ラストリロード (しばりんぐ)
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第一章 大型専門を名乗る男
その者の名は。


※独自設定・解釈から、ゲーム本編にない動きをしたり、考察に基づいた独自機構が出てきたりすることがあります。


 潮風が頬を撫でる。

 それを振り払うかのように、彼は銃槍を叩き付けた。

 

「おおおぉぉぉッ!」

 

 その強烈な一撃に、海竜──ラギアクルスは悲鳴を上げる。

 

 

 ここは孤島。

 ロックラックギルド、タンジアギルド等が管轄するこの狩猟場で、今命のぶつかり合いが行われている。

 一匹、大海の王者にして食物連鎖の上位者、ラギアクルス。

 一匹、剛腕をもってして、片手で巨大な槍を振るうハンター。

 

 血濡れのように赤い髪をひとまとめにし、並み以上の体躯をもって銃槍を叩き付けるその男。名を、アルフレッドという。

 赤褐色の鎧は、彼の大柄な体を包んでいる。その腰回りはさながらコートのようで、所々からスパイクを思わせる黒い棘が立ち並ぶ。風牙竜、と呼ばれる飛竜──ベリオロス亜種の素材を用いた防具。それをもって、彼は溢れる電流から身を守っていた。

 

 頭部に強烈な叩き付けを受けて、悲鳴を上げたラギアクルス。

 しかし、彼は大海の王者にして、強靭無比な大型モンスターである。人間の一撃には、怯むことこそすれど、命を絶たれることには繋がらなかった。王者としての矜持を見せ、悲鳴から一転、牙を振りかざす。小さな人の身を軽々と噛み潰す、あまりにも大きな牙を。

 

「……ッ!」

 

 アルフレッドが持つのは、槍である。

 だが、ただの槍ではない。軽く、それを構えて走り回れるようなものではない。彼が持つ槍には、銃身と四連装のシリンダー、そして重い砲弾が込められていた。

 

「口を開けると────」

 

 振り下ろしていた槍の持ち手、そこに備え付けられた引き金に指を掛ける。

 

「火傷するぜ!」

 

 直後、その穂先から火薬の炸裂する音が、四連続で響き渡った。

 引き金を引き続けることでシリンダーを猛回転させ、込められた砲弾をほぼ同時に放つ技。通称、フルバースト。それが、ラギアクルスの喉を焼く。堅牢な鱗で身を包む海竜だったが、生憎口の中だけは、防ぎようがない。

 身を焼く砲炎を受け、ラギアクルスはたまらなく倒れ込んだ。その隙に、アルフレッドはガンランスの『装填』を行う。

 

「ほっ!」

 

 中折れ式(トップブレイク)と呼ばれる機構によって、その身を半分に折り畳むガンランス。同時に、剥き出しになるシリンダー。

 シリンダーが剥き出しになったことにより、砲弾を押し込めておく蓋が取り外される。それによって、詰められていた薬莢が弾け飛んだ。中身を失った、いわば抜け殻たち。日差しを浴びながら宙を舞い、この浅瀬の波に吸い込まれていく。

 

「あと三発……それと」

 

 アルフレッドは呟くようにそう言って、残りの弾をシリンダーに押し込めた。

 銃槍には、残弾数がある。ボウガンの弾とは比べ物にならないほど重いその砲弾は、大量に携帯することが不可能だ。アルフレッドの体格をもってしても、二十発ほどが限度である。

 そしてそのうちのほとんどを、彼は既に撃ち放っていた。

 

「しぶといな。流石はラギアクルスだ」

 

 彼の甲殻は、見れば火傷だらけである。銃槍の穂先による切り傷と、火薬による火傷。長い戦いの痕が、そこには刻まれている。

 構え直した銃槍。その穂先をもって、横転する海竜の胸を突く。割れて、血肉が剥き出しになったその胸を。

 

「ちっ……もう起き上がったか!」

 

 しかし、ラギアクルスとてやられるばかりではない。その太い手足を器用に使い、体勢を整え直した。同時に、その背中の電殻から、紫色の光を灯し始める──。

 

「……蓄電量が、これまでの比じゃないな!」

 

 青白い光だったはずが、今では不気味な紫色を放っている。それに気付いたアルフレッドは、刺突の手を休め、右手に力を込めた。

 金色の鱗が折り重なったようなその盾で、来たる衝撃に備える。同時に、ラギアクルスは吠えた。吠えて、全てを解き放った。

 

「うおッ……!!」

 

 銃槍には、堅牢で重厚な盾がある。これによってモンスターの牙を捌きながら、的確に穂先を当て、砲撃を浴びせる。そんなスタイルで用いられる武器だ。そのため盾は、非常に強固に作られている。

 その盾をもってしても、ラギアクルスの蓄積した電力は、簡単に捌けるものではなかった。

 

「ぐっ……右手がいてぇっ!」

 

 そのあまりある衝撃に、耐え切れなかったように彼は弾き飛ばされた。

 盾は黒く焦げ、硝煙のようなものを吹き出している。右腕の痺れを感じながら、放電の衝撃によって宙に弾かれながら、それでも彼は、銃槍を構えた。

 

 ──ラギアクルスに向けて? 

 

 いや、彼の、反対側に向けて。

 

「はッ!」

 

 引き金を巧みに操って、彼は砲身の絞りを操作する。まるでガスバーナーを扱うかのように、砲身から溢れる熱量と反動を調整する。

 銃槍は、内部に空気を大量に送り込む設計がなされている。それを用いて、彼は砲撃の瞬間に熱を閉じ込めた。そう、それはさながら"溜めて"いるかのように。

 直後、彼の銃槍は火を噴いた。その火は、重力に逆らうかのように、彼に超加速をもたらすのだった。

 

「うっ……!」

 

 ブラストダッシュ、という呼称がつけられている。

 その実際は、溜め砲撃を背後に向けて放ち、その反動を利用して前へ跳ぶというもの。炎の軌跡を描くように、その銃槍は孤島の空に赤い筋を塗った。

 宙を裂く速度に思わず歯を食い縛るアルフレッド。そして、突然目の前に飛来したハンターに、驚きを隠せないラギアクルス。

 

「お返しだッ!」

 

 その一撃は、先ほどと同じような叩き付け。それも、重力を上乗せした一撃だ。それに胸を穿たれ、海竜は思わず仰け反った。

 

「おおおッ!」

 

 まさに、絶好のチャンスというものだろう。

 アルフレッドは左手を奮わせ、連続で刺突を放つ。ラギアクルスの胸からは、赤い奔流が加速した。

 その奔流に色を加えるように、彼は引き金を引く。ブラストダッシュに続き、二発目。それが炸裂した。

 

「……残りは……っ」

 

 荒い息で、残弾数を思い返すアルフレッド。その左腕は、鉛のように重い。

 ラギアクルスもまた、息も絶え絶えの様子だった。長い戦闘に加え、先ほどの大放電。渾身の力を込めていたのだろう。

 それでも、目の前の小さな存在は倒れなかった。今もなお、自身の傷を抉り続ける。

 ラギアクルスは、確実に弱っていた。しかし彼もまた、まだ倒れてはいない。その全身を使って、外敵を打ちのめすのだ。

 

「……尻尾ッ!?」

 

 翻した身。上から迫る牙を躱すものの、流れるような動作で横から尻尾が飛んでくる。鞭のようにしなるそれは、人の身にはあまりにも大きかった。

 アルフレッドは、左手で刺突をしながら──右手を掲げる。側面から飛んでくる鞭を、その盾で受け流す。

 

「ぐッ……!」

 

 盾は、割れた。耐え切れず、砕け散った。

 それでも、あの巨大な鞭を逸らすことができたのだ。同時に、彼はシリンダーを回転させた。残った砲弾を、銃身に装填させたのだ。

 

「はっ!」

 

 再び、溜め。そして今度は、地面に向けて撃ち放った。

 その様は、アイルーたちがよく使うドングリ型の飛行装置を思わせる。火薬の燃焼を起こし、作用反作用の法則を用いて空を飛ぶ。

 アルフレッドが行ったのも、それだった。彼はブラストダッシュを使い、真上に跳んだのだ。

 

「食らいな……ッ!」

 

 跳んで、すぐに重力に捕まって。

 自身の体重と、鎧、そして銃槍の重みが重なり、みるみる加速するアルフレッド。彼は落下しながら、むしろその重力すら上乗せして、その穂先を突き立てた。真下の、敵を見失って辺りを見渡すラギアクルスの、その頭部に向けて。

 

 轟く、叫び声。頭蓋を貫通して、鮮血やら透明な汁やらを間欠泉のように吹き出すラギアクルス。

 突然頭を割られたことによって、恐ろしいまでに暴れ狂う。蛇のように錐揉み回転する頭に、アルフレッドはしがみ続けた。

 

「漁師の船を襲う生活も、これで終わりだな」

 

 再び、彼は銃口の絞りを操作する。銃口が絞られ、青い光が溢れ出した。鮮血に混じって、ラギアクルスの頭部が淡く発光する。

 残った三発の砲弾は撃ち尽くした。

 しかし彼は、最後の一発を装填した。

 通常の砲弾、ではない。この時のために温存していた、重量が明らかに異なる、暗く焦げ付いた薬莢。

 正真正銘の、最後の装填(ラストリロード)

 

 ──それは、火竜の骨髄を用いて作られた特殊な砲弾。

 

 ──飛竜のブレスを模した、ガンランスの真骨頂。

 

「あばよ、ラギアクルス」

 

 人はそれを、『竜撃砲』と呼ぶ。

 通常の砲弾より数倍、数十倍に膨らんだその弾は、大量の空気を送られることによって大規模のブレスを巻き起こす。

 頭蓋に穴を空けられたラギアクルスの脳は、その灼熱の吐息を直に浴びて、一瞬で融解、沸騰した。

 

 

 

 巨体が、倒れ込む。

 人の味を覚え、漁船を積極的に襲うようになったラギアクルス。

 それを退治して欲しいという依頼は、誰もが受注するのをためらった。人を狙うということは、それだけ人のことを知り尽くしている証。並の個体より、狩るのに苦戦するのは明らかだ。

 それでもアルフレッドは、単身で依頼に応え、見事海竜の討伐を果たした。

 

 彼は、『大型専門』を謳う。

 大型モンスターの狩猟のみを行う、奇妙なハンターだった。

 

 

 




ガンランスの描写をしてみたくて、投稿してみました。
ガンランス、格好良いですよね。ロマン溢れる狩猟描写を書いていこうと思います。不定期更新ではありますが、よろしければお付き合いください。


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ガンランスを使う理由

 アルフレッドは、酒場でクエストボードを眺めていた。

 

「……大型、はなさそうだな」

 

 並べられている依頼は、商人の護衛から鉱石の採掘依頼、卵運搬等様々。しかしそこには、大型モンスターの狩猟依頼はない。

 アルフレッドは、興味なさげに視線を移し、酒場の一席へと腰掛けた。

 

「うわ、銃槍使いだ」

 

 そんな彼の姿を見て、嫌味な声色を灯す者が一人。

 

「やだな……一緒に戦えたもんじゃないぜあの武器」

「砲撃って迷惑なんだよ。巻き込まれたら命が危ないし」

「何でギルドはあんな武器を正式登録してるんだろ」

「損傷力なら、大剣やヘビィボウガンで事足りるのになぁ」

 

 飛び火するように、口々に囁く声が彼の鼓膜をノックする。

 彼に向けて向けられた言葉ではなく、仲間内で囁き合う声だった。しかし、それが指すのは間違いなくアルフレッド自身。

 とはいえそれも、彼にとっては聞き飽きたもの。特に気にすることもなく、厨房に向けて食事を注文する。女帝エビのローストと、ヘブンブレッド。ブレスワインに幻獣バターアイス。

 

「良さそうな依頼もないし、今日は飲もう」

 

 背負っていたガンランスをテーブルに寝かせ、気ままに待つ。

 彼は、他のハンターとつるむことはしなかった。何故なら彼は、銃槍使いだから。銃槍の問題点は、彼も把握済みである。

 

 食事を待つ間、彼は武器の手入れをする。

 銃槍の穂先に取り付けられた刃に、彼は手を掛けた。留め具を外し、本体から刃を分離させる。片手剣ほどの刃と、片手用の柄。その刀身に向けて、彼は油を差して布でぬぐった。

 

「あー……粉塵が随分ついてるな」

 

 ガンランスは、砲口から炎を吐き出す。装填される砲弾には、ボウガンの弾のような弾頭はなく、工房で排出される鉄屑の破片や、火薬岩の欠片が収められている。それが火薬によって燃焼され、燃える粉塵となってばら撒かれるのだ。

 そのため、砲口真下に備えられた刀身は、粉塵や煤で汚れやすい。ガンランスが砲撃する度に斬れ味が劣化するのは、それが理由である。

 

「ま、頑張った証だな。ラギアクルス、強かったもんな」

 

 油で浮いた煤を布で拭き取り、輝く刀身を取り戻すアルフレッド。

 満足気に頷いているところで、注文した食事が届いた。

 

「さてさて、いただきますか」

 

 女帝エビのローストにかぶりつく。ヘブンブレッドをちぎって食べ、ブレスワインを一気に飲み干す。

 一般的なハンターの体躯より一回り、二回り大きな大男が、並べられた食事を荒々しく呑み込んでいく。その様は、どこか圧巻だった。同じように、一人で食事をしていた別のハンターが、思わず見入ってしまうほど。

 

「……ね、君。ガンランス使いなの?」

 

 見入っていたその少女が、彼に声を掛ける。

 

「そうだよ。だからなんだ?」

「え? あはは……単純に興味があって。前、座ってもいい?」

 

 そう尋ねる彼女は、銀の髪が美しい、黒い外套を身に纏ったハンター。ツーサイドアップと呼ばれる、左右に髪を括ったその髪は、どこか雪化粧のようだと、アルフレッドは感じていた。しかしその髪とは対照的に、褐色に染まった肌。砂漠の生まれを感じさせるその姿は、どこか艶やかだ。

 特に断る理由もない。彼は、潮風薫るローストを頬張りながら頷いた。

 

「あたし、セレス。君は?」

「アルフレッド」

「アルフレッドね。よろしく」

 

 セレス、と名乗った少女は、アルフレッドに手を差し出した。

 握手を求めたものだったのだろうが、彼はその手には応じなかった。伸ばした手で、ヘブンブレッドを掴む。

 

「……で、最初の質問に戻るけど。君、ガンランスを使ってるんだね。珍しい」

「珍しいのは否定しない。事実使用者は少ないからな」

「使う人が少ないっていうか、使える人が少ないのよね。単純に考えて、人間が使う設計がされてないもん」

 

 長大な砲身。圧倒的反動力の砲弾。火薬の取り扱い方に、複雑な操作方法。

 どれをとっても、ガンランスは使用する者を拒む、難儀な武器だった。

 

「……君って、ソロ?」

「見れば分かるだろ」

「だよね。ガンランス使いで組んでる人って、あまり見ないもん」

 

 そう言いながら、セレスはアルフレッドの装備をじっと見た。

 

「……風牙竜、だよね。一人でも、それだけ狩れるってことね。すごいなぁ」

 

 ハンターの装備は、その実力の何よりの証明だ。それだけ強力なモンスターを狩ることができるという証拠。ギルドカードを提示するよりも分かりやすい、実力を誇示する方法である。

 

「実際、ガンランスの反動ってどうなの? あたし扱える気がしない」

「人より体格に恵まれていることに感謝するな」

「……やっぱり、すごいんだ」

「お前さんは……重弩使いだろ? それも大概じゃないか?」

「あたしのは、反動軽減パーツを施してるから」

 

 そう言いながら、彼女は背中のヘビィボウガンを愛おしそうに撫でる。

 黄色と緋色を重ね合わせたような装備に、雌火竜を思わせる武骨な意匠のヘビィボウガン。どこか、既存のものよりは小さく見えるが、それは間違いなくヘビィボウガンだった。

 身に纏うのは、毒クモリの皮をなめした防具、スパイオシリーズ。黒い外套と、うなじに丸めた黒いフードは、彼女の銀髪を対称的なまでに際立たせている。この軽装は、一人あってもモンスターの猛攻を掻い潜り、重い銃撃を叩き込むものだろう。彼女もまた、大型モンスターを下す実力者であることの証明だ。

 

「てか、そっちもソロなのか?」

「あたしは……テキトーって感じ。組んだり、組まなかったり」

「ふーん……」

「……一緒に組んでみる?」

 

 試すような口振りでそう言うセレスに対して、アルフレッドは鼻で笑った。

 注ぎ直したブレスワインを飲み干して、グラスをテーブルへ強く置く。

 

「やめとけよ。丸焼きにされても知らないぜ」

 

 そう言って、アルフレッドは立ち上がった。

 

「そんなの、あくまでも噂でしょ?」

「どうだろうな」

 

 ガンランス使いは、端的に言えば嫌われている。

 ハンターとモンスターが混在する狩場の中で、火薬を炸裂させるガンランス使いは危険な存在だ。飛び交う砲炎が同胞を焼き、下手をすれば死に追いやることもある。特に、体格の小さいモンスター相手では、モンスターよりも邪魔になることすらあるのだ。

 

「組んでロクなことはない。俺にとっても、お前さんにとってもな」

 

 実際に、ガンランス使いによる砲弾の暴発によって、パーティーメンバーが死傷した事例がアルフレッドの脳裏をよぎる。

 

 ガンランスを使うならば、一人で。

 ガンランスで戦うならば、大型相手を。

 それ故に、彼は『大型専門』なのだ。

 

「じゃあ……!」

 

 セレスも立ち上がる。

 酒場を立ち去ろうとするその銃槍使いに向けて、もっともな疑問を投げかけるために。

 

「じゃあ、なんで君は……ガンランスを使うの?」

 

 その問いに、彼は振り返った。

 少しだけ口角を上げながら、彼ははっきりと言った。

 

「そんなの、決まってんだろ」

 

 外の光を浴びて、ガンランスが光る。

 眩しいその輝きに、鉄の香り。

 硝煙漂うシリンダーに、重くたくましいその砲身。

 

「ガンランスが、好きだから」

 

 疑問の答えは、その一言に尽きた。

 




なんでガンランスを使うかって、やっぱり好きだからなんですよね。
ただ、現実的に考えるとガンランスってどういう立ち位置なんだろ、というお話。次は狩りに出ます。


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叩き付けよその砲身

 慟哭のような風が唸る。

 天空山では、今日も不気味な鳴き声が吹き荒れていた。

 風か、咆哮か。それとも、両方か。

 

「うぉらァッ!!」

 

 その咆哮に負けじと、アルフレッドは砲口を向けた。

 目の前で羽ばたきながら、雷鳴のような声を上げる赤き飛竜に向けて。

 

「食らえ……ッ!」

 

 その虚が、青い光を灯す。

 絞られ、空気量を調節されて。装填されたのは、火竜の骨髄を利用した特殊弾。砲身に備えられたハッチが開くことで、空気の通り道が生まれ、大量の空気が流れ込んだ。

 火竜の骨髄は、空気に触れると自然発火する特性がある。目の前を飛翔する赤き竜──リオレウスが、『火竜』と呼ばれる由縁。火竜の如き息吹が、語源たる火竜に叩き込まれた。

 

 ドン、と轟く音が響き、同時に赤い甲殻が焼け落ちる。

 しかしリオレウスは墜ちることなく、さらに高度を上げた。竜撃砲を直に浴びたというのに、その動きは痛みを感じさせなかった。

 

「ちっ……これくらいじゃ沈まないか……!」

 

 リオレウスが高度を上げる時は、上空からブレスをお見舞いする時か、その毒爪を振りかざす時。

 その山脈の如き歯並びから、燃え盛る火炎が溢れ出る。今回は、ブレスのようだ。

 

「ぐぁ……ッ!」

 

 構えた盾でブレスを防ぐ。

 しかしそれは、直撃を避けられるだけであって、衝撃と熱は確実に彼へと襲い掛かった。頬が焼け、体の芯は悲鳴を上げる。

 

「……連続かッ!」

 

 二度、三度と連続で叩き付けられるその息吹。火球となったそれは、彼の持つ盾を着実に焦がしていった。

 

「そう何度も喰らってはいられないな……!」

 

 武器を背中のマグネットへと貼り付け、収納する。

 盾で防ぎ続けるのは、ジリ貧になるのがオチだ。彼はそう判断して、回避に徹した。

 そんなアルフレッドに向けて、リオレウスは爪を構える。毒汁滴る鋭い爪が、びゅんと風を切った。

 

「ちっ……!」

 

 その動きを察知した彼は、岩と岩の隙間に飛び込んだ。

 天空山は、まるで岩が宙吊りになったような不安定な山脈地帯だ。それ故土台となる岩場も崩落寸前状態で、どこもかしこも隙間だらけ。タル爆弾を置いたり、地面に向けて竜撃砲を撃ったりしようものなら、地盤崩壊は避けられないだろう。

 言い換えれば、岩の隙間から下層に逃げることも、容易だということだ。

 アルフレッドは毒爪を回避しつつ、麓のキャンプへとツタづたいに降りていく。

 

「砲弾、足りねぇや」

 

 ガンランスの砲弾は、重く、そして大きい。

 アルフレッドの体格をもってしても、二十発程度しか携行できないのが現実だ。

 故に彼は、補充へ向かう。予備弾薬をいくつか備えておいた、キャンプに向けて。

 

 

 ○◎●

 

 

「んー……、あと十五発かぁ」

 

 キャンプで回復薬を飲みながら、アルフレッドはボックスの中を漁る。

 彼が準備してきた弾も、手持ちと予備で合わせて十五発。あのリオレウスを仕留めるには、心許ない数であった。

 

「一点集中して砲撃を叩き込めば、いけるかな」

 

 全身にくまなく撃つのではなく、ただ一点に向けて砲弾を叩き込む。弾数に余裕がない時の、苦肉の策であった。

 ガンランスという武器は、『(ガン)』を冠するものの、実際の仕様としては爆弾に近い。実弾ではなく、爆風と熱を放つのだから。タル爆弾を刀身に詰め、いつでも発射できるようにしたもの、と言ってもいいだろう。

 その砲撃は、モンスターの固い甲殻も物ともしない。特に固いモンスターに対して、効果を発揮する。全身を叩き焼くことで、着実に弱らせるのが主な運用法だ。

 

「……よし」

 

 現実的には、この重い砲身で狙いを定めるのが難しい、という理由もあるが。

 しかしアルフレッドは、恵まれた体格をもってその問題をカバーする。

 

「行くか」

 

 ガンランスのシリンダー後部、そこには砲身を渦状に纏うような形をした予備の弾倉が備え付けられている。彼はそこに、残りの弾薬を詰め込んだ。

 準備万端と言わんばかりに、彼は笑う。

 そのまま、キャンプの外へ向けて踏み出した。

 

 

 ○◎●

 

 

「──オオオオォォォォォッッ!!」

 

 上空からの、渾身の叩き付け。

 麓へと食事に降りていたリオレウスの上を取り、彼はその重い砲身を叩き付けた。

 突然真上から重いものを叩き付けられて、火竜は悲鳴を上げる。同時に、アルフレッドはその隙に背中へ跳び付いた。

 

「落ちろ……このッ!!」

 

 ガンランスの穂先の剣を、瞬時に取り外す。

 片手剣と相違ないそれをもって、彼は火竜の背中にその切っ先を突き立てた。

 

「らァッ!!」

 

 引き摺るように走らせた斬撃に、火竜は堪らずバランスを崩した。

 落ちる巨体。その巨体を蹴って、アルフレッドは脆い地盤へと跳び移る。

 瞬時に穂先をガンランスへと取り付け、駆け出した。同時に、盾は背中のマグネットへと収納する。

 

「行くぜ!」

 

 狙うは首筋。砲炎が深部まで焦がせるように、まずは切り込みを入れる。

 足を開き、腰を捻り、肩を引く。

 続けざまに三回、槍を走らせた。

 

「はぁッ!」

 

 三度目の突きで奥まで刺し込んだところで、柄に添えられた右手。

 砲撃の反動に備えるため。そしてその穂先を、奥へ押し込むため。

 

 ドン、と天空山を揺らす音が、空を打った。

 砲弾に込められた鉄屑が高熱を帯び、衝撃波となって火竜の喉を襲う。「カッ……」と咽るような声が飛び出した。

 

「まだまだ!」

 

 アルフレッドは、連続で引き金を引く。

 シリンダー後方のハッチの一部が開き、空になった薬莢を吐き出した。同時にシリンダーが回転し、新たな弾が装填される。

 ガンランス後部に備えられた、予備弾倉を利用した機構。連続射撃をすることにより、即座に排莢、装填を行う高等技術。人はその技を、クイックリロードと呼ぶ。

 クイックリロードによって、続けざまに五発撃ち放ったアルフレッド。喉が焼けたリオレウスは苦しそうに、しかし彼を薙ぎ払うように起き上がった。喉元からは、どす黒い血が溢れ返っている。如何に火に強い火竜といえど、喉の内部を焼かれるのはひとたまりもないのだろう。

 

「……ガノトトスならこれで終わってただろうに。流石はリオレウスだ」

 

 しかしその傷も、決定打には至っていない。驚異的な修復能力で、彼の喉元は致命的なダメージに抗っている。

 喉を焼きながらブレスを吐く、空の王者リオレウス。熱への耐性は噂以上だ。

 

「あと十発……!」

 

 両手で握ったガンランスを支えながら、振りかざされる牙をくぐり抜ける。

 噛み付きという手段は、モンスターならではの野性的な攻撃方法だ。それ故に多くのモンスターが行うため、動きもある程度予想しやすい。

 

「はッ!」

 

 両手で握ったガンランスを、大剣のように振り下ろすアルフレッド。先程突いて焼いた傷口を、大きく抉った。

 ──斬る瞬間に、引き金を引く。紅蓮の軌跡が、傷を焼く。

 

 当然、リオレウスも黙ってはいない。

 自慢の尾を振り回して、外敵を遠ざけた。

 

「ふっ……!」

 

 その一薙ぎを、彼は半身反らして躱す。地面と平行線になるように極限まで上半身を逸らし、しかし両脚は開いたまま次の動きへと繋げる。

 気刃突き、という技がある。練った太刀筋を突きへと変える、太刀の奥義だ。アルフレッドもまた、同様の構えを描く。無論、握るのはガンランスだが。

 深々と突き刺さるその一撃に、彼は連続で三回、砲撃を加える。重い引き金を任された彼の右人差し指は、鈍い悲鳴を上げた。

 

「ぐッ……!」

 

 火竜へ踏み込んでいただけあって、舞い上がる粉塵と火薬の香りが彼を突く。鼻を塞ぎ、そのまま背後へと跳んだ。

 一方、リオレウスは満身創痍だ。首筋からはどくどくと血が溢れている。顎は痙攣するように震え、その足取りはとても重たそうだ。

 しかし、それでも彼は空の王者だった。目の前のハンターを掴み、空に投げ飛ばすなど、朝飯前だった。

 

「あぐっ……!?」

 

 傷も顧みずに羽ばたいたリオレウス。

 その姿に呆気を取られた瞬間、アルフレッドの両肩が鋭い爪に咥えられる。

 

「チッ……!」

 

 振り払おうと力を入れるものの、飛竜の力には到底敵わなかった。防具がミシミシと悲鳴を上げ、両肩の肉が嫌な呻き声を漏らす。

 そのまま真上に飛び上がったリオレウス。勢いのまま、アルフレッドを宙へ放り投げる。

 

「……ブレスッ!」

 

 翼をもたないものは、自由に飛ぶことができない。それが分かっているのだろう。リオレウスは、空中でもがくアルフレッドに向けて火を噴いた。

 掴むものも、蹴る地面もない。

 重力に掴まれて、落下するだけの瞬間。アルフレッドは、避けることも叶わずブレスの餌食になる────。

 

「なめんな……ッ!」

 

 なんてことは、なかった。

 彼は、空中であってもガンランスを構える。先程撃った分を瞬く間に排莢し、残り六発を装填した。

 そして、砲口を向ける。火竜の方へ──では、ない。

 右へ。何もない、右の虚空へ向けて。

 

「ぐっ……!」

 

 砲撃の反動で、彼の体は左へ飛ぶ。その勢いで、彼は火球から身を躱した。

 

「お返しだッ!」

 

 続けざまに、背後へ砲撃。それも連射だ。

 リオレウスの真上に向けて、彼は飛ぶ。連続で引き金を引くことで、空中であるというのに彼は加速した。

 翼のないはずの人間が、奇妙な棒を使って空を飛ぶ。まさに異様とも言えるその光景に、リオレウスはさぞかし驚いただろう。

 しかし、それも束の間。上を取られた獲物ができるのはただ一つ。

 自分を殺す者を見ること、それだけだった。

 

「ウオオッ!!」

 

 アルフレッドは、吠える。高所から落ちる急激な落下感が、彼の肝を引き締める。

 振るうは、全弾を撃ち尽くしたガンランス。弾が無くなった分軽くなったその砲身だが、今は重力が上乗せされていた。

 まさに、全身全霊を賭けた叩き付け。リオレウスを叩き落とすには、十分だった。

 

 鈍い音が響く。大地に薄い罅が走る。

 叩き付けられた頭部と、あまりの衝撃に砲身にも罅が刻まれた。大地を鮮血が覆う。火竜の血飛沫が、灰色の世界を赤く染め上げる。

 同時に、ガンランスの排熱ハッチから白い蒸気が噴き出した。そして、パタンとハッチが閉まる。高所からの落下によって、砲身が急激に冷やされた。

 排熱が終わったのだ。

 

「楽しかったぜ、リオレウス」

 

 とどめの一撃は、お前のものだ。

 アルフレッドは心の中でそんな、皮肉めいたことを思いながら最後の竜撃砲弾を装填する。

 天空山に響く、地鳴りのような爆発音。

 今日もまた、火竜の吐息が、大地を照らすのだった。

 




改めて言っておきますが、この作品はガンランスの描写を楽しむだけの作品です。ガンランス好き集まれ。
そんなガンランスの構造の妄想を絵にしてみました。良かったらご覧ください。全4枚、今回は構造編です。

【挿絵表示】



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新人と、銃槍と。

「ミュアン!!」

 

 少年が、悲痛な声で叫んだ。

 ミュアン、と呼ばれた少女が宙を舞う。背後から襲ってきた強烈な水流を浴びて、少女の軽い体は舞い上がり、雪の大地に轍を刻む。

 雪兎獣、ウルクススの毛皮を使った装備。それをもってしても、易々と跳ね飛ばす威力をもった水流。少年と少女の前に立ち塞がるこのモンスターが、二人の遥か格上であることの、何よりの証明だった。

 

「何だよ……コイツ!」

 

 碧く、透き通るような体。その碧い体を作る鱗は、何重にも重なって長大な体を構築している。手足は異様に短く、体は長い。

 蛇竜種に分類されるモンスター、ガララアジャラ──その亜種だ。

 

「ミュアンっ、ミュアン!」

「……あ、アズー……ル」

 

 少女は、か細い声で少年の名前を呼ぶ。

 同じくウルクススの鎧を着込んだその少年は、ミュアンの手を取った。しかし、その手は力なく、そして急速に冷えつつあるのを感じ取る。

 

「そんな、ダメだ! ダメだミュアン!」

 

 氷海の過酷な環境に適応したガララアジャラ亜種は、超低温の体液を口から射出する。それを、撒き散らした甲殻──撥水甲で反射させて獲物を仕留める、狡猾で知能の高いモンスターだ。

 それを浴びたミュアンは、背中の打撲と、低体温症を患っていた。この極寒の環境では、まさに命取りである。

 

「クソ、逃げなきゃ……!!」

 

 アズールと呼ばれた少年は、少女のか細い体を担いで退路を目指す。

 そんな彼を嘲笑うように、ガララアジャラ亜種は地を這った。二人を取り囲むように、円を描きながら滑る。二人を閉じ込めるように滑り、満足気に首を持ち上げた。

 

「あ……っ」

 

 見上げるような巨体に、少年の足は竦む。

 二人で全力を上げて、やっと討伐できたウルクスス。それを遥かに上回る、生態系の上位者。少年に逃げる術など、既に存在しなかった。

 

「ぐぁ……ッ!」

 

 不意に触れた、鋭い牙。それが雪兎獣の皮を簡単に突き破り、アズールの自由を奪う。

 ガララアジャラのもつ麻痺毒だ。二人の体が崩れ落ちた。

 

「こんな、ところで……」

 

 大口を開ける大蛇を薄目に、少年は目を閉じる。

 大事な幼馴染を守れぬまま、無念と共に自らの生涯にも、幕を閉じるのだった。

 

「──どっ、せいィッ!!」

 

 なんて、ことはなく。

 真上から振り下ろされる鈍重な剣が、水蛇竜の顔を叩き割る。甲殻が割れ、左目が切り落とされた。

 

 痛みのあまり暴れ回る巨体を盾で弾きながら、突然乱入してきた男──アルフレッドは、少年少女を脇に挟んで走り出した。

 

「大丈夫か?」

「あ、あなたは……」

「──チッ! そう簡単に逃がしちゃくれねぇか……!」

 

 振り返れば、あの水ブレスを放つ水蛇竜の姿があった。

 相当頭に血が上っているのだろう。撥水甲も使わず、一直線にアルフレッドを狙ったブレスだった。

 

「すまねぇな! 離すぜ」

「えっ……ばふっ!」

 

 アルフレッドは二人を降ろし、盾を構えた。

 一言、「俺の後ろから出るなよ」と加えながら。

 

「はっ!」

 

 構えた盾が、流水を弾き飛ばす。その大柄な体躯をもって衝撃を押し殺し、さらには背中のガンランスを構えた。

 滑るように肉迫する水蛇竜の、抉られた眼孔に向けて。

 

「食らいなッ!」

 

 ガンランスの切っ先から、何かが射出される。それが的確に眼孔を射抜き、水蛇竜は痛みのあまり仰け反った。

 甲高い悲鳴。火薬の燻る音。抉られる血肉。燃焼音が、徐々に大きくなる。

 

「──ドカン!」

 

 アルフレッドのその声と共に、目元を貫いた鋭い杭が炸裂する。

 思わぬ衝撃に驚き、パニック状態に陥った水蛇竜。錐揉み回転をしながら、氷の奥へと逃げ込んでいった。

 そんな姿を見ながら、アルフレッドは背後の二人に向けて話し掛ける。

 

「よし、今のうちだ。立てるか?」

「は、はいっ」

 

 身体の痺れが取れてきた少年は、少女を担いで立ち上がる。

 それを確認したアルフレッドは、背後を警戒しながらもキャンプまでの道を切り拓いた。

 

 

 ○◎●

 

 

「ミュアン、どうですか」

「低体温症だな。とにかく火の傍で休ませるしかない。怪我の治療は、村に戻ってからしよう。生憎、俺には大した知識もない」

 

 アルフレッドは両手に握った包帯をきつく締め、達観したようにそう言った。

 アズールと呼ばれたその少年は、彼の頼りない言葉に眉をへの字に曲げる。幼馴染が苦しそうに息を吸う様子を見て、胸の内側を痛ませた。包帯で締められるよりも、ずっとずっと痛いようだった。

 

「……と言っても、アイツがベースキャンプ周辺をうろついている以上、船を呼ぶことも難しい。ここは氷海だ。飛行船なんて夢のまた夢だしな」

「あれ……あれは何なんですか! あんなの、僕たち聞いてないですよ!」

「生態不安定、聞いてなかったのか? 氷海は今モンスターどもの、まさに鍔迫り合いだ。大方、主とでも言える存在がやられたんだろうな。ジンオウガか、ガムートか、分からないが」

「主……」

「最も力のあるモンスターが居座れば、ある意味その生態系は安定する。弱者と強者がはっきりするからな。だが、そいつが何らかの理由でいなくなれば、話は別だ。どいつもこいつも、自分が生態系のどの位置にいるのか、探ろうとする」

「それが、今のアイツですか……?」

「だろうな。ほっといてもいずれ収まる自然現象だが……今回は別だ」

「え?」

 

 霜を纏った岩が、焚火の熱を浴びてうっすらと汗をかき始める。

 その反射熱を受けながら、苦悶の表情を浮かべる、ミュアンという少女。そして、こちらの様子を窺うように見るアズールに向けて、アルフレッドは一枚の依頼書を見せた。

 

「お前さん方の村の長からの依頼だ。大事な村の若者を、連れ戻してくれだとよ」

「村長……」

「ギルドの調査で、付近にあの青蛇がいるのが分かった。だから、俺は来た」

「じゃあ、あなたは……」

「ギルドから派遣されたハンターだ。新人の救助に、な。あとは任せろ」

 

 この謎の大男が一体誰なのか。そんな不安にも押し潰されそうだったアズールは、ようやく小さな吐息を吐くことができた。

 安心したからだろうか。力が抜け、雪の上へと腰を落としてしまう。

 

「良かった……密猟者か、もしかしてもっとやばい人か、とすら思ってましたよ」

「失礼な奴だな」

 

 呆れたように言いつつ、アルフレッドは銃槍を手に取った。

 少年の体躯を超えるその獲物を、彼は軽々と背負い、立ち上がる。

 

「行くんですか」

「あぁ」

「……僕も、行ってもいいですか」

「あん?」

 

 アズールは手に弓を握りながら、覚悟を決めたようにアルフレッドを見た。

 

「ミュアンをあんな目に遭わせたヤツを放っておくなんて、僕にはできない……! アルフレッドさん、僕も連れていってください!」

「お前さん……嬢ちゃんはどうするんだ」

「僕がいても何もできないので……道中、アイルーたちを雇って傍にいてもらおうと思います。幸い、マタタビをいくつか持ってきているので、交渉はできるかと」

「……そんなに、戦いたいか」

 

 アルフレッドの試すような物言い、そして鋭い視線を前に、少年は一瞬言葉に淀んだ。ぐっと喉を震わせ、生唾を送らせる──。

 それを落とし切ったところで、覚悟を決めたように彼は喉を震わせた。

 

「……戦いたい! 僕は、僕だってハンターだ……ッ!」

「俺が、ガンランス使いだと知った上でか?」

「僕一人じゃ、とてもアイツに勝てません。足を引っ張るかもしれませんが、僕はあなたと戦って、あいつを狩りたいんです!」

「ふーん……」

 

 ただ純粋に、こちらを真っ直ぐ見る少年。

 その姿に、アルフレッドは少しだけ頬を緩ませた。

 

「分かった。絶対に、俺の前に出るなよ。それだけは守れ」

「は、はい!」

 

 何だかおかしなことになった、と彼はボリボリ頭を掻きつつ、しかしこれはこれで面白いと密かに笑う。

 まさか自分が、まだ初々しい狩人と同じ狩りに出るとは。

 ガンランス使い故、誰からも疎まれていたのに、そんなことも露知らず一心に同行を頼む少年の姿に、彼はどこかくすぐったさを感じるのだった。

 

 

 ○◎●

 

 

「八時の方向へ回り込め! 尾は長いぞ!」

「はいっ!」

 

 丸め込んだ体から尾を伸ばし、鞭のように薙ぎ払う。

 ガララアジャラ亜種の鋭い一撃を、アズールは滑るように切り抜けた。その隙を突いて、アルフレッドは槍を振るう。腰を落とし、懐に入り込んだところで横へ薙ぎ、鱗に刻んだ切り込みをさらに突く。穂先が、重い肉の感触を伝えた。

 

「怯ませるッ! 矢を頼む!」

「了解ッ、です!」

 

 体勢を持ち直し、矢筒から取り出した矢を構えるアズール。そんな彼の目に、激しい爆破の渦が映りこむ。

 懐が焼け爛れ、悲鳴を上げる水蛇竜。その頭部に向けて、彼は矢を立て続けに打ち込んだ。狙い澄まして一射、腰を低めてもう一射、雪を薙いで、霜を纏わせた矢をさらに一射。

 穿たれた片目の死角から射られたその矢に、水蛇竜はたまらず氷の下へ潜り込んだ。

 

「下に……!」

「氷に目を凝らせ! 奴の姿は影に映る!」

 

 ゆらゆらと揺れる紺色の底に、さらに黒い影がゆらめいていた。氷を割って、海を裂いてなお進む奴の狙いとは──。

 

「アルフレッドさんっ、あそこ!」

「尻尾……ッ!」

 

 突如氷が突き破られたその先には、青白い扇状の尾が顔を見せていた。

 その尾が震え、甲高い音を撒き散らす。

 

「うっ……!」

 

 いや、撒き散らしたのはそれじゃない。

 鱗だ。白く光を照らす鱗が弾かれるように飛んで、氷の上に穴を空けた。

 

「これって……!」

「水蛇竜特有の狩りの技だ! 奴は水球を鱗で弾く! できる限り破壊するぞ!」

 

 水蛇竜の鱗は撥水性が高く、『撥水甲』と呼ばれ高値で取引される。

 しかしその本質は、奴の狩りにおける極めて厄介な搦め手であること。口から放った水流を、奴はこの鱗に当てることで軌道を変えるのだ。それ故水蛇竜は極めて知能が高く、狡猾な狩人として知られている。

 

「はっ!」

 

 アズールは矢を構え、目に付いた鱗を射抜いて割った。

 アルフレッドもまた、弾薬を惜しまず鱗の爆散へと費やす。

 しかし大量に撒き散らされた鱗は、二人ではとても片付けきることができず──。

 

「来るぞッ!」

 

 ガララアジャラ亜種が、顔を出した。

 その口から、超低温の奔流が弾け飛ぶ。

 

「うわっ……!」

 

 慌てて弓を担いで走るアズール。彼の真横を水流が駆け抜け──その先の撥水甲へと吸い込まれた。

 軌道が、反転する。走るアズールへ、水流が加速した。

 

「チッ!」

 

 アルフレッドは舌打ちしながら走り、右手の盾を地面へと叩き付けた。

 そのまま跳躍し、盾の上へと着地。そしてその巨体を、なるべく低く屈ませる。

 背後に回した銃口から、ためらいなく放たれる砲弾。その反動は、彼をアズールの前へと押しやった。水蛇竜のブレスよりも、速く。

 まるでウルクススのような滑走。盾を利用した、ソリ滑りだ。

 

「ラァッ!」

 

 両者の間に飛び込んだところで、右脚を上げ、勢いよく盾を踏み抜く。

 その勢いで、シーソーのように側面を跳ね上げた大盾。

 それが溢れる奔流を飲み込んだ。小粒の水滴となって、氷海の霜に落ちていく。

 

「アルフレッドさん……」

「アズ……ッ、うおっ!」

 

 胸を撫で下ろそうとする、その瞬間だった。再び、氷を割ってあの巨大な尾が現れる。

 それに叩き付けられ、咄嗟に出した盾を砕いた。まるで紙屑のように、容易くその身を崩す盾。飛竜の甲殻でできたそれも、奴の一撃の前ではただひたすらに脆かった。

 同時に、顔を出したガララアジャラ。その小さな腕を振り抜いて、アルフレッドへ──。

 

「アルフレッドさん!」

 

 まるで木の葉のように、飛んだ。

 あの巨体が、氷の上を転がって雪の山へ埋もれていく。

 蛇竜の強打を受けたのだ。無事に済むはずがない。アズールは、最悪を想起した。

 

「そ、そんな……」

 

 ただ一人残された小さな存在に、水蛇竜は鼻息を荒げながら近づいてくる。

 彼にはもう、残された手はなかった。震えた手で弓を構えようとするが、力が入らず弓を溢す。

 

「ミュアン、僕……」

 

 小さな獲物を丸呑みにしようと、大口を開けるその存在に、彼はただ小さな嘆きを漏らすだけだった。

 

「どうか、君だけ、でも……」

 

 そう言って、目を閉じて、そうかと思えば全ての音が消える。

 全てを諦めたように、彼に届く音は全てなくなり──。

 

 しかし強引な爆音が、彼の鼓膜を無理矢理打ち鳴らした。

 

「諦めが早いぜ、少年」

 

 ガララアジャラが、仰け反っている。

 その頭から硝煙を振り撒きながら。

 血と鱗と肉を零れ落としながら。

 ただ甲高い悲鳴を、上げていた。

 アルフレッドは、立っている。所々の防具は割れ、至る所から血を流しながら、それでも彼は立っていた。

 そして同時に、深く腰を構え、槍を振り抜く。

 

「いてぇな蛇野郎…! こんなの、酒の一瓶でも奢ってもらわな釣り合いが取れねぇだろ!」

 

 続けざまに、アルフレッドは槍を振り下ろした。まるで太刀でも振るうように、その重い槍を縦に薙ぐ。

 水蛇竜も、やられたままではない。血を撒き散らしながら振るうのは、その恐ろしいまでに尖る牙だ。

 その牙を、アルフレッドは背後に跳ぶことで躱す。しかし直後に前進し、武器を突き出した。傷を抉るように、鋭く前へ。

 

「すごい……!」

 

 竜の巨体にも恐れず、前進するアルフレッド。その姿に、アズールは見惚れていた。

 横薙ぎされる尾をしゃがんで躱し、その付け根を切り上げる。振りかざされる牙を、高く上げた銃槍で叩き付けて軌道を逸らす。その反撃と言わんばかりに振るわれる右腕の、指先へ。アルフレッドは銃槍を薙ぎ、その指ごと斬り払って退ける。

 

「まるで、大剣、いや、太刀みたいに……!」

 

 巨体と巨体の猛攻に、氷の破片が舞い散った。

 火薬の粉塵が、互いの皮膚を黒く染めていった。

 しかし両者は一歩も引かず、その牙を振るい合う。まるで切り取られた絵画のようだと、アズールは見入っていた。

 

「アズールッ! 隙を作る! 頭の傷口を抉ってやれ!」

 

 アルフレッドが急に叫び、その声にアズールはとろけそうな意識を持ち直した。返事も忘れ、慌てて弓を構え直す。

 

「お前さんの最大の一撃を、叩き込んでやろうぜ!」

 

 その言葉に、彼はとっておきの矢を思い出した。

 摩擦によって内蔵された火薬に火を灯し、その加速力によって貫通力を極限まで高めたその一本。

 まるで竜の一閃を思わせるそれを、工房は『竜の一矢』と命名した。

 

「いつでも、アルフレッドさん!」

 

 その声に、アルフレッドは前へ出た。

 振りかざされた大蛇の左腕を躱し、その付け根に足を掛けて飛び上がる。さらに銃槍を構え、連射。込められた弾三発を、奴の体に浴びせながら──何とアルフレッドは空に舞い上がった。

 

「すごい、反動で上に……!」

 

 ガララアジャラ亜種の真上へと飛び上がったアルフレッド。

 やることは一つ。

 その脳点に、重く太いこの銃槍を叩き付けること。

 

「行くぜ……ッ!」

 

 鱗が、皮膚が、固い骨が。

 ひしゃげるような嫌な音が、この氷の大地に反響した。

 

 脳点を叩き割られて、昏倒するように氷の上へと押し潰される水蛇竜。

 アズールの射線上へと映った頭部の損傷部位に向けて、彼は弓を引き絞った。

 

「今だ!」

「はいっ!」

 

 薙いだその矢は火を灯し、凍て付いた空気を震わせる。

 限界まで引き絞られた。

 どくどくと中身を溢す蛇の頭部へと、照準が合わせられた。

 アズールは、引き絞る指を、解き放った。

 

「あばよ水蛇竜。この生態系じゃ、俺たちの方が強かったみたいだな」

 

 肉に埋まる銃槍を持ち上げ、アルフレッドは背後に跳ぶ。

 直後、脳髄を伴った鮮血が、この凍てついた海を染めるのだった。

 

 

 ○◎●

 

 

「僕、ガンランス使いになろうかな」

「どうしたの、急に」

 

 村で痛めた体を癒しながら、アズールはふとそう呟いた。

 その言葉に、ベッドに体を横たえて傷を癒すミュアンが、首を傾げながら答えた。

 

「いやさ、大きな盾と太い銃身で仲間を守る……ガンランスって格好いいじゃん」

「この前の、私たちを助けてくれた人?」

「うん……」

 

 少し照れくさそうに、彼は頭を掻く。

 その様子にミュアンは、ふにゃりと頬を綻ばせた。

 

「ふふ、だったら私たち、もっと強くならなきゃね」

「……うん、そうだね」

「アズールは、もっとムキムキにならないとね」

「うっ。こ、これからはもっとたくさん食べるよ……!」

 

 そう言いながら、彼は携帯食料を齧る。

 独特の風味と口内を否応なしに枯れさせる味わいに、やはり眉毛をへの字に曲げさせられた。

 

「僕は、僕はガンランス使いになるんだ……っ!」

 

 アルフレッドのような狩人になるには、まずこの一口から。

 そう思いながら、彼は携帯食料を噛み続ける。

 彼がその願いの通りにガンランスを手に取るようになるかは──また、どこかの機会に。

 




ガンランスはやはり良い。
書いてて熱い武器ですね。片手剣、太刀、大剣などメジャーな武器がひしめく二次創作界隈の中で、あえてガンランスを書く。これが私のガンランス道だ!(?)
閲覧ありがとうございました。


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中折れ式はいずれ折れる

「うおおおぉぉッ!!」

 

 突き上げ、からの連射。

 重い引き金を続けざまに引き、紅蓮の花が五つ、咲き乱れる。

 ガンランスは、引き金を引くことによって発砲、そしてシリンダーの回転と撃鉄の再準備が行われるダブルアクション式だ。

 放射型のガンランスの装填数は、五発。装填拡張を行ったこのシリンダーは、瞬く間に抱えた弾を撃ち果たした。

 

「……へっ。効いたみたいだな」

 

 鼻先に、立て続けに爆破を受けた目の前の牙獣種──ビシュテンゴは、苦しそうに顔を手で覆う。

 長く伸びた鼻に、青い体毛に覆われた体。その腕からは皮膜が伸びるが、様相としてはババコンガ等に近い獣の姿をしていた。

 近年になってこの狩猟区──水没林で生息が確認されるようになった、新種のモンスター。その長い鼻から、遠方の古里カムラでは、『天狗』と呼ばれている。

 

 アルフレッドは、痺れる左手に顔を顰めながらも背後に跳んだ。

 ガンランスの弾は重く、その反動も強烈だ。彼は恵まれた体躯を有しているが、それでも五連射を片手で放つのは、相応の痛みを伴うのだろう。

 一方のビシュテンゴもまた、黙ってはいない。体毛と皮膜に隠し持っていたものを、皺だらけの手で曝け出す。

 

「柿……?」

 

 黄色だったり、緑だったり、はたまた毒々しい紫色のものまでも。

 天狗が見せたそれは、まごうことなき柿だった。

 

「うおっ!」

 

 その柿を、奴は投げつけた。

 両腕に収まらんと言わんばかりに抱えた柿を、器用に投球し続ける。目の前の赤毛の男、アルフレッドに向かって。

 

「ほっ、よっ、おっと!」

 

 半身翻して避け、盾を構えて振り払い、柿の猛攻を捌く。

 最後に投げつけられた、毒々しい色の柿。それを、アルフレッドは盾で受け流した。

 受け流す瞬間、盾の先端で穂先を擦る。

 彼が持つのは、『叛逆銃槍ロドレギオン』。鋭い刃鱗で身を覆う飛竜、セルレギオスの素材で作られたガンランスだ。

 ガンランスの穂先であるヘッド部分は勿論のこと、この金色に輝く盾にも刃が連なっている。その刃を擦り合わせることで、ヘッドの刃を研ぎ、同時に付着した煤を削ぎ落とす。

 受け流しの反動を利用した、研ぎ払いの妙技。

 ──ガンランス使いの間では、『ガードエッジ』と呼ばれている。

 

「食らいな!」

 

 隙のない動きで全ての柿を捌いたアルフレッドは、ビシュテンゴの鼻先に向けて、金色の穂先を突き出した。

 煤を払われたヘッドと、銃口の隙間から。

 鋭く細い"杭"が、顔を出す。

 

 思わぬ刺突が鼻先を穿ち、怯むビシュテンゴ。

 しかしそれも束の間。噴煙を漏らす杭は、直後に破裂した。

 

「どうよ、竜杭砲の味はよ!」

 

 爆破の衝撃と、それによってさらに埋め込まれた鉄片。

 鼻先という急所を射抜かれた痛みにより、ビシュテンゴはのたうち回る。その度に舞い散る浅黒い血飛沫が、水没林の沼を染めた。

 痛みに全てが見えなくなった牙獣。そんな隙だらけの様子を見て、アルフレッドは新たな弾を装填する。銃槍を半分に折り畳み、剥き出しになったシリンダーからは空になった薬莢が飛び出した。

 砲身を再び展開させると、シリンダー後方の予備弾倉から新たな弾が装填させる。

 

「……ん?」

 

 ガンランス使いとして、何度も行ってきたその動作。

 しかしアルフレッドには、奇妙な違和感が掌を、腕を、肩を、そして脳裏にまで駆け抜けたのだった。

 

 砲身も、シリンダーも、一見何の異常もない。

 弾も、問題なく装填されている。

 しかし、何かが違う。

 装填される音が、伸ばした砲身に噛み合わせが、力を込める際に感じる重さが、どこかいつもと違うのだった。

 

「……うおッ!?」

 

 しかし、ゆっくりとそんなことを考えている余裕はない。

 死に物狂いな様子で、天狗はその爪を振るうのだった。

 尾で体を支え、まるでドスマッカォのように立ちあがったかと思ったら。何とそのまま錐揉み回転。皮膜も爪も、全身を全て使ってアルフレッドを仕留めようと襲い掛かってくる。

 

「ぐっ……! 盾じゃ、防ぎきれねぇか!」

 

 基本的に、モンスターの膂力(りょりょく)は人間が太刀打ちできるものではない。如何に大きな盾であろうと、限界はすぐに訪れる。

 それは盾の耐久力か。はたまた、それを操る人間の体力か。はたまた、どちらもかもしれない。

 そのため、多くのハンターは盾で防ぐより、攻撃を躱すことに重点を置いている。

 ビシュテンゴは、巨大なモンスターというわけではなく、むしろ大型モンスターとしては小柄な部類だ。そうであっても、やはり彼らの力に対して、人間はあまりにも脆すぎるのだった。

 

「連撃……!」

 

 過ぎ去った嵐のように動きを止めるビシュテンゴ。

 しかし束の間、尾で器用に方向転換しては、再び乱回転を開始する。

 

 迫る旋風。

 鎌鼬のように空を裂く爪。

 命を削ぎ落とす暴力の嵐。

 

 それを目の前に、アルフレッドは盾を捨てた。

 

「──来いよ」

 

 盾を捨てたのは、戦いを諦めたからか? 

