バカとテストと18禁っ! (てあ)
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プロローグ 

 

 

 

 

 

 今でも夢に見ることがある。

 

 小学生の頃、放課後の学校で見た光景。

 

 夕陽が差し込む教室で、幼馴染みの彼が僕を庇うように両手を広げて立っていた。

 

 彼には関係ないはずなのに、足を震わせながら僕を殴った彼らを睨んでいた。

 

 立ち向かっては殴られ、立ち向かっては殴られ。

 

 無意味のように思えるそれを、彼は先生が止めるまでやめなかった。

 

 その後ろ姿が、その勇敢な意思が、守ろうとしてくれた彼が、僕の心に強く印象に残った。

 

 

 

 その瞬間からだったのだろう。

 

 

 

 

 東雲日和(しののめひより)という一人の少女が―――――――――木下秀吉(きのしたひでよし)に恋をしたのは。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春の温かい日差しに照らされて、桜の花々が舞い散る今日。記念すべき一学期初日という日に、誰もが胸を膨らませることだろう。当然僕もその一人で、何か楽しい事が起こるのではないかと心を躍らしていた。

 

 僕が今向かっているのは小高い丘の上にある文月学園。

 試験召喚戦争と呼ばれる技術を取り入れた世界初の進学校である。二年生になると、振り分けテストを受けることになるなるのだが、その結果によって振り分けられるクラスが変わる……まあ僕は優等生が集まるAクラスだろう。ただ気がかりなのは、テスト中問題がを読むと吐き気がしてきたことかな。この前にその件で病院に行ったのだが精神科に行けと言われた。医者を殴らなかった僕を褒めて欲しい。

 

 僕はとある友達から借りた参考書を読みながら学校に続く道を歩く。

 

「朝から勉強熱心じゃな」

 

 後ろから声をかけられる。振り向くと男子の制服に身を包んだ可愛らしい女の……男の子が歩いてきていた。

 その可愛らしさに、思わず頬が緩む。

 

「おはよう秀吉。今日も可愛いね」

 

「可愛いと言われてもワシは嬉しくないのじゃがのう……」

 

 僕の幼馴染である秀吉は、困ったように笑った。

 

 いつも思うが、彼の顔は少し……いやかなり可愛い。彼のことをよく知らない人に男か女か聞いたら、誰しもが女と答えるだろう。なんでも、初対面で男だと分かってくれたのは僕だけらしい。

 

 話しを繋げるように秀吉に話しかける。

 

「クラス、一緒だといいね」

 

「うむ、そうじゃのう。といってもワシはFクラスじゃろうが……」

 

「まあそうだよね」

 

「そこは否定してくれんのかのう……」

 

 だって事実だし。

 

「秀吉はあれだよ。勉強じゃなくて演劇じゃん」

 

「まあそれはそうじゃが……」

 

「僕なんて勉強は出来るけど他の才能は皆無、他人より上手いと誇れるのは料理ぐらいだよ」

 

「否定できないところが悲しいことろじゃな。勉強が出来るという点に関しては嘘じゃろう」

 

 即行で肯定の意を示す秀吉。そこは否定してほしかったな……。

 

「事実じゃからな」

 

 幼馴染だからか、僕の顔を見ただけで何を思っているのか分かったみたいだ。

 

「じゃが、日和の料理は上手いぞい。毎日食べたくなるくらいにはの」

 

「……………」

 

 秀吉はまるで普通の会話のように呟く。

 

 ……言った意味分かってて言ってるのだろうか。これを一種のプロポーズに捉えていいのか分からないが、たぶん違うと思う。違うよね。

 

「む?どうしたのじゃ日和よ」

 

 少ししゃがんで顔を覗き込んでくる秀吉。不思議そうな顔をしてるところが、言った意味を分かっていないことを裏付けている。

 

「はあ……だから天然は苦手なんだよなぁ……」

 

「何か言ったかの?」

 

「何でもない」

 

 そしてまた首を傾げる秀吉。だから、ちょこちょこ動くなっつーの。自分が美少女だってこと自覚しろバカ。

 

「それにしても今年も男子の制服を着てるのじゃな」

 

「む……いいじゃないか。こっちのほうが楽だし」

 

「楽とかの問題じゃないと思うのじゃが……」

 

「そういう問題なんですぅー」

 

 呆れたような諦められたような声を上げる秀吉に少しだけ対抗する。

 男装を始めたのは五年程前だから、こっちがデフォルトになってしまっているのだ。たまに秀吉のお願いで女子の服を着ることもあるのだが、スカートが邪魔で鬱陶しかった。よくあんなの着てられるよね、女の子って。

 

「あら、秀吉に日和じゃない」

 

 道路の角を曲がると、これまた可愛らしい女の子……木下優子が歩いていたらしく、僕らに声を掛けてきた。

 

 成績優秀で品行品正な彼女だが実はBL好きで、この前僕にも勧めてきたのだが鈍器を持った主人公が好きな男の子を襲うが返り討ちに遭うという意味不明な漫画だった、僕は一生理解出来ないだろう。というか理解したくない。学園では擬態しているため皆は知らないが自宅では下着で過ごしている。よく僕のことを変態呼ばわりするが、優子のほうがよっぽど変態だと思う。

 

 秀吉が軽く手を挙げて応える。

 

「さっきぶりじゃのう姉上」

 

 あ、そっか。秀吉と優子は姉妹なんだっけ。それだったら確かに朝ぶりだね。でも二人で仲良く登校はしないのかな、昔みたいに手を繋いで。

 

「おはよう優子。今日もいい天気だね(優子のスカートを捲る音)」

 

「なんでスカートを捲りながら挨拶するのよ……」

 

 いやー、これをしないと朝起きた気分にならないんだよね。

 

「ていうか、僕達は同性だから問題ないでしょ。優子も慣れちゃってきてるし良いじゃん。減るもんじゃないし」

 

「………………」

 

 薄ら笑いのまま固まる優子。その隣では秀吉がわたわたと慌てている。挨拶がおかしかったのかな。でもちゃんと挨拶は優子のパンツにおはようってしたのに。

 

「………そう、そういうことね。つまりは甘やかしていた私が間違ってたのね」

 

 優子は顔を俯かせて自分に言い聞かせるように何かを呟いている。なんて言ってるんだ?

 

「ひ、日和よ!逃げるのじゃ!」

 

「え?」

 

 突然、秀吉が僕の前に立つ。

 何かから守ろうとしてくれているようだ。でも周りには危険なものは見当たらないし……。

 

「逃げるって何から?」

 

「姉上に決まっておろう!」

 

「ははは、何を言ってるんだい秀吉。優子が僕を襲うわけが―――――」

 

 そういわれて優子の方を向く。

 ふむ、髪は逆立ち、目は怒りの影響か赤く光っていて小刻みに腕が震えている……なるほど。

 

「…………ダッ!(僕が逃げ出す音)」

 

「ガシィッ!(優子が僕の頭を掴む音)」

 

「ドサッ(僕が泡を吹いて倒れる音)」

 

「…………ガシッ、スタスタ(優子が秀吉を連れて歩いて行った音)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひどい目にあった……」

 

 溜息と共に声を吐く。

 

 生死を彷徨った僕は、なんとか息を吹き返すことに成功した。ご先祖様が僕の罪を読み上げ始めたときは死んだかと思ったよ。

 まだ頭の中でご先祖様の声が残ってる、勘弁してほしいよ本当に……。

 そういえばなんで優子は怒ったのだろうか。パンツを捲ったのがいけなかったのかな、でも同性同士だし大丈夫だと思うんだけど。いや、待てよ。もしかしたら昨日優子の抱き枕(伝説の木の下でお前を待つ~~等身大バージョン)の顔に落書きしたのがまずかったのかな。そうだね、それしか思いつかないや。

