専用サイトの方が質が良かった。現在、期間限定で金にがめつくなっているジールは渋々といった様子で支払いを済ませ、宣言通りに一週間で回る場所のリストを作る。

 

(先ずは目撃情報が新鮮な者と移動が多い奴を狙って、後半はアジトの襲撃でいいだろう。)

 

「……ひー君。」

「はーい♦」

 

 元気よく返ってきた返事に、一階まで降りたジールは半壊したカウンターに札束を出した。

 金にがめつくなっているジールが大金を出す理由はそう多くない。

 

 全員の記憶が飛んでいるうちに退散しようと首をやり外に出るように指示を出したジールは、ニコニコしながらついてくるヒソカの後頭部をひっぱたき店を後にする。

 

 数ヶ月後には、以前よりも綺麗になった店が建ったと聞いた。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 初めて殺った時は案外あっさりとしたものだった。

 今までの苦労はなんだったのかと聞きたくくらい煩わしかったそれが静かになったのだ。

 

 ぼけっと突っ立っていればもう一人が帰ってきたが、既に力むことすらなくっていた俺はあっさりと消すことが出来た。

 

 それから俺の運は上がった。それまで避けられてきたものが帰ってきたかのようだった。

 

 弱い奴らは群れなきゃやっていけないようだが俺は違う。

 押し込められてきた才能が開花したのだ。

 

 押さえつけてきた奴らを殺して、俺を哀れんできた奴らも殺した。

 俺よりバカなやつらを救ってやったこともある。

 暫くは目が合った奴と話してみたこともあるが、やはり俺の才能に他人は要らない。数日後にはふさわしい場所へ送ってやった。

 

 周りが俺の才能に気づき始め、騒がしくなったこともあった。

 有名になるのは当然のことだ。

 そして俺を追い始める奴らが出てきたが、俺の才能にかなう者など居ない。目覚めた俺を止める者など誰も居ないのだ。

 

 大層な肩書きを持った奴がいくら来ようとも負けることなど無いと思っていた。

 あの時から俺は才能で全てをねじ伏せてきたのに。

 

 ――なのに。

 

「ほら立ちなよ♠早く♦」

 

 俺が逃げ込んだ廃ビルの入り口に立つのは、今まで会ったことの無い相手だった。

 

「そのオーラ……まだいけるんだろう?もったいぶらずに早く見せてよ♠」

 

 逆光で見えにくい位置から投げつけられるトランプはいくら避けても避けきれない。

 おかしいくらいに切れ味の上がったそれは何度も俺の身体を切りつけてきた。

 

 この俺が為す術なくやられているなんて悪い夢でも見ているのか。

 膝に刺さったトランプが足の動きを鈍くする。

 それを見た赤髪の男はニヤリと笑うとゆっくりこちらへ歩いてきた。

 

 そう、俺がやられるなんて夢くらいなものさ。

 痛みに耐えるように噛み締めた口は段々とつり上がっていく。

 

「おやおや♥何か見せてくれるのかい?」

「チッ。」

 

 数mと空けて立ち止まった男は勘のいいことに、その場で再びトランプを混ぜ始める。

 そのまま呑気に近づいて来れば楽だったが、この距離でも十分だ。

 

 効果範囲に入っている事を確認し能力を発動させようとした瞬間。

 

「なっ……!!!」

 

 いつものように相手を串刺しにするはずの地面はピクリとも動かない。状況を確認しようと首を動かそうとしても身動ぎひとつ出来ないのだ。

 

 能力が発動しなかったことに動揺していた俺は気づかなかった。

 

「……三歩下がれ。」

 

 背後から聞こえる声は、目の前の赤髪に掛けられたようで先程までニコニコしてい男は素直に下がった。

 俺は何が起きているのか分からず唖然とするしかない。

 

 後ろの窓から入ってきたのだろうか、ガラスを踏み砕く音を聞き、俺が振り返った所には出会った時に見かけた黒い男がいた。

 

「もう来ちゃったの?もっと遊ばせてくれてもいいのに♥」

「……。」

 

 明るいトーンで話す男とは対称的に、じっとこちらを見下ろしてくる男は出会った時からこちらを観察する様に見てきた。

 赤髪から逃げるのに必死で途中から存在を忘れていたが、先程の言葉からもこいつが厄介なのは十分に理解している。

 

「くそったれ、んで分かるんだよ!」

 

 挟み込まれ、既に逃げ場は無くなっている。普段ならこの状況では俺が有利に立てている筈なのに、運に見放された気分だった。

 

「それでどうするんだい♥」

「……。」

「愚問だったね♦」

 

 不気味なまでに上機嫌な男と、最後まで無口だった男のやり取りは鮮明に脳裏へと刻まれた。

 その先で何を話していたのか俺に知る術は無い。

 

 

 

 

 

 気絶した男をロープで縛り上げるジールを眺めながらトランプを混ぜるヒソカは、不思議そうにしていた。

 

「どうして相手の能力が分かったの?」

 

 あの口ぶりから兄がターゲットの能力を看破していた事は明白だ。しかし資料には念能力者としか書かれておらずどういったものなのかは分からない。

 

 男を適当に簀巻きにしたジールはそれを転がしながらヒソカの方を向いた。

 

「……最初に自慢話をしてきただろう。」

「そういえば何か言ってたね♦まさか、そんな最初からなのかい♣︎」

「追われてる時はその必要も無いだろうが、殺す前に相手との距離を縮めていたようだからな。」

 

 範囲を絞る制約でもあるのではないかと疑っていたらしい。

 久しぶりの念能力者を相手にノリノリだったヒソカがそのまま突っ込んでいったため様子を見ていたようだ。

 

「確信に変わったのは……」

「発動の様子だろう♠オーラが変わってから発までが遅いからすぐ分かったよ♦」

 

 答え合わせに頷いたジールは、男の横にメモ用紙を貼りながらどこかへ連絡を取っていた。

 

「それで、どんな発なんだい?」

「……地面を操作して針山を作るものに近い。」

 

 先回りして、相手の発を防いだ時に地中からせり上がってくる力を消した感覚があったジールはその事を説明する。

 ひと通りの好奇心が満たされたヒソカは満足そうにトランプを仕舞った。ジールも連絡は済んだようで簀巻きにしたまま男を放置し、出口の方へ歩いている。

 

「やっぱり念を覚えた相手の方が頑丈でやりごたえあるね♥」

「……そうか。」

 

 

 

 

 

 

 久しぶりにホテルへと戻ってきたジールは、受け付けのお姉さんに見られながらカードキーを受け取り部屋に戻ってきていた。

 

(戦って戦って、捕まえて捕まえて、脅して捕まえて、戦って戦って戦って戦って送り付ける。……そろそろ疲れたんですけどー!?)

 

 内心の悲鳴は一切出さずにソファーへ腰掛けたジールはここ数週間を振り返り駄々を捏ねていた。

 

(確かに自分の決めたことですし?ひー君との組手よりも断然楽だけど?連勤はまた別よ。あとちょっとしくって削れた肩も痛いから、労災下ろして有給とろうか。……そんなものプロハンには無いがな。幻さ。)

 

 想像以上の稼ぎは出たし、ヒソカの機嫌も悪く無いしで賞金首狩りは中々に美味しい仕事であった。

 

 しかし、その間はずっとターゲットの足取りを確認し、暴走しかけるヒソカを止めなくてはいけないのだ。あと、強敵に出会えば普通に疲弊していた。

 

 そして、読書も出来ず、そろそろ活字欠乏症で飢え死ぬかと思ったジールは一旦休みを取る事にした。

 今は好きな時に休めるのは自由業の特権だと言いながら平積みされていた小説を取り出している。

 

 萌えを寄越せと言わんばかりに読書期間を設けたジールはヒソカにもその事を伝えてホテルへ引きこもった。

 

(やべぇ、今が一番に幸せかもしれないな。)

 

 好きな仕事が出来ようとも、勤労後のこの時間に勝るものは無い。気になっていた小説を全巻並べたジールは空調の整った空間で、オーラをフル活用し数日に掛けて徹夜で読書をしていた。

 

 本を読み始めた兄と会話が不可能なのを身をもって知っているヒソカは言われた期間中、また一人でどこかへ出かけたようだ。

 

 念を習得し前世とは比べものにならない程頑丈な肉体を手に入れたジールはそれをフルに活用し撲殺出来そうな分厚さの小説を徹夜で読み進めていく。

 

 誰も居ないホテルの一室で、たまに抑えきれなかった笑いが漏れ出ることも気にしない。

 息抜きに別のタイトルを手に取ったり、最近完結したらしい漫画を一気読みしてみたりとジールは最高の休日を過ごしていた。

 

 強いて不満な点をあげるならば、この地域でアニメの放送がされていないことだろう。

 さらに言うなれば、ある特定の地域以外ではアニメーションの文化はあまり無いようだった。俗に言う円盤なども取り寄せてはいるが、その種類の少なさは発狂ものである。

 

 ジールはその事を知った時から貴重な会社への資金援助を定期的に申し込んでいた。それくらい重要な問題なのだ。

 

 

 どうやら感動的なシーンを読んだらしいジールは鼻をすすりながらページを捲っていく。

 そろそろ合計の精神年齢的にも涙腺は脆くなっているのだろう。

 度重なる主人公の不幸にトドメの愛猫の死。

 死に際を主人公に見せまいとひっそり家を出ていったペットの猫にジールは心を打たれているようだった。

 

 先程まで表情ひとつと変えずに犯罪者を捕らえていた人物とは思えないが、ジールに言わせれば全くの別物である。

 上巻、中巻と感情移入してきた主人公や猫とほぼ初対面の知らない相手であれば、空想の人物だろうと前者を全力で推す。

 

 そもそも、そう言った感性を持っていなければオタクになどなっていないだろう。

 

 例え世界が変わっても変わらない部分がある。テレビの前で何度号泣したか分からない男、ジールはこうして憧れの地でもオタ活が辞められないのであった。

 

(いや、感動のシーンに初期のオープニング入れられたら誰でも泣くだろう。)

 

 久しぶりの二次元に情緒が不安定になっているようだ。

 過去の名作たちを思い浮かべながらちり紙で鼻をかんだジールはそろそろ仕事に戻ろうかと姿勢を正した。

 ちなみにこの天国のような状況から仕事に戻ろうとして早三回は失敗している。

 

(いや今度こそはいける!!ペティ※小説中の猫もあんなに頑張っていたじゃないか!俺も頑張らなければ。)

 

 やる気の出し方が完全にオタクのそれである。

 ジールは壁になっている本の山を丁寧に鞄へ仕舞い、賞金首の載ったリストを引っ張り出す。

 

 延期を何度か伝えていたヒソカにも連絡を入れてホテルへ戻ってくるように言った。

 

 そうして少し長めの休暇を終えたジールは揚々と仕事を再開する。

 ひとつ懸念事項をあげるならば、次のターゲットが保護動物の部位を売りさばく密猟者であることくらいだ。

 

 

 

 




発売日まで入り切りませんでした。
次回は12/24(発売日)からのスタートです。ガッツリ進みます。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
評価、感想、ここすき等励みになっています。


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手元には引換券

よろしくお願いします。


 周囲を山脈に囲まれ、人の出入りが少ない盆地ではひとつの生活がそこだけで完結する様にできている。

 大都市とまでは言わずとも活気の溢れる街並みは山間から覗く太陽に照らされ、陽気な空気か流れていた。

 

 そんな街で人々の口に山の麓に珍しい建物が生えてきたのだと噂に上っていた時期もあったが、聞いたことも無いゲーム会社を言われてピンとくる者はおらず自然と話されなくなっていく。

 コンクリートの上を行き交う人々は少し前に出来たビルを話題に出していたのもすっかり忘れていた。

 

 人々の生活圏から外れたところにあるものの扱いなどそんなものだろう。

 

 代わって話題に上るのは間近に控えたクリスマスについてだ。

 街一番の大通りには電飾を施したショップが並びプレゼントに悩む若者がまた一人と吸い込まれていく。

 温暖な気候のためホワイトクリスマスと呼ばれるものにはならないが、長期休暇の初日を飾るのに最適な記念日は様々な関係の人から喜ばれていた。

 

 浮き足立つとはまさにこの事だろう。仲睦まじく話をしている夫婦を見ながら手元のカップを傾けたジールは、出てきそうになった息と共に飲み込んだ。

 

(くそぅ、用さえ無かったらこの時期は引きこもってソシャゲのイベントを回ってたのに。)

 

 グリードアイランドを購入する為に落ち着きのない日々を過ごしていたジールは、発売日を目前に控えた今でも気の抜けない時を過ごしている。

 

 ゲームの予約が済んだあの日から、資金調達のためにヨルビアン大陸の賞金首を狩っていたジールは予約締切になる11月末まで大陸中を駆けずり回った。

 正確にいえばヨークシンを中心とした大陸の西側だが、噂を聞いた賞金首達が近づかなくなるくらいには狩り尽くしている。

 

 警察を通して送られた書類のせいで協会から確認の電話が掛かってきたといえば、ジールの積極性が伝わるだろう。

 そのせいか『ヨルビアンの白鳩』という二つ名まで出回り始めたがジールは断固として認めていなかった。

 

(……掲示板で見つけた時は人違いかと思ったけどあの微妙にダサいのはどうにかならないの?というか白鳩って何だよ、平和の象徴ってことか?まさか、俺のところに来てたベレーくんの鳩じゃないよな!?俺の要素皆無だろ!?二つ名にあるまじき職務怠慢だ。)

 

 思い出しながらへそを曲げているジールだが、過去に付けられていた二つ名はどれも微妙なものばかりなのだ。もはやそういった星の元に生まれたのだと諦めた方が早いのかもしれない。

 しかし、本人的には弟が将来呼ばれるかもしれない奇術師レベルの二つ名でなければ返事をするつもりは無いようだった。

 

「お待たせいたしました〜。こちら、藤菜のパスタとサラダのセットです。」

 

 日当たりの良いテラス席に運ばれてきたジールの昼食は、暑さにも負けないようなさっぱりとした見た目だった。

 

「……どうも。」

「ごゆっくりどうぞ〜!」

 

 接客が板についた店員は伝票を机の隅に置くと、そそくさと去っていく。

 数日前からゲームを購入する為にこの街へやってきたジールは何軒か回った後に、こうして口に合う店を見つけていた。

 

 初回から待遇の良いテラス席に案内されたジールは適度に落ち着ける場所としてそれ以降も利用している。

 今日頼んだパスタは初めて食べるものだが、きっと美味しいのだろうと期待しながらジールはフォークを手に取った。

 

――ピピッ、ピピッ、ピピッ。

 

 手を付けようとした瞬間、テーブルに置いておいた携帯から受信のアラームが鳴った。

 ジールは一瞬聞かなかったことにしてパスタを食べてしまおうかとも思ったがそういう訳にもいかない。諦めてフォークを置いたジールはその手で鳴りっぱなしの携帯を手繰り寄せた。

 

 発信源を探していた周囲の客も、止まったアラームにその存在を忘れ歓談に戻っていく。

 

 固いボタンを何度か押しながらボックスを開けば、その中にはジールがチェックしていたゲーム会社の公式ホームページが更新されたことを示していた。

 

『株式会社マリリン 発売予定のゲームについて』

 

 内容はなんてことの無い、発売日が近づいてきたことによる告知や、支払い方法の注意喚起などが書かれているものだ。

 流れるようにデータをコピーしたジールは、大幅な変更が無かったことに胸を撫で下ろし再びパスタへと向き直った。

 

 データをコピーしたのはゲームの製作者が更新しているかもしれないというジールのミーハー心が理由だが、それ以外にもちゃんとした理由がある。

 

 というのもジールが賞金首狩りを11月末で切り上げた事と関係していた。

 その時期、ジールは予約が締め切られた後に新しく条件付けが行われても素早く対応出来るように準備を整えていたのだ。

 

 結論から言えば発売元から新たなミッションが追加されることは無かった。

 しかし予約などのやり取りがネット上で行われたせいか、予約が終わってからインターネットを中心にデマ情報が出回り始めたのだ。

 

 発売会社についてや、発売日より早く手に入る方法を記事にする者が増加していき、他にも法外な値段で予約済みのデータを売買するサイトなども出来ていた。

 

 ハンターをターゲットにしていたり、販売価格が目立っていたのだろう。話題性としてもバツグンなグリードアイランドの情報はどんどん増えていった。

 分かりやすく嘘であるものや、対照に精巧に作られたものなどを眺めていたジールは頬杖を着きながらそれ等を一蹴していたが、そうで無いものも多数いたようだ。

 ジールは予約のデータを騙し取られたと騒いでいるのを何件も見たことがある。まだ、そうして対岸の火事であるならまだ良かったのだ。

 

 暫くして公式のホームページを模倣したものが出来始めたときは流石のジールも頭を抱えた。

 それらがホンモノを喰いかけた時はハッカーハンターにアポを取る直前までいったものだ。

 

 幸いにも製作陣――おそらくジン辺りだろう――の対応が早く被害は出なかったが、それ以降ジールは念の為にバックアップを取るようになった。

 

 こうして現金一括購入の為にマリリン社のビル元までやってこれた今、データのバックアップは保険に過ぎないが、何かあった時の証拠になればいいと取っていた。

 

 とはいっても第一の目的はコレクションである。少し前にドゥーンの綴りを調べ、数年前に見たものと変わっているのを確認して悶えていた男だ。相変わらずのそれはもはや癖だと言えるだろう。

 

 

 草食動物になった気分でサラダを飲み込んだジールは、カラになった食器をそのままに伝票を手に取った。

 

 昼時という時間帯もあって忙しそうに行き来する店員を暫く眺め、食べ物を届け終わった手ぶらの店員に狙いを定めて声をかける。

 ポイントは大きな声を出さなくても聞こえるくらい近くを通った時に呼ぶことだ。

 

「すまない。」

「はい!ご注文ですか?お会計でしょうか?」

「……会計を。」

「かしこまりました〜!――お預かりしますね。」

 

 礼と共に渡されたお釣りを受け取ったジールはゆっくり立ち上がり席を後にする。

 正直、レジの無いスタイルは会計で引け腰になってしまうが、街全体がこのスタイルのためどこに行っても気力を吸い取られるジールであった。

 

 小銭をポシェットに入れながら見送る店員を背に店を出たジールは、買い取った家に向かって歩きだした。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 12月24日 木曜日 朝 5:30

 

 最高の礼装で向かおうと鞄の中身をひっくり返しながら服を選ぶのは寝不足気味のジールだった。

 何処で買ったのかも覚えてないギンギラなコートなども出てきたが、流石に違うだろうと仕舞い直すこと数回。結局覚えているものしか出せないため、無難なスーツを出したところでジールのネタが尽きた。

 

 一応、問答無用で中身を全部出すことも出来るが、そんな事をしていては本当に間に合わなくなってしまう。

 朝早くから身支度を始め、満足のいくまで髪型をセットする様はまるでデートに行く前のようだった。

 しかし相手はゲームソフトだ。

 

 先日のホームページの更新により、ゲームは完全な先着販売であることが分かっている。

 六時からの販売時間に間に合わせるため、身支度を整えたジールは自身より遥かに早く準備を済ませたヒソカに向き直った。

 

「そろそろ行くんだろう♠」

「……ああ。」

 

 それこそ生まれる前から欲しかったゲームの発売日。

 いつものように澄まし顔で玄関の鍵を締めたジールだが、内心は穏やかではない。

 遠足の前日方式で眠れなかったジールは薬を突っ込んでギリギリ眠れたレベルだ。

 ゲームを買うまで問題を起こさないようヒソカにしっかり釘を刺したジールの心配事はそれでも尽きる事は無い。

 

 ここまで上手くきているのも不安を煽るなと、冷静に分析しながら歩いていればイブの日に楽しむ人々とすれ違った。

 

(やべぇよ、クリスマスイブのリア充に殺意が湧かないレベルで緊張してるぞ。重症じゃん。)

 

「兄さんが欲しかったゲームでしょ♥どんなものか楽しみだな♣︎」

「ああ。」

「そういえばなんて名前のゲームなんだい?」

「……G.I.(グリードアイランド)だ。」

 

 そういえば言ってなかったかと過去の行動を振り返るジールだが、タイトルを知らずにここまで付いてくる弟の図太さにも驚いていた。

 緊張でガチガチだったジールだがヒソカと話していくうちにその動きから固さは抜けていく。

 

「……気に入ると思うぞ。」

「へぇ♦期待しちゃうよ♥」

「『ハンター専用ハンティングゲーム』……プレイヤーは全員念能力者だ。」

「最高じゃないか♠」

 

 ジールの横をリズム良く歩いているヒソカは、なにを想像したのか貼り付けた笑みをさらに深くした。

 ここまで付き合ってくれたお礼として伝えたジールも喜んでいる弟の姿を見て口角を上げる。

 

 弟の喜ぶモノ=戦闘というひとつ覚えのような内容だが、悲しきかな。事実一番喜ばれるのはそれなのだとジールは認識していた。

 

 

 朝 6:00

 

 二人が他愛のない話をしながら坂道を登っていけば木々の開けた先に人集りが出来ているのが見えた。

 朝のワタワタのせいで到着がギリギリになってしまったジールは、想像よりも多い人数に周りへ目をやる。その隣ではさっそくといった様子でヒソカが品定めするような視線を送っていた。

 

(もうビルの中に入っているもんだと思ったけど……入れない程混雑しているのか、はたまた別の要因か。)

 

 百人以上は居るのではないかというくらいに人が多い。ビルの入口も見えないほどの人の海を掻き分け、半分は人が捌けていくのを利用してジールは建物の下までやってきた。

 

 人に話しかけられないジールは、すれ違う時に耳を澄ませて現状の情報を集めていく。

 聞こえてくる話の半分はサングラスとピエロという組み合わせに騒ぐ声だったが、何とか求めていたものを拾うことが出来た。

 

『ビルの扉が開かない。入っていった奴が何人か居るし開け方があるんだろうけど、全く分からねぇ。』

 

 要約すれば、ここにいるのはゲームを買いに行けない者達だということだ。

 一先ずビルの扉を見ないことには何も分からないだろうとぽっかり空いている空間に出たジールは目の前の扉を見上げた。

 

 幸いにも並んで順番を待ってからというものはなかったため、このまま入ることが出来ればゲームを買うのに間に合うだろう。

 

 普通のビルよりも大きな扉には装飾のような溝が確認出来る。

 黒い金属製の扉は力に自信があれば開けてしまえそうだが、こうして大多数が入れないのを見るとそう単純なものではないはずだ。

 

 新たな挑戦者という立場なのだろう。ビルの入り口に立ったジール達を周囲の人々は注意深く観察していた。

 ジールらがゲームの購入権を手に入れられるのか、あわよくば入り方を知りたいといったところだろうか。

 

 山の麓、木々に囲まれたそこで百人近くの野次馬に見守られたジールは躊躇いもなく扉に近づいていった。

 兄なら問題無いだろうと思っているヒソカは黙ってその様子を目で追っている。

 

(入っていった奴が居るのに方法が分からないという事は、隠蔽する為の仕掛けがあるのか、分からない程速い、一瞬の出来事だろう。)

 

 扉の前に立ったジールは既視感のある扉の溝と今回の目的であるグリードアイランドについて頭を働かせ一つの仮説まで辿り着いた。

 

「……付いてくるか?」

「うん♥」

 

 その返答を聞くと同時にヒソカの二の腕を掴んだジールは扉に向かって発を行った。

 

 

 

 

 

(まぁ、ジン=フリークスが原作でも使ってたやつだな。)

 

 一瞬の光の後、呆気ない程簡単にエントランスまで来ることが出来たジールは、掴んでいたヒソカの腕を離した。

 

 なんてことは無い、グリードアイランドの起動方法を試しただけだ。原作で指輪とゲームのデータが入っていたゴンの箱が念によって開いたことも加味すれば難しい話ではないだろう。

 

 ほぼカンニングのような答えの出し方に、他の正解者は中指を立てるかもしれない。

 扉の細工や、ゲームのターゲット層を考えて色々試した者も多かったはずだ。

 

 人が消えたように見えた外野は、あまりの早さにジールが会社の関係者ではないかと邪推する者まで現れたが、ゲーム購入に意識が向いているジールには関係の無い事だった。

 

 よくあるオフィスのような内装に、目の前の受付へと向かったジールは誰もいないカウンターに首を傾げる。

 

『五階三号室 エレベーターをご利用下さい。』

 