 

 ────否。

 

 彼は、銃槍を構えた。

 空気抵抗を減らし、持ち手にある絞りを回して砲口の空気調節を行う。

 圧をかけた火薬が放つのは、まるで自らの限界点を主張するような青白い光。

 溜め砲撃の反動を利用して飛ぶガンランスの妙技、ブラストダッシュだ。

 

「おおぉぉッッ!」

 

 横に飛んで、獣の暴風を躱した矢先、アルフレッドは砲口を地面へと向けた。

 そのまま、着地する前に引き金を引く。

 圧をかけられた爆風が、彼を真上へと押し上げた。

 

「とどめだ……!」

 

 真上をとって、隙だらけの奴の脳天へ。

 渾身の一撃、刃鱗溢れるガンランスを叩き付ける。

 

 それはまるで、千の刃が生み出す突風のように。

 重量系武器の特徴を生かした、全身全霊の叩き付け。

 様々な機能をもつガンランスにとっては、それは地味な格闘技術の一つかもしれない。

 しかし、フルバーストや薙ぎ払いといった豪快な必殺技を放つ足掛けとなる。

 まさに、ガンランスにとっての、影の主役と言える奥義の一つなのである。

 

 その一撃が、ビシュテンゴの脳髄を砕く──なんてことは、なかった。

 バキッっと、軽快な音が響いた。

 

「……あ?」

 

 ガンランスが、折れた。

 金色の砲身が粉々に崩れ、シリンダーを剥き出しにしながら折れていた。

 

「……マジかよッッ!!」

 

 先ほど感じた違和感。

 中折れ式という、利便性のために耐久力を犠牲にした構造は、今積み重ねた歪みに負けたのだった。

 真ん中で真っ二つに砕けたガンランス。頼りない一撃は、ビシュテンゴの頭皮を少々削っただけだった。

 

「チッ!」

 

 思わぬ好機に気付いたビシュテンゴは、速かった。

 すかさず尾を振るい、隙だらけのアルフレッドを薙ぎ払おうとする。

 

「だが……!」

 

 地に這うことで、それを躱したアルフレッド。同時に、彼は銃槍の持ち手を離した。

 支えを失って、ガラガラと転がる金色の砲身。それを掴み、ヘッドに備え付けられた穂先──セルレギオスの象徴とも言える刀角を加工した刃を、彼は剥ぎ取った。

 

「どうした天狗野郎、俺はまだ戦えるぞ……!」

 

 砲身から離れた穂先には、片手剣風の柄が伸びる。

 このロドレギオンと呼ばれるガンランスは、穂先として片手剣サイズの刃物を備え付けられたもの。つまり別添えの刃を、穂先として砲身の装着させているのだ。加工屋には、『ヘッド独立型』と呼称されている。

 故にそれは、後付けの刃。取り外すことも可能。

 

「うおおお!!」

 

 逆手に握ったその刃をもって、彼はビシュテンゴの懐に潜り、その青々しい毛並みの奥を切り裂いた。

 

 ビシュテンゴは、悲鳴を上げる。

 或いは、殺意を込めた雄叫びだろうか。

 武器を失ったというのに、それでも襲い掛かってくる小さな敵に、獣は抗い続けた。

 

「遅いッ!」

 

 弱っているが故、反撃の爪も弱く、狙いも定まっていない。

 アルフレッドは舞うようにステップでそれを避け、再び奴の懐に潜る。

 

「あばよ。楽しかったぜ」

 

 ただそう言うと、彼はとどめの一撃を放つ。

 突き出した刃が、獣の内臓を巻き込みながら引き抜かれた。

 鮮血が、この水没林を染めた。

 

 

 ○◎●

 

 

「……これで、依頼完了か」

 

 水没林に住み着く天狗獣。

 行商人の交易ルートだが、本獣の悪戯好きな性格もあってか、商売を妨害され、積み荷を荒らされる事件が頻発した。

 小柄だとはいえ、大型モンスターだ。

 アルフレッドはその討伐に向かった。竜車を守るでも、誰かを救援するでも、毛皮を外套にするといった依頼でもない。

 ただ、モンスターを狩ること。それが彼には、性に合っていた。

 

「……はぁ、しかしまさか、壊れるとは」

 

 彼が落とす視線は、暗い色を帯びている。

 その先にあるのは、沈黙したガンランス。

 金色の鱗が砕け、真ん中で二つに分かれてしまった憐れな砲身。

 

中折れ式(トップブレイク)は、やっぱり脆いよな」

 

 手入れはしてきたつもりだったが、結局のところ今回が寿命だった。

 アルフレッドは自分にそう言い聞かせながら、ポーチからロープを取り出して、バラバラの部品を括りつける。

 それを背負いながら、小さく呟いた。

 

「今日はビールが飲みたくなる日だ……」

 

 そして、もう一言付け加える。

 

「……帰ったら、工房行くかぁ」

 

 彼の行きつけの工房、『火薬庫』。

 ガンランスを専門的に取り扱う、ドンドルマの路地の裏にある小さな工房だ。

 クエスト完了を示す信号灯に火をつけながら、彼は相棒の修理を固く誓うのだった。

 




中折れ式は耐久性に難がありますよね。かのコルト・シングルアクションアーミーは、その頑丈さからS&Wスコフィールドを打ち破って軍の正式採用を勝ち取っているので、まさに歴史が物語っている……。
次回は狩りに出ず、工房でガンランスのお話編です。
お楽しみに。

それと、ガンランスの妄想イラスト第二弾です。
今回は、装填数(砲撃タイプ)編!

【挿絵表示】

これを描いた頃と比べ、今は装填数がさらに+1されましたね。拡散型が悲しそうにこっちを見ている!


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火薬庫と呼ばれた男

お気に入り登録、感想、評価ありがとうございます。
とても嬉しいです。


「おやっさん、こんにちは!」

「おう、若いのいらっしゃい。今日は何の用だい?」

 

 雪深い辺境の集落、トタン村。

 その大通りにやってきた若いハンターが、丸い石造りの店の中へ声を掛ける。

 身に纏うのは、いずれも雪兎獣の素材からできた装備だった。その様から、まだまだ駆け出しの下位ハンターであることが窺える。

 彼が話し掛けたのは、加工屋の親方。

 氷海近くのこの小さな村を支える、小さな工房だった。

 

「ちょっと新しい武器に手を出してみたくて、作れるかどうか聞きたいんだけど」

「おう、良い心がけだな! 今使ってるのは……弓だったな。なんだ? ライトボウガンか?」

 

 背に括り付けられた弓を見て、そう尋ねる加工屋に向けて。

 若者は、おずおずと尋ねるのだった。

 

「いや、その、剣士目指したくて……。その、ガンランスって、作れるかい?」

 

 その一言に、加工屋の男の表情が曇った。

 

「……らん」

「え?」

 

 聞き逃した言葉を、若者が聞き返す。

 しかし加工屋は、彼を見ることもなく奥の棚へと踵を返してしまう。

 

「あ、あの……?」

 

 あのにこやかな表情から一変、こちらを見ることすらもしない。

 そんな、突然の態度の変化に若者が不審を感じた頃──。

 

「俺は、あんなもの作らん」

 

 加工屋の男は、はっきりとそう言った。

 

「え、な、なんで……?」

 

 どうして突然、と若者は言葉を繋げる。

 それに加工屋は、背を向けながら答えるのだった。

 

「あんなもの、武器と呼べるか。重い、扱いにくい、使える者は少ない。そして何よりも、素材を強く痛ませる」

「……え?」

「若いの、ガンランスが火薬を使うのはもちろん知ってるよな?」

 

 そう言いながら、加工屋は若者に向けて、拳大の何かを投げた。

 慌てた様子で、彼はそれを手に収める。

 円柱状のそれは、金属で包まれたもの。そう、まるで弾丸のようだった。ただし大きさは、ボウガンのそれとは大きく異なる。

 

「そいつが、ガンランス用の砲弾さ」

「こ、これが……!」

「こいつとボウガンの弾の違い、分かるか。若いの。もちろん、規格以外でな」

「え? え、えっと……」

 

 彼は、弓を普段使いとしていた。故に、ボウガンの弾に関する見識も薄い。

 彼が言い淀むのも、もっともだった。

 

「……弾頭だよ。ボウガンには弾頭のある弾が使われる。反面こいつは──」

「弾頭が、ない……?」

 

 そう、ボウガンの弾の先には、鋭い弾頭がついている。

 火薬と、金属でできた弾頭をカラの実やツラヌキの実に収めることで、ボウガンの弾薬は作られているのだ。火薬の衝撃を利用して、鋭い弾頭を超速度で放つのである。

 一方で、銃槍の弾はどうか。

 こちらは金属でできた薬莢を携え、しかし弾頭はない。中には、加工の段階で生まれた鉄屑や金属片が、火薬岩と共に込められているという、全く仕様の異なる性質をしていた。

 つまり、要は爆破だ。火薬の炸裂による炎、衝撃波、そして混ぜられた金属片による裂傷。それこそが、ガンランスの砲弾の真髄なのである。

 

「この弾はな、実に危険なんだ。そこらの小型モンスター相手に使うとどうなると思う? ジャギィなんて、一発で頭が木っ端微塵になる」

「え……」

「ドスジャギィなんていう中型のモンスターでさえ、簡単にズタボロにしちまう。あの襟巻も、間違いなく焼き焦がしちまうだろうな」

「そ、そんな」

「ガンランスは、強力だ。だからこそ、素材を必要以上に焼いてしまう。加工屋としては、鼻につく武器なんだよ」

 

 そう語る加工屋は、どこか悲しそうな顔をしていた。

 

「そして何より、使える奴が少なすぎる。片手で大砲を携帯するようなもんだ。若いの、アンタじゃ使えねぇぜ。そんな細身じゃあな」

「うっ……」

 

 厳しい現実を突き付けられ、彼は唇を噛んだ。

 身体を鍛える、と意気込んで修行する日々。成長期とはいえ、すぐに体が変化するわけではない。

 まだまだ先は長い、と彼は歯がゆさを感じるのだった。

 

「……まぁ、中にはガンランスを専門的に扱う加工屋もあるようだがな。酔狂なもんだよ、全く」

「え……! そ、そんなところがあるんですか! 一体、どんな……!?」

 

 寝耳に水、と言わんばかりに表情を輝かせる若者。

 彼を前に、加工屋の男は困ったように頭を掻いた。しかしその視線をやり過ごすことはできず、彼は続きの言葉を白い息に混ぜて吐くのだった。

 

「そいつは、ドンドルマにある。確か、名前は──」

 

 

 ○◎●

 

 

「──"火薬庫"へようこそ! ん、おおぉ! アルフレッド! 何じゃお主、元気にやっとるか!」

「よう、おっさん。相変わらず煤だらけだな」

「そりゃあもう、わしの可愛い子どもたちのためならな! この煤も悪くないもんじゃ」

 

 そう語るのは、かつて白衣だったものを黒と灰色に染めた男。白髪の皺の深い老人だが、その赤い瞳は爛々と輝いていた。

 そんな彼が語る子どもたち、それは全て、彼の背後に陳列したガンランスたちである。

 ドンドルマの片隅で常に蒸気を噴かすこの店は、『火薬庫』と呼ばれている。ガンランスを専門的に取り扱う、異色の加工屋だ。

 

「で、どうしたね。新作? 新作か? 新作が欲しいのか!!??」

「いや、こいつを直してもらいたくて」

 

 子どものように目を輝かせる老人を前に、アルフレッドは淡々と答えた。

 そして同時に、アルフレッドは先日破損してしまった『叛逆銃槍ロドレギオン』──だったものをカウンターに置く。

 

「……おおぉ……わしの、わしの可愛いロドレギオンンンンッッ!! 何ということじゃあっっ!! お、お、おおぉぉ~~ッッ!!」

「うわ、きたねぇ」

 

 鼻水と涙を撒き散らしながら泣き喚く老人に、アルフレッドは一歩距離を置いた。

 この老人こそ、『火薬庫』と呼ばれてきた男。火薬の専門的知識を有し、戦闘街や砦等の大砲の開発に関わってきた第一人者。

 同時に、槍と火薬の親和性についても語ってきた。ガンランスの先駆けと言える、『工房試作品ガンランス』──まだランスのカテゴリだったその武器の、開発に携わった男の一人なのである。

 

「火薬庫……感情の起伏が激し過ぎる男、ねぇ」

 

 呆れたように、アルフレッドはぼやいた。

 火薬庫というのは、すぐに怒ったり泣いたりするこの老人を揶揄した言葉だった。

 それがいつしか定着し、この加工屋の呼び名になっているのである。

 

「うぐっ、ひぐうぅぅ……そうか、砲弾排出の接合部か。千刃竜素材は耐久性に優れている、わけではないからな……おお、おぉぉぉ」

「そうそう。損傷が嵩んだみたいでな。叩き付けで、ポッキリと……」

「この……この阿呆が!! ロドレギオンは繊細な子じゃろうが!! それを、それを叩き付けだと!? お主なんぞもう客じゃないわい! ぬがああぁぁぁぁ!!」

 

 泣き喚いていたのから一変、今度は怒鳴り散らし始めた。

 この感情の起伏の激しさから、彼は開発の前線から外され、このような路地の片隅に追いやられている。それを、彼が自覚しているかは知らないが。

 アルフレッドは、この店に足しげく通っている。毎回起こるこのやりとりに溜息を吐きつつ、いつもの返しをするのだった。

 

「悪かったって……。いつもみたいに、新作の試運転に付き合ってやるから」

「何ッ!? 何をそんな……そんなことでわしが、わしが……!!」

 

 肩をわなわなと震わせながら、呪詛のようにそう漏らす老人だったが、しかし背後から赤い一本の槍を取り出した。

 その表情は、泣いたり怒ったりしていた、あのしわくちゃな表情ではない。

 まるで幼子のように、好奇心を抑えられないといった嬉々とした表情だった。

 

「じゃあのぅじゃあのぅ、こいつを試してみてくれんかのう!!」

 

 その年老いた体が運んできたのは、赤く鋭い一振りの槍。

 まさに、槍だった。ガンランスの多くは、砲身に刃が取り付けられた、言うなれば銃剣のような見た目をしている。

 しかしこれは、外付けの剣がない。鋭く、猛々しい一本の槍。

 

「凄い。刀身にでかい銃口が掘られてる。それにこれは、この装填機構は……」

「これはレッドルーク。先日、お前さんが寄付してくれた火竜の素材を使った一振りじゃ。何と言ってもこれは、ヘッド独立型じゃない。言うなれば、銃身一体型じゃ」

「銃身一体型……」

「見た目は一本の槍に! 内部にシリンダーと砲撃機関を搭載し、穂先に掘られた複数の銃口から爆炎を吐き出す! わしの妙技の詰まった至高の一品じゃ!」

 

 レッドルーク自体は、以前から武器登録がされ、加工屋組合の中では図面も共有されている。

 そのため、もちろんアルフレッドもこの武器のことは知っていた。

 知っているはずだが、このレッドルークはどこか違った。

 

「これって、もしかして中折れ式じゃないのか?」

「そうじゃ! どの銃槍も、組合が共有しているのは中折れ式ばかりじゃ。しかし、当たり前に縛られていては何も生まれん。だからわしは、新しい機構を採用した。これを見よ」

「お、シリンダー後方にハッチがついてる」

「そうよ、ここから装填、排莢をするのじゃ。シリンダーは固定式、中折れ機構はなし。取り扱いはし辛いじゃろうが、お主のように真っ二つに折る危険性は少ない。何よりも、頑丈さを目指したんじゃ」

「確かに、これは一発ずつ装填や排莢するんだな。……ってことは、フルバーストすると……」

「えらく時間がかかるじゃろうな、排出に。だからこいつは、フルバーストに不向きな拡散型のシリンダーにしてみた。装填数は三発。大事に使うんじゃぞ」

「なるほど……」

「名付けて、ソリッド・エアー・アクション式。頑丈さと、空飛ぶ火竜を組み合わせた名前じゃ。略して、SAA式レッドルーク」

「SAA、ねぇ」

「AAフレアといい、昨今の銃槍技師会では略称を使うのが流行りじゃ」

「アンチ・エアー・システムね……」

「ただ上に撃つだけとか、言うんじゃないぞ」

 

 アルフレッドは、このSAAと名付けられた銃槍を手に取った。

 重く、ずっしりと腕に()し掛かる。柄は長く、引き金に指を掛けながらも、取り回しはしやすそうな作りだった。

 鋭い刀身は、一見はランスのようだ。シリンダーから一発ずつ装填、排莢する。取り回しを犠牲にした分、随分と頑丈な手触りだ。

 

「これって、予備弾倉はあるのか?」

「もちろんあるぞ。ほれ、ここのカバーを外せば確認できる」

「ほんとだ……」

 

 老人が外したカバーの下には、砲弾を押し込める渦巻き状のマガジンがあった。

 槍の内部に装着されたマガジンだ。この部分の耐久力には注意が必要だ、とアルフレッドは分析する。

 

「何分拡散型は砲弾がでかくてな、それに見合う砲口、シリンダー、そして弾倉が必要でな。だからなんじゃ、お主がよく使う通常型や放射型に比べると、予備弾倉にあんまり砲弾は詰めれん。大体七発ってとこじゃ」

「ってことは、全部で十発か。随分少なく感じるな」

「その分、空圧調整機構は優秀じゃ。圧をかけた炸裂の威力は計り知れんぞ。ドスジャギィの頭も、一撃で吹き飛ばしかねん」

「マジかよ。威力重視ってことだな」

 

 それは頼もしい、と彼はシリンダーを撫でた。

 確かに、そこに掘られた三つの穴は、他のシリンダーに比べると随分と大きかった。

 

「そしてこれじゃ! 見てくれこれを! 新たに開発したんじゃ、竜杭砲弾じゃ!」

「竜杭砲って、砲口の下に刺し込む爆薬じゃなかったか? 杭型の」

「あれじゃと、仕様が異なり過ぎてクイックリロードじゃとても装填できんじゃろ。じゃがこれならどうじゃ。予備弾倉に仕込んでおくことによって、いつでも装填ができる。なんじゃったら、盾を構えながらでも装填できるぞ!」

「なるほど……つまり、竜杭砲のあの杭を仕込んだ砲弾ってことか。すげぇな」

「しかもしかも、拡散型の竜杭砲弾は薬莢内に余裕があったからな、ある特殊な仕様にしてある。ま、使ってみてのお楽しみじゃ。いっひっひ」

「ふーん……いいね。いつものように、使ってみて、その感想をまた伝えにこればいいんだな?」

「うむ、頼むぞ。そうすれば、いずれ製品化もできるじゃろう」

 

 背中のベルトにレッドルーク──もといSAA式を括り付け、同規格の盾を受け取るアルフレッド。

 赤と黒の甲殻であしらわれたその盾は大きく、随分と逞しかった。

 

「さて、じゃあ修理費と貸し出し代の方じゃが」

「げ、試運転してやるのに金取るのかよ」

「わしだって生活がかかっとる! ガンランスは何かと金が掛かるもんなんじゃ。それにほら、お主は儲かっとるじゃろ。大型モンスターの素材や報酬を独り占め……のう、単独専門さんよ?」

「大型専門、だ」

「どっちだっていいわい。さ、金を出すんじゃ金を」

「ちっ……こっちだって、維持費すげぇんだぞ。全くよ……」

「まぁそう言うなそう言うな。今度、酒を奢っちゃるよ。砲モロコシバーボンの拡散酒! たまらんじゃろ!」

「む……。なら、まぁ、やぶさかでは、ない……」

「いーひっひ! 毎度あり!」

 

 渋々出した革袋の、中身を確かめては悪そうに笑う老人。

 その浅ましい姿にアルフレッドは溜息を吐きつつも、脳裏に思い浮かぶ琥珀色の酒と、背中に伸びる銃槍を見て心を落ち着かせるのだった。

 

 完全なる槍型の、さらに新仕様を搭載したガンランス。

 果たしてこれが、どのような強さをもっているのか。それを想像するだけで、彼の心は踊るように跳びはねていた。

 

「じゃ、行ってくる」

「おう、気をつけてな!」

 

 颯爽と踵を返し、店を後にするべく歩き出すアルフレッド。

 彼を待つ次の狩りがもたらすのは、素晴らしい砲撃の快感か。それとも、苦戦を強いる使い勝手の悪さか。

 それは、このガンランスのみが知る────。

 

 ガンっ! 

 

 唐突に鳴り響く、荒っぽい音。

 店の出入り口の天井部分が、荒く削れた。

 

「…………これは」

「しまった。中折れ式じゃないから、高すぎて玄関を超えとったわい……」

 

 まっすぐ伸びるレッドルークが、玄関上部の格子を、荒く砕いている。

 多くのガンランスは中折れ式のため、半分に折り畳むことができる。故に、意外と嵩張らないものだ。しかしこれは。折り畳むことができないため、高く高く上に伸びるしかないのである。その穂先が今、木製の格子を破壊していた。

 パラパラと舞う、木の粉。砕けた木片が、アルフレッドの血染めのような髪を彩っていく。

 

「……使い勝手、悪そうだな」

「んのっ、人聞きの悪い奴じゃ! 玄関の修理代も追加!」

「はぁ!? これ俺が悪いのかよ!」

「玄関壊したのはお主じゃよーだっ! ツケにしといたるからな!」

「このジジイ! ぶっ飛ばしてやるッ!」

 

 火薬庫は、今日もまた爆発する。

 老人と大柄なハンターの喧噪は、それはそれは竜撃砲のように、路地の奥まで轟くのだった。

 




ゲーム本編では、砲撃の威力は大変しょぼいのが哀しいです。この作品では、砲撃は回数に限りがあるからこそ、必殺的な威力が伴っているものとして記述しています。その分素材を強く痛めてしまうため、加工屋からは好ましく思われていないのです。
というわけで、いろんなガンランスの考察も含めた工房回でした。オリジナル武器、と言えばいいのかは分かりませんが、オリジナルの機構も登場させつつ、砲撃タイプやガードリロード等の自分なりの回答を入れたお話でした。百竜銃槍を使えば、擬似的に拡散型のレッドルークを体感できますね。ライズのそういう細かな気配りたまりません。
みなさんはどんな砲撃タイプが好きですか。私はなんだかんだで通常推しです。
それでは、次の更新で。閲覧ありがとうございました。


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怪物と銃槍

「はぁッ!」

 

 鋭い切っ先が、青熊獣の頭髪を薙ぐ。

 紅く猛々しいこのレッドルークは、アオアシラ程度の頭皮など、易々と貫いた。

 

 振り払うのは、重く鋭い銃槍。

 一見、ただのランスにすら見える一振りだ。随分とスタンダードで、しかしスタンダード故の武骨さを孕んでいる。

 

「ふん、こりゃまた随分と振りやすい」

 

 振り払う勢いに乗って再装填。空になった薬莢が飛び出し、新たな砲弾が装填された。

 そのまま、アルフレッドは再び槍を高く掲げる。

 

「おおおォォォッ!!」

 

 掲げた槍を、振り下ろす。

 砲弾の詰まったこの重量武器を、アオアシラの頭頂部に向けて振り下ろす。

 その技は、ガンランス使いから『叩き付け』と呼ばれているもの。

 様々な型に派生できる、シンプル故に柔軟な技なのである。

 

 ある者は、叩き伏せて作った隙に、詰められた全弾を叩き込む。

 またある者は、その隙を生かして竜杭砲を放つために空圧レバーに手を掛ける。

 アルフレッドは、引き金に指を掛けることなく、この槍を再び薙ぎ払った。

 

 凄まじい強打。

 青熊獣の固い腕甲が、音を立てて割れた。

 

「……来るかッ」

 

 しかし、アオアシラも黙っていない。

 砕かれた方とは反対の腕を振りかざし、アルフレッドを薙ぎ返そうとする。

 

「だが……ッ!」

 

 アルフレッドもまた、黙っていない。

 引き金を少しだけ引き、シリンダーの固定を緩める。

 同時に空圧レバーを調整し、ガンランス内部に空気を送り込む。

 その一瞬の引き戻しで、シリンダーを回転させた。通常の砲弾が装填された穴を送り、次弾を銃身にセットする。

 

「頭ががら空きだぜ!」

 

 装填とほぼ同時に、彼は槍を突き出していた。

 まさに槍らしい、鋭い円錐状のその刺突は、アオアシラの脳天を射抜く。

 同時に、切っ先から、鋭い杭が撃ち込まれた。

 

「……へっ」

 

 硝煙を撒き散らしながら、ガバッとその身を剥き出しにする杭に、アオアシラはただ驚いて狼狽えるばかりだ。アルフレッドを殴るのも忘れ、両手で杭を抜こうとする。

 が、それよりも速く、杭に込められた丸い火薬が弾け飛ぶのだった。

 

「……良い音だ」

 

 杭の中に、縦に並ぶように込められたその火薬は、全部で三発。それが一つずつ、音を立てて炸裂する。

 その度に衝撃が杭を伝って、アオアシラの脳天を揺さぶるのだった。

 さらに、一つ目の炸裂が、隣の火薬にも炸裂を誘う。故に弾けるのはほぼ一瞬。連鎖的に、三発の衝撃が青熊獣を襲うのだった。

 

 あまりの衝撃に、彼は堪らず眩暈(スタン)を起こす。

 青い毛並みが、音を立てて倒れ込んだ。

 

「──竜杭砲弾、なかなかいいな!」

 

 まさに、隙を晒す、の一言に尽きるだろう。

 当然、アルフレッドは前に出た。

 弱点を露わにするアオアシラのその腹に、二度続けて刺突を叩き込む。柔らかい腹の肉が破れ、血飛沫が切っ先を押し返す感触が、アルフレッドの腕に伝わった。

 

「はああぁッ!」

 

 それに負けず、続けて二回引き金を引く。

 拡散型の砲弾が、アオアシラの腹の中で弾けた。血肉が舞い、黒い煤が頬を染める。

 身を裂かれるほどの、強烈な痛み。

 アオアシラは、あまりの痛みに起き上がった。ただ半狂乱になって、全身をめちゃくちゃに振り回している。

 アルフレッドは背後に跳んで、冷静にそれを躱すのだった。

 

「お前がやったのも、これだろう。開拓地の住民を、こうやって食ってたんだろ?」

 

 シリンダー後方のハッチを開き、三発の薬莢を排出する。

 同時に銃槍内部の予備弾倉から新たな砲弾を補充して、ハッチを閉じた。

 このアオアシラは、人食いだ。山岳地帯を開拓しようと村を建てていた住民の民家を壊し、数度に渡って人を食ったという。内臓を好み、腹を割いたという。

 寒冷期にねぐらを確保できなかった、憐れな獣だった。しかし。アルフレッドは一切の容赦をしなかった。

 

「お前を狩る理由は十分にある。狩らせてもらうぜ」

 

 予備弾倉には、もう弾は残っていなかった。

 正真正銘の、最後の装填(ラストリロード)

 

「おおおッッ!!」

 

 両手で握った銃槍で、突く。

 気刃突きのように、鋭い刺突でアオアシラの腹をさらに抉る。

 

 レッドルークは、銃身と刀身が一体になっている。討伐隊正式銃槍や、アルフレッドが愛用している叛逆ノ覇銃槍レギオンのように、銃身と刀剣が分離可能なものとは違う。文字通り、銃身が刀身となっている『銃身一体型』だ。

 その見た目は、まさに槍。刺突が最も適した格闘法なのである。

 

「へっ、随分と振りやすいな」

 

 刺突と同時に引き金を引き、傷口を焼き飛ばす。

 さらに続けて刺突を繰り出す。

 突いては撃ち、突いては撃つ。

 アオアシラは、もはや立っているのもやっとというほど弱っていた。

 

「そうか、切っ先が軽い分、重心がシリンダーにあるのか……」

 

 ロドレギオンはヘッド独立型。つまり、ヘッドの部分に重い刃が取り付けられている。

 しかしこのレッドルークはどうだ。見た目は純粋な槍。その性質も、槍に近い。先端に行くほど細く、そして軽いのだ。

 ヘッド独立型はシリンダーと切っ先の両方に重さが加わり、重心が狂いやすく振り回すには難がある。

 しかしこちらは、重心が柄に近いため振り回しやすい。さらに、予備弾倉が軽くなればその分銃槍も軽くなり、さらに振るいやすくなる。

 アルフレッドが片腕で照準を正確に合わせることも、もはや朝飯前となっていた。

 

「あばよ、アオアシラ」

 

 切っ先を、息も絶え絶えのアオアシラの頭頂部へと向ける。

 

「お前も随分、立派だったぜ」

 

 最後の砲弾を、射出。

 雷管が打たれ、火薬が弾け、爆炎の渦が飛び出した。

 青白い光を伴ったその弾は、青熊獣の頭を、一撃で吹き飛ばすのだった。

 

 

 ○◎●

 

 

 ドンドルマ広場より随分と離れたこの鬱蒼とした野原は、ハンターたちが武器を試運転するのに丁度いいため、修練場と呼ばれていた。

 周囲を木の柵で覆われ、中央には武骨な一本の柱が立っている。

 ドンドルマ郊外なら、ボウガンや弓の誤射は少なく、また大きな音を立てても問題はない。ハンターたちは、ここで(こぞ)って修練に努めている。

 アルフレッドもまた、月夜に照らされながら、この場所で武器を研いでいた。

 

「……銃身一体型故に砲口を複数にして刀身に備え付けているけど、これはかえって拡散型の広範囲爆破という持ち味を阻害しているような気もするな」

 

 槍の先端に付着した煤を拭いながら、彼はそうぼやいていた。

 

「斬れ味の摩耗も激しい。火薬の量が多いから、というのもあるんだろうけど。刀剣タイプじゃないから、研ぐのも何だか慣れねぇや」

 

 銃槍を専門とした工房、"火薬庫"から試運転を任されていたこの『SAA式レッドルーク』。

 その使い心地を、彼は洋紙にペンを走らせながらレポートとしてまとめていた。ランタンの明かりが、洋紙を染めるインクを優しく包んでいる。

 

「シリンダーを固定式にして、中折れ式機能を無くしたのは面白い。すげぇ頑丈だ。叩き付けをしてもビクともしない。重心も安定してるから振りやすいし」

 

 あの加工技師に提出するそれは、ほぼ殴り書きと言っていい。

 彼には大した教養はなく、文字も必要最低限度しか覚えていなかった。故に書き順や文法も疎く、これを読み解くのはそれなりの時間と労力が掛かることだろう。

 それでも、アルフレッドは書く。この素晴らしい一振りのことを、書かずにはいられなかった。

 

「どちらかというと、砲撃より格闘を重視した戦法が向いている……? しかし、それには予備弾倉を軽くする必要があるから、うーん……」

「──貴方、何をしてらっしゃるんですの?」

 

 唸りながらペンを止めていたアルフレッドに、不意に掛けられる声。

 振り向けば、おおよそハンターには似合わない、品の良さそうな少女がいた。

 

「あん?」

「修練場で武器ももたず、眺めて文を書く……もしや、月刊『狩りに生きる』の編集者ですの!?」

「そんなんじゃねぇよ。ただのハンターだ」

 

 桜を思わせる桃色の髪を、肩当たりまでふわりと伸ばした少女。

 身に纏う装備は、全てレイアシリーズだ。ドレスのような鎧と、鋭い毒棘を加工したレイピア。

 ただしその色は、見慣れないものだった。髪と同じく桃色のそれはどこか上品で、ただのレイアシリーズではないことを物語っている。

 特に珍しい、桜色の甲殻を持つリオレイア亜種、その装備だ。

 その出で立ちは、さながらお姫様やお嬢様と言ったところか。その話し方もあって、ますますお嬢様のようだと、アルフレッドは思った。

 

「ランス使いですの? セバスチャンと一緒かしら」

「セバスチャン?」

(わたくし)の執事ですわ、ほら」

 

 そう言う彼女の後ろには、同じく桜火竜の装備と槍を持った老年の男がいた。

 皺と、白く茂った髭を蓄えながら、ぺこりと優雅にお辞儀する。その様相は、まさに品性があるという一言に尽きた。

 

「……これはランスじゃない。ガンランスだ」

「まあ! ガンランス! 珍しい! 私、ガンランス使いに会ったのは初めてですわ!」

 

 彼女は、紫色の瞳をまんまると開きながら驚いていた。

 ハンターとしては、まだ経験はそこまで深くないと見える。銃槍使いは少ないとはいえ、一定層存在する。ある程度ハンターをしていれば、一人や二人、見ることはあるだろう。

 なんてアルフレッドは考えるものの、それを口にすることなく視線を洋紙へと戻した。

 が、老獪な男の溢す言葉が、彼に聞き耳を立てさせる。

 

「お嬢様、この方のようですね」

「赤い髪に、珍しい武器……そのようですわね」

「何の話だ?」

「いえ、赤い髪の珍しい武器を持ったハンターがいると聞いて、訪ねてきたのです」

「私たちが探している人が、まさにその条件に一致してまして。でも、人違いでしたわね」

「ふーん……?」

 

 何やら事情があるらしい。

 気にならないわけではなかったが、アルフレッドはそれほど興味も抱かなかった。

 今度こそ、そんな思いで洋紙に目を移すものの──しかし捲し立てるように話し掛ける少女が、彼を阻む。

 

「それにしても、凄いですわ! 一緒に組みたくない武器種、不動の一位! 使い手を拒む圧倒的な操作難度! 使用者を早期引退に追い込む驚異的な反動! まさに狂人しか使わないと言われた、あの伝説の武器ガンランスが、今ここに……!」

「ひでぇ言われようだな……」

「お嬢様、使用者を目の前にそのような噂話をつらつらと並べるのは少々失礼かと」

「あら、これは失礼致しました……」

 

 早口の彼女を前に、おちおちとレポートを書き進めることもままならない。

 ただ冷静に制止を入れる、セバスチャンと呼ばれる老獪のハンターだけは、このような状況でも微動だにせず姿勢を崩さないのだった。

 いつものこと、といった様子である。

 

「私、この地方に来てまだ日が浅くて。ごめんなさいね」

「……逆にそんな短い期間で、リオレイア亜種を狩ったのか?」

「セバスは昔、ミナガルデでハンターをしていましたの。だからとってもお強いんですのよ」

「へぇ……」

 

 目線が合うと、再び丁寧にお辞儀をするその男。

 老いてはいるものの、その眼光は衰えることはない。さながら、姫を守る騎士(ナイト)とでも例えたくなる、独特の覇気をアルフレッドは感じていた。

 

「確かに、強そうだ」

「有り難うございます。貴方様もまた、相当の実力者とお見受けします」

「へぇ?」

「その体格と、全く狼狽えることのない表情。随分と修羅場をくぐってきたのでしょう。武器についた煤を見れば、貴方様が使いこなしていることもよく分かります」

 

 冷静な語り口に、アルフレッドは悪い気がしなかった。

 少しだけ嬉しそうに、口角を上げる。

 

「……で、貴方、何をしてらっしゃるんですの?」

「あ?」

「しきりに、そのお汚い字で書いているのは何ですの?」

 

 こほん、と咳払いするセバスチャンが彼女を諌めるものの、アルフレッドは気にすることなく話し始めた。

 

「知り合いの加工屋から、コイツの試運転を依頼されてな。使い心地をまとめて教えてやるんだ。これはそのレポートだ」

「はぁ~……すごいですわ。これ、きっとリオレウスのガンランスですわよね? ……ちょっと、持ってみても?」

「お嬢様、それは」

「別にいいぞ」

 

 制止に入ろうとする老年の騎士を前に、アルフレッドは朗らかに快諾する。

 この武器は借り物だ。それに、使用者は多い方がより多くの意見が聞ける。火薬庫の男も喜ぶだろう。彼はそう考えながら、銃槍を持ち、柄を彼女の方へ差し向けるのだった。

 

「えへへ、それでは失礼して……ふもっ!?」

 

 受け取った瞬間、彼女は奇声を上げて倒れ込んだ。

 ガンランスの重さに負けて、小柄な体が地べたに這う。

 

「お、お嬢様っ!」

「おっ、おい! 大丈夫か!」

 

 それでも、彼女は立ち上がった。

 立ち上がって、ガンランスを持ち上げようと歯を食い縛る。とても、お嬢様という品性に溢れた言葉とは、掛け離れた表情で。

 

「ふぎぎぎ……ッ、お、重すぎ……っ!」

 

 ようやく上がったのが柄の部分で、それでもシリンダーは彼女の腰より上には持ち上がらなかった。

 

「く、くっ、くっそ重ぇですわ~~っっ!!」

 

 気品とは程遠いその叫び声が、修練場の奥まで響くのだった。

 

 

 

「……はぁ、はぁ。し、失礼致しましたわ……」

「お、おう……」

 

 ガンランスを受け取りつつ、アルフレッドは困ったように返事をする。

 その小柄な体躯と、細い腕ではガンランスを持ち上げられないのも無理はない。それに、彼女が使うのは片手剣である。おそらく、重量武器自体に慣れていないのだろう。

 そんな彼の考察を追うように、セバスチャンが口を開いた。

 

「お嬢様は重い武器に慣れておりませんので、申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」

「いや、別にそんな」

「はぁ……セバスのランスは、両手なら何とか持ち上げることができましたのに。ガンランス、本当に重いのですわね」

「まぁな。砲弾が詰まってるから、片手で扱う武器の中では最重量だぞ」

「片手……。貴方は、これを片手で扱うんですの?」

「時と場合によるが、まぁ片手かな。時々両手で持って振り回すこともあるけど」

「す、すごい……」

 

 そう言う彼女の瞳は、どこか尊敬の色を帯びていた。

 大抵、侮蔑と畏怖の意を込めた視線を向けられることが多かったアルフレッドにとって、これは意外な体験だったようだ。少しだけ、照れくさそうに頭を掻いた。

 

「こんなすごい武器を使いこなすなんて……まるでバケモンですわ!」

「は?」

「これじゃ、どっちがモンスターか分かりませんわ! すごいですわー!」

 

 ぴょんぴょんと跳ねながら興奮する彼女を前に、アルフレッドはたじろぐ。

 たじろぎながら、そっとセバスチャンからの耳打ちを受けるのだった。

 

「申し訳ありません。我が家系は、どうも言葉遣いが、その、独特でして」

「……お前さんも、苦労してるんだな」

 

 修練場の夜は、更けていく。

 アルフレッドがレポートを書き終えるのは、もう少し先になりそうだ。

 




いろんなキャラクターが登場してきました。
ちょっと口調が汚いお嬢様ハンターと、執事のように付き従う老獪の騎士。書いてみたいコンビでした。お嬢様の名前が出てこないのはわざとなので、再登場の際に名前と、なぜハンターをやってるか、みたいな話を出してあげたいなと思います。
今回はレッドルークの描写と、銃身一体型ガンランスの使用感についての考察でした。ゲーム上は、全てのガンランスは同じ動きで扱えますが、実際にはガンスそれぞれによって使用感は随分と異なるんだろうなと思います。それは重さだったり、振り心地だったり、例えばレギオンのような剣がついている銃槍と、レッドルークのようなまさに槍の形をしたガンランスでは、叩き付けや薙ぎ払いの感覚は大きく異なるでしょう。そういうことを想像しながらガンランスを使うと、また味のある武器であることを再認識できて楽しいのです。
さて、そんないろんなガンランスをざっと分類した考察絵があります。よかったらご覧ください。

【挿絵表示】


この作品を読んでくださった方が、ガンランスを使うのがもっと楽しくなれますようにと願いを込めて。
閲覧ありがとうございました。


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砂漠からの招待状

 この日のバルバレも、大いに盛り上がっていた。

 

「ガノトトスを釣り上げたんだ。あいつの魚拓を作ってやりてぇな!」

「そりゃ無理な話だろ! どれだけ墨使う気だよ」

「でもよう、カツオや鮫程度じゃ我慢できねぇよ!」

「ガライーパで満足してろ! 水没林にいるみたいだぜ」

「いや、こんな話がある。どうも、チコ村ってとこにゃまだ若いガノトトスが近海に出るらしいぜ! 小さいけど立派な水竜だよ」

「チコ村? どこだそこ……」

「さぁ、話に聞いただけで、どこにあるかまでは……」

 

 団体のハンターたちが、テーブルの一帯を独占して親しげに話し込んでいる。

 そんな、にぎやかな中心部──クエストカウンター近くから離れ、アルフレッドは隅の一人席へと腰掛けた。

 粗末な丸テーブル、ギシギシと軋む椅子。だが、一人で使う分には十分だった。

 少々、彼には窮屈そうではあるが。

 

「さて、今日はどうしようかねぇ」

 

 クエストボードに貼られた依頼書は、もちろん彼もざっと確認していた。

 食通からの、飛竜の卵を求めた依頼。

 フロギィの群れに悩まされる畜産業者からの依頼。

 キノコの採取に、タケノコの収集──などなど。

 どれもこれも、細やかな依頼だった。大型モンスターの出没に関する依頼はなく、アルフレッドは肩透かしを食らうのだった。

 

「……どれも大したことないな。今日はやれることない、か」

 

 注文するのは、ココットライスにアプトノスのロース、深層シメジ、アッサリアサリ等の具材を加えたバルバレ式多国籍パエリアだ。

 厨房からは、バターと米が炒られる心地の良い香りが流れてくる。

 

「今日はゆっくり、武器の手入れでもしてようかな」

 

 ガンランスは、砲弾を使ってモンスターを爆破するという風変わりな武器だ。

 その扱いはかなりの難度を要するが、使いこなせばどんな固いモンスターも粉砕できる、強力な武器でもある。

 故に、小型モンスター相手には過剰なほどの殺傷能力と言える。ましてや重く、嵩張(かさば)るために採取クエストにも不向きである。

 そのため、アルフレッドは大型モンスターだけを狩ることにしていた。大型専門の彼に、今日は請け負える仕事など何もない。

 テーブルにそっと置かれたパエリアにスプーンを伸ばしながら、今日の過ごし方をぼんやりと考える──そんな時だった。

 

「どいたどいた! 負傷者だ!」

 

 クエスト出発口から、騒がしい音が響く。

 かと思えば、担架に乗せられたハンターが、荒々しく揺られて運ばれてきた。

 「なんだなんだ」と集まってくる、飲み騒いでいたハンターたち。アルフレッドは、パエリアの皿を持って、バターと米の香りを口内で感じながらその群衆に加わった。

 

「クエスト失敗か?」

「おいおい、随分な怪我だぜ」

「見たら女の子じゃないか。可哀想になぁ」

 

 包帯を巻かれ、ところどころに血を滲ませながら。

 担架に乗せられた少女は、荒い呼吸で懸命に酸素を取り入れていた。

 

「あの子……」

 

 その姿を見て、アルフレッドは思い当たる節があるように眉を(ひそ)ませた。

 銀の長い髪を、両サイドで軽く結っている。ツーサイドアップと呼ばれるその髪型に、見覚えがあった。

 どこか雪化粧のような、その髪。

 それとは対照的に、ほどよく焼けた褐色の肌。

 

「……セレス、だったか?」

 

 いつかのバルバレで、目の前に座ってきた少女。

 ヘビィボウガンを担いでいた、翡翠色の瞳。間違いなかった。

 

「おい、どうした。何を相手にしたんだ」

 

 担架に揺られる彼女に、アルフレッドは話し掛けた。

 その声に、彼女は苦しそうに、しかしゆっくりと重そうな瞼を開ける。

 

「き、君……銃槍、使いの……」

「その傷、大型モンスターだな。何があった」

 

 彼女の、包帯だらけの手が伸びる。

 アルフレッドに縋るように。微かな希望を掴むように。

 

「お願い……あいつを、止めて……。あのままじゃ、あたしの村に……!」

「村……?」

「みんなを、守らない、と……」

 

 その言葉の途中に、力尽きたように彼女は沈黙した。

 伸ばした腕が、力なく落ちる。

 

「おい……おい! しっかりしろ!」

 

 アルフレッドはその手を掴むものの、それ以上の返事はなかった。深い意識の混濁に、飲まれてしまったようだった。

 息はある。しかし、無事とは言い難い。

 

「失礼、この人を医務室に運ばねばなりませんので」

「あ、あぁ……。すまない」

 

 担架を運ぶ男に言われ、アルフレッドは彼女の手を放す。

 ただ事ならぬ様子だった。にぎやかに飲み騒いでいたバルバレの空気も、どこか寒々しい風になり変わっている。

 そんな中、ギルドガールがクエストボードに新たな依頼書を貼った。同時に、ギルドマスターがしゃがれた声を張り上げる。

 

「緊急クエストじゃ! 砂漠に現れたディアブロスを至急討伐してほしい!」

「ディアブロスだって!?」

「今のハンターをやった奴か!」

「おいおい冗談じゃねぇぜ。ディアブロスなんて、易々と狩りに行けるかよ!」

 

 多くのハンターが、不安げな声を漏らしていた。

 砂漠の暴君、ディアブロス。飛竜種に属するこのモンスターは、二本の太く重い角を振り回す極めて凶暴なモンスターだ。縄張り意識が強く、同種であっても、雄雌関係なく牙を剥く。まさに、暴君の名に相応しいモンスターだった。

 

「先程の彼女は、飛竜を狩った実績のある実力者だったが、それを返り討ちにしたとなれば……これは上位、もしくはG級相当のディアブロスかもしれない」

 

 ギルドマスターの語り口に、多くのハンターは引き攣っていた。

 装備を見るあたり、そのほとんどは下位に属するハンターのようだった。牙獣種や鳥竜種による鎧ばかりで、飛竜の討伐経験のある者がここにどれだけいるか、想像するのも容易い。

 ディアブロスは、飛竜の中でも一際強いモンスターとして知られている。リオレウスとは一線を画す、まさに生態系の覇者だ。

 多くのハンターは、とても名乗り上げることはできなかった。

 しかし、ただ一人。血濡れのような赤髪をした、この大男だけは。

 

「俺が行く」

 

 パエリアを平らげ、その大きな銃槍を背負う。

 周囲の視線が一斉に集まるが、彼は気にすることなく、依頼書を取るのだった。

 

「アルフレッド君、いけるかい?」

「任せろ。俺一人でいい」

 

 銃槍使いだ、と周囲から押し殺すような声が伝わる。

 誰もが、関わり合いになりたくないと言いたげに彼を見る。銃槍というだけで随分と嫌われているものだと、アルフレッドは小さく息を吐いた。

 

「極めて危険になるよ。今回ばっかりは、いくら君といえど誰かと組んだ方が」

「いらねぇ。一人の方がやりやすい。それに、銃槍と一緒に狩りたい奴なんていないだろ」

 

 一瞥(いちべつ)するアルフレッドと視線が合わないように、多くのハンターが目を逸らした。

 その様子に、ギルドマスターは溜息をつく。

 

「やれやれ、銃槍使いのハンター殺しなんて、とうの昔の話だろうに。まだまだ、偏見は多いもんだね」

「実際、組みにくいのは分かってる。過去にそういう事件があったことも分かってる。それでも俺は、コイツと行くぜ」

 

 そう言いながら彼が頼もしそうに視線を送るのは、緑色の外殻に覆われた鋭い一振りの槍。

 雌火竜の素材をふんだんに使った毒銃槍、『オルトリンデ』だ。

 

「丁度、デカい奴と戦いたかったんだ」

 

 その身に纏うのは、風牙竜──ベリオロス亜種の甲殻やスパイクのような棘を使って作られた甲冑だ。赤褐色のその防具は、コートのように彼の足元まで覆い隠している。

 クエスト出発口に立つ彼の髪を、大砂漠の眩しい日差しが照らした。一纏めにされた髪が、一層血濡れのように瞬いた。

 その赤髪に隠れる『増弾のピアス』が、きらりと光を灯す。

 その装備は、彼の実力の証明そのものだった。

 

「懐かしいね。そのピアスを手に入れたのも、随分前だったねぇ」

「闘技大会、か。できればもう、あんまりやりたくはないけど」

「それは銃槍が使えない種目があったからかい?」

「装備を指図されるのは嫌いなんだよ」

 

 増段のピアスは、『拡張シリンダー』──つまり砲弾の装填数を拡張させたシリンダーを扱う、証明書の役割を担っている。

 銃槍使いの一級免許といってもいい。銃槍に熟練した証そのものである。

 

「高速便は出せるか?」

「すぐ手配しよう。幸い、角竜の現れた砂漠地帯は近い。きっと間に合うはずだ」

「オーケー。明日には、角竜の腿肉(ももにく)で市場を埋め尽くしてやるぜ」

 

 アルフレッドは、親指をそっと掲げながらクエスト出発口へと身を投じる。

 セレスを返り討ちにしたディアブロス。

 相当に、骨があるモンスターだろう。

 彼はオルトリンデを眺めながら、誰にも気付かれないように、少しだけ口角を上げるのだった。

 




次回、ディアブロス編。
ディアブロス大好きです。ブレスとか属性とか、派手な技に頼らず自分の身一つで勝負する。あの武骨な感じがたまりません。ティガレックスにも言えることですが、あの野性味溢れる生態が本当に性癖を突進してくれます。
あと、お気づきでしょうがアルフレッドは銃槍大好きな変態戦闘狂です。三度の飯より狩りと銃槍が好きなやべー奴です。やっぱコイツの方がバケモン。
閲覧ありがとうございました。


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角と角を鍔迫り合え!