 

 そんなことを考えながら通学路を歩いていくと、校門の前に浅黒い肌のスポーツ然とした男が立っているのが見えた。

 

「おはーっす、鉄人」

 

「おはよう東雲。それと俺は鉄人じゃない、西村先生だ」

 

 悠然とした態度で、僕の挨拶に答える西村先生。

 

 スーツの上からでも分かるその筋肉が特徴的で、いつか触らしてほしい。なんでもトライアスロンで鍛えたらしく、アメリカのプロレスラーを倒したこともあるとか。なんで学校にいるんだろうといつも思う。

 

 西村先生が訝しげに僕を見てくる。

 

「東雲、その手に持っているものはなんだ?」

 

「何って……参考書ですけど」

 

「ほう、見せてみろ」

 

「……………ダッ!(僕が走りだす音)」

 

「逃げるんじゃない東雲!」

 

 僕の逃走を見た西村先生が追いかけてきた。その巨体で走られるとどうしても某大怪獣映画に出てくるアイツにしか見えない。まさに絶望と恐怖だ。

 

「なんで追いかけてくるんですか!?」

 

「その手にもっているものを答えてくれるならば、追いかけはせん」

 

 そう言われて、走りながら手中にあるものを確認する。

 傷一つ付いていないこの本は保健体育の参考書だ。学校の授業で補えない部分を学ぶための大事なものである。またの名をエロ本ともいうが。………そのまま言ったら没収は免れないっ!

 

「何って……僕の今昼のおかずですけど?」

 

「おい待て。なぜ今昼なんだ」

 

「い、言わせないでくださいよ先生のエッチ!」

 

「お前にだけは言われたくないわ!」

 

 若干怒りの声音で叫ぶ西村先生。

 心外だ。僕ほど純真無垢な生徒はいないだろう。

 

「観念しろ東雲!」

 

 鉄人の伸ばした手が僕のシャツを掴む。

 

 だが甘い。僕はこんなことで捕まらない。幾度となく弟と追いかけっこ(脱走した僕を弟が捕まえる我が家の伝統行事)をしてきた僕からすれば、これくらいは序の口だ。

 

「必殺、身代わりの術!」

 

 目にも止まらぬ速さでシャツを脱ぐことによって、先生の手から逃れる。

 

「なっ!」

 

 流石の西村先生もこれには驚いたようで足を止める。

 そりゃあそうだよね、一応女子(・・)である僕が、サラシを巻いているとはいえ上半身裸になるなんて思ってもいなかったはずだ。

 

 

 西村先生の足が止まっているのを横目で確認しながら僕は更に加速する。逃げるなら今しかないっ。

 

「さらばだ鉄人、学校でまた会おう!」

 

 恥も外聞も捨てて、ひたすら走り続ける。

 

 見ていてくれ、天国にいる爺ちゃん(儂はまだ生きとるぞー)。僕はこの怪物から絶対に逃げ切ってみせる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は学校の門の前で座らされていた。怪物には勝てなかったよ……。あと、服は着た。

 

「ふん、このようなものは二度と持ってくるんじゃないぞ」

 

 後ろからドスのきいた声が聞こえてくる。後ろを振り向くと、そこには西村先生が何かの燃えクズを持って立っていた。先生が持っている燃えクズが僕のエロ本の残骸ではないと僕は信じたい。まあ、僕のエロ本じゃないのでそんなに残念に思わないが。

 

「……もちろんです。今度はチンパンジーにバレないように持ってくるようにします」

 

「全然懲りていないな……。それと俺はチンパンジーじゃない、西村先生と呼べ」

 

「分かりました、オラウータン先生」

 

「違う、西村先生だ」

 

「分かりました、ムラムラ先生」

 

「お前分かってやってるだろう……」

 

 ムラムラ先生が呆れるようにつぶやく。

 

「それで、僕に何か用ですか?」

 

「ああ……そうだ。お前に渡したかったものがあったんだ」

 

 胸ポケットから封筒を取り出し、僕に差し出してくる。宛て名の欄には『東雲日和』と、大きく僕の名前が書いてあった。

 

「あ、どもっす」

 

 一応、軽く頭を下げながら受け取る。

 

「それにしても東雲……よくこの一年間バレなかったな」

 

 先生が少し関心したような声が聞こえる。むう、この封筒うまく開かないな。

 

「もしかして、秀吉の風呂を覗いたことですか?」

 

「それは後で指導室で話してもらうことにする」

 

 思わず封筒を開ける作業を中断して先生の顔を見てしまう。

 まさか先生も秀吉の裸に興味があるのか。くっ、こうなったら毎晩秀吉のお風呂に付き添って守らないといけないな。すべては秀吉の貞操のために。別に秀吉の裸を見たいわけではない。

 

「お前の変装についてだ」

 

 ……ああ、そっちね。確かに僕は去年は男子の制服を着て学校に登校していた。別に校則には女子が男子の制服を着てはならない、なんて書かれていないし怒られる筋合いはない。

 

「入学当初、女子のお前が男子の制服を着ていたことで俺に呼び出されたのは覚えているか?」

 

「ええ、まあ」

 

 真剣な顔をした先生の質問に、僕も正直に答える。

 

 あのときは怖かったなぁ。入学式も終わって帰ろうと思ったら後ろから突然追いかけられたんだ。逃げようとするも一瞬で捕まって指導室に放り込まれ、何がなんだか分かんなかったんだよね。あ、そこで雄二(ゆうじ)明久(あきひさ)に会ったんだっけ。

 

「確かに女子が男子の制服を着てはならないという校則はなかったが、女子は女子の制服を着るのが当然だと考えていた俺はお前を指導しようとした。……だが、お前には男子の制服を着続けなければならない理由があった」

 

 西村先生が僕を見ながらその件について説明する。

 確かに僕も女子である自分が男子の制服を着るのはおかしいと薄々思っている。だけど、僕には男子の制服を着続けなければいけない理由がある。

 

「その理由を聞いたとき、俺は後悔した。女子が男子の制服を着るのにふざけた理由などあるわけがないのに、俺は義務感に駆られてお前にひどいことを聞いてしまった」

 

 いや、僕の友達に女装するバカが一人いるんだが。

 

「改めて言おう、東雲。あのときは――――すまなかった」

 

 そう言うと先生は僕に頭を下げてきた。

 

 ……なんというか、生徒に体罰と評した暴行を加えているこの先生が訴えられていない理由がわかった気がする。先生は本当に生徒のためを思って接しているだけなんだ。体罰は良くないと思うけど。

 

「大丈夫ですよ、あのときは事前に説明していなかった僕にも非があると思います」

 

 というかそもそもの原因は僕だし。

 

「……そうか」

 

 ゆっくりと先生が頭を上げる。その顔は妙に男前で、どうしてもチンパンジーにしか見えなかった。前世は絶対にチンパンジーだと思う。

 

「そ、それじゃあ僕はもう行きますね」

 

 動揺を感づかれないように、急いで先生との会話を切り上げる。

 

「おい、自分のクラスが分かるのか?」

 

 校舎に向かおうとする僕を、先生が呼び止める。

 あー……そうだった。先生の秀吉疑惑発言のせいで、中断したままだったんだ。この際、めんどくさいから先生に直接教えてもらおう。

 