 カウンターの上に置かれている案内図の横に浮かび上がってきた文字を見て、その仕組みが気になったジールだが、もたもたしていて買えなかったなんて事にはなりたくない。

 

「あっちから行くみたいだ♣︎」

「……。」

「ここは面白い仕掛けが多いね♥色んな所からオーラを感じるよ♦」

「そうだな。」

 

 何かの気配は感じるが、人とは全く出会わないまま指定された部屋にやってきたジールは軽くノックをしてからドアーを開ける。

 

(……やっぱりここにも居ないか。買う時くらい会いたかったが、製作者は伏せられてるし無理もないな。)

 

 そもそも製作者の半数はゲームの中にいるため会える確率は低いだろうとジールは想像していた。

 

 そのまま部屋の中を見渡すと、広い部屋の真ん中に設置された机の上に箱がポツリと置かれているのが見える。

 気を取り直し、ゲームをどうやって購入するのか探ろうとその箱に近づいた所でジールはその足を止めた。

 

「ん?どうしたんだい♠」

「……いや。」

 

 横長の机には中くらいの箱が三つ並べられており、それぞれの横に穴が空いている。

 おそらく箱の個数的にグリードアイランドのソフトが入っているのだろうと予想したジールだが、隣の穴の所に貼られた紙を見て思わずニヤけそうになってしまったのだ。

 

『代金はココ↓』

 

 マジックで書きなぐったような雑な字は明らかに手書きのものであり、製作者の誰かが突貫工事で取り付けたものだろう。

 淡々と何事もなくゲームを購入して(それでも十分嬉しいことだが)帰るのかと思っていたジールにとってはサプライズをされた気分だった。

 

 関わっている人の影を見れた事にニヤけそうになる口元を手で押さえたジールは、揺れる肩を何とか抑え込んだ。

 そのまま表情を押し殺し無言でカメラのシャッターを押したジールは、そそくさとお金の入った袋を取り出す。

 

 ちなみに傍から見れば完全に奇行に分類される兄の行動だが、ヒソカは何か必要なことをやっているんだろうなと軽く流していた。

 

 その視線の先で袋の口を穴に突っ込んだジールは、中身を出すために袋を逆さまにして振っている。

 束になっているお札が全て穴に落ちきると、軽い音を立てて隣の箱が開く。

 

 丁寧な手つきで箱をどかしたジールはG.I.(グリードアイランド)と描かれたパッケージを手に取った。

 

(やばいパッケージじゃん。初めて見た。こ、この中にソフトがあるんだよね。どうしよう、いや、どうもこうも無いんだけど。かーばんの中に入れればいいんだっけ。いいんだよね?お金払ったし……俺のになったんだから持って帰っても……俺の!?俺のものなのかぁ。あのグリードアイランドが俺の、フッフフフフフフフ。)

 

 そっと鞄の中に仕舞ったジールは、無表情のまま隣の箱の前に立ち同じようにお金を穴に落としていく。

 しかし、箱が開いても手に取るようなことはせずそのまま次の穴へとお金を入れにいったのだ。

 

 一つめの箱以降触れようとすらしないジールは、三箱目もソフトに触ることなく穴に向かって話し始めた。

 

「……返品は出来るだろうか。勿論お金はいらない。」

『可能です。どのような理由でしょうか。』

 

 三箱目の隣から浮き上がった文字はジールの質問に答えている。

 

「……プレイヤーは多い方がいいだろう。」

『なるほど。お客様のよりよいゲームライフをお祈り申し上げます。』

 

 スっと消えていく文字に、ジールは幾ばくかの寂しさを感じたがそれを表に出そうとはしなかった。

 

「いいの?あんなに欲しがってたのに♥」

「……ああ、帰るぞ。」

 

 ドアーに表示された矢印の方へ向かうと、行きとは別のエレベーターに辿り着いた。

 

 正直に言うと、グリードアイランドの返品は苦渋の決断だった。全くもって安くない買い物だというのもあるが、いいモノというのは幾つあっても困らない。

 実物を手に取るまでは、使用するソフト以外に保存用と観賞用として持ち帰るつもりだった。

 

 しかし、こんな素晴らしいゲームを弄ぶというのは酷く勿体ない気がしたのだ。

 それにゲームをプレイをしていく上で対戦相手は多い方が盛り上がるだろう。

 

 ジールは布教の為にも置いていった方が良いと判断した。先着順での販売なら予定通り売れなくとも早く捌けるだろうと思ったのだ。

 ちなみに予約をキャンセルしなかったのはひとえに製作者へ貢ぐタイミングを逃したくなかったからという理由だったりする。

 

 エレベーターを降りたジールはビルの裏側から出てゲーム機が待っている我が家へと足を向けた。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

「おいっ、あのガキオレの字見て笑ってたぞ。」

 

 ビルの最上階に腰を据えた男はモニターに映る映像を見て足を鳴らしていた。

 

「ははっ、ジンの字は下手くそだからなぁ。むしろ他の客が素通りしていく方が驚きだよ。」

 

 何かを打ち込みながら返事を返す男は、ジンが見ていたモニターの方へ視線を寄越す。

 

「あっ、写真。」

 

 タイミングよく客がカメラを取り出した所だった。ゲームのソフトを買いに来て関係ないところを写真に納めるとは変わった人物だ。

 

「どうするのジン。書いた文字を利用されちゃうかもよ?」

「あぁ?あのリアクションはそっちじゃねぇだろ。」

「そうかい?ならゲームを買いに来てジンの文字を写真に撮る変人になるな?」

「そーだな、ありゃ変わり者だろ。」

 

 相手の発が分からない以上個人を晒すような物は極力減らした方がいい。

 今回は発売前のトラブル――主にジンの思いつき――によって準備がままならなくなったため、ああいった形になったが、こうして違和感のある行動を見せられると気になってしまうものだ。

 

 しかし、ことの本人は違うとキッパリ言い切っている。

 観察眼があり相手の行動を予測するのが上手い男だ、ジンがそう言っているのなら大丈夫だろうとキーボードに視線を戻した男は作業に戻った。

 

「しっかし随分若いのが来たな、お前と話も合うんじゃねえの。」

 

 三本分の代金を支払い、必要以上は置いていった客を見送りながらジンは自身の後ろに立っている弟子に声をかけた。

 

「若いって、ジンさんもそんなに変わらないだろう。」

「ゲームの中で会うこともあるかもな。」

「まあ、はい。そうですね。」

 

 少しぶっきらぼうに答えた青年は、それでもモニターに映る二人組から目を逸らすことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やべぇ、この草原を主人公も見てたってことだろ?……なんていうか、感動で泣きそう。ムリ。)




次回はゲーム内からのスタートです。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
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第五章 収穫期
左手には指輪


今回からグリードアイランドで遊んでいきます。

よろしくお願いします。


 

 世の中にはコレクターと呼ばれる者が一定数存在する。自身の気に入ったものや価値があるものなど集める対象は人それぞれで変わってくるが、並々ならぬ熱情を持っていることは共通しているだろう。

 

 そしていつの時代も注目を集めているプロハンターの彼らの中にもコレクターは多くいた。

 むしろ各々が収集するのに必要な財力や権力、さらには自らが集めに行ける程の身体能力の高さを持っているため、ハンター達のコレクションが他とは一線を画していることも周知の事実であった。

 

 文字通り生まれる前から収集癖のあった男、ジールもその例外ではない。

 魔法の鞄が無ければどうしていたのかと問いたくなるほど、ジールはコレクションを抱えているのだ。

 

 若干、その鞄の性能がジールの収集癖を増長させたと思えなくもないが、世間的には一切価値のないその辺の石ころまで拾っているのを見ればその癖の強さが分かるだろう。

 

 そんなハンター界隈でも一目を置かれている男はそのコレクター精神を刺激される舞台に立っていた。

 

 十数年後と容姿の変わらない案内人イータに説明されたゲーム内容は、既知のものであるにも関わらずとても新鮮に感じたようだ。

 草原に降り立ったジールはブックと唱え、暫くカラのバインダーを眺めていた。

 

 自身の弟がやってくるのを待っている間、ジールは小屋から出てくる他のプレイヤーを絶でやり過ごしその様子を観察する。

 

 大抵が出てきた瞬間、視界に入るフィールドの広さに圧倒されて立ち竦み、我に返った者から適当に歩いていくのだ。

 

 原作とは違いまだ初心者を監視するプレイヤーも居ないため、歩いていく先はバラバラである。

 

(良いなぁ、初見ゆえのドキドキとワクワク……前世の記憶を恨んだことは無いが、新品ゲームのネタバレは重罪だぞ?)

 

 ジールはゲームの内容を知っているため、それを実際に体験出来るという楽しみがある。しかし、何が起こるか分からない緊張というものは持てなかったのだ。

 

(しかも何が良くないかって、ゲームの記憶があるくせにカードの内容を全然覚えてない所よ。マジで脳の容量ミジンコ。)

 

 カードの解説を何回も読んでいたはずのジールだが、その全てを覚えているわけではなかった。

 精々ゴン達が自力で取ったカードや散々使われていた離脱(リーブ)くらいだろう。

 

 ネタバレを知っているむず痒さと、なのに全ては覚えていない己のポンコツ具合に挟まれ葛藤しているジールは、等間隔で出てくるプレイヤーを見送りながら心を落ち着けていた。

 

 そして、兄の後にログインしたヒソカも階段を降りきると自身の兄を探して背後を振り返った。

 説明が一人づつ行われるシステムの為、ヒソカより早かった他のプレイヤーに待たされたのだろう。

 

 小屋の屋根に寝転んでいたジールは、ヒソカの横に降り立つと問題が無いかを確認した。

 

「……ルールは?」

「うん♦多分大丈夫だと思うよ♥『ブック』」

 

 兄の手の中で動きに合わせて動いているバインダーを目で追いながら、同じようにバインダーを出してみせたヒソカは少し自慢げに笑った。

 

「ところで、この後は何処に行くんだい?」

「……南東方面に。町を探そう。」

「へぇ、このゲーム町もあるんだね♣︎」

「………………ああ。」

 

 高く昇った太陽を背にジールは左側を指さす。

 ほぼ同時にバインダーを仕舞った二人は次のプレイヤーが来る前にここから離れようと走り出した。

 

 直前、オーラの流れを調整する様に足先で地面を叩いたジールは半径を二十mに設定した円を展開させる。

 走りながら円で感知するものを視認し、その感覚を擦り合わせるのだ。

 

 何処までも続いていそうな草原を駆ける二人の間に会話は無かった。

 

 

 

 

 

 

 草原や、幾つかの林を抜けているとヒソカは何かに気づいたように顔を動かした。二十mの間合いを把握してきたジールもその変化に気づき、ヒソカが見ている方向に目線をやる。

 

 木々の途切れ目からは、川を挟んで緩やかな丘が見えた。

 何かモンスターでも居たのかと探ったが、めぼしいものは見つからない。近くの木に登り、丘の向こうを確かめようとジールが腰に手をやった所で上手く掴めなかった手元を見た。

 

 いつも鞄がある所には代わりにウエストポーチがちょこんとあるだけだ。

 ゲームをやるに当たって鞄を銀行の金庫に預けていたのをすっかり忘れていたジールはいつもの癖で単眼鏡を出そうとしていたらしい。

 ちょっと恥ずかしい行動に、ズレたサングラスを直しながらポーチを開けたジールは、中から収納型の望遠鏡を取り出し丘の向こうを覗いた。

 

 するとそこには街を囲む柵や、建物が並んでいた。

 ヒソカがどうやって気づいたのかは分からないが、反応を示したのはそこにあった人の気配にだろう。

 何となく♥と言われても納得しそうな謎の勘をしているヒソカは、様子を見に行った兄をニコニコしながら見上げている。

 

「何かあったかい♠」

「……街だ。」

「なら進路変更でいいのかな?」

「ああ。」

 

 コートをはためかせながら飛び降りたジールは、望遠鏡を仕舞いながら見えた街の正確な方角を示す。

 対して離れていないため一時間とせずに着くことが出来るだろう。

 

 それから丘を越えた所で街の入り口がはっきりしてきた。

 白い壁と木材で造られている建物の間には木々が紛れている。

 ジール達が掛けて行った正面には、木に括り付けられている横断幕がその街の名を教えてくれた。

 

 

『懸賞の街 アントキバへようこそ』

 

 

(初手から大当たりじゃないか!!!!流石ひー君だな!)

 

 ミジンコな脳ミソでも街の名前くらいは思い出せる。

 ジールは原作でも最初に登場していた街に来れた喜びで今にも叫びそうだった。

 

 流石に弟の横で奇声を発するわけにも行かないので、ジールはオーラの揺れで最大限の喜びを表現するだけに留める。

 隣りを歩いていたヒソカは何か嬉しそうだなと、自身の兄の喜びを正しく受け取ってご機嫌だった。

 

 色々な依頼書が貼られている掲示板や建物の壁を観察しながら歩いていくジールの足取りに迷いはない。

 アントキバの中でも比較的背の高い建物の前までやってきたジール達は大きな看板を見上げる。

 

『アントキバ月例大会 行事表』

『一月 2人綱引き 優勝商品:聖騎士の首飾り』

 

 十二個の枠に分けられたそこには来月からの行事の予定表が貼られていた。

 ジール達がログインしたのが12月25日だったため最初に来るのは一月のイベントだ。

 

 ジールが記憶の中にある情報と相違無いことを確認して頷いている横で、こういうイベントもあるのかと感心しているヒソカもまた頷いていた。

 

 他のプレイヤーと思われる人物も目立つ看板に引き寄せられている。

 周囲の様子を確認しながら次の行動に移ろうかとジールがヒソカを連れて再び街の外へ出ていった。

 

「もう用は済んだの?」

「いや、金が必要だからな。」

「あぁ、ゲーム用のがあるんだね♦」

 

 来た道を引き返すジールは、一先ず旅の準備を整えるためにモンスターを狩りに行こうと考えていた。

 街を探している間も、見かけたモンスターは倒してきたがそもそもの移動速度が速くジール達に絡んでくるモンスターが少なかったのだ。

 ジール達の今の手持ちでは地図や飲み物を買うことを思うと少し心もとない。

 

 横断幕を潜り草原へと戻ってきたジールはモンスターの居そうな場所を探しに行く為に街の外周から離れ川沿いを目指す。

 上流にでも行けば強そうなのがいるのでは無いかという謎の理論だが、それが試されるのは少し先だろう。

 

 少し草の背が高くなってきた川辺りに踏み込んだジールは何かコードのようなものを踏んだ。

 

「パ、パッチ……」

 

 退かす時に足が当たったのだろう、弱々しい鳴き声が聞こえたところでジールは初めて踏んだものか生き物であることに気づいた。

 

 気になったヒソカが草をかきわければ、毛玉のような丸いネコがボロボロになって倒れている。

 シルエットはダルマに近いだろうか、デフォルメされたその生物はフサフサの毛を汚しながら悶えていた。

 

 明らかに怪我を負っている様子に慌てたジールは凝で隅々まで観察しながらそっと手を伸ばす。

 特に念で何かされている様子もなく、指先でその毛に触れた瞬間。高い弾けるような音と共に指先へ痛みが走った。

 

 グローブとオーラのおかげで怪我をすることは無かったが、思わず手を引いてしまったジールは焦げているグローブの先と丸いネコとを忙しなく見ている。

 一歩離れたところで見ていたヒソカはよりハッキリ見えたのだろう。

 

「その生き物帯電してるね♦」

「……弱っているせいか、制御も出来てないな。」

 

 二人揃って毛玉を見下ろしながら話しているとジールが両腕を分厚いオーラで覆い始めた。

 いつもなら鞄の中からゴムシートくらいは出せるのだが、持っていないものは仕方ない。

 

 ゴリ押しで運ぶつもりなのだろう。

 見捨てるという選択肢など無いかのように即決した兄を見ながら弟は考える仕草をした。

 

「ところでソレは何処に連れていくんだい?」

「……獣医がいるとも限らないか。」

「応急処置で治るといいね♥」

 

 毛玉の下にそっと手を差し込んだジールは、パチパチと音を立てながらコートの袖を焼くネコを抱き上げた。

 丸いシルエットはジールの腕の中にすっぽり収まっている。まだ、意識は残っているのか「パチ、チ」と鳴き声が時折聞こえてきた。

 

 ちなみに二人がネコだと判断したのは毛玉の上に三角の耳が付いておりそれがネコっぽいという理由だけだ。偶に生き物を愛でるレベルの男達に細かいことは求めてはいけない。まぁ、ジールの鳩好きは例外だったりもする。

 

 怪我の様子を見るように覗き込んだジールは、その毛玉の先に何か細長いものが付いていることに気がついた。

 最初にジールが踏みつけたコードのようなものは正しくコードだったようだ。

 

 ただし、プラグの形をしている先端に対して根元はしっかり毛玉に繋がっている。

 

(ポ〇モンで言うなら電気タイプ、そして体力の低下といくつかの擦り傷を効率的に回復させる方法…このしっぽを見る限り一択だな?)

 

 あまり長時間は持っていられないため、ある程度の目処がついたジールはヒソカに軽く声をかけてから一直線に街へと戻った。

 

 そして入口の近くにあるショップに突撃したジールは、一瞬どもった後に腕の中のネコを見せてコンセントを貸して貰えるよう頼み込んだ。

 

「……急に押しかけて申し訳ない。」

「いいのよ、そのネコちゃんのためだもの。」

「あんたも怪我してねぇか?」

 

 店の休憩スペースを貸して貰えたジールは、床にタオルを敷きネコをそっと寝かせた。そしてしっぽの先をコンセントに差し込むと、お茶を持ってきてくれた女性に改めてお礼を伝える。

 

 店主らしき男性が包帯を持ってきてくれたが、幸いコートの袖が避ける(裂ける)だけでジールは怪我をしていない。

 その腕を見せ、頑丈さに驚かれつつも無事を喜ばれたジールは世界の暖かさに溶けていた。

 

「いくら弱ってるからってあのネコを触ってけがしねぇとはあんさん凄いなぁ。」

「……あれが何か知ってるのか?」

「そうねぇ、パチネッコがここら辺に出るのも珍しいわ。本当はもっと北の方にいるはずなのに。」

「……生息地があるのか。」

「昔はこっちにもいたらしいが、引っ込んじまったからなぁ。まあ俺が生まれるよりずっと前のことさ。」

「ええ私なんて存在も知らなかったもの。」

「……そうか。」

「いくら弱ってるからってあのネコを触って……」

 

 ここまで来てジールはやっと会話の不自然さに気がついた。

 ジールのコミユニケーション能力が低いのと、応用のきく相槌しかしていなかったせいで店主達の会話が決まったものだと分からなかったらしい。

 

 しかし店に駆け込んでから無難な会話しか無かったとしても気づかない方が難しいはずだ。

 

 ちなみに後ろで興味が無くなったヒソカがトランプで遊んでいたが、兄と同じタイミングで会話の仕組みに気づき感心していた。

 大方、決まったことしか言わないNPCと違和感の無い会話をする兄の適応力にでも驚いているのだろう。

 

 無論、全くの偶然だ。

 

 ジールが返事を返さなくなったことで、会話が終了したと判断したのだろう。各々が初期の位置に戻ったところで挿していたしっぽがコンセントからポトリと外れた。

 

 それに気づき、何かを誤魔化すように足早にネコへ近寄ったジールは短くなっているパチネッコの顔周りの毛を避けながら怪我の具合を確認する。

 

 それから、しゅるしゅると長いしっぽが毛の中に仕舞われていく。まるで掃除機のコード見たいだと見守っていたジールはプラグが見える位置で収納を辞めたネコが起き上がるのを手伝った。

 

「パチ!パチチ!」

 

 生憎と何を言っているのかは分からないが、声のトーンから機嫌がいい事は分かる。

 お腹の辺りでモゾモゾと動く毛を見れば、もしや短い手が埋もれているのでは無いかと思えるくらい活発に動いていた。

 

 復活したことに気づいたヒソカもジールの背後からパチネッコのことを見下ろしている。

 

「こんなに回復が早いなら、色々試せそうだね♥」

 

 何をとは聞けないお兄ちゃんだった。

 

 

 元気になったパチネッコが毛艶のよいそれを擦り付けながらジールに寄ってくる。

 どうやら懐かれたようだと判断したジールは毛玉を持ち上げ休憩室のドアを開けた。体調が戻り調整も出来るようになったのか、腕が痺れることはもう無い。

 

「……無事回復した。ありがとう。」

「助かったよ♦」

 

 カウンターに立っていた女性に声をかけたジールは、NPCだと分かっていても丁寧に礼をしてその横を通り過ぎようとする。

 

「ネコちゃん元気になったのね。良かったわぁ。そのネコちゃんを助けられるあなた達だもの、川の魔物も倒せちゃいそうね。」

 

 頬に手を当てながら首を傾げる女性はジールとヒソカを見ながら、最近困っているという水中に生息する魔物について語り出した。

 決して助けて欲しいとは言わなかったが、自分達を見ながら淡々と言われる現状に無視をすることは出来ない。

 

 さらにはパチネッコを助ける過程で世話になっているのだ、お礼に退治してみせると約束するのはもはやお決まりの展開だ。

 

「……もし良ければ自分達が。」

「あら本当!?店に並べる商品にも関わってくるから有り難いわぁ。」

 

 結局、川の上流に向かったジールは二足歩行するキモイウーパールーパーのようなモンスターを十数体倒し、旅の資金にした。

 水辺の敵にパチネッコの相性が良かったのも幸いだろう。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

「マサドラの場所なら3000ジェニーになります。」

 

 懐き付いてきたパチネッコを肩に乗せ、某ポケ〇ンマスターの主人公スタイルになったジールは、ヒソカと一緒に生活に必要なカードを買い揃え、情報収集を終えていた。

 

 焦げたコートの袖を気にするパチネッコをなだめながら、殆ど白紙になっている地図を取り出したジールは方角を確認して歩き始める。

 

 愛嬌のある旅のお供が出来て満足げなジールと、そのお供のしっぽを引っ張りながら楽しんでいるヒソカ。

 

 わざわざ知っている原作の順番を避ける必要も無いだろうとジールの独断で決められた目的地にも、パチネッコは「パチッチ!」と元気よく上下に動いてくれたのだ。

 

 木の根が張り巡らされている山道を登りながら順調な旅をする三人組は、その森の中で鈍い唸り声が響くのを聞いた。

 意外にも近くから聞こえてくることに気づき、気になったジール達は新しいモンスターかと近くの茂みを覗き込もうとする。

 

 

 

「――ゔッ。やべぇ……、」

 

 だんだんと近づくうちにその唸り声が人のものだと察したジールは嫌な予感がしながらも茂みをかき分ける。

 いち早く察知したパチネッコはその丸い鼻を毛の中に埋めている。

 

「あ”ぁ、…ゔぉえ。――ウプッ飲み過ぎた。」

 

 人間のジール達にも分かるくらいの酒臭さ、茂みの裏で悶えている顔色の悪いおっさんを見つけたジール達はそっと茂みを戻した。

 

 しかしその音に気づいたのだろう。

 蹲ったまま手を伸ばしてきたおっさんは寸分違わずにヒソカの腕を掴んだ。

 

 

(助けるのはパチネッコみたいな可愛げのある奴だけだから!!!)