 その砂漠は、からっとした日照りでアルフレッドを焼いていた。

 砂を運ぶ風は荒涼としていて、このまま放っておくと頬が風化してしまいそうだと、彼はどこか他人事のように感じていた。

 

「ディアブロス……この辺りにいると思ったんだが」

 

 高速飛行船から見えた、サボテン群。それも、比較的村に近い区域。

 この砂漠には、枯れかけた泉付近に小さな村が構えられていた。この辺りで獲れるものを狩猟採集して生計を立てているこの村は、貧しく、砂漠に生息する大型モンスターの脅威に晒されやすい。

 しかし都市部にとっては、砂漠地方の生産物も仕入れたいところ。この村は、そうした流通の前線基地として、ギルドからも重宝されているのだった。

 

「セレスって、もしかすると」

 

 この依頼を受けるきっかけとなった人物。

 「村が」とぼやいていた、銀髪の少女、セレス。付近にある村を守ろうとしてディアブロスに挑み、返り討ちになった彼女は、もしかするとその村の出なのかもしれない。褐色の肌も、砂漠で生まれ育ったことを感じさせられる。

 アルフレッドはそんなことを思いながら、立ち上がった。

 

 サボテン群に、あらかじめ罠を仕込んでいた。

 大タル爆弾G。火薬と、カクサンデメキンを調合した彼お手製の爆弾だ。

 さらに落とし穴も仕掛け、準備は万端といったところなのだが──肝心の奴が現れない。

 ディアブロスは草食性であり、主食はサボテンだ。そのため、ここで張り込んでいれば、遭遇できる確率は大きく跳ね上がる。

 ──筈なのだが。

 

「……草食動物は朝と日暮れに食事をするらしいが、まさかディアブロスもそうなのか?」

 

 バルバレから飛び出して、数刻。陽は傾き始めてはいたが、まだまだ天高い位置にいる。

 夕暮れには程遠い。

 

「予測が外れたか……? 村の傍まで迫っていると思っていたが、まだここまでは来ていないのか」

 

 食事時ではないのか、それとも休眠中なのか。

 まだここまで来ていないのか。最悪、村まで突破されているか。

 いずれにせよ、待つには不都合が多過ぎる。

 そのため、アルフレッドが選択したのは──。

 

「おびき寄せる。これしかねぇよな」

 

 懐から、重く歪な砲弾を取り出した。

 金属に包まれたその薬莢は、通常の砲弾より太く、そして長い。

 それを、銃身を折り畳んで剥き出しにした、深い深い(うろ)へと押し込んだ。

 

「景気よく行ってやる。竜撃砲、装填!」

 

 高らかな声と共に、アルフレッドは銃槍を地面へと向けた。

 空圧レバーを強く引き、銃槍内部に空気を送り込む。

 内部で加圧された竜撃砲弾は、薬莢の尻に穴を空け、空気を大量に取り込んだ。内蔵された火竜の骨髄が、瞬時に燃え上がる。

 砲口には、加圧されたことによって熱量と燃料が臨界点を超え、青白い炎が浮かび上がった。

 震える銃身。反響するような異音が響き、蜃気楼のように砂漠の景色を歪ませる。

 

「来いよディアブロス! 俺はここにいるッ!」

 

 ズドン、と大地が揺れた。

 まるで火竜のブレスが着弾したかのような、腹の底に響く轟音。幻獣の(いなな)きのようなその震動は、砂漠を強く強く叩き鳴らすのだった。

 

 しばらくの静寂。

 それから数拍置いて、重低音が響き渡る。

 それは微かに、少しずつ、しかし確実に大きくなっていく。

 腹の底から──いや、地の底から、その音は響いている。

 

「……来たか」

 

 ハッチが開いて、放熱を開始するガンランス。

 それを折り畳み、背後のマグネットに接着させたアルフレッドは、ポーチから一つの砲丸のようなものを取り出した。

 重低音は、さらに大きくなる。

 それはいつの間にか振動を伴って、この砂漠の何もかもを(ふるい)にかけるように揺らし出した。

 

「そこだッ!」

 

 背後に振り向き、砲丸を投げる。

 直後に響き渡る、共に耳を(つんざ)くような音。破裂した"音響弾"が奏でる、断末魔。

 

 ドォン、と巨体が砂から顔を出した。

 太く重い二本角。

 甲冑の如き立派な重殻。

 巨岩を思わせる色に染めた、恐ろしい飛竜。

 角竜──ディアブロスが、そこにいた。

 

「へっ! 出やがったか!」

 

 跳躍し、そのまま銃槍を展開する。

 重い一閃が、その太い角を穿つ──が。

 

「いっつぅ……! 固えッ!」

 

 痺れるような感触が、アルフレッドの腕と肩を打ち鳴らした。

 オルトリンデも、斬れ味に優れているわけではない。鈍重な角同士が鍔迫り合いでもするように、激しい火花を散らした。

 いや、火花ではない。まるで花火のような爆炎だ。

 

「オラァッ! 爆ぜろ!」

 

 そこから、連射。

 引き金を六回、立て続けに引く。その度に砲口からは青白い爆炎が飛び出し、ディアブロスの角の付け根を激しく焼いた。

 瞬時に空になったシリンダーから、抜け殻になった砲弾を排出する。続いて、彼は背後に跳んで距離をとった。

 角竜は、起き上がる。憎々しげに黒い息を吐きながら、その首を(もた)げて天高く吠えるのだった。

 

「うるさ……ッ!」

 

 盾を構えても、問答無用に鼓膜を叩くその震動。

 あまりの音圧に、盾を構える右手が衝撃を受けている。

 それでも、アルフレッドは装填を続ける。計六発、新たな弾をシリンダーへと刺し込んだ。

 このオルトリンデは、通常型タイプのガンランスだ。ディアブロスは甲殻が堅く、物理攻撃は通りにくい。砲弾の衝撃が効果的なため、出し惜しみせず撃つ。数多の砲弾の連射、もしくはフルバーストを駆使して、奴の固い甲殻を打ち砕くために。

 そのために彼は、この武器を手にしたのだった。

 

「来るかッ!」

 

 ディアブロスは、突進の構えを取る。

 太い脚で砂を掻き鳴らし、その巨体からはとても想像できない速さで走り出した。

 

「ハァッ!」

 

 掛け声とともに、アルフレッドは引き金と空圧レバーに手をかける。

 直後、砲撃の反動を利用して、彼は横に飛んだ。飛んで突進を躱し、空中でさらに軌道修正をする。背後に回した砲口で、今度はディアブロスに向けて肉迫した。

 叩き付け、からのフルバースト。これで、計十二発の砲弾を撃った。

 ディアブロスは相変わらず何も効いていないかのように、怯むことすらしなかった。ただ黒い息を吐いて、憎々しげに振り向いてくる。

 怒りのあまり、痛みを感じていないのかもしれない。

 

「尻尾……!」

 

 前方にスライディングし、迫り来る巨槌を躱す。

 ディアブロスの攻撃はどれも重く、人間が盾で防げるものではない。アルフレッドのように体格に優れていようと、耐えられるものには限界がある。

 そのため彼は可能な限り盾は使わず、避けながら戦うのだった。

 防ぎやすいものといえば、例えば尾で跳ね上げた土砂の塊──などであろうか。

 

「甘いぜ!」

 

 盾で土砂を振り払い、その勢いを利用して斬り上げる。

 目元を穿たれ、思わず仰け反るディアブロス。

 その隙を突くように、アルフレッドはリロードした。空になった薬莢が舞い、新たな弾が装填される。

 斬り上げの勢いのまま装填し、次に繰り出すのは──。

 

「お返しだッ!」

 

 渾身の叩き付け。

 巨大な角を豪快に叩き、その直後、シリンダーを猛回転させた。

 叩き付けた箇所に、込められた砲弾を全て撃ち放つ。一箇所に、ほぼ同時に着弾、そして炸裂をする衝撃はあまりにも大きいのだろう。その逞しい角に、一本の罅が走った。

 

「ち、弾がもうねぇか!」

 

 オルトリンデが、随分と軽くなった。予備弾倉に込められた残弾が、少なくなったことの証明だ。

 通常型は砲弾が比較的小さいため、予備弾倉に二十発ほどの砲弾を込められる。現時点で撃ち放ったのは十八発。最初にシリンダーに込めていた六発分を差し引くと、予備弾倉には八発だけ残っている計算になる。

 もう一度、フルバーストを放つことは可能だ。しかしアルフレッドは、一旦装填することを選んだ。

 

「通常型は弾持ちも、斬れ味の摩耗も激しいのが辛いね……!」

 

 穂先に付着した煤も多い。

 あれだけ連射しているのだから、それも当然のこと。彼はポーチから砲弾と、砥石を手繰(たぐ)り寄せるのだった。

 ディアブロスは、怒り心頭で突進を続ける。

 納刀して、走って躱すアルフレッド。装填をする隙は、簡単に与えてくれそうにない。

 

「こいつを喰らいな!」

 

 放ったのは、先ほど投げた砲丸とよく似たもの。

 しかしこちらは、炸裂と同時に眩い光を解き放つ。あまりの光に、ディアブロスは視界を失った。狩人の頼れる相棒、閃光玉だ。

 半狂乱になって暴れ狂う飛竜。その傍らで、ハッチを開いて再装填をする狩人。

 

「今回の狩りは赤字かもしれねぇや……。でも、そうは言ってられねぇわな」

 

 奴が視界を取り戻すまで、まだ十数秒ある。

 アルフレッドは落ち着いて、砥石で穂先の煤を削って落とすのだった。

 穂先は、十分に赤熱化している。砲撃の余熱で刀身が温まり、より斬れ味を鋭くしていた。

 この余熱は、砲撃にも良い圧を掛けてくれそうだ。

 彼はそう実感し、口角を上げる。

 

「さぁ、仕切り直しだディアブロス! 来い!」

 

 視界を取り戻したディアブロスは、まさに鬼神の如き怒りを体中から立ち昇らせていた。

 首を低く構え、目の前の敵を蹴散らさんと再び突進を繰り出してくる。

 それを前にした彼は、冷静に納刀し、走り出すのだった。

 

 角竜の唸り声は、太く重い。

 相手が武器をしまおうと、戦意が無くなろうと、おかまいなしに攻撃を続ける。それはきっと、相手が動かなくなるまで終わらないだろう。

 だが、アルフレッドは、その猛進を無理矢理止めた。

 

「へっ……落とし穴、効いただろ?」

 

 体が宙を舞い、かと思えば砂とネットに絡め取られる。

 視界が突然反転し、ディアブロスは悲鳴を上げるのだった。

 あらかじめ仕込まれていた落とし穴。

 ただ走って、角竜の進行方向を落とし穴と合わせただけ。人間の狡猾な罠に、角竜はまんまと嵌ってしまっていた。

 そしてそこには、砂漠の日差しを浴びて重々しく存在を主張する二つのタルがある。

 

「派手に行くぜ! 竜撃砲装填!」

 

 折り畳んだガンランスに竜撃砲弾を注ぎ込み、そのまま展開しながら抜刀する。

 排熱ハッチはすでに閉まっていた。本体の排熱が完了している証だ。

 盾を構え、空圧レバーを解放。大量の空気が送り込まれ、竜撃砲弾内部の火竜の骨髄が発火する。それが風に送られて砲口へと進むのと同時に、砲口では空圧レバーによって絞りが生じる。

 それが青白い光となって、砲口から溢れ出すのだった。

 

「吹っ飛べッ!」

 

 轟音。

 衝撃が連鎖的に続き、まるでこの大地を稲妻が穿ったような音と衝撃が走り抜けた。

 竜撃砲の火炎は、熱に強い角竜の重殻を容赦なく燃やす。

 それと同時に、二つの大タル爆弾Gも炸裂する。あまりある衝撃は角竜の骨を数本砕き、角に走っていた罅をさらに深く刻み込むのだった。

 そして、アルフレッドは。

 

「いッ……~~~つぅ~~ッッ!」

 

 爆風に吹き飛ばされ、宙を舞っていた。

 盾を構えたものの、とても耐えられる衝撃ではなかったようだ。苦渋の思いを表情に浮かばせ、痛みに悶えている。

 それでも、その表情は確かな手応えを感じているようだった。

 

 黄金の砂が、豪雨のように降り注ぐ。

 爆風で巻き上げられた砂だった。

 その砂に覆われて、ディアブロスの姿は見えなくなる。砂の雨に突っ込むことは避け、アルフレッドは二度、地面に向けて砲撃しては落下速度を押し殺しつつ着地するのだった。

 

「さて、どうだ……?」

 

 痺れる右手を押さえながら、彼は砂の霧が収まるのを待つ。

 待った先に、ディアブロスの姿は────なかった。

 

「なっ……」

 

 直後、地の底から重低音が響く。

 大地が、怒りを表しているかのように揺れ動く。

 

「下ッ……!」

 

 痛む右手に鞭を打ち、下に向けて盾を突き出すものの──。

 

「がっ……!」

 

 防ぎきれず、軽々と吹き飛ばされた。

 巨躯といえど、あくまでも人間。ディアブロスにとっては、小動物だ。

 それでも彼は立ち上がる。砂の上を転がされようとも、瞬時に体勢を立て直した。

 見れば、額や腕から血を零れさせ、防具の付け根が赤く染まっている。大きな怪我を負ったのは明らかだった。

 

 ディアブロスは、吠える。

 全身が焼け爛れ、黒く紅く染まっている。

 相当のダメージを負っているのだろう。その足取りややや不安定で、ともすればすぐにでも倒れ込みそうだった。

 それでも彼は、天高く吠え続けるのだった。

 

 盾を手放してしまったアルフレッドに、轟音と衝撃を防ぐ手はない。痛む両手で耳を塞ぐしか、彼はする他なかった。

 

「……ッッ!!」

 

 ディアブロスは、走り出す。

 耳を押さえる小さな狩人に向けて、その双角を振りかざす。

 咆哮の衝撃からまだ脱せていないアルフレッドを、大地へと打ち付けた。

 

 鮮血が舞う。

 潰れたように、体中から血飛沫が舞った。

 ところどころ防具が剥がれ、もはや彼を守る役目も果たせそうにない。

 彼の右手は、あらぬ方向へ曲がっていた。

 

「ぐあ……ッ!」

 

 肺が腫れ上がる。

 呼吸する度に、かろうじて残った胸の装甲が肺を締め付ける。

 アルフレッドは荒い息で酸素を求め、そのお返しのように血反吐を溢すのだった。

 一方のディアブロスは、ようやく歩かなくなった獲物を見ては満足そうに唸り声を上げた。

 そのまま、ゆっくりと近付いてくる。

 

「このやろ……う、こいつ、咆哮を……分かってやがる、のか」

 

 咆哮を上げれば、相手は身を竦ませる。

 その隙を狙えば、確実に轢き潰せる。自らの技の特徴を理解している、極めて手練(てだれ)な個体と言えるだろう。

 

「これで、アイツもやられたのか……」

 

 ここまで強力な個体は、見たことがない。

 きっとセレスも、この技にやられたのだろう。

 アルフレッドはそう考えつつ、首にぶら下げていた小袋に手を伸ばした。右腕は、動かない。残った左手で、小袋の中身を摘まみ上げた。

 ケルビの角を利用した、強烈な秘薬。強い強心作用と鎮痛効果、細胞活性力をもたらすそれを、ハンターズギルドは『いにしえの秘薬』と呼んでいる。

 あまりにも効果が高く、同時に身体的に強い負担を強いるため、一度の狩猟につき一個しか持ち込めないという、まさに劇薬だ。

 なかには、狩猟区で素材を集めて自力で調合してしまうものもいるが、その多くは身体的な理由で早く退職することを、アルフレッドは知っていた。

 できるならば飲みたくない。

 だが、飲まなければこのまま狩られてしまう。

 彼は葛藤しながらも、その黒い丸薬を口にするのだった。

 がりっと噛んで、一気に呑み込む。

 どくんと、体が跳ね上がった。

 

「ぐあッ……!」

 

 心臓が強く鼓動を開始する。

 体中の筋肉が、彼の意思と関係なく震え始める。

 腹の底から強い痛みが全身を駆け巡り、かと思えば途端に体が軽くなった。

 この強い強心作用は、一歩間違えれば心臓の鼓動も止めかねない。そのためギルドでは、回復薬を飲んで一度体の回復力を高めた後に、この丸薬を摂取することを強く推奨している。

 しかしアルフレッドは、自身に賭けたのだった。

 

「はぁ、はぁ……てめぇなんかに──」

 

 見上げる先に、ディアブロス。

 虫の息の獲物へと、その角を振りかざす悪魔。

 

「てめぇなんかに、やられてたまるかッ!!」

 

 その頭に向けて、彼は左手を振り上げた。

 レバーに掛けた中指に、必要以上に力がこもる。

 引いた引き金は、圧を掛け過ぎた砲弾を解き放つのだった。

 

 至近距離で生まれた爆風に、思わず悲鳴を上げるディアブロス。

 アルフレッドは、爆風に押されるように転がって、そのまま立ち上がった。

 全身からは血が滴っている。だがそれは、ディアブロスも同じ。お互い、満身創痍だった。

 

「ここまで追い込まれるとはなッ……。今までで一番強ぇこいつ……!」

 

 竜撃砲弾は、残り二個。彼の腰を飾るベリオZフォールドの内側に備えられた、その片割れを手にとっては──排熱がまだ終わっていないオルトリンデに装填する。

 アルフレッドは、その銃槍を高く掲げるのだった。

 

「俺も、死力を尽くすぜ……ッ!」

 

 不自由な右手は全て無視。

 盾を拾うこともなく、ただ残った左腕で銃槍を掲げる。

 穂先からは青白い光が溢れ、刀身が赤く染まっていった。排熱ハッチからは炎が溢れ、いよいよオルトリンデが爆散しそうになる────。

 その寸前で、彼は空圧レバーを閉じた。溢れだしそうな竜撃砲の炎が、砲身の中に留まっている。まるで火竜のブレスを内包したような、銃槍そのものが"炉"と化してしまったようなその様相。

 あまりの熱量に怯んだディアブロスの目元を、彼は容赦なく穿つのだった。

 

「まだまだァッ!」

 

 続けざまに、刺突。

 炎の軌跡を残すその連撃に、ディアブロスは悲鳴を上げた。重殻が熱に溶け、埋もれた血肉が掘り返される。焼ける肉の臭いが、砂漠の空気を塗り替えた。

 アルフレッドは、竜撃砲弾の熱をガンランス内に閉じ込めたのだ。砲口を絞ることで、溢れ出しそうな炎を留め、破裂寸前に絞りを緩める。そうして留まった熱を、斬撃と砲撃に昇華させる技。

 ──銃槍技師会では、『竜の息吹』と呼ばれている。まさしく、火竜のブレスを斬撃に変えたような、凄まじい威力を誇るのだった。

 

「オオオオォォォォォッッ!」

 

 渾身の、叩き付け。

 熱によって重殻は溶け、恐ろしい勢いで角竜の内部へと穂先が埋まっていく。

 

「倒れろ……ッ!!」

 

 装填された分の砲弾を、一度に放つ。フルバーストが、角竜の血肉を吹き飛ばした。右肩の重殻が吹き飛び、鮮血と肉の塊がぼとぼとと砂を紅蓮に彩っていく。

 砲身を燻す火炎が、放つ砲弾をさらに過剰なものとしていた。ディアブロスの甲殻を易々と砕く、地獄の業火そのものだ。

 もちろん、ディアブロスも黙ってはいない。その全身を使って、自らも生に必死にしがみ付いている。

 アルフレッドを振り払うように放った尾は、あっけないほど簡単に彼を弾き飛ばした。

 

「……ッッ!!」

 

 血反吐を吐いて、のた打ち回る。

 あばらが数本折れたらしく、彼は肺に溜まった空気を吐き出せずにいた。代わりのように、黒い血潮を全身から零れさす。

 彼ももう、限界寸前だった。ディアブロスの尾を避ける力も、残っていなかったのだ。

 

 ディアブロスは、肉や骨を剥き出しにしながら、それでも角を構えた。

 自分にはこれしかない、とでも言うように走り出す。自身の力の象徴、突進を繰り出すのだった。

 その足取りは重く、不安定で、もはや走っているとは言えないほど崩れていた。

 速度も随分と遅く、人の足でも走って逃げ切れそうなほど。

 しかしアルフレッドは、もう走ることもできない。避けることも、叶わないのだ。

 

「……はぁ、はぁ……あ……」

 

 オルトリンデの排熱ハッチが、閉まる。

 銃槍内に溜まった炎は燻り、竜の息吹が収まったようだった。

 銃槍内部は黒く焦げ、穂先も随分と煤に塗れていた。熱源を失って、刀身も急速に冷却が進む。もはや、角竜の重殻を焼き斬ることも不可能である。

 

 ──だが。

 彼には、彼の腰には、もう一つだけ。

 

「俺が死ぬか、お前が死ぬか──」

 

 残ったそれを、彼はガンランスの中に押し込んだ。

 

「──賭けと行こうぜ」

 

 正真正銘、最後の竜撃砲弾。

 正真正銘、最後の装填(ラストリロード)

 

 迫り来る二本の重槍へと、アルフレッドは銃槍を向けるのだった。

 引き金に掛ける、力ない指。全身の傷はもちろん、いにしえの秘薬の反動が彼を蝕んでいた。

 それでも、銃槍は握り続ける。

 それでも、角竜を睨み続ける。

 自らが生き残る可能性に、例えそれが砂漠から砂金を掴むような確率であったとしても、彼は賭けるのだから。

 

 揺れる大地。

 舞い上がる砂。

 零れ落ちる血潮。

 火薬が、骨髄の脈動が、この砂漠を覆い尽くす。

 二本の重槍がアルフレッドを貫く前に、銃槍はその息吹を解き放つのだった。

 

 爆炎、轟音、太い何かが折れる音。

 ディアブロスが、吠える。

 仰け反るように吠える角竜から、細かな破片が零れ落ちた。

 巨大な左角が、零れ落ちた。

 

「──っでッ!」

 

 砲撃の反動で、背後に転がったアルフレッド。

 当然だ。反動を押し殺す脚力も、彼には残っていなかった。しかしそれが功を奏し、彼を猛き角から遠ざけたのだった。

 同時に放たれた爆炎が、とうとうディアブロスの角を折った。

 彼の力の象徴を、()し折ったのだ。

 

 ディアブロスは、もの悲しそうに呻き声を上げた。

 ここからさらに逆上する力は、既に残っていなかった。

 ただ縄張り争いに負けた弱者のように、怯えながら背を向ける。足を引きずって、彼から逃げるように歩き出したのだった。

 

「……ち……どんだけタフなんだよ……」

 

 アルフレッドの膝が、地に墜ちる。

 今にも死にそうな様子で逃げるディアブロスを見ながら、彼は小さく笑うのだった。

 

「も、限界だ……一歩も動け、ねぇや……」

 

 そのまま、倒れ込む。

 意識を繋ぎ止めていた最後の糸が、とうとう切れた。

 

 角竜の撃退には、成功した。

 が、討伐とはならなかった。

 その事実にアルフレッドは歯を食い縛ろうとするものの、食い縛る力も残っておらず、ただ乾いた笑みを浮かべるのだった。

 

 




ディアブロスは、撃退で終わりました。
でも、相当な手傷を負わせたんだ。きっと、そのままくたばっちまってるだろう(フラグ)

今回は、竜の息吹を書きたかったのであります。絶対ガンランスの寿命を縮める、加工屋からの拳骨待ったなしの技。でもやっぱり、あの限界を超えた感じがとてもかっこいいですよね。ヒートゲージの最大値固定と、砲撃の強化。本作品ではディアブロスの甲殻も焼き斬るほどになりました。そのまま強化版フルバースト、恐ろしい。今回は特に戦闘描写にこだわりました。どうだったでしょう…?感想いただけたらとても嬉しいです。
ガンランスの狩技はどれもかっこよくて堪りませんね。ストライカースタイルは是非とも狩技四つ装備できるようにアプデしてほしい。覇山からAAフレアまで全部積むから。
「何が始まるんです?」
「第二次竜大戦だ」


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束の間の休息

 鳥のさえずりで、目が覚めた。

 

「……んん」

 

 そこは、閑静な治療室だった。

 ハンターズギルドに併設されているここは、主にクエストで怪我を負ったハンターが療養する施設である。

 その一室で、アルフレッドは重い瞼を開けた。この部屋に押し込まれて、十数日と経った朝だった。

 

「はぁぁぁ……よく寝た」

 

 両腕を伸ばして、寝起きの背伸びをする。

 そんなつもりで体を動かすものの、右手から激痛が走った。

 

「でっ……あ、そうか俺」

 

 右腕を雁字搦(がんじがら)めにする包帯と痛みが、彼の意識を現実へと引き戻す。

 耳に残る咆哮の響き。

 迫り来る二本角。

 瞬時に砂が吸った、大量の血。

 

「……あのディアブロス、どうなったかな」

 

 彼の右腕を容易く折った、ディアブロス。

 瀕死にまで追い込んで、そのまま縄張りを後にしたことをギルドの職員から聞いた。同種と縄張り争いをするのと同様で、負けた個体はその地域には二度と足を踏み入れないだろう。そう語る王立古生物書士隊員の言葉を聞いて、胸を撫で下ろしたのはつい先日のことだった。

 

「──それにしても」

 

 脳裏に浮かぶのは、命の危険を感じたように逃げ始めた角竜の姿。

 

「珍しい奴だったな……」

 

 ディアブロスといえば、追い詰められれば追い詰められるほど凶暴になりやすい。瀕死まで追い込んだところで、激昂した奴に返り討ちにされたというハンターも少なくない。

 しかしあの個体はどうだろう。角を折られたことで、自身の安全を優先して逃走を選んだ。死に際であっても、冷静さを持ち合わせていることの表れだ。

 

「強い奴だった。強いし、賢いし、(したた)かだ」

 

 ここまで追い込まれたのは久々だ、とアルフレッドは自身の体を省みる。生きて帰れたことが、奇跡に近かったと言えるほどの、怪我。ハンター稼業に復帰するには、しばらくの時間を要するだろう。

 そんな怪我であるならば仕方ない。そう自分に言い聞かせて、彼はベッドに余りある自分の体を委ねるのだった。

 

「ま、こうなったからにはゆっくり休ませてもらうぜ……」

 

 医療棟の費用は馬鹿にならない。しかし幸いなことに、彼には金銭的に余裕があった。

 あのディアブロスは、右肩を骨が見えるほど抉られていた。あのままでは、致命的な出血量を伴うだろう。おそらく長くない。ギルドの職員はそう判断し、彼に討伐相当の報酬金を用意していたのだ。

 しばらくは狩りに出れないだろうが、食い繋いでいくことは可能である。

 彼はこの束の間の休養をふんだんに使い、今日もまた惰眠を貪るのだ。

 

「にしても──」

 

 包帯だらけの体を、左手で押さえた。

 すると鳴り響く、抑えきれない腹の音。

 

「……腹、減ったなぁ」

 

 部屋の窓から差し込む光は、まだ白く、日が昇り始めた時間帯であることが分かる。

 朝食の時間までは長そうだ。彼はそう判断して、再び瞼をしっとりと縫い付けた。

 鳥のささやきを耳にしながら、視界を暗転させる。

 何度も作ってきたその暗闇が、彼を優しく微睡(まどろみ)の世界へ誘っていくのだった。

 

 

 ○◎●

 

 

「……足りねぇ」

 

 ようやく迎えた朝食を軽々と平らげ、アルフレッドは呻くようにそう呟いた。

 医療棟の食事は質素で、よく言えば健康的、悪く言えば美味しくはないという代物だった。おまけに量もない。人より大柄な彼は、胃袋も同様に人より大きいのだろう。ここの食事は、そんな彼の心を、全くと言っていいほど癒せるものではなかったようだ。

 

「酒、飲みたいな」

 

 狩りの合間は、酒場に通うことが習慣になっている。そんなハンターは少なくなく、その多くが酒豪や酒癖の悪い者である。

 アルフレッドも同様で、実はお気に入りの酒があればそのラベルを残し、ハンターノートに貼り付けるほどの酒好きだ。香りの良いブレスワイン、異国の風を感じられる黄金芋酒、スモーキーな香りがたまらないナグリッシュ・ウイスキーなど、彼のノートに貼られたラベルは多岐に渡る。

 彼が流浪のハンターとして特定の拠点を持たないのは、もちろん大型モンスターを求めて放浪している点が大きいが、同時に各地の酒を廻ることも楽しみの一つとしているからである。

 

「ここじゃ絶対飲ませてくれないもんな……」

 

 療養できるのはいいが、ここには娯楽がない。ただベッドの上で座って、横になって、一日が過ぎるのを待つばかり。

 端的に言えば、アルフレッドは暇を持て余していた。

 

 頬を撫でる風。

 垂れる冷や汗が、妙に熱い。

 咆哮が衝撃になって、体中を打ちのめす。

 牙と牙を擦り合う瞬間が、彼の鼓動を熱くする。

 

 大怪我を負わされたというのに、彼の心は常に狩猟区にあった。

 狩りがしたくてたまらない。銃槍を握りたくて、たまらない。

 彼にとっては、この命のやりとりが、一番の娯楽──なのかもしれない。

 

 

 

「……あのー……」

 

 瞼の裏側に浮かんだ情景を噛み締める彼に向けて、掛けられた声。

 どこかおずおずとした、少女の声だった。

 

「あん? ……って、お前さん……」

 

 雪化粧のような銀髪。

 よく焼けた肌。

 身を包むものこそ、この医療棟用のガウンだが、目の前の少女には見覚えがあった。

 

「えへへ、セレス……です。えっと、アルフレッドさん?」

「……アルフでいいよ」

「じゃあ、アルフ。あの、隣いい?」

「あぁ。ま、座れよ」

 

 ところどころに包帯を巻いた彼女だったが、歩けるようにはなったらしい。

 少しぎこちなく、彼のベッドの端に腰かけた。

 

「傷の方は、どうだ」

「おかげさまで、随分良くなったよ。何とか杖もなしで歩けるくらいに」

「そりゃ何よりだ」

「アルフは、どう?」

「いやぁ、この体たらくだ。まだしばらくはかかりそうだな」

 

 人より、回復力には自信がある。

 それでも、完治するにはもうしばらく時間がかかりそうだ。

 アルフレッドのそんな言葉に、セレスは申し訳なさそうに眉をへの字に歪めてしまう。

 

「……ごめん、あたしの……せいだよね」

「はぁ?」

「あの時、あたしが無理を言ったから、アルフはそんな怪我を……」

「何だ、そんなこと」

 

 担架に運ばれていたセレスに、角竜の討伐を懇願されたことを彼は思い出した。

 

「モンスターがいたから、狩りに行っただけ。別にお前に頼まれてなくても、俺は行ったさ」

「……でも」

「それにあのディアブロス、凄く強い個体だった。あんな奴と戦えるなんて、狩人冥利に尽きるね」

 

 そう言って薄く笑うアルフレッドに、セレスは繋ごうとしていた言葉を失う。

 その目は、まごうことなき狩人の目だった。鋭い眼光を前にして、これ以上の謝罪は必要ないんだと、彼女は実感した。

 

「じゃあ……こう言うね。ありがとう。あのディアブロスを狩ってくれて」

「……ま、どういたしまして」

 

 ぎこちなく微笑むセレスを前に、アルフレッドはそっけなく応える。

 そして、思い出したように言葉を繋げるのだった。

 

「ちなみにだが、俺はあいつを狩ったわけじゃない。あくまでも追い返しただけだ」

「えっ……!?」

「残念ながら、撃退が精一杯だった。悪いな」

「そんな……じゃあ、また……!?」

「その点は安心してくれ。ディアブロスは、縄張り争いに負けたら二度とそこには戻ってこない。書士隊曰く、そういう習性らしい」

「そう……なんだ」

 

 束の間の、安心感。

 しかし断続的に蝕む、言いようのない不安感。

 セレスから浮かび上がる感情は、まさにそれだった。その雰囲気には以前見た快活さはなく、どこか怯えているようにさえ見える。

 そんな彼女が、問い掛ける。消え入りそうなほど、弱々しい声だった。

 

「……アルフは、あんなモンスターを何回も相手にしてきたの?」

「まぁ……アイツは別格だったとしても、何度かは」

 

 ラギアクルス、リオレウス、ベリオロス、セルレギオスなど、彼が相手にしてきたモンスターは多岐に渡る。

 あのディアブロスは頭一つ抜けた強さがあったが、あくまでも彼にとっては単なる狩猟し終えたモンスターの一つである。──いや、狩りきれてはなかったが。

 なんて考える彼に向けて、セレスは胸の内に秘めた疑問を投げかけた。

 突拍子な、投げかけだった。

 

「怖くは、ないの?」

「あん?」

 

 翡翠色の瞳と、視線が交わる。

 その瞳は、色濃い不安の色を帯びていた。

 

「怖い……とは、あんまり考えたことがなかったな」

 

 彼の表情に、嘘偽りはない。

 セレスは少し、目を伏せた。

 

「……あたし、怖かった。あんなのを前にして、もうダメかと思った」

「……そうか」

「アイルーたちに助けられたのは幸運だったな。死んでても、おかしくなかったもん……」

 

 そう溢す彼女の肩が、微かに震えている。

 あの悪魔のような角竜を前にすれば、畏怖の念を抱くのが普通だ。

 薄ら笑いを浮かべるアルフレッドが異常なだけで、彼女の反応は至って当たり前だった。

 

「狩りが、怖いのか」

「……っ」

 

 その言葉に、彼女の体が小さく跳ねる。

 図星、と体現しているように。

 

「分からなくもない。実際、あの怒気は凄かった」

 

 思い浮かぶのは、怒りに満ちた表情で角を振りかざす悪魔の姿。

 全身から、まるで湯気のように昇り立つ怒気は、見る者全てを畏怖させるだろう。

 

「耳が裂けるくらいの咆哮だったな。今でも、耳に残ってる──」

「い、言わないで……」

 

 その拒否の声は、何ともか細かった。

 耳を塞ぐように、セレスは身体を縮み込ませる。

 アルフレッドはそんな彼女の姿を見て、次に掛ける言葉を考えるのだった。乏しい頭で、足りない語彙で、何とか彼女の気持ちを傷つけずに言葉を掛けれないものか――。そんな思いが、彼の眉間に皺となって現れる。

 

「……まぁ、なんだ。無理をする必要は、ないんじゃないか? 他にもいろんな生き方があるだろうし、無理にハンターを続けなくても」

 

 気遣うようにアルフレッドは声を上げるが、彼女は沈黙を保った。

 

「その様子じゃ、元々好きで狩りをやってたわけじゃないんだろ? まぁ、そりゃリオレイアを仕留められるハンターを失うのは、ギルドにとっては辛いだろうが……。でも、お前さんの人生なんだし」

 

 続く、沈黙。

 

「自分の人生、やりたいことをやって生きるに限る。これを機に転職っていうのも、悪くないんじゃないか──」

 

 その言葉を遮るように、セレスは胸の内を溢すのだった。

 

「辞めたくても、辞められないよ……っ」

 

 嗚咽を含んだようなその声に、アルフレッドは語りを止める。

 肩が震えている。

 どうも何か事情があるようだ。

 いつの間にか重い人生相談に巻き込まれていることに辟易としながら、それでも彼女を放っておくほど、彼も腐ってはいなかった。左手で頭をぼりぼりと掻きながら、ふと思い当たったことを投げかける。

 

「……あの村のことか?」

 

 セレスが危惧していた、村のこと。

 ディアブロスが攻め入らんとするほど近づいていたあの村を、彼女は守ろうとしていた。

 村を守ってほしいと、アルフレッドに懇願していた、あの姿。自身がボロボロになっても、村のことだけを案じていたあの姿。

 彼女が、はっと彼を見る。潤んだ翡翠色の瞳と、目が合った。

 

「あの村、お前さんの故郷なのか」

「……うん、私の故郷。エスト村」

「エスト村……」

 

 熱帯イチゴや、隕石の欠片などの特産物で、その名前はそれなりに知られている。

 同時に慢性的な水不足や資材不足に悩まされ、モンスターの脅威にも晒され続けている、とても貧しい村であることも有名だ。

 セレスは、その村の生まれだった。

 

「知ってると思うけど、うちはとっても貧乏なの。水も食料も足りなくて、みんなやせ細ってる」

「……あぁ」

「あたしは、十一人兄弟の長女。出稼ぎに出れるのがあたししかいなくて、両親や兄弟のためにたくさん稼ぐには、狩人(これ)しかないの……」

「だから、あんな無茶を……」

 

 如何に雌火竜を狩れるといっても、角竜は訳が違う。

 熟練した上位ハンター、もしくはG級ハンターでなければ狩猟するのは難しい。無理を言って狩りに出たのだろうが、その結果があれだ。確かに、セレスが出なければ村は今頃残ってなかったのかもしれない。しかしやはり、無茶以外、何でもないだろう。

 アルフレッドは、溜息をついた。

 

「あたしが稼がないと、みんな餓えちゃうの……! だから、だからあたしはハンターを……!」

 

 胸の内の思いと、自身の感情で揺れ動く彼女の姿。

 家族のために食いぶちを稼ぐには、確かにハンターはうってつけの仕事である。大型モンスターを狩猟すれば、そのクエストの報酬金に加え、モンスターの素材をいくらか持ち帰ることができる。

 そのモンスターの価値が高ければ高いほど、それは大きな収益になるのだ。同様の理由で、借金苦に陥った者がハンターになることは珍しくない。追い込まれた女性が、体を売ることを拒否してハンターに志すなんて、よく聞く話だった。

 例えば、こんな話がある。借金苦で家族から身売りに出されそうだった女性が、逃げてハンターとなり、家族に仕送りをするなんていう冒険活劇だ。それがなんと、大衆から人気を博している。感情移入がしやすい。つまるところ、ありふれた話なのだ。

 

「セレス……」

 

 彼女は、まだ幼さの残る少女だった。

 二十歳を超えているか、超えていないか。下手すれば、もっと若くさえ見える。

 それでも彼女は、気丈にもハンターとして戦い続けた。その心が折れる今まで、戦い続けていたのだ。

 

「ずっと、一人でやってきたのか? バルバレに出てきて、一人で」

「友達なんて、いないもん……。猟団に所属すると、そこでお金を取られちゃうから」

「確かに、な。一人なら報酬を山分けすることもないしな。稼ぐには一番だ」

「……そっか、アルフも、一人で狩りをしてたもんね」

 

 初めて二人が話したのは、いつかのバルバレの集会所だ。

 銃槍を担ぐ珍しい男を見て、セレスから声を掛けたのだった。

 お互い、組むこともなくその場を後にした。結局のところ、どちらも一人を選んでいたのだから。

 

「……なぁ、セレス」

「な、何……?」

 

 不意に名前を呼ばれ、少し戸惑う彼女に向けて。

 アルフレッドは、いつかの誘いの返答をした。

 

「あの時言ってたな。一緒に狩りに行く? ……ってさ」

「……あ、う、うん」

「今更だけど、答え直していいか?」

「え、え?」

 

 彼の真意が分からずに言葉に詰まるセレス。

 アルフレッドは、構わず言葉を繋げ続ける。

 

「今度一緒に、狩りに行こう。モンスターが怖いなら、俺が守ってやる」

 

 そのための盾だから、と右手を掲げようとして、走る激痛に悶える。

 そんな大男の姿を前に、セレスは耐えられなくなったように吹き出した。

 緊張の糸がほぐれたように。面白おかしい気持ちを、抑えられないように。

 

「ふっ、ふふふ……、しまらないなぁ」

「う、うるせっ……い、いででで」

 

 痛みに耐えながら、アルフレッドは彼女の姿を見る。

 潤んだ翡翠色の瞳から、怯えの色が抜け去ったわけでない。

 しかし幾分か、その表情がやわらいでいた。

 

「一人が良いんじゃなかったの? 銃槍は、危ないんでしょ?」

「お前さんはガンナーだから、問題ないだろ?」

「まぁ……それはそうだけど」

 

 ガンランスの砲炎は、射程に優れているわけではない。

 故にガンナーにとっては、特に脅威にもならないのである。

 

「ま、報酬の取り分は減るだろうが。それでも他の仕事を探すよりは稼げるだろう。何より、生存率は遥かに上がる」

「……怖かったら、後ろに隠れてもいい?」

「後ろから援護射撃してくれるなら、な」

「……分かった」

 

 セレスは、少し嬉しそうに、それでいて恥ずかしそうに笑う。

 それほど親しいわけではなかったアルフレッドに対して、随分と踏み入った身の上話をしてしまったこと。

 それを彼が聞いてくれて、手を差し伸べてくれたこと。

 どこかむず痒い感覚を、彼女は覚えていた。

 

「じゃあ、あの……よ、よろしく」

「おう、よろしくな」

 

 彼女が差し出した右手に、アルフレッドも応じた。

 右手を伸ばして、握手を交わそうと────。

 

「……って、いだだだッ! わざとかこのッ!」

「あ、ご、ごめんっ、つい!」

 

 再び激痛に襲われる彼を前に、セレスは謝りながらも笑みを溢してしまう。

 何はともあれ体を治してから。

 二人はそう実感するのだった。

 




10話目なので、ぼちぼちパーティーメンバーを増やしたくなりました。アルフレッド一人の狩りを書くのは楽しいですが、結局大男の独り言ばかりになるので物寂しいんですよね。あと、彼女がヘビィボウガン使いなのには理由があります。やらしてみたいことがいくつかある。ガンランスにも関連している、あれを!!
アルフレッドは何も背負ってませんし闇も抱えてませんが、セレスはなかなかの薄幸な感じなので助けてあげたいですね。銀髪褐色と、カラーリングはダークエルフのそれです。防具はスパイオシリーズ(S版です)…ちょっとマイナーかな?