「先生、僕のクラスはどこなんですか?」

 

 振り返って先生に尋ねる。

 あの振り分け試験ではかなり解けたからな。AクラスかBクラスだと思う。

 

「お前か?お前はFクラスに決まっているだろう」

 

 驚いた顔で僕に口を開けて喋る先生。

 何故だろう。僕の頭には先生の言葉がまったく理解できない。もしかして日本語じゃないのかもしれないな。でも、Fクラスって聞こえた気がするから日本語なのか。それか英語なのかもしれないね。

 

「先生、何を言ってるのか分からないんですけど」

 

 どうしても理解できなかったので先生に質問する。

 

「分からないのも無理はない、お前はFクラスに配属されるほどのバカだからな」

 

 さっきの走りで疲れているのかな。Fクラスという言葉しか聞き取れない。まさか僕の教室がFクラスだとでもいいたいのだろうか。

 

「…………?」

 

 首を傾げる僕に、先生は驚いたように言った。

 

「まさかお前……学園長の手帳をエロ本にすり替え、校内放送にて自分の性癖について語り、あろうことか幼馴染のパンツを盗んだ自分がFクラスじゃないとでも思っていたのか?」

 

「先生それは違います。僕はただ学園長におすすめのエロ本を渡したかっただけで、自分の性癖については特に異論はありませんが、秀吉のパンツを盗んだのは気づいたら手に持っていただけなんです」

 

「やったことは認めるんだな?」

 

「ええ、僕は嘘はつきませんから」

 

 肯定するように深く頷く。

 その証拠に、校内放送で語った性癖はすべて本当だ。

 

「それ程の事をしていても自分がFクラスではないと信じるのならば、その封筒を開けてみればいい。そこにお前のクラスが記されている」

 

「はっ、いいでしょう。もし僕がFクラスだったら鼻からスパゲッティを食べてあげますよ」

 

 さっさと教室に行きたいので、僕は封筒の上の部分を破いて中の紙を確認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『東雲日和……Fクラス』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「味の感想、後で聞かせてくれるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――こうして僕のFクラスでの学園生活は始まった。

 

 

 

 

 



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試験召喚戦争
第一問 馬鹿は集う


バカテスト

問 以下の(   )に入る言葉を書き込みなさい。

紅白の起源となった源氏と平氏の戦いは(   )である。

姫路瑞希の答え
「壇ノ浦の戦い」

教師のコメント
正解です。

吉井明久の答え
「たけのこ派VSきのこ派」

教師のコメント
ちなみに私はたけのこ派です。

東雲日和の答え
「おしり派VSおっぱい派」

教師のコメント
後で職員室に来てください。








 

 

 

 

 僕は本当にここがFクラスなのかと思い、壊れかけのプレートをもう一度見る。二度見どころか三度見してもプレートには二年F組と書いてあった。

 

 ……どうやら本当にここがFクラスのようだ。

 

「はあ……勉強させる気があるのかな」

 

 そもそもこっちは勉強する気なんて一切持ち合わせていないけど、この教室はあまりにも酷い。外からでも分かるボロボロ具合、長年使われてこなかった物置小屋みたいだ。見たことないけど。

 

 気持ちを入れ替えるように頬を打ち、気合いを入れる。大丈夫、何度も練習してきたじゃないか。恐れることはない。如何に上手くクラスに馴染みこむかによって、僕の生活は一変するだけだ。失敗は許されないっ。

 

「こんにちは!」

 

 勢いよく扉を開けて大声で挨拶をする。中には人がかなり集まっていた。

 これが学年最底辺の生徒達か……惨めなものだな(自分のことは棚にあげるタイプ)

 

 教室の中を見渡すと、酷いのが一目で分かる。壁には亀裂が走り、窓は割れていて通気性抜群、床は独特な匂いのする畳。とてもじゃないが勉強をするところには見えない。Fクラスの先輩方は本当にここで過ごしていたのだろうか。休み時間は教室ではなく廊下で過ごしていたという噂を聞いたことがあるが、もしかしたら事実かもしれない。少なくとも僕はこの教室よりも廊下のほうがマシだ。

 

 教室の設備から目を逸らし、中にいた生徒達に目を向ける。何人かは何事かと僕の方を向いてくれていた。この手を逃すことはない。まずは僕が親しみやすい人だと思わせなければ。

 

「僕の名前は東雲日和といいます!イケメンを目指して日々修行中です!」

 

 自分の自己紹介を始めると、勢いよく皆僕から目を逸らした。何でだ。昨日ネットで軽いジョークで上手く馴染もうって書いてあったからわざわざ考えてきたのに……逆効果だったかな?

 

『努力でイケメンになれたら苦労しないわ!』

『いや、やけに長いあの前髪をどかせばもしかしたら………』

『可哀そうに、現実と妄想の区別がついていないようだな』

 

 何やらひそひそ声が聞こえるが。ここで怖気ついてはいけない。東雲日和、ここでやらねばいつやるんだ。

 

 息を吸い込み、教室中に響き渡るように声を出す。

 

「実は昔、十八禁コーナーの番犬と呼ばれていた時期があります!」

 

 

『『『『『何だとっ!?』』』』』

 

 

 今度はクラスの男子たちが一斉に立ち上がる。え、そんなに有名だったっけ。僕のあだ名。

 

『実在したのか。てっきり作り話だと思っていたぞ』

『確か十八禁コーナーの前でウロウロしていたのが番犬っぽかったからついたっていう』

『店主の目を盗んで幾度となく十八禁コーナーに入ろうとした伝説の小学生……噂は本当だったのか』

 

 

 よく聞こえないけどバカにされてるのは分かる。あとであいつらシバこう。

 

「よう、今年も十八禁は絶好調だな」

 

「げ、雄二」

 

 声のした方を向くと、僕の悪友である坂本雄二が教壇の上に立っていた。

 

 どうやら先生が遅れているらしく、その間だけ教壇に立っているそうだ。去年と変わらない野性味たっぷりなその顔は、いつ見ても女の子を喰らおうとしている肉食動物にしか見えない。早く警察に捕まったほうが社会のためだと思う。さっさと動物園に戻れや。

 

 それと、僕の名前は十八禁じゃないのに雄二はいつもそう呼んでくる。最初こそ直そうと思ったけど全く効果がなさそうだったから諦めた。

 

「雄二もFクラスだったんだね」

 

「まあな。ついでにこのクラスの最高成績者でもある」

 

 最高成績者ってことは雄二はこのクラスの代表ってことか。最底辺クラスの代表なんて胸を張って言えることじゃないと思うんだけど、雄二にとっては誇れることらしい。僕とは少し感性が違うようだ。やっぱり僕は肉食動物とは相容れないらしい。ちなみに僕は肉食系でも草食系でもない、雑食系である。僕の守備範囲はサバンナの平原よりも広いのだ!