 

 

 先程の出会いとは対照的なそれにジールは全力で叫んだ。

 

 




次回からはゲーム内のカードも出てきます。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
評価、感想、ここすき等励みになっています。


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善行には酒

よろしくお願いします。


 

 大きな島の中心、大樹の生い茂る森で出会ったのは二日酔いで死にかけているおっさんだった。

 

 体調が優れない中でもヒソカの腕を正確に掴んだ手を反射で叩き落としたが、その感触はジールの反撃に対応したものであり半分程はオーラで守られていた。

 

(待て待て、弟に変な輩が近寄るのも良くないが、このおっさん中々出来るプレイヤーだろ。)

 

 酒にやられているためか、身体の周りに留まるオーラに乱れが見えるが、明らかな念能力者に目の前の人物がゲームのイベントでないことを理解する。

 

 つい先程パチネッコを保護したジールからすればデジャブを感じる登場だが、先程の可愛いシルエットのパチネッコと比べると何とも助ける気が起きない。

 

(……とりあえず水でも置いて去るか。)

 

 酒の臭いに鼻を埋めているパチネッコをヒソカに預け、麻袋からペットボトルを取り出したジールはそっとおっさんの横に置いた。

 

「――どうせなら、酒がいい。ッぷ。」

 

 何やら図々しい要求が聞こえた気もするが、最低限の事は済ませたと判断したジールは面倒事に巻き込まれる前に茂みから退散する。

 

 その様子を見ていたヒソカも何も言わず兄の後を負った。

 

「凄く体調が悪そうな人だったね♣︎」

「パチチ!」

「……見習うなよ。」

 

 気を取り直して森の中を進み始めたジール達は、何となく小声で男について話しだす。

 正直、ジールにはヒソカが酒で二日酔いになるイメージなど無かったが、見習って欲しくない大人の見本である事には変わりない。

 

(まぁ、ひー君はお酒よりも別のものに酔いそうだけど。)

 

 再会してからたまに見かける陶酔した表情を思い出し、思わずげんなりとしてしまったジールだが、未だ下ネタに走らないだけまともだろうと自身を慰めていた。

 

 年々最低基準を更新し続けているジールだが、それに気づく気配は一切無かった。

 

 時折出てくるモンスターを倒していると一時間程が経ち、順調に森を横断するジールは遠慮なくフリーポケットを埋めていく。

 

 中には届かない木の実を代わりに取ってやるだけでカード化したモンスターもおり、戦闘以外の要素を楽しんでいると歩いている道にも勾配が出てきた。

 

 この辺りは記憶にもしっかり残っていると、ジールがその期待を高めた時のことだ。

 周囲に複数の気配を確認した後に、一斉に飛び出してきた人影にジール達は構えを取った。

 

 両の手で数える以上に居るであろう手練に包囲され、一筋縄ではいかない空気を感じる。

 

 

「「「お願いします!!助けて下さい!!」」」

 

 

 短刀や打刀などを手に持った山賊達との間に乾いた空気が流れた。しかし、綺麗な土下座を披露している山賊達は気にしていない様だ。

 一触即発の雰囲気が崩れたのを悟ったヒソカはつまらなさそうにトランプを山賊に投げつけた。

 

「お願いします!!」

 

 顔の横スレスレに刺さったトランプに一瞬ビクついた山賊の一人が繰り返すように更に頭をさげる。

 

「御三方の助けが必要なんです!!」

「……んん?」

 

 ここで、これまで一切の動揺が無く、寧ろワクワクしながら見守っていたジールが首を傾げた。

 山賊の言葉に自身とヒソカ、パチネッコを見遣り指さし確認をする。

 

(パチネッコを入れて三人組ってことか?)

 

 パチネッコはパーティー判定されるのか、とジールがイマイチ納得のいかない表情でヒソカに問いかけようとしたところだ。

 

「おいおい、ここでも人助けしてんのかよ。」

 

 背後からの声に一瞬で気配を探ったジールは15m程離れたところに立っている男を見つけた。

 距離からして、同じパーティーと判定されたのだろう。

 

 見覚えのあるペットボトルを掲げながらこちらに近づいてくる男は、水ありがとな!助かったわ。などと声をかけてくる。

 あまりの回復の早さに酔っ払いの演技も疑ったが、それよりも接近に気づけなかった方がジールにはショックであった。

 

「礼と言っちゃあれだが、手伝うぜ。」

 

 若干の顔色の悪さは残っているが、オーラの流れからしても体調は戻ったのだろう。

 顎の無精髭を撫でながらキメ顔で言ってくる様はまあまあ様になっている。

 

(なんだろう……無性に張り倒したくなるな。)

 

 自信よりも高い位置にある顔を見上げながら、理不尽なことを考えていたジールだが先程の言葉を思い出し慌てて口を開いた。

 

「……有り難い話だが。」

「なになに、ガキが遠慮するんじゃねぇ。」

「いや、貴方の事をだな。」

「良いってことよ。金もそれなりにあるし腕っ節だって心配いらねぇぜ。」

「いいじゃないか♠手伝うって向こうから言ってるんだし♦」

「おうよ。」

「…………わかった。」

 

 この先の事を知っているジールが何とか止めようとしたが、会話でどうにかしようなど土台無理な話なのだ。

 ヒソカの援護射撃により諦める形で男の提案を受け入れたジールは、土下座のまま放置されていた山賊達に声をかけた。

 

「……引き受けよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※

 

 

「これは聞いてないぞ。」

「……聞く気が無かっただろ。」

 

 やれ病気の子供がいると、子供服が必要だと言われて一番背丈の近いヒソカが上裸になり、何故か要求されていない下まで脱ごうとするのを阻止したところで、ジール達も身ぐるみを剥がされた。

 

 ジールは山賊に全部あげるつもりで来たため、ログイン時にいつもの鞄は置いてきたしフリーポケットもあげる為に埋めていたのだ。

 

(まあゲームの外から持ち込んだ物はノータッチだったけどな。……冷静に考えれば分かるのに、全部持ってかれるイメージしか無かったわ。)

 

 想定外の部分もあったが心構えの出来ていたジールと、嬉々として渡していたヒソカに対してシャツもカードも持っていかれた男は酷く落ち込んでいた。

 

「うぅ、せっかく手に入れた霧瓶状が。オレの酒ェ。」

 

 インナーと長ズボンだけになったジールは、隣でメソメソと嘘泣きする男に呆れた視線を向けている。

 最初に言っていた通り持っていた金の金額もそれなりのものだったがこの男にとっては酒の方が大切らしい。

 確かにフリーポケットから出てきた酒の種類は尋常ではなかったが、あの酔い方を見る限り少しは節制した方が良いだろう。

 

「いや!男に二言はねぇ。助けるつったのはオレだからな。」

「……心遣い、感謝する。」

「おじさん、立ち直りも早いね♦」

「おじさんじゃねぇ、ダッカルって呼びな。」

 

 涼しい格好となった三人は目的地も同じだからと揃って山を降りていた。

 

(……ダッカル、ビ。美味そうな名前だ。はて何処かで聞いたような?)

 

 コートなどは遠慮なく持っていかれたジールが違和感を誤魔化すように腕を組み、ヒソカの反応を横目で確認する。

 腹筋の割れた上半身を惜しげも無く晒している弟は兄の横から覗き込むようにダッカルを見ていた。

 

 その視線がダッカルのオーラを追い、含みのあるものに変わっていくが当の本人は気にしていないようだ。

 殺気までとはいかないまでも気持ちのいいものでは無いだろう。おそらく気づいてはいるのだろうに先のやり取りからさっぱりとした性格のダッカルは気にも止めていない。

 

 その反応で切り抜けられる実力ゆえか、じっとこちらを見てくる目の前の男はヒソカの挑発に乗らなかった。

 

(うーん、ひー君じゃないけどどれだけ強いのかは興味あるよな。)

 

 名前といい、伝わってくる強さといい思考の端に引っかかるものを考えるジールは、何かを伺うように自身を見てくるヒソカに気づかなかった。

 

 山賊と会ってから何にも遭遇しない順調な旅路を進むジールは、名乗りを上げたダッカルに返事をするのも忘れて考え込んだ。

 

 その様子を見ていたダッカルは雰囲気の戻ったヒソカと目配せをしている。

 

『おい、お前さんの連れ黙りこくってどうしたんだよ。』

『おじさんが何かやったんじゃない?』

『やってねぇよ。おい、声かけろって。』

『やだ、自分でしなよ♥』

 

 言葉にするならこんな感じだろう。最後は調子よくウィンクで締めたヒソカが前を向いてしまったせいでダッカルは自分から声をかけざるを得なくなった。

 

「おい、にいちゃん大丈夫か?」

 

 サングラスのせいで表情がイマイチ分かりにくいジールに声をかけるのは意外と勇気がいる。

 普段はそんな些細なことなど気にしないダッカルだったが、会話のテンポを崩されると調子も悪くなるようだ。

 

 豪快なオヤジ系かと勝手にカテゴライズしていたジールからすれば予想外の声掛けだろう。

 

 脳内の引き出しをひっくり返しながら記憶を漁っていたジールは少し驚きながらダッカルを見上げた。

 

「……ああ、すまない。ジールだ。」

「ボクはヒソカ♦よろしく♥」

 

 どうやら兄の自己紹介を待っていたらしい。ジールの後に続いてあっさり名乗ったヒソカはひらひらと手を振る。

 促してまで得た返答なのだ、満足そうに頷くかと思ったダッカルは先程のジールのような表情をしたかと思えば誤魔化すように笑った。

 

「おう!」

 

 

 

 それから三人は他愛のない会話をしながら山を下っていた。

 しかし会話の中にはカードの入手方法や店での裏技など有益な情報が混ざって零される。ゲームが始まってからそう時間が経っていない中であれだけの資金やカードを集められたのだ、中々のやり手だと思っていたジールはダッカルの評価をまた一段階上げた。

 

(……これだけ出来るってことはそれなりに()()()()()が分かるゲーマーの類いか?でも、それにしては肉体派なんだよな。)

 

 まるで世のゲーマーが貧弱かのような言い分だが、ジールの中ではそのイメージで固定されている。

 中々に謝罪会見が必要そうな偏見で考えながらもダッカルに対する考察は止まらない。タンクトップの下には鍛えられた逆三角形が存在を主張する。

 どこか覚えのある感触に刺さった小骨を弄るジールはしかし開けた風景にそんな悩みも吹き飛んだ。

 

「……おぉ。」

「へぇ♣︎」

「おっ!」

「パチッ!!」

 

 三者四様で漏れた感嘆の声は目の前の岩場に消えていく。

 山のような岩石に挟まれ谷底に居るような感覚に陥る。視界を一色に染める岩肌は圧迫感を持ってジール達に迫ってきた。

 

「……色々いるな。」

 

 一気に変わった風景に意識を取られながらも先程の反省を生かしたジールは周囲の気配を探るのを忘れなかった。

 何体かの集団で動いているものや、遠方にうっすら見える影に視線をやり、すぐさまそれを足元に落とす。

 

 ダッカルがその反応の早さに片眉を上げた瞬間、全員に分かるような地響きが鳴った。

 揺れる地面に二手に分かれるよう飛び去った三人は、その場から飛び出してくる巨大な幼虫に熱い視線を向ける。

 

(……目玉は無し、開口された内部に鋭い歯。表皮を覆うオーラが集中しているのは柄の部分かな。)

 

 真上に向かって飛び出してきた幼虫はそのまま空中で体勢を整え弧を描くように地中へ潜っていった。

 岩石を優に超す体長に、地表では分が悪いと判断したジールはそのまま岩壁に手をかけ登り始める。

 芋虫のような外見に的のような柄が見受けられた。他よりもオーラ量が多く感じ取れたそこが果たして何なのか、考察する様に顎へ手をやったジールは次の瞬間、弾みよく指を鳴らしていた。

 

 何も言わずとも各々が無言で先程のモンスターを観察していた中で一抜けしたのはジールであった。

 

 せっかく登ったというのに飛び降りたジールは地面に掘られた大穴を覗き込み、口元の横に手を添える。

 

「あーーーーーー。」

 

 穴の中へ落とすように発せられた声はそのまま暗闇に消えていく。

 その数秒後、大きな地響きと共にその穴からせり上がってきた幼虫は勢い良く飛び出した。

 再び出てきた幼虫はそのまま空中で体勢を捻り地面へ向かっていく。しかし先程と同じようにはいかないだろう。

 

 地面を蹴って飛び上がったジールは頭上を移動する幼虫に迫る。そして、その開いた口の下。人に例えるなら顎とでも言えようその場所をジールは力強く蹴り上げた。

 

 ガキンッと音を立て、揺れた巨体はその顔面から地面へと落ちていく。しかしこれまでのように地中へ潜るためではない、重い音を響かせながら激突した幼虫はそのまま動かなくなった。

 

 そしてボンッと煙に包まれカードとなったモンスターは風に揺られながらジールの元へ落ちてきた。

 

 ジールの考えは至ってシンプルだ。

 目の無いモンスターがどのように獲物を見つけているのかを考え、後は弱点になりそうな所を探すのだ。

 

(視力が無いなら振動や音…も空気の振動か、それを察知して出てくるじゃないかって思ったけど当たりだな。

 あとはオーラが多く集まってる柄の部分だけど、オーラが集まるのは単純に弱点の場合か、何かしらの能力の起点だろ。弱点なら覆ってるオーラも隠さないと意味無いだろうし、振動を感知する器官だと考えるのが妥当。

 まぁ、もし弱点だったとしても厳重に守られてる所を殴りにいくのも労力がかかるし。なら地中を進むために開けっ放しの口を閉じて顔面叩きつけた方が早いだろ。)

 

 モンスター討伐にテンションが上がったジールは一人で脳内に学会を開いているがその思考の一部も外には出てこない。

 無言でカードをキャッチしたジールが淡々とフリーポケットに仕舞うのを見たダッカルは手を叩きながら近寄ってきた。

 飛び降りる際にジールに置いていかれたパチネッコもヒソカに拾われてジールの肩へ戻っている。

 

「いやー、あんた頭いいな。」

 

 なんとも頭の悪そうな感想である。

 しかしその指摘の裏にはしっかりとした評価が付けられていた。

 

「なんだっけな、戦闘考察?力だっけか。」

 

 何やら昔の記憶を漁っているらしいダッカルは暫く唸っていたが思い出せなかったのだろう。

 顎に添えられていた手は無理だとばかりに揺れている。

 

「そいつも速いが、何より行動に移すまでの躊躇いのなさだな。」

 

 満足そうに頷くダッカルはジールの動きを見て喜んでいるようだが、ジールからすれば解せないことだった。

 ハンター専用とまで謳われているのだ、この時期なら活力の充ちたプレイヤーならそれなりのレベルの者もいるはずだろう。

 

 疑問に思っているジールに気づいたのか、はたまた反応の薄い相手に言葉を重ねたのかは分からないがダッカルの感想は止まらない。

 

「正直、会う場所が場所なら念能力者だとも思わなかったからな。いやぁ見事な攻防だ酒がうめぇ。」

 

 そう言って腰に手をやり何も掴めなかったダッカルは少々不満げに口を尖らせた。

 

 ジールやいつも一緒にいたヒソカは気づかなかったが、念能力者が遊ぶグリードアイランドで一般人のオーラと変わらないオーラを持つジールは奇特だろう。

 先の幼虫を蹴る際に脚へとオーラを流したジールを見て初めて念能力者だと納得したらしい。

 

 その興奮も相まってジールの行動力を褒めるに至ったダッカルは、無くなった酒のことを思い出し遠方を見つめている。

 

 ちなみに、合流していたヒソカはジールを賞賛するダッカルの言葉にしたり顔で頷いていた。

 

「よし、良い肴も見れたし合わせる酒を買いに行こう。」

 

 堀の深い髭面が一気に空気を変えてこちらを向いた。

 もう既に頭の中には酒のことしか無いのだろう。

 

 上がるテンションと共に顕現量の増えたオーラがダッカルの身体を覆っていく。それが僅かに足元へ流れた瞬間、ダッカルが視界から消えた。

 

 遅れて感じた突風に、ジール達はダッカルがマサドラの方へ駆けたことに気づく。

 走り出す直前に見せたあの表情。あれは確実に着いてこいと言っていた。

 

 いや、正確に表現するなら“着いて来れないかもしれないけど”頑張って着いてこいよ。だろうか。

 ジールの偏見と曲解は混じっているが煽られているのは間違いない。

 

 ヒソカの抱えているパチネッコを抜き取りポーチの隙間へねじ込んだジールはオーラを練りながら地面を蹴った。

 

(…………上等だ。)

 

 ダッカルが走り出してから僅か数秒の出来事だ。

 既にダッカルの影は見えないが、探りやすいオーラの塊とモンスターがカードになる効果音が聞こえる。

 偶には羽目を外すのもいいだろうと、ダッカルに付き合うことにしたジールは後ろをピタリと着いてくるヒソカを見ながら目標に向かって駆けた。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 その二時間後、僅かに息を切らしながら垂れてくる汗を拭ったジールは目の前の露天でウキウキと酒を選ぶダッカルに恨めしげな視線を向けていた。

 

 約70kmの長距離を一切の休みなく駆け抜けた男は消耗した様子を一切見せない。

 ジールも移動速度に文句は無い。もう少しあの場所のモンスターと遊んでいたい気もしたがマサドラに来たかったのも事実。

 

 しかし、オーラを消費しながら有り得ない速度で走っていた本人が全く応えていないのが微妙に解せないのだ。

 ジールも己の体力がなかっただけだと分かっているが、それとこれとは別である。

 

 毎朝の走り込みを増やす決意をしつつ心の中では体力ゴリラと罵っておいた。

 

「塩堂、からチューに、ハイボール。おっ!こいつもあるのか品揃え良いじゃねえか。」

 

 持久力としては若干ジールを上回っているヒソカだが、それでも呼吸を乱さずに到着することは無理だった。

 そんな二人が離れたところでダッカルを観察していると、背後から大きな声が聞こえきた。

 

「あーー!やっぱりここにいたー!!」

 

 声の高さからして子供だろうか、と叫ぶ内容も気になったジールが確認の為に振り向こうとしたところで、小さな影が横を通り過ぎていく。

 姿からして十歳に届かない位に見える男児は、酒を抱え込むダッカルの元へ一直線に駆けていった。

 

「ダッカルどこに行ってたんだよ。帰るの遅いと思ったらこんなところで油売って!」

「油なんて売ってねぇよ、酒を買ってんだ。」

「屁理屈言うな!」

 

 ダッカルの腰にも届かない低い頭からはポンポンと言葉が出てくる。

 子供用のベストに短パンとフォーマルな格好をしている子供は一通りダッカルに文句を並べた所でそちらを見ているジール達に気がついた。

 

(なんでダッカルみたいな呑んだくれがゲームをやってるのか不思議だったが、子守りか。)

 

 ダッカルについて疑問に思っていたひとつが解消されたなと、納得の顔で子供を見下ろしたジールはこちら見てくる視線とかち合った。

 

「……はっ!ダッカルがお世話になりました!」

「……どうも。」

「キミ、元気いっぱいだね♥」

 

 ジールの顔を見て何かに気づいたように勢い良く下がる頭へ、返答をどもったジールだが世話をしたのも事実だし…と、礼を受け取ることにした。

 

(どっちかっていうと、あいつが子守りされてんな。)

 

 我儘なガキの子守りを依頼された(押し付けられた)ハンターかとも思ったが、どうやら違うらしい。「何勝手なこと言ってんだよ。」「ホントのことだろ!酒臭いぞ!」目の前で始まった漫才をジールはぼんやりと眺めていた。

 

「キミの名前はなんて言うんだい♥その歳でオーラを扱えるなんてすごいね♠」

「ふふん、俺はクーベルト・ノア・バケットだ。」

 

 念の技術について褒められたのが嬉しかったのだろう。胸を、というより腹を突き出しながらハキハキと名乗ったノアの名前を聞いてジールは思わずダッカルを見た。

 

 あまりそう言った事に興味のないヒソカは分からなかったが、一時期でもその世界にいたジールはその名前に覚えがあったのだ。

 

(バケット家って言えば、よっぽどの田舎者じゃなきゃ知ってるような金持ちだぞ。)

 

 ジールが名前を覚えているだけでも余程有名なのが分かるだろう。

 世界大富豪ランキングのトップ10に入ってくると言えばわかり易いかもしれない。

 

 普段表情から何を考えているのか読み取れないジールが、リアクションを見せたのが面白かったのか視線を向けられたダッカルは悪戯をバラすような表情で頷いた。

 

「へぇー♦ノアはいつから念が使えるの?」

「それはなー……、」

 

 よっぽどの田舎者か、興味が無いからスルーしているのかは分からないが、将来有望そうな芽を見つけてご機嫌なヒソカはニコニコしながらノアの話を聞いている。

 

『……経済、傾いてもしらないぞ。』

『バカ言え、オレが居てそんな事になるわけねぇだろ。』

『家出か?』

『そんなことを許した日にゃ、飲んだ酒が喉から出てくわ。』

 

 仲良く話している二人を視界に入れながらコソコソと話すジールに律儀に答えるダッカルは開けた酒瓶を傾けた。

 

 どうやらバケットの両親も承認してこんな危ない所にいるようだが、余程ダッカルの腕が信頼されているらしい。

 その割には先程までノアをほっぽって森で吐いてた訳だが、いいのだろうか。本当に首が飛ばされてもおかしくない。

 

「おお!そんなものもあるのか。」

「そうだよ♠試してみる?」

 

 そしてあちらの方も盛り上がっているようだ。

 先程とは打って変わってヒソカがノアに何かを教えているようだった。

 

 ヒソカの問いかけに頷いたノアは元気よくこちらへ駆けてくる。そしてノアはダッカルの膝をバシバシ叩きながら興奮気味に口を開いた。

 

「運の上がるサイコロがあるんだって!」

 

 

 

 

 

 ――自分達の首もまとめて飛ぶかもしれない。

 

 




次回はカード集めと修行パートが少し入ります。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
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薬には希望

前回の続きからです。
よろしくお願いします。


 

 ヒソカの悪戯によって危うく首が飛びかけたジールは、ノアを宥めながらそれに至った経緯を聞き出そうとする。

 ジールからリスキーダイスについて聞いたダッカルも事の重要度に青ざめ、ノアに諦めるように説得を試みた――となったらどれだけ楽だっただろうか。

 

 既に二本目の酒瓶に突入したダッカルは顔色ひとつ変えずに笑っている。

 

「いいねぇ、それでクジでも買いに行くか?坊主は豪運だしそうそう大凶なんざ出ねぇだろ。」

 

 ノアの目線に合わせるようにしゃがみながら酒を流し込む様子を見たジールは、明らかな人選ミスにこめかみを抑えた。

 

(おいおい護衛で来てるんじゃねえのかよ!ご両親は心配しないの?俺が可笑しいのか??)