さて、これにて第一章は終結です。最後のガンランス考察絵、その4を添付します。最後を飾るのは、やはり竜撃砲。その機関部の妄想です。

【挿絵表示】


次章からは、ガンスとヘビィのペア狩りを書いていきたいなぁと思います。閲覧ありがとうございました。


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第二章 交叉する二丁の銃身
作戦会議と砲弾装填


「爺さん、あれどうなった?」

 

 玄関に入るなり、アルフレッドはそう口にする。

 爺さん、と呼ばれた白髪の老人──『火薬庫』は、ぽかんと口を開けた。

 

「……お、おおぉ、おおお! アルフレッド! 何じゃお主、もう体はいいのか!」

「治った」

「何じゃい何じゃい、この温暖期が終わるまでは完治しないと医者から聞いとったが……まさか、こんなに早く治すとは!」

「体の頑丈さだけが取り柄なんでね。で、あれできたか?」

 

 がッはッは、と景気よく笑う火薬庫の男に肩を叩かれながらも、アルフレッドは『あれ』と呼ぶものを催促する。

 その言葉に、老人はにやりと口角を上げた。

 

「いやはや、まさかあの怪我をこんな短期間で治すとは、お主はまさに不死身じゃわい。さて、例の奴じゃな。もちろんできとるぞ」

「なんだ。俺が早く治り過ぎて、まだできてないとさえ思ったぞ」

「素材と金をたんまりもらったからには、わしだってちゃんと依頼に応えるわい。ちょっと待っとれよ……」

 

 そう言いながら、奥の倉庫へと老人は潜る。店内のカウンター越しにしか見えないが、薄暗いその倉は数々の砲身やパーツ、工具などが所狭しと並んでいた。

 まるでガラクタの山のようだ、とアルフレッドは思う。同時に、お目当てのものを探し出すにも、時間が掛かりそうだった。

 

「お、お邪魔します……!」

 

 おずおずと、店内に入る影がもう一つ。

 アルフレッドよりも、随分小さい影だった。声もまた、可憐な少女のもので、この油臭い工房とは何とも似つかない。

 そんな影に向けて、赤髪の大男は声を掛ける。少しだけ、優しい声色で。

 

「セレス、そんなに畏まらなくていい。汚いけど良い店だ」

「いや~、ガンランス専門の工房なんて、入る機会なかったし……なんていうか、その、す、すごいね……?」

「なんで疑問形なんだ」

 

 壁に立てかけられたいくつもの砲身。

 並べられたシリンダーと、そこに収める砲弾の数々。

 加工屋の腕の見せ所、と言わんばかりに装飾がなされた盾の群れ。

 アルフレッドは、満足そうに鼻を鳴らす。いつまでも、この空気を吸っていたい。そんな感情さえ抱きそうだった。

 一方のセレスは、どこか所在なさげに店の中を見る。見慣れない物ばかりの上、彼女は武器防具を買い物するという行為自体に疎かった。理由は簡単、決して少なくない費用が掛かるからである。

 彼女の装備は常に必要最低限。獣の爪は避け、高威力の弾をぶつけることだけを考えている。また、弾の材料となる植物は、狩猟区にも群生していることが多いため、その場で収集して調合することが可能だ。

 故に彼女は、ボウガンを選んでいた。刃の摩耗や毎回の手入れと、何かとお金が掛かる刀剣類よりも、ボウガン類は意外と安上がりなのである。

 

「うわぁ~……」

 

 並べられたガンランスの値札を見て、感嘆の声を上げるセレス。

 想像より桁が一つ二つも多く、言葉を失っているようだった。

 

「それはアドミラルパルドにプリンセスバーストだな。どれも一線級の逸品だ。強いぞ。……高いけどな」

「が、ガンランスってお金掛かるんだね……」

「スラッシュアックス、チャージアックス、ガンランス。どれも機構が複雑で難解。三大金食い虫の武器だな」

「……もしかして、アルフの家ってお金持ちなの?」

「まさか。俺んちだって貧乏だよ。ハンターになったばかりの頃は金がなくてな、ずっと片手剣使ってた」

「……そんなに体おっきいのに?」

「体格は関係ないだろ。まぁ、大剣や太刀も触ったことはあるけど……あくまでも修練場の中だけだな」

 

 アルフレッドの槍捌きは、大剣や太刀の動きを参考にしているものがある。とはいっても、ハンター養成所にいた頃に、訓練として数回使用した程度。

 それよりも、穂先を外して片手剣として扱うように、彼は片手剣の扱いの方が手慣れていた。駆け出しの頃の記憶を、彼はしみじみと噛み締める。

 

「稼げるようになってからは、ずっと銃槍(これ)だな。俺はこれを使いたくて、ハンターになったようなもんだ」

「……ちょっと気になってきたんだけど」

「ん? 何がだ?」

 

 小さく呟いた彼女の言葉に、アルフレッドは首を傾げる。

 

「えっとね、何て言うかな。どうしてアルフは──」

 

 しかしそれより先は、けたたましく戻ってきた火薬庫の声に遮られた。

 

「待たせたなぁアルフレッド! こいつもお主を待っておったぞ……って、新しいお客さんか! ようこそ火薬庫へ!」

「えっ、あ、ど、どうも……!」

「セレス、この爺さんがここの店主だ。まぁ、やばい奴と思っておいてくれていい」

「何じゃいアルフ、この子お前のコレか? 隅に置けんのう! こんなめんこい子、よく見つけたのう!」

「寝言言ってんじゃねぇよ。手紙で伝えただろ? 組んだ奴がいるって」

「あの単独専門がのぅ……冗談じゃなかったんじゃなぁ」

 

 しみじみと涙を浮かべる火薬庫に、アルフレッドはたじろぐ。大型専門は名乗ったが、単独専門とは名乗っていない。そう弁明するものの、老人の耳に届くことはなかった。

 一方のセレスは、勝手に話が進んでいくことに戸惑い、口を開く機会を逃し続けていたが──意を決して、ようやく声を上げるのだった。

 

「はっ、はじめまして、セレスです! この度あの、その、アルフレッドさんと一緒に狩りをすることになりまして、えっとあの、よ、よろしくお願いします!」

「うむ……うちのアルフレッドを、よろしく頼んます……」

「爺さんは俺の何なんだ。いいから早くその銃槍をくれよ」

 

 苛立ちを隠さないアルフレッドの言葉に、火薬庫の老人は「そうじゃったそうじゃった」と両手を塞ぐ黄土色の縞模様に目をやった。

 砂漠を思わせる真鍮(しんちゅう)色のフレーム。武骨な拡散型のシリンダーと、穂先に備えられた三本の刃。

 アルフレッドが、セレスと狩りに行くことを決めた後に発注した、特注のガンランス。ドスゲネポスの素材を用い、麻痺毒を刀身に含ませたその一品は、彼の心を躍らせるには十分な代物だった。

 

「お主の注文通り、麻痺毒と拡散型砲弾を備えた特注品じゃ。銘は、『V・ガルランド』──銃槍技師会は、相変わらず略称を使うのがブームじゃ」

「技師会というより、爺さんのなかでのブームなんじゃないか?」

「ほれ、持ってみろ。割と軽めじゃ」

 

 もっともな疑問を無視して、老人は彼にその銃槍を手渡した。

 オルトリンデやレッドルークに比べると、随分と軽い。比較的軽かったロドレギオンよりもさらに軽い。拡散型の砲弾が込められているというのに、この軽さはまさに掟破りと言えるだろう。

 

「凄いなこれ。軽い。扱いやすそうだ」

「お主も病み上がりだからな。比較的軽い素材を補強した。その分、予備弾倉の内蔵数も控えめじゃ。五発程度が関の山じゃろうな」

「助かるね。ありがたい。注文通り、拡散型に規格を合わせてくれたんだな」

「通常型からの設計し直しは大変じゃった……。が、その分出来はいいぞ」

 

 片手で銃槍を持ち上げてみると、まるで太刀を想起させるほど軽かった。その感覚に、アルフレッドはにやりと笑う。

 

「穂先は完全に刺突を前提に作ってある。フレームはゲネポス素材じゃから、耐久性に優れているわけでもない。叩き付けや薙ぎ払いは控えるんじゃぞ」

「分かってる。で、これって竜杭砲はどうなってる?」

「もちろん砲弾内蔵型、つまり竜杭砲弾じゃ。さらに、この盾を見てくれ。盾の裏に竜杭砲弾の予備弾倉を備えておる。ガードしながらシリンダーに放り込むことも可能じゃぞ」

「おお、凄ぇ。ガードリロード、って奴か」

「……ちなみに特許申請中じゃ」

「……通るといいな」

 

 そんな二人の会話に、きょろきょろとした様子でついていこうとする少女が一人。

 しかし内容が内容だけに、彼女が入り込む余地は全くと言っていいほどなかった。

 

「竜杭砲弾はもちろん炸裂式じゃ。頭部に当てれば、眩暈(スタン)を狙えるじゃろう」

「たまらんね。麻痺毒の充填は?」

「ゲネポスの麻痺液を浸すビンを用意してある。研いだ後にさっと浸けるのがいいじゃろう」

「オーケー。ついでに、この穂先は何だ? 三本あるし、長さもバラバラだ」

「ドスゲネポスの爪や牙を加工したものじゃ。素材が素材だけに、耐久性はあまり良くなくてのぅ。深く刺さり過ぎると刀身が折れると思ってな、短い刃は深く刺さらないようにするための工夫じゃよ」

「なるほど……。斬撃や刺突の威力としては、他の武器よりは劣るんだな」

「どちらかというと、効率的に麻痺毒を塗り込む設計になっておる。深く刺さらない分、連続で刺突するにはピッタリじゃ。ま、サポート向きって奴じゃな」

「分かった。流石だ爺さん。注文通りの、最高の仕上がりだ」

「がッはッは。まぁのぅまぁのぅ! 今度ともご贔屓にのぅ!」

 

 満足そうに高笑いする火薬庫と、同じく満足そうに口角を上げるアルフレッド。

 銃槍を折り畳んでは背中のマグネットに接着させ、ゲネポス模様の盾を右腕に装着する。折れた右腕は、今では強固に繋がっていた。大柄の盾だったが、彼はまるで何も着けていないかのように軽々と持ち上げる。

 

「悪いな、長話しちまった。じゃ、修練場行こうか」

「うん……。アルフレッドってさ」

「あん?」

 

 歩き出そうとした大男。

 そんな彼に反して、歩みを止める小柄な少女。

 

「アルフって、ほんとに銃槍が好きなんだね」

 

 ちょっと呆れたように、それでいて新しいものを見つけたように。

 彼女は、少し複雑な、それでいて優しい微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 ○◎●

 

 

「じゃ、整理していこう」

「うん!」

 

 ドンドルマの修練場で、土に小枝で何かを描く影が二つ。

 月明かりが、二人をそっと照らしていた。

 

「前衛は俺。盾役だ。ついでに麻痺と眩暈を狙ってみる」

「うんうん」

「後衛にセレス。武器は──」

「妃竜砲【遠撃】だよ。狙撃は任せて」

 

 彼女が掲げるその武器は、細いロングバレルと、フレームの後部に備えられた弩の部分が印象的なヘビィボウガン。リオレイアの素材を用いたこの重弩は、通常弾や遠撃弾、火炎弾などの扱いに優れている。

 地面に接着させて安定させるための(バイポッド)と、長いスコープが取り付けられたその姿は、彼女の言うように、まさに狙撃を想定した仕上がりだった。

 

「あたしは、アルフの後ろから狙撃するね。遠撃弾と通常弾と、火炎弾! あとは、とっておきの……」

 

 そう言いながら取り出すのは、一際長く重い弾丸だった。

 この弾丸に、アルフレッドは見覚えがあった。新大陸調査団の加工班が開発した、ヘビィボウガン用の特殊弾。それをこちらの大陸に輸入したものだった。

 

「これこれ。狙撃竜弾があるよ。たくさんは撃てないけど、かなりの高威力だから期待してて!」

「それは頼もしいな。よーし、隙づくりは任せてくれ」

 

 頷き合いながら、彼は土に小枝を走らせ続けた。

 描くのは、不格好な形をした棒状の人間の絵。それぞれ自身と彼女の姿を当てはめ、立ち回りを図として示すのだった。

 

「俺はモンスターの傍で近接戦闘をする。で、もしセレスに向けてブレスや棘を飛ばすなどしても、俺が盾で防ぐ」

「うん。アルフの後ろで立ち回ればいいんだね」

「そういうことになるな。となると、セレスの射線上に俺がいることにもなる。くれぐれも、俺を撃たないでくれよ」

「狙いには自信があるよ! アルフこそ、ちゃんと守ってね」

「もちろん努力するが……場合によってはお前さんの方へ突進を始めることもある。その点は気を付けてくれ」

「うん。突進か……」

「閃光玉は多めに持って行くことにしよう。もちろん、俺も止められるように最大限努力するよ」

「う、うん……」

 

 突進という言葉を聞いて、表情を少し曇らせるセレス。

 そんな彼女を元気付けるように、アルフレッドは銃槍を構えた。

 

「まぁ見ててくれ。今回は完全に壁役を務めるためのこの武器だ。絶対にお前さんを守ってみせる」

 

 ゲネポス模様のフレームが、月光を映す。

 彼の血染めのような髪も、仄かな光を灯していた。

 

「だから、モンスターを仕留めるのはセレス、お前さんだ」

「え……?」

「お前さんの火力が、一番の頼りだ。頼むぜ」

 

 彼の言葉に、セレスは思わず自身が背負う妃竜砲を見る。

 これまで、この重弩と共に狩猟区を駆け抜けてきた。

 モンスターの猛攻を掻い潜り、闇夜に溶け込んで、標的を冷徹に撃ち抜いてきた。

 この前味わった敗北と恐怖は拭えていない。しかし、目の前の大男の瞳を見ていると、どこか根拠のない、しかし何故か安心してしまうような、そんな自信を胸に抱くのだった。

 

「あたしが、仕留める……」

「あぁ。だってお前さんは──」

 

 ──ハンターなんだろ? 

 そう言って屈託なく笑う彼の表情が、まるで子どものように無邪気で温かくて。

 

 セレスは、少しだけ胸の高鳴りを覚えていた。

 それは狩りに対する強い思いの再燃か、それとも──。

 

 静まり返る風の中、月明かりだけが二人を照らしている。

 ほんのりと、セレスの頬が赤いのは──月明かりの仕業では、なさそうだ。

 




この作品の世界観では、
・大剣やハンマーなど重量が物を言う武器は維持費が安い(細かな整備が不要だから)
・低品質な太刀や双剣、片手剣やランス(ここでは下位相当、それも鉱石武器などが該当する。ゲーム的に言うならば、斬れ味は緑以下、もしくは未満)。斬れ味が鈍く、手入れの必要はあまりなく維持費も安い。しかし質も相応で、小型モンスターならばともかく飛竜などを相手にする場合は太刀打ちできないことが多い。
・ボウガン類は構造への理解があれば個人の技量で整備可能。弾コストも、狩猟区採取を含めればあまり高くはない(拡散弾などを運用する場合は話が異なる)。
・弓は弦や矢の微調整が欠かせないが、コストは低い。ただし個々人の才能が強く要求される
・操虫棍は、構造自体はボウガンと大差なく整備はしやすい。しかし猟虫の飼育代と、飼育に関する特殊な知識が求められる。また、高品質な武器ほど、穂先の研磨も念入りにする必要がある。
・高品質な太刀や双剣、片手剣にランス(飛竜などのモンスター素材を使って作られるもの。ゲーム的に言うならば斬れ味は青以上)。これらは斬れ味が要であるため、丁寧な研磨が必要。そのため多額の維持費が掛かる。また、修繕には素材元のモンスターの素材が要求されることも、維持費の向上をより一層促進させる。
・剣斧、盾斧、銃槍、狩猟笛は独自機構に関する整備が必要。特に火薬や薬液を扱う機構武器三種は、維持費が群を抜いて大きい。

……という風になっています。
一番維持費が安いのは大剣とハンマーですが、セレスの体格では使いこなすことができない、という背景があります。弓も良いのですが、彼女には弓を扱う適性があまりなかったのです。ソロも視野に入れ、大型モンスターとの戦闘を考えれば、安くて火力を出せ、距離を取って戦えるヘビィが最適ってことですね。弾薬を現地で調合する手間も増えますが、収入を思えば彼女はそちらの道を選んだのでしょう。

さてさて、話変わって拡散型の麻痺ガンス。全人類の憧れですよね。砲撃で火力を出すのに、麻痺とスタンで拘束もできてしまう。こんな旨いガンランス、そうそうお目にかかることなんてでき――おぉっとォ!?なんとライズでは、百竜武器を使って自由にカスタマイズできてしまうんですよね!!スタンと麻痺でサポートもこなす…何とも格好良いです。次回は、そんなパーティーを支えるガンランスを描写できたらなと思います。


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二つの銃口、華咲かす

「こんのッ!!」

 

 迫り来る爪を、盾で受け流す。

 氷海の凍て付くような風が、頬を撫でていた。通気性に優れた風牙竜の鎧では、その風を防ぐには事が足りず、アルフレッドは顔を(しか)めていた。皺寄る眉間は、右手に残る衝撃のせいだけではないようだ。

 一方で、渾身の爪を防がれたのは、白く丸々とした毛並みのモンスター。兎のような耳が特徴的なため、雪兎獣と呼ばれている。またの名を、ウルクスス。

 

 唸り声を上げて、その獣は再び両腕を高く掲げる。

 氷上であろうと自身の巨体を軽々とコントロールする自慢の爪をもって、目の前の人間を薙ぎ払おうとするのだった。

 

 同時に響く、発砲音。

 その二つの爪と頭部に、鋭い弾頭が傷を描く。

 

「おお、すげぇな……!」

 

 今まさに振り回さんとするその両腕を、加えて頭部まで正確に撃ち抜いた射撃術。

 多くの狩場を駆け抜けてきたアルフレッドが、思わず感嘆する技術だった。

 雪に覆われた木々の向こうから昇る硝煙に、彼は頼もしさを覚えていた。

 

「セレスのやつ、良い腕してんな」

 

 針穴に糸を通すようなその射撃。

 強烈な一撃とはいかなくとも、ウルクススを確実に削っているのだ。当然、雪兎獣も黙ってなどいられない。

 木々の向こうを見る。

 その大きな耳に残る発砲音。どこから飛んできたかを、確実に把握している。

 大きな鼻は、風に乗って流れてくる火薬の香りを確かに感じていた。

 目の前の大男だけではない。姿を見せない、別の敵が確かにいる。そんな思いが、ウルクススを前へと押しやろうとする。固く滑らかな腹甲を使って、木々の向こうへと滑りだそうと──。

 そんな彼の出鼻を挫く、強烈無比な砲撃。強い火薬の香りが、鼻腔を新たに埋め尽くした。

 

「どこ見てんだウサギ野郎! 俺を見やがれ!」

 

 爆炎に紛れて、鋭い刺突が走る。

 三本に分かれたその小振りな爪は、獣の柔らかな毛皮を易々と切り裂いた。切り裂いて、その刀身を潤す毒を塗り込んでいく。

 ピリピリとした感覚が、傷口に走る。ウルクススは顔を顰め、やはり目の前の大男を薙ぎ払おうと、体勢を低くするのだった。

 

「来るか……ッ!」

 

 鋭い爪を使って氷を握り、太く発達した脚をさらに膨らませる。

 次の瞬間、ウルクススは走り出した。一瞬で加速し、しかし喰い込ませた爪を軸にして回転する。目の前の敵を殴り飛ばす、まるで全身を槌のように使ったその一撃。

 雪が霧のように舞い上がり、氷の破片が飛び散った。

 アルフレッドは──その盾で、巨体の一撃を受け止めていた。

 

 悲鳴が上がる。

 薙ぎ払ったはずの人間が、まるで何事もなかったかのようにそこにいる。

 どころか、滑る体を止めることで必死な自身の頭に向けて、あの三本の爪を突き立ててきた。

 ウルクススは、脳天を打ち抜かれる痛みに悲鳴を上げた。

 

「とうっ!」

 

 同時に、引き金を引く。

 砲弾に収められていた杭が、瞬時に展開・射出される。

 

 仰け反るウルクスス。頭頂部に突き刺さるは、噴煙を上げる謎の棒。痛みと、それに伴う異様な感覚に、とにかくその杭を抜こうと頭を振り回して。

 しかしそれよりも速く、杭が弾けた。中に詰められた砲丸が続けざまに炸裂し、その衝撃が獣の脳を揺さぶるのだった。

 

 眩暈(スタン)

 倒れ込む巨体。意識を混濁させ、隙を晒す獣。

 狙いをつけるには、十分だった。

 

「よーし……!」

 

 セレスは、妃竜砲を折り畳む。

 剥き出しになった銃身に、彼女は特殊弾を詰め込むのだった。

 

「装填完了! 行くよーっ!」

 

 アルフレッドに向けて発したその声に、彼が背後に跳ぶ姿を確認して。

 セレスは、地に伏せた。

 重弩の二本脚(バイポッド)を、雪を払った大地へと接着させる。

 大地に寝そべることで、さらに冷たい感覚が押し寄せてくるが、スコープを覗く彼女にとっては、まるで無いに等しい感覚だった。

 心臓の音が高鳴って、それが次第に聞こえなくなる。

 全身を晒す白い毛並みがスコープ越しに映り、まるで酸欠になったかのように、さらにさらに白く見えるようになった。

 荒かった息が、勢いを増してどんどん荒くなる。しかし、その吐息は、いつの間にか耳に届かなくなっていた。

 世界から、音が消えた。

 

 炸裂音は、一瞬だ。

 彼女の引いた引き金が、一瞬で世界に音を取り戻す。

 発射とほぼ同時に着弾する、超速度のその弾は、ウルクススの柔らかい体を容赦なく貫くのだった。

 直後、その弾道が炸裂する。着弾と同時にばら撒かれた火薬が摩擦によって火を灯し、銃創をさらに惨たらしく焼く。

 意識を手放していたウルクススは、あまりの痛みに思わず起き上がった。大量の鮮血を、吹き溢しながら。

 

「見事だ……! やるな!」

「えへへ! 狙撃は得意なんだ!」

 

 怒り心頭、雄叫びを上げるウルクスス。

 再び木々の合間に身を隠すセレスを狙い、足元の氷を掬い上げる。

 鋭い爪は、固い氷を易々と砕いた。その塊を、流れるような動きで、まるで小石の如く放り投げるのだ。人間にとっては、自分より一回りも大きいその塊を。

 

「させるか!」

 

 雪を滑って前に出たアルフレッド。その右手の盾で、氷の塊を弾き飛ばす。

 ウルクススも、ただでは終わらない。もう一度、氷を捲り上げた。しかしそれも、銃槍の盾の前では小さな雪玉に等しいもの。彼にも、盾にも傷をつけることは叶わなかった。

 どころか、氷を弾いた勢いで、アルフレッドは槍を振り下ろす。腹甲を抉るようなその一撃にウルクススは怯むのだった。

 

「……まずいッ!」

 

 いや、手負いの獣は、何をするか分からない。

 ウルクススは、走り出す。目の前のアルフレッド──いや、その奥にいるセレスを轢き潰さんと、腹這いになって走り出した。

 傷の入った腹甲では、万全のスピードは出ない。しかし、その衝撃は盾で防ぎきれるものではないことは、一目瞭然だ。

 

「セレスっ! 避けろ!」

 

 大きく横に滑って、獣の突進を躱したアルフレッドが声を張り上げる。

 しかしそれは彼女にまで届かず、重弩の連射音だけが返事をしていた。

 

「チッ!」

 

 即座に、アルフレッドは銃槍を背後に掲げる。

 砲口に圧をかけ、衝撃を最大にまで高めるのだ。同時に、右手の盾を取り外しては、それに両脚をかけるのだった。

 

「滑れるか……ッ!?」

 

 砲撃、直後に流線状に流れる視界。

 拡散型の強烈な反動を利用して、アルフレッドは前に出た。

 脚の下には、重厚な盾がある。それを氷の上に滑らせ、彼は加速した。さながら、ウルクススの滑走のようだった。

 

「うわわ、こっち来た!」

 

 セレスはしゃがんで連射の体勢に入っていた。

 しかし、迫ってくる雪兎獣の速度は、想像以上に速い。慌てて避けようとしても、避けきれないかもしれない。そんな不安が彼女のなかに巣食おうとした、その瞬間だった。

 

「オオオオォォォォッッ!!」

 

 まるで猿叫のように、アルフレッドは吠えた。

 大男が盾に乗って滑ってくる。あまりの衝撃的な姿に、セレスは転がって避けようとして、しかし受け身を取り損ねた。

 一方の彼は、ウルクススへと食らいつき、跳んでその耳に銃槍を突き立てるのだった。

 

「これならどうだ……ッ!!」

 

 シリンダーに残った最後の弾に、圧を掛ける。

 穂先を埋める肉の奥から、青白い光が漏れ始める。

 耳元の溜め砲撃。音に敏感なウルクススは、突然の衝撃と爆音を受け、真横に転がった。セレスを轢き潰すことも忘れ、パニックに陥っている。

 

「ぐあっ!」

 

 振り落とされたアルフレッドは、雪を掘り分けながら転がった。頬や髪が若干凍て付いており、ガチガチと歯茎を打ち鳴らす。

 

「大丈夫!? アルフー!」

「うおおおっっ、さ、寒ぃぃ!! ほ、ホットドリンク……!」

「はい、これ! 飲んで、急いで!」

 

 防具の所々を雪で飾りながらも駆け寄ってきたセレスが、ポーチから取り出したホットドリンク。それを慌てて受け取って、彼は一気に飲み干した。

 トウガラシのつんとした辛味が喉を通り抜ける。ほっとするような、体を芯から温めてくれるその熱さ。

 アルフレッドは起き上がる。銃槍を、雪の中から引き上げた。

 

「わ、悪いな……。止められなかった、アイツを」

「ううん。ちゃんと止めてくれたよ。ありがと」

 

 セレスはにこっと微笑んで、妃竜砲を展開した。

 暴れ回るウルクススだが、つまるところパニック状態だ。誰かを狙っているわけでもなく、ただひたすらに暴れ回る。

 ヘビィボウガンにとっては、これ以上にないチャンスだった。

 

「火炎弾、景気よく撃っちゃうよ!」

 

 懐から取り出したマガジンを、フレームに装着させる。

 装填されたのは、彼女の宣言通り、『火炎弾』だ。火薬草を磨り潰して調合したその弾薬は、発火性に優れており、着弾と共に弾丸を燃焼させる。ウルクススのような、炎に弱いモンスターにはまさに必殺級の威力を誇るのである。

 それを、彼女はしゃがみ撃つ。反動を最小限に抑えて、連射性に特化させたヘビィボウガンの妙技だ。機動力を犠牲に、高威力を一度に叩き込む、必殺技と言っても過言ではない。

 

「やああぁぁッ!!」

 

 ばら撒かれる弾の数々。

 木々を飛び交い、雪を赤く染めながら、ウルクススへと着弾する。

 着弾と同時に発火、その体毛を激しく燃やした。どこか焦げ臭い香りが、この雪景色の中に充満する。

 

「俺も負けてられねぇな……!」

 

 乱射される火炎弾に紛れ、アルフレッドも走り出す。

 火炎よりもさらに赤いその髪が、風に(なび)いて揺れるのだった。

 燃え上がる雪兎獣の体を燻す砲炎が、さらに彼の髪を靡かせるのだった。

 

 突いて、突いて、突いて。

 軽く、振りやすいこの『V・ガルランド』。三本の刃でできた穂先によって、刺さり過ぎず、抜けやすい。その特性が、流れるような刺突を実現した。

 三度目の突きで、彼は銃槍を振り回す。素早く振った銃槍からは、空になった薬莢が飛び出した。同時に、予備弾倉の砲弾がシリンダーへと装填される。

 予備弾倉は、これで空になった。銃槍はさらに軽くなり、アルフレッドの刺突を加速させる。何度も貫かれたその皮膚には、刀身に塗りたくられた麻痺毒が浸みこんでいく──。

 

 突如、ウルクススが体を痙攣させる。

 反撃に向けたその巨体が、まるで自分の意思では動かせなくなったようなその姿。

 麻痺毒が染み渡り、とうとう全身の自由を奪ったのだった。

 

「セレス!」

「うん、行くよ! 最後のリロード、狙撃竜弾!」

 

 セレスが再び重弩を折り畳む。

 最後の狙撃竜弾だった。

 ウルクススは、すでに十分弱っている。出血量と、全身を蝕む火傷がそれを物語っていた。

 最後の一撃は、鋭く一瞬で。なるべく苦しませないように、彼女はこの弾を装填した。

 正真正銘の、最後の装填(ラストリロード)

 

 一迅の風が、駆け抜ける。

 氷海に咲き乱れる、紅蓮の華。悲鳴もなく、一頭の獣の魂を誘うのだった。

 

 

 ○◎●

 

 

「……ごめんね。君のこと、無駄にしないからね」

 

 セレスは、横たわるウルクススに向けて両手を合わせていた。

 両目を強く縫い付け、念じるようにそう告げる。

 その姿は、どこか贖罪(しょくざい)のようだと、アルフレッドは感じていた。

 

「毎回、そうやって手を合わせてるのか?」

「……うん」

「こいつがキャラバンを襲って死傷者を出した奴だったとしてもか?」

「……あたしたちが命を奪ってることには、変わりないから」

 

 そう言って、少しだけ苦しそうに、セレスは笑った。

 あぁ、やっぱりハンターに向いていないんだな。彼は思った。

 

「……だから、ボウガンか」

「え?」

「いや、何でもない」

 

 腕に残る、血肉を裂いたあの感触。

 だから彼女はボウガンを握ったのだろう。それ以上は、彼は考えないようにした。

 

 命の渡り合いを楽しむアルフレッドにとっては、あまり馴染みのない感覚だった。戦うことを生き甲斐にする彼にとって、セレスとはあまりにも価値観が違う。

 それでも────。

 

「……それでもあたしは、撃つよ」

 

 覚悟を決めたように、セレスは言う。

 

「だってあたしは、ハンターなんでしょ?」

 

 そう言って、二カッと笑う彼女を見て。

 アルフレッドもまた、静かに笑う。

 二人は、お互いの握り拳を軽く打ち合った。互いの健闘を称えるように。

 

 ──お互いの狩人としての思いを、認め合うように。

 

 




どうか狙撃竜弾に救いを……ッ!!
ライズの狙撃はあまり息していないので、どうかちゃんと実用できるものにサンブレイクでは仕上げてほしいなと思うのでした。
アルフレッドは狩りが好き。戦うのが好きだから、ハンターをしている。セレスは狩りも戦いも好きではない。ただこれじゃないと家族を養えないから、必死に戦っている。
一緒に狩りをして楽しいなーって話にしたいと思いつつも、二人の異なる狩猟観にも触れられる、複雑な回になりました。
それでは、次回の更新で会いましょう。閲覧ありがとうございました。


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ツキも狩人の実力のうち

「おう、龍歴院の!」

 

 バルバレの雑多な街道を歩いていた、大柄な銃槍使い。

 その大男に声を掛ける、白い髪を日に灼けた赤い帽子で覆う男。

 

「あん……?」

 

 振り返った先に映るその初老の男性の風貌に、アルフレッドはどこかで見たようなと頭を捻り、より一層その姿形をじっと見るのだった。

 帽子と同様に赤い、擦れて年季を滲ませた服。

 白い髪と髭、そして大らかそうに笑う、にこやかな表情。

 右肩には、白い鳥が乗っている。ペットか、はたまた伝令用か。

 その風貌は、さながら風来坊のようでもあったが、やはりアルフレッドには見覚えがあった。

 

「お前さんは……」

「久しぶりだな! 前であったのは……ベルナ村か? もう五年は前になるな! いやもっとか? わっはっは!」

 

 自問自答のように一人でそう連ねては、腕を組みながら高らかに笑う。

 そんな彼の背後には、加工屋や食事処、雑貨屋──それも底に車輪を付けた、奇妙な店が立ち並んでいた。いや、車列を組んで動いている。先頭を歩くポポが、それらの店を引っ張っている。

 

「……"我らの団"の!」

「おう! なんだ、忘れてたのか? わっはっは!」

 

 アルフレッドは思い出す。

 かつてベルナ村に訪れていたキャラバンを。その団長を務めていた、目の前の男を。

 

 我らの団。

 このバルバレから、ココット村やドンドルマ、さらには遥か遠方のシナト村まで。新しい何かを求めて、各地を転々とするキャラバン隊である。

 かつてドンドルマが、錆び付いた鋼龍の襲撃に遭って窮地に陥った時、この我らの団がドンドルマ復興のため尽力したという。その団長を務める目の前の男は、ギルドにとってもハンターにとっても、また商人連中にとっても有名人なのだ。

 

「俺たちも久しぶりにバルバレに戻ってきたんだが、いやはや、ここで龍歴院のハンターに会えるとはな! これも廻り合わせという奴か……」

「あぁ……龍歴院の、なんていうから余計こんがらがったよ」

 

 困ったように肩を落とすアルフレッド。

 その大きな肩の後ろから、ひょこっと小さな影が顔を出す。

 

「アルフって、龍歴院所属だったの?」

 

 そう問い掛けるのは、銀色の髪が日の光をよく映す少女、セレス。

 買い物を終えたらしい彼女は、両腕を大きな紙袋で満たしていた。

 

「おうセレス、買いたいものは買えたか?」

「うん、この前のウルクススの狩猟で、弾倉が傷んじゃったからね。あと、その他回復薬とかいろいろ買ってたらいっぱいになっちゃった」

 

 先日二人が赴いた氷海で、狩猟し終えたウルクスス。

 その出費は安いものではなく、ガンナーである彼女は、拠点に戻る度にこうして物資の調達に忙しいのだ。

 

 紙袋から顔を出すのは、多種多様の金属器。ヘビィボウガンに用いられる、弾倉たち。

 その他、回復薬や野菜等、狩りか食事か何に使うかぎ判別つかないものが多数あった。

 

「おぉ、その見た目は……君もハンターか!」

「は、はい。一応」

 

 若いハンターを見て、団長は嬉しそうに頷く。

 バルバレギルドを通し、かつてハンターを志す若者をキャラバン付きのハンターとして育て上げた彼にとって、若手のハンターというのは眩しく映るのだろう。

 

「えっと、我らの団の団長さん……ですよね?」

「おや、俺のことを知っているのかい?」

「はい。ギルドマスターさんが、早く戻って来んかといつもぼやいているので。バルバレでは有名人ですよ」

「う、まだフラフラしとるのかと怒られちゃうかなぁ、参ったな」

「根無し草の生活は、それはそれで気が楽だもんな。分かる気がするよ」

 

 何気ない若手ハンターの一言に頭を掻く団長と、彼に同調して頷くアルフレッド。

 その言葉に、セレスは思い出したように「そうそう」と先程の言葉の続きを紡ぐのだった。

 

「アルフって、龍歴院所属だったの? あたし、初めて聞いたんだけど」

「あー、前な。前の話だ。今は無所属で好きにやらせてもらってる」

「何? クビになったのか龍歴院を! そりゃ傑作だ!」

「く、クビじゃない。方向性の違いがあっただけだ」

「方向性の違い?」

「俺は研究や調査をするより、好きにモンスターと戦いたいんだよ」

 

 取り繕うようにそう言う彼の言葉に、セレスは小さく、団長は大きく笑う。

 

「アルフらしいや」

「だな、お前らしい!」

 

 困ったように頬を掻くアルフレッド。

 どうも、自分について語ることは慣れてはいないようだった。

 

「団長さんって、アルフとは知り合いなんですか?」

「おう、龍歴院のが……ってもう、龍歴院じゃないんだったか。でもまァ、こいつが龍歴院所属の頃に少しな」

「ベルナ村に滞在してる時に団長と、あと……ソフィアだったか? あの大人しそうな受付嬢が来てな。少し依頼に応えたって感じだ」

「だな。懐かしいなァ……あの後か? 龍歴院を辞めたのは」

「大体、その後一年か二年、って感じだ。それからは拠点を転々として流れのハンターをやってるよ」

「そのあたりは、龍歴院所属の名残って感じだな。あそこのハンターたちはみんな身軽で、神出鬼没だ。アイツともよく似ているよ」

「ふーん……」

 

 そう語る団長の言葉には、昔を懐かしむような吐息が乗っていた。『アイツ』と語るのは、おそらくは彼がかつて苦楽を共にしたキャラバン付きのハンターのことだろうか。

 一方で、その語りにさして興味を示さないアルフレッド。そんな、生返事を漏らす彼に対し、団長は「そうだ」と手を叩く。

 そして満面の笑みで、続けて彼の肩もポンッと叩くのだった。

 

「今無所属なら、どうだ! うちのキャラバンに──」

「絶対いやだ。護衛の仕事なんてごめんだね」

「む……ばっさりと断ってくれるなァ。若いっていうのは、やっぱり眩しいなァ」

「護衛も調査も、まどろっこしくて苦手なんだ」

「じゃあ何が得意なの?」

「狩猟。狩るか狩られるか。シンプルでいい。性に合ってるよ」

 

 誘いをあっさり断られたものの、団長は豪快に笑った。

 

「わっはっは! 実にお前らしい! どうだ、うちのキッチンで一杯やってくか! オフクロが喜ぶぞ!」

「オフクロ?」

「団員の料理長をしてるアイルーだよ。曰く、全ハンターのお母ちゃんだそうだ」

「そ、それはまた懐の深そうな……」

「おーい料理長! アルフレッドがいるぞ! 酒を出してくれ!」

「何ニャルね団長……って、その赤髪は……!!」

 

 団長に声を掛けられて、円柱状のキッチンの中から姿を現したアイルー。

 どこか異国風の衣装に身を包むその姿は、キッチンアイルーとは違う雰囲気を醸し出しているが──アルフレッドの姿を確認するや否や、その細い尻尾の毛並みをぶわりと逆立させた。

 

「とうとう……」

「とうとう?」

「とうとう見つけたニャル!! ここで会ったが百年芽……違う、百年目ニャルよ!!」

 

 目を爛々と光らせて近づいてくるその様子は、ただごとではない。

 その恐ろしい形相を前に、セレスは小声でアルフレッドに問い掛けた。

 

「ね、ねぇ……一体何? アルフ、あの子に何したの?」

「いや……たぶん逆恨みか何かだと思うが」

「逆恨み!? いや違うニャルね! これは闘気! もはや闘気硬化ニャルからよろしくニャル!」

「言い回しがよく分からなくなってきたなァ。うちの料理長がああなるってことは大方……」

「俺が前、賭けで勝ったことを未だに根に持ってんだな」

「賭け……?」

 

 思い当たるように団長が呟くと、アルフレッドはその答えを補完した。

 セレスは予想外の答えに首を傾げるものの、思った以上に下らないことだったと少し安心するのだった。

 

「この前は負けたけど、私は強くなったニャルよ。毎晩寝る前に、サイコロ振る練習続けてきたニャルよ」

「もうションベンはしなくなったか?」

「舐めないでほしいニャルね! 今ならシゴロも夢じゃないニャル!」

「な、何の話なの」

「うちの料理長や、竜人の爺さんがよくやってる賭け事さ、嬢ちゃん。サイコロを三つ振って、出た目で勝ち負けを決めるっていうな」

「へ、へぇ……」

 

 団長の解説を聞くセレスの目の前では、鼻息荒げる料理長がお椀をタルの上に置いて、仁王立ちする光景が繰り広げられている。

 それはつまり、アルフレッドへの挑戦状。

 挑戦状を、白昼堂々叩き付けられた彼はというと──。

 

「いいぜ。ツキは狩人の実力のうち。やってやるよ」

 

 落ちている木箱を掴んでは、それを椅子代わりに座って、彼は迷うことなく挑戦を受けるのだった。

 その姿を見て料理長は頷き、肉球からサイコロを三つ取り出す。小さな、ところどころ擦り切れた、年季の入ったサイコロだった。

 

「随分使い込んでるな」

「寝る間も惜しんでサイコロを振り、幾清掃……じゃなかった、星霜。私は、前までの私とは一味違うニャル」

「じゃ、料理長が親でいいよ」

「私が勝ったら、この前の取り分を頂くニャルよ……?」

「別にいいぜ。俺が勝ったらその分貰ってやる」

「良い度胸ニャル。さぁ、腕を振るうニャルよ!」

 

 彼らが好むこの賭け事には、親と子という役割が当てられている。

 最初にサイコロを振るのが親で、他の参加者は皆子。親は、文字通りゲームの流れを作るのである。

 

「さぁ、行くニャル! 我が魂、燃え盛らん!!」

 

 力強く振った腕から、サイコロが三つ放たれる。

 それが、お椀の中で乱回転して混ざり合い、それぞれの出目を示すのだった。

 

「これは……!」

「おお! まさか……!!」

 

 三つのサイコロが示す目は。

 一。

 二。

 そして、三。

 

「ヒフミだな」

「……これは、どうなるの?」

「料理長の負けだ」

「えっ?」

「一、二、三は最弱の出目だな。まさか、いきなり引くとはな……」

「ニャ、ニャ……そんな馬鹿ニャ……」

「やったじゃん料理長。練習した甲斐があったな」

 

 がくりと項垂れる料理長。

 一瞬でついた勝負に、アルフレッドは満足そうに笑い、腰を浮かそうとした。

 その時だった。

 

「──面白いことやっとるな」

 

 キャラバンの荷車から降りてきた、竜人商人。

 小柄なその老人が、勝負の輪に入ってきたのだった。

 

「賭け事でワシを呼ばんとは、料理長。賭け事ならワシじゃがな」

「う、旦那が来ると勝負が分からなくなるニャル」

「それに、前の負けを取り返すなんて随分弱い姿勢じゃな。そんなんだから、出目はあんたさんに微笑んでくれんのじゃて」

「ニャ……?」

「どうじゃな、銃槍使いさん。ワシはこれを賭けよう」

「こ、これは……!!」

 

 中身が剥き出しになったその物体は、多くのハンターが求めてやまない希少な素材。

 迅竜、ナルガクルガを支える希少部位にして、多くの武具を至高の物に高める存在。『迅竜の延髄』の姿が、そこにあった。

 

「賭ける物が強い程、賭け事は強くなる。やる時はとことんやる。これが、勝利の秘訣わな」

「ニャ……ニャンと……」

 

 商人の強気な姿勢に、料理長は何かを受け取った様子だった。

 そのまま、慌てて厨房の中に入り込み、かと思えば彼の体躯を悠に超える巨大な魚を取り出してきた。

 

「う、うちで出せる最高の食材ニャルよ! モガ近海の神秘、大幻魚イッカク! 超貴重ニャル!」

「す、すげぇな……」

「さて、アルフレッドとやら。あんたさんについては……どうじゃな、ワシが発注した依頼を格安でこなしてくれるというのは」

「何だって?」

「ニャ、それだと私に何の利益が……!」

「料理長が勝ったなら、この前の取り分が戻るような資源を持ってきてもらうのがいいわな。何せ彼はハンター、貴重な素材も軽々と取ってこれる」

「……それって採取クエストしろってことか?」

「うむ、ワシはあまりあるほどのノヴァクリスタルを所望するわな。あれは高く売れるからな」

「なら私は、ダイミョウザザミの狩猟を頼むニャルよ! 極上ザザミソと蟹の身を集めて、新メニューのダイミョウチャーハンを完成させるニャル!」

「ま、言い換えればあんたさんを好きにできる権利ってとこじゃな」

「何だそれ……」

 

 思わぬ条件を出され、頭を抱えるアルフレッドだったが、団長は「それはいい」と嬉しそうに笑った。

 

「要は、一時的に専属になってもらうということだな。そりゃあいい! ハンターさんが付いてくれるだけで、こちらの利益はあまりあるほどある!」

「おいおい、お前さんたち二人と勝負となると、俺の方があまりにも不利じゃないか。だったらこっちは、セレスにも加わってもらうぜ」

「あ、あたし?」

「流れが向こうに来てる。崩してくれる奴が必要だ」

「で、でもあたしそんな賭けられるのなんてないよ」

「なぁに、ハンターは多い方がいい。見たところ、嬢ちゃんも強そうだからな」

「え、え、でもあたしルールもよく分かんないし」

「とりあえずサイコロ振ればいいんだ。簡単だろ」

「え、えぇ……」

 

 寄せられた木箱に座らされ、困惑するセレス。

 この状況を打開すべく口を開けるものの、目を爛々と輝かせる大男と老人、アイルーを前にしては、それ以上何か言葉を出すことは難しいようだった。

 

「さぁ、やろうか……勝負は一回きり。親は、俺がやらせてもらうぜ」

「まぁ、いいじゃろ。ただしここで、我らの団ルールを適用させてもらうわな!」

「我らの団ルール?」

「欲こそ全ての力の源! 勝者総取りのルールニャルね!」

「総取りだと!?」

「親も子もほとんど意味はない、出目の強い者が全てを得るということだわな」

「ま、まさに強欲だね」

 

 適用された恐るべきルールに、アルフレッドもセレスも困惑するが。

 目の前の勝負からは逃げられない。今はただ、サイコロを振るのみ。

 彼は静かに、サイコロを三つ、掌に収めるのだった。

 

「さ、さ、何を出すかな……?」

 

 アルフレッドは、賽を投げる。

 お椀の上で、三つのサイコロが暴れ回る。

 止まった先の数字は、何でもないバラバラの数字だった。

 

「出目なし、二投目だ」

「何投までできるの?」

「三までニャルよ」

 

 二投目も出目はない。

 続く三投目は──。

 

「ん、五の目だな」

 

 三の目が二つ、五の目が一つ。間に挟まれた五が、アルフレッドの出目となる。

 

「五……そこそこ強いニャルにゃ。でも私は、私は……!!」

 

 料理長、出目なし。

 

「ニャ、ニャアアアァァ!! 馬鹿ニャアァ!」

「大物賭けても弱いな……」

「ま、そういうこともあるわな。さて、次はワシじゃな……」

 

 竜人商人の目付きが変わった。

 そう、それはまるで勝負師のよう。鋭い眼光に、アルフレッドは射抜かれるような威圧感を覚えるのだった。

 

「この感じ……爺さん、只者じゃないな」

「ワシは、一投三役。この一振りに全てを賭けるわな」

「何……ッ!」

「勝負に出たな、爺さん! わっはっは!」

 

 戦慄する。

 この覇気を前に、アルフレッドは戦慄する。

 

「一投……三って?」

「普通は出目が出るまで、三回は投げれるんだ。でもそれを一回に絞って、取り分を三倍にする。大技って奴だな。その分リスキーだけど」

「この場合の三倍って……」

「クエスト三回分ってことか……! 冗談じゃないぜ!」

「さぁ、いくとするわな……!」

 

 老人が振り上げたその三閃は、お椀の中で激しく瞬いた。

 暴風のように暴れ狂うサイコロが、次第にその風を鎮めていく。

 嵐の去ったお椀の中には、四、五、六の出目だけが残っていた。

 先ほど料理長が口にしていた、『シゴロ』である。取り分は二倍付け、強力な出目である。

 

「シゴロ……!!」

「凄いな爺さん! まさか、本当に出すとは!」

「え、えっとこれは……どうなるの?」

「シゴロは二倍付け、俺の出目より強い……!」

「アルフの五より、強い……?」

「三役の二倍付け、つまりクエスト六回分か! こりゃ大儲けだ、お手柄だぞ商人殿! わっはっは!」

 

 このままでは、負けが確定する。

 その事実にアルフレッドは唇を噛んだ。

 

「凄いニャル商人の旦那! これなら、これなら……!」

「さ、お嬢さん……最後の一投を、お願いするわな」

 

 その微笑みは、勝利を確信した高まる思いと、しかし勝負は最後まで分からない老獪なる笑みを含んだ、独特の笑み──。

 それに怖気づきながらも、セレスはサイコロを受け取る。

 全ては、彼女の一投で決まる。アルフレッドは、両手を重ねた。ざわざわと、彼の心が静かに揺れる。

 

「頼む……!」

「えっと、これをお椀の中に投げればいいの?」

「そうだ、絶対に溢すなよ! 溢したら、ションベンだからな!」

「出目なし以前の問題ってことニャル。ヒフミよりは、マシだけどニャ……」

「う、うん……あたし、頑張るね!」

 

 そう言って、セレスは賽を投げた。

 宙を舞うサイコロが、お椀の中に吸い込まれる。

 カラカラと音を立てて回り、思い思いに出目を示して。

 現れたのは、三つの点だった。

 

 一を示す目が、三つ。

 

「……ニャ……」

 

 料理長が、消え入りそうなくらい小さな声を漏らす。

 

「……えっと」

 

 その他の男性陣は、何も溢すことはない。

 ただ、お椀の中で示された出目を見て、口を開けるばかりだった。

 出た目が一体何か分からず、セレスだけがアルフレッドにこそっと問い掛けるものの、その返事がなされるには、もう少し時間が必要そうだ。

 

 

 ○◎●

 

 

「いやぁ、まさかなぁ……」

「ごめんねアルフ……重いよね?」

「全然、平気だ。それよりこれ、どうする?」

「うーん、あたし魚の捌き方は分かんないから、売ろうかなぁ……。いくらになるかな、イッカクって」

「これ相当希少価値のある魚だからな。かなり値がつくぞ」

「ほんと? やったぁ!」

「延髄はどうする?」

「うーん……これは武器や防具に使えそうだし、貰っとこうかな」

 

 夕闇が掛かる路地を歩く、大小二つの影。

 大きい影ことアルフレッドは、大きな荷物を抱えている。その中身は、先ほどの賭け事の戦利品である。

 

「いやしかし、まさかあそこでピンゾロを出すとはな」

「一が三つも揃うと、一番強いんだね。あたしもびっくりした」

「……案外、賭け事の才能あるかもな、お前さん」

「やだよ、そんな不安なお金稼ぎ。あたしは堅実にいきたい」

「狩りとどっちがリスキーか、考え物だな……」

「そりゃ、狩りの方が断然安心じゃない?」

 

 小柄な影──セレスは、くるりとアルフレッドの方へを振り向いた。

 夕焼けの色に染まった顔で、彼女は嬉しそうに笑う。

 

「だってアルフが一緒に狩りに行ってくれるんでしょ?」

 

 賭けに勝ったのは、セレス。

 アルフレッドは負け、賭けた分を彼女に明け渡すことになる。

 

「……へいへい。負けたからには、お前さんの狩りに付き合いますよっと」

 

 アルフレッドもまた、笑う。

 賭けた分は、思わぬ形で消費されることになった。それは、セレスとの狩りが、これからも続くことの兆し。

 夕空が、柔らかな砂漠の風が、まるで背中を押すかのように、二人を優しく包むのだった。

 




ガンランスが一切出てこない!!
この作品ではガンランスと同時に、モンハン世界での生活感も描写したいなと思っていたんですが、それに焦点を当てた結果ただ賭け事だけしている回になってしまった。それに文字量もそこそこ嵩んでしまった。
我らの団にメンバーに登場してもらいました。ムービーでチンチロリンをやってるのを見て、ちょっと書いてみたいなと思ったのと、アルフレッドの裏設定を色々出したかった。酒と賭けが好きって屑そのものですね。そして、狩りには時として運が必要となり、その運の強さをどこかで出したいなと思うと、強運を見せる賭け事のシーンを伏線として出したいんですよね。そして書いてみると、これが結構楽しかったです。
ちょっとローカルルールみたいなものを入れてみました。よく仲間内で紙コップをベットしてやってたなぁ。総取りは、これはこれで白熱しますので楽しいですよ。邪道かもしれませんがね。
それでは閲覧ありがとうございました。


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酒に濁す

「──以上が、今回の報酬になります」

「うわぁ……!」

 

 カウンターに並べられた素材の数々。

 鱗や甲殻、さらには氷結袋に肉厚なヒレなど。

 集会所に戻ったアルフレッドとセレスを迎える報酬の数々に、彼女は目を輝かせるのだった。

 

「いいのか? こんなに貰っても」

「依頼主はあくまでも駆除願いでしたので、自然に還す分は残しつつ、ギルドの方で市場に流通させる分も確保させていただきました。また、大柄な個体ではあったので、鱗や甲殻は相応に大きくて、多くて」

「確かにでっかかったよね。ザボアザギル」

「あれが膨らんだ時は本当に、見上げるほどだったな」

 

 二人が狩猟したのは、氷海に住まう両生種、ザボアザギルだった。

 化け鮫とも称されるそのモンスターは、まさに四肢が生えた鮫である。温度を急激に下げる体液を分泌して氷を身に纏ったり、体液を気化させて風船のように膨らんだりと、形態を変化させるのが特徴的だ。とにかく目まぐるしく変身するため、文字通り"化け"鮫なのである。

 

「……しかし、焼け爛れて使い物にならなくなっている素材が多いのも、また事実です」

「うん?」

「今回は単純な狩猟クエストでしたので、さして問題はありませんが……」

「ガンランスは素材を痛ませるから使うなってか?」

「そういう意図はございません。しかし、捕獲の場合や、モンスターの器官を採取したいという依頼だった場合は、注意していただきたいと……」

 

 そんな、やや歯切れの悪い受付嬢の言葉に、アルフレッドはふんと鼻を鳴らした。

 

「そんなの、タル爆弾を多用する連中も一緒だろ」

「まぁ、はい」

「確かにガンランスは、素材を痛めすぎるところはあるからな。だから俺は基本的に、単純な狩猟クエストを受注することにしてんだ」

「そ、それにあたしも火炎弾をたくさん撃ったので、あたしのせいでもあると思います」

「あ、そ、そうですか……」

 

 セレスもまた、申し訳なさそうにそう言うと、受付嬢もこれ以上言及することはなかった。

 アルフレッドは聞こえないように小さく舌打ちをし、素材を革袋に詰め始める。

 

「……ね、アルフ。怒ってる?」

 

 詰め終わって、歩き出して。

 集会所と外を隔てる暖簾(のれん)をくぐったところで、セレスがそう声を掛けてきた。

 

「別に……」

「だって、ムスッとしてるもん。あーいうこと、よく言われるの?」

 

 ガンランスを使っていることに、苦言を呈される。

 柔らかな言葉遣いに包まれてはいたものの、あの受付嬢の物言いもそれに当たるだろう。

 

「集会所にいると他のハンターから嫌な顔をされることはあるけどな。受付嬢からわざわざ言われるのは初めてだ。ちょっとムカッとしたな」

「別に、捕獲クエストとかそういうんじゃなかったしね。単純に駆除するだけのクエストだったから、あえてそんなこと言わなくてもいいのにね」

「セレスもちょっと気になったのか?」

「うん。だからあたしも少し言っちゃった。アルフだけのせいじゃないですって」

「ま、言ってることは正しいんだけどな……」

 

 ガンランスの砲撃は、非常に強力だ。

 特にアルフレッドが担いでいる拡散型のガンランスは、砲弾一つ一つが大きく、込められている火薬量も多い。また、砲弾の中には、工房で余った金属片──武器製作の過程で生まれた金属の欠片や破片──も詰められている。ガンランスの砲撃は、ただ砲炎で焼くのではなく、熱した金属片をばら撒いて対象を焼き刻む性質もあるのだ。

 そのため非常に威力は高いが、その分不利益も多く生んでしまう。

 例えば、先ほど苦言を呈されたように、攻撃対象の素材を強く損傷してしまう。甲殻は砕け、毛皮は焼き爛れる。良質な素材を市場へと流通させ、街の経済を潤したいギルドからすれば、市場価値が下がるガンランスをよく思わない者も多い。

 

「結局お金稼ぎかぁ……。ちゃんとご飯食べてベッドで寝られれば、それで十分だと思うんだけどな」

「もっと稼ぎたい、もっといい暮らしをしたいっていうのが人の性だ。大きな街ほど、その傾向が強いぞ」

「ドンドルマとかは、みんなお金に厳しそうだね……」

「確かに。大都市だもんな」

 

 ドンドルマ、タンジアの港、ロックラックなど。

 大都市はどれも経済的な優位性が際立つ特殊な環境である。アルフレッドにとっては稼ぎやすいが、嫌な顔もされやすい拠点であった。

 

「バルバレはまだ寛容だと思ってたんだけどな」

「……あの竜人商人さんみたいに、キャラバンの人って儲けることに賭けてる人も多そうだから、そういうところから苦情があったのかもね」

「世知辛いな。人間、懐があったかくなると、心は冷たくなるもんなんかね」

「でも、アルフに当たりきつい人多いから、懐は案外関係ないかもね」

「……一言多いんだよ」

 

 もう一つの不利益は、やはり多くの同業者から嫌な顔をされることだ。

 ガンランスの砲炎は、モンスターや人間を区別することなく射線上にいる者を焼いてしまう。そのため、同じく近接武器を使う同業者からも嫌われやすい。巻き込まれれば無事には済まないため、特にリーチの短い双剣使い、片手剣使いなどからは親の仇のように嫌われている。

 過去には、ガンランスを使ってわざと同行したハンターを殺傷したという事件も起こったという。使い方を誤れば危険なのはどの武器も同様だが、ガンランスはこうした事件の凶器に使われたこともあり、余計に冷やかな目で見られやすいのである。

 

「世知辛い世の中だよな。俺の好みが否定されてる気分だ」

「高威力な武器ってなると、大剣やハンマーの方が選ばれやすいし、確かに肩身が狭いと思う」

「そういうお前さんのへビィボウガンだって、火力武器の筆頭だろ」

 

 アルフレッドの言葉に、セレスは「いやぁ……」と照れくさそうに笑った。

 少し荒れた心が、彼女の柔和な雰囲気を前にすると、少しだけ荒波が静まるのだった。

 

「まぁいいや。報酬は確かに貰ったし、しばらくは休める」

「だね。あたしも疲れちゃった。もう宿に戻るね」

「おう、またな」

「アルフはまだ帰らないの?」

「今日はもう少し、飲んでいきたい気分なんだ」

 

 彼の言葉に、セレスは困ったように笑う。

 

「相変わらずお酒好きだね。ほどほどにしてね」

「分かってる。じゃあな」

 

 アルフレッドが片手を挙げると、彼女はピンと伸ばした右腕をブンブンと振った。

 まるで尾を千切れんばかりに振るガルクのようだと彼は思った。

 

「よし……」

 

 セレスに見送られながら、銃槍使いは路地の奥へと身を溶かす。

 夕闇が照らすバルバレの路地は、停泊するキャラバンの竜車で構成された簡素なもの。しかし、彼の大柄な体を包むには、十分だった。

 

 

 ○◎●

 

 

「邪魔するよ」

「あらいらっしゃ~い……って、アルフじゃない」

「ようマスター。久しぶりだな」

「聞いたわよ大怪我したって。もう大丈夫なの?」

「いつの話してんだよ。もう何月か経ってるだろ」

「だってあれから全然来てくれないし、手紙くれたっていいじゃない?」

「別に、また店に行けばいいやって思ってたし」

「もう、冷たいんだから。まぁいいわ、とりあえず座って座って。いつものでいい?」

「あぁ。悪いな」

 

 アルフレッドが足を踏み入れたのは、竜車を改造した移動式の酒場。いや、暖色の光源で彩られた、革の座椅子と木目調のテーブルで満たされたこの空間は、酒場という粗削りな言葉には似つかない。

 そう、当てるならば、バーだ。ここはバーである。

 そのバーのマスターを務める人物は、アルフレッドと随分親しげだ。それは、彼がこの店の常連であることの何よりの証だろう。『いつもの』なるものを頼みながら、彼は革素材の丸い椅子へと腰掛ける。

 

「はい、"ガンハンマ"。やっぱりこのお酒は、ストレートでグイッとね」

「おぉ……久しぶりだな。うんうん、この煙っぽい香りがたまんねぇ。やっぱり麦はいいな」

「ウォーミル麦を贅沢に使った良質なシングルモルトよ。さ、楽しんで」

 

 テーブルに置かれた、小さなグラス。

 それを満たす琥珀色のその酒は、ガンハンマという銘を与えられたナグリッシュ・ウイスキーだ。その名の通りナグリ村にある小さな醸造所で作られたこの酒は、スモーキーな香りと、ガツンと響く辛口が特徴的な一品である。まさに火薬を仕込まれたハンマーで殴られたような、そんな喉を焼き付ける旨みと辛み。一口飲んで虜になったアルフレッドは、このバーに来る度に、まずこの酒を注文するようになっていた。

 

「くううぅぅぅ……たまらん……っ」

「うふふ、相変わらず美味しそうに飲んでくれちゃって。あたしもマスターとして嬉しいわ」

「うまいッ! もう一杯くれ!」

「ハイハイ、お待ちどう」

 

 アルフレッドが握るにはあまりに小さいそのグラスを、マスターは受け取った。

 そんなマスターの手であっても、そのグラスはあまりに小さく見えた。

 それほど小さいグラスなのか? 