 

「それにしても……振り分け試験の前に自分はAクラスだと豪語していたお前が何でFクラスにいるんだろうな?」

 

「うっ、それはその、色々と事情があって」

 

「勉強もしないでテスト受けたら誰だってそうなるわな」

 

「違うんだ雄二。僕が悪いんじゃない。僕を本気にさせなかったテストが悪いんだ」

 

 生まれてから僕は一回もテストで本気を出したことがない。今回も本気じゃなかったからテストの半分の半分の半分しか解けなかったんだ。しょうがないよね。

 

「はぁ……お前を本気にさせるテストなんてこの世には存在しないだろうな」

 

 何を当然なことを。僕に解けない問題なんてあるわけがないじゃないか。

 

 呆れるように溜息を吐く雄二。それを横目にクラスを見渡すと、流石に落ち着いたのかほとんどの人が席に座っていた。その中にいたとある男子生徒と目が合う。

 

「ムッツリーニ、おっはー」

 

「…………おはよう」

 

 先ほどまでカメラを弄っていた手を止めてこちらを向いてきたのはムッツリ―ニこと土屋康太。

 

 エロスをこよなく愛し、呼吸をするように盗撮を行う彼は僕がお世話になっているムッツリ商会の創設者でもある。保健体育だけはAクラス並みの実力があるんだけど他の教科はボロボロだ。保健体育への執着が少しでも他に回ればいいのになぁ。ちなみに僕が独断と偏見で勝手に作った将来が危ぶまれる生徒ランキング一位でもあり、いつか警察に捕まるのではないかと心配している。

 

 ムッツリーニの肩を叩き、小さな声でアレのことを聞く。

 

「新作が入ったって聞いたけど」

 

「…………(コクリ)」

 

「へぇ、見せてくれるかい」

 

「…………今回は自信作(スッ)」

 

 ムッツリーニは胸ポケットから何枚か写真を取り出して僕に見せてくる。

 ふむ、春休みを挟んだからかバリエーションが豊富だな。確かにムッツリーニがいったように今回は良いものばかりだ。

 

 その中から僕は目についたものを三枚抜き取る。

 

「この三枚で何円?」

 

「…………野口がニ人」

 

「買った!」

 

 千円札を二枚渡し、写真をもらう。

 

 一枚目は白いワンピース姿の秀吉。秀吉は自分から女の子の服を着ないからこれは演劇部で使ったのかな。これで麦わら帽子を被っていたら僕の命が危なかった。

 

 次に買い物を楽しむ秀吉。おい待て、何故隣に明久がいるんだ。まさかアイツこの僕を差し置いてデートに誘いやがったな。あとで異端審問会に報告して血祭にしてやる。

 

 そして最後にパジャマから制服に着替えている写真。なんかこれ僕も見た気がする。そういえば今日の朝登校中に秀吉のマンションに寄り道したとき、秀吉が着替えてるのが一階から見えたんだ。あれはすごい幸運だった。思い出しただけで熱いものが込み上げてくる。落ち着け、落ち着くんだ。冷静になれ。アイアムクールボーイだ。

 

 ……なんとか耐えきった。

 でもあのアングルだとこんなに綺麗に撮れないはずなんだけど……なるほど、近くのマンションから盗撮したのか。なんて行動力なんだ。恐るべし、ムッツリーニ。

 

「む、誰の写真を見ておるのじゃ?」

 

「ふぃぁっ!?」

 

 いつのまにか後ろにいた秀吉が覗きこんできた。

 僕の幼馴染にして婚約者(妄想では)である秀吉は、男ばっかのこの教室では僕の生きる希望ともいえる。今の状況では絶望でしかないけど。

 

 ちなみに何カ月か前に偶然手に入れてしまった彼のパンツは今現在僕のズボンのポケットの中に入っていたりする。なんというか返すタイミングを見失なったんだよねー。

 

 

 いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。どうにかして誤魔化さないと。

 口を開き、嘘のことを教える。

 

「こ、これはその。ゆ、雄二の写真であって決して秀吉の写真なんかじゃないんだ!」

 

「ほう……日和は雄二に興味があるのかの?」

 

「そっそうなんだよ。特に雄二の筋肉に興味があって、ちょっと見ていただけなんだ!」

 

「……す、すまん日和。俺にはソッチの趣味はなくてな」

 

「だあぁぁぁぁ!?違う!これは誤解なんだぁぁぁぁぁぁ!」

 

 僕だって雄二なんか好きじゃない!どっちかっていうと秀吉のほうが可愛いから好きだし!

 

「……………」

 

「……………どうした秀吉」

 

 腕に力を込めてグッとしている秀吉にムッツリーニが声をかける。確かに秀吉は何をしているんだろう。よく分かんないけどその二の腕白くて触り心地が良さそうだね。後で触らせてもらおう。

 

 こうやってバカ騒ぎするのも久しぶりだ。去年は何度問題を起こして指導室に放り込まれたことか……。数え始めたらキリがない。でも、なんか足りない気がするけど……。

 

「……あ、確かに明久がいないな」

 

「ん?ああアイツならさっき鉄人と話してるのを見かけたが」

 

 僕の呟きに、雄二が聞こえたみたいで明久のことを教えてくれた。

 

 違和感の正体は僕の悪友の吉井明久だったか。

 やっぱり明久がいるといないとではバカ騒ぎの規模がかなり変わるからね。雄二の言う通りだったら、もうすぐでここに着くかな。きっと明久はFクラスだろう。だって僕は明久以上のバカを見たことがないから。

 

「すみません、ちょっと遅れちゃいました♪」

 

 突如、教室のドアが開き誰かが現れる。

 

「早く座れこのウジ虫野郎」

 

「……雄二何やってるの?」

 

 狙ったかのように入ってきたのは明久だった。噂をすればなんとやらだね。

 

 彼は童顔で僕よりも背が少し小さい。いつみてもバカっぽい顔してるよなぁ。これで昔はモテモテだったって聞くから信じられないよね。でも、ことあるごとに面白いことを起こしてくれるから一緒にいて楽しい。たまに僕が被害を受けることもあるけど。

 

「おはよう明久」

 

「日和もFクラスだったんだ。よろしくね」

 

 僕がFクラスだと分かっていたような口調だったけど、気のせいだろう。友達を疑うのは恥ずべき行為だってメロスも言ってたし。……あ、そういえば明久から秘蔵コレクション②を借りてたけど、鉄人に燃やされたから謝らないと。

 

 明久に近づき、そっと肩に手を置く。

 

「……君に謝らないといけないことがあるんだ」

 

「ん?どうしたの日和」

 

「明久から借りたエロ本……鉄人に燃やされちゃった☆」

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 僕の謝罪を聞いた途端明久が僕に向けて拳を構える。

 これはまずい、こいつ友達の僕を殺す気だ!

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

「くっ!」

 

 僕は横に飛ぶことで明久の拳から逃れる。

 

「えーっと、すみません。ちょっと通してぶべらぁっ!?」

 

 明久の拳が僕の頬を横切ると同時に、何かがグシャッと壊れた音がした。

 

「「「「「あっ……………」」」」」

 

 

 

 

 

 明久の拳は、たまたまそこに立っていた先生の顔面に埋まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明久の渾身の一撃は先生のメガネを壊すという不毛な結果に終わった。まあ、そのおかげで僕は生きてるから一応感謝の気持ちも兼ねてメガネはお墓に埋めておいた。成仏してくれ。

 

「どうも、朝からこのクラスに不安を抱いた担任の福原です。今年一年よろしくお願いします」

 

 先ほどの件を無視して軽く自己紹介を始める先生。明久の拳を受けて生きてるなんてこの先生もタフだなぁ。

 

「皆さん、卓袱台と座布団は問題なく支給されているでしょうか?不備があれば遠慮なく申し出て下さい」

 

 果たして先生の目にはこの教室の設備がどう見えてるんだろう。メガネがなくて見えないのかもしれないけど、まさかここがAクラスの教室に見えているのかな。それなら今すぐ眼科に行った方がいいと思う。

 

「せんせー、俺の座布団に綿がほとんど入ってないです!」

 

「あー、はい。我慢してください」 

 