 

 相変わらず軽い様子でダイスを勧めるヒソカと容認するダッカルに挟まれたジールは空に浮かぶ球体を目で追いながら現実逃避に走った。

 

「ギャンブルに使うんじゃないの!欲しいカードの出る確率が凄く低いから、その為に欲しいんだよ。」

「わかったわかった。マサドラで調べてたヤツだろ?」

「そう!」

 

 まぁ、排出率の低いガチャの為にダイスが欲しくなるのは分かるな、と一瞬納得しそうになったジールだが鋼の意思(メッキ)によって正気に戻るとノアのもとまで歩み寄り膝をついた。

 

「少し良いだろうか。」

「ん?いいぞ。」

「…そのカードについて聞かせて欲しいんだ。」

「なに!?まさかお前達も狙ってるのか!」

 

 表情豊かな様子でジールと会話をするノアはサッと指輪のはまっている手を後ろに隠しながらジリジリと後退している。

 それを見ていたダッカルもジールの思惑は分かっているのだろうニヤニヤしながらも口を出すことはせずに顛末を見守っていた。

 

 少し時間をかけてジールがカードを入手する手助けがしたいことを伝えると、納得してくれたらしいノアが近づいてくる。

 

「それならカードのことを教えてあげるぞ!」

「ありがとう。」

 

 他者からの手助けには慣れているらしい。

 ジールの目的が分かったあとは、あっさりとカードの入手方法を話してくれた。

 

「“薬の詰め合わせ”という指定ポケットBランクの薬シリーズが纏めてゲットできるアイテムがあるんだ。けど、それが中々貰えなくて困ってる。」

「……貰う?」

「そうだぞ。マサドラの奥に住んでる魔女から貰えると聞いて行ってみたけど、忙しいから無理だと断られた。」

 

 やれやれといった風に首を振るノアは実際に行ってきた時のことを説明する。

 

「その魔女に仕事が忙しくて趣味もままならないって言われたから、ゲームのイベントかと思ったけど仕事を手伝おうとしても断られるし、方法が分からないんだ。」

「……ならダイスでは意味が無いだろう。」

「うん、運良く魔女が暇な時に行きたいとは思ったけど、無理だよなぁ。」

 

 どうやらノアはそこまでダイスに固執している訳では無いようだった。

 入手方法を聞いても何かしらの条件が満たされていないだけだろう。その点はノアも理解しているようで、ジールの言葉にも素直に頷いていた。

 

 まあ、リスキーダイスを振ればたまたま条件が満たせる位のラッキーはありそうだが、せっかく説得に成功したのだ黙っているとしよう。

 

 さらにジールはノアの話を聞いてある可能性をたどり着いていた。

 

(薬シリーズということは、俺の欲しいものも入ってるかもしれないな。)

 

 ランクなどの詳細は覚えていないが、確か指定ポケットのひとつにあったはずだとジールは引っ張っり出てきた記憶を確かめる。

 

 手伝いたいとは言ったが、狙ってないとは言っていない。

 屁理屈を捏ねながら、内心でやる気を上げたジールはノアに魔女の家まで案内する様に頼んだ。

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

「なんだね、アタシは見ての通り忙しいんだ。趣味の時間も取れないのに、アンタ達にやる薬なんて作れる訳が無いだろう。帰んな。」

 

 マサドラの奥、森の中にある魔女の家を訪ねたジール達は大釜を混ぜながらこちらをひとつも見ない魔女にあしらわれていた。

 

 何度も同じ様に断られているノアはそれでも諦めまいと魔女に色々話しかけている。その横で部屋の中を観察していたジールとヒソカはある既視感に襲われていた。

 

(吊るされている薬草に、謎のホルマリン漬け。極めつけに大釜とはベレーくんの知り合いの家を思い出すな。)

 

 ヒソカを探している時に出会った美女のイケメンの家がこんな感じだったなと、魔女っぽさを感じでいるジールの隣でヒソカもまたユーリンの顔を思い出していた。

 

「それなら仕事を手伝うぞ!」

「アタシは仕事ばっかりで疲れてるんだ。帰んな。」

「分かるぜ婆さん。仕事ってのは大変なもんよ。」

「だから、それを手伝うと言ってるんだ!お前はどさくさに紛れて文句を言うなよ!後で聞くから今は待ってろ。」

 

 ノアの手伝いではないのか、顎髭を撫でながら頷くダッカルの言葉はどちらかと言うとノアに向けられている。

 それにも律儀に返事を返しながら魔女の説得を試みるノアだが、成果は芳しくないようだ。

 

「趣味の時間も無いとありゃ、仕事のやる気も出ないわ。」

 

 ゴポリと沸騰する液体を混ぜながら溜め息を吐いた魔女はまた、無言で大釜を混ぜ始めた。

 その様子を見てやはりダメかと肩を落としたノアだが、部屋の中を見ていたジールはその一角に異様に浮いている物を見つけていた。

 

 薄暗い、どちらかといえば陰湿な雰囲気にある魔女の家でキラキラと異彩を放つのは、作りかけのドールハウスだ。

 ピンクに塗られた壁やチョコレート色の屋根に、こちらも未完成の人形が添えられている。

 あまりにもミスマッチなそれに視線を奪われたのはヒソカも同じなようで、ジールが呼びかける前にドールハウスを見て固まっていた。

 

(あの婆さん、あんな顔をして人形遊びが趣味なのか。)

 

 人形は人形でも、呪いの人形の方が似合うだろう。白髪に魔女鼻と絵に書いたような魔女の趣味は可愛い人形遊びらしい。

 近寄って見ればドールハウス近くに作り方が書かれたメモ用紙も置かれている。

 

 そして、それよりもさらに多い枚数を使って書かれているのは人形達の設定らしかった。

 

(つまり、作るよりもこれでごっこ遊びがしたいってことか?)

 

 まあ、人の趣味に何か言うわけにもいくまいと、口を噤んだジールは目線でヒソカにノア達を呼ぶように頼んだ。

 魔女に薬を作ってもらう条件はどうやらこちらで満たせそうだった。

 

 

「……つまり、この人形セットを完成させればいいのか?」

「おそらく。」

「ほぉ、人形も五体あるしそれっぽいな。」

 

 近寄ってきたノア達も、ワントーン明るい小物達に気づいたらしく説明はあっさりと終わった。

 

「それぞれの作り方はコレに書いてあったよ♦」

 

 ヒソカが持ってきた用紙には“父親”“母親”“娘”“彼氏”“犬”“屋敷”とイラスト付きで説明されていた。

 ノアの手元には娘の図解が、ダッカルには犬とヒソカの好みで役割が振られている。

 

 ジールには父親の作り方が渡され、ヒソカ本人は彼氏と書かれた紙をキープしていた。

 

「とりあえずコレの通りに作ってみよう!」

「うんうん♠アレンジもしていいみたいだし楽しそうだね♥」

 

 近くの道具を取りながら乗り気な二人は既に作り始めた。

 薄暗い中で近くのランプを持ってきてまで人形の肌を磨く二人は真剣な顔つきである。

 

 意外にもヒソカが乗り気であったことに感心したジールだが自身は嫌な予感がして仕方がなかった。

 それでも手を付けないわけにもいかないだろうと針と布を取ったジールはそれを縫い始める。

 

 ここで最後まで動けなかったダッカルは、最後まで躊躇っていたジールまでもが製作作業に取り掛かったところで裏切られた気持ちになった。

 

 しかもジールは先に始めた二人よりも更に手際が良く何を躊躇っていたのかと問い詰めたくなるほどだ。

 

 皆が作業を始めてしまい、取り残されたダッカルの疎外感は如何程なものか。渋々と犬の目を取り、既に原型の出来ていた犬のそれに嵌めようとしたところでダッカルはデカいため息を吐いた。

 

「あぁー、クソ!」

 

 狙いを定めながら窪みに近づいたビーズだが、力み過ぎた指先のせいでそのビーズはピンセットの先から飛んでいってしまう。

 摘むまでにも一苦労あったダッカルは何処かに消えたビーズを苦々しく思っていた。

 

 そう、人に苦手分野があるように、豪快な性格をしているダッカルにも苦手な事がある。

 

 意外性など欠けらも無い。むしろ、酔っ払った状態で良くピンセットを使えたものだと感心してしまいそうだ。

 

 ダッカルは細かいちまちました作業が苦手だった。

 

 荒々しく置かれたピンセットに気づいたジールは、面倒くさそうに酒をかっ食らうダッカルを見て事情を察した。

 元から分かっているであろうノアはそれを気にもかけず娘の髪を植え付けている。

 

 座っている順番的にも声をかけるのはジールのようだ。

 あとは四肢を嵌め込んで服を着せる迄に作業が進んでいたジールは一度それを置き、ダッカルの方へと向き直った。

 

「……苦手なら無理にしなくてもいい。」

「おっ、話のわかる兄ちゃんだな。」

 

 酒を飲み、ジールに理解を示されたダッカルの機嫌はある程度回復しているようだ。

 

「しかし、何もしないのは良くないだろう。」

「いやいや適材適所ってやつ、な?」

「ああ。わかっている。」

 

 なら何をさせるつもりなのだと、首を傾げたダッカルはジールが指した先を見た。

 

 そこにはドールハウスの建材であろう木材が並べられている。

 切って塗るくらいはできるだろうと、ノコギリとペンキを渡されたダッカルは外でやってこいとジールに背中を押された。

 

「まあ、切るくらいなら出来るか……。」

 

 ちゃんと自分が出来るレベルの仕事が割り振られ、よく見ているなと感心したダッカルはしかし設計図に書かれている寸法を見て、直ぐにジールの元へ駆け込んだ。

 

「……あんたは定規も持てないのか。」

 

 流石に線くらいは自力で書いてくれと文句を言いながらも、律儀に下書きをしていったジールは既に犬の仕上げに入っていた。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、ダッカルの分と魔女の分も作ったジールは隣で組み上がっていくドールハウスを見ながら、家具などの小物を作っていた。

 

 ノアとヒソカは自身の人形を仕上げてから、ダッカルが作ってきたパーツを使いながら屋敷の完成に向けて協力体制に入っている。

 それも作り終え、中々のドールハウスセットが完成したところで四人の背後からヌッと影が現れた。

 

「おやぁ?素敵な人形が出来上がってるのぅ。」

 

 ジールとヒソカの間から顔を覗かせた魔女は完成したドールハウスに目を輝かせている。

 喜んでいる姿を見て、作った甲斐があったものだとジールが満足気に頷いた時のことだ。

 

「ほれ、人形を持ちな。彼氏が来るところから始めるよ。」

 

 嬉々として並んだ人形に手を伸ばした魔女はそれぞれに作った人形を渡し始めた。

 

(ですよねー!やっぱり作った後は皆で遊ぶもんな!クソッ。)

 

 出来ればごっこ遊びはしたくなかったジールにとって最悪の展開であった。

 見事に作る前の予感が当たり悪態を付いたジールだが、その手にはしっかり父親の人形が握られている。

 ダッカルは一度触った犬の役が充てられたらしい。

 

 幼少期の経験から自身に向いていないことはしっかりと把握している。喋る機会の多い父親よりもまだ犬の方がマシだろうとジールはダッカルの手元をガン見した。

 

 今こそ適材適所!と謳いたかったが、言い出せないのがジールである。

 そうこうしているうちに、一階のリビングに座らされた父親は向かいに立つ魔女の母親人形と会話を始めていた。

 

「お父さん、今日は娘の彼氏が来るそうですよ。」

「……ああ。」

「全く、子供の成長は早いものね。」

「……ああ。」

 

 しわがれた声だが、趣味にしているだけはある。違和感がない程度には母親が動いていた。

 そして、演技にもある程度寛容なのか棒読みの父親にリテイクが入ることも無く話は進んでいく。

 

「わん!わんわんわん。」

「あら、来たみたいね。娘ー!彼が来たわよ。」

「はーい。」

 

 娘の呼び方はそれでいいのかとも思ったが、見逃されている身分のジールが言えることではなかった。

 準備の時よりもノリノリのダッカルは犬を跳ねさせながら玄関の前を回っている。

 

「やぁ、待たせたね♥」

 

 どうやら彼氏にも謎の語尾は付くらしい。話し方だけ見ればヒソカではないかと、そちらを向いたジールは机の下からひょっこり出てきた彼氏の人形を見て吹きかけた。

 

「いらっしゃい、娘も直ぐ来るわ。」

「そう♦」

 

 中々に精巧な顔つきをしている彼氏だが、青い髪の下にある表情はヒソカそっくりであった。

 特に目の下に描かれているトランプのマークは言い逃れも出来ないだろう。しかし多少のアレンジは良いと書いてあった通り、魔女がそれを指摘する事はなかった。

 

「わぁー!来てくれたのね!」

 

 裏声で頑張っているノアの娘人形は、ヒソカの分身にしか見えない彼氏人形に寄っていく。

 

「ああ、会いたかったよハニー♥」

「えっ?」

「あら、」

「わんわんわん!」

 

 しかし素敵なカップルの会話かと思いきや、彼氏が挨拶をしたのは母親にだった。

 意味が分からない。

 

「そんな!娘の前よ、秘密にしましょうって言ったのに。」

「そんなの無理に決まってるだろう♣︎」

「えっ、どういうことだ?」

「ああ、落ち込まないで。キミのことも大切なんだよ♥」

「わんわん!」

 

 吹っ飛んだヒソカのセリフにも難なく合わせる魔女に、素で混乱しているノアを見てジールは状況が混沌としていくのを察した。

 

「えっ、娘の彼氏じゃないのか?」

「ねぇまだ私を愛してくれるの?」

「駄目だよ、落ち着いて♦ボクが愛してるのは…」

「うー、わん!」

 

 フランス人形のような可愛らしい世界観でやっているのは昼ドラ。

 巻き込まれなかったダッカルの犬は冷やかしに走っている。

 

「ボクが愛してるのは、父親だよ♥母親も、娘も彼に近づくために利用したのさ♠ボクは父親の彼氏だ♥」

「な、なんですってー!!あなた本当なの!?」

「わんわん!」

 

 そんな訳ないだろう!と反射で出てきた言葉を飲み込んだジールはヤケクソになりながら様子を見守っていた。

 そう、ジールが一言も喋らずとも場面は進んでいくのだ。

 

「私のことは遊びだったのね!」

「キミはボクの金が欲しかったんだろう?ボクは愛に生きる男さ♥」

 

 リビングに座る父親が微動だにしない間も昼ドラは進んでいった。このドロドロ具合ではそのうち火曜サスペンスが始まっても驚かない。

 

 もうどうにでもなれと二人を見守るジールの目は死んでいた。

 

(……とりあえずひー君に昼ドラを教えた奴は校舎裏だな。)

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

『久しぶりに可愛い人形で遊べて気力も湧いてきたわ。ちと待っとれ。』

 

 そう言って大釜の前に戻っていった魔女は箱を持って戻ってきた。

 

(あんなのでやる気がでるのか?制作陣はもう少し判定を見直した方がいいと思うぞ。)

 

 あの後犬が人型になり、娘が養子だと発覚し母親は爆発した。

 その間、父親はリビングから一歩も動かず相槌を打つだけのbotとなっていた。

 

 人形を作るところから始まり、徹夜で人形劇に付き合ったのだ。ノリノリのヒソカや徹夜に慣れているジールはものともしないようであったが、未だ幼いノアは途中で欠伸をしながら耐えていた。

 

 そうして魔女から一人一箱渡されたジール達は森を出てきたところでそれぞれ解散となる。

 

 人形作りの間、家の前で放し飼いされていたパチネッコもジールの肩へ戻ってきていた。

 

 正直、欲しいカードでなければ早々に投げ出していただろう。

 貰った時は眠気も吹き飛んだノアが箱を掲げながら喜んでいた。ウキウキで中の薬をバインダーに仕舞う姿を見てジールもほっこりしたものだ。

 

 そして、名誉の為にヒソカと別行動を取ったジールは適当な建物の陰に隠れ、例の箱を開けようとしていた。

 

(ぐへへ、苦手な人形劇に付き合ってでも手に入れたかったんだ。この時を待っていたぞ!!)

 

 何処ぞの悪役のような事を考えながら、そっと中身を取り出す。

 クッションの中に埋もれるように入っていたのは『【064-B】魔女の媚薬』と『【066-B】魔女の痩せ薬』だった。

 

(……あれ?無い、だと!?)

「パチ?」

 

 ジールは瓶に貼られているラベルを何度も見たが、やはり目的の物ではなかった。

 

(あー?『背伸び薬』はBランク以上だったか?いや、薬シリーズが他にもある可能性も……。)

 

 ジールは自身の覚えの悪さに頭を抱えたが、ここで唸っていても仕方が無いと気持ちを切り替えることにした。

 

(大丈夫大丈夫、ひー君まだ成長期来てないみたいだし?それ迄にゲット出来れば良いじゃないか。)

 

 成長期が早く来たジールに対して、ヒソカの身長は未だに低かった。ヒソカがまだ14歳であることを考えればこれから伸びることは明白だ。

 

 残念なことに成長期が終わってしまったジールは187cmで止まっている。

 普通ならかなりの高身長であり、ジールもこの数字に不満は無かったが、ヒソカが何センチまで伸びるのかが分からない状態で安心は出来なかった。

 

 前世でヒソカの身長など気にしたことが無かったため、ジールは将来どれ位まで伸びるのかが分からないのだ。

 

(多分、ひー君は俺の身長が低くても馬鹿にしないだろうが、何となく嫌なんだよ。数ミリで良いから勝っておきたい。そして身長を気にしていることも知られたくない。スマートに自然に勝っておきたいのだ。)

 

 希望的観測で190cmは無かった筈だと判断したジールはこのグリードアイランドであと3cm伸ばそうと計画していたらしい。

 今回はその機会では無かったようで、こっそり身長を伸ばす事には失敗したが、ジールは諦めていなかった。

 パチネッコも事情が分からないなりにジールを励ましてくれている。

 

(とりあえず情報収集をしながら、実力を磨いておこう。)

 

 『背伸び薬』を手に入れる為ならどんな試練でも乗り越えてやると、気合いを入れ直したジールはバインダーに仕舞え無くなった薬を持て余しながら、建物の裏から出てきた。

 

 大切そうにポーチへ仕舞われた薬達をこの時破棄しておけば良かったとジールは後悔する事になるが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 ダッカル達と別れる際に次の予定を聞かれたジールは修行とだけ答えていた。

 わざわざゲームの中に来てまでそんなことをするのかと驚かれたジールだが、基準が原作知識に寄っている本人的には絶好の修行スポットである。

 

 ヒソカからもストイックに強くなる兄のイメージを抱かれつつ、別行動になったジールは岩石地帯に戻ってきていた。

 ちなみにパチネッコは危険が無いようにマサドラの宿でお留守番だ。

 

(主人公達もここで強くなった。まさに聖地!俺も今後に向けて更に強くならなければ!!)

 

 気分は体験コーナーで遊ぶ大人だ。

 邪な思いで近くのモンスターに取り掛かっていくジールだったが、これでも念に目覚めてから七年以上経っている。

 

 基本のオーラ操作や切り替えは朝飯前、寧ろ十八番であった。

 

 原作のビスケが言っていたバブルホースまで難なく捕まえたジールは、自身の想像する苦しい修行とは少し違うことに首を傾げている。

 

 モンスターを探し出す手間を考えても1週間と経っていない。

 

(もっとこう、ボロボロになって能力がグレードアップするとか修行っぽい事がしたい。)

 

 考えていることだけ見ればただのドMだ。

 

 一先ず走り込みと並行してオーラを堅で消費していく。岩石地帯の周りをなぞるように走るジールは代わり映えしない視界に飽きを感じながらも、スピードを上げていった。

 

 やはり、発の使い勝手を上げるのが良いだろうかと新しく修行のメニューを考えているジールは見えてきたマサドラをスルーして折り返しに入る。

 

(オーラ操作は慣れてきているし、やはり感知能力を磨く方向がいいかな?停止も理論的には個別で出来るし、そのスピードを上げるために速いモンスターを探して乱獲でもしようか……でも数は多い方が良いよな。)

 

 眼前に広がる岩肌に飽きたジールが、思い出したと言わんばかりに指先で数字を作り始めた。

 深い意味は無い、ゴン達がやってたなぁと軽い気持ちでやってみたのだ。

 しかし、ゼロから作り始めて桁数をどんどん増やしてみるが、障害物の少ない場所でやっても効果は少ないようだった。

 

 傍から見ればバリバリの変化系修行である。

 諸事情によりオーラの形を変えるのが得意なジールは系統詐欺にでも見えそうな遊びをしながら岩石地帯を駆けていく。

 

 そして不憫にもその系統詐欺に掛かるものが居たらしい。

 

(ん?結構後ろに誰かいるな?……もしや俺のファンだったりして☆……。)

 

 自分でふざけて鳥肌を立てていては世話もない。

 100m程離れている人の気配はしかし一定の速度でジールの後ろを走っていた。

 

 本当にファンなのだろうかと気にしながらも、この前ダッカルに煽られて悔しい思いをしたジールはそのまま二周目のランニングに入る。

 ちらりと後ろに気をやってみるが近づいてくる気配は無い。寧ろジールをペースメーカーにするように同じテンポで走っているらしい人物に害意は感じられなかった。

 

 

 

 

 更に四時間ほど走ったところで、ジールは後ろの人物のペースが落ちてきていることに気がついた。

 

(おっと、我が修行仲間は疲れてしまったか。)

 

 八桁を越えた数字の更新を辞めながら、ジールは徐々にペースを落として後ろの様子を伺っている。

 自身の後ろを健気に(?)着いてきてくれる無害の人物を勝手に修行仲間へと認定していたジールは、その仲間の様子が気になるようだ。

 

 肺に負担がかからないよう呼吸を整えながら失速したジールはピタリと立ち止まった。

 

 

 ぐりん。

 

 突然前を走っていた男がこちらを向いたのだ、息を切らしていた人物は驚いたように肩を跳ねさせた後、隠れるように岩の後ろへと逃げる。

 しかしサングラスの下から見ていたジールは見逃さなかった。

 

 身体の動きからワンテンポ遅れたように靡いた髪が銀の長髪だったのだ。

 自身より少し低い身長と細身の体型、枯渇気味のオーラはジールの真似をしていたからだろうか。

 

(あれは……Mr.カイト?)

 

 咄嗟の動きに置いていかれ、ポスリと落ちた帽子に視線が注がれる中、そっと横から伸びた腕がその帽子を回収する。

 若干自信は無いが、見えた人物はジールの記憶にある姿と酷似していた。そしてジールはとても混乱していた。

 

 想定外の人物に動きを止めたジールは、自身を落ち着けようと深呼吸をしながらどう対応するべきか悩んでいる。

 

(人違いだったら恥ずかしなぁ、それにしても何で俺の後を付けてるのか全く分からない……が、とりあえずカイトをファン呼ばわりとか身の程知らずにも程があるな??どうするよ、声掛ける?“俺の後付けてきましたよね”って?自意識過剰すぎてビックリだわ、よくそんな図々しいこと聞けるな羞恥心の設計ミスってんぞ。あぁ、不敬を重ねに重ねている身の程知らずの俺が呼び捨てなんぞ。さん付けしろ、さん付け。ここは無難に声を……掛けるのか?俺が?どうやって??よし!先ずは当たり障りなく、な?せっかくのチャンスだしな!)

 

 溜めに溜めた微妙な空気の中、無造作に後頭部を掻きながら口を開く。

 

 

 

「……あー、どうかしたか?」

 

 ジール精一杯の当たり障りの無い対応だった。

 

 

 

 

 




次回は本格的に修行をします。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
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修行には指導者

目次の見やすさを考慮して、一部章の区切りを変更しました。

前回の続きからです。よろしくお願いします。


 ゲームの中、マップの中心にある岩石地帯には様々なモンスターが跋扈している。

 プレイヤーの中には命からがらに通過する者も少なくないその場所は、今二人の男達の出会いの場となっていた。

 

(……どうしよう。)

 

 そのうちの一人、ジールは出てくる気配の無い相手に頭を悩ませている最中であった。

 乾いた空気が二人の間に流れているのは気のせいではないだろう。

 

 岩陰に隠れてしまったカイトに声を掛けてみたものの反応が返ってくる様子は無く、ジールはお手上げ状態であった。

 

 勘違いで誰も居ないところに話しかけている――というパターンも有り得るが、人影を捉えてからその気配を追い続けているジールは自信を持ってそこにカイトが居ると断言できる。

 

 しかし、相手の反応が無い状態ではこれ以上ジールからコンタクトを取るのは難しい。

 そもそも、カイトを見つけたテンションとノリで声を掛けたようなものなのだ、微妙な空気になった今ジールは若干の後悔すら感じていた。

 

 選んだ言葉が悪かったのか、急に声を掛けたのがいけなかったのか、もしや後ろを付いてきていたという認識が自意識過剰だったのではないか。

 このまま放置すればジールのネガティブは留まるところを知らずに突き抜けていくだろう。

 

 声を掛けた手前、気づかなかったフリは出来ない。

 身動きを取れなくなったジールは太陽の照りつける下でじっと相手の動きを伺っていた。

 

 

 立ち尽くした状態でどれ程経っただろうか、お互いが無言のままジールの中に気まずさだけが募っていく。

 もう全てを無かったことにして帰ってしまおうか、一瞬だけでも会えたことを思い出に修行へ戻ろう、そうしよう。

 

 痺れを切らしたジールが、良き思い出として全てを終わりにしようとした時だった。

 背を向け歩き出そうとしたジールの背中に声が投げかけられた。

 

 

「ゲーム機買う時に写真を撮ってた人で間違いないか?」

 

(なぜそれを!!!!!!)

 

 聞き逃せないセリフに勢いよく振り返ったジールは、動揺を押し殺しながらカイトを見る。

 先程まで何の反応も無かった相手は、立ち去ろうとしたジールを引き止めたかったのだろう、僅かに焦りを滲ませた声は結果見事にジールを引き止めた。

 

 寧ろ、己のオタ活を見られたジールは情報の出処が気になって仕方がない。

 誰かに聞いたのか、直接見られていたのか回答によっては社会的な死まであるかもしれないとジールは妄想を暴走させていた。

 その頭から感動的な出会いは既に消えている。

 

 飛びかかって問い詰めてしまいそうな所をなんとか堪えたジールは冷静に相手の様子を観察した。

 

(大丈夫、相手も俺に用があるっぽいし、会話の中でそれとなく聞いてみよう。焦るな、まだ大丈夫だろ。)

 

「……用件は?」

 

 警戒させないよう、自ら近寄ることはせずにカイトの出方を伺うジールは内心で冷や汗を流している。

 

「いや、たいした用事があって接近したわけではないんだ。ただ、ジ――オレの師匠が話していたのを思い出して気になっただけで、……鍛錬の邪魔をしてしまってすまなかった。」

 

 どうやら相手はジールのストーカー行為を責めに来たわけではないようだった。寧ろ足を止めたジールの事を気にして謝ってくる程だ。

 そして、カイトの丁寧な対応と、そこに含まれる情報量にパンクしそうなジールは邪魔ではないと伝えるだけでも精一杯である。

 

(プリーズストップ!!!!オーケー落ち着け?握手会場に核爆弾を落とすのはよくねぇ、死人が出るぜ?………………ところでカイトさん、ジンに認知されてるってマジ?)