 いや、蒸留酒をストレートで飲むには十分すぎる、標準的な大きさだ。

 理由は明白である。マスターの手が、アルフレッドとさほど違わぬほど大きいのだ。

 その体躯が、銃槍使いの彼と遜色ないほど、大きいのである。

 

「やっぱり、そんな強い酒をグイッと飲んじゃうアルフ……ステキね。どう、そろそろアタシの物になっても」

「冗談はその見た目だけにしてくれ」

 

 冷ややかな言葉に「失礼しちゃう」と頬を膨らませるマスター。

 さて、肝心なその出で立ちだが──やや後退しかけている黒い髪に、厚化粧が何よりも特徴的だ。紫色のアイシャドウが、彼女の──いや、彼の──いや彼女の目元をより色濃く鮮明なものにしている。

 胸元が開いたその衣装は随分と派手だが、そこから顔を見せるのは豊満な胸──についた逞しい筋肉。そしてその筋肉量は、アルフレッドと同等かそれ以上である。

 

「やだアタシったら……ダメね、ついつい若い子をたぶらかしちゃう」

「勝手に言ってろ。あ、ガンハンマもう一杯くれ」

 

 上擦った声で「はぁい」と返事をするものの、やはりそれは男性の声そのもの。

 これが、バー・『ラージャンハート』のマスターだ。男性と女性の両方を併せ持つ、この独特な人物像が不思議と人の心を掴み、客足を途絶えさせることはない。多くの客の人生相談にも乗っている、まさに客たちの母親的存在なのである。

 

「お母さんって呼んでもいいのよ」

「誰が呼ぶか。我らの団の料理長といい、なんでこうみんな母親面するんだろ」

「そりゃもう、アタシの経験豊富さの表れってやつよ。うっふん」

「マジでキツいからやめろ」

 

 ある語りでは、元ハンター。

 ある語りでは、元王立古生物書士隊員。

 ある語りでは、新大陸調査団の第四期団員。

 ある語りでは、新大陸の編纂者。

 またある語りでは、凄腕のランサーだった──などなど。

 

 今ではしがない、流浪のバーのマスター。彼女──ここでは、マスターのことを彼女と呼称しよう──はいつも、そう締め括る。

 謎の多い経歴だが、その語り口は妙に真実味を帯びていた。そして客の誰もが、彼女の名前を知らないでいる。みな一様に、彼女を『マスター』と呼ぶのだ。

 

「マスター、聞いてくれよ」

「なになに、聞かせてちょうだい」

「今日ギルドの受付嬢に文句言われたんだよ」

「あら、一体何があったの?」

「ただの駆除のクエストでさ、モンスターを狩猟さえすれば良かったんだけどさ。ガンランスは素材痛ませるってわざわざ苦言を言ってきたんだよ」

「捕獲でも、素材目当ての狩猟でもないのに? そりゃ失礼しちゃうわねぇ」

「大方、回収した分の素材に粗悪なものが多かったんだろうな」

「アルフが焼き過ぎちゃったってわけ? でも、要はそのモンスターを駆除して欲しいって依頼だったわけでしょ? それでそんなこと言われるのも、何か筋違いっていうか」

「だよな。分かってくれるか」

 

 酒が回ってきたアルフレッドは、日中の不満を口にする。

 マスターはそれを聞いて、うんうんと頷いた。

 

「言ってることは分かるけど、わざわざその場で言うことはない。そういうことよね」

「あぁ……」

「ギルドとしてはお金をより多く稼ぎたいんでしょうけど、無事依頼をこなしたハンターに言うのは違うと思うわ」

 

 アルフレッドの不満を言語化して、共感する。

 マスターの言葉に、彼もまたうんうんと頷いた。

 

「連れは、商人がお金欲しさにギルドに文句を言ってるんじゃないかって考えてたが……」

「なるほどね……。確かに、それもあるかも」

「やっぱそうなのか?」

「商人ってのはね、五千ゼニー手にして、悔しがる生き物なの。ほんとは一万ゼニー手にできたはずなのに、むしろ五千ゼニーの損益だ……ってね。得られた分より、最大限の利益との差に一喜一憂する生き物なのよ。だから、確かに粗悪な素材が多いと、声を荒げる者も多いかも。特にバルバレなんかは、キャラバンの街だからね。商人連中の巣窟よ」

「そうか……だからか」

「もしかしたらその受付嬢も、そんな商人たちの文句に板挟みにあってるのかもしれないわよ。あんまり強く当たらないであげてね」

「……そうするよ」

 

 彼女の言葉に、アルフレッドはそれ以上の愚痴を飲み込んだ。

 喉から出掛けていたそれを飲み込むのは些か苦しかったが、あの受付嬢の困った顔を思い出すと、どうにもこうにも糾弾しにくい。そう、自分に言い聞かせるのだった。

 そんな彼の目の前に、マスターは一本のビンを置く。

 『メーカーズキャノン』──砲モロコシバーボンの拡散酒と呼ばれるもの。

 

「ガンランスだって、誰もがキツく当たるわけじゃないわ」

「これは……」

「そう、立場は違えど、ガンランスを愛する者はいるのよ……!」

 

 それは、とある農家が爆発的な想いで生み出した一本の酒。

 トウモロコシの弾ける様子から生まれた銃槍、『砲モロコシ』。その存在はまさにガンランス界の革命的存在で、今でも伝説的存在として崇められている。昨今の技術革新でさらに優れた銃槍は開発されているが、それでも砲モロコシを愛する銃槍使いは一定数存在する。

 そんな砲モロコシの生みの親である農家が、全ての銃槍使いに贈りたい思いで自作の醸造所まで用意して生み出したのがこの逸品。トウモロコシの蒸留酒、砲モロコシバーボンである。

 

「拡散酒……口に、喉に、拡散していく旨みと甘み……こいつが、ここで飲めるとは……!」

「たまたま持ってる荷車に会ってね、無理言って譲ってもらったの。飲む?」

「もちろん! 飲み方は? 何が美味い?」

「これはダブル……そしてロックね。それでいいかしら?」

「マスターがそう言うなら間違いない。それで頼む」

 

 カランと、丸氷が音を立てる。

 先ほどのガンハンマよりもさらに濃いこの色は、もはや琥珀色という範疇を超えかねないほど。

 あちらは麦の深い香りが鼻を撫でたが、こちらはトウモロコシの甘い香りが鼻腔を埋め尽くした。

 

「あぁ……すげぇ。何だこれ……」

「蒸留酒特有のツンとする感じが、あんまりないでしょ? 豪快なのにどこか繊細で、とてもいい酒よ」

「香りだけでも、いくらでも嗅げそうだ……」

「でも味も、格別よ……?」

「くううぅぅ……いただきますっ!」

 

 縁についた唇から、微量の琥珀液が流れ込む。

 瞬間、口に広がる香り。トウモロコシの甘さと深さを詰め込んだそれが、一瞬で味に変わる。香りにさえ味がある。そう錯覚するほどの濃い香り。

 そしてその甘い口どけは、アルフレッドの冷えた心を一瞬で溶かした。

 

「あぁ……」

 

 口に含んで、舌で転がしてよく味わって。

 飲み込んだあとの吐息とともに、潤いを含んだ声が漏れるのだった。

 

「銃槍使いで、良かったなぁ……」

 

 目頭が熱くなる彼は、ただ静かにそう言って──。

 もう一度、その酒を口にするのだった。

 




連続で狩猟描写がなくてすみません。
ガンランスの世界観補足の回。ゲーム中ではどんな倒し方をしても素材の価値は変わりませんが、実際にはきっと素材の損傷具合で価値が変動するのだと思います。特にガンランスのような、広範囲を激しく焼く武器は、きっとかなり値踏みされるでしょうね。そう思うと的確に部位を狙えるランスは素材の損傷が少なく、逆に拡散弾なんかで狩りをした暁には、恐ろしいことに……。まさに赤字覚悟の総力戦といった感じですね。
同時に、アルフレッドの酒好きな部分を書きたかったのもあります。洒落たバーでお酒を決め込む。たまりませんね。バーボンはトウモロコシが主原料なので、砲モロコシを見た時これはきっと美味しいお酒にもなるぞと思いました。そのうち、コーンウイスキーの方も書いてみたいですね。プラットバレーみたいな、粗削りで豪快な味もいいものです。
それでは、次の更新で。次回こそちゃんと狩猟描写入れます!


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ガンランスへの挑戦者

「ここだッ!」

 

 噴き出る熱風。

 舞い上がる可燃性ガス。

 甲殻の隙間からガスを撒き散らしながら暴れる、岩竜バサルモス。

 その猛攻を掻い潜っては、懐に潜り込んだ男。血濡れのような赤髪をひとまとめにしたその大男は、左手の巨槍を突き出すのだった。

 

 鈍い音が響く。

 岩竜の固い甲殻に、穂先の刃が削られる音。

 しかし、彼はそれを気にすることはなかった。ただ迷わず、引き金を引いた。

 

 ドォンッ!! 

 

 彼の持つ武器は、ガンランス。

 大型の槍に、砲撃機能を搭載した人類の猛き爪である。

 刺突と共に、爆風と砲炎、熱した金属片をばらまくその一撃。刺突の威力を遥かに上回る衝撃波は、バサルモスの甲殻を捲り上げるのだった。

 

「セレスッ!」

 

 背後に跳んで、岩竜との距離を空けたその大男。

 彼が、声を張り上げる。女性の名を呼ぶ、声。

 

 まるで、返事の代わりでもするかのように、銃弾が飛んできた。

 十数発詰まった弾倉を瞬く間に空にするかのような、そんな怒涛の連射だった。

 

「いいね、流石だ!」

 

 砲炎によって剥がされた甲殻。

 剥き出しにされた肉を削る、大量の弾。

 痛みのあまり身を仰け反らせるバサルモスだったが、それだけでは終わらなかった。

 アルフレッドの持つ槍の切っ先が、その顔に向けて放たれたのだから。

 

「アルフ! 気を付けて! 尻尾が来るよ!」

 

 セレスと呼ばれた、銀髪の少女がそう叫んだ。

 遠目から狙撃していた彼女は、巨体の足元で戦うアルフレッドと異なり、バサルモスの全貌を視認できる。

 故にその竜が何をしようとしているか、手に取るように分かるのだった。

 

「ふんっ!」

 

 巨体とはいえ、バサルモスはまだ子ども。成長途中の、幼き竜だった。

 故にその尾もまだ短く、振り回してもそれほどの威力は伴わない。盾を構えるだけで、彼の体格ならば捌くことも可能なのである。

 尾の振り回しを防がれたことによって、隙を晒したバサルモス。その脳点に狙い澄ました杭を、躱す手段は残されていなかった。

 

「らァッ!」

 

 刺突と共に放たれるのは、炸裂弾と杭を仕込まれた特殊な弾。

 その杭が連続で弾け、バサルモスは脳を強く揺さぶられる。思わず、その巨体を投げ出してしまいそうになるが──。

 

「いや、まだか……ッ!」

 

 バサルモスは、依然として鼻息を強く噴き、アルフレッドを睨んだ。

 まだ効いていない。意識ははっきりしている。もつれた体をそのままボディプレスに変え、目の前の小さな人間を踏み潰そうとする。

 

「させないよ!」

 

 地に伏せて、ヘビィボウガンを低く構えていたセレス。

 スコープ越しに、岩竜の翼に照準を合わせていた彼女は、狙い澄ました一閃を撃ち放った。

 狙撃竜弾。

 超速度で貫通したその弾は、弾道にばら撒いた火薬の粉塵を超速度で着火させる。翼を射抜いて胴体へと刺さったその一閃は、激しい炎の軌跡を生み出した。

 痛みのあまり、怯んだバサルモス。アルフレッドを潰すことも忘れ、横転してはのたうち回る。

 

「助かった! ありがとな!」

「えへへ、どういたしまして!」

 

 伏せの体勢から前転、新たな弾倉を銃身へはめ込むセレスは、しゃがんだまま再び照準を岩竜へと合わせた。

 撃ち放たれるは、通常弾の弾幕。しかし、それも岩竜の甲殻に当たると同時に、弱々しく弾かれてしまう。

 

「ダメだっ、固すぎるよ!」

「今度は俺に任せろ!」

 

 穂先を地面に擦るように、銃槍を振り回すアルフレッド。

 砲炎の余熱でうっすら赤みを灯すその切っ先を、身をよじらす岩竜へと向けた。

 装填されるは、火竜の息吹を留めた特殊弾。

 人は、その灼熱の吐息を、竜撃砲と呼ぶ──。

 

 地鳴り、振動。

 砲炎、衝撃波。

 弾け飛ぶ、岩竜の甲殻。

 溶けだした皮膚。

 

「甲殻は剥がした! そこを狙え!」

「うわー、すっごい!! よーし!」

 

 撃ち切った弾倉を外し、新たな弾倉を取り付けたセレスは、再び通常弾の弾幕を張るのだった。

 弱点を的確に撃ち抜くその腕に感嘆しながら、アルフレッドも負けじと槍を振るう。

 彼が振るうのは、ドスゲネポスの素材を使って作られた銃槍『V・ガルランド』。刀身に浸しておいた麻痺毒が、刺突の度に傷口に塗り込まれていく。如何にバサルモスが巨体といえど、何度も毒を注入されていれば、それが全身に回りきるのも時間の問題と言えるだろう。

 

 突いて、突いて、引き金を引いて砲撃。そしてまた、突く。

 染み渡っていた麻痺毒が、とうとうバサルモスの全身を覆い尽くす。

 

「麻痺したな! 畳みかけるぞ!」

「うん!」

 

 全身を痙攣させて隙を晒す岩竜に、二人の狩人が怒涛の猛攻を仕掛ける。

 露わになった皮膚に撃ち込まれる弾は、鮮血と肉片を溢れさせた。

 頭部に当てられる衝撃波と砲炎は、岩竜の意識を、少しずつ削ぎ落としていった。

 そして、とどめと言わんばかりに撃ち放たれたのは、あの炸裂と衝撃で脳を揺さぶる杭──拡散型竜杭砲だった。

 

「眩暈を起こしたな……!」

「すごいよアルフ! もうあたし、手持ちの弾がなくなっちゃいそう!」

 

 転倒と、麻痺毒と、眩暈(スタン)

 巧みな搦め手をもって、バサルモスの自由を奪ったアルフレッド。

 動けない巨体は、ただの的である。セレスは全ての弾をもってバサルモスに臨み、ひたすら引き金を引き続けるのだった。

 

 撃ち放った最後の一弾が、とうとう血肉と繊維を突き破って、岩竜の臓器へと届く。

 眩暈によって意識を失っていたバサルモスは、そのまま少しだけ体を痙攣させ、動かなくなった。

 

「……仕留めたか」

「……うん」

 

 なるべく、苦しませずに仕留められただろうか。

 セレスはそんなことを考えながら、立ち上がってボウガンを折り畳む。

 アルフレッドもまた、構えていた槍を降ろした。

 空いた左手で、静かに横たわる巨体を撫でながら、静かに呟くのだった。

 

「楽しかったぜ」

 

 そう言って、ポーチから信号灯を取り出しては、着火する。

 狩猟完了の証である。

 

 

 ○◎●

 

 

「おつかれ」

「おつかれさま!」

 

 小タルのジョッキをぶつけ合って、二人は狩りの成功を祝っていた。

 バルバレの集会所。喧噪で満たされた、雑多な酒場だった。

 

 キャラバンと、多種多様の商品や人間で埋め尽くされるこの街は、今日もにぎやかだ。集会酒場においても、様々な防具を見に纏ったハンターたちでごった返しをしている。

 クエストボードに貼られた依頼を見比べて、何を狩ろうか悩んでいる者。

 腕相撲をして自身の力量を比べ合っている者。

 そして、アルフレッドとセレスのように、狩りを終え、祝杯を挙げている者、など。

 

「狩りの後の酒はいつも旨い。……狩りの後じゃなくても、いつでも旨いけど」

「ぷはーっ、やっぱり冷えた達人ビールはたまんないよね!」

 

 氷結晶を仕込んだボックスによって、いつでも冷えた達人ビールが飲める。集会酒場に人が集まる由縁の一つである。

 そんな爽やかな喉越しにうっとりするアルフレッドと、力強く飲み干すセレス。

 

「酒、飲むんだな。何か意外だ」

「よく未成年に間違われるんだよね。でも、達人ビールは好きだよ!」

 

 空になったジョッキを掲げ、追加でもう一本注文する彼女だが、その見た目はやはり十代前半ほどの少女のように見える。

 それでも、彼女はいくつもの修羅場を乗り越えてきているのだ。見た目で判断するのは無粋だろう。アルフレッドはそう思いながら、さらに一口ビールを流し込んだ。

 冷えた感覚が、喉に流れ込む。パチパチと弾ける炭酸と、鼻孔から抜けるビール特有のホップが効いた苦味。彼の心は、静かに沸き踊るのだった。

 

「いつもごめんね。何だかんだ、ずっとお世話になっちゃってるね」

「うん?」

「この前のバサルモスで、何度目になるかな? 一緒に狩りに行ってもらうの」

「あー……数えてないから分かんねぇけど、もう五回目くらいじゃないか?」

「そんなに? そんなにやってたんだ」

「俺もセレスといると、狩りが結構楽にできるからな。謝らなくていい」

 

 当初、あのディアブロスの狩猟の後に。

 一緒に狩りに行こうという約束はしたものの、アルフレッドとしてはそれも一回きりのつもりだった。一度一緒に狩りをしてみて、彼女が自信を取り戻してくれたらそれでいい。そんな算段だったはずなのだが。

 気付けば、一緒に狩りに行くことが増えていた。先日の我らの団で行った賭け事の分──というだけではない。

 示し合わせることもなく、集会所に行けばそこで会い、獲物を選んで同じクエストを受注する。

 そんな日々が続いていた。

 

「……あたし、お荷物になってない?」

「んなアホな。お前さんの射撃術は、本当にすごいよ。むしろ俺の方が助けられてるくらいだ」

「いや~、それはアルフがモンスターをいつも足止めして、守ってくれてるからだよ。いつもありがとう、へへ」

「……おう」

 

 改まって、照れくさそうにそう言うセレス。

 アルフレッドも、感情がつられそうになる。だからそっけない相槌を返すのだった。

 

「ところで、報酬の方は大丈夫か? 二人で分けてる分、収入は減ったんじゃないか」

「それはまぁ、そうだけど……。でもあたし、今ハンターが楽しいって感じ始めてるんだ」

 

 セレスは、笑う。

 その表情には、あのディアブロスの影に怯えていた色が、霞のように消え去っていた。

 

「一人でやってた時は、いつも宿で縮こまってた。次の狩りが、怖かったの。自分がいつ、どうなってしまうか分からなくて。ずっとずっと、不安だった」

 

 懐かしむように、過去を語る彼女。

 しかしその口振りには芯が詰まっており、事実であることはアルフレッドにも分かった。

 

「でも今は、今はね、楽しいんだ。アルフと一緒に狩りをしてると、楽しいの。安心できる。大丈夫なんだって、思えるの」

 

 そう言って、彼女は笑った。

 花が咲いたような笑顔だった。

 

「楽しい……か」

「うん、楽しい。アルフは、狩りを楽しんでる……でしょ?」

「まぁな」

「まだ、あたしはアルフほどは行きつけてない……けど! 前ほど、怖くない。不安じゃなくなってきてるんだ」

 

 アルフと一緒だから。

 大切なものを包むようにそう言う彼女の言葉に、アルフは目を丸くする。

 

「……だから、その、アルフさえ迷惑じゃかったらでいいんだけど」

 

 おずおずと、それでいて丁寧に。

 何とか言葉を形にしようとたどたどしく繋げる彼女の、その先の言葉は。

 

「これからも、あたしと一緒に狩りに────」

 

 酒場によく響く大声によって、掻き消されるのだった。

 

「ああぁ──っ!! セレスちゃん! セレスちゃんじゃん!!」

 

 どかどかと歩いてくる、二人組の男。

 大声を上げたのは、桃色の鱗と黒い毛皮で飾った鎧を纏う男だった。兜は取り外しては小脇に抱え、もう片方の手でセレスに向けて手を振って近づいてくる。

 もう一人は、ライトボウガンを背負った軽装を纏った男だった。ゴーグル越しに様子を窺うその姿は、表情一つ分からない。分かることといえば、その装備がドスマッカォの素材を加工したものであること、くらいだろうか。

 

「セレスちゃん、久しぶり! バルバレ戻ってたんだ! 前大怪我したって聞いて、心配してたんだよ? も~!」

 

 黒色の短髪、口元と顎に整えられた髭でまくし立てるその男。

 快活で気の良さそうな雰囲気に見えるが、どこか軽そうな男にも見えると、アルフレッドは感じていた。

 

「あはは……えと、お久しぶりです、セシルさん……」

「そんな『さん』なんて、むず痒いな~。セシルでいいよ、セシルで!」

 

 セシル、と呼ばれた男は高らかに笑い声を上げる。

 

「いや~元気そうで良かったよ。怪我、もう大丈夫なの?」

「えぇ、お、おかげさまで」

「見舞いにも、助けにも行ってあげられなくてごめんね! タイミングが悪いことに長期間の狩りに行ってたもんでさ。ユクモ村だよユクモ村!」

「は、はぁ……」

「向こうにいるメンツじゃ手が足りないって呼ばれてさ~。するとどうよ、水没林に新種のモンスターがいるって!」

「新種……?」

「そう、それも新大陸で確認されてた獣竜種! アンジャナフっていうのよ。それが水没林にまで生息域を広げてたんだってさ! 驚きだよね!」

「アンジャナフ……。それって、もしかしてアンジャナフの装備なのか?」

 

 困ったように相槌を打つセレスに対して、話に食い付いてきたアルフレッド。

 にこやかに話していたセシルと呼ばれた男から、笑みが消える。突然の大男の介入に、語りを止めるのだった。

 

「……何? セレスちゃん誰よこいつ。急に入ってきたんだけど」

「アルフレッド、っていうハンターさんです。銃槍使いの」

「げ、銃槍使いかよ……」

「……関わらない方がいい御仁ですかねぇ」

 

 あからさまに嫌な顔をするセシルと、ようやく口を開いた跳狗竜装備の男。

 しばらくセレスと狩りをしていた分、すっかり忘れていたが、これがいつもの反応だったな。と、アルフレッドは他人事のように思い出しては、少し浮かせた腰を椅子に戻すのだった。

 

「……悪かったよ。黙ってる」

「……でね、セレスちゃん! これ、そのアンジャナフの素材使って作ったのよ! カッコいいでしょ!」

「い、いいと思います」

「いやー、強かった! 俺の双剣が久しぶりに頑張っちゃった! しかも新種の狩猟ってことで報酬金がたくさんもらえてさ、うはうはって感じ。今俺たちすげーあったまってるよ。どう? そろそろこの前の返事をもらってもいい時期だと思うけど」

 

 セレスの腰掛ける椅子の、背もたれに手をかけながら。

 セシルというその男はずいっと近付いてくる。それに、彼女は困ったようにアルフを見るのだった。

 

「え、えっと」

「俺たちの猟団、今羽振りがいいよ! お金のこと気にしてたでしょ? 今ならばっちり儲かるよ!」

「セレス嬢は大変腕がいいと聞きまして。こちらとしても、是非貴女のお力を借りたいところです」

「お互い、良い話だと思うんだけど! 一緒に楽しく狩り行こうぜ!」

 

 要は、勧誘だった。

 セレスの実力か、はたまたその可憐な姿か。もしくはその両方か。

 彼らの猟団は彼女をスカウトするために、以前から声を掛けていたのだった。

 あの医療棟で、猟団という言葉を出したのはこいつらに誘われていたからか。アルフレッドは、目の前で繰り広げられる勧誘劇を見ながら納得するのだった。

 

「あたし、その」

「三人がかりなら、もっとでかいモンスターを狩りに行けるぜ! リオレウスとか、ティガレックスとか! きっともっと儲かるよ~」

「何でしたら、今度バルバレで開催される腕試し大会に参加するというのも、さらに稼げていいかもしれ──」

「ご、ごめんなさい!」

 

 並べられた勧誘文句を、ばっさり断る。

 え、と小さな声が男から漏れたが、すぐに喧噪に飲まれていった。

 

「えっと、あたし今この人と組んでるんです。だからお返事は、前と一緒ということで……」

「え、えぇ……、えぇ~! そりゃないよ~!」

「く、組んでいる……!? じゅ、銃槍使いとですか……!?」

 

 超狗竜装備の男と、ゴーグル越しに目が合うアルフレッド。

 見えないその目だが、狼狽えていることだけは明らかだった。

 

「いいのかセレス。そいつら、今めっちゃ羽振りがいいらしいぞ」

「羽振りがよくても、あたしはもうちょっとリハビリしたいかな……。轟竜は怖いよ」

「……まぁ、バサルモスやザボアザギルくらいがちょうどいいかもな」

 

 話は終わった、と言わんばかりにアルフレッドは達人ビールを口にする。

 目を閉じて、その爽やかな苦味を堪能するが──目を開けると、目の前に不満そうな男の顔があった。爽やかな旨みが、すっと消えゆく。

 

「……何だよ」

「ちょっとお前さ、俺たちのセレスちゃんを取らないでくれる?」

「我々が先に勧誘していた故、そこを通さずに話を進めるというのは些か筋が通っていないと感じざるを得ませんが」

「何だコイツら……」

 

 露骨に不満を口にする二人に、アルフレッドもまた本音の声が漏れ出るのだった。

 純粋に、面倒臭い。そんな思いがたっぷりと乗った言葉だった。

 

「セレス、お前さんモテモテだな」

「いやぁ……」

 

 褒められているのか、皮肉られているのか分からないその言葉に、セレスも困ったように笑うのだった。

 

「俺が誰と組もうが勝手だろ。お前さんたちの事情なんて知ったことか。セレスが組みたい奴を選ぶんだから、それでいいだろ」

「いや! 俺たちは断じて許せないね! セレスちゃんがガンランス使いと組むなんて、危険すぎる!」

「危険?」

「銃槍使いは、ハンター殺傷の危険性があります。過去の事例が根拠となりますね。故に貴方がセレス嬢を傷つける可能性が十分にある。我々が口を挿むのも致し方ないと」

「そんな! そんなの言いがかりだよ!」

「セレスちゃん、ガンランス使う奴なんて、よっぽど頭がおかしいか人を殺したい奴だけだよ! なぁカイン!」

「そうですとも」

「めちゃくちゃだな……」

 

 セシルと、跳狗竜装備のカインという男。

 二人が同調しながら迫ると、流石のアルフレッドも溜息をつくのだった。

 

「俺は別に人殺しがしたいわけでもないし、狂人というわけでもない。ガンランスが好き、ただそれだけだ」

「いーや! 信じられないね! お前みたいに理屈っぽいことを並べる奴が一番腹ン中で何考えてるか分かんないっつーの!」

「いや理屈っぽいか俺?」

「……セシルの感性はともかくとして、我々は貴殿とセレス嬢が組んでいることを、おいそれと見過ごすことはできません」

 

 随分と学がなさそうな男だ、とアルフレッドはセシルを見ながら思うのだった。

 少しだけシンパシーを感じつつ、しかし教養がありそうなカインという男には、やはり親近感を抱くことは難しそうな様子である。

 

「もうこれで五回目になるの、アルフと一緒の狩り。でもこの人はそんな危ないことはしないよ! それよりもいつも危険から守ってくれて、すごく頼りになるんだから!」

「いいかいセレスちゃん、男はみんな腹ン中でジンオウガを飼ってるもんなのさ。こいつの本性がどうかは、俺たちが見定める!」

「……というと?」

 

 セシルの口走ることに、アルフレッドやセレスはおろか、カインですら首を傾げた。

 相方がそう尋ねると、セシルは大いに自信を孕んだ口調で、行き過ぎた要求を突き付けるのだった。

 

「俺とカインが、お前を見定めてやるぜ! 俺たちと四人パーティーで狩りにいくこと! そこでお前に危険がないと分かればお前のことは認めてやる! けどもしもお前が砲炎の一つを味方に向けるんだったら……!」

「そん時は俺が危険人物ってわけね……」

 

 過度な要求に辟易するアルフレッドだったが、セシルとカインの同調圧力の前に言い返す言葉は浮かばなかった。

 元々口下手で、コミュニケーションに秀でているわけでもない。次の言葉を選びかねている彼の代わりに、セレスが口を開くのだった。

 

「だったら、大丈夫! きっとアルフの強さにびっくりするよ! ね、アルフ」

「それで俺が『おうそうだな』って言うと思うか? どんだけ自信過剰なんだよ」

「えぇ~……だって、アルフは強いもん……。あたしが保証するもん……」

「……はぁ~」

 

 目に見えて落ち込む彼女を前にして、それを無下にもできないのがこの大男だった。

 ガシガシと頭を掻きながら、その行き過ぎた要求を呑み込む。それだけが、彼に残された道だったのだろう。

 

「わーったよ……。やりゃあいいんだろやりゃあ」

「よし決まり! クエストは俺たちで選定するからな! 俺と、カインと、セレスちゃんとお前! 時間は……そうだな。三日後の朝にバルバレの集会所で落ち合おう。決まり!」

「強引な奴だな」

「三日後……。入念な準備を推奨する」

「お前さん、案外優しいな」

 

 強引なセシルと、紳士的な言葉掛けをするカイン。

 離席する二人を見送るアルフレッドの顔は、ある種の疲労の色を帯びていた。通常の狩りよりも、彼に精神的な負担を強いていたのだろう。

 

「逃げんなよ! 無実を証明したいなら、誠実にやれよ!」

「ふふ、優しいと言われてしまったな……。存外、嬉しいものです……ふふ」

 

 小物のように声を荒げ、一方で少しにやにやと笑みを溢しながら去る二人の背中を見ながら、セレスは大きな溜息を吐き出した。

 二人が雑踏の影に消えたのを見て、ようやく胸の内を言葉に変化させる。

 

「うぅ~、ごめんねアルフ……。猟団の人たち、まだ諦めてなかったんだぁ……」

「アレか、以前から勧誘されてた的な」

「うん、そんな感じ。取り分が減るから断ったんだけどね。なんかその、軽そうな感じでなんかやだったし」

「分かる気がする。変な奴らだったな」

「巻き込んじゃったね。ごめん……」

「……ま、気にするなよ。四人で狩れるなら、楽でいい」

「むー、でも即興で組むんだもん。連携とかは取りづらそうだよ。アルフとは、上手く連携できるようになってきたんだけどなー」

「難しいことを考えるのは得意じゃない。そう構えなくても、なるようになるだろ」

「……アルフ、気を付けてね。味方を撃たないようにね」

「任せろ。剣士同士で組んでも問題ないってことを、証明してやるぜ」

 

 そう言いながら、アルフレッドはガンランスを背負った。

 

 ハンター殺しの武器、とさえ言われる銃槍である。

 味方すら焼きかねないと、敬遠されている銃槍である。

 しかしアルフレッドは、好んでこの武器を手に取るのである。

 

 理由は明快。

 ガンランスを愛して、やまないから。

 ただ、それだけである。

 

 




次回は、四人組で狩りに行く描写を書こうと思います。
ワールドからガンランスの砲撃にあった味方を吹き飛ばす仕様は撤廃され、剣士が混み合う中でも気にせず撃てるようになりました。しかしXXまでは通常の砲撃すら味方を吹き飛ばすため、マルチで狩りに行く時は最新の注意を払わねばなりません。ヒートゲージの存在もあり、気にすることの多い複雑な武器でした。しかしそれをこなしてこそ、ガンランスを使いこなしているという実感も得られ、あれはあれで良かったと今は思います。そんな気持ちを思い出しつつ、あの頃のガンランスのマルチ狩りを、現実的な描写ができればいいな。追い付け、自分の文章力!!
あ、それとお気に入りや評価ありがとうございます。とうとうこの作品も評価者が五人を超え、赤色作品になったやったー!!と喜んでいたら速攻で低評価食らって色落ちしてました。出る竜杭砲は打たれるということか!
閲覧ありがとうございました。


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その砲炎は、誰がために

「え……ガルランド、お呼びでない……?」

 

 セシルとカインに言い渡された、狩猟決行日となったバルバレの集会所にて。

 アルフレッドの間の抜けた声が、集会所の騒音に飲まれていった。

 

「私、デザートストームを使いますので。状態異常なら任せていただきたい」

 

 そう言いながらカインが見せるのは、ドスガレオスの素材を使って作られたライトボウガンだった。

 通常弾の扱いに優れ、さらに毒弾や麻痺弾、睡眠弾など状態異常弾にも幅広く対応しているその銃は、多くのライトボウガン使いが愛用する有名な武器だ。同じく麻痺の状態異常を狙って用意された銃槍『V・ガルランド』だが、好きなタイミングで急所に毒液を注入できるライトボウガンを前にしては、相手が悪いと言わざるを得ない。

 

「今ならまだ間に合うし、武器変えてくる?」

「うーん……そうだな。行ってくるよ」

 

 セレスに促され、アルフレッドは集会所奥の準備エリアへと歩き出した。

 集会所には、一人ひとりにアイテムボックスが用意されている。狩りに必要なアイテムや武器、防具などを預けておける他、別の拠点やキャンプなどに配送するサービスも行われているのだ。

 アルフレッドは、流浪のハンターである。一つの拠点に根を張るのではなく、大型モンスターを求めて様々な拠点を渡り歩いている。そのため、このアイテムボックスとは切っても切れぬ関係を築き上げていると言えるだろう。

 

「あいつ、大丈夫か……?」

「用途に合わせていろんなガンランスを用意してるみたいなので、別のを持ってくると思います」

「ほう、それはまた、マニアックな……」

 

 通常、ハンターは複数の武器や防具を持ち合わせるということはあまりない。

 防具を新しく作る時は、今使っている防具が使えなくなった時。

 そして武器を新調する際もまた、既存のものが使えなくなった時であって、何丁も武器を揃えるというハンターは珍しい部類にある。属性の相性が重要な片手剣、双剣については複数本用意する者もいるが、ガンランスのような大型の武器を複数用意するのは、やはり変人の領域にあるというのが通念であった。

 

「ところで、今日はどんな依頼を受けたんですか?」

「ふっふーん……どうも原生林に、影蜘蛛が出没しているらしくてね」

「研究員が、新しい毒弾の開発のためにサンプルが欲しいとのことで、是非生け捕りにしてほしいという依頼がありまして」

「ってことは……ネルスキュラの、捕獲?」

「そういうことになりますな」

 

 念を押すように聞いたセレスの問いに、カインはうんうんと頷いた。

 影蜘蛛、ネルスキュラ。様々な毒を扱う鋏角種のモンスターであり、六本の脚と糸を巧みに使う実力者である。虫であるというのに、鳥竜や飛竜を捕食するという事例もある。この狩りは簡単にはいかなさそうだ、とセレスは少し緊張を滲ませた。

 

「大丈夫大丈夫! 俺たちがついてっから! 君のことは、俺が守ってみせるよ」

「あ……は、はぁ……」

 

 相変わらずの軽口に少し困りながら、セレスは準備エリアの方へと視線を逸らす。

 すると狭い通路の奥から、血濡れのような赤髪が浮かび上がってきた。

 銃槍を背負い、窮屈そうに歩くその影は、アルフレッドその人である。

 

「あ、アルフ! おかえり!」

「おう、待たせたな」

「なんだ、逃げたのかと思ったぜ」

「言うじゃねぇか、ちょび髭」

「ちょ、ちょび……ッ!?」

「まぁまぁ。これにて役者は揃ったというもの。さぁ、狩りに行きましょう。飛行船は手配済みですので」

「おう、助かる。準備が良いな」

「ふふ、お褒め預かりまして」

「おい待て! 俺の魂のファッションを、ちょび髭なんてまとめるんじゃねぇ! ちょっ待て! 話は終わってないが!」

 

 構わず飛行船に向けて歩くアルフレッドと、それについていくセレス、カイン。

 セシルはご立腹な様子でその後を追うが、返事をもらえることはなかったようだ。

 

 

 ○◎●

 

 

 影が舞う。

 粘り付くこの白い蜘蛛の巣の下を、素早く駆け回る。

 足元を這い回るという、奇妙な行動に怯んだセレス。そんな彼女に向けて、凶悪な鋏が振りかざされる──。

 

「どっせいッ!」

 

 割って入ったアルフレッドが盾で鋏を弾き、代わりに杭を突き返した。

 

「大丈夫か!」

「あ、ありがと……! びっくりしたぁ……」

「こいつはこの蜘蛛の巣に張り付いて歩き回れる。気を付けろよ、気付いたら真下に、なんてこともあるからな」

「やだなぁ、怖いなぁ……」

「もし嫌だったら、蜘蛛の巣の上には立たないのも手だ。遠撃弾、あるだろ?」

「そ、そっか! よーし!」

 

 遠撃弾のマガジンを装填して、這い回る蜘蛛を狙うセレス。

 そのスコープの奥からは、懸命に走ってこちらへと駆け寄るセシルの姿が映った。

 

「おいおい! 何だよ今の! ガンランスで飛ぶなんて、聞いてねぇよ!」

「今のが噂の、ブラストダッシュというものですか! 理論的には可能と聞いてましたが、実際にやる人を見るのは初めてです……!」

 

 セシルを狙うネルスキュラを牽制するように、通常弾を撃ちながら滑り込んでくるカイン。

 その様子はどこか感心したようで、素直な称賛をアルフレッドに向けるのだった。

 

 アルフレッドは、ブラストダッシュでセレスとネルスキュラの間に割って入った。

 先ほど事の顛末は、その一言に尽きる。

 

「その武器、オルトリンデですな? 通常型というのは砲弾が小さいと聞いてましたが、それでも飛べるとは驚きです」

「よく知ってるな。圧を掛ければ、その分反動もでかいからな。十分飛べるぜ」

「お前ら何仲良く喋ってんだよ! 狩るぞ!」

 

 セシルの声に、アルフレッドは駆け出した。カインもまた距離をとって、新たなマガジンを銃身にはめ込むのだった。

 

「麻痺を狙いましょうぞ! 背を空けて頂こう!」

 

 彼の言葉を聞いて、アルフとセシルはその細長い脚を狙う。

 刃を当てると、堅牢な節の感触が腕に残る。獣の肉とも、竜の甲殻ともまた違う、固い感触だった。

 

「こういう相手は、砲炎で焼くに限るな!」

「おいおい、まさか撃つ気か!?」

「あ? 当たり前だろ」

「俺たち、こんな近いとこにいんだぞ! 俺を殺す気か!」

 

 太刀の刃渡りほどしか離れていない二人。

 セシルの言う通り、今ここでアルフレッドが砲弾を放てば、その炎は彼にも届きかねない。

 しかしそんなことは、銃槍使いである彼にも分かりきっていること。

 ならばどうするか。

 撃つならば──。

 

「上だ!」

 

 斬り上げ、からの砲撃。

 水平砲撃では、セシルまで巻き込んでしまう。故にアルフレッドは、上に撃った。斬り上げた勢いで高く掲げたガンランスが、祝砲のように炎を噴く。それも、五弾連続で。

 足の根元を激しく焼かれ、ネルスキュラはたまらず倒れ込んだ。その腹を露わにしながら、しかしもがいて体勢を立て直そうとする。六本の脚が忙しなく蠢く姿は、人によっては嫌悪感を覚えるだろう。

 

「うげ、気持ち悪っ! 脚バタバタしてんじゃんもう!」

「な? 砲炎は当たってないだろ?」

「う、ま、まぁな! 意外にやるじゃんかよ!」

 

 背後に跳んで、再装填を行うアルフレッド。入れ替わるように、前へ駆け出すセシル。

 片手に一本ずつ持ったその双剣を擦り合わせ、彼は静かに精神を集中させる。まるで闘気が色を帯びて揺蕩(たゆた)うように、彼の気迫は剣筋に乗って斬撃をより鋭くさせるのだった。

 

「うらうらうらァ!!」

 

 勢いに乗って、隙だらけの影蜘蛛へと斬りかかる。血とも体液とも取れない不気味な液体が、剣筋に乗ってこの原生林を彩った。

 

「そのまま麻痺を狙いますぞ! セレス殿、火炎弾を!」

「わ、わかった!」

 

 新たなマガジンを装填して、カインは照準をその蜘蛛の腹へと定めた。

 重い麻痺弾の反動に苦しみながら、それでもセレスへと声を掛ける。思わぬ連携を持ち掛けられ、彼女は焦りながらも火炎弾のマガジンをポーチから取り出すのだった。

 

「……よし」

 

 そんな、斬撃と射撃が飛び交う光景を前に、アルフレッドはようやく装填し終え、抜刀形態へと戻した。

 シリンダーには砲弾を全て詰め直し、銃身には竜杭砲の杭を仕込む。先日のディアブロスとの戦いで全損してしまったこのオルトリンデだが、修理を施した今、もはや新品と言っても差し支えない。油汚れも煤の付き具合も良好で、砲弾を撃つにも、振り回して戦うにも、十分過ぎる状態だった。

 アルフレッドは、静かに口角を上げる。

 四人で狩りをするなんて、いつ以来だろう。言いがかりをつけられたような形だったが、偶然このようなパーティーを組めたことを、彼は今楽しんでいた。お互いの弱点をカバーし合うというのは、普段一人で狩りを行っているからこそ、心強いものなのだ。

 

「いくぜ!」

 

 銃身を背後に回し、空圧レバーを操作する。

 溜め砲撃の反動を利用して、彼は再び宙を舞った。起き上がろうとするネルスキュラへと、超速度で肉迫する。

 

「あ、麻痺! 麻痺したよ!」

「ようやく回り切りましたか……!」

 

 その瞬間、影蜘蛛が体を痙攣させた。

 カインの撃った麻痺弾の毒が、ようやく全身に回ったようだった。

 

「流石だぜぇカイン! さぁ、俺も……舞うぜーっ!!」

 

 相方の活躍に気合が入ったセシルは、まるで剣舞のような動きで二丁の剣を振り回した。全身を使って回転力を高めたその斬撃は、まるで小さな竜巻のよう。

 一方のセレスは、準備していた火炎弾を装填した。ここぞとばかりに、しゃがみ撃ちで仕留めにかかる。

 アルフレッドも、負けじと自らの銃身を叩き付けた。重力を上乗せした一撃が、影蜘蛛の脚を一本、叩き割る。

 そのままフルバーストを放ちたいところだったが──その射線の先には、剣を振って舞い踊るセシルの姿が。引き金へと伸びた指は、そのまま引き金に届くことはなかった。

 