「先生、俺の卓袱台の足が折れています」 

 

「木工用ボンドが支給されていますので、後で自分で直してください」

 

「センセ、窓が割れていて風が寒いんですけど」 

 

「わかりました。ビニール袋とセロハンテープの支給を申請しておきましょう」

 

 次々と質問していく男子生徒達をバッサバッサと無慈悲な現実で切り捨てる福原先生。

 

 こんな悪環境じゃ勉強したくてもできないよ。

 しょうがない、授業中はマンガでも読んで時間を潰すとするか……。

 

「質問は以上ですか?」

 

 メガネをクイッとするアレをしようとするも、メガネがないことでそれも出来なかったようだ。照れを隠すように僕らかた確認を取ろうとする。それと先生、確かに質問の内容は異常だと思います。

 

「ないようなので、後の時間は自己紹介でもしてもらいましょうか。廊下側からお願いします」

 

 教卓の上に手を置き、自己紹介を提案する先生。

 

 僕の場合もう自己紹介しちゃったんだよね……。一年生のときならともかく二年生ではしないのかと思ってたよ。まあいい、ここはビシッと決めてクラスメートに好印象を植え付けさせたい。いかに自分を簡潔に表現するかがカギになるな。

 

「木下秀吉じゃ。演劇部に所属しておる」

 

 トップバッターは僕の恋人(願望)である秀吉。相変わらず可愛いなぁ。この見た目で男なんだから目を疑っちゃうよね。皆が女と誤解するのもしょうがないだろう。僕は子供のころ一緒にお風呂に入ったことがあるから彼が男だと確認している。

 

「このクラスには木下がいるのか」

 

「今日もかわいいな。お付き合いを前提に結婚したい」

 

 隣の男子達がひそひそと喋り合っているのを耳に挟む。ま、秀吉は天使だからね。ファンがいてもおかしくはないだろう。でも、彼らはとてもかわいそうだ。だって秀吉は僕のお嫁さんなんだもん。

 

「おま、秀吉は俺の彼女だぞ。手をだすな」

 

「あ?恋愛に早いも遅いもねぇえだろうが」

 

 …………うーん。現実が見えていないようだね。

 

「喧嘩売ってんのかゴラァ!?」

 

「喧嘩売ってんだよオラァ!?」

 

 立ち上がり、殴り合いを始める名も知らない男子生徒二名。秀吉が自己紹介中だってことを忘れてるんじゃないだろうか。

 

「俺はぁ……一日中木下に踏まれたいんだよぉぉ!」

 

「俺だって……木下の靴下になりたいと何度願ったことか!」

 

 拳が互いの顔面に入り、両者とも倒れる。だが、愛の力なのか分からないがすぐさま復帰し殴り合いを始める。

 

 ああ……もう、そんな夢物語を語っていないでさっさと席に座れよ。大体、幼馴染の僕だって一日中踏まれたことなんてないのに。やっぱり秀吉の隣には純白で穢れのないこの僕こそが相応しい。そもそも秀吉でそんな妄想をしていること自体が許されない。

 

 正義感に火が点いた僕は、立ち上がり二人に向かって叫ぶ。

 

「黙れお前達っ!下品な顔して秀吉に近づくんじゃない!」

 

「「お前にだけは言われたくない!」」

 

 はあ!?僕が秀吉に卑しい気持ちを持ってるとでも思っているのか!?僕がそんなこと考えるわけがないだろう。そうだ、まずは優しく壊れないように触れていって最後には鳥の舞う楽園で秀吉と《自主規制(ピー)》をや……はっ!?今僕は何を考えていた?まずい、秀吉で頭がいっぱいになりそうだ。

 

 「ふんっ!」

 

 卓袱台に頭を打ち付けることで、なんとか思考が冷静になる。あ、危なかったぁ……。

 辺りを見渡すと、未だ男子二名が殴り合っているのが見えた。その周りには男子達が集まり完全に野次馬と化している。先生は止めないのかと思い、先生を見るも、何が起こっているのか分かっていない顔をしていた。そういえばメガネ壊したんだった、メガネがないと何も見えないのかな。

 

 もう一度、視線を周りに向ける。雄二は卓袱台に肘をついて諦観。明久は見覚えのあるポニーテールが似合う女の子にエビ固めを決められている。ムッツリーニはその女の子のパンツを見ようとカメラを構えている。秀吉は呆れたような眼で僕らを見ている。かわいい。

 

 くそっ、この状況じゃ助けは来ないな。仕方がない、僕が現実を見せることで止めさせるか……。

 

「むっ!」

 

「貴様……!」

 

一瞬の隙を突いて、二人の間に割り込む。水を差されたことで二人の顔に不満が見えるが気にしないでおく。

 

「二人とも、聞いてくれ」

 

「なんだ東雲、お前も戦うつもりか?もしそうだというならば容赦はしないぞ」

 

須川と呼ばれていた男子が、僕に対して疑問をぶつける。

 

「違うんだ。僕が言いたいのはそういうことじゃなくて――――」

 

「そういうことじゃなくて?」

 

 

「――――やっぱり、恋人っていうのは秀吉の幼馴染である僕が相応しいと思うんだ」

 

 沈黙が、教室を覆う。

 

 野次馬は静まり、須川くんじゃない方の男子生徒は絶望したような顔で床に膝を付いていた。そして、肝心の須川くんはというと……。

 

 

 

「バカめ!俺がお前を殺せば幼馴染ポジションは俺のものになるんだっ!」

 

 須川くんが意味不明なことを叫びながら殴りかかってきた。どうやったらその考えに至るのかがとても気になる。

 

 当然僕は応戦の構えをとり、須川くんと取っ組み合う。

 

「おらぁ!」

 

「くっ……!」

 

 須川くんのボディーブローが僕の腕に炸裂する。

 

「……なかなかやるじゃないか」

 

「へっ、敵に褒められても……ん?なんかお前すげぇ良い匂いすんな」

 

 

 不思議だ。何故か分からないが一刻でも早くコイツから離れたい。嫌悪感とか不快感が混じり合わさって最低な気分になってくる。

 

「……………」

 

「これは……イチゴのように甘く、時折姿を見せるリンゴの匂いが混ざり合ってぃうぉっ!?」

 

 生理的危機に反応したのか僕の体は限界を超えて須川くんを投げ飛ばすことに成功した。あ、危ない。一瞬だけコイツにキスされる未来が見えた。

 

「…………土屋康太」

 

 暴れまわっている僕達をよそに自己紹介が進む。あれはムッツリーニか。友達が危機に瀕しているのに助けるそぶりも見せないなんて、彼には血も涙もないのだろう。

 

「島田美波です。海外育ちで、日本語は会話はできるけど読み書きが苦手です」

 

 次に立ち上がったのは先程まで明久にエビ固めを決めていた女の子、島田さんだ。

 全身が凶器と同等の威力を持っていて、明久を締めてるのをよく見かける。趣味が明久を殴ることだと聞いたときは僕も思わず頷いてしまった。いやー良い音鳴るんだよね明久の頭って。頭の中空っぽだからかな。根は優しいんだけどツンデレが強すぎるのが残念なところだ。あ、胸もだったね―――ぅぉっとぉ!