 

「……それだけで付いてきたのか?」

 

 荒ぶっていてもそれを外に出すわけにはいかない。なぜなら相手はジールの隠し撮りを知っているカイトなのだ、言わばジールは前科一犯。

 これ以上の奇行を晒して引かれないようにしたいところである。

 

 まさか隠し撮りの人だと覚えられ、ここまでついてきた訳では無かろうとその“たいしたことない用事”を聞き出そうとジールは必死だった。

 

「キッカケはそれなんだが、お前の鍛錬がよく出来ていたものだからコッソリ参加させて貰えないかとついていた。」

「……随分積極的だな。」

「急だったとは思ってる。危険な人物ではなさそうだし、こちらも事情があったので勝手にやらせてもらった。すまない。」

 

 師匠に似て意外にもアグレッシブな様子である。本人にその意図は無さそうだが、知っている姿よりも若い人物はジールの心臓に優しくなさそうだ。

 

 お互い同い年位なのだろう、背丈も似通っている相手はジールのことをじっと見つめている。

 

 確かに全体的にプレイヤー年齢の高いこのゲームにおいて同年代の知り合いというのは一種の心強さがあるかもしれない。と一周まわって感情が無に近づいたジールは読み取った相手の様子から勝手な考察を始めていた。

 

「……まだ話したいことはあるが、時間が無い。」

 

 自身の中で一区切りがついたジールは、話の流れをぶった切って自身の用件を述べ始めた。

 

「そうだな、話を聞いてくれてありがとう。」

 

 空が暗くなっていくのを見たカイトは終わりの合図だと思ったのだろう。後をつけていた弁明を聞いたジールにその礼を伝えると、背を向けゆっくり足を進め始めた。

 

「……?付いてこないのか。」

「ん?」

「君も話したいことがあるだろう。」

 

 その言葉に足を止めたカイトは確かめるようにジールの方を見た、出会った時と真逆の立場になっているようだ。

 

 ジールに遠回りな別れの言葉など扱えない。

 社交辞令でもなんでもなく、本当にまだ話したいことがあるのだ。

 そして、別れを惜しむように歩き出したカイトもまだ言えてないことがあった。

 

「時間が無いんじゃないのか?」

「ペットに餌をやりに行く。その後でも良ければ続きを話そう。」

 

 やっと言いたいことを言えたジールはこちらに寄ってきたカイトを見てからマサドラの方へと歩き出した。

 

 ジールと少し間を空けるようにその横へ収まったカイトは暗い中でも外されないサングラスを見る。

 

 初めに声をかけてきてから、黙ってしまった相手は会話の途中でも間が空くことが多かった。

 やはり快く思われていないのだろうかと不安に思ったが、先のやり取りのおかげでその不安もう払拭されている。

 

 少々不器用な相手はどうやら口下手らしく、決してこちらを邪険に思っているわけではないようだった。

 

 そうと分かれば遠慮する必要も無いだろうと、本来の目的を見据えたカイトはマサドラの灯りを待ち遠しく思っていた。

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 豪華なホテルの一室にパチネッコを迎えに行ったジール達は揃ってホテルのレストランへやって来ていた。

 最近ログインしたばかりで金を持っていないと逃げようとするカイトを捕まえて同じ席に付かせたジールは、足元に座っているパチネッコにフルーツを渡しながらメニュー表を開く。

 

「……遠慮するな。」

「いや、するだろ。」

 

 マサドラに向かう途中色々と話していたからか、出会った時よりも砕けた様子に見えるカイトは渋々メニュー表を受け取り一番安い料理を探していた。

 

「……決まったか?」

「ああ。」

「俺はコレで。」

 

 そう言ってカイトにメニュー表を見せたジールは自分が食べたいものを指さしている。

 店員を呼ぶ為に片手を上げていたカイトはその行動の意図を図りかねているようで、どういうことかとジールとメニュー表を交互に見た。

 

「はい、ご注文をお伺いします。」

 

 そうこうしているうちに笑顔の店員がテーブルの横までやってくる。ジールに話しかける間もなく、カイトは自分の選んだメニューを店員に伝えそのままジールの指さしたディナーセットも注文した。

 

「きのこのスープと丸パン、ディナーセットAでよろしいですか。」

「はい。」

「かしこまりました。それでは失礼します。」

 

 一礼をして去っていく店員に結局一言も話さなかったジールは、ホッとひと息つくようにメニュー表をしまい始めた。

 つまるところ、ジールは店員に注文するのが苦手なのだろう。居酒屋のような軽い雰囲気ならともかく、ファミレス辺りから店員を引き止めるのにも若干の気を使うらしい。

 

 とは言っても、なんでも無いように注文することも出来るのだ。しかし今回は一緒に注文する相手がいたため、ついでに頼んでもらおうという魂胆だった。

 

 初対面の相手に説明もなしにそんなことをすれば不思議がられるのは当然のことだが、久しぶりの同年代に浮かれているジールは気づいていない。

 

 無駄にカイトを混乱させながらも、料理が届いた二人は向かい合いながら食事を始める。

 

「まだ名乗って無かったな、オレはカイトだ。」

「ジール、よろしく。」

「ああ、よろしく。」

 

 切り分けたハンバーグを口に運びながら、ジールはじっとカイトの顔を見る。

 食事の手は止めずに、そのサングラスの下から見つめられるのは落ち着かないだろう。

 

 未だジールについて色々と図りかねているカイトはどうしたのかと、そのジールの意図を探ろうとしていた。

 

「……どうするか。」

「悩み事でも?」

「あぁ。」

 

 やっとジールから漏れ出た一言にカイトは反応する。相談にのる方が、何も言われずに見られているよりもずっと楽だ。

 何を言われるのか、カイトはスープを啜りながらジールに目を向けた。

 

「流石に相手の武器を晒すのは良くないだろう。」

「……まあ、嫌がらせだな。」

「そうすると色で判断するか。」

「動物でも見分けたいのか?ならその生物の生活環境なども参考になるぞ。」

「……環境、食べてるものとか。」 

「ああ、ついでにエサの繁殖地も調べたい。」

「となると、きのこスープになるな。」

「ん?スープを食べる魔獣のことか?」

「いや、君のあだ名だ。」

 

 自分達は動物の見分け方について話し合っていたのではなかったのか、カイトは急に出てきた自分の話題についていけなかった。

 

 そもそも口数が少なく硬派なイメージを持っていた目の前の相手からあだ名などという単語が出てきたのにも驚きだ。

 スプーンの端からぽたぽたと落ちていくスープがカイトの動揺を表していた。

 しかし、混乱して上手く言葉が出ないカイトだったが、これだけは言っておきたいことがある。

 

「……きのこスープと呼ぶのはやめてくれ。」

「だろうな。」

 

 ジールも流石に無いなと思っていた。

 帽子を揶揄ったあだ名は既に使われているため、あとは白髪とかスロットとかピエロしか出てこない。

 

 どれもイマイチだと却下したジールは結局名前から取ることにした。

 

「ではカイ君で。」

「まあ、それなら。」

 

 ジールのあだ名史上トップを争う無難さに収まった。名前の過半数が原型として残っているのはかなりまともなあだ名だろう。

 

「それでカイ君の用事は?」

「……この流れで聞くのか、まあいい。」

 

 注文した量も少ないカイトは、食べ終わった食器を隅に寄せジールの方を改めて向いた。

 正面から向けられる視線に、周囲の話し声も聞こえなくなってくる。カイトの真剣さを感じ取ったジールもまた、フォークを置き食事の手を止めた。

 

「オレに念の指導をして欲しい。」

 

 全く予想もしていなかったお願いに、ジールは目を見開いた。

 その様子に気づいたパチネッコも、ジールの膝によじ登り二人の行方を見守っている。

 

「……師匠が居ると聞いたが。」

「実はその師匠からミッションが出ているんだ。」

 

 そう言って事情を話し始めたカイトは少し疲労感を漂わせていた。

 

 なんでもカイトはグリードアイランドをクリアする為にログインした訳では無いという。

 再来年のハンター試験に向けて、修行の一環としてグリードアイランドに放り込まれたのだと慣れた口調で話してくれた。

 

 念の基礎などは師匠から荒々しくもしっかり教えて貰っており、未完成だが自分の発も出来ている。

 カイトが今後の仕事の為にハンターライセンスが欲しいと師匠に相談すると『じゃあ、ここで一年みっちり修行してこい。オレは忙しいから自分で考えて何とかしろ。(要約)』と試験を受ける為の試験が用意されたらしい。

 

 ジールは裏話ありがとうございますのテンションでその話に相槌を打ちながらも、脳内は疑問符で埋め尽くされていた。

 

「見る限り、ここには念の仕組みを多く使ったモノがたくさんある。身体能力を上げつつ、念に力を入れていこうと思ったんだが、どう鍛えれば良いのか分からなくて困っていたんだ。」

「……それで俺に?」

「変化系の系統修行をしていただろ?やはり一人でやるには不向きなところもある。」

「出会ってすぐの男に頼むものか?」

 

 ジールは何故自分に声をかけてきたのか全く分からず、訝しんでいた。

 一緒に修行という響きはかなり魅力的だが、フライングで色々知っている自分はともかくカイトは、もう少しこちらを警戒するものでは無いかとジールは思っている。

 

 しかし、ジールに問われてもカイトは膝上のパチネッコをチラリと見ただけで動揺することは無かった。

 

「……師匠が良いと言っていたジールに対して不安は無い。勿論そっちが迷惑なら断ってくれ。」

「……嫌ではないが、本当に俺なのか?」

「ジールに頼んでる。」

「少し見ただけだろう。」

「それだけでも十分な収穫はあった。」

 

 普段はなるようになれと、口を開かずに流されるジールだが珍しくアレコレとカイトに確認をしている。

 決して嫌ではないが、自身の心臓へのダメージを考えるとここで流されてはいけないと警報が必死になっているのだ。

 

 考えても見ろ、カイトに念の指導をする自分を。恐れ多さと接触回数に心臓が潰れる。命の危機だ。

 

 しかし嫌がってない時点でジールが言いくるめられるのは決まった未来だ。

 

「…………言葉で伝えるのは苦手なんだが。」

「知っている。隣に置いてくれればいい。」

 

 恥を忍んで、指導に向かないと暴露したジールだが鷹揚に頷くカイトにあっさり受け入れられてしまった。

 これ以上言えることも無い。それに修行仲間ができるのは悪いことではないだろう。

 

 黙り込んだジールにカイトは了承の気配を察知したのか、期待するようにジールを見ている。

 

「ちなみに、なんで俺なんだ?」

「いっぺんに色々鍛えようとする所が、師匠のやり方と似ていたのが理由だな。」

「……では厳しくいこう。」

「ああ!よろしく頼んだ。」

「パチ!」

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

(何故かカイトが修行仲間になってから一週間。ヌルッと年越しをして、本日も絶賛の修行日和です。)

 

 大きな川に入り、水中で負荷をかけながら魚取りに苦心しているカイトを見ながらジールは適当に念弾を放っていた。

 

 岩石地帯の景色に飽きたジール達が次に選んだのは見晴らしのいい草原だ。

 ジール的にはゴン達が修行をしていた草原に行きたかったが、生憎と似たような風景が多くどこなのか分からなかった。

 

「……次、行くぞ。」

 

 ふくらはぎ辺りまで水かさがあるため、思うように動くためには相当の筋力が必要になってくる。

 元々生物との相性が良いカイトは獲物の捕獲も手際よく行えてた。

 

 しかしそれでは修行にならないだろうと、ジールがカイトの獲物を散らすように念弾を放ったのだ。

 

 カイトはジールの動きを読みつつ獲物を捕らえたり、そもそもの念弾を防いだりと作戦を練りながら魚を捕まえなくてはいけない。

 対するジールは、魚を殺さない程度にオーラ量を調整したりカイトのフェイントをかわして妨害したりとこちらも必要な能力を鍛えている。

 

「待て、仕掛けたトラップの破壊は無しだろ!」

「……嫌なら防げばいい。」

「無茶ぶりだな!本当に師匠のスタイルに似て――ってオーラ量増えてないか!?」

 

(いやー、ジンに似てるとか言われると照れてしまうな。)

 

 感情の発露で手元の狂ったジールは魚が死にかねない量のオーラを込めてしまい、言われた通り防ぎにきたカイトを焦らせることになる。

 

 そもそも念弾の数はひとつやふたつでは無い。二十近くまである念弾を防げというのは丸腰のカイトにとって難しいだろう。

 

 普段ドン引きされるほど綿密なオーラ操作をするジールがオーラ量を間違えるというのも中々に珍しいが、テンションの高いジールに付き合っているカイトにとってはそうでも無いようだ。

 まだまだ修行が足りないと内なるオタクを宥めたジールは、動きに慣れが出てきたカイトを見て次のやり方に進むことにした。

 

「……枝を見つけてこい。」

「なんだ、別の修行を始めるのか?まだ捕まえられてないぞ。」

 

 そう言いながらも、陸へ上がったカイトは水気を飛ばしながら近くの草を掻き分け始めた。

 

 上流から泳いでくる魚をスケッチストッパーでコッソリ止めながらその様子を見るジールは感慨深そうに腕を組んだ。

 

(それにしても、マジで念の指導してるよ。未だに信じられないな。)

 

 どうやら適当な枝を見つけたのだろう。付いていた葉をむしりながらこちらへ歩いてくるカイトは枝を何に使うのか不思議がっているようだった。

 

 少し細いが折れて学ぶのも大切だろうと、そのまままた川の中へ入るよう指示を出したジールは、カイトに次の説明をする。

 

「次の念弾は曲がる。その枝を使って防げ。」

 

 この修行では、ジールは放ったオーラの同時操作と、カイトには言っていないが隠の特訓を。カイトはオーラ感知と凝。使うのなら枝に周もするため鍛えることができるだろう。

 

「分かった。……ところで魚の数が一向に増えないんだが。」

「増えたら簡単になってしまう。安心しろ、死んだら追加する。」

 

 修行の為にジールが裏で何かやっていることに勘づいたカイトだったが、あえて何も追求はしなかった。

 

 水中での足さばきに慣れてきて三時間。そろそろ別の修行に入る時間が近づいているため、この攻防も今日はこれがラストになる。

 

 長い髪を結び直したカイトは気合いを入れるようにジールと向き合った。

 

 大きな水しぶきを上げながら、ジールの念弾を打ち返すカイトは途中で折れた枝を捨ててすぐさま新しいのを手に取る。

 そのうち魚を忘れて如何にジールの念弾を防げるかにシフトしてしまったが、白熱したので二人は満足そうだった。

 

 ちなみに感覚が研ぎ澄まされているカイトにとってジールの隠は見破りやすく、途中からは完全な打ち合いとなったのはジールにとって悔しいところだ。

 

「もう少し、周にオーラを割いてもいい。あと、握ってる手にも。」

「分かった。ジールはオーラの流れを読むのが上手いな、コツでもあるのか?」

「………………勘。」

 

 何とかいいアドバイスができたんじゃないかとホクホクしてるところで、不意打ちの質問に不甲斐ない回答しか出来なかった。

 

 再び陸へ上がってきたカイトにタオルを渡しつつ、二人は草の短いところを見つけて座り込んだ。

 

「中々疲れるな。」

「休んだら系統別だ。」

「今日は変化系か?」

「……ああ。」

 

 空を見上げれば流れていく雲が見える。

 汗をとばす風に心地良さを覚えたジールは、サングラスの下で目を細めた。

 

 

 

 

 

 

(あー、すっげぇ平和。)




特大のフラグを立てたところで、次回はそのフラグをヒソカに回収してもらいます。
ということで、次回はヒソカ視点です。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
評価、感想、ここすきなど励みになっています。


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殺人事件には目撃者

今回はヒソカサイドのお話です。

よろしくお願いします。


 打ち寄せる波に暑い砂浜、海沿いに並んだ屋台には海の幸が売られている。

 活気のある声は街の明るさを表すかのように日の出の時間から途切れることなく聞こえてきた。

 

 『海辺の街 ソウフラビ』ジールと別れたヒソカはある人物を追って、街までやってきたのだ。

 

 【磁力(マグネティックフォース)】を唱えてソウフラビに着いたのが昨日の夜遅くだったのもあり、ヒソカが起きたのは日も登りきる昼直前。早く行動しなければすれ違うこともあるだろうが、ゲームの利便性をしっかりと把握しているヒソカに焦りはなかった。

 

 一枚しか無かった磁力(マグネティックフォース)さえなんの躊躇いもなく使えるヒソカは、たとえ見失ったとしてもまた見つければいいと思っている。

 

「あ、やっと見つけた♥」

「なんだヒソカじゃないか!」

「……お前なぁ。」

 

 市場をフラフラと散策していれば、少し先に昨日見つけた二人を発見する。

 声をかけられたノアはニコニコのヒソカに駆け寄った。昨日の夜、急に目の前に現れたヒソカが要件も言わずに帰ったことを知っていたダッカルはその様子を見て何か言いたそうにしている。

 

 しかし、そんなことはお構い無しのヒソカはダッカルの持っている紙袋に視線を向けながらマイペースに話し始めた。

 

「兄さんが修行し始めちゃったから暇なんだ♠二人は何してるの?」

「そうなのか!なら、一緒に朝食食べてくか?」

「ゲームの中に来てまで修行とは変わってんな。」

 

 ダッカルが持っているのは朝食らしい。お誘いを受けたヒソカは特に断る理由も無いしと、二人について歩く。

 

 市場の騒がしさを気にしない三人組は、適当な階段を見つけて腰を下ろした。ダッカルは紙袋の中からサンドイッチを取り出すとノアとヒソカに渡してくる。

 

「おらよ。にしてもお前って兄貴の傍から離れることあるんだな。」

「ずっと一緒にいると思ったのかい♦」

「俺そっちのサーモンがいい。」

「ハイハイ。そりゃあんだけ引っ付いてりゃ思うだろ。」

 

 ダッカルの手からサーモンのサンドイッチを勝手に抜き取ったノアも頬を膨らませながら、頷いている。

 

「兄弟いないから羨ましいんだぞ!」

「フフフッ、兄さんは凄いからね♥」

「まぁ人形作るのも上手かったし、腕っ節も充分あるしな。」

「ダッカルが褒めるなんて珍しいな。」

 

 ――いつも酒が貰える時くらいしか相手のこと褒めないのに。

 ノアが感心する横で酒瓶をラッパ飲みするダッカルはそんな事は無いと言いたげだが、その姿では説得力も何もないだろう。

 

「そんで、そんな凄いお兄さまに追い払われたのか。」

「何でだろうね♦」

「寂しいならもっと早くこっちに来れば良かったのに。」

 

 食後のデザートまでちゃっかり食べ終わったヒソカは肩を竦めながらわざとらしく笑っていた。

 マサドラで別れてから数日経っているという事は、その間のヒソカは一人で行動していたのだろう。

 それを思い浮かべたノアは眉を八の字にさげながらヒソカのことを見上げた。一人は寂しかっただろうとヒソカを思っての事だが、ダッカルはどうせ遊び飽きてこちらに来ただけだと思っている。

 

「俺らも情報が掴めなくて暇してたからな!一緒に遊ぼう。」

 

 にっこりと笑いながら手を差し伸べるノアは、コミュ力お化けのようだ。

 ジールが見ればノータイムのお誘いに震え上がっただろうが、ここにいるのは同類だ。

 

「いいね♣︎是非お願いするよ♥」

「おー、怪我はするなよ。」

「何言ってるんだ。ダッカルもくるんだぞ!」

 

 酒瓶を持っている手とは反対の腕を掴まれて引っ張られたダッカルは、やっぱり駄目かとため息を吐きながら腰を上げた。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

「おい、あんまり離れんなよ。」

 

 ダッカルの少し前を歩くノアとヒソカは、見晴らしのいい荒野を歩いていた。

 

「……最近プレイヤーが死んでる事件があってダッカルが五月蝿いんだ。」

「へぇ♠色々言ってくるのは兄さんも一緒だよ♥」

「そうなのか?あの人そんな風には見えないけど。」

 

 ノアの頭の中には、一緒にカードを手に入れるために頑張ってくれたジールの姿が浮かんでいた。

 元々、自分の趣味に全力で人間関係を放棄していたジールは口出しするタイプでは無い。普通の弟なら放任主義の名のもとに好きにさせていただろう。

 

 放任したらヤベーのが弟になったため、こうして気にかけているのだ。

 

「でもね見えない所で上手くやる分には言われないんだよ♠たぶんバレてるけど♦」

「なるほど参考になるな。」

 

 内緒話をする様にコソコソと話す二人は楽しそうだった。

 人の多いところで行動するようにと制限をかけていたダッカルもノアの楽しそうな様子を見て新しい酒瓶を開ける。

 

 ヒソカの希望で広いところまでやってきた三人はここら辺でいいだろうと荒野の真ん中で立ち止まった。

 

「それで、何をしたいんだ?」

「組手♥」

「…………あー。」

 

 ノアよりも少しだけ付き合いが長いダッカルは、初対面の時に向けられた視線の意味を理解した。

 

 生まれつき念が使えるノアはオーラの変化を敏感に感じ取ることが少ない。隣に立ったヒソカのオーラが練られ増えていく様子を眺めるだけで、ノアがその場を離れることはなかった。

 

 しかし状況を正しく理解しているダッカルからしてみれば、質が変わったオーラを警戒せずには居られない。組手という言葉を信じるなら正面からやり合いたいはずだが、一先ずノアをその場から遠ざけなければと考えていた。

 

 目の前で瞬時に戦闘態勢に入ったダッカルを見たヒソカはにっこりと笑いながら己の勘の正しさに舌なめずりをしている。

 隣のノアも気になる部分はあるが、戦うのならこっちだろうと標的を定めたヒソカが緩く構えをとった。

 

「……めんどくせぇから止めにしたいんだが。」

「えぇー付き合ってくれても良いじゃないか♦」

「なんだ?審判でもするか?」

 

 二人のやり取りから審判役を買ってでたノアは、ウキウキで離れたところまで走って行った。

 

 仕事上似たような性格の相手をしたことがあるダッカルは、向き合うヒソカが戦闘を強く好んでいる事に気づいた。

 そして修行のために弟を追い払ったジールの事を思い出し、納得のため息を吐く。

 

「おいおい、お兄ちゃんの前では良い子にしてたじゃねぇか。」

「やだなぁ♥だからこうして追ってきたんじゃないか♠」

「リードの紐はもっと短くして貰いな!」

 

 ぶつぶつと文句を言うダッカルだが、この場では二人が乗り気になっている。

 自分一人が嫌がっても変わらないことを察したダッカルは先程開けた酒瓶を飲み干し瓶を放り投げだ。

 

「よし!じゃあ三本先取でいくぞ。」

 

 何をしたら攻撃が当たった判定になるのか一切の説明も無いが、審判役のノアが満足そうにしているためそのまま試合が開始となった。

 謎のルールだが戦えれば細かいことは気にしないヒソカには特に問題無かった。

 

 初めは互いに拳や蹴りを入れながら身体を暖めていく。

 スピードは申し分無いが、大人と子供の体格差である。いくらヒソカがパワーを持っていてもダッカルと比べると押されてしまうのが現実であった。

 

 暫くして、先に動きのキレが増してきたヒソカはヒットアンドアウェイで確実にダメージを入れていく戦法に切り替えた。

 今までヒソカの攻撃の殆どを避けているダッカルに確実に当てるための作戦だ。

 

 ヒソカの右脚がダッカルの足元を狙って繰り出される。

 

「中々いい動きじゃねぇか。」

「もっと仕掛けてきてよ♣︎」

「生意気言うなよ。」

 

 ヒソカは久しぶりの手応えがある相手に喜びを全身で表していた。

 先程の蹴りは避けられてしまったが問題は無い。

 

 もう一度同じように駆け寄ったヒソカは、次に鳩尾を狙って脚を上げる。

 それを見たダッカルが同じように避けようとしたところで、足元の違和感に気づき腕でのガードに切り替えた。

 

「チッ、触りたく無かったが仕方ねぇか。」

「ほら♠まだあるよ♥」

 

 相手のペースが崩れたタイミングを逃さずに正面から連続で拳を入れたヒソカは、再び距離をとってダッカルの方を見た。

 