「らァッ!!」

 

 派生したのは、渾身の薙ぎ払い。

 細長い脚を、二、三本まとめて叩き伏せる。

 

「皆の衆、ご注意をば! これは生け捕りです故、仕留めぬように!!」

「ち、そうだったな」

「わ、忘れてた……!」

 

 一旦、影蜘蛛の様子を見なければ。

 そんな思いで発したその声に、アルフレッドとセレスは武器を下げる。

 その一方で。

 

「おらおらおらおらァ!! ヒャッホーッ!」

 

 斬るのに夢中なセシルは、カインの声に気付くこともなく舞い続けていた。

 引き際を見失っている。アルフレッドはそう判断して、前に出た。

 

「ばかやろ……ッ!!」

 

 ネルスキュラは、とうに麻痺毒を克服していた。

 その鋭い爪を振りかざして、目の前の小物を薙ぎ払おうとする。そんな体勢に入っていたのである。

 

「ひゃっははは……アッ!?」

 

 迫り来る鉤爪が、彼の頭部を薙ぐ。

 間の抜けた声が、漏れる──。

 

「ぐっ!!」

 

 響いたのは、甲高く木霊する金属音。

 滑り込んだアルフレッドが、盾で鉤爪を弾いていた。思わず後ろに尻餅をついたセシルを守り、そのカウンターに叩き付けを繰り出す。

 

「怯めッ!」

 

 今度こそ、引き金を引いた。

 シリンダーが猛回転し、中に込められた砲弾を瞬く間に撃ち果たす。一点に五発の砲炎を叩き込まれ、ネルスキュラは怯んだ。フルバーストに身を焼かれ、背後へ跳躍しては唸り声を上げる。それはまるで、アルフレッドを警戒しているかのように。

 

「大丈夫か!」

「あ、あぁ……」

 

 気の抜けたセシルの声が漏れ、アルフレッドは盾を構え直す。

 しかし、安心はできない状況だった。ネルスキュラは、その身の内に大量の『糸』を貯めていたのだ。

 

「糸が来る! 気を付けろ!」

 

 盾を絡め取られては、防ぎようがない。アルフレッドは、盾を背にしまって回避に徹する。

 立ち上がったセシルも転がって避け、二人の動きを見ていたセレスもまた、岩の裏に隠れることによって難を逃れるのだった。

 一方で、隙だらけの相方を助けようと、睡眠弾の装填を行っていたカインだけは──。

 

「なっ……! い、糸ですか……!!」

 

 全身を絡め取られ、自由を失ってしまう。

 武器を構えることも、回避することも、どころか身動き一つ、満足にできなくなる。

 隙だらけになった獲物の姿を、当然ネルスキュラは見逃すことはなかった。

 

「まずい……ッ!」

 

 顎の奥から、新たな鋏が這い出てくる。

 鋭利な刃が並んだその表面には、悍ましい色をした毒液が滴っていた。このクエストの依頼人が欲している毒液──それに満たされた影蜘蛛の必殺の刃。獲物にとどめを刺す時に使う、捕食器官。

 

「ふっ、ぬううぅぅぅ……!!」

 

 全身に力を入れて、糸を振り払おうとするカインだが──残念ながら、人間の力では引き千切ることなど敵わなかった。

 絡みつく糸は、足場となっている蜘蛛の巣にも絡みつき、迫る刃から逃れることすら許さない。カインに、死神の鎌が迫る。

 

「セレス! 足元の糸だ!」

「……! 見えた!」

 

 スコープ越しに、カインと蜘蛛の巣を絡みつける糸を視認する。

 セレスは、引き金を引いた。遠撃弾が装填された妃竜砲は、鈍い炸裂音と共に鋭い一閃を射出する。

 その弾道が、カインを引っ張る粘着質の糸を、断ち切った。

 

「……かたじけない……ッ!」

 

 両腕の自由は、未だに効かない。

 しかし、足はまだ覚束ないながらも動く。自身を引っ張る手綱もない。

 カインは走り出した。自分を呼ぶ、アルフレッドの方へと。

 

「こっちだ! 走れ!」

 

 彼もまた、走る。

 カインと入れ替わるように、前に出る。

 

「オオオォォォ!!」

 

 ちょうどすれ違う、その瞬間だった。

 影蜘蛛の刃が、激しい音を立てて振り払われる。背を向けて走る、糸だらけの男を狙い澄まして。

 

 鋏は、閉じきらなかった。

 盾に阻まれ、カインを真っ二つにすることは、できなかった。

 

「ぐぅ……ッ!」

「あぎッッ……!」

 

 しかし、その刃は鋭く重い。

 閉じきらずとも、カインの脇腹を、防具ごと裂くには十分だった。

 

「カインーッ!!」

「そんなっ……!」

 

 鋏の衝撃は見た目以上に大きく、アルフレッドの力をもってしても衝撃を押し殺すことはできなかった。

 脇腹を裂かれたことによって糸から解放されたカインだったが、堅牢な盾の背後で、力なく倒れ伏す。

 このままでは追撃が来る。アルフレッドは危険を察知し、銃槍を構え直した。右腕が痛むものの、それでも盾を構えて照準を影蜘蛛の頭部に合わせた。

 

「食らいやがれ!」

 

 放つのは、灼熱の息吹。

 火竜の骨髄を燃やした、爆炎の渦。

 竜撃砲を直に浴びて、影蜘蛛の体は燃え上がる。たまらず飛び退いて、覚束ない足取りで転倒した。

 

「大丈夫か、おい!」

 

 駆け寄ったセシルが、カインを抱き起す。

 その表情は苦悶に満ち、脂汗が浮かんでいる。

 脇腹からはどす黒い色をした血が零れており、毒液が彼を侵しているのは火を見るより明らかだった。

 

「セ、セシル……」

「カインおめぇ……無茶しやがってよぉ……!」

「セシルさんっ、解毒薬を!」

「お、おう! サンキュー、セレスちゃん!」

 

 セレスが投げた解毒薬を受け取り、カインへと流し込むセシル。

 気休めだが、今はこれに頼るしかない。いや、それよりも、まずは彼をここから退避させる必要がある。

 セシルがその重い体を持ち上げた時、彼は呻きと共に言葉を漏らした。

 

「い、今……な、ら」

「カイン駄目だ、黙ってろ!」

「ネル、ス……弱って、る……」

「な、なに……!」

 

 その言葉を聞いて、セシルは影蜘蛛を見た。

 確かに足取りは不安定で、転倒をくり返しながら歩いている。

 弱っている。捕獲が可能なほど、奴は今衰弱している──。

 

「ガンランスの!」

 

 片手でポーチを探って取り出したのは、中央に針が仕込まれた円盤だった。

 武器名で呼ばれたアルフレッドが振り返ると、その円盤を宙を舞って迫ってきていた。受け取った先には、黙って頷くセシルの姿。

 アルフレッドも、そっと頷き返した。

 

「セレス! 捕獲するぞ!」

「うん!」

 

 重弩を構えたセレスが、即座に撃ち放つ。光いくよと、手短に言いながら。

 直後、迸る眩い閃光。

 ネルスキュラの目の前で破裂したのは、閃光弾だった。視界が一瞬で白に塗り潰され、影蜘蛛は半狂乱になって暴れ回る。

 

「シビレ罠、か……。使うのは随分久しぶりだな!」

 

 セシルから受け取ったシビレ罠を片手に、アルフレッドは走る。

 大型モンスターの狩猟を生業にしていた彼にとって、捕獲という手段は滅多に取らなかった。基本、駆除対象となる危険な個体を狩っているのであって、なるべく素材を痛ませないような狩猟が求められる捕獲は、彼はあまり得意ではなかったのだ。

 故に捕獲を見極める審美眼も持ち合わせてはいないが、その点カインはモンスターの動きの機微によく気付いていた。それは、相方であるセシルも認めるところであり、だからこそシビレ罠をこの銃槍使いに託したのだった。

 

「アルフ、いいよ!」

「よしきた!」

 

 空を薙ぎ払うその鉤爪を掻い潜り、足元へと入り込んだアルフレッド。

 静かにシビレ罠を置いては、荒れ狂う蜘蛛の懐から逃れる。

 直後、細長い脚の一本が、シビレ罠を踏み抜いた。仕込まれた針が顔を出し、麻痺弾よりもさらに強力な痺れ薬が注入される。ネルスキュラは、再び全身の痙攣に襲われた。

 

「──おやすみなさい」

 

 セレスは、静かに二発の弾を撃った。

 着弾と共に、桃色のガスを吐き散らすその弾は、影蜘蛛を深い眠りへと誘っていく。

 やりきったように、セレスは硝煙溢れる銃口を上に掲げた。

 捕獲用麻酔弾が、つんとした独特な酸味臭を、この原生林に塗り込んでいくのだった。

 

 

 ○◎●

 

 

「傷、どうですか……?」

「め、面目ありま、せん……」

 

 心配そうにセレスが尋ねるものの、カインはたどたどしい返事しかできなかった。

 解毒薬が効いてきたのだろう。先ほどよりは、顔色はまだ良くなっている。しかし、予断は許されない状況であることには変わりはない。

 

「毒もそうだが、傷も深いな。メインターゲットは捕獲できたんだ。早めに撤退した方がいい」

「……お前、お前よぅ! カインを守り切れてねぇじゃんかよ畜生!」

 

 セシルは、怒っていた。

 相方を守りきれなかったアルフレッドに向けて。

 

「悪かったよ。思った以上に、あの鋏は重かった」

「そ、そんな! アルフだって……!」

 

 アルフレッドとしても、その点は負い目を感じているのだろう。素直に謝る彼に対して、セシルは鼻息を荒くする。

 セレスもまた、彼の強い口調に思わず反論しそうになるが──それより先の言葉は、口を弱々しく動かすカインによって阻まれた。

 

「セシル……」

 

 腕の中の彼からの呼びかけに、セシルは思わず叫んだ。

 

「馬鹿、喋っちゃダメだろ!」

「こ、の……銃槍使い殿が、守ってくれなかった、ら……」

 

 ──今頃、自分の体は二つに分かれてただろう。

 そう言って、彼は弱々しく目を閉じる。

 傷を受けた当の本人がアルフレッドを庇ったことによって、セシルはそれ以上糾弾することはできなかった。

 

「ちくしょう……」

 

 ただが歯痒そうに小さな声を溢す彼に向けて、アルフレッドは踵を返す。

 そして背中越しに、声を掛けるのだった。

 

「回収班が来るまで、この蜘蛛は守る。だから、お前さんはその相方をキャンプに送ってやってくれ」

「なに……?」

「俺の出来る、せめての謝罪の形だよ。先に休んでくれ」

 

 討伐クエストも、捕獲クエストも、メインターゲットとなるモンスターを仕留めたあとは、ギルドの回収班が来るまでその亡骸を、もしくは捕獲体を守らなければならない。

 折角仕留めたというのに、放置して他のモンスターの餌となっては、全てが無意味だ。特に捕獲クエストの場合、モンスターを生け捕りにしたまま拠点に持ち帰る必要があるため、誰かがこのネルスキュラを保護する必要があった。

 

「アルフ……」

「セレスも、一緒に蜘蛛を守ってくれるか?」

「う、うん」

 

 思わぬ銃槍使いの申し出に、セシルは反論を見失う。

 ただ、苦しむ相方を目の前にしては、これ以上の問答も不要だと判断した。

 そうして、力ない彼を持ち上げようと、足に力を込めた、その瞬間に──。

 

「……なんだ? この臭い……」

 

 まるで肉が腐ったような。

 食べかけの食事を放置したような、腐臭に近い独特の悪臭が鼻を刺す。

 風に乗って、原生林に流れてきたらしいこの臭気。

 一体何が、と同じく臭いに気付いたアルフレッドが周囲を見渡した、その時だった。

 

 桶から零れ落ちたように、液体がどぼどぼと大地に降り注ぐ。

 その粘度は、まるで涎のようだった。

 

 涎に触れた草木が、白い煙を立てながら溶け始める。

 嫌な臭気が、より一層濃くなった。

 




≪WARNING!≫

3rdの乱入システムが懐かしいですね。
あの頃はガンランスを使うにも、味方に当てずに砲撃を使うのに苦心しました。斬り上げからの砲撃は、マルチガンランスの作法の一つです。また、Xシリーズになると火力を上げるためには砲撃をしなければならないヒートゲージシステムによって、より難しいものになりましたね。さらにエリアルスタイルの登場によって、上方砲撃をしても味方に当てかねないという、非常に束縛された操作が要求されました。
ワールド、ライズで砲撃が使いやすくなって快適な分、あの頃の周りに気を遣って狩っていた頃も思い出してもらえたらなぁ、懐かしんでもらえたらなぁと思って書いていました。そう感じて頂けたら、こちらとしては感無量でございます。
閲覧ありがとうございました。


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爆進、食域の猛者

 耳を劈くような──いや、嫌悪感のあまり、耳を塞がずにはいられないような。

 そんな叫び声が響く。

 咆哮というよりは、それはもはや異音そのものだった。

 

 大地が揺れる。

 地に足をつける巨体。まるで大銅鑼を打ち付けられたように、地響きが鳴った。

 それは何よりも、目の前のモンスターの重みの表れ。

 そして重みは、そのモンスターの強さの表れだ。

 

「……こいつは」

 

 深緑色の表皮。

 全身を縫うように生えた、金色の棘の数々。

 あまりにも大きすぎる尾に、その巨体を支えるには貧相な後足。前脚に至っては、もはや無いに等しいほど細くて小さい。

 そして何よりも特徴的なのは、その牙だろう。口外にまで発達して、顎までびっしりと生えたその牙は、見る者を戦慄させる。悍ましさの象徴とも言えるような、不気味な出で立ちだった。

 

「ひっ……」

 

 のっそりと近付いてくるその悪魔の姿に、セレスが小さな悲鳴を上げる。

 身体が凍て付いたように動かない。蛇に睨まれた蛙のように、小刻みに震えた足取りは、彼女の腰を簡単に大地へと縫い付けた。

 しかし、目の前のモンスターは、まるで動じていない。

 ハンターが四人いるというのに、一切意に介する素振りは見せなかった。

 見るは、静かに眠る六本脚の獲物。

 アルフレッドたちが捕獲した、無防備なネルスキュラ──。

 

「目を覆え!!」

 

 赤髪の銃槍使いが、懐から砲丸を投げつけた。

 その声に、セレスとセシルは反射的に腕で目を覆う。

 直後、原生林を包み込む、閃光。目の前で突如瞬いた白色に、大口を開けた竜が悲鳴を上げる。

 

「イビルジョー……ッ!!」

 

 その名は、恐暴竜。またの名を、イビルジョー。

 自分より小さな獲物も、大きな獲物すらも。目に映る全てを食料として捕食しにかかる、異常生物。獣竜種のなかでも特に発達したその体躯は、そこらの飛竜とは一線を画すほど強靭で、ギルドから認められたハンターでもない限り、遭遇時即刻退避を推奨されるモンスターである。

 

「な、い、イビル……って、マジ? あの!? マジかよ……!」

 

 セシルも、目の前で暴れ狂う悪魔を見ては、戦慄せずにはいられなかった。

 意識を失っている仲間がいるというのに、この状態でイビルジョーと戦うことはまず不可能。そうでなくても、彼が手に負える範疇ではない。見た目こそアンジャナフに似ているが、その体格と獰猛さは比べ物にならない。それほどまでに、このモンスターは強く、そして危険なのである。

 

「……あっ……、アルフ?」

 

 アルフレッドは、静かに銃槍を構えた。

 左腕で握ったその重い槍を振り、セレスたちの前に立ちはだかるように前に出る。

 

「お前さんたち──早く逃げろ」

「え……っ」

「俺は、こいつを食い止める。ネルスキュラは……守りきれる自信がねぇや」

「そんな、お前!」

「蜘蛛なんて、そんな食い扶持が良いわけじゃない。すぐに平らげて、次はどうなる?」

「あ、あたしたち……?」

「そうだな。俺たちなんざ、あいつにとっちゃおやつにも満たないだろうが……それでも絶対、食いに来る」

「……嘘だろ、嘘だと言ってくれ……!!」

 

 暴れ回って、巨岩を易々と砕くその悪魔を前に、セシルはもはや戦意を失っていた。

 セレスもまた、立ち上がっても足取りが覚束ない。恐怖に支配されている。

 アルフレッドも同様に、体が震えていた。

 イビルジョーに遭遇したのは、初めてだった。古龍にも匹敵すると言われるほどの凶暴なモンスタ──―別名、古龍級生物。その存在と合いまみえるのは、初めてだったのだ。

 それでも、アルフレッドは前に出る。仲間の退路を作るために、武器を構える。

 

「セレス、早く逃げろ」

「そ、そんな! それじゃあアルフが……!」

「俺のことはいい! お前さんは、稼いでやらねぇといけない家族がいるんだろ!」

「……っ!」

 

 迫の伴ったその声に、彼女は反論する心を手放してしまう。

 いずれにせよ、この状況にセシル一人でカインを担いでいくには不安がある。

 セレスはアルフレッドとセシルを、数回交互に見て自身の身の振り方を選びかねるが──。

 交叉した、アルフレッドの視線。

 その真紅の瞳に圧され、彼女は静かにカインの空いた肩を支えるのだった。

 

「アルフ……」

「早く行ってくれ。あいつ、そろそろ視界を取り戻すぞ」

 

 イビルジョーは、顔を振る。

 それは、自らを覆っていた白い残光がようやく途切れた証。そして、同時にその全身を隆起させる。はち切れんばかりの筋肉が、真っ赤に染まって腫れ上がった。

 古傷が浮かび上がる。歴戦の痕が、その体中を切り裂いていく。

 

「絶対……絶対帰ってきてね! 死んじゃ、やだからね……っ!」

「おう。時間稼いだら、俺もすぐにとんずらするからよ……!」

「絶対っ、絶対だからね!」

「や、やべぇやべぇ! 急ぐぞセレスちゃんッ!」

 

 カインを担いで、二人がこの場を後にする。

 それを横目に見ながら、アルフレッドは右手で震える左手を抑えるのだった。

 

「震えてんじゃねぇ……武者震いだろ、なぁ!」

 

 そう自分に言い聞かせながら、銃槍を振り被る。

 

「こんな奴、銃槍の前じゃ……ッ!」

 

 怒り心頭、走って向かってくるその小さな頭に向けて、振り被った銃槍を叩き付ける。

 一撃で、吹き飛ばされた。

 アルフレッドの巨体が、宙を舞う。

 

「ぐぁ……ッ!?」

 

 頭を弾いたはずだったが、まるで堪えなかった。

 どころか、自らの方が簡単に弾き飛ばされていた。

 身体の節々が痛みながらも、彼は銃槍を構えて自らの動きを制御しようとする。

 その傍らで、イビルジョーの方へと目をやれば──。

 

「うお……ッッ!!」

 

 黒々しい吐息が、溢れ返っている。

 まるで血反吐を抑えられなくなったような、そんな様相だった。その黒い吐息が、宙を黒く黒く染め上げる。

 

 呑み込まれるその瞬間に、銃槍が火を噴いた。

 それが彼の体を真横に飛ばし、黒い吐息から遠ざける。

 まさに、間一髪。ベリオZフォールドの端が、黒くくすんで灰になった。

 そのまま着地、体勢を構え直す。

 

「あ、あっぶねぇ……!」

 

 唸るイビルジョーは、口からボタボタと大量の涎を溢していた。

 

「目障りな奴から先に食おう……ってか?」

 

 鎌首を上げる恐暴竜に、アルフレッドは盾を構えながら接近するも──。

 構えた盾を軽々と弾き、彼ごと大地に叩き付ける。打ち付けられ、肺の空気が全て口から飛び出した。背中や胸に痛みが走るが、それ以上に、一瞬の酸欠のような状態が彼の頭にズキズキとした痛みを刻むのだった。

 

「うおっ……ッ!」

 

 再び、鎌首。

 地に伏した獲物を喰らおうと、イビルジョーはその大口を開いて振り下ろす。

 腹の底から凍えるような恐怖を覚えるアルフレッドは、慌てて横へと転がった。転がる直前に見えた、牙の群れに囲まれた深淵を、彼は忘れることはないだろう。

 

「ああぁぁッッ! クッソ!!」

 

 痛む体にのた打ち回りながら、それでも彼は立ち上がる。

 思わず落ちそうになる腰を、必死に踏ん張りながら持ち上げるのだ。

 今の一撃で、彼は悟っていた。

 ──このモンスターには、敵わないと。

 

「盾、邪魔だな……っ」

 

 痛む右腕から盾を剥がし、背中のマグネットへと収納する。

 恐暴竜の膂力(りょりょく)を前に、この盾などまるで無意味だ。そうなれば、ただの飾りか、重し程度にしか働かない。せめて背後に取り付けていれば、背中を狙われた時の、多少の保険になるだろうか──。

 そんなことを考えながら、アルフレッドは銃槍の柄を両手で握るのだった。まるで太刀のように、銃槍を目の前に向けて構える。

 

「避け切るしか、道はない……ッ!」

 

 迫る牙を、反射的に横に身を翻して躱す。

 そのまま、遠心力を上乗せして砲身を叩き付けた。

 まるで岩でも殴っているかのような、重たい感触が腕に残る。そもそもこのオルトリンデは、斬れ味に優れた武器ではない。雌火竜の甲殻を使った鈍器のようなものだ。

 じんじんと痺れる両腕に顔を(しか)めるものの、アルフレッドに降り掛かる毒牙は、彼を休ませることはなかった。

 

「脚……ッ」

 

 奴の巨体を支えるには、あまりに不釣り合いなほど細い、その脚。

 それが、勢いよく叩き付けられる。持ち上げたその脚による地団太は、この固い地盤を簡単に踏み砕いた。

 咄嗟に背後に避けたアルフレッドだったが、その際の振動に足を取られてしまう。

 

「うおっ! 危ねぇ!」

 

 続けざまに振り回される、ヒルのような巨大な尾。

 振動で体勢を崩していたアルフレッドの真上を薙ぎ、そのまま宙を振り抜いた。

 かろうじて免れたアルフレッドは、前に出る。その傷だらけの腹に向けて、銃槍で斬り上げた。

 先ほどとは打って変わり、柔らかな感触が腕に伝わってくる。その手応えに、アルフレッドはすかさず引き金を引いた。

 

「食らいなッ!」

 

 砲撃が、恐暴竜の表皮を吹き飛ばす。

 腹という急所を穿たれ、甲高い悲鳴を上げるイビルジョー。その表情は、まさに怒り心頭といった様子だ。腹の下にいる人間を弾き飛ばそうと、その身を屈める。かと思えば、全身を使った体当たり──俗にいうタックルを繰り出した。

 

「オオオォォォォッッ!」

 

 迫る黒緑色の壁を前に、アルフレッドは銃槍を構える。そして、太刀の妙技と言われる気刃突きのように、前へ突き出したのだった。

 鈍器と揶揄されるオルトリンデだが、その先端は別だ。ガンランスは、あくまでも槍。先端部分は鋭利に作られていることが多い。怒りのあまり血流が強まり、柔らかく膨れ上がったその腹は、穂先を簡単に呑み込んだ。

 槍を軸に体を支え、イビルジョーの腹部へ張り付くアルフレッド。タックルの勢いを押し殺し、むしろお返しのように青白い光を腹の内側で灯させるのだった。

 

「傷痕が多いだけあって、お前さんの腹は柔らかいんだな……!」

 

 それは、火竜の骨髄を加工した特殊弾。

 砲身のハッチが開き、大量の空気を吸い込んで──灼熱の螺旋を撃ち放つ。

 

「俺の代わりに──」

 

 高熱と炎の膨張で震える砲身を抑えながら、彼は引き金を引いた。

 

竜撃砲(コイツ)を喰らいなッッ!!」

 

 ドン、と重苦しい音が響く。

 同時に、腹の内側で灼炎と炸裂を飲み込んだイビルジョーは、たまらず倒れ込んだ。

 砲撃の勢いは、アルフレッドも軽々と弾き飛ばす。反動のまま飛び出して、大地を転がる大男。その手が握る銃槍は、まるで血でできた橋のように、血飛沫をアーチ状に描きながら抜け出るのだった。

 分厚い皮膚が、栓を失ってどくどくと赤い滝を溢し始める。まるでコルクを抜いたワイン樽のようだ、と彼は思った。

 

「ハァ、ハァ……どうだこの野郎、効いただろ……ッ!」

 

 硝煙を直に浴びて、荒い息をしながら、アルフレッドは立ち上がる。

 横転してもがくイビルジョー。その度に、腹からドス黒い鮮血が零れ落ちた。皮膚は焼き焦げて爛れ、まさに決定打を与えたようにさえ見える。

 ──イビルジョーが、何の変哲もない普通のモンスターだったのなら。

 

「うお……ッ!?」

 

 直後、恐暴竜が火を噴いた。先程吐いたものとは比べ物にならないほど、濃密に。

 いや、火ではない。もっと赤く黒く、まるで煙のような、水蒸気のようなものだった。

 血反吐か? 吐瀉物か? それとも、血に染まった涎だろうか? 

 一体何かという判別もつかないが、それが赤黒い雷のようなものを纏っていることだけは、彼にも何とか視認することができた。

 が、それも束の間。

 

「……ッッ!!」

 

 薙ぎ払うように振り撒いたそれが、この原生林を腐らせる。

 まるで強酸性の豪雨のようだ。

 まるで降り注ぐ(ヤスリ)の滝のようだ。

 液体とも気体とも判断のつかないその黒い濃霧は、アルフレッドの体を簡単に呑み込んだ。

 

「あ、ああぁぁ……ああああぁぁぁぁッッ!!」

 

 全身が焼け爛れるような痛み。

 皮膚が溶ける。目を開けていられない。

 防具が嫌な音を立てていた。ともすれば、一部の装甲が簡単に崩れ落ちた。留め具が、あっさりと溶け始めていた。

 

 たまらず、アルフレッドは転がった。転がって、その濃霧から何とか逃げ延びる。

 しかしそこには、見るも無残な、全身を血濡れにしたハンターが横たわるだけ。

 オルトリンデは、雌火竜の毒を穂先に塗ったガンランスだ。そのため刺突の度に毒を注入することができるのだが──あの赤黒い瘴気に刀身を曇らされ、毒の力を活用することは、もうできそうになかった。

 

「ち、ちくしょう……ッ!」

 

 赤く染まる視界の中で、イビルジョーが迫ってくる。

 腹の穴から血を溢しながら、それでも構わず近づいてくる。

 奴は痛みよりも、食欲の方が勝る。半信半疑だったその生態を、アルフレッドは今痛感するばかり。

 ただ、迫り来る牙から逃れる術は、彼にはもうなかった。

 

 

 ○◎●

 

 

「アルフ……」

「セレスちゃん、こっちだ! もうちょっとでキャンプだ!」

 

 原生林の深い木々を抜け、開けた大地へと抜け出た三人のハンターたち。

 意識を失ったカインを担ぐセシルは、後ろ髪を引かれるように木々の奥を見るセレスに声を掛ける。

 空は青く、桃色の鳥の群れが舞っていた。

 先ほどの恐怖とは打って変るほど、原生林の外は平和だった。

 

「カインの体温が、低くなってきてる……! 早くあっためてやんねぇと!」

「あの、セシルさん……アルフは、大丈夫でしょうか」

「さぁな! あんなモンスターを一人で相手にするなんて、無謀すぎるぜ……」

 

 セレスも、カインの体を支える。

 この湖畔を抜ければ、ベースキャンプが見えてくるだろう。そんな安心感もあってか、セシルは自問自答するように呟くのだった。

 

「あいつ……俺が言い過ぎたからかな、悪いことしたな……」

 

 普段の軽薄な様子とは打って変わったその思いつめた顔に、セレスもまた眉をへの字に曲げる。

 

「ハンター殺しなんて、言わなきゃよかったぜ……あいつ、俺たちを守ってくれたっていうのに」

 

 その言葉に、セレスはふと視線を上げた。

 

「あの……」

「ん、なんだいセレスちゃん……」

「ハンター……殺しって、なんなんですか? ガンランスのこと、なんでしょうか……?」

 

 戸惑いながらも投げ掛けられたその問いに、セシルは「あぁ……」と小さな声を漏らす。

 そして改めて彼女の姿を見て、納得したように話し出した。

 

「セレスちゃんがバルバレに来るよりもっとずっと前……たぶん三年は前のことなんだけどね。ガンランス使いが、狩りの最中に仲間を故意に撃ち殺す事件があったんだよ」

「え……」

「そいつはある双子のハンターの弟でね、兄の方はえらい出来が良くて、そしてそいつはいわゆる落ちこぼれだったんだ。周りから馬鹿にされ、比べられ、そしていつの日か銃槍を手に取った……ってさ」

 

 そんなことが。

 絶句した様子で言葉を失う彼女だったが、その表情はそう呟いていた。

 

「それからハンター間では、ガンランスを使う奴が警戒され、白い目で見られるようになったんだ。そもそも、使いこなせるような武器じゃないっていうのもあったけど」

 

 アルフレッドに対する風当たりの強さは、セレスも感じていた。

 しかし、ハンターとしての日の浅い彼女は、ただガンランス使いは珍しいから、という程度の理由としか認識していなかったのだ。

 実際にあった過去の事例を聞いて、彼女は胸の内を痛ませる。

 

「アルフは……そんな人じゃないです。そんな酷いことを、するような」

「……俺も色々言っちゃったけど、そう思うよ。ガンランスを使いこなせるってすげーって思うもん、今は。できるなら謝りたいよ。……できるなら」

 

 半ば絶望を孕んだセシルの言葉に、セレスは唇を噛んで──。

 その足を、止めた。

 カインを担いでいた腕が力なく下がり、彼の体重が全てセシルへと圧し掛かる。

 

「うお……っ、せ、セレスちゃん……?」

「セシルさん……キャンプはもう、すぐそこですよね」

「え、あ、うん。もう見えてくる頃だと……思うよ」

「だったら……!」

 

 セレスは、背に収納していた妃竜砲を展開した。

 そして、新たな弾倉を装填する。狙撃竜弾が押し込まれ、その重弩は心地の良い装着音を奏でるのだった。

 

「セレスちゃん、何を……」

「カインさんを、お願いします」

「まさか、ダメだそんな!」

「あたしは……アルフを助けに行きます!」

 

 折り畳んだ重弩を背負い、セレスは走り出す。

 あの薄気味悪い死の森に向けて、再び走り出した。

 背後からは、制止を求めるセシルの声が響く。しかし彼女は、振り返らなかった。後ろ髪を引かれる思いは、もうなかった。

 

「待ってて、アルフ……!」

 

 原生林からは、不気味なほど重い咆哮が、唸り声のように低く木霊するのだった。

 




イビルジョー、好きなんです。なぜライズに奴がいないのか。サンブレイクではちゃんと参戦してくれると信じてます。あの獣竜種らしい見た目がたまりませんね。戦ってみるとやりにくいですが、あれが存在してくれるだけで世界観が本当に豊かになる気がします。
そして、度々出てきたガンランスの事件のことが明らかになりました。実際、本当にガンランスを使った殺傷事件があったというのがこの作品の世界観です。そのためガンランスはハンター殺しの烙印を押され、多くのハンターから嫌われているのです。ゲームでは無害なあの砲撃も、実際には同業者にとっても非常に脅威だろうなと思います。まぁ、そんなことを言えばモンハンの武器なんてどれでも危険ですし、チャージアックスの超高出力属性解放斬りなんて多くのハンターを巻き込みそうなものですが。それでも、ガンランスはやはり一緒には戦いにくい、砲撃が危険と分かりやすい嫌われも者ですね。でもやっぱり、ガンランスというのは格好良い武器なんだ……!
それでは。また次回の更新でお会いしましょう。


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恐暴竜を、共謀す

 カインをベッドに寝かし、改めて包帯を巻き直すセシル。

 その表情は脂汗に、そして苦悶に満ちていた。カインも、そしてセシルも。

 

「くそ、カイン……どうりゃいいんだ、俺はよォ……!」

 

 絞り出すようなその声に、当然彼は答えない。彼はただ荒い息のまま、深い意識の底で自分自身と戦っている。

 セシルもそのことはもちろん把握しているが、それでも問い掛けずにはいられないようだった。それはまるで、一種の自問自答のようだ。

 

「はぁ、はぁ……俺は、俺は……」

 

 テント内の囲炉裏に薪を置き、火種となる火薬草をその下に仕込む。

 火打石を剥ぎ取りナイフで叩き、生まれた小さな火をその火種に移し、薪に移るまで丁寧に育てる。

 

「こんなことをしてる場合じゃ、いやでもカインが、くそっ、くそぅ……」

 

 時間の掛かる火付け作業だったが、体温が下がりゆく相棒を救うためには、火の暖かみは欠かせなかった。

 どうしようもないやるせなさが、彼を襲う。

 

「セレスちゃん……」

 

 彼が勧誘し、今回の狩りを計画することになった一人の少女。

 その容姿と腕前に惚れ込んでこのような機会を設けたものの──その彼女が、今命の危険に晒されている。

 進んでその渦中に飛び込んだ彼女を、セシルは止めることができなかった。それがどうしようもなく、彼の心を蝕むのだった。

 そんな時に、テントの幕を荒く掻く者。

 はっと、セシルは武器を手に取る。

 

「誰だ!?」

 

 モンスターか、放浪者か。

 それとも、セレスが戻ってきたのだろうか。

 様々な可能性が、乱雑にかき混ぜられながら彼の思考を埋め尽くす。

 しかし返ってきたのは、予想外の声だった。

 

「あぁ良かった、人がいた! ギルドの職員です、一体何があったのですか?」

 

 現れたのは、淡い茶色の髪を短くも長くもなく揃えた小柄な男性。表情の読み取りにくい、糸目とでも表現すべき細い視線が印象的だ。

 身を包むのは、ギルドの正規職員の者。原生林の異常を察知し、飛行船から降りてきたのだった。

 

「あ……い、イビルジョーだ、イビルジョーが出たんだ!」

「え、あの恐暴竜ですか!? それは早く退散しなければ! すぐ手配しましょう……あれ? 二人だけ、ですか? 他の方々は……」

「俺がコイツを運ぶために、囮になってんだ! まだ、まだあの中に……!」

「何ということだ……」

 

 その言葉を聞いて、彼は青ざめる。

 非常にマズい事態だ、と右親指の爪をガリッと噛んだ。

 

「俺たち、俺たちネルスキュラをちゃんと捕獲したんだ! だけど、だけどアイツがいきなり現れて!」

「なるほど。大方、捕獲体の保護のために、ってことでしょうか。普段なら即時撤退させるのですが、今回ばかりは救出が最優先ですね」

「救出……? ど、どうやって……」

 

 思わぬ言葉に、嘆いていたセシルは顔を上げる。

 そんな彼の肩に、ギルドのその男は優しく手を置いた。

 

「彼のことは、私が診ます。貴方にはぜひやっていただきたいことがある」

「俺に……?」

「原生林なら、ズワロポスか……。大きな草食種の、新鮮な肉を用意していただけないでしょうか」

 

 そう言って、彼はセシルの右手をそっと包む。武器を持つ、その右手を。

 彼の思わぬ持ちかけに、困惑する猟団のお調子者だったが──今回ばかりは、覚悟を決めたように立ち上がった。

 そして、ベッドサイドに置いていた兜を、静かに被るのだった。

 

 

 ○◎●

 

 

 恐暴竜が、悲鳴を上げた。

 超速度で駆け抜けた何かに撃ち抜かれ、かと思えばその軌跡が炸裂する。

 その一閃は、アルフレッドには見覚えがあった。

 

「……あ……?」

 

 赤く染まった視界の向こうで、巨体が横転する。

 血の臭いと、漂う腐臭に紛れるように、硝煙のような香りが届いた。

 

「この、臭い……」

 

 彼の使う砲弾とは違う。

 ボウガンに使用される火薬によるもの。特有のツンとするその硝煙の香りに誘われ、彼の意識は次第に鮮明になっていく。

 アルフレッドは、顔を上げた。

 狙撃された恐暴竜がもがく姿と、木々の向こうで銃口を掲げる少女の姿が目に入った。

 

「セレス……!」

「アルフ!!」

 

 駆け寄ってきた彼女が、狩りの相棒の惨状を目のあたりにする。

 とても戦える状態じゃない。皮膚のところどころが焼け爛れ、防具は既に意味を為さないほどボロボロだ。それでもなお握り続ける銃槍(オルトリンデ)も、刀身が暗く黒ずんでいた。

 

「ひどい怪我……! ごめんね、あたし来るのが遅くて……!」

「……笑ってくれよ。情けないったらありゃしねぇや」

「ううん、アルフは成し遂げたんだよ」

「あ……?」

「君がイビルジョーを食い止めてくれたから、カインさんは無事キャンプまで戻れたんだよ……!」

「そう、か……」

 

 その言葉に、アルフレッドは口元を和らげた。

 自分のやったことに意味はあった。そう実感したのだろう。そして、そのまま立ち上がろうと体に力を入れる。

 

「だめだよ、動いたら……!」

「どの道こんなとこで転がってたら、俺はすぐ食われる」

「そ、それは……そうだけど」

 

 イビルジョーは、未だに苦しんでいた。

 大量に出血している。失血死してもおかしくないと思うほどの量だ。そう、それはまるで滝のように。

 幸いにも、奴がもがいているおかげで、アルフレッドには身を起こす時間の猶予が与えられていた。

 そんな彼に、セレスは回復薬グレートを手渡す。彼の右手を支えながら、飲む手助けをするのだった。

 

「──っぷはぁ! あー、浸みる……セレス、ビールも飲みたい」

「それは帰ってから、だよ! あとこれ、ちゃんと噛んで呑み込んでね」

 

 懐の小袋から取り出したのは、マンドラゴラの滋養強壮成分を栄養剤で底上げした丸薬。その名も秘薬だった。体力を強く回復させるが、その分反動も大きい。故に彼女は、まず彼に回復薬グレートを飲ませて基礎代謝を促進させたのだった。

 ガリッと飲んで呑み込むと、体が跳ね上がるような感覚に襲われる。それに顔を顰めながらも、アルフレッドは何とか立ち上がるのだった。

 

「……急ぐよ、アルフ」

「あぁ……起き上がりやがった」

 

 重い足音が響く。

 イビルジョーもまた、立ち上がっていた。獲物が増えた、そう言わんばかりに涎を溢している。

 

「セレス、俺は砲撃で飛べる。だから俺のことはいい。ちゃんと避けろよ」

「う、うん……」

「最悪、アイツの視界から抜け出せれば何とかなるか……? ネルスキュラは、ダメになるだろうが」

「仕方ないよ。生きてる方が大事だもん」

「……だな」

 

 アルフレッドは歩く。

 イビルジョーもまた、歩き出す。

 セレスは横に跳び、重弩を構えた。

 

「おい……!」

「大丈夫、気を逸らすだけ!」

 

 そのまま木々の隙間に入り込んで、通常弾を撃ち放つ。それが恐暴竜の表皮を、荒く削った。

 目の前の、歩くこともままならない獲物──それを食らおうとしても、横から小さな衝撃が当たり続ける。

 一発一発は、大したことはない。しかし傷口を射抜くように連続で抉られるため、流石の恐暴竜も気にせずにはいられないようだった。

 

「セレスっ、走れ!!」

 

 掲げた首から、赤黒い靄が漏れる。

 まるで踊るように、両脚でバランスを取る。その姿勢は些か滑稽だが、あの黒い煙を見ては、アルフレッドは冷や汗を垂らすのだった。

 

「わぁっ!!」

 

 直後、それが薙ぎ払われる。下から掬い上げるように放たれたその吐息は、木々を一瞬で焼き尽くし、あっさりと腐食させた。

 葉の一つ一つが黒く染まり、生命を失ったように朽ちていく。

 

「龍属性……」

 

 全てを遮断する、高密度のエネルギー。龍の血がもたらす、未知の力。

 分かっていることは、赤黒い光を放つこと。そして、全ての属性を遮断するほど強いエネルギーであること。さらに奴──イビルジョーの場合は、自身の持つ強酸性の唾液を、同時に撒き散らしているのだった。

 それによって木々は生命力を奪われ、溶けて朽ちてしまう。まるで枯葉のように、森が死んでいく。

 

「うわうわうわ!」

 

 セレスは、木々を走り抜けながらそれを避けていた。

 木に隠れながら撃つ、なんていう彼女の当初の目論見は、あっさりと砕け散った。その木ごと溶かされるのであれば、彼女の命もまた枯葉同然である。

 彼女は走る。とにかく走る。飛散した唾液に肌を焼きながら、それでも彼女は走った。

 

「のやろォ!」

 

 アルフレッドは、ポーチから何かを取り出した。

 彼の手に収まるほどの、小さな砲丸。彼は、それを投げつける。視界が狭まるほど黒い吐息を吐き続ける、イビルジョーの目の前に。

 直後、それは爆ぜた。原生林に、目が眩むほどの強烈な光が迸る。

 

「セレス、大丈夫か!」

「閃光玉っ、助かったよー!」

 

 走るセレスの視界には入らない、まさに賭けの一投であった閃光玉。満身創痍の彼に、あらかじめ注意喚起する余裕はなかったのだった。

 それでも彼は賭けに勝ち、見事イビルジョーの視界を奪った。目の前の獲物を再び失った恐暴竜は、その場で尾を振り回して暴れている。半狂乱に、とにかく獲物を仕留めんと必死な様子だった。

 

 アルフレッドは歩き続ける。

 気付けば蜘蛛の巣は抜け、中央の高台のエリアに踏み入っていた。

 この高台を抜け、森を抜ければベースキャンプである。もう少しで抜けれる、そんな思いが焦燥感となって、彼の歩調をより早めるのだった。

 

「もう来るよ! 早すぎるよー!」

「二回目だからな、何となく勘付かれてるな……!」

 

 木々を薙ぎ倒し、再び悪魔が現れた。その血走った眼は、強い怒りを孕んでいる。

 何とか食い止めようと、セレスは再び弾幕を張るが、それでも奴は止まらなかった。ただ一心に、死にかけの獲物を喰らおうとしている。もはや、最初に食べようとした蜘蛛のことなど、とうに忘れているようだった。

 

「アルフ……!」

「舐めんなよッ!」

 

 全身に鞭を打ち、アルフレッドは背中の盾を再び右手に装着させた。

 

「無茶だっ、無茶だよアルフ!」

 

 セレスの声も耳に入らず、大盾を構える大男。

 そして左手のガンランスを、強く大地に突き刺すのだった。

 

「耐えろよ……!」

 

 その衝撃は、強烈極まりない。恐暴竜の突進だ。あの巨体の体重が、一度に襲い掛かってくるのだから。

 しかしアルフレッドは、耐えた。

 反動で、銃槍の穂先が地面に一文字を刻んでいる。それだけ強い反動だったが、彼は何とか踏みとどまったのだ。

 ガンランスで、何とか自身を大地に縫い付けた。恐暴竜の前に、立ち続けていた。

 

「お返しだ……!!」

 

 穂先を跳ね上げるようにして、彼は斬り上げを繰り出した。地面との摩擦に、内蔵された火竜の骨髄に、砲身がうっすら熱を帯びる。まさに、地裂の一撃と言えよう。

 その砲口が、青白く輝く。

 彼の渾身の竜撃砲が、火を吹こうとしていた。

 

「食らいやがれ!!」

 

 ドン、と強く鈍い音が響き渡る。それが大地を叩き鳴らし、木々に留まっていた鳥たちを追い出した。

 イビルジョーは、その威力に思わず顔を仰け反らし、折れて焼けた口内から鮮血をさらに吹き溢すのだった。

 

「行くよ! アルフ、できるだけ下がって!」

 

 セレスは、銃口を高く上げる。それはまるで、弓の技法である曲射のように。はたまた、遠方を撃ち抜くための迫撃砲のように。

 彼女が撃ったのは、拡散弾。弧を描きながら恐暴竜へと吸い込まれていくそれは、着弾と同時に簡単に砕けた。砕けて、中に込められた無数の爆薬を転がすのだった。

 一斉に弾けたそれらに、イビルジョーは脚を取られる。派手に横転し、再び地響きが大地を襲った。

 

「ナイスだ! すごいぞセレス!」

「もう! 無茶ばっかりするんだから!」

 

 秘薬の効果が回ってきて、アルフレッドの足取りは幾分か軽くなってきた。

 そんな彼の手を引いて、セレスはとにかく前に走り出す。このままなら、何とか逃げられそうだ。そんな希望を、胸に抱きながら。

 

「……やべぇ!」

 

 後ろで引っ張っていたはずのアルフレッドが、跳ぶ。

 同時に彼に抱えられ、セレスは自身の視界が急旋回するのを認識できないでいた。

 転がった先で見えたのは、大地を牙で穿つ魔物の姿。イビルジョーは、あっという間に起き上がっては、二人まとめて喰らおうとしていたのだった。

 

「……タフすぎんだろ……」

「もう、死んでてもおかしくないのに……」

 

 セレスがそう溢すほど、イビルジョーもまた満身創痍に見えた。

 体中の傷口は開き、腹からは滝のように鮮血を放つ。それでも奴は、目の前の人間二人を食べることだけを考えていた。

 その表情は、もはや意識だとか性格だとか、そんなものが見えるものではない。ただ本能だけが脚を生やして走っている。そんな状態だった。

 

「セレス」

「……アルフ?」

 

 アルフレッドは、彼女の名を小さく呼んだ。同時に、盾を捨てた右腕で、彼女の小さな肩を抱きかかえる。

 

「ひゃっ……えっ、え?」

 

 その行為に彼女が少し驚いて、目を見開いたところで──彼は銃槍を構えるのだった。

 

「舌、噛むなよ」

「え────」

 

 彼女が返事をする前に、暴食の毒牙が迫る。

 牙に覆われた深淵が、視界いっぱいに広がってくる。そんな光景に彼女が息を呑む、まさにその瞬間だった。

 青白い砲炎が、瞬いた。

 

「────わああぁぁぁっ!!??」

 

 次の瞬間、空が近くなる。

 大地が、浮かび上がる。

 猛烈な勢いで閉じられた両顎が、爆炎の轟音によって掻き消されていた。

 

 宙を舞う、二人のハンター。

 自身が飛んでいることに、ようやく気付いたセレス。

 

「と、飛んで……!?」

「もう二発、行くぞ!」

 

 土台を底上げされるような、腹の下から持ち上げられるような。

 そんな慣れない感覚と共に、彼女の体は二度持ち上がった。

 それはつまり、二度急加速した証。アルフレッドが、空中でさらに二回砲撃したのだった。

 立て続けに三回行われたブラストダッシュは、二人の体を前に、そして上へと撃ち上げた。高台下の水辺を越え、二人はそのままベースキャンプのある丘へと転がり込む。

 

「きゃあ!」

「ぐぁ……ッ」

 

 木々に飛び込んだところで、アルフレッドは銃槍を手放した。

 空いた両腕で、自身にしがみつくセレスを包み込む。簡単に折れてしまいそうだ、と思わず考えてしまうほど華奢な肢体だったが、今はとにかく庇うのみ。

 木の弾かれる音と、水が跳ねる音。全身の感覚が、激しく跳ね回る。

 

「──っはぁ!」

 

 それが治まった頃には、二人は浅い水辺の中に転がっていた。

 べースキャンプが備えられた、小さな水源。目指していた目的の地に、とうとう到着したのだった。

 

「セレス、大丈夫か!」

「……あ、あたし、生きてる……?」

「……何とか、な」

 

 ぱしゃっと水の跳ねる音が響く。

 淡い銀髪は水を滴らせ、陽の光を優しく映していた。腕の中の彼女が、瞼を何度か開閉させながら、自分がどこにいるかを模索する。

 

「……ここって、ベースキャンプ?」

「あぁ」

「飛んで、きたの?」

「そうだな」

「この下の、水辺のところを?」

「そういうことになるな」

 

 このベースキャンプから、原生林に向かうには二つのルートがある。

 一つは、森の外に繋がる平坦なルート。セシルがカインを担いできた、起伏の少ない道だ。

 もう一つは、ベースキャンプから谷底の水辺へまっすぐ降りるルート。ここは高低差が激しく、キャンプから飛び降りるだけの一方通行のルートである。

 アルフレッドが選んだのは、後者の谷底を飛び越える道。ガンランスの反動で飛び上がり、谷の上を文字通り飛んで抜けたのだった。

 

「……めちゃくちゃだよ、もう」

「でもま、悪くなかっただろ?」

 

 そう言って、薄く笑うアルフレッド。

 前髪から垂れる水滴が、セレスの頬で小さく弾ける。

 その時、自身が彼の腕の中にいることに、彼女はようやく気付いた。

 

「……わあああぁぁっっ! ご、ごめんあたし……っ!」

 

 跳ねるように飛び抜け、顔を紅潮させるが──響く怒号を前に、それ以上の言葉は掻き消されるのだった。

 

「い、イビルジョー……」

「あそこだ」

 

 木々の向こうで、吠え続ける悪魔の姿がある。

 先ほどまで二人がいた高台で、奴は吠え続けている。それはまるで、「逃げるな」と怒っているかのようだった。

 しかし翼をもたない彼には、その谷を飛び越える手段はない。ただそこで、悔しそうに吠えている。

 

「危なかったな」

「ほんとだよ……生きた心地、しなかった」

「それでも、随分果敢に戦ってたじゃんか。あの、医療棟の時とは大違いだ」

「え、そ、そうかな……」

「あぁ。とても頼もしかった。助けてくれて、ありがとな」

 

 その言葉に彼女は目をまんまると見開いて──そしてにへらと頬を緩ませる。

 かつての、モンスターが怖いと嘆いていた彼女の姿はそこにはない。一人のハンターとして武器を取り、戦い抜いた英雄の姿、そのものだった。

 

「……俺も、強くならなきゃな」

「アルフは、十分強いと思うけど……」

「いや、あの時のディアブロスより、あれは強かった。正直、セレスが来てくれなきゃ、俺は死んでた」

 

 淡々と話す彼の言葉に、セレスは喉を震わすが。

 しかし彼女の返事を待たずとも、彼は言葉を紡ぎ出す。それはまるで、決意のように。

 

「もっともっと、腕を磨かねぇと。まずは盾だな。ガードが下手だ、俺は」

「確かにアルフって、避ける方が多いよね」

「あんまり得意じゃないんだよな。でも、格上相手には防ぐ技術を磨かないと、どうしようもないことがよく分かった」

 

 アルフレッドは、拳を差し出した。

 優しく笑う彼を見て、セレスもまた拳を突き出す。

 

「強くなろうぜ。イビルジョーが何体来たって、負けねぇように」

「それは怖いけど……でも、あたしも頑張る!」

 

 打ち合う拳。大きな拳と小さな拳が、小気味良い音を打ち鳴らした。

 同時に、風を掻くような重い音が響く。

 それは、大きな飛行船の音。ギルドが管理する、ハンターや物資を輸送するための飛行船だった。

 

「こいつは……」

「あ、あそこ!」

 

 突然の登場に、靡く髪を抑えるセレスは、甲板の方へと指差した。

 そこには、セシルが大きく手を振っている。桃色の蛮顎竜の鎧が、青い空の中で一際目立っていた。

 

「セシルじゃないか。一体何事だ?」

「アルフ見て! 船の下!」

「……ズワロポスが、吊るされている?」

 

 飛行船の底には、鎖とロープで垂皮竜が吊り下げられていた。

 すでに狩猟されており、ところどころ皮が剥がされている。故意に損傷させられているのだろう。香り立つような血の臭いに、吠え続けていた恐暴竜は振り向いた。

 飛行船は、進行を続ける。原生林の向こう、遠くの峡谷まで、まっすぐと進路を取っている。

 

「まさか、あれでイビルジョーを誘い出す作戦か」

「お肉で釣って、狩猟区の外へ誘導するんだね」

「……セシル、俺たちを助けてくれたんだな」

「そうだね。あとで、礼を言わなきゃね」

 

 イビルジョーは歩き出す。

 鼻息を立てながら、涎を垂らしながら、原生林の奥へと消えていく。

 肉を追い求めて歩くその足取りに、疲れや弱りは全く表れていなかった。軽快な足取りを前に、アルフレッドは頭を抱えるばかりである。

 

「あれだけ撃ち込んだのに……どれだけタフなんだよ」

 

 ただただ、甲板で無邪気に手を振るセシルと、未だに健在な恐暴竜が、ひたすらに眩しく映るのだった。

 




イビルジョーは古龍級生物。とっても強いです。
今回はほとんど逃げに徹しています。同じく満身創痍でしたが、何とか戦い抜いたディアブロスと、ほとんど撤退状態のイビルジョー。格の違いを表現したつもりです。しかもイビルジョー、弱ってもない。血がたくさん出ているのに、というのは、あくまでも二人の希望的観測なんでしょうね。
ギルド職員の采配により、イビルジョーは狩猟区外に無事誘導されたので、ネルスキュラの捕獲体も無事です。とりあえず、捕獲クエストはこれで達成ですね。
通常、クエストをクリアしたらそのまま帰還して素材ゲット、というのがゲーム中の描写ですが、実際には仕留めた遺骸や捕獲体は回収まで保護する必要があると思うんですよね。他のモンスターが跋扈する中、それを守り続けるのは、むしろ狩猟以上に大変だと思います。そこにイビルなんてやってきたら、そりゃ泣きたくもなりますよね。アルフレッドたちの苦労が読者の皆さんに伝わったら、それだけで私は十分です。
それと、なんとこの作品が日刊に載りました!!皆様、お気に入り登録や評価ありがとうございます!とても励みになります。同じくガンランス愛を抱く同志が多いことを知り、とても頼もしく感じております。共に行きましょう!俺たちのガンランスロード!!