 

 どこからともなくシャーペンが飛んでくる。卓袱台をひっくり返すことでそれを防ぐ。声に出てたっぽい。

 

「……………チッ」

 

 どうやら投げたのは島田さんのようだ。ははっ、やっぱりツンデレが強いなぁ。

 

「……………(ブシャァッ)」

 

 島田さんがシャーペンを投げる動作の際にスカートの中が見えたらしく、ムッツリーニは血を流して倒れていた。血はあったらしい。

 

「……………後で絶対にコロス」

 

 島田さんが僕を憎しげに睨む。あれは本当に僕を殺そうとしている目だ。

 短いようで長かったなぁ……僕の人生。

 

「次、東雲くんですよ」

 

 人生の走馬灯が脳内に流れ始めたところで、先生の声に呼び戻される。いつのまにか僕の番まで回ってきていたようだ。

 

「あ、東雲日和です。中学ではバスケをやっていて、ベンチのレギュラーとして頑張っていました。よろしくお願いします」

 

 簡潔に自己紹介を終え、席に着く。どうせならもっとやれよと思うかもしれないがこのくらいで丁度いいのだ。不幸か幸いか僕の印象は皆の心に強く残っていただろうからね。こいつはヤベェ奴だっていう認識で。最悪のスタートダッシュだ。

 

 他の生徒も自己紹介を終わらせ、次は明久の番となる。どんな自己紹介か楽しみだ。

 

「吉井明久です。僕の事は『ダーリン』って読んでください♪」

 

 

「「「「ダァァーーリィィィーーーーーーーン!!!」」」」

 

 

「―――失礼。忘れて下さい。とにかくよろしくお願いします」

 

 顔を真っ青にして席に座り込む明久。バカめ、このクラスは正常な奴が集まるところじゃないんだぞ。そんなことしたらどうなるか分かっていただろうに……。

 

 吐き気を堪えるように口を手で覆う明久をよそに、自己紹介は続く。

 

 その後は特に目立った生徒はおらず、名前を告げるだけの単調な作業になっていた。

 あ、須川くんは自己紹介ではなく如何に自分がモテるかについて語りだしたため他の男子生徒達に縛られて窓から捨てられていた。ここ三階だけど須川くん生きてるかな。死んでいたらお墓を作って埋めてあげよう。メガネと一緒に。

 

 聞いてるのも面倒くさくなってきたためマンガでも読もうかと鞄の中を漁り始めたとき、突然ガラリと教室のドアが開いた。

 目をやると、そこにはここまで走って来たのか胸に手を当てて息を切らせている女子生徒が立っていた。

 

「あの、遅れて、すいま、せん……」

 

「「「「えっ」」」」

 

 Fクラスの男子達が驚きの声を上げる。もちろん僕もその一人だ。彼女が持つ豊満な果実に思わず声が漏れてしまった。ぜひとも揉ませてほしい。頼めば揉ましてくれるだろうか。

 

「丁度よかったです。今自己紹介をしているところなので姫路さんもお願いします」

 

「は、はい!あの、姫路瑞希といいます。よろしくお願いします………」

 

 ぎこちない動きで僕らに頭を下げる。彼女は精一杯僕らに誠意をみせようと思ったのだろうが、僕らからだとどうしてもその大きい胸に目が吸い寄せられてしまう。ありがとう、姫路さんのおかげで僕らは喜びで胸おっぱいだ。間違えた。胸いっぱいだ。

 

「あの、なんでここにいるんですか?」

 

 名も知らない男子生徒が手を上げて質問する。聞き方によっては失礼極まりない質問だが、それが僕らが抱いた共通の疑問だった。

 

 彼女とは面識のない僕だが、噂についてはよく聞いたことがある。なんでもテストではいつも百点に近い点数を取り、容姿端麗で品行方正。教師からの覚えも良いという彼女がFクラスにいるというのは、はっきりいって異常事態だった。例えるならば雄二がブラをつけて登校してくるような異常事態。いや、雄二がブラつけてきてもあそんなに異常事態だと思わないな……。

 

「そ、その……振り分け試験の最中に高熱をだしてしまいまして……」

 

 その言葉を聞いた僕らは『ああ、なるほど』とうなずく。

 

 試験中の途中退席は無得点扱いになる。だから彼女はFクラスに配属されたのだろう。

 いやちょっと待て、確か召喚される召喚獣の装備って振り分け試験の点数によって変化するんじゃなかったったけ。

 

 ……ということは、もしかしてだけど姫路さんの召喚獣って裸なんじゃ―――――――

 

 

 

 

「ブシャァァァァァァッ(鼻血が飛び出る音)」

 

「どうしたのじゃ日和よ!?」

 

 秀吉が驚いた顔をして僕に近づいてくるのが見える。

 し、しまった……。姫路さんのボインを想像するとは……なんて危険なことをしてしまったんだ。

 

「ひ…姫路の……裸……が………」

 

「……………!(ブシャアアアア)」

 

 ムッツリーニも姫路さんの裸を想像したのか鼻血を出して倒れる音が聞こえる。

 

「ひ、秀吉………これを……」

 

 ズボンのポケットからあるものを取り出し、秀吉に差し出す。

 

「日和……これは……?」

 

「君への……気持ちのつもりだ……」

 

 綺麗に折りたためられたそれを受け取った秀吉を見て安心する。

 

「渡すに渡せなくて……遅くなったけど…………受け取ってくれるかい……?」

 

「もちろんじゃ……!お主から貰って喜ばないものなどないに決まっておろう……!」

 

 そう答えると、秀吉はそれをゆっくりと広げる。

 

 

 

「そう言ってくれると……嬉しいよ……」

 

 

 

 

 秀吉が掲げるように広げたそれは―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ――――――――――――僕が数ヶ月前に偶然手に入れた秀吉のパンツだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無言で身体を蹴られた。痛い。

 

 

 



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第二問 地獄を見た変態

問 以下の問いに答えよ

都市の人口が少なく、郊外の人口が増加する現象とは何か。

姫路瑞希の答え
「ドーナツ化現象」

教師のコメント
よくできました。過疎過密についてもよく勉強していて先生は嬉しいです。

吉井明久
「ドーナツ現象」

教師コメント
美味しそうな現象ですね。化を忘れないように気をつけましょう。

東雲日和
「生理現象」

教師コメント
現象をつければいいものではありません。

土屋康太
「生理現象」

教師のコメント
君もですか。




 

 

 

 吉井明久side

 

 

 

 姫路さんの裸を想像して鼻血を出してた変態二名は仲良く床に沈んでいた。初対面(たぶん)の女の子の裸を想像するなんてとんでもない奴らだ。いつか街中で警察に捕まるのではないかと思う。マジで。

 

「ど、どうしたんですか!?もしかして私のせいで……!?」

 

 突然鼻血を出した二人を見てあたふたと慌てる姫路さん。その動作だけで胸が揺れる。確かにこれはかなりの破壊力だ……!

 

「大丈夫だよ姫路さん。いつものことだから」

 

「それはそれで大丈夫じゃない気がしますが………」

 

 ムッツリーニは今日二回目の血花火?だけどこれくらいじゃ死なないはずだ。

 歴代最高記録はムッツリーニが十七回、日和が十二回だった気がするし、まだまだ余裕である。

 

 

「姫路さん。席に座ってください。まだ自己紹介がすんでいない人がいますので」

 

  時間が押しているのか時計を見た先生が僕の肩を叩きながら言う。

 

  ……先生、メガネしていないから分からないんだろうけどそれ僕です。

 呼ばれた当人である姫路さんはきょとんと首を傾げている。そういえば先生のメガネ粉砕事件のときに姫路さんはいなかったっけ。後で説明してあげないと。すべては日和が悪かったということを。

 

 姫路さんは首を傾げた後、またあたふたし始めた。なんというか見ていて飽きないな。

 

 申し訳なさそうな顔をして、姫路さんが僕に近寄ってくる。

 

「吉井くん、席ってどこに座ればいいんでしょうか……?」

 

「席は基本的に自由だよ。空いてるところに好きに座ってね」

 

 席が自由なことに驚く姫路さん。僕も最初聞いたときにはびっくりしたけど今はもう慣れてる。というか慣れるしかない。

 それと、男子達が隣の席を空けようと周りの人と殴り合いをし始めた。姫路さんと隣になりたいからって今からじゃ間に合わないのに……。

 

「そ、それじゃあ…………」

 

 姫路さんはFクラスの男子達の熱い視線を浴びながら僕と雄二の隣の席に向かう。

 これはまずい!