「うーん、二本!」

「小細工なんかしやがって、やっぱり変化系かよ。」

「ダッカル避けてたのに意味なかったな。」

「あれ♦バレてたんだ♠」

 

 ヒソカの発を警戒して接触を控えていたダッカルは、隠で足元に設置されたオーラを見てヒソカの発の性質を考察する。

 

「どうする?動けないだろう♥」

「まぁいいか。」

 

 ダッカルはその場から動く様子は見せず、ノーモーションから念弾を放った。

 音が置いていかれる程に初速の速いそれは避けたヒソカの横を通り過ぎ地面を抉る。

 

「俺の本領はここじゃねぇが、少しくらいは見せてやるよ。」

 

 動けなくさせ、これからどうしようかと考えていたところで遠距離武器を見せられてしまえば、ヒソカの手札が一気に削られてしまう。

 

 しかしそれだけで苦戦するヒソカでは無い。

 なにより念弾の威力はえげつなかったが兄の追いかけてくるそれよりは避けやすいのだ、ヒソカは迷いなく突っ込んだ。

 

「おいおい、慣れてんな。」

 

 避けられないダッカルがヒソカの腕を掴み遠くに投げながら呟いた。

 流石に空中で狙われて仕舞えばオーラでガードするしかない。

 

「ダッカル、一本!」

 

 痣を作りながら地面に着地したヒソカは回避用の仕掛けを張りながらダッカルの背後に回った。

 

 容赦なく後頭部を狙った蹴りもダッカルの手に止められてしまう。目まぐるしく変わる戦況に直ぐ適応できるのは戦闘経験が物をいうだろう。

 

 動けないなりにヒソカの攻撃を捌けるダッカルの戦闘力の高さは、ヒソカの興奮材料だが勝敗の決め手になるとは限らない。

 

 背後からの攻撃を止められた瞬間、ヒソカはいやらしく笑うとバンジーガムを解除した。

 

「あ”っ…。」

 

 足元のオーラが消えたダッカルは踏ん張る暇もなく横に吹っ飛ばされた。

 

 今までガムの粘着力を利用して踏ん張っていたダッカルはその適応力を逆に利用されてしまったのだ。

 

「ヒソカ、一本!しゅーりょー!!」

 

 上手く受け身を取り、直ぐに立ち上がったダッカルだが審判が終了と言ったためこの勝負はヒソカの勝利で終わりとなる。

 

 適当に砂埃を払ったダッカルはノアとヒソカが話しているとこへ歩いていく。

 

「凄いな!ダッカルが蹴られてるところなんて初めて見たぞ!!」

「そうなのかい?彼強いよね♦」

「勿論だ。なんてったってシングルのプロハンターだからな!」

 

 急に勝負を仕掛けられどうなるものかと思ったが、ヒソカがルールを守るタイプの奴で良かったとダッカルは考えていた。

 向上心のあるやつは悪くねぇと上玉の酒を開けたダッカルは、個人情報を垂れ流すラジオを止めに入る。

 

「ペラペラ喋るなって言ってるだろう。」

「止めるなダッカル!お前のことを褒めてくれる人なんてスナックのママくらいだろ!」

 

 どうやら幼心にダッカルの良いところを伝えようとしていたらしい。

 しかしここにジールが居れば、小さい子をなんでところに連れ込んでるのかと注意のひとつもあっただろうが、ここにはだらしない大人と未成年しかいない。

 

「ねえ、シングルって強いの?」

「プロハンターは強いぞ!その中でもダッカルは裏のやつらを纏めて――んぐぅ。」

 

 ジールが意図的にハンターの情報を遮断しており、自分からも興味が湧かなければ調べようとしないヒソカはダッカルから見ても驚く程にプロハンターについて知らなかった。

 

 親切心でノアとダッカルがプロハンターとはなんたるかを教えていると、ヒソカはどこか納得したように頷く。

 二人が何に納得したのか不思議そうに見ている中でヒソカは口を開いた。

 

「うん、だから兄さんはなりたがってたのか♠」

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

「ねぇねぇ兄さん♥ダッカルはプロのシングルハンターなんだって♦」

「おい、ヒソカ!」

「なんでも裏の人達を纏めたらしいよ♠」

「バラすなって言っただろーが!」

 

 一月の月例大会の為にアントキバで兄と再会したヒソカは会って早々にダッカルの事を話し始めた。

 プロハンターに興味がある兄が聞いたら喜ぶだろうという親切心のはずだが、止めようとするダッカルの拳を避けながら話し続ける辺り確信犯かもしれない。

 

「……ほう、それはすごいな。」

「でしょ♣︎」

「だよな!」

「パーチッ。」

 

 三人で仲良く話している周りで騒ぐダッカルは完全にアウェーだった。

 

「あの、」

「あぁ、煩くしてすまんな。」

 

 ジールが連れてきたひょろ長い男は、酒瓶を振り回していたダッカルに遠慮がちに声をかけてきた。

 初対面で自己紹介もまだなのに、色々言われても分からないだろうと気を利かせたダッカルは銀髪の男の方に向き直る。

 

「……俺の名前はダッカルってんだ。よろしく。」

「プロハンターってほんとですか?」

 

 切れ長の瞳がキラキラしている様にも見える。

 お前もかとダッカルが肩を落としたところで広場のステージに立った男が声を上げた。

 

懸賞の街(アントキバ)の月例大会!今月は二人綱引きだ!!』

 

 周りを見ればかなりの数のプレイヤーが集まっていることが分かる。ゲームが始まってから最初の月例大会はその存在を知っている者ならば参加してみようと思うのが大半だろう。

 

 先程のヒソカの言葉で何か考え事をしているジールは盛り上がる周囲から浮いているがそれを気にする者はいない。

 

 それよりもヒソカとしてはジールが連れてきた男のことが気になって仕方が無かった。

 ジールの隣に立ちながらも、ヒソカはダッカルと話すその姿をチラチラと盗み見ている。

 

(えっ?誰あれ?兄さんと一緒に居たよね??ボクが遊びに行ってる間に知り合ったってことかい♠)

 

 カイトの鍛えられた様子に興奮しつつも、兄から一切の説明が無いためヒソカはどう動いていいか考えあぐねていた。

 

『では次のジール&ヒソカペア!ペー&カルロスペア!前へ。』

 

 マイク越しに呼ばれた二人は心ここに在らずな様子でステージに上がっていく。

 カイトに預けられたパチネッコも心配するように鳴きながら見守っていたが、縄を持ってからは早かった。

 

『始め!!』

 

 審判の男が縄から手を離すと同時に引っ張られ、踏ん張る暇もなく引き摺られた対戦相手はステージの上に転がっていた。

 

『勝者ジール&ヒソカペア!さて、次の対戦は――』

 

 注目を浴びている二人はしかし周囲の視線に気づかない様子だ。

 

 ヒソカが念弾に慣れている理由がジールだと聞き親近感が湧いたダッカルも話しかけられずに見守るだけだった。

 ノアとダッカルのペアが呼ばれステージに上がっていっても軽く応援の言葉をかけられるだけに終わる。

 

 幸い人数が多い大会だった為、時間はたっぷりあった。

 途中で気にするのも面倒になったヒソカがジールの横顔を眺め始めたところで、決勝戦の組み合わせが発表される。

 

『ジール&ヒソカペア!ノア&ダッカルペア!』

 

 負けたプレイヤーも優勝者が気になるのだろう、ステージの周りに集まり危なげなく勝ち上がってきたペアに注目していた。

 

 そして今まで通りジールの後ろにヒソカが立ち縄を握る。相手もダッカル、ノアと並んで縄を持っていた。

 審判の男が縄に手をかけ、始めの合図を出そうとしたところでジールは何かに気づいたように顔を上げた。

 

「あっ!」

 

 正面からその表情を見たダッカルはジールの悩みが解決したことを察するだろう。

 サングラスの下にあってもすっきりしたと言わんばかりの様子に良かったなと声をかけそうになる。

 

『始め!!』

 

 そしてダッカルがジールに気を取られた瞬間、油断の無かったヒソカと集中力の戻ったジールが縄を引き勝負は決した。

 

「あーーーーー!!!」

 

 声を上げたノアは、引っ張られダッカルの腰にぶつかりながらも負けた気配を察して目を瞑った。

 

『優勝はジール&ヒソカペアです!!』

 

 思い出せなかったことが分かりすっきりしたところでジールは、ステージの中央へと連れてこられた。

 視界には多くのプレイヤーが映っており、ここでやっと月例大会に参加していたことを思い出したのだ。

 

 兄と一緒に勝てたことが嬉しいヒソカは、隣に立つジールのことを覗き込む。

 そこには優勝出来て嬉しそうにしながらも、どこか悔しそうな雰囲気を見せる兄がいた。

 

 また自分には分からない難しい事でもあったのかと流したヒソカは、カイトやダッカル達のいるスペースへと戻っていく。

 

「よっ!おめでとさん。」

「まあ祝ってあげるんだぞ!悔しいけどな!」

「おめでとう、ジール。」

「パチ、パチチ!」

 

 賑やかに迎えられた二人はそれぞれお礼の言葉を言いながら、カードをバインダーにしまった。

 

 そしてヒソカがカイトのことを聞こうとジールの方を振り向くと、何故かジールとダッカルが話している。

 やっと聞けると思ったところで邪魔が入った。

 もう本人に聞いた方が早いかと、丁寧にパチネッコを撫でているカイトの元へ寄っていく。

 

「なあ、カルビ。」

「……………………なんだ。」

 

 祝い酒と称して新しく酒を飲み始めたダッカルは、声をかけてきたジールをありえないという風に見ながらも返事を返した。

 

「シングルの授賞式は最近だったか?」

「……ああ、まだ一年経ってねぇんじゃねえの。」

「仕事の斡旋所を作ったか。」

「なんだ、お前さん知らなそうな顔してたろ。」

 

 ジールからの質問が、ダッカルの素性を問うものだと気づいたダッカルはそれまで一切触れてこなかったジールを不思議に思った。

 

「………………忘れていた。」

「おい。」

 

 若干気まずそうに言うジールに、こんな男前を忘れんなと文句を言おうとした時。

 

 

 ――うわぁぁぁああああ!!!!

 

 

 少し先の路地から悲鳴が聞こえてきた。

 

 反射でノアの前に立ったダッカルは、周囲に注意を向けながら変化が無いことを確認すると警戒をゆっくり解く。

 

 大会が終わり人もはけ始めた時間帯だ。誰がトラブルでも起こしたのかとそこまで興味を抱かなかったヒソカ達は、噂する周囲に耳を傾けながら雑談に耽っていた。

 

 野次馬に向かった者たちが状況を把握したのだろう。

 だんだんと騒ぎが大きくなっていくのを感じながら、見に行くかと相談をしていると近くのプレイヤーの話し声が聞こえてきた。

 

「なぁ、お前見たか?」

「ああ、やばかったぞ。地面も真っ赤に染まってた。」

「だよな、真っ二つだぜ。」

 

 その言葉に誰かが死んだらしいことが分かる。

 ヒソカはもし強そうな相手なら戦ってくれないだろうかと考えながら、次のターゲットに据えようかと悩んでいた。

 

 そしてふと視線に気づき顔を上げると、ジールがこちらをじっと見ている。

 

(なんだろう?ボクを心配してるとかかな♥)

 

 怖がってなんかないよ、と気持ちを込めて手を振って見れば、ひとつ頷いた兄はまた周囲の様子を観察し始める。

 安心してくれたようで何よりだと、笑うヒソカはすれ違う思惑に気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よかった……。違うっぽいし、ひー君がプレイヤー狩りで名を馳せることは無さそうだ。)




次回から、グリードアイランドの話も折り返しです。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
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策略家にはゲリラ戦術

よろしくお願いします。


「……一旦引いて様子を見たい奴は?」

 

 草原に円を作るように座った面々は、片手を上げながら採決をとるジールを見つめている。

 

「……このまま乗り込みたい奴。」

 

 その言葉に今まで微動だにしていなかった全員がスっと姿勢よく腕を伸ばした。

 

 爽やかな風が吹く昼下がり、薄々と感じていた空気を無視して多数決にまで持ち込んだジールだったが、ここには血の気の多い者しかいないのだ。

 最後の希望であったカイトでさえ、真顔で腕を上げている。なんならその膝の上にいるパチネッコもいつもより縦に長い気がした。

 

「……わかった。」

 

 正直、色々準備してから万全の状態で臨みたかったジールだがここでは少数派である。

 目の前でヒラヒラと見せつけるように手を上げるヒソカと、期待した様子でこちらを見てくるノアに否とは言えないだろう。

 

 空になった酒瓶を覗き込んでいるダッカルに関してはただ単に準備がめんどくさいだけのような気もするが、決まってしまった以上ジールが口を挟む余地は無い。

 

 脳内で盛大に駄々を捏ねつつも、大人な対応を見せるジールはひとつ息を吐いて議論の結論を出した。

 

「今から『一坪の密林』入手作戦を決行する。」

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 ことの発端は約一週間前。

 

 月例大会で『聖騎士の首飾り』を手に入れたジールは、その後の月例大会にも参加しつつカード集めと修行に没頭していた。

 

 偶に帰ってくるヒソカを迎え入れつつしみじみと大会のことを振り返るくらいには、その時から時間が経っている。

 

 どこかで聞いたことのある名前だと思っていたダッカルが、プロハンターの仕事の時に見かけた人物だとわかったときは爽快な気分になったものだ。

 

(いやー、準備したよ星付きの授与式。主に必要な書類とか書類とか書類とか。確かにあの時ダッカルの名前もあったわ。)

 

 案の定、すっかりダッカルのことを忘れてしまっていたが、向こうが初対面だと思ってくれている所は幸いだろう。

 勿論それはダッカルがジールみたく相手のことを忘れている――なんてことでもなくただ初めて会った時にジールが麻袋を被っていたためだ。

 

 まさか協会内でも有名な、麻袋を被り声を発することも無い変人がこんなところにいるとは思わないだろう。

 おかげでジールは会ったことある相手の名前を忘れる失礼な奴というレッテルを貼られずに済んだのだった。

 

 それからもダッカルやノアとは偶に協力したり、カードを奪いあったりと素敵なフレンドライフを築いている。

 ゲームを始めから半年が経とうとしているジールは埋まってきたバインダーを眺めながら、今までの思い出に耽っていた。

 

「ジール、行くぞ。」

 

 ゲーム内で仲良くなったカイトはパチネッコの世話をやきながらジールに着いてきてくれている。

 今も、時間指定のあるカードを取りに行くためにわざわざ声をかけてくれる出来た友人だ。

 

 買い物リストと書かれた指令書にそってゲーム内で必要なものを集めなければならないイベントに、気前よく付き合ってくれるのは素直に有難かった。

 

 バインダーを仕舞い、小屋から出てきたジールは少し身長の伸びたカイトを見る。

 

「武器は参考になったか?」

 

 午前中はずっと念の修行をしていたカイトに、その進捗を聞く。

 少し前に使い勝手のいい武器について聞かれた時は驚いたジールだが、その意図を察しいくつかお気に入りの武器について話したのだ。

 

「ああ、助かった……。」

 

 手元のパチネッコを撫でながら礼を告げるカイトは、物言いたげにジールを見ている。

 その視線を受けたジールはショップで購入したバールや、ついでに紹介しようと選んだネイルハンマーなどの工具を渡したことを思い出した。

 もしやそれの事かと考えているが、もしかしなくてもその事である。

 

「……普通の武器は既に見ただろう。」

「つまり、それ以外にも目を向けろということか。」

 

 歩き始めたジールが誤魔化すように説明すれば、いい方向に捉えたカイトが一人納得してくれる。

 脳死したジールが武器といえば、とエクスカリバールについて話してしまっただけだが何とか相談相手としての体裁を保つことが出来たようだ。

 

 人が歩き均された道を横に並んで歩く二人は、時折すれ違う小動物に目を向けながら話を続ける。

 とはいっても殆どがカイトが話すのにジールが短く答えるだけだが、そのスタイルで定着した二人に違和感は無い。

 

「あそこの偶蹄目の目の付き方は珍しいな。」

「肉食だろう。」

「あの足で獲物を捉えるのか!見てみたい。」

「プログラムが組まれてるなら見れるぞ。」

「……夢の無い奴だな。」

 

 会話の大半はカイトの興味により生き物で占められている。

 

(ほんとに好きだよなぁ。それで言えば抱えられてるパチネッコも珍しい生き物だろう。)

 

 まだ目的の街まで距離があるため、のんびりと視線を下ろしたジールはカイトの腕に収まっているパチネッコを撫でる。

 それに気づいたカイトもジールの次にパチネッコの頭に手を乗せてその感触を楽しんでいた。

 

「ジールについてきたコレは、どこか生息地が決まっているのか?」

「確か、北の方にいると聞いた。」

「なるほど逸れたんだな。群れがあるなら帰してやりたいが……。」

 

 

 ふと話題がパチネッコに移ったところで、ジールはカイトの呟きにハッとした。

 出会った後からずっとくっついて来たため気にしなかったが、普通に考えれば野生の生き物は自然に返してやるべきだろう。

 

 自然界で潜む気の無い黄色い毛玉だが、こいつにも生きていた場所があるはずだ。

 

「よし、次は北に行こう。」

「……お前の唐突な発言にも慣れてきたぞ。」

 

 アントキバで会った店主の話を思い出しながら次の目的地を決めたジールは、さっさとミッションを熟してしまおうと見えてきた商店街に視線を向ける。

 

 ――ゲームの中で必要な雑貨があればここに来ると良いだろう。

 

 特殊な道具はマサドラに多いが、食料品などはこのアルクラ商店街の方が種類がある。

 夕方に行われるセール品を手に入れようと店の前に並んだジールは、他の店で物色していたカイトを呼んだ。

 

「……何かあったか?」

「そこの花屋にガーデニング用の道具があったから見ていた。」

 

 そう言ってカイトが指さした先には伐採用のノコギリから高枝バサミ、鎌などがありゲーム特有のものなのか黄金に輝くものまで揃っていた。

 

「眩しいな。」

「感想がそれか……。ジールが武器の参考に色々見た方が良いと言ったんだろう。」

「なるほど。」

 

 サングラスをつけているクセに眩しいとはどういうことか、感想に困ったジールが何となくで返したことを察したカイトが説明を加えた。

 

 半年も一緒に行動していれば、ジールの意外とマイペースな性格にも気づく。

 普段口数が少ないせいで誤魔化せているジールは、少し慣れてくると自分から声をかけるようになるのだ。

 

 まあ、結論だけ話して相手を混乱させることも多々あるが少しずつ知り合いが出来てコミュ力赤ちゃんを卒業出来たということだろう。

 

 ちなみに一番ジールの傍にいるヒソカについてはお兄ちゃんムーブのせいで未だに誤魔化せているとだけ言っておく。

 

「只今より!アルカラ商店街名物、冥府の牛切り落としを行いますー!!!」

 

 カランカランとベルを鳴らしながら叫ぶ定員は、押し寄せる客に引くことなく商品を捌いていく。

 

 話していたせいで出遅れたジール達もその人混みの中へ入ろうとする。

 プレイヤーなのか、キャラクターなのかは分からないがものすごい熱気がジール達を襲った。

 

 プロと呼ばれるだろうおばちゃん達は定額を差し出しながら肉の入ったビニールに手を伸ばす。

 

 揉みしだかれサングラスが曲がりそうだと思いながらもゴリ押しで最前列へ出たジールは3000ジェニーを叩きつけ、赤紫色の肉を手に入れた。

 

 それからはまた人の波に逆らいながら店の出口へ向かい、最終的には人々の足元から這い出でるように退出する。

 

(店の前に並んだ意味ねーじゃん。やばかった、食い物が人に与える影響半端ない。)

 

 膝についた埃をはらいながら、背後の戦場を振り返ったジールは、壁際に避けながらなんとか出てきたカイトに手を伸ばす。

 

「平気か?」

「……あれは無理だろう。」

 

 絡まった髪を解きながら疲れきった様子を見せるカイトもジールと同じように店の中で揉まれてきたようだった。

 

 なんなら普段の修行よりも疲れを見せているカイトに、ジールは自身の修行メニューを見直そうかと考える。

 

(結構ボロボロになったし、俺の求めていた修行はこれだった???)

 

 どうやら疲労でまともな思考回路が焼き切れたようだ。

 

 手元に大きなビニール袋を持った二人は店の外で待っていたパチネッコを拾いに行きながら、一先ず回復しようと話し合う。

 

「買い物リストも殆ど終わっているし、どこかで休憩していかないか?」

「ああ。」

「飲食店でも探そう。」

 

 精神的に大きくダメージを受けた二人が、商店街の通りを歩きながら適当な店に入ろうとしたところでジールの目は一点から動かなくなってしまった。

 

「……ん?どうした。」

 

 立ち止まったジールに気づき、隣りを歩いていたカイトもその視線を追ってその店を見る。

 

『本屋』

 

 なんの捻りも無い店名だが、休息を求めていたジールにとってはとても魅力的な名前に見える。

 この後喫茶店に寄ったとして、その場に本があればどれだけ素敵な休憩になるだろうか。

 

 ゲームの中で流通している本のセンスがいいことはリサーチ済みだと、フラフラ吸い寄せられていくジールの目は輝いているように見える。

 

 疲れたなんだと言っておきながら寄り道する元気の残っているジールは本当は疲れてないのではないのかと疑うカイトだが、正真正銘ジールは疲れている。

 但し本については別腹なのだ。

 

 木製の扉が開く音に、仕方がないからついて行こうとジールの後を追ったカイトはそこで頭を抱えることになる。

 

 

「そんなに買ってどうするんだ。」

「……。」

 

 少々バツが悪そうに顔を背けたジールは何十冊と積まれた本を抱えている。

 

「とりあえずバインダーにでも……」

「入らない。」

「あぁ、そうか。買い物リストの品物を入れてたな。」

 

 ――なら、なんでそんなに買ったんだ。

 目で訴えてくるカイトは、ジールの馬鹿すぎる行動に呆れながらも少し不思議がっているようだった。

 

 まあ無理もない。普段、計画を立てて根回しをすることで万全の状態に持っていこうとする男がこうも無計画な買い物をしたのだ。

 

 これに関してはいつもの癖としか言いようがない。

 ハンター世界を満喫できる書物に関して我慢出来ないジールは、魔法の鞄にかまかけて書店を空にする勢いで本を買う。

 

 今回も所持金がジールの行動を止めてくれたが、鞄を持っていないことをすっかり忘れていたジールは止められなければ棚の一つや二つ空にしていた。

 

 しかし買ってしまったものはどうしようもない。ゲームの中に返品なんて仕様はないので持っていくしかないのだ。

 

 カイトの分と合わせて肉をバインダーに仕舞ったジールは両手で本を抱えながら、隣りのカイト見る。

 その腕にも厚めの本が十冊ほど乗せられており、居場所を奪われたパチネッコがカイトの頭上へ避難していた。

 

 休憩どころでは無くなったジールは、流石に申し訳なさを感じているようで何か解決策は無いかとバインダーのページを捲る。

 そしてフリーポケットのページまで来たところである妙案を思い付く。

 

 ――バインダーに入り切らないのなら、入る人に預ければいいのだ。

 

 カイトはジールと行動を供にしているため、ポケットの多くが埋まっている。そこで一枚のカードを取り出したジールは、抱えている本が落ちないようにバランスを取りながらスペルカードを唱えた。

 

同行(アカンパニー)使用(オン)!!ヒソカ!!」

 

 光に包まれたジール達は、そう離れていない草原に降り立つ。

 

 視界が明瞭になる中、オーラが練られた状態のヒソカに身構えるがその対象が自分達でないことに気づくと直ぐに構えを解いた。

 

「あれ♦兄さん達じゃないか♥」

 

 どうしたのかとこちらへやってくるヒソカは多少の興奮状態にあるようだが、ジールにとっては本を仕舞う方が先だった。

 

「この本をひー君のバインダーに入れて欲しいんだが……。」

「でもそれカードになってないよ?これからカード化するのかい♠」

 

 首を傾げながら聞いてくるヒソカに、ジールはやっと己の状態がいかに不自然であるかに気づいた。

 

 ジールにとって本がこの状態であることは当然である。しかし、それはアイテムがカードとなるこの世界以外での話だ。

 