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狩りの後の宴で

「はっ、はっ……」

 

 金色の野原を、少女は走っていた。

 銀色の髪を棚引かせ、黒い外套を風に靡かせる。

 その肌はよく日に灼けた色に染まり、どこか艶やかに汗ばんでいた。

 細身で華奢なその出で立ちだが、背中には重弩を、そして両手にはまるまるとした大きな卵を抱えている。

 

 少女は、走る。

 飛竜の卵を抱えながら、この遺跡平原を走り続けていた。

 

「……ジャギィ……っ」

 

 そんな彼女の行く先を阻む、複数の影。

 橙色の体表に、大きな耳をぶら下げた鳥竜種。ここら一体に生息している捕食者である彼らは、この地方の人々から『ジャギィ』と呼ばれている。

 小型のものは雄、そしてやや大柄なものが雌。雌の方は、ジャギィノスという別名が与えられるほど、その大きさの差異は一目瞭然である。

 

「これは君たちのご飯じゃないよ! 依頼者が、欲しがってるんだから!」

 

 もうじき還暦を迎える旦那は、卵料理が好き。そんな彼の誕生日のために、飛竜の卵でご馳走を作ってあげたい。

 依頼者の女性がそう語るのを、卵の運び人──セレスはうんうんと頷きながら聞き、この依頼を快諾したのはつい先日のこと。

 そして今彼女は、卵を大事そうに抱えながら、ジャギィの群れに対峙するのだった。

 

「あっちいって! もう……!」

 

 一方のジャギィたちも、簡単に道を開けることはない。

 目の前の人間も、彼女が抱える卵も。彼らにとっては、立派なご馳走だ。涎を垂らしながら、隙を窺おうと彼女の周囲を歩き回る。

 卵を置いて重弩を抜けば、こんな事態どうということはない。しかし置けば、卵の安全は保証されない。そんなジレンマに、彼女が眉をへの字に曲げた時──それは来た。

 

「オオオォォォォッッ!!」

 

 まるで猿叫のような叫び声。

 同時に振り下ろされる砲身が、一頭のジャギィノスを叩き伏せる。

 赤い髪を低い位置で一纏めにしたその男は、かなりの大柄だった。突然の乱入者に、そして自分たちより大きなその男に、ジャギィらは警戒の唸り声を漏らす。

 

「アルフ!」

「随分早かったな、セレス」

 

 その男、名をアルフレッドという。

 大型モンスターの狩猟のみを行うと謳う、『大型専門』のハンターだ。しかし今日は珍しいことに、セレスに同行し、この卵運搬クエストを受注していたのだった。

 

「ピンチだったみたいだな。流石ジャギィだ。よく鼻が効きやがる」

「狗竜って名前も、伊達じゃないね」

「だな」

 

 彼が持ち上げるのは、ガンランス。巨大な砲身に刀剣を付けた、大型の武器だ。

 それを左手一本で持ち上げる彼の筋力には感嘆するが、その大柄な武器は巨大な獲物にこそ真価を発揮する。

 彼らを取り囲むのは、小型の鳥竜種だ。このような状況では、ガンランスはただ取り回しの悪い重しとしか働かない。

 

「さ、こいつらの相手は任してくれ」

「だ、大丈夫? 相性悪いよ、武器」

 

 小型モンスターといえど、彼らの牙は鋭い。

 大型モンスターをも下す熟練のハンターが、数に圧され鳥竜の群れに食われた、なんて事例はいくらでもある。

 しかしアルフレッドは、ただ不敵に笑うのだった。

 

「まぁ心配すんな。道は、俺が開くからよ」

 

 そう言いながら、彼はその手に握る銃槍──アドミラルパルドの穂先に手を掛けた。

 砲身に備えられたベルトと金具を外し、穂先部分である刀剣を手に握る。

 そう、それはまるで片手剣のように。

 片手で軽々と振るうそれに、ジャギィは返事をする間もなく斬り伏せられた。

 

「ガンランスは、こういう時にも強いもんだ」

「なるほど……」

 

 彼が担いだガンランスは、ヘッド独立型。穂先(ヘッド)に別途刀身を備え付けられたものであるため、それを取り外して片手剣のように振るうことも可能。

 故に、小型モンスターに囲まれたこのような状況でも、素早い対処が可能なのであった。

 

「はっ!」

 

 懐に飛び込み、その喉元に一閃を叩き込む。

 それによって崩れる同胞を死角に、別の個体が牙を剥いた。

 アルフレッドは冷静に躱し、側面から心臓を一突きにする。一際大柄だったそのジャギィノスは、苦しそうな呻き声を上げながら地に伏せた。

 

「さて、次はどいつだ?」

 

 瞬く間に三頭もの仲間が(ほふ)られ、取り巻きたちは悔しそうに唸るのみ。

 それでも負けじと声を上げる若い個体もいたが、アルフレッドが刀剣を向けると、静かに頭を垂れるのだった。

 

「……今のうちだ。行こう、セレス」

「うん!」

 

 開いた道を歩き出すセレスと、彼女を庇うように立つアルフレッド。

 ジャギィたちの目には、もう既に戦意はない。

 そう思ったのも束の間、彼らが何かを見上げた。同時に、喉が震えるような雄叫びが響く。咆哮ではない。飛竜のものではなく、もう少し小柄な何かの、独特の号令のような声だった。

 

「……! ドスジャギィ!」

 

 崖の上から現れたそれは、まっすぐセレスを狙って飛び掛かりを繰り出した。

 アルフレッドは、反射的に動き出す。地面に転がった砲身を蹴り上げ、それを左手で掴んでは瞬時に照準を合わせ──。

 

「セレスっ、伏せろ!」

「えっ……うひゃっ!?」

 

 慌ててしゃがんだ彼女の真上を、爆炎が包む。

 それに弾き飛ばされ、一際大型の個体──ドスジャギィは、派手に横転した。

 

「あっぶね、拡散型担いどいてよかったぜ全く……!」

 

 拡散型の砲弾は、他のタイプに比べて一回り大きい。

 つまり内蔵される火薬の量も多く、爆炎の範囲も広いのだ。彼が先日使っていたオルトリンデ──こちらの銃槍は通常型──だった場合、爆炎がドスジャギィまで届かなかった可能性が高い。

 その事実に心の中で胸を撫で下ろしつつ、彼は武器を振るい続ける。

 

「ここは俺が食い止める! セレスは走れ!」

「わ、分かった!」

 

 親玉の登場で活気づいた取り巻きたちが飛び掛かるが、アルフレッドはそれを冷静に撃ち落としながら声を張った。セレスはそれを聞き、振り返ることなく走り続けた。

 穂先を取り外されたガンランスは、重心がシリンダーに集中するため、幾分か取り回しがしやすくなる。それを証明するかのように、ジャギィという小さな目標を、彼は正確に撃ち抜いていた。

 

「ちっ……!」

 

 装填の隙を見抜いて、ドスジャギィが前に出た。

 大柄の襟巻が迫ってくる。しかしアルフレッドは身を翻してそれを躱す。続けざまに繰り出されたタックルをいなし、迫る牙を右手の剣で弾いて、隙だらけの頭に砲弾を叩き込む。

 ドスジャギィの自慢の襟巻が、一瞬のうちに焼け爛れた。

 

「もうやめとけよ。お前さんらに討伐依頼は出てないからな。俺も狩るつもりはない」

 

 その言葉の意味は伝わらないだろうが、覆し難い力量の差があることははっきりと伝わったようだった。

 親玉が踵を返して巣穴に逃げ込むと、取り巻きたちもいそいそとそれを追い始める。

 

「……ふぅ」

 

 一人残され、ようやく訪れた平穏に、彼は静かに息を吐くのだった。肺に溜まりに溜まった息が、静かに遺跡平原に溶け込んでいく。

 外していた穂先を、砲身に戻す。

 カチンと甲高い金属音を響かせながら、綺麗に収まったガンランスを見て。

 アルフレッドは、満足そうに微笑み、しみじみと心の声を溢すのだ。

 

「あー……やっぱり、この状態が一番格好良いよな……」

 

 穂先から砲身までが一直線に伸びるガンランスを、舐めるように見る大男。

 納品完了の信号弾が、ベースキャンプから伸びていることに気付くには、もう少し時間が掛かりそうだった。

 

 

 ○◎●

 

 

「セレスちゃん! アルフレッド!」

「お、二人とも」

「セシルさん。カインさんも! もう、大丈夫なんですか?」

「えぇ、お陰様で。お二人にはご迷惑をお掛けしましたな。今はもう、この通りです」

 

 バルバレの集会所に戻った二人を出迎えたのは、先日のネルスキュラ捕獲クエストに同行した二人組の男。

 蛮顎竜装備の双剣使いはセシル、跳狗竜装備のガンナーがカイン。以前からセレスを勧誘していた猟団の構成員である。

 

「災難だったな。でも、毒の後遺症がなくて良かったよ」

「なんてったって、俺が丹精込めて治療してやったからなァ~」

「……ギルドの職員が丁寧に治療してくれたと、後ほどセレス嬢から聞きましたぞ」

「うげっ、セレスちゃん、何で言うんだよ~!」

「あ、あはは……」

 

 先日の狩りでネルスキュラの毒牙に倒れたカインだったが、今はこうして健在である。彼を運んだセシルと、対処に当たったギルドの職員のおかげだろう。

 そんな彼が、二人にジョッキを手渡す。中には、達人ビールが並々と注がれていた。

 

「とりあえず、どうですか。今日は奢りますよ」

「……俺もいいのか?」

「もちろんです。貴方は私の命の恩人だ。是非礼をさせてください」

「じゃ、お言葉に甘えて……」

 

 狩りに行く前の、冷たい対応を覚えていたアルフレッドは、ジョッキを受け取るのを躊躇(ためら)ったが──真摯なカインの瞳を見て、それを無下にするわけにはいかなかった。

 カインは二つのジョッキを手渡すと、セシルが持っていたものを受け取って。全員にジョッキが回ったところで、猟団のお調子者が嬉しそうに声を張り上げた。

 

「それでは! 相棒の復帰と、この前の狩りの成功を祝って……乾杯ィ!!」

 

 乾杯、とそれぞれジョッキを突き出して。

 小タルのジョッキがぶつかり合い、心地のよい音が響く。

 事前に二人が取っておいた丸テーブルには、リュウノテールのスープやカジキマグロのステーキ、砲丸レタスとシモフリトマトのサラダなど、豪勢な食事が運ばれてくる。その光景に、セレスは目を輝かせた。

 

「すごい……っ、すごいご馳走!」

「セレスちゃん、たくさん食べなよ!」

「い、いいんですか……!?」

「勿論ですとも。セレス嬢にも多大なご迷惑と、そして大きな借りを掛けておりますから。たんと召しあがてください」

 

 金銭の悩みを常に抱えていた彼女にとっては、このような豪勢な食事はまさに非日常なのだろう。

 震えながらスプーンでスープを掬っている彼女を見れば、ハンターとなってからも食事にあまり金を掛けてこなかったことがよく分かる。

 震えながら口にしたその味わいは、彼女にとって想像以上のもの。あまりの美味しさに、両掌を握り締めてしまうほどのようだ。

 

「……美味しい~~……っ!」

「はは、大げさだなぁ。さ、アルフレッドも。たくさん食ってくれ」

「いいのか? 俺、かなり食うぞ」

「その体格を見れば、でしょうなぁと言うしか。が、構いません。たくさん食べて、お互い完治させましょう」

 

 そう言うカインの腹には、まだ分厚い包帯は取り外せないでいて。

 カジキマグロを頬張るアルフレッドの頬にも、未だに白い布が貼られているのだった。

 

「いやはや、セシルから聞きました。あの後、イビルジョーが現れたと」

「あぁ。出たよ」

「あれを相手に、ネルスキュラを守り切るとはね~。正直、脱帽だよ全くさァ」

「その傷は、奴に?」

「そうだよ。火傷みたいなもんだな。俺もセシルみたいに、兜被っとけば良かった」

「頭を守れるのはいいけどよ、その分視界も狭まるからさ。この前みたいに引き際を見誤ることもあるし、何とも言えねぇんだな」

「まぁ……それは確かに、そうか」

 

 一長一短だな、と付け加えながら、彼はセレスに目をやる。

 話すことも忘れ、美味しそうに食事を堪能する彼女だったが、幸いなことに彼女には目立った外傷はなかった。ブレスの残滓(ざんし)を、掠った程度だろうか。

 あの戦闘をほぼ無傷でくぐり抜けるのだから、彼女の戦闘能力にはやはり目を見張るものがある。彼は改めてそう感じながらも、にへらと頬を緩ませて肉を頬張る彼女を見ては、いまいち確信をもてないでいた。

 

「何にせよ、無事依頼は達成できたんです。おかげで我が猟団の株は上がりました。そしてお二人には、ギルドが今特に注目しているそうですよ」

「あん? そうなのか?」

「だってよ、恐暴竜相手に捕獲体を守り抜いたんだぜ? そりゃあもう、すごいことなんだってよ」

「近いうち、ギルドからいい話が来るかもしれませんね。緊急クエストの斡旋か、ハンターランクの引き上げか」

「ふーん……」

「ふーんっておま、嬉しくないのかよ?」

「別に、何でもいいかなって感じだ。俺はガンランスさえ担げれば、それで」

「無欲というか、むしろ欲に真っ直ぐというか。相変わらず、不思議な御仁だ」

 

 ハンターランクが上がる。

 ギルドから注目される。

 さらなる高報酬のクエストが斡旋される。

 どれも、ハンターであるなら喉から手が出るほど求める功績だが、アルフレッドにとってはさほど魅力が大きいわけではないようだ。ただ真っ直ぐ、ガンランスだけを見ている。一種の狂人だと、猟団の二人は思った。

 

「……ま、何だ。あんたがそれでいいなら別にいいんだけどさ」

「そうですね。ところでなんですが、どうでしょう、アルフレッド殿。セレス嬢と一緒に、是非、我が猟団に」

「は?」

「あ、え、おい! カインお前何勝手に……!」

「私は先日の狩りで、彼が信用に足る人物であると分かりました。腕前も申し分なく、そして何より私の命の恩人。お二人揃って、我々に加わってもらえたらと思いましたが」

「いや、それは、そうかもしんねぇけどよ! でも俺は――」

「お前さんの目的は最初からセレスだけなんだろ?」

「う、うぐぐ……そ、そうだけどよ!」

 

 唐突な勧誘だったが、それは二人の合意ではなかったらしい。

 カインは真摯な眼差しでアルフレッドを見て、セシルは赤面しながら唸っている。

 一方のセレスといえば、男衆の話などにまるで意を介さず、おかわりの達人ビールを飲み干していた。

 

「セレス、どうする?」

「んー?」

「猟団、俺まで勧誘されちゃった」

「そ、そうなの?」

 

 ガンランス使いの彼に、ここまで懇意に話をする者は珍しい。

 クエストの同行を拒否され、集会所にいれば疎まれる。そんな生活を送ってきた彼にとって、猟団に誘われるというのは不慣れな経験だった。そのため彼は少し心が踊り、つい彼女にも話題を振ってしまうのだ。

 

「お、俺は別にあんたは誘ってないぞ! セレスちゃんに来てほしいだけで!」

「でもセシル、アルフレッド殿に礼をしたいと言っていたではないか。今こそ、その時ですぞ」

「そ、それとこれとは話が違うだろうよ!」

 

 察するに、カインは猟団の発展を思ってセレスを勧誘し。

 そしてセシルは、彼女の可憐さに惚れたために勧誘していたというところだろうか。

 二人のやり取りを見ながら、アルフレッドはそう分析した。

 

「愛されてんなぁ、セレス」

「い、いやぁ……」

 

 彼の言葉を皮肉と受け取り、セレスは引き攣った笑みを返す。

 それを見て、アルフレッドも自身の答えを決めるのだった。

 

「カイン、誘ってくれてありがとうな。嬉しかったよ。でも、悪い。俺は自由が好きなんだ。集団に所属するのは、息苦しくてな」

「そうですか……残念ですが、そうであれば仕方ありませんね。……でも、時々狩りにお誘いしても?」

「それは大いに歓迎するよ」

「でしたらギルドカードも交換しましょうぞ!」

「おう」

 

 随分と打ち解けた二人は互いのギルド―カードを交換する。

 アルフレッドが勧誘を断ったことに安堵するセシルだったが、こっそりと彼のカードを覗き見して、目をまんまると開いた。

 

「武器使用の記録……すげぇな。本当にガンランス、好きなんだな」

「まぁな」

 

 

 

「──さて、そろそろお暇することにするよ」

 

 夜も更けて、酒も食事も十分に済んだ頃。

 アルフレッドはそう言った。

 テーブルには、「そうですね」と相槌を打つカイン。酒が回って酔い潰れたセシル。最後のデザート、ベルナプリンを頬張るセレス。

 

「楽しい時間でした。今日はありがとうございました」

「こちらこそ。御馳走になった」

「ご馳走様でした! とってもおいしかったです」

「いえいえ。喜んでいただけて何よりです。また、一緒に狩りや食事をしましょうぞ」

 

 先日の狩りとは真逆に、今度はカインがセシルを担ぐ。

 セシルは幸せそうに、「もう飲めねぇよぉ」と漏らしていた。

 

「我々猟団は、いつでも歓迎します。気が変わったら是非」

「その時が来るかは知らねえけど、参考にしとくよ」

「あ、ありがとうございました!」

 

 二人の言葉に、静かに微笑んで。

 カインは歩き出す。深夜となっても賑わう集会所の雑踏に向けて。

 

「ほら、セシル。行きますよ」

「んんん……カイン、すまねぇな……」

「何を言う。これくらい何でもありません」

 

 喧噪の隙間に消えていく二人を見ながら、アルフレッドは小さく尋ねた。

 

「良かったのか? 今日の飯といい、羽振りがいいのは本当みたいだぞ」

「うん。こんなに食べたのは本当に久しぶり!」

「ずっと食べてたもんな……すごいな」

 

 細身で華奢な彼女の、一体どこにあれだけの食料が入るのだろうか。

 アルフレッドは少し疑問に思ったが、喉奥に留めることにした。代わりに、夜風を求めて歩き出す。集会所を抜け、バルバレの大通りへと。

 

「ね、アルフ」

「なんだ?」

「あたしは今、ハンターやるのがすごく楽しいよ」

 

 彼女の言葉に、アルフレッドは振り向く。

 そこには、花が咲くように笑うセレスの姿。

 

「今日、依頼者の女の人がね、嬉しそうに言ってたの。『これで、旦那の好きなオムレツを作ってあげられる』って。お金を稼ぐことに躍起になってた頃は、依頼者の都合なんて考えたことなかったんだ」

「……今は、違うか?」

「うん! 誰かに感謝されるって、嬉しいんだなって。人と喜びを共有できるのって、すごいことなんだなって」

 

 そう言いながら、彼女は両手を胸の前で包む。

 まるで、大切なものを静かに掬うように。

 

「──だからあたしは、今のままが、いいかな。今がとっても、楽しいから」

 

 屈託のないその微笑みは、深夜とは不釣り合いなほど無邪気で、眩しい。

 そんな彼女の笑顔に当てられて、アルフレッドも少し頬を緩ませるのだった。

 

「……そっか」

 

 彼女の言葉を聞いて、彼も「そうだ」と言葉を繋げ始める。

 

「俺も、もっと楽しい狩りを求めてさ。次の便で、ドンドルマに行こうと思うんだ」

「ドンドルマって、火薬庫のある、あそこ?」

「あぁ。ガンランスの調整も、したいしな」

 

 ガタガタと音を立てる、通りすがりのキャラバン。

 その竜車に吊り下げられたランタンが、揺れながら二人の顔をそっと照らした。セレスの大きな瞳に、アルフレッドの顔が映っていた。

 

「良かったら、どうだ。一緒に来るか?」

 

 その瞳の向こうの彼の言葉に、セレスはより一層笑顔を輝かせて。

 純真無垢な子どものように、「うんっ!」と返事をするのだった。

 夜のバルバレに、彼女の返事が柔らかく響く。

 砂丘の奥からは、少しずつ朝日が顔を出そうとしていた。

 




キャラクターの数が多くて、大丈夫だろうかと不安になることがあります。文字だけで表現されるので、脳内映像化が難しいと思います。たくさん登場させてすみません。
ガンランスは、穂先を外して使うのも格好いいなと思います。銃剣のように使うイメージです。穂先がないと、その分先端が軽くなるので、砲としては取り回しやすくなるかもしれませんね。
猟団の二人と、ちょっと打ち解けた感じの部分を描写したかった。セシルは、最初に言っていた条件なんてもう忘れてるんでしょうね。そしてセレスとお近づきになりたくて頑張っているのでしょうが、きっと彼女の心は……。
次の更新で、第二章は終わりです。


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交叉する二丁の砲身

 凍て付いた大気が、頬を撫でる。

 日が落ちて、極寒の世界と変貌したこの寒冷群島で。

 その白い騎士は、吹雪に紛れて剣を振るうのだった。

 

「ぐっ……!」

 

 迫る、二本の剣。琥珀色のそれらは、アルフレッドの持つガンランスと激しく擦れ合い、彼の体を軽々と吹き飛ばした。

 

「……肉を切らせて」

 

 空中で、ガンランスを背後に回し。

 かと思えば、その砲口から青い光が瞬いた。

 同時に、騎士は気付く。自身の鼻先に、鋭い杭が刺さっていることに。

 

「骨を断つ!」

 

 硝煙を撒き散らす杭が、弾け飛んだ。

 飛散した金属の破片と、火薬の熱量に悲鳴を上げる騎士──ベリオロス。氷河竜と呼ばれる実力者といえど、鼻先という急所を穿たれては悶えるしか方法がない。痛みと煙で、視界を失ってしまう。

 その露わになった隙を、アルフレッドは突いた。

 先程の青い光──空中で放ったブラストダッシュで猛進し、白い脳点へと砲身を叩き付ける。ベリオロスは、甲高い悲鳴を上げた。

 

「オオオォォォォッッ!」

 

 そこから、フルバースト。

 彼の持つ金色の砲身、『叛逆銃槍ロドレギオン』は、今宵も激しい爆炎を放つのだった。

 遠方の隠れ里、『カムラの里』で開発されたという、新拡張シリンダー。かつてのバルバレやドンドルマ、龍歴院では、放射型のガンランスの装弾数は最大でも四発だった。

 しかし、カムラの里では新たな製造技術を公表し、その技術を取り入れた火薬庫の手によって、ロドレギオンの装弾数を五発に拡張させることが実現した。

 先ほどのブラストダッシュの分を差し引いて、四発分。その衝撃を叩き込まれ、ベリオロスは怯む。自慢の琥珀色の牙に、一筋の罅が走った。

 

「食らいな!」

 

 フルバーストの反動を、腕を振るって受け流し──それをさらに、薙ぎ払いの構えへと移行させる。

 狙うは、あの琥珀色の牙。もう一撃叩き込めば、砕けそうな様相だ。

 しかし、そう簡単には事は運ばない。ベリオロスは飛び上がり、金色の横薙ぎを華麗に躱すのだった。

 

「ちっ……」

 

 空中で回り込んで、口の奥から白い液体を吐き溢す。

 それは、超低温の塊。体内の氷結袋で作られた、氷点下の液体だ。

 

「うおおぉぉ!!」

 

 構えた盾に直撃し、その衝撃を受けて一瞬で気化する。

 まるで壺の形のように吹き荒ぶ、氷の嵐。気化した氷点下の息は、乱気流のように逆巻きながらこの海を覆う。その中心にいたアルフレッドは、あまりの寒さに歯を打ち鳴らした。

 

「さ、さむ……ッ!」

 

 幸い、彼はホットドリンクを飲んで寒さの対策を施していた。

 体の芯から温めてくれるそのドリンクのおかげで、彼は意識を手放すことなく、この浅瀬の海に立ち続けている。

 しかし盾や鎧は凍て付いて、表面の水滴が氷柱のように立ち並んでいた。

 それでも構わず、ガンランスのリロードを図る。中折れ式の構造が作動し、纏わりついた氷が音を立てて砕けた。小さな粒となって、この寒冷群島に舞う。

 

「これで全部……!」

 

 予備弾倉から、重さが消えた。

 それはつまり、残弾の全てがシリンダーに注ぎ込まれた証。

 

「来るか!」

 

 空中を泳ぐように舞いながら、ベリオロスは牙を剥いた。軽い滑空のような姿勢で、その牙を振りかざす。

 

「何のッ!」

 

 それを、彼は盾で防いで受け流し──。

 

「お返しだ!」

 

 左手の槍で、斬り上げを放った。

 攻撃の姿勢から脱し切れていないベリオロスは、それを直に翼に受ける。

 しかしアルフレッドの反撃は、それだけには終わらない。

 

「落ちろ!」

 

 続いて、引き金を連続で引いた。

 重いシリンダーがその度に回り、中に込められた砲弾を撃鉄が強打する。

 弾けた薬莢からは、爆炎の渦が飛び出し、それが砲身によって軌道を描かれて。最終的に、ベリオロスの翼に届く。それが、五回だ。続けざまに五回引き金を引き、込められた砲弾を全て連射する。

 その衝撃は強烈で、如何にベリオロスといえど、空中の体勢をつい崩してしまうほどだった。

 

 落ちる巨体。

 露わになる、翼に立ち並んだ棘。

 アルフレッドは、それをまとめて薙ぎ払う。金色の切っ先に簡単に断ち切られ、黒い破片が寒冷群島に舞い散った。

 

「……やべっ!」

 

 悲鳴を上げるも、ベリオロスは怒り心頭だ。

 その太い尾を薙ぎ払って、アルフレッドを弾き飛ばす。そして野太い声で雄叫びを上げながら、鼻息を荒立てるのだった。

 

「怒ったか。参ったな」

 

 残弾は、尽きた。

 狩りの相棒も、未だに到着していない。

 これ以上の継戦は、望めないだろう。

 彼はそう判断し、ガンランスを急いで折り畳む。

 

「じゃあなベリオロス! またすぐ来るぜ!」

 

 懐から取り出した閃光玉で、白銀の騎士の視界を白く塗り潰し。

 獲物を見失って暴れる飛竜を尻目に、彼は走った。目指すは、丘の上に建てられたベースキャンプ。

 ガンランスの砲弾を、補充するのだ。

 

 

 ○◎●

 

 

「あ、アルフ。おかえり」

「セレス……まだここにいたのか」

 

 ベースキャンプに辿り着いた彼を迎える、小さな影。

 彼と共に狩りをする重弩使いの少女、セレス。

 

「えへへ、ごめん。新しい狩猟区だから、植生が分かんなくて」

 

 そう言う彼女の目の前には、小さな木製のローテーブルと、革袋が並べられている。

 テーブルの上には、中身を()()かれたカラの実の山、火薬粉を入れる携行缶、工具セット、そしてすり鉢に磨り潰された火薬草など、多種多様の物が置かれていた。

 彼女は、現地で弾丸を調達する。

 雑貨屋で購入すればいいじゃないか。アルフレッドはそう考えたこともあった。確かにその方が手っ取り早いが、費用が掛かるのだ。それも、少なくないほどの。

 で、あれば。

 

「いつも思うが、丁寧に調合するよなぁ」

「この手間でお金が浮くなら、あたしはいくらでも調合するよ!」

「……弾丸の職人としても、やってけそうだ」

 

 ローテーブルの端には、調合された弾丸が立てて並べられている。

 その十二個目を作り終えた彼女は、それを列の最後尾に並べ、懐から弾倉を取り出した。

 スプリングが収められた内部へ、弾丸を一つ一つ詰め込んでいく。十二個もあったそれらを残さず呑み込んだ弾倉は、次に革袋へと放り込まれた。

 

「普段から慣れてる狩猟区なら、どこに何が生えてるか覚えてるから、もうちょっと早く調合できるんだけどね」

「ここは、初めてだもんな」

 

 寒冷群島。

 近年狩猟区として認定された、その名の通り寒冷地帯である。

 地理的には、ユクモ地方に近いだろうか。比較的近隣のカムラの里で主に狩りが為され、ギルドとの連携を経た結果、アルフレッドらのような別拠点のハンターでも狩猟が解禁されたのである。

 

「氷海とはまた違ってて、ここも悪くないな」

 

 何より、スープが旨い。

 そう言いながら、彼はテント横の焚火を覆う鉄鍋から、ガウシカの胸肉の煮込み汁を掬って飲んだ。

 滋養強壮に優れたその旨みと、何よりもその温かさが、彼の体に染み渡る。氷牙竜の吐息を受けて冷えた彼の頬が、ほんのりと赤く染まった。

 

「大体の探索も済んで、地形も分かったからあたしも狩りに出れるよ! アルフの方は、どうだった?」

「見た感じ、地域は違えど、そこまで変化はないな。氷海や凍土のベリオロスに近い……が、大きく垂直飛びする癖があるみたいだ。あれには注意した方がいい」

「垂直飛び……真上に飛び上がるの? 後ろに跳んでブレス、っていうのは聞いたことあるんだけど」

「ブレスじゃなかった。完全な飛び掛かりだ。肉弾技だから、盾でも防ぎにくい。回避に徹した方がいいだろう」

「分かった! 参考にする!」

 

 セレスは、この新たな狩猟区の地図作りを。

 アルフレッドは、この環境に住むベリオロスの特性を。

 それぞれ分担しながら、狩りの準備を進めてきたのだった。

 

「さて、砲弾……っと」

「砲弾、撃ち尽くしたの?」

「ちょっと熱くなっちまってな。様子見のつもりだったんだが」

 

 そう言う彼の好戦的な笑みに、セレスはやれやれと両掌を天に向けた。

 

「相変わらずだなぁ、もう。無理しないでよね」

「大丈夫だ。まだ若い個体のようだから、きっと下位相当だろうし」

「でも、油断は禁物だよ。ね?」

 

 そう言いながら、差し出されたホットドリンク。

 それを受け取るアルフレッド。

 掌に触れたそれは、この雪空に似合わないほど温かった。

 

 

 ○◎●

 

 

 吹き荒ぶ吹雪。

 その雪と塵の隙間から、猛烈な勢いで弾丸が飛ぶ。

 自ら吐いた白い嵐が、むしろ煙幕となってしまった。敵を見失い、弾丸で甲殻を削られ続ける。

 ベリオロスは苛々した様子で、低い唸り声を上げた。

 

「オォラァッ!!」

 

 そこへ割り込む、真紅の男。

 氷と雪を掻きながら、重い銃槍を斬り上げる。その摩擦によって砲身は熱を灯し、切っ先は白い甲殻をバターのように裂いた。

 慌てて、跳躍。

 しかし、翼の棘は既に切り払われている。スパイクの役割を担っていたそれに見放され、ベリオロスはその巨体を滑らしてしまう。

 

「いいねぇ!」

 

 続けざまに、叩き付け。

 その鋭い刀身に、額を叩き割られる氷牙竜だったが、悲鳴を上げる前に、砲口が吠えるのだった。

 その咆哮は、静けさに満ちたこの寒冷群島を、容赦なく打ち鳴らす。

 

「フルバーストが、命中してる……! これなら!」

 

 その様子を見て、セレスはヘビィボウガンの弾倉を取り換えた。

 通常弾から、火炎弾へ。ベリオロスが火を弱点としているのは、その生態から見れば明らかだ。着弾と共に熱と衝撃を与え、燃焼剤として働く火薬草の粉末をさらに撒き散らす。

 しゃがんで連射すれば、それだけ多くの範囲を燃やせるということ。頭部を砲撃され、隙を晒したその巨体の背が、著しく焼けていく。

 

「……アルフ! 尻尾がくる!」

 

 しかし氷牙竜とて、やられるばかりではない。

 目の前の大男を弾き飛ばそうと、その太い尾を薙ぐ。それは盾に吸い込まれたが、彼を弾くことには成功した。

 興奮した鼻息は、まさに怒りの感情の表れだ。遠目から見るセレスにも、それはよく分かった。

 

 屈む上半身。

 力む肩甲骨に、筋が浮き出る後脚。

 で、あれば。予想される動きは、きっと──。

 

「アルフー!! 跳ぶ!」

「マジかッ!」

 

 ガンナーである彼女は、距離を離して戦うため、モンスターの動きの全貌が見える。

 故に、彼女の言うことはより真実に近いだろう。アルフレッドはその信頼の下、ガンランスを背中に背負って機動力を確保した。

 その直後、跳躍。セレスの言う通り、ベリオロスは真上に跳んだ。

 

「うおおおお!!」

 

 アルフレッドを狙って、真上から飛び掛かる。

 しかし彼は、前に出た。先程ベリオロスがいた方へ。前へ前へと、走り抜ける。

 巨体の、落ちる音。

 爪が乱雑に大地を穿ち、氷の割れる音が響く。

 舞い上がる霜と霧に、視界が奪われる中、彼は吠えた。

 

「オオオオオオォォォォォォ!」

 

 全身を使った、薙ぎ払い。抜刀の勢いのままに、展開直後のガンランスを叩き付ける。

 それに斬り抜かれた尾は──溶けたバターのようにあっさりと、その巨体と分離した。

 重しを失い、バランスを崩す。致命の一撃を放ったばかりで、隙だらけだったベリオロスは、簡単に前へ転がり込んだ。

 

「すごいすごい! 見事なカウンター!」

「へっ、してやったりだな」

 

 火炎弾を撃ち続けながら、セレスは称賛の声を上げる。

 アルフレッドは鼻を鳴らしながら、シリンダーの装填をするのだった。

 翼の棘を削がれ、尾を斬り落とされて。

 それでもベリオロスは、立ち上がる。憎々しげに、アルフレッドへと走り出すのだ。

 

「うおっ!」

 

 慌てて横に跳んだ彼だったが、反撃を試みる前に、その巨体が過ぎ去ってしまう。

 

「えっ──」

「セレス! そっちに行ったぞ!」

 

 氷牙竜は、アルフレッドを取り逃がしたものの、それを気に留めることはなかった。

 自らを焼き続けるもう一つの影に、気付いていたのだ。

 

「くっ……!」

 

 セレスは照準を合わせ、火炎弾を撃ち続ける。

 その炎に、とうとう琥珀色の牙は音を立てて砕けるが──それでも彼は、止まらない。少女を薙ぐために、走り続けた。

 アルフレッドも走る。しかし、彼の脚ではとても追い付けなかった。着実に、セレスの目前へと巨体が迫る──。

 

「セレスッ!!」

 

 迫る巨体。

 いつかの砂塵が脳裏をよぎる。

 目に焼き付いた猛き双角が、背筋を寒々しく撫でる。

 しかし彼女は──折れなかった。

 スコープから目を離し、両脚へと力を込める。

 

「はっ!」

 

 跳躍、そして着地。

 宙を泳ぐように、横に跳ぶ。

 セレスもまた、冷静にその突進を躱したのだった。

 

「セレス……!」

「大丈夫! あたしはもう、大丈夫だよ……!」

 

 恐れない。

 突進が迫ろうと、冷静に対処する。

 初めて共にウルクススを狩った、あの時の彼女とは違う、冷静で自信に満ちた笑みだった。

 頼もしさすら覚える。アルフレッドは、そんな彼女を見て静かに笑った。

 

「やるな……! あれを躱すとは」

「えへへ、頑張ったもん!」

 

 追い付いたアルフレッドと、肩を並べるセレス。

 その視線の先では、体勢を崩しながら方向転換するベリオロス。

 まさに満身創痍。

 そして獣は、手負いが一番恐ろしい。

 

「あの足取り、もう一度突進してくるな」

「みたいだね。また避ける?」

「……いや、あと少しで、仕留められそうだ」

 

 そう言いながら、彼は懐から二本の薬莢を取り出した。

 火炎弾とも、砲弾とも違う、黒く焦げ付いた薬莢だ。ただその大きさは、太く、また長い。

 明らかに大きさの異なるそれの一つを、セレスは受け取った。その薬莢となっている素材に、彼女は見覚えがあった。

 

「……リュウゲキの実?」

「あぁ。道中見つけてな。俺からの選別だ」

「……これって、もしかして」

「こいつを調合するの、中々大変なんだぜ。まだ、お前さんも作ったことはないだろ?」

「う、うん」

 

 その弾は、銃槍の真髄、竜撃砲を模したもの。

 ヘビィボウガンの銃身には、加圧機能はない。できるのは、ただ超質量の火薬を押し込めるのみ。

 見た目こそ似ているが、ガンランスのものとはまるで別物だ。だが、必殺級の威力を誇るという点では、まさに同等のものと言えるだろう。

 人はそれを、『竜撃弾』と呼ぶ。

 重弩であっても、近接射撃を要求する道化そのものだ。

 

「あたしに、扱えるかな」

「反動は覚悟しとけよ。だが、きっとあいつを仕留められる」

 

 ベリオロスは、走り出す。

 猛烈な勢いで、二人に迫る。

 

「俺の盾の後ろにいろよな。銃口だけ、俺の砲身と並べてくれ」

「そっか、妃竜砲の長さなら……!」

「あぁ、丁度いいくらいだ!」

 

 二人は、それぞれの切り札を獲物に呑み込ませた。

 一人、盾を構えて砲身を突き出す。

 一人、盾の背後から銃身を並べる。

 ガンランスのリーチは、穂先の刀身によるもので、砲身だけ見ればそれほど長くはない。

 一方で、セレスの持つ妃竜砲は、遠撃という銘を打つだけあって長射程を誇る。その分、銃身もまた長いのだ。

 つまり両者の銃口は、綺麗に揃えられており。

 その先には、こちらに迫るベリオロスがおり。

 ──舞台は全て、整った。

 まさに、この狩猟を終わらせる最後の一手。

 正真正銘の、最後の装填(ラストリロード)

 

「発射まで、若干の溜めがある! 俺の合図に続いてくれ!」

「分かった!」

 

 猛烈に掻き均す、黒い爪。

 鬼の形相、白き竜。

 

「まだだ、まだ……!」

 

 凍て付いた世界の中で、汗が垂れる。

 

「もっと、もっと引き付けるぞ……」

 

 セレスの額から垂れたそれは、氷点下の粒を浮かべながらも、彼女の頬を降りていく。

 

「まだ、まだ……まだだぞ……!」

 

 それが顎まで伝い、一瞬、玉のように包まって。

 

「さぁ、指に力を入れて──」

 

 ぽん、と、小さく落ちる。

 凍て付いた浅瀬へと、落ちていく。

 

「今だッ!!」

 

 その声と共に、引き金が甲高い音色を奏でる。

 同時に砲身が震えた。銃弾が、燃え盛った。

 溢れる炎の奔流は、灼熱の吐息となって、二つの銃口から滲み出る。

 それはまるで、青い空のような吐息──。

 一瞬の凝縮を経て、膨れ上がったそれは、真っ赤な炎の螺旋へと変貌する。ベリオロスの巨体を、軽々と包むほどの劫火(ごうか)

 断末魔のような悲鳴は、一瞬でしゃがれて灰に融けた。

 

 

 

「……どうだった?」

 

 反動で転がって、腰が抜けたように座り込みセレス。

 そんな彼女に向けて、アルフレッドは手を伸ばした。

 覚束ない手付きで握り返されるが、その腕は未だに震えていた。

 

「びっくりしたか?」

「……びっくり、した」

 

 強烈なまでの衝撃に、氷牙竜に轢き潰されたかと思ったほど。

 セレスは彼の腕を頼りに、何とか立ち上がるものの──それでもその足取りは、まるで生まれたてのケルビのようだった。

 目の前には、動かなくなったベリオロスがいる。

 灼熱の吐息に包まれ、全身を黒く焦がしたその姿は、あの白銀の騎士だったとは思えないほど、見るも無残な姿だった。

 

「竜撃弾って、こんなすごいんだね……」

「合わせて撃ったら、やりすぎた感が否めないな。気を付けよう」

 

 そう言いながら、アルフは手を合わせる。

 セレスが狩猟を終える度にしていたそれを、彼も無意識にやってしまうのだった。

 

「……うん」

 

 その様子に、少しだけ頬を緩まして。

 彼女もまた、手を合わせる。ベリオロスの命をいただくことに、感謝をしながら。

 

 ドンドルマギルドから依頼された、寒冷群島の生態調査。

 そのためのベリオロスの狩猟だったが、必要以上に素材を痛ませてしまったことで減給されたのは、また別の話である。

 それでも、二人は満足そうだった。

 心躍るような狩りを、することができたのだから。

 

 




竜撃砲&弾のクロスファイアを、させたかったのです!!
ベリオロスの垂直飛び回避のイメージはあれです。アメンドーズの跳躍。あれ尻尾の方へ走ると上手く避けれるし頭が目の前に来るしで最高なんですよね。別ゲーの話すんな。
これにて第二章は終わりです。第二章は、アルフレッドとセレスのペア狩り編でした。ガンランスとヘビィボウガンのタッグというのも、なかなかいい組み合わせだったなぁと感じます。ベースキャンプで弾薬調合とか、書いてみたかった。採集しながら狩りの準備をするって、まさに狩猟生活でいいなと思います。MHRiseは、ヒトダマドリの仕様で賛否両論あると思いますが、ヌシ等の強敵と戦うならば丁寧に鳥を集めて準備するの、綿密に狩猟の準備を進めている感じがして好きなんですよね。こういう丁寧な描写を、今後もしていきたいなと思います。
それでは、第三章で会いましょう。閲覧ありがとうございました。


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第三章 覇道を始動する銃槍
迫り寄る轟刃


「速度上げろ! もっと!! 速く!!」

 

 ガーグァが二羽、走る。

 未舗装の道、ではない。

 舗装された街道を走り続ける。

 ただのガーグァではない。装飾が為され、車輪の付いた箱を牽引している。

 その箱の背には、一人の男が声を荒げていた。

 その見た目から察するに、商人だろうか。あまり景気は良くなさそうだが、それなりに身なりを整えている。しかしその身なりも顧みず、ひたすら背後と前方を交互に見るのみ。時々、手綱を持つアイルーの肩を揺さぶっている。

 

「なぁ! もっとスピードは出ないのか! なぁ!!」

「ガーグァたちも、これが限界ニャ! 旦那! とにかく掴まってくれニャ!」

 

 彼らの走る街道は広く、山中や河川など自然の深層にあるものではない。

 雄大な山脈の、切り立った隙間。その谷間に出来た大通りだ。

 目指す先には、巨大な城壁が聳え立っている。城壁の向こうには、堅牢な作りの家々と、荘厳な建物が立ち並んでいた。

 ドンドルマ。ハンターズギルドの、まさに総本山と言える大都市である。

 

「追い付かれる! 追い付かれるよォ!」

「何でニャ! 何でこんなとこに、ティガレックスが徘徊してるんだニャ!」

 

 竜車を追うのは、青縞模様の飛竜。

 野性味溢れたその頭蓋は、まさに捕食者の象徴と言えるほど、鋭い牙が立ち並んでいる。大地を掻く爪は太く、そしてその速度も、異様なほど速い。

 しかしその瞳は、まるで正気を失ったかのように爛々と輝いていた。走る足取りもどこか不安定で、体中からは黒紫の(もや)のようなものが浮かんでいる。

 

「何だよ! 何だよコイツ!!」

「走れニャ! とにかく走ってくれニャ!」

 

 手綱の先のガーグァに、懇願するように。

 二人は竜車にしがみ付きながら、とにかく二頭を走らせ続けた。

 

 一方で、ドンドルマの城壁では。

 警備に当たっていた守護兵が、街道から迫り来る脅威に気付く。

 

「あれを見ろ!」

「ティガレックスだ! 竜車が追われている!」

「緊急事態だ、鐘を!」

 

 その言葉に、別の兵が走り出した。

 城壁の上に建てられた鐘を、強く叩く。けたたましい音が響き渡り、それと共に多数の兵が顔を出した。

 

「何事だ!」

 

 隊長格の男がそう尋ね、しかし部下の説明を聞く前に状況を察する。

 

「ティガレックスか……。ここまで近付いてくるなど、一体何事か」

「普段であれば、ここまで来ることはないのですが、よっぽど腹を空かせているのでしょうか」

「とにかく! あの竜車を保護せねばならん! 城門を閉める準備を進めよ! 竜車がくぐった直後に閉めるのだ!」

「はっ!」

「貴様らは轟竜を足止めせよ! バリスタの配備!」

「はっ!」

 

 数名の守護兵が二手に分かれ、城門上部の端に配置する。

 そこに備えられた歯車と、噛み合うように伸びるハンドルに手を掛けた。

 直後、耳障りな金属音を立てながら鎖と歯車が走り出す。その悲鳴と共に、城門が動き出した。

 

「も、門を閉める気じゃあ……そんな! 待ってくれ!」

「旦那! 上を見てくださいニャ!」

 

 動き始める門に、絶望の表情で顔を満たす男だったが、アイルーは小さな肉球で城門を上を指差した。

 そこには、レールを走るバリスタが、数台門上に集まる光景が描かれていた。

 光る(やじり)

 引き絞られる弦。

 守護兵たちが、飛竜を睨んだ。

 鈍い音を立て、太く重い矢が射出される。迫り来る、ティガレックスに向かって。

 

「うわぁ!」

 

 思わず身を伏せる商人の上を、風切り音が駆け抜けて。

 その刺突の雨を前に、ティガレックスは前脚に力を込めた。その巨体を急停止させ、続けざまに放たれる矢を背後に跳んで躱す。

 そして、咆哮。並のティガレックスではない、重く耳を引き裂くような、非常に奇妙な衝撃波だった。

 

「……ぐっ……!」

「何だこの音……っ!」

 

 怒りとも、不満とも、感情が読めない叫び声。

 いや、例えるならば──慟哭、だろうか。

 

「関係ねぇ! 前脚が隙だらけだ!」

 

 両前脚で大地を抉り、上半身を持ち上げる。

 そんな姿勢で吠え続ける轟竜は、自分の視界が狭まるほどの大咆哮を吐き続けていた。

 故に、前脚が大きく曝け出されている。避ける素振りもない。迫るバリスタの雨にも、気付かない。

 だからその数多の矢が、彼の前脚に穴を空けるのは、誰もが予想できたこと。

 ──その筈だった。

 

「な……」

 

 弾かれる。

 まるで鉄板にでも撃ち込んだかのようだ。

 爪どころか、皮膚や鱗であっても、バリスタの弾を軽々と弾いていた。金属を思わせるほどの硬度。並の轟竜でないことを、誰もが感じていた。

 

「隊長! あれは……!」

「弾いた……? そんな、馬鹿な」

「ええい怯むな! 銅鑼を鳴らせ! ハンターが必要だ! 対轟竜防衛作戦を始動させよ!」

「は、はい!」

 

 ゴオォン! 