 

「「「「死ねぇぇっ!」」」」

 

 姫路さんが席に着いたと同時に投げられるカッターやシャーペンの応酬。

 

「くっ、日和バリアーーーッ!」

 

 とっさに床に沈んでいた日和を盾にして体を守る。ごめん日和、君のことは忘れない!

 

「ムッツリーニバリアーーーッ!」

 

 雄二はムッツリーニを盾にして身を防いだようだ。幸運なことにムッツリーニにはあの凶器の嵐が一つも当たらなかった。僕も日和の状態を確認するが目立った損傷はない。良かった、目を覚ましたら右腕がないなんて状況になったら僕が殺されかねないからね。

 

「「「「ちっ、外したか……」」」」

 

 憎しげに僕らを睨む男子達。このクラスやばい。

 

「坂本くん、君が自己紹介最後の一人ですよ」

 

 目の前で殺人未遂が起きたのに気づいていないのか先生は平然とした口調で雄二を呼ぶ。

 このクラスもヤバいけど先生もヤバい。

 

 雄二は意識のない日和を肩に抱えたまま、教壇に上がる。そして、日和をゴミ箱に投げ捨てた。綺麗に弧を描いた日和は頭からゴミ箱に突っ込む。友達への扱いがひどいと思う。雄二にとって日和はゴミに等しいのだろうか。それを見た秀吉の身体が一瞬跳ねたのも気になるけど。

 

 教卓に手を着いて、雄二が口を開く。

 

「Fクラス代表の坂本だ。俺のことは好きなように呼んでくれ」

 

 クズ野郎と呼んでもいいのだろうか。

 

「さて、皆に聞きたいことがある」

 

 床に座る僕達を見下ろしながら、雄二はゆっくりと問いかける。間を取るのが上手いせいか、僕らは雄二に釘付けになる。全員が自分のほうを向いたのを確認した後、雄二の目線は教室内の各所に移り出す。

 

 

 かび臭い教室。

 

 

 古く汚れた座布団

 

 

 薄汚れた卓袱台。

 

 

 ゴミ箱に頭を突っ込んだまま動かない男子生徒。 

 

 

 雄二の視線の先を僕らもつられて見てしまう。これは、あまりにもひどい。

 

「Aクラスは冷房完備の上、座席はリクライニングシートらしいが―――――――」

 

 一呼吸おいて、静かに告げる。

 

「―――――――不満はないか?」

 

 

『大ありじゃぁっ!!』

 

 

 爆発する叫び声。

 

「だろう?俺だってこの現状は大いに不満だ。代表として問題意識を抱いている」

 

『そうだそうだ!」

 

『いくら学費が安いからと言って、この設備はあんまりだ!』

 

『そもそもAクラスだって同じ学費だろ?差が大きすぎる!』

 

 それぞれが心の底で思っていたことをぶちまける。

 

「みんなの意見はもっともだ。そこで代表としての提案なんだが――――――」

 

 雄二はもったいつけるように間を開けてから、自信に満ち溢れた顔で、

 

 

「―――――――FクラスはAクラスに『試験召喚戦争』を仕掛けようと思う!」

 

 

 

 学力最底辺の僕らにとんでもないことを提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Aクラスへの宣戦布告、そして勝利することによって得られる設備の交換権を使ってこのオンボロ教室から脱却するのが雄二の作戦なんだろう。

 

 

 しかし、それを実現させることは学力最低辺のFクラスにとって不可能に近い。

 当然、現実味のない作戦に不満の声が上がるが、雄二は片手を上げることでそれを制する。

 

「大丈夫だ。俺達なら必ずAクラスに勝つことができる。いや、勝たせてみせる」

 

 雄二は自信満々にそう言い切るが、僕には雄二の考えがまったく理解できない。

 そもそも、AクラスとFクラスには天と地の程の戦力差がある。それを覆すのは、どうやったって無理なはずだ。まだ少しの間しかこのクラスにいないけど、このクラスの連中の頭の悪さは十分に分かっていた。せいぜい使える人材は僕と姫路さんと、それと一つの科目に特化したムッツリーニぐらいだろう。戦力も質も違う。

 

「安心しろ。俺が勝てると断言できる根拠を今から説明してやる」

 

 野性味満点の八重歯を見せながら、雄二が壇上から僕らを見下ろす。

 

「おいムッツリーニ。畳に顔をつけて姫路のスカートを覗いてないで前に来い」

 

「……………!(ブンブン)」

 

「は、はわっ」

 

 いつのまにか復活を果たしていたムッツリーニが、必死になって否定のポーズをとる。姫路さんがスカートの裾を押さえて遠ざかると、ムッツリーニは残念そうな顔をしながら壇上に立ちあがった。

 

 僕はムッツリーニが覗きなんてしていないと信じたかったが、顔についた畳の跡を見て『こいつやりやがったな』と思ってしまった。裏切られた気分だ。後でパンツの色を教えてもらおう。やっぱり清楚な白色だろうか。いや、もしかしたら大人な黒色かもしれないな。

 

「こいつの名前は土屋康太。またの名を寡黙なる性識者(ムッツリーニ)ともいう」

 

「…………!!(ブンブン)」

 

『ムッツリーニだと……!』

 

『嘘だろ、アイツがあの……?』

 

『だが見ろ。あそこまで明らかな覗きの証拠を未だに隠そうとしているぞ……』

 

『ああ。ムッツリの名に恥じない姿だ』

 

 顔にある畳の跡を隠そうとしている姿はとても哀れに思えてくる。

 やはりムッツリーニはどこまでもムッツリスケベだ。

 

「それに、姫路もいる」

 

「えっ、私ですか?」

 

「ああ、ウチの主戦力だからな。よろしく頼むぞ」

 

『そうだ、俺達には姫路さんがいるんだった』

 

『彼女ならAクラスにも引けを取らない』

 

『あの豊満な果実を一揉みさせてくれるのならばどんな敵をも打ち倒そう』

 

 最後のやつは欲望が駄々洩れしてるが、かすかに希望が見えたのは事実だろう。

 

「木下秀吉だっている」

 

『確か演劇部のホープの……』

 

『ああ、アイツ木下優子の……』

 

『最近胸が急成長してるって噂が流れてる奴か……』

 

 学力では姉の木下さんに届かないけど、その分演劇で活躍している。何度か練習に付き合ったことがあったけど、いつも圧巻の演技に驚かされた。

 

「ついでに東雲日和もついてくる」

 

 お子様セットのおもちゃみたいなノリで呼ばれた彼は、ゴミ箱に頭を突っ込んで意識を失っていた。まさかこんな状態で紹介されることになるとは微塵も思っていなかっただろう。たぶん皆からはゴミ箱の人として認識されたと思う、

 

『おお、十八禁コーナーの番犬か!俺の盾役としては期待できそうだな』

 