 たとえ本屋に並んでいる本がカードの状態でなくとも、購入と同時にカード化して渡されるのが普通だろう。

 一緒にいたカイトもジールの予想外の行動に驚いていたせいで気づくことが出来なかった。

 

 さらに言えば、疲労で焼き切れた思考ではまともなことは考えられないということだ。

 

(おいおいおい、どうしたんだ俺。電話しながらスマホを探すみたいなボケをかましやがって。その手に持ってるものはなんですか!!君は何で電話してるんだい!?俺は何をバインダーに入れようとしてたんだ!?本のままねじ込むつもりかよ。)

 

 バインダーに入れるという発想があるのに、カードじゃないことに気づかないとは。

 己の信じられないやらかしに固まったジールは、未だ返信を待っているヒソカと見つめ合うことになる。

 

 しかしこのままでは何も解決しない。

 ジールと同じように気づけなかったショックを受けてるらしいカイトも自身の腕にある本を見ながら固まっていた。

 

 三者三様に固まった空間で風だけが吹く中、ジールの耳は何かを拾い上げる。

 

「……う”ぅ。」

 

 近くから聞こえてきたうめき声に、ヒソカから視線を外したジールは弟の背後に倒れている男を見つけた。

 背の高い草の間から見える身体はあらぬ方向に曲がっている四肢をくっつけており、ダメージは大きそうだ。

 

 ヒソカのオーラが練られていたのは戦闘中だったからなのかと納得すると同時に、とりあえず情報収集から始めようと調子を取り戻したジールはヒソカに倒れている人物について訪ねた。

 

「ん?マサドラから熱心に追いかけてきたからね♥あんまり長くはもたなかったけど♣︎」

 

(つまり追い剥ぎガチャをドブった不運な奴と、把握。)

 

 抱えていた本をヒソカに渡しながら声をかけてきてもいいかと聞けば、既に興味は無くなっていたようであっさりとした返事が返ってきた。

 

 そしてジールが話を聞こうと一歩踏み出したところで、倒れていた男は一瞬のうちに姿を消した。

 

 呪文(スペル)が唱えられた様子は無かったし、残った血痕の量からもあの男が死亡したことは明白だ。

 本当に不運な奴だったと数秒前まで生きていた男を思い浮かべながらも、既にどうにかできることでは無いとジールは次の方法を考える。

 

「今のプレイヤーはどうなったんだ。」

「おや見たことないのかな♥死亡したプレイヤーはゲームから強制退出(ログアウト)するんだよ♠」

「……ヒソカが殺ったのか。」

 

 思うところがあるのか、感情を伺わせない表情でヒソカと言葉を交わすカイトは笑みを見せるヒソカに視線を向ける。

 

「向こうが楽しいことをしようって誘ってくれたのさ♦」

 

 こちらを揶揄っているとも思える声色で喋るヒソカに一瞬眉を寄せたカイトだったが、それ以上は何も言わなかった。

 

「……マサドラが一番近いか。」

 

 地面に視線を落としながら零された言葉は次の目的地を考えているようだ。

 ジールは遠目にうっすらと見える球体の屋根に現在地を把握すると、NPCから情報を集めることにした。

 

「それでこの本たちはどうすればいいんだい♥」

「……カード化する方法を調べる。」

「なら手分けして持っていくか。」

 

 二枚目の同行(アカンパニー)を取り出したジールに、本を手渡しながら近づいたカイトは周囲を散歩していたパチネッコを呼びよせる。

 渡されたうちの半分を継続して持つことになったヒソカも久しぶりの兄に喜んでいるようだ。

 

 そしていくらかの大金を支払い得た情報は以下の通りだった。

 

 ゲーム内に存在しているカード化されていない本の出処は一つである。

 また酒好きの森の主はその余生を書籍と共に過ごしているらしく、こうして森から流れてくる本がある。

 

 ――読めない本など本では無い。

 そう豪語する主は変な形で本を保管する変わり者で、本屋の店主はよく困っているそうだ。

 本をカード化する為のアイテムがその森にあるらしく、そのアイテムを使う事でカード化することができる。

 

 などといった、ジールと気の合いそうな森の主の話を聞いたジールは、一先ず森の場所を聞き向かうことにした。

 

 お買い物リストのミッションの途中ではあったが、大量の本をどうにかしなければフットワークも重くなってしまう。

 殆ど購入も終わっている事だし先にこちらを優先してもいいかとカイトに訪ねたジールはその頭に乗っているパチネッコの方を見た。

 

「……君の群れの近くらしい。」

「パチ?」

「上手くいけば仲間に会えるということか。」

「パッ!パチチッチ。」

 

 相変わらず目も見えない毛玉だが、その体の揺れから喜んでいることがわかる。

 隣で森の主が戦えるのか興味津々なヒソカもジールについてくるようだ。

 

 そうして大量の本を抱えながら街を出たジール達はすれ違うプレイヤーに二度見されながら地図の上へと移動していく。

 

 地図の端とまではいかなくても、マサドラからかなりの距離があるその森は辿り着くのにかなりの時間を要した。

 袋などを使い工夫しても大量の本がジール達の邪魔になる。何度か手放そうとする空気も流れたがその度にジールがそれを止めて進むの繰り返した。

 

 途中、陸地を分断する様な川が出てきた時など、本さえなければ突っ切れたのだ。

 

 そうして遠回りをしながら北の森を目指したジール達は島の中でも僅かに空気が冷たい平野に出る。

 その先には背の高い木々が生い茂る森が視界の端まで続いていた。

 

 昨夜から走り続けたジールは森に僅かな違和感を感じたが、その正体も分からず感じた違和感を流した。

 

「やっとか……。」

 

 疲れたパチネッコがカイトの頭上で溶けている。

 それを抱き上げ毛並みを整える手はいつもより弱くここ数日の強行軍がいかに長かったを物語っていた。

 

 探索は休んでからにしようと誰からともなく提案され、それに全員が頷く。

 近づいてなにかイベントが起こっても面倒だと、森から距離のある場所に荷を下ろしたジールは近くの岩に腰掛けた。

 

「まだ日はあるが、早めに寝床を整えよう。」

「そうだな。」

 

 ジールとカイトが枯れ枝を拾い、厚めのタオルケットを出したりと準備を進める中で、ヒソカは元気に走るパチネッコを観察していた。

 

 先程まで溶けていたパチネッコだがもう回復したらしく三角の耳を動かしながら地面の上をコロコロと転がっている。

 試しにヒソカが手を伸ばせば跳ねることでそれを器用に避けて見せた。

 

 そして英気を養い、明日には森の様子を見に行こうかとジールが考えていたところで遠くの方から声が聞こえてきた。

 

「おー!飼い主と一緒じゃねえか。」

「ジール!カイト!ヒソカ!久しぶりだな!」

 

 駆けながら手を振るノアと酒瓶を傾けながらゆっくりこちらへやってくるのはダッカルだった。

 待ち合わせをするでもなく出会うとは珍しい。

 

 向こうもそう思ったのか、いつもよりテンションの高い二人はパチネッコで遊ぶヒソカに声をかけながらジール達に近づいてくる。

 

「こんなところでどうしたんだ?」

「愚問だろう。」

 

 このゲームの中でどこかに行くなどカードを手に入れる以外に何があるのか。そういった想いを込めて言ったジールだったが、とりあえず半年間修行をしていた人には言われたくないだろう。

 

「そうか!やはりジール達も『一坪の密林』を取りに来たのだな。」

「「「えっ、」」」

 

 予想外の名前が出て驚いたジールとカイトから声が出たが、なんでお前も驚いているのかとノアの横に立つダッカルに視線が集まった。

 

「俺はてっきり酒盛りに来たのかと……」

 

 意外にも本気で驚いているダッカルは、森の方を見ながら欲望をこぼした。

 

「なんでそうなるんだ!一坪の密林をゲットする為に森の主に会うと聞いただろう。」

「いや、酒好きの森の主がいい酒を持ってるって俺は聞いたぜ!!」

 

 相変わらず仲良くやっているらしい二人だが、言い合っている内容を聞いているうちにこれまでの事を振り返ったジールはひとつの結論に至った。

 

(つまり俺達は一坪の密林イベントにリーチをかけていたらしい。)

 

 ダッカルの言う酒好きの森の主はジールも聞き覚えがある。

 島の中にあるフラグのひとつを偶然にも回収していたようだ。

 

(もう少し情報を集めてきた方が良かったか……、まぁ森まで来れたのも奇跡だしなぁ。気づけたノアが凄かったということで。)

 

 一人納得したジールは、言い合っている二人の間に入ってその喧嘩を仲裁しようとする。

 

「待て、今回はノアの情報がアタリだ。」

「ほら言っただろう!脳みそまでアルコール漬けになってるから忘れるんだ。」

「そんなわけねぇだろ!せいぜい肝臓までしか浸かってねえよ!!」

「そこじゃないだろ。カルビの言う酒好きも間違ってないがピースのひとつだ。」

「ほらみろ!」

「ピースのひとつだってジールが言ってるだろ!カ・ル・ビ!!」

 

 ジールが何とか止めようとしているが、二人の勢いに声を張り上げるだけで精一杯だった。

 

 それからしばらくして、埒が明かないと二人の頭に拳を落とし正座をさせたジールは、頭を冷やせと一晩放置した。

 

 

「落ち着いたか。」

「…………悪かったんだぞ。」

「反省した反省した。」

 

 朝食の準備しながら二人の様子を見に行ったジールは、それから四人で話し合いを始める。

 

 

 話題は目の前の森をどうするか。

 その結論は冒頭のとおりとなるわけだが、予定と違った情報が出たジールはもう一度情報収集をするつもりでいた。

 

(まじかよ……レアカードはいつもクールなカイトもノリノリにさせるのか。)

 

 ひとまず寒い気候の土地に合わせて最低限の買い出しはすると近くの街まで向かったジールは、先程の多数決を思い浮かべ、ため息をついた。

 

 食料や森の中で方角が確認出来る道具も買っていこうかと、道中でリストを作成しながら一人道を歩く。こうした想定外の出来事も旅の醍醐味だろうと気分を切り替えたジールは知らなかった。

 

残されたメンバーが何を話しているのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずパチネッコ追いかけるついでに奇襲しに行こうよ♥」

 

 

 




次回は一坪の密林戦です。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
ここすき、感想、評価などいつも励みになっています。


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密林には面妖生物【前編】

今回は別行動があるので、途中で視点が変わります。

よろしくお願いします。


 

 ジールが森の中でも困らないように防寒具や追加の食料を買いに出た後のことだ。

 

 残されたヒソカ、カイト、ノア、ダッカルは額を突き合わせるように座りながら作戦会議をしていた。

 落ち着きの無いカイトを宥めながら話すのはつい先程起きたイベントについてである。

 

「パチネッコが行ってしまったが……」

「うん。多分だけど、パチネッコが一坪の密林を手に入れる為のキーキャラクターだ!」

「それは追いかけなくていいのか?」

 

 兄と同じようにゲームに詳しいノアは、先程森の方へ転がっていったパチネッコを見てはしゃいでいた。

 ちょうど昼食の時間になろうという時に、いつもは大人しいパチネッコがムクリと耳を立てて起き上がり、一度ヒソカ達の方を見ると森の中へ消えていったのだ。

 

 今でもパチネッコが通った跡が残っており、追いかけようと思えば直ぐに向かうことが出来るだろう。

 

「ヒソカ達がパチネッコと会った時は何かイベントはあった?」

「イベントっていうのは、あの毛玉の怪我を治したことかい♣︎」

「助けたんならイベントだろ。」

「だが、イベントが終わればカードになるんじゃないのか?」

 

 カイトが不思議そうにノアへ訪ねる。

 それに頷いたノアは、だからあのパチネッコは一坪の密林に関係のあるキャラクターである可能性が高いと答えた。

 

 まだ役割を果たしていなかったパチネッコはカードになること無くジール達と旅をしていたのだろう。

 

「そして、そのパチネッコが動いた今一坪の密林をゲットする絶好の機会が来ているんだ!!」

 

 ノアが興奮気味に伝えると、ダッカルはそれで?と視線で先を促した。

 

「直ぐに動きたいところだが、最低限ジールは待った方がいいだろう?」

「そうだな。」

 

 少し前の多数決のことを思い出したカイトは、ノアの言葉に賛同する。

 じっくり調べてから作戦を立てたがっていたジールをここで置いて行けば、拗ねてしまうかもしれないと思ったのだ。

 

 事実、戻ってきた拠点に誰も居なければジールはハブられたとショックを受けていただろう。なんなら、追いかけることもせずにバインダーの整理を始めて分かりにくくいじける可能性もあった。

 

 そしてカイトとノアの提案により丸く収まりかけたその時、我慢の苦手な人物が声を上げた。

 

「でも、その間にイベントってのが終わるかもしれないよ♠」

「そうだよなぁ。」

「パチネッコが森の中で困っているかも♦」

「う”ッ……」

「兄さんなら、直ぐに理解して追いかけてくれるさ♥」

 

 笑顔のまま、ことも何気に告げたヒソカはカイトを森の中へ連れていこうとする。

 そして拗ねるジールと困っているパチネッコを天秤にかけた結果、ジールならなんとかするだろうと結論付けたカイトがヒソカに頷き返した。

 

「とりあえずパチネッコ追いかけるついでに奇襲しに行こうよ♥」

 

 オーラを練りながらニヤリと笑ったヒソカに反対するものはいなかった。

 

 

※※※※※※※※※

 

 無人の村からランプや薪などを回収し食料などの追加を購入したジールは、バインダーに入り切らなかった分を抱えながら拠点へと戻って来ていた。

 

 遠目からテントの影を確認すると、その腕での中の薪を抱え直しあと少しだとその足を前に進める。

 

(早く行きたがっていたからな、待たせてしまった分拗ねて無いといいが…)

 

 珍しく素でお兄ちゃんっぽい事を考えていたジールは、だんだんと近づいてくる拠点の様子に首を傾げた。

 どうにも人の気配がしないのだ。

 

 何かあって息を潜めているのか、不測の事態があって避難でもしたのだろうか。

 足速に駆けつけたテントには人影ひとつ見つからなかった。

 

 焦ったジールが持っていた薪を雑に投げ置き、辺りを探索しようとしたその時。ふと、テントの出入口の地面に何かが書かれているのを見つけた。

 

『先に行ってるネ♡』

『すまない』

 

 大きく書かれたハートマークにこの字の主を特定したジールは勢いよく顔を上げ森の方を見た。

 その下に書かれているのはカイトからだろう。あの面子の中に先に行くことを謝る奴なんてカイトくらいしかいない。

 

(うっそん、待って?ハブられた??泣いちゃうよ?そんなに早く行きたかったの???)

 

 すわ反抗期かと弟の強行に頭を抱えたジールはブックと唱え、現状で持っているカードを確認した。

 

(ひー君、何のカード持ってたっけ?大丈夫かな?いや、ひー君も強いしカルビ達も一緒に行ったんだから自力でも平気だろうけど)

 

 このまま追いかけて合流出来るのか、ここで待っていた方がすれ違うリスクも無くていいのでは無いかと考えるジールは落ち着きなく拠点の周りを歩く。

 

(俺も、一坪の密林気になってたんだけどな!?このままお留守番で我慢しろってか?)

 

 正直、漫画に登場しなかった密林攻略はやってみたいジールであった。

 しかしヒソカ達なら無事に帰ってくるだろうと己を納得させ、近くの岩に腰をかけた瞬間。

 

 ドコンッと空気を割るような騒音と森から漏れる閃光がジールを襲った。

 

(絶対なにか起きてんじゃん!!!!)

 

 ブックともう一度唱え、バインダーをしまったジールは一目散に森へと駆け込んで行った。

 やはり目の前で起きてるイベントを無視出来るほど無欲ではない。そんなことが出来ていたなら今頃オタクなんてやっていなかっただろう。

 

 パチパチと稲妻の走る森はいかにも楽しそうな気配がした。

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 ところ変わって、ジールが拠点へ戻る数時間前。

 森の中へ足を踏み入れたヒソカ一行は、ノアを先頭にして一本道を歩いていた。

 

「森というだけあって、生き物が多いな。」

 

 木の上や草むらからこちらを見てくる動物達はゲーム特有の不思議な生態をしているものも多くいる。

 好奇心を擽られ今にも道を逸れそうなカイトは辺りを観察するように顔を動かした。

 

「パチネッコの同族はまだ見つからないが、もう少し奥に行くか?」

「その毛玉見つけたら酒豪の主に会えるかね?」

「奥から面白い気配を感じるし、いいんじゃないかな♠」

 

 各々が好きなように言葉を発する。会話などあってないようなものだが、概ねの目的は一致しているので問題は無いだろう。

 

 そうして歩きにくい森の中を進むこと数十分。

 先頭を歩いていたノアが前の方から何かがやってくるのに気づいて足を止めた。

 

 警戒するようにダッカルが一歩前に出ると、気になったヒソカとカイトが横から顔を出す。

 四対の視線が集まったその先は低木が道を半分塞いでいた。

 

 そこからガサガサと枝の揺れる音が聞こえた一瞬の後、バッと飛び出しノアに抱きつこうとした物体はダッカルが綺麗に叩き落とした。

 

「……う”っ、ぅぅ」

 

 大きなローブを羽織った一mほどの謎の生き物はダッカルに叩かれた頭を抱えて蹲っている。

 

 その頭を抱える手は珍しくも水掻きが付いており、その生き物が人間で無いことは明らかだった。

 

「おい、ダッカル加減しろよ。会話が出来ないじゃないか。」

「そこまで強く叩いてねぇよ。そいつが大袈裟に痛がってるだけだ。」

 

 主従がわちゃわちゃ話していると、痛みが収まったのか目の前の生物がゆっくりと顔を上げた。

 その様子を見守っていたヒソカは楽しそうに口角を上げる。

 

「うっ、イタイ。いやしかし!これ程の強さならばいけるやもしれん。そこのお方!!!」

「んだよ。」

 

 呼ばれて生き物の方を向いたダッカルは、少し面倒臭そうに返事をする。そして視界に入ってきた面妖な顔に一瞬動きが止まった。

 

 ベースの顔はカエルだろうか、大きく開いた口に上部にくっついた大きな瞳。そしてエラが目のしたからバッサリと横に広がっていた。

 

「助けて下され!姫を、連れ去られてしまった姫をこの森の主から取り返して欲しいのです!!」

 

 粘液のついた手でダッカルのズボンをがっしりと掴んだカエルモドキは必死に懇願してくる。

 その様子に気の毒だと眉を下げるカイトの横でノアはパッと明るい笑顔を見せた。

 

「おい、そこの両生類!その姫を助けて欲しいんだな??」

「そうですとも、酒癖の悪いこの森の主は酔った拍子に我らの姫を攫ってしまったのです!!どうかお助け下さい。」

 

 乗り気になっているノアに気づいたのだろう、べっとりとダッカルのズボンを掴んだまま顔を動かしたカエルモドキは必死にノアへと頭を下げる。

 

 それに満足そうに頷いたノアは、身動きの取れないダッカルの方へ近づき耳打ちをした。

 

「おいダッカル、この両生類の言う姫を助けに行くぞ。」

「あー?こいつ俺のズボンベトベトにしてきたんだが?」

「そこは目を瞑れ、考えても見ろ。森の主を倒せばその秘蔵の酒もお前のものになるだろう?」

 

 そう言いながらカイトとヒソカに片目を瞑って見せたノアは、二人にも姫奪還に協力して欲しいようだった。

 はなから乗り気なヒソカや姫を心配しているカイトはそれに頷く。

 

「噂の酒が俺のもんになるのか……」

「そうだ、感謝されて酒も飲める。いい事尽くしだろう?」

 

 いいねぇと顎髭を撫でながら納得したダッカルは膝に抱きついてきたカエルモドキを引き剥がした。

 

「おら、助けに行ってやるから。案内しな。」

 

 調子よく乗せられたダッカルはヘコヘコと頭を下げるカエルモドキの後を機嫌よくついていく。

 そこの生物は助けてくれと言うだけで酒をやるとは一言も言っていないが、酒豪のコレクションに夢を見ているダッカルは気づかなかった。

 

「ふぅ、あいつもなかなかチョロいな。」

「いいのか?騙したようなもんだぞ。」

「いいって、お姫様が美人なら感謝されるだけで舞い上がるだろ。」

 

 やはり世話役は逆じゃないのかと思ってしまう発言を聞きながら、前を歩くダッカル達を視界に入れたヒソカは楽しそうに笑った。

 

「お前らも問答無用で巻き込んじゃったけど、大丈夫か?」

「ああ、これもゲームのイベントってことだろう。」

「楽しそうだしね♥」

 

 だんだんと森の奥に進んでいくにつれて気温が下がっていく。

 吐く息が白くなりそうな程に肌寒さを感じたところで、ローブを引きずっていたカエルモドキがこちらを振り返った。

 

「着きました、ここが森の主の屋敷ですぞ。」

 

 そう言われて見上げた先には木々の間から覗く洋館が見えた。

 

 煤汚れた白い壁と、森に溶け込むダークな屋根が堂々と建っている。ほぅ、と感心するノアはそのまま視線をカエルモドキへと向けた。

 

「それじゃあ、この中にお姫様と主がいるんだな?」

「そうですとも!!何卒、よろしくお願い致します。」

 

 両開きの扉の片方をゆっくりと開けたカエルモドキが粛々と頭を下げる。先頭にいたダッカルが入り、続いてノア、カイトと暗い洋館の中へ踏み込んだところで、ヒソカはピタリと足を止めた。

 

「どうした?ヒソカは来ないのか?」

「んんー、先に行ってて♣︎」

 

 不思議そうにヒソカの方を向いたカイトへと、手を振り目の前で閉まる扉を見届けたヒソカはゆっくりと隣りに立つカエルモドキに視線を向けた。

 

「おや、お入りにならないので?」

「だって君の方が面白そうだし♥」

 

 そう言いながらカエルモドキに向かってトランプを投げたヒソカは、それをあっさり躱した相手に笑顔を向けた。

 

 登場してから感じていた興奮は、もう抑えなくてもいいだろう。

 せっかく見つけた獲物を取られる心配も無くなったヒソカは動揺を見せない相手との会話を楽しむ。

 

「キミの話している内容はどことなく薄っぺらい♠まぁ注意していればその矛盾にも気づけそうなものだけど、皆はカードに夢中らしいね♦」

「私の言葉が嘘だと?なかなか頭の回る御仁のようですな。」

「まあ頭なんて使わなくても、見れば一目瞭然さ♦」

 

 出会った時から感じた嘘の香りに、面白いことが起きそうだと期待したヒソカはひとまずついて行くことにした。

 洋館の中からも大きな気配を感じるので、気になるところではある。

 

 しかしこうして騙してくる奴は総じてクセがあると兄が言っていたので、こちらに残ってみたのだ。

 

「生意気な小僧だ、少し予定は変わったが。さして問題はないのでな。」

「何か見せてくれるのかい?」

 

 誤魔化すのを辞めたのか、高笑いをしたカエルモドキはしまい込んでいたオーラを放出した。

 それに伴い、一m程だった体長は倍近くまで大きくなっていく。

 

 今まで会ってきたどのゲームキャラよりも強そうな風貌にヒソカの期待は鰻登りだった。

 

「最初からこの姿を見せるとは思わなかったわい。改めて、この森の主サバハだ。短い間だろうがよろしく頼んだぞ。」

「僕はヒソカ、短いなんて言わずたっぷり遊ぼうじゃないか♥」

 

 お互いの自己紹介が済み、ヒソカが相手の出方を伺っているとその視界が一瞬にして白い光に包まれた。

 

 警戒し、反射で玄関前から飛びのけば直後に空気を割るような爆音が耳に届く。

 

「おや、始まったようですな。お仲間も優秀な方が多いようじゃ。」

 

 そう言ったサバハは、ヒソカに背を向けどこかに走りだした。

 陸に向かない外見をしている癖に足は早い。

 

 直前に聞こえた言葉から屋敷の中でも楽しそうな事が起こっているのが分かる。

 どっちも気になるなと思いながら、ヒソカはサバハの背を追い始めた。

 

 何処かに誘導されているのか、もしかしたら相手に有利な場所まで移っているのかもしれない。

 慎重を取るのなら目的地に着くまでに相手へ仕掛けた方がいいのだろう。幸いにもヒソカの能力ならばこの距離の相手を捕らえることができる。

 