 思わず耳を塞ぐほどの、重苦しい音が鳴り響く。

 その銅鑼の音は、緊急事態を告げる報せ。

 即ち、強大な存在に街が脅かされている証。

 城門程度では、その存在を防ぐことは不可能に近いという事実──。

 

「隊長! 奴が!」

 

 降り注ぐバリスタもまるで気に留めず、走り出す。

 前脚、首、尻尾の付け根と、あらゆる部位に矢は吸い込まれていくが、彼は一向に気に留めていなかった。

 頭部には、深々と刺さる。しかし、それさえも気にしていなかった。

 その表情は狂気そのもので、動くもの全てを撃滅する、暴虐の悪魔と成り果てていた。

 

「門を閉めろ!」

 

 ギリギリギリ! 

 歯車と歯車が擦れ合い、その度に鎖が呻いている。

 

「うおおおお!! 間に合う……か!?」

「ギリギリっ、いける、ニャー!」

 

 全速力で走るガーグァに、引き摺られる竜車。

 車輪が悲鳴を上げ、石飛礫と共に火花を巻き上げる。

 それでも、走る。脅威から逃れる為に、走り続ける。

 

「頼むーっ!!」

「頼むニャーっ!!」

 

 唸る門。

 閉じ終える前に、その狭まった口で竜車を呑み込んだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ──俺たちッ!」

「逃げ切れたニャー!」

 

 転がり込むようにガーグァが急停止し、城門の内側で止まった竜車。

 乗っていた商人の男とアイルーは、抱き合うようにしてお互いを讃え合った。

 その向こうでは、猛進を続けるティガレックス。

 

「う、うわああ! 門を、門を早くぅ!」

「し、閉めてくれニャ―!!」

 

 ガラガラガラ、と耳障りな音を立てながら、歯車が猛回転する。

 上下に開閉する重い門は、まるで断頭台のように恐ろしい勢いで口を閉じた。その衝撃と、舞い上がる埃を浴びせられ、二人は思わず顔を覆うが──。

 その視線の先は、鉄と木材で仕立てられた堅牢な壁が映るのみ。

 

「……助かった?」

「た、助かった……ニャ」

 

 外の明るさとは一転、石積みの城壁の暗がりに包まれ、しんと静まり返った空気に二人は現実感を見失ってしまう。

 が、木製の階段が軋む音に気付き、かと思えば振り返って。

 その先に映る鎧の兵士を前に、二人はようやく安堵する。

 

「しゅっ、守護兵さん……!」

「ご無事ですか!? 怪我は!」

「だ、大丈夫ですニャ~! 怖かったですニャ~!!」

 

 守護兵に保護され、二人の腰は抜け落ちたようだった。

 ただ子どものように泣きじゃくり、しかし頬が緩むのを抑え切れないようで。

 

 ドン! 

 そんな二人を脅すように、門の向こうから鈍い音が響く。

 かと思えば、耳が割れそうなほどのつんざく声。

 門の向こうで唸る、ティガレックス。姿こそ見えないが、確かに彼はそこにいる。その事実に、商人とアイルーは再び体を震え上がらせるのだった。

 

「お二人は地下壕へ! 案内いたします」

「しょ、商業区には……?」

「先程、防衛作戦の銅鑼を鳴らしました。おそらく、市街地はこれから狩猟区となります。今は待ってください」

「そ、そんな! あ、あれが中に……!?」

「この城壁があるから、リオレウスじゃあるまいし! ティガレックスが乗り込んでくるニャんて──」

 

 岩が割れるような、轟音。

 それが少しずつ、上へ上へと伸びていく。

 ガリガリと削るような音が響く度に、パラパラと木の粉や石の破片が落ちてくる。

 軋むような音は、少しずつ上から聞こえるようになった。どんどん、上へ登っていく。

 

「……まさか」

「やはり、壁を登ったか……!」

「そ、そんニャア!」

 

 城門すぐ横には、守護兵の詰め所へと続く扉がある。

 二人はそこへ誘導されると、そこの人口密度に驚くばかりだった。

 人、人、人。

 買い物途中の親子連れ、給仕係のアイルー、商品を持ったままの運び屋、そして彼らを連れる守備兵と。

 その狭い空間を満たす人の数々に、二人はただ圧倒されるばかりだった。

 

「慌てないでください! 地下壕はこちらです! 押さないで!」

「ちょっとこれ、どうなってんのよ!」

「押すな、押すな! 商品が壊れるだろ!」

「やばい、やばいよ。ティガレックスが来るなんて……っ」

「お母さん! お母さん、どこ!?」

 

 まるで大鍋で民衆を煮込んだようなその光景に、二人は今まさに非常事態であることを実感する。

 城門まで逃げ切れたところで、脅威はまるで去っていない。

 むしろ自分たちが、その脅威を連れて来てしまった。

 そんな自責の念の下、彼らもまた、大鍋の中へと身を投じるのだった。

 

 

 

「──轟竜、ですの?」

「えぇ、お嬢様。ティガレックス、というものでございます」

「書物で読んだことがありますわ! とても野性的で、グルメなんでしょう?」

「はて、グルメとは」

「何でも元々は乾燥地帯に住んでるのに、寒冷地での目撃情報も多い……それは、大好きなポポの肉を食べに行くに他ならない! これをグルメと言わずして何と言えば! 面白いモンスターですのよ!」

「ほほう。なるほど。それは確かにグルメですな」

「えぇ、まさかこんなところで出会えるなんて!」

「行きますかな?」

「勿論! 街を守るのも、(わたくし)達ハンターの務めですわ」

 

 雪崩れ込むような人の波に、あえて逆らう二つの影。

 両者とも、桃色の鎧で身を包んでいる。

 一人は、同じく桃色の髪を肩まで伸ばした、品の良さそうな少女。まるでドレスのような鎧を靡かせながら、両掌に力を込める。

 片や、初老の紳士然とした男。彼女とお揃いの桃色の鎧を纏うその姿は、さながら執事や、爺やといったところか。ただその背から伸びる一本の鋭い槍は、彼をただの老人でいることを許しはしなかった。その足取りは、歴戦のハンターのそれである。

 

「どうも、通常の個体ではないようですが」

「それでも、飛竜の討伐は何度かさせてもらいましたもの。あとは実戦で色々覚えますわ」

「お嬢様……」

「何より、貴方がいてくれますから。頼りにしてますわ、セバスチャン」

「……この命に代えても、貴女は守りましょう」

 

 老体を感じさせない手付きで武器を構え、研ぐ。

 鋭く尖ったその先端が、ドンドルマを照らす光を映し出した。

 

「──こんなところで、逃げる訳にはいかないですわ。私にも、使命がありますから」

 

 少女もまた武器を構え、ドンドルマ市街の大通りへと足を踏み入れた。

 通常ならば、市街地の中心となっているこの場所は、今は閑静なベースキャンプとなっている。

 守護兵が民衆を避難誘導しながら、その片手間に建てたテント。横に備えられたアイテムボックスには、支給用の応急薬グレートと秘薬がいくつか入っている。

 二人はそれを手に取って、自身のポーチに入れるのだった。

 

「貰えるものなら、貰っておきませんと」

「お嬢様、お待ちください」

 

 あるだけ全て取ろうと、手を伸ばす。

 そんな彼女を、セバスチャンと呼ばれた老ハンターは制止した。

 

「……今回は防衛作戦。すぐに動けたハンターは我々だけでしたが、今後応援が来るかもしれません。その方々の分を残しておくのが、礼儀というもの」

「そう、ですわね。いつものように、狩猟区に出る訳じゃないですものね。増援、確かに来てほしいですわ」

 

 彼の言葉に、彼女は伸ばした手を下ろして。

 踵を返し、門を目指す。ティガレックスが居座る通りへ。

 ドンドルマは、今『戦闘街』へと姿を変えた。

 

「この先ですな。腐肉の香りで、轟竜を誘導したと聞きました」

「何でも、防衛ラインとして様々な設備があるらしいですわね。楽しみですわ」

「対大型古龍を想定されてますから、轟竜相手では使いにくいでしょうなぁ」

「そうですの? 巨龍砲、見れると思ってたのに残念ですわ」

 

 進む先は、戦闘街の第一エリア。

 レールとバリスタ、移動式大砲が立ち並ぶ防衛ライン。

 

「さぁ! 剣の錆にして差し上げましょう!」

 

 その高台から、ドレスの少女は宙を舞う。

 轟竜に向け、その鋭い切っ先を大きく振り被るのだった。

 

 

 ○◎●

 

 

「……あ? 何だ、この音」

「こりゃあ、城門を突破された際の銅鑼の音じゃな。よくあることじゃ」

 

 ドンドルマの路地、その片隅で営まれる工房、『火薬庫』。

 そこでアルフレッドは、けたたましい銅鑼の音を聞いた。

 

「……何か、来たのか?」

「そういうことになるな! なぁに、ドンドルマでは日常茶飯事じゃ」

 

 火薬庫のオーナーである老人は、そう言って親指を掲げるものの、アルフレッドは静かに立ち上がる。

 壁に立てかけていた、自身の獲物を手に取った。

 

「なんじゃ、行くのか?」

「よく分かんねぇけど、とりあえず、な」

 

 大柄な男が、歩き出す。

 その後ろ姿に、老人は「そんな慌てることじゃない」と言うのだが。

 それでも彼は、振り返らずに店を出た。

 

 外に出れば、鐘が鳴り続けている。

 逃げ惑う人々で、息の荒い雑踏が描かれている。

 

「……狩り、か。まさかこんなところで」

 

 思わぬ舞台に、彼は口角を上げた。

 棚から牡丹餅だ。そう付け加えた。

 




4Gの頃にあった対○○防衛作戦のクエストが、どのように起こるのかなと妄想したお話でした。あのクエスト群、街を守ってる感じがしてとても好きでした。
今回から第三章です。一章の際に出てきた、あのキャラたちにとうとう焦点が当てられます。覚えている人の方が少なそうな気がします。詳しくは第一章「怪物と銃槍」をご照覧あれ!
それはそうと、モンハンライズ発売1周年ですね。めでたい!サンブレイクも楽しみです。サンブレイクの要素も取り入れつつ、これからもちまちま更新して参ります。

…え? 更新が遅かったって? 全てはエルデンリングの仕業なんだ。許して欲しい…。


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対轟竜防衛作戦!

「~~~~!! くっそ固ぇですわ!!」

 

 渾身の刺突を、その首筋に弾かれた。

 まるでドラグライト鉱床に、突きを入れたような。

 そんな感覚を、彼女は錯覚する。

 しかしここは、火山ではない。目の前にいるのは、確かにティガレックス。

 ──しかしその様相は、ただのティガレックスではなかった。

 

「……何ですの? この子……」

「様子がおかしいですな。やはり、城壁を登ってくるだけのことはある。特異個体、というものでしょうか」

 

 唸る顔は酷く(やつ)れ、その目は血走ったように爛々と輝いている。

 鼻息は荒く、動悸はどこか不安定だ。膨らむ肺が、不規則なリズムで収縮を繰り返す。

 何より、体中から舞い上がる、(もや)。さながら、汗が蒸発しているかのようだが、通常のティガレックスが、黒紫色の汗をかくことはない。

 であれば、この個体は何か異常であるのだろう。

 突然変異か、はたまた外的要因か──。

 

「……"極限状態"?」

「きょく……?」

「聞いたことがあります。十年近く前になりますが、このドンドルマ一帯で奇妙な個体のモンスターが確認されたと」

「それって、一体」

 

 荒く、大地を掻く。

 獲物を前に、品定めをしているようだった。

 ティガレックスは、様子を見ている。

 その姿を前に、セバスチャンは確信を抱いた。

 

「かつて古龍の幼体、黒蝕竜ゴア・マガラがばらまいた未知のウイルス……それに感染して凶暴化するモンスターの事例がありました」

「凶暴化……?」

「通常の個体とは一線を画す行動をするのです。中でも、ウイルスを克服した個体は特に危険で、ギルドからは"古龍級生物"級の危険度と認知されています」

 

 恐暴竜、イビルジョー。

 彼に代表される古龍級生物とは、その名の通り古龍でなくとも古龍と同等、もしくはそれ以上の危険性をもつ強靭なモンスターを差す言葉。

 ティガレックスは本来有り触れた飛竜であり、古龍に比べれば明らかに格下だ。その幼体であるゴア・マガラにすら軽く屠られてしまうのだから。

 だが、例のウイルスを克服した場合は、話が異なる。

 

「類稀なる凶暴性、生命維持を度外視した行動、強靭な皮膚、限界を超えた筋力……など、挙げればキリがありません。極限状態は、極めて危険な個体です」

「……ということは、目の前にいるあの子は、古龍と同等の強さを?」

「そういうことになりますな」

 

 セバスチャンは、盾を構えた。

 その所作を前に、轟竜は吠える。決戦の火蓋を落とすかのように。

 

「お嬢様、ここは退避を」

「何を言うのです、私もハンターですわ! 戦います!」

「ですが、これは非常に危険です」

「我がグレイビアード家の家訓に、撤退の二文字はありませんわ!」

「ですが……!」

 

 それ以上の会話をするな。

 そう言わんばかりに、ティガレックスが迫る。

 その強靭な前脚で、床の石畳は尽く捲られていく──少女はその光景に息を呑みながら、横に跳んだ。

 セバスチャンは、腰を捻り、盾を低く、低く構える。

 

「──ハッ!!」

 

 振り被る前脚。

 その鈍く、かつ鋭い爪を、彼は弾いた。

 直撃する瞬間、素早く振り上げた盾で爪先を滑らし、軌道を逸らす。

 そして隙を晒した頭部に、渾身の一突きを叩き込むのだ。

 

「ヒョオッ!!」

 

 それが目元を穿ち、轟竜は悲鳴を上げる。

 叩き潰すはずが、腕を逸らされ反撃を喰らう。

 その事実が、信じられなかったのだろうか。今度は反対の腕を振り被るが──。

 

「甘いッ!」

 

 それも再び、滑らかな表面の盾に逸らされる。

 続く斬り上げ、さらに薙ぎ払い。十文字を描くようなその斬撃に、轟竜は一歩後退し、体勢を低くした。

 

「……尻尾ですわ!」

「ぬんっ!」

 

 低めた体を、瞬時に回転させる。

 まるで小さな竜巻のように、周囲一帯を薙ぎ払う荒業。石畳が剥がれ、細かな砂利が舞い上がる。

 しかしセバスチャンは、それをも捌き、反撃の一打を叩き込むのだった。

 続く打撃は、盾に依るもの。轟竜の頭蓋が、嫌な音を立てる。

 

「──やはり、硬化する部位とそうでない部位があるようですな」

「で、ですの?」

「頭は、通常の個体と変わりない! お嬢様、前脚は特にご注意を!」

「わ、分かりましたわ!」

 

 攻撃を尽く捌かれ、ティガレックスは自身の逆鱗を露わにした。

 吠える。周囲を薙ぎ払うが如く。

 

「わっ……!」

「ふんっ!」

 

 背後に回っていた少女は思わず耳を塞ぐが、セバスチャンは冷静に盾を掲げた。

 音は見えない。そのため目視で捌くことはできないが、衝撃波であることには変わりない。盾に身を隠し、その衝撃を最低限に留める。

 怒りに燃えるティガレックスは、もはや自我を失ったように走り出した。その乱撃の嵐には、流石のセバスチャンも回避を選択する。

 

「後ろががら空きですわ!」

 

 前脚を振り被るだけの、大振りな技。

 その度に尻尾は揺れ動くが、逆にいえばそれさえ躱してしまえば、背後は隙だらけである。

 少女は身軽な動きで尾を掻い潜り、その付け根を踏んで飛び上がった。

 真上からの急襲、鋭利なレイピアを突き出しては全体重を掛けて落下する。その降下突きを受け、ティガレックスは忌々しそうに唸り声を上げる。

 

「……ど、毒が効いている様子はありませんわね」

「極限状態は、毒も何もかも弾きます。ウイルスに対する抗体が、異常なまでの効力を発揮しているのです!」

 

 振り向いたティガレックスは、少女に向けて腕を振るう。

 その腕を薙いで、石畳を弾いては彼女にぶつけようと試みるが──滑り込んだ大盾がそれを逸らす。そして続く、突進。

 轟竜ではない。老紳士が、その優雅な所作には似合わぬ豪快な動きで、大地を蹴って走り出すのだ。

 

「はっ!」

 

 懐に入り込み、鎖骨を狙って刺突を放つ。

 その痛みのあまり、仰け反らせた頭部を、続く刺突が襲う。三度目の連撃は、大きく振り被るのだ。力を溜めるように槍を構え、盾を大地へと突き立てる。

 そして放つ薙ぎ払いは、確実に彼の頭部を揺さぶった。絶対強者、悲鳴を上げる。

 

「まだですわ!」

 

 少女が、盾を足場にして跳んだ。

 真上から、全体重を乗せる。プリンセスレイピアは、その刀身に塗り込まれた毒と、鋭利な切っ先を用いた刺突技に優れる。だがその小振りな盾もまた、飛竜の甲殻を用いているだけあって重く固いのだ。

 つまり、その盾を用いた打撃も強烈である。上空から、その盾をもって殴り付ける妙技。片手剣使いの中では、『フォールバッシュ』と呼ばれている──。

 

「むっ!」

 

 だが、轟竜は倒れなかった。

 背後に跳んで、体勢を整える。

 目の前の小さな獲物を、全て轢き潰す体勢へ。

 

「これでも、眩暈(スタン)を起こさないなんて……!」

「まずいっ!」

 

 少女は、彼を昏倒させるつもりで前に踏み込んだ。

 だが実際はそれが実現することはなく、むしろ今、彼は目の前で突進を繰り出さんとしている。

 回避行動をとったところで、間に合うかどうか。

 彼女を守るため、老体に鞭を打って前に出る。しかし、盾を構えたところであの巨体を防げようか。先に自分が、磨り潰されるのではないか──。

 その事実に、セバスチャンが強く歯を食い縛ったところで。

 大きな影が過ぎるのに、気付いた。

 

「暴れんじゃねぇ!」

 

 轟竜の背中に張り付く、大柄な男。

 赤髪を揺らし、その背に重槍を突き立てて。

 かと思えば穂先を分離させ、背中の肉へと突き立てる。突然の乱入者に、轟竜は悲鳴を上げて走り出した。

 

「させるかよっ!」

 

 背中から飛び、首元へと刃を突き立てる。

 それを軸に体勢を整えつつ、彼は拳を振り上げた。

 目元へ──轟竜の右目へと打ち付ける。

 

「な……!」

「だ、誰ですの……っ?」

 

 瞳は、敏感だ。人間程度の力であろうと、瞳を殴られれば大きな反応をせざるを得ない。

 ティガレックスは殴られた方へと仰け反って、その体ごと方向転換する。少女と老人のいる軌道から、ただの石積みの城壁の方へと向きを換えた。

 ──そして、これこそが、この大柄な男の狙い。

 

「いいぜ、いい子だ」

 

 穂先の刃を、重槍に戻す。

 その槍には、砲口があった。穂先の戻った槍を、彼はその厳つい頭部へと押し当てるのだ。

 それは重槍では、ない。

 銃槍だ。

 

「そのまま、突っ走れ!!」

 

 全ての砲弾を、射出する。

 その猛烈な勢いに、ティガレックスはたまらず走り出した。

 顔を焼かれ、目が煮え立ち、痛みと衝撃に五感を失う。

 ただ痛みから抜け出すことだけを考えて、彼は走り出すのだが──その先は、ただの石造りの壁。

 柔らかな頭部は、固い石の衝撃を存分に吸収した。たまらず、倒れ込む。あの獰猛なティガレックスに、隙が生まれた。

 

「来るのが遅くて悪かったな、お二人さん」

「増援、増援ですのね!? 助かりましたわ!」

「……おや、貴方は……」

 

 その男──アルフレッドの登場に、少女は両掌を合わせて喜んだ。

 一方で、老紳士は何か思い当たることがあると言いたげな表情で、彼を見るのだが──。

 そんなことに構うことなく、アルフレッドは二人にある物を手渡した。

 それは、武骨で重い杭。そしてその尻には、太いロープが折り畳んで仕込まれている。

 

「追加の支給品、らしい。バリスタ用拘束弾だ」

「まぁ、(わたくし)たちがボックスを見た時には、このような物ありませんでしたわ!」

「これで、轟竜の拘束を頼めるか。一つは地面、もう一つは──」

「あの、高台のものですか?」

「そうそう、それそれ」

 

 この戦闘街を囲うように作られた石壁の上には、レールと弾薬庫、そして固定式のバリスタが配備されている。

 もう一つは、地上に設置された小型バリスタ。地面に埋められるようにして、射出の瞬間だけ顔を出す折り畳み式だ。

 

「拘束、とは……如何するおつもりで?」

「あのでかいのを、ぶち当ててやろうと思ってな」

 

 アルフレッドが親指で示す先には、天に聳え立つような黒い巨砲が佇んでいる。

 少女が見たいと言っていた、『巨龍砲』。

 

 

 ──そうじゃアルフ、これを持ってけ。

 

 ──何だこれ、でかい炭か? 

 

 ──火薬庫印の、副産製滅龍炭じゃ。巨龍砲の起爆剤となる。

 

 ──爺さん、これ……。

 

 ──もちろん、非公式じゃ。わしはあの事業に関わらせてもらえんかったからのぅ。が、きっとこれでも扱えるじゃろう。

 

 ──大丈夫かよ? 

 

 ──なぁに、撃っちまえばそれが公式か非公式かなんて分からんさ。それに、お前さんも気になるじゃろう? これの放つ、砲撃の威力が。

 

 

 あの悪巧(わるだく)みをするような老人の表情。

 ゴーグル越しでも、卑しい顔をしていたのは容易に想像できる。そんなことを考えながら、アルフレッドは歩き出した。

 

「地面に、大きく焼けた箇所があるの、分かるか?」

「……あの、撃龍槍手前の?」

「そうだ。あれが、試射した時に出来た着弾点らしい」

「ということは、巨龍砲はあそこに弾が届くということでしょうか?」

「そういうことになるな。だから、あそこでティガレックスを拘束してほしい! 頼んだ!」

 

 一点だけ、草も生えない不毛の部分がある。

 焼け焦げて、深く抉れたその部分こそ、巨龍砲の着弾点。巨龍砲は大きすぎるため、砲の旋回も射撃地点の調整もできないのだ。ただ一点を撃ち抜くだけ、しかしそれさえ通せば、あの轟竜も仕留められるだろう。

 ティガレックスは、起き上がった。

 その目は血走っており、とてもまともな状態じゃないことは見て取れる。

 

「お嬢様、上へ! 下は私が務めましょう」

「分かりましたわ! 気を付けて!」

 

 壁に張り巡らされた縄を登り、高台へと登るアルフレッド。少女もまた、後を追うように登り始める。

 一方、ティガレックスの前に立つのはセバスチャンのみ──。

 轟竜は、その鈍重な爪を振るう。目の前の小さな存在を、打ちのめそうと。

 だが。

 

「はっ!」

 

 彼は直撃の瞬間に、滑らすように盾を振るのだった。

 その滑らかな曲線の動きは、大柄な轟竜の腕であっても、軽々と受け流してしまう。

 全ての攻撃を捌き、顔に向けて刺突を放つ。そんな離れ業を前に、アルフレッドは感嘆するのだった。

 

「……すげぇな、あの爺さん」

「ふふん、うちのセバスは優秀ですのよ! 何といったって、古龍との交戦経験があるのですから!」

「……セバス? どっかで、聞いたような」

 

 聞き覚えのある名前だった。

 しかし、ゆっくりと思い出している場合でもなかった。

 高台の上を刻むレール。そのレールの上に佇む、移動式砲台。トロッコに大砲を取り付けただけの簡素なものだったが、アルフレッドはそれに乗り込んだ。道中の弾薬庫から引っ張り出した、三個詰めされた砲弾を押し込みながら。

 

「お前さんはバリスタを頼む!」

「分かりましたわ! 貴方も、しっかり狙ってくださいな!」

 

 トロッコの両端に備えられたスイッチは、その進行方向を定める物。

 アルフレッドは、左の物を勢いよく踏み抜いた。

 すると、ゴトンと重い音を立てながら車輪が動き出す。車体の下部から蒸気を噴き出させ、トロッコは走り出した。荒い作りのレールを走るそれは、大層乗り心地の悪いものだったが──。

 それでも、走りながら大砲の狙いをつけることは十分可能だ。

 

「食らいな!」

 

 大砲下部のスイッチを、勢いよく叩く。

 込められた三発分のそれが、瞬時に放たれる。轟竜の背中が勢いよく焼け、その衝撃に彼は腹を大地に擦り付けた。

 

「好機ッ!」

 

 晒された隙を狙い澄ますかのように、セバスチャンは槍を引いた。

 限界まで引き絞るそれは、さながら弓の剛射のよう。しかし、その筋力の弦は、うねるような螺旋を描く。乱回転した切っ先は、旋風の如き刺突を放つのだった。

 スクリュースラスト。ランスの奥義の一つである。

 

「……セバス!」

 

 しかしティガレックスは、怯まなかった。

 まるで痛みも何も、感じていないかのように。

 とうに自我も何もかも、失ってしまったかのように。

 全身を酷使した反動に苦しむセバスチャン。彼に、振りかざされる牙を防ぐ手段は、もうない。少女は、悲痛な叫びを溢しそうになる──。

 が、それよりも速く、超高速の一閃が走るのだった。その爆ぜる弾道が、ティガレックスを否応なしに怯ませる。痛みを感じずとも、爆破の衝撃には抗えないのだ。

 

「セレス! 間に合ったか!」

「へへ、お待たせ!」

 

 高台から狙いを定めていたのは、銀髪の狙撃手、セレス。アルフレッドの相棒だ。

 彼女の放った狙撃竜弾が、轟竜に無理矢理隙を晒させる。その隙に、セバスチャンはランスを背に戻して走り出した。地面に固定された、バリスタの下へと。

 

「さぁ、いよいよだ」

 

 固定式砲台は、とうとう巨龍砲の根元へと辿り着いた。

 到着と同時に、車輪が固定される。砲身は下部へ折り畳むように収納され、それが配送管の代わりとなって巨龍砲へと結合する。

 アルフレッドは、懐にある火薬庫印の滅龍炭を取り出した。

 

 ──新作の開発中に出来た副次的なものじゃ。が、きっと強いぞ。

 

 あの火薬庫の老人は、そう語っていた。

 新作とは、何だろう。

 彼が語るのだから、きっと素敵なものに違いない。

 楽しみだ。嗚呼、楽しみだ。

 そんな(はや)る気持ちを、(こぼ)れそうになる笑みを抑えながら、彼はそれを砲身の中に押し込むのだ。

 

「さぁ、これが俺の最高の竜撃砲だ。なんつってな」

 

 ゴウン、と音を立てながら、巨龍砲が動き出す。

 真上に聳え立っていた砲身が、ゆっくりと倒れていく。その照準は、確かに戦闘街の中心へと向けられた。

 

 

「あのモンスター……」

 

 射撃、躱すティガレックス。

 続けざまに射撃、横っ飛びで躱し、狙撃手に向けて走り出す。

 迫る絶対強者。それでもセレスは、冷静にスコープを見続ける。

 

「極限状態って話は、本当だったんだね……」

 

 遠撃弾でティガレックスの誘導をしながら、そんなことを呟いていた。

 

 ──極限状態だと、皮膚が硬化してまともな傷を与えられない。それに、猛攻を掻い潜るのは非常に危険だ。今は、抗竜石もないしな。

 

 変わり果てた市街地(ベースキャンプ)で、アルフレッドが語っていたことを、彼女は思い出す。

 極限状態のモンスターというのは、彼女は初めて見た。

 アルフレッドが言うには、ここ数年は確認されていなかったらしい。かつては、バルバレやドンドルマを(めぐ)って蔓延したことがあった、そうだが。

 そのため、抗竜石を持ち歩いているハンターは、今ではほとんどいない。故にアルフレッドらが今持つ効果的な手段は、この巨龍砲のみなのである。

 

「今だよ!」

「承知っ!」

「分かりましたわ!」

 

 セレスの声を合図に、少女と老紳士はバリスタを放つ。

 弦が激しく跳躍し、その拘束弾をまっすぐ、ティガレックスへと弾き飛ばした。

 セレスの放った遠撃弾を、避けながら彼女まで走ってきたティガレックス。しかし、それは着弾点へと誘い込むための罠だったのだ。

 その飛竜は、今不毛の抉れた地点で、ロープの付いた杭に射抜かれ、もがいている。

 

 皮膚に穴が空き、ロープが体を縫い付ける。

 動けば動く度に、その杭が体に食い込み、ロープが深く巻き付いた。

 

「――あばよ」

 

 アルフレッドは、発射台を踏み抜いた。

 直後、大気が爆ぜる。

 その瞬間に、ティガレックスと目が合ったような――そんな感覚を、彼は覚えた。

 

 軌道が焼ける。

 轟竜は、背後に跳ぼうと全身に力を込める。

 しかし動けない。

 避けれない。

 彼の眼前に、超質量の塊が迫っていた。

 

 

 

 音は、後から響いた。

 放たれた砲弾は、着弾と同時に炸裂する。それは巨大な火球となって、内包した龍属性エネルギーを吐き出すのだ。

 獄狼竜の素材と、滅龍炭を合わせたその威力は、如何に極限個体といえど防ぎようがない。

 あの硬質化した皮膚も、易々と打ち砕くのである。

 

 

 ○◎●

 

 

「……まるで、太陽が目の前にやってきたようでしたわ」

 

 火が収まった頃、少女はポツリとそう溢した。

 その焼け跡には、動かなくなった轟竜が、一頭。

 

「……仕留めましたな」

「対轟竜防衛作戦、これにて完了だよ!」

 

 最も近くでその光景を見ていたセバスチャンは、大きく息を吐きながら胸を撫で下ろし、セレスは狩猟完了の信号弾を空に向けて放つのだった。

 その光景を見ながら、アルフレッドは静かに座る。

 その表情は、どこか晴れやかだった。

 

「……っはぁー……良かった」

 

 先ほどまでの荒々しい世界が、嘘みたいに静かになる。

 しかし彼の心は、それ以上に大きなものに、支配されていた。

 

「巨龍砲、たまんねぇな。……あれが、これで撃てたなら」

 

 そう言いながら、彼は愛用する銃槍を撫でる。

 まるで巨木と枝ほどの差がある二丁の砲身だが──それでも銃槍は、持ち主の期待に応えるかのように、太陽の光を静かに反射させるのだった。

 




4Gの頃の狩りが懐かしいです。
ゴグマジオス、復活してくれないかな。WorldやRiseのような昨今のリアル調で、是非とも4Gをリメイクしてほしいなと何度も感じてしまいます。村々を転々としながら、その土地の人々の依頼を聞いて応える、これが一番私のやりたかったモンハンだなと、ずっと感じてしまうのです。村専属のハンターや新大陸調査のエリート集団、里の存亡を一丸となって守るというのも、楽しい体験でしたけどね。でも、心はずっと4Gを引きずっている気がします。
ところでサンブレイク、セルレギオス復帰が決まりましたね!叛逆銃槍ロドレギオンも帰ってくるのでは!?しかもしかも、サンブレイク版の彼のBGMに、一部ゴグマジオスのものがアレンジして入っているという…。これは、嬉しいファンサービスです。楽しみでなりません!
それでは、感想や評価お待ちしております。
閲覧ありがとうございました。


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森丘の月の夜

「セレス、そこ押さえててくれ」

「こうでいい?」

「うん、そんな感じ」

 

 鉄製のポールを数本立て、そこに天幕をくぐらせる。

 ポールの突起に、天幕の端に縫い付けられた紐を巻き付ければ、簡易テントの完成だ。

 セレスはポールが動かないように押さえ、アルフレッドは結びの一つ一つを丁寧にこなしていく。

 

「……よし、あとは防水布を頼む」

「もう準備できてるよ!」

 

 荷物が詰め込まれた木箱だったが、セレスは既に防水布を取り出していた。

 天幕は上に、防水布は下に。地面からの冷気を遮断し、水気を弾く。キャンプを作る上での必需品だ。

 アルフレッドは、キャンプ設営のための道具を、乱雑に木箱に詰めたつもりだった。

 しかし、中身に目をやれば、それは綺麗に整えられている。

 

「アルフったら、適当に詰め込むんだもん。並べて入れれば、探しやすいよ」

「セレスが整理してくれたのか、悪いな」

 

 普段から節制のために、道具のやりくりに力を入れている彼女。

 このような整理整頓は、朝飯前なのだろう。

 

「じゃあ折り畳みのベッド、詰めてこうかね」

「あたしはペグ刺すね!」

 

 木箱の横には、木製の折り畳みベッドが四つ。

 アルフレッドは、それを所狭しとテントの中に詰めていく。

 一方のセレスは、木箱から金槌と金属製の杭を取り出した。天幕が風に捲られないように、地面に打ち込むもの。ペグ、と呼ばれている。

 

「……中身、随分狭くなっちまったな」

「そりゃ、四人もいればそうなるよ」

 

 二人で使っていた分には気にならなかったが、今回の狩りの参加者は、全部で四人。

 テントの中の荷物は実質二倍である。その分、狭くなるのは当然のこと。

 

「ま、このあたりは温暖な気候だから助かる。毛布も巻き寝具もいらないし」

「森丘って、自然豊かでいいところだね」

 

 二人がベースキャンプを作っているのは、『森丘』と呼ばれる狩猟区である。

 ココット村を最寄りとするこの狩猟区は、深い森と小高い丘に囲まれており、その分多くの生命に満ち溢れた環境だ。

 鳥竜、草食種、甲虫種に飛竜。様々なモンスターたちが姿を見せる、まさに自然豊かなフィールドなのである。

 

「今はまだ日が見えるけど、もうじき沈むだろうな。設営、急がないと」

「うん。とりあえず、ペグ全部打っちゃうね」

「俺もタープ張っとこ。標高がそんなに高い訳じゃないけど、いつ天気が崩れるか分からんし」

 

 カァン、と小気味良い音が響く。

 セレスが金槌を振るい、その度に甲高い衝突音が森を木霊する。

 それを聞きながら、アルフレッドは木箱から一際大きな天幕を取り出した。

 これは、一本のポールと、周囲の木を結ぶように張るもう一つの天幕。テントの上にさらに一枚張ることで、雨除けや日除けとなるのだ。

 

 体格を生かして、木の高いところに幕を張る。

 セレスが全てのペグを打ち込む頃には、タープの設置も既に出来上がっていた。

 

「よし、設営完了! あとは荷物とか入れとくか」

「この木の棚はどうする?」

「それは炊事に使えるから、あっちに持って行こう」

 

 セレスが見せるは、木の板が重なったもの。板が三枚重なったそれは、展開すれば三段式の棚となる。

 両サイドに添えられた支柱は、交叉しながら二段目、三段目の板を持ち上げた。その棚に、アルフレッドは小タルのジョッキやら酒瓶やらを置いた。

 

「あっちはどうなったかな」

「行ってみようぜ」

 

 器用に棚を持ち上げながら、二人はキャンプ横の焚火へと向かう。

 そこには、焚火の上に張った金網で鍋を煮立てる老紳士と、その横で木製の折り畳み椅子に座る少女の姿があった。

 

「テント、設営終わったぜ」

「おお、手際が良いですな。こちらはまだ煮込みの段階、もうしばらくお待ちください」

「お前さんは何やってるんだよ」

(わたくし)はこう、優雅に森を楽しんでますわ」

「……まさにお嬢様って感じだね」

 

 桃色の髪を優雅に撫で、グラスに入った果実酒を飲む少女。

 今回狩りを同行することになった、お嬢様然としたハンターだ。そして、彼の付き人である老紳士は、じっくりと鍋をかき混ぜている。その出で立ちは、さながら専属のシェフのようでもあった。

 

「お前さんも何か手伝えよ」

「お嬢様が何かしても、何もなりませんので」

「そうですわ! いわば、こうしていることが最もセバスにとっては役に立っているのです!」

 

 自信気にそう言う彼女だが、言い換えれば料理も何もかもができないということ。

 アルフレッドは、小さく溜息をついた。

 

「全く、とんだお嬢様だよ」

「でも、逆にあれだけ自信たっぷりでいれるのも、凄いと思う……」

「ふふ、ですわ!」

 

 彼女らと、このように同じクエストに同行するようになった理由。

 それは、先日の対轟竜防衛作戦が終了した、その後のことだった。

 

 

 ○◎●

 

 

「……貴方」

 

 轟竜の亡骸の回収が終わり、素材の進呈や報酬金の設定が行われる。

 そのためギルドの待合室で、暇を潰していた時だった。

 共に轟竜を討伐した、片手剣使いの少女が、アルフレッドに声を掛ける。

 

「何だ?」

 

 焦げ付いた穂先を、布で丁寧に拭う。

 そんな作業に没頭していた彼は、彼女の方を見ることなく返事をする。しかし彼女は、構わず思いの丈をぶつけるのだった。

 

「貴方、銃槍使いですの!? 以前、修練場でお会いした……!」

「あん?」

 

 その言葉には、流石の彼も顔を上げた。

 隣に座っていたセレスも、驚いた表情で桃色のドレスの少女を見る。

 

「セバスが言ってましたの! 見覚えがあるって! それに銃槍使いと言われたら、確かに私にも覚えがありましたわ!」

「……あぁ、そういえば……お前さんら、あの時の二人組か」

「アルフ、知り合いなの?」

 

 目を輝かせる彼女を見て、アルフレッドは腑に落ちた表情を浮かべた。

 どこかで見たような、そんな感覚は確かにあったものだが──。

 その答えを得られ、彼はセレスに説明する。

 

「まだお前さんと組む前に、会ったことがあるんだよ。そうだそうだ、思い出した」

「銃槍使いは、貴重ですから。また会えて嬉しいですわ」

「そ、そうだったんだ……」

 

 ウェーブの掛かった桃色の髪。

 アメジスト色の、大きな瞳。

 身を包むドレスのような鎧も相まって、ますますお嬢様のようだと、セレスは思った。

 

「お名前、お聞かせ願っても?」

「アルフレッドだ。前は、名乗らなかったっけ」

 

 差し出された手に、彼は応える。

 白く、指の長い手だった。それを、アルフレッドの手が包む。

 

「私、ウルティナと申します。グレイビアード家の次女ですわ。以後お見知りおきを」

「グレイビ……アード?」

「聞いたことはないが、大層な家柄みたいだな」

「ご存知ありませんの? でしたら、これを機に覚えていってくださいね」

 

 アルフレッドも、セレスも政治には疎い。

 王族が、貴族が、なんて話題には、介入することも、耳に入れることすらもしなかった。そのため家柄の判別なんてまるで出来ないが、彼女──ウルティナは、そのようなこともさして気に留めていないようだ。

 ただ、二人の狩人を前に嬉しそうに笑う。

 

「そして貴女!」

「え、あ、あたし!?」

 

 唐突に指名されたセレス。

 思わず、その肩がぴくりと上がる。

 

「素晴らしい射撃でしたわ! おかげで、うちのセバスが助かりました。主として、お礼申し上げますわ」

「あ、い、いえそんな……」

 

 あの槍使いの男性を守るため、彼女は狙撃竜弾を撃った。

 そのことを言っているのだろう。貴族の御令嬢から直々に頭を下げられ、困惑するしかないようだ。

 

「貴女も、お名前をお聞かせくださいな」

「あ、せ、セレスです……」

「セレス様! 素敵なお名前ですわ!」

 

 両手を合わせて、嬉しそうに笑う彼女。

 セレスも、照れくさそうに、少しぎこちなくはにかんだ。

 

「……で、ウルティナさんとやら。その手に持ってるのは、なんだ?」

 

 合わせる両手の間に、一巻きの紙。

 その紙に、アルフレッドは見覚えがあった。そう、それはまるで、集会所にクエストボードに貼られているもの──。

 

「めざといですわね。流石ですわ」

 

 そう言いながら、彼女は巻いた紙をゆっくりと広げる。

 それは、彼の思った通り、クエストの依頼書だった。

 

「……クエスト?」

「どういうつもりだ?」

 

 意図の読めないその行為に、セレスは首を傾げ、アルフレッドは訝しむ。

 一方の彼女──ウルティナは、抑えきれなくなったように肩を震わせた。

 

「──是非」

 

 か細い、小さな声。

 

「是非? 何だ?」

 

 それにアルフレッドが問い掛けると、彼女は大きく口を開いた。

 その瞳を、星空のように輝かせながら。

 

「是非とも、一緒に狩りに行ってほしいんですわーっ!!」

 

 

 ○◎●

 

 

「……で、まさかの森丘ね。しかも、ライゼクスの狩猟ときた」

「あたし、初めて聞くモンスターだよ。大丈夫かな……」

「私もですわ。でも、四人で狩ればきっと大丈夫。セバスもいてくれますわ」

「個人的には、セレス嬢がいらっしゃるのが特に心強いですな。あの狙撃、見事でしたから。重ね重ね、その節は有り難うございました」

「い、いえそんな……」

 

 鍋を囲いながら、四人は焚火を楽しんでいた。

 見上げれば、空は藍色の(とばり)に包まれている。大気は少しずつ冷え、木々のざわめきも微細なものとなった。

 この夜の森を、火の明かりだけが照らしている。煙と煤を浴びながら、それでも四人は心地よさそうに笑うのだった。

 

「さ、焼けたぞ」

「わ、ありがとう!」

「これ、何ですの?」

「オニオニオンとモスの腸詰の串焼きだ。シモフリトマトのもあるぞ」

「良い色ですね。香りもたまりませんな」

 

 アルフレッドが持ち上げるのは、串刺しにされた肉と野菜。

 焚火の熱を受けて、柔らかく焼けたそれらは、香ばしい火の香りを十分に吸収していた。食欲を増進させる、まさにその一言に尽きる香りである。

 

「セバス、そっちはどうだ」

「勿論、出来上がってますとも」

「おお~……良い香り……!」

「セバスはとっても料理上手ですのよ。盛り付けくらいは、私がやりますわ」

「いえ、結構です」

 

 ウルティナが器を握るも、あっさりとその器をセバスチャンに奪われる。

 その光景を前に、アルフレッドとセレスは、彼女を本当に厨房に立たせられないことを何となく察するのだった。

 

「ま、なんだ、酒飲もうぜ。酒」

「う、うん! そうしようそうしよう!」

 

 小タルのジョッキにビールを注ぎ、手渡す。

 ウルティナもセバスチャンも受け取ると、お嬢様は意気揚々と立ち上がる。

 

「それでは、私達の狩りの成就を願って──」

 

 乾杯、とそれぞれジョッキをぶつけ合う。

 その酒の味わいは、荒々しい煙の香りが溶け込み、それはそれは豪快だった。

 同時に、舌鼓む至高の一皿。狩人たちは、思わず息を呑む。いや、嚥下すらを、ためらった。

 

「ん~、セバス、これとっても美味しいですわ!」

「ん……! すごい、何これ、とってもクリーミー!」

「これって、シチューって奴か? 旨いな」

「えぇ。ポッケ村でよく食べられているものを、アレンジ致しました。サシミウオにヤングポテト、四つ足ニンジン、その他アオキノコや薬草を入れています。味付けには、ポポのミルクと、ベルナのチーズを用いました」

「……手が込んでるな」

「すごいよぉ……こんなに美味しいのが、ベースキャンプで食べられるなんて!!」

 

 幸せそうに頬張るセレス。

 アルフレッドもまた、その丁寧な工程に驚くばかりだ。セバスチャンという男の、人物像が浮かび出ている。そんな、きめ細かやかで丁寧な味わいだった。

 

「私、アルフレッド様の焼いたこの串も好きですわ! こういう豪快なもの、ここでしか食べられませんもの!」

「お嬢様はこんがり肉が一番美味だと申されるので……困ったものです」

「熱と脂と塩気があれば、全ては解決いたしますわ」

「……お前さん、苦労してるんだな」

 

 セバスチャンとしては、栄養価の高いものをバランスよく食べさせたいのだろう。

 だが、彼女としては豪快な狩猟飯を好む。これも、彼女の食生活歴の結果であろうか。

 

「あたしは、繊細な料理憧れるんだけどなー」

「手早くて簡単で美味しい、これが一番だと、私はハンターになってから知りましたわ」

 

 うんうんと頷きながら、モスの腸詰を齧るお嬢様。

 心地良い音とともに、腸が破れ肉が零れる。その味わいに、彼女は嬉しそうに悶えるのだ。

 

「……グレイビアード、王都ヴェルドの上流層。しかも王族と、血縁関係でもあるんだろ?」

「遠縁、ですけどね。お調べに?」

「いや、セバスチャンからの受け売りだけど。で、そんなお嬢様が、何故ハンターに?」

 

 もっともな疑問だった。

 アルフレッドのその言葉に、セレスも思わずウルティナを見る。

 その口は、腸詰によって満たされており、咀嚼の回数は未だに更新を続けている。みな彼女の口が開くのを、固唾を呑んで見守るのだった。

 

「……ふぅ」

 

 ごくんと呑み込んで、果実酒を少し口に含んで。

 そうして、やっと彼女は口を開いた。

 

「姉を、探してますの」

 

 その表情は、先ほどまでとは打って変わって真摯なものだった。

 育ちの良さが滲み出るその雰囲気に、アルフレッドもセレスも思わず息を呑んだ。

 

「姉が家を飛び出したのは数年前のこと。元々、当主は姉が引き継ぐ予定でしたが、彼女は自由奔放な方でした。燃えるような赤毛で、ドスファンゴのように猪突猛進な人で。……決められた人生が、嫌だったのでしょうね」

 

 やれやれ、と彼女は首を振る。

 

「それで当主は私が継ぐことになり、それはそれで良かったのですが、一つ問題がありまして」

「問題?」

「当主の証明であるペンダント……母の形見を、姉は持ったままなのです。それがなければ、私は当主に成り得ません」

「それで、ヴェルドから離れてここまで……?」

「風の噂で聞きました。姉は大層生き物が好きで、特に虫が好きでした。その虫を従え狩りをするハンター……所謂操虫棍使いに、転身したと」

「虫使い? そりゃまた、珍しいな」

「ふふ、ですわよね。滅多にいませんもの」

「……ということで、お嬢様の姉様を探すため、我々もまたハンターとして放浪の旅に出たのです。珍しい武器を使う赤毛のハンター、その情報を探しながら」

 

 操虫棍使いを探す。

 そのため、ハンターの武器使用の傾向に注意する。

 あぁ、とアルフレッドは納得した。

 

「それで、俺にも声を掛けてきたのか。ガンランスは珍しいって」

「そうですわね。銃槍使いで出会ったのは、未だに貴方だけですわ」

「……お姉様は、見つかったんですか?」

 

 セレスがそう尋ねると、ウルティナは首を横に振る。

 

「まだ、ですわ。でも、ハンターを続けていればきっと会えると、信じてますわ。だから、そのためのこのクエスト。私たちが有名になれば、もしかしたら姉の方から気付いてくれるかもしれませんから」

「……にしても、家族は良く認めたな。娘をハンターに出すなんて」

「前当主……つまりお嬢様の母君も、強いハンターでした。私もハンターとしてご両親に縁があり、その縁あって今お嬢様の護衛を務めさせてもらっています」

「父上曰く、『世間を渡り歩くには相応に強くなければならない』、ですって。生憎、父の狩りの腕は大したことありませんでしたけど」

 

 くすくすと彼女が笑うと、セバスチャンもふっと笑みを溢すのだった。

 なかなかどうして、変な連中だ。人のことを言えた義理ではないが、アルフレッドはそう感じていた。

 

「……さ、湿っぽい話はおしまい! 今宵は明日の狩りのために英気を養うというもの! さぁ、飲みますわよ!!」

「お嬢様、ほどほどに」

「ライゼクスにやられないように、先に酒で痺れておくといいかもですわ~!」

 

 ウルティナは、ジョッキを掲げる。

 その型破りなお嬢様を前に、アルフレッドとセレスは顔を合わせ、ついつい笑ってしまう。

 森丘の夜は、まだ始まったばかり。

 明日のために、皆ジョッキに酒を注ぎ直すのだった。

 

 




ゲームでは、既にベースキャンプは設置されていますが、実際にはこうやってクエストに出たハンターたちで設営してるのかなぁと。そんな妄想を含めたお話でした。2ndGのOPが、想像しやすいかもしれません。あんなイメージです。
さて、こうやって狩りに出るところだけでなく、狩りの準備をするシーン。こういうの、好きなんですよね。一緒にご飯囲ったり、酒を飲んだり。キャンプするイメージで、あれこれと妄想が進みました。
そして、ちょくちょく出てきたお嬢様ハンターにとうとう焦点が当たります。彼女の名前も判明しましたね。新キャラ二人を、どうぞよろしくお願いいたします。


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