『パンツをはくのは恥ずべき行為だとノーパン主義を唱えていた……』

 

『店員の目を盗んで十八禁コーナーに何度も侵入しようとした伝説の小学生……噂本物だったか』

 

 意識を失ってるからか、皆からの反応が遠慮ない。まあ、付き合いが少ない皆からしたら日和は変人にしか見えないだろう。僕は知っている。付き合いが長くても彼は変人にしか見えないことを。

 

「校内の女子全員から嫌悪されているというアイツなら、女子に対するこれ以上ない戦力といえるだろう」

 

 ゴミ箱から日和を出そうと引っ張る雄二だが、上手くハマっていてなかなか取り出せない。

 雄二が勢いをつけて引っ張ると、ゴミと共に吹き飛ばされ壇上に着地した。後頭部から。

 

「俺も全力を尽くすから安心しろ」

 

『ふむ。確かに、なんだかやってくれそうだな』

 

『坂本って、小学生の頃は神童とか呼ばれていなかったか?』

 

『俺も聞いたことがある。姫路と同じで坂本も体調不良だったのか』

 

『Aクラスレベルが二人もいるってことだな!』

 

 

 気がつけば、クラスの士気は確実に上がっていた。皆がやる気に満ちた顔をしていて、僕も熱い何かが込み上げてくる。

 

 

「それに、吉井明久だっている」

 

 

 

 

  ……シン

 

 

 

 

 

 そして、一気に下がる。

 

 

 

 

 

 ……あれ、僕ってそんなに有名じゃない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東雲日和side

 

 

 

 

 

「あれ……?ここはどこだ……?」

 

 気づいたら、僕は森の中を歩いていた。

 緑が生い茂っていて、とても気持ちが穏やかになってくる。舞い散る花弁も今は鬱陶しくは感じず、むしろ爽快な気分になってくる。

 

「むむぅ……?さっきまでFクラスの教室にいたはずなんだけど……」

 

 後ろを振り向くと、そこには大きな川が流れていた。花弁が川に落ちてきて流れてくる光景はとても幻想的で思わず感嘆の溜息が零れてしまう。これで秀吉が流れてきたらもっと最高なんだけどな。

 

『おーい、東雲ー』

 

 川の向こう側の岸から僕を呼ぶ声が聞こえる。今の声は……確か須川くんの声だった気がする。

 

 声がした対岸をよく見ると白装束を着た須川くんが手を振っていた。三階から落ちたけど生きてたらしい、意外とタフだな。

 

「どうしたの須川くーん」

 

 僕も手を振りながら応える。

 

『はやくこっちにこいよぉー、こっちはいいところだぞー』

 

 須川くんは満面の笑みを浮かべて僕を呼ぶ。須川くんは簡単そうに言うけど、どうやってそっちにいけばいいんだろう。まさか川を泳いで渡れってか?僕は泳げないから無理だ。沈むのは得意だけどね。だから泳いでいくのは却下。それ以外に方法があるとすれば……。

 

「そこに船ってあったりするー?」

 

『船か?それなら近くにあるが』

 

 お、ラッキー。

 

「それに乗ってこっちにきてくれるかなー」

 

『分かった。そこで待ってろよー』

 

 そういって須川くんの姿が見えなくなる。船を取りにいったのかな。……というか須川くん船運転できるのか?他に人がいてその人に手伝ってもらっているのかもしれない。そうだったらあとでお礼をしておこう。

 

 待つこと数分。少し眠くなってきたころにどこからともなく波の音が聞こえてきて、音のする方を向くと巨大な船が川を突っ切って来ていた。

 

「お、やっと来……え?」

 

 髑髏のマークが書かれたボロボロの帆、船の先端にも骸骨が飾り付けられており、船上には青白い肌のゾンビが複数……ひぃぃっ!?ちょっと待ってあれって幽霊船じゃん!さっきから不思議な場所だなって思ってたけどここ三途の川だわ!

 え、僕死んだの!?処女のまま死んだのか!?まだ秀吉と《自主規制(ピー)》や《自主規制(ピー)》なこともしていないのに!?マジかよ、こんなことになるくらいなら強引にでも《自主規制(ピー)》しておけば良かった……!

 

『ほら、早く登ってこいよ』

 

 船の先端に乗っていた須川くんがロープを垂らしてくる。心遣いは嬉しいけどそれは地獄への片道切符なんだよなぁ……!

 

 心と葛藤しながら、僕は須川くんに向かって叫ぶ。

 

「ごめん須川くん、僕はまだそっちには行きたくないっ!」

 

 叫び終わると同時に須川くんに背を向けて走り出す。須川くん死んでたのか……。というか須川くん先生のメガネつけてたよね。メガネに命ってあったんだ。いやいや、それよりも早く逃げないと!

 

『はっはっは、遠慮するなって東雲。俺達は歓迎するぞ。なあメガネ』

 

『メガッメガメガメガーネ(もちろんさ、彼にはお世話になったからね)』

 

 聞こえない、僕にはメガネが喋ってる声なんて聞こえないっ!

 

 幽霊船は岸に乗り上げてそのまま森の中を滑ってくる。なんでもありだな地獄っていうのは!

 

 だけど、流石に木を薙ぎ倒しながら滑ることは出来ないらしく、船は木々の手前で止まった。

 

 よ、良かった。あの速度だと追いつかれそうだったけど、足で追いかけてくるのならまだ勝機はある。

 

 そんな希望を胸に秘め、後ろをチラッと見るとそこには――――――

 

 

『てめぇ待てやゴラァ!』

 

 

 ―――――――暴走族のような恰好をした須川くんとゾンビたちがバイクに乗って僕を追いかけて来ていた。

 

 

「はぁ!?」

 

 僕もこれには驚いて声が出てしまう。まるで某世紀末救世主のような恰好だね。ていうかゾンビまで追いかけてくる必要性が見当たらない。そもそも豊かな森の中を走る暴走族って凄く噛み合わないんだよ!雰囲気が台無しだ!

 

『ヒャッハー!地獄は最高だぜぇ!可愛い女の子もいるし、自由に遊べるしよぉ!』

 

「……可愛い女の子か。確かにそれはそれで興味が―――はっ!違う、僕には秀吉が必要なんだ!秀吉のいない地獄なんて興味がないはずなんだ!」

 

 自分に言い聞かせるように言葉を吐く。

 

「そ、そんなことより早く逃げないと――――」

 

 

 ――――――あれ?そもそも僕はどこ逃げればいいんだ!?まずい、このままじゃ捕まってしまう……なんかすごい既視感(デジャヴ)だな。今朝もこんなことがあった気がする。ってそんな場合じゃないんだよバカ野郎!走れ走れ走れ!とにかく走れ!頼む神様仏様、僕にこいつらから逃げ切るための力を!

 

「……………っ!?」

 

『な、なんだあの光は!?』

 

『メガァーーー!?(目がぁーーー!?)』

 

 必死の逃走劇を繰り広げる僕の体から、突如として光が漏れだす。あ、ありがとう神様!

 

 背には白い翼が生え、いつのまにか僕は空を飛んでいた。行ける、今の僕ならこの地獄から脱出できる!

 

「うおおおおおおお!!」

 

『ま、待て!俺を一人にしないでくれ!メガネと地獄なんて嫌だぁーーー!』

 

『メガッネ、メガネンネェーーー!(こっちだって、願い下げだわぁーーー!)』

 

 

 

 遥か下から聞こえる叫び声は、悲痛の感情に満ちていて僕は思わず涙が零れそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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