 しかし、まだ白みがかっている視界の中で相手を捕らようとは思わない。

 このまま着いていけば、最高の相手と戦えるのだ。ヒソカはそんな美味しい機会をみすみす逃そうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

「だぁ!!!死ぬかと思ったぜ」

「だから慎重に行けと言っただろう!!」

「待て、ノアの言いたいことも分かるが言い合っている暇は無いはずだ」

 

 閃光と爆音―――巨大な雷が落ちた洋館の一部から顔を出したダッカルは新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 

 落雷の衝撃か、屋敷の二階部分が吹っ飛んだおかげで外へ出ることが容易になっている。

 

 引火し屋敷の半分が火に包まれている以上、カイトの言うようにここで争っている暇はなかった。

 

 事の発端はほんの数分前、屋敷の奥にあった扉を開けたノア達は部屋の中心に置かれた巨大な棺桶を発見したのだ。

 

 罠だろうと言うノアを押し退け、さっさと開けてしまったダッカルは早く酒が飲みたかったとだけ言っておこう。

 

 そして開けられた棺桶の中にいたのは、美女と言って憚らない、ブロンズ髪の女性だった。

 それを見たダッカルがドヤ顔でノアを見返している。

 

 覗き込んだ皆が、その女性が件のお姫様かと認識した所でその閉じられていた瞳が見えた。

 絵に描いたような碧眼にダッカルが鼻の下を伸ばし、手を差し出そうとするとそれは口を開けた女性によって阻まれる。

 

「どうした?何かいいたいのか。」

 

 はくはくと動くだけで、一向に言葉を発しない女性にダッカルが耳を傾ける。

 その瞬間、にっこりと綺麗な笑みを見せた女性に向かって雷が落ちてきた。

 

 分厚い屋根をぶち抜き落ちてきた雷を間一髪で避け、こうして生き残っているのは奇跡だろう。

 ゲームの性質上即死トラップは無い可能性が高いので、何かしらの措置はされていただろうがダッカル達は生きた心地がしなかった。

 

「……なぁ、あの姫さん味方だと思うか?」

「分からないが、ただ助けられるだけのNPCじゃないとは思うぞ。」

 

 一先ず燃えている屋敷から脱出した面々は、それ以上燃え広がらない屋敷を見上げながら話し合う。

 ゲームのお約束から知識を引っ張り出してきたノアは難しい顔をしていた。

 

「また近づいた時に、雷を落とされるのは嫌だぞ。」

「同感だ。」

 

 いくら美人でも近づきたくないと頷き合うノアとカイトはしかし、ダッカルの無情な言葉で頭を抱えた。

 

「でもよ、あのカエルの依頼は姫さんの奪還だろ?どうすんだよ。」

「まだ森の主にも会えてないんだぞー」

「というか、ヒソカは何処に行ったんだ」

 

 燃える屋敷の前で手をこまねいている三人は、どこかへ消えてしまった赤髪にため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……パチネッコか久しぶりだな。ところでひー君達を見かけてないか?」

 

 

 

 




次回は一坪の密林戦【中編】になります。

ここまで読んでくださってありがとうございました。
感想、評価、ここすき等、励みになっています。


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密林には面妖生物【中編】

引き続き一坪の密林戦です。

よろしくお願いします。


 数刻前森に落ちた大きな雷は、それ以降一度も見かけることはなかった。

 身軽さを取りせっかく集めてきた物資もほとんど置きっぱなしにしたジールは森の中に入っていく。

 

 細い獣道を走る足に小枝が当たる。一瞬しか見えなかった雷はおおよその場所しか示さないため、ジールは森の中心を目指して進むことしか出来なかった。

 

(イベント始まってるよな!?今から行って参加できるかは分からないけど、みんなで仲良くキャッキャウフフしてるんだろうなぁ……)

 

 イベント会場への道標もお助けキャラも居ないジールはがむしゃらに進むしかなかった。

 この間に攻略が終わってしまったらどうしよう等の不安を抱えながらも、その足は木々の合間を駆け抜けていく。

 

 誰かのオーラを探すことも考えたが、森全体にそれを阻む念がかけられているため探し出すことが難しかった。

 

 一人だけ置いていかれてしまい、ちょっと泣きそうになりながらもジールは必死に周囲を探る。

 まあ、可愛がっている弟からの信頼故の結果なのだが、戦闘面で問題無くとも精神的にダメージを受けていたジールは気づきもしないだろう。

 

 そして森に入ってから三十分程が経った所で、ジールは一際強いオーラが流れている部分を見つけた。

 

 走ってきた道からは逸れるが、何かのヒントは見つけられるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱きながら低木を掻き分けてオーラの塊に近づくジールは絶に切り替えた。

 

 薄暗い森の中でぼんやりと光るものが見えてくる。さて、鬼が出るか蛇が出るか警戒しながら最後の低木を乗り越えたジールは、ハッと息を飲んだ。

 

 森の中にできた広場の中心には、葉の光る大樹が生えていた。

 

 まるで蛍が集まったような綺麗な光に目を奪われたジールは、一歩、また一歩と足を進めていく。

 そして大樹の隅々まで見える位置まで来た時に、ジールはその大樹の正体に気づいた。

 

「…………パチネッコか?」

 

 地面に腰を据えたような幹は、よく見ると大量のコードが集まって出来ている。多種多様な形と色をしているコードが集まって茶黒い幹のように見えているのだ。

 さらに先程まで発光していると思っていた葉っぱはパチネッコの毛玉部分が集まっているものだった。

 

 つまり、この目の前の大樹は大量のパチネッコが集まって出来ている見せかけの木ということなのだろう。

 

 絶を解き、ゆっくりと大樹に近づいていくジールはその声に反応して降りてきた一匹の毛玉に視線を落とした。

 似たような生き物がたくさんいる為、はっきりとは言えないが毛玉の色はジール達といた時と同じ黄色である。

 

 コロコロと転がるように移動してきたパチネッコは、ジールの足元までやってくるとその三角の耳を立てた。

 

「……君は、俺達といたパチネッコか?」

「パチッ!!」

「そうか、群れに戻れてよかったな。」

「パーッチ!」

 

 お辞儀をするように、とは言っても一頭身のパチネッコは全身を前に倒すようにしてジールへ頭を下げる。

 どうやら今までのお礼を伝えているらしかった。

 

 ひとまず一人目………一匹目を見つけることが出来たジールはホッと胸を撫で下ろす。

 一応ヒソカ達が森に入っていない可能性もあったので、こうして確信を得られたのは大きいだろう。

 

 しゃがみ込んだジールの手に擦り寄るように毛玉を押し付けるパチネッコは、嬉しいのか僅かな静電気を漏れさせている。

 

 少しピリピリする感触を楽しんだジールは、パチネッコを撫でながら残りのメンバーの行方を訪ねた。

 

「……ひー君達は見かけなかったか?」

 

 その質問の意図をしっかり汲み取ったのだろう。パチネッコはジールの手から離れると、コロコロと転がり広場から伸びる一つの道に向かって行った。

 

 そして道の入口でここだと主張するように跳ねるパチネッコはヒソカ達の現在地を知っているようだった。

 

「助かる。ありがとう。」

 

 跳ねるパチネッコを捕まえ、その頭を撫でたジールはそっと毛玉を大樹の近くに降ろす。

 

「また、会おう。」

 

 せっかく同族に合流出来たのだから一緒に居たいだろうと、パチネッコを返したジールはその一本道に足を踏み入れた。

 

(どうしてパチネッコは場所が分かるんだろう?途中まで一緒に行ってたのか??特別な生態なのだろうか、木の形になってるのも気になる。ちょっと調べてみたいな。)

 

 長く一緒にいたパチネッコとの別れは少し寂しさを感じたが、一生会えない訳では無いのだ。それよりもと、ジールは新たに判明したパチネッコの生態に興味津々だった。

 

 そして枝を避けながら歩くこと暫く。パチネッコに教えてもらった道を進むジールは、先程からちょこちょこと顔を出す生き物に視線を奪われていた。

 

 物音でジールの存在に気づいた動物達は勢い良くジールの方へ駆けてきて、ジールの姿を視認すると急停止するのだ。

 しかも、止まった後にジールと目が合うと人違いでしたと言わんばかりに気まずそうな表情をして、ゆっくり森の中へと戻っていく。

 

 最初は動物達の不思議な動きに警戒していたジールも五回を超えた辺りから、生暖かい目で動物達を見るようになっていた。

 

(なんかもう居た堪れないよね……、俺でごめんねって言いそうになるもん。表情の少ない昆虫みたいな奴さえ雰囲気でやっちまった感が伝わってくるんだから相当だよな。)

 

 四足歩行ならぬ六足歩行でこちらに駆けてきたイヌ科の生き物も、丁度ジールの顔を見てUターンをしたところだった。

 

 ピンと立っていた耳も垂れてしまっている。

 そして手を振って見送ったジールは気を取り直して辺りを見回した所で、木々の間から建物を見つけた。

 

 もしかしたら皆がいるかもしれないと考えて、ジールは焦る足を転ばないように進める。

 そして切り開かれた森の中で見つけたのは、趣のある洋館の半壊し焼け焦げた姿だった。

 

(おぅ……こんがり上手に焼けてんな。)

 

 元からこの形なのかは分からないが、ほぼ森の中心に建っているであろう洋館はなにかイベントに関わっている可能性が高い。

 

 警戒は怠らず、しかし湧き上がる好奇心は抑えずにジールはドアノブに手をかけ玄関の扉を開けた。

 

 その中は煤で黒く汚れており、綺麗だった洋館の跡は一部からしか見られない。

 

 館の中に居ないのか、吹き抜けになっている廊下から上を見上げた所でジールはバッチリ目が合った。

 

「あー!!!!!ジールだ!!」

「本当か!?」

「おっ!やっと来たか。」

 

 床の抜けている二階部分から顔を覗かせたノアは、玄関から入ってくる気配に気づき偵察に来たようだった。

 その後からつられるように顔を出したカイトやダッカルもジールの姿を見て喜んでいる。

 

 最後のダッカルの言葉については、置いていったくせに何を言っているんだと殴りたくなったが生憎二階にいるので届かなかった。

 

「…………拠点にいなくて驚いた。」

「それはごめんね!今からそっち行くから待っててくれ!!」

 

 申し訳なさが毛ほどの先しか無さそうな謝罪をしたノアは穴から顔を引っ込め、正面の階段の方へ回ってきた。

 

 そしてその後に付いてきたカイトとダッカルも、玄関に立ち尽くすジールの元へやってくる。

 やっと合流出来たことに胸を撫で下ろしたジールは、ふと首を傾げた。

 

「……ひー君は、」

「あー、ヒソカはこの館に入る時に後から行くとか言ってそれっきりだな。」

「そういえば見かけてないな。どこにいったんだか……。」

 

 思い出すように顎髭を撫でながら喋るダッカルは、最後に扉の向こうへ消えていったヒソカの話をする。

 あまり気にしていなかったのか、誰も居場所を知らないという三人にジールは頭が痛くなった気がした。

 

(……一番厄介なひー君が単独行動してるのかぁ。まじかぁ。)

 

 まあしかし、元を辿れば早く行きたそうにしていたヒソカを置いて物資調達に行った自分にも責任があるかもしれないと思い直したジールは一つ息を吐いて気持ちを切り替える。

 

「わかった。カードは手に入りそうか?」

「そう!!カード!多分イベントは始まってるんだぞ!」

 

 一先ず当初の目的を果たそうと、ゲームの進捗を尋ねればキラキラとした目でノアが森に入ったところからの流れを説明してくれた。

 なんでも雷が落ちた後に館の中を探索し一枚の手紙を見つけたらしい。

 

 姫が眠っていた棺桶の所に置かれていたそうだ。

 

「……見たのか?」

「これからだぞ!ジールもナイスタイミングだ。」

「後でそちらの話も聞かせてくれ。」

 

 ウキウキと封筒を開けるノアの横で、こっそり耳打ちしてきたカイトはジールが何をしてきたのか気になるようだ。

 

 それに軽く返事を返しながらも、ジールの頭の中は先程説明された経緯の違和感でいっぱいだった。

 

(そのカエルモドキのポジションが怪しいだろ。そもそも森の主にさらわれた姫さまは何処のお姫様なんだ?あのグリードアイランド城の姫様か?ならこの森に住んでそうなカエルが助けたがってる理由は?騎士でも連れてくればいいだろ。

……それに森の中で姫様ポジションだったとしたら、なおさら森の主に攫われたなんて騒がないだろうし。どちらにせよ、カエルが怪しいのに変わりはない。)

 

 ヒソカもその辺に気づいてカエルモドキについて行ったのではないかと、ジールは思考をまとめる。

 

 ゲームの中に入れるという超体験のおかげで、比較的落ち着いていたジールだったがひとたび攻略が始まればテンションMAXになるのは当たり前だった。

 むしろ1周まわって冷静だったのが180°ほど回ってハイになっていると言っていいだろう。

 

 挙動不審な森の生き物も、パチネッコの役割も、何処かに行ってしまったカエルモドキもジールにとっては楽しいゲームの一部であった。

 

「あった!これだぞ。」

 

 そして皆に見えるように便箋を開いたノアは自信満々に読み上げる。

 

『拝啓、ワタクシを助けようとして下さった勇者様へ。

 

 お気持ちは大変嬉しいのですが、ワタクシはサバハ様に助けられる運命なのです。

 どうか勇者様はサバハ様を連れてきてください。』

 

(なにこれ、勇者様チェンジ申請されてんじゃん。ウケる……と言いたい所だが、この場合の勇者は俺たちだよな?)

 

 険しい表情をしながら読み上げたノアは、手紙の内容に唸っているようだった。

 ダッカルはさして気にしていないようで、どうするのかとノアやジールに指示を仰いでくる。

 

 さて、本来のゲームのシナリオではここで館の外にて待っているカエルモドキもとい、正体を隠したサバハと森の中を探索することになっていた。

 

 何処かにいる主を探し出す為、妨害してくる密林の生物を対処しながら森の中を歩き回るのだ。

 そして、途中でカエルモドキの正体に気づければそこから追いかけっこが始まるのだが……、既にジール達はゲームのシナリオからズレてしまっている。

 

 まあ言うまでもなくヒソカの行動が原因だろう。

 

『ややっ!それは大変ですな、私にも微力ながら手伝わせてくだされ。』

『私はこの森には詳しいですからな、サバハは密林からは出ませんし見つけられる可能性はありますぞ!』

 

 といった具合に、本来ならばイベントの説明役を兼ねているサバハがプレイヤーに親身になってくれ、正体がわかった時の驚きを提供するはずだったのだが、生憎とその流れはヒソカによって潰されてしまった。

 

 そうとは知らないジール達はこの後の動きをどうするのか、必死に相談しあっている。

 

「……そのサバハを連れてこないと話にならないだろう。」

「そもそもサバハとはなんなんだ。種族か?手紙の書き方からして特定の人物を指しているっぽいが。」

 

 カイトは新しく出てきた人物の名前に首を傾げている。

 案内役のカエルがいれば、サバハと森の主が同一人物だという重要情報を貰うことが出来たのだが、どうしようもないのが現状だ。

 

 ここで、サバハと森の主が同じ人物だと知ることで、攫った相手が運命の相手だと言って助けを求めている姫の手紙の矛盾もヒントとして与えられるのだが、それも全て無かった事になった。

 

 まあ、それら全てはヒソカが一足飛ばしに答えを当ててしまった故なので、攻略のヒントはもう要らないのかもしれない。

 ――ジールは是非とも欲しかったが。

 

「とりあえず、サバハを捕まえるまで姫の棺桶には触らないようにしよう!」

「まぁ、サバハ以外が助けにきたのが原因で雷が落ちたとも考えられるしな。」

「となると館の外を捜索するか?」

 

 あーでもないこーでもないと、手紙を覗き込みながら作戦会議に勤しむカイト達を見てジールはふと玄関の扉に視線をやった。

 

「……君達を連れてきたカエルはどこだ?」

 

 ここでジールは正規ルートでは正解の反応をする。

 その言葉にハッと顔を上げたノアも、姫の奪還を言い出したカエルモドキのことを思い出した。

 

「そうだ!あいつならサバハの事も知ってるんじゃないか――――おーい!おまえ、って居ない!!!!」

 

 元気よく駆け出したノアは、玄関の扉を開けたところで大きな声をあげた。

 

「俺が来た時は既にいなかったぞ。」

「あぁ?カイトは何処に行ったか知ってるか?」

「いや、俺もヒソカと一緒に扉の外に立っていたのを見たのが最後だな。」

 

 肩を竦めながら首を横に振ってみせるカイトも、カエルの行方は知らない。

 そのやり取りに、ジールはヒソカがそのカエルモドキと戦って殺してしまったのではないかと考えたが、流石に生きているだろうと思い直した。

 

(後は、ひー君が何に気づいて館に入らなかっただが……こればかりは聞かなきゃ分からないな。案外、一人でラスボスを見つけて独り占めしてるかもしれないが。)

 

 ふむ、と現状の把握を済ませたジールはパッと顔を上げ、三人に視線を向けた。

 ゲームの中に来てから何度か行動を共にしてきたカイトやノア達はジールの冷静さと判断力には信用を置いている。

 

 何かわかったのか、次の行動が決まったのかとジールの顔を見返すその視線には熱が篭っていた。

 

「ひー君を探そう。きっと大物を捕まえてるハズだ。」

 

 ジールは、ゲームの攻略にヒソカを探すのが一番の近道だと判断した。

 一人で行動しているヒソカを心配しての決断ではない。別に心配していない訳では無いのだが、それよりもヒソカが持っている謎の豪運でヒントを握り潰している気がしてならないのだ。

 

(まあ本人が人生エンジョイし過ぎてラッキーボーイに見えるだけかもしれないけど……。)

 

 兄としては順調に攻略しているというより、戦闘を楽しんだ副産物で攻略を進めているヒソカのイメージが強かった。

 

 ジールから端的に告げられた三人も、異論は無いようである。

 半分、ヒソカならやらかしかねないという勘で決定したジールだったが、カイト達も全員が合流するのは戦力的にも有効だと判断したようだった。

 

「よし!なら皆でヒソカを迎えに行くんだぞ。」

 

 意気揚々と再び玄関の扉を開けたノアは、気合いを入れるために右手を高く掲げた。

 その後について行くダッカルにも異論は無く、背中に荷物を背負い直すとゆっくりと歩き始める。

 

「ジールの方は何があった?」

「……後で話すが、パチネッコと会った。」

 

 最後に館を出たジールは、訪ねてきたカイトに短く返事をした。

 その言葉を受け、パチネッコを一等可愛がっていたカイトは目を大きく見開いてく。

 

 先程、説明された流れではジール以外パチネッコとは会っていないかった。元々の森へ入る目的がパチネッコだったのもあり、カイトはその所在を気にしているようだ。

 

「なら早くカードを手に入れてゆっくりパチネッコに会いに行かないと。」

 

 一層気合いを入れたカイトも、カード獲得に乗り気なようだった。

 

 木々に覆われた空を確認しながら、進む方角を確かめているノアとダッカルは出てきたジール達に手を振る。

 どうやらヒソカがどっちに行ったのか、兄の勘を頼りたいらしい。

 

 覚えている限りの道と方位が描かれた簡易的な地図はダッカルが地面に描いたものだ。

 指先の器用さは無いが、こういったことは出来るのかとジールはダッカルの意外な特技にひっそり感心していた。

 

 それを覗きんだジールは自分が通って来た範囲を除外し、じっくりと周囲を観察する。

 そして玄関前に立っていたことを加味して、走り抜けし易い向きを絞った。

 

「……北から探そう。」

「了解したんだぞ!!」

「ほいよ。」

 

 ダッカルが枝で森の四分の一を囲う。

 未だに正体も分からないサバハも探すのだ。例え外れたとしても次を探せばいいだろうと気楽に構えていた面々は、捜索から数時間であっさりと見つかったヒソカに肩透かしを喰らうことになる。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 落雷から暫く。サバハと名乗った巨大なカエルを追っているヒソカは、想像以上の相手の身体能力に笑みが止まらなかった。

 

 ちなみにヒソカはサバハが森の主だと名乗ったことを忘れてはいなかったが、目の前の魅力的な状況にそんなことは頭の片隅へと追いやられてしまっていた。

 

 ジール達にとっては残念なタイミングで、最高の相性の良さを見せつけたヒソカはサバハの嘘を見抜き、一人美味しい時間を過ごしているのだ。

 

 しかし、全てが上手くいっているわけではなかった。

 

 一向に縮まらない距離と、止まる気配の無い獲物にヒソカはどうやって相手を戦闘まで持っていくかを考える。伸縮自在の愛(バンジーガム)を仕掛けようにも、相手の俊敏さによって避けられてしまうのだ。

 トラップとして使うのにも、先回りが出来ない現状では有効な手段とは言えない。

 

(あっ、また抜けた♦)

 

 それに、なんと言ってもサバハから分裂するように出ていくカエルモドキの正体が気になるのだ。

 

 ヒソカが追いかけ始めてから直ぐと、今目の前で横に逸れていったモノで二体目である。

 初め、サバハの陰がブレたように見えたヒソカは自分の目を疑った。

 

 しかし視覚の不調は無く、本当にサバハの姿がブレて分かれたのである。

 通り過ぎる木々の葉を全て持っていくような超スピードでサバハを追いかけているヒソカは、真横に逃げたサバハの分身(仮)を追える程の急転回は出来ない。

 

 仕方なくサバハから分かれた分身(仮)を見送り、本体の追跡に専念する。

 分身(仮)が抜ける毎に全体のオーラ量が減っているのが分かるが、それでも一から念獣を作った程の減少ではなかった。

 

(面白そうな仕掛けだ♥どんなタネなんだろう♠)

 

 そもそも二足歩行をして言葉が話せる点から魔獣だと判断していたが、念を使える魔獣に会うのは初めてだった。

 今までに無い体験に是非とも戦いたいと音符を飛ばすヒソカは、開けた場所で止まったサバハに胸を踊らせる。

 

 待ちに待った瞬間だと、期待を寄せるヒソカは穴が開きそうなほどサバハを見つめていた。

 

「中々いい足をお持ちのようですな。」

「ありがと♣︎キミも見かけによらず素早いよね♠」

「光栄ですぞ。さて、今回のゲームの説明をしても良いかね?」

「ゲーム?戦ってくれないのかい?」

 

 交わされる会話を楽しみながら、ヒソカはサバハの話に首を傾ける。

 

「ルールは簡単じゃ。私を含めた三体のサバハを同時に仕留めればよい。……まあ鬼ごっこといったところですな。」

 

 ローブをバサりと広げながら高々に宣言されたルールにヒソカはスっと顎を引いた。

 

「これはボク一人だと難しいね♥」

 

 チラリと背後に探るような視線を向けたヒソカは、また正面の相手に目を向ける。

 

「素早い判断。姫を助けるのに相応しいですな。さて、ヒソカ殿はどうするおつもりか?私一人を追いかけたとて無意味ですぞ。」

 

 横に広く開いた口は楽しそうに歪められた。

 目の前の主も久しぶり――いや、初めての客に胸を躍らせているようだった。

 

 その期待に応えるように、手元のトランプを弄るヒソカはニヤリと笑みをみせる。

 油断なく双方が向き合った空間に緊張の糸が張る。

 

 互いが相手の挙動に神経を注いでいるように見えるだろう。

 

 その次の瞬間、挨拶代わりに投げられた短剣がサバハのローブを飛ばした。

 

「ナイスタイミングだね、兄さん♥」

「……待たせたな。」

 

 後ろを振り向くことなく、短剣の持ち主に挨拶をしたヒソカの機嫌はひどく良かった。

 

 ヒソカの背後から現れたジールに気づいたサバハは大きく目を見開く。短剣の掠ったその腕の傷はみるみる塞がっていくが、本人はそれどころでは無いようだ。

 

 ジールによって崩された緊張は仕切り直しといわんばかりに、また三人の周囲を囲った。

 

「他の三人は何処にいるんだい?」

「……愚問だな。」

 

 事前に策を弄し、万全の準備で望むことを好むジールが姿を現したということは、答えはひとつだろう。

 

 同時刻、ノアとダッカル、カイトはそれぞれ別の場所でサバハの分身と対峙していた。

 

 

 

 

「今から『一坪の密林』入手作戦を再決行する。」

 

 




美味しい所を持っていくヒソカでした。
次回は一坪の密林戦【後編】です。
話のパート分けが偏ったので次の話は長くなると思います。

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